もし芸人に不思議な力があったら3

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1名無しさん
現まとめサイト
ttp://geininstone.nobody.jp/


・芸人にもしもこんな力があったら、というのを軸にした小説投稿スレです
・設定だけを書きたい人も、文章だけ書きたい人もщ(゚Д゚щ)カモォン!!
・一応本編は「芸人たちの間にばら撒かれている石を中心にした話(@日常)」ということになってます
・力を使うには石が必要となります(石の種類は何でもOK)
・死ネタは禁止
・やおい禁止、しかるべき板でどうぞ
・sage必須でお願いします
・職人さんはコテハン(トリップ推奨)
・長編になる場合は、このスレのみの固定ハンドル・トリップを使用する事を推奨
 <トリップの付け方→名前欄に#(半角)好きな文字(全角でも半角でもOK)>
・既に使用されている石、登場芸人やその他の設定今までの作品などは全てまとめサイトにあります。
書く前に一度目を通しておいてください。
2名無しさん:2005/07/27(水) 03:08:24
前スレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/geinin/1108031171/l50

以下はスルーしても構わない設定です。
・一度封印された石でも本人の(悪意の無い)強い意志があれば能力復活可能。
 暴走する「汚れた石」は黒っぽい色になっていて、拾った持ち主の悪意を増幅する。
 封印されると元の色に戻って(「汚れ」が消えて)使っても暴走しなくなる。
 どっかに石を汚れさせる本体があって、最終目標はそこ。

・石の中でも、特に価値の高い(宿る力が高い)輝石には、魂が宿っている
 (ルビーやサファイヤ、ダイヤモンド、エメラルドなど)
 それは、古くは戦前からお笑いの歴史を築いてきた去る芸人達の魂の欠片が集まって作られた
 かりそめの魂であり、石の暴走をなくす為にお笑い芸人達を導く。

・石の力は、かつてない程に高まった芸人達の笑いへの追求、情熱が生み出したもの。
 持ち主にしか使えず、持ち主と一生を共にする(子孫まで受け継がれる事はない)。

・石の暴走を食い止め、封印しようとする芸人たちを「白いユニット」と呼ぶ。
 逆に、奇妙な黒い欠片に操られて暴走している芸人たちを「黒いユニット」と呼ぶ。
 (黒い欠片が破壊されると正気に戻る。操られている時の記憶はなし。)
3 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/27(水) 03:14:34
すいません、自分の投稿で容量をオーバーしてしまいました。
新スレが立ったので、前スレに投下した分を再投下します。
みなさんにご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。
4名無しさん:2005/07/27(水) 03:16:53
第二章〜ゆきぐもにおおわれたそら〜

楽屋のドアを開けると、相方は数十分前の自分のようにぼんやりした様子で窓の外を眺めているようだった。
どうやら雑誌を読み終わって時間を持て余しているらしい。
「ただいま」
「あ、しずちゃんおかえり〜」
出て行く時とは違い、山里は口元に笑みを浮かべて振り向いた。
(――あぁ、またや)
微かな違和感。ちくりと刺さる、小さな棘のような。
「随分長かったね〜。…なんかあったの?」
無意識に、首元に手をやる。
「……ううん、何も」
先程の出来事を話そうかどうか一瞬迷ったあと、そう答えて楽屋に足を踏み入れた。なぜか、話しづらいと感じたのだ。
返答までに少し不自然な間が出来てしまったが、山里は大して気にも留めなかったらしい。
椅子に腰を下ろすと、山崎は隣に座る相方に気付かれないよう、こっそりと右膝に手を当てた。ズボンに隠れていて見えないが、先程階段から滑り落ちた時に強打した膝には、湿布が貼られている。
足を引き摺ってしまう程の重傷ではないが、何しろ打撲傷というのは地味でありながらやたらと痛い。
だが今日の仕事はこれで終わりのはずだ。我慢出来ない程の怪我ではないのだから、泣き言ばかりも言っていられない。
壁掛け時計を見てあと少しでスタッフが呼びに来る時間である事を確認し、山崎はそっと小さな溜息をついた。



「どぉも〜南海キャンディーズで〜す!」
「………ばぁん」
いつもと変わらない、変わるはずのない時間。
だが――分厚い雪雲は密やかに忍び寄り、いつの間にか青い空を覆い尽くす。
5名無しさん:2005/07/27(水) 03:17:57


「……あれ?」
収録が終わり、スタジオから出ようと扉の前までやってきた山崎は、我に返ったようにふと立ち止まった。
先程まで隣に居たはずの相方の姿が見えない。
慌てて振り返ってみると、数メートル先で何やらスタッフと話している山里の姿。
石の副作用でぼんやりしていたとはいえ、あれだけ存在感のある相方が離れていくのを見落とした事に思わず苦笑しながら、話し込む二人の様子を目を凝らして見てみる。
「……あ」
山里と話しているスタッフの顔には、見覚えがあった。
間違いない、自分が階段から落ちた時に駆け寄ってきた、あのスタッフだ。
スタッフの話を聞いている山里の表情から話の内容に何となく想像がつき、山崎は顔を曇らせる。
「山ちゃん」
離れた相方の耳に届くよう少し大きな声で名前を呼ぶと、山里はこちらを振り返った。
見慣れた、やけに目立つ立ち姿。
だが――次の瞬間弾けるように心に浮かんだのは、あの微かな違和感だった。
深く深く刺さる、小さな棘。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
話を打ち切って駆け寄ってきた山里が、不思議そうな視線を向けてくる。
「……どうかした?」
「何でもないよ……行こか」
ふとした瞬間に感じる微かな違和感が、日に日に回数を増やしていく。

――許されないのだろうか、もう少しこのままで居る事は。例え逃げだとしても、留まり続ける事は。
6名無しさん:2005/07/27(水) 03:19:25


「――あのさ、さっき収録のあとスタッフに聞いたんだけど」
そう、躊躇いがちに山里が切り出したのは、それぞれ私服に着替え帰り支度に取り掛かった時だった。
「何?」
「……階段から突き落とされたってホント?」
先程あのスタッフと話し込んでいたのはその話だったのだろう、ある程度予想していた言葉ではあったが、一瞬返答に詰まる。
この違和感の正体は一体何なのだろう。
「………うん」
「大丈夫だったの? 怪我とかは?」
「ちょっと膝打っただけ。……大体、それなりの怪我してたらあんたが真っ先に気付くやろ?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に呆れたような溜息をついて答えると、一瞬の沈黙のあと、そっか、とポツリと呟く声がした。
「よかったぁ、大した事なくて。スタッフから話聞かされた時なんか、もう俺動揺しちゃってさ〜」
俯き、机の上に散らばった荷物を鞄に仕舞いながら言うその声音は、いつもと変わらない明るいものだ。
だが、前髪の影と眼鏡のレンズの反射に邪魔されて、その表情は酷く読みにくい。
視線を戻した山崎は、違和感の正体について考えを廻らせながら、机の上に転がったボールペンを取ろうと手を伸ばす。
(あ――――)
その手が、凍り付いたように止まった。
一瞬、頭が真っ白になる。
悲鳴になり損なった掠れた吐息が、無意識に口から零れ落ちた。

――すとん、と何かが落ちてきたかのように。……呆れる程簡単に、浮かんできた答え。

なぜか、思い浮かんだその答えが間違っている可能性は全く思い付かなかった。
暖房が充分効いているはずなのに、身体が足元からすっと冷えていくような気がする。
両手に余る程の鉛を呑まされたらこうなるんじゃないか、と理由もなく思う。
染み出す重い毒に、じわじわと蝕まれていくような。

「……山ちゃん」

―― 一度気付いてしまったら、もう目を逸らす事など出来ない。逸らしてはいけない、絶対に。
7 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/27(水) 03:21:14
「ん、何?」
何気なくこちらを向いた山里と、真正面から視線がぶつかる。
いつもと同じ、胡散臭い程に陽気な笑顔。
心に突き刺さった小さな棘に、手が触れた気がした。

「――何であたしが『突き落とされた』って知っとるん?」





すいません、途中トリップ付け忘れました……orz
本当にすいませんでした。他の書き手さん達の作品ををお待ちしてます。
8名無しさん:2005/07/27(水) 07:06:45
投下&スレ立て乙です(´∀`)
9名無しさん:2005/07/27(水) 16:51:20
乙です。
10名無しさん:2005/07/27(水) 23:18:09
全体的に乙です。
好きな話なので本スレに載ってすごくうれしいです!
頑張ってください
11名無しさん:2005/07/27(水) 23:52:26
>>1
スレ立て乙!!
>>3-7
投下乙!GJ!
12 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/28(木) 01:50:22
第三章〜ふきあれるふぶき〜



あの時――山崎が階段から落ちたところをただ一人目撃したスタッフは、山崎が誰かに背中を押されてバランスを崩したその瞬間は見ていない。
だから、彼女が「誰かに突き落とされた」事を知っているのは、本人と――

山崎の一言で自分の犯した失態を悟ったのだろう、山里の顔から、笑みが消えた。

なぜ気付かなかったのだろう。
今思い返してみれば、階段から突き落とされたあと、楽屋に戻ってきた時、相方の姿がやけに目立って――周りから浮いているように見えはしなかっただろうか。
相方の能力も、その代償も、誰より理解していたはずなのに。
「動揺してる、ってのはあながち嘘でもないみたいやね? こんな単純なミス……」
次の瞬間頭に浮かんだ余りに場違いな言葉に、思わず苦笑が漏れそうになる。
だが、一度浮かんだ言葉は打ち消すより先に無意識に口から零れていた。
「……あんたらしく、ない」
本当に単純なミスだ。あのスタッフが言ったであろう言葉通り、「階段から落ちたんだって?」と問えば済む話だったのだから。
スタッフから「相方が階段から落ちた」と聞かされて一切心配しないのもあとで疑われると思ったのだろうが――思わず口を滑らせてしまったのは、相方を突き落とした事で少なからず動揺していたという事だろう。
「……俺らしくない、か……」
いつもより、少しトーンの低い声。
背筋を這い上がってきた悪寒に唆されるように、思わず一歩後退る。
「かもしんないね」
その口元には微かな苦笑が浮かんでいて、まるで感情が込もっていない無表情、というわけではない。
ただ――その表情の質は、【黒い瞳のイタリア人】を自称する普段の彼から、余りに懸け離れているように思えた。
例え笑っている時でもその目が笑っていないように見える事には、慣れていたつもりだったのだが――今は、目の前に居るこの男が心底怖い。
13 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/28(木) 01:55:01
「………どうして」
その言葉を口にした瞬間、一瞬だけ山里の口元に浮かんだ笑みが深まったような気がした。
浮かびかけたのは苦笑か、それとももしかしたら嘲笑だったのだろうか。
「……言っても多分分かんないと思うよ? ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし」
少しおどけた口調でポツリと呟く。まるで、笑い話だとでも言うように。
ふとその目に痛々しい程の諦念を見た気がして、思わず視線を逸らす。
「……答えになってないと思うんやけど」
「そうかな。でもさ、もうどうでもいいじゃない? 所詮言葉なんてその程度、っつったら色んな人に失礼かもしんないけど。どこまでいったって…伝わんない事の方が、多いような気がすんだよね」
どこまで行ったって――どこまで言ったって。少し芝居がかった言い回しで、そう告げる。
その声も時折関西のイントネーションが交じるところも普段と全く同じで、悲愴さを漂わせていたわけでも、声を荒げたわけでもなかったけれど。

――もしかしたらそれは、悲鳴だったのかもしれない。

「だから、さ。自分の気持ちに正直に行動する事にしてみたんだ。馬鹿だと思うかもしんないけど」
「……あぁ」
ホンマに阿呆や、と続ける事は出来なかった。
次の瞬間、一気に間合いを詰め迷わず鳩尾を狙ってきた山里の拳を、山崎は咄嗟に左手で受け止め弾いた。
それを見るや否や素早く後ろに下がった山里は、右手を軽く振りながら小さく感嘆の溜息を漏らす。
「――まさか左手一本であっさり止められるとは思わなかったな……ホントに凄いね、しずちゃんは」
「……ドMのあんたと違って殴られるのは好きやないからな」
普段より抑揚に乏しい山里の言葉にそう返しつつも、山崎にそれ程余裕があったわけではない。
咄嗟に拳を受け止めた左手は、衝撃に痺れている。
一般的な男女の力差を考えればそれ程不思議な事でもないのだが――誰かを殴る、という行為から余りに縁遠い相方を見てきたせいだろうか、その拳は予想外に重く感じる。
「……何がおかしい?」
不意に笑みを深め俯いた相方に眉を顰め、山崎は思わず低い声で問い掛ける。
「いや……しずちゃんに殴られたり突き飛ばされたりした事なら山程あるけど、殴る側に回った事ってなかったよなぁと思って」
14 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/28(木) 01:56:41
返ってきたのは、気が抜けるような台詞。だが、その目は相変わらず氷のように冷たく、山崎は喉に突っ掛かる言葉を無理矢理搾り出す。
「……気持ち悪い事、言わんといてくれる? ただでさえキモいんやから」
「ひっでぇ、そっちから訊いたんじゃん」
緊張感のない会話に聞こえるが、その場に流れる空気は、気弱な人間なら泣いて逃げ出したくなる程ピンと張り詰めていた。
じわり、と背中に冷や汗が滲む。
「大体、グーで殴るのは反則やろ……『女の子はシャボン玉』、なんやで?」
「……シャボン玉浮いてんの見てるとさ、割りたくなんない?」
ネタ中の台詞を使って揶揄するような言葉を投げ掛けた山崎に、山里は目の笑わない笑みを向けたまま答える。
そして、次の瞬間――きゅっ、と床を蹴る微かな音が聞こえたのと、すぐ目の前で振り被られた拳を認識したのが、ほぼ同時だった。
(っ!?)
尋常なスピードの踏み込みではない。何かの力によって、人という枷を緩めた者にしか出せないような速さだ。
普通の反応速度では防ぐ事が出来ないと無意識的に察知し、ほんの僅かに残った石の力を、理性が吹き飛ぶ境界線ギリギリまで解放する。
そして眼前に迫るその拳を防ごうと右手を上げた、その瞬間。
視界に映った【それ】を認識して、山崎の目が驚愕に見開かれた。
様々な感情がない交ぜになって混沌とした瞳が、間近に見える。
左目と違い、黒目の輪郭がぼんやり滲んだように見える、その右目。

――不吉な黒い影に虹彩を覆われた、闇色の瞳。

その右目に視線を奪われたのは、動きが止まったのは、コンマ一秒にも満たないほんの一瞬。
だが、その一瞬が決定的な隙となった。

そのあとの事を、山崎はよく覚えていない。
ただ――こめかみに、重い、衝撃。
15 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/28(木) 01:59:24
今日はここまでです。
したらばの方に投下していた分が終わったら、続きもこちらに投下させて
いただきます(したらばに投下するのも二度手間ですし)。
16 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:11:26
第四章〜しろいゆめ、つきささるいたみ〜



――ざぁぁぁぁぁ……

一面の、白。舞い散る、真っ白な欠片。強い、風。
白い欠片――雪が視界を埋め尽くしている。
寒さは感じない。美しい白銀に埋め尽くされた景色を、山崎はただぼんやりと眺めていた。
微かな風の音以外に何も聞こえない。綺麗だけれど、どこか恐怖すら感じる白。

ふと、一色に埋め尽くされていた視界に白以外の色が映った。
すぐ近くに見える、黒い――人影。
(!)
ほんの一瞬、吹雪の隙間に見えたその人影が誰なのかすぐに思い当たり、山崎は思わず声を上げた――いや、上げようとした。
(っ!?)
声が、出ない。影の方へ駆け寄ろうとしても、そこに自分の足があるという感覚がない。
ようやく、山崎はそこに自分の身体というものが存在しない事に気付いた。
視界を埋め尽くす吹雪が、僅かに勢いを弱める。
視界が少し晴れ、人影の正体がはっきりと見えるようになった。
悪目立ちする真っ赤なフレームの眼鏡、緩やかなカーブを描いてきっちり切り揃えられたマッシュルームカット、『イタリアの伊達男』をイメージしているらしい、過剰に洒落たその格好――間違いなく見慣れた相方の姿だ。
足首の辺りまで雪に埋もれているにも関わらず、彼の周りだけはまるで凪のようにピタリと風が止んでいるようだった。その証拠に、服の裾が少しも靡いていない。
そしてその視線が、意識だけしか存在していないはずの山崎の方へ、しっかりと向いた。
眩しいものでも見るように僅かに目を細め、口を開いて何かを言い掛けたあと――結局何も言わず山里は微かに苦笑を浮かべた。
全てを諦めた、痛い程に静かな笑み。
17 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:12:11
『言っても多分分かんないと思うよ?』

不意に思い出したその言葉が、まるで託宣のように脳裏に響く。
再び、吹雪が強さを増した。全てが白に掻き消されていく。
待てと叫ぶ喉も、引き止める為に伸ばす腕も、駆け寄る足もない。
もう、叩き付けるように降る雪しか見えない。

――ざぁぁぁぁぁ……

こんな景色は知らない。見た事もない。
だから――
これは夢だ。
わるい、わるい、ゆめ――



「!…いっ……」
目を開けた途端飛び込んできた白い床を夢の続きと錯覚し、慌てて起き上がろうとした山崎は、襲ってきた頭の痛みに思わず低く呻いた。
床に倒れたままこめかみを左手で押さえ、歯を食い縛る。
じっと痛みを遣り過ごしていると、少しづつ、先程までの記憶が蘇ってきた。どうやら頭を殴り付けられて気を失っていたらしい。
頭の芯まで響くような鈍い痛みに耐えながら何とか上体を起こすと、楽屋に相方の姿はなかった。荷物もなくなっているから、先に帰ったのだろう。
チラリと時計に目を向けると、気を失っていたのはほんの二・三分だったようだ。
背後の壁に背中を預けた山崎は、軽く舌打ちした。
まだ立ち上がる事は出来ない。座り込んだまま、じっと痛みが引くのを待つしかなかった。
石を巡る争いの中多くの芸人がそうしているように、彼らも何かと理由を付けてはマネージャーと離れて行動している。あと数分程度ならここに座り込んでいても大丈夫だろう。
「……?」
ふと、手元に四つ折りされた紙切れが落ちているのに気付いて、拾い上げる。
綺麗に折り畳まれたそれは、掌程の大きさのメモだった。
18 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:12:51
(あ……)
開いてみると、黒いボールペンで書かれた、余り綺麗とは言えない見慣れた字が並んでいる。
何を書こうか迷った様子が窺える小さな点のあと、たった一言。
『また明日』
そして、少し間を空けて小さな文字で書き足された言葉。
『P.S
明日の仕事が全部終わるまでに、心の準備ぐらいはしておいて。……殺されたくなかったらの話だけど。
手加減なんてしてあげないから』
何の乱れもなく、あくまでいつも通りに――殺意を告げる文字。

『ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし』

不意に思い出したその言葉。
それに引き摺られるように、記憶の奥深くから、二ヶ月程前のあの日の場景が浮かび上がってくる。

『しずちゃん俺の事嫌いでしょ』

(――ぁんの阿呆!)
山崎は思わず手にしていたメモをぐしゃりと握り潰し、握り締めた拳ごと壁に叩き付けた。
鈍い音がして手が痺れたが、知った事ではない。
「好きではない」と「嫌い」が場合によっては同義語ではないという事ぐらい、それなりに頭の回転が速い山里ならすぐに分かっていたはずなのに。
(――偶然にしちゃ出来すぎやろ……)
山里の右目に見えた黒い影。あの日、ゴミが入った右目を頻りに気にしていた彼の姿。
点のように散らばっていた事実が、繋がって一本の線になる。
いっそ笑い出したくなる程の偶然だ。あのゴミさえなかったら。
いや、あのゴミが――黒い欠片でさえ、なかったら。
19 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:15:41
『……まぁ、好きでない事だけは確かやな』

けれど、最終的に引金を引いたのは間違いなく自分の一言なのだ。
もう一度壁を殴ろうと振り上げた手が、力なく下ろされた。
(阿呆なのはあたしも一緒、か……)
あの答えにはそれ程深い意味があったわけではなくて。
ちょっとした意地悪。ちょっとした悪い冗談。
本気で哀しませるつもりなんてなかった。傷付ける、つもりなんて。
ネタ中では【硝子のハート】を自称する事もあったけれど、山崎の知る相方はその言葉から受けるイメージよりはもっとずっと強かだったから。
だから、いつも通り冗談半分に返した。山里もいつものように笑って済ますだろうと、笑って済ましたのだと、疑いもしなかった。
「……いったぁ……」
無意識に、ぽつんと呟く。
痛い。どこが痛いのかはよく分からないのだけれど、痛かった。
打撲した膝か、殴られたこめかみか、壁に叩き付けた手なのか、それとも――傷付けられた心、なのか。
握り締めた手に、強く力を込める。

女の自分より女々しいだとか、笑っていても目が笑ってないような気がするだとか、案外腹黒いだとか、嫌いなところなら山程あるし、特別に仲が良いわけでもない。
ただ――のんびりと二人で過ごす待ち時間に居心地の良さを感じていたのも、確かで。
(いったいなぁ、ほんまに……)
認めるもんか。絶対に認めてやるもんか。
20 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:16:35
――本当は……裏切られた事に泣きたくなる程信頼してた、なんて。

そう思っている時点でもう認めてしまっているのだと、気付いていたけれど。
(……帰ろ)
まだ鈍く痛む頭を押さえて、ゆっくりと立ち上がる。
部屋の暖房は充分に効いていたが、心は凍えそうに寒かった。

――ざぁぁぁぁぁ……

夢の中で聞いた風の音が、耳の奥に蘇る。

――春は、まだ遠い。
21 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/29(金) 00:27:40
今日はここまでです。
一応したらば投下時の文からちょこちょこ書き直してたりしてます。
やっぱり予告なしに新スレに移行してしまったので人気がないですね……他の書き手さん達お待ちしてます。
22名無しさん:2005/07/29(金) 14:13:59
最高です!目のゴミが、欠片だったなんて思いもよりませんでした。
GJです!
23名無しさん:2005/07/29(金) 14:57:06
前スレ、このスレのURL貼るだけの容量残ってるのかな?
自分携帯だから出来ないけども……
24名無しさん:2005/07/29(金) 22:04:14
まあ、まとめサイトの方の現行スレが更新されてるから大丈夫じゃないかな
25 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/30(土) 01:43:36
第五章〜ひびわれたこころ〜



真冬の風は、服を着込んでいても染み入ってくるような気がする程に、冷たい。
赤信号の交差点で足を止め、山里はその風の冷たさに微かに身震いした。
深夜に近い時間だが、山里と同じように信号待ちをしている人間は決して少なくはない。
俯き、レンズに触れないよう気を付けながら、右目をそっと掌で覆う。
完全に黒い欠片に覆われたわけではないにも関わらず、その右目はもう何も映さなくなっていた。
なぜあの場所に黒い欠片の断片が落ちていたか――恐らくは、以前あの楽屋を使った芸人の中に『黒』の人間が居たのだろう。
急激に侵食してくる影に気付いたのがほんの二週間程前の事だった事を考えれば、目に入った小さな欠片は、自分が抱いた小さな負の感情を養分としながら少しづつ力を蓄えていったのだろうか。

空に映える真っ白な翼はいつだって余りに綺麗で、強く。
自分の弱さや汚さを思い知らされるような気がした。
余りに眩しくて、遠すぎて。届かない、追い付けない。

目に巣食った黒い欠片のせいでそう思ってしまったのか、それともその暗い感情が欠片を育ててしまったのか、それは分からないけれど。
負の感情を充分に吸い込んだ欠片は一気に育ち、視界――そして心――を覆い尽くした。

――美しい姿は醜く、笑い顔は泣き顔に映る、あべこべ鏡。

ふと思い出したその言葉。一瞬考えて、それが【雪の女王】に出てくる悪魔の作った鏡の事だと思い出す。
目に悪魔の作った鏡の破片が刺さってしまった少年・カイと、そのせいで人が変わり雪の女王に連れ去られてしまったカイを追う幼馴染の少女・ゲルダの物語。
小さい頃に見た、随分と懐かしい童話だ。
あの話の結末はどうだっただろう。確か、ハッピーエンドだったと思うのだが。
(……あんな威圧感のある【ゲルダ】に迎えに来てもらうのは流石に遠慮したいなぁ……)
そう無意識に考えを廻らせてからカイとゲルダに自分達を重ねている事に気付き、我ながらくだらない事を考えているな、と山里は心の中で苦笑した。
ただ――くだらない事と承知で例えるならば、この欠片は悪魔の鏡の破片と雪の女王、その両方の役割を持っているのだろう。
自分の心を変え、冷たい闇に引き寄せる負の力。
26 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/30(土) 01:44:39
目を覆っていた右手を下ろすと、その指先に一瞬小さな闇色の光が灯った。
今まで必死に抑え込んでいた力の奔流が、ほんの僅かに溢れ出る。
人を殺す事も容易に出来る、強力な破壊の力。
この黒い欠片というものの予想外の万能さには驚かされるが、その力を使いたくないと思う程度の良心はまだ残っている。
ただ、段々と自制が難しくなってきているのも事実だ。
もう隠し通すのも限界だった。その証拠に、今日は沸き上がる激情を完全に抑える事が出来ず、手加減なしで――しかも思い切り頭を狙って――殴り付けてしまったのだから。
気絶した彼女にとどめ止めを刺さなかったのが奇跡的にすら思える。
壊すのは、殺すのは、守る事よりも遥かに簡単だ。

――壊したい? それとも守りたい?

不意にそんな問いが脳裏に浮かんだが、一度目をきつく閉じて思考の外に追い出した。
考えたところで、まともな答えを出せそうにない。

何も気付くな、と思っていた。
早く気付いてくれ、とも。
壊したい、と。守りたい、と。
感情を持て余している聞き分けのない子供のようだと、心のどこかでは認めていて。
別のどこかでは、認める事を拒んでいた。
思わず口を滑らせたのも、山崎を気絶させながら止めを刺さなかったのも、まだ自分の心の中に迷いが残っているからだ。
思考は常に混沌と矛盾。あと少しで、境界線を踏み越えてしまいそうな。
そこを越えて衝動に身を任せてしまえばもう自分ではなくなると――そして、その方が余程楽だという事も――分かっていた。
一歩足を踏み出せば、あるいは一歩足を引けば、それで事足りる。

今青になっている歩行者用の信号が、点滅し始めた。もう少しでこちら側の信号が青になるだろう。
顔を上げてそれを確認した山里は、ふっと溜息をつき軽く右の拳を握り締めた。
手加減なしで殴り付けたせいだろう、骨は折れていないようだが、拳は赤くなりズキズキと痛んでいる。
だが、今の自分にはその痛みさえどこか遠かった。
冷たさに麻痺した指先で何かに触れた時のように、今は自分自身の感情が酷く曖昧にしか感じられない。
そして――そんな冷え切った心の中で一番はっきりと感じられるのは、ドロドロとした負の感情だ。
怒り、嫉妬、憎しみ――殺意。
27 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/30(土) 01:45:31
――だから、早く。……君を殺してしまう前に。

心の奥底で呟いた本音は余りにも小さく弱く、山里自身も気付かない。
明日には、もう手加減も出来なくなっているだろう。ふつふつと湧き上がってくる激しい殺意を抑えるので精一杯だ。
だから明日にはきっと、何かしらの決着が付く。例え、その結果境界線を踏み越える事になるとしても。
自動車用の信号が黄色から赤に変わるのを目を細めて見ながら、山里はズボンのポケットから出ている携帯電話のストラップに、手を触れた。
元々は白いハウライトを青く染めて作られる、トルコ石を模した石。
余りに鮮やかすぎる、偽りの青。
街の明かりを反射して微かに輝くそれを、指でいらう。――祈るように。あるいは、何かを探すように。
そして、山里は微かに唇の端を上げた。微かだけれど、作り笑いではない自然な笑み。

大丈夫。大丈夫。
まだ笑える。――まだ、嗤える。

口元に浮かんでいた笑みが、無意識のうちに嘲るように歪んでいく。
信号が、青に変わった。止まっていた人の流れが、再び動き出す。
再び心の闇に呑まれていく彼の姿が、雑踏に紛れて消えていった。



雪が降る。音もなく、深々と降り積もる。
全てを掻き消すように。全てを凍て付かせるように。
誰かの心に――雪が、降る。
28 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/30(土) 01:48:45
今日はここまで。

>>23
書こうとしたんですがやっぱり容量オーバーで書き込めませんでした。
したらばやまとめサイトの誘導でなんとかなるといいんですが……
29名無しさん:2005/07/30(土) 20:48:49
落ちそう
30 ◆bGB0A2qlVI :2005/07/30(土) 23:26:05
過疎気味なんで一応、宣伝。
したらばの「ゴミ捨て場」に三拍子の話落としました。
もしこちらに載せてよいような物なら、落下したいと思います。
興味ある方は読んでみてください。
31 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/31(日) 00:32:23
第六章〜ひとかけらのきぼうをしんじて〜



その夜の夢見は最悪だった。
よく覚えてはいないけれど、身体の芯から凍り付きそうな寒さだけがやけにはっきりと記憶に残っている。

――まるで、吹雪の中に放り込まれたような。

「――しずちゃん?」
一瞬の沈黙のあとでようやく呼ばれた事に気付き、慌てて顔を上げる。
本日最初の仕事の、楽屋。悪夢しか見なかった眠りは疲れを癒してはくれず、どうやらいつの間にかぼんやりしていたらしい。
「……あ、何?」
顔を上げてからその言葉を発するまでの一瞬の間があったのは、自分を呼ぶその声が昨日までと違う響きを持っているような気がしたからた。
「もうそろそろお呼びが掛かると思うんだけど……何ボーっとしてんの?」
掠れ気味で少し高いその声は、すっかり聞き慣れたものなのだけれど――。
(――違う)
考えるより先に、そう思った。
呼ぶ声は一緒なのに、違う。声も、やけに凝った言葉の選び方も、人差し指で眼鏡を押し上げる些細な仕草さえ、変わらない――けれど、違うのだ。
昨夜の出来事のせいで今更確かな違いに気付けるようになったのか、それとも、全てを知られた今となっては意味がないと、山里の方が普段通り装う事を止めたのか。
恐らくは両方なのだろうが、山崎の知る相方がお世辞にも芝居が上手いとは言えない事を考えれば、認めたくはないが前者の割合の方が高かった。
違和感を感じていながら昨日の夜まで確かな違いに気付けなかった自分が情けない。
「ごめん……ちょっと考え事してたわ」
度を越した違和感に、鈍い頭痛さえ感じる。
ぎこちなくはあるがそれでも笑みを浮かべ、酷く冷たい相方の目を、真正面から見返した。
目を逸らしてはいけない。
今目を背けてしまったら、その事が自分達の間にあるものを本当に全て、壊してしまうと――限界まで張り詰めたギターの弦がぶつんと切れるように呆気なく、何もかもを断ち切ってしまうのだと、それだけはなぜかはっきりと分かった。
無意識に、拳を握り締める。暖房が効いているはずの楽屋は、なぜか寒かった。
32 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/31(日) 00:33:44



――重苦しい灰色の雲が漂う空に、細く欠けた月が微かに輝いている。

人通りのない寂れた道を歩いていた山崎は、ふと立ち止まり夜空を見上げた。
今日の仕事はもう全て終わり、普段ならあとは帰るだけだ――普段なら。
視線を星の見えない夜空から右手に持っていたメモに移し、再び歩き出す。
それからしばらく歩いたあと、十五階程の高さがあるテナントビルの前で立ち止まった山崎は、手元のメモと目の前のビル――正確には、玄関横に取り付けられたビル名が刻まれたプレート――とを見比べ、ポツリと呟いた。
「……ここ、か……」

今日最後の仕事が終わったあと、山里に渡された四つ折りのメモに書かれていたのは、ビルの名前と住所、そして時刻と『屋上で待ってる』の一言だけだった。
やはり綺麗とは言い難い、見慣れた字。命令されているようで気分が悪かったのだが、まさか逃げ出すわけにもいかないだろう。
(それにしても……方向音痴やったら間違いなく迷うな、この寂れ方)
テレビ局から比較的近く地名も聞き覚えはあるが、山崎はこの辺りまでやってくるのは初めてなのだ。
言葉で伝えた場合に誰かに聞かれる事を警戒したのかもしれないが、例えば道に迷うとか、そういう事は考えなかったのだろうか。
「……ま、どうでもええか」
もし迷いでもして時間を過ぎても来なければ、携帯電話に連絡を入れて誘導するつもりだったのかもしれない――それはそれで間抜けな光景だと思うが――と結論付けた山崎は、右手ごとメモをパーカーのポケットに突っ込んだ。
この時間、勿論玄関が開いているはずはないので、ビルの横に回り込む。
昨日の夜にでも下調べでもしておいたのだろうか。確かにこの様子なら派手に暴れても人に見つかる心配はないだろうが――。
(薄々覚悟はしてたけど……屋上までこれで行け、と?)
どこか古めかしい外付けの非常階段を見て思わず溜息をつき、山崎は長い階段をゆっくりと上り始めた。
33 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/31(日) 00:34:57


街の雑多な音も遠くにしか聞こえない、静かな非常階段に、ただ足音だけが響いている。
両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま、黙々と階段を上り続けていた山崎は、十二階の踊り場までやってきたところで立ち止まった。
先程地上から見たときの目測が正しければあと少しで屋上に着くはずだが、長く続く階段をひたすら上っていると気が滅入ってくる。
石の力で飛んでしまえば楽なのだが、こんなところで無駄遣いするわけにもいかないのが辛い。
絞首台の十三階段を上るのもこんな気持ちなのだろうか、と一瞬考えて、とりあえず建物の中へと通じる鉄扉に寄り掛かった山崎は思わず唇の端に苦笑を浮かべた。

――大人しく殺されてやるつもりなど、欠片程もない癖に。

少なくとも自分は、他人の為に死んでもいいと真顔で言えるような自己犠牲の塊ではなかった。
ただし、だからと言って絶対に死なないかと問われれば答える事は出来ないのだが――いや。本当のところ、状況は絶望的だった。
自由に飛び回れる屋外は昼間なら有利な場所なのだが、山崎の能力は発動中極端に夜目が利かなくなる為、夜は少々分が悪くなる。
しかも今日の空は雲が多く、月も半分以上欠け、黒い布に出来た裂け目のように細く頼りない。少しでも視界を良くしてくれるのは、遠くに見える街明かりのみだ。
それでも、自分はたった一人でこの場所に来た。正々堂々などという言葉は無視して浄化の力を持った誰かを呼んでしまえばほぼ間違いなく勝てると、呼ばなければ負ける――もっと具体的に言えば殺される――かもしれないと、そう知りながら。
誰かを呼んでしまえば彼の意思を裏切る事になると、裏切りたくないと、そう思ったのだ。
34 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/31(日) 00:36:03
弱々しく闇を照らす古びた蛍光灯に視線を向けながら、山崎は唇の端に浮かんだ苦笑を深めた。
自分を殺そうとする相手に対して『裏切りたくない』などど思った事がどうしようもなく愚かで、滑稽で――それでいて、何より大切な事だとも思えた。
寄り掛かっていた鉄の扉から離れ、首元に手をやって服の上からペンダントを握り締める。
仕事の合間の時間ひたすら回復――つまりは精神集中――に努めていたおかげで、万全とは言い難いが昨日よりはかなりマシな状態になっていた。合わせて十分程度なら全力を出せるだろう。
気ぃ失う程度にシバいて浄化の力持った奴のところまで連れていく、という大雑把かつ穏やかでない努力目標を再確認し、山崎は再び階段を上り始めた。

(やっと着いたか……)
十五階の踊り場までやってきたところで、視界が開けた。
階段の先、左手には屋上のフェンスと扉が見えている。
足を止め、目を細めてその扉を数秒見つめると、山崎は一段一段踏み締めるようにゆっくりと再び階段を上り始めた。
あと、十段。
まだ石の力は解放していないが、鋭く研ぎ澄ませた感覚はすぐ傍の冷たい気配を感じ取っている。
あと、五段。
それでも歩みは止めない。逃げ出す事も目を背ける事もしてはいけないと、痛い程分かっていた。
昨日の夜、痛々しい程の諦念を含んだ目に一瞬でも視線を逸らしてしまった事が、今は酷く腹立たしい。
あと、一段。
真っ直ぐ前を向いたまま最後の一段を上り切り、ゆっくりと左を向く。

屋上と非常階段を隔てている、金網の扉の向こう――街明かりと微かな月光に照らされ、見慣れたシルエットが見えた。
35 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/07/31(日) 00:39:06
今日はここまでです。

>>30
したらばに投下されたのを読みましたが、大丈夫だと思います。
投下お待ちしてます。
36名無しさん:2005/07/31(日) 03:35:42
乙です!したらば投下分と細かいところが変わっていて、楽しませて頂きました。
次回も期待しております。
37 ◆bGB0A2qlVI :2005/07/31(日) 10:34:43
乙です。ゾクゾクするような展開がいいですね。
楽しみにしてます。

私のほうは、様子を見て落とそうと思います。
38名無しさん:2005/07/31(日) 13:25:28
乙です!
したらばの時から楽しませていただきました!
続き頑張ってください!
39歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:53:29
前スレからの続きです。ああドキドキ…

田村の額から、ほんの少しだけではあるが、うっすらと血が滲んでいる。鞄をひっくり返し、バンソウコウを取り出すと、その額にぺたっと貼り付けてやった。
「わっ、タンコブ出来てる。……吉田は変な所で乱暴やなー!」
吉田達がちゃんと待ってくれているのかを確かめるのを兼ねて、聞こえよがしに駐車場の外へ向けてわざとらしく叫んでみると、少しして、
「陣内さんに言われたくないです」と小さく返事が返ってきた。
ああ。いるいる。意外と律儀なんや。
怒っているのかすら分からない吉田の口調に苦笑いを浮かべ、立ち上がる。石を見ると、また黒さが増していたのが分かった。
汚い色、と呟き握りしめる。自分の石ながら、なんだか気味が悪くなりポケットの中に乱暴に突っ込んだ。
そして近くに停めてあった自転車のサドルに腰掛け、田村に視線を移した。

「よっしゃ!じゃあ、頑張ってな。俺の“タムラロボRX”!」
「「ださっ」」
馬鹿馬鹿しすぎるそのネーミングセンスに、ベンチに座ったまま思わず吉田と阿部の突っ込みが入った。
意識を失ってしまった人間は、動かない人形と同じだ。
陣内の言う、随分と高性能な“おもちゃ”と化してしまった田村の目が人形のごとく、ぱちっと開いた。
陣内は相変わらず、世間に『癒される』と評される、作り笑顔でない自然な笑みを浮かべていた。
40歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:54:56
「…眠た…」
ガタゴトと危なげに揺れる古いエレベーターの中で、川島は壁に背を預けていた。手にはコーヒーやジュースやらが入ったビニール袋を提げている。
エレベーターの振動が心地よく、目をつむった。
(そういえば、あのときも…。)
あの時。田村の力が覚醒したとき、二人で一緒に戦ったとき。妙に心地よかった。
少なくとも独りで戦っていた頃よりずっと良い。この感じはきっと、…安心感だったと思う。
“光”の田村と“影”の川島。能力を上手く使えば無敵になれるかもしれない。
「これからは…二人で戦うのも、悪ないかな」



エレベーターが開くと、そこには先ほどまで考えていた人物が居た。
「ぅわっ…え、田村?」
ドアのすぐ近くに、長身の相方が立っていた。
どこか様子がおかしい。話しかけても返事をしない。
うつむいた顔をのぞき込もうと足を踏み出すと、どん、と突き飛ばされエレベーターの壁に背中が当たった。
チキチキチキ…と何処かで聞いたような嫌な音がした。田村の右手には、カッターが握られている。
「……っ!」
川島は目を見開いて息を飲んだ。手に握られているカッターの刃が電球に反射して妖しく光る。悪寒が身体を走った。
突然、田村が顔を上げ、川島向けて突進してきた。狭いエレベーターのなか、ましてや壁際にいては逃げる術がない。
バンッ!―――顔の真横に片手を付かれ、いよいよ身動きが取れなくなる。そのままの勢いでカッターをもった手を振りかぶり、川島の顔を一突きにする要領で振り下ろした。


ばきんっ。と壁にぶち当たったカッターは根本から折れ、床に落ちた。
田村の目の前に、川島の姿は無い。
41歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:56:24

(んっ?)
柱の影でこそこそと隠れて様子を見ていた陣内が眉をしかめた。
「はあっ、はあ…」
田村の背後に伸びた影から川島が現れた。カッターが振り下ろされる瞬間、自分に覆い被さる田村の影を利用し、影の中を通り抜けていったのだ。
田村は振り向きざまに再びカッターの刃を出すと、ゆっくりと川島の方へ歩き出した。閉まり掛けたドアに身体を挟まれるも、肘を広げて無理矢理こじ開ける。
田村が襲ってきた事が理解出来ないのか、川島は腰が抜けたように座り込み呆然肩で息をしている。
(ははっ、これで終いや!)
陣内は小憎たらしい笑顔で小さくガッツポーズをする。
田村のカッターが再び川島に向け振り下ろされた。
―――ぶしっ、という音を立てて、田村の服に液体が散った。
惨劇を見ないように顔を背け、耳を塞いでいた陣内は、こっそり柱から顔をのぞかせてみた。
可哀相な川島。まさか相方に殺されるなんて、思っても見なかったやろうなぁ!あはははっ!

「あ…あっぶな〜……」
――――はっ…?
口を開いたのは、川島だった。その手には、盾に使ったコーヒーの缶。それにカッターの刃が突き刺さり、そこからコーヒーがぽたぽたと滴り落ちる。
歯を食いしばり、缶ごと田村の身体を押しかえすと、カッターは缶から抜け、田村は二、三歩後退した。
慌てて座り込んだ体制のまま手足をばたつかせズリズリと後ろに後退し、じっと田村に目線を合わせたまま手探りで掴む所を探し、指先に触れたパイプを掴んでゆっくりと立ち上がった。
42歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:57:34
川島はあることを思い出した。昨晩、陣内が呟いた「酷い目に遇わす」という台詞。まさか、石の力で相方を操って襲わせるなんて器用な真似が出来るとは考えもしなかった。
何て外道な……いや、それよりも、「光」という、陣内の石の効果を掻き消す力を持っていながら簡単に操られてしまっている間抜けな相方の姿に、川島の怒りのボルテージは上がっていった。
仕方ない。この川島様が目を覚まさしてやる。

(ほんっっっまに!殺しても死なへんなぁあの男!!)
陣内の黒目がちな大きな瞳がギラリと光るとそれに同調するように何も映さなかった田村の虚ろな瞳の奥が光った。
(これでも、くらえ!!)
瞬間、田村の身体が強い力に引っ張られるかのように川島の方へ向けられた。その距離は一気に縮まったが、川島は逃げなかった。きっ、と目の前に迫った田村を持ち前の鋭い眼孔で睨みつけると、左手に持っていた缶を田村の顔に向け、プルトップを開けた。

ブシュウウウウ…
缶からこれでもかという位の勢いで中身が飛び出し、相手の顔面にクリーンヒットする。
「っぶはぁっ!?」
現実に引き戻され、叫び声を上げた。
振り上げた手から力が抜け、カッターが堅い床に落ちた。
突っ立ったまま、濡れた顔を犬のようにぶるぶると振る。何があったか分からずぱちくり開いた目には既に虚ろさは無く、いつもの輝きを取り戻していた。
「え…えーと…何?」
眼前30pまでに迫った相方の恐ろしい形相を見て、機嫌を伺うように尋ねた。
途端、カコンっ、と軽い音を立てて田村の頭に空き缶が投げつけられた。
綺麗に跳ね返ったそれはコンクリートの地面に落ち、数メートル転がった後壁にぶつかりやっと停止する。
缶のラベルには“炭酸飲料”の文字が。
「痛〜…つか、かゆい…」
「お前の名前は?俺は?仕事は何や?」
「…田村裕…で、川島明。…漫才師」
「おう、目ぇ醒めた?」
「……醒めた」
ごめん。とジュースのせいでべとべとになってしまった髪をいじりながらも、ぺこりと川島に頭を下げる。
43歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:58:42
「死ぬかと思った。今度こんな事あったら、もう相方やって認めんからな」
「ご、ごめんて!気ぃ付けるから許してや!」
「分かったから触んな!そこジュースをなすりつけない!」
すっかり糖臭くなった田村の上着を無理矢理脱がせ、鞄から取り出したタオルを投げつけた。
「あのな、川島、気絶する前…俺見たんや。陣内さんが…」
いつになく真剣な表情で、タオルで顔を拭きながら言葉を噤む。
「分かっとる。俺も感づいてた所や…」
言い終わらないうちに、ぱたぱたぱた…と後ろで逃げるような足音が聞こえた。
「ああ!やっぱ隠れてたんか!」
「もう追っても無駄やろうな…諦めろ。」
――どさっ
「…あ、こけた」
「まあとりあえず…陣内さん、大丈夫すかー?」
何処に居るのか分からないが、遠くで陣内の声がした。
「うるさい!!黙れ、悪者め―っ!!」
「「……“悪者”?」」
田村と川島は、互いに顔を見合わせて、首をかしげた。陣内が襲ってきたのは、個人的な恨みだけではなかったのか?



勢いよく自分たちの前を通り過ぎた陣内に、吉田は声を掛けた。
「陣内さーん、どうしたんですか?」
急にブレーキをかけ、前につんのめりながらも踏ん張って体制を戻し、ぐるっと振り返り陣内は叫んだ。
「もーっ!!また負けたぁ!転んだし!もう痛い!」
「負けたんだってさ」
「あー、そういうこと」
吉田と阿部が何かぼそぼそと短い会話をすると、吉田がゆっくり歩み寄ってきた。
手には小さな小瓶が握られている。その中には、あの黒い破片。
眩しいくらいの月明かりも反射しない、何も映さない、奇妙なカケラだった。
「これ、残り全部あげます。今度こそ成功すると…いいですね」
そう言って、陣内の手にぎゅっと握らせる。
44歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 15:59:51
「いいんか?」
「もちろん」
「……」
「いらないんですか?」
「えっ、いや、いる。サンキュー」
「どういたしまして」




陣内と別れ、吉田と阿部も細い路地を歩いていた。
「吉田も悪だね」阿部が独り言のように会話を切り出す。
「そっ、ありがと」
「悪っていえば…聞こえた?陣内さんが叫んでた声」
「“黙れ悪者め”ってやつ?」
吉田の足が止まる。それに気付いて阿部も振り返った。
「うん。完全に俺たちの言ったこと信じてるっぽかったね、何かかわいそ…」
「可哀相なんて言うなよ。まるで俺らが嘘吐いたみたいじゃん。実際黒のユニットにとって麒麟の二人は“悪者”になるわけだし」
吉田のその言葉に、恨めしそうなジト目を向ける阿部。
吉田はただ、阿部の顔を見ないようにそっぽを向いて、その視線に気付かないふりをするばかりであった。
「陣内さんは…あの人はもう駄目だ。見ただろ、あの石。暴走し始めるのも時間の問題だ」

空を見た。綺麗な月は厚い雲に覆われ、今にも消えてしまいそうだった。
悪い予感がする。明日、何か起こる。そんな気がした。
45歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/31(日) 16:04:13
ここまで。投下って緊張するよ、ふー。
46名無しさん:2005/07/31(日) 23:59:30
乙です!
ものすごく面白かったです!
陣内さんはどんな時でも天然ですね。
だから憎めないキャラなんでしょうけど。
47名無しさん:2005/08/01(月) 09:58:01
乙!

陣内さんが壊れて(?)いく様にドキドキしながら読みました。
今後の展開が、非常に楽しみです!
48クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 11:57:39
お久しぶりです。クルスです。遅くなりましたがハロバイ編の続きを投下します。



芸人が入り乱れるルミネTheよしもと。出番を終えたハローバイバイの2人は他の出演者達に挨拶を終えると早々と帰り支度を始めていた。
「関、帰るぞ」
「あー、うん」
既に準備を終えてそわそわと落ち着かない様子の関に声を掛け、楽屋を出る。以前の関なら出番が終われば相方を放ってすぐに帰っていたのだが、今はそうはいかない。もしも襲われた時の事を考えると、なるべく2人で居たほうが良いのだ。
まさか大勢の人間が居る新宿のど真ん中、ルミネの中で襲ってくる奴は居ないだろうが、周りの誰が味方で誰が敵か分からない状況は、やはり落ち着かない。
金成も以前なら仲間の芸人と談笑したりしていたのだが、最近では楽屋の空気自体張り詰めて、そんな雰囲気ではなくなってしまった。たかが石でこんなにも変わってしまうものなのか、と少し複雑な気分になる。
「金成、これから飲みに行かねぇ?」
今日は一緒に居たほうがいい気がするから、と付け足した関に金成は頷く。金成も何となく帰る気分では無かったのだ。

そんな2人を見送る二つの影があることには、誰も気づいていなかった。

「…白なんて、残念だな」




「勘?」
「勘」
関は金成の問いにさも当然のように即答する。だが金成もそれ以上は何も言わない。注意深く周りを見回し、辺りの様子に気を配る。
「だけど、何か嫌な予感したから」
不安気に手首の石に触れる。ふと、そうやって石を弄ぶ事が癖になっている自分に気づき、思わず苦笑した。金成もそれに気づいたのか、慌てて話をそらす。
「そう言えば…お前あの本どうなったんだ?又吉に貸したって言ってたやつ。俺もあれ読んでみたいんだけど」
突如明るい声を出した相方に驚き、ビクッと肩が震える。だが、それが自分の不安を解消するために気を使っての発言だとすぐに気づき、関は微笑んだ。
「あぁ、まだ返してもらってねぇんだ。返ってきたら貸す」
「あ、別に急がねぇからな??」
金成の顔を見上げると、どこかほっとした笑みを浮かべていた。本当は本なんてどうでも良いのだろう。だが、そんな嘘を吐いてまでの気遣いを関は嬉しく思った。

49クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:03:21
暫く歩き、辺りを歩く人も大分少なくなった頃だった。2人は突然妙な気配を感じた。だがそのまま、ほんの少しお互いの距離を縮めただけで何事も無いように歩く。「居るよな?」と目だけで会話をし、気づかない振りをして。
金成はすぐさま手首の石に触れ、軽く目を瞑る。意識を両耳に集中させると石が淡く黄色い光を放った。が、手で覆われた状態のため殆どその光が漏れることは無かった。それを察知したのは隣で歩く相方のみ。
金成が目を開けると、関と視線がぶつかる。同時に頷くと、それを合図に2人は走り出し、本来とは違う道の方へと曲がった。
「人数は?」
小さな声で呟かれた質問に金成は言葉を返す。
「2人。まだ若い男だな。多分、両方痩せ型」
確信を持ち、キッパリと言い切った。関も疑うことはなく、石を構えて攻撃に備える。
(急いでない…?)
おかしい。金成は眉を潜める。
大抵、後をつけている人間が突然走りだしたら普通は急いで後を追うはずだ。なのに後をつけているらしい2人はゆっくりと、落ち着いた様子で曲がり角に近づいているようだった。そしてその2人が丁度曲がり角の前で足を止めたのが金成にはわかった。
「金成…?」
現れる筈の存在が現れず、関は目線だけで金成を見た。と、その時。
「…危ない!」
金成が関を抱きこむようにして地面に倒れた。その瞬間、大きな黒い何かが今まで2人が居たところに落ちた…と言うより勢いよく飛び掛ったのが、倒れる関の目に映った。
「な…!!」
すぐさま起き上がると、「それ」はゆっくりと動いていた。長い体で地面を這うように動き、時折不気味な声を出すそれは───
「龍…?」
関が言葉に出すより早く、金成が呟いた。それは体長5m程。現実には存在しない筈の動物。蜥蜴に翼が付いた様な外見で、眸は赤く輝いて2人を見ていた。その龍は首を擡げてぐわっと口を開く。

「いやぁお見事。龍が関さんを襲うのを見切るなんて」

拍手と共に、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「綾部…」

ゆっくりと2人の前に姿を現した男。

ハローバイバイの後輩である、ピース。「平和」の名を持つコンビ。
50クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:05:19


「さすがですね金成さん。龍を見切った上に関さん守るなんて男らしい」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる綾部と、その背後から姿を現した又吉。その姿を見て、関は信じられないと言うように目を見開いた。どうやら、龍は綾部が石の能力で出現させたもののようだ。
「―――何で」
いつもよりも低い声で、搾り出すように金成が言った。
手首の石が一層輝きを増す。
「何故お2人の後をつけたかですか?そんなの決まってるじゃないですか。お2人は白なので、邪魔だなぁと思いまして」
「違う!何で黒に入ったか、だ!!」
珍しく金成が声を荒げる。滅多に見せないその姿に、関は困惑した。
でもそれは当然のことなのかもしれない。ついさっきまでルミネで同じ舞台に上がっていた後輩なのだから…。
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ」
あくまでも飄々と対応する綾部。その隣で又吉が無表情に口を開いた。
「そんなんより、綾部の龍がかわされるとは思わんかったわ」
「そうそう!折角音立てないようにお2人の隣にある塀のブロックで作ったのに…。石の能力、ですよねぇ?今発動してるみたいだし…どんな力なんですか?ソレ」
俺の龍が見切られたの初めてですよぉ。と相変わらずの笑みを浮かべ、金成の手首の石を指差す綾部。
「ちなみに俺のは…こんなんですけど」
と、手を動かすと、いつの間にか綾部の傍に居た龍がズルリと動き、2人に襲い掛かった。それは体の大きさにつりあわぬ速さで迫り、噛み付こうと鋭い牙を剥く。
キラ、と関の手首の石が眩しい濃い青の光を放った。そして辺りに一瞬、強い風が吹く。
…それが収まると、そこには沢山の白い影のようなものに絡み付かれるようにして動かなくなった龍の姿があった。
「…!?」
綾部と又吉は驚愕に目を見開く。今までずっと黙って金成の影に隠れるように立っていた関がゆっくりと前へ出てくる。
その目は今まで見たことの無いほど悲しそうで、そして怒りを秘めていた。
51クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:06:10
「…霊界から呼んだ霊。龍よりは強い自信あるぞ」
関の周りに青い炎が浮かぶ。
「ただし、式神だ。普通の霊と違って実体を持てる」
式神、と又吉が口の中で関の言葉を反芻した。綾部はチッと舌打ちをすると石を握る。動かなくなった龍が真ん中から分かれるように2匹になり、拘束が解かれた。すぐさま自分の元へ呼び寄せる。白い影のような式神は関の周りを包むように浮き上がる。
そんな時だった、金成の耳に綾部と又吉の会話が聞こえてきた。かなり小さな声で話していて、普通ならば他の人間には聞こえない会話であろうが、今の金成には声を潜めても無駄だ。
「おい、ピース!!」
金成の大声に、2人は驚いて声の主のほうを見る。
「『ハローバイバイは石を奪うのではなく、黒に取り込んだほうが良い』?お前ら、俺らが黒に入ると思ってんの?」
ニヤリと笑いながら勝ち誇ったように言う。
「何故…わかったんです?」
自分達の会話をそのまま反芻した金成に驚きを隠せない綾部と又吉。
「聞こえるよ。俺にはね。お前達が動揺してる心臓の音も…今の俺なら」

金成の能力は「五感を上昇させる」能力だ。今上昇させているのは「聴覚」。さっき蛇の存在に気づいたのも、後を付けている人間の人数に気づいたのもその為だ。

「…やはり、お2人の能力は白に置いておくのは惜しいですね…」
綾部が眉を顰めて呟いた。その肩を、又吉がポンと叩く。
「俺がやる。綾部はもう能力解き?あんまり長くやるのはまずいんやろ」
そう言って又吉は綾部の前に出る。今まで沈黙を守り石を発動させていなかった又吉を警戒して、関と金成は身構える。
そして又吉がすぅっと息を吸い込んだ、次の瞬間。


「え?」

52クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:10:13


又吉は子供に語るかのように物語を話し出した。そして。

「うわぁあああああ!!!!!」

広い広い何処かの森で、仲間の芸人が次々と殺されてゆく。顔をマスクで覆い隠した殺人者達の手によって。自分は何も出来ずにただ座り込み、ただ殺されるのを待つだけ…。
そして殺人者は鎌を手に、相方の関へ…。

「…止めろぉぉおおおおおお!!!」

空を裂くように金成は叫んだ。



「…いっ…おいっ!金成!!」


肩を揺すり名前を呼ぶ関の声に我に返った。がばっと起き上がり、関の肩を掴む。
「関っ…」
ゼイゼイと息を切らせ汗だくの金成程では無いが、関も息を切らせてじっとりと汗をかき、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。どうやら関も同じ体験をしたようだ。

「どうです?相方が目の前で殺されて…何も出来ない自分は」

又吉が右手に小さな瓶に入った石を持って無表情に立っていた。その石は沢山のクリスタルが結合したような外見をしており、黒く光り輝いている。
53クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:11:55
金成と関は地面に座り込み、ゼイゼイと息を吐く。
「カテドラルライブラリー。俺の石は相手を物語に引き込む…まあ、幻覚みたいなものです。リアルだったでしょう?」
関の石の力は強制的に止まっていた。精神的ダメージが2人とも大きく、立ち上がることが出来ない。
「2人が意識失ってる間に石を奪う事もできたんですけど…やっぱりお2人の力は惜しいのでね」
「どうです?まだ黒に入る気になりませんかぁ?」
対照的な二つの声が、関と金成の脳に直接響いてくるようだった。
厚く重なった雲から、ポツポツと雨が大地を打ちだした。
「…絶っ対…黒になんか入らない!!」
関は立ち上がり、再び石を発動させた。石の能力が裏目に出て、ダメージの大きい金成をかばうように立ちふさがる。
「…っ!!」
又吉と綾部は思わず後ずさる。その関の石はさっきとは比べ物にならないほど強く輝いていた。

「まだそんな力が…やっぱり惜しいな」

綾部は地面に手をつき、龍を作り出すとそれを関へ放った。そして関がそれに対応している間に身を翻し、その場から逃げ出した。
「今日ははこれぐらいにしておきますよ…」
でもまた必ず来ます。と言い捨てて。


「っはー…」
関はその場にへたり、と座り込んだ。
「金成、大丈夫か?」
「…何とか、な。ピースの2人は完全に逃げたぞ。」
「…」
沈黙が2人を包み込む。激しさを増した雨が2人の体と地面を打った。
どれほどそうしていただろうか、ふいに金成が口を開いた。
「…帰るか」
「…うん」
強い雨の中、ずぶ濡れの2人は力の反動とピースから受けた攻撃で重い体で立ち上がり、空を仰いだ。
「ピース…全然『平和』じゃねぇなぁ…」
54クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:15:13



その頃、綾部は又吉の肩を借りて体を引きずるように歩いていた。
「大丈夫か?」
「ああ…」
石の力の反動で強い貧血に襲われ、今は歩くことすらままならない状態だ。3頭の龍に「代償」として血を与えたのだから当然だが。
「ハロバイさん…特に関さんの力は、危険だね」
黒にとって。と続けた又吉の言葉に綾部も頷く。
「でも」
又吉は瓶に入った、黒く濁った石を見つめた。
「引きこめば相当の戦力になる」
綾部も首にぶら下げた石を服の上から軽く掴んだ。
「上に報告、だな」



今回は以上です。ピースは自分の意思で黒に居るという風に書いてます。
55クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:16:16
ピースとハロバイの能力は


関暁夫
石…スギライト(濃い紫)
能力…降霊術を行い、降ろした霊を一時的に自分の式神に出来る。
簡易陰陽師能力のような感じ。
自分の霊力の及ぶ範囲なら人魂をぶつけたり霊魂の塊をぶつけて攻撃も出来る。
特定の霊を呼び出したり、憑依させることもできる。自分に憑依はできない。
金成の「携帯電話が?」の問いに「ハローバイバイ」で答えると
霊力の及ぶ範囲に居る敵1人の魂を一時的に抜いて封印できる。
時間は1時間。封印された人の意識は無くなる。
1度に多くの魂を封印することも出来るが、自分の魂も巻き込まれる。
ただし、力の消費が激しいので2日に1回が限度。
怒りや、何らかの強い気持ちがあると霊力はアップする。
条件…関が敵に対して強気の姿勢で居ないと発動しない。
もし戦闘中に関が弱気になったり戦意を喪失した場合は
逆に力が返ってきてしまい、意識を失う。
混乱状態に陥った場合は敵味方の区別無く攻撃してしまう。
又、もしも戦闘中になんらかの理由で意識を失った場合は強制終了。
憑依の場合、その霊に対するある程度の知識(生前何をした人か、等)とその憑依させたい人の了承が必要。
また、霊力範囲外に居る敵には無意味。
自分の意思で範囲を広げる事もできるが、その分力の消費は激しくなる。
使いすぎると割れるような頭痛と悪寒、体の震えに襲われる。酷い場合は意識を失う事も。
56クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:17:41
金成公信
石…ベリル(薄黄色)
能力…五感のレベルを上昇させる。
視覚を上げると10キロ先まで見えたり動体視力がスポーツ選手並みになる。
聴覚は人の心音や足音を聞き分けたり、音で攻撃を見切ったり出来る。
嗅覚は犬並みになり、瞬時に嗅いだものの成分分析が出来る。毒も察知。
味覚は口にしたものの成分分析、毒の察知を瞬時に。
触覚は空気の流れや風向きなどに敏感になる。逆に痛みを感じなくも出来る。
全てを同時に上げることも出来るが、著しく体力を消耗する。
又、一瞬でも帽子をかぶせた人の五感を、どれか一つだけ封じることが出来る。
ただし、時間は3分。同じ人には1日一回しか使えないうえに精神力の消耗も激しいので多用は出来ない。
条件…能力の発動まで数秒掛かる。その間は全くの無防備。
1度能力を解除すると、30分間その感覚の上昇ができなくなる。
又、少し上昇させる分には問題無いが、上げすぎると微調整が効かなくなる。
五感を封じる際には関にその人に対して毒舌を言ってもらい、
それにフォローかツッコミをいれなくてはいけない。
超能力では無いので、視覚を上げたからと言って遮蔽物を通り抜けて見る事は出来ない。
あくまで「超人レベルに強くする」だけ。
勿論、感覚を上げている間はその感覚は敏感なので、
聴覚を上げている時に超音波などでの攻撃は弱い。
視覚を上げた後は目の霞み、聴覚は耳鳴り、触覚は体の痛み、
嗅覚はめまい、味覚は吐き気という後遺症がしばらく残る。
それは強さや使った時間によってすぐ消える場合と数分残る場合がある。
1日のうちに同じ感覚を何度も上げることは出来ない。5回が限度。
使いすぎると、しばらくの間はその感覚自体が麻痺してしまう。

コンビネーション技
二人で「携帯電話がハローバイバイ」と言うと、関の霊気を具現化して
霊力の届かない場所でも存在できる式神を1体だけ作り出すことができる。
それで防御したり、使い方は様々。金成も自由に動かすことが出来る。
1日1回、30分しか持たない。
57クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:18:37

又吉直樹
石:カテドラルライブラリー(神の大聖堂と図書館の意を持つ。小さな水晶が結合したような外見)
能力:自分の作り出した物語を語ることにより、それを聞く人間をその物語の中に引き込む事が出来る。
一種の幻覚のようなもので、引き込まれた人間は意識を失ったような状態になる。
効果は又吉が話し終えるまで、又は引き込まれた人間の中で物語が完結するまで。
物語の内容で精神的ダメージを与えることも出来る。
電話越しでも可。とにかく声が聞こえれば良い。ただ、引き込まれにくい人も居る。
自分自身が物語の中に入り込んで相手と会話することも出来るが、
あまり長い間物語の中に居ると体力を大幅に削られる。
条件:又吉オリジナルの物語であることが大前提。つまり又吉の想像力、文才にかかってくる。
又、物語を語っている間は無防備。敵に囲まれている場合はキツイかも。
引き込む人数が多ければ多いほど精神力を消費する。
声が周りの音等に邪魔をされて届かなかった場合は、力が返ってきてしまい
又吉自身が物語の中に入り込んでしまう。

綾部祐二
石:エレスチャル(クリスタルの奥に紫の色が着いている。アトランティスの叡智を受ける石)
能力:アトランティスの力を借り、手に触れた物を元に龍を作り出して操る。大きさと数は自由だが、
勿論大きくすればするほど、数を増やせば増やすほど力の消耗は激しい。
条件:龍を作り出す「媒介」の役割をするものが必要。例えば土など、手で触れることが出来る物でなくてはいけない。
空気や風では無理。媒介が固くなればなるほど龍の力は大きくなる。
そして代償として、作り出した龍に自分の血を与えなくてはいけない。
つまり龍の数と大きさに比例して、能力を解除した後に貧血になる。
命に係わることもあるので、あまり長い時間使うことも出来ない。
58名無しさん:2005/08/01(月) 12:24:18
ひとりよがりウザイ
せめてsageでやれ
59クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 12:27:25
すいませんっ!
sage忘れてました。慌ててやるといけませんね…。
60名無しさん:2005/08/01(月) 14:27:52
クルスさん乙です!技の種類が多彩で、派手なバトルがいいですね。
次回も楽しみにしてます。
61名無しさん:2005/08/01(月) 18:33:49
gj
62名無しさん:2005/08/01(月) 18:48:43
こんなスレあったのか。
芸人板に建てるモンじゃない気がするが書いてる人達乙。
こーゆー漫画とかありそうでオモロ。
63佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:10:11
書中、暑中見舞い申し上げます。
三拍子の話を落とします。ちょっとホラーチックです。
死ネタという死ネタではないのですが、ご注意ください。
64佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:10:59
私が幼い頃、川原で見つけた綺麗な石を持ち帰ろうとして、止められたことがあった。
 理由を聞いたところ、「こういう所にある石というのには魂が込められているから、
 不用意に持ち帰ることはできないのだ」との事。
 私は子どもながらに、普通に「汚いから持って帰るな」とでも言えば良いのに、
と思ったものだ。
 しかし、今になってその意味を知った気がする。
 例えそれが、川原で拾ったわけでもなく、偶然見つけたわけでもなく、
 運命によって巡り逢ったものだったと、しても。

 まぁ、避けられないのが、世の常なのだが。


  【ある冬虫夏草の話】[Will you marry me?]


 「へぇ、彼女できたんだ……」
 と、唐突な高倉の一言。独り言のようにも聞こえるが、
 「な、何でお前知ってるのっ?!」
久保をビビらせるには十分だったようだ。高倉は答えることもせず、手の中にある石に
見入っていた。
 そんな高倉の様子を見て、久保はある事に気づいた。
 「ああ! また俺の過去勝手に見ただろ?!」
 「うん」
 「『うん』って……、やめろよなぁっマジで」
 「どうして」
 「どうしてって、プライバシーの侵害だからだよ」
 「大丈夫、なんか、調子悪いみたいだから……」
65佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:13:16
 「へぇ……お前でもそんなことあるんだね」
 「うん……」
 「って、それで納得すると思ったのかぁ?!」
 高倉は勢いよく掴みかかろうとする久保をひらりとかわしつつも、石を凝視し続ける。
器用な男だ。
 「うーん……」
 実際、高倉の石は調子が宜しくないようだった。いつもなら鮮明に見える映像が、
今日はなんだか乱れている。音声も途切れ途切れ。
 「諦めろ。見るなという天のお告げだ」
 久保が無駄に殊勝な笑みを浮かべる。そんな彼に高倉は表情一つ変えずにこう尋ねた。
 「久保には天のお告げが聞こえるんだ?」
 「いや、聞こえないけど」
 「嘘はよくないぞ?」
 「お前なぁ……」
 久保は何かを諦めた。
 「久保、お前の石の調子はどうなんだ……って、お前は持ってなかったんだな」
 「うん、まぁ、な」
 「……ふーん」
 高倉は再び手の中の石を凝視する。未だに調子が悪いようだった。その様子を見た久保が
声を上げる。
 「おまっ、俺が嘘付いてないかどうか過去をさかのぼろうとしてるな?!」
 その久保の言葉に、高倉は心底感嘆したようにこう言った。
 「すごいなぁ、分かるもんなんだね。でも大丈夫。やっぱり、調子悪いみたい」
 「……」
 久保は何かを諦めた。本日二度目。
 「彼女、どんな人なの」
 高倉に質問された途端、久保の顔が緩んだ。
66佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:14:42
 「へへ、すっごく、かわいい」
 「……世も末だな」
 「なんだとぉ?」
 「いや、深い意味は……」
 「お前なぁ? 俺の彼女見たらほんっっっとに羨ましがるんだからなっ」
 久保は自信満々にそう宣言する。
 「じゃあ、見せてよ」
 高倉は右手を差し出す。すると、久保は少し表情を曇らせた。
 「別に良いけど……」
と言ったまま、続きを話し出そうとしない。高倉は怪訝に思った。
 「どうした? いいよ、今すぐじゃなくても」
 「実は……」
するとここで、久保は持参した大きなバックを振り返る。高倉もそれを追うように見る。
 久保は言った。
 「今日、来てるんだ」
 「……え?」
 久保は立ち上がるなり、バックの元へと行く。
 「高倉、来いよ」
 言われるがまま、高倉もバックの元へと行く。行こうとするのだが、
 「久保、ごめん。なんか、それに近づきたくない」
 そのバックはどこにでも売っているような、非常に大きい、ナイロン製のバック。
 「……そっか」
 何故か久保は素直に納得し、その大きなバックに手を掛ける。
 「……久保。彼女の名前、なんて言うんだ」
 高倉は、勤めて自然にそう言った。
 そして久保は、『それ』を取り出すのと同時に、こう答えてくれた。
 「あやめ、って言うんだ。ね、あやめちゃん」
 その姿を見た高倉は反射的に口を押さえた。
67佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:15:48

 多分、それはファンの子から貰ったテディベアだったと、久保が言っていたのを高倉は
覚えている。俺にそっくりだろう、と自慢していた。
 「あやめちゃん、このテディベアが気に入ったらしくてさ、俺、思わずあげちゃったよ」
 そのテディベアの腹部から頭部を劇的に突き破るようにして、
『黄色い半透明の身体をした30センチぐらいの女』が、静かに『生えている』。

 その姿はまるで、冬虫夏草。
 屍骸を糧にすくすくと育った、冬虫夏草。

 久保は本当に大事そうにあやめちゃんを抱えていた。高倉は問う。
 「久保、それは、『何だ』?」
 「……俺の彼女だよ」
 高倉は、右手の石が冷えていくのを感じた。
 「質問を変えよう。久保、『その石をどこで手に入れた』?」
 久保の表情が豹変した。
 「石なんかじゃない! あやめちゃんはあやめちゃんだ!!」
 高倉には分かっていた。あやめちゃんが最近芸人たちの間に広まっている不思議な能力を持った
「石」だということ。
 そして、久保が持っているその石が、とてつもなく嫌な物だということも。
 だからこそ、『あやめちゃんの持ち主である久保の過去を見ることが、拒絶されたのだ』
ということも。
 もっと早く気づくべきだったと、高倉は少しだけ後悔した。
 「それにしても……」
 高倉が、めずらしく感情を吐露する。
 「なんなんだ、この急激な話の展開は」
 非常に、イライラしているようだった。
68佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:16:48


 ストップ。
 リヴァースアンドプレビュー。


 不法投棄。久保はたまたまその現場を目撃することとなる。そんな13日前の午後。
 曇天、それなのに明るい。不吉なことが起こりそうな、打って付けの天気。
 久保は、誰もいなくなったのを確認した後、そっとゴミの山に近づいた。
 普段、こんなシーンに遭遇することも無かったし、ゴミ自体に興味を持っているわけでもなかった。
 それでも、近づいた。もしかすると久保は、
 運命を信じたのかもしれない。ああ、それと、
 諦めを。
 
 まぁ、それはいい。

 久保は、予定通りにゴミの中に運命の人を見つけた。それが、あやめちゃん。
 あやめちゃんというのは、誰が決めたのかは分からない。
 あやめちゃん自身がそう言ったのか、久保が勝手につけたのか、そんなことは知る由もない。
 私は思う。きっとあやめちゃんという字は
 「殺」か「危」と書くのだと。とりあえず嫌な感じ。
 それが、私が最初にあやめちゃんに抱いた印象。


 プレイバック。


69佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:17:44
 「……見えたか」
 高倉はそう呟き、石の意思の意志でも変わったのかと、ややこしく解釈した。
 そして再び久保とあやめちゃんを睨みつける。迫力満点。しかし久保がひるむ様子はなかった。
もちろん、あやめちゃんは論外。
 高倉は思う。久保にそっくりなテディベアが、あやめちゃんに食べられてしまった。
 次は久保孝真が喰われるのかしら、と。それに追加するように、
 「それは不味い」
と、ぼやく。しかし、過去が見える力を持っただけの高倉に、あやめちゃん自体をどうにかする力は
皆無だ。
 ――あの人なら何とかなるのか? だが、久保が聞く耳を持っているのか?それ以前に、あやめ
ちゃんの耳は聞こえるのか。
 あふれ出るように不毛な思考が働く。
 久保と高倉がお互いに睨み合ったまま、ただただ時間が過ぎた。高倉には、久保があやめちゃんを
守らんとしていること以外には、何も分からなかった。
 とりあえず、自分に何が出来るのか、高倉はそれを考えることに専念しようとする。

 ……ところが。

 「失礼します」
 ノックの後に開かれる背後の扉。返事はせず、久保と高倉は後ろを振り返る。
 そこには二人が知らない男が1人、堂々と立っていた。比較的整った容姿だったが、誰なのか
さっぱり見当がつかなかった。久保はとっさにあやめちゃんを隠すように抱く。
70佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:18:48
 「どちら様で……」
 スタッフではないことは明白だった。また、知り合いの芸人でないことから、高倉はそう尋ねた。
 「名前ですか。そんなものはありませんよ」
 知らない男はそう答えた。
 「はぁ、『そんなものはありませんよ』さん、ですか。どこまでが苗字でどこからが名前なので
しょうか」
 高倉はまじめにそう言った。いつもなら久保が突っ込むのだが、久保は何も言わず、知らない男を
睨んでいた。
 知らない男は言う。
 「ぼく自身のことは放って置いてください。そんなことより、そちらの小太りの方。貴方が持って
いるものに、大変重要な用事があります」
 知らない男の口調は非常に事務的だった。しかし、久保も高倉も警戒した。
 なぜなら、この異常事態が発生した場において、知らない男は、意図も簡単に溶け込んでいるから。
 「貴方の用件は分かりましたが、俺の相方が持っているソレ、非常に厄介な物なんですよね……。
それに大変重要な用事があるということは……、貴方自体、厄介な物なんでしょうね」
 知らない男は高倉を見据える。
 「ぼく自身のことは放って置いてくださいといったでしょう」
 「そう言う訳にも行きません。せめて身分を明かしてください」
 「それはできませんね」
 即答だった。あまりにも断言的だったので、一瞬面食らったが、高倉は気を取り直す。
71佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:20:05
 「それでは尋ねます。貴方は久保の石に何の用事があるんですか」
 高倉は、もしかするとあやめちゃんのことを石といえば久保が何かしら反論すると踏んだ。しかし、
久保が何か言うことはなかった。今は知らない男に視線を合わせているので、高倉は久保の方を見る
ことができない。久保も、様子を伺っているのだろうか。
 一方、知らない男は、やはり事務的口調で答えてくれた。
 「それは、ぼくのものです。ずっと探していました。そしてやっと今日、見つけることができたのです。お願いですから、『彼女』を、返してください」
 後半は久保に言っていたような感じだった。しかし、一つ聞き捨てなら無いことがあった。
 「……『彼女』?」
 久保と高倉は、ほぼ同時に尋ね返す。
 「そうです。『彼女』は私の恋人です」
 高倉は再び苛立ちを感じた。久保と同じ事を、この知らない男まで言うのだ。高倉は必死で言葉を
選ぼうとする。しかし、
 「あやめちゃんが何でお前の彼女なんだ?」
先に久保が口火を切ってしまった。
 「あやめちゃん……? 『彼女』のことですか」
 「そうだ」
 「あやめちゃんではありません。『彼女』は」
72佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:22:08


 ストップ。
 

 一瞬だけ、見えた。先ほどの不法投棄現場。そこにあやめちゃんを捨てていった男。
 この、知らない男が、その男。しかし、久保の視点からでは男の顔が見えなかった。
 それなのに今ははっきりと見える。……どういうことだ。


 リヴァース。


 『その視線は知らない男としっかりと合っている。目が合っているのだ』。
 まさか……。そんなはずが……。


 プレイバック。


 「……」
 高倉が我に返ったとき、話はもう先に進んでいて、久保が怒声をあげていた。
 「勝手なこと言うなよ! お前っ、あやめちゃんをあんなところに一人にして、あんなところに
捨てるなんて酷い目にあわせて! それでなにを今更っ!」
 知らない男は反論する。
 「やっぱり、ぼくは『彼女』がいないとダメなんです! お願いですから、返してください!!」
 いつの間にか知らない男の口調が感情的になっていた。加熱する二人の問答に、高倉は一人、冷めている。
 疲れた高倉が、そのまま目を伏せると、視線の先にあやめちゃんがいた。こころなしか、
あやめちゃんからテディベアが剥がれていってるような気がする。
 ――もう、テディベアでは不十分なのか。あやめちゃん。
 高倉は心の中でそう尋ねた。すると……。
 高倉の冷えていた石が、更に冷えていき、凍え、それが手から腕へ、そして全身へと広がっていく。
73佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:22:55
 ……。 


 比較的、早送りの映像だった。
 音声は無い。ただ、流れて、なにがあったのかを教えてくれるだけといった感じだ。
 知らない男が、楽しそうに笑っていた。そんな映像が、しばらく続いた。
 しかしそのうち、知らない男の顔が怒りや嫉妬で醜く歪んで行き、次第にそれだけになる。
 そして歪んだその表情が、更に歪む。
 まるで、最初の幸せそうな表情を思い出すことすら、一切許さぬかのように……。
 そしてとうとう、『私』は、殺された。納得のいかないようで、納得の結果だった。
 しかし、『私』は再び目を開ける。身体は、動かない。喋ることもできないが、知覚はできた。
 知らない男が『私』を愛おしそうに、満足そうに愛でていた。そのとき『私』はまだ、
この男が好きなのだと思った。
 『私』は知らない男の期待に答えようと、『成長』することにした。近くに植物があればそれに
寄生し、それがダメになれば、近くのゴキブリに寄生する。
 別に何でも良いと思い、リモコン、CD、食器、枕、色々な所に寄生した。
 結果、全部ダメにしてしまった。『私』はまた怒られると思い、そしてまた殺されるのだろうと思った。
 しかし、今度は違った。……捨てられたのだ。 
 これは、納得行くようで納得できない結果だった。
 そして、今ここにいる。『私』を見つけてくれた、久保。彼には本当に感謝している。
 でもやっぱり『私』には、知らない男しかいない。それ以外では、ダメなのだ。
 知らない男もそう言ったように、『私』も彼じゃないと、ダメなのだ。


 ……。
74佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:24:19
 高倉は、久保に言う。
 「久保、お前も分かっているんだろう。あやめちゃんが、誰を望んでいるのか」
 「だめだ! あやめちゃんは、俺が、俺が守るんだ……。もう、辛い思いをさせたくないんだ」
 はっきり言って高倉には、今の久保があやめちゃんの所為でこんなことを口走っているのか、それとも、
本人が心から強くそう思っているからなのかは、分からない。
 しかし、とにもかくにも、これ以上久保とあやめちゃんを一緒に居させる訳にはいかない。

 growing,growing/i am growing now/

 高倉は、言った。
 「久保、聞こえているんだろ? あやめちゃんの声が。俺なんかより、よっぽど」
 久保は、震えている。
 「だけど、だけど……」
 「……久保、あの人にあやめちゃんを『帰そう』? お前が一番分かっているはずだ。あやめちゃんが、
何を望んでいるのか」

 久保の腕の中でほのかに光る、黄色い女。
 着ていたテディベアでは足りないのか、それとももう飽きてしまったのか、大胆にも
 彼女は久保の腕の中でそのきぐるみを、ゆっくりと脱ぎ始めている。
 まるで、羽化するかのように。しかし、
 所詮は冬虫夏草。高倉は知っている。
 彼女にとって最適で最悪な、本当の棲家が見つかったことを。
 久保は知っている。彼女にとって最高で最良な、本当の住処が自分ではないことを。
75佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:25:52

 久保は、本当に本当に名残惜しそうに、俯きながら知らない男に、あやめちゃんを、渡す。
 知らない男は強奪するように、久保からあやめちゃんを受け取った。

 その決着は、一瞬で付いた。

 久保と高倉は、瞬きをせず、その一部始終を目に焼き付けた。
 知らない男があやめちゃんを強く抱きしめた瞬間、あやめちゃんは急激に成長。驚いた知らない男が
手を離す間もなく、あやめちゃんは知らない男の体の穴という穴から侵入。
 聞くのに絶えない音が、部屋中に広がり、知らない男の断末魔も、それに混ざる。
 そして、絶望的な時間が怒涛のように流れきった後、何事もなかったかのように、
全てが元通りになった。
 知らない男が、目の前に横たえてそれ以上動かなくなったこと以外には……。

76佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:27:47
 そして、その後のことだ。

 通りすがった芸人仲間が久保に声を掛ける。
 「お前、そのドーゾーかなり気に入ってるみたいだな?」
 久保は笑いながら答える。
 「銅像じゃないよ」
 「お前ヤラしーな? 女の裸のドーゾー毎日手入れしやがって」
 「別にそんなんじゃないよ。それに、銅像じゃないからね」
 芸人仲間は、茶化すつもりでこう言った。
 「なんだ? じゃあ、石像か? ずいぶんとまぁ、綺麗な黄色じゃんか」
 「近いね。ただの石像じゃないよ」
 「ん?」
 イマイチ分かっていない芸人仲間に、久保は笑顔でこう言った。

 「生きてるんだ。彼女」

 立派に成長した彼女は、久保の芸人仲間に、満足げに素敵過ぎる笑みを浮かべて見せた。


 I just wanna do ya? Yes,I am still growing,now.
 だけど、この話はもう終わり。
77佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:34:07
……以上です。どうでしたか?
少しでも呼んでくれた方に楽しんでいただければ良いなというのが、私の常なる思いです。
途中で切って万が一落とせなくなるとアレなので、一気に落としました。
大丈夫、ですよね?

以下補足

「あやめちゃん」について。
あやめちゃん=ライフジェム:→
黄みがかった人工ダイヤモンド。人の遺灰や遺骨から採取した炭素を基に作る。
能力→できる由来も相まってか、石そのものが意思を持つ変り種。
想い人に寄生し、生命を吸い取りガン細胞のようにどこまでも成長する。菌類でいうならまさに冬虫夏草のような感じ。
条件→想い人がいなければならない。また、この石を寄生させるには持ち主が気に入られなければならない。
基本的にすごく頑丈だが、「栄養」がなければただの石になる。
78佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:36:52
77について訂正。
呼んでくれた方→読んでくれた方
スレ消費申し訳ありません。本文は大丈夫だと思いますが、万が一あれば
ご指摘ください。
79名無しさん:2005/08/01(月) 21:38:55
佐川さん乙華麗。

見入っちゃったよ
オモロかった
80佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/02(火) 15:42:32
79さん 感想ありがとうございます。
楽しんでいただけたようで何よりです
これからも精進します
81名無しさん:2005/08/03(水) 14:36:29
佐川さん乙!!
面白かった!文体に引き込まれた。
応援しています!
82佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/03(水) 18:16:33
81さん、感想ありがとうございます。
正直不安だったんですが、感想いただくことができたので嬉しいです。
次投下する機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。
83名無しさん:2005/08/05(金) 01:31:31
まとめサイト見れない…
自分だけ?
84名無しさん:2005/08/05(金) 13:20:37
漏れは見れるが、ちょっと重いように感じる<まとめサイト
85名無しさん:2005/08/05(金) 22:43:01
見れる様になりました。
何だったんだろう
86名無しさん:2005/08/06(土) 11:36:10
乙。成立してておもろかった〜
でも多少すさんだ話だから、番外編扱い?
87佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/06(土) 19:37:23
86さん、感想ありがとうございます。
荒んでますね。私としては番外編か本編かというのは頭に無かったです。
このスレのコンセプトが
「芸人たちの間にばら撒かれている石を中心にした話(@日常)」
ということなので、それを軸にして考えました。
88名無しさん:2005/08/07(日) 20:27:51
別に感想レス付くたびにいちいち律儀にレス返ししなくてもいいと思うけど。
単発レスに単発レス返しばっかでスレ消費するよりは、
したらばとかでレス返したほうがいいんじゃないかなーと思わなくもない。
良くも悪くも馴れ合いは本スレよりあっちでする方がいいんじゃないかなと。
89名無しさん:2005/08/07(日) 20:32:22
88に同意。
感想は書き手の元気の源とは思うが、続きはしたらばに誘導して、
ここでは「次ドゾー」みたいに一区切り付けてはいかがか。
他の書き手さんも割り込みづらくなりそうだから。
小姑ぽくてスマソ。
90佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/07(日) 22:02:27
>>88-89
これにはレスつけます。
ご意見ありがとうございました。
実をいうと私もどうしようかと思っていたところです。
これからレスはしたらばで一旦話を置いたスレにやっておきます。

というわけで、
次の方カモ------ン!! щ___(゜ロ゜щ
91お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/08/08(月) 01:12:23
長い間放置していてすみませんでした。私生活の方が少し落ち着いたので続きを落としていきます。

まとめサイト オパール編9の続きです


徐々に近付いてくるコンクリート製の固い地面は、確実に矢作を死へと導いている。
柴田の石の力で人間不信に陥り心を蝕まれていた彼は、その苦しさから逃れる為に死を選んだ。
「…誰も悲しまないだろうしな。良いんだ…これで楽になれるんだ」
そう呟き落下に身を任せようとした矢作の身体に突然ガクンと衝撃が走った。
見上げていた星空に真っ暗な影が落ちてきたと思った瞬間、
その影から伸びてきた腕に肩を掴まれたのだった。
「あれ…小木?…何やってんの?」
落下のショックで落ち着きを取り戻していた矢作は、突然目の前に現れた相方の姿に声を上げる。
「何って、あれ?俺何やってんだろ…」
無我夢中とはまさにあの時の状態のことなのだろう。
自分でも状況を把握できていない小木は矢作の問いに曖昧な答えしかできないでいる。
「俺が飛び降りたから、追いかけてきたのか?」
自分達の危機的状況を理解できていないのか、ゆったりとした口調で矢作は訊ねた。
「ああ、そうだ!驚いたよ。屋上でやっと矢作を見つけた思ったら、急に目の前で消えちゃうんだから」
小木は今思い出したといわんばかりに、大げさに手を叩いてみせた。
その目には元の調子に戻りつつある相方、矢作の姿が映っていた。
92お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/08/08(月) 01:14:08
「なぁ…どうして追っかけてきたんだよ…」
改めて辺りを見回せば速度はやけに遅いものの、二人の体は確実に地面へと近付いて行っている。
「どうしてって?」
「だって…このまま落っこちて行ったら俺たち死んじまうんだぜ?」
相方のあまりの緊張感の無さに、矢作は調子を狂わされているような気分になる。
「でも、ほっとけなかったみたい…大事な相方でしょ?」
小木は傍目からすれば気持ち悪いくらいの、しかし彼らにとっては当たり前な笑みを浮かべた。
「俺と一緒に、心中しても良いっていうのか?」
「…それは、困るかな」
疑り深げに訊ねた矢作に、今までの笑顔とは一変して困ったような顔で小木は答える。
「…お前、やっぱ面白れぇな」
それを見た矢作は、あの事件以来久し振りに笑いながらそう言った。
「なに、お前には負けるよ…」
久し振りの相方の微笑みに、小木もつられて表情を崩した。

矢作の石が彼のシャツの胸ポケットで光っているのが見える。
元の石の輝きと、侵入者である赤黒い光が争っているかの様に混ざり合い分裂し、
それはまるでお互いを消そうとしているかの様に見えた。
その光景を見た小木は、矢作に掛けられていた暗示が解けつつあることを悟った。
「なぁ矢作」
赤黒い光が小さくなったのを見計らって、小木は矢作に声を掛ける。
「ん?」
何だよ改まって、と矢作は少し眉を顰めて言った。
「俺さ、今凄くなりたいものがあるんだ」
その言葉に反応し、矢作の石の輝きがいっそう強くなる。
「…お前のなりたいもんにはならしてやりてぇからな…何でも言っていいよ」
少し考えたような素振りをしてから快く了承する。
何度も見たことのあるそのやりとりは、彼等の漫才中に良くやっていたものだった。
「俺、俺さ…相方に心から信頼してもらえる相方になりたい」
93お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/08/08(月) 01:17:16
「…そんなんで、いいのか?」
信頼、という言葉に反応し赤黒い輝きが完全に石の輝きに飲み込まれたのを、小木は見逃さなかった。
「凄く大事なことじゃない?」
駄目押しの一言。これで終わりだ、と心の中で小木は呟く。
「ああ。やっぱ俺の相方はお前しかいねぇよ」
照れ臭そうに矢作が言った瞬間、彼の目の曇りは完全に晴れた。
矢作の心を閉ざし続けていた暗示が解けたことを示すかのように。
それとほぼ同時に彼の石から弾き出された赤黒い光の塊は、
物凄い速度で空中へと飛び出してそのまま建物内へと消えて行った。

「で、どうしよっか…」
当然のことながら、暗示が解けたからといって時間が戻るわけではない。
「どうしようね…」
彼等の身体は未だ空中を落下し続けているのだった。
ゆっくりとした速度ながらも、徐々に地面は近付いている。

「ぁ、アカン!!もう無理や…力が、届かへんっ!!」
今まで屋上から二人の落下スピードを下げていた後藤が遂に悲痛な叫び声をあげた。
身体に掛かっていた重力による体力の消耗と、
術者と対象との距離が開き過ぎたのとで能力の限界が来たのだった。
「光が…」
後藤を支え続けていた岩尾の目は輝きを失っていく相方の石を捉えていた。
屋上からは夜の闇の所為で二人を殆ど確認することが出来ない。
「そんな…諦めるなよ!」
がんばれ、そう言おうとした有田を上田が止めた。
「言うな。これ以上は…後藤が死んじまう」
此処まで頑張った後藤にこれ以上頑張れというのは酷過ぎる。
無理にやらせて力の反動で圧死されるわけにもいかない。
「でも、それじゃああの二人は!!」
襟を掴んで声を張る相方の腕を思い切り払い、上田はそれ以上の声で叫んだ。
「分かってる!けどな、これ以上は無理なんだ!!」
上田は体力精神力ともに使い果たし憔悴しきった様子の後藤を気遣ったのだ。
94お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/08/08(月) 01:23:44
彼は悔しそうに拳を握り締め、二人が吸い込まれて行った暗闇を凝視する。
あの二人の能力からしても自力で助かるはずが無い。
地面に座り込んで肩で息をしている後藤の表情は俯いていて分からない。
だが彼の心の中は筆舌に尽くしがたいほどに混乱しているだろう。
「…もう、やれることは、全てやったんだ」
後藤の方に手を掛けて「お前は悪くない」と彼に言い聞かせるように上田が呟く。
残酷な現実を叩きつけられ、皆茫然自失で立ち尽くしていた。

突然グンと落下スピードが上がり地面との距離が見る見るうちに縮んでいく。
「…これ、ちょっとやばい状況かな?!」
擦れ違う風の音も大きくなりお互いの声が聞き取り辛くなる。小木は大声で矢作に言った。
「悪ぃな…小木。俺の所為だ」
風の音にかき消されそうな声で、矢作は小木への謝罪の言葉を呟く。
「まだ、まだ生きている!諦めちゃ駄目だ!!」
小木は諦めて目を伏せる相方の肩を掴んで力強く叫んだ。
「でももう…」
矢作の言葉はそこで途切れた。小木の言葉もそれ以上は聞こえてこなかった。
95お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/08/08(月) 01:28:15
終り方微妙ですが「死にネタではありません」ので、そこんとこ宜しくお願いします。
久し振りに書いたらなんだか日本語微妙な部分ありますが適当にスルーしておいてください。
では、また続きが書けたら落としに来ます。だらだらと長い話ですが、
何とか終らせるだけ終らせたいと思いますので、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
96名無しさん:2005/08/08(月) 01:52:40
>>91-94
うおあぁぁぁぁぁお久しぶり!!
ずっと待っていましたよ!

今後の活躍も、期待しています。
97名無しさん:2005/08/08(月) 08:00:24
>>91-94
続き楽しみにしてたよ
とりあえず超乙。
98名無しさん:2005/08/08(月) 08:22:30
>>91-94
待っていました〜!
この話に出ている人物みんな大好きなので…!
応援してます!
99名無しさん:2005/08/08(月) 08:43:31
>>91-94
激しく乙彼
俺も応援してるぜ
100眠り犬:2005/08/08(月) 12:19:11
突然ですがお久しぶりです。
そして遅くなりました、新スレ乙&オメです!!
リアルの方が忙しくてネットが全然できませんでした…。
ゆびきりげんまんの続きを書き終えていないのですが一応(生存確認で)
本スレに書き込みをしておきます。
3話では南キャン&東ダイという組み合わせの理由をちゃんと説明する
予定です。(好きな芸人くっつけただけなんて書けないよorz)
101名無しさん:2005/08/08(月) 16:07:10
楽しみにしてる、ガンガレ>眠り犬
102名無しさん:2005/08/09(火) 00:23:34
乙です!
待ってました!すごい展開で終わりましたね・・・
続き気になります。
いくらでも付き合いますよ〜頑張ってください!
103 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/09(火) 16:57:13
第七章〜ふりつもるおもいにうもれ〜



――見上げれば、白い月。

山崎が非常階段を黙々と上り続けていたその頃――屋上で相方を待つ山里は、所々錆び付いたフェンスに寄り掛かり、じっと空を見上げていた。
ビル風が吹き抜ける屋上の体感温度はかなり低いはずだが、不思議と寒さは感じない。
遠く、雑多な街の音が聞こえる。振り向けばフェンス越しに繁華街の様子が見えるだろうが、今は街の様子を眺める気にはならなかった。
いつも賑やかでどこか温かいあの雑踏が嫌いなわけではないけれど、今はこの冷たい静けさの方が心地良い。
細く欠けた真っ白な月を、ただじっと眺める。
僅かに藍色を含んでいるはずの空の色は、今の自分には墨で塗り潰したような黒にしか見えなかった。
目に映る景色は、黒と、白と、濃淡があるだけの灰色で描かれている。

――世界から、色というものが完全に消えていた。

右目に巣食った闇が左目まで侵食したのだろうか、とぼんやり考えながら、視線を前に戻す。
もしかしたら色彩以上に大切な何かを失ったのかもしれないと、そう心のどこかで感じてはいたが、例え探したとしても見つけられるとは思えなかった。今の自分はきっと、すぐ目の前にあっても見落としてしまうだろう。
視界を覆う影が急激に広がり始めたのは二週間程前の事だが、恐らくは欠片が目に入ったあの日に、既に変化は始まっていたのだ。

『俺の事嫌いでしょ』

ふと、どうしようもない不安に駆られて――今思えば、あの異常な不安感は黒い欠片の影響だったのだろう――あの言葉を口にした時点で。
そして、返ってきた返事を聞いた瞬間、決定的に何かが変わった。
あれから相方の目を見る度に感じるようになったあの感情は、嫉妬かそれとも畏怖なのだろうか。
彼女の目に、その強さに、自分が持っている弱さも汚さも全て、まるで鏡のように映し出されてしまうような気がして――自分自身でも上手く説明出来ないその感情は、どこにもぶつける事が出来ず、膨れ上がって容赦なく自分を押し潰そうとしてくる。
こんな思いをするぐらいなら、いっそぶち壊してしまえばいい。
押し潰される前に。吐き出す事も出来ず積もっていく思いに埋もれて、息が出来なくなる前に。
104 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/09(火) 16:58:04
ねぇ、どうして君はそんなに強いの?
どうしてそんなに心が綺麗なの?
ねぇ、どうして。

――俺はこんなに弱くて醜いのに。

心のどこかには、まだほんの少しの迷いが残っていた。
けれど、抗えない。耐えられない。
この憎しみに。殺意に。苦しみに。痛みに。
どす黒い殺意の炎が燃え上がっているにも関わらず、心の奥は氷のように冷え切っていた。
微かに痛む右目を右の掌で覆い、俯く。その口元には張り付いたような笑みが浮かんでいる。
深い闇を孕んだ、嘲笑。
凍えるような冷たい風が首筋を撫でるように吹き抜けていく。
非常階段を上ってくる足音が、微かに耳に届いた。

無意識に口元に張り付いた嘲笑が、消えない。
誰を嘲笑っているのだろうか。一体誰を。

闇しか映さない、右目の奥に――まるで愚かな自分を咎めるかのように、微かな鈍い痛みが居座っている。



――吹き抜ける冷たい風よりも更に冷たい気配が、そこにある。

扉の向こうの人影をじっと見つめたあと、目の前の扉に視線を移した山崎は、鍵やドアノブがあったはずの部分が何かで切り裂いたように壊れているのに気付き、僅かに眉を寄せた。
ポケットから右手を出し、冷たい扉を軽く押す。
キィ……と錆び付いた鉄が軋む高い音を立てて、扉がゆっくりと開いた。
目の前に広がるのは、在り来たりな【屋上】の風景だった。それなりに古いのか所々罅割れ破片が転がるコンクリートの床。周りを囲むフェンスは、なぜか数箇所大きな穴が開いている。
地上より、少しだけ空が近く感じる。
扉の横に置いてある見慣れた鞄の横に自分の鞄を置き、行儀が悪いとは思いつつ開いた扉をそのままにして足を踏み出した。
105 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/09(火) 16:59:15
形あるものや言葉だけを信じる、その事の危うさや哀しさを忘れてしまう程に追い詰められた相方の心に気付くべきだったと、今は心の底からそう思う。
いつの間にか、言わなくても全てが伝わると思っていたのかもしれない。
本当は――余り認めたくはないのだが――そんなに嫌っているわけではないのに、何かと気遣われるからつい意地を張ってしまう。
例え理解してくれている相手であろうとも、言葉にしなければ伝わらない事はあるというのに。
――だから。
だからせめて、逃げるような真似だけはしたくなかった。自分勝手な考えかもしれないが、それが今の自分が出せる最善の答えだと、そう思ったのだ。
(――我ながら不器用やな……山ちゃんの事笑えんわ)
一歩一歩、ゆっくりと足を進めながら、山崎は僅かに苦笑を浮かべた。

屋上の端――フェンスに近付くに従って、人影の正体がはっきりと見えてくる。
自分をここに呼び出した張本人である相方は、所々錆の浮いたフェンスに背中を預け俯いていた。
きっちり切り揃えられた前髪と黒い上着の裾が、吹き抜けるビル風に微かに揺れている。
たださえ悪目立ちする外見に加え、それなりに背の高い――山崎よりは低いがそれでも平均より五センチ以上高い――山里の立ち姿は、やはり普段と同じく異様に目立っているが、その周りに漂う空気は普段とは違い、真冬の冷気よりも更に冷たく思えた。
並みの神経の持ち主なら凍え死ぬかもしれないと、本気で思ってしまう程に。
それは例えるならば、踏む場所を間違えればすぐにでも砕け散ってしまいそうな薄氷に覆われた真冬の湖。
あるいは――全てを凍て付かせる、吹雪の中心。

山里がゆっくりと顔を上げた。視線が真正面からぶつかり、時間が止まったかのような沈黙が流れる。風が、一際強く吹き抜けた。
遠く響く雑多な街の音も耳に入らない静けさは――密やかな殺意、あるいは忍び寄る穏やかな狂気にも似ていて。
106 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/09(火) 17:00:19
そのままどのくらいの時間が流れたのだろう――恐らくはほんの数秒だったのだろうが――、左腕の時計にチラリと視線を向けたあと、山里が軽い調子で右手を上げた。
「ちょっと遅かったね」
「……まさか非常階段十五階分上らされるとは思わんやろ、普通……」
反論というよりはぼやくように言いながら、山崎は胸元のペンダントの石に意識を集中させた。微かに赤い光が漏れ出す。
力が発動すると同時に、視界が急激に暗さを増した。身体能力の向上と引き換えに、夜目が利かなくなる。
鳥が夜の空を飛ばない理由を身に沁みて理解しながら、それでも迷いなく地面を蹴った山崎は、凄まじい勢いで距離を詰め握り締めた右の拳を振り被った。
107 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/09(火) 17:04:44
相変わらず石の登場頻度が低くて(そして暗くて)ちょっと申し訳ないんですが、第七話でした。
他の書き手のみなさんの作品もワクワクしながら読んでます。続きを楽しみにしてます。
108名無しさん:2005/08/09(火) 17:46:18
乙。
いや、この暗さまでもがステキだと思うw
続き楽しみに待ってるよ。
109名無しさん:2005/08/09(火) 21:53:14
乙〜
俺もわくわくしながら8Y4t9xw7Nwタソの小説読んだよ。
GJ
110名無しさん:2005/08/09(火) 22:48:17
続き希望!!
111名無しさん:2005/08/09(火) 23:01:58
8Y4t9xw7Nw さん、応援しています!頑張ってください!
112名無しさん:2005/08/09(火) 23:03:23
ゆっくり待ちたまえ(*´・ω・)(・ω・`*)
113名無しさん:2005/08/10(水) 23:18:48
乙です!
ついに始まりましたね・・・
山ちゃんの心情がなんとなく解ってすごく感情移入できました。
でも、静ちゃんに頑張ってほしいです。
114名無しさん:2005/08/11(木) 23:01:21
あっちで呟くのもアレだから…
チラシの裏だからスルー可って前置きがうざすぎる
本当にただの呟きでスルーしてもいいなら白黒進行会議スレに書き込まないだろ
自分の意見なんだからもっと堂々としてればいいのに
115名無しさん:2005/08/11(木) 23:28:08
あっちのことはあっちでやればいい
116名無しさん:2005/08/11(木) 23:52:31
あっちに書き込んだら荒らし扱いされるからじゃないのw
だからと言ってこっちに書かれても激しく迷惑なわけだが
117名無しさん:2005/08/13(土) 00:50:32
今大変なハチミツ氏ですが、続編楽しみに待ってます!
118名無しさん:2005/08/13(土) 00:59:29
>117
亀レスしてしまったスマソ
8Yさんも乙です!こんなかっこいい南キャン、M1でも拝めないw
119 ◆6Df4hj0MVY :2005/08/14(日) 02:44:38

夜分遅くにこんばんは。
前の掲示板で、トータルテンボスのストーリーを書いた者です。
久しぶりに来て、コメントを読んで、悪い事をしたな、と頭を抱えました。
言葉が足りていなかったのと、中途半端な投稿で終わらせた事によって、
誤解が生まれた事をお詫びします。
まず一つは、死ネタではないんです。
中途半端に投稿したためにそう取れてしまったかと思います。本当にすみません。
次に、言い訳がましいですが、能力の設定については本文を読んでいただければ分かりますが、
根本的なものは変わっていないと思っています。
人の捕らえ方によっては別のもの(能力)に見える、
という事を配慮してのコメントだったのですが、不快に思われた方がいた事を
受け、言葉の足りなさを反省しました。
注意書きも盲点でした。本当に申し訳ないです。

それを踏まえた上で、大変迷惑をかけた事を承知で、もう一度、
続きを投稿させていただきたいと考えています。

すみませんでした。
120名無しさん:2005/08/14(日) 11:45:27
とりあえずしたらば池よ
121名無しさん:2005/08/15(月) 18:13:09
ageます
122名無しさん:2005/08/18(木) 00:40:53
hosyu
123名無しさん:2005/08/18(木) 03:01:50
書き手さん、応援してますよ!
神降臨キボン!!
124名無しさん:2005/08/19(金) 02:55:16
神カモン!age
125名無しさん:2005/08/19(金) 15:27:11
携帯からはまとめサイトって見られないんですか?
教えてください。よろしくお願いします。
126名無しさん:2005/08/19(金) 16:49:38
個人的に、オパール編が物凄い気になる。
頑張れ神。
127名無しさん:2005/08/19(金) 18:31:36
スピワ編の神を今か今かと待ち続けてます
128名無しさん:2005/08/19(金) 21:15:10
自分の好きなものを書いているだけで神神言われると非常に恐縮。
期待に添えるものが書けているかどうかも気になりだす。
ので、あまり持ち上げないで欲しい。
129名無しさん:2005/08/20(土) 00:35:35
>125
前スレで同じような質問があった時のリンク先
ひゅうてっち(PC用サイトを携帯用に変換)
ttp://219.118.171.51/

Grand-WAZOO (2ch閲覧flash)
ttp://www.grand-wazoo.com/test/andy.swf

したらば進行会議用掲示板携帯用
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/computer/17788/
↑今後この手の話はここで振った方がいいとオモ
130名無しさん:2005/08/20(土) 13:27:19
>>128
折角誉めてもらってるのにその言動はどうかと思うが。
もうちょっと優しげな言い方は出来んのか。
131名無しさん:2005/08/20(土) 13:40:49
だからってふんぞり返られても困るわけだが。
神って言葉、読み手からしたら気楽だけど書き手にはプレッシャーにもなるだろうよ。
132名無しさん:2005/08/20(土) 14:17:31
だよ。書き手に神はプレッシャーだ。
確かにすごい文を書く人はこのスレには結構いるが、
そのほとんどが>>128のように自分がいいと思ったものを書いているのだと思。
みんなでマターリと、ここに投下される小説を楽しもうよ?
133名無しさん:2005/08/20(土) 15:59:51
129さん、ありがとうございました!見られるようになりました!
134名無しさん:2005/08/22(月) 18:45:47
Щ(゚Д゚Щ)カモーン!
135名無しさん:2005/08/23(火) 01:39:15
>133
お役に立ててよかったです。あと次回から書き込み時はsageで!
136名無しさん:2005/08/24(水) 02:31:29
みんなあれかな、レポートとか帰省とかしてんのかな
137 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:04:28
投稿させていただきます。
遅くてすみません。
ちょっとグロです。
138衝撃Dorop4話 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:05:47

まるでバースデープレゼントのようなラッピングをされた箱の中には

キラキラと輝くラメやビーズ。
真っ赤な姿を隠す白い生クリーム。
宝石のようなフルーツ。
ケーキのようなデコレーションをされた血まみれの鶏まるまる一匹使ったケーキに添えられたハッピーバースデーの曲付きメールには

てめぇはチキンだ。
俺は衝撃の破壊者だ。

という狂ったメッセージがかかれていた。
「・・・ふざけてるよなぁ。本当に。」
上田は煙草を吸いながら箱の中のケーキとは言えないケーキを見つめていた。
器用にハート型に切られた鶏の鶏冠の切り口からは血がにじみ出て白いクリームを赤く染めている。
「・・・なんですか?これ。」
ついさっき上田の自宅に来た青木は箱の中を見て吐きそうな顔をした。
「ん?あいつからの贈り物だよ。宣戦布告ってやつだ。」
上田は煙草を加えながら冷静に言った。
「何煙草加えてカッコつけてるんですか。」
青木は上田のほうを見た。
「こんなもんパッパと捨ててくださいよ。奥さんに見つかったらどうするんですか?」
少し怒った声で上田の煙草を引ったくるとその箱の始末に取りかかった。
上田はふぅとため息を漏らすとメールが送られたパソコンの前に座った。
ぎしりと椅子が音を立てる。
「恐らく・・・ここにかかれてる衝撃っつうのはインパルスの事だな。」
上田はマウスをいじりながら言った。
139衝撃Dorop4話 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:07:29
「板倉が石を手に入れた時間帯からそんなにたたずにこのメールが送られてきたって事は恐らく敵も板倉が石を手にした事を知ってるって事じゃないですか?」
「んー・・・恐らくな。」
上田はメールBOXを閉じた。
青木が箱を捨てたのを見終わると上田は青木に
「・・・今日の板倉と堤下の予定ってわかるか?」
と訪ねた。
「確か9時頃にAテレビ局のバラエティー番組収録に行くらしいです。恐らく、夕方の5時には終わるかと。」
「そっか・・・。」
上田はそう言うと、椅子から立ち上がった。
「・・・誘うんですか?私たちのチームに。」
青木は上田を目で追いながら聞いた。
「勿論誘うに決まってるだろ。」
上田は時計を見た。
時計は午前七時を指してる。
上田は携帯を手に取るとアドレス帳を開き板倉の電話番号のボタンを押した。
140衝撃Dorop4話 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:08:21
****************************************************************************
〜♪

板倉は携帯の着信メロディーの音で起きた。
あんまし睡眠をとってない板倉はあくび混じりに電話にでた。
「よぉ板倉。上田なんだけど」
「・・・あ・・・。」
板倉は慌てて起きると
「おはようございます。」
と少しかすれた声で言った。
「おはよう。朝早くに電話しちゃって悪いな。」
「いえいえ・・・そんなことないっすよ。」
板倉はあくびを抑えながら答えた。
「ところでさ、今日夜あえねぇかな。石のことで大事な話があるんだけど。」

「え・・・?」

板倉は机の上の石を見た。
「あれは・・・上田さんが仕込んだんですか?」
「ん・・・まぁ俺が仕込んだって訳じゃねぇけど・・・まぁその石について板倉、
その石について知りたいなら午後7時にA局の近くの居酒屋に来いよ。教えてやるからよ。」
「・・・・・・わかりました。上田さん。」
板倉はそう言うと電話を切った。
何故か胸の鼓動がやたら激しく波打っていた。
To Be Continued.
141衝撃Dorop4話 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:11:34
投降終了。
なかなか対決に進めない・・・。
頑張ります。
142衝撃Dorop4話 ◆S9sWqEyVIM :2005/08/24(水) 03:15:04
ごめんなさい。
>>137ageちゃいました。
首吊ってきます・・・
143名無しさん:2005/08/24(水) 10:01:33
乙華麗〜です。
鶏ケーキが凄いですね。
144名無しさん:2005/08/24(水) 12:32:20
上田と青木っていつの間につるんでたの?
あとdoropって何語?頭悪いから分かりません(><)
145衝撃Drop:2005/08/24(水) 12:45:07
>>144
ここでの設定では上田と青木はつるんでおります。
上田と青木がつるんでる理由や時期は後々話で登場させたいとおもってます。
Doropについてはまた間違えてしまいましたorz
正確にはDropです。
本当にすみません。
146名無しさん:2005/08/24(水) 16:05:33
上田と青木ってくりぃむの上田と青木さやかだよね?
147名無しさん:2005/08/24(水) 22:26:13
乙です。
すさまじいケーキですね・・・最初の三行は可愛かったのに(笑)
148名無しさん:2005/08/28(日) 00:58:33













149 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:20:07
したらばに居た者です。恥ずかしながら投下しまーす。
 
〜コール〜

「おーい、ちょっと。俺の話ちゃんと聞いてる?」
「はいはい。もちろん聞いてますよー…」
とある喫茶店の中。二人の男が、素麺をすすりながら会話をしている。
麺が伸びてしまうのも気にしないと言った風に、箸を振りながら一方的にペラペラと喋っ
ている茶髪の男が、向かいの席に座っているやや小太りの男の顔をズイッ、と覗き込んだ。
「でさー……そんでさぁ……なっ、馬っ鹿だろー?」
「へぇ、そうなんですかー」
 ―――それは前にも聞きましたよ。何回も。
とは、いくら仲が良くても相手が先輩なので絶対言えない。それ以前に、こんなに楽しそうに話してくる彼を無責任な言葉で傷つけたくないこともあったが。
苦笑を浮かべ軽く溜息を吐く。そして再びオチの分かり切っている話に耳を傾けた。
「大木ぃー、お前のメロンソーダ旨そうじゃん。ちょっと頂戴」
茶髪の男が身を乗り出して、綺麗なグラスにアイスが盛りつけられているメロンソーダに手を伸ばした。
大木は慌ててその手を払いのける。
「だ、駄目!駄目ですよ!これ俺のなんですから!」
「じゃあアイスの部分だけでいいからさぁ〜」
「それ一番駄目なトコじゃないすか!」
テーブルをガタガタと揺らし、大声を上げながらジュースの取り合いをする。
だがさすがに周りの客の突き刺さるような視線に気付いたのか、戦いは自然と一時中断され、二人は軽く愛想笑いをすると、縮こまって再び椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「あ〜あ、何かつまんねーの!面白い事ねぇかなー…」
キシキシと音がするくらいに体重を掛けて行儀悪く椅子の背にもたれかかり、茶髪が呟く。
大木はそれを見ながら、転倒しないだろうか、などと行き場の無い手を宙に彷徨わせてハラハラしている。

150 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:23:19
「あ…そういえば最近、番組で共演してるくりぃむの二人や川島君たちの様子が、何つーかちょっとおかしいんですよ」
「ふうん?」
「何か“石”がどうのこうの言ってて…」
「石…」
石。その単語を聞いた途端、茶髪男の目の色が変わった。体制を正し、テーブルの上に肘を乗せる。
「へ…?何か知ってんですか?」
「ふふーん、まあね!そっかー、お前にもついにコレを渡すときが来たな!」
どっかのゲームに出てくる師匠のような台詞に少し吹き出した。
「えー何です?何かくれるんですか?」
冗談半分で手の平を差しだしてみると、
「ほいっ!」
綺麗な石を手の中に落とされた。わずか3センチほどの、小さな赤みがかった石。
先端が曲がっていて、中学の社会の教科書で見たことがある形だ。
「勾玉じゃないすか。すげ、本物の宝石ですか?」
手の平でころころと転がしてみたり、天井のライトの光に当てて反射させてみたりと、大木は石の観察に忙しない。
その横で、茶髪の男がメモ帳を取り出して何かをサラサラと書いている。
それを小さく折りたたんで大木に握らせた。
「何ですか、コレは」
紙を開こうとすると、男に制止された。
「あー駄目駄目!いい?コレはその石とセットだから。ピンチになったら、その紙を開いて、書いてある事を読めよー」
「は…ピンチって…え?」
「はいはい、この話は終わりー!あ、それよりさぁ。さっきの話の続きなんだけど…」
男は大木の問いかけを遮りにっこりと笑ってはぐらかすと、またいつものように雑談を始めた。また以前に何度も聞かされた話だ。
大木は男の態度に疑問を持ちつつも、深く考えず、いつものように相づちを打った。
151 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:26:38
「じゃーな。ボンス、また遊ぼうな!」
妙なあだ名で大木を呼ぶ男は、大きく手を振って喫茶店から出て行った。
一人残った大木は手を振り返しながらコーヒーを飲んでいる。
テーブルの端に置いてあった紙を開こうとするが男の言ったことを思い出し、踏みとどまった。
そして、あの勾玉と一緒に鞄の中にしまい込んだ。

「どういう事なんだろ…」
大木が呟くと同時に、
「あー、そうそう!」
ドアが勢いよく開き、茶髪の男が突然戻ってきた。
その真剣な瞳にぎくっ、と身体が強ばる。
「な、何ですか…」
「お前さー、俺が同じ事何度も言ってんのに全然覚えてねーよな?」

………………

「はぁあ!!?」
身体の力が一気に抜けた。
152 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:27:39
それから暫く経ち…

「帰ろうか、それじゃ」
残りのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
その時、男の客が二人で、黙々とケーキを食べているのが目に入った。
(はあー…珍しいなぁ…)
最近は若い男性にもすっかり甘党が増えて、ファミレスなんかで堂々と、チョコレートパフェなどを注文する。
だが、今大木が目に留めたのは、ファミレスよりも居酒屋が似合いそうな風貌の男達だった。
セットされていない髪に、寝不足なのかとろんとした目…。
色んな人間がいるな、と大木は首を振ってレジに向かった。

外にはもう茶髪の男の姿は無く、大木は一人で歩き出した。
信号が赤だ。足を止めて、ここの信号長いんだよなあ、などと考えながら目の前を通り過ぎていく車をぼーっと眺める。
すると、後ろからぽん、と無言で肩を叩かれた。振り向くと、さっき喫茶店の中でパフェを食べていた二人組が立っていた。
そして、いきなり大木の腕を片方ずつがっしりと押さえつける。
「ちょ、何すんですか!」
と、大木は言ったが、男達の行動がいかに素早かったかは、その言葉を言い終えた瞬間には、いつの間にか目の前に停められてあった車の後部座席に座らせられていた、という点からも分かる。
「誰なんだよ、あんたら…」
「おい、車出せ」
大木の言葉を無視して、一人が言った。

車が走り出すと、やっと掴まれていた手が離される。
大木は怖いよりも何よりも、ただ呆然としていた。


153 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:28:24
「あのー…何の御用?」
恐る恐る尋ねる。
「いえ、ちょっと聞きたい事がありまして…」
聞きたいのはこっちだ、と大木は思ったが、それ以上は口を開かなかった。相手の顔がどう見ても、友好的とは言えない顔をしていたからだ。
晩飯、遅くなっちまうな…。などと暫く呑気なことを考えていたが、周りの景色が段々寂しくなっていくのに連れて、恐怖感も生まれてきた。


連れて来られたのは、人一人居ない、寂れた倉庫。今はもう使われていないのか、角材や錆びた鉄パイプなどが無造作に置かれている。
天井のトタンは所々破れ、そこから夕日が漏れている。
車から降ろされると、男達も続いて降りてきた。
「…聞きたいことって…何だよ」
振り向きざまに、大木は思い切って尋ねた。
片方の男が口を開く。
「石ですよ。大木さん、受け取ったでしょう。喫茶店で」
「石…?」
そういえば、確かに受け取った。綺麗な緑の石を、あの茶髪の先輩から。
「それを渡して欲しいんですけど」
「渡して戴ければ無事に帰してあげます」
大木は少し戸惑った。そりゃあ早く帰りたいが、こんな見ず知らずの怪しい奴らに先輩から貰った物を易々と渡す訳にもいかない。
ふいに、石を渡された時の事を思い出す。何時になく真剣な口調、詳しく聞こうとするとはぐらかされた事。
石を他の人に見えないように自分の手に握らせた事…。
154 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:29:47
「大木さん?」
「…駄目だ…」
男達は難しい表情で顔を見合わせ、大木に視線を戻す。
「これは大事な物なんだ。悪いけど…渡せない」
「じゃあ、力ずくでも…!」
男が繰り出したパンチを間一髪で避ける。石の入ったリュックを脇に抱え込んで、走り出した。
走りながら振り向くと、何故か男達が追いかけてくる様子は無い。もう諦めてくれたのだろうか、などと考えていると。
「え…!?」
片方の男が腕を前に突き出すと、赤色の光が真っ直ぐ大木に向かって放たれた。
あり得ない光景に言葉を失ったが、直ぐ我に返り、しゃがみ込んでその光を回避した。
「無駄です!」
男がくいっ、と手を引くと、赤の光がまるで蛇のようにぐにゃりと曲がってUターンし、もの凄い速さで大木に命中した。

「うああああっ!い…痛ってえ!!」
気を失いそうな程の痛みに、思わず身体を抱えて倒れ込む。その拍子に口の開いていたリュックからバラバラと中身が撒け落ちた。
目の前にヒラリ、と小さな紙切れが舞い落ちる。少し前にはあの緑色の石が転がっていた。
「よし、落としたぞ」
男達が石を拾おうと駆け寄ってくる。

あーやばい、石、取られちまう…。どうしようどうしよう…。
その時、大木の頭に、あの言葉が蘇った。

―――『ピンチになったら、その紙を開いて、書いてあることを読め』

もうどうでもいい。助けてくれ…!
大木は痛む身体を起こして、縋るような気持ちで紙を開いた。
155 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:33:42
とりあえず前半だけ投下。
156名無しさん:2005/08/30(火) 00:36:02
乙です!
続きがすごく気になります!茶髪の髪の人がまったくわかりませんが・・・(笑)
赤い勾玉ってきれいでしょうね〜
157名無しさん:2005/08/30(火) 15:48:57
投下乙です。
大木と茶髪の先輩のやりとりがとても生き生きとしていていいですね。
ところで大木がもらった石の色について>>150では「小さな赤みがかった石」なのに>>153>>154では緑色の石となっているのがちょっと気になったのですが。
細かいことですみません。
158 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 17:41:51
あああーそこ直すの忘れてた!
正しいのは「緑色の石」です。
159 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:03:21
>>154の続き。後半投下です。


「な…何だこれ…」
大木は首を傾げた。
紙には見知らぬ横文字が殴り書きで書かれてあった。指でなぞりながら一字一字ゆっくり読んでいく。               
「うー…汚くて読めねえよ…えーっと…せ、ら、ふぃ、な、い、と…“セラフィナイト”…?意味わかんね」
何となく可愛らしい響きの、聞いたこと無いようでどこか聞いたことがある名前。宝石か何かの名前なのだろうか。
何にせよ少し声に出して読むのが恥ずかしい。

言い終わった途端、大木の目の前に転がっていた石が緑色の光を放ち始めた。
石を拾いかけていた男達はそのまばゆい光に目が眩み、石を取り落とす。
石の光が消えると同時に、ひゅるるる…という風の音がして、木の葉がくるくると舞った。
そして、大木の背後から聞こえた、明るい声。

「堀内ケン、あ、参上〜っ!しゃきーん!!」

3人の視線が、一点に集中する。
あの茶髪の男―――ネプチューン堀内健の姿が、そこにあった。
「え〜何何?もうピンチになっちまったワケ?だっらしねーなあ!」
「…はあ、すみません」
堀内は大木の腕を引っ張り、身体を起こさせた。落ちているリュックも拾ってやる。
「な、何で堀内さんが…」
男達は意外すぎる人物の登場に声が上ずっている。
「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせよーぜ。この後収録なんだよ。泰造と潤ちゃん待たしてっからさぁ」
くるりと男達の方へと向き直り、小馬鹿にしたような口調で挑発する。

そしてまんまとその挑発に乗った血気盛んな若手は、相方と思われる男の制止を振り切り、目の前の大物先輩に向けてその赤い光線を放った。


160 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:06:21
常人より遙かに運動神経の良い堀内は身体を器用に折り曲げて光線を交わす。だがその光線は大木のときと同じようにぐにゃりと反転し、再び堀内に向かって襲いかかってきた。
それに気付かない堀内に大木が声を荒げる。
「ちょ、堀内さん、後ろ!」
「お、何ボンス。“志村後ろ!”みたいなこと言っちゃって。……ありゃ」
堀内の唇が「やべっ」と動いたのを大木ははっきりと見た。
「“やばい”ってアンタ…」
その瞬間、真っ赤な光が堀内を包み込んだ。

あまりにもあっけなさ過ぎる展開に、大木はもちろん、光線を放った男も目を丸くしている。だが直ぐにそれは笑みに変わった。
「驚かせやがって!やっぱり堀内さんは原田さん達が居ないとてんで使えませんね!」

「ふ〜ん?何の話してんの〜?俺にも教えてくれねえ?」
「えっ…」
背後に人の気配を感じた時には、もうすでに堀内が小泣き爺の如く男の背中に負ぶさるようにのしかかっていた。
隣では相方が口を開けて固まったまま突っ立っている。
男は堀内の重さによろけてうつ伏せに倒れ込んだ。堀内は男の頭をこんこんと叩く。
「良いね〜その台詞。久しぶりに本気で頭に来たかもよ?」
段々と声が低くなってくる。どうやら本気で怒ってしまったようだ。
「こ、の…!」
相方の男が木材を横に振り回し、堀内の頭を狙った。確実に避けることの出来ない間合いだった。だが、
「くそっ……また…!?」
振り切った木材は宙を切った。同時に、堀内に乗っかられていた男の背が急にふっ、と軽くなる。
「何だよ!何が起こったんだ!」
慌てて男が起きあがり、相方に詰め寄った。
「消えたんだよ…一瞬で」
「消えたって…」
「まるで…風みたいに、ふわっと…」
161 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:08:45
顔を青くして会話をする男達を、大木は少し離れたブロック塀から覗き込んでいた。
今までくりぃむしちゅーや川島が言っていたことは、ただの冗談だと思っていたのだが。
目の前でこんな光景を見せつけられてしまっては、認めざるを得なくなってしまった。

「つーか堀内さん、どこ行ったんだ?」
ぽつりと呟く。
すると、背後からひゅるるる…と緩やかな旋風が巻き起こり、その中央からふわりと音もなく堀内が現れた。
それに気付かない大木にそろそろと近寄り、思い切り肩を叩いてやる。
「わーっ!!」
心臓が飛び上がり無意識に叫び声が出る。堀内は自分と大木の口元に人差し指を当て、笑いを堪えながら(しーっ)と言った。
「いぇいっ!、どう?かっけぇだろ俺!忍者みてーだろ!」
「忍者って言うよりお化けですね」
「まあとにかく!」
堀内は大木の眼前に手を突き出す。
「お前に怪我させた奴らを許すわけにはいかねー。俺も何か馬鹿にされたし。一発くらい殴っても文句言われねーだろ」
「でもあいつのビームみたいなの追いかけてくるんですよ?」
大木の言葉を無視してぱきぱきと肩を鳴らし、

「さあ、駆け出し若手君の前座は終了でーす。そろそろ本番行っちゃいましょー、3秒前〜、2、1…」

口元に手を当て、芝居がかった口調で聞こえよがしに叫ぶ。
ゼロ。
そう言ったと同時に堀内の身体に一瞬、テレビがぶれた時のように青黒っぽい影が掛かる。
そして一秒も経たない内に姿が完全に消えた。
「いくら追いかけて来るビームでもさぁ、当たんなかったら意味ねぇよな〜」
わざと遠くに堀内が現れると男が光線を放つ。
光線はしつこく堀内を追いかけ回すが毎回ぎりぎりの所で堀内は消え、倉庫の屋根の上など様々な場所に姿を出す。
162 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:10:44
「あー疲れた。そろそろ終わりにすっか。…っとその前に、痛い目に会ってもらうぜ」
「えっ…うわあ!」
「ボンスの仇、覚悟っ!」
あろう事か男達の頭上に現れた堀内は、重力に任せて二人の身体をどすんっと地面に叩き伏せた。
「ごめーん、痛かった?不意打ちには注意しねえと」
けたけた笑いながら、気絶して起きあがれない男達の上から一瞬で大木の隣へ移動する。

「…瞬間移動?」
大木が言った。
「そっ。もう気付いてると思うけど、これ全部石の力だから」
「堀内さんの瞬間移動も、あの若手の光線も?…じゃあ俺は…」
「お前のはそのー…あれだ。“呼び寄せ”ってやつ。お前紙読んだろ?セラフィナイトって。俺の石の名前だよ。“天使のお守り”だって。かーいいだろ」
堀内は鼻の下を擦りながら胸を張った。
少し違和感はあるが、まさに「永遠の中2」の彼にはうってつけの石かもしれない。
「魔法みたいですね…」
「マホー?そんな綺麗なもんじゃねーって。まあ詳しいことはそのうち話していくから」
すると、大木の石が光り始めた。
「え、なんか光ってますよ?」

「あー残念、時間切れだ。じゃあ俺、泰造と潤ちゃんのとこ戻るから。シュワッチ!」
石がぱっと強く光ると、堀内の姿も完全に消えた。辺りを見渡してみたが、堀内の声は聞こえない。今度は瞬間移動したわけでは無いようだ。
「…ああ〜何か分かんないけど、これから大変そう…」
大木は夕焼けの空を見上げて、ふーっと溜気を付くのだった。


163 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:14:14
おまけというか、その後のホリケンの話です。↓


ばたばたという足音と共に、楽屋のドアが勢いよく開けられる。
「健!お前どこ行っとったんや!」
「俺ずっと此処にいたよ」
「もう本番はじまっとるんやぞ、早よ来い!」
怒鳴る名倉をまあまあ、と原田がなだめる。

スタジオに向かう途中の老化でこっそりと原田が尋ねた。
「ケン、本当は何処行ってたの?」
「ん?ちょっと恩を売りにね……」
それに堀内は曖昧な返事を返した。

収録は多少遅れたものの、何事もなく進んでいった。
「お疲れさまでした!」


楽屋では堀内がカチカチと携帯をいじっている。
「ケン、“恩を売った”って誰に?」
静寂を破って、原田が尋ねた。
「さっき、新入りの若手から連絡あったんだ。“せっかく大木さんの石を奪いかけたのに”」
「のに?」
「“堀内さんに邪魔された”だってさ」

一瞬の沈黙。
「あ、れは…邪魔っていうかねー、友達の危機を救っただけだよ。それにまさかあいつらが黒の若手だと思わなかったんだって」
「それ、ホンマか?」
その時、隣で見ていただけの名倉が原田の肩に手を置き、言った。

「泰造、こいつきっと“白”の間者やで」
164 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:18:51
「はっ…?」
「まっさか!考えすぎじゃない?ケンが俺たちの敵な訳ないでしょ」
「当たり前じゃん!ひっでえよ潤ちゃん!」
堀内は笑いながら名倉を叩く。
「原田さん、名倉さん。ちょっと来てもらえませんかー」
スタッフの声だ。原田と名倉が振り向き、堀内はどこかホッとした表情を浮かべる。
「…いや、すまんな健。冗談やって」
申し訳なさそうにそう言って名倉は先に出て行った。
原田がお気に入りのジャケットを羽織りながら話しかけてきた。
「そうだ。大木の奴も石持ったんだろ?」
「そうだけど…」
「あいつも黒に引き込んでやろっか。そうだな…明日ロケで一緒になるし」
「あし…!!?…や、いや。そっかあ、頑張ってな〜あはは…」
パタン―――扉が閉められ、楽屋には堀内一人のみになる。だがその数秒後、
「あ、ごめん忘れ物………ケン〜?」
再び原田がドアを開けた時には、堀内の姿は無かった。
倒れた椅子と、台本の紙切れが宙を舞っていた。


「もしもし?大木、お前今すぐ上田と有田んとこ行け。“白いユニット”に入れてもらうんだよ!…いいか、助けてやったんだから俺の言うこと聞けよ!」
誰が見ても一方的過ぎる電話だった。相手が出るやいなや一息で捲し立てるとまた一方的に電話を切る。
伝わったかな?大丈夫だろ、あいつああ見えて物解り良いからな。
携帯をぱたんと閉じ、フェンスに背を預けた。
堀内は一階から一気に誰も居ない屋上まで移動していたのだ。
「…あーびっくりした…」
堀内は白のユニットの人間だが、黒である原田と名倉と共に行動している。いわゆる“スパイ”だった。他の二人が黒であるということから自然と自分も黒の人間だと信じ込ませていた。
もちろん原田と名倉も例外ではない。
「黒は嫌いだけど…俺が白って事が泰造たちにばれるのも色んな意味で嫌だなー…。はあ、俺ってばカワイソ。身の振り方考えなきゃなあ〜」
堀内は何度目かもわからない溜息を吐いた。


165 ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:22:45
やっと終わりです。「end」付け忘れ…。
もの凄い量のスレ消化、すみません。二つに分けたらこんなに多くなるとは…。

堀内健(ネプチューン)
石:セラフィナイト [羽のような模様がある。黄緑+白]
能力:瞬間移動。半径100メートル以内の空間ならどこでも移動可能。
条件:一瞬で移動するので長い間姿を消しておくことは出来ない。
   連続で使えるが、使うたびに移動範囲が狭まる。
   自分以外の物も瞬間移動させられる。
ビビる大木[大木 淳]
石:ルビーインゾイサイト(別名・勾玉  隠れた力の呼び起こし)
能力:石を持っている芸人なら誰でも自分の居る所に呼び寄せる事が出来る。
   いわゆる「召還」みたいなもの。
   「召還」された人物は30分程で元の場所に戻される。
条件:対象の人物の名前と、持っている石の名前を言わないといけない。
   また呼び寄せた人物が絶対自分の味方になってくれるとは限らない。
   呼び寄せられるのは3人まで。人数が多いほど居られる時間は短くなる。

166 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:49:04
第八章〜ちかくてとおい〜



人外の力を借りて駆け抜ける身体は、いつもより数段軽い。
数メートルの距離を一息で詰めた山崎は、顔に当たってくる風と、向けられる冷たい視線に、僅かに目を細めた。
極端に視界が悪い今の状態でも、山里の右目が異質な冷たい光を放っているのが見える、ような気がする。
底に見えない闇に塗り潰されたその瞳は、近くで見てみれば、少しだけ茶色味を帯びた左目とは明らかに色が違うと分かるだろう。
元々、紳士的な態度に見合わない眼光の鋭さからネタにもされている目だ。異様な輝きを帯びたその目にはかなりの威圧感がある。
背筋を這い上がる悪寒には気付かない振りをして、山崎は拳を繰り出した。常人なら避ける事は不可能なスピードだ。
だが――山里はぴくりと右眉を上げただけで驚く事もなく、何気ない動きで左手を上げると、山崎の手首を掴んでその拳を止めた。ネタ中に殴り掛かる山崎の拳を止める時と、同じように。
その軽い仕草とは不釣合いな、鈍く重い音が響いた。
それなりに重い山崎の拳を片手で止めるのには、相当の腕力が必要だろう。その手の冷たさと、かなり強い力で掴まれた手首の痛みに、山崎は僅かに顔を顰めてその手を振り払う。
反撃を覚悟して素早く後ろに下がったが、意外な事に山里はフェンスに凭れたまま動こうとはしなかった。
拳を受け止めた時の衝撃で痺れたのか、左手をぷらぷらと振りながら、軽く溜息を零す。
寒い屋上に長時間居たせいだろう、その顔は心なしか青褪めていた。
「……別に変身途中とか前口上言ってる途中とかじゃないけどさ、こういう時って奇襲はしないのがよい子のお約束ってもんじゃないの?」
静かな口調ではあるが、レンズの奥から向けられる視線は、痛い程の諦めを含みながらも、研ぎ澄まされた刃のように鋭い。
その視線を真正面から受け止め、それでも山崎は微かに笑みを浮かべた――強張った顔の筋肉を無理に動かしたような、ぎこちない笑みではあったが。
167 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:49:40
「そんな事言えるような堂々とした手段、使ってないやろ」
石の能力で気配を消して階段から突き落とすような人間に言われたくない、と言外に告げれば、酷薄な――少なくとも山崎にはそうとしか見えない――笑みが返ってきた。
「まぁ、ちょっと卑怯だったかなとは思うけどさ。あれはあれで悪役の常套手段でしょ」
その目がいつも以上に笑っていない、唇の端だけで作られた笑み。その目の冷たさに気付かなければ、優しい笑みに見えない事もないのだろう。
そういやイタリアのマフィアは殺す相手に優しくするんやったな、などと場違い甚だしい事が一瞬頭を掠めて、相方のイタリアかぶれが移ったかと僅かに苦笑する。
こんなくだらない事を考えていられる間は、まだ大丈夫だ――多分。
密やかなその苦笑に気付いたのか、僅かに眉を寄せて山里が口を開く。
「あのさぁ……しずちゃん、全力出してないよね?」
唐突な問い掛けだったが、予想していた言葉ではあった。
石を手に入れてから、一番近くで自分の戦いを見てきた人間だ。例えほんの少しでも、手加減すればすぐに見抜かれる。
「さぁ、どうやろ?」
無意識に、挑発とも取れる言葉が出た。もしかしたら自分自身で思っている以上に苛立っているのかもしれない、と半ば他人事のように思う。
全力を出さなかったのではなく出せなかったのだと――ほんの一瞬躊躇ってしまったのだとは、口が裂けても言いたくはなかった。
冷ややかな、沈黙のあと。
山里は、軽く反動を付けてフェンスから背中を離した。その体重から解放されたフェンスが、微かに軋みを上げる。
「――手加減しない、って伝えといたのに」
一瞬、拗ねた子供のような表情を浮かべたように見えたのは、気のせいだろうか。
一歩足を踏み出した山里の動作に攻撃の意思を感じ取って、山崎は半ば無意識に身構えた。ぴんと張っていた緊張の糸を、更に張り詰める。

だが、その動きは山崎の想像を遥かに越えて速く――そして、凶暴だった。
168 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:50:19
昨夜と同じ、凄まじい速さの踏み込みで瞬く間に距離を詰めた山里は、右腕を振り上げる。無理に感情を押し込めているようにしか見えない、無表情で。
手刀の形に揃えたその指先が、淡く闇色の光を帯びる。
その手を視界に捉えた瞬間、本能の警告に従い後ろに跳んだ山崎は、咄嗟に左腕を目の前に翳した。

――ザッ!

「っ……!」
微かな鈍い音と共に、服の左袖が、まるで鋭利な刃物で切られたかのようにザクリと裂けた。
その切り口から覗いた肌に、じわりと滲み出した血で真っ直ぐな紅い線が描かれる。
「――へぇ、上手く避けたね」
なんとかバランスを整えて着地した山崎に投げ付けられた声は、今まで彼女が聞いた事がない程に硬質なものだった。声そのものは同じなだけに、その違いがはっきりと分かる。
「……一つ訊くけど、凶器攻撃も悪役の常套手段?」
「まぁね。悪役にフェアプレー求める方が間違いってもんでしょ?」
低い声で問い掛ける山崎にそう答えた山里の口元には、先程の酷薄な笑みが戻っていた。
「……もう一つ訊くけど……それ、黒い欠片の力?」
その問いに、山里は無言で首を縦に振る。
「結構持ち主の意思に左右されるらしいね、欠片の力って……ほら、俺の石って攻撃向きじゃないし、そこら辺も関係してるんじゃない?」
武器用意する手間省けたし。
あっけらかんとそう口にする山里に眉を顰めながら、山崎は周囲に視線を廻らす。
屋上に足を踏み入れた時目に留めた扉の傷と、所々にあるフェンスの破れ目は、恐らくは試し斬りの跡なのだろう。
追い討ちを掛けず、そんな山崎の様子をじっと見ていた山里は、すっと目を細めた。
169 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:51:23
「……やけに落ち着いてんだね、殺されそうなのにさ」
口元の笑みは消えていないが、その声は少しだけ不服そうに聞こえる。
その事に思わず笑みが零れそうになるのを堪えながら、山崎は口を開いた。
「山ちゃんには山ちゃんの生き方があるし、あたしにそれをどうこうする権利なんてないやろ? その代わり、あたしもあたしの生き方を貫かせてもらってるだけや」
そう言い切った瞬間、向けられていた斬り付けるような冷たい眼差しが、僅かに揺らいだ。
「……ここで全部終わりにするのがしずちゃんの生き方?」
沈黙のあとの言葉はほんの少しの動揺を含んでいて、それを感じ取った山崎は堪え切れずに頬を緩める。
「そういう事やないよ。まだまだやりたい事は沢山あるし、大人しく殺される気も更々ないで? あたしはただ、立ち向かいもせずに他人のやり方真っ向から否定するような卑怯な真似、したくないだけやから……勝負はやっぱり、ガチンコやろ?」
しっかりとした口調でそう告げると、その言葉を聞いた山里は少しだけ困ったように目を伏せ、酷薄な笑みをぎこちない苦笑に変えた。
「しずちゃん、強いね。……よっぽど心が綺麗な人間じゃないと言えないよ? そんな事」

――あたしだってそんなに強くはないよ。

言い掛けたその言葉を飲み込み、恐怖による手の震えを、拳を握り締めて押さえ込む。
口で言っただけでは駄目だ。山里がそれを認められなければ、意味がない。
「――そういうとこ、大っ嫌いだ」
張り付いたような苦笑を浮かべたまま、口調だけが変わる。まるで吐き捨てるように。
その様子を見た山崎は笑みを消し、眉を剣呑な角度に釣り上げた。
今までのやり取りを振り返って、その目に含まれた痛い程の諦めの意味を、なんとなく理解出来たような気がした――だからこそ、全てを諦めたその目に腹が立ったのだ。
170 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:52:29
自分は山里が思う程強くはないし、山里も自分自身で思っている程弱くはない。
ある程度の弱さ――例えば卑怯さや利己心など――は大抵の人間が持っているし、その弱さが必要になる時もある。
それに、山里が利己的なだけの人間ではないと知っているからこそ、自分はなんだかんだ言いつつ彼の相方を続けているのだ。
いつもは怒られると女々しく言い訳ばかりしている癖に、と苛立ち半分に思う。
自分自身に言い訳してごまかしてしまう事も出来たはずだ。それとも、黒い欠片に侵食された心は自分自身に言い訳する事さえ許さなかったのだろうか。

目に見える距離という意味ならば、自分達はいつも手を伸ばせばすぐに届く程近くに居た。
けれど――今は、近くに居るにも関わらず酷く遠いと感じる。
重苦しい沈黙が流れる中――山崎は、手の震えを押さえる為に握り締めた拳に、一層強く力を込めた。
171 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/08/31(水) 03:55:55
今日はここまでです。
結局バトルシーンに入りかけのところしか書けませんでしたが……

◆S9sWqEyVIMさん、◆BKxUaVfiSAさん、乙でした。
他の書き手さんの作品も楽しみにしてます。
172名無しさん:2005/08/31(水) 13:07:42
キタキタキター!!
みんな凄いなぁ、こんなかっこいい文章書けないよ・・・
173名無しさん:2005/08/31(水) 22:24:13
乙です!

◆BKxUaVfiSAさん
まさか堀健さんだったとは・・・しかも間者!
ものすごく複雑な立場ですね・・・
いい人そうですが(笑)

◆8Y4t9xw7Nw さん
しずちゃんも山ちゃんもお互い思うところがあって今の立場にいるんですね。
続き、楽しみにしてます!
174名無しさん:2005/09/01(木) 12:54:11













175名無しさん:2005/09/04(日) 14:00:58
















176名無しさん:2005/09/06(火) 14:17:15














177名無しさん:2005/09/07(水) 13:09:16











178名無しさん:2005/09/09(金) 03:14:14













179名無しさん:2005/09/09(金) 03:15:25
ちょっと待って過疎し過ぎだろこれは。
なんなんだ。
いい加減ヤヴァイだろ。
180名無しさん:2005/09/09(金) 10:54:19
夏休みあけだったりずれた夏休み貰ってたりして忙しいんだとおもう。
気長に待とう。そして空白ageはやめよう。
181名無しさん:2005/09/09(金) 14:19:43
この程度の期間の過疎なら、今に始まったことじゃない
182ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:43:21
こんにちは、お久しぶりです。ブレスです。
前スレからの続き「はねる編」6話投下します。

<<Jamping?>>--06/battle


重低音が廊下に響く。
「なっ・・・!」
いきなりの事で何のアクションも取れなかったようで、馬場はその力に逆らわなかった。
不意打ちを受け、目を見開いたまま前へ倒れこむ。
そして虻川は、一瞬何が起こったかを理解することが出来なかった。
ただ彼女の目の前で、馬場が後ろから押されたように此方に身体を委ねる。
寄りかかる馬場越しに、虻川は眼前の相手を睨みつけた。
「・・・貴方は・・・」
言いよどんだ虻川に、1人の男が言葉をかけた。
「ちょうど通りかかったら、『白』の人達の仲間割れ発見っと」
その男は、心からではない、乾いた笑いを響かせながら現れた。
身体全体から、冷たい雰囲気が漂っているようにも見える。まるで、夜の冷ややかな風を纏っているようだった。
彼は大きな勘違いをしていた――――虻川は『白』に入った覚えはないが、それすら忘れさせるような、威圧感も持つ。
「なんでこんな所に・・・」
虻川は面食らったように相手に尋ねた。
「なんでって、彼を止めに。」
「止めに?・・・貴方と馬場ちゃん、何の関係があるんですか」
相手からの返答へ、更に質問を投げかける。そしてわざとらしく名前も呼んでやった。
「――――はなわさん」
183ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:46:25
虻川は再び鋭く睨む。ご丁寧に何かしらの感情も含め、さん付けまでしておいた。
廊下には何時ものベースを肩から掛けるはなわがいた。
しかしその目の、虻川が気付く事も出来ないほど奥には、暗い光が宿っている。
今来た所と言わんばかりに、肩を上下させている。走ったのだろうか。
2人の位置から、思ったよりも離れた所に立っている。
はなわは余裕ありげに、にやりと唇の端を上げた。
「・・・へっ、関係ないでしょ・・・、アンタには!」
そう叫んで、はなわはベースをぼん、と弾いた。
もちろんそこにはアンプはないので、弦が鳴る音しかしなかった。が。
急にはなわの方向から強い光が放たれた。虻川は、その光に気を引かれる。
次の瞬間、先ほどの小さな音がぐんと近づいてきたような感覚がした。
「・・・っ?!」
ごぉん、と頭に強い衝撃を感じた。
痛みに耐え兼ねて虻川の顔が歪み、そしてよろける。
しかし、すぐに足に力を入れたのか、その場に踏みとどまった。
「・・・一発で気絶しとけばいいのにさぁ・・・」
いつもとは違う、人間の心を感じない氷のような声が、言った。
一体何が・・・?虻川は必死に思考し始める。
不意にはなわの指に目が行った。ベースの弦を押さえる、左の人差し指。
そこには、銀色のリングがはめてあった。
リングには頭蓋骨のような装飾があり、それがやや崩れた形の石を咥えている。
しかし石の本来の色は、リング全体に生まれた黒いベールで掻き消えていた。
――――まさか。
最悪の状況に陥っていた。相手は石の能力者である。しかも、『黒』の人間。
このままでは勝てない事は目に見えていた。
馬場の能力ももう時間が来ているし、そして虻川の能力も戦闘が出来るとはいえ非力だ。
184ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:46:55
そんな中突然腕の中の馬場が、はなわに聞こえないように小声で虻川に伝える。
「・・・音が・・・、襲ってくるように来た・・・。音を・・・利用・・・する力?」
音を利用する?そう聞いたって対処のしようがない、と虻川は思った。
そのまま馬場をちらりと見やる。足首についていた石が、ゆっくりと光り始めている。
どうやら、馬場の能力のタイムリミットが来たようだ。彼の思考力が失われていく。
どうする?このままでは2人とも彼に昏倒させられてしまう。
しかしその時、ひとつだけ名案が浮かんだ。この子達なら、出来るかもしれない。
試した事はない。虻川が引っかかっていた、ひとつの疑問を利用した攻撃だった。
賭けるしかない。この力の可能性と、犬の力に。
相手に気付かれない様に、虻川は石の能力を、ゆっくりと発動する準備をはじめた。
――――あの時あのディレクターさんにどやされた、あの時は・・・。
勿論、頭の中は悲しい思い出で一杯になっている。
「・・・どーしたんですかー?涙目ですよぉ?」
余裕綽々に、はなわが挑発するように言った。
「・・・っ、五月蝿いぃっっ!!」
溜まったストレスが一気に放出されるように、虻川の悲しみと力が開放された。
右の足首が光り輝き、そこから銀色の光が廊下を照らした。
周りには沢山の大型犬が集合している。それらはどれもつぶらな目ではなわを見ていた。
「・・・?犬ぅ?そんなんでどうしようっていうんですかっ!?」
こっちもイライラしてるんだ、と言いたげにはなわが能力を行使した。
185ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:47:27
ベースは弦を低く、しかし小さく鳴らし、石がそれを操作して衝撃波として虻川に向かわせる。
虻川は、呼び出した10頭ほどの犬たちを走らせた。力強く廊下を駆けて行き、たちまちその距離は縮まる。
ちっ、と小さく舌打ちをしたはなわは、衝撃波を犬の方へ走らせようとする。
お願い、上手く行って。そう願い、虻川は身構えていた。

犬は、急に掻き消えた。

よし、これでもうこの人は無防備だ。はなわがそう確信した瞬間。
彼の両脇の壁から犬たちが突如として現れた。
「・・・え??!」
ありえない!馬鹿な!さっき犬は全部ぶったおしたはず・・・!!
はなわの顔は、驚きの1色に染まっていた。先ほどまでの余裕などはもう残ってはいない。
やっぱり、この犬達は『亡霊』でしかなく、影なのか。その認識は間違っていなかった。
切り札は最後まで残しておくものでしょ、そう虻川が声を出さずに呟いた。
「この子達は、壁もすりぬける」
犬達がはなわの身体中に体当たりしていった。
しかし、衝撃波が同時に虻川の頭を再び捕らえた。
鈍い痛みがずんと響き、そして視界が少しずつ暗くなっていく。
最後に虻川の目が捕らえたのは、白っぽい影と倒れていくはなわだった。

186ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:48:53
「・・・馬場ちゃん!虻ちゃん!」
皆が気絶した後で、そこに伊藤が着いた。
既にはなわはいなかったが、それを彼女は知らない。
倒れている馬場と、下敷き状態の虻川を見やり、伊藤は心配そうな声を出す。
「・・・いと・・・ちゃ・・・」
掠れた声が返って来た。馬場は意識があったらしい。
「・・・馬場ちゃん・・・、だいじょ・・・」
伊藤はそこまで言ってから、はっとして
「また襲われたのっ?!」
その問いに、馬場が答えることはなかった。


一方その頃。
西野がとあるカフェで待ちぼうけを受けていた。
「馬場ちゃんまだかなぁ・・・」
彼はそう呟いて、それから珈琲を一口、運ぶ。
不意に首元に振れる。そこに、彼のチョーカーの紐があった。
――――やっぱり、逃げられへんのか。
その彼の苦しそうな声を聞いた者は、その場にはいなかった。
187ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:49:46
以下、はなわ石&能力
はなわ
石:バロック・パール(円形ではないパール、石言葉は「芸術性」・桃色混じりの白)[銀色の髑髏リング]
能力:ベースを鳴らす事によって、その音を衝撃波にして飛ばす。
音の振動数を変えたり、超音波にする事も可能。頑張れば、薄い壁くらいは壊せる。
アンプがなくても使えるが、ないと相手をふっとばす程度にしかならない。
また、能力の対象がギターでも可能。その場合は威力は落ちる。
さらに、曲を演奏して歌をうたいながら使うと、歌った内容が実際に起こる。
条件:ピックではなく手で弾く。手に怪我を負っている場合は使用不可。
(手の甲に傷→使える、手の平に傷→使えない)
どちらか片方だけが怪我を負っている状態でも使えない。
歌を歌う場合は前奏部分から始めないと使用不可。
また、歌を歌っている間、心拍がその歌のテンポに合わせて変化する。
(音楽の早さなどを表すビートの語源が人間の鼓動だから)
途中で弦が切れたりすると、ダメージは全て自分に返ってくる。
衝撃波は30回、歌は一分半が限度。それ以上行うと指から出血して、強制的に使用不可になる。
188ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:51:21
以上、はねる編6話でした。
夏休みが開けて過疎気味に思いますが、書き手さんがんばってください。
そして長文乱文失礼致しました。
お付き合いいただき有難うございました。それでは。
189名無しさん:2005/09/10(土) 12:05:17














190衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/10(土) 22:14:09
投稿させていただきます。
191衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/10(土) 22:15:11

人間には悪夢の前兆を察する第六感というものが存在するのかもしれない。

約束の居酒屋にはいると、上田が奥の座敷にいた。
「来てくれなかったらどうしようかと思ったよ。」
上田はそう言って酒入ったコップを飲み干した。
テーブルの上には酒のつまみが置いてある。
板倉は上田の前の席に座った。
「…なんの冗談なんですか。上田さん。」
「なんのって俺が冗談であんな事やるわけないだろ。」
そう言うと枝豆を口に入れた。
「理由があるんだよ。今日はその理由を喋るためにお前を呼んだんだ。」
「…理由?」
テーブルの上に紙を置いた。
そこには週刊誌のとある一ページが印刷されていた。

『くりぃむ有田 重傷!真夜中に何が…?』

「…これは……この間の…。」
「そうだよ。…この事件をやった犯人は俺だ…」
「…え?」
意外な言葉に板倉は固まった。
192衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/10(土) 22:16:00
「騙されたんだ…奴らに…」
上田はゆっくりと口を開いた。
「俺はあの時…何も知らなかった。だから相方を傷つけたんだ。」
上田の持ってたグラスの中に入ってた酒の綺麗な泡の粒が上へ上へと舞い上がっていく。
いつものテレビとかで見るおふざけの怒りではなかった。
自分に対しての怒り、そしてあの男への怒り。
そこから思わず出た言葉から静かだが確かなその苛つきが板倉にも伝わった。


血が後頭部から流れるところをこんなに間近で見たのは初めてだった。
演技ではない。自分は確かに今震えている。
自分が罪人になってしまったという恐怖もあった。
自分たちが積み上げてきたものが一片に崩れてしまったという悲しみもあった。
自分の子供や妻にこれからどんな顔で会えばいいのかという困惑もあった。

でもそれを上回る相方を裏切ったという自分への憎しみがあった。

違う…裏切ったのはこいつだろ!?

上田は頭の中で必死にバラバラになった思考を整理しようとした。
しかし目の前にいる相方の姿を見れば見るほどバラバラになっていく。

違う…お前が…!

「お前が…裏切ったんじゃねぇのかよ!」
上田は必死で叫んだ。
有田は意識もうろうとしながら上田を見てた。
193衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/10(土) 22:17:34
「上…田……」
こんな大怪我を負ってるはずなのに、左手はゆっくりと上田の腕首を掴んだ。
「俺は…あんな事………」
有田の目は上田に訴えていた。
「やって……いねぇ!!」
左手にこんなに力を入れてるはずなのに上田の手はびくともしなかった。
それがまた悔しさ、悲しみを増やさせた。
「俺だって……でも…!」

窓に大粒の雨がぶつかっていく。
まるでドラマのワンシーンのようだ。
でもこれは確かにリアルだという事が分かった。
その手の暖かさを確かに感じたからだ…。
To Be Continued.
194衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/10(土) 22:20:25
投稿完了。
次回はくりぃむしちゅー上田と、有田の間に何があったかを中心として話を書かせてもらいます。
では・・・
195名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 10:30:38
話がとぎれとぎれで意味も状況も全く分からないんですが。
伏線だとかそういうのはまともな文章を書けるようになってからにしてくだちい。
推敲って知ってますか?
196名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 12:24:02
>>195
じゃあお前書けば?
197名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 16:35:18













198名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 19:16:54
>>196
>じゃあお前書けば?
何これw小学生かよw
199名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 21:56:52
きっと>>195は作家さんなんですよね?
200名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 22:28:11













201衝撃Drop5話 ◆ozOtJW9BFA :2005/09/11(日) 23:03:01
>>195
すみませんでした。
202名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 23:34:51
>>195
書き手叩きって珍しいね。気に入らない話はスルー。
違和感あってもスルー。これ此処のルールw
一応言っておくけどしたらばで174にレスした175はozOtJW9BFAさんじゃないからね。
皆プロじゃないんだし、完璧な小説をお求めならば本屋か図書館へgo
203名無しさん:2005/09/12(月) 03:24:06
>>202
>>195が書き手叩きしてるとは思わないけど。
単にもう少し話を練ってから投下したら?って事を言ってるんじゃないか。
小説というより、思いついたことをそのまま書いてるように見えるし。

自己満足の世界と言われればそれまでだけど、書き手として自発的に
参加している以上、もう少し「読ませる」という事に気を使った方がいいと思う。
204名無しさん:2005/09/12(月) 06:22:37
だからそれを含めスルーしろってことだろ?
気に入らない職人がいたらNGワードに入れとけばいい。添削するスレじゃないし。
全部ひらがなとか文法めちゃくちゃならともかく、少なくとも195さんのは普通に読めるでしょ。
作品なんて十人十色なんだし色んな見せ方があってもいいと思う。
下手でもここで成長すればいいじゃない。
205名無しさん:2005/09/12(月) 06:23:39
って別に190さんのことを下手と言ってるわけではないです。
206名無しさん:2005/09/12(月) 13:38:57
書きたいですがルールが良く分かんないので教えて下さい。
207名無しさん:2005/09/12(月) 15:20:07
>>206
教えてあげよう。

教えてチャソは書くな(・∀・)/
208206:2005/09/12(月) 15:48:37
>>207
そんな事言わんと教えて下さい!
209名無しさん:2005/09/12(月) 16:22:08
>>260
まとめサイト行けば?
210209:2005/09/12(月) 16:24:08
あちゃ、まちがえた。
>>260>>206だった…orz
211名無しさん:2005/09/12(月) 17:19:13
未来スレvワロスv
212名無しさん:2005/09/12(月) 20:07:34











213名無しさん:2005/09/13(火) 01:18:15














214名無しさん:2005/09/13(火) 21:28:07













215名無しさん:2005/09/14(水) 16:06:28















216名無しさん:2005/09/14(水) 22:49:34














217名無しさん:2005/09/14(水) 23:01:48
>>211
お前さんも突っ込みどころ満載だがなw
218名無しさん:2005/09/17(土) 01:12:51
age
219名無しさん:2005/09/20(火) 02:47:13
ホッシュついでにちと雑談。

ここの話を全部印刷して、一冊の本として纏めて読んでみた。
結構読み応えあるよコレ。
各話がリンクしてる場合があるのも面白い。

PCのディスプレイばっか見てると目悪くしますよオマイラ。
印刷するだけの余裕がある人にはお勧めしたい。
220名無しさん:2005/09/21(水) 00:38:54
>>219
その時間と労力が欲しい…最近視力落ちてきてて本当に困る。量多いから全部読むの大変だよ。
読み応えあって嬉しいけどありすぎて逆に辛いって何か言葉あったっけかな。
221名無しさん:2005/09/21(水) 10:53:00
数分で読み終わるんですけど。
222名無しさん:2005/09/21(水) 23:25:22
>>221
 まとめサイト行ったか?
223名無しさん:2005/09/21(水) 23:29:42
>>221
そんなはずないと思うんだけど…
224名無しさん:2005/09/23(金) 23:49:22
番外編でさまぁ〜ずのかる〜い話を書いてみたんだけど、とりあえずむこうの添削スレに落としてくればいいのかな?
むこうの添削スレ、ちょっと止まってるみたいになってるんだけど、落としてきて問題ないのだろうか…。
225名無しさん:2005/09/24(土) 00:36:12
>>224
添削スレで問題ないと思うよ。誰か落とせば反応あるはず。
226名無しさん:2005/09/24(土) 00:54:47
>>225
ありがとう、じゃあちょっと落としてくるね。
227224@[鈴虫] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:25:22
先日さまぁ〜ずの話を添削スレに落としたものです。
OKが出たようなので投下いたします。

日常の軽い話なのであまり黒ユニットっぽくありません。
黒の人たちもコンビ間では普通にまったりした時間があるんじゃないかと思って書いてみました。
文中に出てくる「高橋」は、さまぁ〜ずの後輩兼マネージャーの高橋氏です。
228224@[鈴虫-1] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:27:05

いつも通りの朝、いつも通りの日常。
自分の車の助手席でボーッとしながら相方の家に着くのを待つ。

窓からのぞく空は灰色の雲に薄く覆われていて、それを通して降りそそぐ朝の陽光はにじむように柔らかい。
今日はスタジオでの仕事だから、スッキリ晴れてくれてもよかったんだけどなあ、などと思いつつ、あくびを一つ。
あいにく、薄曇りの空にできた光の筋に美しさを感じるような感受性は持ち合わせていない。

かぶった赤いキャップのつばをぐい、と左手でひっぱって、視界を遮断する。
昨夜の酒が微妙に残っているので、少し休みたくなって目をつぶった。最近どうにも飲みすぎだ。


「うぃーす」


しばらくすると車はある路地で静かに停まった。
でかい荷物を肩にかけた相方が適当な挨拶とともに後部座席に乗り込んでくる。
とりとめもなく、たわいもない会話を車内に流しながら、テレビ局へと車はむかう。
ここまではまったくもっていつも通り、かわりばえのしない朝の光景。

…それがほんの少しばかりイレギュラーなものになったのは、二人が局の楽屋に入った後だった。
229224@[鈴虫-2] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:28:21

扉に貼りつけられた「さまぁ〜ず 三村マサカズ・大竹一樹 様」の文字をちらりと確認して中に入る。
撮りが始まるまでにはまだ余裕があるので、腰をおろした二人はのんびりと行動を開始した。
思い思いにペットボトルに口をつけたり、スポーツ新聞に目を通したりして時間を過ごす。

…そのとき、大竹が何か思い出したようにつぶやいた。


「あー…しまった」
「ん?」
「クーラー消すの忘れた」
「…帰ったらさみぃな」
「さっみぃな」
「高橋は?」
「さっき何かちょっと外すとかっつって出てった、…っと、あれ、どこだ…」


言いながら大竹はカバンをさぐり、タバコをとりだして火をつけようとする。
しかし百円ライターはチチッ、と火花を発するだけで、いっこうに炎が出ない。


「切れてやがる、お前の貸して」
「あー…ちょっと待って、今出す」
230224@[鈴虫-3] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:29:21

そう言ってジーンズのポケットをまさぐった三村だが、出てきたのはひしゃげたタバコの箱のみだった。
いつもなら減ったタバコの隙間に入っているのだが、今日に限って目当てのライターはない。
どうやら昨晩飲みに行った店にでも置いてきてしまったようだ。


「…入ってねぇわ」
「入ってねえって…どーするよ」
「高橋…って今いねえんだった」


ヘビースモーカーとまではいかないが、タバコが吸えないとそれなりに困る二人は顔を見あわせた。
タバコそのものなら自販機に買いに行けばいいが、ライターとなるとちょっと面倒だ。
しかたなく、廊下でスタッフにでも声をかけてみるか、と立ち上がろうとした三村に大竹が言う。


「お前アレは?アレで何とかなんねーの?」
「アレ?あー、石?」
「おー、アレで『ライターかよ!』とかってツッコめばいいんじゃね?」
「…お前、そのツッコミができるボケしろよ?」
「無理」
「じゃあ俺も無理だから、っていうかピューって飛ぶぞライター、ピューって」
「軽めに言えばいいだろ…あ、『秋の夜に 鳴いてる鈴虫 焼いてみる』は?」
「『なんでだよ!なんで焼いたの?焼かないでよ〜鈴虫を〜』…いや、これ『ライター』とかねえから」
「それ『なんで焼いたの?ライター?』とかにすればいいんじゃね?」
「あー、けどその『なんで』は『何使って』って意味じゃなくて『どうして?』の意味だけどな」
「細けぇよ、いいよ、いけるよ」
「…しょーがねーなー…」
231224@[鈴虫-4] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:30:30

三村は、ごそごそと財布の中から緑と紫と白が縞模様をつくる美しい石をとりだした。
手の中に石を握り込んで意識を集中させると、それはほんのりと淡く光る。


「おし、準備できた」
「んじゃいくぞ…『秋の夜に 鳴いてる鈴虫 焼いてみる』」
「『なんでだよ!なんで焼いたの?ライター?…


三村が『ライター』と口にしたとたん、ヒュッと空中にライターがあらわれ、大竹めがけて飛んでいった。
至近距離だったせいかライターの速度が意外に速かったため、大竹は「うぉっ!」と小さく叫んでのけぞる。
正面からぶつかるのは避けたものの、ライターは肩に当たってコロリ、と机に転がった。


 …焼かないでよ〜鈴虫を〜』」
「ってお前!バカ!」
「へ?」
「おわぁ!」


三村が思わず最後までツッコみきってしまったせいで、今度は空中に一匹の鈴虫があらわれる。
これまた結構な速度で大竹にむかって飛んでいく鈴虫を見送って、思わず三村はつぶやく。


「あ、鈴虫…」
「『あ』じゃねえ!」


…鈴虫は見事に大竹の伊達眼鏡のふちにぶち当たり、へろへろと緑茶のペットボトルの中に落ちて討ち死にしたのだった。
232224@[鈴虫-5] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:31:14


その後大竹は「鈴虫くせえ…」などと微妙な悪態をつきつつ眼鏡を手入れし、タバコに火をつけ。
三村は「ゴメンゴメン」などとあまり反省もなく謝りながら石をしまい、またもとのようにのんびりと時間が動き始めた。

5分後、先ほどのことを忘れてペットボトルに口をつけた三村は、ブフォッ、と派手な音を立てて緑茶とともに鈴虫を吐き出すだろう。
大竹は「汚ね!」と後ろに飛びすさり、机の上が大…いや小惨事になり、楽屋は二人の笑い声やらうめき声やらでまた少しばかりにぎやかになる。



…そんなちょっとした、日常の話。



233224@[鈴虫] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:36:19

三村マサカズ(さまぁ〜ず)

石:フローライト(螢石)
集中力を高め意識をより高いレベルへ引き上げる、思考力を高める

力:ツッコミを入れたもの、もしくはツッコミの中に出てきたものを敵に向かって高速ですっ飛ばす。
(例1)皿に「白い!」とツッコんだ場合、皿が飛ぶ。
(例2)相方の「ブタみてェな〜(云々」などの言葉に対し「ブタかよ!」とツッコんだ場合、ブタが飛ぶ。

条件:その場にあるものにツッコむ場合はそれほど体力を使わないが、人の言葉に対してツッコむ場合は言い回しが複雑なほど体力を使う。
また、相方の言葉に対してツッコむ場合より、他の人間に対してツッコむ場合の方が体力を使うため、回数が減る。
ツッコミを噛むとモノの飛ぶ方向がめちゃくちゃになる。ツッコミのテンションによってモノの飛ぶ速度は変わる。
飛ぶものの重さはあまり本人の体力とは関係ないが、建物や極端に重いものは飛ばせない。


今回は(例2)の方の能力を使わせてみました。
(例1)の能力や条件が文中に反映されていないので、設定にどこまで書くか悩んだんですが、とりあえず全部書いておきます。
234224@[鈴虫] ◆yPCidWtUuM :2005/09/25(日) 00:38:45
追記ですが、むろんこの話は本筋とは関係しない、番外編です。
それではお目汚し、失礼いたしました。
235名無しさん:2005/09/25(日) 12:35:52
乙。
クーラーうんぬんの会話と微妙な悪態が好きでたまらないw
こういう番外編もっと増えたら楽しいかもね。
自分も何か書いてみようかな・・・と思った。良かったよ
236名無しさん:2005/09/28(水) 17:45:01
番外編乙!
たのしかったです。
237歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/09/30(金) 13:00:40
久しぶりです。パソコンが初期化したのでトリップが変わりました。
ややスランプ気味だったんですが、続き行きます。
238歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/09/30(金) 13:02:44
次の日の仕事、あるバラエティ番組での楽屋に、陣内の姿は無かった。
携帯に電話しても電源が切られているのか、応答が無い。彼の姿を見た者も誰一人居なかった。
MCが居ないのでは、始まるものも始められない。スタッフはもちろん、集められた大勢の若手芸人たちもその事態に、次第にざわつき始めた。
とりあえずそこは、「司会が見つかるまで収録は一時中止」となったのだが。

関西弁と標準語が飛び交う広い楽屋の中で、一人の男が部屋の中を行ったり来たりであからさまに苛々した雰囲気を醸し出していた。
「アホか、あいつは。連絡の一つも寄こさんで…!」
その“近寄るなオーラ”に冷や汗ものの周りの若手たちは気付かれないようにそっと彼の周りから離れていく。約一名を除いて。
「うっわ〜、礼二貧乏揺すり速〜」
礼二の隣でだらしなく椅子に腰掛けていた剛が、眼鏡を拭きながら小さく笑う。
その指摘に気付いた礼二は、舌打ちをしてそこら辺の若手をぎろり、と睨み付けた。
名前も知られていないような可哀想な若手芸人は、不運にも礼二のとばっちりをくらって、何で今怒られたんだ、とおろおろしている。

「いちいち睨むなや。かわいそうやないか。あーあー、あんなに怯えて…」
「…あ、悪い」
「でもホンマ陣内どないしたんやろな〜…」
口では心配そうに言いつつも、今度は欠伸をしながら携帯をカチカチとつつき始める剛に礼二はもう溜息すら出ないようだ。
こいつは昔からこうだった、とでも言いたげな表情を浮かべ、頭を掻く。
「…もしかして、誘拐とかかも知れへん」
「そんなゆーかいな事を言うかい?」
「全っ然愉快やないわ!妙な駄洒落考えんな!」
端から見れば下手なミニコントをしているようにしか見えない会話に終止符を打ったのは、ある男の声だった。
239歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/09/30(金) 13:04:33
「礼二さん、剛さん。ちょっと話たいことが…」
「川島か…相変わらず暗いな。悪いけど後にしてくれへん?陣内探さんと…」
「あ〜っいやいや、その事なんですけどねー…」
川島を押しのけて、頭に絆創膏を貼った田村が顔を出した。その言葉に反応した礼二は椅子に座って、話を聞く体制になった。
足で側に置いてあった椅子を引き寄せ、二人に座るよう顎で指示をする。

「…何の話や?陣内がおらんのと関係ある話か」
川島は「多分…」とゆっくり頷くと周りに聞こえないように話し始めた。
「お願いします…俺たちじゃもうどうにも出来ないんですよ。礼二さん、陣内さんを止めてやってください」
「どういうことや…」
どういうこと、とは一応聞いているものの、礼二も、いつの間にか携帯を閉じていた剛も、何となく感じ取っていた。
この話の流れからして、多分「石」に関する事だと言うことは、かなり間違いないだろう。
そんな事を考えていた矢先に―――携帯の着信音が騒がしい楽屋に小さく鳴り響いた。
発信源は、礼二の携帯だった。昭和時代を彷彿とさせる渋い音楽だ。
待ち受け画面には「陣内」の文字が。

「おおっ!?来たぁ!?」
礼二は慌てて携帯を耳に当てる。
「陣内、今どこにおんねん」
周りのスタッフたちに極力聞こえないよう注意を払い、小声で話す。
『あと、三分で日が沈むなぁ』
無機質な声が、受話器から聞こえた。
その時、礼二がふと違和感を覚えちらりと横を見ると、剛や田村、川島までもが、その会話を聞こうと礼二の耳元に顔を近づけていた。
(お前ら顔近いねん、むさ苦しいっ!散れ、散れ!)
携帯を左手に持ち替え、顔を背けて掌でしっしっ、と追い払う動作をする。一瞬だけ陣内の声が遠くなった。
「もしもし!?なあ、どっから掛けとんねん!」
『屋上におるよ。待ちよるから遊びに来てくれへん?こいつらと居ってもつまらんわぁ』
気怠そうにそれだけ言うと、一方的に電話を切られた。
240歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/09/30(金) 13:06:09
「どうしたん?」
間食用に持ってきたサンドイッチを頬張りつつ剛が尋ねる。

「屋上や、…少なくとも、陣内以外にも複数おるな、そこに。そいつらがきっとあのアホをたぶらかしとんのや」
「…俺たちも行きます」
川島が田村の腕を半ば無理矢理掴んで立ち上がり、言った。
「無論、兄ちゃんも付いてくで」
お茶でサンドイッチを一気に流し込んで剛も何時になく真剣な表情を見せる。
そして四人は「煙草を吸いに」という理由で楽屋から出た。
相変わらず騒がしい楽屋の扉を閉め、一呼吸置くと、一斉に階段を駆け上り始めた。
どうやらエレベーターを待つ時間がもったいないらしい。
若くて運動神経のある麒麟の二人はあっという間に礼二たちを引き離し、軽快な靴音を立ててどんどん上の階へ上っていく。

「白ユニット、出動―ってやつか?かっこええなぁ」
「そうかい、子持ちヒーロー」
脇腹をさすりつつ階段を駆け上りながら剛と礼二が会話する。
「そろそろテーマ曲考えんとなあ」
「BGMはゴーストバスターズで頼むわ」

屋上まであと八階――――。
241名無しさん:2005/09/30(金) 21:23:36
>237-240
おぉ!待ってました!!
歌唄いさんの続編いつも楽しみにしてます。
242名無しさん:2005/09/30(金) 22:18:05
age
243名無しさん:2005/10/02(日) 01:55:48
乙です!
待ってました!中川家登場びっくりですがうれしいです!
244名無しさん:2005/10/02(日) 21:31:25
歌唄いさん乙です!
245名無しさん:2005/10/07(金) 14:41:57
保守
246名無しさん:2005/10/10(月) 00:11:19
hosyu
247名無しさん:2005/10/11(火) 18:40:16
保守
248名無しさん:2005/10/14(金) 00:40:08
hosyu
249名無しさん:2005/10/14(金) 00:52:06
ホッシュばっかだな・・・。
250書き手:2005/10/14(金) 16:43:44
マジすまん。今書いてるから…。
251名無しさん:2005/10/14(金) 19:28:17
楽しみにしてるよ(・∀・)ノシ
焦らないでゆっくり書いてください。
書けない自分は保守してます。
252名無しさん:2005/10/18(火) 18:02:20
ホス
253名無しさん:2005/10/20(木) 00:44:29
>>251に同意しつつ保守。
254Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:17:18
【八月某日 21:50 渋谷・センター街】

渋谷駅にほど近い、とある雑居ビル。
エレベーターを使って一階に下りれば、入り口付近には若い女性を中心とした十数人ほどの人の姿があった。
一緒にエレベーターに乗り合わせた幾人かの人々と一緒に、その中を突っ切っていこうと歩きだす男に
女性達の中には「お疲れ様です」などと男に声を掛け、会釈する者もいるようだったが。
男の足を止めようと呼びかけてくる者がない事を幸いに、男は足早にその場を通り抜けていく。
男は芸人。女性達は客。これはシアターDでのライブ終了後によく見られる光景の一つ。


場所が場所だけあり、結構深い時間にもかかわらず辺りには未成年とおぼしい若者達の姿も見受けられる。
あるいは早くも酔っぱらって路上で大騒ぎしている集団…格好からして大学生のサークル仲間だろうか…の側を通り抜けて
渋谷駅の方へ向かおうとしていく男だったけれど。
「この気配は…。」
目を凝らせば通りの向こう、スクランブル交差点の光景が見えなくもない辺りまで来た所で男はふとその場に立ち止まった。
小柄な部類に入る男が急に立ち止まった事で、彼の後ろを歩いていた背の高い外国人が男にぶつかりそうになり
何か日本語訳したら放送禁止用語になりそうな罵声のようなモノを吐いていったが
男はそんな事など関係ないといった様子でぎゅっと眉をしかめ、険しい表情を浮かべると
くるりと背後に向き直り、来た道を今度は小走りで戻って行き始めた。
255Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:18:15

「あー、どうしたんです?」
ライブ上がりで疲弊しているだろうに、それでも必死な表情で駆けていく男の耳に、ふと間延びした声が聞こえる。
視線を声のした方へ向ければ、男と同じく先ほどライブを終えたばかりの同じ事務所の芸人が、帰路につくべく
エンジンをまだ掛けてないバイクに半ば跨りかけた体勢で男に呼びかけているようで。
「いや、ちょっと忘れ物…したからっ!」
男はその芸人にそう言葉を返し、それ以上の会話を避けるように走り去っていく。
上手く苦笑の表情が作れただろうか、とぼんやり思考する男の胸元で
首から下がった南米の民族工芸品っぽい造形の首飾りが彼の足取りに合わせてぽんぽんと弾む。
その首飾りに組み込まれているウズラの卵を思わせる白と黒のまだら模様の丸い石が、警戒を促すように淡く光を放っていた。


「…………?」
切羽詰まったような口調で言葉を返された、バイクに跨っていた芸人は不思議そうに彼の後ろ姿を眺める。
あの慌てぶりだと財布でも忘れたんやろかと誰に言うでもなく呟いた所で、彼の表情もハッと変化した。
「…俺も携帯忘れてるやん。」
いつものポケットにねじ込んであるはずの携帯の、硬い手触りが今はない。
早く気づけて助かったと小さく口にしてバイクから降り、男もまた出てきたばかりの雑居ビルの方へと歩き出した。
その彼の右手首で、健康グッズのチタンブレスレットと一緒に銀のプレートに淡い緑色の石があしらわれた麻紐のブレスレットが揺れている。

256Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:20:21

雑居ビルの手前で道を変え、ビルとビルとが作り出す路地に男は駆け込んでいく。
ビシビシと肌に伝わる刺々しい気配がいっそう強まり、やがて見えた人影に、男はようやく足を止めた。
男の前に立っていたのは、真夏にもかかわらず、ナイロン地の白っぽいグレーのパーカーを羽織った人間。
その顔はフードに隠されていてよく見えなかったけれど、別に相手が誰であろうと男には関係ない。
明らかに相手が敵意と悪意を放っている以上、力を持つ石の持ち主としてこれ以上好きに彷徨かれる訳にはいかないのだから。
それ故に、男はわざわざここまで引き返してきたのだ。
ライブでの疲れは確かにある。けれど、悪意あるモノを無視して帰る事は彼の信念と石が許さない。

「お前だな。噂の…『白い悪意』は。」
呼吸を整えながら男はパーカーの男へと呼びかける。
「……………。」
パーカーの男からの返事はない。けれど、俯き気味だったパーカーの男の顔がわずかに持ち上がり、
フードの下で彼の唇が笑みの形に歪んでいるのが見え、それが男への返答となる。

「間に合って良かった。それじゃ、早速で悪いけど……」
一つ深呼吸をしてから男は左手で胸元の首飾りを握りしめ、そして右手でパーカーの男を指さした。
首飾りの淡い光を放つウズラの卵のような石が、輝きを増す。

「イヌがニャーと泣いた日からのメッセージっ! 大切なモノを守るため、ここから先へは…絶対に行かせねぇ!」

男が…イヌがニャーと泣いた日のたいがぁーこと平井 博がそう吠えた瞬間。
首飾りの石、ダルメシアンジャスパーが叫びに呼応するようにその能力を開放した。

257Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:24:43
【同日 20:37 都内・某墓地】

繁華街から離れ、住宅地からもはずれにある、とある墓地。
場所柄、こんな時間では人の気配などそうあるとは思えないこの墓地に、今夜は何故か20人近い若者達の姿があった。
彼らの顔に浮かんでいるのは、いずれも何か楽しげな表情で、一体何事だろうと思う者もあるかも知れないが。

「…脅かし班が仕込みに入ってる間に、こっちはそろそろペアを決めようか。」
若者達の半分がばらばらと墓地の中へ散っていったのを見やり、残った若者の一人…というよりも彼はもう立派な大人だろう…が
残った面々にそう告げる。
「やっぱり潤と…コンビで一緒って駄目?」
その言葉に既にどこか怯えた表情の青年が男に問うけれど。
「それじゃ面白くないだろ? それにコンビの片方が脅かし班にいる場合どうするんだ?」
男はニヤリと笑って青年に告げ、小沢、諦めろと彼の頭をぽむぽむと軽く叩く。

完全に子供扱いされた事に反論する気も起こらず、小沢と呼ばれた青年…スピードワゴンの小沢 一敬は溜息をついた。
「何でこうなっちゃったのかなぁ…。」



肝試しがやりたいと言い出したのは、井戸田だった。
あるTV局の楽屋で発せられたそれは、半ば…というよりもほとんど冗談交じりのものだったように小沢は記憶している。
仕事はもちろん、白のユニットの芸人としての活動や何やらで忙しい日々を送っていたから。
一度羽目を外して遊びたい、楽しみたいという井戸田の考えは小沢にも理解できた。
258Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:26:02
特に力ある石を巡る戦いに於いて、最近は本職が忙しいからなのか理由はわからないが、
黒のユニットが大規模な作戦を立てて行動してくる事は少なくなってきていたけれど。
それでも小さないざこざは頻繁に起こっていたし、不穏な噂も耳にするようになってきていた。
それは白も黒も中立も、はたまた石の有無も関係なく芸人を襲う石の持ち主が居る……という話。

実際ここしばらく、事故や病気…と言う名目で病院送りになった若手芸人の数が増えたように小沢には思えてならない。
故に、自分達に出来る範囲で情報を収集してみたり、新宿の駅の周辺などライブ会場の多い地区をそれとなく見回ってみたりして
逃げ延びた芸人の証言から『白い悪意』と呼ばれる噂の石の持ち主を突き止めたり、もしくは止めたり出来ないかと試みてはいたのだが。
そうは上手いようには物事は運ばないらしく。怪我人だけが増えていくのが現状だった。


「…良いね、肝試し。」
「小沢さん、途中で怖くて泣いちゃったりして?」
「酷いなぁ…そんな事ないって。」
だから、井戸田の発案した無邪気な話に乗ってそんな会話を他愛なく交わしていた所。

「だったら、やってみる? 肝試し。」
2人の話に割り込んできた設楽のこれまた無邪気な一言と、彼の呼びかけに事務所の後輩達が応じた事で
いつの間にか話は実行の方向で進んでいき、そして今夜に至るという訳で。


「何ぼーっとしてるんだ? もうみんなペア決まっちゃったぞ?」
不意に横から日村に声を掛けられ、小沢はハッと我に返る。
見やれば、もう彼は後輩の魚でFの及川を引き連れてペアを決定させてしまっているようで。
慌てて小沢が周囲を見回してみると、確かに殆どの芸人達の間で二人組ができあがってしまっていた。
井戸田は設楽の隣にいるし、磯山はこれも後輩の芸人と組んでいるようで。
野村と号泣の二人はその石の能力も相まって脅かし班に入ったため、此処にはもう居ない。
今ごろ墓地のどこかで無駄にリアルな幽霊が一人、そして閃光と人魂・金縛り・悪寒・ラップ音要員が
手ぐすね引いて待ち受けている事だろう。
259Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:26:57
「……………。」
それを思えばこのまま一人で肝試しに突入する訳にも行かず、どうしようかと小沢がキョロキョロと見回していると。
一人、影の薄い青年がすっと小沢の方へと近づいてきた。

小柄なその芸人はダブルブッキングの川元。
こういった催しにはまず参加しないだろう彼がこの場にいた事にまず小沢は軽く驚くけれど、それは胸の中に秘めておく事にして。
「川元君も一人?」
「……はい。」
「じゃ、組む?」
「……お願いしても、良いですか?」
問いかければ驚くほど素直に川元は小沢に答えてくる。
「もちろんだよ。良かった…一人じゃなくて。」
小沢が安堵の笑みを浮かべて川元に告げれば、川元もホッとしたように胸を撫で下ろし、
彼の相方の黒田も「小沢さんの驚きっぷりを楽しめるなんて羨ましいですね〜」などとニコニコ笑いながら心にもない事を口にする。
すかさず小沢が黒田を睨み付けると、黒田は楽しそうに彼のペアなのだろう芸人の陰にサッと隠れてしまった。

「……ま、これで全員ペアになったのかな?」
一連の流れに苦笑しつつ小さく呟く設楽の携帯が、メールを受信して着信音を響かせる。
携帯を取ってメールを確認すれば、それは脅かし班のリーダーである野村からの配置完了の合図。


「脅かし班も準備できたようだし、それじゃ…肝試し、始めるか。」
携帯をしまい、設楽が告げたその一言が。芸人達の今夜の催しの開会宣言となった。
260Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:36:20
久々にこちらに投下させてもらいました。
今回はタイトル通り2005年8月半ば設定の話で、自分が今まで投下した話と繋がってはいるものの、
全体から見たら本編からは外れた番外編となってます。
それでは、またしばらくの間お世話になります。
261名無しさん:2005/10/21(金) 07:01:09
白い悪意・・・まさかファントムの話?!
ekさん乙、激しく乙です。
またまた続きが気になって眠れない作品ありがとうございます。
262名無しさん:2005/10/24(月) 00:41:23
乙です
263名無しさん:2005/10/24(月) 16:22:47
◆ek激しく乙!!
ファントム編がとうとう本スレにキタ(゚∀゚)!!
続き楽しみに待ってるぞノシ
他の職人もガンガレ
264 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 19:43:06
以前 ◆BKxUaVfiSA というコテで大木とホリケンの話を書いた者です。


銀杏の葉が舞い落ち、秋風の吹く公園。その奥にポツンとある緑色のベンチに男が一人座っていた。
番組収録の合間の休憩時間に、暇つぶしにと思い外に出たのは良いのだが、特にやることは無かった。
仕方なく通りかかった公園に入りベンチに腰掛け買ってきた雑誌を開く。
前方では女子男子入り交じった何人かの子供達が泥だらけになって砂場で遊んでいた。
男はそれをボンヤリ見詰め、「懐かしいな」と一言呟くと再び雑誌に目を戻した。
時折吹く冷たい風に身体を震わせ、そろそろ長袖の服でも着ようかな、などと何でもないことを考えていた。
それから暫く経った後、
「何してんだよー!トンネル壊れたじゃん!」
子供独特の甲高い怒鳴り声が公園に響いた。男は雑誌から顔を上げ、眼鏡の端を摘んでその様子を覗った。
ガキ大将と思われる男の子の足下には、完成間近にして、無惨に潰れてしまった砂のトンネルがあった。
あーあ、と男は苦笑を漏らす。
きっと水を掛けすぎたとか、穴を大きくしすぎたとか、そんな下らない理由で喧嘩しているのだろう。
男は雑誌を置きベンチから立ち上がった。そして砂場の子供達の元へ歩み寄っていく。
子供達は知らない大人の登場に身体をびくっ、とすくませた。
「おじさん誰?」
「あー…えーと、おにーさんは芸人…『笑わせ師』だよ」
我ながら子供相手になんて怪しい自己紹介だ、と心の中で思った。
男はそっと潰れてしまった砂のトンネルに手を乗せる。子供達は不思議そうな面持ちで男を見た。
「さぁて、ちびっこに夢でも与えてやろうか」
男の胸のブローチ…正確にはその中央に填め込まれている石が金色に光り出す。
男の手を中心に砂場の砂全体がサラサラと待った。
それは何時しか生き物の様に動き形を作っていく。
砂場には、砂トンネルの他に漫画でよく見る砂の城や、長い橋のような物(男は「万里の長城だ」と言ったが子供には理解できなかった)
が出来上がった。
「凄い!」と子供達は満面の笑みで喜ぶ。
それを見て、不思議な力を使う男も満更では無い様子で笑ったのだった。
265 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 19:45:06
それとほぼ同時刻…。

困ったなあ、などと呑気に考えながら梯子をよじ登る男が一人。
服装は先ほどまで舞台に立っていたということで、随分奇抜な格好だった。
薄いTシャツに手拭いを首に巻いており、何重にも折り込まれて短くされた緑色のズボンからは健康的な脹ら脛が覗いている。少年のような形だ。
彼の困った、と言うのは、今複数の男に追いかけられている事ではなく、家で待っている200匹のペット兼家族への餌があげられないという事の方が強い。
きっとお腹空かしてるな、死んじゃったりしないかな、と心配事は尽きなかった。

登り切ってたどり着いたのは廃工場の塗炭屋根。所々雨の所為で鉄骨が錆び付き、穴が開いている。
腕を地面と水平に広げ、トントン、トン、と穴を飛び越しバランスを取りながら渡っていく。その後ろから若い男が二人、同じように走ってくる。
決して丈夫とは言えない薄い屋根に、三人もの大の男が乗っていると、さすがに思い切り暴れる、なんて事は出来ない。
屋根の左端と右端にそれぞれが立ったまま対峙する。
「つっかけだけで良く此処まで速く走れましたね、佐久間さん」
一人が、少し慎重に足を踏み出す。塗炭が嫌な音を立てて軋み揺れ、佐久間は「おっとっと…」とバランスを崩しそうになる身体を中腰になり必死に手をばたつかせて整える。
そして揺れが収まったところでゆっくりと身体を起こし、ほっと息を吐いた。
「…う〜ん、見逃せない?」
「無理です。逃がして怒られるのは俺たちなんですから」
ダメ元で尋ねてみると案の定否定された。
「見逃して欲しいなんて言ってきたの、佐久間さんが初めてですよ」
今まで戦ってきた者たちは、どうやら正義感、責任感に満ちあふれ、石の力を駆使して向かってきたらしい。
「黒に入ってくれるなら、何もしませんから、ね?僕らも簡単に人を傷つけたくないんですって」
男たちは、戦いを心からは望んではいないようだった。上の命令なのだろうか。お願いしますよ、と彼らは懇願する。
266 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 19:46:06
「そういえば、佐久間さんザリガニいっぱい飼ってるんですよね」
「それが何?」
「黒に来てくれないと、あなたのザリガニを…」
「何する気だよ…!」
嫌な予感がし、額に冷や汗が浮かぶ。
「全部食べます」
何だって?それはゆゆしき問題だ…!
佐久間は少し困ってしまった。
自分は喧嘩は好きではないし、戦って勝てる自信も無い。相手が二人もいるなら尚更だ。
何より愛するザリガニたちが食べられてしまう。
とりあえずここから劇場はそう遠くはないし、ポケットに携帯も入っている。助けを呼ぶことは不可能では無かった。
相手に気付かれないようそっと携帯を取り出し、手を後ろに回したまま勘でリダイヤルのボタンを押す。
画面が見えないから誰に掛けているのか分からないがとりあえず三回押した時の相手に掛けてみようと思っていた。
カチ、カチ、カチ。丁度三回押したところで手探りで真ん中の決定ボタンを押す。

「何をしてるんですかっ!」
その時、一人の男が小さな火の玉を指先から出現させ、佐久間に向かって飛ばした。
「あわわっ、喧嘩は止めようって〜痛いだけだから…」
ふわり、と佐久間の手の平が火の玉に向けて翳される。
「この想い、伝われぇ〜っ」
ギリギリまで近づいて来た火の玉は、ポン、と可愛らしい音をたて、一輪の真っ赤なバラに変化し佐久間の手に落ちた。
自分には似合わないな、と佐久間は照れ笑いを浮かべる。男たちは頭の上にクエスチョンマークを浮かべているような間抜けた顔をしている。
その時、
『もしもーし、もしもーし?さっくん、どーしたぁ?』
癖のあるテノールボイスが携帯を通して小さく聞こえた。
(や、ったー)
佐久間は小さくガッツポーズをした。親交もあり、何より石の能力者であるあべこうじこと阿部公二に電話が繋がったのはラッキーだった。
「よそ見するな!」
267 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 19:47:05
一瞬携帯に目を捕られてしまった佐久間は(しまった)、と顔を上げる。
次の瞬間、目の前に男の拳が迫った。ああ、殴られるな。と他人事のように思った瞬間、頬に鈍い痛みが走り、視界が反転した。
あまりにも見事に顔面ヒットしたので、殴った男の方も、しまった、みたいな顔をして小さな声で「あっ…」と声を漏らした。
はね飛ばされた携帯はガチャン、と斜めの屋根を回りながら滑り落ちていく。
手を伸ばしたが後一歩遅く、携帯は重力に引っ張られ屋根から落下していった。
そして、地面に衝突し、跡形もなく消える―――筈だった。
高い屋根から落ちてきた佐久間の携帯を、下に立っていた誰かが片手で、上手いこと壊さないようパシッ、と軽い音を立ててキャッチする。
もう一方の手には、先程まで使っていたのだろうか、開いたままの彼の携帯が。
佐久間が殴られた顔を押さえながら、上半身を起こして下を覗き込んだ。


「落とし物」
彼――あべこうじは、屋根を見上げ、にっこり笑って携帯を振ってみせた。
268 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 20:35:00
佐久間一行
エンジェライト(天使を意味する石。マイナス思考の払拭)
能力…平和の念を掌に込め、危険な物を安全な物へと変える。
   例)爆弾→クラッカー  ピストル→水鉄砲 
条件…「つたわれ」で発動。
   危険かどうか、自らの判断が必要
269名無しさん:2005/10/27(木) 16:26:22
乙です!
したらばの時とても面白かったのですごくうれしいです。
頑張ってください!
270名無しさん:2005/10/27(木) 18:17:57
乙!
この二人大好きなので続きが楽しみです。
さっくんの能力いいなあw
271クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/10/28(金) 17:14:29
お久しぶりです。ハロバイ編の続きを投下します。一応これが最終話です。



外は相変わらずの悪天候。雨と泥にまみれた2人は何処か店に入ることも出来ず、金成の家に一時避難していた。
「お前の服ぶかぶか〜」
「しょうがねーだろ、お前小さいんだから」
関は金成から借りたシャツの袖をぶらぶらさせながらブーブーと文句を言う。
「それよりも、今は話すことがあるだろ」
関の肩がびくりと揺れる。それを誤魔化すように雨の打ちつける窓の外を見やった関の前に金成は座った。
テーブルに置かれたコーヒーカップから立ち上る湯気が2人の間を通り抜け、空へ上ってゆく。
「ピースの事だろ」
ぶっきらぼうに、しかし悲しそうに関は言った。
「吉本の会社がでか過ぎるのも問題だな。誰が黒で、誰が白なのか、どこまで石が伝わってるのか全く検討も付かない」
ああ、と関は頷く。正直、予想外の展開ではあった。
又吉と割と交流があった関にとって、今回の事はショック以外の何物でもない。
金成も綾部とは仲良くしていた。それがこんな形で敵対することになってしまうとは。今更ながら石の存在を恨めしく思う。
「…他に、誰が黒なんだろう」
ポツリと呟いた関の言葉は、静かな部屋にいやに大きく響いた。
それは2人の、いや、白のユニット全員の疑問でもある。黒に誰が居て、どんな仕組みになっているのか。
もしかしたら白は、ほぼ何も分かっていないのかもしれない。
272クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/10/28(金) 17:15:14
その時だった。関の携帯からメロディが流れ出し、着信が入った事を告げた。
液晶画面に記された相手は「又吉直樹」
関はそれを見て目を見開いた。金成に見せると、口元だけで出るぞと伝える。そっと通話のスイッチを押した。
「…もしもし?」
<…関さん?>
「何の用だ?黒のユニットに入れ、って話は聞かねぇぞ」
金成も横で聞き耳を立てる。
<いえ。違いますよ。…金成さんも近くに居ますね?>
次の瞬間、関の手から携帯が滑り落ち、横に倒れた。驚いて関を抱き起こそうとした金成も、電話口からの声を聴いた瞬間、同じように意識を失った。


「…ここは…」
「何でこんなとこに…」
気がつくと2人は辺りが真っ白な壁で囲まれた部屋に居た。おろおろとしていると、ゆっくりと部屋の扉が開く。
「ハロバイさん」
又吉が、2人の目の前に居た。慌てて関は石を発動させようとするが、何故か手首の石はなんの輝きも持たぬまま、ただの宝石と化しているようだった。
「ここでは石は使えませんよ。俺の『物語』の中ですから」
そう言った又吉はにっこりと笑った。
「やっと落ち着いて話が出来ますね」
「な、何だよ…」
警戒する二人を前に、又吉は自分が黒に入った経緯を話し出した。
綾部が「説得」されてしまった事。そして自分はその綾部を守るために黒に居る事。そして黒に関して知っている情報を全て語った。
「…俺は正直どっちでも良いんです。白でも黒でも。だけど人は傷つけたくない…」
273クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/10/28(金) 17:16:56
辛そうな表情を見せる又吉に、ハロバイの2人も警戒心が少し薄れた。
「何で、それを俺らに伝えるんだ?伝えるなら白の幹部の方が…」
わかりません、と又吉は首を横に振る。
「でも、お2人に話したかったんです。1人じゃ駄目な願いでも、3人なら叶うような…そんな気がしたのかもしれないです」
「……」
「この話を信じるも信じないもハロバイさんの自由です。ただ、俺はお二人の事、信用してますから」
絶対黒に入らないでくださいね、と続けた。
「それじゃあ。俺はもう行きます。あまり長い間物語の中には居られないので」
と、扉を開けて又吉は出て行った。その瞬間、2人は引き戻されるように目を覚ました。
辺りを見回すと金成の部屋。コーヒーが冷めてしまってはいるが、それ以外は何も変わっていなかった。落ちた携帯電話からツーツーと電子音が響く。
「関…」
「うん…」
又吉を信じよう、と思った。あの物語の中での悲痛な言葉。後輩にそんな事を言われて黙っているほど2人は冷たい人間では無い。
「願おうな、金成」
「ああ、又吉は信用して良さそうだ」
3つの願いが、一つに重なった夜だった。


短いですが、これで一応終わりです。
何だか能力全然生かせなくて申し訳ないのですがorz
この二組使いたい方が居たらどんどん使ってやってください。それでは。
274名無しさん:2005/10/28(金) 20:37:21
二人とも乙!

少しずつ人戻ってきたみたいで嬉しい。
275名無しさん:2005/10/30(日) 11:49:55
----------------------------------------
276名無しさん:2005/10/30(日) 12:05:56
277 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/30(日) 23:56:29
>>267の続き
いろんな視点で書いているので、なるべくごちゃごちゃにならないようにしたいです。

「あべさん…!」
「挨拶もなしに急に居なくなるもんだからさぁ、あははっいやー探しに来てよかったよーホントねぇ」
ひらひらと手を振る阿部は格好付けたように眉を顰め、何とも綺麗な早口でまくし立てる。
「ほら、逃げっから降りといで」
佐久間はその言葉にたちまち笑顔になった。はいっ!と元気よく返事をし、屋根からダイブする。
固い地面に頭から落ちていくような体勢に、二人組はわっ、と短い悲鳴を上げて届かない制止の手を伸ばす。
地面に激突する寸前、佐久間は手を前に突き出す。柔らかな光に照らされ、ふかふかのクッション状になった土は落ちてくる身体の衝撃を優しく吸収する。
屋根の上から二人が見下ろしているのが見えた。え〜、とかすっげえ〜、とか若者らしい率直で素直な感想を述べている。
「うわ、さっくんすげー鼻血…!」
え?と手の甲で鼻の周りを触ってみると生暖かい真っ赤な液体がまとわりついた。阿部が言うには、顔半分がその血で染まってまるでスプラッター映画のようらしい。
近くで風船を割られたような、そんな衝撃が強く、痛みというものはあまり感じなかった。だから大したことはないと思っていたが、阿部の引きぎみな表情を伺う限り今の自分は、よっぽど見るに堪えない酷い顔なんだろうなぁ。と佐久間は思った。
「大丈夫ですよー。ね?ほら、骨は折れてないみたいですし」
「ほ、骨…」
目眩を起こしそうになっている阿部を尻目に、ポケットからウェットティッシュを取り出して顔をごしごしと擦る。
血を拭き取りすっきりした顔を見せてやると、阿部もほっとした表情を浮かべた。
278 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/30(日) 23:58:27
そして気を取り直すようにパンッ、と一度手を叩く。
「よし、じゃ逃げるか。ダッシュね、ダッシュ!かけっこには自信あるよ、俺」
格好付けたように変なところで語尾を上げるのは彼のちょっとした癖だ。そういうときは大抵彼の心は自信に満ちている事が多い。
佐久間は妙な安心感を覚え小さく笑い「そっすね」と返事をすると、つっかけを履き直し阿部の後ろを付いて走っていった。

ぺたん、ぺたんというつっかけ独特の平たい靴音を鳴らしながら、後ろを振り向いた。
思った通り背後からは屋根から下りた男たちが追いかけてくる。
一応昔テニスはやっていたし、体力にも足の速さにも自信はある。運動馬鹿な訳ではないが、久しぶりの本気の走りに、自然と佐久間は口元を緩ませた。
「ついてこれるもんならぁ、ついてこぉーい!」
走りながらくるりと一回転。
「何テンション上がってんの、ほらこっち!」
息を切らした阿部が佐久間の襟首をやや手荒に掴み、狭い路地裏に逃げ込む。ゴミバケツや空き瓶が散乱している所為でスピードが出せないのを佐久間は不満に思った。
何しろ汚い所は大嫌いだった。全力で走るには先程の綺麗な広い道路の方が良かったのだが、何にせよその道路は長く続く一本道だ。万が一こちらが先に疲れるような事があれば捕まってしまう。
そう思えばこういう入り組んだ細い路地は相手を捲くにも有効なのだ。
思った通り向こうも追いかけてくるのに苦戦しているようだ。更に引き離すように足でバケツを倒し、積み重なった木箱…その一番下の段を思いっきりダルマ落としの要領で蹴り飛ばす。バランスを失った木箱の山はガラガラと崩れ落ちた。
中身が入ったままだったビール瓶が幾つもその中から転がり出て、雨あられと降り注ぎ敵の進行を防ぐ。
「危ない危ない危ない〜っ」
勢い余って自分たちの方にまで振ってくるガラスの欠片に、手を引かればたばたと前に突き進む。
ガシャン、バリン、と近くに雷が落ちたときにも似た感覚が鼓膜を襲う。佐久間と阿部が通った跡は汚い埃がそこら中に充満した。
煙の向こうから追ってくる声は、もう聞こえない。
「………、やりいっ!」
後ろを振り返りながら尚も走り続け、二人でハイタッチを決めた。


279 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/30(日) 23:59:47
そして、またまた所変わって、ここは東京の某スタジオ。
こちらでも、入り組んだこの建物の曲がりくねった廊下を五月蠅くばたばたと走り回る大人二人が居た。
向かいから歩いてくるスタッフを身体を捻って避ける。階段を下り、ロビーの柱の影に隠れて神妙な顔つきで周りをキョロキョロと見渡す。
靴音がすると身体を翻して一目散に階段上へ駆け上った。一気に四階までたどり着き、胸を押さえて一つ大きな深呼吸をする。
そしてやはり険しく目を細め、慎重に辺りを見回す。誰もいないことを確認すると駆け足で廊下を走り出す。

「…ってお前何付いてきてんだよ!」
慌てたように叫ぶアフロの男・トータルテンボス藤田は、向こうへ行け!と自分の隣を同じように走る相方の大村の肩を軽く叩いた。
「は?違うって、俺が行く所にお前が来てんだろ?」
藤田の手を振り払いながら大村が言った。
藤田が右へ行くと彼も右へ、左へ行くと左へ…と二人にはそんなつもりは無くとも、面白いくらい進む方向がシンクロする。
「じゃあそこ、そこの角で二手に分かれよう。じゃねえと共倒れになる」
突き当たり、左右に分かれた廊下を指差して藤田が言う。それに大村は頷いた。
「よし、俺右。右右右。いいだろ?」
「かまわんよ」
分かれ道で立ち止まり、お互い無事に『逃げ切れる』ようにと拳を軽く合わせる。
その時、階段を上がってくる足音が微かだが聞こえた。藤田たちと違いそれは酷くゆっくりで、まるで走らなくとも捕まえられるとでも言っているようだ。
280 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:00:42
「くそ!もう追いついてきやがった!」
「早く、あっち走れ!ぜってー見つかるなよ!」
互いにビシっと敬礼すると藤田と大村は真逆に廊下を走った。
その直後、階段を上りきった男が廊下に現れた。

「何処行ったって無駄なのに…」
やや長めで先の跳ねた黒い髪。右目に鬱陶しく覆い被さるそれを指で横に分けると男は口の端をつり上げて笑みを浮かべた。
そして迷うことなく藤田たちの通った道を歩いていく。突き当たりの分かれ道で足を止めた。頭を掻きながら左右をゆっくり眺める。
「二手に分かれたか…さっきまで一緒だったのに。面倒くさいなー」
面倒くさい、と言いつつも男の表情はどこか楽しそうだった。
「一人ひとり潰していくか。えー……ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な…っと」
指をチョイチョイと左右に動かしお決まりのリズムを口ずさむ。
指先の指した方向は―――右。
「よっし、大村さんに決定。ぱちぱちぱち〜」
実際藤田と大村がこの道を通ったのを見た訳でも無かった。だが男は二人が今まで共に行動していた事や、この分かれ道で二手に分かれた事。
更には大村が右の道へ逃げた事まで言い当てたのだ。
息を潜めて隠れている藤田も大村も、その声にギク、と目を丸くさせ身体を震わせる。
鼻歌を歌いながら男は一番奥の楽屋の前に立った。わざと焦らすようにドアノブをゆっくり回す。大村は口を塞いで細い息を吐いた。
男はドアを開け、手探りで電気のスイッチを押した。ぱっと楽屋が明かりに照らされた。
281 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:02:12

―――だが、中には誰もいなかった。
小さな白いテーブルと鏡とロッカーがあるだけで、人影は見あたらない。
すると男は考え込むように黙ってしまった。
「あれぇ?…っかしいな。俺の“力”鈍ったのかな…」
ブツブツとぼやきながら残念そうに眉を顰めて踵を返し、部屋から出ようとした。
大村はホッと息を吐いた。…その時、

「…なーんちゃって」
おどけた口調で笑い、男が振り返った。
そのまま勢いよくロッカーの扉を開く―――。

わ―――――っ!!

「この声は、大村…!?嘘だろ…!…じゃ、“生き残り”は俺一人か…?」
逃げ回っていたのは藤田と大村だけでは無かった。何人もの後輩や先輩は、何処に逃げても、何処に隠れてもことごとく奴に見つかった。
「藤田さん。藤田さんだけですよ、残りは」
男は勝ち誇った笑みを浮かべ、藤田の逃げた左の通路へ向けて声を投げた。
当然ながら藤田が返事をするはずもなく、男は苦笑を漏らす。
「藤田さん、右から三番目の掃除用具入れ。でかい掃除機とホウキの後ろに隠れてる!」
男がそう叫んだ瞬間、


「ああ〜くっそ、当たりだよっ!!」
悔しそうに扉を開け、藤田が飛び出てきた。
「何だ何だ?もう全員見つかったのかよ」
他の芸人が廊下の奥からぞろぞろと歩いてくる。男はにっこり笑ってまた被さってきた髪を耳に掛けた。
282 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:03:34

「つまんねーよーQちゃんがオニの『かくれんぼ』!」
「懐かしさを味わう間もなく見つかっちまったよ!」
皆が怒るのも無理はない。開始5分でかくれんぼは終わってしまったのだから。
Qちゃん、と呼ばれた男―――ハイキングウォーキングの鈴木Q太郎こと鈴木正志は藤田たちに小突かれながらも「すごいでしょ、俺の力〜」と笑っていた。

「つーか…松田くん。松田くんは何処行ったの?」
大村が鈴木の相方である松田を捜す。かくれんぼ開始時は確かに居たはずだった松田が何処にも見あたらない。
「あー松田さんはですねぇ、外に出ちゃったみたいですよ。つまんなかったんでしょうかね」
鈴木は慣れた様子でしれっと答える。
昔からこういう子供は必ず一人は居た。かくれんぼや鬼ごっこで遊んでいる途中で勝手に帰ってしまう俺様気質な子供が。
それはちょっと戴けないなあ、とやや怒り気味に大村が携帯を取り出し、松田に電話を掛ける。繋がったところでそれを鈴木に渡した。
「もしもし松田さ〜ん、とちゅうで抜けないでくださいよ〜」
『あ?あーごめん…あっ、オイこらっ、服が汚れるだろお前ら。ははは…』
携帯を通じて聞こえてくる松田の声が一瞬遠くなった。
何だか子供の声も聞こえる気がする。
「松田さん?」
『え?いやいや、まだ隠れるとこ探してんの……こら、砂散らすなっ』
「でももう…」
『まーだだよっ!』
すると一方的に電話は切られてしまった。
283 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:04:10
「あっそ…まだ、なんだ」
乾いた笑いを浮かべ、あきれた声で大村が言った。
「んで、待つんだ。Qちゃん」
「もちろん。まあ、松田さんの言ったことは絶対ですから」
ここまで上下関係のはっきりしているコンビも珍しい。とりあえず一時間に一度「もういいかい」の電話を入れる事に鈴木は決めたのだった。

松田が携帯を閉じると。
「笑わせ師のおじちゃん。遊ぼう!」
「え?あ、いたたたた…」
公園の砂場にお城を造ったことですっかり子供たちに気に入られてしまった松田は、手加減を知らない子供に髪を引っ張られながらも律儀に遊びに付き合ってあげていた。
284 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:06:52
一応「あべさく編」として書いていますが、あべさくサイドとハイウォーサイド?を
交互に書いてあと二話くらいで話を繋げるつもりです。
285 ◆8zwe.JH0k. :2005/10/31(月) 00:11:02
ハイキングウォーキング
松田洋晶
石…サンドストーン(静かな心・冷静さ)
能力…土や砂、岩石を操る。砂嵐を起こしたり、一定範囲に強い地震を発生させる。
   岩を精錬させて武器にすることも可能。
条件…土がない所では使えない。
   水に弱く、雨などを浴びると身体が動かなくなる。

鈴木Q太郎【鈴木正志】
石…ピンクマンガン(成功・繁栄)
能力…石の気配を感じ取る。また、石を持っている人物の居場所が分かる。
   その人物がどこかに隠れていても、離れて移動していても瞬時に探し当てられる。
条件…『何処に居るか』が分かるだけで、『何をしているか』までは分からない。



286名無しさん:2005/11/01(火) 00:37:04
乙です!
さっくんのん気ですね〜それでこそさっくんなんですが・・・
めっちゃ鼻血出してても冷静・・・すごいですね(笑)
ハイウォーサイドはめちゃめちゃのんびりしてますね
最初の展開にはびっくりしましたが、かくれんぼですか(笑)
そしてQ太郎ですか。髪の毛!笑えました。
287129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 09:58:16
したらばでokいただいたのできました。ピース過去編です。
長いですがお付き合いください。
288129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:08:08
それはある日のこと。ピースの2人がまだコンビを組んで間もない頃の話である。劇場で行われる笑いの戦いを征し、見事今日をもって500円芸人の肩書きを手に入れた
2人は楽屋にいた。周りの後輩芸人には「おめでとうございます」と祝ってもらい、先輩芸人には「今日はおごってやる」と声をかけてもらった。
「やったなぁ!マタキチ!」
綾部もちろん上機嫌だ。いつものうんさくさい笑顔を全快にしている。
「やったな。」
又吉は言葉少なく返した。
「なんだよマタキチ。やっと勝ったのに。どっか具合でも悪いのか?」
綾部は相方のいつにも増した無口さに心配して顔をのぞきこんだ。
フイとバツの悪そうな顔をして又吉はそっぽを向く、その顔を見て綾部に嫌な予感が走った。
「もしかしてお前昨日また石を・・・!」
そう綾部が声を荒げた瞬間だった。楽屋にいる芸人達が一斉にこちらを見た。空気はピンと張り詰めた。若干睨んでいる人間もいるような気がする。
「いっ石を・・・持って帰ったのか〜?しかもそのへんに転がってるなんの変哲もない石を!
マタキチはホントに変なもの集めるなぁ!」
綾部は苦し紛れにうわずった声で意味のわからない言い訳をした。芸人達はまた自分達の話に戻ったが空気は作られたなごやかさになった。
「アホか。こんなところで、石について大声出すなや。」
「ごめん。で・・・また昨日、石を使って戦闘したんじゃないのか?」
又吉はまた目線を逸らした。
「えぇやんけ別に。俺は白や。黒が襲って来てもしゃーない。それに白として戦わなあかんやろ。」
「あのなぁ・・・!」綾部はまた声を荒げそうになったが、
我に返り一息ついて小さな声で言った。
「俺は石持ってねぇから白とか黒とかよくわかんねぇけどさ・・・お前が怪我したりすんのは嫌なんだよ。」
お前を助けることも出来ないんだ。続けて小さくつぶやいた。
又吉は黙っていた。
綾部は石を持っていなかった。又吉と同じだけ芸人として活動してきたが、自分に石はやって来なかった。
それは運のいいことだと思っていた。しかし相方や仲間の芸人達が戦い傷つくのを指をくわえて見ていなければならなかった。

戦いに巻き込まれたくない。

でも大切な人達を守りたい。
289129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:28:34
そのとき楽屋のドアがノックされた。そして入って来たのは又吉の元相方、原だった。楽屋にいた芸人達は驚いて原に駆け寄った。原はある程度芸人達と挨拶を交わしたあと、2人の方へやって来た。
「おめでとう。」
「見に来てたんか。」
又吉はしかめっ面で原を見た。原はにこやかに又吉を見下ろしている。
「今日は綾部に用があって来たんや。」
「えっ、俺?」
思わぬ言葉に綾部は驚いた。
「あ、でも今日は先輩におごってもらったりするんやろ?なら終わった後お前の家の近くに公園があったよな?そこに来てくれへん?」
「・・・おっおう。」
綾部は原の言葉に疑問を感じつつも、その誘いに応じた。
又吉も原がなにを考えているのかを不審に思っているようだ。眉間にしわが寄っている。

先輩と飲みに行っている間もあれやこれやと呼び出された理由を考えたが思い当たる節がない。
約束どうり、綾部は原に指定された公園に行った。その公園は広いくせに外灯が少なく真っ暗に静まっていた。まだ原は来ていないようだ。
綾部はまだ呼び出された理由を考えながら待っていた。すると黒い人影が現れ、こっちに近づいてきた。誰だろう?原だろうか。と目を凝していると、急に横からも人影サッと自分の目の前に現れた。
290129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:30:39
又吉だ。又吉は綾部に背を向けて少し遠くに見える影を睨みながら
石の力を開放した。
「おっおいっ!何してんだよ!」
綾部が驚いて聞いたが又吉はすでに黒い人影に向かって物語を語り始めていた。

公園は少ない外灯に照らされ真っ暗だ。人影などどこにもない。

又吉は公園には誰もいないという物語を語った。あの人影に捕まってはいけない。絶対に。
又吉はこの物語を続けながら綾部の方を振り返った。しかしその場所に綾部はいない。まさかと前を見直すと黒い人影が消えている。
しまった・・・!
そう思った瞬間又吉の腹に鈍い衝撃が走った。その衝撃で又吉は自分の作った物語から抜け出し、そのまま倒れこんだ。
「又吉!!」
綾部がしゃがみ込み抱き起こす。綾部には何が起きたかわからない。
又吉は気を失ってしまった。
そして黒い人影が目の前に立ちはだかった。綾部が見上げた瞬間、背後からヒュッと風が通り抜け人影は後ろに吹っ飛んだ。
「こっちや!今のうちに逃げろっ!」
背後から叫んだのは呼び出した張本人の原だった。
綾部は無我夢中で又吉をおぶって原と一緒に走り出した。
これが石をめぐる戦いか・・・。今まで経験したことのない緊張感、そして危機感。
291129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:32:40
綾部は一心不乱に走った。そして暗い路地を見つけるとそこへ入った。
又吉を降ろし、ヘタリと座り込んだが、原がまだ来ていない。路地から注意深くのぞくと、原がフラフラと走ってくるのが見えた。
「原っ!お前大丈夫か!?どっか怪我したのか?」
原に肩を貸し、路地へと入った。原はハァハァと息を切らしながらなんとか言葉を発した。
「・・・ちょっと貧血になっただけや・・・これが俺の・・・石の能力の代償や。」
息も絶え絶えに原は話した。
「本当は一回でこんなにダメージくらわへん・・・でもコンビを解散して、芸人をやめても石をねらってくるやつらがおって、 そいつらに対抗してたんやけど、どんどん石の力が弱くなっていって・・・。
今までどうりの力出そうと思ったらどんどんと代償もでかなっていった・・・。さっきの攻撃も相手に尻餅つかせた程度やろ。」
「・・・じゃあこの石は芸人じゃないと力を発揮しない・・・?」
「笑いへの情熱ってやつや・・・。」
ふっと笑い一息ついた原は自分の首からペンダントにして吊っていた石を綾部に突き出して言った。
「又吉は相変わらず戦ってるんやろ?平和がほしいとかゆーてさ。あいつ人が傷つくのとかめっちゃ嫌がるからな。アホや・・・。」
原は苦々しい笑みをうかべた。
「あいつの石は攻撃には向かへん。そんでそれを助けていた俺にはもう力はない・・・。だから頼む、この石をもらってくれへんか?危険なことに巻き込むのはわかってる。でもお前の相方守ってやってくれ!このとおりや・・・。」
原は必死に頭を下げた。しばらく綾部は黙ったが、意を決してその石を受け取った。
「俺・・・仲間を・・・マタキチを守りたい。俺だって平和がほしい!」
原は微笑んだ。
「・・・ありがとう。」
パチパチパチ・・・
手を叩く音が路地の入口から聞こえてきた。
292129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:33:35
「バナナマンの設楽さん・・・?」
「チッ・・・。」
原は舌打ちをした。
「黒の一番上の人間や・・・気をつけろ。」
綾部はゴクリと喉を鳴らした。
「綾部くん。原くんから石を譲り受けたところ悪いんだけどさ、黒に入らないかな?
もちろん又吉くんも一緒に。」
「嫌です。この石は仲間を守るために使うと決めたんです。人を傷つけるために使いたく
ないんです!」
するとその言葉に反応するように石も光った。設楽はふふっと笑うだけだ。
「綾部その石はな・・・」
原が言い終わる前に綾部は動いた。
何故だろう使い方がわかる。誰だ?俺に話しかけてくるのは。
自分の足下にあるコンクリートに触れ、大きな龍を放った。
「くっ・・・!」
狭い路地だったのが災いし大きな龍は動きずらそうだ。
設楽は龍が自分に激突する瞬間になんとかしゃがみ込んで避けた。
しかし、完璧に避けられるわけもなく傷を負った。しかしかすり傷程度ではない。
「くくくっ・・・さすが・・・すばらしい力だ・・・!」
傷を負ったにも関わらず、設楽は不気味に笑っている。
そしてゆっくり立上がりると同時に石が光り出した。
「綾部君・・・。君は黒の事をどうやら勘違いしているようだ。
少し僕の話を聞いてくれないかな?平和的に話し合いで解決しようじゃないか・・・。」
綾部は応じた。話し合いで解決できるならそうしたかった。
これが罠だということも知らずに・・・。
293129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:43:13
又吉はうっすらと目を開けた。ぼんやりと3人の人間が見える。2人の人間は対峙していて、一人は自分を守る様に立っている。もう一人は壁にもたれかかっている。
だんだんと対峙している2人の声が聞こえてきた。
「・・・どうかな。分かってもらえたかな?」
「はい・・・。」
だんだんと意識がはっきりしてきた。
「君の相方も起きたようだね。」
向こう側にいる男が言った。
設楽・・・!
又吉の目が大きく見開かれた。
その言葉を聞いた手前の男・・・綾部がゆっくりとこちらを振り返った。その時。
「原・・・。」
設楽が原に目で合図を送った。すると原はすばやく立ち上がり、立てかけてあった鉄パイプをにぎり、綾部の後頭部を一撃・・・
ガツンッ。
「綾部っ・・・!」
又吉は瞬時に起き上がり倒れこんだ綾部に駆け寄った。さっき殴られた腹がズキンと痛んだが、そんなこと気にしてられなかった。
「綾部!おいっ綾部!」
必死に揺り起こそうとするが全く動かない。
「安心しろ。ちょっと眠ってもらっただけや。」
原が鉄パイプを肩に担いで冷たい目で又吉を見下していた。
「今度は又吉くんと話がしたかったからね。いやあ君の相方達は本当に信じやすいいい人達だね。君とは違って。」
設楽はニヤリと笑う。
「まさか・・・また・・・。」
又吉に嫌な過去が蘇った。
294129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:44:13
「君は知ってたんだね。原が芸人でなくなれば石は力を失うと。だから原とのコンビを解散した。それが原を助ける方法だと信じて。
本来、白であった君達の片方が黒に変わってしまってケンカは絶えなかっただろう?僕は又吉君が折れて黒に入ってくれるのを期待してたんだけどね。」
又吉はキッと設楽を睨み付けた。瞳には過去に負わされた傷が写っている。
「俺はどうしてもその石がほしいんだよ。アトランティスの力を持つエレスチャルの力を。全く又吉君、君は手間をとらせてくれたね。」
「原だけじゃなく綾部まで・・・!」
「“説得”させてもらった。もう彼は黒の一員だよ。」
冷たい瞳に又吉が写った。
「大丈夫。綾部君が次起きても、綾部君は変わらず君の事を好きだよ。でも石に関してはどうかなぁ・・・?」
「うるさいっ!!」
設楽の挑発的でふざけた言葉に又吉は声を荒げた。
もうあんな思いはしたくない。
「もう・・・あんな思いはしたくない・・・。たった一人の相方・・・もう失いたくない・・・。」
うつむいて、綾部の顔を見た。
「随分と仲がよろしいことで。」
原は鼻で笑った。
又吉はそっと原を見上げ、
「お前だって失いたくなかったんや。お前だって助けたかった・・・。」
原の顔に動揺が走る。原の瞳に過去が写る。
「お前に何がっ・・・!」
原が怒鳴ろうとするのを設楽が制した。
「又吉君。黒に入って黒に染まったフリをして綾部君が人を傷つけないように見張ればいいじゃないか、
“説得”を解けるようにいつも一緒にいたらいいじゃないか。それをやって見せてくれよ。それが出来れば2人とも抜けさせてあげるよ。」
設楽が本当にそんなことを思っているわけがない。自分の石を破られない自信があるのだ。
「わかった・・・。」
又吉は小さく言った。
「やっと又吉君にも“説得”が利いたかな?」
ふふふと笑い背を向けて設楽は歩き出した。
「言っとくけどな、お前の石なんかにハマった覚えはないで。俺は綾部の目を覚まさせるためだけに黒に入るんや。」
設楽は原を従えて去って行った。
取り残された又吉は綾部の顔を見ながらつぶやいた。
「ごめんな・・・ゆうちゃん・・・。」
設楽の高笑いだけが聞こえる。
295129 ◆59VjyWogX. :2005/11/04(金) 10:46:22
長くなりました。
クルスさん本当にありがとうございます。
296名無しさん:2005/11/07(月) 00:40:17
おつです。
ピースの前から又吉は被害者ですか…
本当に人生振り回されてますね
297名無しさん:2005/11/08(火) 20:31:20
保守
298お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/08(火) 21:58:10
久し振りに投下します。
オパ編はもう少し纏まってからにしたいので、したらばで練習スレに落としたパペ話改正版を…


「僕等はただの人形だ」
うし君は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「僕等はただの人形だった」
それを聞いたカエル君は強い口調でその言葉を否定した。
「僕等はただの人形だ」
違う違う、と頭だけでなく身体全体を横に振って、うし君はその言葉を否定する。
「今の僕等はただの人形じゃない。意思がある…自分達の意思があるんだ!」
声がするのは一箇所で、それは自分達の口から発せられているものではない。
だがしかし、実際彼等は自分達の意思で動いていた。
「だっておかしいじゃないか!この体の僕等がどうして自分の意思を持っているって言うんだい?」
うし君は目の前の相方の姿を指して声を荒げた。

自分達の姿を見れば確かに、体はただの布と綿を糸で縫い合わせ綿を詰めただけのぬいぐるみ。
二匹の目は景色を映してはいるが、材質はおそらくプラスチック。
足の無い胴体の下から伸びているのは黒い服の袖、そしてその中には人間の腕。
この腕がなければ、体の中に入っている手がなければ、自分達は動けないただの布と綿の塊。
腕を辿った先には壁に寄り掛った格好で床に座り、ぐったりと項垂れているその腕の持ち主。
299お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/08(火) 21:58:42
「じゃあ、彼は何?」
紺の覆面をし、黒ずくめの服を着ている人間を指してうし君は訊ねる。
「元・僕等」
自分達のついている腕だけを地面と垂直に保ったまま動かない人間を見て、カエル君は答えた。
「元?じゃあ今は?」
未だに混乱している様子のうし君は、不安げな声で相方に訊ねる。
「今は…僕等が彼だ」
自信たっぷりにそう告げたカエル君はさらに言葉を続ける。
「そこに居る男の頭の中に僕等は居た。僕等は彼だった…彼が僕等だった」
彼は自分の腕全体を使って、俯いたまま言葉を話している男を指す。
「彼の思ったようにしか動けなかった。彼の思うがままに操られているだけだった」
カエル君はうし君に反論させない勢いで捲くし立てた。
「だけど、今僕等はこうして自分の好きな言葉を、彼の口を通してだけど…好きなだけ話せる!」
覆面の男は項垂れたまま、カエル君の台詞を嬉しそうな声で喋っている。
「僕等は彼に操られてるんじゃない。僕等が彼を操れるようになったんだ!!」

「…そんなの、やっぱおかしいよ」
黙ったままで―彼等はどちらかが話しているときはもう片方は黙っているほか無いのだが―
相方の言葉を聞いていたうし君がようやく口を開いた。
「だって僕等は人形で、そんな…魔法みたいなことがあっちゃいけないんだよ」
うし君はあくまでも元の彼の、人間としての常識を持ち合わせているようだった。
だが一方のカエル君は違った。大勢の人間の前で自分達が生きているかのように振る舞い、喋っていたという記憶が強かった。
「僕等は沢山の人と喋って、沢山の人に見られて、お笑いコンビ・パペットマペットとして世間に認められていた」
「違う、それは違うよカエル君…だって僕等は人形で、人間達は僕らを人形としてしか見ていない!」
「家畜の分際で煩いんだよ。そんなに言うならずっと黙ってて。僕は僕のやりたいようにやるから」
そう言いながらカエル君がうし君の頭を強く叩いたとき、うし君の頭から黒いガラスの欠片の様な物が抜け落ちた。
「…頭にノミ飼ってるなんて。さすが家畜だね」
カエル君は床に落ちたそれを見て皮肉を言う。いつもなら何らかの返事をしてくるはずの相方は黙ったままだった。
300お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/08(火) 21:59:10
「…なんで黙ってんの?反論しなきゃ面白く無いじゃん」
カエル君はそれっきり動かなくなった相方を突付いたり叩いたりしたが、うし君はピクリとも動こうとしなかった。
「ねぇ、頭からノミが出たのがそんなにショックだった?」
そう言いながらカエル君は床に落ちたガラスの欠片を両手で拾い上げる。
「もしかして…こんなのが君の脳味噌?君の脳味噌はスポンジじゃなかったっけ?」
いくら皮肉を言っても動かない相方に腹を立て、自棄を起こしたカエル君は、
うし君の綿の詰まった柔らかい頭にその欠片を突き刺した。
「いい加減起きろよ!ホラ、脳味噌返してあげるから!!」

「…あれ!?今僕どうしてた?」
突然動き出した相方を見て、カエル君は瞬時にその欠片の能力を理解した。
カエル君の頭の部分…その中に入っている覆面の男の手の中には、黒い欠片の感触がある。
「これのお陰…ってことか」
カエル君は自分の本来の身体である人形ではなく、後ろの男の身体に意識を集中すると
手でだけではなく身体全体を動かせることに気付いた。

「あっちゃいけない魔法みたいなこと…嫌なら君は黙ってて良いよ」
「何言ってるのカエルく…」
いつまでも煩い相方の後ろにまわって、彼の頭からはみ出している黒い欠片を引き抜く。
動かなくなった相方の体を、後ろの男の方に意識を集中して動かしてみる。
手を動かすだけで、うし君の身体は簡単に彼の思い通りに動いた。
「ふーん…いつもこんな感じで僕等を動かしてたんだ」
呟いた彼は男の手から相方の体を引き剥がす。
そして同じように、元・自分の身体をも相方の体の中から出た人間の手を使って引き剥がした。

「…僕は、僕だ」
そこから現れた手を見て、彼は呟く。
「もう誰にも操られたりしない。僕は僕の好きなように…」
その掌には黒い欠片。それから流れ込む力を感じたカエル君は、拳を握ってニヤリと笑った。
彼の意識に連動して男の、覆面の下の表情が変わる。
「この欠片があれば…僕は僕で居られるんだ!」
彼の…カエル君の心は今まで自分を操っていた男を逆に支配している、という優越感でいっぱいになった。
301お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/08(火) 22:00:38
中途半端ですが今日はここまでです。他の書き手さんもご苦労様でした。
302灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:36:53
お久しぶりです。
短いですがbase編の続き、投下します。

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哲夫の能力は比較的攻撃性があり、何かと厄介だった。
発動のキーワードが必要とは言え、見たところでは遠隔操作も可能な様だし、
いつ不意を突かれてもおかしくはない。
それこそ本気になれば、ここに居る全員の石を奪う事だってきっと造作もない事だろう。

そこまで考えてふと津田に視線を向ける。
顔中に心配や不安の色が広まっていて見ている方が情けなくなってくる表情。
隣の西田は特に変わった様子もなく、愉快なものを見るのと同じ顔で傍観を決め込んでいる


西田よりやや好戦的には見えるが、表情に関しては哲夫もそれと同様だった。

もう一度視線を動かすと、千鳥の2人が目に入る。
精神的に参っているのか、言葉を吐きながらもやや憔悴した横顔のノブ。
表面からは感情が読めない大悟は今は押し黙ったまま立ち尽くし、
相方の様子を窺う様にたまに隣を見遣る。
複雑になっていく表情の奥は心を痛めているのだろうか。
とりあえず現状況を把握した西澤は気付かれない程度に眉を顰め、
その場の誰からも視線を外してひとつの思案に暮れた。
303灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:39:18
「西澤、どないしたん。浮かん顔して」
呼ばれて気付くと哲夫が舞台上に上がって来ていて、
声の方を向くと貼りついた様な笑みを寄越された。
特に好意的とも敵意がこもっているとも取れない、ただの笑顔。
「…哲夫さんらは、俺らをどうしたいんですか」
「ん?」
「石だけ欲しいんですか?」
簡潔な問い掛けだけを乗せた声は、特に非難めいた雰囲気は持っていない。
純粋な疑問を向けられ、哲夫は視線を上に傾けて考える素振りを見せる。
「まあ、ほんまはお前らごとこっちに引き込めたらそれがいっちゃんええねんけど。
別に石だけでもええ言うとったで、黒のお偉いさんは」
「何で黒入ろうと思ったんですか?」
「何で?そんなん特に理由ないけど。なあ?」
そう言って西田の方へ視線を移す。目の先に居る西田は「あー、まあなぁ」と
どこか曖昧な気のない返事だけを寄越した。
一連のやりとりにノブがまた何か言いたそうに一歩踏み出すが、
その進路を遮る様に腕を伸ばした大悟が無言で制する。
「ま、強いて言うんやったら、白より黒のがよかっただけかも知らんわ。
正義ごっことかなーんか気色悪いやんけ。やってる事自体はそない変わらんのに、
白ってだけで何や説教臭くてしんどいねん」
「ほんなら、どっちにも入らんかったらええんちゃいますか?」
「あー、そういう訳にもいかんかってん」
延々と繰り返される先の見えない会話に周囲が苛立ちを感じ始めた頃、
その流れに突破口を開いたのは西澤だった。
304灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:42:06
「ほんじゃあ俺の石、持っててもらっていいですけど」

いつもと変わらない声で、聞き流しそうな程自然に放たれた西澤の言葉に、
その場に驚きの色が広がる。
「西澤…お前何言うてんの?」
「ちょっ、西澤お前!何考えとんねんお前!」
今までとは違う静かなノブと声と津田の怒鳴り声が重なった。
大悟も言葉にはしないものの、西澤を見つめて意外そうに目を瞬かせている。
「どっちかに入らんとあかん言われても面倒やし、別にそない大事なもんでもないんで」
浴びせられた叱責の声などどこ吹く風という感じの言葉に、哲夫はやや尖った鼻を鳴らして笑う。
「お前よー分からん奴やなあ」
「はあ…」
「まーええわ。くれるんやったらはよ頂戴」
手を差し出して催促する素振りを見せる哲夫に、無言で頷いて首に下げた石を外す。
荒くなった津田やノブの声が耳に届いたが無視した。
横目で大悟を窺い見ると、難しい顔で西澤の手の先の石を見ている。

「助かるわーほんま、俺らもあんましんどい事したないねや」
軽い調子の言葉に、そうですかと事務的に返して哲夫に歩み寄ろうと出した足は、
誰かに手首を結構な力で掴まれた事で一旦動きを止めた。
305灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:45:09
「あかんやろそれは。お前何考えとんねん!」
怒りのせいか、僅かに上気したノブの顔が距離にして30センチ程のところまで近付けられるが、
その矛先を向けられた西澤には特に臆した様子も見られない。
「いや、別に…あかん事はないでしょ」
「お前本気か?」
「まあ、はい」
「何でなん?何でそんなん言えるん?おかしいやろこんなの。分かるやろ」
「……黒が完全に悪なんかとか白が完全に正しいんかとかは、よう分かってないんで」
西澤の言葉に、ノブの動きがぴたりと止まる。
ノブだけでない、他の人間もまるで静止画の中に存在する人物のように一切の動作を止めていた。
言葉を発するのも躊躇われるような沈黙の中、それを打破したのは硬い物質が床に響く音。

「それ、どうぞ」
動きを制限された西澤の手から弧を描いて放られた小さな石は、
耳障りな音を立てて哲夫の足元に転がっていった。
「西澤!」
非難するノブや津田の声を聞き流し、西澤は真っ直ぐに哲夫を見ている。
そんな視線を意に介する事もなく「気ぃ付けえや、割れたらどないすんねん」と
笑いながら屈んでそれを拾い上げる哲夫の一連の動作を見つめて
どこか呆れた様なため息をつくと、それは劇場内に大袈裟な程響き渡った。
306灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:52:10
今回はここまでです。西澤の能力だけ、諸事情により先に明記しておきます。
(能力の条件は先の話に関わってくるので次で表記します。)

西澤裕介(ダイアン)

石・・・・ヒデナイト(石言葉:しばしの憩い)
能力・・・・相手の動きを一定時間止める事が出来る。
307名無しさん:2005/11/11(金) 09:53:23
灰色様キタwwヘ√レvv〜(゚∀゚)─wwヘ√レvv〜─ !!!

お待ちしてました!西澤の能力が明らかになってますます
面白くなってきそうですね。
(『しばしの憩い』というのが彼らしくて良いですね)
お疲れ様でした。続きが楽しみです。陰ながら応援してますね。
308名無しさん:2005/11/12(土) 00:27:57
>>301
乙です!パペマペ編もオパールの方も続きが気になるww

>>306
続きキタ―――と心の中で叫んでモタw西芸人中心の話は少ないので、楽しみに待ってました(・∀・)ノシ

309Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:18:48
【21:06 都内・某TV局】

「…わかった。まずは第一段階は上手くいったんだな。」
楽屋の並ぶ廊下を広いストライドで歩みながら、長身の男が耳に当てた携帯にそう告げる。
どうにも近寄り難げなオーラを発している男のその表情はどこか険しげで、声も低い。
「仕掛けるタイミングはお前に任せる。その時は必ず俺の携帯を鳴らせ。良いな。」
『……はい。』
男の耳に聞こえてくるのは、やる気なさげなぼそっとした返答。けれど男は小さく頷くと何かを囁いて携帯を切った。

そのまま慣れた仕草で携帯をしまおうとした男だったが、不意にその場に立ち止まる。
いや、立ち止まらざるを得なくなったと行った方が正しいか。
「………っ!」
何せ、何の前触れもなく突如として男の背にひどい重みが掛かったのだから。
いつの間にか背後から首に回されている腕に、男が誰かにしがみつかれた事を理解すると同時に、弾むように声が響く。

「つーかまーえたっ!」
聞き覚えのある明るい声に、男は眉をしかめた。
「…あの、降りてくれませんか?」
僕はあんた主催の鬼ごっこに参加したつもりはありません。
そのまま素っ気なく背後の人間に告げると、男の背に掛かっていた重みはそれが掛かった時と同じように突然として消え失せる。

「ちぇ、ノリ悪ぃの。ただの挨拶代わりのスキンシップじゃん。」
代わりに男の視界に一人の男性…子供とも大人とも言い難い不思議な雰囲気を漂わせる男が姿を現し、憮然とした言葉を吐いた。
「全然挨拶とは思えなかったですよ。むしろどこの子泣きジジイに襲われたかと。」
あぁ、驚いたと感情を込めない言葉を紡ぎ、肩を態とらしく手で払う男の様子にも、特に彼は気を悪くした様子はみせない。
そのまま一歩、前へ歩を進めて彼…ネプチューンの堀内 健は男を見上げる。

「それに土田、お前スゲー怖ぇ顔してたから…何かあったのかと思ったからさ。」
「…顔が怖いのは自前です。」
心配げな堀内の言葉に男…土田 晃之は肩を払っていた手を顔にやり、頬をつるりと撫でて答える。
「それよりも、ちょっと僕急いでるんで…悪いけどあなたと遊んでいる暇ないんですよね。」
310Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:26:06
土田からすれば、今は堀内にいちいち構っていたくないだけなのだけれど、どうにもツレない土田の態度が堀内には面白くないようで。
土田の前を陣取ったまま、彼を逃がそうとしない。
「えー、良いじゃんその時はゲート使って移動すれば。」
「あなたと一緒にしないでください。」
瞬間移動の能力を秘めたセラフィナイトの使い手らしい発想に、土田は思わず肩を落とした。
「さっと身体一つで跳べるあなたと違って、僕の場合はゲートを見られたら面倒な事になるでしょう?」
「大丈夫だって。見られてもその時はその時で!」
何なら俺が運んであげても良いし。そう無責任に言い放つ堀内に、さすがに土田の中で何かが切れる。

「…悪いですけど、今は本当に時間がないので。」
正直不本意ですけれど、ここはあなたの提案を呑む事にします。
ギン、と一つ堀内へガンをくれながらそう抑揚なく言い放つと、土田は左手のシルバーリングに手を翳した。
するとシルバーリングにあしらわれた漆黒の石…ブラックオパールが光を放ちだす。
「あっ…!」
思わず声を漏らす堀内の目の前で、ブラックオパールが空間を割いて作り出した赤色のゲートに土田は身を躍らせた。
土田の長身が光に飲み込まれれば、開いたばかりの赤のゲートはすぐに縮小して閉ざされていく。
311Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:28:02

「…何だよ、結局ゲート使うんじゃん。」
光が完全に消え失せ、一人廊下に残された堀内が小さくブーたれた。けれど、その言葉に応えられる人間は当然のように周りには居ない。
ツマンネ、と深く息を吐く堀内だったが、彼の表情はその呼吸に同調するように、ゆっくりとさきほどにはない真剣な色を帯びていく。
「で、ゲートの出口は…あの辺りだと大道具倉庫か。しっかしあいつ、何しようってんだ…?」
微かに感じる石の気配から土田の移動先を推測しつつ、堀内は腕を組んだ。
「『黒』に当分大がかりな作戦はなかったはずだよな…。」
少なくとも、堀内はそんな話を名倉 潤からも原田 泰造からも聞いていない。
けれど、さきほどの土田の険しい表情や刺々しい態度は作戦行動中のそれに非常に似ていて。

「そうだ…そういう時はあいつらに相談だな。確かあいつらもここで収録あったはずだし。」
…俺の気のせいならそれで良いんだ。それなら何もないのだから。
しばしそのまま思案していた堀内だったが、ぎゅっと唇を噛みしめてその場で軽く跳躍する。
弾むように空中に浮いた堀内の身体が廊下に降り立つ事はなかった。


312Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:33:21
【21:18 都内・某墓地】

深い闇が覆う墓地の中、最低限行動できる程度に灯された明かり。
それが示す通路を、2人組となった芸人達が懐中電灯を携えて次々と通っていく。

「……ぅわぁっ!」
不意に、物陰から前髪に大胆に入れられたメッシュの鮮やかさとは裏腹に陰鬱なオーラを身に纏わせた
華奢な後輩若手芸人が飛び出してきて及川の歩みを止めた。
「……………。」
さすがに腰を抜かして倒れ込むというほどではなかったが、バランスを崩される及川の様子に
その後輩芸人はフフンと口元に満足げな笑みを浮かべ、そのまま闇の中に走り去っていく。

「…大丈夫か?」
後輩芸人の後ろ姿をゆっくりと目で追ってから、視線を及川の方へ向けて日村は声を掛けた。
「この程度でそんなリアクションしてたら、最後の方はもう身体保たなくなるんじゃない?」
どこか呆れたような、しかし気遣いの色も見られる優しい言葉に、及川は照れ隠しからか幾らかムッとした表情で
大丈夫です、と毅然と日村に答えて返す。
「今のはあまりに急だったから…もう気を抜いたりしませんから。」
「どうだかなぁ。」
イマイチ頼りない及川の言葉に日村が軽く肩を竦め、先を急ごうとした、その時。
ふわりと日村達の行く手を阻むように半透明のモヤのような物が現れた。

「…………っ!!」
そのモヤのような物は及川にもはっきり見えたようで、声にならない声を上げて今度こそ腰を抜かして尻から地面に転がる。
空中を漂うモヤのような物には糸のような物で吊られた形跡もなければ、何かの機材によって生じさせられた特殊効果といった気配もない。
「日村さん、おば、お化け!」
つい先ほどの宣言は何だったのだと言わんばかりの狼狽ぶりが見てとれる及川の叫び。
しかしそれを笑えるだけの余裕は日村にもなかった。
彼がモヤのような物に対して下した判断も及川のそれとほぼ等しい物だったから。
313Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:35:00
しかしそれが目の前を…行く手を塞いでいるのなら。何とかしてどかすしかない。
「あ…『あどでー、ぼぐでー…パパみだいだ力士になりだいどー』っ!」
咄嗟に己の石であるスモーキークォーツに意識を集中させ、日村は幾らか早口でキーワードを口にする。
するとスモーキークォーツの能力が開放され、日村の全身に強い力がみなぎってきた。
目の前の謎の存在に立ち向かえそうな、勇気と落ち着きが戻ってくる。

「日村さん…っ?」
日村の外観に変化はない。けれど彼を覆う気配は及川が気づけるほどに、凛とした別の物に変化していた。
「……………。」
電灯を傍らの地面に置き、両足を開き、腰を落とし。
身を伏せてまるで力士の立ち会いの所作のようにすっと右手を地面に付けた、次の瞬間。
鋭い眼差しでモヤを見据える日村の身体が急速に跳ね上がり、モヤへと渾身の張り手を繰り出した。



「おや…浮遊霊が潰された?」
一方、墓地をぐるりと巡る通路全体を見渡せる、墓地の中央付近に臨時に設置された脅かし班の作戦司令部にて。
赤岡はふと己の支配下にある力の変化に気づき、小さく呟いた。
お盆からは多少ずれる物の、8月の夜の墓地。場の霊力によって能力が制限される赤岡の石、黒珊瑚にとって
ここは秘めた心霊現象を起こす力の本領が発揮できる環境。
故に、今宵の肝試しにおいても鬼火や悪寒、金縛りといった彼の能力が脅かし班の主力として計算されていた。
「霊体と戦えるなんて一体誰だろう…もし悪霊をぶつけても倒してくれる…かなぁ?」
浮遊霊を放った方向を見やり、赤岡は不思議そうに…しかしどこか楽しそうに呟きながら首元の黒珊瑚を煌めかせようとする。
滅多にない力をフル活用できそうなチャンス。そこで現れた謎の敵に更なる力を持って立ち向かいたくなる感情はわからなくもないけれど。
しかし石が輝いて能力が発現するよりも早く、骸骨を思わせる華奢な腕が伸びてきて、赤岡の頭を軽く叩いた。
314Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:37:11
「…ほら、そこ。変に張り合わない! 今夜はバトル禁止なんだから!」
視界が揺れる赤岡の耳に届くのは、島田の声。
「そうでなくてもまだ肝試し始まったばかりなんだから、力の無駄遣いはしちゃ駄目だろ?」
「声、大きい。」
島田のツッコミで我に返ったか、叱責する相方に赤岡はまだ幾らか残念そうな表情ではあったが、逆に注意の言葉を発する。
「……………。」
「わかってる。次はそこの組を驚かすんだったね。」
浮遊霊を倒した人の事は気になるけれど…と小さく付け加えつつ、赤岡は視線を巡らせ、通路を歩くぽっちゃりした2人組を見据えた。
力よ、発動しろ。そう意識を集中させれば、石は輝いて。
彼の視界の先にいる2人組が、目前に現れた心霊現象に悲鳴を上げた。



その妙にリアルな青白い死人めいた顔色が野村が能力で得たメイクアップの技術で施された物である事を知る術はないけれど。
眼鏡をかけた和装の幽霊が飛びかかり、プロレス技を仕掛けてこようとするのを川元は冷静に見切って避ける。
一方、彼の後ろで小沢は幽霊が飛び出してきた時点で大声と共に大仰なリアクションをみせていたが。

「……大丈夫ですか? しっかりしてください。」
一人はともかくもう一人を驚かせられなかった上に、上手く技に持ち込めなかったと反省しつつすごすご戻っていく幽霊を
視界の端に収めながら、川元は小沢に声を掛ける。
「あ…ゴメン。大丈夫。」
飛びかかってきた幽霊の正体が誰かに気づき、ようやく安堵したといった様子で小沢は胸を撫で下ろし、川元に答えた。
先ほどから立て続けに驚かされ、小沢の目元にはうっすら涙がにじんでいる。
315Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:38:31
「……本当にこれで『白』の中心人物なんですか?」
「…何か言った?」
「……いえ、別に。」
ぼそりと川元の口から言葉がこぼれたけれど、それはあまりに小さい音量だったため、小沢の耳には届かない。
不思議そうに問い返す小沢に、川元は表情を変えずに首を横に振った。

「……もし気分が悪いんでしたら、一旦通路を離れて休みますか?」
そのまま、小沢に疑問を差し挟ませないテンポで川元は提案を口にする。
「……暗いですけれど、少なくともそこなら驚かされる事もないでしょうから。」
目線で川元が示す場所は、街灯や肝試し用の照明が届かない闇。


「……………。」
闇への恐怖と、休憩の魅惑がにわかに小沢の胸の中で戦いを始めだしていた。
316Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/12(土) 02:42:19
今回はここまで。
最初に書き忘れてましたが、>>254-259の続きです。
317 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 14:54:05
>>283の続き〜


はあ、はあ、と二人の男の苦しそうな息づかいがする。
ここまでスピードを緩めず全力疾走で走って来たのだから無理はない。佐久間と阿部は土手を下り、橋の下の影へ逃げ込んだ。
「いやー、やっぱ気持ちいいなー走るのって!」
キラキラと思い切りいい汗を掻き、ドーパミンの所為で何故か笑いの止まらない佐久間と、
「き…気持ち悪……」
四つん這いになり青い顔で口を押さえ、戻しそうになるのを必死で堪える阿部。
「えーちょっとしっかりしてくださいよー、そんなには走ってないと思うんですけど…」
「あーあーゴメンなさいねえ、おとーさんもう年だからねえ!!」
あはは、阿部さん面白えー。と、佐久間は半ば自棄になって怒鳴る彼を楽しそうに眺め、その背中を二、三度さすってやる。座り込み、学生時代よくやっていたように、火照りを押さえるためにコンクリートに頬を押しつける。
カビ臭いが独特のひんやりとした感覚が心地よい。車が通るたびに緩やかな冷たい風が髪を撫で、熱くなった身体を冷ましてゆく。
「…もう、大丈夫ですよねー?」
立ち上がって、佐久間が尋ねる。
「あ、うん多分もう追いかけては来ないと…」
「違いますよ。あべさんもう気分良くなりました?」
は?と阿部は眉を顰め素っ頓狂な声を上げて佐久間を見上げた。すると心配そうに顔を覗き込まれる。阿部はじっとその少年のような輝きを放つ黒い瞳を覗った。

(えー何だコレ。すげえ優しいじゃんこの人)
「あーはいはい、もう全然大丈夫!」
いつもの満面の笑みを浮かべて自分も立ち上がった。
今まで阿部は石を巡る争いに興味は無かった。だが使えそうな芸人を目敏く見つけ、難癖付けて襲ってくる黒の人間の行動を目にし、何となく阿部は思った。
黒なんかに囚われて佐久間のこの笑顔を曇らせてはならないと。

――そんなこと、絶対にさせるか。

318 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 14:55:28
だが黒の侵略は無情にも、確実に広がりつつある。
(全く、白は何をやってんだよ。何かあってからじゃ遅いんじゃねえのか)

使うことは無いだろうと思っていたが、何故か捨てても捨てても自らの元に戻ってくるので、ポケットに小銭と一緒に無造作に突っ込んでいた小さな石。
それを取りだし、初めてじっくりと眺める。埃を服で拭き取り、綺麗に磨いた。
「あべさん…使っちゃうんですか?石…」
佐久間が言った。
「まあ、若干?関わりたくは無かったんだけどねえ?」
阿部は冗談めいた口調でへらっと笑う。石を目覚めさせると嫌が応でも争いに巻き込まれるということは知っていた。実際、周りの石を持っている芸人たちも生傷が絶えない。

まあ、大丈夫。何とかなんじゃん?これもそれも、全部佐久間の為。うん、格好いいじゃん。俺。帰ったら華生に言ってやればいいよ。パパはヒーローだって。
「えーと、何て名前だったっけ。……まあいっか。俺の頼み、聞いてくれる?」
『……私………探していました………あなたを…』
それまで只の石ころだったものがが淡く光ると共に、頭の中で何とも不思議な声が聞こえる。
身体の中から力が湧いてくるのを感じながら、阿部は石の力を呼び覚ました。
―――――共に闘うために。

「あべさん」
「これからは俺を頼ってきていーよ、守ってあげるからさ!」
「おおー、かぁ〜っこいぃ〜!!」
やんや、やんやと手を叩く佐久間を見ながら阿部は(決まった)と胸を張った。

319 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 14:57:51

そんな様子を眺める男が一人。
「あーあの二人、白に味方するんだ…」
何とも言えない表情で眼鏡の端を押さえ、じっと目を凝らして凝視する。
「おじちゃん。もっとなんか作ってぇ〜」
「ん?ああ…おじ…おにーさん実はかくれんぼ中なんだ。もう戻らないとね」
土手の上には、公園があった。そこで小さい子供と一緒に遊んでいた松田は、偶然土手を駆け下りる佐久間と阿部の姿を見た。
松田が遊んでくれなくなったのを不満に思った子供たちは、べたべたとくっついてくる。一人の男の子が背中に負ぶさるとそれを見た他の子供も、きゃーっ、と次々と重なるように松田にしがみつく。重みに耐えきれずうつぶせに倒れた。
「うあー、いだいいだい〜っ、もう勘弁してくれよ〜…」
こんな事なら、ズルせずに大人しくQ太郎に捕まっておけば良かった…。そう思っていると、


「―――そうそう。ちびっ子たちも、今日はもう帰んなさい」
ふと、背後から落ち着いた若い男の声が聞こえた。
松田にはその声が誰だか直ぐに分かった。男はごねる子供たちを何とか言い聞かせ、全員を家に帰した。
「さてと…あの、大丈夫っすか?……ぷっ!」
子供と遊ぶなんて、らしくないですね。と、可笑しくて堪らないと言った風に声を抑えてくつくつと笑い出す男を、松田は顔を少し赤面させて睨んだ。
「綾部、うるさい。何で此処にいんだよ」
「なーんでって…俺もかくれんぼ参加してたでしょう!ジャンケンに負けて迎えに来たんです」
面倒くさそうに、頭を掻く。夕方になると気温はぐっと低くなる。身震いした綾部は鼻をずずっとすすり、松田の元へ歩み寄った。

「でもさすがですねえ、鈴木さんのナビ。百発百中!」
と、綾部が言った。どうやら自分の居場所は鈴木が教えたらしい。
320 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 14:58:59
だが松田はその言葉にあからさまに眉を歪ませる。そして吐き捨てるように言った。
「あんなの、役に立つわけないだろ。黒なんかに入れたって邪魔になるだけだ」
「まだ何も言ってないですよ。…いやでも十分役に立ちますって。あんな便利な探知機、利用しない手はない」
「あいつは黒なんかに入らない!」
突然大声を出した松田。そのいつもは感じられない程の気迫に一瞬綾部はギクリと肩をすくませたが、一息つき気を取り直して笑った。
「そうですよねー、“約束”ですもんねえ。まあ、松田さんは優秀だし肝も座ってますしー」
あくまで戯けた口調を変えようとしない綾部を一別し、松田はそっと視線を土手下にやった。
佐久間と阿部はもう居なくなっていたが、松田はほっと息を吐いた。取りあえず、綾部に気付かれなくて良かった。そう思った。

「何で土手の方ばっかり見てたんですか?」
綾部は態とらしく聞いてきた。明らかに気付いている。一体いつから見ていたんだろう。
「知ってますよー。さっきまで佐久間さんとあべこうじさんが居たんですよね?そんで、白に味方するつもりでいる、と。」
黙ったままの松田に、黒い欠片が入った小瓶を差し出す。

「松田さん。“お仕事”です。もちろんやってくれますよね?」
「さっそくか……やらざるを得ねえだろ」
低い声でそう言うと松田はその瓶を乱暴に受け取り、ポケットに入れると、鈴木たちの元へ戻るために踵を返してすたすたと歩き出した。1テンポ遅れて綾部がついてくる。
すっかり人気の無くなった公園には、ブランコの軋む音とカラスの鳴く声が響いた。

321 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 15:00:28

そして何とか、収録には間に合った。
だが、かくれんぼを途中で抜け出した事はそれなりに責められはした。
意外と控えめな性格の鈴木はそんな周りの芸人をまあまあ、となだめていた。
砂場の細かい砂が入ってしまったポケットの中の瓶を触りながら、溜息をつく。

「うははは!すっげー砂!」
バサバサと松田の砂まみれのジャケットをはたきながら、大村が言った。それを「おりゃっ」と藤田に向かって投げつける。藤田はアフロに砂がつくのが嫌で、マジ止めろって!と逃げ回っていた。そして更に嬉しそうに追いかける大村。
あーのー、二人とも、そのジャケは俺のなんですけど。何てとても言えず、松田は楽屋中に砂が散乱するのをただ見ていた。
言わずもがなトータルテンボスの仲の良さは自他共に認める程で。松田は鈴木と仲良くしたくない訳でもなかったが、つい何時も怒鳴りつけてしまう。松田はそんな二人が羨ましくもあった。

(そうだよ、だから俺はあの約束を引き受けたんだ。あいつを黒に渡さないために…)
“仕事”は必ず成功させる。させなければいけないんだ。あいつは何も知らなくて良い。これからもそうだ。
決心したように、唾を飲み込みポケットの上からギュッと小瓶を握りしめた。
322 ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 15:15:52
此処までです。
◆ekt663D/rE さん、乙です!
本気で続きが気になって仕方ないです。今回は凄く登場人物が多くなりそうですね。
楽しみにしてます。
323名無しさん:2005/11/12(土) 18:51:08
乙です!
◆ekt663D/rE さん
本物の浮遊霊は怖いですよ…脅かし役にはぴったりですね(笑)
石の力使ってるけどのびのびと遊べるっていいですね!
不穏な動きが気になります…

◆8zwe.JH0k.さん
さっくんは無邪気ですね〜
というかあべさん、さっくんは娘と同じ感覚ですか(笑)
松田さんには悪いですが仕事は成功してほしくありませんね。
逆に白に変えてしまえ!(笑)
324お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 01:44:58
中途半端だったのでとりあえず。
遅れてきた青年 さんのキンコメ黒話への布石、使わせていただきました。
あと、黒として動く土田さんも一応…

深い溜息の後、今野は持っていた携帯を壁に投げつけた。
「信じてたのに…何だよ!」
夜だということも忘れて大声を上げる。パンッと何かが弾ける音がした。
床に転がった携帯がショートしたらしい。少量の煙と共に焦げ臭い臭いが室内に漂った。
ストラップの石が持ち主の心の動揺を察したかのように、不規則な瞬きを繰り返している。
「あの時も、あの時も!皆して俺達を騙してたってのかよ!!」
まだ石を持っていなかったころ。力を持った石を巡る争いついて訊ねた時の、
周りの人間の自分達への態度を思い返して更に怒りは増した。
部屋の窓がくもり始める。室内の湿度が急激に上昇していた。
ショートして煙を上げる携帯についているストラップの石が、
今野の怒りに触発されたかのように強い光を放ち出した。
「こんな石の所為で、皆がおかしくなったんだ…俺達の事務所が…」
ガラス窓のくもりを手で拭う。集められた水滴が一瞬にして窓に凍りついた。

「あんまり怒らない方が良いよ。人間誰だって力を手に入れたら変わるものさ」
今野が見ていた窓とは反対の方向にあるドアのあたりから、突然声が聞こえてきた。
「…プロデューサーさんからお届け物です」
驚いて振り向いた今野の足元に走り寄って来たのは、彼の愛犬だった。
嬉しそうに尻尾を振る愛犬を抱き上げ、今野は目の前の人物に視線を移す。
「あ…どうも」
空間にぽっかりと空いた穴の縁に腰掛けていたのは、大柄な男のシルエット。
「これ、家宅侵入になっちゃうんだけど…電気ついてなかったから。
とりあえず犬だけでもと思って、と男は今野の胸に抱かれている愛犬を指差した。
「わざわざ有難うございます。あの、電気…」
「あ、つけた方が良い?真っ暗じゃ君の愛犬が無事かどうか確認できないか」
冗談混じりにそう言いながら男はドア付近の壁にあったスイッチを入れた。
325お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 01:45:23
「土田…さん?」
明るくなった室内に居たのは、先輩芸人の土田だった。
「あなたも黒だったんですね」
突然室内に現われた人間に、普通なら疑問や恐怖を感じる筈だが、
お笑いの先輩であり今頼りにすべきグループの人間となれば話は別だ。
「プロデューさんからの伝言。『辛いかもしれないけど、黒は君らの味方だよ』だって」
「…有難うございます」
事務所の先輩に裏切られ、孤独感を覚えていた今野にとって、
先輩の優しい言葉ほど有り難い物はなかった。
無事を確認した愛犬をゆっくりと床に降ろすと、今野は土田に質問をした。
「俺、これからどうすれば良いんですか?」
設楽の言葉を純粋に受け止め傷ついた今野の心に、黒いユニットに入ることへの迷いは無かった。
「さっきも言ったとおり…力を持つと人間は変わる。変わってしまった彼等は君を裏切った」
土田の言葉を聞きながら、今野は強く拳を握り締める。
「力を奪ってしまえば、また正気を取り戻すかもしれない」
その言葉を聞いた彼は、真剣な目つきで土田に言った。
「皆から石を取り上げれば…元に戻せるんですか?」

「でも、そうするとなると君は彼らと戦わなければいけないよ?」
同じ事務所の先輩である彼らと、と土田は念を押す。
「それで皆が戻るなら…」
今野は床に転がっている携帯を拾い上げた。
「皆が石の力の所為でおかしくなったのなら…俺はこの石の力で皆を元に戻す!」
壊れた携帯からストラップを外し、石をしっかりと握り締める。
「分かった…此方も、できるだけ協力させてもらうよ」
彼の決意を察した土田は、そう答えるとゲートを開いた。
「それじゃ、プロデューサーにそっちの事務所の件に協力するように言っておくから、何か決まったら連絡するよ」
「お願い…します」今野は軽く会釈をしてゲートが閉じるのを見送った。
326K:2005/11/14(月) 01:51:18
次長課長予約させてくらさい。+2丁拳銃で。
ダメだったら連絡待ってまつ。
327お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 01:57:23
一人と一匹が取り残された室内は、しんと静まり返っていた。
ぼんやりと立ち尽くしたまま掌の石を眺める今野の頭の中には、石の噂が広まる前の楽しかった時期。
のんびりとした雰囲気の人力芸人達の笑顔が浮かべられていた。
「俺は、皆を取り戻す…」
そう呟いた今野は、妙な音に気付き視線でその音を追った。
それは椅子を使って器用にテーブルに上った愛犬が、
冷えきった肉まんを美味しそうに食べている音だった。



今まで話中で使われていなかった能力なので一応コピペしておきます。
(今回は怒りで石の力が少し暴走した、という設定での使用だったので設定とは若干違います)

今野 浩喜
クンツァイト(無限の愛、自然の恵み、純化された存在を象徴・ラベンダーの色味のあるピンク)
気象を自在に操る事ができる。雨、雪、非常に強い台風くらいの風、人が気絶する程度の雷、
成人男性位の高さの竜巻などを起こしたり止めたりできる。
範囲は直径3mくらい。自然に降っている雨なども止められる。
任意の方向に手をかざし、イメージして「んっ」というと発動する。
雨+風などの合わせ技も可能。
連続して力を使えるのは3分まで。3分づつに区切れば体力がなくなるまで力が使える。
また、力を使うと一定時間話すことができなくなる。(正確には声は出るが言葉で無く音にしかならない)
竜巻と雷は操作がかなり難しく、よほど集中しないと操作を誤る場合がある。
雷と竜巻はかなり力を使うため、一度出すと他の力が使えなくなる。
竜巻を消す場合のみ力が使えるが、体力を使いすぎるため失神する場合がある。
328お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 02:00:25
…これではどんどん黒が増えてしまいますね。
自分が黒よりな書き手なのが悪いのか…白も増やさないと。

>>308
有難うございます。一つでもコメントを頂けると、次を書く気力が湧いてきます。

>>326
したらば能力スレのある書き手さんと同一人物ですかね?
違うのでしたらとりあえずその方と向こうのスレで話をつけた方が良いと思いますよ。
329K:2005/11/14(月) 02:09:02
もうしわけないです。
もうちょっと勉強してからまたきまつ。
取り下げいたしまつ。書き手さん、がんがってください!
330名無しさん:2005/11/14(月) 08:00:27
>お試しさん
乙です。
今野さんの動向がこれから気になりますね。
そしていつも現れる愛犬、和ませていただいてます。

ちなみに「プロデューさん」は誤植ですよね・・・?
昔の某方思い出して笑ってしまいました・・・。

>>326
まずはルールを学んでいただきたい。
何でもかんでもでつまつにすりゃいいわけじゃないよ。
それからお前は空気を読めと(ry
これだから電車男は(ry
331お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 11:10:05
>>330
…指摘有難うございます。結構真剣な話なのにその誤植…ナシですねw
自分でやっておいてなんですが、間抜けで笑えます。あー恥ずかしい;
お手数ですがまとめサイト管理人さん、あちらに載せるときに
「プロデューさん→プロデューサーさん」に変更しておいてください。
332名無しさん:2005/11/15(火) 18:05:54
おお、お試し期間中。さんがいらっしゃっている!

乙です。いつも楽しませていただいてます。
330さん同様今野さんの動向、気になるところです。
家宅侵入する土田さんもいい感じですw


それと以下のレスはいまさら余計かなとも思いましたが一応。

>>326さん
当方したらば能力スレの「ある書き手」です。
あちらで能力の設定に関しての意見を求めて、そのレス待ちしてたんで書き出しが遅くなりました。
今のところレスついてないみたいなんで、そのままか少しいじる程度で書き出そうと思ってます。
「お先に予約済み」みたいな状況になってしまってすみません。がんばって書かせていただきます。
333歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:34:02
したらばの廃棄小説スレで「白ユニット集会」の話を書きました。
向こうとやや内容が違っている所があります。

最初に言いますが、ちょっとふざけた描写があります。真剣な話が好きな方は
注意してください。
334歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:35:00
〜午前三時のハイテンション〜


午前三時。人通りの最も少ない時間帯に、彼らは集まることにした。
男が一人、白い息を吐きながらゆっくりといくつもの飲食店が並ぶ道路を歩いてくる。
普段から眠そうな目を余計にとろんとさせて、「眠い」「寒い」をブツブツと繰り返していた。
ある古風な和食店の前にたどり着くと、足を止めカバンから手の平サイズの地図を広げ、店の看板と地図に記された名前とを交互に見比べる。
「ここかあ…」
少し掠れた声。黒目がちで目で何となくお坊ちゃま的な顔立ちの男は寒さに耐えられず駆け足で店の中に入っていった。


店に入ると、ふんわりと柔らかな仲居の声がした。
「いらっしゃいませ。川島様ですね?皆様が奥のお座敷でお待ちかねです」
深夜にも関わらずニコリと笑みを見せる彼女に、男もペコリと頭を下げ「あ、はい」と笑みを返す。ほっと気持ちが安らいだ。

仲居に案内され冷たい廊下を渡る。仲居は頭を下げると何処かへ行ってしまった。
襖の向こうから何やら明るい声が聞こえる。中へ入ろうと襖に手を掛けようとした瞬間…
ガラリ、と襖が開いた。
「あ〜、川島さんじゃないですかあ〜!」
梁に頭をぶつけないようこんばんは、と挨拶をする長身の男…アンガールズ田中は笑いながら「早く入ってください」と、劇団ひとりこと川島省吾の腕を引っ張った。
335歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:35:27
「遅っせーぞぉ、川島!」
ぎゃははは、と大口を開けて笑うのはくりぃむしちゅーの有田。
その隣では有田と馬鹿騒ぎしていたように思われる、アンタッチャブル山崎の姿があった。
もうすでに出来上がっているではないか。川島は少し引きつった笑みを浮かべ、周りを見渡した。
かなりの数の芸人達が集まっている。黒に比べて、白なんてずっと少ないものかと思っていたが、自分の想像していた以上に、白の規模も広いようだった。

(この人達が、白いユニットか…簡単に言えば、“安全な人たち”だな)
川島が何処に座ろうかキョロキョロ見渡していると、栗色のウェーブの掛かった髪をした男が手招きをした。

「おう、こっちこっち。隣に座りな」
ビール瓶を片手に持っていたが、有田や山崎ほど酔ってはいない。川島は膳をまたいでその男、上田の隣に腰を下ろした。
「…あの、俺は“白ユニットの集会を開く”って聞いたんですが」
不思議そうに尋ねる川島の目の前に、山崎の相方の柴田が駆け寄ってくる。
「いーやぁそのつもりだったんだけどなあ、此処の飯美味いのなんのって!だから、食べ終わってからってことで!」
隣の上田ですら、うんうんと頷き、味噌汁を静かにすすっている。
「だから省吾も食べろよ!」
川島は拍子抜けした。

…こ、これが白?……こんなもんで良いのかよー…ここら辺は黒を見習って欲しいよなぁ。
黒なんて凄えんだぞ?こう、ビシッとしてるっつーか…。
「まあ、幹部があれじゃなあ…」
山崎と何やら笑い合っている有田を眺めて諦めるように首を振った。
仕方ない。そう思いながらも川島は箸に手を伸ばしたのだった。
336歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:35:57
「しっかしよー…最近凄えよなあ…」
太い黒縁眼鏡の男がぽつりと漏らす。
「…どうしたの」
隣に座っている短髪でこれまた眼鏡の男が尋ねる。
「黒と白の闘い。嫌だなー俺そういうの。勝てねーもん」
「矢作は別に何もしなくていいって。俺強いから、何かあったら後ろに隠れてなよ」
「なーによ小木ぃ、お前それかっけぇなー」
川島の右隣で呑気な会話を繰り広げているおぎやはぎの二人。
「二人も白なの?」と尋ねると同時に首を振られた。
どっちでもない。と二人は言った。だが黒に味方する気は更々無いらしい。
かといって白に入るつもりもないようだ。変な争いを好まない二人らしい、と川島は思った。
「上田さん、黒については…何処まで知ってるんですか」
「ああ、黒はなぁ、何にせよ頭の良い連中が多いからなあ。秘密を隠すのも上手いんだよ」

「ちょっと、それじゃあ俺らが馬鹿みたいじゃないすか」
どこからかやって来た細身の男、インパルス板倉はやや不機嫌そうに言った。
「実際そうなんじゃないですか?」
と珍しく自分から会話に入ってきたアンガールズ山根。板倉はムッと眉をしかめて彼を見た。田中はそれを見て力なく笑う。
「何だよじゃあ、勝負するか?どっちが頭良いか」
「そういうことは、暇な人ほどやりたがるんですよねー」
そのつっけんどんな態度に、板倉は掌からバチバチと青白い電気を空気中に走らせ、山根めがけて雷を落とそうとした。
慌てて堤下が後ろから羽交い締めにして、振り上げた腕を押さえる。
「板倉さん、仲間割れはまずいよ」
田中もさりげなく板倉の肩をぽんぽんと叩き、石の力を発動させた。
337歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:37:16
「ふん、……でもやっぱそうかもな。黒は何時も優勢な立場から襲ってくる。例えば一人になった時とか…」
板倉は落ち着きを取り戻し、呟いた。
「よっぽど作戦たてるのが出来る奴が居るんだろうなあ」
と、川島が言った。
「そいつが誰だか知ってるか?…渡部、お前なら分かるだろ」
「俺に聞かないでくださいよ。あの後ゆうぞう達に聞いてみたけど、何も覚えてないみたいで…」
腕を組んで渡部が吐き捨てる。
あちこちから、なんだよそれ〜、とブーたれる声が聞こえた。
「つまり、奴らは誰かに操られてたってことか」
「まあ、そういう事になりますね…」
「おしるこ一気いきま〜す!」
「…山崎は今ちょっと黙っててくれないかなあ」

仕方なく馬鹿騒ぎを止めない(止めようともしない)有田と山崎を尻目に、一同は隣のテーブルに移動したのだった。
それを苛々した様子で眺める上田をなんとか鎮めようと、渡部が再び話し出す。
「黒のメンバーは、何も芸人だけじゃないみたいです」
その言葉に上田が反応する。
「何だって?」
「あの、地震が起こったときにスタッフの人が俺たちを呼びにきただろ?」
渡部はその時一緒にいた柴田、田中、山根の三人をゆっくり見回して言った。三人は記憶をたどり、少し考えてから頷いた。
338歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:38:29
「嘘だろー…まさかスタッフまで…」
困ったように眉を顰め、上田は絶句した。盲点だった。芸人以外の人間まで黒のユニットだという事は、さすがの上田でも想像が付かなかったのか、溜息を吐き難しい顔をして米神を押さえた。
どうやら黒いユニットの規模は自分たちが思っている以上に底が知れないようだ。
「とにかく今は、こっちもメンバー集めて力を溜めるしかねえからな…っつー事で、川島」
分かるよな?と半ば脅すような低い声で上田は川島の肩を叩いた。
「さっそくですか!もー…わーかりましたよ。白に協力させてください!」
断るに断れない状況に半自棄になってしまった川島は叫んだ。

「“はねトび”の方はどうなんですか?」
田中がインパルスの二人に尋ねた。板倉の話によると、キングコングの二人は誰彼かまわず襲ってくる黒のやり方が気に入らないらしい。となるとその二人も自ずと白に入ってくるだろう。
「でも分からないじゃないですかー。いくら仲が良くても気付かないもんは気付かないと思いますよ」
「お前もうホント黒こげにしてやってもいいんだぞ?」
さらりと言い放つ山根に、板倉は静かに、熱のこもった言い方で返した。
「板倉さん、こんなとこで放電したら、停電になってしまうよ」

「何だよ堤下。お前もこの河童に言ってやれよ。あいつらはみんな大丈夫だよなあ!」
振り返り、板倉が言った。堤下はややあやふやな返答をした。そして、板倉にのみ聞こえる声で囁く。
339歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:39:19
「うん…でも博が…」
「博が?えー、でもあいつはお前を助けたって…」
「…あとでホントの事話すから」
板倉は何だか嫌な予感がした。黒の侵略が、絶対的な味方同士であるはずの自分たちの仲にも広がりつつある事を何となく悟った。

「おぎやはぎはどうなの?お前ら仲良いじゃん。えーっと…バナナマンとかさ」
「分かんねー。小木は?」
小木も「分からない」と首を横に振る。
疲れような溜息が漏れる。一応集まってはみたものの、分からないことだらけで話し合いは一向に進まない。

「まあ、ね…これからゆっくり考えましょ!意外なとこから情報が入ってきたりするかもしれませんし!」
場の沈んだ空気に耐えられなくなったのか、柴田が笑いながら大声を出す。
それでも、少しだけその場の雰囲気は明るくなった。

340歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:39:55
「で〜っひゃっひゃっひゃ!柴田さん、おーざーっす!」
「おざーっす!童貞番長〜っ!!」
そんな良い感じの雰囲気をぶち壊すかの如く、酔っぱらった有田と山崎が割り込んでくる。
「俺たちも話に混ぜろよぉ〜!」
「お前なあ、“今後の白ユニットの方向を決めるために集まろう”っつったのお前だろが!」
「二人で勝手に飲み始めやがってよお!!」
切れて怒鳴りつける柴田と上田。
それでもげらげらと笑い出す酔っぱらいに二人はますます怒り出し、取っ組み合いの一歩手前まで発展した。
こんな奴らが白のリーダー各だと思うとやるせない。
上田は石を取り出し、グッと堅く握りしめる。
「上田さん、何するんですか?」
上田の石はサイコメトリーの力しか持っていないはずだったのだが、彼は今その石を握り何かをしようとしている。拳を振りかぶって上田は言った。
「…説明しましょう。この技は私・上田晋也の正義の心がK点を超えたときに発動する打撃技であります。付属効果は“死”!!」
「つまりそれただ“殴る”って事ですよね?」
テーブルに足を乗せて、今にも有田を殴りそうな上田を周りの芸人達は必死に押さえつける。
そんな様子を止めようともせず腹を抱えて笑っている者もいた。
「じゃあ石を掴んだのは?」
上田を押さえながら、柴田が尋ねる。
「教えてやろうか?……そうすると殴ったとき凄え痛いんだよ!」
「物知りだなー上田は。年の功だよ、だははは!」
「うるさい!有田お前ええー!!」
そのあまりの声量に、川島たちは耳を塞ぐ。
「い、今何時だと思って…!」
341歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:42:18
「はーいはいどいてどいて」
と、矢作が前に出た。有田と山崎に向かい、一呼吸置いて叫ぶ。
「睡魔に襲われて眠くなるんやー!」
すると、まるで催眠にかかったように、二人は畳の上に折り重なって倒れてしまった。
上田も動きを止める。
「…お見事!」と自然と拍手が起こった。


「……もうこんな時間か。そろそろ帰らねえと」
「え…結局、何も話し合えて無かったじゃないですか!なんか分からないんですか?黒の規模についてとかは!?」
川島が嫌そうな顔をしてしゃがみ込む。
「言い出しっぺがこれじゃあ仕方ねえだろ!」
ビシッ、と上田がだらしなく寝ている有田の頭を叩く。
「僕らも仕事あるし…また今度。主催は上田さんでお願いしますね」
「小木、俺たちも帰るか」
「俺も、今日コント収録ありますから」

ぞろぞろと部屋から出て行く芸人たち。足音に仲居が気付く。一番後ろを歩く川島に声を掛けた。
「お帰りですか?」
「ええ、はい。……あ、そこの二人が起きたら、その人たちにお勘定請求してやって下さい」

こうしてただの思いつきで行われた第一回目の“白ユニット集会”は終わったのだった。
黒ユニットの集会が行われる、二日前の話。


石を巡る争いがとんでもなく酷くなっていく事を、まだ誰も知らなかった頃。


                              end
342歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:44:00
ここで終わりです。
今書いている話(陣内さんのやつ)もじきに投下します。
343名無しさん:2005/11/15(火) 23:13:00
>>342歌唄いさん、乙です!あの話、歌唄いさんが書いていたんですね!!
びっくりしますた…(゜д゜)
陣内編も楽しみにしてますので、ガンガって下さい  ノシ
344名無しさん:2005/11/16(水) 01:19:10
age
345名無しさん:2005/11/16(水) 08:35:39
>歌唄い氏
激しく乙です。再び腹抱えて笑いました。
「付属効果は死」とか「丸焦げに」とか。
キャラもめちゃくちゃ合ってて素晴らしかったです。
陣内編も頑張ってください。
346名無しさん:2005/11/17(木) 00:38:02
乙です!
最後の上田の壊れっぷり最高でした(笑)
「殴った時凄え痛い!」って…!
347名無しさん:2005/11/17(木) 03:37:25
歌唄いさん乙です!!
ひとり氏がようやっと白と合流できて、すっきりしました。
有田さんと山崎さん、最高ですねーwww
久々のアンガールズ登場も嬉しいところです。
「トラスト・ミー」の方も楽しみにしております。
348 ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:38:34
こんばんは。したらばで次課長話書いてたものです。
長いですが、一気に投下させていただきます。
349[東京花火−scene1] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:40:02




…ことの始まりは「石」だ。

井上にとってそれは、朝、玄関で履いた新しい靴の中に転がっていたせいで自分の足の裏に軽く刺さった、
金色の小さなものだった。
井上はその小さな塊を手にとって眺める。
ちょっとぼこぼこしていて、混じりけのない金色がとても綺麗だし、これがこのおろしたての靴の中から
出てきたことも不思議だ。買ったばかりの靴の先にこんなものが入っているなんてこと、あるんだろうか。
ちょっと面白いから河本に見せてやろう、と考えてジーンズのポケットにつっこんで家を出る。

河本にとってそれは、朝、仕度を終えて袖を通した洗濯屋返りのジャンパーのポケットの中で指先に触れた、
淡い色の小さなものだった。
河本はその小さな石を手にとって眺める。
つるつるしていて、薄い橙色と白がつくる縞模様がとても綺麗だし、これがこのジャンパーのポケットから
出てきたことも不思議だ。洗濯屋でこんなものがまぎれこむなんてこと、あるんだろうか。
ちょっと面白いから井上に見せてやろう、と考えてもういちどジャンパーのポケットに戻して家を出る。

そして2人は楽屋で顔を合わせて、お互いが手にした不思議な石のことを知ることになる。
同じ朝に自分たちのところにやってきたその小さなものが、どんな運命をもたらすかはまだ、知らぬままに。
350[東京花火−scene1] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:40:37


自分が石を手にした瞬間は特に何も思わなかったのだが、楽屋で井上が金色の塊を見せてきたとき、
そしてその石が自分のものと同じように、奇妙な経緯で井上のもとにやってきたと知ったとき、
河本はふとあることに思い当たった。最近芸人の間で石を持つことが流行っている、というのを
どこかで耳にした覚えがある。その石には何か力があるとか、それで何か一部でもめてるとか、そんな話も。
超常現象の類はあまり信じない質だったので、その話を聞いたときは石の力なんて随分うさんくさい、
と思った程度で特別気にしていなかったのだが、あれはひょっとして、この石と関係があるんだろうか。


「聡、変な石の話って知っとる?芸人の間で流行っとるとかいう…」
「あ、何か変な力がどうとかの…」
「そうや」
「詳しいことはよう知らんけど、聞いたことある」
「なあ、この石ってひょっとしてそれと関係あるんちゃう?」
「これが?」
「おかしいやろ、いきなりこんな偶然、俺らんとこ来るなんて」
「んー…そやね」


井上は何か考え込むように、指先で小さな金色の塊をもてあそんでいる。
河本から見てその欠片の色は、メッキされた金属の放つ金色や、何かが着色されて光る金色ではなく、
金という鉱物がもつ本来の色であるように感じられた。
351[東京花火−scene1] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:41:38

もしこの推測が当たっているなら、あの小さな塊は、それなりに高価なもののはずだ。
あまり物欲がなく、金銭への執着も薄い井上のもとにそれがやってきたのはやはり運命と言うべきか。
もし自分だったらどこぞに売りにいったかもしれないが、井上はそれを綺麗な玩具程度にしか思っていない。
だからこそ、売ったりして手放そうなどとはきっと思わないだろう。

楽屋のテーブルの上、金色の塊をちょん、とおはじきのようにつつきながら井上が口を開いた。


「…これも、何か力あるんかな」
「どうやろ、俺のも何かあったりしてな」


河本は言いながら、テーブルに転がした自分の石をじっと見つめる。
綺麗な縞模様は何も伝えることなく静止したままで、答えなど出そうになかった。
見ているだけではどうにもならないので、とりあえずしまっておこうと手を伸ばす。
石を軽く手の中に握り込んだとたん、河本の拳の隙間から淡い光が漏れだした。
352[東京花火−scene1] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:42:05


「な、何?」


驚いて手を開き、乱暴にテーブルの上に石を放り出す。それは橙色の光を放ちながらころころと転がった。
転がった先にあった井上の金色の塊は、河本の石にぶつかったと同時に、内側からふわりと光を放つ。


「うわ、光った!」


2人はしばし呆然と石の放つ光に見とれたが、輝いていた石はほんの30秒もするとその光を失い、
もとの姿に戻ったのだった。お互い無言のまま、石と相方の顔を交互に見やること数回、そして同時に言う。


「「…これ、何かヤバいで!」」


もはやここにある2つの石が、何か特別なものであることは疑いの余地がない。
だがしかし、これがどう特別なものなのかわからない2人はそのまま出番までの時間を悶々と過ごし、
本番中もそれを肌身離さず持ったまま、収録を終えて楽屋へと戻ったのだった。



353[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:42:57




…収録後の楽屋を、訪れる影2つ。


「よお」
「ちょっと邪魔するよ」


軽い挨拶とともに楽屋に入ってきたのは、2人が先ほどまで出演していた番組のMCであるくりぃむしちゅーの
有田と上田だった。最近共演する機会が増えてはきたものの、彼らがコンビで自分たちの楽屋を訪れるのは珍しい。


「どうもおつかれさんです」
「おつかれさんですー」


ふたりは少しばかりいぶかしく思いつつも、多くの番組を持つこの先輩コンビに礼儀正しく頭を下げた。
有田と上田はそれに「おう」などと簡単に応じる。その後、すばやく話を切り出したのは有田だった。


「あのさ、単刀直入に聞くんだけど」
「はい?」
「ひょっとして、石持ってねえか?」
354[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:43:56


見事と言うべき素早い切り込みに、返事をした河本は一瞬あっけにとられた。あまりといえばあまりに直接的な
質問だったので、返答に困ったのだ。石に何か特殊な力があるなら、簡単に持っていると答えてしまうのも
まずいんじゃなかろうか、と思った河本が迷っている間に、井上が代わりに答えてしまった。


「持ってますー」


のんびりした口調だが、これは重大な告白だ。河本は『ちょっと待たんかい!』と思いつつ相方を見やるが、
井上は何ら悪びれたところなく、いつも通りのきょとんとした表情で椅子に腰かけている。
返答を聞いた有田の方も、そう簡単に肯定の言葉がかえってくるとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いた顔だ。
上田に至っては頭を抱えている。おそらく有田のバカ正直な質問で慌てたところに、さらにバカ正直な井上の返事が来て
打ちのめされたのだろう。河本はおおいに上田に共感した。


「上田、ほらやっぱ持ってるってよ!さっき共鳴したもんなー」
「…おう」
「何?何暗くなってんだよ?」
355[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:44:31


無自覚な有田とそれに疲れる上田に苦笑しつつ、河本は有田の言葉尻をとらえる。
『共鳴』とはいったい何のことだ?自分たちが石を持っていることが有田たちには伝わっていた理由は?


「あの、有田さん、『共鳴』って?何で俺らが石持っとるってわからはったんですか?」
「それはあれだ、俺らも石持ってるから。光ったんだよ」
「?は?」
「ああもう、有田代われ!…悪いな、ちゃんと説明するから」
「はあ…」


ため息まじりに有田を制した上田は、自分の石をとりだし、有田にも2人に石を見せるよう促して、
まず自分たちの石について簡単に語り始めた。河本の基本的な質問から、2人が石を手に入れたばかりで
何も詳しいことを知らないと察したらしい彼に、河本と井上は自分たちのもとに石がやってきた経緯を話す。
上田はそれにじっと耳を傾けてから、はじめは石の共鳴と力について話し、それから白のユニット、
黒のユニットについての説明をして、最後に自分たちが白のユニットに属していることを告白した。


「もしお前らの石の力が使えるものだったら、黒の奴らは自分たちの側にお前らをとりこもうとするだろうし、
 それができなきゃ倒して石を奪おうとするだろう。俺らはお前らに『今すぐ白に入れ』とか強制する気はないけど、
 できればお前らと戦うようなことは避けたいと思ってる。だからこうして話をしにきたんだ」
356[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:45:12


その言葉に河本は大きく頷いた。上田の話を聞いたところで、今すぐ白につこうとまでは思わないし、
逆に黒につこうとも思わない。わけもわからず戦闘に巻き込まれるのはまっぴらごめんだし、この2人の敵になる気も
さらさらない自分にとって、上田の言葉は至極受け入れやすいものだ。隣で井上も小さく縦に首を振っている。
そんな2人の様子を見て上田の話が終わったと判断したのか、今まで黙って話を聞いていた有田が、『待ってました!』
…とばかりに口を開いた。


「なあなあ、そんじゃさ、まだ2人は自分の石の力がどんなんだかわかってねえの?」
「はい、さっぱりですわ」
「なー、何なんやろな?」


河本は肩をすくめ、井上は河本と顔を見あわせて首を傾げる。石を巡る芸人たちの状況は理解したが、
自分たちの力がわからないことには何をどうすればいいのかさっぱりだ。そんな2人に有田は言う。


「まあでも、黒の奴ら来たら嫌でもわかるよ…ってお前らの力が戦闘に使えなかったらマズいな」
「もしどっちもそうだったら、攻撃系の奴に襲われたらひとたまりもないぞ」
「そっか、そーだよなあ…何か能力わかる方法とかねーのかよー上田」
「んなもん俺が知るか!…うーん、今までの奴らって大体みんなその場で石が発動してたしなあ」
357[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:45:38


有田と上田の2人は後輩の身の上を案じ、戦闘に巻き込まれる前に石の力を特定する方法はないかと考えを巡らせる。
そのとき、有田が突然「あっ!」と小さく叫んだ。


「お前の能力でこいつらの石の記憶読めばいいじゃねーか!」
「おいおい、俺の石じゃ記憶は読めても能力は…いや、前に持ってた奴が使った記憶があるかもしれねーか」
「そうだよ、石が覚えてるかもしれねーだろ」
「けど俺いくらなんでも見ただけで石の名前なんてわかんねーぞ?しかも蘊蓄まで言わないとなんねーし…」


ぶつぶつ言いながら上田は河本と井上にむきなおる。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「あ、はい」
「どーぞ」


差し出しされた2つの石をしげしげと見つつ、上田は「あれ?」と小さく声を上げた。
358[東京花火−scene2] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:46:51


「この井上のって、ひょっとして金じゃねーか?」
「あ、上田さんもそう思わはります?」
「…え、俺のって金なん?石やないんや」
「ああ、多分。まあこれも鉱物っちゃあ鉱物だしな…よし、こっちだけなら何とかなる」


そう言って上田は井上の金の粒に触れ、蘊蓄を脳裏から引っぱりだす。


「えー、金といえばみなさん、指輪やネックレスなどの装飾品としてお馴染みの貴金属ですが、
 これはおそらく人類が装飾に使った初めての金属だろうと言われています。古代エジプトの
 ヒエログリフでも金についての記述があるくらいでして…」


よどみなくつらつらと言葉を並べながら、小さな欠片に残った記憶を読みとっていく作業に入った。
その欠片の記憶は今朝の井上家の玄関、おろしたての靴の中から転がり出て井上とご対面したところまで戻ると、
それ以前は急に真っ暗になる。ただ、真っ暗な中で一瞬、誰かの右手が石にむかって伸ばされ迫る場面が、
映画のワンシーンのように閃いた。男の左手には何か、茶色い大きなものが握られている。
そしてその男の顔がノイズのようにさし込み、消えた。

…その顔は自分の記憶の中にある顔のひとつに重なる。とたん、男が左手に握っていたものの見当がつき、
上田はふっと笑った。石から手を離し、能力の代償である激痛が背中を走り抜けていくのに耐えてから、言う。


「ほとんど真っ暗だったけど、一瞬だけこの石に手を伸ばした奴の顔が…多分アイツ、何か知ってる」
「…アイツ?それ誰だよ上田」
「…ギター持ってた。波田陽区だ」
359[東京花火−scene3] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:47:42




…さて時は数日前にさかのぼる。


その夜ギターケースを小脇に抱えた小柄な男は自宅前で、もはや幾度めかわからない黒の襲撃を受けた。
もっともその日の刺客の連中は、かなり強力な石を持っていたにもかかわらず、本人たちの実力が
石に見合っていなかったため、途中で石の力が本人たちにはねかえって自爆したので戦闘は早々に終了している。
さらに襲撃の場所が場所だったこともあって、波田は最後の力を振りしぼり、どうにか我が家の扉のむこうに
滑り込んでから力つきて気絶したのだった。

…そしてまさに今、玄関で自分の靴にまみれて目覚めたところだ。

玄関で倒れたせいであちこち打った体が痛かったが、まずはとにかく先ほど刺客から回収して握りしめたままだった石を
しまっておかないと、と手を開く。その手のひらには小さな石が1つのっていた。

…1つ?

おかしい。自分はさっき、3人に襲われたのだ。そしてそいつらは1つずつ石を持っていた。
ならば回収した石の数は3つであるべきなのに、1つしかない。まさかうっかり回収し忘れたのだろうか?
いや、そんなはずはない、確かに自分は連中から石を回収したはず…と、そこまで記憶をさかのぼったところで、
波田は自分の記憶の異常に気づいた。
360[東京花火−scene3] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:49:50

そうだ、自分はこの手の中にある石をまず拾って、それから次の石に手をのばしたはずだ。
そのあと…そのあと、どうなったのだろう?おかしなことにその先の記憶がすっぽり抜け落ちている。
どうやって自分はこの玄関までたどり着いたのか、それもなんだか曖昧だ。

手の中に残ったのは、変わった光を放つ透明な石のみ。ひょっとしてこれが何か力を発したのだろうか?
かるく握ってみると、何となく自分と波長が合うのを感じる。これを拾ったとき、まだ自分の石、ヘミモルファイトの力が
切れていない状態だったから、波長の似ていたこの石の力を自分が引きだしてしまったのかもしれない。
光にすかしてみると、透明な石の中でちらちらと虹色の光が踊る。戦闘の際に刺客がこの石を使っていた様を
思い出してみようとするのだが、この記憶にもまた靄がかかっている。

波田はあきらめのため息をつき、あまり成果を見ることのなさそうな思索に終止符を打った。
この石を持ち歩くのは気が進まない。かといって自宅においておくには敵の多い身だし、まさか捨てるわけにもいかない。
気休めにしかならないが、今まで回収してきた他の石とは分けて布に包み、持ち歩くことに決めた。




361[東京花火−scene4] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:50:36




井上と河本は珍しく、2人並んで帰途についていた。


それなりに仲はよくとも、普段はプライベートを異にしている2人がこうして一緒に帰ることにしたのは、やはり今日楽屋で
聞かされた話が気にかかったからだ。結局2人の石の力は不明なままだったが、だからこそなおさら襲撃を受けたときの
不安が大きい。上田と有田が波田陽区に連絡をとってみると言っていたので、近日中に少しは事態が進展するだろうが、
今現在心細いのに変わりはない。2人いれば運良くどちらかが戦える能力を持っているかもしれないし、少しは
マシだろうということで今に至る。

夕暮れの陽がさし込む局の廊下をとぼとぼと歩きながら、河本がぽつりとこぼした。


「…どーなるんやろな、これから」


井上はそれに答える言葉を持たなかったので、2人は無言のまましばらく廊下を進み、エレベーターに乗り込んだ。
他に誰も乗っていない小さな動く密室の中、井上はやっと口を開く。
362[東京花火−scene4] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:51:00


「なあ」
「ん?」
「この先な、どーなるかわからんけど」
「…おう」
「何かな、俺ら頑張ったらええと思う」
「…」
「それでええと思う」


河本は少し黙って、それから、


「…そうやな」


と小さく笑って呟いた。




363[東京花火−scene5] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:51:40




ここは都内のとある居酒屋の個室、顔をつきあわせているのは2コンビ1ピン、計5人の芸人だ。

くりぃむしちゅーと次長課長とギター侍。つまりは有田、上田、井上、河本、そして波田。
有田と上田が波田に渡りをつけて実現した顔あわせである。



運良く井上と河本が黒のユニットに襲われることはいまだなく、石の能力も不明のまま2日がすぎていた。
波田の手元に残った例の石もその後特に発動することはなく、抜け落ちた記憶も戻っていない。
井上たちにはこの会合に顔を出す以外、選択の余地がなかったし、波田も上田たちの話を聞いて自分の拾った石と
何か関係がありそうだと思い、気になってここに足を運んだのだった。3人それぞれがぼんやりとした不安を抱えたまま、
有田の言葉で会は始まる。


「んじゃ始めよーぜ…まず波田、聞きてーことがあんだけど」
「はい」
「井上が持ってる石の記憶を上田が力使って探ったら、お前がそん中に出てきたんだと」
「ええ、聞きました」
「お前はとりあえずアレだ、井上の石について何か知ってんの?」
364[東京花火−scene5] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:52:11


あいかわらず単刀直入な有田の質問に、横の上田は苦笑している。
波田は自分のほうをうかがっている河本と井上の様子をそっと確かめながら、さりげなく井上の石の確認を要求した。


「あの、井上さんの石ってのは…」
「井上、見せてみ」
「あ、はい」


井上は手の上に金の粒をのせる。それをのぞき込み、もとより心当たりがなくもなかった波田は、その石に自分の姿が
記憶されていたわけをはっきりと理解した。


「…これ、俺が何日か前に拾おうとしたやつですね」


そう、井上の石は波田があの夜、2番目に拾おうとしたものだったのだ。
だが、その石がなぜ井上のもとに行ったのかまではわからない。
365[東京花火−scene5] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:53:05

波田は諸々の状況から、この場での自分の立ち位置に関して判断を下すことにする。
白にも黒にもくみせずひとり動いてきた彼は自然に、過ぎるほどの用心深さを身に付けていた。
今日も収録もないというのに、不測の事態に備えて自らの武器となるギターを抱えてこの場に表れたほどだ。

 上田さんや有田さんは白ユニットに属している。彼らは井上さんの石のことで自分に声をかけるとき、
 自分たちの能力を隠そうとしなかった。こちらが黒ではないかと疑う様子のなかったところから考えて、
 おそらく自分が石を回収し、ふさわしい人間に配って回っていることは誰かから聞き知っているはずだ。
 話の出所はきっと川島さんあたりだろう。かといって白に勧誘しようという気もなさそうだし、河本さんと
 井上さんが自分の石の能力も知らないような状態である以上…

“この場で詳しいことを話したとして、自分が不利になったり、危害が加えられたりする可能性は低い”という結論を
出した波田は、あの夜に拾った透明な石をとりだして見せ、自分が黒いユニットに襲われたときの一部始終を
話して聞かせる。その話を聞いて少し考え込む様子を見せていた上田は、波田の持ってきた石を手にとって言った。


「話を聞く限りじゃやっぱり、この石が何か力を発揮したとしか思えないな。もしかして波田、お前が拾えなかった
 もう1個の石って河本のじゃないか?」


その言葉で河本がポケットからとりだした石に、波田は確かに見覚えがあった。上田の言う通り、これは波田を襲った
3人組の1人が持っていたものだ。
366[東京花火−scene5] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:53:40


「間違いないですね、これは俺を襲ったもうひとりが持ってた石だ」
「…となると、お前が拾った石ってのは他の石を飛ばす力があるんかな?」
「他の芸人のところに、ですか?」
「多分、わざわざ井上と河本のとこに来たのはこいつらと波長が合ってるんだろ」
「言われてみればそうですね。俺、自分の石のせいか何となくその人にふさわしい石ってわかるんです。この2つの石は
 お2人とぴったり波長が合ってる…」


波田はそこまで言ってふと思った。この石は自分の望みを叶えたとも言えるかもしれない、と。
自分の望みは悪意を持って石を使う人間からそれをとりあげ、ふさわしい人間に渡すことだ。
井上と河本が持っている石は、もしあのとき自分が普通に拾っていたとしても、いつかどこかでこの2人に渡すことに
なっていただろう。それは自分の胸元のヘミモルファイトの意志でもある。


「けどさ波田、お前、戦闘のときの記憶もまるまる抜けてんのか?だったらこいつらの石がどんな力持ってるかは
 結局わかんねーままだな」


有田はちょっと残念そうにそう言ったが、波田はそれを否定した。
367[東京花火−scene5] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:54:08


「いえ、記憶全部抜けてるわけじゃないんですよ。覚えてる部分もあります。少なくともこっち、井上さんの石は
 攻撃用じゃないです。戦闘中に後ろに下がってたから…ただ、そいつ確かこの石を発動しようとして失敗してたはず
 なんです。何だっけな、何かおかしなこと言ってたんだけど…」
「おかしなこと?」
「ええ、発動が失敗したときに…えーと、『凍る』とか何とか…」
「『凍る』…?何だそりゃ、何か冷やす系の能力なんかな?」
「さあ、そこまでは…。河本さんの石の方はちょっとよく覚えてないんです、すみません」


記憶が混乱している波田の話は要領を得なかったが、覚えていないものは仕方ない。
有田と波田のやりとりを聞いていた上田が、少し真剣な顔をして言った。


「波田、お前を襲った奴らが力足らずでこの石の発動に失敗して自爆したっていうなら、これは多分それなりの力が
 ある石だ。だとしたら黒の奴らはきっと回収のためにまた襲ってくると思うぜ。まさか石がこいつらのとこに来てることまでは
 わからないだろうから、お前がまた襲われる可能性は高いと思う。気をつけろよ」


上田の、自分の身を案じる言葉をありがたく思い、波田はうなずく。
こうしてそれほどの進展も見せることなく会合は終わり、5人は酒と肴に手をつけたのだった。




368[東京花火−scene6] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:54:51




珍しい酒席をそれなりに楽しんで、5人は店を後にし、ほろ酔い加減でタクシーを拾おうと歩き出した。

有田はすっかりご機嫌で、首を軽く右腕でキメたような状態で上田を引きずり、長州の『パワーホール』を
大音量の鼻歌で歌いながら前を歩く。上田は今にも倒れそうになりながらよたよたと相方に連れて行かれた。


「…離せ!首キマッてる!相方不慮の事故で殺す気か!」
「ふんふんふふ〜ん♪ふふふふふふふふ♪ ふんふんふふ〜ん…」


…先の角を曲がったらしく姿は見えないが、ここまで響いてくるほど2人の声は大きい。

残りの3人はなんとなく固まって歩いていたが、スニーカーの紐が解けた井上は、皆から少し遅れる。
今日の集まりに使った居酒屋は奥まったところにあるので、街道に出るまでが暗いせいか、前を行く相方と波田の背が
わずかに闇に霞みぼやけていた。吹きすぎた冷たい風に、冬が近いなと思いながら上着の襟をかきあわせる。

そういえば自分の石を使っていた奴が、『凍る』とか言ってた、と波田は話していた。
こんな季節にそない寒々しい力ってのも何やなあ、と小さくごちて、ポケットの中の金の粒に触れてみる。
その瞬間、何となく指先から石の波動のようなものが伝わってきた気がして、慌てて井上はそれをとりだした。
369[東京花火−scene6] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:55:47

…光っている。

これは例の『共鳴』という奴だろうか、それにしてはこのあいだと違う、何か嫌な感じがする。


「…準一!」


とっさに井上は前にいる自分の相方の名前を呼んだ。そのただならぬ声の調子にふり返った河本が今度は叫ぶ。
井上の後ろに凄まじいスピードで何かの影が迫って来ていたのだ。


「聡、伏せろ!」


それに反応して井上はバッと身を伏せた。凄まじいスピードでその上を人影が飛び越える。
人影はしなやかな低い姿勢でアスファルトの上にズザッ、と急ブレーキをかけて着地し、地面を見つめたまま言った。
370[東京花火−scene6] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:57:10


「…ちぇっ、ラチるの失敗しちゃったよ二郎ちゃ〜ん」


ちょっと拗ねたようにこぼした言葉は、その声の調子と裏腹にまるで穏やかでない。
しかしその声と彼が呼びかけた名前に井上は耳を疑い、河本も目を見開いて硬直した。


「駄目だろ松田、もっと静かに近づけよ」


呼びかけに答えてのっそりと表れたのは、金髪の横に大きな男。
暗闇にまぎれて近づいたのは、東京ダイナマイトの松田と高野だった。




371[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:57:48




松田は黒く闇に溶ける道の上、片膝をついて腰を沈めた体勢のまま、くしゃりと笑って言う。


「井上くん久しぶり。元気にしてた?」
「…」


その口調は親しげなものだったが、井上はとても松田のその問いに軽く答える気にはなれない。
目の前の人物は自分を背後から襲い、拉致しようとしていたのだ。いくらそれがよく知る相手であったとしても、
恐怖と不信感は消えなかった。

一人離れたこの状況はまずい。そう判断した井上は、松田の様子をうかがいつつ河本のそばまで走った。
河本の横につくと、その後ろでは波田がいつの間にかギターをとりだして襲撃者の方を睨んでいる。
その様子を松田はつまらなそうな顔で一瞥し、ぐい、と体に力を入れて立ち上がり、服の埃を払った。


「おい、二郎…!こりゃ一体何のマネや!」


井上が自分の方に走ってくるのを見てハッと我にかえった河本は、前々からの友人である高野にむかって
悲痛な叫びをあげる。しかし高野は闇の中、いつもの笑みを崩さない。人好きのするそれが今に限っては
ひどく酷薄なものに感じられた。
372[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:58:21


「…井上くんの持ってる石に用がある。この間そっちのギターの彼を襲いに行った下っ端に誰かが
 持たせちまったらしくてさ。使えねえ奴がいい石持ってもしょうがねえってのに…。
 そいつらが失敗したとき回収されたもんだとばっか思ってたけど、今見たら井上くんが持ってんのな。
 もしお前がレインボークォーツとかサードオニキス持ってんならそれも渡してもらうわ」


高野が普段通りの口調でそう言うのを聞いて、河本は理解したくないことをやっと理解した。
この2人は黒のユニットに属していて、自分たちの持つ石を回収しにきたのだ。
高野が『サードオニキス』と口にしたとき、自分の持つ石の名前がそれであることを河本はなぜか悟ってしまった。
レインボークォーツというのはおそらく、波田の拾った石の名前だろう。

高野たちと戦闘など、間違ってもしたくはない。だが、先ほどの松田の行為はあまりにも乱暴すぎる。
たとえ友人とはいえ、自分の相方を襲おうとした2人を許すわけにはいかない。素直に石を渡すなどもってのほかだ。
河本はスッと自分のサードオニキスを掲げてみせ、言った。


「これは渡されへんで。聡ラチろうとするような奴に簡単に渡してたまるかい!」
「まあそう言わないでさ…ほら、何なら黒に来たらいいじゃん、河本も」
「…こんな物騒な奴の仲間になる気なんざあらへんわ」
「そう、じゃあしょーがねえな」
373[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:58:56


ニコニコと笑ったまま、高野はオレンジ色をした自分の石を指先でもてあそんでいる。
そんな様子に焦れたのか、先ほどからずっと黙って立ったままでいた松田が口を開いた。


「二郎ちゃん、やっちゃっていい?」
「…まず井上くんのを盗ってこい、使われるとメンドクセーから」
「…あーい」


問われた高野は動じることなく答え、松田はまたも恐るべき速さで井上に飛びかかる。
井上は避けようとしたが松田のスピードの前にそれはかなわず、すぐさまマウントをとられて体の自由を奪われてしまった。
だが井上が手の中に握り込んでいた石を奪いとるのに手間どったせいでわずかに遅くなった松田の動きが
どうにか河本の目にうつった瞬間、河本は松田を指さし、頭の中に浮かんだ言葉を思いっきり叫んだ。


「そうは酢ブタの天津どーーーーん!」


とたんに松田の体はピタリと動かなくなり、井上の手から石を奪いとったまま、固まってしまった。
その上に空から酢ブタと天津丼が思いっきり降ってきて、松田の頭にドンブリと皿が直撃し、ガツーンといい音をたてる。
幸い割れなかったドンブリと皿から溢れ出した中身がびしゃびしゃとかかって、松田はあまりの熱さにパニックを起こした。
374[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:59:48


「痛っつーーーーだあぁうあっっちいぃいいい!!!!!!」


松田に馬乗りされた状態の井上まで酢ブタと天津丼のとばっちりを受け、松田の体を突き飛ばす。


「あっつーーーー!!!何すんの準一ぃい!!!」
「あ…すまん聡…」


酢ブタのパイナップルを額にはりつけ、天津丼のアンまみれで地面を転がる男前の相方に、河本は小さく謝って駆け寄る。
その様子にあっけにとられていた高野を後目に、今度は波田が動いた。いつものギターの音が鳴り出す。


『拙者、ギター侍じゃ…』
「松田、ソイツのギターを奪え!」


そのフレーズに高野はハッとして叫び、まだヘルニアの後遺症がある体をひきずって井上たちに近づいた。
高野の声にどうにか立ち上がった松田が飛びかかろうとするそのとき、波田は次の台詞を叫ぶ。
375[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:00:32


『…残念!! 松田大輔ッ… 「真剣白刃どりーーーーっ!!!」 …ぃり…っ!』


ギターが日本刀に姿を変え、松田に向かってふり下ろされようとしたが、松田の両手がギリギリで刀を
白刃どりしたことに気を取られ、波田が台詞を言い切れなかっため、松田の動きを封じるには至らない。
そのまま石の力同士がぶつかりあった波田と松田は互いにはねとばされ、地面に叩き付けられた。
完全に力を発動できなかった分波田の方が分が悪かったか、松田は何とか受け身をとったが
波田はそのまま気絶したらしく、動かない。

その激しいぶつかり合いのさなか、地面に転がったまま戦いに気をとられていた井上と、その横にしゃがんでいた
河本のすぐ近くまで高野が迫っていた。


「…つかまえた」


静かに高野の声が河本の耳元に響く。肉厚の手のひらが河本の肩をがっちりと掴んでいた。


「河本、お前のサードオニキスちょうだい。あとレインボークォーツを多分波田が持ってるから、奪って俺に返して」
376[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:00:58


その言葉とともに高野の石が光を発する。河本はビクリ、と反応して握っていた石を高野に差し出し、立ち上がった。
その様子に慌てて井上も立ち上がり声をかけるが、河本は振り返りもせずにまっすぐ波田のもとへと走っていく。


「無駄だよ、今の河本には聞こえない」


高野は笑みを含んだ声で井上に言った。井上はバッと高野の方を向いてその笑い顔を睨む。


「俺の言うこと聞くってさ、河本は…しっかしアイツの石にはびっくりしたよ、サードオニキスは持ち主の個性で
 能力が変わるって聞いてたけど、酢ブタと天津丼はねえよなぁ」


くっくっ、と愉快そうに笑い声を漏らした高野の襟首を、井上がグイ、と引っぱって言う。


「…二郎ちゃん、準一に何したん」


静かに、だが激しく怒る井上の吊り上がった目にも高野はちらりとも動揺を見せない。それどころか、自分の首元を
しめあげている井上の手首を、生まれついての握力をフルに使ってぎりぎりと握りつぶそうとした。
あまりの痛みに井上が顔を歪めて高野の首から手を離すと、高野も井上の手首を離す。
377[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:01:35


「…ちょっと言うこと聞かせただけだよ。ほら、もうすぐ終わる」


言いながら高野は顎で、波田の荷物をさぐっている河本を示した。井上は相方のその姿に愕然とし、駆け寄って
河本の背中に手をかけ、揺すぶる。


「準一、何してんねん、波田くんの石あいつらに渡したらあかんて!」


河本はうるさそうに井上の手を突っぱね、波田の持つレインボークォーツを探しつづけた。
それでも何とか河本を止めようと、後ろからはがい締めにしようとした井上は、河本に力一杯突き飛ばされる。
体勢を崩して尻餅をついた井上は、呆然と自分の言葉の通じない相方の背中を見やった。
ひどく悲しい気持ちで井上はのろのろと立ち上がる。ふと泳いだ目の先、すぐそばの地面に光るものを見つけた。

…金だ。

おそらく松田が波田の刀を防いだとき、手から転がり落ちたのだろう。松田はまだ背中をおさえたまま倒れている。
高野はきっと、松田がこれを落としたことに気づいていない。だから河本に「金を返せ」とは言わなかったのだ。
井上は祈るような気持ちで金に手を伸ばした。この石の使い方は知らない、だがもしこれが自分のものだというなら、
きっとこの状況をなんとかしてくれる。そう思って井上は必死で小さな金の塊を握りしめた。
378[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:02:11

とたんに光り出す石に導かれたように、井上は伸ばした両手を頭上で固くあわせ、その中に石を包んだまま、
思いっきり地面にダイブする。井上の体は高野の目の前まで勢いよく滑っていき、その足下で止まった。


「しまったっ…!」


高野の声が響き、その手の中にあったスペサルタイトが光を失い、凍りつく。その瞬間、河本が正気を取り戻した。
その手にはちょうど波田のギターケースから見つけたところだったレインボークォーツが握られている。

一体自分が何をしていたのかわからず、河本は周囲を見回す。そこにはやっとのことで立ち上がろうとしている松田と、
目一杯体を伸ばしたままで高野の前に倒れている井上、そしてただ立ち尽くす高野の姿があった。


「聡っ?!」


動かない相方の姿に思わず河本は叫び声をあげる。見たところ怪我のないのに安心したものの、状況が
わからないのはそのままで、とっさに河本は自分の石のことを思った。ふと手の中を見ると、そこにあるのは
自分の石のサードオニキスではなく、波田の拾ったレインボークォーツだ。サードオニキスがどこにもないことに気づき、
やっと河本の記憶がよみがえってきた。そうだ、自分は高野にあの石を渡してしまった…!
379[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:03:34


「…それちょうだい」


河本がその小さな声に振り返ると、目の前には鬼の形相の松田が立っていた。まだふらふらしている体で
松田が河本に襲いかかる。もはや松田は石の力を使えてはいなかったが、死にものぐるいで河本の手から石を
奪おうとしていた。その執念とも言うべき力に河本は必死であらがう。体勢を崩して倒れ込んだ2人の後ろから、
それまで忘れ去っていた人物の声が聞こえた。


「河本、大丈夫か!」


先に行ってしまったものだとばかり思っていた有田だった。少し遅れて上田も走ってくる。その状況を見た高野は、
すぐに松田に声をかけた。


「松田、石はいい、逃げろ!」
380[東京花火−scene7] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:04:30


その声に松田は河本からはなれ、高野のもとへと走ろうとしたが、もはや石の力の反動で体がまともに動かない。
地面を這うようにして自分のもとに向かってくる松田の手をとろうと高野は必死で走り寄るが、腰に爆弾を抱えた体では
限界があった。それでも何とか松田を助け起こし、その場を去ろうとする。

しかしそのとき河本が立ち上がり、レインボークォーツを握りしめたまま叫んだ。


「ふざけんなや、俺の石返していかんかい!!!」


…その叫びが闇に響き渡るとともに、河本の手の中で石が虹色の光を発する。その眩しさに全員が目をひそめた。




381[東京花火−scene8] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:05:05




それからどのくらいの時間が経ったのかはわからない。


気づくと河本のもう一方の手の中には、サードオニキスが再び握られていた。
だが、河本にはなぜその石が再び自分のもとへやってきたのかは思い出すことができない。


「うう…」


小さなうめき声に振り向くと、波田が起き上がろうとしていた。その横でなぜか正座した状態になっていた有田と
いつのまにか尻餅をついたままだった上田も気がついたのか、頭を振って目をぱちぱちさせている。
その様子に河本はすぐに井上のことを思い出し、彼が倒れていたはずの場所を見やると、
そこには体育座りで縮こまって震えている相方の姿があった。


「聡!大丈夫か!」


河本は井上に駆けより、異常な状態の相方に声をかける。すると井上は、紫色の唇でぽつりと呟いた。
382[東京花火−scene8] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:05:55


「寒い…」


その手には金の粒が握られており、河本はこの井上の状態がおそらく石の力の反動であろうと察する。
確か波田を襲った刺客が『凍る』とか言ったと聞いた、これのことだろう。しっかりしろ、と井上の背中をさすり、立たせてやる。


「井上、コレ着とけ」


その様子を見ていたらしい上田が寄ってきて、侠気にあふれる発言とともに自分の上着を差し出した。


「…いやー上田さんオットコマエですねえ、ナーンにもしなかったくせに」
「…お前もだろ!大体お前が俺の首キメたまま歩ッてったからこいつらが襲われたの気づかなかったんじゃねーか!」
「いやいや上田さん、気づいてても貴方は戦闘の役には立たねえし同じですから〜!…残念!」
「有田さん、それ俺のネタです…」
「有田お前、大概にしとけよ…?」
383[東京花火−scene8] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:06:33


有田の襟首をつかもうとして逃げられた上田はおちゃらけまくった相方を怒り心頭で追いかけ回す。
波田は松田との戦いでネックの折れてしまったらしいギターを拾いつつ、その様子をおろおろと見ている。
結局上田の上着を羽織ることにした井上と、その横に立つ河本は、何て緊張感のない人たちだろうと
この先輩2人に軽く尊敬の念すら覚えていた。


「…そういや、襲ってきた奴ら、どうしたんだ?」


有田を追いかけ回して疲れたらしい上田が、今度は逆に自分が相方の首をキメながら戻ってきて聞く。
有田は「ギブ!ギブ!」と叫んで上田の腕を叩いているが、解いてやる気はさらさらないらしい。


「あれ、そういやどしたんやろ…」


河本はぽつりと呟いて周りを見てみるが、松田と高野の姿はない。そして河本の脳裏からは、レインボークォーツが
光ったあたりからの記憶が全て消えていた。
384[東京花火−scene8] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:06:53


「俺も松田さんとぶつかった後の記憶がないんです」
「ああ、それは気絶しとったからやろ」
「俺もこの石、拾った後の記憶がないわ…マグロになったのは確かやねん」
「は?マグロ?」
「うん、何かな、マグロやらなあかん気がして、滑ってったんよ、そしたら二郎ちゃんとこ着いて…そうや、二郎ちゃんの
 石の力、多分俺の石ん中に凍ってる」
「二郎の力?」
「この石、きっとそういう力があんねん」
「…」


しんみりと井上の手の上の金の粒を皆が見つめる中、有田の弱々しい声が聞こえてくる。


「う…えだ…、し、し…ぬ…」
「…っ、すまん有田!」


…石に気を取られて力の調節を忘れていたらしい上田の腕に首をキメられまくっていた有田は、軽く絶命寸前だった。





385[東京花火−scene9] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:08:04





「二郎ちゃん、腰大丈夫?」
「おー、何とか…お前足とかもう平気か?」
「んー、しばらく無理っぽい」


有田が相方の手で死にかけていた頃、東京ダイナマイトは少し離れた公園でぐったりしていた。
実はレインボークォーツが光り、高野の手からサードオニキスが失われた瞬間、彼らの前に赤いゲートが現れていたのだ。
そう、彼らを助けたのは黒の重鎮、土田だった。ゲートの中から土田が手を伸ばし、力一杯引っぱり込んで
この公園までつれてきたのだ。土田は一言「…疲れさせんなよ」と言い残し緑のゲートで去っていった。
386[東京花火−scene9] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:08:27


「…今回は俺らの負けか」
「だねえ…悔しいけどさ」


松田は力を使い果たし、高野は石の力を封じられ、散々な結果だ。それでも、彼らの胸の内に暗いものはなかった。
戦う相手が誰だとしても、戦う理由が何だとしても、全力で臨むのが彼らの流儀だ。敗北も勝利もその結果でしかない。

松田と高野は顔を見合わせる。そしてつい吹き出した2人の笑い声が夜中の公園に響く。
どこぞのマンションの窓から「うるせえぞ!」と怒られ、また笑い、ひとしきり笑ってから公園を後にした。




…彼らの戦いもまた、終わらない。




387[東京花火-設定] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:09:44
次長課長

井上聡
石:金(確実な助言と力)
能力:
その場にいる石を持っている人間の中で、もっとも自分にとって危険な存在を特定し、その能力を封じられる。
「築地のマグロ」になった井上が滑ってたどり着く先が最も危険な存在と特定され、その能力が井上の石の中に冷凍される。
例)1つの部屋の中に井上以外にAB2人の石の能力者がいたとする。
A:井上とその仲間への害意がある、石の力は弱い 
B:井上とその仲間への害意がない、石の力が強い
この場合は、あくまで「自分にとって」危ない存在を特定するので、Bの力が冷凍される。
また、肉体的な害、精神的な害どちらにも反応する。
条件:
危険な人物に特攻していく形になってしまうというリスクがある。しかも井上自身は完全に冷凍マグロと化すので、
いっさいの攻撃/守備ができなくなり、その場にマグロの姿のまま放り出される。一回の戦闘につき一回の、捨て身の技。
能力を解除した後、冷凍の後遺症でしばらくの間寒くてたまらなくなる。また、その場の戦闘がすべて終わると
自然に井上は元に戻るが、井上の石の中に冷凍された能力は、次に井上が他の人間に能力を使うまで使えなくなる。
388[東京花火-設定] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:10:25
次長課長

河本準一
石:サードオニキス/別名:赤縞瑪瑙(人間愛、夫婦愛。個性を引きだす。内臓への活力。)
能力(1):例の顔マネと「お前に食わせるタンメンはねえ!」の台詞とともに中華料理屋の扉が出現、攻撃をはね返す。
能力(2):「そうは酢ブタの天津丼!」の台詞とともに指さした敵の行動を数秒止め、頭上に酢ブタと天津丼をおみまいする。
条件:
扉のサイズ以上の範囲はカバーできない。出現するのは横にひいて開ける2枚扉でのれん付き。街の中華料理屋や
ラーメン屋に多い磨りガラス製の扉。強度は銃弾を通さない強化ガラス程度。反射できるのは物理攻撃のみ。
また、台詞をかんだり顔マネが中途半端だったりすると扉の強度が下がる。1日に3〜4回くらいが限度。
酢ブタと天津丼は火傷するほど熱い。止められるのは河本の目に見える人間の運動行為のみで1人の敵につき1回が限度。
つまり「走り出そうとしている人」「人を殴ろうとしている人」「何か投げようとしている人」などを止めることはできるが、
「その場で動かずに何かおこなおうとする人」「頭の中で何か考えている人」「人が投げた物体」を止めたりはできない。
全能力を使った後、河本は朝から晩まで休みなく厨房で働いたくらいの疲労感におそわれ、まともに動けなくなる。
389[東京花火-設定] ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:10:59
波田陽区が拾った石

石:レインボークォーツ(七つの光が願いを叶える)
能力:
持ち主の、他人に関する害意のない望みを叶える。ただしもとの状態以上に他人の能力を引き上げたり、
存在しないものを作り出して他人に与えるような力はなく、使用者自身に関する望みも一定のこと以外叶わない。
つまり「仲間の怪我を治したい」「遠くにいる仲間に自分の持っている傘を武器として与えたい」は叶うが、
「自分の怪我を治したい」「仲間の力を限界より強くしたい」「仲間にバズーカ砲を作り出して与えたい」は叶わない。
また「他人の持っている自分の傘を自分に返させる」ことは可能だが「他人の傘をとりあげて自分のものにする」ことは不可能。
条件/代償:
他人に害を与えることを望む場合には、同等の害が使用者自身にももたらされるため注意を要する。
「敵に動けなくなるほどの怪我を負わせたい」という願いは叶うが、同時に自分も動けなくなるほどの怪我を負う。
叶えられる望みの大きさは「使う人間の実力」「石とどの程度波長が合うか」に左右される。
また、石を使用した際、その石に関することを中心に、使用者とその場にいたものの記憶が曖昧になる。
望みの害意のあるなしに関わらず、石が叶えた望みが大きければ大きいほど、記憶の損傷は激しい。
390 ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:25:09
…以上です。

河本の能力(1)を設定しておきながら使えなかったんですが、せっかくなので全部書いておきます。
非常に長い話になりましたが、これで完結です。今回は本編として書いております。

タイトルは「東京ダイナマイト」の名前の由来となった同名の曲を製作したニューロティカより。
とはいえ「東京花火」の歌詞と本文の内容は全然関係ないです。語感です。
ホントは別の曲からとって「メシ喰いに行こう」にしようとしたんですが、あまりに緊迫感がないのでやめました…。
391 ◆yPCidWtUuM :2005/11/20(日) 00:32:17
すいません、付け足しです。

サードオニキスは「個性を引き出す」石なので、持つ人によって石の能力が変わるという設定をつけてあります。
なのでこの話の中で波田が襲われた際、この石を持っていた刺客は河本さんとは違う力で戦っていたと思われます。
392名無しさん:2005/11/20(日) 03:14:26
スレがやたら伸びてると思ったら長編キタ――(゚∀゚)――!!おおおお乙!
ダイナマ2人、黒なのに楽しそうでタチ悪いなwなんからしいけど。

余談だが次課長の能力にメガワロタ
393名無しさん:2005/11/20(日) 14:41:12
乙です!
上田の打ちのめされ方が笑えました(笑)
単刀直入すぎる!
394歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/20(日) 14:41:34
>>240から

びゅうびゅうと音が聞こえるくらい、屋上には強い風が吹いていた。そこにいる三つの人影。やたらスタイルの良いのっぽの男と、その両隣にいる長髪と茶髪の小さな男。
茶髪の男…陣内は先程礼二にかけた携帯電話を乱暴にパチンと閉じた。
さっき、話していたとき電話口で、礼二以外の声が聞こえた。まあ、集団用の楽屋だからそりゃあ聞こえるだろうが、明らかに自分たちの会話を礼二と共に聞いていた。
一人は兄の剛だ。まあ一緒にいるのが当たり前だからそれは仕方ない。問題は…
「何であいつらまで一緒におるん…」
ちっ、と舌打ちをして俯き髪の毛をくしゃりと掴む。あいつら、とは麒麟の川島と田村のことだ。彼らの声が電話を通して微かに聞こえたのだ。
一応電話中は気付かない振りをしてやったが、ちょっとした事で彼らに憎悪の感情を持つようになった陣内は声を聞いた途端不機嫌な、冷たい顔になった。
「ほんま腹立つなあ…!」
普段滅多に出さないような、本当に苛々している時にしか出さないドスの利いた声でぐっ、と携帯を握りしめた。携帯がミシミシと軋む。
その険悪な空気に耐えられなくなった阿部が訴えるように吉田の腕をつつく。つい先程まで黙ったままだった吉田が渋々、陣内を落ち着かせようと手を伸ばしたその時―――。

バンッ!

という音と共に陣内の手に握られていた携帯は、壊れた。塗装も、アンテナも、液晶ガラスも、粉々に砕け散った。原型を留めていなく、もはやそれが元々携帯だったと言われても信じる者は居ないだろう。
陣内は尚も険しい目つきで、割れた破片で切ってしまい皮膚が切れ血が薄く滲んでいる掌を見詰めた後、手を服になすりつけて粉状になった破片をぱらぱらと落とした。
吉田は動きを止めその光景に目を見張った。
いくら怒りに任せていたとは言え、思い切り握っただけでこれほどまでに見事にバラバラになるだろうか。
(それに、…)
吉田は思った。携帯が砕けたときに聞いたあの妙な“音”。潰れたときに出るものではない。
……あれは間違いなく“破裂音”だった。
395歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/20(日) 14:43:22
そっと、キーホルダーとしてズボンに取り付けられている陣内の石を見た。
「…っ…!」
思わず短い声が出た。石の黒ずみが、無くなっている。そのかわり、彼の石・ムーンストーンは今まで以上の強い輝きを放っていた。
だがその石からは初めて見たときに感じた“優しさ”は感じられなかった。明るい光。なのに、どこか刺々しく攻撃的で激しい。擬音で表現するなら、“ギラギラ”だろうか。
それとそっくりそのままのことが、今の陣内にもぴったり当てはまる。

「ん、おお。スマン、お前らに話があったん忘れるとこやった」
ころっ、と表情を一変させ、しゃがみ込んで後ろに置いてあったカバンの中を漁り始める。何かを取り出した陣内は振り返って立ち上がり、手に持っていた小瓶を差し出した。
吉田は困惑の表情を浮かべ、それと陣内の顔を交互に見比べる。吉田の脇からひょこっと顔を出した阿部も不思議そうな顔をした。
それは、ついこの間自分たちが陣内に渡した、黒い欠片の入った小瓶。あの時はまだ彼は微量の欠片しか使っていなかったので、黒に入れるためにはもっと欠片を取り入れてもらえという命令を上から受けていた。
しかし陣内はそれを使うことなく、今もその手に持っている。
「…何ですか」
と、心の動揺を悟られないように薄笑いを浮かべ態とらしく聞いてみた。
「これ、この欠片。お前らに返そう思ぉて」
瓶のコルクでキャップされた口を指でつまみ、小刻みに振ってみせる。中の欠片が忙しなく狭い瓶の中で跳ね、カラカラと不思議な音を立てた。
「こんなモンのーても、俺が願えばこの石何処までも強くなれんねんで」
陣内の言う“願い”、つまり“感情のエネルギー”をどんどん取り込んでいったムーンストーンは遂に黒い欠片の力までをも飲み込むほどに力が誇大してしまったのだろうか。
チェーンとこすれて軽い音を立てる石に目をやり、指で触る。石は相変わらず不気味なほどに光り輝いていて。―――光が目に映っただけだろうか。一瞬、彼の瞳も石と同じ色に光った気もする―――。
恐怖とはまた違った感覚がさっと身体を走り、額に脂汗が浮かぶ。目を離す事が出来ない。

396歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/20(日) 14:46:38

「そうや。…こんなモン…頼るお前らと…、俺は…ちゃうんに…」
陣内の途切れ途切れの声が段々と独り言を言っているかのように小さくなる。口調は無機質なものになり、俯き加減の視線は真っ直ぐ石に向けられ縛り付けられていた。
―――(このままだとマジでやばいだろ、これ)
これはもう黒に入れるとか入れないとか、そんな事を考えている場合ではない。
吉田は陣内の腕を掴んだ。

「…その石を離してください!」
早くしないと…、そう続けようとしたがその言葉は出なかった。否、出せなかったと言って良いだろう――。
陣内が無言で、且つ強い視線を吉田に浴びせかけたその瞬間、石が大きく鼓動し、吉田の腕は何かに捻り上げられたようにひとりで関節がねじれた。
無理矢理捻られた腕から骨が軋む音が聞こえた。
「あっ…!?」
痛みと驚きから悲痛な叫び声が口から漏れる。膝をつき脈打つたびにズキズキと痛む腕を、眉間に皺を寄せ目を堅く瞑り押さえつける。
驚いた阿部が心配そうに駆け寄ってきた。これまでの怪我は切り傷や擦り傷などの外傷が殆どで、その度に阿部に治して貰っていた。だが今のように身体の芯や内側から来る痛みは、阿部には治せない。
痛みからぜえぜえと荒い息づかいになりながら、吉田は思った。
今までは「痛い」と感じる前に阿部が治してくれていたんだった。治す度に、自分の替わりに阿部が痛い思いをしてくれていた。彼はそんなこと一言も言わなかったが、顔を見たときその石の代償が一瞬で分かったのを覚えている。
397歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/20(日) 14:49:31
(あー何か、久しぶりに凄え痛い思いした…)
段々と痛みが引いていく。思い切り捻れた腕はまだ痺れてはいるものの、骨に異常は無いようだった。

「…吉田、吉田」
阿部が小さな声で、地に片手を着いたまま俯いている吉田の肩を小刻みに揺らす。
顔を上げるとこちらを見下ろしている陣内と目があった。思わず息を呑む。月の逆光の所為で彼の表情は見えないが、その瞳の不気味な輝きだけは網膜にしっかりと映った。
人間のものではない、空に浮かぶ月と同じ白みがかった黄色い目。その中央の黒目がぎょろりと動く。
いつもの暖かい笑顔はそこには無く、小馬鹿にしたように薄く笑う表情は、暗くそして執念深い。
ああ、遅かったか。と吉田は目を伏せた。

突然、陣内が小さなうめき声を上げて頭を押さえた。
『………わたし、は……』
陣内の声に被さるかの如く、機械で変えたような女性の声が聞こえる。きっとこれが石の声だろう。吉田たちにもその声が聞こえたのは、石がいよいよ陣内の魂を支配してきている事を意味する。
「…痛った……何や…?」
米神ををさすりながら空を見上げて呟いた。
(そっか、ムーンストーンって女なんだ……怖えーなあ、全く…)
吉田は五月蠅いほど眩しい光を放つムーンストーンを睨んだ。

398歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/20(日) 14:52:46


「川島、俺めっちゃ手汗かいてる。何か心臓もバクバクしよるし」
一段飛ばしで階段を駆け上りながら、田村が言った。
漫才をする前の緊張、とはまた違った…それとは正反対の、一言で言えば“嫌な予感”がする。
「おぉ、分かんで。凄い強い気配がする。何やろう、これ…黒い破片の気配や無い……何か、別の何かが…」
その時、ポッと頭の中に一つの答えが浮かんだ。

―――石自体の力?
はっ、と川島は息を呑んだ。自らの黒水晶を見るとチカチカと警告の合図のように瞬いている。

「川島…陣さんが、呼んどる…」
「…おー」
鉛のように重くなってきた足を引っ張りながら、最後の階段を上る。
屋上のドアに近づく度、心臓の鼓動が一層早くなっていく。
「何でや、何でこんな意味のないこと……!」
低い声で呟き、勢いに任せてドアノブに手を掛け扉を開いた。


屋上を吹き抜ける強い風が真正面からぶつかり髪の毛を踊らせ、スーツの裾を巻き上げた。


399Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:24:09
>>309-315 の続き

【21:27 都内・某墓地】

墓地のあちらこちらで悲鳴の上がる中、設楽はどこか上機嫌といった様子で通路を進んでいく。
先ほども墓石の陰から身を乗り出して不気味なほどの笑顔を浮かべていた双子を軽くあしらったばかり。
「みんななかなか趣向を凝らしてて…結構やってみるモンだねぇ。」
「……………。」
けれど、肝試しというイベントを楽しんでいる設楽に対して傍らの井戸田は先ほどからずっと硬い表情を崩さない。
幾度話を振っても警戒の色を露骨に表している井戸田の反応に、設楽は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
「あのさ、イトリ。お前は真面目に俺の事見張ってるつもりなんだろうけどさ、本当に今夜は何もしないから。」
「……………。」
軽い調子で井戸田に告げても、彼の警戒は解けない。
ちょっと自業自得の所はあるかもだけど、どうもこれだけが興醒めなんだよね…と口に出さずに呟いて設楽は頭を掻いた。

『黒のユニット』に於いて幹部を務めている設楽と、『白のユニット』の一員として『黒』と敵対している井戸田。
井戸田の立場からすれば、今夜の肝試しに乗じて『黒』が何かやらかさないか見張っておく必要があるのは当然で
同時に設楽の立場からすれば、今夜の肝試しを利用して井戸田達『白』のメンバーを潰す計画は余りにも魅力的で。
肝試し実行の妨げになるだろうこの懸念を、設楽が今夜だけは『黒』を持ち込まないと明言した事で、何とかクリアして
今日までこぎ着けてきたのだけれども。
やはり余りにも互いに明確に想像できるが為に、井戸田は警戒を解かず、設楽はずっと困り果てている訳で。
「俺が直々に何もしねぇって宣言してるんだ。素直に状況を楽しめないと…勿体ないぞ。」
「……………。」
最近は『白い悪意』とやらまで跋扈してるんだし、いつ何が起こるかわからないんだから。
そう呼びかけてもやはり井戸田の表情は変わらなくて。設楽はこれで何度目になるかわからないけれど、深い溜息をついた。
こうも頑固であるのなら、いっその事ソーダライトの能力を借りて井戸田を懐柔してしまおうかと設楽も思わなくもないけれど。
さすがにそれはワガママが過ぎるような気がして、まだ実行に移せずにいる。
その代わりにぐるりと辺りを見回して、設楽はポツリと呟いた。
400Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:25:19
「しっかし、みんなは楽しそうなんだけどなぁ。」
相変わらず墓地のあちらこちらで悲鳴が上がっている。
しかし、同時にはしゃぐような楽しげな声もちらほら聞こえ、石の使い手だけにわかる石が発動する気配も伝わってきていた。
脅かし班の赤岡の黒珊瑚や島田の白珊瑚はもちろんだろうが、脅かしに対抗する側も日村のスモーキークォーツや
磯山のバイオレットサファイアなどが力を放っているようだ。

「……………。」
設楽の仕草につられるように、井戸田も顔をもたげ、辺りを見回す。
…はしゃいでる面々を危機感のない無邪気な奴らだとでも思ってるんだろうか。
相変わらず険しい井戸田の横顔を眺めながら、設楽がそんな事をぼんやりと考えていると。
不意にピクっと眉がしかめられて井戸田の表情に変化が訪れる。
「……何だ?」
その原因は、設楽にも瞬時に理解できた。
感じたのだ。ひときわ強く石の力が発動する気配を。しかも、それは少なくとも此処にいるはずのない人間の石で。

「あの馬鹿……っ!」
故に。声には出さずに呻き、設楽は苦い表情を浮かべる。
その表情が元の楽しげな物に戻るには、それから幾らかの時間が必要となった。



401Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:28:54
肝試しの通路から少し外れるだけで、墓地はすぐさまその顔を本来の死者の眠る場としてのそれに変える。
闇が覆うその中を、懐中電灯で足下を照らしながら小沢と川元は歩を進め、やがてどちらが先という事もなく立ち止まった。
いくら今が夜であるとは言え、辺りを包む蒸した暑さに苛立つかのように川元はふぅと息を吐き、すぐさま片手で携帯を掴み出す。
そういえば、小沢達が出発するちょっと前にも彼はどこかに電話を掛けていたように思う。
どこか場違いのように携帯の液晶が放つ光を眺めていると、慣れ親しんだ文明の利器の力なのか少し落ち着けてきた気がして
小沢はゆっくりと側の段差に腰掛けた。

その間にもひっきりなしに感じる石の発動する気配、そして耳に届く悲鳴と歓声。肝試しはまだまだ続いている。
「……………。」
けれど一度喧噪から離れると、そのただ中に居る時よりも冷静な目で状況を眺める事が出来るような気がして。
小沢も一つ深い息を吐いて、大丈夫、怖くないと口に出さずに呟いた。
…ここに居る連中はあくまで人を驚かそうとしているだけで、石や身の安全を脅かそうとしている訳じゃない。
怖くなんかない。怖くなんかない。むやみに驚いて、怯える必要なんか無い。
そう何度も自分に言い聞かせるようにしていたけれど。


バチン。


「……………っ!」
しかし、不意に起こる物音に、小沢の肩はビクッと震えてしまった。
反射的に目を向けた先には、先ほどまで弄っていた携帯を閉じる川元の姿。
「……どうしました?」
用件が済んだのだろうか。携帯を元のポケットにねじ込みながら、川元は小沢に問う。
「な…何でもない。大丈夫。」
普段なら気にならない、ただ携帯を閉じただけの物音ながら。
激しく動きだす心臓を押さえるように胸に手をやりながら、小沢は軽く俯いて川元にそう答えた。
402Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:30:09
「……そうですか。」
小沢の動揺に気づいたのか気づいていないのか。それともそもそも気にするつもりもないのか。
ぼそりと川元は呟くと、携帯と入れ違いにポケットから引っ張り出したのだろう、ピンめいたモノをシャツの襟口に引っかけた。
闇の中でそのピンめいたモノからチカッと一瞬赤い光が瞬き、同時に発せられた独特の気配に小沢は胸を押さえたまま顔をもたげる。
もちろん、その独特の気配とは力のある石が発するそれ。

「……………?」
「…ウンバライトって石、ご存じですか?」
表情に警戒の色を混ぜ始めた小沢に、淡々とした口調で川元が問うた。
「……別名をマライアガーネットと言い…かつてはクズ石として扱われていた石。
 でも、正しく磨かれ見いだされたそれは、今はクズ石とは決して呼ばせない高い価値を得るに至る。」
所有者の言葉に誇らしげに呼応するかのように、小さいながらも赤い光は輝きを増す。

「川元君、それは…君の…」
「……ええ。しりとり王の時にスタイリストさんから頂いたんです。」
いや、押しつけられたと言った方が正しいかも知れませんね、と付け加える川元のシャツの襟にあるのは
小さい赤い石があしらわれた、シンプルなデザインのネクタイピン。
その小さな石が放つのと同じ赤い輝きが、川元の右手の人差し指の先端にも点る。
設楽がわざわざ宣言してくれた以上、今夜は何も起こらない…そう信じていた中でのこの川元の行動の意図がわからず、
小沢はゆっくりと立ち上がり、己の石であるアパタイトに意識を向けつつ、警戒するように川元を睨み付けた。

「……まぁ、これはただの戯言…自己満足なので気にしないでください。」
その小沢の態度の変化は川元にも伝わったのだろう。小さく微笑んで右手を胸の高さにもたげる。
「……そう、ただの自己満足です。先にこっちの石を提示する事で、不意打ちを卑怯な行いじゃないと思いこむための。」
小沢に聞こえたかどうか怪しい小声でそう呟くと同時に、ETよろしく赤く輝く指先で川元は虚空にスクエアを描く。
石の力が働いたか、描かれたスクエアはぼやけて消える事なくしばしその空間に存在し続けて。

「……石よ、小沢さんの身体の感覚を、閉ざせ。」
眉間を寄せて川元がそう命じた瞬間、赤いスクエアは一瞬にして拡大しつつ小沢へと襲いかかった。
403Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:31:34
「…………っ!」
色々と考える間もなく本能的に危険と察し、小沢はスクエアを避けようと試みる。けれど。
ここは墓地の細い通路。墓石を蹴散らす覚悟があるのならともかく、左右に大きく動く事が出来ない。
アパタイトを使って瞬間移動を行うにも、キーワードを口に出来るほど二人の距離は離れてなくて。
結局スクエアの一辺が小沢の身体をすり抜けて、小沢はスクエアの中心に捕らえられる形になってしまった。

そしてスクエアに捕らえられると同時に、小沢の全身から力が抜けていく。
以前、赤岡の黒珊瑚で金縛りにあった時のように、身体が思うように動かない。
効果を発揮したためか、徐々に彼を捕らえるスクエアは薄れていくけれど。
立っている事も出来なくなり、蹌踉めきながらゆっくりと倒れようとする小沢の身体を、ギリギリの所で駆け寄った川元が抱き留めた。
石を用いた後遺症だろうか。川元の腕は夏の暑さだけとは考えられない異常な量の汗をかいていて、
その顔色も先ほどに比べると別人のように悪い。

「……すみません。でも、こうしないと守れないモノがあるんです。」
ぼそりと発せられる川元の言葉は、感覚が薄れている小沢の耳に届いただろうか。
今やぼんやりと川元を見上げるばかりの小沢の瞳に、川元の背後に緑色の空間の亀裂が走る異様な光景が反射して映っていた。

404Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:41:34
 川元 文太 (ダブルブッキング)

石:ウンバライト (ガーネットの一種。宝石言葉は「内気、心を奪う素質」)

能力:対象を口にしつつ指で四角を描く事で、何かしらを「閉ざす」事ができる。
 使い方としては扉を閉ざして鍵を使っても開けられないようにしたり、心を閉ざして精神攻撃を防いだり、
 感覚を閉ざして相手を無力化させたりといった感じ。
 自分や何かを中心にして空間を閉ざして相手の動きを封じたり、身を守ったりもできるが、
 その場合は必ず立方体状に空間が閉じてしまう。

条件:空間を閉ざすのは、閉ざすサイズに関わらず一日に一回が限度。
 能力を使う事に同意していない人間の心を封じる場合も消費する力が大きく、
 全体的に能力の多用は出来ない。


今回はここまで。
なお、川元さんの台詞にある「しりとり王」とは関東ローカル番組のSP企画。(↓参照)
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%B7%A4%EA%A4%C8%A4%EA%CE%B5%B2%A6%C0%EF
405名無しさん:2005/11/22(火) 20:20:56
保守
406名無しさん:2005/11/23(水) 15:45:51
乙です!
歌唄い さん
陣さんどんどん怖くなっていきますね…
吉田の台詞にもありましたがムーンストーンって女なんですね(笑)

Phantom in August さん
川元さんの行動は設楽さんの計算外な感じですね。
宝石言葉がぴったりですね
407名無しさん:2005/11/26(土) 17:01:50
保守がてら

歌唄い氏
陣内が少しずつ狂ってきてますね。吉田の気持ちがよくわかります。
次回は麒麟と対決でしょうか?

ekt氏
設楽の意向に反してまで川元が守りたいものがとても気になります。
ウンバライトの能力も面白いです。

二人とも乙でした!
408名無しさん:2005/11/29(火) 21:32:01
保守
409 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/11/30(水) 02:13:22
第九章〜つよさとは〜



山里は片足に体重を掛け突っ立っているだけで、再び攻撃を仕掛けようとはしなかった。
その姿は無防備そのものだったが、動く事さえ躊躇わせる程の殺気が、その周りを取り巻いている。
先程までその口元に浮かんでいた苦笑は消えていた。今思えば最近やけに情緒不安定ではあったが、今日は一段とその傾向が強い。
自分も昨夜からやたらと苛々しているのは自覚しているので、お互い様かもしれないが。
非常階段の途中で休んだ時に、ついでにニコチン補給でもしておくべきだったかと、少しだけ後悔する。
身体に纏わり付くような、不快な沈黙に耐え切れず、山崎は重い口を開いた。
「――でも、随分と回りくどい事するんやね。……あんたの石の力使えば、油断してるとこ後ろから襲えば一発やろ?」
彼の石の力を使えば、手段を選ばなければ人を一人殺す事など造作もないだろう。
自分を階段から突き落とした時のように、追跡の対象に見つかる事なく、すぐ背後に忍び寄る事も出来るのだから。
「……『しずちゃんのストーキングにそこまで頑張れない』、ってのはまぁ冗談として――それで俺が満足すると思う? そんなつまんない事でさ」
昨夜のお返しなのか、ネタ中の台詞を引用して、山里は逆に問い返す。面白い事を考えるのが何よりも好きだという相方らしい、とも思える言葉だった。
「……それもそうやね。あんた、やたらと演出に凝るタイプやし」
「でしょ?」
(でも……もしもあたしを殺せたとして、あんたはそれで本当に満足出来る?)
思い浮かんだその言葉は、口には出さない。
勿論だ、という答えが返ってくるのが分かり切っていたし、それに、その答えが間違っている事も分かっていた。こんな事で満足出来るはずがない。
自分が知っている相方は、己が傷付く事を怖れる余り、他人を傷付けかねないところもあったけれど。
そんな己の器の小ささを自認している癖に、自分の前ではやたらと年上らしく振舞おうと――あるいは兄貴風を吹かせると言ってしまってもいいだろう――していたから。

――まるで、それが自分の役目なのだと言わんばかりに。
410 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/11/30(水) 02:14:43
だからこそ、投げ出したくなったのだろうか。
黒い欠片の力に呑まれた芸人の多くはライバルを蹴落とし頂点に立つ事を望む。だが、山里が第一に望んだのは、自らの相方を殺す事だった。

『ねぇしずちゃん』
『ちょっとしずちゃ〜ん!』
『しずちゃん?』
『しずちゃん』

時には僅かな息苦しささえ感じる程、日常に於いて彼に呼び掛けられる回数は多かった。
けれど自分は、その全てにしっかりと応えてはいなかっただろう。
それはある程度仕方のない事だけれど、彼に――黒い欠片の影響とはいえ――頂点への欲望より遥かに強い殺意を抱かせたのが自分である事だけは間違いない。

一つ一つ、相方を追い詰めたものを知っていく度に、胸の奥深くに積み重なっていく後悔がある。
そして、それに押し潰されれば死ぬ――正確に言えば、向けられる殺意に抗えなくなる――のだとも、どこかで分かっていた。
だから、決して逃げない事を自分自身に誓ったのだ。後悔を断ち切る為の剣の代わりとして。
昨日の夜、気絶している僅かな間に見た夢を思い出す。
融ける事も止まる事もなく、ただひたすら降り積もるものに、深く深く埋もれていく山里の姿が、今も微かに見えた気がした。

余力を考え解除していた石の力を再び発動させ、身構える。全力を出せるのは合計で十分が限度だろう。それまでに決着を着けなければいけない。
ざり、と足元でコンクリートの欠片が微かな音を立てる。
足を踏み出したのは、ほぼ同時だった。お互いに一息で距離を詰める。

――ひゅっ!
411 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/11/30(水) 02:16:03
微かに鳴った風を切る音が、その手刀の鋭さを物語っていた。
首を薙ぐような位置に繰り出された一撃を紙一重で避け、山崎はこめかみを狙ってフック気味のパンチを放つ。
いかにも素人らしい、力任せでやや大振りなものではあるが、その拳の重さを身をもって知っている山里は身を引き、その拳をかわした。
彼は元々余り夜目が効かないはずなのだが――とてもそうとは思えないような、正確に攻撃を見切った回避行動だった。
もしかしたら、こちらの動きをある程度先読みしているのかもしれない。
(……!)
首筋の髪が一房斬り飛ばされたのを感じて、山崎は息を呑んだ。
完全に避けたつもりだったのだが、相手の動きが予想以上に速い。限界まで身体能力を強化し、更に勘を研ぎ澄ませて、ようやく互角に持ち込める程のスピードだ。
最初の一撃は避けたものの、技の空振りは焦りを誘発し、焦りは隙を生み出す。
低い体勢から山里が振るった手刀は、咄嗟に大きく後ろに飛び退いた山崎の脇腹を掠め、パーカーを引き裂いた。
「――っ!」
じわりと血が滲み出す嫌な感触に一瞬眉を顰めたものの、山崎は相手が腕を戻すのに合わせて再び踏み込む。

大抵の事は上手くこなせる癖に、妙なところで不器用で、少し臆病で。その臆病さ故に、誰かに傷付けられる事も誰かを傷付ける事も嫌っていた相方。
けれど今、その目にはっきりとした殺意を浮かべている彼からはその全てが剥がれ落ちていて、それが酷く哀しくて、山崎は唇を噛み締めた。
愚かな程に、一途に、強くなれたら――そんな事を思う必要などないと、本当の強さとはきっとそういう事ではないのだと、今なら言ってやれるのに。

――ごっ!

412 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/11/30(水) 02:18:56
踏み込むと同時に顎を狙って肘打ちを繰り出した山崎の腕と、それを迎え撃った山里の腕が、真正面からぶつかった。小さく、鈍い音が響く。
「くっ……」
強い衝撃と腕の軽い痺れに、山崎が僅かに眉を寄せた。
二人の体格に余り大きな差はないのだが、この時当たり負けしたのは、普段腕力で勝っているはずの山崎だった。
その隙を見逃さず、鋭い刃の切れ味を持った手が首元に伸びてくる。掠っただけでも頚動脈を裂かれかねない一撃だ。
(やば……)
半ば反射的に手を動かしどうにかその突きを逸らすと――完全に逸らす事は出来ず、指先が肩の辺りを掠め、パーカーに小さな裂け目を作った――山崎はそのまま山里の右腕と襟首を掴んでコンクリートの床に引き倒した。
体勢が充分整っていれば、鳩尾を狙って止めの肘打ちを落とす事も出来たのだろう。だが、今の山崎には山里が倒れている隙に距離を取るのが精一杯だった。
硬いコンクリートの床に右肩を強かに打ち付けたにも関わらず、山里はほとんど表情を変えずに立ち上がる。
その様子に軽く舌打ちしながら、山崎は脇腹の傷に手を触れた。他にも数箇所切り傷を負ってはいるが、どの傷も皮一枚程度の薄いものだ。
体勢を整えてすぐさま斬り掛かってきた山里の手を避け、山崎はすっと目を細めた。
斬り掛かる直前、一瞬だけ、山里の足が止まったように見えたのだ――まるで躊躇うように。
強化された運動能力に合わせ、動体視力も上がっている山崎だからこそ気付けた、ほんの僅かな、踏み込みの甘さ。
つまりは――迷い。

――まだ間に合う。

続け様に襲ってきた手刀を、斬られないよう手首を狙って弾き、山崎は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
413 ◆8Y4t9xw7Nw :2005/11/30(水) 02:22:46
……なんだか似非格闘小説風になってる気がするのですが、今回はここまでで。
ようやく終わりが見えてきましたので、もしよろしければもう少しお付き合いください。
414名無しさん:2005/11/30(水) 22:15:19
8Yさん乙です。
2人の会話がホントにリアルでドキドキします。
続き楽しみにしてます。
415Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:35:42
>>399-403 の続き

【22:17 新橋・居酒屋】

「じゃ、とりあえずこれぐらいで。」
各テーブルに個室完備の居酒屋の一室で、メニューを一通り指定して注文を受けに来た店員にエレキコミックの今立 進は告げる。
同じテーブルについているのは彼の相方のやつい いちろうこと谷井 一郎とアンジャッシュの2人。
それは共演している番組での合同コントの収録上がりにとりあえず一杯でも、というありふれた光景かも知れない。

「……………。」
店員が姿を消すのを見計らって、はふぅと渡部 建は溜息をついた。
「…どした?」
仕事による疲労とは異なる質の疲れをその表情に見せる渡部に谷井は問う。
けれどその答えを聞かずとも、ある程度はその原因もわからなくもない。
「やっぱり、『白い悪意』?」
「……………。」
重ねて問う谷井に、渡部は視線だけでこくりと頷いて返す。
その様子にそれも仕方がないか、と声に出さずに今立は呟いた。

今回突如降って湧いたように現れた、『白』や『黒』はもちろん石と無関係な芸人にまでも無作為に暴挙を起こす存在…『白い悪意』に対し、
そしてそれによって生じた混乱を付いて『黒』が勢力を伸ばさないよう、本職をこなしつつ『白のユニット』中心人物として
対策を講じなければならない渡部達の苦労は、側で眺めて知っている以上に計りしれない物なのであろう。
「せめて正体がわかればこいつに気をつけろーってできるんだけどね。」
メニューをテーブルのサイドに戻しながら今立は小さく呟いた。
被害者達や目撃者達からボチボチ集まってくる情報によれば、その『白い悪意』はフードや帽子などをを目深に被っていて
その顔を見せる事はないらしく。
芸人なのか、それとも芸人に関わる職の人間なのか、それとも石が勝手に取り憑いた一般人なのか。
その正体すら把握できないのが現状で。
416Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:38:05
「ま、被害に遭っちゃった人とかは『白い悪意』じゃないって予想から除外できるけど…」
如何せん元となる若手芸人の数が多すぎる。
こちらもぐったりという形容がよく似合う口調で児嶋 一哉が呟いてテーブルに両肘をつく。

「今ン所は無事だけど…そっちも気をつけろよ?」
「わかってる。ま…それはお互い様だけどね。」
ぼそりと漏れる児嶋からの忠告に谷井が明るい口調…それは別に『白い悪意』を侮っている訳ではなく、
相手の気を楽にさせようという彼なりの配慮からだろう…で答えて八重歯を見せて笑った、その時。
渡部の携帯が不意に電子音を奏でだした。

「…………?」
失礼、と小さく前置きしてから渡部は携帯を取りだし、着信を受ける。
仕事の件だろうか、それとも他の芸人からの他愛もない用件?
料理がまだ何も来ていない事もあり、3人がそれぞれ渡部の方に意識を向けていると。
「え…本当ですかっ?」
相手の用件を聞いていた渡部の表情が急速に険しい物へと変わっていった。
「救急車はまだ? ちょっと時間が掛かる? 良かった。わかりました、ちょうど近くにいるので急いで向かいます!」
口調から余裕が消えていく渡部の言葉に、谷井の表情からニヤニヤと浮かんでいた笑みが消える。

「…何があった?」
「噂をすれば何とやら、かな。D…シアターDに怪我人が運び込まれた。奴に…『白い悪意』にやられたって言ってるって。」
通話を終え、携帯を閉じる渡部にすかさず児嶋が問うと、返ってくるのは渡部の苦々しげな言葉。
「あそことか、Fu-とかラママとか…ある程度知られてる劇場のスタッフの人に奴絡みで何かあったら連絡くれるよう頼んでたんだ。」
心を読むまでもなく、何故そんな連絡が渡部に? という疑問が自然と表情に浮かんでいたのだろう。
エレキの2人に渡部は付け加えるように説明して、座っていた席から立ち上がる。
「そうだったんだ。でも、ここ近くって言うにはDから遠くね?」
一応都内って言えば都内だけどさ…そう問いかける谷井に対し、渡部は小さく笑んで今立の方へ手を差しのばした。
417Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:39:48
「…どうしたの? ってか、何その目。」
一見すれば微笑んでいるように見える渡部の目が、微塵も笑っていない。
追いつめられてるんだなぁ…と改めて口に出さずに呟き、手を差しのばしてくる渡部とは裏腹にわずかに表情を引きつらせながら
今立はどこか確認するように問う。

「Dへのルーラと怪我人へのホイミ、お願いできるかな。何なら好きなゲームソフトと引き替えでも良いし。」
事情を知らない人間からすると、何ゲームと現実を混同しているのだと言わんばかりの言葉を
当然のように口にする渡部に今立は思わず肩を竦めた。
「…やっぱりか。」
予想通りの渡部の要求…協力要請に自然と浮かぶ苦笑い。
「石を使うとしばらくゲームやる気になれなくなるからキツイんだけど…ま、人助けだしね。わかった。」
……って言うか、ここでNoなんて言えるはずねーだろ。
頭を掻いて立ち上がりつつ今立はそう答え、相手の思考と『同調』できる力を秘めた石を持つ渡部に悟られるのを覚悟で内心で軽く毒づけば。
渡部の表情がふっと申し訳なさそうなそれに変わったように思えて。再び今立は肩を竦めてゆらりと立ち上がった。

「でも料理頼んじゃったし、みんなで動いちゃ駄目だよな…。」
渡部と今立に続いて児嶋と谷井も椅子から立ち上がっては見たモノの。ふと児嶋が困ったように小さく呟く。
注文した食事はともかく、少なくともそろそろ飲み物は運ばれてくる頃合いだろう。
「じゃ、オレ様が料理を見張っててやるから、急いで用件済ませて戻ってくるが良い。」
どうしよう、と思わず互いに顔を見合わせる中、谷井が一人ドスンと椅子に腰を下ろして3人に態とらしく偉ぶった口調で告げた。
「もちろん、会計を押しつけられるのは厭だから、財布は預からせて貰うけどね。」






418Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:42:44
【22:12 都内・某TV局(美術倉庫)】

無数のセットや大道具が収められ、木材の独特の匂いが漂う美術倉庫の片隅に一瞬淡い光が走り、空気が震える。
トン、どすどす。
続いて上がった小さな物音の正体は、宙から床に降り立った3人組。

「ン…良かった。石の気配は残ってる。ここで間違いないと思うんだけど。」
軽やかに降り立った男が辺りの空気に漂う独特の感触を確かめるように呟いた。
「確かに一つ二つ…そんな感じがするみてーだな。」
彼の言葉に同意するように、茶髪のスーツ姿の男が眉間にしわを寄せつつ言葉を紡ぐ。
もう一人の黒髪のスーツ姿の男は着地に失敗したようで床に座り込んでウンウン呻っているようだ。
「でしょ? って事だから…早速ここで何があったか調べるよーに。」
そんな哀れな黒髪のスーツ姿の男にニシシと笑い、視線を茶髪のスーツ姿の男に向けて
最初に口を開いた男…堀内は両手を腰の両側にやって告げた。

「調べるようにって言ったってなぁ……話が全然見えてこねーんだが。」
小さく溜息をついて茶髪のスーツ姿の男、くりぃむしちゅーの上田 晋也は堀内を軽くにらみ返す。
「こちとらさっきまで番組収録してたんだぜ?」
「だから俺だって休憩に入るまで待っててあげたんじゃん。」
「まぁなー。いきなりスタジオん中に瞬間移動してきた時はどうしたもんかと思ったしな。」
頬をふくらまして反論する堀内と上田のやりとりに、ようやくもう一人のスーツの男、有田 哲平が割り込んできて。
言葉の内容ほど慌てたとは思えない口調でついさっきの出来事を思い返す。

土田に逃げられた堀内は、『白』の仲間であり信頼できる相談相手でもあるくりぃむしちゅーの2人に
早速土田の件を伝えようとしたのだけれど。
瞬間移動してスタジオに行ってみれば、彼らはレギュラー番組の収録中で到底堀内の話を聞ける状態ではなく。
その堀内の何かを伝えたい様子は上田達にも何となく気づけても、共演しているゲストの面々がベテランの有名所揃いだった為に
自分達から休憩できないかどうかと言い出せるような空気などどこにもなくて。
結局、それから堀内は休憩が言い渡されるまで延々とスタジオ内で待たされる結果となってしまったのだ。
419Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:43:47
「とにかく、駄目元で良いからやっちゃって。」
「駄目元で良いって…一応石を使うと痛い思いするんですけどね。僕。」
こちらの話を聞いているのかいないのか。長い付き合いながら時々わからなくなる相手の物言いに呆れ果てたように
上田はブツブツと文句を呟きながら身につけているチョーカーを服の下から引っ張り出すと、
そこにあしらわれている石…ホワイトカルサイトを右手で握りしめた。

「まぁー…ここに御座います大道具の数々。一般的に舞台装置と同義に用いられる事が多いんですけれど、
 そもそも語源は歌舞伎の用語で大道具方と呼ばれる役職の人に組み立てられたモノを色々省略して大道具と呼んだ事に始まりまして……」

呼吸を整え、表情を真剣なモノに変え。
石がスタンバイ状態に入ったのを確かめてから上田は記憶の中にある知識を口に出していく。
呪文のように流れる言葉に呼応するかのようにホワイトカルサイトは光を放ちだし、それが紡がれ終わると周囲のセットが記憶していた光景が
上田の脳と石にそれぞれ流れ込んできた。

「……くっ」
「どう? 見えた?」
「おい、大丈夫か?」
石を用いた事による反動で痛む身体を押さえながらその場にうずくまる上田に、堀内と有田が駆け寄ってそれぞれ声を掛ける。
2人から発せられた問いかけにそれぞれ答えるようにコクコクと頷いて返しながら。
「見えたぞ…土田の奴……ったく、何を考えてやがるんだ…」
幾度も荒い呼吸を繰り返す中で上田の口からかろうじて呻くような呟きがこぼれ落ちた。
眉間にしわを寄せたまま、2人に説明するために上田は先ほどここで起こった出来事をゆっくりと思い出す。


虚空に作られた赤いゲート。
その中にためらうことなく右腕を差し入れている、土田。
やがて土田は腕を引き、ぐいとゲートから引っ張り出された、それは。
それぞれ見覚えのある若い芸人が二人。

川元とその腕にしっかりと抱きかかえられた、小沢だった。
420Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:55:51
今回はここまで。

あ、投下してから気づきましたが>>417

頭を掻いて立ち上がりつつ今立はそう答え、相手の思考と『同調』できる力を秘めた石を持つ渡部に悟られるのを覚悟で内心で軽く毒づけば。
渡部の表情がふっと申し訳なさそうなそれに変わったように思えて。再び今立は肩を竦めてゆらりと立ち上がった。



頭を掻いて今立はそう答え、相手の思考と『同調』できる力を秘めた石を持つ渡部に悟られるのを覚悟で内心で軽く毒づけば。
渡部の表情がふっと申し訳なさそうなそれに変わったように思えて。再び今立は肩を竦めてゆらりと立ち上がった。

にそれぞれ脳内で修正してください。
今立さんが2度立ち上がってどうする…orz
421名無しさん:2005/12/05(月) 23:13:49
保守
422名無しさん:2005/12/08(木) 20:54:29
保守。書き手いつもありがとな。楽しみに気長に待ってるから(・∀・)ノシ
423名無しさん:2005/12/11(日) 01:40:51
hosyu
424名無しさん:2005/12/13(火) 01:16:26
保守
425名無しさん:2005/12/13(火) 22:06:30
チュートリアル希望 保守
426名無しさん?:2005/12/15(木) 18:05:29
>>425
禿同。保守
427名無しさん:2005/12/17(土) 12:48:01
ホッシュ
428書き手:2005/12/18(日) 23:29:02
また保守が続いてるなー。
今時期的にもみんな忙しいのかな?師走だし。
429名無しさん:2005/12/20(火) 12:49:18
保守
430 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 15:56:46
こんにちは。かなり間が空いてしまいましたが、前スレ528の続きです。
ラーメンズ片桐編、流血シーンあり。
次から投下します。
431 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 15:57:18
 状況を理解出来るはずはなかったけれど、自らが持っている感情が危惧だということだけは予想
出来た。恐らく面した人全てが眉を寄せる位、冷たい表情をした相手が憎悪を向けている。受け止
めた体に心当たりがあるはずもない。
 コント中で眼球保護膜と称された眼鏡を間を埋めるためだけに掛け直した。後頭部の高い場所で
結わえた、癖の激しい髪を揺らした。粘土から生まれた戯れの創作物を手にしながら片桐が唾を飲
み込む。先に起こることは予想せずとも分かる。
 相方である小林は違う仕事を終えてこちらへ向かっているところだ。お互いが一人だけの仕事を
こなした後だから、当然楽屋には片桐と相手しか存在しなかった。ともなれば必然的に楽屋は狭く、
逃げる道も限られてしまう。案の定出口は相手の後ろだ。
 話し合いで終わる相手では無さそうだが方法はそれしかなかった。片桐は自らの能力が戦いに向
かないことを知っていたし、相手の能力が戦いのために生まれてきたようなものであることも知っ
ている。それでも彫りの深い目を軽く光らせて、いつもは大きく開いている口を小さく開いた。
「何か用ですか?」
 そもそもの話だ。片桐の今日はろくなものでは無かった。
 取材の撮影では羽目を外しすぎてカメラを壊す。気分変換に散歩を始めたら黒猫の大家族が横切
り。それでも興味があるからと手を伸ばしたら、誤解した親猫が死に物狂いで片桐を襲った。ひっ
かかれて破れた服はお気に入りだったし、とにかくもう嫌なことばかりだった。
 大雨が振った後に虹が掛かるように、きっといいことがあるはずと前向きに捉えていたのに。ど
うやら出来事を含んだ雨雲は最後の最後に雷を隠していたらしい。
 目の前に立ついつもここからの菊地は、雷よりも恐ろしい人に見えるけども。
 くだらない考え事が許されるほどの時間が流れていた。問いかけたにも関わらず相手が返事をし
なかったからだ。バナナマンやおぎやはぎのような見知った相手ならよかった。いや、でもそれは
それで悲しい状況なのか?
432 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 15:58:46
 新たに生まれた考え事に苦悩した片桐は見境なしに頭を抱えた。もちろん目は強く閉じている。
「小林さんはどこに?」
 質問を質問で返されたことで解放された片桐は素直に答える。
「まだ違う仕事です」
「そうですか」
 菊地はただ目を伏せ。
「……そうですか」
 同じ言葉を噛み締めるようにしてから続ける。
「山田くんはスタッフと打ち合わせしてます」
「はあ」
「お互いの相方が来るまでですね」
「何が?」
「用事を終わらせるリミット」
 相手の右手が動いた。動作だけを感知した片桐は後ろずさるわけでもなく、逆に前に出て自然な
動作で手を伸ばした。もちろん先には出口へと続くドアがある。
「俺は仕事です」
「粘土を放って?」
「そりゃそうだよね」
 ばれて当然か。続く言葉を発する前に場面は動いていた。菊地の手から水が零れ落ちたかと思う
と、水は長くて細い刀のような形状に変わる。後ろに下がった片桐の体が椅子を巻き込み倒してし
まった。大げさな音から更に逃げるようにして粘土が置いてある机に近づき、盾のように頼って顔
だけを菊地に向ける。
433 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 15:59:21
「どうして俺なの?」
 純粋な疑問だった。片桐は白に属してはいないし、黒の邪魔をしているわけでもない。むしろ黙
認しているのだ、逆に感謝されるべきではないのか。いや、感謝はないにしても。
 変わらずに暗い目を光らせる菊地は少し間を明けてから答える。
「八つ当たりかもしれません」
「俺に八つ当たる理由は?」
「小林さんの相方だから」
 片桐が珍しいものを見たように目を見開いた。相方である小林が何をするにもよく考えてから決
める性格であることは片桐が一番よく知っている。だから黒に入っていようとも、恨みを買わない
ように上手くやっているはずだった。何か手違いでもあったのだろうか。
 菊地が薄い目を荒げた。刀の形をしていた水が伸びて真っ直ぐ飛んできた。避ける余裕がない位
に唐突だったせいで痛みに気づくのが遅れた。
 よく見れば、腹部から見たことがない量の血が滲んでいる。
「嘘だろ」
 いくら黒だと言っても犯罪になるような大けがはさせない。そういっていたのは黒である相方の
小林だったはずなのに。血が滲んだ腹部を抑えながら冷たい相手を見上げる。一瞬にして悟った。
菊地は何かが壊れている。
「それ、俺もやったんです」
 それというのが何を表しているか分からなかった。額に浮かぶ脂汗の感覚だけが妙にリアルで、
熱くなってきた腹部を押さえ込むのに精一杯だったからだ。返事が無いことに腹を立てたらしい菊
地が近づいてくる、手を翳す、激しい息を繰り返していた片桐が目をきつく閉じる。
434 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 15:59:54
 予想していた展開は無かった。脂汗は変わらずに冷たかったが、押さえ込んでいた痛みの種類が
違っていることに気づく。恐る恐る手を離せば、血で汚れた服が横一線に破れているだけで、傷口
が無視出来る位に薄くなっていた。
 黙って相手を見やることしか出来ない片桐に対し、菊地が自嘲的な笑みを浮かべた。それは何か
の引き金になったようで、すぐに聞かせるような独り言が爆発する。
「おかしい。俺は許されないのに、何で小林さんは許されたんだ。俺よりも小林さんの方が上にい
るはずなのに、俺は……」
 そこから先は聞き取れなかった。聞き取れていても何を話しているかは分からなかったはずだ。
独り言はだんだん小さくなり、やがて考え事に変わり、部屋は静寂に満たされる。菊地の目が何も
見ていないのを確認した片桐は机上に置かれていた粘土を手にとり、人生で一番と思われる早さで
作品を作り上げた。いつもの個性を出した創作物ではなく、その状況から逃げるためだけに作り出
したものである。
 黒光りした拳銃だった。銃器マニアではないので所々おかしなところがあるかもしれないが菊地
にも分からないだろう。ただ目を見開いた片桐が、左手では無意識に腹部を抑えながら、偽造した
銃を上げて菊地の顔に向ける。
 考え事の世界から帰ってきた菊地が片桐を見下ろした。銃を向けられているにも関わらず眉一つ
動かさない。出来るだけ恐怖を隠していた片桐の手が震える。当たり前だ、痛みを体験させられた
ばかりなのだから。
「それを小林さんに向けるつもりは?」
 すっ頓狂な質問をされて戸惑う。そんなことがあるはずもない。睨み付けるだけで答えたら菊地
が納得したように呟く。
435 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:00:29
「それが普通なのかもしれない」
 そして自分から近づくように頭を下げてくる。銃口は菊地の眉間に近づけば、菊地の目も片桐に
近づく。
「それもいいかもしれない」
 同じような言葉を続けていたが片桐には理解不能だ。急に動いた菊地が偽造した銃を握った。引
き金を引いても意味がないのに、片桐は人指し指に力を込めた。当然銃だったものは粘土に戻り、
指の形で歪む。
 初めて菊地の顔に興味が浮かんだ。作品では無くなってしまった粘土を取り上げて念入りに観察
している。数秒してから粘土を返された。見下ろしていた菊地が初めて片桐と目線を合わせる。
「作って欲しいものがあるんですけど」
 逆らう気力も失せていたし、しっかりと恐怖が植えつけられていたため言われた通りにする。楽
しそうにそれを眺める菊地から先程まであった殺意に似た危ない気配は消えていた。何かを描いて
いるからかもしれない。黙って作り続けているのが怖くて、相手を探る理由も込めて質問する。
「用事って何だったんですか」
「え?」
「終わらせなきゃいけないっていう」
 菊地が水を作り出す前、用事を終わらせるリミットがあると確かに呟いていた。当の本人は忘れ
てしまったのか、ただ首を傾げるだけに留まっている。答えの無い質問は新たな静寂を作り出し、
同時に粘土が目的通りのものを作り終わっていた。仕上げをしてから菊地に渡す。
「すごいですねえ」
 少なくとも片桐には素直な賞賛に聞こえた。驚いて目線を逸らし、数秒間辺りを見渡す。落ち着
いた状況になったおかげで逃げ道を探す余裕が出てきた。
436 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:01:01
「持っててください」
 渡したはずのものを返された。受け取るしか無かった片桐が手を伸ばすと、少し重くなった気が
する。それを使用されなかった粘土の横に置いた。解放されるかもしれないと甘い期待を抱いたが、
倒れたままだった椅子を立て直す菊地を見て失意がちらつく。
 どうやら人を待つつもりらしい。それがどちらの相方かは分からなかった。来たところで何が出
来るかは分からないにしても、片桐が望むのは自らの相方である。最善の来客は何も知らないスタッ
フだが、ある程度の対策をしなければ楽屋で騒ぎを起こそうなどと思わないはずだ。
 自分で何かをしなければいけない。けれど、恐怖心は拭いきれそうにも無い。初めて日常が恋し
くなる。
 閉められたドアが軽くノックされた。菊地に促された片桐が軽く返事をすれば聞き慣れた声が届
いてくる。酷く疲れたような響きは最近ついた癖のようだった。無防備な素振りで開いたドアの向
こう、最初に訪れた表情は驚愕で。
「何してるの?」
 辛うじて出したような疑問はやがて怒りに変わった。片桐の腹部で黒くなり始めている血液を凝
視してから、見たこともないような顔をした小林が菊地を睨み付けている。同時に鞄からノートを
取り出していた。
 一連の動作を見ていた片桐は思う。止めろよ賢太郎、多分もう無理だ。口には出さなかった。出
せなかった、というのが正しいかもしれない。
「仁に何した?」
「シナリオはどうなってますか?」
「答えろ」
「載ってるでしょう」
437 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:01:31
 小林がノートを凝視する。しかし表情は変わらない。
「くそくらえだ」
 珍しく直線的な悪態をついた。載っていなかったことは片桐だけが悟っていた。小林のことだ、
載っていたなら二回も読み返すなんて無駄なことはしない。
「いつも違うことをする」
 小林がシャーペンで菊地を指す。菊地は少し笑って立ち上がる。隠れていた怖い感情が部屋に満
たされていった。片桐にはただ見守ることしか出来なかった。机上に置かれている作品も形だけで
何も役に立たない。
 新しいシナリオを書くために小林がシャーペンを下ろした。菊地の指から放たれた水がシャーペ
ンを弾き飛ばした。高価なシャーペンは床とぶつかって重い音を立てる。
「勝てないことは知ってますよね」
 追って響いたのは不自然な位にゆっくりな菊地の口調だ。小林はただ睨むだけだったが十分答え
になっていた。しかし菊地は笑うわけでも無く、真顔のまま手を翳す。向けられた手の先にいるの
は片桐だ。目を見開く前に慣れた衝撃が走る。
 ああ、さっきと同じか。漫画だったら完全にやられ役のキャラだろう。現実を諦めた片桐は腹部
を抑えながら違うことを思う。倒れ込む前に作り上げた作品を見る。何故か上手く出来ている気が
する。
 小林が膝を折って片桐の名を呼ぼうとする。大きく上がった喉仏の近くを水の線が通る。小林は
目を見開き菊地の方を向いて何かを叫ぶ。お守りのように握りしめていたノートが宙に浮く。
438 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:02:06
「山田くんに同じことをされたんだ」
 一瞬、全てが止まった。浮いていたノートだけが重力に従って落ちていく。左右対象に広がった
ノートがシャーペンの横に落ちる。開いたページに小林以外が読めない文字が浮かんでいる。
「何でそっちは許されたんですか」
 初めて菊地が人間らしい表情を浮かべた。はっきりと眉を寄せ、母親を失った少年のような顔を
した。何となく事情を悟った片桐が思う。許したせいで最悪の自体を招くなんて。
 小林が少し動くだけで菊地が水を飛ばす。それに構わず近づいていく背中を片桐が眺める。無理
なのは知っていた、腹部は熱くなる。
 黒に属している二人の距離が近くなった。急に動きを速めた菊地が水でナイフを作り、小林の首
に押しつけた。手の位置はそのままに、目線だけを片桐に投げてくる。大きく息を吸った。
「なんで片桐さんは許したんですか?」
 テレビで見るような高い声だった。何で、と言われても今の片桐には考えられない。しかし答え
をいう必要は無かった。言う暇が無かったからだ。
「少なくとも騙されてたわけですよね? 山田くんはそれを怒ってた。なら片桐さんも怒るのが普
通じゃないですか。それとも、許すことしか出来なかったんですか?」
 訛りを隠しきれていない疑問が続いたからだ。片桐は体を横たわらせたまま話を聞く。
「ただ諦めてるだけじゃないですか。それに、怒るべきことはたくさんありますよね? 今こうなっ
てるのも小林さんがいるからですよ。俺は片桐さんを恨んでない」
「うるさい」
 短く低い声は小林だ。威圧感を出した演技だった。小林は追い詰められると演技に頼るときがあ
る。知っていた片桐は床に流れる血液を思う。
 菊地は小林と目を合わせないまま続ける。
439 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:02:37
「この人は許すだけで終わるようなことをしてない」
「黙れ」
「たくさんの芸人がこの人の掌に乗ってるのに。何人も犠牲になってること、知りませんか?」
「頼むから」
「それでも許せますか?」
 小林がゆっくり振り返る。怯えたような表情を作り出す。いつか深夜番組で見たような余裕のな
い表情。演技ですら忘れた素の表情。
 片桐は思う。低い位置から見上げた空は澄んでいた。ゆっくり動く雲は楽屋の凄惨さを知らない
まま泳いでいる。どこかから風が吹いている気がしたけれど、いつも反応する髪は揺れなかった。
弱々しくなった感情の中で確かに流れた文章。
 裏切らないさ。
 怒りすら浮かべない無表情でいた片桐は床に流れる血液を思った。違った種類の無表情を取り戻
していた菊地が空いている手を翳す。数秒して腹部の傷は消え、痛みもどこかへ飛んでいったが、
横になったままの片桐は動かない。
 菊地が水のナイフを下ろした。立ち尽くしたままでいる小林と擦れ違い、机上にあった作品を手
にする。それを片桐の顔の前に置き、小さく呟く。
「それで小林さんを撃ったら終わりにします」
 置かれたのは擬態した銃だ。菊地はこれが力を持たないことを知らないのだろうか。知らなかっ
たとしても、指の形にへこんだ銃を見たなら予想は出来るはずなのに。真意が分からない。それで
も片桐は体を起こす。立っている小林と目を合わせたが行動には移さない。ここで撃ったら外傷は
なくとも、小林の何かを壊してしまう気がしていた。
440 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:03:08
 数秒沈黙が流れる。次の瞬間、誰かの携帯電話が鳴る。画面を確認した菊地が動揺を見せた。数
秒間動きを止めていたが、やがて慌てたように電源を切る。怯えたようにドアを見ていた。どこか
らか足音が響いてきた気がする。
「早く終わらせてください」
 冷静さを装った菊地が行動を急かした。待っていればいいのだろうか、あまりいい方向には進ま
ないだろう。小林のシナリオからは大幅に脱線しているはずだから判断は片桐だけに委ねられる。
「俺は平気だから」
 背中を向けたままだった小林が振り返った。顔には諦めたような微笑をたたえている。無理やり
細くしたような目を片桐に向けて小さく手を広げる。
 誰かがドアをノックした。菊地が震えたが片桐には関係が無い。鍵が掛かっているせいで中には
入れないらしい。何故か全てを拒絶するような風音が聞こえる。小林はただ笑う。
「もう終わらせよう」
 片桐が擬態した銃を手にする。いつもと感覚が違う気がしていたがどうでも良かった。地上の地
獄に似たこの状況から抜け出せるなら。
 閉ざされていたはずのドアが開いた音がした。そこにいたのが誰なのかは確認しなかった。引き
金に掛けた人指し指に力を込める。幼い頃に聴いたような水音がある。
「やめろ!」
 第三者が声を張り上げたのと出てこないはずの銃弾が小林の鳩尾に刺さった。銃弾ではない、薄
く流れた血に水が混ざっていた。結論は近い場所にあるはずなのに出てこない。考えられなかった
からだ。
441 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:03:42
「嘘だろ」
 先程と全く同じ言葉を吐く。崩れる小林を受け止める。風を引きつれて駆け寄った第三者が手を
翳した、撃った傷が薄くなっていた。しかし小林は表情を失ったまま動かない。
「これでおあいこですね」
 唯一菊地だけが救われたような表情をしていた。相方のはずの山田がはっきり敵意を向けている
にも関わらず、だ。事情を知らない片桐には分からない台詞だった。小林は何も教えてくれなかっ
た。
 正座のような形で放心する小林の耳には何も届いていない。味方同士のはずなのに言い争う菊地
と山田の表情はどこか逸脱している。決してあってはならない状況の中で残されてしまった擬態さ
れたものを持ちながら呟く。
「お前らおかしいよ」
 言い争っていた二人が片桐の方を向いた。二人の目線を受けた片桐がまた呟いた。
「黒って、何なんだよ」
 一番知りたかった疑問を答えられる人がいるわけもない。第三者だったはずの山田が少し考え込
んでいた。やがて関係者の表情に変わり、答えるかわりに小林を見やる。
「黒?」
 黒同士で知らないことあるのか?
 山田は目線だけで菊地を止めた後、話が出来るか分からない小林の前で屈んだ。菊地とは違い人
間らしい目をしていたがやはりどこか怖くて、隣で見ていなければならない片桐は一瞬だけ目を逸
らす。その間に山田が口を開いている。
442 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:04:13
「お前が上司か」
 また訳が分からなくなった。山田は睨んだような目つきにかわり、ようやく顔を上げた小林と目
を合わせる。一秒と少し時間が止まり、動き出す。
「もう俺達に関わらないでください」
 こっちの台詞だ、咄嗟の感情で片桐が拳を握るが動き出しはしない。後ろで菊地が怯えているの
も怖かったし、小林が何か言いたがっているのが分かったからだ。小林はただ弱々しく顔を上げて
呟く。
「俺からは、もう関わらない」
 山田が立ち上がる。菊地の方を向いて、後はお前次第だ、と意志を投げかけてから楽屋を去った。
残ったのは動けない片桐と血の生臭い臭い、落ちているノートとシャーペンを食い入るように見つ
める長身の男だけだ。急にノートを持ち上げた小林は乱雑に椅子に座り込み、囚われた目つきで自
動筆記を始める。数分してから動きを止めて内容を読み出し、一回だけ声を上げて笑ったあと、泣
きそうな顔を伏せて隠した。ポケットから取り出された黒い石が机上に転がる。
「何もしなくても勝てるんだ」
 右手で頭を抱えた小林がまた笑う。肩を震わせているから分かった。肩を震わせる理由は二つあ
るが、もう一つの方の理由だとは考えたくもない。小林が机上の石を握る。
「これがあれば帰ってくる。彼は分かってない、事情を持たない黒はいないのに」
 片桐はただ独り言を聞く。手にしていた物をようやく離したら、床と当たってプラスチックのよ
うな音がした。
443 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:04:59
「俺だって」
 操られていない水の気配がある。
「彼がいないなら」
 相方がもう一つの理由で肩を震わせている姿など見たくなかった。知らないふりをしてやり過ご
そうにも血に塗れた服では外に出られない。事情を深く覗かないことだけを心がけて、小さい窓か
ら外を見た。雲は変わらずに流れていたし、鳥はいつもの飛び方で羽ばたいていた。様々な液体で
濡れた部屋だけが異常だった。





 変わらない昼の空をあれから何回眺めただろう。何かを捨てたらしい小林は以前と変わらない態
度で仕事に望んでいたし、片桐自身もあまり変化を見せないように心がけた。ただ一つ、粘土で銃
を作ることはしばらく無い。
 小林のいる楽屋へ戻る途中、黒い欠片を飲み込んでいる菊地とすれ違ったこともある。震えたが
平常心を保った片桐は菊地の表情を見て、小林が呟いていたことを何となく悟ることが出来た。振
り返って細すぎる背中を見送るが声を掛けることはない。
 深く黒を追求する気は無かった。小林は隠したがっているようだったし、知ったらいけないこと
も含まれているのだろう。近くの人も黒に属しているのだろうか。小林と共犯のような形なのかも
しれない。いつもそこまで考えてやめる。
 たまに雨が降ることはあっても空は変わらないし、仕事も減らない。家では温かい家族が待って
いる。それ以上を望むとしたら何がある? 自問自答してやっと知った。
 日常は帰ってきていた。けれど、既に形を変えてしまっていた。日常として歌っていたことは過
去になっているから戻らない。
 夢になった過去はもう、戻せない。

 End.
444 ◆2dC8hbcvNA :2005/12/20(火) 16:05:57
4話続いた話はこれで完結になります。
皆さんが書いた話に影響があるなら全て番外編にしていただいて結構です。
読んでくださった方、有り難うございました。
445 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:24:52
>>431-444
乙です!それぞれのギリギリした感じが切なくて苦しい…
みんな何かを背負ってるんですね。

こんなかっこいい話が載った後に恐縮なんですが、
エレキ今立さん絡みの短い話を考えたので投下させていただきます。
446 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:28:19

 ☆ トゥインクルスター ☆

その日、エレキコミック・今立進は朝から上機嫌だった。

左足の靴紐が何回となくほどけても、目の前で電車が行ってしまっても、レジ待ちで強引に自分の前に人が割り込んできても、
その買い物の結果財布の中に1円玉がやたら増えようとも、怪訝な顔の相方・谷井に顔に締まりがないと指摘されても、とにかく、彼のテンションは高いままだった。

なんたって翌日には恒例の「ゲーム大会」が控えている。
それは、今立を筆頭としたゲーム好きの芸人同士が集まって、舞台上でひたすら古今のゲームに興じるというオールナイトのイベントのことだ。
はたしてそんなものに入場料を取っても大丈夫かと最初は思ったけれど、やってみた限りでは観客もなかなか楽しんでくれたようで、
以来時間と余裕とメンバーの予定が合った時には開催されるそのイベントの日が訪れるのを、彼はずいぶん前から待ち望んでいたのだった。

447 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:29:34
それぞれの仕事を済ませた後参加メンバーが集合し、軽い打ち合わせと最終確認、ついでに飲み会。
あまりの嬉しさにやや飲み過ぎてしまった今立はメンバーの一人、東京03・豊本明長と談笑しながら夜道を歩いていた。

「もう帰ったらすぐ寝ようと思ってさ!明日のモチベーションを高めとかないと、」
「ダチくんもう十分だと思うけどなあ」
「こんなもんじゃないよ俺は!」

酒のせいでさらに上がったテンションを抱え、駅へ続く道を曲がる。そこからだと少し近道になるのだ。
細い路地で街灯の数も少ないようだが大の男二人、特に怖がる理由もないだろうと思いつつ。
だが今立は大事なことを忘れていた。
彼らの日常が今はすっかり様相を変えていて、なんの落ち度がなくとも不意に襲われる可能性を十分に秘めていることを。

「………え、」

気が付けば前後の道をいかにも怪しげな男達に塞がれていた。
448 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:31:33

前に3人、後ろに5人。

その中に見知った顔はなかったし、一様にぼんやりと曇った目をしていたからおそらくは、
黒側の末端を構成する超若手の面々が上の思惑で動かされているのだろう。よくある話だ。
自分の石に目立った変化は感じられないので相手が石を使った攻撃をしてくることはなさそうだが、
恵まれた体格と腕力のありそうな男が多いのが気にかかる。

高まってゆく緊迫感とは対照的に、道に沿って続く植え込みには大小のイルミネーションが張り巡らされ、チカチカと陽気に点滅を続けていた。
家主の趣味なのだろうか、白に青に水色に色を変えて輝く様は光が行く先を先導してくれているようで、こんな状況でなければなかなかロマンチックな雰囲気だったのかもしれない。

(さて、どうしたもんかなあ)

豊本は眼鏡を中指でくい、と押し上げて小さくため息を吐いた。
この陣形と場所では少々のすったもんだは免れそうにない。
しかも自分の石は少数へのかく乱が精々で、こういう状況では基本的に無力だ。
となると今立に頼ることになるのだが、彼が能力を使ったあとの代償と明日の予定を考えるにそれはちょっと言い出しにくい希望である。

(みんなでまとまって帰るべきだったかー…闘えそうな人もいたし…)

不注意を悔いたものの後の祭りだった。他の選択肢は登場しそうにない。
仕方なく隣の様子を伺うと、人工的な光に頬を照らされた今立が酔いの回り切った目で前方を睨み付けたまま
(だから残念なことに威圧感には欠けていた)淡々と言葉を並べはじめた。
449 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:34:12

「…あのねぇ豊本くん、俺ものすごく楽しみにしてんだ、明日の」
「うん、知ってる」
「なんだったら最近のアンラッキーを全部笑って流せるぐらい」
「ああ…さっき居酒屋でダチくんの頼んだのだけ3連続で来なかったけど全然笑ってたもんね」
「…メイン主催者がゲームにひとっつも触れないってどう思う?」
「超不憫」
「………」

その時豊本は確かに今立の目が据わるのを、見た。


石が震える。
やはり自身の石とそれぞれの身体能力で突破するべきか、そう考えはじめた豊本の思考が思わず途切れた。

(…え、ダチくん?)

この共振の元は間違いなく今立だ。しかもかなり、攻撃的な。
冷静に考えたなら明日の為に少しでも使用は控えるべきなのだが、酔っているせいか本人曰くの『最近のアンラッキー』が相当溜まっていたのか、
こんな不条理な形で自分の楽しみが妨害されることに対し彼は相当腹を立ててしまったらしい。
気の毒だとは思いつつ、この怒りが下手に拡散するとやっかいなので今立に全てを任せることに決めた。
−でも確か、彼の能力には制約があったはず…
450 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:35:09

「…イオナズン打ちてえ…」
「いや危ないから」
「じゃあメテオ…やっぱメラゾ−マ…いや団体だからべギラゴンの方が…」
「殺す気だねえ。全部却下。てか無理でしょ?そういうの」

そう、彼は怒りを発散できるような攻撃の能力は使えないのだった。
どうするの?という豊本の視線を感じ取ったのかどうか、今立は不意に「上手く避けてね」と言い放つと、傍らできらめく星の形をしたイルミネーションを引きちぎり、真上に投げた。
電力を断たれたそれは当然瞬時に輝きを失い、ただの透明なプラスチックに戻る。
しかし、その星が重力に引かれはじめる前に、今立のシャツのポケットから眩く白い光が溢れた。

「………!!」

途端に前後の集団がざわめき、距離を詰めようと駆け寄ってくる。
何か効果的な能力を発揮される前に数で押し切り、石を奪ってしまおうという考えだったのだろう。
しかし彼らの手が今立に伸びる寸前、ウレクサイトの白光はひときわ強く瞬いたかと思うと、シュン、と真上に移動した。
打ち上げられた先には落下してくる星型のプラスチック。

−光が吸い込まれる。造りものの星が再び、輝きを取り戻す。

キラキラと光の粒をまき散らしながらゆっくり落ちてくるその星にはなぜか懐かしいような既視感があった。
そう、確か、それを取ればどんなピンチも切り抜けられる…

「…無敵のスターだ、」

豊本が呟くのと星の光を身に纏った今立が前方の集団に向かって体当たりを仕掛けたのは、ほぼ同時。


451 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:35:52

「……っ、はあ…多分この辺やと思うねんけど…」

今立の石が光ってまもなく、その場に駆け付けた男がいた。アメリカザリガニ・平井善之だ。
同じくゲーム大会の参加メンバーであり飲み会のあとコンビニに立ち寄っていた彼は、黒い欠片と憶えのある石の気配がどこか近くで弾けるのを感じ、何やらよからぬことが起きたのではないかとその気配を追いかけてきたのだ。
戦うことも考えて咄嗟に買った小さなミネラルウォーターのボトルを片手に弾んだ息を落ち着かせ、路地に踏み込む。しかし平井は、「うわ、」と思わず声を漏らして足を止めてしまった。

視線の先で若い男が、勢いよく宙へ吹っ飛んでいく瞬間だったから。

「 へ ?」

事情を把握できずその場に立ち尽くす間に、その男は派手な音と共に道路に落下する。
気付けば似たような雰囲気の男達がすでに幾人も、その場に折り重なって倒れていた。
ただ一人立っているのはこちらに背を向け肩を上下させる人物−なぜか漫画の特殊効果のように身体の周囲にキラキラと星を散らせていた−で、その背格好からしてそれはつい数十分前まで一緒だった今立に違いなかった。

「−今立、くん?」
「…やっちゃったぁ………」

呼び掛けに振り返った今立はとろんとした目でどこか悲しげに呟くと、ゆっくりその場に崩れ落ちる。
−静寂。

「…何やったんやろ…」
「…………あ、終わった?」

後には展開に追い付けないままの平井と傍らの電柱の陰でなんとか嵐をやり過ごした豊本だけが残された。

452 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:36:28

「…うん、だからスターでもうちぎっては投げちぎっては投げ」
「うわぁ…無茶したなあ。止めた方よかったんと違う?やって明日、」
「だってダチくんキレてたし無敵だしさあ、吹っ飛ばされるのがオチじゃん」
「そらそうやけど。えーと…8人?これ全部やっつけたん?」
「うん。見事1up」
「1upて…」

全員仲良くノックアウトされていた男達を車に轢かれないように道路の端っこに並べる作業を終え、平井が「こいつ重いわー」とうんざりした顔で一番体格のいい男を小突いた。
ついでにポケットに入っていた黒い欠片を浄化して消し、一応俺来た意味あったかなあ、とため息を吐いて苦笑する。

「平井くんこれからさらに役立つよ。俺一人じゃダチくん運べないし、」

最近この人丸っこいからね。豊本はそう言って座らせておいた今立を覗き込む。

「…どう?」
「大丈夫じゃないかな、エネルギー使い果たしただけだよきっと」

そらよかった、と平井は言いかけたが、この出来事のせいで明日彼がどれだけ不幸な目に合うのかを想像して、言葉にするのをやめた。
そう、明日はなんたって−日付が変わってすでに今日だが−“今立進杯争奪”ゲーム大会、なのだ。

豊本と平井に両肩を支えられ立ち上がった今立はむにゃむにゃと何か言っているようだった。
そのうわ言はどうもレトロゲ−ムのタイトルのような気がしたが、あえて聞かなかったことにして2人は駅へと歩きはじめる。

「不憫な子やなあ」
「ほんとにねえ」

…今立がそのイベントでゲームを楽しめたかどうかは、彼の心情を考慮して割愛する。
ただ数日後、ロケでイルミネーションも華やかな街頭を訪れた彼の「クリスマスなんて大嫌いだ」という恨めしげな独り言に、谷井が首をかしげたとか、なんとか。
453 ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:38:28
以上です。
改行や文字数に手間取って読みにくくなってしまいました、すいません。
それでは失礼しました!
454名無しさん:2005/12/21(水) 02:15:13
>>446-452
無敵のだっつんがすごくカッコ良かったです!
乙でした!   
455名無しさん:2005/12/21(水) 15:59:49
久々に投下キタ━━━(・∀・)━━━!!
◆2dC8hbcvNAさんも◆1En86u0G2kさんも乙!
それぞれ違う空気と味で両方とも楽しく読めたよ。
菊池コワス…今立カワイソスw
456 ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:14:43
>>321から

次の日も何時も通りの朝だった。
佐久間が朝早くから、何が楽しいのかルミネの周辺を一人で歩き回っていたのも、鈴木がネタを覚えられずに松田に怒鳴られていたのも、それを反省する素振りを見せないのも、相変わらずだった。


「え、何?このポーズでいいんですか?」
「はい〜、Qさん、もう二、三枚お願いしますねー」
廊下では佐久間がいつものように携帯で写真を撮っている。彼が言うにはブログに載せる為だとかで何枚も撮り溜めしているらしい。
鈴木は佐久間の要望に素直に応えて次々と「こう?」とポーズを取っている。
さて、今度はどんなポーズにしようか。と佐久間がサングラスと、どこかで見たようなエイリアンのぬいぐるみを片手に思考を巡らしていると、廊下の向こうに松田の姿を見た。
手を振りながら声を掛けようとすると、松田は立ち止まり、向きを変えあからさまに避けるように顔を逸らし階段を降りていってしまった。
その様子に佐久間も鈴木も眉を顰めた。

「…何で無視するの?」
佐久間がややショックを受けた顔をする。
「松田さん、昨日から俺にも口訊いてくれないんですよ」
「でもネタ合わせしてるんでしょ?」
「あんなの喋った内に入らないですよ!怒鳴ってばっかりで…そりゃあ俺が悪いんだろうけど…」
松田の苛々が移ったのか、鈴木も何処か攻撃的な口調になっていて、不機嫌そうに息を吐いた。
いつもの脳天気さも形を潜めている。変な髪型と、下手すれば変態扱いされかねないピンクの上着のせいで怒っていてもあまり怖くは無かったのだが。
すっかり白けてしまった鈴木はスミマセン、と小さく謝ると、誰に言うでもなくブツブツ愚痴を溢しながら早歩きで何処かへ行ってしまった。
457 ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:17:23
一人廊下に残された佐久間は携帯をカバンに入れ、踵を返した。
もう自分の出番は終わっているし、今日は特にやることが無かった。阿部の仕事ももうそろそろ終わっている筈であるだろう。
彼が来るまで楽屋で絵でも描いていようか。鞄からお絵かきセットなるものを取り出そうとしていると、メールの着信音が鳴りだした。

メールの相手は、先程自分を思いきりシカトしたはずだった、松田本人だった。
不思議そうに首を傾げ、携帯を開く。メールを読み出した佐久間の表情が、段々と強ばっていく。
「…今すぐに…?え、どうしよう……」
口に手を当てて意味もなく挙動不審気味にあたふたと周りを見渡す。
佐久間は昨日の阿部の言葉を思い出した。困ったときは、いつでも頼ってくれればいいという言葉を。
しかし廊下を見渡したところ、阿部のいる気配はない。


佐久間は楽屋のドアを開けた。中ではピースの綾部と又吉が弁当を食べていた。お疲れっす!と笑顔で挨拶をする綾部に軽く微笑み返し、尋ねた。
「あべさん知らない?」
少し驚いた表情を見せたが、綾部は茄子の漬け物をポリポリと噛みながら少し考えて、また笑顔を見せて言った。
「んー、あべさんは…帰りました」
「えっ、え?帰ったの!?」
笑みを固まらせ佐久間が声を上げると綾部は箸の先を器用にチョイチョイと動かし、「はい」と言ってのけた。
信じられない、と言いたげに佐久間が口を結ぶ。
「どうかしたんですか」
又吉が尋ねると、佐久間は慌てて「何でもない何でもない」と首を振った。
少し心配そうに手にした携帯を見詰めていたが、悪い考えを振り払うためなのか二、三度指先で頭を叩くと、鞄を肩に掛け直し小走りで楽屋を飛び出した。
ゆっくりと楽屋の扉が閉まる。ガチャリ、と扉の閉まりきった音が響いた。

458 ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:19:43
それと同時に、テーブル越しに座っていた綾部と又吉は互いに身を乗り出し、小さな声で話し出した。
「…やったな、誘き出し成功しそうだ!」
「せやな…でも佐久さんの力…厄介やで。それにもしあべさんに知れたら…」
「俺らが黙ってりゃあ問題無いって。松兄の力だって凄えし、きっと上手く…」
そこまで言いかけた途端、再び楽屋のドアが開いた。わっ!と小さく綾部が叫び、反射的に後ろに仰け反る。
ガタガタッ、と椅子を倒しつつも元の体勢に戻り平静を装うように新聞を開いた。テーブルから落ちそうになる割り箸は又吉が腕を伸ばしキャッチした。

「あれー?さっくんは?」
佐久間と入れ替わるかのようにドアノブに手を掛け、顔を覗かせたのは阿部だった。
新聞紙を折りたたみながら綾部はほっと息を吐き、答えた。
「帰りました」
思った通り、阿部は分かりやすいくらい素っ頓狂な声を出した。大方、お互いに会う約束でもしていたのだろう。
たちまち表情を曇らせ、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのまま廊下を歩いていった。

再びドアが閉まる。綾部は掌で顔を覆い苦笑混じりの溜息を吐いた。又吉も先程の綾部の取り乱しようが余程面白かったのか、肩をふるわせて笑いを堪えている。
綾部が恥ずかしそうに顔を赤く染め、咳払いをした。
「祐ちゃ〜ん。何やねん今のー」
「…可哀想な子を見るような眼で見ないでください」
「新聞逆さに持っとったし」
からかうような又吉の言葉に綾部は反論できず、ますます赤面したその端正な顔を新聞紙でさっと隠した。
又吉はそんな相方を暫く面白そうに見ていたが、時折どことなく寂しげな目線をドアに向けたのだった。


459 ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:21:37
佐久間が向かったのは人一人見あたらない廃工場周りの広場だった。
所々野良猫や野良犬が徘徊している不気味な場所だ。こんな所に来る人間と言えば、差詰め石の能力者たちだけだろう。
彼らが決闘するにはもってこいの広い敷地であった。
立ち入り禁止、と表示されている汚れたプレートが目に入り、一瞬戸惑ったが、思い切って鎖を持ち上げ、その下をくぐった。
上空には気持ちが悪い程のカラスが飛び回っている。
やはり、阿部を呼んだ方が良かっただろうか?と佐久間は思った。だが、心の奥底で、約束を破ってさっさと帰ってしまった阿部を許せないでもいた。

――――頼って来いとか格好いいことを言っておきながら、あのカッコつけ!

佐久間は「よしっ」と自らを叱咤し気合いを入れ、顔を上げた。阿部が居なくとも逃げられる自信は少しだけだがある(勝つ自信はどうしても無いのだが)。
仮にいきなり攻撃してきたとしても大体の石の効果は佐久間の前で無効化される。

佐久間は松田を捜しながら奥に進んでいった。特別恐がりでもなかったがこの昼間でも殺風景な景色は、一人で訪れる者ならたちまち背を向けて帰りたくなる程で。
時折見かける猫とカラスの激しい喧嘩に身体を竦めては不安を募らせていった。

「佐久間さん、」
不意に、後ろから声を掛けられた。松田だった。今までビクビクしながら歩いていたから、急に呼びかけられては堪った物ではない。きゃっ、と短く裏返った悲鳴を上げ振り返った。
その声に向こうも驚いたのか、目を丸くして心臓を押さえている。
「あ、ごめん…なさい」
息を整え松田は申し訳なさそうに言った。
「松田さん……、な、ななな何の、ご、御用で、しょうか…?」
いつもの早口が嘘のようにどもりながら小さく身構える。いつでも逃げられるように出口側を背にした。
「黒の勧誘を断ったって、聴いたから」
松田のその一言に、佐久間の悪い予感は段々と確信に近づいていった。
「そんな事聴いてくるってことは、松田さんもしかしなくても…」
「……俺は黒の人間です。つっても、下の下…雑用ですけど」
いつもの、コント中と同じ投げやりな口調であっさりと答えられた。
460 ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:23:55
「んー、つまり俺を…黒に?」
「大当たり。バッチリ大正解ですよ。思ったより物分かり良いんですね」
あっちゃー。
と佐久間は深く後悔した。
こんな人気のないところに一人で呼び出されて、それが敵の罠でない筈がない。
子供でももう少し早く気付くのではないだろうか。

「あはは…、悪いですけど俺っ…帰ります!」
こんな絶体絶命の状況でも、癖なのか無意識に声を出して笑ってしまう。いきなり背を向けて出口向け走り出した。
闘いを望まない佐久間は逃げるしか無かった。
その後ろで松田が念じるように目を閉じる。文字通り『砂の石』である、サンドストーンが光りだす。
地面を爪先でトントンと叩いた瞬間、水面に石を落としたかのように地面が波打ち、廃工場の敷地内に強い地震が起こった。
屋根の上に留まっていたカラスが一斉に飛び立つ。錆び付いた建物からはペンキの塗装が剥がれ落ち、コンクリートの一部が崩れた。
立っていられないほどの揺れに佐久間はバランスを崩し、尻餅を着く。その目の前でメリメリと地面が裂け、分厚い尖った岩が突きだした。
偶然か、はたまた松田の狙い通りなのか、その先端に丁度良く鞄が引っ掛かり、轟音と共に高く巻き上げられる。佐久間は伸ばしかけた手を引っ込めた。
危うく自分まで串刺しになるところだった。驚いて尻餅を着いたままの体勢で後ずさりする。

「それを俺が許すわけ無いでしょ?」
顔を上げると松田が見下ろしていた。やる気があるのか無いのか解りかねない、普段と同じ面倒くさげな声色。逆光でその表情は分からなかったが、多分、笑ってはいないだろう。
(やっぱり……来るんじゃなかったぁ〜…!)
助けを呼ぼうにも、携帯の入った鞄がとてもに高い所にある所為で出来なかった。
俺の馬鹿!佐久間は心の中でそう叫んだ。

「力ずくは嫌いですけど、この際仕方ないですから。それが嫌ならー…うーん、死ぬ気で抵抗しやがれ、としか言えないですね」
「ち、ちょっと待って待って!ホントーにちょっと待って!」
松田は聞く耳持たないといった感じに、つん、と顔を逸らす。手から細かい砂が出現し、生き物のように宙を舞った。

461名無しさん:2005/12/23(金) 14:10:34
hosyu
462名無しさん:2005/12/25(日) 21:15:32
保守
463名無しさん:2005/12/26(月) 13:35:13
保守
書き手さんいつもお疲れさまです
464名無しさん:2005/12/27(火) 14:26:17
遅ればせながら、◆8zwe.JH0kさん乙。
このピンチをどう対処するのか楽しみです。
465ニトログリセリン ◆FwEu25ENpg :2005/12/28(水) 10:51:34
イタイ人大集合!
466名無しさん:2005/12/30(金) 02:18:17
乙です!
面白い展開になってますね〜まさかこの二人が戦うことになるとは…
467名無しさん:2006/01/01(日) 17:17:26
あけおめ保守
468 【凶】 :2006/01/01(日) 21:22:09
ことよろ保守
469名無しさん:2006/01/03(火) 01:25:53
hosyu
470名無しさん:2006/01/04(水) 14:40:53
ほす
471名無しさん:2006/01/05(木) 02:58:00
hosyu
472名無しさん:2006/01/06(金) 22:38:33
最近投下少ねーなぁ
473名無しさん:2006/01/07(土) 00:14:24
バトロワスレ落ちた?
474名無しさん:2006/01/07(土) 00:37:40
落ちたよ、どっちも。
475名無しさん:2006/01/07(土) 01:29:14
正月ですから
476書き手:2006/01/07(土) 09:38:26
正月ボケも大分治ったので執筆再開中です。
もう少しお待ちを。
477名無しさん:2006/01/07(土) 23:03:47
保守
478名無しさん:2006/01/08(日) 00:45:26
書き手さんがんばってください!
保守
479名無しさん:2006/01/08(日) 21:05:03
がんばってください
保守
480名無しさん:2006/01/08(日) 22:45:00
保守age
481名無しさん:2006/01/09(月) 15:06:57
保守
482名無しさん:2006/01/10(火) 17:05:07
保守
483 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:16:32
長井さんの話書きました。読み切りです。
今年一発目になるのか…ドキドキ
484 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:20:37

「いたいた。おい長井、」
今となっては聞き慣れた、鼻にかかったようなその声にピン芸人・長井秀和は口に入れようとした牛丼を寸前で止め、面倒くさそうに振り返った。
「今回も『ビジネス』持ってきたぞ」
「謹んでお断りさせて戴きます」
男が言い終わらないうちに、長井は態とらしいとも取れる態度で深々と頭を下げた。
「オイ待てよ。報酬払ってやってんだろうがよ、いっつも」
牛丼の器を持ち上げ楽屋から出ようとする長井を男は慌てて袖を掴んで制止した。
ドアの前へ回り込んで肩に手を置く。
「やりません。面倒くさいんで」


男が『仕事』を運んでくるのはこれで三回目だ。数日前、うっかり目の前で能力を使ってしまった所為だ。
長井の能力は男にとって利用しない手はないものだった。

最初は金が貰えるからという理由で引き受けていた仕事も、段々自分が良いように扱われ始めているのでは?と考え始めた。
いい加減にしてください、と長井は男の手を払い、すたすたと楽屋を出て行く。
男は一瞬困ったような顔つきになるが、廊下へ一歩飛び出し長井の背中に向かって叫んだ。

「じゃあ二倍ならどうだ!?」

長井の足が、接着剤を踏んだかのようにぴたりと止まった。
そして次の瞬間には既に男の目の前まで戻って来ていた。
485 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:22:47

「…好きだねえ、お金」
「ええ。そりゃあもう」
皮肉混じりの男の言葉を知ってか知らずか、長井は俯いたままあっさりと受け止めた。
金の入った封筒を受け取り、慣れた手つきで中身を確認する。
オトナの汚い一面、とでも言おうか。
「…で、今回は?」
「最近うちの事務所の周りで黒い破片をばらまいてる野郎がいるらしいんだよ。うっとーしいからそいつ懲らしめて欲しいんだけど」
「それこそお二人がやれば…、太田さん達だって石持ってるでしょう」
「何で俺が!トロい白の代わりに戦うなんてまっぴら御免だ。お前が石を全部スってくれれば早い話だろうがよ。あとはうちの相方が何とかするから」
理不尽な言葉を投げかけてくる男…爆笑問題の太田光に、長井は今回の仕事がどれだけ面倒くさいかを悟った。

「やっぱりやりません。お金は返しますから…」
「不可。返金は認められねえよ!」
してやったりな表情を浮かべそう言うと太田は廊下の角を曲がりあっという間に走り去ってしまった。

直ぐにでも追いかけようとしたが、長井は片手に持った冷め気味の牛丼にちらりと目をやり、しまった、と呟いた。
486 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:24:18

そして、夜。

長井は見渡しの良いとある建物の駐車場の屋上に立っていた。
太田の話によれば、この真下の場所によく現れるらしいのだが。
(ったく、俺もお人好しだな)
いっそ金だけ持って逃げてしまおうか、とも考えたが、さすがにそんな真似が出来る訳もなく。
長井は鼻水をずずっ、とすすり赤くなった鼻の頭を擦った。
寒風が厳しく吹き付ける中、じっとターゲットが現れるのを待つのは、張り込み中の刑事を思わせる。

「よく言うよお前」
斜め下の方から少し高めの声がした。
小さな体をいつも以上に小さく丸めて、寒さでがたがたと体を震わせているのは、仕事を承諾するともれなく付いてくる、太田の相方でもある田中だった。
思っていることをうっかり声に出してしまったのだろうか。
長井はさっと口元を手で押さえ、ふふっと笑った。


「…おっ、ビンゴ!来ましたよ」
ふと、下を見ると。一人の若手芸人が複数に囲まれているのが見えた。
街中で見かけるような不良の喧嘩とはまるで違う、その場に居る者にしか分からないびしびしとした嫌な空気が伝わってきた。
「俺があいつらから黒い破片を盗って来るんで、田中さんはそれを破壊してくださいね」
「おう、がんばれよ」
「何言ってるんですか。一緒に降りるんですよ」
「は!?馬鹿お前、そんなもんギューンて行ってピューンて戻ってくりゃあ良いじゃねえかよ!」
ジェスチャー付きで叫ぶ田中。その腕を無理矢理掴み、丁度フェンスの途切れている所から片足を宙に出す。
「悪いですね、戻るには階段使うしかないんで」
487 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:25:24

田中は悲鳴を上げる間もなく、暗闇の中に投げ出された。勿論その手はしっかり長井が握ってくれているのだが。
命綱のないバンジージャンプに、思わず気絶しそうになるも、何とか意識を繋ぐ。
対照的に長井は、全身に風を受け何とも気持ちよさそうな顔をしていた。
「今日は良い風吹いてますねえ!」
うるせえ馬鹿!と言いたかったが、風圧で口を開くことも出来なかった。

その間にも、もの凄い早さで地面が近づいてくる。
ぶつかる!
そう思った瞬間、長井の黒いコートが大きく広がった。
それは瞬時にコウモリの様に、黒く尖った骨格に薄い皮が張り付いた大きな翼へと変化し、二人の体を浮き上げた。
浮き上げた、と言ってもそれほど高度は高くない。
ぶつかる直前に羽根を地面と水平に広げ、ブレーキを掛けることなく、直角に地面すれすれを猛スピードで飛んでいった。
488 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:27:35

男たちの中で、大きな黒い影が目にも留まらぬ早さで自分たちの目の前を通りすぎたのを確認出来た者は少なかった。

「あっ、長井、通り過ぎた!止ーまーれって!」
「やべっ、ブレーキ効かねえ…」
その直後、バキバキと木の枝が折れる音、バケツが吹っ飛ばされる派手な音が響いた。
二人が突っ込んだのは丁度木々が植えられ土の軟らかい場所であり、枯れ葉が衝撃で大量に舞い上がった。
つかの間の低空飛行体験は、少々の打撲と擦り傷と共に終わったのだった。


茂みの中から長井が、頭を押さえながら現れた。
上着やズボンの所々に枝が刺さり、至る所に鍵状のヌスビトハギの実…俗に言う「くっつき虫」がびっしりと張り付いている。
長井は慌ててコートを脱いでバサバサと力一杯はたくが、ウールにしっかりと絡まったさやはなかなか外れようとしない。
「くそっ、俺の一張羅が…」
自慢の服がすっかり雑草まみれになってしまい、長井はがっくりと項垂れた。
「着地はまた失敗か…いってえ…」
茂った草の中から田中がはい出してくる。
「つい調子に乗って…。でもほら、その代わりに」
長井が手をグーにした状態で、田中の目の前に突き出す。
ゆっくりと手を開くと、バラバラと黒ずんだ小さな石が、建物から漏れるライトの明かりを反射し、田中の手に落ちていった。
男たちは「まさか」と呟くと、慌ててポケットの中身を探る。

「あ、石が無い!?」
「俺もだ!」

全員の視線が長井に集まる。
長井は、うっひゃっひゃっ、と小馬鹿にしたように笑いながら、腕を組むと人差し指で頭をとんとんと突いた。
489 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:29:33

「何時の間にスッたんだ」
と、田中が手の中の石と長井を交互に見ながら尋ねた。
「さっき、こいつらの前を通り過ぎたときに盗ったんです」
翼による低空飛行とスリの能力を兼ね備えた長井の石は、黒琥珀。
黒玉とも呼ばれ、その場にあるどの石よりも深く、濃い黒色をしていた。
「…にしても、きったねー石だな。いらね」
手の中に持った最後の濁った石は、空になった空き缶のように後ろに投げられた。
慌てて田中がそれを追いかけてキャッチする。

パキン、と乾いた音が響くと、田中の手の石から炭が剥がれ落ちるように、黒い欠片が浮き上がった。
それは空気中にさらさらと流れ、ついには消えて無くなった。
それと同時に男たちは目が覚めたようにハッと顔を上げ、元の目の輝きをとり戻したのだ。
黒い欠片の呪縛から解かれ、石に関する記憶を失った男たちは自分が何をしていたのかも覚えていない。
丁度目に入った田中と長井にとりあえずお辞儀をすると、首を傾げながら街のイルミネーションの中へと消えていった。


490 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:31:20

「おーい、やったじゃねえの!儲け儲け!」
石を一気に大量に手に入れ、テンションの上がった田中は石を手の中でじゃらじゃら転がしながら長井に向き直った。
「…まだですよー」
くっつき虫を丁寧に一つ一つ外しながら、長井が言った。
田中を抱えて飛んだ為に、全員の石を盗む事が出来なかった。
残ったのは、二人。目を細めてその姿を凝視する。
「ん〜…誰、だ…?」
逆光と暗闇で顔が見えないが、明らかに動揺しているのが分かる。片方が隣の男(相方だろうか)にひそひそと耳打ちする。

「なあ、もう逃げようって、長井さんに勝てるわけないだろ」
(ん…?)
微かに聞こえたその声に長井はひどく聞き覚えがあった。
もしかして…。顔を確かめようと一歩踏み出す。
すると、二人の男はぎくっ、と肩をすくめ猛ダッシュで逃走し始めたのだ。
「ちょ、待てこらぁー!」
田中が怒鳴るが、それで止まる人間が居るはずもない。むしろ逆にスピードを上げてしまう位だ。
長井のコートには未だくっつき虫が大量に付いており、羽根を広げられる状態ではない。
「おいちょっと、逃げちゃうよ、逃げちゃう!」
「うーん、任務は失敗と言うことで…」
「そうは行くかっ!」
田中は長井からコートをもぎ取ると、ぷちぷちとくっつき虫を外し始めた。
乱暴に外すと上等な生地がほつれる、と長井が言ってきたが、そんなことは田中にとってどうでも良い事だった。
むかついたのでわざと糸が飛び出すようにむしってやった。
あっというまにくっつき虫を全て取り除き、長井にコートを着せる。
「よっしゃ、行け長井―っ!」
「俺は的士じゃないんですよ…」
ブツブツと愚痴りながらも、長井は田中の両脇に腕を差し込み、背中から持ち上げる体勢になった。
491 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:32:45
真剣な顔つきになり、標準を合わせる為に意識を高める。
無駄な動きは御免だ。面倒だからな。真っ直ぐ、奴らの背中へ。
次の瞬間、二人の体がぶわっと浮いたと同時に、長井は羽根を大きく羽ばたかせ前進した。
地面との距離は、それほど離れていない約二メートル。
冷たい風を顔に受け、逃げる二人組めがけて一直線に向かっていく。

「今だ!」
「え?…ぎゃっ!」
長井は二人組にぶつかる直前に、頭の上を跨ぐようにぐん、と急上昇した。

「低空ミサイル!」
同時に田中を支えていた手をぱっと離す。
二人組は真上から降ってきた田中を避ける余裕もなく。
二人…いや、三人はもつれるように地面に叩きつけられた。

「…1…2…」
地面に降り立った長井が腕時計を見ながらカウントする。
「…3」
三まで数え終わると、ぱりんと黒い欠片がはじけ飛んだ音が小さく響き、田中の下敷きになったまま気絶した二人の手から、浄化された石が転がり落ちた。
石は長井の革靴に当たり、それ以上転がるのを止めた。
「あだだだっ…」
田中が頭を振りながら起きあがる。
「痛えよ…」
もう怒鳴り散らす元気も無いのだろうか。ぽつりと呟くと、ぶつけた頭をゆっくりと撫でた。
それを見て少し反省した長井はスミマセン、と浅く頭を下げたのだった。

「早くどいてあげた方が良いんじゃないすか?」
「え?ああ、そうそう。誰なんだよこいつら…」
哀れ、下敷きになって気絶した二人の顔を覗き込む。
田中は声を上げた。それは、良く見知った顔だった。
492 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:36:53

「犯人はお前らだったのか」
「…で、説明して貰おうか?猿橋、樋口」
額に絆創膏を貼り、花壇の縁に座っているのは田中や長井と同じ事務所「タイタン」に属するコンビ、5番6番の猿橋と樋口だった。
自分たちの利益の為だけに悪いことをするような人間では決してないことは、二人を可愛がっていた田中にも分かっていた。
「俺たち、石拾ったのはいいものの…直ぐに黒の奴らに捕まっちゃいまして…」
「操られたくなかったら、黒い欠片どんどん他の奴らに渡せって…」
成る程、そういうことか。と長井は腕を組んだ。

「つーか、大体猿があそこでこけなかったら逃げ切れたんだぞ!」
「なんだとー!」
勝手に喧嘩を始める二人を諭し、やっと理由の分かった田中はふう、と息を吐いた。

「もう大丈夫だって。破片も破壊したし、今度何かあったら俺んとこ逃げてこい」
怒られると思っていたのか、今まで顔を強ばらせていた猿橋も、樋口も、その頼もしい言葉にほっと胸をなで下ろした。

「今度こそ、仕事お終いっと。結構大変だったなー…こりゃボーナス貰わないと」
長井はコキコキと首を鳴らし、煙草を取り出そうとした。
その時。

〜♪
携帯の着信音が乾いた夜空にけたたましく鳴り響いた。
長井はうざったそうに携帯を開き、耳に当てる。
「はい、もしも…し…、…っ!」
目が開かれ、分かりやすいくらい顔が引きつって行くのが分かった。
長井のそのただごとでは無い様子に、田中たちの間に緊張が走る。
493 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:42:12
「どうした?」
「……女房です…」
「は?」
錆び付いたロボットのように固まったまま首だけ向け、長井が言った。
「連絡を入れるのをすっかり忘れてた…!」
「…ご愁傷様」

離れていても長井の妻の怒った声が聞こえる。
慌てながら必死に「ごめん」「違うって」「そうじゃない」と弁解する長井に相方の姿を重ねながら、爆笑したい気持ちを抑え、猿橋と樋口と共に祈るように手を合わせるのだった。

5番6番の二人からは石を取らず、浄化された石のみを小さな袋の中に入れる。
この石たちを誰に渡すかは実はまだ考えていない。
同じ事務所なら、そうだ。橋下弁護士にでもあげちまうか?
などと下らない冗談を考えながら、新しい主を求める色とりどりの石を見詰めた。


時刻は、既に午後10時。
長井は果たして、家に入れて貰えるのだろうか。
石のことよりも、田中はそのことが心配だった。



494 ◆8zwe.JH0k. :2006/01/10(火) 18:45:01
以上です。長井さんの能力明記しときます。


長井秀和
石…黒琥珀(黒玉)
能力…黒い服をコウモリのような翼に変え飛行する
   また、相手とすれ違う瞬間に持ち物を一つだけ盗む事ができる。
   飛行は、もの凄く速く飛べるがその分ブレーキや旋回が困難。
条件…黒い服を着ていないといけない。酷い汚れが付いていたりすると飛行できない。
   ちなみに飛行時の高度は4〜5メートル。誰かを抱えていると更に低くなる。
495名無しさん:2006/01/11(水) 00:49:20
496名無しさん:2006/01/11(水) 18:13:42
新作乙!
橋下弁護士に石を渡したら大阪の番組収録とかで若手に狙われる悪寒が…
497名無しさん:2006/01/12(木) 02:09:15
乙です!面白かった!まさかここでこの事務所の話が読めるとはw
爆笑も長井さんも「らしい」感じで、楽しめました。
498名無しさん:2006/01/13(金) 01:56:43
乙です!
緊迫した電話は奥さんからですかw
すごいあせり方だったから何かと思いましたよ
499名無しさん:2006/01/15(日) 01:02:47
保守
500名無しさん:2006/01/15(日) 11:41:19
保守age
501名無しさん
保守