「小沢一郎ほど米国の言いなりになった人はいない」

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77無党派さん
石原慎太郎エッセイ『日本よ』
http://www.sensenfukoku.net/mailmagazine/no41.html

 最近、ある人に教えられ関岡英之氏の「拒否できない日本」なる著書を読んで、
今日の日米関係の本質を改めて認識し愕然(がくぜん)とさせられた。
国政を離れて久しいせいで、あの後ことがここまで進んでいることは知らずにいた。
知っているのは政府当事者だけで、彼等もそれを良しとはしないのだろうから
ことは表面では巧みに隠されているが、実態はあの後はるかに深刻なものとなっている。

 あの後とは、私が議員時代自民党が金丸信なる悪しき実力者の君臨の下
経世会に支配され、その後体よく自民党を割って飛び出し新党を作って
転々し今は民主党のフィクサーとして在る小沢一郎がその配下として幹事長を務めていた頃、
日本はアメリカから構造協議なるものを持ちかけられ内需の拡大という美名の下に
貿易を抑制し国内で無駄な支出を重ねることで国力を衰弱させよという圧力に屈した後々のことだ。
大体、「構造協議」などという二国間協議のもっともらしい名称は国民の目を憚(はばか)るために
日本の役人たちが改竄(かいざん)したもので、
相手側の原文はストラクチュラル・インペディメンツ・イニシャティブ(構造障壁積極構想)、
その「積極性」を持つ者は当初からアメリカということだ。

 しかしその後金丸、小沢体制下の自民党政府はさらに、向こう八年間に
四百兆の公共事業を行って内需を刺激せよというアメリカからの強い要請を丸呑みして、
結果としてそれを上回るなんと四百三十兆の公共事業を行ってのけたのだった。
その結果夜は鹿か熊しか通らぬ高速道路があちこちの田舎に出来上がった。