テイルズ オブ バトルロワイアル Part11

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1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part10
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1188467446/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ10
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1189512040/l50
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html

2名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:18:09 ID:lmIOOQZd0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。

3名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:19:23 ID:lmIOOQZd0
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:20:04 ID:lmIOOQZd0
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:21:43 ID:lmIOOQZd0
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア)  :1/10名→●クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :0/6名→●カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :3/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :1/5名→○ヴェイグ・リュングベル/●ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計8/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4 C5

18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
6名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:22:49 ID:lmIOOQZd0
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
7名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:23:53 ID:lmIOOQZd0
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
8good night 1@代理:2007/10/10(水) 17:33:47 ID:lmIOOQZd0
 「どんな別れなら悲しまずに居られるだろう
  『冗談だよ』
  って、いつもみたいに戯けて笑って見せて♪」
 確か、クレアが毎日のように歌っていた歌だ。懐かしいな。
 最後に聞いたのは…何時だっただろうか。随分前に感じる。
 ……あいつが何時もの様に暑苦しい笑顔で“冗談だぜ、ヴェイグ”とだけ言ってくれれば、どれだけ幸せだっただろうか。
 馬鹿だ、お前は。
 親友をこの手で殺めて悲しまないヒトなど、いるものか。
 この世界では全ての選択が間違っている。
 ならば、悲しまずにいられる結末なんて、存在しない。
 しかし…俺は今、悲しみを感じていない。何故だ……。
 「誰にも言えずに長い夜をただ一人で
  ……どんな思いで、どんな思いで居たんだろう♪」
 そういえばあいつは、ここでは一人だったな。いや、確かにクレスとやデミテルとは一緒に居たが会話らしき会話はしていないだろう。本音を誰にも語れずに居たんだろうな。
 長い間仲間であり親友“だった”んだ。その程度は嫌でも分かる。
 あいつはどんな思いで夜を過ごしたんだろうか。
 あいつの“迷い”は、一体何の迷いだったんだろうか。
 何を、“誰にも言えずに”居たんだろうか。
 「ああ
  遠い空に
  散り行く星の光♪」
 あいつの目的は何だったのだろう。
 ……星は既に遠い空に散ってしまった。
 知りたくても、それは叶わない願いなんだろうな。
 「きっと
  今も何処かで、微笑んでいますように♪」
 いつも五月蠅くて、暑苦しい程の馬鹿笑いをしていたあいつのそれは、とても“微笑”と言えるものではなかった。
 けれども、どれだけあの馬鹿笑いを見たいと思った事か。
 それだけで俺は安心出来ただろう。全てが夢なら、嘘なら良かったのに。
9good night 2@代理:2007/10/10(水) 17:34:50 ID:lmIOOQZd0
 「限りあった、未来はきっと
  残された手の平で輝くと今誓う♪」
 あいつの手が、俺の差し伸ばした手を掴んでくれたら。どれだけ歓喜しただろう。
 再び友情をその手に誓ってくれたら。どれだけ救われただろう。
 再び未来の輝きを二人で、掴みたかった。
 だが、それは甘い考えだった。あいつに腕は無かったから、等という理由ではない。
 頭のどこかであいつを信じたかった。いや、信じていた。
 その結果がこれだ。
 裏切られた、なんてエゴは言わない。あいつは今までのあいつとは違う、と頭では理解していた。
 だが信じていた。
 そこにある矛盾。
 だから俺は選べなかった。
 この現実はそんな俺への罰だ。
 だから、俺を赦すな。カイル。喩え、お前が俺を赦そうと。世界が俺を赦そうと、俺は俺を赦さないし、俺が世界を赦さない。
 ……先刻俺は“罰”と表現したが、厳密には違う。
 罰は暗に、“それにより赦される事”を前提としていると俺は思う。
 だが俺は赦される事を望まない。
 俺の中の罰の定義とは外れるが、俺には罰以外に表現出来なかった。
 赦されない事を前提とした罰。
 罪滅ぼしなんて出来ないし、しない。
 先程までとは違う。もう甘い考えは棄ててやる。
 ――そういえばさっきの歌の続きが思い出せないな…おかしい。覚えて無い筈は無いんだがな。
 何だ、この感覚は……。
 まるで自らの本能が脳から記憶を呼び起こす事を拒むような、不思議な感覚だ。
 思い出さない方がいいのかもしれない。
 だがどうもおかしいな。あいつを討つまでは覚えていた気がするんだがな……。
 まあ、気にしても仕方無い。
 今は、目の前の“これ”をどうすべきかを考えるべきだ。
 ……俺は、お前と同じ世界を見て、同じ道を歩む。結果も同じなのかもしれないな。
 ……もうお前とは、決別しよう。こいつを炭にして。
 ――ヴェイグは、その剣に覚悟の業火を灯らせた。



10good night 3@代理:2007/10/10(水) 17:37:02 ID:lmIOOQZd0
「――次元斬!」
……遅い。
ヴェイグは空中に飛んだクレスを見て思う。恐らく本来の1/10の速度を出せているかどうか、といったレベルだろう。
そして、薄い。
紫の魔剣から伸びた蒼の刃は、所々が透明で、穴も開いていた。
更には、雑だ。
蒼の濃さは部分部分で全く違い、そして刃は直線ですら無い。これでは人は愚か、バイラスですら一撃で斬れないだろう。
挙句の果てに、隙だらけ。
ミルハウストやユージーン達の様な軍人ならば、今この瞬間にはもうクレスを真っ二つにしているだろうな。
だが俺は敢えて受けてやろう。
……到底クレス本人の剣技とは思えない劣化っぷりにヴェイグは心の中で嘲笑した。
この程度ならば、この技で十分。
「――絶氷刃!」
緋の剣から放たれるは、蒼の光を持つ刃。
二人の剣は蒼の衝撃波を持ち激突した。
素人から見ればこの勝負、互角に見えただろう。だがヴェイグの絶氷刃は基本技、しかも必要最低源の威力に落としたそれだった。一方クレスは時空剣技、それも奥義だ。
確かに威力は互角でも、技の質が違う。
勝敗が既に決まっているこの戦いの大団円が訪れるまでは、次元斬と絶氷刃の相殺により空中へと弾かれた白銀の氷が落ちるまでの一瞬の出来事だった。
極めて薄い白銀の氷は、まるで風に舞う枯れ葉のようにゆらゆらと空中を旋回した。
「……あああ鳳凰天駆っ!」
相殺された蒼の刃を焦点が定まらぬ目で一瞬だけ見据えると、クレスは地面を蹴り上げ即座に紅の炎を纏い天へと駆ける。鳳凰が狙う獲物はただ一人、ヴェイグ=リュングベル。
「無影衝!」
ヴェイグは鳳凰が下降する動作を捉えると、回避と一体化した攻撃でそれを防がんと技名を叫び、ディムロスを握り直す。
――さあ、何時でも来い。
しかし鳳凰は予想外の行動を取った。
11good night 4@代理:2007/10/10(水) 17:37:44 ID:lmIOOQZd0
天から地へと下降する前に纏う炎を紅から蒼へ変化させたのだ。
そしてクレスは空中で停滞しつつ上昇した。
その動作を見てヴェイグはロイドから教わったクレスの時空剣技の特徴を思い出す。
――蒼を纏い、剣を下に向け空中へと上昇。これは確か、ロイドが言っていた……“空間翔転移”の予備動作。
空間翔転移は、消えるまでの相手の座標を目標にして下降するとのこと。
今のクレスなら小細工までする余裕は無いだろう。
ならば、クレスが現れる位置は今の俺がいる場所の後ろか。
……だがどうする?
今俺は無影衝を放ってしまった。いくら鈍っているクレスの攻撃とは言え、もう走って避けている余裕は無い。既にクレスは消えてしまっているからだ。
あと一秒もしない内に奴は俺を串刺しにするだろう。
――ならばっ!
ヴェイグは出来損ないの無影衝を放つと、続けて神速の奥義を発動する準備をした。
避けられないなら、特技の隙を無くす奥義のこの技で無理矢理距離を取りつつ背後から攻撃するまで!
「空間翔転移!」
ぐにゃあ、と空間が歪みクレスの紫がヴェイグの背後に顔を出す。
「崩龍―――」
クレスはヴェイグの背後へ転移し、ヴェイグは転移したクレスから一気に距離を離す。一瞬、クレスの前方で静止した後、更に神速の一撃を持ちクレスの背後へ立つ。
クレスの背を蒼の炎を纏う剣で貫き、素早くそれを抜くはヴェイグ=リュングベル。
クレスの鎧が砕け落ち、胸と背から血がじわり、と滲む。
しかしそれで攻撃が終わった訳では無い。
「―――無影剣!」
背から抜かれた剣を合図に、凄まじい冷気がクレスの全身を刻んだ。
その瞬間に氷の葉が一枚、地に降りた。

12good night 5@代理:2007/10/10(水) 17:38:37 ID:lmIOOQZd0
「う……嘘だ……」
蒼を以て赤が流れ出す。
クレスはぽかん、と空を仰ぎ再び壊れ出す。
それはヴェイグとディムロスを呆れさせるどころか、哀れみの情さえ生んだ。
「嘘だ俺は負けない僕はクレスに負けて違う負けない為に嘘クレス違う俺違う負けクレスに負け嘘違俺はクレスに負けてああああ……」
それでもクレスを地面に伏させないは、体力では無く精神力。
――戦う気力すら、失せる。だが、ロイドを殺したお前を生かしておく訳にはいかない。
……せめて、一撃で屠ってやる。
『どうしたのだ、ヴェイグ?』
ディムロスがクレスから遠ざかるヴェイグへと声を掛ける。
近付く必要はあっても、遠ざかる必要は無い。
「一撃かつ全力でクレスを葬る。その為には、ある程度距離が必要だ。絶・瞬影迅を使う為にもだ」
ヴェイグはそう説明するとクレスに背中を向けながら、無機質な声でたった、たった一言呟いた。
その一言は恐らく今のクレスにとって無慈悲な断罪の炎だと知りながら、ヴェイグは敢えて紡ぐ。
……もう俺の言葉は聞こえてないだろうが、よく聞け。クレス。

「お前の負けだ、クレス」

背後で音が聞こえた。
ヴェイグは首を曲げ、何事かとクレスを右目に収める。
「違う違う違うチガウチガウ、違あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうッ!死ね!しね!シネ!ぼ、俺はッ!負ける訳にはいかないんだッ!うおおおあああAAA!」
ヴェイグは溜息を吐くと、首を元の位置に戻し、目を閉じた。
一陣の風により、ヴェイグの三つ編みの髪がゆらゆらと空中を泳いだ。
「負ける訳にはいかない、か。それは俺も同じだ。だから……俺はお前を殺す。
 ―――絶・瞬影迅」
13good night 6@代理:2007/10/10(水) 17:39:29 ID:lmIOOQZd0
ヴェイグは剣を握る。
もう十分距離は取った。あとはこのままクレスを殺すのみ。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
――しかし、凄まじい殺気だ。
ディムロスはコアクリスタルの中で呟いた。
執念の塊、か。いや、こやつは既に怨念の類だな。
自らを“剣”と称したのも、あながち間違いではない。
……愚かな奴だ。本来ならば、斬る価値すら無い敵。あの腹の傷に加え、先程の胸から背への一撃と氷により全身に刻まれた裂傷。放置しておけば死んだだろう。
が、こやつだけは斬る。
存在を赦していい者ではない。
大剣は、怒りの炎を更に滾らせ、纏う紅の気を更に濃くした。
「これでッ!終わりだあああぁぁぁぁぁ!!」
背後で紫を大きく振りかぶり、咆哮するクレスが居た。
ヴェイグはそんなクレスへと神速で走り出す。
「『終わりなのは、お前だ!!』」
ヴェイグは剣を蒼の炎で包む。
ディムロスは身を紅の炎で包む。
……俺の全力で、お前を潰す!
……私の全力で、貴様を斬る!
二人の牙は通じ合い、紅と蒼は混ざり合い、紫の炎へと変わる。

「冥!」
「幻!」
――紫は御互いを殺す為に再び衝突する。
衝突する刃は、冥界へと誘う時空の刃と、幻の森で冷気を纏う炎の刃。
ヴェイグは少し驚かされた。クレスのこの技の威力、先程とは比べものにならない。威力が呪いで低下してこれか。化け物め。
やはり全力を以て潰しにかかって正解だったな。

「空!」
「魔!」
――御互いに全力の剣激は、辺り一面を粉砕でもなく、“消滅”させる。空を斬り、魔を凍結させる。
……俺は負ける訳にはいかない。
いや、負ける筈が無い。
俺にはディムロスがついている。
一対二。俺が負けるなんて、有り得るものか!
14good night 7@代理:2007/10/10(水) 17:40:03 ID:lmIOOQZd0
「「斬!」」
――紫と蒼の炎は密度を増し、それぞれが黒き炎に変貌していた。黒き炎は空間をも焼き、激しい雷を散らす。
皮肉な事だが、ここから彼等の技の名前は一致していた。

「「翔!」」
――一方の紫が弾かれた。
漆黒の炎を相殺するべき媒介は空へと飛翔する。
相殺されるべき媒介を失った炎は、当然残された媒介へと矛先を移行する。即ち紫を失った者へと。
……これで、終わりだ!
無意識のうちに剣を握る手に力が入る。

「剣っ!!」
――最後の天空への一撃を放ったのはただ一人。
よって“剣”の文字を紡ぐ事が許されたのはその者だけであった。

「あああああああああッ!!」
クレスは、ヴェイグから全身に最後の一撃を浴びると膝を崩した。
ヴェイグはその様子を見ると、苦虫を噛み潰しているような顔をした。
これだけ弱っているクレスへ全力の一撃を放ってもまだ殺せない。
“俺は弱い”
必然的にその四文字がヴェイグに叩き付けられる。
確かに俺は勝った。それも無傷だ。だが俺は、死に損ないの剣士すら一撃で屠れないのか。
なんたるざまだろうか。
これでは、カイルを守れない筈だ。
「い……痛い……い……や、だ」
クレスが呻く。
ヴェイグはその声に苛つきながら、敗北した者へと剣を向けて歩み寄る。
その剣で引導を渡す為に。
「さようならだ、クレス=アルベイン」
今度こそ、永久に彷徨え。
ヴェイグが虚ろな目でディムロスを見据えるクレスへと剣を大きく振りかぶった。
……さしずめ、死刑執行のギロチンといったところだろうか。
ヴェイグはそんな残酷な事を考えた。笑えない冗談だ。そうならば、俺は罰を与える側の人間だとでも言うのか?馬鹿を言え。
15good night 8@代理:2007/10/10(水) 17:40:36 ID:lmIOOQZd0
ああ、じゃあこうしようか。これは“俺への罰”だ。全てを滅する事が、罰。
……どうだ?ふ、やっぱり笑えないな。
まあいい。事実なのは“俺が目の前の男を殺そうとしている”という事だ。
ヴェイグが振りかぶった剣を振り下ろすのと、叫び声と共に虚ろだったその目に恐怖を浮かばせ、クレスが逃げ出したのはほぼ同時だった。
「……ひぃあああああぁぁッ!死にたくないいいいいッ!」
男はその手で紫を引き抜くと、走り出したのだ。
「ぐっ…!待て!」
しっかりととどめを刺そうと大きく大剣を振りかぶったヴェイグは、予想外の出来事に待つ筈が無い相手にそれを言うのが精一杯だった。
大剣を振り回す怪力を持つヴェイグだが、振りかぶった剣が地面に着く前に体制を整える等という芸当は出来なかった。
よって、クレスを追いかけるのは、そこに有った筈の頭を斬れず地面に突き刺さった剣を引き抜く作業を終えてから始めなければならなかった。
「……逃がすかッ!」
地面に刺さるギロチンの刃を無理矢理引き抜くと、ヴェイグはすぐさま走り出した。
こんな所でTPは使いたくは無い。絶・瞬影迅の乱発は控えたい。
だが、逃げ足はなんて速いんだ…流石に鍛え抜かれた体なだけはある。
しかしクレスは満身創痍。
見失いさえしなければ、直ぐに追い付ける。
ヴェイグの少し前方を走る闘神だった人間は、手は振らずだらりと下げ、足跡を結ぶと到底直線とは言えない、子供が書いた落書きのような線が記されるだろう走り方をしていた。
彼の目に映るのは
“死への恐怖”
その一色だけだった。
「まさか敗北の末に逃げるなんてな……クレス!ふざけるな!」
前方を走るクレスにヴェイグは怒りを込め、その叫びの語尾を強調した。
その怒りの根源はクレスの態度に対してなのだが、自分の読みの甘さと弱さにもあった。
16good night 9@代理:2007/10/10(水) 17:41:07 ID:lmIOOQZd0
ヴェイグは苛立っていた。
一撃で死に損ないのヒトを葬るつもりが失敗し、更に逃走まで許してしまったのだ。プライドが高い彼にとってこの苛立ちは当然の事だった。
そんな彼の考えを知らないクレスは、その叫び声に一瞬びくんと反応し、上擦った声で叫んでいた。
「い……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!死にたくない!来るな!来るなよお!!!来るなあぁあアァァあぁぁァあAAAAAaaa」
……なんだ、これは。
これでは俺が悪役じゃないか。
いや、そうなのかもしれないな。
汚れたこの手に正義なんてあるものか。汚れたこの口で、正義なんて言葉を言えるものか……。
友の母を殺し、仲間の少年を殺し、選択の果てに友を殺し、親友だった者を殺し、更には目の前の逃げ惑うヒトを殺そうとしている。
そもそもこの世界に、正義なんて言葉は無いんじゃないのか?何が正義なんだ?
『……グ』
……待てよ。ならば、悪とは何だ?
『……ェイグ』
俺は、まだ迷っている?何故?何に?どうして?
分からない……。
ティトレイも、同じ迷いを?
だとすれば、俺も同じように?
俺は、何を求めている?
このゲームを終わらせて、何をする?
その果てに残るものは、一体?
俺は、全てを終わらせたいんだろ?
ならば、俺の命は?
このゲームを終わらせた後、俺は?
いや、何を考えているんだ俺は。今更迷いだと?馬鹿馬鹿しい。
もう悩まないと決めた。
この世界で、迷いは即ち死だ。
だから俺は……
『ヴェイグ!聞いているのか!?』
そこでヴェイグの思考は止まった。
「……すまない、少し考え事をしていた……」
そう呟くと、ヴェイグは前方の人間の変化に気付き、目を細めた。
おかしい。何かが違う。
17good night 10@代理:2007/10/10(水) 17:41:39 ID:lmIOOQZd0
『……やっと気付いたか? クレスが先程からおかしいのだ。まだ五分も走っていないというのにペースが落ちてきている。
 常人ならばあの怪我ではそれが普通だが、奴は腐ってもクレス=アルベインだ。奴の強靱な体なら今のように弱っていても何十分も走らなければああはならないだろう。
 更に、体の至る部分を庇う様にして走っている。まるで転んで出来た新しい傷を労る様な……。だが、クレスが庇っている部分には傷は無いのだ。
 理由は分からない。が、これは我等にとってチャンスでもある』
確かにそうだ。
距離にして残り10m程度。
このままいけばあと5秒たらずで追い付ける。
そうなれば今度こそは確実に詰みだ。
「……わかっている。行くぞ、ディムロス」
残り4秒。
ヴェイグはディムロスを握りフォルスを込めようとした。
今の内からクレスを屠るに十分なフォルスを練るつもりだったのだ。
だが悲劇はその瞬間に幕を開けた。
「…あっ…?」
残り3秒。
クレスの不抜けた声が確かに聞こえた。
何事か、と思い一瞬足を運ぶペースが遅くなる。同時に前方のクレスの背が短くなる。否、足が地面に沈んだ。
――馬鹿な。地面に足が沈むなんて、物理的に有り得ない。
これは、沈むというよりは、“落下”?
ならば、地面に穴が?
そういえばあの地面、妙に円形で黒く……。
残り2秒。
ヴェイグが理解した時にはもう遅かった。
クレスの下半身は地面に開いた夜へと続く漆黒の口に呑まれ、視界に残されたのは仰向けで落ちていくクレスの胸から上と、空中で回転する紫の剣だけだった。
残り1秒。
ヴェイグは死に物狂いで走った。
それがもう遅い行動と分かっていたが、走らない訳にはいかなかった。
見えるのは、虚しく回転する剣だけになった。

18good night 11:2007/10/10(水) 17:48:31 ID:bq7k6cFbO
運命の歯車は、回り出してしまったのだ。最早誰にもそれを止める事は叶わない。
0。
がきん。
穴の端に剣が衝突し、再び空を舞った。
握り締めていたディムロスが、地面へと力無く落ちた。
ヴェイグは穴を覗く。
クレスが抗えなかったあの夜に待っていた運命の果てを、覗く。
先程まで死を恐れていた筈のヒトが、三日月を浮かべるのを、覗く。
体から墓の名を持つ槍が飛び出ている様を、覗く。
ヴェイグは膝を崩した。
火傷を負った拳の痛みすら忘れて、強く握った。
ディムロスは、その青年が震えているのを見た。
――ああ、この青年は、私と同じ気持ちなのか。
「来いよ、僕」
月は抗えぬ運命に再び形を歪ませる。
ざくり。
紫は月を割り、月は紅の朧をその身に纏った。

待て
待てよ
待てよ、クレス
お前は、俺が、殺すべき
なのに
こんなのは
有りか、クレス
最後の最後に、笑う、だと?
それがお前の答えか、クレス!
ならば、俺はッ!
「う……あ…うあああああああああああああああッ!!ああぁぁぁッ!」

“ざまあみやがれ、偽者め”

死して尚固持する、自分を嘲笑う様な不気味な三日月がそう語っている気がした。
行き場の無い怒りは、ヴェイグに越えてはならない一線を越える力を与える。
『ヴェイグ』
ディムロスは呼び掛ける。だが彼は元より返答は期待していない。
「……なんだ……ディムロス」
しかしヴェイグはゆっくりと、拳を握ったまま答えた。
嫌に落ち着いていて、ディムロスは一瞬恐怖さえ感じた。
何かが、先程の叫びで吹っ切れた様な声だった。
『あ…ああ。エターナルソードの事だ。少し酷かもしれないが、あれを放置しておくのは気が進まんな。ミトスの事もある。
 そして……』
19good night 12:2007/10/10(水) 17:49:40 ID:bq7k6cFbO
……もしかすると、ロイドは生きているのかもしれん。
ディムロスはそう言おうとした。
『…いや、何でもない』
根拠が無い推測だけの話をするのは気が進まない。
ロイドが生きている、と考えたのは先程のクレスにあった。
あそこまで弱っているクレスにロイドが殺られるとは到底思えない。そして奴の剣。
付着していた血は、量が多過ぎた。
心臓を失ったロイドと戦ったにしては、少々大袈裟な位だ。
他の誰かとも戦っていた?だとすれば、斬られたのはグリッドかキールかメルディか?
更には負けた時の奴の反応。
奴はあろう事か尻尾を巻いて逃げ出した。
ならば、ロイドの時もそうであったとは考えられないだろうか?
ロイドの体力ではクレスに追い付けるだろうが、奴は空間転移を使う。それを利用して逃亡すれば、あるいは……。
「確かにそうだ。……気は進まないが、放置しておく訳にはいかないな」
ヴェイグは素直にそう思った。更にはもう一つの思惑があった。
(武器や防具を回収して今後に役立てるのも悪くは無い。自分を守るモノにもなるし、取引にも使えよう)
「直ぐに、取ってこよう」
ヴェイグは立ち上がりディムロスを握ると、穴へと飛ぶ。
夜の世界に体が埋まると、その炎の大剣を夜空の横壁に突き刺した。速度を相殺しながら、下降。
岩の槍はぎっしりと敷き詰められている訳では無く、雑だった。その間に足を運ぶと、目の前の紫に割られた頭が嫌でも目に入る。
とても見ていて気持ちが良いものではない。
しかしそれを見て沸くのは嫌悪では無く、純粋な怒り。
ヴェイグは必死に感情を押さえ込み、クレスの頭部を踏み、それを引き抜いた。
嫌な音が暗闇の牢獄で反響したが、特に気にはならない。
嫌な液体も散るが、これもまた気にならない。
案外簡単に抜けたな、とヴェイグは思う。
20good night 13:2007/10/10(水) 17:51:00 ID:bq7k6cFbO
ヒトが力まかせに刺したのではなく、空中から落ち、偶然刺さっただけなのだ。当然と言えば当然だった。
ヴェイグは少し息を吐く。こんな作業をし、こんな事を冷静に考える自分が狂ったヒトに感じた。
否定はしないが、肯定もしない。
何故なら、狂っているのは俺でもなければクレスでも無いからだ。
狂っているのは、この世界だ。
「――風神剣」
この世界にいる限り、“狂う”なんて言葉は意味を持たない。
狂う世界の住民は、ただ狂ったルールに乗っ取るしかないのだ。
それが、答えだ。
俺も、そんな住民の一人なのだ。
「一つ、聞いていいか?ディムロス」
牢獄から抜け出し、少し落ち着きを取り戻したヴェイグは、眩しそうに目を細めながら呟いた。
『何だ?』
それはあまり尋ねたくはない事だったのだが、真実を聞いておく必要があると感じた。
「……カイルの力量なら、あの技を避けられた筈だ。何故、カイルはティトレイの手を避けなかった?」
おかしい、と感じていたのはカイルの元へ降りた瞬間からだった。
最初は不意打ちを喰らったかと思ったのだが、そこに疑問を感じた。
何故ならカイルは手首から先を両方とも失っていたからだ。
“不意打ちを喰らった”という表現は、少々相応しくない気がした。
普通、ディムロスを放してまで両手であれを抱え込むだろうか。
カイルなら、あれの殺傷力を測れる程の強さと経験を持っていただろう。
そう。だから分かっていた筈なのだ。
……喰らえば、死。
だがカイルはそれを受けた。何故だ?
目視しなければあれは両手で受けられない。しかもまだ着弾までに時間が無ければそんな事をしている余裕すら無い。
だが逆に考えれば、即ち逃げられる余裕があったという事だ。
そこだ。そこがおかしい。
まるで何か後ろにあるものを庇ったかのような……。
だとすれば、何を?
21good night 14:2007/10/10(水) 17:52:24 ID:bq7k6cFbO
自分の命を賭してまで守りたいもの…。
『……そうか、お前は知らないのだったな。確かにそうだ。カイルは着弾する前にあれを避けられたのだが、ある女を庇ってああなったのだ』
ある、女?
「それは……?」
一体、誰なんだ?
『“ミントさん”とカイルは言っていた』ミント……。知らない名だ。
だが、この近くで生きている人間はミントという女性だけ。
会いに行く価値はあるな。
「行こう、ディムロス」
ディムロスは素直に返事が出来ない複雑な心境だった。
ヴェイグは、恐らく自分の迷いに気付いていない。
いや、自分の事なのだ。私から見ても分かる事を自分自身で気付いていない筈が無い。
お前は気付かないフリをしているだけだ。
……ヴェイグ。お前はミントに会ってどうするのだ?
お前が選んだのは全てを滅する修羅の道だ。引き返すとお前自身が壊れてしまう程の、険しい道だ。
ロイドが死に、(死んでいないかもしれないのだが)その道しか残されていない今、選んだその覚悟は認めよう。
だが、だからこそだ。
私はそれが心配なのだ。
この先に待っている現実の中で、ヴェイグ、お前は……

“カイルが命を掛けて守った薄幸な娘を前にして、その娘を手に掛ける覚悟が有るのか?”

ディムロスは大きな不安を感じながらも、ああ、という言葉を紡ぐ事しか出来なかった。


22good night 15:2007/10/10(水) 17:53:23 ID:bq7k6cFbO
『避けろ!カイル!』
壁の穴から漏れ出した一筋の光の先に、その薄幸な娘は居た。
娘は未だ状況を把握出来ず、戸惑っていた。
「ゴメン、ディムロス」
……今、一体何が起きているのですか?カイルさんは、何を謝っているの?他にも誰かいるのですか?クレスさんはいるのですか?
彼女はありったけの疑問を脳に浮かべた。
答えは当然返ってこなかったが、代わりに何かが返ってきた。
ぽす。彼女は自分の手に何かが触れる感覚を確かに感じた。何かは分からないが、触り慣れた感覚だと直ぐに分かった。
続いて響いたのは、ずぼあ、という不気味な音。
(……何?何の音?)
しかしミントは分かっていた。厳しい戦闘を乗り越えてきた者ならば誰もが一度は聞く…人間の柔らかい部分が貫かれる音。臓物の中を獲物が駆け巡る音。
即ち、人の腹が貫かれる音。
ぴっ、と飛び散った生暖かい液体がミントの頬に一粒当たる。
「参ったな……ダサ〜」
カイル……さん?
まさか……
がらんがらん。
木製の何かが部屋の床に転がる音。
続いて、上から響く叫び声。
ミントは、状況の把握が出来てしまった。
カイルに避けろという声。
カイルが謝る声。
人間の腹が貫かれる音。
頬に付く生暖かい飛沫。
勢いを失った無機質な何かが床に転がる音。
上にいる青年の咆哮。

カイルさん…カイルさん……?……い、や…いや…いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

そこで、彼女の意識は途切れた。


23good night 16:2007/10/10(水) 17:54:35 ID:bq7k6cFbO
『……ヴェイグ』
この言葉を発するのは今日何度目だろうか。ディムロスは少しだけ自分が間抜けに思えた。
「自分でも分かっている……何も言うな」
ディムロスの目の前でヴェイグが行っている行動は、鬼畜の諸行だ。
砕けた木片を漁るその青年の目は、カイルを失うまではあった筈の輝きを失っていた。
――砕ける前の一本の樹と同じ目だ。
ディムロスは素直にその感想を抱いた。
だが私の目も…そうなっているのだろうな……
成程、世界に色が無い、とは言ったものだな。
全く、面白い程にその通りだ。体があれば腹を抱えて笑ってしまいたい。
ディムロスはそこでふと気付く。
自分が笑みを浮かべている事に。
勿論、ソーディアンに顔は無い。だが分かるのだ。顔を鏡で見るまでは自分が笑っているのを気付かない人が居ない様に。
ソーディアンにも、コアクリスタルの中に表情はあるのだから。
……私は今、目の前の鬼畜の諸行に何の感情も抱いていない。それどころか、乾いた笑いすら浮かべている。
これは、どういう事なのだ?
剣は、そんな自分がおかしくて仕方が無かった。
「用は済んだ。行くぞ、ディムロス」
エメラルドリングとクローナシンボル、フィートシンボルを身に付けると、ヴェイグは無表情のまま呟きながら半分焼けたバトルブックを見た。
…これは、俺とお前の決別の証だ。
お前が半分、俺と仲間であった証を消した。
同時に、これはお前が生きた証でも有る。
――ヴェイグは静かに、剣の切っ先を動かした。

呟かれたソーディアンは、笑いを必死に堪えながら自分の炎を使うヴェイグを見た。紅の光でヴェイグの顔と髪は照らされたが、その目だけはどこまでも続く深い漆黒の色彩だけだった。
24good night 17:2007/10/10(水) 17:55:54 ID:bq7k6cFbO
ると、ヴェイグは無表情のまま呟きながら半分焼けたバトルブックを見た。
…これは、俺とお前の決別の証だ。
お前が半分、俺と仲間であった証を消した。
同時に、これはお前が生きた証でも有る。
――ヴェイグは静かに、剣の切っ先を動かした。

呟かれたソーディアンは、笑いを必死に堪えながら自分の炎を使うヴェイグを見た。紅の光でヴェイグの顔と髪は照らされたが、その目だけはどこまでも続く深い漆黒の色彩だけだった。『ああ』
……私と一緒、か。
お前も、色褪せた世界を見ているのだろうな。
「………」
ヴェイグは無言で、ただ空を見上げる。
そこには、炭素で構成された黒の葉が舞う灰色の空が広がっていた。
――汚い。
パチパチ、と焼ける音が五月蠅い。早く全焼してしまえばいいのに。
青年はその目をゆっくりと後ろにある鐘楼台の二階へと移した。
壁に穴が空いている。
……あそこに、ミントが居るのか。
「風神剣」
ヴェイグは静かに呟く。
熱気と冷気が風を呼び、風は一人の青年に凄まじい跳躍を呼ぶ。
青年に持たれた剣はここでようやく気が付く。
なんだ、簡単な事だった。
……ふふふ。
そうか、成程。


私もまた、壊れ始めているのだな。

25good night 18:2007/10/10(水) 17:57:13 ID:bq7k6cFbO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP60%(メンタルバングルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷い(本人は気付いていない)
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:ミントという女性に会う
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台二階(空中)

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄?
基本行動方針:全てを終わらせる
第一行動方針:ヴェイグが心配
第二行動方針:ロイドやキール達の安否が気になる
第三行動方針:エターナルソードをミトスから死守する
現在位置:C3村東地区・鐘楼台二階(空中)

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP20% 失神 失明 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 複雑な悲しみ
   舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル ミントの帽子
基本行動方針:???
現在位置:C3村東地区・鐘楼台二階
26good night 17修正:2007/10/10(水) 18:04:21 ID:bq7k6cFbO
『ああ』
……私と一緒、か。
お前も、色褪せた世界を見ているのだろうな。
「………」
ヴェイグは無言で、ただ空を見上げる。
そこには、炭素で構成された黒の葉が舞う灰色の空が広がっていた。
――汚い。
パチパチ、と焼ける音が五月蠅い。早く全焼してしまえばいいのに。
青年はその目をゆっくりと後ろにある鐘楼台の二階へと移した。
壁に穴が空いている。
……あそこに、ミントが居るのか。
「風神剣」
ヴェイグは静かに呟く。
熱気と冷気が風を呼び、風は一人の青年に凄まじい跳躍を呼ぶ。
青年に持たれた剣はここでようやく気が付く。
なんだ、簡単な事だった。
……ふふふ。
そうか、成程。


私もまた、壊れ始めているのだな。

27good night 18修正:2007/10/10(水) 18:36:51 ID:bq7k6cFbO
ヴェイグの状態を以下に修正します。

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP60%(メンタルバンクルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷い(本人は気付いていない)
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エターナルソード
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:ミントという女性に会う
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台二階(空中)
28good night14修正:2007/10/19(金) 23:43:36 ID:b26va5frO
自分の命を賭してまで守りたいもの…。
『……そうか、お前は知らないのだったな。確かにそうだ。カイルは着弾する前にあれを避けられたのだが、ある女を庇ってああなったのだ』
ある、女?
「それは……?」
一体、誰なんだ?
……いや、これは愚問だな。カイルはずっと一人の女性を気にしていた。
その名は恐らく――
『ミントだ。ミント=アドネード。』
――やはり。
生きていたのか…。
だが、この近くで生きている人間はミントという女性だけ。
会いに行く価値はあるな。彼女が移動していない事を祈るとしよう。
「行こう、ディムロス」
ディムロスは素直に返事が出来ない複雑な心境だった。
ヴェイグは、恐らく自分の迷いに気付いていない。
いや、自分の事なのだ。私から見ても分かる事を自分自身で気付いていない筈が無い。
お前は気付かないフリをしているだけだ。
……ヴェイグ。お前はミントに会ってどうするのだ?
お前が選んだのは全てを滅する修羅の道だ。引き返すとお前自身が壊れてしまう程の、険しい道だ。
ロイドが死に、(死んでいないかもしれないのだが)その道しか残されていない今、選んだその覚悟は認めよう。
だが、だからこそだ。
私はそれが心配なのだ。
この先に待っている現実の中で、ヴェイグ、お前は……

“カイルが命を掛けて守った薄幸な娘を前にして、その娘を手に掛ける覚悟が有るのか?”

ディムロスは大きな不安を感じながらも、ああ、という言葉を紡ぐ事しか出来なかった。


29good night18修正:2007/10/19(金) 23:47:24 ID:b26va5frO
ヴェイグの状態を更に修正します。


【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35%(ホーリィリングで回復) TP60%(メンタルバングルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷い?
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エターナルソード
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:ミントに会って殺害?
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台二階(空中)
30紺碧レボリューション 1:2007/10/23(火) 13:05:42 ID:tFvpCAzjO
  空が、青い。
  僕の髪よりもずっと。
  太陽の輝きが、眩しい。
  僕の命よりもずっと。
  光が、暖かい。
  僕の心よりもずっと。
  空気が、澄んでいる。
  僕の目よりもずっと。


「結構、期待しない程度に宛にさせて貰うさ」
僕はそう呟く。
そうさグリッド、お前が少しでも時間を稼いでくれれば“僕がお前への詠唱を行える”のだから。宛にしているんだぞ?
僕は一度だけ息を吐いて目を閉じた。
全く、僕もどうかしてる。ロイド達を裏切るなんてな。リッドが知ったらどうするだろう? 僕を殴り飛ばすのだろうか。流石のファラも、僕を軽蔑するだろうな。
自分が可笑しいよ。だってそう、これはリッド達をも裏切る行為だ。
だが満身創痍な仲間を抱えた一般人がミトスやクレス、ティトレイを相手に何が出来るって言うんだ?
万に一つでも、勝てる訳が無い。ロイドやカイル達を信じるとか信じないとか、そういうレベルじゃない。
…仮に勝てたとしても。ロイドは死ぬ。
人間が生きている証拠、つまり心臓を失ったんだ。死なない訳が無い。
精神力が尽きればそれまでだし、あんな体だ。いずれ確実に肉体の腐敗は始まる。それでも一応は天使化により生き長らえる事は可能だが、脳まで腐敗が進めばいくら天使と言えどお終いだ。
それに自分の肉体の腐敗を見て発狂しない人間は恐らく居ない。
ロイド。僕はね、お前達みたいに強く無いんだ。
僕はリッドやメルディみたいに人間離れした能力を使える訳じゃないし、ファラみたいな格闘能力や体力も無い。チャットみたいに器用じゃないし、フォッグみたいに統率力も力も無い。
そうさ。僕はただ常人より少し頭が良いだけの非力な一般人。
31紺碧レボリューション 2:2007/10/23(火) 13:07:13 ID:tFvpCAzjO
だからロイド、お前が奇跡を信じ命を掛けクレスに戦いを挑むように。この頭を最大限に利用して、僕は僕の道を信じて行く。最善の道を、命を掛けて。
その為に屍の上を裸足で歩いて行ける覚悟もある。
だからグリッド。

お前は、死ね。


―――――――――――――


メルディが詠唱を破棄した。それは同時に僕が詠唱を始める合図。
「お前、誰に言って――――」
グリッドの戯言が聞こえる。お前じゃなければ僕に決まってるだろう。そんな事も分からないのかこいつ。
……レイス。お前も僕らに刃を向けた時こんな気持ちだったのか? 裏切る瞬間ってやつは、案外素気無いものだな。
彼の疑問には勿論誰も答えない。それでも何かを期待するように少し間を空けた後、彼はその言葉を紡いだ。
その間が詠唱の為の間だったのか、決意の為の間だったのか。それとも――。
されど放たれた言葉はもう後戻りが出来ない事を告げる決意の単語。
「ファイヤーボール」
決意の単語?
……本当に?
頭の片隅でふと思う。
キールはその目で三つの弾を見る。手元の杖から離れ空中を滑る真紅の炎は、少しばかり弧を描いてグリッドの背中へと向かっていた。
……何故、僕はファイヤーボールを撃った?
ファイヤーボールより、ウィンドカッターやアクアエッジで首を落としてしまえば一瞬で終わった。
狙いを定める為に集中する時間もあった。魔杖により増幅された魔力のお陰で、ウィンドカッターやアクアエッジ程度でも十分に首を切り落とせる威力はあった。
なら僕は何故、そうしなかった?
現に、こうしてウィンドカッターやアクアエッジを使った方が良かったと気付いているじゃないか。
これは後悔じゃない。ファイヤーボールを打つ前からそれを分かっていたからだ。だが僕はファイヤーボールを詠唱した。
なら何故?
32紺碧レボリューション 3:2007/10/23(火) 13:09:05 ID:tFvpCAzjO
いや、疑問に思う事では無い。結論が出ていたからファイヤーボールを選択したんだ。
けれども、僕はその結論を認めたくない。
そんなの、認めない!
だって――

“僕は”
馬鹿な
“グリッドを”
そんなの
“殺したくない”
有り得ないじゃないか!

――違う! 僕は鬼になる覚悟をした! 邪魔をする人間は殺す、そう決意をした!
くそっ、苛々する。お前のせいだ、グリッド。お前さえ死ねば僕の悩みのタネは無くなる。
キールは焦りを顔には出さず、しかし脳内では焦っていた。
その深い紺碧の目には背中へと三つの炎の塊が被弾して倒れるグリッドの姿が映る。
……殺せなかった。
致命傷にすらなっていないだろう。
ファイヤーボールでも、この魔力があればグリッド程度の人間に重傷を負わせる事だって可能だった筈だ。
……致命傷にすらならないように加減したのは僕だって言うのかい?
馬鹿馬鹿しい!
そもそもグリッドを生かす必要性は全く無い。どうせこの先生き残れない屑だ。
だから死ねばいい。
……殺さなかったのは僕だって?
そうさ、そうだよ! だから苛々してるんだ!
……駄目だ落ち着け、キール=ツァイベル。冷静さを欠いてはならない。
「――――僕に言ってるんだよ」
そうだ。今はあくまでも冷静になれ。
あんな屑はこれから殺せば良し。ミトスが殺してくれれば尚良し。
キールは自分を落ち着かせる為に一度溜息をつき、杖を落とす。
「降伏を宣言するよ、ミトス」
静かだな。このままずっと、この静かさが続けばいいのに。
……グリッドがこっちを見て間抜け面をしている。こいつ、まだ理解出来ていないのか?
キールはもう一度自分にしか聞こえない程度の溜息をついた。
この状況にそぐわない程の静寂は数秒続いたが、それは間抜け面をした人間の上擦った声により破られた。
33紺碧レボリューション 4:2007/10/23(火) 13:10:58 ID:tFvpCAzjO
「ど……どういうことだよ……キール?」


―――――――――――――


成程そういう事か、ハロルド。
キールはファイヤーボールで残った紙を炙り出し、その文字を見ながら笑みを浮かべた。
あれからキールはユグドラシルから再びレポートとハロルドのメモを受け取り、ハロルドの一つ目のメモを熟読しレポートにまとめた後、二つ目のメモを炙り出していた。
「キール?どうしたか?」
褐色の肌をした少女がキールの顔を覗く。キールを心配しているのだろう。
キールから見れば虚ろな目で他人の心配をするメルディの方がずっと心配だったのだが。
「いや、少し疲れただけさ」
キールは紙を取り出すとそこにすらすらと文字を書き、メルディとこちらを向いたユグドラシルに見せる。
『首輪について分かった事がある。適当に相槌を打ってくれ』
ユグドラシルとメルディが軽く頷く。
「満足に休息を取る暇すら無かったからな。致し方ない」
そう言うとユグドラシルは髪をかき上げ、ペンを走らせた。
紙には意味は理解出来るけれども知らない文字が並んでいた。しかしキールはそれを綺麗な文字だと感じる。
恐らく、ユグドラシルの世界では達筆な方だろう。
『何が分かったのか、述べてみろ』
キールが今まで見たユグドラシルの世界の文字はロイドのそれだけなので、ユグドラシルのそれが彼には綺麗に見えて当然かもしれないという点は、伏せておこう。


―――――――――――――


「――――行こう」
34名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 13:11:58 ID:vQtcaH+N0
35紺碧レボリューション 5:2007/10/23(火) 13:12:30 ID:tFvpCAzjO
何故こんな言葉が出たのだろうか。先の通りグリッドを生かしておく価値なんて、微塵も無いのに。
「殺す価値もないし、ふと殺そうと思ってもいつでも、簡単に殺せる」
僕は、何を言っている?何故殺さない?
いつでも殺せるなら今殺せ。
簡単に殺せるなら今殺せ。
淡々と口から文字を滑らせながら、キールは自分の気持ちが分からないでいた。
いや、本来は分かっている。疑問は自分の考えと矛盾しているからこそ浮かぶのだから。
分かってる。分かってるんだ。
“殺さない”んじゃない。



    “僕はグリッドを殺せない”


―――――――――――――


「そこで提案がある。ここからは単純に体力勝負になると思う。少し、ここらの安全な場所で休まないか?」
『この首輪のしくみと、解除方法さ』
キールはにやりと笑う。
ユグドラシルはその文字を見て目を見開く。続けて浮かぶのはキールのそれを上回る不気味な笑み。
「ふむ、いいだろう」
しかしそんなパーティの一員とは思えない程メルディは相変わらずの無表情だった。
キールは少し心の痛みを感じたが、説明を続ける。
「感謝する」
『まず、首輪のしくみだが………』

―――最初は、あの文字は何かと思った。少なくともインフェリアやセレスティアのものでは無い。
文法もまるで違い、書いていて理解出来ない文字(模様?)だったのだから。同じように、メルディにも理解出来ていない様だった。
だがすぐに気付いた。問題はそこにあったんだ。
別の世界の文字は書いていても意味が理解出来ない。普段はそれが普通だ。だが此所はその“普通が普通ではない”。だから矛盾し、問題が生じる。
何故なら、どういう訳か此所ではどんな文字、どんな複雑な文法で記された文も理解出来るからだ。
従って、理解出来ないのはおかしい。
36紺碧レボリューション 6:2007/10/23(火) 13:14:51 ID:tFvpCAzjO
だから最初はミクトランがそう僕達をコントロールしているのかと考えていた。それが合理化だと頭では理解していたのだが、そう考えねばあの時点では納得いかなかったのだ―――

『僕らの首の忌わしいこれの正体は、要の紋だ』
キールの目はユグドラシルの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。

―――最初にもしかすると、と思ったのはロイドから要の紋の話を聞いた時だ。あまりの特徴の酷似に気味が悪くなった。
成程“まじない”ならば意味が理解出来なくて当然だ。
“まじない”と呼ばれる紋様、その性質、構成されている物質。全てにおいてほぼ一致している。
だが完全に一致している訳でも無かった。“まじない”も一部書き足されていたし、抑制鉱石の性質とも違うようだった。
守られる要となる宝珠、即ちエクスフィアも、そこには無かった。代わりにあったのは、透明な結晶体だ。最初は透明なエクスフィアかと思ったが、そんなものはロイドの世界には存在しないらしい。
しかし、あの紋様は間違い無く要の紋に印された紋様と同じ種類だ。
一部紋様が書き足されていたが、ロイドの要の紋を見てそれを確信したよ。
ロイドによると、エクスフィア以外の物質に要の紋を付ける事は意味の無い事だとの事だ。まあそれもそうだな。
ロイドの世界ではその為に要の紋が存在しているのだから。それが常識なんだ、別の利用法を聞くのは野暮というもの。
だがここは、その常識が役に立たない場所。故に僕は、ロイドの発言からある仮説を導いた。少しばかり強引なこじつけだが、こう考えると全ての筋が通る―――

『この首輪は三層に分かれていることはこれを見て貰えば分かるだろう? 核と、それを囲む土台、更にそれを囲むパズルのようなものだ。』
37紺碧レボリューション 7:2007/10/23(火) 13:16:29 ID:tFvpCAzjO
キールはバテンカイトス側から見た首輪内部のスケッチを取り出すと、それぞれに指を刺しながらペンを走らせた。

―――そうそう。ハロルドの炙り出しの資料もあったな。まだ二枚の全部に目を通した訳じゃないが、まずこの一枚は例のレーダーのしくみについてだ。
最初はまたレーダーについてか、と思ったがその考えは炙り出された文字を一読すると直ぐにバテンカイトスの彼方へ吹き飛んだ。真逆こんな簡単にパズルのピースが合わさるなんてな。
彼女の結論の出し方は目茶苦茶だが、正直その正確さには僕も舌を巻いた。彼女の話を元にすると全ての辻褄が合うからだ。流石、天才だな。
まあ、結局僕が今見ている紙の締めくくりは、
“――どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。
これをあなたが読んだなら、その時、私は死んでいるでしょう。
…死体があるか、ないかの違いはあるでしょうが。
これを読んだあなた。どうか真相を暴いてください。
それだけが私の望みです。
       ハロルド=ベルセリオス”
だったのだが。おめでたい女だな……冗談を言ってる場合じゃないだろうに。しかもその冗談は皮肉にも当たってしまっている。こうなると全くもって笑えない。
……こうなる事を予想していたのだろうか? 真逆、な。いくらなんでも話が出来過ぎている。
……僕にはこういう楽観的な部分が足りないのかもしれないな。もっと頭を柔らかくすべきなのだろうか?
柔らかくなり過ぎてハロルドみたいにはなりたくないが。
少し、彼女が羨ましいな。
38紺碧レボリューション 8:2007/10/23(火) 13:17:58 ID:tFvpCAzjO
すまない。話が脱線したな。
どこまで話した?
ああ。思い出したよ。書いてあったレーダーの仕組みだな―――

「ところでこれからどうする?」
『まず第一層目の核。これはレンズの周りを薄いエクスフィアの膜でコーティングしているものだ。』
キールは紙にそう書くとユグドラシルとメルディに見せた。
ユグドラシルの怪訝そうな表情――恐らくレンズについて知りたかったのだろう――を見て、キールは耳に髪をかけながら、レンズについてまとめた紙を差し出す。
「休憩が終わり次第、姉様の器とエターナルソードの回収を優先する」
ユグドラシルはそれを一読すると、一度だけ頷く。
話を続けろ、という合図だと思われた。
「器を置いて来たのか?」
『第二層目には、要の紋(の、まがいもの)がある。これは核を制御していて、誤作動等を防いでいる。
 盗聴器もここに仕掛けられているようだ。
 因みにこの要の紋、これはエクスフィアを含む抑制鉱石で構成されると考えられる。
 理由は簡単。何故なら要の紋の外……つまり第三層目に、更に要の紋があるからだ。
 要の紋の一義的な定義はエクスフィアを制御するものである、という点なのだから先ず間違いは無いだろう。』
メルディは相変わらずの表情だが、ユグドラシルは感心している様子だった。
「クレス=アルベインとロイド=アーヴィングからエターナルソードを奪う様に命令してある。アトワイトが……おっと、アトワイトの事は知らなかったな?」
「……アトワイト?」
実際、ユグドラシルはキールに感心していた。
ハロルド=ベルセリオスも去る事ながら、かつて只の劣悪種にここまでの頭脳を持った者は居ただろうか?
筆談の内容も実に分かり易いものであり、更に会話の中でも適格に疑問を持ってくる。
39紺碧レボリューション 9:2007/10/23(火) 13:19:30 ID:tFvpCAzjO
同時に二つの会話をする事は、実際かなりの技術が居るのだ。
この劣悪種はそれを成し遂げている。それも“会話しつつ手では文字を書いている”という荒技だ。
『さて、次に第三層目―――即ち僕らの目で見える部分―――なのだが、内側から見るとこの通りパズルのような構造になっている。
 数千の破片を組み合わせ、それ自体を一個の要の紋として機能させているんだ。
 そして恐らくこれすらもエクスフィアを含む物質だ。断定する理由は幾つかある。
 その前にまず、考えて欲しい。この首輪は僕たちの体に接している。つまり知らず知らずのうちに、僕たちは要の紋――エクスフィア含む――を装備していたという事を。
 次に要の紋の性質がミクトラン側の思惑へ有効に作用するという点を留めておいて欲しい。“要の紋無しエクスフィアが体から離れると、体がエクスフィギュアとなり暴走する”という性質だ。
 そう、これが理由の一つを示唆する。いくら高密度のレンズだと言っても、爆発にあれ程の殺傷力を持たせるのは不可能だ。暴走の際の力をレンズの増幅力と併せて爆発のエネルギーに転換する。
 そうでなければ人の頭を木っ端微塵に吹き飛ばせるエネルギーは得られないだろう。
 つまり首輪の爆破にはエクスフィアの暴走性質とレンズが必須であると考えられる。
 さて、それが何故理由へと繋がるか?
 ……話が脱線するが、直接の衝撃の対策は、内側のパズルがこなしてくれる。衝撃を与えると、このピースが欠けてしまう仕組だ。
 ピース一部でも欠けるとたちまち周辺のピースから崩れ落ち、要の紋のまじないも消え、首輪そのものが崩れ始める。
 それは要の紋として機能しなくなる事に同義だ。そしてそのピースはエクスフィア。
 ピースが崩れる事は暗に、装備者に要の紋無しエクスフィアを剥す行為へと繋がる。
40紺碧レボリューション 10:2007/10/23(火) 13:20:50 ID:tFvpCAzjO
 話を戻そう。もう分かるな? この首輪がエクスフィアで出来ていると考えれば、全ての辻褄が合うんだ。
 因みに、どの程度の衝撃までに首輪が耐えられるかは不明。恐らく物理的衝撃であれば“首輪に向けて故意に衝撃を与えている”と考えられる程度に達するとピースが崩れ爆発すると思われる。
 魔力等による攻撃は今の時点では謎だ』

―――ハロルドは、あのレーダーは高い振動数を持つ純度が高いレンズに反応するしくみの物だと書いていた。厳密に言うと少し違い、振動により発生している音波を捉えるものらしい。
ハロルドの紙によると、
“私が発明したソーディアンと同じような仕組が使用されているし、私がミクトランならこうするに違いないからである!
詰まる所今の文、9割はこの天才の勘である!
しかーし!だからと言って間違いは無い!
何故なら女の勘はカオス理論をも越えるからである!”
との事。
……ハロルドの文を見ていると頭が痛くなるのは僕だけじゃない筈だ。
その文の後、その詳細が記されている事はせめてもの救いか。
取り敢えず理論は省く。どうやら彼女が作ったソーディアンにも似た様な機能が付加されていたらしい。
コアクリスタルの独特な振動数を、ソーディアン同士で感知し合える…但しある程度近くまで来ないと感知は難しい、との事。
その感度は振動数に依存し、振動数はコアの大きさに依存する。詰まるところ小さければ小さい程振動数は増大し、感知範囲も広がる。
まあ、打楽器と同じようなものだな―――

「話すと長くなる。要は、姉様の器をソーディアン・アトワイトに寄生させて使っているのだ」
「……そうか」
キールにとってはこちらもとても興味深い内容だったが、今は言及を避ける判断を下した。
ここから大事な話になるのだから。
キールは再び紙に文字を書き始めた。
41名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 13:37:43 ID:sFEgPS8qO
支援?
42紺碧レボリューション 11 @代理:2007/10/23(火) 13:39:23 ID:vQtcaH+N0
『ところで、この炙り出しを見てくれ。ハロルドが叩き出した結論だ』
炙り出しの一部に人差し指ををなぞらせながら、キールはユグドラシルとメルディの方へそれを差し出す。
【―――この首輪にレンズが仕込まれているのは間違い無い。しかし爆発の際のエネルギーをレンズから取り出す為には、レンズにある程度の大きさがいる。
 ここで何故ミクトランはこの殺し合いの舞台を“島”としたかを考える。
 単なる気紛れとも取れるが、私はそうは思わない。“首輪に入るサイズかつ人を殺すに十分な爆発のエネルギーを取り出せるサイズのレンズの感知範囲の限界がこの範囲だから”という理由からだろう。
 勘のいい奴ならもう気付いてると思うけど、これはある可能性を示唆している。ミクトランは私達の居場所が分かる。つまり、
 “この島のどこかから監視していなければ矛盾が生じる”。
 更にもう一つ。
 “ミクトラン、もしくは監視器具(恐らくあのミクトランの事だから後者でしょうね)は島全体のエリアの対角線が交わる位置に存在する(但し時空の狭間に隠してあるでしょうけどね)”。
 理由は簡単。もし私達が島の端と端に分かれた場合、ミクトランは如何にしてその位置を把握するか? それを考えると直ぐに分かるわよね。
 さて、ここで重要な話。ミクトランはその監視器具(もう面倒臭いからこっちで統一しちゃうわね)経由でしか首輪を爆破するしか方法が無い事は分かる?
 レンズの感知範囲から考えればこれは間違い無い。爆破情報を首輪に送るには、監視器具を経由するしか無い。
 つまり、この監視器具を破壊すれば私達とミクトランを繋ぐ唯一の糸は切れて私達が爆破される心配は無くなる。
 位置もミクトラン側には悟られなくなるし、会話も筒抜けにならない。いい事尽くめね。
43紺碧レボリューション 12 @代理:2007/10/23(火) 13:40:10 ID:vQtcaH+N0
……勿論禁止エリアに入れば爆発しちゃうわよ?禁止エリアに反応するカラクリは首輪の方にある訳だから―――】
キールはそれに付け加える様に、すらすらと書いた紙をユグドラシルとミトスの方へ差し出す。
『島が分断される以上島の中心には行けないから今の時点でこの文は特に意味が無いが、これは僕の仮説と見事に一致しているんだ。
 恐らくミクトランが島を分断した理由は、島の中心――(D〜F,4.5)――に行かせない為というのもあったんだろうな。
 だがエターナルソードがあれば空間を無視出来る訳だから話は別になる』

―――彼女が作ったソーディアンの場合はコアクリスタルに膨大な量のエネルギーと情報量を内蔵しなければならずやむなくあの大きさになり、それ故振動数が低下、結果的に感度が悪くなったのだ。
人格照射という大業を成したのだから当然と言えば当然だ。
余談だが、レンズを知らない僕らの為に詳しくレンズについての説明も記してあった。
ハロルドは僕がこれを読む事を予想していたのか? と本気で思う程の親切さだ。
……しかし、なるほどな。どうやら僕らの首に付いているこの忌わしい爆弾の核、即ち結晶体の正体は高い振動数を持つ高密度レンズで間違いは無さそうだな―――

ユグドラシルがキールに目線を送る。続きを促す目線だ。
キールはそれに気付くと、ペンを走らせた。
『すまない、長くなったな。ここで最も重要な話をする。そう、“解除方法”だ』


―――――――――――――


「僕が悪なら……」
気付けばそれを手に握っていた。
……お前だけは、悪、だと?
ふざけるな。
無意識のうちに歯を軋ませる。
お前は正義のつもりなのか?
只の、凡人のくせに。
やっぱり、お前は、僕が、殺しておくべきだ。
僕が……
僕が、悪なら、
44紺碧レボリューション 13 @代理:2007/10/23(火) 13:40:58 ID:vQtcaH+N0
お前も、ロイドも、カイルも、ヴェイグも、ミントもディムロスもミトスもクレスもティトレイもみんな!みんなみんなみんな!
目を血走らせ、キールは走る。
体中から汗が吹き出る。体内が暑い。拳に力が入る。アドレナリンがマシンガンのように絶えず脳内で放出されるのが、手に取る様に分かる。
憎い。目の前の薄汚い正義を語るこいつが、憎い!
キールはグリッドを地面へと押し倒す。グリッドの四肢へ、それが深々と刺さる。それを抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。
「ロイドもヴェイグもカイルも!! お前も!! 全員、全員っ、みんな悪だよ!!」


―――――――――――――


『首輪解除に必要な“道具”は三つ。ソーディアン・ディムロスとアトワイト、そして―――』

―――カイルから、神の眼なる巨大レンズを破壊した際の事を聞いた。巨大レンズへソーディアンが自らのコアをシンクロさせ破壊。
これを首輪で行えないだろうか?
そう考えたが、その考えは直ぐに不可能だと気付いた。何故ならソーディアンのコアは首輪の核より大きいからだ。
自らの振動数を下げて巨大なレンズと同調させる事はソーディアン自身のエネルギーを低下させるだけ、と簡単だが、自らの核より小さいレンズに振動数を合わせる事は不可能。
何故ならハロルドが“この大きさならなんとかソーディアンとして機能する”と叩き出した結果があのコアクリスタルの大きさだからだ。
更に振動数を上げる行為はエネルギーの許容量を突破する事に同義。
よって、不可能。
論じるまでも無い。これは決定事項だ。ソーディアンはそのエネルギーに耐えられない。
そもそも首輪の核に辿り着くまでには二層の敏感な感知システムを潜り抜けなければならない。
45紺碧レボリューション 14 @代理:2007/10/23(火) 13:41:28 ID:vQtcaH+N0
核にソーディアンによる物理的な干渉を行うなんて、不可能に近い―――


―――――――――――――


「だから、僕はクレスじゃなくてこっちを選んだよ!!」
……なんで、
ぐちょっ。鮮血の飛沫が頬に掛かる。蒼の髪が赤に染まる。
それでも彼は止まらない。
……なんでっ!
ぐちゃっ。抉られた赤黒い肉はその白の服に良く映えた。
恐らく、ここまで汚れたミンツの制服は二つと無いだろう。どっぷりと紅の狂気に染め上げられた制服は。
それでも彼は止まらない。
……なんで、僕は致命傷を避けてる!?
ぐちゅっ。目の前の男の叫びが小さくなってゆく。
確実に死は迫っているのは誰の目から見ても明らかだった。
それでも彼は止まらない。
……なんで、なんで、なんで! 腹を刺せばそれまでじゃないか。左胸を刺せばそれまでじゃないか。首を落とせばそれまでじゃないか! 頭に刺せばそれまでじゃないかっ!
ぐちゃ。彼は刃を持ってグリッドの全てを否定する。人間性を、正義を、価値を、意味を、グリッドそのものを。
分かってる! 分かってるんだよ!
こいつはもう死ぬ!
だけど! なんで! 僕はこいつを!
“殺しているのに殺せない”んだ!
……くそ、ふざけるな。お前みたいな凡人に僕が動揺させられてたまるか……!
そうさ何を動揺する事があるんだよ、僕?
こいつはもう死ぬ。その事実は変わらない。
冷静になれ、キール=ツァイベル。熱い時間はお終いだ……。
……そうだ。ははは。面白い事を考えたよ。
この毒がどれだけ効くか、お前に試してやる。
光栄に思えよ?グリッド。
お前が実験体第一号だ。
「表側だけ見て本質を見ようともしない凡人に、物語る権利はない」
キールは口元を歪ませると、ゆっくりとその瓶に手を伸ばした。


―――――――――――――


―――だがそこで僕は思う。待てよ、と。
46紺碧レボリューション 15 @代理:2007/10/23(火) 13:42:29 ID:vQtcaH+N0
そもそも、首輪に捕われているのがいけないんじゃないか?
あるじゃないか。全ての首輪を一斉解除する簡単な方法が、一つだけ。
―――監視器具だ。
考えてもみろ。もし僕がミクトラン側だった場合、こんな首輪の複雑かつ完璧なシステムを即席で完成させ、直ぐに“客”を招待するか?
否、まず実験から行う。首輪はちゃんと衝撃に耐えられるか、誤作動はしないか、レンズの密度と振動数は同じか、監視システムは作動するか。
この島に首輪を送り、幾度となく実験をしただろう。
そう、これが鍵だ。
ここからは憶測に過ぎないが、まず間違いは無いだろう。
エネルギーが高い高密度のレンズ、それも振動数が同じものを参加者数集めるのは容易ではない。それは首輪のパズルも同じ。
ミクトランは実験をし、その首輪全てを爆破してきただろうか?
レンズや要の紋を回収したいとは思わないだろうか?
だからこそ、これはある可能性を導く。
“解除のための暗号は必ずある。そしてそれすらも監視器具経由で首輪に発信される。”
この島とミクトラン側への唯一の干渉機器が監視器具なのだから。
そしてこの可能性は監視器具にはその暗号を解析し、出力する為のプログラムがある事を示唆する。
ハロルドによると監視器具はレンズ兵器らしいから、それを併せて考えた場合……。
解除の手順が決まってくるな。
  1,エターナルソードで島の中心の時空の狭間へ移動
  2,監視器具にソーディアン達のコアクリスタルを寄生、レンズに同調させ、ミクトラン側からの信号を受け取る皿を破壊する
  3,解除の暗号を受け取る皿を解析し、信号を再現する
  4,信号を内部から出力する
因みにソーディアンが二つ必要なのは、作業を円滑に進める為。
47紺碧レボリューション 16 @代理:2007/10/23(火) 13:43:44 ID:vQtcaH+N0
作業2を手際良く進めないと監視器具のエラーをミクトラン側に悟られてしまう。悟られてしまえば僕らは一斉にボン!だからな。
さて、しかしこの作戦は完璧では無い。問題は四つある。
まず一つ目。
監視器具ではなくミクトランがその場にいた場合。
これまた僕らはボン!だろう。
次に二つ目。
監視器具が置いてある空間が禁止エリアになるのか。
これは問題は無い。僕らが最初に居た場所が禁止エリアで無かったんだ。
十中八九禁止エリアではないだろう。まあ、学士としての勘だがな。
更に三つ目。
ミクトラン側のモニターに、いきなり僕らの位置が消えればミクトランは怪しむだろうという点。
これも問題は無い。
首輪に付いている監視システムは盗聴器のみだから、こちらはいくらでも嘘を付けるからだ。
例えばミトスと僕が対立し、戦闘を行う演技をする。
ミクトラン側のモニターから僕らの居場所が消えるのは即ち、僕らが死んだ場合。
だから、戦闘に負けて死んだ事にすれば簡単に騙せる。
最後に四つ目。
監視器具の核となるレンズがソーディアンの核より小さ過ぎる、または大き過ぎる場合。
大き過ぎる場合は……どうしようもない。ディムロスとアトワイトで破壊出来るエネルギーならいいんだが……。こればかりは……。
小さ過ぎる場合は、対処方法がある。
全ての物質は原子から構成される。原子は常に運動をしていて、温度が上がれば運動は激しくなる。それはレンズも然り。ならば、どうする?
答えは簡単だ。レンズの運動を停止に近い状態にすればいい。
詰まりは、凍らせる。
しかし魔力による干渉が可能なのかは不明。もし監視器具にも魔力に感知するシステムがあればどうしようもない……。
だがそのシステムがあったとしても、それを再現出来る人物を僕は一人だけ知っている。
48紺碧レボリューション 17 @代理:2007/10/23(火) 13:44:17 ID:vQtcaH+N0
そう、彼は魔力を使わない、心の力、フォルスの使い手―――

『―――ヴェイグ=リュングベルという人間だ』
メルディの表現が少しだけ変わった。怒りとも悲しみとも取れる複雑な表情だ。
“道具”と称したのは失敗だったな、とキールは反省した。
すまないメルディ、と最後に書き加える。
メルディは人を道具として扱う事を極端に嫌う。それは彼女の幼児体験に起因する。
シゼルに実験の道具としてしか見られなかった彼女は、心に深い傷を負ってしまった。
『その根拠は?』
ユグドラシルがペンを走らせた。
キールは思考を現実に戻し、メルディの表情が戻った事―――しかしその表情は廃人のようであり―――に安堵すると、先程纏めたばかりのレポートをユグドラシルに渡す。

―――監視器具の話に戻そう。受け取った信号の出力の方法は、恐らくレンズの振動によるものだろう。
この島全体に振動の波が行き届けばいいのだから、そのレンズは恐らく首輪の核と同じサイズ。だから問題点の四つ目は後者だと僕は思う。
……レンズが大きくない事を祈ろう。
ところでグリ……あいつによると、ヴェイグがジェイを凍らせて殺した時、ジェイの首輪は爆発しなかったらしい。
フォルスはやはり特別な存在だと言う事だな。
……しかし何故、僕は今になって解除方法を思い付くんだ。
確かにあの時ハロルドのメモの二枚目を炙り出さなかった僕が悪いんだが……くそっ。
今頃になってヴェイグとディムロスが重要なのが分かるなんて……。
ミトスと行動している今、この道具を揃えるのは難しい。僕が裏切ったと分かれば、あいつらは協力なんてしないだろうな。
やはりユグドラシルとは別行動を取るしか無いのか……?
49紺碧レボリューション 18 @代理:2007/10/23(火) 14:38:24 ID:vQtcaH+N0
この点についても今後考えなければならないな。
キールは空をその灰色と紫が混じった目で見るメルディとレポートを黙読するユグドラシルを見ながら、自分にしか聞こえない程度に息を強めに吐いた。
……何時から、人間を道具として見る様になったんだろう。
僕は今、人が死ぬ事を何とも思って無い。これは、おかしい事なんだろうか?
あいつは、死んだだろうな。
そうだな。僕が殺したんだ。

キールは空を見上げた。

  空が、灰色だ。
  僕の髪には劣るけど。
  太陽の輝きが、汚い。
  僕の命には劣るけど。
  光が、冷たい。
  僕の心には劣るけど。
  空気が、澱んでいる。
  僕の目には劣るけど。
50紺碧レボリューション 19 @代理:2007/10/23(火) 14:39:15 ID:vQtcaH+N0
【メルディ 生存確認】
状態:HP75% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった キールの“道具”発言への悲しみ
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:キールの話を聞く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:エアリアルボードで移動
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:C3村・南地区付近→?

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP20% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1 2(両方炙り出し済)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGをサイジング中)
基本行動方針:ミトスに協力する。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:エターナルソード、ヴェイグ=リュングベル、ソーディアン・ディムロスの確保
現在位置:C3村・南地区付近→?

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
    キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・南地区付近→?
51向こう側 1:2007/10/27(土) 00:35:33 ID:zIGjnzff0
少年の名を呼ぶ悲痛な声によって、今少年は窮地にあるのだと、倒れ込んでいる女は理解した。
だらりと伸びた腕はぴくりとしか動かない。動いただけでも、痛みを発する。
彼女は重い瞼を伏せた。法術を扱えながら何もできない自分を、少年をこの戦場に巻き込んでしまった自分を責める。
法術士とは、身体の傷をその術で癒し、心の傷をその言葉で癒す者である。
割れ目から差す光が無常なほどに暖かい。希望の光とでも云うべきそれは、これほどまでに残酷なのか。
涙未だに涸れることなく、まるで癒しの力が代わりに瞳から零れているかのように、それは実に清らかで輝いていた。
少年が血を吐く咳の音だけが、弱々しい声が聞けない中、刻一刻と進行する事態を告げる。
何も見えない真っ暗な闇が、更に黒く塗り潰されていく気がした。
恐らく、先程の――闇のエゴは失敗したのだろう。素性も何も知らなくとも、何故だかそういう確信があった。
彼の言葉に帯びていた悲しみや嘆きといったものが心の内側で再生される。彼もまた、この殺し合いの被害者なのだろうか。
しかし、今の自分には誰も癒せない。
力の源は尽き、言葉を紡ぐ舌は切られ、自分にできることを為そうとしても、それすらできない。
地に伏せ、絶望に打ちひしがれた身体に、更なる絶望が圧し掛かる。
少年の命が、消えていく。


ああ、これは夢?
だって、さっき自分は頬に血飛沫を受けて、それで意識を失った。
だからこれは夢。夢だ。夢なんだ。
そうでなきゃ、そうでなければ――――……


ああ神様、御赦し下さい。
私は貴方の恩恵を被る資格はありません。
私は癒す使命を持った身でありながら、何よりも私自身の癒しを求めているのです。
この現実が、夢であるようにと祈ってしまうほどに。

私は、私に出来る精一杯のことをやってきたつもりです。
ですが、術を使えず、言葉も発せられず、癒すことも、救うことも出来ないのならば、
どうして私はここにいるのでしょうか。
どうして、私は生きているのでしょうか。

もし今私に許された生に意味があるというのなら、どうか御教え下さい、神様。
52向こう側 2:2007/10/27(土) 00:36:17 ID:zIGjnzff0
目的の人物はすぐに見つかった。
壁に作られた穴の前で、金髪の女性がぐったりと倒れ込んでいる。
純白のローブが唯一の光源である穴からの日差しで浅黄色に照っているが、所々付着した赤黒い染みは色濃く際立っていた。
この女こそ「ミントさん」とするならば、昼になる前に聞こえてきた悲鳴は彼女だ。
あのクレスの名を呼び続けた悲鳴の主、クレスの仲間だ。
そしてカイルはあの声の人物と既知の間柄であったからこそ強く反応した。
そのカイルがこの女を守り、代わりに死んだなんて、何たる皮肉だろう。
ディムロス、と彼は声を掛けようとしたが、この静寂の中では何だか声を発することも気まずいような気恥ずかしいような、
つまりは「声を出してはいけない」という不可視の命令者がここにいるような圧迫感があった。
黙ったまま、彼は乱雑に散らばる木片やガラスの中を踏み荒らし、女の下へと近付く。
うつ伏せになっている身体を仰向けにし、片腕の中へと収める。
苦痛に満ちた表情だったが、綺麗な顔立ちだと思った。
彼女の身体はしっかりと熱を帯びていた、しかしだらりと垂れた血塗れの腕は、生気を感じさせなかった。
後頭部の腐った果実のようなぶよぶよとした感触が、切れるか切れないかの境目で、支える腕の中で無駄に伝わっている。
吐き気が催されるほど気色が悪い。もう少し皮膚を貫けば、血が溢れ、肉や頭蓋骨が顕わになるのだろう。
目を離すように、1度彼は座ったまま部屋を見回した。
薄暗い部屋だ。がらんとしている。空間を無駄遣いしているとも言える。
だが、それは彼女の傍に炭に近くなった家具――テーブルや椅子やサイドボードや――の山があるからこそだ。
よく見ると、周りの壁の残りも黒焦げになっている。黒ずんだ箇所から脆くなり、今にも容易く崩れそうだ。
散らばる木片にも2通りあるようだった。この鐘楼台の壁と、散らばったガラス片から恐らく木製の家具――棚か何かか。
3階に上がる階段の近くには大柄で不釣合いな斧も転がっている。
穴の近くには箒も落ちていたが、彼はすぐにそれから目を逸らした。
「部屋」という1つの固有名詞を形成するには、パーツは不十分だ。
けれども、だからこそ荒々しい戦いとは無縁そうなこの静謐の中に混沌が作り出されていた。
さっきまで人が2人いたのに、静かで、だから異常だった。

異常。この世界は異常だ。
そして、異常を正せる者はもはや汚れに汚れた自分しかいない。

静かに支えていた頭を床へと下ろし、座り込んだまま、片逆手でディムロスを握る。
刃を下に、彼女の胸を貫通せんと両腕を振りかざす。
確かに彼女は、カイルが命を賭して救った人物なのかもしれない。
しかし彼女もまた参加者の一員だ。最後の1人にならなければ、元凶たるミクトランの下には辿り着けない。
何よりも、彼女に対して躊躇しないことは、カイルへの甘えを未だに捨て切れていない証左となる。
赦しなど必要ない。これは自分への罰だ。これから逃げることこそ甘えとなるのだ。
自身にそう言い聞かせ、重い息を1つ吐く。力を込め、柄を強く握る。
狙いは、胸の心臓ただ1点。
彼女の命を奪うべく、大剣を振り下ろした――――
53向こう側 3:2007/10/27(土) 00:37:01 ID:zIGjnzff0
「う、ぁぅ……」
――が、突然の呻き声は彼を驚かせ手元を狂わせた。刃は投げ出された脇の傍へと落ちる。
つい先刻体験した出来事と殆ど同じだった。その後自分が発した問いを自然と思い出してしまい、首を振る。
握ったまま、突き刺さったままのディムロスの刀身に自分の顔が映る。
部屋が暗いからだろうか。顔全体には影が落ち、瞳は光差さぬ深海のような濃い青の色彩を見せていた。
……ああ、自分は前から、こんな疲れ果てたような顔をしていただろうか?
水面のように曖昧に映り込んだ顔は本当に自分のものなのか確かめようと、手套の嵌まった片手を頬に添える。
目の前の鏡写しの存在も全く同じ動作をしてみせた。
それが何だと言われればそれまでだが、彼は胸が締め付けられる思いがした。
頭を俯かせ彼女の様子を眺めると、小さく声を上げながら眉間をひくつかせていた。
そしてゆっくりとその目は開かれる。淡い青碧の瞳が瞼の間から覗く。
普通なら、彼女の上空で腕が橋のように渡っているのだから、何よりも自分の顔を覗いているのだから、その主へと視線を移す筈だ。
しかし、彼女の視線の方向は一向に変わらない。
ただ腕を突き抜けて天井を眺めているかのように、ぼんやりとしたまま目瞬きしている。
更には、彼を無視して、手を引き摺らせながら頬へと当てる。
付いていた血糊が白い手袋で掠れて更に広がり、少しして彼女は小刻みに震えた声を零した。
「ああ」、「いあ」、そんな出来損ないの言葉だった。
辛うじて何の母音かが分かるくらいで、呂律の回らない言葉は丸みを帯び、はっきりとはしなかった。
彼は目を見開き、彼女を凝視した。それでも彼女は見返そうとはしない。
すぐ傍にいるのに、実は別の空間にでもいるのではないかという錯覚さえ覚えてくる。
うぇ、うぅ、あう。
そうとしか言語化できない言葉の残骸が口から漏れる。
息が乱れてきているのが分かった。彼女もまた分かり得たのか、呼吸音に反応して緩慢と彼の方を見る。
その瞳は、焦点が合っていなかった。
頭に閃光が走り、真っ白になる。
彼は気付けば手をディムロスから離し、彼女の襟首を乱暴に掴んでいた。
「あんたの……」
ぐっと鼻突き合わせ、彼女の顔を自分の顔へと近づける。
「あんたのせいで、カイルは死んだんだ! あんたを助けようとして!!」
びくりと身体を震わせた彼女は、据わらない頭を何とか支えて彼を見ている。
それでも、彼の今の獰猛な目付きは分かっていないようだった。
「カイルが命と引き換えに助けて! あんたは今、生きているんだ!」
浮かび上がる一抹の疑問――彼女は、本当に生きているのか?
「どうして黙っている……何か言ったらどうだ……」
――目の前のだらりとしている人間は、本当に、人間なのか?
「何とか言えっ! カイルに、あいつにありがとうって言え!! 言えっ!!」

――――カイルが命を賭けて助けたかったのは、こんな、こんな唯のモノだったのか?
54向こう側 4:2007/10/27(土) 00:37:42 ID:zIGjnzff0
表皮を振動させるほど顔の間近で言葉を放ち、息をぜえぜえと荒くして、彼ははっとした。
いつの間にか目の前の彼女は、声も上げず、瞳から大粒の涙を流し泣いていた。
薄汚く暗い部屋の中で、それはいやに光に反射し輝いていた。
綺麗だった。同時に、怖かった。
彼は襟首を掴んだまま項垂れる。彼女の白い布地に走っていた皺が、波が引いていくかのように緩やかになる。
分かっていた。
今の彼女じゃ碌な言葉も発せられないだろうことも、カイルを殺したのは自分であり、彼女のせいで死んだのではないということも。
何よりも、何よりもカイルは、こんな彼女であろうと救ったことを。
先程ディムロスに映った顔を思い出す。
きっともう自分はあの決断を下した時点で死んでいる。
そんな自分に、彼女をモノと落胆し蔑む権利があるだろうか。
――違う。彼女はモノではない。
彼女は確かに生き、生きていて欲しかった。生を持つそれがモノという唯の固体である訳がない。
だからこそ、カイルは彼女を助けたのだ。
醜いのは自分。責任を、重責を彼女に擦り付けようとした自分自身。
だからと言って、生きた人間をモノだと心中で罵ったことを後悔しつつも、今更謝ろうという気にはなれなかった。
黄金色の光の粒子が壁に開いた穴の向こうで漂っている。静けさの中で、布と手の皮革が擦れ合う音だけが時折聞こえる。
静寂がぴしと張り詰め、まるでガラスの鈴のように甲高く、しかし儚く短く揺れて鳴る。
その冷たくもの悲しい音と共に、締め付けるように心に迫る。
2人は何も言わない。どうしようもなかった。互いが互いに掛け合う言葉など何もなかった。
ただ、彼は居た堪れないような目を彼女に向け、彼女はどこを見るとも知れない潤んだ目を彼を突き抜けて向けていた。
女は、ゆっくりと左手を胸倉を掴んだままの彼の腕に置く。
暗闇の中で何かを探るように、ぺたぺたと手を実に軽く打ち付けながら、時に撫でるようにして彼の輪郭に沿って這わせていく。
彼ははっとしたようにその手を見たが、見るだけで払いはしなかった。
上腕、肩、首、顎、頬、柔らかく暖かみのある手が彼へと触れていく。
手袋越しのその感触を実感しながら、なす術もなく肌をさすられる。
その手付きには弱々しくも確かな意思があった。
銀髪に触れられ、後頭部にまで手を回された時だった。彼はふわりと彼女に抱き寄せられた。
豊満な胸が身体に押し付けられるまで、彼は何があったのか全く理解出来なかった。
右腕はだらりと垂らされたままだ。ただ、左腕だけが頭に回され、抱き寄せられているのだ。
力強い抱擁ではない。そっと、包み込むかのようなささやかな抱擁。
彼女の身体は温かく、生きた人間の熱だった。
表情は視界が覆われて見えなかった。いや、見なかったという方が正しいか。
彼女は何も言わなかった。いや、厳密には舌足らずな口で彼の耳元に囁いた。
ただ、彼女の言葉はこの静寂の中でもとりわけ小さく、言葉を為していなかった。
この時ばかりは、そうでよかったと心から思った。
彼女の音の響きは、まるで寒く長い冬を越えて訪れた春の光のように、
とても優しく、穏やかで、下手すればその熱で全て崩れ去ってしまいそうな程の力を持っていたのだから。
55向こう側 5:2007/10/27(土) 00:38:33 ID:zIGjnzff0
「止めてくれ……」
抱えられたままの胸の中で彼は呟く。
「止めてくれっ!!」
掴んでいた襟を離し、広げた手ですぐに彼女を突き飛ばす。
彼女の軽い身体は容易く前へと転がった。
彼は息を巻き、床に刺さったままだったディムロスを抜き取り、見えないと分かっていても彼女へと剣鋩を向ける。
握る手は微かに震え、ディムロスもそれを感じたのか、諌めるように彼の名を小さく呼んだ。
だが、彼は何も答えない。それどころか剣を鳴らし上段に構えた。振り下ろし、身体を貫くだけの間合いは完璧だったので。
「俺は、俺は……もう、赦されていい人間じゃない!!」
落とされたディムロスは彼女を両断せんと迫る。
しかし、彼女は振り落とされるよりも早く、彼の身体に飛びついた。
死を恐れてではなく、これ以上の相手の行為を必死に止めようとするかのように。
大剣は開きにする筈だった彼女のいない座標を空振り、代わりにリーチを詰めた彼女の左肩を掠った。
白地にじわりと浮かぶ血痕。痛みはあるだろうに、彼女は離れようとはしない。
実際、彼女のそれは突進とも呼べないほど弱々しいものだったが、虚を突くという点では充分過ぎる効力を持っていた。
ましてや剣、しかも大剣を振るう間合いを埋められたのだ。碌に身動きも取れない。
「離せ! 俺は、全てを終わらせるんだ!!」
振り払おうとしても、彼女は必死にしがみ付く。
「殺す! 殺してやる! そうしなければこの世界は正されない!!」
先の虚ろな瞳とは打って変わり、彼女の瞳は力強く彼を見据える。そして、小さく首を横に振る。
それに苛立ちを覚え、彼は相手が女だということも失念し、無理矢理にでも乱暴に突き飛ばした。
突き飛ばしても、彼女はまた飛び掛ってくるだろうことは簡単に予想がついた。
それでも彼はそうせねばならなかった。彼女が怖かった。
大した間もないのに、彼は走り寄り、再度ディムロスを振りかぶる。
「あんたも……間違ってるんだっ!!」
落とせば彼女の身体は切り裂かれる、その直前だった。
目が合ってしまった。彼女は見えない目で確かに彼を見ていた。真っ直ぐに、彼を見ていた。
例え間違いと言われようと、ぶれもせずに。
金髪、碧眼、それだけの特徴だったのにあの少年の姿が重なって映った。
全身の筋肉が緊急停止を命じる。何もかもが止まり、大剣が振り下ろされる仮定の未来がコマ送りで脳裏に流される。
その未来が、彼には受け入れ難かった。
彼の口がわなわなと震え、剣を構えた腕を下ろし、膝から崩れ落ちた。
かしゃん、という音がして、彼は床に四つん這いの体勢になる。
「そんな目で見るな……その目で、汚れた俺を見るなぁ……」
外敵の攻撃から守るように、彼は頭に両手を当て身を丸めていた。その声はひどく震えていた。
「見続けなくていい……許さなくていい……頼むから、そんな、そんな目で……」
それは、地に伏せ懇願しているようにも見えた。
56向こう側 6:2007/10/27(土) 00:39:31 ID:zIGjnzff0
彼と彼女は違い過ぎた。
長くここに監禁されていたからなのか、そうでないのか、彼女の瞳はカイルと同じように世界の汚染を受けていない。
彼女もまた希望の1人。世界が排除を選ぶ対象だ。
だから、例え全てを滅すると決めたとしてもだ。
もし彼女を殺したら、それはこの世界を認める、許すことと同義なのである。
憎きミクトランを殺すために殺すのに、そのために行う行為は、希望を殺すミクトランと何ら変わらない。
ウロボロスのように、廻り廻って彼の下に訪れるのは絶望のみ。
いいのかもしれない。彼はそれを承知の上で汚れ役を買って出たのだ。
自らの行為を自分への罰と称し、それでも行うのだから、自分とミクトランが同格だなど何よりの罰、そして絶望だ。
それに例え同じだろうと、最後に主催者を殺害することは、世界を否定し散った希望を肯定することに為り得る。
――――しかし、それは理屈の話。
カイルの残像がだぶってしまった時点で、彼は彼女を殺せないのだ。
いや、守ろうとする姿が映ったとでも言えばいいか。
カイルが守ったからこそ、彼女は今ここに生きているのだという事実が彼を呪縛する。
少年は何も求めないと、何もしないと言った。そして彼を許し、彼は少年の死を以て許しを拒んだ。
けれども、どんなに仲間を殺すと決意しても。
カイルを贖罪すべき指針と定め、何としてでも死守し、この地で共にあった彼の記憶が早々に失せる筈がなかった。
己の過失で手からすり抜けてしまった少年は、少年だけは、再び殺せる筈がなかった。
再度カイルの死を繰り返すなど、それこそ至高の罰だろうと、彼には出来ない。
罪を背負うのが怖いのではない。罰を与えられるのが怖いのではない。
ただ――彼は生きなければならない存在だった。

希望はこの世界の住民ではない。
いつの時代、どこの場所でも、受け入れ難いものを追い出してきた負の歴史は同じ。
最早彼はどんな理由を付そうと、この狂った世界の住民、渡ってしまった側の人間だ。
だからこの世界では正しい住人であろうと、それ以外では狂ったヒトに違いないのだ。
汚れを知らぬ、真っ直ぐで綺麗な瞳は、そんな彼には眩し過ぎて辛い。
全てを罰と称して殺戮を繰り返す彼の汚れを、如実に曝け出させるようで怖い。
あなたは間違っていると、それでいてまだやり直せると赦しを与える、その希望の強さが怖い。

身体を触れられる感覚がして、ぴくりと身体を蠢かせ彼は緩慢と面を上げる。
「……あんたは……最後に殺す」
慈愛と悲哀と困惑に満ちた表情で手を差し伸ばす彼女を見、呟く。
「俺とあんただけになって……もうどうしようもなくなってから……殺してやる」
彼の声は押し殺したかのように低く、震え、彼の表情は睨みつけるかのように鋭利な無表情だった。
粗雑に掴んだディムロスに熱と冷気が交わり、風が生まれる。
その一瞬の暴風は彼女の長いブロンドヘアーを大きく靡かせた。
彼女は、その異常性と突発的な場の流れに気付いたのだろう。
はっと彼を見遣ったが、彼は視線を合わせることもなく、一陣の風の如く後ろの開いた穴から飛び降りていった。
一段と強い風の唸り声がしたが、その後の部屋に残ったのは侘しい沈黙だけだった。
57向こう側 7:2007/10/27(土) 00:40:16 ID:zIGjnzff0
彼女はぼんやりと、膝を崩し座り込んだまま目の前を見ていた。何も見えない目の前を見ていた。
それでも、前に広がる風景を空想した。
今日は、知らない人がよく訪れる日だ。
悲鳴の前に現れたのは、1本の樹のように静かな、しかし寂しさを内に秘めた闇。
そしてたった今現れたのは、万年氷のように冷たく、しかし苦悩を内に湛えた闇。
声も、話し方も、多分性格も違う。それでもその2人はどこか似ていた。
本質的な所ではよく似ていた――何よりも、2人は癒されなくてはならない存在だった。


ああ、神様。
私は先程、貴方に生きている意味を問いました。
少し、分かった気がします。

生きている意味など無意味に近いのですね。人は、生を受けたということそのものが、生きるべき理由。
人は、生きるために生きなければならない。
何故なら、私は尚もここに存在している。
本当に生きている意味がないのであれば、きっと問い掛ける前に、とうに私は生を絶っているでしょう。
今ここに生きている時点で、私は、私の心の奥底は生きるべき理由を見つけ、理解している。
そう、私の手は誰かを癒そうと動いた。
術が使えぬのなら言葉で。言葉が使えぬのなら、動作で。
私は、この絶望の淵でも他の誰かを癒そうとした。
それは、最早法術士の性。
他人を癒すことの出来る、癒すことで喜びや悲しみを共に分かち合う、私に与えられた至上の幸福。
私は、癒し癒されることなしには生きられないのですね。

私はあの人を助けてあげなくてはいけない。そして、クレスさんも……私が癒さなければならない。

例え今のクレスさんが私の知らないクレスさんでも、だからこそ、きっと苦しんでいる筈。
私は、あの人の力になってあげなくてはいけない。

待っていて下さい。今、今行きますから――――……


重い身体を這いずらせるようにして、彼女は彼を追い掛ける。
途中で横になった家具に躓いても、彼女は追い掛ける。
世界を映すことを否定された彼女の眼でも、ぼんやりとした僅かばかりの光は目視できる。
白く、白く淡い光だ。
それは闇に差し、切り開く、一筋の光の剣だ。彼女はそれを追い掛ける。
掴むように、重い手を伸ばした。

……
…………
ぐらりと彼女は足を踏み外した。
58向こう側 8:2007/10/27(土) 00:40:56 ID:zIGjnzff0
理解する間もなく、彼女の身体は地面に叩きつけられた。
唯一分かるのは、叩きつけられたような音と耐え難い全身の痛みのみ。
口から血が溢れ、更には滅多刺しにされた右腕の裂傷も開き血が流れ出ている。内臓から出血しているか、もしくは破裂しているだろう。
ただ、それよりも、身体が熱い。
全身が火に包まれたように熱く、それは地面が冷たいからこそ尚更強く感じ、
冷たいのは地面にぬるぬるとした鉄臭い液体が既に張ってあったからだった。
それが先程死んだ少年の液体だと理解したからだった。同時に、自分から出てくるものとも思えた。
彼女は今の身体で許された精一杯の錯乱をする。
ばたばたと暴れる度に水面の滴が飛び散り、ぽつぽつと彼女に付着する。
その無情な冷たさが、灼熱にも感じられる身体の熱を奪い去っていくようだった。
自分のせいでカイルは死んだのだと、私の身体も同じように朽ちていくのだと。
ふわ、と彼女の手に何かが当たった。
彼女は弱々しく手探り、何かを見つけ、握った。
細い布のようだった。何の変哲もないが、血の海に落ちたためにべっとりと濡れていることが感触で分かった。
しかし意識がぼんやりとしてきた彼女には、濡れている液体が血であることも既に理解に至らない。
もし彼女の目が見えたのなら、西から流れに流れ着いたその布が見慣れた赤さであることに気付けたのに。

血の冷たさと同じか別か、ささやかな冷気が混じり込んできた。
肌に刺さるような、悲痛ながらも確かな感触を持つ冷たさ。
彼女の常闇の世界に、ひとひらの白い光が舞い降りる。1つ、2つと増えていき、見上げる先から落ちてくる。
蛍の光のように、儚く、故に大切な一瞬一瞬の美しさを持って、彼女の肩へと降り積もる。
暗闇を照らす街灯が現れ、全く見通せぬ闇に、波紋が広がっていくように淡い光が満ちていく。
映し出された民家の灯。窓の格子に作り出されたつらら。屋根に均等に重なる雪。
その風景は、冷たい筈なのに温もりも帯びていた。
街路の雪に刻まれた足跡を隠すように、新たな雪が静かに降りてくる。
寄りかかる壁は外気に冷やされて、それでもどこか木材特有の暖かさを衣越しに身体で感じる。
耳に付けている白馬のイヤリングが、ささやかな風に揺れた気がした。
ロングヘアーの金髪が頬を撫でて、ふっと、彼女は顔を横に動かす。
隣には、優しそうな笑みを湛えたあの人がいた。
その人は彼女の隣から立ち上がり、暗闇を照らす青白い光の中、雪の道を歩いていく。
広く赤いマントが揺れて、鎧とグリーブがそれぞれ触れ合い金属音が鳴る。
その中でさく、さくと雪を踏む音が、遠ざかっていくという事実を告げる。
彼女はその人を追おうと立ち上がろうとした。しかし何故か足に力が入らない。
壁に寄りかかったまま、彼女はその人を見つめるしかなかった。
1度、少年と青年の境目のような、甘い顔立ちをしたその人は振り返る。
はにかんでいたけれど、少し寂しげな笑顔だった。
どんどんと小さく遠くなっていく背を見て、彼女は我に返ると同時に、とても嫌な感触がした。


駄目。私は、あの人を、クレスさんを癒してあげなければいけない。
私は、生きなければいけない。
59向こう側 9:2007/10/27(土) 00:42:10 ID:zIGjnzff0
彼女は知らず知らずに彼のバンダナを強く握り、身体を引き摺らせて前へと進み始めた。
動かない身体を無理矢理にでも動かさせる。
世界が命じる禁止を振り払うかのように、手を伸ばし、そして1歩彼女は踏み出す。
それは牛歩のように遅かったが、それでも彼女は血を吐き前へと進む。
息を弾ませ、例え身体が軋もうと、時折止まりながらも彼女はずるずると左手の力だけで進む。
手袋が土塗れになり、破けてしまい、晒された手が地に擦れ血液を流したとしても。
その瞳は、何も映さなくとも確かに光を宿し、強い力を持っていた。
(私は、生きて、)
一体、どれくらい進んでいるのかも分からない。
それでも彼女は諦めずに、身体を地面に臥せさせたまま少しずつ進もうとする。
衰弱しきっていた身体はやがて動かなくなってきた。
指がぴくぴくと動くだけで、彼女の重々しい身体を進ませるだけの力はなくなっていた。
(生きて、生きて、)
それでも手は動く。その先に待っている人を想い、必死に動こうとする。
(私は、絶対に、)
握ったままの彼女の左手が、真っ直ぐに伸ばされる。


――待って、待って……クレスさん…………


「うえう、ぁ……」
あなたを、癒せたならば。
その願いも、大切な人の名も最早ろくに告げられぬ口舌の前に、弱々しい声となってアーリィと共に溶けていった。
太陽は西に傾き、夕方の寒さを匂わせ始めている。
薄ら日を振り絞らせたかのように、鐘楼台に鮮やかな黄金色の西日が差した。
60向こう側 10:2007/10/27(土) 00:42:49 ID:zIGjnzff0
中央広場へと繋がる道を逆行しながら、彼は走っていた。
全てを振り払い、何の音も聞かずに済ませるかのような疾走。
彼の身体には未だに震えが走っていた。
『ヴェイグ、何故殺さなかった?』
その質問が無粋だと分かっていながらも、何よりも理由が分かっていても、ディムロスは聞かずにはいられなかった。
ディムロスもまた、彼と同じものを見出していた。
しかし彼は全てを滅すると決めた。彼が引き返せば、彼自身が壊れてしまうと思っていたからだ。
だが、彼は何も答えない。ただ走り続け、後方には1度も目を遣ろうとしない。
逃げ、だろうか。
理屈はごまんと思いつくが、カイルを守った彼女は希望の側の人間で、その目が怖かったのだから、逃げと銘ずるには充分だった。
彼には、彼女を殺しも救いも出来ないのだ。
何もしないのなら、その場から逃げてしまった方が余程気が楽だった。
何もしないことで停滞に流れる、息苦しく居た堪れない空気の中にいるより、余程。
その方が、後から更に狂ってしまった時にもっと簡単に殺せるに違いなかった。
どすん、と土の入った袋が落ちたような音がした。
彼は急に立ち止まり、即座に振り返る。銀髪が風に荒々しく揺れる。
何が見えるということはない。日が傾いて、鐘楼台に黒々とした陰鬱な影が落ちているだけだ。
目を大きくしていた彼は、ふっと目を細め冷えた息をゆっくりと吐き出した。
「どんな選択だろうと、待っているのは誤りだけ……」
彼の目には、ほんの僅かに色を点した世界が再びモノトーンに戻っていくのが映っているのだろう。
世界は希望を贄とした。
振り返った身体を元に戻し、ディムロスに一瞥を投げて確認し、彼は再び進もうとしていた道を歩き始める。
ディムロスは痛感する。本人の意思はどうであろうと、彼女は確かに彼を救ったのだ、と。

「行こう、ディムロス。やはりこの世界は間違っている」
61向こう側 11:2007/10/27(土) 00:48:34 ID:dxajdENhO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP60% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷い?
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エターナルソード
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:残りの参加者を殺す
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→中央広場

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄?
基本行動方針:全てを終わらせる
第一行動方針:ヴェイグが心配
第二行動方針:ロイドやキール達の安否が気になる
第三行動方針:エターナルソードをミトスから死守する
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区


放置アイテム一覧:
サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル ミントの帽子


【ミント=アドネード 死亡確認】
【残り7名】
62状態欄修正:2007/10/27(土) 08:45:31 ID:dxajdENhO
申し訳ありませんが、ディムロスの状態欄を一箇所、

現在位置:C3村東地区・鐘楼台→中央広場

に修正願います。失礼しました。
63名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:35:24 ID:/drWTBtyO

64理想の終わり −Hero's Dead− 1:2007/10/30(火) 00:35:30 ID:NP5MqCP/0
どこで道を間違えたのだろう。


ロイドが、まるで十数年恋焦がれてきた男に再会する少女のような面持ちで青年を見つめる。
「それがコレット――――――マーテルの器か」
笑みを親指と人差し指で曲げて止め、ローブを靡かせた青年は短い嘆息をつきながらロイドに近づく。
ロイドは唇を噛んで、感慨を堪えた。ここで、このタイミングで救いの手があるなんて。
「え?ああ、そうだけど」
「……説教をしている時間は無さそうだな」
雲に日が遮られ、ロイドの無邪気な表情に一瞬の翳りが入る。
何を言っているのか分からないといった表情をしているロイドを尻目に、
激闘の後に残った更地をねめつける様に目を左右に動かしながらロイドの傍に辿り着く。
直ぐに大地への注ぎを再開する太陽は先ほどと変わらない日の光を注ぐが、世界は冷え切ったように何かが変わっていた。
先ほどよりも色濃く浮かび上がった陽の翳りと青い前髪は二人の視線が交差するのを拒んでいる。
「と、とにかく、コレットが命と引き換えの術を使っちまって、頼む。何とかしてくれ!!」
「そこを置け。状態が分からないと術も使えない。邪魔だから退け」
曖昧なロイドの懇願を、青年は右から左へ流しながら聞く。
話を聞き終える前に指示をするように顎を上げて、青年はロイドを促す。
ロイドはそれに従いコレットを置いて一、二歩と下がる。満面の笑みで、嬉々として。
まるで、その救いを疑わないようにと自分に言い聞かせるように。
その疑いを忘れ去るかのように退いた。

「この大裂傷は?」
青年はなぞる様にして、コレットの体に刻まれた大きな傷を確かめる。
血は出てこないとはいえ、その様はあまり見ていて気持ちのいい色合いではない。
「ああ、それはクレスが……」
それを平然と捉える青年の冷静さに、薄ら寒い何かを思いながらもロイドは彼の質問に答えていく。
ヴェイグ達と合流したが、再び別れたこと。
一度負けたこと。
コレットの存在を確認してもう一度立ち上がったこと。
クレスに追い詰められたが、そこをコレットに助けられたこと。
まるで今まで起こっていたことを“確認”するかのように、ロイドは答えていく。
ロイドは青年から目を離せなくなっていた。
笑顔が、見ずとも分かるほどに乾いていくのが実感できる。
だがその表情を崩すことは出来ないと、ロイドは直感できた。
崩してしまえば、何もかもが終わる。終わってしまう。そうしたら。
ロイドの砕けた右手が強く握り締められる。砕けた骨が擦れ合った音は、実に不快だった。

「なあ、そんなことはどうでもいいだろ!!今なら、今ならまだきっと何とかなる。だから、早く!!」
もはやそれは懇願とは程遠い命令形の口調だったが、青年はそうだなと応じるだけで何ら動揺することもない。
立ち上がった青年は左手にクレーメルケイジを、右手に魔杖ケイオスハートを握る。
渋々と言った形容がよく似合う、苛々する程に鈍重な動きだった。
杖と籠から放たれる鬱陶しい程の魔力の光が、術者たる青年を輝かせる。
その光と振る舞いが、神のように荘厳であるとロイドは思った。
荘厳たれと信じ込もうとした。
内側から膨れ上がる一つの感情を信仰で覆い隠す。
俺たちは仲間だっただろう?そう言いたくなる口を押さえ込むようにして唇を噛む。
コレットの体に陽光にも似た、それでいて慈愛を淵まで満たした光が降り注ぐ。
65理想の終わり −Hero's Dead− 2:2007/10/30(火) 00:36:56 ID:NP5MqCP/0

今だけでいい。この光が止み切るまでいい。
俺が間違っている。
大した理由もないのにこんな事を考える俺の方が間違っている。
第一、最初に飛び出していった俺の方が悪いに決まっている。
多少は、いや、かなり怒っていても不思議ではないだろ?

青年の唱える術の句は台本を読み上げるかのように淀みがない。
癒しの光が、少女の肉体に纏いながら漂う。

それに、こうしてコレットを助けようとしてくれているんだ。そうに“決まっている”。
この光が止んで、コレットが目を覚ませば、それでこんなふざけた気持ちもパッと消えてしまう、その程度のものだろう?
だから、だから“疑う”な。
疑ってしまえば、この光を見失ってしまったら、

今度こそ俺は何処に飛べばいい?


ロイドの緊張が極限に達したのと同じくして、スイッチを押すような気軽さでその光は断絶した。
「レイズデッドでは無理だな」
青年の言葉はとても無機質で無感動。しかく紛れも無く血の通った声だった。
疑うな。信じろ。彼を信じろ。とにかく信じろ。なんとしてでも信じろ。でも、
「どうして、だよ……」
呻く様な声と共に、ロイドは笑った。今生最後の笑みといわんばかりの、瞳以外は朗らかな笑顔だった。
「それはな、ロイド」
再び発光する杖。乗せられた意思は、闇を意味し素早く紡がれて行く。
だから、信じろって、でも、でも、信じるから、一つだけ教えてくれよ、なあ。
「こういうことだからだ。――――ダークフォース!!」

どうしてそんな真っ赤なんだよ、キール?

発動と共に地の底より幾つもの闇が槍となって沸く。
笑顔のままだったが、ロイドの右手が既に左手に掛かっている。
槍は矛先を空から地面へと変えてロイドの下へ襲い掛かり、その闇の波動は爆散した。
人外の剣戟によって粗方煙立つものを吹き飛ばしたその地に湧き上がるほどの砂塵は起たなかった。
キールは横目でコレットの方を向くが、その金髪の一本も見当たらない。
「なあ、何でだよ。何かの冗談か?」
向いた先の右、つまり後ろからの声は蓄音機のように緻密で、何処かズレた音だった。
キールは呆れた様な溜息を一つ付いて、そちらを向く。
その腕に金色の人形を抱えて、その顔はあらゆる言語化された感情のカテゴリに当てはまらない。
その視線が、キールからその奥に向けられる。一つだけの足音に、キールは振り向かずに二人の来訪を認識した。
褐色肌の少女は、伏目がちに俯いてその肌の色よりも黒い色で其処にいた。
純白の、穢れ一つ無い大天使は薄ら笑いを浮かべながらロイドを睥睨して其処にいた。

「まあ、とどのつまり。こういうことだ」
キール=ツァイベルの貌に、空想しうる限りの邪悪さが刻まれる。
日差しは、既に白から赤に変じつつある頃合だった。

66名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:37:15 ID:RxWLqDEPO

67理想の終わり −Hero's Dead− 3:2007/10/30(火) 00:37:33 ID:NP5MqCP/0

膝と背を腕で支えてコレットの身体を抱えながら、ロイドは目の前の光景に息を呑む。
親指と人差し指の合間を顎に当てて、冷ややかな目でこちらを見ているキール。
鬱屈そうな顔で、その丸い瞳に輝きの欠片も無いメルディ。
そして、振り払った昔日の残照が、自分の影が現実として結実している。

「ここで分かれて、丁度丸一日といったところか。久しいな、ロイド」
「ミトス……ミトス=ユグドラシル!!」

12枚の赤い羽と純白の出たちに流れる金髪は艶やかで、
この場の中でも碌な傷の見当たらぬその在り様は、この戦場から掛け離れた別種の存在にも思える。
微かについた汚れと返り血のような小さな血痕だけが、目の前の存在を御伽噺の天使などではなく、
この現実に存在する“脅威”だと否応にも認識させられる。
24時間振りに見えた人物の変容がその外見の変質に留まらない事は、ロイドの目にも明らかだった。

「この姿を識っているのか。どうやら、これであの娘の話が眉唾である可能性は無くなったと見ていいのだろうな」
鼻を鳴らして一人で納得するユグドラシルは一見する限り無手で、何処に置いたのかサックも無かった。
“ミトス”だった時に持っていた邪剣もロングソードもその手には握られていない。
そして、“ユグドラシル”に剣が必要無いこともロイドは良く分かっていた。
「暫く見ないうちに随分面白い変わり方をしたな。まさかお前のエクスフィアが輝石だとは思わなかったぞ。
 ましてや、翼を持った天使など、私が知る限りでは存在しない。どう思う? キール=ツァイベル」
だが、そんなことは今のロイドにはどうでも良かった。
既に積載量を超えたロイドの思考に於いて、ミトスの単体としての意味は余計なものとして切り捨てるしかなかった。
「異なる空間から集められたのなら、異なる時間から集められても不思議じゃあない。
 平行世界というほどの話でもないし、現に存在しているんだからそれで十分だろう。手段はともかく意図には興味がない」
嫌そうな顔ではあるが、律儀に答えるキール。
何気ない会話に、まるで自分が異物であるように感じてしまう。

「なんだよ…何かの冗談か?それともなんかの作戦か?」
震える身体に、軋む言葉。早鐘を打つは既に無き心臓。
心中とは裏腹な楽観論を口にするロイドの顔は、乾きすぎた砂のように崩れていく。
「アレと同じことを言う。どういうことかと聞かれて、こういうことだと答えただろう。人の話は一回で聞け」
その言葉を口にしても尚微動だにしないキールの視線にロイドはただ射抜かれてしまうしかなかった。
くすんで汚れた顔の中で、瞳だけが黒く意思を輝かせている。
どこまでも細くいつまでも鋭い貴き意思は、万の言葉よりも重くそれだけで自分に本気だということを伝えるのに十全だった。
軽蔑するような視線は鋭く、言葉にするよりも現実を教えていた。
「何やってるんだよ……おい、答えろ!!」
ロイドは叫んだ。腹に溜め込んだ疑惑を全て吐き出すような叫びだった。
それだけで納得できるほどロイドは、物分りが良くは無い。
だがこの世はとかく曖昧で、言葉で括らなければ嚥下する事も侭ならない。
杖を突きつけたキールはロイドが今見る異常な世界を形にする為に、その言葉を紡いだ。

「僕はミトスに手を貸すことにする。それが、僕の望みを繋ぐ最良の手段だ」
68理想の終わり −Hero's Dead− 4:2007/10/30(火) 00:38:10 ID:NP5MqCP/0

ロイドの腕から力が抜け、危うく抱える少女を落としそうになる。
それをギリギリの所で力を入れ直し、ロイドは両足に力を込めた。
「落とすなよ。万が一傷でも付いたら堪ったものじゃない」
杖を肩に乗せて、見物をするように言うキールをロイドは強く睨み返す。
「コレットを物みたいに云うな!」
「お前の世界じゃ死体は物とは云わないのか。まあ、過去の人格を認める場合は一人二人と数えもするが、
 そういう意味合いでもそれはもうコレットじゃあないだろうよ」
「キール、手ん前ェェェ……」
滾る怒りよりも早く崩れていく自分の足場を前にして、
ロイドはコレットを抱えたまま大地に自分を立たせることだけで精一杯だった。
温かみの抜けたキールの瞳に、そして、俯きながらも自分をじぃっと見つめる幼い双眸に、寄る辺を崩されていく。
「あれか、メルディを人質に取られてんのか?だったら俺が何とかする。信じろ!!」
最後の救いだと言わんばかりに、ロイドは願いにも似た言葉を投げかける。
投げかけられたにそれに、三者三様の反応が出るがロイドの願いを叶える者は一人としていない。
一人は口に手を当てて隠しているが、その笑いは上半分の表情だけでも十分に伝わっている。
一人は、目を見開いて、その怒りのような感情を更に徹しながら後ろに手を回す。

そして少女はキールの背中を見て、数秒の間を空けた後、懐から一つの小さな笛を取り出した。
(ウグイスブエ……)
ロイドが直して手渡したそれが、彼女の唇に当てられる。
鳥の音が小さく響き、一つの小さな影がゆっくりとロイドの前に現れた。
「クィッキー……お前」
目の前に現れた小動物にいつものような軽快さは無く、目を瞑ったまま彼女とロイドを隔てるように立っていた。
愛らしい瞳は不本意そうな光を宿しているが、逆立つ毛並みは対立の意思を示している。
メルディがもう一吹きすれば、クィッキーは望むと望まずとも攻勢に乗り出すであろうことが嫌でも伝わってしまう。
クィッキーが力無く一鳴きする。いつものような明るさはまったく無く、有ったのは何を信じればいいのかを自問するかのように心許なさだけだった。
キールを排除するでもなく、ロイドを攻撃するでもなく、彼女を脅かす敵を定められない。
それでも、メルディだけは守り抜いてみせるというような、悲壮な声に、ロイドはクィッキーとその飼い主を責める事は出来なかった。

キールが一瞬メルディの方へ視線を向けて睨むのを、ロイドは見逃さなかった。
タイミングから考えて、キールがメルディに指示を送ったのだろう。
午前中にそんなことを訓練していたことを記憶している。
メルディが今行った行為がキールの意図にそぐわないものだったのだろう。
傍観を決め込むかのように黙ったユグドラシルは気付いているのかどうかハッキリしない微笑を作ったままだ。
この三人の意思は同調されていない。
それだけが、今のロイドに理解できた平穏だった。
「なんだ……もしかして、結構行き当たりばったりで思いついたんじゃないだろうな?
 先に来てた二人も知らなかったみたいだし、何考えてるんだよ?」
「そうでもない。考えていたから二人が先に来たんだよ。おかげで話が早く済んだ」
揺さぶりを掛けようとしたロイドの言葉を流しキールは淡々と、謝辞の様な皮肉を返す。
「なんだよ、話って…………ッ!!」
ロイドの言葉が詰まる。
生き残った丘の6人、先遣隊二人、キールとメルディ、そして“済んだ話”。
嫌な疑惑の塊が、射殺すように脳裏を直撃する。
「グリッドを、どうした」
一言一句を舌で転がして、ロイドはそれだけを聞いた。
「殺したよ」
帰ってきた返答は、問いに込められた思いに比べてあまりにもぞんざいだった。
69名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:38:27 ID:/drWTBtyO

70理想の終わり −Hero's Dead− 5:2007/10/30(火) 00:39:17 ID:NP5MqCP/0

「ふ……ざけってんじゃ、ねええ!!何でだ!何で殺す必要があるんだよ!!」
「人を殺人快楽者のように言うなよ。何度も言っていただろう。“敵”達を倒すためなら、どんな卑劣な手段でも使ってやると。
 あいつは僕を殺そうとして、メルディを傷つけた。それだけで十分に定義を満たしていたよ」
キールの言葉にロイドはメルディの方を向いて確認する。
治療が済んでいて気付かなかったが、右肩に生傷が増えていた。
「だからって、だからって、グリッドにも何か理由があったんだろ?なあ!!」
それが事実としても、このキールの状況を考えればグリッド一人に理由があるとも思えない。
キールは少しだけこめかみを掻いた後、目を細めた。
「あいにくと、僕は敵と面向かって一々理由を聞いている程暇じゃあないんでね。
 況してやこの身は唯の人。対価として心臓を差し出すような豪胆も持ち合わせが無い」
「なん、だと……」
あまりにも露骨な皮肉にロイドは失った臓器のあたりに、幻の痒さを覚える。
恥も後ろめたさも感じないような、或いは何処かに捨て去ったようなキールに抱いたロイド=アーヴィングとして当然の感情だった。
「どうして……何があったんだよ。何でお前を変えたんだよ? なあ、キール!!」
だが、今まで積み上げてきた彼との過去は、激情一つでひっくり返せる様な安いものではない。
ロイドは、もう一度問う。全てを明らかにしなければ、自分の立っている位置すら分からない。
この足を踏み出して戦うにせよ逃げるにせよ、もう一度だけは聞かなければならないと、己の甘さが命じた。

しかし、半分先程までと同様に杜撰に返されるものだと思っていた予測は、まったく意外な所から砕かれる。
「そうだな……それは実に興味深い」
ユグドラシルがキールを鑑定するかのように視線を向けた。
「あの場はあまりにも滑稽だったからそのままお前の願望を聞いたが、私もお前の腹の内は聞いてみたいと思っていた。
 話してみろ。包み隠してもいいが、面白くなければ命が落ちるぞ?」
「……いいだろう。生き死になんてどうでもいいグリッドにはそれなりの説明しかしなかったからな。
 “絶対に死んでもらわなければ困る”ロイドには、語っても問題ないか。冥途の船賃には些か大きすぎるけど」
恐るべき言葉をさも数式を語るように、キールはロイドに背を向けて、息を吸い込んだ。

71理想の終わり −Hero's Dead− 6:2007/10/30(火) 00:40:00 ID:NP5MqCP/0

「少し組み立てが複雑になるが、お前のような手合いには時系列に語った方がわかりやすいだろう。
 ことの始まりは、シャーリィだ。あの滄我砲が全ての始まりだよ」
南の空を向いたキールは、四則と命を等式にして解を語り始めた。
「ロイド、お前はあの一撃を見てどう思った?」
「どう、って……怖かったさ」
フラッシュバックする、原初の恐怖を呼び起こす光にロイドは唾を飲んだ。
そして、その恐怖に冒されたキールの叫びとも笑いともつかない姿も付随して思い出される。
「感情論の話じゃない。あの時点でお前は迷わず仲間を助けに行くと言ったな。覚えているか?」
キールの言う意図を飲み込めず、ロイドは思い出すのに一拍子腰を折った。
仲間を助けに行くなんて、当たり前過ぎて、逆に思い出せない。
「全くお前は正真正銘、骨の髄までヒーローだよ。故に見逃してはならない問題を知覚しない。
 それが問題であるということを認識できないんだ」
「何だよ、何が分かってないっていうんだ」
ロイドが怪訝そうに問いながら、フラフラと歩くキールとミトスの奇襲に神経を注いだ。
過去を振り返っても、あの時点で自分に迷いも落ち度もなかったと思う。
「そこがお前の限界だよ、ロイド。あそこにいた参加者が“自分たちが辿り着くまで生きている”なんてどうして確信できるんだ?」
キールの一言に一瞬の空白を空けた後、ロイドは片足から力が抜けるような錯覚を覚えた。
砂を落とすように過去を洗い落とし、その時の記憶を検索する。
恐怖を堪えて自らを奮い立たせ、仲間の無事を願い駆け出した。
一分一秒でも早く間に合えと、考えうる限りの速さを以ってあの丘を駆けた。
そこに一片の躊躇も微塵の後悔も無い。
「そう。お前はそうやって自らの願いを押し付けた。“どうか無事であってくれ、何が何でも生き延びていてくれと”
 勝手に都合の良い未来を現実に押し付けた。何処をどう解釈すれば、あの一撃で“全滅している可能性”をそこまでスッパリ忘却できる?
 これだからお前のような存在は、子供のような夢を荒涼とした現実に押し付ける恥を知らない。
 自分が助けに来るまで、怪人が人質を生かしておくことを疑わない。否、生かしておけと怪人に強制する。
 “敵”に己の未来を託すこと莫迦にすら気付かない。なあ、滑稽だとは思わないか?」
キールの口には諧謔味が浮かんでいた。言葉の持つ酒精に身を委ねる様に酒を飲み干していく。
「お前らのような非凡は、自分たちの持つ世界を疑わず凡人にその非凡の理を強要する。
 現実的に考えて、あの砲撃を生き延びて五体満足で生き延びられると誰が思う?
 常識的に考えて、よしんば生き延びた連中が砲撃を見た後にまともに戦えると誰が思う?
 理論的に考えて、僕達が駆けつけるまでの十数分、生き延びられると誰が思う!?
 少しは最悪の事態に恐怖する脳味噌位残す気は無いのかッ!!」
ロイドはキールの鬼気迫る言葉に窮した。
それは、目の前の彼が人の変わったように叫ぶことに窮したからでも、自らが反論できないほど巧緻な理屈だったからでも無い。
青年が放つ理の皮を被った獣の言葉がこのまま続けば、
今まで見なかったものを、知らなくてよかったもの覗いてしまうという予感が、ロイドを強張らせていた。
「キール、お前の言ってることはそうかもしれねえ。でも、でもよ、無事だったんだ。間に合ったんだ。
 それでよかっただろ?それで済んだじゃねえか。何が気に入らないっていうんだよ!!」
ロイドが、不変の極致である過去を依代として反論を繰り出す。
過去のミスを指摘されるのはこの際甘んじて受けるにしても、現実として彼らは死人一人の状況で間に合い、
そこでシャーリィ=フェンネスを打倒する大きな要因となった事実は変わらない。そして、今の話に何処にもこの裏切りと繋がる点が見えてこない。
72名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:40:02 ID:RxWLqDEPO

73名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:40:54 ID:/drWTBtyO

74理想の終わり −Hero's Dead− 7:2007/10/30(火) 00:41:36 ID:NP5MqCP/0

キールはロイドの種々の疑問入り混じった感情をハンッと鼻で笑った。
「聞いたかメルディ? この傷だらけの莫迦者は、それで済んだんだから良いだろと、結果オーライだとでも言い放ったぞ?
 全く以って、自らに与えられる未来が常に最良だと確信していなければ到底口にするのも憚られる御伽噺の主人公の言葉だ。
 雛鳥が親鳥に餌を与えられることを疑わないように幼い言の葉。
 こんな言葉の中で安穏と身を守っていたのなら、成程全てに甘えて全てを守り通すなどと謡うのも納得だ。
 これを無知と言わずしてッ、無恥と謳わずして何だッ!!」
「―――――――――――――――ッ」
臓腑を握り潰されるような息苦しさに、ロイドは危うくコレットを落としそうになる。
それを制したのは、他ではないキールだった。
「まだだロイド。しっかり支えなければ、何もかも落とすぞ。
 さて、話を続けようか。成程、確かにお前の言う通り、この状況とあの時点での僕の思考に直結したものは無い。
 あの時僕はこの計画の骨格を空想しただけだ。最悪の状況を打破する為の策を練るしかなかった。
 さて、ここで問いだ。この状況下で想定される最悪とは何だ?」
問いかけるキールの目は、爬虫類のように湿っていた。
今更ここまで自分の最善を否定しておいてよくも言う。こいつの言うところの最悪とは詰まる所、
「グリッドやヴェイグ達の全滅って言いたいんだろ」
「及第だが不完全だ。損害10割の殲滅がこの場合正しいのだろうが、まあこの際言葉遊びは良い。
 問題はそこに対する対処、僕とメルディそしてお前、残存勢力三名での勝利への方策だ。
 さて問の二。この状況を打破するのにもっとも有効な手段は?」
ロイドは深みに嵌りながらキールの問いに耳を傾けてしまう。
塞いでしまえば済む話なのに、その両手は彼女を支えて塞がっていた。
もし、ヴェイグもカイルもグリッドも誰も彼もあの場で死んでいたとして、どうなっていたか。
まずシャーリィを倒せるかどうかが怪しい。三人では残存する敵を一人倒せるかどうかといった、お話にならない状況である。
戦力を確保して、再編しなければ再起も適わない。だが、その戦力を集める役割だったグリッド達が死んでしまうのだから、
もう志を同じくして、などという仲間は存在しないと見ていいだろう。名簿から分かる差し引きだ。
ならば、残された手段は、
「寝返って、甘い汁を啜ろうって胆か!!」
「赤点だな。僕の立つ位置はそんな悠長な場所ではないよ。そもそも僕は未だに己の道を誤っていないから寝返ってもいない」
「どの口がそう言うッ!!」
「無論、最初はそう思ったさ。これは紛れも無い正真正銘の“裏切り”だとね。今までの信念を真逆に圧し折る行為だと。
 だから、この考えは封印した。元々机上の空論、使おうと思って身命を託すような手札じゃない。
 だからこそお前に、考え得る対シャーリィへの戦法と心構えを口を酸っぱくして伝えたはずだ。
 今更信じろなどという気は端から無いが、あの時は、仮に三人だけが生き残ってもお前に未来を託すつもりだったんだよ」
キールの瞳が少しだけ翳った。
「じゃあ、どうしてだよ。尚更おかしいじゃねえか!! 皆、皆生きてたじゃないか! これから、これからこの道を続けていけば良かっただろ!?」
「黙れ。莫迦者」
恫喝に近い静止に、ロイドは叩き潰すような重圧を感じた。鉛のような怨嗟が、呪いに込められていた。
「ああ、生きていたさ。カイルの傷も、ヴェイグの傷も、殆ど無傷だったグリッドも含めて、重症こそ負えどもまだ誰も瀬戸際には居なかった。
 あの瞬間、お前があんな莫迦なことをしなければ、こんなことする必要も無かっただろうさ。お前が心臓を溝に捨てるまではな!!」
「なん、だと」
75理想の終わり −Hero's Dead− 8:2007/10/30(火) 00:42:07 ID:NP5MqCP/0

「全く、お前という奴は大した道化だよ。あの瞬間、僕を含めた誰もが夢に魅せられた。
 死者一名で、あのシャーリィを撃破。隙の無いハッピーエンドの後のお前の所作だ。
 誰もが欲をかいた。“敵すら救って大団円”をお前の中に見てしまった。その末路が、そこの穴だ」
キールがロイドの胸に指を指した。指の先は体を貫いて向こう側の地面を示している。
「あの時の自分の絶叫を覚えているか? 耳を劈き天を割るかのような騒音。
 自らの望む結末を得られなかったその心にはさぞや癒しだっただろうな。
 他人の未来までをチップに賭けたギャンブルの失敗だ。負けるにしても痛快だったろうよ。やっている本人はな」
「なん、だと」
「そうだろう。あそこでシャーリィを諦めていれば、全てはお前の望む形で収まったはずだ。
 僕もこんな真似で手を汚す必要も無かっただろうしな。さて、ここで問の三だ。
 “お前はあの莫迦な真似をしようと思ったとき、少しだけでも他の仲間のことを慮ったか?”」
ロイドの歯が、ガチガチと噛み合わぬ不快な音を立てた。
聞いてはいけない。これは解なんかじゃない。
(陳腐な昔話で同情を誘って、少しくらいの死期を延ばして、あれ?)
毒を耳から注いで腐らせ崩すかのような、

(もしかして、唯の、自己満足?)
「結果を語る前に、原因を明らかにしておかねば因果は立ち行かないからな」

壊だ。

「“仲間が無事で生き残っているか”というギャンブルに勝って、お前は逆上せ上がった。
 自らを主人公と錯覚したお前は自分の選択が常に最善になることを疑わない。
 故に、欲をかいて、掛け金を上乗せして更なるギャンブルに身を投じ、結果、何もかもを巻き添えに破産した。
 それだけの、それだけがお前の罪であり、この状況の原因だ。但し極刑モノの罪で、直に執行だけどな」
冷ややかなキールの瞳に映るロイドは、口を半開きにして、失意を絵に書いたような表情だった。
穢された。そんな気分だった。
ここまで来た道程は、反省はあっても後悔は無い。そう立ち止まったはずだった。
なのに、言葉の雨が欠損に染み入って痛む。
肉体の命を失い、希望を失い、最後の最後まで残ったたった一つのモノ。
それすら、唯の逆上せ上がった三流の博徒の莫迦と穢されてしまう。
根が腐るのが、リアルタイムで実感できた。


「さて、お前を語り準備が整った所でお望み通り僕を語ろうか。
 詰まるところ原因はお前なんだよ。言っただろう。お前が死ねば全てが終わると」
キールは囁く様に語るが、瞳孔が開ききったロイドには碌に聞こえなかった。
突如として信念から裏返った罪悪が鼓膜の向こう側まで押し寄せていた。
「だが、これには語弊がある。お前が死んでも、実の所それはゲームオーバーを意味しない」
「何……?」
「問の四。この盤上から一早く抜け出すその勝利条件は何か」
ロイドが苦悶する顔をキールに向ける。手に感じる彼女の重さの幻だけが、現実を彼に繋ぎ止めていた。
勝利条件、それは即ち脱出条件に他ならない。
ならばそれは何か。その一翼を担っているロイドには直ぐに理解できる。
一つ、時の魔剣エターナルソード。これを以ってミクトランが居たあの最初の場所に道を開く。
一つ、自分自身、ロイド=アーヴィング。時の魔剣は契約者にしか使えない。
そして、最後は……
「そう、船と繰り手を以って外つ国に旅立つには切符が要る」
キールは自らの指で、己の首に輝く首輪を指した。
首輪を解体せねば、向こう側に行くことすらままならない。
76理想の終わり −Hero's Dead− 9:2007/10/30(火) 00:42:40 ID:NP5MqCP/0

「だが、それでは少し完璧とは言い難いな。ロイド、お前は言っていたぞ。
 “ミトスは魔剣を用いて、コレットをマーテルに降ろす”と。ならばそれは魔剣を使えるという確信がミトスにあるという話だ。
 同時に、魔剣を持って遁走したクレスも担い手であることはお前の口から聞いている。
 だから二番目の正解は魔剣の担い手、“時空剣士”だ」
キールはカツカツと足音を立てながらミトスとロイドから等距離の点を集めたような線を歩いた。
「つまり、この三枚のカードを手札に揃えること。
 この三枚で役を作ってこそ和了りということになる点で、これはポーカーと言えるだろうな。望むならこれよりも更なる役を目指せばいい」
山札よりカードを引き当て、要らないカードを棄て、役を作る。正しくギャンブルと言える。如何様を含めて良いのならば。
そして何より、これがポーカー足る最大の理由は、
「そう、絵柄はどうでも良いんだ。お前だろうがミトスだろうが、極論さえしてしまえばクレスだろうが。“時空剣士”という数字でさえあればいい。
 時空剣士だけに限った話じゃない。“フォルス使い”“ソーディアン”などの他のカードにも通ずるものがある」
「人を、トランプ扱いするな!!」
「自分の絶対性を崩されて癇に障ったか?
 そうだな、お前の我が許されていたのも、偏にそのレアスキルが有ったのは事実だ」
「舐めるなよキール!! 俺はそんなこと思ったことは一度もない!!」
ロイドは頭を振って否定を試みる。しかし、内側には幾らかの恐れがあった。
メルディの姿を一瞥し、過失の記憶が揺り起こされる。
正しいと思った信念に裏切られて、俺達は堕ちている。
「まあ、そうだな」
しかしキールの口から出てきた言葉は口だけの反論に同意する。
いっそ、否定してくれれば、どれほど楽かとロイドは思った。
首を絞める言葉の縄が少しだけ緩み、ほう、と一息を付いたところにタイミングを見計らったように縄が絞られる。
「主人公は得てしてそういうものだ。極点に立つものが地軸の回転を自覚する訳がない。
 自分の正しさを疑うことは出来ないのだから、何、それを恥じることはない」
そこで一拍を置いて、キールはだが、と論を転換させた。
「残念な事にこの世界の中心には既に“王”が居座っている。ならばお前もただの一人なんだロイド。
 それを自覚できなかったお前の傲慢と過失が、ここに結実している。それさえあれば、心臓一つ位は節約できたろうよ」
キールは額を指でコツコツと叩き、次の責め句を考えるかのように笑った。
「そう、お前の存在の希少性の無価値化。三人で勝つことだけを考えて考えてあのときに僕が気づいたのはそこだ」
キールはそこでミトスの方を向いた。
ミトスもそちらを向いて、ロイドの位置からでは前髪で目元が分からない。
だが、唇の卑しさに、その感情はロイドにも簡単に読み取れた。
「生き残るには、敵だろうが何だろうが戦力を掻き集めるしかない。
 あの時点で考えられる候補は三つしかなかった。
 未だ名前しか知らないリオンは情報が足りなさ過ぎるので却下。
 単体局地戦力として最強であろうクレスとティトレイはデミテルを裏切った事実から戦力として当てにならん。
 そしてミトス、いやユグドラシル。お前だけが残った」
ユグドラシルの唇が喜悦を納めるように歪みを正した。
「劣悪種に必要とされても、困るがな……一体、何がお前の条件を満たしたと?」
抑揚はない。自らが答えに確信を持っている音だった。
77名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:43:16 ID:/drWTBtyO

78理想の終わり −Hero's Dead− 10:2007/10/30(火) 00:43:43 ID:NP5MqCP/0

「お前が殺し手ではあっても“敵”じゃないからだ」
「ふ、ふっざけんなあああああああああ!!!!!!!!!!!」
ロイドが怒号でキールに割り込む。唾は飛ばなかった。
「言うに事欠いて何言ってるんだよ! こいつはリアラって女の子を殺したって、お前が言ったじゃねえか!!
 敵は一人残らず殺すって、容赦しないって、お前が言ったんだろうが!
 今更こいつが敵じゃ有りませんって、お前の理屈に都合が良すぎだろ!!」
今までとは打って変わってロイドの声に迷いがない。
他人事ならば、自らに疑う理由も持ち得ない分、ようやく開けた弱点を必死で突くような矮小さが反動に出ていた。
しかし、キールの返答は僅か一秒で帰ってくる。
待ち伏せされたと確信したときに、ようやくロイドは深みに嵌ったと知った。
「莫迦を言うな。お前の「“敵”は人を殺す」という定義を真として「故に“敵”は殺さなければならない」を真とすれば、
 論者を包括した場合パラドックスに陥るだろう。僕は殺し手ではあるが生憎と全滅は好みじゃないんでね。
 僕は唯僕の“敵”の定義に従って、あの時ユグドラシルが限定条件込みで“敵”ではないことに気付いただけだよ」
ロイドは口をあんぐりと開いて顎を外す努力しかできなかった。
それが明らかな詭弁か屁理屈であることは頭では分かっても罠に掛かったロイドには論に反する力は残されていなかった。
「ロイド、お前が気付かせてくれたんだよ。お前が言ったミトスの目的に従って僕はこの結論を出した」
目まぐるしく回転している様でその実既に碌として噛み合っていない脳で、ロイドは自分の喋った言葉を半ば自動的に思い出そうと試みた。
何時ミトスを語った? 今日の朝、城跡で。
ミトスの何を語った? ユグドラシル化について、ミトスの戦術スキルについて、あと、

『魔剣を持って、追って来い。僕は、いつでも待っている』

――――――――――――あいつは、マーテルを…あいつの姉さんを復活させようとしてるんだ。コレットの体に乗り移らせて!
――――――――――――――――――…それにはかなりの力、つまりエターナルソードが必要なんだ。


「あ゛」
喉を潰したような声に、キールの目が手応えを確かめるようにピクリと反応した。
「これが真であるならばある命題が隠れている。確かに、ミトスを倒すべき相手と考える限りは到底思いつかないし、思いつく必要すら無いことだ。
 故に敢えて今問おうユグドラシル。“ミトスの現状での目的はコレットにマーテルを降ろすことだ”という命題。真か偽か?」
まるで小芝居のように、実質小芝居と同価値の大仰さでキールはミトスに問いを投げかける。
ロイドは黙ってそれを見逃すしかなかった。
「ああ、真だ。故にお前の手札は通る。私は今の所、お前と同様にあらゆる手段を用いてでも“複数人での攻略”を目指す存在だ」
歯を噛みしめて悔しむが、ロイドには奥歯を割るほどの気力は残っていない。
呼応してユグドラシルが脱出を敢えて攻略と言い換える辺りにロイドは限りなく嫌悪を覚える。
キールの虚のような行為が現実と結びつくのをロイドは実感した。

「ならばこそ、お前に切符を託した意味がある。これでリーチだ」
79名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:47:10 ID:/drWTBtyO

80名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:47:36 ID:RxWLqDEPO

81名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:59:22 ID:RxWLqDEPO

82理想の終わり −Hero's Dead− 11 :2007/10/30(火) 01:08:06 ID:k90eP/O60

ロイドの耳に、パンパンと乾いた音が入る。
「成程、成程。流石劣悪種。悪性の呪も中々どうして堂に入っているじゃないか。
 しかし、些か性急だな。これでは痛みすら感じまい。緩急もまた、苦しみの一つと知るべきだ。
 ここは一つ筆休めに、私の問いに答えてもらおうか。お前の話を聞く限り――――――――貴様、遅れて到着したのは偶然ではないだろう?」
拍手を止めたミトスが、凄みを利かせてキールに笑う。
対するキールは――――ロイドが見る限りでは――――変化は見られない。
「当然だ。南に向かったはずのお前がこの村にいるならば、道中で僕達の結果を調べない訳がない。
 幾ら餌でクレスを釣ろうと試みても、狂人が来る確率はどれほど楽観しても精々が五割。それはお前も昨日の内に知っていたはずだ。
 ならばこの大掛かりで迂遠極まりない仕掛けは“確実に来るであろう魔剣を持っていない僕達に用が無くては割に合わない”。
 そこに、先ほどの仮説を組み合わせれば、朧気ながらに目的像が浮かんでくる。
 お前は最終的にクレスから魔剣を、僕達から切符を得るつもりだったことは想像に難くない。だったら、それを逆手に取れば活路はある」
ユグドラシルが余裕を満たした笑いを見せた。キールはまだティトレイとミトスが裏で繋がっていた事を知らない。
だからこそ、ユグドラシルにとって滑稽だったのだろうが、今のロイドにはその情報を開いたところで意味があるとは思えず口を噤んだ。
何より、キールの思惑もそれが誰にとっての活路なのかも、ロイドは分からなかった。
「つまり最初に来たロイドと追ってきたあの二人はあの狂犬共に対する囮か」
「同時に、お前を後続に誘う為の布石でもあった。あいつ等の戦いが激化すればするほど、お前も僕も影で動きやすい。
 クレスに当てる鉄砲玉が切符を持っているはずが無いと考えたお前は、読み通り影を縫って僕達を突いてきた」
まんまと思惑に乗せられた形になってしまったからか、ユグドラシルが少し面白くないといった顔をした。
ロイドはおろかカイルもヴェイグも道具するキールへの嫌悪感か、メルディの表情が更に沈んだ。
そんなことを分析するロイドは、怒ろうにも燃やす物が無くなりつつある炎のような白さだった。
「まてよ…おかしいだろ、じゃあ、なんでグリッドをころす必要があるんだ?」
素直な疑問だった。ここまで全部をコケにして踏み躙るキールが、グリッドを手元に置いた理由が分からない。
素朴過ぎて、問いの前提にある昏いモノの捩れを無視した素直さだった。
「いや、グリッドはグリッドで必要だった」
なんだ、そんなことかと、キールは呆れた様に言う。
「ミトスと交渉を持つ為の切欠が欲しかったんだよ。
 一発で出来るだけ判り易く“寝返る”ことを示さなければ話が拗れる。この計画はタイミングが全てを握るんだよ。
 お前達とクレス達の抗争を俯瞰するミトス、少しでも早くこの状況が動いていたら…交渉の機はおろか僕の命も危うい」
なるほど、とロイドは莫迦の様に納得してしまった。ミトスにしてみればキールの行動など座興程度の意味しかない。
状況が動きすぎて、座興に首を突っ込むほどの余裕が無くなってしまえば、キールに勝ち目は無い。
「道化すら余すところ無く使い切るか。三文芝居にしては、上出来だった」
ロイドが知らないその場景を振り返っているのだろうか、ミトスの瞳が遠くを見つめた。
「しかし、だとしたら些か軽率ではないか?」
重みを増した言葉と共に、ミトスの周囲に方陣が現れた。
コレットを持つ手が、無自覚にきゅうと絞られる。
「芝居は終わり、切符の正体も手に入れた。お前の好む理屈に沿ってこの場を流すならば、“用の済んだお前達を生かしておく道理も無いのではないか?”」
空いた手でミトスがキールの懐を示した。
83理想の終わり −Hero's Dead− 12@代理:2007/10/30(火) 01:09:08 ID:k90eP/O60

「メモを全部…渡したのか!? 何考えてるんだよ!!」
ロイドは素直に驚いた。キールは首輪というカードを頼みの綱としてミトスに交渉を持ち出したはずだ。
逆に言えば、キール個人が持つ手札はそれしかない。それを、完全にミトスに渡したというのはミトスとの均衡を保つ上であってはならないミスのはずだ。
認められずともようやく飲み込めてきた物語を再び崩されてロイドは更に混乱に落とされる。
もしかして、半分だけ渡したか或いは虚実を隠しているか、そうでもなければ説明がつかない。
呆れたように、莫迦に馬鹿と言われるとはな、と言ってキールは諭すようにロイドの方を向いた。
「残念ながら隠し事は無い、というよりも隠し事をする意味が無い。
 嘘を付くにはリスクが高すぎる上に、手順の関係上最終的には僕が先に札を切らないと向こうが切ってくれないんでね。
 こちら側はどう転んでもユグドラシルの善意に期待するより手段が無い。ならば、小手先に囚われて印象を損なうような真似は慎むべきだ」
首輪を解除しなければ、脱出は出来ない。ならば最終的な生殺与奪は時空剣士が握る。
叛意を疑わせるくらいなら最初から服従したほうがマシだという事だろう。ロイドにはとてもそうは思えなかったが。
「それに全てを揃えるにはやはりまだ僕の力が必要だ。だからこそお前は僕達を殺さない。
 それとも、望みを果たす前にネレイドと一戦交えることを所望するのか?」
そんな、どう聞いても不遜極まりない音律の服従宣言にミトスは溜飲を下げたのか、にやりと笑った。
メルディは何も言わない。それだけで、今の半ば崩壊したロイドでも察するには十分だった。
自分も、ヴェイグも、カイルも、グリッドも、メルディさえも今のキールには手段でしかない。

ロイドが、重みに耐えかねるように膝を付く。コレットを抱えたままそれはそれで器用な行為だった。
はは、はは、と乾いた笑いが自分自身で痛々しく思える。
心臓の有無なんて瑣末なことじゃないか、とっくに、全部無くなってた訳だ。
「決まったか。さて、どうするつもりだ? 先程と同じように憎悪を燃やしてどす黒く染め上げるのか?」
ユグドラシルが愉しそうにキールに尋ねた。暗に誰のことを言っているのかはすぐに見当が付いた。
「……勿論殺すさ。先程とは違い、こいつの死はプロセスに組み込まれているのだから」
キールがロイドの方を向く。戦慄を走らせてロイドは反射的に立ち上がった。
その瞳には一切の感情が篭っていなかった。本当に、殺したいとか殺したくないというムラの混じっていない、
“殺さなければならない”から殺すという数式で解析できそうな殺意だった。
ロイドの膝が少し曲がり、一足飛びで飛び退く算段をしていた。
奥歯を割りかねないほどに顎に力を集める。既に怒りだったものは、よく分からない振動となってロイドの体を浸していた。
「別に悲しむことも無い。僕は可能な限り多くを生かした上でミクトランを打ち倒し、時の針を戻す。朝と大差ない話だ」
キールは至極当然といった表情で、ロイドを見下す。
「ただ、使えなくなったお前の位置にミトスを据える。それだけで全ては丸く収まるんだ。
 お前がコレットを欲し、ミトスがマーテルを欲する以上この二つは並び立たない。どちらかは捨てなければならない。
 そして寄り添うならば大樹のほうがいいに決まっている。
 そして、“お前以外の人間にとってコレットの中身など関係ない”のだから、お前さえ折れれば諍いは無くなる。これが一番効率のいい手段だ」
「ヴェイグと、カイルが、お前なんかの言うことなんか聞くか…」
「問題ないさ。最初は納得しないだろうが、時空剣士が一人しかいないと知れば最後には首を振らざるを得ない。
 逆らうとしても、多少の無理を通す程度には札もそろっている。而して世はことも無し、だよ」
ヴェイグの名前を出した瞬間、キールの顔に硬直が走ったことをロイドは見逃さなかった。
しかし、それを理解する程の余裕は、キール本人の手で奪われている。
キールの弱気を種火にして、唸る様に噛み付くように、ロ太い声でキールを呪うしかロイドにはできない。
84理想の終わり −Hero's Dead− 13@代理:2007/10/30(火) 01:09:42 ID:k90eP/O60

「やってみろよ…絶対、お前なんかに殺されるか……殺されてやるもんか」
必ず殺す? ふざけるな。死ねない。死にたくない。
どんな理屈を捏ねられようがそれだけは譲れない。ここまで来たのに、こんな所で終われない。
絶望と焦燥と、ほんの少しの喜悦の混じった感情が、生きろと体に告げる。
諦めるな。絶対に、絶対に諦めるな。
もう少し足掻くのを見てみたいから諦めるなと、脳が笑う。
逃げて、どうする? ヴェイグか、カイルに会って、こいつらが裏切ったことを言わないと、
ああ、でも、あいつらもこいつの言葉に乗せられたらどうしよう?
コレットさえ居なくなれば、あいつらは素直に脱出できるのなら、俺のことなんて、どうでもいいんじゃないか?
コレットを救いたいのは俺だけで、もう俺しか居なくて、
俺の居た場所にはミトスが座っていて、キールはその痕跡を消そうとして、

ああ、そうかと、そこまで追い詰められてロイドは納得した。
俺、もうひとりぼっちか。




逃げよう。そう思うのに然程時間は要らなかった。
「どうするつもりだ?」
諦めないために逃げよう。彼女を抱えてどこまでも遠くに。
ミトスが尋ねる。
彼女を守れるのは、守りたいのは俺しかもう居ない。ミトスもキールもクレスも、もう知ったことじゃない。
俺にはもうコレットしか居ない。
両足に力を込めた。
「別に、どうもしないさ。確認と時間稼ぎはとっくに終わってる」
キールが、当然のように答えた。
コレットにも俺しか居ない。
諦めるな。みっともなくとも、絶対に、終わることを受け容れるな。
彼女を抱く腕に力が篭もる。
絶対に、絶対に、絶対に諦めない。
一足飛びで安全圏。詠唱の間も与えない。
「そうだな、では――――――――」
ミトスの言葉を聞く前に、足が大地から離れた。
逃げろ逃げろ生きろ生きる絶対に死ぬな死ぬな俺が俺がここでここで、

「――――――――――――――――とりあえず抉れ、アトワイト」

ロイドの体が何かに引っかかって、ガクリと傾く。
「え?」
その感覚は、ロイドには未知の体験だった。
痛みはない。嫌悪も無い。現実など何処にもない。
ただ、不思議だった。

まてよ、オイ。

華奢で白い手がにゅうと胸に伸びていく幻視。

これはなんのじょうだんだ。

肩を掴んで引き止めるかのように、肋骨を割って進む指の幻覚。
『…………了解』
85理想の終わり −Hero's Dead− 14@代理:2007/10/30(火) 01:10:13 ID:k90eP/O60

「人の話は聞くものだろ。最初に言っただろう。レイズデッドでは無理だと」
なにがどうなってるんだよ。

彼女から放たれる彼女じゃない女の幻聴。

「当然だ。コレットの肉体は死んではいなかったんだから。生きてるものにレイズデッドが効く訳がない」
コレットはどこにいる。おれがまもるべきものはどこにいる。

「お前の強さはようく知っているからな。もしその天使の身体で逃げに徹されては些か面倒だ」
ここにはいない。どこにも、だれもいない。
右手が右手としての形を失い、左手が背中を支えたままコレットの足が地面に付く。

「だから少しばかり、時間と隙間を稼がせてもらった」
あれ? まてよ、じゃあおれはなんでこんなくしざしになってるんだ?

ロイドの右腕を割って、コレットの白い手が赤く咲き乱れる光景。
それら全てをひっくるめて、右腕を内側から抉り抜かれる現実に吹き飛ばされた。
なんのためにしにながらいきている。いきながらしんでいる。
「座興の報酬だ。お前の好みに答えてやろう。圧殺か、挽き殺しか、捻り飛ばすか、好きな瀕死を選べ」

おれはなにをあきらめないんだっけ?

コレットだったものが剣を目の前に出す。青い光が、おれを見ていて。
キールが強く歯を噛んで、その口の端が切れた。
淀んだ目を瞑って血を拭い、再び開いて元の嗜虐的な瞳を見せる。
「頭と左腕は残してくれ。後は飛沫だ」
「だ、そうだ。手法は任す。やれ」
怖い話がぜんぜん怖くない。この後の自分の姿も怖くない。
『……了解しました。アイスニードル・射出開始』
空中に出現した氷が、足の甲を貫いた。血が出るが吹き出ないうえ、鮮血でもないので見栄えは良くなかった。
膝を横から射抜かれて思わず転ぶが、この身体には傷みはない。
腹に六、左の二の腕に二つ、腿は各三本、肩には比較的大きなモノが使われたようだ。
実感の無い串刺し刑を客観的に感じながら、ロイドはコレットだったものを呆然と見つめる。
怖くはない。死ぬことも、傷つくことも、終わることも。どんな苦しみも俺を壊せない。でも、

見つめ返す瞳達は、莫迦にしているようで、哀れんでいるようで、悲しんでいるようで、光の入らない万華鏡のようにどうしようもない。
ただ、その中に混じる何一つ変わらない赤い瞳の無機質さだけがおれのぜんぶをこわしてしまいそうで。

それだけがこわかった。
86理想の終わり −Hero's Dead− 15@代理:2007/10/30(火) 01:11:13 ID:k90eP/O60

キールはロイドの頭を杖で小突くが、ロイドはピクリとも動かない。
顔と左腕以外の全てに氷の針が地面と縫い付けられた赤い針鼠のような有様で、体を動かす隙間はどこにも無かった。
それでも天使の体は死を知らず、苦しそうな形だけの息は間断無く続く。
しかし、例え天使の体が動いたとしても、最後の拠り所を失ったロイドには体を動かす理由も無かった。
「お前とクレスの戦いは途中から見させて貰っていたんでな。
 もしコレットが生きているのならば、態々死んだフリをする必要性も無い。確信には時間はかからなかった。
ロイドの口から壊れたように、コレットの名前が繰り返される。
「心配するなよ。コレットは生きている。まあ、果たしてコレットは生きているといえるのかは知らないけどな」
「ふむ…どうだ、アトワイト? その様子だと」
ミトスがアトワイトに聞いた。
『コレット=ブルーネルの精神、既にあの天使術の対価として消失しています。
 本来魂が朽ちれば肉体も維持出来ませんが、“あの時、この体には私も居ましたので”』
コレットの血に染まっていない方の手に握られたアトワイトが怪しく輝いた。
「状況が状況だ。任務を達し切れなかったことは不問に処そう。その体は保つのか?」
『とりあえず運用自体は問題ありません。ですが、私の意識は所詮ただの複製データです。
 加えて本来天上の技術である書き込みをエクスフィアによる強化で無理に行っている以上……』
「それは後でいい。結論を先にしてくれ」
キールが割り込んだ。アトワイトは少しだけ不満げな間を空けてから答える。
『…………私という存在はあくまでソーディアンにあるの。だから、外部端末でコレットという機械を動かしているようなもの』
「つまり、一度コレットの体からソーディアンを手放せば、その瞬間にコレットは事切れると?」
『いくらなんでも死体を乗っ取る事は出来ない。一度切れれば、その瞬間コレットは唯の死体になるわよ』
アトワイトはキールとミトスを明確に境界で分けた語調で言った。
キールは意にも介さず咀嚼に専念する。
「運転を続ける電力は有っても、起動させる電力はないということか。どうする…………一本で足りるか…?」
没頭するように口を押さえたキールを尻目にアトワイトはミトスの前に直立した。
「何、姉様さえ器に入れてしまえば問題はない。とはいえ、油断は出来ないか」
『彼との関係は先ほどの話でおおよそ理解しましたが、念のため。ミトス、もう一つ問題が』
アトワイトが別周波数でミトスに囁くのを、ロイドは左腕を介して聞いた。
『なんだ。何か問題が?』
『結論から報告します。私の本体はもう長くはありません。保って日没までかと』
抑揚も恐れもない天使の声だった。
『クレスを排撃するのに、エクスフィアで機能拡張したのが裏目に出たようです。既に侵食が始まっています』
『いや、人間と違い無機物にエクスフィアとの融合はない。だが、材質のエクスフィア化による故障は避けられない。
 しかし早いな……異世界の機材とは合わなかったか。で、お前はそれを外したいと?』
アトワイトと呼ばれる存在に対し感慨の感じられない言葉を放つミトスに、いいえ、とアトワイトが返す。
『いいえ、今外せばコレットを操ることも適いません。任務を達せられないのならば、この身体に意味はありません』
それに、今外したところでもう戻らないでしょう。私はヒトではないのですから。
そんな悲しい言葉を悲しまずに言うコレットだったモノは、ヒトを捨てようとかつてコレットが望んだモノだった。
ああ、なんだ、はは、ははは、あー、まいったなあ。
俺一人で空回りしてたんだな、うん。
87理想の終わり −Hero's Dead− 16@代理:2007/10/30(火) 01:11:55 ID:k90eP/O60

ミトスが割ったようにキールに話題を切り込んだ。
「…さて、これからどうする?」
クレスを追う、とキールは明快に答える。
「役まであと一手。クレスは呪いを発症した上重傷。向かった方角も捕捉できている―――――――――これを逃す手はない」
クレスを殺すことを期待しているのだろうか。ミトスが横目で西を向き、凶暴かつ獰猛な笑みを漏らした。
『ミトス。彼は……どうするのですか?』
アトワイトが俺の方を向いた。寂しそう、というには余りに複雑な表情だった。
「……何? どういう意味だ。アトワイト、貴様よもや」
『そう言う意味ではありません。ですが、既に武器もなく動かせる身体もなく、回復手段を我々が独占した以上、
 もう打つ手もないでしょう。放置しても問題はないと思われますが。それに、“出来ることならば彼女との契約は果たしたいと思います”。
 この身体を受け渡す際に、彼女が願った条件です。ロイド=アーヴィングの生存を彼女は最後まで願っていました」
ロイドの左の五指がピクリと動いた。文字通りに最後の滴を絞り出すように微かな動きで、指が彼女の方を向く。
「ご、れど。おえう、を」
届けと願う声は、どこまで行っても届かない。喉にも氷が差し込まれている。
涙を流さない天使の身体が、ロイドにはどこまでも憎ましかった。
今更、そんなこと知りたくはなかった。
だって、だったら、おれはなにをしていた。コレットのねがいをうけて、おれがしたことはなんだ。
コレットはおれのために、すべてをなげだしたってのに、おれは、うけとったものすべてをつかって、

クレスなんかをころすためにつかいきっちまった。

だれかが、おまえはむだづかいをしていたといっていた。そうだよ、おれは、なにをしてたんだ。

ミトスはさして気にしては居ない様子で、一応の苦言らしきモノを言った。
「フン。契約を進めるのは勝手だが、履行内容は自己の責任で負える範囲にしてもらいたいものだな」
申し訳ありません、とアトワイトが答える中でもそれは変わらない。
「だが私も同意はしておこうか。私が魔剣を使えなかった場合、保険としてこいつは残しておかなければならない」
ミトスはあらかじめ用意していたような間の無さで話を継いだ。
最初から殺す気はなかったのかよ、最悪だなお前ら。
しかし、それは一人の青年の言葉で閉ざされた。
「いや、残念だが見逃す気はない。希望が二つあっては何れ状況が混乱する。
 獲物を前にして慢心し、無惨な最後を遂げた奴も遂げさせられた奴も散々見てきた。同じ轍を踏む気は毛頭無いよ」
キールがそう言って、ミトスに近づく。
見定めるような瞳と、精一杯に燃えるような瞳がぶつかった。
「そこまで割り切る殊勝な態度は買うが、時空の理を知らないお前にとっては埒外の話だ。
 こいつにしかオリジンが応えない場合の対応策は用意せねばならない。殺すことは許さん」
「逸るなよユグドラシル。それは先ほどここに来るまでに聞いた。僕に考えがある。その短剣をくれ」
どんな思惑があったのか。暫く考え込んだユグドラシルは差し出された手に邪剣を置いた。何かが命を欲して脈を打っている。
キールはその質感を確かめるようにゆっくり握り、ユグドラシルに向かいロイドの方へ歩き出した。
88理想の終わり −Hero's Dead− 17@代理:2007/10/30(火) 01:12:30 ID:k90eP/O60

「戦局を支配するためには、ロイドは殺さなければならない」
歩く速度は等速、加速度無し。
「しかし、時の理屈に沿ってロイドは生かさなければならない」
ロイドの前に立った。
「これは相反する条件を連立する、いわば無理解といえるだろう」
言葉を止めることなく屈む。
「だが、それは実数平面に於いてのみの話だ。複素数平面という世の中には虚数解が存在する。そしてロイドは紛れもなく虚ろの住人だ。
 死にながら生き、生きながら死ぬ、正しく虚実綯い交ぜの存在だ。
 そして、その軸になっているモノについては、ロイドからタップリ聞かされている訳で―――――こうすればいい」

地面とキスをするような体勢から、ロイドはゆっくり顔を上げた。
キールがロイドの左手を掴む。キールの顔を見た。

ザク。肉が切れた。

「言ってたな。ドワーフの誓い、第7番」

小声でロイドにしか聞こえない声が聞こえる。
ロイドの耳で、これほどまでに聞こえないのなら本人が自覚しているかも怪しい。
さらに二回切って、骨以外は輪切りのようになった。

「正義と愛は必ず勝つんだろう? だから、心配するな」

ゴリ、ゴリ、ガリガリガリガリ、
繋がりが絶たれていく。こっちとあっちがわかってくる。
あちらに、とおく、とおく。
いちどだけミトすたちの砲をむいて、せなかに画すように市て、yうびわがぶきとらへる。


「ならば“僕達”は既にして勝者だ」


そんなことを宣げんするキールのかおには、IMあにもnaきそうな絵がおがhあつい手ゐた。

ゴトリ。
89理想の終わり −Hero's Dead− 18@代理:2007/10/30(火) 01:13:22 ID:k90eP/O60

―――――それがお前のザザ、ザザ…覚悟か……いいだろう。オリジンもこのルールの穴は読んでいまい。
読んでいたとしても、認めずには居られまい。ザザ、ザザ…精霊はとかく契約を重んじるからな。
アトワイト、念のためだ。ザザ、ザザ…その腕を凍らせておけ。ザザ、ザザ…

音はとおく、色はうすく、世界はひどくせまい。


―――――行くぞ。そこを封ぜられる前に、剣で飛ばねばならない。日没までにケリを付ける。

ざっざっざザザと行進する音。ヒトの数よりも音の数の方が少ない。



だれかが、おれのまえにたっている。こがらなしょうじょが、りょううでをうしろにまわして。
おれは、かのじょをしっている。おれに絶望のいみをおしえてくれた、かのじょを。
めるでぃがおれをみている。

―――――ここまでっぽいな、ロイド。

あー、そうだな、もうむりっぽいな。なんもみえねえよ。
まっくらだ。どこにもきぼうなんてない。おれがこわしたんだ。

―――――じゃあ、約束はここまで。

やくそく? なんの?

―――――ロイドは、諦めないことを選んだよ。
―――――諦めないロイドは、ここまで足掻いたよ。
―――――そうして足掻いたロイドは、やっぱり届かなかった。


ああ、そうか、見届けてくれたのか。“キールがなにするかわかってて、さいしょからわかってて”、それでも俺を見届けてくれたんだ。

ごめん。せめてるわけじゃないんだ。いまなら、なんとなくあいつのきもちがわかるきがする。
はは、ぜんぶおわらないときづけないんだよな、いつだって、しったときにはておくれで。

―――――うん。
90理想の終わり −Hero's Dead− 19@代理:2007/10/30(火) 01:13:59 ID:k90eP/O60

ああ、くやしいな、ここまできたのに、ここまでいろんなものをなくしたのに。

ちくしょう。

ちくしょう。

ちくしょう。

―――――大丈夫だよ、ロイド。メルディの希望はここにおいていくから。

え?
ことりとこいしがおちる。

―――――もうロイドを赦すことは出来ないけれど。ロイドは知ってる。
何をしても、ロイドがなにをしても、キールが何をしても“なにをしてもおしまいは同じ”。だれもなにも救えないし赦せない。
だから、メルディもどうしたいのかわかったよ。ありがとな、ロイド。

あるのはぜんぶ絶望だけ、ってか…………もうくびふるげんきもねー。
うん、がんばれ。たぶんろくなことにならないだろうけどがんばれ。
おれのせなかはろくなおことをおしえないな、ほんとうに。

―――――じゃあな、ロイド。ロイドに助けられて、よかったよ。

うん。クィッキーもげんきでな。

とことことあるいていくうしろすがたがさびしくてかなしくて、でももうそのいみをしらなくて。
もう、なにもしらなくて。
91理想の終わり −Hero's Dead− 20@代理:2007/10/30(火) 01:14:31 ID:k90eP/O60

ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…景色はぐちゃぐちゃ。
一本一本消えていく蝋燭。腕のないザザ、ザザ…天使。ザザ、ザザ…
きえていく、おれがきえていく。しんでるものがただしくあるようにもどっていく。

ジーニアス……先生……しいな……リーガル……プレセア……ゼロス……親父……父さん……コレット。

ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…べったん。

なにかがみえた。ザザ、ザザ…べったり、べったり、ずるずるずーるずーる。

這ザザ、ザザ…い寄るように、深ザザ、ザザ…淵からゆっくりよザザ、ザザ…

だれだよ、いや、“なんだあれ”? べたべたべた。

ガチガチガチ。はがふるえた。そとがわのしんどうでふるわされた。

おおザザ、ザザ…きい。ザザ、ザザ…とってもおおきい。こわいな、とってもザザ、ザザ…こわいな。
こんザザ、ザザ…なざまになってザザ、ザザ…もこわいな。もうどうでもいいけど。ザザ、ザザ…


まるいあたま、ザザ、ザザ…ゆうきてきないろみ、ザザ、ザザ…ひらいたくだ。ザザ、ザザ…でもあれのたしかなうみのあお、そうだ。ああ、おもいだした。

やっとわかった。ガッシ。あたまつザザ、ザザ…かまれる。おおきなてだなあ。ザザ、ザザ…

たいふうですたいふうです。ろうそくがぜんぶきえます。ひとつのこらずきえます。ようしゃなし、くうきよんでません。


いきてたんだなあ。いや、わかってるよ。ごめん。ザザ、ザザ…そりゃおこるよなあ。“心臓一ザザ、ザザ…つ”じゃあいかりもおさまらないよなあ。

きらりとひかる、くろザザ、ザザ…いやいば。しらないひとにおザザ、ザザ…兄ちゃんのかわりですって、そりゃおこってもしかたないよ。

おれはまちザザ、ザザ…がってたんだ。うでをザザ、ザザ…おおきくあげて。あたまはこてい。ザザ、ザザ…いや、なにがただしいかはしらないけど。


しらなザザ、ザザ…いけどいちおザザ、ザザ…ういっておく。ザザ、ザザ…ごめん、シャザザ、ザザ…ーリザザ、ザザ…ィ。


ゴロゴロゴロ。ぶちゃ。


地面にこつりと捨て置かれた石を拾うついでに踏み潰す。
遠く、低く、怪物が東に啼いた。
92理想の終わり −Hero's Dead− 21:2007/10/30(火) 01:20:47 ID:NP5MqCP/0
【メルディ 生存確認】
状態:HP75% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった キールの“道具”発言への悲しみ
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
基本行動方針:キールの話を聞く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
現在位置:C3村・西地区→東方向

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP15% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 覚悟
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3 凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針:脱出
第一行動方針:ミトスと協力してエターナルソード、ヴェイグ=リュングベル、ソーディアン・ディムロスの確保
第二行動方針:マーテル蘇生と首輪解除
第三行動方針:カイルは比較的容易なら仲間に取り込む
現在位置:C3村・西地区→東方向

【首輪解除プラン概略】
 1:D5・山岳地帯にある監視装置にソーディアンを同調させる(解除に必要な情報を取得)
 2:データを取得したソーディアンによる解除信号を発信、解除・停止(ジャミングによる機能妨害)
 3:物理的解除・分解
 4:術的要素が有った場合はヴェイグのフォルスを用いて解除する


【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・西地区→東方向

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい クレスに対する恐怖 胸部に大裂傷(処置済)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:エターナルソードの確保
現在位置:C3村・西地区→東方向

特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡


【ロイド=アーヴィング 死亡確認】

【残り6人】
93理想の終わり −Hero's Dead− 10.5:2007/10/30(火) 11:22:31 ID:s5sSgNC/0

キールの闇を湛えながらも溌剌とした顔には一切の迷いも喜悦も浮かんでいなかった。
少なくとも、ロイドにはおよそ後悔と呼べる所作は感じ取られなかった。
「この三枚の内、重要なのは実は時空剣士だ。切符に関しては少々てこずるだろうが、大凡の理論体系が確立している。
 魔剣は原則としてモノだからな。多少知恵と時間があれば手に入れることは難しくない」
だが、と止めて、キールは息を吸い込んだ。
「時空剣士だけはこの二つと異なり、全てが捨て山に行く可能性がある。それだけは何としても避けたかった。
その点から見ても……ロイド、お前の先行は矢張り大罪だよ。お前には致命的に、想像したくない未来を想像できない」
膝を小刻みに震わせたロイドの表情は、もう聞いているのか聞いていないのか分からないほどに崩れかかっていた。
自分の最後の領域を固守する為に、その他全てを捨て去ったような諦観だった。
「問いの六。お前は、自分が死んだ後のことをどう思っていたんだ?」
無言のまま、ロイドは繰り糸に手繰り寄せられるように思考をそちらに寄せる。
あの時、何を思って走ったのだろうか。

ああ、そうだ“諦め”だ。

後は、皆が何とかしてくれるだろうと思って、だから、俺に出来ることを、俺にしか出来ないことをしようと思って。
「詰る所玉砕、三文芝居も良い所だな。お前は満足げにそこで舞台を降りるから考えたこともないだろうが…
 だが、その後の芝居を見て逝かないのは損というものだろう」
キールはそういって、顎でミトスの方を示した。
「構造が単純だからな。お前の筋書きは見当が付く。
 大方、自らが血路を開いてクレスとミトスをボロボロになりながらも打ち倒してコレットと魔剣エターナルソードを奪い返し、
 最後には後から駆けつけてきた、“自分が守った”連中に見守られながら傷だらけの体を押して船を漕いで天への道を拓く。
 そうして、後は泣きながら去っていく僕達を満足気に見送って、Finといったところだろう?」
子供の夢物語を侮蔑する大人のようにキールは、厭な顔をした。
既に、疲弊したロイドには過去の自分とキールが語る自分の区別が付かなかった。
本物が薄まれば、贋物にも意味がでてくるように、影が光を侵食する。
―――――――子供だな、と吐き捨てるキールの口撃にロイドは無抵抗だった。
「幻想と茶番の区別も付かないのでは仕様が無いじゃないか。
 お前が他の時空剣士と最後まで争って死ねば、対立の図式は更にその濃度を増す。
 もうミトスも僕の話は聞かなかっただろう。そうなれば、どのような形であれ時空剣士という札は一つとして僕の札の下には来なかった。
 例えお前の言う所の“敵”を討ち果たしたところで、その後に待っているのはお前の想像するような活劇じゃあない。
 全ての望みを絶たれた達による最後の椅子に賭けさせられた、仲間の肉を喰らい信じた者たちを殴殺するとびっきりの惨劇か、
 良くて永久に等しい24時間の果てに精魂を抜かれたように憔悴しきった無表情のまま首を刎ねられて散る喜劇ッ」
その足を糸の上で支えろ。たった一つの光明を逃せば後は絶望だけだ。
「ならば最後に問おうロイド、ロイド=アーヴィングッ!!
 そのか細い奇跡の塵山、その天辺の宝は、その麓の黒い結末を塗り潰すほど真実に輝いているのかッ!!」
だが、絶望の中のたった一つの光明、その構図そのものが“完成した絶望”なのではないだろうか?
「一の希望で得られる対価は百、九十九の絶望で失う欠損は万。ならばこれはもう玉砕なんて高尚なものですらない。
 調子に乗るなよ奇跡の申し子。こんな下らない自己満足にまでにまだ奇跡を欲するのならばそれはもう、唯の浪費。
 ならばお前は、富める故に奇跡の価値を知らない唯の成金!
 現に今の相場では、お前の手持ちじゃこの窮地を脱する奇跡すら買えないさ」
既に痛みを覚えないロイドの肉体が、苦痛に悲鳴を上げた。
痛みを覚えて、漸くロイドは思い立った。キールはこの体が傷まないことを知っている。
だからこそ言霊で心を傷めるのだ。そしてそれはつまり、本気でキールは殺そうとしているということだ。
94The last battle -プロローグ- 1:2007/10/31(水) 18:08:37 ID:e+sSBgjbO
刹那的な喜びの後に押し寄せて来るのは半ば永続的に押し寄せる憂鬱な大波。
『ヴェイグ』
大波に呑まれまいと砂にしがみ付き呟いた言葉は本日十数回目の下らない単語だった。
ああ。分かってしまった。
仕方が無いんだ。
それがソーディアン。
それがコアクリスタル。
今まで便利だと思っていた機能を、この瞬間程恨んだ事は無い。
ハロルドも何故こんな余計な機能を我々によこしたのだ。
それが唯の自己中心的な思考である事をディムロスは理解していたけれども。
それでもその思考を止めようとしないのは、人の心の本質を物語っていた。
人は何か大きな問題に当たった時、何かへ責任を擦り付けなければ満足出来ない傲慢な生物だからだ。
大波は遂に目に見える黒い影と成り、ディムロスへ降り注いだ。


*****


動くのを止めて数十分経っただろうか。
太陽は段々と傾き、紺碧の空は薄く橙を帯びてその目に幻想的な風景を見せていた―――“はずだった”。
しかしこの二人はそれを感じる事無く、ただ今が夕方だという事実だけを脳で認める。
「ディムロス、これからどうするのが最善だと思う?」
ヴェイグは広場の岩に腰を下ろしていた。
少しは休憩を取らないとヴェイグの体が持たない、とディムロスが提案したのだ。
95The last battle -プロローグ- 2:2007/10/31(水) 18:10:41 ID:e+sSBgjbO
『下手に動くのは賛成出来んな。
……そんな顔をするな、ヴェイグ。動きたい気持ちは痛い程分かるが、我々はエターナルソードを所持している。
ミトスはエターナルソードを欲している訳だから、何れにせよそれを探して自ら現れるだろう』
「だから今は今後に備えて体力の回復を図れ、と? ……確かに正論だな。ミトスが俺達を狙うのが分かっているならば、あちらから来て貰った方が得策、か」
そう言うとヴェイグは地平線の彼方を見つめ、親指と人差し指で顎を摩った。
ああ、ヴェイグがマスターで良かった。
無感動な目でヴェイグを見つめながら、ディムロスは思う。
こう言ってはスタン達に不謹慎極まり無いが、あいつ達ならばこうはいかない。
“だめだ!ご丁寧に敵を待ってるくらいなら、こっちから乗り込んでやる!”
と言って聞かないだろう。冷静な判断が出来る者は、やはり一緒に居て楽だ。
そしてヴェイグの感情に私が同調している今、私の力も最大限引き出せる。
マスターとしては申し分無い。
『ああ。ここから先は今までの様に生優しくは無い。グリッドやコレットは問題無いが、ミトスやキール、メルディペアが相手となると厳しいぞ』
かつての仲間を敵として考える行為にディムロスは違和感を感じた。
だがその違和感は心の痛みでは無い。不思議と心は痛まない。
ただ、違和感を感じるのみ。
「ここらで作戦を考えておいた方がいいんじゃないか? ただ何も考えず休むよりはマシだろう?」
ヴェイグはディムロスに目線を落とす。
96The last battle -プロローグ- 3:2007/10/31(水) 18:12:23 ID:e+sSBgjbO
傾いた太陽がヴェイグの顔に深い陰を落とした。それはさながら彼の心の内側のようで、ディムロスは一瞬言葉を失った。
ディムロス?、とヴェイグが私に声を掛けている。
何を考えているんだ私は。話の途中で呆けるなんて、私らしくない。
『……いや、すまない。なんでもない。
そうだな。まずキール、メルディペアの対策を考えよう』
「術使いが二人……。一方を攻めても一方が術を使ってくる……厳しいな」
ヴェイグは瞳を閉じると、眉間を揉みながら溜息と共に言葉を吐いた。
『だが一見不利に見えるこの戦いも、実は“ある場合によっては”そうでもない』
「ある、場合?」
ヴェイグが私を見ている。こんな話をするのは気が進まないが、仕方無い。
多少は姑息な真似でもしなければ、二対一で勝つなんて不可能だ。
『悪く言えば、メルディを人質に取る。それが嫌なら、先にメルディを殺すだけでいい。重傷を負わせるだけでも構わない。』
ヴェイグの眉がぴくりと動く。やはり、失言だったか。
スタン達なら軽蔑するだろう発言を、ヴェイグならと思ったのだが…
「人質、というのは気が進まないが……どうしてだ?」
其処まで気に障っていない様子にディムロスは胸を撫で降ろすと、続ける。
『キールはメルディを第一に考えて行動している。それは分かるな?』
ヴェイグが何故だ? といった表情をしている。
どうやら、このマスターも恋愛感情の類への理解が無いようだ。
97名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:13:18 ID:dO1X61A8O
98名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:13:24 ID:IDR7Oj+ZO
支援
99The last battle -プロローグ- 4:2007/10/31(水) 18:14:57 ID:e+sSBgjbO
『……まぁ、兎に角キールはメルディを何よりも重んじている。だからメルディを先に攻撃すれば、奴は激昂するだろう事は安易に予想出来る』
何故なら自分もそうだから。
アトワイトが殺された、又は瀕死にさせられたならば、私は冷静には居られないだろう。
軍人たる者にあるまじき、情けない事この上無い話だが。
「理屈はよく分からないが、冷静さを欠けさせる事が可能と言う事か?」
『そうだ。そうなれば次の行動はニ択になる。メルディに回復術を唱えるか、強力な術をお前に唱えるか、だ』
人はパニック状態になると、リスクを考えずに行動してしまう。それはキールでも同じだ。
我々への憎しみか、メルディへの心配か。どちらがキールの脳内で優先されるかは計り知れないが、どちらの選択をしても間違い無く隙が生じる。
憎しみにより強力な攻撃術を唱えた場合、詠唱に時間がかかる上に隙も大きくなる。うまくいけばメルディさえ巻き込める。
治癒術の場合はそのままキールへ突っ込むまでだ。
「そこを叩く、という訳か。だがそううまくいくとは思えない。メルディへの攻撃を行う前にどちらかの術が完成したらどうする? 冷静な状態では詠唱が早い術を唱えてくると思うが」
『そうだ。だがお前は気にするな。ニ対一と思っているかもしれんが、私がいる。
私がキールを監視する。お前はメルディだけを視野に入れろ。
キールが術を発動する時は私がお前に教える』
ヴェイグは腕を組み考えている様子だったが、すぐに組んだ腕を解き、ディムロスを見つめた。
100The last battle -プロローグ- 5:2007/10/31(水) 18:16:59 ID:e+sSBgjbO
「分かった。キールはあんたに任せる」
勿論、この作戦が成功するとは限らない。だがメルディへの攻撃に成功すればこちらのものだ。
しかし……
『うむ。次にミトスだが、奴の情報は不足していて悔しいが今の時点では何とも言えないな』
ディムロスは根拠が無い不安に襲われていた。
何かを見落としているような、いや、違う。見落とし等無い。
だがこの違和感は何だ? 見落としていないのに見落としがあると感じる。
不安要素等無いにも関わらずだ。
まるで新たな要素が介入しているような、違和感。
杞憂だと良いのだが……。
目の前のヴェイグを見る。頭の中でシュミレートしているのだろうか、腕を組み目を閉じていた。
彼等の周りを吹く風は既に冷たく、あとニ、三時間程度で日が落ちる事を物語っていた。
「……ディムロス。一つ、提案がある。ずっと考えていた事だ」
数十秒の間を開けた後、ヴェイグは口を開いた。
『なんだ?』
ディムロスはコアクリスタルを輝かせてそれに応じた。
「俺達の世界での秘奥技について―――本来二人居ないと発動しないんだが、俺とあんたで発動が可能かもしれない……」
『秘奥技、だと?』
ディムロスの返事を聞き、ヴェイグは頷く。
「ああ。ティトレイとデミテルのサウザンドブレイバーを見て、ずっと考えていた。
因みに俺達の世界での秘奥技は発動さえすれば相手を必ず倒す驚異的な威力を持つ。これは強力な切札になると思うんだが」
101The last battle -プロローグ- 6:2007/10/31(水) 18:19:40 ID:e+sSBgjbO
そう締め括ると、ヴェイグは広げていた両手を再び組んだ。
『うむ、確かに最後の切札にはなりそうだな。しかしその威力からして、相当な精神力を使うのだろう? まさかノーリスクでハイリターンな訳では有るまい』
そうであれば嬉しいのだが、現実にはそんな技は無い。
それにミクトランを打ち倒すにはその力は必要だ、とディムロスは考えていた。
「勿論だ。恐らく一回が限度だろう。あんたの炎と俺の氷で“インブレイスエンド”を発動するのはな」
『……後々を考えると出来るだけ温存しておきたい手札だな』
その“後々”が意味するものをヴェイグは察すると、深く頷いた。
『そうだヴェイグ、その……体力はどうだ? 少しは回復したか?』
ディムロスの一番の心配は、ヴェイグの体力が少ない事だった。
あのシャーリィとの激戦で、かなりの負傷をしたヴェイグがミトスやその他生き残りを打ち倒せるかと真剣に考えれば、答えは限り無くNOに近い。
その奇跡を為したとしても、その先に待つのは万全な状態のミクトラン。
正直、絶望的だ。
しかしディムロスはそれを口にしない。
ヴェイグもそれを理解しているであろう事は、痛い程分かっているからだ。
客観的に見てもそうなのだ。本人からすれば他人に言われなくともわかっているだろう。
回復を急かす様な言い方は非常に不謹慎だし、本人の意思により回復が早まる訳でも無いのは理解していたが、やはり早く回復して欲しい気持ちに嘘は吐けない。
「ああ、大分回復した。心配を掛けてすまないな」
102The last battle -プロローグ- 7:2007/10/31(水) 18:22:17 ID:e+sSBgjbO
ヴェイグは少しだけ表情を和らげてばつが悪そうに呟いた。
本来眼球があるべき場所に巻かれた包帯が、苦い笑いが込み上げる程その和らいだ表情と不釣り合いだった。
何が、大分回復した、だ。
こやつは本当に嘘を吐くのが下手だな、とディムロスは感じた。
この青年の“中”はスタンやカイルと少しだけ似ているという気がする。
全く、こんな状況で無ければ年長者に嘘を吐くものではないと小一時間掛けて説いてやりたいものだ。
『そうか、安心した』
それが口先だけのものである事は明らかだったが、ディムロスはそれ以上喋ろうとしなかった。
ヴェイグもまた、真一文に口を閉ざしたまま追求はしなかった。

……静かだ。ディムロスは素直にそれだけを感じた。
只でさえ元々口数が多い方では無い二人がこうして休んでいるのだ。
それは当然かもしれなかったが、この状況でそれはあまりに不自然だった。
橙に染まる世界と広場の中心に座る青年と、傍らに置かれた真紅の剣。
それを囲む静寂という名の譜を奏でる風の旋律は、二人の心を微動だにしない水面のように落ち着かせた。
「あんた……あんたは、全てが終わったらどうする?」
ヴェイグが両手で自分の顔を覆って数十秒が経った。
何迅か目の風が吹いたと同時に呟かれた言葉にディムロスの水面が揺れる。
『……さあな。お前はどうするのだ?』
数秒、間が空いた。ディムロスがふと横を見ると、ヴェイグは顔を手で覆ったままだった。
「質問に質問で返すのは関心しないな……」
103名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:23:48 ID:IDR7Oj+ZO
支援
104The last battle -プロローグ- 8:2007/10/31(水) 18:26:45 ID:e+sSBgjbO
――誰かの、口癖だった。
――誰だっけ。
指の間から地面が見えた。
風が吹いた。
黒い何かが、風に乗ってやってきた。
燃えカスだ。
俺が、燃やした本の燃えカス。
……何の本だったっけ。
思い出せないのに、何だろう。
この気持ちは何だろう。
何で、目の前が歪んでるんだろう。
何で、目の奥が熱いんだろう。
何で、こんな事になったんだろう。
――君が生きた
――その証を
――永遠に 愛し続けるよ
思い出した。
クレアの得意な歌。
思い出した、だけなのに。
それだけで、それ以上も以下も存在しないのに。
どうして、涙が止まらないんだろう。
胸に穴が空いたような、この感覚は何なんだろう。

揺らぐな。ヴェイグ、とディムロスが小さな声で呟いた。
『お前がその気持ちを揺らがせたら、誰が私を持てようか。前を見ろ。逃げるな、揺らぐな、振り返るな。我等の目的を思い出せ!』
「―――ッ!」
頭をぶん、と振り、震える両手で涙を必死に払うヴェイグを見て、ディムロスは少しだけ強く言い過ぎたかもしれない、と反省した。
だが、ディムロスは謝りはしなかった。
ここでの謝罪にまるで意味は無いし、ヴェイグにはある程度強く言ってでももう迷うのを辞めさせたかったからだ。
『全て終わったらどうするか、と聞いたな』
ヴェイグは下を向いたままこくんと頷く。
その白銀の髪は陽を浴びて金色に光っていた。
金色の長髪は、ディムロスの脳裏にスタンを寄切らせる。
……儚い、夢だった。
105名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:27:05 ID:0Yt3P6EdO
支援
106The last battle -プロローグ- 9:2007/10/31(水) 18:28:58 ID:e+sSBgjbO
スタンが死に、それでもまだ希望をカイルに押し付ける事で、なんとかあの時まで辿り着いた。
物事には二面性があり、希望を見ればその裏にある絶望を無視する事であり。
分かっていたのだ。最初から。
夢はやはり、どこまで抽象的でも縷説さていいても夢でしか無いのだ。
現実では無い。只の甘い理想論でしかない。
それ以上も、以下も無い。
だから全てを終わらせよう。
絶望を見て、希望を無視しよう。
ハッピーエンドなんて、此所には存在しないのだから。
『全ての終わりは私達にとっても終わりだ。今の私達の生きる意味は、この世界を終わらせる事。
その先に希望は無い。絶望も無い。生きる意味も無い。あるのは“無”だ。お前も、私も、それに耐えられる強さは無い。
どうするか、等といった議論の意味は無い。
分かるな?答えは、お前の中に既にある“それ”だ』
ヴェイグは再びこくんと頷く。
……スタンよ。お前は言ったな。
信じる事、信じ続ける事。それが本当の強さだ、と。
信じる事を強さと言うのなら、今我々は何を信じればいいのだろうか。
外殻大地がベルクラントの攻撃により誕生した時も、ミクトランに一度敗北した時も、一筋の光はそこにあった。
……教えてくれないか、スタン。
掴める光が無く盲目な人々しか居ない世界で、我々は何を信じて何を掴めばいい?
どれだけ阿鼻叫喚しようとも、誰も何も差し延べてはくれない世界で、我々は何を救いとして見ればいい?
『“この世界にも、我等にとっても全てを終わらせよう”』
107The last battle -プロローグ- 10:2007/10/31(水) 18:30:56 ID:e+sSBgjbO
それがどういった意味なのかは、最早二人の間で確認する必要は無かった。
――静寂は再び訪れる。その静寂は果たして平和と言っていいものなんだろうか。コアクリスタルの中でディムロスはそんな事を考えた。
この御座なりの平和の先に、果たして芳しい結果は待っているのだろうか。
何を選択しても、間違いしか存在しないのならば、この道の先に存在するものは、やはり間違いでしか無いのだろうか。
ならば、我々は一体何の為に選択するのだろう。
もしかすると、この世界での選択は、強要されているだけで形骸でしか無いのかもしれない。

……数分経っただろうか。
それは突然の感覚だった。
ディムロスは、何か言葉では表せない嫌な感覚に襲われた。
生温い風が吹く。それは冷え始めた空気よりも温く、自らの体内よりも温く、吹き去った後の感触に単純な嫌悪感だけが残った。
ざわざわと背の高い草が音を立てる。今までの旋律とは違う、嫌な音だった。
これは、旋律では無い。
……戦慄だ。
体を駆け巡る警告。
なんだこれは。
ふと隣を見ると、ヴェイグも厳しい目をして地平線の彼方を見ていた。やはり何かの異変を感じているらしい。
気のせいでは無い。
この、コアクリスタルが示す反応は、間違い無く。
近くにいるソーディアンを知らせる暗号だ。そして今この島に存在するソーディアンは、自らの他に一本しか無い。
そう。

ソーディアン・アトワイトだ。

脳裏に過ぎる一瞬の喜びとそれを塗り替えた憂鬱さ。この嫌な予感は、一体何だ。

108名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:34:14 ID:AhNjPZ9rO
 
109The last battle -プロローグ- @代理 11:2007/10/31(水) 18:46:27 ID:YFu36+1T0
*****


「……ああ」
ディムロスの声にヴェイグが呟いた。しかしその視線は地平線に向けられたままだった。
更に一陣、一際強く、生温く、それでいてどこか氷のように冷たい風が吹いた。
風は砂埃を巻き込み、ヴェイグ達の視界を隠す。
――なんだ、あれは。
それを見た後に思う素直な感想だった。
砂塵が過ぎる。ヴェイグがディムロスを握る。橙色の地平線に、黒い陰が浮かび上がる。
一個、二個。
ぽつ。
また一個。
ぽつ。
少し遅れてまた一個。
二つは小さく、女の陰。二つは大きく、男の陰。
地面に浮かぶ合計四つの陰。ここでようやく感じる、違和感。

“男女二人ずつで四人のパーティなんて有り得ない”

誰だ、奴達は。
ロイド? 違う。キール? 違う。グリッド? 違う。メルディ?違う。
あれは一体、何だ。 何故、アトワイトの反応があれから発生している。
じゃり。
アトワイトが居る、それは詰まりミトスがあの中に居るという事だ。ではどうして四人なのだ。
じゃり。
四人が次第にディムロス達に近付く。ヴェイグの目が少しだけぴくりと反応する。
じゃり。
ばさばさとそのローブが風に揺れる。括られた髪が荒々しく不規則に風に乗る。
じゃり。
顔は暗くて見えない。色も分かりにくい。ただ、ぼんやりと形が見える。
じゃり。
距離にしてあと十数m。一秒毎にその現実はディムロス達を呑み込もうと近付いてくる。
じゃり。
誰だ、あれは。その疑問の解答者は自分だ。
じゃり。
110The last battle -プロローグ- @代理 12:2007/10/31(水) 18:47:34 ID:YFu36+1T0
いや、分かっている。もう分かっているのだ。ただこの事実を脳内で処理する時間が必要だ。
じゃり。
数メートル。顔が見える。
じゃり。
『……馬鹿な……』
四人の顔を見た時にようやく捻り出した言葉は呆れる程マニュアル通りだった。
じゃり。
「……キール、か」
ヴェイグは座ったまま、ただそれだけ呟いた。不思議と声に驚きは無く、氷のような冷静さと氷柱のような鋭さだけがあった。
紫の髪をしたツインテールの小柄な少女、メルディ。
青い髪を束ね、全身を紅く染めている青年、キール=ツァイベル。
この汚れた世界の住人とは思えない程綺麗な髪と、美しい羽を携えた天使、ミトス=ユグドラシル。
手にはソーディアン・アトワイトを握り、その瞳と同じ紅に染まった体をした少女、コレット=ブルーネル。
ざっ。
先頭のキール=ツァイベルは静止し、左手を以て三人を制する。
キールは前髪を指で払うと、この状況がさも当然であるかのような声と表情で言葉を発した。
「ヴェイグ、久しぶりだな。元気だったか? ……カイルはどうした?」
「久しぶりだな。元気だったさ。……カイルは殺した。グリッドとロイドはどうした?」
ヴェイグの冷静さとその内容に、キールは少しだけ眉を動かした。
ディムロスは取り敢えずこのやりとりには口を挟まない事にする。
状況は理解出来ないがそれより気になる事があったからだ。
先程からアトワイトに信号を送っているのに、反応が無い。何故だ?

「驚いたな。この状況に驚かないのか? ……あいつらは“死んだ”よ。ティトレイとクレス、ミントはどうした?」
事務的な声。
それは個人面接の質問のように、ただ決められた言葉を吐いているようだった。
ヴェイグはそうでもない様子だったが、ディムロスは落胆した。
――ロイドが、“死んだ”。
恐らく本当だろうが、表現に納得いかない。
ならばお前の全身にべっとりと付いているその血は何とする。
「驚かないさ。別にお前が誰と組もうが、どうでもいい事だ。……ミントは生きている。後の二人は殺した」
キールの表情が明らかに変わった。
「ほう、それは何故だ? ……ああ成程、だからエターナルソードをお前が持っているのか」
ディムロスは疑問を感じる。
何故こちらがエターナルソードを所持している事が分かる?
はっ、としてミトスを見る。
その顔に張り付いた不気味な笑みが物語っていた。
こやつ、エターナルソードがある場所が分かるのか。
「何故か、だと? 簡単な事だ……」
ヴェイグはゆっくりと立ち上がり、会話を始めてから初めてキールと目を合わせた。
ヴェイグが目を細める。キールの丁度真後ろに太陽があり、ヴェイグはその目に少しだけ眩しさを感じている様子だった。
その瞬間、キールの顔が確かに硬直したのを、ディムロスは見逃さなかった。
「……生存者は皆、殺す……」
ディムロスは自分が強く握られるのを感じる。それは攻撃への暗黙の合図。
111The last battle -プロローグ- @代理 14・15:2007/10/31(水) 18:49:59 ID:YFu36+1T0
視界が歪み、その瞬間に青や橙で織り成される幾つもの線で景色が構成された。
風を全身に浴びるのを刀身から感じ取る。
「それだけだからだ―――瞬連塵!」
しかしキールは既にバックステップをしていた。
ヴェイグの隠そうともしない凄まじい殺気から青年が普通の状態では無い事を悟っていたのだろう。
神速の踏み込みから放たれた三連撃は、空を裂くだけで終わった事をディムロスはその切っ先で感じた。
「うおおおおおおおおおおああああああッ!」
キールへの追撃を試みて剣を振り上げたヴェイグの目の前に飛込んで来るは金色の陰。
「ミトスッ! ここは僕とメルディとアトワイトが何とかするっ! お前はミントを始末して来てくれ!」
キールは叫ぶと、直ぐ様詠唱に入った。
「ふむ。劣悪種に指図されるのは気に食わんが、ここは三人居れば問題無い、か。
確かに不安要素を排除するのも重要か。
アトワイト、エターナルソードを頼んだぞ」
金属音が響き渡る中、ミトスは気に食わない顔をしながらも承諾したようで、その場から文字通り消滅した。
ミトスが居た場所に残るのは輝く羽のみであった。
『了解、マスター』
その声はディムロスの目の前で呟かれた。
金色の陰の正体、それはソーディアン=アトワイトを持つコレットだったのだ。
『アトワイト! 何故答えないのだ!』
先程からこちら側からは幾度と無く呼び掛けているにも関わらず、アトワイトは全く反応し無い。

どう考えても故意に無視し続けるアトワイトに苛立ちを覚えたディムロスは、直接彼女に叫ぶが、彼女は口を閉ざしたまま反応をしない。
「……予想外だな、ディムロス。三対一は」
ヴェイグが苦しそうに呟いた。
実際、ディムロスも焦燥に駆られていた。
三対一、いや、ミトスが帰ってくれば四対一という出鱈目な数字と、今自分と刃を交えているのがアトワイトであるという事実に。
『……ああ』
誰がどう見ても自分達は苦衷に置かれているのは明らかだった。「愚行はやめろヴェイグ、ディムロス。お前達は躍起になっているとしか思えない!
三対一、この状況でその行動は僕達から揶揄にされるだけだ!
分かるだろう? 僕の話を聞いてくれ!」
キールが叫んでいる。全くその通りだ。
だがここで引き返す訳にはいかないのだ。
もう、レースのピストルは鳴らされた。後は前に進みゴールを目指すのみ。
お前達は障害物でしか無いのだ。
「黙れ……もう、この世界に希望等無い。
どちらを選択してもその先にあるモノが全て間違いならば、俺はもう……ッ!」
相手の剣を弾き、体勢を崩しながらもヴェイグは再び剣をコレットに向ける。
「引き返さない!」
再び金属音は鳴り、剣と剣が交わる。
殆んどが橙に染まった空からの光を受け、二本の剣はその身を同じ色に染める。
ディムロスはその体に衝撃を刻みながら、相手の馬鹿力に驚いていた。
112名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:50:13 ID:bky4EUidO
113The last battle -プロローグ- @代理 16・17:2007/10/31(水) 18:55:46 ID:YFu36+1T0
これは……小柄な少女の力とは思えない。ヴェイグと互角、あるいはそれ以上の力を持っている。
一体この少女は……?
いやそれよりもだ、何故我々を攻撃しない?
明らかに守り重視のコレット。
後ろのキールは術を発動すらしていない。
メルディに至っては詠唱すらせず、キールの近くでクイッキーを抱いて蹲っている。
……意図が全く読めんな。奴達、何を考えている?
どうやら我々を仲間に入れたいらしいが、そこに利益はあるのか?
エターナルソードを奪うだけならば、我々を殺せばそれで済む話では無いか。
どうも、目的が分からないな。
「馬鹿を言え! いいか、良く聞けヴェイグ、ディムロス」
炎を意味する光を体と杖から放ちながら、キールは続けた。
「大方、カイルが死んだ事を確認した後かロイドが死んだ事実を知ってからそうなったんだろう?」
勿論、キールの詠唱は既に終わっている。だからこそ詠唱の際に生じる光に包まれながらもこんなに流暢に会話が出来る。
だがキールは発動待機をしたまま動かない。ヴェイグが必要である以上はむやみやたらと痛め付ける事は出来なかったからだ。
「……だからまだミトスが居る、最後の時空剣士であるミトスが! まだ希望はあるんだよ! 僕達はこのゲームを攻略出来るんだ! それが分からないのか!? ヴェイグ! ディムロス!」
ソーディアンとソーディアンが軋み合い、高い金属音を鳴らして火花を散らせる。
「黙れキール……俺はお前達を殺して、全てを終らせる……」

ヴェイグの手に蒼い光が宿り、それはディムロスの熱と混ざり風を呼ぶ。砂塵を巻き込み、更に密度を増し……
「……それだけだッ!」
プレスガードの容量で剣を弾いた。
その瞬間にヴェイグとディムロスの相反する力により剣に生じた気流は、アトワイトをコレットごと吹き飛ばした。
―――先の瞬間にヴェイグが発動したのは、風神剣では無く、絶・霧氷装。
一時的なものではなく、永続的にディムロスに気流を纏わせる。
近付くものは切り刻むという、目に見える殺意の現れだった。
砂塵を巻き込み、氷の粒へと変質させながらも複雑に回転するその気流の刃は、小規模で威力を増したアイストルネードのようであり、それはこうこうと音を立てた。
『引け! アトワイト!
お前がどういう意図でそうしているのかは分からんが、我々の障害になるようであればお前とて……!』
コレットは空中で受身を取り、数メートル地面に足を引き摺られるも何とか着地した。
その美しい金色の髪は風により乱れに乱れ、前髪の隙間から感情の無い怪しく輝く紅の瞳が一つだけ覗く。
『……貴方とはもう何も語りたくないわ。私の主は、ミトスだけよ。
エターナルソード回収の任務を頼まれた以上、私はそれを遂行するだけ』
そう語ると、目の前のコレットはアトワイトを握り直した。
―――その時だった。

ぽつり。
一つ、アトワイトよりも、キールよりも奥に黒く、長く、大きな陰をヴェイグは見た。
その陰はゆっくりとうねる様にこちらへ進んでいる。
114名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 18:57:04 ID:bky4EUidO
115The last battle -プロローグ- @代理 18:2007/10/31(水) 18:58:00 ID:YFu36+1T0
ミントを殺して来たミトスか? いや、それは違う。こんなに早く帰って来れる筈が無し、あの巨大さの説明がつかない。
しかし生存者はミトスとミントしか……。
そういえばあの形はどこかで……?
理解した瞬間、無意識のうちに表情が固まる。
ディムロスはそんなヴェイグの異変に逸早く気付いた。
『どうした、ヴェイグ?』
“有り得ない”。
だって、
だってあっちの方角は、
“こいつらが来た方向で”、つまり、生存者はもうあちらに居ない筈で。
それにあいつは……。
「ヴェイグ? お前、何処を見て―――」
キールはどう見てもコレットや自分を見ていないヴェイグの変化に気付き、声を掛けるが―――

―――な、んだ、あれ、は。
ヴェイグはただ唖然と見つめていた。
自分以外は誰もアレに気付いていないようだ。
馬鹿な……奴が生きている筈が無い。
だってあれは、あいつは、四肢を失い病に倒れて死んだ筈であり。
そうだ、奴はトーマにより瀕死にさせられ、死に際にロイドの心臓を奪って、キールに文字通り止めを刺されて死んだ、筈だろう?
嘘だろう?
俺は幻覚でも見ているのか? 馬鹿馬鹿しい。
しかし今、彼処に居るのは、紛れも無く奴であり。
何故だ。
何故、お前が、此処に。
……包帯の奥に確な痛みを感じた。その、奴に眼球を潰された時の痛みにそれは似ていた。
記憶が蘇る。最後の最後まで見せたその不気味な笑顔。
 
 
 
―――何故お前が其所に居る。シャーリィ?
116The last battle -プロローグ- @代理 19A:2007/10/31(水) 18:59:58 ID:YFu36+1T0
 
 
 
そこからは一瞬だった。
奴の後ろの地面が、
不自然に盛り上がっていて、
それは良く見ると土竜が通った後に似ていて、
その盛り上がりはずっと後ろの陰に続いていて―――




ぼこっ。




盛り上がっていた地面から伸びた三本の緑色をした触手が奴を貫こうとして、
そこに紫色の陰が飛込んで来て―――




どす、どすどす。




三回、鈍い音がして、
バイバ、という声が聞こえて、
貫かれたのは奴じゃなくて飛込んできた紫の陰で、
青い小動物の泣き鳴が響いて、
陰はあっという間に紅に染まって、
それは陰じゃなくて人間で、ぼそりとか細い声で何かを呟いて―――

117The last battle -プロローグ- @代理 19B:2007/10/31(水) 19:00:43 ID:YFu36+1T0



「……ごめんな、キール」




奴の背中に寄り掛るようにゆっくり倒れて、
何時の間にかコレットもアトワイトをぶら下げその状況に釘付けになっていて、
俺も、ディムロスも絶句して、
寄り掛られた奴は皆が理解している中一人だけ、
何が起きたか分からないといった表情で、
詠唱を破棄して、
後ろの衝撃の正体を確かめる為にゆっくりと後ろを見て、
一瞬間が空いた後に何やら意味不明な叫び声を上げて、
紫の陰を抱いて―――




「メルディ、多分きっと、ここまでだよぅ」




その瞬間、空の全てが橙に染まった。
その幻想的な景色の中紅い雨は散り、ただ、怪物の哭く声だけが響いていた。


118The last battle -プロローグ- @代理 20:2007/10/31(水) 19:04:05 ID:YFu36+1T0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP40%(ホーリィリングによる治癒) TP60% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エターナルソード
基本行動方針:あの陰の正体を確かめる
第一行動方針:生存者全てを殺す
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・中央広場

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄?
基本行動方針:何が起きた?
第一行動方針:生存者全てを殺す
第二行動方針:アトワイトが気になる
第三行動方針:エターナルソードを死守する
第四行動方針:キール達の意図を突き止める
現在位置:C3村東地区・中央広場

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 背中裂傷 四肢全体に刺し傷 服毒 プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット) 決心(?)
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
基本行動方針:???
第一行動方針:???
現在位置:C3村・中央広場

【メルディ 生存確認?】
状態:HP?% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった キールの“道具”発言への悲しみ 腹部二ヶ所と右胸に触手が貫通
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
基本行動方針:???
第一行動方針:???
現在位置:中央広場
119The last battle -プロローグ- @代理 21:2007/10/31(水) 19:04:54 ID:YFu36+1T0
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP15% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 覚悟 ヴェイグマーダー化による焦り
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち パニック
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3 凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針:うわああああああああ
第一行動方針:ああああああああああ
現在位置:C3村・中央広場

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:ミントを殺す?
第二行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない) 現在位置:C3村・中央広場→鐘楼台

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:何が起きた?
第一行動方針:エターナルソードの確保
第二行動方針:ヴェイグとディムロスの確保
現在位置:C3村・中央広場
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡

【首輪解除プラン概略】
 1:D5・山岳地帯にある監視装置にソーディアンを同調させる(解除に必要な情報を取得)
 2:データを取得したソーディアンによる解除信号を発信、解除・停止(ジャミングによる機能妨害)
 3:物理的解除・分解
 4:術的要素が有った場合はヴェイグのフォルスを用いて解除する
120The last battle -プロローグ- 修正:2007/10/31(水) 22:18:38 ID:e+sSBgjbO
グリッドの状態を修正します。


【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 背中裂傷 四肢全体に刺し傷 服毒 プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィギュア化 決心?
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼のバッジ 石(詳細不明)
基本行動方針:???
第一行動方針:???
現在位置:C3村・中央広場
121The last battle -プロローグ- 14・15 A:2007/11/02(金) 00:23:37 ID:yfOdfYucO
視界が歪み、その瞬間に青や橙で織り成される幾つもの線で景色が構成された。
風を全身に浴びるのを刀身から感じ取る。
「……それだけだからだ――――――瞬連塵!」
しかし攻撃された筈のキールは既にバックステップを取っていた。
ヴェイグの隠そうともしない凄まじい殺気から青年が普通の状態では無い事を悟っていたのだろう。
神速の踏み込みから放たれた三連撃は、空を裂くだけで終わった事をディムロスはその切っ先で感じた。
「うおおおおおおおおおおああああああッ!」
キールへの追撃を試みて剣を振り上げたヴェイグの目の前に飛込んで来るは金色の影。
「ミトスッ! ここは僕とメルディとアトワイトが何とかするっ! お前はミントを始末して来てくれ!」
キールは叫ぶと、直ぐ様詠唱に入った。
「……? 何故だ。あの女が作戦の障害になるとは私には思えないが」
この緊急事態の中でも悠長に落ち着いて喋る様子に苛付いたキールはミトスを睨み、更に強く叫ぶ。
「分からないのかいっ!? あの女を痛め付けたのは昼前だろうッ!? それからどれだけ時間が経過していると思ってるッ! もしその間休憩を取っていたならば、精神力は回復している筈だろう!」
「分かっていないのは貴様だ劣悪種!」
しかし今度はミトスが叫ぶターンであった。
最初は穏やかにゆっくりと、最後は激しい怒号へとその色を変貌させ飛ばす。
その凄まじい覇気で空気をびりびりと振動させながら、ミトスは尚も続けた。
「よもや私が何の為に奴の舌を切除したのか、理解出来ない程頭足らずではあるまいな!?」
「分かってるさ、僕だってそんなに愚かじゃないね! だがミトス、お前は最悪のパターンをまるで危惧していないんだ!」
キールはその覇気に怯える様子は無く、更に強くそう言い放った。
ヴェイグの雄叫びと共に再び金属音が響いた。
ディムロスはそれを聞きながら、このままあちらが仲間割れをしてくれればどんなに嬉しいだろうか、と思う。
122The last battle -プロローグ- 14・15 B:2007/11/02(金) 00:29:00 ID:yfOdfYucO
「いいかいミトス、お前は言ったな。
“舌を切除したならば、思考のみで術を唱えられるような真の達人でもなければ術の発動は不可能だ”とッ!
先ず一つ目の問題が此所だよ!
何故、ミントがその達人である可能性を無視したんだい!?
腐ってもミントはあのクレスと旅を共にした仲間だろう! 例えそんな風に見えなくとも、そんな素振りを見せていなくとも!
本人がそう言っていない以上は考えない余地は有ろうと、考えない理由は無いッ!
そしてお前は更に言ったな!
“ミントにエクスフィアを付けた”と!
次に二つ目の問題が其所だよ!
エクスフィアは単純に力や感覚、治癒力を増大させるだけじゃない! 得意とする分野程限界を突破出来るように成り易く、そしてミントは元より強力な法術師だ!
もしミントが達人の域に達していなくともエクスフィアがあればそれは別の話だ! ミントがそれに気付けばそれまでなんだよ!
……お前は……此れが何を意味するか分かっているのかッ! どうなんだミトス=ユグドラシルッ!」
「……!」
ミトスへの辯難を終えたキールはそう締め括り、如何にミトスの行為が疎漏であったかを浮彫りにさせながらも更に追い詰める様に続けた。
「さて、ここで最初の話だ。お前にとっての最悪のパターンは何だミトス!」
ミトスの白く美しい顔は蒼白と成り、既に反論の余地が自分には無い事を物語っていた。
「どうやら聞くまでも無いな。
そうさ、それはマーテルの蘇生に失敗する事だ!
そしてミントは最悪最強の術、タイムストップが使える。おまけに自分への傷も回復出来る! これはお前にとっての脅威以外で無ければ何だッ!」
キールがミトスを睨みつける。
その瞬間に高らかに鳴る何度目かの金属音。
最早ミトスにとって自分の瑕疵を認める以外の道は残されていなかった。
―――確かにミントは視力と舌を失っている。しかし、タイムストップやサイレンス等を使える相手へそれだけで安心するのは早いのかもしれない。
不安要素の芽を野晒しにして置く利益なんて一つも無く、今はもう夕方だ。
マナの照射には時間が掛かる。ならばこの場は劣悪種共に任せて私はその芽が花を咲かす前に摘みに行った方が良いのかもしれん。
奴があの場所を脱出しない保証も無い。このヴェイグという劣悪種が連れ出しているやも知れん。
123The last battle -プロローグ- 14・15 C:2007/11/02(金) 00:36:16 ID:yfOdfYucO
……待てよ。よもや先の発言はブラフか? 戦力を分散する為……いや、有り得無い。どうせ嘘を付くならあの狂犬二匹が生きて居ると言った方が効果的だ。
それにエターナルソードをこいつが持っている事からこいつの発言はまず正しいと思っていいだろう。
だが私が此所を離れている間この器に何かあればどうする?
……いや、薬箱は二人居るし、アトワイトも回復術は使える。いざとなればミラクルグミも有る。更に三対一。ネレイドも居る。
急いで行動さえすれば最悪の事態には陥らない。あの憎らしい程頭が回る劣悪薬箱ならば、器の重要さは心得ている筈。
大丈夫だ、リスクは承知。
最初に狂犬の所に突っ込ませた時の方がリスクは高かったにも関わらず無事だったでは無いか。
器の戦闘力も予想以上だったし、弾避けも二人居る。更に相手は片目を失っている只の剣士。
それにタイムストップが使える劣悪種は姉様の……
「……やむを得ん。劣悪種に指図されるのは気に食わんが、ここは三人居れば問題無い、か。
確かに不安要素を排除するのも重要だな……。
アトワイト、エターナルソードを頼んだぞ。
……おい劣悪種!」
「……僕の名は劣悪種じゃない、キール=ツァイベルだ。
自分以外の不特定多数の総称で個人を呼ぶのは分かり難いから止めてくれ。……で?」
指されたキールは皮肉混じりに呟いた。
「その器に傷一つ付けてみろ……貴様の命、無いと思え」
金属音が響き渡る中、ミトスは気に食わない顔をしながらも承諾したようで―――それはディムロスから見れば、承諾したと言うよりはこの場から逃げ出したかった様にしか見えなかったが―――低く小さい声でそれを呟くとその場から文字通り消滅した。
キールはそれを見届けるとフン、と鼻で笑いヴェイグを見つめ再び詠唱を始めた。
ミトスが居た場所に残るのは輝く羽のみであった。
『了解、マスター』
その低い声はディムロスの目の前で呟かれた。
金色の影の正体、それはソーディアン=アトワイトを持つコレットだったのだ。
『アトワイト! 何故答えないのだ!』
先程からこちら側から幾度と無く呼び掛けているにも関わらず、アトワイトは全く反応し無い。
124The last battle -プロローグ- 14・15 D:2007/11/02(金) 00:38:53 ID:yfOdfYucO
どう考えても故意に無視し続けるアトワイトに苛立ちを覚えたディムロスは、直接彼女に叫ぶが、彼女は口を閉ざしたまま尚も反応をしなかった。
反応の代わりに返って来たのは、一閃の剣撃だった。
「……予想外だな、ディムロス。三対一は」
それを受け止めるとヴェイグは苦しそうに呟いた。
実際、ディムロスも焦燥に駆られていた。
三対一、いや、ミトスが帰ってくれば四対一という出鱈目な数字な上、今自分と刃を交えているのがかつての仲間であり恋人、アトワイトであるという事実に。
『……ああ』
誰がどう見ても自分達が苦衷に置かれているのは明らかだった。
「愚行はやめろヴェイグ、ディムロス。お前達は躍起になっているとしか思えない!
三対一、この状況でその行動は僕達から揶揄にされるだけだ!
お前達ならそれが分かるだろう? 僕の話を聞いてくれ!」
キールが叫んでいる。全くその通りだ。
だがここで引き返す訳にはいかないのだ。
もう、レースのピストルは鳴らされた。後は前に進みゴールを目指すのみ。
お前達は越えるべき障害物でしか無いのだ。
「黙れ……もう、この世界に希望等無い。
どちらを選択してもその先にあるモノが全て間違いならば、俺はもう……ッ!」
相手の剣を弾き、体勢を崩しながらもヴェイグは再び剣をコレットに向ける。
その剣筋に迷いや躊躇などと言った不純物は微塵も存在していなかった。
「……引き返さない!」
再び金属音は鳴り、剣と剣が交わる。
その殆んどが橙に染まった空からの光を受け、二本の剣はその身を同じ色に染める。
ディムロスはその体に衝撃を刻みながら、相手の馬鹿力に驚いていた。
125名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 01:32:36 ID:bKerfkd20
馬鹿なゴキ腐リだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
126名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/04(日) 19:26:16 ID:ey97fDKC0
ここまで一度も感想無いけど、感想は書かない暗黙の了解あるのかな
127名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/04(日) 20:03:25 ID:OtLJSsnA0
>>126
せめて>>1くらい読め
128The last battle ―killing with you― 1:2007/11/06(火) 22:11:39 ID:Whn85x2GO
目が覚めると、そこは全てが水で構成された青の世界だった。
何も無い。地面も無い。空気すら無い。息を吐いても気泡すら出ない。そもそも吐いているのかも分からない。
ただ、今私はその世界の中心に居るという事実だけを悟った。
勿論、中心に居るかなんて分からない。そもそも此処は何処で、どの程度の広さなのかも分からない。
しかし分かる。私はこの世界の中心に居る。勘? ううん、違うと思うわ。
これは確信。
……自分は今、どうしてここに居るんだろうか。思い出せない。
ここでようやく異変に気付くんだから、私は呆けていたんだと思う。
動けない。ぴくりとも、動けない。水の中に居るのに、温度も感じないし重力も感じない。
ただ、視覚と聴覚だけは生きていた。
私はこの状況を把握しようと、懸命に残された感覚で周りを探った。
しかし悲しいかな、私は何も発見する事は出来なかった。当たり前なのかもしれない。辺りは只一面の青。聞こえるのは波の音だけなのだから。
次に私が試みたのは、自分の記憶を探る事。
――何も知らない方が、幸せだったのかもしれない。
私はこの時ばかりは自分の探求心を恨んだ。
そう。私は、死んだ。
ううん、違う。殺された。あの青い髪の男に。
でも浮かぶのは憎悪よりも怒りよりも、深い悲しみ。
私は死んじゃった。お兄ちゃんともう会えないよ。
ねえ、神様ごめんなさい。幾らでも謝るわ。
だから教えて下さい。
私はこれから、どうすればいいの?
此処は何処なの?
天国な訳無いよね。お兄ちゃんが居ないもん。
じゃあ地獄なのかな。
ううん、此処には針の山なんて無いし、閻魔大王だって居ない。それに誰も居ない。
あれ? でも、じゃあ、ここは何処?
天国でも地獄でも無いならば、ここは現実?
……そんな馬鹿な話は無いわ。
ああ、誰かの声が聞こえる。
きっとこれは神様の声で、私をこれから地獄行きか天国行きかを告げるのね。
好きにしなさい。それがお兄ちゃんが居ない世界ならば、私にとってはどちらもさして変わらない。
私、私は、私がして来た事は間違いだとは思わない。
だから地獄行きなら神様、貴様を恨もう。
天国行きでもそこにお兄ちゃんが居なかったならば神様、貴様を恨もう。
だから神様、少しでも貴様に慈悲があるならば。
私をもう一度、あの舞台に上がらせろ。
私は全身を不幸に染めたわ。
129名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:12:31 ID:xEVXGBEd0

130The last battle ―killing with you― 2:2007/11/06(火) 22:16:31 ID:Whn85x2GO
幸福なんてこの世界に来てからは一度たりとも無かった。あったのは苦痛と苦労、痛みだけ。
私の声が聞こえるか、神。
私は今まで苦痛に耐えた。ならばその苦痛に見合う喜びを私に与えなければ、ああ、それは何て不公平ッ!
さあもう一度聞くぞ神よッ!
貴様にもし、一握りでも良い……不幸に見合う幸福を私に与える慈悲があるならば、私を舞台に上がらせて見せろッ!
それが出来ないならばもういいッ! 私をこのまま消し去れッ! 千年掛けて私を苦痛に晒し、全身を犯し、生きながらに四肢を裂いて、臓物を無理矢理出して、目玉を刳り貫き、頭を砕けッ!
私はそれで構わない!
さあ神! これは私の最後の勝負ッ!
判断を下すがいいッ!

ぴし、ぴしぴし。

青い水で満たされた空間に皹が入る。皹の隙間からは光が見える。
刹那、鏡が砕けるような音が響いて上から空間が崩れて行った。
それはあっという間だった。
しかし、少女はその刹那の中で笑いながら確かに呟く。
コンマ1秒の中でそれを叫ぶという行為が如何に物理的に有り得無いかは分かっているつもりだ。けれども確かにそれを“私は聞いた”。

 ああ、神よ。
 貴様に私達人間の運命を遊ぶ権利があるならば、
 私達にはその運命を辿る義務が在るのだろうか?
 ならば人の選択とは、何たる無力。
 けれども私達には意思がある。
 その意思の強ささえ貴様のままごとによるモノであれば、最早何も言うまい。
 しかしその意思が私達に赦された唯一の玩具ならば。
 私はその玩具で運命を作ってみせよう。
 兄への想いが貴様の作った運命を越えた時、私は貴様を笑ってこう言ってみせよう。

……その言葉は神を嘲笑うかの様に、たっぷりと黒い悦びが塗られていた。


   「私の勝ちだね、神、“様”」


――――――――――――――


おれ………は…な… ん……で なんのために  ここにいるんだっけ……
だれの……ために ちからを……もとめて い るんだ……っけ  …?
……わ から 、ない
きらり。うでにひか ……る あお……い、いし。
おれ ぐりっど。
……しっこくの つば、さ……の りーだー。
……からだ、が……おも  い……
どく の ……せいじゃ、nい。
なにかあたまに、………もうひとつのいしき。 おれの……なか……なにか、おん  なが……ささや、k。
(憎いでしょ。裏切られて否定されて。憎いでしょ?)
……うん、にくい。
131名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:18:05 ID:xEVXGBEd0

132The last battle ―killing with you― 3:2007/11/06(火) 22:19:17 ID:Whn85x2GO
もう  な……んでも、いいや……。
(私も憎かった。お兄ちゃんを殺した奴が、理想や綺麗事ばっか並べて半端な覚悟で人を殺すビチクソ共が)
……そうだな。 おまえ、の……きもち。 わかる……よ なんと、なく。
そうだよ、なあ……。
にくいよなあ。にくいよ。にくいだろうなあ。にくい。にくい。にくいnくいにkいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくiよ。
憎いな。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
(力こそ、正義なのよ。絶対的な悪を裁くには、力が必要なの。
だから世界には法があって、悪には罰が下るのよ)
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
(そうよね。そうでしょ? 私の気持ち、分かってくれた?)
……うん。わかったよ。
おれ、 なんの ため……に こうなった、か、……おもいだした。
……ち……から を、もとめた……。
あくを、たおす、せいぎという、なのもとに、 ちからを、 もとめた。
おれは…… しっこくの つばさの、 りーだー…… だから。
……しっこくの……つばさでは、 なかまを な……により おもんじる、から。
うらぎr だけ……は…… ゆる……せない……。
ぜったい。
……ゆるさない。

ずるり。ずるり。

お れを、うらぎった、……あいつだけ、は。
(私を殺したあいつだけは、許せない)
あのあおいかみ。
(青い髪のむかつく眼をした薄汚い蛆虫ッ!)
さばきが  ひつようだ。
(裁きが必要なの!)
133The last battle ―killing with you― 4:2007/11/06(火) 22:21:51 ID:Whn85x2GO
なかまをうらぎるとい うたいざいをおかした。ゆるせ  ……ない。
(私のお兄ちゃんへの道を、あの糞野郎がぶち壊した!許せない!)
ころす。
(殺す!)
「WROOOOOOOOOOHHHH!!」

ずるり。ずるり。

…ん…なんだこれ。あか……くて、くろくて、やいば……。
……だぶるせいばー?
……ゆあん……。
(拾いなさい、それは武器になるわ。体内に取り込んでおくのよ。私がやったようにね)
わかった。ひろう。
あいつをたおすには、ちからがひつようだから。

ずるり。がしゃっ。

……からだがおもいなあ。
どくのせい……かなぁ。なかなかすす めない、 なぁ。
(毒のせいじゃないわ。自分の爪、見てみなさいよ)
つめ?
……なんだ、これ。 はは。 こ  れがおれ、の……からだかよ。
……ばけもの、でしか ないじゃんな。
ん? な にこれ。
つめから、くろい……えき……。
……どろどろ。ねばねば。きらきらした  ものもあるなあ。
……これ、どく……?
(よかったわね。運良く毒を自分に取り込んでなきゃ、今頃死んでるよお前)
うん。よかった。 ほんと よかった。
……だって、ここで しん……だら きーるころ せない。

ずるり。ずるり。

……わかる。おと……がす る。ひが、しからおとがする……。
きーるも……きっとい る……。
こ、ろす。
(ちょっと、早くしなさいよ)
……しゃーりぃ……おまえ、しゃべるとあたまいたい。
おれ おし だされ……そうになる、やめて……。
(私に支配されるって? 面白れー! お前乗っ取って全員ぶち殺す!
それもいいかもねぇー? ひひっ)

化け物の青い石がきらりと光った。
(まあ、いずれ乗っ取る気満々だけどね)
シャーリィはその中で笑いを堪えながら思う。
いつまでもこんなアホに任せては居られない。幸いこいつは感情も希薄みたいだし、もしかするとうまい具合に操り人形に出来るかもしれないし、乗っ取る事も可能かもね。
うふふ。待っててねお兄ちゃん♪
まだ私、やれる……殺れるよぉ。
でもまさか、終わりだと思ってたら自分が石の中で生きてたなんてね。しかもこいつが拾ってくれた。ラッキーだよ。
やっぱり神様が私にお兄ちゃんと会わせてくれようとしてるんだよねぇ! そうだよね! ふふっ。
私、今度こそ頑張る! 殺ってみせるよお兄ちゃん!
134The last battle ―killing with you― 5:2007/11/06(火) 22:25:14 ID:Whn85x2GO
まずー、私を殺したキールって奴をミンチにしてー、次はどうしようかなぁー?
ああ、あいつが居るわ。ロイドってクソガキ。
「お兄ちゃんの変わり」? ハァ?
私のお兄ちゃんはねぇ、“お兄ちゃん”だけなの。
バッカじゃねーの? 周りのお涙頂戴、本人はそれで満足ってか?
糞、糞、糞ッ! ふざけんなよビチクソがぁッ!
殺したつもりだったのに死ななかったし、許せない! 会ったら殺すッ!
後はメルディってカスを殺して、カイルって玉無しを殺して、ヴェイグって白髪の偽善者を殺す。
後は近くに居る奴から血祭りッ! うふふ。ふふん。
そしたらいっぱい褒めてくれるよね、お兄ちゃん!?
うふふ。ふふふふふふふははああひゃひゃひゃひゃひゃ。

そんな事をシャーリィが考えているとはグリッドは知る由も無く(知っていても今の彼が果たして理解出来たのかは想像にお任せする)、ただ黙々と進んでいた。
暫くしてグリッドは前方に何かを発見した。
「GRWOOO……」
(なんだ、あれ。……あかくて……こおり…の…くし、ざし?)
ずるり。ずるり。
それを確かめる為に、出来るだけ速足でそこへ向かう。
(あたまが……いた い……)
「WOOOH……」

いたい。   あ……たまがいた………い。
い…………………しきが……  と、びそ、う……で……あっ…。
あっ……………あ。
あっ。あああ…………うあ、う……ああっ。
……あああ、うえあ、う。………………あう、……………ああ…………

  (真っ白だ。何も聞こえない。
  俺は今何処に居る?
  ん? なんだこれ。白い壁?
  俺は今白い壁に囲まれてるのか。正方形の部屋か?
  なんだ、何も無くて面白くもなんとも無い部屋だな。
  あ? なんだあれ。文字か?)
  グリッドの目線の先には、黒い文字。小さくて読み難かった為、グリッドは近付いて更に目を細めた。どうやらゴシック体のようだ。
  (何て書いてある? えーと……「グリッド」?)
  ざーーーっ。
  グリッドがそれを読み上げると、その部屋はノイズで包まれた。
  (おいおいなんだよ、気持ち悪ぃな)
  グリッドは音源が不明なそれを聞いて不安になった。そもそも此処は何処なんだ。
  と、左を向くと其処にはまた黒い文字が浮かんでいた。さっきより大きかった為読むのに苦労はしない。
  (「漆黒の翼」? なんだよ、それがどうした?)
  ざーーーーっ。
135名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:27:30 ID:xEVXGBEd0

136The last battle ―killing with you― 6:2007/11/06(火) 22:29:47 ID:Whn85x2GO
  ざーーーーっ。
  ノイズが更に大きくなる。グリッドは少し恐怖を感じ始めていた。
  (何だ何だ? 新手のドッキリ企画かよ、オイ?)
 ノイズの元を見付けようと辺りを見渡すが、何も見つからない。
  見付かったのは再び現れた幾つかの黒い文字だけだった。
  (「ユアン」に「カトリーヌ」、「プリムラ」ぁ? だから何なんだよ、それが何だってんだ!)
  ノイズが更に大きくなる。煩い、苛々する、何が何だか分からない、怖い。
  そこから文字が更に増える。読み上げる間もなく更に、更に。
  白い部屋が文字に埋め尽されて行く。ノイズも大きくなる。自分の叫ぶ声すら消してしまう程に。
  文字の大きさはばらばら。
  白い部屋はあっという間に黒に染まって行く。
  文字を書くスペースが無くなれば、その上に文字が重なる。ただそれの繰り返し。

  疑心、血、悪、責任、犠牲
  自己満足、自分、トーマ
  バッジ、否定、価値、意義
  生、我執、我儘、自分らしさ
  カイル、メルディ、ロイド
  (やめろよ……止めろ!)

  ミクトラン、バトルロワイヤル
  唯我独尊、仲間、馴れ合い
  意味、罰、罪、信念、ミトス
  ヴェイグ、作戦、嘘、凡人
  形骸、リーダー、過ち、力

  (やめろよ…やめろよッ!)
  グリッドがそう思えばそう思う程、文字は勢いを増して増えて行きノイズは更に大きくなる。
  ノイズは既に空間を揺らす程に大きかった。

  希望、憎悪、絶望、最善
  偽善者、理想、夢、現実
  制裁、殺人、憤怒、正義
  恐怖、聖人君子、自己愛
  虚栄心、利己的、人間性
  欠落、幸福、平凡、感情
  優勝、欲望、破壊、殺戮
  脆弱、地獄、存在、選択

  (やめろって言ってんだろおッ!)
  グリッドは叫ぶ。その叫びすらノイズに邪魔され自分の耳には届かない。
  既に部屋は黒で埋め尽された。しかしノイズは止まない。寧ろ大きくなってゆくそれにグリッドは恐怖しか覚えられなかった。
  グリッドはふいに顔を上げた。
  目の前の壁に、不自然に一つだけ真っ白なスペースがあった。
  工事でもしてるのでは無いかと疑う程の音が急に止む。
  嫌な、予感がした。握られた手の中が湿っぽい。背中に冷たい汗が流れる。
  恐らくここに誰かが居たならば、グリッドの唇が青紫に変色している事を認める事が出来ただろう。
137名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:30:07 ID:xEVXGBEd0

138The last battle ―killing with you― 7:2007/11/06(火) 22:33:27 ID:Whn85x2GO
  最早一年分を見たのでは無いかと思えたゴシック体で、ある名前がゆっくりと、そこへ浮かび上がった。
  よおく、知っている名前だった。
  「キール=ツァイベル」(嫌だ)
  更に三文字がその上にゆっくりと浮かび上る。
  「裏切り」(やめろ……やめてくれ……もういいだろう!)
  悲痛な声を上げるが、尚も文字は止まらない。
  ゆっくりと、その上に幾つもの「裏切り」という文字が書き込まれていく。角度や位置は不規則。
  グリッドの目ははその様子に釘付けになっていた。
  そして遂に全てが黒く染まる。
  (何も……見えない。嫌だ。怖い。
  何も聞こえない。嫌だ……。なんなんだよッ!)
  ぽつ、と黒い空間に文字が浮かぶ。今度は赤いインクで。
  「殺せ」(やめろよ)
  「殺せ」(やめろって)
  「殺せ」(やめろって言ってんだろ)
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」
  「殺せ」「殺せ」「殺せ」

  (や「殺せ」め「殺せ」ろ「殺せ」お「殺せ」ぉ「殺せ」お「殺せ」お「殺せ」ぉ「殺せ」ぉ「殺せ」ぉ「殺せ」ぉ「殺せ」お「殺せ」ぉ「殺せ」ぉ「殺せ」ッ「殺せ」!)

  何千何万の「殺せ」が黒い空間に浮かぶ。
  グリッドは倒れ込み、背中を丸め頭を抱えた。
  そうだよ。自分は何て馬鹿なんだ。こんなもの、瞼を閉じれば見えないじゃないかッ!
  うん。見るな。見てはいけない。駄目だ駄目だ駄目だッ、目を開くな。絶対に、開くなよッ!

  ……いや、何故か、と聞かれれば理由はねぇんだ。
  ただよ。
  開いたら、何かが終わってしまう気がしてな。
  今まで築き上げたモノとか、背負ったモンとか、全部。
  なぁ、教えてくれよ。
  これが、絶望ってヤツなのか?

  ――ぽつん。
  あれ? おかしいな。有り得無いだろコレ。
  俺は今壁を見てなくて、目を閉じてるんだよな? うん。だったらやっぱおかしいよな。
  だってさ、今、俺no瞼の裏ni、あかiもじガ。
  うkaんでてさ、ころせっ手。
139名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:35:19 ID:xEVXGBEd0

140The last battle ―killing with you― 9:2007/11/06(火) 22:37:17 ID:Whn85x2GO
  ひらiてもto自てもころせっテ。
  いやだよ。こわいよ。いたいよ。くらい。せまい。くるしい。
  あたまがいたい。
  やだ。
  いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやいやだいやだいやだいやいやだいやだいやだいやだ。
  おねがIします。
  だれか、オれをたすけ

  ざーーーーーーーーーーっ。


いたい。………いたい、いたいいたいいたい。
……………い…………たい。
いたい。イタイ射たい遺体iたい異TAiい退いたI痛い!
いたい、いたい!
いたい痛い!!
……いたあぁあああうえあおぉああaaAAAA!
(え、何!?)
いたい遺体痛い痛いIイいiiいいいいい位いいいiイィイイい異iいイぃ胃いィっッッ!!!

ぶつん。

何かが、切れた音。例えるなら、ブレーカーが落ちた音と言った所だろうか。
(ちょっと、いきなり何よ!)
文句を垂れながらもそこでシャーリィは違和感に気付く。
グリッドの返事が無い……?
いや、違う。そんな単純なものでは無い。
返事が無いと言うより、存在を感じない。
何と言えばいいのか。
今あるのは狂暴な獣のような感情の塊だけで、さっきまでこの体に居た、グリッドそのものを感じない。
(……)
シャーリィは自身の神経を限界まで研ぎ澄ませた。有り得ない。体の持ち主が唐突に居なくなるなんて。
シャーリィはその神経でグリッドの体の中を探る。そして数十秒後、遂に見付けた。
……居た。すごく小さくて今にも消えそうだけれど、隅に存在を感じる。けどそれっておかしくない?
じゃあこの体は誰のもの?
この体にはこいつと私が居て、こいつが居なくなったから……あれ?
もしかして、私?
シャーリィは試しに右手を上げてみる。驚く事にこの体の右手が上がった。
左手を動かす。同じように動く。
……嘘? 私、動けるの?
試しにテルクェスを産み出そうとしてみる。しかしそれは流石に出来なかった。爪術も使えないようだ。
でも今、この体は確実に。
(……私のもの?)
けれど、とシャーリィは思う。
この体の興奮状態は異常だ。この憎悪と殺意は、少なくとも私のそれとは少し違う。
この感覚は何。私の体じゃないから当然かもしれないけど……すごく不思議だわ。
グリッドという“表”の存在、つまり理性が隠れている間は狂暴な感情、即ち本能だけが残り、理性を持った私が居る事でこの体を動かす主導権が私に移るって訳?
141名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:39:13 ID:xEVXGBEd0

142The last battle ―killing with you― 9:2007/11/06(火) 22:41:06 ID:Whn85x2GO
なるほどね、理屈は何と無く分かるわ。
人間という生き物は理性で本能を抑えながら生きている。つまり理性は本能を抑える優れた力。
そして本能は、全ての生物に共通であり、だからこいつと私の本能も共通。
こいつの理性が隅にいっちゃったから本能が剥き出しになってるけど、この体に残る理性……つまり私がいるから本能を抑えられるってとこかしら?
でも所詮は私は代用品。こいつが正気に戻るまでというタイムリミット付きで操れるだけって事?
そう言えば、少し動かし難いし。ま、私の体じゃないから仕方無いわね。
でもこれは大きなチャンスね。この隙に皆、殺してやればいい。
先ずはキールって糞ガキ。……この体も、それを望んでる様だし、ねぇ?
うふ。うふふふふ。
うふふふふふふふふふふふふふふ。
ふふふふふ。ふふふふははひひひひひひひゃひゃ。
笑えるじゃんこの偶然の重なり! 天が私を生かそうとしてるとしか思えないしッ!
見たか神! 私は今や運命や奇跡さえ味方に付けてるッ!
貴様はそこで私の運命を遊べない事を後悔し、指をくわえてただ傍観するがいいッ!
ふふ、あはは、あははハハハはハハハハハハハハハハハハハハハヒャヒャヒャ!
……ああ、いけないいけない。夜は動き辛いからね、早く敵を始末しなきゃ……ッ?
と、シャーリィは前の景色の異変に気付いた。
あれは……人間?
何か赤い塊が見える。それは体に幾多の氷の串を刺され、まるで剣山に突き刺された花のように固定され、ぴくりとも動かない。
しかしそれは花の様な美しさは微塵も無く、汚いゴミのようだった。
(何……?)
もっと近付いてみる。
すると、それはあの忌々しい糞天使だという事実が明らかになった。
そして一目見ると分かった。と、いうか、人間ならばこれで生きてる筈が無い。
詰まるところ、こいつは死んでる。
シャーリィはロイドに激しい怒りを覚えた。エクスフィアの中で眉をひくつかせながら、シャーリィは叫ぶ。
……何よ、それ。
死んでるの?
勝手におっ死んだっての?
私のお兄ちゃんを侮辱して、勝手に死んだってのッ!?
143名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:42:41 ID:xEVXGBEd0

144The last battle ―killing with you― 10:2007/11/06(火) 22:43:52 ID:Whn85x2GO
ふざけんなあああぁぁぁ! 調子に乗ってんじゃねええぇぇッ!
まさかアンタ、心臓一つっきりで許されるとでも思ってないでしょうね!?
それとも、死ねば許されると?
寝言は寝てから言いやがれええぇぇッ!!
てめェなんかの心臓、例え765個在っても足りる訳ねえだろおがあああぁぁぁッ!
むんず、とその頭を掴む。怒りで危うく潰してしまいそうだったが、そこは抑える。
……むかつく。頭だけ無傷ってのがまた堪らなくむかつく。
さて解体しようか、と思った瞬間。
シャーリィはふと眩しさを感じてロイドの頭が落ちていた手前を見た。
堕ちて行く太陽の光が何かに反射して、エクスフィギュアの目に入ったのだ。
(何これ……石?)
途端、シャーリィは自分の体に違和感を感じた。
(……?)
な、何よ、これ。
自分の手が、糞天使の頭を棄てて、石を拾わんとしている。
その様子を見てシャーリィは息を飲んだ。
何で、体が勝手に動いてんのよ? ちょっと、私動かしてないでしょッ?
嫌、苦しい。私がまた、隅に追いやられて行く感覚。隅に居たあいつが、大きくなってくる。
駄目! だってこのままじゃ、この体を動かせなくなってしまう。
そんなの嫌! お兄ちゃんに会えなくなる!
ふ、ふざけんなッ!
動け、動きなさいよ足! その糞天使の頭をブッ潰さなきゃ気が済まないのにッ!
ちょっと、何拾ってんのよ!
手じゃなくて足だってば!
聞いてんの!?
蛆虫がッ! 勝手に動いてんじゃねえええッ!

ぶちゃっ。

気付けばぜえ、ぜえ、と肩で息をしている自分に、シャーリィは驚いた。全身は金縛りに遭った後の様に汗だくだった。
手には先程の石を握り締め、足ではあの糞天使の頭を踏み潰している。
辺りには汚いトマトケチャップが飛び散っていた。
シャーリィは徐々に呼吸を整える。怒りは頂点に達し、腸は煮え繰り返り過ぎて爆発しそうだった。
「WROOOOOOHHHH!!」
畜生、畜生、畜生ッ!
雑魚の分際で私の邪魔なんかしてんじゃねぇよッ!
大体何よ、この石ッ!? ただの汚いバッジじゃない。
これが何だって言うのよ!
こんなもの…………ッ!?
145名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 22:44:31 ID:xEVXGBEd0

146The last battle ―killing with you― 11:2007/11/07(水) 01:07:04 ID:F+n+3Ka70
シャーリィはそれを破壊すべく全力で手にぐぐ、と力を入れた……つもりであった。
しかし、力が入らないのだ。
確かに自分は力を入れているのに、力が入らない。
「GROOOOOWWWW!」
上等じゃんッ! そんなに殺されてぇかあああッ!!
しかしその体は自分でもある事をシャーリィは理解している。
そう。理解しているからこそ、その細やかな反抗はシャーリィに余計に腹を立たせた。
これだけむかついてるのに、私はこいつに何も出来ない。
そもそも私を「可哀想」なんて言いやがった奴の体を借りてる事自体が許せないのに、その粕がこの私に抵抗するなんてッ!
でも……。
シャーリィはエクスフィアの中で溜め息を吐いた。
その溜め息を彼女を良く知る人物が見たならば、“お兄ちゃんに会う為ならば、仕方が無い”という感情が良く表れていた事であろう。
シャーリィは呟く。
……分かったわよ、あんたにこの石あげるから。
だからこの体、私に頂戴。

――すうっ、と私のものでは無い体の力が抜ける。
これでよし。こいつのご機嫌をいちいち取るのは本っ当に気に食わないけれど、仕方無いわ。
……さて、あの糞ガキ共は東だったわね?
待ってなさい。生きながらにしてその汚い臓器をブチ撒けてやるわ。

ずるり、とバンダナを着けた化物は東へと足を動かした。
シャーリィはその間、作戦を考える事に決めていた。
何故ならこの体は、自信の体には何もかもが劣っていたからだ。
……なんて弱い体なの? こんなのがここまで生き残れたなんて、本当に信じられない。
畜生、テルクェスも爪術も使えないとなると、接近戦に限られてくるわね。
でも殺すべき相手はまだまだ沢山居る。
どうしよう。
……やっぱ最初の一撃は触手での遠距離攻撃にすべきね。
ゆっくり近付いて、地下から触手で心臓を一突き。
これならリスクは無いわ。安全に最初の一人を殺して、あとはこの毒を取り込んだ爪とダブルセイバーでじわじわと攻めればいい。
こっちの変な本とかは使えそうにないけど、このロープと変な指輪は何かに使えるかもね。
確か、とシャーリィは自分の記憶を呼び起こす。
そうだ。この指輪は火が出る。こいつが私に使ってきやがったから、間違い無い。
大した攻撃力じゃないけど、ま、無いよりはマシね。
と、そこまで考えてシャーリィは遠くに写る陰に気付く。
地平線の向こうに見えるあれは、一体何?
気配を出来るだけ消し、目を凝らす。
147The last battle ―killing with you― 12@代理:2007/11/07(水) 01:07:40 ID:F+n+3Ka70
――彼女の期待は当たっていた。
間違い無い。あれは人影だ。
人数は……一、二……三、四人ね。
シャーリィは慎重に進みながら更に目を凝らした。
――居た。居た、居た! 間違い無い、あいつだ! あの糞憎たらしい青髪を忘れるもんか!
思わず歓喜の声を上げそうになってしまうが、抑える。バレてはいけない。
此処からが正念場なのだから。

――どくん。

喜びの最中、シャーリィは自分の意思では無い胸の高鳴りを感じた。脳が指示した以上のアドレナリンの放出を感じる。
……そうね。あんたもあいつを殺したいんだったっけ。
待ちなさいよ。今、殺してやるから。

シャーリィの中で憎悪が渦巻く。
……あの糞野郎は、私を殺した。
確かにもうあの体は限界だった。使い物にならなかった。
でも、だからと言って私に許す権利は有ろうとも、許さなければならない義務は無い!
私の体を奪ったその代価、無惨な死で償って貰うからね?

化物は右手をゆっくりと地面へ置く。
それは死刑宣告の合図。最早キール=ツァイベルはギロチンの刃を待つだけの死刑囚。
ギロチンを支えるロープを切るも切らないも自分の気分次第だと考えると、シャーリィは嬉しくて仕方が無かった。
……さて、そろそろ切るかしらね。
シャーリィは意を決してそれを右手から放つ。放たれたのは、最早このバトルロワイヤルでお馴染となった触手……の筈であった。
(……触手が出ない!?)
シャーリィは焦った。真逆、嘘ッ!?
そんな筈は、と頭を振る。
もう一度試してみる。やはり出ない。
もう一度試す。出ない。
試す。出ない。
試す。結果は同じ。

……お、おお落ち着くのよ、わ、私。
何か代用になる技がある筈。それで攻撃すれば。
シャーリィは焦っていた。自分の作戦がいきなり何もかも崩れてしまった。
思えばテルクェスや爪術が発動出来るか否かは試したのに、触手が出るか否かを試さなかったのは自らの落ち度としか言いようが無い。
シャーリィは軽く舌打をした。
考えろ。考えるのよ私。今持っているのは、ダブルセイバーと水晶玉と、本に紙切れ、火が出る指輪にロープが数本―――――――ロープが数本?
……これだッ!
ロープは確か六本。これらを媒介に筋肉でコーティングすれば、触手になる。
ただ……触手を斬られた場合ロープ故再生は出来ない。
ならばストックを残しつつ触手で攻撃するのが定石ッ!
148The last battle ―killing with you― 13@代理:2007/11/07(水) 01:08:12 ID:F+n+3Ka70
体内に一本残し、右手に三本、左手に二本のロープを配給ッ!
途中で敢えてこの触手を斬らせ、断面図を見せる事で正体がロープである事をばらし、触手が復活出来ない事をアピールするッ!
完璧。
シャーリィは満足そうに黒い笑みを浮かべる。
肉でコーティングしたロープを地に挿す。
ずず、と触手が地面を進む感覚を快感に脳内変換し噛み締めながら、シャーリィは確信する。
これなら殺せる。あっちが私を気付いている様子は無いし、これなら気付かれる心配も無い。
うん、私って頭良いね!
テルクェスが使えなくても滄我の力なんか無くても、まだまだ戦えるもん。
一人で戦って見せるよ!
右手から伸びる三本の触手は更に地面を進む。
今にあの糞ガキの中にこれを挿せるかと思うと、もう興奮を抑えきれなかった。
早く早く。
あと少し。
あと少しで近付く。


――ぼこっ。
触手が地面から顔を出す。
その様を見てシャーリィはネルフェス・エクスフィアの中でにたぁ、と笑う。
何故ならば例え今あいつがこれに気付いたとしても、もう絶対に回避は出来ない事が分かるから。
やった。やったやった!
殺ったよ! 殺ったよお兄ちゃん!
あと少しで、お兄ちゃんにまた近付……ッ!?
その時だった。シャーリィにとって想定外の出来事が目の前で繰り広げられたのだ。


……な……何よ。
何よあいつ。


刹那しまった、と思う。“例え今あいつがこれに気付いたとしても、もう絶対に回避は出来ない”。
それは暗に、自分も何か予想外の展開に遭遇しても対処出来ないという事実を示唆していた。
――どす、どすどす。
三回、人肉を貫く感覚。しかしそれはシャーリィの望む男の肉体を貫く感覚では無く、女の柔らかい肉を貫く感覚だった。


何でよ。
何でよ! ふざけんなあああッ!
何で、何であんたがそこに居んのよぉ、雌豚ぁッ!!?


「GROOOOOHHHHHHHAAAAA!!」
何よ、失敗しちゃったじゃない!
何なのよ!! 何時も何時も何時もッ! 何で私の思う通りにならないのッ!?
149The last battle ―killing with you― 14@代理:2007/11/07(水) 01:08:43 ID:F+n+3Ka70
……ああ、だめ、落ち着くのよ、シャーリィ=フェンネス。
別に大したミスじゃないわ。うん。まぁいいよね。
どうせ皆殺すんだし。
さあ、気を取り直すのよ、私。
まだ左手のロープが二本あるわ。
……さあ、青髪のゴミ。覚悟は出来た?
次は、お前だよぉ? 私を殺した罪は重いんだから。泣いて謝ったって、許さないよ。
はぁ? 何泣いてんの!? あははっ! おもしれー!
私を何の躊躇いも無く殺しといて、仲間がおっ死んだら大慌て?
ふざけてんじゃねえええっ!
これだから偽善者はむかつくんだよクソガキがああああっ!

――化物が哭く中、胸元に映える海を思わせる青い石が、赤く染まった空気の中で怪しく光る。
……ああ、そうか。成程ね。
シャーリィは上手く行かない事への一つの結論を見い出した。
あんたの考え分かったわ。私の運命で遊べないから、他人で遊んで私の邪魔しようって事?
中々いい考えじゃない。この体の持ち主やあいつや糞天使で私を動揺させて遊んでるって訳?
神様。あんた肝心な所一つだけ忘れてるわよ。
教えてあげようか?
私が強く願えば、他人の運命もね――
――化物は、ゆっくりと左手を青髪の男に向けた。
「WROOOOOWWW!」


……あのね、聞いてよ。私、お兄ちゃんと会うの。素敵な夢でしょ?
だからね。仕方が無いの。うふふふふ。
ごめんねぇ?
お前、目障りだし、ウザイしさ。
この体も、お前を殺したくて仕方無いみたいだから、ね?
お願い。
あ、違うか。願いじゃないや。命令だ。
うん。
だって、“お前の運命も私が作るから”。
だからね、青髪の糞ガキ。



   “早く、くたばって?”
150The last battle ―killing with you― 15@代理:2007/11/07(水) 01:09:14 ID:F+n+3Ka70
【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 背中裂傷 四肢全体に刺し傷 毒を吸収 プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィギュア化 決心? シャーリィの干渉 ネルフェス・エクスフィア寄生により感情希薄?
   力こそ正義?
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー
基本行動方針(グリッド):キールを殺す
第一行動方針(グリッド):ロイドの仇を取る
第ニ行動方針(グリッド):裏切りは許さない
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):キール、メルディ、ヴェイグの順に殺す カイルは見当たらないので後回し
第ニ行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村・中央広場
備考:持ち物は全て体内に取り込んでいます
   グリッドの意識は現在ほぼありませんが、ショック等あればアリシアやアンナの時のように正気を取り戻すかもしれません
   正気に戻った場合支配権はグリッドに移ります
151名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 03:13:50 ID:nbxvF4R90
きもいなぁ
152名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 03:19:24 ID:nbxvF4R90
                ,-、 nn
.r-、 _00           /::::'┴'r'
.|::::'´::::r┘  !「`L00、|.l└ク_;厂  /
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. ̄└r''"´]_ l| | r゙=゙┐ |└ァ::/ /  /
、ヽ、 ,ゞ´_::::| l| |「二:::7 .|.l └′/  / /
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      x       X
      X  /ニYニヽ   ナ
   (ヽ   /(゚ )( ゚)ヽ   /)
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    |    Jー'´ ` /´
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153名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 03:20:17 ID:nbxvF4R90

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     \ / く |   `ー'′   .|  ゝ \
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     (   ̄ ̄⌒          ⌒  ̄ _)
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    (  〈              ヽ.__ \        \
     ヽ._>              \__)
154名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 03:25:20 ID:nbxvF4R90
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156名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 03:26:23 ID:nbxvF4R90
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157The last battle -混迷の黄昏にて-1:2007/11/09(金) 22:57:08 ID:aXzw9OnC0
「うう」だの、「ああ」だのと言った呻き声が、その穴からひっきりなしに漏れ出ていた。
その穴の中に転落した男が、痛みのあまりに呻いているのだと推理するのは、そう難しいことではあるまい。
そして感受性の豊かな人間ならば、その穴がまるで地獄の亡者の呻吟を聞かせるべく、
悪魔の類が戯れに冥界への亀裂を開いた跡のようにすら思えるであろう。
突如、呻き声が止んだ。
転落した男が事切れたかのように、辺りには再び沈黙の帳が下りる。
だが、そう判断するのは未だ尚早に過ぎよう。
代わって、穴から聞こえ始めたのは、別の音。
パン屋のパン焼き職人が、生地をこねる音。
肉屋の主人が、捕らえた獲物の肉を包丁で捌き出す音。
スライムやアメーバの類の原生質モンスターが、獲物を捕食する音。
人によって、その比喩の仕方は様々かもしれない。
だが、その穴から響く音は、およそまともな人間ならば正体を同定する事さえ困難な、ある種の奇怪さを帯びていた。
それだけは言うことが出来よう。
穴が奏でる音は、再び変調した。
象のような大型の生物が、軟便混じりの放屁をすれば、こんな音が出るだろうか。
そこに、産みたての鶏の卵を熱しすぎたフライパンに落としたかのような、しゅわしゅわという音が混じる。
穴の中の影は、生きているかのように蠢動を繰り返す。
時々その影は、ひきつけの発作を起こしているかのように、急制動と急動作を繰り返す。
その影は最初、形らしい形を帯びてはいなかった。
影の表面から、粘液の柱が4本立ち上る。
穴に差し込むわずかな光を受け、極彩色を帯びたギトギトの液体が不気味に輝く。
吹き上がった粘液の中から現れたのは、臓物。
否、臓物のごとくに蠕動する、細長い肉の塊。
無論細長いとは言え、最も太いものは、大人の男の腰周りほどもあり、
肉の塊とは言え、それは黒味のかかった、毒々しい緑色の膜に覆われている。
細長い肉塊の表面が、空気に触れて乾燥したその段になって、ようやくその緑色の膜の正体は誰の目にも明らかとなる。
皮膚。肉塊を包み込むための皮膚である。
だがその皮膚は、まともな生命体には不必要なほどの強靭さと凶暴さを秘めている。
追加で、背に更に2本の粘液の柱。
その中心部に、2本の粘液の柱の間に存在するは、小さな小さなバッジ。
広げられた一対の翼を模した、漆黒のバッジである。
だがそれも、ほんの一瞬で影の内に呑まれて消えた。
今度吹き上がった粘液の柱の内部から現れたものは、やはり新たな肉塊。
しかし先ほど生え出てきた4本の肉塊とは違い、幅広で左右対称の作りをしている。
何より、あまりにも黒い。
背から生えるその肉塊は、全体的に浅黒いその影の中でも、まるで色彩が失われたかのように黒い。
自然界に存在する物質では、どのような調色を行っても、この黒を出すことは出来まい。
全ての音が、今度こそ静まった。
沈黙の帳が、またも降りる。
ほんの一瞬間だけ。
粘液の残滓を垂れ流しながら、先ほどの細長い肉塊の一つが伸び上がる。
凶悪なまでの筋力で、その肉塊は穴の縁を掴んだ。
魔獣のものとも悪魔のものともつかぬ極太の鉤爪に、その影の質量全てがのしかかる。
しかしその負担すら、鉤爪を生やした肉塊……おそらくは「手」であろうか……にとってはいかほどのものか。
もう一方の細長い肉塊も、やがて穴の外側の地面に叩きつけられる。
その形状は、かなりのイマジネーションの飛躍を要するアナロジーと共に観察すれば、「右手」とでも言えようか。
その「右手」は、偶然にもそれを下敷きにしていた。
穴の側に所在なさげに放置されていた、光沢のない双刃を。
「右手」表面から、数千匹のミミズが迸った。ミミズの大群を思わせる、大量の繊毛を。
無論「繊毛」という表現が正しい保証は何処にもないが、とにもかくにも「右手」から迸ったそれは、双刃を嘗める。
嘗める。嘗める。嘗める。
繊毛がやがて、「右手」の中に再び引っ込んだとき。
そこにはすでに、双刃は存在していなかった。
既に影は、そのすべての部分を穴の外に、力技で持ち上げていた。
暗緑色の影の皮膚からは、灼熱の泡沫が無数に吹き上がっていた。



「VORGAROOOOOOOORRRRRRRRRRM!!!!」
158The last battle -混迷の黄昏にて-2:2007/11/09(金) 22:58:23 ID:aXzw9OnC0
空気がひび割れそうな、峻烈な激吼が響き渡った。
ヴェイグはたまらずに、両手でその耳を覆った。
この咆哮を至近距離で聞いてしまったら、冗談抜きで鼓膜が破れるかもしれない。
ぽたり、ぽたりと滴り落ちる赤い雫が、この雄叫びにぶるぶるとその身を震わせていた。
地面から伸び上がった、長大な3本の触手を流れ落ちながら。
ぶち抜かれていた。
メルディの肉体が。
ぞりゅ、と触手が引き抜かれる。
3つの緋色が、彼女の肉体の上で爆発した。
噴水のように、メルディの口元から鮮血が吹き上がった。
自身の血で、その顔をまだらに染めるメルディ。
彼女を抱きしめる痩身の男キールは、それをただ見つめるしか出来ずにいた。
「ごぼべ、ぐぷ……!」
言葉を放とうとするたびに、メルディの口から代わりに飛び出すのは、
まるで無尽蔵とさえ思えてしまうほどの大量の血液。
キールは、その触手の元を、やっと観察することに考えが至ったのだろうか。
まるで潤滑油を差し足りない、おんぼろのブリキの人形を動かすように、キールは半ば力ずくで、その首を西に向けた。
沈みゆく夕日を背に、たたずんでいる黒い影。
「……でだ……?」
キールが麻痺した声帯から辛うじて絞り出せた声は、必然的にしわがれ切っていた。
「……なんで……だよ……?」
首から背筋までを、セルシウスに撫でられたような冷気が、一気に駆け下りる。
「何で……お前が生きているんだよ……!?」
キールを駆け下りた冷気は、そのまま彼の腰に留まり、そのまま脱力せしめた。
「首を……首をブチ折って……ッ! その後エクスフィアになった組織を一片残らず焼いて……ッ!!」
思わず地面にへたり込んだキールのその目は、近眼気味ながらも確かにその輝きを捉えていた。
「トロールや……ヴァンパイアですら再生不可能なほどにお前の体を破壊して……破壊して!!」
その巨影が胸に輝かせる海色の光は、何があろうとも見間違えようものか。
「それで何でお前が……!! 生きてやがるんだよ!!?」
ネルフェス・エクスフィア。そして、それをくわえ込む暗緑色の肉塊。
「生物学に従いたけりゃくたばっていやがれってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「GURVAROOOOOOORRRRR!!!!」
そのエクスフィギュアは、ようやく地面の下に潜らせていた触手を引き戻し、そして体内に収納を終えていた。
辛うじて「目」であることが察せるであろう、黒いバンダナの下にへばりついた赤い突起は、確かに映していた。
この村に今いる5人のうちの、4人の姿を。
突如、エクスフィギュアはその異形の足を折り畳んだ。静かに、地面にしゃがみ込む。
ヴェイグはその一瞬未来に起こった事象に、理解の速度が追いつかなかった。
エクスフィギュアが、消えた。その場から、激しい砂煙を起こして。
まさかこれがただのダッシュだなどと、一瞬で理解出来る非常識な人間はそうそういるまい。
わずかなタイムラグを要しつつも、辛うじて追いついたヴェイグの動体視力は、それを捉えていた。
エクスフィギュアが、さながら獣のごとき流麗かつ獰猛な疾駆を見せ付けるさまを。
そして、エクスフィギュアがその疾駆を始めてから終えるまでにかかった時間は、
おそらく呼吸一回分に過ぎなかっただろう。
わずか数秒。
それだけの時間で、そのエクスフィギュアは触手を伸ばさねば届かなかったほどの彼我の間を、零にせしめた。
エクスフィギュアは、今やキールとメルディの、目と鼻の先でしかなかった。
何の冗談だ、これは?
最高速度に達するまでにわずか一瞬。そして、最高速度を静止状態に持ち込むまでにわずか一瞬。
そしてその達成した最高速度も、もはや人間が人間を辞めずに済む範囲内での限界点を、遥かに超越している。
本来ならばそう簡単には同居させられない、最高速度と加速力と制動力を、あの怪物は兼ね備えているのだ。
その走りは、吟遊詩人が見れば「音速の貴公子」とでも形容するだろうか。
何にせよ、これを冗談と言わずして何と言うのだ?
値踏みするヴェイグは、全身が総毛だった。
(信じられん……『あれ』は、ほんの数時間強で、ここまでの進化を遂げたというのか?)
ヴェイグが辛うじてその手にぶら下げている剣すら、絶句……もとい「絶念」していた。
(ミクトランもこの期に及んで敗者復活……おまけに招き入れた賓客があれとは、随分と悪趣味ね。
まあ、あいつの悪趣味は昨日今日に始まったことではないけれども)
金髪の少女に仮住まいするソーディアンの女の声は、つとめて冷静だった。
「シャァァァァァァァリィィィィィィィィィィッ!!!」
159The last battle -混迷の黄昏にて-3:2007/11/09(金) 22:59:16 ID:aXzw9OnC0
その憎悪に満ちた声で、一同はふと我に帰った。
発生源は、現れたエクスフィギュアの足元の、青髪の男。
訪れた恐怖の波を乗り越え、キールに訪れたのは憎悪だった。
刺し貫く視線が、エクスフィギュアの皮膚すら発火するのではないかと思えるほどの眼力で、キールは睨む。
暗緑色をした、異常なプロポーションを持つ異形の巨人を。
それは、この日の午前に、この村の南で一同が合した、あの少女の最期の姿に酷似している。
上背も更に伸び上がり、約3m……否、4m近くまでに達している。
地面に付いてしまうほどに長く、そして人間の肉体をミンチにするには十二分の質量と筋力を秘めた剛腕。
その巨体を支える両足はさながら大木のように太く。
無論両手両足から盛り上がる、指と思しき突起の先端からは例外なく鉤爪が伸びている。
おまけに手に伸びた爪の先からは、タールのような黒色の粘液が絶え間なく滲み出し、
地面に垂れるたびにしゅうしゅうという音を立てていると来れば、
もはや獲物を捕食するには過剰なほどの、脅威的な攻撃力を連想することは容易だろう。
時おり自制を忘れてしまったかのように、腕からはひっきりなしに繊毛やら何やらが伸び、
また皮膚の下に潜るという動作を繰り返していた。
そしてその背。
その背には、まるで猛禽の翼を思わせる、湾曲した肉塊が一対蠢いている。
特筆すべきは、その翼と思しき肉塊の色。
翼はまるで、この世界に存在するいかなる色彩にも染まることを拒むかのような、漆黒を帯びていた。
生物の守るべき掟をことごとく嘲笑し、否定し、破壊して出来上がった超生命体は、
夕日を背にその禍々しい存在感をあたりに振りまいていた。
「くそ……くそくそくそくそクソクソクソクソ糞糞糞糞がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな相手に対し怒号を叩き付けるキールは、
贔屓目に見れば辛うじてこの怪物に対し虚勢を張っているようにも見えなくはないか。
「貴様は何べん僕の計画を邪魔立てすれば気が済むんだ糞が!! 下痢糞が!!!
おいメルディ!!! 気を強く持て!!!」
キールはまるで、メルディがたった今重傷を負ったという事実など、
実験値の処理の際四捨五入されて消えてしまう有効数字以下の桁のようにきれいさっぱり忘れ去っているかのごとく、
メルディの胸倉を掴み口角に泡を飛ばす。
「闇の極光だ!! 今こそ『ファイナリティ・デッドエンド』であのくたばり損ないをブチ殺でゅぶ!!?」
だが、キールがメルディに飛ばそうとした檄は、突如として中断を余儀なくされた。
キールの口に、とんでもなく厚切りのハムが飛び込んで来たためである。
一瞬遅れてキールの口内を襲う、耐え難い灼熱感。
「おあろげっ!!」
たまらず口に飛び込んで来た厚切りハムを吐き出すキール。
ミンツ大学の化学の講義で、この灼熱感は味わったことがある。うっかり硫酸を手にこぼし、酸で焼かれるあの苦痛。
そして吐き出された厚切りハムは、地面に落ちるや否や泡を吹き、緑腐の液体と化すにはそう時間はかからなかった。
水平に切断されたメルディの頭部のスライスが、悪臭を放つ泥水になるまでには――。
「!?」
メルディの頭部は、あまりにも鋭過ぎる毒爪に薙がれて、輪切りにされて飛び散っていた。
同時に、キールは自分の手に起こりつつある異常に気付き、一瞬の間を置いてその異常の原因を知った。
自分の手にかかっている重量が、段々と軽くなってゆく。
まさかメルディの肉体が重力から解放されつつあるなどという、非現実的な仮定を持ち出さずしても理解は容易。
目から上がなくなり、現在進行形で溶け崩れつつあるメルディの肉体を見れば、万人が納得できよう。
むしろ、納得する以外の選択肢は、ない。
「ひ……ひぎゃあああぁぁぁぁあああぁあァァァあぁぁぁぁ!!!」
キールはメルディの体を突き飛ばし、腰を抜かしたままの体制で情けなく後ずさる。
目から上がなくなったメルディの体が、上半身からそのまま汚液と化してゆく。
ピンクを基調としたフリル付きのワンピースが分解され、下着が崩れ落ち、裸体が覗けたのはほんの一瞬。
皮膚がただれ落ち、存外に豊かな乳房が腐って千切れ落ち、皮膚の下の筋肉だたちまち露になる。
それすら溶け出した後には、腕からは骨、胴体からは内臓がまろび出る。
はみ出た腸が吹き上がる泡沫の中で、虫下しを受けたサナダムシのようにぐらぐらと踊る。
全てが終わった頃には、メルディも終わっていた。
上半身には既に、信じられないほど風化した脊髄しか残ってはいなかった。
肋骨が消滅した、かつて腹部であっただろう辺りに広がるのは、臓物の切れ端と泡を拭く液体のみ。
160The last battle -混迷の黄昏にて-4:2007/11/09(金) 23:00:07 ID:aXzw9OnC0
下半身では辛うじて骨盤の上に載った子宮が原型を留めていたが、
その下の足に目をやれば、爪先の辺りで、筋肉が骨にへばりついているようなやっとという有様だった。
「GROOOOOOORRRRR……!」
その場から後ずさり、少しでも目の前の怪物から離れんと必死の努力を試みるキール。
「メルディであったモノ」であったモノを、踏み潰しながら迫るエクスフィギュア。
メルディの残骸を中心に広がる緑色の池が、エクスフィギュアの足に踏みしだかれ、汚れた飛沫を散らす。
キールはそれを前に、顔を醜く歪めながら思わず吐き捨てた。
「……この……この……野郎……!」
キールの胸中は、既に2つの感情以外は存在していなかった。
このエクスフィギュアに感じる恐怖と。
そしてそれにすら匹敵するほどの、狂的なまでの憎悪。
ぎり、というキールの歯軋りが、この夕暮れの村に乾いた音をもたらした。
彼自身の前髪から覗けるその瞳には、本来賢者と呼ばれる人種が宿せるはずもない、鬼神のごとき気炎が燃える。
「よくもメルディを……僕の切り札を殺してくれやがったなぁぁぁぁぁああああぁっ!!!」
大地を揺さぶらんばかりの勢いで、キールは右手の魔杖の石突きを地面に叩き付けた。
魔杖に嵌め込まれた血の色の結晶からは、晶霊力の稲妻が吹き上がる。あたかもキールの激情を代弁するかのごとくに。
「脳幹を破壊して……首をへし折って……死体も灰になるまで燃やしてすら蘇るなら……ッ!!
貴様の肉体を構成する細胞っ!! いや、貴様の肉体を構成する原子一つ残さず、物質世界から消滅させてやる!!!」
キールは首だけを後方に向け、すかさず叫んだ。
「ヴェイグっ! 詠唱時間を稼げっ!!
この魔杖で極限まで威力を増幅させた……超高電圧の『インディグネイション』をブチかましてや……!!!」
叫んだ。
しかしその叫び声は、途絶えていた。凍結して、地面に落ちた。
キールが振り返ったその目と鼻の先には、いつの間にか白銀の絶壁が聳え立っていた。
白銀の絶壁は半透明で、その向こう側が透けて見えていた。
その向こう側には、2人の人影が存在した。
両手の掌を突き出したまま、静止するヴェイグと。
そして、これから屠殺される家畜を見るかのような哀れみの視線を向けるコレット、もといアトワイト。
高さはおよそ人の身長の5倍。
厚みは人の歩幅2歩分ほど。
それほどまでに巨大な氷河の防壁が、彼らのいた交差路の内、三方向を通行止めにせしめていた。
キールとエクスフィギュアを彼方、ヴェイグとアトワイトを此方に、分断する形で。
キールは、開いた口をしばらく塞ぐ事が出来なかった。
辛うじて振り絞ることが出来たのは、
「……なあ、ヴェイグ?」
という半ば無意味な呟きと、そして
「……これは、いったい、どういうことだ?」
という、辛うじて有意と言えそうな文節の集合体のみであった。
それを聞いたヴェイグは、嘆息を交えながら己の銀髪をかき上げた。
「はっきり言わなければ分からないか、キール?」
さも気だるげ、と言った雰囲気を漂わせ、ヴェイグは寸鉄人を刺すかのごとくに、言い放つ。
「『断る』、とな」
キールは今度こそ、言葉のみならずその舌までが凍結した。
ずしん、とキールの背後の怪物が大地を踏む音が、鼓膜に痛く響いた。
「……うして……だ?」
キールは腹の底からこみ上がるものに、歯をがちがちと鳴らせながら問うた。
それはまるで、ヴェイグの生み出した氷壁の凍気に当てられたかのようにもまた、見える。
「どうしてだ……? どうしてこんな惨たらしい仕打ちが出来る……!?
僕らは仲間……そう……仲間だろう……!?」
キールがその両手で、だんだん、と氷壁を叩く。
フォルスによって作られたものは、フォルスでしか壊せない。
さもなければ闘気か魔力か、どちらかの力を借りねばならない。
そんな百も承知の法則を忘れてしまったかのように、キールは狂ったように氷壁を叩き続ける。
「僕らは仲間……! 仲間だろう!?
ミクトランの用意したこの『バトル・ロワイアル』という死の監獄から……!
死神の魔手から逃れようと……朝方一致団結を誓った仲間……!
一蓮托生……!
死なばもろとも……!!
運命共同体……ッ!!!
共に戦うことを誓った戦友が……何故ここで仲間割れしなければならない……!?」
161The last battle -混迷の黄昏にて-5:2007/11/09(金) 23:01:06 ID:aXzw9OnC0
キールの瞳と股間からは、人間の体温ほどの液体が流れ始める。
返り血と排泄物で汚れたミンツ大学学士服をこしらえながら、キールは必死に訴える。
「みんな……! 今ならまだ間に合う……ッ!
この氷壁を壊して……共にあの怪物を排除しよう!
そして僕の筋書き通りに全てを進めれば……勝つ! そう! 必勝!
誰もが勝者……!!
完全勝利へのロード……!!!
どうして……どうしてそれが理解出来ない!?
どうして理解できないんだよこの愚民どもがぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああ!!!!!」
キールが垂れ流した小水は、ヴェイグの張り巡らせた氷壁の縁に達する。
それでも氷壁は、融解する素振りを見せようとしない。むしろ、その表面に新たに黄色の霜を降らせた。
それを見るアトワイトは、あたかも汚物を見るような……もとい、汚物を見ているときの目つきで、キールを見る。
(……何故、私達があなたのプランに乗らないか、ですって?
そんなの、理由は簡単だわ。
あなたが、信用のならない下衆野郎だから、よ。
これ以上、説明は要るかしら?)
「助けてくれぇぇえええええ!! 僕はまだ死ぬわけにはいかないんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
半狂乱のキールに、その言葉が聞こえているかどうかははなはだ疑問ではあるが。
それでもアトワイトは、コレットの肉体を中腰にさせながら、涙と鼻水を垂れ流しあられもなく泣き叫ぶ学士に告げる。
それはせめてもの慈悲心か、それとも絶望の淵に彼を突き落とすための布石かは、分からないが。
(あなたはユグドラシル様の軍門に下る際、
あのグリッドとロイドっていう劣悪種を売って、私達のもとについたわね?
しかもあんな胸糞の悪くなるような、下衆な笑みを浮かべて)
「……キールは俺の見ない間に、そんな事をしていたのか……!?」
アトワイトの語らう言葉に、ヴェイグは思わず眉をひそめた。
「詳しく話せ、その時の様子を。まさかロイドは、クレスではなくキールに殺されたのか?」
それに答えるアトワイトの声は、酷く淡白だった。
(ええ、そうよ。
グリッドはともかく、ロイドをユグドラシル様に売るときの様子は、私が特等席で一部始終を見ていたもの。
間違いはないわ)
静かに肯定し、頷くアトワイト。
(なるほど、やはりクレスを見たときの私の違和感は間違えてはいなかったのか)
ディムロスは思念を発信せずに、コアクリスタルの中で静かに1人ごちた。
泣き叫びながら氷壁に顔をなすり付けるキールの頬は、そろそろ凍傷にかかろうとしている。
(……で、話を戻すわ、キール。
確かに、あなたが私達に全ての手持ち情報まで付けて、身内の首を二つもおまけに付けてくれた。
でもね、そんな屑を誰が信用すると思うかしら?
情報を売り渡し、身内を売って忠誠の意を示す?
あなたの脳みそには、下級モンスターのクソでも詰まってるんじゃないかしら?
誰が形勢不利と見るや、かつての仲間を売って媚びを売るような奴を信用すると思うの?
あなたの筋書きだか完全勝利へのロードだか知らないけれども、
あなたが何を考えていようと、私たちにはそんなこと、知ったことではないわ。
重要なのは、あなたがかつての味方すら、平気で裏切れるような下衆野郎だ、っていうこと。
たとえユグドラシル様があなたを信用したとしても、私はあなたなんて徹頭徹尾信用しないわ)
アトワイトはキールの叫喚を、つとめて聞き流すよう試みていた。
こんな劣悪種の命乞いなどいちいち聞いていたら、無機生命体化した耳ですら腐りそうになる。
(あなたみたいな人種は、私達が不利になればまた裏切るわ。確実に。
ミクトランの思惑を超越するだの何だのとほざいておきながら、結局は自分の保身しか考えない三下。
もしユグドラシル様が倒れたなら、今度こそこの『バトル・ロワイアル』の優勝を目指すつもりだったのでしょう?
あなたと私が寄せるユグドラシル様への忠誠は、そもそも次元が違うのよ。
あなたが寄せる忠誠は、結局のところ欲得尽くめの打算。
私が寄せる忠誠は、ユグドラシル様に心酔しての心からの恭順。
そうよね?)
(そもそも、戦争において有能な指揮官なら、まず行わないことはいくつかある。
金……すなわち利で動く傭兵を戦力として当てにすること、がその一つだ。
そもそも可能であれば、最初から傭兵を雇い入れるような真似をする指揮官はいない)
ディムロスも、いつの間にやらアトワイトに唱和し、念を放つ。
162The last battle -混迷の黄昏にて-6:2007/11/09(金) 23:02:47 ID:aXzw9OnC0
(数少ない例外は、傭兵を捨て駒として使う時、だがな。
傭兵のような信用のならん連中は、本隊を無傷で温存するための盾として使うのが一番いい。
士気の高い正規の部隊を敵陣に直撃させるためなら、傭兵どもの命など軽いものだ)
ヴェイグは2人のソーディアンの言葉を聞きながら、深く、深く嘆息を漏らす。
「キール。俺は既にお前をも手にかける覚悟は決まっていたが、ここに来てそれは完全なものとなったな。
……キール、お前は最初から、俺達を利用するつもりで近付いてきたんだな?」
「違う! 違うッ!! 違うんだぁぁぁぁぁ!!!」
ドン!!
ヴェイグは氷壁に、拳を叩き付けた。
吼えた。
「黙れこのペテン師が!!
お前があの声がこの村から聞こえてきた時、俺達を先行させたのはこれが目的だったんだろう!
俺とカイルをティトレイとぶつけ!
ロイドをクレスと噛み合わせ!
自分だけはグリッドとくたばりぞこなったロイドをミトスに売り、媚びへつらってずる賢く生き延びる!!
ミクトランを倒すためだのなんだのとほざいておきながら、
所詮はお前が練った作戦は、自分だけが助かるためのお為ごかしだったんだろう!!!」
「違う! ロイドは……ロイドは……
ロイドはミクトランに勝つためには不要の札……!
むしろあるだけ邪魔な札だったんだよぉぉぉぉぉぉ!!
勝つために必要な犠牲を払うことのどこに異論があるんだぁぁぁぁっ!!?」
「勝つ、だと!?
それは『お前1人が』勝つ事か!!?
俺はロイドやグリッドのようなお人好しじゃない!!
ロイドやグリッドを売った次には、俺やカイルやメルディも奴に売り渡すつもりだったんだろう!!?
共存共栄だのなんだのと言った、そんな耳に心地よいだけの文句で俺を騙せると思うな!!
俺を騙すつもりならもう少しましな嘘をつくんだな!!」
「違うぅぅぅぅぅぅっ!!
違う! 違う! 違う! 違う!
違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
狂ったように己の命を乞うキールと。
そのキールをペテン師と喝破するヴェイグと。
それを憐憫のまなざしで見るアトワイトと。
アトワイトはその2人を見て、心の中から何かが湧き上がるのを感じた。
そして、その正体を知ったとき。
アトワイトは腹がよじれそうな衝動をこらえるので、精一杯だった。
この劣悪種2人を嘲弄したい気持ちで、胸が満たされようとしているのだ。
生ゴミを漁る野良犬を浅ましいというように。
スラムの貧民が、通りかかった富豪に物を乞うのがさもしいというように。
自らの命惜しさのあまりヴェイグに命乞いするキールと。
自らの足に意地汚くすがるキールを追い払おうとするヴェイグと。
こいつらを憫笑したい気持ち気持ちで、胸が一杯になっているのだ。
それにしても、キールの愚かな発想は、笑劇に仕立ててみたなら最高の笑いを取れることだろう。
キールは、「裏切り」の代償をまるで計算に入れていなかったのだ。
さもなくば、計算していたとしてもそれを過小評価していたか。
確かに「裏切り」という札は、桁外れに強力な札であることには違いない。
だが、その力にはまた代償もついて回る。
「裏切り」を用いれば、もれなく周囲の人間から叩きつけられるのは、「裏切り」の札の山。
一度でも相手から裏切りを喰らえば、二度は御免だと誰もが思うだろう。
もし仮に一度「裏切り」の札を出した人間が心の底から改心したとしても、
周りに植えつけた疑心暗鬼の種は、そう簡単に駆逐できないのだ。
百歩譲って、もし相手が自分の側に有利になるように裏切ってくれたとしても、
「裏切り」の札を切った背景に働いたものが利害の一致や打算なら、
そんな相手に全面的信頼をおくのがどれほどの愚挙か、多少頭の回るものなら計算できよう。
それなのにあのキールという男は、味方を敵に売り、情報を提供しただけで、ミトスの信頼を買った気でいるのだ。
寝返られたミトスの側の考えを、推す力が欠如している。
さもなくば、キールは最初から己の立てたプランに、過剰なまでの自信を抱いた傲岸不遜なだけの輩か。
とにかく、キールは自ら裏切りながらも、自らが裏切られることを想定していなかった。
自らの打ち出した計画のみで、人心を買えると勘違いした。
あまりにも自己中心的。
163The last battle -混迷の黄昏にて-7:2007/11/09(金) 23:03:37 ID:aXzw9OnC0
あまりにも自分本位の考え。
そして、その代償を払わされる時は、すでにほんのわずかな未来のことでしかなかった。
「OOOOOAAAARRRRRR!!!」
キールの無様な命乞いは見ていて面白かったが、それももう見飽きた、とでも言いたげに彼の背後の怪物は動く。
右手から3本。
左手から2本。
合わせて5本の触手がキールに伸びる。
「嫌だああああ! 助けてぇぇぇぇぇ!! どうして僕が死ななきゃならないんだぁぁぁぁぁっ!!!」
泣き叫び、地面を転がりながら逃げ惑うキール。
しかし、術の使い手に接近戦の強要はあまりにも酷。
1本目を横に転がって避け、2本目を杖で薙ぎ払って、3本目は地べたに這いつくばってかわす。
しかし、4本目はとうとう避けることはならなかった。
暗緑色の肉塊が、キールの足首を絡め取る。
キールはその触手に秘められた怪力に、抗う術はなかった。
残る触手も次いでキールに襲い掛かり、あっという間にキールは全ての触手にその身を縛り上げられ、宙吊りにされる。
5本の触手に縛り上げられては、たとえキールに天使の怪力があったとしても、
振りほどくことはほぼ不可能だっただろう。
ブリブリ! ブリビチィッ!!
キールの学士服に、更に新たな汚れが刻まれる。
水っぽい茶色の汚物が、キールの下半身から垂れ流れる。
恐怖のあまり、キールは脱糞したのだ。
学士服の裾から、汚物が情けなく零れ落ちる。
エクスフィギュアは、そんなことなどお構いなしに、キールをその触手で締め付けた。
キールの臀部を中心に広がる茶色の染みに、赤みが混じりだすのは時間の問題だった。
エクスフィギュアの触手による圧迫に耐え切れなかった内臓が破れ、その出血が便に混じり始める。
キールが赤痢の患者のようになる頃には、彼の目玉もまたげろんと眼窩から飛び出そうとしている。
キールの悲鳴が止み、キールの脱糞の音に混じり、徐々に固いものが破砕される鈍い音が混じり出す。
キールの死は、すでに避けられない。
誰もがそう思ったであろう瞬間。
エクスフィギュアの頭上に、閃光が輝く。
沈みゆく西日を受けるそれは、しかし夕日の赤の中でもまばゆく神秘的な紫の光を返していた。
紫の光はきらめき、空中でくるくると回りながら重力に引かれ、落ちてゆく。
それは、ちょうどエクスフィギュアの爪先の、ほんの指数本分先の地面に突き立った。
エクスフィギュアの地中からの触手攻撃で、ものの見事にめくれ上がった石畳の隙間に、それはそそり立っていた。
紅の秘剣、フランベルジュ。
蒼の名剣、ヴォーパルソード。
二者が合一されることにより誕生する、時空の魔剣。
エターナルソードの刀身は、確かにそのエクスフィギュアの瞳に映っていた。



絶句していた。
誰もが。
メルディとキールは言うに及ばず。
ソーディアン・ディムロスも。
ソーディアン・アトワイトも。
そして。
たった今、その所業に走った本人である、ヴェイグすらも。
ヴェイグは目の前の氷壁の上に向け、その手を投げ上げていた。
それを腰の袋から取り出し、そして即座にそれを放り出し。
結果、それは氷壁を飛び越え、エクスフィギュアの目と鼻の先に落ちたのだ。
魔剣エターナルソードは、既にエクスフィギュアの手中だった。
「――俺からの餞別だ。受け取れ、シャーリィ」
アトワイトは、ただ唖然とその一部始終を見守るほかなかった。
最下級の晶術の詠唱も、間に合わない。
天使の脚力を用いた超跳躍で、氷壁を飛び越え邪魔をするのも間に合わない。
まさか、ヴェイグがこんな所業に出るとは。
アトワイトの思考が空白状態になっている間に、
そのエクスフィギュアはさも嗤うかのように頭部の亀裂……すなわち口から乱杭歯を覗かせ。
164名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:04:09 ID:Mu4KJkj90

165The last battle -混迷の黄昏にて-8:2007/11/09(金) 23:04:15 ID:aXzw9OnC0
アトワイトがヴェイグのやった行為の全貌を理解する間に、
エクスフィギュアは人間で言うところのへその辺りから、もう一本の触手を放ち。
アトワイトが、目前のエターナルソードを……万難を排して奪取すべき至宝を取りこぼしたと悟った間に、
エクスフィギュアはそのへそからの触手を、エターナルソードの柄に絡ませ引き抜き。
アトワイトがヴェイグへの激しい怒りを爆発させたその時には、
エクスフィギュアはエターナルソードを手元に引き寄せ、己の肉体に魔剣を埋めようとしているところであった。
(貴様……この……劣悪種風情がぁぁぁぁぁぁぁッ!!!)
アトワイトは、吼えた。
自らの意志を宿らせるソーディアンを、肉体であるコレットに強く握らせ、髪を振り乱して切りかかる。
アトワイトの裂帛の一閃は、逆袈裟にヴェイグを強襲!
(ッ!!)
だが、その一閃はあえなく肉厚の大剣に阻まれる。
ソーディアン・ディムロスの刀身に、その刃を噛み止められて。
(ディムロス!! 邪魔をするなぁっ!!!)
あまりの怒りゆえに、彼女なら本来吐かないような悪罵の声が噴出する。
アトワイトはそのまま、ヴェイグを鍔迫り合いに持ち込んだ。
(よくも! よくも!! よくも!!
よくもユグドラシル様が手にするべき剣を、あんな薄汚い化け物ごときに!!!)
天使化した肉体に宿る怪力が、大柄なヴェイグすらも押し返そうとした刹那。
「それはな……」
ふっ、と突如ヴェイグが力を抜いた。
アトワイトの意志を宿すコレットの腕に、かすかな力のブレを感じた。剣士の本能に従い、その隙を突く!
「俺がこの『バトル・ロワイアル』を制するためにはッ!!」
突如力を抜かれ、バランスを崩したアトワイトの腹に、即座に膝蹴りを叩き込むヴェイグ。
「俺が最後の切り札を温存したまま、ミクトランと合するにはッ!!」
ヴェイグはディムロスの刀身に宿る炎気に、己の氷のフォルスを織り込む。
熱気と寒気、二者が出会えばそこに巻き起こるは嵐。
吹き荒れた一陣の剣風……一瞬限りなら嵐に匹敵するほどの烈風にさらわれ、アトワイトは宙を舞った。
「……こうするしかないと考えたからだ……こうするしかな!!」
猫のようにしなやかに体をくねらせ、アトワイトは辛うじて受け身を取るのが間に合った。
たたらを踏みながらも、辛うじて着地に成功する。
(ヴェイグ……それはどういうことだ!?)
ヴェイグの手により正眼に構えられたディムロスは、コアクリスタルを明滅させ、心の声で叫ぶ。
アトワイトはそれを聞き、一瞬限り浮かべた、ディムロスによる入れ知恵の可能性を却下する。
一方、ヴェイグはアトワイトを睨みつけ、少しでも不審な動きをみせたなら、即座に斬りかかる体勢を維持しながら、
静かに言葉を吐き出す。
「考えてみろ、ディムロス。俺達はさっきまで、何対一の戦いを強いられていた?」
(決まっている。三対一。ミトスも勘定に入れれば、四対一だ)
「なら率直に聞こう。その状態で、俺達に勝ち目はあるか?」
ディムロスは、その問いに沈黙をもって返答とする。
まず、勝ち目はないだろう。仮にあったとしても、勝利への道は絶望的なまでに険阻である。
(なるほど……それで読めたわ、劣悪種。
だったなら、無差別攻撃を仕掛けてくれるあの怪物に塩を送って、乱戦の中で漁夫の利を狙って立ち回る……
それがお目当てというわけね?)
自身を逆手に持ち替えながら、アトワイトは問うた。
そして、ヴェイグの答えは、ただ淡白とも言える簡素なものだった。
「そういうことだ、とも言えるな。その答え方でも間違いはないが、不完全な答えだ」
豊かな銀髪の間から、ヴェイグはアトワイトを睨みつける。
「それだけでは、確実を期することは出来ないだろう。
そもそも考えてみろ、お前は独力でも俺の考えを読んでみせたほどの頭の持ち主だ。
いや、多少頭が働く人間なら、このくらいはすぐに思いつけるだろう。
そして率直に聞こうかアトワイト。お前は、この俺の作戦に自ら嵌まってやるほどのお人好しか?」
(まさか。わざわざあなたの描いた絵に沿って踊るはずはないでしょう?)
じつに実も蓋もないが、それゆえにその返答は真理を過たず突いている。
ヴェイグはその問いかけを聞き、わが意を得たりとばかりに、そしてアトワイト破れたりとばかりに、笑みを浮かべる。
かつての彼を知る者なら、絶対に浮かべるはずないと言い切れるほどの、酷薄な笑みを。
166名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:04:39 ID:Mu4KJkj90

167The last battle -混迷の黄昏にて-9:2007/11/09(金) 23:05:43 ID:aXzw9OnC0
「だろうな。だが、俺もそこまでは計算済みだ。
ここでアトワイト、お前に一つ提案をしてやろう。『命令』じゃなくて『提案』だ。
今すぐにこの場から撤退し、ミトスと合流して向こうにいる化け物を迎撃する準備を整えたらどうだ?
もしお前がミトスに寄せる忠誠が、本物だというのならな」
対してアトワイトも、ヴェイグに負けず劣らずの酷薄さをもってして、彼に答える。
(ふうん……随分と興味深い『提案』ね。
でも、私が素直にその提案を呑むと思って?
何なら、私は今この場であなたを殺してから、ユグドラシル様とゆっくりあの化け物を片付けることも出来るのよ?)
「出来るのか? お前にな?」
ヴェイグの視線は、言葉を放つごとに透徹してゆく。まるで刀鍛冶に鍛えられる名剣の、その精錬の様子のごとく。
「今日の朝方の作戦会議や、それ以前のディムロスとの会話で俺はお前の人となりをある程度知っている。
お前は天地戦争とやらの時に活躍した英雄の1人……とは言え、本業は衛生兵だろう?
そしてお前が意識を宿しているコレットも、生粋の戦士ではない。
確かにお前はソーディアンマスターに選ばれるほどの力を持っていることは認めよう。
だが、生粋の戦士である俺と正面から戦って、勝てる自信はあるのか?」
(……あるわ、と言ったら?)
そう伝える間も、コレットの表情はひたすらに、能面のような固さを維持し続けている。
ヴェイグが相手の腹を探るつもりなら、その能面は障害になっていたであろう。
だが、それでもヴェイグは話すことを止めない。
八割ほどの確信と、二割ほどの虚勢を交え、ヴェイグは言い返す。
「下らないハッタリは止めるんだな、と答えてやろう。
俺とて自慢ではないが、故郷のカレギアでは最強級の剣士と互角以上に戦い、
そして剣一振りでカレギアを滅ぼそうとした巨大な魔を、仲間と共に打ち滅ぼした。
そんな俺を相手に戦おうというのか?
確かに天使の怪力とそのコレットの肉体があれば、パワーとスピードでは俺を圧倒することが出来るかも知れない。
だがそれだけで、俺との肉弾戦の経験の差を埋める事が出来るか?
お前にどれほどパワーとスピードがあったって、俺にはそのパワーとスピードをいなす術くらい、いくらでもある。
そもそも、だ」
夕暮れの村に吹いた一陣の風が、ヴェイグの銀髪を静かになぶる。
ヴェイグの瞳を銀髪が覆っても、それでも彼の刺すような視線には一切ぶれがない。
鋼鉄のごとき覚悟と意志がなければ、決して出来るはずのない目つき。
「たとえお前が俺を圧倒し、倒すことが出来たとしても、無傷で勝てる確信はあるのか?」
(あら? 無傷であろうとそうでなかろうと、あなたを倒せればそれは大差ない――)
「いいや、大差あるな。
……お前の大切なユグドラシル様からお預かりつかまつった、大切な『器』に傷が付くぞ?」
(!!)
その時ヴェイグには、アトワイトの心の揺れが伝わったかのようにさえ思えた。
勝った、とヴェイグは確信した。
ヴェイグは間髪入れずに、そのまま一気に畳み掛ける。
「最も、お前にトーマの『リアルスマッシュ』のような、
俺を一撃で即死させうるような切り札を隠し持っていれば、話は別になるが。
そしてその様子だと、お前にはそんな都合のいい切り札はないみたいだな?」
(ちっ……! いちいち猪口才な……!!)
「さあ、どうする?
エターナルソードはもうシャーリィの手に渡った。
ロイドから聞いているぞ。
ミトスはエターナルソードの力を使って、お前の入っているその器にマーテルの……
あいつの姉の心を吹き込むつもりなんだろう?
エターナルソードを奪うなら、もうお前とミトスはシャーリィと戦いを避けることは出来ない。
そして、お前が心を宿しているその器を守るのなら、このまま戦いにもつれ込むなどあってはならない下策だ。
こうなった以上さっさとミトスと合流して、シャーリィを倒す準備を整えたらどうだ?
お前がミトスに心からの忠誠を誓っている、というのであればな」
ヴェイグの声には、それ以上有無を言わせぬ凄絶なまでの迫力があった。
ぎり、とコレットの歯を鳴らし、アトワイトは悪態の代用とした。
ディムロスはその中、1人呟いた。
(なるほど、ヴェイグ。考えたな。
だからこそ、お前は先ほど氷壁を生み出した際、キールのみをシャーリィの側に残したのか。
アトワイトをミトスに合流させ、ミトスに対する伝令役になってもらうために)
168名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:06:34 ID:Mu4KJkj90

169The last battle -混迷の黄昏にて-10:2007/11/09(金) 23:07:13 ID:aXzw9OnC0
「いや、キールのみを分断したのは、アトワイトがあまりにも俺に近過ぎて、分断しきれないと判断しただけだ。
アトワイトがこちら側に残ったのは、結果論に過ぎない。
だが、結果論であろうと何だろうと、アトワイト……お前にはもう選択肢はない。
ミトスの意に反しても構わないというのなら、話は別だがな」
言うヴェイグの背後で、爆発音が鳴り響いた。
反射的に、そちらの側を振り返る一同。
氷壁の向こうが、霞んでいた。
土煙と氷霧が混じり合い、氷壁の向こう側で何が起こっているのかは不明瞭。
だが、氷壁の真ん中ほどに、深々と紫の魔剣が突き立ち、そこを中心にひびが四方八方に広がっているのを見れば、
もはや氷壁がそう長くは保たない事を察するのはそう難しいことではあるまい。
フォルスで生み出された氷すら突き穿つ、エターナルソードに込められた魔力の程は推して知るべし。
「……流石にあれだけ高く氷壁を作れば、あいつの脚力を以ってしても飛び越えることは出来ない、か。
さあ、アトワイト。決断するなら今しかないぞ。
あの氷壁が崩れたら、あいつの俊足から逃げ切れるとは思わない方がいい。
氷のフォルスで氷壁を作れば、多少の時間稼ぎをしながら逃げ回れる俺と違ってな。
お前の使う晶術では、呪文の詠唱という隙が出来るだろう?」
(く……ぐううぅぅ……っ!)
アトワイトは、腸が煮えくり返る思いだった。
まさかこんな劣悪種ごときの浅知恵で、こうまで煮え湯を飲まされる羽目になるとは。
だが、こうなってはもう一瞬の迷いが全てを水の泡にしてしまいかねない。
それを理解できないほどには、アトワイトは愚かではなかった。
アトワイトは、崩れゆく氷壁に背を向けさせた。己が死守すべき、この器に。
(ならば、この場はあなたの策に乗ってやるわ。けれども、覚えておきなさい……!)
二撃目が、氷壁に叩きつけられる。
エターナルソードは更に深々と氷壁を傷付ける。
その衝撃で、氷壁の向こう側の土煙と氷霧は更に大量に吹き上がり、もはやシャーリィの姿は確認のしようがない。
(劣悪種ごときが我ら高貴なる無機生命体を手玉に取り弄んだ罪……万死に値するわ!!
この罪はあなたの死で必ず償ってもらう! それも……特に無様で苦痛に満ちた死で!!!)
アトワイトは、駆け出した。
それを確認したヴェイグもまた、同じく。
三撃目。
とうとう、氷壁はその限界を迎えた。
氷壁全体を、一気に無数のひびが駆け抜ける。
最初のひびが氷壁の端にたどり着き、そして最後のひびが端に到達するまでの時間差は、皆無に等しかった。
氷壁の中腹辺りで、人の体ほどもある巨大な氷塊が剥がれ落ちた。
あとは、まさに破竹の勢いならぬ破氷の勢いであった。
大小取り混ぜた無数の氷塊が、豪雨のように降り注ぐ。
もし誰かが氷壁の直下に居残っていたとしたなら、ひとたまりもなく下敷きになっていただろう。
あるものはそのまま地面に突き立ち。
あるものは地面と激突し、更に細かな無数の氷塊と化す。
信心深い者が見れば、それはあたかも神が天罰として降り注がせた、雹の雨のようにも思えていたことだろう。
その背後から、エクスフィギュアの怒号が響く。乳白色に煙ったそのヴェールを、千にも万にも切り裂かんばかりに。
(まさに地獄絵図、と言ったところか)
『絶・瞬影迅』を放ち、普段に倍する速度で走るヴェイグの手の中、ディムロスは感慨深げに言ってみせる。
「さあ、もうここまで来たからには、俺達に退くことは許されない……!
ディムロス! 今後の事は分かっているな!?」
(分かっている。このままシャーリィがミトスやアトワイトとぶつかるのを静観し、
頃合を見計らって弱った連中に止めを刺しに行く。……逃げ回りながら、漁夫の利を得に行く算段だな。
確かにこれなら、上手くいけばこれ以上の消耗なしに、残る参加者を殲滅できる!)
「ああ! さあ、ここは一旦様子見に回るぞ!」
(いいだろう)
村の家屋の路地裏をジグザグに回り、とにかく相手を撒く事を最優先に動き回るヴェイグ。
その背後では、騒々しいなどという言葉が生温いほどの破壊音と雄叫びが、地獄のメロディを奏でている。
その旋律が奏で上げるのは、果たして誰の勝利を祝う歌なのか。
それが出来れば自分達の勝利であって欲しい。
ヴェイグはかすかに祈った。
空の彼方に、垣間見えた気がする金髪の女性に。
その名を心の中呼ぼうとして、ヴェイグは止めた。
もうこの身は、彼女を抱きしめるには血で汚れ過ぎている。
一度修羅の道に落ちた者は、もう二度と人間としての道を歩むことは許されないのだ、と言い聞かせ。
170The last battle -混迷の黄昏にて-11:2007/11/09(金) 23:08:31 ID:aXzw9OnC0
ヴェイグは、今己が歩む一歩ごとに、人としての道から遠ざかるのを、無意識の内で感じた。
この夕日のように赤く血でまみれた道。
その行く末に、あるものは――。





【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP40%(ホーリィリングによる治癒) TP40% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
   エクスフィギュアの正体を誤解
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:一旦離脱して体勢を立て直す
第二行動方針:シャーリィとミトス達を潰し合わせ、漁夫の利をさらう
現在位置:C3村・中央広場→???

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:一旦離脱して体勢を立て直す
第二行動方針:シャーリィ達を潰し合わせ、漁夫の利をさらう
第三行動方針:アトワイトが気になる
現在位置:C3村・中央広場→???

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) ヴェイグの小細工に憤慨 エクスフィギュアの正体を誤解
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ミトスに危機を知らせる
第二行動方針:エクスフィギュアを撃破しエターナルソードを回収する
第三行動方針:ヴェイグに落とし前を付けさせる
現在位置:C3村・中央広場→鐘楼台
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡

【キール・ツァイベル 生存確認?】
状態:TP15% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 覚悟 ヴェイグマーダー化による焦り
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち パニック
   触手に捕縛された? 内臓破裂? 骨折? 氷塊の下敷き? エクスフィギュアの正体を誤解?
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針:???
現在位置:C3村・中央広場
171The last battle -混迷の黄昏にて-11:2007/11/09(金) 23:09:20 ID:aXzw9OnC0
【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 背中裂傷 四肢全体に刺し傷
   エクスフィギュア化 決心? シャーリィの干渉 ネルフェス・エクスフィア寄生により感情希薄?
   力こそ正義?
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ソーサラーリング ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー エターナルソード
基本行動方針(グリッド):キールを殺す(達成済み?)
第一行動方針(グリッド):ロイドの仇を取る(達成済み?)
第ニ行動方針(グリッド):裏切りは許さない
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):目に付く奴を片っ端からブチ殺す
第ニ行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村・中央広場
備考:持ち物は全て体内に取り込んでいます
   グリッドの意識は現在ほぼありませんが、ショック等あればアリシアやアンナの時のように正気を取り戻すかもし

れません
   正気に戻った場合支配権はグリッドに移ります
   なお、エターナルソードがシャーリィ@グリッドに及ぼした具体的影響は、後続の書き手に一任します



ドロップアイテム一覧:
スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
(全てC3村・中央広場に放置)


【メルディ 死亡】

【残り5人】
172The last battle -混迷の黄昏にて-1(改訂版):2007/11/18(日) 22:03:24 ID:7OKHqods0
彼は、己の体が燃えるような感覚に包まれていた。
全身が、熱い。
熱い。
熱い。
熱い。
この感覚、まるで己が未精錬の銑鉄に例えるなら――。
その銑鉄である己の体が溶鉱炉の中で煮えたぎり、そして型に詰められあるべき姿を取るように鋳造されている、
とでも言えばいいのだろうか。
じじつ、彼の肉体はドロドロの流体と化していた。
まるでさなぎの中にこもり、一旦自身の体を完全に溶解させ、蝶の形質を得んとする芋虫のように。
しかしそれは蝶の羽化のような、真っ当な生物の真っ当な生理現象に例えて説明するには、余りにも醜悪な現象だった。
全身の肌が溶け崩れ、火山の岩漿のようにぐらぐらと泡立ち、徐々に暗緑色を帯びてゆく。
肌の下から現れた全身の筋肉は、全てが全て発作を起こした心臓のようにバクバクと波打つ。
その隙間から盛り上がる骨は、筋肉を突き破ってでたらめな方向に増殖を始め伸びゆく。
質量保存の法則を完璧に無視して、全身に存在する彼の細胞が肥大化し、腫瘍のように野放図に増殖する。
並の人間なら確実に耐え切れず、命を落としているであろう程の巨大な腫瘍……
否、これは肉体そのものがひと塊の、超巨大な腫瘍とすら言い切ってもあながち間違いではない。
緑色の泡を吹きながら、その腫瘍は成長と素体の修復を同時に行う。
理不尽な殺し合いを要求されるこの島で生まれた存在にふさわしく、
理不尽な成長と巨大化を果たした、その生物の行く末にあるものは――。



キール・ツァイベルは、珍しくその思考回路に完全な空白状態を作っていた。
もとい、作らざるをえなかった。
人は過剰な騒音をその身に受ければ、聴覚を守るためにその耳を覆う。
人は余りにも辛過ぎる料理を口にすれば、水を飲み舌を守ろうとする。
それと同じように、キールは自らの思考を本能的に停止させていたのだ。
目の前の光景をありのままに受け入れれば、精神が耐え切れない。余りの負荷に、確実に発狂する。
その危険性を無意識のうちに理解していたからこその、真っ当な反応である。
3本の触手に、メルディが串刺しにされた。
そのまま、メルディは「そいつ」の前に、高々と掲げられる。
たとえ小柄な少女とは言え、人一人を軽々と持ち上げて見せるほどの筋力が、その触手にはこもっているのだ。
生物学の理論に則れば、ありえてはいけないほどの筋力。
「そいつ」が串刺しにされたメルディを完全に持ち上げ終わった時。
キール達から見て、メルディはちょうど夕日を背に負う形で宙吊りになる。
キールの自己防衛本能が、この瞬間客観的思考という行為に許可を与えていたなら、
キールは書物の濫読で近眼気味になっていたその目と、
ちょうど逆光になってくれたメルディの位置取りに感謝していたことに間違いはあるまい。
肉を引き裂く音と共に、メルディの影が夕日の中でひん曲がった。
蠢く触手の影と共に、固い物が砕ける音が幾度となく鳴り響く。
さながらそれは、雑貨屋の店員が客から注文を受け、
売った品物にプレゼント用の装飾としてリボンを結わえ付ける、その作業のようにも見えなくはない。
最も、こんな結わえ方をしてみせたなら、中身の商品は確実に原型を留めてはいまいが。
すでにメルディの肉体もまた、原型を留めてはいない。
その背骨は本来曲がってはいけない方向を向き、触手の一うねりごとに、肉片が次から次へと零れ落ちる。
湿った物が引き千切れる音が、次に彼女を襲った。
彼女の胴体についていた手足を、「そいつ」の爪がつつと撫でると、べりべりと何かが剥がれた。
細い糸のようなものが、彼女の体に通った芯と剥がれ落ちたものを結び付けてはいたが、それもほんの僅かのこと。
剥がれ落ちた物はそのまま、突如水飴と化したように、だろんと長く間延びしながら地面に滴る。
粘液状の物体はメルディとの間にしつこく糸を引いていたが、糸の繋がる先も粘液と同化するのは時間の問題だった。
ぼたぼたと崩れ落ち、垂れ流れ、地面に広がる液体を見て、それが元々人間の一部だったことを推理するには、
果たしてどれほど限りのない想像力が必要となるのだろうか。
気が付けば「そいつ」が触手で捧げ持っているのは、
先端に一つだけ団子が残っている、半ばからへし折れた串のような物体だけだった。
「そいつ」は、その骨で出来た串を左手でむんずと掴み、力任せに引き抜き、髪の毛の生えた団子のみを右腕に取る。
怪物は、右腕に全筋力を注ぎ込んだ。
173The last battle -混迷の黄昏にて-2(改訂版):2007/11/18(日) 22:03:54 ID:7OKHqods0
もしこの時光が逆光に差していなければ、メルディの顔を使った福笑いをしかと見ることが出来ていたであろう。
目と鼻と口の配置バランスが、人間のそれを超越したメルディの顔面が。
「そいつ」の手元から破砕音が響いたなら、あとは一瞬の出来事だった。
「そいつ」の手の中で、盛大な花火が上がった。
指の隙間からは肉片と脳漿と粉砕された骨の混合物が噴出し、山折りにされた顎が地面に落ちる。
キールの頬に、それがぶつかった。
「そいつ」の打ち上げた、花火のかけら。
メルディの血でまだらに染まった頬にぶつかった、球体と思しき物体が、たまたまキールの手の中に転がり込む。
それは全体的に白を基調とした、湿り気を帯びた物体だった。
ちょうど真ん中ほどに紫色の円形の模様が描き込まれ、
その反対側には、赤い湿った糸が何本か絡まり情けなく伸びている。
球体は、持ち前の湿気でキールの手の平にへばりつこうと試みたが、それは無駄な試みに過ぎなかった。
力なく地面に転がり、砕け散った石畳の隙間から覗けた土に汚れる。
キールの頭脳は、この期に及んでもまだ理解を拒否していた。
たった一つ。
たった一つの、本当に守りたかったもの。
それを守るためなら、寝食も生死も共にし、真の絆を結んだはずの仲間ですら捨て去り、
人として行ってはならないことも、悪鬼外道の所業にも平気で手を染めることが出来た、大切なもの。
それが今、己の手の中を零れ落ちていった球体。
メルディ。
あの化け物の手の中で、デログチャのスライムと化した1人の少女。
メルディ。
頭と、そこから生えた背骨以外を全て削ぎ落とされ、最終的にはその背骨すらブチ抜かれ頭部を圧搾された紫髪の少女。
めるでぃ。
怪物は、その足を一歩踏み出した。
ぷぎゅ、というやる気のない音が、その足の下から鳴り響いた。
メルディの眼球が踏み潰され、白目だった部分が隙間から覗ける。
どうして?
キールはその一部始終を通して、ようやく思考回路が解凍されつつあるのを知った。
どうして、僕の計算が間違った?
メルディの血と臓物をたっぷりと啜った触手は、再びその顔を手の平から見せた。
もっとも、どう見ても受ければ致命的なのは明らかな、毒性と激性をたっぷり備えているであろう液体が、
絶えることなく染み出る爪を生やした2本の長大で極太の組織が、「手」という言葉の定義で括れるなら、
初めてこの表現は正しい表現と言えるだろうが。
僕はミンツ大学を首席で卒業するほどの頭脳の持ち主なんだぞ? その僕が計算を誤ったのか?
キールは本能的に後ずさろうと、腰を抜かしたままの体勢で、その腕を後方に投げ出そうと試みた。
そこでキールは、初めて自分の手足が動かないことを知った。
恐怖のあまり、全身がすくみ上がっているというわけではない。
本当に、物理的に手足が動かせないのだ。
キールは、最後の最後になるまで、その原因に気が付かなかった。
地面に投げ出された手の平と踝から下が、凍て付く氷に包まれていたことにより、動きを縛められていたことに。
その氷は、フォルス使いであるヴェイグ・リュングベルが張り巡らせたことに。
キールは、体よく囮として使われたという事実には、下手をすれば永遠にたどり着けないかも知れない。
5本の触手が、キールの肉体に襲い掛かった。
キールはなす術もなく、触手の嵐に己の身を雁字搦めに縛り上げられる。
キールの体は、そのまま持ち上がろうとしていた。
だが、キールの手と足は、凍り付いている。地面に、へばりついている。
おまけに、キールを地面に釘付けにしているのは、フォルスにより生み出された氷。
闘気か魔力かフォルスを用いねば、破壊されることはまずないのだ。
では、この際破壊されるべきは一体何なのか?
消去法を用いれば、自ずとその答えは浮かび上がってくる。
それは、キールの四肢。
キールは激痛のあまりに、絶叫を上げた。
胴体を強引に宙に持ち上げられ、しかしその胴体に付いた手足は地面から離れられない。
実質上、これはもはや八つ裂き刑の執行も同然の事態であった。
四頭の馬に綱を結わえ付け、その綱のもう一端は罪人の右手、右足、左手、左足に結わえ付けられる。
そしてそれら四頭の馬にてんでばらばらな方向を向かせ鞭を入れればどうなるか。
その答えはあまりに明白。それが今、キールの体を用いて実演されようとしている。
鈍い破砕音が聞こえた。
キールの腕が、少しばかり伸びた。
174The last battle -混迷の黄昏にて-3(改訂版):2007/11/18(日) 22:04:34 ID:7OKHqods0
関節が脱臼を起こし、本来あるべき位置から骨がずれたのだ。
ほんの僅かな時間差で、彼の足もまた同じく。
もしこの時点で怪物がこの所業を中止していたなら、
キールの膝と肘は360度好きな方向に曲げられるようになっていたことに、誰もが気付いていただろう。
だが、怪物がここでこの行為を中止すると期待することは、
ウィスで最初に引き当てた手札全てが闇のカードと光のカードである事を期待するにも等しい、あまりに浅はかな願い。
キールの四肢の全てが全て、ゴム紐のように伸び始めた。
束ねた綱を力ずくで引きちぎるような凄絶なまでの音が、キール自身の絶叫に負けじと鳴り響く。
怪物が、ぐい、ぐい、ぐい、と反動を付け、そして4度目。
キールの胴体を空中に思い切り引き上げた瞬間。
夕日を背景に、4つの飛沫が吹き上がった。
その飛沫のあるものはそのまま地面に落ち、あるものは学士の服の裾を汚す。
その中で、特に氷の上に落ちたものは美しかった。
フォルスの冷気に当てられ、弾け散った形を維持したまま、一瞬で凍結を起こした。
それは、この世界で唯一咲くことを許された、背徳的な美の体現とも言えなくはないか。
その上では、肉が強酸に焼かれ変質する際の発泡音が、妙に空々しく響いた。
咲いた血華のすぐ近くにはやがて、暗緑色の粘液が滴り落ち、補色効果を見事に活かしきった、
醜悪なまでに鮮やかな彩りを添えた。



「メルディは死んだ。キールも今頃、シャーリィの餌食になってくれただろう」
ヴェイグが放ったその言葉には、キールがかつての仲間であったことを偲ばせる調子は微塵もなかった。
(あの化け物を前にして放心している隙を縫い、両手両足をフォルスで凍結させたのだからな。
両手の自由を奪われてはさしものキールとて、魔杖の力を以ってしても晶術……ではなく晶霊術は使えまい。
フォルスの氷を処理する手立てがないのなら、キールは間違いなく今頃あの世逝きだろうな)
答えるソーディアン・ディムロスの声もまた、余りにに自身らの話している内容に無感動な様相を示していた。
「今年はスールズの冬は一層厳しそうだな」、だとか「今度セインガルドで正規兵の大募集をやるらしいね」だとか、
そんな手軽な世間話をする程度にしか、キールの行く末のことを考えていない。
死と暴力が日常のこの「バトル・ロワイアル」の中でなければ、一同の会話は確実に異常と言えよう。
そもそも、2人にはこの会話を異常と感じる感性すら、すでに磨滅して久しいのかも知れないが。
(……あらあら、かつての仲間を見捨てておいて、言う事がそれ?
あの利口気取りの学士君も、随分とお仲間には恵まれていたようね)
語り合う銀髪の青年と、一振りの心持つ剣。
そこに割り込んだのは、1人の金髪の少女だった。
厳密に言えば、1人の金髪の少女の肉体を仮住まいとする、同じく心を持った剣だった。
ヴェイグは、彼女の放った声を……耳ではなく直接心に響く声を聞いて、小さく肩を竦めた。
「お前からそんな事を言われるのなら、誉め言葉として受け止めさせてもらうとしようか」
そして、即座に手に握り締めたソーディアンを握り直した。
コレットの肉体を借り受けたアトワイトもまた、自分自身に腕力を込める。
ヴェイグの首筋にしかと吸い付くアトワイトと。
コレットの眉間に切っ先を突きつけられたまま、ぴくりとも動かないディムロスと。
ヴェイグがコレットの脳を刺突で破壊しようと思えば、それが完了するまでにアトワイトはヴェイグの首筋を薙ぐ。
アトワイトがヴェイグの首を刈り取ろうと思えば、ヴェイグは戦士の本能のみでコレットの眉間を貫く。
一瞬間の時間があれば、互いが互いを殺め合うには十二分。
双方、共に逃げ場なし。
重苦しく引き締まった、静寂な空気の中。
それを破ったのはヴェイグの側だった。
「お前こそ、自分の仲間をあっさり見捨てて俺と共に遁走するとは、随分と仲間想いなことだな」
(あら? 何のことかしら?)
「誤魔化しても無駄だ。あの状況を見れば、子供だって何があったか理解出来る。
キールはロイドの死を受けて、目的は知らないがお前達の側に寝返ったんだろう?
流石に俺もこんな事態は予想出来なかったが、現実が目の前にあるなら、それを受け止め――」
まるで鈴が鳴るかのような、澄み渡った笑い声。
余りにも澄み渡り過ぎていて、その笑い声の中のどす黒い何かを、隠そうともしない。
「貴様……何がおかしい!?」
ヴェイグは、ディムロスの切っ先を押し込んだ。
アトワイトの刀身が、己の首を両断にかかる寸前にかかるまで。
「…………」
(…………)
175The last battle -混迷の黄昏にて-4(改訂版):2007/11/18(日) 22:05:12 ID:7OKHqods0
もう一度、耳の痛くなりそうな静寂。
多少のノイズは混じっているが、この張り詰めた空気を震わせるには、そのノイズは余りに弱々しかった。
今度、その静寂を打ち破ったのは、アトワイト。
(一つだけ。これだけは言っておくわ。
私はあの男を……キールを仲間と思った事は、今の今まで、そしてこれからも一瞬もない。
精々が、使い捨ての駒というところかしらね)
アトワイトのコアクリスタルは、夕闇の中で静かにきらめく。
(地上軍の天使と呼ばれたお前が、そのような血も涙もない台詞を吐く日が来ようとはな。
おまけに寝返った先が、よりにもよってあのミトス。
――昨晩の朝に出会い、その日の真夜中にすれ違い、そして今日この時に三度出会った。
変わってしまったな、アトワイト)
(それはあなたも同じことよ、ディムロス。
地上軍では『核爆弾』というあだ名を受けたあなたが、こうして私達の怨敵であるミクトランに膝を屈し、
奴の言うなりのまま、意味のない人殺しに走っている。
『敵には一片の慈悲もかけるな。しかし虐殺を楽しむな。それでは鬼畜外道の天上人どもと同じ穴の狢になる』。
そんな気取った麗辞をほざいておきながら、結局今こうしてミクトランに屈した負け犬はどこの誰かしら?)
(…………)
その言葉を受けたディムロスは、言葉を失った。
コアクリスタルの明滅も静かで穏やかで、それゆえに陰鬱なものと化していた。
「違う」
そこに降り注いだのは、スールズに降る初雪のように静謐ながらも、苛烈な冷気を帯びた言葉。
「俺達はミクトランなどには屈していない。屈しはしない」
ディムロスを握り締める、ヴェイグの言葉。
それを受けたアトワイトは、嘲弄のニュアンスを隠しもせずに、コアクリスタルを輝かせた。
エクスフィアの毒素で濁った光が、ソーディアン・アトワイトの柄に宿る。
(『屈しはしない?』
あなたは十分屈しているわ、今の時点で。
このミクトランが仕組んだ『バトル・ロワイアル』で、ミクトランが注文した通り殺人劇の殺人者を担っている。
ミクトランに糸を繋がれた操り人形が、何を言っても負け犬の遠吠えにしか過ぎないわ)
「だったらその糸を引き千切って、脚本家のミクトランをこの俺の手で殺し去るまでだ。
そのための障害になるお前達には、1人残らず消えてもらう。
カイルも死んだ。ティトレイも死んだ。クレスも死んだ。ロイドも、メルディも、キールも。
残っているのはもう、両手の指で十分数え切れるほどの命なんだ。
俺はすでに、3人を殺し、1人を盾にしてここに立っている。
ここまで来たら、もう何人殺そうが同じことだ。
お前達は、ミクトランを殺すための通過点に過ぎない。
その通過点ごときが、寝言をのたまうのは止めてもらおうか」
断言するヴェイグの瞳には、すでに一部の揺れも存在していなかった。
まさに、絶対零度の世界。存在する物質が、その動きを完全に停止し、揺らぐことさえも禁じられた終焉。
だが、それすらもアトワイトにとっては白痴のたわ言に過ぎないとでも言うのだろうか。
どす黒い嗤い声が、細身の刀身から漏れ出る。
(ええ、分かっているわ。
あなたも何のかんのと言っておきながら、自分が生き残ることを正当化したいだけなのでしょう?
たった一つしかない自分の命は、あらゆるものよりも価値がある。
そう、百万人の他人の命を犠牲にしてでも救いたいくらいに、ね。
つくづく、人間というのは下衆な生き物だわ。あのキールという男もそう。
この『バトル・ロワイアル』の犠牲になった者達を救うためと称して仲間を売り、
ご高説を垂れておきながら、結局は自分が生き延びることしか考えていなかった――)
「仲間を売っただと?」
ヴェイグの眉が、不意に峻厳さを帯びる。アトワイトが心に投げかけた、その単語を聞きつけて。
(ええ。その表情を見るだに、詳しい話を聞きたそうね?)
「馬鹿を言うな。誰が誰を裏切ったかなど、今の俺には関係のない話だ。
察するに、キールと誰かが仲間割れでもしたといった下らない内容だろう? 消去法で行くなら――」
(ロイドかグリッド、もしくはその両方だな)
ディムロスは最後の言葉で、真実を射止めていた。
アトワイトはそんなディムロスに、形式ばかりの賛辞を送る。
(よく出来ました、それで正解よ。キールはロイドとグリッドを売って、私達の側についたわ。
あそこまでの見事な狸ぶり、クレメンテ老辺りも顔負けの腹芸、と言ったところかしら。
たとえ我が身可愛さでも、あそこまで出来るのならあの男も大したものね)
176名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:05:21 ID:HY4srHTb0
 
177名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:05:28 ID:sYzwb5IS0
178The last battle -混迷の黄昏にて-5(改訂版):2007/11/18(日) 22:07:01 ID:7OKHqods0
(案外それも、下衆の勘繰りというやつかも知れないぞ?
私も奴と付き合ってみて、頭脳はそれなりのものを備えているのは認められる。
ジェイという軍師の経験を持つ少年から、
即席で教わった付け焼刃の兵法でも、奴はそれなりにものにしていたようだからな。
案外奴は、お前らに寝返ったふりをして獅子身中の虫となることを、狙っていたのかも分からんぞ?)
(ないわね、それは)
アトワイトは断言した。
(キールは私達の側に寝返る際、ご丁寧にも彼の知りうる情報を全て私達に引き渡したわ。
ハロルドの持っていたメモごと、ね。
これだけやるということは、あの男がユグドラシル様に徹底的に媚びを売ることを決めた、その証左に他ならないわ)
(……キールめ、随分と味な真似をしてくれるな)
ディムロスは、そのささやきだけを念話として飛ばし、そこから先の事は全てコアクリスタルの中に留め置く。
キールが己の知りうる情報を全てミトスに伝えたということは、もちろんこちらの戦力内容も筒抜けということになる。
こちらの持つ手札は、『インブレイスエンド』を除き、切り札も弱点も余すことなく相手に伝わったということ。
キールの打った手は、ディムロスらにとっては最悪に近い妨害手法である。
確かにこちらもロイドを通じてミトスの得意技や弱点などは知ってはいるが、
けれどもヴェイグらはロイドと違い、ミトスの剣や魔術を見切っているわけでもない。
冷静に思考するディムロスは、その事実を静かに己に言い聞かせた。
ここで下手に動揺している様子を見せれば、その動揺がヴェイグにも伝わりアトワイトに隙を突かれかねない。
ディムロスは地上軍将校にしてソーディアンたるその名に劣らぬ、沈着な判断のもとに沈黙した。
「それで、お前は何故そんなキールをあっさり見捨てて、
一旦間合いを離し体勢を立て直そうとした俺に対する牽制を優先したんだ?
キールはお前達の忠実な犬なんだろう?
俺がキールの手足を凍りつかせ、地面に釘付けにする作業を妨害すらしなかったのは何故だ?」
ディムロスの判断を、醸し出す雰囲気だけで汲み取ったのであろうか。
ヴェイグもまた、狼狽した様子は見受けられない。狼狽を見せない。
(簡単な話ね。キールはもう、私達にとって利用価値がないから、と判断したからよ。
まあ欲を言えばあの化け物の力を少しでも削って死んで欲しかったけれども、時間を稼げただけよしとするべきね)
言い放つアトワイトは、彼らのその動揺を知ってか知らずか、彼らを更に揺さぶる発言は行わない。
ならばとばかりに、ディムロスはあくまで沈着冷静を維持して、アトワイトから情報を引き出さんとして切り返す。
(その判断は戦術的に苦しいと言わざるを得まい。
キールは先ほどの時点で、魔杖ケイオスハートを装備していたのだぞ?
あの杖に秘められた魔力の増幅効果は凄まじい。
装備者との相乗効果や、他の魔導具との併用までを計算に入れれば、この村どころか城すらも跡形もなく
消滅させるほどの破壊の力さえ手にしうる。
お前はそれだけの破壊力を秘めたキールという大砲を、みすみす捨てたことになるのだぞ。
確かにあの状況下では、のんびり作戦会議としゃれ込むわけにはいかなかったのは分かるが、
それでも我々に一時共闘を求める交渉すら切り出さなかったのは何故だ?
まさかソーディアンに意識を宿し、あまつさえその肉体を借りているお前が、
あの時点で恐慌を起こして戦術的判断を誤ったなどとは――)
(さあ、どうしてかしらね?)
「……貴様、とぼける気か?」
ヴェイグの突きつけたソーディアン・ディムロスの刀身が、ずいと前に突き出される。
ほんの、髪の毛一本分の幅ほどに。
それ以上突き出したら、首を飛ばされる事を本能的に悟ったがゆえの自制。
三度、沈黙の帳が落ちる。
沈思黙考する三者。
今度沈黙を破ったのは、光り輝くアトワイトのコアクリスタルだった。
(……まあ、教えてあげてもいいかしら。その答えは『レイズデッド』……蘇生晶術よ)
一拍の思考の時間をおいて、答えは一同に帰る。
けれどもヴェイグの突き刺さるような視線は、ハイデルベルグの根雪のように、一向に溶け去る気配がない。
「それがどうかしたというのか? 今更になって誰の一命を取り留める必要がある?」
(話は最後まで聞きなさい。アクアヴェイルのことわざにもこうあるわ。『餅は餅屋』、晶術は晶術師ってね)
(つまり?)
(つまり?)
ディムロスは、ややもすれば苛立った様子を見せるヴェイグをたしなめんと、アトワイトに相槌を打った。
それに応えたアトワイトは、コアクリスタルの光を鼓動させる。
179名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:07:12 ID:HY4srHTb0
 
180The last battle -混迷の黄昏にて-6(改訂版):2007/11/18(日) 22:07:57 ID:7OKHqods0
(ユグドラシル様の来られた世界には、何でもボルトマン術書と呼ばれる、
治癒術の秘儀が記された書物があるらしいの。ユグドラシル様はその内容をそらんじていたから、
その中の重要な一節……晶術や晶霊術を若干変容させるための追加術式を、
即興でアレンジして私とキールに教えて下さったのよ)
「ボルトマン術書だと? ロイドはそんな書物について、一切触れてはいなかったが……?」
思わず疑問符を浮かべるヴェイグ。
(ヴェイグ、ロイドはそもそもが術の使い手ではないし、率直に言えば
頭を使うことはおよそ苦手としていたような男だ。
ロイドは本当にそのボルトマン術書とやらのことを失念していたのかも知れんし、
仮に覚えていたとしても重要度の低い情報と判断して、あえて告げなかった可能性も十分ある。
とにかく、最後まで話を聞こうではないか)
説明を付け足し、諭すディムロス。
アトワイトは口火を切り直した。
(ユグドラシル様によると、あのエクスフィギュアと呼ばれる怪物は、エクスフィアの毒素により
全身の組織が異常発達した人間の慣れの果てだそうよ。
そして『レイズデッド』のような蘇生術の原理は、犠牲者の肉体の再生能力を極限まで引き出し、
同時に魔法的な作用で破壊された肉体組織を物理的にも、元通りに修復する、というもの。
そう、『元通り』にね)
ディムロスのコアクリスタルが、閃光を放った。
アトワイトがことさらに強調した、「元通り」という言葉を受け、アトワイトの言わんとすることが一気に理解できた。
ディムロスは、念を押すようにしてアトワイトに聞く。
(つまりそのボルトマン術書とやらには、蘇生術の持つ『肉体を元通りにする』という作用を
増幅するための手法が記述されており、ミトスはその内容をお前達に教えたというわけか。
確かに、人間の肉体が異形化したエクスフィギュアを『元通りに』すれば、人間の肉体が戻ってくるのは道理。
それでエクスフィギュアの肉体を奴から奪い去れば、エクスフィギュア化したことによる
戦闘力の増大分は丸ごと打ち消すことが出来る)
(ご名答よ、ディムロス)
ディムロスの考えは、見事にアトワイトの言わんとしていた事の正鵠を射ていた。
ヴェイグはそれを聞き、一瞬ばかり驚きの表情を浮かべたのち、もとの仏頂面にそれを沈み込ませる。
「ディムロス、ということは……!」
(ああ、そういうことになるな)
シャーリィを撃破するための糸口が、思いもよらぬところから見つかった。
素体のままのシャーリィが相手なら、どれほど悲観的に見積もってもまず劣勢の戦いを強いられる事はあるまい。
今のシャーリィは、一切の爪術を操ることができないのだ。
人道を否定し、仲間を否定し、世界を否定し、
そして最後にはあろうことか、自らが仕えるべき大いなる滄我すら否定した。
その大罪の罰が下ったとでも言うのだろうか、E3の平原での決戦時、シャーリィは途中から一切の爪術を失った。
滄我から賜りし力である爪術……滄我を否定すれば、爪術も否定されるのは道理。
今や目に余りある狼藉ゆえに、シャーリィは大いなる滄我からすら見限られている。
たとえネルフェス・エクスフィアによる能力の強化があろうとも、
爪術やメガグランチャーなどを失った痛手は相殺しきれまい。
だがそれをわざわざアトワイトに告げてやる義理はないと、胸中で同意したヴェイグとディムロスは沈黙を選ぶ。
スタンがマスターであった頃には成し得なかった、一心同体の沈黙を。
ヴェイグはすかさず、放ちかけた言葉を掴み直し、あたかも別のことを考えていたとは思えないよう会話を続行する。
「……お前がさっきキールを見捨てたのは、最悪お前1人でもエクスフィギュアを始末できる見込みがあったから、
ということか」
おそらくこれなら、素体のシャーリィの戦闘力についての情報を推理することは出来まい。
アトワイトもその点については無関心に、ヴェイグを首肯する。
(ただ厳密な話をすれば、エクスフィギュアが持つ異形化した肉体の抵抗力を、
『レイズデッド』による肉体の復元能力が上回れば、という制限はつくわね。
けれども、『レイズデッド』の使用者の晶力と『レイズデッド』の手数さえ十分なら、
理論上人間に戻すことの出来ないエクスフィギュアは存在しないわ)
そして、アトワイトにはそれだけの晶力と手数を、共に揃え切る見込みも共にある。
言わずと知れた、ミトスの存在。
ミトスの持つ強大な魔力から放たれる『レイズデッド』を、
ミスティシンボルを用いた超高速詠唱で連発すれば、元に戻らぬエクスフィギュアなど存在するはずもない。
181名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:08:07 ID:HY4srHTb0
 
182名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:08:13 ID:sYzwb5IS0
183The last battle -混迷の黄昏にて-7(改訂版):2007/11/18(日) 22:08:49 ID:7OKHqods0
そして今度はミトスの存在について、アトワイトが沈黙する番であった。
双方共に、情報の一部を隠しながらの、丁々発止のやり取りが進む。
(私は『レイズデッド』を使える事を考えれば、
あの場で危なっかしい共同戦線を張ろうと提案するのは、下策だと言うのが理解できたかしら?
そもそもあの状態で、私があなたと一時共闘しようと提案していたら、あなたは素直にそれを受け入れていたか……)
ヴェイグの答えは、無論決まっている。
「冗談を言え。たとえ相手が無差別攻撃を仕掛けてくる化け物だろうと、
お前達のような信用のおけない手合いとなど、共闘なんてするはずはないだろう。
いつ背中を刺しに来るか分からない相手に、背中を預けるなど余りに無警戒だ」
(まあ、それが順当な答えよね。
ならばあの時の私には、あの怪物を牽制してキールが大火力の晶霊術を撃ち込む時間を稼ぐ、
という選択肢が来るわ。
シャーリィの不意打ちの一撃で、メルディは事実上戦闘不能になったから、今回は計算外とするわね)
不意打ちの一撃を受けた際、メルディはその右胸を触手で貫かれた。
心臓を貫かれなかっただけ即死は免れたが、
どう楽観的に見てもあの時点で確実に肺に穴が開いていただろう。
すなわちまともな発声が不可能になっていたということになるが、そんな晶霊術師はもはやただの足手まといである。
そこまで考えた上での、アトワイトの「戦闘不能」発言である。
(さて、そこで問題よ。私がシャーリィを相手に立ち回りを始め、キールは呪文の詠唱で無防備になる。
もしそうなっていたら、あなたはそこでどんな手を取っていたかしら?)
「決まっているだろう。まずシャーリィを相手に立ち回るお前の背中を刺す……
いや、天使の肉体を持つお前なら、脳天を唐竹割りにする。
術の詠唱が終わった瞬間、キールも斬殺する。
その後キールの晶霊術を受けて怯んだシャーリィを殺す。
万一生きていたなら、メルディにもきっちり止めを刺す。
4人まとめて皆殺しにさせてもらっていただろうな」
アトワイトは、コレットの首を縦に振った。予想に違わぬ答えを受けた、という意思をそこに示す。
(でしょうね。
そうなるとあの時点で、戦いの輪は私とキール対あなた対シャーリィという乱闘になっていた、と考えるのが自然ね。
そうなると、あの状況で最も利を受け取りやすいのは誰だったかしら?)
アトワイトのその問いには、ディムロスが答える。
(乱戦に巻き込まれてしまえばたちまち無力化する、術の使い手であるキールはまず除外される。
乱戦の際有利なのは、詠唱などの隙なく範囲攻撃を放つことの出来る者か、
もしくは巧みなフットワークを利用して、常に一対多ではなく一対一の戦線を維持できる俊敏な者、となるな。
するとここで真っ先に候補に挙がるのは触手による広範囲制圧が可能なシャーリィか、
小柄でかつ瞬発力も期待出来る、コレットの肉体の持ち主であるアトワイト、お前の二択になる。
消去法で、ヴェイグは脱落するだろうな)
その見解は、二振りのソーディアンで共通のものとなる。
(そうね。確かに私はある程度の利を取ることは出来ていたかもしれない。
それでも何か一つアクシデントがあれば、その利は覆りたちまち優劣が逆転し兼ねない。
ダメージコントロールを優先するなら、あの場でなし崩し的に乱戦にもつれ込むのは避けたいわ。
事実上、乱戦にもつれ込むのはそれしか手がないときの最後の手段ね。
……とすると、必然的にあの場は一旦離脱して体勢を整えたのち、シャーリィの対策を練るのが最善、
という結論になるわ)
「なるほど……そこでお前は、確実な逃走の機会とキールという大砲……この二つを瞬時に秤にかけ、
そしてキールを切り捨てるという結論を導いたわけか」
(それに、キールのくれた情報にもあったわよね?
ヴェイグ、あなたの使うフォルスという能力で作られたモノは、フォルスもしくは闘気か晶力でしか破壊できない。
あの場であなたを妨害し、かつキールの手足を固定したあの氷の解凍を試みていたら、
その隙にあなたから横っ腹を突かれる危険性も増すし、迅速な撤退も不可能になっていた。
そこまでしてキールを救うのは余りに釣果が釣り合わない……そう判断したがゆえの、この現状というわけよ)
アトワイトは、ようやくその言葉を以って結びとする。
何故キールを見捨てることをよしとしたのか、その理由の説明の言葉を。
静まる夕暮れの村の路地裏。
遠くで響く地鳴りが、1人と2振りの剣の間の沈黙を彩る。
遠くで暴れ回るシャーリィのものだと、説明する必要は今更あるまい。
今頃、キールはあいつに殺されただろうか。
184名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:09:05 ID:HY4srHTb0
 
185名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:09:47 ID:sYzwb5IS0
186The last battle -混迷の黄昏にて-8(改訂版):2007/11/18(日) 22:10:05 ID:7OKHqods0
そんな事を考えるヴェイグは、しかし次の瞬間違和感を覚える。
本当に、それだけがアトワイトの目的か?
確かにあの状況、確実な撤退のための代償としてキールを支払ったのは分かる。
その後、『レイズデッド』という逆襲の矛をお見舞いしてやるための、布石として。
だが、それだけでああも簡単にキールを見捨てることは……
首輪!
ヴェイグはようやくその違和感の正体を掴んだ。
ヴェイグは、その疑問が頭に浮かんだ瞬間に口からそれを放った。
「だが待て……それだけではお前が、キールを見捨てる十分な理由にはならない!」
まさかとは思うが、アトワイトはまだ腹の中で何らかの悪しき策略を巡らせているかも分からない。
ならば、この疑問もまた問わねばなるまい。
ヴェイグは、半ば叫ぶようにしてアトワイトに疑問をぶつけた。
「ならば……お前達はこれをどうするつもりだったんだ!?」
ヴェイグは開いた右手の親指で、己の首筋を指した。
蝙蝠をかたどった、悪趣味な首輪。
この「バトル・ロワイアル」の惨劇の全てを支えていると言っても過言ではない、キーアイテムを。
「確かキールは……これに関する情報を持っていたはずだ……それはどうした!?」
(それ……首輪のこと?)
アトワイトは、確認のために呟いた。それをディムロスが補完する形で、説明を行う。
(つまりヴェイグ、お前は
『キールは首輪の解除方法を詳しく調べていた様子だったが、その情報は惜しくなかったのか?』
と聞きたいのだな?)
ソーディアンの思念は、ミクトランによる盗聴を受けない。ソーディアンの思念は、音波という形で放射されないのだ。
そのアドバンテージを持つディムロスは、平然とその話題を出してみせた。
そしてヴェイグはディムロスの言葉を受けて、静かに二度首を振る。無論上下に。
アトワイトは、一瞬迷うような素振りを見せつつも、最終的に問題はないと判断したのか。
およそ呼吸3回分。アトワイトはたっぷりと間を取ってから、ヴェイグに答える。
(ヴェイグ、もう一度言うわよ?
キールは私達の側に寝返る際、ご丁寧にも彼の知りうる情報を全て私達に引き渡したわ。
そう、首輪の解除手法についても、細大漏らさずね)
(首輪の解除手法についてすらだと……!?)
ディムロスは、今度こそ本気で驚愕した。
そして、次の瞬間には呆れ返る羽目になる。
(……私も前言を撤回するべきだろうな。
確かに奴の頭脳の冴えに関しては、私も評価をしてやろう。
だが、奴は人間を相手とした駆け引きや取り引きには絶望的なまでに才能がなかったようだな)
「どういうことだ、ディムロス?」
二振りの剣の間で進んで行く会話に、ヴェイグは思わず困惑の声を上げる。
ディムロスは手間を厭うことなく、ヴェイグにその事実を告げた。
(いいか、ヴェイグ。つまりキールが本来打つべきであった最善手は……)
ミトスに対し寝返った際に、首輪に関する情報を一度に全て渡すのではなく、核心を除き全てを告げること、であった。
少し頭を働かせれば分かる。
ミトスにとっても、首輪を解除する方法は決して不要な情報ではない。
ロイドが一同にもたらした情報の通り、ミトスは実姉マーテルを蘇生させるために、
この島で陰謀野望の類を縦横無尽に張り巡らせていたのだ。
無論、首輪がついたままであっても、マーテルの蘇生にさえ成功すれば、ミトスの悲願は果たされる。
マーテルを蘇生させる前に他の参加者を殲滅し、そしてマーテルの蘇生後に自ら命を断って彼女を優勝者としても、
ミトスにとっては望ましい終着点である。
だが、己とマーテルが共に生き延びるという最善の終結を迎えるには、どうしても首輪を解除する手法が必要なのだ。
(キールはそこでミトスに首輪の情報を渡すとは、余りにもお人好しが過ぎる。
ここで誤謬を起こすと後々から話が混乱するから確認するぞ。
つまりミトスにとって重要なのはキールの握っていた首輪の情報であり、キール個人ではない。これは分かるな?)
「ああ。つまり、それがどうなる?」
ディムロスは、もう一度語りだした。
キールはミトスと接触した段階で、全ての首輪の情報を渡すなど、本来あってはならない愚行なのだ。
首輪の情報さえ手に入れれば、ミトスはキールに対し用はない。むしろその場で殺されたとしてもおかしくはなかった。
それは単に、相手を一方的に利するだけに過ぎない悪手中の悪手。
実際にはシャーリィが突如復活したことにより、大砲としてのキールの価値もまた復活したが、
無論それは一同が予想だにしなかったハプニングに起因する、偶然が作用した結果論でしかない。
187名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:10:28 ID:HY4srHTb0
 
188The last battle -混迷の黄昏にて-9(改訂版):2007/11/18(日) 22:11:10 ID:7OKHqods0
(キールが手渡した解除のプランに、彼しか持たない特殊な技術や異能があれば、
また話は変わっていたかも知れないけれどもね。
けれども、首輪の解除それ自体には、キール自身の持つ能力自体は必要なかったわ)
今はその事を告げるべきではないと判断したのか、
アトワイトはヴェイグのフォルスの重要性については伏せたまま語る。
アトワイトにしてみれば、今後の展望を見ればヴェイグは是非とも確保せねばならない札の一枚。
キールを盾にして逃走を試みたヴェイグを迷わず追跡し、
かつあわよくばヴェイグを懐柔せんとして、あえて積極的に情報を提供したアトワイトの真意もそこにある。
だがそれを悟られては、弱みを握られかねないと判断したがゆえの慎重な言質で、アトワイトはヴェイグに答える。
無論、キールに詳しい首輪解除の情報を遮蔽されたヴェイグとディムロスは、その事情などらぬまま話を続ける。
今度切り出したのは、ディムロス。
(キールが取り引きを持ちかけた相手はミトスだ。
一度は奴を討ち果たしたというロイドや、実際にこの島で剣を交えたカイルの話を聞けば、
奴の人となりはおおよそ推理できるが、取り引きを持ちかけるのはかなり難易度が高い、強かな相手のようだな。
一言で言えば、『頭の切れる狂人』と表せるだろう。
そんな相手に初手から己の手の内を全て公開するとは、キールも相手の値踏みを見事に誤ったな)
「だが、手の内の一部を伏せておくのは、もっと危険が伴うとは思わないか?
それこそミトスにしてみれば、手の内の一部を隠されるというのは、反意を疑うための材料にしかならない。
その手の内を白状しなければ自白を強要されて拷問、という危険もあるし、
最悪の場合その場で切り捨て御免という事態にも――」
(ならんな。拷問して情報を吐かされるというシナリオならまだしも、その場で斬殺するなど有り得ん。
それこそキールがミトスの堪忍袋の緒を切れさせるほどの、酷い挑発を行わない限りはな。
ミトスとてこの『バトル・ロワイアル』をここまで生き延びたほどの手合いだ。
奴の高慢な性格はロイドの口の端々にも上ってはいたが、
その高慢さゆえに、あえて自らに下策を強要するほどには愚かではあるまい。
奴は必要ならば、生き延びるために奴の言うところの『劣悪種』のたわ言にも耳を貸すような、
泥水を啜るような恥辱にだって耐えてみせるだろう。
先ほどキールの言葉に耳を貸して、ミントに止めを刺しに行ったのがその何よりの証左だ)
ヴェイグが持ちかけた疑問を、ディムロスは意思ある剣らしく、一刀両断に切り払う。
ヴェイグはそのまま口を閉じ、代わってその耳をディムロスの方に傾ける。
(考えてもみろ、ヴェイグ。
もしキールが伏せた手の内を明かさないというだけで、ミトスが逆上してキールを殺したらどうなる?
屍霊術や降霊術といったものの心得のないミトスにとっては、
肝心要の首輪解除の情報を、キールにあの世まで持ち逃げされる形になるぞ。
それに、拷問を行って力ずくで吐かせるという可能性も低いと言わざるを得ない。
私も天地戦争時代、天上軍の捕虜を何度か拷問して情報を吐かせたことはあるが、
拷問の苦痛逃れたさに、知らない情報を知っていると言ったり、
でたらめな情報を吐いたりという事態もよく発生した。
この状況下では自白剤などという好都合なものはあるまいし、結果として一番確実性の高いのは、
うまいことキールを懐柔した上での誘導尋問あたりに落ち着くだろうな。
キールを自ら口封じする形にしてしまったり、誤情報の混入を起こしてしまったり、
そんな危険を冒すくらいなら、ひとまず自らの手の中に飼ってやって、
徐々に譲歩を導き出す方がよほど賢い選択だろう)
ディムロスの言葉に、アトワイトも後を追った。
189名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:11:24 ID:HY4srHTb0
 
190名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:11:26 ID:sYzwb5IS0
191The last battle -混迷の黄昏にて-10(改訂版):2007/11/18(日) 22:12:21 ID:7OKHqods0
(ひとまずユグドラシル様と接触したなら、その時点で自分が首輪を解除するための情報を持っていることを告げ、
いざ首輪を本当に解除する段になったら全ての情報を開示する。
これがキールが取ることの出来た、最適の打ち方ね。
最初から全ての情報を開示したら、その場で用済みになって殺されかねないこと、
首輪を解除するチャンス……ひいては命を担保に取らせるのだから、自身が裏切る心配はまずないこと、
それらを説明しておけば、相手からの譲歩を誘うのは比較的たやすいはずよ。
普通の人間なら、命を担保に取っておけば裏切りを起こす心配はまずないわけだもの。
それ以前に、いざとなればキールにはメルディという、破壊的に強力な切り札があったのだから、
最初からユグドラシル様に全面降伏したり、何なら下手に出る必要すらなかったともいえるわね。
まあその破壊的に強力な切り札もハッタリであった可能性も大いにあるし、
そうでなくとも今こうしてメルディが死んでしまえば、無化されることに変わりはないのだけれども。
実際には、キールがそこまで小難しいことを考えずに素直に情報を渡してくれて、大助かりだったわ。
後はキールが死のうが生きようが関係ないし、だから私はあっさりキールを見捨てることが出来たのよ)
「だがそれでも……!」
(キールが生き延びるつもりがあったのなら――)
ヴェイグの執拗な反駁を、ディムロスは路傍の石のように軽々と一蹴する。
(――逆に言うならこれ以外の選択肢はなかった。
もちろん何か一つ手違いがあれば、ミトスは拷問や脅迫で早々に情報を吐かせ、
しかる後にキールをそのまま殺し去っていた可能性もあったことは認めよう。
だがどれほどの最善手を打っても生存が確約されないのならば、
その中でも一番可能性の高い手を選び取るべきであろう。それが、相手に譲歩を求めた上での情報の小出しだ。
まさかこの島で、誰もが常にリスクのない最善手を打てた可能性があった、
などという虫のいい寝言は今更吐く気にもなれないだろう、ヴェイグ?)
「……そうか、それもそうだったな」
ヴェイグは、ディムロスの最後の言葉でようやく得心し、その舌鋒を静かに収めることとなった。
キールがミトスとの交渉の席に立たされたときの状況。
それは名工ギースの工房で、ごく僅かにしか作られない「じゃんぱい」を用いた遊戯「まーじゃん」で言うなら、
ビハインドで迎えたオーラス親で、相手に多面聴気配濃厚のリーチをかけられたも同然の状況であった。
ベタオリすれば負けは確定、しかし強気に突っ張れば放銃で討ち取られる可能性は極めて大。
何としてでも危険牌を止め、闇聴で打ち回しながら親連荘に逆転の目を期待するという、
何とも頼りない手法に頼らざるを得ない状況だったのだ。
(まあ、私達がどれほどここでキールの最善手を議論しようと、
結果としてキールが周りの人間全員に不要な駒とみなされ、今こうして捨てられたことに変わりはないわ。
さて、今から私たちはどうするべきか……)
「残念だが、それについて議論している暇はなさそうだ」
コレットの耳を通して、アトワイトにその発言が伝わった。
無論その声の持ち主は、この中で唯一肉声を持つことを許されている、ヴェイグのもの。
ヴェイグは、コレットの眉間に突きつけていたディムロスの切っ先を、徐々に離した。
無論、その瞬間にアトワイトに切りかかられてはたまったものではない。
ヴェイグはその可能性までを見越し、アトワイトを睨みつけたまま、その間合いを徐々に話す。
最終的に、ヴェイグはその背を近くの家屋の外壁に預け、アトワイトを視界に収めたまま、首を上方に向ける。
赤い。
陳腐な表現だが、血のように赤い夕暮れの空が、ヴェイグの目に微かに痛い。
「一旦間合いを離して体勢や準備を整えようと思ったら、お前とのお喋りでその目論見が丸潰れだ。
……奴が来るぞ。どうやら、向こうも俺達を追って来たらしい」
(シャーリィのこと?
奴はまだ足音からして遠くにいるわ。さっきまではドタバタと駆け回っていたようだけれども、
まだ間合いは遠いわ。それに今は向こうで停止状態ね)
アトワイトはそういい、コレットの指でコレットの耳を静かに指した。
天使の超聴覚に、エクスフィギュアの足音は感じられないというアピールだと、ヴェイグは言われずとも悟っている。
ヴェイグはそんな彼女に対し、苛立たしげに吐き捨てた。
192名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:12:57 ID:sYzwb5IS0
193名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:12:52 ID:HY4srHTb0
 
194The last battle -混迷の黄昏にて-11(改訂版):2007/11/18(日) 22:13:31 ID:7OKHqods0
「『遠くにいる』? 『ドタバタと駆け回っていた』? 『今は停止状態』?
お前は、つまり『先ほどまでシャーリィは遠くでけたたましく足音を立て』、『そして今は足音が消えている』、
という情報からそう推理したのか?
だったら、その2つの情報から考えうる、もう一つの可能性を見落としている」
ヴェイグの瞳は、すでに焦点がアトワイトに対し合っていない。夕焼けの空の、その一点を睨んでいる。
ヴェイグは、ディムロスをこれ以上ないほどに力強く握り締めて、身構える。
「お前達天使とやらは常人に比べ感覚力が発達している、とロイドから聞いた。
だがその天使の肉体を以ってしても、殺気を感じるための第六感までは強化できないようだな。
俺はもうさっきから、奴の撒き散らす禍々しい殺気を感じ取っているというのに、
お前はその素振りが全くないのがその証拠だ。
相手がジェイやティトレイのように気配を消す達人だというならまだしも、
こんな隠す素振りすら見せない凄まじい殺気、二流程度の剣士でも十分感じ取れる」
(!?)
アトワイトが、コレットの肩をぴくりと揺らした。
ようやく、それがアトワイトにも伝わる。
まるで漆黒の津波のように荒れ狂う、殺意の波動を。
(これは……一体何処から!?)
驚愕するアトワイトを尻目に、ヴェイグはその空の一点を睨みつけている。
まるで釘でも打たれたように、瞳が動かない。
その先にわだかまっていたのは、夕暮れの空に一つ浮いた黒い染み。
「その答えは簡単だ」
空に浮いた黒い染みは、ヴェイグが睨み続ける一瞬間ごとに、光り輝く赤い尾を引きながら加速度的に巨大化してゆく。
やがて、巨大な染みはこちらに向かっていると、誰もが理解できるほどに視界に広がってゆく。
「奴は助走をつけて空に跳び上がった後……!」
今や家ほどの大きさにまで成長した、火柱を吹き上げる巨影は、恐ろしい勢いで風を叩き切り、一同に肉薄する。
激震。
アトワイトは、その余波によって宙を舞った。
砕け散った木の柱。
剥がれ落ちる家の漆喰。
舞い上がる煉瓦。
もうもうと立ち込める土ぼこり。
「俺達のもとに空を通じて迫って来た、ということだ!」
そいつは、目の前に立っていた。
ヴェイグらの目の前にあったはずの家屋を、その3mを越え4mに迫らんばかりの巨躯で踏み潰し、
跡形もなく瓦解させた怪物。
「GOOORRRRGAAAAAHHHHHHRRRR!!!」
土ぼこりの中にシルエットを浮かばせた怪物は、本来エクスフィギュアにはないはずの頭部の亀裂……
すなわち口から乱杭歯を覗かせ、汚物は消毒だと言わんばかりに、天に向けて火炎を吐いた。
いつの間にか、その背には先ほどなかったはずの翼が生えていた。
その翼が震える。たちまちのうちに萎えてゆく。
萎えた翼の各所に、夕闇の赤光を取り込む隙間が生まれてゆく。
翼が萎え、最後に残ったもの。
それは、網状に編まれたあの触手だった。
メルディに致命の一撃を与えた、あの触手!
触手はあっという間にほどけ去り、エクスフィギュアの背の内に消える。
それはあたかも、海底の亀裂にその体を隠し込む、ウツボの動作を思わせた。
(触手を背中で網状に織り上げた後、その網の隙間を肉で埋めることで、即席の翼を作ったというのか……!?)
ディムロスは、その光景を辛うじてそう解釈することに成功した。
ヴェイグはもう、驚いていいのか苦笑していいのか、分からないといった表情を張り付かせる。
「なるほど……助走を十分に取って空に跳躍した後、翼を広げて滑空しつつ……
口から吐き出す火炎で更なる推力を得て、アトワイトが安全圏だと判断するほどの遠くから、
一跳びで俺達の元までやって来たというのか!」
(ついでに空の上からなら、我々もまた発見しやすかったというメリットも存在する……いちいち小賢しい事だ!)
この島において、魔力やその類のものに頼って行われる飛行は、本来ならば禁じられている。
しかし物理的に翼で揚力を受け、それで飛ぶこと自体は何ら禁止されていない。
目の前の怪物は、ロイドと同じく翼を用いて、その跳躍距離を伸ばしここまで跳んで来たのだ。
そこに口から吐き出す火炎で得た、更なる推力もまた付加されれば、
あの巨躯を持ちながらも、これほどの長距離を跳んだのも納得は出来よう。
「だが奴は……シャーリィはすでに爪術を用いる力を失くしているというのに、何故炎を吐ける!?
シャーリィの吐く炎は、どう見ても魔力を帯びた炎だぞ!?」
195名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:14:09 ID:HY4srHTb0
 
196The last battle -混迷の黄昏にて-12(改訂版):2007/11/18(日) 22:14:25 ID:7OKHqods0
折角アトワイトに秘匿した情報を、同様の余り思わず漏らすヴェイグ。その困惑ぶりは言わずもがなか。
カレギアの旅の中、ヴェイグは旅先で暖を取ったり食事を作ったりする際、何度もマオの炎は目にしている。
その時の経験から分かるが、フォルスで生み出された炎と自然界に存在する炎は、
その輝き方や揺らめき方が微妙に異なるのだ。
ヴェイグのその経験は、間違いなくシャーリィの噴き出す炎は魔力の炎だと告げている。
(おそらくはキールの持っていたクレーメルケイジあたりを用いて、爪術ではなく晶霊術を……いや、待て!)
ディムロスのコアクリスタルは、一瞬限り覗けたそのエクスフィギュアの口内を確かに写した。
奴の口内に輝く、2つの輝き……
小さな金属と、それから血赤色の水晶……
(……なるほど、分かったぞ! あの火炎の正体はソーサラーリングから放射される炎だ!
シャーリィはソーサラーリングを喉に埋め込み、その炎を魔杖ケイオスハートで極限まで増幅して、
即興で体内に火炎放射器を作り上げたのだ!!)
ディムロスが見た小さな金属、ソーサラーリング。
そして血赤色の水晶、それが嵌まった魔杖であるケイオスハート。
これらを組み合わせた結果が、シャーリィの火炎の吐息として成ったのだ。
本来ならば敵をしばらくの間足止めするのが精々の弱々しい火は、魔杖の持つ増幅作用で、
十二分の殺傷力を持つ業火に生まれ変わったのである。
「……くそ、せめてキールの荷物だけでも奪ってから、あの場は逃げておくべきだったか……!」
それはまさしく、火中に栗を拾いに行くような危険な行為であったとは、頭で理解出来る。
だがヴェイグの心に浮かぶ後悔の念は、それで押し留めようなどあるはずもなかった。
「VARRRRROOOOOOHHHHHHWWWWWW!!!」
目の前で吼え猛りながら、まるで大噴火を起こす火山のように炎を吐くシャーリィ。
遠巻きに戦っていれば、360度全方向からもれなく急所や死角を狙ってくる、嵐のような触手が襲い掛かる。
ある程度近寄ればそれに加え、触れる物全てを焼き尽くさんばかりの灼熱の火炎が、敵を舐めにかかる。
格闘戦の間合いに近寄れば、そこに更にエクスフィギュアの怪力と共に振るわれる、一対の毒爪が加わる。
受けた者の生命活動を阻害するなどという生易しいものではなく、
冒された体組織そのものを溶解させる、おぞましい猛毒を秘めた爪が。
おそらくあの毒素を受ければ、本来ならば毒が効かないはずの無機生命体ですら、ひとたまりもあるまい。
むしろ対無機生命体戦のために異形の進化を遂げた結果があの猛毒、と表現した方が正しいか。
目の前に存在する怪物。
それは生まれて初めてモンスター図鑑を眺め、夢中になった読み続けた幼子が、
刺激されたあどけない想像力のままに考えついた、本来ならば架空の存在であるべきモノとでも評すべきか。
いくら無邪気な空想とは言え、それがこうして実際に血肉を持って動き回っているのであれば、
それはもはや悪夢の産物以外の、何物でもない。
ディムロスは怪物を観察しながらも、必死で己に冷静であるよう言い聞かせ、最適とおぼしき戦法を組み立てる。
(く……! ヴェイグ! 奴に対しては決して無茶な突撃を行うな!
相対的に小柄なお前の体を駆使して、小回りを利かせてかき回しながら、一撃離脱の戦法で攻めろ!
火炎や触手はともかくあの毒の爪……一撃でもかすったら、その瞬間終わりだ!
『アンチドート』やパナシーアボトルなどのない我々には解毒の手段がない以上、
毒を受ければ遅かれ早かれスライムのようになって、アタモニ神の御許に召される羽目になるぞ!)
ディムロスのアドバイスに、叫びながら答えるヴェイグ。
「問題はない! 俺にはクローナシンボルがあることを忘れたのか!?
これさえあれば、どんな猛毒だって俺を蝕むことはない!」
(だがそのクローナシンボルすら、あの爪の毒を必ず防いでくれる保証は何処にもない!
自らの命を賭けて実験してみるのでなければ……!)
「へきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!」
そこに、一つの笑い声が転がり込む。
ヴェイグとディムロスは、同時に怪訝そうな声を、それぞれ口とコアクリスタルから放った。
「……何なんだ、この笑い声は?」
(この笑い声、聞き覚えのある声だが……?)
「うひはうヒハウヒハウヒアハハハハハハハハハハハハハハハハハHAHAHAHA!!!」
その声は、まさに狂笑という以外ない。
人間が持っていなければならない何かが吹き飛んでしまった響きを含み、笑い声は辺りに広がる。
197名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:14:44 ID:HY4srHTb0
 
198名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:14:55 ID:sYzwb5IS0
199The last battle -混迷の黄昏にて-13(改訂版):2007/11/18(日) 22:15:58 ID:7OKHqods0
ヴェイグとディムロスは、意を決してその音源を探る事を決めた。
この声の元、それはおそらく角度的に、シャーリィが着地の際に巻き起こした土ぼこりの中に……
「!!!」
(!!!)
「フヒヒヒヒヒへへへへきょきょきょきょふへろふへろふへろホホほほほははっはは!!!」
見た。
見つけた。
見つけてしまった。
音源を見つけてしまった。
確かにこの聞き覚えのある笑い声の音源は、土ぼこりの内側だった。
だが更に厳密な答えを求め、そして知ってしまった時。
ヴェイグは、脱力した。
ソーディアン・ディムロスが、手の中から思わずずり落ちた。
ソーディアン・ディムロスの刀身は地面とぶつかり、からんからんと乾いた音を立てた。
「げひょえへへへへへへへふぉろホホホホホほほぐけヒャハハハハハハハ!!!」
何故ならその音源は、目の前のエクスフィギュア……エクスフィギュアそのものだったから。
エクスフィギュアの胸部に、腫瘍のようにへばりついた汚らしい肉塊が、ひたすらに笑い続けている。
もともと腕があったであろう断面は、すでに緑色の汚液がぐらぐらと煮えたぎり、わだかまっている。
肉塊の腰から下は、エクスフィギュア自身の触手によって完全に縛り上げられ、
その隙間からのスライムの出来損ないのようなドロドロの粘液が絶え間なく染み出している。
肉塊の上部に開いた比較的小さな穴からは、ナメクジのようになるまで膨潤した舌が、30cm近くにまで伸びている。
更にその上では、細長い無数の体毛が緑色の混合物となって、どんな偏食家でも食べた瞬間嘔吐を起こしそうな、
青緑色のスパゲッティの出来損ないのような物体が固まっている。
肉塊の中ほどが、突如風船のように膨れ上がった。
爆裂。
それはまるで肉塊の体内から、寄生虫やらなんやらが腹を食い破って噴出したかのようにも思える。
強烈な腐敗臭を撒き散らす緑色のスープと、その具とも言うべき臓物があたりにぶちまけられる。
地面に落下し、折りしも夕闇と共に立ち込めてきた夜気に当てられ、スープはほくほくと湯気を上げる。
爆裂した肉塊に、残っていた物は体内の肋骨と、今や正面からでも丸見えになった脊椎。
ヴェイグは人間の皮膚の裏側はこうなっているのか、と肋骨に張り付いた血管の走る膜を見て、一瞬限り感心する。
だが感心は、やがて寒心に変わる。
辛うじて肋骨の籠の内部に残っていた、食道の残骸と思しき肉の管が、いきなり上へと引っ張られた。
何事か? ヴェイグはすぐさまその上の光景を眺めた。
ヴェイグは、自身の胃がぎゅっと絞り上げられたような錯覚に襲われた。
その肉塊の上部に付いていた顔が、180度回転していたから。
つまり頭頂部を下に、顎を天に向ける形で、その首は上を向いていたのだ。
いつの間にか、その肉塊は笑い声を上げることを止めた。止めざるを得なかった。
どんなトリックを使えば、肺や横隔膜を失って笑い声を上げられる人間がいるというのか。
そう、その肉塊の正体は、人間だった。
凄惨な死体ならいくらでも見慣れているはずの軍医すら、一瞥しただけでは見間違えかねないが、
その肉塊は、実に恐ろしく受け入れがたいことに、人間だった。
口からはみ出た30cm近い舌が、だらんと大地に向けて垂れ下がる。
首を180度回転させるために使われていた右手が、そのまま垂れ下がった舌に伸びる。
握り締め、一気に天に持ち上げられた。
ごりぶち、という音と共に、その首は切り離された。もとい、ブッ千切られた。
その拍子に下顎の組織もまた一部剥離し、骨が露出するほどにまでなっていたが、
エクスフィギュアはまるでそんなことなど意にも介さない。
首元から、気管だか食道だか頚動脈だか分からない肉の管が、色とりどりと言った様相で踊る。
エクスフィギュアは、その右手にぶら下げた生首を一瞬見つめた後、その乱杭歯の覗ける口を不気味に歪める。
再度火炎の吐息を吹きかけ、生首の丸焼きを作るつもりか?
だが、エクスフィギュアの行った所業は、そんなものすら児戯にも等しく感じられる凄惨なものだった。
大口を開けたエクスフィギュアは、そこに右手の中身を近付ける。
このショーのクライマックス、成功したなら拍手喝采、とでもこの怪物は思っていたのだろうか。
時間が、その瞬間灰色に歪んだ。
キールの生首に、無数の杭が突き立てられた。
黄ばみを帯びた、白い杭が。
白い杭は一直線に突き立ち、その間に一列の赤い裂け目を作り上げる。
さながら、楔を複数打ち込まれて、その楔の並び通りに割られ、切り出される石材のように。
ヴェイグは、それ以上の正視が出来なかった。
200名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:16:06 ID:HY4srHTb0
 
201名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:16:30 ID:sYzwb5IS0
202The last battle -混迷の黄昏にて-14(改訂版):2007/11/18(日) 22:17:20 ID:7OKHqods0
たまらずに口元を押さえ、汚物を流すための側溝に駆け寄る。
トーマによればミミーなる少女によって作られたという、
ウイングパックの中に入っていたピザが、未消化のままヴェイグの口から吐き出された。
地面に転がったままのディムロスは、その光景に思わず背筋……もとい刃筋が凍りついたような錯覚に捕らわれる。
あのエクスフィギュアは、喰ったのだ。
キールの、生首を。
エクスフィギュアは、キールの首に残った食道を、マカロニのようにして音を立ててずるずると啜る。
キールの下顎が、エクスフィギュアの下によって割り裂かれた。
キールの顎が270度は開くくらいになったのを見て、エクスフィギュアは歓喜に堪えないといった様子で唸る。
更に、もう一噛み。
柔らかい物と固い物が、一緒くたのドログチャの離乳食のようになる音が、怪物の口元から響く。
ギトギトの溶解液がまぶされた髪が頭皮ごと剥がれ落ち、地面に落ちる。
そこに加え、更に落ちてきた物。
歯のかけら。
プギュッと潰れた眼球。
牛タンならぬ、人タン。
皺の寄ったピンク色の豆腐のような脳漿。
幼児がまだ慣れぬ食事をよだれかけの上にボロボロとこぼすようにして、キールの残骸が降り注ぐ。
こんな光景を見せられて、動揺せずにいられる者がいようか。
これを直視しても狂わずにいられる人間の方が、よほど狂っている。
クレスのように殺戮に快楽を見出す手合いか、ロイドのように死への恐怖を失った手合いほどに狂ってなければ、
この狂気じみた惨殺の実演を見ても、心を揺らがさずにはいられまい。
残念なことに、ヴェイグはそのどちらでもなかった。
確かにヴェイグはヒトとしては立派に狂ってはいるが、一個体の生物として未だ狂ってはいない。
同族殺しへの禁忌感はすでに磨滅して久しいが、生物の感じる死への本能的恐怖は、いまだ彼の内に残っているのだ。
涙と共に汚物を垂れ流すヴェイグを横目に、地面に転がった大剣は呻く。
(さすが……曲がりなりにも水の民の外交官をやっていただけのことはある……!
示威行為のやり方というやつを、よく心得ているようだな……!)
ディムロスさえ、それだけの念話を独り言のように投射し、己を奮い立たせることだけで精一杯だった。
かの「串刺し公」の異名を持つ、伝説のヴァンパイアの逸話など、
ものの話には非人道的なまでに残虐な戦いぶりを見せて、勝利を飾った英雄は多い。
だが、兵法を心得るものならばみな知っていよう。虐殺は、本来ならばやるべきではない悪手の一つである事を。
何故か。
確かに敵兵を一兵残らず惨殺し、それを生き残った敵軍に見せ付ければ、
非人間的な所業で相手の士気を挫く事は出来よう。
だがそれも一時ばかりの話に過ぎない。
敵はやがて虐殺の恐怖から立ち直った際、その心に免疫を宿らせ逆襲を試みる。
同胞を惨殺した敵に、子々孫々感じ続ける怨恨と憎悪という名の免疫を。
そしてこれらは一度植えつけられれば、そう簡単には失わせることは出来ない。
虐殺を一度試みれば、それにより屈服させた敵国を、自国に同和させることは不可能になる。
誰が、恐怖と暴力で己を締め上げるような手合いに敬意と忠誠心を抱こうか。
やがて恐怖という箍(たが)が時と共に緩めば、そこには恐ろしい復讐劇が待ち構えている。
虐殺劇は一時ばかり士気を挫くために、そこまでの代償を要求される、余りにも帳尻の合わぬ戦法なのだ。
だが、虐殺が有用である事例も、わずかばかりなら存在する。
その一例が、相手の国や民族を構成する人間を、1人残らずこの世から消し去る、殲滅戦を挑む時。
相手を1人残らず消し去り、女子供すら容赦なくその命を奪うのなら、復讐を受ける恐れはまったくない。
裏を返せば、相手が正気を保ったまま虐殺や惨殺を試みたなら、それは相手からの無言のメッセージと言えよう。
徹底抗戦。一切の降伏を認めない、皆殺しを行う準備があると。
そしてこの「バトル・ロワイアル」という限定戦争の中でもやはり、
相手を動揺させるための虐殺に代償は求められない。
厳密に言えば「バトル・ロワイアル」はルール上、永続的な同和や講和の余地はないがゆえに、
誰もが相手からの復讐というリスクを等しく負っている。
どの道代償を支払わされるのであれば、そこには虐殺をためらう理由など、ない。
(奴はそこまで計算して、わざわざキールをあの場で殺さず、
あえて生け捕りにしてこの場で惨殺ショーを見せてのけた、というところか……!)
203名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:17:27 ID:HY4srHTb0
 
204The last battle -混迷の黄昏にて-15(改訂版):2007/11/18(日) 22:18:28 ID:7OKHqods0
無論、シャーリィがこんな惨たらしい所業を行ったのは、
単に人間のものとは思えぬほどの異能と残虐性を見せつけ、それに怯える一同の姿を見て、
溢れんばかりの嗜虐心を満たし、優越感に浸りたいだけだとも考えうる。
だが思考能力を含めた相手の能力について、過小評価と過大評価するのでは、前者の方がより危険。
ディムロスはよって、この所業をシャーリィの計算と考えることとした。
ディムロスが冷静な思考という行為そのもので、己の心を浮き足立たせまいと律する、その最中で。
突如として、地面に皮袋が落ちる。
シャーリィが、触手を用いて皮袋を投げ捨てたのだ。
無論、キールが持っていた皮袋を。
刹那。
びぐん、とエクスフィギュアの体が震える。
全身が、ぐらぐらと煮え立つ。泡が至る所で、吹き上がる。
(! 今度は何を……まさか!?)
昨日の朝方、ディムロスはその光景を惜しくも見逃していた。
だが、歴戦の英雄であるディムロスの勘と経験が、目の前の怪物の体に起きている現象を、たちまちに理解せしめる。
肉体の急速な再生現象。
だが、これはいくら何でも速過ぎはしまいか……
(!!)
そして、ディムロスはこの急速な再生の理由を、空になったキールの皮袋と共に理解した。
(ミラクルグミを……ミラクルグミを使われたか!!)
E2を発った時点で、残されていた最後の回復アイテムである、ミラクルグミ。
それの持ち主は誰であったか。言うまでもなく、キール。
そして、現在そのミラクルグミは誰の手に渡ったのか。
言うまでもない。キールの持っていたアイテムを奪った、目の前の怪物に決まっている。
そしてそれをこの異常な再生現象と結び付けて考えれば、それは余りにも自明。
それ以外にも、シャーリィはキールの持っていたアイテムを殆ど奪い去ったと見てよかろう。
あの皮袋の中に入っていたアイテム、全てを。
(く……ヴェイグ! 呑気に吐く物を吐いている場合ではない!
急いで私を握り直せ! さもなくばお前はこのまま……)
「WOOOOAAAARRRRRRRGGGGGAAAAAA!!!」
だがディムロスの言葉は、そこで途切れた。途切れざるを得なかった。
怪物は屋根の上から跳躍し、地面に降り立った。大地を激しく震わせながら。
地面にそのまま横倒しになっていたディムロスは、ガタガタとその刀身を鳴らせて跳ね回る。
キールの臓物と血を、全身に塗りたくった化け物は。
吼えた。
吼えながら繰り出した。
両手から、計5本の触手を。
口からは、灼熱の火炎を。
そして巨躯を揺らして、一気に間合いを詰め寄る。
ディムロスの視界が赤一色に染め上げられたのは、その一瞬未来のことであった。
夕焼け空がより一層赤くなったのは、おそらく錯覚ではあるまい。
もはや何が焦げた臭いかも分からない、凄絶なまでに乾いた臭いが舞い上がった。
キールだったものの切れ端のいくつかを、たちどころに灰と煙に変えながら。
205名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:18:30 ID:sYzwb5IS0
206名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:18:33 ID:HY4srHTb0
 
207名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:18:58 ID:A41za+EEO

208The last battle -混迷の黄昏にて-16(改訂版):2007/11/18(日) 22:19:08 ID:7OKHqods0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP40%(ホーリィリングによる治癒) TP40% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル エターナルソード
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:???
第二行動方針:現状を打開する
現在位置:C3村某所・路地裏
※キールの惨殺のショックの余り、ディムロスを拾い直すことを失念

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグを叱咤激励し立ち直らせる
第二行動方針:目の前のエクスフィギュアに対処する
第三行動方針:アトワイトが気になる
現在位置:C3村某所・路地裏
※現在シャーリィ@グリッドの目の前に放置

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 どこかに吹き飛ばされた
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:現れたクスフィギュアに対処する
第二行動方針:エターナルソードを回収する
第三行動方針:可能であればヴェイグを懐柔する
現在位置:C3村某所・路地裏(?)
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡

【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:ミラクルグミで負傷全快 TP全快
   エクスフィギュア化 決心? シャーリィの干渉 ネルフェス・エクスフィア寄生により感情希薄?
   力こそ正義?
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー 
    魔杖ケイオスハート ソーサラーリング(魔杖ケイオスハートと組み合わせて、火炎放射器として使用)
    ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針(グリッド):???
第一行動方針(グリッド):ロイドの仇を取る
第ニ行動方針(グリッド):裏切りは許さない
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):ヴェイグを殺す カイルは見当たらないので後回し
第ニ行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村某所・路地裏
備考:持ち物は全て体内に取り込んでいます
   グリッドの意識は現在ほぼありませんが、
   ショック等あればアリシアやアンナの時のように正気を取り戻すかもしれません
   正気に戻った場合支配権はグリッドに移ります
209名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 22:19:17 ID:HY4srHTb0
 
210The last battle -混迷の黄昏にて-17(改訂版):2007/11/18(日) 22:19:41 ID:7OKHqods0
ドロップアイテム一覧:
スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
(全てC3村・中央広場に放置)

【キール・ツァイベル 死亡】
【メルディ 死亡】

【残り4人】
211The last battle -混迷の黄昏にて-17(改訂版):2007/11/18(日) 22:23:46 ID:7OKHqods0
>>208に修正。

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 どこかに吹き飛ばされた
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:現れたクスフィギュアに対処する
第二行動方針:エターナルソードを回収する
第三行動方針:可能であればヴェイグを懐柔する
現在位置:C3村某所・路地裏(?)
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡

第一行動方針を以下のように変更



【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 どこかに吹き飛ばされた
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:現れたエクスフィギュアに対処する
第二行動方針:エターナルソードを回収する
第三行動方針:可能であればヴェイグを懐柔する
現在位置:C3村某所・路地裏(?)
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡
212The last battle -心は剣と共に- 1:2007/11/21(水) 18:02:03 ID:ibVOuESDO
目の前が赤い。馬鹿でも出来る簡単過ぎる表現だが、生憎俺の頭はそれ以外の表現で構成された感想を持ち合わせて居ないようだ。
そういえばピピスタのサボテンがこんな色をしていた気がする。あの時食材屋の熊のガジュマに騙されて真っ赤なスス塗れにされたのは誰だったか。
……まぁ、もうそんな過去はどうでもいい。
視界の全てが猛る炎だ。熱い。苦しい。
仕方が無いスピードだ。後一呼吸もせず俺の全身は触手に貫かれ灰燼と帰すだろう。
俺は……此所で死ぬのか?
やっと此所まで辿り着いたと言うのに。
あと、あと一歩。
グリッドとロイド、カイルとメルディ、ティトレイにクレス……そしてキールが脱落した今、残るは障害物はたったの四つ。
いや…今頃ミトスはミントを殺しているだろうから三つか。いずれにせよ、もう片手の指で数えるに足る個数。
三人殺す。七回口を動かすだけで言えてしまう、こんなにも単純な事。
優勝する確率は四分の一。もといパーセンテージにして25%。
武具の覚醒率と比べれば一目瞭然。高過ぎるとすら感じる数字だ。
なのに俺は、俺はこんな処で脱落してしまうのか……?
ああ、駄目、だ。もうこの距離では避けられない。
……くそ、くそォッ……!
死ぬ?
勝てない?
負ける?
終わる?
脱落?
俺が?
こんな処で?
こんな奴に?
諦める?
――――――否ッ!!
今はまだ死ぬ時に非ずッ!
ミクトランをこの手で滅するまでは何があっても脱落出来ないッ!
避けられないならば、受けてやるッ!
絶対的な力など、存在しないのだから!
強さというものは形とか、力とか、種族とか、正義とか悪とかそんなモノでは無い!
真の強さとは、心の強さ!
ならば俺の心は……決意は、どんなに小さくとも、何よりも汚くともッ!
何よりも重く、何よりも固く、そして―――何よりも強いッ!
勝てないと思えば勝てる訳が無い!
生き残れないと諦めたら生き残れる訳が無い!
ならばその逆は何だ、ヴェイグ=リュングベルッ!
立て、動け、諦めるな立ち向かえ命のある限りッ!! さあ全身の筋肉よ躍動しろッ! こんな処で死んでたまるかッ!!
そうさこのゲームの勝者は只一人……それはッ!
「俺だあああああぁぁぁぁぁッ!」
一瞬、世界が凍り付いた。その後コマ送りにされる風景の中でヴェイグは神に感謝した。
力の限り叫ぶ。フォルスを開放、展開される目標は目の前全て。
213名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 18:04:19 ID:IZ/TkVunO
 
214The last battle -心は剣と共に- 2:2007/11/21(水) 18:04:52 ID:ibVOuESDO
猛る炎と迫り来る死者の手へと青年ヴェイグは両手を掲げた。
「GROOOOOOWWWWW!」
化け物の漆黒の狂気に染められた声が紅の空を汚す。
しかしその声はヴェイグを倒した歓喜の声に非ず。
何が起きたか分からない、という声であった。
その正体はカレギア首都バルカの出身者ならば誰もが見慣れた白煙、即ち霧。
ヴェイグはあの刹那、フォルスを強く込めず発動した。敢えて炎に氷を喰らわせたのだ。
勿論精神力節約の意味も込めてだが、真の目的はこの濃霧にあった。
この濃霧を生み出した青年、ヴェイグはこの化け物と戦うには荷が勝ち過ぎると判断し、一時の撤退を選んだ。
「はあッ!」
一瞬の隙を突かれた化け物が狼狽している間、ヴェイグは素早くその背後へと滑り込み、化け物の足――人間で言うアキレス腱のあたり――を斬り付けた。
しかし化け物も予想外の展開に長時間捕われる程愚かでは無かった。
いくら中身がシャーリィとは言え、その正体は幾つもの修羅場を潜り抜けてきた戦士である事に相違無い。
「WROOOOOOYYYY!!」
それ故に“彼女”は濃霧の発生という不測の自体に即座に対処が出来たのである。
……化け物は自らの足元に剣がある事を知っていた。
しかしそれがミスになる。剣士の戦いの手段は言わずもがな剣での攻撃。
即ち今ヴェイグがディムロスを手放している為に相手に攻撃手段が無いと思い込んでしまったのだ。
しかしそれは見た目である。実際にはヴェイグはエターナルソードを持っており、それ故に化け物の足を斬る行為へのロスを限り無く短くしたのだ。
だが化け物はあろう事かサックの存在を失念していた。
シャーリィの反撃の前提はこうである。
“このガキが攻撃するにはこの剣を拾う行為が必然である。そしてそれは僅かな隙を生む。
215The last battle -心は剣と共に- 3:2007/11/21(水) 18:06:54 ID:ibVOuESDO
 しかし何より相手もそれに気付いているし、私がそう思っていると気付いている可能性が高い。故にロスを少なくするには私の正面に攻撃する以外に無い”
しかしこの前提はエターナルソードの存在により砕かれる事になった。
結果、シャーリィは焦燥に駆られる事になる。
背後からの攻撃は全くの想定外。前方に腕を振り下ろそうとしていた為にそこに生じるのはコンマ一秒の僅かなタイムラグ。
ヴェイグはそれすらも読んでいた。
そして読まれていた事実をこの瞬間にシャーリィも悟る。
だがそれが本当のヴェイグの狙いである。
怒り狂う少女の行動パターンを読むのは、容易い事だからだ。
故に青年は少女の想定外を突き敢えて怒らせるッ!
全ては秘奥義の鍵となるディムロスから意識を自分に向けさせる為ッ!
「WROOYAAAAAAWW!」
一瞬遅れて化け物が咆哮し後ろへ腕を振り下ろす。
しかしそこに手応えは無い事をシャーリィが理解した時には既にヴェイグの気配が消えていた。
それによりシャーリィは三度困惑する事になる。
探したくとも気配は無し、視界は濃霧に遮られ、もれなく自分の目茶苦茶な攻撃による土煙がおまけに付いて更に最悪。
“しくじった!”
最早シャーリィの脳内には獲物を逃した事への怒りに身を委ねる以外の選択肢は残ってはいなかった。
シャーリィが自分の足に紫の剣が刺さっている事に気付くのはもう少し未来の話である。

―――――――――――――

「ふう……此所まで来れば大丈夫か」
青年―――ヴェイグは路地に立ち止まると呟いた。その手に握られていたのはエターナルソードでは無く……
『よくやったぞヴェイグ、一時はもう駄目かと思ったぞ。……一応、言わせて貰うがあの場でシャーリィと戦っていればこちらに勝ち目は無かった。
 一撃の火力、体力、精神力、手数。これら全てにおいて明らかに奴が上だった』
……炎の大剣、ディムロスであった。
216The last battle -心は剣と共に- 4:2007/11/21(水) 18:07:45 ID:ibVOuESDO
シャーリィの背後に斬激を与えたのは、単なる攻撃では無い。シャーリィの意識を背後に向ける為。
何故わざわざその様な事をしたか? 答えは簡単。シャーリィの性格をヴェイグは理解していたからだ。
一度キレると冷静な判断が出来なくなり、自分の言う通りにならなければ力にものを言わせて喚き散らす質の悪い子供のような性格。
実に作戦に嵌め易い性格だ。
「ああ……。想像以上にうまく嵌まってくれた」
濃霧を生み出した瞬間にヴェイグは絶・瞬影迅を発動。気配を絶ちシャーリィの背後に回り込んだ。
そこで浴びせたのは単なる斬激に非ず。
その正体は幻龍斬。
シャーリィが反撃に回った時には既にヴェイグはディムロスを回収、地面へと風神剣を発動していたのだ。
それからの展開が今の状況である。
『だがまだまだこれからだぞ、ヴェイグ。我々の目指す場所までの旅路は果てしなく遠く険しいのだからな。さて、これからどうする?
 夜は五感が発達したミトスに分がある。出来れば決着は早い方が良い』
「分かっている。だからこそエターナルソードを奴に刺してきた」
『何? エターナルソードをシャーリィに?』
「ああ。ミトスはエターナルソードが欲しいらしいからな。利用させて貰う。
 それにディムロスも気付いているだろう? ミトスは恐らくエターナルソードの場所を知る術を持っている」
家の中に入り、使えそうな物が無いか探しながらヴェイグは淡々と答えた。
『成程そういう事か。だがそうすると我々はミトスやシャーリィの場所を把握しなければならない。
 現在位置も分からない現状をどう打破する?』
ディムロスがそう切り出した時ヴェイグは棚の中から包帯を取り出していた途中だったが、その行為を止めず呟く。
「……窓の外を見てみろ、ディムロス」
ああ、成程。
ディムロスはその黒い建物を見て納得した。
「……現在位置はあの鐘楼台が知らせてくれる。そしてミトスやシャーリィの位置も俺なら把握出来る」
ヴェイグは包帯を新しいものに換えながらそう呟き、ベッドに腰を落とした。
『それは……どういう事なのだ?』
「雪、さ」
『……雪?』
「ああ。この村の湿度は現在高いようだ。濃霧の影響だろう。俺のフォルスを使うには恰好の状況だ」
ディムロスは理解した。
どうやら雪を使って感知するつもりらしい。
ティトレイの二番煎じであるが、有効な手段だった。
雪は相手の体力も奪い動きも鈍らせる。一石二鳥である。
217名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 18:08:35 ID:i0QpSTMcO
しえん
218The last battle -心は剣と共に- 5:2007/11/21(水) 18:09:26 ID:ibVOuESDO
『だがこの村を生め尽くす雪となると……』
「“お前の精神力が保たないだろう”、か? 心配は無用だ。ディムロスも分かるだろう? 氷と雪では密度が違う」
『成程、沢山の雪を降らせてもそれは小さな氷を生み出す事と変わらないと言う事だな?』
「その通り。俺の精神力の消費も実際はかなり少ない。消費量はMAX時の一割と言ったところだ。エメラルドリングの加護があるからな」
『一割か……少ない様で気になる消費だな……』
それを最後に、俺達は口を閉ざした。
早く動かなければならないのは分かってはいたが、何故か少し時間が必要に感じた。
ディムロスもそう思って居るのだろうか、先程から口を紡いだままだ。
四角く四つに分かれた窓から赤い光が俺達を照らしていた。この黴臭い暗闇の中、俺達だけが存在を許されているようだった。
片足を動かしてみる。
腐りかけの床が軋む音がして、俺の足が暗闇へと誘われた。
床はこの世のものとは思えない程冷たかった。氷よりもずっと。
不意に吐き気を覚えたが、耐える。この冷たさがきっと、死の温度なんだろうと思った。
目を火傷した手へと移す。その手に包帯が握られていた。
俺はその包帯をサックに入れる。負傷した際の為だ。
『ヴェイグ……そろそろ作戦を開始しなければ』
ヴェイグは体をびくんと震わせディムロスへ視線を落とした。
「ああ……すまない、行こう」
作戦を決行してから先ず行かなければなかない場所は決まっていた。この村周辺を十分確認出来、かつ不意打ちが可能なのはどんな場所か?
この複雑な村を地上から把握するのは不可能。
答えはある程度上の場所。不意打ちも暗くなれば空中からが好ましい。
そしてそれに適した場所をヴェイグとディムロスは良く知っていた。
鐘楼台。
無論鐘楼台は相手からも見つかり易い場所だが、うまい具合に鐘のある場所に身を屈めれば外からは見えない。
それに雪が降り始めれば視界はかなり悪くなる。
キープするには絶妙過ぎる場所だった。
「……いくぞ」
ドアノブがヴェイグの手により回された。彼等は家の外に出る。
ヴェイグは目を閉じる。
真紅の世界の中、全身から蒼の光を昇らせる青年をディムロスは見つめていた。
(神に頼るのは好きではないが……願わくば……神よ、我々に勝利を!)
ヴェイグの精神統一が終わる。
開かれた目には蒼の炎が宿り、彼が踏み締めた草花が一瞬にして凍り、弾ける。
219The last battle -心は剣と共に- 6:2007/11/21(水) 18:11:04 ID:ibVOuESDO
異様な光景だがディムロスはそれを綺麗だと感じた。
ゆっくりとヴェイグが両手を空へ掲げる。
少なくともディムロスには世界が彼を中心にして回っているように見えた。
蒼の炎は両手へ集う。
大気を揺るがし、世界が冷気に沈む。
「氷のフォルスよ……この世界に吹雪を呼べ!」
彼の両手から発せられた一閃の光は空高く飛翔する。
やがてそれは見えなくなり、二、三秒間が空く。
『…!』
ディムロスはその景色に言葉を失った。見えなくなったそれは上空にて弾け、消えた場所を中心に蒼く輝く輪となり広がった。
セイファートリングを彷彿とさせたそれはこの世界にとって禁忌とされる程の美しさであり、存在してはいけないとすら思える色彩で輝く。
バトルロワイヤルという死の世界で、唯一許された芸術作品のようだった。
描かれた輪は各方角の地平線へと沈んで行く。同時に七色の波が紅の空に輝く。
その極光の光を見慣れた今は亡き極光術士がこの景色を見たとしても、問答無用で彼の言葉を奪って行ったであろう。
それ程までの美しさをこの極光は秘めていた。
それだけにこの死の世界が余計に映えて見えるのだが。
極光術士では無いがしかしそれを発生させた主、ヴェイグですら無言で空を仰ぐ事しか出来なかった。かつてノルゼン地方で極光は見たが、これ程までの美しいものは初めてだった。
そして数秒の後、今度は幾何学模様の氷の結晶が彼等へと降り注ぐ。
ゆっくりと、しかしそれは魔力の類でなければ溶ける事の無い、ミクロの世界で造られた絶対の芸術が降り注ぐ。
真っ赤な世界にその汚れ無き純白の雪は良く映えた。
「……成功だ。じきに雪が地面を覆うだろう」
『…ああ』
二人は空を仰いだまま言葉を交わす。
もう二度とその目に収める事は無いであろう美しい景色を、網膜に焼き付ける様に。
「ここまで綺麗な景色を見た事があるか?」
『いや、無い』ディムロスは即答し、続ける。『……最高の景色だ』
「同感だ……殺し合いである事を忘れる程に綺麗だ」
『……見とれ過ぎて本当に忘れないでくれよ、ヴェイグ』
ディムロスが冗談混じりに呟く。
「ふふ……あんたでも冗談は言えるんだな。出来れば忘れたいよ」
ヴェイグはそれに皮肉混じりに返した。
彼の笑顔を見たのは初めてかもしれん、とディムロスは思った。
220名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 18:12:23 ID:i0QpSTMcO
支援
221The last battle -心は剣と共に- 7:2007/11/21(水) 18:12:35 ID:ibVOuESDO
『失礼な奴だ。ヴェイグ、お前は年長者への口の利き方を勉強した方が良いな』
「ふ…生憎だがディムロス、俺は今呑気に勉強している暇を持ち合わせていない」
くすりと笑い、ヴェイグは手を広げて見せた。
不自然に眼球の上に負かれた包帯が痛々しく感じた。
『それもそうだな。……では全てが終わった後にゆっくりと講釈してやろう』
馬鹿、全てが終わったら俺とあんたの命も終わるんだぞ、なんて言葉は言わない。
まぁ、なんとなくそれも悪くは無いと思うから。
俺と同じで不器用なあんたと一緒に居るのも。
……出来れば人間だった頃のあんたに、会いたかった。
「……楽しみにしている」
『……ああ』
この時だけは、殺し合いである事を忘れたかった。
ヴェイグはディムロスを握りゆっくりと一歩踏み出す。
うっすらと積もった雪に生きた証を刻みながら、ヴェイグは口を開く。
それは再び命に誓うと共に、忘れかけていた殺し合いへと出向く合図。
「……だから、」俺と一緒に行こう、ディムロス。「絶対に、」そして俺に口の聞き方を教えてくれ。「生き残るぞ」
―――約束だ。
勿論だ、という声が剣から聞こえた。
青年はもう、笑う事はしなかった。

―――――――――――――

『これは……』
アトワイトは唾を飲んだ。
ようやく、あの化け物に吹き飛ばされ死んでもいないというのに――いや、厳密には死んでいるが――廃墟の中に埋没されたという事象から脱出した途端に網膜に映された異様な景色。
輝く蒼い輪が消え、浮かぶは極光。
アトワイトですらその残酷なまでの美しさに言葉を盗まれたのだ。
ローバーアイテムで言葉は盗めるのかしら、などという馬鹿な事をアトワイトは考えた。
天使はただ茫然と空を仰いで立ち尽くす。全身に打撲とあらゆる細かい傷を負っている事すら失念して。
脳裏に過ぎるは地上軍拠点での夜。
あの極寒の地ではしばしば極光を望む事も可能であったが、赤い空へ浮かぶ極光は初めてであった。
本来吐き気を催す程奇妙な光景。しかし何故だろうか。アトワイトには嫌悪感を覚えなかった。
と、同時に感じる違和感。
『……気温が変わった……?』
それは急激な変化であった。アトワイトは辺りを見渡す。自分が埋没された瓦礫の山があるだけで特に変わった様子は無い。
自然現象では有り得ない変化。まるでこれから雪でも降るかのような……。
……ヴェイグ=リュングベルが何かしたのかしら?
『……雪?』
222The last battle -心は剣と共に- 8:2007/11/21(水) 18:14:17 ID:ibVOuESDO
アトワイト――もといコレットの紅の眼球は同じく紅の空から舞い降りる一粒の結晶を認めた。
と、同時に疑問が浮かぶ。
『雪なんか降らせて何をするつもりなのかしら。この雪によりヴェイグ=リュングベルに齎される利益は……
 1、私達の体力消耗
 2、視界を奪う
 3、動きを鈍らせる
 ……ってとこよね? ……何か引っ掛かるわね』
アトワイトは片手で顎を擦った。何かが、おかしい。
見落としている?
何を?
いや、利益はこの三つ以外にありはしない筈だ。
しかしこの蟠りは何だ? 胸の奥にディープミストでも掛けられたかのような……。
……待て。よく考えるのよアトワイト=エックス。
この降雪行為は、明らかに割に合わないぞ?
『雪がどんどん激しくなって行く……』
アトワイトは舌打ちをした。
これでは天使の目や耳も役に立たない。そして相手の目的がさっぱり分からない。
これだけの雪は精神力をかなり使う筈。
なのに利益がたった三つとは思えない。
何か一つ……見落としが……。
アトワイトは雪がしんしんと降る中ただそれを考えながら歩き回っていた。
自分の現在地をヴェイグに掌握されているとも知らずに。

―――――――――――――

『どうだ、ヴェイグ?』
無人の家の中、机の上に置かれた剣が片目を失った青年、ヴェイグに問い掛ける。
対するヴェイグは椅子に座り込んだまま腕を組み、眉間に皺を寄せ目を閉じていた。
「……コレットはここからかなり近い。こちらからは遠ざかっているようだが。
 ミントは、死んだ……らしい。何故ならミトスが今鐘楼台では無く建造物が無い場所……恐らく中央広場に居るからな。
 シャーリィはミトスの方向へ進んでいるようだ……激突は免れないだろう。
 漁夫の利を得るにはチャンスだな」
残る人物が男と少女、化け物である事はヴェイグを安心させた。
個人が簡単に特定出来るためだ。
「あと、ミトスの方向から考えて、こちらは東地区のようだ。
 ……さて、どうするディムロス?」
腕組みを解き、両手を広げながらヴェイグは呟いた。
『……アトワイトとの接触は避ける。我々はミトスとシャーリィが出会うであろう場所へ向かう。
 ミトスはエターナルソードを持つのは我々だと思い込んでいるから、奴等は確実にぶつかるだろう。好都合だ。
 アトワイトの話が真実ならばレイズデッドを使えないミトスはシャーリィに苦戦を強いられる筈だ。
223名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 18:14:38 ID:i0QpSTMcO
一人でも支援
224The last battle -心は剣と共に- 9:2007/11/21(水) 18:16:11 ID:ibVOuESDO
 だが恐らくミトスが勝つだとう。御互いに瀕死寸前の勝負にはなるだろうがな。
 まず我々はそれを静観し戦力と弱点を分析する。可能ならば不意打ちで瀕死の双方を仕留めてしまう』
それに頷くと、ヴェイグは再び腕を組んだ。
「やはりそれが最善か……しかし」
『そう。アトワイトの行動だけが不安要素。
 漁夫の利を狙うには邪魔な存在だ』
「……殺るか?」
『いや、苦戦は必須だ。奴の馬鹿力は半端では無いからな。出来れば交戦は避けたい』
「だが!」
『焦るな、ヴェイグ。この期を逃せば折角の雪とチャンスが台無しになるぞ。
 それにアトワイトの行動は我々に筒抜けだ。大きな問題は無い
 更にシャーリィを確実に倒せるレイズデッド使いはアトワイトだけだ。殺さずにキープしておけば役に立つかもしれない』
ヴェイグはディムロスの言葉に納得したようであり、俯いて黙した。
『……無いとは思うが、シャーリィがミトスを倒した場合は一時撤退。その後アトワイトに接触しシャーリィとミトスが交戦している、とブラフを告げる。
 アトワイトはミトスを優先するからまず確認しに行くだろう。
 我々はその後アトワイトとシャーリィの交戦を静観し、どちらかが倒れる瞬間に不意打ちを喰らわせる』
「分かった。鐘楼台には……行かないんだな」
コアクリスタルを輝かせながら、ディムロスは答えた。
『ああ。中央広場からは遠過ぎるからな。ミトスは余程急いだらしい』
ふと窓を見た。いつの間にか結露が始まっていて外の様子は伺えなかった。
「そろそろ行こう」
俺はそう呟くと、ディムロスを握った。
ふと窓に触れたくなり、硝子に指を這わせる。
その指による一本の線から外の様子を伺えるようになった。
何の事は無い、ただそれだけでそれ以上も以下も無かった。
窓から離れゆっくりとドアノブを握り、捻る。腐りかけの扉が軋みながら開いた。
冷たい空気と粉雪が皮膚を襲う。
『共に歩もう、ヴェイグ。この世界の……我々の―――果てまで』
辿り着く先がどんなに汚くてもいい。そこが間違いであってもいい。
生か死か、0か1か。その二択しか存在し無いのならば。生へと、1へと足掻け。
俺が、俺の心が此所に在る限り。
「……ああ」
そうさ。
迷う事なんて、何も無い。
それは0から1への一本道なのだから。



225The last battle -心は剣と共に- 10:2007/11/21(水) 18:17:27 ID:ibVOuESDO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP45%(ホーリィリングによる治癒) TP30% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走 迷いを克服
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:コレットを警戒しつつ中央広場へ
第二行動方針:漁夫の利を狙う
現在位置:C3村東地区某所・路地裏→C3村中央広場
備考:フォルスによる雪は自然には溶けません

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグをサポートする
第二行動方針:シャーリィやミトスの戦力を見て分析する
第三行動方針:アトワイトが気になる
現在位置:C3村東地区某所・路地裏→C3村中央広場

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 
   全身打撲 全身に擦り傷や切り傷
所持品:苦無(残り1)
ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:取り敢えずミトスと合流したい
第二行動方針:エターナルソードを回収する
第三行動方針:可能であればヴェイグを懐柔する
現在位置:C3村東地区某所・路地裏→?
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡
226The last battle -心は剣と共に- 11 @代理:2007/11/21(水) 18:23:47 ID:Zc3lpmih0
【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:HP及びTP全快
   エクスフィギュア化 決心? シャーリィの干渉 ネルフェス・エクスフィア寄生により感情希薄?
   力こそ正義?
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー エターナルソード
    魔杖ケイオスハート ソーサラーリング(魔杖ケイオスハートと組み合わせて、火炎放射器として使用)
    ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針(グリッド):???
第一行動方針(グリッド):ロイドの仇を取る
第ニ行動方針(グリッド):裏切りは許さない
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):ヴェイグとカイル(特に前者)を殺す
第二行動方針(シャーリィ):生存者を見つければ殺す
第三行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村中央広場付近
備考:持ち物は全て体内に取り込んでいます
   グリッドの意識は現在ほぼありませんが、
   ショック等あればアリシアやアンナの時のように正気を取り戻すかもしれません
   正気に戻った場合支配権はグリッドに移ります
227The last battle−黄泉の門開く処− 1:2007/11/28(水) 20:20:47 ID:WnwS+ypz0
溶けている。そういう自覚だけが其処にあった。
煮込めば煮込むほど、原形をとどめすに崩れ名前を失っていく野菜のように。
嘗てはあった皮膚一枚を境界とする此方の彼方の区別が上手く付かない。
境界面がないから個を確定できない。だから、其処はもう立方体の部屋はおろか立方晶構造を維持した物体ですらなかった。
かつて、其処は「何か」であったはずだ。だが、既に記憶は砂粒ほどにまで分解され、
過去は弾性も剛性も、復元性すら失い、「個性」は実に“溶けやすく”なった。
意識に直接伝わるノイズは、数が多すぎてもはや無音の域に達している。
其処が小刻みに震える。嗤いを噛みしめているような震えだった。
何が“溶けやすい”だ。元からしてユルユルじゃ無いか。
吹けば飛ぶような自意識、役割を演じ続けなければ立っていられない惰弱。
日曜大工でももう少しマシなモノが拵えられるだろう出来合いだ。
震えれば震えるほど其処は他と混じっていく。「他」は今陽気を振りまいて振りまいて、酷く楽しそうに笑っていた。
眼という区別が無いから何がどうなっているか判別の仕様もないが、溶けていく末端から飛びそうなほどの愉悦が伝わっている。
さぞやお楽しみなのだろう。
そう皮肉気な波を揺らす其処は、「他」とは対称的な気配と言っても差し支えなかった。
溶けてしまう事も厭わずに賽を振った「何か」であった頃の悲願を達成した今、他である彼女のように、いや、それ以上に高らかに笑っても良かった筈だ。
だが、其処には笑いは無かった。手向けのような嘲笑の一つさえ無かった。
理由は其処にはとっくに分かっていた。そして、それを解ってしまうことがどういう意味を内包しているのかも。

簡潔に云ってしまえば、“やることが無くなった”のだ。

裏切り者に制裁を与え、無念に散った者の仇は知る限りに討った。
その先にあったのは、達成の歓喜でもこうなってしまった事への後悔でもなく、
ただ「何か」だった頃にやらなければならなかったことを全てやり終えてしまった虚無感だけだった。
やるべきことを終えてしまった。それは、彼が必死に取り繕おうとしていた殻の完全な破綻を意味していた。
そこに至り其処は漸く自覚する。
自らを完全に否定し、自らの目の前で裏切った男をこう成り果てるまで執拗に追い求め続けた理由が、
私憤でも義憤でもなく、ただの“裏切り者を許してはいけない”という義務だったことに。
もし、怒りやら悲しみやら――いっそ狂いでもいい――を原動力としていたのなら、まだまだその感情のままに殺し尽くせばいいのだ。
それが無い。内側から沸き立つ物がない。俺が俺として立つ理由がない。
なんて、なんてユルユルなんだろう。ユルユルすぎて固が、個が無い。
228The last battle−黄泉の門開く処− 2:2007/11/28(水) 20:21:33 ID:WnwS+ypz0

俺はただ、壊れかかった俺を維持する為だけに、復讐鬼の役割を演じていただけなのか。
あれだけ殺せと叫んでいたのに、あれも偽物。死の淵にでさえ、固める思いも無かったのか。

その結論に至ったとき、其処にとって酷くしっくりした気がした。
こうしてシャーリィ=フェンネスに溶けているのも、アレに触れてドロドロに成ってるわけじゃない。
“元からドロドロだっただけ”じゃんか。
そして同時に、其処に猛烈な恐れを思い起こさせた。「何か」だった頃に比肩する感情と呼べるほどの高ぶりだった。
何もない。俺には中身がない。殻が割れたらそこで終わってしまう。
罅割れから漏れる中身を漏らすまいと手で押さえるように、吹き付ける寒波に凍えないように自らを抱きしめるように、
強く強く震えた。振動だけが流体にとっての表現方法だった。
嫌だ。死ぬのも嫌だけど、俺が消えるなんて、嫌だ。死すら俺にはない。
だれか、誰か理由をくれ。
力はもう手に入れたから、漆黒の翼として揮う正義はここにあるから。
後は理由だけだから。

だから俺が立っていい理由を下さい。
何でも良いから、理由を、動機を下さい。
俺が呼吸する権利を下さい。義務を履行しますから。

俺を舞台に立たせて下さい。お願いします。

其処に、ボトンという間の抜けた音を立てて、波紋が渡った。
水面に石を投じるように、それが浸透していく。
それは、今しがた外界からここに食われたモノだった。
破損した脳細胞が其れと知り、其処に攪拌される。
古いモノから新しいモノの順に。断章でこれとは几帳面としかいえない。

229The last battle−黄泉の門開く処− 3:2007/11/28(水) 20:22:19 ID:WnwS+ypz0

ミトス=ユグドラシルが鐘楼を発ったのは、十数分前の話だった。
鐘楼には上らなかった。自らが拠点とした場所が死と闘争で満たされた現状を確認した時点で、上る必要性は無くなっていた。
打ち抜かれた壁に、汚れた雪原。
腕のない死体に、微かな微笑をみせる。
胸を弾き飛ばした死体を睥睨し、少し、詰まらなさそうな顔をする。
正しく戦争の具現を閲覧する中で、彼は三番目に目当ての死体を見つけた。
無言のまま、屈んでその金髪を引いて顔を起こす。そのまま二階の穴を見据え、顔面の半分が拉げた過程を想像した。
血肉が混ざった土は汚泥と呼ぶになんら違和感がない。
指を開いて、指に絡まった髪を解く。陥没した顎に静かに手を添え、俯せのまま死んだ彼女を仰向けにした。
鐘楼の頂を向いて眼を細めた。日は大分落ち、遠からずの夜を教えている。
ミトスが地平に眼を向けた時、地面に出来た穴に―――正確には穴に通じるタップリの血の河に、だが―――気がついた。
この場には不似合いな、蟻一つ踏み潰さないと思える程、優雅な足取りで、ミトスはそこに近づいた。
首は振らず、視線だけで穴の中を見下す。轢る歯の音が、彼自らの耳にまでたっぷりと届いた。
金の髪を払い、後ろを振り返る。
三つの死体は、それぞれの定位置で平等に死んでいた。
ミスティシンボルをクルクルと回し、二言三言の文句の後、殺人鬼を包んだ穴に火が点った。
首を上げて、天を仰ぐ。赤み掛かった鐘楼は鎮魂の鐘一つすら鳴らさない。

同上の作業を、あと三度繰り返してから、ミトスはこの気の利かぬ墓標を去ることになる。


帰路にあって、ユグドラシルの足取りは重い。並木道を歩く―――実際には、
浮く、に近いが―――様は非常に鈍重で、その理由は決して能力的制限にのみ因るものではなかった。
一体あの場で何が起こったのだろうか。
いや、それ自体の答えはとっくに得ている。銀髪の剣士ヴェイグが自ら宣誓したのだ。三人は自分が殺したのだと。
ミントもその死に方から墜落死なのは容易に想像が付く。ミントの死体に作られた外傷と呼べるものの殆どをユグドラシルは鮮明に覚えていた。
その舌の切断跡も、刻んだ肉も、精細を欠いた瞳孔の色も、幾らでも思い出すことが出来る。
無論ヴェイグの言葉を鵜呑みにする気はない。
一人が3人を同じ場所で殺す手管としてはあまりにも雑、というより統一感が欠如しているし、
何より一人に至っては、その死を知らなかったとしか思えない。綻びが多すぎる。
かといって、ユグドラシルはその真実を知ろうとも思わなかった。
あまりにも不透明で推測の仕様も無い。なにより、もう詳細な話は彼にとってどうでも良かった。
死んでしまった。その結果だけで、彼の気分、その何もかもを無意味にするには充分だった。
230The last battle−黄泉の門開く処− 4:2007/11/28(水) 20:22:58 ID:WnwS+ypz0

ティトレイ、何処か自分と似通っている見所を見せながらも、僕の誘いを謀った男。
頭蓋を引き出して、あの砂浜で出会ったことを後悔させながら殺してやりたかった。

クレス、姉様を、僕の世界を笑いながら殺した男。
殺して殺して、顔を潰しても解るほどに苦悶を叩き込んで活きたまま捌いてしまいたかった。

カイル、僕は、あの幼い英雄に何を苛ついていたのだろうか。
なぜ、既に英雄たることを棄てた僕が、「英雄」なんて言葉を玩んでしまったのか。
足掻きながら絶望に塗りつぶされるその様を見れば、それも晴れると思っていたのに。

そして、ミント。
どこまでも姉様の影を惹き、それ故に許し難い存在。
アレの全てを粉砕し、蹂躙し、醜さを余すところ無く引き出して、抉り出して、
それでこそ、僕の中にあった矮小な何かを棄てられると思っていたのに。


どいつもこいつも僕の手で殺してやりたかった。
この手で、この力で、暴力の渦中で引き千切られる様を見たかった。
さもなくばせめて、僕の望むような死を見たかったのに。
なのに、何奴も此奴も満足とはほど遠い形で死んでしまった。
胸に手を当て、心臓を握りつぶすように指に力を込める。やり場の無い、名を知らぬ感情が胸の中で澱んでいた。
この鬱屈した無銘の感情を破棄できるのならば、心臓ごとでも構わないような気がした。
全ては上手く機能しているはずだ。姉様を蘇らせるのに憂いなど一切無い。
ならば、この不快はどこから来ているのだろうか。木枯らしのような寒風が頬を撫でるが、彼の身体には伝わらない。
彼ら彼女の死で、その源流を知る前に忘れられると思っていたのに。
何が、何が僕を此処までイラつかせる。フラストレーションばかりが溜まって仕方が無い。
幾度考えても、答えは出ようはずもなく、それを晴らせるかと期待した者達は皆火葬してしまった。
死人は何も応えない。

ユグドラシルは鼻で笑おうとしたが顔が引き攣って寧ろ不愉快を露わにしたような顔になってしまった。
首に巻いたスカーフを鼻まで深く巻いた。万願が成就する直前の顔としては面白くない。
姉様さえこの手に取り戻せば、こんな瑣末な引っ掛かりなど忘れてしまえるだろうに。
天を見上げる。空は暗雲に被われて、陽光一つ届かせる隙間を許さない。
ミトスはもう一度笑った。今度は上手く作ることが出来た、素直に卑屈な嗤いだった。
この僕が天を仰ぐなど、気でも触れたか。まるでどうにもならないモノを神に縋っているみたいじゃないか。
何を死人に後ろ髪を惹かれる必要がある。ましてや劣悪種の命など。はは、アハハ。
姉様はここにいる。死人は応えないが、姉様は下等な劣悪種なんかと根本から違う。
姉様は肉体の死を超えて蘇る。あんなペテン師の手など借りなくとも。
現に僕はその行程を最終段まで着手して居るではないか。何の憂いもない。既に向こうの決着も付いているだろう。
そこまで考えれば、もう全ては終わってしまったようなモノだ。
姉様さえ、姉様さえ取り戻せば、きっとこの腐ったようなものも澄み変わる。いや全く、何を呆れる理由がある。
231The last battle−黄泉の門開く処− 5:2007/11/28(水) 20:24:09 ID:WnwS+ypz0

一拍を於いて、ミトスは理解した。どうやら僕の脳は最後まで腐っていたらしい。
もう一度、今度は漫然とした眼を切り替えて天を凝視した。
文字通りの意味として、何故暗雲が立ちこめているのか。
先ほどまでは夕日が赤みを出していたはずだ。それすら届かないとは、尋常な天候変化ではない。
見上げるユグドラシルはいち早く、空を舞うモノに気付いた。白い粒が一つ落ちてくる。
手を前に出して、それを受け止めた。
その手の中に収まるのは氷の結晶だと認識した瞬間、もう一度空を見上げる。
灰色の雲に対比または同化するようにして、純白の雪が無数に降り注ぐ。
溶けぬ雪は地熱を無視してあっさりと薄く広場を白く被った。
そして、そこに存在する、一つの巨大な化け物を漸く知った。


一分だろうか、一秒だろうか。天使と化物は、互いを凝視し合っていた。呆気に取られたという方がニュアンスとしては正しいか。
敵を目の前にして呆然とするなど彼らの性格上互いに有り得ない。
しかし、理由はあった。今この瞬間に於いて、彼らはその特異性により敵ですらなかったのだ。

触れた先からその魔力を帯びた熱量に雪が溶けゆく化け物の中で、シャーリィはある種茫然自失とも言える気分を覚えていた。
“誰?コレ”
あまりにも率直すぎて、先程受けた傷への恨みも雪への驚きもない。
視野狭窄気味の彼女は複数の感情と思考を同時に楽しむには幼すぎた。
いや、それよりも、純粋な疑問の方が強かっただろうか。
それほど、彼女は素直に“名簿に存在しない56人目”に驚いていた。
長くきめ細やかな金糸の髪、穢れ纏わぬ純白の衣。そして、それを皮肉るかのように相反する薄汚れた首巻き。
そして、人形のように端正な顔立ち。
放送を碌に聞いていない彼女でも、こんな人間は参加者に居ないと知っている。
今の自分と同様、目の前に存在するのは明確なイレギュラーだ。
幾らでも想像する余地があった故に、シャーリィは微かな思考時間を余儀なくされた。

ユグドラシルは、喉を鳴らすことすら忘れた。ここが既に中央広場だと気付かなかった。
この僕が歩く速度にすら気が回らないとは、ええい、畜生。
そして、目の前に現れたのは、魔剣を携えたキール達でもなく、三人をねじ伏せたヴェイグでもない、知覚しない第三要素。
不意に、股間に激痛を覚えた。
手で押さえたい誘惑を堪えるように、拳を握りしめた。今更幻痛で教えてくれなくとも了解している。
アレは、つまりそういうことだ。アレが僕の目の前に現れた。それはいい。
だが、ミトスはその立ち位置上、そこからシャーリィとの戦闘以外の要素を思考する必要があった。
即ち、その存在が、戦略的にどういう意味を持っているのかを。
本来ならここで一度思考を中断するべきだった。撃滅してから考えても結論に変化は見られそうになかったからだ。
しかし、エクスフィギュアの肉に埋め込まれたキール=ツァイベルの残骸は、生理的嫌悪感を差し引いたミトスにも一息の思考を強要した。
“何がここであったのか”を考えざるを得なかった。
だが、そこ一息こそが彼に思考する余裕を与えた。
232The last battle−黄泉の門開く処− 6:2007/11/28(水) 20:24:53 ID:WnwS+ypz0

“まァ、いいや”
硬直状態を打ち破り、先手を取ったのは化け物だった。
彼女の性格、そして彼女の目的が酷くシンプルであったことが幸いした。
“全員殺すんだから、一人増えたところでたいした問題じゃない”
そう思った時点で、既に右足が動いていた。
従来のエクスフィギュアでは考えられない速度で巨躯が動く様は、実速度よりも速さを遠近誤差で錯覚させる。
対象を目標に定めると、付随して色々な憤懣が彼に向けられる。
傷を負ったこと、小娘に邪魔をされたこと、果ては目の前の男に似た人物に苦汁を舐めさせられたことに至るまでが渾然し、その捌け口を彼に定めた。
毒々しい色合いの爪が、ユグドラシルに振り降ろされた。
爪が彼を無惨に引き裂くかと思った寸間、ユグドラシルの姿が光に包まれた。
人ならざる単眼は光に眩むと言うことは無かったが、光と共に敵が消失したことに驚く。
背後に現れたミトスの掌が輝いた。
「私に媚を売ってきた者も、私が知らない者も、私に逆らう者も、皆消え失せたか。リアリティ溢れる話だ」
収束する粒子が加速を始め凶器へと変貌する。シャーリィはその攻撃に覚えがあった。
「そこにお前が現れるとはね。シャーリィ。翼まで生やすとは随分と愉快な見てくれになったけど、まあ、いいや」
突如変わった子供のような語調に、シャーリィは確信した。
“あのクソガキだ”
「漸く分かった。お前がまだ生きているからこの気分も晴れないんだな――――――気分転換に死んでよ」
このままユグドラシルレーザーで射抜いて蒸発させる。ユグドラシルの顔がどす黒い喜悦に染まった。
絶対、絶命の境地で、シャーリィ=フェンネスの怪物は、
“相変わらずうぜーんだよ、ばーか”
真黒に笑った。
背中から、ぞるりと何かが飛び出るように生える。ユグドラシルはそれを間髪で避けた。身体が空を泳ぐ。
同時に、そのぞるりと飛び出た“何か”に生首以上の強烈な意識を植え付けられた。
怒りとも驚愕とも判断付かぬ震えた声が、ユグドラシルから放たれた。
「エターナルソード、だと?」
怪物の爪が縦に振りかぶられる。驚愕の一言に尽きるユグドラシルの顔に薄く影がかかる。
その驚愕の意味は、単に虚を突くだけの理由で内側から引き出したシャーリィには理解できなかったが、
ただ驚く顔を見ることが出来ただけで笑うには充分だった。
“さっさと死ねよ”
あの時と全く変わらぬ感想を抱きながら、豪速のインパクトハンマーが墜ちる。
土と雪が混じって飛び、この場所に極小のクレーターを作った。


ドォンと、合戦の幕開けの大鼓のような音を聞きながら、ヴェイグは民家の屋根からそちらを向いた。
『始まったようだな』
ディムロスが淡々と言った。
ヴェイグは無言のまま、適当な民家の屋根上に伏して雪の制御をしている。
既に数メートル先の視界も怪しい中、片目で認識できる限界線だった。


アトワイトが、微かな音を聞く。
それが戦闘音だと確信して振り向くが、眼前には白に被われた壁のような空間しかない。
「ミトス……」
微かな音の方向だけを頼りに、再び走り始めた。

233The last battle−黄泉の門開く処− 7:2007/11/28(水) 20:25:28 ID:WnwS+ypz0

風圧で吹き飛ばされた粉雪がようやく舞い落ちるだけ舞い落ち、新しい降雪だけになった。
視界が気休め程度に復活する中から、ユグドラシルの姿が現れる。
転移によって出現したであろう移動距離であり、怪物の攻撃を完璧に避け―――否。
ユグドラシルが面を上げる。その頬には大きな傷がジュウジュウと泡を立てていた。
指で拭い、その黒い液体を嫌そうに見つめた。
「毒か。しかも、血管を巡って致死に落とすと言うよりはその場で確実に壊すことに特化したようだな。天使殺しの毒とは」
全く、正しい戦争だなとミトスは思った。天使然り、エクスフィア然り、技術が促進するのは何時だって闘争本能がその倫理観を上回る時だ。
怪物が足に力を溜めた。
ユグドラシルが掌に意識を通す。大きく深呼吸を一度。外気の冷たさが温く茹だった脳を冷やす。
確認できるのはキールの死のみ。ならばアトワイトは生きているだろう。
しかし、エターナルソードとは、僕のいない間に少なからず面白くない事態にはなっていたようだな。
魔剣が向こうの体内にある以上纏めて吹き飛ばすという訳にも行かなかった。それでは闘う意味すらない。
目線だけで一、二度辺りを見回し、舌打ちをしてユグドラシルは怪物に目を向け直した。
この雪を仕掛けた人間が少なからず居る。アトワイトは僕の命令無くこんな大掛かりな仕掛けを行う余裕はない。
手堅く漁夫の利を取ってくるならば暫くは放置せざるを得ない。
アレは第三の伏兵を気にして闘えるような生やさしい相手ではない。
アトワイトの援護は…飛べない奴に雪は少し厳しいか。期待はしない方が良い。
直轄援護を諦めたユグドラシルの眼球が鋭さを増した。
ああ、この感覚だ。世界に僕一人しか居ない。居場所がない。
そして、眼下にあるは、姉様への最後の鍵。ならば僕がこの手で奪わねば締まらないか。
怪物が駆けた。ユグドラシルが大きく唇を歪める。
シャーリィ同様、ミトスの曖昧な苛立ちも、その全てが一つの怪物へと向けられた。

さて、戦争は終わり、これより戦闘の時間か。そう自嘲するミトスは四千年前の大戦に還っていた。
股間の痛みは疾うに失せていた。


その雪原にぼこりと穴が開いた。主の居ないデイバックの蓋が開く。
「………ッキー」
ブルブルブルと雪を払う。
大きな雪は落ちても粉雪は付着したままで、水色の下地に付いた白の斑は消えそうも無い。
「クィッキィィィィィィィィィィィィィィィィ」
そんな小動物の瞳は、いまや野生とは対極の狂気を写していた。

234The last battle−黄泉の門開く処− 8:2007/11/28(水) 20:26:06 ID:WnwS+ypz0

『愛だ』『愛なんだ』『愛』『愛』『僕の愛』『愛』『愛』『愛』
『汚辱に塗れ』『偽悪』『LOVE』『下の下の下の下の下の下の下の下策』『この状況を打開する奇跡を』
『否』『譲らない』『アイツならこの場を奇跡で乗り切っただろうか』『譲れない』『彼女のために』
『そんなのは許されない』『奇跡なんか認めない』『愛』『接吻を』『解に至る真理だけが真実』
『僕』『今更奇跡なんか起こさせない』『最後の仕掛け』『愛して』
『厭だ』『死ぬのは厭だ』『好きで好きで仕方がない』『存在しない手札を場に』『“唯”死ぬのは厭だ』
『何も成していない』『何も叶えてはいない』『僕の罪に見合う対価を受領してはいない』
『彼女を』『未だ気付かれてない』『愛』『愚かな僕に善なる退路は無い』『ラヴ』『僕の友を見捨てた奇跡など』
『僕を殺さなかった奇跡なんて』『愛』『だから』『一瞬の間隙を突く』『彼女を愛し抜く』『最後まで最後まで』
『首輪に油断している』『嫌だ』『愛を』『架空の人質』『したくない』『凡人のまま奇跡に至る』『どうか信頼で応えて』
『最後の刃は使わせないで』『愛』『それしかない』『勝利など要らない』『愛で』『愛する』
『エラー。通常フェイズはこれ以上執行できません。アプリケーション終了』
『まだ手を汚さなければ彼女に足りないか』
『最終フェイズを発動しますか? 注意!)復活シークエンスを先に起動してください』
『いいだろう、上等だ』
『ならば全ての罪を高く高く積み上げて天に昇ろう』

『それが、否、それこそが僕の“愛”だ』

それは、誰かが誰かに当てた、最後のラブレターだった。
驚愕と、悲しみと、微かな笑いの揺らぎが、其処に偏在している。
絶対悪の愛と偽善の正義がこれほど溶け合う場所は個性のシチュウと化した其処にしかない。



235The last battle−黄泉の門開く処− 9:2007/11/28(水) 20:26:50 ID:WnwS+ypz0

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP45% TP30% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:見つからないよう観戦
第二行動方針:漁夫の利を狙う
現在位置:C3村中央広場・民家屋根上
備考:フォルスによる雪は自然には溶けません

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグをサポートする
第二行動方針:シャーリィやミトスの戦力を見て分析する
第三行動方針:アトワイトが気になる
現在位置:C3村中央広場・民家屋根上

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 
   全身打撲 全身に擦り傷や切り傷
所持品:苦無×1
ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ミトスと合流したい
第二行動方針:エターナルソードを回収する
第三行動方針:可能であればヴェイグを懐柔する
現在位置:C3村内
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡
236The last battle−黄泉の門開く処− 10:2007/11/28(水) 20:27:34 ID:WnwS+ypz0

【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:エクスフィギュア化 シャーリィの干渉 ???
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー エターナルソード 魔杖ケイオスハート ソーサラーリング ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ハロルドメモ1・2 フェアリィリング
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針(グリッド):???
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):ミトスを殺す
第二行動方針(シャーリィ):生存者を見つければ殺す
第三行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村中央広場・雪原
備考:持ち物は全て体内に取り込んでいます
   グリッドの意識は現在ほぼありませんが、
   ショック等あればアリシアやアンナの時のように正気を取り戻すかもしれません
   正気に戻った場合支配権はグリッドに移ります

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 良く分からない鬱屈 高揚
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:シャーリィを殺害して魔剣を奪う
第二行動方針:状況の再整理
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村中央広場・雪原
237The last battle−黄泉の門開く処− 10 修正:2007/11/29(木) 01:41:23 ID:3+ahU5QM0
【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:エクスフィギュア化 シャーリィの干渉 ???
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー エターナルソード 魔杖ケイオスハート ソーサラーリング ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ハロルドメモ1・2 フェアリィリング
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針(グリッド):???
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):ミトスを殺す
第二行動方針(シャーリィ):生存者を見つければ殺す
第三行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村中央広場・雪原

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 良く分からない鬱屈 高揚 頬に傷
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:シャーリィを殺害して魔剣を奪う
第二行動方針:状況の再整理
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村中央広場・雪原
238The last battle−黄泉の門開く処− 9 修正:2007/11/29(木) 12:51:01 ID:uVUrP3na0

風圧で吹き飛ばされた粉雪がようやく舞い落ちるだけ舞い落ち、新しい降雪だけになった。
視界が気休め程度に復活する中から、ユグドラシルの姿が現れる。
転移によって出現したであろう移動距離であり、怪物の攻撃を完璧に避け―――否。
ユグドラシルが面を上げる。その頬には大きな傷がジュウジュウと泡を立てていた。
指で拭い、その黒い液体を嫌そうに見つめた。
「毒か。しかも、血管を巡って致死に落とすと言うよりはその場で確実に壊すことに特化したようだな。天使殺しの毒とは」
全く、正しい戦争だなとミトスは思った。天使然り、エクスフィア然り、技術が促進するのは何時だって闘争本能がその倫理観を上回る時だ。
怪物が足に力を溜めた。
ユグドラシルが掌に意識を通す。大きく深呼吸を一度。外気の冷たさが温く茹だった脳を冷やす。
確認できるのはキールの死のみ。ならばアトワイトは生きているだろう。
しかし、エターナルソードとは、僕のいない間に少なからず面白くない事態にはなっていたようだな。
魔剣が向こうの体内にある以上纏めて吹き飛ばすという訳にも行かなかった。それでは闘う意味すらない。
目線だけで一、二度辺りを見回し、舌打ちをしてユグドラシルは怪物に目を向け直した。
この雪を仕掛けた人間が少なからず居る。アトワイトは僕の命令無くこんな大掛かりな仕掛けを行う余裕はない。
手堅く漁夫の利を取ってくるならば暫くは放置せざるを得ない。
アレは第三の伏兵を気にして闘えるような生やさしい相手ではない。
アトワイトの援護は…飛べない奴に雪は少し厳しいか。期待はしない方が良い。
直轄援護を諦めたユグドラシルの眼球が鋭さを増した。
ああ、この感覚だ。世界に僕一人しか居ない。居場所がない。
そして、眼下にあるは、姉様への最後の鍵。ならば僕がこの手で奪わねば締まらないか。
怪物が駆けた。ユグドラシルが大きく唇を歪める。
シャーリィ同様、ミトスの曖昧な苛立ちも、その全てが一つの怪物へと向けられた。

さて、戦争は終わり、これより戦闘の時間か。そう自嘲するミトスは四千年前の大戦に還っていた。
股間の痛みは疾うに失せていた。


その雪原にぼこりと穴が開いた。主の居ないデイバックの蓋が開く。
「………ッキー」
ブルブルブルと雪を払う。
大きな雪は落ちても粉雪は付着したままで、水色の下地に付いた白の斑は消えそうも無い。
「クィッキィィィィィィィィィィィィィィィィ」
そんな小動物の瞳は、いまや野生とは対極の狂気を写していた。
主を無惨に殺した者への報復を。紛う事なき復讐装置としての色彩を。
この世で三番以内に無意味で詰まらない色を写していた。
239The last battle−黄泉の門開く処− 10 修正:2007/11/29(木) 12:54:01 ID:uVUrP3na0
【シャーリィ・フェンネス@グリッド 生存確認】
状態:エクスフィギュア化 シャーリィの干渉 ???
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ6本 ハロルドレシピ プリムラ・ユアンのサック
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ
    ダブルセイバー エターナルソード 魔杖ケイオスハート ソーサラーリング ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
    実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ハロルドメモ1・2 フェアリィリング
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針(グリッド):???
基本行動方針(シャーリィ):全員殺してお兄ちゃんと会う
第一行動方針(シャーリィ):ミトスを殺す
第二行動方針(シャーリィ):生存者を見つければ殺す
第三行動方針(シャーリィ):グリッドを完全に乗っ取る
現在位置:C3村中央広場・雪原

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:HP95/95%(毒特性:最大HPカット) TP90% 良く分からない鬱屈 高揚 頬に傷
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:シャーリィを殺害して魔剣を奪う
第二行動方針:状況の再整理
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村中央広場・雪原

【クィッキー】
状態:憎悪
基本行動方針:メルディの仇を討つ
現在位置:C3村中央広場・雪原
240名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/05(水) 19:20:47 ID:edqBSoceO
支援と保守を兼ねてあげ
241The last battle−戦光− 1:2007/12/06(木) 00:03:17 ID:utjfF3YN0
始まりは、ナイフが一本。お終いは、魔剣が一本。
突き刺さったのは同じ脚。倒錯する愛情と他への憎悪と。

平たく言って、親近憎悪と何が違う。



深々と降り積もる雪の中、結晶が吸いきれなかった戦場音楽が漏れ響く。
左手を大きく振り上げたユグドラシルが雪を押し固めるようにして雪原に掌を叩き付けた。
「ディースネル!!」
高らかと言ってもいい成句に従い、光の柱が五条落ちる。
光柱は地面に判を押し無数の羽と霧散する様は本来ならば荘厳であろう光景だが、積もり積もる雪の中では同じ白としてしか判別できない。
そして、荘厳とは対極にあろう怪物が滑空する以上、その手合いの幻想は懐きようがなかった。
雪の合間に覗く巨躯は地面から数メートル上を滑らかに飛んでいた。90度身体を傾け、器用にも旋回する。
“翼”を持つ水の民としての先天だった。悉く光を避けて、天使へと接近する。
徐々に高度を落としていく怪物の口が深呼吸するように開いた。
その黒々とした異海の門の向こうから、紅いモノが吐き出される。鼻先の雪すらを蒸発させながら怪物は焔を手のように伸ばした。
ユグドラシルの羽根を焼き払うように、彼の立つ点から半径数メートルの地面を露出させる。
怪物から充分な距離を取った位置に出現したユグドラシルはさも何事もなかったかのように、しかし確実な苛立ちを示しながら言った。
「当てずっぽうでは掠りもしないか」
エクスフィギュアとしては異常な速度。それに加え、あの奇形の翼は少なからず翼としての最低限の職務を忘れていない。
あの火炎を含め、雪に脚を取られるという僥倖は一切期待できなかった。
ユグドラシルが敵の異変に気付く。
既に着地した怪物の片翼が蛇のように収納され、同時に左腕が膨張していた。膨張量はロープの総体積の半分にほぼ一致していた。
その左手を怪物が身体全身を使って振り抜く。同時に延ばされた触手は地面の雪を薙ぎ払いながら、出現した直後の天使を狙い撃った。
咄嗟に右手を振り払いユグドラシルは左からの猛撃を弾く。しかし、充分な加速の付いた触手は縄というより棍棒に近く、
防御したユグドラシルをそのまま吹き飛ばした。
羽根を羽ばたかせて飛ばされる速度を抑えるが完全にとはいく訳もなく、膝を突いて地面に対し斜めに入った天使は積もった雪を再び宙に浮かす。
ユグドラシルはそのまま転がり、遮蔽にしては幾分心許ない木を支点に怪物と点対称の位置を取った。
翼を広げ天を自在に舞う怪物と膝を突いて地を這う天使の図は、想像以上に滑稽だった。
242The last battle−戦光− 2:2007/12/06(木) 00:08:21 ID:utjfF3YN0

舌打ちをしながらユグドラシルは膝に手を突いて立ち上がろうとする。
鼻を通る息が止まった。右手の甲の肉が溶けて、骨が少し露出していた。
弾いただけでコレか。ユグドラシルは心底嫌そうな顔をする。状況は最悪、かどうかは分からないがこの雪のように不透明だ。
逃げてしまおうかという気分が横合いからはみ出たのだ。理屈ではなく、純粋な嫌気として。
とりあえず退いて、ネレイドかこの天候を操る鳶―――状況から考えてヴェイグか―――にアレの相手をさせる間にアトワイトと合流する。
少なくとももう一度三竦みの状態に持って行くことは出来るはずだ。戦術としては悪くない。定石故、悪くないというだけでしかないが。
だが、この目論見は実現しないであろう事を判断する程度にはユグドラシルの恐怖は高ぶっていなかった。
まずネレイドはもう生きていない公算が高い。メルディがネレイドであろうが無かろうが。
キール=ツァイベルがネレイドの話を持ち出した時点で、その可能性は考えてはいたのだ。向こうもそれは承知の上だっただろう。
こちらとしては寝た子を起こすリスクを負ってまで喧嘩をする程血が余っているわけでもない。闘わずに済むならそれで放置していた話だ。
だがこの状況に照らし合わせれば、どちらにしても生きていないことは疑う余地がない。
前者ならキールが死んだ時点で行動は自由、シャーリィを排除にかかるはずだ。いや、それ以前にキールがこうもあっさり死ぬのが不自然になるか。
後者なら話は早い。両方とも普通に死んだだけで片が付く。
どちらにしてもアトワイト利、無しとして戦線を離脱する。もう少し厳格に命令を定めて於かなかったのは僕の過誤だな。
どうやらネレイドの話はブラフだったと考えるのが妥当だ。
ユグドラシルはこの予断に関してはさほどの嫌悪を覚えなかった。いや、嫌悪自体は既に幾らでも体内を蠢いているが。
少なくとも既に手札を切り尽くした虫螻に感慨など沸こうはずもなく、寧ろあまりの細工の小ささに面白さすら感じる。
多少の気分転換を行ったミトスは立ち上がりながら現実に視線を向けた。
ヴェイグもここまで自分を嵌めきったのだから、そう易々と今の座を捨てる気はないだろう。下手に状況を崩せば即1対2の構図になってしまうかもしれない。
逃げても、逃げるだけの意味を果たせないのだから、これはこれで結局意味がない。
無論、生理的な嫌悪だけで行動を変えられる立場・状況ではないというミトス本人の事情もある。
空を見上げても夕日はどこにも見当たらない。時計を引っ張り出す余裕もない今、時間を瞬時に判別できる要素が無い。
アトワイトが言うところの刻限、日没が過ぎれば彼女は故障する。魂が失われる。肉体を維持できない。
詰まるところ、引いて立て直す時間はミトスには与えられていなかった。
さてどうしようか。
木に寄りかかるようにして、ユグドラシルは怪物の方を向いた。
何故シャーリィがここにいるのか、何故生きているのか、何があったのか、何処までエクスフィギュアの枠からはみ出ているのか。飛び道具はあの火炎と触手だけか。
それを解決する手法は無く、徒に疑問だけが積もっていく。この循環の果てにあるのは堆積した汚泥による配管の窒息だ。
アトワイトは居らず、手持ちと呼べるほどの情報もない。エターナルソードが向こうにある内は焦土作戦と言うわけにもいかない。
問題を解決するのではなく、問題そのものを排除してしまうと言う明快且つ単純な方法も至難だ。
ああいう手合いはじっくりと分析にかけた上で呵るべき手法を用いて粉砕すべきなのだ。
実際、ユグドラシルは不確定要素たるシャーリィとネレイドに関してそれを行うに足る準備を備えた積もりではあった。
コレットを用いて索敵は可能な限り行った。その後知る限り誰も村には入っていないという事実。
キールの言が誤りで、シャーリィが死んでいなかったと仮定しても時間と人数が合わない。一体どういう絡繰りか。
首を戻して、ユグドラシルは溜息を一つ付いた。
いや、とユグドラシルは思い直す。今更自らの行動を批評する時間はない。
ましてやその結論が采配の過誤を悔やむ心情に引き摺られることは分かり切っている。ならば無駄だ。
まずは、エターナルソードを…

『ねえ、いつまでダラダラしてるつもり?』

ユグドラシルは半ば反射的に声ならぬ声の方に向いて固唾を呑む。その先には、怪物が両手を広げて待っていた。

243名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 00:12:26 ID:5x5d3F3VO
支援
244The last battle−戦光− 3:2007/12/06(木) 00:12:39 ID:utjfF3YN0
シャーリィは、否、怪物の左手の中で蠢く蒼い石の中の意志は大声で叫んだ。
『アハッ!こっちを向いた。聞こえた! やっぱり聞こえた!! ねえ、私の声が聞こえてるんでしょ!?』
嬉しそうに、それは本当に純粋に嬉しそうに響く波だった。
『良かった……少し、怖かったんだ。このまま誰にも“私”のことを知らずに死んでしまうんじゃないかって。
 ただの挽肉になっちゃうんじゃないかって!! 皆皆私を知らないまま私に殺されるんじゃないかって!!
 嫌よね、 誰にも覚えて貰えないって!! 私はここにいるのに。私はここにいたのに!!』
喜悦を弄ぶように触手がユグドラシルの方へ伸びた。
まるで自らの指のようにしてユグドラシルがいるであろう木を掴み、決して軽くは無い根を引き抜いた。
そのまま掴んだ木を上に持ち上げ、叩きつける。木はあっという間に木屑になった。
その破片の向こうに、天使の姿は確認できない。
『またその技? 馬鹿の一つ覚えみたいにピョンピョンピョンピョンピョン飛んで、つまんない』
姿を消したミトスにシャーリィは心底あきれた様な意をみせようとして、一つ思い出した。
『そうだ! あの時もそうだったよね!! 自信たっぷりに私の後ろから切りつけたのに、全然浅くて、私に蹴られたの!!
 痛かったでしょう? 痛かったよね!? 大切なところだもんね? ざまあみろ!!』
怪物が上を見上げて揺れる。その肉体ゆえ、げらげら笑うという印象は殆ど無かった。
『……そんなに大声を出さなくても聞こえてるよ。出来れば一生黙ってて欲しいけど』
不意に聞こえた少年の声に、怪物は単眼を見開いてそちらを向いた。雪原だけで何も目ぼしいものは無い。
『ごめんなさい。でも私嬉しくってしょうがないの! 
 こんな様に成って、もう誰も私のことを分かってくれないと諦めてたから、貴方が生きててくれて本当に嬉しい!! でも殺すけど!!』
それは“怪物”の正直な感想だった。既にそれに与えられた役目は唯の怪物シャーリィであり、“誰もシャーリィ=フェンネスという少女を認識しないから”であった。
『話をしましょう! 何の話がいい!! そうだ、貴方のお姉さんは、マーテルさんはどうなったの!?』
大気がざわつく様な感じを、怪物は一身で受けた。シャーリィはユアンの言葉をしっかりと覚えていた。
『やっぱり、やっぱり死んじゃったの? 私を置いて? お姉ちゃんみたいに? 何で?何で?』
『死んでないよ。これから僕が取り戻す』
ミトスが割って入った。
満足そうに怪物が身体を振りかぶった。
『それは無理よ。私がお兄ちゃんを取り戻すから! お姉ちゃんを取り戻せないのは少しだけ悲しいけど、仕方ないよ!!』

245The last battle−戦光− 4:2007/12/06(木) 00:18:24 ID:utjfF3YN0
「僕の姉様だ!!」
突如怪物の主攻正面、その雪原の一部がボンと噴水のように吹き上がった。
舞った雪の銀幕をから、雪の上で伏せていたユグドラシルが怒り心頭、その形相で怪物に突進する。
その汚れ一つ無い純白の衣は、実に雪原の迷彩として機能していた。
「お前の、だと、おこがましい。姉様は僕の姉様だ。お前の、じゃあない!!」
滑るようにして、天使は怪物の懐に直進する。
『駄目!! アレは私がここで最初に見つけたの!! だからダメッ!!』
怪物が右手を突きだして触手を伸ばす。緩やかな弧を描いて、しかしその延びはとても鋭く侵食する。
触手はユグドラシルの肩を掠め、彼の白絹と仮初の肉を黒く泡立たせた。しかし彼に痛みなど無く、更に低く疾駆する。
「それが姉様を傷つけた餓鬼の言う台詞かッ!!」
ユグドラシルの右手に乳白色の光が纏う。
『お姉ちゃんが悪いの! あんなのに、私を見捨てて、あんなのを抱きしめるなんて!!』
怪物は大きく振りかぶった左手をユグドラシルの横合いに向けて殴りつけた。脇の下を潜るようにしてユグドラシルは浸透する。
『それだけじゃない……私の気持ちを知ってたのに!! お兄ちゃんを奪って!! 私を、私を、私ヲヲヲヲォォォォッッ!!!!!!!』
怪物が大気で肺を満たすようにして仰け反る。完全にそりきった瞬間、弓を打つようにして跳ね返った身体と同時に、怪物の口から業炎が吹き上がった。
怪物は誰のことを叫んでいたのだろうか。ユグドラシルには判別が付かなかった。付けようもなかった。
それで良い。ユグドラシルにはそれで構わなかった。
記憶が混交している? それともエゴが崩れ始めたか、あるいはイドが表層に湧き出た?
何とも豪毅な。少なくともエクスフィギュアにはそんな症状は無いというのに。
何とも奇っ怪。まだまだ僕の計画には僕の知らない要素が満ちあふれている。
ユグドラシルの右手は既に消えたと思うほどに輝いていた。犬歯が見える程に凶相を露わにする。
“そんなことはどうでも良い”
ただ誰とも知らない誰かと、“姉様”を混ぜた。それだけで不快。それ故に万死だ。
伏せていた理由も忘れ、輝石の中のミトスは完全に血が昇っていた。
しかし、その勘所の良さは寧ろ鋭さを増していた。
ミントの一挙一動に心を揺らしていたミトスとはあまりにもかけ離れた即応性で左腕を前に出す。
炎の直撃を腕で避ける。しかし、炙られていたのは僅か一秒間にも満たない時間だった。
既に天使は、股下を潜らんばかりに、怪物に最接近していた。業火過ぎる故の、発射口が頭部故の、ある種必然的な死角が確かにある。
その巨躯と重量故に拳と触手は円軌道を描かざるを得ない。高すぎる砲口は直下の敵を直火に晒せない。
大戦を駆け抜けた身体が確信した、大きすぎる怪物の唯一の安全地帯だった。
彼の右手は、アウトバーストのトリガーへ手を掛けていた。接触した瞬間に怪物の肉体全てを塵芥に帰す心根だった。
この瞬間、確かにミトス=ユグドラシルは、敵が持つエターナルソードを失念していた。
「このまま滅んでしまえ!! 姉様は、僕の、僕の……ッ!?」
ミトスはもう一つ失念していた。それは失念と言うには些細すぎることだったが。
敵の放火を受けないこの安全圏では、静かに狂い嗤う怪物の表情を知ることが出来ないことに、思い至らなかった。
ユグドラシルの瞳が一瞬泳ぐ。瞳孔の黒が忙しそうに白色の中を駆け回った。

246The last battle−戦光− 5:2007/12/06(木) 00:26:29 ID:utjfF3YN0
怪物の下腹部から剣が肉を掻き分けて、その姿をもう一度露わにした。
その魔剣、エターナルソードはまるでその形で埋め込まれたかのように安置しており、その偉容と異様を見せつけていた。
『そんなの使ってイイの? そんな危ないの、本当に使って、いいの? またあのレーザーで吹き飛ばすの? 壊れちゃうよ?』
反動音が鳴ったかと思うほどに、ユグドラシルの身体が急激に制止したのを確認して、シャーリィはにんまりとした。
解放の場を失った光が、苦しそうに、やがて諦めたように霧散する。
二度目となれば、必然を、せめて蓋然を疑う他ない。
「……それを……貴様ァ……」
漸く、ユグドラシルの口から魂を切り売りするかのような声が絞り出された。
嗜虐心を満たしながら、それを増幅させるようにシャーリィは笑う。
『やっぱり、欲しかったんだ。そんなにコレが欲しかったって、この身体が言ってるもの。
 お前がこんなモノを欲しがったせいでこうなったって、言ってるもの!!』
嗤いを噛み殺したような音が、腕と触手で囲んだ空間に響き渡る。
ミトスがこれを求めている。まるで消印も差出人も書かれていない風の便りがふと届いたかのように、
自分が知らぬ自分の記憶以下の何かが、それを確かに教えていた。
『でもコレもだめ……だって、私も欲しがってるもの』
怪物の左肩が粘性の高い水泡を立てて隆起した。次いで、右腿の内側にから何かが顔を出した。
『ダメ……ダメ……お姉ちゃんは私のモノ……渡さないよ』
肩から出たそれは、取っ手を付けた金属の板―――フライパンだった。黒色の粘液が落ちた部分からかろうじて金色が覗く。
腿からは外に出るのも辛そうという感想を抱いてしまいそうな遅さでベレッタが半分姿を現していた。
『この剣だって私のモノ……これがこれのこれで為に走ってきたんだから』
左脇腹から、瓶の破片が鱗のように生えた。それぞれがサンプルの化学薬品に晒され色とりどりに変色している。
右肘から邪剣が突き出る。刀身を捩らせて獲物を待ち望んでいるかのようだった。
右指の間だから首輪が三つ水掻きのようにして沸いた。
掌には手の甲から突き刺すようにしてスティレットが伸びる。
『全部……全部私……私なの……私が欲しがってるものなんだから……私“を”欲しがってるから……』
左の二の腕から出た金属は分解されたセンサーではなく、唯の石ころと同義だった。
植え付けたかのように、左手にメガグランチャーが、右腕には短機関銃があった。
『お兄ちゃんは、私のモノなんだから』
右胸からポーチが、鎖骨からマジックミストが、
右脛から妖精の指輪が、
喉からケイジが、肋骨から本が、
紙類は固めて丸めて全て頭部へ、
『でも、私だけが独り占めするのも佳くないよね』
もう、体外に出た体積は容積を超えていた。臀部のウイングパックが無かったら納得すら出来ないだろう。
ありとあらゆる、“ゴミ”が怪物を内側から覆っていた。
その全ての表面が毒に染まり、黒く穢れていた。
丁度身体、右腕、左腕が一辺として、正六角形の半分を構成していた。
中心に天使が一匹。面に垂直に伸びる射線は六角形の中心で重なる。
『だから、あげる。これ、全部』
最後に、既に黒く染まった誰かの腕が、人はそこから生まれたのだと無条件に信じられる場所から生まれた。
怪物が、とても穏やかそうに、或いは未来の穏やかさを前借りしたかのように、言った。
『本当に詰まらないものですけど、どうぞ!!』
ユグドラシルの姿が光に包まれる。二歩遅かった。

無数の役立たずが、まるで最後の見せ場と言わんばかりに、一斉に射出された。

247The last battle−戦光− 6:2007/12/06(木) 00:33:42 ID:utjfF3YN0
アトワイトがその光を見たとき既に中央広場に入ろうとしていた矢先のことだった。
踏み固める度に雪は地面に与えるべき加重を分散し、無駄な力みを必要とする。
雪は靴の中に入り、歩きづらさを容赦なく累乗していた。不快感というべき概念を持っていないだけで幸いだった。
『……戻るだけで、一仕事ね。ディムロスの指示か、それとモ』
既にこの雪への苛立ちをぶつけるべき相手を彼女は誤らず了解していた。
雪の中で思考を止めれば糸が切れてしまう。恐怖を閉じこめる時間だけは充分にあった。
ヴェイグという男が氷使いであることは怪物を追い払った時点で理解の埒外ではあったが事実として知るところではあった。
あとは呵るべき情報解析に晒せば、数秒かからず推論は出る。
しかし、理由を知ったとしても、彼女には選択権がなかった。と、いうよりも、選択する時間が刻一刻と摩耗していた。
雪の中で片膝を付く。本当は身体全部で盛大に倒れてしまいそうだったが、彼女を彼女たらしめる何かがそれを辛うじて拒んだ。
『……もウ、時間が残ってなイのに。最後まで邪魔ヲするのね、でぃムロス』
このか細い身体では幾ら力があろうとも、ロスが目立つ。移動時間の増加、体位制御、何れもアトワイトを削り取っていた。
微かに笑おうとしたが、表情は変わらない。人形の唇が少し凍っていた。
立ち上がって、正面をむき直す。光景は色以外の全てを一変していた。
光と、白い雪煙が夏の雲のように高く伸びる様は、着弾音と相まって微かに弱まった吹雪の中でも見て取れる。
アトワイトは、五秒ほどの時間で最低限必要を理解する。
少なくとも、闘っている相手と自らのマスターの苦境を察する程度には。
『ミトす』
不味い。そう思ったアトワイトは人形の脚を無意識に駆け出そうとした。しかし、再び雪に脚を取られ、今度は盛大に突っ伏すことになる。
『ッ……こんな所で足止めをクらっテる場合じゃなイのに……!!』
キールを見捨てたときとの温度差は、ミトスに捧げたモノの分量と合致していた。
雪を握りしめるが、冷たさは伝わらない。熱もないから溶けもしなかったが。
『――――――――――――――――アトワイト…………こえるか?』
『ミトス!!』
突如の通信に生娘のような声を出した自分に驚く自分をアトワイトは感じた。
『……近くに、いる……重畳……だな』
断線しながら聞こえる、石の声はか細く、主の肉体の異常を察するには過分すぎた。
『無ジなの!? 相手は!? いや、いイわ!! すグにそっちに向かうからそれまで……』
『アトワイト、私の願いは、なんだ?』
唐突すぎる問いに、アトワイトは息を止めた。止めたように言葉を区切った。
『何ヲ、いきなり』
『私の願いは、なんだった? 答えろ』
『そんなコとを言ッてる場合じゃな』『答えろ。命令だ』
もう一度、ミトスはアトワイトの言葉を封じた。将校としての絶対原則がアトワイトの根幹から引き摺り出される。
結局、アトワイトは命令を履行する他なかった。
『…………マーテルの復活、そしてその確保』
戸惑いを差し引いても素早い解答だった。数秒、会話が途切れる。
クク、と笑い声が聞こえた。
『そうだな。そうだった。何でそんなことに気付かなかったんだろう……矢ッ張り、どうかしてた』
子供のような声が響く。切れ切れの波に似合わない陽気さだった。
そうアトワイトが思った途端、ユグドラシルとしての波が、アトワイトに強く届けられた。
『晶術準備。完了状態にまでして、射程圏外の際で待機』
『レイズデッド?』
素早く応答し、必要な問いを返す。馴れ馴れしい口調以外は完全に上官と部下だった。いや、違うのかも。
『いや、術種アイスニードル。特装・四連だ。少々規定とは異なるがユニゾンで放つ。タイミングはこちらに、いや、“鳴き声”に合わせろ』
アトワイトが朽ち行くコアの中で微かに頬笑んだ。この戦争ごっこはどうにも何かが危なっかしくて見ていられない。
もう少しばかりは、私に縋って、私に甘えて、私を使い潰してもらわないと。
『操るなら兎も角、恨みを買うのは面倒だ。劣悪種は劣悪種同士で殺し合って貰うに勝る効率はない。そうして生きた4000年を忘れるなんて、どうかしてる』
アトワイトは何かを言いかけて、口を噤んだ。それはきっと貴方が、子供に戻っていたからよ。
何かを察したのか、一言だけ言葉を述べて、通信は切られた。
『何をしている? 仕事の時間だ』
『了解しました。マスター』

248The last battle−戦光− 7:2007/12/06(木) 00:42:57 ID:utjfF3YN0
怪物の目の前には、破壊の痕と呼ぶべきモノが広がっていた。
剔れた土が雪を汚し、数少ない建造物の壁に穴を開ける。それが三方に伸びて、まるで弾痕の爪痕だった。
『ギャハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!』
その集中点で、怪物は高らかに笑う。
『バッカじゃないの!? 本当にバカじゃないの? 見え見えの挑発に引っかかって、中に入っておいて勝手に安全だと思いこんで!
 そんな訳ないじゃない!! 虫は虫籠に入れてからの方が潰しやすいに決まっているじゃない!!』
懐に誘い込んでの集中斉射だった。策が見事に嵌る快感に万人を隔てるものはない。
快楽に身を包みながらシャーリィは其方を見た。雪の煙が、風で緩やかに晴れていく。
爪と爪の間、そこに傷を羽根に負った天使がいた。
右肩に穴が開いていた。左足の指を全部無くしていた。左脇腹に手を当て、漏れ出そうな何かを押さえていた。
右の腿をパックリと割っていた。無数の傷跡、その全てが、黒く染まっていた。
かつての華やかさを一気に失ったユグドラシルは、息を荒げて、俯こうとする面を下げないようにするので精一杯だった。
『そんなんでお姉ちゃんを取り戻すなんて、よく言えたよね。全然ダメじゃない』
シャーリィは呆れたようにユグドラシルに言った。視線が俯いたままの天使は彼女の期待する反応すら出来なかった。
『甘ちゃんばっかのあいつらよりは少しだけまともだったけど、やっぱりダメ。私と貴方じゃ覚悟が違うよ』
怪物は握り拳を作り、足を一歩前に出した。余裕を見せても武器を奪う機会は与えない。
左はいつでも触手を出せる状態を維持し、テレポートを牽制していた。
『……何が、どう違うって?』
ユグドラシルがぼそりと呟いた。歩きながら答える。
『決まってるわ…………想いよ! お兄ちゃんともう一度会いたいって想い!! 
 貴方のお姉ちゃんともう一度会いたいって想いじゃあ、私の想いには!願いには敵わない!!
 私の願いは神を下した。だから身体が朽ちてもここにいる!! お前なんかの想いは、私に踏み潰されて終わるだけ!!』
確信を煮詰めたような声だった。迷いは一辺もなく、後悔は何処にもない。
『そうか。そうやってお前はあらゆる敵を踏み潰してきたのか。成程な』
ユグドラシルが頭を上げた。怪物が手を振り上げたまま走る。打ち下ろす前から殺せる速度が付いていた。
『分かってるじゃない!! 私は神に勝った私に、踏みつぶせないモノなんて無い!!』
射程に収めた怪物が拳を振り下ろそうとした時、完全に怪物を見据えた天使は、

「クゥゥゥゥゥィッッキィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

『じゃあ、潰し損ねたモノに関してはその限りではないのか』
怪物の肩越し、その先の青い影を見て、陰険そうに笑った。

249The last battle−戦光− 8:2007/12/06(木) 00:51:51 ID:utjfF3YN0
怪物を殺す。それのみに特化することを決意したとはいえ、クィッキーは自分の能力を完全に把握していた。
正面から挑んでも勝ち目が無い。いや、四方八方上下左右、どの面から攻めたところで勝ち目など微塵もない。
だが、勝たねばならない。いや、殺さなければならない。
喩え、それが理想とは程遠かろうとせめて肉体的な意味でメルディを救うとクィッキーは決めた。
其処までに至る苦渋は、決してキールに勝りこそすれ劣らないとクィッキーは思っていた。思い込もうと信じていた。
その過程は、あっという間に無意味なモノに転じた。それをバックの中で見続けるだけで三回は死ねそうだった。
袋の中でクィッキーは思った。これからどうするか。何をどうしようも何もならない。
自分が小動物だからという根源的な意味合いも勿論あったが、仮にヒトだったとしても何が出来るというわけでもない。
キールとロイド、立場は違えど二方向から希望を求めた対極の二人は潰えた。ならば、もう可能性は何処にもない。
ならば、どうするか。クィッキーは動物らしくすぐに答えを弾き出した。
決まっている。生に望みを繋げないなら、死に望みを繋ぐしかない。自分が気に入る形で、殺し合いの縮図に組み込まれてやろうじゃないか。

雪の中を慎重に這いながらクィッキーは思考を済ませていた。思考と言うよりは、手段の検討だ。
あの化け物を殺す。それが生半可な行為でないことは一番よく知っていた。他の連中ならば、まだ喉を噛み切れば死にそうだが、それで死ぬかも疑わしい。
あのユグドラシルとかいういけ好かない奴に、殺させる、という手も考えた。それが一番合理的に思えた。
しかし、クィッキーはそれを拒否した。奴の死体が見たいのではない。殺すことに意味があるのだ。
そこまで考えて、自分の理不尽さ、その無い物ねだりの原因に思い立った。
自分があの怪物に奪われたモノは、主人だけじゃないのか。クィッキーは筋骨隆々とした、牛の背を思い出す。
あれはターニングポイントであり、節目だ。敵おうが敵うまいが自分の手で清算を付けたがるのも当然か。
既に召された彼ら二人に許しは請わなかった。仲睦まじくやっているだろう二人は絶対に自分を止めるだろうし、何より無粋だと思った。
現実と理想に折り合いを付けたクィッキーに思いつけた手段は、ユグドラシルを利用することだった。
戦闘が始まって、ずうっと観察を続けた。見続けたのは、石の位置。
ユグドラシルと同じような羽根を持っていた男が、あの石を狙っていたことを思い出した。
確証は無くとも、それしか自分の牙が通じる場所が無いと思った。
憎悪が眼球から零れ落ちそうになった時、一瞬、ユグドラシルと眼があった。
気付かれぬようにと位置を変えたとき、自分よりも蒼いそれを漸く怪物の左手に見つけた。

銃声のような騒音が轟く中、自らを丸め、クィッキーは注意深く待つ。
それは外敵に対する防御というよりは、自らの気持ちが折れぬようにと堪える体勢だった。
轟音が鳴り止み、フラフラとクィッキーは雪の中から這い出る。一歩足を出して雪跡を刻む度に、焔に薪が入った。
背中を迂回して、左側面に踊り立つ。あのバカみたいな散弾はもう無い。
殺す。絶対に、絶対に。怪物が奔った。平行して走り、距離を詰める。
糞、何でこんならしくないことをしてるんだ。
「クゥゥゥゥゥィッッキィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
疑問に思った時には、既に身体をそこに向けて踊らせていた。
目測通り怪物の手の甲にしがみつく。その小さな手が半液状の皮膚にめり込んだ。
恐怖を噛み殺すように、歯を石の縁に掛けた。突如、自分の身体がめっためたに揺さぶられる。
眼を瞑ったまま、クィッキーは懸命に噛んだ。これだけは放さない。
ダンダンと身体に何かが打ち付けられる。肉の線維が切られていくという感覚をリアルタイムで実感した。
意識を飛ばしながらも、クィッキーは泣きながら噛み続けた。これだけは話さない。
こんなはすじゃ無かったのに、畜生、畜生。
クィッキーだったモノが引き離されたとき、まだ歯は、その縁に挟まったままだった。

250The last battle−戦光− 9:2007/12/06(木) 01:00:58 ID:utjfF3YN0
横合いからの虚撃に怪物は全くの無防備だった。
怪物よりも二歩前にそれを察していたミトスは素早く、詠唱を開始する。
『あああああああ!!!!!!!! 何を、何をッ!! 何してんのよォ!!』
ゴミが、襲ってきたと油断して、“ゴミがピンポイントでアキレスを狙ってきた”という重大さに気付いたシャーリィは完全にミトスに横合いを晒した。
想定外の事態に、彼女の視野が急速に狭まる。
振り解こうとして一秒。叩き付けようとして、全力で殴ればエクスフィアが傷つくかもしれないと躊躇して半秒。
右手を完全に使って叩き、それでも離れず握り潰すのに一と半秒。合わせて三秒の時を要した。
『ハンッ!! ゴミ屑が頑張っても精々これよ!! 私の想いの前には、これだけにしかならない!!』
混乱と昂揚を混ぜ合わせたまま怪物は腹に右手を深々と突き入れ、魔剣を取り出した。
攻撃と防御を一挙に行える一策だった。
よりにもよって詠唱。シャーリィは自らの想いが神に通じていることを噛みしめた。
この剣に気を遣って術撃を選んだのだろうが、上級術でこの身体を滅しようにも、あと数秒の時は要する。その間に大切断だ。
『私は、絶対にお兄ちゃんに会いに行く!! 絶対に、この想いは絶対よ!!』
号砲一喝と雪原表面の雪がふわりと舞った。その霞の中で、ユグドラシルは。
『生憎と、死者に想いを馳せるなんて非生産的なこと、僕の趣味じゃないよ』

手首に掛けたミスティシンボルをクルクル回しながら、ユグドラシルが指を弾いた。

「第一節・ファイアボール」
ユグドラシルの頭上に炎の球が出現し、怪物を目掛けて襲いかかった。
怪物は剣を盾にして構える。
『ご大層なこと言った割にこんな術? こんな弱い術で何が出来るっての……ガァッ!?』
「キープスペル解凍―――――第二節・ライトニング」
怪物の頭上に雷撃が落ちる。生きている神経群が、強制的に反射を起こした。
剣が蹌踉めき、その右手首に炎が狙い澄まして集中する。たまらず魔剣が落ちた。
『クソ……小細工ばっかりしてえ!! もう種切れの癖ににいcう゛!!!!!!』
怪物の声をかき消すように、鈍い音が数度雪の中微かに鳴り響いた。
その背中に剣ほどの大きさの氷の針が数本、突き刺さった。最後の一本が右手を地面に縫いつける。怪物の上体が崩れた。
半ば自然と、怪物の顔が向いていた。
『晶術並列運行―――――第三節・アイスニードル』
射程圏ギリギリから、アトワイトが、自らを怪物の目線に向けていた。
シャーリィはここまで来て、漸く悟った。自分はこの技を知っている。いや、この島に来た者ならば誰もが知っている。
果敢にも王に挑んだ、魔王の手札。常識破りの連殺術式。
ミスティシンボルが回転を更に強める。ユグドラシルの12枚の羽根が雪に舞い散る。
「魔術直列起動―――――第四節・グレイブ!!」
怪物の身体が地面から浮いた。土塊の大槍は怪物の真芯を射抜く。
完全に封じられた怪物は、ただもがくだけだった。
251名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 01:04:04 ID:hPwiVscsO
支援
252The last battle−戦光− 10:2007/12/06(木) 01:08:47 ID:utjfF3YN0
『晶魔四連―――――――――――――――テトラスペル。奴が生きていたら遣うつもりだった、僕の切り札だ。
 オリジナルより些か精度に落ちるが、第三節以外は術を選ばないのが自慢でね。冥土の土産にでもするといい』
ユグドラシルは魔剣を取り、そばに寄ったアトワイトに持たせた。
『僕も、お前も、少し勘違いをしていたんだよ。あの動物を見て思い出した。動物は何時だって賢くて、気高い』
ミスティシンボルを再び回し、ユグドラシルの周りに魔法陣が起動した。
『お前は、そのお兄ちゃんとやらを救うのに、全員を殺そうとしているんだろ? 大変だね。ご苦労様』
巨大な円陣が雪原を刻む。
『でも、僕は、そんな面倒なことをする必要がない。だって、姉様はここに生きてるんだから。
 だからお前を殺すことは諦めるよ。恨み辛みは、操る方が性に合ってる。ま、エクスフィアは逃がさないけどね』
紋章を持たない手の方に、一つの実が存在していた。
『死んだ奴が生き返る? あの莫迦な王が生き返らせてくれる? 僕は信じないね』
天に光が満ちる。
『僕は僕の手で、全てを叶えてみせる。王なんてお呼びじゃない』
黄泉路に続く門が開く。
『何が違うのか、最後に教えてやる』
世界が帯電する。雷雲が轟いた。
『神はいない。故に、神を越えることは出来ない。それが出来てしまったお前は、願いを享受する側から与える側に回ってしまった。
 お前は、上り詰め過ぎたんだ。甘えることを覚えるべきだった』
ユグドラシルが背を向けた。
『最後にチャンスを上げるよ。セネルを諦めれば、ひょっとしたらお前は生きて戻れるかもしれない。お前が死ねば、僕の姉様は確実に蘇る。
 自分か、お姉ちゃんか、好きな方を選びなよ』
言い終わった瞬間、ミトスは術を撃った。既に解答は聞くつもりが無かった。
神の雷が、怪物の左手に落ちた。爆音が開けたこの広場を満たす。雷の通った路にあった雪と雲は強制的に電解しイオン臭を放った。
怪物の左手、その意志は、粉々に砕け散った。雪の中に混じって、文字通り消え失せる。

『そんなの決まってる。お前が死んで、お兄ちゃんが生きるよ』

スカーフを口元まで上げる。
終ぞ、ユグドラシルは望む死を観ることが出来なかった。

253The last battle−戦光− 11:2007/12/06(木) 01:14:16 ID:utjfF3YN0
「終わったな」
ヴェイグが剣を持ちながら、雪の向こうに目を凝らしていた。
『ああ、予想通りというか、クィッキーが動いた分、僅差でミトスが勝ちを握った』
ディムロスが淡々と戦況から熱を抜いた言葉を放つ。

『ミトス、怪我ノ治リョうを』
「不要だ。それよりもアトワイト、あの肉塊にレイズデッド一発。無いとは思うがあの細胞一辺にシャーリィの意志が残留していた場合面倒だ」
ユグドラシルは押さえきれない焦りを早口に表しながらまくし立てた。
キョロキョロと辺りを見回し、何かを探っている。

ヴェイグが背に掛けたディムロスの柄に手を掛ける。
「仕掛けるか?」
『いや、まだだ。向こうも今この瞬間を待ちかまえているだろう』
そういうディムロスに、ヴェイグは納得できないという溜息を付いた。
『確かに、回復されては面倒が……あの毒はそう簡単には治療できまい』
「なら?」
ヴェイグの問いに、ディムロスは一拍を置いた。

「仕掛けて来ないか……出来れば完全排除したかったが仕方あるまい。アトワイトの時間も残り少ない、か」
ユグドラシルは苦々しげにスカーフを千切り、深手を縛り付ける

『情報が正しければ、絶好の奇襲点が一点残っている』
ディムロスのレンズが暗く輝いた。

「アトワイト、時間だ。これを何とかするのにソーディアンが要る以上はこちらを先にするしかない。その身体を返して貰う」
ユグドラシルが首をこつりと叩いた。アトワイトから魔剣を手に取る。

『失敗するにせよ成功するにせよ、儀式の結果が出た瞬間こそ、奴が無防備になる一瞬だ』
「さあ―――――――――――――――――――――――――――――万願成就の瞬間だ」

ありとあらゆるモノが蠢く中、最後の歯車が回り始めた。

254The last battle−戦光− 12:2007/12/06(木) 01:15:13 ID:utjfF3YN0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP45% TP30% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ミトスの儀式終了後、襲撃
現在位置:C3村中央広場・民家屋根上
備考:フォルスによる雪は自然には溶けません

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグをサポートする
第二行動方針:シャーリィやミトスの戦力を見て分析する
第三行動方針:アトワイトが気になる
現在位置:C3村中央広場・民家屋根上

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP10% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
   思考を放棄したい 胸部に大裂傷(処置済) エクスフィギュアの正体を誤解 全身打撲 全身に擦り傷や切り傷
所持品:苦無×1 ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:儀式を行う
現在位置:C3村内
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:HP40/50%(毒特性:最大HPカット) TP60% 良く分からない鬱屈 高揚 頬に傷 右腿裂傷 右肩貫通 左足指欠損 左脇腹裂傷
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント(治療に消費) キールのレポート エターナルソード
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:蘇生儀式を行う
第二行動方針:襲撃者を警戒
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村中央広場・雪原

【??? ???】
状態:???
所持品:プリムラ・ユアンのサック リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ ダブルセイバー 魔杖ケイオスハート     
基本行動方針:???
現在位置:C3村中央広場・雪原

【クィッキー:死亡確認】

ドロップアイテム(全て汚染):マジックミスト 占いの本 首輪×3 ソーサラーリング ベレット セイファートキー
              凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) マジカルポーチ 分解中のレーダー
              ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック メガグランチャー UZISMG フェアリィリング
255The last battle −君を離れる並行の線− 1:2007/12/14(金) 17:59:16 ID:QWV4TxYU0
白い壁が視界を覆う。全ての輪郭は朧げになり、存在なのか幻なのか曖昧となる。
目の前の物すら何とか目視できる程度。
既に雲のない夕焼け空は菫色の要素を混じり合わせていたが、この事実すら確認できるかも危ぶまれる。
激戦により開けた戦線も、ただ何事もなく白雪に隠されていく。雪を降らせている人物がそんな心象であるかのように。
雪は強くなってきていた。意図は容易に分かったが、荒々しい変化は今から始まる復活への予兆だと肯定的に捉えることにした。

時は遂に訪れた。
幻のようでしかなかった願望は、薄がった輪郭線が強調されていくように明瞭となっていく。
幾千年を経ての願いがやっと叶う。姉様が、復活する。
隣には姉様の器。
手には魔剣エターナルソード。
もう片方の手には大いなる実り。
完璧だ。障害は最早何もない。
隣にいる金髪に赤い眼をした彼女は、しっかと小振りの曲剣を胸元に寄せて握っている。
どうやら既にレイズデットの処置も終わったらしい。
シャーリィがいた方へと視線を遣るも雪で分からず仕舞いだったが、どうでもいいと割り切った。
無表情ながらもあどけない相貌をこちらに向けている。
今は動きのない表皮が柔らかく歪んでくれるのを想像しただけで、身じろぎしたくなる程の歓喜を覚える。
思わず高笑いたくなるのを必死に堪える。今、この喜びを使っては姉様が蘇った時に分かち合えない。
息を吸う。冷えた空気が機能していない肺を針で突き刺すように幻で痛める。
内側から湧き出る熱を下げるイメージ。頭が無色透明に澄み渡ったような気がした。
「アトワイト、準備は?」
『完了シていまス。意識が完全ニ着床シたノを確認次第、操作を解きまス』
アトワイトは問い掛けに淡々と答える。
弱々しく、と言い換えることもできたが、その淡々さが昂騰した気分を落ち着かせるようでまた心地よかった。
笑みを浮かべて、彼は大いなる実りに装着された、姉の眠るエクスフィアを一瞥する。

大いなる実りに取り付けて丁度1日は経つ。ほんの少しでも意識も実りに溶け込んでいるだろう。
魔剣を用いてコレットの身体にマナを充填し、輝石に眠る意識体、大いなる実りに滲み出した残滓、共に器に移す。
そしてマーテルを完全に器に定着させれば全ては終わる。
1つの欠片も取りこぼさないように。取りこぼした時点でそれは姉ではなくなるのだ。
コレットの精神が完全に消えている以上、余計なジャミングもなく、書き換え自体はすんなりと進むだろう。
しかし、実際――装置もなくエターナルソードの力だけで意識を移すというのは、自分が思っていた以上に不確定要素が多い。
救いの塔にある装置ならばエターナルソードという機構を使う必要はなく、装置を通じてマーテルの意識を器に流し込めばよかった。
だが、この島にそんな大それたものがある筈もない。
精神というのは脆いもの。もし、少しでも失敗すれば、現れる姉は自分の知らない存在かもしれない。
感情の一部が欠落した、止め処なく溢れる感情の処置法も知らず狂い果てた――それこそ、あのクレスのような。
(そんな訳があるか。あってたまるものか)
ぎり、と歯が軋む音がした。そして酷く顔をしかめた後、ふっと笑い、表情筋を和らがせる。
一体何を慄いている? どこから失敗するなどという考えが出てきたのか。する訳がない。
これは簡単なことだ。簡単すぎてプロセスが可笑しくすら思えてきた。
和らいだ笑みは次第に押し殺された笑声となった。それでも、高笑いはしない。
一息の後、彼はエターナルソードを両手で握る。かちゃ、と鳴らし、高々と掲げる。
大柄な剣も、大人の体躯をした彼には最後の時空剣士として似つかわしい。
「応えろ、オリジン。全ては世界を救うためだ」
彼は平坦に言った。強烈な風雪の中では掻き消されそうな声量だったが、落ち着き払ったそれは妙に空を行き渡った。
世界を救う、そんな麗句が自分には空々しかったからかもしれない。
吹き荒れる雪の中で、吹き飛ばそうとでもするかの勢いで光の柱が迸る。
雪が光を反射し金色に染まり、影すらも失せ、あたかも1つの光の粒のような姿となって柱を取り巻く。
眼を閉じていた少女にも光が纏い始める。
縁取られた金髪や、光の衣に包まれた白い装束は神々しく、これから起こることへの期待を予感させた。
彼の口元に弧が浮かぶ。
256The last battle −君を離れる並行の線− 2:2007/12/14(金) 18:01:14 ID:QWV4TxYU0
「あれが……儀式の光か?」
片目のみが映す視野が狭まった世界で、民家の屋根から様子を眺めるヴェイグは呟く。
殆どが白1色となりつつある中、金色の光の柱だけが荘厳に立ち昇っている。
両側にまっさらな白、金の色彩は真ん中にありサンドイッチ状態。
サンドイッチにした所で何を挟んだかも分からない、異質な組み合わせと状況下であったが、
目の前の光景は白と金の2色だけにすり替わりつつあった。
『そのようだな。残り人数が少ないから良いものの、大多数が生存していたならばこれ以上ない自己主張になるぞ』
尤も、この村で演説を行った少女よりは些か劣るだろうが――と付け足され、
ヴェイグは昨日の演説の内容を、ひいてはベルサスで演説を行った女性のことを思い出した。
思い出し、目前の光の色が彼女の綺麗な髪を連想させてしまう。
雪からを目を守るという名分を立ててヴェイグは目を閉じる。光の残滓が瞼の向こうでちらついた。
そして、それは残滓となってでも残り続けているのか――それとも成り果てるまでに価値が落ちたのか――そうヴェイグは自嘲した。
目を閉じることほど、現実から逃れようとしているものはない。
「広場には反応が3つ。状況から考えて、ミトスとアトワイト、シャーリィだろう」
瞼を上げたヴェイグは背に掛けられたディムロスへと告げた。
『シャーリィはまだ生き永らえているのか』
「いや、動きという動きがない。瀕死だろうな」
ふむ、とディムロスは1人ごちる。雪も光も強い以上、広場の中心がどうなっているのかは把握できない。
『……ならば、こちらからも1つ報告しておこう。アトワイトの反応が弱化している』
「どういうことだ?」
『アトワイトは器となるコレットが所持していた。儀式が何らかの形でアトワイトに影響しているのかもしれん』
ディムロスは極めて淡々と答え、そのまま口を閉ざした。
堅気な性質の人間としては妙に声がおぼついていない。
黙りこくったディムロスに対して、ヴェイグは違和感を覚えた。
違和感が顕わになっている訳ではない。栗が立つような、極小の波が短い間隔で打つとも、あまりに微細過ぎる変化だ。
敢えて言えば、その短間隔の波は、あるかも分からぬディムロスの心臓の鼓動かもしれない。
ディムロスにしか分からない何かが、何かを告げている。
それを彼は上手く理解ができない。「その手の類への理解がない」感情なのだ。
少し背面へと移していた視線を前方へと戻す。
「……あまり、何かに気を取られるな」
正体も分からない以上、どう言っていいかも分からないため曖昧なことしか言えないが仕方がない。
ディムロスは息を呑んだような、呻き声にも似たそれを発して、少しの後ゆっくりと息を吐いた。
自嘲か嘲笑か、単に溜息だったのかどうかは判じ得ない。
『口の利き方も知らない奴め』
軽口を吐いて連続した波は少しだけ収まっていった。
『儀式も始まった以上、ミトスもこちらに気を向けられないだろう。今の内に接近し急襲に備えるぞ』
ああ、と返してヴェイグは立ち上がり大剣を抜く。剣に熱と冷気が入り混じる。
屋根から飛び降りるも深い雪がクッションとなり衝撃は元より音も少量で済んだ。
民家の影に隠れたヴェイグはディムロスを強く握り締め、壁に身を納め様子を眺める――
『聞こえるかシら、ディムロス』
――もう一度、波が起きた。しかし微細な短間隔の波ではなく、大きくたった1度の波紋。
ヴェイグはディムロスを見遣る。コアクリスタルは輝いているが、反応はない。
257名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 18:02:43 ID:pMGSfolGO
支援
258The last battle −君を離れる並行の線− 3:2007/12/14(金) 18:03:20 ID:QWV4TxYU0
『今ノ位置ナら届くと思うノだけど』
『アトワイト!? 何のつもりだ』
『いいえ、ただ、話シてみたくナっただけ』
突然過ぎるアトワイトの通信に、ディムロスは何を話せばいいのか分からなかった。
疑念、というものが二義的にあったのも確かだが、
「そうか」と言うには味気なく、実のある話をするには2人の関係は冷戦下にあるようなものだと思った。
『……アトワイト、何が目的だ』
結局出てきたのは敵としての言葉だった。重く、冷え切った。
喉下で言葉が詰まったような、出来損ないの息遣いが聞こえていた。
『……位置が筒抜けだと言いたいノよ』
数拍置いて呆れ返ったような声でアトワイトは言う。
その反応にどことなく安心感すら抱いてしまった。
『だが、今のお前には手出しも出来ないだろう』
『確かニネ。腑抜けた貴方ニシてはまともナ判断ネ』
『そんな下らないことを言う為か? 儀式の最中に通信など、暢気でいられたものだな』
互いを傷付け合って重い沈黙が戸張のように降りる。
これの何処がかつての恋人同士の会話だろうか、と思うことすらおこがましいと感じた。
だが、空虚か失望か、奥底にあるものはインクが水に滲んでいくように、緩やかに遅々と広がっていく。
『悲劇が起こるわ』
アトワイトは歴然と言った。
『悲劇、だと』
『ええ、望まれザる、ネ。本当ニ、……本当ニ』
しかし、通信は次第にノイズ音を発し始め、アトワイトの声も聞こえなくなってきてしまった。
アトワイト、と名を呼ぶが、それきり何も返ってこなかった。
259The last battle −君を離れる並行の線− 4:2007/12/14(金) 18:05:00 ID:QWV4TxYU0
そして、立ち昇っていた光が消える。
彼はエターナルソードを雪原へと刺し、雪の中佇む眼前の少女を見据える。
少女の背に生えていた赤紫の羽がすうっと消えていく。
顔面に浮かぶ表情は大人の皮を取り払って、期待に満ちた輝きを隠そうともしない子供の顔が表れている。
胸元のソーディアンから発せられる光はどことなく弱々しいが、何も言わないアトワイトの前に彼は関心を寄せない。
少女は瞼を開ける。覗くのは赤い瞳ではなく、快晴の空のように澄み渡った碧眼。
それを見た瞬間、彼はぱっと表情を明るくし、彼女の下へと近寄る。
彼の顔はクルシス主導者としての冷淡かつ辛辣なものではなく、大人が時折見せるからこそ惹かれる無邪気なものだった。
姉様、と言った彼の言葉に反応して、少女は面を上げる。
「ミトス……」
だが、すぐにアトワイトをぎゅっと握り締め、顔を少し斜め下へと俯かせる。
「貴方はなんてことを……」
少女が本来持つ声とは違った、大人びた女性の声が彼の名を呼ぶ。
憂い気な声でも彼は疑問すら示さず、喜びを隠そうとしない。
「姉様? ああ、この身体のことですか? 少し理由があって、成長速度を速めたんです。
 待って下さい。今、昔の姿に戻りますから」
まるで違う背丈の差の中、羽根が散り彼の身体が光に包まれ、大人の姿から元の少年の姿へと戻る。
身体が少年の時に遡っても、肩や足や脇腹の損傷は小さな背丈に合わせて形を相似に縮小しただけだった。
幼顔には無邪気な表情がよく似合う。目で受け取れる傷の酷さから連想されるその痛みをまるで感じさせなかった。
しかし、彼女は微かに首を振って目を閉じる。
少女の相貌でありながら、しとやかな振る舞いを見せる彼女は確かに人格は別人のものであった。
「ミトス、そうではないのよ。
 私はずっと貴方を見てきました。動かぬ体で、ただなす術なく貴方がしてきた愚かな行為を。
 こうなるのも、最早必然だったのかもしれない。この子を通じての私の声でも、彼らは来てはくれなかった。
 いえ、届かなかったと言った方がいいのかもしれない」
固まった笑みを崩さないまま、彼は何を言っているの、姉様? と言わんばかりの困惑を見せる。
少年の顔には少なからず、歓喜とは違った感情が生まれ始めていた。
心が波立つ。小さな波紋はやがて大きく広がっていき、振動自体も強くなっていく。
吹雪のこうこうとした音が邪魔だ。耳なんて良くなくていい、もっと姉様の声を。
「せっかく新しい身体を用意したのに。やっぱりそれでは気に入らなかったんだね」
彼は少女の手を握り、何かに縋るように言う。
それでも少女は面持ちを変えず、どこか沈んだ色を見せる。
瞳がほんの僅かに差し込む黄昏時前の光に煌いた。
「ミトス。お願いです。私の言葉を聞いて」
じっと目を見つめ、哀願するかのような音色で少女は語りかける。
それでも変わらぬ彼の面差しを見て、少女は隠すようにふっと瞼を落とし、白妙の世界の中で重々しい影が彼女に落ちる。
「貴方のしてきたことは間違っている。
 他人を傷付け、これほどの犠牲を払ってまで……私を生き返らせる意味はあったの?」
はたと風の音が消えた。
目の前で雪がちらつく。白い珠が彼女の顔を隠す。悲しむ顔を隠す。隠した雪が、ばらばらに崩れていく。
意味のない血の気が引いた。
この時くらいか、雪や空気が寒いと思ったのは。
「……間違ってるって? 姉様がボクを否定するの?」
「違うわ。思い出して欲しいの。こんなことは止めてもう1度昔の貴方に……」
彼女は頭を振って言うも、自分の手が強く握り締められていることに気が付いた。
あまりに強く握っているからなのか、そうでないのか、彼の手は震えている。
「姉様までボクを……否定するの? 姉様がそんなこと言う筈ない……」
彼女は不安げになって彼を見遣るも、既に彼は俯いていた。
するりと握っていた手が落ちていき身体の横へと投げ出され、拳が作られる。
ぎゅっと握り締められるのと同時に全身が小刻みに震え始めた。
「はは……ははは。あはははははは!」
頭を擡げ天を仰ぐ。
スイッチがオンとオフとで切り替わるように、彼の笑みが消え悪鬼の如く形相が浮かんだ。
「――そんなこと許さないからな!!」
260The last battle −君を離れる並行の線− 5:2007/12/14(金) 18:07:16 ID:QWV4TxYU0
喚き散らすように暴走した彼の魔力が四方八方へと炸裂していく。
制御もされていない火球が大切な少女の横を掠めていくが、それも彼には意識の埒外だろう。
少女が彼の名を呼んだが反応を示さない。
錯乱状態。絶好の好機。奇襲を行うとすれば今しか考えられなかった。
背後から頭部を一突き、もしくは斬首。
ミトスを始末した後はコレットを殺す。シャーリィに関しては状態を考えても後で構わないだろう。
……あれから、ディムロスは沈黙を決め込みつつも、激しく荒波を打っていた。
打っていたが、やがてそれも落ち着いていった。丁度、高所にある葡萄に手が届かず取れなかったように。
一瞥し、行くぞという合図とばかりに片手でディムロスを強く握り締める。
一気に踏み出そうとして、
「――――ッ……!?」
しかしびくりと身じろぎしただけで身体は止まる。
再び家の影へと身を隠し、両手で剣を握る。臨戦態勢を緩めたことに他ならなかった。
『どうした?』
訝るようにディムロスは問う。
「おかしい……反応が」
ヴェイグは首を振りながら答えた。意識を集中させ、フォルスを展開させる。

――白い白い世界の中を手探りしていくように掻き分けていく。
微かに蠢く存在。
碌な動きもなかった存在が、突如として弾かれるように走り出す。
その疾走は確かに謳われた二つ名に相応しく、雪上であろうと足を捕らわれることなく駆け抜けていく。
雪に埋もれていた細身の短剣を身体を屈め走りながら拾い上げる。
「彼」には見えていた。正式には、位置を把握していた。
冷気を貫くように足を進ませていく。目に雪が入ってくる。
白のカーテンが開き2つの人影が現れる。
我を失った少年の姿と前に立つ少女の姿、互いに互いしか見えていない。
更に速度を上げ一気に接近する。未だ気付かれていない。
「彼」の眼には既に金髪の一糸一糸が見えていた。
左腕を彼女の胴体へ、右手を口元へ。
少女が声を上げるが、彼が反応した時には既に彼女の身体は拘束されていた。
頭部から頬にかけての火傷。右手首にも同じく火傷があり、甲には穴が空いた形跡がある。
しかし括目すべきは右手よりも左手。手首を境目にして黒焦げており、そこから先はない。
服は寒さの中であろうとぼろぼろで、バンダナも少し焼け焦げている。
真芯に突き刺さった槍だけはどうやら蘇生術の影響もあって傷は癒えている。
当然か、組織の細胞を元に戻すのに初めから大幅に欠けていては世話ない。
この様子ならば見えない背には数箇所の刺し傷もある筈だ。
つまり、ヴェイグが察知していた反応はエクスフィギュアでもシャーリィでも何でもなく、

「どうして生きている……グリッド」
元の身体と支配権を取り戻したグリッドその人であった。
261名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 18:08:48 ID:puKqLmvbO
支援
262The last battle −君を離れる並行の線− 6:2007/12/14(金) 18:11:20 ID:QWV4TxYU0
スティレットを少女の喉に突き付け、もう片方の手で――といっても手自体はないが――身体を拘束するグリッド。
腕を巻きつけ全身傷だらけであるのに痛がっている様子はまるで見えない。
シャーリィに侵されでもしたか。少なくとも昨夜出会った時の間抜けそうな風貌は微塵も感じさせなかった。
グリッドに笑みといった類の表情が浮かんでいないことが、微動でもすれば弾け飛んでしまうほどの緊迫に更なる緊張感を添えている。
愛する姉が入った器が人質に取られ、彼はどうすることもできない。
互いに言葉を交わそうともしないので、尚更どうしていいのかも分からない。
喉の奥でわだかまった空気の塊を鋭く吸い込む。その僅かな音が沈黙を破った。
「目的は何だ」
低く抑えられた彼の声はボーイソプラノを通り越してテノールでもバスとでも言えたかもしれない。
グリッドは動じずに、更に少女の首筋の皮膚にナイフを添わせる。
何も言わないその行動こそが自分の言葉だとでも言わしめるかのように。
「まさか、何の考えもなく浅はかに行動を移している訳じゃあないよな?」
下手に手出しもできない彼は負け惜しみでも吐くかのように、端正な顔を引きつらせて呻く。
無表情なままのグリッドは彼を見据えたまま、更にナイフを進める。更に進めば皮膚が裂け血管が裂けそうであった。
金と茶の中間のような色を見せる髪に雪が穏やかに積もっていく。
グリッドは首筋に宛がった短剣をすっと降ろしていく。
彼が瞬時に攻勢をかけようとした刹那、グリッドは少女の左肩へと剣を突き刺していた。
「何だっけ?」
悲鳴の中、咄嗟の出来事に処理が追いつかない彼に対して、そうグリッドはにへらと言った。
苦痛の表情を見せる少女と反してさも困ったような面持ちを向けている。
「姉様に……姉様に何てことを……!!」
そして今何が起こり得たのかを理解したミトスは、色をなして、状況すら関係ないとばかりに飛びかかろうとする。
手に集束する光。人間1人に対して過剰なまでの威力を誇る光を放とうとして、
彼はやっとグリッドが更に少女を強く抱きしめていることを知る。
このまま放てば、姉ごと巻き込んで残骸すら残らない。
既に短剣は首筋だ。抜かれた左肩からは白衣を赤く染める程の血液が流れ、
もっと深刻なことに、黒く汚染された短剣の毒によって傷口はじくじくと泡を吹いている。
出血以前に、少女の身体の方が先に壊れてしまいそうだった。
「ええと、ああ、うん、そうだな。言うこと聞かないともっとこの子が傷付く羽目になるぞ」
緩い笑みを浮かべたグリッドに彼は異常なまでの嫌悪感を抱いた。
金まで至らずとも茶と表現するには色素の薄い髪、赤ではなく水色のバンダナ。
つまりは姉を殺したクレスの姿から由来するものであったが、そこまで認識する程まで彼は冷静ではなかった。
かと言って逆上するまで嚇怒する訳でもなく、無闇に手出しもできない彼に術は残されていなかった。
大剣のエターナルソードを扱うにはこの身体は些か小柄、
何より、姿は見えずともヴェイグに背後を取られている以上、下手に隙を見せる訳にもいかない。
「……一応聞く。要求は何だ?」
「そうだなあ。何がいい?」
押し殺された声にグリッドはとぼけた様子で言った。
ふざけた真似を、と彼は心中で怨磋を吐く。
激しく吹き付ける吹雪の唸り声が耳の中で残響する。
延々とリピートされるそれは時間の感覚を失わせ、一種のトランス状態へ至らせる程だと思えた。
相手が凍えるのが先か、少女の全身に毒がじわじわと回るのが先か。
睨み合いで全てを済まそうとするにはリスクの高い2択であった。
263The last battle −君を離れる並行の線− 7:2007/12/14(金) 18:14:18 ID:QWV4TxYU0
「……何故なのですか?」
雪が吹き荒れるだけの静寂、絶え絶えに息衝いていた呼吸が落ち着いてきた中、グリッドの腕内に拘束されている少女は問う。
びくり、と一瞬身体を跳ね上がらせた。ミトスには察知されない程度だったが、密着している彼女には震えは感じ取れた。
僅かに少女に面持ちを向け、否、俯いているのか、グリッドの視線は彼から外れていた。
「言えませんか」
静かな声だった。
「――いえ、語る理由もありませんか」
目にも留まらぬ速さだった。次の瞬間には、左上腕に剣を突き刺していた。
女の美声が苦悶に染まる。
姉様、と彼は叫ぶもグリッドは素早く短剣を抜き取り、尖鋭な切先を彼女の喉下へと向ける。
息を荒くし、ひきつった笑みが彼の形相に浮かんでいた。
思わず彼は手に光を集束させ攻撃に転じようとするも、向こうの少女は片手を辛うじて差し出し、彼を制する。
少女の瞳には苦しみを越えて悲しみの色で目が滲んでいた。
「貴方にそうすべき理由などない筈です。お願いです、剣を降ろして下さい。争う理由など何1つないわ」
短剣の矛先が震える。母親に縋るように強く締め、震える姿は子供のそれだった。
「だって」
笑みが消え鬱屈とした面持ちから実に情けない声が零れる。
「だって、こうしないと俺が消える。そんなの、そんなの嫌だ」
「何を意味を分からないことを!」
「俺は義務を履行してるだけだ! ただ、此処にいたいだけなんだ!」
グリッドの痛哭にも彼は侮蔑の笑みで返す。
「義務? シャーリィのか? それとも他の誰かのか?
 どれにしたってお前の命なんか姉様とは比べ物にならないのに!」
彼は集中させたままの輝く手を突き出す。申し訳程度に剣が更に喉元へと突き付けられる。
「ミトス、止めて! 今はこうするべき時ではありません!」
「安心して姉様、そいつの頭だけ吹き飛ばすから。こんな野蛮な奴生かしておく方が危ないんだ!」
確かにコレットの身体はグリッドの背丈より小柄だった。幸か不幸か頭1つ分は抜け出している。
「……殺すぞ」
「逆に聞くけど、じゃあ殺せるの?」
一瞬グリッドの身体がたじろぐ。
「一瞬でも躊躇うなら無理だよ。お前には殺せない」
一気に詰め寄り、グリッドの顔前へと手を翳す。
「殺した時点で、お前の義務は消える」
大きく目の開いた形相に、にやりと彼は笑う。
チェックメイト。ナイトの駒を王の陣地へと差し出すように、手を差し出す。
しかし、目の前の相手は一度、彼を突き抜け彼の背後へと視線を遣る。
一瞬違和感に捕らわれ、足音に、気配に気付いたのはその次だった。
冷気が頬を撫でる。
背後に目を向けることなく攻撃を解除しテレポート。
貫くべきを失った剣に形成された氷の槍がグリッドの右肩を貫く。
予期していなかった激痛にグリッドは短剣を離し、拘束の緩んだ隙に彼女は腕から抜け出す。
グリッドの後方へと転移した彼は雪の中埋もれ、新雪に彩られたアトワイトを拾い上げる。
凍死者のように単なる物としては冷え切っていた。
冷たい矛先を、死を与えるかのようなそれを腹部に向かって突き出す。
振り向くよりも速く、事実に気付くのよりも速く、剣は飛び込んだ彼女の胸へと挿し込まれた。
264The last battle −君を離れる並行の線− 8:2007/12/14(金) 18:17:03 ID:QWV4TxYU0
「ミトス……だめ……」
グリッドが向いた時には、背から生える刃と動かない2人の姿があった。
背に、じわじわと真紅の染みが広がっていく。死が手を伸ばしていく。
曲刀を媒介に2人の身体は接し合っていた。
少女が血を吐き、少しの水滴が彼の顔にかかる。
彼の眼は忙しなく動き、焦点の定まらず、魚の眼のように大きくぎょろぎょろとしていた。
「昔の、貴方に戻って……」
彼女は剣を持つ彼の両手にそっと掌を添える。
刃を伝って流れ出てきた自身の血で、彼の手ごと赤く染まる。
「ボクが、姉様を、刺した?」
――庇われた。理解したグリッドの顔に驚愕と困惑が浮かぶ。
自分は、俺は、割れたキールの頭が入ってくるのを見て、やっと分かった。
あのキールの意思を、どれだけメルディを想っていたか知って、根底に何があるのか理解して、同時に手段がとてつもなく限られていることを。
だから、模倣であろうと、何もない俺には――――
彼女の身体が自然と後ろへと重心がかかり傾いていく。その表情は痛みの中に慈愛を確かに湛えていた。
どうして自分が傷付いているのにそんなに優しく悲しそうな顔を出来るのか?
最中に、ぞりゅ、と鈍い音がした。
下腹部を見遣ると剣が縦に飛び出ている。炎のレリーフが血塗れているが微かに見える。
再び振り向くと更に肉が切れ血が溢れていく音がした。
「お願い……争わないで……」
長躯の男が大剣を握ったまま立っている。真顔で、少しの苦さも混ざらず躊躇いのない面だった。
むしろ、幾許かの憎悪さえ見えた。
当然だった。俺があの時キールに憎しみを抱いたのと同じだ。
勢い良く剣が抜かれ、赤い飛沫が舞う。引きずり出された肉片も混ざっていた。
「何も……何も生まれない……お願い……」
折り重なるようにして、グリッドの身体は少女の上へと倒れていく。
彼女の身体は雪原の冷気の中では厭に熱かった。
けれども、彼女の命がどんどん奪われていっていることは確かに分かった。
同じ感覚を、熱と寒さが同居する感覚をグリッドも持っていた。
265The last battle −君を離れる並行の線− 9:2007/12/14(金) 18:19:33 ID:QWV4TxYU0
「グリッドの身体を乗っ取ってまで生き永らえるとはな……シャーリィ」
血反吐を吐くグリッドに切先を突き付けヴェイグは言う。
「ち、ちが、おれ、は」
力なくゆるゆるとグリッドは首を振るも、ヴェイグは阻止させるかのように更に剣を突き刺す。
碌な悲鳴も上がらなかった。
「……本当にグリッドならば、あんな卑劣な手段は取らない!」
グリッドは振り絞るように力を込めてヴェイグの方へと向いた。
熱り立った言葉はグリッドの変遷、もとい崩壊を知らないが故の言葉だった。
「ああ、お前、シャーリィなの?」
彼がふらりと立ち上がる。俯き加減で、長い前髪に表情は隠されて窺えない。
視線がグリッドの下に向けられていることだけが辛うじて分かる位だった。
「お前のせいで姉様がまた傷付いて、ボクにこうしてまた鬱積とした気持ちを募らせて、お前、何がしたいの?
 そうだ。お前のせいだ、お前のせいで姉様が死んだんだ。お前のせいで、お前が、お前が殺したんだ、あははは」
俯首したまま曲刀だけが揺らめく。
「ボクが姉様を殺すものか……大好きな姉様を殺す訳ないじゃないか……」
声は実に虚ろで、消え入りそうな声はそれだけで胸を悲愴と恐怖で締め付けた。
前髪が風に開け瞳が覗く。黒く、光の消え失せた冷酷で牢乎とした瞳がグリッドを捉える。
「価値に残ると思うなよ」
その瞳も、直ぐに銀色の刀身と暗い影で視界が埋まり見えなくなった。

顔面に剣を突き立てられ、全身の至る所に剣が入り込んでくる感覚の中。
剣に篭った「シャーリィという存在への怨念」が末端まで身体を満たす。
意識が離れていくのと同時に、自分という存在がシャーリィに追い立てられ奥へ奥へと追いやられていく。
(ああ、そうか)
模倣とは他を真似ること、そこに己の意思は介在しない。
(俺、もう何処にもいないんだ)
ならば人質を取り立ち回ったグリッドという存在は初めからなかったのではなかろうか。
脚本すら演じられぬ只の凡人に舞台に立つ資格があるのだろうか。否、ある訳がない。
初めに顔に一撃を喰らい、視覚を奪われたのは幸いだろうか。
聴覚と触覚だけで把握する世界、
股関節に刃を入れられ腕を切り離され腹を抉られ人間の姿から掛け離れていくのを感じながら、自分は一体何だったのだろうとグリッドは思った。
266The last battle −君を離れる並行の線− 10:2007/12/14(金) 18:20:53 ID:QWV4TxYU0
雪は降るのを止めたが、雪原と冷え冷えとした空気は未だ残っている。
2つの、いや、1つの屍を隔てて2人は対峙する。
少女の華奢な体躯は上に被さった男の血で表情さえ伺えぬ程に真っ赤になっていた。
まるで、その血で傷も何もかも隠してしまうかのように。
ヴェイグは彼がグリッドを解体するのをただ見ているより他はなかった。
邪魔をした所でグリッドの死は揺るぎなく、彼も手を止めこちらに攻撃してきただろう。
つまり、手を出して変わるのは死体の形だけだ。そこに大した差はない。
キールもこうやってグリッドに襲い掛かったのだろうか、と血塗れたミトスと眺めながらヴェイグは思った。

幼くも辛辣な双眸がヴェイグを見つめる。
彼は曲刀を横に振るい血と肉を払った。嵌められたコアクリスタルはくすみ、光を発していない。
ディムロスが息を呑み、そして全て吐き出すように重い息をつくも既に届いてはいなかった。
「大丈夫」
彼は誰に言うともなしに虚空に呟いた。
「悲劇はやり直せる。姉様は死んでいないもの」
彼の眼はヴェイグの背後にある、雪原に突き刺さったままの魔剣へと向けられていた。
ヴェイグは、ディムロスの切先を彼へ、最後の1人であるミトスへと向けた。
267The last battle −君を離れる並行の線− 11:2007/12/14(金) 18:21:56 ID:QWV4TxYU0
儀式の最中のことである。
握り締められた剣に填め込まれたコアクリスタル、そこから発せられる光はどことなく儚く、
彼女を支配するアトワイトはまた異なった様相を見せていた。
当の支配されている側は何の表情も表れていない。
けれどもアトワイトは長らく発してなかった、歯を食い縛って堪えるような息を漏らす。
(……魂が大きスぎる……必然ね、コレットの場合は既に塞ぎ込んでいたのだから。
 このままでは、私の方が耐え切れない……)
そうなれば意味がない。
アトワイトという外部端末の意識があったからこそ、コレットの身体は辛うじて肉体という形での生を保ってきたのだ。
(エクスフィア能力拡張、最低限を残シ全エネルギーを意識保持に集中。
 例え一時的でも……今だけは、意識を失くス訳にはいかない)
意識レベルが安定するのを確認する。このプロセスを通してもマーテルの意識は大きい。
挫けるわけにはいかない。
姉のマーテルを復活させる。それがマスターであるミトスの本願。
ならば、マスターに忠誠を誓う自分が朽ち果てる道を更に歩もうと、阻害してはならない。
構わない。道具としての何よりの存在意義だ。
いざとなれば、全エネルギーを放射してでも儀式を成功へと導く。
それにきっと――姉が復活することに比べれば、いずれ訪れる消滅など、些細なことでしかないだろうから。

ふと、アトワイトは流れ込んでくる感情を感じ取って、己の破壊はもっと些細なことになるだろうと悲しんだ。
それでいいのだ。誰にも愛されないことが堕ちた自分には相応しいのだから。
片手を頬の辺りへと遣り、静かに目を閉じる。
道具というものは、通常己の本分を越えることはない。何らかのイレギュラーがなければ成し得ないだろう。
しかし、もし道具が己の本分を越えようとするならば、それは人間と同様ではないだろうか。
常に人間というものは我が身を上回る本分を求めがちになってしまうもの。
そういう意味では、アトワイトもまた例外ではなかった、ということだ。
頬へ当てていた手を髪の方へと伸ばし、繊細に動く指が髪を少し払わせる。
殊に、恋愛は障害が多いほど炎は燃え盛るという俗説があるが、果たして本当なのだろうか。
コレットでさえ、腑抜けたと思った最愛の王子は立ち上がり、時遅くとも姫の下へと奔走した。
陰ではどんなに羨ましかったことだろう。いい年になってまで少女のような御伽話を夢想するのも恥ずかしいが。
傷付くならば、期待しても裏切られるだけの愛ならば破棄してしまえ。決断したのは何よりも自分自身。
だというのに、羨ましいという情に未だ囚われるというのなら、今こうして想っているというのなら、
自分はもっと傷付き裏切られたいとでもいうのか。

そうしてアトワイトは自身の感情がどこから発露されるのか、やっと気が付いた。
「最早叶わない」から、安心して想いを馳せることができるのだ。
最後にもう1度裏切られることが分かっているから。
ふっと面を上げ空を、家々の屋根を見上げる。
白く見通せない。不透性の壁が目の前で何枚も何枚も重なる。見えない筈なのに、本当はない筈なのに壁はひどく重かった。
ラディスロウの外で吹雪く雪も、こんなに強かっただろうか。想いのベクトルも、未来ではなく過去へと向かっていく。

(貴方も見えないでしょうに。そこから私を見下げ、何を想っているのでしょうね、ディムロス)




最後に聞いた声の、語尾の絞り出すような声音をディムロスは聞き逃してはいなかった。
ノイズの中言うのだ――あんな、切ない声を出して。
268The last battle −君を離れる並行の線− 12@代理:2007/12/14(金) 18:30:57 ID:5MCHxGsh0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP45% TP30% リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り 極めて冷静
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
   エクスフィギュアの正体を誤解 キールの惨たらしい死に動揺
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
    エメラルドリング クローナシンボル フィートシンボル
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ミトスを殺す
現在位置:C3村中央広場・雪原

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 ヴェイグの感情に同調 感情希薄? エクスフィギュアの正体を誤解
基本行動方針:優勝してミクトランを殺す
第一行動方針:ヴェイグをサポートする
第二行動方針:ミトスの戦力を見て分析する
現在位置:C3村中央広場・雪原

【ミトス=ユグドラシル 生存確認】
状態:HP40/50%(毒特性:最大HPカット) TP60% 良く分からない鬱屈 頬に傷 右腿裂傷 右肩貫通 左足指欠損 左脇腹裂傷
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント(治療に消費) キールのレポート
    エクスフィア強化S・A(故障により晶術使用不可。アトワイトの人格は消えています)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:エターナルソードを奪取する
第二行動方針:時間を戻し、マーテルを復活させる
第三行動方針:失敗した場合は優勝してマーテルを復活させる(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村中央広場・雪原


放置アイテム:
プリムラ・ユアンのサック リーダー用漆黒の翼バッジ メルディの漆黒の翼バッジ ダブルセイバー 魔杖ケイオスハート
苦無×1 ピヨチェック ホーリィスタッフ エターナルソード


【コレット=ブルーネル 死亡確認】
【グリッド 死亡確認】
【残り2人】

269名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:32:51 ID:kQoGpAlQ0
神? そんな都合が良い存在はこの世には無い。
万に一つ、居るとしても。こんな現実を叩き付ける奴が果たして神と呼べようものか。そんな愚かな神、こちらから願い下げだ。
それ故ポジティビズム。
今、俺はこうして誰の手も借りず理想を追求している。
たがその理想は、本当に理想としての意義を全うしているのだろうか?
こうして“理想”と豪語しておいて何を今更、と言われるかもしれない。
確かにそう。しかし俺の中の理想は果たして“理想”として正しいのだろうか。これは完全なのか?
こうしてこんな些細な事を考えるのは果てしなく意味の無い事だと思う。けれども、俺は本当にそうしたいのだろうか? それを考えずには居られないんだ。
迷い、じゃない。もう道は決めている。引き返すつもりもさらさら無い。
これは只の葛藤。
不完全で漠然とした理想は理想と言えるのか? 答えは否。元から破綻してるじゃないか。
“完全”なのが理想だ。
雲の様に捕らえどころが無く、霧が掛かった様に鮮明な姿すら分からない、漠然としたイメージ。
こんな形なのだろうか、と予想しているだけ。それが理想の形と一致していると思っているだけだ。或いは、無理矢理その形にしているのか。
何れにせよ、何て脆いんだ。脆くて脆くて薄くて薄くて儚くて、無いに等しいじゃないか。
いや待て。俺を動かしているのは理想だけなんだ。それが無いに等しいならば、俺に何が残ろうか?
自分はゼロなのだろうか?
嫌だ、怖い。ゼロになるのは怖い。
俺は俺じゃなくて、ゼロ?
中身が何も無い。理想も、意味も無い?
それは最早ヒトあらざる存在じゃないのか?
俺はヒューマじゃ、ヒトじゃない? 違う、そんな事は無い筈だ。
こうして手がある。足もある顔もある。俺はヒトじゃないか。
……中身が無くとも?
じゃあヒトの形をした機械や人形もヒト? 果たして一概にヒトの形をしているモノ全てがヒトであると言えるのだろうか。いや、言える訳がない。
人形は人形で、機械は機械だ。
一義的なのは中身と器なのだ。ヒトは、中身とそれを受け止める器が揃って初めてヒトなんだ。
料理だって同じ。どれだけ美味しそうな料理でも器、つまり皿を蔑ろにする事は出来ない。
……受け売りだがな。
中身と、器。それが揃って初めてヒト……。
スカスカな俺はヒト?
漠然とした靄を無理矢理理想に仕立て上げ、それを生きる理由にしている俺は、ヒト?
270名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:33:14 ID:kQoGpAlQ0
馬鹿な。その疑問自体が馬鹿馬鹿しい。こうして思考している事はヒトである証明に成し得る筈。
俺はヒト……ヒトなんだ。
欲求だって、当然ある。
『飢え』『渇き』『排泄』『睡眠』
確かにある。しかしそれは、ヒトである証拠か?
生理的欲求。下らない。バイラスと一緒のレベルじゃないか。
足りない。俺はヒトでありたい。
『恐怖からの回避』『安全確保』『苦痛からの逃走』
安全欲求。駄目だまだ足りない。
もっと高次元へ。ヒトである為に。
『所属』『愛情』『親和』
愛情欲求。……おかしい。俺にはそんなもの無いぞ?
馬鹿を言え、そんな筈は無い。俺はヒトなんだから。
『尊敬』『承認』『支配』『名誉』『地位』
尊敬欲求?
『自己達成』『生き甲斐』『理想』
自己実現欲求?
おかしい、無いぞ?
違う?(違わない?)
何処で、落としてしまったんだろう。
俺は―――。


暫く経っただろうか。
降雪は止むがしかし厚い黒雲は晴れる事無く、寒く、薄暗い張り詰めた空気の中彼等は対峙していた。
時刻を確認する隙は無い。が、恐らく空は橙から完全に深い青紫に変わっている頃だろう。
放送された禁止予定エリアも既に全て禁止エリアとなっている事も想像に難くない。
最後の二名、ミトス=ユグドラシルとヴェイグ=リュングベルは静かに互いを睨んでいた。
雪が降る夜は物音一つしないと言うが、正にその通りかもしれない。
重い静寂はただ冷気として虚空に溶けてゆく。
「……どけよ。僕は暇じゃないんだ、姉様が待ってるんだからさ」
最初に静寂を切り裂いたのは数秒の間に痺れを切らせた天使、ミトス=ユグドラシルだった。
しかし激しさを増す天使の剣幕に怯む事無くヴェイグは冷静に様子を伺う。
この少年が今少なからず冷静さを欠いているのは明瞭。だがそれも長くは続くまい。
271名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:33:39 ID:kQoGpAlQ0
奴の手はロイドから聞いているし、先程のシャーリィとの交戦も見ている。充分分析も出来ているつもりだ。
早く決着を付けたいところだが、安易に考えてはいけない。
ミトスは、強い。
それは例え天変地異が起ころうとも揺るぎない事実であるからだ。
「マーテルがそんなに大事か」
ヴェイグは柄を持つ右手に力を込め、右足を一歩踏み出す。
熱エネルギーを無視した汚れ無き雪の結晶達はそれにより騒がしく演舞を披露した。
「姉様の名を汚らわしい口で出すな―――」
低く、唸る様な声でミトスは呟く。
本当なら今にでも八裂きにしてやりたい。しかし今は何よりも冷静さを取り戻さなければ。
ミトスは喉元まで上がっている地団駄を踏みたい気持ちを押さえ付ける。
ここで冷静にならなければ、簡単に死ぬ。
それを理解していたからだ。見た目が少年とは言え、四千年の経験は決してお飾りでは無い。
「―――殺すよ?」
ミトスは左手をヴェイグに向けた。同時に七色に輝く光が左手に集中する。
瞬く間にその光は濃度を増し、光弾となりヴェイグへと放たれた。それと同時にミトスはアトワイトを構え走―――否、空間転移。
光弾を横に飛びながら避け、ヴェイグはその瞬間をしっかりと目の端で捕らえていた。
ヴェイグはミトスの空間転移を先程見て理解していた。
僅かに生じる転移前のタイムラグ、転移可能な半径。
ディムロスの助言やロイドの話からもそれらは確かな情報だった。
故に先程はミトスの転移限界の間合いを常に取っていた。
従って、アトワイトを構えたのは直接攻撃だと思わせる為のフェイクだとヴェイグは理解していた。
詰まり、結論を述べるとこの空間転移の意味は直接攻撃では無く、
「消えろ―――レイ!」
詠唱の為だという事!
ヴェイグにはミトスの位置は確認出来なかった。しかし今それは問題では無い。
ヴェイグは極めて冷静だった。
272名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:34:10 ID:kQoGpAlQ0
来るのが魔法であると分かっている以上は、相手の位置は大した問題じゃないと理解しているのだ。
「残念だがな、ミトス」
光の球体が片目の青年の頭上に現われ、光線を発射せんと膨張する。
しかし……見切っていた。ヴェイグは見切っていた。頭上より降り注ぐ光線を。
ロイドからレイという技について聞いていたから、という理由も確かにある。
「俺の世界にはその技の上を行く術があるんだ」
しかしヴェイグがレイを完全に見切ったのはそれとはまた別の理由があった。
ヴェイグの世界、カレギアにはレイを超越する手数と速度を持つ上級術があるからだ。
双方の術を威力を除いて比較すれば、そこには天と地の差があった。
故に、躱せる。
「何百何千とこの目に収めてきた」
襲い掛かる光線をヴェイグはフットワークを駆使し躱してゆく。
この程度ならば、絶・瞬影迅を使うまでも無い。
「だから、」
最後の一撃を躱すとヴェイグはミトスを見つけ走る。
構えられた剣には熱気と冷気が集い、気流の衣を纏っていた。
対するミトスはそれを見て歯軋りをする。
避けられた、僕のレイが? 馬鹿な、上級術だぞッ?
くそッ、調子に乗るなよ劣悪種如きがッ! こんな場所で足止めを喰ってる場合じゃない、早く姉様に会わなきゃならないのに!
ああ駄目だ、冷静になれ……!
最早ミトスは客観的に自身を見る事が出来なかった。冷静になるつもりが脳に募るは焦躁と苛立ち。
しかしミトスはそれを把握する事すら叶わない。それ程までに混乱していた。
駄目だ、ここは冷静にならないと。相手の能力は未知数なんだ。
それに先程の動きと間合い。僕の術を知っている? おのれ、何処からのソースだ。
……ああ、ロイドか。
ええい、こんな簡単な事も忘れているなんて僕らしくない。クールになるんだ。
273名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:34:36 ID:kQoGpAlQ0
あらゆる状況に最善策で対応する為には、冷静になる事が大切だとミトスは理解している。
「その程度の技で俺を捕えられると思うな―――風神剣ッ!」
地面に向かって風神剣!?
「……ッ」
ミトスは心底嫌そうな顔をした。
真逆、こう来るとは。
乱気流の塊は地面に積もった粉雪に乱舞を命令する。
粉雪は当然、抵抗する事無く命令されるがままに舞いを踊った。
ミトスは軽く舌打ちをした。
パウダースノウの目眩まし、か。どうやら頭はそこまで悪く無いらしい。
……このフィールドは自分に不利過ぎる。奴は地の利を最大限に活かしてくるだろう。
このままでは全身に刃を向けられているまま闘うようなものだ。かと言って炎で焼き払うとなると精神力消費が痛い。それに雪に炎は相性が悪過ぎるし、焼き払う隙も無い。
已むを得ない、気に食わないがこのまま闘うしか無いか。
「何時まで隠れんぼしてるつもり? いちいち遊んでる程暇じゃないんだけどね」
後ろ、前、上、右、左。さあ何処からでも来い。
ミトスは目を閉じた。こう粉雪に舞われては天使の目も役立たず。そう考え耳だけに神経を集中させたのだ。
と、微かな物音を天使の耳が捕える。
(背後ッ!)
ミトスは脊髄反射並、いやそれ以上のスピードで後ろを振り向き光弾で牽制する。
しかし。
「霜柱、だと」
光弾が砕いたのは人の頭では無く、巨大な霜柱だったのだ。
「天使は耳が良いらしいからな……悪いが利用させて貰った」
ミトスの左側から現れたヴェイグにより、フィートシンボルで強化された一撃が振り下ろされた。

「……見掛けに依らずお喋り好きみたいだね」
丁度高い金属音が鳴り止む頃にミトスが呟く。
ディムロスは逸早く刀身をして金属音の正体を感じ取った。
アトワイトだ、と。
間一髪。ミトスは胸を撫で下ろした。
危ないところだった。奴が喋らければ場所、タイミング共に特定出来なかった。
神なんか居ないと信じてきたが、この瞬間だけは感謝してやってもいい。
「ほざけッ!」
ヴェイグは確信していた。
先の太刀筋は確実にミトスの胸を薙払う一撃だった筈。
それが防がれた。
確信した事実をひっくり返される事程の屈辱は無い。
衝撃で舞った雪によりミトスの姿は見えないが、恐らく1ミリたりとも負傷していないだろう事は想像に難くない。
「雪の目眩ましとはなかなかだね、称賛に値するよ」
やっと冷静になれたよ、感謝してやる。
274名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:35:06 ID:kQoGpAlQ0
ミトスはクルクルと紋章を回しながら嗤った。
……そう、目眩ましは御互い様。
「けどさ劣悪種」
先ずディムロスが異変に気付く。異常な程早い魔力の収束、しかも強力な。
いかん、これは。
「詰めが甘いんだよ―――ホーリーランス!」
剣士の最大の利点であり同時に弱点であるもの。
それが接近戦に固定される点である。
目眩ましによる術士への接近はミトスの経験上想定の範囲内であった。尤も、雪を使ってくるとは思っていなかったが。
……しかし対するヴェイグは。
「甘いのは、」
一枚、上手だった。
シャーリィとミトスの戦いから、ミトスを倒す事は一筋縄では行かないという事実は明白であったからだ。
油断は大敵、それ故にヴェイグの頭の中では常に最悪のパターンのみで構成されていた。
従って術撃による接近戦の防衛行動は想定の範囲内ッ!
「貴様だ―――――幻魔ッ、衝裂破!」
繰り出されるは神速のバックステップから放たれる絶対の攻撃範囲を持つ十字斬り。
五本の聖なる槍の焦点から体をずらす事により術を華麗に躱し、向こう側に現れるその巨大な十字はミトスを血塗れにすると思われた―――が、しかし。
『ヴェイグッ! 避けろ! 左だッ!』
突然の叫びは期待する天使の苦痛に塗れたものでは無くディムロスのモノで、返事をされる事無くそれは虚しく暗雲の彼方へと消えて行く。
刹那、ヴェイグは手応えが無い事に気付くが時既に遅し。
「二度言わすな、羽虫」
その未だに余裕すら感じ取れる声は寒気がする程ゆっくりと、ヴェイグの前方からでは無く目を失った方の耳元で囁かれた。
「甘いのは、お前だよ」
(死角ッ!)
ヴェイグがその事実に気付きミトスへ顔を向ける瞬間に“それ”は起きた。
275名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:35:30 ID:kQoGpAlQ0
“それ”って何? と聞かれるかもしれないが、ヴェイグには何が起きたかが分からなかったのだ、体感したものを“それ”としか表現出来なかった。
ヴェイグは戸惑った。脇腹に猛烈な痛みを感じ、更に自らの足が得も言われぬ浮遊感に襲われたのだ。
突然のそれに感覚器官が麻痺する。従って何故こうなったかをヴェイグには知覚出来なかった。
浮遊感と同時に残された眼球に映された景色が那由多の線で構成される。
御世辞にもその一枚絵は芸術とは言えない。
「な、にッ!?」
地面から足が離れた? 横腹が熱い!?
何だ? 何をされた? 一体何が起こっている?
この浮遊感……! そうか、俺は吹き飛ばされたのか!?
しまった、ならば早く受け身を……ッ!?
「ぐえぁッ!」
しかしそこに至るまでには少々時間が掛かり過ぎていた。
激しい破壊音と共にヴェイグに襲いかかるは全身が何か固いモノにこれでもかという勢いで打ち付けられる感覚。
蛙が潰れた時に口から出す様な音と血が混じった粘液を口から発してヴェイグの体は瓦礫に埋没され、沈黙した。
「……教えてやるよ劣悪種」
石壁の崩れる音が止み、その余韻を楽しむかの様に演奏される土埃と粉雪の二重奏。
その向こう側でミトスは抜き取ったエターナルソードを手の中でクルクルと回しながら、呟く。
まるで旋律を楽しむ指揮者の様に。
息一つ乱す事無く、力の差を見せつける様に、綽然とした態度の天使は更に続ける。
「お前はどう足掻いても、僕には勝てない」
土埃が去り、瓦礫から辛うじて覗くコアクリスタルは、その奥に一人の天使を認めた。
絶対的無慈悲な力を持つクルシスの指導者、ミトス=ユグドラシルという名の天使の姿を。
しかし確かに一瞬、ディムロスには本来天使を意味するその輝く羽が悪魔の羽に見えた。
その悪魔……もとい天使はエターナルソードをサックに入れつつ再び口を開いた。
「理由は簡単。経験の差だよ。決して埋め様の無い千年の経験の差がお前と僕にはある。
 先の攻防で分かっただろう? もう諦めたらどうだ」
ヴェイグは瓦礫の中からゆっくりと起き上がる。遠目で見ても分かる程激しく肩で息をしながら。
横腹にはアトワイトに突かれた傷があった。とても浅いとは言えない傷。
しかしその傷は凍り付いている。いつの間に止血したのだろうか。
手際の良さに一瞬驚くが、その脆弱な体にミトスは鼻で笑った。
276名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:35:56 ID:kQoGpAlQ0
所詮、血を失えば死ぬ脆いタンパク質の塊。視界に入るだけで反吐が出る。
そのタンパク質の塊……もとい、固有名ヴェイグ=リュングベルは覚束無い足取りで数歩進み、瓦礫に足を取られ倒れそうになるもディムロスを地面に突き刺しバランスを取る。
「……ら……だ」
銀髪は土色に汚れだらんと垂れ、顔を隠している。
右側の頭部を打ち付けたのだろうか、右側の銀髪は血が滲み赤に染まっていた。
「何だと?」
ヴェイグは荒れ果てた瓦礫の山からミトスの顔へと視線を上げた。
天使の顔に浮かぶはよく聞こえないな、という表情であり、それ故大きく息を吸って再び、
「……諦めたらそこまでだッ!」
言い放つ。
その眼光は埋め様の無い力の差を見せ付けられても尚、鋭かった。
それを見たミトスは一瞬目を細め、陳腐な戯言だと言わんばかりにハン、と鼻で笑う。
「あはは……馬鹿じゃない? お前さ……この差を諦めない事だけで埋められるとでも思ってるの?」
思ってる、と言う代わりにヴェイグは剣を抜き、そしてふらつきながらも目の前で構える。
ディムロスはただ無言でミトスを静観する。
「やってみなければ! ……やってみなければ、分からない事だってある。柔能く剛を制すと言う様に!」
「詭弁だね。もう結果は見えてる。
 お前が、負けるってね」
しかしヴェイグは気圧される事無く言い返す。
無謀は元より承知、故にヴェイグは諦めない。
「俺は決意した。選択したんだ……この世界は間違っている。だからミクトランを殺し全てを終わらせる……その為には、絶対に、負けられないッ!」
気に入らないな。
ミトスは目を細め歯を軋ませた。
非力な劣悪種如きが何をほざくか。身の程知らずが。
「気に入らない、気に入らないね……お前のその考え、その根拠の無い自信……。弱卒が大口を叩くなよ」
277名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:36:19 ID:kQoGpAlQ0
決意だって? 違うね。こいつは大きな勘違いをしている。しかもそれに気付いてすらいない。
実に腹立たしい、そして愚かだ。
こんな馬鹿が最後の相手だなんて、今日の僕はとことんまでついてないみたいだ。
「何とでも言え。お前がどう思っていようが、お前が何処の誰だろうがッ! 俺はお前を斬り伏せて行く! ……それだけだ」
ヴェイグは左手を顔の前まで上げ、地面と水平に振りながらミトスを睨み付ける。
「それは虚栄か? 驕りが過ぎるぞ、劣悪種」
ミトスの声は震えていた。
今直ぐ殺してしまいたい。が、そう簡単に殺せる相手じゃない。
人となりや性格は兎も角、曲り形にもここまで生存した人間。僕も万全の状態じゃない。
決して評価を怠ってはいけない。
ミトスは喉から溢れる殺意を抑える様に拳を握り締めた。
「驕っているのはあんただろう? 過信と慢心は隙を生むぞ」
それはクラトスの口癖だ!
軽々しくお前が口にするなッ!
「もうお前と話していても時間の無駄だ……」
低く、震える声で唸る様に呟く。
スカーフが風に靡き、雪の結晶がその布に触れた。
それを合図にミトスが光に包まれる。
『ヴェイグッ!』
「分かっている!」
空間転移!
しまった、間合いを取る事を忘れていた……俺とした事がッ!
座標は―――?
「……実力で排除させて貰う」
―――真後ろッ!

刹那、高らかに金属音が鳴り響く。
「分かり易くていいな……あんたと俺、どっちが強いか、試してみるか?」
衝撃波により二人を中心にして地面に積もった雪が舞う。
見事なまでのパウダースノウ。御互いが地熱で結合する事も無く、結晶の状態のまま空中を舞う。
これで太陽の光さえあれば正に擬似ダイヤモンドダスト。
しかしそれだけに戦闘では目障り。
溶ける事が無いのは煩わしい、とミトスは思った。
「“試させて”やろうか?」
やはり、空間転移での奇襲も二度は利かないか。
魔力を込めたアトワイトはディムロスの剣の腹に綺麗に収まっていた。
ミトスは喋った後に軽く眉を顰めた。
「その驕慢な態度をどうにかしたらどうだ―――絶・霧氷装」
対するヴェイグは確かにソーディアン同士が接している事を確認すると、にやりと笑った。
「右腕を貰う」
「……ッ? これは!?」
瞬間的にソーディアン・アトワイトと自らの右手が凍り付いてゆく様を翡翠色の瞳が認める。
しかし極限のピンチが逆にミトスに冷静さを与えた。
278名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 12:36:40 ID:kQoGpAlQ0
不思議な昂揚感。全身のありとあらゆる神経と感覚が研ぎ澄まされる感覚。
ああ、これだ。久方振りに感じる戦闘への血沸き。
全てがスローに感じる。一歩間違えば死、極限の世界。
動き方、いなし方。体が覚えている。
そうか、僕も生粋の戦士なんだな。
ミトスの眼光が鋭く光る。
皮膚はもう完全に凍ってしまっている。仕方無い。最善策へ移る。被害が最小限のうちに。
このまま右腕をくれてやる位ならば獲物程度は。
「……壊れた短剣くらい、くれてやるさ」
ミトスは剣を魔力でコーティングした左拳で払い、無理矢理右拳を引き剥がす。
皮膚と僅かばかりの肉が剣に盗まれるが、今はそれを気にしている場合では無い事をミトスは理解している。
そして拳の違和感を無視し同時に腰を捻り回し蹴りを繰り出す。
対するヴェイグは咄嗟に腹筋を固める。蹴りが早い、ガードは不可能、との判断からだ。
「ッぐ……!」
本来ならば確実に口から血と胃液を吐き出す蹴りをヴェイグは受ける。腹筋を固めていても矢張りダメージは小さくは無い。
その口から唾液を吐きながら吹き飛ぶヴェイグは激痛に襲われていた。
只の華奢な少年の回し蹴りの次元を超えている、と素直に思う。
「……濁流に呑まれろ」
と、痛みに目を細めるヴェイグの耳に微かに入る声。
脳内で鳴る警告音。痛みを忘れ目を開いた。―――しまった、詠唱か!?
数メートル足を引き摺られながらもミトスを睨む。
大量の雪がヴェイグの足により左右に大波を作る中、地面の露出により生じた一本道の先に天使は居た。
青い光に包まれ、その腕には確かに反応する紋章。
矢張り詠唱だ、早く回避をしなければッ……!
「―――スプレッド!」
紡がれた魔法により地より出立し水流は、青年に避ける隙すら与えず牙を剥いた。


279名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 16:33:52 ID:kQoGpAlQ0
ミトスは溜め息を吐く。
その白い息が大気に混ざり消えて行く様を見届けた後、体に積もった煩わしい粉雪を払いその白樺を思わせる大樹へ目線を移した。
何だよ、“これ”。
「この広場に大樹なんて無かった筈だけどね?」
呆れた顔でそう呟き向こう側が望める大樹へ嘲笑を浴びせる。
よく見ると自分の顔がその大樹へ映っていた。自分のやつれきった顔を見ると、流石にもう笑えない。
シャーリィめ、僕の顔によくもこんな傷を、と思った時。大樹の頂上から水晶を彷彿とさせるカケラが降って来た。誰かが故意に落としたのだろう。
ミトスはそのカケラを目障りだと言わんばかりに踏み砕く。
飛び散る結晶は見た目の綺麗さに似つかわしくない鈍い音を立てて沈黙した。
「……随分派手で場違いなオブジェじゃないか。悪趣味だね」
独り言にしては大きめの声で呟き、氷の大樹の頂上に立つそいつを見上げた。
目線が合い、何秒か御互いに睨み合う。
「……あんたの翼程じゃないさ」
その沈黙を破るは大樹の頂上に立つヴェイグ=リュングベル。
ディムロスに凍り付く土産をサックに入れながら、溜息を吐く。
ミトスはそれを見届けると肩を揺らして笑った。
「なかなか笑える冗談だね」
「冗談は昔から苦手だ」
ミトスは顔を引きつらせ、再び溜め息を吐く。
―――全く、喰えない奴だよこの劣悪種は。
「……あっそ。
 やれやれ成程ね。お前に水属性の魔法は利かない、か」
「そういう事だ」
スプレッドを発動した瞬間、この劣悪種ヴェイグ=リュングベルは剣を下に向けた。
最初は何の真似をと思ったが、理由は直ぐに分かった。何故なら現れた水流が片っ端から全て凍っていったからだ。
その結果がこの巨大過ぎる大樹。
氷の使い手だとはキール=ツァイベルから聞いていた。が、脅威にはならないだろうと対策を考えて居なかった。僕は馬鹿だ。
何とかなるかと思っていたが、なかなかどうして闘り辛い相手だな。
半端な炎系の魔法も効きそうに無い。
氷系の魔法も効かない可能性が高い。最悪、地属性の魔法も無効化されるか? 水分が土にあれば凍らされてしまうからね。
闇、無属性の魔法を僕は使えないから……。
となると雷、光、風か。僕が得意とする光属性の魔法が効くのは助かるけど……面白くない展開だね。手札がここまで制限されるとは。
……まぁいいか、別に。どうせ殺すんだし。
「でもさ、呑気にそんな場所に立ってていいのかい?」
280名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 16:34:17 ID:kQoGpAlQ0
ミトスはミスティシンボルを左手で回す。極限にまで詠唱を短縮した術は唱えられようとしていた。
それに伴いマナが緑色の光と法陣を織り成す。
「知ってるか、ミトス?」
ヴェイグが上空で剣を構えながら口を開く。
ミトスはヴェイグを睨め付けマナを編みながら応答した。
「何をだ?」
「極寒の地ではな、しばしば雪が災害になる事があるんだ。
 俺の世界ではノルゼン地方のモクラド村周辺にその現象が起こる」
嫌に落ち着いた声だった。不快感を覚える程に。
怒気や覇気といった類を感じさせない、事務的な声。
この天候の様に、不鮮明な発声目的。
ミトスは怪訝そうな表情を浮かべた。
意味が分からない。
急に何を言い出すんだ、こいつ。寒さに当てられて頭でもおかしくなったのか?
僕の詠唱が見えていないのか?
「雪崩かい?
 知ってるけど、それがどうしたんだよ。ただの独り言ならチラシの裏にでも書いておくんだね」
「いや、雪崩じゃない」
俺は、シャオルーンと共に世界中を巡った。
様々な変わった生物や自然現象をこの目に収めてきた。
スールズに籠ったままでは決して体験出来ない事を沢山体験し、勉強した。
本で読んで知るより、自らの目で見た方が百倍勉強になると知った。
これはその旅の途中発見した自然現象。時に美しい白銀の粉雪が猛威を振るう。俺は自然の恐ろしさに震撼した。
黒豹のガジュマがそんな俺を見てその現象を解説してくれたんだったか。
解説の最後に彼はこう付け加えていた。
“物事には全て二面性がある。美しさの裏には必ず人を恐怖に震わせるグロテスクな部分があるんだ。これはその典型だな”
真逆、こんな所でその知識が役に立つとは。
「語ってるところ悪いけど、これ以上お前の独り言に付き合ってる暇は無いよ」
ミトスは大きく息を吸う。
術式は大方完成した。
奴が何を考えて独り言を言ってるかは分からないけど、そんなの関係無いね。
「上空の気流の影響で出来た巨大な雪玉が地上に落下する現象だ。それを、こう呼ぶ―――」
術の名を叫ばんと口を開けたミトスはここで漸く異変に気付く。
281名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 16:34:52 ID:kQoGpAlQ0
“暗い”。そう、有り得ない程急激な変化。これは時間の変化に拠るモノじゃない。暗雲が浮かんでいるんだ。
しかし何故だろうか。“暗い”という表現に微妙なニュアンスがある。
ミトスは地面へと視線を泳がしその理由を理解する。
暗いのは自分の周りだけ、円形の影が時間と比例して直径が大きくなり……真逆ッ!?
そもそも、暗雲が晴れない理由が分からなかった。何故雪があんなに都合良く止んだのか? 雪は止んだにも関わらず何故暗雲は消えなかったのか?
おかしいとは頭の片隅で思っていたのだ。
背中に嫌に冷たい汗が流れる。油断していた。完全な僕のミス。
少し考えれば分かる事だった。
奴のアレは只の独り言じゃなく……ッ!
不味い、とミトスは小さく呟く。そして未だかつてした試しが無い程までに凄まじい勢いで上を向いた。
「なッ……!?」
な、何だこれは!?
ミトスを襲ったのは正に開いた口が塞がらない、そんな状態であった。
“な”の発音の状態のまま口が固まる。
本人は発音したつもりは無いのだが、矢張り人間は予想外の展開に遭遇した場合“な”や“え”、“ちょ”としか言えないのだろう。そして、同時に無意識の内に言ってしまうのだろう。
詠唱は何時の間にか破棄され、瞳孔はこれでもかと開く。
瞬きをする行為すら脳は失念し、瞳孔を開く作業にだけ全エネルギーを捧げた。
突拍子も無い巨大な雪玉に驚きを表す事しか出来ない程、ミトスの脳内は混乱していた。
いや、しかしそれは当然。この馬鹿みたいな雪玉を見て混乱しない方がどうかしているだろう。
……何だよこれ。意味が分からない。雪の塊? 巨大過ぎる!
い、いや、違う。そ、そんな事より回避だ、回避をッ!
間に合わなッ……!
「―――スノーフォール、とな」
フォルスによって作られた人知を超えたサイズの巨大な雪玉は天使の顔に濃い影を落とす。
この広場で三つ目の最高に場違いなオブジェが、二つ目のオブジェを喰い殺そうと覆い被さる。
鼓膜が震える程凄まじい爆発音は終焉を告げる音となるか、はたまた第二ラウンド開始の音となるか。
大樹の上に立つ一人と一本はその音と様を冷静に見届けた。
オブジェが落下した衝撃により雪が舞い、更に足場に罅が入る。地響きも尋常では無い。
これが残り二人の状況で無ければ、この上無い自殺志願届に成り下がっていただろう。
圧死しただろうか、と右脳で考えるが、安直だ、と左脳が否定した。
282名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 16:35:15 ID:kQoGpAlQ0
しかし直撃したのだから五体満足では居られまいという意見は両方の脳のディベートにより可決されたようだった。
相手はあのミトス=ユグドラシル。だがあの速度に加えてこの重さの雪玉を直に食らえばダメージを受けない筈が無い。
ヴェイグは目を閉じてこの周辺の雪の触れたものを確認する。
ミトスはどうやらあの雪玉に埋もれたようだった。
雪玉の中に確かに動体を感じたからだ。
『奴め、出て来ないな。……死んだか?』
数十秒経ち雪達の騒がしいオーケストラが止む頃にディムロスが呟いた。
「それは無いだろう。相手は腐ってもあのシャーリィに勝利した天使、ミトス=ユグドラシルだぞ?」
いや、勿論これで死んでくれれば助かるのだが、
「……やってくれるじゃないか……」
と、まぁ矢張り現実はそう甘くないようだ。
雪玉を形成するため止まっていた雪は再び降り始めていた。
「つくづく勘に触る残滓だ……小賢しい。いちいち気に食わない……ッ」
雪玉が瞬く間に水と化し、中から現れるは想像通り。
話し掛けても返事をしないただの屍……では無く、喋る天使であった。
どうやら、終焉と第二ラウンドの話は後者で間違いは無いようである。
「ミトス、久しぶりだな。雪遊びは楽しかったか?
 ……“弱卒が大口を叩くなよ”だったか? その言葉、もう一度言ってみろ」
明らかにおかしな方向に曲がった両手の各指を見てヴェイグは鼻で笑う。
恐らく魔力を手に収束させ溶かしたのであろう。
あの刹那に魔力を収束させるとは驚嘆に値するが、しかしあの速度と重量には勝てなかったようであった。
「楽しかったさ、けど少し物足りなかったよ」
俯くミトスの周りを七色のマナの焔が漂う。
その焔は瞬く間に地面に積もる雪を蒸発させた。
次第に焔は球体へと姿を変えてゆく。薄い七色のそれは密度を増し、濃い純白となる。
数にして優に十二。その全てが凄まじい威力を秘めている事は遠目に見ても明白であった。
そして天使は顔を上げヴェイグを睨み付ける。
純粋な憎悪、それだけがその宝石の様な瞳に浮かんでいた。
「お前の命さえ渡して貰えれば、最高に楽しめるんだけどね? ……この、劣悪種風情がッ、僕のッ! 邪魔をッ! ……するなあああぁぁぁぁぁッ!」
エターナルソード無しで空間を裂こうとするかの様な勢いでミトスは咆哮した。数々の修羅場を潜り抜けた者でなければ、耳にしただけで怖じ気付くであろう。
「くッ!?」
283名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 16:35:36 ID:kQoGpAlQ0
そして同時に十二の弾は炸裂する。
三つは空中を滑降し地面へと派手なクレーターを残しながら消え、二つは氷の大樹を貫通し、一つはグリッドだった肉塊を焼き払い、二つは虚空へと消える。
残った四つはヴェイグへと標準を定めたようだった。
しかしこの距離。ヴェイグにとってそれを避けるには十分過ぎた。
四つの光弾を冷静に見切りヴェイグはミトスへ声を投げる。
「血迷ったか、ミトス! この距離で当たる訳が―――『違う、布石だヴェイグ! 避け「フォトンッ!」
―――光弾は視線を自分から逸らさせる為の布石ッ!?
「……何度でも言ってやるよ、劣悪種。“弱卒が大口を叩くなよ”」
後悔する隙すら与えず、灼熱の光はヴェイグの体を拘束する。圧迫により中途半端に飲み込まれた酸素が激痛の念を乗せて口から吐き出される。
苦痛に歪む叫び声。悲劇は、まだ幕を下ろしてはいないようだ。
じゅう、と皮膚が焼ける不快な音。
ヴェイグは堪らず膝を崩そうとするが光の拘束具はそれすら許さない。
吐き気がする程素敵に香ばしい匂い……もとい、臭いが鼻に入った。
しかしミトスの攻撃は止まない。
「まだだ。まだ終わりじゃないよ―――フレイムランス!」
束縛から開放されたヴェイグの右目が次に認めたのは、崩れ行く足場だった。
ミトスが発した焔の槍は見事に大樹を貫き、その半透明な幹を複雑に砕いていた。
「くそッ!」
ヴェイグは痛みに倒れる暇すら与えられず行動を強いられた。
『ヴェイグ、ミトスは私が見張る! お前は氷の破片を足場にして地上へ降り……ッ』
「そんな暇僕が与える訳無いでしょ?」
最早イニシアティブは完全に天使にあった。
空中に放り出されたヴェイグの後ろで甘く優しく、小さな声で囁くはミトス=ユグドラシル。
(空間転移……!)
「アハハ、大層な包帯だね。何処かで転んだ?」
くすくす、と笑いながらミトスは手にマナを込めた。
狙う先は左目。
ミトスは迷う事無くその右手を古傷に深く打ち込んだ。


激しい視界の歪み。
この世のものとは思えない激痛、不快感。目の内側を抉られる感覚。
ぐちゃ、という水分を含んだ柔らかい肉が潰される不快な音をヴェイグは内側から聞いた。
叫ぶ暇すら無かった。自分の体が地面に打付けられたのは、それを理解するのとほぼ同時だった。
「自分の氷の下敷きになって死ぬのは本望だろう?」
284名無しさん@お腹いっぱい。
ミトスは小さなクレーターとそれに重なる様にして落ちる砕けた氷をゆっくりと降下しながら見下ろす。
「まあでも、やっぱりそう簡単にうまくはいかないよね」
土埃と粉雪で構成された粉塵が晴れる。
土台、ミトスは下が柔らかい雪の地面である事を考慮するとこれだけで殺せるとは思って無かった。
そしてヴェイグ=リュングベルが雪を操作出来る点も考慮すると、この生存は必然だった。
「……しぶとい奴」
ヴェイグ=リュングベルはクレーターの中心に立っていた。氷の破片が綺麗に中心を避けている。
上空から一瞥すると、それは蓮華を彷彿とさせた。同時に大いなる実りをも。ミトスは拳を強く握る。
どうやら操作出来るのは雪だけでは無いようだった。
「少々、効いた……」
ヴェイグは血が溢れる左目があった場所と開いてしまった脇腹の傷を押さえながら呟く。
何が“少々”だ、と自分で言っておいて思う。
まだ動ける。が、体中が悲鳴を上げている。
地面が雪に覆われていて本当に良かった。
「さて、と」
ミトスは神々しい光に包まれながらその華奢な足を地面に下ろし―――否、空間転移。
「第二ラウンド、開始だね」
座標は数メートル離れた屋根の上。
ミトスは天使の羽を震わせ、両手を広げながら笑った。
どうやらこの世界で一番場違いなオブジェは、この羽で決定なようだ。
「イノセント―――」
それを合図に七色の羽と共に体を蝕む光が辺りへ放出されんと膨張する。
しかしロイドから技を聞いていたヴェイグは冷静に自らに迫らんとするその球体を見る。
……この技を待っていた。
「絶・瞬影迅」
その悲鳴を上げていた右足は、とうの昔に蓮華の中心を、小さなクレーターを離れていた。
「―――ゼロ!」
膨張した翠の球体は破裂し、速度を増しながら360゜全方位を蝕む。
しかしヴェイグはそれを恐れる事無くただ真っ直ぐに走る。
全てを蝕む筈の天使の羽と翠の輪が体を通過しようとする。しかしヴェイグの体は障壁があるかの様にそれらを弾く。
その青黒い服の下、胸元に光るは全ての状態変化、状態異常を回避する究極の紋章、イノセント・ゼロを凌ぐ切り札。
その名はクローナシンボル。
そしてヴェイグはミトスへと飛翔する。
「喰らえッ!」
俺には遠距離系の技は無い。
しかし至近距離では空間転移が出来るミトスにいなされる可能性が大!
イノセント・ゼロを発動した瞬間に現れる隙はコンマ一秒という刹那にも等しい、少な過ぎる時間!