男女板住人ののろけ話 Part3

このエントリーをはてなブックマークに追加
31祐天寺みゆき
花びらのように散り行く中で

わたしのカラオケのレパートリーは越路吹雪と加藤登紀子と森山良子の3人にほぼ限られる。
ペンキ屋の彼と行ってもそれだけしか歌わないので、彼はあまりわたしと二人でカラオケに行こうとはしない。
その日も葬式の二次会で、というか、遺族抜きで故人をしのびたいと思って、友達とカラオケボックスに行った。
「この広い野原いっぱい」を歌った後、自分の番が回って来るとわたしは「百万本のバラ」を歌った。

  出会いはそれで終わり 女優は別の街へ
  真っ赤なバラの海は華やかな彼女の人生
  貧しい絵描きは 孤独な日々を送った
  けれどバラの思い出は心に消えなかった
  百万本のバラの花をあなたにあなたにあなたにあげる
  窓から窓から見える広場を
  真っ赤なバラで埋め尽くして
32祐天寺みゆき:2006/01/14(土) 06:28:58 ID:VxVgPJjk
まばらな拍手の後、わたしは彼の隣に戻った。
「花ばっかりだな」
「それは、団子より花だよ」
「花は食えないだろ」
「ソクラテスは言ってるわ」
「ソクラテスもヒポポタマスもどうでもいい」
「団子ってのはね、食えればいいのよ。でも、花は咲いてるだけじゃだめなの。美しくなけりゃ」
「それで」
「食えるというだけの安い団子を買って、美しくて高い花を買うのが、豊かな人生ってものよ。
高い団子を買って、安い花を買うよりもね」
「なるほど」
と彼は答えた。
33祐天寺みゆき:2006/01/14(土) 06:29:42 ID:VxVgPJjk
翌日のこと、彼が仕事用のトラックでわたしの家にやってきた。
「やあ」
「やあ」
わたしは彼に答えた。
「ごめん、うち、もう料理作っちゃったから」
何なら食べていく、とわたしが言おうとすると、
「ああ、うちもだよ」
と彼は言った。
「ちょっとみゆきにあげたいものがあってさ」
「へー」
彼はトラックのヤアオリを開けた。
何だろう、改装を頼まれた家で古いワイドテレビでももらったのだろうか、と思っていると、
彼はダンボールに詰まった無数の菊の束を下ろし始めた。
34祐天寺みゆき:2006/01/14(土) 06:30:22 ID:VxVgPJjk
「何よこれ」
「この荷台いっぱいに咲く花を一つ残らず君にあげるよ」
と、彼は言った。
「それはいいけど、何で菊なの」
「いやあ、もう彼岸も過ぎだろ。もう日も傾いてきたから、今からじゃ買いに来るやついないよ。
なんてことを言って、あちこちの花屋から安く菊を買ってきた」
「……」
「花も、人に見られたほうが幸せだろ。せっかく咲いたんだから」
薬が効きすぎたようだ。しかも薬効が現れる方向が少し違ってる。
35祐天寺みゆき:2006/01/14(土) 06:31:39 ID:VxVgPJjk
「いくらしたの」
「5万くらいかな。胡蝶蘭なら一鉢そのくらいするだろ」
「まあ、冬の初めならね」
「今日、パチンコでそれくらい買ったんだ」
「何本あるの」
「5,6本で200束くらいだから、約1000本だな」
「そんなに生けられないよ」
「それは心配ない」
彼は玄関に花のダンボール箱を置いて、トラックの後ろに戻り、荷台に上った。
「これもやるよ。軽いから受け取って」
彼は発泡スチロールの箱をわたしに手渡した。
「魚屋でもらってきた」
「あのねー、花を生けるって言うのはねー」
「生け花の価値は花瓶じゃない。花そのものにあるのさ」
ふっ、と、わたしは吹き出した。
「そうね」
とわたしは言った。

Fine