2012年12月、年末商戦のさなかに訪れた郊外型の大型家電量販店のゲーム売り場に、さみしいコーナーがあった。
そのゲーム機向けソフトの半分に「新作予約受付中」の表示がされていた。
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「プレイステーション・ヴィータ(PSヴィータ)」のコーナーだ。
■キラーソフトの援護なくライバルに遅れ
11年12月に発売されたこの最新鋭の携帯ゲーム機は、1年間の販売台数が国内100万台余りにとどまり、伸び悩んでいる。
大胆な値下げ販売に踏み切って1000万台を突破した任天堂の「ニンテンドー3DS」と比較すると、惨敗としか言いようのない状態だ。
携帯ゲーム機「プレイステーション・ポータブル(PSP)」の販売をけん引した「モンスターハンター」シリーズ(カプコン)のようなキラーソフトが発売されることも、
発表されることもなかった。今後発売される見込みも立っていない。
この状態は海外でも同じだ。ヴィータの販売台数は世界合計で400万台程度と、3DSの2800万台に遠く及ばない。
新型携帯ゲーム機の争いはスマートフォン(スマホ)との競合という新しい局面に入っており、すでに蚊帳の外という状態だ。
11年末の段階では携帯端末向けに最高クラスのハード性能を持っていたPSヴィータは、
この1年の細かなアップデートにより、個別の要素として見るべき点は多くなった。
例えば、ソニーの研究開発の蓄積が生んだ拡張現実(AR)技術を使った「ARプレイ」や、
プレイステーション時代のゲームが600円前後で遊べる「ゲームアーカイブス」の充実などだ。
しかし、逐次追加されるこれらの機能は、広く一般ユーザーに訴求するまでには至っていない。
ハイエンドのスペックを持ちながら、ヒットしなかったことで量産効果がなく、値下げもできなかった。
今や性能的には「iPhone5」といったアップル製品に追いつかれたとみられている。
今年第1四半期にソニー自身が発売するアンドロイド端末「エクスペリアZ」にも追い抜かれる
PSヴィータは様々な失敗を抱えているが、中でも「プレイステーション・モバイル」の立ち上がりの失敗は深刻だ。
これはSCEが開発環境を一般のユーザーにも提供し、その環境を利用して開発したゲームはPSヴィータと、
SCEが認めるアンドロイド端末向けに「PSストア」でダウンロード販売する仕組みだ。
アップルの「AppStore(アップストア)」やグーグルの「GooglePlay(グーグルプレイ)」と似た戦略を、
「PSヴィータ」というゲーム機の魅力を生かして実施しようとしたものだ。
開発環境の提供は12年4月から段階的に始められ、10月にコンテンツ配信が始まった。
しかし、現状は惨憺(さんたん)たる状態だ。配信タイトル数は50にも届かず、
12月の配信タイトルはわずか2タイトル。ネット上での開発者の盛り上がりもない。
開発者にすれば、アンドロイド端末向けゲームならグーグルプレイに登録すればいいため、
PSヴィータがヒットしていない以上、利用する意味がないのだ。PSヴィータの今後の復活は相当厳しいだろう。
■分かりにくいソニー発ライフスタイル
ただ、戦略の弱さは今のSCEのみならずソニーグループも同様だ。製品ラインアップの混乱は現在も続いている。
SCEの製品はソニー製品とセットで考えると、どの製品でどんなサービスを利用できるのかがよく分からない。
昨年末にソニーは「プレイステーション3(PS3)」の周辺機器のハードディスクレコーダー「ナスネ」を中心に、
「新しいテレビスタイル」という提案をした。PS3のナスネで録画した番組を、PSヴィータ、ソニーのパソコン「VAIO」、
ソニー製タブレット(多機能携帯端末)、アンドロイド端末の「エクスペリア」などで、Wi―Fiを通じて見られるという内容だ。
ナスネそのものは評価が高い。ところが、ナスネに接続する各端末でできることが違うため、利用方法が分かりにくい。
PSヴィータでは、PS3で撮った番組をメモリーに書き出して使用し、外出先でも見ることができる。
しかし、同じことがスマホやタブレットではできない。ソニーグループ以外の製品でも視聴できるようだが、サイトの情報ではよく分からない。
ライフスタイルの提案とは裏腹に、それをイメージすることが難しいのだ。様々な機能があるようだが、
ユーザーは利用するにしてもその一部しか使わない……。
あまりにも高機能化が進みすぎ、多くの人にとって利用目的が分からない機能がどんどん追加されていった日本の携帯電話の姿を連想させる。
ソニーは過去に成功した自社製品を軸に情報環境をまとめるハードウエア指向の戦略を続けている。
現在はハード単体でなく、ハードどうしを結ぶサービスの充実度によって付加価値を増すという垂直統合型の戦略もとっている。
しかし、スペックがばらばらのハードが乱立することで個別のサービスの開発が難しいのか、その点での脆弱さが目立つ。
■次期PS4のハード仕様に疑問
ウェブメディアの米Kotaku誌が23日、今年末から来年春に発売されるとみられている「プレイステーション4(PS4)」のハードのスペックを報じた。
SCEが契約したゲーム開発会社に対し秘密保持契約のもとで開示する情報を、匿名のユーザーが同誌に持ち込んだとしている。
これによると、PS4はシステムメモリーが8ギガバイト、ビデオメモリーが2.2ギガバイト。
CPUはAMD社のデュアルコアが4個(CPUは8個のコアが搭載されることになる)で、
現在のパソコン世代の高機能グラフィックスを表示する専用チップ、ブルーレイディスクの再生機能などを搭載するという。
この情報が事実なら、PS3と全く仕様が異なるため互換性はない可能性が高い。
また、注目すべき点はデュアルコアが4個というCPUの編成だ。
PSヴィータやエクスペリアZが採用するクアッドコア(4個のコア)と違う仕様のハードを投入することになる。
CPUの編成が違うと、性能を引き出すための最適化プログラミングの方法も違ってくる。
そのため製品間の連携を行うサービスを開発する場合、開発者は苦戦を強いられると考えられる。
例えば、PSヴィータ向けゲームソフトを、グラフィックスを豪華にしてPS4に移植展開する場合、当初はてこずるかもしれない。
SCEに対抗するマイクロソフト「Xbox360」の後継機も、CPUに8個のコアを搭載するとみられているが、PS4よりシンプルな設計と考えられる。
どちらも現在のハイエンドPCのレベルの性能になると思われるが、
ハードの性能に最適化したゲームソフトが開発された場合、
よりシンプルなハード仕様のXbox360の後継機の性能の方がPS4を上回る可能性が高い。
SCEはなぜPS4でこうした変則的なハード仕様を採用しようとしているのか。
SCEは昨年7月、クラウドゲームサービスの技術開発を手がける米Gaikai(ガイカイ、カリフォルニア州)社を買収した。
PS4の件には、このクラウドストリーミングゲーム技術の実現が関係しているのではないかと推測できる。
もしそうなら、この技術を実現したゲーム機は存在しておらず、野心的な開発といえるだろう。
ガイカイ社の買収を生かし、優れた要素技術を新規に生み出そうとしている可能性もある。
ただ、その技術が他の製品と整合性がとれるのかどうかは全く別の問題だ。
■新しいネット流通市場への期待多く
SCEのみならず、ソニーグループが直面しているのは広がりすぎた戦線だ。
それぞれの戦線はか細い線で結ばれているが、しっかりと結びついておらず、
ユーザーには何がどうなっているのかが分かりにくく、アピールが弱い。
故スティーブ・ジョブズ氏が1997年にアップルに復帰したとき、
あまりに多種類に広がっていたアップル製品のラインアップをハイエンドなPCとラップトップ、
ローエンドなPCとラップトップの4種に絞ったのは有名な話だ。ソニーグループにも同じようなことが求められているが、
今の同社にそれができるとは考えにくい。
一定の絞り込みといった撤退戦は日本企業が最も苦手とすることではないか。
思い切ってPSヴィータを切り、全てをアンドロイド端末に集中する……といったトップの意思決定は難しいだろう。
PSヴィータを中心とした、ゲームソフトの新しいネット流通市場の立ち上がりに期待する声は案外多い。
日本では、中小企業など独立系のインディゲーム市場は欧米圏のように大きなムーブメントになっていない。
その理由を、長く同人ゲームを開発してきたゲームサークル「D.N.A.ソフトウェア」のD.N.A.氏(ハンドル名)は
「日本国内向けの強いネット流通の仕組みを持つ企業が登場していないこと」と指摘する。
このサークルは日本のキャラクターを使った麻雀ゲームで人気を得ている。
逆にいうと、麻雀のルールは世界各国で違うため、海外で販売しても人気を得られる可能性は低い。
現在はコミックマーケットといった即売会でのパッケージ販売が基本で、ネット流通を通じた販売はしていない。
現状、日本でインディゲームの開発・販売をしようとすると、ゲーム端末やゲームソフト販売網としてはアップルやグーグルを利用するしかない。
その場合、情報は米国より遅れてしまう。日本国内に合うゲームを日本のユーザー向けに販売することも容易ではない。
マイクロソフトがXbox360に関して世界のインディゲーム開発者向けのネット流通市場を用意したものの、
ゲームの審査と発売できるかどうかの決定権を日本の開発者が持つことが難しく、発売にまでなかなか至らなかったケースもある。
「特に日本風キャラクターを主人公にした場合、好みが米国と違うと判断され発売できないということが繰り返された。
関心を持っていた開発者たちは自分のゲームを販売させることができない苦い経験をしている」(D.N.A.氏)。
開発対象のハードがプレイステーション・モバイルであれば、相手がSCEのため日本の「常識」が通用する。
前述したXbox360のような問題は解決するのではと期待するインディゲーム開発者は多い。
プレイステーションをはじめ、日本に有力なゲーム機(ハードウエアプラットフォーム)が存在することが、
日本のゲーム会社が世界的に競争力を維持できる源泉となっていた点でもある。
それだけに、SCEが現在の厳しい状況を抜け出し復活することを期待する多くの声が、産業界や消費者から聞こえてくる。