平安時代には、最澄と空海が仏教の新しい潮流をもたらします、最澄が天台宗が、空海が真言宗をおこします
この時代も天皇や貴族が言ってみれば自分たちの安泰を祈る為の宗教で、まだ一般の人には浸透しません。
最澄 伝教大師の教えは天台法華宗を大切としているのでわかりやすく、何しろお釈迦様が一番重要なのは法華経としていたので
鎌倉時代に活躍される、僧侶はここの宗教出身者です。
空海 弘法大師の教えはわかり難い為、少し極端な話ですけれど弘法大師一代状態になったそうです
http://www.osoushiki-plaza.com/library/data/data131.html信者さんのおおよその人数です 何しろ「密教」なんですから、非常に理解しにくいそうですしとらえどころが無いと言いましょうか。
鎌倉時代になると、いよいよ本格的な武士の世の中の扉がこじ開けられます、源義経が平家を滅ぼしてしまうのです
日本の歴史が大転換します、これにより朝廷中心の世の中が終了し武士(一般庶民)の夜が明けます
そもそも武士とは最初からそこに住んでいて自分達の財産は自分で守るという、在家の武士(一般庶民)
そして、貴族の血はひいているのですけれど都に住んでいてもたいして出世できないので地方に出てきた、貴族の武士
このふたとうりだそうです、しかし奈良時代にも武士という文字が存在するので、武士が何時できたか明確なは解らないそうです
在家の武士というのは自分達の耕した土地の正式な所有者になりたいということで、源頼朝を神輿としてかつぎ力をつけます。
武士は普段人を殺せざる負えなくなりますから、罪の意識があるので自分達に悪い事がおきないように又死後極楽浄土に行けるように祈ります
鎌倉時代には沢山の僧侶が出現します、法然・親鸞・道元・日蓮等です、最澄がつくった比叡山の延暦寺で、仏教の基礎を学んだそうです。
法華経の基礎を学び一応の修行を終えそれぞれ、法然が浄土宗、親鸞が浄土真宗、道元が曹洞宗、日蓮上人が日蓮宗を開きます
この人或いはこの神?が作られた宗教が今の宗教の礎となっているのでしょう、それと日本に古くからある神道ですね。
政治家 法律を作る 外交を通じ国益を考える 国家予算を考える 国際平和の実現
いい政治家を育てるには国民が選挙に行かなければならないということでしょう
国民が幸せで豊かで平穏な生活を送るには、何をするべきかを考えるのが政治家の役割でしょう。
では実際、戦後日本に「政治」が本当にあったのかどうかというとどうでしょうかね
選挙は民主主義の基本でしょう。
戦後の政治で税金をばら撒いた結果、日本は政治不在リダー不在の国になった気がする
税金のばら撒き方は、日本のリーダーシップにとなり日本人を引っ張っていくもんではないと思う
自分の信念自己弛張を堂々と貫くタイプは 政界 各界 財界 でも異端視扱いされた感じもします
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るのだ。だが、この始末に困る人でなければ
難関をともにして国家の大業をなすことはできないまさに至言である。「現代語訳」
日本の政界は本当の意味で自分の考えで行動できる政治家がいないようにも思います。
官僚霞ヶ関で働いている有名大学法学部卒のエリート集団ですから法律を作ることでは政治家より優れている。
膨大な統計データを保存し補助金をどうするかを考えることは官僚にかなう者はいないでしょう
日本列島隅々の行政ネットワークを持ち、それらのデータを握っているのですから
そこで官僚に任せてしまったんでしょう、と言いますか乗っ取られたのでしょう。
外交に目を向けますと、日米安全保障体制の下アメリカに従うことが基本姿勢であったから
改正も政治家が決断したり行動したり責任を取ることもなかったのでしょう
官僚任せにした結果、日本人はなんでも(上)役人、官僚に任せてしまい「自己責任」が無くなったのかもしれません
官僚(お役人)いわゆる、霞ヶ関で働いているエリート集団・不祥事、スキャンダルでやはりイメージがよくはないですね
民間企業への監督・指導・許認可等の政策決定に関して大きな影響を与えうる権限を付与される地位にある者を指す
他方、大臣や副大臣・政務官は上級の公務員であるものの、政治家(国会議員)であるため官僚にあたらない。
明治時代の文豪 ラフガディオ・ハーン 小泉八雲
http://www.matsue-tourism.or.jp/yakumo/ http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/bungaku/yakumo.html 「日本で最も美しいのは、日本の婦人である」 と書き残しているそうです
その当時の日本人はさぞ美しかったのでしょう、では何が美しかったか想像すると
日本には、女らしい綺麗で優しい女ならではの言葉使いがありますし、言葉を綺麗に使っていたのでしょう。
言葉の美しい女性が心も美しいという証明は、言葉と心は表裏一体の関係にあるということです
心を最高最善に表現するのは言葉ですからね、でも言葉も時代により揺れますからね
言葉は揺れながら時代に合うようになっていくし、大勢の人が使うことにより日本語に定着するでしょう
日本語を乱れさせる原因は流行語が次から次にできるからでしょう。
やはり小さい時から男女平等という生活に慣れているから男の言葉に女が慣れてしまったということでしょう
日本語の大きな欠点として男が使う言葉は汚い!ということがあげられるでしょう
男が使う言葉を女が真似と言いますか、女に伝染するとしたなら当然女の使う言葉は汚くなります。
しかも尚且つ同世代の人とだけとしか付きあわないとすると、敬語が介入する余地もなくなり
結果は言葉がどういうものになっていくのか、一目瞭然ということになります
女性である貴方が男と付きあうのは結構なことですけれど、言葉まで男が使う言葉にならない方が良いと思いますよ
あるいは男の使う言葉が汚いと思い、これは女として使うべきではない、女として美しさが損なわれる
と判断したなら、その言葉から遠ざかっていくべきでしょう。
神様が人間に送った最高のプレゼントは言葉である!と言い切っても過言ではないでしょう
人間と他の動物との最大の違いは言葉というのもは、人間しかもっていないということです
その言葉を娘さんそして女として生まれからには、より美しく使ってい頂きたいものです。
顔がいまいちに生まれようが、悩んだりしないで、普段使う言葉そして立ち振る舞いを
美しくしようと心がけるといいと思いますよ、男の視線がまったく気にならないのなら別ですけれどね。
言葉が美しい女性は心も美しいということです、女を顔で選ぶ男には通用しない場合もあるでしょうが
言葉使い立ち振る舞いが綺麗な女性は、見かけが綺麗な女の美しさをも超えてしまうということです。
時には女を顔で選ぶ男の心をも揺り動かしてしまうのは、やはり言葉使い立ち振る舞いが美しい女性です
普段から言葉使い立ち振る舞いを女らしくやさしくして頂きたいものです、男の願望ですけれどね。
心を表現する最高最善の、そして直接な方法は言葉以外にはないということです(言葉こそ最強であるということです)
沈黙は金雄弁は銀黙して語らないことをよしとして、沈黙は金のように値打ちがあるという時代はもう終わったのです。
心と言葉は常に表裏一体の関係にある、ということです、自分の心を最高最善に表現するのは「言葉」です
女性である貴方がどういう人間に成長し、どういう考えを持っているのか
それを証明してくれるのは、言葉なんですだからこそ「言葉」が大切なんです。
この世の中には、女であるからこそ身につける知恵ふさわしい光景があるということでしょう
粗暴な言葉使い立ち振る舞いになるほど、女らしさが失われていく事は、当然の成り行きです。
心の中に存在する女のなにかが、体を伝わって自然に男にも女にもその女がもっている「女らしさ」が伝わるでしょう。
ハイパーインフレがくるなんていう人がいますけれど預金封鎖 円暴落 まぁ国家破綻ですか。
ハイパーインフレになったとして物価がもし8倍になったとすると。
例えばですけれど1ドル80円が800円になったとして。
日本の外貨準備は約1兆ドルだそうです。
1兆ドルあるのですから万が一、ハイパーインフレが来たら80兆円が800兆円になると。
なんと800兆ですから、800兆あれば日本の謝金の半分以上返せます。
財務省がなんで巨額な外貨を準備しているかはインフレ対策であるそうです。
という事で日本においては国家破綻はあるえないそうです。
ギリシャなんて産業は観光位でしょうし、公務員の数も国民比率で相当な数になるそうですから。
安倍政権は適度なインフレ、適度な円安(まぁ110円前後でしょうか輸入輸出がありますし)を目指しているのでしょう。
自分が日本はインフレに向かっていると考えるのは理屈ではないのです、これ以上デフレが続くなんてあるでしょうか?
まぁ短期的に見てもおそらく年末に向けて円が安くなり、結果株価は上がると考えています。
長期的に見てもハイパーインフレも起こらないし、デフレは終わっていると考えているのです。
そもそも経済というのは基本的にインフレなんですよ。
デフレはすでに終了しています、日本の歴史でデフレなんてたった20年ですから( ^^) _旦~~。
明治政府が西南戦争のインフレの時紙幣が不足して紙幣を発行1881年から1887円の5年。
1920年から1933年の第一次世界大戦の戦後恐怖、銀行不況、関東大震災、金輸出解禁、昭和恐怖の13年。
太平洋戦争のGHQ経済ドッジ1949年、朝鮮戦争でこのデフレも1年で終了。
トータルで日本におけるデフレは約20年、アメリカは230年でデフレは50年。
1989年から12月から始まったデフレは株価、為替レートなんか考えて既に終了していますね( ^^) _旦~~。
デフレが今もって続いているのなら、円は今頃1ドル70円→68円→66円→60円→55円→50円無制限に落下?
デフレが今だに続いているならばマクドナルドのハンバーガーなんて50円になっていると思いますよ。
インフレ論とかデフレ論?をする時は、デフレという「悲観論」を述べた方が説得力があると言いますからね
インフレ論というのはどちらかというと「能天気」なんですよ、だからインフレ論はアホとかバカに見えるんです( ^^) _旦~~。
日常の挨拶の言葉は家庭内でも、そう沢山あるものではないと思います。
「おはようございます」「いただきます」「ごちそうさま」「いってまいります」「いってらっしゃい」
「ただいま」「おかえりなさい」「おやすみなさい」「すみません」「ありがとうございます」
この10の挨拶の「言葉」を日常の生活で欠かさずに行いたいものです、日本人の礼儀作法の基本がお辞儀ですから。
ハキハキと挨拶ができる女性は美しいと思います、ではなぜ挨拶ができると女性が美しく見えるかと言いますと
日本人は挨拶をする時頭を下げるからでしょう、女の人が頭を下げて挨拶をする時の動作は、非常に美しいという事です
西洋では握手なんですけれど握手は体がくっつかないと手を握り合えませんが、挨拶は距離を置いてもできる行為です。
「おはようございます」を「どうも」なんていう挨拶になってしまいますと頭が下がらないところに問題があると思います。
日本はアジア大陸の東端にあるのであらゆる文化が吹き溜まるのでしょう、独特の文化を作ってきたという事です
神道の自然を大切にする教え、仏教の智恵が、アジアの東の端にある日本に入りあらゆる文化が吹き溜まるのでしょうね
神道、仏教の尊い教えが、すべて総合されてできたのが「頭を下げる、お辞儀」という事だとおもいます
神道の自然の恵みに感謝し自然を大切にする気持ち、仏教も人のお陰に感謝する慈悲の気持ち。
この二つがかみ合って、すべて総合されてできたのが頭を下げる、お辞儀をするようになったのでしょう。
「おはよう」という挨拶がない家庭というのは、お父さんお母さんのあいだにも「おはよう」という挨拶がないということです
ということはその家庭には、お爺ちゃんお婆ちゃんも「おはよう」という挨拶がなかったということです
要するに先祖代々その家庭には「おはよう」という挨拶がなかったということになります。
その家庭に「おはよう」という挨拶がないということは、「おはよう」という挨拶がある家庭より
劣った環境でいつまでも暮らさなければならないということになります。
その家庭に「おはよう」という挨拶がないとしたら、あなた自身がその家庭で初めて
「おはよう」ということをしなければいけないでしょね。
「おはよう」という挨拶があらゆる人間関係を築いていく最初の一歩であるということです。
今イジメの問題がありますが、そういう家庭ではもしかしたら「おはよう」という挨拶がない気かします
もちろん家庭で「おはよう」と言わないお父さんもお母さんも、職場では「おはよう」という挨拶はするでしょう
なにしろ職場ではお金をくれるんですから、お金をくれるところでは「おはよう」と挨拶するわけです
なぜ、家庭で「おはよう」と言わないお父さんお母さんが職場で「おはよう」ございますと挨拶するかといいますと
職場ではお金が支給されるからです、日本人はお金をもらえるところでは「おはよう」としっかり挨拶できるんでしょうね。
人が恋愛をするという事は素敵な事だと思います、恋人達が二人で町を歩いている姿はとても素敵な風景ですね
さらにそれが、結婚に到達すれば幸福につながりSEXという行為が含まれていても善の行為だと思います
ただ「愛」している、その時は愛していた、軽々しく愛という言葉を使い過ぎるのはどうでしょうか
やはり特に女性の場合将来を共にする人が現れるまでSEXしない方が良い感じもしますけどね
結婚の意志が無くただ一時的衝動に駆られてのSEXとなると、少なくとも女性にとっては不幸に成りかねないのではないでしょうか
しかし、自由恋愛主義者は言うでしょう愛しているのだからSEXしてあたりまえだと今時恋愛してSEXしないなんて信じられないと
盲目的な自由恋愛主義に飲まれてしまってはいかがなものかと思いますね。
恋愛状態にあって恋人にSEXを求められても、結婚という前提が無いのなら
NOと拒否できる判断力を育てていく、という考えに賛同してくれればいいなあと思います。
恋愛で成長できる生き物はあらゆる生き物の中でも人間位かも知れませんね
恋人同士で、時には励ましあい時にはけんかをする時もあるでしょう、時には辛い時共に泣いたりすることもありますよね
将来の夢や希望を話し合い、自分自身の本当の姿をさらけ出すことが出来るのも恋人がいるからこそでしょう
人は恋愛で成長すると思います、人として生まれたら恋愛を経験しなくてはそれこそ異性の本質を知ることは出来ないかもしれません。
ただ一時の恋愛状態でSEXまで経験してしまうと、幸福になれるものより不幸になってしまう人のほうが多い様にも思えます
やはり特に女性の場合、結婚ということを前提にSEXした方がより幸福になれるのではないですかね。
へたをすればイケている女像を、性経験が豊富SEXの回数(経験人数)が多いと女としての魅力がます
何て言うマスゴミ、フェミニズム思想にはくれぐれも騙されない様に。
自分の体はこの世でたった一つのもの、自分の体は自分で大切にして下さいね。
たいていの男は、割と簡単に愛してるよと言う。
しかし、本当に難しいのは、しっかりした職に付いている男に僕と結婚してくれるかいと言わせることでしょう。