織田裕二 part76

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693通行人さん@無名タレント
ホワイトアウトの写真から変わって、「とっておきを。これが最後ですが」と
編集長が紹介する中、過去のコンサート時の写真がスクリーンに投影。
「これ、場所どこだかわかります?」と問いかける織田さんに
会場中から「大阪城ホール!」との返答が。
編集長も織田さんも「何でわかるんだろう?」とかなり不思議だった模様。
織田さんは「この記憶力が僕にあれば」と笑いつつ
「大阪城で今は亡きいかりやさんとツーショット」と解説スタート。
「いかりやさんが来てくださったときは本当に嬉しかった…」と懐かしむ様子なのを見てか、
編集長が「いかりやさん話をひとくさり」とリクエスト。本の中でもすごく感動的だったから。と。

それに同意して「なんてことはないんですよ?」と織田さんが話し始めます。
ある撮影をしていたときに、監督がいかりやさんに「ここで“だめだこりゃ”と言って下さい」
と頼み、それを聞いていた織田さんは「え?」と思ったそうです。
いかりやさんはそのとき役者として来ていて“和久”というちゃんとした役名もあった。
それに『踊る』は“和久”と“青島”という凸凹な年齢ギャップのある刑事コンビの話。
それなのに、そこから先は“いかりやさん”と“青島”になるんですか?
するとドラマがコメディじゃなくてパロディになるんじゃ?と。
それで、「ちょっと待ったちょっと待った、そんなん言わなくて良いッスよ」となったそうです。
694通行人さん@無名タレント:2008/03/02(日) 04:34:49 ID:1dxAMxIe0
織田さんはそれをいかりやさんと監督の両方に言ったそうです。

「それを言われたら“青島”はどんなリアクションすれば良いんですか?
これはパロディじゃない。楽しい作品にはしたいけど、
そういう意味での楽しさは要らない。お客さんも求めてない。
何回も続くドラマの中だけど、そこだけでも緩んじゃうと、
作品としてダメって事になるのでは?
最初から映画化にしたいってずっと思ってきたけど、
そんなところで躓いてたら、映画陣に、なんですかそれ。パロディを映画化に使うって。
それでお金取ってお客さん来てくれるんですか?と言われる」と。

それに何よりも、いかりやさんが“嫌だ”って顔をしたそうです。
一瞬だけど「…え?」と。
「でも」と織田さん。「あの位の年齢でベテランな方。
特に最初から役者だけでやってきたわけじゃない人たちは皆、
若くて、自分の子どもみたいな監督に優しいから…」と。
695通行人さん@無名タレント:2008/03/02(日) 04:41:37 ID:1dxAMxIe0
じゃあ織田さんがいなければやっちゃったんだ?という尋ねる編集長に、
織田さんは「やっちゃうんです。絶対やっちゃう」と強調。

「だけど、そのときいかりやさんは、きっとものすごくがっかりして帰る。
“なんだ…”と。結局は“いかりや長介”が欲しいのか、って。
でも、俺は“いかりや長介”を捨てて、“和久”として一生懸命
ぶきっちょながらやってるつもりだったんだ、って。
そうなるといかりやさんの心意気はしぼんでしまって、
エネルギーとして出てこなくなると思った。
それまでにも感じていた、いかりやさんの“芝居”が面白いんだっていう感情は、
こっちにも感じられるものだから」
696通行人さん@無名タレント:2008/03/02(日) 04:46:17 ID:1dxAMxIe0
いかりやさんは織田さんが演技の先生だ、みたいなことを本で書かれてましたね?
じゃああれはそういうことがあったから?という編集長に、
しかし織田さんは「それだけですよ」と。

そして「あとは話が長いのを僕が打ち切ってたくらいかな?」と一気に雰囲気を転換させます。
いかりやさんは朝必ず「おはようございます」と入ってきたあと
関係のない話を十五分くらいする。でも、誰もそれを止められない。
僕がいないとみんなずっと黙って聞いてる。
でも、“関係ないだろ、今時間足りないのに!”ってときは、「ハイっ、いかりやさん。
じゃあ“和久さん”で!」と切らないと話し終わらない。と笑。

いかりやさんには、多分僕らは子どもくらいにしか見えてなかった。
実際には厳しい方だけど、その厳しい顔を一切見せずに。何かを伝えたかったんでしょう。
もういい年だったので“死”が近くにあって、その中で自分が教えられることは教えたいし、
実は俺も役者としては何年もやってない。だから学ばせてくれよ。って部分もあった。

じゃあ終わりの頃には、ご自分の病気のことをわかって演技をやってらしたんですか?と編集長。
その問いに「えっと」としばらく記憶を手繰り、
「2の後か、舞台挨拶の時かな?その時お会いしたときはちょっとおかしかった」と織田さん。
撮影の途中で顔が腫れたということもあったそうです。
でも、絶対仰らなかったから、こっちもそれ以上は聞かなかった。と。
697通行人さん@無名タレント:2008/03/02(日) 04:52:42 ID:1dxAMxIe0
「織田さんは、いかりやさんから何を学ばれたんですか?」という質問には
「何を学んだんでしょうねぇ」と溜息と淋しい笑いが混じったような声で返答。

そしてやや長めに間を置いてから
「今すぐ言葉にはできないですけど」
「僕はあの一瞬は嬉しかった」
「今考えるとあの年で、もちろん身体も鍛えてらっしゃったけど、
あのきつい撮影に嫌な顔もされずに参加してくださったなと」
「もっとこっちが気を遣ってあげなきゃいけなかったなと思います」
ということを、ぽつぽつと探るように話していました。

それから「ちょっとしんみりしますね…」と苦笑し、
まあ、死んじゃったからしょうがないんだけど!と声を張り上げてみるものの、
「でもやっぱり寂しいですよ」と。良い出会いというか、良い人と出会えたので
それを無駄にしないようにしなきゃとは思います。と締めくくってました。