1 :
萌える名無し画像:03/02/21 00:33 ID:OKQFuFKZ
癒される画像待っています。
2 :
( ´∀`)σ)Д`) プニ ◆l5CufpI7JA :03/02/21 00:44 ID:5Gf/qt5w
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3 :
萌える名無し画像:03/02/21 00:46 ID:NYdMHCxS
サラ金業者の中の人も大変だなあ
4 :
萌える名無し画像:03/02/21 14:15 ID:2hjoR9zT
念仏(ねんぶつ)を忘れた日本人
人は闇(やみ)の中に生まれ、迷いの人生を手さぐりで歩む。
生まれたものは必ず死を迎える。自業自得とはいえ苦しいことである。
仏の教えに依らなければ、永遠に迷いから覚めることはないだろう。
日本の歴史を振り返ってみれば、幸いにも鎌倉時代に宗教の高揚期が訪れて、仏の道(念仏)が確立された。闇の中に光明が訪れたのである。
しかし、明治以後はこれに逆行して、富国強兵政策のもとで、戦争や自然環境破壊の道を突き進んできた。敗戦後、日本は経済大国としてよみがえったが、人はこころを見失ったのである。そして、今、情報化社会を迎えて、その混迷は極限に達しようとしている。
日本人よ、いつまで眠っているのか。目覚めよ。
我々の先人が切り開いてくれた仏の道に帰ろう。
それこそが、一人一人が本当の自分に目覚め、人や自然との共存に向かうことができる唯一の道である。それは同時に、日本の暗い過去を心から悔い改め、明るい未来国家を創造することにつながっていくだろう。
6 :
萌える名無し画像:03/02/21 23:46 ID:Arl85QSw
子供念仏「笠んぶく」
周智郡の南部及び磐田郡中部に、古くから少年達が「笠んぶく」又は「笠んぼこ」と
いうものの中で念仏を唱える行事があり、これを子供念仏という。この子供念仏は、村
の小字の少年達十余名が一団となり、毎年月遅れのお盆即ち八月十三、十四、十五日の
三日間「笠んぶく」を持ち、荷車に積んだ大太鼓・小太鼓を叩きながら、附近数箇村の
初盆の家をまわり、その家の前庭で六、七人が「笠んぶく」の中に入って、 き−みよ
うちようらい(帰命頂礼)我が親の−お、の−べの送りのその時は…あ………と唱えて
新しい仏様の供養をするものである。 周智郡山梨町方面では「かさんぶく」といい、
旧磐田郡山石田村方面では「かさんぼこ」という。共に「笠鉾」のなまったものである
「笠んぶく」は大きな蛇の目のからかさの柄を六尺程の丈夫なものとし、拡げた笠のま
わりに幅三尺程の赤い幕をはりめぐらし、柄の上方部(笠の内の中央)に細長い四角
(直方体)の行燈をつけたものである。この行燈の正面には南無阿弥陀仏と記し、側面
に蓮の花がかいてある。その中にローソクの火をつけ、道を行く時は主だった者がこれ
を持って先頭に立ち、「笠んぶく」を高く差し上げたり、上下に振ったりして進む。上
下に振ると赤い幕が波動したり、まくり上がったりする。まくり上がるごとに明るい
行燈が見えたり隠れたりして、奇麗なものである。
7 :
萌える名無し画像:03/02/21 23:57 ID:i42bEkse
8 :
萌える名無し画像:03/02/21 23:57 ID:/fwE5/Zm
サラ金業者の中の人も必死だなあ
ちゃんちゃんちゃんちゃんちゃん…ちゃんちゃん…チャンチャン…
10 :
萌える名無し画像:03/02/22 12:54 ID:OePOgI1n
「踊躍念仏」(ゆやくねんぶつ)は、毎年11月17日に佛向寺(ぶっこうじ)で行われる宗教行事です。正式名称は「佛向寺一向上人開山忌踊躍念仏」(ぶっこうじ・いっこうしょうにん・かいざんき・ゆやくねんぶつ)です。
鉦(しょう)などを打ち鳴らしながら、念仏や和讃(わさん)を称えて踊躍する念仏踊りの一種で、日本国内でも京都を含めて3カ所ぐらいにしか残っていない珍しい宗教行事です。「宗教行事」なので、集まってくる人は檀家の人たちがほとんど。観光的な要素はありません。
佛向寺の踊躍念仏は一向俊聖上人によって伝えられたといわれています。7人もしくは9人の奇数で構成されて、導師が先導に立ち、維那(先達)は最後に位置して、仏壇の周りを回りながら念仏を称えます。
はじめは普通に、仏壇の前に座って静かに念仏を称えています。
そのうち、1人を除いて全員が立ち上がり、仏壇の周りを回りながら念仏を称えはじめます。
しばらくすると念仏に節や抑揚がついてくるようになり、念仏というよりも演歌(?)を歌っているような感じになります。そのころになると、念仏に合わせて鉦を体全体を使って打つような感じになり、端から見れば踊りを踊っているように見えます。
その後しばらくするとまた落ち着きを取り戻し、最初のように静かに念仏を称えまて「踊躍念仏」が終了します。
11 :
萌える名無し画像:03/02/22 16:04 ID:KQeD2yo5
12 :
萌える名無し画像:03/02/23 00:29 ID:2E2fYe8l
念仏の生活、念仏と生活 〜信心の方向性〜
親鸞聖人が関東でお暮らしになっておられた頃、上野の佐貫というところで、ひどい飢饉に遭遇されました。
飢えや病気で苦しんでおられる民衆をご覧になった親鸞聖人は、衆生利益のために三部経を千部読誦し、その功徳をもって民衆を救おうと思い立たれたのであります。
しかし、やがてその読誦を思いとどまられました。
自信教人信(みずから信じ、人を教えて信ぜしむる)のお心こそが大切であって、お念仏こそ阿弥陀様のご恩に報いることであると聞かせていただきながらも、経典読誦の功徳を思い立たれたことを省みておられます。
親鸞聖人の妻、恵信尼様が、お手紙の中で書いておられるエピソードです。 今までの私は、このお手紙を「信心をいただいても、なかなか自力の執心から離れられないものだ」と読んでいたのですが、もう一つ、とても大事なことがあるのだと聞かせていただきました。
それは、信を得れば今まで他人事ですまされていたことが、他人事でなくなってくるということです。
親鸞聖人は、飢饉での三部経読誦という行為を通して、信心から発せられる「せずにはおれない」という生き様をお示しくださったのです。
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萌える名無し画像:03/02/23 11:56 ID:7cJ/f7SY
ジジィスレ発見
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萌える名無し画像:03/02/24 00:39 ID:t7hs1M8t
age
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萌える名無し画像:03/02/24 22:40 ID:PAAL6uzG
あげ
16 :
:03/02/25 13:20 ID:n41SA8dp
17 :
萌える名無し画像:
保守age