理由1:西と東に別れてる
西と東とによってお笑いの形態が違う
本家のUSラップも西と東によって音が違う
理由2:お笑い芸人はゲットー出身が多い
そのコンプレックスで成功に導いてる人間が多い
武、99矢部、DT松本
理由3:世代間でたまに壮絶なバトルがある
理由4:フライデー殴り込みなど本場顔負けのスキャンダルがある
理由5:リズム型の人間が多い
そしてそれをお笑いにうまく融合させている。
宮迫、原西、(99岡村、ゴリは元ブレイクダンサー)
などなど思うのだがどうよ?
2getさー
たしかにおれは無職だが、童貞だよ。
理由2
・コンビの場合、相方は結構裕福な家庭に育ってることも多い
(99岡村、DT浜田)あ、2つしかシラネ
・最近の若手は、私大卒も多い
理由4
武以外おもいつかねぇ
理由5
ドリフ、タモリも追加
ミュージシャンは笑いのセンスがあるとは昔から言われてたようだ
逆に日本のHIPHOPは、海外と比べてお笑い的だと思う
吉本に所属してた(今も?)脱線3がいる
ついでに三枝はHIPHOP詳しいらしい
HIPHOPには韻をふむってのがあるがお笑いじゃボケるとか突っ込む
なんだろね。あと、大喜利とフリースタイルの関係
は?ヒップホップ?あんな馬鹿のおしゃべりとお笑い一緒にすんなよ
ヒップホップなんてダサすぎ
なんていう中途半端なスレだ
アングラマンセーなのもお笑いにもHIPHOPにもいる
そしてあげ
>>7 俺のチンポ舐めてくれたらその発言は無かったことにしてやろう
あげ
なめんな。HIPHOPは全く別物
落語は武家から発生、漫才は商人から発生、コントは裕福層が海外のものを取り入れた
ヒップホップはサウスブロンクス、日本でいえば部落やドヤの子供達の
ネガティブな行動がアートに昇華した文化だから、精神性やルーツは
上のどれにも当てはまらない 日本でよく似ているものといえば、
農民や貧乏な若者によって作られた言葉遊びの俳諧や南日本の貧乏な
島で差別を受けている人たちが作った名も無い島唄がある
そういうところから自然発生したものがヒップホップ文化の発生の仕方と似ている
一方、現在の日本のヒップホップシーンでは、ブレイキングの日本のレベルの高さを
世界に初めて示したのは、在日の佐久間という人でこの人は在日部落の出身
家は貧しくて非行に走っても仕方がない状況で育った ちょうど70年代のブロンクス
と似ている状況 暴力団の事務所を出入りする頃、80年代前半にマスコミが
ヒップホップというものを取り上げ始め、日本にも伝わった 佐久間は
暴力団で人を脅す仕事をするよりはと、流行のブレイクダンスをやるようになり
単身NYへ 帰国後チームを従え 日本人初のブレイクダンスチャンピオンになる
これは暴力がアートに昇華した
例。DJシーン、日本のDJというのは、昔は
ディスコ上がりが多かった 彼らのおおくは地方から来て住むところがなく
仕方なく住み込みの水商売感覚でディスコで働いていた若者、そのころ
ロックイットやワイルドスタイルクルーが来日してブレイクビートやスクラッチというものを
やってみせ、マスコミも取り上げるようになる、裕福なやつらがファッションで
取り入れていく中、住み込みディスコで働いてるような貧乏な若者は
必死に腕を磨いた そういう中から92年のミュージックセミナーで出てきたのが
DJホンダ、その後、情報も増え、DJシーンも裕福なやつらのほうが練習環境が
整えることができ、日本は世界トップレベルながら本来のヒップホップの姿とは
程遠い感じになっている、ラップ、これは和訳してるだけ ファンクにのせて韻をふむというのは
英語という言語の言葉の響きをおもしろがる黒人独自の感覚から生まれたものだった
それを理解しないで一部の業界くんたちが日本語脚韻というものを始めて
それが日本語ラップの指針となってしまった この誕生の背景は、ラップというものの
本質を捉える前に流行性やファッションやビジネス性を優先するあまりの失敗だと思われ。
この流れは今も続いていて、KRSの和訳版、ウータンクランの和訳版 ファーサイトの和訳版みたいな
どうでもいいものばかり生まれていてもう目も当られない状況となった
さて、お笑いとヒップホップの共通点に戻る
人間の能力でDNAが最も関係するのが、運動神経と言語感覚だという
音楽や数学は育った環境によるものが大きいらしいのだ
社会で競走をする上で学が必要になってくるものというのは
育ちや経済的な環境が整ってないと勝てない
しかし、特に訓練を受けてない勉強してないのに、足が速かったり、会話が面白い奴がいる
これがもって生まれた才能で、ことお笑い、ヒップホップのようなアカデミックなバックグラウンドを
必要としないトータルアート、というものは才能が大きい
心理学や芸術大学通ってる人間が創造的なお笑いやパフォーマンスをやってのける、というわけでもない
なぜ、それが彼らが無意識的にやっていたことがアートに具現化してのか、
それは才能+社会背景もある 日本でいえば、学がないものにチャンスを与えない学歴社会、学を身につけるのに
お金もかかるし家庭の教育環境も影響する、ゲットーの若者たちのやり場のないエネルギー、
こういう様々な要因が前フリとなり、才能はあるけど日当たりの悪いところにいる人たちが表現を始めた
そこにいるからこそ見えるおもしろいことを言い始めた こういう共通点がある
しかし、今の米のヒップホップ業界、日本のお笑い芸能界にこのような状況はない 終わってしまった
おそらくそのような状況はどこが別のところにいってしまったのだろう ちょっと前は2ちゃんねるに
そういう状況があったかもしれない しかし出版社の電子書籍化問題などで質はおち、ここも潮時だ
いつの時代も文化を潰すマスゴミや裕福層や中流の甘えん坊さんたちがいて、ここを食い止める方法は
ないもんかとわしは考えるのだ
へえ
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくはオニギリがすきなんだな。