937 :
無党派さん:2009/11/11(水) 20:52:18 ID:O2HrVdm3
>>933 匿名掲示板で「こいつは民団の人間に違いない!」と騒ぎ立てることがどれほど滑稽か。
938 :
無党派さん:2009/11/11(水) 20:54:34 ID:O2HrVdm3
結局何が言いたいのか。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091111/imp0911110244000-n1.htm 【正論】天皇陛下ご即位20年 拓殖大学大学院教授・遠藤浩一
2009.11.11 02:43
このニュースのトピックス:正論
■「尊皇」の心で難局を打開したい
昭和は、わが国の歴史においても例を見ないほどの激動の時代だった。では平成はどうだろうか?
日々の暮らしに精一杯のわれわれ民草は、ともすれば同時代の大きな変化に気付かない
ままやり過ごしてしまうものだが、後世の史家が振り返ったとき、平成は昭和と同様に、
あるいはそれ以上に大きく動揺した時代だったと指摘されることになるかも知れない。
先帝昭和天皇が摂政に就かれた大正10(1921)年、大陸に中国共産党が創立され、
翌年その北方にソ連邦が建国された。それから68年後の平成元(1989)年、昭和天皇の
崩御から1年もたたぬうちにベルリンの壁が崩壊し、欧州では共産主義の敗北というかたちで
東西冷戦に一応の決着がついた。
(続く)
939 :
無党派さん:2009/11/11(水) 20:55:34 ID:O2HrVdm3
>>938より
≪昭和の壮挙の上に立って≫
昭和の御代を通じて、日本は懸命に、健気(けなげ)に生きてきた。この間わが国にとっての
最重要課題は共産主義の脅威からいかに国柄を守るかということだった。ソ連は建国するや
否や対日工作を本格化させ、日本の支部員を指嗾(しそう)した。例の「天皇制」という耳障りな
用語はコミンテルン(1932年テーゼ)の造語だが、そこには、制度なんだからいつだって
改変できる、とっととやめちまえ、という含意がある。戦後、大多数の日本人は天皇とともに
復興することに希望を見出したが、共産党は天皇および皇室を敵視し、野卑な言葉で
攻撃した。社会党左派にもそれに同調する空気があった。
しかし日本はこうした内外にわたる「左からの圧力」を静かに跳(は)ね返し、伝統と歴史の
上に自由と民主主義を発展させるという文明史上の壮挙を成し遂げた。
平成の御代は欧州における冷戦終結とほぼ同時に始まっている。しかし、F・フクヤマの
託宣通りにはならず、歴史は終わったわけではなく、東アジアは冷戦構造を抱えたまま
今日にいたっている。ベルリンの壁が崩壊する少し前に隣国中国では天安門事件が起こり、
人民解放軍が自国人民を蹴散すことによって冷戦における敗北を巧妙に回避したばかりか、
その後毎年二桁の軍拡を続け、産軍一体となった富国強兵策によっていつの間にか米国と
並ぶ覇権国家になろうとしている。
今年10月1日(国慶節)の建国60周年軍事パレードでは大陸間弾道弾などを、4月23日の
海軍創設60周年観艦式では原子力潜水艦や水上戦闘艦などを、これでもかといわんばかりに
誇示してみせた。中国の軍拡や北朝鮮の核開発の脅威にさらされるのは、まず日本である。
ところがその中国に媚態(びたい)をついているのも日本である。
(続く)
940 :
無党派さん:2009/11/11(水) 20:56:27 ID:O2HrVdm3
>>939より
冷戦後のわが国は、脱高度成長期の経済運営において試行錯誤を重ね、いささか疲弊し、
現在の生活や将来に対して不満や不安をもつ国民が増えている。自民党は当事者能力の
不在をさらけ出した。国民の不満と自民党の劣化に乗じて政権を奪取した新政権は
東アジアの異常な状況を直視しようとせず、同盟国たる米国に対して距離を置き、中国には
(自民党政権以上に)揉(も)み手をして接近しようとしている。その中国でさえ興味を失いつつ
ある東アジア共同体構想を提起し、そこに米国を入れる入れないでフラフラと迷走し、
普天間基地の移設問題では閣内の不一致をさらけ出して国民と同盟国を呆(あき)れさせて
いる。現実の前で観念が空転しているのである。
≪周囲の厳しさ見えぬ人たち≫
外交に専念していればいいのに、岡田克也外相は国会開会式における天皇陛下のお言葉に
ついて「陛下の思いが少しは入ったお言葉がいただけるような工夫を考えてほしい」と
口走った。政権交代を寿ぐお言葉でも頂戴(ちょうだい)したかったのだろうか。天皇の
政治利用に無神経なこの発言には、新政権の観念的かつ軽薄な体質が端的にあらわれている。
昭和の日本には、闘うべき相手の姿がはっきりと見えていた。いくつかの判断ミスも
あったが、必死にその相手と闘ってきた。平成の日本は、周囲の厳しい状況がみえていない。
いや、見ようとしない。闘うことを放棄している。内部の崩壊にも気付かない、気付こうとしない。そこに苦難がある。
そんな中で、天皇陛下は先帝のご遺徳を継承され、無私のお心で静かに祭祀(さいし)を
営まれ、国家の安寧と国民の慶福をお祈りしておられる。日本人はいま、内政外交にわたって
試練を迎えているが、これまでがそうであったように、これからも、天皇とともに苦難を
乗り越えていかなければならない。
和辻哲郎は「尊皇思想はわが国民の生活の根強い基調であつて、いかなる時代にもその
影を没したことはない。権力を有する人たちがそれを忘れた時にも、国民は決して忘れは
しなかつた」(『尊皇思想とその伝統』)と喝破したが、為政者はともかく、国民が尊皇の心を
失わなければ、この難局も打開できると信じたい。(えんどう こういち)
941 :
無党派さん:2009/11/11(水) 22:49:58 ID:sY8CEjrb
どうして遠藤浩一が民社党にいたのかわからない。
自民党清和会の事務員にでもなればよかったのに。
942 :
無党派さん:2009/11/11(水) 22:52:07 ID:Hkfpxrds
ただ文部科学行政を判定するブースでは、興味ないのか、自分のパソコンで
インターネットの書き込みに興じる仕分け人の姿もあった。
943 :
無党派さん:2009/11/11(水) 23:13:30 ID:5UBwD6EV
仕分けに民社のマドンナ菊田真紀子!
944 :
無党派さん:2009/11/12(木) 00:02:55 ID:uS0LLz9a
945 :
無党派さん:2009/11/15(日) 00:57:28 ID:aAugocpO
遠藤は情ない男だな。
946 :
かいと:2009/11/18(水) 02:28:45 ID:mC/lsuPT
佐々木−永末ラインの民社の理念が今実現されている。民主党右派と左派の対立も春日派と佐々木派の対立とよく似ている。民社協会は民主党の中間派として社会党時代の河上派の様に左右の接着剤として働いてほしいです。
947 :
無党派さん:2009/11/19(木) 10:37:06 ID:5SN8d31a
>>946 まったくもって同感。
それに中間派として接着剤の役割を果たしているといいこともあるしね。
社会党の勝間田派のように。
948 :
無党派さん:2009/11/19(木) 11:18:02 ID:VoktQ/Xk
949 :
かいと:2009/11/19(木) 15:44:19 ID:GwFXUd4i
民社党は春日塚本派の様に金集めをして党員や議員に飯を食わせたり、
保守層へ支持を拡大する路線と、労組や進歩的な層を引きとめる社会主義方向
の路線が両方あったから党が生きのびたんだねえ。自分から社会党を飛び出し
て、苦労するより、社会党を改革する方が価値があったよね。多分。
950 :
かいと:2009/11/19(木) 16:04:34 ID:GwFXUd4i
遠藤みたいな話も刺激的なんだけど、民社分裂の時西尾が騒いで
飛びだしたのと土屋騒ぎもなんか同じような民社の遺伝子が騒いでい
るんだろうか。選挙とかで社会党と違いを見せようとどんどん真性保
守右翼みたいになっても社会党が恋しくなるし、社会党臭くなりすぎ
ても不安と言うか自民党のような安定感がほしくなる。その点今の民
主党は左右の幅に寛容で本来の政権党みたいな安心感があっていいで
すね。それにしても巷では民社協会は最右派とか言われてますけど、
そもそも民社党は中道左派というか民主社会主義政党なのに今から右
翼路線進むのだろうか。支持組織の労組とか民社に右翼やって欲しい
と思ってるんだろうか。
951 :
無党派さん:2009/11/20(金) 09:10:19 ID:nMRFvjKF
西尾末広の評価は様々だが、西尾と土屋では格が違いすぎる。
952 :
かいと:2009/11/22(日) 15:47:37 ID:kmjzwwjn
昭電疑惑の裁判の弁護をしてくれたのは河上丈太郎弁護士であって、確か西
尾の覚書の写真に載っているみたいです。河上派が分断されて、その後社会
党に残った勢力も弱体化していったし、民社に出た議員も中崎敏など討ち死
にした議員も多かったですね。河上は右派の仲間として西尾を弁護して政界
に復帰させたのだが、思いは複雑だったろうね。憲法問題とかでまた分裂し
ない事を期待してます。中井議員は父親は民社分裂の時は社会党内に残った
河上派議員でもともと社会党公認で地盤を受け継ごうとしたみ
たいだが公認が得られず、その後民社党で立候補したみたいだが、今までの
政治スタンスから見ると、社会党河上派の日野市朗、河上民雄などとは少し
違うように思うが、民社にいったらそこまで西村真悟寄りになるというか、
変わるもんなんですね。面倒をみてくれた支持組織とか春日一幸の影響とか
で全く人間の考えやスタンスって変わるものなんですね?!
953 :
無党派さん:2009/11/24(火) 21:27:09 ID:hdG0p9yY
西尾末広が社会党を飛び出すというのは
菅直人がグループを引き連れて民主党から出て行くようなものか?
954 :
無党派さん:2009/11/24(火) 22:52:39 ID:l7p+sQ8L
自分は高校生ですが、民社党という政党がかつて存在した(私が幼少の頃に解党)
ことを近年知り、興味を持っている者です。
自民党の一党独裁と、左派優勢で政権政党になり得なかった社会党の対立時代にあって、
穏健な議会主義的な社会主義を志し、公明党のような宗教政党でもない、
現実路線と福祉を掲げる中道左派政党・民社党に時代を先見するもの(現在も民主党政権のような)
を感じました。
現在も民主党内のグループ、民社協会として固い結束のもとにあるようで、
文部科学大臣も民社党の議員の方だったと聞きます。
同時に、江田三郎氏にも興味を抱いておりまして、社会党左派出身でありながら
イギリス議会主義の伝統やアメリカ国民の生活水準を模範とした江田ビジョンなるもの
を提示され、社会党を政権政党にしようと志していた方のようで、この方にも民社党同様
魅力を感じました。後に社民連という政党を結党され、現在も菅氏や江田五月氏が民主党
の中核で活躍されているようです。
いずれにしてもこのような方々が政権を担うことが叶わなかった長い時代を経て、
現在民主党がまさしく、民社党や社民連の後継の政党として政権を担われている
と思うのです。
民主党が民主社会主義的な政党として発展することを願っています。
※追記
民社党の議員が反共にこだわるあまりピノチェト政権を礼賛していたことや、
支援している労組の中にやや極端に右傾化した方々(徴兵制の肯定など)
がいることは恐れながら私としては残念な気がします。
拉致問題に真っ先に取り組んでこられた民社党に尊敬の念を抱くとともに、
是は是、非は非であくまで「中道」としてのスタンスを保ってほしいと、生意気ながら思っております。
今後も民社勢力の皆様の活躍を祈っています!
955 :
無党派さん:2009/11/25(水) 00:10:02 ID:7dHnvNtB
>>954 素晴らしい。
佐々木良作や永末英一が見たら感激のあまり泣くんじゃないか?
956 :
かいと:2009/11/25(水) 00:32:13 ID:fqXyjCz+
民社党は結局分裂しても自民党の補完勢力にしかなりえなかったので、やっ
ぱり左派の政党は左右の対立はつきもので分裂したら駄目なんですね。あま
りに党が小さすぎて、軍事産業とか特定の支持組織の依存が大きすぎたりす
ると政策が偏りがちになって、広く広がりにくくなってしまうので、今の民
主党ぐらいが雑多感があっていいです。労使協調というか、資本家側と近づ
く事で、産業を活性化しながら、労働者への分配も増やすというのが同盟系
の理念でしたが、そこでピノチェト支持によって日米緊密化という現実路線
という民間企業的な実利からそのような言い分も出るかわかりませんし、野
党として社会党、共産党とは違うという選挙対策アイデンティティー作りの
口実としての言説だったのかも知れません。北朝鮮拉致問題の取り組みはよ
くやっているように思いますが、社会党とは違う自分の存在意義がこれほど
出せるものはないという民社分裂が分派活動ではない正統だというような気
持ちも合わせて、穿ちすぎかもしれませんが二重に満足できるところもある
と評価する意見も聞いたことがあります。ゼンセン同盟が徴兵制を推進する
発言がありましたが、企業実利としてはどこまでもアメリカの利得戦争につ
いていき、集団的自衛権を発揮するという考えはあるかもしれない。これは
資本の立場と戦争にかりだされ、命を失うかもしれないという労働者、生活
者とはどこまで戦争による利益があるかという線引きの位置が変わってくる
ので、労働者、生活者側の労働組合は、あまり徴兵制、9条改憲などに深入
りし、資本側と一体化しすぎるのは少し行きすぎな感じもします。現9条で
専守防衛や国連決議があれば多国籍軍に参戦できるという解釈もありうる。
国民が本当にこの参戦すら望んでいるか不明なラインですから。今の憲法は
その境界ラインで文民統制が効きやすく、軍暴発が起きにくいように思いま
す。民社党は新護憲というのもありましたが、現実的な防衛路線を走る護憲
派という売り方もあったように思いますけど。今年の衆議院選挙後の毎日新
聞アンケートで民社協会川端、小平、中井議員は9条改正反対の立場を表明
されていましたし、どんなものか今後注目していきたいと思います。
957 :
無党派さん:2009/11/25(水) 03:53:34 ID:+GAmj93x
カイト君、チミのカキコ、
長文で何を言ってるのかわかりにくいなwww
958 :
無党派さん:2009/11/25(水) 09:47:34 ID:1hyFYDWh
社会党の浅沼稲次郎委員長が殺害されなかったならば社会党や民社党はどうなっていたかわからんぞ。
959 :
かいと:2009/11/25(水) 20:19:15 ID:KYlqWGrz
浅沼稲次郎の秘書で民社党結成に参加した元代議士の麻生良方氏は
著書「新政治家待望論」で浅沼刺殺がなかったら、民社党結党直後の選挙で
民社党は惨敗、衰退しにくかっただろうし、社会党も浅沼頼みで現実政党化
が遅れることの原因になったと分析、河上派や中間派が参加しなかったので
民社党は西尾私党であって、春日一幸の性質を痛烈に批判し、佐々木良作の
ような人材がいないことを残念がっていたというか、永末英一のような河上
っぽいロマン派社会主義者でしたね。しかし、本当に社会党が現実路線を早
くからとっていても本当に政権交代につながったか。社会党村山後の姿にな
らなかったか結局保守党分裂による再編を待たなければ、政権交代できる政
党ができなかったかそのあたりは少し謎なところも残っていますね。
960 :
無党派さん:2009/11/25(水) 21:06:28 ID:+GAmj93x
>春日一幸の性質を痛烈に批判し、佐々木良作の
>ような人材がいないことを残念がっていたというか、
>永末英一のような河上っぽいロマン派社会主義者でしたね。
何が言いたいんですかね?
せめて「てにをは」の係り受けぐらいは
推敲して書き込みましょうね。
961 :
かいと:2009/11/26(木) 00:11:28 ID:XlJNbyA/
すみませんね。言うまでもないでしょうが、塚本、永末、春日、麻生氏は
皆もともと河上派の流れであり、民社党は結構河上派影響力も大きいので
すね。河上丈太郎氏は反戦への思いが強い代議士であって、社会党委員長
になった時、その職務を十字架に例え、平和運動への思いを述べているよ
うです。西尾氏とはそのような反戦への思いと波長が合わなかった可能性
がありますね。民主社会主義では一致していてもそのような部分での思い
の違いは右派社会党時代での再軍備に対しての方向性での対立にも見えま
す。西尾末広というのはロマン派社会主義者というよりもっと現実肌、だ
からちょっと泥臭いがなかなか実力があったというか、春日一幸も重なる
性質があるのでしょうか。言わば、小沢一郎とかと重なるものがなかった
ですか?それに対して永末英一は元軍人で反戦主義が見え隠れする社会主
義者で思いが河上と似ていた。民社党議員の中で反戦主義と民主社会主義
へのロマンが見えて、春日ラインの保守派と一味違う魅力があった。麻生
も河上派系の麻生久という有名な労働運動家の息子で浅沼秘書かつ三島由
紀夫の友人で自らも作家であった。西尾派というのは泥臭いが現実的、河
上派というのは伝統もあるし、文化的なロマンティク感もあるというブラ
ンドがあるんですね。佐々木良作は西尾派出身だったけれど、それに似た
魅力をあわせ持った政治家だったように感じますけどね。
れど
962 :
無党派さん:2009/11/26(木) 22:12:50 ID:pFVcmtrm
春日一幸は河上派だけど加藤勘十系。
加藤勘十系は左派からの転向組だが西尾寄りだったらしい。
何で西尾寄りだったのかはワシは知らん。
963 :
無党派さん:2009/11/26(木) 22:26:32 ID:oSt0SMhb
ベルンシュタインの西欧型社会民主主義的な主張をしていたのは民社党だな。
国益を追求する姿勢を説き、国防の強化を訴えたベルンシュタインの考えを受け継ぎ、民社党は国防に関しては
自民党以上に右の主張をする事も多かった。
社会党の副委員長だった伊藤茂が後年悔いたように、社会党も社会主義協会のような極左を切って、
北朝鮮やソ連(伊藤氏曰く「ウラルの手前」)ではなく、西欧の社会民主主義に学んでいればな・・・
964 :
無党派さん:2009/11/26(木) 22:44:27 ID:vutAHmyU
>>959 社会党の構造改革路線(小泉氏のあれとは全く別物)は、もとは浅沼氏が承認したもの。
浅沼暗殺の追悼ムードで党大会を通ったものの、左派の反発で長期抗争が勃発。
浅沼氏が生きていれば、もう少し穏やかに社民主義路線に転換できたかも知れない。
ただ、1960年総選挙は、浅沼氏が殺されるまで、どうやら、安保反対の熱はあっという間に
冷め、自民党大勝利間違い無しという展開だったようです。
そうなったらどうなっていただろう…
965 :
無党派さん:2009/11/26(木) 23:21:41 ID:pFVcmtrm
浅沼さんが生きていれば
社会党と民社党の再統一が実現しただろう。
966 :
かいと:2009/11/27(金) 02:31:13 ID:cd7/PHwt
浅沼同情票も多かったというわけですね。そういう話だったんですね。麻生
の「浅沼亡霊党」というのはそういう意味だったんですかね。浅沼は河上か
らの信頼もあったし、左派からの支持もあったので、そういう意味ではキー
パーソンだったかも知れませんね。江田が台頭してきた事で党内バランスが
崩れ、民社分裂の引き金になったという話もありますから結構ややこしいで
すね。しかし、今は社会、民社が再統合した形になったが、結局、この時の
分裂劇が以後の日本の自民党一党支配という政治形態に大きな影響を及ぼし
たのは事実であり、この民社分裂時の河上派の苦悩する様子を描いたのが「
社会党河上派の軌跡」であった。この本には中井国家公安委員長が前書きを
描いており、中井氏も絶賛しているものであった。中井氏は社会党、民社党
、新進党、自由党、民主党と道を歩まれ、正に民社物語には氏の深い政治家
としての想いが見えるだけにうってつけの人物の一人である。民社党の西尾
私党性、分派性を打ち消し、河上派合流感を強め、右派本流イメージを向上
させるのに、麻生と同様に登場願う人物かもしれない。父徳次郎が民社分裂
の時は河上丈太郎に従い社会党に残ったが、民社に流れる者と別れる時の想
い、政治家の信念というものとどう向き合うか、政党が分裂することの意味
、民社党結成に参加した多くの議員が次の総選挙で落選してしまった事をふ
まえ、本当に思うことが沢山あるというか感慨深い。そして、自分が選挙地
盤を引き継ぐ時は左派と対立の結果、結局離党して民社党から出馬する事に
なる。春日一幸に世話してもらいながら、議員生活、選挙するが、毎回なか
なか大変で、最後には対立する社会党の候補が右派となる。「民社党時代は
お金もなくて選挙は苦労した。」と中井氏は地方新聞で述べていた。
967 :
かいと:2009/11/27(金) 03:17:38 ID:cd7/PHwt
だが、実はこういう所にも民社党の本質が見えている。穏健な社会主義者で
活動しようとするとむしろ、社会党の右派グループ「政権構想研究会」でい
たほうが社会党の党改革は社民の理念を確立することであったし、社会党の
伝統右派でしっかり活躍する方が注目も浴びるし、選挙にも通りやすい。し
かし、民社党だと党の足腰も弱く金集めもしなければいけない、さらに、社
会党右派候補と競わなければならないので、春日路線で走らなければならな
くなる。現実を考えると、佐々木永末ラインでは戦えないというジレンマに
なってくる。中井がなぜ自由党に参加したのかを考える時、このような足
跡を見ると、何か参考になるようにも思う。しかし、中井氏は「父親は
社会党の代議士であり、自分も社会党員として父親の秘書をしていた。」と
いうフレーズを自己紹介に入れることが多いのです。矢張り、河上派への
政治家の原点としての想いや社会党河上派議員として活躍したかった心が
民社党というのはオール右派でできた政党、右派本流ですよと自分に言い
かせる言説であると同時に打ち消せない。そういう社会党の河上派ノス
タルジーを感じさせるんですね。今回民主党が選挙に勝ち、政権を取って、
中井氏が「こういう展開になると思わなかった。今まで苦労が多かったけ
ど、こういう事があるからやめられないんですね。」とか地方紙の記者に
語る記事がありましたけど、「細川、羽田政権よような事を繰り返しては
いけない。」と語られつつ、その奥にはそういう社会党時代からの想いも
重層的に噛み締めつつ、言葉を発していたのではないか、そう思う訳です。
民社新党を作る時は夢いっぱいだったけど、なかなか皆さん苦労した。河
上さんが民社に行こうとする議員に「なかなか苦労するぞ。」と発言した
その深さも現代政治とも繋がって連想する部分もあって、考えさせられる
ところがあります。民社ファンとしては何かこのような希少なものを読ま
せてもらうと、インディーズファンの満足感みたいなものがある。そもそ
もこのレスがその類のものかもしれませんな。
968 :
無党派さん:2009/11/27(金) 03:40:08 ID:BiXxSqC4
>>967 まあ、おっしゃるように、金集めという点では、
民社系は非常に苦労しているし、
集金力は春日系の方に分があったのは否定できんね。
となると、その後30年余り延々と続いたのは何のためなんだとは思う。
右派路線でやりたいのであれば、
早めに党綱領と党名を替えるべきだった。その方が票は出ただろう。
いろんな利害関係の中で成り立ってきたということだろうけどね。
でも、はっきりいってキモチワルイよな、そういう有り様は。
カイト君は民社ファンということだが、
民社のどういう点を今の政治に生かすべきと考えていますか?
969 :
かいと:2009/11/27(金) 12:59:44 ID:/uuALELX
党名改称問題でも塚本氏が「民社党の社の字、社公民はイメージが悪い。」
などと批判、労働組合も連合に統一されていたが民社党内には自民党寄り
の議員も増えてきて、社会党が石橋時代ぐらいからかなり民社路線に近づ
いてきたが、もう第二自民党としてしか自分の立ち位置を考えられなくな
っていた。社会党と和解する事は考えられなくなってきつつあったんです
。民社党の保守路線は社会主義政党であるという自分の位置を否定したい
という意志もあいまって、自民党より右を是にし、反社会党に価値を置くと
いうスタンスになるため、やや極端な右翼性が出てしまっている。自民党
は保守路線があっても野中氏のようなブレーキをかけるグループも存在し
て現実路線に国民感覚を取り入れるバランサーがあった。一方、民社党の右
路線というのは歯止めがきかないという不安もあったわけです。今の民主党
に保守路線の現実追従重視のグループと少し左寄りの意見の幅があるのが
よい私自身は思っている。今回の総選挙の自民党の敗北には小泉の市場万
能主義による格差問題、安倍氏の「戦後レジーム脱出、憲法改正による集
団的自衛権の留めのない拡大」など右派路線への反発もあることが否定で
きないと思う。民主党には、経済政策で現実性を伴う中道左派路線や、今
のとこ憲法9条の歯止めの中での、防衛安保運営、集団的自衛権論議、
平和維持活動を研究、検討するのがモテるし、日本の政治の一つの対立
軸になっているというか、そのようにも思います。結局、支持層が民社
党時代より広がったのでより幅の広い中間層で収まる必要がでてきた。
だから、毎日新聞のアンケートでも民社系議員も9条改正反対の回答が
比較的あった。右派的な考えを理解しつつ、現状の政策アピールではそ
こまでタカ派的にしないのが、民主党の特徴であって支持がえやすいと
感じますね。
970 :
かいと:2009/11/27(金) 23:47:43 ID:nooejUT4
だから一貫して民社党は分派活動のようなもので、保守勢力の補完勢力に
しかならないと言ってきましたね。30年の歴史とは自民党の補完勢力であ
って、そうでなければ、民社党が社会党と別に存在する独自性や意味はな
いのです。それこそ、途中で綱領などを変えて真正保守右翼党になってし
まったら民社の歴史も何も無い自民党に吸収されるだけの政党になるか自
滅することになったでしょう。塚本、大内元委員長は自民党に行かれてい
ますがそれこそ民社って一体何だったん?ということになります。両氏は
ピノチェト賛美、戦闘機の海外輸出推進、PKO、改新結成などでの社会党
外しなど左派攻撃の急先鋒であり、自民党と連携することを第一にしてい
たように思います。今、民社協会と言ったら西村真悟、土屋たかゆきなど
右翼、尊皇軍国武装政党、国家社会主義のような勢力を連想する方が多い
ようで、この春日派系統の進化版が民社の看板になってきている。いろい
ろ議論はあると思うのですが、民社党は末期になってくると相当内部に自
己矛盾を抱えてくるようになっていた。今、民社系議員が民主党内で過激
な右翼発言をせずに静か過ぎるとか土屋都議が発言していましたが、ある
程度穏健路線が本来あるべき姿だとおもうと、逆に民主党のように大きい
政党でいる方が本来の民社主義の本領を発揮できるのだと思っています。
971 :
無党派さん:2009/11/28(土) 00:28:32 ID:+TcNonRW
長文お疲れさん
カイト君もいろいろ大変だろうけどがんばって
民主社会主義を守ってくれや
972 :
無党派さん:2009/11/28(土) 01:06:44 ID:+TcNonRW
同盟系労組の系統もあったから保守政党には完全にはなれなかったんだがな
オイ、カイト!
そんなオレの書いていることにいちいち長文でけちつけるんはどういうことや?
973 :
補足:2009/11/28(土) 06:54:32 ID:+TcNonRW
>30年の歴史とは自民党の補完勢力であって、
>そうでなければ、民社党が社会党と別に存在する独自性や意味はな
いのです。
>それこそ、途中で綱領などを変えて真正保守右翼党になってし
>まったら民社の歴史も何も無い自民党に吸収されるだけの政党になるか自
滅することになったでしょう。
つまり、貴殿の見解としては、自民党の外部で、その補完勢力であるためには、
逆説的ともいえるが、保守・右派に転向するよりは、
あえて体裁だけでも民主社会主義を偽装する必要があったてことかね?
>塚本、大内元委員長は自民党に行かれてい
>ますがそれこそ民社って一体何だったん?ということになります。
民社が自民の補完勢力であったのが30年の歴史であったとすれば、
その使命を終えて解党したのなら、本人たちの判断で自民党に行っても
別に不自然なことではないのでないのかい?
上に書いていることと矛盾してるよ?
カイト君、貴殿の文章は何度読み返しても真意がわかりにくい。
携帯から書き込んでるのでなければ、せめて改行を入れるべきではないかね?
974 :
かいと:2009/11/28(土) 08:19:08 ID:SRKR5vXs
民社党が保守党の一部になって、政治にに関わっていくのか、民主社会主義
を基調にして、自民党に変わる政権交代の軸を作るかという政治スタンスの
違いですかね。
結局どっちかにつかなければならない。
民社党の結党意義はどっちにあったか、と考えたという訳です。たぶん後者
だったとおもうんですが。それが民社党の路線対立になった。
ゼンセン同盟とかかなり保守派みたいな徴兵制発言があったり、日本会議
に参加している人もいて、結構労組にも保守派の影響が大きくなっているの
だなと思ったこともありますね。
975 :
無党派さん:2009/11/28(土) 09:06:32 ID:+TcNonRW
>>974 まぁ、総評系の労組員でもそうですけど、
労組員なんて、上からの教育でどうにでも洗脳されちゃうからねw
富士政大は昔相当激しい教育したらしいからねー
中井ひろしの件に戻るけど、
本人は民社でなく社会党でやりたいという意識があっても
特に協会派の偏狭な連中はとことん排除しにかかるから
結果的に右方面に活路を見出さざるを得なくなった面があるんだろうねー
まぁ、貴殿が指摘する通り、
民社系が再び中道化するという点では、
現在の民主党がああいう形になってよかったとは思うが、
「国民の生活が第一」のテーゼは、頻繁になし崩しにされてるからねぇ
何らかのよりどころとなる政策集団は必要だと思うね
976 :
無党派さん:2009/11/28(土) 09:52:36 ID:sa7oPAM8
社会党は世襲は認めていなかったから
中井が父親の後を継ぐのは無理だった。
977 :
無党派さん:2009/11/28(土) 10:03:27 ID:+TcNonRW
978 :
かいと:2009/11/28(土) 12:11:25 ID:+rD2F460
社会党の河上派でも日野市朗は成田委員長から継ぐことを勧められたようで
すし、中井は左派の対立候補を成田に立てられ世襲に失敗した。徳次郎がよ
っぽど左派に嫌われたことをしてたんでしょうか。兵庫の社会党でも河上民
雄が公認候補で余力を民社候補を応援しようとしたところ、左派が猛反発し
て対立候補を立てようとしたところ、河上が愛想をつかして出馬をとりやめ
た事もありましたね。結構兵庫の社会党と民社党は県議会レベルで統一会派
を取るなど仲がよかった。この時は永末委員長の時代で、ニュースステーシ
ョンで永末が「河上さんとは同じ釜の飯を食った仲間ですから、このような
ことになるのは大変残念だ。」などと言って、塚本三郎が社会党と一緒みた
いな事をいったらいけない。とけん制したエピソードもありました。
979 :
かいと:2009/11/28(土) 12:33:16 ID:+rD2F460
連合の会長がゼンセンの高木剛氏になるとき、連合内にかなり批判票
があった。労使協調と言って、殆ど経営者側と同じ事を言って労働者
の意見を汲み上げず、御用組合みたいに逆につぶすつもりか。とか軍
国主義の発想にするんですか。という意見があったわけですね。西村
真悟氏等集団的自衛権で米軍の軍事行動に何ら制約されずついていけ
る憲法を作らなければならない。」という類の考えに少々批判があ
て、現在は少し修正されていますね。戦争をすれば特需は復興経済み
たいなものがあって経営側は賛美する点があっても、本当に労働者側
は利益を預かるのか。労使協調路線の評価と御用組合的批判を両方考
えて動くという面では、同盟から連合に移ってよかったとも思える。
連合が表向き少し労働側につく路線であっても各労組で経営側の立場
も考えて温度差をつけてもいいですし、そちらの方が、経営側ともう
まくいくし、労働組合の労働者からの信頼もあがり、加入者も期待で
きるんではないでしょうかね。素人的な考えかも知れませんが。
980 :
無党派さん:2009/11/28(土) 21:49:43 ID:tudakA5I
>>979 誤解しているようだけど高木前連合会長の「徴兵制否定の連合見解の否定」は
徴兵制肯定論じゃないよ。近代戦において徴兵制は先進国ではもうありえないのに
あえて表現することは国民主権(国民が選挙を通じて主権を行使し責任も国民に帰趨する)と
シビリアンコントロール(文官統制ではなく文民(究極的には国民)統制)を
考えれば問題があるといっただけです。
あと西村真悟ですけど民社系の例としてあげられやすいけど
民社党時代は今みたいな極右じゃなかったはずなんだけど、
なんの影響を受けたのかねえ。
981 :
無党派さん:2009/11/28(土) 23:43:12 ID:Ab28uLWA
>>977 社会党で世襲を認められたのは弁護士、大学教員などの知識人、
労働組合などの圧力団体の幹部くらいだろう。
982 :
無党派さん:2009/11/28(土) 23:51:47 ID:CvIejpQD
赤松広隆は例外だな。
ひょっとして竹下-金丸ラインの人か?
983 :
かいと:2009/11/28(土) 23:52:49 ID:6r3qE3mR
西村真悟チンの発言「お国のために死ねる人間になれる教育が必要。」とか
言いだして、歴史認識問題での過激な発言。大内が「社会党が反対すればす
るほど日本にはよい政策。」と発言したのを座右の銘に行動しているのかも
知れません。民社党の月刊誌「かくしん」でも「戦争はすばらしい。戦争に
よって人間や社会がよくなる。」と戦争賛美の記事もめずらしくなかったし
、そういう内容にかなり衝撃を受けたものです。富士社会教育からの「改革
者」になるとやや内容は穏やかになりました。創憲会議の憲法草案もかなり
保守的で右ですが、タカ派的な発言をする事に慣れっこというより、過激な
発言をすることが民社協会所属の勲章みたいになってるんですかね。このレ
スは左向きの事を言っても理解していただけるみたいなので少し驚きです。
発言者は労働組合関係の方が多いのでしょうか。
984 :
無党派さん:2009/11/29(日) 00:02:46 ID:X/kAh7KN
>>983 わざとタカ派的発言をして共産党を挑発してたんじゃないの?
民社党は選挙で共産党と激しく戦っていたから。
985 :
無党派さん:2009/11/29(日) 04:05:07 ID:WNjMpPDT
>>983 「改革者」は民社研(民主社会主義研究会議)、その後は
政研フォーラム(政策研究フォーラム)の刊行ですよ。
986 :
無党派さん:
>>983 あと、「かくしん」より「改革者」のほうが先鋭的な右でしたね。
1998年以降、「改革者」は急激に穏健化しましたが。