>>66のリンク先の文章をめぐってまた何やら展開があったようですが、
僕がわからないのは、
>>66の文章の結論なんですね。
どうして、あれで「だから、バックラッシュは必然なのだ」となるのか、
それがまったくわからない。あれとほぼ同じことを書いて、
「だから、メンズ・リブが必要だ」となるなら、これはよくわかる。
「生まれたことを喜んでくれるのが、菓子屋とドレス屋と女衒と女たらしだけの
女なんかよりはマシ」という社会構造を幾重にもつくることで、かろうじて激突を回避してきた
社会構造、「強者男性」化と「生き延び」とをセットにし、「弱者男性」のみならず
「弱者」としての「女性」にも「強者男性」化をせまる社会構造と「弱者男性」が対決する、
というならこれは大変よくわかる。
ところが、そうはなっていない。いぬまわりさんなら「のろま」というかも
しれないけれど、これはたんに「歴史」が忘れられている、ということだとしか
僕には思えない。その結果、「在日」「部落」と並列されて、「女性」は
もはや「弱者」ではない、「弱者」としての「女性」なんか存在しない、
という短絡が起こり、構造的に「弱者女性」は抹殺される。これは
「非モテ」問題における「非モテ女性」と「非モテ男性」との非対称にも見られる。
前にこのスレで挙げた、上野千鶴子の「メンズ・リブが必要だ」というインタビューは
1989年9月号の現代思想「特集 セックスの政治学 男のフェミニズム」に掲載されているけれど、
格差の話はすでにそこに出ている。で、検索してみたけれど、8件しかヒットしない。
おそらくまだどの本にも入れてないからでしょうね。今となっては大学図書館か、
国会図書館で読むか、古本屋で入手するしかないし。あのインタビュー程度のことは
デフォルトにして、話をしないと不毛だと思う。『バックラッシュ!』発売記念ブログの
運営者の方たちも、上野さんのインタビューはご存知ではないんだろうか。