小泉総理は運が強すぎる ▲292▲

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64無党派さん
 そんな首相の背後には竹内氏がおり、竹内氏には、周囲を畏怖させる人脈があっ
た。「直接、選挙応援を依頼したことはない」と語った竹内氏だが、彼とその背後
関係が、地元での首相の選挙戦に少なからず影響したであろう。

 そもそも、若き日の小泉首相が竹内氏の力を借りねばならなくなった背景には、
地元・横須賀での評判があまり芳しくなかった……という事情もある。
 60年代、神奈川県横須賀市の倉庫街の一角では、当時流行した「ダンスパーティ」
が夜毎に開催されていた。主催者は「結城純一郎」青年。実は偽名で、近所に住む
大臣の息子・小泉純一郎くんのことだった (04年 7月 2日号)。
「当時、慶応大学生だった″純ちゃん≠ヘ、辺りの学生グループを率いて遊び回っ
ていたのですが、本名がバレるとまずいので、偽名を使って市外に遠征したりして
いたんです」(当時の知人)
 裕福なボンボン″が多少無軌道な学生生活を送るなどは、いまでもよくあるこ
と。だが、小泉青年の場合は「やり過ぎ」の嫌いもあったようだ。当時の友人の一
人は、仲間でスキー合宿に行った際、純一郎青年の口から驚くような発言が飛び出
したのを記憶している。
「泊まった宿に若くて色っぽい仲居さんがいたんですが、純ちゃんはそれを見て、
『おい、いいオンナだなあ。今夜やっつけようか』と口走りました。『やっつける』
とは、当時『レイプ』の隠語としても使われていた言葉なんですよ。いくらなんで
も、極端な言い方だと思いました」