「小泉家は、神奈川県三浦半島においては『元祖 郵政族』とも呼ぶべき家柄
である。
首相の祖父であり、浜田雄幸内閣の逓信大臣を務めた小泉又次郎氏は、この地
区の特定郵便局ネットワークを整備した功労者だった。
しかし、昭和44年の総選挙では横須賀北部の特定郵便局15局が後に新自由
クラブ代表を務める田川誠一氏をかついだため、神奈川二区で次点となって落
選したのが、初めて総選挙に立候補した小泉純一郎氏だった。
父、小泉純也氏の急死でロンドンから戻り、初出馬した青年にとって、特定郵
便局15局の寝返りは痛手だった。そもそも寝返りの理由とは、彼がロンドン
へ行くきっかけとなった、あの事件が理由だったのだが。
特定郵便局とのこの不幸な出会いが、小泉首相の『アンチ郵政』の原点である
ことは、地元の長老たちの間では有名である。
結局は、小泉郵政改革の原点は、郵便局に選挙で裏切られたという、私憤・私
怨なのである。
小泉純一郎氏は1972年に初当選を果たして以来、大蔵政務次官、衆議院大
蔵委員長、厚生大臣、郵政大臣などを歴任した。その間、1984年に分離課
税案に賛成したのを皮切りに、郵政肥大化批判に基づく『郵貯非課税』の廃止
、老人マル優の限度額の引き上げ反対などを掲げて、常に『郵政批判』を繰り
返してきた。
一方で、地元の民間金融機関や全国銀行協会から選挙献金を受け、ヤマトの労
働組合など『アンチ郵政』勢力から選挙での人的支援も受けてきた。
小泉氏の政策論議が本物であれば問題ないが、若い頃から持論だったはずなの
に、首相の『郵政民営化論』は不思議なほど稚拙だ。これでは、公憤としては
熟成しておらず私憤の域をでていない。
初出馬の落選という『恨み』に端を発した郵政民営化を、ヤマトへの失望をい
う新たな『恨み』によって歪めた小泉首相。私憤によって、二人の有能な経営
者が振り回されているのが、小泉郵政改革の実態なのである。」
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