>>180 二重敬語でよくない。
なされる、お〜になられる→なさる、お〜になる
182 :
176:2005/07/26(火) 19:38:36
183 :
176:2005/07/26(火) 19:47:02
新たな疑問が。
ご説明いただいた
を
ご説明していただいた
と言うのは、間違いということ?
>>183 そう。ご説明いただいた、がいいね。
気にしない人は気にしないだろうけど。
185 :
176:2005/07/26(火) 19:55:42
なるほど、ありがとうございました。
今まで大して気にしてなかったんだけど、
最近ここにくるようになったけど、
聞けば聞くほど、敬語っておもしろいなぁと思うようになったよ。
いつまでもコテってるとうっとうしいので、
これで終わりにします。
みなさん、ありがとうございました
質問。
「お亡くなりになる」は多重敬語ですか?
なぜ疑問に思ったかというと、
「亡くなる」自体に敬意が含まれているように感じるからです。
動物に対して「うちの犬が亡くなった」と言う人がいるけど、なんとなくひっかかる。
でも「うちの娘が亡くなった」は許容できるかどうか微妙。
その程度の敬意があるように思うのです。
「お亡くなりになられる」だと、「お〜になる」+「なられる」で
構造的に多重なのはわかるのですが、「お亡くなりになる」だとどうなのか、
わからなくなりました。
その場合の“亡くなり”は、名詞では?
>>186 敬意を含む言葉+お〜になる、は許容でしょう。
「お召し上がりになる」も、間違いとはいえない。くどいけど。
そもそも「亡くなる」は身内にも使える、敬語とも言えないようなものだし。
−大辞林−
なくな・る 0 【亡くなる】 (動ラ五[四])
〔「無くなる」と同源〕人が死ぬことを、「死ぬ」よりもやや婉曲にいう語。
「先生が―・る」「―・った母がこう申しました」
気になる二重敬語は
>>149と同じで、「れる・られる」がらみがほとんどだ。
190 :
186:2005/07/26(火) 20:46:00
すみません、先に辞書&ログ調べてから書けばよかった。以後気をつけます。
「お召し上がりになる」が許容範囲ならば、「お亡くなりになる」も問題ないですね。
納得しました。
どうもありがとうございました。
尊敬語をどう使うかなんていうのは、その人にとって相手がどういう存在かによって
変わってくるから、いろんなパターンがあってしかるべき。
192 :
AGE男 ◆9ZsPktrH52 :2006/02/11(土) 10:58:47
∧ ∧
<*`ω´ *> 良スレアガレ
( )
v v
ふぁびょいんっ
川
( ( ) )
おお、ここだ、このスレならばきっと私を助けてくれるに違いない!
友人と二人で共同サイトを運営しています。が、そこのTOPでいきなり
「ようこそ いらせられました。あなたは○○○人目の…」
はあ〜?? いらせられました〜??? なんだぁ、それ?( ´^u^`)
BBSでも、メールでも、お初の訪問者に向かってコレを連発。
何回友人に「この表現はおかしいんじゃないか?」って訊いても
「じゃあ、まちがってるって証拠は?」
以来、ムキになって辞典等を調べています。
正しい敬語についてはあちこち載っているのですが、誤用例の凡例は意外と
少なくて、上の表現がオカシイのかどうか判りません。
自分の常識では「ようこそ おいでくださいませ」か、せいぜい
「よく いらっしゃいました」あたりだと思うのですが…
どうか、教えてください。このままでは腹の虫が収まりません。
いらせられる
(連語)
〔動詞「入る」の未然形に尊敬の助動詞「する」の未然形「せ」と
尊敬の助動詞「られる」の付いた語〕「入る」の尊敬語。
「いられる」よりも一段と高い敬意を表す。お入りあそばす。
「天皇は御座所内に―られた」
日本国語大辞典。用例略。
【いらせられる】
1.「入る」の尊敬語。おはいりになる。
2−1.「行く」「来る」の尊敬語。いらっしゃる。おいでになる。
2−2.「居る」「ある」の尊敬語。補助動詞のようにも用いられる。いらっしゃる。おありになる。
196 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/05/11(木) 23:25:34
「いらっしゃいませ 【おタバコはお吸われになられますか?】 」
何重敬語だよ
198 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/05/11(木) 23:42:39
おおせられる
おつけ
みおつけ
おみおつけ
あし
お足
おみ足
敬語はインフレしやすいので
多重敬語を拡大再生産する。
最近の犬hk鯛がドラマでは
おおす/おおせられる はめったに使わないな。
たいがい 申される だ罠。
>>18 「カード番号をちょうだいできますか」はまちがってない。
避けるべき表現とされてるよ
お名前を頂くとか番号を頂戴するとかは
203 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/04(土) 18:53:51
二重敬語って天皇陛下に対してならおkなの?
204 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/04(土) 19:37:29
客の家に行く時、
「○○の件でお伺いしました」なのか「○○の件で伺いました」どっち?
「伺う」って訪れるという意味だろ?
訪れたのは自分だから「お」は不要なの?
205 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/04(土) 19:58:00
>>199 >おつけ
>みおつけ
>おみおつけ
おみおつけ=御味(噌)+御付け
206 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/04(土) 21:03:54
>>204 確かに二重敬語かもしれない。
しかし「お〜する(します)」は謙譲語の基本だから、
不自然な感じはしないな。
あと「参りました」でもよいが、「お参りしました」とは言わないな。
>>204 「お伺いする」は二重敬語ですが、慣用となっているので問題ないと思います。「お召し上がり」も同様。
「伺う」と「参る」はどちらも謙譲語ですが、性質が違います。
「伺う」は、自分を低めることで相手を高める「動作の受け手への敬語」なのに対して、
「参る」は丁寧に述べて自分を低めるだけで、動作の受け手を高める働きはない「聞き手への敬語」です。
「社長のお宅へ伺います」○
「社長のお宅へ参ります」○
「私が東京に参ります」○
「私が東京に伺います」×
したがって、相手を高めたいのであれば「伺う」を使うほうが適切です。
最近は、「参る」は丁重語(ていちょうご)に分類されていると思います。
主語を低める働きのない使い方(寒くなってまいりました)も定着してきたためです。
↑訂正
このような違いもあり、最近は「参る」は丁重語(ていちょうご)に分類されていると思います。
加えて主語を低める働きのない使い方(寒くなってまいりました)も定着してきたためです。
209 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/04(土) 23:55:44
>>206-
>>208 さすが言語板でございますですw
勉強になりました。
dクスm(_ _)m
210 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/05(日) 00:13:27
>>207 俺は敬語の五分類は反対なんだが、それはともかく、
まづ、「東京へ参る」は実際は
譬えば「東京にある取引先の会社へ参る」であり、動作の受け手はあるはず。
単に一人旅としてなら「東京へ参る」などいうはずがない。
またそのことを友人に丁寧に話すにしても、
「この間東京へ参りましてねぇ、・・・」などとは言わない。
それと言葉の意味から考えると、
「参る」は場所を対象とし、「動作主が行く」ことを伝えている。
「伺う」は人を対象とし、「動作主が行き、何かをしてもらう」ことを伝えている。
この「してもらう」ことを含んでいないことが
「参る」には「動作の受け手を高める働きはない」という錯覚になるのでは。
ちなみに「社長のお宅」に「伺う」が接続するのは
「明日、社長を伺います」では直接過ぎて敬意表現として不適当であるからではないかと思う。
もう一つ、「寒くなって参りました」は定着しているかもしれないが、
これは謙譲する相手がいないので誤用とするのが適当では。
「相手がいないのに敬語を使う場合(丁重語)」はそもそも論理が成り立っていない。
「日本国籍がないのに参政権を求める」というのと同じかと。
長くてゴメンね。
説明が下手で誤解を招いたかもしれません。
高めるべき相手の動作を高めるのが、いわゆる「尊敬語」(お書きになる、いらっしゃる)。
自分(動作主)の、相手へ及ぶ動作を低めて述べ、相対的に相手(動作の受け手)を高めるのが、
いわゆる「謙譲語」(お書きする、伺う)とします。
「伺う」は「お〜する」と同様に、相手に及ぶ「行く」という動作を低く述べて、結果「相手を高めて」います。
これに対して「参る」にはその働きはなく、「高めるべき(敬意を示すべき)相手を聞き手」として、
丁寧な述べ方で自分を低める、すなわち「聞き手に対する敬語」ということです。
「社長、明日お宅に伺います」
であれば、「伺う」で動作の受け手としての社長を高めています。
「社長、明日お宅に参ります」
であれば、動作の受け手としては高めておらず、「聞き手としての」社長を高めています。
「伺う」「参る」が違う性質であることは、
家に帰り、妻に「今日、社長のところへ伺ったよ」とは言えますが、
(ご指摘のとおり)「今日、社長のところへ参ったよ」とは言えないことからわかります。
また、日記や文書に書き記す場合、「私は社長宅へ伺った」と書けますが、
「私は社長宅へ参った」とは書きません。
「参る」は常に丁寧語「ます」を伴って、会話上で聞き手に敬意を示す用法だということがわかります。
(211続き)
>>210 >単に一人旅としてなら「東京へ参る」などいうはずがない。
普通に使われていると思うのですが。
「明日は休み取るんだって?」「はい。息子を訪ねに東京へ参ります」
高めている(自分を低めている)対象は聞き手だけで、動作の及ぶ相手はありません。
>これは謙譲する相手がいないので誤用とするのが適当では。
私は慣れてしまったせいなのか、誤用とまで思えません。
それに、分類を決めるのは私ではないので(笑)。
なお、ここで述べている分析はもちろん私のものではなく、研究者のかなり一般的な解釈です。
(だと思います。すべての研究者を知っているわけではないので)
長文失礼しました。
215 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/05(日) 15:40:45
>>211-212 色々考えたのですが、まづは敬語とは何かを定めたほうがよいと思いました。
私は「ある集団において上下関係が生ずる時に、下位の者が上位のものに対して使う言葉遣い」と
いった感じでよいと思います。
これに則った上で次に考えるべきは、これはお書きの通り、相手を高める・自分を低めるという行為は
相対的なものであることです。ある人が「男でない」のであれば「女である」こととおなじです。
敬語を使うということは相手が「高い」こと以外の何物でもなく、「高める・低める」のどちらかの役割が
欠けていることがあると考えるのは不自然ではないでしょうか。
ですから、「参る」「伺う」にそれぞれ「高める・低める」の効果があるのではなく、
この二語を含む敬語を使った時点で既に高めており、低めてもいるのです。
次に「参る」と「伺う」の性質の違いですが、これは敬語としての違いではなく、有している意味の違いだと思います。
詳しくは私には分りませんが、「行く」以上に何か異なる意味を持っているのでしょう。
「妻に言う・日記に書く」もそれに起因する使い分けなのだと思います。或いは使われてきた歴史・経緯の違いかもしれません。
よって、敬語の用法ゆえに「言えない・書けない」のではなく、意味の違いにゆえなのだと私は思います。
216 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/05(日) 16:09:00
(215の続き)
>「明日は休み取るんだって?」「はい。息子を訪ねに東京へ参ります」
やはりこの「参る」は誤用であると思います。上司に向かって「行く」をそのまま言うことが
憚られるのは分りますが、それは意識の問題であって、「参る」の有している意味ではありません。
「はい。息子の様子を見に東京へ行こうと思いまして」でも失礼ではないと思います。
>高めている(自分を低めている)対象は聞き手だけで、動作の及ぶ相手はありません。
でしたら尚更誤用では。「参る」は動作の為手が受手に使う言葉です(この場合は息子が受手)。
聞き手に対して使うのは適当ではありません。また「使うようになった」からといって
それを認めるのは本末転倒だと思います。
>研究者のかなり一般的な解釈です。
そのようですね。敬語五分類の記事で知りました。それゆえに私は危ういと感じています。
>>215 「言えない」のではなく、意味・性質の違いが「言えない」という結果で現れている、
つまり「言えない」のは違いの証明であるということです。
これまで述べてきたような分析は、菊地康人著「敬語再入門」という本が基本となっています。
母が父に敬語を使っていたような家庭で育った私が読んでも、ほぼ納得できる内容です。
私のような説明では齟齬がありますので、興味がお有りでしたらお読みください。文庫本で手軽ですし。
218 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2006/11/05(日) 23:27:47
>>217 ありがとうございます。参考になります。
実は菊地氏の「敬語」(「再入門」ではなく)は持っています。途中で読むのをやめましたが・・・。
さて、貴殿とのやりとりを読み返してみて、要は
「寒くなって参りました」や「はい。息子を訪ねに東京へ参ります」を
誤用とするかが最終論点であると思いました。
私→「参る」は謙譲語
貴殿→「参る」は謙譲語だが、性質が異なる(五分類の謙譲語U=丁重語)。
論点→「参る」は聞き手を高めるか否か。
「丁重語」は必ず「ます」を伴うそうですが、
聞き手が下位者であってもこの「丁重語」を使うことを証明できれば
五分類は破綻するのだと思いました。
以下はその用例です。
部下に向かって「部長にあの件を申したよ」
息子に向かって「先週伊勢神宮へ参ってきたよ」
(番外)孫に向かって「あの山には熊がおるぞ」(「おる」は敬語ではない)
現代では部長の目の前でしか部長に対して謙譲語を使わないのかもしれませんし、(「部長に言ったよ」)
神様に対して謙譲語を使うこともあまりないのかもしれません。(「神社に行ってきた」)
しかし、「使わないこと」と「使えないこと」とは明らかに違います。
このことから「参る」や「申す」は、聞き手の上位下位は関係なく、
動作の受手に対して使うものであることが分ります。
ちなみに私の敬語知識の基は
萩野貞樹著「みなさん、これが敬語ですよ。」(PHP文庫)です。
歴史的に見ても謙譲語が丁寧語になっていくことは多い
220 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/17(水) 20:50:27
不二家の社長が会見で、
「辞任してまいりたいと思います」
と言っていましたが、「まいる」は「行く」「来る」の意味だから、
「辞任していきたい」「辞任してきたい」となっておかしくないですか?
他に意味合いがあるんでしょうか。
また、「社会にご迷惑とご混乱を招き」とも言っていました。
「ご混乱」っていうのはおかしいですよね?
>>218 > 部下に向かって「部長にあの件を申したよ」
使えない。誤り。
> 息子に向かって「先週伊勢神宮へ参ってきたよ」
「参る」は「寺社仏閣に参拝する」の意で、もはや「行く」の謙譲語とはとらえられない。
寺社仏閣以外の所へ「参る」と、必ず聞き手を高めることになる。
> (番外)孫に向かって「あの山には熊がおるぞ」(「おる」は敬語ではない)
方言的。
>>222 >>221 の第 1 項と第 3 項は私の語感だから理由は不要。
第 2 項については、「(息子に向かって) *先週社長のお宅に参って来たよ」が使えないことが、根拠として挙げられる。
使えないという判定も私の語感だから理由は不要。
>>223 個人的な印象ってことですか。分りました。
恐れ入りますが、『何になさいましょう』の件は『何になさいますか?』or『如何致しましょう』ならば、およろしいのですか?
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070202it03.htm 「丁重語」「美化語」加え、敬語5分類に…文化審答申
文部科学相の諮問機関・文化審議会(阿刀田高会長)は2日、
敬語の分類をこれまでの3分類から5分類に細分化することなどを柱とした
「敬語の指針」をまとめ、伊吹文科相に答申した。
敬語の性質を厳密に区別することで、敬語の役割や使い方を正確に理解してもらおうという狙いがあるが、
専門家からは「詳しすぎて、かえって難しくなった」との指摘も出ている。
指針では、従来の「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の3分類を、
「尊敬語」「謙譲語1」「謙譲語2(丁重語)」「丁寧語」「美化語」の5分類にしている。
相手を敬う尊敬語はこれまでと同じだが、自分がへりくだる謙譲語については、
相手に敬意を表すかどうかで二つに分けた。
「先生の所に伺う」のように、相手(先生)を立てる表現は謙譲語1、
「私は海外に参ります」や「拙著」のように、自分に関することを控えめに表す言葉は謙譲語2(丁重語)とした。
また、丁寧語については、「です・ます」のように、話し相手などに丁寧に述べる言葉を
従来通り丁寧語とした上で、「お酒は百薬の長なんだよ」という時の「お酒」のように、
話し相手への敬意を込めない場合にも使う表現を、美化語として独立させた。
227 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/07/19(木) 02:52:27 0
age
エイジ
229 :
名無し象は鼻がウナギだ!:2007/10/16(火) 23:44:25 O
保守
>>3 俺も聞いたことがあるよ。あれは確か去年の今頃だった。