♪X'mas Dinner Show 2010@聖子を語ろう203♪
57 :
陽気な名無しさん:
永田議員が自殺で亡くなったということで、ご冥福をお祈りいたします。
このニュースにも驚いたけど、それより驚きなのはこのニュースに対する人々のコメント。
「あんなことをしたんだから死んで当然だ」
「人間として弱すぎる、だから挫折を知らない人は困る」
「死んで責任を取ることなんてなかったのに」
「なんで周りの人は止められなかったんだ」
みたいなのばっかり。
僕は医者ではないし、永田議員がなぜ死んだのかは、彼にしかわからない。でも、こういうコメントを見ると、
病による自殺に対する多くの人の理解のなさに残念に思う。もう少しだけ彼のことをわかってあげたら、
こういう自殺を減らせるかもしれないと思い、長文になるが僕の見解を残しておこうと思う。
「あんなことをしたんだから死んで当然だ」
ちょっと待てと。そもそも、彼のした事は、そこまで批判するに値しない。理由その1。彼がしたことは、
「実力以上のことにチャレンジしたが、失敗した」というだけで、大きく見れば特に若い時は誰にだってある「普通の失敗」だ。
経営コンサルタントだった当時は、東京大学を優秀な成績で卒業したピカピカの部下が、ファクトに基づかない捏造感のある
プレゼンを作ってくることなどよくあることだったわけで、エリートだったら大失態をしないなどというのは幻想である。
こういう失態を許し、学ばせることで、人を育てるのが組織の仕事だ。理由その2。最も悪いのは部下のレビューを怠った幹部だ。
先述のように、失敗事例のある若い部下がファクトに基づかない議論をするリスクがあるのは当然で、
こういうことが起こらないように組織的に準備するのが幹部の役割である。また、上司というのは責任が大きいから
給料を部下よりもらっているわけであり、何か問題があったときは部下をかばい自分がまず責任を取るのが当然なのに、
まず彼を罰しようという姿勢がおかしい。彼のせいで民主党執行部が責任を取らされたのはひどい、という意見があるが、
本当に責任があるのだから当然である。理由その3。彼がやったことを批判するならば、彼に投票した人を批判するのが先であり、
有権者はできないことをさせてしまった自分を恥じるべきであって、「あんなことをしたんだから死んで当然だ」という人は、
投票者があんなことをさせたに等しいことを忘れてはいけない。
というわけで、彼がやった事の責任は大きく見れば組織と有権者にあるのだ。同じ組織と有権者が同じように行動すれば、
同じメカニズムで同じような人が現れるのだから。
「人間として弱すぎる、だから挫折を知らない人は困る」
彼がアンラッキーだったのは、職業柄、失態が多くの人の目にさらされたということである。僕も、テレビで全国放映されたら
穴から出られないような失態があると思うが、経営コンサルタントというのは機密情報の世界なので幸い表に出るようなことはなかった。
でも自分の失敗を日本のみんなが知っているという状態で、みんなに批判され続けたら僕はどんなに追い詰められるだろう。
永田議員が、受験、就職で挫折したことがないという理由で、「挫折を知らない人は困る」というのは筋違い。
受験で失敗した辛さと、日本中に恥が知れ渡る辛さとを天秤にかけられるはずがない。挫折を知っていようと知っていまいと、
逃げ場がなくなれば人は極限まで追い込まれるのだ。
多くの人が、逃げ場がないということの恐ろしさを知らないのではないかと思う。特に、日本人は失敗に対する寛容さがなく、
連帯意識を重視する結果「正しかったらみんなで批判する」傾向がある。ここで、逃げ場を失わせる最も簡単な方法は、
「周囲の人が失敗した人を正論で追い詰める」という事だ。まさに、「人間として弱すぎる、だから挫折を知らない人は困る」、
という発言をする人が多いから、人は追い込まれて、死んでいくのだ。
人間というのは、逃げ場がないとストレスで鬱病になるように設計されており、鬱病が進行すると脳の形状が変化し機能も
変化し前向きに考える機能を奪われ、ともすれば自殺したくなるように設計されている。あまり知られていないと思うが、
これは本人の問題ではなくて誰でも例外なくそうなのだ。人間として弱すぎるなどという人は、人間の精神が強いという勘違いは捨て、
周りの環境に恵まれているだけだと気づいたほうがいい。