■【主張】東京大空襲 勝者の非人道性も検証を
東京・下町一帯が壊滅し、十万人以上が亡くなった昭和二十年三月十日未明
の東京大空襲から六十年が過ぎた。広島、長崎の原爆とともに、多くの非戦闘員
が犠牲になった日として、いつまでも国民の記憶にとどめたい。
米軍の爆撃機B29による東京空襲は昭和十九年十一月から始まった。当初は
軍事施設を狙った精密爆撃が中心だったが、途中から住宅密集地を標的にした焼
夷(しようい)弾による無差別爆撃に切り替えられた。この空襲を指揮したカー
チス・ルメイ少将が戦後、「航空自衛隊の育成に貢献した」として日本政府から
勲一等旭日大綬章を受けたのは、皮肉なめぐりあわせである。
無差別爆撃は東京大空襲の後も、名古屋、大阪などの大都市で続けられ、広
島、長崎の原爆を合わせると、犠牲者総数は五十万人を超える。戦争とはいえ、
これだけの民間人を組織的、計画的に殺害した行為は、あまりにも非人道的である。
米軍の無差別爆撃、原爆投下とともに忘れてならないのは、終戦直前、旧ソ
連軍が日ソ中立条約を破って満州に侵入した行為である。関東軍将兵ら六十万
人がシベリアなどに抑留され、うち六万人が強制労働で死亡した。満州や朝鮮
半島から引き揚げる途中、ソ連兵の暴行などで死亡した日本人は二十万人を超える。
近年、ヨーロッパでも、第二次大戦中の戦勝国の非人道的な行為を検証しよ
うという試みが始まっている。
先月十三日、ドイツ東部の古都、ドレスデンで、大空襲六十周年の式典が催
された。東京と同様、米英空軍の焼夷弾による無差別爆撃(ドレスデン空爆)
を受け、数万人の一般市民が死亡したといわれる。戦後、ドレスデンは東独に
属し、ホロコーストへの負い目もあって、連合国への批判が控えられてきたが、
六十周年の式典では、五万人の市民がロウソクをともし、犠牲者を追悼した。
ポーランド政府は、旧ソ連が自国の将校ら二万人以上を虐殺した「カチンの
森」事件(一九四〇年)の真相解明に着手している。
戦争はいつの時代も、勝者の側から見た歴史だけが語られがちである。戦後
六十年を機に、敗戦国日本の側からも冷静に戦争を見つめ直したい。
http://www.sankei.co.jp/news/050310/morning/editoria.htm