「…うん、だからスターでもうちぎっては投げちぎっては投げ」
「うわぁ…無茶したなあ。止めた方よかったんと違う?やって明日、」
「だってダチくんキレてたし無敵だしさあ、吹っ飛ばされるのがオチじゃん」
「そらそうやけど。えーと…8人?これ全部やっつけたん?」
「うん。見事1up」
「1upて…」
全員仲良くノックアウトされていた男達を車に轢かれないように道路の端っこに並べる作業を終え、平井が「こいつ重いわー」とうんざりした顔で一番体格のいい男を小突いた。
ついでにポケットに入っていた黒い欠片を浄化して消し、一応俺来た意味あったかなあ、とため息を吐いて苦笑する。
「平井くんこれからさらに役立つよ。俺一人じゃダチくん運べないし、」
最近この人丸っこいからね。豊本はそう言って座らせておいた今立を覗き込む。
「…どう?」
「大丈夫じゃないかな、エネルギー使い果たしただけだよきっと」
そらよかった、と平井は言いかけたが、この出来事のせいで明日彼がどれだけ不幸な目に合うのかを想像して、言葉にするのをやめた。
そう、明日はなんたって−日付が変わってすでに今日だが−“今立進杯争奪”ゲーム大会、なのだ。
豊本と平井に両肩を支えられ立ち上がった今立はむにゃむにゃと何か言っているようだった。
そのうわ言はどうもレトロゲ−ムのタイトルのような気がしたが、あえて聞かなかったことにして2人は駅へと歩きはじめる。
「不憫な子やなあ」
「ほんとにねえ」
…今立がそのイベントでゲームを楽しめたかどうかは、彼の心情を考慮して割愛する。
ただ数日後、ロケでイルミネーションも華やかな街頭を訪れた彼の「クリスマスなんて大嫌いだ」という恨めしげな独り言に、谷井が首をかしげたとか、なんとか。
以上です。
改行や文字数に手間取って読みにくくなってしまいました、すいません。
それでは失礼しました!
久々に投下キタ━━━(・∀・)━━━!!
◆2dC8hbcvNAさんも◆1En86u0G2kさんも乙!
それぞれ違う空気と味で両方とも楽しく読めたよ。
菊池コワス…今立カワイソスw
>>321から
次の日も何時も通りの朝だった。
佐久間が朝早くから、何が楽しいのかルミネの周辺を一人で歩き回っていたのも、鈴木がネタを覚えられずに松田に怒鳴られていたのも、それを反省する素振りを見せないのも、相変わらずだった。
「え、何?このポーズでいいんですか?」
「はい〜、Qさん、もう二、三枚お願いしますねー」
廊下では佐久間がいつものように携帯で写真を撮っている。彼が言うにはブログに載せる為だとかで何枚も撮り溜めしているらしい。
鈴木は佐久間の要望に素直に応えて次々と「こう?」とポーズを取っている。
さて、今度はどんなポーズにしようか。と佐久間がサングラスと、どこかで見たようなエイリアンのぬいぐるみを片手に思考を巡らしていると、廊下の向こうに松田の姿を見た。
手を振りながら声を掛けようとすると、松田は立ち止まり、向きを変えあからさまに避けるように顔を逸らし階段を降りていってしまった。
その様子に佐久間も鈴木も眉を顰めた。
「…何で無視するの?」
佐久間がややショックを受けた顔をする。
「松田さん、昨日から俺にも口訊いてくれないんですよ」
「でもネタ合わせしてるんでしょ?」
「あんなの喋った内に入らないですよ!怒鳴ってばっかりで…そりゃあ俺が悪いんだろうけど…」
松田の苛々が移ったのか、鈴木も何処か攻撃的な口調になっていて、不機嫌そうに息を吐いた。
いつもの脳天気さも形を潜めている。変な髪型と、下手すれば変態扱いされかねないピンクの上着のせいで怒っていてもあまり怖くは無かったのだが。
すっかり白けてしまった鈴木はスミマセン、と小さく謝ると、誰に言うでもなくブツブツ愚痴を溢しながら早歩きで何処かへ行ってしまった。
一人廊下に残された佐久間は携帯をカバンに入れ、踵を返した。
もう自分の出番は終わっているし、今日は特にやることが無かった。阿部の仕事ももうそろそろ終わっている筈であるだろう。
彼が来るまで楽屋で絵でも描いていようか。鞄からお絵かきセットなるものを取り出そうとしていると、メールの着信音が鳴りだした。
メールの相手は、先程自分を思いきりシカトしたはずだった、松田本人だった。
不思議そうに首を傾げ、携帯を開く。メールを読み出した佐久間の表情が、段々と強ばっていく。
「…今すぐに…?え、どうしよう……」
口に手を当てて意味もなく挙動不審気味にあたふたと周りを見渡す。
佐久間は昨日の阿部の言葉を思い出した。困ったときは、いつでも頼ってくれればいいという言葉を。
しかし廊下を見渡したところ、阿部のいる気配はない。
佐久間は楽屋のドアを開けた。中ではピースの綾部と又吉が弁当を食べていた。お疲れっす!と笑顔で挨拶をする綾部に軽く微笑み返し、尋ねた。
「あべさん知らない?」
少し驚いた表情を見せたが、綾部は茄子の漬け物をポリポリと噛みながら少し考えて、また笑顔を見せて言った。
「んー、あべさんは…帰りました」
「えっ、え?帰ったの!?」
笑みを固まらせ佐久間が声を上げると綾部は箸の先を器用にチョイチョイと動かし、「はい」と言ってのけた。
信じられない、と言いたげに佐久間が口を結ぶ。
「どうかしたんですか」
又吉が尋ねると、佐久間は慌てて「何でもない何でもない」と首を振った。
少し心配そうに手にした携帯を見詰めていたが、悪い考えを振り払うためなのか二、三度指先で頭を叩くと、鞄を肩に掛け直し小走りで楽屋を飛び出した。
ゆっくりと楽屋の扉が閉まる。ガチャリ、と扉の閉まりきった音が響いた。
それと同時に、テーブル越しに座っていた綾部と又吉は互いに身を乗り出し、小さな声で話し出した。
「…やったな、誘き出し成功しそうだ!」
「せやな…でも佐久さんの力…厄介やで。それにもしあべさんに知れたら…」
「俺らが黙ってりゃあ問題無いって。松兄の力だって凄えし、きっと上手く…」
そこまで言いかけた途端、再び楽屋のドアが開いた。わっ!と小さく綾部が叫び、反射的に後ろに仰け反る。
ガタガタッ、と椅子を倒しつつも元の体勢に戻り平静を装うように新聞を開いた。テーブルから落ちそうになる割り箸は又吉が腕を伸ばしキャッチした。
「あれー?さっくんは?」
佐久間と入れ替わるかのようにドアノブに手を掛け、顔を覗かせたのは阿部だった。
新聞紙を折りたたみながら綾部はほっと息を吐き、答えた。
「帰りました」
思った通り、阿部は分かりやすいくらい素っ頓狂な声を出した。大方、お互いに会う約束でもしていたのだろう。
たちまち表情を曇らせ、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのまま廊下を歩いていった。
再びドアが閉まる。綾部は掌で顔を覆い苦笑混じりの溜息を吐いた。又吉も先程の綾部の取り乱しようが余程面白かったのか、肩をふるわせて笑いを堪えている。
綾部が恥ずかしそうに顔を赤く染め、咳払いをした。
「祐ちゃ〜ん。何やねん今のー」
「…可哀想な子を見るような眼で見ないでください」
「新聞逆さに持っとったし」
からかうような又吉の言葉に綾部は反論できず、ますます赤面したその端正な顔を新聞紙でさっと隠した。
又吉はそんな相方を暫く面白そうに見ていたが、時折どことなく寂しげな目線をドアに向けたのだった。
佐久間が向かったのは人一人見あたらない廃工場周りの広場だった。
所々野良猫や野良犬が徘徊している不気味な場所だ。こんな所に来る人間と言えば、差詰め石の能力者たちだけだろう。
彼らが決闘するにはもってこいの広い敷地であった。
立ち入り禁止、と表示されている汚れたプレートが目に入り、一瞬戸惑ったが、思い切って鎖を持ち上げ、その下をくぐった。
上空には気持ちが悪い程のカラスが飛び回っている。
やはり、阿部を呼んだ方が良かっただろうか?と佐久間は思った。だが、心の奥底で、約束を破ってさっさと帰ってしまった阿部を許せないでもいた。
――――頼って来いとか格好いいことを言っておきながら、あのカッコつけ!
佐久間は「よしっ」と自らを叱咤し気合いを入れ、顔を上げた。阿部が居なくとも逃げられる自信は少しだけだがある(勝つ自信はどうしても無いのだが)。
仮にいきなり攻撃してきたとしても大体の石の効果は佐久間の前で無効化される。
佐久間は松田を捜しながら奥に進んでいった。特別恐がりでもなかったがこの昼間でも殺風景な景色は、一人で訪れる者ならたちまち背を向けて帰りたくなる程で。
時折見かける猫とカラスの激しい喧嘩に身体を竦めては不安を募らせていった。
「佐久間さん、」
不意に、後ろから声を掛けられた。松田だった。今までビクビクしながら歩いていたから、急に呼びかけられては堪った物ではない。きゃっ、と短く裏返った悲鳴を上げ振り返った。
その声に向こうも驚いたのか、目を丸くして心臓を押さえている。
「あ、ごめん…なさい」
息を整え松田は申し訳なさそうに言った。
「松田さん……、な、ななな何の、ご、御用で、しょうか…?」
いつもの早口が嘘のようにどもりながら小さく身構える。いつでも逃げられるように出口側を背にした。
「黒の勧誘を断ったって、聴いたから」
松田のその一言に、佐久間の悪い予感は段々と確信に近づいていった。
「そんな事聴いてくるってことは、松田さんもしかしなくても…」
「……俺は黒の人間です。つっても、下の下…雑用ですけど」
いつもの、コント中と同じ投げやりな口調であっさりと答えられた。
「んー、つまり俺を…黒に?」
「大当たり。バッチリ大正解ですよ。思ったより物分かり良いんですね」
あっちゃー。
と佐久間は深く後悔した。
こんな人気のないところに一人で呼び出されて、それが敵の罠でない筈がない。
子供でももう少し早く気付くのではないだろうか。
「あはは…、悪いですけど俺っ…帰ります!」
こんな絶体絶命の状況でも、癖なのか無意識に声を出して笑ってしまう。いきなり背を向けて出口向け走り出した。
闘いを望まない佐久間は逃げるしか無かった。
その後ろで松田が念じるように目を閉じる。文字通り『砂の石』である、サンドストーンが光りだす。
地面を爪先でトントンと叩いた瞬間、水面に石を落としたかのように地面が波打ち、廃工場の敷地内に強い地震が起こった。
屋根の上に留まっていたカラスが一斉に飛び立つ。錆び付いた建物からはペンキの塗装が剥がれ落ち、コンクリートの一部が崩れた。
立っていられないほどの揺れに佐久間はバランスを崩し、尻餅を着く。その目の前でメリメリと地面が裂け、分厚い尖った岩が突きだした。
偶然か、はたまた松田の狙い通りなのか、その先端に丁度良く鞄が引っ掛かり、轟音と共に高く巻き上げられる。佐久間は伸ばしかけた手を引っ込めた。
危うく自分まで串刺しになるところだった。驚いて尻餅を着いたままの体勢で後ずさりする。
「それを俺が許すわけ無いでしょ?」
顔を上げると松田が見下ろしていた。やる気があるのか無いのか解りかねない、普段と同じ面倒くさげな声色。逆光でその表情は分からなかったが、多分、笑ってはいないだろう。
(やっぱり……来るんじゃなかったぁ〜…!)
助けを呼ぼうにも、携帯の入った鞄がとてもに高い所にある所為で出来なかった。
俺の馬鹿!佐久間は心の中でそう叫んだ。
「力ずくは嫌いですけど、この際仕方ないですから。それが嫌ならー…うーん、死ぬ気で抵抗しやがれ、としか言えないですね」
「ち、ちょっと待って待って!ホントーにちょっと待って!」
松田は聞く耳持たないといった感じに、つん、と顔を逸らす。手から細かい砂が出現し、生き物のように宙を舞った。
461 :
名無しさん:2005/12/23(金) 14:10:34
hosyu
保守
保守
書き手さんいつもお疲れさまです
遅ればせながら、◆8zwe.JH0kさん乙。
このピンチをどう対処するのか楽しみです。
465 :
ニトログリセリン ◆FwEu25ENpg :2005/12/28(水) 10:51:34
イタイ人大集合!
乙です!
面白い展開になってますね〜まさかこの二人が戦うことになるとは…
あけおめ保守
468 :
【凶】 :2006/01/01(日) 21:22:09
ことよろ保守
469 :
名無しさん:2006/01/03(火) 01:25:53
hosyu
ほす
471 :
名無しさん:2006/01/05(木) 02:58:00
hosyu
最近投下少ねーなぁ
473 :
名無しさん:2006/01/07(土) 00:14:24
バトロワスレ落ちた?
落ちたよ、どっちも。
正月ですから
476 :
書き手:2006/01/07(土) 09:38:26
正月ボケも大分治ったので執筆再開中です。
もう少しお待ちを。
保守
書き手さんがんばってください!
保守
がんばってください
保守
480 :
名無しさん:2006/01/08(日) 22:45:00
保守age
保守
保守
長井さんの話書きました。読み切りです。
今年一発目になるのか…ドキドキ
「いたいた。おい長井、」
今となっては聞き慣れた、鼻にかかったようなその声にピン芸人・長井秀和は口に入れようとした牛丼を寸前で止め、面倒くさそうに振り返った。
「今回も『ビジネス』持ってきたぞ」
「謹んでお断りさせて戴きます」
男が言い終わらないうちに、長井は態とらしいとも取れる態度で深々と頭を下げた。
「オイ待てよ。報酬払ってやってんだろうがよ、いっつも」
牛丼の器を持ち上げ楽屋から出ようとする長井を男は慌てて袖を掴んで制止した。
ドアの前へ回り込んで肩に手を置く。
「やりません。面倒くさいんで」
男が『仕事』を運んでくるのはこれで三回目だ。数日前、うっかり目の前で能力を使ってしまった所為だ。
長井の能力は男にとって利用しない手はないものだった。
最初は金が貰えるからという理由で引き受けていた仕事も、段々自分が良いように扱われ始めているのでは?と考え始めた。
いい加減にしてください、と長井は男の手を払い、すたすたと楽屋を出て行く。
男は一瞬困ったような顔つきになるが、廊下へ一歩飛び出し長井の背中に向かって叫んだ。
「じゃあ二倍ならどうだ!?」
長井の足が、接着剤を踏んだかのようにぴたりと止まった。
そして次の瞬間には既に男の目の前まで戻って来ていた。
「…好きだねえ、お金」
「ええ。そりゃあもう」
皮肉混じりの男の言葉を知ってか知らずか、長井は俯いたままあっさりと受け止めた。
金の入った封筒を受け取り、慣れた手つきで中身を確認する。
オトナの汚い一面、とでも言おうか。
「…で、今回は?」
「最近うちの事務所の周りで黒い破片をばらまいてる野郎がいるらしいんだよ。うっとーしいからそいつ懲らしめて欲しいんだけど」
「それこそお二人がやれば…、太田さん達だって石持ってるでしょう」
「何で俺が!トロい白の代わりに戦うなんてまっぴら御免だ。お前が石を全部スってくれれば早い話だろうがよ。あとはうちの相方が何とかするから」
理不尽な言葉を投げかけてくる男…爆笑問題の太田光に、長井は今回の仕事がどれだけ面倒くさいかを悟った。
「やっぱりやりません。お金は返しますから…」
「不可。返金は認められねえよ!」
してやったりな表情を浮かべそう言うと太田は廊下の角を曲がりあっという間に走り去ってしまった。
直ぐにでも追いかけようとしたが、長井は片手に持った冷め気味の牛丼にちらりと目をやり、しまった、と呟いた。
そして、夜。
長井は見渡しの良いとある建物の駐車場の屋上に立っていた。
太田の話によれば、この真下の場所によく現れるらしいのだが。
(ったく、俺もお人好しだな)
いっそ金だけ持って逃げてしまおうか、とも考えたが、さすがにそんな真似が出来る訳もなく。
長井は鼻水をずずっ、とすすり赤くなった鼻の頭を擦った。
寒風が厳しく吹き付ける中、じっとターゲットが現れるのを待つのは、張り込み中の刑事を思わせる。
「よく言うよお前」
斜め下の方から少し高めの声がした。
小さな体をいつも以上に小さく丸めて、寒さでがたがたと体を震わせているのは、仕事を承諾するともれなく付いてくる、太田の相方でもある田中だった。
思っていることをうっかり声に出してしまったのだろうか。
長井はさっと口元を手で押さえ、ふふっと笑った。
「…おっ、ビンゴ!来ましたよ」
ふと、下を見ると。一人の若手芸人が複数に囲まれているのが見えた。
街中で見かけるような不良の喧嘩とはまるで違う、その場に居る者にしか分からないびしびしとした嫌な空気が伝わってきた。
「俺があいつらから黒い破片を盗って来るんで、田中さんはそれを破壊してくださいね」
「おう、がんばれよ」
「何言ってるんですか。一緒に降りるんですよ」
「は!?馬鹿お前、そんなもんギューンて行ってピューンて戻ってくりゃあ良いじゃねえかよ!」
ジェスチャー付きで叫ぶ田中。その腕を無理矢理掴み、丁度フェンスの途切れている所から片足を宙に出す。
「悪いですね、戻るには階段使うしかないんで」
田中は悲鳴を上げる間もなく、暗闇の中に投げ出された。勿論その手はしっかり長井が握ってくれているのだが。
命綱のないバンジージャンプに、思わず気絶しそうになるも、何とか意識を繋ぐ。
対照的に長井は、全身に風を受け何とも気持ちよさそうな顔をしていた。
「今日は良い風吹いてますねえ!」
うるせえ馬鹿!と言いたかったが、風圧で口を開くことも出来なかった。
その間にも、もの凄い早さで地面が近づいてくる。
ぶつかる!
そう思った瞬間、長井の黒いコートが大きく広がった。
それは瞬時にコウモリの様に、黒く尖った骨格に薄い皮が張り付いた大きな翼へと変化し、二人の体を浮き上げた。
浮き上げた、と言ってもそれほど高度は高くない。
ぶつかる直前に羽根を地面と水平に広げ、ブレーキを掛けることなく、直角に地面すれすれを猛スピードで飛んでいった。
男たちの中で、大きな黒い影が目にも留まらぬ早さで自分たちの目の前を通りすぎたのを確認出来た者は少なかった。
「あっ、長井、通り過ぎた!止ーまーれって!」
「やべっ、ブレーキ効かねえ…」
その直後、バキバキと木の枝が折れる音、バケツが吹っ飛ばされる派手な音が響いた。
二人が突っ込んだのは丁度木々が植えられ土の軟らかい場所であり、枯れ葉が衝撃で大量に舞い上がった。
つかの間の低空飛行体験は、少々の打撲と擦り傷と共に終わったのだった。
茂みの中から長井が、頭を押さえながら現れた。
上着やズボンの所々に枝が刺さり、至る所に鍵状のヌスビトハギの実…俗に言う「くっつき虫」がびっしりと張り付いている。
長井は慌ててコートを脱いでバサバサと力一杯はたくが、ウールにしっかりと絡まったさやはなかなか外れようとしない。
「くそっ、俺の一張羅が…」
自慢の服がすっかり雑草まみれになってしまい、長井はがっくりと項垂れた。
「着地はまた失敗か…いってえ…」
茂った草の中から田中がはい出してくる。
「つい調子に乗って…。でもほら、その代わりに」
長井が手をグーにした状態で、田中の目の前に突き出す。
ゆっくりと手を開くと、バラバラと黒ずんだ小さな石が、建物から漏れるライトの明かりを反射し、田中の手に落ちていった。
男たちは「まさか」と呟くと、慌ててポケットの中身を探る。
「あ、石が無い!?」
「俺もだ!」
全員の視線が長井に集まる。
長井は、うっひゃっひゃっ、と小馬鹿にしたように笑いながら、腕を組むと人差し指で頭をとんとんと突いた。
「何時の間にスッたんだ」
と、田中が手の中の石と長井を交互に見ながら尋ねた。
「さっき、こいつらの前を通り過ぎたときに盗ったんです」
翼による低空飛行とスリの能力を兼ね備えた長井の石は、黒琥珀。
黒玉とも呼ばれ、その場にあるどの石よりも深く、濃い黒色をしていた。
「…にしても、きったねー石だな。いらね」
手の中に持った最後の濁った石は、空になった空き缶のように後ろに投げられた。
慌てて田中がそれを追いかけてキャッチする。
パキン、と乾いた音が響くと、田中の手の石から炭が剥がれ落ちるように、黒い欠片が浮き上がった。
それは空気中にさらさらと流れ、ついには消えて無くなった。
それと同時に男たちは目が覚めたようにハッと顔を上げ、元の目の輝きをとり戻したのだ。
黒い欠片の呪縛から解かれ、石に関する記憶を失った男たちは自分が何をしていたのかも覚えていない。
丁度目に入った田中と長井にとりあえずお辞儀をすると、首を傾げながら街のイルミネーションの中へと消えていった。
「おーい、やったじゃねえの!儲け儲け!」
石を一気に大量に手に入れ、テンションの上がった田中は石を手の中でじゃらじゃら転がしながら長井に向き直った。
「…まだですよー」
くっつき虫を丁寧に一つ一つ外しながら、長井が言った。
田中を抱えて飛んだ為に、全員の石を盗む事が出来なかった。
残ったのは、二人。目を細めてその姿を凝視する。
「ん〜…誰、だ…?」
逆光と暗闇で顔が見えないが、明らかに動揺しているのが分かる。片方が隣の男(相方だろうか)にひそひそと耳打ちする。
「なあ、もう逃げようって、長井さんに勝てるわけないだろ」
(ん…?)
微かに聞こえたその声に長井はひどく聞き覚えがあった。
もしかして…。顔を確かめようと一歩踏み出す。
すると、二人の男はぎくっ、と肩をすくめ猛ダッシュで逃走し始めたのだ。
「ちょ、待てこらぁー!」
田中が怒鳴るが、それで止まる人間が居るはずもない。むしろ逆にスピードを上げてしまう位だ。
長井のコートには未だくっつき虫が大量に付いており、羽根を広げられる状態ではない。
「おいちょっと、逃げちゃうよ、逃げちゃう!」
「うーん、任務は失敗と言うことで…」
「そうは行くかっ!」
田中は長井からコートをもぎ取ると、ぷちぷちとくっつき虫を外し始めた。
乱暴に外すと上等な生地がほつれる、と長井が言ってきたが、そんなことは田中にとってどうでも良い事だった。
むかついたのでわざと糸が飛び出すようにむしってやった。
あっというまにくっつき虫を全て取り除き、長井にコートを着せる。
「よっしゃ、行け長井―っ!」
「俺は的士じゃないんですよ…」
ブツブツと愚痴りながらも、長井は田中の両脇に腕を差し込み、背中から持ち上げる体勢になった。
真剣な顔つきになり、標準を合わせる為に意識を高める。
無駄な動きは御免だ。面倒だからな。真っ直ぐ、奴らの背中へ。
次の瞬間、二人の体がぶわっと浮いたと同時に、長井は羽根を大きく羽ばたかせ前進した。
地面との距離は、それほど離れていない約二メートル。
冷たい風を顔に受け、逃げる二人組めがけて一直線に向かっていく。
「今だ!」
「え?…ぎゃっ!」
長井は二人組にぶつかる直前に、頭の上を跨ぐようにぐん、と急上昇した。
「低空ミサイル!」
同時に田中を支えていた手をぱっと離す。
二人組は真上から降ってきた田中を避ける余裕もなく。
二人…いや、三人はもつれるように地面に叩きつけられた。
「…1…2…」
地面に降り立った長井が腕時計を見ながらカウントする。
「…3」
三まで数え終わると、ぱりんと黒い欠片がはじけ飛んだ音が小さく響き、田中の下敷きになったまま気絶した二人の手から、浄化された石が転がり落ちた。
石は長井の革靴に当たり、それ以上転がるのを止めた。
「あだだだっ…」
田中が頭を振りながら起きあがる。
「痛えよ…」
もう怒鳴り散らす元気も無いのだろうか。ぽつりと呟くと、ぶつけた頭をゆっくりと撫でた。
それを見て少し反省した長井はスミマセン、と浅く頭を下げたのだった。
「早くどいてあげた方が良いんじゃないすか?」
「え?ああ、そうそう。誰なんだよこいつら…」
哀れ、下敷きになって気絶した二人の顔を覗き込む。
田中は声を上げた。それは、良く見知った顔だった。
「犯人はお前らだったのか」
「…で、説明して貰おうか?猿橋、樋口」
額に絆創膏を貼り、花壇の縁に座っているのは田中や長井と同じ事務所「タイタン」に属するコンビ、5番6番の猿橋と樋口だった。
自分たちの利益の為だけに悪いことをするような人間では決してないことは、二人を可愛がっていた田中にも分かっていた。
「俺たち、石拾ったのはいいものの…直ぐに黒の奴らに捕まっちゃいまして…」
「操られたくなかったら、黒い欠片どんどん他の奴らに渡せって…」
成る程、そういうことか。と長井は腕を組んだ。
「つーか、大体猿があそこでこけなかったら逃げ切れたんだぞ!」
「なんだとー!」
勝手に喧嘩を始める二人を諭し、やっと理由の分かった田中はふう、と息を吐いた。
「もう大丈夫だって。破片も破壊したし、今度何かあったら俺んとこ逃げてこい」
怒られると思っていたのか、今まで顔を強ばらせていた猿橋も、樋口も、その頼もしい言葉にほっと胸をなで下ろした。
「今度こそ、仕事お終いっと。結構大変だったなー…こりゃボーナス貰わないと」
長井はコキコキと首を鳴らし、煙草を取り出そうとした。
その時。
〜♪
携帯の着信音が乾いた夜空にけたたましく鳴り響いた。
長井はうざったそうに携帯を開き、耳に当てる。
「はい、もしも…し…、…っ!」
目が開かれ、分かりやすいくらい顔が引きつって行くのが分かった。
長井のそのただごとでは無い様子に、田中たちの間に緊張が走る。
「どうした?」
「……女房です…」
「は?」
錆び付いたロボットのように固まったまま首だけ向け、長井が言った。
「連絡を入れるのをすっかり忘れてた…!」
「…ご愁傷様」
離れていても長井の妻の怒った声が聞こえる。
慌てながら必死に「ごめん」「違うって」「そうじゃない」と弁解する長井に相方の姿を重ねながら、爆笑したい気持ちを抑え、猿橋と樋口と共に祈るように手を合わせるのだった。
5番6番の二人からは石を取らず、浄化された石のみを小さな袋の中に入れる。
この石たちを誰に渡すかは実はまだ考えていない。
同じ事務所なら、そうだ。橋下弁護士にでもあげちまうか?
などと下らない冗談を考えながら、新しい主を求める色とりどりの石を見詰めた。
時刻は、既に午後10時。
長井は果たして、家に入れて貰えるのだろうか。
石のことよりも、田中はそのことが心配だった。
以上です。長井さんの能力明記しときます。
長井秀和
石…黒琥珀(黒玉)
能力…黒い服をコウモリのような翼に変え飛行する
また、相手とすれ違う瞬間に持ち物を一つだけ盗む事ができる。
飛行は、もの凄く速く飛べるがその分ブレーキや旋回が困難。
条件…黒い服を着ていないといけない。酷い汚れが付いていたりすると飛行できない。
ちなみに飛行時の高度は4〜5メートル。誰かを抱えていると更に低くなる。
496 :
名無しさん:2006/01/11(水) 18:13:42
新作乙!
橋下弁護士に石を渡したら大阪の番組収録とかで若手に狙われる悪寒が…
乙です!面白かった!まさかここでこの事務所の話が読めるとはw
爆笑も長井さんも「らしい」感じで、楽しめました。
乙です!
緊迫した電話は奥さんからですかw
すごいあせり方だったから何かと思いましたよ
保守
500 :
名無しさん:2006/01/15(日) 11:41:19
保守age
保守