外伝:3
しばらくし、男は目を覚ましました。
ーーここはどこだろう?
そう思い、あたりを見回すと、どうやら広々とした天幕の中のようでした。
視界の隅に、もくもくと手作業をする少女の後ろ姿がありました。
なにごとかをつぶやきつつ、とても集中しながら、針仕事をしているようすです。
彼は、驚かさないように静かに声をかけました。
「あなたが、助けてくれたのですか?」
いたっ! それでも少女は驚いて、血の付いた針を落とし、ハッとして振り返りました。
それはやはり、先ほどの少女でした。
その顔は、男が今までみたどんな女性よりも美しいものでした。
髪の毛は稲穂色で、ほっぺたは少し日に焼けて、あかあかと輝いています。
そして目は、まるで空を閉じこめて、宝石にしたように透き通った青色なのでした。
「あら、気がついたのね!」
少女は、晴れ晴れとした声でいいました。
「あなた、もうまるまる2日間も寝たままだったのよ。もう、起きないかと思っちゃった」
「はい、あなたのおかげです。しかし、ここは天国なのではないのですか?
何故なら、あなたはとても美しい。まるで天使のように見えます」
男は真顔で言いました。
ちなみに、彼はたくさんの詩を聞いて育ったので、そういうのがふつうの会話と思っているのでした。
乙女は、微笑みのあまり、目をほとんど閉じたようにして、答えました。
「いいえ、あなたはちゃんと生きているわ。もちろん、私もよ」
そういって、男の手をとり自分の胸にあてました。
「ほら、命の音が聞こえるでしょ。あなたのだって、聞こえてるはずだわ」
「では、ここはどこなのでしょう?」
男が訪ねると、少女は交易で有名な、遊牧民の名を教えました。
「そして、ここは私たちの村よ。季節ごとに、場所を移ろう村・・・。さ、外に出ましょう。
あなたが起きたら、連れてこいとお父様にいわれているの」
そう言う少女の声が、何故かすこしふるえていることに、彼は違和感を覚えました。
外伝:4
言われるがままに天幕をでると、そこは一面の草花で、まるで楽園のようでした。
そしてたくさんの男や女が、それよりもっとたくさんの、羊たちといっしょに生活していました。
彼らは大洋河に沿って、旅をする一族でした。
男は、村のものたちに手をひかれて、少女と離ればなれになりました。
別れ際に、彼女がハッキリとわかるほど、悲しそうな顔を見せたのが、彼の胸に残りました。
村は、どうやら彼の歓迎のための準備に入ったようでした。
やがて、遊牧民の族長を囲んで、宴がひらかれました。
招かれるまま席につくと、部族の長が語り出しました。
「ようこそ、高貴なる旅人よ」
そういって、自分たちの部族の名前と、自分たちが彼を歓迎していることを伝えました。
男は感謝の礼を述べ、歓迎の杯を飲み干しました。
部族のみなも、それを見て、それぞれの手にある杯を飲み干しました。
族長は次に、慎重に値踏みするように彼をみつめると
「見たところ、そなたはただの旅人ではない。いずこかの王土よりやって参られた、お血筋の方ではあるまいか」
と、男の来歴を訪ねました。
彼は、悪い胸騒ぎをおぼえました。
この部族は交易でさかえる有名な部族であるし、弟に通じているとも限らない。
そこで、自分は武者修行中の、ただの遍歴の騎士であると答えました。
族長は、とたんに興味をなくしたような顔になりました。
「では、この素晴らしい槍は、いったいどこで手に入れたものなのでしょう?」
傍らから、陽光をうけて七色に光輝く、美しい槍を取り出してうたぐるように問います。
それは、彼が王国の宝物庫から盗みだし、そのまま持ってきていた、魔法で鍛えられた槍でした。
彼は内心の動揺を隠しながら、しかるべき武術競技大会で優勝し、手に入れたものだと説明しました。
族長はあまり、信じた風は顔ではありませんでしたが、
とりあえず、男が腕のある武芸者であることは、納得したようでした。
最後に、こう言いました。
「さて、我々は強い男の血を、部族の中にとりいれることを何よりの誇りとしている。
そして、私には幸いに、美しいことだけがとりえの娘がいる」
そういって、大きく手を叩きました。
おずおずと、うなだれるようにしてその場に現れたのは、男を介抱してくれた乙女でした。