1 :
名無し象は鼻がウナギだ! :
2005/12/10(土) 06:52:13 言葉になんで定義があるの
言ってねえよ
じゃあレスすんなよ
糞スレ立てんじゃねえヲ゛ケが
>>1 言葉に定義があるのではなく、言語ゲームにルールがあるのだ。
あとは哲学板のウィトゲンシュタインスレで聞いてこい。
お前が立てた「文法要らないスレ」とこのスレ、両方削除依頼を出しておけよ。
6 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/13(火) 10:00:11
間違った日本語で話してたら、他人に言いたいことが伝わらないだけだ
7 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/14(水) 17:17:28
意思疎通が出来れば何でもいい
意思疎通ができる=文法に従っている ・・・終了・・・
9 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/15(木) 00:25:19
文語より口語の方が重要だと思うよ。2チャンネルだとどっちも 指摘されるけど、それは指摘してる人が阿呆だから無視した方が いいよ。2チャンネルで推敲してレスするやつなんて狂ってるからね。 だいたい2チャンネル語何かある時点で気づけよ。モネーとか言って おけばいいんだよ、モネーって。こうぐしとか言ってたぐらいの場所 だから、日本語不自由なんて何か勘違いした人が言ってるだけだからー。 だいたいそういうレスしてるやつって社会的に隔離されてるか、外人な んで。
なんだ、無知の開き直りか。
11 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/15(木) 01:12:09
2チャンネル ではなく 2ちゃんねる だ。
>>9 おもしろい!
でももうちょっとひねらないと、お前が本当にそう思ってると勘違いされるよ。
14 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/19(月) 04:30:32
英語とか日本語的な文法にするとむちゃくちゃ、 ああいうかんじでもいいとおもう
15 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/20(火) 23:30:13
質問。 よく「素で間違った」とか聞くんだけど俺は、なんか違和感があるなぁって思ってるんだけど 実際これって 間違ってる?正しい? できればその理由も
▼ことばの「正しさ」についてご質問なさる方へ 「この言葉遣いは間違ってますよね!」「この言葉遣いは正しいですよね!」 という質問はよく来ますが、最終的に「正しい」「違う」を判定することはで きません。言語は時代とともに移り変わるものであり、あらゆる新しい表現は 登場時には「間違い」とされるからです。その表現が多くの人に受け入れられ、 使われるようになるならば、それはもはや間違いとはいえないでしょう。「正 しい」系の質問をなさる方は、それらを踏まえて、この板では冷淡な扱いをさ れる可能性があることをご承知なさった上で質問してください。
17 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2005/12/23(金) 00:25:14
正しい言葉とは、その国の支配的な立場にある人々の言葉だ。
>8の通りなんだけど、 日本語については口語も文語も含むね。 言語の目的の重要な一つが意思疎通。 社会では、まずそれが一番重要だろう。 警官が100Km/hくらいで暴走しているランボルギーニを止めてみると、 超ボインのミニスカレディーで苺のパンツ丸見えのおじゃうさんが。 警官:おじゃうさん、ここの制限時速50Km/Hなんですけど。 おじゃうさん:あら、私まだ20Kmくらいしか走ってないわ。問題ないんでしょ〜ん、いや〜ん。 警官:そ、そうですねえ。苺はやっぱり石垣が... というようなことにならないようにするためにも、 おじゃうさんは正しい日本語を使うべきなのであ〜る。
絶対的に正しい言葉は存在しない。だから、さまざまな意味を知っておく必要がある (話が通じないとか誤解されるとか、不便を回避するため) 正しい言葉があるから、他の意味を知らなくてはだめなのではなく、 正しい言葉がないから、他の意味を知らなくてはいけない。
ウィトゲンシュタインを読んでから出直しておいで。
21 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/18(水) 17:56:01
日本語はもう少しカジュアルになおさないと世界とかけ離れちゃう
安易なカタカナ語を話すのはやめてほしいな。オーケーとかナイスとか 外人が日本人見たときに何だこいつらって思うから
学校からファイト!「殺せ!」と聞こえてきて、 英語圏の人が恐い思いをしたという話は真実かどうか……w
24 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/20(金) 21:26:00
こっちは○○を祭り上げる奴がかなり居て目敏い とか 虫唾が沸く とかって、日本語的におかしい?
25 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/20(金) 21:36:09
正しい言語があるとかないとかの問題ではない。 言語の使い方で、その人間の個性、人格、育ち、教育水準、知性、属している 社会が、ほとんどあからさまに分かってしまうということだ。 イギリス人は、列車のコンパートメントで見知らぬ人と最初に天気の話をする というが、おそらくそれだけで、互いの育った環境、教育水準、知性、人格 などが分かってしまうという。 言語は、子供のときに周囲で話されている言語を習得していく。あとから、 外国語として学んでも母語ほどの流暢さを得ることが難しい。よって、まさ にその人の育ち、環境、などをひきずるようにできている。これが、古代に おいては、よそ者を近親者と区別するために機能したとされる。ほとんど 同じ言語でも流暢で、ちょいと違うイントネーションで話すなら、それは、 遠い親戚である部族のものだから、その程度の信頼度がある。たとえ、見知 らぬ人でも、自分とほとんど同じ言語をしゃべるなら、同じ部族か近い部族 のものだということがわかる。マトモにしゃべっていても、おかしなアクセ ントであれば「あとから学んだんだ」とばれるので、逆に信用しない。 近代においては、このような「生まれや育ちや教育水準や所属している社会」 をある程度隠蔽する目的もあって共通語が生まれた。だから逆にこれをマス ターしていない人間は、「マトモな人間ではない」とみなされると同時に、 自分の生まれや育ちや社会や教育水準や知性をさらけ出す結果になり、はな はだ危険なのだ。
26 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/20(金) 21:47:02
なんとなくわかった気がする。ありがとう。
>>25 第一義は情報の伝達が正しくおこなわれること。
書いている内容で人柄がわかるってのは、まさにそのとおり。
隠蔽かよ...
28 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/21(土) 12:44:24
>>27 内容もだけど、ナマリや文法的な特徴、語彙の選び方で、発話された文章の
内容以上にその発話者の素性がばれるってことだ。
そういう素性をばらさないためには、正確な共通語の文法と発音をきっちり
マスターし、語彙も十分に気を付けて話せばよい。ただ、その場合、その
人間が、そういう「正しい共通語をマスターするようなやつだ」というのが
ばれるわけだが。
>>28 ううむ、素性がばれないように、正しい日本語を使うのか。忍者とか?(笑
たしかにν速+だと、サーファーやスノーボーダー、在日朝鮮人なんか目立ってるよね?
31 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/01/24(火) 23:03:32
>>29 素性がばれないように、っていうよりは、より相手に信頼されるように、
とか、より相手に対して、自分をよく見せるために、
ということでいいかな?
>>30 まあ、そうだよね。なんとなく外国人かも、ってのはそれがわかる。
で、2ちゃんでは、むしろ、文法的でないが、ネイティブ的であるような
そういう日本語をきっちりできるようにしておくことが、重要かと思う。
みんなが修辞学を学べば問題はなくなるのでは?
>>31 日本語がヘタなのか、変わった人間性なのかは知らないけれど、
よく見せるって言葉の語感を考えてみろよ。いいかな?ってのもどうかな?(笑
>>32 >みんなが修辞学を学べば問題はなくなるのでは?
旧文部省のバカが「アメリカの大学にもEnglishの時間がある」と言って大学でも英語が必須
それが修辞学の授業だったのに……
35 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/15(水) 16:18:19
どうも、高卒の人は話をはしょってする傾向がありますね。 理屈を話して、「こういう理屈があるでしょ、だからこうなんですよ」と言わずに 話が飛ぶことが多い。もしくは、「わかってんだろ?」って感じに強引に結論を持っていく。 高卒がとは言うつもりはまったく無いけど、 そう言う奴はこれは説明するボキャブラリーが乏しいのと、 物事を理論づけて体系づけて話せないからだ。 ヤクルトの古田選手なんて実に理路整然と話すだろ? 知的な奴はある程度、言葉を組み立ててわかりやすく話せるんだよ。
36 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/16(木) 14:19:25
38 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/19(日) 16:09:32
言語学をやった人が口下手だったり悪文家だったりするのなぜ?
39 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/19(日) 18:12:47
何故ならば 言語学≠論理学
40 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/19(日) 23:41:40
言語学の研究者たるものは一般に細かい語彙の意味、意義などに細かく対応 しようとするのが普通の人のぐちゃぐちゃしゃべるのとちがってそれなりに 意味のあることなので、どうしても、こだわった議論になると、一般人には、 意味不明になることがあるのが、多少言語学を学んだ人の言い回しだとしたら そういう特徴をもつ文章を集めてみたら一般人にとってもある程度勉強になる かもしれないというのが、普通の人にはわからないらしいし、ましてや 高卒には。
41 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/02/20(月) 04:20:23
君はわざと接着させたのであることを願うが、 あいかし、なんで短文で書かぬか、遊ぶな。 従属節がいくつも現れたら論理を読み取りにくい。 あ、それから、高卒をそしっても今日日の学力低下時代では仕方が無いよ。 ののしるには「学部卒では」位に学歴表現を上げて置け。 修士でもおかしいのが大勢おるくらいやからな。
>>38 満足に喋れない代償行為が言語学の研究だろ
43 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/03/23(木) 20:42:50
日本語なんて昔から滅茶苦茶じゃないの?
44 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2006/03/24(金) 00:05:44
35は底ら中に貼ってる子ピペ。
言葉の使い方の縛りはそのまま思考の縛りにつながる。
日本語研究者・大学教授は、人生の折り返し地点を過ぎて怖くなったんだよ。 せっかく半生を捧げて研究してたのに、自分が死んだあとも若者の手によって 日本語が変わって行くのが癪に障るんだろう。 だから日本語に纏足を履かせ、成長を妨げたがる。
47 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 01:14:08
エジプトの壁画に「近頃の若いもんは.....」と書かれてあったとか。 そのたぐい。
>>47 そんなのは、アッシリアかバビロニアの粘土板楔形文書にも書かれてるよ。
49 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 12:06:00
質問です。このカッコの中に入る言葉、わかりますか? 5、彼女が忙し()()()()たからお手伝ったのに、感謝されるどころか 怒られてしまった
50 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 12:11:57
質問です。このカッコの中に入る言葉、わかりますか? 6、あの人に手紙を書こうと思い()()も忙しくて書く暇がない。
51 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 13:30:03
欧米語は「対話するための言語」だが、 日本語は「なれ合うための言語」になっている。 正しい日本語使えっていうのは「なれ合い社会(ムラ社会)」を守りたいから。
52 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 13:37:50
敬語や、授受表現(あげる、くれる、もらう)がこれだけ複雑な言語は 世界中探してもそうないらしい。 ちなみに、「give」を「あげる」と「くれる」に分けているのは 日本語の他には、アフリカのマサイ族の言語だけらしい。
53 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 14:17:37
欧米語と違って、主語がないのがデフォだしね。 欧米語は主客が分離しているが(主客分離=自立) 日本語は主客が融合している。(主客融合=共依存)
54 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 17:02:26
「美しい日本の私」という表現の場合、 「私」と「日本」が主客融合していて 「美しい」は「日本」と「私」の両方にかかっている。
55 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 19:18:05
56 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 20:18:07
欧米語=近代的言語(個が確立している) 日本語=前近代的言語(個が確立していない)
57 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 21:07:00
日本語研究の世界では 「日本語は主観性の強い言語である。」という意見があるようですが、 日本語の場合、 「主客融合している主体の主観性」という意味になり、 欧米語のような 「主客分離している主体の主観性」とは意味が異なります。 「主体」のあり方が異なれば その主体の「主観性」も異なってくるというわけです。
58 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/19(木) 22:21:30
日本語は 言語構造が欧米語と根本的に異なるので、 欧米語と同じようなやり方で 論理的に体系化しようとするのは無理があるように思います。 (便宜的な用法分類ならできますが…)
59 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 01:20:51
393 :名盤さん :2006/04/18(火) 22:39:51 ID:rvZrJkgz
this heatって、そんなに「政治的」かねえ
その何百倍も「音響的」だと思うが
395 :名盤さん :2006/04/18(火) 23:33:38 ID:rvZrJkgz
>>394 政治的なタイトルって例えば?
歌詞に社会批判はあるけど、特に政治的だとは思わないな
60 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 11:50:01
>>51 〜
おもしろい指摘だね。
これからもよろしく。
61 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 13:01:38
革命は静かに進む、ですな
62 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 13:37:49
島国&農耕民族という地理的・歴史的条件のもと、 「ムラを守る」という方向で 何千年もの間、日本語という言語は発達してきました。 一言で言うと、日本語は米作りのための言語なのです。
63 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 14:22:27
社会の変化に応じて 言語も変化していくほうが自然だと思います。
64 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 14:52:20
美しきことばとは いにしへのことばをまねたるをいふなり
65 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 14:57:56
ベテランの人にこのような話をすると、 自分のやってきたことを否定されることになるため 思考停止してスルーしたり、 追及された場合は逆ギレしたりするようです。
66 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 15:04:37
学問の世界で思考停止するのはいかがなものかと思いますが…
67 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 15:11:38
>>63 確かに、そうだね。
だけど、51〜さんが指摘されている主語の省略や、敬語や授受表現が複雑にアゲルとクレルの
使い分けられている点等は、一向に変化する兆しはありませんね。
終助詞のネやヨやヨネ等も、ムラ(主客融合的)社会のにおいが
ぷんぷんするね。
(と私の文にもネが続出しておりますが…。)
68 :
67 :2007/04/20(金) 15:16:01
申し訳ない。 67発言の一行目の、 「敬語や授受表現が複雑にアゲルとクレルの」 の「アゲルとクレルの」の部分を削除して読んでください。 →「敬語や授受表現が複雑に使い分けられている点等」となります。
69 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 15:16:33
ここの人たち羽毛布団とか聴いたこと無いんだね… ノイズからプログレまで、幅広い音楽要素を、明確なコンセプトの下、 スタイリッシュに統合する手腕は世界で彼らだけのものだと思う。
70 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 16:25:38
>>67 「…だよね。」「…ですよね。」と同調圧力をかけられても
反論できる状況にあればいいのですが、
相手が目上や多数派の場合、それは難しい。(特にリアルでは)
71 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 16:32:53
「長幼の序」や「人の和」が絶対の国ですから。
72 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 17:10:49
ムラ社会って「言論の自由」がない社会だと思う。
73 :
67 :2007/04/20(金) 18:24:13
>>72 >ムラ社会って「言論の自由」がない社会だと思う。
極論のようでいて、正論だと言えるかも。
敬語や終助詞等は、単に日本語に存在するというだけでなく、
それらを使うことなしに、自然な会話は成り立ちません。
ということは、日本語を使って話している以上、
>>71 で言われている「長幼の
序」や「人の和」の影響下に、常にあるということになりますね。
逆に言えば、敬語や終助詞等の相手に対する配慮表現から自由な言語は、
長幼の序等の序列などから自由に、内容本位の対話ができるということになりますね。
74 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 18:36:55
日本語は 対等な関係で論理的に話をする(=対話をする)ということが 非常に難しい言語構造になっている、と言えるように思います。
75 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 18:47:50
特にリアルでは 周囲の空気を読んで浮かないようにはみ出さないように話をしないと すぐにムラ八分になってしまいます。 本当の意味での自己主張ができないようになっています。
76 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 19:37:07
>>57 >「主体」のあり方が異なれば
>その主体の「主観性」も異なってくるというわけです。
なるほど。
ということは、日本語の「主観性」は、
「個人」の主観ではなく、「間人」の主観ということになりますね。
※「間人」は、濱口惠俊のターム。
(57さんの表現では、「主客融合している主体の主観」)
だけど、「間人」に主観を認めていいのかね。
「主観」ていうのは、「主体の観念」っていうことでしょ!
言語学者の池上嘉彦氏などが最近、日本語の「主観性」について精力的に
とりあげているけれど、その「主観」の吟味は誰もしていないんじゃないかな?
確かに、日本語学の世界では、特に時枝誠記以来、日本語の「主観性」が
盛んにとりあげられてきたように思うんだけれど、心理学や人類学では、
日本人には「個」や「主体性」がないと言われてきている。
この「みぞ」というか「矛盾」はおもしろいね。
77 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 19:53:39
>>74 確かに。
上には畏まり、下にはふんぞり返り、多数には巻かれる…。
敬語や、文末表現の一部(「〜わけですよ」「〜んですね」等)に認められる
非相称的な使われ方が、実際の日本語のデフォであることを考えれば、
日本語を使って話をするということは、不可避的にムラ的人間関係の中にずっ
ぽりと嵌まり込むことになり、対象そのものと対峙することが極めて難しくなる
と言えそうだね。
78 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 20:22:18
近代以降、 日本は欧米と同じような「社会」が存在することを前提にしてきましたが、 「世間学」という分野で指摘されているように 「世間」と「社会」は別のものであって、 日本には「世間(=ムラ社会)」はあっても「社会」は存在しないと 考えるほうが自然なように思います。 世間には「個人」が存在しないので「主観性」という表現も 「欧米とは意味が異なる」というよりも、 厳密に言えば、「表現そのものがおかしい」ということになるのかもしれません。
美味しいお菓子の私
80 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 22:54:13
論理的に説明できるような明解な文法ってのは 日本語の場合、ないような気がするな。 ああだこうだ言うのが好きな人はいるけどさ。
81 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 22:59:04
それを言っちゃおしまいよ、ってことですかね。。
82 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/20(金) 23:06:07
ま、「正しい日本語を使え。」って 上から目線でエラソーに言われるのは嫌だよね。 使いたい人が勝手に使うのは構わないけど。 大体、何を基準に「正しい」と言ってるのかがよくわからないし。
83 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 00:04:43
日本の学問って砂上の楼閣みたいだな
84 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 00:23:27
>>82 反抗期の餓鬼みたいなこと言ってて恥ずかしくないか?
85 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 00:47:23
>>84 じゃあ、何を基準に正しいと言っているのか教えてよ。
86 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 00:54:17
>>84 わからないことをわからないと言って何が恥ずかしいの?
わかったつもりになっていることのほうが恥ずかしいと思うけど。
87 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 02:33:52
まあ実際、正しい言語という状態は存在し得ないけどね そんなものが存在し得るのなら古文も方言も比較言語学も存在し得ないからね もちろんある時代ある地域において社会通念上の許容範囲というものはあるけど その「許容範囲」を「正しい」という言葉で表現するのは正しくはないでしょう
正しい言語って、死んだ言語だよ。
89 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 12:40:54
自分が覚えた時期の日本語を「正しい日本語」だと思い込む中高年が多い。
90 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 12:45:47
ジコチューだなぁ
91 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 14:27:04
説教厨は自分が正しいと思い込んでいるからたちが悪い。 目上だから反論もしにくいし。 日本語を「お作法」みたいに扱うのはおかしいと思う。
92 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 14:41:51
「文化を守れ。」って言う人がいるけど、 その「文化」が時代に合わなくなってきていることに気づいてほしいね。
93 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 14:51:14
今までの学者はすべて後追いで文法、語彙の正誤を決めていた。 それを考えると、国文学者ってむなしいよね。 たとえば、今誤りとされてるものも、時を経れば、 後追いで認めるものが沢山あるんだから。
94 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 16:38:56
「でも、それはこの国の文化ですから…」って言う人がいるけど、 そこで思考停止してしまっていいんだろうか。。
95 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/21(土) 17:40:34
抑圧と排除の文化なんてヤだな
96 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 00:00:29
>>89 ら抜き、さ入れ、「超」等に対する批判は、
しょせんは、自分たちがことばを覚えた時期になかったから、
問題にしているにすぎない。
97 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 00:30:25
>>53 遅レスですが。
確かに、
欧米語の文にとっては主語はなくてはならないものであり、
日本語の文には主語はなくてもいいものですね。
ただ、そのことと
主客が分離するか融合するかや、自立するか共依存するかとは、
どう結びつくのでしょうか?
主語を立てなくてはいけない、あるいは常にたてる、ということは、
主客の分離や、個人の自立とどう関わるのでしょう?
98 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 00:56:31
>>78 >世間には「個人」が存在しないので「主観性」という表現も
>「欧米とは意味が異なる」というよりも、
>厳密に言えば、「表現そのものがおかしい」ということになるのかもしれません。
確か、「主体性」と「主観性」は、英語にすると同じになるんじゃなかったっけ?
⇒subjectivity
日本人は「主体性」に欠ける。
日本語は、「主観性」の強い言語である(池上氏他)。
この二つの命題は、両立しないのでは?
とするなら、78の言うことは、正しいかも。
99 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 07:35:54
52>>めちゃんこ恐れすだが、うちの地元は「あげる」も「くれる」と言う
100 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 08:45:50
>>99 新潟出身の人が、そういう使い方していた。
101 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 09:59:04
>>98 >「『主体性』に欠ける」
を言い換えると
「付和雷同である」。
>日本人は「主体性」に欠ける。
の英訳は
The Japanese are easy to follow others's opinion.
いかし今の日本人は自己中が多く、
「日本人は主体性に欠ける。」という表現は30年以上前の
日本人にしか当てはまらない。
102 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 10:54:32
>>101 利己主義(selfishness)と個人主義(individualism)を混同している人が多い。
利己主義は「自分さえ良ければあとはどうでもいい」という考え方、
個人主義は「一人ひとりを大切にしていこう」という考え方。
ルールや約束を守らないDQNは「利己主義」だが、
個人を尊重したいと思っている人のことは「個人主義」と言う。
ひとくくりにして、「自己中」というのは適切ではない。
103 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 11:00:46
なれあい体質=主体性に欠ける、と考えるのは妥当ではないか? 典型的な日本人はこの性質を強く持っていると思う。
104 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 11:05:42
主体性に欠ける人を、「主観性が強い」と形容するのは 論理的に矛盾するように思う。
105 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 11:20:45
>>97 前近代的な社会では主体と客体が未分化になっているように思います。
(個人単位ではなく、ムラ単位でものを認識している。)
そのため、言語にも「主語」が必要とされにくいのでは
ないでしょうか…?
106 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 13:46:25
この国は「みんなで一緒に」教という宗教の国らしい。
107 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 14:20:41
>>104 訂正します。
「主体性に欠ける人を、」→「主体性に欠ける人が使う言語を、」
108 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 15:04:01
>>106 「みんなで一緒に」という不文律(ムラの掟)があって、
日本国憲法よりも優先されている。
109 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 15:55:49
「みんなで一緒に」=「人の和」とも言いますね。 ちなみに、日本国憲法の基本理念は「個人の尊重」。 この国は、「個人の尊重」よりも「人の和」を優先する国という訳ですね。
110 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 16:11:01
ダブルスタンダードってやつだね。
111 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 16:21:49
長いものには巻かれろ。出るくいは打てでしょ。
112 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 21:03:54
>>105 >そのため、言語にも
って、ずいぶん飛躍があるんじゃない?
「あ、咲いてる、咲いてる。」
では、例えば「桜」が省略されているとして、
このことと、主体性の欠如、主客未分化とはどう関係するのでしょうか?
主語と言っても、人物とは限らないし、まして「私」に限られるわけではありませんよ。
113 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 21:12:55
>>104 >>107 日本語に「主観性」の強さを認めないならば、
じゃあ、授受表現や迷惑受身、終助詞、敬語等の話者の立場(視点)から用いられる
表現は、どのように説明されるのでしょうか?
ちなみに、日本語研究で用いられる「主観性」とは、<話者の立場性>を意味している
ように思います。
114 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 21:45:11
>>112 用例は、誰かとお花見に行ったというような状況で使われたものでしょうか。
主語が示されないのは、
話し手と聞き手の間で主語を示す必要がないからではないですか?
(言語構造のありかたを決めるのは、話し手のありかただと思いますが…)
115 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 21:51:43
>>113 「共依存性(主客融合性)が強い」と言えるように思うのですが。。
116 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 22:25:56
>>115 「話者の立場」や「語り手の声」が表出されることが日本語の特質だとする発言が
あるけれど、たとえば、
「私は、それを認めない。」
「私は、それはまったくナンセンスだと思う。」
といった日本語は、容易に西洋語に翻訳できるでしょう。
そして、こういった表現は、十分に「話者の立場」、「話者の声」を表出している
と言える。
つまり、「話者の立場」、「話者の声」が表出されること自体は、
日本語に特徴的なことでもなんでもない。
だから、問われるべきは、「話者の立場」や「話者の声」が、日本語では、
<どのように>表出されているかでしょう。
「話者の立場」や「話者の声」の日本語に特徴的な表出のされ方と、115で言われている
「共依存性(主客融合性)の強さ」とには、深い結びつきがあるような…。
117 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/22(日) 23:54:16
最近、他の板でも「共依存」って言葉よく見かけるよ。
118 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 00:05:59
主体性が欠如し、関係性が卓越するということであれば、 それこそ、和辻哲郎から、丸山真男、中根千枝、森有正、河合隼雄等々が、 その日本人論の中で取り上げてきたことですよね。 日本語学の日本語特質論は、なぜかそれらの議論とは全く没交渉に展開してきたように 思います。
119 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 00:12:15
日本の学問ってどこもタコツボになっているらしいよ。 専門用語ばっか使って一般人にはサパーリわかりません。
120 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 00:52:59
「日本人論」と「日本語論」って没交渉だったのか…。 そりゃあ、まずいっしょ。
121 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 00:57:35
>>120 う〜ん、言われてみれば…、その通り!
120の言ってることを、「そんなことありませんぜ、お客さん。」
と打ち消せる日本語研究者はいないのでは。
122 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 01:05:54
>>121 有名どころでは、泉子・K・メイナード氏は、日本人論を意識しての日本語論を
展開しようとしているんじゃないか。
123 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 07:57:22
文化と言語は本来密接な関係にある。 共依存性の強い文化なら、言語も共依存性が強くなるはずだ。
124 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 08:06:00
「甘えの構造」っていうのがあったな。
125 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 08:34:24
ニートやひきこもりに対して「甘えている。」と批判する人がいるけど、 自分たちだって甘えている(共依存している)んじゃないの…?と思ったりする。
126 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 09:38:18
アッー!
>>93 規範文法と記述文法の違いも、国語学者と国文学者の違いも
分かってないヤツが偉そうに言えた義理かw
勉強して出なおしてこいや
>>119 外国の学問を本当に知っているのか?
外国の学問だって専門用語ばかりだし、分からないヤツは理解しなくて
いいってスタンスだぞ。
「俺様にも分かる日本語で書け」って、それこそ日本語への甘えだよ。
>>120-121 ちなみに「〜人論」と「〜語論」をいっしょくたに論じるヤツは
どの国の言語の研究者でもトンデモだ。
128 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:17:31
>>127 外国の学問を絶対視しすぎじゃない?
外国の学問だっておかしいところはおかしいわけで。
お偉いさんは一般人を見下したいんだよね。
129 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:29:37
130 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:35:14
>>127 >ちなみに「〜人論」と「〜語論」をいっしょくたに論じるヤツは
>どの国の言語の研究者でもトンデモだ。
では、言語のあり方とその言語を使う人間の特性は、まったく連関しないし、
そんなものを問題にする輩はDQNであると?
たとえば、池上嘉彦氏の最近の著作のいくつかを読んだことある?
サピア・ウォーフの仮説で有名なウォーフは、言語のあり方とその言語の話さ
れる文化とは密接に関係すると言っているようだけれど、それも否定するんだ?
敬語、授受表現(あげる・くれる・もらう…)、終助詞(ね・よ・よね…)等々の、
多様で義務的な使用は、誰もが認める日本語の特徴と言っていいだろうけど、
それらは、日本人のあり方とは全く関係なしにあるとでも言うのかな?
じゃあ、これらの表現の背景を、君はどう説明するのかな?
131 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:38:43
日本語の研究者って知識ばっかのヤツが多そうだな。
132 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:41:27
ま、安易に言葉と国民性を結びつける議論があったことは、確かだけどな。
133 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:46:28
共依存性の強い日本語=正しい日本語っていうのはどうなんだろうね。 日本語が、次世代の足を引っ張ることにならないか…?
134 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 12:53:25
時代の流れとしては、 「共依存」の社会から「自立と共生」の社会に向かっていると思うんだけど。
135 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 13:16:01
「コミュニケーション」って言葉も 日本では、「なれあう(共依存する)」ことをイメージしている人が多いよね。 本当は、「対話する」って意味だと思うんだけど。
136 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 13:34:57
>>135 その辺のことは、
中島義道の『〈対話〉のない社会』でも、厳しく(意地悪く?)批判されているよ。
137 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 15:11:51
>>136 その本だったかは忘れたけど、確か中島氏は、
学会の質疑応答などでお偉いさんに対して、へ〜こらする若手を痛烈に批判
していたね。
また、中根千枝氏も、「タテ社会の人間関係」だったかな、
日本ほどタテの人間関係による遠慮が先立ち、率直な議論の成立しない国は、
アジアも含めて、ちょっとないのではと嘆いていたね。
敬語を正しく使うということを日本人としてのたしなみだとして、
若い人が敬語を使えないのを嘆かわしいとする意見が、この前も新聞に出て
いたけど、敬語というのは、まさにタテ社会と密接に結びつくものだよね。
だから、確かに、敬語を無批判に礼賛し、それを使えない若者をバカにするのは、
どうかと思う。
だけど、和服(民族衣装)はビジネスの世界には通用しにくいものではあるけど、
日本の伝統文化として尊重される必要はある。
そのように、その有用性と限界性をわきまえた上で、敬語が大切にされるのなら、
反対じゃない。
138 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 15:19:44
2ちゃんは敬語がないから議論しやすいと思う。
139 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 15:23:05
学問の世界で、序列にとらわれるのはまずい。
140 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 15:51:13
日本のリアルな社会の中で、日本語を使って話しをしようとすると、 どうしてもタテの関係(非相称的な関係)の磁場の影響を被ってしまう。 ところが、2ちゃんは、そのようなタテの磁場から自由だ。 (いろいろなスレをのぞいてみて、日本にも中根千枝の言う「ヨコ社会」が 生まれつつあるなと思った。) 率直に議論できるし、権威や権力によるはったりはまた〜く通用しない。 こけおどしの言葉や、お仲間ウチでしか通用しない符牒は笑われるだけ。 言葉の内容そのものが問われる。
141 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 16:09:23
マスゴミはそういう2ちゃんを悪くばかり言うね。 誰かが「マスゴミは村社会の番人」って言ってたな。
142 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 16:41:07
ソフトバンク携帯について
「全然繋がらないから解約しようとしたら、6万請求された」とよく聞く※。
(繋がりにくい理由は、ソフトバンクが使用する周波数が建物に弱いことによる)
そして、各種プランが良くないが、ホワイトプランが特に良くない。
携帯のメーカーの数で考えて「友人の4分の1くらいは持ってる?」と考えがちだが…
ソフトバンク携帯を持つのは 約300人 に 1人。
300人の友人がいても、確率的にはそのうち1人しか無料にならない。(契約数/日本人口で計算)
その1人以外の通信料はすべて、他社の約2倍。1日たった7分でも1万円を超える。
長者番付にのるような在日企業は、ほぼ全部がパチンコ・サラ金・風俗と、法の裏側を行くものばかり。
(本社が韓国にあるものは違う。まあ、本社がハンバーガー屋で支社がサラ金というのも有り得ないが)
日本に本社を置く在日企業としては、まさにソフトバンクは、ただ1つの例外。 なのだが…
思い込みやら、まず読まない契約書の解約金やらを利用した商法も目立つ。気をつけて欲しい。
※…新聞記事は「0円携帯 解約に6万円 県、ソフトバンクに改善要望」で検索
↓ついでに。思い込みを利用されているのは、実は、投資家も同じだったり…
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1176891847/
143 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 19:23:18
>>141 2ちゃんを評価したら自分たちの既得権が守れない。
>>130 悪いけど認知云々しだしてからの池上を評価していないからw
最近は彼も(ry
>多様で義務的な使用は誰もが認める日本語の特徴と言っていいだろうけど
誰もって誰だよw
ああ、これが日本語の「世間」を背景とした用法ってやつですかぁ?
敬語も授受表現も終助詞に類するものも、
日本語だけのものじゃないからね〜
って、煽り風味に書かなくてもいいんだけどね。
145 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 20:37:09
>>144 敬語や授受表現や終助詞が他の言語に比べて
異様に(?)発達しているというのは事実じゃないの…?
ハングルは日本語と似ているらしいけど、日本語ほど複雑じゃないらしいし。
146 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 20:50:09
>>145 日本語の「共依存性」と関係づけて考えると面白そうだ。
147 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 20:57:43
言語によって社会構造を裏付けることができるかもね。
148 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 21:53:13
なんかこのスレ一人が大量に延々と書いているように見えて仕方がないんだが…
149 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 22:25:49
>>145 の「異様に」という表現は不適切だったかも。
「非常に発達している」に訂正します。。
150 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 22:33:07
>>144 >悪いけど認知云々しだしてからの池上を評価していないからw
だから、どうだというの?
>ちなみに「〜人論」と「〜語論」をいっしょくたに論じるヤツは
>どの国の言語の研究者でもトンデモだ。(127)
ここに落ちると言うわけかな?
私も池上氏の言っていることを全面的に肯定するわけではない(
>>78 >>116 )けど、
日本語と日本文化の連関を、言語現象をていねいに抑えつつ、きめ細かく問おうと
している点で、評価すべきだと思うし、勉強になっている。
「評価していない」そうだけど、どういうところがなのかな?
一つ具体的にお願いします。
>敬語も授受表現も終助詞に類するものも、日本語だけのものじゃないからね〜
これも、「から」で言いさされているけど、だからどうだというのでしょう?
それと、「日本語だけのものじゃない」って、じゃあ、何語には認められるのかな?
あと、130発言の終りの質問にも答えてもらえるとありがたいです。
151 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 22:41:30
日本人の共依存性(主客融合性)に対応する言語面での特徴として、 人称詞の「異様な」発達も挙げられるんじゃない? 日本語では、人称も、当面の相手に応じて、「多様に、そして義務的に」 使い分ける必要がある。 とりあえず誰に対しても使える中立的な人称は、日本語にはない。
152 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 22:56:39
>>151 「役割」とか「立場」でしか、自分を表現できないってことですよね。
>>150 質問ばかりでウザイね。
キミの質問も「だから何?」って感じ。
キミは偉そうだから、がんばってご自身のご高説でも
2ちゃんで広めててよw
154 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 23:27:18
相手との関係。組織の中の自分のポジション。 「役割」や「立場」から解放され、自由に内容を追究することが難しい、 と言ってもいいかな。 ホンネとタテマエに分裂するのは、このようなところにも由来するかも。
155 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/23(月) 23:30:38
156 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 11:44:42
157 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 13:01:50
158 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 13:18:23
ソフトバンク携帯について
この携帯は「全然つながらないから解約しようとしたら、6万請求された」とよく聞く(※)。
(つながりにくい理由は、ソフトバンクが使用する周波数が建物に弱いこと等、色々)
そして、各種プランが良くないが、ホワイトプランが特に良くない。
携帯のメーカーの数で考えて「友人の4分の1くらいは持ってる?」と考えがちだが…
ソフトバンク携帯を持つのは 約300人 に 1人。
300人の友人がいても、確率的にはそのうち1人しか無料にならない。(契約数/日本人口で計算)
その1人以外の通信料はすべて、他社の約2倍。1日たった7分でも月に1万円を超える。
トップが朝鮮人だからとは言わないが、日本人の客の満足度を真剣に考えてるとは思えない。
つながりにくいことにも、予想以上に金がかかることにも、解約金にも、すべて「後から」気づく。
「金さえとれば後で文句を言われてもOK」とも感じるので、気をつけて欲しい。
※…新聞記事は「0円携帯 解約に6万円 県、ソフトバンクに改善要望」で検索
↓ついでに。カモにされてるのは、ソフトバンク株を買ってる者も同じだった…
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1176891847/
159 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 14:13:55
(´・ω・`)
160 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 17:22:16
御御御付け(おみおつけ)って変な日本語だよね。
使われていくうちに、女性の化粧のように、どんどん濃くなっていった。
162 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 18:28:23
じゃあそのうち 御御御付けと御御御漬物になるかな?
なんじゃそれ?
164 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 19:12:51
敬意表現とか配慮表現とかって すぐにそれが当たり前になるから増えていくみたいだ。
165 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 19:15:57
御御足(おみあし)っていうのもある。
166 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 20:22:05
「させていただく」を問題にしている人がいるけど、 過剰敬語って昔からあるんだよね。 歌舞伎の口上で使われる「申し上げ奉りまする」だって文法的にはおかしい。
167 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 21:16:13
「とか」「なんか」「みたいな」などの婉曲表現も 配慮表現の一種と言ってもいいのかな…?
168 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/24(火) 21:44:39
配慮しているつもりでも相手は不自然に感じることがあるから 使い方が難しいね。
169 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 11:53:00
古文に出てくる「おんまえ(御前)」は敬意を表す婉曲表現ですよね。 今は「おまえ」になって敬意がなくなってますが。
170 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 12:31:57
日本人は曖昧が好きなのだ。
171 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 13:09:39
文学・芸術の分野とか、プライベートな部分では 曖昧でも構わないのかもしれませんが、 パブリックな部分が曖昧のままでは やはりいろいろと問題があるのではないでしょうか。 特に最近は、なぁなぁまぁまぁでは済まないことが多いように思います。
172 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 14:25:01
>>170 曖昧が好きなのに「正しい日本語使え。」って言うの?
ずいぶん自己中だねw
173 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 20:08:10
>>171 日本人って、ウチとソトの区別はするけど
公と私の区別はあまりしないような気がする。
「プライバシー」って言葉が日本に入って来た時も
あてはまる日本語がなかったから
そのまま「プライバシー」になったという話を聞いたことがある。
174 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 22:14:45
「公共」という言葉も「public」とは意味が違っている。 「公共=社会一般」となっているが、 日本の場合はムラ社会を意味することになる。 また、 「公共の精神」と言うと、 「ムラ社会に尽くす精神」という意味で使われることが多い。
175 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 22:33:33
話はズレますがついでに言うと、 日本人がよく使う「協調性」という言葉も 本来は、「なれあうこと」ではなくて、 「自立した上で協力し合うこと」を意味するのではないかと思ったりします。
176 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/25(水) 23:24:11
ナル的表現が多いのも共依存性が強いからかな。
177 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 00:01:55
なんかこういう典型的な日本人論に俺は抵抗があるんだけど。
178 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 00:19:14
>>177 典型的な日本人だからかもしれませんね。。
179 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 00:24:35
181 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 11:38:32
日本人も日本語も、共依存性が強いと思う。 共依存性が強い=しがらみが多いとも言えそうだ。 「人は人、自分は自分」とか 「それはそれ、これはこれ」といった考え方が通用しなくて、 すべてを一体化(癒着)していこうとする感じ。 それが安心感につながるときもあるが、息苦しく感じることも多い。
182 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 15:47:38
「ムラ」=主体と客体が一体化(主客融合、共依存)している場所や空間のこと。
>>173 >日本人って、ウチとソトの区別はするけど
>公と私の区別はあまりしないような気がする。
中央省庁のお役人の生態として、
課あって局なし、
局あって省なし、
省あって国なし。
と言われますね。
本当の意味での「公」がないということでしょうか。
184 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 17:02:26
>>183 自分のムラ(ウチ)を守ることに意識が向かうような気がします。
(個々の構成員を守るという意味ではなくて、組織を守るという意味です。)
>>184 そう。 そういう意味で、日本では、「私」(=個人)もない。 公も私もなく、「ムラ」があるということでしょうか。 そう言えば、河合隼雄が日本では「個の倫理」よりも「場の倫理」が優先される と言っていましたが、そこで言われている「場」とは「ムラ」のことですね。
186 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 17:17:38
「ムラ」というのは一つの生命体のようなものなので、 ムラびとの防衛本能として自然なことなのかもしれません。
>>181 「AはBです。」
と言えば、自分の判断を述べることになる。
「AはBですか?」
と言えば、相手の判断をたずねることになる。
ところが、日本語では、そのどちらでもない
「AはBですね 」/「AはBですよね 」/「AはBじゃないですか?」(ホリエモン)
といった表現が多用される。
多用されるというよりも、通常の会話のデフォと言っていい。
それらを抜くと自然な表現にならない場合が非常に多い。
たとえば、ニュースステーションの古館・加藤・河野各氏のやりとりは、
ほとんど「ね」「よね」で終わっている。
TVタコーのたけしや阿川さんや大竹まことの発言もそうだ。
これらの表現で表されているのは、自分の判断なのか相手の判断なのか??
日本語と日本人の主客融合性を示す好例の一つではないでしょうか。
「正しい言葉を使いましょう」と言う前に、まずはこういう問題について
反省すべきではないかな〜。
188 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 17:39:52
>>186 ただ、米作りを離れてしまった村社会は暴走しやすく、
玉砕するまで止まれないといった側面があるように思います。
>>186 >「ムラ」というのは一つの生命体のようなものなので、
じゃあ、その場合の「ムラびと」とは、
ムラという生命体のパーツに過ぎないということですか。。
だったら、生命体のベクトルに刃向かうパーツがえらい目に遭うのも、
むべなるかな、ですかね。
190 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 17:44:29
>>187 「正しい日本語」というのは、
どういう社会を目指すかによって違ってくるのではないでしょうか…?
>>188 だよね。
一人ひとりの成員は、パーツに過ぎないとなったら、
ムラを「誰が」コントロールするのかといえば、誰もいないもんね。
みんななかよく「パーツ」なんだから。。
「個人の尊重」って聞こえはいいが、アメリカが理想の国だとも思えないのだか…。 貧富の差は激しそうだし、泥沼化したイラクとの関係もねぇ。
個を尊重の元に出来た成り果ての国がアメリカ。 あんなの真似すると犯罪率の増加に拍車がかかり、人間としてだめになる。 何事もバランス。アメリカが全て正しいと思ってる奴は真性の馬鹿。 お前だけだよwとか反論してる奴ほどこんなんだから困る。
「アメリカが全て正しいと思ってる奴」がいたら、確かに「真性の馬鹿」 でしょうな。 で、そんな奴どこにいるの? そんな人にお目にかかったことはないのですがね。
195 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 19:24:20
日本=前近代型社会(共依存) アメリカ=近代型社会(自立と競争) 北欧=次世代型社会(自立と共生) 北欧の話をすると逆ギレする人がいますが、村びとの本能なのかな…と思ったりします。
>>194 そこら中に居るじゃんwww
大学のいろんな連中と話してても肌で感じるしなぁ。
まあ、テレビで光の部分しか紹介されてない上に、ハリウッド映画なんか見せられてら
そういう風に嫌でも映るんじゃないの??
>>で、そんな奴どこにいるの?
ストリーミング板でもお前とまーーーーったくおんなじ風に言い返されたんだけどさー。
もうちょっと主観的じゃなくて客観的に物事を観察出来ないのかな?
まあ、人間の脳内に存在する自分の周囲の人間なんて100人程度って言うから仕方ないけどね。
宗教じみた、とまで言えるような重度のメリケン信者なんてゴロゴロ居ますよ。
んで、上記の理由に日本はダメだ、敗戦国云々なんたら云々〜って始めるのが世界情勢板周辺。
匿名掲示板だと自己主張出来ない奴でもやりたい放題だからね。
まあ、それ以前に大多数の意見にすがりつき、自分の意見をもてない馬鹿が大多数なんだけどね。
197 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 19:43:18
北欧の国は「個人の尊重」が徹底していて、 小さい頃から、自己選択・自己決定・自己責任を教える教育をしているようです。 そして、社会の変化に合わせて常にシステムを改革し続けているらしいです。 (そのため、実験国家と揶揄されることもあるそうですが…)
198 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 19:49:38
>>173 「公」 =第三者に開かれている。
「ムラ」=第三者には閉じられている。ウチではグズグス。
「私(個人)」=第三者に開かれている。対話の成立。
「ムラびと」=第三者には閉じられている。仲間うちではすっぽんぽん。
199 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 19:50:19
>>197 教育、福祉、環境問題などの分野で、先進的な取り組みをしているようです。
200 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 19:53:18
>>196 このスレの発言に、「アメリカかぶれ」と取れるようなものはないんじゃない
というほどの意味だったのだが…。
201 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 20:03:55
日本では、 「共依存」と「自立と共生」を混同している人が多いように思います。
202 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 22:17:08
《共依存的な人間関係を表すマイナスイメージの言葉》 しがらみ、癒着、なれあい、もたれ合い、なぁなぁまぁまぁ、 つるむ、取り入る、取り込む、囲い込む、コネ、談合、…など。
203 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 23:08:33
≪共依存(主客融合)的人間関係(?)を表すプラスイメージの言葉≫ 絆(きずな)、助け合い、支え合い、融通を利かす 協同、知り合う、対話 心の底をうちあける、腹を割って話す、以心伝心、胸襟を開く、 信を人の腹中に置く、…など。
204 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 23:11:48
205 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/26(木) 23:26:37
金八先生は、「人」という字は、人と人とが「支え合う」様を表している、と 言いました。 これを聞いたとき、なるほどなと思ったものです。 「支え合う」と「共依存」は同じですか? 違いますか? 違うとすれば、どこが違うのでしょう?
206 :
203 :2007/04/27(金) 00:12:04
>>203 プラスイメージの言葉の追加です。
持ちつ持たれつ、お互い様
207 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 03:44:50
>>205 人と人が重なり合ったら「入れる」ともなりますな。
208 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 11:33:31
同じ共依存的な人間関係でも、 その時の立場や状況によって見え方や感じ方が違ってくる。 居心地のいい人にとっては「絆」でも、 居心地の悪い人や息苦しく感じている人には「しがらみ」になる。
209 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 11:36:01
>>205 見返りを期待するような助け合いは、
共依存的な助け合いと言えるのではないでしょうか…?
210 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 12:06:47
「見返りを期待する」というのは、 「○○してあげたんだから…。」とか 「○○してあげたのに…。」といった感じのことです。
211 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 13:59:23
これからの時代は、 共依存していると共倒れになるような気がします。(夕張市みたいに…)
212 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 15:37:02
夕張は(他にもたくさんありそうだけど)、国に一方的に依存していて、 ある日、国にも余裕がなくなって、切り捨てられただけなのでは。
213 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 16:34:05
>>212 市長や市の職員と、一般市民の関係を指したつもりなのですが…。
214 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 17:17:56
「義理」という言葉も共依存的な人間関係と関係がありそうだね。
215 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/27(金) 20:32:53
>>214 共依存的な人間関係の規範になっているらしい。
216 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 08:57:13
携帯電話を携帯と呼ぶな! ケータイと呼べ! 携帯は名詞ではない!
217 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 12:26:49
昔は、愚か者のことを「田分け(たわけ)」と言ったらしい。 田んぼを守ることが生きていくための絶対条件だったんだろうね。
218 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 12:36:09
「ムラを守る」というのは農耕民族特有の社会的価値観みたいだ。 今は田んぼのないムラがほとんどだけど。
219 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 13:29:16
>>215 義理に縛られてると共依存から抜け出せないってことだよね。
220 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 13:46:27
抜け出そうとすると脅迫したり誹謗中傷したりする人がいる。
221 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 13:52:55
893みたいだな。
222 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 16:27:35
>>220 >抜け出そうとすると脅迫したり誹謗中傷したりする人がいる。
ここの住民は、「今の日本の話をしているのか??」と思うかもしれないけど、
PTAなんかがまさにそうなのだよ。
PTAは「任意団体」だけれど、事実上はほとんどのPTAが「全員・強制参加」だ。
たとえば、ある都立高のホームページ(諸費納入の項)には、
「会員は任意加入となっていますが、本校生徒の保護者全員に加入していただ
いています。」と堂々と書かれているorz
(若者のアルバイト言葉などではなくて、こういう無茶苦茶な日本語こそ批判を受けるべきだ。)
そして、PTA活動に意義が見い出せず、距離を置こうとしても、それは「事実上は」
許されない。
マンセーはもちろん、我慢しながら参加している保護者からも、
「私達だって我慢してやってあげているのに、あなた(達)だけやらないなんて、許せない!」
と来るんだ。
やってはいけないこと、やらなくてはいけないことは明文化されたルールとして示され、
それ以外のことは、個人の自由意思に任される― というのとは、全然違う原理で、
動いているわけ。
うそだと思うなら、お母さんや、お姉さん・妹、奥さんなんかに聞いてみてね。
「任意加入ですが全員加入です。」というのは正しい日本語ではないね。
224 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/28(土) 23:36:41
日本語のような共依存性(主客融合性)の強い言語=感覚性が強い 欧米語のような自立性(主客分離性)の強い言語=論理性が強い
225 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 10:52:32
>>223 >>187 「任意加入ですが、全員加入です。」
という言い方は、表現として成り立たない。いかな日本人でも、口にはできまい。
ところが、某学校のHPにあるように、
「任意加入となっていますが、保護者全員に加入していただいています。」
とすると、曲がりなりにも成り立ってしまう。
「〜ていただいています」(授受表現+既成事実化)というのが曲者だ。
「任意団体なのに、全員加入」という論理的にはあり得ない状態を成り立たせているのは、
学校当局の意思なのか、保護者の自発的な行為なのか?
その辺りを、「〜ていただいています」という表現は、見事に模糊とさせる。
「〜ていただく」による行為主体のあいまい化と、「〜ています」による既成事実化。
そうすることで、学校当局は、責任の所在を曖昧にしたままで、保護者の行為をコントロールする。
これまた、日本語と日本人の主客融合性を示す好例ではないでしょうか。
某学校HPにある表現は、外国語に翻訳できるのだろうか?
詳しい人、教えてください。
226 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 10:59:20
果たして、「日本語は感覚的な言語で、欧米語は論理的言語だ」というような非常に単純な図式は成り立つのか? そもそも「感覚的な言語」とか「論理的な言語」とかいうものは存在するのか? あまりにもステレオタイプすぎやしないか?
227 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:07:55
日本語や日本人の癒着性や感覚性を問題にすると、 それはステレオタイプに過ぎるという、その主張も、 ずいぶんステレオタイプじゃないか?
228 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:17:42
「理屈を言うな。」とか「世の中は理屈じゃないんだよ…」と 昔、親に説教されたことがある。
229 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:20:21
この国は理屈(論理)を嫌う国だと思う。
230 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:24:41
「屁理屈」とか「小理屈」っていう言葉もあるね。
この過疎板の随所で見られる英語至上主義的で、まともに会話するどころか理解さえしていない日本語不自由な奴の言い訳にしか見えないな。 いっつも比較対象が西洋言語でしかない件について。 第一、言語なんて壮大なテーマを西洋的な思考と西洋的な論理観点でしか見てない時点でおかしい。 一くくりで単純に比較、分析で語れるものではない。
232 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:34:10
>>226 ステレオタイプだとしても議論する価値はあるんじゃないか?
233 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:42:49
>>231 「西洋的な思考」とか「西洋的な論理観点」って何?
「日本的な思考」とか「日本的な論理観点」とどう違うの?
234 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:45:47
「理屈を言うな!」って言われそうだな。
235 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:48:22
>>231 大体、学問なんて西洋から来たもんじゃないの…?
236 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:52:33
>>231 >第一、言語なんて壮大なテーマを西洋的な思考と西洋的な論理観点でしか見てない
>時点でおかしい。
↑ これ、どこの議論を指して批判しているんでしょ?
誰もそんなこと言ってないと思うんだけど。
日本語のあり方を、西洋語と比較して論じようとすることそのものに問題があるとは
思えない。
実際には西洋語の論理的なあり方とは大きく違うのに、そのような実態は見ようとせず、
日本語も同じように論理的だと思い込んでいる件について。
237 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 12:53:34
>>231 まともに会話するどころか理解さえしていない日本語不自由な奴の言い訳
いま一つ意味がよくわからなかったのですが…。
何の言い訳なんですか?
238 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 14:08:53
>>237 論理的に反論しても
自分に都合の悪いことは「言い訳」ととらえるんだよ。
239 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 15:52:31
「口答えするな。」って言う人もいるね。
この板の連中痛すぎww さすが秘境の言語板。 自分の意見が客観的だと思い込んでる件について。 ありとあらゆる意味のない光と闇ばかりの部位を比較し、意見が違うと自演してまで必死に叩くw で、真実を言われると言い訳とかいい始める幸せ脳汁仕様。 マヨネーズでも一生すすってれば?
241 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 16:11:51
反論できなくなると人格攻撃を始めるという訳さ。
242 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 16:15:18
>>225 「みんなも加入しているんだからあなたも加入してね。」ということだろうね。
243 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 16:16:52
244 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 18:22:08
>>240 >ありとあらゆる意味のない光と闇ばかりの部位を比較し、
これは、
「向こうの言葉のいい面だけと、日本語の悪い面だけを比べるのは、
それぞれの言葉には、いい面と悪い面があるのだから、ナンセンスだ。」
ということでしょうか?
とすると、
日本語=感覚的、主客融合的
西洋語=論理的、主客分離的
という両者の違い自体は認めるということでしょうか?
そうして、あなたの言いたいのは、
「ただし、そこから日本語はだめな言語、西洋語はすばらしい言語とするのは、
飛躍である」ということかな。
それだったら、賛成ですけど。
誤解を招く言い方だったかもしれないけど、日本語を全面的に否定するつもりはありません。
上の理解が全然外れていたら、「光と闇ばかり云々」の説明、よろしく。
西洋語の光と闇、日本語の光と闇の件について。
それから、少なくとも私は、自分の考えを客観的だと思い込んでいるつもりはあり
ませんので。
分かりやすい反論をお待ちしています。
245 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 18:43:19
感覚的な言葉を論理的に説明するのって難しいよね。 てか、感覚的な言葉は感覚的にしか説明できないんじゃないかな。。
246 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 18:56:50
>>242 「加入してね」というお願いならいいのだけれど、断られることは想定されていない
ところが、いかにも日本的で、気持ちが悪い。
「任意加入ですが、全員に加入していただいています。」
なんて、翻訳不能ではないの??
「お願い」というのは、受けるか受けないかは、言うまでもなく、相手が決めること。
相手に選択権がないのなら、それは任意ではなく、強制。
強制するなら、何らかの法的根拠が求められる。
ところが、多くの日本のPTAで行われているのは、法的根拠に基づかない強制なのだ。
自分と相手が別人格である事が、根本的に分かっていないとしか考えられない。
そしてそのようなメンタリティと日本語のあり方は、表裏一体と言えるのでは。
247 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 19:58:10
>>245 日本語は、
感覚的なもの(イメージとかニュアンス)が大きく作用しているような気がする。
248 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/29(日) 23:17:39
英語でも、感覚やイメージを取り入れた学習法が流行ってるよね。 日本語にもそういうのがあったらいいのにな。
249 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 12:31:53
「正しい日本語使え。」って言う人たちも、感覚でものを言ってるんだろうね。 だから、突っ込まれると黙ってしまうんじゃないか…?
250 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 12:47:29
>>246 「自分たちがしているんだから他の人も同じようにするべきだ。」という価値観だね。
自分たち中心にものを考えるのも一種の「ジコチュー」だと思うなぁ。
251 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 13:38:15
>>248 「ハートで感じる英文法」とか「英文法をこわす」を読んだことがある。
論理的に見える英語でも、
ネイティブはイメージで言葉をとらえていることがわかって興味深かった。
日本語はもっとそうなんじゃないかなって思う。
252 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 17:42:06
俺には、例えば
>>247-251 が、延々と一人で会話しているように見えるんだが気のせいだろうな…
このスレには、同じような口調で喋る人がたくさん集まってるんだな…
そうかもしれないね…
254 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 21:46:30
≪「視点」について≫ 欧米語と日本語の「視点」の違いに着目することがあるけど、 同じ「視点」という言葉でも 「どこから見るか。(where)」と「どう見るか。(how)」では 意味が違ってくるような気がする。 欧米語も日本語も、「話者のいる場所」は同じなんだけど 「物の見方(認知方法)」が違うんじゃないかぁ。 欧米語=主客分離的な物の見方をする 日本語=主客融合的な物の見方をする
255 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 22:49:34
こういう「日本人/日本語特殊論」には飽き飽きだぜ。 仮にその「欧米語」対「日本語」の対比が正しいとして、 世界には「欧米語」と「日本語」しかないのかい? そもそも「欧米語」と一括りにしていいのか?英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、チェコ語、 アイスランド語、ノルウェー語、ルーマニア語、ポーランド語、ロシア語、ウクライナ語、ラテン語、ギリシア語、 などといった言語は全部「主客分離的な物の見方をする」のかい? ヨーロッパの中でも、非印欧語族のバスク語やフィンランド語やハンガリー語はどうなんだ? 印欧語族だけど「欧米語」ではないサンスクリット語、ヒンディー語、ベンガル語、ペルシア語あたりは? 中国語は?朝鮮語は?タイ語は?マレー語は?ベトナム語は?インドネシア語は?アラビア語は? テルグ語は?マラヤラム語は?ケチュア語は?アイマラ語は?スワヒリ語は? どれが「主客分離的な物の見方をする」言語で、どれが「主客融合的な物の見方をする」言語かな?
256 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 22:59:32
>>254 「視点」というのは、
<欧米語> <日本語>
鳥の視点 虫の視点
神の視点 人の視点
オフステーシ゚ オンステージ
非臨場 臨場
などと、対比的に取り上げられるもののことだよね。
254さんはそれらの説に反対みたいだけど、
「どこから見るか」と「どう見るか」は、切り離せないものとしてあると思うよ。
だいたい、「主客〔分離〕・主客〔融合〕」というのは、場所の概念を含んでいるじゃん。
話者(表現主体)が表現対象(客体)から一定の距離を置き、表現対象を見据える。
=主客分離⇒論理的
話者(表現主体)が表現対象(客体)に接近し、一体化し、「見据える」というより、
「身に受ける・経験する・感じる」。
=主客融合⇒感覚的
以上、うろ覚えのところもありますが、主に池上嘉彦氏の受け売りです。
257 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 23:09:40
>>255 いっぱいことばをご存知のようですね。
私は大づかみに日本語の特質を理解しようとすることはなされていいと思っています。
というか、日本人として日本語を使い生きてきて、「なんじゃこれゃあ!?」と思う
ことが多々あり、知りたく思います。
255さんは、日本語はどんな言語だと考えていますか?
あるいは、「位置づけなんかできるもんじゃない」というお立場でしょうか?
258 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 23:20:19
>>255 いろいろ議論するのはいいことだと思うけど…。
259 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 23:47:13
>>256 さんの説明では、
「主客融合ー主客分離」の対比というよりも、
「主観ー客観」の対比がイメージされるのですが…。
260 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/04/30(月) 23:54:56
確かに、池上氏は、日本語の特徴として、「主観性」も指摘していたと思うけど、 何か問題がありますか? 私個人は、「主観・客観」というのは、タームとして分かりにくいです。 256の整理は、主観・客観と切り離して理解することもできると思っているのですが…。
261 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 12:03:56
日本語は、「主観性」という観点よりも、「主客融合」という観点でとらえるべき
というレス。
57
>>76 >>78 >>98 >>104 >>107 >>113 >>115 >>116 >>118 なるほどと思えるところもあり。
しかし、「主観性(主観的把握)」を否定したら、日本語における「一人称
(≒私)」の特別なポジション※
(感情形容詞における人称制限や、「彼は今どこにいますか?」とは言うが、
「私は今どこにいますか?」とはふつう言えない等)
は、どう説明されるのかな?
参照:『月刊言語』2006.5 特集「いま」と「ここ」の言語学
池上嘉彦「<主観的把握>とは何か」他
262 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 12:37:00
>>261 「主観」という言葉に対して、「一個人としての認識」というようなイメージを
持っていたのですが、違うのでしょうか…?
263 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 13:22:59
>>261 「感情形容詞における人称制限」というのは、
「私はうれしい。」とは言えるけど「「彼はうれしい。」とは言えない、
といったことのようですが、
たとえば、「彼はうれしいんだよ。」とかはどうなるんでしょうか…?
あと、「私は今どこにいますか?」というのも、
迷子になった人などがケータイで、「俺今どこだろ?」と尋ねることは
あるんじゃないでしょうか?
264 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 14:52:21
主体が何と融合すると捉えるかで、違ってくるような。 262さんは、相手や周りの人間との「融合」を強く意識しているようだ。 そうなると、「個人」は消滅するから、「主観」なんてどこにあるのか! となる。 それに対して、池上氏の言っているのは、表現対象との「融合」。 その場合、「主観」を持ち出しても、少なくとも表面的な矛盾は出てこない…、 かな。 ちなみに、欧米の言語には「主観的把握」がない(少ない)というのは、 表現対象と距離をとり、自らの「いま」と「ここ」から離脱し(え)ているから。 池上氏の言う「主観性」とは、自らの「いま」と「ここ」にとどまる、 「いま」「ここ」性ということか? 自らの「いま」と「ここ」から離れる=第三者的(客観的)に事態を見る。
265 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 15:13:18
>>264 主客融合して認識することを「主観」、
主客分離して認識することを「客観」と表現しているということでしょうか?
でも、「主観でものを言っちゃいけないよ。」と言うときの「主観」は
意味が違いますよね。
266 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 20:55:22
>>264 「いまここ」にも、
ムラとしての「いまここ」と、個としての「いまここ」があるような気がします。
仏教や老荘思想で使われる「いまここ」は後者のほうではないでしょうか…?
267 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 21:16:43
>>266 >ムラとしての「いまここ」と、個としての「いまここ」
それぞれの説明をお願いします。
268 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 21:37:19
>>266 の補足です。
日本で「仏教」と言うと主客融合的なイメージもありますが、
ここで言う「仏教」とは、原始仏教的なものをイメージしています。
269 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 21:53:36
270 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/01(火) 22:28:04
>>267 みんなで一緒に「いまここ」にいるのか、
一人ひとりが一人ひとりの「いまここ」にいるのか、
という感じの違いなんですが…。…。
272 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 12:02:48
>>264 主客融合的な物の見方も、主客分離的な物の見方も、
「視点」は、「いま」「ここ」にあるんじゃないでしょうか?
273 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 12:37:29
>>265 もう少し説明よろしく。
どう違うのですか?
274 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 13:21:55
>>269 お釈迦様(ブッダ)も、もともとは
「個人の尊重」とか「個人の自立」とかを説いていたんじゃないかと思う。
スッタニパータという経典(ブッダの生の声に最も近いとされている)にも、
「サイの角のようにただ独り歩め。」という言葉がある。
275 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 13:33:15
>>273 「主観でものを言っちゃいけないよ。」と言うときの「主観」は、
「自分本位の片寄った物の見方」という意味で使われているように思いますが…。
276 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 15:55:59
天上天下唯我独尊なんて中国人があとでデッチあげたもんだ。 そもそもゴータマ氏が中国語をしゃべるわけがない。
277 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 16:06:16
>>275 反論というわけではないのだけど。
ところが、
池上氏などは、
主客融合=主観的把握=「自分本位の片寄った物の見方」←原初的段階
主客分離=客観的把握=「協同的な望ましい言語態度」 ←進化したすがた
という見立てをしているようなんだよ。
(
>>261 で参照されている論文の結末部分。)
話者としての望ましい振る舞いは「(グライスも指摘する)協同」であるが、
日本語および日本語話者は、<自己・中心的>的な性格を色濃く持つ。(要約)
といった指摘がなされている。
275さんなんかは、このような見方に対して、日本人に欠けているのは、
むしろ、「自己中心性(個としての「いまここ」)」ではないのかということ
のようだね。
なんか漱石の「日本人はもっと自分本位であるべきだ」というのを思い出したよ。
278 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 16:13:41
>>274 北欧はキリスト教の国だしね。
ブッダもキリストも老子も、同じようなことが言いたかったんじゃないかな。
279 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 18:10:36
日本人に「個」が確立していないとすれば、
「自己中心」などということはありえないはず。
「長いものに巻かれる」奴が「自己・中心」なものか。
ただし、日本人は、ふつう何らかの集団(ムラ)に属する。
そして、その集団(または、そのパーツ)が、外部に対してきわめてエゴイスティック
に振舞うのだ。
つまり、自己中心なのは、個人ではなく、集団(ムラ)なのでは。
ムラ:ひとつに溶け合った人の群れ。
ムラの共通了解は、「客観」というよりも、ローカルルールであり、
そのムラの外(第三者)には通用しない。
また、ムラの中で「個人」の考えを表明することはきわめて難しい。
しかし、個人としての「いま・ここ」にこだわってこそ、第三者ともつながる
のだろうね。
「個」が確立せず、ムラのパーツとも言うべきひとりひとりの日本語話者。
他者(三人称)に対しては冷淡・無関心で、仲間うち(一・二人称)ではひとつに
溶け合う。
そういう者たちが使う日本語は、
ウチには融合的な、外には排他的な性質を色濃く持つはずだ。
敬語・終助詞・人称詞・授受表現・迷惑受身…
は、このような観点から考察されるべきでは。
日本語は特定の相手とひとつに溶け合うためによくできた言語であって、
>>74 に指摘されているように、
>(不特定の第三者と)対等な関係で論理的に話しをする(=対話をする)という
>ことが非常に難しい言語構造になっている、と言えるように思います。
ということになる。
280 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 18:36:45
お米作ってるときは良かったんだけどね・・
281 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/02(水) 19:32:24
亀ですが、
>>202 に追加です。
「絡め取る」「徒党を組む」
282 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 01:46:45
>>279 主客融合しているのに
一人称、二人称、三人称の区別なんてあるんだろうか…?
283 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 10:54:50
「ムラの中(ウチ)」と「ムラの外(ソト)」の区別しかないように思う。
284 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 11:10:05
欧米語に人称の区別があったから 日本語にも当てはめてみただけじゃないかな。
285 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 11:32:19
方言によっては 一人称と二人称が逆転して使用される場合があるらしい。
286 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 12:57:55
共依存的な人間関係に対して 「甘え」とか「ぬるま湯的」といった表現がされることがあるが、 実際には、ムラを守る方向で常に努力しているので ムラの中にいるからといって決して楽をしているという訳ではない。
287 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 14:10:49
ムラの中にいると 常に走り続けていなければならないような感じがする。
288 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 14:19:53
>>287 はい。
日本村在住者、年間3万人自殺。
289 :
288 :2007/05/03(木) 14:23:25
わかりづらかったかなあ。 走り続けるというプレッシャーから、脱する一番いい方法は 自殺と考える人が年間3万人。 あるいは元マルサの男は脱する方法として強盗立てこもりを選択した。
290 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 15:11:52
>>289 ひきこもり人口100万人。これもすごいね。
291 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 15:54:45
>>288 年間、3万人。
すごい数だね。
交通事故の年間死者数は、年々減少していて、18年度は、約6300人。
(平成9年は、約9600人。)
実に、交通事故死者の5倍。
一日に何人亡くなっているのだ。
日本人であることの息苦しさと、日本語のあり方とはつながっている。
たんに一時代前の形と比べて、今の形を馬鹿にしたり、ここまでは許せるなんて
やってる場合か! なんちゃってね。
292 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 16:14:22
ムラに貢献するとポジション(序列)が上がるシステムになっている。 ムラの中では理不尽な序列争いが盛んだ。
293 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 16:21:35
鬱も多いし。
294 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 16:56:12
「日本語研究ムラ」というのがあるな。
資本主義嫌い 日本なんて社会主義になっちゃえばいいのに
社会主義になるにはアメリカをなんとかしなくちゃいけないね。
297 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 23:11:04
資本主義でも社会主義でもうまくいかないんじゃないの?
298 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 23:15:15
299 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/03(木) 23:32:51
300 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 00:23:36
日本語には、 今相手をしている特定の相手のための表現がいろいろとあって(敬語・終助詞・人称詞 ・授受表現等々)、使わないと自然な日本語として成り立たなくなる。 一方、その裏面として、 今相手をしている特定の相手以外の相手には閉じられている。 特定の相手のためには様々な表現を駆使する一方、特定の相手に通じさえすればよし とされる。 主語や目的語などは、ばっさりと切り捨てられ、特定の相手以外の者には、 何を言っているか分かりにくくもなる。 要するに、日本語は特定の相手とつるむにはよくできた言葉であるけれど、 客観性・公共性・普遍性には至りにくい言葉だといえる。
気質は遺伝だから、言語を取り替えても変わらんよ。
302 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 00:34:12
>>301 外国で暮らしている日本人もたくさんいますが。
303 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 00:41:54
日本人に共通する特質は日本語によって作られている、と言えるような…。
305 :
>>300 :2007/05/04(金) 01:06:42
主語や目的語の省略などは大した問題ではないと言えるかもしれない。 しかし、これが、 「〜わけだよ。」 「〜なんだよ。」 等の、根拠付けもなしに自らの主張の受け入れを当然のこととして求める表現になって くると、事態はより深刻ともいえる。 こういう表現を立場の弱いものに対して行うものは、一方で、立場の強い相手には、 「あの〜、その〜、えと〜」としどろもどろになるのである。 これは、日本語を使う日本人全員の問題といえるのではないか。
306 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 01:16:03
>>304 人格が先なのか言語が先なのか…。
欧米の社会に適応している日本人にとっては
日本の日本人が不思議に見えるらしい。
>>306 人格が先。日本人気質の人は、必要に迫られて欧米の社会に適応していても、日本の日本人のことをちゃんと理解する。
308 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 02:05:25
まあ、考え方は人それぞれだね。 日本人気質じゃない日本人もいるし。
いわゆる日本人気質には問題もあると思うが、日本語をどうにかすれば変わるかのように言うのは、根拠がない。 日本人気質の人が配偶者としては敬遠され、違う気質の人が好まれるような情勢になれば、何代かかけて気質も変わっていくだろう。
311 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 11:33:24
>>310 ムラのことを考えろって意味さ
みんな(ムラ)のために理不尽でも我慢しろという
312 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 11:37:59
>>308 日本人気質じゃない日本人は抑圧排除される
313 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 12:01:37
>>309 問題の先送りだね。
自殺や鬱、ひきこもりの増加などについて何も感じないの…?
314 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 12:12:55
「みんなで仲良くやりましょう。」 「みんなで力を合わせましょう。」 「みんなのことを考えましょう。」 「みんなのために。」 「みんながやってるから。」 「みんなで一緒に。」 でも「みんな」って誰のこと?
315 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 12:31:57
>>314 その「みんな」というのは、
あくまでも「ムラ」のみんなであって、「公共(パブリック)」のみんなではない。
そこが問題。
つまり、「みんなで〜〜。」というのは、
「長いものには巻かれましょう」と言っているだけなのでは。
>>313 日本語をいじって解決する問題なのか。
その人たちが子孫を残せなければ、その人たちの遺伝子は絶える。むしろ、日本人気質が変わるきっかけになるかもしれない。
317 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 12:40:45
>>309 >>313 日本人の気質や日本語の特質を変えるというのは、簡単ではないないでしょうね。
なにしろどちらも無意識の領域にあるものだからね。
テーブルマナーを覚えるようにはいかないよね。
でも、問題を意識化することがまずは大事ではないかな。
本当の意味での「問題な日本語」を多くの人が知るようになれば、
日本社会の息苦しさも少しは軽くなっていくのでは、と希望的観測。
318 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 13:06:43
>>314 ムラの人の「みんな」と、個の人の「みんな」は意味が違う。
ムラの人の「みんな」は、ムラという固まりのこと。
個の人の「みんな」は、この世にあるものすべてのこと。
319 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 13:37:52
320 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 13:42:12
>>300 日本語は、その構造上、〔今目の前にいる〕相手に通じるかどうか、
〔今目の前にいる〕相手に同意してもらえるかどうかに話者の関心が向きやすく、
自分の言っていることが、客観的・公共的に妥当かどうか、
つまり、〔この世にいるすべての〕相手に通じるかどうかは、二の次になりやすい。
321 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 14:16:12
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)を読んだんだけど、 日本の中高年って、ちょっとズルくないか? 自分たちに都合のいい説教ばかりして…。
322 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 17:18:14
>>316 たとえ気質が遺伝だとしても、今の日本の社会では
>>312 で言われているように、
「日本人気質じゃない日本人は抑圧排除される」ので、
子孫を残すのは難しいような。
>>322 他方で、ひきこもったり自殺したりするのは、典型的な日本人気質の人だろう。そういう人たちの遺伝子も残らないなら、日本人も変わるかもしれない。
324 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 21:24:31
日本人気質って米作りには向いてるのかもしれないけど、 そういう気質が談合やいじめの隠ぺいにもつながっていくわけで。 これからの時代には向いていない気質だよね。
325 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 21:45:24
>>323 典型的な日本人気質の人がムラ社会で成功するのかと思っていたけど違うのか?
326 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 22:01:53
>>323 ムラからはみ出した人が
ひきこもりになったりウツになったりするように思うのですが。
327 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 22:22:03
気質って、遺伝や言語の他に育ってきた環境の影響も大きい
ムラのしきたりに乗っかりながら、普通の人がなかなかできないことをコソッとやる「チョイ悪」が成功する。 はみ出してしまった人というのは、周りからはどう見えようと、本人が納得のいく人生を(ときには犯罪者になってでも)力強く歩むものだ。ひきこもりや鬱になる人のほとんどは過剰適応者だ。 環境が気質に影響を与えるのは若い間だけということが、双生児の研究で明らかになっている。言語については何も知られていない。
329 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 23:22:38
>>328 >言語については何も知られていない。
それはどの学問分野を見て言っているのでしょう?
心理学? もしそうだったら、心理学では、日本語研究って何もやってないでしょ。
言語研究の世界で、日本語の特質については、最近やっと取り上げられ始めた
といった段階では。
これまでの研究で、「何も知られていない」からといって、無関係とするのは、
早計では。
それと、実験的手法で知見が得られやすいもの(双生児を使った研究等)と、
実験的手法が使いにくい分野があると思います。
330 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 23:39:31
>>328 「言語については何も知られていない」けど関係がありそうだから
こうしてしゃべっているんですよ。
331 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/04(金) 23:58:50
「気質」と言うよりも、 「物の見方」と言うほうがいいのかな?(ムラ単位で見るか、個人単位で見るか)
332 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 01:04:06
>>328 ひきこもりや鬱は「過剰適応」ではなくて、
ムラにうまく適応できない「適応障害」と言うほうが適切なのでは。
雅子さまもそうですが…。
333 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 01:48:06
校長先生とかは典型的な日本人気質だと思う
お前ら(お前?)スレタイから離れすぎ
335 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 11:27:43
>>334 社会に適応できない人が増え続ける社会は
社会のほうに問題があると考えるのが自然じゃないか。
正しい日本語=ムラの言葉という気がするが。
336 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 11:40:31
昨日の朝日新聞に「御御御手(おみおて)」の話が出ていたね。 50年前の話だけど、旧華族の人たちにとっては それが「正しい日本語」だったんだと思う。
337 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 12:05:14
今言われている「正しい日本語」は「中高年ムラ」の言葉だな。
338 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 12:15:06
>>336 皇室は今でも独特な言い回しが多いらしい。
339 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 13:45:37
朝日の記事読んだけど、違和感があった。 俺は親父から「愚息」って言われたらムッとする。 「愚妻」はダメだけど「愚息」ならいいのか?
>>332 あの人のは「ナンチャッテ鬱」だろう。だから乗馬などの趣味には積極的なのだ。彼女なりの開き直りなので心配は要らないと思う。
341 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 13:59:53
>>340 スレタイ嫁。
(パニック障害って知らないのか?)
342 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 14:22:31
>>339 こういう記事を書いてるから若者の新聞離れが進むんだよな。
343 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 15:09:18
朝日は「なんちゃってリベラル」だからなぁ 最近ほとんど読んでないわ
日本語をいじくるより移民を大勢受け入れるほうがよい。文字どおり日本人でなくなる。 鬱病遺伝子が発見されれば、命にかかわる病気なので、高度医療も可能だろう。
345 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 17:00:05
>>344 日本語をいじくろうと言っているのではなくて…
社会の変化に応じて言葉も変化するほうが自然じゃないの?
「ああせい、こうせい」と上から目線で指図するのは大きなお世話。
346 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 18:43:41
新聞のクイズで、 「ご注文の品はおそろいになりましたでしょうか」と「ご乗車できません」が バツになっていたが、どこがいけないのかよくわからない。 何を主語としてとらえるかとか、 謙譲語としてとらえるか尊敬語としてとらえるかで違ってくると思う。
347 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 18:58:40
「二重主語」、「多重主語」という言葉がある。 「主客融合」とも関係ありそう。
>>345 > 日本語をいじくろうと言っているのではなくて…
それなら日本語の特質がどうこうというのは一切無用だな。なるようになればいいわけだから。
現に日本語は大きく変化してきた。30 年前のニュースはもうあちこち不自然に聞こえる。
日本人の気質といった、言語よりはるかに変わりにくいものについてとやかく言うほうが、よほど大きなお世話だろう。
349 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 22:46:54
>>348 「大きなお世話」というのは、
「正しい日本語使え。」と言っている人に対して言ってるんじゃないですか?
話がかみ合っていないようですね。
350 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 22:59:59
>>346 「お近づきになれて光栄です。」はどうなるんでしょうね。
351 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 23:08:10
>>348 日本語の特質を意識化しようとするのは別に悪くないと思いますよ。。
352 :
317 :2007/05/05(土) 23:11:25
>>348 いじくらなくてもいいし、またやろうとしてもそんなことは無理だろうけど、
意識化することは必要なのではないか。
いじくるか、ほっとくかの両極端ではなく、「意識化」。
353 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 23:37:43
>>350 「お近づきになれて光栄です。」
これはいいのでは。
「お近づきになれて」
ググッたら、605例ヒット。
ちなみに、誰が見ても正しい
「お喜びになって」(お父様もさぞや〜)
は、754例。
確かに、「お〜になる」は尊敬語で、動作の主体を高めるもの。
「近づく」のは、「私」だから「私」を高めることになってしまう
というように考えると、×でしょう。
だけど、この例の「なる」は、尊敬語の「お〜になる」の「なる」ではなく、
「大人になる」、「朝になる」の「なる」(変化)と考えるべきでは。
「お近づきになる」をググると、
「素敵な人とお近づきになる方法」といった例がたくさん(13,100例)出てきました。
354 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/05(土) 23:52:47
>>353 同じ「なる」なのに意味が違うなんて変じゃないですか…?
355 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 00:02:17
わたしも、朝日の「ののちやんの自由研究 敬語、使えますか」読みました。
敬語が従来の3分類から5分類になったことを受けての記事だよね。
そこには「藤原先生」のことばとして
「敬語は人と人とが仲良く暮らしてゆくのに必要なんだ」(→うまく使えるようになろう!)
と説かれている。じゃあ、日本のような敬語のない国は、人と人とが仲良く暮らせな
いのかね、って嫌味の一つも言いたくなったね。
文化審議会の指針にも、「コミュニケーションをうまくとれるようにし、確かな人間
関係を築くために敬語は不可欠」と説かれているようだけど、「不可欠」とはね。
そんな絶対化しないで、もうすこし相対化すべきじゃないかね。
「世間学」では、敬語は、日本に「社会」がなく「世間」があることの、一つの証拠
とされている。
世間を渡る上では確かに不可欠ではあるけれど、その前近代性もしっかりと認識され
るべきではないのかな。
そういう日本文化を相対化する視点が、文化審議会の答申には認められない気がする。
よかったら、
>>137 も見てください。
356 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 00:27:27
>>346 「ご注文の品物はおそろいになりましたたでしょうか」
文化審議会の答申では、品物を「尊敬」することになるから×としているようだね。
たしかに、「お〜になる」は、動作の主体を高めるとされているので、なるほど
もっともともいえる。(「品物[が]そろう」というように、「そろう」の主体は
「品物」と考えられる。)
しかし、
「わたしはもうそろったけど、うめこちゃんはまだみたいね。」
と言えるように、「そろう」の主体として、「注文した人」を考えることは、それほど
おかしいこことは思えない。(そういう意味で、この文は一種の二重主語文と言えるかも。)
現に、こういう表現は、無意識的にせよ、今見たようなロジックで使われはじめた
ように思われます。
正解として示されている「もうそろいましたでしょうか」は、なんだかな〜?
なんか頭で考えたような… なんか自然じゃないし、「配慮」が足りないような。
ファミレス敬語としてよく取り上げられる例のようだが、
中高年の言いがかりといっては、言いすぎかな?
357 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 00:31:58
どうしてこの俺が九州を叩くのか。その理由は極めて単純だ。九州島の 九州朝鮮人が気違いじみた扇動策工作を行っていることがこの俺のリアリズム に反することだからだ。もっと言えば俺は黒を白、黄色を赤と呼ぶような暗号 じみた洗脳工作が嫌いでな、そういうの見ると潰したくなるんだよ。NHKの奴も 朝鮮人の手先自民党の指示で最近は軍事愛国思想を煽る番組をやたらとばら撒いてやがるが、 俺に苛められて成りを潜めやがった。安部や中川が案の定表に出てきたが、 あのまま俺と戦ってたらあいつら表歩けなくなってたろうな。何が言いたいのか と言えば、お前ら九州人の如き朝鮮人流の田舎布教工作の力なんて所詮こんなもんよ。 俺はユダヤ社会や朝鮮社会、九州社会の弱点は全て見切った。ヒトラーの我が闘争の 真意も全て解けた。今から田舎宗教の腸深くにで食い込んでズタズタに喰いちぎって やるから覚悟しとけやこのゴミども。お前ら九州人は古代から現代に至るまで 大和民族の糞の世話しとけばいいんだよこの部落が。平和時に託けて寄生虫の如く 国家の利権をむさぼり、処女を侵して酒池肉林王国を作るだけしか獲り得の無い田舎 野郎が俺に闘争を挑むことが間違い。個人的には王貞治は死ぬはずだったんだが 微妙に生き長らえているな。まあ人工ポンプの胃袋までつけて何が楽しいのかは 俺には理解できんが。お前らユダヤ、コレア、九州はリアリズムを舐め腐った。 俺はいかような事があっても目的を達する。安部や中川や森、中曽根、小泉も 強制収容所に送ってやる。もちろんお前ら九州朝鮮人もだよ。俺に勝てる思想の 持ち主はこの世にいないってことを見せてやるぜ
358 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 00:40:27
>>356 二重主語が絡む「問題な例」の追加。
デパート嬢に先日実際に言われた例なのだけど、
「ここをまっすぐ行っていただきますと、左側にエスカレーターが
お見えになります。そこを右にまっすぐ突き当りまでお進みください。」
「エスカレータがお見えになる」って、「なんだそれ??」と思った。
何か「エスカレーター」を敬っているみたいだよね。
だけど、考えたら、
「私は〜が見える。」
となるように、「見える」主体は「お客」とも考えられる。
そう考えると、お客さん(である私)に対する尊敬語として成り立つことに。
しかし、「ご注文の」の例はそれほど違和感がないんだけれど、
「エスカレーター」の例はものすごく違和感があるんだよな。
何ででしょ??
詳しい方、ご教示の程を。
>>358 「私は〜が見える。」の時点でおかしいよ。
360 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 00:58:34
う〜ん、ややこしすぎる……
361 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 01:05:07
>>346 「ご乗車できません」
これも×と言い切れるのですかね?
朝日の記事では、「ご…」だけなら尊敬語だが、「ご…できません」は謙譲語になってしまう。
だから、×となっている。
しかし、「その説明の根拠は?」と問い詰められたら、答えられるのかね?
「ご乗車のお客様はお急ぎください」は、「ご」だけだからいい、と。
だけど、「できません」といっしょはダメだ、と。
でも、上のよいとされる例だって「ご」だけではなく、「ご乗車の」とあるように
「の」といっしょに使われているんだよね。
このふたつを分けるのは何なんでしょ?
「ご…できません」は、謙譲語「ご…します」(「ちょっとご相談したいことがあります」)
の可能形だというのでしょうが、そんなこと言ったら、「ご乗車の」の「の」は、
「ご乗車する」の「する」の名詞形と言うこともできるのでは。
<「ご乗車」という尊敬表現+不可能を表す表現>と考えてもいいのではないかな。
「ご…できません」は謙譲語であるというのは、決め付けと言われても仕方がないのでは。
追伸
表現の末尾に「できません」というような無敬語表現が来ることが違和感の元になって
いるような気がしますが、それとて軽い敬意表現と考えれば、むげに否定はできないんじゃ。
「正しい日本語を使え」と言う人は、常にいた。そういう「反動」も含んでの日本語の変化だろう。 だれでも何でも好きなことを言う権利があるはずだ。言うなと言うほうが上から目線ではないのかね。 言語は意識化しないからこそ抵抗なく使える。日本語の特質がああだこうだ言うのは、敬語の規範を定めようとするのと同じくらい、言語使用をぎこちなくする。 日本語には日本語の論理があって、それは他の言語の論理と同様に、ある時点においては、ほとんどの話者に自然に共有されている。 どんな性質・気性の人であっても、日本語を使うかぎり、日本語の論理に従わなければならない。つまり、言語の論理と人格とは本質的に無関係なのだ。
363 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 02:09:27
>>362 いま一つ意味がわからなかったのですが、
日本語を研究するなということになるような…
>>363 日本人論と一線を画して研究してくれということ。
365 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 02:20:07
>>362 お互いに言いたいことを言い合えばいいんじゃないでしょうか?(理性的に)
366 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 02:22:47
>>364 それは一人ひとりが決めることだと思います。
>>365 ところが、学者だけは事実に反することは言えないのだ。
不自由だよ w
368 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 02:33:53
>>364 前にも同じような議論をしたような気がするけど、
サピア=ウォーフの仮説や、鈴木孝夫の研究(『ことばと文化』『閉ざされた言語・
日本語の世界』)や、池上嘉彦の研究(『「する」と「なる」の言語学』『英語の
感覚・日本語の感覚』)などを、364さんは否定するのですか?
サピア・ウォーフの仮説にしても否定する学者もいるみたいだから、どっちが絶対に
正しいとはいえないと思うけど、むげに否定はされたくないな。
世界には多くの言語がある。 日本語と似た特徴をもつ言語の話者は、高い割合で日本人と似た傾向の気質をもち、 日本語と全く違う特徴をもつ言語の話者には、日本人的な気質の人が非常に少ない、 といったことが観察されれば、信じてもよいと思うが、だれもそこまでやっていない。 ドイツ人は冷静で理屈っぽいが、オーストリア人は感情的で激しやすいとか、 ポルトガル人はおとなしくシャイだが、ブラジル人は明るくフレンドリーだとか、 むしろ、逆の話をよく聞く。噂にすぎないと言われればそれまでだが。
>日本語と似た特徴をもつ言語の話者は、高い割合で日本人と似た傾向の気質をもち、 >日本語と全く違う特徴をもつ言語の話者には、日本人的な気質の人が非常に少ない、 >といったことが観察されれば、信じてもよいと思うが、だれもそこまでやっていない。 それをやろうとすると、比較対照として どうしてもかの国の人の言語がまな板に上がるわけであり、 んで、その手の流れになると この板でもお馴染みのように非生産的文句の応酬が顕著なわけであり……
371 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 13:24:20
>>369 「世界の日本人ジョーク集」(中公新書ラクレ)でも
日本人の特質が紹介されている。
沈没しそうな船の船長が日本人乗客を海に飛び込ませるために言うセリフは、
「みんな飛び込んでますよ」なんだそうだ。(p.109〜)
372 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 13:55:09
木村敏の『人と人との間』によると 「対人恐怖症」というのは、日本人の特質を反映した神経症で 圧倒的に日本に多いらしい。
373 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:02:01
>>369 日本語とハングルは非常に似ているらしい。
大昔の文献を見ると
朝鮮半島の人たちと通訳なしで話をしている記録があるという。
受験競争が激しいところなど、国民性も近いような気がするが。
374 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:10:32
確かに、 日本語とハングルは似ているが 「主客融合性(共依存性)」は日本語のほうがはるかに発達している。
375 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:19:13
ハングルは文字の名前で言語の名前じゃないし日本語と朝鮮語は語順は似てるけど 言語全体を見てみるとそんなに似てないし特に固有語彙は全く違う。 朝鮮語は時代を遡るほど日本語から離れていくし、奈良時代の朝鮮からきた人々が 当時の朝鮮語を話していたとも限らない。中国語かもしれないし。 また当時朝鮮で離れていた言葉が現在の朝鮮語と結びつくかも分からない。 当時の朝鮮には新羅語、高句麗語、百済語など全く系統の異なる複数の言語があった。 このうち現在の朝鮮語の直接の祖先であるのは新羅語と考えられている。
376 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:42:22
>>373 フィンランドみたいに
受験競争しなくても学力の高い国もあるのにね…
>>376 そうなのか?フィンランドかっこいいな。
378 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:52:07
>>369 日本人と一口に言っても、九州男児あり、東北の朴訥な男あり、関西の調子のいい
兄ちゃんありと、地域性に富む(うわさだと言われればそれまでだが…)。
しかし、日本人全体を特徴づけるものとして、これまで様々な論者により指摘され
てきた(ルース・ベネディクト『菊と刀』(「罪」の文化と「恥」の文化の対比)が
最初か?)、
他者志向・状況依存性の強さ=自立性・自己同一性の弱さ
が指摘できると思う。
このことは
>>372 で取り上げられている「対人恐怖症」の現れ方からも見て取れる。
そしてこのような日本人のメンタリティは、
人称詞・敬語・終助詞・授受表現の多様で、義務的な使われ方
と、見事に符合する。
日本語のあり方と日本人のあり方が無関係であるとは、とても思えない。
379 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 14:52:39
>>375 日本語も朝鮮語もどちらも農耕民族の言語という共通点はある。
380 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 15:05:56
島国と半島という、閉鎖的な地理的条件も似ている。
381 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 15:07:36
>>379 農耕民族はアジア、ヨーロッパ、南北アメリカにも存在するが・・・
382 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 15:33:31
>>374 >日本語とハングルは似ているが
>「主客融合性(共依存性)」は日本語のほうがはるかに発達している。
「甘え」は日本人に特徴的なものとされるが、韓国人にも同じように認められると
聞くし、自分の狭い経験からも、韓国人の共依存性も相当強い気がする。
だけど、確かに374さんの言うように、韓国語の方が話者の自立性が強いことを思わ
せる事例がいくつかある。(「はるかに」と言うのは言い過ぎのような気がするけどね…)
一つは、敬語が韓国語は「絶対敬語」であって、聞き手の影響を受けない(にくい)
こと。それから、もう一つは、授受表現の「あげる・くれる」のような使い分けが
なく、英語の「give」、中国語の「給」と同じように一語で済ませること。
「〜てあげる」に相当する表現が、日本語よりも対人的配慮抜きにドライに使われる
(店員「お箸付けてあげましょうか」のような言い方が普通に使われるらしい)。
さらに、終助詞に相当するものはあるが、その多様性・使用の義務性は日本語よりも
相当低いこと。
このように見てみると、韓国語話者は、日本語話者に比べて、聞き手(当面の相手)の
影響からより独立して、ことばを使っていると言えるような気がします。
韓国語については(も)、いい加減な知識で書いていますので、抜けている点や、
事実と違うことを言っているかもしれません。びしびしご指摘ください。
383 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 16:00:52
>>373 朝鮮半島の人たちと通訳なしで話をしている記録があるという
どんな記録? 具体的に名を挙げよ。
フィンランドはかつては成績が低かった。欧州の中で移民する人も多いのにこれでは恥ずかしいということで、新採用の教員はすべて修士以上とし、給与を大幅に引き上げた。数年後、効果はてきめんに表れた。
385 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 16:54:18
>>384 個人指導が徹底しているんじゃなかったっけ?
>>378 結局、日本語以外の、日本語に似た特徴をもつ言語と、その話者の性格との関係については、何も論じられていない。日本語と日本人について何万言を費やしても、言語と性格との関係はわからない。
>>385 きめ細かい指導を実現するのは、教員の高い専門性・ステイタス・報酬。フィンランド人は馬鹿だと思われると国外でよい職に就きにくく、大きな問題になりつつあったのだ。
>>378 >人称詞・敬語・終助詞・授受表現の多様で、義務的な使われ方
このへんの特徴はオーストロネシア語にもあるよな。
で、やっぱり彼らも結構日本人に近いとこがあると。
個を主張できなくて、村八分があって、人の顔が見えない夜中
に村の会議をする、なんて話をきいてると他人とは思えない。
敬語なんかも結構厳しいし複雑。
389 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 17:15:39
>>386 >日本語以外の、日本語に似た特徴をもつ言語と、その話者の性格との関係について
は、何も論じられていない。
とのことですが…
1.「日本語以外の、日本語に似た特徴をもつ言語」というのは、何語のことでしょうか?
具体的にお願いします。
2.386さんの言う「日本語に似た特徴をもつ言語」には、
日本語と同様な、人称詞・敬語・終助詞・授受表現の多様で、義務的な使われ方
はあるのですか?
>>378 で述べたことは、少なくとも欧米の言語、それから中国語との対比においては、
成り立つのでは、と思っています。
390 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 17:18:04
>>387 北欧の国々は日本と違って全体主義的な教育をしないところが特徴だと思う。
391 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 17:18:48
>>388 情報、ありがとうございます。
オーストロネシア語について、勉強してみたいと思います。
これからも、情報提供、よろしくおねがいします。
392 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 17:30:47
日本の学校は 「みんなで一緒に」教という宗教を教える宗教施設みたいなところがある。
393 :
391 :2007/05/06(日) 17:35:53
>>388 オーストロネシア語族には、ずいぶん多くの地域や国の言語が含まれるようですが、
388の指摘は、その内のどの地域・国の言語、人々の姿を指してのものでしょうか?
ほぼ完全にスレ違いだけど、 ヨーロッパ、アラブ、イラン、インド、中国の言語って、(イランは除くと)敬語があんまりないよな。 このあたりの言語で、敬語が形式上明らかに区別されるのは二人称単数の代名詞ぐらい。 で、面白いのは、その2人称単数の代名詞に現れる敬語形のほとんどが、2人称複数代名詞の転用。 具体的にはフランス語のtuとvousに始まり、アラビア語のantaとantum、ペルシャ語のtoとshomaa、 ヒンディー語のtuuとaap、中国語のniとnin(起源的には<nimen)。 勿論それぞれ関わりが深かったのは確かだけど、基本的にはそれぞれ独自に発達した表現なのに、 なんでこんなに似通った表現をとってるのか不思議でならない。 まあ、単なる擦れ違いだけど。
395 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 18:57:05
>>394 暮らし方が似てると言語も似て来るのかもね。
396 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 19:04:00
日本人の暮らし方に一番似ているのはマサイ族なのかな…??(
>>52 )
>中国語のniとnin(起源的には<nimen)。 よく知らないけど、中国語の場合、欧米語の翻訳による影響じゃないの? 人称代名詞「女也」という字も近代になって作ったんだし。
398 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 19:59:10
日本語の「彼女」も、明治時代になってから欧米語の翻訳で新しくできた人称代名詞だな。
399 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 20:51:17
>>52 のソースについて
『認知言語学論考』No.4 2004 P.15
池上嘉彦「言語における〈主観性〉と〈主観性〉の言語的指標(2)」
その中で、Newman(1996)の研究として紹介されている。
>>389 > 1.「日本語以外の、日本語に似た特徴をもつ言語」というのは、何語のことでしょうか? 具体的にお願いします。
お願いするな w 挙証責任は君にある。
> 2.386さんの言う「日本語に似た特徴をもつ言語」には、
日本語と同様な、人称詞・敬語・終助詞・授受表現の多様で、義務的な使われ方
はあるのですか?
全部もっている必要はない。君の主張によれば、日本語に似ているほど話者は日本人に似ているはずだ。
>
>>378 で述べたことは、少なくとも欧米の言語、それから中国語との対比においては、成り立つのでは、と思っています。
そこら辺の人たちが日本人に似ていないとしても、それが言語の違いによるのかどうかは全くわからない。
401 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 20:53:40
「困る」について 一言で言えば、「にっちもさっちも行かなくなる」という意味だ 多少不便であっても代替策があるならそれは困るとは言わない 単に代替案を考えるのが面倒だから「困る」と発言することによっていかにも代替案はありませんよと先制攻撃するニュアンスを含めているにすぎない 実際には困らないのに困ると嘘をついているだけだ とにかく、「困る」という言葉は安易に使える言葉ではない しかし長年にわたってたいしたことでもないのにすぐ「困る」を使う人が増えたために 「本当に困る」という言葉が生まれてしまうほど「困る」の困窮度が低下してしまった 本来は本当に困った時に限り使える言葉だった 辞書の用例からそれが窺える 用例 1 ある物事をどう判断・処理してよいかわからず悩む。取り扱いがやっかいで苦しむ。困惑する。もてあます。手を焼く。「返事に―・る」「聞き分けがなくて―・る」「あいつときたら―・ったもんだ」 2 つらいことにあって苦しむ。難儀する。「人手が足りなくて―・っている」「家が狭くて―・る」 3 不都合である。迷惑する。「人に知られては―・る問題」「隣の騒音に―・っている」 4 金や物がなくて生活に苦しむ。困窮する。 そうなの?
こいつは困ったな
403 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 21:34:37
>>401 その「困る」というのは
理屈の上では問題ないけどそれをしたら立場がなくなるような時に多用するような。
「でも、こっちだって困るんですよぉ。」と言い返すとと向こうは
「察しの悪いやつ…」というような顔をしたりする。
404 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 21:35:44
{女也}<他<它 它山之石可以攻玉。《詩經、小雅、鶴鳴》
405 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 21:43:57
>>400 さんは「結局は何もわからないんだ。」と言いたいんだろうか…?
そういうタイプは学問板には向いてないんじゃ。
406 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 21:55:35
>>401 「ここは泣き寝入りしろ。」の婉曲用法じゃないかな?
407 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 22:58:11
いやぁ、困りましたねぇ…
>>393 主にヘスペロネシア。だいたい全域でそういう事が言えそうな気がしたが、確信はない。
メラネシア語やサモア語なんかのポリネシア語でもそんなに変わらないと思う。
授受表現にしても、オーストロネシア語は日本語と結構近いところがある。
>>397 nin(<niman、今で言えばnimen)は宋代ぐらいからあったみたいだから違うと思う。
敬語用法としての用法が明らかなのは清あたりかららしいが、ヨーロッパ語の影響では
ない希ガス。
てか激しくスレ違いスマソ
409 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/06(日) 23:58:02
>>408 人間関係のあり方が似ているんだろうなぁ、たぶん。
>>399 Newman も池上も、〈主観性〉の高い言語の話者は物事を主観で決めつける傾向がある、といったことは、一切述べていない。
>>405 筋の通らないことは信じないだけ。学問として当然の態度。
411 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 01:02:22
>>399 はマサイ族の話をしてるんじゃない?
それに、先行研究にないことを言ったって別にいいと思うよ。
偉い先生が言ってることは信じるタイプなのか…?
>>361 > 朝日の記事では、「ご…」だけなら尊敬語だが、「ご…できません」は謙譲語になってしまう。
> だから、×となっている。
本当に朝日にそう書いてあったのなら、間違いだ。
「ご…」だけなら尊敬語か謙譲語かはわからない。文脈による。
「ご乗車」がそれだけで尊敬語のように感じられるのは、謙譲語と解釈されるような文脈を想定しにくいからであるにすぎない。
「ご説明」は、「先生からご説明があった」なら尊敬語、「ご説明が不十分で申し訳ありません」なら謙譲語。
「ご…になる」「ご…する/できる」という形も文脈の一種であり、前者は尊敬語、後者は謙譲語と確定する。
413 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 01:13:33
>>410 日本語の感覚性や主客融合性の話は筋が通らないように見えるのかな。
>>413 「だから日本人は…」と持って行くのは筋が通らないと言っている。
日本語のせいなのかどうかわからない。
415 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 01:39:51
>>414 日本語の主客融合性と日本人の主客融合性は
どっちが先ということではなくて、
それぞれが影響し合っているんじゃないかな。
>>415 日本語と日本人の話しかないからわからない。
日本語の外へ出なければ証明はできない。例えば、主語不標示が普通に行われる言語の話者は、日本人に性格が似ているのかときいている。
417 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 03:50:46
>「ご…」だけなら尊敬語か謙譲語かはわからない。 「ご」のつく言葉を尊敬語と解釈するか, 謙譲語として解釈するか, が文脈に依存するということは、 実はそのどちらでもなく、鄭寧語である。 「おともだちのAさんを((あなた=私)に)御紹介致します」 というとき 私が「おともだち」の「お」に対して違和感を持てば「お友だち」は 尊敬語であり、違和感がなければ鄭寧語である。
418 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 08:00:10
419 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 12:58:13
>>418 チベットの秘境ブータンが好きな人もいる。
以前新聞でGNH(国民総幸福)の話を何回か読んだことがある。
ノスタルジーみたいなものがあるような気がする。
420 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 13:35:18
>>417 「お知らせします。」と「お知らせください。」、
「お手紙します。」と「お手紙ください。」なんかはどうなりますか…??
421 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 15:56:29
>>412 なるほど。。
確かに朝日にはそう書いてありました。「駅のアナウンスで使われるとしたら」
という文脈を前提にしての説明なのだと思います。(私の書き方が悪かったかも…)
で、ご指摘を受け、文化庁の答申を見てみたら、「『ご』だけなら尊敬語」
という説明はありませんでした。
(「敬語の指針」p.36
http://www.bunka.go.jp/pr_fr1.html )
ただ、412さんや文化庁答申の説明を見ても、いまひとつ合点が行かないのは、
<「ご〜できる」は謙譲語である>と言ってしまっていいのか?という点です。
<「ご〜になる」は尊敬語である、「ご〜する」は謙譲語である>というのは、
分かるのですがね…。
「ご〜できる」は「ご〜する」の可能形だと一義的に決められるものでしょうか?
>>361 でも言ったことですが、そういうロジックが成り立つのなら、
「ご〜の」は「ご〜する」の名詞形だから、尊敬語として使うのはおかしい
という主張も成り立ってしまうのでは?
もちろん、、「する」と「の」より「する」と「できる」の方が、より関わり
が強いとは言えると思うんだけれど、所詮は程度問題じゃないかしら。
つづく
422 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 15:58:45
つづき 自分の考えがあながち論外でもないなと思うのは、答申でも、 「ご乗車はできません」は、「敬語の形としては問題のない表現となる」と されている点。 「は」を入れると、「『御乗車』と『できません』のつながりが、助詞『は』 によって分断されるため」というのが、その理由なのだけれど、これどうですか? 自分は、違和感あり、です。 「は」が入るかどうかなんて、「は」をめぐる膨大な研究史を持ち出すまでもなく、 微妙な問題であって、そんな単純に割り切れるものではないと思うんだけどな。 じゃあ、「は」は入っていないけれど、「ご乗車」の後に間を取った場合は どうなの? という疑問に、この理屈は答えられないんじゃないかな。 で、実際のアナウンスでは、間を取って発話されている場合も多いと思うよ。 中高年の違和感がまず先にあって、それを正当化する理屈をあれこれひねり出し いるのではという釈然としないキモチは、『問題な日本語』なんか見ていても 感じることがありました…。 若い人のことば、働く人のことばに、もっと謙虚であるべきではないのかな… 長文、多謝。
423 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 16:34:56
「敬語の指針」ざっと見てきたが 例外も多いし、あくまでも便宜的な用法分類といった印象を受けた。
424 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 17:02:02
同じ言葉でも文脈によって敬語の分類が変化するんだね。
425 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 19:50:18
>>424 >同じ言葉でも文脈によって敬語の分類が変化するんだね。
一方で、「いらっしゃる」は尊敬語、「伺う」は謙譲語というように、
分類上、固定したものがある。ほとんどそうだ、と言っていいでしょう。
「お」や「ご」というのは、いろいろな分類にまたがる(尊敬語、謙譲語T、
丁寧語、美化語)ようで、曲者だね。
「お」や「ご」が悪いのか?
分類(整理)の仕方が悪いのか?
426 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 20:22:32
♪白ヤギさんからお手紙着いた 黒ヤギさんたら読まずに食べた 仕方がないのでお手紙書いた さっきの手紙のご用事なあに? この「お手紙」と「ご用事」はどういう分類になるのかな…?
427 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 20:58:26
>>425 使用頻度で見ると「お」や「ご」のほうが多いのでは?
■ おすすめ2ちゃんねる 開発中。。。 by FOX ★ このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20) 控訴中のおむつプレイ元教授岩月謙司勃起age Part11 [心理学] なんで大人になるとアニメ見ないの? [心理学] 心理・教育のセクハラ・アカハラを晒すスレ [心理学] こんな宮崎哲弥は嫌だ [社会学] を見て、 ここのスレが、言語学の前提を踏まえていない (さも自分が最初に気付いたような)、やや不毛な議論が 多い理由が分かったよ・・・
429 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 21:38:47
>>428 日本語研究ムラのしがらみに縛られていない、とも言えるんじゃないかな。
430 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 22:27:18
ぜひぜひ言語学の前提を踏まえた助言をお願いしたいものですな。
431 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/07(月) 22:44:26
>>383 >>373 を訂正します。記憶違いスマソ
→朝鮮半島の人たちと通訳なしで話をしていたらしい。
岸田秀『官僚病の起源』(P.236〜)にそれに関連した記述がある。
(この本によると、7世紀に交流があったのは百済人らしい。)
日本史の専門家に確認したところ、
『日本書紀』では、
遣唐使については、通訳がついて行ったり
遣唐使自身が向こうで中国語の勉強をしたなどの記述があるらしいが、
朝鮮半島との交流については、そういう記述はないそうだ。
432 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 00:19:49
>>408 ご教示ありがとうございます。
授受表現に関してですが、近いところがあると言うのは、補助動詞的用法がある
といった点でしょうか?
それから、「あげる・くれる」の使い分けについては、どうでしょう?
Newmanの研究(100を超える言語について調査)によれば、「あげる・くれる」のような
使い分けをするのは、日本語以外では、マサイ族の言語だけとのことですが…。
当方、そちらの方面、何も知らないのですが、そのような者が参考にできる
テキスト等がありましたら、お教えいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
433 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 01:01:35
幼児語
434 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 01:53:42
>>431 今で考えたらいい。
欧米には留学したり、通訳をつけて行ったりするが、
朝鮮に留学する人はケロンパくらいのもの。皆無に等しい。
あるいは、英語で簡単に会話をしたりもする。
記述がないだけで通訳なしだけで会話できたというのは早計すぎる。
>>→朝鮮半島の人たちと通訳なしで話をしていたらしい。
さらに朝鮮半島には国家が複数存在していたことを除外した考え方。
当時朝鮮半島南部の任那は日本領土であった。
あるいは、その西側に在する百済の百済語は日本語にかなり似ていた。
なお現在の朝鮮語は北側の新羅語由来の言語である。
435 :
431 :2007/05/08(火) 07:55:57
>>434 岸田氏の本によると
朝鮮半島の一部を占めていた百済と交流があったのでは、としている。
言葉足らずスマソ
436 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 09:26:30
>>431 《日本書紀》は大和朝廷のプロパガンダのチラシ集だから
眉に唾つけながら読むべきだ罠。
437 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 11:30:51
>>434 >当時朝鮮半島南部の任那は日本領土であった。
朝鮮半島の一部と日本が深い関係にあったのは確かだとして、
「日本の領土であった」というのは、眉唾もの(むしろ、逆)だと岸田氏は
言っているが・・?
「任那は日本領土」という通説に、明確な根拠はあるのか?
>あるいは、その西側に在する百済の百済語は日本語にかなり似ていた。
>なお現在の朝鮮語は北側の新羅語由来の言語である。
岸田氏も、このような前提に立って、話を組み立てている。
岸田氏は、推定として述べていたと思うが、434は言い切っているね。
上のお説は、(現在では)明確な根拠に基づく、定説的な考え方なのか?
ちなみに、岸田氏に言わせれば、当時通訳なしで話せるくらい似ていたのに、
現在、かなりの違いが認められるのは、現在の韓国・朝鮮語が新羅語由来の
ものだからではないか、と述べていた(と思う)。
激しいスレ違い、申し訳なす。
遣唐使には技術者などが交じっていて、中国語のうまくない人もいたのだろう。朝鮮半島へは中国語のできる人だけを送って、中国語で会話すればよい。
439 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 12:07:43
まぁ、日本語は韓国語よりマサイ族の言葉の近い気がするな。
440 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 12:22:26
良くも悪くも、日本語のほうがより前近代的な言語だと思う。
441 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 12:58:46
言語はよくわからんが、 メンタリティとしてはマサイ族やブータン共和国のほうが 韓国よりも近いのかもしれん。
442 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 13:10:42
>>440 割引きを 할인 ハリムと音読みするのが近代的か?
443 :
440 :2007/05/08(火) 13:30:47
>>442 前近代的=主客融合的(共依存的)という意味で使っています。
444 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 14:29:05
>>443 前近代的=前金払って抱いてき、という意味で使っています。
445 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 16:41:40
>>441 マサイ族、ウィキしてみたが、日本人とずいぶん違うところもあるね。
以下、ウィキより抜粋。
宗教は、エン=カイという神を信奉する一神教。
非常に勇敢でプライドが高く、「草原の貴族」と呼ばれる。
本来は定住せず…遊牧民である。
基本的に一夫多妻制。
マサイ族の家族制度では男は普通働かない。牛を襲うライオンなどの猛獣を
退治するための狩りや牛の放牧をするだけで、普通の仕事はみんな女や子供
が行う。
次の点は、、日本に似ているかな?
政治的にはそれぞれの村ごとに長老がいて物事を決定する原始的な長老制。
抜粋、終わり。
マサイ族の言葉は、日本語意外に、「あげる・くれる」のような使い分けのある
数少ない(唯一?)言葉だそうだが、
こうして見ると、文化的には全然違うような?
まあ、人間関係の微妙なあり方は、ウィキには全然出ていないがな。
446 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 18:58:58
テレビ番組で 「今の日本人が失くしてしまったものがここにはある。」みたいな演出を していたような気がする。
>>417 「ともだち」は、「乗車」「説明」のような動名詞と違い、動きの意味を含まない名詞なので、「おともだち」は元来尊敬語でしかない。
話者自身の友人を指して「おともだち」と言うことがあるのは、尊敬語が美化語に転用されているのだ。あくまで尊敬語と謙譲語が先にあり、尊敬語はしばしば美化語として使われる。
>>421 > 「ご〜できる」は「ご〜する」の可能形だと一義的に決められるものでしょうか?
デキルはスルの可能動詞だろ。
> 「ご〜の」は「ご〜する」の名詞形だから、尊敬語として使うのはおかしい という主張も成り立ってしまうのでは?
成り立たない。(動)名詞は「ご〜」であって、これだけでは尊敬語か謙譲語か決まらない。「ご〜の」で尊敬語、「ご〜する」で謙譲語と決定する。
449 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:11:02
>>447 「いいお天気ですね。」(⇔「いい天気だね。」)
の「お天気」は、動きの意味を含まないが、尊敬語なのか?
これらは、447の説明によると、尊敬語が美化語化して使われたもの
となるようだが、美化語は丁寧語とはどう違うのでしょうか?
この例などは、対者(聞き手への)敬語(=丁寧語)として使われている
ようにも思われるが、どうなのだろう。
450 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:34:12
>>448 >デキルはスルの可能動詞だろ。
確かにそうだが、それを言うなら、
「ご乗車はできません。」
の「デキマス」も「スル」の可能動詞だよな。
ところが、「敬語の指針」では、この例は尊敬語として成り立つ
としているが、448は、どう思う?
>「ご〜の」で尊敬語、「ご〜する」で謙譲語と決定する。
「ご〜する」で謙譲語と決定する、というのはその通りだと思うが、
「ご〜の」で尊敬語と決定、というのは違うのでは?
「先般、ご案内の件、ご検討いただけましたでしょうか?」
の「ご案内の」は、謙譲語として成り立たないか?
類例:「次回ご説明の折にでも」「次回お伺いの節に」
意味的に自分側の動作が相手に関わる場合には、「する」が続くかどうか
とに関わりなく、謙譲語として成り立つのではないか。
451 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:40:13
「敬語の指針」に対する感想なんですが、 あんなに細かく説明する必要があるんでしょうかね?
452 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:49:26
自分たちに都合のいい用例だけを集めたように見えてくるね。
453 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:54:11
>>451 細かい割には、いろいろ突っ込みたくなるところがあるね。
いや、細かいからこそ、なのかな。
さすがに、公の仕事として出されたものだけに、今までの
敬語研究の総まとめ的なものになっていて、現時点での
もっともまとまったガイドラインではあると思うが、
敬語を論理的に説明しようとすることに、そもそもの
無理があるのかもね。
454 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 20:59:33
文脈依存性がすごく強そうだ。
>>422 > じゃあ、「は」は入っていないけれど、「ご乗車」の後に間を取った場合は どうなの?
という疑問に、この理屈は答えられないんじゃないかな。
「は」をポーズで代用するのはくだけたスタイルであり、「ご乗車」のような敬語とは釣り合わない。したがって、
> で、実際のアナウンスでは、間を取って発話されている場合も多いと思うよ。
そこに「は」は隠れていない。「ご乗車はできません」とは無関係な構文だ。
> 若い人のことば、働く人のことばに、もっと謙虚であるべきではないのかな…
中高年に謙虚を求めるのは筋違いだ。彼らは何かを求められても、自ら変わることができない。
敬語自体がほとんどネイティヴ・スピーカのいない言語だ。家庭で敬語を使う人はもうまれだろう。規範だけがあって生きた語感のない、固まった死語だ。敬語を使うかぎりただ規範に従うほかない。サンスクリットや古教会スラヴ語が変化しないのと同じだ。
スレ違いですいませんが宿題が分かりません。 「兄ちゃんはずるい。保育園の頃は兄ちゃんだけ年がひとつ多いのも、ずるいと思っていた。 誕生日が来て、もう少しで兄ちゃんと同じ年になれると楽しみにしていると、兄ちゃんも年が一つ増えて、 また差が開くのが納得できなかった。さすがに、 もう、どうして兄ちゃんは同じ年になるまで待ってくれないのだろうとは思 わなくなった」 と、妹が語っている文で、妹の兄に対する気持ちを読みとれって問題です。 どうかお願いします。明日学校でさされちゃうんです。
このリア厨はどうする?放っておくべきか?
458 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 21:14:19
>>455 >「は」をポーズで代用するのはくだけたスタイルであり、「ご乗車」のような
敬語とは釣り合わない。
これって…、すごい決め付けだと思うのですが、何かソースなり、根拠なり
ありますか?
455さんは、文化審議会と同様、
「ご乗車できません。」×
「ご乗車はできません。」○
というお立場ですか。
459 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 21:47:25
>>456 年の近い兄弟は主客融合性が強いので
何でも同じじゃないとずるいと思ってしまう。
将来もめやすいので気をつけよう。
460 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/08(火) 22:49:58
>458 文化審議会や文化庁の言うことは あまり真に受けないほうがいいという立場じゃないかな…。
>>458 > これって…、すごい決め付けだと思うのですが、何かソースなり、根拠なり
> ありますか?
そういう言い方ができるかどうかテストすればよい。
「ご乗車は車内の清掃が終わりますまでお待ちください」
「は」は消せないね。
> 455さんは、文化審議会と同様、
> 「ご乗車できません。」×
> 「ご乗車はできません。」○
> というお立場ですか。
「ご乗車できません」については、私には語感がないので、自分の立場もない。「ご乗車になれません」が正しいと習ったから、それに従っているだけ。
462 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 00:06:38
メディアリテラシー
>>449 > 「お天気」は、動きの意味を含まないが、尊敬語なのか?
元は尊敬語だと思う。「あなたにとっての天気」。
実際には美化語としてしか使われないだろうけど。
> 美化語は丁寧語とはどう違うのでしょうか?
> この例などは、対者(聞き手への)敬語(=丁寧語)として使われている
> ようにも思われるが、どうなのだろう。
対者敬語専用の形だけを丁寧語と呼ぶ。そう決めておかないと混乱する。
>>450 > 「ご乗車はできません。」
> の「デキマス」も「スル」の可能動詞だよな。
> ところが、「敬語の指針」では、この例は尊敬語として成り立つ
> としているが、448は、どう思う?
この場合の「は」は、ガ格のとりたてだろう。
「ご乗車する」は謙譲語で、その可能動詞の「ご乗車できる」も謙譲語だが (実際にはほとんど使い道がない)、
「ご乗車ヲする」と「ご乗車ガできる」は、形のうえでは尊敬語か謙譲語か決まらない。
実際には、謙譲語と解釈される文脈は想定しにくく、尊敬語と解釈される。
> 「ご案内の」は、謙譲語として成り立たないか?
> 類例:「次回ご説明の折にでも」「次回お伺いの節に」
OK のような気がする。
>>448 を修正して、
「ご〜の」では尊敬語か謙譲語か決まらないが、「ご〜する」は謙譲語と決定するから、置き換えられない、
と考えればよい。
464 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 00:45:51
>>463 「いいお天気だね〜」と言うときの「お天気」は
そこにいる「みんなにとってのお天気」だと思うなぁ。
可能動詞って意外といろんな意味に使えるよな。 自発とかも表せる。
>>464 だからそれは美化語なんだよ。「私は上品な人です」というアピール。
467 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 01:00:09
「ご利用できません。」「お持ち帰りできません。」もバツ。
468 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 01:06:13
>>465 上下ニ段活用動詞(グループ2動詞)も可能動詞ほしいよね
469 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 01:12:32
>>468 そういう(無意識の)要求に応えたのが「ら抜きことば」でんがな。
470 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 01:15:26
敬語が簡素化してきているんじゃないか…??
471 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 01:22:20
>>469 そう。
ただしいってしてほしいよね。
あと何年かかるんだろう?
>>471 ヒルマン監督が「シンジレナーイ」と叫ぶようになるまでかかる。
473 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 07:37:16
「どうしてそんな風にお説教できるの?」はどうなりますか…?
474 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 12:58:23
敬語の文法は(他の文法もそうだが) 主客分離を前提にして組み立てられているので、 例外や、無理な説明が多いのではないだろうか…?
475 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 16:52:14
>>445 マサイ族の社会には「年齢階梯制」というシステムがあるらしい。
(日本の「年功序列」みたいなもの?)
476 :
471 :2007/05/09(水) 17:57:35
477 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 19:00:39
>>475 女性にとっても、ずいぶん酷い社会だね。
478 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 19:24:33
年功序列が奪う日本の未来
479 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 20:37:41
480 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 22:43:24
「お」や「ご」が 主客をまたがる形で使われているということは、 日本語の「主客融合性」を裏付けているような気がする。
481 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/09(水) 23:31:11
>>474 理由はともかく、
>例外や、無理な説明が多いのではないだろうか…?
これは、確か。
「尊敬」と「謙譲」ではない「お」や「ご」は、
なぜ「丁寧語」ではなく、すべて「美化語」なのか?
「敬語の指針」を読んでも、大きな「?」。
みなさん、あの説明、納得できます?
話題になっていた「ご〜(は)できます」が誤用か正用かについても、
「は」の有無で判定されるとか、たしかに、「無理な説明」だよな。
で、文化審議会に問題があるのかと言えば、長年の敬語研究の成果を
踏まえての集大成的な仕事であるといえると思う。
とするなら、敬語そのもののあり方に問題があるのでは?という見方も、
あながち否定できない。
問題は、主客分離云々が絡んでいるかどうかだな。
説明、よろしく。
敬語の用法に見られる、主客融合性とは、どのようなものか?
そして、それを主客分離を前提に説明してしまっているというのなら、
どういうところがそうなのか?
やや粘着、スマソ
>「尊敬」と「謙譲」ではない「お」や「ご」は、 >なぜ「丁寧語」ではなく、すべて「美化語」なのか? 「所詮、お役所仕事だしな」「○○は△リーグのお荷物球団だ」 などの「お」も美化語に分類されるのかな?
483 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 02:18:41
>>482 う〜ん、とても「話し手の品格を保持するため」とは思えませんな。
あとの例など、「お」をとったら、表現か成り立たなくなるね。
そして、その「お」の意味は、話し手の品格保持などとは、およそ関係ない。
むしろ、皮肉をきかせるために使われているようだ。
「ごはん」や「お茶」なども美化語だそうだが、
これらは、「美化語」と言うより、「普通語」と言うべきでは?
だって、「飯」や「茶」は、今では女性が使いにくい、マイナス敬語でしょ。
「お」をつけてはじめて、だれもが普通に使えるレベルになる。
「食う」に対する「食べる」を敬語としないならば、
「ごはん」や「お茶」も、敬語にすべきではないのではないか。
「茶」(マイナス敬語)・「お茶」(普通語)・おみお茶(ご丁重語)
そういう意味で、「天気」に対する、「お天気」などと同列に論じるのは、
おかしいのではないか。
こちらは、天気(普通語)⇒お天気(丁寧語・美化語)
484 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 02:25:48
「あちゃ〜、これでとうとうあいつもお払い箱だな。」 などの「お」も、美化語に分類されるのか?
485 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 03:28:39
横レス
>>484 「お払い箱」は「くずやー(又は「くずいー」)お払い」
の「お払い」に由来するから
尊敬語。
486 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 07:54:40
>>481 主体と客体のあり方が融合的(あいまい)なので、
敬語のあり方も融合的(あいまい)になるのではないでしょうか?
487 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 13:51:17
あいまいな日本の私
488 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 14:21:30
四角い風呂のふた
489 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 18:08:21
>>485 どゆこと?
言ってることが分かりません。
490 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 20:43:29
>>471 >そう。
>ただしいってしてほしいよね。
>あと何年かかるんだろう?
「ら抜き」は、すでに、半分認められたようなものじゃない?
平成7年に文部省(当時)の国語審議会は、
話し言葉としてのら抜きは認めてもいいだろう。
しかし、改まった場や、書き言葉では、現時点では、認知しかねる。
といった内容の報告をまとめている。
話し言葉における「ら抜き」の使用は、すでに認められている
といっていいでしょう。
「今夜はうちに帰れない。」(五段動詞)は、
現在は、なんの問題もない正しい日本語とされているが、
一時代さかのぼれば、「ら抜き」だったわけだよね。
書き言葉においても、「ら抜き」が認められるのは、
時間の問題だな。
って、全然質問に答えてないね。スマソ。
491 :
471 :2007/05/10(木) 21:37:17
>>490 はい。
あなたの意見をふまえて
あと何年かかるんだろう?ね
492 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 22:10:12
うざい説教厨がいなくなればそれでOKだよ
493 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 23:39:27
>>463 > 「お天気」は、動きの意味を含まないが、尊敬語なのか?
>元は尊敬語だと思う。「あなたにとっての天気」。
>実際には美化語としてしか使われないだろうけど。
実際に使わないのだったら、元は尊敬語と言っても、説得力ないな。
>対者敬語専用の形だけを丁寧語と呼ぶ。そう決めておかないと混乱する。
そういう便宜的な扱いをすることで、かえって「美化語」と「丁寧語」の
区分けが分かりにくくなるマイナスも大きいと思う。
用法のまたがりを認めないという大方針の下ならまだ分かるが、
「お・ご」は、現状の分類でも複数の用法にまたがっている。
>この場合の「は」は、ガ格のとりたてだろう。
これも説得力ゼロ。ヲ格と考えることもできる。
以下の部分、意味不明。
494 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/10(木) 23:56:01
>>461 > これって…、すごい決め付けだと思うのですが、何かソースなり、根拠なり
> ありますか?
>そういう言い方ができるかどうかテストすればよい。
>「ご乗車は車内の清掃が終わりますまでお待ちください」
>「は」は消せないね。
内省してみて、??と思ったから、聞いたのだが。
たしかに、その例の「は」は消せないが、それは、
>>455 >「は」をポーズで代用するのはくだけたスタイルであり、
>「ご乗車」のような敬語とは釣り合わない
ということでは、ないと思うよ。
くだけたスタイルの方が、助詞の省略が多いという、一般論は
成り立つかもしれないが、「は」をポーズで代用するのは敬語とは
釣り合わないとまではいえないのでは。
「私(ポーズ)、このたび、○○を拝命いたしました××と申します。」
「皆々様のご支援とご鞭撻、私(ポーズ)、一生感謝申し上げますっ。」
敬語と十分に釣り合っているじゃん。
495 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 01:13:05
「みんなでこういう言葉遣いをしましょう。」 と言うのではなくて、 「今の言葉遣いにはこういう傾向が見られます。」 という感じのほうがいいんじゃないかな。
496 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 11:58:39
>>495 審議会の報告や敬語本を見ても、
それって、何を根拠に他人の言葉遣いを
「あれこれ」指図してるの? といいたくなること多し。
言葉の変遷や最近の新しい傾向を教えてもらえるのは、
ありがたいが、「だから、こういう言い方は「誤用」」
と結論が出るところは、合理的・学問的根拠に基づいて
いる、というよりも、単に中高年世代の違和感(若年世代
には違和感なし)が拠り所になっているような気がする。
審議会や敬語学者のやっていることは、一歩間違えると、
「仕来り」にこだわるお姑さんやお局さんと変わりなくなる。
497 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 12:51:33
最後は、理屈じゃなくて、 「それが、仕来りなんですっ!」 って、怖い顔して、 仲間由紀恵に言う、野際陽子と 同じだってか。
>>493 > そういう便宜的な扱いをすることで、かえって「美化語」と「丁寧語」の
> 区分けが分かりにくくなるマイナスも大きいと思う。
どうして? 丁寧語のメンバーは少ないのだから、そこに入らないものは全部美化語 (本籍は尊敬語) ということで、簡単だ。
> ヲ格と考えることもできる。
できない。「*ご乗車ヲできる」とは言えない。
以下よく考え直すように。
>>494 > 「私(ポーズ)、このたび、○○を拝命いたしました××と申します。」
> 「皆々様のご支援とご鞭撻、私(ポーズ)、一生感謝申し上げますっ。」
もともとポーズの所に「は」はなかった。「は」も「が」も使えない無関係な例だ。
まず第 2 例では、ポーズを「は」に替えることができない。
第 1 例では、ポーズを「は」に替えることはできるが、文の意味が変わってしまう。
「私は、このたび○○を拝命いたしました、××と申します」これだと着任のあいさつではなく、「おまえはだれだ?」という問 (そう問われている文脈を含む) に対する答になる。
499 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 13:50:32
「敬語の指針」には「相互尊重」「自己表現」といった言葉が出てくる。 ムラの相互尊重=お互いになれ合うこと ムラの自己表現=その都度の人間関係や場の状況(ムラの「いまここ」)に ふさわしい表現を自己選択・自己決定して主体的に表現する
500 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 14:19:51
どんなに個人が犠牲になろうと 「人の和」(ムラの一体感)を損なうような自己表現はするな、ということ。
501 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 15:17:24
文化審議会(「敬語の指針」)って、ダブルバインドして、 息子の岸田秀を「おかしく」してしまった、 お母さんに似ているカモ。 「お前の好きなようにしていいんだよ。」(母の意識) と口では言いながら、事実上は、 息子を拘束し、けっして好きなようにはさせまいとする。(母の無意識) 「相互尊重」とは言うものの、敬語と相互尊重は、本質的に水と油。 敬語とは、どう転んだところで、「タテ社会」(中根千枝)や 「世間」(阿部謹也)の産物ではないのか。 また、「自己表現」と言いながら、 各論になると、「これダメ、あれダメ」と仕来りの押し付け。 ダブルバインド=二重拘束。 単純な高圧的・拘束的態度よりも、相手の精神にダメージを与えるらしい。
502 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 15:26:52
欧米と日本では「大人」の意味が違う。 欧米では「個人として自立すること」を意味するが、 日本では「ムラのために主体的に動けること」を意味しているようだ。
503 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 16:00:25
504 :
ari 000000000! :2007/05/11(金) 16:10:53
美日のパーティーかありません! 000000000さんのパーティーかあります? 意ビア簿で射場かでもネタ水ぼりなけゲームの?
505 :
7777 :2007/05/11(金) 17:46:21
既出でしょうが、聞かせてください。 「おおえんよろしくおねがいします」と野球のヒーローインタビュー などでいっていますが、 「よ・ろしく」と、「ろ」のところが強くなっています。 これって、 「・よろしく」と「よ」を強く言うのが発音として正しいのでは? いつも気になるので教えてください。 もうひとつ 若者が言う「か・れ・し」も 「・かれし」でしょ。 これも聞くたびにむかつく。 明確な回答がいただきたい。
506 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 19:18:57
通じればいいんじゃない?
507 :
7777 :2007/05/11(金) 19:27:13
そういうことでなく、正しい発音としてどうあるべきなのか聞きたい。
508 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 19:30:40
>>486 文化庁は
「若者にあいまい言葉が多い」と言ってるらしいが、
この国はもともと「あいまい言葉」の国なんだよね。
509 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 19:36:47
>>505 わざと発音を変えてお仲間うちで楽しんでいるんじゃないかな。
510 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 19:39:11
2ちゃん用語みたいなもんだね。
511 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 19:55:01
ムラの中(ウチ)にいると居心地良くて楽しいけど、 ムラの外(ソト)から見てると変だよね。。
512 :
7777 :2007/05/11(金) 19:57:08
びみょうとやたらいうのもやめて
513 :
7777 :2007/05/11(金) 20:10:24
そのとおり。 いやだね。
514 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 20:13:35
ことばなんて多数派が正しいってこと。
515 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 20:14:52
「外から見たらちょっと変」と分かって使っている分には問題ないと思うけど、 日本の中高年の人たちは「自分たちは絶対に正しい」と思い込んでいるから 嫌だなぁと思う。
516 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 20:15:58
独善だよね。
517 :
7777 :2007/05/11(金) 20:30:45
いいや、年齢でどうこうの問題ではない。 正しいほうがいいに決まってる。
518 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 20:36:53
>>517 言葉遣いや発音にこだわり過ぎるから対話ができないんだと思う。
日本人が英語の習得が苦手なのもここに訳があるような気がする。
519 :
7777 :2007/05/11(金) 20:40:45
例はうまく挙げられなないが、 通じない言い回し、やめろ! 古い例だけれど「きよぶた」みたいな言葉。
520 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 20:58:40
521 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:01:14
522 :
7777 :2007/05/11(金) 21:09:03
児玉清風に言うと「520さんそのとおり。」
523 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:17:38
そのかわり、通じるんだったら あんまり細かいこと言わんといて。
524 :
7777 :2007/05/11(金) 21:20:51
マックの店員の 「1500円になります。」???? 「じゃあなるまえはなんだったの?」 むかつく。 「1万円からいただきます。」 むかつく。 「1万円をお預かりいたします。」だろ!
525 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:22:00
526 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:23:46
オレ今から掲示板に書き込みします。 オレ掲示板に今から書き込みします。 掲示板にオレ書き込みします今から。 掲示板に今からオレ書き込みします。 今からオレ書き込みします掲示板に。 今から書き込みオレ掲示板にします。 掲示板にオレ今から書き込みします。 掲示板に書き込みオレ今からします。 書き込みオレ今からします掲示板に。 書き込み掲示板に今からしますオレ。
527 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:30:41
会話で文法むちゃくちゃな人多いよね。 どれでもなんとなく理解できるのが日本語のすごいところ。
528 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:31:49
どれでもなんとなく→それでもなんとなく
529 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 21:41:12
単語を並べてそれをテキトーにつなげて解釈する、って感じだな。
530 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 22:00:58
531 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 22:25:08
>>530 そう。
「時代も時代だし、わたし、あんまりうるさいこと言うつもりはないのよ」
とか、
「今は、平等の世の中ですものね」
とか、
「若い人の感覚でやってもらいたいと思っているのよ」
とか、理解のありそうなこと、言うことは言うんだけど、
最後は、
「けめこさん。それは、いくらなんでもないんじゃない!」
って、「いくらなんでも」の、その基準がすでにあなたとは
違うんですが。お母様。
結局、最後は、仕来り(自分たちのやってきたこと)
の無理強いをしてくるのです。
532 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 22:35:40
文化庁の人、このスレ見てるといいね…
533 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 22:43:01
何故ケメ子w
534 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/11(金) 23:23:23
文化庁と言えば、前長官は、臨床心理学者の河合隼雄氏。 ダブルバインドのこともご存知のはず。 このたびの「敬語の方針」は、氏の長官時代に主になされた 仕事ではないのか。 エッセーなどからすると、ことばにも大いに興味をもたれて いたように思う。 氏は、「敬語の方針」について、どのようなお考えを持たれて いたのだろうか?
535 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 00:22:01
「敬語の方針」→「敬語の指針」でした。 スマソ。
536 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 00:34:58
敬語自体やめようと思い立たないのが不思議だ。 敬語はウザイなどと言おうものなら、ウヨがウヨウヨ湧いて来る。
自分だけがへり下るならまだしも、いくら身内とはいえ 愚妻とか愚息とか豚児などはやめたいよな。
540 :
7777 :2007/05/12(土) 07:12:53
533と537へ そいつがGS世代の方なんでしょうね。 小山ルミのケメ子かわいかっつたよね。
本来間違った使い方でも、それが浸透しちゃえば、別にいいんじゃない?
542 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 13:12:52
>>524 >マックの店員の
>「1500円になります。」????
>「じゃあなるまえはなんだったの?」
>むかつく。
「5に2を掛けて、それに、5と3と4を足すと、いくつになるか?」
「22になります。」←「正解!」(児玉清)
「22になるまえ」は、「(5×2)+5+3+4」ですが、何か?
「1500円になる前」は、
てりやきマックバーガーのセット(530円)、お願いします。
ポテトはサラダに代えて(+30円)、ドレッシングはチーズで(+0円)
あと、えびフィレオのセット(580円)、これはポテトをLに(+20円)
それと、えとですね…、プチパンケーキに、三角チョコパイに、ソフトを
一つずつお願いしまつ。→「かしこまりました。」(店員タン)
530+30+0+580+20+140+100+100 ⇒ 1,500
(なる前) (なった後)
だよ。
何か文句あるか?
543 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 13:23:07
>>539 身内は自分の分身だと思っているから「愚妻」「愚息」「豚児」になる。
ここにも主客融合があるね。
544 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 13:25:36
身内(身の内)って言うぐらいだから…
545 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 15:02:04
>>529 単語を並べただけで通じる時はそのままで、
意味が分かりにくい時や意味を付け加えたい時は
接尾辞を付けて補っているような気がする。
「オレ行く。」→「オレは行く。」「オレが行く。」
546 :
7777 :2007/05/12(土) 17:10:17
542 じゃあ。 「お買い上げの商品の価格の全部の合計が1500円になります。」 と、言うべきだろう。
547 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 17:49:05
>>546 日本語は
言わなくても通じることは言わないんだよ。
548 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 18:22:23
>>547 そうですよ。
「お買い上げの商品の価格の全部の合計が1500円になります。」
⇒ 「(お買い上げの商品の価格の全部の合計が)1500円になります」
( )内は、言表状況より明らかだから、言うまでもない。
⇒「1500円になります。」
あなた自分自身の発言を少し注意してみ。
言わなくても通じることは、主語であれ、目的語であれ、
ばっさりと省略しているはずだよ。
まさか、
「好きだよ。」は、×
「私は君を愛しているよ。」なら、○
とは言わないよね。
そこが、主語や目的語は原則的に省略しない欧米語との違い。
(そのために、代名詞がある。)
もし日本語のこの部分を、欧米語のようにしろということになったら、
日本語は、今と全然違うものになっちゃうよ。
その覚悟ある?
549 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 18:26:22
>(そのために、代名詞がある。) ⇒欧米語では、主語や目的語の省略が基本的に許されないため、 そのことによる冗長さを避けるため、代名詞が使用される。
550 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 18:56:29
>>548 ,
>>549 日本語にも主語や目的語があることを前提にしているので
「省略」という表現になるんだろうが、
主客融合を前提にすると(=主語や目的語がないことを前提にすると)
「省略」という表現には少し違和感があるような。
551 :
7777 :2007/05/12(土) 19:51:24
「きよぶた」などは省略しすぎ。 「きもい」もだめだぞ。
>>505 「か・れ・し」「・かれし」は、訛りじゃないの?
553 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 22:58:16
敬語を除いて日本語の主語は動詞の形態に 何ら影響を与えないので主語という概念は不要。
554 :
548 :2007/05/12(土) 23:00:55
>>548 ここで述べた主語と目的語のあり方をめぐる日・英語の対比は、
『日本語に主語はいらない』、
『英語にも主語はなかった 日本語文法から言語千年史へ』等の
著者である、カナダ在住の言語学者、金谷武洋氏が主張されている
ことです。
例えば『英語にも』のp.68〜70参照。
555 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/12(土) 23:35:03
>>538 ウヨもサヨも
ムラを守ろうとしているから
本当はどちらも「保守」。
556 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 00:04:12
徒党を組みたがるのはムラびとだよね。
557 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 00:53:17
>>553 そういう考えは、三上章や、その影響を受けた金谷氏↑などが
主張しているね。
そういう革新的な考えに対して、
「それを言うなら、西欧語の主語と述語(定動詞)はワンセットなのだから、
日本語には、述語もないということになってしまう。」という主張もあるぞ。
これは、日本語研究の伝統的な立場に立つ内田賢徳氏(1985)が、
三上説を批判して言ったこと。
内田氏は、そこから、日本語には、日本語なりの、主語と述語がある。
文とは、何語であれ、判断に対応するものであり、そうであるしかないのだ、
と、師匠である(?)森重敏氏と同様の主張を展開した。(ややうろ覚え)
なるへそ、と思ったものだ。
しかし、今は、素直に、日本語には、主語も述語もないと言うべきなのではないか、
と思っている。
558 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 01:00:44
主語と述語の定義がよくわからない。
>>557 > 「それを言うなら、西欧語の主語と述語(定動詞)はワンセットなのだから、
> 日本語には、述語もないということになってしまう。」という主張もあるぞ。
実は、三上章自身もそのようなことを述べている。すなわち、日本語には定動詞の概念があてはまらないので、西洋語の述語と同じ資格のものはない、
日本語では、述語的な品詞 (動詞、イ形容詞、{ナ形容詞 <語幹>/名詞} + 指定詞 <ダ・デス等>) が、独立性の低いものから高いものまで連続的に存在する、と。
三上の議論はやや性急で、観察にも精粗があるが、森重や内田の主張よりははるかに合理的だと思う。
560 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 02:21:51
>>559 レスありがとう。
三上もそのようなことを言っていたんだ。
勉強になったよ。(というより、不勉強を恥じるべきか…)
しかし、では、なぜ三上は、主語だけをないとし、述語についてもない
と主張しなかったのだろう。そこは、不徹底だったのでは。
>三上の議論はやや性急で、観察にも精粗があるが、森重や内田の主張より
>ははるかに合理的だと思う。
なるほど。
今までは、私などにとって、森重氏などは、今ひとつ言っていることは分からんが、
無謬な存在であったのだけど、最近、『主語と述語』などの議論を読み直してみて
(途中までだが)、「あれ?」と思い始めていたところでした。
森重や内田の議論が非合理的とは、例えばどんなところ?
森重氏を批判する言説にはじめてであったので、ちょっと感動しています。
このレスも含め、またいろいろとご指摘を。
561 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 02:32:36
主語も述語もあるような、ないような… どこまでもあいまいな言語だねぇ
562 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 03:20:58
>>558 西欧語の文法でいう主語とは、
述語(定動詞)と人称や数などの点において呼応して、
その述語の形態を規定するような、他の補語に対する絶対的な優位性を持つもの。
参照:仁田義雄『語彙論的統語論』
三上は、こういう意味での主語は、日本語にはないと主張した。
上で触れられている金谷氏は、このことに加え、基本的に省略されない英語の
主語に対して、日本語の「主語」はばんばん省略される、ということも
『日本語には主語はいらない』根拠にしているね。
(三上は、この点に触れているのでしょうか?)→559さん
ちなみに、日本語に「主語」を認める人も多い(こっちが多数派)わけだが、
何を主語とするかは、詰めていくとぐっちゃぐちゃじゃないか?
その点でも、欧米の言語とは違うような…。
563 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 03:36:33
英語、ドイツ語、フランス語に代表される 言語では形容詞が述語になるとき繋詞を 必要とするが、日本語、漢語では必要としない。 ここで動詞(繋詞)の形態を拘束する述語と 主語の関係が生まれるが、日本語、漢語には そういうものはない。 Love is blue. L'amour Est Bleu. 恋は水色(だ)/恋が水色であること 愛是藍色的。←は“是・・・的”英語の影響を受けた構文。 Doux, doux, l'amour est doux. 甜蜜,甜蜜,愛情是那樣甜蜜。
564 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 03:45:59
補足 中国語の極普通の形容詞述語文の例。 這個/很好。これは良い。 “很”は副詞で他の何かと明確に比較してない場合にデフォで用いる。 我的女朋友/很美。漏れのカノジョはウツクシイ。 中國地大人多。中国は土地が広く人口が多い。
565 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 07:40:57
>>524 >「1万円からいただきます。」
>むかつく。
>「1万円をお預かりいたします。」だろ!
もしこれがホテルのロビーのように、しばらくの時間お客のお金を
預かるというのであれば、決して「1万円から〜」とはならないだろう。
問題にされている「から」は、
お客からお金を受け取る ⇒ おつりをお客に返す(時にはおつりゼロ)
という短時間に行われる一連のプロセスの「出発点」を表している。
「出発点」を表すという意味では、この「から」は、
「東京から神戸まで行く。」 東京 ⇒ 神戸
のようなオーソドックスな「から」と変わらないと言える。
確かに、この用法は、新しい用法ではあるが、
新しい用法を否定するなら、現代の日本語は、
『間違いだらけの日本語』と言わなくてはならなくなる。
566 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 11:42:09
上のほうでも出ていたが、 欧米語=論理的 日本語=感覚的、という感じがする。 (漢語はその中間っぽい?)
567 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:04:48
常に「一体感」(ムラの形成)を目指している感じ。
568 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:26:56
>>566 >欧米語=論理的
それは喪舞がこれまで目にした欧米語がそうであっただけだ。
見聞の狭さを自白したようなものだ。
569 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:33:55
>>568 日本語と比べて、という意味だよ。
例を挙げるとかして、もう少し説得力のある批判をしてくれ。
570 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:40:52
>>562 日本語には
学術用語としての「主語」「述語」はないような気がするね。
(主体のはっきりわかる文も多いし、述べるという行為は常にあるけど。)
571 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:47:56
>>568 日本語が感覚的なもの(一体感)を志向しているのに対して、
欧米語はより論理的・理性的なものを志向している、と言えるんじゃないか?
572 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 12:56:52
主客融合性の強い言語が「論理的」であるはずがない。
573 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 13:26:45
日本語は「ムラの形成」を志向している。
574 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 13:33:49
>>568 喪舞は、世界の言語をイパーイ知っているようだな。うらやましいよ。
ここで言っている欧米語は、とりあえず英語・フランス語・ドイツ語等を
想定しておいて問題ないんじゃまいか。
喪舞の言うように、欧米語と一口に言っても、性質の違うものもあるかも
しらんが、それはそれとして、別途考えればいいだけでは。
批判は大歓迎だか(と言うよりお願いしまつよ)、
例を挙げるなど、分かりやすくお願いね。
575 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 14:22:21
>>570 >日本語には
>学術用語としての「主語」「述語」はないような気がするね。
>(主体のはっきりわかる文も多いし、述べるという行為は常にあるけど。)
( )の中の説明について、説明してもらえないでょうか…?。
576 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 15:03:22
>>575 欧米から来た文法用語の「翻訳語」としての意味ではなくて、
「主語」…文の主(ぬし)を表す言葉
「述語」…述べている言葉
という、言葉通りの意味で使ってみました。
577 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 15:08:15
川上宏 ひわきプラセンタ掲示板で まるさんと関西自称RQ女が大喧嘩して暴れてます
578 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 22:30:04
>>576 言葉通りの意味で言えば
「主語」にあたる言葉も「述語」にあたる言葉もあるんだろうけど、
>>562 で定義されているような意味での「主語」や「述語」はない、
ということになるのかな。
579 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/13(日) 22:39:31
議論するときは きちんと言葉を定義することが大切だね。
580 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 00:04:08
日本語には、英語のような、形式的な対応を述語との間に持つ「主語」はない。
しかし、意味のレベルで見れば、「主語」はある、
これが、主語についての一般的な見方だと思う。しかし、意味のレベルだったら、
本当に「主語」はあるといえるのだろうか?
欧米語との間に認められる形式上の差異(
>>562 )は、
本当に、形式レベルの差に過ぎないといえるのだろうか?
形式の差は<内容の差>の現われではと、考えてみる価値はあるだろう。
既出の森重敏氏などは、三上のような形式の対応にこだわる議論を、
意味の「外形」にとらわれて、「内形」を見ようとしないと、斬って捨てる。
しかし、私は、意味の「内形」を視ようとしないのは、実は、森重氏の方ではない
のか、と最近思うようになってきた(やや弱気)。
実際の自然な会話の中で(←これ重要)、
日本語において、いわゆる「主語」がどのようなものとしてあり、
また、その対応物であるいわゆる「述語」がどのようなものとしてある
のか、考えてみたい。
あらかじめ結論を言っておけば、日本語には、意味的にも、
欧米語に見られるような「主語」と「述語」は、ないというものである。
あるいは、欧米語に見られるような「主語」性、「述語」性は、日本語には、
弱くしか認められない、と言うべきか。
この議論は、このスレでこれまで何回も出てきた、日本語と日本人に認められる、
主客融合性、感覚性、非論理性と深く関わるものになるはずです。
>>560 > なぜ三上は、主語だけをないとし、述語についてもない
> と主張しなかったのだろう。
西洋語のような主語はないが主格補語 (名詞 + ガ) はあると言っている。
また、西洋語のような述語 (定動詞) が「ない」と主張する代わりに、従属節 (の動詞や形容詞) を「単式」と「複式」に分け、「複式」をさらに「軟式」と「硬式」に分類している。
「単式」 (シ、シテ) には文をつくる独立性がなく、「複式」にはある程度の独立性がある。
「軟式」 (スル <コト>、スルト、スレバ、シタラ等) は独立性が低く、「硬式」 (スルガ、スルケレド <モ>、スルカラ、スルシ等) は独立性が高い。
最も独立性が高いのはむろん主節の動詞や形容詞 (スル <。>) だ。定動詞と非定動詞という西洋語の 2 分法とは違う。
> 森重や内田の議論が非合理的とは、例えばどんなところ?
「こう考える」という主張だけがあって、具体的な証拠が示されない。
582 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 00:58:08
主体と客体が融合していることを前提にすると、 どんな分類をしてもすべて便宜的なものになるような気がする。 なぜなら、融合しているものは分けることができないから。
583 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 01:04:55
日本語は、言葉を 「観念(論理的なもの)」としてではなくて 「イメージ(感覚的なもの)」として表現しているような感じがする。
584 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 01:22:19
>>582 話が飛躍しますが…、
靖国が分祀できないのと同じ理屈があるように思います。
>>580 > この議論は、このスレでこれまで何回も出てきた、日本語と日本人に認められる、
> 主客融合性、感覚性、非論理性と深く関わるものになるはずです。
日本語には主客融合性も、感覚性も、非論理性も認められない。それこそが三上章の主張だった。
>>562 > (三上は、この点に触れているのでしょうか?)→559さん
三上は、西洋語における主語と定動詞に等しい資格のものが日本語にはないと言ったのであって、格補語 (○○ガ/ヲ/ニ/ト…) は日本語の構文にちゃんとあると言っている。
統語論と省略とは別個の問題だ。金谷武洋はそれらをぐちゃぐちゃにしてしまった。
だから金谷の文法では、「炎上する」は「○○ガ」をとれるのに「出火する」はとれないのはなぜかとか、
「彼女と結婚する」「事故にあう」はどうして「*彼女を結婚する」「*事故をあう」と言ってはいけないのかとか、
ごく基本的なことが全く説明できない。金谷の著書は典型的なトンデモ本であり、出版社の不見識を表す以外の何ものでもない。
588 :
580 :2007/05/14(月) 02:58:57
>>586 最終的には離れますが、金谷氏の発言は、私には大変興味深く思われますし、
トンデモ本とは、全く思っていません。
>統語論と省略とは別個の問題だ。金谷武洋はそれらをぐちゃぐちゃにしてしまった。
ここは、理解しにくいです。
いずれにしても、私には、省略にこだわる所こそ、金谷氏の言説の魅力です。
また、私も省略にこだわって論を組み立てたいと思っています。
それが、
>>580 の「自然な会話」にこだわると言う意味です。
>>585 訂正します
>>580 意味の内形を見ようとしないのは、森重氏の方
→森重氏も意味の内形を見ていなかったのでは
>>581 参考になりました。ありがとうございます。
589 :
580 :2007/05/14(月) 03:06:25
追加 「省略」とは、ある表現がないことに注目しての命名であり、 あるべきものがないのか、もともとないのがデフォのものなのかの区別は、 意識していません。 ただ、一般に「省略」と理解されているものの、かなりの部分は、 元々ないものとして、ないのがデフォのものとして理解すべきではと思っています。
590 :
580 :2007/05/14(月) 03:14:41
たびたびスマソ。 「省略」にこだわると言うよりも、 自然な表現において、「何かが表現されないこと」に 積極的に注目する、と言ったほうがいいかな。 従来は、安易に、ないものをあるものとして扱うことを してしまっていたように思います。 例:「うわぁ、うれしぃ。」 この場合、「私」をいわゆる主語(三上の主格補語)として想定するのが 従来の考え方だったと思うのですが、こういう文は、むしろ、 「主語」はないと考えるべきではと思っています。 というのは、自然な表現としては、「私は」はないのがふつうだからです。 (対比的な状況を設定すれば、もちろん違ってきますが。)
591 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 08:08:24
>>545 ,
>>565 ,
>>583 「用法」は多岐に渡るが、
言葉の「語性(言葉のイメージ)」は、
一語につき一つずつあるような気がする。
(イメージが機能として使われている。「イメージ言葉」)
「は」…たくさんの中から選び出すイメージ
「が」…主体をアピールするイメージ
「から」…繰り出すイメージ
使えない文法では意味がない。
593 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 12:29:49
研究者のための文法ではなくて 一般の日本人や外国人に分かりやすい文法を考えていく必要があるね。
594 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 12:34:46
>>586 >「炎上する」は「○○ガ」をとれるのに「出火する」はとれないのはなぜか
>とか、「彼女と結婚する」「事故にあう」はどうして「*彼女を結婚する」
>「*事故をあう」と言ってはいけないのかとか
どうしてなのですか?
>>594 「を」が使えるのは、自分の意志だけで
実現できるものに限られるのでは? <「彼女と結婚する」「事故にあう」
596 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 14:11:37
「を」…追い求めるイメージ
597 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 15:24:16
>>595 ,596
「彼女を押し倒す/追い掛け回す/ぶん殴る/助ける/救う」○
「彼女を結婚する」×
確かに、それらの説明でうまく処理できそうだな。
598 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 15:35:54
>>591 >「は」…たくさんの中から選び出すイメージ
>「が」…主体をアピールするイメージ
>「から」…繰り出すイメージ
「は」について
そのイメージは、「主題」と「対比」という、「は」にあるとされている
用法のうちの「対比」に寄りすぎでは?
「が」について
「眼前描写」と「選択指定」のうちの、「選択指定」に完全に寄って
しまっている。
(観光地で)「あ、霧が出てるね。きれいね。」
この「が」が、「霧」をアピールしているとは思われない。
アピールという言葉を使えば、「霧が出ている」事態全体では。
「何が出てるって?」「き、り、霧が出てるのよ。」(選択指定)
このような例なら、上記の説明は当てはまる。
599 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 15:45:15
>>598 「が」の「語性」(言葉の持つイメージ)を言っているのであって、
直接的に「霧」をアピールしていると言っている訳ではありません。
600 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 15:51:24
言葉の持っている「イメージ(感覚)」が「意味」と分かれて 独り歩きしているといった感じでしょうか…。
601 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 16:48:13
>>599 >「が」の「語性」(言葉の持つイメージ)を言っているのであって、
>直接的に「霧」をアピールしていると言っている訳ではありません。
わきまえているつもりです。その上で、聞きました。
>>598 言いたいのは、その説は、「が」の用法全体をカバーする
ものになりえていないのでは、ということです。
>>600 ??
602 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 18:49:57
「アピールする」という表現が強すぎたのかもしれません。 「主体を明らかにする」ではどうでしょうか…?
603 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 19:03:34
>>600 話がややこしくなるのでなかったことにしてください。スマソ
604 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 19:15:31
605 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 19:30:22
>>602 それなら、分かります。
ただ、それだと、
「が」:動作・作用・属性等の主体を表す
「を」:動作の客体を表す
といったごく常識的な考えと変わらないことになりますね。
さらに言えば、「明らかにする」と言う弱めた言い方に
したとしても、依然、用法全体をカバーできるか?
という問題は残るように思います。
「明らかにする」という心の動きは、「選択指定」に伴う
ものであり、単なる情況描写において「主体」を示す場合には、
認めがたいのでは。
そういう意味で、「主体を表す」といった、
話者の行為なのか、言葉の方の作用なのかが曖昧な従来の説明の方が、
まだ穏当でいいとも言えるような。
(自信はありません。ひとつのつぶやきとして聞き捨ててください。)
606 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 19:52:06
>>605 あくまでも「イメージ」なので
曖昧に言葉を使っているところがあります。
この辺に来るとちょっとヤバくなりますね。。
607 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 20:11:24
ただ、 さまざまな用例に一貫して見られるその言葉だけの特徴や性質があって、 ネイティブはそれを把握しているから自然に使い分けられるのではないかな、 と思っています。(「ハートで感じる英文法」みたいに。)
>>595 反例「彼女を走らせる/泳がせる」
>>597 「*彼女を抱きつく/襲いかかる」が言えない理由は説明できない。
609 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 20:34:19
>>607 なるほど。仰るとおりの気がしますね。
そうすると、
>>598 で紹介されている、
「は」と「が」それぞれについての通説的な整理は、
それぞれ二つに分けてしまっているので、
そういう意味では、落第ということになりますね。
「ハートで感じる英文法」ですが、私は読み込んでいないのですが、
本当に、ここで問題になっているような、ある表現の全体をカバーする
ものを捕らえるのに成功しているのでしょうか?
もしそういうことにかなりの面で成功しているとしたら、
もちろん、著者の功績が第一でしょうが、
英語のあり方に帰せられる面があるのかな、とちょっと思いました。
(主客融合的な日本語⇔主客分離的な英語)
610 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 20:47:47
>>608 「つく」とか「かかる」って「に」と相性がいいみたい。
「仕事に就く」「仕事に取りかかる」
「に」には「接着」にイメージがある。
611 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 20:50:29
>>610 「接着」にイメージ→「接着」のイメージ
612 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 20:55:02
>>609 英語は感覚的な表現が少ないからまとめやすかったってことですか…??
613 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 21:50:37
ここで「日本語は曖昧な言語だ」と主張している奴を見てつくづく思うが、 最近の日本人には「日本とアメリカ」「日本語と英語」を比較すれば国際的な比較をしたと 思っている輩が多すぎる。それで世界全体を語っているような気分になっている。 確かにアメリカや英語は現代の世界で非常に重要な地位を占めている。 しかしそれと日本や日本語を比較することで世界全体を語ったようなつもりになるのは あまりにも視野が狭いのではないだろうか。 例えばこのスレでは日本語対英語とか、日本語対欧米語といった対比をした議論が よくされているが、世界にはそれ以外の言語だって非常に数多くある。 もしかしたら世界の言語の中では日本語のような言語のほうが有り触れていて 英語は特殊な要素が多いかもしれないのに、英語と違うと日本語が特殊だというような 乱暴な議論も見かけるし、西洋語、欧米語という言葉だって、英語と同義語、 よくてドイツ語とフランス語を含むというような非常に狭い意味でしか使っていない。 例えば「欧米語は基本的に主語を省略しない」という人がいるが、イタリア語やスペイン語は 頻繁に主語を省略する(もちろんこれらの言語は動詞が人称と数に応じて屈折変化するので 日本語の場合とはまた状況が異なるが)。これらの言語は「欧米語」ではないのだろうか。 「欧米語」と言っても、ヨーロッパの言語は一括りにできるほど共通性が高くないし、 (語族の違うものを除いても、印欧語族だけでも相当違う)日本語とヨーロッパの言語を語れば 世界全体を語ったように思うのもおかしい。世界全体の言語を語ったつもりになるのは もっと多くの言語を知っている人にしか許されないことだと思う。 例えば日本語と英語しか知らないというのであれば、自分の知っている言語の世界はそれだけだと いうことを忘れないで議論していただきたい。
614 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 22:13:51
>>613 日本語の主客融合性についてはどう思われますか…?
お考えをぜひお聞かせください。。
615 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 22:34:00
>>613 世界の言語について語っているのではなくて
日本語について語っているつもりなのですが…。
616 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 22:37:15
話をすり替えているんだよ。
617 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 22:58:06
>>613 さんは今の日本語研究に対して違和感を感じないのですか?
618 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/14(月) 23:42:02
>>613 もとより「世界全体を語っている」つもりなどまったくないのだが。
限定的であるとわきまえつつであるならば、
日本語に見られる性質を、他国語と対比しながら、見ていこうとすることは、
研究のプロセスとして「あり」だと思っている。
あなたいつも
「日本語に似ている言語は世界のどこかにたっくさんあるかもしれないのに」
といったことを言いますが、そんな世界のどこかにと言われても、
困ってしまいますがな。そんなこと言うなら、少しは、証拠出しなさいよ。
「世界全体を語ったつもりにならない」
これは、肝に銘じておきたいと思います。
>>610 > 「つく」とか「かかる」って「に」と相性がいいみたい。
・
>>595 「『を』が使えるのは、自分の意志だけで実現できるものに限られる」 (誤りだが
>>608 ) と合わせ考えると、
自分の意志だけで実現できる動きでも「を」が使えない場合は、「に」をとるということでよいか。
・「彼女に (わざと) ぶつかる」「壁にもたれる」「車に乗る」なども、「つく」「かかる」と同様に考えられるのか。
考えられるとすればその根拠は何か。例えば、助詞「を」「に」の「イメージ」と個々の動詞の意味とを知っておれば、動詞ごとに適切な助詞が選べるようになるのか。
>>593 少なくとも、一般の外国人にわかってもらうためには、上のようなことが説明できなければならない。
620 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 01:06:42
>>619 で、619さんは、現在の日本語研究や日本語教育の世界は、
そのようなことの整理整頓に成功してると思いますか、
まだまだだと思っていますか?
また、619の質問は、何か概説書なり、研究書なり、論文なりを見れば、
答えがすでにあるものと理解されていますか、それとも
未だに未整理の問題だから、この際、ここで考えていこうとの
スタンスでいられますか?
>>620 既に一定の記述に成功しているし、広く同意を得られそうな答もある。
622 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 01:25:36
>>619 >>610 ですが(
>>595 ではありません)。
「接着」というのは、あくまでもイメージで
物理的な「接着」を意味しているわけではありません。
623 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 02:36:28
>>621 でしたら、ご紹介いただけますか。
要約していただければ助かりますが、
お忙しいようなら、文献名等をお教えてください。
>既に一定の記述に成功しているし、広く同意を得られそうな答もある。
この文の前半部分の主語(主格補語)は何ですか?
621さん個人ですか、あるいは日本語研究の世界といったレベルですか?
いずれにしても、ご教示よろしく。
>>623 寺村秀夫 (1982) 『日本語のシンタクスと意味 I』くろしお出版.
625 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 12:53:14
「は」「が」「を」「に」とかって 俳句の「切れ字」みたいなものじゃないかな。
626 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 12:58:28
627 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 13:15:38
古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉 ↑ 切れ字
628 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 13:40:55
芭蕉の弟子、去来が『去来抄』で紹介している芭蕉の言葉の中に 「四十七文字すべてが切れ字となりうる」というのがあるそうだ。
629 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 14:32:41
俳句の世界では 「主客合一(主客融合)」の表現を目指しているらしい。 俳句って、日本語の特質が集約されているような…。
630 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 17:21:08
>>切れ字説 「は」は、「や」などと同様、格助詞ではなく、係助詞とされる。 また、「は」の働きとして、「息継ぎ(ポーズ)」に通うような、 文を二つに分けた上でひとつにつなぐ働き(「二分結合」)を 認める考えもある。 こういった点で、「は」を切れ字的なものとするのは、 それほど新奇ではない。 しかし、「が」「を」「に」のような、いわゆる格助詞まで、 切れ字のようなものと言うのは、どうだろう? (そもそも俳句の世界で「が・を・に」などは、切れ字とは言わんでしょ。) もっとも、係助詞は、情意的なものを表わし、 格助詞は、論理的なものを表わす、 という常識的な見方にも、納得しにくい面はある。 一般に、格助詞は、主格・対格・与格等の論理的関係を表わすと されるけど、「ほんとうにそうか?」と言いたくなる面が確かに、ある。
631 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 17:22:33
「が」「を」「に」などの西欧語と【重なる側面】だけを「格」として とりあげているだけで、それらのことばの「おおもと(本質)」を 捉ええていないのでは?と。 「が」は、主格と言ったって、 「君が好きだ。」「ビールが飲みたい」などの対象語格は、どうするのだ。 「を」は対格と言ったって、「空を飛ぶ」「家を出る」などの「場所」を 表わすものは、どうするのだ。 「二つ(あるいはそれ以上)の用法があります」といった処理の仕方は、 安易ではないのか? 全用法をカバーして、始めてそのことばを規定したといえるのでは。 格助詞でも、その語の全体を把握しようと思ったら、 「格」というような論理的な側面だけに注目していてはいけない。 情意的なものを積極的に見ていくべきだ、ということになるので しょうかね。 長文、すません。
632 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 17:36:18
芭蕉の晩年の俳句理論「軽み」は、 「主客融合」を客観視している境地なのかも…。
633 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 17:51:20
「主客融合」を楽しむのはいいけど、絶対視するのは良くないよね。。
634 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 20:49:48
宗教って 「主客合一」(=主客融合、主客未分)を絶対視しているような気がする。
635 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 21:03:40
>>631 (書き言葉ではなくて)
話し言葉に日本語の本質が表れているように思います。
>>631 > 「が」は、主格と言ったって、
> 「君が好きだ。」「ビールが飲みたい」などの対象語格は、どうするのだ。
区別しなくてよい。「主格」が問題なら「ガ格」でもよい。
複数のガ格補語をとる述語詞があるということ。
> 「を」は対格と言ったって、「空を飛ぶ」「家を出る」などの「場所」を
> 表わすものは、どうするのだ。
これも「ヲ格」として区別しなければよい。
「出る」はヲ格補語またはカラ格補語を必ず要求し、「飛ぶ」は任意にヲ格補語を受け取る継手を持っている。
> 「二つ(あるいはそれ以上)の用法があります」といった処理の仕方は、
> 安易ではないのか?
1 つの語に複数の用法があるのはごく自然なことだ。形式の数には限りがあるが、意味の種類は無限だからだ。
> 格助詞でも、その語の全体を把握しようと思ったら、
> 「格」というような論理的な側面だけに注目していてはいけない。
> 情意的なものを積極的に見ていくべきだ、ということになるので
> しょうかね。
格助詞の「本質」といったとらえどころのないものについて考えるより、格助詞は述語詞が個別に規定する約束事と見るほうがよい。それが
>>594 への答。
「主体」「対象」「場所」等は、あとから便宜的に名づけたものにすぎない。
637 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 22:13:38
>>636 は「言語の感覚性」については一切認めない立場なのかな。
638 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 22:49:07
>>636 「ガ格だから」「ヲ格だから」「約束事だから」と言ってるように見えるが、
それって説明になってないんじゃないか…?
639 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/15(火) 22:52:55
>>636 Q.「が」は主格以外の、しかも共通性の見えにくい用法も持っていますが、
どう理解すればいいでしょうか?
A.主格だとか、何格だとか意味にこだわる必要はありません。
さくっと「ガ格」だ、と理解しましょう。
Q.動詞と助詞はいっしょに使える組み合わせがあって、
なぜそれ以外の組み合わせは成り立たないのでしょうか?
A.動詞ことに一緒に使える助詞が決まっています。そういう約束事なのです。
こういう説明は、自分的には説明になっているとは思えない。
意味というものに、きわめて冷淡というか、鈍感な立場だね。
その点、金谷氏はサービス精神旺盛で、時に突っ込まれるようなところがあるが、
やわらかい心でことばを見ていこうとするところが、自分的には好きだな。
640 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 00:38:16
「飛ぶ」は任意にヲ格補語を受け取る継手を持っている。←??
641 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 01:31:05
>>636 >「主体」「対象」「場所」等は、あとから便宜的に名づけたものにすぎない。
それは確かにそうかもしれないが、だからと言って、
意味についての説明はしない(そう見えるのだが)
というのは、問題では。
助詞の表す意味を、イメージとしてとらえようとするのは、
従来の規定の便宜性を何とか乗り越えようとしているのだと思う。
(現状、完成度はまだまだの気がするが。)
>>640 「飛ぶ」「歩く」「走る」「泳ぐ」等は、「通りみち」などと呼ばれるヲ格補語をとらなければならないわけではないが、話者が言いたければとることができる。
「通る」「走り抜ける」「旅する」等は、ヲ格補語が必須だ。
ヲ格の継手を持っていなければ、ヲ格補語をとることはできない。「窓 {*を/から} 侵入する」
こうした格補語のとり方のきまりも、動詞の「意味」の一部をなしている。
644 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 05:32:31
>>639 >さくっと「ガ格」だ、と理解しましょう。
ここの「さくっと」はどういう意味ですか。
「ざっくりと」と同じ意味ですか。
645 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 12:36:06
日本語はオノマトペ(擬音語・擬態語)も非常に多い。 これも感覚性の強さと関係があるのではないか?
646 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 13:06:49
オノマトペを使うと情感や雰囲気が生き生きと伝わるように感じる。 (欧米では幼稚っぽいと感じるらしいが…)
647 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 13:57:33
>>644 >>639 ではありませんが、
「つべこべ言わずに」「いちいちこだわらずに」といった含みを感じますね。
648 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 14:27:57
649 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 16:06:10
言葉ができ始めた頃の人たち(たぶんおサル)は、 見たものや聞こえたもの、感じたものなどを そのまま言葉(鳴き声?)にしていたんじゃないかと思う。 そういう風に言葉の成り立ちを考えていくと、 オノマトペ(擬音語・擬態語)というのは より原始的な表現(=より根本に近い表現)と言えるのかもしれない。
650 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 16:45:36
一人じゃないからかぶるんじゃないか…?
652 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 18:42:48
「わんわん(犬)」「ブーブー(車)」など 幼児語にはオノマトペが名詞になっている言葉があるね。
653 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 19:46:50
>>643 「必須」と「任意」の区別がどうもよくわからん。
「必須」と言われているほうが、場所との結びつきが強いとは
言えそうだが、しょせんは程度問題ではないのか。
「通る」は「ヲ格」が必須だと言われると、うん、確かに「通る」と
言えば、必ずどこか「を」通るからな、ふんふんと納得。
しかし、それを言えば「飛ぶ」だって、必ずある場所「を」飛ぶのでは
ないのか?
英語の場合、主語や目的語は実際の表現において不可欠である。
それに対し、その他の成分は、別に表現しなくても文は成り立つ。
このような表現上の「現実」に基づき、
「主語や目的語は必須の成分ですが、「時(いつ)」とか「どうして(理由)」
とかは、任意の成分です。」と説明されれば納得もいく。
しかし、日本語で言われる「必須補語」と言われるものは、
実際の表現において、ばんばん省略可能でしょ?
その点で、「任意補語」と変わらないと思うんだよね。
これまた、何か訳のわからない、脳内のお作法を押し付けられている
ような気がするのだが…。
実際、学者の間でもばらばらのようだし…、
こういう区別をすることで、何かいいことがあるのか?と聞きたい。
654 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 20:26:18
>>652 「とっとこハム太郎」でハムスターが毛づくろいする時、
「くしくし」という擬態語が使われていた。
「くしくし」→「くしくしするもの」→「(髪の毛をとかす)くし」
なのかなぁ…と思ったことがある。
655 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 20:36:56
>>654 マンガではオノマトペが多用されるけど、近年、日本の漫画って
海外輸出され、現地の言葉に翻訳されるよね。
その時、日本語のオノマトペは、翻訳がとても難しいと思うけど、
その辺の所はどうなっているの。
以前気になって、高橋留美子のマンガで調べたら、
約7割のコマに、オノマトペが書き込まれていた。
しかも、辞書には載っていないが、
日本人なら何となく分かるというようなオノマトペが多かった。
あれは、翻訳不可能だと思うんだけど、どうやって海外版を作っているのだろう。
656 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 21:07:02
657 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 22:17:17
英語の「hot」には「熱い」と「辛い」の二つの意味があるけど、 食べ物が暑すぎたり辛すぎたりすると、口を閉じられなくて 「ほっほっ」(日本語で言うと「はふはふ」?)って言ったから じゃないかな…と思ったりする。
658 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 22:19:38
659 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/16(水) 22:49:54
>>657 654の「くしくし」は、話が反対ではとも思うが、
これはそうかもしれないね。
語源辞典などでは、どういう説明になっているんだろうね。
>>653 > しかし、それを言えば「飛ぶ」だって、必ずある場所「を」飛ぶのでは
> ないのか?
それはリクツであって、「飛ぶ」という動詞のもつ「意味」に、はじめから「通りみち」が含まれているわけではないのだ。あとから足すことはできるが。
> 英語の場合、主語や目的語は実際の表現において不可欠である。
省略される場合もある。"Fasten (your) seat belt while (YOU are) seated." "Help (ME)!"
> その点で、「任意補語」と変わらないと思うんだよね。
すべて任意補語と見なす手もあるんだが、その場合は、個々の述語詞が「補語をとるとすればどの格を選ぶか」を規定していることになる。
本来ある必須補語が省略されていると見るか、述語詞が特定の格助詞とだけ合う継手を持って補語を待っていると見るかの違いだ。
> こういう区別をすることで、何かいいことがあるのか?と聞きたい。
述語詞の「意味」を分析・記述する際に、例えばヲ格を必須補語とするのか、任意補語とするのか、補語にとらないのかといった情報は、重要な手がかりになる。「意味」は目に見えないからね。
これこそ「意味」に対して鋭敏な立場であり、金谷はいいかげんなのだ。
661 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 01:39:23 0
>>660 よくわかんないんだけど、
述語詞一個一個どういう継手を持っているか覚えろってこと?
そこには法則性とか傾向とかないの?
662 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 01:55:02 0
>>660 しかも、
なにが「任意」で、なにが「必須」かは、
理屈を言っていないで、言われたとおり覚えろってこと?
>>661 傾向はある。だからある程度予測はできるが、法則だと思うとすぐに例外が出て来て痛い目に会う。
結局、1 語ごとに覚えるほかない。
>>662 「街の上空でヘリが飛んでいる」「廊下で走っている〔雨の日のトレーニング〕」などと言えば、ヲ格の任意補語はとれなくなる。必須補語を殺すことはできない。
「理屈をこねずに言語に訊け」これ鉄則。
664 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 12:35:47 0
>>663 「理屈をこねずに言語に訊け」って…
「理屈をこねずに言語の持つ感覚性に関心を持て」という意味になるような。
665 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 12:59:22 0
>>659 語源について考えるなら、「語源辞典」で調べるより
おサルのことをイメージしながら考えるほうがよくわかる。
「人間は特別なんだ。」と思いがちだが、
語源のことがいろいろわかってくると
「人間はおサルなんだ…。」って思うようになる。
666 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 14:38:49 0
>>663 >「理屈をこねずに言語に訊け」これ鉄則。
確かに、その通りだと思う。
しかし、証拠として挙げられている「言語」が、不自然だったり、特殊だった
りするのは、訊かれている「言語」(=日本語)もいい迷惑なんじゃないか?
ヘリの例は、なんか動物園を逃げ出した暴れ熊じゃないが、
精神的に追い詰められたヘリさんが、前後不覚になってふらふらと飛んじゃっ
てるようだし、トレーニングの例の「走る」は、「走り込む」といった通常の
「走る」とは別に考えた方がいい例ではないのかな。(周辺的な用法を持ち出せ
ば、663が必須としているものにも同じようなことが言えないか?)
そもそも、必須か任意かは研究者により、ばらばらでしょ?
英語の主語・間接目的語・直接目的語に相当するガ格・ヲ格・ニ格
のみを必須成分とする立場もあるようだね。
この立場では、場所に関わる「を」はすべて任意成分とされるぞ。
(『初級を教える人のための 日本語文法ハンドブック』スリーエー)
一方では、
「1000円で買った。」
の「〜で」も、「買う」からには必ず金を払うのだから(お金を払わなければ
「買った」とは言えない)必須成分だとする立場もあるようだね。↑に紹介。
「言語に訊け」と言っても、英語の必須か任意の区別のように、
表現の「現実」を踏まえたものでなければ
>>653 、
それは、「言語に訊いた」ことにはならんのでは。
667 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 19:53:27 0
>>657 熱い食べ物をふぅふぅ冷ましながら食べたから「food」とか…??
「soup」とか「汁」とかは、
熱い飲み物をすする時の擬態語(擬音語?)ぽいね。
あと、「すする」って言葉もそれっぽい。
668 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 21:38:03 0
おなかをたたくと「ぽんぽん」って音がする。 おつむをたたくと「てんてん」って音がする。
669 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/17(木) 22:00:58 0
>>668 それで高いところにあるのは、てん(天)ということ?←音読みだよね。
こちらはいいとして、「ぽんぽん」って、なんぞや?
赤ちゃん言葉の「ぽんぽん」のことですか?
だったら、それがどうかするのでしょうか?
あっ、けんか売ってるんじゃないですよ。
>>667 など、そんな気がしてきました(笑)。
ニッポンスッポンポン スッポンポンポンポン
>>666 > ヘリの例は、なんか動物園を逃げ出した暴れ熊じゃないが、
> 精神的に追い詰められたヘリさんが、前後不覚になってふらふらと飛んじゃっ
> てるようだし
「街の上空」の範囲から出ない飛び方 (宣伝活動、地上の監視等) ならデ格でよい。
> トレーニングの例の「走る」は、「走り込む」といった通常の
> 「走る」とは別に考えた方がいい例ではないのかな。
脚を怪我したあと、回復の具合を確かめるために「廊下で走ってみた」でもよい。
いずれも不自然でも特殊でもない。
単なる移動動作はある場所を通過する場合も多いが、そうならない場合もある。「通る」「走り抜ける」等は必ず通過する。
任意補語と必須補語の違いは、動詞の「意味」の違いなのだ。
>>666 > そもそも、必須か任意かは研究者により、ばらばらでしょ?
述語詞の「意味」のとらえ方が違うわけで、やむを得ない面もある。
> 英語の主語・間接目的語・直接目的語に相当するガ格・ヲ格・ニ格
> のみを必須成分とする立場もあるようだね。
今時それは酷いな w
> 「1000円で買った。」
> の「〜で」も、「買う」からには必ず金を払うのだから(お金を払わなければ
> 「買った」とは言えない)必須成分だとする立場もあるようだね。
それはおかしい。「○○円で買う」の「○○円」は、「金」ではなくて「金額」だ。金額を言うことは必須ではない。
他方、「金で買えない」という言い方もある。この場合の「買う」は、「金で」が付かない「買う」とは「意味」が違うのだ。
前者は「引き換える」という原義を残している。後者は「代金を払って手に入れる」。
格補語のとり方を調べるとこうしたことまでわかる。
> 英語の必須か任意の区別のように、
> 表現の「現実」を踏まえたものでなければ
>>653 英語にも例外はある。
>>660 。
それに、日本語の場合、表現の「現実」を踏まえたら、どんな説明になるというのか。
674 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 12:35:16 0
>>673 今までの発言を総合すると、
「一語一語意味が異なるから用法も異なるのだ。」
と言っているように感じるのですが、それは
「日本語には、文の成り立ちを説明できる一定の法則がない。」(=文法がない)
ということになるんじゃないですか…?
675 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 13:18:39 0
少なくとも、論理的に説明できるような文法はないのかもしれない。
676 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 13:28:50 0
>>675 主客融合を前提にすれば、当たり前のことなのかもしれないが…。
>>674 例えば、すべての助詞が必ず名詞のあとに来る。
ちゃんと文法があるじゃないか w
678 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 14:23:57 0
>>677 話し言葉では助詞が付かないほうが多い。
679 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 14:28:46 0
上のほうで敬語の話をしていた時にも同じような違和感があった。 「文脈によって分類が変化する」と言ってる人がいたが、 それじゃ文法にならないんじゃないか…と。
680 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 15:03:24 0
そうなんだよ。 解説を聞いていると、一語一語どころか、あるひとつの言葉でも、 この場合はこうで、 その場合はそうで、 あの場合はああ…、 っていうように、単語ごとでさえないのだよ。 ひとつの単語でも、いろいろなケースが出てくる。 それは結局、「ケースバイケース」ということになり、 「文を成立させる法則性=文法」 を語ったことになるのか、大いに疑問。 そして、それは、語り方や考え方の問題というよりも、 日本語は、そもそも文法性が希薄な言語なのではないかな。
>>678 1 つも助詞を使わずに話すことはできない。使えば必ず名詞のあとに来る。
ちゃんと文法があるじゃないか w
>>680 それらは厳密に言えば、語源と形態を同じくする別個の語、同音異義語だ。辞書は便宜的に「同じ語の異なる用法」としているだけ。
どの言語についても全く同じだろう。
日本語はあるが、文法はない、となれば、 日本語は、滅茶苦茶に言葉を並べても、通じるということになるのか? 「ある日本語がなればとは文法ない並べ言葉滅茶苦茶ならないにを」 なんて日本語が、成立しないということは、厳然たる文法があることになる。
684 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 16:52:14 0
>>683 論理的に説明できるような文法はないけど、
感覚的になら説明できるような文法があるんじゃない?
>>684 そうだな。
そして、その感覚的に行われる説明も、人に伝わるためには、
結局、論理的に示されなければならない。
686 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 16:59:19 0
>>682 ケースバイケースで全部違う言葉だと言うのか?
ケースバイケースで人格(役割)を使い分けるムラ人の言葉だから
そういうことのなるのかもしれないね。
687 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 17:07:24 0
>>685 (主客融合している)お仲間には感覚的に説明しても伝わるが、
そうじゃない人(外国人とか)には伝えることが難しい。(オノマトペが翻訳できないように)
結局、「論理的」ではなくて「便宜的」に示すことになる。
688 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 17:20:01 0
>>681 よくはわからないが、
「名詞+接尾辞(切れ字的なもの)」という組み合わせを
数珠のようにつなげて文を作っているような気がする。
>>686 どの言語の「語」についても同じことが言えるだろう。人には人格があるが、語はただの記号なので、「語格」というものはない。
スレタイ 「何で正しい日本語つっかえていうの」に見えた
691 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 19:04:07 0
>>689 は、どの言語も文法とは便宜的なものだと言ってるの?
692 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 19:09:36 0
>>682 任意成分か必須成分かの違いを、あんなややこしい形でしかできない
なんてことは、英語・フランス語・ドイツ語ではありえない。
日本語固有の問題か、さもなければ説明がポイントを外しているのでは。
>>682 の言う通りにすると、「同音異義語」だらけになるのでは。
「鼻が通る」「海岸線に沿って旧道が通る」
「腹が出てきた」「足が土俵の外に出た」
682(?)は、「通る」「出る」は「ヲ格」を必須補語としてとるとしているが、
上にあげた例は「ヲ格」と共起しない。これらは、同音異義語なのか?
そんなことしていたら、際限がないのでは。
(ちなみに「出る」は『明鏡国語辞典』では35の用法に分けられている。)
便宜的なのはどちらの態度なのだろう?
693 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 21:11:52 0
>>660 >>英語の場合、主語や目的語は実際の表現において不可欠である。
>省略される場合もある。"Fasten (your) seat belt while (YOU are) seated."
"Help (ME)!"
最初の例は命令文であり、しかも「YOU are」が省略されているというのは、
従属節(文の部分)の中じゃないw
平叙文(疑問文も)の主文の主語は、「文」成立にとって原則不可欠と言って
いいと思うけど。
『月刊言語』2006.5
(特集「いま」と「ここ」の言語学 言葉の<主観性>をめぐって)
掲載の盛文忠氏「日本語の主語と中国語の主語はどう違う?」によると、
川端康成の『雪国』冒頭からの約40文を見ると、日本語原文では、主語を明示
する文が55.8%なのに対して、サイデンステッカーによる英語訳では、98%の文において、
主語が明示されているとのこと。
この調査からも、英語では主語は「文」成立のための必須成分なのに対して、
日本語では、主語は「文」成立のための必須成分とは、とうてい言えない、
ということができると思う。
ちなみに、中国語訳では、主語が明示されているのは、三種類の翻訳本を調査
し、平均で約88%。英語に近いという結果が出ている。
それから、「HELP」の例は命令文というよりも、切羽詰っての感嘆詞的表現
と言うべきでは。
辞書を引いたら、「もうだめだ!」のような訳がついていたぞ。
ノバの宣伝の、ジャングルジムの下敷きになってる変な外人さんも、
ちゃんと「ME」をつけていたよね。
日本語において「私を助けて」は特殊な表現、
英語において「Help Me」はごくごくふつうの表現。
この違いは無視すべきではないと思う。
694 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 21:33:31 0
どの言語の文法も100%「論理的」ということはありえないが、 日本語の場合、「論理的」な度合が低いとは言えるだろう。
695 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 22:26:04 0
>>694 どの社会であれ、社会の隅々にまで「法令」が徹底して適用されるわけでは
ないかもしれない。また、日本といえども、殺人を犯せば、逮捕され、処罰
を受ける。ルールがないわけではもちろんない。
しかしながら、談合、天下り、取締役会・会計監査等の形骸化等々、
日本社会の場合、欧米諸国と比べると、「法令順守」の度合いがまだまだ低い
とは言えるのではないか。
日本語の「文法性」の低さと、日本社会の「法治性(コンプライアンス)」の低さは、
パラレルだという気がする。
696 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 22:44:46 0
便宜的と言うのか、恣意的と言うのか… エラソーにしている割には、かなりいい加減な感じがしてくるね。。
697 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/18(金) 23:24:32 0
>>695 日本は「ムラの掟」が徹底して適用されているんです。
日本語の文法も、
ムラを守るという「文法性」は非常に高いと思います。
698 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 00:43:00 0
>>697 英語・ドイツ語・フランス語等の言語では、
主語や目的語は、文成立のために欠かせない成分と言うことができる。
また、これらの言語においては、主語や目的語が揃いさえすれば、
「文」は成立する。英語等のいわゆる5文型的な要素は、「文」成立のための、
必要十分条件と言っていい。
ところが、日本語の場合、5文型的な要素は、
「文」成立のための必要条件でもなく、十分条件でもない。
「相手に通じさえすれば」、主語や目的語は、ばんばん省略可能である。
(→文成立の必要条件ではない)
一方、日本語においては、たとえ5文型的な要素がみな揃ったとしても、
「文」が成立するとは限らない。(→十分条件でもない)
日本語にあっては、敬語・人称詞・終助詞・授受表現等の、
聞き手(当面の相手)との関係性に関わる表現が加えられないと、
自然な「文」として成立しがたいのである。
5文型的な要素が、当面の相手を超えた公共性・客観性・普遍性につながるもの
であるとしたら、敬語以下の日本語に特徴的な要素は、特定の相手と融合的な
関係を構成するのに必要なものであり、それらは当事者間(ムラ)に閉じられている。
確かに、日本語は、公共的・普遍的文法性は弱い一方、
自閉的・個別的(ムラ社会的)な“文法性”は高度に発達していると言えるかも。
>>279 ,
>>300 ,
>>305 ,
>>320
699 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 01:54:34 0
>>697 >日本は「ムラの掟」が徹底して適用されているんです。
確かに、談合するやつらというのは、
法令や社会正義は、平気で蹴とばし、
談合組織の掟にはきっちりと従っているわなwww
よな。
700 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 02:10:36 0
欧米的な論理的な文法はないが 日本的な感覚的な文法(ムラの文法)はあるという訳か…? 森有正も、 「日本語は非論理的かつ非文法的な言語だ。」と言っていたな。
>>687 オノマトペでなくても完全な翻訳はどだい不可能だ。近似しているだけ。
心的辞書 (mental lexicon) をそのままの形で写すことは、紙辞書でも CD でもできない。どの言語の辞書も必ず便宜的だ。
>>688 > よくはわからないが
なら口を噤めば?
>>691 >
>>689 は、どの言語も文法とは便宜的なものだと言ってるの?
いいや。どこにそんなことが書いてある?
>>692 > 任意成分か必須成分かの違いを、あんなややこしい形でしかできない
> なんてことは、英語・フランス語・ドイツ語ではありえない。
十分ありうる。'Watch him', 'watch for him', 'watch over him', 'watch to arrest him' の 'him', 'for him', 'over him', 'to arrest him' のうち、どれが任意でどれが必須か簡単に説明できるか。
> これらは、同音異義語なのか?
はいそのとおり。
> (ちなみに「出る」は『明鏡国語辞典』では35の用法に分けられている。)
> 便宜的なのはどちらの態度なのだろう?
もちろん紙辞書の方。格補語のとり方が違えば別の意味、厳密には別の語だ。
(その「35 の用法」に分ける時に、日本の国語辞典は格補語のとり方を基準にしていない。そういうところはダメだと思う)
>>693 > 最初の例は命令文であり、しかも「YOU are」が省略されているというのは、
> 従属節(文の部分)の中じゃないw
従節でも are は定動詞だ。You と呼応している。主語 (と動詞) の省略であることは動かない。
> 平叙文(疑問文も)の主文の主語は、「文」成立にとって原則不可欠と言って
> いいと思うけど。
"(I) Got up at 7:00." (Diary)
> この調査からも、英語では主語は「文」成立のための必須成分なのに対して、
> 日本語では、主語は「文」成立のための必須成分とは、とうてい言えない、
> ということができると思う。
ガ格補語が「文」成立のための必須成分かどうかは、統語論の問題。それが常に明示されるかどうかとは関係がない。
> それから、「HELP」の例は命令文というよりも、切羽詰っての感嘆詞的表現
> と言うべきでは。
> 辞書を引いたら、「もうだめだ!」のような訳がついていたぞ。
誘拐されそうな人は "Help!" と叫ぶが、助かることをあきらめているわけではないな w
"Help! I need somebody...Won't you please please help me." (J.Lennon & P.McCartney)
>>698 > 英語・ドイツ語・フランス語等の言語では、
> 主語や目的語は、文成立のために欠かせない成分と言うことができる。
文成立のために欠かせないが、明示されないこともある。
> 英語等のいわゆる5文型的な要素は、「文」成立のための、
> 必要十分条件と言っていい。
よくないよ。"*I look." は 5 文型的には問題ないが、実際には非文法的だ。
> 「相手に通じさえすれば」、主語や目的語は、ばんばん省略可能である。
省略可能ということは、本来あるということだな。
本来あるということが、文成立のために欠かせないということだ。
>>700 森有正というやつは、おのれの非論理性を日本語のせいにした卑怯者。
706 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:12:01 0
このスレ、7割くらいのレスを一人が書いてる感じがするな。 そしてそいつは明らかに文系だ。
707 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:12:58 0
>>701 言ってることが矛盾してない?
論理的に説明できないものをとりあえず論理的に説明しておくのを
「便宜的」と言うんじゃないの…?
708 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:21:52 0
>>705 「卑怯者」って意味がよくわからん。
「非論理的」(感覚的)であることは恥ずべきことなのか?
709 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:43:42 0
>>703 ,
>>704 だから、程度の問題なんじゃないの?
英語にも日本語にも非論理的な部分はあるけど、
日本語のほうがその程度が大きいということだよ。
710 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:44:45 0
>>702 >十分ありうる。'Watch him', 'watch for him', 'watch over him', 'watch t
>o arrest him' の 'him', 'for him', 'over him', 'to arrest him' のうち、
>どれが任意でどれが必須か簡単に説明できるか。
こういうものを対象に、形態的裏付けなしに、任意か必須かを考えること自体に
疑問を感じている。
英・仏・独語では、主語や目的語のように、自然な表現(「文」)成立のために、
原則欠かせないものが「必須」、なくてもよいものが「任意」。
実際の表現に基いていおり、単純明快。子どもでも飲み込めるだろう。
それに比し、君の任意・必須の何とややこしいことか。
(三上や寺村は、こんなことしてるか?)
>> これらは、同音異義語なのか?
>はいそのとおり。
では、「出る」と「通る」は、いくつの「同音異義語」よりなるのか、
それぞれ示してくれる?
用法分類は、人により相当のばらつきがあるものだけど、
同語か異語かは、明確でないと、困るわな。
(だから、通常は、「鼻」と「花」のような誰の目にも明らかなものを
同音異義語としている。)
>もちろん紙辞書の方。格補語のとり方が違えば別の意味、厳密には別の語だ。
>(その「35 の用法」に分ける時に、日本の国語辞典は格補語のとり方を基準に
>していない。そういうところはダメだと思う)
『明鏡』では、例えば「出る」について、用法別に共起する助詞について、
触れてあり、そのあたりについてかなり意識しているようだが。
711 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 12:55:21 0
712 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:00:05 0
「ムラ」とカタカナで書いたり「ムラの掟」「主客融合」「感覚性」などという用語を用いたり、 「三上や寺村は」と学者の名前を持ち出してくるところが文系臭が強いと思う。 俺は理系だが言語学にも興味があってこの板をよく見ているが、 このスレほど文系っぽいレスが多いスレはないと思う。(文系理系という分け方もなんだが)
713 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:08:52 0
>>703 (飛行機のシートベルトの例)
英・独・仏語において、
主文の主語は「文」の成立にとって原則不可欠である、ならいいかな。
>> 平叙文(疑問文も)の主文の主語は、「文」成立にとって原則不可欠と言って
>> いいと思うけど。
>"(I) Got up at 7:00." (Diary)
ご指摘を踏まえ、「原則不可欠」とします。
ただ、英語で主文の主語が省略されているものを挙げるとすると、
Diaryの例などになってくるところに、英語等と日本語における
主語の占めるポジションの歴然たる違いが現れていると言える。
やや乱暴に言ってしまえば、
主語の省略がデフォである日本語と、主語の表示がデフォである英・仏・独語。
この「度合い」の違いは無視すべきではない。
>誘拐されそうな人は "Help!" と叫ぶが、助かることをあきらめているわけではないな w
自分が調べた辞書にも「助けて」という訳語も出ていたよ。
その例、参考になったけど、
>>「HELP」の例は命令文というよりも、切羽詰っての感嘆詞的表現と言うべきでは。
というのを変える必要はないのでは。引用例でも、最後は「ME」がついてるね。
714 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:09:47 0
哲学臭とか文学臭って意味かな。
715 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:21:30 0
>>704 >よくないよ。"*I look." は 5 文型的には問題ないが、実際には非文法的だ。
「5文型的要素」と言っている。主語、目的語、補語…。
あるいは、これは深い質問なのでしょうか?
表現対象とする現実に、目的語として表現されるものがあれば、
英語等では、日本語のように省略できないということ。
例えば、そういうものがなければ、主語と動詞で充足する。
>省略可能ということは、本来あるということだな。
「省略」というタームについては、注意して使わなくてはいけないのかも。
ただ、「省略=本来ある」
という図式は、必ずしも成り立たないのでは?
716 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:30:22 0
>>712 「ムラ」はムラ社会について話をする時によく使われる。
市町村の「村」と区別するためにカタカナになっている。
717 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 13:33:40 0
>>712 じゃあ、理系的に居心地がよく、納得も行くスレがあったら、教えてちょ
718 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 14:01:07 0
>>703 >>この調査からも、英語では主語は「文」成立のための必須成分なのに対して、
>>日本語では、主語は「文」成立のための必須成分とは、とうてい言えない、
>>ということができると思う。
>ガ格補語が「文」成立のための必須成分かどうかは、統語論の問題。
>それが常に明示されるかどうかとは関係がない。
「理屈をこねずに言語に訊け」と言いたい。
「統語論」って、何ですか?
どうも“統語論”っていうのが、日本語の現実を離れて理屈を紡ぎだす
よからぬ装置になっているような気がする。
719 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 14:57:36 0
>>701 >>688 ですが、
「名詞+接尾辞」が一つのイメージを作り、
それが組み合わさってさらに大きなイメージ(文)が構成されていく…
といった感じがします。
720 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 15:14:39 0
英語は主語を表すのがデフォである。 日本語は主語を表さないのがデフォである。
721 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 19:17:36 0
二本語庭英語等と対比出来る様な主語ハ无い。
>>707 矛盾してない。論理があまりに込み入っている、または論理がまだ十分にわかっていないときに、便宜的な説明を与える。
便宜的な説明には必ず論理的なほころびがあるが、役に立たないとは限らない。
>>708 哲学者が非論理的では役に立たないだろう w
森有正の頭が悪いのであって、日本語が悪いのではない。
724 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 23:07:42 0
>>723 >
>>708 哲学者が非論理的では役に立たないだろう w
>森有正の頭が悪いのであって、日本語が悪いのではない。
痛いところを突いちゃうと、感情的な反発を受けて大変だな。
森有正は、日本語の「現実」を見据えることで、
日本語の特質を正しく指摘した、稀有な存在。
725 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 23:22:11 0
>>723 余計な説明はかえって邪魔になるのでは…?
論理だけを信じること=頭が良い、と言えるのだろうか。
726 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/19(土) 23:36:53 0
>>723 は、オノマトペについても
「論理がまだ十分にわかっていない」という解釈をしてる??
727 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 00:13:49 0
ファジー理論みたいなのもあるからね…。 日本語は感覚性が強いと認めた上で あいまいなもの(感覚的なもの)を論理的に説明していくっていうのは アリかもしれない。
728 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 00:51:59 0
>>723 ,
>>724 日本語の特質は日本人の特質ということになる。
どちらかが良くてどちらかが悪いといった判断には抵抗を感じる。
ただ、特質を知っておくのはいいと思う。
>>724 そんな泣き言を口に出すのは馬鹿の証拠。
>>709 どちらにも非論理的な部分はない。形式論理と言語表現とが合致する必要はない。
>>710 > こういうものを対象に、形態的裏付けなしに、任意か必須かを考えること自体に
> 疑問を感じている。
使ってみればすぐに形態的裏付けは得られる。
> 英・仏・独語では、主語や目的語のように、自然な表現(「文」)成立のために、
> 原則欠かせないものが「必須」、なくてもよいものが「任意」。
> 実際の表現に基いていおり、単純明快。子どもでも飲み込めるだろう。
Modifier すなわち任意成分とされているもののなかにも、実際には必須のものがたくさんある。日本語の場合と何ら変わらない。
学校英文法は、都合の悪いことに目をつぶった迷信にすぎない。
> それに比し、君の任意・必須の何とややこしいことか。
> (三上や寺村は、こんなことしてるか?)
どの言語でもややこしいし、寺村は精密に観察・記述している。
> では、「出る」と「通る」は、いくつの「同音異義語」よりなるのか、
> それぞれ示してくれる?
「通る」は、ヲ格補語をとるものととらないものの 2 つからなる。
「出る」は、ヲ格、カラ格、ヲ格と二/へ格、カラ格とニ/ヘ格、ニ/ヘ格のどれをとるか、あるいはどれもとらないかによって、6 つに分けられる。
> 用法分類は、人により相当のばらつきがあるものだけど、
> 同語か異語かは、明確でないと、困るわな。
> (だから、通常は、「鼻」と「花」のような誰の目にも明らかなものを
> 同音異義語としている。)
同語か別語かもばらつきがあるほうが普通。同語の別の用法とするか、別語とするかの間に、明確な線は引けない。だれの目にも明らかかどうかは主観でしかない。
「鼻」と「花」とは、多くの方言においてアクセントが異なり、同音語ではない。
> 『明鏡』では、例えば「出る」について、用法別に共起する助詞について、
> 触れてあり、そのあたりについてかなり意識しているようだが。
そうなのか。手元にないんだ。流石は北原さんだな。撤回するよ。
>>718 > 「統語論」って、何ですか?
例えば、「文」成立のための必須成分とは何かについて考えること。
>>720 > 日本語は主語を表さないのがデフォである。
「むかしむかし、いました」でいいわけだな w
>>725 少なくとも、論理がわからないのは頭が悪いといえる。
>>726 そう解釈している。オノマトペといったって、真に迫った声帯模写ではない。
語彙の中に位置づけられるべきだ。
734 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 11:25:41 0
>>720 話し手と聞き手との間に共通認識がある場合が多く
その場合は主語を表さないということだ。
(主語だけに限らないが。相手が分かっていることはわざわざ言わない。)
735 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 11:27:49 0
736 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 12:21:29 0
>>734 の続き。
言わなくても通じる事実関係(主語、目的語など)は言わないので、
第三者(ムラの外の人)には話が通じにくい。
(小津安二郎の映画にそういうシーンがでてくるらしい。)
一方、
お仲間言葉や配慮表現(授受や敬意など)は
非常に厳密に表現することを求められる。
737 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 14:32:16 0
日本語=「一体化」(主客融合、共依存)を志向する言語(
>>573 )
>>713 > >>「HELP」の例は命令文というよりも、切羽詰っての感嘆詞的表現と言うべきでは。
> というのを変える必要はないのでは。引用例でも、最後は「ME」がついてるね。
'Me' の省略と考えるのが筋。
>>734 そんなことは今さら言うまでもない。
日本語の文にも補語は存在し、聞き手にわかるときは省略される、というだけの話。
739 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 19:45:35 0
>>738 英語は省略されないのになぜ日本語は省略されるのか、
言語に訊いてみないのか?
「そういうもんだ。」で納得しているのか…??
740 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 20:42:59 0
>>738 上のほうの長文はあまり読んでいないのですが、同じ人のようなので質問します。
「日本語は英語と同じような言語で、特に変わった性質は持っていない。」
という立場なのですか? それとも何か特質があると思っていますか?
>>739 同じきまりを持っていなければならない理由はない。
>>740 言語は約束事であって、どのようなきまりを持っていてもよいわけだから、
世界中探しても、「特に変わった性質」を持った言語というのはない。
ただ、この世の出来事は複雑なので、出来事を描き取るための要素は、どの言語でも複雑だと思う。
742 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 23:09:47 0
>>741 自分とはとらえ方が違うなぁと思いました。
同じものを見ていても人によって見え方が変わるんですね。
743 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/20(日) 23:21:58 0
>>741 日本語は省略されるのが「きまり」なのね…w
>>743 何を今更 w 日本語に義務的省略規則がいろいろあるのは周知の事実。
745 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 11:19:59 0
>>744 現象そのものは、確かに、周知の事実だね。
ただ、その事実を前にして、
「義務的省略規則」などとい「名前」をつけて
「あとは知らん」という人と、
その背後にあるものを何とか探ろうという人に分かれるわけです。
746 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 11:28:24 0
747 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 11:42:50 0
>>729 >そんな泣き言を口に出すのは馬鹿の証拠。
自分にある程度の自信があればこそ、
己の「弱点」についても、
意識に上らせることができるのでは。
>>745 勝手に探ってくれたらいいが、「文」成立のための必須成分とは何かといった「事実」の問題とは、全く無関係な神学論争だ。
749 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 13:54:05 0
>>748 「感覚性」は「事実」ではない、という立場なんですね。。
750 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 14:09:30 0
>>747 自信があるとかないとかという問題ではなくて、
生活の拠点が日本のムラ社会の中にない人は
日本の社会を客観的に見やすいんだと思う。
「ゆでガエル」の話を思い出したよ。
751 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 14:20:24 0
テレビによく出てくる外国人には 日本人以上に日本人っぽい人がいる。
752 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 14:28:05 0
753 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 14:33:00 0
>>731 >どの言語でもややこしいし、寺村は精密に観察・記述している。
「寺村は精密に観察・記述している」には、同意。
ただ、寺村の任意・必須と、731の任意・必須はずいぶん違うのでは。
寺村は「を(場所)」と共起する動詞を、任意的・必須的と二分するような
ことしていた?さらに、辻褄合わせのための「同音異義語」の乱発もして
いないように思うが。
>「通る」は、ヲ格補語をとるものととらないものの 2 つからなる。
>「出る」は、ヲ格、カラ格、ヲ格と二/へ格、カラ格とニ/ヘ格、ニ/ヘ格の
>どれをとるか、あるいはどれもとらないかによって、6 つに分けられる。
「通る」について
そうやってとるものとらないものとに分けたら、「飛ぶ」もそうやって説明
できちゃうのでは?(
>>660 )
確かに、「鼻が通って気持ちいい」の「通る」は、『明鏡』の15分類中の
第1義「ある経路に沿って先へ進む」とは区別されるが、
「白線に沿ってお通りください」の「通る」は第1義と考えられるが、
「を」と共起できない。この「通る」を、第1義の「通る」とは、
「同音異義語」であるとするのは無理があるのでは。
「出る」について
『明鏡』の35分類の第一は、「一定の範囲内から外に移る」。
例文として「部屋から出る」、「裏口から通りに出る」等もあげられている。
この例は、「を」が「殺され」ている。ということは、任意補語。(
>>663 )
731によれば、「部屋を出る」の「出る」とこれらの「出る」は、
同音異義語となってしまうが、それでいいのか?
>そうなのか。手元にないんだ。流石は北原さんだな。撤回するよ。
『明鏡』では、共起する助詞を意識した記述がなされてはいるが、
語義と共起する助詞を一対一対応的に整理するような無理はしていない
ように思う。
754 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 14:41:45 0
>>733 >> 「統語論」って、何ですか?
>例えば、「文」成立のための必須成分とは何かについて考えること。
じゃあ、733のやっているのは「統語論」というよりも、
語論、意味論ではないかな。
733の議論は、動詞の意味や動詞の振る舞いを厳密に見ていこう
とする姿勢は感じられるが、
現実的な「文」の成立ということに無頓着に過ぎるように思うのだが…。
755 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 15:52:53 0
>>741 >>739 同じきまりを持っていなければならない理由はない。
一般論としてはその通りだろうが、
片や「文」の成立には、基本的に主語や目的語を立てることが求められ(義務的)、
片やそういう制限はなし(任意的)。こういう違いを、
「まあ、言語によってそれぞれだから」で済ませていいのだろうか?
この問題は、英語・仏語等の「文」の分析的傾向(二項性)、
日本語の「文」の非分析的傾向(一項性)と関わる問題としても
無視できない点だと思っている。
756 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 19:09:34 0
>>748 日本語の感覚性を認めると、なぜ神学論争になるのか?
757 :
悪徳詐欺師 :2007/05/21(月) 19:21:39 O
(:事隠士:)ザビビ)、麻原彰晃(アーレフ、元オウム真理教)、大川隆法(幸福の科学)、池田大作(創価学会)、船井幸雄(船井総研)、、(:事隠士:)、衣川晃弘(ベストグループ)、 下ヨシ子 (:事隠士:)深見東州(ワールドメイト 橘出版、アタール、みすず学園)、福永法源(法の華)、文鮮明(統一教会)、桐山靖雄(阿含宗)、(:事隠士:)ザビビ)、森田健(不思議研究所)、細木数子(:事隠士:)ザビビ)、大泉の母(クロートー)、 Dr.コパ、李家幽竹、、黒門、(:事隠士:)ザビビ)、松岡秀達(北斗柄)、、、新日本福寿の元社員(印鑑)、ミーシャ、(:事隠士:)ザビビ)、テンジーン(優成・宝寿) (:事隠士:)ザビビ)、(千乃正法、パナウェーブ)、高橋弘二、小島紀武〔小島露観・小島紀武〕(旧ザイン改めザイクス)、松永修岳、 長島豊 (:事隠士:)ザビビ)、小林世征Reiko(鍬ヶ谷恵子、レミ、杏樹、(:事隠士:)ザビビ)、、高山神海(占いの森) (:事隠士:)ザビビ)、、高山秀之、八海光道 、園世修、松田明、水宮可琳、宮ありさ、 (:事隠士:)ザビビ)、森村みなみ、瑠花、 加藤真由儒、宇佐美由麻、黄麗、、佐藤六龍、市毛実、(:事隠士:)ザビビ)、、 阿部 将英、 (:事隠士:)ザビビ)、、橘出版、アタール、ワールドメイト 、統一教会、 六壬占研究会 (:事隠士:)ザビビ)、高島易断 、ザイン、権現堂 、(ライフダイナミックス他)、船井総研船井幸雄 (:事隠士:)ザビビ)、、不思議研究所、パナウェーブ千乃正法、エホバの証人(ものみの塔)(:事隠士:)ザビビ)、、顕正会、 (:事隠士:)ザビビ)、創価学会、、グレギャラリー 、幸福の科学 、、日本呪術協会、 (:事隠士:)ザビビ)、、聖仙ワークス 、 、日本霊能者連盟 、呪術救人堂、 (:事隠士:)ザビビ)、占い/呪い代行 、エンジェACワールド 、 エンゼル 、jason,s心霊心理、悪魔協会、 (:事隠士:)ザビビ)、赤狼師、、崇教真光、阿含宗、 チョン・ミョンソク (摂理)
758 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 21:06:51 0
否定疑問文の答えで 日本語の「はい」「いいえ」と英語の「yes」「no」が逆になるが、 これも日本語の感覚性(イメージ性)と関係があるのかも…。 日本語の場合、 相手のイメージするもの(意図するもの)を察して答える、という感じがある。
759 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 21:21:36 0
>>758 英語等は、質問者の意図や期待とは関わることなく、
単に肯定的な内容(肯定文)が続けば、「Yes」、
否定的な内容(否定文)が続けば、「No」だよね。
単純明快だね。
ちなみに、韓国語だけではなく、中国語も日本型のようだね。
760 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 21:48:04 0
「以心伝心」「あうんの呼吸」
761 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/21(月) 23:56:16 0
「察しの文化」
>>753 > 寺村は「を(場所)」と共起する動詞を、任意的・必須的と二分するような
> ことしていた?
もちろんやっている。『日本語のシンタクスと意味 I』pp.109-110,p.120.
> さらに、辻褄合わせのための「同音異義語」の乱発もして
> いないように思うが。
それはやらんだろう w 同語か別語かにこだわる問がくだらないから、答もあまり意味のないものになるのだ。
1 つの語が複数の意味・用法を持っているのは当たり前のことであり、述語詞の格補語のとり方が違えば明らかに別の用法だ。
「同じ語の別の用法」と同音異義語との間に明確な線は引けない。すべて別語としてもよいし、語源が同じと見られる同じ形態の語 (「潮」と「塩」、「移る」と「映る」等) は、すべて同語の別の意味としてもよい。
>>680 などは言いがかりの類だ。
> そうやってとるものとらないものとに分けたら、「飛ぶ」もそうやって説明
> できちゃうのでは?(
>>660 )
できると思う。ヲ格を、任意補語 (寺村は「準必須補語」とする) としてとるものと、とらないもの。
> 「白線に沿ってお通りください」の「通る」は第1義と考えられるが、
> 「を」と共起できない。
できる。現場の状況でわかるから省略されているだけだ。
「われわれは白線に沿って通った」と言われたら、「どこを?」と聞き返さずにはいられない。
> 731によれば、「部屋を出る」の「出る」とこれらの「出る」は、
> 同音異義語となってしまうが、それでいいのか?
それでよい。「‐から (‐に/へ) 出る」の「出る」はガ格が何でもよいが、「‐を出る」の「出る」はガ格に制約がある。
> 『明鏡』では、共起する助詞を意識した記述がなされてはいるが、
> 語義と共起する助詞を一対一対応的に整理するような無理はしていない
> ように思う。
「無理」ではなくてその方が合理的なのだ。「意味」そのものは目に見えないが、助詞は目に見える。
見えるものを手がかりにして、見えないものを推測するのが科学だろう。
>>749 >>756 「感覚性」とは何なのか。まずそれを定義しないと。
でもって、それが実体であれ現象であれ、事実であるという証拠を示さないことには、神様と同じだな w
764 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 08:27:26 0
>>763 感覚性…感覚的な性質(イメージ、空気など)
論理的には説明がつきにくい性質
証拠は、このスレの中にいろいろでているのでは…?
(その判断については、個々人によって異なるだろうが)
765 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 12:55:45 0
>>762 >もちろんやっている。『日本語のシンタクスと意味 I』pp.109-110,p.120.
確かに。見てみたら、「飛ぶ」の例などが出ているな。
しかし、762の理解は、不正確では。
寺村は、補語をまず必須補語と副次補語とに大きく分け、
必須補語をさらに、狭義の必須補語と準必須補語に分けている。
(前掲書、p.81〜85。「体育館で卓球をした」の「〜で」は副次補語。)
通過点の「を」をめぐり寺村がしているのは、必須補語の中での、
「純」と「準」の区別でしょ。
辻褄合わせのため同音異義語を乱発しなくてはいけないのは、
寺村の三分類を無理に二元的に割り切ろうとするからではないのか。
>「われわれは白線に沿って通った」と言われたら、「どこを?」と聞き返さずにはいられない。
これは一本取られたかな。
>> 731によれば、「部屋を出る」の「出る」とこれらの「出る」は、
>> 同音異義語となってしまうが、それでいいのか?
>それでよい。
辻褄合わせも大変だなw ちなみに、寺村は、「起点」に関しては、
「必須」と「準必須」の区別はしてないな。
>「意味」そのものは目に見えないが、助詞は目に見える。
>見えるものを手がかりにして、見えないものを推測するのが科学だろう。
共起する助詞に注目し、動詞の意味等を探っていくことに何の異存もない。
ただ、寺村もこう言ってるよ。
「表面より下に潜在している力のようなものに探りを入れねばならない。」
(前掲書、p.83)
766 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 14:16:34 0
767 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 14:46:08 0
768 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 14:58:40 0
>>766 「世間」そのものを厳しく批判しているので、
ムラの人は
「意地悪」とか「嫌がらせ」と受け取ることもあるようだ。
769 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/22(火) 18:31:35 0
>>763 は、
「日本人は感覚的だが日本語は論理的だ。」と言っての?
それとも、
「日本人も日本語もどちらも論理的だ。」と言ってるの?
>>765 > 寺村は、補語をまず必須補語と副次補語とに大きく分け、
> 必須補語をさらに、狭義の必須補語と準必須補語に分けている。
そんな明確な扱いはしていない。(だから寺村の「準必須補語」は一部の人に評判が悪い)
> 通過点の「を」をめぐり寺村がしているのは、必須補語の中での、
> 「純」と「準」の区別でしょ。
「純」などと言っていないが、とりあえず区別しているのだからそれでよい。
> 辻褄合わせのため同音異義語を乱発しなくてはいけないのは、
> 寺村の三分類を無理に二元的に割り切ろうとするからではないのか。
分類の仕方などどうでもよい。格補語のとり方が違えば別の意味であり、交わらないということがわかればよい。
私は同語か別語かに悩むのがいやだから、明らかに意味の違うものは同音異義語と処理するだけ。同語の別の意味だと解釈したいなら、随意にされたい。
> ちなみに、寺村は、「起点」に関しては、
> 「必須」と「準必須」の区別はしてないな。
「腹が出る」「結論が出る」などは、はじめから別語と見て相手にしていないのだろう。
> ただ、寺村もこう言ってるよ。
> 「表面より下に潜在している力のようなものに探りを入れねばならない。」
> (前掲書、p.83)
その直後に、「いろいろ変形させてみたり,ほかの助詞との交換可能性を調べたりといった操作が必要になる」とある。
寺村秀夫の本質は構造主義者だ。目に見える証拠のないことは信じなかった。
日本語文における要素の義務的省略規則 (元のまま残すと誤りになる) は、文字どおり義務的規則だから、「感覚性」だの「空気」だのとは何ら関係がない。
義務的でない省略 (元のまま残してもくどいだけで誤りにはならない。または、残すほうが丁寧で省略するとぞんざいになる) については、確かに定式化しにくい面があるが、
それが「『文』成立のための必須成分とは何か」といった問題とどのようにかかわるのか、まともに説明されることがない。
>>769 「非論理的な言語」は、この世に存在しないと言っている。
逆説的なことを言えば、形式論理と完全に一致する言語も、この世に存在しない。しかしながら、形式論理を言い表すのに、だれも言語が原因で不自由していない。
772 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 01:12:44 0
感じ方や考え方は「人それぞれ」ということなのかな。
>>772 あら、それを言っちゃうの?言っちゃうのかい?おいどうなんだい?議論が終わっちゃうよ。
774 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 13:36:14 0
「ひぃーっ!」と驚いたから「火(ひ)」 「キキキキ…」と鳴いたから「木(き)」←ほんとは「ひぐらし(虫)」の声
775 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 19:18:48 0
戦争が終ってあたりが静かになった時、 鳥の声が「ピィーッ…」と聞こえてきたから「peace(平和)」とか…?
776 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 20:32:21 0
>>774 昔の日本人は驚いたときに「ほぉーっ!」って言ってたり蜩の鳴き声を「ココココ…」って聞き取ってたりしたんですね
777 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 23:21:33 0
>>771 日本語と英語・仏語等における<「文」の現実態>にみられる主語や目的語の
必須性には、明らかな程度の違いが見られる。
その程度の違いを無視して、どちらも「形式論理」から外れているとして、
両者の違いを認めないのは、殺人と万引きを「犯罪は犯罪だ」として区別
しないのと同じでは。(
>>755 も参照)
778 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/23(水) 23:48:01 0
有るはずのものが無くて「ムッ」としたから「無(む)」…???
779 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 00:09:07 0
>>770 >そんな明確な扱いはしていない。
三者の位置づけについては、p.81〜にはっきりと書いてある。
ただし、何を「必須」とし、何を「副次」とするかをめぐり寺村の言っていることが
明確でないとは言えるだろう。
>どの言語でもややこしいし、寺村は精密に観察・記述している。(
>>731 )
君のいうことと寺村のいうことは、ずいぶん違うな。
だいたい君が「任意」ということを寺村は「必須」としている。
上の発言(
>>731 )は、撤回するのか。
前に紹介したように、寺村晩年の愛弟子達が書いた『日本語文法ハンドブック』の
規定は寺村説とも君の説ともまた違う。
そもそも日本語において、<文の現実態>を離れたところで「任意・必須」を云々
することが無理筋ではないのか。
(繰り返すが、共起する助詞に注目し動詞を見ることは必要だと思う。)
>「腹が出る」「結論が出る」などは、はじめから別語と見て相手にしていないのだろう。
当方が問題にしたいのは、「部屋を出る」の「出る」と「部屋から出る」の「出る」は、
同じか違うか?同じだとすれば、
>>663 での「必須補語は殺すことができない」発言
と矛盾するのでは。さらに、「表通りに出る」はどうなのか?といった点。
「腹」や「結論」の例は別語とみなしていいかもしれないが、これらはどう処理する
つもりなのか。
>寺村秀夫の本質は構造主義者だ。目に見える証拠のないことは信じなかった。
君も認める「任意・必須」の議論に認められる寺村説のあやふやさと矛盾しないか。
780 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 00:15:03 0
>>768 マスコミの人って、
国家権力や今どきの若者のことはやたら批判するけど、
「世間」のことはあんまり批判しないね。
781 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 00:33:40 0
>>779 一般人なんですが…、
論点がいまひとつわかりましぇん。
782 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 00:55:30 0
日本語の主客融合性や感覚性を認めようとする立場の人と、 絶対に認めない立場の人が議論しているんだと思うよ、たぶん。
783 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 01:26:52 0
第三者にもわかりやすい議論を、よろしくね。
>>777 例えば英仏語の冠詞の用法は、形式論理とは関係がない。聞き手配慮の最たるものだ。
日本語は、名詞が出て来るたびに聞き手を配慮する方策はとらない。
785 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 02:17:03 0
>>784 助詞「が」と「は」を使う。
皆無ではない。
>>779 > 三者の位置づけについては、p.81〜にはっきりと書いてある。
書いてない。「そんなに度々あるわけではないが,すべてを『必須』と『副次』に二分する
ことは無理な場合がでてくる。そこで,上のように,必ずしも反問を誘発する
とは言いがたいが,述語の下位分類にとっての意味が大きいと思われるような
ものを,『準必須補語』と呼ぶことにする」 (p.84)
「準必須補語」が「必須補語」に含まれないことは明白。
> だいたい君が「任意」ということを寺村は「必須」としている。
それは間違い。寺村の「準必須補語」を、私は任意補語に入れる。述語詞の意味記述はできるだけシンプルにしたい。
> 上の発言(
>>731 )は、撤回するのか。
なぜ? 同じ現象を観察している。君は現象を見ずに分類の仕方にばかりこだわっている。
> 前に紹介したように、寺村晩年の愛弟子達が書いた『日本語文法ハンドブック』の
> 規定は寺村説とも君の説ともまた違う。
述語詞が求める要素 (いわゆる「項」) の必須度について、研究者たちの意見が一致するような言語は、まずないだろう。
>>779 > そもそも日本語において、<文の現実態>を離れたところで「任意・必須」を云々
> することが無理筋ではないのか。
省略が行われたあとの表面を<文の現実態>とするなら、<文の現実態>のみに基づいて、「文」成立のための必須成分とは何かを考えることはできない。
> (繰り返すが、共起する助詞に注目し動詞を見ることは必要だと思う。)
それは、<文の現実態>から離れないこととは相容れない。
「もちろん,場面による助けがないことを想定して,である」 (寺村 1982,p.83)
> 当方が問題にしたいのは、「部屋を出る」の「出る」と「部屋から出る」の「出る」は、
> 同じか違うか?
> さらに、「表通りに出る」はどうなのか?といった点。
ヲ格をとるものはヲ格が必須、カラ格をとるものはカラ格が必須、ニ/ヘ格をとるものはニ/ヘ格が必須。当然それぞれ違う意味だ。
> 君も認める「任意・必須」の議論に認められる寺村説のあやふやさと矛盾しないか。
少しも矛盾しない。観察すればあやふやな証拠が得られるのだから、割り切ったようなことを言うのは誤りになる。
どの言語を観察しても、あやふやな証拠が得られるだろう。
>>785 聞き手が認識できると思われる事物を指すときは、必ず「は」を使う、というわけではない。
名詞が出てくるたびに聞き手を配慮するという方策はとっていない。
789 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 04:15:49 0
>>784 定冠詞は「お前、当然、知ってるよな」という
脅しである。
「聞き手は知ってるはずだ」という話者の独りよがり、押し付けである。
なるほど、彼らの思いやりのない押し付け文化、態度とマッチしている。
勘違いされたくないという思いもあろう。
要はどちらにしろ相手への気遣いではなく、おれが、おれが、の精神である。
>>789 違うよ w 定冠詞を使ったのにもし聞き手がよく知らなければ、不適格な使用というペナルティを受ける。
791 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 12:12:44 0
>>789 英語は「おれが、おれが」の精神で、
日本語は「みんなで、みんなで」の精神なのかな。
「みんなちがって、みんないい」の精神がいいなぁ、よくわかんないけど。
792 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 12:23:36 0
寺村さんが言ったとか言わないとかは どっちでもいいんじゃないか…?
793 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 12:46:07 0
魚を素手でつかまえる時に 魚がピチピチはねるから、なかなかうまくいかなくて 「うおっ、うおっ」とか「おっとっと」とか言いながら 魚を捕っていたんだろうか…。(魚=うお、とっと)
794 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 13:17:00 0
親切という名のおせっかい そっとしておく思いやり みつを
795 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 13:32:18 0
↑ 敬語の指針
796 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 13:54:04 0
通じればいいじゃん、お作法じゃないんだから。
>>792 どっちでもいいが、同じ現象を観察すれば同じような記述になることだけはわかる。
どっちでもいいことにこだわっているのは
>>710 。
798 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 16:07:12 0
>>793 「うおっとっとっ…」と言ったのかもしれないw
799 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 17:21:37 0
>>787 >ヲ格をとるものはヲ格が必須、カラ格をとるものはカラ格が必須、
>ニ/ヘ格をとるものはニ/ヘ格が必須。当然それぞれ違う意味だ。
ますます君の言っていることが分からなくなってきた。
「出る」といってもそれぞれだと言うなら、前に問題になった「飛ぶ」も
それぞれなのでは。
上の発言は以前の君の発言↓(と思われる)とどう整合するのだ?
>>しかし、それを言えば「飛ぶ」だって、必ずある場所「を」飛ぶのでは
>>ないのか?
>それはリクツであって、「飛ぶ」という動詞のもつ「意味」に、はじめから
>「通りみち」が含まれているわけではないのだ。あとから足すことはできるが
(
>>660 より)
この説明、「飛ぶ」を「出る」に、「通り道」を「起点」に置き換えても問題
なく成り立つのでは。
>>662 「街の上空でヘリが飛んでいる」「廊下で走っている〔雨の日のトレー
>ニング〕」などと言えば、ヲ格の任意補語はとれなくなる。必須補語を殺す
>ことはできない。「理屈をこねずに言語に訊け」これ鉄則。(
>>663 より)
この説明は、君がヲ格を必須補語とするとした「出る」(「一定の範囲内から
外に移る」『明鏡国語』35分類中の第1義)が「を」だけではなく、「から」や
「に」とも共起し、そのときは「を」がとれなくなることと矛盾しないか。
答えがないので再度たずねるが、「必須補語は殺すことができない」という、
任意・必須の区別の基準は撤回するのか?
私は、日本語においては、必須・任意の截然とした区別などはできないし、
意味がないのではとずっと言っている。分類にこだわっているのは、君の方では。
800 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 19:30:05 0
>>797 日本は「察しの文化」と言われたりしますが、
この「察し」という言葉についてはどう考えますか…?
日本語の、主客融合性や感覚性の強さを表しているように思うのですが。
>>799 > 「出る」といってもそれぞれだと言うなら、前に問題になった「飛ぶ」も
> それぞれなのでは。
「飛ぶ」の何と何とが「それぞれ」なのか。どんな場合もヲ格をとることのない「首が飛ぶ」のようなのは、別の意味とするほうがいいかもしれないと言っている (
>>762 )。
> この説明、「飛ぶ」を「出る」に、「通り道」を「起点」に置き換えても問題
> なく成り立つのでは。
成り立たない。ヲ格をとる種類の「出る」は、常に「起点」がわからなければならないが、常に「通りみち」がわからなければならないような「飛ぶ」は、存在しない。
> この説明は、君がヲ格を必須補語とするとした「出る」(「一定の範囲内から
> 外に移る」『明鏡国語』35分類中の第1義)が「を」だけではなく、「から」や
> 「に」とも共起し、そのときは「を」がとれなくなることと矛盾しないか。
矛盾しない。『明鏡』の第 1 義がさらに細かく分けられるべきであることを示すのみ。
> 答えがないので再度たずねるが、「必須補語は殺すことができない」という、
> 任意・必須の区別の基準は撤回するのか?
その基準がいちばん重要だろう w 必須補語が消されたように見えたら、別の意味、別の述語詞に化けたということだ。
「出る」はあくまで 1 語、『明鏡』の 1 分類はあくまで同じ意味という、頑固な思い込みを捨てなさい。
> 私は、日本語においては、必須・任意の截然とした区別などはできないし、
> 意味がないのではとずっと言っている。分類にこだわっているのは、君の方では。
どの言語でも截然とした区別はできない。しかし、明らかに必須な要素がどの言語でも認められる。
必須要素をできるだけ少なく数えて、シンプルな記述を目指すのがよいと言っているのだ。
802 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 22:18:44 0
>>801 上のほうにもあったけど、
用法分類を細分化していくと
「その時その時で全部意味が異なる」という結論になるのかな。
803 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 22:24:20 0
用法分類は、大ざっぱのほうが便利じゃない…?
804 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 22:41:27 0
「敬語の指針」だって 3分類から5分類になったり、細かい解説が多かったりして 余計に分かりにくくなったような気がする。
805 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 22:51:42 0
>ヲ格をとる種類の「出る」は、常に「起点」がわからなければならないが、
>常に「通りみち」がわからなければならないような「飛ぶ」は、存在しない。
存在する。それは、<ヲ格をとる種類の「飛ぶ」>だw。
これをナンセンスと言うなら、君の↑の「出る」についての説明もナンセンスだ。
君の説明は、以前もそうだったが、最後はトートロジーになるような…。
>その基準がいちばん重要だろう w 必須補語が消されたように見えたら、
>別の意味、別の述語詞に化けたということだ。
こういう説明を「場当たり」と言うのでは。
この理屈で行くなら、「飛ぶ」は必須補語を持つと言ってなんら問題はない。
>>663 >どの言語でも截然とした区別はできない。しかし、明らかに必須な要素がどの言語でも認められる。
>必須要素をできるだけ少なく数えて、シンプルな記述を目指すのがよいと言っているのだ。
繰り返すが、英語・仏語等の主語や目的語は、誰にも分かりやすい形で必須的であり、
この規則は、言語運用(表現・理解)面でも大変有効。
それに対して、日本語で格成分を任意・必須に分けようとすると、
迷宮入りしてしまうし、言語運用面でも役に立たない。
「シンプルな記述」。これ、ぜひお願いしたい。
一つの単語の、それも35分の1(例えばの話なのであまり突っ込まないでくれ)を、
さらに細分化しなくてはならないなんて、シンプルではないし、運用の役にも立た
ないではないか。
なお、日本語(話し言葉)における「必須成分」とは、格成分ではなく、
敬語、終助詞、人称表現、受益表現等の対人的配慮に関わるものであると考えている。
806 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 23:07:27 0
その場その場にふさわしい「的確な配慮表現」が「必須」なんだにゃ。
807 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/24(木) 23:44:15 0
外から見るとちょっと変だけどね
808 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 01:21:41 0
「表現形式」だけではなく、「表現内容」にも「配慮」が求められる。 「表現形式」だけ配慮して「表現内容」に配慮しないと 「慇懃無礼」と言われることがある。
>>805 > 存在する。それは、<ヲ格をとる種類の「飛ぶ」>だw。
>>663 でヲ格が必須補語でないことは証明済み。
> これをナンセンスと言うなら、君の↑の「出る」についての説明もナンセンスだ。
「出る」のヲ格が現れないのは、他の必須補語 (カラ格等) をとるか、(ガ格以外に) 必須補語をとらない場合で、語の意味が変わっている。
> 君の説明は、以前もそうだったが、最後はトートロジーになるような…。
君の頭がトートロジー w
> この理屈で行くなら、「飛ぶ」は必須補語を持つと言ってなんら問題はない。
>>663 どのような場合に「飛ぶ」のヲ格が消えて、どのように意味が変わるのか、説明してもらいたい。
>>805 > 繰り返すが、英語・仏語等の主語や目的語は、誰にも分かりやすい形で必須的であり、
> この規則は、言語運用(表現・理解)面でも大変有効。
主語や目的語のほかにも、動詞にとって必須な要素がたくさんあり、それらをいちいち覚えないと使いものにはならない。
何度繰り返しても、主語や目的語の地位は相対的でしかない。
> それに対して、日本語で格成分を任意・必須に分けようとすると、
> 迷宮入りしてしまうし、言語運用面でも役に立たない。
外国人学習者は、述語詞と必須補語との組み合わせをいちいち覚えないと、これまた使いものにならない。
学んだことも教えたこともないと思しき人は、実にいいかげんなことを言うね。
> 一つの単語の、それも35分の1(例えばの話なのであまり突っ込まないでくれ)を、
> さらに細分化しなくてはならないなんて、シンプルではないし、運用の役にも立た
> ないではないか。
全体としては 35 が 6 に減る (
>>731 )。サブタイプを設けたとしてもかなりすっきりする。
形を基準としない分類が不経済であることの見本。
> なお、日本語(話し言葉)における「必須成分」とは、格成分ではなく
話し言葉でも格補語を言わなければならない場合はいくらでもある。
必須でないのに言う義務が生ずるのはなぜか、説明するのは非常に難しい。
だから君のような意見に与する者はいないのだ。
>>802 そういう結論にならないためには、どうすればいいと思う?
>>803 いちばん簡単なのは、分類しないことだ。
その代わり、「*煙突を煙が出る」「*彼は 4 年制大学から出ている」などがおかしい理由は説明できない。
812 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 08:09:00 0
>>811 論理的な用法分類というのはそういうものじゃないかな。
当てはまらない用例はふつう「例外」として扱うけど、
「例外」のほうが話し言葉における使用頻度が高かったりして
本当は、「例外」のほうがその言葉本来の「(感覚的な)性質」を
強く表しているんじゃないかと思ったりする。
813 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 10:50:00 0
並び替えるって日本語として正しい使い方なのでしょうか? 並べ替えるなら 並べる+替えるですよね。 並び替えるならどういうふうになるのででょうか?
814 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 13:30:39 0
並ぶ+替えるじゃないですか?
815 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 14:09:22 0
>>812 「敬語の指針」を見ても、
「お」や「ご」の分類は非常に曖昧だが
実際には「お」や「ご」の使用頻度は他の敬語よりはるかに高い。
816 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 14:23:10 0
談合体質も主客融合性の表れだよね。 ムラを守ろうとして法に触れてしまう。
817 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 15:07:26 0
勝ち目のない戦争をして 玉砕するまでやめようとしなかったのも ムラを守るため。
818 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 15:32:43 0
「ムラを守ること」=日本の社会的価値観(真・善・美)
820 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 19:16:21 0
言語が「お作法」っていうのもどうなんだろうね。 欧米の言語とは明らかに違うじゃん。
821 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 19:30:39 0
「敬語の指針」は お作法を学問っぽく説明しようとしたから無理があったんだろうか。
822 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 20:12:32 0
欧米では 言語をコミュニケーション(対話)の道具としてとらえているのではないですか…?
823 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 20:34:15 0
>>809 >「街の上空でヘリが飛んでいる」「廊下で走っている〔雨の日のトレーニング〕」
>などと言えば、ヲ格の任意補語はとれなくなる。必須補語を殺すことはできない。
(
>>633 )⇒809は、「飛ぶ」にとって「ヲ格は必須補語ではない」と主張。
「街の上空でヘリが飛んでいる」
「を」を伴う「飛ぶ」が「ある地点からある地点への移動」を意味するのに
対し、「で」を伴う「飛ぶ」は「ある一定の範囲の中を動き回る」という意味
になる。
「飛ぶ」の意味は変わっているではないか。
「出る」の「を」を伴うもの、「から」を伴うもの、「に」を伴うものと
変わり方の質が、何か違うか?
「出る」は「を」以外の助詞を伴っても問題にされないのに、
「飛ぶ」は「を」以外の助詞を伴うことを問題視される
>>633 。
このアンバランスは何なのだろう??
「意味が違う」と再三言うが、意味が違うのは「飛ぶ」も同じだろ。
824 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 21:06:49 0
>>810 >主語や目的語のほかにも、動詞にとって必須な要素がたくさんあり、それら
>をいちいち覚えないと使いものにはならない。
主語や目的語だけ覚えたら後は何もしなくてもいい、などとは一言も言って
いない。
英語等では、主語や目的語に関しては、情況や文脈に照らして明らかであって
も基本的に省略できないことを指して、「必須」と言っている。
(陳腐と言ってもいいくらい、当たり前の考え方だと思うが…)
>外国人学習者は、述語詞と必須補語との組み合わせをいちいち覚えないと、
>これまた使いものにならない。
ここは大きな勘違い。述語詞と「補語」の組み合わせはいちいち覚えなくて
はならない。しかし、「必須補語」か「任意補語」かの区別は覚えなくても
支障はない。(というか、人によって言うことが違うものをどう覚えるのだ??)
君は、「出る」の「を」は覚えなくてはいけない(必須)が、「飛ぶ」の「を」
は覚えても覚えなくてもどちらでもいい(任意)、とでも言うのか???
>話し言葉でも格補語を言わなければならない場合はいくらでもある。
>必須でないのに言う義務が生ずるのはなぜか、説明するのは非常に難しい。
日本語の格補語は、何格であれ、基本的に情況や文脈に照らしても明らかでは
ない場合に限り表現される。
しかし、敬語や終助詞や人称表現の類は、代わりに態度で示す(情況にゆだねる)
ことは基本的に許されず、自然な「文」として成立させるためには、
【常に実際に】表現することを求められる。
(英語等の主語や目的語と同じく、省略することは許されないのだ。)
日本語の「文」の必須成分であるとする所以である。
825 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 21:14:40 0
>>811 >>803 いちばん簡単なのは、分類しないことだ。
>その代わり、「*煙突を煙が出る」「*彼は 4 年制大学から出ている」などがおかしい理由は説明できない。
「分類」をする必要はない。
動詞と名詞の組み合わせを助詞に注意して覚えていけばいい。
そこに「分類」とやらを入れる必要はないし、かえってややこしくなるだろう。
826 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 22:38:01 0
あくまでも便宜的なものだ、という理解があれば どんな分類をしてもいいと思うが…。
827 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 22:40:44 0
一つの分類方法を絶対視しようとするから揉めるんじゃないの?
828 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/25(金) 22:45:02 0
どの分類方法を参考にするかは学習者が決めればいいよ。
>>823 > 「出る」は「を」以外の助詞を伴っても問題にされないのに、
> 「飛ぶ」は「を」以外の助詞を伴うことを問題視される
>>633 。
> このアンバランスは何なのだろう??
> 「意味が違う」と再三言うが、意味が違うのは「飛ぶ」も同じだろ。
「飛ぶ」の意味が違うのは、ヲ格をとったことによって、その意味が足されたからだ。
デ格は、動きを表すあらゆる動詞がとりうる補語 (任意補語) で、動きの場所を表す。
「飛ぶ」がデ格をとったからといって、必ずヲ格が消えるわけではない。「ヘリが関東地方で街の上空を飛んでいる」「学校で廊下を走った」
「ヘリが街の上空で飛んでいる」「廊下で走った」は、「飛ぶ」「走る」にとってヲ格が必須でないことを示している。
「出る」がヲ格をとらずヲ格以外の補語をとる場合、それはまた必須補語だ。
> 「を」を伴う「飛ぶ」が「ある地点からある地点への移動」を意味するのに
> 対し、「で」を伴う「飛ぶ」は「ある一定の範囲の中を動き回る」という意味
> になる。
「ある地点からある地点への移動」と、「ある一定の範囲の中を動き回る」とは、両立しうる。こうした説明を場当たり的と言う。
そうではなくて、「飛ぶ」の意味は単に空中移動なのだ。「○○で」が足されれば、「○○」の範囲の中で移動するという意味が生じ、「○○を」が足されれば、「○○」を突き抜けて移動するという意味が生じるわけだ。
>>824 > 英語等では、主語や目的語に関しては、情況や文脈に照らして明らかであって
> も基本的に省略できないことを指して、「必須」と言っている。
主語や目的語以外にも、省略できない要素がある。それらをすべて「必須」と呼ぶならよいが、数え上げるのは大変で、しかもあいまいなものも出て来る。日本語の格補語の場合と何ら変わりがない。
> 述語詞と「補語」の組み合わせはいちいち覚えなくて
> はならない。しかし、「必須補語」か「任意補語」かの区別は覚えなくても
> 支障はない。
述語詞との組み合わせをいちいち覚えなくてはならないのは必須補語についてだけだから、どこかで区別せざるを得ない。
デ格、ト (イッショニ) 格等の任意補語は、すべての動的動詞がとりうる、と説明しておけばよい。いちいち覚える必要はない。
> (というか、人によって言うことが違うものをどう覚えるのだ??)
教えられたとおりに覚えればよい。
> 君は、「出る」の「を」は覚えなくてはいけない(必須)が、「飛ぶ」の「を」
> は覚えても覚えなくてもどちらでもいい(任意)、とでも言うのか???
「任意」の意味が間違っている。述語詞 1 語ごとに覚える必要がないということ。
動作主体の移動を表す動詞は、通りみちに言及したければ、基本的にヲ格をとりうると説明する。
「出る」も移動動詞だが、それがとるヲ格は通りみちを表さず、覚えなくてはいけない必須補語だ。
> 日本語の格補語は、何格であれ、基本的に情況や文脈に照らしても明らかでは
> ない場合に限り表現される。
明らかでない場合には表現しなければならない、その理由は何か。
文にとって必須の成分でないなら、常に表現しなくてよいはずだ。
>>825 > 動詞と名詞の組み合わせを助詞に注意して覚えていけばいい。
つまり、
>>802 のような結論になるわけだな w
832 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 11:33:27 0
日本語には「しきたり」や「お作法」がたくさんあるみたいだね。
833 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 11:53:00 0
なんで1は日本語の定義に沿って質問するの? 「なんで正しい日本語ツカエッテいうの」ではなく 「うなう正すい日本語がツカエってわもがらうこ〜」とか書いたら?
834 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 12:14:58 0
835 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 12:42:34 0
>>833 「定義」があるとかないとかではなくて…、
「正しい」とか「正しくない」といった判断の基準が
「しきたり」や「お作法」というところに抵抗を感じる。
836 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 13:16:10 0
「しきたり」とか「お作法」って「学問」じゃないよね…?
だって、規範意識の多くは慣習に基づいているんだもん。
838 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 14:56:32 0
日本人の規範意識=ムラを守ること…?
839 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 15:21:44 0
>>835 敬語が「正しい」か「正しくない」かの基準を、「お作法」や「しきたり」以外のどこに求められるというのだ w 矛盾したことを言うなかれ。
841 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 17:12:23 0
842 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 17:16:28 0
欧米とは言語構造(社会構造も)が根本的に違うんだから 横のものを縦にするだけじゃうまくいかないんだよ。
843 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 17:21:17 0
>>840 「正しい日本語」の基準って
全部「お作法」や「しきたり」なのかな…?
845 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 18:31:01 0
>>844 言いたいことは伝わってるのに
言葉遣いが変だとかって細かく指摘するのは
「お作法」や「しきたり」になるんじゃない?
846 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 19:45:27 0
「しきたり」は 漢字で書くと「仕来たり」(「してきたこと」の意)で「以前からのならわし」を意味する。 「慣習」や「前例」を絶対的なものとしてとらえた時の言葉のようだ。
847 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 20:10:37 0
「お作法」は「しきたり」を行うときの細かいルールのことかな。
>>845 それなら日本語なんて生易しいほうだ w
849 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 21:12:48 0
しきたりを重んじる人とは議論がしにくいだろうね。 「それがしきたりですから。」って言われたらそこで話が終ってしまう。
850 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 21:17:59 0
「みんなもやっていますから。」って言う人も議論がしにくい。
851 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 22:02:29 0
「みんながやっているから問題ない」とは限らないよね。。
852 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/26(土) 22:25:21 0
>>849 ,
>>850 「しきたりだから」も「みんなもやってるから」も
理屈じゃないから議論にならんわな。
853 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 12:37:33 0
>>852 「前からやってる」と「周りがやってる」が判断の基準になっていて、
時間的にも、空間的にも、主客融合している感じがする。
上のほうででていた「ムラのいまここ」とはこういうことなのか。
854 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 12:45:20 0
こういうのも「前例主義」と言うんだろうか…。
855 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 13:46:15 0
確かに、 「前からやってること」や「周りがやってること」は なにか訳(合理性?)があるからそうなっているんだろうなぁ、 と思って信頼するよね、普通。
856 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 14:00:53 0
>>855 米作りのための「合理性」だったりして・・
857 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 14:13:47 0
>>854 伝統だ文化だ、って言う人は「前例主義」じゃないかな。
858 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 14:56:54 0
前例主義だと改革はできないね
859 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 15:35:02 0
日本では、 「しきたり」や「お作法」がきちんとできる人=「品格のある人」 というイメージがある。 「思いやりの心」というのも「「空気を察する心」という意味だろうし。 なんかなぁ…。
860 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 15:56:07 0
敬語がうまく使いこなせないと「品格がない」と思われるのか…
朝鮮人だと思われるらしい
862 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 17:02:11 0
>>858 小手先の改革ではうまくいかないだろうね、混乱するばっかりでさ。
教育改革を見るとよくわかる。
863 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 17:22:04 0
>>861 主客融合してると、対象を見上げるか見下ろすか、どっちかになってしまうらしいよ。
個人として自立していないから対等に向き合うということができないらしい。
864 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 21:01:58 0
>>863 これは、対人関係だけに限ったことではなくて
自然に対しても「八百万の神」として神格化したりする。
高度成長の頃は、こういった「自然崇拝」は忘れられていたが
環境問題が騒がれるようになり「八百万の神」も復活してきているような。
865 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 21:13:02 0
「自然との共生」と言っても、 「主客融合的な共生」と「主客分離的な共生」という 二種類の「共生」があるような気がする。 (日本人のイメージしている「共生」は前者のようだが。)
866 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 21:30:50 0
日本人の「共生」はアニミズムっぽい。
そろそろ一人で延々と書くのはやめれ
868 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/27(日) 21:54:47 0
自然とも対等(?)なつき合い方のほうが楽しいと思うけどね。。
870 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 08:01:28 0
一神教と多神教 ←どっちもどっち
871 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 13:45:17 0
日本の「しきたり」や「お作法」って 一神教の「戒律」みたいなものなのかな。
872 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 14:25:04 0
873 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 14:40:38 0
敬語を使うのは「戒律」なのかw
874 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 14:50:47 0
>日本の「しきたり」や「お作法」って >一神教の「戒律」みたいなものなのかな。 一神教の「戒律」は、明文化され、オープンになっており、 それを信じる人々は、誰もがそれに納得し従うもの。 一方、日本教の「しきたり」や「お作法」は、 非明文的、かつ内閉的。 家ごと、地域ごと、時代ごとにばんらぱら。 だからこそ、嫁と姑の争いも勃発するのさ。 重なる部分もあるかもしれないが、 両者は似て非なるもの。
875 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 15:18:56 0
日本教(みんなで一緒に教)=高度に発達した原始宗教(?)
876 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 15:37:15 0
>>874 「しきたり」や「お作法」は「原始宗教」における「戒律」と言えるのでは?
877 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 16:20:15 0
昔のようなムラ社会に戻るのか(保守)、 個人の自立を目指していくのか(リベラル)。
878 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 16:27:19 0
松岡農水相自殺で、安倍首相の発言 「慙愧に堪えないおもいです」 慙愧:自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと。 美しい日本語ですね。
879 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 17:06:07 0
なんで正しい日本語ツカエッテいうの→戒律だから
880 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 17:54:30 0
ただし、狭い意味での「戒律」のように、 きっちりと明文化されているわけではない。
881 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 19:54:45 0
日本で進められている改革というのは「宗教改革」みたいなものなんでしょうかね。
882 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 21:12:28 0
883 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 22:07:20 0
安倍晋三は軍国主義なので漢字には弱いのです。
884 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 22:40:11 0
言語について絶対的に正しい決まりごとが最初からあるものだと勘違いしているやからがいらっしゃるようだ。
886 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/28(月) 23:47:11 0
887 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 00:03:00 0
>>885 大ざっぱな(論理的な)文法はあるけど、
その他の細かい決まりは「しきたり&お作法」でしょう、たぶん。
>>886 文は第一義的には音であり、イメージ (画像) ではない。さようなら。
889 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 00:26:33 0
>>889 「気がする」「感じがする」は相手にしない。さようなら。
891 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 00:54:29 0
>>891 発せられた相手の言葉「……か?」の中の、「……」に同意する場合は「はい」、同意しない場合は「いいえ」。単純明快。
「イメージ」は視覚に負うものだが、「感覚」には 5 種類ある。「感覚」は外界を受容するもので、「意図」は内面から生まれて来るものだ。
言葉の意味を滅茶苦茶に扱っているのは君だろう。すべての問題は君自身から発している。
893 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 01:23:08 0
>>892 「察し」についてはどう思っていますか?
894 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 01:32:22 0
>>892 ここでは、「イメージ」=「含み」というような意味で使っています。
>>893 冠詞や人称形容詞を持っている言語の方が、「察し」に敏感だと思っている。
896 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 01:41:17 0
「含み」と「察し」は対の関係になっているように思いますが…。
>>894 そういう手前勝手が問題のもと。さようなら。
898 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 07:37:35 0
>>897 「含み」と「察し」の関係についてはどう思っているのかな?
899 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 07:41:26 0
>>880 「敬語の指針」は明文化されているのでは…?
>>898 「含み」とは言外の意味だから、何らかの言葉は発せられている。「察し」にはそんな前提はない。
例によって恣意的な言葉遣いだと思っている。さようなら。
901 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 12:57:22 0
>>900 言葉に含みがあるからそれを察する必要がある、という意味だよ。
(それに、さようならってどういう意味?)
902 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 13:00:43 0
>>899 お作法やしきたりの本、最近よく出てるしね。
日本語では、『問題な日本語』とか…?
903 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 13:21:02 0
>>901 「さようなら」というのは
「もう出てくるな」という「含み」だろうね。
自分が出てこなければいいのにねぇw
904 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 14:23:49 0
「しきたり」や「お作法」って 「不文律」だからうまくいくんじゃないのかなぁ。 明文化したら論理的におかしいことがバレてしまう。
905 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 15:17:33 0
ネットがない頃は抑え込めたんだろうけどね…
906 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 15:48:46 0
>>892 >発せられた相手の言葉「……か?」の中の、「……」に同意する場合は「はい」、
>同意しない場合は「いいえ」。単純明快。
日本語は、そんなに簡単ではない。
「お前、行かないのか?」(単純疑問)
「いや、行くよ。」
「お前も、行かないか?」(勧誘)
「うん、行くよ。」
「発せられた相手の言葉「……か?」の中の、「……」に同意する」
かしないかで、単純に決められるわけではない。
相手の「表現意図」がどうであるのかがポイントなのだ。
そして、その表現意図は、先の二例を見ても分かるように、
「主語・述語的」な明示形式によって示されるわけではない。
(そういう意味で、「イメージ」と言ってよい。
こういう使い方は、デカルトもしているのでは。)
907 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 15:50:50 0
だれも日本語の使い方は「複雑怪奇」であるとまでは言っていないのでは。
要するに、
英語は、相手の表現意図に関わらず、後ろに続く内容の肯・否により
「YES・NO」が決まるのに対して、
日本語は、相手の表現意図に応ずる形で、「はい・いいえ」
が決まる、
ということ。
終助詞・敬語・人称詞・授受表現の用法等から明らかな
日本語の「話して―聞き手関係」(ムラ的関係)の卓越は、
応答詞の用法によっても裏書きされる。
>>698 等
908 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 16:02:27 0
>>904 文化庁の「敬語の指針」がまさにそうだね。
909 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 16:57:47 0
>>906 「観念(idea)」と「心像(image)」
910 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 21:48:39 0
>>829 >「飛ぶ」がデ格をとったからといって、必ずヲ格が消えるわけではない。
>「ヘリが関東地方で街の上空を飛んでいる」「学校で廊下を走った」
確かにそうだが、それがどうかしたのか?
そういう事実は、寺村が「で(場所)」と「を・に(場所)」の
次元の違い(副次か必須か)を示すものとしてあげていることだよ。
「駅前でバスを降りる。」
「友達の家でお風呂に入った。」
「ヲ格」が消えないのは、「純」必須補語にも言えることだ。
>そうではなくて、「飛ぶ」の意味は単に空中移動なのだ。
なら、例えば、「出る」はどう説明されるのか?
「家を出る。」
「門を出る。」
「表通りに出る。」
補語との組み合わせにより意味が変わるのは、同じなのではないか。
君は、この三つの「出る」は、同音異義語(or別用法)とするようだが、
「飛ぶ」との質的な違いが分かるように、この三つがどう違うのか説明してくれ。
(寺村『日本語のシンタクスと意味T』P.102〜106を見ているか?)
911 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/29(火) 21:50:52 0
>>830 >主語や目的語以外にも、省略できない要素がある。
状況や文脈に照らしても省略できないものが主語や目的語以外にもある
ということか? もしそういう意味なら、実例を示してほしい。
>動作主体の移動を表す動詞は、通りみちに言及したければ、基本的にヲ格をとりうる
>と説明する。「出る」も移動動詞だが、それがとるヲ格は通りみちを表さず、
>覚えなくてはいけない必須補語だ。
何たるアンバランス!
「出る」と共起する「を」は、「覚えなくてはいけない必須補語」と説明する
のではなく、「出どころ」を示すものと言うべきであろう。
また、「通る」「渡る」等はどう説明するつもりか?
「空を飛ぶ」の「空を」は、「通り道」を表しています。
「横断歩道を渡る」の「横断歩道を」は、覚えなくてはいけない必須補語です。
ってか??
ともに、「通り道(通過点)」を表すと説明すればいいのだ。
912 :
910,911 :2007/05/29(火) 21:53:47 0
あ、言い忘れたが、遅レス、すまぬ。
>>901 > 言葉に含みがあるからそれを察する必要がある
言葉なんかなくても察することはできる。
>>896 は「含み」と「察し」とが「対の関係」だと言っている。
「対」とはセットのことだ。矛盾してるだろ。
> (それに、さようならってどういう意味?)
君のレスは言葉の意味の滅茶苦茶な扱い、主観の押しつけ、論理の粗大な矛盾から成っているという意味。
すべての問題は君自身から発している。さようなら。
>>758 > 否定疑問文の答えで
>>906 > 「お前も、行かないか?」(勧誘)
> 「うん、行くよ。」
「勧誘」であって否定疑問ではないから、反例になっていない。
915 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 00:07:10 0
>>913 多様な価値観を認めることは大切じゃないかなぁ。
感覚性を信じない人もいれば、信じる人もいる。
916 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 00:12:05 0
>>910 > 確かにそうだが、それがどうかしたのか?
> そういう事実は、寺村が「で(場所)」と「を・に(場所)」の
> 次元の違い(副次か必須か)を示すものとしてあげていることだよ。
つまり、それらを同次元に並べた
>>823 「『を』を伴う『飛ぶ』が『ある地点からある地点への移動』を意味するのに対し、『で』を伴う『飛ぶ』は『ある一定の範囲の中を動き回る』という意味になる」は、誤りということだ。
> 「ヲ格」が消えないのは、「純」必須補語にも言えることだ。
「ヘリが街の上空で飛んでいる」では、ヲ格が消えている。「飛ぶ」にとってヲ格は必須補語ではない。
> 「家を出る。」
> 「門を出る。」
特定の目的のために、ある場所の内部から外部へと移動する、または、ある場所の内部と外部とを結ぶ経路を通過する。
> 「表通りに出る。」
ある場所に現れる。
> (寺村『日本語のシンタクスと意味T』P.102〜106を見ているか?)
>>792 。
>>911 > もしそういう意味なら、実例を示してほしい。
How long have you lived in this city? -- I have {lived here/*lived} for five years.
Why did you look up then? -- I {looked up/*looked} because I heard a noise above me.
'here' 'up' は省略できない。
> 「出る」と共起する「を」は、「覚えなくてはいけない必須補語」と説明する
> のではなく、「出どころ」を示すものと言うべきであろう。
「出どころ」を表すヲ格が、すなわち必須補語なのだ。
> ともに、「通り道(通過点)」を表すと説明すればいいのだ。
ともに「通りみち」を表すヲ格だが、一般の移動動詞 (「飛ぶ」等) にとっては任意補語で、特定の移動動詞 (「渡る」等) にとっては必須補語だと説明すればよい。
920 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 01:23:48 0
(´・ω・`)
921 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 08:20:25 0
どっちにしても便宜的なものじゃないんですか…? なぜそこまでこだわるのかがよくわからない。
922 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 09:59:58 O
話の流れかえる&スレ違いで悪いが、いくらググっても分からんので聞いていいか? バキショってどんな意味だ? 最近、blogなんかて若者が使ってるが・・・
923 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 11:08:51 O
ブログならコメント欄あるだろうが 直にききゃ良いだろ
>>921 全く筋の通らない説明では便宜ははかれない。さようなら。
925 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 12:50:05 0
「前例主義」と並んで 「形式主義」も日本人の特徴みたいよ。
926 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 13:24:43 0
「しきたり&お作法」を厳格に守ろうとすることを 「形式主義」と言うんじゃないかな。
結局、言葉は情報伝達の手段だから、 お互いのプロトコルがある程度は一致していないとまずい ということだな。
928 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 13:57:31 0
「しきたり」や「お作法」を「戒律」のようにとらえる人って結構いますね。
929 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 14:04:15 0
日本語は「対話」ではなくて「一体化」が目的だから 約束事も複雑になるんじゃないかしらん。
930 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 14:25:11 0
「形式主義」は「権威主義」につながることも多いと思う。 複雑な「しきたり」や「お作法」ほど権威があるような…。 農耕などの原始的な暮らしをしているだけなら 「あうんの呼吸」で済んでしまうだろう。
931 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 16:08:18 0
京都弁って「敬語」や「婉曲表現」が多いらしいね。
932 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 17:18:10 0
「ぶぶ漬け」の話は有名だ。
933 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 17:53:04 0
ある意味この上なくストレートな表現だよね 疑いなく「帰れよ」って言われてるんだから
934 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 18:58:43 0
>>913 >>言葉に含みがあるからそれを察する必要がある
>言葉なんかなくても察することはできる。
>>896 は「含み」と「察し」とが
>「対の関係」だと言っている。
>「対」とはセットのことだ。矛盾してるだろ。
言いがかりもいいところ。
「言葉に含みがある」=「言語的に明示されていない部分がある」
その言葉によって【明示されていない部分】を「察する」。
「含みがある」ことと「察しの発生」は十分対応する。
全然矛盾しない。
935 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 19:05:01 0
>>914 日本語においては、相手の「表現意図」を理解しなければ(疑問か勧誘か)、
「はい・いいえ」が定まらないという点は、動かない。
>>892 の整理は、「表現意図」が確定したあとのことを言っているだけ。
「表現意図」の確定は、単純明快には行かない。
936 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 19:22:42 0
>>931 昔、都があったからでしょう。
自分たちの権威性を高めるためにどんどんエスカレートしていったのかも…?
937 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 19:23:48 0
>>917 >「表通りに出る。」
>ある場所に現れる。
「出る」の意味的個性が全然出ていないな。
この説明は、「表通りに現れる」にこそ相応しい。
前の2例も含め、君の言う「必須補語」を取らないものとの質的な違いも分からん。
> (寺村『日本語のシンタクスと意味T』P.102〜106を見ているか?)
>>792 。
おやおや。
>>731 ,
>>770
938 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 19:54:48 0
>>919 >'here' 'up' は省略できない。
なるほど。
しかし、
>主語や目的語以外にも、省略できない要素がある。それらをすべて「必須」と呼ぶ
>ならよいが、数え上げるのは大変で、しかもあいまいなものも出て来る。
>日本語の格補語の場合と何ら変わりがない。(
>>830 )
この引用の最後の部分は、飛躍していないか。
日本語とは全然違うではないか。
聞き手との関係において、補語をばんばん省略できる日本語に対して、
省略不能のものが「主語や目的語をはじめ冠詞や副詞等」いろいろとある英語。
180度違うものを、「どちらも明確に割り切れないではないか」と言うところに
話を持っていき、「どちらも同じだ」とするのは生産的な議論とは思えない。
>ともに「通りみち」を表すヲ格だが、一般の移動動詞 (「飛ぶ」等) にとっては
>任意補語で、特定の移動動詞 (「渡る」等) にとっては必須補語だと説明すればよい。
「飛ぶ」と「渡る」の任意・必須の区別(あくまでも919の主張)が、
外国人学習者が日本語を表現・理解する上で必要となるとは到底思えない。
ともに「通りみち」の「を」と共起することを押さえれば、十分。
現実問題として、この区別をしないと、どういう不利益があるというのか?
一方、英語において、「主語や目的語等は必須成分で基本的に省略不可」
というのは、無視すれば大変なことになる、重要情報だ。
939 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 20:27:33 0
>>936 平安朝の貴族というと普通
「優雅でまったりしている」というイメージがあるが、
実際には、年中行事が一年間に200以上もあってとても忙しかったらしい。
また、
十二単(重さ十数キロ)は、センスを競い合ってどんどん増えていったために
ああいうふうになったとか。
(『21世紀こども百科 歴史館』 小学館)
940 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 20:47:49 0
中島義道の本によると 京都は、「親と子の心の絆しっかりと」というような標語の看板・垂れ幕の 「メッカ」だそうだ。 (『日本人を〈半分〉降りる』ちくま文庫 P.120) 京都って、農村とは違った意味で 日本の文化がよく表れているような気がする。
>京都って、農村とは違った意味で >日本の文化がよく表れているような気がする。 千年の古都に向かってこんな当然すぎることほざいてるバカがいますぜ。
自分の適当な主観や感想で「…ではないかな。」「…のような気がする。」「…みたいだ。」「…という感じがする。」 「…ということなのかな。」「…と思いますが…。」「…なのでは…?」 などというレスをたくさん書き込んだり、それで自分のレスに対して自作自演のような会話のような 独り言のような補足のような微妙なレスをいくつも付けて何も知らない人から見るとあたかも何人もが会話しているような レスをつけたり、誰かから突っ込まれると「○○はどう思いますか?」などと質問したり「○○=××の△△」などという 何の根拠も示されていない何十レスも前の自分の決めつけレスを見ろと指示したりしてこれまた何も知らない人からすると 一人に対して何人もが集中的にレスしているように見えるようなレスをする不思議な人がこのスレには住み着いていますね。 「主客融合」「主客分離」「ムラ」「しきたり」「お作法」などという単語が大好きで、日本人論に関する本をよく読んでいる。 このスレの書き込みの何割が彼のものだろう。700以降なら、>700、>707-709、>714、>716-720、>725-728、 >734-737、>739-740、>742-743、>745-747、>749-752、>754-755、>758-761、>764、>766-769、>772、 >774-776、>778、>780-783、>791、>800、>802-804、>812、>816-818、>821-822、>826-828、>832、 >834-836、>838-839、>841-843、>845-847、>849-851、>853-860、>862-866、>868、>871-872、 >875-883、>886-887、>889、>891、>893-894、>896、>898-899、>901-905、>908-909、>915-916、 >921、>925-926、>928-933、>936、>939-940あたりは「彼」だよね。 文体や主張に特徴があるからコテハンとかなくてもまあ大体どれが「彼」だか分かるな。
943 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 22:37:04 0
>>941 ネガティブな意味で言ってるんじゃない?
944 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 22:39:18 0
945 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/30(水) 22:58:39 0
>>942 しっかり読み込んでいるんだね。
「彼」も喜んでいたりしてw
>>937 > この説明は、「表通りに現れる」にこそ相応しい。
少しは自分で考えたらどうか。「表通りに {出ろ/出よう/*現れろ/*現れよう}」
違いはネイティヴならすぐにわかる。
> 前の2例も含め、君の言う「必須補語」を取らないものとの質的な違いも分からん。
「腹が出る」「結論が出る」の「出る」は、具体的な場所とはかかわりがない。場所を表す必須補語をとらないのだから。
> おやおや。
>>731 ,
>>770 >>710 、
>>765 。
>>938 > 聞き手との関係において、補語をばんばん省略できる日本語に対して
省略できるということは本来補語があるということであり、述語詞が本来とるべき必須補語を覚えていないと、日本語はうまく使えない。
必須要素か否かの判断については、意見が分かれる場合もある。
> 省略不能のものが「主語や目的語をはじめ冠詞や副詞等」いろいろとある英語。
動詞が求める必須要素 (主語や目的語に限らない) を覚えていないと、英語はうまく使えない。それらの要素は省略できないのが英語式。
必須要素か否かの判断については、やはり意見が分かれる場合もある。
何をマスターしなければならないか、本質的には同じだろ。
> 180度違うものを、「どちらも明確に割り切れないではないか」と言うところに
> 話を持っていき、「どちらも同じだ」とするのは生産的な議論とは思えない。
「180 度違う」と言い張るのは生産的な議論とは思えない。
> 現実問題として、この区別をしないと、どういう不利益があるというのか?
ヲ格が表れていないとき、「飛ぶ」等の場合は、とりあえず何も考えなくてよいが、「渡る」等の場合は、隠れているヲ格補語を文脈から探さなければならない。
特に解釈において重要な区別だ。
> 一方、英語において、「主語や目的語等は必須成分で基本的に省略不可」
> というのは、無視すれば大変なことになる、重要情報だ。
日本語において、「必須成分でも省略される。表れていなければ文脈から探せ」
というのは、無視すれば大変なことになる重要情報だ。
949 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 07:44:28 0
>>948 「文脈から探せ」というのが日本語の文法なのかもしれないね。
950 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 08:54:18 O
話し手の立場に聞き手も身を置くのが日本語。 同じ場所から同じ角度で対象をみる。 だから言わずもがなのことはいちいち言わない。
>>949 そう。ただ、英語などでも、必須要素は消滅しないというだけで、形としては、既出の要素がそのまま繰り返されることは少なく、普通は代名詞 (he, this, it 等) や指示副詞 (here, there 等) になる。
代名詞や指示副詞が実際に何を指しているかは、やはり文脈から探さなければならない。
953 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 12:55:20 0
>>951 英語は文脈の中に言葉の形で入っているが、
日本語は言葉になっていないよね?
954 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 13:09:28 0
英語 消滅しないもの ⇒必須要素 日本語 消滅するもの ⇒必須要素??? 消滅するのに「必須」とは、これいかに? これも日本的な神秘なのですかな。
955 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 13:31:05 0
日本語では、主に
「観念(idea)」ではなくて「心像(image)」のやりとりをしている。(
>>906 ,
>>909 )
956 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 14:45:55 0
>>953 もちろん言葉になっている。なっていないものは日本語でも探せない。
>>954 必須要素でも省略されうる (形態上はゼロになる) ということがグッと呑み込めなければ、日本語は何もわからないといっていい。
ゼロなのに正確に復元される (あいまいな「心像」のやりとりなどはしていない) のは、本来必須だからだ。あるはずの要素を文脈から探せるようになるためには、文型練習が欠かせない。
英語などの方が、読むだけなら、非ネイティヴには多少楽かもしれない。単文では基本的に省略はないからね (複文・重文では省略はよく起こる)。
しかし、上手に話し、書こうと思ったら、日本語を学ぶ場合と全く同じ努力が要る。
つまり理屈こねてないでレッスンしろってこと w
958 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 15:23:18 0
>>957 つまり、英語も論理ではなく感覚だ、と言いたいの?
959 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 15:59:26 0
>>957 953がいっているのは、
英語は必須要素は形態上ゼロになることはないが、
日本語はゼロになる、ということ。
この違いはどんなに強調してもし過ぎることはない。
形態上のゼロは、内容上のゼロへとつながっている。
そこは、「心像」の世界。
敬語・終助詞・人称詞・授受表現等の英語等に対応物の
見出しがたい表現要素も、「心像」の世界に関わる。
英語を学ぶのに大変な努力が必要であることは間違いない。
ただ、努力を要するポイントがずれるのだ。
960 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 16:09:40 0
>>958 いや、むしろ957は、英語も日本語も論理的だといっているのでは。
(ずっと以前の発言から考えても。)
>>957 同じ言葉であるのだから、日本語も英語等も
論理的・観念的な側面と感覚的・心像的側面との両面
を持つのは間違いないだろうが、
どちらの面が強いか等の、傾向・度合の違いはありうるのでは。
959にも示した日本語に特徴的な表現の存在からも、
日本語は、英語等と比べ感覚性の強い言語であるといえるように
思うが、どうだろう。
959は、敬語・終助詞・人称詞・授受表現等の表現をどのように
位置づけている?
961 :
960 :2007/05/31(木) 16:23:54 0
>959は、敬語・終助詞・人称詞・授受表現等の表現をどのように >位置づけている? 「959」は、「957」の間違いでした。 スミマセヌ。
962 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 16:25:14 0
>>956 「鎌倉時代から江戸時代にかけて発展継承されてきた
言語に対する日本人の考え方というものがあった。
ところが、この伝統的な文法学説は、明治以後、忘れ去られるようになった。
というのは、明治になってから、ヨーロッパの文法学説を模範として、
それに基づいて日本文法が新しく組織された。
しかも、そうして組織された日本文法を基礎とする学校文法なるものが生まれ、
日本の学校における文法の時間は、ヨーロッパの文法学説による日本文法が
教えられることとなってしまったのである。
日本の伝統的文法学説が学校教育から締め出され、
しだいに忘れ去られるようになったのはそのためである。
この忘れ去られた日本の伝統的文法学説に対して、
近代的な言語研究の立場から、新たに息吹を与え、体系化したのが、
時枝誠記氏であった。」
963 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 16:30:22 0
964 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 17:40:22 0
>>946 「対」と「対応」がそんなにはっきり区別されるとは知らなかったよ。
じゃあ、「対応」関係があることは認めるのだな。
否定疑問に関しては、
>>935 >>947 >違いはネイティヴならすぐにわかる。
「出る」と「現れる」が違うことは、言われなくても分かっている。
君の説明のクオリティを問題にしているだけだ。
>「腹が出る」「結論が出る」の「出る」は、具体的な場所とはかかわりがない。
こちらが聞いているのは、「飛ぶ」との違いだ。
>>そうではなくて、「飛ぶ」の意味は単に空中移動なのだ。
>なら、例えば、「出る」はどう説明されるのか?
>「家を出る。」
>「門を出る。」
>「表通りに出る。」
>補語との組み合わせにより意味が変わるのは、同じなのではないか。
>君は、この三つの「出る」は、同音異義語(or別用法)とするようだが、
>「飛ぶ」との質的な違いが分かるように、この三つがどう違うのか説明してくれ。
(
>>910 )
965 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 21:13:54 0
>>962 本居宣長『詞の玉緒(ことばのたまのお)』
>>959 > この違いはどんなに強調してもし過ぎることはない。
大した違いではない。日本語学習者にとって最も難しいポイントというほどではない。
> 形態上のゼロは、内容上のゼロへとつながっている。 そこは、「心像」の世界。
そんなオカルト的世界には絶対つながってない w
> 英語等に対応物の 見出しがたい表現要素も
英語基準は的外れ。日本語のことは日本語で考えよ。
> ただ、努力を要するポイントがずれるのだ。
君がずれてるだけ。上達しないだろうな w
967 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 21:26:18 0
西田幾多郎の「純粋経験」って このスレで言ってる「主客融合」のことですよね…?
968 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 21:51:26 0
>>966 心像(image)の世界がオカルトだと言ったら
芸術や文学もオカルトになってしまう。
969 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 21:53:54 0
>>948 >省略できるということは本来補語があるということであり、述語詞が本来とるべき
>必須補語を覚えていないと、日本語はうまく使えない。
覚えていないと日本語がうまく使えないのは、「任意補語」も同じ。
>「180 度違う」と言い張るのは生産的な議論とは思えない。
英語の必須補語はゼロ化できない。⇔ 日本語の必須補語はゼロ化できる。
このことを指して「180度違う」と言っている。
>ヲ格が表れていないとき、「飛ぶ」等の場合は、とりあえず何も考えなくてよいが、
>「渡る」等の場合は、隠れているヲ格補語を文脈から探さなければならない。
>特に解釈において重要な区別だ。
そうかな?
任意補語しか取らないものでも補語を文脈から探さなくてはいけないケースは、
いくらでもある。
一方、必須補語をとると言っても、「出る」のように、いろいろとバリエーション
があり、補語を取らないもの(「腹が出る」「結果が出る」)や、とるとしても、
何種類かあるものもある
>>964 。
「任意」と「必須」の区別にこだわる実用上の有効性は、ゼロに近い。
>>964 > 否定疑問に関しては、
>>935 >>946 後段。
> こちらが聞いているのは、「飛ぶ」との違いだ。
「とぶ」 = 「空中を移動する」。 ヲ格やデ格の任意補語をとれば、「通りみち」や「動きの範囲」の意味が足されるが、元の意味は変わらない。
971 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 21:59:53 0
>>969 は「任意」と「必須」にこだわっているのか、いないのか??
972 :
969 :2007/05/31(木) 22:11:54 0
>>971 「任意」と「必須」をめぐる、英語等と日本語の違いの方に、
こだわっている。
973 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:17:02 0
>>966 > この違いはどんなに強調してもし過ぎることはない。
>大した違いではない。日本語学習者にとって最も難しいポイントというほどではない。
日本語を英語等と比べる場合に、ということ。
> 形態上のゼロは、内容上のゼロへとつながっている。 そこは、「心像」の世界。
>そんなオカルト的世界には絶対つながってない w
「うれしいよ!」「かなしいな。」「いやだよ。」 …
君は、一人称の感情・感覚を表す表現(基本的に主語が省略される)について、
どう考えている? また、これらの表現が、言い切りの形では二人称・三人称
について、使いがたいことも。
また、寺村も問題にしている「のだ」や「わけだ」の情動的用法も、
主語等のゼロ化と結びついているように思う。
>>305 けっして、オカルトではないつもり。
日本語がオカルト的であるということは、言えるかもしれんがな。
> 英語等に対応物の 見出しがたい表現要素も
>英語基準は的外れ。日本語のことは日本語で考えよ。
じゃあ、英語との比較はおいておいて、
君は、これらの表現をどう位置づけるのか?
>>968 芸術は作品であって「心像」ではない。オカルティスト乙 w
975 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:18:13 0
「時枝文法」をWikiで調べたら 「絵画などのほかの表現との区別ができない」という批判があった。 これは、時枝文法への批判というより 感覚性の強い日本語そのものへの批判になっているように思った。
976 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:21:21 0
>>974 芸術は「心像(image)」の世界を表現した作品だと思いますが。
977 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:23:43 0
日本語って良く言えば「芸術的」だよね。。
978 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:30:46 0
日本の文学作品を翻訳すると全然別モノになってしまう。
979 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:38:05 0
う〜ん、悩ましいね。 うまく使い分けられるといいんだけど…。
980 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:43:11 0
>>970 >「とぶ」 = 「空中を移動する」。 ヲ格やデ格の任意補語をとれば、「通りみち」
>や「動きの範囲」の意味が足されるが、元の意味は変わらない。
そういう「飛ぶ」と比べて、(←こちらは分かった)
「出る」は違うのだということ(君の主張)を、
「出る」の意味説明によって示してほしいと言っている。
「出る」:「一定の範囲内から外に移る」。 ヲ格やニ格の補語をとると、
「起点」や「経由地」や「到達点」の意味が足されるが、元の意味は変わらない。
これでは、だめなのか?
981 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 22:55:42 0
どんな言語にも長所と短所がある。 相対化できれば大丈夫だと思う。
だから、英語と日本語の対比にばかりこだわるのはいい加減やめようぜ。 第一世界には日本語と英語(やドイツ語・フランス語)しかないわけじゃないんだから。 英語と日本語しか知らないで言語が感覚的だの論理的だの語るのはどうなんだ。
983 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 23:38:40 0
984 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/05/31(木) 23:40:04 0
学問板なんだから気が済むまで議論すればいいさ。
986 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/06/01(金) 00:17:47 0
>>973 伝統宗教からはずれた異端宗教を非難する時にも
「オカルト」という言葉が使われるらしい。
>>964 > 「対」と「対応」がそんなにはっきり区別されるとは知らなかったよ。
区別しないのは幾何学だけ。ほかでは全然違う。
> じゃあ、「対応」関係があることは認めるのだな。
対応する場合もあるということ。
988 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/06/01(金) 00:26:58 0
宗教が違うと お互いがオカルトに見えるのかもね。
>>969 > 覚えていないと日本語がうまく使えないのは、「任意補語」も同じ。
任意補語自体を知らなければどうしようもないが、述語詞 1 語ごとに覚える必要はない。
> このことを指して「180度違う」と言っている。
それだけのことなら周知の事実だ。あらためて言うまでもない。
> 任意補語しか取らないものでも補語を文脈から探さなくてはいけないケースは、
> いくらでもある。
例えば?
> 一方、必須補語をとると言っても
以下、それぞれ別の意味 (見方によっては別の語) ととらえればよい。
> 「任意」と「必須」の区別にこだわる実用上の有効性は、ゼロに近い。
教えたことのない人の無責任発言。信じないように。
>>973 > 日本語を英語等と比べる場合に、ということ。
必須要素の考え方には影響を与えない。日本語と同様に省略される言語も珍しくない。
> 君は、一人称の感情・感覚を表す表現(基本的に主語が省略される)について、
> どう考えている? また、これらの表現が、言い切りの形では二人称・三人称
> について、使いがたいことも。
言い切りの形が使いにくい例は、ほかにもある (「私はうれしそうに {? 見える/○見えるらしい/○見えるそうだ}」)。それらとまとめて理由を説明できないかと考えている。
> 日本語がオカルト的であるということは、言えるかもしれんがな。
また日本語のせいにする w 見苦しいと思わないのか。
991 :
名無し象は鼻がウナギだ! :2007/06/01(金) 00:56:22 0
日本には古くから「言霊信仰」があって、 今でも「忌み言葉」がたくさん残っている。 霊や祟りを信じている人も結構いるし、 「呪術的」とは言えるんじゃないかな。
>>960 > 敬語・終助詞・人称詞・授受表現等の表現をどのように
> 位置づけている?
敬語というのは、非敬語ときわめてよく似た、別種の日本語の体系だと考えている。
他の要素も、「感覚」だの「心像」だのを持ち出さなくても説明できる。
>>980 > 「出る」:「一定の範囲内から外に移る」。 ヲ格やニ格の補語をとると、
> 「起点」や「経由地」や「到達点」の意味が足されるが、元の意味は変わらない。
> これでは、だめなのか?
明らかにダメ。「*煙突を煙が出る」が言えない理由が説明できないし、「大通りに出る」の「出る」は、どんな「一定の範囲内」からなのか、わからない。
>>973 > また、寺村も問題にしている「のだ」や「わけだ」の情動的用法も、
> 主語等のゼロ化と結びついているように思う。
>>305 「のだ」や「わけだ」の情動的用法というのは、確かにあるようだが、そこにはもともと 1 人称主格が存在しないから、「ゼロ化」とは関係がない。
わかるから省略されるのを「ゼロ化」と言うのではないか。姿がないのに「本来はある」とわかるのは、ひとえに文型の支えによる。