>>316 木原稔さんは2005年公募により自民党熊本県第一選挙区支部長に就任しました。当時、
自民党は小泉純一郎総裁、安部晋三幹事長の時代で、超保守的主張がもてはやされ、
「戦前レジーム復帰」 がブームでした。木原さんはその時流に便乗して公募に当選し
たわけです。そしてその秋のいわゆる 「郵政選挙」 で比例復活当選し、若手議員と
して中央政界にはなばなしく送り出されていきました。
本来は地元選挙民から希望を託されて当選したのですから、地元に足をすえた活動を
すべきだったのですが、元々そういう意識は持ち合わせていませんでした。4年間の
在任中、党内の超保守系グループに身を置き、その活動に安住・埋没しました。
やがては安部内閣、福田内閣を経て、麻生内閣にいたり、経済問題が最大の政治課
題となり、小泉・安部ブームは過去のものとなりました。時代の流れを読み取れず
に、中央でいつまでもイデオロギーごっこに明けくれて、地元で影の薄い代議士の
末路はきまっていました。当然のように8月の衆議院総選挙で落選したわけです。
かくて木原さんの政治使命は終わりました。来年の参議院選挙はもとより、その後
の国政選挙に自民党公認として立候補できる可能性はゼロです。