本因坊秀哉(田村保寿)を語る

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159名無し名人
棋正社はプロの段位が甘いじゃん…。棋正社がアマに発行した段位も甘かったと思うよ。
台所が苦しかったのかな?棋正社の免状が物置から出てきたら、宝物だよね…。
雁金先生の当時の段位は雁金先生(棋正社)が主張していた段位だから、田村との
対戦成績で検証すべき。雁金先生は田村に大きく負け越しているような印象があるよ。
名人は十段扱いだから、そこから雁金先生の実力を検証すべき。現在は、雁金先生は
名誉回復して日本棋院の贈九段だったかな???

ところで! このスレを見ている人たちの中に日本政治史を研究している学者がいたら、
院社対抗戦(大正大争碁)を日本政治史の視点から分析して岩波から出版してよ。
岩波新書は、何年かに1回は囲碁の本を出してもいい。既に、『囲碁の世界』と
秀行の自伝を出してるよね。他にもあるかな?レドモンドに自伝を書いてもらい、
ジュニア新書に入れるべきだよね。

雁金先生は貧乏人で、若い頃に伊藤博文の家で住み込みの書生をしていたんだよね。
その縁で、伊藤博文は雁金先生を終生かわいがったらしい。一方、田村はおじさんが
国会議員なんだよね…。田村も、碁を捨てて車引きだかバッタ屋だかをやった時期が
あって苦労しているけどね。

大正大争碁は、雁金先生のタニマチ(長州閥?)と田村のタニマチ(新興の大倉財閥?)との
代理戦争だと雲孤さんが妄想をぶっこいていて事実のように語るから、誰か検証してよ。