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無党派さん:
俺たちは何だったのか
元教員・野田雅之(岐阜市・82歳)
「いざ撃たん 御國のためぞ 高機砲」。二十一歳、陸軍高射学
校卒業の際の愚作です。
今さらのように思いだされます。千葉の高射学校の校庭から見
つめた、あのいまわしい東京大空襲。敵機の落とした焼夷弾で街
に赤い炎が広がる上、我が軍の照空燈に捉えられた大きな敵爆撃
機、それに向かって上下左右に反転して突っかかっていく虻か蜂
のように見えるわが戦闘機の姿が漆黒の闇に消え、また照空燈の
光の中に入ったときは銀色にキラキラ光るさまを、グッと拳を握
って見つめるだけのもどかしかったこと。
また、浜松では敵の艦載機が百メートル位前からこちらに向か
って撃つ砲弾が地面に突き刺さって、一直線に土煙を上げて迫っ
てくる前で、死ぬことなど意中になくそれこそ無の境地で立ち向
かったことなど。
平成十五年と十六年、全国戦没者慰霊祭で小泉首相はこう言い
ました。「先の大戦で、心ならずも戦陣に斃れ……」。同窓会で
この話をすると、間髪をいれず「俺たちは何だったのだ!」と海
軍で戦争に参加した一人が怒って叫びました。
そうです。我々は「心ならずも」戦地に赴いたのでも「心なら
ずも」国のために死んだのでもない(と、靖国の神は言うでしょ
う)。そんな気持ちで小泉首相は靖国神社に参拝していたのか?
それで分かった、八月十五日に参拝すると言って変更したり、正
月に初詣に行って俺は参拝したのだと。靖国を政治の手段に弄ん
でいるのではないか。
「正論」平成17年2月号