伝承芸能が失われると、日本人の心が衰退していく

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189旭 ◆VI7sg3/D46
>>187
昔から陸続きであれば、中国の冊封体制に組み込まれる故、戦いには成るまい。
仮に唐入りの時代で急に陸続きに成ったとしたならば、闘い方次第ですな。
他国からの介入が無ければ日本は時の中国王朝を打倒する事は出来たであろう、しかし中国を制圧する事は出来ぬ。
「支那事変を二国のみで戦ったならば〜」と言う感じであろうな。

>>「馬を当時輸出できる技術」がその当時存在していたら・・・
貴殿は過大評価し過ぎですな。
蒙古軍は全員が戦闘員では無く、船乗りも頭数に入って居る。
先ずこの時点で日本よりも遥かに数で劣る。
植民地出身者が多く、装備も士気もガタガタであるから個々の能力も劣る。
そして、起伏の激しい我が国では、騎馬の機動性を活かせる戦場は少ない。
自然豊かで、馬を生かせぬ森林も豊富である。
万里の長城の有る大陸の様な広大な平野は少ないのである。
貴殿は蒙古軍と「富士の裾野」「北海道」で決戦せよとでも言うのか?
敵が騎兵主体ならば篭城なり山岳・森林で戦えば良く、日本の場合そう言う場所が山ほど有るのである。
更に言えば、騎兵は攻撃力は高いが防御力は脆弱である。的が大きいですからな。

>>答えは簡単です日本は海に囲まれているから・・・
否、城も砦も有る。
街を城壁で囲まぬ理由は、道が険しい故に要所さえ塞げば十分だったからであろう。
都市を築く時、武士は地形を気にする。即ち、山河こそが我が国の城壁と言う事ですな。
更に、我が国の武士は早くから遠戦を好んだ故、馬の価値は他国よりも低かった。
急ごしらえの柵でも十分に馬は止められましたからな。
まぁ、他国ほど略奪の被害が大きくなかった事も影響するかも知れませんな。

唐入りに言及した意味を理解して居らぬ様ですな。
超大国の明にあれほどの打撃を加える事が出来ると言う事は、
既に戦国時代後期の時点で海の防御効果は激減していたと言う事である。

また、「開国を迫られた理由」とは外国からではない、 日本が開国の必要性を自認したと言う意味である。
まぁ、石見の銀は素晴らしい産出量ではありましたがな。 後は捕鯨等の絡みも有る。