「おう。今日はひとりなのか。珍しいな」
声の主が誰だかわかったから、あたしは後ろを振り向かなかった。
何の因果か、さっきまで頭の中で考えていた人物が現れると、バツが悪い。召喚したみたいで。
「なに見てんだよ」
「なにを見ていようと、あたしの勝手じゃん。小林こそ、人のクラスに何の用よ」
「ひなたぼっこ。用事がなかったら、ここに来ちゃいけねーのかよ」
すっと隣に立つ。やばっ。距離が近い。
校庭を見下ろし、努めて目を合わせないようにした。顔を見てしまうと、一言も喋れなくなる自分を知ってるから。
会話が途切れたので、横目でそっと様子をうかがった。
小林は柵に背中をもたれて、気持ちよさそうに目を閉じ陽の光を浴びている。ひなたぼっこなんて、じじむさいぞ。
こんな近くで小林の顔を見るのは、ずいぶん久しぶりな気がする。クラス替えがあってから、離れて見つめているだけの遠い存在になってしまった。
むこうが目を瞑っているので、今日は安心して観察できる。人懐っこい感じは相変わらずだけど、なんだか雰囲気が変わったな。体つきがガッシリして、肩幅なんか広くなって男らしいっていうか。手だって前より骨ばって大きく……。
「いつまで人のこと、じろじろ見てんだよ」
きゃあ。このタイミングで目を開けるなってば。
「いや……なんとなく……ね」
どきどきどき。赤くなるな、自分。頼むから。
せっかく小林が近くにいるのに、話ができる状況なのに、変な奴だと思われたくないんだから。
「うー、やべぇ。五時間目、寝そう……」
よかった。さりげなく不問にしてくれたらしい。小林はくるっとグラウンドのほうを向くと、柵に頭を乗っけて寝る態勢だ。
またとない機会だから、観察再開。まつげ、意外に長いなあ。顔の輪郭がすこし変わった気がするのは、久しぶりに間近で見てるせいかしら。
リップクリーム塗ってあげたいくらい乾燥してる唇だなって見つめていたら、その唇が動いた。