テイルズ オブ バトルロワイアル Part9

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1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ9
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171627482/
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html
2名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:35:50 ID:OAkOh9300
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:36:24 ID:OAkOh9300
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:37:30 ID:OAkOh9300
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:38:07 ID:OAkOh9300
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア)  :2/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :3/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :3/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/○トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :1/8名→●セネル・クーリッジ/○シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計13/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8

09:00…F5
12:00…D4
15:00…C5
18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
6名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:38:57 ID:OAkOh9300
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
7名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:39:30 ID:OAkOh9300
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。
8名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 13:40:03 ID:OAkOh9300
書き手への追加ルール<主催サイド描写制限>

チャットでの相談の結果
今まで暗黙の了解だった主催描写のタブーを今から第一回終了まで明文化して限定します。

理由…
現状にて各書き手の認識するミクトラン像、及びEDの形がバラバラで
現時点で主催描写を解禁すると混乱が生じるorさらに調整が効かなくなる。
かといって談合・馴れ合いも好ましく無いため
話し合いが避けられない限界まで、不可侵を定める。

具体的な制限内容…
大小問わず「ゲームの外側・主催サイドの直接描写」を制限。
但し運営として主催が参加者に手を出さなければならない場合は今まで通りの範囲でOK。
その線引きは各書き手の認識に一任。
無論、参加者がゲームの外側を推理するのは可。
内側を描写することで後々の外側の描写に伏線を張るのも可。(要するに間接なら可、この線引きも一任)

制限の解除…
チャット、または避難所での書き手同士での話し合いで解禁します。
解禁したい場合はその旨を書き込み、話し合いの場を設けてください。
9蜘蛛紡ぐ連立方程式 1:2007/02/20(火) 22:01:45 ID:10/WXbTk0
白銀の丘とでも言うべきかこの雪原。白は昨夜の悲劇をいい加減に覆い隠した。
次なる舞台を興す為、それまでの幕間劇を歌うために。

「く……無事か……カイル……」
ようやく定まったヴェイグの意識が一番初めに発した言葉はそれだった。
辺り一面を埋め尽くした流星の雪、その中でぽつんと緑を覗かせる場所があった。
瞬間とはいえ限界出力で氷の防壁を展開し倒れこんだヴェイグは、
見上げる形でその少年、否、戦士を目に入れた。
「ええ、おかげ様で」
カイル=デュナミスはディムロスを腹に掌を当て、剣を受けるかのような構えをしていた。
『上出来だカイル。オリジナルは追々仕込むとして今は晶力を高めるに留めた方がいいだろう』
「……そうですね、それにしても……これが、ソーディアン……」
彼らの周りには濛々と湯気が白く上っている。
ヴォルテックヒートによって展開される熱風が流星を相殺した結果だった。
「無事だったか。……グリッドと、トーマは!?急いで探しに」
立ち上がろうと足に力を入れる前にカイルがその襟を掴み上げ、ヴェイグは中途半端に体を起こされた。
「その前に一つだけ、聞いてもいいですか?――――あんた俺を嘗めてるのか!!」
「何を……」
「俺を守ろうとしてくれたことはとても嬉しいです。でも、俺だって自分に出来ることは知っています!
 今ここは、俺が壁となるべき場所だった!俺はあんたに守られる為にここにいるんじゃない!!」
鼻先が当たるかという距離で放たれるカイルの怒声がヴェイグの鉄面皮を振るわせる。
見兼ねたディムロスがヴェイグに助け舟を出した。
『だが、カイル。お前の晶術の詠唱時間を生み出したのは紛れも無くヴェイグの機転あってこそだ』
「そんなことは分かってる!!」
もう一度吼えてカイルはヴェイグの襟を放し、二人は極めて従順に重力に沿って両膝を突いた。
「また、俺が確りしていないから、誰かが俺の前から居なくなって行く。ミントさんも、クラトスさんも、
 ロニも、ジューダスも、リアラも……父さんも……俺はもう嫌なんだ!!だから……」
そういってカイルは項垂れた。ヴェイグの喉の奥底から何かが溢れようとしている。
10蜘蛛紡ぐ連立方程式 2:2007/02/20(火) 22:02:28 ID:10/WXbTk0
違う違うんだ。俺はお前の為にお前を守ろうとしているんじゃない。全てはあの時あの時の過ちを罪を埋める為、
醜いほどの自己愛。お前を守ったところで彼女が蘇る訳でもないのに、それでも俺は俺の下らない自己満足の為に
お前を守らざるを得ない。そうだ、白状してしまおうか、俺だ俺なんです。貴方の母の仇は目の前にいます、
さあ殺して俺を罪から解放してください、苦しくないよう焼き払え火葬しろ、一切の何物をも残すなさあさあ早く

キュン、と一条の光が彼らの頭上を通り過ぎていく。
その三拍の後、豪風が吹きすさんだ。淡く地面に乗った雪化粧が花弁の様に舞い散っていく。
「……俺は、死なない。生きて、生きて為さなければならないことがある。だから、安心しろ」
竦むかのような死の閃光を目の当たりにし、溢れ出そうとする自虐を必死に嚥下する。
そしてヴェイグはそれだけをようやく紡いだ。ああ、まだ死ねない。ずっと、いつまでも死ねない。
もし、罪の償い方が死しか無いのならば、リオンの行動を全肯定するならば、
一度十字架を背負った者は何れ死ななければならないことになる。それだけは肯定する訳にはいかなかった。
ティトレイの為にも、命を惜しむ矮小な自分自身の為にも。
「どうして、見ず知らずの俺を守ろうとするんですか?」
カイルの疑問は至極当然のことだった。
『カイル……今はそんなことを話している時間は』
「いや、いい……ディムロス」
ハロルドとヴェイグの邂逅に立ち会ったディムロスはヴェイグの罪の形を知っている。だからこそ放った言の葉は
ヴェイグ本人によって遮られた。
「……確かに、俺にはお前を守る理由がある。だが、今は話せない」
「なら、せめて俺に何か出来ることはありませんか?」
「時間を、待ってほしい。お前に打ち明ける覚悟を持つまで……待ってほしい」
ヴェイグはディムロスを一瞥した。ディムロスも無言で了承する。
その断罪の時まで口を噤むこと、そして、ヴェイグが望む形で断罪の時が来なかった時の事後処理のこと。

「分かりました。待ちますから、絶対死なないで下さい」
「ああ……約束する」

この世界で最も信憑性の無い約束を自分がするのが、ヴェイグにはとても可笑しかった。
11蜘蛛紡ぐ連立方程式 3:2007/02/20(火) 22:04:07 ID:10/WXbTk0
装備を編成し直しながら彼らは現状を考察する。ヴェイグの背中にはトーマから譲り受けたリオンのサックが乗っていた。
漆黒の翼の団員のサックは既にグリッドに返還してある。
「この場所で、ここまでの攻撃。そしてロイドの知識から総合すると敵は間違いなく魔杖を抑えている」
「そんなに凄いものなんですか?……キールって人の話を考えれば残った敵は4人。うち術が使えるのは2人。そして……」
『ミトス=ユグドラシルがC3にいるなら、残った敵はシャーリィ=フェンネスだ』
「その人、強いんですか?」
「俺は直接交戦したわけではないが、ハロルドを殺した相手だ。先ほどの一撃、滄我砲も考えるとトップクラスの強さだろう。
 ジェイから情報を貰っているが何処まで役に立つかはこの目で見ないと分からないな……」
ディムロスを握るカイルの手に力が入った。カイルの中にハロルドを殺した敵を憎悪する心は当然ある。
もう片方の手で、カイルはポケットを弄りクラトスの輝石を表面に沿ってなぞった。
過つことは避けられないことだとしても、もう二度と同じ間違いを犯すわけにはカイルには出来なかった。
死者から責任を引き継いでいる彼は、あの洞窟で得た物全てを糧として本当の意味で次の段階に成長する必要があるのだ。
だからこそ彼はその第一歩として、リアラの埋葬を了承した。

岩盤が崩れた中にあったリアラの遺体は実に不思議だった。
あれだけ盛大に飛散した大小の岩石があったのに、その一切がリアラを避けていた。
偶然だと思いたかったが、もしトーマの言う通りリオンの意志がこの結果を導いたならば。
必然カイルの中に当然の疑問が浮かぶ。
(リオン……あんたは本当に誰だったんだ、ジューダスとあんたはどう違うんだ?)
リアラを傷つけないようにしてくれたのだろうか。だが、彼はリアラのことを知らないはずだ。
そんなことがあるわけが無い。でもこれは偶然なんかじゃない。もしリアラの亡骸が無残なことになっていたら
ちゃんと埋葬するべきという仲間の声にも耳を傾けられなかっただろう。
いや、その前にプリムラ殺しの十字架に潰されて壊れていたか。結局その十字架を背負ったのも皮肉なことにリオンだ。
事実と真実の隔たりは遥かに深く、今のカイルにはその全貌を理解するに至れない。
ただ、最後に斬られた時の澄んだ瞳が、妙に焼きついている。
カイルが自分を殺すことを信頼していたかのよう―――
12蜘蛛紡ぐ連立方程式 4:2007/02/20(火) 22:04:56 ID:10/WXbTk0
「カイル?」
「は、はいッ!!大丈夫です!!」
「……?まあいい、カイル。お前は今からE2に行け」
上の空の頭に入れられたヴェイグの言葉はカイルを簡単に紅潮せしめた。頬に張り付いた白色は直ぐに透明に変わる。
「な、何を言っているんですか!?」
「魔杖の入手に失敗し、シャーリィがここにいる以上俺たちの作戦は半分崩壊している。
 急いでキール達を退避させないと完全に詰む。グリッド達の安否は俺が確認するから急いで
「あんたさっきの話もう忘れたんですか!!」
「ディムロス達がグリッドにした話を忘れたのか!俺達は最悪のことを常に想定して立ち回らなければならない。
 ここで蛮勇を見せて無駄死にすることだけは絶対に避けなければならない選択だ。分かるか?」
ヴェイグの言葉は理論半分詭弁半分と言った所だった。
グリッド達の安否よりもまずはカイルを退避させることこそが重要だと思ったからである。
そして、この舞台での希望というべきグリッドとトーマの仇を討とうかという気分も幾ばくかあった。
それほどまでにヴェイグの中ではサウザンドブレイバーが影を引いていた。
「そんな、でも……ディムロスはどう……」
ここまで口走ってカイルはようやく失敗したと感じた。生粋の軍人であるディムロスがヴェイグの案に賛同しないわけが無い。
一度はその融通の利かなさに憤慨し、罵声を浴びせたこともある。

『お前達、仲間を信じることは出来るか?』
「何を言っている?」
『仲間を信じることが出来るかと聞いている』
ヴェイグはその唐突な質問に面を食らったが、カイルは迷い無く答えた。
裏切られたこともあった。出会い頭に攻撃されたこともあった。疑うだけの経験は積んだ。
だけど、その裏側で見出したものもある。この島にも信じるべき仲間達がいることを知った。
だからこそリオンに判定を下せない。真実は分からない。
「それを知るために、俺は仲間を信じます。俺は、俺を辞めてまで生きたくない」
カイルの言葉にヴェイグは頭を掻きながら続けた。
「……俺はカイルのように全てを信じることは出来ない」
全てを無条件で信じられるなら誰だって罪の念を抱かない。
目の前の少年に罪を打ち明けられないのは許してくれると信じ切れないからだし、
親友を信じ切る事が出来ないからこうやってヴェイグは親友への決断を迷っている。
しかし迷い右往左往しながらもヴェイグが歩くことを止めないのは、願うからだ。
「だけど、願おうとは思う。まだ希望は残っていると、いつかは信じられると。
 グリッドも、トーマもまだ生きていると願う」
舞った花弁はようやく運動を止め始めた。

絶妙な間をおいてディムロスは再び口を開いた。
『ならば戦友を信じろ、勝利を願え。トーマから言伝を言付かっている。
 この「状況」に「敵」は誘い込まれた―――ここで奴を潰す。誰一人として欠けることなく帰還する!!』
ディムロスは決して自暴自棄とは違う明瞭な口調でハッキリと言った。
別働隊指揮官としての安定感、そして‘突撃兵’としての威圧感が十二分にあった。
13蜘蛛紡ぐ連立方程式 5:2007/02/20(火) 22:06:17 ID:10/WXbTk0
甲高い笑い声が冷え切った大気を満たしている。しかし地面に付着した狂気は雪に食ままれて広がらない。

殺した確り殺した。雪原に埋めてガリガリと削ってやったよこれで死なないはずがあるかあるわけ無いよ。
ほら晴れるよ死体を拝んであげよう、拝んで潰して呑んであげようかな?
とっても素敵。塵屑も私と一緒に抜け出せるんだからこれ程破格のサービスも無いよ。
私はとても気分が良いから大サービスで……あ?

愉悦に歪んだシャーリィの眼が一転怪訝そうに細まる。舞い散った雪花の嵐がようやく止み視界が晴れた。
そこにあった光景はまったく彼女の望んだ光景ではない。
眼を凝らした先には、妙な窪みがあった。白銀の中で異彩を放つ黒茶の色。窪みが隆起する、否。
ムクリと隆起したそれは紛うことなく、
「う……牛ィ……?」

「おう、久しぶりだな、この化け物……」
耳聡くシャーリィの声を聞きながらトーマは立ち上がる。約70cmあるかないかの凹から彼は顔を出した。
「嘘…嘘だ嘘、ウソウソウソ、何で生きてんのよ死んでなさいよ、息してんじゃねえええええええ!!!」
滄我砲発射直後で術もテルクェスも練りきれないシャーリィはUZIを取り出し、トリガーを軽く引いた。
10ッ発ほどが小気味良く発射され、そこそこの集弾を維持しつつ彼に襲い掛かった。
トーマは左腕を高らかに上げ、渾身の一撃を大地に見舞った。そして上がらぬ右手に仕込んだ「それ」に強く願う。
「ストーンブレイク!」
レンズより湧き出す晶力の補助を受けたトーマのフォルスが雪の奥の亀裂した地面に浸透し、直後地面が隆起した。
彼を覆うように地面は猛るがこの程度の即興術では防壁というには心もとない。
ただ、それはこの週域の大地を磁化させていなければ、の話である。
弾丸は磁気力を上乗せして加速的に土の中に突入し、その中から出ることなく彼らとともに磁石と還った。

「導術は趣味じゃねえんだがこの際文句は言えねえか。暫く貸して貰うぜ……リオン」
動かない右手にぐるぐると巻かれた布は、彼の掌とリオン=マグナスの遺品を固定させていた。
「ふ、ふざけんてんじゃないわよ……塵が二度まぐれで生き延びたからって調子に乗りやがってくそ、クソ、糞ッ!!」
シャーリィは目の前で行われるささやかな抵抗に嫌悪を募らせ、下品な獣特有の卑しい笑いに怒りを高ぶらせて視界を狭める。
強大な力を得たシャーリィにとって抵抗したことそのものが許せないのだ。
「畜生が……打ち殺して牛100%挽肉にして……ッ!?」
シャーリィはここでやっと理解する。‘もう一匹はどこに消えた!?’

エクスフィアによって鋭敏になった神経が漸く索敵を開始する。
しかし、怒気によって散々に乱された心では敵の一手に気付くに遅すぎた。
「ピッチャーグリッド振りかぶってェェェェェェ」
反射的にシャーリィが左後方に首を振り向く。ここまで先に首を向けては体を回すのにさらに数手遅れることに気付いたのは
敵が持っているそれを理解してからだった。
「ん投げたァァァァァァァ!!!!」
トーマが土の弾幕を放ったと同時に移動を開始したグリッドは極めてシャーリィの側面を大回りして左後方に回った。
気付かれた、持ち前の危機回避能力でそう認識した瞬間、その位置距離2mほどから迷わず左手を振りかぶった。
そして、渾身の魔球を相手に叩きつけ……

ガシャーン
14蜘蛛紡ぐ連立方程式 6:2007/02/20(火) 22:07:12 ID:10/WXbTk0
盛大に叩きつけられた、彼女の足元に。
投げつけられた瓶は景気良く片を飛び散らせほんの少し彼女の「まだ人間の部分」を切り付けた。
「…………四球?ってかある意味、死球?」
流れ出た液体が雪に染み入る時間が妙に痛々しかった。
「ちょ、待て、待て!!ノーカンノーカン!もっかい、もっかいやらせて!!あれだよ今日パン一枚しか食ってないから!
 栄養管理的に問題あるから!!大体二次元キャラに食事という概念を持ち込む辺りナンセンスなんだよ
 飯は食っても排泄しないじゃないか、1日3食どころか一戦闘一食のテイルズでだぞ
 あれだよお前美形キャラは排泄行為をしないんだぞお腹の中やばいことになってるぞ
 そこで重要になってくるのは排泄なしで体内の改善をする手段だ。なあにイメージだけでいい概念として
 お腹が綺麗になっていればいいんだつまり何が言いたいって乳酸菌摂ってるぅ〜〜〜〜?」
半ばコミュニケーションの手段として機能不全に陥った言説を撒き散らすグリッド。
当然これは彼女にとって精神不快指数を二次関数的に上昇させるだけだった。
「シ、ネ」
シャーリィはケイオスハートを掲げ、初級古代爪術を唱える。ケイオスハートによって増幅された今なら
ファイヤーボール一撃で消し炭に出来るだろう。消し炭じゃこの煮えたぎった怒りは収まらない。
頭だけ吹き飛ばして体は解体してあげる、内臓も丁寧に晒し物にしてやる。さあ逃げて。その後頭部を確実に吹き飛ばして。

そこでシャーリィが疑問に思ったことが二つ、何故目の前の塵は逃げないのか。
慌てふためいているが尻を捲る気配が一向にない。
そしてもう一つ。この臭いは一体なんだ?下から這い上がってくるこの厭な臭い。
この二つをリンクさせた時にはまたしても手遅れだった。
グリッドの指に嵌められたそれの震えは彼の緊張を如実に表していた。口八丁で瓶を割ってからの時間稼ぎは済んだとはいえ
気付かれたら御仕舞いの奇策に恐れが無い訳ではない。が、彼は一つの事象を認識していた。
敵の手に納められた指輪、フェアリィリング。それは紛れも無く彼の団員が所持していた遺品なのだ。
そして敵は象が蟻の妨害など意に介さないかのようにこんな近距離で詠唱を始めた。
嘗められている。それは実に正当な評価であるが、嘗められていることに対する不快が晴れるわけではない。
「あんまり塵屑嘗めるなよ」
ソーサラーリングから火球が大して狙いを定めずに放たれた。
それは当然だ。あくまで狙いは‘気化したハロルドの発火薬品’なのだから。

一気呵成に彼女の周りが燃え盛り、低温の赤い炎が彼女を飲み込んだ。
15蜘蛛紡ぐ連立方程式 7:2007/02/20(火) 22:08:25 ID:10/WXbTk0
少し遡り、彼らが四人で洞窟を調査していたときの話。
「ディムロス、少し話がある。……カイル、少しばかり貸してくれねえか?」
多少不安そうなカイルの表情を察したトーマは快活そうに、ちょっと荷物の分配の打ち合わせをしたいだけだ、とカイルの肩を叩いた。
カイルはリアラを埋葬して貰った手前文句も言えず、渋々トーマにディムロスを貸して未踏地域に向かった。
『何の話だ?』
「あまり他の連中には聞かれたくない。出来るか?」
『で、何の話だ?』
「E3にあの化け物、シャーリィがいる可能性がある」
『先程リオンが虚言を呈した後にそんな話か……根拠は?明確な根拠があるならば別に隠す理由が無いぞ』
「確証なんざなんにも無え……が、プリムラの推理が正しければいるらしい」
ディムロスのコアが鈍く光った。半信半疑よりも頼りない発言だがトーマの発言には特有の深刻さがあった。


「やっぱ納得がいかないわ。無理無理絶対無理」
プリムラは頭を掻きながら不機嫌そうに唸った。
「何が、だ?」
トーマは半ば萎えた様に相槌を打った。どうせ聞いたところでまた唸るだけで碌な返事は返ってくるまい。
リオンは既に相手にする気は無いようで彼らの遥か後方でゆっくり歩いていた。
決して一人だけブーツを装備していないからではない。
しかし、彼女の反応は予想に反していた。
「どう考えても説明が付かないわ。何の為にミクトランは地図を分断したの?」
「お前らが言っただろうが、参加者を西に集めるためだろう」
「それもあるでしょうけど、それだけな訳無いでしょ。少し西側の情報を掴んでいる奴なら充分この意図に気付くわよ。
 そして、幾ら脅そうが直ぐに東に行けなくなる訳じゃない。人数を集めて急いで走りこめば東に逃げることも出来る。
 つまり私達は今のところまだ心理的に既に封鎖された、東にはもう行けないと認識を植えつけられた‘だけ’なのよ……
 こんなものを第一目的として本気で期待する訳がないわ」
首を捻って考えてみる。ハロルドといいこの2人といいどうしてヒューマはこう勿体振るのが趣味なのだろうか?
「……あー、ってことは何か?ミクトランの封鎖‘予備動作’には何らかの即時発動型の実益が目論まれているってことか?」
「いいとこ突くじゃないワト○ン君。それが何なのかは微妙なところだけど」
誰がワトソ○だってかワ○ソンって誰だ、と思うトーマの心中なぞお構い無しに紙の上でプリムラの推理は続く。
16蜘蛛紡ぐ連立方程式 8:2007/02/20(火) 22:09:30 ID:10/WXbTk0
“多分、私はシャーリィが怪しいと思うのよ。あのミュータント化が主催者の干渉である可能性も理由の一つだけど、
 実際の根拠は封鎖の‘順番’。
 まず抑えられたのがF5。これが意味する意図は簡単、私達とシャーリィを分断しようとする意思。
 突き詰めていけばハロルドの攻撃によって疲弊したシャーリィへの追撃という選択肢を封じようとする意思がある。
 尤もそれ以前に私達にはそんな余裕は無かったけど。

 そして次のD4、これは少し読み切れないけどシャーリィを戦場に送り込もうという意思、
 或いはシャーリィに対するミクトランのチアコールを本人に認識させようとする意思、この辺りのラインが濃厚だと思う。

 こう考えればB3は自ずとシャーリィを北上させたくないという意思が見え隠れしてくる。
 ミクトランが私達の位置を抑えているのは周知の事実だから、北に移動されると不都合な理由があるのね。

 B3は意味が分からない…いや、可能性はあるんだけど少なくともシャーリィとは関係ないわね、きっと”


トーマはプリムラの筆記を見ていたが今一つ信憑性が無かった。
確かにシャーリィだけに焦点を当てればプリムラの解釈が成り立つのは分かる。
だが、禁止エリアの配列とシャーリィを結びつける切欠に見当が付かないからだ。
これでは唯の妄言以下、少なくとも他人を信じさせるには弱い。

“これがもし、ハロルドの作戦だったとしても?”

その一文はトーマを驚かせるのに充分だった。

“ここからは本当に当て推量になるけど……あの女は1か0のギャンブルをする女じゃない。
 ミクトランがこういう風に並べてくることを読んで保険を掛けていたんだと思う。
 おかげで私達は後ろからの追撃を心配することなくG3に来ることが出来た。
 そもそもハロルドとシャーリィの戦闘の結果によってこの順番は決定されたといってもいい。
 もしハロルドがあっさり負けてF5とD4が入れ替わっていたら、
 シャーリィに追撃されて私達はここで地獄を見ていたことでしょうね”
 
17蜘蛛紡ぐ連立方程式 9:2007/02/20(火) 22:10:54 ID:10/WXbTk0
……冷静に整理してみよう。
@「ハロルドは敗北し、シャーリィは何らかの理由によって北に撤退した」これが戦闘跡から俺たちが見出した結論
プリムラ曰く、これはハロルドがシャーリィに与えた圧力らしい。
A「ミクトランはシャーリィをこちらの追撃から保護し、尚且つ昼までに中央ルートから西側へ戦線投入したい(或いは北ルート潰し)」
曰く、ハロルドとシャーリィの戦闘によってミクトランが後手後手で打った手。
これは@との関係上シャーリィがあまり芳しくない状態まで追い詰められたことを意味する。
(あの拡散した波動から充分考えられることでもあるが)


この二つの線から浮かび上がるのがシャーリィが島の中央で休息しているという可能性なのよ。
いや、これは表現として正しくない……この二つの意思によってシャーリィは休憩せざるを得なかった、というほうが正しい。

結果、シャーリィが選ぶ次の展開は強い指向性を与えられることになる。

「ああ〜〜〜なんか凄い探偵レーダーに感有りだわコレ、絶対裏にもう一枚絵があるわね。何色を選ぼうが絵は揺らがない。
 絵を描いてるのは……糸の主は何処で待ち構えてるのかしら?」
プリムラは特徴的な一本毛をブルブル震わせて、ニヤニヤと笑った。
「裏?イト?何だそれは?」
「憶測で全部を語るのは探偵的にマナー違反だし後にしましょ。
 私の勘が正しかったら……多分、ここでの仕事が終われば厭でも理解するわよ。敵は手強いわよ」
もう裏口は直ぐそこだった。
18蜘蛛紡ぐ連立方程式 9:2007/02/20(火) 22:11:36 ID:10/WXbTk0
『で、何か分かることがあったのか』
ディムロスはプリムラの筆記を見ながら尋ねた。
「俺たちの次の目的地は何処だ?魔杖ケイオスハートを手に入れるためにE3に向かおうとしている。……厭な予感がしねえか?」
『真逆』
「正直俺も半信半疑だったが……あんたらと出会うことによって、新たな情報が二つ手に入った。
 そしてこの四つのほとんど無関係な情報は一つの流れを形成する。コレこそがプリムラの言いたかったことなんじゃねえか、って思う」
BE3に恐るべき魔力を秘めた魔杖ケイオスハートが存在している
Cシャーリィはテルクェスと言う探査能力を持っている
四つの事象は殆ど無関係、ケイオスハートの所有者だったデミテルはシャーリィと面識はないし
シャーリィはケイオスハートなど知らない。だが、全ては出来過ぎている。
少しの溜めを置いてゆっくりディムロスが口を開いた。
『カイル達が戻ってくる前に結論を済ませよう……お前のいうことは妄想に過ぎないが、それは確かにとても強固な幻想だ。
 ならばこの幻想が意味するところは何だ?』
「もうF5は封鎖された……俺達とシャーリィの魔杖の奪い合い?そんな曖昧なものじゃねえ。詰まるところ」
「『E3でシャーリィと交戦しろ』」
それ以外に無いだろう、と2人ともが判断した。
『魔杖回収は断念するべきだ。こんな死人の妄想に踊らされるのは不愉快だが、最悪の事態になった場合希望の全てが打ち砕かれる』
ディムロスは苦々しく言った。もし全滅すればその後に待っているのは何も知らないロイド達の無常な死。
隊を二つに分けてE2とE3に向かわせるのは? 否定。この少ない戦力を分散させて敵に各個撃破の愚を許してしまう。
ならば兎にも角にもE2の同志と合流し、戦力の再編と今後の方針転換を行うしかない。
「それも折込済み、だと思うぜ。情報のDがその意思を砕く」
そう、情報のD、ミトス=ユグドラシルがC3に居るという情報がここで効果を発揮するのだ。
もしE2で戦力の合流が出来たならば?魔杖ケイオスハートを手に入れたシャーリィ相手に真正面から当たる愚は冒せないから
撤退を進言するだろう。(会ったことは無いがキールとやらが立てた作戦を考えるとこいつが進言する可能性大だ)
ミトスが北に、シャーリィが東に居るのだから南に逃げるしかない。(ティトレイが南に居るなら既に彼らは死んでいる)
後は馬鹿でも分かる。
既に南西地区は9時の時点で袋小路に追い込まれているのだから残ったマーダー全員と水際での防衛戦になって
ゆっくり戦力を減らして行き、死を待つことになるのだ。それ以前にロイドって奴が業を煮やして内部分裂を起こすシナリオもあり得る。

『既に私達を取り巻く包囲網は8割完成し、状況は最悪の事態一歩手前ということか……ミクトランめ……味な真似を』
ディムロスは地図を眺めながら思考を進めた。東側の情報を持つトーマ達と西側の情報を持つヴェイグ達、
そしてヴェイグ達が知り得なかったミトスの情報を持っていたカイル、
この三つが交わりほぼ全域の構図が見えたことによってバラバラに存在していた点は、
図らずとも線を描き面を形成し立体を顕現させる。
まるで情報そのものが悪意を持っているかのように配列している。
悪意、意思、意図、情報そのものが笑っているような感覚にトーマは先ほどの恐怖を思い出した。
「要は、俺達がここでシャーリィを止めなきゃゲームオーバーってことだ」
『絶望的だな』
「そうでもないぞ? ……ここまで‘妄想’できた俺達はあの化け物相手に先んじて手を打つことが出来る。
 ユアンが、ハロルドが糞ったれなワンサイドゲームに抗った今こそ、俺達に残された最後の好機に賭けることができる。
 ‘やっとあの化け物と全うな勝負が出来る’んだからな」
その眼の中に怯えと怒りを秘めたままトーマは下ひた笑いを見せた。
19蜘蛛紡ぐ連立方程式 11:2007/02/20(火) 22:12:33 ID:10/WXbTk0
「そうか……プリムラがそんなことを」
グリッドとトーマは装備品を分配しながらゆっくり歩いていた。一縷の可能性に賭けて魔杖を探す為に、敵を罠に嵌める為に。
「この話はディムロスにしか話してねえ。もし唯のプリムラの勘違いだったらそれで笑い飛ばせば済む話だからな」
「いや、俺は団長としてあいつを最後まで信じる。あいつがそう考えるならシャーリィは‘いる’」
そこでどうして団長って言うかね、とトーマは口の中で悪態を付いた。
「で、具体的には如何するつもりなんだ?」
「これまでの二回の戦闘が俺達にヒントを与えてるぜ。奴は初手を奇襲で撃つことしか考えてねえんだ」
漆黒の翼を襲ったときは水中から近接して飛び道具、ハロルドを討ちに来たときはロングレンジからの(ヴェイグ曰く)滄我砲。
そしてユアンの嬲られ方、遺体を持っていかれたハロルドを考えれば……
「後は敵を徹底的に威圧して惨たらしく痛めつけて戦意を消失させ蹂躙するって所だろうな……俺の経験則からいうと
 こういう奴は後ろにある心理を持ってる」
「心理?」
「恐らく一度相当痛い目を見たんだろうな。自分の優位性が崩れることを兎に角恐れてるタイプだ」
トーマは右手に仕込んだシャルティエのレンズを確認する。
この読みは当たらずとも遠からずである。ダオスとミトスによって散々に討ち滅ぼされたシャーリィが果たして何処まで
その恐怖を胸に刻んだから誰にも分からないから。
「もし魔杖ってのが既に奴の手中にあるなら、その威力を試したくて仕方ないはずだ。初撃は導術、
 怯んだ所を追撃で滄我砲で跡形も無く消すって所だろうな。戦闘にまで段階が進むとは思ってねえだろう」
無論トーマはその魔杖に対面したことが無い。トーマはグリッドとヴェイグが語る言葉を‘信じて’この計画を練っている。
そして、皮肉なことに昨夜真正面で対峙したシャーリィ本人を信じてこの計画が練られていることも否定できない。

「だが、どんな術が来るかも何処から砲撃が来るかも分からないんだぞ?どうやって……」
「だから二手に分かれた。こんだけ距離が離れれば自ずと撃てる術も広域系に限定される。
 威力密度も制限されるから拘束系の術で来る。ジェイって奴のデータによると術の種類はそう多くねえ。
 来るとしたらブリザードかシューティングスターか……凍結系拘束だ。
 そんで拘束した後の滄我砲を確実に一撃で仕留めるために二手に分かれた俺達を同時に収める射線をとるはずだ」
「……お前本当にトーマか?」
グリッドは眼を細めた。こいつ確か馬鹿系のキャラじゃなかったか?
トーマはハロルドの発火瓶でこつんとグリッドを叩いた。
「こんな損な役回りはこれっきりだ。後はキールって奴とディムロスに任せるぜ」
そう言っておどけるトーマには一つの慙愧の念があった。もしあの場所でシャーリィを確り殺せていたのならば、
もう少しまともな物語が用意されていたのではないのだろうか。ハロルドもプリムラもリオンも死なない可能性があったのではないか?
(それはないか。どの選択肢を選んでも‘惨劇は増殖する’ってのが敵の絵らしいからな)
だが、信じることは出来る。ハロルドはここまでをお膳立てしてくれた。プリムラはギリギリの所でその構図の片鱗を読み取った。
だからこそ彼らは最高の状態でシャーリィを‘迎撃’できる。もしくはこれすら敵の思惑かもしれないけれど。
(俺を生かしておいたのは失敗だったなあ……情報戦は完全にお前の負けだぜ、この素人。
 一個一個落ち着いて考えれば穴だらけじゃねえか。グッフッフ……)
ディムロスにはもし滄我砲に変化が無ければ退却しろと言ってある。尤も、その威力を考えれば退却する間もなく死ぬだろう。
トーマが滄我砲をどうにかできなければ初手の段階で負けである。
だが、逆に言えば初手で絶対的優位を確保するシャーリィの基本戦術を砕くのもまた初手なのだ。
考えろ、ハロルドならどうやって計算する?プリムラならどう推理する?リオンならどう思考する?
ヒューマならどう考えるんだ?糞、頭が痛くて仕方がねえ!こんなのはこれっきりだ!!
20蜘蛛紡ぐ連立方程式 12:2007/02/20(火) 22:13:17 ID:10/WXbTk0
「トーマ!良く分からんが何かヤバい!!」
グリッドが上を向いて吼えた。おいでなすったか!
トーマはレンズを固定した右手を地面に翳す。まだ勘は取り戻せてないがさっき餓鬼の死体を葬ったときと同じ要領でいけるだろう。
「主人以外に使われるのは不愉快極まりないだろうが俺の知ったことじゃねえ!もっかい力を貸しやがれ!!」
シャルティエのコアクリスタルは布の向こうで淡く光る。
力を貸さない理由は無い。四人の中でたった一人、リオンを理解しようとしたのは彼だけなのだから。
地面に少し大きめの窪みが出来上がる。急ぐな急ぐなフォルスが乱れる。
シャーリィが魔杖に酔ってこちらを過小評価している今なら焦らずとも十分間に合う。
「グリッド、入れ!!」
「お、おう」
グリッドがうつ伏せになって窪みに収まった。
「おい!これじゃ2人は入れないぞ!!どうするつもり……おい、真逆、俺の上に乗る……?」
「第一波を凌ぐにはこれしかねえ。それとも凍死してえか!」
ブリザードにせよシューティングスターにせよこればっかりはヒューマには耐え切れない。
土中とペルシャブーツを装備したトーマ自身でグリッドを堅守するしかない。
「どっちも厭に決まってるだろ!ってか向こうの2人はどうするんだよおい!!」
「ディムロスがいる。奴らを信じろ!一々疑ってたら切がねえんだよ!!この後の話をする。
 第二波も俺がなんとかする。その後俺は姿を敵に見せるがお前は直ぐには出るな。
 俺が目晦ましをするからその後迂回して何とかシャーリィの後方に回れ!限界だと思ったら迷わずその火炎瓶を投げつけろ!
 はずしたら最悪だから地面がいい。レシピ曰く五秒で充分揮発するからソーサラーリングで着火しろ。以上!!」
「肝心なところを「何とか」で済ますの反則だろ!」
「お前の奇跡を信じてるんだよ!むしろお前の奇跡なんか当てにしなきゃならんこの状況に危機感を持ちやがれ!!
 いいか?もう俺達は後がねえんだ!分かったらとっとと奇跡を63553個くらい起こして来い!……来やがった!!」
言い終わるのが早いか、トーマの背中に容赦なく均一に流星のような氷撃が襲い掛かる。
これが水でなくて良かった、確実にトーマの負けが決まっていただろうから。
しかしトーマにそんなことを気にする余裕は皆無だった。背中にひりつく凍傷特有の痒み痛みを歯を食い縛って耐え、
同時に地面の中の鉄分を集め磁化しておく。術で潰せなければ来るであろうマシンガンさえ凌げばやっと活路が開かれる。
「来るぞ、トーマ、肌が荒れてきた!本気でヤバいのが来る!!対策はあるのか?」
「もう少し待て、ギリギリまで引き付けねえと……お前の勘を信じる!発射されたら言え!!」
「だからどうやって止める気だ?あー!!もうくる!直ぐ来る!激ヤバ!!」
「止めるのなんて無理に決まっている……だがな……敵の攻撃が無駄に大きい力なら……」

「キターーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「少し曲げさせて貰う!マグネティィィィィックゲイザァァァァァァァァ!!!!!」
21蜘蛛紡ぐ連立方程式 13:2007/02/20(火) 22:14:13 ID:10/WXbTk0
反発力を生み出しあらゆるものを吹き飛ばす障壁を形成するマグネティックゲイザー、
しかし魔杖を手にしたシャーリィの滄我砲の前には嵐の前のグミに等しい無力さだろう。
だが、真っ向から障壁をぶつけるのではなく推進するベクトルに別方向から力をぶつければどうなるか?
もっとはっきり言うなら、凄まじい勢いで横に推進する砲撃に下から上へ力を与えればどうなるか?
半球状に形成される障壁の頂点の微小な丸みに引っ掛ければどうなるか?
(五度…いや、三度でいい…曲がりやがれェェェェェェェッ!!!!)
力は相殺されること無く合成し、ベクトルの軌跡だけが変更される!!
それはほんの微細な変化に過ぎない。
巨視的な眼で見れば変化とすら思われないだろう。だが、ここでシャーリィが放ったのは唯の滄我砲ではない。
魔杖によって増幅されたあまりにも大きすぎる力!
地表に垂直方向への微かな変化もまた魔杖によって増幅され、地表から大人一人分の隙間を用意するのに充分ッ!
シャーリィはトーマに見せすぎた。零距離で一発、ハロルド相手に一発、あまりにも軽薄ッ!!
そして幾ら魔杖恐るべき力を備えていようと、滄我砲の力の‘大きさ’は変わろうと、力の‘向き’は変化無し!!!

そして策略によって‘射線’を限定させた今、トーマの意志一つで運命を‘曲げる’ことは不可能ではないッッ!!!
22蜘蛛紡ぐ連立方程式 14:2007/02/20(火) 22:15:26 ID:10/WXbTk0
「楽に死ねると……思わないでよ……」
シャーリィはケイオスハートを振りかざしアイスウォールを唱え押し潰す様に炎を鎮めた。
分かっていることとは言え呪文を練る時間が焦燥に変わる。糞、糞ッ。
再び鼓膜の奥から乾いた破砕音が聞こえる。
分かってるわよ。こいつら殺してあんたに捧げるから、もう少し待ってよ、ねえ。
私が最初に見つけたはずだ。私がお兄ちゃんに至るための唯の肉の塊のはずだ。
煩い、パリパリパリパリうるさいったら!!
邪魔しやがって抵抗しやがって、死ね、死ね、皆死ね。
この手で抉って飛沫にしてやる。黙れ黙れ黙れ!!

殺意そのものを視線に込めて、シャーリィはグリッドを射抜く。しかし、グリッドの眼は揺るがない。
「それはこっちの台詞だ」
グリッドの心中に去来するのはほんの少し前の過去。
あの山の麓で彼らの何かが壊れた。それは修復不可能な不可逆の未来。
「お前に全ての元凶があるとまでは言わない。プリムラの言葉に沿えばお前もまた運命に踊らされた駒なのかもしれない」
別に彼女が引き金を引かなくても何も変わらなかったかも知れない。
代わりに引き金を引いたのはトーマだったのかも知れない。
漆黒の翼にとって彼女は置換可能な代用品の殺人鬼だったのかも知れない。

だが、彼らが無条件で罪を許し合うには溝が深い、死体を埋められる程に深過ぎた。

きゅ、と雪を踏む音がする。シャーリィは体ごと飛びのいて2人を視界に納めトーマの左手に握られていたものに眼を見開く。
「メガグランチャーの代用品だ。真逆女相手に武器を持つのは反則だとは、いわねえよなあ?」
リアラを弔って手に入れたその対価、砲弾は既に無くともその能力は天使の折り紙付き。
この距離までようやく近づけた。情報では肉弾戦にも警戒という話だが、やはりロング、ミドル、クロスなら
ミドル〜クロスレンジが相対的に有利。グリッドの奇襲は全て鈍足のトーマがこの位置に至るための囮。

「だが、お前が撃鉄を叩いて全ては狂った。その罪を許す為に、お前にはここで罰を受けて貰う!!」
23蜘蛛紡ぐ連立方程式 15:2007/02/20(火) 22:16:14 ID:10/WXbTk0
【トーマ 生存確認】
状態:HP70% TP45% 右腕使用不可能 軽い火傷 やや貧血気味 ハロルドのサック所持 背中が凍傷気味
所持品:イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) パイングミ
    ジェットブーツ 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 首輪×2 ミラクルグミ
    ウィングパック(食料が色々入っている)  金のフライパン ウグイスブエ(故障) レンズ片(晶術使用可能)
    ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α) ペルシャブーツ 銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲
基本行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
第一行動方針:カイル・ヴェイグチームを信じてシャーリィを引き付ける
第二行動方針:シャーリィを倒す
第三行動方針:キールを探し、ハロルドメモの解読を行う
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【グリッド 生存確認】
状態:更に強まった正義感 プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ハロルドメモ プリムラの遺髪 ミスティブルーム ロープ数本
    C・ケイジ@I ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ スティレット
基本行動方針:漆黒の翼のリーダーとして生き延びる
第一行動方針:カイル・ヴェイグチームを信じてシャーリィを撹乱する
第二行動方針:シャーリィを倒す
第三行動方針:マーダー排除に協力する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP55% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    「ジューダス」のダイイングメッセージ 45ACP弾7発マガジン×3
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:トーマ・グリッドを信じてシャーリィへの策を練る
第二行動方針:シャーリィを倒す
第三行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第四行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点付近
24蜘蛛紡ぐ連立方程式 16:2007/02/20(火) 22:17:04 ID:10/WXbTk0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP65% 悲しみ 静かな反発 過失に対するショック 
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形
基本行動方針:生きる
第一行動方針:トーマ・グリッドを信じてシャーリィへの突破口を見出す
第二行動方針:シャーリィを倒す
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
SD基本行動方針:トーマ・グリッドを信じてヴェイグ・カイルを指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点付近

【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
状態:HP45% TP30% 「力こそ正義」の信念 ケイオスハートの力に陶酔
   ハイエクスフィア強化 クライマックスモード使用不可 上手く行かない状況への憤慨
   永続天使性無機結晶症(肉体が徐々にエクスフィア化。現在左腕+胴体左半分+左大腿部がエクスフィア化。
   末期症状発症まではペナルティなし?)
所持品:メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪 魔杖ケイオスハート
    UZI SMG(30連マガジン残り2/3、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
基本行動方針:セネルと再会するべく、か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動し、優勝を目指す
第一行動方針:E3→E2→C3の順で島を巡り、参加者を殺しまくる
第ニ行動方針:目の前の人影を完膚なきまでに滅殺する
第三行動方針:索敵範囲内の参加者を殲滅したら、再び索敵を行う
第四行動方針:病気を回復させる方法・首輪を解除する方法を探す
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
25名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 22:23:51 ID:h/7IQEYX0
vcんcn
26名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 01:09:29 ID:jcS2xtEa0
ところで第一回放送の49話が見れないんだが
27名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 11:13:36 ID:2B8bbzaqO
ほしゅ
28名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 22:33:01 ID:Y26rj8m8O
俺はまとめサイトの第四回放送299話だけ携帯から見れないんだが。
29名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/04(日) 18:34:04 ID:8kMpGvpfO
30名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/05(月) 14:37:15 ID:bREC9h0o0
31名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/05(月) 14:40:41 ID:a56v65gF0
32名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/06(火) 03:56:17 ID:NPtf5+sHO
白金
33名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 10:40:10 ID:ZqKAXkhAO
保守
34名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 08:55:41 ID:cC0Jxo+5O
保守
35名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 02:30:18 ID:sp1fG3g7O
保守
36名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 11:49:04 ID:Kbg9/Ab60
保守
37名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 17:47:04 ID:O09uZ32QO
保守
38名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 21:42:49 ID:pWzW1or8O
保守
39名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 00:09:50 ID:S74LhtSS0
保守
40名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 18:23:04 ID:lWo3X9q30
ほす
41名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 17:33:26 ID:rLyBk7KF0
42名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 16:47:36 ID:ON/IvMUE0
43名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 14:32:08 ID:n6Q83BgKO
44名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 18:07:28 ID:HIPFblMK0
45名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 18:20:43 ID:vei1OwDC0
こんなオナニースレを保守してんじゃねーよ
死ね
46名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 20:42:52 ID:PxuI7cch0
>mailto:sage
間違いなくツンデレ
47名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 16:15:08 ID:jo1nWAfWO
>>45
何というツンデレ
48名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 06:21:07 ID:A6ZIvjsRO
ほしゅ
49名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 00:07:12 ID:wvq3wuNVO
('∀`*)
50名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 20:15:53 ID:hiSkpRHLO
保守
51終焉への砲火1:2007/04/21(土) 01:02:28 ID:9ervvg5a0
抜刀。
ロイド・アーヴィングは木刀二振りを構える。アーヴィング流、基本の構え。
ミズホの里に伝わるとされる二刀流は、利き手に太刀を、逆手に脇差を構えるのが正統とされている。
しかしながら、ロイドの握る得物に、片手は受け専門、もう片手は攻撃専門、などという区別は存在しない。
時には右手が盾に、時には左手が盾に。変幻自在、無流無形。
対するは、瞳に濁った光を宿す金髪の剣士。時の魔剣を手にした、あの殺人鬼。
次元斬。
殺人剣士自身の身長の3倍を優に越す、超長大な蒼刃が振り下ろされる。時空の波動が、空を揺らす。
俗に、剣と槍の勝負は間合いの勝負と言われる。剣が槍に勝つには、槍の間合いの内側に入るしかない、と。
だがこの剣は、槍の間合いを持った剣。
それも対騎兵槍(パイク)と呼ばれる、本来大規模な会戦でしか使われないような、長大すぎる槍ほどの。
すなわち、「奴」はこの剣のみで、とてつもない間合いを取ることが出来るのだ。
戦場における必勝の定石の一つ。相手の攻撃の届かない遠距離からの、一方的攻撃を可能とする、恐るべき得物。
けれども、ロイドはそれを、わずかなサイドステップでかわす。
首元に巻いた白い緒にすら、かすらない。
ロイドは、この技の型は既に見切っている。
この攻撃の死角は横っ腹。一度技の型に入れば、攻撃できる範囲は剣士の正面のみ。
すなわち若干軸をずらせば、それだけでまず斬撃は喰らわないのだ。
サイドステップから、ロイドは即座に一閃を見舞う。放つは瞬迅剣。
伴う踏み込みで、対騎兵槍の間合いの内側に滑り込む。木刀の切っ先が、殺人剣士の脇腹を強襲!
ロイドは虚空を、貫いた。
切っ先を受ける直前、剣士は霞のようにその姿を消した。
だが、ロイドは慌てない。
瞬迅剣の後のわずかな隙…それを「待ち」の時間に利用し、基本の構えに戻った瞬間即座に地面を蹴る。
今度は、バックステップ。
判瞬遅れて、ロイドがもといた所に時の魔剣が突き立つ。
空間翔転移。時の魔剣の力により空間を転移し、上空から強襲をかけるトリッキーな技。
ロイドはそれを、バックステップのみでかわしたのだ。
この技は、転移を終えた瞬間に回避運動を始めれば、まず当たらない。
そしてありがたいことには、この技が発動してから転移するまでの数瞬、完璧に相手は無防備になる。
今回は大事をとってその数瞬の隙を狙いはしなかったが、慣れればそこにつけ込む。
そして第二の隙。着地の瞬間!
ロイドはそこに狙いを定める。放つは、剛・魔神剣! 闘気をまとった剣風が、殺人剣士を強襲!
だがこれで勝った、などと油断はしない。昨晩はその油断が、慢心が、悲劇を生んだのだから。
更に連撃。剛・魔神剣で前方に傾いた重心を立て直すことなく、傾く勢いのまま跳躍。飛翔。
ロイドは剣の切っ先を地上の剣士に向け、空中からの猛撃。
飛天翔駆……改め、鳳凰天駆。叫ぶロイドは、灼熱の衝撃波をまといながら、空襲をかける。
にや。
刹那、ロイドは殺人剣士の薄い、酷薄な笑みを、自身の生み出した衝撃波のカーテンの向こうから見た。
ぞくり、とロイドの胃に不気味な感覚が広がる。まるで、氷の塊を腹に詰め込まれたような寒気。
金髪の時空剣士はそして、自らの周囲に青の渦を巻き起こす。
虚空蒼破斬。時空エネルギーを渦状に展開し、近寄る敵をその渦で絡めとる。
ロイドはすでに、鳳凰天駆の勢いのまま、その渦の中に飛び込む他なかった。
青い光が、ロイドの全身をなます切りにする。絶叫と共に、ロイドは血塊を吐き出した。
撃墜。赤い鳳凰は、銀の騎士の投網に絡め取られ、高貴なる姿を地に堕とす羽目になる。
更に、追撃。
虚空蒼破斬により巻き起こされる時空の渦。そしてそれに続く、時空のエネルギー波。
蒼白の津波は、ロイドの墜落地点を着実に狙っていた。今からでは、受け身を取ることさえかなわない。
再度、空を舞うロイド。今度は自らが望んで空へと旅立ったわけではない。殺人剣士に、打ち上げられた。
霞みかけたロイドの目に映るは、ただ晴れた空。
そして、そこに突如現れた蒼の渦。
再度、殺人剣士は空間翔転移を放つ。蒼の渦は殺人剣士を吐き出し、そしてロイドの下に。
何と彼は、余裕綽々の表情で、宙を舞っているロイドの上に「乗った」。
空中でロイドの腹の上に立った彼は、そして。
ロイドの弱さをあざけるように。
己の強さに酔ったように。
歓喜と快楽に溺れた下衆な笑みを浮かべたまま。
時の魔剣を振るう。
52終焉への砲火2:2007/04/21(土) 01:03:10 ID:9ervvg5a0
突如、ロイドの視点がめまぐるしく変わり始める。
空。地面。殺人剣士。そして。
自分の首の断面。滝のように、血を吐き出している。
ああ、自分は首を切り落とされたのか。
ロイドはそう理解するのと、意識が闇に落ちるのと。
どちらが先に来たのかは、永遠に知ることはなかった。

******

我が友リッド・ハーシェルよ、我と共にあれ。
リフィル・セイジに教わったシルヴァラントの公用語で、柄にそう彫り込んだロイド。
その表情からは、ただ忸怩たる思いが滲んでいた。
この木刀を彫りながら、右手の痛みが耐えがたくなるごとに一旦作業を中断し、その合間に瞑目。
昨晩見たあの殺人剣士、クレス・アルベインの動きを思い出し、心の中でクレスと打ち合う。
クラトスに教えられた、「イメージトレーニング」と言われる修行法を試みていたのだ。
クレスの動きを何度も咀嚼し、イメージトレーニングを続け、そして右手の痛みが引いたらまた彫刻を続ける。
それを、既に十数回は繰り返した。
それでも、結果は全て黒星。
(俺じゃあ……あいつには、勝てないってことなのか?)
ロイドの心の中の「クレス」は、まさに絶望的なまでの強さを、相も変わらず見せ付けてくれている。
イメージトレーニングの中では、相手の動きを自分にとって都合良く、過小評価しがちだから気を付けろと父は言った。
その分を差し引いても、クレスの強さは絶対不動。
どれほど自分にとって都合のいい動きを想定しても、勝ちへの糸口すら見えない。
確かにキールは、時空剣技を見切っているお前なら、クレスと戦えるとは言ってくれた。
(けれども……!)
ただそれだけのこと。同じ土俵に上がれるだけであって、それは勝てる可能性があることと同義ではない。
イメージトレーニングの中のクレスは、時空剣技のみで攻めてきた。
それは、クレスがロイドの実力を知っているからこそ。
クレスの実力なら、ロイドなど片手間であしらえることを知っていてこそ。
時空剣技を見切っただけでは、勝てない。
時空剣技の太刀筋をたとえ見切ったとしても、体が反応できないほどの超速の一閃が来れば、防ぐことは出来ない。
時空剣技の太刀筋をたとえ見切ったとしても、防御の構えをそれ以前の連撃で崩されれば、おしまい。
剣筋が分かっていながらも、それでも攻撃を防ぎきれず憤死する。
そんなやりきれない死を受け取る可能性も、今だ十分に存在する。
更にロイドを絶望のどん底に叩き落す事実はこれだけではない。
クレスは、それでも本気ですらないのだ。
彼にはまだ、一子相伝の剣技……ダオスの言うところの、アルベイン流剣術がある。
時空剣技で力押しをされても、見切った技で攻めて来られても、今だロイドの方が遥かに分が悪いのに、である。
(『化け物』、なんて生易しいものじゃないよな……)
ロイドは、世界再生の旅で剣聖なら1人下した。
己が父、クラトス・アウリオン。
そして、1人と1体の化け物も下した。
妄執の剣鬼、ソードダンサー。
赤髪の魔将、アビシオン。
確かに、仲間の力添えがなかったなら、こいつらに勝つことは出来なかっただろう。
それでも、ロイドは確かに下したのだ。超一流の剣士でなければ、太刀打つこと能わぬ化け物どもを。
ロイドの剣は、よって既にほとんど全ての剣士から、超一流の評価を下されるに足るほどの境地にある。
そのロイドの剣術を、クレスは五分の実力も見せず、児戯のごとくにあしらった。
(…ちきしょう……俺の剣は、所詮遊びの剣だって言うつもりかよ、あの野郎は!?)
右手の痛みが、ロイドの怒りを刺激する。無力感と怒りで、肩が自然とわなないて来る。
確かに、剣客と呼ばれる人種は、己の人生全てを剣の練磨に捧げる。
友との語らい、異性との愛の交歓、静穏で平和な日々。それら全てを犠牲に捧げて、その命を燃やし尽くす。
ロイドは、そこまでを剣に捧げ17年の命を生きてきたわけではない。
どちらかと言えば、ロイドにとって剣とは、幼少時においては遊びの延長…
そして世界再生の旅に出てからは、生き残り、道を切り開くための手段と言った意味合いが強かった。
そんな心構えで鍛えた剣が、人生これ剣の道と魂に刻み込んだ剣客に、かなわぬのもまた道理と言えばその通りか。
けれども。
けれども。
53終焉への砲火3:2007/04/21(土) 01:04:03 ID:9ervvg5a0
(……あいつは、クルシスの輝石じゃなくて、剣でも握って生まれてきたのかも知れない。
赤ん坊の頃は、剣を杖代わりにして立つ練習をしていたのかも知れない。
寝る時以外全ての時間を、剣の練習に当てていたのかも知れない。
夢の中でさえ、剣の型の修練をしていたのかも知れない。
だからと言って…! だからと言って!!)
大人しく負けることを受け入れるなど、出来ようものか!
ロイドは、電撃のように痛みが流れる右手を、しかし強く握り締める。
無論、キールはヴェイグやグリッドが戻り次第、即座に移動を開始し、安全なところに退避するとは言っていた。
マーダーの同士討ちや弱体化を狙い、ひたすら時間を稼ぐと言っていた。
だが、ロイドの本能は、その方策に安全の匂いを嗅ぎ取ってはいない。
もしマーダーが、ミクトランに直接の教唆を受けていたとしたら?
キールによれば、首輪には一同の言葉を盗聴する機能がついているらしいが、だとしたら作戦はミクトランに筒抜け。
逃げる場所さえも丸分かりなのだとしたら、どれほど逃げ回ろうと、マーダー達はピンポイントで自分達を襲う。
もとよりお人好しのロイドだが、世界再生の旅を通じて、およそ悪党と呼ばれる人種には一通り触れてきた。
そしてミクトランは、公正明大を口にしておきながら、いくらでもイカサマをやれる立場にいる。
イカサマをしているかもしれないという予想くらい、ロイドにだって立てることは出来る。
ミクトランがマーダーに教唆している可能性だって、否定は出来ない。むしろ、否定材料が見つからない。
よしんばミクトランがそんな真似をしていなかったにしても。
ロイドは恐らく、クレスといつか必ず、再度対峙するであろうという予感が、胸をちくちくと刺し続けている。
時の魔剣、エターナルソードがクレスの手にある限り。
キールが提唱した、この異空間の破砕という手は、リッド亡き今、既に使えない。
この空間を破砕するためには、極光術同士のフリンジ級のエネルギーが不可欠とキール自身言っていた。
ならば、残された手段はこれしかない。
(時の魔剣の力で、時空を越える以外、もう手はない…!)
エターナルソードの力で、この「バトル・ロワイアル」が起こった2日前以前に時間を遡る。
そして、「バトル・ロワイアル」への準備を進めるミクトランを、そこで殺す。
すなわち、この「バトル・ロワイアル」という惨劇そのものを、
ミクトランを殺し最初から起こらなかったことにしてしまうのだ。
時空剣士には本来、最大の禁忌とされていた歴史の改変。
極光術のフリンジなき今、それ以外に手はない。
このままミクトランの魔手の上で、じわじわと握り潰され、緩慢かつ確実な死を迎えるという運命を変えるためには。
(……けれども、それをオリジンが許してくれるか…?)
確かに、この手段は決して己の立てた誓いとは矛盾しない。
誰かに犠牲を強いることで成り立つ世界を正そうと試みた、あの日の自身の想いとは。
それでもロイドは、師であるリフィル・セイジの淡い期待……
過去の世界で歴史を改変し、実母と生き別れた過去をなくしたら、という提案を、時空剣士としての責任の下、断った。
時間を越えるという万能の…全能にも近い力を行使しうる立場にあった者としての責任ゆえに。
(……もし、そんな風にして犠牲を強いる世界を無くそうとしたなら……!)
言うまでもない。
シルヴァラントとテセアラ。
世界創世のその時から、二界に生きた、そして生きているあらゆる人の不幸を取り除かねばならなくなる。
エクスフィアの力で寿命を凍結し、人として生きる時間を捨てれば、出来なくはない相談だろう。
定命の存在にすべからくかけられた、寿命という名の枷を外し、時の大河を転々としながら無限に近い時を生きれば。
だが。
(そんな事をしたら、結局俺のやってることはミトスと同じになっちまう!)
所詮そんな真似で不幸を取り除くなど、突き詰めて言えば恣意的な人々の支配に過ぎない。
その人にとって何が不幸で何が幸福か、本当のところは本人にしか分からない。時には、本人にすら分からない。
それをロイド・アーヴィングという1人の人間の独断で決めてしまうのだ。
まさに、他者に己の意志を強制する行為。これを人は「支配」という。
宗教を使うか、はたまた時を渡る力で因果律を捻じ曲げるか、違いはその手段のみに過ぎない。
そして、もう一つ。時の魔剣の力を自ら封じるべき理由。
54終焉への砲火4:2007/04/21(土) 01:05:01 ID:9ervvg5a0
歴史は、時は、さながら極めて多くの…
それこそシルヴァラントとテセアラに生きる全ての人が、協力して織り上げる極めて巨大な織物のようなもの。
織物に通す一本の糸を違えただけで、そこから先全てを狂わせてしまう。
これを理解するには、小難しい理屈など要らない。
(もし俺が、ジーニアスとリフィル先生の母さんが……ヴァージニアさんがエルフ達から迫害された際、
先手を打ってエグザイアに避難させるか、それとも別の安息の地を示してあげるか……
確かにそうすれば、ジーニアスと先生は、ヴァージニアさん達と幸せに暮らせていけたかも知れない。
けれども、そんな事をしたら……!)
ジーニアスとリフィルは、ヴァージニアの手により、テセアラの異界の門を潜ることもなかった。
シルヴァラントに来ることもなかった。
イセリア村に流れてくることもなかった。
(そして、俺も大切な親友を、それから大切な先生を得ることも出来なかった。
ひょっとしたら、俺1人でコレット達の後を追ってる時に、モンスターやレネゲイドにやられていたかも知れない。
そもそも、世界再生の旅になんて出ることもなかったかも知れない)
幸いにもこの島に呼ばれることのなかった己の師と、そしてもう二度と戻らぬ友。
2人がヴァージニアの元で生きていた方が、確かにある意味では幸せかも知れなかっただろう。
けれども、だからと言って、2人は世界再生の旅の中で得た仲間を、経験を、数え切れぬ思い出を。
全てを振り捨ててまで、実母と生きる幸せを願うだろうか。願っていただろうか。
そこまで思考して、ロイドはかぶりを振った。
(俺は……絶対にそんなのは嫌だ!)
ロイドは人生をやり直せるとしても、父と母と、幸せに暮らしていた方を望みはしない。
少なくとも、積極的には。
苦い思い出も、胸が潰れそうなほど悲しい思い出も、確かにある。
それでも、仲間との絆を、大きく見開かれた目で見た世界の見識を。
そして成し遂げた、真の世界再生という大いなる勝利を。
それらを一つ残らず犠牲にしなければならないなら、両親との平穏無事な生活を望みはしない。
父は、己の腕の中で生きている。
見よう見まねで盗み取った剣技として。
母は、己の腕の中で生きている。
左手に輝く、エクスフィアとして。
これ以上、何を望もうというのか。
(それでも……もしオリジンが、この俺に時空を越える力を与えてくれるとすれば……!)
時空剣士の直感で、ロイドはその例外を、何となく感じる。
すなわち、その織り上げられた歴史を乱れ、それをあるべき流れに変える時のみ。
噛み砕いて言えば、ミクトランの方が先んじて、時空の力によりこの島を創り上げた事で、
あるべき歴史を乱していた場合のみ。
もしそうであれば、オリジンはその歴史の乱れを正すときに限り、時空を越えることを許すだろう。
すなわち、歴史の乱れの元凶であるミクトランを排除する時にのみ。
そして、オリジンがそれを許す確率は高いだろう。ロイドは推測する。
この島に同時に時空剣士を3名呼び寄せたという事実が、その推測の根拠。
もしミクトランが一切の時空の流れを乱さずしてこの「バトル・ロワイアル」を企てたというのなら、
魔剣に秘められた時空の力など恐るに足らず。
むしろ、奴のような悪党なら、最後の最後まで魔剣という希望をちらつかせておいて、そして絶望の淵に叩き落す。
それを楽しむために、魔剣をあだ花の希望として放り込むくらいやって見せるだろう。
何せ、オリジンの力によっては害を受けないという、磐石の保証があるのだから。
だが、実際には時空剣士を3名呼び出し、この島を契約の破綻した特異点として仕上げた。
この措置が、ミクトランの弱点を臭わせる手がかりの一つとなる。
ミクトランはよって、恐らくはあるべき歴史の流れを狂わせて、この「バトル・ロワイアル」を開催した可能性は高い。
すなわち、オリジンの力の代行者……歴史をあるべき流れに正す時空剣士の力により、懲罰を与えることが出来る。
(……その上に更に、保険をかけられていたらもうどうしようもないけどな……)
ロイドとて、信じられないし信じたくもないが、
ミクトランがオリジンさえも従えるほどの力を持っている可能性も、皆無ではない。
本来ならばこの島には招かれざる客であるはずの、ネレイドがここに現れたのがその根拠。
少なくともエターニアに存在する技術や知識や概念では、ネレイドを……バテンカイトスの神を従わせる方策はない。
だが、ミクトランは少なくとも異界であるシルヴァラントとテセアラについては、浅からぬ知識を持っているはず。
55終焉への砲火5:2007/04/21(土) 01:07:42 ID:9ervvg5a0
シルヴァラントやテセアラの魔術には、神すらも打ち据え、従える力があったかも分から――。
「!!!」
ロイドは、突如世界から音が消えたような、そんな錯覚さえ感じた。
全身に、鳥肌が立つ。
かぁっ、と頭が、芯まで熱くなる。
心臓が、早鐘のように鳴り始める。
禍々しい……禍々し過ぎる、この波動。
瘴気すら含んでいるのではないかと思わせる、虚ろな色のマナの津波。
ロイドの脳裏で、1人の男の姿が一瞬閃く。赤髪の魔将、その人の姿。
アビシオンの織り成す闇の闘気に、この波動は似ている。
しかも、絶対量はアビシオンのそれすら凌駕している。確実に。グミを口にしたら体力が回復するというくらい、確実!
空が一面太陽に変わったのではないか。ロイドはそんな誤解を思わず抱いてしまいそうになった。
光の、暴力。世界が一瞬、創世の瞬間に戻ってしまったのではないかというほどの光子の爆発に呑まれる。
その第二波は、耳を強打する爆音。
そして、烈風。
「のわあぁっ!!?」
ロイドは、それでも自ら彫り上げた木の刀と、
そしてグリッドのきっての頼みで作った漆黒の翼のバッジを、抱えることは忘れない。
烈風に足元をすくわれたロイドは、そのまま後方にもんどりうって転がる。
烈風に吹かれるままに、ロイドはやりたくもない三連続の開脚後転を強制され、
そして最後にはうつ伏せで地面に叩きつけられる。
受け身を取るのに使った右手に激痛が走るが、そんなものに構う余裕すらない。
圧倒的なまでの風圧が、ロイドに目を僅かでも開けることさえ許してくれない。
肌を叩く草原の草の感覚だけが、それから数秒の間ロイドに感知を許された。
烈風はやがて突風に、疾風に、そしてそよ風に。最後には、無風に。
地面から千切れ飛んだ草々が、ようやく大地の上に帰ってから、それから更にロイドは余裕を取る。
そして、うつ伏せのままに、僅かに目を見開いた。
今度は、無理やりにこじ開けられるようにして、眼球が眼窩から転げ落ちる寸前まで、思い切り見開かれた。
ロイドは、自分の目をここまで疑ったことは、世界再生の旅の中ですらあっただろうか。
眼前の…この東部の草原に、いつの間にか出来ていたのか、雪原が広がっている。
ついで、雪が瞬間的に蒸発したことにより発生したと思しき、地表付近の霞。
そして、雪原に穿たれた、広大な溝。
とどめは、白々と蒼穹に向け吹き上がる、きのこ雲。
かこん、と顎を落としたロイドの周りは、ただ先ほどのことなど忘れたとばかり、穏やかに吹く風。
世界再生の旅で、ジーニアスにも称えられたその勇気を以ってしても。
ロイドは、その感情を抑えることが出来なかった。
ロイドもまた、生物である以上、必ず備わっているその感情を。
生物としての本能が覚える、凍りつくような恐怖に、ロイドは歯をがちがちと鳴らしていた。

******

「クィッキーッ! ククィッキー!!
(マーダーどもを追う前に言っておくッ!
オレは今ヤツらのものと思しき晶霊術を、ほんのちょっぴりだが体験した……
い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……)
広大な平原の、焼け焦げた跡地。
山びこなど起こるはずもないこの平坦な地形で、その爆音は十回も百回も残響で大気を震わせていた。
「クキュウ! クィクィッキー!!」
(あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!)
本当にその爆音の残響が耳を叩いているのか。
はたまた単に、激烈過ぎる轟音の槌が、その場にいた者達の鼓膜を強打しただけなのか。
どちらが正しいのか、一同に知る術はなかった。
「『クィッキー! クィクィクキュ!!』」
(『オレはご主人様の膝の上でで毛づくろいをしていたと
思ったら、暴風に煽られてせっかく整えた毛並みが台無しになっていた』)
そんな中、辛うじて残っていた城壁のかけらに引っかかり、遥か西に吹き飛ばされることを免れた獣は、
やっとの思いで地面に四本の脚を着け、立ち上がった。
「ククィ! クィッキー!!」
(な…何を言ってるのか読者のみんなはわからねーと思うが、
オレも何をされたのかわからなかった…)
56終焉への砲火6:2007/04/21(土) 01:09:08 ID:9ervvg5a0
青い毛並みを乱し、土で汚してしまったポットラビッチヌスは、人心地ついた瞬間、全身の毛を逆立てた。
「クィッキー!」
(頭がどうにかなりそうだった…)
即座に、自慢の長く毛に富んだ尻尾を全身に巻きつけ、寒気に当てられたかのように震え出す。
「クククククキュ! ククキュ!! クィッキー!」
(風に煽られたご主人様のスカートがめくれてパンチララッキーだとか、
風でモブキャラ親父のヅラが飛んでお約束のギャグネタ乙だとか、
そんなチャチな冗談じゃあ断じてねえ)
圧倒的。
押し潰されるような、叩き伏せられるような、心を引き裂かれるような恐怖が、彼を、そしてもう1人の「彼」を襲う。
「クィッキー! クィッキー!!」
(もっと恐ろしい、凄まじいまでの暴力の片鱗を味わったぜ…)
ポットラビッチヌスのクィッキーと、そしてミンツ大学学士、キール・ツァイベルを。
キールの瞳は、ただどろりと濁った光を宿していただけだった。
先ほどの烈風により髪がほどけ、さながら後ろから見れば女性のようになっていることなど、気付いていようものか。
「………ぁ……」
キールの口元が震え、まるで意味のない音を漏らす。
すでに情けなく腰を砕けさせ、地面にへたり込む彼は、インフェリアの言葉を忘れてしまったかのようにさえ思える。
「あ……あぁ……!」
この夜が明けてから、肌身離さず握り締めていたBCロッドが、くくりつけたクレーメルケイジごと地面に落ちる。
クレーメルケイジの反射する太陽の光が、いやに眩しかった。
「あは……あはははは……!」
顎が外れてしまったかのように、開いたまま塞がらない口から、声がこぼれる。
「あははは……あはひゃははひゃっは……!!」
俗に、人は真正の恐怖に捕らわれた際、泣くのでもなく、震えるのでもなく。
全ての思考が凍りつくとも言う。ただ、笑うしかなくなるとも言う。
そのどちらが正しいかなど、この場での議論はもはや意味などあるまい。
少なくとも、この場において、キール・ツァイベルという人間にとって、それらはどちらも真であったから。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッひゃひゃっはっひゃひゃははははは!!!
ひゃ――――ッはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!
へへへへへへへひゃははははははへひゃぁっを!!!!!」
キールは、涙を双眸からこぼしながら、地面をばんばんと叩き転がり始める。
腹をよじり。
腹を抱え。
とんでもなく、目の前の光景が滑稽に見えて。
その笑いは、まさに狂人のそれとしか言えなかった。
キールの心が受け取りきれる限界量を遥かに越えた恐怖が、心の奥底に封じ込めたはずの、その扉をこじ開けた。
狂気に通じる扉を。
混沌の神々にでも祝福されてしまったかのような狂態を、キールは臆面もなくさらけ出す。
高々と立ち上るきのこ雲を背景に、焼け焦げた大地の上で笑い転げる、青髪を乱した青年。
それはとても虚ろで、そして目を反らしたくなるような、痛々し過ぎる光景だった。
「キール!!」
そこに駆けつけたのは、1人の鳶色の髪の少年。
腰に二本の木刀を差し、腕の中には漆黒の翼のバッジを抱え、ロイド・アーヴィングは走る。
「キール! 大丈夫……か…?」
そして、その問いかけは愚問であったことに、ロイドはやがて気付くことになる。
げらげらととめどなく笑い転げる者を見て、「大丈夫」と判断する人間など、そう多くはない。
ましてや、普段はどちらかと言えば不機嫌そうな学者気質のキールが、こうまで爆笑の渦に捕らわれているとあれば。
「おい…? おい……! おい、キール!!」
漆黒の翼のバッジを取り落としながら、それでもロイドはキールに駆け寄る。
虚ろにからからと笑うキールを見て、ロイドはとうとうキールまでも気が触れてしまったのかと、真剣に不安がよぎる。
幸いにもメルディは、城壁の残骸がちょうどいい遮蔽となり、
烈風に直撃されずに済んだ(とは言え、クィッキーのような小動物なら、
直撃でなくとも軽く吹き飛ばされるほどの威力を、先ほどの烈風は秘めていたわけだが)のを、視界の端で
確認したロイドは、キールの体を揺さぶってみる。
「ははははは…………だ…………だろ」
キールの言葉は、ただ不明瞭。
「キール! しっかりしろ! しっかり…!!」
がば、とキールはいきなり、上体を起こす。
突然の動作に驚いたロイドは、一瞬腰を引いてしまいながらも、それでも次の瞬間には我に帰る。
57終焉への砲火7:2007/04/21(土) 01:10:20 ID:9ervvg5a0
そして、キールの呟く言葉に、耳を貸すことを忘れない。
「……あんな奴らに……勝てるわけ、ないだろ……」
顎をわななかせ、空に向かって言うキール。目尻からは、涙が止まらない。
「おい……? キー…」
「あんな化け物みたいな力を持ってる奴らに、どうやって勝てって言うんだよ!!!」
ロイドは、肩を震わせる。
メルディは、キールの方をとっさに見た。
クィッキーは、毛並みの汚れを払う動作を中断した。
きのこ雲は、まだ足りぬとばかりに、貪欲に天を目指していた。
キールが吐き出したのは、激しい怒号だった。
「あんな……あんなの無茶苦茶過ぎる……理不尽過ぎるだろ!
ここの東の草原を一面雪原にした上で、あんな滅茶苦茶な晶霊術を放って!!
これだけのことをやるのに一体何十万エスト・アイオディの晶霊力がいると思ってるんだよ!!
これじゃあまるでバンエルティア号の艦載晶霊砲さえ、ただのちっぽけな豆鉄砲じゃないか!?」
キールは、今度は笑いではなく怒りを込めて、地面を叩く。
怒りと恐怖と不条理さで、瞳が燃えている。
「キール! 落ち着け!!」
「この島に残っているマーダーどもは、どいつもこいつもあんな真似が出来るって言うのかよ!?
リバヴィウス鉱を用いたフリンジ砲で、やっと粉砕できたシゼル城の黒体を、
ただの晶霊術だけでぶち壊せそうな化け物ばっかりだって言うのかよ!!
そもそもあんな桁外れの晶霊力、どう見ても人体の晶霊キャパシティの限界閾値を遥かに越えてる!!!」
「落ち着けって言ってんだろ、キール!?」
「僕らはあんな化け物を、晶霊学の理論を根本から覆すような連中をこれから6人も相手にしなきゃいけないんだ!
おまけに僕らにリッドはもういないんだ! リッドが刺し違える形でやっと倒した
ネレイドが、これじゃあただの雑魚みたいじゃない……」
「落ち着けッ!!!」
ロイドの左手が、空を裂いた。
キールの右頬を、過たずに強打する。
キールはたまらず、辛うじて起こしていた上半身も、地面に叩き付ける形となった。
キールは、とっさのことに、何が起きたのか理解さえ出来ていないでいるようだった。
キールは、そして糸が切れたように、脱力してそのまま動かなくなった。
もはや、身じろぎすることさえ億劫そうに、あらぬ方を見つめ続けていた。
「……落ち着いたか、キール?」
「……っは……」
キールは、ごく僅かに喉を震わせた。言葉を吐き捨てようと思って、それに失敗したのがありありと見て取れた。
「……いっそ、永遠に落ち着かずにいられた方が、どれほど幸せかな……」
全身に鉛の枷を嵌められたように、キールの動作は緩慢だった。
「こんなフォワクムグな光景、見ずに済んだらどれだけ楽だっただろうな……」
フォワクムグ、すなわちメルニクス語で「クソッたれ」を意味する、最高級の罵り言葉を呻きながら口にした
キールは、その上体を再び起こす。
「……ロイド……僕は正直、今ほどお前の腹の据わり方がうらやましいと思ったことはないな」
「…………」
キールは、未だに震えを止められずに、ロイドに悪態とも賛辞とも取れる言質を浴びせかける。
「……僕は……あれを見て……気が狂いそうなほど恐ろしいのに……!
全てを諦めたくなるくらい怖いのに!
生きることを放棄したくなるくらいの絶望に負けそうなのに!!」
キールの顎は、もはやしばらくまともに噛み合うことはなさそうに見えた。がちがちと、歯が鳴っている。
「なのに! どうしてロイドは憎たらしいくらい平然としていられるんだよ!?
これじゃあ……これじゃあ僕が丸っきりの臆病者みたいじゃないか!!」
エターニアの旅を通じて、リッドやファラから相応に与えてもらったはずの勇気など、気休めにもならない。
キールは、涙をいくつもいくつも流しながら、頭を抱え込む。嫌だ嫌だと言わんばかりに、首を振り続ける。
ロイドは、そんなキールに言った。
「いや……俺だって……俺だって、怖くないわけないだろ?」
「…え?」
キールは、その返答に虚を突かれる。
ぽかんと、ロイドの顔を見やる。
ロイドは、父クラトスによく似たその瞳を、瞑りながら地面に俯く。
58終焉への砲火8:2007/04/21(土) 01:11:27 ID:9ervvg5a0
「俺だって、正直信じられない。信じたくはないさ。
あんな無茶苦茶な攻撃をぶっ放せるような相手が、この島にいるなんてさ。
本気を出したミトスでさえ、あんな凄まじい威力の魔術は使えないだろうな。
いや、あそこにいるのは、ミトスかもしれないけれど、な」
ロイドは、前髪の間から東を睨みつける。
凄まじ過ぎる、「殲滅」などという言葉でも生温い、破壊の爪跡をそれでも睨みつける。
「多分、E3のケイオスハートは、マーダー側に先に押さえられちまったみたいだな。
さっき感じたあの波動は、間違いなく闇の装備品の波動だ。アビシオンがまとっていたオーラと、同じものだ」
「…あの爆発の正体がケイオスハートであることはともかくとしても、
何故、あの爆発がマーダーの手によるものだとロイドは判断できるんだ?」
「簡単な話さ。俺達はこれから、可能な限りマーダーの注目を集めるような行動はしちゃいけない。
そんな状況で、例えばヴェイグが、あんな滅茶苦茶な魔術やらフォルスやらの使い方をしたら、
マーダーにこっちの居場所を教えるようなもんだろ?
ヴェイグは俺なんかよりよっぽど頭のいい部類に入るし、あいつの心には熱い部分ももちろんあるけど、
冷静で冷めた部分がある。よほどの事態にでもならなきゃ、ヴェイグならマーダーにわざわざ居場所を教えるような
真似なんてしないさ」
そうだ。確かに考えてみれば当然のこと。
恐怖のくびきから、徐々に逃れつつあるキールは、そして持ち前の判断力も少しずつ蘇ってくる。
そうだ、落ち着け、キール・ツァイベル。
頭脳労働は、常に冷静でいるべき立場にいる人間は、お前しかいないだろう。
言い聞かせるキールは、ロイド共々、破滅の爆雲をその視界に納め、言う。
「一面草原を凍結させた上でのあの超大火力晶霊術か……
……いや、さっきのあれは晶霊銃から放たれる銃技の方に似ていた。恐らくあの閃光の正体は銃技。
すると犯人は……」
今まで得た手がかりから演繹すれば、犯人は間違いなく「奴」。
だが念のため、キールは演繹法に消去法を併用し、再度得られた解を検算する。
「プリムラはそもそも晶霊術師ではないから論外。
銃技の前におそらく氷属性の晶霊術が発動したということは、『樹』のフォルスの使い手であるティトレイや、
地・闇属性の晶霊術……じゃなくて、晶術使いのリオンが犯人であるとも考えにくい。
クレスの時空剣技なら、エターナルソードによる増幅を勘定に入れれば、
これだけの爆発的威力を出すことは不可能ではないかもしれないが、そもそもクレスもプリムラ同様、
晶霊術は使えない。ケイオスハートが使われたという事実を真とおけば、クレスがケイオスハートを
使ったという仮定は最初から矛盾している。剣士に杖なんて、宝の持ち腐れにしかならない。
それに、ダオスの証言によるとアルベイン流には、闘気を炎や雷撃にして繰り出す技はあっても、
ヴェイグの『絶氷刃』みたいな凍気を発生させる剣技はないはずだから、草原を凍らせた説明もつかない。
すると残るのはミトスと『奴』だ」
そしてキールは、次の一歩へとその論理展開を進める。
「……だがミトスは聞く限り、激情に駆られていない普段なら、デミテルのような策士型の人間だ。
あんなコストと釣果の釣り合わなそうな過剰殲滅を、たとえ魔杖があったからといって断行するか?
さっきの一発自体が、何らかの陽動作戦のための壮大な布石という可能性も否定は出来ないが、
どの道コスト面で下策である事には変わりない。
万一あれが激情に駆られたミトスなら、あの一発で終わりなんて僕にはとても思えない。
キレた時なら、魔力が空になるまで魔術を乱発する性格だ、ミトスはな。
そうだろ、ロイド?」
「ああ。ミトスは普段は冷血で頭も切れるけど、いっぺんキレたら、まるで腹ペコの時のドラゴンみたいな、
滅茶苦茶な暴れ方をする。俺も、あれの正体がミトスとは思えないな」
水を向けられたロイドは、キールの意見を肯定する。
間違いない。あのきのこ雲を作った犯人は、シャーリィ。シャーリィ・フェンネスその人!
「……ははは……しかし、こんな大破壊が可能だっていうのなら、
滄我とやらと組んで本気を出せば、全世界の陸地を海の下に没させることさえ可能だっていう、あの話……
寒気がするほど信憑性があるな……」
立ち上り、空を汚す白雲の槍。
キールはそれに焦点を合わせ直した瞬間、今度は腹の底から吐き気が込み上がってくるのを止められない。
恐怖。恐怖。恐怖。
握り直したBCロッドが、カタカタとクレーメルケイジを震わせる。
全身の筋肉が、痙攣の発作を起こしたかのように止まらない。
59終焉への砲火9:2007/04/21(土) 01:12:31 ID:9ervvg5a0
「ちくしょう……駄目だ……!
やっぱり、恐ろしくて……震えが止まらない……!
ちくしょう……ちくしょう!!」
地面の上に四つん這いになり、再び目尻に涙を浮かべるキール。
目の奥からこみ上げる熱に、耐え切れずキールは瞳をつぶる。
そんな彼の肩に手を置いたのは、ロイドだった。
キールは、はたとロイドの方を見やる。
ロイドは、眉を歪めながらも、首を振る。
「言ったはずだぜ、キール。俺だって、怖いさ」
けれども、その言葉を舌に乗せ切らぬうちに、ロイドは見る。シャーリィのもたらした恐怖を。恐怖そのものを。
「でも、俺達は戦わなきゃいけない。戦わなきゃいけないんだ。
こんなふざけた真似、ブッ潰すためにも……もうこれ以上誰かを犠牲にしないためにも!」
「ロイド……!」
ロイドは、立ち上がった。
痛みがまだ皮膚の下でのたくる右手を、左手の手の甲に持ってゆく。
僅かに痛みに顔を歪めながら、ロイドは要の紋にはまった小さな宝石の台座を捻る。
エクスフィアの身体能力の増幅作用を制御する特殊な結晶体、EXジェムの嵌まる角度を変える。
ロイドの肉体は、刹那。
血流が停止する。
心臓が拍動を止める。
青の光翼が編まれる。
美しい光子を散らしながら、ロイド自身を丸ごと包み込めそうなほどの光の翼が、背に展開される。
全身の細胞が、仮死状態を迎える。
細胞に宿った極小の生命もまた、深き眠りにつく。
天使ロイド、降臨。
瞳を、開く。
ロイドの瞳に、無機結晶体に心を喰われた証は、なかった。
ロイドの瞳には、もとの茶色が輝いていた。
そして、地面に散らばった漆黒の翼のバッジを拾い上げ、その一つを胸に留める。
もう一つは、キールに渡す。
もう一つは、ぺたんと座り込んだメルディの左胸に着けてやる。
最後の一つを紐に通し、クィッキーの首に緩く巻いて止める。
このバッジは、クィッキーには首輪として着けるのが一番似合う。
「……それは、俺がさっきまで、この木刀を削り出して、イメージトレーニングをやる合間に作った、
漆黒の翼のバッジだ」
「グリッドに頼まれて、作っていたあれか」
「ああ。予備も含めて10個。団長のグリッドに渡す特製の奴が1個。合わせて11個作っておいた」
大急ぎで作った手抜きのバッジだけどな、と言葉を結んだロイド。
しかし、それにしても作りは立派の一言に過ぎる。
翼に生えた羽一本一本までを精密に刻み、かつ沈金と呼ばれる漆器の装飾に用いられる技術を用いている。
埋め込まれているのは恐らく本来沈金で使われる金ではなく、玄武岩か黒曜石のかけらだろう。
キールはレオノア百科全書の挿絵をから、鉱物の色彩を思い出しそう推理する。
とにかく、石やら木やら、ありあわせの素材から削り出されただけの翼は、確かに下地の色を残しながらも、
それでも漆黒の色を帯びた翼なのだ、と一目で分かる繊細で、それでいて強力な黒色を主張している。
これで手抜きというのなら、ロイドが魂を込めて刻んだ装飾品は、どれほどの美しさを誇るというのか。
キールは、その美しさに純粋に息を呑んだ。
いつの間にか東にその一歩を踏み込んだ若き大天使。光翼が、震える。
ロイドはそして、腰の木刀を引き抜いた。
天使化に伴い、右手の痛覚はある程度遮断される。この程度の痛みなら、戦闘時の興奮で十分に誤魔化せる。
ロイドはそれを確かめながら、抜き放たれた木刀を東の空にかざす。
木刀は、太陽の光にその木目を晒す。
太陽が作り出した陰影が、その木目上に刻まれた文字を晒す。
【我が友リッド・ハーシェルよ、我と共にあれ。】
二つの刀の鎬(しのぎ)に刻まれた、その文字を。
リッドは、確かにそこに生きている。
キールは、またも目頭が熱くなりそうになった。
出会って、まる一日にもならないうちに、彼は永劫の別れをロイドに告げてしまったのに。
それでも、この目の前の大天使は、確かに結んでいたのだ。
極光術師リッド・ハーシェルとの間に、金剛不壊の友情を。絆を。
キールは、もう涙を堪える事など出来なかった。
60終焉への砲火10:2007/04/21(土) 01:13:26 ID:9ervvg5a0
たった一日にも満たない間しか共に戦う事のなかった、リッドの想いすらも背負ってロイドは立っているのだ。
(それなのに……それなのに、僕は!)
ロイドの何百倍も、何千倍も長く、リッドと曲がりなりにも友情を交わした己の、何と情けないことか。
自分の命惜しさに、恐怖に挫けそうになって、道を歩む膝を自ら屈しかけた己の、なんと弱いことか。
気持ちだけで、何が守れるって言うんだ。
それは確かに正論かも知れない。いかに心が強かろうと、晶霊力は上がらない。剣が冴えるわけでもない。
それでも……それでも……!
(それでも……守りたい仲間が…いるんだ!)
キールは、地面に落ちた髪留め用の緒を拾い上げ、再びそれで己の長髪を纏め上げる。
涙を拭い。
BCロッドを握り締め。
今にも、恐怖に屈してしまいそうな臆病な自分。
それを、臆病さを恥らう自らへの怒りへ、怒りから生まれる勇気に変え、立ち上がる。
生物として持つべき当然の本能を捻じ伏せ、睨みつける。
シャーリィがもたらしたと思しき、破滅の雲を。
「……まずは、俺から行く。キールとメルディは、後からついて来てくれ」
ロイドは背中からキールに告げ、EXジェムを操作する。
起動させるは、EXスキル「パーソナル」。
幼少時より、イセリアの森の木々を縫うことにより鍛えた脚に、今にも唸りを上げんばかりの更なる力がこもる。
「……ロイド、なら僕からアドバイスだ」
「ああ」
キールは、BCロッドをしかと握り締め、進言する。
「まずロイド、お前はあえて初撃に『鳳凰天駆』を繰り出せ。
恐らく今シャーリィがいるところは、雪原の上。
まずは『鳳凰天駆』の巻き起こす熱気で雪を蒸発させ、それにより発生する蒸気で奴の目をくらますんだ。
さすがにエクスフィアがあっても、霧の向こうを見渡せる眼力は備わらないだろう?」
「ああ。間違いない」
そう。さすがのエクスフィアの力ですら、人間にいわゆる「透視」の能力を備えさせることは出来ない。
ロイドは自信を持って断言する。キールは満足げに頷き指示を続行した。
「シャーリィはジェイなんかと違って、相手の殺気をのみを頼りにした無視界戦闘なんて芸当は出来ない。
蒸気に紛れて、シャーリィに不意打ちを行うんだ。可能であれば、それでシャーリィを瞬殺しろ。
もし瞬殺に失敗しても、慌てず剣の間合いに踏み込め。
そして『秋沙雨』や『驟雨双破斬』のような連撃技を軸にして、詠唱を封じながら攻めろ。
奴に晶霊術……いや、ブレス系爪術を使われたら最後だ。
仮に『粋護陣』で耐え切れたとしても、その直後の隙を狙って畳み掛けられる。
それから……」
キールは、BCロッドで雪に覆われた草原を指し、続ける。
「シャーリィは水の民。形勢不利になったなら、何らかの術を用いてあの雪原を水に変え、
あの一体を沼地にして水中からの攻撃を仕掛けるような真似をして来るかも知れない。
もしそうなったなら、『真空裂斬』と『鳳凰天駆』を併用して、一旦沼地になった戦域から離脱しろ。
仮に水中戦に持ち込まれたら、万に一つも僕らに勝ち目はない」
「でも、もしそうなったら、どうするんだ?」
聞いたロイドに、キールは薄い笑みで答える。
「決まっている。沼地そのものに、僕に出来うる最大電圧で『インディグネイション』を撃ち込む。
水って物質は、地の晶霊力を添加することにより、雷の晶霊力の伝導率を飛躍的に上昇させることが出来る。
こんなところで水辺を作ったら、どうあがこうと水には土が溶け込んで地の晶霊力が宿るさ。
つまり、シャーリィは自ら大電圧の直撃を受けに来てもらう形になるわけだ。
あまり気持ちのいい話じゃないが、確実にシャーリィは黒焦げになるな。
ただ、それには念のため奴からメガグランチャーは奪い取る必要がある」
「……どうしてなんだ?」
相槌代わりの疑問を口にするロイド。キールは、「それは」の句から回答を始める。
「シャーリィの奴だって丸っきりのバカじゃないだろう。ひょっとしたら、メガグランチャーを
避雷針代わりにして、『インディグネイション』の直撃を反らすなんて真似もやってくれるかも知れないしな。
下手をすればメガグランチャーのクレーメルケイジに、『インディグネイション』の電撃を吸収させ、
それを反転させて撃ち返すなんて真似もやりかねない。
出来れば、ロイド。
シャーリィの瞬殺に失敗して接近戦になったら、メガグランチャーを弾き飛ばすなり腕を『殺す』なりして、
武装解除を狙ってくれ」
61名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 01:15:55 ID:QlgOWmo4O
支援パピコ
62名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 01:35:17 ID:otBRw2P9O
しえーん
63名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 01:44:43 ID:IkPSbyTI0
支援
64名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 01:46:43 ID:QlgOWmo4O
もういっちょ支援パピコ
65終焉への砲火11:2007/04/21(土) 02:03:16 ID:9ervvg5a0
「分かった」
うなずくロイド。キールは、そして話を続ける。
「僕とメルディは、ロイドの後から続き、波状攻撃の要員になる。
それで、晶霊術の限界射程ギリギリから、遮蔽を取って不意打ちを狙ってみる。
本来なら戦力の逐次投入は下策だが、一気に攻め込めば不意打ちを行える回数も減る。
僕の晶霊術は、直撃させれば人間1人くらい確実に瞬殺出来るだけの威力がある。
戦力の逐次投入は確かにリスクを伴うが、不意打ちは決まれば相手を瞬殺出来る。
瞬殺のチャンスが1人一回あるなら、僕は戦力の逐次投入によるリスクは十分呑める範囲だと思うしな」
まあ、シャーリィが『インディグネイション』の直撃を受けてさえ死なないなら、もはや諦めるしかないが。
キールはそう注釈を着け、締めくくる。
「僕とメルディは、原則遠距離からの支援しか行わないが、それは了承して欲しい。
ぞっとしない光景だが、僕らがシャーリィに接敵されたら、まず数秒と保たずにミンチにされるだろうからな。
それにもしシャーリィが僕らを人質に取られたら、最悪の事態だって想定しうる。
下手に僕らがシャーリィに近付いたら、ただの足手まといにしかならない」
「それは分かってるさ。術師が呪文を詠唱している間は、前衛が術師を守る。
クラトスから教わった、戦いの基本さ」
「それから、最後にもう一つだけ、だ」
キールはいつの間にやら、振り向いていたロイドに歩み寄り、雪原と化した白い草原を睨む。
「?」
「ロイド。この島で今まで生き延びてきた以上分かっているだろうが、
不意打ちや袋叩き……間違えてもそんなことを卑怯だとは思うなよ」
キールの言葉。ロイドは、苦笑しながら思わず口角を歪める。
「思わねえし、そもそも卑怯だなんて思えねえよ」
そういうロイドの視線もまた、東の雪原に向く。
「……あんなとんでもねえ魔術を撃てる、マーダー連中の理不尽なまでの力の方が、よっぽど卑怯だし理不尽さ」
「ああ……違いないな」
昨晩辛うじて、直撃からは免れたデミテルとティトレイのユニゾン・アタック、『サウザンドブレイバー』。
先ほどの一射は、軽くあれに匹敵するほどの破壊力があっただろう。
対して、ロイドは最強の剣技を用いても、破壊力そのものはあれには遠く及ぶまい。
キールは、一つの深呼吸を混ぜ、ロイドに語る。
「いいか、ロイド。この島に残っているマーダー6人、あいつらは人間だと思うな。
あいつらは、人間の皮を被ったモンスターだと思え」
「……モンスター?」
こんなところで、その言葉を聞くとは。
モンスターなんて言葉、最後に使ったのはいつだろう。ロイドはふと、考える。
キールはそして、ロイドの沈思黙考を尻目に、話を続けた。
「少なくともマーダーと呼ばれる連中に、僕は人権なんて認めない。そもそも、人であることすら認めない。
……奴らは、奴ら自身の人権を主張するには、やってきた罪が重過ぎる。
人じゃないあいつらなら、殺したって殺人罪には問われない」
「そこまで……キールは言うのか?」
呆気に取られ、次いで眉を歪めたロイドに、キールは淡々と切り返しを浴びせる。
「それくらい言い切れるほど、僕は覚悟を決めている。決めているはずだ。
なら、ロイド。
逆に聞くが、お前は人を殺すのは駄目だと言っておきながら、モンスターを殺すのにはなんのためらいも覚えない、
人道主義者を自称する偽善者どもの仲間か?」
「それは……」
それは、事実かもしれない。
俺は、偽善者だ。
その言葉を自身に向けて突き刺した、救いの塔での戦い。
確かに、同じく命を奪おうとする存在であるモンスターと悪人と。そこに、何の隔たりがある?
クラトスだったなら、恐らくはそう言っていた。
「……それでも、それでも俺は、あいつらを人と思う。人と思って、剣を向ける。
クラトスは……父さんは言っていた。
殺すことに、折り合いなんてつけるな。ただ、殺したものの命を背負え、ってな」
どっか、と木刀の先端を地面に付け、遥か地平を睨むロイド。
天使化により強化された視力に、照り返される光が眩しい。
66終焉への砲火12:2007/04/21(土) 02:04:09 ID:9ervvg5a0
「それは相手がモンスターだって、人だって変わらない。
俺は、思うんだ。
ミトスが俺達人間を犠牲にしてエクスフィアを量産するのと、
俺達が獣や魚を犠牲にして食うのと、何処が違うんだろう、ってな」
ロイドは俯き、その真一文字に結ばれた口を、下に向ける。
「俺は、世界再生の旅で、それからこの島での戦いで、やっと分かった気がするんだ。
犠牲にする相手の命に尊厳を認め、命を敬いながら殺す。
……それが、本来あるべき犠牲の姿じゃないかって、な。
ミトスは、けれども人間の命に毛ほどの重さも感じていなかった。だから、あいつが捧げた犠牲は、間違えている」
「……ご大層な演説をぶっておいて、結局殺すのか。随分な、偽善ぶりだな」
違う。ロイドは首を強く横に振り、心の中で叫ぶ。
そしてその口で、でも。
「けれども! けれども……!
俺は……それでも! 俺の手にかかって死ぬ全ての命を、あるがままに背負って生きる!
俺には、あいつらの人としての尊厳が、想いが……
殺人の罪のせいで、全てが全て無価値なゴミになるとは思えないんだ!
だから……だから!!」
ロイドは、それきり唇を噛み、沈黙した。
キールは、ため息を一つ浮かべる。
「……まあ、もうさすがにおしゃべりが過ぎる。行くぞ」
キールは、おもむろに傍らの、急ごしらえのかまどにあった、冷え冷えとした塊を掴む。
つい先ほど完成したダブルセイバー。一刀二刃の、奇抜な形状をした得物を、キールは掴んだ。
それを袋に無造作に突っ込み、メルディの手を取り、そしてその歩を踏み出す。
出来上がったダブルセイバーを、ロイドに自慢げに見せるでも、淡々と報告するでもなく。
その動作自体が、氷の大晶霊セルシウスの吐息のように、冷たく感じられる。
「――僕が言いたいのは、間違えても妙な正義感やヒロイズムに酔って、
巡ってきたマーダーを殺す機を失うなということだ。
マーダーさえきっちり殺してくれれば、僕はロイドのおめでたい精神論を率先して否定はしない」
幾多の戦いの末、汚れに汚れたミンツ大学学士服の裾を揺らし。
キールは、踏み固める。昨夜の轟雷の驟雨で焦土と化した、この大地を。
「マーダーがゆっくり昼寝をしていたら、寝ているうちに首を刎ねろ。
背後から不意打ちできるなら、不意打ちで殺せ。勝てば官軍、負ければ賊軍だ」
「…………」
「お前の甘さのせいで、仲間が死ぬかも知れない。最悪、ロイド自身が死ぬかもしれない」
一歩。そしてもう一歩。
踏み出そうとして、それでももう一歩は、足に枷でもはめられたかのように重かった。
そんなキールの肩は、震えていた。
「お前がもし死んだら……僕には…全ての希望がなくなる!
ミクトランの言った、『優勝者は、この戦いの全参加者を蘇生させて、故郷に送り返すことも出来る』……!
どう考えたって胡散臭いとしか思えない、あいつの餌に食いつくほかなくなるんだ!!」
「!!」
ロイドは、たちまちの内に驚愕に、そして恐怖に体を打たれる。
「……頼む、ロイド。
死んで、僕までもマーダーの道を選ばせることは、絶対にさせないでくれ!
そんな事をしたら、たとえ本当にリッドやファラが生き返ったからって……あいつらに合わせる顔がなくなるんだ!!」
ロイドは、唇を震わせた。
自分が死ねば、キールですらもマーダーに堕ちる。
こんな善良な友人もまた、殺人鬼として生きざるを得なくなるのだ。
ロイドは、その事実に吐き気すら覚えた。
ミクトランが何故、この「バトル・ロワイアル」を開催する際、口からの出任せとしか思えない条件を提示したのか。
その理由が、今になってようやく分かる。
「確かに……その……ええと……」
「言うな! それ以上は言っちゃダメだ!!」
言葉を紡ぎだそうとして、けれどもロイドはキールの手によりそれを制される。
これ以上の話は、ミクトランに盗聴されてはならない。
キールはその制止の語調に、盗聴の危険性を暗に漂わせ、叫んだのだ。
「……言わなくてもいい。つまりはそういうことだ。分かったな?」
「分かったさ……分かりたくなんて、なかったけどよ……!」
ロイドは、奥歯が砕けそうなほどに強く、顎を噛み締めた。
67終焉への砲火13:2007/04/21(土) 02:04:48 ID:9ervvg5a0
リッド亡き今、もはやこの「バトル・ロワイアル」を転覆せしめる最後の切り札はそれしかない。
時空剣士の最大の禁忌に触れることを覚悟での、過去への干渉。
ミクトランを殺し、最初から「バトル・ロワイアル」をなかったものとする、歴史の改変。
もしその切り札をなくしたなら、後に残るのは絶望のみ。誰もがそう判断するだろう。
だが、ミクトランはここに「死者の蘇生すら叶える」という、餌をぶら下げている。
嘘か、真か。それはこの際、問題ではない。
一縷の望みがそこにあるという事実、それだけが過剰なほどに重大なのだ。
おそらくはそんなもの、罠に決まっている。
ミクトランは優勝者に与えるというその権利を、ただの疑似餌にして、最後に優勝者すらも絶望のどん底に叩き落す。
そんな算段だろう。
道に迷った旅人を、底無し沼に引きずりこんで溺死させるという、鬼火ウィル・オ・ウィスプのように。
優勝者という名の迷える旅人は、死者蘇生という名の鬼火に誘われ、絶望という名の底無し沼に沈む。
分かっている。分かりきっている。
それでも、底無し沼に落ちることを覚悟の上で、進まなければならなくなるのだ。
筆舌に尽くしがたいほどの、悲愴過ぎる構図。希望を求めて歩めば、更なる絶望が襲う。そしてその絶望は不可避。
もしいっそ、全ての希望が失われたなら、諦めて自害する覚悟も出来たかもしれない。
だが、希望の光がある限り、彼らは進まねばならない。わずかな可能性にかけざるを得ない。
その双肩に負った、あまりにも重過ぎる友の命ゆえに。友の誇りゆえに。友の想いゆえに。
そしてその友の想いゆえに、更なる絶望に足を踏み入れなければならぬのだ。
ロイドが死ねば、キールはその道を歩む羽目になる。
修羅の道を。希望を求めて絶望に抱擁される、悪夢の道を。
「…………」
ロイドは、怒りに、悲しみに、無力感に、絶望に、くしゃりと顔を歪めた。
「……俺は、ちょっと前ヴェイグに言った。『デミテルは、ミトス以下のクソ野郎』だって」
その歪んだ表情は、やがてその歪みの角度を変える。
ロイドの顔は、混じり気なしの、純粋な怒りに歪んでいた。
「でもな……ミクトラン!
てめえは……てめえは間違いなく……デミテル以下のクソ野郎だァッ!!!」
ロイドは、その言葉を最後に駆け出した。
EXスキル「パーソナル」が与えた俊足。常人に倍する疾風駆けで、ロイドは一陣の赤風と化す。
クルシスに属するどの天使よりも遥かに巨大で、それでいて仲間の想いを背負うには、あまりにか弱すぎる翼。
その足は大地を蹴り。
その翼は大気を叩き。
この島の理法により、空を飛ぶことを禁じられた翼は、それでもなお、その青さを失うことは決してなかった。
それを見届けたキールは、そして。
ほんのわずかばかりの瞑目の後、その目をかっと開く。
「……メルディ。僕らも行くぞ」
「……はいな……」
焦点の定まらぬ目のまま、メルディは答える。
キールはメルディを見ながら、ほんの少しの笑みを浮かべた。
「ダブルセイバーの表面を風晶霊の力でバブリングして、
多孔質にするってアイディアは、さすがガレノスの一番弟子だ」
「ありがと……な……」
メルディは条件反射じみた、感情のこもりきらない返答でキールに応じる。
もしロイドに十二分の注意力があったなら、先ほどダブルセイバーの刀身を見た際、気付けていたかもしれない。
ダブルセイバーの表面の輝きが、かつてより若干鈍くなっていたことに。
無論、それは彼らのダブルセイバー鋳造が失敗したという事実を、示すものではない。
その表面に微細な孔を多数空け、若干誇張して言えば火山の軽石のように加工した。
彼らは作業の途中、即興で思いついたそのアイディアを起用しただけのことなのだ。
では、表面に微細な孔を多数空けるという、一手間をかけた理由は何故か。
その答えは、キールが手にした瓶の中の、黒色の液体が握っていた。
黒色の液体の中に浮ぶリバヴィウス鉱は、さながら漆黒の空に浮かぶ星を思わせた。
(こいつを、後で刀身に塗りつける)
キールが手にした、リバヴィウス鉱を浮かべた黒色の液体の正体。
それは、E2の城跡に残された、ティトレイの『樹』のフォルスで異常成長したホウセンカやブタクサの抽出液。
これらを地の晶霊力で圧縮しながら、火の晶霊力で炙り炭化。
そして出来た黒い塊を更に蒸し焼きにし、その際滲出してきた液体をかき集めたもの。
すなわち、タール。レオノア百科全書5巻に記述された、本来「石炭」という特殊な鉱物から精製される液体である。
そしてこれは、そのままでは人体に十二分の害をなす、毒物としても知られている。
68終焉への砲火14:2007/04/21(土) 02:05:35 ID:9ervvg5a0
(足手まといのグリッドをまともな戦力にするには、これくらいやらなきゃどうしようもない!)
最初、ロイドがムメイブレードをこんな武器に改造してグリッドに渡すなど、キールは猛反対した。
そんな事をしたって、戦術的アドバンテージは全く取ることが出来ない。
むしろ、ロイドが再び木刀を佩くなど、どう考えても戦力が落ちる。マーダー側に、塩を送るも同然の策。
確かに魔剣エターナルソードの前では、木刀も無銘の真剣も、大差はないかもしれない。
しかし、極限下の戦いでは、そのわずかの差が勝敗を分けることなどざらにある。
ただでさえ少ない勝率を、更に下げるような真似は自殺行為。
もっと手厳しい言い方をすれば、ロイドの自己満足。浅薄な精神論に支配された、ただの愚行。
それでも、キールは折れた。折れてしまった。
ロイドの薄っぺらな、豚の餌にもならないような甘っちょろい精神論に。
(やっぱり僕は、『鬼』にはなれないのか?)
自ら鬼になることを宣言しておきながら、こんな生温い選択を許してしまったことに、キールは激しい嫌悪を覚えた。
だがキールは、そこで持ち前の機転で以って、それを戦術的判断にまで昇華させた。
グリッドの得物に、毒を塗るというアイディアで。
グリッドははっきり言って、戦いに関しては素人。ハッタリや詐術にも疎い。
要するに、ただの雑魚であることは相手には丸分かりだろう。
ならば、そこを突く。相手がグリッドを雑魚と侮る、その油断につけ込む。
そのために、刀身に毒を塗るという選択肢を、キールは選んだのだ。
一振りの剣を用いて、必殺必至の死の一閃を繰り出すには、何も剣の使い手が剣豪や剣匠である必要はない。
一滴傷口に垂らしただけでも死に至る、猛毒を塗るだけでもいい。
これならば刃が体内に達しさえすれば、たとえその剣の使い手が赤子であれ、赤子は人殺しの力を得るのだ。
すなわちこの毒を塗りつけた刃なら、グリッドが使っても、マーダー相手に一撃必殺を期すことが出来る。
グリッドが剣の素人であるということから生まれる、相手の油断。
これを必殺の布石にするには、毒の刃以外に手はない。
キールはそう判断し、こうして毒の調合に踏み切ったのだ。
更に、そのためにキールはリバヴィウス鉱をも併用した。
リバヴィウス鉱にごく微弱な火の晶霊力を宿らせ、徐々にタールを煮詰めることによる、毒素の濃縮。
可能であれば、本当に一滴落としただけで致死量となるほどに、この毒は煮詰めたい。
だがさすがのキールですら、タールの具体的な致死量は知らない。本来彼の専門は、光晶霊学なのだ。
よって、とにかく毒素を限界まで濃縮することをキールは決断した。
タールの致死量が分からなくても、ひたすらに濃縮していけばその分毒液は濃密になる。
グリッドの刃は、それだけ致死性を帯びてゆくのだ。
(もっとも、ミトスなんかが相手ならこれは使えない手だけどな)
キールは、僅かに顔をしかめた。
毒素が確実に効くのは、おそらくプリムラとリオンとティトレイ。彼ら相手なら、毒は確実に体を蝕んでくれるだろう。
だが、不安なのはシャーリィとクレス。
シャーリィは、本来人間の体に耐えられないはずのエクスフィアの毒素に、生身で耐えるほど強靭な免疫を持っている。
はっきり言ってこんな化け物相手に、並の毒では毒殺することなど、かなうまい。
次いでクレス。
ダオスの証言によれば、クレスの修めるアルベイン流には、体内の気を操る技もいくつか存在するという。
もしクレスのアルベイン流にも、ファラのレグルス流同様に、体内の気で毒を浄化する技があったなら、
毒による攻撃は全くの無駄となる。
更には、クレスの手元にあるエターナルソードもまた、不安材料の一つ。
キールもありえないとは信じたいが、クレスがもし肉体の時流すら自在に操れるなら、
ダメージや毒を受けるたびに、肉体の時間を無傷だった段階まで「巻き戻す」という真似すら可能かも知れない。
そして多分これは、この島の異常な晶霊力場に影響されないだろう。
能力が激減している回復魔法とは違う。時間の巻き戻しはそもそも、回復魔法ですらないのだ。
すなわちクレスは、こちらが必死に回復魔法を連発してやっと治せる傷を、時間の巻き戻しで瞬間的に治す……
そんな悪夢のような事態すら、想定できうる。
まさか、ありえないとは思う。ありえないとは信じたいが――。
そしてミトス。
ミトスはそもそもからして、肉体が無機化し代謝活動が停止している。
毒はまともに肉体が代謝活動を行っているからこそ効くのであって、つまりミトスは毒を受け付けないのだ。
69終焉への砲火15:2007/04/21(土) 02:06:07 ID:9ervvg5a0
キールは容器に注がれたタールを見て、ひとしきり様子を確認した後、皮袋に放り込む。
毒の濃縮には、もう少し時間をかけるべきだろう。
それに、こんな危険な作戦を行うからには、予めこのことをグリッドに説明せねばならない。
ダブルセイバーは本来扱いの難しい武器。不慣れな者が使えば、自分自身を傷付けかねないのだ。
もしあの戦闘の中にグリッドがいて、いきなり毒塗りのダブルセイバーを渡すなど、危険極まりない。
むしろ、今行うべきは――。
「メルディ。さっき僕と決めたサインの確認だ」
キールは傍らのメルディに、そしてその肩に乗っかったクィッキーに、言葉を浴びせた。
これから先、ひょっとしたらメルディとは別行動を取ることになるかも知れない。
その時に備えて、予めサインは決めてある。
メルディの視力の及ぶ範囲でなら、これで無言のうちにキールは指示を出せるのだ。
そして、そのサインは完璧。
キールはそれを確認し、メルディの手を引いて駆け出した。
それと同時に、一応の予行演習。
キールはあの晶霊術の詠唱を試さんと、口の中小さく呟く。
「ウ・エト・イム・ティアン・プラワン・バンディン・ウス・フルンド・ブティア・アンエヌンムルヤ・ルグアティ」
メルニクス語の発音。そして方陣の描画。
キールの持つ、最強の切り札。
時の大晶霊、ゼクンドゥスとの死闘の最中、閃いたあの術。
「ヤイオ・エディン・イム・ティアン・プラワン・バンディン・ティアン・ゲティン・イフ・アンル・イプンムス」
『インディグネイション』の追加詠唱。
今キールが試しに呟くその言葉は、本来の『インディグネイション』の詠唱に更に追加することが出来る。
この追加詠唱を行えば、『インディグネイション』はその破壊力を、更に高位のステージに引き上げることが出来る。
おそらく、ロイドの言う『インディグネイト・ジャッジメント』級にまで、威力は増幅されるだろう。
「スティディウクン・ティアンツ! ティアン・ティアムドゥンディ・イフ・ギドゥ!」
それは、仲間達との間で「裏インディグネイション」と呼び習わされたあの術に、他ならなかった。
問題ない。発動できる。
キールはメルディから借り受けたクレーメルケイジと、そしてBCロッドからの晶霊力の流れで、それを確信した。
戦闘開始後の状況によりけりだが、もしも本当にシャーリィが沼地を作りそこに逃げ込むようなことがあれば。
これを撃ち込む。キールの生み出しうる、最大電圧の『インディグネイション』を。
すでに姿が見えなくなっているロイドを追うキール、メルディ、クィッキー。
彼らの懐の中では、それでも時計は無慈悲に時を刻み続ける。
午前11時半。
おそらくは、この島の戦いの趨勢、その大半を決するであろう、死闘。
その開幕まで、もはや余り時間は残されてはいなかった。
70終焉への砲火16:2007/04/21(土) 02:06:37 ID:9ervvg5a0
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ゼクンドゥス召喚可能
メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー BCロッド キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書
ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイドを生き残らせる。E3に向かい遠距離から支援
第二行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第三行動方針:タールを濃縮し、グリッドに毒塗りダブルセイバーを渡す
第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第五行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E2城跡の防空壕→E3の滄我砲発射地点付近

【メルディ 生存確認】
状態:TP40% 精神磨耗?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない C・ケイジ
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(漆黒の翼のバッジを装備)  漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下?)
現在位置:E2城跡の防空壕→E3の滄我砲発射地点付近

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP40% TP40%  右肩・胸に裂傷(処置済み) 右手甲接合中 決意 天使化
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ホーリィリング 忍刀・紫電
ウッドブレード(刻印あり) 漆黒の翼のバッジ×7(うち1個を胸に装備) リーダー用漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:E3に向かう。仲間を救助しシャーリィを撃破する
第二行動方針:回復後はコレットの救出に向かう
第三行動方針:キールをマーダーなんかにさせない!
現在位置:E2城跡の防空壕→E3の滄我砲発射地点
71名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 07:55:35 ID:KdzMMY+wO
保守
72名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 14:45:44 ID:OuB8waSwO
保守
73そこに陽の光がある限り 1:2007/04/26(木) 19:28:12 ID:hLSTUIsvO
「……誘い込まれた? どういうことだ?」
突然のディムロスの言動に、ヴェイグは普段動じぬ顔を強張らせた。
彼の傍にいるカイルは何も言わず黙ったまま、手に握るソーディアン、ディムロスを見つめている。
困惑そうな表情は同じくディムロスの発言の意図が掴めないからのようだった。
『話は後だ。2人が生きているのなら、間違いなくシャーリィと接触している。
 トーマがいるとはいえ、一般人のグリッドを庇いながらの戦闘は明らかに不利だ』
軍人の毅然とした声で答えるディムロス。
コアクリスタルの輝きは雪原に反射する光の中でもはっきりと見てとれた。
「待て、それじゃあ何で一時的とはいえ、二手に別れた?」
『言っただろう。敵はこの状況に“誘い込まれた”と。
 もし全員が固まっていたら、今頃我らはあの青い砲撃で瞬殺されていたのだぞ?』
それでカイルは、全容はまだいまいち把握出来ずにいるようだが、「瞬殺」という単語で紙一重の展開を理解し得た。
ヴェイグも言葉の意味に気付いたのか、もしもの結果に身震いする。
恐らく、塵一つ残さず――状況から何から理解する前に死んでいた筈だ。
カイルは胸に手を当てた。その行為はただ自分の心音を確かめるためだったのだろう、喉が渇きを潤すかのようにごくりと鳴る。
大きな息を1つゆっくりとつき、カイルは真剣な目つきでディムロスを見やる。
「行こう。2人を助けなきゃいけない。ディムロス、俺達はどうすればいい?」
『相手はショート、ミドル、ロング、全てのレンジ攻撃が可能だ。
 しかし大砲を使っての攻撃は当然ながら装填時間の関係で不可能。
 奴のメルネスとしてのポテンシャル、魔杖の増幅力も恐ろしいが、どうやら杖自体に集束率を高め
 詠唱を速める力はないと見ていい。
 術には詠唱が伴う。阻止するには詠唱させなければいい。
 おのずと導き出される結論は……単純だろう?』
返された頷きは力強かった。
「接近戦で畳み掛ける!」
装填、詠唱の隙を奪い、相手に接近戦を強いさせる。
いくらあのシャーリィとはいえ3人がかりでは分が悪く、おまけにあの華奢な身体で接近戦ができるとはあまり思えなかった。
カイルの答えに声にこそ出さないものの、ディムロスも人間の身体を持っていれば満足げな表情をしているのだろう。
けれども唯一、彼、ヴェイグだけはまだカイルの意思に納得がいったようではなかった。
カイル、という小さな呟きにも少年は首を縦に振って答える。
「俺は大丈夫です」
ニュアンス的には首を横に振る方が正しいのだろうが、その力強い首肯だけで、ヴェイグの続きを言わせる気を失せさせていた。
どうしようもない決意がその短い句に籠められていたのだ。
踏み入ることさえ許さぬ、心の領域が成した力、とでも言えばいいのだろうか。
この少年の決意を踏みにじる方がよっぽど下卑だとヴェイグは思ってしまった。
カイルは晶術を発動させた際に一度落としたビシャスコアを拾い上げ、紐にぶら下がり弱々しく光る赤の宝玉を見つめる。
先程ほどではないが、振動している音叉を耳元に近づけた時の、波のように連続的に押し寄せるあの音も発せられている。
そして青い光が発せられた方角、グリッド達の向かったケイオスハートの落下地点の方を向く。
カイルの手の中のビシャスコアは微かに音を高めた気がした。
74そこに陽の光が在る限り 2:2007/04/26(木) 19:30:16 ID:hLSTUIsvO
「シャーリィって人は、もう魔杖を持ってるんですよね」
カイルは視線を変えずに尋ねる。
「そう考えるに越したことはないだろう」
ヴェイグはカイルを視界に入れ答える。
その言葉を噛み締めるように、カイルは悪魔の玩具を強く握り締める。アームグローブに皺が一層走った。
視線は太陽に反射し白く眩い一面の銀世界を見るでもなく、取って付けられたような青空を見るでもなく、
その先にいるだろう仲間と敵に向いていた。
あまりにも不自然に靄が立ち込めている。
むしろこの晴天の中で雪原があり、靄があるという疑わしい環境から、理不尽と言った方が間違いがないかもしれない。
とにかく、異常なのだ。
――決断するや否や、カイルは走り出した。
さく、ざくと雪を踏み締める、吸い込まれていくような鈍い音が間髪なく鳴る。
「待て、カイル!!」
「これが反応してる! こっちにいるんだ!」
カイルは走ったまま、後ろに振り向いて答えた。
ヴェイグは腕を差し出すも誰を引き止めることもできず、所在なさげに浮いたまま、手の奥で少年の後ろ姿が消えていく。
時は有限でいつまでも引き伸ばしてくれはしない。あっという間に見えなくなってしまった。
1つ舌打ちをして、彼は肩に掛けている剣に手を伸ばす。
アイスコフィン。ジューダスとリオン、彼は預かり知らぬが殺した人間の弟が持っていた、青い刀身が冴え冴えと光る氷刃。
あの時武器は渡さないと言っていたのに、その剣が巡り巡ってこうして己の手にあることを皮肉に思う。
それも、離別は東なのに再会は西だ。姿さえも同じだった。
それが意味することは何なのか。意味など求める方がおかしいのかもしれないが、考えずにはいられなかった。
自分の存在と守らなくてはならない存在を思う。
自分に近付いた人間は、例外なく消えてきた。
それはこの殺し合いのルールを考慮すれば、殆どはいつかは死ぬのだから自然なことだ。
だが、それは彼にとってどれほどの苦痛であっただろうか。
人を殺し、償おうと思っても、手を差し伸べた相手が消えていく。贖罪とは真逆の結果。捻じ曲がっているのである。
もちろん、生きている人物だっている。しかしグリッドやトーマさえ今の状況では新たな死人に成り得ない。
そして自分はそれでも罪滅ぼしと称してあの少年を助けなければならないのである。
何という矛盾。
消えるのに、守るのだ。死に行く者を、守らねばならないのだ。
自らに課された宿命のようなものを、自分の手で破り、切り開かなくてはならない、この不条理さ。
償いでも何でもない。ただの、罰。
「……それでも……」
彼は少年の真似をして、首を縦に振ってみた。
追いかけない理由もなく、慣れた雪の上を駆け出した。
75そこに陽の光が在る限り 3:2007/04/26(木) 19:32:47 ID:hLSTUIsvO
「……罪を許す?」
15歳の可憐な少女は、大人2人を相手に、引きつった笑みを浮かべた。
靄の中でも確かに見える、傍から見れば愛想笑いに見える歪に上がった口角は、
少なくとも相手を同等とは見ていないことを明確にしていた。
2人を見上げる姿は少女そのものでも、無垢な可愛さというものは微塵も感じさせず、細められた目は弱肉強食を掲げ
獲物を啄ばむ鷹のようで、奥でぎらつく碧眼には蔑みの色が見える。
そして、ただ浮かべられていた笑みはやがて音を伴い、ひっ、ひっ、と押し殺された笑声は、
2人を小馬鹿にするかのように静かに響いた。
グリッドとトーマは黙りこくって相手の次の行動を見定めている。
「許される理由も、筋合いもありません……あなた達なんかに」
無駄に凛とした響きを言葉に持たせ、少女、シャーリィ・フェンネスは片手に持った短機関銃を2人に向ける。
奥まで見透かせない銃口はどこまでも深く黒かった。
「私は3人も殺してきた……尊い命をね……」
憂い気な表情を浮かべ目を伏せ、空いた方の手を胸元に寄せる。風でプリーツのかかった裾がひらひらと舞う。
表情を二転三転変える姿はさながら舞台上の女優のようで。
きゅっと締められた手が緑色に光っていた。
グリッドはそれを見て訝しげな表情を浮かべた、が、
「でも、だから何なの?」
――何の躊躇いもなく、撃鉄は引かれた。
銃口が火を吹く。薬莢が飛び散る。細かい音が一瞬だけ鳴り、発せられた9ミリ弾は平等に2人に襲い掛かった。
伏せろ、という口の動きだけが先走って、トーマは沈黙のまま力ずくでグリッドを地面に押し付ける。
「だって仕方ないじゃない! お兄ちゃんに逢わなきゃいけないんだもん!!
 お兄ちゃんに会って、『いい子だな』って頭を撫でてもらうの!」
弾幕の伴奏に乗ったシャーリィの叫びは不思議な調和を作り出していた。
幾つものの弾が2人の頭上を通り抜ける。
グリッドは後から出てきた声に、もう伏せてる、と答えるタイミングを見失った。
76そこに陽の光が在る限り 4:2007/04/26(木) 19:34:23 ID:hLSTUIsvO
「弱いのがいけないのよ! 力がないから死んでくの!
 私が今まで殺してきたのは皆弱かった! だから死んでも仕方ないのよ、弱いんだもん!!」
硝煙の匂いが立ち込める。火を吹く音が消えたのを合図に、トーマは立ち上がり左手に榴弾砲を携えシャーリィに突撃する。
そこには無心であった新兵の後ろ姿はない。かつて拳を交えた敵を恐れる必要など何もない。
「ならテメェの兄ちゃんも弱かったんだなッ!!」
片腕の、まるで腕全体を覆っているかのような巨砲。指はもう何も発射されないトリガーに掛かっている。
先端に刃が取り付けられたそれをトーマは振るう。
しかし彼女は片手にウージーサブマシンガンを持ったまま後ろへと飛ぶ。地にどしんと大きな衝撃と騒音が走る。
「お兄ちゃんを……侮辱するなぁぁぁぁァァァァァァァァ!!!」
再び短機関銃が動き出す。弾が飛び出る気味のいいリズムが鼓膜を刺激する。それだけで心が高鳴る気がシャーリィにはした。
迫り来る弾丸。トーマは目を見開く。榴弾砲を盾にしてフォルスが展開、瞬間的な磁力の反作用が弾をはじき返す。
「それより、一般人を庇って戦えるの? 牛さん!」
だが相殺しきれない、決してトーマの方に向かったのではない弾はただ空を走る。
その矛先は、紛れもなくグリッド。
当人は危険を察知したのか、ごろごろと荒野の上を転がり何とか避けてはいる。服が砂塵にまみれる。
その姿が滑稽だと言わんばかりにシャーリィは高笑いを上げ、尚もグリッドを照準に定める。機関銃が唸る。
これが隙だと確信したトーマは雄叫びを伴って突撃する。
「貴様がその名で呼ぶなぁぁぁぁァァァァァァァァッ!!!」
当然それにはシャーリィも気付き、一度止めて銃口をトーマへと向き直す。
血走った青い目とトーマの目が合う。少女の可愛らしい顔から笑みは消え、向けられているのは憎悪のみ。
彼女の方がよっぽど獣らしい目だった。
「何だっていうのよ! あんたも同じくせに! 私と……同類のくせにいぃぃぃィィィィィィッ!!!」
繰り返される絶叫の応酬。それをかき消すように炸裂音が鳴る。しかし、数瞬の間。
手を伝う振動はすぐに止まってしまった。
もともとそれはハロルドと戦ってきた時から1つのマガジンを使用してきたのだ。僅かしか残っていないのも道理だった。
こんな時に、そんな恨めしい声を上げても弾はもちろん戻ってこない。
トリガーをもう2回引いてみても、カチッ、カチッと不発の音だけが聞こえてきた。
はっと前方を見遣る。発動したフォルスが、球状の磁力シールドがトーマを包み込んでいた。
弾はトーマに襲い掛かることなく――球に突き刺さったままその強靭な壁を突き抜けることなく止まっていた。
シールドが消えるのと同時に、空中で止まっていたかのような弾がぱらぱらと落ちる。
トーマの顔には自信過剰ないやらしい笑みを浮かんでいた。
77そこに陽の光が在る限り 5:2007/04/26(木) 19:38:00 ID:hLSTUIsvO
「……ムカつく」
眉頭がひくひくと動くのを感じる。そこにある血管が確かに稼動しているのを感じ取る。
「ムカつくのよ、その態度ッ!!!」
だが威勢とは裏腹に、今のシャーリィに攻撃の手立てはない。
せめてそのぶら下がった左腕にテルクェスでも撃ち込んでやろうか――と。
(……あれ)
テルクェスが出ない。
どうして? その少ない思考の間に、それ以前に滄我との波長が符合せぬと思い出す前に、いやそれすら与えまいと、
敵は迫る、迫るチェックメイト。
「言っとくがな」
大砲の突端がぎらりと光る。
その光が全身を走ったような気がして、それが危機を伝える電気信号として身体を左に捻らせ、紙一重で避ける。
だが、微かに遅れた右の素足がグラディウスで裂かれ、うっすらと血が浮かぶ。
のっしのっしとトーマは重く、死の宣告でも告げるかのようにシャーリィに近付いていく。口は笑っていても目は笑っていない。
右手の榴弾砲がどこかの世界の最終兵器よろしく異様な存在感を誇示していた。
「貴様と俺を同じにするな」
トーマは静かな最後通告とは真逆に、思いっ切り振り上げて、下ろした。
何故か落とされるそれは、クライマックスモードを発動した時のように遅く見えた。
近くで見るといつになく巨大に見え、非情に細やかな構造になっていることが分かった。
何故こんなに冷静でいられるのか、彼女自身よく分からなかった。
そんなことはどうでもいい筈だ。駄目だ、避けなきゃ――その思考が身体を支配してもおかしくない筈なのだ。
けれども、身体はぴくりとも動かない。恐怖で竦んでいるからではない。
もっと別の、逆の何かが思考に横槍を入れ、足を絡め捕っていた。
振り落としたトーマは見た。見てしまった。
彼女の歓悦の笑み。何かを確信したような笑みを。
青い糸。1本、2本、不可視の糸が身体と結ばれていく。5本、100本、1万、数え切れぬ意思がシャーリィになだれ込んでいく。
その感覚を即刻理解したシャーリィは、避けようともせずに空の銃を構えた。
狙うは振り下ろされた右手。使い勝手はあの青緑の化け物になった時から覚えている。
繋がった力を、滄我の力を銃身へと。
時間にしてたった3秒の間の出来事だった。
「――まだ、死ねないっ!!」
銃口から、両手の爪から緑の光が漏れ、光の双翼が発射される。
それはトーマの右手首に命中し、衝撃で手は弾かれ、重量のある榴弾砲が小さく飛ぶ。
トーマに驚愕の表情が出るのとガシャンガシャンと落下音が鳴ったのはほぼ同時、その間にシャーリィは相手の懐へと潜り込む。
「ウレル・セス……セル、ウレン!!」
彼女の民族が使っていた古の言葉、「古刻語」。今の言葉を常用語に変換するとすれば――「獅子戦吼」。
聖爪術の光を纏った両の掌底が、トーマの鍛えられた腹筋へと添えられる。それ自体はとてもささやかだ。
しかし、咆哮のようなうねる音を伴い、そこから生じた青い獅子の闘気は全身を呑み込んでいく。
突き飛ばされる巨躯。
その威力は少女が放ったとはとても思えぬほどの一撃。重い。鉛の塊を打ち込んだような。
目の前の、同じく拳で戦うパワーファイターのトーマにも引けを取らない。
威力増長も、普通なら転向不可能なアーツ系の爪術を使えることも、全てはこの胸のエクスフィアの賜物か。
38歳のガジュマの巨体は弱冠15歳の少女によって軽く吹き飛ばされてしまった。
78そこに陽の光が在る限り 6:2007/04/26(木) 19:39:43 ID:hLSTUIsvO
「おい牛さん! 大丈夫か!?」
「テメェ俺の話聞いてたのか! 呼んでいいのはミミーだけだっつってんだろ!!」
「おお、大丈夫そうだな! 流石我が『漆黒の翼』の団員!」
匍匐前進の途中のように地面に伏せたままのグリッドは、目の前に倒れ込んできたトーマに尋ねた。
そして首だけを向けて勢いよく答える姿を見て、グリッドは空気も読まずに喝采を博した。
頭の中で一瞬、白い蒸気が視界を覆った。
シャーリィは身体が自然とわなわな震えていることに気が付いた。
半ば薄ら笑いを浮かべながら、あまり意味を為さないサブマシンガンを袋へとしまい込んだ。
目を閉じ右の拳を左手に打ち付ける。空気が寒いのはシューティングスターを唱えた後だからか。そうであることを願った。
両手全体を翡翠色の光が包み込む。
「くっだらない掛け合いしてんじゃねぇよ、塵のくせにッッ!!!」
額に青筋を浮かべんばかりにして、シャーリィは捷足で駆け出した。
「き、来たぞトーマ!」
分かってるから離れろ、それだけ言ってトーマは失血で重い身体に鞭を打ち立ち上がる。言葉通りグリッドは後方に走り下がった。
シャーリィはアッパーカットの要領で、下から上へ抉り取るように拳を振るう。
狙うは……顎!
空気が重く唸る。
トーマは身体を横に逸らし、赤手の直撃を免れる。しかし、足元から闘気が間欠泉のように空へ向けて立ち昇った。
滄我の激流、「噴竜撃」。
ガジュマの巨体が宙に舞い上がる。予期せぬ一撃にぎあ、と小さく呻きが上がった。
中空で視線だけが合う。
手を彼女に翳す。黒い力が掌で渦巻く。
危険を察する前に、ぐい、と少女の身体は歪むように捩れ、天に導かれるように何もなしに宙に浮かんでいった。
手繰り寄せる糸の持ち主は磁のフォルス能力者、トーマ。
何が起きたかも分からない彼女が二足歩行の牛の前に到着した時、にやり、とトーマは下卑な笑みを湛えた。
もう少しで首がもげると言わんまでに首を後方へ引き、そして、前の少女に振るった。
炸裂。
トーマ渾身の、しかもイクストリームで異常強化された頭突きは見事にシャーリィの頭部を捉え、
違うベクトル、マイナス150度で落下していく。
甲高い痛みの悲鳴を怒号に変え、身体を無理にでも回転させサマーソルトをお見舞いする。少女の爪先が顎を捉える。
顔が思いっ切り持ち上がったのを見届け、子供らしく舌を出しながら落下。
しかしずきずきと頭が痛む。角で一突きされなかったのはまだ幸いだ。
空で手を触れると、ぱっくりと割れた額から血が流出していた。
べたべたした液体が掌全体を覆い、それを見て、何となく心臓の血が一気に沸騰した気がした。
牛風情が血を流させた――。
互いは体勢を整え着地。同時に、彼女は弾丸の如く激走を開始した。
額の血が少し目に入り痛みを発していたが、そんなの彼女にはどうでもよくて気にもならなかった。
些細なことは些細なのだから気にしなくていいのだ。
距離は思ったよりも短い。身体を屈め姿勢を低くし、待ち受ける相手を見据える。相手の輪郭はもう明瞭になっている。
右手の甲がぷらぷらと光っている。同じだ、と確信。
トーマは左手を地面に打ち付けた。同時に右手が一瞬眩い光を発する。
地系導術「ストーンブレイク」。手元から亀裂が走り、地割れが生じ、岩が隆起する。
術であれど、トーマとの距離は既にそこまでない。シャーリィは構わず突進を続けた。
地走りが目の前に迫った、その時。
彼女は瞬間的に速度を上げ、岩間をすり抜けてトーマの背後へと回り込む。「パッシングスルー」。
な、とトーマが振り向き立ち上がろうとする数瞬の間に、シャーリィの爪術は完成していた。
79そこに陽の光が在る限り 7:2007/04/26(木) 19:44:28 ID:hLSTUIsvO
「クェン・ディス・エレス!」
跳躍、同刻に右足が頬にめり込み、次いで左が額を打ち、右、そして踵落としと脚の連撃――「飛燕連脚」。
初手と二波が直撃し少しふらついて、後を無理矢理どうにか腕で捌いているトーマだが、流石に1本で続けられるものではない。
現に腕でガードするが故に、腹部はがらんどうになっていた。
着地一拍置いてシャーリィの右手を橙色の光が包む。
狙いは当然、露出した腹。
「ツェル・リェス!!」
闘気纏う空拳、「迫撃掌」がトーマの腹にめり込み、肉ごと貰っていくように、下方へと抉る。
トーマの口元から透明の飛沫が飛び出る。声にならない吃音が空気と共に漏れた。
汚らしいものから避けるように、シャーリィは輝石に侵食された腕で顔を覆う。
身体ごと拳を地面に叩きつけ、トーマの図体は衝撃音を伴って地に伏した。
げほげほと仰向けのままトーマは咳き込む。蹴られた顔は内出血で少し腫れていた。
丁度後方に位置取っていたグリッドは名を呼び近寄ろうとするけれども。
「教えてあげる」
魔杖ケイオスハートが取り出され、2人に突きつけられていた。
「これがこの世界のルールなの。私は何も間違ってない。正しいのよ」
ひひっ、という小さな笑い声が空に行き渡った。赤い顔は口元が裂けそうなほど歪んでいた。
輝石化した左手でリズムを取り、滄我の波長を合わせる。
彼女の素養とケイオスハート、両々相まって今なら初級魔法でも殺せる自信がある。
挽肉にするのも捨て難いが、姿焼きもまたボリュームとインパクトがあっていいかもしれない。とりあえず肉汁はたっぷりだ。
唱えますはファイアボール、お召し上がりはヴェルダン風味で。早い、安い、美味いがモットーの牛の丸焼きです。
添え物として粋がってる奴の丸焼きでもどうぞ。
半ば生き生きとして、シャーリィは心の中で唱えた。
爪の緑の光が赤へと変貌していく。
彼女は2人を見据える。
グリッドは何故かその場に留まっていた。そしてゆっくりと首を横に振った。
は、と意味の分からない響きを言葉に持たせて、トーマは気だるそうに身体を更にグリッドの方に向けている。
だがトーマの緩慢とした行動など、彼女の気にはならなかった。
グリッドのしかと開いた目が無駄に印象的で、何もしなくとも目に入ってくる。諦めの眼差しでは決してない。
諦めた目というのはもっと暗く揺れて、死んだ魚のように光を失って濁っていくものなのだ。
そう、確か山岳で仲間を助けようと石を投げつけてきた時もこんな目じゃなかったかと、シャーリィは思った。
忌々しい。すっごく忌々しい。
「さよなら」
左手をケイオスハートに添える。心臓を思わせる赤い宝玉が気味悪く点滅する。
トーマは重い身体を起こしグリッドを吹き飛ばそうと動き出す。
にやり、とシャーリィは絶対の勝利を信じ笑みを浮かべた。もう術は発動1歩手前。避けきれる訳がない。爪が更に強く光る。
あまりにも純粋で綺麗で、彼女によく似合っていた。
80そこに陽の光が在る限り 8:2007/04/26(木) 19:47:35 ID:hLSTUIsvO
「ファイアボール!!」
威力を高めた火球が襲い掛かる。
トーマは胸部と手首から血を流したまま急停止し、声の方に振り返った。まだ血の伝う腕はグリッドに届いていない。
ただ、ごおっという音と赤い光が辺りを満たし――。
「いぎゃあぁぁっ!!?」
とても女とは思えない声が、響いた。
グリッドはその光景を見る。
巨体越しに、シャーリィが身体を丸めうずくまっていた。地に落ちたケイオスハートの光は消えてはいない。
ただ、それは決して爪術の詠唱待機をしているからではなく。場違いな高周波音が耳鳴りとして代わりに襲い掛かってきた。
「トーマさん! グリッドさん!」
その声の主に2人は目を大きくした。
小さな英雄、カイル・デュミナス。
少年は左手にソーディアン・ディムロス、右手に剣玉、それらを掴む両手には籠手という何とも奇妙な姿で現れた。
位置は若干離れてはいるが、切っ先は紛うことなくシャーリィに向けられ、
大振りの剣に嵌められたコアクリスタルは光の残滓を点している。
右手の剣玉、魔玩ビシャスコアの玉は点滅を繰り返し、その周期はシャーリィの横に転がっているケイオスハートと同じだった。
時間を稼いだ甲斐があった。そう言い合わんばかりに2人は顔を見合わせる。
「テメ、未来予知でも出来んのか」
「いや、全くと言っていいほど」
何というか、どうでもいい掛け合いだったが、安堵した瞬間に言葉は零れていた。
さっき弾丸が数本の髪の先端をかすめたような気がして、それだけなのに実はまだ背筋にはその時の寒気が残っている。
ファイアボールだってそうだ。今頃もしかしたら燃え滓にでもなっていたのではないかと思うと、身体が凍り付く。
しかし、ふっと出た他愛無いやり取りは、ほんの少しだけ心を軽くした。
幸いまだ彼はろくな傷もないが、いつどれが致命傷になるなど分かりっこない。
目の前のトーマは左手首に傷、胸部に多くの裂傷、顔や全身の所々に打撲と、いわばグリッドの身代わりに受けた傷が大量だった。
それを目にして申し訳なさが彼の心中を漂う。
「大丈夫ですか!? 治療は……」
「いらねェ! こんなの怪我の内にも入るか!」
カイルが向こう側から声を掛けてきた。トーマの全身の創痍を見たからか、心配げな声だった。
それにトーマは蛮声を上げて答える。
拒絶反応を示すかのように、ミラクルグミの入ったサックを手で押さえつけた。
「ヴェイグは!?」
グリッドはその場に見当たらない、もう1人の人物のことを尋ねる。カイルは後ろに振り返った。
「大丈夫です。すぐに……来てくれます!」
後ろ姿で顔は見えなかったが、おかしな二刀流の両手はぐっと強く握られていた。
きっと少年にはそう信じる確かな理由があるのだろう。
「グリッド」
前方のトーマの呼び掛けに、彼は声の方へと首を動かす。
「近接戦闘が出来ない負傷兵はどうやって前線を援護するか知っているか」
質問の意図が分からなかった。
トーマは左手に俯いたまま、痛んだ腕は何かを確かめるように、括り付けられたシャルティエのコアクリスタルに触れていた。
「バトンタッチだ。奴は来る。今は機を見計らえ」
81そこに陽の光がある限り 9:2007/04/26(木) 19:49:35 ID:hLSTUIsvO
一方、シャーリィの背中はファイアボールにより再び火傷を与えられていた。
服が頼りなくも障壁となったおかげで大した怪我ではない。
しかし赤々しく腫れた背は誰だろうと目を背けたくなるほどに悲惨で、少しの焦げ目と肉がぐちぐちと水気を伴って黒く歪み爛れている。
まだこの程度で済んだのはカイルの持つビシャスコアの魔力低下も関係しているが、もちろん誰も知る由はない。
ソーディアンによる真の晶術の威力はそれを霞ませるほどの威力だった。
シャーリィは痛みを堪えるというよりは憎悪をめいっぱい込めたような酷い形相で、まだ人間の手を保つ右手で
何とかケイオスハートを掴み取ろうとする――が。
ぱき、ぱきぱき。
雪原ではなく荒れた大地の上なのに、氷のラインが走り、ケイオスハートまで行き着いた時、杖は氷に閉ざされていく。
シャーリィは目をかっとし、更に酷い形相でその光景を見つめる。
逆にカイルは線を辿っていって、表情を緩めた。
地面から氷は広がり、両端から小さな氷山を形成していく。
ぺたぺたと這って氷漬けのケイオスハートに近付き、しかし奪い取るよりも速く、氷は魔杖をその腹の中に入れてしまった。
「あ、ああ」
泣きそうな顔をして、欲しい物のあるショーケースにするように顔を氷にくっつくほど近付け、両手で触れる。
冷たさなど感覚にも及ばないようだった。
「やだ、やだやだやだぁ」
ばんばんと叩いても当然割れない。尖鋭な氷が手を傷付ける。
氷には何枚もの鏡が嵌め込まれたように、シャーリィの震える姿が幾つも映り込んでいる。
そのどれもが同じ表情をして少女を哀れに見返していた。
「返して、返しなさい、返しなさい返しなさいよ返せよ虫ケラ風情があああぁぁァァァ―――ッ!!」
ばん、と地を蹴る。
カイルの横を何者かが通り抜けていく。
拳を振るおうとするも、瞬時に剣の閃きが首の横を走り、はらりと煌髪人の証である金髪が一房落ちた。
びくりと反動を伴って動きを止める。
首元に青い刀身が添えられ、冷え冷えとした空気が喉下で不穏に漂っていた。
黒の手套が嵌められた手はそれ以上動く気配はない。その手の主、ヴェイグは、目を細めたまま何も言わず静止していた。
シャーリィは僅かに首を動かして、ゆっくりと背後に振り返る。
彼は思わず瞠った――中途半端に丸く開いた口と、眼窩から飛び出さんばかりに見開かれ血走った目。
にたあ、と少女の口元が上向きに歪む。
海色の瞳に、それこそ深海のように深い得体の知れない何かをヴェイグは感じ取った、こいつは真に敵だと思った、が。
それよりも早くシャーリィの肘が炸裂していた。
小さな呻き声が上がる。
剣をするりとしゃがんで避け、屈んだ姿勢のまま氷でカバーされた腹部に、勢いよくブーツを突き出す。
その俊敏な動きには火傷の影響など微塵も感じさせない。
82そこに陽の光が在る限り 10:2007/04/26(木) 19:51:13 ID:hLSTUIsvO
「血の匂いがするのに甘っちょろい……どうせ、どうせ中途半端な覚悟で人でも殺して目を背けてきたんでしょ?」
ヴェイグは倒れ込むのだけは免れたものの、よろけ、再び傷が痛み始めた。口の中では少し鉄の味がする。
鈍化した動きはシャーリィを接近させるのには充分だった。
「私はあんたの敵なんでしょぉ? まさかもう敵すら殺せないとか聖人気取ってる訳?
 何よそれ。殺すなら殺して開き直るぐらいの気持ちでいなさいよ!! 惨めじゃない!!!
 あんた殺した奴に失礼よ。何のために殺したのよ。
 一瞬の気の迷いで殺したの? それとも確固たる意思を持って? 馬鹿みたい。最っ高に馬鹿よあんた。
 そうだよ。だって何の目的もない奴に殺されたんだよ? 無駄死に。これほど悲しいことなんてない。正当防衛より酷いわ!
 止めちゃうなら最初から殺さなければよかったじゃない! そうすれば相手は助かってたのにね!! 
 誰も殺せない奴こそ死ぬべきなの! 最初からあんたが死んでた方がよかったの! そう、死になさいよ!! 今すぐここで!!
 ねぇ、あんたがお兄ちゃんを殺したの!!?」
右からの殴打、左振り上げの蹴撃、飛燕連脚、連牙弾。絶え間ない連撃にヴェイグは防戦一方になる。
剣を盾に両腕で防ぐも、傷みが蓄積し、腕の内部で血が滲み出している。
何よりもこの少女の打撃、まともに受け続ければ内出血で腕が駄目になる前に骨が折れる。
攻撃が止んだ一瞬の隙を突き、彼は攻撃に転じようとした。
――瞬間、その青い剣鋩に躊躇う。
回し蹴りが側頭部を捉えた。
視界が青くなり星がちらついた。耳がおかしい。意識が混濁する。
地に倒れ込んだことだけは辛うじて理解した。耳鳴りの中で微かに誰かが彼の名を呼んだことも。
「ムカつく。銀髪もムカつくし、2回も躊躇した。こういういけ好かない奴こそなぶり殺したいけど」
ぱし、ぱしと拳を手のひらに打ち合わせる音が聞こえる。続いて聞こえたのは骨を鳴らす音だった。
少女はまるで体躯の違うヴェイグの襟元を掴み、無理矢理起こす。
やっと視界がまともになってきた。
「まぁ、お兄ちゃんを生き返らせるために人を減らしてくれたってことは、褒めるべきかもね!」
感謝の言葉の後とは思えぬほどの憫笑を浮かべて、突き飛ばした。
渾身の後ろ回し蹴り、「輪舞旋風」。唸り声にも似た重い風切り音が、骨を砕こうとする勢いで鳴る。
だが、それは作り出した間合いに駆け込んできた少年によって阻まれた。
がしゃあ、と金属音が鳴る。
攻撃を受け止めた右腕にはガントレットが嵌められているのみで、魔玩は既に手にはない。
カイルは少し下唇を噛んで耐えてはいるが、その籠手はドワーフの名工に鍛えられたお墨付き、大したダメージは見受けられない。
一瞬、脚と腕が交差したまま、状況は止まる。
「……殺しても」
俯きがちで表情は金髪と影に覆われ見えない。
しかしシャーリィは左手の剣が黄色い光を纏っていることに気付くと、脚を引っ込め後方へと跳ぶ。
同時にディムロスは横に薙がれた。
「俺は、例え誰かを殺しても、後悔するより何も悪くないってへらへら笑ってる奴の方が大っ嫌いだっ!!」
剣は空振りでも、纏った光は前方に立ち昇る光の奔流、「閃光衝」となって発生した。
生まれた風がカイルの髪をなびかせ、解き、隠れた瞳を露わにさせた。
――恐ろしくも突き抜けた碧眼。かといって幼さゆえの真っ直ぐではない瞳。
それが、シャーリィを射抜く。
つい先刻の似たような瞳を思い出したのか、忌々しげに視線を返した。
光の柱の一部が腕と肩を切り裂く。
微かに舞い散る血を眺めて、痛みなど感じてないように声を短く漏らした。
83そこに陽の光が在る限り 11:2007/04/26(木) 20:08:15 ID:hLSTUIsvO
「チアリング」
爪が一瞬輝きを発し、赤い光のベールがシャーリィを包み込む。
そして彼に向かって突撃を開始し、道中に落ちていた榴弾砲を拾い上げる。
疾駆する姿。小柄な身体にその巨砲はあまりに仰々しい。
それを彼の宿敵、バルバトス・ゲーティアが所持していたなどとはまさか分かる訳もない。
先端で金属光沢を放つグラディウスだけが、転々と変わる全てを写してきていた。
取手を右手に、トリガーを左手に、少女は胸を張り大きく振りかぶる。
肘が伸び切り、そして内側に曲がって行く。
カイルは右手をディムロスの刃に添え顔の前に翻す。
先端の銃剣と大剣は交わり合い、火花を散らす。同時に武器を相手の得物から離し、攻撃の形を変えて再び交差。
そして双方が相手から離れ間合いを取り、激突せんと走り寄る。
シャーリィは両腕を後方に引き寄せ引きつらせ、そこから大きく水平に振る。
カイルは1歩バックステップを取って薙ぎる銃剣から逃れる。
勢いそのままにシャーリィは榴弾砲を突き出す。後方へ跳躍したリーチが埋まっていく。
カイルの身体が沈む。
鼻先を刃が掠める。刃は虚空をスライドして何もない奥へ。
全身が斜めになり、地と榴弾砲の間を身体がすり抜けていく。形成される角度30度。
ずざざざざと地を擦る音と共に上がる少しの土煙。
スライディングでシャーリィの背後を取ったカイルは地に剣ごと着けた左手を軸にして左向きに反転、
その瞬時にディムロスを右手に持ち変え、回転の反動を利用し大剣を振るう。
空を裂く疾風の波、振るわれた衝撃波「蒼破刃」は振り向いたシャーリィの右腕に命中、
波は霧散し空気に気化するも少女は榴弾砲を取り落とした。
ふと合う視線。それぞれに伏在する光の色は違う。
隙を見逃す理由はない。
籠手の嵌った右手から再びグローブの嵌った左手にディムロスを持ち替え、彼は風を突き抜けていくように詰め寄る。
繰り出すは刺突。剣の間合いは至近距離でなければならない格闘と比べれば遥かに広い。
容赦なく顔面に狙いを定める。肘を思いっ切り伸ばし、剣先は眼に迫る。抉る、もうすぐで抉る。
見える表情。相手は微笑を浮かべていた。
突きってのは、まあ危ないストレートと同じだよね? そんな余裕ぶったことでも言わんばかりに、
少女は可愛らしくすいと首を傾ける。
止め切れぬ動作。剣は首の横を突き抜けて、身体は自然とシャーリィに近付く。
しっかりと締められた拳が、カイルの右頬を打ち抜いた。
軽く身体が飛ぶ。口が切れて鉄の味がする。彼は地に身体を預け、少女を見た。
頬に帯びた熱が籠手の冷たさで尚更顕わになる。
84そこに陽の光が在る限り 12:2007/04/26(木) 20:09:39 ID:hLSTUIsvO
「あんただって血の匂いがするわ。あはっ、なのにそうやって御高説垂れるの? そいつと同類でしょ?
 偽善ね。偽善だわ。あんたは死体の山の上に立って生きてるのよ?」
シャーリィは呆れたように頬に手を添える。大きく吐き出された息は嘲りが混じっていた。
「……分かってるよ、そんなの!」
ふらりと俯いたまま立ち上がる。
カイルの大声はシャーリィ、ヴェイグ、誰しもの視線を奪っていた。
「そうだ。俺は皆のおかげで、皆がいたから生きてこられた。俺1人じゃ何も出来なかった。
 だから俺は決めた。皆のために……皆のために生きるって決めたんだ!!
 もう正義も悪もそんなの俺には関係ない。そんな考え方してたら誰が正しかったのかなんて分からない。
 俺は俺が信じてきた人を信じ続ける。自分を信じて自分の道を進む!!」
きっと顔を上げ間合いの開いた相手を見つめ、カイルはディムロスの鉾先を突き付けた。握り締められた拳は固い。
真っ向からの否定を言い渡されたシャーリィは反発的な態度のまま、向き合ったカイルを見返す。
何がおかしいのか、くつくつと小さな笑声を上げる。やがて堪え切れなくなったのか、呵呵大笑のごとく笑い転げ始めた。
「……自分の道を進む? 皆のために生きるゥ? ふふ、あァっはははははは!! とんだ詭弁ね!!
 だったらあんたの言う大っ嫌いのカテゴリに自分が入るじゃない!
 覚悟を決めるってことは人を斬り捨てるってことと同じなのよ! あんただって平然とした顔してるのよ!!
 なのにね」
シャーリィは般若のような顔から一転少女の顔に戻り、
「あなたは少しだけ戸惑いも持ってる……そういう格好付けの覚悟だけ決めてるとこが偽善だって言ってんのよッ!!」
カイルは視線を右下に流す。
「……そうだ、俺はまだあの人が分からない……でも俺は、戦うべき時からは逃げないって決めた!
 俺が戦うのは、生きて帰るのに障害になる奴だけだッ!!」
ディムロスを手に、速度を上げ突撃するカイル。
「あんたが皆のためだって言うなら、私はお兄ちゃんのために生きてるの!!」
両手に光を宿し、同じく突撃するシャーリィ。
「お兄ちゃんがいれば、友達も仲間も陸の民も水の民もいらない!」
その距離を徐々に縮めていく2人。勃発せんとする第2戦。
レンジは互いの領域であるショートへと変化した。
「誰も必要ない! 世界に1人、お兄ちゃんだけでいい!!」
少年は剣を地に擦り振り上げる。
「ううん、世界だって!! 滄我だっていらないわ!!」
少女は加速度的に走行速度を上げ、少年を擦り抜け背後へと回る。
帯びた摩擦熱を発火させ剣を振り落とす。「爆炎剣」。
些か体躯に合わぬその大剣は猛き炎を纏い、爆音だけが厳かに鳴り響いた。
まだ時間は残されている。互いに互いの行動を予想外と驚く様子はない。
「私はお兄ちゃんさえいればいいの!! お兄ちやん以外は何もいらない!!」
瞬間的に詰め寄る反動を威力転換する爪術、「幻竜拳」。
力を篭めれば内臓さえ破裂させられる。少女は間合いを見計らい、左手を振るう。
少年は背後の相手を見遣る。体を捻らせ突きを繰り出す。
「――お兄ちゃん以外全部、全部、全部なくなっちゃえばいいのよ!!!」
両の手は、それぞれが衝突の形を持って、接近し、交錯し合おうとしていた。
同じ年齢、15歳という不思議な共通点を2人は持っているのに、2人の道はこれほどまでに違っていた。

決着の間は刹那。
光は、消えた。
85そこに陽の光が在る限り 13:2007/04/26(木) 20:11:31 ID:hLSTUIsvO
「なんで」
少年は剣を突き出したまま少女の顔を見る。
「なんで……なんで、なんで?」
飛び散り左頬に付着した血が鮮やかな赤色をしていた。
よく映えているのは気のせいだろうか。
「なんで爪術が出ないのよ!!? なんで、なんでよっ!!!??」


少女の左腕は、肘から先が身体から断裂していた。


欠けた左腕が中途半端に前に出され、それは確かに拳を振るおうとしていたことが窺える。
腕と存在しない何かを隔てるように鋒刃が突き出され、炎のレリーフを隠すように血の雫が滴っている。
しかしシャーリィは痛みに悲鳴を上げることはなかった。
むしろ、腕が抉り落とされたことなど気付いていないようにも見えた。
地に転がる手と下膊。断面から流血しているものの、手や服から僅かに見える皮膚が石のように硬く、
何よりもエメラルド色をしている。
断面の肉はしっかり桃色を保っているところが逆に薄気味悪い。
だが、カイルにとってはシャーリィが別の意味で平然としていることの方がずっと気持ち悪かった。
分からないが、何かが違うと彼は帖伏していく波の中で思った。
模範的行動――この場合なら痛覚に訴えるという――から逸脱した言動は、明らかな違和感を伴って、彼の心の隅で巣食っていた。
否、それよりは今までの、ただ自分の正義を貫き信念を語る少女の姿が雲散霧消し、この姿こそが根源、真の姿だと思ったのだ。
手に触れがたい黒い感情が内包された皮を剥いだような、それらは全て、真っ黒な形でどっと噴出し、
今の少女を象っているように思えたのだ。
その中で、暗闇の中の猫のように瞳だけがぎらぎらと輝いているのだ。
「どうして……どうして出ないの!? どうして滄我が応えてくれないの!?」
シャーリィは滄我の脈動を合致させようと腕を振るう。何度も、何度も、腕を振るう。
それでも聖爪術の緑色の光は右腕の爪、もちろん左腕にも宿らない。
「なんで、どうして!? 私はメルネスなのよ! 滄我の代行者!! 滄我の声を聞くことができるメルネスなのよ!?
 殺してるじゃない!! あなたの願ってたように、私、殺してるじゃない!!?」
空しい手の動きだけが続く。シャーリィの顔には明らかに悲痛の色が浮かんでいる。
一向に滄我の光が戻る気配はない。恩恵を受け、綺麗な金の髪が青く光輝く様子もない。
先程唱えたチアリングの赤いベールもその影をなくしている。
この世界の滄我、マナは代行者にすら加護を与えなくなってしまった。
カイルもヴェイグも、グリッドもトーマも黙して様子を見つめている。
「ねぇ、教えてよ!! どうして爪術が使えないの!?
 どうしてお兄ちゃんの力が使えないの!!? 教えて、教えてよ!! ねぇ!!!」
シャーリィは心底困り果てた表情に悲哀をエッセンスした顔をして、目の前のカイルに掴み掛かり、激しく身体を揺らす。
まだある左腕が見えない手で襟を握るかのようにぴくぴくと動いている。
カイルはまるで冷や水を頭から被ったように、先の闘志はぱたりと消え失せ、ただ、相手の行動にどう対応すればいいのかと、
揺れる視界の中で立ちすくんでいるだけだった。
例え揺れようが空の色は決して変わらず、ただ空に浮かぶ巨大な雲だけが上下した。
風の匂いも同じだ。いつの間にか硝煙の香りはかき消され、澄んだ空気の匂いが、少し鉄の臭いを混じらせて鼻を刺激する。
何も変哲もない景色の中で、目前の手のない少女だけが異質に思えた。
86名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 20:12:34 ID:OuB8waSwO
支援じゃあ
87そこに陽の光が在る限り 14:2007/04/26(木) 20:13:38 ID:hLSTUIsvO
手の動きが止まる。
俯首した少女の頬をゆっくり、ゆっくりと涙が伝い、時間をかけ軌跡を残しながら顎まで行き着いて、骨の境目で一滴は止まり、
下へ下へと形を伸張し、出来立ての果実のような瑞々しさをもって、涙はぷつりと千切れ落ちた。
小さくお兄ちゃん、お兄ちゃんという子供の泣き声が聞こえてくる。
涙は跡を道のようにして通り、何度も流れ落ちている。
彼はもうどうしていいのか分からなかった。
目前の少女が何人も凶手に掛けてきたとしても、今その剣で一突きに殺すなどという行動は起こせなかった。
しくしくと泣く少女に対する哀れみの情も若干は混じっていたのかもしれないが、それよりはもっと別のものからだった。
ましてや腕を奪った事実とは程遠い。
一言で言えば、理解が追い着いていない。そしてそこには、少しの畏怖がある。
どうして少女は泣いているのか。
手が小刻みに揺れ出した。
窺えない表情の外で、溢れ出る涙だけが頬で瞬いてみせた。
「レルネルフェス……所詮は箱の中の滄我……」
ぽつり、シャーリィは耳を澄まさねば聞き取れないようなか細い声で呟く。やけに静かな声だった。
もちろん至近距離にいるカイルには、その言葉は届いた。呆然としていた意識が現実へと引き戻される。
気付けばすすり泣く音さえ聞こえなくなっている。
カイルは視線を少女の表情に移して、愕然――慄然とした。
その恐れ冷え切る心を更に圧迫するように、胸を思いっ切り押され、突き飛ばされる。
僅かに地から足が離れた間も、目はシャーリィの表情に捕らわれたままだった。
「ふふッ……はは、あはははひひっひひひひあははははははははははははははは!!!」
ぺたり、と尻餅をつく。
カイルはふるふると横に首を振る。違う、分からない、おかしい、拒絶、恐怖、全てが混ざり合ったような行為。
見上げる先の少女は、目を剥いて笑っていた。高々とした哄笑だけが、静かな空に響き渡った。
見かけと声質は確かにまだ思春期の子供のものなのに、まるで修羅か何かが乗り移っているのではないかと思わせるまでに、
その笑いは悪意に満ちていた。
「ひどいよね。もう爪晶術も爪体術も使えない」
シャーリィは疲れたように緩慢と首を振った。
「力が必要なの。力がなければ、負けてしまう」
残った右腕を胸元に当てる。その動きには何の躊躇もない。
「だから、あの姿に戻ってでも殺してやる」
服に隠れた胸元の石から、波紋のように、円状の青い光が広がる。
発生源は、紛れもなくネルフェス・エクスフィア。
あの惨劇の場にいた2人、グリッドとトーマは直感的に何かを悟ったのか、身体を跳ね上がらせた。
1人はスティレットを取り出し、もう1人は丁度足元に落ちていた榴弾砲を拾い上げ、左手首の痛みを抑して突撃する。
88そこに陽の光が在る限り 15:2007/04/26(木) 20:15:48 ID:hLSTUIsvO
『……ィル、カイル!!』
ディムロスでさえ、類似した時のことを思い出してか、荒い声を上げた。しかし彼の耳に入ってはいない。
『そいつから離れろ! 危険過ぎる!』
必死のディムロスの呼び掛けも届かず、空しい余韻だけが頭の中で残る。
カイルの目は震えていた。
どろり、と長袖の中の肉が崩れる。ねっとりとした、油の浮かんだ桃色の液体が袖口から滴り落ちる。
内部では白骨も微かに曝け出されていた。
ただ、どのような原理を以てか、大半の肉は溶けたまま腕に留まり続け、まるでその肉自体が1つの生物として独立しているような――
色素が薄まった無数のヒルが蠢き吸い付いているような不気味さが、そこにはあった。
肉が五指にまで溶け落ち、掌を覆う。だらりと1本の太い棒がぶら下がっている状態だ。
そして更に下まで、地面すれすれまで肉が垂れ落ちた時、シャーリィの身体が痙攣を起こし、右の袖がぶちぶちと破けていく。
先端は三叉に裂けていく。指に相当する部分なのだろうが掌は殆どなく、
一指の長さは地面に触れ丸めている部分を含めても、人間の時より2倍近くに伸びている。
肉が下から走り抜けていくように緑へ変色し、肥大化する緑色の右腕が千切れた布の合間から覗いた。
それに伴い、半液体状だった肉が固定化される。ごつごつとしていて且つ硬く、人間のように柔らかく滑らかな肌の面影はまるでない。
無造作に地面に転がったままの腕ともまた違う色と形だった。
爪までも緑に変色し、喉笛を容易に裂けそうな、蜘蛛の足を思わせる長さと鋭利さを持っている。
はらはらと布切れが舞い落ちる。
袖というものが消え、現れた右腕は、――恐怖の権化だった。
息を呑む。もちろん感嘆ではない。
人は理解の及ばぬ埒外の対象を目の前にした時、ふっと出た黒く凍える靄にどうしようもなく頭を空白にされ、四肢を侵されるのだ。
「化け物」
凍結した思考の中で、静かに動いた口が語ったのはたった4文字。しかし、充分過ぎる形容だった。
何故ならそれは恐らく真実だろうから。
「何とでも言えばいいのよ。あんたの言葉なんて私には何も関係ないんだから」
ぴしぴし、と乾いた音が鳴る。
左足の僅かに残っていた素肌はエクスフィアに侵され、人間ではない色になっていた。
現在進行形でシャーリィの身体は輝石化が進行している。
輝石は首に掛かり――顔面にまで侵食し始めていた。
右頬に1つ付いた青緑色の宝石の奇妙さが、カイルの恐怖に拍車を掛けた。
「だってもう、私の気持ちなんて、どうせ……」
もう1つの奇妙、エクスフィギュア化した右手がカイルに伸ばされる。
伸びた影がカイルの身体を覆う。太陽の光が目から消える。
少女の華奢な身体は、逆光のせいで真っ黒、そう、真っ黒に見えた。
そしてたった154センチメートルの身長も、今だけは遥かに大きく見えて。
足は、動かなかった。
「どうせ……誰も分かってくれないもんねッ!?」
肉を抉ろうと振り落とされた手。
誰かの雄叫びが、空気を震えさせる。
それはカイルではなく、突き飛ばした青年が発したものだった。
背中に3本、裂傷が走る。
飛び散った血の一滴一滴が少年の顔にかかる。
生温い温度が気持ち悪い。
それでやっと我に返るのだから、人は愚かだと思う。
89そこに陽の光が在る限り 16:2007/04/26(木) 20:17:49 ID:hLSTUIsvO
誰かの雄叫びが合図だった。
震える空気を引き裂いていくように、ナイフが空を直進する。
少女は遂に悲鳴を上げた。
投擲したナイフが少女の肩に深々と突き刺さっている。
つう、と血が流れる。
ぴし、ぴし。
少女は振り向く。
グリッドが投球を終えたフォームのまま止まっている。歯を食い縛り、額や頬に汗を浮かばせて。
その前を巨漢が榴弾砲を手に迫ってくる。
何故だか少女はそちらに既視感を覚える。
右手の方向を変え、手を背に回しナイフを抜く。
青年は背中の痛みを堪え立ち上がり、ガジュマを一瞥して、少年を少女から引き離そうとする。
理由も分からず、ないのかもしれない、少年は嫌だ嫌だと叫んだ。
瞳に涙を浮かべ、伝う液体はその質量ですぐに落ちた。
ぴし、ぴし。
刃が緋色に煌き滴る。
長いリーチを存分に生かし、振るった。
にたりと少女に不確かな笑みが浮かぶ。

「何であんたは腕付いてるのよお」

見事にすぱぁっと左腕は斬れた。
ただでさえ失血気味の血が存分に宙を舞った。
ごとりと榴弾砲が矮小な腕ごと落ちる。
咆哮。
ガジュマは止まらない。
少女は、シャーリィは動かない。
そして相手の右手が輝いていることに気が付いた。
決して動きはしない右手。
何故だろう、彼は反射的に手の方を見た。


光の糸が風になびきながら煌く。伏せられていた瞳が持ち上がる。
外に丸まった金髪の少女が、強く手を握り、太陽のように眩しく、眩しく笑いかけた。


風の流れる静かな音だけが世界を形成する素だった。それ以外は今は何もなかった。
瞳が揺れている気がした。
情けない顔だけは見せたくはなかったが、今だけはそんな顔で、子供のような顔だと思う。
五体満足、ただコック帽だけが欠けていて。それはあの無残な姿ではなくて。またあの笑顔を。
彼の頭はいっぱいいっぱいだった。混乱やら込み上げてきたものやら何から何まで分からない。
いつの間にか口が動いて言葉が出ていた。恐らく「ミミー」だったろうと思う。
丁度風さえも消える。何もない。時すらも今はない。
そのせいで声は音を伴わないで、不恰好で怠けた口の動きだけが少女に届いた。
少女ははにかんで、もう1度強く手を握る。
小さな手が大きな掌に包まれる。手の温もりを感じる。
彼はまた同じ口の動きを繰り返し、もう2度と離すまいと、手を握った。


それはただの幻だったのかもしれない。
金髪の少女は目の前にしかいない上に、彼の右手はぴくりとも動いていなかった。
90そこに陽の光が在る限り 17:2007/04/26(木) 20:19:47 ID:hLSTUIsvO
極限まで高められたフォルスが具象化する。
引力と斥力が同時に発生し、交わり合う。有り得ぬ事象は周囲を歪め捩れさせ、黒いフォルスのフィールドを足元から形成していく。
断じて暴走ではない。確固たる意思の下に発動した強い力。
宙が、空間を塗り替えていく。
足場は消え、原理も分からず、地に足を付ける感触も落下する感覚もないのにその場に留まる。
ただ青黒い視界の中で幾つかの光点が散らばり、不安定なうねりは目に見えるほど具現されていた。
方向感覚が乱される。そもそも方向という概念があるのかすら疑わしかった。
ヴェイグもカイルもグリッドもシャーリィも、この異常な世界に巻き込まれた。
その内の1人、ヴェイグはこの状況を、トーマが何を為そうとしているか理解した。
そしてシャーリィは似た感覚を思い出す。つい昨晩のことだ。
駆ける。
発動させてはいけない。シャーリィの全ての細胞が、「それ」を発動させることを否としている。
絶叫。
異形と化した右腕を振り上げて少女は迫る。
走る、一条の光。
彼は心の底から、世界を震撼させる咆哮を上げた。


確かに、彼の右手は動かない。
しかし――それでも確かに繋がれた手が、その中心で、光り輝く。

ただ少女は光に呑まれて行った。


「マックスウェルッッ!! ロアァァァァァァァァァァァァァァァァーッッ!!!」


少年と青年、そして団長は遠くからその波濤を見つめるだけだった。
91そこに陽の光が在る限り 18:2007/04/26(木) 20:21:37 ID:hLSTUIsvO
土煙が世界を覆う。全てを遮り、不明瞭な世界を作り出す。
トーマは荒く息をつく。フォルスの過剰消費は彼に多大な疲労を与えていた。
膝を折って座ろうとしたが、両腕がないに等しいことを思い出し、何とか仁王立ちを続ける。
手を握る感触はない。ミミーは、もういなくなってしまった。
何を言う、とトーマは心の中で悪態をつく。元々ミミーはこの場にいないではないか。いる訳がない。ミミーは死んだのだから。
手も、元から熱を帯びていたのか、後からなのか、もう分からない。
しかし何故か感じる空しさ。
この手を離し、もう2度と会えなくなったような、そんな感覚。
そして同時に覚える心の熱。
あの笑顔を、もう1度見せてくれた笑顔を――忘れはしない。

煙の奥で、黒い影がうっすらと現れた。どこにあるかも分からない第六感が、あのヤバさが、波打つ。

「グリッドォォォォォォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
どうして今度はその名を呼んだのかが分からなかった。理解の埒外だ。
振り向きはしない。しかし、呼んだ名の男が後ろに佇み、立ち竦んでいることは何となく分かった。
叫び過ぎて声が掠れている。しばらくは声が出せないだろう。
その前に伝えねば気が済まない。

「テメェ、自分が自分で言ったこと忘れんじゃねぇぞ!!!
 どんなに甘かろうと、自分の言葉を偽るな!! 自分に嘘をつくなッ!! テメェは、テメェ自身の理想を成せッ!!!
 テメェは! テメェは、お前には――――」
92そこに陽の光が在る限り 19:2007/04/26(木) 20:22:56 ID:hLSTUIsvO

――――
何故、脆弱なヒューマと共に歩んでいるのだろう。
自分はミミーの存在をこれほどまでに大きく感じているのだろう。
復讐の対象であったヒューマに、自分はいつの間に気を許したのだろう。
ミミーの命を奪った相手と普通に接していたのだろう。
今まで己に投げかけてこなかった謎。今更過ぎる問い、既に過ぎ去った問い。
それは厳密には命を奪った相手ではないからなのかもしれない。ミミーの声が聞こえたからなのかもしれない。
考えればもっともっと理由は出てくる。
けれども、答えは既に見つけている。もっと単純な理由がある。

きっと「心」とはそういう物なのだ。
知らない間に溶け出して、その溶けた水は他の誰かのと混ざり合い、暖まって、気付かない内に笑みを零させていく。
何故かも分からず、いつの間にか水は涙として共に流れ、時に頭が真っ白になるまで激しく波打ち、
時に暗い影で鬱陶しく滴り落ち、ある時また溶ける。
そのくせ惹かれているということすら覚えない。そしてふと自覚した時に、人は更に惹かれる。
疑惑や利害、憎悪を超えた所、何もない所で感じるもの、それがその人間の本質であり、自分の本当の心。
気付いたら出ている言葉と同じようなものだ。
自分の奥底が相手を肯定していればそれが全て。それが真。
例え壁が立ち塞がろうが鳥籠に入れられようが、その心の叫びは耳を塞いでも聞こえてくる。


ただ言えることは1つだけ。紛れもなく2人は「光」だったのだと。



煙のカーテンが開いて、世界を照らし、切り開くように目に差し込んでくるのは、やはり陽の光だったなんて。
93そこに陽の光が在る限り 20:2007/04/26(木) 20:25:13 ID:hLSTUIsvO
どつん、と鈍い音が響いた。
煙の中で影が小さく揺れる。身体が後ろに倒れ込んでくる。
グリッドは見る。
ゆっくり、ゆっくりと倒れ込む姿を。それはとても自然で、穏やかで、静かだ。
煙を切り、トーマの姿が現れる。
グリッドは見る。訳も分からなく見る。
突如長く太い棒が登場し、縄に引かれ立てられる像のように、それはどんどん垂直になっていく。
そして身体が地面に到着した時、彼は全てを見た。
顔面にダーツのように突き刺さった、しかし余りに存在を誇示している、大きな榴弾砲を。


言葉は、既にそこで終りを迎えていた。

絶叫が、伝播した。


「私はお兄ちゃんと会う。好きな人とあっちで会えるといいね」
94そこに陽の光が在る限り 21:2007/04/26(木) 21:00:31 ID:hLSTUIsvO
【グリッド 生存確認】
状態:更に強まった正義感 悲痛 混乱 プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ハロルドメモ プリムラの遺髪 ミスティブルーム ロープ数本
    C・ケイジ@I ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ
基本行動方針:漆黒の翼のリーダーとして生き延びる
第一行動方針:?
第二行動方針:シャーリィを倒す
第三行動方針:マーダー排除に協力する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP50% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血(動かすことは可能) 側頭部打撲 背中に3箇所裂傷
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    「ジューダス」のダイイングメッセージ 45ACP弾7発マガジン×3
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:シャーリィを倒す
第二行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第三行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP55% 悲しみ 静かな反発 過失に対するショック シャーリィに対する恐怖
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形
基本行動方針:生きる
第一行動方針:シャーリィを倒す
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
SD基本行動方針:グリッド・ヴェイグ・カイルを指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
状態:HP40〜?% TP10% 「力こそ正義」の信念 狂気
   背中に火傷 左前腕・左手欠落
   ハイエクスフィア強化 爪術・クライマックスモード使用不可
   永続天使性無機結晶症(肉体が徐々にエクスフィア化。現在左半身+胸部+首がエクスフィア化。
   末期症状発症まではペナルティなし?)
   (備考:マクスウェル・ロアーのダメージは不明)
所持品:メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪
    UZI SMG(マガジンは空) スティレット
基本行動方針:セネルと再会するべく、か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動し、優勝を目指す
第一行動方針:?
第ニ行動方針:E3→E2→C3の順で島を巡り、参加者を殺しまくる
第三行動方針:病気を回復させる方法・首輪を解除する方法を探す
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点


※以下のアイテムがサックの中に入ったまま放置されています。
  イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) パイングミ
  ジェットブーツ 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 首輪×2 ミラクルグミ
  ウィングパック(食料が色々入っている)  金のフライパン ウグイスブエ(故障)
  ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α) ペルシャブーツ
※レンズ片、銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲はトーマの身体に着けられたままです。
※魔杖ケイオスハートは氷漬けにされており現状では回収不可です。
 ヴェイグの力で凍結状態を解除、もしくは闘気や魔術に順ずるもので破壊する必要があります。


【トーマ 死亡】
【残り12人】
95そこに陽の光が在る限り 修正:2007/04/28(土) 13:27:46 ID:OPtZmE9kO
状態欄に一部欠落があったので以下に修正願います。


【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
状態:HP40〜?% TP10% 「力こそ正義」の信念 狂気
   右足に軽い切り傷 額に傷 背中に火傷 左前腕・左手欠落 右腕エクスフィギュア化
   ハイエクスフィア強化 爪術・クライマックスモード使用不可
   永続天使性無機結晶症(肉体が徐々にエクスフィア化。現在左半身+胸部+首がエクスフィア化。
   末期症状発症まではペナルティなし?)
   (備考:マクスウェル・ロアーのダメージは不明)
所持品:メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪
    UZI SMG(マガジンは空) スティレット
基本行動方針:セネルと再会するべく、か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動し、優勝を目指す
第一行動方針:?
第ニ行動方針:E3→E2→C3の順で島を巡り、参加者を殺しまくる
第三行動方針:病気を回復させる方法・首輪を解除する方法を探す


全員の現在地を、
現在位置:E3の丘陵地帯・滄我砲発射地点

に変更します。よろしくお願いします。
96名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 23:07:50 ID:+esjql/90
 
97名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 08:00:31 ID:gb9j8TSFO

98名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 22:31:23 ID:TaVX0c+zO
書き手さん、まとめサイト管理人さん乙です!

携帯まとめサイトの最新話が携帯から見ると途中で切れてしまっていました。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 20:05:31 ID:29PQJv7dO
100名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 08:41:41 ID:11VPjaGdO
101名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/12(土) 18:48:27 ID:ni8064nNO
102憎悪の海のその果てに1:2007/05/13(日) 18:03:14 ID:/SeV+Lwc0
ロイド・アーヴィングは、ひたすらに草原を駆けていた。
東へ、ただ東を目指して。
先ほどから、鼓動することを忘れてしまった左胸が、痛い。
痛覚神経がロイドに「痛い」と伝えている……そんなわけでは、もちろんありえない。
魂。ロイドの魂そのものが、痛みを感じている。
さながら、常闇の国にしか生えないとされる、漆黒の茨で雁字搦めにされるような、不吉な痛み。
その痛みは、秒単位で鋭さを増している。一歩地面を踏みしめるごとに、茨に生えた棘が伸びているかのごとく。
速く。もっと速く!
ロイドはこの体に許された最大速度で、猛烈な疾駆を見せる。
どれほど激しく体を動かそうと、決して息切れしない喉。
全速力で走り続けても、痺れやだるさを覚えない脚。
このときばかりは、ロイドも生身でない自身の体に感謝した。
そもそも呼吸という動作そのものを行わなくて済む。
そもそも筋肉は、疲れのたまらない仕組みになっている。
心臓も激しく鼓動を起こすどころか、すでに鼓動を停止している。心臓自体が、最初から不要。
ロイドはすでに、生身であれば遥か昔に息切れを起こしていたであろうほどの速度で、距離で、それでも脚を止めない。
クラトスに話を聞いたところによると、天使は通常の生命としての代謝活動が完全に停止している代わりに、
周囲に存在するマナを取り込み、それを食料や水に代わる活力の源として利用しているという。
なるほど、これならばミトスが天使という存在を、クルシスの作ったヒエラルキーの上位に置くのも頷ける。
食事も、水も要らない。
疲れを知らない。眠らない。
呼吸もしないから、好きなだけ水の中にも潜っていられる。
人間である以前に生き物であるロイドは、違和感をどうしても拭えないが、その事実だけは認めざるを得ない。
無機生命体の肉体は、この「バトル・ロワイアル」のような戦いの中では、強力なアドバンテージとなることを。
ロイドがまともな生命体であるがゆえの違和感さえ我慢すれば、これはそれほどまでに強力な力なのだ。
つい先ほどまで遥か彼方に見えていたはずの雪原は、今やロイドの瞳の中で壮大なパノラマと化していた。
この辺りから、いよいよ戦域。
ロイドは、今やかすかな鈍痛しか覚えない右手に、左手を添えた。
右手の4本の指は木刀を握り、そして小指のみを立てて要の紋に近づける。
ロイドは、小指だけでEXジェムの嵌まる台座を弾き、回転させた。
EXスキル「パーソナル」を解除。
代わって発動する複合EXスキル、「スカイキャンセル」。
ロイドの背に光で編まれた巨翼が、更に、更に大きく開かれる。ロイドの体から、青い光が流れ込む。
(よし……上手くできる!)
ロイドは義父ダイクに鍛えられた指先に感謝した。それなくして、ロイドの発想は実現し得なかっただろう。
すなわち、本来なら戦闘しながらは不可能な、EXスキルを組み替えながらの戦闘。
それも、小指でEXジェムを弾くという、神業にも近い操作方法で。
(この戦いで、こいつを試してやる!)
あの金髪の殺人鬼を倒すために。時の魔剣を奪い返しに行くために。
無論、ロイド自身はそのことなど百も承知。
戦闘中にEXジェムを操作し、EXスキルを変化させるなど本来はあってはならない愚考であるということは。
EXスキルを変化させるための操作は、余りにも隙が大き過ぎる。無防備な姿を、わざわざ敵に晒すようなもの。
よしんばその隙を縫えたとしても、EXスキルを変化させた際の、身体感覚の変化は、強敵との戦いなら命取り。
少し考えれば分かることであろう。
例えばEXスキル「ストレングス」を切り、代わりに他のEXスキルを発動させたとき。
それまでエクスフィアで施された筋力強化が切れれば、たちまち武器を振るう際の手応えも変化する。
それまでに比べ、武器が重く感じられる。
この際の急激な手応えの変化が、剣のバランスを崩す。それが、致命の隙に繋がりかねない。
これらゆえに本来、戦闘しながらのEXスキルの切り替えは行ってはならないのだ。
エクスフィアに幼少の頃から慣れ親しんだロイドには、ほとんどこれは本能のレベルで刷り込まれている。
その常識をあえて崩す。あえてこのような愚行に、挑む。
103名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:04:11 ID:99WVqYJGO

104憎悪の海のその果てに2:2007/05/13(日) 18:04:23 ID:/SeV+Lwc0
(このぐらいの無茶を通せなきゃ……無茶を通せなきゃ……!)
到底、あの男に勝つことなどかなうまい。クレス・アルベインを下すことなど。
現状でロイドがクレスに挑み、勝てる可能性は、ゼロ。
先ほどまでやっていたイメージトレーニングの中で、その事実は嫌というほど思い知らされている。
ならば、パワーでもなく、スピードでもなく、テクニックでもなく、経験の差でもなく、時空剣士としての才でもなく。
唯一クレスに対し勝っている要素、エクスフィアの存在に、わずかな勝利の可能性を託す以外、手はない。
これで得られる1%の勝機を、2%へ、3%へ、そして5%へ、10%へ。
剃刀のようにか細い勝利への糸口を、何としてでもこじ開ける。
そのために、下策も同然の、奇策以外の何物でもない戦闘時のエクスフィア操作を、ロイドは敢行する。
現在この島に生き残っている6人のマーダー……
その内の4人は確実に、力の絶対量が飛びぬけている。ロイド自身や仲間達に比べ、頭一つも二つも。
小兵が巨兵を倒すなら、小細工や側面攻撃や搦め手に、望みを賭けるほかないのだ。
世界再生の道中、しいなから聞かされたミズホの里の昔話に語られる、かのオーガ殺しの一寸法師のように。
脱力感。
エクスフィアによる強化が解けた健脚に、いきなりおもりを吊るされたような感覚がロイドを襲う。
代わって得たものは、わずか一蹴りで空の彼方に飛び上がれそうなほどの、軽やかな感覚。
この急激な感覚のずれにも慣れなければ。
ロイドは己に言い聞かせ、即座に索敵にかかる。
エクスフィアで強化された両の瞳が、雪原を舐める。
今だ完全には晴れやらぬ濃霧のカーテンの隙間から、じわりと人影がにじみ出る。
敵影! 距離にして、およそロイドの歩幅100歩弱!
ロイドはわずか数瞬で、その影の正体を見破る。
ロイドは双刀を構え、深く腰を落とした。その走りを、一時のみ止める。
ロイドは深く息を吸い込んだ。無論呼吸という動作など、肺が機能を停止した今や無駄以外の何物でもない。
だが、深呼吸という動作を行った方が、ロイドにとっては自然に感じられるのだ。
全力を込めるための予備動作として、これほどぴったりのものはない。
「はぁぁぁぁぁ……ッ!」
足や腰はもちろん、全身の筋に力を蓄え、マナをみなぎらせる。
背の翼も、これ以上ないというくらいに大きく、大きく開く。光から成る、猛禽の翼。
この翼で空を飛ぶことはかなわずとも、それでもロイドは翼に目一杯の風を孕む。
「はッ!」
短く声を吐き出したロイドは、その右足で地面を強打した。
左足が草原の草を踏みつける。
右足が土を踏みにじる。
距離にして、およそ十歩弱。
助走を取ったロイドは、刹那。
全筋力を右足に集中させ、旅立つ。
ほんの僅かの間、空へ。
雲が迫る。ロイドの眼前に。
そしてロイドが跳躍の最高点に達したと感じた瞬間。
ロイドは闘気を足の下で練り固め、本来ならば出来ないはずの、更なる跳躍を見せ付ける。
腰を軸にして、宙返りの構え。
足を折りたたみ、代わりに二本の木刀を突き出す。
こうして出来たのは、空を舞う天使の大車輪。
全力で疾走する馬車の車輪にも負けず劣らずの、高速回転を始めるロイド。
「真空裂斬ッ!!」
天を切り裂く蒼刃の車輪は、そのまま天にも昇らんばかりの勢いで、風を切り裂いて飛んでいった。

******

べちゃり。
べちゃり。
およそどんなに色彩感覚の豊かな芸術家でも名を付けられそうにない、不気味な色。
肉色をしている?
否。
腐った藻の色をしている?
それも否。
海のような爽やかな青色をしている?
それもまた否。
105名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:05:06 ID:99WVqYJGO

106憎悪の海のその果てに3:2007/05/13(日) 18:05:16 ID:/SeV+Lwc0
本来自然界には存在し得ない。
人間の手によっても、魔術や魔法の類を用いても表せない……表せてはいけない色。
それが雪に滴り、純白の大地を汚す。
高熱を帯びて煮えたぎる硫酸が、朽ち果てた鉄を焼くかのごとき音。
腐乱した死体の色彩を煮詰めて、それをそのまま気化させたかのような、腐肉色の煙。
ぐちゅぐちゅに爛れた、粘液質の物体が、後から後から汗のように吹き出てくる。
辺りは、不衛生な環境に慣れた貧民街の住人ですら、深呼吸すればたちまちの内に胃の内容物を全て吐瀉しそうな、
悪夢のような激臭に包まれつつある。
「A……アはははハハHA波HAは……!」
その中心に立つ「それ」は、雪のキャンバスに彼岸花のような赤を咲かせ、
顔面に墓標のように鉄の塊を刺した死体に、手を伸ばした。
だが、これを本当に「手」などと読んでもよかろうものか?
くだんの、ありえない色彩をした、粘液とも筋肉とも付かぬ、内臓のような蠕動を行う肉塊。
そこから、さながら魔神か悪魔か、その手の存在を思わせる3本の長大な骨爪が禍々しく顔を覗かせている。
とにもかくにも、その「手」から伸びた3本の爪は、彼岸花を咲かせた死体に、触れる。
「さっきはねぇ……あんなクソみたいな雑魚の最後っ屁をありがとうね、畜生の分際で」
確かに「それ」の行っている動作は、「触れる」という動詞を使ったとしても、まあ間違いはあるまい。
骨爪を使って、死体の腹を穿ち、臓物をかき回し、それをスパゲッティか何かでも食べるときのように、
無造作に引きずり上げるという一環の動作を、「触れる」と言うなら。
不死者(アンデッド)の沸きそうな不浄な湿原の沼気を思わせる、泥色の泡がその死体の最奥から浮かんだ。
「それ」の哀れな犠牲者、トーマの眼球は、腐敗した脳漿から沸いた泡で、きゅぽんと眼窩からはみ出ていた。
「だからさっさと目の前から消えろってんだよこのビチグソがぁぁぁぁぁAAAHHHHH!!!!!」
トーマの死体が、爆裂した。
厳密に言えば、溶解した内臓から噴出した泥泡の圧に耐え切れず、皮膚が、肉が、臓物が、張り裂けた。
張り裂け飛散した肉片は、やはり腐肉色の煙を噴出し、その身を縮こまらせていく。
およそ「肉」と呼んで相違のない体組織は、全てが全てどどめ色の腐液と化して流れ出す。
残されたのは、骨。
たちまちの内に白骨死体となったトーマの骸はしかし、その骨からすらも瞬時に泡を吹き、崩壊への道を進む。
3度も瞬く程度の間があれば、もう十二分。
後に残ったのは、鮮血と腐液のミックスジュースが織り成す、雪原に彩られた背徳の絵画のみだった。
骨爪が、つい先刻までトーマの死体のあった場所から引かれる。
べちゃり、べちゃりという汚らしい音は、手からのみならず。
もはや「それ」の肉体から、ありえない色彩の、腐肉と粘液の中間の物質が滴っていない場所を見た方が早かろう。
辛うじて。辛うじて人間と呼べそうな部位は、もはや頭部と胸部くらいのものだった。
そしてそこすらぱきぱきという音と共に、まるで疱瘡か何かのように、時間ごとに青緑の結晶が蝕んでゆく。
とうとう左足の太ももから、大きな腐肉の塊が落ちた。
足の筋肉も、腱も、まとめて剥がれ落ちる。
腐肉の塊は、そのまま内蔵を無機質の岩石に転化させたような、悪夢の色彩の固い物体に変わる。
そして、「それ」の本体は……
「HAAaaaahhh……はぁあああぁ……!」
肉と内臓とエクスフィアと岩石とが、邪神の手により交配され、悪夢という名の助産婦に取り上げられて、生まれた。
もはやそんな抽象的かつ曖昧な表現でしか、表せない「何者か」と化していた。
「これ」を「化け物」と呼ぶか?
だが、「化け物」という単語では、この生物の掟をあざ笑い、超越した形質を表すにはあまりに不適切。
「これ」を「悪魔」と呼ぶか?
だが、「悪魔」という言葉では、このあらゆる悪意を純化し、煮詰めたかのような気配を表すにはあまりに不適切。
およそ人間の操りうる言葉では、「これ」を体現できる名詞は存在しない。
ゆえに、やむを得ぬが「これ」や「それ」などの代名詞を用いて、呼ぶしかあるまい。
今のシャーリィ・フェンネスを。
化け物でも悪魔でもない、それらを越える存在と化した1人の少女のことを。
107名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:06:08 ID:99WVqYJGO

108憎悪の海のその果てに4:2007/05/13(日) 18:06:14 ID:/SeV+Lwc0
「げへひゃひFUひゅへへへへ屁HE保ォォォォォォ汚……!」
「それ」を見た金髪の少年は、脱力した。
思わず、ソーディアン・ディムロスを手のひらから滑り落とさせた。
「ぁ……ああ……!」
「それ」を見た銀髪の青年は、もはや我が目を疑うしかなかった。
「トーマの……トーマの秘奥義の直撃を受けてすら……生きている……!?」
「それ」を見たバンダナの青年は、ただ黙する他無かった。
「…………」
ずるり。べしゃ。ずるり。
「それ」は、じわじわと、一同に迫る。
骨が露出するほど、肉が抉れた足を引きずりながら、じわじわと。
(信じられん……何という生命力だ!)
ディムロスは、コアクリスタルの中呻いた。
あと、一歩。あと一歩。
トーマは、その一歩を踏み込むことなく、倒れた。
足を引きずり、すでに人間としての形質などほぼ完全に失っている彼女の様子を見れば、分かる。
奴は今、首の皮一枚で、辛うじて生き永らえたのだ。
確かに、トーマの秘奥義「マクスウェル・ロアー」は、シャーリィの持つ命を、九分九厘削り取った。
もしトーマの手元にイクストリームと併せ、そしてフィートシンボルが一つでもあったなら……
いや、せめてフレアボトルの一本でもあれば。
シャーリィは、その首の皮一枚まで切り裂かれ、死していただろう。
だが、あと一歩。
実際には踏み出すことの出来なかったその一歩が、シャーリィの死を、架空のものにせしめた。
本当に、取るに足らぬほどの一歩。
その一歩が、全てを分けてしまった。
「VODゴべぶRYIAAAあぁァぁAAAHHH!!!」
「それ」が、咆哮を上げた。
「それ」の右手が、グリッドに襲い掛かった。
「!! 止めろ! グリッドォ!!」
駆け寄ったヴェイグは、しかし間に合わなかった。
ヴェイグがグリッドに手を伸ばす一瞬前。
シャーリィの骨爪が、グリッドを掴み上げる。
「OGrりゃりゃリャりゃおおOHH!!!」
ばしん。
グリッドは、万力のようなシャーリィの右腕に、その身を拘束される。
同時に、「それ」の膝蹴りが、グリッドを助けんとばかりに踊りかかった、ヴェイグの胸に突き刺さる。
「ごばぁっ!!?」
重戦士の嗜みとしてヴェイグが着けている胸甲など、その一撃を防ぐにはほとんど何の足しにもならない。
ヴェイグの愛用の胸甲は刹那、真円形の窪みをそのど真ん中に刻まれ。
その一刹那のちには、胸甲そのものが、シャーリィの膝に耐え切れず真っ二つに裂け。
更にその一刹那のちには、真っ二つに裂けた胸甲が、いくつかの鉄片を、霧で煙った空に吹き上げ散った。
ヴェイグは突如胸部を襲った激痛に、危うく意識を失いかけながらも、とっさに剣を振るう。
もはや愛用の一振りとなってしまった、『氷』のフォルスで長大化させたチンクエディア。
盾のようにして、己の左肩にかける。
そして、雪面からほとんど反射的に氷柱を伸ばし、その氷柱の腹を蹴って、跳ね飛ばされた空中でサイドステップ。
チンクエディアの氷刃が、砕け散った。
続けて左側頭部に、ハンマーでぶん殴られたような衝撃と激痛。
もし本来のものより遥かに大きく作られた胡桃割り人形があって、その胡桃割り人形の歯に頭を砕かれたとしたら、
感じるのはきっとこんな苦痛だろう。
夢想し、ヴェイグはほとんど血しか混ざっていない液体を口から吐き散らした。
シャーリィが決めた、膝蹴りから繋げた上段回し蹴り。
それがヴェイグのかざした氷刃を砕き、それでもなお勢いの衰えることを知らずに、
そのままヴェイグの左側頭部に打ち込まれていた。
もし後一瞬、辛うじて氷柱を蹴って決めた空中でのサイドステップが遅れていたなら……
そして、氷刃を構えてシャーリィの一撃の威力を殺していなかったなら……
どちらかが欠けていたとしても、ヴェイグの頭部はシャーリィの足刀で、
本当に胡桃割り人形に挟まれた胡桃のごとく、粉微塵に破砕されていただろう。
冗談か何かのように、ヴェイグは美しい放物線を描いて、曇った雪原を舞った。
雪原の霧が、一部分赤く染まった。
109名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:07:03 ID:99WVqYJGO

110憎悪の海のその果てに5:2007/05/13(日) 18:07:38 ID:/SeV+Lwc0
その時になって、ヴェイグはようやく気が付いた。
この感覚。
この痛み。
確実に、「あれ」がイッた。
顔面の左半分を、血みどろに変えられたヴェイグは、雪原の上に不時着し、数度バウンドしたあと、転がって止まった。
ヴェイグは、そこで意識が、ふつと途切れた。

******

「ヴェイグさん……ヴェイグさん!!」
カイルは、声を震わせヴェイグにすがった。
ヴェイグの顔の左半分は、すでに赤一色だった。
左の眼窩からは、白い糸くずのような肉片が、でろんとはみ出ている。
鮮血の中に、若干の透明な液体が混ざっている。
本当に、頭蓋骨そのものが爆砕されなかったことが、奇跡のような重傷。
「起きてくれよ、ヴェイグさん! オレはまだ、あんたから例の話を……ッ!?」
ヴェイグに差し伸べられたカイルの左手は、そして。
ヴェイグの体に触れた瞬間、思わず弾かれるようにして引っ込められた。
「……なあ……嘘……だろ……?」
引っ込められた左手は、震えていた。
すでに、カイルの言うことを聞かなくなっていた。
(どうしたのだ、カイル?)
ディムロスは叫ぶ。
「嘘だって言ってくれよ、誰か……!」
(返事をしろ! カイ……!)
「ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!」
カイルは、力なく四肢を雪原の上に投げ出し、四つん這いのまま、動けなくなった。
残されたヴェイグの右目は、ただ虚空を睨んでいた。
「死ッ……死んでる……死んでる……!」
もしカイルが、もう少しこの場で冷静に振る舞い、ヴェイグの首筋や口元に手を伸ばしていれば、気付いていただろう。
ヴェイグの喉は、もう息を吸い、また吐き出していない。
ヴェイグの心の臓は、すでに鼓動することを忘れてしまっている。
この2つの事実に。
そしてそれらの事実は、冷酷極まりない、惨たらしい現実を一同に突きつけていただろう。
ヴェイグは、事切れていた。
ヴェイグは、死んだ。
「うぁ……うっ……!」
(…………)
ディムロスは、沈黙した。
「馬鹿な」、などという言葉は発しない。発するに値しない。
この島において、戦場において、「死」という概念はあまりにも身近過ぎる概念だから。
そしてヴェイグもたった今、その死と対面しただけに過ぎない。
それでも、この損失は、余りに大きい。大き過ぎる。
「えへへへ……クソカス一匹排除、ね♪」
カイルは、その声にびくりと肩を震わせた。
振り返れば、「奴」がいる。
「それ」と化した、シャーリィが。
千切れ飛んだ左手の断面からは、正体不明の液体が垂れ流れている。
右手には、グリッドを握り締めている。
「さて、次にくたばるのはあんたの番よ、そこのクソガキ」
シャーリィは、右足を思い切り雪面に叩き付けた。
もちろん、カイルの右足を下敷きにすることを忘れはしない。
鈍い音。
カイルの口から、絶叫が迸った。
そして、もう一撃。
鈍い音。
カイルの左足に、もう一つ新しい関節ができていた。
カイルの喉が、引き裂かれたかのような悲鳴を上げた。
111憎悪の海のその果てに6:2007/05/13(日) 18:09:06 ID:/SeV+Lwc0
「げひ……下卑へへへへへHEHEHEHE……!」
虚ろに笑うシャーリィ。
ディムロスは、ソーディアンにしては稀有なことに、恐怖を覚えた。
しかも、本物の。
「これ」にだけは、殺されたくない。「これ」にだけは、関わりたくない。
これならば、丸腰で天地戦争の最前線に立たされる方が、遥かにましだろう。
それほどの恐怖に震え上がるディムロス。
いわんや、生身のままのカイルが受ける恐怖のほどは、どれほどか。
神殺しの英雄の矜持。それだけが、カイルを発狂寸前のところで踏み止まらせていた。
「た……助けて……!」
皮膚の下から骨が飛び出し、血を垂れ流すカイルの両足。残る両手で、後ずさる。
だが、その歩みなど、瀕死の重傷を負ったシャーリィにとってすら、牛歩も同然。
何より、まだカイルの左足はシャーリィの左足によって踏みつけられ、釘を刺されたように動かない。
左足を切り捨てなければ、そもそも牛歩の遁走を打つことさえ、出来ないのだ。
逃げられない。その事実が、カイルに巣食った恐怖を加速度的に上昇させる。
「助けて……誰か……助けて……!!」
もう英雄の称号にどれほど傷が付いても、どうでもいい。
この場から逃げられるのなら、たとえ腰抜けと謗られようと、臆病者と罵られようと構わない。
カイルは両足の骨を折られていなければ、すでにこの場から一目散に駆け出していただろう。
それほどまでに、「それ」と化したシャーリィの放つ凄気は高まり、カイルの心を蝕んでいた。
だがそんなカイルを、誰が臆病者呼ばわりできようか。
神殺しの英雄ですら、心が砕かれる寸前になるほどの恐怖の存在を前にして、
そこから逃げ出したいと思っても、誰がそれを責められようか。
涙すら受かべるカイルの顔。それを覗き込んだシャーリィは、ただ一言こう言った。
「だぁめ。許さないもん」
シャーリィのトーキックが、空を裂いた。
シャーリィの爪先は、過たずカイルの股間に突き立った。
ぷちゅん、という、何かが潰れるような音が2回、カイルの体内に響いた。
「いだああああああああああああアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
正気の人間なら耳を塞がずにはいられない、凄絶な叫喚が空を揺らした。
痺れるような苦いような、形容のしがたいあの激痛。
カイルの睾丸は、二つまとめて破裂していた。
シャーリィに左足を踏み付けられ、満足に身をよじることすらできないカイルは、
それでも股間を両手で押さえ、涙と鼻水と唾液をあられもなく撒き散らす。
カイルの指の股からは、尿と血液と精液とが混じり合った、体液の混合物が溢れ出る。
生きていられただけ僥倖?
それはこの痛みを直に知らぬ者の、傍観者としての無責任な発言に過ぎまい。
周知の通り、男性が睾丸に打撃を受けると、激しい苦痛が彼を襲う。
その急所の睾丸が破裂すれば、その激痛はどれほどのものか。
睾丸が破裂した際の激痛で、実際にショック死した男性も存在する。
カイルの股間を今襲っているのはすなわち、文字通りの死ぬほどの激痛。
これならば、激痛の余りショック死していた方が、カイルにとってはどれほど幸せだったことか。
生爪を剥がされるなど、足元にも及ばぬ苦痛がカイルの股間を責め苛む。
その様子を見て、けれどもシャーリィは。
「キヒ……キヒヒヒひヒヒひHI非々FUヒヒ……!」
嗤っていた。至高の愉悦に浸っているかのごとくに、嗤っていた。
カイルの絶叫は、彼女にとっては天上の妙なる調べにも匹敵する、極上の交響曲だとでも言いたげに。
「あーあ、可哀想。わたしに会う前にさっさと死んどけば、こんな苦しい思いなんてしなくてもいいのにねえ?」
言う彼女は、しかし「可哀想」という単語に、これ以上ないほどの悪意を込めて嗤っていた。
「なによ……? さっきまでクソみたいな美辞麗句を述べてたあんたが、金玉ブチ割れただけでそのザマ?
ゴミ屑以下のクソカスが粋がってんじゃねぇよ、バァカ!」
見下す……「見下ろす」ではなく「見下す」シャーリィの眼下には、
すでに命を失ったヴェイグと、恐怖と苦痛に戦意を失ったカイル。
いつの間にか、口内の舌すらエクスフィアに転じさせたシャーリィは、その無機化した舌で言葉を紡ぐ。
「本当はもっと、ゴミ屑の分際でわたしのお兄ちゃんより長く生きた罪、じっくりいたぶって思い知らせてから
殺そうと思ったけど、後が詰まってるから止めるわ」
もちろん、「止める」という言葉の含意は、もはや説明には及ぶまい。
「カイルの処刑を止める」のではなく、「カイルをいたぶるのを止める」という意味。
112名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:09:08 ID:99WVqYJGO

113憎悪の海のその果てに7:2007/05/13(日) 18:09:53 ID:/SeV+Lwc0
シャーリィは、腐敗したかのような不気味な形質を手にし、象の巨大さと獅子の鋭さを兼ね備えた脚を持ち上げる。
もちろん、シャーリィ自身の体格や体重を考えれば、スタンピングによるダメージはまだ人間のものとしては許容値。
しかし、問題はその脚力。
下手をすればドラゴンの巨体すらも支えられるほどの、強大な筋力がこもった脚でスタンピングを受ければ……
ヴェイグとカイルの下が固い地面ではなく雪原であることを差し引いたとしても、
確実に2人分の人体地図が、その上に刻まれる。
鼻も脳みそも腸も肝臓も、何もかもが同一平面上に押し広げられた、残虐非道な絵画の出来上がりである。
気の弱い人間なら、ほんの少し鑑賞しただけでも失神しかねない、前衛芸術。
シャーリィは、今芸術家と化す。パレットに絵の具ではなく鮮血を付けた、背徳の芸術家に。
ヴェイグと、その亡骸にすがるカイルに注ぐ、かすかな陽光が翳(かげ)る。
後は、全筋力を注ぎ込んで、大地を踏みしめれば――。
「お前って……」
カイルは、激痛とシャーリィの脚で遮られる視界の向こうに、彼を見た。
肉食獣の顎のような、シャーリィの右手に噛み咥えられた、1人の青年を。
音速の貴公子、グリッドを。
「お前ってさ……」
グリッドは、ただもがくでもなく、諦めるでもなく、アタモニ神に祈るでもなく。
ただ、彼が彼であるがゆえ。それゆえだけに、一言呟いた。
「……本当に、可哀想な奴だな」
ぎょろり。
シャーリィの眼光が、グリッドを射抜く。すでに、文字通りただのガラス玉と化した、左目が彼を睨みつける。
「……可哀想? ……わたしが……? ……わたしが……!?」
「ああ。俺はこの島でも、ファンダリアでも、アクアヴェイルでも、フィッツガルドでも……
お前ほど可哀想な奴は、見たことがないぜ」
シャーリィの眼光を、真正面から受け止めたグリッド。
その目は、怒りに燃えているわけでもなく。
その目は、恐怖に震えているわけでもなく。
ただただ、清らかな雫を滲ませながら、シャーリィを見ていた。
グリッドは、泣いていた。
怒りでも恐怖でもなく。
ただ悲哀で。ただ憐憫で。
「どうして……ミクトランの野郎は、お前みたいな奴をこんな島になんて呼んだんだろうな?」
(グリッド……お前!?)
そのグリッドの発言に、ディムロスは思わずコアクリスタルを輝かせる。
恐怖に鈍っていたきらめきを、再び取り戻す。
「事情はお前の仲間から聞いたぜ……。
お前は、確か兄貴を生き返らせるために、こんなことをしているんだろう?
兄貴のためならこんなことまでできるくらい、お前はそれくらい兄貴のことを愛していたんだろう?」
みぢ、と我を失っていたシャーリィの手に、力が戻る。
グリッドは苦痛の呻きを漏らした。
「あんたなんかに……あんたみたいなウジ虫にわたしのお兄ちゃんの何が分かる!?」
「分かるさ! お前はユアンとハロルドとトーマとヴェイグを殺して、そこまでして兄貴を生き返そうとしている!
兄貴を生き返すためなら、ここまでできるんだ! それだけできるなら……お前の兄貴への想いの強さは本物だろうさ」
(グリッド! お前はシャーリィの肩を持つ気か!?)
激したディムロスの怒号が、音にあらざる音として響く。
だが、その声を聞いたシャーリィは、しかし怒号を上げはしなかった。
「……へえ? 今更わたしに胡麻でもすって、命乞いでもする気?
そこの金髪のクソガキを差し出すから、自分の命は助けてくれ……ってとこかしら?」
「…………」
怒りに吼えはしない。むしろ、肩を震わせる。
次の瞬間には、悪魔じみた哄笑の声が、空を打った。
「あはははははは! 面白いじゃない!
さすが、戦う力を持たない雑魚だけあるわね、あんたは。そんな下衆な考え、この偽善者どもよりよっぽど素敵だわ。
誰かを蹴落としてでも、利用してでも、踏みにじってでも自分は助かろうとする……
最ッ高ね! あんたは多分、最高の外交官になれるわ!」
114名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:10:13 ID:FLiAU9Nj0
115名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:10:37 ID:99WVqYJGO

116憎悪の海のその果てに8:2007/05/13(日) 18:10:44 ID:/SeV+Lwc0
「…………ッ!」
げらげらと笑うシャーリィ。
そう、見たかったのはこれだ。
弱者の無様な命乞い。
助かりたいという願いの余り、誰かを蹴落とし、見捨て、切り捨てる。
この人間らしさを見たかった。
ご満悦、と言った表情を、エクスフィアに侵食された顔面に浮かべたシャーリィは、そこでひとまず笑いを止める。
「でもねぇ、残念。あんたにはあたしと取り引きできる札がないわ。
ミュゼットのクソババアも言わなかったんなら、わたしが言ってやるわよ。
暴力は他のどんな力も越える、最強の力なのよ?
そこの認識を誤魔化すクサレ脳みそどもは、生涯地を這うわ。
助かりたいって言うんなら、わたしを力ずくでブチ殺して脱出することね?
外交でのベストな取り引きの形って、何か知ってる?
『テイク・アンド・テイク』よ」
嗤うシャーリィは、グリッドを高く持ち上げ、その表情をうかがおうとする。
けれどもそれは、彼の前髪に阻まれかなわない。
代わりにシャーリィは、下品に一つ舌打ちをして見せた。
「『ギブ・アンド・テイク』じゃないわ。相手にものをくれてやるのは、それしかないときの最後の手段。
相手の弱みに付け込み、暴力で脅して、最後には力ずくで相手の持ち物を全部分捕る。
強い奴がものを持つのは当然の道理。でしょ?
だから、ミュゼットのクソババアも、口では綺麗事をほざいておきながら、
あのボケジジイのマウリッツを脅して不利な条約を力ずくで呑ませた。
まあ、結論を言うとね……」
「そんな下らねえお喋りはもう止めろ」
(!?)
「!!」
シャーリィは、その声に目を見開いた。
グリッドは、確かに涙で目を光らせていた。
「……お前は、確かに可哀想な奴だよ。人を4人も殺してまで取り戻したいくらい、
大切な兄貴を失っちまったんだから。だけどよ……だけどよ!!」
グリッドの悲哀は、その瞬間彼自身の心により溶解され、蒸発され、昇華される。
紛れもない、怒りの感情へと。
「俺はお前が可哀想だけど……いや!
可哀想『だからこそ』ッ!!
お前のことを許せねえんだッ!!!」
グリッドは、シャーリィの手の中、吼えた。
「お前だって兄貴を失えば悲しいだろう……! 兄貴を殺した人間を、殺してやりたいくらい憎むだろう!
兄貴の死にそんな怒りや悲しみを覚えるならッ!!
どうしてその怒りや悲しみを、誰かを労わる優しさに変えられなかったんだ!!?」
ぽかん、とシャーリィは毒気を抜かれたように、グリッドを見た。
そして、次の刹那、彼女の顔面に怒りの朱が散った。
「ッるせえんだよクソ雑魚がァ!!!」
シャーリィは、グリッドを握り締めたまま、思い切り彼を右手ごと振り下ろした。
雪原に叩き付けられたグリッドの体に、衝撃が走った。
それでも彼は、叫ぶのを止めない。
「お前が人を1人殺せば……その家族や友達や仲間がその死を悲しむッ! 嘆くッ!!
お前と同じ想いをする人が増えていく!!!」
「だったら何だってんだよクソボケ野郎ッ!!!」
握り締めた右手越しに、シャーリィはグリッドへ膝蹴りを見舞う。
それでも、グリッドは血反吐を吐き散らしながら、雄叫ぶ。
「それでお前は満足なのかッ!? お前にとっては、兄貴が死ぬのと同じことが、何度も何度も何度もッ!!
この島で生きている人間がいなくなるまで続いていくんだぞ!!!?」
「ッ!!!」
シャーリィの右手の力が、僅かに弱まった。
お兄ちゃんが、何度も何度も何度も死ぬ。
それは、嫌だ。
絶対に、嫌だ。
けれども、そんな事を今ほざいているのは、生殺与奪思うままの雑魚一匹。
雑魚の寝言なんぞに、耳を貸すな。
耳を貸すな!!!
117名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:11:46 ID:99WVqYJGO

118憎悪の海のその果てに9:2007/05/13(日) 18:11:54 ID:/SeV+Lwc0
「そんなこと……わたしの知ったことかぁぁぁぁぁAAAAAAA!!!」
シャーリィは、とっさに右手を離した。同時に右手を振りかざす。フルスイング。
投げつけられた砲丸のように、グリッドは、地面に墜落する。
「お前はなぁ……お前はなぁ!!」
雪原に突っ込む、ほんの一瞬前まで、グリッドは言葉を紡ぐのを止めない。
『お前は悪だ』
グリッドの頭頂が、地面に触れる。
『絶対の悪だ』
漆黒の翼の団長は、こうしてもう何度目か数えるのも億劫なほどの、墜落を迎える。
『存在を許されない、絶対の悪だ!!!』
グリッドの唇は、確かにそう紡いでいた。
股間を押さえてうずくまるカイルのすぐ近くに、グリッドは頭から墜落した。
ヴェイグの遺体。カイル。グリッド。
彼らは余りに、密着しすぎている。
これほどまでに集まっていれば、あとは一撃で全てが終わる。
シャーリィが彼らを踏みつければ、3人分の人体地図が出来上がるだろう。
グリッドは、めり込んだ頭部を無理やりに雪から引き抜いた。
即座に振り返り、シャーリィを睨みつける。
シャーリィの瞳を。シャーリィの肩口から覗ける、薄曇りの青空を。
「もういいわ。あんたらみたいな正義漢気取りのクソバカ野郎ども、もう一秒たりとて生かしちゃおけないわ。
雑魚なら雑魚らしく、強い者に媚びへつらって素直に生き延びればいいものを!」
「お前みたいな悪党に、媚びを売ってでまで生きるなんざごめんだな!」
「だったらさっさと死ね!!」
「それも断る!」
グリッドは、それでもシャーリィに啖呵を切ってみせる。
「お前のほざいていた誤りを正してやるまで、俺は死ねない! 俺は死なない!!
……お前は言っていたよな? 『暴力は最強の力だ』ってな?」
「言ったわよ? だからあんたはこれからドブネズミらしく、無様にくたばるのよ」
「違うぜッ!」
叫ぶグリッドの瞳は、ほとんど「睨む」というよりは「視線で刺し殺そうとする」というほどの力を秘め、光る。
「最強の力はなあ……『暴力』じゃねえ! 『正義』だ!!
正義を愛する心……! 正義を行う意志…!! 正義に惹かれる輝く魂!!!
正義の力の前に、敵はねえ! 悪魔だろうが怪物だろうが、破壊神だろうが滄我だろうがッ!!
どんな強敵にだって、正義は負けねえッ!!!」
グリッドは、己の言葉に一片の疑いの念も乗せずして、言い切ってみせた。
空を叩く言葉一つ一つが、さながら神の断罪の鉄槌のごとき力を持ち、振るわれる。
「うるさいんだよこの正義馬鹿の偽善者野郎!
力がなきゃ、どんなお題目だろうがあってもなくても同然のお飾りよ!!
力なき正義は無力……! 正義なき力は新たな正義!!
それを思い知ってッ!! 地獄に落ちろォォォォ!!!」
そしてさながら、シャーリィの振るう言葉の一つ一つは、煉獄から吹き上がる魔王の爆炎。
力なく悪魔の誘惑に屈した咎人を、無力という名の罪科ゆえに焼き滅ぼす硫黄の火。
シャーリィの右足は、とうとう踏み下ろされた。
グリッドらの元に、硫黄の火に代わってもたらされた滅びの審判は、「それ」の一撃。
命の火を吹き消されたヴェイグ。
恐怖に打ちひしがれ、心身ともに膝を折ったカイル。
もとより力を持たぬグリッド。
もう、この距離からでは回避は間に合わない。
(南無三……!)
ディムロスは、ありもしないはずの背筋に伝う、絶対零度の畏怖にコアクリスタルを曇らせた。
かなうことなら、1000年前の肉体を、今この場で取り戻したい。
ディムロス・ティンバーとして、残る2人の盾になりたい。
たとえ、刺し違えることになってもいい!
シャーリィの残る皮一枚、地上軍将校の誇りにかけて、引きちぎりたい!
だが、それはもはやかなわぬ。
全滅、確定。
シャーリィはその脚の裏で、強かに氷原を叩いた。
凄絶な打撃音が、この戦いの全てを決めた。

******
119憎悪の海のその果てに10:2007/05/13(日) 18:12:35 ID:/SeV+Lwc0

「……ぅしてよ……?」
シャーリィの右足は、確かに強打した。
氷原を。
そう、「雪原」でなく、「氷原」を。
「どうしてよ……? どうしてなのよ!?」
辺り一面、広がっていたのは雪原。柔らかな雪の降る大地。
厳寒の大地に存在する凍て付いた湖のような、滑らかで固い表面ではない。
「どうして……どうしておっ死んだはずのあんたが、そうやって生きてんのよぉぉぉォぉOOO緒OH!!!!」
ならば、この雪原に突如氷原が発生したのならば、その原因の説明は、ただ一つしかあるまい。
ヴェイグ・リュングベルの放った、『氷』のフォルス。
跳ね起きたヴェイグの握る、アイスコフィンから一気に成長した氷刃は、瞬時にシャーリィの右足を貫いていた。
死したはずのヴェイグの構える、チンクエディアから爆発した氷壁は、完全にシャーリィの一撃を防いでいた。
氷剣アイスコフィン。
水剣チンクエディア。
十文字に重ねられた二振りの刃が。
その刃を振るうヴェイグが。
奇跡を起こした。
起こるべくして起こった奇跡を、掴み取った。
「ヴェイグさん……どうして!?」
最初に彼の死を確認したはずのカイルが、彼の生存に一番驚いている。
当然のこと。
確かに冷たかったはずのヴェイグが、こうして生きているのだから。
リアラのペンダントでも、こんな奇跡は果たして、起こすことが出来ただろうか。
そして、ヴェイグに代わりカイルに答えたのは、グリッド。
「カイル。お前はヴェイグがシャーリィの蹴りを顔面に食らった後、すぐにお前はヴェイグの体に触れた。
その時、お前はこう言ったよな? 『ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!』ってな」
「あ……ああ」
グリッドはわが意を得たり、とばかりにしたり顔で、カイルの前で鷹揚に頷いてみせた。
グリッドは、そうして言葉を続ける。
「だがちょっとここで考えてくれよ。
ヴェイグがシャーリィの蹴りを食らってから、お前がヴェイグの体に触れるまで、タイムラグはどのくらいだ?
どんなに長く見積もったって、1分はなかったろ?
もしあのシャーリィの蹴りの時点で、ヴェイグが本当に死んでいたなら、まあ体が冷たくなるのは納得できる。
が、それはある程度の時間……
どんなに短くても、せめて数十分の時間が経たなきゃ、人間の体はそうと分かるほどには冷たくなりようがないんだ。
わずか1分足らずの間で、ましてや体が『氷みたいに』冷たくなんて、まともな体の人間なら有り得るか?
その時点で、俺はピンと来たのさ。
ヴェイグは多分、死んだふりをしてシャーリィの不意を突くハラだろう、ってな。
そうだろ、ヴェイグ?」
歯を食いしばり、剣を支えるヴェイグは、僅かに首を縦に振った。
「お前にしては、ご明察だ」
放たれたその言葉は空に散る前に、ヴェイグの口元で白く凍て付いた。
「俺が『ラドラスの落日』でクレアに施してしまったあの術を、今回は俺自身に用いた。
俺とて『氷』のフォルスの達人……ましてやここは、俺にとって最高の戦場、雪原だ。
今の俺の実力なら、肉体を急速に冷却して、鼓動も呼吸も全てを停止させた上で肉体を仮死状態にするなど、
やってやれないことはない。
ただ……」
シャーリィを氷壁越しに睨みつけ、目を離さないヴェイグ。
その口元からは、一筋血が流れ落ちている。
その血もやがてヴェイグ自身のフォルスで凍り付き、そして流れ落ちるのを止めた。
「……肉体を仮死状態にするのは、やはり反動が半端じゃないな……
ましてや、こんな短時間で肉体を凍結させ、また解凍するなんてな。
鼓動を止める時は、危うく『落ちる』かと思った。もう二度と、こんな無茶は御免だ」
その言葉を最後に、ヴェイグは再び地面に膝を突いた。
氷壁は、脆くも砕け散った。
120名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:12:46 ID:99WVqYJGO

121名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:12:47 ID:FLiAU9Nj0
122名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:13:54 ID:99WVqYJGO

123憎悪の海のその果てに11:2007/05/13(日) 18:14:13 ID:/SeV+Lwc0
シャーリィの脚は、ヴェイグの鼻先、ほんの僅かの隙間を設けて、雪原に着地した。
シャーリィは、体内で砕けた氷の冷たさと痛みに、思わず絶叫。
たたらを踏みながら、思わず後方によろめく。
その隙を縫い、砕けた両足を引きずり、カイルは匍匐前進でヴェイグの元に縋り寄る。
一度は取り落としたディムロスを、もう一度握り締め。
「ヴェイグさん!!」
「カイル……!」
ヴェイグは、意識を保つのがやっとというほどの強烈な疲労に負けじと、必死に目をしばたたく。
「ヴェイグさん……ありがとう……!」
「礼には及ばんさ……。俺は……お前に…………!」
だが、そのヴェイグの意志力を以ってしても、これ以上体を支えることは不可能だった。
どしゃ。
ヴェイグは、その身を雪原に投げ出した。
「!! 駄目だ、ヴェイグさん! 死なな――」
(安心しろカイル。ヴェイグは死んではいない)
思わずヴェイグの肩を支えたカイルは、すかさず手の中の剣に嗜めを受けることとなる。
「ディムロス! どうしてそんなことが!?」
(向こうに存在する、魔杖は未だ凍り付いている。ヴェイグはただ、疲労で意識を失っただけだ。それより、だ)
どずん。
カイルの腹に、雪の冷たさとはまた別の感覚が走り抜ける。
雪原を揺らす、震動。
「DOヴぉ痔てさっさとくたバラneeんだ予ォォォォ!!!!?」
ヴェイグの氷刃で貫かれた傷口から、腐液を垂れ流す「それ」。
シャーリィは、まだ生きている。
残された皮一枚は、まだ繋がっている。
皮半枚。皮半枚で、「それ」は踏み止まっている。
怪物じみた、などという陳腐な言葉では表しきれないほどの、思わず「不死身」と形容したくなるシャーリィの生命力。
そして、その生命力を支える、執念。
恐怖すら感じるほどの、凄まじ過ぎるシャーリィの執念。
だが、恐怖などに潰されはしない。
恐怖を真正面から睨みつけてやる。
恐怖など、それに倍する勇気で呑み込む!
グリッドが示した勇気で。
ヴェイグが見せた勇気で。
カイルは、局所を潰され、両足をへし折られた重傷などまるで意に介さぬかのごとくに咆哮。
握り締めたディムロスが、カイルの怒りを糧に燃える。灼熱色に、光り輝く。
カイルは残された腕の力だけで、ディムロスを振りかざした。
狙い澄ますは、ヴェイグの貫いたシャーリィの右足。
同じ傷口を、何度も抉る。強靭な甲殻で防御を固めたモンスターを討つ際の、定石。
カイルはディムロスに、ディムロスを持つ手に渾身の筋力を込める。
「父さん……オレに力をッ!」
(スタン! お前は、お前の息子の剣に、確かに生きているぞ!! 放てカイル! 術剣技ッ!!)
「紅蓮剣ぇぇぇぇぇぇぇんッ!!!」
カイルの勇気。スタンの血。ディムロスの伝承。
それら三者が、カイルの腕より猛火の車輪を生み出した。
地表すれすれを驀進する炎の円輪は、雪面をその熱気だけで削り取りながら、同じく地表すれすれの標的を狙う。
その疾きこと、地を這う獲物を狩る豹の疾駆の如し!!
斬ッ!!!
「それ」は、痛みの余りに叫びを上げた。
シャーリィの肥大化した指の股に食い込むディムロスは、しかしそれでもなお足りぬとばかりに、炎気を迸らせる。
ハロルドが旅の最中、カイルに講釈してくれた土木作業機械……
俗信には、神をもバラバラにする兵器ともされる工具「チェーンソー」の刃のように、ディムロスは回る。
シャーリィの右足を、削り斬る。
「ク憎ぉァァァァァaaaARRRRRR!!!!」
絶ッ!!!
シャーリィの右足は、綺麗に左右に両断された。
先ほどの左手とは違う。今度はその中までが、異形の組織に冒されている。異常なほどの速度で進む、病の証左。
右足の開きをこしらえたディムロスは、そのままシルヴァラントの神子コレットの操るチャクラムのように、
回転しながらカイルの手元に再び収まる。
124名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:14:47 ID:99WVqYJGO

125名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:15:06 ID:FLiAU9Nj0
126名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:15:20 ID:wU9TnFgN0
 
127憎悪の海のその果てに12:2007/05/13(日) 18:15:23 ID:/SeV+Lwc0
シャーリィは、開きにされた右足から、地面にくずおれた。
足を殺した。残るは右手……そして左足。
「オレも両足が2本……お前も腕と足、合わせて2本。これで、おあいこだ!!」
厳密に言えばおあいこではないが、カイルはあえて叫んだ。
股間の訴える激痛を、しかしエクスフィアを持たぬカイルはその気合だけで捻じ伏せ、叫ぶ。
その間にも、シャーリィは体勢を必死に立て直した。
きれいに両断された右足は、すでに体を支えるには何の足しにもならない。
だが、それでもシャーリィは立ち上がる。
さながら秘めた妄執を、3本目の足として用いるかのごとくに。
だがその妄執すら、とうとう始まってしまったシャーリィの肉体の自壊を、止めることはできなかった。
全身の組織が、悪しき色彩が、グラデーションを起こす。
耐え切れなくなった全身各所からは、つい先ほどまでシャーリィの左手断面からしか吹き出ていなかった、
あの腐液を吹き始めた。
ほつれ、綻び、そこから涙のようにじくじくと粘液を垂れ流す。
地面に落ちるたびに、雪が焼かれ蒸発する。
二股にされたシャーリィの右足は、すでにいかなる生物学の理論を用いても説明できない、謎の組織と化していた。
「あの結晶に体が冒される速度が……早過ぎたんだ、腐ってやがる……!」
グリッドは呻いた。シャーリィが口元から吐き流す、泥のような汚液に顔をしかめる。
「VORRRRRご下ボああああああaaaaAAAAR瑠RR!!!」
今のシャーリィの肉体の形は、すでに人間というよりは、バイラスか何かに近かった。
ここまで変異が進めば、シャーリィの未来は決したといってよかろう。
そう遠くない未来、シャーリィは奈落に落ちる。
だが奈落の王からの招来を、それでも頑なにシャーリィは拒んでいた。
(本当に……こうなるのがお前の望みだったのかよ、シャーリィ。
シャーリィにこうまでして生き返してもらって、本望に思うのか、シャーリィの兄貴さんよ?)
もう、彼女の心に愛する兄の面影は在るのだろうか。
グリッドはそれを思うと、余りの理不尽さにもどかしさすら覚える。
この少女の……「それ」と化してしまった1人の水の民の少女の、凄惨な有り様ゆえに。
これが「愛」の行き着くべき姿なのか。
「愛」ゆえに享受しなければならなかった、運命なのか。
「愛」という、人の心に宿った最も美しい輝きが、人としての尊厳をこうまで粉微塵に打ち砕くものなのか。
違う。そんなはずはない。
グリッドは、否定した。
彼女もまた、ミクトランのこの姦計の犠牲者なのだ。
本来なら人と人との間に慈しみを生むはずの「愛」という感情に、吐き気のするような邪悪を注入され、
そしてそれが行き着くべきところまで行き着いてしまったのが、今の彼女なのだ。
悪魔のような性根を持つ、ミクトランのような輩にかかれば、「愛」という想いすらもこんな形で結実する。
グリッドは、もう何度目かも分からぬミクトランへの義憤……憎悪のレベルにすら達した義憤に、静かに悶える。
グリッドの視界は、霧以外の、もう一つの要素で霞んでいた。
「漆黒の翼の規則……『罪を憎んで人を憎まず』。
でも、俺じゃあ、お前という人を憎まず、お前のその歪んだ心を憎むことなんて、到底出来やしねえよ……!」
「これ」は、昨日殺したのだ。
大切な仲間である、ユアンを。
「これ」は、その罪科ゆえに1人の女性の心を砕いたのだ。
大切な仲間である、プリムラを。
「だから……もう止めにしようぜ。俺達は、お前の命を背負って、絶対にミクトランを倒してみせる。
俺たちはもう、握手を交わすには、お互い余りに遠く離れ過ぎちまったんだ」
シャーリィの背後で、若き蒼炎の鳳凰が羽ばたく。
グリッドはその鳳凰の正体を知りながらも、驚いたり歓喜に打ち震えたりといった、そんな感情はまるで湧かなかった。
「お前には、『ごめん』とも『許せ』とも言わない。俺には、そんな事を言う権利はない」
蒼炎の鳳凰は、その嘴を時空の理力もて極限にまで研ぎ澄まし、己の贄(にえ)たる存在を強襲した。
上段と下段に構えられた時空の双刃が、鋭利無比の鳳凰の嘴さながらに、一陣の熱風を巻いて振るわれた。
ロイド・アーヴィングの『鳳凰天駆』は、シャーリィの右手だった肉塊を斬断し、焼灼する。
切り離された肉塊は、そのまま地に落ちる間もなく、ただの灰と化し風にさらわれた。
「でも、ただ一言だけ、言わせてくれ」
慟哭にも似た咆哮を上げるシャーリィは、しかし切断された右手の痛みを存分に味わう間もなく、宙に浮かんだ。
刹那、時の流れが歪み出した。
128名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:16:02 ID:wU9TnFgN0
 
129名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:16:04 ID:FLiAU9Nj0
130憎悪の海のその果てに13:2007/05/13(日) 18:16:16 ID:/SeV+Lwc0
「それ」の周りで、生きながら火に焼かれる蛇の身のように、時がねじれる。
時の歪みは、そして一瞬の間を置いてから、物質世界に反映される。
シャーリィの両足が、まるで下女の絞る雑巾のように、螺旋を描き始める。
生物という定義からもはみ出たような「それ」は、けれどもそのねじれを前にしては無力だった。
筋肉が裂けるみちみちという音、骨が擦り砕かれるごりごりという音。
ここに「それ」の悲鳴が加われば、悪夢の三重奏が出来上がる。
物質から成る生命体に、時の精の加護なければ、この攻撃を防ぐことは不可能。
滝のように流れ出る腐液は、それでも時の歪みに吸収され、一滴たりとて雪原には落ちなかった。
「お前は、本当に可哀想な奴だな」
「それ」の両足は、時の歪みに呑まれ、根元から千切れ虚空へと消え去った。
キール・ツァイベルの『ディストーション』は、シャーリィの両足の全てを、
バテンカイトスの彼方に持っていった。

*****

「ねえ、お願い……助けて」
雪原に転がった、人とエクスフィアの合いの子は、必死で呟いた。
右手、右足。
左手。左足。
全てを失った、堕ちたる海神の巫女。
アクアヴェイルの言い回しを知る者には「達磨にされた」と言えば、すぐにその惨状が理解できよう。
そして、残された彼女の体に、すでにエクスフィアならざる部位は、残されていなかった。
エクスフィアの肌。
エクスフィアの歯。
エクスフィアの肌。
輝石は、今や口内にまで侵入していた。
彼女の体内にまで、無機なる結晶の死の洗礼が及ぶのは、もはや時間の問題だろう。
「お願い……わたしが……わたしが悪かったわ。助けて……助けて……!」
そんな中、水の民の象徴とでも言うべき金の髪だけが、エクスフィア化を免れていたのは、ひどく不釣り合いに映る。
それは、まるでシャーリィが始めてエクスフィアの毒素に身を晒した、あの時の姿を思い起こさせる。
もとい、思い起こさせていただろう。ここにダオスかミトス、どちらかがいたのなら。
「助けて……! 苦しい……苦しい……!」
哀れな声を上げるシャーリィ。
しかし彼女を取り巻く空気は、もはや「剣呑」という形容以外当てはまらない、不穏なものでしかなかった。
じゃきり。
彼女の凶手により、左目の光を失った氷の剣士は氷刃を鳴らせる。
「今更になって無様に命乞いか? ……厚顔無恥にも限度というものがあるだろう、シャーリィ!」
ヴェイグが手にした、長大な氷柱の刃にまとわれた剣の切っ先は、彼女の首筋に沿い佇む。
結果としてジューダスから受け継ぐことになった氷剣、アイスコフィンの切っ先は、
あと一振りでシャーリィの首を刎ね飛ばす事だろう。ヴェイグがそうしようと望みさえすれば。
「今までお前がやってきたことを、振り返ってみろよ!
お前は今まで、何人殺してきた!? 何人オレ達の仲間を殺してきた!!?」
(無様なものだな。貴様が先ほど吐いた言葉をそのまま返させてもらおうか。
貴様は、そんな甘い覚悟で3人も殺したのか?)
両足と局所を砕かれたカイルと、そして彼の手の中のソーディアンは、炎のごとくに苛烈な言葉を彼女に浴びせた。
「いや……殺さないで! お兄ちゃんに……お兄ちゃんに会えなくなるのは――!」
「もうお前は黙れ」
そんな中、シャーリィを囲むようにして作られた車座から、1人の男が出てきた。
キール・ツァイベル。絶体絶命の窮地に割り込み、ヴェイグとカイルとグリッドを、ロイドと共に救った晶霊術師。
気付け代わりの『ヒール』でヴェイグを起こし、そして解凍してもらった杖を握り、シャーリィに迫る。
赤黒い、混沌の心臓の嵌め込まれた杖、魔杖ケイオスハートを片手に握り。
「これ以上お前の命乞いを聞いていると、こっちの耳が腐る。
お前はさっさとこの杖に命を捧げて、心おきなくバテンカイトスに逝け」
普段の彼を知る者なら、この言葉を聴いた瞬間、その眉を跳ね上げていただろう。
余りに苛烈、余りに無慈悲。それこそが、彼の「鬼」になるという覚悟の表れ。
その厳烈な言質に、思わずシャーリィは震え上がった。
エクスフィアに冒され、満足な発音も出来ぬ喉から、声を絞り出す。
131名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:16:47 ID:wU9TnFgN0
 
132名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:16:54 ID:99WVqYJGO

133名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:17:10 ID:FLiAU9Nj0
134憎悪の海のその果てに14:2007/05/13(日) 18:17:10 ID:/SeV+Lwc0
「いや! 止めて……死にたくない!」
「黙れと言ったはずだ、くたばり損ないの化け物め」
「化け物じゃないぜ、キール」
車座の中、突如声が上がる。
この車座の中で唯一、その背に大いなる翼を負った1人の少年。
大天使、ロイド・アーヴィングは、目を伏せながら言った。
「その子は……シャーリィは、病気なんだ。永続天使性無機結晶症。
エクスフィアを装備した際、数百万人に1人の確率で発症する、エクスフィアに対する肉体の拒否反応だ」
「拒否反応……つまりは、肉体の異常な抗原反応か。
レオノア百科全書第3巻に記述されていた、『アレルギー』みたいなものなのか?」
キールは、雪原に倒れたシャーリィから、一瞬も目を離さず。
それでいて、ミンツ大学の学士としての好奇心を忘れず、ロイドの話に静かに傾聴する。
ロイドは、浅く頷いた。
「ああ、ジーニアスもそんな事を話していたし、そういう考え方で間違いないと思うぜ。
……道理でおかしいと思ったんだ。いくらシャーリィがメルネス……ええと確か、海の神の巫女だよな?
その海の神の巫女だからって、エクスフィアの毒素に生身で耐えるなんて、な」
何かわけや裏があると思ったぜ、とロイドは締めくくる。
キールは、シャーリィから目を反らさずして、事務的に聞き返した。
「その永続天使性無機結晶症とやらに、患者の戦闘力や凶暴性が上がる、みたいな症状はあるのか?
もう少し噛み砕いて言うと、こいつがいきなり手足を再生させて、僕らに襲いかかったりする危険性は?
それから、治療法はあるのか?」
そして次に、ロイドの首は横に振られた。
「いや、永続天使性無機結晶症は、いきなり患者が怪物になったりするような症状はない。
肉体のエクスフィギュア化と、永続天使性無機結晶症は別件だ。
今回シャーリィの体には、それが同時に起こったみたいだな。それから――」
ロイドは静かに瞳をまぶたで覆いながら、言の葉を紡ぐ。
「――永続天使性無機結晶症の唯一の治療法は、ルーンクレストっていう、
ドワーフの技術と希少な材料を必要とする、特殊な要の紋をエクスフィアにはめ込むことだ。
だけど……」
ここには、ルーンクレストは存在しない。それは、空しい仮定に過ぎない。
厳密に言えば、ルーンクレストがここにないわけではない。
ただカイルの持つルーンクレストの存在を、ロイドが知らないに過ぎない。
そしてカイルは己の持つ装飾品が、そのルーンクレストであることを知らない。
一同がルーンクレストの存在を知るのは、よってほんの少し未来に先延ばしされることとなろう。
よって今はまだ空しいその仮定を、ロイドは口にし、視線を滑らせる。
一瞬、ほんの一瞬だけロイドは瞳を閉じた後、シャーリィを見た。
とうとうシャーリィの肉体は、最後に冒されずに済んでいた箇所、髪の毛までも輝石に蝕まれ始める。
これはもはや、ルーンクレストの有無が問題ではない。ロイドはその旨、一同に報告する。
「……もしここにルーンクレストがあったって、もうその子は助からないと思う。
その調子ならもう内臓も完全にエクスフィアにやられているだろうし、それに何より病気の進行速度が早過ぎる。
実は俺の仲間のコレットも、この病気にかかったことがあったんだけど、
その時も病気にやられたって俺達が気付いてから、慌ててルーンクレストの材料を集めても、何とか間に合った。
それなのに、今のシャーリィの病気の進行速度は、本来の数百倍、数千倍の速度で進んでる。
原因は、分からないけどな」
「妥当な推測としてはおそらく、シャーリィの特殊な体内の晶霊力バランスが原因と見るべきだろう。
ロイドの住んでいたシルヴァラントの人間に比べ、シャーリィのエクスフィアに対する抗原反応は、
単純計算なら数百倍か数千倍の強度で起こるんだと思う。
本来はエクスフィアが脱離しなければ起こらないはずの肉体のエクスフィギュア化が、
エクスフィアの脱離なしに起こったことが、その論拠だ。
つまり、シャーリィはもともと、エクスフィアに対するアレルギー体質だった、ってことだな。
その性質が水の民共通のものなのか、メルネスであるシャーリィだけの特異体質なのか、までは判断できないが」
その仮説を展開する間にも、キールは瞬きの時間すら惜しいとばかりに、シャーリィを睨みつける。
「助けて……暗い……暗いよ……!」
135名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:17:32 ID:wU9TnFgN0
 
136憎悪の海のその果てに15:2007/05/13(日) 18:18:11 ID:/SeV+Lwc0
目の前の、人間の形を辛うじて留めた、生きているエクスフィアは虚空を掻いた。掻こうとした。
達磨にされたシャーリィには、それはかなわぬ話であったが。ただ、芋虫か何かのように蠢いてみせるだけだった。
キールは、そんなシャーリィにまるで汚物でも見るような視線を浴びせ、そして吐き捨てる。
「お前みたいな屑には、ふさわしい死に方だな。お前に人間として死ぬ権利はない……化け物として死ね!」
「違う……わたしは……化け物じゃない!」
「そんな得体の知れない、石と人間の合いの子の分際が、寝言をほざくな……!
お前をは化け物じゃないって言うなら、何だって言うんだ?」
氷刃をシャーリィの首筋に突きつけるヴェイグも、その言質には同意を示した。
「キールの意見に賛成だ。どこからどう見ても、お前は心も体もバイラスか何かだろう。違うか?」
カイルも、またディムロスも呼応して、首肯する。
「オレの両足を予め折っておいて正解だったな……!
この足が動けば、オレはもうとっくに、この場でお前に引導を渡してやっているぞ!」
怒るカイル。
(軍人は軍に志願する時、己の命に毛ほどの重さなし、と軍人勅諭にて叩き込まれる。
自らの命の軽きこと、鴻毛のごとし……それを肝に銘じぬ不覚悟な者に、相手の命を奪う権利はない!)
炎上するディムロス。
「ごめんなさい……許して! もうしないわ!」
シャーリィは、断末魔の悲痛さを帯びて、一同の怒りを受け止めた。
それでも、一同の怒りは収まるどころか、ますます燃え上がる。
こんな不覚悟な者に、友の、仲間の命を奪われ、また自らの命を奪われかけたとあれば、それも止むなしか。
その様子を、ただただグリッドは下唇を噛みながら、忸怩たる思いで眺める。
メルディは、わけも分からずクィッキーをその手の中で戯れさせる。
そして。
「なあ、みんな」
光翼を帯びた少年の静かな呟き。
「もう、その辺で、止してやれないか」
シャーリィに悪罵の声を浴びせる一同の中から、その声が湧いた。
もたらしたのは、ロイド。
静かな、静かな光を、瞳の奥で揺らせる。
そしてメルディを除き、全員が思わずロイドの方を向いた。
「その子は、どの道もう助からない。さっきそう言っただろ?
今この場で誰かがその子を手にかけたって、ほんの少し死期が短くなるだけだ。
今までさんざんに人を殺した罰は、永続天使性無機結晶症で、十分に償われるだろうさ。
こんな死の恐怖を味わいながら、人間としての尊厳を欠いた死に方をしなきゃいけないんだ。
十分、もう十分だろう?」
ぽかん。
一同は、そのまま開いた口を塞ぐことができなかった。
次の瞬間には、猛反発の声が迸る。キールが、その声をロイドに叩き付ける。
「何を言っているんだロイド! お前はこいつの肩を持つつもりか!?
こいつは今まで、人を何人殺してきたと思っている!? どれだけ痛めつけたと思う!!
こんな気持ちの悪い結晶に体の覆われた化け物に、人権を認める必要が何処に……!!」
「じゃあキールはリッドやメルディが永続天使性無機結晶症にやられてッ!!!」
怒号。
ロイドが返したのは、それに倍する怒号。
普段から頭の上で屹立している鳶色の髪が、更に怒りで逆立ち震える。
キールは、その剣幕にそれ以上の言葉を制された。
沈黙の帳が、重く一同の肩にのしかかる。
それを静かに破ったのは、ロイド本人。
「……永続天使性無機結晶症に冒されて……そんな風に体がエクスフィアに変わっていったからと言って、
リッドやメルディを化け物呼ばわりして、人間じゃなくてモンスターか何かと同じ存在として、
扱うことができるのかよ?」
「……え?」
キールは間抜けに思いながらも、そんな呆けたような声しか返すことが出来なかった。
てっきり、ロイドのことだから、シャーリィを絶対悪として扱う態度を糾弾すると思っていた。
けれども、それはキール自身の勝手な思い込みに終わった。
それを尻目に、ロイドは今度、怒りではなく悲しみに眉を歪ませ、一同に語りかける。
「その子は人間だ。たとえ体がエクスフィアに冒されたって、人間なんだ。
だからその子の事を、『化け物』だとか『気持ち悪い』だとか言うのは、止めてくれよ」
137名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:18:12 ID:99WVqYJGO

138憎悪の海のその果てに16:2007/05/13(日) 18:19:27 ID:/SeV+Lwc0
「……いきなり何を?」
そのロイドの反論に、ヴェイグまでもが怪訝そうに言葉を発する。
ロイドは、ヴェイグにも答えて曰く――
「さっきも俺は言ったろ?
俺の仲間も……コレットも一度、この病気にやられたことがあるって。
コレットはその時きっと、すごく怖かったと思う。
コレットが永続天使性無機結晶症にやられたとき、俺達にはずっとそれを隠していたんだ。
フォシテスって奴に肩の衣を焼かれて、俺達がその病気に気付くまでな。
自分の体を見せて気持ち悪いって思われないか……自分のことを化け物って呼ぶんじゃないか……って、
それが不安で、恐ろしくて、病気のことを誰にも相談できずにいたんだ。
だからコレットはその時まで、ずっと1人で、体をエクスフィアに蝕まれる恐怖と戦ってきたんだ。
旅の途中から、リフィル先生やしいなや、プレセアにも着替えや風呂を見せたがらなかったのは、
そういうわけだったんだ」
「それがどうだって言うんだよ、ロイド!?」
カイルは、憤怒よりはむしろ、困惑の表情を浮かべてロイドに叫んだ。
ロイドは、肩を、背の翼を、わなわなと震わせ、そして言葉をこぼした。
「みんなにシャーリィを憎むなとは言わない。俺だってジーニアスやゼロスや、しいなを殺した奴は憎いさ!
でも! せめてシャーリィのことを化け物なんて、言わないでやってくれよ……!
その子はコレットと同じで、自分の体がエクスフィアになる恐怖に、1人で戦ってきたんだ!
俺にはその恐怖がよく分かる。今俺の体は無機生命体化してる。
息をしなくても苦しくならない。眠くもならないし疲れも感じない。心臓だって、動いていない。
今の俺の体はほとんど、ゾンビやヴァンパイアみたいな、アンデッドと同じなんだ。
生き血や死肉すら摂らなくたって、マナさえあれば生きていける」
その話に、一同は驚愕。
皮肉。
これほどの皮肉が、あろうものか。
俗に天使は天界の使者と呼ばれ、闇の世界に生まれた生命体を調伏する、光の審判のもたらし手とされる。
そのアンデッドの天敵とも言うべき天使が、実はアンデッドに近い体を持ち、存在しているなど、
これほど皮肉な話が、あるものなのか。
ロイドの眉間に、深い深い皺が、いつの間にか刻まれている。
「無機生命体化と永続天使性無機結晶症は、厳密な話をすればちょっと違う。
でも、自分の体がエクスフィアや、アンデッドになる恐怖は……まともな人間の体じゃなくなる恐怖は、
みんなも何となく分かってくれるだろ?」
ヴェイグは、静かにロイドの言葉を首肯し、同時に驚いてもいた。
「ロイド……お前はそこまでの覚悟で、体を天使化させていたのか……!」
「無機生命体化なんて、天使に生まれ変わるって言えば聞こえはいいだろうさ。
でもその実態は、生ける屍になるのと何ら変わりはない。そうだろ?」
一同は沈黙するほか、なかった。その沈黙に、ロイドへの同意を込めるほか、成しうることはなく。
グリッドは、あられもなく涙を垂れ流し、服の裾を濡らしていた。
ロイドの悲愴なまでの覚悟を、ただ静かに受け止め、しくしくとすすり泣いている。
立ち上がるロイド。
その足は、シャーリィの方向を向いていた。
一同は、息を呑む。それでも、誰もロイドを止めなかった。止められなかった。
ロイドの足元に蠢く、おぞましい生命体。
青緑色の芋虫は、すでに人としての言葉さえ、失いつつある。
しゃがみ込むロイド。
そして。
「俺はお前の兄貴じゃないけど、お前の兄貴の代役にはなれるよな?」
その両手を、翼を、広げる。
包み込む。
グロテスクに蠢くエクスフィアの石像を。出来損ないの女神の像を。
それが数刻前まで、水の民の形質を辛うじて保っていた、シャーリィ・フェンネスであったとは、誰が想像できよう。
それを各自、その目で確かめていたはずのヴェイグやカイルらですら、信じられないのに。
そして抱きしめる。
人肌の温もりなど、すでに拭い去られてしまったエクスフィアの肌がただ痛々しくて、ロイドは悲痛に息を吐き出した。
そのエクスフィアの冷たさを更に拭おうとして、人肌の温もりを分けようとして、ロイドはシャーリィを強く抱く。
同じく温かい血の流れない無機生命体の体で、温もりなど当然与えられるはずもなく。
それを承知で、ロイドはシャーリィを抱擁する。
空色の光翼が、ロイドの体を、そしてシャーリィの体を取り囲む。
139名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:19:43 ID:FLiAU9Nj0
140憎悪の海のその果てに17:2007/05/13(日) 18:20:24 ID:/SeV+Lwc0
「グッド・ナイト……とでも言うべきなんだろう、な」
ヴェイグは、呟く。心ここに在らずといった様子で、静かに。
ヴェイグの目に映るロイドは、どう考えてもあのおぞましいアンデッド……
カレギア風に言えば、バイラス化した生物の遺体の仲間だとは、どうしても思えない。
キールは、霊峰ファロースのふもとに建つ、セイファート教会のステンドグラスを思い出していた。
カイルは、グリッドは、ストレイライズ大神殿の大理石の彫刻を、心に描いていた。
ロイドが、アンデッドの仲間であろうものか。
その姿は、たとえ大罪人であろうと、黄泉の国への旅立ちを安らかに迎えさせんと見守る、慈愛の大天使。
それ以外、どう形容しろというのか。
怒りが、憎しみが、気が付けば、心の中から溶けて流れ去っていた。
「俺……俺さ……」
相手を罪人と知りながらも、それでも安らかな永久の眠りを望む大天使を前に、グリッドは呟く。
「俺……こうなっちまう前に、シャーリィと会いたかったな……今、俺は心の底からそう思うぜ」
「だが現実には、俺達はこうして限りあった出会いを迎え、そして別れ行く。……思えば確かに、不条理なものだ」
ヴェイグは言う。心の底から湧き上がる、シャオルーンの波動が心地よい。
シャオルーンが認めるなら、それは己の心が真に在りたいその姿を取っていることの証拠。
心を熱し苛む怒りも、煮立たせ煩わせる憎しみもない、穏やかなこの心。
これこそがヴェイグが認め、そしてシャオルーンに証明された、想いなのだ。
「変だよな、オレ。……さっきまであんなに憎かったシャーリィが、どうしてこんなに哀れに思えるんだろう」
(それは、お前もロイドも、本質的には甘ちゃんだからに過ぎまい)
ディムロスは、ロイドを見るカイルに言う。
コアクリスタルの輝きは、カイルを突き放すようでいて、それでもどこか突き放しきれない。
ディムロスはそのもどかしさを、ただ心の声と共に吐き出そうと努めた。
(まったく、お前達は揃いも揃って下らん感傷などに浸って……下らん、実に下らん。
自己満足で敵に慈悲をかけ、それを尊ぶなどな。
だが……)
それこそが、英雄の素養なのかも知れない。ディムロスは送話機能を切ってから、1人ごちる。
敵にさえ慈悲をかけ、尊厳を認め、哀れむ。
その心の強さを、人がみなすべからく持っていれば、この世はどれほど素晴らしい桃源郷だろう。
敵でさえも救うその意志を、天上人が始めから持っていれば、そもそも天地戦争は起こらなかっただろう。
彗星の衝突がもたらした冬の中、手を取り合い助け合うことが出来れば、どれほどの人が助かったか。
天地戦争に勝利するよりも、遥かに多くの人を救うことが出来たのは、少なくとも確実――。
(!!!)
ぞくり。
ディムロスは、刀身全体が震え上がったかのような錯覚に捕らわれた。
ディムロス・ティンバーであった頃、自分自身や仲間を何度も死地から救った、戦士の勘。
鋭く鋭く鍛えられたその勘が、突如警鐘を最大音量で鳴らした。
このままでは、誰かが死ぬ。誰かが……誰かが……!
(いかん! ロイド!!)
ディムロスのコアクリスタルは、確かに映していた。
ロイドの胸の内に抱かれる、シャーリィの瞳を。
エクスフィアの奥に燃える、殺意の業火を。
「ONIICHAaaaAAAAAAHHHHHN!!!!」
それでも、ディムロスが警告を発したときには、全てが終わった。
過程を経た後に訪れる結果は、一本に絞り込まれていた。
シャーリィの右手の断面から噴出した、数十もの触手の束。
もしここにスタンかハロルドがいたなら、確実にあの光景を思い出していただろう。
エクスフィギュアと化したマウリッツが繰り出してきた、触手攻撃。
水の民の遺伝子とエクスフィアが反応することにより成り立つ、本来のエクスフィギュアには不可能な攻撃。
その一撃が、大木を割り裂く雷霆のごとくに、貫き去っていた。
ロイドの左胸を。
直撃。
密着間合いゆえの、直撃!
141名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:21:13 ID:99WVqYJGO

142憎悪の海のその果てに18:2007/05/13(日) 18:21:36 ID:/SeV+Lwc0
「あ……」
キールは、一瞬の困惑。
「ああ……!!」
続けて、絶望。
「ロイドぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!」
更に、激怒。
「貴様ァァァァァァァァァーーーッ!!!」
反射的に、魔杖ケイオスハートを投擲。普段のキールを知る者からは信じられぬ、鬼神の表情。
キールの体内の憎悪は、一陣の破滅の矢と化し、空を舞う。
「…………!」
シャーリィの触手によりぶち抜かれ、体内から、それがはみ出ている。ロイドの、心臓。
ケイオスハートは、命という名の禁断の果実への飢えを隠さずして、風を裂く。
「ぐふおっ……!」
シャーリィが放った触手の束の先端にぶら下がる、ロイドの心臓は、刹那。
ケイオスハートの石突きは、間違いなくその方向を向いている。
「ああああああ!!」
みぎゅり。みぎゅり。
ケイオスハートの石突きは、シャーリィの盆の窪を狙う。
「あ……! ああ……!」
触手は、すり潰す。ロイドの心臓を、ただの挽き肉にする。
この位置。速度。もはや、何人たりとて、防ぐことは出来まい。
鮮血が垂れて/空を貫いて
ピンクの挽き肉が地面に降り注いで/とうとう石突きがシャーリィの後頭部に触れて
ロイドの命の源が雪の大地を汚して/シャーリィの脊の髄を割り穿って



それで、全ては終わっていた。
それが、結果。
いつの間にか、雪が蒸発して生まれた霧は、風にさらわれていた。
かりそめの空に浮かぶかりそめの太陽が、再び雪原を眩しく輝かせる。
その世界の中でも特に、二者は眩しかった。
魔杖ケイオスハートを後頭部に突き立てられ、命を失ったシャーリィと。
シャーリィが最後っ屁とばかりに繰り出した触手で、心臓を失ったロイドと。
空しげに吹き過ぎる風、一陣。
ケイオスハートの宝玉が、歓喜に耐え切れないといった様子で、赤黒く輝いた。
とうとうこの島で食べることの出来た、初めての命。シャーリィの命。
神の美酒にも勝る、禁断の果汁の味わいに感じ入るように、ケイオスハートは禍々しく震えた。
「…………か……よ……」
ロイドは、血反吐を吹いた。
「これが……お前の望みかよ……!」
もしシャーリィを叩き伏せた後、天使化を維持していなかったなら、間違いなく死んでいた。
「本当に、これがお前の望みだったのかよ……!」
心臓を失う。それはすなわち、血の流れる生命体にとって、死と同義語。
「それで……お前は満足だったのかよ……!?」
だが、肉体の無機化が、絶対の死であるはずの心臓の喪失から、致死性を奪い去っていた。
「お前の兄貴は、満足なのかよ!?」
ロイドは奇跡の生還を果たし、そして未だその生を、紙一重のところで繋いでいた。
「ちくしょう……!」
ロイドは、腕の中で抱いたエクスフィアの石像を、焦点がなかなか合わない瞳で見ながら、歯噛みして呻いた。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
143名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:21:52 ID:FLiAU9Nj0
144憎悪の海のその果てに19:2007/05/13(日) 18:22:15 ID:/SeV+Lwc0
ロイドの腕の中の石像は、不気味に顔を歪めていた。
自らの取り付かれた妄執に、余りに素直でありすぎたがゆえに。
どれほど狂気と背徳の世界を知り尽くした彫刻家ですら再現できない、その表情を張り付かせていた。
笑顔は、余りにも邪悪すぎた。
邪悪すぎて、未だ生きているかのような錯覚さえ感じるほどに。
シャーリィ・フェンネスは、その命の最後のひとかけらまでを、愛する兄に捧げた。
悲しいほどに、愚かなまでに、ひたむきに。
その表情は、もはや人間のものではありえなかった。
それは邪神の偶像と評するに何ら異論のない、狂気の産物だった。
ロイドは、文字通り胸が潰れるほどの、凄まじい慟哭を空に響かせた。
(お兄ちゃんに会うために、お前は死ね)
その表情にありありと浮かんだ、その悪意そのものの意志だけがただ、この雪原に空しくわだかまっていた。
145名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:22:30 ID:wU9TnFgN0
 
146名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:23:13 ID:99WVqYJGO

147憎悪の海のその果てに20:2007/05/13(日) 18:23:18 ID:/SeV+Lwc0
【グリッド 生存確認】
状態:更に強まった正義感 全身打撲 プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ハロルドメモ プリムラの遺髪 ミスティブルーム ロープ数本
    C・ケイジ@I ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ
基本行動方針:漆黒の翼のリーダーとして生き延びる
第一行動方針:ロイド達に協力する
第二行動方針:マーダー排除に協力する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP15% TP30% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血(動かすことは可能) 側頭部強打 背中に3箇所裂傷
   大疲労(肉体仮死化の反動) 左眼失明(眼球破裂) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    「ジューダス」のダイイングメッセージ 45ACP弾7発マガジン×3
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP25% TP35% 両足粉砕骨折 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形
基本行動方針:生きる
第一行動方針:守られる側から守る側に成長する
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP40% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ゼクンドゥス召喚可能
メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー BCロッド キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書
ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) 漆黒の翼のバッジ
C・ケイジ@C(全大晶霊の活力最大?)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイドを生き残らせる
第二行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第三行動方針:タールを濃縮し、グリッドに毒塗りダブルセイバーを渡す
第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第五行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【メルディ 生存確認】
状態:TP40% 精神磨耗?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(漆黒の翼のバッジを装備) 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下?)
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
148名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:23:34 ID:FLiAU9Nj0
149憎悪の海のその果てに21:2007/05/13(日) 18:24:06 ID:/SeV+Lwc0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP20% TP40%  右肩・胸に裂傷(処置済み) 右手甲接合中 決意 天使化 心臓喪失 激しい悲哀
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ホーリィリング 忍刀・紫電
ウッドブレード(刻印あり) 漆黒の翼のバッジ×7(うち1個を胸に装備) リーダー用漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:回復後はコレットの救出に向かう
第二行動方針:キールをマーダーなんかにさせない!
第三行動方針:クレスを倒すべく、EXスキルの戦闘中の組み換え練習をする
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

※なおロイドは心臓を失ったため、天使化の解除は実質上不可能(解除したなら死亡)
※よってこれ以降、ロイドのTPの自然回復は凍結

ドロップアイテム一覧:
メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪
UZI SMG(マガジンは空) スティレット
イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) パイングミ
ジェットブーツ 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 首輪×2 ミラクルグミ
ウィングパック(食料が色々入っている)  金のフライパン ウグイスブエ(故障)
ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α) ペルシャブーツ
魔杖ケイオスハート(シャーリィの命を吸収)

【シャーリィ・フェンネス 死亡】
【残り11人】
150名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 18:24:30 ID:99WVqYJGO

151名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 19:39:12 ID:YcJ5Gn72O
152白鞘と黒剣 1:2007/05/18(金) 03:56:51 ID:b/fLJDOf0
『この……劣悪種がァッ!!!』
とりあえず肩を回して背伸びの運動。骨がバキバキ鳴っている。(グシャリ)
『豚は豚らしく…大人しく天意に沿い生きていればいいものをッ!!!』
腕を振り、足の曲げ伸ばし。筋肉に血液が巡る実感がする。
『家畜はその主人に黙って食われることがその天命だッ!!!』
腕を下から外側に大きく回す。『クレスさん……』その後逆方向から外側に大きく回す。
繰り返すこと4度。(ドンドンドン バリ) 『クゥ……レ…さん』
『雌豚ごときが…ボクの計画を、邪魔立てするなあああぁぁぁぁっ!!!』
片足を前に出して胸を大きくそらす。多分吐いたな。空気が美味しい。
体を横に曲げて背骨を柔らかに。(ムギュウ)少し音が鳴るなあ。
『フュヘ、さ』
上体を前に1・2(グッ)・3。休みすぎたのかどうにも固いな。
手を腰にあて、(ブン)上体を後ろに反らし、上体を起こす。(ドガ)
『……レス、さん』
腕を軽く振り、遠心力で大きく捩る。呼吸に違和感、多分今ので中がどこか切れたか。
左後ろ斜め上に、腕を大きく。もう何も言わないほうがいいと思う。
「ク、レ……」
腕を上下に伸ばして背伸び。『………ん』(ドクドクドクドク)
左脚を横に出して、上体を左下に弾みをつけて曲げる。『――――くれすさん――――』反対側も。
寝起きの体は悲鳴を挙げている。
腕を右から大きく振り回しながら、体を左から右へ回す。
彼女の体は悲鳴すら上げようとしない。反対向きに。
両足で飛ぶ。ピョン(クレスさん)ピョン(クレスさん)ピョン(クレスさん)。
足を開いて、(クレス)閉じて、(さん)開いて。
腕を振りながら、脚の曲げ伸ばしをする
(クレスさんくれすさんクレスさんクレスクレスクレス)

深呼吸。腕を前から上、斜めに開きながら、ゆっくりと息を吸って

――――――――――――クレスさ(バキッ ブスブスブス、ボンッ)
「ゴプッ」
ティトレイは血を吐いた。
153白鞘と黒剣 2:2007/05/18(金) 03:57:52 ID:b/fLJDOf0
口の中を舌で舐めて、口内の血を唾液と一緒に吐き捨てた。
その周りを袖で拭ったティトレイは大きく溜息を吐いた。
「ったく、せっかく落ち着いたと思ったらこれかよ。あー気分悪」

茂った森の中に陽光が満たされて鮮やかな緑色が映えている。
その中でティトレイは気だるそうな顔を作った。
本来相性の良さそうな緑の中で彼の緑色は切り取られたように浮いていた。
「戦闘に支障は無し。駆動はマチマチ。外面概ね良好、と。強いて問題を挙げるなら」
胸のあたりを二回小突く。今はまだ‘落ち着いて暴れている’ようだ。
「中はどうなってるのか、見るのも怖いぜ」
彼の箱は回転している。それは荒れ狂う嵐が巻き上がるような感覚だった。
皮膚一枚を隔てて内側を駆け巡る暴風はもう少し規模を広げれば外側に来るという実感。
しかし、その中心の目の中心、彼の心があった場所は以前何も変わらない。
「こりゃ俺も人のこと言えねえなあ。相当ガタが来てやがる」
へらへらと笑って適当に何かをはぐらかす。
穏やかな外側、死に急ぐ内側、そして凪ぎきった内側の内側がティトレイの知るティトレイの全てだった。
「ま、いっか。時間があるだけマシってもんだな。―――――で」
ティトレイは徐に振り向いて

「そっちはどうよ?」

相方に顔を向けた。
ティトレイの視線が森の木々の合間を幾つも通ったその先に彼はいた。
数えて10本ほどの樹に囲まれるようにして剣士は立っていた。
杖にするように愛刀を地面に突き立て柄の先に両手を重ねて置き、目を瞑っている。
154白鞘と黒剣 3:2007/05/18(金) 03:59:03 ID:b/fLJDOf0
ティトレイがすっと片手を突き出す。空いた手をその手に沿わせて
「樹砲閃」
一撃、彼に向けて撃った。
弾丸は彼の目線と同一の軌跡を描いて木々を抜けていく。
着弾まで三秒、彼はまだ目を閉じたままだ。
二秒、手は一向に動かない。
一秒、彼の両腕と剣が消えた。
瞬間、弓より放たれた弾はまるでそうなることが決まっていたかのように真一文字に分裂した。
分たれたそれらは眼前の存在、自分達が狙っていた的の格を知り平伏するかの様に彼に至る軌道を逸れて行く。
その軌道と重なるように塞ぐように魔剣エターナルソードは佇んでいた。
「愚連墜蓮閃っと」
続けて三連射が放たれる。しかし一射目とは違い彼を狙っていない。
それらは虚しく見当違いな方向に突き進み、彼を攻囲する木々に反射した。
数時間でなんとなく理解した木々の位置と大分の時間そこにいた彼の位置から
いい加減に計算した射撃は限定的な聖獣の奥義となって繰り出された。
跳ねる、また跳ねる、まだ跳ねる。連射とはいえ三つしかない弾丸は跳弾となって幻の弾丸を無限に作る。
一種の結界のようになったその弾の檻の中でも彼は動じる気配は無い。
彼は未だ開眼せず、剣は握るだけでだらりと垂らしたままだった。
「さて、もう一度聞くぜー。おーい、そっちの調子はどうだ?」
ティトレイが言い終わった瞬間に、弾丸は待ちわびたように最後の反射を行う。
眉間、心臓、肺の三点を目掛けて同時に繰り出される多角攻撃は死角がほぼ無かった。
彼の目がゆっくり開く。
開きの面積に呼応するかのように彼の鎧一枚に張り付くように何かが浮かぶ。
「時空――――」
三射がそれぞれの獲物を啄もうと標的に噛みつこうとした瞬間に
「蒼破斬」
三射纏めて食い殺された。
彼の足元から迸る闘気は空間は唯の鎧ではなく、間合いに入った物全てを残らず殺し尽すという意思の表明だった。
近づけば殺す。触れれば殺す。ある意味にて純粋な防御。そして、純粋な「攻撃」を彼は構えた。
軽くステップするように彼は飛んで、その剣を大きく縦に振り上げた。
彼の間合いには誰もいない。いや、さっきまでは居なかった。
標的が間合いに入ったのではなく、間合いが標的を捉えた。
彼はその刃を振り下ろす。刀身は虚しく空を切るが、その刀身から迸った次元斬が森を奔った。
最初の弾丸の軌跡を逆送りするかの様に斬撃が飛び道具の如く飛ぶ。
先の蒼破斬が防御の殺意なら次元斬は「何処まで逃げようと必ず殺すという」攻撃の殺意。
ギロチンの如く斬撃が落ちる。軸にはティトレイが正中を射抜くように立っていた。
頭蓋と交わるまで三秒、
二秒、ティトレイは動かない。
一秒、目線は彼のほうに向けたまま。
瞬間、剣風が吹き荒れた。




ティトレイの正面の地面が真っ二つに成っていた。深さは1メートル以上2メートル未満といったところか。
見ようによってはティトレイが斬ったかのようにも見える。
あと半歩目測を誤っていればティトレイの身体もこの大地と同じようになっていただろう。

「……調子は上々?」
「……悪くは無い」
大地の断絶を挟んで二人はその性能を確かめた。
155白鞘と黒剣 4:2007/05/18(金) 04:00:09 ID:b/fLJDOf0
「しっかしミトスも盛ってるな。昼間っから中々アブノーマルな趣味してるぜ」
ティトレイはカラカラカラと大げさに笑う振りをした。
本当の笑顔なんてどこを探しても見つからない。笑ったことのある記憶からの贋作だ。
「さーって、どうしたもんだか。確かに鐘を鳴らすとは聞いていたけどな」
拡声器を使うとは思っていたが、この展開は彼にもさすがに思いつかなかった。
「確か話じゃロイドやらヴェイグを誘うって話だったんだが」
というかそもそもあれが演技なのか本気で激高しているのか見当が付かない。
「あれが演技だったら……俺らを名指しで直接ご招待。クレスがこっちにいることバレて誘ってるってことかなー」
ティトレイは地面にへたり込んで頭をポリポリ掻いた。
ミトスには魔剣の位置がバレている。森はこっちのフィールドだから少しでも自分のフィールドに持ち込みたいのか。
ティトレイが名簿を広げて眺める。餌に使われたのはコレットではなく別の人間。
(しかもクレスの縁の奴か……どうにも読みが外れちまったい)
彼の読みではミトスがこちらに仕掛けた拘束は魔剣の位置であった。
しかしミトスはクレスに縁のある仲間を手札に潜ませていた。これではクレスが幾ら殺人鬼であろうと
仲間可愛さにC3に向かいミトスの術中に陥る――――――――はずだったのだが。
「もっかい確認するぞー。本当にさっきの女の声に心当りは無いんだなー?」
ティトレイは訝しげに目線の先で木に寄りかかって立っているクレスに尋ねた。
「……ああ、覚えが無い。僕の中の邪魔な物は全部殺してしまったよ。多分まとめて斬ったんじゃないか?」
クレスはにべもなく答えた。殺したという表現が物騒すぎて苦笑のフリをしようかと思ったが止めた。
要するに中毒者にありがちな精神的衰弱をより強い「殺意」だけで強引に押しこんだということか。
ついでに余計なものも封印した、と。便利だなと思いつつティトレイはグローブを外した。
(……でも、それが最初から出来たらおっさんに付き従う理由がないんだよな。
 薬で目覚めた殺人への快楽が昂じて殺意が上回る?いや快楽云々の問題ならまず薬を求めるはずだ)
ティトレイは爪を噛みながらクレスを観察する。このクレスの沈着振りはとても禁断症状に苦しむ人間とは思えない。
文字通り我慢しているのだ。殺気を全て内側に留めて静かに納まっている。
無論それはティトレイ同様綱渡りのようではあるが、クレスはそれをやってのけているのだ。
(それでも無いなら……クレスの殺意は何の為に存在している?いや、ムラっ気のなさなら今のほうが凄え。
 薬はもう無いのに、なんでおっさんが死んでからの方が安定しているんだ?)
ティトレイは考えるが答えなど出るはずがない。すでに薬を作った当人は鬼籍に入っている。
「で、そろそろ決めてくれないか?僕を呼んでいる以上速やかに殺してやるのが彼女の為だと思うけど」
本当に女を殺してやってもいい肉塊程度にしか思っていない言葉だった。
クレスは面倒臭そうに答えた。腕を組んで手の震えを抑えている。
こうして常に集気法によって肉体と精神の負荷を軽減しようとしているクレスにしてみれば早いところ、
方針を決めてほしいのだろう。
「ん、すまねえ。そうだなあ……どうでもいいか」
別に気にする必要もない。安定しているのならそれでいいし、原因などティトレイには個人的興味以上の範疇を出ない。
今は急を要する案件が山積している。
156白鞘と黒剣 6:2007/05/18(金) 04:01:47 ID:b/fLJDOf0
11時頃に網で確認した微細な大地の震動、そしてクレス曰く「品は無いけど豪壮な殺気」の観測もその一つだ。
あのサウザンドブレイバーと同等かそれ以上の殺気だったらしい。
(んー、位置的におっさんの杖が絡んでいる可能性大だな。かっこつけて逃げる前に探せばよかったかなー。
 でも少しでも遅かったらあのジェイってガキに殺されてたよなー)
ティトレイは腕を組んでウンウン唸った。
クレスがあくまで嗅ぎ取ったのはその瞬間の特大の殺気だけで別にその他の顛末は分らないらしい。
ただ、そんな彼のサウザンドブレイバーと同等の規模となると杖単体で出来ることではない。
デミテルがティトレイのフォルスを介して秘奥義を強化したのと同様に強化の媒介が必要になってくる。
しかし、そんな都合の良いものがあるだろうか。
魔術強化の支給品……そのレベルでは魔杖の力と比べて弱いか。
ティトレイが悩みながら捻っていると、
「エクスフィア……」
クレスはぼそりと呟いた。
「あ?エクスフィア?――――クレスお前そんなもん知ってたっけ?」
「別に、たまたま未だ残ってただけだ。確かあれは能力を増幅するアイテムだったと思うけど?」
クレスがいい加減に答えると、ティトレイは少し考えて言った。
「確かに、しいなもそんなこと言ってたか。しかも負の感情を喰らって育つ石、だっけか?
 死者の魂喰って蓄える魔杖の中にはさぞ負の無念が詰まってるだろうし……増幅は……確かにいけるかな……けど」
こいつはやっぱ駄目だな、とティトレイは吐き捨てた。
「そのエクスフィアの活動を抑制する要の紋が付いてるだろ。活動を促進する魔杖の怨念なんか弾かれるぜ」
「要の紋を外せば?」
「それが一番アウトだろ。増幅は出来るかもしれねえけどさ、よく分んねえがデメリットも増幅されんじゃねえの?」
暫くの沈黙の後、
「ま、なるようになるだろ。殺戮に関してはその魔杖使いが上手でも、こと殺人に関してはお前が最強だよクレス」
(ヴェイグやロイドがそう簡単に死ぬかねぇ……死んだら死んだでいいし、死なないなら死なないでいい)
結局どっちでもいいのだなーと、ティトレイは思った。
157白鞘と黒剣 6:2007/05/18(金) 04:02:41 ID:b/fLJDOf0
「ま、俺達を誘う演技って可能性。これはないな。無い」
これではクレス・ミトス・ティトレイ・声の女で関係が収束してしまう。
この場合ロイドやヴェイグにそれなりの参謀が付いていればそれこそ待ちに徹して漁夫の利を狙うだろう。
これでは付き合ってやる義理も無くミトスの作戦は空振りに向かって猛進したことになる。
「で、ってことはロイド達を誘う予定が壊れてあんな変な鐘の音になったとすると……結局同じだなー」
やることは多分変わらない。
ミトスの計画がこのミスで失敗したのなら魔剣を持っているこちらに何らかの動きが有る筈である。
つまりまだミトスの計画は修正可能な範囲=ロイドたちを呼べるという確信があるということだ。
ならば別段気張る必要もない。やることはたった一つしかない。

「決まりだ。罠に落ちて餌代りになってやろうじゃんか。餌のほうが強いけどな」

ティトレイは笑う振りをし、無表情のクレスはその唇を確かに笑う方向で歪んだ。
158白鞘と黒剣 7:2007/05/18(金) 04:03:30 ID:b/fLJDOf0
鐘の音がして正午まで休み、魔杖使いを警戒して念のため更に少し長めに時間がたった後
二人は欝蒼たる森を抜けた。日差しは強く、長い昼を予想させる。
「んじゃお互いの取り決めはそれでいいな。――――強そうなのは全部お前に。お前の戦闘には手を出さない」
「――――但し、ヴェイグという剣士は‘結果的に死ななかったら’半殺しで」
彼らは草原を進む。
「俺の仕事はお前の狩場から獲物を逃がさないようにすること。弱そうなのは俺の判断で」
「標的は互い以外の全て」
走りはしない。気を静めて、中のモノが外に暴れないように。
「二人満足に生き残ったらお前が俺を殺して終了だ」
「結構だ」

心を喪失した二人の男。
一人は鞘、無色の白鞘。剣の禍々しさを隠そうともしない異形の鞘。
一人は剣、血染の黒剣。あらゆる色を塗りつぶす黒の剣。

歪ゆえに均衡なその組み合わせ。


「さて――――じゃあ殺されに行くとしますか」
「ああ――――じゃあ殺しに行こうか」

何れ滅ぶ最強の一刀が、その鍔に手を掛けた。
159白鞘と黒剣 8:2007/05/18(金) 04:04:33 ID:b/fLJDOf0
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP80% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(次の禁断症状発症は午後6時ごろ?)
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:C3村へ行き、強い敵を優先的に殺す
第二行動方針:ヴェイグは結果的に戦闘不能に出来た場合のみ放置
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C2森→C3村

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP65% 感情希薄 フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(最終的には「なるようになれ」)
第一行動方針:C3村へ行く
第二行動方針:状況にもよるが基本的にクレスの(直接戦闘以外の)サポートを行う。
第三行動方針:ヴェイグに関しては保留(なるようになれ)
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C2森→C3村
160名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 14:13:20 ID:N818ReL8O
161名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 03:08:44 ID:R6KY0iQkO
D2のネルソン エルレイン フォルトゥナ
Rのアニー ジルバ アガーテ ミリッツァ ワルトゥ 人型の聖獣
を出してくれる文才のある人に期待
162名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 14:47:39 ID:G13pMK9U0
ほssssssssssっしゅ
163名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 06:02:20 ID:lkETc69CO
保守
164名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 00:24:31 ID:+KNo4/QTO
保守
165名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 11:04:02 ID:cZyTJNf2O
>>161
聖獣は無しだと思う
しかし9スレでよくここまで進むと思う
保守
166誰想アンチノミー 1:2007/06/09(土) 15:12:10 ID:TLxlRCWI0
「……あの、大丈夫ですか?」

あの後。
俺やヴェイグさんやグリッドさん、そしてロイドは、晶霊術というものでキールさんの治療を受けていた。
確か……えーっと、何とかケイジというものをフリ……何とかをすると、新しい術が使えるらしい。
トーマさんのサックに入っていた細い容器みたいな物は、キールさんが持っている物と確かによく似ていた。
そして、同じくサックの中にもう1つ残っていたパイングミを食べて、キールさんは治療を開始した。
青い方陣が広がって、激痛が少しずつ失せていくのが感じ取れた。
キールさんがわざわざパイングミを食べた理由が分かった。重ね掛けをしたらあっという間に尽きてしまう。
高位治癒術、リザレクション。
もう少し早かったなら、と白いなめらかな曲線と太く力強い直線の骨、立派な角を眺めながらその時思った。
――治療が終わって、それぞれやることがあるのか、散り散りになって2人だけが取り残されてしまった中、俺は座ったままそう尋ねた。
ゆっくりと顔を動かして、ヴェイグさんは俺の方を見る。左目だけに力を込めて瞼を伏せている姿は、何だか痛々しかった。
言葉を選んでいるかのような、そんな沈黙と、突然の質問に少し戸惑ってる表情をして、やっとあの人は口を開いた。

「右目が見えている分、まだマシだ。お前の方が」
「っ俺はまだ大丈夫です!」

ヴェイグさんの言葉が聞きたくなくて、少しの怒りを込めてすぐ切り返し遮った。
けど、言った後で俺は足元を見た。

「……まだ、大丈夫です」

青いカーゴパンツは血で赤く染まっていた。
足はキールさんの治療もあって突き出た骨は内部に納まったみたいだけど、折れた足が直ぐに治る訳もなくて、足の向きだけが正され

ていた。
添え木も付けてもらって、痛みを伴ってどうにか立てるだけの足の、座ったままの方がマシな足のどこに、大丈夫と言える根拠がある

んだろう。
虚勢なんて張ったって何の意味もなかった。
両手のディムロスを強く握り過ぎて、小さく手が震える。言葉とは正反対の自分が、情けなくて悔しかった。
頭の中で唸り声が反響したような気がした。

『ヴェイグ、お前も目だけではなく何箇所も負傷しているだろう』
「そ、そうです。そっちこそ自分の心配をするべきじゃないんですか?」

明らかに助け舟なディムロスの声に呼応して、自分のことを差し置いて、俺は身を乗り出してヴェイグさんの方を見た。
あの人は俺の視線から逃れるように顔を横に向けた。
167名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:13:53 ID:DKUg45Ve0
  
168名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:14:42 ID:mySo1C0GO
 
169誰想アンチノミー 2:2007/06/09(土) 15:15:45 ID:TLxlRCWI0
「……動くのに支障はない。問題などない」

事務的な声で呟いて、ヴェイグさんは腕を隠すように組んだ。
この人は嘘をつくのが苦手だ、と直感した。特に、自分に関しての。
嘘をついてもそれとなく行動が表に出る。目を逸らしたり、言葉をあまり交わそうとしなかったり。
ふらつく足で俺は何とか立ち上がって、痛いのも我慢してヴェイグさんに歩み寄って、無理矢理にでも腕を掴んだ。
あの人ははっとしてこっちを見た。
拒否しようとあっちも俺の腕を掴んできたけど、腕1本で俺の腕2本に勝てる訳がない。掴んでいた手で、一気に力ずくで袖を捲った。
思った通りだった。
青黒くなり始めた至る所の出血。治療されてもまだ残る、皮膚に浮かび上がったそれを俺はじいっと見つめてから、
黙ったままヴェイグさんの方に視線を遣った。
噛まれた下唇からは血の気が失せていた。鬱蒼とした表情を浮かべて、誰にも目を合わせないように俯いていた。

「そんなに、頼りになりませんか」

ヴェイグさんは息を呑んで、顔を上げて俺の方を見た。

「――そうですよね。こんな状態の俺のどこが頼りになるんだろ」

俺は自分で自分を嘲笑って、すとんと座り込んだ。足の痛みから逃れるように、膝を力なく伸ばす。
まだ湿った感触がするのが気持ち悪くて、何よりも俺の無力感を増長させていた。

「そんなことはない。現にお前を俺のことを助けてくれただ……」
「たったの1回です! あんたは3回も俺のこと守ってくれたのに!」

ただ傷つけないようにと口から出された擁護を、俺はすぐ切り返した。
ヴェイグさんの口は錘が吊らされたように、への字の形のままぴくりとも動かない。
さっきの笑いは、自分でもひどく空しい、抑揚のない声だった。
あの人は俺の力を頼りにしていない。まるで、何層も何重に綿で優しく包み込んだ何かみたいに、傷付けようとしない。
それは、俺を思ってのことだっていうのはとっくに分かっていた。
それでも、俺は認めたくなかった。
例え自分でも足手まといだと痛感しても、それだけは譲れなかった。
空気が重い。
冷えていた空気も正午に近付くにつれて、その厳しさを和らげてきていたのに、
俺とヴェイグさんの間にはまだ冷気が纏わり付いているようだった。
もうすぐ太陽が真上に来る空の下で、遠くに見えるまだ溶けない青白い雪原は、
地平線に沿って、空との境目で薄い光の波を作り出している。
発せられる光は七色で、それは反射する海の光のようにも見えた。人の死なんて知るかと悠然と佇む、自然の姿だった。
佇み始めた沈黙が、ぴんと張った糸のように張り詰めていた。
お互いに目を合わせたり、逸らしたりして、それでも両方とも口は全く動かない。
それはもし他の人がいたら、どっちが先に言葉を発するか迷っていたようにも見えるし、
ただ相手の言葉を待っている風にも見えると思う。
少なくとも俺は、ヴェイグさんの言葉を待っていた。
ヴェイグさんはどう言えばいいのか、何かを躊躇っているような思い詰めているような顔をしていた。
170誰想アンチノミー 3:2007/06/09(土) 15:16:25 ID:TLxlRCWI0
「……なら、今のお前に何ができる?」

じりじりとした膠着状態の中で、観念したのかヴェイグさんは遂に口を開けて、俺は間抜けな声を出した。
瞼を伏せてあの人は首を振る。

「歩くのもままならなくて、立つのが精一杯なお前に、何ができる?」

それは、俺の知ってるヴェイグさんらしくない、冷たくて突き放した言葉だった。
それは、今を見ているとても現実的な言葉だった。
碌に歩けない俺は前線には出れないし、だからと言ってキールさんみたいに術が得意な訳でもない。
ディムロスがいるから前よりはブーストされた晶術を使うことはできる、けど全部使える訳でもない。
確かにヴェイグさんの言葉は正しい。俺にできることはない。
けど、だけど――

「……だから、大人しく守られろって言うんですか?」

俺の声と身体はいつの間にか震えていた。
自分でもどんな表情をしているか分からなくて、多分色んなものが綯い交ぜになった顔で、見られないようにと必死に伏せていた。
内側で色んなものが湧き上がっては落ちていって、そしてまた湧き上がって、その繰り返しだった。
その絶え間ない感情の奔流を抑え込むのだけで精一杯だった俺は、

「――――嘘つき!」

いつしか逆に波に呑み込まれていた。頭を垂れたまま、俺は大声で叫んだ。

「あんたは確かに俺のことを何回も守ってくれた! でも……でも、あんたは、あのシャーリィを殺すのを躊躇っていた!」

あの時、突きつけた刃を振るおうとはしなかった。だから今あの人の腕に青黒い痣がある。
それだけじゃない。背中の傷もなくなった左目もだ。
自分の判断の結果、ヴェイグさんは幾つもの傷を負った。
ヴェイグさんは黙ったままだった。風の揺らぐ音だけが、静寂を掻き消していた。
顔を上げることができなくてどんな顔をしているか分からないけれど、多分、また口をぎゅっと締めている。

171誰想アンチノミー 4:2007/06/09(土) 15:17:14 ID:TLxlRCWI0
『カイル、お前が言いたいのは……』
「分かってます。そんなの結果論です。
 でも、あの時シャーリィを殺していたら……俺もあんたもこんな怪我は負わなかったし、ロイドも助かったし、
 トーマさんは死ななかった!」

ディムロスの諌めもすぐに上塗りする。
俺が言えることじゃないのに、と心の中のどこか冷静な俺は思ったけど、一度動き出した口は止まる気配を見せなくて、
自分の意思が関係していない所で動いてるように、俺の物じゃないみたいに、言葉は次々と出てきていた。

「あんたの“守る”って、どういうことですか!? 
 俺のことは何としても助ける、でも人は殺したくない? そんなの……ただの独善だ!
 俺は……そんな人に守られたくなんかない!」

俺はきっと顔を上げた。
ヴェイグさんは両目を見開いていた。ごろりと開いた左目の黒い空洞が、やけに悲しげに揺れている気がした。
怖い。
それを見れば見るほど、俺はその黒の深さが怖くなった。
ヴェイグさんがその奥に何かを隠しているようで、何を隠しているのか分からなくて、
今どんな思いでいるのか分からなくて――あの人が抱く矛盾は、矛盾のせいで、俺の中のあの人を分からなくさせていた。
疑心、とは少し違うと思う。
あの人の俺を守ろうとしてくれることは本当だろうし、それを行動に示してくれている。
でも、どうして殺すことは恐れるのか? あの人は誰を“殺した”のか?
俺の中では同時に存在し得ない、並立した矛盾は俺に理解できない謎を与えていて、だから独善っていう答しか出せない。
俺はあの人のことを本当に何も知らない。
あの人が告げてくれる時を待つべきなのに、俺は目先しか見えないから、分からないのがもどかしくて問い掛けてしまう。
172名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:17:43 ID:DKUg45Ve0
 
173誰想アンチノミー 5:2007/06/09(土) 15:18:16 ID:TLxlRCWI0
「……あんたは、ティトレイって人のこと、『かつての友』って言いましたよね」

俺は少し俯きがちになっていた。口は畳み掛けるのは止めて、静かに言い放った。

「俺、その人に殺されかけたんです」

ヴェイグさんの息を呑む音が聞こえた。
え、な、と呻いたり、どういうことだ、と言葉の意味を再確認しようとしていた。
狼狽しているのをはっきりと示すように、短い間隔で声は零れている。

『昨夜の乱戦の際だ。E2にやって来た奴は、地上に開いた地下室への穴にカイルを突き飛ばした』
「幸い、クラトスさんの身体がクッションになって俺は生き延びましたけど……」

上目がちに見てみると、瞳を揺らして、口は半開きになっている。
よく見れば微かに震えているか戦いているみたいで、どこか呼吸も荒い。
大げさな挙動は起こさなくても、ヴェイグさんの意識は真っ白で、そこにはないようだった。
ディムロスと俺の説明なんて聞こえていないようにも思えた。

「本当か? 本当なのか?」

ヴェイグさんは更に念を押して尋ねた。

『間違いない。それを実際に見たのは私だからな』

その問いにディムロスは、努めて冷静に答えた。
ヴェイグさんは、もう言葉が聞こえないくらい考え込んでいた。きっともう俺も見えていない。
震えを隠すように片腕を片腕で押さえて、言葉にならない言葉を何度も発していた。
当然だ。
ヴェイグさんにとって、そのティトレイという人は殺し合いに乗ったとしても、きっと大切な友達で、
その友達は必死に守ろうとしている俺を、実際殺そうとしたんだから。
ヴェイグさんはその人を「狂人」だと言っていたけど、思えば、その声はとても押し殺されたような声だった。
辛くない筈がない。
俺は動きを1つも見逃さないと言わんばかりにヴェイグさんを見つめる。
俺は俺なりにあの人を見極めなくちゃいけない。
174誰想アンチノミー 6:2007/06/09(土) 15:19:29 ID:TLxlRCWI0
「あんたは、どっちの味方ですか?」

我に返ったようにしてヴェイグさんは俺の方を見た。
瞳は戸惑いと悲しみに揺れていた。けど俺は同情に負けないと、睨みつけるようにじっと見つめていた。

「俺は……」
「あんたはどっちかとか決められない。
 シャーリィも斬れなかったあんたが、友達を斬れる筈なんかない!」

でも、それは、

「それは、凄く矛盾している。あんたは矛盾してるんです。
 あんたの中で立てられた2つの柱は、一緒に存在できない、だから」

だから、

「選んで下さい。俺を守るために殺すのか! 殺さないで代わりに誰かが傷付くか!」

俺は座ったまま、ディムロスを突き付けた。カイル、とディムロスは咎めるような口調で俺を呼んだけど、俺は剣を戻さなかった。
何で剣を突きつけたのかは、俺にも分からなかった。咄嗟に手が動いていた。
返り血はもう拭いてある。それでも確かにディムロスは血を吸った。そして、やろうとさえ思えばまた“血で塗らせられる”。
考え付くとしたら、多分、それが理由だ。
威嚇。下手な答をすれば突き刺す。それで俺はヴェイグさんに二択を強要させている。死と等価の覚悟があるか確かめている。
これじゃあ駄目な盗賊と同じみたいだ。ただの恐喝。そんな気、全然ないのに。
それでも、俺はディムロスを納めない。
ヴェイグさんの喉が、何度も動く。じっとりと汗が浮かんで、一滴頬を伝って流れ落ちた。
俺はずっと黙ったままヴェイグさんの答を待っていた。ディムロスも何も言わないでくれていた。
時間は凄く、砂時計を横に傾けたみたいに凄く遅くて、なのに何も為さないまま待つことほど辛いことはない。
突き付けてどれくらいの時間が経ったのかも分からなくなった時、止まった時間を破るように、唐突にヴェイグさんは首を振った。
175名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:20:37 ID:mySo1C0GO
 
176誰想アンチノミー 7:2007/06/09(土) 15:20:59 ID:TLxlRCWI0
「……選べない」

漸く出たヴェイグさんの言葉に、小さくえ、と声を発した。

「お前の言う通りだ。俺は独善主義者で、偽善者に違いない。だが、それでも……俺は、今ここで決断したくはないんだ」

訥々と語るのを、俺は耳を欹てて、黙ったまま聞く。

「俺はお前を守るしロイド達と共に戦う。誰かと為合うことにもなるだろう。
 それでいて……殺すのは怖い。誰かが死ぬのを黙って見届けていたくもない。
 だがそれは、お前の言う矛盾は、俺にとってはどれも本当なんだ」

ティトレイを斬るのも斬らないのも、人の死を拒むのも拒まないのも、その時一瞬一瞬の俺にしか分からない。
どこか遠くを見るような顔で、ヴェイグさんはそう言った。
そして、ゆっくり目を閉じて――

「俺は俺が望むようにやる。それが例え、この殺し合いに背くような夢想でも、再び誰かを手にかけることでも」

そう、告げた。
大きく息を吐いて、それでやっと身体を這っていた緊張が解れたみたいに、ヴェイグさんは肩を竦めた。

「だから、今はお前の期待に応えてやれそうにない。
 今の心でせいぜい出せる答えは『お前やみんなを守って誰も殺さなくて死ぬのも見たくない』だ」

ヴェイグさんの導き出した答に、俺の手は動かなかったし喉は機能していなかった。あの人の理論に少し呆然としていたのかもしれない。
何も変わっていない。剣を突きつけられても尚変えようとしない。ヴェイグさんの答は、独善そのものだった。
誰も殺したくない。死ぬのも見たくない。それでも戦う。俺達を守る。
あの人の矛盾は、交わることのない平行線だ。

177誰想アンチノミー 8:2007/06/09(土) 15:22:27 ID:TLxlRCWI0
「……それは、迷いですらないんですか?」

俺の問い掛けに、ヴェイグさんは翳した両手を眺めながら、静かに答えた。

「……違うな。俺の本心だ」

静かな言葉の中には、不思議な力強さがあった。確信、と言い換えてもいいかもしれない。
ヴェイグさんは、この言葉だけは躊躇うことなく告げた。
その両手の更に向こうに何を見ているのかは分からないけれど、そこには何かを引きつける力があった。
俺はやっと溜息をついて、ディムロスを下ろす。

「それができたら、誰も死んでませんよ」
「ああ。……自分でも甘いとは思っている。だが」
「自分の気持ちに嘘はつけない?」

ヴェイグさんよりも先に言うと、少しあの人は驚いていた。
“もしも、あんたがそうやって殺すのが怖くて、相手を殺さなかったとして、それで相手が他の誰かを殺したら、あんたはどうするんですか?”
そう聞こうとも思ったけど、止めた。
分かる訳がない。俺にも分からない。考えるだけ無駄だ。
きっと胸に残るのはどうしようもない後悔だけで、それだけだ。
そこからどんな選択肢を選んでいくかはその人次第で、それこそ、ヴェイグさんみたいにその時の自分が望むようにしかならない。
感じられない悲しみなんて理解できる訳がない。
結果論の更にその向こう側なんて、誰にも分かりはしないんだから。
だけど、分からないけど、何よりもヴェイグさんはその選択を止めることをしないと思う。
ヴェイグさんは、誰かが死ぬ所なんて見たくないから。1人生きるより、2人生きる方が最良。
甘い。甘いけど、そうだという確信がある。
俺はミントさんの言葉を思い出した。諭してくれた時の、あの言葉を。

「今この瞬間は、1つきりしかない……」

地に打ち付け、そしてミントさんが癒してくれた手を、俺はぎゅっと握り締めた。
ヴェイグさんを見上げ、あの人の目をじっと見る。
道は“1つしかない”。
例えどこかで間違っていようと、そこへ戻ってやり直すなんてことはできない。
だから、覚悟には応えられる覚悟を。

「ヴェイグさん、あんたの選んだ道は、間違ってましたか?」

俺の問い掛けは、その後の静けさが長過ぎて、独り言みたいだった。
ヴェイグさんは沈黙し困惑げな表情を浮かべて、やがてそれは考え込む憂いを秘めた顔付きに変わった。
さっきみたいに狼狽えてはいない。微動だにせず、静かに、ひたすら静かに、考え込んでいた。
今、ヴェイグさんが胸の内に秘めているものは何なのか。それは胸甲って壁が1つなくなっても分からない。
だから俺はあの人の言葉を待たなくちゃいけない。
少しの時間が経って、短い溜息が聞こえた。

「……すまない。それも、選べそうにない」
「俺に全てを打ち明けた時じゃなきゃ分からない、ってことですか?」
「ああ……そればかりは俺が判断出来ることじゃない。今の俺に判断を委ねたら、俺は俺を許せない」

ヴェイグさんは頭を振って、黒い手袋が嵌められた両手を広げる。

「それでも、この現在は1つしかない。
 今俺がここにいるのは、1つ1つ決断を選んできたからで、それは嘘でも何でもない。それだけは断言できる」

その言葉で俺は肩を竦めた。全身から力が抜けていくのが分かった。
俺の中で張り詰めていた何かが、ふっと弛んでいく。
揺れた銀髪が青空の中にある太陽に映えて、綺麗だった。
178名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:23:06 ID:DKUg45Ve0
 
179誰想アンチノミー 9:2007/06/09(土) 15:23:51 ID:TLxlRCWI0
「自分の気持ちに素直に生きてるんですね。悪く言えば、身勝手で理不尽で傲慢ですけど」

最後が痛烈だったのか、ヴェイグさんは押し黙ったままだった。

「分かりました。あんたの考えはよく分かりました」

俺は1人言った。

「あんたも俺と同じです。俺と同じ、足手纏いです。
 だから、あんたはそれでいて下さい。あんたは誰も殺さなくていい。代わりに、俺が戦いますから」

足手纏い、という単語にヴェイグさんは少し驚いていたけど、すぐに顔を歪めた。
俺の言葉、特に最後のを否定するように、あの人は首を横に振った。
ヴェイグさんは近付いてきて俺の肩を掴もうとした、けれど、

「守られる側の気持ちを考えたことがありますか?」

俺はヴェイグさんの行動を覆うとばかりに大声を出した。ヴェイグさんの手がびくりと震えて止まる。

「戦ってる姿を後ろから見つめて、何かしたいと思ってもできることは何もなくて。
 目の前で自分の代わりに傷付いてる姿を見ても、どうすることもできなくて。
 倒れるのだって無力感に苛まれながら見るしかないんですよ?
 俺の手に届く所にいるのに、手が届くのに、伸ばすことができない気持ちが分かりますか?
 目の前で、目の前で――――――」

少し伏せていた顔を、歯を食い縛って噛み付かんばかりに思いっ切り上げた。

「約束したのに、あんたが約束してすぐ死んだと思った時、俺がどんな気持ちだったか分かってるんですか!?」

ヴェイグさんの身体が硬直した。

「トーマさんも死んで! それであんたも死んだと思って!
 また、俺の目の前から人が消えてくと思って……約束なんてしなければよかったって思った!
 約束なんかするから辛くなるって……俺のせいでまた誰か死んでくって……そう、思った。
 あんたの気持ちは凄く分かりました。だから、あんたも俺の気持ちを分かって下さい。
 俺だってもう目の前で仲間が死んでくのは嫌なんです! あんたが俺を守ろうとすればするほど、その不安はどんどん膨らんでく!
 俺だって、自分の道は自分で選ぶって決めたんですから!」

身体の震えを悟られないように、俺はディムロスを強く握っていた。
ヴェイグさんは沈痛な面持ちでこっちを見ていた。見るのが少し辛いくらいだった。
あの時、俺がシャーリィから逃げたいと思ったのは、あの子の狂気も勿論あったけど、ヴェイグさんの身体の冷たさのせいだ。
トーマさんもヴェイグさんも死んだと思った俺は、俺を責めた。
そして俺は、仮死状態のヴェイグさんに縋っていた。
それはみんな、俺の弱さのせい。俺が確りしていないから。だからもう、そんなことは繰り返しちゃいけないんだ。

「お願いです。俺との約束を絶対に守って下さい。俺を守ってあんたまで死なないで下さい。
 俺を同等に見て下さい。俺も一緒に戦わせて下さい。俺にだってあんたやみんなを守らせて下さい!」

俺は空気を吸って、震える喉で言った。駄々を捏ねる子供みたいに、声を張り上げた。

「――そうでなきゃ、俺はあんたが打ち明けてくれるのを聞けそうにない」
180名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:25:58 ID:DKUg45Ve0
 
181誰想アンチノミー 10:2007/06/09(土) 15:26:08 ID:TLxlRCWI0
終結の句は、やけに物静かだった。俺の中の糸が切れた気がした。
そうでなきゃ、俺はまるで傷付くのが証だとでも言わんばかりのあの人を、“殺して”しまうかもしれない。
ヴェイグさんはずっと腕を組んで、俺の言葉を噛み締めているようだった。
この時が、1番遅かったかもしれない。
焦らすように時間は俺を答から引き離して、まるで誰かが俺から時間を繰り返し盗んでいるみたいだった。
歩けども歩けども辿り着けない。待てども待てでも声は聞けない。
1秒が1分にも1時間にも思えて、俺は時の流れから切り離されて孤立しているとさえ思えた。
ヴェイグさんは緩慢にその腕を解くと、肩に掛かったサックを手に取り、中を漁り始めた。
そしてその小柄さから入るとは思えない、するりと長い何かを取り出す。
俺はそれを凝視した。

「……箒?」

どう見てもそれは何の変哲もない箒だった。
後ろの方に何か座れるような物が取り付けられているくらいだけど、それ以外は何の違いもない。
そもそもどうしてヴェイグさんが俺の前にそれを出したのかが分からなかった。
ヴェイグさんはその箒を俺に差し出した。

「空が飛べるらしい」

俺は唖然とした。

『確かに、兵器……いや、魔導器の類に近いようではあるが』

晶力を篭めてみろ、とディムロスは言った。ディムロスが言うと途端に説得力が出てくるから不思議だ。
俺は鞘にディムロスを納めて、受け取った箒を見回す。そして掴んだ両手を近付けて、目を伏せた。
腰のバックルに填められたレンズから力が溢れてくるのが分かる。手に収められた箒に染み渡っていくのが分かる。
信じられなかった。
俺の両手が空に吊らされた糸に引っ張られるみたいに、自然と真っ直ぐになっていく。
目を開けると、淡い光を発しながら箒が上昇していっている。
思わず驚いて手を離す。落下してきた箒が頭に当たって、ごつ、という鈍い音がして、俺は頭を押さえた。
ヴェイグさんはやれやれといったように額に手を当てた。
俺は改めて箒を眺めた。光は消えていた。この箒が空を飛べるのは本当みたいだ。
少しどきどきわくわくしながら、俺はもう1度箒を見た。
これさえあれば、俺は今よりは自由に動ける。剣とかではまだ戦えないかもしれないけど、少なくとも足手纏いにはならない。
この箒は、俺にとって英雄だ。
お礼を言おうと思って、俺は顔を向ける。
ヴェイグさんは何だか思い詰めたような顔をしていた。さっきの、何も聞こえていなさそうな顔だった。
あの人の周りだけに漂うシリアスな空気に侵されて、俺の昂ぶっていた気持ちは水をかけられ鎮火した。
それからまた延々と沈黙は続いた。俺は手持ちぶさたな時間を誤魔化すように、もう1回箒を見渡していた。
182名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:26:45 ID:mySo1C0GO
 
183名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:27:12 ID:DKUg45Ve0
 
184名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:28:00 ID:DKUg45Ve0
 
185名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:32:51 ID:mySo1C0GO
 
186誰想アンチノミー 11:2007/06/09(土) 15:34:08 ID:yJNSS8EDO
「……もう1つ、殺すのを躊躇する理由があるとしたら」

ヴェイグさんが突然呟く。俺はその声に反応して顔を上げた。
さっきと違っているのは腕を組んでいることくらいで、顔付きは全く変わっていなかった。

「リオンは、お前に『殺されてもいい』と言ったのか?」
「え? あ……はい。でも、それが何だと……」

重い溜息が零れた。

「『今の僕の命は僕がどうこうできるものじゃない』」

ぽつりと言った。

「『僕は、まだ死ぬ訳にはいかん』」

音が消えた気がした。

「……奴は、そう言ったよ」

ヴェイグさんの言葉は、そこで完結した。
しばらく俺はヴェイグさんの言ったことを理解できなかった。
どういうことですか、と碌に利かない口で俺は戦慄いた。
なら、どうしてリオンは死んだ? 責任? 使命感? それともただの独善? あの人も?
ただ俺に殺された筈がない。だって、あの人あんなに綺麗な目をして――――
ヴェイグさんは頭を振って、死人に口はない、とだけ言った。
どれが本当でどれが嘘なのか。それとも全部が真で、全部が偽なのか。それを知る方法はもうない。真実は闇の中だ。

「相手が秘めているものは、出会った時や会話を交わした時にしか分からない。
 ……人は変わる。心持なんて、次には変わっているかもしれない」

ヴェイグさんの言葉は、むしろ最後は、願望に近かったのかもしれない。
友達が次に会う時には少しは変わっているかもしれない、そんな甘い願望。
あの人は、変わったからそんな辛い思いをしているんだということを忘れているんだろうか。
ううん、忘れていないだろうから、人は変わると思って、そんな淡い期待を抱く。

「だから、俺がここにいる限り、決断する位置にすら立てないんだ」
187誰想アンチノミー 12:2007/06/09(土) 15:35:54 ID:yJNSS8EDO
目を閉じ静かに発せられた言葉は、重かった。
そういえば、治療中、ヴェイグさんはロイドに何かを渡していた。
俺は足が骨折してたから話には加われなかった。遠目に見ると、何かの紙みたいだった。
沈んだ面持ちのロイドはそれを曖昧に受け取って、会話という会話を交わさないまま2人は離れた。
思えばあれは、リオン――ジューダスの最後の言葉だったのかもしれない。
あの内容も、俺にとっては信じられないものだった。そういう意味では、ヴェイグさんの言葉は正しいのかもしれない。
俺は中に溜まっていた澱を吐き出すように、息をついた。

「矛盾を矛盾としないで覆い包む込むのって、凄いことだと思います。……俺、あんたの理論を完璧に認められた訳じゃないけど」

手の中の箒を眺めながら、俺はそう言った。

「俺はあんたを見続けなきゃいけない。あんたの信念が本当か、見届けなきゃいけないんです。だから」

声に反応するように、俺の方を見る。

「箒で飛ぶ練習、付き合ってくれませんか?」

俺は箒を両手に持って言った。

「ああ」

ヴェイグさんは少しだけ笑って頷いてくれた。
188名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 15:37:22 ID:mySo1C0GO
 
189誰想アンチノミー 13:2007/06/09(土) 15:38:12 ID:yJNSS8EDO
ディムロス。
ん?
あの人は、これで少しは重荷が減ったのかな。
……何故、そう思う?
やっぱり、あの人も誰かの命を奪ったみたいですから。

思ってた以上に甘いですね。
見損なったか?
ううん、不快じゃあない。
そうか。奴はそれを聞いただけでも救われると思うが。

あの人はきっと、あの時あの問いで、俺のために殺すことも選べたと思うんです。
……軍人として、私はお前の問いは正しいと思うがな。
軍人じゃないディムロスは?
……お前の意見を尊重する。
多分、俺はヴェイグさんがその答えを出したら、後悔する。
何故だ?
……結局、それは守られることだって気付くから。そしてあの人の手を無理に汚させているのは、俺だってことも。


「ヴェイグさんが偽善者でよかったです。――……選ぶことが、どっちも失わせることだってあるから」

返ってきたディムロスの唸り声には、俺の自嘲に対して、2人の死を見た者としてどう答えるかの迷いが篭っていた。
190誰想アンチノミー 14:2007/06/09(土) 15:40:59 ID:yJNSS8EDO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP30% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷
   疲労(肉体仮死化の反動) 左眼失明(眼球破裂) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:カイルの練習に付き合う
第二行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第三行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP35% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム
基本行動方針:生きる
第一行動方針:守られる側から守る側に成長する
第二行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点


*キールは既にフリンジ済みです。
 リザレクションが行えること以外、フリンジの内容は不明。
 治療に伴い、パイングミはキールが使用しました。
*「ジューダス」のダイイングメッセージは現在ロイドに渡してあります。
191名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 17:53:34 ID:Ai6WTUBmO
保守
192それでも残るもの 1:2007/06/15(金) 22:38:26 ID:x2Tyd1+i0
東を向く。砂漠より来る乾いた熱が雪を溶かして涼やかな風が丘を駆け上がる。
二つの月がくっきりと映る程に空は何処までも青く、澄み渡っていた。
地面から湧き上がるように、瑞々しい生気が湧き上がっている。
その源泉の位置に立っている術師の大回復術が、この場の誰も彼もを癒していく。

癒せないもの以外を、癒していく。


丸まった背中の中から、微かな音が弱々しく響いていた。
指を動かして、小さな刃物が音を奏でる。
時折運指を止めて掌の中のものを覗くその瞳は、ガラス玉のように安っぽかった。
ロイド=アーヴィングは、他の仲間たちから少し離れた場所でそういう風に其処にいた。
(別に、自惚れていた訳じゃない。油断していたんでもない)
ほんの少しだけ削って、脳内の原型と照合する。
(俺は、唯助けたかったんだ。救えるものを、救いたかったんだ)
口の中に違和感が浸透する。既にその舌は血の味を忘れている。
手の届く所に救えるはずの命があった。手を伸ばせば救えると思っていた。
差し伸べるべき右手を空に翳す。雁字搦めに拘束されたような包帯が内側からの血で滲んでいる。
一体何度その手から溢して来たのだろうか。
あの村で、その城跡で、この丘で、どこか与り知らない場所で、
その手はいつも何かに裏切られている。
「俺は、どうすりゃいいんだろうな?」
幾つもの希望に裏切られてきた彼は、幾つもの絶望に磨り減った声でそう呟いた。

がさり、と草の音が彼の耳に入る。
振り向いたその先には、一人の擦り切れた少女が立っていた。


不連続な加工音だけが密やかに流れるこの場所で、二人は背中を丸めて並んでいる。
ロイドは胡坐をかいて、ただ作業に没頭していた。
膝を抱えたメルディが、誰に言うでもないように言った。
「キールが心配してたよ。治療しなくていいのかって」
「俺なんかよりも、カイルやヴェイグの方が重傷だって。処置も自分でしたし、
 こうしてフェアリィリングとパイングミでリザレクションも景気良くもらってるんだしさ、それで十分だ」
そう嘲るロイドの背中と胸は布でグルグル巻きにされているが、
それは誰がどう見ても処置と呼べるような代物ではなかった。
子供が遊びで作った落とし穴に葉っぱを被せる様な稚拙さだった。
「……おトーさんの、形見、見つかったか?」
メルディが、世間話のような他愛なさでロイドに聞いた。ロイドは一度だけ喉を鳴らして、指を動かしながら答えた。
「カイルに、貰ってくれって、言われたんだけどさ……結局、貰わなかったよ。
……もし受け取ったら、壊してしまいそうだったし。それに」
もうこんな様じゃ会う顔が無くてさ、と、そう言って嘲った。
メルディは何も言わない。暫くの間沈黙が続いた。
193それでも残るもの 2:2007/06/15(金) 22:39:57 ID:x2Tyd1+i0

「もう肉体的には死んでる、と思う」
搾り出すように発せられた彼の言葉は内容の悲痛さに比べてあまりにも空々しかった。
「さっきから今ひとつ、回復してる実感がなくてさ。
 肩も胸も治ってるはずなのにそれが実感できなくて、なんつーか、どうしようもないっつーか。
 右手も、折角無理言ってキールに直してもらったのにな。少なくとも、もう元には戻らないっぽい。
 ……こっちはもうそれ以前の話だな。無いものに治るも何もないし」
折れた右手で巻いた布の向こう、孔の場所を小突く。
ロイドがいう所の処置は、隠蔽と同義で、それ以上のものが無意味だという皮肉のようだった。
彼に出来ることは、精々その孔を隠して人間らしく外面を保つ程度のことしか無い。
戦いで砕くことを前提とした右手も、既に治るという帰路も意味も失っている。
「本当、何考えてるんだろうな、俺」
道具を横に置いて、左手でロイドは両の眼を覆った。そのエクスフィアは彼の気分とは無関係に輝いている。
「手を伸ばさなきゃ、こんなことにはならなかった。
 もう全部片がついてたんだ。俺の出る幕なんて何処にも無かったんだ」
彼に与えられた役割は既に彼の許容を超えていたというのに。
「どうしても、見過ごせなかった。理屈なんかじゃない。そう思ったんだ」
寄り道をするような余分はどこにも無かったというのに。
「自分の信じる様に、生きてきたんだ。この生き方を貫いてきた」
その指で彼は目頭を押さえた。噤んだ彼の唇の間から嘲りが漏れる。

「貫いたら死んじまったよ、俺。笑えるだろ?」
震えていた指が止まって、彼はメルディに向き直った。、
「残ったのはこの天使の力、仲間の目の前で俺が否定した物だけじゃんか。
 今更父さんに、もう戻ってこない皆に、会わせる顔が無えよ」
ロイドは笑った。生きている人間には到底至れない笑顔だった。
194名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:40:36 ID:t3vWsp220
 
195それでも残るもの 3:2007/06/15(金) 22:40:46 ID:x2Tyd1+i0

その生き方を貫こうとして、死んだ。
ならばそれは、その生き方では生きられなかったということだ。
幾つもの矛盾と皆無の根拠で出来ていた甘くて優しい理想論。
こんな貧弱な生き方で貫けるものなんて本当はどこにもない。
それでも、彼はそれを貫いて生きてここまでやってきた。貫いていられる内は確かにそれは本物だった。
しかし、彼はその生き方に裏切られた。彼の心臓が失われたとき、彼の理想は肉体の死を以て完全に否定された。
後にはただの幼稚なガラクタの残骸しか残らない。
「最後の顔、見たか?笑っていたんだ。俺には、彼女を救えなかった」
それでも、砕けてしまった彼の生き方と引き換えにシャーリィの最後を救ってやることが出来たのなら、
まだ彼の生き方にも意味を残せたかも知れない。
それすら、ロイドには出来なかった。
彼女の最後の笑顔は、真正面から彼の生き方を否定しきって見せたのだ。
「間違い、だったのかな……」
生きているうちには絶対に言わなかっただろう一言。
死んでは生き方も何もないということなのだろうか。振り返る過去が後悔に染め上げられる。
差し伸べても差し伸べても救えない。振り返ってしまえば無駄の一言で打ち捨てられる行動。
「俺の願いじゃ、」
その言葉を吐いて、楽になりたいという甘美な欲求が彼の内から込み上げた。
「誰も」救えないと言おうとしたその口の動きが止まる。
ロイドの両頬に、二つの小さな手が添えられていた。

「ここに、いるよ。ロイド助けた人、ひとりいるよ」

何かが触れるという実感が彼を浸す。
頬に当たる触感はとうに打ち切られているのに、何かが触れているのが解る。
「あの時、ジューダスやロイドと初めて会った時、あの時のメルディは救われていたよ。絶対だよう。
 救ってくれたのは、ロイド達。ううん、きっとジューダスもヴェイグもロイドに出会えて、きっと救われてた」
ロイドに映るメルディは相変わらずくすんだ瞳だったけれども、確かにほんの少し、ほんの少しだけ。
「メルディ」
ロイドは莫迦みたいに彼女の名前を返すことしかできなかった。他の言葉は頬に触れる彼女の手に吸い取られている。
「だからきっと、ロイドの生き方はロイドにとって間違ってなかったよ。今までも、これからも」
そう言った彼女は、ほんの少しだけ精一杯のぎこちなさで微笑んだ。

「だってロイドの指、まだ動いているものな」
196それでも残るもの 4:2007/06/15(金) 22:41:44 ID:x2Tyd1+i0

ロイドは左手で頬に触れているメルディの手首を掴んだ。今まで持っていた彫刻用具が地面に落ちる。
失われた心に血液が廻るような錯覚を覚えた。体の内側が裂けるように叫んでいる。
まだ動く。この指が、この手が、この腕が動く。ようやく、彼は自分の矛盾に気がついた。
もう何も残っていないなら、この手は何故メルディを掴んでいる?
もう何もかも終わったなら、なぜ死にながらここに残ってる?
「ああ……そうだな…。そうに決ってるじゃんか……」
涙の出ない目の奥で、大事なものを見つけ出した。
「今更一回死んだからって、生き方も死に方も変えられる訳ないよな…………」
生きていた時の余熱がまだ体を満たしている。
壊れてしまった理想の残骸が、まだ心に残っている。
「俺の手は、まだこんなにも未練がましく動いているじゃないか」
ロイドはそのまま天を仰ぐ。どうあがいても到達できない未来にまで繋がっているような遠さだった。
それでも鳥はその翼故に、飛ばなければならない。彼はその生き方しか出来なかったのだから。

「ありがとう、メルディ。俺、少しだけ元気が出たよ。あと一回ぐらいなら飛べる気がする」
ロイドはメルディの方を向いて、そう言った。
一回。その部分だけが妙に歯切れの良い軽快な韻だった。
既にその肉が死んでいる彼がこうして生きているのは単にエクスフィアの力、ひいては精神力だ。
どんなに休んでもそれはもう自力では回復しない。
あと一個のグミも色んな物がそげ落ちたこの体にどれほど効くかも分らない。
残り四割、それが彼に残された命であり、確約された全てだった。
幾許かはフェアリィリングで節約できるかもしれないが、ロイドが本気で戦うとなれば一回の戦闘で枯渇する量だ。
未完成の次元斬、天使としての機能維持と予定外の出血も予定されている以上、既に魔神剣ですら回数制になっている。
そして残った敵の中で余力を残せる相手などもうどこにも居ない。
だから、ロイドは全部を考えて一回と、そう口に出した。

「なあ、どうして、俺のことを気にかけてくれたんだ?」
ロイドはその手を離して、メルディに訪ねた。
「ロイドには、助けてもらったから。メルディみたいになって欲しくないよ。それだけ」
そう言う彼女の顔は、もう無機質になっている。
「メルディ、みたいに?」
背を向けて戻ろうとする彼女を引き留める形でロイドは聞き返す。

二三歩歩いてから仕掛けの捩子が切れたように立ち止まった彼女は、振り返って答えた。
「メルディ、もう動けないから」
そういって微笑む彼女は、この青空から乖離していた。

197名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:41:48 ID:t3vWsp220
 
198それでも残るもの 5:2007/06/15(金) 22:42:34 ID:x2Tyd1+i0

ロイドは相変わらず指を動かしている。
その指と無関係に彼は彼女の言葉を反芻していた。

『諦め、てる?』
その言葉を口にしてみて、ロイドは背筋が砕けたような錯覚を覚えた。
本当におぞましくて、それでも狂おしいほど甘美なその言の葉は口に含むだけで神経を蕩かせる。
『うん。もうあんまり気にならない。これからどうなるか、とか。生きていられるか、とか』
どうでもいいな。そう、ハッキリ過ぎるほどの滑舌で言葉にした。
『そんな馬鹿なこと……メルディ、疲れてるんじゃないか?』
希望的な観測を口にするロイドの正面には、絶望的な事実を肯定する情景が広がっている。
ネレイドに荒らされたメルディの心は壊れている。
そういった安価な言葉に縋ることができれば、どんなに楽だろうか。
こんなに空しい顔をした少女の前に、そんなことが許される訳が無かった。
『うん。疲れてる。皆の疲れた顔を見るのに疲れてる』
それは、寂しい光景だった。一人の少女が踊るように草の丘の上で歩いている。
観客は一人、いやその一人すら拒絶するように踊り手は居た。
『皆が辛そうに戦うのを見るのに疲れてる』
それでも彼女は一人で歩いている。誰とも何とも無関係に歩いている。
『殺されないように戦うのに、頼むものを目指して歩くのに』
彼女は独りそこにいる。出来かけの油絵に混じった蠅のような風景との違和感。
ここまで彼女に喋らせたロイドにも、ようやくその正体が漠然とはいえ掴めた。

『生きてるのに、もう疲れてるよ』
彼女は俺なんかよりよっぽど死んでいる。

ロイド――――そう言った彼女は風に髪を泳がせていた。
『二人、殺したよ。一人はファラの隣にいた人』
既に終わってしまった話を聞いたところで何が変わる訳でもない。
『もう一人は、ファラが、キールが、メルディがとっても大切な人』
メルディが二つの手のひらをその皺の一本のまで彼に見せつけるように腕を前に差し出した。
その小さな手は、彼女に連なる二人分の血に染まっている。
『ねえ、ロイド。メルディは汚れてる。だからメルディの未来も、多分汚れるよ』
煤けた瞳はロイドを見ていない。見ているのはロイドの向こうのその更に向こう、真黒に汚れた彼女の未来だ。
辛く寂しく、寒い。呼吸すら痛む生の地獄が瞳の中で広がっている。
『メルディ、それはお前のせいじゃない。悪いのは、全部』
ネレイドだと言おうとしたが、悲しそうな顔で笑う彼女の前にそれは分解された。
『キールに、なんとかメルディが見た首輪のことも伝えられたよ。結構それを支えに頑張ってきた。
 それが出来たら、何と無く思っちゃったよ――――――――もうメルディに出来ることが無いって』
ネレイドに呑み込まれながらも自分に出来ることを懸命に模索して、それを支えに自我を守ってきた。
自分には生きる理由がある、例えそれが最後の言葉になろうとも。
そう言い聞かせて耐えてきた支えは、もう既に役目を果たし終えている。
『そう思ったら、何ていうか、どんどん景色が色褪せて……嫌なことばかり思い出すのな。
 メルディのせいでダメになったモノが、メルディの中に残ってる』
裏切り拒絶して、一人逃げて殺して、数多の物が彼女の犠牲になっている。
『キールは、強くて優しいからメルディは悪くないって言ってくれたよ。
 でも、やっぱりメルディが弱かったからこうなったんだよ』
悲観でも楽観も混じらない唯の事実を述べるような告白だった。
199名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:43:02 ID:t3vWsp220
 
200それでも残るもの 6:2007/06/15(金) 22:43:54 ID:x2Tyd1+i0

『そう思ったら、心が苦しくて辛くてしょうがなかった。
 だからその痛みを少しでも消したくて‘ロイドに消してもらおうと思ったよ’』
ロイドの目が開かれる。メルディが指をゆっくりと動かして、それを指さした。
『メルディ、もしかして』
ロイドの手が、少しだけ動いてそれに指をかけた。
止め具で釣った二本の木刀が揺れて、ロイドにしか聞こえない音量で鳴る。
『ごめんな。だからいったよ。こんなことを考えるメルディはとっくに汚れてる』
ロイドが武器を作ろうとしたのは、紛れもなく彼の意思だった。
だが、そこに寄り添うように彼女の暗い意思が隠れていたことに誰が思えただろうか。
そうでなくて、朽ちた彼女が能動的にロイドのために彼の墓に誘う理由があっただろうか。
彼女にとってはその果てに出来上がるものが毒でも、剣でも、既にどうでもよかった。

作りたい剣があった。青年にできるせめてもの約束として双頭剣は生まれた。
壊したい剣があった。彼がこの島で常に携えた、彼の駆け抜けた証を壊したかった。
創り出す誓いがあった。誓いとともに、刻んだ友の名前があった。
隠したい証明があった。自分が彼を殺したのだという絶対の証明を消したかった。

『……あの形が少し厭だったよ。あの形を‘消したかった’』
墓も、無銘の刀も同じだった。リッド=ハーシェルが生きて、そして死んだ証だった。
『メルディは弱虫で、一人でそれをする勇気も無くて、だから』
ロイドをダシにしたよ。本当に済まなそうに、メルディはそう言った。
そう言われたロイドは茫然としている。怒りよりも、驚きのほうが強かった。
こんなに考えてもがいている彼女の何処に心がないと言えるだろう。
『でも、ロイドがそうするように、やっぱりリッドを忘れるなんて赦してもらえない。
 ホントは分かってる。隠したってメルディのしてきたこと何も変わらない。全部消さないと消えないよ。そう、全部』
心が残っているから、木刀に刻まれた絆にすら苦しんでいる。自分のしてきた罪に苦しんでいる。
『やめろよ』
生きなければいけなかった理由を失い、残ったのはあまりに大きい罪の傷。
『だから、やっぱり、全部消さないとすっきりしない』
癒せない傷を抱えて生きるくらいなら、いっそ
『云うな!!』
その最後の言葉が出る前に、ロイドはメルディを覆いかぶさるように抱きしめた。
それは抱擁というよりは、閉じ込めるという印象を受ける。
最後の言葉を口にさせれば彼女は陽炎よりも淡く消え去ってしまうだろうから。
ロイドにはそれだけ今の彼女がとてつもなく儚く思えた。
201名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:44:16 ID:t3vWsp220
 
202名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:45:02 ID:t3vWsp220
 
203それでも残るもの 7:2007/06/15(金) 22:45:21 ID:x2Tyd1+i0

『なんで、俺なんだ……キールじゃなくて、なんで俺なんだ……』
ロイドは彼女の後頭部に語るようにそのままの状態で言った。
どうして、自分なのか。どんな悲痛な痛みを訴えられたところで、彼にできることなど何もない。
『キールは、強いから。リッドのお墓も作れる。リッドの剣も‘ああ’できる。
 だから、キールに喋ったらきっとメルディのために無茶をする。それがメルディには辛い。
 ロイドに喋ったのは、なんでだと思う?』
するりと抜けて、彼女は彼と距離を置く。この距離は彼女と近いのか遠いのか、もう判らない。

『ロイドが思ったことが正解だよ。ロイドは‘何もできないことを理解しているから’メルディと同じものが見えるよ』
ロイドには何も言い返せなかった。
そう言った彼女の抱える地獄が、ロイドの脳裏に浮かんでいたから。


彼女の言葉を反芻しながら、指を動かし続ける。
(メルディの……罪、か……)
リッドやジョニーを殺したこと?村に集まった仲間たちを壊乱させてしまったこと?
直接間接を問わず数えれば切りがないが、決してそれは彼女だけの罪じゃない。ネレイドの罪でもある。
(でも。それはもう問題じゃない……)
問題は彼女がそれを許さないということ。そして紛れもなく彼女にも罪があるということ。
ロイドはその告白を聞いた、たった一人の証人だ。
あの橋の上で聞いてしまった、認めてしまった罪が、彼女にはある。
顔までも覆う霧の中で、闇の間からはっきりと見えたその眼は別れを告げて、
此岸と彼岸を分かつように、消え入りそうな声でぽつりと呟いた言葉を覚えている。

『ごめんな…ロイド。 メルディ、ネレイドに…負けちゃったよ』

「……あの時、あの時赦していれば…こんなことにはならなかった」
彫刻刀を握る彼の手が軋む。靄もネレイドも、そんなことは別の話だった。
メルディはずっと自分が悪いと、迷惑をかけると、ごめんなさいと謝っていたじゃないか。
だから、一発小突いて「よく言った」と彼女を赦してやるだけでよかった。
死にたくなくて逃げ出すその弱い心を、ネレイドに自ら降伏した罪を、
否定するのではなく黒い靄ごとただ受け入れてやるべきだった。
それに気づくことの何と遅かったことか。
204名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:46:01 ID:t3vWsp220
 
205名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:47:33 ID:t3vWsp220
 
206それでも残るもの 8:2007/06/15(金) 22:48:40 ID:x2Tyd1+i0
そしてネレイドが罪を重ね過ぎた今、もうそれは手遅れだ。
彼女の罪は唯の罪じゃない。自分の罪とネレイドの罪が混ざってもう乖離できない。
人の罪なら人に擦り付けられる。強ければ乗り越えられもするだろう。
だが、彼女の罪は‘神が負うべき罪’なのだ。擦り付けるも乗り越えるにも大きすぎる。
もしミクトランに勝ってこの島から抜け出せたら、
メルディは優しいから、その人間にはとても背負い切れない神の罪を一生背負って生きるだろう。
リッドもファラもいない世界を、罪の塊のような世界をひたすら歩く。
世界中の誰もが赦してもセイファートが赦そうとも、彼女が赦さない。
例え何度あの紫電の魔弾を弾こうとも、幾度世界を救っても、彼女が赦される日は来ない。

そんな見渡す限り針の筵のような草原を十字架を背負いながら歩くなんて、立ち上がる前から挫けそうになる。
そんな褪せた未来の為に今を生きるなんて、‘動く気が起きない’のも仕様がない。

(エターナルソードで全てを無かったことに、……そうすれば、きっと)
そう思う端から、あの地獄の光景がそんな幻想を打ち砕く。
「……なんだよ、何が時を超える剣だ……そんなもんでメルディが救える訳無えだろ……」
それでメルディが救えるのならば、とっくに彼女はそこに思い当たりそれを希望に立ち直っている。
彼女は、それでも救われないからこうして諦めているのだ。
魔剣の力で時を越えて、元凶であるミクトランを撃てば世界は救われる。
彼女を取り巻く悲惨過ぎた物語は無かったことにできる。
だが、そこまでだ。過ぎてしまったことは変わらない。無かったことになる彼女が赦されるわけではない。
それによって救われるのは「この島に来る前のメルディ」であって、この島で罪を犯したメルディではない。
間違った歴史だろうが、正しくない世界だろうが、
(ここにいるメルディにやり直しなんて存在しないんだ)
世界を救えても、俯いた少女一人振り向かせることの出来ない剣。なんとバカバカしいことか。
ロイドは目頭を押さえながら笑った。過去の否定は罪の否定に他ならないと、漸く気づく。
優勝などは論外だ。罪を雪ぐために罪を積むのなら器のメルディは壊れるしかない。

(誰でもいい…誰か、メルディをなんとかしてやってくれ……)
誰でも良いから。
誰か消してやってくれ。あの小さな身体に巣食う物を祓ってくれ。
彼女の心から黒い霧が抜け落ちて、その隙間をみつしり埋めたその罪を消してやってくれ。
ロイドは問う。
どうやって消せる?越えられず、擦り付けられぬ罪なら、術は二ツ。
赦すか、滅ぼすか。
前者は無理だ。
メルディには赦せない。自分で自分を赦せるほど彼女は無知ではない。
ロイドには赦せない。罪を分かち合うことしか出来ない。
キールにも赦せない。彼女の罪を理解しても絶対に認めない。
その他大勢は論外だ。彼女の罪を理解し切れない。
彼女を赦せるものなど何処にもいない。もう、いない。
ならば、後者は。
その肉と血に罪を封じ、器ごと祓清めるか。

少なくとも、『だから、やっぱり、

全部消さないとすっきりしない』彼女はそれしかないと諦めている。

207名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:49:52 ID:t3vWsp220
 
208それでも残るもの 9:2007/06/15(金) 22:50:37 ID:x2Tyd1+i0

ロイドはその左手を、その中にあるものを見つめる。
なんと無力、なんて無為な手なのだろうか。考えれば考えるほど彼女を救う手段がないことを理解させられる。
これでは救うために考えているのか、救えないようにするために考えているのか分らない。
希望を求める行為が寧ろ自分の首を括っている。
探して探して、あると信じて手を伸ばす。
皮膚が裂けても爪が割れても、骨が見えてもあると信じて手を伸ばす。
希望など無いと分かっていても、手を伸ばす。

探しているのは、希望か、それとも、希望を探すことに疲れた自分を殺す縄か、もう区別は付かない。

「……そういうことか」
そしてロイドは理解してしまった。自分も、彼女と同じなのだと。
リッドの墓で建てた誓いは、一人の少女の手によって叶わぬものとなってしまった。
もう一回しか飛べない。
そして、手を伸ばすべき場所は二つある。手を伸ばせば、掴めるかも知れないが死ぬ。
クレスかミトスか、エターナルソードかコレットか。選ばなければならない。
それは、つまり、彼が最も忌むべきことを強いられる状況になってしまったということ。
(世界か)生贄を受諾し、
(コレットか)差別を許容し、
(自分の命を差し出して手に入れよ)犠牲を産出する。
「本気で、どうしろってんだ」
余りの遣り切れなさを体外に開放するような怒気が彼の声に孕んでいた。
どの選択肢を選んでも、彼の望む理想は叶わない。
例え世界の奇跡が全て集まったとして世界とコレットを守ったとしても、自分が確実に死ぬ。
そして何より、メルディも確実に救えない。
彼の理想を叶える道は四方見渡しても、もう何処にもない。
あるのは唯見渡す限りの針の筵。其処を、その死んだ体で飛んでいく。

『ロイドは‘何もできないことを理解しているから’、メルディと同じものが見えるよ』
こんな地獄を、メルディは独り眺めていたのか。
同じ、見える奴がいるなら声をかけてみたくなるのも仕方ない。
歩きたくない。ロイドは純粋にそう思った。
コレットも、世界もかなぐり捨ててメルディのようにへたりと坐れたら、どんな贅沢よりも勝るだろう。   (待て)
歩いても歩いても目的地にはたどり着けないと分かっているのに、歩くなんて厭過ぎる。    (メルディが坐っている?)
でもメルディに教えられて気づいてしまった。この体は絶対に止まらない。
体が勝手に動いて、願いに向かって歩こうとしている。痛い、足が痛い、天使なのになんで、      (お前の眼は節穴か?)
この脚を、関節を外し筋を断って擂り潰せばもう歩かなくてもいいだろうか。
天使の力はそれすら赦さず、この体は死ぬまで止まらない。止めろ、止めて。
209名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:51:42 ID:t3vWsp220
 
210それでも残るもの 10:2007/06/15(金) 22:52:24 ID:x2Tyd1+i0

「クィッキー!!」「んがらッ!?」
その突撃はロイドの鳩尾を的確に貫き、ロイドの体をクの字に折って膝を突かせ
「ク、ィッキー!!」「ほぶっ!!」
頭が下がった所に慈悲の欠片も無いジャンピング頭突きが顎に入った。
あ、死んだ。K.O.
「って、何しやがるコイツ!喰うぞ!」
ロイドがヒョイと指で摘むと、そこには、もう見慣れた動物が一匹いた。
「クィッキー?お前メルディと向こう言ったんじゃないのか?」
「グィッギー!」
すっかり思考から弾き飛ばしていた存在に唖然とするロイド、
その隙を見逃さず、クィッキーはその摘んだ指に噛み付く。
堪らずにその手を放してから、痛みなんて有る筈がないことに漸く気付く。
「クィッキー!ククク、ィッキー!」
何かを叫んでいるが、その意味はロイドには伝わらない。
「〜〜〜何だっていうんだよ…ん?」
クィッキーのそばで散乱する幾つかの所持品に目をやり、ロイドの視界がようやく現実の情報を取得しようと動きだす。
左手で額を押さえながら手探り気になったものを捜すと、直ぐにそれは見つかった。
「……ヴェイグが、置いて行った奴か。あの時はもう塞いでたから気にならなかったけど、何だコレ?」
それは皆の周りを離れる前に、ヴェイグがロイドに渡した紙だった。
『キールに見せたところ、最初は暗号の類かと怪しまれたがそうじゃないようだ。
 ……後は、もし分るとしたらお前だけだ。これをどうするかは、お前に任せる』
「なんだってんだ……」
今更任せるもなにも今の自分には手遅れだろう。そう思ってただ渡されたそれを開く。

その丘に、古い風が吹いて草が舞った。
211名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 22:54:01 ID:t3vWsp220
 
212それでも残るもの 11:2007/06/15(金) 23:07:59 ID:x2Tyd1+i0

「ロイド言ったの、コレで全部か?」
頼んであった装備を持ってきたメルディに、謝辞を述べてロイドはそれらを装備にかかる。
クィッキーはロイドの余分な荷物をメルディのそれに移し替えていた。
「やっぱり、戦うか?」
ロイドは黙って、その紋章を胸に収める。既に限界の体を更なる極限へと引き込む。
吹けば散るようなその体をさらに脆くして、剣を握る手を、伸ばす手をその先へ。
「どうして、どうして?もうどんなに頑張ってもロイドの願いは絶対叶わないよ」
何も答えずに、ロイドは屈んで靴を履く。紋章の呪いを補うための、高速機動の靴を履く。
「今ならまだ間に合うよ。何も選ばなければ、何も失わない。ロイドだって生きられるよ」
靴を履く手が止まる。ああ、それも考えた。
コレットも魔剣も捨てて、残った命を大切にすれば、少なくともそれ以外の選択肢よりは生きられる。
「バイバ。メルディ分らないよ。メルディと同じものをロイドも見てる。
 細かい処は違うかもしれないけど、それは多分同じ。なのに、どうしてロイドは歩けるか?」
靴をようやく履いたロイドは立ち上がり、メルディの方に向きなおる。
「ロイドは歩けるのに、メルディは、もう歩けないよ。どうして、どうしてか……」
メルディの瞳に微小な水気が混じった。ロイドの服を掴んで俯いたまま黙りこくる。
羨望か、嫉妬か、それとも裏切られたという感情だろうか。
同じ境遇にいるのに、目の前の同胞が前を向いているのが辛いのだろうか。

ロイドは彼女の感情を前に、ただ穏やかな眼をして言った。
「メルディ、手を出せ」
メルディはよく分らないという顔でロイドを見上げる。
「な、なにか?」
「いいから手を出しやがれってんだ!」
眩し過ぎる光に怯えたように聞き返すメルディに、ロイドが大声で一喝する。
メルディは動物的な反応で、顔を守るように両腕を顔に近づけた。自然に掲げる形になるその両手に、何か重量がかかる。
「最初はスキルチェンジの練習のつもりで弄っていたんだけどな。いつの間にか、本気になっちまった」
メルディは恐る恐る両手をくっつけたまま頭の下に下す。
そこには彼女の世界にあったものが、寸分違わず再現されていた。
「何をしてる思ってた……こんなもの、作ってたか?…こっちは?」
修理されたウグイスブエを手に持ったまま、もう一度ロイドの顔を見上げる。
そしてその紙を広げて、メルディも言葉を失った。
「受け取ってくれないか。もう俺はお前にこの位のことしか、してやれない」
そう言って笑うロイドは、ほんの少し、しかしとても寂しそうな顔をしていた。
213それでも残るもの 12:2007/06/15(金) 23:09:39 ID:x2Tyd1+i0

「さっきのメルディの言う通り、俺はもう駄目かも知れない。もうどの約束も叶わないかも知れない」
もう彼が望む世界は来ない。少なくとも、その世界に彼がいない。
「俺がそれでも歩けるのはな、メルディが羨ましがるような大した理由は無いんだ」
手紙をロイドに帰したメルディは、ロイドを見つめる。
「俺は、きっとどこかが壊れていて、歩くのを止める方法を知らないんだ。だから、諦められない。
 もう涙も出ないけど、俺には立ち止まれるメルディが泣きたい位に羨ましいよ」
発条仕掛けの玩具が微笑んだ。動力が止まるまで止まれず、主導権は既に無い。
諦めなければならない世界で諦められない。壊れた理想で本当に砕けるまで進むしかない。
その体は、誓いに縛られている。
なんと惨めなのか。特にそんな惨めな姿を気に入っている辺りが更に惨めだ。
「そんなことないよ、ロイドは違う。メルディは、メルディは」
何かを言おうとするが、立場は逆転していて、ロイドの表情の前に彼女の言葉は無力で仕様もない。
「お前は俺より強い。生き方を選べるお前のほうが、俺なんかよりずっと強いんだ。
 お前は今、自分の意志で立っているじゃないか。まだ坐りこんじゃいない」
メルディの顔に、動いていなかった動機関が動き出すように血色が一瞬だけ戻る。
そう、生きたいとは思ってる。でも彼女の罪がそれを赦さない。
剣を作っても気休めにこそなれ、罪は隠れも消えもしない。むしろ余計な痛みだけが増えていく。
生きたいと思う心と死ななければ祓えない神の罪、その二つの狭間で世界にすら与えられない赦しを求めて彼女は摩耗していく。
「お前の罪は解ってる。それを一人で背負おうとする優しさも、誰にもお前を救ってやれないと思う諦めも解ってる。
 確かに俺は無力で、お前を本当に赦してやる事が出来ない。もうお前に何もしてやれない俺には何も言う資格もない」
濡れた草が暖められて、生臭い匂いが湧き上がる。
「けど、一つだけ頼むよ」

「俺が選んだ結果を見届けてくれないか。俺がどこまで足掻けたか、それを見ていてくれないか」
メルディが元の虚ろな顔に戻ってこくりと頷いた。
ロイドはそれを見ずに、手紙を様々な角度から折っている。
彼女に託した言葉は、願いですらなかった。

214名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 23:10:24 ID:t3vWsp220
 
215それでも残るもの 13:2007/06/15(金) 23:10:59 ID:x2Tyd1+i0

「あの二つの月まで届いたら、メルディもきっと赦してもらえるさ」
風が駆ける丘に二人の男女がいた。
「俺がもっと確りしていたら、あんな石なんて捨てられるくらいに
 俺の方が強かったら、メルディが苦しむ必要なんて無かった」
許すとか、許さないとか、そういうのは罰ではない。今でも彼はそう思っている。
「ジョニーもリッドも、少なくともこんな結末にはならなかった」
許しなんかいらない。それはとうにあの墓の前で誓っている。
「俺にはジューダスや、リッドや、キールよりもずっとお前を助けるチャンスがあったんだ」
だがそれでも、赦されるその瞬間を望んでしまう。
「だから、メルディの罪は俺の罪でもあるんだ。だから、」
青年は、少女にその紙飛行機を渡す。
少女は、無表情のまま紙飛行機を持って目を瞑る。
暫くの後、手首のスナップだけでそれを飛ばした。

「お前が赦されたら、あの時お前を救えなかった俺を赦してくれ」


飛行機は風に乗って飛んでいく。

「なんで、今更なんだよ……」漸く言えた言葉は、誰に向けたものだろうか。

――――――――これ以上茶番を演じるのは御免でな。済まないが、僕達は此処までだ。

(僕に出来ることは全部した。全てを叶えることは出来なかったが、後悔は、何処にもない)

「なあ、なんでだよ……」問うべき相手は、ここにはもういない。

――――――――後はお前達の勝手にしろ。それが一番強く、解り易い。

(望まずとも好まざるとも、心が命じるならば例え未来など無くても体は動く。それ以上に望むべくはない)

「ありがとうの一言も、俺はお前にやれないのか。………ジューダス」
意味の無い謝罪は空に消える。ロイドの欠けた心臓に、砕けたものに何かが巡った。
少なくとも一つ、答えがあった。最初から彼が持っていた。絶望の草原を信念だけで駆け抜けた、その先達が。


              ――――――――――――――――後は任せる、莫迦共が。



数分後、彼らの視界にあったのは、針の草原とそこに落ちた紙飛行機だけだった。
しかし彼らには結果などはどうでもよかった。
必要なのは飛行機を飛ばす意志だけだ。
それさえ残っていれば、月を目指すことはできる。
喩え月までは届かないと分かっていても。
216それでも残るもの 14:2007/06/15(金) 23:12:37 ID:x2Tyd1+i0

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 回復停止 TP40%(TP0で終了) 右手甲損傷(完治は不可能) 心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す
第二行動方針:キールからフェアリィリングを貰う
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【メルディ 生存確認】
状態:TP45% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない ホーリィリング トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー E漆黒の翼のバッジ 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点


*Cケイジ@Cはフリンジ済。内容は不明(キールがリザレクション可能な為少なくともレムがセットされている)
217それでも残るもの 14 修正:2007/06/15(金) 23:59:11 ID:x2Tyd1+i0

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP35%(回復の実感は無い) TP40%(TP0で終了) 右手甲損傷(完治は不可能) 
   心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す
第二行動方針:キールからフェアリィリングを貰う
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【メルディ 生存確認】
状態:TP45% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない ホーリィリング トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー E漆黒の翼のバッジ 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点


*Cケイジ@Cはフリンジ済。内容は不明(キールがリザレクション可能な為少なくともレムがセットされている)

218名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 18:42:38 ID:oP55MOjd0
一週間保守
219烏と香辛料 1 @代理:2007/06/24(日) 15:28:48 ID:cgEn99Yp0
確認した位置を認識し、全員を十分に収められる領域を設定した。
(これが現実だ。これこそが実情だ)
指で摘んだグミを口の中に含み、奥歯で二、三度噛んで一気に飲み干す。
すぐに彼の中に活力が戻って来た。
(一時のセンチメンタルに流されて情けを与えるなんて、何のメリットもない。
 敵とは倒すべき者なんかじゃなくて、殺すべきモノの名前なんだ)
人差指にフェアリィリングをはめて、その手に魔杖ケイオスハートを構える。
(誰かを助けて何かを得ようって考えがもう間違っているんだ。この戦いは減点法なんだから、何をしても犠牲がでてしまう)
反対側の手に持ったクレーメルケイジの中で水晶霊が活性化する。
それにリンクして魔杖がその力を増幅させる。
(失いたくないなら、失う前に終わらせるしかないだろ。不必要なものはそれだけで時間のロスだ)


「効果領域、固定。発動時間、指定。連続使用に於ける劣化速度、限定。癒せ――――リザレクション!!」
始まった詠唱の中に彼の苛立ちが浮き上がっていた。



「おつかれさん」
投げられた桃をキールは視線を合わせること無く無造作に掴んだ。
項垂れた顔の険しさからは疲弊を隠そうとする努力が見て取ることができる。
投擲された方向には、彼のほうに向かって歩きながら林檎を頬張るグリッドがいた。
目を細めてその桃を睨みつけるが、現状の疲労した彼の脳は果物自体の危険性や
果物を直接齧ることへの慣習的批判にまで思考を及ぼすに機能が至らず、そのままその顎で小さく噛んだ。
その甘さに彼の心は少し苛立つ。
「とりあえず俺たちが持ってきた食料はそこのウイングパックの中。
 しっかり確認はしてないけど中身は一通り無事っぽい」
「水は?」
キールの淡白な質問に、グリッドは水の入ったボトルを投げることで応じた。
「ウイングパックは一個しか無かったからな、こっちの残量と向こうの消費分・補給分全部合わせて丁度ボトル6本分だ。
 綺麗に一人一本一リットルだな。正直十分とは言えないが全員に渡るだけでも…
 ってオイィィィィ!なんでいきなりリミッター解除しちゃってんのォォォォ!!!」
補給物資に感慨耽るグリッドの目の前でキールがボトルに口をつけ、一気に水を体内へ流し込む。
半分ほど目傘が減ったところでボトルを下ろし、大きく息を吐いた。
「一人当たり1.2本だ。…この位の計算、間違えるな」
悪びれるそぶりすら見せず、さらにキールはグリッドに手を出す。
何かを言葉を投げかけようとしたが、グリッドはそれを見つけられずもう一本のボトルをキールに渡した。


220烏と香辛料 2 @代理:2007/06/24(日) 15:29:33 ID:cgEn99Yp0

「…………終わったな」
グリッドが辺りを見渡すと、そこには昨夜の惨劇ほどではないにしろそこそこの地獄が広がっていた。
積もった雪は半分解けている。溶けた半分は凍っている。
積もって無い草地は半分灼けている。残った内の半分は抉れて土と泥が露出している。
そして最後に残った草だけが、そのか細い命を立証していた。
彼らの居る場所はこの戦いの中心だった地。その草に自分たちを重ねてグリッドはそう言った。
「敵の一人が死んだだけだ。こちらの戦力も減少してトータルで見ればむしろマイナス……まだ何も終わっちゃいない」
そう言い切るキールの眼はその安堵すら拒否している。

トータルで見ればマイナス。なるほど、言い得て妙だとキールは思った。
本来ならこちらが先の先を取って、反撃の暇も与えず瞬殺する予定だった相手だ。
綿密に情報を集め行動経路を想定し、必要な人員を適所に配置して連絡を徹底し火線を集中させて一気に滅ぼす。
そうやってしかるべきだった相手をして、結果としてこちらが行ったのは遭遇戦からの戦力の逐次投入。
彼にしてみれば最悪の戦術だったといえる。
(グリッドはそうじゃないといっているが、馬鹿馬鹿しい。予測できていたのならこんな結果になるものか)
こんな結果。そう、こんな結果なのだ。キールが桃を強く噛み切ると、喰い跡に血の色が混じった。
得られた物資には満足しよう。だが、その物資を運用する人間に損害が出すぎた。
初手からシャーリィと交戦したG3帰還組の被害は悲酸に尽きる。
計4名のうち戦闘可能なメンバー3人は死者1名重症1名中度損傷1名。
しかも1人は下半身に重症を負い動けるかどうか、もう1人は片目を失っている。
リザレクションを連発したとは言え、生存2名とも前線で戦闘をするのには実に不安な状態だ。
(もっとも…それすら無かったら前線は完全に崩壊していたがな)
シャーリィを殺したからこそ手に入ったフェアリィリング、
そして合流したからこそ結果手に入ったグミに一瞬だけ皮肉を込めて笑う。
しかし、すぐに険しさが顔を支配した。ここまではまだ代償として看過できるレベルの話だからだ。


「済まなかったな。トーマ達を、東の連中を連れてくることが出来なかった」
グリッドは申し訳無さそうに俯く。
キールはそんがグリッドを見て、眉間に皺を寄せた。
「別に、お前達を責める気は無い。こうして治療に一番必要なクレーメルケイジとミトスの情報を持ってきた。
 少なくとも最初にお前が言っていたことだけは遵守されている」
キールは既にフリンジされたケイジをグリッドに見せる。
「いや、そうじゃなくて……その、なんだ」
グリッドはケイジのほうをチラチラと見ながらバツが悪そうに眼を泳がせる。
「何だ、どうでもいい話なら聞かないぞ」
急かされてようやく意を決したのか、グリッドは一回大きく唾を飲み込んだ。
「プリムラを連れてくることが出来なかった。済まん」
足を揃えて直立に立ち、深く頭を下げるグリッドは唇を噛んでこれから来るであろう対応に耐える防御を固めた。
彼はキールとプリムラの関係をプリムラ本人から聞いていた。
だからこそ、どうしても団長として自分が伝えなければならないと思いこうしてその場に臨んでいる。
しかし、一向に何も言葉が返ってこない。向こう側も何を言えばいいのか迷っているのだろうか。
そして顔を下げているグリッドの視界にキールの足が映る。そして直ぐに消えた。
不思議に思ったグリッドが顔を上げると、キールは彼らの荷物が一堂に集めてある場所へ向って小さくなっている。
「お、おい、待てよ!」


221名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 15:29:42 ID:h9pmQBX0O

222烏と香辛料 3 @代理:2007/06/24(日) 15:30:16 ID:cgEn99Yp0
グリッドが追いついたとき、キールは既に屈んで全員の装備品の物色していた。
グリッドがかける声など最初から存在していないように一つ一つを取って眺め、戻していく。
「これが、例の…」
そうしてキールが一つの首輪とそれなりの量の紙束を二つ掴む。
「おいったら!」
グリッドの手がキールの肩を掴み、無理矢理キールの顔をグリッドの方へ向けさせた。
「……何か言えよ………何かあるだろ…」
顔を紅くしながらグリッドはキールを睨みつける。それは同時に何かを懇願しているような眼だった。
彼女の為に、すでに失ってしまった彼の団員の為に、期待した言葉があった。
それでも、彼に渡された言葉は目の前でグリッドを見下すその表情にふさわしいものだった。

「言っただろう。どうでもいい話は聞かないと言ったはずだ」

「どうでもいい、だと…それが、お前、あいつに言う言葉が、それか!!」
グリッドはキールの胸倉を掴み直し吠えた。拒絶しなければならない、そう彼の体が命令していた。
「お前のそのクレーメルケイジだってあいつが持っていたものだ!」
「だから?」
別に本心ではなくてもいいから一言が欲しかった。彼女の為に。
「あいつはマーダーなんかじゃなかった!最後の最後まで俺達の仲間だった!」
「だから?」
団員一人の命を守れなかった団長として、果たすべき責任があると思った。
「あいつは、あいつは!」
「だから?」
せめて、何か救いが欲しかった。グリッドはプリムラの遺髪を取り出してキールに見せる。
「あいつは、プリムラは俺と、俺達漆黒の翼出会った時から、ずっとお前のことを案じていたんだぞ!?」

「煩い。黄色い声を出すな」
だから、望んで外道に落ちようとしているキールの癇に障った。
こいつの言動は根本的に腐っている。
キールの手がグリッドの手を跳ね除けると、彼女の髪は風に舞って風景に溶けた。


223烏と香辛料 4 @代理:2007/06/24(日) 15:30:59 ID:cgEn99Yp0

落したハロルドのメモを拾い直し、かかった土を払いキールは言った。
「お前に言ったところで何が変わる?変わらないだろう。それとも何か?
 プリムラはマーダーだと僕が言ったのを撤回しろということか?そんな無駄なことをする理由が僕にはない」
「お前、本気でいっているのか」
グリッドは唖然としている。
抑えていた苛立ちが、キールの首からもげて堰を切った。
「こんなこと冗談で言うか。お前の言い分を否定する訳じゃない。事の顛末は治療の傍らヴェイグから聞いている。
 成程確かに僕の記憶と合致する程度に彼女は賢かった。こうしてグミの力でお前達を回復できたんだからな。
 だが、今更仲間と敵の認識を変えたところで彼女自身がどうこうなる訳じゃない。これ即ち無駄の一言で済む」
「無駄な訳が無いだろう!死者を侮辱する権利は誰にだってない!」
キールは鼻で笑った。どこまで足りないのか見当も付かない。
「否、ある。現に僕は結果としてここで殺した一人の少女だった化け物の死を物理的に凌辱している」
キールは肩越しに親指で自分の後ろを指差した。
そこにはシャーリィだった化け物「だった」モノが散らばっていた。
沢山の石ころが飛散している。その中で少しだけ残った有機物はすでに人のそれですらない。
キールがシャーリィの首輪を外した過程に於いて出来た廃棄物である。
無論、その過程は最短距離を意図的に通っていない。
「まったく、せめてエクスフィアとして使えればまだ役に立ったのに。どれも屑石、死ねば等しくみんなゴミだ」
わざとらしくキールは呆れたような素振りでグリッドを流し見る。
「いいか、僕は死者には敬意を払う意思がないわけじゃない。
 ただ、その為に時間を割いて貴重な戦力をこれ以上劣化させるに値しないと言っているだけだ」
「そんなのは理屈だ!お前の心はそう思ってはいない!」
キールは自身の何かが沸点に到ろうとするのを感じた。
「一応聞く。その論拠は?」

「決まっている!俺が漆黒の翼のリーダー・グリッド様だからだ!」

こいつ、死ねばいいのに。

そう思ったキールの手は、既に目の前の紛い物を打っていた。
非力な学士の手とはいえ突然の衝撃にグリッドは堪らずよろける。何が起こったのか、それすら理解に時間を要していた。
鼻も口も皮膚も過呼吸になっている自分を冷やかに観察しながら、キールはその激情を出来る限り順序立てて再構築する。
すでに自身の内にこの感情を抑えることは望めなかったし、望まなかった。

「何が漆黒の翼だ。そんなものの為にプリムラは死んでしまったんじゃないか!」
だから、まず一番先に言うべきことを口にした。

「そんなもの…だと?」
「ああ、そうだ。無論事の顛末は聞いてはいる。直接的に殺したのはリオンだろうさ。
 だがな、その後プリムラが癒しを拒んで死んだのは紛れもなくお前の作ったもののせいだろうが!」
今度はキールがグリッドの胸倉を掴む。
「漆黒の翼の団員として誇り高く死んだ?そんなものはどうでも良いさ。
 問題の本質をお前は理解していない。いや、理解しようとすることを拒んでいる」
グリッドの瞳が散大する。顔面の汗腺が一気に開いた。
「お前が、本気で救いたかったのなら!お前はプリムラが何を言おうがグミを与えるべきじゃなかったのか!?
 団員の誇りとかお涙頂戴の状況なんか目もくれずにヴェイグから奪いそれを実行するべきだった!
 お前はそれをしなかった!何故か?!お前はプリムラ自身よりも漆黒の翼という体面の方が重要だったからだ!!」
「ち、違う!俺は救おうとした!死ぬなと命じた!だが、そうする前にリオン=マグナスが」
「問題を摺り替えるなよ。仮にリオン=マグナスの意向が何であったとしても、それはお前がグミを使っていれば回避できた事象だ」
喚くように否定するグリッドの体を言葉を釘に、理論を板にして括り付ける。
確かに回避できた。リオンがグミを守るためにプリムラを殺そうとしたのならば、
先にグミを使ってしまえばリオンがプリムラを殺す意味はなくなる。
同様にマーダーとしての行動だったとしても、回復が済んでしまえば弱いプリムラを率先して殺す理由もなくなる。
いずれにしても、キールの言葉は悪意にまみれているが一つの真実に至っている。


224烏と香辛料 5 @代理:2007/06/24(日) 15:31:44 ID:cgEn99Yp0

理論だった悪意は止まらず、グリッドに容赦なく叩きつけられる。
「……勘違いするなよ。決してプリムラを見殺したことを責めている訳じゃない。
 お前の行動に対するその矛盾に満ちた言葉が僕の気に障ってしょうがないだけだ」
「矛盾、だと?」
「ああ、矛盾だらけだ。城跡で合ったときからこの歯のかみ合わないような不快感はあったが、ようやく正体が掴めた。
 お前、本当にプリムラが死んだことを気にしているのか?いや――――」
いないだろ。最後まで言わなくともそれが反語であることは十分グリッドに伝わっていた。
「さっき僕にプリムラへの弔辞を求めたな。ああ、もし純粋にお前がプリムラのことを思って言ったのならば宗旨替えもするさ。
 だがな、それがお前を楽にするためだけの薬剤にしかならないのなら、そんなものやらない。
 お前は死んでしまった団員への責務を果たすことで団長としての自分を満足させたいだけだ!」
足から力が抜けグリッドの体ががくりと落ちるが、キールはそれを非力に似合わず持ち上げる。
原動力は体から湧き上がっていた。
「大体だな、節操が無いと思わないか。出会う人間を片っ端から当人も仲間の意向も無視して入団させて。
 まるで玩具箱に適当にオモチャを詰める子供みたいじゃないか。無造作に入れられるオモチャの気持ちを考えたことがあるか?」
瞳は黒い炎で燃えあがって、口は僅かに微笑を湛えている。
「しかもお前はオモチャ一個一個に愛着をさほど持っていない。団員が居なくなれば次の団員をすぐに補充する。
 何故ならお前が求めているのは団員でも仲間でもなく、漆黒の翼という玩具で満たされた玩具箱そのものだからだ」
キールは力強くグリッドの顔を自分の方へ近づけた。
「違う…俺は、そんなんじゃない…」
涙を眼に湛えながらグリッドは首を横に振った。今まで誰も触れなかった彼の矛盾が鋭利なメスで切り裂かれていく。
「じゃあ、聞くが、お前これまでに何人殺してきた?」
「な、何をいっているんだ。誰も殺してないに決まっているだろう!!」
キールはぱっと手を放す。グリッドの体は自然に重力に従って倒れた。
立ち上がろうとするグリッドの頭をキールは魔杖の先で制す。
「団長のお前を守って、何人が死んだと聞いている」
言ってはならない一言を、キールは躊躇いなくあっさり言った。
「な、な」
「どいつもこいつもお前に何を見出したかは知らないが、お前を信じて散っていった連中に申し訳が立たないと思わないか?」
グリッドの表情は既にいつもの様相はまるで無い。
「別段驚く話じゃないだろ。何の能力もない凡才のお前がここまで生き延びるには対価が必要だ。
 お前はそれを団員で補っている。実に上手いやり方じゃないか」
キールが皮肉を言うのを聞きながら、グリッドの脳裏に光景が浮かぶ。
ユアン、カトリーヌ、ハロルド、プリムラ、トーマ、自分を信じて散った人、自分が頑張れば助かったかも知れない人、
その全てはお前が殺したのだと、目の前の預言者は語る。
「だがな、お前の一番問題な所はな、「今こうして生きながらえているのを何がしかの奇跡だと思い込んでいること」だ。
 お前、まさか自分が奇跡のヒーローか何かだと勘違いしてないか?その後ろの死を蔑ろにして」
刺して、刺して、まだ刺す。
「お前の正体を教えてやる」
それでもキールは刺すことを止めない。

「お前はリーダーでも正義のヒーローでも何でもない、唯の普通の凡人だ。
 漆黒の翼という居場所を構築し、団長という衣を纏わねば呼吸することも適わない弱い生物。学術名をグリッドという」


225名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 15:32:03 ID:h9pmQBX0O

226烏と香辛料 6 @代理:2007/06/24(日) 15:32:29 ID:cgEn99Yp0

それは、最後の葉っぱだった。

常に漆黒の翼の団長という肩書きに縋って虚勢を張って来た、グリッドの弱さの本質。
漆黒の翼という箱庭でしか存在できない架空のヒーロー。
リーダーとしての務め、団長として、そういった口実が全てキャンセルされる。
「ち、違う!絶対に違う!!俺はそんなつもりで漆黒の翼を作った訳じゃない!!
 俺は、仲間を守るためにここにこうして立っていて」
「それはグリッド、お前の言葉か?それとも漆黒の翼団長としての言葉か?
 お前の綺麗事は偽善ですらない。なにせその言葉すらお前のものじゃないんだから」
剣も、銃もどれほどに意味があるのか。少なくとも今この場で一番威を持っていたのは言葉だった。
グリッドは唯々キールの弾丸に怯えている。
しかし、グリッドに渡されたのは弾丸ではなく、刀だった。
「…………これは?」
「お前の御所望の品だ。メルディを消耗させてまで作った逸品だよ」
グリッドは縋るようにしてその刀を手に取り、繁々と眺める。
その涙の溜まった目でも、ここまで近づけてみれば直ぐに刀身の異常に気がついた。
「…穴?」
「そうだ、お前にとって必要になる、孔だ」
キールは袖から一つの瓶を出す。毒々しい黒にまで煮詰まったその悪性の体現、謀略の結晶。
「あと一時間もあれば煮詰まるだろう。防空壕に戻ってからでは人目に付くから今のうちに渡しておく」
「そうじゃなくて、毒って何だ?俺はそんなこと一言も頼んじゃいないぞ」
「このことはロイドたちに言うなよ。もし敵に際したときに感づかれれば文字通り水泡に帰る」
「まてよ」
「完全に煮詰まればかなりの毒性になるはずだから使用の直前に刀身に塗ってくれ。くれぐれも自滅だけは」
グリッドがキールの手を払って、瓶が地面に落ちる。草の上ですぐに止まり、キールはそれを拾った。
「俺は、こんなもの使わないぞ」
「何故だ」
「…正義に悖る。悪を討つ正義の刃にそんな毒を塗るのは、その」
どもるグリッドにキールは瓶を突きつけた。リバヴィウス鉱の周りで気泡が発生している。
「まだ分からないのか?ロイドやカイルも大概夢想家だがな、それでも中身がある。
 だが自分の無いお前の正義なんて空っぽだ。そんな物で出来た刃で誰が斬れるんだよ」

吐き捨てるようにキールは言ってグリッドに背を向ける。
吐き捨てられたグリッドは上半身も糸が切れたように崩れ落ちる。
最後の砦だった正義の心も、正体の知れた今となっては夢霞に等しい。


227名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 15:33:08 ID:5noUljWyO
228烏と香辛料 7 @代理:2007/06/24(日) 15:33:21 ID:cgEn99Yp0

グリッドは蹲ったまま何も喋らない。
一息ついてキールがグリッドに背をむけると、ぼそりと後ろから声がした。
「どうして、何の恨みがあるんだ。お前だって、何も無いじゃないか」
キールはしばらく立ちつくした後、両手を前に突き出して答えた。
「ああ、痛いほど分かっているさ。所詮この身は凡人、その限界を身をもって知っている。
 この島では確実にこの手から何かが零れおちる。ならば僕にできることは一つ。
 本当に掴んでおきたいものの為に、掴めないものを切り捨てることだけだ。
 だから同じ凡人の分際で夢想に逃げ込むお前が気に入らない」
キールはその手を力強く握った。

「お前が死ねばよかった。お前が本物だというなら、お前がシャーリィを抱きしめてやれば良かった。
 ロイドの代わりにお前が心臓を差し出せばよかった。それが僕がお前に八つ当たりする理由だ」
キールは目を瞑り彼に吐いた罵詈雑言を振り返る。
「……カイルの怪我の具合を見てくる。次の敵が誰になるかは分らないが、
 その時までに使うかどうか決めろ。使わないならお前を戦力から外して次の手を考える。だが」
しかし撤回はしない。ロイドという旗印はすでに燃え尽きかけている。
自分の中に必死に生存確率を上げようと計算している自分がいる。
「お前は、自分の妄想と現実の差を埋めるのに後何人の団員の死体が必要なんだ?
 少なくとも僕はお前の盾になってに死ぬのなんてゴメンだね」
既に背中で蹲っているガラクタにどれだけ聞こえているのだろうか。

 「……喜べよ。その毒で差を埋めろ。それだけでお前は本物の団長に、正義のヒーローになれるんだから」
ハロルドのメモを見ながらキールは思考を巡らせる。
どうやらメモ1が暗号表でそれを使ってメモ2を見ればいいらしい。まずはメモ1からだ。
キールはそうしてカイルの下へ行った。
御旗が燃え尽きたなら、別の旗を掲げればいい。
メモを見る最中もそう計算する自分を抑えてくれるように、グリッドに淡い願いを託して。


229名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 15:33:36 ID:h9pmQBX0O

230烏と香辛料 8 @代理:2007/06/24(日) 15:34:10 ID:cgEn99Yp0
「畜生…畜生……違う。俺は、違う…」
グリッドはそのまま跪いたような体勢で煩悶していた。
まるで今まで食潰してきた命の重みに今更耐えるような恰好だった。
ころころとグリッドの目の前に転がるものがあった。
赤くて、丸い人の頭。
「ヒッ…うぷっ……おぅ、おうええええええええええええええええ」
グリッドの中で全部が逆流する。
今まで食べていた果物も、目を背けてきた矛盾も、知りもしなかった自分の業も。

食いかけの林檎の周りが白く濁っているなかで、
既に翼も嘴も失い、ただ涙する汚れた烏が遠くにキラキラと光るものの中でキラキラ光るものを見つけた。
立ち上がってよろよろとそこに近づく。
何が正義で、何が信じるものなのかもよく分らない。
だから、唯この一瞬だけは、その石が綺麗だと素直に思った。


【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ゼクンドゥス召喚可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 フェアリィリング 首輪×3
    漆黒の翼のバッジ ハロルドメモ1・2 C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイドを生き残らせる
第二行動方針:治療後E2へ撤退
第三行動方針:ハロルドメモ1の解析
第四行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第五行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) プリムラ・ユアンのサック所持 嘔吐
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ
    ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) ネルフェス・エクスフィア
基本行動方針:???
第一行動方針:毒を使うかどうかを決める
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

notice:食糧及びキールに2本、ロイド・キールを除く全員に1本分水が補給されました。


231烏と香辛料 修正:2007/06/25(月) 22:38:21 ID:QkYcHLgY0
「だから?」
せめて、何か救いが欲しかった。グリッドはプリムラの遺髪を取り出してキールに見せる。
「あいつは、プリムラは俺と、俺達漆黒の翼出会った時から、ずっとお前のことを案じていたんだぞ!?」

「だから?」
グリッドはプリムラの遺髪を取り出してキールに見せる。
せめて、何か救いが欲しかった。誰の為に?
「あいつは、プリムラは俺と、俺達漆黒の翼と出会った時から、ずっとお前のことを案じていたんだぞ!?」

「ああ、そうだ。無論事の顛末は聞いてはいる。直接的に殺したのはリオンだろうさ。

「ああ、そうだ。無論、直接的に殺したのはリオンだろうさ。

「ああ、矛盾だらけだ。城跡で合ったときから

「ああ、矛盾だらけだ。城跡で会ったときから

「だがな、お前の一番問題な所はな、「今こうして生きながらえているのを何がしかの奇跡だと思い込んでいること」だ。

「だがな、お前の一番問題な所はな、「今こうして生きながらえているのを何がしかの自分の力だと思い込んでいること」だ。

「ち、違う!絶対に違う!!俺はそんなつもりで漆黒の翼を作った訳じゃない!!
 俺は、仲間を守るためにここにこうして立っていて」
「それはグリッド、お前の言葉か?それとも漆黒の翼団長としての言葉か?
 お前の綺麗事は偽善ですらない。なにせその言葉すらお前のものじゃないんだから」

「ち、違う!絶対に違う!!俺はそんなつもりで漆黒の翼を作った訳じゃない!!
 俺は、仲間を守るためにここにこうして立っていて」
グリッドは立ち上がろうとする。ここで立ち上がらなければ絶対に不味いという確信があった。
片膝を地面に突いて、反対の膝を掌で押して立ち上がろうとする。だが
「それはグリッド、お前の言葉か?それとも漆黒の翼団長としての言葉か?
 お前の綺麗事は偽善ですらない。なにせその言葉すらお前のものじゃないんだから」
膝が崩れて両の手が地面を突いた。
虚構に縋って生きてきた彼が、露出した現実の大地に一人で立てる道理が無かった。

吐き捨てるようにキールは言ってグリッドに背を向ける。
吐き捨てられたグリッドは吐き捨てられたグリッドは上半身も糸が切れたように崩れ落ちる。

吐き捨てるようにキールは言って足元の襤褸切れを俯瞰する。
吐き捨てられたグリッドは既に漆黒の翼の団長などではなく、唯のグリッドだった。
232烏と香辛料 修正 2:2007/06/25(月) 22:40:24 ID:QkYcHLgY0

「お前は、自分の妄想と現実の差を埋めるのに後何人の団員の死体が必要なんだ?
 少なくとも僕はお前の盾になってに死ぬのなんてゴメンだね」
既に背中で蹲っているガラクタにどれだけ聞こえているのだろうか。

「お前は、自分の妄想と現実の差を埋めるのに後何人の団員の死体が必要なんだ?
 少なくとも僕は、お前に搾取し尽くされて死ぬのなんてゴメンだね」
そう言ってキールは手に握った漆黒の翼のバッチを、失敗したレポートのように捨てる。
既に背中で蹲っているガラクタにどれだけ聞こえているのだろうか。




【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 フェアリィリング 首輪×3
    ハロルドメモ1・2 C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイドを生き残らせる
第二行動方針:治療後E2へ撤退
第三行動方針:ハロルドメモ1の解析
第四行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第五行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
233名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 02:59:30 ID:wsA9Fdk60
良スレ保守
234名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 20:31:06 ID:rdFWiK7NO
sage
235名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 08:46:34 ID:ISUWdAKhO
保守
236名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 01:35:11 ID:HGOy/r5/0
>>432のやつ

42ポプラ
43ロニ
48メルディ
57マリアン
56ジーニアス

テイルズのラスト5人
さすがに主人公はいないが、そこそこ人気のあるメインキャラも結構入ってる。
マイナーキャラは投票した本人たちがとっとと書いてしまい、
ネタキャラや主人公もすぐに書かれ、この5人が残ったって印象がある。
スタンスも現在の状況もまちまち。
237名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 01:36:13 ID:HGOy/r5/0
ごめん、誤爆。
238名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 07:16:53 ID:FMBYgj5qO
保守
239名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 09:39:32 ID:iWtDx0Q7O
保守
240誰がために鐘は鳴る 1:2007/07/24(火) 18:04:32 ID:3u4Nvl/C0
青い空は、雲は浮かべど覆い隠されるようなことはなく、アクアマリンの青さをそのまま空に持っていったような紺碧の顔を見せていた。
太陽は燦々と照り、午前から午後の空へと移り変わろうと、明度を増して物の輪郭をはっきりとさせてきている。
そこに1つ、黒い一筋の影が通り過ぎる。
一瞬だった。形の判別は難しいが、せめて言えば、やや細い線に何かが乗っかったような形だった。



中空でUの字を描くように旋回する。描かれた光の軌跡は夜であればもっと綺麗に見えただろう。
高度を下げていき、地上に立つヴェイグの元へと近付く。
とはいえ足の怪我もあり着地するのは苦労であるため、浮遊したままではあるが。
どうやらこの箒、理論はカイルには分からないが、地面と箒の間に反発力を生み出して浮いているらしい。
おかげで手で掴んでさえいれば、安定したバランスのまま待機することも可能である。
イクシフォスラーも良かったがこっちも少し気に入った、とカイルは思ってしまった。
「大分飛べるようになってきたんじゃないか?」
カイルの分まで預かっていたサックからヴェイグは水を取り出し、カイルに差し出す。
「まぁ、慣れなくて何度も落ちてた最初と比べれば……」
浮遊しながらも均衡の取れた体勢で受け取る。ボトルの口を開けて、一口喉に流し込んだ。
流石に両手を離すまではいかないので、柄を掴んだままの手で器用にボトルを持ち、空いた手で開閉しなくてはいけなかった。
ヴェイグに頼むことも出来ただろうが、そんな雑用まで相手に頼む気には到底なれなかった。
「……その、痛みはないか?」
ボトルを受け取った後、まごまごと口を動かして、ヴェイグは歯切れ悪く言う。
表情は左目を覆う眼帯代わりの布でやや分かりにくいが、少し右目の目線が逸れている辺り、
あまり真面目な顔をして言うにはデリカシーのないことなのだろう。
そもそもヴェイグにその種の話題の免疫もない。
意図を汲み取ったカイルは片腕を頭に回し、
「そうですね。普通に飛ぶ分には、跨ぐというよりは重心を後ろにやってれば大丈夫です。
 全速力とかだと、ちょっと前屈みになんないといけないから……まぁ、ちょっと痛いですけど」
と、少し頬を赤らめて答えた。
何か申し訳なさそうな顔をしているヴェイグを見て、カイルは手をあわあわと振った(1度両手で振ってバランスを崩しかけた)。
「気にしないで下さい! 使うって決めたのは、あくまで俺なんですから」
「……そう言ってもらえると助かる」
とは言うものの、それ以上話は続かなかった。先程の激戦を忘れさせるような静謐が辺りを包み込む。
「残った荷物にまだ使える物が残っていたかもしれない。少し、見てくる」
手にボトルを持ったままだということに今更ヴェイグは気付いた。
性急にしまい込んだサックを相手に返却すると、足早にカイルの下から離れる。
あ、ちょっと、と彼はヴェイグを呼び止めようとしたが、ヴェイグは1度振り向いた素振りをしただけでそのまま行ってしまった。
突き出された手だけが、ただ虚空に漂っていた。
241名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:05:51 ID:htHJi+Mp0
242誰がために鐘は鳴る 2:2007/07/24(火) 18:06:54 ID:3u4Nvl/C0
小さく唸って何か言葉を発しようとしたようだが、言葉尻が濁ってその先は出てこない。
言葉とならなかった澱は溜息としてまとめて吐き出された。
「……何でこう、上手くいかないんだろ」
『どうした?』
「いや、ヴェイグさんともっと普通に話せたらと思って」
カイルの呟きに、しばらくディムロスは黙っていた。
その緘黙は単に相性の問題だけではないという、沈痛な重々しさを秘めている。
『……時間が経つにつれて話せるようになるさ』
短くただそれだけ、しかし含みのあるようにディムロスは言った。カイルも笑いかけて、そうですね、と答えた。
とりあえず、ヴェイグが戻るまで休もうとカイルは決めた。
地面擦れ擦れのところを低空飛行し、右下半身から着地するようにして慎重に箒から降り、
残った左足を張られた縄を乗り越える要領で持ち上げて柄を跨ぎ、何とか降りることに成功する。
乗る時も同じような方法を取る訳だが、降りる方がよっぽど大変で気苦労する。
衝撃がある分、足に余計な痛みを与えてしまわないようにという思慮のせいだ。
まるで器に一杯の水が入っているのに、更にぎりぎりまで一滴ずつ水を加えていくような、そんなじりじりとした緊張と緊迫感で本当に疲れる。
それも無事に出来た訳だからとりあえずは一安心、とでも言うべきなのだろうが。
ヴェイグが離れている間、カイルは地面に生えている僅かな草を眺めてみた。
シャーリィの術により、ここは緑の生い茂る豊かな丘陵ではなく、気候と裏腹に不自然な雪原と化し、
シャーリィの砲撃により、命が残ることすら認めないように荒れた土の丘と変貌していた。
中心部は擂鉢状に深く抉られ、凄まじき戦禍を物語っている。
だが、それでもこうして、少しでも緑は存在している。
決して高く伸びている訳ではないが、まだ柔らかい午前の陽の光を浴びて、鮮やかな新緑色と白金の輪郭を見せている。
風が吹き抜ける。音も立たない程にささやかで穏やかな風だ。なびいた髪が頬をくすぐる。
ふと、カイルは残った草の中で、稀有なことに、小さな花を二輪見つけた。
手元ではなく少し離れた場所にあるため、寝転がるようにしてその花に顔を近付ける。
小さな花だ。純白で、中心部はオレンジ色。花びらの枚数も少なく、小振りだ。
今までに見かけたことはないから、どこか遠い、文化も違うような辺境の地に咲いている花なのかもしれない。
もしかしたらアクアヴェイルの辺りなら咲いてもいるんじゃないだろうか、とカイルは思う。
こんな可憐な花を見ていると、何となく煩わしい気分が晴れるようだった。
昔から見たことのない鳥や虫や花を見つければ、1人で勝手に追いかけてしまうのだ――。
当時のことを思い出し、きゅう、と胸を締め付けられる感覚を覚えて、カイルは髪を揺らし首を素早く振る。
まるで思い出と一緒に、ぽつり、ぽつりと心に浮かんできた多くの人々の残像をかき消すように。
今は悲しみに暮れる時間も暇も、亡き人々に甘える状況でもない。
彼は、生きねばならないのだから。
「泣くのは、帰ってからだ」
知らず知らずに父と同じ言葉を呟きながら、1度だけ、目元をぐりぐりと擦った。
243誰がために鐘は鳴る 3:2007/07/24(火) 18:07:43 ID:3u4Nvl/C0
そして、気分を変えようとするかのように、ズボンのポケットを漁る。
「これ、渡しそびれちゃったな……」
カイルは1つのペンダントを取り出した。
金属製のペンダントで、細部にまで加工されたその精巧さは、てんで素人であるカイルでも分かる程だ。
これが何であるかは、カイルも知っている。
リアラの傍にずっといて、彼女を守ってくれていたコレットが本来身に付けていたものだ。
彼女の話によれば、コレットは城跡に1人残されたリアラを守るため、自らこのペンダントを外し、あのような状態になったという。
つまり逆説的にコレットを元に戻すにはこれが必要不可欠なのである。
しかしあの時、カイルはロイドの父親であるクラトスの輝石を渡すことだけで頭が一杯になっていて、ペンダントのことは頭からすっかり抜け落ちていた。
そのおかげで今こうして彼はペンダントを手にしている。
そしていつでも渡せるようにと、サックに入れず服のポケットに入れているのだ。
「やっぱ返さないと、いけないよな」
呟きながらカイルは周りを見渡す。近くにヴェイグの姿がないことを確認する。
休むと決めた自分の考えをすぐに撤回した。
ペンダントを握ったまま箒の柄を掴み、せっかく降りた箒を再び跨ぎ、晶力を込めて浮上させる。
『カイル、単独行動は』
「大丈夫。すぐ戻りますから」
足が地面から離れていく。光の粒子の軌跡を残して、再びカイルは飛び立った。


が、肝心のロイドの居場所を彼は知らなかった。
あの場所から離れて数分、誰の姿も見当たらない。そもそもどうして1ヶ所に纏まっていないのだろうと思った。
こんなだだっ広い平野、目印もなければ探すのにも一苦労である。
と、やっと前方に影を1つ見つける――グリッドだ。
走っている。
「おーい、グリッドさーん!」
箒を走らせたまま、カイルは片手を離し手を振る。
止まる気配がない。
「グリッドさー……」
反応がない。
やばい、とカイルはやっと察知する。このままでは正面衝突だ。
位置から考えて、柄の先端がグリッドの胸部下にぐっと深く突き刺さり肺を抉り呼吸器系に甚大な損傷を与える。
吃音が漏れて目玉が少し飛び出て身体をくの字にしてひどく咳き込む程度だが。
緊急停止の方法も勿論編み出している。滑空によって作り出した気流に抗うように箒を壁のように縦向きにするのだ。
距離はもはや僅か。せめてもの衝撃を和らげるように、カイルは箒を上空へと向けていく。
グリッドは尚も走ってくる。5メートル、4メート321……

横に逸れればいいじゃん、という選択肢を思い付かなかったことに激しく自己嫌悪した。

思い立ったが吉日というが、思い立った時には既に遅かった。
上向きに向けた箒は結果として見事にグリッドの顎に命中し、綺麗に顔を持ち上げた。
カイルはグリッドもろとも倒れ込み、箒から落下することはなかったものの箒に伝わった衝撃は身体を支える股間に直に伝わる。
想定外だ。
痛みを抑えることもなく口から大音響の叫びが迸る。
244名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:08:33 ID:MCt5nDhXO
245誰がために鐘は鳴る 4:2007/07/24(火) 18:09:20 ID:3u4Nvl/C0
しばらく悶絶でその場に蹲っていたカイルは
「何で止まってくれないんですか!!」
怒りを剥き出しにした顔でグリッドを見るが、すぐにそれは沈んでいった。
上半身だけを起こし、傍らの両手を地に付けるグリッドは、口を半開きにして戦慄かせながらカイルを見ていた。
「……グリッドさん?」
いつものグリッドとは違う尋常ならぬ状況にカイルは困惑する。
まるでまだ言語を覚えておらず言葉を発せられない赤子のように、ただグリッドは呻き声を上げる。
その視線はカイルと、カイルが乗っていた箒を交互に見ている。
瞳が揺れていて、目は潤んでいる。
「す、すみませんグリッドさん! お、俺、怒り過ぎちゃいましたか!?」
カイルは慌てて取り繕って謝るが、グリッドは何の返事も寄越さない。
赤々しくなった顎がとても痛々しい。むしろ吼えたことよりもこっちの方が原因なのでは、とカイルは考えを改めた。
しかし、グリッドは地面に転がっている箒をすっと指差す。
「……それ、どうして持ってるんだ」
思いがけない質問にカイルは少し慌てるが、箒を拾い上げ、両手で掴んでグリッドの前に差し出す。
彼の目が少し見開かれたがカイルは気付かなかった。
「これですか? ヴェイグさんが持ってきてくれたんです。歩けない俺のために、少しでも自由に動けるようにって」
少しでも元気付けようと、父親譲りの朗笑を浮かべた顔でカイルはグリッドに笑みかけるが、尚もグリッドは箒からを目を離さない。
むしろ目に溜められた涙は溢れんばかりに体積を増している。
「違う……違う。俺は、俺は……」
グリッドは首を振って、深く俯く。両手は側頭部に添えられている。
いつもとは違うしおらしい態度に、再度カイルは戸惑う。
「どうしたんですか、グリッドさん。らしくないですよ」
打って変わり、機敏な動作でグリッドはカイルの肩を鷲掴みにする。
乱暴な痛みに思わずカイルは眉を潜めるも、手を離す気配は見えない。
グリッドの唇は震えていた。
「その『らしい』って何だ。らしいって……何処を見て言ってるんだ!?」

246名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:11:02 ID:htHJi+Mp0
247誰がために鐘は鳴る 5:2007/07/24(火) 18:11:38 ID:3u4Nvl/C0
メモを片手に、キールは荒野を歩いていた。
彼が試みていたのはハロルド・ベルセリオスが残していたメモの解読、ひいては彼女が残した情報の選別である。
バトル・ロワイアルに関する情報の大抵の道具は彼の下へと集まっており、その調査・解析は暗黙の了解で彼に一任されていた。
その結実があのレポートである。しかも後々新たな情報がまた加わりそうである。
単独で情報関係を担う忙しさは半端なものではなく、やるべきことはまだまだ残っている。
首輪の解析にレポートの増強、あとはヴェイグとの特訓と、そしてこのメモの解読。
正直時間がいくらあっても足りない。
キールは再びメモに目を通す。
1枚目は傷付いたヴェイグを癒すためにグリッドに渡した処方箋、2枚目は首輪に反応するらしいレーダーの解析結果である。
(レーダーとしての機能を使えないようにしたことだけは、正直彼女に憤慨を覚えた)
最初のは薬品の調合法のほかにジースリ洞窟の地図も記されている。
2枚目に関しては、解析結果以外の箇所はあまりに字が雑すぎて、いくら異世界の言語を理解出来るようになっていても
上手く読み取れない。
字体を鑑みるに1枚目と言語は同じようなのだが、それにしてはあまりに崩されている上、規則性がない。
どう考えても暗号である。いくら何でも解読してもらう側が分かるよう、そこまで難しくはない筈なのだが。
そこで必要になってくるのが1枚目のメモである。
キールはぺらぺらと捲っていき、1番最後の、やけに空白の多いページを見る。
最後1文しか書かれていないメモ。前に詰め込もうと思えば充分にできるのに、何故新たな紙に書いたのか
初めて見た時からずっと気になっていた。
そこを扇ぐようにして手を動かし、鼻を近付ける。酸っぱいような、刺激臭のような匂い。
にんまりと笑い、メモを照り込む太陽に翳す。少しだけ、紙が光を通して透き通った。
「案外初歩的、だな」
紙に水で文字を書けば、いくら乾こうと以前よりは紙は脆くなり光を通しやすくなる。
希薄酸水で書かれた文字は、熱を加えることで描かれた部分のみが炭化し、黒く残る。
キールはクレーメルケイジを取り出す。炙るにしても火を直に当てては簡単に燃え滓になってしまう。
どこかに手頃な枝か布か塵でもないものか――。
ああ、と一言呟いて、キールは元来た道を戻る。
居ても立ってもいられないように、早足になって口には笑みが浮かぶ。
一体いつからこんな風になってしまったんだ、と彼は心の中で口走る。
仕方ないのだ。何かを得るには何かを犠牲にし本当に大切な物のためにはそれ以外を捨てなければいけないのだから。
そのために、彼は甘さを捨てた。
己に言い聞かせる言葉は、少なからず歓喜に満ちていた。シャーリィと対面してから色んなものが削げ落ちていく気がしていた。
見えてきた。奴はどうやら去ったようだ。
彼はケイオスハートを取り出して足の速度を上げ、やがて走り出した。
248名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:12:09 ID:RNP4Cmsm0
249誰がために鐘は鳴る 6:2007/07/24(火) 18:13:20 ID:3u4Nvl/C0
「キール」
名を呼んだ声の方へとキールは振り向く。そこにも人間じゃなくて無機生命体がいた。
大きく広げられた翼は閉じる気配を見せない。
「何だ、ロイド」
「何やってんだよ……キール」
相手の瞳には、信じられないというような悲痛の色が見えていた。
それにキールはさも、塵は燃やして然るべきだろ、と言わんばかりの平然とした表情を向ける。
「無機生命体は便利だな。炭素も持ってないから煙が出ないよ」
キールは顔を戻し、燃える火を眺める。その後ろでロイドは顔を背けた。
彼の言う通り、黒々とした煙は少しも昇っていない。だからこそ炎がはっきりと見えた。
赤い火の中で燃える、ばらばらになった何かを掻き集めた山は、少なくともヒトの面影も尊厳も見せていなかった。
どう見ても火葬などには見えなかった。唯の廃棄物を、邪魔だからと燃やしているだけだった。
「……フェアリィリングを貸してくれないか。もう、燃やすのに使っただろ」
情を抑圧した声でロイドは聞いた。
無言でキールは薬指から指輪を外し、ぴんと後ろに投げて渡す。
ロイドは黙ったままだった。厳しい表情をしているのが想像できて、キールは重い溜息をついた。
「ロイド、敵は敵だ。相容れないものに変わりない。
 敵に無駄な感傷を向けるな。恐怖に屈する前に殺せ。また同じことになりたくなかったら、な」
2人の間を漂う静寂は、三途の川のように両岸を隔てていた。
「……かもしれない。けど、違う。今のキールは違う。よく分からねぇけど……何か、違ぇよ!」
一喝の後、走り去る音が聞こえた。それでもキールは振り返らない。
顔には絶妙な下弦の月を描いた、張り付いた笑みが浮かんでいた。
「違う?」
言い捨てて、その言葉の意味を咀嚼するように、再び周囲に沈黙が押し寄せる。
魔杖を握る手は小刻みに震えていた。
キールの笑みはいつしか消え、ぎりぎりと歯を食い縛っていた。何かを必死に防ぎ止めているようだった。
喉の奥からこみ上げてきそうな苛立ちを、彼は必死に抑える。気を許してしまえば全てが罵倒として溢れ出てしまう。
「凡人じゃない人間に何が分かるって言うんだ。
 誰もが超人のお前みたいにずっと真っ直ぐでいられる訳じゃないんだよ」

しばらくして、本来の目的を思い出したキールは、メモを火で炙り、炎を消しもしないでその場を立ち去った。
疲れ果てた顔には少なくとも彼なりの苦悩が表れていた。

250誰がために鐘は鳴る 7:2007/07/24(火) 18:15:01 ID:3u4Nvl/C0
戻ったヴェイグは、首を動かしてカイルの姿を探した。
手からサックが滑り落ちる。サックは心中の衝撃を推し量るように、重量感ある音を立てて地と衝突した。
彼も、ディムロスも、箒も何の影もない。
ただ荒れ果てた大地と僅かばかりの緑が視界に広がるばかりだ。
一瞬、嫌な予感が頭を過ぎった。
結局戻って使えそうな物はペルシャブーツくらいだった。それなら戻らなければよかったと今更後悔する。
落ち着け、と自分を一喝してサックを拾い上げる。
幾らなんでも距離は短い。何かあれば物音が嫌でも耳に入る筈だ。
再び首を動かす。今度は青い頭が目に入った。
目を閉じ眉間に皺を寄せたしかめっ面で、ヴェイグの方へと歩いてくる。
その表情はいつも見る不機嫌そうな顔を更に3倍不機嫌にしたような顔で、一見しただけでも何かあったのだと理解した。
話しかけることさえ躊躇われたが、人探しの基本は口頭による情報収集だ。
意を決し、1歩1歩近付いてくるのを佇んで待ち、尋ねるタイミングを見計らう。
視線が合った。
「カイルは?」
「カイルを」
互いに同じ単語を口にしたことで、早々に結果は分かってしまった。
両方が同じ人物を探している。
「何処に行ったんだ」
「分からない。だが、悲鳴も物音もなかった。近くにいるとは……」
「監督不行き届きだぞ。しっかりしろ」キールの喝が飛んだ。
「……すまない」
「そもそもどうして動けるんだ? 怪我を考えたら」
「トーマの持っていた箒を渡した。何か術的な力を込めると空を飛べる」
「なら相当目立つ筈だ。心当たりは」
「誰かの所に行くならロイドかグリッドの所だ」
「グリッドはさっきまで僕といた。行ったならロイドだ」キールは小さく唸って一拍置いて言った。
ヒステリックに髪を掻き乱し、苛立ちを微塵も隠さない姿は、不快感よりもむしろひどく疲れているように見える哀れさを覚えさせた。
ぼさぼさの髪もそう見えた要因の1つだろうが、ここまで直情的に感情を露わにするのを、まだ共にいて間もないヴェイグは見たことはなかった。
それほどまでに状況は切迫しているのだろう――今更、ではあるが。
「だが、ロイドは何処に……」
ヴェイグは首を動かして辺りを見回す。さっきから何回この行動を繰り返しているのだろう、と頭のどこかで思う。
ロイドは治療後先に発っていた。手紙を渡す以外、今までカイルと一緒にいたヴェイグには、ロイドの居場所は窺い知れなかった。


穏やかだった風が、突然激しい唸りを立てて通り抜けた。突風のように一瞬だった。
目の前の花はその突風に浚われて、花びらを宙に舞わせる。
高く高く舞い昇って、小さく見えなくなっていって、ヴェイグはそれを見上げて、

――――甲高い破砕音が鼓膜を激しく振動させた。

251名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:15:52 ID:htHJi+Mp0
252誰がために鐘は鳴る 8:2007/07/24(火) 18:18:07 ID:3u4Nvl/C0
音から考えて、ガラス、だろうか。
細かく透き通った破砕音は辺りの静寂を一気に突き破って、一気に身体を強張らせる。
ガラスが落ちていく音色の中で、すらりと不自然な金属音が鳴る。カイルはすぐに理解する。剣を抜く音だ。
大袈裟ではない、しかし静かでもない音は、明らかな違和感を醸し出していた。
周囲に形成された緊迫感は更に緊張を増す。誰だ。誰なんだ。
地面、いや床を叩く音は間隔からして走っている音だ。ぎしぎしと軋んでいる。
それ以外の物音は聞こえないから逃げている訳ではないだろう。ましてや追っている訳でもない。
止まない。止まない。女のすすり泣く声がした。もう1度金属音が鳴って、空を切り裂くような。
一拍置いて、ぐちゅ、という音が聞こえて、何か柔らかく濡れたものが落ちた。
張り詰めていた緊迫感が、女の悲鳴と一緒に、一気に弾けた。
弾けた後に見えたのは絶望だけだった。
「ミントさん……」
何かを叩きつけるくぐもった音――べし、ぼす、というある程度の軟性を持った物に対してだ。明らかに固い物質ではない――がして、
何度も繰り返される度に、呂律の回らない女の悲鳴が聞こえてくる。
叩きつける、というよりは踏み付けるの方が正しいだろう。重力に任せて空を切る音や、衝撃の重量感が違う。
その内にごきりと嫌な音がした。悲鳴は一層甲高く上げられた。
何処かは分からない。だが、確実に骨は折れた。そんな音だ。
殴打の音は止まない。静寂の中で鈍い音だけが空に響き、やけに耳にこもり残らせる。
誰かの荒い呼吸が手を取るように耳に入ってきて、所々、叩く直前に鋭く息を呑む音や苛立ったような声が聞こえる。
それが暴行している側の人間のものだと予想するのは容易だった。
『この……劣悪種がァッ!!!』
『いあぁぁっ!!』
――聞こえてきた声に、カイルはへたりと項垂れた。グリッドは脱力を感じ取って掴んでいた手を離す。
打ち抜いたにしては重い音だった。直撃だろう。肌が露出している部分といえば顔くらいだ。
カイルの中で、女の頬が打たれ、痛々しく腫れるイメージが構築される。
どさりと倒れ込み、衣服が擦れる音。騒音に紛れて固い物が折れたような音がしたのをカイルは聞き逃さなかった。
『豚は豚らしく……大人しく天意に沿い生きていればいいものをッ!!!』
『ひあっ……きぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
ぐちゅ――生物にナイフを刺し込む時の柔らかい音は、後の悲鳴で殆どかき消された。
しかしそれでも金切り声の中で、水気を帯びた粘着性のある音が見え隠れする。
もちろんそれは加工された食用の肉に刺した時のではなくて、瑞々しさを伴った生きた肉への。
何度も何度も刺す。その度に女は声を上げ、泣き叫ぶ。
それが繰り返される内、はち切れんばかりの果物から一気に果汁が飛び出した時の音がした。
『うぅぅぅああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
女は一層高い声を出した。耐え切れない痛みへの、悲鳴。
それが収まれば、ひいひいという声混じりの呼吸が空に響く。
『家畜はその主人に黙って食われることがその天命だッ!!!』
強烈な打撃音がした。ただ殴っただけで出る音ではない。壁に叩きつけられたのだろう。
何か、ある程度の量のある液体が床で跳ね返る音が紛れていた。女の咳き込む音が聞こえる。
253名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:18:16 ID:htHJi+Mp0
254名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:20:02 ID:htHJi+Mp0
255誰がために鐘は鳴る 9:2007/07/24(火) 18:20:29 ID:3u4Nvl/C0
『クレスさん……』
荒い呼吸と嗚咽の中で、か細く、しかし確かに、女は誰かの名を呼ぶ。
その次には激しい殴打音が聞こえてきた。1回、2回、3回と繰り返されて、4回目で木が割れるような音がした。
壁か床にそれほどまでの強い力で叩きつけていたのだろうか。
『クゥ……レ……さん』
それでも女は搾り出すように声を出した。
男――声質からして少年と思われる――は血の気立った獣のように、声にならない唸り声を上げる。
『雌豚ごときが……ボクの計画を邪魔立てするなあああぁぁぁぁっ!!!』
盛大に空を切る音がして、今までにないくらいの大音量がした。
何かを伝ってずり落ちる微かな音だけが、今耳に届いていた。
女が1度咳き込んで水気のある何かを吐き出して、それを合図に、打って変わったようにしばらくの静寂が辺りを覆う。
少年の荒々しく弾んだ呼吸だけが空気を振動させる。
これで終わりだと、カイルは不謹慎にも安心した。これで終わりだと、願ってやまなかった――
『フュヘ、さ』
思わず耳を塞ぐ。手からペンダントが滑り落ちる。それでも両手をすり抜けるように耳に伝わってくる。
ミントさん、と一言呟いた。
重い音がする。手ではなく鈍器か何かの類だろう。
そういえば先程からやけにがきっ、ばきっという打撃音が反響している。
弱々しい短い悲鳴だけが鼓膜を刺激する。それ程までに女は初めと比べ衰弱していた。
『……レス、さん』
止まない。鈍い音だけが未だに止まない。
女は泣き声のような悲鳴を上げる。その度に少年は激しく唸り、殴打を強めた。
その内、完全に呼吸に水音が混じるようになってきた。
壁に打ち付けられた際に吐いた血の出血元が完璧に壊れたのだろう、気泡が喉の奥の水溜りで弾ける。
『ク、レ……』
うがいでもするかのような、水の中で喋った時の声。喉を水と空気が半々で行き交いする。
しかしその声質は可笑しさを微塵も感じさせない。むしろ悲愴、恐怖さえこみ上げてくる。
尚も呼ぶのを止めようとしない女に、少年は再び鈍器を振り落としたのだろう、がつんと衝撃音が響いた。
『…………ん』
響く音が変わった。
きー、つー、という唐突な電子音が五月蝿い。
叩く度に音程を変えて各々の耳に襲い掛かる。女の悲鳴さえ更なる不協和音と化していた。
『――――くれすさん――――』
フィルターのかかったような声だ。
その内女は悲鳴さえ出すのも億劫になったのか、それともこんな自分の声が嫌なのか、何の悲鳴も上げなくなった。
少年も遂に声を漏らさなくなったのを見届けたのか、殴打の音は止んだ。
空気が震え、絶望に満ちた静謐が全ての音の要素を消し去ったように世界を抱擁する。
鳴っているのはチューニングの合わない通信機のような不快な音だけだ。それが逆に静けさを強め、空しさを伴って胸に突き刺さる。
カイルは尚も両手を離さない。受け入れないように女の名を呼び続ける。ぐしゃりと髪が持ち上がる。
彼が聞きたくないのは女の悲鳴なのか、それとも女が必死に呼びかける父を殺した男の名なのか。
グリッドはカイルの両目を使う涙を見たが、彼は流れていることさえ気付いていないようだった。
『クレスさん』
はっきりと、声は違えど女はもう1度だけ名を呼ぶ。
『クレスさん、クレスさん、クレス、さん』
それは衰弱した人間のものとは思えない。
『クレスさんくれすさんクレスさんクレスクレスクレス』
元の女の声ではない、ひょっとしたら既に女のものでない、妄執に囚われた1人の人間の声が呪詛のように流れてくる。
1度だけ笑い声が聞こえた。振りかぶり、空を裂く。
振り落とされる一刹那、電子音が消える。
衝突音と滅茶苦茶なノイズを最後に、放送は途絶えた。

『――――――――――――クレスさ』
一瞬だけ元の音に戻った女の声は、一種の希望に満ちていた。



256名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:20:41 ID:RNP4Cmsm0
257名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:20:56 ID:RU3kx2xW0
258名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:22:18 ID:htHJi+Mp0
259名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:23:01 ID:RNP4Cmsm0
260誰がために鐘は鳴る 10:2007/07/24(火) 18:23:11 ID:3u4Nvl/C0
「……ミントさん……ミントさん……!!」
カイルは両手で耳を塞いだまま、先程の全てを否定するように頭を振る。
目の前にいるグリッドはそれをじっと見つめ、腕をカイルの肩に伸ばす。
さっきのように強くは掴まずに、カイルの身体を前後させた。
それでも反応せずミントの名を呼び続けるのを見て、グリッドは僅かに出た頬右を強く叩いた。
腕が耳から離れ、顔は左に向いたままだった。
喚くのを止めたカイルに、グリッドは改めて肩を掴む。
「お前はまずヴェイグの元に戻れ。あいつが1番心配している筈だ。
 俺はロイドを探す。これを聞いて単独で行きかねん。事態は急を要する」
そうしてグリッドは地に落ちたペンダントを拾い上げる。
「これも一緒に渡しておくから、だから早くお前は戻れ!」
グリッドの大声に、思わずカイルは正面を向く。
「……は、はい!」
慌てながらも確かに力強く頷くと、カイルは箒に乗り、光と共に空を駆ける。
それを見届けて、姿が見えなくなるのを確認してから、グリッドは肩を窄ませて手の中のペンダントを見る。
錯乱したカイルへの嗜め、急を要する事態、行動の分離化、命令形、
そのどれもが無意識の計算の内で為されたことなのかと考えると、自分でも寒気がする。
一体何処までがグリッドで、何処までが漆黒の翼団長なのか。その境界線すら見えない。
この言葉すら、偽物かもしれない。
一瞬きらりと光が反射し、目が眩む。
それが胸元にある、ロイドから受け取った約束のバッジに埋め込まれた石が放つ光だと気付いた時、
彼は、ペンダントを取り落としてバッジを毟り取った。
ありったけの憤りを顔に浮かべ、バッジを掴む手を高々と振り上げて、グリッドはバッジを地面に叩きつけ“ようとした”。
腕は全く動かず、手も開こうとしない。ただ身体だけが金縛りに遭いもがくように震えている。
下唇は噛み過ぎたせいで一筋血が流れ、目は潤んでいた。
がくり、と糸が切れたように、彼は四肢を地面に預ける。そして、子供のように喚き散らす。その姿はカイルと何ら変わっていなかった。
依然手は丸まったままで、その手は、離すことを拒んでいるのではなく、離してはいけないという一種の使命を帯びていた。
彼はある役職に就いているのではなく、役職に人格を演じられて生きてきた人間なのだ。
だからと言ってそれを打ち捨て全てを否定するほど、今の彼に勇気はなかった。

しばらくして、グリッドはのっそりと起き上がり、再びバッジを付け、要の紋を胸に忍ばせた。
口元が自嘲か何かでいびつに歪んでいるのが感じ取れた。


261名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:23:30 ID:1HSWYKWbO
262誰がために鐘は鳴る 11:2007/07/24(火) 18:24:20 ID:3u4Nvl/C0
荒野に立つ2人は、ただ静かに悲鳴を聞いていた。
片方はその放送をもたらした相手に悲観し、片方はそもそも興味を持っていない風に立っている。
放送の余韻が残響として佇み、いつまでも彼女の悲鳴が、名を呼ぶ声が聞こえてくるようだった。
少年は顎を上げ、僅かばかり空を見る。その視線は空を突き抜けて、向こうにある舞台を見ている。
かつてある緑の髪の少女が行った放送を思い出し、少女の下へと向かった自分。
そしてその時は、間に合わなかった。そこで芽生えた団結も、誰かの手が加えられるだけで脆くも崩れ去った。
「彼」もまた彼の地にいたのだ。そして、彼の最愛の姉はそこで死んだ。
“女神の眠る地”、“女神咲く”。
前者はメモの内容を見たキールからの又聞きであるが、やっと2つの言葉の真意が繋がる。
彼は姉、マーテルの死んだシースリ村で復活を行おうとしている。だからこそ彼、ミトスは村に放置されていた拡声器を使用した。
舞台にシースリ村を選んだ理由は姉が死んだ場所だったからか、拡声器の利用が目的か、それともその2つが相乗的に重なり合ったのか。
妥当に考えれば1番最初が理由なのだろうが、そんなものは今考えても仕方のないことだ。
ただ彼は1人の女性を凌辱し、それを知らしめた。
少年は両脇に納められた木刀に触れ、左の一振りを抜き、もはや確認しても意味のない握り心地を確認する。
そして空に剣を翳す。太陽の光を受けて木刀は黒い影に覆われた。陽光が光の筋1本1本見えるように眩しい。
少年、ロイド・アーヴィングは剣を納めると、隣にいる紫の髪の少女、メルディに目を配せる。
あれからロイドは再びメルディの下へと戻っていた。
彼女の眼は未だに曇っていたが、それは色褪せた世界を見ないための防幕だと思えば少しは納得できた。
紫のツインテールに綺麗な桃色のエプロンドレス、そんな色彩に富んだ自らの色さえ、上手く見えているのかも分からない。
「行かなきゃ、いけない」
ロイドはメルディに視線を合わせたまま言った。その声は彼にしては物静かなものだった。
メルディはいつもの無機的な表情のまま、何の反応もしない。
「あの声の人を助けないと。
 それにミトスの所にはコレットがいる筈だし、クレスも今の放送に釣られて来るかもしれない。逃す手はない」
そうしてメルディはロイドを見遣る。胸元で組まれた手からは、不安と心配が少しだけ見受けられた。
「1人でダイジョーブか?」
「まさか、メルディを連れてく訳にはいかねえよ。キールに何て言われるか」
「はいな、でも、な……」
ロイドは快活そうな笑みを見せる。
「もうメルディには伝えてあるだろ? 足掻く姿は見える筈だ。
 俺は、正面から当たっていかなきゃ駄目なんだよ」
それきりメルディは黙ってしまった。
彼女の足元に座り込んだクィッキーもしきりに鳴いてみせている。不満を訴えるような、あまりいい印象を受けない声だった。
ロイドは村の方へと向き直ると、最後に、足に履いたジェットブーツの口を掴んで上げ、それからとんとんと爪先を地に叩き、履き心地を直した。
もう1度、前を向く。背中の翼が小さくはためく。
短く、少しだけ口から息を吐いて、メルディの方へと振り向く。
何も変わらない笑みの中に、もしかしたらという淡い期待、そして少しの恐怖が混じっていた。
それを見ても尚、止めることの叶わないメルディは、無言でロイドを見送るしかなかった。

263名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:24:53 ID:RU3kx2xW0
264名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:25:12 ID:htHJi+Mp0
265誰がために鐘は鳴る 12:2007/07/24(火) 18:25:44 ID:3u4Nvl/C0
「……動いた」
キールの呟きは他人に窺われない程度に驚愕を秘めていた。
「僕達やクレス達を巻き込んで、一気に決着を付ける気か?」
顎に手をやり、思考を練る。
エターナルソードを持つクレスに、ミトスの下にいると思われるコレット。
もし仮に、仮にこの放送に乗じてクレス達が村に来るとすれば――しかし2人の居場所はアンノウンだ。
そもそも来るのか? 仲間だろうと、あのクレスが駆けつけるか? 単純に殺戮するためだとしても、罠だという可能性は否定出来ない。
こちらが来る可能性を考えればこれ程美味しい状況はないが、来るなんていう確信があるか?
否、行かざるを得ない材料があるとしたら――
「――ロイドは?」
ヴェイグの言葉で、やっとキールはこの戦いのキーパーソンとなる人物がここにいないことに気が付いた。
下唇を噛み、
「先行しかねない」
ただキールはそれだけ、余計な感情を露わにしないようにと短く言葉を切った。
今必要なのは激情に囚われず冷静を保つことだけなのだと己に言い聞かせる。
狂奔するミトスの放送は、むしろキールに焦りよりも冷静を与えていた。
さあ、今出来る最善の行動は何だ――――――?
「ヴェイグさん! キールさん!」
両名とも聞こえてきた声の方へ振り向く。箒に乗ったカイルが2人の方に飛んで来ていた。
「カイル、今までどこに……」
ぴたりと2人の前で止まったカイルを、ヴェイグはすぐさま諌める。
途中で抜けて出てきたことをすっかり忘れていたのか、カイルは申し訳ないような表情を浮かべた。
「すみません。ロイドの所に行ってて」
「! あいつは今何処にいる!?」
カイルの声を覆い被せるようにキールは大声を出す。当然ながら当人は困惑した。
実際は会っておらず、途中でグリッドと会った時にミント声が聞こえて、心配してる筈だから戻れと言われたことだけを説明した。
余計な真似を、と心中でキールは口走った。
あの後ロイドが何処に行ったのかは、立ち去るのを見届けなかったキールには分からない。
しかし追わなかったことを悔やんでいる訳でもなかった。これはどうしようもないことだ。
傍の2人は黙ったまま、キールの方を向いて次の行動を待っている。
キールは前髪をくしゃりと掴み、事務的に呟く。
「……まだ近くにいるかもしれない。周辺を探そう」
266誰がために鐘は鳴る 13:2007/07/24(火) 18:26:16 ID:3u4Nvl/C0
走っていたカイル達は、地に佇む2つの影を見つける。
広大な大地と空を地平線が隔て、その間に挟まれた人影の輪郭ははっきりとしている。
しかし、2人だ。場に特定の人物がいないことにカイルは一抹の不安を覚えた。
共にいるキールは彼女の傍にいる男を一瞥したが、ふと合った視線は両方とも俯くなり逸らすなりして、すぐに離れた。
「メルディ、ロイドを見なかったか」
「ロイド、もう行っちゃったよ」
けろりと空気を変えて近付いたキールに、平然と答えるメルディ。当然ながら彼は唖然とした。
「どうして止めなかった!? こんなことが起きたらあいつが単独行動を起こすくらい、予想出来るだろう!?」
「ロイドはもう何も出来ないよ。
 出来ないけど、それしか出来ないからって、ロイドは行ったな」
メルディの両腕を掴んでキールは言ったが、彼女は大した反応も示さなかった。
カイルはぱっと聞いて言葉の意味を理解出来なかった。
しかしキールは何かを悟ったのだろうか、腕を掴む手をゆっくりと離し、何も言わなくなった。
大した理由もなく空気が停滞する。
「早くロイドを追い掛けないと! それに、ミントさんだって助けなきゃ……!!」
見かねたカイルは息巻いて村に行くのを提案する。
3人ははっとして彼の方を見るが、それ以上の動きはない。
普段なら声高に賛成しそうなグリッドさえ、黙っている。
同村での過去の出来事、自らが抱えた事情、興味の有無、理由は各々だったが誰も頭ごなしに賛成はしなかった。
4人の反応にカイルは戸惑い、それぞれの顔を見渡す。
『……カイル、ロイドを追うなら、彼を捕えたら村は無視してそのまま退避しろ』
「え?」
ディムロスの言葉にカイルは素っ頓狂な声で返す。
取り出された抜身のディムロスは、普段なら呆れた吐息で返してくるのだろうが、この時ばかりは真剣な声で語りかける。
『これが罠だとは思わないのか?
 悲鳴を餌にし、感傷に惑わされたお人好しを呼び寄せ、一網打尽にする。それ位の予想はつくだろう?』
「でも! 罠だって言ったって……ミントさんが!
 あんな苦しそうな声出してて……ミトスが何をするかも分からない。ひょっとしたら、殺されちゃうかもしれない!」
『ならば、このまま死ぬかもしれない人間のために、わざわざお前は罠に飛び込むのか?』
ディムロスの言葉に流石のカイルも瞠目し、絶句した。
「……見捨てろ、っていうんですか」
抑揚のない声はどこまでも広がっていった気がした。和らぎ出した冷気と混じり合って、再び周囲の温度を下げたとさえ思えた。
カイルは切羽詰った表情をして思い切り首を振る。
267名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:27:18 ID:RNP4Cmsm0
268誰がために鐘は鳴る 14:2007/07/24(火) 18:27:23 ID:3u4Nvl/C0
「そんなの……そんなの絶対駄目だ!
 俺、ミントさんに助けてもらわなかったら今頃どうなってたか分からない!
 でも、俺、ミントさんに何の恩返しもしてない! なのに見捨てろだなんて……!!」
『彼女がクレスの名を呼んでいたのを忘れたのか!? 奴も同じように村に向かうのかもしれんのだぞ!?』
「尚更です! あいつがミントさんを放っておく訳ない!」
『スタンに似て後先考えんな、自分の身に及ぶ危険が分からないのか!』
「だからって俺にはミントさんを見捨てるなんて出来ません!!」
『代わりにお前が死ぬのかもしれんのだぞ!?』
「俺が死ぬもんか!」
『理想論に希望的観測が過ぎる!』
「やってみなきゃ分からないだろ!?」
『やらなくても分かることだ!!』
「何で分かるんだよ!」
『考えればすぐに分かるだろう! 村に向かうのは死と隣り合わせだと――』
きっと掲げた剣を睨みつける。
「――――もういい!!」
カイルは乱暴にディムロスを鞘に納め、その場でミスティブルームの向きを180度反転させる。
『カイル!』
「あの時は見直しましたけど、やっぱり同じです! あなたはただの腰抜けだ!!」
ディムロスは息を呑んだ。
機能が停止してしまったかのように、ディムロスは言葉を発することを止める。
少しカイルは鞘の中のソーディアンを見ていたが、ただ光をコアから放っているだけだというのを確認すると
彼は箒に力を篭め始める。
目を閉じ、少し歯をぎりりと鳴らす。
止めようとするヴェイグとキール、そして黙ってしまったソーディアンを無視して発進の準備を整わせる。
速力最大、自分の痛みなど気にしない。自分よりもよっぽどミントの方が痛いのだ。
それを我が身の可愛さだけで見捨てるなど、出来る訳がない。
柄を握る両手に力を入れ、前屈みになって、飛び立とうと、
『――――目的はロイド・アーヴィングの拿捕、及びミント・アドネードの救出』
ぎくり、とカイルの身体は膠着した。
『ロイドに追いついたら村の近郊で様子を確認。追いつかなかった場合は村に突入。
 しかし、どちらの場合も戦闘は極力回避。あくまで救出を優先する。
 救出しロイドを発見した後は即座に脱出。
 D2・3の丘陵地帯に退避し、高台から村の様子を俯瞰。状況を見極めつつクレスとミトスの消耗を狙う。
 戦闘の気配が収まり次第、我らは再度シースリ村へ向かい――残党を排除する』
内容を告げる声は、淡々とした口調故に下手すればかき消されてしまいそうだった。
しかし誰も身動きせず、口を出そうとしないのは、中にある確かな威厳が彼らの身体を言葉で絡め取っているからだった。
それでいて、必死に笑みを堪えるような、しかし嫌味のない歓喜さえ声に見え隠れする。
一同がカイルの腰に納まったソーディアンを見つめている。
特にカイルは、喜びと戸惑いが綯い交ぜになったような顔で、鞘の大剣を見つめていた。
息も出来ないのに、ディムロスは深呼吸の後のような重厚かつ濃厚な溜息をついた。
『これが私に出来る最大限の譲歩だ。今の戦力を考えこれ以上の消耗戦は避けたい。
 いいかカイル。言った以上は嘘はつくなよ――必ず、生きて戻れ!』
「……はい!!」
カイルの表情から困惑が消えた。その代わりに鋭い真剣さが混じって、彼は大きく頷いた。
269誰がために鐘は鳴る 15:2007/07/24(火) 18:28:40 ID:3u4Nvl/C0
2人の様子を見ていたキールは、グリッドの方を向く。
視線が合っただけでグリッドは身を強張らせた。
「……ブーツをヴェイグに渡せ」
「え?」
「いいから早く!」
キールの一喝でグリッドはいそいそとナイトメアブーツを脱ぎ、ヴェイグに渡す。
言葉の意味を理解していたヴェイグは、理解していながら渡されたブーツを履く。
グリッドもまたサックから元々自分が履いていたブーツを取り出し、数日振りとなったそれを履く。
晴れてグリッドの足は光速から本来の音速へと元通りになった。
「それからメルディ、ホーリィリングもヴェイグに」
外された指輪はキールへと渡され、それをキールはヴェイグへと渡す。
「ヴェイグとカイルは先行してロイドを追ってくれ。
 奴らは北にいる可能性が極めて高い。危険だが、ロイド1人で遭遇したら元も子もない。
 不安定なマナの制限下じゃエアリアルボードも大したスピードは出ないし、現時点で1番早く移動できるのはお前達2人だ」
ヴェイグはキールの説明を聞きながら手套を外し、ホーリィリングを指に嵌める。
そして再び手套を嵌め直して、キールの方へと目を向ける。
何も言いこそはしなかったが、この一連の行動だけでヴェイグの意思は簡単に汲み取れた。
カイルはヴェイグの方へと向く。
剣は抜かれ、瞼は下りる。手が剣の腹に当てられると、薄青い光がヴェイグの身体を纏う。
周囲にフォルスの氷が散らばり、少しして、ヴェイグはゆっくりと目を開けた。
右目には陽光で照った確かな光が宿っていた。
カイルは喉元に押し込めていた言葉を意を決して解き放つ。
「……行きましょう、ヴェイグさん。少しでも速く!」

270名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:28:47 ID:RNP4Cmsm0
271名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:29:16 ID:RU3kx2xW0
 
272誰がために鐘は鳴る 16:2007/07/24(火) 18:30:06 ID:3u4Nvl/C0
(……確かに、あの作戦はシンプルだが的を射ている。だが、それはロイドに時間制限があるのを知らない上でだ)
元々自分達の作戦はマーダーの自滅を狙うものだった。
2人が去って再び静けさが戻った中、キールは広大な大地を視界に収め、1人考える。
(やろうと思えば出来る。ミラクルグミと、僕のチャージがある。だが、時間制限に焦るロイドを押し止めておくことなど可能なのか?)
そこまで考えて、先を考えるのは無駄だとキールは思った。
エクスフィア強化に天使化による無疲労、おまけにジェットブーツを履いたロイドに、2人が追い着ける訳がない。
追い着けるとしたら、無事にシースリ村で何事もなく合流するか、D2ででも待ち伏せしていたクレス達と戦闘になっているのに加勢するか、
もしくは既に死体になってからの3パターンしかない。
目を伏せて、キールは頭に手を遣る。
(見抜いてない、とでも思ったか?)
仮にも彼はロイドが天使化するのを目の前で見届けた人間であり、それに伴うマナの変動は彼の身でも感じ取れた。
全てを包み込み、全てを覆い隠し込んでしまいそうな、大きな青い翼。
あれ程の物がノーコストノーリスクで出来ると考える方が間違いだ。
そのコストに人間の時に対応出来るもの、それが心臓。
オンとオフを繰り返す、偉大過ぎる取替えが無くなった今、天使化が切れればリスクは絶対無比に牙を剥く。
そして放送で判明した要因。
シースリ村にはミトスがいる。即ち、逆説的にコレットがいるということになる。
おまけにミントがクレスの名を呼んだことで、エターナルソードを持ったクレスがやって来る可能性も高まった。
尤もミントが呼ばなかったとしても、放送を餌に釣られてやって来る可能性も充分にあるのだが。
これらを直情的なロイドが見逃す訳がない。先行するのを読むのは容易と言える。
おかげでディムロスは作戦をすんなりと遂行出来なくなる破目となり、折衷案を出さざるを得なくなった。

そこまで考えてキールははっとした。
「……味な真似してくれるじゃないか」
自身の時計は自分にしか分からない、時間制限があることを他人に知られてはいないと思ったのだろう。
だからこそ、全員とここに残っていれば村に向かうチャンスを無くすと考え、1つ先を読んだロイドは1人先行した。
流石、とっさの判断には頭が回るとキールは評価した。
実質見捨てるつもりで考えていたのだから、そこは素直に認めなくてはなるまい。
273名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:30:48 ID:RU3kx2xW0
 
274誰がために鐘は鳴る 17:2007/07/24(火) 18:31:19 ID:3u4Nvl/C0
「……どうして、奴らが北にいると思ったんだ?」
突然掛けられた声に、キールは緩慢に振り返る。声の主が分かっているだけに相手にするのも面倒だった。
単なる疑問にしては、グリッドの表情は不服というような悲痛というようなもので満ちていた。
前ほどには鳴りを潜めたものの、まだこんな表情を出すことにキールは苛立ちと共に軽蔑が込み上げて来た。
「特に理由はないと言ったら?」
え、と狼狽するグリッドに対して、キールは笑み方を変えぬまま短く笑う。
「冗談だよ。
 単純なことだ。クレス達が隠れるとしたら自身にアドバンテージのある草木のある場所、特に隠密に適した森や丘陵地帯だ。
 E2にいた僕達を見つけられなかったんだから、まずEエリア一帯にはいないと考えられるし、
 お前はF2の森を経由したが、そこでも見つかることはなかったんだからF2にもいない。
 F3にも森があるが、もしそこでずっと休んでいたとしたらこんな派手な戦いを放っておく訳がない。
 となれば候補は自ずと北部に限られてくる、それだけの話だ」
カンニングペーパーでも見たような、実に定例文的な答え。
用は済んだ、と言わんばかりに荷物を纏めようと歩いていくのを、グリッドは目で追う。
トーマやシャーリィの所持品を入れていたサックの中身を確認して、
彼は食料を配布して空になったウイングパックに、もう誰も使えそうもないメガグランチャーとサブマシンガンを納める。
「もし、奴らがまだ南にいたとしたら」
グリッドの問い掛けに、見えないのをいいことにして、実に彼らしくない爽やかな笑みを浮かべてキールは答えた。
「だからお前を残したんじゃないか」
ウイングパックもサックの中へと入れて荷物を纏めたキールは、非力な学士の姿に似合わずサックを2つ背負って歩き出す。
キールはグリッドの方へと歩いていく。グリッドはさっきの発言も併せて、困惑げに彼を見ていた。
擦れ違い際に、彼は耳元で囁く。
「使う勇気は出たか?」
姿のない風のように、彼は何事もなく立ち去る。






「ロイドが死ねば、僕はマーダーにならなくちゃいけなくなる」
歩きながら、彼は虚空に呟く。
「マーダーなんてどいつもこいつも快楽殺人者に気違いばっかで、基本的人権も尊厳も認められないような奴らだ」
魔杖を片手に、剣指を作りエアリアルボードの稼動を確認する。
「例え誰が何と言おうと、正義なんて尺が人それぞれだろうと」
展開具合は良好。赤黒く煌く杖を見て、彼ははっと笑う。
1度だけ振り向くと、ただ1人震えるグリッドの背中はやけに小さく、みすぼらしく見えた。
キールが抱いた感想はそれだけである。感情を顕わにする価値すらないと、そう彼は判断した。
彼が抱いた少しの希望すら、望みは薄そうだった。
「僕は、貫いてみせる」


ここにある1つの疑問――――鬼は、人間なのか?
275名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 18:32:03 ID:htHJi+Mp0
276誰がために鐘は鳴る 18:2007/07/24(火) 18:33:11 ID:3u4Nvl/C0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された 「絶・瞬影迅」発動中
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:カイルと共にロイドを追う
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点→C3村

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP35% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと共にロイドを追う
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点→C3村

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP35%(回復の実感は無い) TP40%(TP0で終了) 右手甲損傷(完治は不可能) 
   心臓喪失(包帯で隠している) 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒すand(or)コレットの為にミトスを倒す
第二行動方針:C3村に向かう
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点→C3村

【メルディ 生存確認】
状態:TP45% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
277誰がために鐘は鳴る 19:2007/07/24(火) 18:34:17 ID:3u4Nvl/C0
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1・2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)  実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ 
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZI SMGをサイジング中)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイド達を追う
第二行動方針:ハロルドメモ2の解読を行う
第三行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第四行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) ネルフェス・エクスフィア
    リーダー用漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:???
第一行動方針:ロイド達を追う
第二行動方針:毒を使うかどうかを決める
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
278誰がために鐘は鳴る 修正:2007/07/24(火) 19:33:07 ID:3u4Nvl/C0
状態欄を以下のように修正願います。よろしくお願いします。


【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP25% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷
   軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された 「絶・瞬影迅」発動中
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ Eナイトメアブーツ ホーリィリング ペルシャブーツ
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:カイルと共にロイドを追う
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点→C3村

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP35% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと共にロイドを追う
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点→C3村

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) ネルフェス・エクスフィア
    リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
基本行動方針:???
第一行動方針:ロイド達を追う
第二行動方針:毒を使うかどうかを決める
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点
279名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 10:16:29 ID:01xH8zXqO
保守
280Reverse−Blue Light− 1 :2007/08/05(日) 06:09:51 ID:/fpJsGr80
ハロルドは、重たい瞼をゆっくりと開いた。
左目しか開かず世界が半分に削除されている。髪を掻き上げようと額に手を当て、ゴワゴワした触感に不快感を覚えた。
それが包帯で、左目と口と鼻を除いて顔面の表皮を制圧していることを確認するのに数秒の時を要した。
胸をさすり、少しばかりの傷痕をなぞりながらハロルドは辺りを見回す。
医療室だろうか。白一色の構成に、夥しい器具の数々でハロルドはそう判断した。
ベッドから起き上がり、姿見に自身を移すとそこには私は病人ですと言わんばかりの重病人のようで微妙に笑える。
サイズが一回り小さいのも実に悪趣味だ。
そばに置かれた私の服は複製品なのか真っ新な綺麗さを保っている。
通り一遍に罠の確認をして袖を通す。
武器になりそうな物を探して部屋の中を物色する。
短剣代わりにメスを数本と杖代わりのモップを手にとって彼女は室外に出た。
それほど広くもない廊下を歩く。カツカツと音が自分の前と後ろに伸びていった。
地図は無いが、彼女の歩調は崩れない。
彼女は適当に歩いている。強いて何かを標を上げようというのならそれはきっとこの匂いだと思った。
一歩進むたびに粘性を帯びるこの重圧が彼女の肺を満たしていく。
目の前に小さな色相の変化を捉えた。
長いようで短い廊下の終わりには扉はなく、闇のような黒が漂っている。
この先に招待主がいるという実感を彼女は噛み締めていた。


暗い。とても暗い。薄灯りのおかげで真っ暗というわけではないが彼女の眼では2m先もハッキリしない。
靴で地面を叩くと余韻が残るこのホールはとても広くて静かだ。
ハロルドは片膝を突いて床に指を這わせる。このタイルの文様を見るに恐らくは
「やっぱり、構造は若干変わってるけどここはダイクロフト……」
「ようやく覚めたか……天上王たるこの私をここまで待たせるとはつくづく度し難いぞ、女」
大きく首を上げて音源の方へ向き直った。無明だった広間の上、二階から松明が一本だけ燃え盛っている。
白い外套、長い金の髪が炎に照らされ赤みがかる。その場所は寸分違わず、55人を見据えるように始まりの位置にいた。
そして整った美しい顔が唇だけで笑うその男の名前は
「王自らの歓迎だ。遠慮せず歓喜しろハロルド=ベルセリオス」
「……お招きいただき恐悦至極に御座います。天上王ミクトラン」
ハロルドはスカートの裾を摘むフリをして一礼した。
「ふん、どうやら驚かないのだな?」
言うや否や、ひらりとバルコニーを蹴ってミクトランはハロルドの傍に着地した。

「驚いても良いけどあんたを喜ばせるのは面白くないわ……用件を。それを済ませたら大人しく他の連中の場所にいくわ」
ハロルドは自分の心臓の音を聞かせまいとするかのように胸を押さえた。
その様を見たミクトランは裂けそうなほどに口を開き、威嚇するように笑んだ。
「貴様を此処に呼んだ理由は二つ。一つは、貴様に見せたい物がある……来い」
外套を翻して王は彼女に背を向けて扉に踵を向ける。


こつり、こつりと2人の天才科学者は無機質な道を歩いていく。
「……ダイクロフト、模様替えした?」
ハロルドは、外の天気を聞くかのように問うた。
大本の意匠は変わっていないものの、彼女の知るダイクロフトとは構造に差異がある。
「この計画に神の眼の全て回しているのでな。嘗ての施設の6割は停止しているか、短絡して
 エネルギー利得を上げている。ベルクラントも疾うに廃棄した……今では浮遊死都と呼んでいる」
何が可笑しいのか、ミクトランは肩で笑っている。
なるほど、道理で警備ロボットが居ないわけだ。かつて世界の栄華を極めようとした天空都市の首都は
まったくといってもいいほどに生気がない。死せる都とは云ったものだ。
そしてそれは、此処まで節約して行おうとしている計画の規模を想起させる。
「尤も、計画云々以前に廃棄した区画は使い物にならなかったが、な」
「どういうことよ」
目の前の重厚な造りの門扉が開かれた。エレベーターが待機している。
「……唯の昔話だよ、今となってはどうでもいい話だ」
281Reverse−Blue Light− 2 :2007/08/05(日) 06:11:39 ID:/fpJsGr80
エレベーターは大した加重を感じさせずに静かに上へ昇った。
「どこまで知っている?」
ミクトランはエレベーターの外の黒一色の平面を眺めている。
「あの島は紛れもなく異空間。そしてその正体は精神空間……の紛い物ね。
 故にダオスは現実の貴方を攻撃できなかった。そして貴方もダオスに攻撃できなかった」
ハロルドはミクトランの一挙手一投足その反応を逃すまいと目を凝らしながら問いに答える。

この仮説は、ある種の確信に基づいていた。
何故ダオスのテトラスペルを「相殺」でも「消去」でもなく「反射」なのか?
そして本来ゲームマスターとしてマグニスを止めるべきミクトランがマグニスの逸脱を止められなかったのは何故か?
「あの時私達と貴方は一見同じ広間にいるように見えて、実は異なる空間にいた。
 だからその空間に存在しないダオスの攻撃は行き場を失い術者に帰る。
 私たちから見ればあの時の貴方はホログラムのようなものだもの」
陽と陰、プラスとマイナス、ポジとネガ。
相反する二つの空間は常に反発力を生んでいる。ダオスの魔法は文字通り「天に唾を吐いた」に等しかった。
「でも条件は同じ、貴方は通常の法則ではあちらに干渉できない。結果マグニスの横行を見逃すしか術が無かった……どう?」
しばらく微かな機械音が流れた後、溜息をついて
「――――フン、流石はかの天才。我が秘蹟よくぞ見破った」
純粋に王の余裕をもって彼女を称賛した。
「確かに私はこの浮遊死都の中にバテンカイトスを構築した。根本的な処で相容れない存在だ。
 魔術など通常の法則行使ではその意を通すことすらままならぬよ。バテンカイトスからこちらへは、な」
ミクトランは別段として余裕は崩れていない。あの開幕は半分ペテンだったと認めてもなお、その王としての品格を保っていた。
「確かに物質空間と精神空間は互いに認識はできても干渉はできない。しかし今回の場合主従があるからな。
 浮遊死都からの干渉は可能だ。さて、なんだとおもう?」
「成程、『首輪』ね」
「そうだ。こちらから首輪の機能に干渉する分には問題は無い。マグニスの場合は少々焦った。
 こちらからの術も届かない故、あれ以上暴れるならば首輪を爆破するしかなかったからな。全く手間のかかる話だ」
機械音が止む。扉が重苦しく開いた。
「それに、特例もある。条件さえ満たせば私の意志で呼ぶことも可能だ。貴様のようにな。
 リオン=マグナスも特例の一つの形だ。本人から聞いているのだろう?」
二人は黙って歩きだす。

2人は大きな空間に出た。
彼女の眼前には巨大な扉が屹立していた。
――――見間違うものか。これは、この先に全ての発端がある。
「先ほどの話の続きだが、いかに親と子程差があろうと反発する二つを同時に留めておくには繋ぎがいる」
「この先に、それがあるのね」
「そう、この先に「私のセイファートリング」がある」
ミクトランは扉の傍までより、何やら機械に手を翳す。
指紋かバイタルか、情報を受け取った機械が王を王と肯定しその門を開く。
門を通ったハロルドはその機械に何かのカードを通す機構を確かに見た。

282Reverse−Blue Light− 3:2007/08/05(日) 06:13:10 ID:/fpJsGr80

部屋全体が淡く光り輝いている。
青のような、碧のような、それとも赤だろうか。全ての色を含めた無色の光がこの大空間を充填している。
そして壁面を肉体として神経のように張り巡らされたケーブルがどくりどくりと鼓動していた。
ハロルドは奥歯を噛んで回転する頭脳の痛みに耐える。
無数の神経は機械で結合し、機械で分岐し、黒と灰色と白の綾を織りなしている。
その様はまるで、幾何八卦を紡いだ蜘蛛の巣の如くこの部屋を取り込んでいる。
その神経の中心で、浮かぶ万華鏡のような支配者が泰然と存在していた。
直径6メートル、数あるレンズの中最大級の結晶。
天上世界の全てのエネルギーを一手に賄うことすらできる、究極のエネルギー媒質が
全ての元凶だと証明するかのようにそこに回転していた。

「やっぱり、神の眼……!!」

ハロルドは口を押さえながら、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
1%にも満たない希望、「もしかしたら神の眼は無いかも知れない」と思う自身を否定できなかった。
「この眼がここと向こうの接点だ。ここを差し詰め、胎盤にして臍の緒といえるだろうな」
ミクトランは神の眼より放たれる光を恍惚とした表情で受け止める。
「……あなたの目的は何なの?否、それは問題じゃないわ。貴方は目的のために‘何を産む’気?」
ハロルドは意を決したことを悟られないように拳を強く握る。
確認ですらない問い。もしかしたら、もしかしたら違うという甘い幻想を打ち砕くために彼女は問う。
彼は、カツカツと音を立てて神の眼の傍まで寄り、
民の願いを聞き叶えることこそ王の勤めと言わんばかりに彼女の期待に応えて


「決まっている。神を‘出産’するのだよ」


予め準備していたかのように、絶望を形にした。

「やっぱり、狙いはフォルトゥナってこと」
「当然だろう。神の眼は幾ら高みを登ろうと所詮は唯のエネルギーの塊だ。
 エネルギーを力に変えるシステムが人の手で作られている以上、人ができることしか出来んのだ」
ミクトランがふわり、と地面から離れる。
283Reverse−Blue Light− 4:2007/08/05(日) 06:14:24 ID:/fpJsGr80

例えば神の眼で‘世界を滅ぼす’ことを願ったとしよう。
しかし唯のエネルギーである神の眼に願っても世界は一向に壊れない。
ベルクラントのような世界を壊す装置を作り、破壊のエネルギーに変換するというプロセスが必要となる。
神の眼は云わば万色の絵の具。求めればあらゆる色になるのだ。しかし‘人は人が知る色でしか絵を描けない’。
「だが、神という‘全能の変換機’が手に入れば一切の過程を無視しそれこそ全てが可能になる。
 領域はその垣根を無くし、内と外は崩壊し、真実と虚構は無価値となる。即ち私が全てになるのだ!!」
片手を神の眼に翳す。白い外套が後ろから光を受けて黒く靡く。
ハロルドは両手を大仰に叩いて白々しい喝采を送った。
「いい演説ねえ……けど、大事なことを忘れてるわよ?」
手を止めて深呼吸。時間を稼いでもったいぶった歩きで彼女は部屋の全貌を探る。
「フォルトゥナは私達が倒したことを知らない訳じゃ無いでしょうねえ?
 神は殺せるのよ。この事実があんたの全能性を否定していると思うけど?」
何処を見ても神経、神経、血管、神経、糸、神経、意図、意図、意図。
ミクトランはハッハッハと笑う。
「王たる私を試しているのか?万死に値する程に無礼極まりないが、良い。答えてやろう」
煮えたぎったような悪意のまま、王は泰然として応じた。
「お前達が倒した神は不完全だったことは知っているはずだ。
 あの神は星一つ潰さねば足りぬほどのエネルギー欠乏で完全な降臨を果たしていないからな」
巡る機能は変換と発散と収束を繰り返している。
「いいか?神はあくまで万能の‘変換機’なのだ。我らが術を行使するのに精神力を要するのと同じように、
 奇跡には対価が必要なのだ。エネルギーが無くては満足な奇跡も行使できん」
無い。どこにも無い。彼女の呼吸は荒くなる。
「‘全能の変換機’は、その対価たる‘無限のエネルギー’が無くては成立しない。
 所詮あの神はいくら大きかろうと唯のレンズに宿った紛い物よ。
 そう、真の神は無限のエネルギー集合体であるこの神の眼にしか産まれぬのだ!」

もう一つの手を広げて世界を受け止めるかのように手を前に出して、王は高らかに謳った。
「そして、その完全な神より王権を承るこの私こそが、王に相応しい……ッ!!」

284Reverse−Blue Light− 5:2007/08/05(日) 06:15:30 ID:/fpJsGr80

たった一人の聴衆しかいない、しかし千人に聞かせるに値する演説を謳い終わった王は彼女の下へ歩を進めた。
王が彼女を見下して、彼女が王を見上げて対峙する。
「さて、用件の一つ目は済んだ。その顔を見ればどうやら聞くまでもないな。
 私が計画は貴様の目にも叶う物らしい。即ち、この計画の終点には確実に神は産道を通り産まれるということ」
顔面蒼白なハロルドの顔を満足そうに眺めて王は自身の計画の盤石性を確かめた。
理論的に間違いさえなければ、神は降臨する。
「……ずいぶんと余裕ね。足元を掬われても文句は言えないわよ?」
「フン、それは薄汚い貴様が心配することではない。さて、第二の目的だ――――パスコードを教えろ」
場の空気が一変する。
有能か、無能かはさておきミクトランには確かに王としての風格があった。
「……どういう意味?」
「惚けるか。しからば――――」
外套が翻ったと認識した瞬間にミクトランが間合いを詰める。
とっさにモップを盾にして飛び退く。
「遂にソーディアンを出したわね。さあ、それを返して……!!」
奇麗に切断されたモップを捨ててハロルドはミクトラン、そしてその剣を見据えて――――

右手に握るは片手直剣。「なんで、」
左に浮かぶは魔法大剣。「あんたが」

「イクティノスとクレメンテを持っているのよ」


在り得てはいけない光景に絶句した。
285Reverse−Blue Light− 6:2007/08/05(日) 06:16:36 ID:/fpJsGr80

王は下々の言葉など理解できないといった顔で嘲った。
「随分不思議なことをいうのだな。王が剣を持つのはそんなに疑問か?
 ああ、確かに2本というのは王の剣術としては異様にも見え得るか。何、こちらは唯の杖だ。気にするな」
ミクトランの指先がクルクル舞うと、それに連動してクレメンテが回った。
「そんなことはどうでもいいわよ!なんでそれがあんたの手の中にあるのよ!!」
「ふん、敗残兵から武器を鹵獲するのは戦争の茶飯事だ。貴様それでも軍人か?」
「ソーディアンは意思を適合させて真価を発揮する兵器よ!人刃一対のソーディアンと2本契約……
 ましてや同時に扱うなんて、不可能よ!!」
ハロルドは金切り声を上げてミクトランに吠える。吠えなければ押し潰されてしまうと思った。
「まったく、そろそろ馬鹿の振りはやめて想像を現実に合わせたらどうだ?
 簡単な話だろう。私が二人いようが三人いようが自我が同一なら問題にもなるまい」
ミクトランはイクティノスを手首だけで振った。ハロルドの頬に赤い一筋の血が流れる。
「真逆」
「ああ、さほど価値のある美味でもなかったが機械工学と生命工学の知識は堪能させてもらった。
 ここに私が握っているのはイクティノスでもなくクレメンテでもなく「私達」だ」
ミクトランはハロルドから迸る絶望を食らうかのように大口を開いて爆笑する。
どんな外法を使ったのか、2本のくすんだコアの輝きのソーディアンに納まっているのは
インテリでも好々爺でもなく、天上王なのだという事実がそこにある。
「と、言ってもこれは厳密にいえば私ではない。私の人格をベースに作ったAIのようなものだ。
 バテンカイトスに配置した3本同様、使おうと思えばマスターで無くとも誰でも使える」
「向こうに3本、こちらに3本。成程、二つの世界を接続するための補助装置ね」
神の眼ほど力はなくともサポートには使えるかもしれない。
世界の均衡を維持するためのソーディアン配置か。
ハロルドの思考と並列にミクトランから風の矢が放たれる。
イクティノスを指揮者として無数のベクトルは旋回・直進を組み合わせて彼女に雨を落とした。
飛退いてそれを避けようとするが、雨を完全に捌くことなど適わず彼女の右足が薄汚く汚れる。

回復術の詠唱の隙を見せることすらできず、ハロルドは右足の出血部を手で抑える。
「パスコードって、言ったわね。一応聞くけど、一体何の?」
「決まっている。ベルセリオスに残った貴様の知識・その裡に存在する‘黒箱’、その鍵だ」
余裕すら醸していたミクトランの顔から余裕が消えさる。
ハロルドは沈黙していたまま呼吸を整える。思考のち演算、演算のち次項の思考。
「お前のことだ。これがあるからこそ私がお前を蘇生する確信を以てここに来たのだろう?」
ミクトランは両方の剣を下ろす。死に際の羽虫、
その最後の羽ばたきの周期を知りたいかの様にミクトランは彼女を観察していた。
「……ええ、そのブラックボックスは私の特製のモノよ。あんたなんかに解除出来っこないわ」
ハロルドはその大きな眼球を更に見開いて、射殺すように笑った。
「あんただけじゃフォルトゥナには至れないわ。
 どうせこのシステムは私の、ソーディアン・ベルセリオス知識を利用して思いついたんでしょ?」
とにかく凶暴な笑顔を作る。まるでそれしか出来ないかのように。
ミクトランの計画に絡んだベルセリオスの知識、ここにしかハロルドには勝機が無かった。

286Reverse−Blue Light− 7:2007/08/05(日) 06:19:34 ID:/fpJsGr80

「今すぐシステムを解除して、向こうの空間を解放しなさい。不完全なシステムじゃ神は出来っこないわ」
ハロルドは明瞭な発音で断言する。
「既に養分として咀嚼された魂は胎児の腹の中だ。全員が損をすることになるぞ?」
「このまま進めて全員が大損するよりはマシでしょ」
ハロルドは震える足を立たせて両腕を広げ、高らかに言った。
「いいこと?一回だけ言うわよ。当り前の事実の確認するわ。
 主導権はもうあんたには無いの。いい加減その偉そうな態度は不愉快だから止めなさい」
モップをミクトランに向けて、追い立てられるようにハロルドは啖呵を切る。
彼女の眼球には遠近を無視すれば王の顔がモップで拭かれている様が写っている。

「1つ、計画の即時中止!」

彼女は叫ぶ。

「2つ、現存する生存者の解放!」

彼女は叫ぶ。大声で言わなくても聞こえるのに。

「3つ、可及的速やかな神と眼の解体!」

彼女は叫んだ。どうか、聞き入れて下さいと懇願するかのような大声で。

「これがあんたへの条件よ。妥協は一切無いと思って頂戴」


すでに何かを決めてしまった達観を見せている王に言った。

287Reverse−Blue Light− 8:2007/08/05(日) 06:24:03 ID:/fpJsGr80

「…………それだけか?」
神の眼が回り続けるだけの沈黙が暫く続いた後、ミクトランは一言そう云った。
「何ですって?」
「言いたいことはそれだけかと聞いている
握り拳を額に当てて何かを考え込んでいる風にミクトランは繰り返す。
「……もちろんタダで、とは言わないわ。
 解体まではあんたの安全は保証するし、願うなら、あんたの逃亡だって…」
手伝ってあげないこともないわ。そうハロルドが言おうとした瞬間、何かが吹き飛んだ。
右肩に走る欠落の自覚が脊髄を揺さぶる。
ハロルドはミクトランを直視したまま左の掌で右肩を押さえようとするが、
左指の関節の駆動は自由でそこに掛かるべき触感は無い。
半欠けの肉だけを支点に振り子のように揺れる右腕が時間を刻む。
「あ、あんた。自分が」
ハロルドの声は加速度的に精気を失い、可聴域だったのはそこまでだった。
「自分が何をしているか?ああ、よく分かっている。分かっているさ。分かってない方がどちらかが分かった」
クレメンテが回っている中で、晶術を放ったあとの余韻が香っていた。
「神の出産に必要なシステムは全てベルセリオスから抽出出来ている。故にブラックボックスは‘それ以外の情報’なのだ。
 お前がこのブラックボックスについて何も知らないことはようく分かったさ」
蟻を視る。どうやって殺そうか、蟻を殺す方が慈悲だという信仰をもった子供のような目がそこにある。
「お前は私がここにお前を呼び寄せたことに対し、妙に確信的なことをほざいていたが」
殺し方を決めた。否、決まっていた。
「思い上がるなよ、羽虫。万が一のことを考えて黒箱の中身を確認したかっただけだ。お前の価値などその程度よ。
お前が嘘を付くということはこの箱の中身はどうやらこのシステムに無関係らしい。それさえ分かれば十分だ。それに」
虫の運命なんて、人間にしてみれば戯れの一つで消し飛ぶような気紛れの移ろいに等しい。それが王と民の差なのか。
「お前がここで終わればそんなものは関係も無くなる」
その言葉が脳に届いたと同時にハロルドは右肩のあったはずの場所の左手を戻しメスを握った。
「私を殺す?面白い冗談。やれるものならやってみなさいよ」
ハロルドが構える。既に交渉は不可能なこの状況で、打開も玉砕もミクトランの向こう側にしか無かった。
覚悟を決めたような面のハロルドを前にしてミクトランは大きく鼻で息をして、イクティノスとクレメンテを納めた。
「何のつもり?やるならさっさと」
ハロルドの振り絞ったような声が響く中ミクトランが天井に右手を突き上げた。親指と中指の腹を押し合わせて
「いや、もう、終わっている」

指を鳴らした。それが終いの合図だった。
ハロルドが途端に両膝を付く。呼吸が荒くなって、体が震えて、瞳孔が散大する。
「あーーーーー」
こんな感覚は知らない。人間が言葉でしか定義できない、その感覚。
「なーーーーーーーー」
それは、彼女にとって二度目の体験。
全身に刻まれた死という感覚が彼女の体から噴出した。
何もかもが異常。何もかもが死に向かって加速する世界でミクトランは笑った。
「何をしたか?異常を正常に戻しただけだ」
にべもなく、一言そう云った。
「常識的に考えて、心臓を穿たれて首を刎ねられ砕き摺潰されて眼球を割られて生きている訳が無いだろう。
 お前は三日目の未明の時点で疾うに死んでいる。ここにいるお前はお前の死んだ魂から作った出来損ないのガラクタだ。
 死後硬直と同じだよ。出来立ての死体で作った出来立てのガラクタは生前の記憶を残すものだが、
 それも時間と共に階乗的速度で風化する」
既に死んでいるものが生きていては理が合わない。冥府の王によって無理矢理生かされたハロルドだったものは、あるべき死へと戻る。
「あ、が、    わたし、     コロシたら、情報、気づ  脱しゅツ」  
「何を言っている?ああ、そういうことか。お前達が私の見ていない処でコソコソ何かをしていたことのことか?」
ミクトランは前髪を弄りまがら、無意味さを込めて嘲った。
「どうせお前たちのことだ。何らかの跳躍法であのバテンカイトスから出る手段を考えているのだろうが。
 王の寛大を以て好きにさせるてやろうじゃないか。いずれ、己の愚かさに気づくだろう。それを見るのも一興だ」
「……!!     開始場所が、根本の   トラップ?」
「フン、そういうことだ。お前は此処で‘終わってろ’」
吐き捨てるような死刑宣告と構築される真実から導き出された絶望を前にして、ハロルドは
288Reverse−Blue Light− 9:2007/08/05(日) 06:25:09 ID:/fpJsGr80


「成程。そういう絡繰ならもう仕方が無い」

ほんの少しだけ嗤った。1%の慈愛と、99%の名状できない何かを込めた嗤いだった。

彼女の左手がミクトランに向けられる。急激に紡がれる術。対象は一人しかこの部屋にいない。
「精々上手くやりなさい。私はもうどっちでもいいけれど、貴方が見くびっている彼らは結構‘やる’わよ」
既に待機していた晶術・ディバインセイバーが解凍される。閃光が分娩室を満たした。

白色の閃光がようやく薄らいで、ミクトランが姿を現した。
「……神の滋養に過ぎん奴らに何ができるというのか」
睥睨した先には蠢く塊があった。すでに精彩を欠いた土気色の右手首があった。
親指、人差指、薬指、小指が全ての関節が折曲がった中、その中指だけが突き立っている。
生きた屍の手は、その形が雄のように気高くて、その形を作る指の細さは雌のように艶めかしかった。






NEXT The Final Chapter






ほんの少しの間、ミクトランの施術によって脈動したその指は、理屈の通りにその余韻を失ってただの死んだ塊になった。
王は、その様を最後まで見届けた後足で踏み潰した後、
術によって受けた損害が計画に何の障害もないことを確認して一言、たった一言を云う。


289Reverse−Blue Light− 10:2007/08/05(日) 11:34:44 ID:M/UKSIiL0



Tales

of

“ Battle Royal ”




「さて、不確定要素は排除した。システムは既に終盤。精々愉しませろよ地上人共」






― MICTLAN ―







神の眼は、ただ理に従って回っていた。


【ハロルド=ベルセリオス 消滅確認】


290名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 01:59:06 ID:GygUXrMlO
保守
291全て集う場所で−attackers− 1:2007/08/12(日) 19:36:18 ID:X++0HpFP0
息を荒くしろ。体内の酸素を筋肉へ、血を呼び覚ませ!
汗をかけ。脈を高鳴らせろ。乳酸を出しやがれ!
そんな人間なら当たり前のことすら、既にこの身には遠い過去。
そう思うと、吐く息も既に冷たい気がする。

振り返りそうになる首を、ロイドは必死に固定する。
メルディに一方的に後を任せて一人で北に向かっている。これはどう考えても独断専行だ。
この行為の結果如何に関わらず、確実に残り五人に迷惑がかかる。
キール辺りは血管を切っているかもしれない。
(みんな…本当にゴメン。でも、もうこの機会を逃したら絶対に、俺が間に合わない……!!)
草を散らしてロイドは草原を、高台の脇を飛ぶように駆けていく。
感覚の無いはず背中を伝うのは未来への悔悟と、踏みにじった信頼。
それら全てを先ずは犠牲に。そうして得た対価となる時間は今のロイドには何よりも代え難い。
必死にそれを見ないようにしてロイドは走る。立ち止まったらもう絶対に動けないだろう、メルディと同じように。
走っているという自覚はあるのに、走っているという実感の無い。そんな浮遊感が彼を焦がす。
もし立ち止まったら、立ち止まってしまったら、もう走っているのか座っているのかすら確証を持てなくなるだろう。
耳も聞こえて、ヴェイグのように目を失った訳じゃないのに、分厚いガラス一枚を隔てたような孤立。
(ああ、これがきっと)
境界だ。死者と生者の狭間なんだ。死の側から生きている世界を見ている。
死人に意識があるとしたら、きっとこんな感じなのだろうか。

「……だからって、死んでるからって、諦められるか!!」
ロイドは走りながら立ち止まろうとする自分を鼓舞する。
生きている世界に指をかけてなんとか留まっている。そんなロイドに訪れた最後の機会が今ここにある。
ミトスからの誘い。クレスと魔剣、そしてミトスとコレットが一同に揃うかもしれない奇跡の瞬間が目の前に現れた。
罠だと思わない訳がない。クレスが来るかも分らない。そもそも機会が来ただけで勝目は塵に等しい。
それでも、それでもたった一枚のコインしか無い今、選べない二つを掻っ攫う奇跡の札が出たのだ。
乗っても破滅、乗らなくても破滅ならば、相手の札が何だろうと乗るしかない。
たとえ仲間に止められようと。諦めるという選択肢だけは、誓いに懸けて選ぶ訳にはいかない。

(それに、あの声。……何か引っかかる。知らない声なのに……あいつを思い出した……)
違和感でも既視感でもない、胸のざわつきが内側にひり付くのを感じながら、
ロイドは遂に招待状に記された場所に近付いているのを認識した。

「そろそろ、C3が――――――って、何だありゃ」
剣を抜こうかとした手を止めて、ロイドは立ち止まる。
彼が知っているこの村は、もっと明るくて太陽の光に満ちていた。
少なくともここから再出発した時はこんな様ではなかった筈だ。


「……村が…霧に、埋っている……?」
ロイドは変わり果てたその村の惨状――――と呼べるかどうかも分らない――――を、そう見たままに言うしかなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
292全て集う場所で−attackers− 2:2007/08/12(日) 19:37:50 ID:X++0HpFP0

白い霧の中に影が二つ、蕩ける様にしてそこにあった。
輪郭は掴めないが辛うじてそれが人影であることは分かる。

しかし、その影の中に本当に人がいるのだろうか。そう思うほど、その影には生気が感じられない。

「もう1時か…それでも人がいないってのは、少し早すぎたか」
その一人、ティトレイが左手の弓を確かめながら他人事のように言った。
首をパリパリ鳴らして視界の広がらない空間を、その胡乱な瞳で眺める。
その横で、もう一人の剣士クレスが眼を閉じたまま無言で腕を組んでいた。
「なーるほど。クレスのことはどうであれ……組む気は更々無いって訳かい」
ティトレイはバックを下して中身を確認しながら溜息を吐いた。
C3丸ごとを使ったこの大掛りな仕掛は狙う対照を選べるような代物ではない。
何時かは晴れるだろうが、そのタイミングが分らない以上今は一方的なミトスの手番である。
そしてなにより、とティトレイは後ろを振り向いた。
「これはやりすぎだろ。ここで皆殺しにするつもりかっての」
目を凝らせば霧が下に流れようとしている箇所が幾つかあり、その全てが落とし穴だった。
それがミトスの仕業であることは、疑わない余地はあっても疑わない理由はない。
ティトレイがサックから5、6本程矢を取り出して出鱈目に正面の地面に向けて射抜く。
白の中に茶色い土煙が少し混じって、それが収まったころには先ほどの穴と同じようなものが1個できていた。
「だいたいサイコロ一回分、ってところか」
ティトレイは目を細めて結果を確かめながらいった。
ビクビクしながら歩くには情けなくて、油断して走るには危険な割合が実に鬱陶しかった。


さてどうしたか、と言わんばかりに顎に親指を当てたティトレイに向けてクレスが一瞥した。
ティトレイを検定するかの様な目付きの奥に殺気が押し留められている。
「ま、しかたねえよ。どうやら俺らが一番乗りだし、他はもう少し後じゃねえの?」
「……探せないのか」
「無理無理。ここの土は大分ミトスに荒らされたみたいだし、さっき見た針金――だよなやっぱ――とかも合わさって、
 ここの土と繋ぐのはちと時間がかからーな。面倒だからパス」
ティトレイはヘラヘラとしながらクレスを挑発するように答える。
今のクレスならこの程度で殺す理由になるだろう。
そんなことさえ楽しむかのような笑いを前にして、クレスは何もせずにぼそりと呟いた。
「――――‘本当か?’」
どるり、という音が聞こえた気がした。クレスの殺気がほんの少し漏れ出す。
白い霧の中に黒い殺気が混じって、更に粘性を増したような中で沈黙が続く。
「――――ああ、マジだ」
ティトレイは即答のように答えた。
293全て集う場所で−attackers− 3:2007/08/12(日) 19:39:03 ID:X++0HpFP0

「…ならいい。少なくとも誰かを殺せるなら、何でも構わない。」
周囲の粘性が若干和らいで、ティトレイは肩を意図的にすくめた。
「さてま、じゃあご期待に応えてどこに行けばいいか考えるっかね」
そういいながら、頭を捻るが元が元故、大した案は出てこない。
待てば誰か来る以上、必要なのは知識ではなく時間なのだ。ましてや少なくとも
この村に霧を巻いている一人がいることだけは確かなのだから殺す相手そのものには困らない。
無い知恵を絞る理由はなく、どうやって時間を潰すかという思考が専らだった。
(どうすっかな。適当に散策ってのもこの霧じゃ無理だしな…どこに行けばいいんだろうな)

何処に行けばいい。その問いに、ティトレイの内側が鳴動する。
噛み砕くような焦燥感が懐かしい。
(帰りたいか。なら、私の言うことを聞いてもらおう。そうすれば)
何も見えなかったあの頃。何もなくとも、願いだけはあった。
(帰りたい。出口を。帰りたい。何処に。帰りたい)
手を突き出して彼は霧を掴もうとするが、霧は逃げるようにして外に押し出され握り拳は空手のまま。
その願いがどれだけ破綻しているのか、今ならよく分かる。
いや、あの頃の彼には分らなかったし、彼自身分かりたくなかった。
それが分かってしまったから、彼はこうしてここにいる。

「ここらへん、まっしろ。でくちは―――――もう無くなっちまいました、とさ」

ティトレイは突き出した手を、まるで何かを手放すように広げて笑った。
何時ものフェイクのような笑顔とは違う、若干の寂しさが混じった笑顔だった。

「なんの話だ」
「なんも、ただ、どこから手遅れだったん―――ん?」

そんな折に、ティトレイは一本の筋のようなものを「嗅いだ」。
意識を澄ませて、鼻の内側の神経に一つに束ねる。
(霧の湿り気で気がつきにくいが、確かに…焦げた、いや、焼いた臭いか…)
大分空気と混じって辿り難いが、その筋は連綿と続いている。

「クレス。行き場を決めた。向かうは罠の中の罠だ。レートをあげるぜ」
ティトレイは突き出した手の人差し指をその更に先に射した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
294全て集う場所で−attackers− 4:2007/08/12(日) 19:40:35 ID:X++0HpFP0

「うあ!」
力強く踏み込もうとしたロイドの片足が地面に沈む。
前傾姿勢は更に前に傾き、のめり込む様な形のロイドはその落とし穴に飲まれようとしていた。
「つっ…何度も何度も、引っかかるか!!」
ロイドは落ちようとする自分の体を守るために使うべき両手を重ねる。
(セット、イベイションからストレングス!)
中指から小指までの三指を巧みに駆動させて一秒に満たない速度で構成を変更する。
感覚の無い肉体に力が巡ったことを期待して、ロイドは咄嗟に穴の縁に指をかけた。
ロイドの視界は土の壁で埋まっている。
「…あっぶねー。ギリギリだった、な」
指をかけた瞬間の、ガクンという振動だけが目を通してギリギリの所で間に合ったことを伝えていた。

大きく力を込めて、腕力だけで穴から飛び出る。
抜け出たロイドの前には村に入って以降変哲の無い白が相変わらず溜まっていた。
既にこれに類似した状況を数度繰り返して、十数分は経過している。
「くっそ……時間が足んねえってのに、ミトスのやつ何考えてやがる」
ロイドは数秒とは言え全体重を支えた指を擦りながら、焦れる心を何とか抑えようとしていた。
経験者である彼にしてみればこの罠の仕掛け人を解く必要は無い。
時間さえあれば霧も落とし穴も全て解決するのに、ロイドには時間が無いという理不尽だけがロイドの焦燥の基だった。
「ミトス!来てやったぞ。出てきやがれ!!」
ロイドは大きく息を吸って吼えた。
この暗中模索の状況下で下手に自分の居場所を曝すような真似が如何に危険かは分かっているが、
今の彼にとってはその危険すら踏み越えても時間という千金が惜しかった。
しかしロイドの淡い期待を踏みにじるかのように霧はその流動を失わず、術者であるだろうミトスの不動を謳っていた。
(くっそ…ミトスの奴、何を考えて…いや、何を狙ってやがる…?)
時間が経てば無効化されるトラップは、まるでロイドの足を止めるようにして効果を発揮している。
今なら霧に紛れて敵対する戦力を各個撃破できる。その絶好のチャンスをミトスは放棄し続けている。
(何が狙いだミトス……何を待ってやがる?)
そこまで考えていたところで、ロイドは不意に擦っていた指を見つめた。
一度舌打ちをして、グローブを外す。中指の爪が一枚割れていた。
手をグローブに入れ直しながらロイドは知恵を絞る。
ミトスの目的はマーテルの復活。これはミトスが見せ付けるようにして残したメッセージから分かっている。
その為に必要なのは、器であるコレット、マーテルのエクスフィア、そして、
「エターナルソード!!!」

ロイドがそこに気付くと同時に、彼の右横3メートルほどの位置を矢が通り過ぎた。

「……待っていたのは、こいつらか…!!」
ロイドは霧の中、矢の軌跡を遡って走った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
295全て集う場所で−attackers− 5:2007/08/12(日) 19:41:13 ID:X++0HpFP0

村の手前で、青年と少年が息を切らせながらも呆然としていた。
「凄い…初めて来たけど、この村ってこんな霧に覆われていたんですか?」
少年――カイルはホバリングする箒を両手で安定させながらも、目を見開いて村を凝視している。
普通に考えれば少年にも青年がここに来たことは無いと分かるはずだ。
それを指摘されても文句はいえず、青年もそれを指摘するだろうと思えたが、
「いや。俺も来たことは無い。しかし、これはまるでバルカ……」
目の前で進行しているその異様さに、青年、ヴェイグも余裕を奪われていた。
「あ、そうですよね。すいません…で、バルカって?」
カイルが尋ねると、ようやく今の立ち位置に気付いたのかヴェイグは二度頭を振った。
「俺の世界の王都だ。霧が蔓延している小大陸の中で蒸気が働いているものだから常に町が白く覆われている」
「そうですか…俺の居た世界だと白雲の尾根ってのが一番近いかな。
 霧に覆われて迷いやすい山道なんですが…でも、これは」
自分達の知る項目に結びつけることで、2人はその異様さを処理する。
しかし、どうしてもその二つの地域と目の前の現象の相違なる要素だけはそれが出来ない。
「ああ、これは自然現象の類じゃない。明らかに作為的なものを感じる」
今まで走って来た路の天気の良さにせよ、既に昼を過ぎたこの時間帯にせよ、霧を構成する要素は一片も無い。
「間違いなく誰かいるってことですよね。心当たりは?ヴェイグさん」
「一番近い現象は雨のフォルスだが…ここにアニーは居ない。少なくともフォルスじゃない」
ヴェイグはチンクエディアにフォルスを込めて氷剣を生成する。
「…じゃあ、やっぱりアイツが……待ち構えていたってことか…ミトス!」
カイルは片手で箒を強く握り、開いた片手で武器の位置を確かめた。
それに呼応して、カイルの強力な力であるソーディアン・ディムロスは

『――――――』
息を詰まらせたかのように沈黙していた。
「ディムロス?」
『――っ……どうした、カイル?』
ディムロスらしからぬ間の抜けたテンポに、カイルは二の句をスムーズに出せなかった。
「あ、えーっと…そうだ、そう。ここからどうする?ロイドは多分…」
カイルがディムロスからヴェイグの方へ視線を向ける。
「ああ、流石に間に合わなかった。十中八九、ロイドはこの霧の中だ」
ヴェイグが腰の後ろを確認しながら言った。
「これだけの仕掛けをしておいてミトスが何もしないはずが無い。突入するしか無いと俺は思います」
「その点には同意する。霧が晴れた頃には既に手遅れだ。問題は」
「ミントさんとロイド…どっちから手を打つか、ですね。二手に分かれるのは、やっぱり」
「ああ、ロイドもその女性もどこに居るか、それどころか無事なのかも分からない以上二手に別れても意味が無い。
 この霧では最悪、俺達が二次遭難する危険がある。それでは向こうの思惑の上だ。それに……」
2人の話し合いの中、ディムロスはそれに関わらずにいた。
彼は議論に参加せずに、正しくは参加できずに一つの思考に没頭している。
296全て集う場所で−attackers− 6:2007/08/12(日) 19:42:38 ID:X++0HpFP0

(この霧…晶術であることには間違いない。それは直ぐに分かることだ。
 彼女がミトスに運用されていることは既にこの私が直に確認している)
だから、この状況は理解できる。理解できるはずだ。これは予測されうる出来事。
驚愕には値しない。理解しろ嚥下しろ整理しろ把握しろ理解理解理解納得出来ない。

(だが…ソーディアンがマスターとの意思疎通無しでここまでの規模の術行使が可能なのか…?)
村一つ埋め尽くすようなディープミスト。ただのそれならば兎も角、ここまで拡張すればそれは最早上級術の行使に匹敵する。
それはつまり、ソーディアンの意思を無視してなお余りあるほどにミトスの能力が高いということになる。
決して、もう一つの可能性は有り得ない。有り得ないはずだ。
だがこの霧はディムロスに、その可能性よりも最悪な予感を与え続けている。
ソーディアンだからこと、よく理解した晶術だからこそ分かる。
この霧にミトスの意図はあっても意思は無い。‘術者は別’だ。

(真逆、真逆、そんなことがある訳が、いや、有り得ている訳が)

原理は分からない。根拠も無い。彼女がそうする理由が無い。
あるのは、予測の中に潜んだ一欠の予想。
霧の向こうに薄っすらと見え隠れする人の影。ディムロスはそれを良く知っている。
紫の髪と白い服、背中を向けた彼女が立っていた。
彼女が、アトワイトがゆっくりと振り向いて

「ディムロス!!」

カイルの声に、ディムロスはようやく意識を固定した。
『…ああ、すまない。話は聞いていた。続けてくれ』
間違い無く聞いてなかっただろうなと判断したが、
かつては有ったであろう彼の顔を立てるためにそこには触れないことにした。
「とりあえず、中に入ってみようと思うんだけど、ディムロスはどう思う?」
『ヴェイグ、カイル。現状の戦力分析を』
「戦闘は可能だが…非連続とはいえここに来るまで錬術をそれなりに使ったからな。
 状況にも寄るがあまり術技の乱発は出来ないだろう。カイル、お前は?」
そう語るヴェイグの息は既に整えられているが、ブーツによって節約はしたといえ残りの力は万全とは言い難い。
「俺は…力の消耗とかはヴェイグさんほどじゃないけど…正直厳しいですね。
 ディムロスのサポート付きだし、箒を操るのは大分慣れたけど…
 箒に乗ったままの戦闘は練習しようが無かったですし。術でのサポートならまだしも、直接戦闘に関して断言はできません」
カイルは淡々と言った。そういう風に言わなければ自分でも情けなさ過ぎる自己採点だったからだ。
しかし、背伸びはできない。身の丈に合わない強がりを通して、
自分のことを気にかけるこの青年にまた失望され、無理をさせる情けなさに比べればそんな評価すら受け止めるしかない。
節目がちに俯くカイルを見て、ヴェイグは十分だ、と言った。
297全て集う場所で−attackers− 7:2007/08/12(日) 19:43:27 ID:X++0HpFP0

『……向こうの思惑は分からんが、この霧は我らの目的にとってはある意味好機だ。
 霧に紛れて誰にも見つからずに奪還を遂行できるかも知れん』
逆も然りだが、と付け加えてディムロスは警戒を促す。
『目的に変更は無い。あくまでもロイド、ミント両名の確保が優先だ』
ディムロスは自分に言い聞かせるように再確認の事項を口にした。

「この霧だ。一度逸れれば安全に合流するのはコトになる。カイル、離れるなよ」
ヴェイグが一歩を踏み出して、霧の中へ入っていく。
「分かりました。俺達も行こうディムロス……ディムロス?」
カイルの呼びかけから2秒強の後、ディムロスは誰でもない誰かに声を掛けるように、呟いた。
『カイル……もしだ、悪夢が現』

ディムロスの問いは、空間が揺れたかと錯覚するほどの大きな剣戟音によって寸断された。

「!?話は後だ。ヴェイグさん!!」
カイルはスイッチを入れたかのように素早くヴェイグの方を向いた。箒に力を込める。
「ああ、どうやら状況が動き始めた。行くぞ。遅れるな!」
2人はそれぞれの持てる力で霧の村へ突入する。

ディムロスはカイルの傍で箒を制御しながら黙している。
今は目の前の任務に全力を注ぐべきだ。他の事に、況してや唯の妄想などに気を取られている場合ではない。
だから忘れろ。忘れてしまえ。そうしなければトーマの言った通りに、根拠の無い悪夢が現実に成ってしまう。

それなのに、霧の向こうで氷のような微笑を湛えた彼女の顔だけが忘れられない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
298全て集う場所で−attackers− 8:2007/08/12(日) 19:44:14 ID:X++0HpFP0

ロイドは立ち止まった。乱れるはずの無い呼吸の拍が高ぶるのを感じる。
「叫び声が二度もしたから試しに撃ってみたんだけどよ、まさかお前一人だとは思わなかったぜ」
目の前には人ならざる人影が二つ。その奥には、彼らの仕業だろうか、黒い煙が一本立ち込めた焼け跡があった。
「なんだよ。まだ切り札隠してやがったとはな」
言葉とは裏腹に、ティトレイには驚いた様子は微塵も無い。
「なあ―――前にお前に言ったこと、覚えてるか?」
小指からの二指でスキルを設定。残りの三指で剣を抜く。
「…どうやら、本気らしいな。そういうの、多分嫌いじゃなかったぜ」
ティトレイが一歩下がると同時に、後ろにいたクレスが一歩前に出る。
ぼそり、とクレスの口が動いて、ティトレイがああ、とだけ返した。
ロイドが剣二つを構えた。

「アイツの連れでも二度目は無いぜ。精々最後の瞬間まで頑張って生きろよ?」
「……俺も言ったぞ。もう、諦めないってな」

ロイドが疾駆した。今までの比ではない速度でクレスに肉薄する。
剣を抜く動作も、闘気を編むこともせずにクレスはロイドの一刀を半歩横に反れて避けた。
ロイドが前足を大きく地面に叩きつけようと力を入れる。それと同時にクレスが魔剣の柄に手を掛けた。
(終わったな…二の太刀要らずの精神かしらねえが、速く走ればいいってもんじゃねえだろ)
ティトレイは勝負ありの瞬間を見て、詰まらなそうに欠伸をした。
直進運動を円運動に急激に切り替えれば、その半径は速度に従って増加する。
早い話が、車は急には止まれないのだ。
必殺の一撃を避ければ、ターンして二撃目を繰り出そうにもロイドは自分の速さに縛られて僅かに隙ができる。
クレスはそこに合わせて攻撃を決めればいい。クレスの技量なら首一本楽に落とす。

ティトレイの欠伸が頂点に達した瞬間、複雑な、しかし極大な剣戟音が彼の鼓膜を揺す振った。
299全て集う場所で−attackers− 9:2007/08/12(日) 19:45:00 ID:X++0HpFP0

頭を二三度小突いてティトレイは目の前の光景に目を細めた。
加速を付けすぎて防御も回避も間に合わないはずのロイドの剣が、クレスの魔剣の腹とぶつかっている。
いや、彼の目が間違ってなければ、ロイドが方向転換すると同時に‘更に加速’した。
有り得ない。加速をつけた物体が何らかの力で急激に停止すれば必ずその力が物体に跳ね返ってくる。
アレだけの加速をつけた上で急停止して、更に直後に加速を上乗せするなんてことは理屈に合わない。
いや、理屈以前に身体が保たない―――
「お前…まさか、そこまでするのかよ。バカじゃねえのか」
ティトレイは、考えうる中で一番現実的な答えを選び出し、そう言った。

ロイドはティトレイのほうには何も答えずに、二刀でクレスの剣を止めている。
別にロイドは理屈に逆らった訳ではない。
おいそれと人間の限界を超えることは無いし、限界を超えた剣撃を繰り出せばその反動は公平に降り注ぐ。

「バカは承知だ。だがな」
ただ、今のロイドには人間としての限界も、限界を超えた代償も、感覚として実感することが出来ないだけなのだ。
「これでようやく届いた。俺の意地、貫かせて貰うぜ、クレス」
「好きにしろ。僕は何でも構わない」
ロイドが睨んだ先で、クレスの無表情がぐるりと反転する。


「だか言ったからには、せめて百回殺すまではその意地、貫いて貰う」

純然たる狂気と狂喜と凶器が、一つの混沌としてそこにいた。

300全て集う場所で−attackers− 10:2007/08/12(日) 19:45:51 ID:X++0HpFP0

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ Eナイトメアブーツ ホーリィリング ペルシャブーツ
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:ヴェイグと共に剣戟音を追って村へ突入
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村・南口

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP35% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 飛行中
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと共に剣戟音を追って村へ突入
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮・ロイド、ミントの確保
現在位置:C3村・南口

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP30% TP35% 右手甲損傷 心臓喪失 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒す
第二行動方針:コレットの為にミトスを倒す
現在位置:C3村・ミトスの拠点跡

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP80% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドを殺す
第二行動方針:ヴェイグは結果的に戦闘不能に出来た場合のみ放置
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C3村・ミトスの拠点跡

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP60% 感情希薄 フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓 クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る
第一行動方針:ロイドとクレスの戦いを観戦
第二行動方針:状況にもよるが基本的にクレスの(直接戦闘以外の)サポートを行う。
第三行動方針:ヴェイグに関しては保留
第四行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C3村・ミトスの拠点跡
301全て集う場所で 修正:2007/08/12(日) 22:59:05 ID:O3g+EvNM0

×C3丸ごとを使ったこの大掛りな仕掛は狙う対照を選べるような代物ではない。
○村を丸ごと使ったこの大掛りな仕掛は狙う対象を選べるような代物ではない。


×節目がちに俯くカイルを見て、ヴェイグは十分だ、と言った。
○節目がちに俯くカイルに向かってヴェイグはペルシャブーツを渡し、
 自分の身が自分で守れるなら十分だ、と言った。

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:カイルと共に剣戟音を追って村へ突入
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村・南口

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP35% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 飛行中
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと共に剣戟音を追って村へ突入
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮・ロイド、ミントの確保
現在位置:C3村・南口
302テイルズ向上貢献委員会:2007/08/14(火) 14:20:57 ID:iVja8kz20
必死あげ
303名無し:2007/08/18(土) 12:49:58 ID:uZlKKSMl0
あげ
304全て集う場所で-in the misty backyard- 1:2007/08/24(金) 11:32:01 ID:c8rrfG7u0
それは、紙飛行機に託した他愛ない願いから運命が音を立てるまでの刹那の話。

「でも、ロイドは勝てると思ってる?」
風に揺れる紙飛行機を眺めるメルディから発された問いを理解するのに、ロイドは暫く時間を要した。
「ああ…見てたのか。何時からだ?」
それがあの一人芝居であったことに気付いたロイドは、最低限の言葉で返す。
「ずっと見てたわけじゃないよ。剣を作って最初の方、あの地下で一人で剣を振ってるのを
 上から少し見てただけ。ロイドボロ負けだったな」
無表情のメルディから放たれる辛辣な言葉が逆に滑稽で、ロイドは乾いた笑いを漏らした。
「まあ、地上に上がるまでは相当酷かったからな…本当に勝てる気がしなかったぜ」
イメージトレーニングの初期段階を思い出して、ロイドは遠い目をした。
こうすれば勝てた、などと言い訳する余地も無い圧倒的な結果だった。
「……そだな。で、勝てる?」
素朴としか言いようの無い彼女の問いに、ロイドは答えを求めるようにして空を見上げた。
右手で左手の甲のエクスフィアを擦りながら言う。
「何度も殺されて分かったことがある。俺はクレスには勝てない。
 技術とかを含めて、剣士としてのポテンシャルとして向こうの方が格上なんだ」
何度斬りかかろうと攻め手を変えようと、時空剣技のみに限定したクレスにすら敗北を喫している。
それがロイドとクレスの状態差による相対的且つ後天的なものなのか、
あるいはどちらも万全な状態で測ったとしてもどうにもならない絶対的且つ先天的なものなのか、
それは論じたところで無価値だ。
「スキルチェンジとか、他にも少し考えてるけど……小細工をしたくても、小細工だけでどうこうなる差じゃない」
蟻が姦計を巡らせた所で、象に勝てる見込みが無いことに似ている。
「ティトレイがいる以上、多分大きな細工をしようとしてもフォローされるだろうし。
 あの時空剣技がある以上大勢で戦うわけにも行かない」
ロイドは左手を強く握った。

「だから、限界を越えてクレスに勝てる自分を作り上げるしかない」
305全て集う場所で-in the misty backyard- 2:2007/08/24(金) 11:32:32 ID:c8rrfG7u0

体が反応できないほどの超速の一閃が来れば、防ぐことは出来ない。
ならば反応させればいい。
防御の構えをそれ以前の連撃で崩されれば、おしまい。
ならば崩されなければまだ続く。
剣筋が分かっていながらも、それでも攻撃を防ぎきれず憤死する。
ならば分かる限りに、自分の理想通りに体を動かせばいい。
勝ち目のない現実に従って戦うくらいなら逆の方がまだましだ。
今の限界を超えた自分を想像して、それを現実にするしか勝ち目は無い。

あと1p届けば、あと0.1秒速ければ、あと一歩踏み込めれば勝てた。
その今の自分では叶わなかったifを現実にする。
夢を叶えると言うレベルの話ではない。妄想を現実にするという、足りない子供の狂言だ。
「でも、それをロイドは出来る」
ロイドは黙って頷いた。
「キールに言わせるなら、この体は超人だからな。この体は痛みが分からない。
 限界を知らせるシグナルは俺には聞こえない。行こうと思えば、どこまでも行ける」
その過程で削げ落ちていく物の重さも棄てて、どこまでもどこまでも飛んでいく。
イメージは所詮イメージ。規定された初期設定の中での模索。
限界を越えたその先の試算はまだ行っていない。行えない。
「最初から多分しなきゃならないとは思っていたけど、怖かった。失うことが怖すぎた」
存在としてのポテンシャルをクレスと同じ領域にまで持っていくのは戦う上での必須条件だ。
そうでなくては一切の計も策も届かない。あれはそういう「殺人鬼」だ。
「皮肉だな。シャーリィに奪われて、メルディに墜とされて、ようやく決心が付いた」
ロイドはメルディの頭を撫でた。メルディは拒まない。
「最後まで、いや、最後になっても諦めない。その為に俺は勝機を諦めない。クレスにも、ミトスにも」
風が吹き上がる。

「メルディ、俺は勝てると思うか?」
ロイドは彼女の方を向かない。続く言葉だけを待った。
期待した言葉も、期待しなかった言葉も紡がれなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

306全て集う場所で-in the misty backyard- 3:2007/08/24(金) 11:33:50 ID:c8rrfG7u0

ロイドとクレスは一見して確かに互角の戦いを繰り広げていた。
まるで最初に地面に棒きれで直径2m程度の円を描き、はみ出したら負けと約束をしたかのように戦っていた。
一人一人の位置は目まぐるしく変わっているが、二人の中点の位置は微少な範囲でしか変わっていない。
ロイドの左剣がクレスの脇腹を目掛けて振り抜かれた。プロテクタの無い部分の衣類が切れた後に遅れて風切り音が鳴る。
振り抜いた剣を戻すことなく、ロイドはそのまま後足を軸にして回転し右の刀をクレスの顎に向かって殴るように飛ばす。
顎を破砕出来そうな速力の一撃は空を切る。
(ギシミチッ)
本来そこにあるべきクレスの頭部はロイドの想像の直下1mほどの位置にあり、
連結した体は屈んで多少窮屈そうでありながらも、二連撃を避けられたロイドを十分に殺しうる構えを取っていた。
無言のままクレスは地面スレスレの位置から横薙ぎに魔剣を振る。
右足を刈り取る為の一撃は、大振りしたロイドでは避けきれないはずだった。
(プチブチッ)
しかし、見上げるクレスの視線と合致する視線が、ロイドから放たれている。
クレスは反射的に剣を後ろに引き抜く。直後、斬るべきはずのロイドの右足が魔剣のあった位置に叩き付けられた。
薬に侵されて尚、あるいは故研ぎ澄まされた直感で魔剣を足で絡め取られることだけは避けた。
安堵するべきクレスの眼前には、既に次の一撃が待機している。
限界まで張りつめられた弦が耐えられずに切れる様に、剛剣が二本纏めて打ち下ろされた。

殺傷能力を維持できる限界の体勢からの一撃、その一撃を緊急中断したクレスの魔剣は
どれだけ好意的に見積もっても1秒は動けないだろう。それが正しい人の剣術だ。
それをクレスの目前の少年は、易々と踏破する。
打ち下ろされた斬撃が衝撃で土と霧を巻き上げる。
(ギギッビシ、カチ、カチピキッ、カチ)
霧が離れ、土が地面に還った時、陥没しているべき頭蓋はそこには無かった。
「翔転移―――」
空間を歪めて必殺の一撃を回避したクレスがロイドの頭上に出現する。
出現したクレスの左手は既に剣に添えられ、刺突の準備は整っていた。
しかしそれよりも速くロイドの迎撃は完了している。
ロイドがその足で飛んだ。向かうのはクレスの正面、即ち斬撃の真正面。
クレスは向かってくるロイドに突きを繰り出すが、通常空間に出現した直後では体重も速度も剣に乗せられない。
ガキン、と今までに比べて少々気の抜けた音が鳴った。
ロイドの木刀が中空でクレスの剣を受け止める。殺すに足りない一撃ならば木刀でも十分に楯足りうる。
両者が弾かれ、剣戟が終わるかに見えた。
「ぉぉぉぉ……」
307全て集う場所で-in the misty backyard- 4:2007/08/24(金) 11:35:48 ID:c8rrfG7u0

だが、ロイドにはまだ攻め手がある。そうでなくては空中戦に持ち込んだ意味が無い。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!!!!!!」
受身を取ってロイドは落ち行くクレスの方へ跳びなおす。手には逆手に持った木刀が強く握り締められている。
魔剣を前に出して防御の構えを取るが、空中にいるクレスのそれは
これから来るであろう攻撃を捌き切るにはあまりにも不安定で不完全だった。
一撃目が魔剣の刀身に当り、弾かれた魔剣が大きくふらつく。
続く二撃目がクレスのガードを打ち抜いた。剣が吹き飛び無防備な腹部が露になる。
そして詰めの三撃目がその好機目掛けて放たれる。
「飛燕、連脚」
しかし相対する剣鬼にはその好機すらまだ遠い。
中空で放たれた飛燕連脚はおよそ技とは呼べない程にあらゆる要素が弱体化していた。
しかし、その蹴りによってクレスの腰が半回転分逸れた。
ロイドの斬撃は意中の効果を発揮することなく振りぬける。

それで、終わりのはずだった。振りぬいたロイドの右手は弧を描いて
(ビチィッカチ、バキッ)
左手に届き、その中指一本が辛うじてその石に届く。
「うらあッ!!!」
本来なら存在しない四撃目がロイドの左手に込められる。
刀を強く握り締めた手は巌の如く固められて、
完全に半身を向けてしまい、身動きを取れなくなったクレスの顔面に炸裂した。
鈍い音が響き、クレスが地面に向かって斜めに墜落する。

ロイドは翼を羽ばたかせるが、半ば落ちるかのようだった。
それを意地だけで支えて、尻餅を突かない程度に着地する。

「はっ、ハッ、はあっ…」
既に意味の無い呼吸だが、嘗ての記憶に従うようにリズムが上げる。
一つの木刀を杖にして、片膝をついた状態から立ち上がろうとするが、気が抜けたせいか上手く立ち上がれない。
「手ぇ貸すか?」
ロイドの耳に、突然の声が入る。反射的に飛びのいて振り向いたその先には
「ティトレイ……何のつもりだ」
もう一人の敵が手を差し伸べていた。
308全て集う場所で-in the misty backyard- 5:2007/08/24(金) 11:36:29 ID:c8rrfG7u0

「いや、困ってる奴がいたら手を貸すだろ。普通」
ティトレイはそれがさも当然のように答える。
「ふざけんなよ……!」
声を荒げるが、いつもの程の覇気は籠ってない。
ロイドの心中ではティトレイの存在に全く気が付かなかったことに対して大いに動揺していた。
(…全然気が付かなかった。ヴェイグやキールの言う通り本当に暗殺に向いてるのか…まるで)
枯れ木のようだ、とロイドは思った。軽口を叩いてよく喋るのに、一度黙ればそこには気配も何も無い。
ロイドは左手の剣を強く握り、右手を再びエクスフィアに伸ばす。
「固えーなあ…その程度の善意くらい俺にもあるって。それに」
緩む表情の中で、目線だけがロイドを射抜いた。
「そんな状態の奴に手を下すほど俺も暇ねえし。面倒だろ?」
ごくりとロイドが喉を鳴らした。ティトレイは顎を擦りながらロイドを眺める。
「剣士として勝てないから生物としてクレスを圧倒するって発想は無かったけどよ。
 はっきり言ってどうよ?自分で無茶だったとは思わねえの?」
「うるせえ。手があるなら、俺はそれをせずに諦めるなんて出来ないだけだ」
ロイドの啖呵に、ティトレイは「熱いな」と言った。
「とりあえずさー、その中指いい加減嵌め直したらどうよ?痛くねえのか?」
ティトレイが指を刺したその先にはロイドの右中指があった。妙に揺れている。
「よけいなお世話だ」
ロイドは外れた中指を掴み、一気に押し込む。鈍い音が一度して、二度目でようやく嵌った。

「…なんで俺を攻撃しねえ。余裕か?」
ティトレイを警戒しつつもEXジェムをセットし直しながらロイドは言った。
「攻撃して欲しいのか?膝が二回、踝が三回、肩は…一回か。腱もあわや切れかけて、
 指に至っては無事な関節の方が少ないのに?それで失血も見あたらないってのは…ひょっとして、胸の凹みはそういうことか?」
「――――――っつ…手前ェ…」
自分の体をティトレイの視線から守るように右手で体を覆う。
「あら?もしかして当たってたか?前二つ以外は自信無かったんだがなー」
ティトレイがにんまりとした顔を作る。
それがブラフと分かったロイドは奥歯を噛み締めながら何とも言えない顔をした。
「まーまー。いや正直なのはいいことだ。嘘を付くよりはマシだぜまったく…話通りのバカ正直だな、ロイド」
「…!やっぱ、俺のことを知ってるのか?」
まーな、とティトレイは言うが、その目は驚きを見せるロイドの方へ向いていない。
暫くの間の後、ロイドはゆっくりと、舌の上でその名前を転がしてからはき出した。

「御名答。ま、消去法だわなあ。ここまで減ると」
ロイドが口を開こうとしたのをティトレイが手に持った矢を向けて制する。
「遺言みたく語るような大した話はねえよ。お前にとっちゃゴミに近い関係だ。
 それでも下らないことを聞くんだったらこの場で射殺すぞ」
ロイドはその一言に一瞬竦むが、かろうじて表面化するのを堪えた。
口でそういっても、その過去に拘っている目の前の枯れ木に、ほんの少しだけ人間性を見た故の安堵かもしれない。
「そうだな…お前がしいなとどういう関係かは知らないけど、俺のことをあいつから聞いてるなら分かるはずだ。
 俺は諦めないし譲れない。だけど一応聞く、道を譲ってくれないか」
ロイドは剣を下ろし、自然体のままティトレイに尋ねた。
シャーリィに心臓を奪われたロイドに出来る、最大限の意思表示だった。
ティトレイは眩しそうに目を細めて笑った。
「凄えな。俺とは大違いだ。まったくもって、俺が俺だった頃に会いたかったぜ?」
悲しいのか、懐かしいのか、それとも後悔か。
ロイドはティトレイの拒絶を汲んだ。剣を構え直す。
「ならお前も叩き伏せるぜ。いいな?」
「いいぜ。どうせ……時間稼ぎも済んだしな」
時間稼ぎ、その一言に全身が粟立つような感覚を覚えたロイドはその方向を向く。
309全て集う場所で-in the misty backyard- 6:2007/08/24(金) 11:37:10 ID:c8rrfG7u0

「極刑だ――――――次元斬!!」
垂れた魔剣が一気に振り上げられ、振り下ろしと同時に巨大な波濤のような一撃が噴出する。
霧が真っ二つに割れて、その先端には鋭さそのものが走っている。
「ッ……飛天――――」
ロイドは防御策を講じようとするが、空間ごと切り裂くかのような高速の斬撃の前には数手遅い。
間に合わない。その絶望に染め上げられるかとロイドが思った瞬間。

「絶空!裂氷撃!!」

その掛け声と共に、ロイドの視界の右から左へと地面から何本もの氷柱が現出する。
次元斬と氷柱は直交し、気の奔流と砕けた氷が輝く塵のように舞った。
「何だと――――!!」
驚愕するクレスの耳に風の吹き抜けるような音が入る。
霧を突き抜けて、焔が3つクレスの前に出現する。
「…子供騙しが。虚空蒼破斬!」
クレスの周囲に蒼い闘気が迸り、その表面で火の玉は掻き消された。
しかし、一番巨大な焔だけはそれでは消しきれない。
「クレス=アルベイン!背面貰った!!」
背後からの叫び声に半ば自動的に首と剣をそちらに向ける。
霧の海より迫り上がってきたのは箒に跨った一筋の剣閃。
「空中空翔斬!!」
「その防具……気に入らないな」
弾丸と剣鬼が交差する。この場に来て初めて甲高い金属の剣戟音が鳴った。
あやわ墜落というところだった弾丸は、寸前のところで箒の頭を上げて激突を避ける。
バキンと音がして、クレスの一撃を防いだ鉄甲が真一文字に切断された。

「……死に来たか。どいつもこいつも、僕の望みを叶える為に」
クレスが着地した。鼻を伝い地面に垂れるのは一筋の血。
敵の方に振り向いたクレスの額は皮一枚割れていた。
風が舞う。血によって張り付いたバンダナが、吹き流れて霧の中に消えた。

「お前ら…どうして…」
ロイドは半ば呆然として彼らを見た。
「水くさいこと言うなよ、ロイド」
炎の大剣を肩に担いだ少年が滞空しながら言った。
「ああ、それにこちらにも都合がある。勝手な真似をする奴を放ってはおけない」
氷柱の出現方向から、もう一つの影が姿を見せた。
「お前を助けに来た。この状況を打開するぞ」
「君を助けに来た。この場所を切り開いてみせる」
ヴェイグとカイル。クレスが向かう先には、ロイドを守るようにして二人の戦士が立ち塞がっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
310全て集う場所で-in the misty backyard- 6 修正:2007/08/24(金) 11:38:29 ID:c8rrfG7u0

霧の中、飛翔した殺人鬼の影がだらりと剣を垂らしながら舞っていた。
シルエットしか掴めないが、その嬉々とした笑みだけは明瞭としている。

「はっきり言って、勝ち目ねえぞ。お前が一撃入れるまでにそんだけ体が悲鳴を上げてるんだぜ?
 こいつを倒す前にお前が壊れる。バカでも分かる話だ…ああ、死ななきゃ分からねえからバカなのか」
ティトレイの言葉を耳に入れる余裕もなく、ロイドは迎撃の為に力を込めるが、
完全に虚を付かれた形になった今、肉体を限界以上に酷使しても間に合わない。

「極刑だ――――――次元斬!!」
垂れた魔剣が一気に振り上げられ、振り下ろしと同時に巨大な波濤のような一撃が噴出する。
霧が真っ二つに割れて、その先端には鋭さそのものが走っている。
「ッ……飛天――――」
ロイドは防御策を講じようとするが、空間ごと切り裂くかのような高速の斬撃の前には数手遅い。
間に合わない。その絶望に染め上げられるかとロイドが思った瞬間。

「絶空!裂氷撃!!」

その掛け声と共に、ロイドの視界の右から左へと地面から何本もの氷柱が現出する。
次元斬と氷柱は直交し、気の奔流と砕けた氷が輝く塵のように舞った。
「何だと――――!!」
驚愕するクレスの耳に風の吹き抜けるような音が入る。
霧を突き抜けて、焔が3つクレスの前に出現する。
「…子供騙しが。虚空蒼破斬!」
クレスの周囲に蒼い闘気が迸り、その表面で火の玉は掻き消された。
しかし、一番巨大な焔だけはそれでは消しきれない。
「クレス=アルベイン!背面貰った!!」
背後からの叫び声に半ば自動的に首と剣をそちらに向ける。
霧の海より迫り上がってきたのは箒に跨った一筋の剣閃。
「空中空翔斬!!」
「その防具……気に入らないな」
弾丸と剣鬼が交差する。この場に来て初めて甲高い金属の剣戟音が鳴った。
あやわ墜落というところだった弾丸は、寸前のところで箒の頭を上げて激突を避ける。
バキンと音がして、クレスの一撃を防いだ鉄甲が真一文字に切断された。

「……死に来たか。どいつもこいつも、僕の望みを叶える為に」
クレスが着地した。鼻を伝い地面に垂れるのは一筋の血。
敵の方に振り向いたクレスの額は皮一枚割れていた。
風が舞う。血によって張り付いたバンダナが、吹き流れて霧の中に消えた。

「お前ら…どうして…」
ロイドは半ば呆然として彼らを見た。
「水くさいこと言うなよ、ロイド」
炎の大剣を肩に担いだ少年が滞空しながら言った。
「ああ、それにこちらにも都合がある。勝手な真似をする奴を放ってはおけない」
氷柱の出現方向から、もう一つの影が姿を見せた。
「お前を助けに来た。この状況を打開するぞ」
「君を助けに来た。この場所を切り開いてみせる」
ヴェイグとカイル。クレスが向かう先には、ロイドを守るようにして二人の戦士が立ち塞がっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

311全て集う場所で-in the misty backyard- 7:2007/08/24(金) 11:39:14 ID:c8rrfG7u0

キールはメモを見比べながらそれに更に記述を重ねていく。
「やはり、この暗号表が要だったか」
炙り出しによって浮かび上がった鍵は面白いほどに鍵穴に合致し、二番目のメモに封じられた情報を解凍していく。
その半分以上はこちらに蓄えられている情報と合致していることからその精度には疑う余地は少ない。
メルディというある種の反則技を用いたこちら違い、おそらくこれが独力で記述された物であることを考えると、
その記述者にはキールは舌を巻かざるを得ない。
「魔力に直結した魔術式機能がかなりあるな…これは単純に機械的アプローチに対する罠か、それとも…」
特に注目したいのは“There is no name yet. ”と銘打たれた首輪とフォルスに対する考察だ。
制限措置や対マナ用コーティングなど、首輪を虚数的見地から見る場合にフォルスという概念の特異性が重要視されると
ハロルド=ベルセリオスは陳述している。成程、ジェイのレポートからもフォルスに関しての項目があったが
ここまでの詳細な情報ではなかった。これは一考するべき要素だ。

「おい」
キールは一瞥もせずにひたすらレポートを見比べている。
「なんだ」
「そんなことをしている場合か」
グリッドはキールとメルディに併走しながら現在のキールに疑問を唱える。
当然であろう。キールはロープで固定したメルディを背負い、
メルディにエアリアルボードの運転から制動までを任せっきりにしてひたすら首輪の分析を進めていた。
「そんなことをしている場合だ。こうなってしまった以上時間は万金を積んでも買えない。
 メルディのケイジにシルフを入れた以上はこうして空いた時間が惜しいんだよ。今後の為にもな」
予め用意してあったように流暢な喋りにグリッドは顔を顰める。二人は目を合わせない。
メルディは黙ってケイジの方を向いている。
「ロイド達……無事だと思うか?」
「それを推察するにはデータが不足しているが、少なくとも楽観は出来ないな」
淡々と語るキールに、何度かグリッドの手が伸びそうになるが怯えにも似た震えが走って掴むことは出来ない。
「クソ…一人で抜け駆けするにしても、せめて……せめてグミの1つでも持っていけば良かったのに」
グリッドが悔しそうな表情をするが、その感情に確証を持てないのか今一つ中途半端だ。
「ロイドなりの感傷だろう。抜け駆けだけでも迷惑なのにこれ以上迷惑はかけられない…と言ったところか」
「本末転倒だ……あいつは自分の重要性に気づいてないのか…あいつしかエターナルソードで」
「黙れ」
キールは顎を上げてグリッドに自分の首輪を見せつける。グリッドは数秒かけて意味を理解し、両手で口をふさいだ。
その数秒の巡りの悪さにキールは舌打ちを打つ。
「…こんなことになるなら、ロイドにまずミラクルグミを使えば良かった。
 そうすりゃ、そりゃあ心臓は流石にどうにもならなかったかもしれないが、こんなことには…なあ?」
懇願するような問いかけをするグリッドの中では出発する前にキールの口から放たれた呪いが駆けめぐっていた。
仮定のifを提示したところで腹の足しにも許しにもならないのに。

――――――どうかな?
312全て集う場所で-in the misty backyard- 8:2007/08/24(金) 11:40:14 ID:c8rrfG7u0

「え?」
グリッドは初めてキールの方を向いた。
やはりキールはハロルドメモを注視している。
「いや、過ぎたことを猛省することはあっても、そこに固執することは無駄だ。
 僕達は現在を起点に最善を尽くさなければならない。そう、現在での最善を」

「キール。もう数分で到着な」
「分かった。ここから先の考察は後回しだ……グリッド、答えを聞こう」
キールはメモ類を畳み直し、グリッドの方を向いた。
走りながらもグリッドは沈痛な面持ちで吐く息も滅入っている。
しばらくして、ゆっくりとグリッドは口を開いた。
「俺が、これで戦えば、みんなが、助かるのか?」
グリッドは懐に手を入れて、瓶を掴む。
「断言は出来ないが、その可能性も出てくる。詰まるところ問題は前線の戦力差なのだから、
 こちらのそれを増して向こうのそれを減らせば、術撃戦力差でこちらに勝ちの目が出るさ」
少しばかり飴玉が甘すぎたか、とキールは思った。
グリッドは瓶を頭上に上げて祈るように掲げた。瞑ること暫くして、答えを出す。

「……分かった。やる。いや、やらせてくれ。俺がこの手で、今度こそ大切なものを掴む」

キールは微かに目を見開くが、直ぐに運動を制御した。
「何とも頼もしい言葉だが、随分と強気じゃないか。どういう心境の変化だ?」
「別に……何か、今の俺にこいつが必要な気がする、だけだ」
グリッドはそういうが、手に持った瓶の中に漂う粘性の強い液体は強く震えている。
そこには一切指摘せずにグリッドから視線を外す。

「結構、期待しない程度に宛にさせて貰うさ」

遠目に村が見えてくる。
何にせよ布石程度にはなるだろうよ、とは言わなかった。

辛うじてとはいえ、エアリアルボードと併走して走るグリッドの
手首に埋め込まれたエクスフィアと手に巻かれたコレットの要の紋になど、気付けるはずが無かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
313全て集う場所で-in the misty backyard- 9:2007/08/24(金) 11:42:49 ID:c8rrfG7u0

ロイドとクレスを挟むようにして、ヴェイグとカイルが立ちはだかる。
先程の次元斬で彼らを結ぶ直線だけが綺麗に霧が吹き飛んでいる。
それぞれの右手には氷の短剣と炎の大剣。
その切先は殺人鬼の方へ向いていた。
『お前達……もう少し様子を見る手筈のはずだったが?』
ディムロスが矢張りこうなったか、という口調で2人を嗜める。
「ゴメン、ディムロス。でもこれ以上は見てられないよ」
「それに、先程の交差も好機といえば好機だった。仕留め切れなかったのは非として認めるが」
カイルは切先に焔を放ち、ヴェイグが再び剣を構築した。

『……こうなってしまった以上は仕方有るまい。目的の半分は果たした、ここから離脱するぞ』
ディムロスの言葉に、2人は目を見合わせる。
「カイル。分かっているとは思うが」
「ええ、ガントレットが無ければ間違いなく腕を持っていかれました。
 ……逃げながら勝てる相手じゃない。ミントさんのこともある。ここは我慢します」
「よし。俺が道を切り開く。お前は…」
が、2人の背中に手が掛かる。
「来て貰って悪いけどさ、退いてくれないか。アレは俺の相手だ」
寄りかかる様に俯いて、ロイドは言葉を搾り出した。

『どうやらカイル以上に難儀な奴のようだな。ここは退くしか無いこと位は分かるだろう』
ディムロスが正論を以って諭す。
『剣を交える以前の問題だ。何を焦っているかは知らんが今のお前では、いや、ここの禁止エリアが全て埋まる頃の
 未来のお前でもアレには勝ち目が無い。まずは退け、説明はそこで幾らでも…』
「退いて、待って、次を待つんだろ?」
ロイドが心臓を指差す。
「ロイド、気持ちは分かるがここは…」
「ゴメン。でも俺は後悔だけはしたくないんだ。ありもしない未来に甘えて、今を退くなんて絶対に出来ない。
 きっとそれじゃ俺は俺の望むモノを手に入れられない。それだけは諦められない」
4人とも、こうなることは薄々分かってた。
ロイドは一歩も譲らないだろう。だからこうならないように一人で此処まで来たのだ。
そしてヴェイグもカイルもディムロスも譲らないだろう。ロイドこそがこの戦いの鍵となる存在なのだから。
交わらない平行線。そして、議論の時間は幾許も無い。
殺人鬼は未だ待っているが――――――――こいつが態々彼らを待つ理由が無い――――――――

「!!――――――――ティトレイ!!」
ロイドの叫びに反応して三人が散る。その瞬間、5,6本程の矢が彼らがいた地面を抉った。
三者三様の位置から射線を見上げる。近くにあった民家の屋根の上に射手が構えていた。

「いや、2対1で口喧嘩ってのは大人気なくないか?口を挟もうとしたんだけどよ、ついつい矢が出ちまった」

『…お前達、私の声が聞ける素振りはするな。私に声をかける時は小声で、且つ他の人間がフォローをしろ』
ディムロスの突然の命令に三人は微かに硬直したが、それを悟られぬ内に三人は目配せをし、
ひとまずカイルにティトレイを引き付けさせる事にした。
「こんなことでティトレイを誤魔化せるのか?」
ロイドが半疑を口にした。距離があるとはいえ自分達が聞いている以上不安は消えない。
『剣が喋るなどというのは、常識的に考えれば無い。ソーディアンに関して知識がない限りはな。
 現にティトレイは先程2対1と言った。ブラフの可能性もあるが小声で話すに越したことは無い』
ディムロスはそう答えるが、心中は穏やかではない。無論ティトレイに聞かれるか、という心配ではなく、
奪還計画の前提を打ち砕かれたことに対してである。
「それこそこちらを引き付ける罠である可能性は?それに、ティトレイがミトスと接点を持てる機会があるとは」
「あるぜ」
ヴェイグの意見に被せる様にしてロイドは続けた。
「アイツはそんな露骨な嘘はつかない。
 それに、ここにいるってことは、アイツはクレスを抱えた後、北か西の方に向かったんだ。
 洞窟から村に来たミトスとどこかで鉢合わせていてもおかしく無い」
「真偽の程はどちらにせよ、無視は出来ないということか。完全に嵌められたな」
ロイドが済まなそうな顔をした。ヴェイグも済まないと返す。
『今回の失態は完全に私の読みの浅さだ。今すぐにでも自分を処断したいところだが、まずはこの場を切り抜けなければ』
ロイドとヴェイグが頷く。ロイドがカイルと交代した。
「で、どうします?一度退いて、キール達と合流しますか?」
カイルが小声で聞いた。大きく逃げることは出来なくなったが、体勢を立て直すのも一手だ。
「難しいな。ロイドの意見に賛同する訳ではないがティトレイとミトスが繋がっているとなると、
そうなればミトスが動く可能性が高い。泥沼の総力戦になるぞ。
 それに、此処までかなり走って来た。暫くは期待できないだろう」
ヴェイグが舌打ちした。
『とは言っても、転換点はキール達の援軍しかない。それまで持ち堪えるしかあるまい。ミトスはまだ動けないはずだ』
「どうして?」
カイルは断言するディムロスに尋ねる。
「ミトスがわざわざティトレイと組んでいるからだ。それに、話を聞く限りではクレスはミトスにとって仇敵だろう?」
カイルは少し考えてから成程、と手を打った。
「罠を仕掛けたはいいけど、自分で動けないからあいつらを使ったんだ。
 それこそ自分でも殺したいだろうクレスを使ってでも」
『正解だ。人質を押さえていて動けない自分の代わりに手駒が必要になったのだろう』
ディムロスは自分に言い聞かせるように言った。
ロイドとヴェイグが交代した。
「ミトスは何時まで動かないつもりだろう?」
カイルは顎に指の関節を当てて傾げる。
「今のミトスの計画に足りないものはエターナルソードだけだ。
 アレだけ痛めつけている音がしてたんだからミントって人を抱えたまま機敏には動けないはず。
 ティトレイと縁を切るにせよ、多分俺達が全滅するかクレスが負けるか、そのタイミングに絞ってくると思う」
ロイドは考えて、そう結論付けた。
『となると、やはり問題はこの場の敵2人、だな』
ディムロスが総括する。一見一回りしただけのように見える議論も、意思統一には必要な要素だ。

「お?どうやら話は終わったみたいだな。どうするよクレス?」
ティトレイが矢を弓に装填する。どうにも話の内容までは聞こえていないらしい。
クレスが剣をゆらりと構えた。
「…ヴェイグ。頼んでいいか?」
「…やはり、諦められないか」
ヴェイグが溜息をつく。ロイドは、悪い、と一言謝った。
「フン、正直に白状すれば俺もアイツに用がある。願っていなかったと言えば嘘になる」
氷の剣を振って、ヴェイグは笑った。
ロイドの体に触れて、体内に溜まった熱を気休め程度に取り除く。
『戦力の分散か。あまり賢くはない手だな』
「だけど、誰かがアイツを抑えておかなければ霧の中で無音のまま殺されるってことか」
カイルが絞るように声を出す。背中を押されたような感覚を思い出した。
「カイル。ロイドのフォローを頼む。こちらの方が鉄火場だ、気を抜けば死ぬぞ」
「…分かりました」
ヴェイグの言葉に若干の不満を見せて、カイルは呪文の詠唱に入った。
『作戦を確認する。目的はキール達後続が来るまでの時間稼ぎだ。
 1対1と2対1を堅守して数の優位を維持する。いいか、あくまで時間稼ぎだ。決して逸るなよ。死ぬな!』
(もし、この前提に、何かが見落としが合ったとしたら、どうする?否、考えるな、考えるな…!!)

「「了解」」
2人分の声量が共鳴した。
ディムロスは自分の考えをその共鳴に沈殿させる。

「ほんじゃ行きますか…?」
「うおおおおお!バーンッ!ストライク!!!」
ティトレイが一歩踏み込もうとしたタイミングで、
ディムロスを高らかに掲げたカイルの頭上に巨大な火球が三つ形成された。
一つだけでも十分巨大な火球が、三つ、無造作に法則性無く地面に落ちる。
霧の中に爆炎が黒々と吹き荒れた。
「適当かよ…脅かしやがって――――――――!!」
「ティトレイ!!」
黒い煙の中から出現する銀の氷が出現する。
ティトレイは大きく後方へ跳躍し、その斬撃を避けた。
「……やっぱ、こういう形になるか。出来ることならお前とは殺し合いはゴメンなんだがよ」
「安心しろ…俺もだ。何としてでも、お前を止めてみせる!」
ヴェイグの表面に錬術が纏う。
「甘いな……やれるモンならやってみな。ヴェイグ」
ティトレイが再び大きく後方に下がりながら、矢を放った。

爆炎が晴れた後に、ロイドとクレスが対峙していた。
霧は相反する魔力との相殺で一気に霧散し、この周囲にはもう展開しないだろうという予感を感じさせる。

「みすみす行かせてくれたのか」
ロイドがクレスに問う。
「アイツは元々殺さないという約束だ。どうなろうが興味は無い」
クレスの目が細まった。バンダナを無くして更に垂れた髪に目が隠れて、より凶暴そうに見える。
「興味が無いとか、あるとか、そんな理由しかないのかお前!
 そんな理由で殺される側のことを思ったことがないのか!」
カイルがクレスの理不尽な発言に怒気を蒔いた。
「知らないな。僕は僕の力以外に興味が無い。
 剣の糧にもならないなら、錆にでも勝手になれば良い。どちらも一振りで出来る話だ」
「お前…!そんな風に、父さんを殺したのか!!」
クレスは髪を掻き揚げて、その凶眼でカイルをねめつける。
「父さん?父さん?誰の?お前の?僕の?ああ、もしかしてその剣か。
 あれは実に有意義な殺し合いだった。また一歩、もう一歩近づく、近づける」
声帯の潰れたような笑いが虚しく響く。
脈絡も整合も時系列もなんとも曖昧だ。
「じゃ、殺そうか。2人だからな、百回殺した後で千回殺してやる」
「クレス…クレス=アルベイン!!」
壊れた笑い声の中、カイルが剣を構えて加速しようとした瞬間、ロイドの手が伸びた。

「悪いな、クレス。一対一だ」

カイルが一拍あっけに取られている間に一歩前進し、双刀を抜いた。
「悪い、カイル。ヴェイグの手前断らなかったけど、お前には向こうに行って欲しい」
「何、何言ってるんだロイド!?」
ようやく言葉そのものはとりあえず理解したカイルが聞いた。
「あれは、本気でヤバい相手だ。お前も見ただろ?剣で攻めりゃ一回一回が命がけだし、
 魔術で攻めりゃあの蒼破斬のせいで上手く届かないって反則野郎だ。
 次元斬のこともある。2人で戦っても得の無い奴だ」
「だからって!わざわざ一人で戦うこともないじゃないか!」
カイルは引き下がらない。一見ロイドは理由を付けているが、その裏には感傷が混じっていることは明白だからだ。
「そんなに、俺が頼りないか!お前も、ヴェイグさんみたいに、俺が頼りないっていうのか!?」
意地の悪い問いだと分かっていても、カイルは聞かずにはいられなかった。
ロイドは振り向かず、へへっと笑う。
「ちげーよ。お前には、こんなバカみたいな真似をして欲しくないだけだ、カイル」
「え?」
カイルは唖然とした。
「お前のことだから、きっとお前の父さん、スタンのおっちゃんのことを思ってこっちを選んだんだろうけど、
 そういうのは駄目だ。敵討ちなんて流行らないし、ダサいしな。
 俺はそういうことを、お前に教えてもらったつもりだったんだぜ?」
カイルの脳裏に、ロイドと本気で戦ったあの夜が思い出される。
「自分でもバカだなあとは思うんだけどよ。どれだけそれか夢みたいな道でも、選んだ以上は貫きたいんだ」
それが、例え滅びへの直行であろうと。
カイルにも、薄々と見当が付いた。目の前の剣士は、もう長くない。
「だからって、俺に選べっていうのか?また!俺は、俺は…」
リアラとスタン。選んだ結果が、今の自分に繋がっている。
次はロイドとヴェイグを選べというのか。
「どっちでもいいさ。俺はどっちも選べなかったダサい奴だから、何も言う資格は無い」
そういうロイドの背中の翼はとても大きく、雄大だった。

「……ヴェイグさんのサポートに向かう。多分方向からして北だ」
『カイル、それでいいのか?』
ディムロスの確認にカイルはコクリと頷いた。箒に力が込められていく。

ロイドが、少しだけ大きく息を付いたとき、後ろでカイルが叫んだ。
「ヴェイグさんと2人ががりでティトレイを速攻でボコる!
 そして直ぐに戻って3人がかりでクレスを完璧に完全に完膚なきまでに潰す!!
 ――――――――だから、それまで持ち堪えてくれ!!!」
ロイドの唇がわなわなと震えた。
それがクレスにもカイルにも悟られないように、血が出るほどに口の肉を噛んで堪える。
どれだけ失っても残るものがある。きっとこの出会いは忘れない。

「カイル。俺、ジューダスといたことがあるんだ」
突然の見当外れの話題。カイルは黙って箒の最終確認を行う。
「――――――――俺、お前の母親を殺した奴を、知ってるかもしれない」
「そうか」
「聞かないのか?」
「戻ってきたら聞くかも。多分聞かないけど」

カイルは箒に火を入れて、直ぐに遠くの霧の中に見えなくなった。


「待たせたな」
ロイドは改めてクレスと向かい合う。
「それくらいの対価は弁える。殺しても殺せない死人。お前を殺せば、更に到達できそうな気がするからな。
 それにどうせ後で殺す。誰も彼も、殺し尽くす。順番は無意味だ」
迸る殺気、剣に纏わる闘気。クレスの炉心に黒い焔が昇る。
「それは無理だ。お前を倒して、その向こうに行かせて貰うぜ。待ってる奴がいるんだ」
翻る翼、舞い散る羽根。ロイドの駆動系が限界に軋む。

「「行くぞ!!!!」」

2人の剣士が大地を蹴った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『西地区から噴射音確認。どうやら北地区に向かっています。
 ロイド=アーヴィング、クレス=アルベインと交戦に入りました』
「了解」
キュキュっと油性ペン特有の甲高い擦れの音が、暗い部屋に満ち渡る。
ユグドラシルは、北にもう一つ白地図に○を書き込んだ後、ペンの後ろに嵌めていたキャップを外し、
元の位置に嵌めなおす。
「北と西に分かれたか。恐らくはティトレイの仕業だな」
村の全域を記す白地図は大きく五つのエリアに分類されていた。
二つの焼け跡がある西地区、比較的人家の多い北地区、
田畑がほとんどを占める南地区、鐘楼台のある東地区、
そして広場になっている中央地区である。
「あれは、元々ここに来たことがあるからな。地の利を取るつもりか、それとも私を誘うつもりか」
コンコンと地図を指で叩きながらユグドラシルは地図を俯瞰する。
『誘い、ですか。そこまで考えているのでしょうか』
コレットの肉体に握られたアトワイトはが疑問を放つ。
「それは質問という意味か?」
アトワイトはコレットの体で首肯する。
「確証があるわけではないがな。自らもロイド達も分割させて、実に第三勢力が攻撃を仕掛けたくなる構図だ。
 それが唯の愚考で無いとしたら、私の介入を誘っていると考えるのが妥当だろう。道化を演じるのにも飽きたらしい」
ユグドラシルは頬杖を突いて、眠そうに笑った。
『では、このまま現状を維持し…』
「それは私の考えることだ。軽率だなアトワイト」
『…申し訳ありません』
アトワイトが深く頭を下げようとしたところをユグドラシルは手で制した。
「まあいい。現状でコレットはどれだけ動かせる?」
『95%は制圧しました。さしたる抵抗も受けませんでしたので。ただ』
「残り5%が侵攻出来ない?」
『はい。恐らくは陣地線を下げて自閉に回ったものと思われます。その為、依然として天使術は使用できません』
「ふん……しぶといな。まあいい。見極めの時間も御仕舞いだ」
ユグドラシルはすくっと立った。コレットの耳元に口を近づけてユグドラシルは囁いた。
「もう一度だけ言おうか。聖女を殺めその手を汚したお前に希望を待つ資格などありはしない。
 大人しく私に従え。そうすれば、せめてお前の罪だけは私がエターナルソードを以って注いでやろう」
コレットの体が微かに震えた。言葉を聞き入れたというよりは、ただ鼓膜の震えに反応しただけのように見える。
『効くとは思えませんが?』
「そこまで露骨な期待ではない。洞窟のときはこれで大人しくなったからな。願掛けだ。
 支配律が不完全なのか……存外、まだ抵抗の気概があるのかも知れんな。だが、その機会はもうあるまい」
『では?』
「予定通り器にはコレットを使う。アトワイト、お前に任務を言い渡す」
コレットもその場を立った。
「お前はコレットを率いて西地区に赴き、頃合を見てエターナルソードを奪取せよ。
 そして、‘可能な限り’生かした状態でロイドかクレス、どちらかを確保しろ。
 現場での手段に関してはお前に一任するが、器のこともある。無理はするな」
コレットの姿をしたアトワイトは敬礼をした。
『了解しました。これより、エターナルソード及び時空剣士の確保に向かいます―――時に、ミトス。いえユグドラシル様』
ユグドラシルは陰鬱そうに笑う。
「いい。どだい1日経たずに呼称敬称を変えられる方がこそばゆい。それ位の愛嬌は構わないさ」
『申し訳ありません。では、ミトス。貴方はここに?』
「いや、私も出撃する」
『北を抑えに、ですか?』
いや―――ミトスは暫く勘案してから言う。
「意図はともかく、動き回るのに都合の良い状況を作ってくれたのだ。
 多少は便宜を図ってやるのも一興だろう。奴は後回しだ。私は――――」

ユグドラシルは横たわる肉の塊に近づき、精彩の欠けた金髪を引き上げる。
うう、と唸り声の出来損ないのような音がした。
「僕の望み通り、お前の願い通り、連中はこぞって此処に集まってくれた。
 お前はもう用無しだ。ここで、始末を」
そこまで言って、機能を失いくすんだ目に指を近づける。あと0.2mm奥に進めは眼球を潰せるだろう距離。
そこで、溜まった涙を確認して、ユグドラシルは満足そうに手を戻した。
「まだつけないさ。全部終わるのを楽しみにしていろ、出来損ない。
 お前が大切だったものを全部並べて打ち壊して、それからお前をもう一回壊してやる」
ミントからは涙が溢れるだけで、呪いの言葉も嘆願の言葉も出てこない。
ユグドラシルはミントの舌のあった場所を改めた後、床に叩き付けて離れた。
「アトワイト、私は奴の舌を何時切った?」
『質問の意味が不明瞭です。ミント=アトネードの寸断された時刻、という意味でしたら』
「いや、いい。今更どうなる話ではない」
その言葉でユグドラシルは自分の思考を切り替える。
「霧の維持はもう止めて良い。切った場合あと何分保つ?」
『完全に晴れるとなると、10分程でしょうか』
「了解した。コトが済めば私も西に向かう。戦果を期待している」
『了解しました、マスター』


2人の天使が鐘楼から飛び立つ。
薄暗がりの中、白地図には更に書き込みが足されていた。
東から西へ矢印が一つ。

そして東から南へ、矢印が一つ。

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP35% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:ティトレイを倒す
第二行動方針:聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:C3村・北地区

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP30% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 飛行中
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと合流してティトレイを撃破する
第二行動方針:その後西に戻り、ロイドと合流してクレスを倒す
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村・西地区→北地区

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP25% TP30% 右手甲損傷 心臓喪失 砕けた理想
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:エターナルソードの為にクレスを倒す
第二行動方針:コレットの為にミトスを倒す
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP70% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドを殺す
第二行動方針:終わればカイル他を殺す
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP60% 感情希薄 フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓 クローナシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る
第一行動方針:ヴェイグを引き付ける
第二行動方針:ヴェイグへの対処
第三行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C3村・北地区
321全て集う場所で-in the misty backyard- 17@代理:2007/08/24(金) 12:13:33 ID:bsi6c+230

【メルディ 生存確認】
状態:TP45% 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:エアリアルボードで移動
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:D3北→C3南

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    ハロルドメモ1・2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)  実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ 
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZI SMGをサイジング中)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイド達を追う
第二行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第三行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:D3北→C3南

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット) 決心(?)
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) ネルフェス・エクスフィア
    リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
基本行動方針:???
第一行動方針:ロイド達を追う
第二行動方針:毒を使う(?)
現在位置:D3北→C3南

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:南地区へ
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・東地区鐘楼台→南地区

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
   舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷  全て応急処置済み  
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
現在位置:C3村・鐘楼台二階

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:TP40% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:エターナルソード・時空剣士の確保
第二行動方針:ミトスの指示に従う
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
現在位置:C3村・東地区鐘楼台→西地区

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
323全て集う場所で-in the misty backyard- 9.5:2007/08/24(金) 14:32:32 ID:c8rrfG7u0

ティトレイはニヤニヤとしながら片手で矢を数本弄ぶ。早まれば此処から雨の様に矢が降り注ぐという警告のつもりだろう。
「あ、待ちなクレス。此処まで待ってくれたんだからもうチョイ位いいだろ?」
剣を振りぬこうとしていたクレスをティトレイは手で制する。
横軸をクレスに、縦軸をティトレイに押さえられた三人は迂闊に動けない。

「「ティトレイ……」」
「ロイドを垂らしてりゃ魚が食いつくとは思っていたけどな、この組み合わせは予想してなかったぜ。
 お前ら生きてたんだな。ヴェイグ…、と、えーっと、すまねえ、名前は?」
カイルがティトレイの方向に向こうとするのをヴェイグが制する。
クレスに全員が背を向ければ一気にコトが始まるだろう。
「カイル、カイル=デュナミスだ」
「あー、そうか、そうだったっけか。悪いなヴェイグ。情けない話こっち碌に放送を聞いてないんだ」
弓を装備した手でポリポリと頭を掻いて笑うティトレイ。
「カイルっての、悪運強えーな。俺は確実に殺ったと思ってたんだぜ?
 クレスの一撃を避けたことといい、全く、褒める所しか無いぜ」
「父さん達が守ってくれた命だ。お前らなんかに殺されるもんか……!」
カイルが背を向けたまま叫ぶ。ディムロスを強く握り締めて自分を支えてきたものを実感する。
「そうか、いや、そういうもんだよな。詰まらないことを聞いちまったな。すまねえ」
ティトレイは本当に済まなさそうに軽く頭を下げた。
「で、だな…何の話だったか、ああ、そうそう。幾らなんでもロイドが可哀想じゃねえか?
 此処まで単身で来たんだから、その覚悟は推して知るべきってな。無碍にするってのも酷な話だろうよ」
「ティトレイ…お前…」
ティトレイの言葉にロイドは少し木刀の握りを緩めるが、ヴェイグが半歩前進したのを見て締め直した。
「何を考えている。ティトレイ」
「別に、他意はあるが嘘はねえよ。なんだと思う?」
ヴェイグの睨みをティトレイは柳のようにすり抜ける。
「……どうやら今逃げられると困るらしいな」
「惜しいな。少し違う。逃げたところで無意味だから今戦った方がいいんじゃねえかと勧めてるんだ」
ティトレイの笑みに若干の悪意の様な演出が混じった。
「どういう意味だ!?」
ヴェイグではなく、カイルが怒鳴るように聞いた。
「いや、そっちの事情はしらねえが、逃げるってコトはだ。
 ロイドの言った通り次の機会を待つってことで、待てば状況が良くなるって思ってるんだよな?」
ティトレイがやれやれといったようなモーションを見せた。
「それがどうした!」
「無意味だって言ってるんだよ。悪化こそしても、待っても状況が良くなるなんてコトは無え。
 お前らが戦わない限りは一向にどうしようもない話だ、言っている意味が分かるか?」
「…どういう、意味だ?」
ロイドは怪訝そうな顔をしている。カイルは顰めた顔をしているが分かっていないらしい。
「『真逆』」
ヴェイグとディムロスが同時に言った。
ディムロスはその意味に、ヴェイグはそれを語るティトレイに驚愕し声を微かに上擦らせる。
「…偶然でも、ミントの声に反応したわけでも無いのか」
ヴェイグの一言にロイドとカイルがようやくティトレイの言葉の意味を解釈する。
驚愕が遅れて浮かび上がった。
ティトレイは満足そうに頷いて、それを口にする。

「ご名答だ。俺達はミトスに呼ばれてここにいる。ま、そういう関係だ。そうそうお前らの都合良い展開にはならねえよ」
「ミトスと手を組んだのか!!」
カイルが叫んだ。
「そこは想像に任せるさ。一々語るのは面倒臭え」
三人がバリエーションに富んだ表情を見せる。
324全て集う場所で 修正:2007/08/24(金) 14:34:46 ID:c8rrfG7u0
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP30% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 飛行中
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
    蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ヴェイグと合流してティトレイを撃破する
第二行動方針:その後西に戻り、ロイドと合流してクレスを倒す
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村・西地区→北地区
325名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 02:54:35 ID:sRq2EgxuO
ひえんれんきゃくぅ
326柘榴 1:2007/09/02(日) 11:05:30 ID:QdFp1X+f0

男が幾つもある家屋の内の一つの外壁に、力無く寄りかかった。
その衣服はチリチリと焦げた後が目立つ。
男が不規則に荒れる呼吸を整え内功を練ろうとするが上手くいかない。
虎の子も使い切り、矢の数も残り少ない。
胃の中から何かが逆流して、自身から拒絶されたものを慌てて手で抑える。
びちゃ、と音がした。もう体の中に吐くものなど残っていないと彼は思っていたのだが。
彼はゆっくり手を口から遠ざけた。無感動な眼球が少しだけ戦慄いたあと、口元が卑しく歪んだ。

「もう、血じゃなくなってるのかよ……参ったな」

男の表情はどのカテゴリにも属さなかったが、それが乾いていることだけは表皮から判別できる。
男、ティトレイは再び動きだした。自分の体の命じていたままに。



村全体を覆う霧が沈みながら地面に蕩けていく。
彼らの国の王都も霧塗れだが、そことは異なり降り注ぐ陽光が陰鬱さを払拭している。
小さな村のささやかな異常気象は終わりを告げ始めた頃、C3村北部、住宅区域に彼らの姿が現れた。
「――――は〜〜〜あ。分かっちゃあいたけどよ、やっぱこうなるのか」
一番初めにその姿を現した青年、ティトレイ=クロウは住宅の屋根の上で膝を折って嘆息を付いた。
その不機嫌そうな顔のまま、頭を掻く。はっと何かに気付くようにして髪を抓んで親指と中指の腹で擦る。
「丸二日もすりゃ流石に伸びるか……手入れくらいしたほうが良かったかな」
真剣そうに髪を弄る。それなりに几帳面だった人間としてはミクトランにはもう少し衛生状態に気を配って欲しいものである。
「あー、クレスに切って貰えば良かったんじゃね?ミリ単位で切るくらいあいつなら出来るだろうし」
ナイスアイデアとばかりに手を打つが、直ぐに首を振った。
髪を切るついでに首を斬られたのでは堪らない。どこからともなく二本の矢を取り出す。
「悪くない発想だと思ったんだけどなー。そこらへんどう思うよ?ヴェイグ?」
問い掛けと同時に、霧の残骸が一筋の軌跡を描いた。纏わり付くような白を掻き分けて現れたのは銀髪の剣士。
「ティトレェェェェェェイ!!!」
平屋とはいえ屋根の上にいるティトレイにまで至るその機動力はどんな魔術を使ったものだろうか。
それを問うことはせずに、ティトレイは最短手順で左腕の弓をヴェイグに構えた。
溜めを作らずに、直ぐに弦を弾く。狙うのは弾丸の如く飛んでくるヴェイグの右手首。
放たれた矢は自分の速度と対象の速度を合成して恐るべき相対速度を生み出した。
それでもなお狙いは正確で、吸い込まれるように吸い込むように彼と彼の氷剣を撃ち落とそうとする。
「絶・瞬影迅!!」
ヴェイグは防ぐ動作をせずに、氷気を纏ったまま強引に加速する。
その加速が逆に完全な狙いを定めたティトレイの矢の標準を逆に外した。
鬼気迫るかのような中空の突進は矢の一本程度では止められない。
否、陣術を纏ったヴェイグという巨大な槍の前に矢如きで止められる道理がない。
だからヴェイグはその気になればフォルスの矢で弾幕すら張れる彼の二本目の矢を警戒していた。
しかし、ヴェイグに退く気はない。一本の矢ではこの鋼体は止められない。
止めるだけのフォルスを準備するならば、その間に更なる加速で強度を増して弓に至る。
(暴走の危険もある。この奇襲で何とか、いや!)
吠えながら両手で剣をしっかり握りしめたヴェイグは、弓を構えるティトレイを睨みつけ
(ここで一気にケリを付け――――――!?!?)
327柘榴 2:2007/09/02(日) 11:06:50 ID:QdFp1X+f0

「なる、ダッシュしながら鋼体で一気に突破。お前らしいぜ、ヴェイグ」
耳に息がかかるような錯覚を覚えるほどの距離で、ヴェイグはティトレイの素直な感想を受けた。
あまりにも場違いなほどの素直さに、ヴェイグの反応が鈍る。
「だけどよう」加速が乗り切る前に、加速距離を“詰められた”ヴェイグが防御を固める前に、
「俺の拳も届くんだぜ?いいのか?」ティトレイの飛び蹴りがヴェイグの胸を打った。鉄が割れる音がする。
自らの勢いの反作用を上乗せされたヴェイグは勢いを止められて、続く二撃目の蹴りで反対側に吹き飛ばされた。
ティトレイは奥歯を噛み締めながら、ヴェイグを三角跳びの足場にしたかのような二撃目で後ろに飛んだ。
「―――飛連」
飛びながら既に構えられた二本目の矢の狙いを定める。
安定しない中空からの飛び撃ち、その狙いは今の蹴りで更に進んだ胸甲の亀裂の奥。
「墜蓮閃」
蹴り上げから針の穴を通すような曲撃ち連携がスムーズに放たれる。
貫通力のある矢が、その破損した胸甲ごとヴェイグを射抜こうとした。
加速力を失った今、ヴェイグの攻守を司る突撃衝力は存在せず、ティトレイの矢を避ける術はない。

「くッ……」
苦悶の表情のヴェイグが左手を腰に回した瞬間、
「ヴェイグさん、右にガードを!!」
「!!」「!?」
声に反応し、ヴェイグはとっさに左腕を右側面に回す。
「ウインドスラッシュ!」
ヴェイグの右方向から突風が吹き荒れ、その体を飛ばす。
彼の体を貫通するはずの矢は誰にも当たらず通り過ぎる。
ヴェイグは着地し、ティトレイがいた方を向くが既にその姿は無かった。
そして、改めて上を見上げた先には、見知った少年の背中があった。


「カイル、お前……」
ヴェイグが理由を聞こうと声を上げようとして、カイルが首を捻ってヴェイグの方を向いた時、ヴェイグは言葉を失った。
“何故こちらに来た”などという問いはその悔しそうで寂しそうな表情の前には陳腐でしかない。
「……ロイドか」
カイルは無言のまま首も振ろうとしない。それだけで、全てがヴェイグには分かったような気がした。
「あの、莫迦が。自己満足で自分を終わらせる気か」
ヴェイグはそこにいない人間に向かって呟いた。
カイルは黙って辺りを警戒している。
高く飛べば直ぐにティトレイを見つけられるだろうが、その前に撃ち墜とされるのは解りきっていた。

もうロイドは自分の願いを叶える気がないのだろう。
それでも諦めたくないから、例え叶わなくとも最後の最後まで自分の理想の結末に殉じて死ぬのか。
諦めたくないと言いながら、根本の所で諦めている。なんという矛盾だろうか。
「……俺も、似たような物か。ロイドを責める資格は無いな」
ヴェイグは伏し目がちに自嘲した。
独善と偽善と傲慢と臆病で構成された矛盾でフラフラ動いてきたのは他ならぬ自分だ。
他人のそれを糾弾する資格は彼にはない。
ヴェイグは俯いた顔を上げた。
迫り上がる視線の先にいるその事実を先刻突きつけた少年は、箒の向きを変えて、体ごと彼の方を向いている。
「いえ、資格はあります。まだ何も終わっちゃいない。終わってない限りは、誰にだって」
カイルのその言葉は、どれだけの重みがあったのか分からない。
軽いと言えばどこまでも甘い世間知らずの言葉だろうけど、
今ここにいるヴェイグは、目の前の少年がどれだけの物を背負っているかをよく知っている。
その一部を、彼の与り知らぬ所で背負わせた人間として。
「……そうだな、まだロイドは生きている。少なくともそう信じられる。なら」
「ええ、急ぎましょう。俺達が戻れば、ロイドの無茶な願いもきっと叶います」
二人が笑いあった。絶望するにはまだ少し早い。
328柘榴 3:2007/09/02(日) 11:08:24 ID:QdFp1X+f0

「じゃあ、急いでティトレイを何とかしましょう」
陽気ささえ感じられる声とは裏腹に、カイルの表情が一転真面目になった。
“何とかする”。その意味をヴェイグに試している。
それはティトレイと相対し、“決断する位置”に立ったヴェイグにへの、
この村に来る前に剣を突きつけて尋ねた問いの続きだった。
「……躊躇する時間も惜しいな。俺の答えは決まっている」
ヴェイグが氷の剣を担いで一歩前に出た。霧は五割方失せている。
「ティトレイを正気に戻す。勿論、急いで」
カイルの目が丸くなった。若干の沈黙が続く。
「いや、話は聞いていたし、多分そういうと思っていましたけど」
カイルもここまであっさり即答するとは思わなかった。
「ロイドばかり我儘を通すというのも面白く無い」
「……そうですね。ここまで来たらもう一つくらい無茶が増えても問題にはならない、ですかね」
だから、逆に素直に受け止められる。今は動機を論じる時間も惜しい。
「具体的には?ヴェイグさん」
「直接接触して俺の力をぶつけてみる。何分初めてのことだからな。手法が分からん」
「でも、やるしかない」
二人の認識はほぼ一致している。だが、問題が1つ。それは相手がティトレイだということ。
「さっきから何度か試みているんだがな、今のティトレイは近づくのが難しい」
ヴェイグが胸甲を外して地面に落とす。
「気配らしい気配も無い上、ここは障害物が多い。挙げ句向こうは真面目に攻めてくる気がないみたいでな。
 何とか斬りかかっても緩い打撃と精度を高めて手数を減らした最低限の射撃でまた間合いから逃げてしまう」
『向こうにしてみればクレスがロイドを殺すのを待てばいい訳だからな』
カイルが来る前の交戦の内容からそう判断するディムロス。
(……それだけ、なのかな)
カイルが少しだけ違和感を覚える。
先程クレスが譫言のように言った「元々殺さないという約束」。これは間違いなくヴェイグのことだろう。
故に、ティトレイは相手がヴェイグだから手を抜いているという可能性は無いだろうか。
(だけど、そんなことをして何の意味があるっていうんだ?)
カイルは頭を掻いてみるが、その理由に見当が付かない。
ヴェイグを優勝させることが目的かとも考えたが、それにしてはやり方が迂遠すぎる。
ハッキリしているのは奴が直接戦うことに消極的だということだけ。
やはり、現時点ではティトレイの目的は判別できない。分かっていることは1つ。
「こうして迷っている間にも時間が減っている、ってこと」
カイルはヴェイグの方を向いた。このままでは時間ばかりを無駄に使う。
しかし相手は徹底してこちらの接近を嫌っている。このフィールドでは逃げる側が圧倒的に優位だ。

329柘榴 4:2007/09/02(日) 11:09:17 ID:QdFp1X+f0

「1つ考えがある。カイル、お前さっきの術は撃てるか」
カイルが腹を決めたのを悟ってか、ヴェイグが沈黙を破った。
「ウインドスラッシュですか」
「違う。目晦ましに使った炎の術だ」
カイルは直ぐに三人だった時に使ったバーンストライクを思い出す。
そして、直感的にヴェイグが何を考えているのかを理解した。カイルは即座に必要な前提を確認する。
「ミントさんは…いや、人の気配は無いんですか?」
「一応ここら辺の一体を追いかけ回したが、人が出入りしたような民家も出入りしようとする気配も無かった。
 もっとも、それだけで判断なんて本当はしたくはないが何分時間が無い」
「いえ、ヴェイグさんの見立てを信じます。
 ここにミトスがいたら、それだけ2人が戦って何もアクションを起こさないとは思えない」
人質を守るなり、逃がすなり、何か反応があるはずだ。
無論、半分正解で半分誤りである。
『だが、それは無理だな』
しかし、ここで沈黙を維持してきた剣が口を開いた。
2人の視線が“時間が無いんだから水を差すなよ”という意思を送っているようにも見えるが、
ディムロスは違う、と断ってから喋った。
『お前らが全うな戦略を放棄したときから、いや、これでは意地が悪いか。
 私が応手を仕損じた時から戦略的意見はとうに諦めている。これは戦術的意見だが』
そこまで一気に言って、一拍の後、言った。その青写真は餅図だと。
『カイルの晶術ではバーンストライク、中級晶術が限界だ。そしてそれではお前達の目算には火力が足りない』
カイルは、そんな!という口に出すが、頭の中で駆け巡るシミュレートはその言葉を肯定せざるを得ない。
あの夜の混戦の中、自分の仕事だけを見極めて遂行するほどに肝の据わったティトレイが相手では、
必要分の注意を引き付けられるか分からない。何より、バーンストライクは一度ティトレイに見せている。
「ディムロス、お前の晶術ならどうだ。その上があるんじゃないのか」
縁が悪く実戦で振るう機会が無かったが、ヴェイグも一度はディムロスを握った人間である。
ディムロスがこと炎系術に関してトップクラスの媒介であることは周知の事実であった。
『ある。が、それを振るうには今のカイルには私を扱う経験が足りん。むしろ爆炎剣を使えただけでも素質の成した奇跡だ。
 これ以上の底上げは不可能だろうよ』
カイルがディムロスを握ってまだ半日も経っていない。
彼の父親の術を再現するには幾許かの猶予か、実戦による研鑽がどうしても心許なくなってくる。
「……仕方ないか。しかし、他に手となると」

ヴェイグとディムロスが話し合う中、カイルは唇を強く噛んで無力さを追い払いながら思考を続ける。
口内の粘膜を切って血を出しながらも、その顔は見様によっては笑っているようにも捉えられた。
どうしたところで自分には実力不足が付き纏うらしい。あまりの皮肉さに思わず笑いが込み上げて来そうだ。
笑う暇さえあれば腹を抱えて笑い飛ばしたい所だが、彼自身が何度も戒めるように彼らには時間が無い。
こうしてヴェイグとディムロスが次善策を考えること自体が一種の無駄ですらある。
要はカイルが上級晶術を撃てれば済む話なのだ。
しかしカイルの術は中級までしかなく、ディムロスの上級術はカイルには未だ使えない。
カイルは自然、手元の輝石を握っていた。
何か、何か突破口は無いのか。こんなとき、あの人ならば良策を弾き出せるのだろうか。
しかし、カイルは首を振って直ぐにその考えを思い直す。
(都合の良い時だけ縋るな。そんなんじゃ何時まで経っても前に進めない!)
願うのは前を切り拓かれる奇跡では無く、切り拓く力だ。
守られながらではなく、共に歩み生き続ける。その先にこそ、果たすべき英雄や彼女との願いがきっとある。
「!!」
カイルの脳裏に、閃光が走った。
素早く回転をその方向へ運び、一瞬の幻にしないように形を留める。
何を思いついた。言葉にならない発想の形を、言語系に変換する。そう、彼女だ。
忘れることの出来ないその形。その形が何を意味する?
ディムロス、彼女、そして現状で求める力を繋いで導き出されるのは――――

「――――ヴェイグさん。最初の案で行きましょう」
ヴェイグとディムロスがカイルの方を注視する。
「いけます。いや、行きます。俺達の炎を信じてください」
カイルはディムロスを決意ごとしっかり握って、力強く言った。

330柘榴 5:2007/09/02(日) 11:10:02 ID:QdFp1X+f0

残りの矢数を頭の中で勘定しながら、ティトレイはぶつくさ言う。
「こっちに来たのか。クレスが見逃したかロイドが踏ん張ったか、何にせよ不味いな」
その割には恐れも竦みもないように見えるのだが。
「あー。こっち分断すりゃあミトスか、コレットが来ると思っていたんだが。まだ来ないか、クレスの方に割いたか」
ミトスが「コレット」という少女を何らかの形で使っていることは本人から聞いていたので、
あわよくばヴェイグ達の相手をして貰おうかと踏んでいたのだが、これだけ派手に立ち回って反応がないということは
場所が悪かったか、読みが悪かったか、どうにも判断が付かない。
「となると、クレス待ちか。遊んでるか手こずっているか、まったく面倒臭え」
手首で顎を拭うが、汗は一滴も出ていない。
「……クソ、焼きが回ったな。時間が無いってのに、クレスが来るまで時間稼ぎ。
 こんな面倒なことしなきゃならない俺ってどうよ実際。お前のせいだからなあ、ヴェイグ」
順調に蝕まれるその体をティトレイは自嘲した。
ヴェイグと再会してから更に速度を増した業の浸食。どうにもお終いはクレスよりも早そうだ。
「ああ、くそ。最悪だ。ガラじゃねえってのに、これしか手が思いつかねえ。クソ、クソ」
それでも、ティトレイの目的は変わらない。“間接的に惨劇を引き起こし、この暴虐の渦を加速させること”。
例えどれだけ面倒でも、迂遠でも、その果てにあるモノが必要なのだ。
「悪いな、オッサン。俺はどうにも最悪だ。結局の所、俺は死んだあんたを出汁にしているだけかもしれねえ」
自らをこき下ろし蔑む言葉にほんの少し酔いしれながら、空を見上げた。

「なんだ、ありゃ…」

ティトレイに驚きの出来損ないみたいな感情が浮かんだ。
空が、赤黒く蜷局を巻いている。


カイルはディムロスを水平に構え、目を瞑り意識を集中させている。
脳裏に、いや、瞼の裏に刻まれた記憶を浮かび上がらせる。


――――――――――――俺の晶術は、俺にはバーンストライクまでしか撃てない。
――――――――ディムロスの晶術、エクスプロードは今の俺には使いこなせない。

足りない力を埋めるのは何時だって同じだ。

――――――――――――――――だったら、俺の晶術をディムロスで使えばいい。

「柘榴の円舞に魅了されし者 炎を纏いて踊り狂わん」
詠唱を紡いで、エクスプロードを構成する。
しかし炎は大気の中で集うものの、これが今のカイルの限界だと言わんばかりに密集しない。
『カイル、今さら無理だ、止めろなどとは言わん。術の構成自体は類似しているのだから不可能とも思えん。
 だが、これは未知の領域だ。保証は出来んぞ!!』
ディムロスがカイルから送られてくる力を感じながら叫んだ。
「できるさ。きっと、いや、絶対出来る!!何回も何十回も、側で見てきた術だ。
 リアラとの記憶と父さんの力、二つ合わせて届かないものなんて何処にもない!!」

構成を一気に切り替える。ティトレイの目を完全に反らすにはこれしかない。

「古より伝わりし浄化の炎よ!」
大気中を渦巻いた熱気が、一点に収束される。標的は、“ヴェイグを中心としてここらへん全部”。

「後は頼みます!落ちろ、エンシェントノヴァ!!」

柘榴が裂けて、浄化の焔が審判の如く下った。
331柘榴 6:2007/09/02(日) 11:10:54 ID:QdFp1X+f0

ティトレイはするりと屋根に上って疾駆する。
「……マジかよ、おい。乱暴って次元じゃねえな」
空の一部が明らかな異常事態を告げている様を見ながら、この一帯から離れようとしていた。
ゲリラ的に時間を稼ぐこちらに対して向こうが打ってきた手は焦土作戦だ。
なんとか自身に火の粉が降りかからないように凌いだとところで、
障害物ごと吹き飛ばされてはもうここでは時間を稼げない。
ならば、そうなる前にどこかへ逃げてしまうしかない。
(何処へ、何処へ逃げる?)
ふと浮かび上がった疑問に、思わず足を止めてしまいそうになるが、
それでは恐らく間に合わない。疑問を削ぎ落として足を前に出す。しかし、

じゃあ俺は何処へ行こうとしてこの足を動かしている――――――――――――――――

「ティトレイ!!」
ティトレイは後方、正確には後方下、今跳び乗った家の下から声を聞く。もはや一々誰かとは思わなかった。
ちらっと鳴る方を向くと、1m程の高さの標柱を足場から今まさにこの屋根に跳ぼうとしていた。
成程、あっさりと高さを超えてきていたのはこれが理由か。そして
「俺の方から動くのを狙ってきたか、ヴェイグ」
屋根に着地して直ぐに走り出すヴェイグに、ティトレイは感心したような表情を見せる。
だが、今のティトレイにはヴェイグを相手にしている暇が無い。
このまま行けば時間的に見て、多分射程圏外ギリギリに間に合うかどうかといったところだ。
ヴェイグが左手で何かを投げようと構えた。
現状の距離とヴェイグの速度を鑑みれば、ティトレイを斬撃の間合いに入れることなど出来ない。
せめて進行方向に回りこめる位置で屋根に上っていればまだその望みもあったのだが。
何とか足を止めようと氷を飛ばしてくるつもりだろうか。

初発を避けて動きが鈍った隙に一気に離脱をしようと、ティトレイが意識を足に入れたとき、
ヴェイグの手から飛び道具が放たれた。しかし、狙いはティトレイの方を向いていない。
前を走る男を越えるように放物線を描いたそれは、ちょうどティトレイの視界の真上から落ちてくる形になった。

(あ)それを見て、一瞬頭の思考が寸断される。(なんだアレ)

(しまった)直ぐに繋ぎ直された思考は、それが何かを考える前に、一つ思った。

(やられた。もうあの術から逃げ切れねえ)
『甘い、甘いぞォ!!!』

場違いな機械音声が寸断された無防備な一瞬にティトレイの耳に叩き込まれ、
脳を駆け巡り、生き残った神経を通じて、ティトレイの両足に急ブレーキを命じてしまった。

332柘榴 7

重要なのは、一瞬でいいからティトレイが完全に防御不可能な状況を作り出すことだった。

(でも、それをするには今のアイツは冷静‘過ぎる’。ヴェイグさんの言うように足を封じるなら、
 その前に絶対に隙が要ります。……ギャンブルかもしれませんが、まあ、他に適当なものも無いですけど、
 やっぱアレですか。ヴェイグさんが使うとは、向こうは思わないでしょう。それだけは間違いないですね。
 俺も思いません。普通に)

ヴェイグは左手でカイルより受け取った人形を、スイッチを入れて投げつける。
狙いは特に定めず、前方に投げ飛ばす。
ティトレイの反応を確かめる時間をも惜しむように、空いた左手を腰の後ろに伸ばして三手目『盾』の準備を行う。

(もし、カイルがエンシェントノヴァを成功させた場合だ。
 精度を高めるためとはいえ、ティトレイよりも“着弾点であるお前の方が”危険だ。
 そこに対する考えはあるのだろうな。無ければこいつは間違いなく全力を振り切れないぞ。
 ……なるほど、お前の属性と新たな戦力を組み合わせれば、あるいは防げるかもしれん、か)

右手の氷剣を振り抜けるように構え、ヴェイグは意識を集中した。
「絶・霧氷装」
剣を形作る氷が一層輝きを増し、その刃をヴェイグは一気に滑らせた。
狙いは、とっさにブレーキを踏んでしまい動きをとれなくなったティトレイの脚。
斬撃は彼の左踝の内側に深さ0.5pほどの浅い傷をつける。
しかし、斬撃と凍結を同時に行うヴェイグには十二分な深さだった。


ティトレイは自分の脚の踏んでいる屋根ごと凍るのを無感動に見ながら、考えていた。
自分の足は、装備の効果で実の所凍らない。服と屋根が少しくっつくかもしれないが動かすのに支障になる程ではない。
脚を狙ったヴェイグは大きく屈んでおり、ティトレイの位置からは後頭部が丸見えになっている。
腕を引いて、拳を握り、打ち貫いて頭蓋を砕くのに、
或いは膝蹴りでヴェイグの顔を梅干のようにしてしまうのに、なんの障害もない。
ティトレイは、指を折って拳を形作ろうとしたが、それは止めた。
足でヴェイグを攻撃すれば確実に間に合わず、攻撃しなくても逃げる前にあの天の赤い果物は落ちてくる。
ならば、ここに命を捨てた攻撃など意味が無い。
自分の願いはヴェイグを殺すことそのものではない。   ことだ。
  て、あらゆる手段を講じ  延びて、刹那まで   ことに固執して、  てその時を迎えることなのだ。
その為には、この体は仕手ではなく防御に回さなければならない。
ティトレイは両腕を頭上で交差させて、来るべき一撃に備える。
この位置ではヴェイグも巻き添えだ。一撃の後ならこの氷も解けるだろう。
勝負は二人がこの一撃を凌いだ後、どちらがどれだけ早く動けるか。
抜き撃ちのような勝負に、ティトレイは笑ってその仕掛け人を見据えようとして、

上体を起こして自分に突進してくるその男に、笑いながら目を見開いた。

柘榴が裂けて、浄化の焔が審判の如く下る。