【日本の】幻の島、瓜生島を語る【アトランティス】

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1名無しさん@お腹いっぱい。
戦国時代に南蛮船の港町としてさかえ、
地震により一夜にして別府湾に沈んだ瓜生島。

http://www.ailab7.com/uryuu.html
ほんとにあったの?
2名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/15 03:27:34 ID:1fKT6A//
この島かは知らんが、大分にあるらしいな。
海底からよく茶椀とかあがってくるらしい。
3名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/15 09:39:20 ID:aeLqYYuH
瓜生島は現在の大分県大分市沖の別府湾にあったといわれ、
大友氏の時代に南蛮貿易港として栄え、周囲12キロで5000人ほどが住んでいた。
大分川河口付近の土砂が堆積して島になったのではないかといわれる。
しかし、1596年9月4日に別府湾南東部でマグニチュード7.0程度の地震が起こり、
液状化現象と地滑りにより海に沈んだとされる。

なお、「瓜生島」のことを、「沖の浜」という別称で語られている書物もある。
が、沖の浜は瓜生島の一集落で港町の名称だったのではないかと思われる。
ルイス・フロイスが、『日本において1596年に起こったいくつかの奇跡の概説』
という題名で瓜生島に関する記述を書いている。
フランシスコ・ザビエルも、「沖の浜」に大型船を停泊させ、ここから小舟で
府内(大分)の大友館に立ち寄ったとされる。
4名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/15 09:44:23 ID:aeLqYYuH
5名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/16 06:58:40 ID:cP04bWpE
夢があるな
6名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/17 04:37:52 ID:y1YjuMo8
名前が格好いい
7名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/17 23:01:21 ID:9QujjC2Q
8名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/18 00:54:09 ID:wp8OJAHp
>>7
うーん 面白いね。


なんか調べれば調べるほど謎がでてきそうな感じ。
9名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/21 20:52:08 ID:5aUbnllk
謎が多くてすてき
10名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/22 00:24:36 ID:sDcO0s51
読み方って うりやましま?でいいの。
11名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/23 12:31:26 ID:bSL1NXjN
「うりうじま」とか「うりゅうじま」だと思われ。
>7のサイトでは、大分川河口の砂州程度の島が地震で沈没したとあるが。
12名無しさん@お腹いっぱい。:04/11/26 01:09:19 ID:THzFliD3
呼び名は「うりゅうじま」
地元の人間だから、ときどき瓜生島があったとされる場所の、
真上の堤防の上に腰掛けて、想いにはせる。
地元の大名、大友宗麟がキリシタン大名として有名だが、
実は大分は、西洋音楽がザビエルによって最初に伝えられた場所である。
また、西洋医学発祥の地であり、西洋演劇発祥の地とも言われている。
その後、一夜にして沈んだ瓜生島、夢幻の如きなり。
その後の九州の貿易拠点は、長崎の出島にとって変わられてゆくのである
13名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 08:05:03 ID:7eTE/xlo
瓜生って名字もいるね
14名無しさん@お腹いっぱい。
港は失われ、南蛮貿易は大村純忠や有馬晴信を頼るようになりますが
イエズス会の拠点は大分に残りました。
日本には京教区と豊後教区があり、ザビエルが去ったあとは
京教区にフロイス、豊後教区にトルレスが残り、布教の拠点を維持しました。