BL@「学園ヘヴンについて語ろう」Part14

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256いけない名無しさん
「バレンタインディというのは、本来恋人同士がカードや贈り物を交換して仲睦まじく過ごすものだそうだ」
中嶋は、窓辺に立って外を見ていた。
「それに習って俺たちも今日一日は楽しく過ごそうじゃないか…」
薄い唇を微笑みに見える角度に上げて、彼は振り返る。
ベッドの上に居る人は返事をしなかった。
ただ、冷たく光る目で彼を見上げている。
中嶋は低く笑い声を立てた。
「夜は伊藤と過ごすから、それまでの間だけれどな」
氷細工のように一片の揺らぎも見せなかった彼の、瞳が僅かに揺れ動くのは見逃さなかった。
大股に近寄って、細い顎を捕らえる。
唇の触れそうな距離で、囁く。
「伊藤の事を、考えたな?」
「……」
「お前は俺のことだけ考えていればいいと、何度言ったら判るんだ?」
返事をしない和希は、返事をする意思が無いのであって、別に口を塞がれている訳ではない。
中嶋は獲物の声を楽しむ性癖があるので、拘束はしても口は塞がないのだ。
暴れて擦れた痕の付いた手首から、手錠が外される。
「服を着ろ。出かけるぞ」
「……」
「起き上がれないのなら、今日はこのまま一日ベッドで過ごすか?」
和希はのろのろと起き上がる。
身体を起こすと溢れ出した体液が腿を伝って、彼を居たたまれない気分にさせた。
目を伏せて唇を噛む彼に、中嶋が微笑む。
「そんなにそそる顔をするな。本当に出かけられなくなるぞ」
「…っ」
「良し、いい子だ…」
立ち上がった和希の腕を掴んで支えたのは、優しさからではないと和希は認識していた。
食い込む指の拘束が、彼に何度でも敗北感を知らしめる。
「お前は、俺の言うとおりにしていれば良いんだ」
耳に流し込まれる蠱惑的な声は、いつも氷で冷やした甘口の毒薬に似ている。
257いけない名無しさん:2005/05/09(月) 10:02:36 ID:???
中嶋に連れて行かれた先は、意外にも和希にとっても馴染みの街だった。
ただし、夜に限ってのことである。表通りには老舗のデパートが建ち並ぶこの界隈は、
1歩通りを入れば鈴菱に代表される極限られた客のみを相手にするクラブの類いが軒を連ねている。
が、この街がそんな顔を見せるのはあくまでも夜の帳が辺りを支配する時間になってからの事である。
今は昼に属する時間帯なので、通りには家族連れや女性同士の買物客と思しき人々が多く、極々健全な様相を示している。
パリの駅ビルであるポンピドゥーセンターで有名なレンゾ・ピアノ設計の、
全体がガラスブロックで構成された美しいビルの前を通り過ぎ、並木通りを更に通り過ぎる。
隣を歩く男は長身であるという分を差し引いても足が長かったが、和希とてさほど引けは取らないので
普通の歩調でついていく事が出来た。
これが10センチ以上身長差のある啓太なら、いつも小走りになるのだろうと虚ろに考える。歩く速さをあわせてやるような男ではない。
つらつらとそんなことに思考をゆだねていると、ぐいとやや強引に腕を引かれた。考え事をしていたのがばれたのかと一瞬ひやりとしたが、どうやらそこの角を曲がれという意味らしい。
そのまま直進していこうとする和希を強引に方向転換させた男は、腕を掴んだまま歩き出したので、和希は連行されているような気分になった。
ほどなくして、中嶋が足を止めたのでそれに連れて和希も立ち止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
それは和希が危惧していたような妖しげな店ではなく、品の良い雰囲気の漂うショコラティエだった。
海外でも高名な店で、和希も幾度か詰め合わせをもらったことがある。
が、元来さほど甘いものを好む性質ではない上、チョコレートやマロングラッセといった類いのものは
何かにつけては届けられるので、ほぼ部下に丸のまま寄越してしまっている。
実際この店のチョコレートも、ラッピングとロゴは飽きるほど見た覚えがあるが、口に入れた事は無い。
1Fがショップで2F・3Fがカフェという造りと思しき店内は、
ガラス越しに中を見ると一見営業しているのかどうか疑わしいほど薄暗い。
だが、目が慣れると淡い暖色系の照明の下でパティシエの格好をした女性たちが
てきぱきと立ち働いている姿が見え、雰囲気は悪くなかった。
しかし和希が一瞬躊躇してしまったのは、店の前にディズニーランドのアトラクション並の行列を
成している人々が完全に男女のカップルだけだったからである。
バレンタインのショコラティエなのだからそれは当たり前の光景だったが、その中でただでさえ
目立つ自分たち二人連れははっきり言って浮いている。
近寄りたくない。否、近寄れない。
目に見えないバリヤーに阻まれ完全に足の止まってしまった和希に構わず、
どうやら人の都合も聞かず予約をしていたらしい中嶋は行列を尻目にドアを押えていたギャルソンの
所へ行って二言三言話掛ける。
長身に足首まである長いエプロンをかけたギャルソンは、端正な顔立ちが某寮長を彷彿とさせたが、
洋菓子店の店員に相応しいシフォンケーキの如く物柔らかな微笑とともにふたりを招じ入れてくれた。
店に入った途端に、和希は今度こそ逃げ帰りたくなる足と懸命に戦わなければならなくなった。
258いけない名無しさん:2005/05/09(月) 10:03:14 ID:???
中嶋の如き目立つ男と歩いていると注目されるのはいつものことだ。
が、繰り返すようだがここはバレンタインディのショコラティエなのだ。
店員の女性たちと、客のすべてが痛いぐらいの視線を押し当てて来る。
中嶋はそんな視線をものともせず、というか当然のものとして受け止めつつ、
さっさと奥の階段を昇っていく。
こんな衆目の中に一人残されるのは御免だ。
和希は慌ててその広い背中を追った。
自分に追い縋る彼を振り返り、中嶋がふっと笑う。
たちまち大きな手が伸びてきて、有無を言わさずに和希の手を包み込み、強く引いた。
小さなざわめきが聞こえる。
いっそ不躾なほどの視線に晒されて、和希は苦い顔をして顔を伏せた。
案内された席は、店の一番奥まったところにあった。
さして広くないカフェの落した照明と落ち着いた雰囲気の中、全く寛ぐ事が出来ない原因が、今自分の正面に座っている。
中嶋は差し出されたメニューに一瞬だけ視線を落として、こちらの意見も聞かずにシャンパンと、それからガトーショコラをひとつだけ注文した。
程なく運ばれてきた、チョコレートと飲み物。
華奢なシャンパングラスには金色の透き通った液体が細やかな泡を立ち上らせて、小さな飛沫を立てている。
押さえた照明の中でそれは発光するように美しく、傍らに上品に佇むガトーショコラと共にその味を約束している。
和希は甘いものを際立って好む性質ではなかったが、美味しいスイーツを楽しむことも出来ないほど心の余裕を無くした大人でも無かったので、
こんなにも美味しそうなケーキを、しかも美味しそうなシャンパン付きで食べられるというこの状況が、嬉しくないはずはなかった。
目の前に座っているのが、この男でなかったら。
これが啓太であったなら、と思う権利を今の和希は持たない。
なので、ただひたすら、これが中嶋以外の人間であったなら…と思うばかりである。
中嶋は、グラス越しに和希を鑑賞しながら薄い唇に酷薄な笑みを浮かべる。
「美味いぞ。食わないのか?」
どうにも、中嶋の口からそう言われると、毒でも入っているのではないかという気分になってくる。
しかしこれを食し終わらなければここから帰ることを許されないだろうという事も事実で、和希は小さなフォークを取り上げ、
まずはガトーショコラを口にした。
今まで食べたガトーショコラとは一線を画する味わいだった。
ここのガトーショコラは小麦粉を一切使っていないとか何とか。和希も評判は耳にしたことがあったが、
正直これほどの味とは思わなかった。
一口一口が、最上級のトリュフチョコを食べているようで、さらに濃厚なカカオの味わいが口いっぱいに広がる。
それなのに甘さそのものは控えめで立場上舌の肥えた和希の口にも実に合った。
シャンパンをひとくち飲む。キリッと冷えた辛口のシャンパンはこれもまたチョコレートに良く合い、和希は知らぬうちに満足のため息をついていた。
中嶋はそんな和希を、ひとをからかうような微笑を浮かべながら見つめている。
その視線に居心地の悪さを覚え、和希はケーキを食べる手を止め顔を顰めて中嶋を正面から見返した。
「中嶋さんはケーキは食べないんですか?」
この男が甘いものを好まないことは承知の上で、とりあえず彼の周囲に停滞した何を考えているのか良く判らない空気を
攪拌する事だけを目的に、和希は問い掛ける。
中嶋は、ふっと息を漏らした。
それは後に思い返せば確信犯の表情であったけれど、その場では気付くことが出来なかった。
迂闊としか言いようがない。
「…そうだな。全部は要らないから、それを一口貰おうか」
259いけない名無しさん:2005/05/09(月) 10:03:55 ID:???
「……」
和希は無言で中嶋の方へとケーキの皿を押し遣った。
中嶋が人が手を付けた物など食べるような男ではないことは知っていたので、和希の目は不審に満ちている。
しかし中嶋は両手をゆったりと膝の上に組んだまま、身動きひとつしない。
「食べないんですか」
相手の口角がゆっくりと上がる。世にも邪悪な笑みを浮かべ、中嶋の唇がゆっくりと動いた。
明らかに面白がっているような響きと共に。
「お前がその手で、食べさせろ」
ひくり、と。和希の頬が引き攣った。
正気かどうか、中嶋の目を見る。
切れ長に冷たく光る彼の目は、正気かどうかは判断が付かなかったが、少なくとも本気であることだけは確かなようであった。
和希は警戒心を剥き出しにしつつ、華奢なフォークを手に取る。
ひとくち分をぐさりとフォークに刺し、中嶋の口許へ持っていった。
甘さの欠片もない、異様なまでに緊迫感の漂う光景だったが、和希は耐えた。
それなのに、中嶋は冷ややかに和希を見返す。
「お前の手で食べさせろと言っただろう。自分の手がどれだかも判らないのか」
和希には一瞬わからなかった。
自分の手の位置がではなく、中嶋の言っている意味がである。
ほどなくしてその真意に気付いた和希は、口を開きかけて閉じ、言葉の代わりにため息を吐いた。
「…外ですが」
「知っている」
「男の指でつまんだケーキなんか食べたいですか?」
「男の指でいつも喘いでいるのは誰だ」
「……」
カウンター席に座っている女性客がこちらを興味深そうに見ている。
いつか啓太を連れてきたかったけれど、もう二度とこの店には来られない。
もうどうにでもなるがいい。
和希はフォークに刺さったままのガトーショコラを指で摘んで取ると、中嶋の傲慢な口へと押し込んだ。
指を舐める時間など与えない。
引っ込めた指を拭きながら男を見上げると、彼はそれでも満足そうにしていた。
「甘いな…」
薄い唇を舐める。
その妖艶な仕草から、和希は目を逸らした。
「遠藤。出かけるときに言った事を覚えているか」
再び顔を正面に戻すと、中嶋はやけに真剣な目をしていた。
「今日がバレンタインディだという話ですか?」
「そうだ」
…だから何なんだと思いながら中嶋の顔を見返し、その端正な口許が再び目に入った途端に和希はうっと息を詰まらせた。
声を搾り出す。
「…くだらない」
「そう、くだらないな」
260いけない名無しさん:2005/05/09(月) 10:09:17 ID:???
にやりと笑う目の前の男は、くだらないながらも和希を不快に出来て満足のようだった。
つまり、先程和希がその手で食べさせたチョコレートケーキが、和希からのバレンタインチョコだと、そう言いたいのだ、この男は。
強制されたものだし、愛も勿論篭っていない。だから何の意味もないことだけれど、和希はとても不愉快だった。
嫌味のひとつも言ってやろうかと眼前の整った顔を睨み付ける。中嶋と一緒にいると、目つきが悪くなるようでいけないと思った。
中嶋は笑っている。何が楽しいのかずいぶん機嫌が良さそうで、その微笑みはいつものように
こちらを小馬鹿にしたような皮肉げなものではなく、何だかとても…嬉しそうだった。
毒気を抜かれて、和希は黙る。俯いて、ガトーショコラの続きを食べる。先程まで丁度良い甘さに
思えたケーキが、急に甘ったるくなったような気がした。甘ったるい夢を見ているようだった。
少しばかり微妙な関係の、ただの先輩のように振舞う中嶋に、何時の間にか引き摺られていた。
甘い。何より甘いのは自分の認識だ。和希は咽喉の奥にこみ上げる苦い想いを噛み締めながら、
ゆっくりと咽喉を逸らした。艶やかな細い髪がコンクリートの壁に圧し付けられ、ざり…と嫌な音を立てた。
落とし穴はいつでも、どこにでも。ぱっくりと口を開けて、自分を待っている。
中嶋と共にあるということは常に薄刃の剃刀の上を綱渡りしているのにも似て、ほんの僅かな
気の緩みが生涯消えない痛みを負うことに繋がると。そんなこと、自分はとっくに承知していた筈じゃないか…。
こんなことになる直前まで、自分たちはどんな会話をしていただろう。どんな表情で、どんな声で、どんな言葉で…。
自分は、彼のスイッチを入れたのか。後悔先に立たずというが、過去の失態を反芻してその原因を検証し、
将来の危機回避に応用する事は無駄な事ではない筈だ。全く同じ状況というものが、二度も訪れるものでは無いにしろ。
あの店を出てぶらぶらと帰路を辿りながら。話題は思い出せないほど瑣末なこと。
何か、中嶋を相手にする上で自分が失態を犯したとすれば…。ああ。そうか。笑顔だ。
俺は金輪際この男の前では笑うまい。下らぬ話題であったにせよ、和希は初めて男の前で笑った。
皮肉でも威嚇でもない、ただの無防備な笑顔を。その途端に中嶋の顔がすっと変わり…
和希の手を引っ張って、連れ込まれた先はここだった。
ビルと塀に囲まれた、本当に細い小さな路地。冷たいコンクリートブロックの壁を背中に感じながら、和希は小さく呻いた。
下腹の辺りから響く唾液のぬめる音に思考を攫われながら、自分の愚かさを呪う。
一瞬でも、彼に対して緊張を解いた自分が馬鹿だった。
あのショコラティエで甘くも優しい空気に絆されて、中嶋が只の仲の良い先輩で、
自分たちは全く健全な友人関係を保っているかのように夢想してしまった。
それはどんなに幸せなことだっただろう。啓太を奪われたとは言っても、彼が見た目どおりに真面目で
尊敬に値する人物だったなら、こんなに絶望はしなかっただろうに。
路地裏で冷たい大気に肌を晒し、和希の頬を涙が伝う。生理的なものなのか、悲しくて泣いているのか、それとも悔しいのか、自分でも良く判らなかった。
261いけない名無しさん:2005/05/09(月) 12:02:22 ID:???
ただ、束の間あんな夢を見せて、その直後に地獄に叩き落してくれる目の前のこの男が心底憎らしいと思う。
冷気に体温を奪われ、さざめく肌を冷たい指が這う。
こんな酷い状況でも反応しようとする自分の身体が、めちゃめちゃに切り裂いてやりたくなるほど疎ましい。
凍えるように冷たい胸の内に、焼けるように熱い何かがある。
怒りと、嫉妬と、まぎれもない中嶋に対する情欲。啓太には見せられないものばかり、増えていく。
熱い舌で嬲られ、咽喉を逸らして喘いでしまう。「そんなに気持ち良いのか…?」
顔を背けた。が、ささやかな抵抗を根こそぎ攫って行くように、中嶋の愛撫は巧みだった。
痛みに変わる直前の強さで弄ばれ、無意識に腰が揺れてしまう。
情けなさに身が震えた。他人に膝を折らぬ筈の中嶋は、和希の両足の間に跪いている。
姿勢を低くしているのになぜか傲然として見える男の薄い唇は、唾液とそれ以外のものでぬらりと光っていた。
口を離すと、惜しむように糸を引く。立ち上がった中嶋の、目線は和希より少しだけ高い。
吹き抜ける風の冷たさに和希は思わず首を竦めた。長い指がそんな彼の襟元を容赦なく緩めていく。
抗議の声を上げるより早く、耳の下の薄い皮膚に吸い付かれて、和希はあえやかな吐息を漏らした。
「なんで、こんなところで…」なぜと問うことの無意味さを、知っていても問わずにはいられない。
どうしてこの男はこうも自分に執着するのだろう。もう、放って置いて欲しい。
「誘ってきたのはお前だろう」答えなど望まずそれでも言わずにはいられなかった問いに答える声は、おおよそ納得出来るものではなかった。
「人に見られそうな場所が好みだろう?お前は」「馬鹿を言わないで下さい。貴方と違って俺にはそういう趣味は無い」
「そうか?その割りに…ずいぶん善がっていたじゃないか」両手がシャツに掛けられ、一気に左右に開かれる。
残っていたボタンが4つ。弾け飛んで無くなってしまった。「何を…!」
「騒ぐなよ。人に見られてもいいのか?俺は構わないが」「くっ…」
確かに、中嶋のほうはきっちりシャツのボタンも上までとめて、誰に見られても何ら問題ないだろう。
だが、すでに言い訳のしようもない姿にされている自分の方は?その上こんなところでは、遠藤ではない、鈴菱和希の知り合いに会う可能性すらある。
表通りから一本入っただけの細い路地。物音を不審に思った誰かが、覗かないとは限らない。
和希は抵抗をやめ、黙って中嶋の顔を見返した。頭にくるほど秀麗な顔だった。
この目の前の小さな頭蓋には、比類無いほど優秀な頭脳と常人には理解し難い歪んだ嗜好が詰まっている。
なぜ啓太はこんな男を愛しているのだろう。やりきれなかった。もうシャツは全部肌蹴られて、辛うじて腕に引っかかっているばかりだ。
中嶋の薄い唇が丹念に耳朶を辿って行く。胸の先端を弾かれて、和希は咽喉の奥で小さく呻いた。
なぜこんなことになったのだろう。たったひとりをずっと想い続け、ささやかな幸せを望んだ結果がこれならばあまりにも哀しい。
和希にとっては、好きな人を恋人に持ちたいなどというあたりまえの幸せさえも高望みなのだろうか。
すべてをぶち壊してくれた男が、自分を好きなように嬲り高めるのに喘ぎ声を噛み殺す。
死んでも声を立てたくなくて、和希は身を強張らせ、声を殺して泣き続けた。