近代朝鮮語のスタイルは、イ・グヮンス (李光洙) の長編小説『無情』 (1917 年) によって確立された。朝鮮のゲーテ、漱石といったところ。
内容については、去年日本語訳が出たので、読んでみるといい。多少粗い点も見られるが、25 歳の時の作でもあり、迫力十分だ。
世界中の言語はつながっている
普遍文法という一つの宇宙を共有している
言語と言語をつなげているのは愛です
悟りに至れば言語の区別は消滅します
朝鮮語、日本語、普遍文法etcの話題はスレ違い。
スレタイ嫁
どこにでも現れる嫌韓厨。嫌韓、反韓を党是とするパーティを立ち上げたら、あっという間に政権を奪取するんじゃないか。
ナチスの再来だな。
90 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/22(水) 23:26:09
>>86 その小説ってば、漢字を全く使ってないとかそういうものなわけ?
韓国語は、戦後の漢字排斥で、文体も大きくかわらざるをえなかった。
92 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:15:27
中国語会話をテレビで見ていると、日本語でグダグダ説明するより、英訳すれば
すぐ分かるのに、と思うことが多いな。
逆に英語も漢文で説明した方が早いのだろう。ということは昔の日本人は漢文が
できたので西欧語の習得も現在より容易だったのではなかろうか?漢文教育が欧米
語教育の下地を作っていて、明治の文明開化の原動力になったとも言える。
93 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:20:08
>>92 それをいうなら、江戸時代の蘭学とラテン語だろう。案外しられていない
が、江戸時代、ラテン語はかなりやられていたわけだ。蘭学の中には、
ラテン語の学習も含まれていたからな。もちろん、オランダ語は、英語と
かなり近い。
94 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:21:56
>>86 朝鮮語のノーベル文学賞受賞者でも出たら日本語訳を読む機会もある
だろう。
95 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:35:57
>>94 日本語の書籍は、海外にかなりの数の日本文学研究者がいるので、代表的
な作品などは、しっかり翻訳されているわけだ。しかし、韓国の場合は、
韓国人が英語に訳すとかいうことをしないかぎり、海外における韓国文学
研究者なんてものがほとんど居ない現状では、紹介すらされないわけだ。
日本文学研究は、1000年の歴史をもつ日本文学という実績があるから
存在するわけで、50年しかない韓国語について、そのような文学研究
をする価値があるのか?という話になる。
で、韓国で、国際的アピールをするのなら、たぶん、最初から英語で
文章を書くだろう。通俗小説のたぐいは別にして、いくら韓流といって
も、海外で、それほど韓国文学が普及するはずはない。だから、ノーベル賞
なんてのは、今後あり得ないってことだろうな。韓国人がノーベル文学賞
をとることがあっても、それはオリジナルからして英語でかかれたもの
になるだろう。
96 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:42:13
>>93 蘭学にラテン語が含まれていたとは初耳でした。切支丹がセミナリオ
で学習していたというのは読んだことがあるのですが。
明治以後はオランダ語が廃れてドイツ語へ移行したんでしょうか?方言
みたいなものなので英語より移行はスムーズだったろうと思うのですが。
97 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 00:59:00
>>95 日本語の場合は俳句が国際的に流行したりして相当、知られている
ようですね。しかし、外国人が漢詩を詠むなどということは考えられない。
98 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 01:06:02
>>97 そういうレベルではなく、源氏物語なんて17世紀とか18世紀ごろに
翻訳されているはずだ。最初にフランスに紹介されて、あの退廃ムードが
受けた。古事記、日本書紀の英語版もっているけれど、これも今世紀始め
くらいには、ってことだった。案外しられていないけれど、園芸関係の
本として、「作庭記」なんていうのが海外ではよく読まれている。
日本語は、古典からして、海外に広く紹介されているわけだ。
ただ、中国文学はかなり紹介されているぞ。それもかなり古いのが多い
が。そりゃこっちも4000年の歴史があるというのだから、価値は
あるさ。
>>95 戦前から朝鮮語の文学はあったよ。例えば、ユン・ドンジュ (尹東柱) はたいへん優れた詩人だった。ただ、詩は翻訳では味わいが消えてしまう。
たった 1 人の西洋人のよい紹介者がいれば、ノーベル文学賞は取れる可能性がある。近年では、ハンガリーのイムレ・ケルテースが、マジャール語の作品で受賞している。映画化もされた。
ノーベル賞を狙うなら、三島由紀夫がやったように、はじめから西洋人の翻訳者と組むべきだろう。三島は成功しなかったが、候補にまでは上った。
もとよりノーベル文学賞は西洋人のみの価値観であって、拘るほどのものではない。中国人の受賞者もいないが、老舎や巴金の価値は揺るぎもしない。
100 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/03/23(木) 01:15:24
>>98 まあ、欧米人は日本史や中国史にも非常に詳しく研究しているよう
ですね。日本語そのものの研究も欧米人の方が始めたので本国人より詳しい
ようで。
>>98 > 源氏物語なんて17世紀とか18世紀ごろに
> 翻訳されているはずだ。最初にフランスに紹介されて
そんな途方もないウソはやめろ。11 世紀の日本語を理解するフランス人など当時だれもいない。