女神転生バトルロワイアル 3

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1名無しさん@お腹いっぱい。
メガテンのキャラクターのみでバトルロワイアルをしようという
参加型リレー小説スレッドです。

誰でも参加できます。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。

作品に対する物言い、感想・議論は
「女神転生バトルロワイアル議論・感想スレ」で行ってください。
詳しい説明は>>2以降参照。

【議論・感想スレ】
ttp://game10.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1154263378/
【過去スレ】
女神転生シリ-ズでバトロワは可能か?
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1135066355
女神転生バトルロワイヤル 2
ttp://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1151509530
【したらば】
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/7003/
【まとめサイト】
ttp://playmemo.web.fc2.com/megatenbr/
2名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:55:33 ID:bLTZDeC10
+基本ルール+
・参加者全員に、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。
・参加者全員には、<ザック><地図・方位磁針><食料・水><参加者リスト>
 <着火器具・携帯ランタン>が支給される。
 また、ランダムで選ばれた<COMP>が渡される。
 支給品は武器+アイテム(例:アタックナイフ+傷薬5個 コルトボニー+魔石)
 ※死亡者リストは放送とともに人名に斜線が入る。
・<ザック>は特殊なモノで、人間以外ならどんな大きなものでも入れることが出来る
・開始直後、参加者はスマル市のどこかにランダム転送される。
・生存者が一名になった時点で、ゲーム終了。その一名はどんな願いもかなえられる。
・日没&日の出の一日二回に、それまでの死亡者が発表される。

+呪術関連+
・参加者は生存判定用の感知能力がついた『呪術』をかけられている。
 この呪術は、着用者が禁止された行動を取ったり、
 または運営者が念じることで即死魔法が発動する。
・24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、即死魔法が発動する。
・なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。

+魔法・技に関して+
・MPを消費する=疲れる。
・全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内にいる敵と判断された人物。
・回復魔法は効力が半減します

+メガテン特有のシステム+
・邪教の館、ベルベットルームは使用不可。
・フィールド上の野良悪魔は、開始直後は弱く、放送の度に強くなる。出現場所固定。
・悪魔との交渉は可能。悪魔合体は邪教の館不使用でできる場合は可。
・ペルソナは変異可能。
・噂システムは未定。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:56:26 ID:bLTZDeC10
■書き手のルール■
リレー小説要素を高めるため
完全予約制・展開協議制を廃止しました。
以下のルールを守って楽しいバトロワを。

・コテハン・固定鳥は非推奨
・予約する時は捨て鳥推奨
・自分が書いたパートの続きを予約できるのは、投下後1週間誰からも予約がない場合のみ
・予約後1週間投下できなかった場合、予約は失効
・もちろん予約せずに投下しても桶、ただし予約されてるキャラには影響しないように注意
(=予約なしのスピード連続投下なら自己リレー容認)
・「この展開は他と矛盾しないか、原作解釈としてOKか」
などを投下前に相談したい時は、したらばのネタバレ相談スレを再利用。
他の書き手が予約中のキャラ・場所に影響しそうなシーンを書きたい時も相談すると吉。
ただし全書き手がしたらばをチェックしてるとは限らないから返事がなくても泣かない
・過去作との矛盾、他者の予約無視、荒らしと判断されるような作品は無効。
・1話が長くなりそうな時は、前後編に分けての投下も可。
可能な限り、予約する時にその旨を明記すること。
前編を投下してから1週間以内に後編の投下がなかった場合、後編の予約は無効になる。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:57:23 ID:bLTZDeC10
= 書き手さんへのお願い =
※各キャラ同士の力のバランスを崩さないよう、十分に気をつけてください
※話に矛盾(時間軸・場所・所持品など)、間違いが起こらないよう注意してください
※作中に登場した人物の状況や所持品などを、レス末に記載してください
※タイトルは名前欄に記載してください
※キャラを新しく参加させることは、条件・理由を問わず一切認めません。
※他の書き手さんにつなぐためにも時間描写をできるだけ入れてください
※SSの登場キャラは基本的に早いもの勝ち(書きたかったキャラが先に死んだりしても文句は言えない)
※キャラの予約(〜を書きたい)は自由。この場合予約者が優先されます
※他の書き手のSSで登場したキャラを書くのも自由(殺してもOK)
※死亡者報告の放送を作中で流す場合はスレで報告してください
※この板は全年齢対象です。過度の下ネタ・性的描写はどんな理由があろうとも厳禁です。
※叩かれても泣かない。(読み手は叩いてもいいという意味ではない。)

= 基本注意事項 =
※原作を知りたい方は、原作をやるか「ストーリーを教えてくれるスレ」へ行きましょう。
※職人さんにとって、読み手の感想は明日への活力になります。読むだけで終わらず、積極的に言いましょう。
※この板は全年齢対象です。雑談でも、過度の下ネタ・性的描写はどんな理由があろうとも厳禁です。
※スレが荒れてきた場合は一切反応せず、収まるまで各メガテンスレやしたらばでまったりして来い。
※女性差別反対!…ってタヱが言うので、その志を尊重しる!
※1タイトルに偏ったバトロワと関係ない話がしたい場合は、
 対応するタイトルのスレ又は、したらば雑談でやれ
※参加作品は、以下のタイトルのみ。それ以外の話題は雑談スレでもスレ違いとなります。
 非該当作品について話したい場合は、対応するタイトルのスレ又は、したらば雑談でやれ。
 「旧1」「旧2」「真I」「真II」「真III」「if」「ペルソナ」「ペルソナ2」
 「ソウルハッカーズ」「デビルサマナー」「ライドウ」・・・以上、11作品

「キャラがどんな扱い、結末だろうと 絶 対 に文句を言わないこと」
5名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:59:19 ID:bLTZDeC10
+マップに関して+
・舞台は浮上スマル市全域(鳴海区除く)
【スマル市】
蓮華台
 町の中心に位置する
 ・七姉妹学園、シルバーマン宅、アラヤ神社、本丸公園、民家多数
 ・悪魔出現:七姉妹学園

平坂区
 西側
 ・春日山高校(地下に防空壕あり)民家多数
 ・悪魔出現:春日山高校 スマイル平坂

夢崎区
 北側
 ・繁華街、店多し、パチンコ屋なんかもあったり
 ・悪魔出現:GOLD(スポーツジム) ギガ・マッチョ(CDショップ) 
       ムー大陸(ゲームセンター)ゾディアック(クラブ)

青葉区
 東側
 ・野外音楽堂公園、キャスメット出版、消防署、スマルTV等
 ・悪魔出現:野外音楽堂公園 スマルTV(2F以降)

港南区
 南側
 ・海に面している、住宅多し 警察署あり
 ・悪魔出現:廃工場 空の科学館
6名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 23:00:13 ID:bLTZDeC10
参加者一覧
【真・女神転生】
ザ・ヒーロー(作中名未定)  ヒロイン(作中名未定)
ロウヒーロー(作中名未定)  カオスヒーロー(作中名未定)

【真・女神転生II】
アレフ(主人公)  ベス  ヒロコ   ザイン(=サタン)

【真・女神転生III-NOCTURNE】
主人公(人修羅・作中名未定)  橘千晶
新田勇   氷川  高尾祐子  フトミミ

【デジタル・デビル物語女神転生】
中島朱実   白鷺弓子  リック

【デジタル・デビル物語女神転生II】
主人公(作中名未定)  ダークヒーロー(作中名未定)
ヒロイン(東京タワーの魔女・作中名未定)

【デビルサマナーソウルハッカーズ】
塚本新(主人公)   スプーキー
ネミッサ(=遠野瞳)   ナオミ

【真・女神転生デビルサマナー】
葛葉キョウジ   レイ・レイホウ(麗 鈴舫)
シド   秦野久美子

【デビルサマナー 葛葉ライドウ対超力兵団】
葛葉ライドウ   鳴海昌平   大道寺伽耶   朝倉タヱ

【女神異聞録ペルソナ】
藤堂尚也(主人公・ピアスの少年)   園村麻希   南条圭
桐島英理子  サトミタダシ

【ペルソナ2罪・罰】
周防達哉(罪主人公)   天野舞耶  リサ・シルバーマン
周防克哉   上田知香(チカリン)  反谷孝志(ハンニャ)

【真・女神転生if...】
内田たまき(女主人公)  宮本明   赤根沢玲子   狭間偉出夫(魔神皇)
神代浩次(男主人公)  白川由美
7名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 23:30:05 ID:zGJLlELY0
>>1
乙です!
8天の父の如く優しく、残酷な:2006/10/07(土) 05:52:52 ID:I6bZ9eoe0
女は震えていた。
錯乱し、怯え、均衡を失っていた。
祈りを捧げるかのように跪き、自らの肩を抱き締め、今にも崩れ落ちそうにがくがくと身を震わせる。
金色の髪には、こびり付いて黒ずんだ血液。
白い指も、初めて見た時には美しい光沢のあったエナメル革のスーツも、乾きかけた血に汚れている。
哀れな姿だ。女を見下ろして、男はそう思う。

「私、あ、あ、アタシ……殺したの」
女が懺悔するように発した言葉に、男が反応する。
僅かに目を細め、口許を歪める。俯いた女にはそれは見えない。
「アレフを撃ったの。ナカマに、なるって言った。だから、だからアタシ、アレフの血と一緒になりたくて」
「……アレフ?」
女が他人の名を呼んだのは初めてだった。男の目から笑みが消える。
「そう、私、混じり合いたくて、アタシの流れた血とあの子の、アレフの血と……ナカマ……
だってアタシは、知ってるもの。そうよ良く、アレフの事、知ってる知ってる知ってる思い出せない」
言葉は次第に彼女自身にしか意味を持たぬものに、そして彼女自身にすら意味をなさない嗚咽に変わる。
男は、跪く女に歩み寄る。気配に女が顔を上げた。
美しい女だ。しかし整った貌もまた、返り血と彼女自身が流した血によって無残に汚されていた。
顔を挙げたことで露になった胸元も、かつては官能的な美を誇っていたのだろうが、今は見る影もない。
女の胸には、武骨な凶器で貫かれたに違いない穴が開いていた。
その周辺には当然ながら、夥しい出血の跡。
今の彼女を見れば誰もが美より、恐怖や禍々しさを感じるだろう。明らかに、生きていないのだから。
「アタシはアレフを撃ったの。憎くて殺したくて一緒になりたくて可哀想で。
でもあの子、女の子、テンプルナイトの……違ったのよ、違った、血を流したのはアレフじゃなくて……」
目の前の男の姿に触発されたのか、女は歯をがちがちと鳴らしながら懺悔を再開する。
それを罪と思う意識は、女には最早ない。
ただ己の中の静められぬ何か、強烈な感情の残滓を持て余しているのだ。
9天の父の如く優しく、残酷な:2006/10/07(土) 05:54:04 ID:I6bZ9eoe0
もう一歩、男が歩み寄る。
虚ろな目で、女は男を見上げながら聞き取れない言葉を繰り返している。
この地で初めて彼女を見た時も、こうだった。
彼女が異常な精神状態にあることは一目瞭然だった。生気のない目をして、跪き、天上の見えない何かに赦しを乞うていた。
その見えない何かを、まだ生きていた彼女は神と呼んだのだろう。
しかし周囲も見えず祈り続ける姿は崇高な聖女のそれでなく、狂人のものでしかなかった。
赦しを欲していたのではない、ただ赦されざることを恐れていたのだ。
まるで、自らが赦されざる存在であるという考えを植え付けられてでもいるように。
――しかし、男にはどうでもいいことだった。
彼女が信仰を持つ女だったのは彼にとって幸運であったが、それだけだ。
正気だろうと狂気に堕ちていようと、抵抗があろうとなかろうと、彼は彼女に同じものを与えただろう。

「……しんぷさま」
助けを求めるように呟いた女を、身を屈め、男は抱擁した。
女の震えが治まる。自らの肩を抱いていた手が、だらりと垂れ下がる。
「悩むことハ、ありませン」
柔和な声で、諭すように男は語り掛ける。優しさを装い、「本物の」神父のように。
この女は、まだ使える道具だ。
こうして一時の安定を与え、行く末の安息を信じさせていれば、手駒として使い続けることができる。
「――折角、何も恐れる必要のない体ヲ、あげたのですかラ」
「は……い」
女の声色から、感情の波が引いてゆく。
支配を揺るがせる感情が消えた今、男の呪縛は、死せる女を完全に捕らえていた。
「わかりますネ。あなたガ、するべきことハ」
虚ろだった女の目に、暗い火が灯る。
「殺す、こと」
「そうでス。殺し続けれバ、あなたは楽になれル。神様モ、それをお望みでス」
精神の均衡を失い、自らの罪に怯えていた女に、神父の出で立ちをした男の言葉は効果絶大だった。
逃げも抗いもせず死の呪法を受け入れたほどに。
男の声は、女にとってまさに神の声だった。
「殺したら……血が、アタシのものになるわ。赤い血が、沢山沢山」
既に血液のほとんどを失った彼女の体に、熱い血潮が戻ることなどありはしない。
どれほど欲しても、満たされることのない渇望なのだ。
しかし女は、それを理解するだけの理性を持たぬが故に、陶酔の表情で微笑む。
男は満足げに抱擁を解き、女の両肩に手を置いた。
細めた目でじっと見つめて――いま一度、命令を告げる。
「あなたの使命ハ、ひとツ。殺すのでス」
絶対の支配力を持った言葉。他のあらゆる思考も概念も、女の頭からは消え失せる。
殺せ。その命令だけが、彼女の中に響き渡っているだろう。術の効き目を確信し、男は更に目を細めた。
10天の父の如く優しく、残酷な:2006/10/07(土) 05:54:46 ID:I6bZ9eoe0
「……それにしてモ、予想外でス」
再び女を「狩り」に送り出した男は、その姿を見送りながら呟く。
生ける屍となった者が自我を保つことは、非常に稀である。
強靭な精神力か、何かに対する極めて強い執着心がなければ、生命への渇望と憎悪に囚われた屍鬼と化すのだ。
言わば死者の本能とでも呼ぶべきものに衝き動かされているだけだから、使役も容易い。
術を施した時、あの女の精神は弱り切っていた。強い感情や自我を持っているようには見えなかったが。
「アレフ……ト、言いましたカ」
女が口走っていた名を呟いてみる。生ける屍に、感情を甦らせかけた人間。興味が湧かなくもない。
「――しかシ」
男は首を横に振る。所詮、その男とて屍の人形ひとつ壊せなかった人間に過ぎない。
追い詰めてやるのも余興としては悪くないが、そこまで暇でもない。自ら手を下さねばならぬ相手は他にいるのだ。
「私モ、そろそろ動きましょうカ」
空を見上げる。日も高くなってきた。未明から動き続けている者は、疲れも出てくる頃だろう。
あの人形もだいぶ傷んでしまったから、次の人形も用意しておくべきかも知れない。
放送までに死んだ人間が十一人。あの女を除いても十人もいるのだ、使える死体もあるだろう。
死体を見付けられなかったら、作ればいい。

静かな街を、神父の法衣を纏った男――シド・デイビスは歩き出す。
この街に存在するあらゆる人間に、分け隔てなく死を与えるために。


【シド・デイビス(真・女神転生デビルサマナー)】
状態:良好
武器:不明
道具:不明
仲魔:なし(ヒロコをゾンビ化して使役中)
現在地:夢崎区→青葉区方面に移動
行動方針:皆殺しでス

【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:死亡 ネクロマによりゾンビ状態(肉体強化、2度と死なない)
   大道寺伽耶の一撃により胸に穴が開いているが活動に支障は0 ガラスの破片が多数刺さる
武器:マシンガン(銃弾はかなり消費)
道具:呪いの刻印探知機
仲魔:無し
現在地:夢崎区
行動方針:頭に響く殺せと言う命令に従い皆殺し
11覚醒:2006/10/11(水) 03:04:00 ID:LB3R7N1g0
「それ」を例えるとするならばTVの電源を入れた瞬間に生じる画面の歪みであろうか?
眼球と呼ばれる器官は正常に動作しているにも関わらず「彼」の意識は今だ混濁状態であった。
続く意識の混濁……
頭が朦朧としている。
TVゲームを再開する時に発生するロード時間と言うべきか?
「彼」は自分が何者であるかですら理解出来ない時が流れた。
「おはよう」
「あ、起きたんですね?おはようございます」
そんな二つの声が聞こえた様な気もする。
無論、それは幻聴である。
勿論、その様な声がかかるはずも無い。
「彼」は一人だったのだから……

……
……
!!

意識が完全に覚醒した。
「彼」の目前にあったのは完食したカップラーメン。
飲み干したコーヒーのカップ。
そして自分の所持品であるザックだった。
無論此処は寝る前と同じ地域である平坂区、その一般家屋の一部屋である。
夢ではない。
そうこれは「彼」にとっての紛れも無い現実。
否、恐らくは参加を強制された殆どの人間にとって悪夢と言って良いのかもしれない。
全員が殺し合い、ただ一人だけが生き残れると言うこのゲームは未だに続行していたのだ。
ふとラーメンを食べる直前まで使用していた時計の針に目を向ける。
この時計が正常に機能していると仮定するならば時刻は10時半をまわった所。
あれから2時間弱睡眠をとっていた事になる。丸一日以上寝たと言う憶測も可能だがさすがにそれは無いだろう。
幸いな事に誰にも遭遇しなかったらしい。
結局ゲームの開始からまだ六時間程しか進捗していない事になる。
いっそあのまま永眠出来た方が良かったかもしれない……と言った思考が脳裏を掠める。
否。
それでは「彼」の目的は達成する事ができない。
「生」に対する強い執着。必要なのはそれを得る事が可能な力。
その為には……このゲームに勝ち残る必要があるのだ。
しかし……と「彼」は思う。
藤堂と言うあの男、共に行動していた玲子と言う女。
共闘しているグループも存在している事は事実だ。
悪魔を使役し戦力として運用できる能力を持つ人物がいる事を「彼」は知っている。
また「彼」同様、魔法を使う事に長けた人物がいる事も「彼」は知っている。
そして「人修羅」と自ら名乗ったあの「悪魔」。
能力が未知数、そして判明しつつも実力が計り知れない参加者もいるに違いない。
既に開始から僅か2時間で11人の参加者が脱落しているのだ。
そして緩やかにせよ、急激にせよ、徐々にではあるが確実に脱落者の数は伸びるに違いない。
背筋に冷たい何かが走る。
嫌だ。
冗談じゃない。
俺は死にたくない。
じゃあどうすればいい?
俺が生き残るにはどう行動したらいい?
混乱した意識の中で起こりやすい無限思考ループに彼は陥る。
寒気の様な物が彼を強襲する。寒くないのに歯が自然と鳴り出した。両肩の辺りを思わず擦りだす。
まずは落ち着こう……と彼は冷め切った湯とインスタントコーヒーをカップにぶち込みそのまま一気に飲んだ。
水の様な温度、濃度も考慮せずに完成したコーヒー……当然、不味いの一言で片が付く。
だがその不味さが彼の脳を刺激した。
もしも喫煙者であればリラックスする為に思わず煙草を口に咥え火をつけるであろう。
だが「彼」にはその様な趣味は無かった。未成年者のせいでもあるが……
食事を行った前に戻って考え直す。
12覚醒:2006/10/11(水) 03:06:00 ID:LB3R7N1g0
更に武器や防具、その他の道具を調達するか……
参加者(出来れば弱っている人物)との交戦、勝利して武器等を鹵獲するか……
既にノルマは達成されている。一旦何処かに潜伏し午後六時の放送結果から行動を開始するか……
問題は積極的に行動し短期決戦を挑むか……?あえて消極的な行動をとり参加者の共倒れを狙いつつ長期的な生き残りを狙うか……?
そこまでが浮かんだ案であった。
と、ここでもう一つ案が浮かんだ。
「誰かと共闘し、頃合を見て共闘している相手も屠る」
口元からこぼれる卑屈で自虐的な笑み。
……なんとまぁ見事な構想だ。惨めで無様で卑怯な思考結果だ。
彼は声を殺しつつも笑い続けた。
しかし短期的な戦略と長期的な戦略の構想は基本的に異なる物である。それが混在せずにいたという事は彼が決して無能ではない事を証明していた。
どうしたものか……
「彼」の性格からして消極的な行動は向かない。
むしろ「好み」ではない。
何かしらの行動を起こさなければ事態は進まない事もまた事実。
頭の中で思考が未だにまとまらない。どう行動すべきが未だに判らない。
ふと思う。
もしも「あいつ」がいたら……悔しいが「奴」もいたのであれば相談等で何か指針を見出せたのかもしれない。
が……「彼」は一人であった。
湧き上がる劣等感。
なんてこった、自分はここまで判断力がなかったのか……
再び湧き上がる卑屈な笑み。
13覚醒:2006/10/11(水) 03:06:39 ID:LB3R7N1g0
まぁいいさ……と「彼」は開き直った。
俺は生き残る。必ず。
藤堂?
奴との対戦も楽しみの一つであるのも事実だ。
だが「そんなもの」は自分の目的に続く道の過程での話でしかない。
ザックを背に担ぐ。
「彼」は静かに立ち上がる。
誰かに気配を悟られたくは無い。敵意があるにせよ、無いにせよ自分が今此処にいる事を誰かに知られたくは無い。
静かにそして慎重に「彼」は玄関へと歩み寄る。
玄関へ近づくにつれ「彼」の眼光が鋭くなる。
銃を片手に構え、いつでも射撃可能な状態にする。もちろんトリガーには指を掛けない。
近接武器である斧に似た鈍器をいつでも握り締める様に位置を整える。
今までの戦いで身につけた生き延びる為の術。
慎重と臆病は異なる。
「彼」は決して弱くは無い。「彼」もいくつもの死線を乗り越えた人間であるのだ。
そうさ……と「彼」は思う。
大破壊前……実際に生きていたであろうと思われる時代……あの時の様な自分ではないのだ。
今の俺は魔法も扱え、銃器も扱え、こうして今を生きている。
落ち着いて対処すれば良いだけの話だ……
臨機応変。
……なんと素晴らしき言葉だ、畜生。
皮肉じみた思考を繰り返す内に玄関の前に辿り着いた。
身を屈ませ出来るだけドアノブから距離を取り利き手では無い方でドアノブを回転させる。
静かにドアを開ける。最小限に……自分の身が通るだけの空間を作り出すと「彼」は一気に飛び出した。
通りに面した壁の裏に身を寄せて呼吸を整える。
大丈夫だ。誰もいない。
無意識の内に天を仰ぐ。
神に祈った訳ではない。
ましてやこの自分の状況を怨んでいる訳でもない。
「彼」は太陽を探しただけだ。先程確認した時計の時刻が正しいのか天測を試みただけである。
「ふむ……」
無意識の内に出る一言。
太陽の位置、それを目視する事によって時計が指していた時刻が「ほぼ」正しい事を確認する事が出来た。
結論。
ゲームはまだ継続中、(恐らくではあるが)1日目の10時半……
午前6時以降に犠牲者が出たかはまだ判らない。
これは午後の放送でしか知ることは出来ない。
呼吸の整った所で「彼」は壁から道路に顔も出した。慎重に、最小限に。
誰もいない……
再び壁の内面に顔を戻り少し安堵。とりあえずは周囲の安全は確保されてはいるようだ。
そう「彼」は判断すると平坂区の中央に向け歩き出すのだった。
14覚醒:2006/10/11(水) 03:07:15 ID:LB3R7N1g0
【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態  :正常
武器  :銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具  :カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
     高尾祐子のザック所持の中身(詳細不明、尚高尾裕子が所持していたザックその物は破棄)
     応急処置用の薬箱
     蝋燭&縄
     十得ナイフ
現在地 :平坂区
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。藤堂尚也との再戦。

【現在時刻】
午前10時半
15堅物と知性派ムードメーカー:2006/10/11(水) 07:56:23 ID:zYYjaOSo0
「よっしゃあ! せっかくだから俺はこの赤い箱を選ぶぜ!」
一体何がせっかく≠ネのかは解らないが、塚本はそう言いながら並んでいるダンボールから赤い物を選び出し、力任せに破り開けた。
「テレッテッテー、新は退魔の水を手に入れた!」
またわけの解らないことをほざきつつ、ダンボールから勝手に入手した退魔の水の小瓶を頭上高く掲げる。
その様子を背後から眺めていた南条は、付き合ってられないと言った風に大きく溜息を付いた。
此処は蓮華台ロータス内に店舗を構えているサトミタダシ蓮華台店。
塚本の傷を治すために必要な薬品等を探しに来たのだが、手当てもそこそこに塚本は勝手に家捜しを始めたのである。
並べられた商品を手当たり次第にカバンに放り込んでいる上に、奴はあろうことかレジ裏を調べて勝手に会計帳簿の中身まで確認していた。
南条としては、いくら非常時とは言え商店の売り物を勝手に失敬するのはどうしても気が引けたが、
塚本の方はそんな彼に眼もくれず、何の躊躇いもなく今も陳列棚をひっくり返している。
そう言えば、道中塚本に身元を尋ねたら天海市でハッキングチームに参加している高校生だと言っていた。
ハッカーと言えばネット世界の盗賊である。
どうやら塚本は他人のものを盗むという行為自体にあまり罪悪感を覚えないタチらしい。
こういう状況では非常に羨ましい性格だ。南条は皮肉を込めた視線を注ぎながらもう一度溜息をつく。
しかしその時、南条は塚本のある行動に疑問を感じた。
「おい塚本…」
「心配入りません! もう此処に店員はいないのです!」
「…要りません、だ。お前は満足に日本語も喋れないのか?」
「……ちぇ。これだから坊ちゃん育ちはユーモアが無くて困る。で、何?」
「何をやってるんだお前は。」
「え? 何って、見て解らないかな。説明したでしょ。こんな状況だから必要なものを…」
「そうではない。お前さっきから見ていたら退魔の水ばかりを盗ってるではないか。
限られた場所でしか悪魔は出ないのに、何故そんなものが必要なんだ?」
今、南条たちが置かれている戦場で、戦う相手は人間のみ。悪魔の巣窟に足を踏み入れる必要は無いはずだ。
新本人はデビルサマナーの能力があるらしいのだが、悪魔召還に必要なGUMPと呼ばれる機械は没収されてしまい、
召還どころかまともに交渉することすら不可能。
南条の方も、ベルベットルームを利用出来ない為、悪魔との交渉を繰り返していくらスペルカードを入手しても全く使えないのである。
こうなると、悪魔の巣窟に足を踏み入れること自体が危険な上に無意味であり、そんな場所に行く必要性すら存在しない。
したがって退魔の水は必要無い筈だ。
それに第一、退魔の水はその名の如く、悪魔を退ける効果を持つ。
仮に交渉を目的として悪魔出現ポイントに向かうとしても、そこで悪魔を退けたのでは更に意味が無い。
南条の疑問は至極真っ当なものだと自負していた。
だが、塚本の方はそう思うことすらナンセンスと言わんばかりに人差し指を立てて横に振った。
16堅物と知性派ムードメーカー:2006/10/11(水) 08:00:21 ID:zYYjaOSo0
「ちっちっち。甘いな南条君。こういう時だからこそこの道具の真価が発揮されるのだよ。」
「どういうことだ?」
「どうやら最初から説明する必要がありそうだな。」
素直に理由を尋ねる南条に意味深な笑みを浮かべると、塚本はレジ台に投げられていた会計帳簿を手に取り、数枚捲った。
「此処の最後の日付は199×年8月31日、つまりこの店はその日まで営業されていたことになる。
で、郵便受けに入っていた新聞の日付は9月1日となっていたからこの街の住人が連れ出されたのはおそらくその日の早朝ってワケだ。」
「ふむ。そうだな。」
「で、さっきシルバーマン邸の庭先に猫が二匹死んでたのを見たんだが、覚えてるか?」
「ああ。同じ首輪をしたつがいの猫だったな。」
猫の屍骸は二匹とも腐敗が激しく、しかも骨と皮のような状態だったことからして餓死したのだと考えられる。
首輪にはオスの方に『殿』、メスの方に『姫』と名前が刺繍されていた。これによりこの二匹の猫の飼い主が同じだったことが解る。
子育て期間中のメス以外は単独行動を取る習性のある猫が、つがいと言えども同じ場所で同じように死んでいるのは珍しい。
おそらくこの二匹はシルバーマン邸で大切に飼われていた猫だったのだろう。
だから逃げずに、消えてしまった主人をずっと庭で待ち続け、そして餓死したのだと思われる。
南条としては、何の説明も無く突然殺し合いを強要されている自分たちや、突然街を追われた元の住人たち以外にも、
こんな形で被害を被っている者の存在を知ることにより、
この戦場を作り上げた原因の人物に激しい怒りを覚えただけだったが、塚本は何かに気付いていたようだった。
彼は続けた。
「で、その猫の死体なんだが、よく観察するとクロバエの三齢幼虫、それから蛹も沢山付いていた。
スマル市は関東にある海沿いの街だから天海市の気候とあまり変わらないから九月の気温は大体20度程度。
後はカツオブシムシも沢山付いていたから死語二十日前後って言ったところだろう。
猫は個体差こそあれど、餓死するまでに大体二十日程度だからそれを計算すると、今日の日付は十月初旬。
多分、三日か四日と言ったところか。」
唐突過ぎることが多くて、今の正確な日付を確認することすら怠ってしまっていたが、塚本はこの短い時間に、道具を探しながら分析していたらしい。
猫の腐乱死体を短時間で正確に観察する冷静さと、法昆虫医学という意外な知識に南条は舌を巻いた。
どうやらこの塚本新という男、南条が考えていた以上に頭が良く、また、実戦経験に富んでいるらしかった。
もっとも、意地っ張りな南条はそれで彼を簡単に褒めたりはしないが。
そんな南条の心境に気付いているのかいないのか、塚本はさらに続ける。
「重要なのは此処からだ。
俺はサマナーという職業柄、月齢にはちと詳しいんだが…」
それはペルソナ使いである南条も同様だ。
悪魔の生体バイオリズムは月の満ち欠けによって大きく変わる。
月齢が影響を及ぼす影響は悪魔の能力だけではなく、精神的にも作用する。
月齢の状態は、悪魔と交渉、または戦闘を行うことに置いて、まず確認を取らなければならない必須項目であった。
生きて悪魔の巣窟から脱出するために。それくらい重要なことだった。
「あっ!」
そこまで思い出した所で南条は声を上げた。
17堅物と知性派ムードメーカー:2006/10/11(水) 08:03:38 ID:zYYjaOSo0
「気付いた?
199×年10月の満月は4日の予定だ。この年は確か8月にグランドクロスがあったはずだが、多分月齢までに影響は無いだろう。
つまり、悪魔が最も活性化して凶暴になるのは今夜か、遅くても明日…。」
満月の日の悪魔は頭のネジが飛んでいるとでも言うのだろうか。凶暴になり、とてもじゃないが交渉なんて行えない。
その上満月の光は悪魔の戦闘力も格段に上げるため、戦うとしてもかなりの危険が伴うのだ。
しかもこちらにロクな武器が無い以上、それは自殺行為に他ならない。
「そうか、満月の日、悪魔出現ポイントには誰も来ない。と、言うことか。
そしてその満月時に退魔の水を撒いておけば、悪魔出現ポイントは一転して安全地帯になる。」
「そういうこと。
……まあこれくらいのことはサマナーとして当然知ってなきゃいけないワケだが……。
因みに俺の見立てでは、この街に連れてこられた人間の中には俺以外にも何人かサマナーがいる。」
「少なくとも、一人は確実にな。」
南条の記憶にあるサマナーはただ一人。軽子坂高校からの転校生、内田たまきだ。
彼女も歴戦のサマナーという話だから、日付に気付けば同じ事を考えているかもしれない。
たまきとはあまり親しくしていたわけではないが、南条の知っている彼女が進んで他者を屠って生き残ろうと考えているとは思えない。
どうにかして会うことが出来たら、こちらに引き入れることが可能かもしれない人物の一人だ。
「南条君の知り合いにもサマナーがいたのか。
俺の方は…知り合いっつーか、心当たりのある奴がいる。二人ほどな。」
塚本の知っているサマナーは葛葉キョウジ、葛葉ライドウの両名だ。
キョウジの方は何度か顔を合わせたことがあり(今同じ街にいるキョウジは塚本の知っているキョウジと全く別人の上、外見も違うのだが)
葛葉ライドウは、名前だけ聞いたことがある。
確か平安時代から続く悪魔召喚士の一派で、ライドウの名は代々世襲制だと聞いている。
名簿には十四代目と書いてあったが、残念ながら顔までは知らなかった。
「この街にはまだ多くて39人生き残っている。俺の知ってるサマナーはさっき名前を呼ばれなかった。
南条君の方は?」
「いや、聞いていない。」
「そうか。良かった…って、言っていいんだよな?
まあサマナーがそう簡単に死ぬことは無いと思うし、俺達が知ってるだけで三人のサマナーがいるワケだから、もっと沢山いると思っていいだろう。」
「その中で、この殺し合いに乗る意思の無いサマナーがいたなら、もしかしたら…。」
「そうだ。退魔の水か、エストマを使える仲魔がいれば、同じ事を考えるかもしれない。」
「いや、それはサマナーだけではない。この俺もそうだがペルソナ使いも悪魔と蜜月関係だ。だから…」
その時、南条は一つのことに気が付いた。
先ほど自分は、今ベルベットルームを使えないということを無意識の内に知っていた。
それは何故か。
此処に来る途中、同じくロータス内でベルベットルームの青い扉を発見したのだ。
だが、扉は固く閉じられ、押そうが引こうが絶対に開くことが出来なかったのである。
ベルベットルームは南条が関わったセベク・スキャンダルが解決すると同時に御影町から姿そのものを消したのだが、このスマル市には存在する。
イゴールの名は名簿に載っていなかったが、この街の何処かにいて、扉と繋がっているのだろうと考えるのが妥当だ。
しかし扉は開かない。それは一体何を意味しているのか…。
「南条君?」
ふと気付くと塚本が不思議そうな顔をして南条の顔を覗き込んでいた。
どうやらしばらくの間ぼんやりと押し黙ってしまっていたらしい。
しかも無意識に右手を首筋の――例の刻印が掘り込まれた辺りに当てて。
「……いや、何でも無い。」
「ならいいんだけど。」
本当は何か聞きたそうな雰囲気だったが、塚本は気を利かせて何も尋ねて来なかった。
どういうわけか南条の首筋に冷たいものが走っていたのだ。
ベルベットルームに入れないことと、この殺し合いの謎。それは非常に強い繋がりがあって、とても重要なことのように感じた。
だが、それ以上の回答は出てこなかった。そしてそのまま、この嫌な予感が当たらなければいいのだが……。
「さて、これからどうしようか。俺としてはもう少し使えそうな物を探したいんだが。」
「そうだな…。俺もこの区域にはまだ用事がある。」
南条が先ほどシルバーマン邸で拾ったメモによると、藤堂尚也がこの街の商店街付近にいる。
出来れば再開してこちら側に引き入れたい。
それに満月の夜までまだ時間があるのだ。それまでに何とか藤堂を見つけておきたかった。
18堅物と知性派ムードメーカー:2006/10/11(水) 08:05:58 ID:zYYjaOSo0
《午前9時半頃》

【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:蓮華台
行動方針:仲間と合流

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(左手は何とか動かせるようになった。)
武器:作業用のハサミ
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん・しょくぱん・カレーパン) 
銘酒「からじし」 退魔の水×10
現在位置:蓮華台
行動指針:蓮華台の民家で家捜し、スプーキーズとの合流
19名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 23:01:06 ID:cDKV/WpcO
保守
20名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 03:32:39 ID:NiSNSjy30
保守
21名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 23:53:41 ID:ZRRofRhT0
保守
22この街の真実:2006/10/20(金) 14:39:11 ID:YiBaPQG+0
ザ・ヒーローと大道寺伽耶の両名は、天野舞耶の探索に出ているピクシーの帰りを待ち続けていた。
時刻は午前8時。
二人が青葉区のオフィスビルの三階に潜伏し始めてから一時間が経過していた。
「何か見えるか?」
オフィスビル内に置かれた本棚を漁り、何か資料として使えるものが無いか探していた伽耶が落ち着かない素振りでヒーローに話しかけた。
ヒーローは先ほどからずっと双眼鏡で窓の外を監視している。
外から、中に人間がいることを察知されたら危険だから、窓に掛かったブラインドは完全に下ろしていた。
ブラインドの隙間をこじ開け、そこに双眼鏡のレンズを押し込んで外を見ていたため、外の様子は伽耶には全く解らないのである。
「まだ何も…。」
二人のこのやり取りはこの一時間で何度目だろうか。会話をしている本人達も最早数えてはいなかった。
「そっちは?」
何度も同じことを尋ねてくる(むしろこの一時間二人の会話はこれだけだった)伽耶の方に視線すら向けない。
返答に何も期待していないからだ。
だがとりあえず、社交辞令的に尋ね返しておいた。
「少し興味深い物を発見した。」
「ふーん………
……え?」
全く希望的な観測はしていなかったため、伽耶の押さえた声の中にある興奮めいた発音に驚きを隠せなかった。
思わず終始覗き込んでいた双眼鏡から顔を離し、伽耶の姿をまじまじと見つめてしまう。
昨晩からすっかり見慣れたえんじ色のセーラー服姿の美しい少女だが、目つきは歴戦の戦士のそれで、鋭い。
そして、今は口元に不敵とも取れる笑みが零れていた。
一体伽耶はこの寂れたオフィス内で一体何を見つけたというのだろう。
ヒーローがざっと見た所、この会社は警備会社の地方支部で、
会社として機能していた最後の日が8月31日であったということ以外何も解らなかったのだ。
「これを見ろ。」
伽耶は言いながら小脇に抱えた一冊の本をヒーローに突き出した。
タイトルは『イン・ラケチ』
言葉の意味は古代マヤ語で『私はもう一人のあなた』である。
キスメット出版から出ており、著者は橿原明成となっている。聞いたことの無い名前だ。
「本棚ではなくデスクの引き出しに入っていた。どうやら此処の社員の私物だったらしいな。」
今一度オフィスを見渡す伽耶の言葉を聞き流しながら、ヒーローは受け取った本のハードカバーを開いた。
表紙のデザインは古文書を彷彿とさせるセピア色だが、本自体は新しいものだった。
前の持ち主も購入後は殆ど触れていないらしく、手垢などは全く付いていない。
見たところそれ程分厚い本ではない。
読み易さを意識したのか、印字されたフォントもかなり大き目だったが、じっくり読んでいる暇は無かった。
だから流し読みに留めておいたがそれでも内容はとてつもない驚きに満ちた物であった。
と、言うよりもむしろ何かの冗談のような文章の羅列で、ヒーローは思わず吹き出してしまいそうなのを堪えつつ目を通した。
「地球の文明は宇宙人であるマイヤ人が与えたもの? 蝸牛山がピラミッド?
…こんなもの信じる人間がいるのか?」
あまりにも陳腐で胡散臭い仮説の並んだ内容に、馬鹿馬鹿しさからあんぐりと口を開けてしまったヒーローだった。
が、目の前の伽耶の表情はあくまでも真剣だ。
23この街の真実:2006/10/20(金) 14:41:31 ID:YiBaPQG+0
「信じる者がいたのだろう。それもかなりの多数、な。奥付を見てみろ。
この本の持ち主が買ったのが最後の日…。
8月31日だったとしても、発売から数ヶ月で増刷が10回も掛かっている。
少なくともこの街ではとんでもないベストセラーだ。」
ヒーローも念のために奥付を見ると、確かに伽耶の言ったとおりだった。
実際に東京大破壊から、ガイア教、メシア教の戦い、大洪水を見てきたヒーローでも信じがたいことだったが、
この街の人間は余程信心深い人種だったらしい。
あるいは単に話のネタが欲しかっただけなのか?
ともかくこれはかの有名なノストラダムスの大予言とか言う大法螺も裸足で逃げ出すレベルのことだ。
「けど、いくらベストセラーって言っても、こんな内容じゃ…」
言いかけてヒーローははたと止まった。
この本が売れたのが別の時間軸の、別の場所であったなら問題は無い。せいぜい単なる笑い話で済むことだろう。
だが、この街はスマル市だ。
噂が次々と現実になる現象が起こったと言ういわく付きの街である。
「解ったか? 何故この街が浮いているか…。
つまり、この本に書かれていることが噂となり、現実になったからというわけだ。」
「じゃあ、この街を浮かせている動力となっている物は、ここに書いてある五つの水晶髑髏……。
それがこの街のどこかにあるということなのか?」
「ああ。だがこの本に書かれている四つの神殿は、おそらく無い。
俺もお前と同様、この街を隅々まで歩き回ったわけではないが、そのような目立つ建物があれば嫌でも眼に入るはず。
それに支給品のマップに載っていないのもそれを裏付ける。」
「それもそうだね。じゃあ、その前の段階…蝸牛山から入れるというカラコルに…」
「はたして…それはどうだろうか。」
「?」
ヒーローはきょとんとした。
本によると、カラコルの最下層に水晶髑髏が五つ集結し、そのエネルギーでスマル市は浮いたということになる。
その後、髑髏が五つある内の四つが安置されているはずの神殿が無いということは、
そのままカラコルに残されていると考えるのが妥当なはずだ。
「改めてこの戦いのルールと参加者を思い出せ。
ルールは問答無用の殺戮。
だが、俺達を此処に集めた主催者側に危害が加えられてはゲームそのものが成り立たないだろう。
だからあまりにも強力な大量破壊兵器は参加者には絶対に与えられないだろうし、作ることもおそらく不可能。
だが、集められた者はどうだ?
件のネクロマ使いもそうだが、かなりの力量を持った者が多数いると考えていいだろう。
勿論、魔法を使う者もいる。悪魔を使役する者もな。」
力を持った者とは勿論、この伽耶の内にいる四十代目葛葉ライドウと、ザ・ヒーローも含まれている。
他にも、ヒーローの思い当たるところでは、先ほど一戦交えたロウヒーロー、そしてヒロイン、カオスヒーローもその気になればかなりの力を発揮する。
そして、伽耶に宿る四十代目葛葉ライドウと縁のある人物、
名簿にあった十四代目葛葉ライドウ、そして同じ葛葉の名を冠する葛葉キョウジも気になるところだ。
後、ヒーローと伽耶の知っている人物では南条圭。
この時代(二人にとっては遠い過去)では世界的に有名な南条コンツェルの跡取りということだが、力量までは不明だ。
24この街の真実:2006/10/20(金) 14:43:38 ID:YiBaPQG+0
伽耶の仮説は続いた。
「主催者はこの街の出身者もいると言っていたが、
その出身者がイン・ラケチの内容を知った上で、その水晶髑髏を探そうと考えるかもしれないのは容易に察することが出来るだろう。
勿論、俺達のように、初めてこの街に来てこの本の内容を知る者も他にいるかもしれないが……。
兎に角、主催者側から考えて、この本の通りの場所にそんな強大なエネルギー体をそのままの場所に置いておくとは考えにくい。」
「確かに…。けど街がまだ浮いているということは…」
「ああ、何処かに必ず水晶髑髏はある。
俺の予測が正しければ、主催者の手の届く場所にな。」
それは最も解り易い推測だが、おそらく当たっているだろう。
水晶髑髏という危険な代物が参加者の手に渡りにくく、更に安全に守れる場所がそこなのである。
「話が振り出しに戻ってしまったね。
何処かに潜んでいる主催者を見つけられないとどうにもならないというわけか。」
「そうだ。
だが主催者なる人物を見つけられたとしても、それが俺達の…最期の記憶となるだろう。」
厳しい視線と口調で言い、伽耶はセーラー服の襟元を少しずらした。
白くて細い首筋には例の凶悪な刻印、参加者全員に分け隔てなく与えられた死の宣告が刻まれているのだ。
ヒーローは盛大な溜息をついた。
「全く、よく出来たルールだな。僕らには殺し合い以外打つ手は無し…ってことか。」
「ああ、忌々しいことだ。」
伽耶が小さく舌打ちをし、どさっと革張りのソファーに座った。
ヒーローはその横にイン・ラケチを投げ、再び双眼鏡で外を見ようとブラインドを指で押し上げた。
「あ……!」
双眼鏡を覗き込んだヒーローは小さく声を漏らした。
「どうした?」
反射的に伽耶が立ち上がる。
そしてやはり骨髄反射的にポケットの中の管に手が伸びていた。
「人がいる…!」
25この街の真実:2006/10/20(金) 14:46:38 ID:YiBaPQG+0
「……! 貸せ!」
短い言葉が終わるか終わらないかの内に伽耶はヒーローから双眼鏡を奪い取り、覗き込んでいた。
双眼鏡からは、一人の少年の姿を垣間見ることが出来た。
スラリとした長身で、きりっとした凛々しい眉眼と、真一文字に引き絞られた形の良い口元。
ヘルメットのように見える少々奇抜な髪形だが、神話の男神を髣髴とさせるような美貌を持った少年である。
その少年が、周囲をやや気にしながら歩いているのだ。
そして、大道寺伽耶ではなく四十代目葛葉ライドウとして気になるのは彼の身のこなしだった。
「あいつ、全く隙が無い……。」
年端の行かない少年として見たら、少し珍しいことだ。
彼もこの殺し合いに呼ばれるべくして呼ばれた、と言うことだろうか。
「それに…」
伽耶はごくりと唾を飲み込んだ。
「あの少年は、この街の出身者ではないか。」
伽耶は先ほど見ていた。
イン・ラケチがしまってあったデスクに一枚の家族写真が飾られてあった。
そこには警察官の制服を着た父親と思しき中年男性と、母親と思われる女性、そして二人のよく似た兄弟いた。
双眼鏡から垣間見える少年は、少々成長しているが、紛れも無く写真に写っていた弟の方であった。

《午前8時過ぎ》

【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労(ガリバーマジックの効果によりほぼ回復)
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8000 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街にて双眼鏡で監視しつつ休憩中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 体力の回復  

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 疲労(少し回復)
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 双眼鏡 イン・ラケチ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 体力の回復
26笑顔:2006/10/21(土) 18:50:57 ID:3NK9wVym0
「どうする?」
伽耶の横から指でブラインドに隙間を作り、ヒーローは外に見える少年を見つめながら尋ねてきた。
ヒーローの双眼鏡は伽耶が持っているのだから、彼からしてみたら、少年の姿は豆粒程度にしか見えないはずだ。
双眼鏡を奪われる前に一瞬だけ見ているとは言え、警戒は解いていない口ぶりだった。
「どうもこうも、一度接触を試みる。
あの少年がこの街の出身者ならば、こちらに引き入れるメリットは多い。」
「だが…彼は大丈夫なのか?」
ヒーローはちらりと少年の方に眼をやり、それから振り返るとじっと伽耶の顔を覗き見た。
彼はこの街に来て既に狂気に駆られた旧友と一戦交えているのだ。
いや、彼とはこの街に連れて来られる前に、戦い、自らの手で殺しているのだ。
本来の彼はとても心優しい青年であったはずだが、紆余曲折を経て非常に好戦的な性格へと変貌してしまったのである。
同じようなことが窓の外を歩いている少年に起こらないとは限らない。
ましてや二人とも彼のことを全く知らないのだ。
混乱や憎悪以前に、あの少年が最初からやる気だったらどうするつもりなのか。
二人とも少年の姿は遠目にしか見ていないが、隙を全く見せない身のこなしから相当な使い手ということは押して測らずである。
こちらは二人いるとは言え、戦うとなったらそれなりの消耗は必須であろう。
探している天野舞耶もまだ見つかっていない状況で、それはかなり大きなダメージとなる。
「ヒーロー、お前はここに残れ。」
「え?」
「俺が一人で交渉に当たる。いざと言うことがあるかもしれないからな。」
「一人で行くなんて、それは危険だ。」
「お前は…ピクシーと天野舞耶を待たなければならないだろう。
もしお前が死んだら、これまでやって来たことが全て無駄になる。
だが、俺は元から天涯孤独の身。目的は果たせなくとも死して悲しむ者はおらん。」
「……馬鹿野郎。」
「何だと?」
ヒーローがぼそりと呟いた暴言に伽耶は眼をぱちくりさせた。
しばらく話してみて解った、コロシアム初代チャンプとは思えない温和な性格のヒーローの口から飛び出したその言葉は胸に響いた。
「死んでも誰も悲しまないなんて思ってはいけない。
貴女が生きている以上、誰かが必ず貴女の帰りを待ってるんだ。
……それに、その身体の持ち主のことも少しは考えろ!」
伽耶、いや、四十代目葛葉ライドウはその言葉にびくりと肩を震わせた。
大正時代に生まれた自分の先祖だということ以外で、この身体の持ち主に対して特別な感情は抱いたことは一度も無かった。
だが、この身体、大道寺伽耶にも家族がいて、友がいる。
ましてや年頃の娘なのだから恋の一つでもしているかもしれない。
大道寺伽耶が、おそらく大切にしていたであろう長く美しい黒髪をばっさり切り落としてしまったことを一瞬だけだが、後悔した。
戦闘のことを考えると、長髪は時として命に関わる。
だから戦いが避けられない以上、邪魔な長髪を切り捨てたのは決して間違った判断ではない。
当然のように利便性と安全性のみを考えて切ったのだ。
だが、大道寺伽耶は自分と同じテンプルナイトではなく、戦いとは無縁の普通の女の子なのだ。
今更そんなことを思い出したことで仕方が無いのだが、ヒーローに真正面から訴えられ、四十代目葛葉ライドウの胸は痛んだ。
「……解った。無理はしない。だがやはりお前はここに残れ。
少し休んで回復したから一度の召還くらいは耐えられるだろう。
だが万が一のことがあったら、必ず助けに来てくれ。」
最後は笑顔で言った。不器用だが、精一杯の笑顔。心からの笑顔。だから、信じることが出来た。
「ああ、解った。」
そう言い、ヒーローもそれ相応の笑顔で大きく頷いた。
27笑顔:2006/10/21(土) 18:52:25 ID:3NK9wVym0
いきなり襲い掛かってきた新田勇を撃破した後、しばらく青葉区を歩き回ってある程度の物資を補給した周防達哉だったが、
まだ武器として使える道具を一つも見つけられていないことに焦りを感じ始めていた。
自分の身体能力にはそれなりの自信を持っている。
それに自分には強力なペルソナ能力があるので、多少のダメージなら耐えられる。
だが、そんな自分よりも強い者に奇襲されたらどうなるだろう。
ペルソナはもう一人の自分であり、今は唯一の武器だ。
だが、召還には若干タイムラグがある。
奇襲に気付いて呼び出したのでは間に合わないかもしれないのだ。
それならば、反射的に取り出せる武器――理想は使い慣れた刀か、銃がいい――が必要となる。
相手が完全武装していた際、さすがの達哉も素手で立ち向かう度胸は無かった。
だから武器の入手は最優先の課題であるが、ここはビジネス街の青葉区。
せめて骨董品屋かミリタリーショップでもあれば……と思ったが、
見渡す限りオフィスビルばかりでそんな都合の良い店は一つも無かった。
最悪、民家があれば、調理用の包丁を失敬することも出来るが、どうもそれも見当たらない。

そんな追い込まれた状況が達哉の判断能力を鈍らせていたのだろう。
普段なら絶対に犯さないであろう愚考だが、相手を見る前に先制攻撃を仕掛けてしまったのだ。
それも、普通に考えたら殺し合いとは無縁であろう、臙脂色のセーラー服を着た華奢な少女に。
28笑顔:2006/10/21(土) 18:54:48 ID:3NK9wVym0
「ペルソナ!」
叫びと共に、真紅に燃えるアポロが出現する。
そして、それは大きく腕を振りかぶり、炎の魔法、アギダインを発動させた。
「なぁっ!」
炎の塊は少女の足元に炸裂すると巨大な火柱を作り上げ、視界を真っ赤に染めた。
驚いた少女の声が一瞬聞こえたような気がしたが、仕留めたという手ごたえは感じられない。

避けられた?

そう判断するより先に、再びアポロを召還する。
熱気を含んだ粉塵の中に、微かに伺える気配を辿る。
今度はしっかり捉えて止めを刺すために、物理攻撃・ギガンフィストを仕掛ける。
アポロが跳躍し、少女に向かって腕を伸ばしながら加速する。距離的にも絶対に逃れられないだろう。
達哉が思った通り、少女は逃げなかった。だが、倒れもしなかった。
土煙が晴れた車道の真ん中で、少女はアポロの強烈な一撃を、何と一本の鉄パイプで受け止め、踏ん張っていたのである。
見かけによらす強靭な肉体の持ち主らしい。
だが、アポロの強烈な一撃は細い鉄パイプを真っ二つに叩き折り、少女を捕らえるために加速した。
「甘い!」
だがそれを見切っていたのだろう。少女はとんぼを切って後退し、折れた鉄パイプを投げ捨てると、
今度は懐から何かを取り出し、アポロに向かって投げつけた。
「ぐっ!」
達哉の脇腹に激痛が走る。
アポロの脇腹、丁度達哉が痛みを覚えた箇所に包丁が刺さっていたのだ。
ペルソナが受けたダメージは、そのまま自分に跳ね返ってくる。
達哉は思わず右手で腹を庇い、その瞬間アポロは消滅した。
考えていた矢先にとんでもない強敵にぶつかってしまった。
目の前に迫る少女のポテンシャルは相当なものだ。
鉄パイプ、それにただの包丁という貧弱な装備で、太陽神アポロを撃退したのである。
奇襲されていてこれなのだから、少女と自分がまともに戦っても勝てる見込みは薄かった。
だが、こんな所で諦めて死ぬわけにはいかない。
自分は舞耶姉を見つけ、守り、このゲームの主催者を倒すのだ。
「来い、アポロ!!」
痛みを堪えてもう一度ペルソナを呼び出す。今度こそ、目の前の障壁を取り除くために。
「遅いわ!」
だが、今一歩及ばなかった。
アポロの影が一瞬浮かんだが、技を繰り出す前に少女の蹴りが達哉の顔面に入り、弾き飛ばされた。
倒れた達哉の元に再び少女が接近してきた時、達哉は殆ど直感的な動きで跳ね起きると両手で少女の細い首を捉え、締め上げた。
「うぐぅっ……くっ…ッ!」
少女が悶絶から低い呻きを漏らし、両腕で達哉の手首を掴んで引き剥がそうとする。
だが、純粋な腕力は達哉の方が上回っていたらしい。この瞬間、形成は逆転した。
首を掴んだ達哉の腕はぴくりとも動かず、そのまま少女をコンクリートの地面にうずめさせた。
めりめりと指が首に食い込む音が聞こえるような気がする。
目の前に迫る少女の顔は、眼球が飛び出すほど眼を見開き、顔色も窒息寸前で真っ赤だった。
「すまない…!」
人を殺すという後味の悪い苦味に達哉は歯を食い縛り……。
見ず知らずの少女に対する罪悪感から小声で謝罪すると、手にさらなる力を込めた。

だが、その時達哉の視界が大きく歪んだ。少女の顔が酷く捻じ曲がる。
それから鈍い痛みが後頭部に襲い掛かり、直後、強烈な眠気にも似た倦怠感が全身を襲った。
奇妙な浮遊感と意識の揺れに耐えられず、達哉は昏倒し、少女に覆いかぶさるようにうつ伏せに倒れた……。
29笑顔:2006/10/21(土) 18:56:46 ID:3NK9wVym0
「げほっ! がはっ! がはっ!」
少年の腕からようやく開放された伽耶は、覆いかかる彼の身体を押しのけて這い出ると、首を押さえて激しく咳き込んだ。
急激に肺へと取り込まれた酸素にむせ返ってしまう。
「大丈夫か?」
そんな彼女に鉄パイプを手にしたヒーローが余っている方の手を差し伸べた。
「…ああ、何とか生きている……すまない……はぁ、はぁ…!」
だがその手は受け取らず、伽耶は呼吸を整えると自らの力で立ち上がった。
首の状態を確かめると、爪が食い込んでいたらしく、わずかに血が滲んでいたが、動脈に異常は無かった。間一髪である。
もしもヒーローの登場があと数秒でも遅れたらと考えるとぞっとした。
四十代目葛葉ライドウは、この街に来て初めて死の恐怖と戦ったのだ。
この身体は決して自分のものでは無い。そう思って、初めて抱いた感情である。
「どうやら説得ってのは無理みたいだね。どう考えても彼は戦う道を選んだみたいだ。」
倒れた少年を見下ろし、彼に喰らわせた鉄パイプを肩に引っ掛けたヒーローはそう呟いた。
だが、伽耶はその言葉に首を横に振った。
「いや、それは違うと思う。
多分、この少年も恐怖と戦っていたのだろう。俺と同じでな。」
「あんたの口からそんな言葉が出るなんて…ちょっと意外かもしれないね。」
伽耶はヒーローの言葉を聞きながら小さく息を漏らし、たった今締め上げられた首に手を当てた。
「こいつは……俺の息の根を止めようとした時、小さく謝ったんだ。
その時、何とも言えない悲しい瞳をしていた。
俺にはこいつがとてもこのゲームに乗った人間だとは到底思えない。
この少年とは、落ち着いて話せば解り合えそうな気がする――。」
その言葉は、はたして自分の言葉なのか、内に眠る大道寺伽耶のものなのか、口にした本人にも解らなかった。
だが、ただ一つ言えるのは、たとえどちらの言葉であったとしても、それは二人の本心に他ならないのだ。
それだけは確実だった。

「さっきのビルに戻ろう。彼は僕が運ぶよ。」
「?」
「こう見えてもフェミニストなんだ。女性に重い荷物を運ばせるわけにはいかないからね。」
「ふっ、そうしてくれると助かる。」
伽耶はほんの少し安心したような優しい笑顔を浮かべると、
倒れた少年を肩に担ごうとするヒーローを置いて、先ほどのビルに向かって軽やかに駆け出した。
30笑顔:2006/10/21(土) 18:58:03 ID:3NK9wVym0
《午前8時半》

【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労(ガリバーマジックの効果によりほぼ回復)
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8000 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街にて双眼鏡で監視しつつ休憩中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 体力の回復  

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 
疲労 首に爪跡があるが、大したダメージではない
武器:スタンガン 包丁 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 双眼鏡 イン・ラケチ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 体力の回復

【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態 頭を強打され昏倒 脇腹負傷(出血は無し)
降魔ペルソナ アポロ
所持品 チューインソウル 宝玉 虫のようなもの 
傷薬×5 ディスポイズン ディスシック ディスパラライズ マッスルドリンコ
行動方針 仲間との合流 主催者を倒し、ゲームから脱出する

現在地・青葉区オフィスビル
31名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 02:59:09 ID:mpXxTUW60
保守
32手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:39:17 ID:q+/+ZstI0
「……おい」
声を落として明が呟く。そのただ一言で、キョウジは問い掛けの意味を察した。
体は思い通りには動かないが、頷く程度はできる。
「ああ、気付いてる。近くに……いるな」
激戦を繰り広げた春日山高校前を後にし、歩き出してから二時間弱。
何者かの濃い気配を、キョウジは感じていた。恐らく明も同じものを感じ取っている。
戦い慣れているとはいえ、キョウジには霊感のようなものはあまりない。
姿の見えない人間を気配だけで察知することができるほど、感覚は研ぎ澄まされてはいないのだ。
つまり、その何者かの気配がわかるということは。
「相当、やばい相手だな……」
キョウジの言葉に、今度は明が頷いた。
気配と言うより妖気、いや瘴気と表現した方が相応しいかも知れない。
見えない位置にいても感じ取れるほど、強烈な気をその人物は発している。
いや――人物と言うよりも、悪魔だろうか?
あの神代という少年も人間離れした強さだったが、彼でさえここまでの存在感と圧迫感を醸し出しはしなかった。
今この近くに潜んでいる存在が、人間の力を超えたものであることは間違いない。
そして、もう一つわかる。
奴は、やる気だ。

明は先程奪った荷物の中の魔石で右手の傷は癒したものの、キョウジを守るほどの余裕はないだろう。
結果的に互いを助ける形にはなったものの、彼の戦い方は誰かを守るとか、そういう類のものではない。
キョウジ自身はというと、麻痺したままでまともに動けない。
当初は自力で歩こうとしていたのだが、十数分ともたずにへばってしまい、今では明に肩を借りている始末。
強敵との遭遇タイミングとしては最悪だ。こんなコンディションでなければ、まだ切り抜ける自信はあるが。
高校の前に留まっていては銃声や声を聞き付けた者と鉢合わせ、弱っている所を狙われる危険があると思って移動を開始したのだが――
結果論ではあるが、動いたのは失敗だったか。いや、動くにしても別の方向を選ぶべきだった。
キョウジが最初に転送された方向、先程の高校から南方面には、麻痺治療薬を置いていそうな場所はなかった。
明達と出会う前に薬屋のチェーン店は見掛け、覗いてみていたが、回復役はほとんど撤去済。
主催者の念の入れようには呆れたものだ。
学校の中にも、明が漁ってきた以上の薬品類はなかったらしい。
神代から奪った荷物の中にも残念ながら、お馴染みのディスパライズは見当たらなかった。
北に進めば、地図によると夢崎区。繁華街なら物資は多そうだ。
それも同じように取り払われてしまっているかも知れないが、少なくとも新しい場所へ行くのは無駄足にはならない。
そこで、二人は北に進路を取っていたのであるが。
33手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:39:52 ID:q+/+ZstI0
この場を切り抜けるには、どうすればいいか――キョウジの逡巡は、突然打ち切られる。
肩を貸して支えていた彼の体を、明が道路の隅に放り出したのだ。
尻餅をつき、思わず抗議の声を上げようとして、そういえば大声を出す訳にはいかないと気付く。
恨めしげに視線を向けると、明はにやりと不敵な笑みを浮かべ、肩に担いだ二つのザックをキョウジの横に放った。
明の殺された仲間の持ち物や神代から奪ったものなども、既にこの二つのザックに移し替えている。
「ここにいろ」
潜む何者かに聞き取られないようにか、低い声で明が言う。
「独りで戦う気か」
「今のあんたじゃ足手纏いだ」
遠慮会釈もなく言い捨てて、明は地面に置いたザックから幾つかの品を取り出した。
まず、それなりに防御効果がありそうなグローブを手にはめる。
今まで使っていた重そうな刀ではなく、神代から奪った刀――無想正宗を右手に。拳銃を左手に。
最後に、残った三個の魔石の中から二個を制服のポケットに入れた。
足手纏いになるというのを否定できないキョウジとしては、黙々と装備を整える明をただ見ているしかない。
「……後は、置いてくか」
身軽さを保てる程度の装備をすると、明はキョウジを一瞥した。
重い道具と同じ、文字通りの「お荷物」を見るような視線を向けられるのだろうと覚悟していた。
が、違った。ばつの悪そうな、意外に穏やかな顔。
ふんと鼻を鳴らして、明はキョウジの方に残った一個の魔石を投げて寄越す。
「いいのか。持っていかなくて」
放られた魔石を辛うじて受け止めて、手の中に収める。
「話の通じる奴は生きててくれると助かるからな」
「……ありがとう。気を付けてくれ」
明はそっぽを向いて再び鼻を鳴らすと、足音を殺し、油断のない動きで道路を駆け出した。
キョウジを巻き込まないように別の場所に相手を釣り出そうというつもりだろう。
力になれないのが心苦しいが、彼の気遣いはありがたかった。
34手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:41:11 ID:q+/+ZstI0
「どこに居やがる。出て来い」
皮膚をちりちりと焦がすようにすら感じられる、人ならざるものの気配。
それを辿り、キョウジを降ろした場所が見えない位置まで動いてから明は立ち止まる。
この近くに何者かがいる。それは嫌と言うほど感じるが、正確な方向までは掴めなかった。
ある程度近付いた辺りで、その殺気のあまりの濃密さに感覚が狂ってしまったような気がする。
しかし、明は怯んではいなかった。
悪魔人の強靭な肉体こそ今は持っていないが、積み重ねた戦いの経験は失われていない。
ガーディアンの力もある。戦える自信はあった。
そして、彼には逃げるという選択肢は存在しなかった。
気に入らない相手は叩きのめす。それが彼の流儀だった。一介の不良として燻っていた頃から、ずっと変わらない。
「出て来いよ、腰抜け野郎」
挑発の言葉を吐き出しながら意識を研ぎ澄まし、周囲のあらゆるものに注意を向ける。
一瞬でも油断したら喉笛を食い千切られかねない。そんな気配を持った相手だ。
が、その「人ならざるもの」は明の予想を裏切る形で現れた。
「勇敢ね」
くすっと笑う声がした。澄んで良く通る女の声。
道の向こうから、人影が近付く。彼女がこの禍々しい気配の主であることは直感で理解できた。
(女……?)
悠然と歩み寄ってくるのは、白髪の華奢な少女。年頃は明とそう変わらないだろう。
(――いや、ただの女じゃない)
彼女の姿は、一見してわかる異様なものだった。髪の色だけではない。
少女の腕は片方、肘から下が欠損していた。それが示す事実は一つ、彼女は既に誰かと戦ったのだ。
しかし重傷を負わされているにも関わらず、彼女は余裕に満ちた笑みを浮かべている。
苦痛も、焦りも微塵ほども感じられない。あるのはただ――殺気だ。
そしてもう片方の腕は、人外のものとしか呼びようがない形状に変化している。
(どうやら同類、って訳か……)
化け物なら見慣れている。魔界に落ちた学校で見た悪魔達。そして悪魔人と化した自分自身。
今更、恐れる気持ちが湧いてくるはずもなかった。
正面から睨み付ける。少女は涼やかな微笑のまま、表情を変えない。
「勇敢だし、口だけでもなさそう。楽しませてくれそうね」
「……遊びに付き合ってやるほど暇じゃねえ」
互いの殺意を確認すれば、言葉はそれで充分だった。
明は無想正宗を握り締め、アスファルトの地面を蹴る。少女はそれを、微笑を湛えたまま正面から見据えた。
距離は一瞬で詰まる。構えを取る様子もない少女に向けて、明は浅い斬撃を繰り出した。
牽制のつもりだった。戦いの最初の一手。そのまま喰らってくれるなどとは期待していない。
が、起こったのは明の予想の範囲を超える出来事だった。
少女の異形の腕が更に捻じ曲がり、不規則な軌道を描いて明に向かい伸ばされたのだ。
その勢いで、斬撃は軽々と弾かれる。
驚きに僅かに反応が遅れる。手から離れた無想正宗が、乾いた音を立てて地面に転がった。
女のものではありえない――いや、人間のものですらありえない力と速度で、異形の腕は更に迫り来る。
心臓を抉ろうとしているのだろうか、黒い腕が正確に左胸を狙う。
明はそれを、避けなかった。
少女が侮蔑の表情をする。これだけで終わるなど、つまらない相手だとでも言うように。
それとは対照的に、その攻撃が心臓の位置を捉える瞬間――明は、少女に見せ付けるように笑みを浮かべてみせた。
35手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:42:35 ID:q+/+ZstI0
「く……っ!」
小さく呻き、よろめいたのは少女の方だった。
明には何の痛手もない。体勢を崩してさえいなかった。
(よし。狙い通りだ)
敵の隙を明は見逃さない。再び大地を蹴って間合いを詰め、至近距離まで近付いてから左手の拳銃を突き付けた。
狙うのは、剥き出しの肩。
ほとんどゼロ距離でトリガーを引く。銃声と共に血飛沫が飛んだ。
「よくも……!」
少女の瞳に、声に、憎悪が滲んだ。肩を撃たれた程度では大した痛手にならないらしく、異形の腕が再び伸ばされる。
胴を狙っても自分が傷付くだけだということは悟ったはずだ。次に狙ってくるのは頭か、脚か。
攻撃の軌道を見切ろうと、少女の姿をした化け物を睨む。
少女の華奢な体とはアンバランスな黒い腕が振り上げられる。上だ。
この少女の力は尋常ではないが、ガーディアンの加護を得た明もまた人外の膂力を備えている。
動きさえ読めれば、受け止められるはずだった。
――そう、動きさえ読めれば。
異形の腕は、受け止めようと構えた明の頭上で突如、幾つにも枝分かれした。
触手状になったそれは明の腕に突き刺さり、或いは頬を掠め、そして足元まで達して絡み付く。
巨大な腕による重い一撃を予想していた明は、その攻撃には無防備に等しかった。
触手に足を引かれ、バランスを崩した所に別の触手が迫る。目の前に。
激痛と共に、視界に赤い閃光が走った。
「ぐぁ……あああぁぁっ!」
悲鳴と言うよりほとんど咆哮に近い絶叫が、明の喉から迸る。
痛みと、怒りと、なお燃え上がる闘争心。それらが混じり合い、明の中で渦巻き、憎悪を湧き起こらせる。
目の前は真っ赤に染まり、何も見えない。
出血で視界が妨げられただけなのか、今の一撃で完全に目を潰されたのかは判断が付かない。
そんなことを考えている余裕も、気にする冷静さもなかった。
無我夢中でガーディアンの力を解放する。明の足元から炎が吹き上がり、絡み付いた触手を灰にした。
異形の腕が遠ざかるのを感じる。炎に焼かれながら追撃を続ける気は、さすがにないようだ。
しかし、退く気がないのは二人とも同じに違いなかった。少女の放つ殺気は、全く減じた様子がない。
「まだやる気があるなんて、面白いじゃない!」
優位を取り戻したゆえか、幾分余裕の戻った調子で少女が言い放つ。
その声には、先程までになかった熱が篭もっている。
「さっきは不覚を取ったけど……種はその服ね」
明の制服は、攻撃を受け止めた左胸の部分が破れている。そこから覗くのは髑髏の稽古着。
物理攻撃を完全に遮断し、攻撃してきた力をそのまま相手に返す防具である。
それに覆われていない部分にまでは効果を及ぼさないのが難点ではあるが、物理攻撃を主とする相手には非常に強力だ。
支給されたこの防具を、明は制服の下に密かに着込んでいたのだ。
36手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:43:11 ID:q+/+ZstI0
空気の動きを感じる。少女が動いたことを、明は知覚した。
「同じ手は二度も通用しないわよ」
さも愉快そうに、それこそゲームでもしているような口調で少女が言い放つ。
「……うるせえんだよ」
その余裕に憎悪を煽られ、明は吐き捨てる。
目が見えない今、攻撃を見切って避ける、或いはガードすることは難しい。となれば、作戦は一つだ。
ぎりぎりまで引き付けようとタイミングを計る。動くのが一瞬遅ければ負け、それでゲームオーバーだ。
触手が空気を切り裂き、目の前まで迫ってきた――と感じたのと同時に、精神を集中する。
ガーディアン、魔神ラーの力が流れ込む。
「喰らえ……マハラギダイン!」
怒号と共に、魔力を一気に放出する。膨大な熱が溢れ出すのを周囲に感じる。
「早いわね。二度は通じないと言ったでしょう?」
一瞬にして燃え上がった炎の轟音の向こうから、嘲笑の響きを帯びた少女の声が聞こえる。
炎が自らの場所まで届かなかったことで、明がタイミングを見誤ったと思ったのだろう。
が、それは誤算だ。
誤算だというのを思い知らせてやろう、と明は思う。このタイミングこそ、彼の狙い通りなのだ。
行く手に燃え上がる炎の中に、いや、炎の向こうに明は飛び込んだ。
「これは一度目だ」
「なっ……」
すぐ鼻の先から、少女の狼狽した声が聞こえた。
自らの生み出した炎に突っ込み、衣服に火を纏った明は、そのまま正面の敵に体当たりを喰らわせる。
人間離れした化け物とはいえ、体格は少女。その華奢な体は簡単に吹き飛んだ。
まだ煙を上げる衣服と火傷を構いもせずに、明は気配で少女を探り当てる。
視覚が絶たれたことで他の感覚が研ぎ澄まされたためか、濃密な殺気にも慣れてきたためか、今なら彼女の位置は正確に掴めた。
死の危険を前にして、生存本能によって普段以上の能力が引き出されているのかも知れない。
倒れたまま未だ体勢を立て直していない少女に組み付き、執念で握ったままだった拳銃を右手に持ち替える。
先程傷を与えた肩の付け根に近い辺りに銃口を突き付け、トリガーを引く。
少女が低く呻いた。返り血が手に飛んだのを感じる。
同じ所を狙って続けてトリガーを引いたが、手の震えと相手の抵抗のため狙いは多少外れたようだ。
が、少女の体から更に大量の血が流れ出したのは感触でわかる。ダメージは大きいはずだ。
「くたばれ……」
この拳銃の装弾数は三発。先程神代から奪って弾を詰め替えた時に確かめていた。
つまり、もう弾切れだ。拳銃を投げ捨て、抵抗の弱まった少女の喉に手を掛ける。
殺れる。そう半ば確信を持った時だった。
聞こえるはずがない銃声を、明は聞いた。
今まで持っていた銃は弾切れで、つい今しがた投げ捨てた。敵の少女は銃など持ってはいない。
キョウジは離れた場所に置いてきたし、ろくに動ける状態ではないはずだ。
だとしたら、今の銃声は何だ?
――自分の脇腹に突き刺さった何か、鋭い痛みと流れ出す血の感触は、何だ?
37手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:46:17 ID:q+/+ZstI0
倒れた女を組み敷いていた男がもんどりうって倒れ、アスファルトの上に転がった。
危ない所だった。安堵に溜息をつき、倒れたまま動かない女に駆け寄る。
只ならぬ気配が漂っている通りに踏み込んでみたら、いきなり目撃することになった戦闘の光景。
遠目では詳しい状況まではわからなかったが、それなりに戦い慣れていそうな男が細身の女を組み敷いていた。
そして、女の片腕は肘から先がなかった。相当の重傷だろう。
もう片方の腕は体勢的に見えなかったが、例えもう片方は無事だとしても片腕切断の状態で戦う者はそういまい。
その女に、男は止めを刺そうとしているように見えた。
この状況から考えられるのはまず、男が女を襲い、傷を負わせた上で殺そうとしているという状況。
そうでないとすれば、先に攻撃したのは女だが、男が返り討ちにしたという状況。
前者だとすれば、女を助けなければならない。
もし後者だとしても、男は片腕を落として戦意も戦闘能力もほぼ失っているだろう女に止めを刺そうとしているのだ。
それも、止めたかった。
止めようとしたために男が命を落としたとしても、戦えない相手を殺そうとするような者なら仕方ない、とも思った。
もし女が男にとって大事な誰かの仇で、正義はないと知りつつ殺意を抑えられないのだとしたら、というのも一瞬考えた。
しかし、それ以上考える余裕はなかった。
そしてたった一瞬の猶予で思考を巡らせ、達した結論は――「それでも許されるべきでない」。
理屈よりも感情が下した判断に近かった。
殺されようとしている女に、守れなかった彼女達を重ねてしまったのかも知れない。
自己嫌悪と自罰意識ゆえに、復讐のためなら尚更許せないという思いが働いたのかも知れない。
――そんな自身の胸中を分析するだけの経験も、説明する言葉も、アレフは持ち合わせていなかったが。
だから彼は、言葉の代わりにトリガーを引いたのだ。

「大丈夫か? 君……」
銃を下ろし、駆け寄ったところでアレフは気付く。
先程発砲した位置からは見えなかった、女のもう片方の腕。その異形の形状。
絶句して一瞬立ち竦んだ所に、背後から男が叫ぶ。
「馬鹿野郎っ……離れろ!」
声の主は、女を助けるためにアレフが撃った男。助けようとした女は、悪魔としか思えない姿だ。
この女は悪魔だったのだろうか。では男の方が、襲われた被害者?
男の方を振り向いた瞬間、女が殺気を膨れ上がらせたことに混乱したアレフは気付かなかった。
横たわったままの女の体から、闇が溢れ出すかのように漆黒の何かが伸びた。
変形した腕だ、と気付いた時には遅かった。受け止めようとした腕が空を切る。
女の異形の腕はアレフの横を通り抜け、その向こうに倒れた男の胸に突き刺さり、嫌な音と共に赤い飛沫を上げた。
38手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:46:49 ID:q+/+ZstI0
男の胸から、そして口から鮮血が溢れ出る。
それと同時に、真紅のエネルギー体が男の体から立ち上り始めた。それは吸い寄せられるように、女の手元に向かう。
倒れていた女がゆらりと立ち上がり、艶然と微笑んだ。
肩には銃創があり血を流してはいるが、彼女の表情には負傷を感じさせない余裕が漂っている。
「あなたに助けられたようね。お礼は言っておこうかしら」
「お前が、先にこの人を?」
声が震えた。怒りと悔恨と、取り返しの付かないことをしてしまったという絶望感に。
「彼はとても楽しませてくれたわ。あなたが乱入してこなかったら、私でも危なかったわね」
この女が悪魔なのか人間かはわからない。ただ一つ、アレフは確信する。
彼女は殺すことを楽しみ、それに罪悪感の欠片も抱かない存在であるということを。
「……許さない」
銃口を女に向ける。トリガーは未だ引かない。闇雲に発砲してどうにかなる相手ではないことは悟っている。
「逃げないのね。あなたからも、沢山マガツヒが貰えそう。だけど……」
笑みを浮かべた女が、突然天を仰いだ。
目の前の事態を把握するのに必死だったアレフは、気付いていなかった。主のもとへ舞い降りようとする悪魔の影に。
輝く翼を備えた巨鳥が、急激に高度を下げる。
急降下の勢いで飛び掛ろうとする巨鳥に向け、翼を狙ってトリガーを引く。
しかし銃弾はその美しい翼を傷付けることなく、巻き起こされた風に容易く弾き飛ばされる。
巨鳥の鋭利な爪が、もう眼前まで迫っていた。
「っ畜生!」
毒づきながら地面に転がって、辛うじて攻撃は避ける。
しかし巨鳥の翼によって生み出された風圧は凄まじく、目も開けていられない。
「これ以上消耗してまで戦うほど、私は愚かじゃないの。また会いましょう」
風の音の向こうで、女の声がした。
舞い上がる埃に塗れて顔を挙げた時、巨鳥の姿は既に空中にあった。
そして、その足に異形の腕を絡み付かせた女の姿も、もう遠い。
「待て!」
声を限りに叫んだが、応えは返らない。
今はもう顔も見えない距離にいる女が、嘲笑っているような気がした。

地面に這い蹲ったまま、しばし呆然と見送って――それから、アレフは思い出す。
「……君! しっかり……」
跳ね起きて、倒れたまま動かない男に駆け寄る。
男の胸には、異形の腕に抉られた深い傷。心臓からは逸れたようだが、出血が酷い。
脇腹には銃創。他ならぬアレフが撃ったのだ。
顔にも触手で切り裂かれた痕がある。目をやられているようだ。
焼け焦げた学生服も、額のバンダナも鮮血に染まっている。
「ごめん、俺、こんな……あいつ、あんな化け物だなんて」
跪いて、必死で呼び掛ける。
この傷では、とても意識を保ってはいられないだろう。聞こえてはいないかも知れない。
すぐに充分な治療をしなくては、まず助からない。
39手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:48:20 ID:q+/+ZstI0
アレフは絶望の淵にいた。己の罪に、そして無力さに。
助けねばという一心で放った銃弾が、あの悪魔のような女を救ってしまった。
女と戦っていたこの男は、立ち竦んだアレフに離れろと叫んだ。誰に撃たれたかは理解していたろうに。
彼の警告がなければ、あの時、自分も殺されていた。
今度こそ助けなければならない、恩を返さなければならないのに、そんな力はなかった。
治癒の魔法が使えれば。宝玉か魔石でも持っていれば。悪魔が呼べれば。
そのどれ一つも持たない自分が情けなくて、憎かった。
「待っててくれよ、どうにかするから……絶対死なせないから」
絶対、などと約束できる根拠は何もない。
しかし気休めでもそう考えていなければ、本当に絶望しそうだった。
誰か、治癒の手段を持った信頼できる人物はこの近くにいるだろうか。
そんな確率は限りなく低い。しかしそれに頼るしかない。
「ごめん、俺が魔法とか使えればいいんだけど……何もできないから、待ってて」
「……うるせぇよ」
男の唇が、微かに動いた。低く掠れた声が紡ぎ出される。
「え……君、駄目だよ、そんな傷で喋っちゃ」
「……男がびーびー喚いてんじゃ、ねぇ……」
まだ意識があって、激痛に耐えながら話すことさえできるのか。男の肉体と精神の強靭さに、アレフは驚く。
「助けたいんだよ。これは俺の責任なんだ。君は死なせたくない」
「ポケットに……魔石、が……」
さすがに辛いのだろう、男は顔を歪めて黙る。荒い呼吸と共に、その口から血が吐き出された。
一刻も猶予はない。アレフは男のポケットを探った。指先に何かが触れる。
「あった……魔石!」
ポケットには二個の魔石があった。微塵も迷わずに、二つ分の治癒の力を男に向けて解放する。
魔石の回復効果は元々そう大きいものではない。
しかもベスが使っていた治癒魔法と同じく、魔石の効果もこの世界では弱められているようだ。
が、応急手当としては充分だった。
男の体の傷が塞がってゆく。体組織の再生により押し出された銃弾が地面に落ちた。
荒かった呼吸も、次第に落ち着いてくる。
「良かった。これで大丈夫だよ、後はしばらく安全な所に……」
呼び掛けて、アレフは気付く。
痛みに耐えるのにも限界が来たのか、治癒の術を受けた安堵によって緊張の糸が切れたのか。
男は、気を失っていた。
「……無理もないよな」
一瞬焦ったものの、男の呼吸が正常なことを確認してアレフは安堵の息をつく。
そして、巨鳥を従えた女が飛び去った方角の空を睨んだ。
「東。蓮華台か」
あの女を野放しにしては、確実に次の犠牲者が出る。
傷も癒えていないであろう今の内に、倒さねば――仕留めねばならない。
(わかってるよ。殺したら、あいつらと同じ場所に立つことになるんだって)
拳を握る。友が言ったことを、ただの綺麗事だとは思っていない。
(でも、俺はさ。元々、そういう場所に立つ人間だったんだ)
殺し合うことが仕事であり、生きる手段であり、栄光への道だった日々。
そんな日々を、決して嫌いではなかった自分。
今更になって、今の自分の中にもそれが生きていることを思い知る。
向かうべき道は最初から、一つだったのかも知れない。

「――手を汚すのは、俺みたいな奴だけでいいんだ」
40手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:51:27 ID:q+/+ZstI0
意識を失っている男を、誰かに見付からないように近くのビルのエントランスに運び込む。
彼が持っていたのだろう刀と銃も、その傍らに置いた。
荷物はないようだ。どこかに置いてきたのだろうか。仲間に預けているのかも知れない。
「……あ。荷物」
それを考えて、ふと思い出す。自分が持っていたザックを、いつの間にか降ろしてしまっている。
巨鳥の攻撃を避けた時に手放したのだったか。半ば無我夢中だったため、はっきりとは覚えていない。
独りで道路に戻り、辺りを見回す。――見付からない。
「嘘だろ……参ったなあ」
きょろきょろと周囲を探し回るが、どこに飛ばされてしまったのかザックは影も形もない。
もしかしたら巨鳥の爪にでも引っ掛かったか、あの女に持ち去られたのだろうか。
食料に水、名簿も地図も、ベスの形見のバンダナも入っているというのに。
逸る気持ちで、東の空を見上げる。
急がねばならない。あの女は、倒れた男からエネルギーのようなものを吸収していた。
あれがマグネタイトのような生体エネルギーを視覚化したものなら、治癒を早める効果もあるはずだ。
つまり、あの女は誰かを殺すか瀕死に追い込みでもすれば回復できる。
深手を負っているのだから積極的に戦いはしないだろうが、無力な者を狙って殺そうとするかも知れない。
(仕方ない。荷物なら後でまた探しに来ればいいんだ)
頭を振って、東の方向を睨む。女が向かった方向は蓮華台、この街の中央だ。
アレフにとっては、最初に転送された区域でもある。
地図を失ってしまったのが痛いが、できる限り早く近付ける、真っ直ぐな道を探して行こうと考える。
尤も、彼女が蓮華台に留まっていてくれるとも限らないのだが。
何しろあれだけ移動能力に長けた悪魔を使役しているのだ。
見たところ、悪魔召喚の道具らしき物も持っていなかったようだが――
(……道具なしで、召喚?)
先程出会った天使の言葉を思い出す。主は人間なのかという問いに、天使は答えなかった。
『あの方にはそのような物は必要ありません』
その言葉の意味が、あの時はわからなかったが。
(――まさか、な)
考えないことにして、アレフは歩き出す。
向かうは蓮華台。この悪夢のゲームの、始まりの場所。
41手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:52:12 ID:q+/+ZstI0
千晶は不機嫌だった。
ただの人間にしか見えなかった者に傷を負わされたばかりか、退却する破目になるとは思っていなかった。
あの無謀極まりない学生服の男から少量のマガツヒは奪えたものの、止めを刺すには至らなかった。
未だ、銃創を塞ぐのに充分なマガツヒは集まっていない。殺せていれば、必要なだけ得られていたのだが。
間抜けにも手助けをしてくれた長髪の男も、学生服の男が警告などしなければ不意打ちで倒せていただろう。
「千晶様。傷が痛まれますか」
側に控えた巨鳥――スパルナが心配そうに問い掛ける。
主の浮かない表情を案じてのことだろう。しかし、気遣いなど彼女にとっては邪魔なだけのものだった。
「私がそれほど脆弱に見える?」
冷たく一瞥すると、スパルナは目に見えて怯えた。
期待に副わない者は、たとえ己の配下であろうと殺すことを躊躇わない。主のその性格を、悪魔は知っている。
「失礼を……」
かつては人々に讃えられた高貴な聖鳥が、猛禽に睨まれた小鳥のように萎縮している。
千晶の配下となった悪魔は皆、彼女の力と思想に靡いた者達だった。
強き者が全てを支配する。それを是とする者が、より力ある存在に従うのは当然だ。
逆に言えば、千晶に従う悪魔は序列に敏感で、その頂点に千晶が存在することを認識している者ばかりである。
逆らえばどうなるか理解しているのだ。
「臆病者は必要ないわ」
眉一つ動かさず、千晶は黒い腕を伸ばした。避ける間も与えず、それはスパルナの心臓を貫いた。
苦悶の羽ばたきが美しい羽を舞い散らせるが、それもすぐ止んだ。
地に伏して動かなくなった悪魔から立ち上るマガツヒが、千晶に吸い寄せられてゆく。
「――足りない」
不満げに、千晶は呟く。
バンダナの男に撃たれた傷は、出血こそ止まっているが未だ塞がっていない。
己の体に醜い傷が残っていることを、彼女は苦々しく思う。
その気になれば、あの場に留まってバンダナの男に止めを刺し、長髪の男も殺すことはできていたはずだ。
しかし、手負いの獣がどれだけ激しい抵抗をするかは計り知れない。
この傷も、その「予想外」の産物だ。
ボルテクス界とはまた違う、この奇妙な都市で行われている死のゲーム。
ここで力を示し、自らが最も優れていることを証明するのは、出会った者と愚直に戦っていては至難に近い。
一対一で千晶に勝てる者は少ないだろう。しかし、無傷で片付けられる相手ばかりとは限らない。
そして、ゲームを受け入れず団結する者もいる。
どれだけの力があったとて、力だけでは生き残れない。知や精神力をも試されているのだ。
(面白いじゃない。優れた者は、全てを手にするのよ)
眼下に広がる街を見渡す。
(弱い者はせいぜい足掻いていればいい。私が刈り取ってあげるわ、全て――何もかも)
千晶は笑みを浮かべた。悪魔のような、冷たい笑みを。
42手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:54:48 ID:q+/+ZstI0
動かない体を引きずって、ほとんど精神力だけで前へ進み続ける。
銃声が聞こえたのは、明が見えなくなってから数分後。
反射的に飛び出し掛けたが、足手纏いになると言われたことを思い出して足を止めた。その時は。
しかし二発目、三発目の銃声を聞いた今、動かずに待つつもりはなかった。
正確には――その二発の音を聞く前に、明の悲鳴が聞こえたからだ。
多少の傷など物ともせず平気な顔をしていた彼が、苦痛に声を上げるような状況。
尋常ではない。最初から、尋常でないことはわかっていたのだ。大気を満たす禍々しい気配で。
(宮本君……無事でいてくれ)
動けないなどと言っている場合ではなかった。動かなくてはならないのだ。
よろめき、何度も倒れながらキョウジは進む。明はきっと、助けを必要としている。
助けられる自信がある訳でもなかったが、彼を見捨てることはできない。
漂ってくる邪悪な気配に揺らぎが生じていることも、キョウジは感じていた。
そういえば、と当たり前のことを思い出す。この体には葛葉一族の血が流れているのだと。
元はと言えば葛葉とは何の縁もなかったキョウジには、その自覚は薄い。
しかし自らの霊感が次第に研ぎ澄まされてゆくのを感じ、彼は初めて葛葉の血を意識した。
(恐らく宮本君はピンチだ。しかし、敵もダメージを受けている)
冷静に状況を分析しながらも、焦りは募る一方だった。
明が数分で駆け抜けていった距離を進むのに、麻痺した体はどれだけの時間を要するだろう。
彼のもとへ辿り着いたとして、果たして間に合うのか。
息を切らしながら歩を進める中で、彼は――四発目の銃声を聞いた。
(今のは!?)
息を呑む。明が持っていった拳銃の装弾数は三発。弾に予備はなかった。
考えられるのは一つ、その場所には別の銃があるということだ。
誰が、誰を撃ったのか。嫌な想像が浮かび、手に汗が滲む。
気ばかり急いているのに、体はまともに動いてはくれない。
やがて次なる異変が起こった。空に、急速で飛来する影が見えたのだ。
鳥に見えるが、その大きさといいシルエットといい、こんな都会に元々住んでいた鳥とは思えない。
悪魔だ。恐らくは、誰かに召喚された。
(くそっ……何が起こっている?)
影は、舞い降りた。
そして――遠くから見守るしかないキョウジの存在に気付くこともなく、再び空中へ舞い上がる。
(……あれは?)
鳥の足の辺りに、何か人影のようなものが見える。しかしキョウジの距離からは、その正体は掴めなかった。
しかし、一つだけははっきりと確信できる。
あの禍々しい気配が、遠ざかりつつあるということは。
43手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:55:49 ID:q+/+ZstI0
それから更に十数分は経ったろう。ようやく、戦闘の跡のある場所にキョウジは辿り着いていた。
酷い有様だ。誰のものとも知れない血が路上に撒き散らされている。
中でも大きい、誰かが倒れていたに違いない血溜まりが二つ。
地面には焼け焦げた跡があるが、何が燃やされたのかは推理できない。
燃え滓は先程の鳥が着地した時、その翼の生み出す風圧で飛ばされてしまったのだろう。
「宮本君!」
目の届く場所に明の姿はない。彼の死体が転がっていなかったのは喜ばしいが、無事とも思えなかった。
連れ去られたのかも知れない。周囲への警戒は怠らないまま、声を張り上げて名を呼んだ。
「宮本君! 聞こえるか!」
発声器官は完全に麻痺してはいないものの、普段に比べると掠れた声しか出ない。
この声の聞こえる範囲に、彼はいるのだろうか。不安が頭をもたげ始めた時だった。
「うるせぇ……怒鳴んな」
返事が聞こえた。弱々しいが、確かに明の声だ。聞こえてきた先は――道路脇の小さなビルのエントランス。
駆け込みたいところだが、それもままならない。ゆっくりとキョウジは歩を進め、転がるようにそこに飛び込んだ。
「来んなって言っただろ……」
呆れ顔で、壁を背にして座った明が呟いた。
「そんな訳にいくか。何があったんだ」
よろよろと明に歩み寄る。服は焼け焦げ、所々破れているが外傷はないようだ。
しかし、ぐったりと座った様子や声の調子からはかなりの消耗が見て取れる。
「……殺り損ねた」
そう言って深く溜息をついた後、明はゆっくりと起こったことを話し始めた。

「なるほどね……」
大体の事情を飲み込み、キョウジは頷いた。明の話はこうだ。
異形の女と出会い、戦った。明は目をやられながらも女を追い詰めたものの、その光景を誤解したらしい男に撃たれた。
女は逃げ去り、明を撃った男は懸命に詫びていて――そこで意識が途切れたらしい。
キョウジの声で意識を取り戻してみると、幸いなことに傷は塞がり、視力も戻っていたそうだ。
「……冗談じゃねえ。とんだ災難だ」
「しかし魔石を素直に両方使ってくれたなんて、そいつも結構なお人好しじゃないか」
自分の生き残りを優先に考える人間だったら、魔石の場所を教えられたら持ち逃げしかねない。
明は戦いを邪魔されたことで不満そうだが、その男は仲間に引き込める人種かも知れない。
「顔は見えなかったんだよな。また会えるといいんだが」
「俺は御免だ」
吐き捨てるように言って、数秒。ふと思い出したように明は付け加える。
「……髪、だ」
「髪?」
「そいつが俺の側に屈んだ時、髪が触れた。長髪野郎だ」
これは推理材料になるな、とキョウジは思う。言うまでもなく長髪の男はそう多くない。
教室に集められていた中に、何人いただろうか?
さすがに人数までは思い出せないが、これから出会う相手から情報を募れば手掛かりも掴めるだろう。
それまで互いに生きていれば、だが。
44手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:56:56 ID:q+/+ZstI0
「……ところで、荷物はどうした」
「置いてきたよ。今の僕じゃ二人分のザックなんか運べない」
明は露骨に嫌そうな顔を見せたが、仕方ないという風に首を振る。
「わかった。持ってくる」
「お……おい。待てって」
立ち上がろうとした明に、キョウジは制止の言葉をかけた。構わず、明は立ち上がると壁に凭れる。
「あんたは動けねえ、俺も少しは休みたい……なら、ここに荷物を持って来んのが安全だ」
理屈はわかる。キョウジが取りに行くよりは明の方が早いだろう。
しかし彼は、瀕死の重傷から回復したばかりなのだ。
傷は塞がっていても所詮は魔石の回復力、体力はほとんど戻っていないだろう。
「じゃあ、せめてこれを」
「駄目だ」
渡されてポケットに入れていた最後の魔石を差し出すが、一言で却下される。
「使い果たしたら、次に死に掛けた時にどうなる。……俺は動けるんだ、必要ねえ」
正論だ。仕方なく、魔石をポケットに引っ込める。
「……わかった。荷物を持ってきたら、ここでしばらく休もう。決して無理はしないでくれ」
「まだ死ぬ気はねえよ」
口の端を歪めて、明は笑った。
消耗を感じさせない、意外にしっかりした足取りで彼が出て行く。
無理をしているのだろうな、とキョウジは思った。

十分ほどの後。明は、無事に戻ってきた。
「土産だ」
ザックを三つ投げて寄越すと、明は壁に凭れて腰を下ろす。やはり、かなり辛いのだろう。
――ザックを三つ?
「おい、これ……」
「木の枝に引っ掛かってた。あの馬鹿野郎が慌てて放り投げでもしたんだろ」
呆れた様子で明は溜息をつく。
馬鹿野郎と彼が呼ぶ本人にとっては災難この上ないだろうが、明にしてみれば迷惑を掛けられたのだからお互い様か。
「できれば返したいが……中は見ておくか」
手掛かりになる物も入っているかも知れないし、使える品があれば借りておいてもいいだろう。
ザックの口を開け、中身を引っ張り出して床に並べる。
地図や名簿、着荷器具などの基本セット。特に地図や名簿に書き込みはない。
水と食料が二人分。誰かから奪ったのだろうか。
明の話を聞く限り、その馬鹿野郎は積極的に殺人を犯すタイプではないように思える。
となれば襲ってきた相手を返り討ちにしたのか、死んだ仲間から受け継いだのか。
それから、十字が染め抜かれた白と青のバンダナ。支給品とも思えないし、私物だろうか。
「使えそうな物は入ってねえか」
些かがっかりした調子で、並べられた品を眺めて明が言う。
「らしいね、どうやらアンラッキーだ。これが最後……」
ザックの中に最後に残った品を取り出し、キョウジは言い掛けた言葉も忘れて黙り込む。
「? どうした?」
不審げな顔をした明が立ち上がり、寄ってきて覗き込む。
キョウジはにっと笑って彼を見上げた。明の表情は、つい数秒前のキョウジと同じだったろう。
「前言撤回。どうやら僕らはラッキーだ」
手の上にある薬のラベル。そこに燦然と輝く文字は――『ディスパライズ』。
45手負いの獣が見た希望:2006/10/28(土) 06:57:36 ID:q+/+ZstI0
<時刻:午前9時半前後>

【橘千晶(真・女神転生3)】
状態:片腕損傷(軽微)、肩に銃創×3
装備:なし
道具:なし?
現在地:七姉妹学園屋上
仲魔:なし?
行動方針:皆殺し

【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷
装備:ドミネーター(弾丸2発消費)
道具:なし(ザックごと紛失)
現在地:平坂区/夢崎区の境から、蓮華台に向けて移動
行動方針:ネクロマの術者を倒す、千晶を倒す

【宮本明(真・女神転生if...) 】
状態:外傷は塞がっているが消耗大、ボロボロの服
装備:ヒノカグツチ(少し重い)、鍋の蓋、スターグローブ(電撃吸収)、無想正宗
 アセイミナイフ×2、クラップK・K(残弾なし)、髑髏の稽古着(焼け焦げて使い物にならない)
道具:包丁×3、アルコールランプ、マッチ*2ケース、様々な化学薬品、薬箱一式 、
 メリケンサック型COMP、傷薬2つ、デイスポイズン2つ、閃光の石版、MAG1716
行動方針:ハザマの殺害、たまきと合流しゲームの脱出、休息を取り体力回復
現在地:平坂区/夢崎区の境
仲魔:コボルト
備考:肉体のみ悪魔人間になる前

【葛葉キョウジ(真・女神転生 デビルサマナー) 】
状態:麻痺
装備:ピースメーカー
道具:魔石1個、ディスパライズ、ベスのバンダナ、基本支給品を余分に1セット
行動方針:レイと合流、ゲームの脱出、休息を取り明を回復させる
現在地:同上
備考:中身はキョウジではなくデビサマ主人公です。
46錠平:2006/11/03(金) 11:39:42 ID:12djMrFNO
(cレ ゚∀゚レ〈保守
47モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:21:45 ID:ynd8XTsB0
「はあぁ〜…。」
あたしは全身全霊を込めて溜息をついた。
「ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!」
もう一回、溜息をつく。
そんなことをしたって後ろで無意味に暴れてるバカが空気を読んでくれるとは思えないけど。
そりゃこんな所に閉じ込められたのはこのバカだけのせいじゃないって解ってる。
このバカだってこんな状況になると思ってやったことじゃない。
本気で殺されるかもしれなかったから、仕方無いよ。
こうでもしないとあたしたちダメだった。
このバカだって良かれと思ってやったことが裏目に出ただけなんだって。
だけど、そんなこと解ってるけど、やっぱりムカつくものはムカつくよ。
「うおぉれは好カベ一代いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
……もう、コイツ殺してもいいですかぁ〜?
こうやってあたしが思いっきりコールドな視線を浴びせかけてもこのバカときたら、なぁ〜んにも感じて無いみたい。
一本足で跳ね回って大喜び。何なのよもぅ!
あたし一人がこんなに悩んだり困ったりしても仕方無いのかもしれないけど。
それでも絶望。超絶望。
あーあ、さっき知らない人間が通りかかったから呼んでみたけど気付かないし。
ムカつくから此処から出れたらまずあの人間を殺したい!
ちょっと年行ってたけど背が高くて、モジャモジャ頭が微妙だけど顔自体はまあまあ。
やけに時代掛かったキャメルのスーツ姿で、何か追い詰められた表情だった。
追い詰められてるのはこっちだっての!
これ以上お肌荒れたらあのモジャ毛と、後ろで無意味に暴れてるバカのせいだからね!
あー、余計ムカついてきた。

何処かにこの囚われのお姫様(あたしのこと!)を助けてくれる素敵な王子様はいないのかなぁ…。
そんなステキな王子様がいてくれたら、あたし、一生付いて行っちゃう。
お嫁さんにしてもらう!
「うぉまえぇぇぇぇぇぇぇ!! 
先っちょ削れるかもしれないぞおぉぉぉぉぉぉ!!!
やっぱり削れないかもしれないぞおおおおおおおおおおお!!!
どっちなんだあああああああああああああああああああああああああああああ!!!
わからねええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

…………。

やばい、泣きそう…。
「もう嫌――――――――――――――――ッッッ!!!」
48モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:24:14 ID:ynd8XTsB0
鳴海が病室から出た後、再び浅い眠りについていたライドウは、何処かで少女の悲鳴が聞こえたような気がして覚醒した。
半身を起こして周囲をきょろきょろと伺うが、人の気配は無い。
人の気配なんて、あるわけが無いだろう。ここは廃病院だ。
しかも窓ときたら背伸びしないと届かないような場所に申し訳程度の大きさのものが一つ。
その上頑強そうな鉄格子まで付いているような病院である。
おまけに外は人っ子一人いないような山奥だ。
視線を逸らし、壁に掛かった時計を見ると十分程度しか経っていない。
まさか丸一日寝過ごしたとは思えないから、熟睡したような気がしたが、そうでもなかったのらしい。
先ほど鳴海が持ってきてくれた食べ物を口にしたからだろうか、出血多量だった当初よりは頭がスッキリしていた。
ベッドからもぞもぞと這い出し、枠に引っ掛けてある自分の学生服を羽織った。
それから、いつも愛用している黒い外套を探すが見つからない。何処かで無くしてしまったのだろうか。
腕を動かすと、強引に縫い合わせられた右肩の傷口が少し傷んだが、血は出ていないようだ。
包帯の巻き方は無茶苦茶だったが止血はちゃんと施されているらしい。
かなり手荒だが、その手当てをしてくれた鳴海は足りない血液を補うために探索に出てしまったが、まだ帰ってきていない。
それ程時間が経っていないのだから、もう少し待っていてもいいのではないかと思わないでもなかったが、何故か嫌な予感がした。
鳴海が先ほどこの部屋から出た時に感じたものと同じ感覚だ。
もう二度と、まともな姿で会えないのではないかという、不吉な予感――。
普段はチャランポランだが、やる時はきちんとケジメを付ける鳴海に限って自分を裏切るような真似はしないと信じたいが……。
何故か心に掛かったもやのような物は晴れない。
厭な考えを振り切り、立ち上がると部屋の片隅に眼をやる。
自分のものと、赤根沢玲子から預かった荷物が無造作に放り投げられている。
鳴海の荷物は無かった。
49モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:27:20 ID:ynd8XTsB0
その荷物を取ろうと一歩踏み出すと、目の前が白く染まった。
平衡感覚が上手く掴めない。
少し食事をして寝ただけでは、まだ完全回復に至っていなかったらしい。
が、そんなこと言っている場合では無いような気がして歩を進めた。
まず、自分の荷物を開ける。
中の道具は使いきってしまって、あるのは無銘の脇差だけだ。
これだって数刻前、ピアスの男の持つロングソード
(脇差よりも重量、破壊力共に勝っている。おまけに持ち主の力も強い)
と鍔迫り合いをしたのだから刃こぼれが酷い。
それとわずかな食料と水、他に残るはこのゲームのルールブックだけだ。
ライドウは、この戦いに巻き込まれてから今の一度もルールブックに眼を通していないことに気付いてそれを手に取った。
書いてあるルール自体はどれも鳴海やレイコから聞いたことばかりだ。
参加者名簿に改めて目を通すと、一つの名前に眼が留まった。

葛葉キョウジ

その名が眼に飛び込むや否や、ライドウはぎょっとした。
ライドウが知っているキョウジ、いや『狂死』は危険な男だ。
ヤタガラス機関の『掃除屋』である悪魔召還士で、ライドウと同じく葛葉の名を冠する。
ライドウの知っているあの男は粗野で乱暴。
悪魔以上に悪魔らしい人間と言える。
標的がたとえ一人だったとしても、そいつのいる建物ごと焼き払うような危険人物だ。
そんな奴まで此処に来ていたとは――。
あの男がこのゲームに乗って殺戮に手を染めている姿はありありと想像出来た。
(このゲームに呼び出された葛葉キョウジはライドウの知っている初代葛葉狂死とは別人だが、彼はそれを知らないのだ。)
戦いを避け、この街から脱出するとしても、遭遇したら厄介な相手だ。
魔神皇同様、出来るだけ見つからないように行動したい所だが、鉢合わせになったら戦闘は避けられない相手だろう。
油断は出来ない。
50モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:32:16 ID:ynd8XTsB0
そう言えば、一度目の放送の時、自分は外出していたから死者が誰なのかを聞き流してしまっていた。
あの時も、嫌なものを見た。
道端に投げ出されていた少女の死体、目の前で包丁を使って自らの喉を突いた少女……。
あの二人も死者の名前に連ねられているのだろう。
参加者名簿(好きで参加してるわけじゃないのに)には鉛筆で名前がチェックされている。
自分が眠っている間に鳴海がやっておいてくれたのだろう。
(こんなに鳴海さんに世話を焼かせたことって今まで無かったな。
どっちかと言うと普段は働かないダメ上司だから苦労していたのは自分なのに。)
ふと、そんなことを思った。
それから自分の知っている名前、朝倉タヱと大道寺伽耶の名前にチェックが入っていないことに少し安心した。
ゴウトの名前は最初から書いてないが、彼ならまぁ、そう簡単にくたばるようなことは無いだろう。
勿論、鳴海とレイコの名前にもチェックは無い。
「レイコさん……」
レイコのことを思い出すと、心が今まで感じたことの無い感情で溢れた。
何故だろう。
このゲームが始まって出会ったばかりだと言うのに、彼女のことを考えるだけで胸が熱くなって鼓動が早まるような気がする。
だが決して不快ではない。
むしろ、ずっとレイコのことを考えていたいくらいだ。
彼女は必ず、自分が守らなければいけないような気がするのに――。
彼女は今、おそらくだがあのピアスの男に囚われている。
酷い目に遭わされているかもしれない。
どうして一瞬だったにせよ、彼女から眼を離してしまったのか…。
酷い自己嫌悪に駆られてしまうが、まだ死亡が確認されていないのだから、助け出す余地はあるはずだ。
(早く、早く行かないと……。)
それからもう一つの荷物、レイコから預かっていた荷物に眼をやった。
このゲームの主催者から配布された物とは言え、女性の荷物を勝手に開けていいものなのか少し戸惑ったが、
ライドウは意を決してカバンのジッパーを開いた。
中身は全員に配られる食料と、ルールブックが入っている。
それからマハラギストーン、マハブフストーン、マハジオストーン、マハガルストーンが一つずつ。
人の物だから勝手に使っていいとは思えないが、緊急事態に役立つかもしれない。
そう考えながらライドウはジッパーを閉じた。
二人分のカバンを持ち上げた時、何かが転がり落ちてライドウの靴の爪先に触れた。
「これは…」
それは鳴海に預けていたはずのメリケンサックだった。
51モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:36:26 ID:ynd8XTsB0
ただ、それはただのメリケンサックではない。
自分には使えないが、悪魔召還を可能とする機能を備えた特殊なメリケンサックである。
何となくそれを手に取り、右手に嵌めて手の甲に当たる鉄板部分に指を触れてみる。
すっと音も無くそれは横にスライドし、小さな青白い画面が現れた。
何かが書かれているが、ライドウにはあまり馴染みの無い英単語とルーン文字が羅列してあったため、殆ど意味は解らない。
この形状でどうやって悪魔を封魔して、召還するのか想像も付かなかった。
唯一解ったのはメリケンサック内に内蔵出来る悪魔は全部で6体。
そして最初からマグネタイトが3000程入っているということだ。
(これが使えたら、かなり有利になるのに…)
誰か未来の機械に精通していて話の通じる相手がいたら使い方を教えてもらおう。
そう思いつつ、一つの疑問が頭を過ぎった。
何故、鳴海はこれを置いて出て行ったのか。
輸血用の血液を探すのだから、歩き回るのはこの病院内だけのはずだ。
だが悪魔や、やる気になっている人間に出くわす可能性もあるから武装を固めていくのは当然だろう。
このメリケンサックだって、召還が出来なくとも殴ればそれなりに効くはずだ。
なのに、何故?
鳴海に悪魔召還は出来ない。そして管の無い自分にも今や不可能。
ただし、今このメリケンサックの利用方法が解れば、サマナー知識に関して素人の鳴海よりも自分の方が上手く使いこなせる。
「まさか…!」
ライドウは思うが早く、二つの荷物を手に取り、乱暴に病室のドアを開けると外に飛び出した。
(まさか、鳴海さん……一人で外に出たのか?)
確かに鳴海は元帝国陸軍所属で、訓練を受けているため一般人よりは格闘に強い。
だが、それは普通の人間相手に対してのみ言えることだ。
外には、今まで一度も遭遇しなかったのは奇跡だが、悪魔が蔓延っているらしい。
それに、それ以上に危険な人物が闊歩しているかもしれないのだ。
「ちょっとは見直したけど、やっぱりあの人……馬鹿だ!」
ライドウは今まで溜め込んでいた上司に対するささやかな暴言を口走り、自身が貧血気味でフラフラなのも忘れて走り出した。
52モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:38:08 ID:ynd8XTsB0
無機質で白い天井には、行く先々で案内の標識が引っかかっていた。
ライドウはそれを頼りに出入り口に向かう。
何故か途中に戦闘が行われたような痕跡や血の跡がついているが、今の状況ならそれほど珍しくないように感じた。
普通なら病院でこのようなものを見たら多かれ少なかれ不気味に感じるものだろうが、
異常事態の連続で感覚がすっかり麻痺してしまったようだ。
標識を見て、ロビーの方向に向かって曲がる。
その時、逆の方向から少女の声が聞こえた。
「人間! 人間だ!」
声からして幼女のようだが、どうしてこんな所に幼女がいるのだろうか。
まさかそんな年端の行かない子供まで参加者として召還されたのか?
「人間、助けてよぉ……。助けてくれたら何でもするから!」
「がおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!
うぉれぇ、し、し、失敗……パイナップルうううううううううううううう!!!」
幼女の声を遮ってよく解らない絶叫も聞こえる。
だが、ライドウはこの絶叫に聞き覚えがあった。
(悪魔か……)
あの一種独特のマッド口調は一度聞いたらそうそう忘れられるはずが無い。
だから間違いは無いだろう。
本来なら悪魔なんかに構っている暇は無いのだが、悪魔から情報を少し聞き出しておくのも悪くないだろう。
それにマッド口調の方はともかく、幼女の方は切羽詰ってるような声色だ。
気付いていて放っておくのはいくら何でも凌ぎ無い
ライドウは踵を返して声のした方に進んだ。
53モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:45:21 ID:ynd8XTsB0
その廊下の突き当たりに、それはあった。
目の前の空間全体を覆う、鈍い光と、その中央に眼窩と口腔をぼんやりと開いた不気味な顔が浮かび、蠢いている。
シキミの影だ。
この厄介なトラップは一定の属性で攻撃しないと破壊出来ない。
帝都を守護するライドウも、これには何度も手を焼いた。
「あぁ、やっと気付いてもらえた! 助けてよ人間!! ねぇお願い!」
「ずどおおおおおおおおおおぉぉぉん、ずどおおおおおおおおおおおおおおん!!
うぉまええええええええええええええええ、何故うぉれは此処にいるううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!
答えろおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
悪魔2体が突き当たりの壁とシキミの影に挟まれて身動きが取れなくなっていた。
その悪魔はモー・ショボーと、イッポンダタラ。
奇妙な組み合わせである。
「これは……一体どうしてこんな所にシキミの影が。一体誰が?」
ライドウはシキミの影に手を当てて学生帽の頭を傾けた。
「うぉおおおおれの壁はぁぁぁ世界一いいいぃぃぃいいいいいいいいい!!!」
「うるさーい! アンタは黙ってて!」
モー・ショボーが甲高い声を上げてイッポンダタラの頭を拳で殴った。
やられたイッポンダタラの反応からしてあまり効いていないようだが、とりあえず叫ぶのは止めてくれたようだ。
後ろでぴたりと止まって固まっていた。
「人間あのね、あたしたち山から逃げてきたの!
白い服着た怖〜い人間が山の中で破壊の限りを尽くしてて……それで、それでね……。
うえぇ〜ん、怖かったよぉぉぉ〜!」
そう言って緊張の糸が切れてしまったのか、火がついたように泣き出してしまった。
モー・ショボーの話は点で要領を得ないものであったが、舌ったらずな言葉の中にライドウは思い当たる節があった。
白い服……。
「そいつが着てたのは白い着流しだったか?」
ライドウの質問にモー・ショボーはしゃくりあげながら首を横に振った。
「ううん、白い学生服だよ…着物じゃなかった。」
ならば葛葉狂死ではない。
破壊の限りを尽くす白い学生服の人間――。
間違いなく魔神皇だ。
「モー・ショボー、それはいつの話だ? 君達はいつからそこにいる?」
「えっ、えっ、時間なんて解らないよぉ〜。もうずーっとだよぉ!」
少なくともライドウがこの病院に来て以降の話ではないようだ。
だからと言って、魔神皇の死亡が確定されていない以上安心は出来ないが。
「それでね、ひっく、此処に逃げて来たの、そしたら……」
涙を服の袖で拭いながらモー・ショボーは恨めしそうに後ろで硬直したまま黙っているイッポンダタラに恨めしそうな眼を向ける。
「コイツが壁作って出られなくなっちゃったんだよお〜!」
そう言ってまた声を上げて泣き出した。
後ろでどうしたらいいのか解らないイッポンダタラがオロオロしている。
「なるほど解った。」
ライドウは一つ頷くとシキミの影をコンコンと軽く叩いた。
うっすらと見える色からして氷結属性の攻撃で簡単に撃破出来そうだ。
魔法を使えないライドウだが、幸運なことにマハブフストーンはあった。
本来の持ち主はレイコだが、このことについては再会してから詳しく説明することにしよう。
「人間、助けてくれるの!?」
「うおぉまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
パッション、パッショォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンン!!!!」
二人の顔が煌いて、シキミの影に張り付き、ライドウにずずい期待の視線を向ける。
「助けてやっても構わない。ただし、条件がある。」
それからライドウはメリケンサック型の召還具の嵌った右手を二人によく見えるように挙げた。
54モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:50:40 ID:ynd8XTsB0
だがライドウが条件を説明する前にモー・ショボーが口を開いた。
「人間、サマナーなの? 解った! 出してくれたらあたし、人間に付いていく!」
「うぉおおおれはムァグが大好きなんだああああああああああああああああああ!!!」
召還具を見せただけで言いたいことは解ってくれたようで助かった。
モー・ショボーは強力な魔法を持っているから純粋な戦力として使えるだろう。
何より回復手段が無い現状で彼女の持っているディアの魔法はかなりありがたい。
イッポンダタラはこんな性格だから手懐けるのに手間が掛かりそうだが、それなりの戦闘力はある。
それに自由自在にシキミの影を作れるのなら、使い道はありそうだ。
だが、今手元にあるのは管ではなく使えない召還具。
はたして本当にこの状態で悪魔を使役出来るのか。
「いや、僕が召還士には違い無いがこの機械の使い方が良く解らないから…知ってたら教えて欲しいんだが。」
「うん、解った! 教えてあげるからっ!」
「本当に使い方が解るのか?」
「うんっ、前お世話になったサマナーが同じの使ってた!」
「本当に大丈夫なのか? 壁が消えた途端襲い掛かったりしないだろうな?」
「大丈夫、約束するっ!」
だって、ずっと待ってた王子様なんだもん……。
背が高くて、美形で、モミアゲがちょっと意味不明だけど、とっても格好良い王子様。
「解った。契約は成立だな。少し離れてろ。」
そう言って二人がシキミの壁から離れたのを確認すると、ライドウはレイコのカバンからマハブフストーンを取り出し、投げつけた。
氷の飛礫が壁一杯に広がり、一気に凍結させる。
それからきっちり3秒後にシキミの影の顔が大きく歪み、崩れ落ちた。
「やったあ!」
泣き顔から一転してモー・ショボーが満面の笑みを浮かべると、崩れた壁から飛び出し、ライドウにしがみついた。
「ありがとう、あたしの王子様! モミアゲの王子様!」
「王子様? モミアゲって……」
モー・ショボーの小さな身体を受け止めながらライドウは首を傾げた。
二人の後ろでイッポンダタラが自由になった喜びから、意味不明なことを叫んで飛び回っている。
「えへへ、恥ずかしいけど……これはあたしからのお礼だよ。」
「え……?」
モー・ショボーは少し顔を赤らめ、俯き加減にそう言うと、
両手でライドウの白い頬に触れ、首を伸ばして彼の唇に小さなキスをした。
悪魔の、それも幼い子供にこんなことされて、喜んでいいのかライドウが悩んでいると、
その瞬間、モー・ショボーが驚いたように飛びのき、いきなり軽くなったライドウは思わずよろめいた。
「きゃー大変! 王子様顔が冷たいよ! 死んじゃう!」
彼女の言葉でライドウは、自分が今も血が足りていないことを思い出し、がっくりとその場に尻餅をついて倒れた。
55モミアゲの王子様:2006/11/03(金) 23:52:29 ID:ynd8XTsB0
《午前11時20分頃》

【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団】
状態 出血多量による重度の貧血 (少し回復)
武器 脇差 メリケンサック型COMP
道具 レイコの荷物(マハラギストーン マハジオストーン マハガルストーン) MAG3000
仲魔 モー・ショボー イッポンダタラ
現在地 蝸牛山 森本病院
56錠平:2006/11/03(金) 23:59:56 ID:12djMrFNO
(cレ* ゚∀゚レポッ
57名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 22:22:34 ID:eJvAwcNLO
保守
58名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 22:22:18 ID:Z7UTm2Jc0
保守
59名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 02:12:55 ID:RF557kPC0
保守
60名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 10:00:36 ID:akAbU9n/O
61名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 00:35:10 ID:HsD/flTS0
保守?
62名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:49:59 ID:MBEtEBLI0
保守
63呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:34:26 ID:E3evA/Xo0
ここは悪魔の住処だったはずだ。
つまり、外は悪魔の住処ではないはずだ。
だから最初は戸惑った。突然開け放たれたガラスの扉、逆光に照らされて立つそいつの姿。
セクシーな衣装の女で、どう見ても死体で、動いている。
が、ボディコニアンがいきなり外から入ってくるのはおかしな話だ。中にいたなら納得したが。
理由を考える前にマシンガンの乱射を受けて、誤解に気付いた。
こんな銃を使いこなすボディコニアンはいない。あいつらは普通の女のゾンビだ。
それを理解した時、ちょうど見えた。そいつの鎖骨の上、刻まれた呪印に。

今まさに狩ろうとしていた悪魔を盾にして掃射をやり過ごし、彼は舌打ちをした。
血飛沫を上げて悪魔が倒れ伏す。
苦々しい。獲物を奪われた事がではない。
相手の性質の悪さがわかっているから、苦々しい。
ただでさえゾンビという奴は面倒だ。痛覚も恐怖もないから、物理的に破壊しないと止まらない。
加えて、今の相手はマシンガンを使いこなしている。戦い慣れた女のゾンビだ。
腐敗の始まっている死体なら動作も遅いが、生憎こいつは死んだばかりのようだ。
当たり前だ。この六時間足らずの間に死んだに違いないのだから。

「……嫌な相手だ」
彼は独りごちる。
嫌な光景を思い出す。初めて悪魔と戦った時のこと。
そいつらは同じシェルターの住人だった。見知った顔もいた。
それが、悪魔に成り果ててしまっていた。あの苦い思いは忘れようとしても忘れられない。
ゾンビの性質の悪さの中でも最大のものは、それがかつては人間だったということだ。
64呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:36:19 ID:E3evA/Xo0
「あらぁ……外しちゃったわね」
ゾンビ女が笑った。生前なら、快活さを感じさせる魅惑的な笑顔だったろう。
しかし、胸に風穴を開けた女にそんな顔を見せてもらっても嬉しくも何ともない。
「でもちょうどいいわ……血が流れすぎちゃったら、啜れないものねっ!」
「言ってくれる!」
再び銃口を向けられる前に、彼は動いた。
ゲームセンターという場所は銃で戦うには不利だ。障害物がそこら中にある。
手近な椅子を相手に投げ付けて、巨大な筐体の陰に隠れる。一瞬の時間稼ぎができればそれでいい。
「来い、オルト……」
サバトマの詠唱を始めると同時に彼は気付いた。聞こえるべき銃声が聞こえない。
マシンガンなどという強力な得物を持っているのだ。撃ってくるとばかり思っていた。
「遅いわよぉ!」
絶叫というより吼え声に近い、戦いの昂揚をそのまま迸らせたような女の声。
それはすぐ横、身を隠した筐体の陰から聞こえた。
一瞬後にはそいつは飛び出してくる。死角から襲い掛かってくる。
そう悟りはしても、身構えるのが間に合わない。
詠唱の声は途切れた。
案の定、次の瞬間には凶悪な笑みを浮かべたゾンビ女の姿が目の前にあった。
投げ付けられた椅子にも構わず突進してきていたのか。こいつの戦い方は銃だけではないのか。
組み付かれながら、握ったままの刀をそいつの背中に突き刺す。手応えはあるが効果はない。
「もっと深く刺したらどう……? アンタも一緒に串刺しだけどねっ!」
微塵も動じず、女は笑い声を上げた。笑う女と内心毒づく彼は、一緒に床に倒れ込む。
刺して駄目なら腕を斬り落としてでもやろう。女の体から刀を抜こうとした時だ。彼の右腕に激痛が走る。
彼を床に押さえ付けたゾンビ女の爪が、腕に食い込んでいた。
物凄い力だ。刃物ででも刺されたかのように鮮血が迸る。女はそれを見て、うっとりと歓喜の表情を浮かべていた。
まずい。この調子では喉を掻き切られるか、食い破られる。
まだ自由な左手で、血に気を取られた女の横っ面を力の限り引っ叩く。多少気が咎めるが何しろゾンビ相手だ。
奴がバランスを崩した所で、腹を蹴り上げる。女の体が僅かに浮いた。食い込んだ爪が傷から引き抜かれる。
彼はそのまま転がって、敵から距離を取る。どうせ今の攻撃などろくに効いていないだろう。
相手が体勢を立て直し、再び飛び掛かってくるまでにオルトロスの召喚を終えるのは至難の業。ならば。
65呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:37:42 ID:E3evA/Xo0
刀を無事な左手に持ち替えて跳ね起きた。
痛みを感じた様子もなく、女が立ち上がる。
右手には銃を持ったまま、血塗れの左手を震わせ、憎悪に燃える目で彼を睨む。
「来い、死に損ない」
「うるさい……うるさい、アンタも死ぬのよぉぉぉ!」
絶叫して、女は跳んだ。床に転がる椅子を避け、古びたゲームの筐体に飛び乗る。
確か、とても古いゲームだ。デビルバスターなんかよりずっとずっと昔のゲーム。
シェルターの老人から話を聞いたことがあった気がする。
昔のアーケードゲームには、透明な板張りのテーブルがそのまま画面になっているようなのがあって


その話に聞いた筐体というのが、多分、ゾンビ女が飛び乗ろうとしているそれなのだ。
「……ザンマ!」
短い詠唱で発動できる得意の魔法。跳躍した彼の掌から衝撃波が飛んだ。
女に向かってではなく、女がまさに着地しようとしていた筐体のカバーに。
「あぁっ!?」
破壊音、空中に飛び散るカバーと基盤の欠片。
足場が砕け散り、壊れた筐体に足を取られた女が悲鳴を上げて転倒する。
このまま距離を取って更に時間を稼ぐことはできる。が、悪魔を召喚するにはまだ時間が足りない。
相手は銃を持っているのだ。オルトロスが完全に実体化する前に撃たれる危険がある。
(だったら、動かれる前に無力化するまで!)
彼は攻勢に転じることにした。武器は刀だけだが、こちらには魔法もある。
ゾンビにはどんな魔法が効くかというのも良く知っている。
着地すると同時に、彼は残骸を避けながら女との距離を詰める。
「アギ!」
迸る炎が女の、執拗に銃を放さないままの腕に襲い掛かった。
(――銃さえ手放させれば、圧倒的に俺が優位!)
魔法による炎は瞬間的なものだが、その火力は自然の炎とは比べ物にならない。
一瞬の内に女の腕が炭化し、ぼろぼろと崩れる。手首から先だけが、銃を握ったまま床に取り残され

た。
「あ、あぁ……アタシの手……!」
痛みは感じていないようだが、女の声には明らかな狼狽が表れている。
彼はその隙にダッシュし、女の指が絡み付いたままのマシンガンを素早く拾い上げる。
血塗れで傷だらけの白い指が、決して放すまいとでも言いたげにグリップを握って離れない。
当然もう動くことなどない肉片だ。力を込めて指を解くと、女の手首はぼとりと床に転がる。
こんな嫌な感触を味わわなければならないから、こんな光景を見なければならないから、ゾンビの相

手は嫌いだ。
「誰だ。お前をこうしたのは」
縋り付くかのように自らの手首を拾う女から距離を取り、奪った銃を構えて尋く。
こいつには会話を成立させる知性が、自分の体への執着が残っている。
ならば、殺されて亡者に成り果てたなら、自分を殺した相手への憎悪も残ってはいないか。
ゾンビを作り出すなどという悪趣味な、ふざけたことをする奴についても情報が得られないか。
それを期待したがゆえに彼は尋いたのだ。
そうさせたのは未だ見ぬ敵への嫌悪感だけでなく、義憤に近い感情だった。
66呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:39:53 ID:E3evA/Xo0
「死人使いがいるんだろう。お前はそいつに殺された。違うか」
「うるさい……」
焼き切られた自らの手首を握り、床に這い蹲ったまま女は呟く。
「殺してやる。アンタも殺してやる。血を寄越しなさいよぉぉぉぉ!」
呟きが次第にトーンを変え、ボリュームを増し、絶叫に変わった。
女は這い蹲った姿勢からそのまま彼に飛び掛かる。
肉食獣が四本の足でそうするように両足と、片方だけになった腕を使って。
彼は舌打ちをする。ゾンビの生者への憎悪と闘争心は容易くは拭い去れないということだ。
今度は簡単に組み付かれるような間合いではないが、このまま逃げ回っては疲れ知らずのゾンビが有利。
感情に任せて隙の大きい攻撃を仕掛けてきたこの機に、大きなダメージを与えておく必要がある。
手っ取り早いのは魔法だが、魔力を使いすぎる訳にはいかない。
悪魔狩りでの疲労もあるし、傷を治すための魔力も残しておかねばならないのだ。
(早速、こいつに役立ってもらうか!)
牽制のためだったとはいえ、マシンガンはいつでも撃てるよう構えている。銃口はゾンビ女に向けたままだ。
トリガーを引く。独特の銃声と共に弾丸が撃ち出され、女の体に幾つもの穴を開ける。
この程度でゾンビが怯むなどとは期待していないが、突撃の勢いを削ぎ、損傷を与える効果は充分にある。
彼女の体を流れていた血は既にほとんど流れてしまったのだろう。血飛沫は上がらず、肉片だけが飛び散る。
しかし女は止まらない。気付けばその姿はもう目前に迫っていた。銃を捨てて刀を構える余裕はない。
銃身が異様な熱を持っているのに気付いたのは、攻撃を防ごうとマシンガンを体の前に突き出した時だった。
女の腕を銃身で受け止めた瞬間、彼は見た。彼自身と女を隔てる狭い空間に散った火花を。
耳を聾する破裂音が轟く。
彼は事態をすぐには飲み込めなかった。理解したのは、腹を割かれるような激痛が走って、そこから血が噴き出すのを見た時。
「銃が……暴発……!」
間近で炎の魔法が炸裂したことで、銃身も弾倉もかなりの高温になっていたのだろう。
そんな状態で掃射を行い、また銃身に衝撃を与えた。
冷静に考える余裕があれば、暴発の危険に気付いていただろう。
弾倉が見るも無残に破裂したマシンガンが、ゲームセンターの床にごとりと落ちた。
痛みと衝撃で立っていられず、彼は仰向けに倒れる。
そのすぐ横に、掃射でボロボロになった女も倒れ込んだ。
(まずい、殺られる……!)
朦朧とした意識の中で警鐘が鳴り響く。人間は深手を負えばろくに動けないが、ゾンビは違う。
女が僅かに体を起こし、這うように近付いてきているのが視界の端に見える。
動かなければ殺される。彼の意識はそれを悟っていたが、体が思うように動かない。
暴発による傷は幸い致命傷ではなかったが、激痛が動きを妨げている。
倒れる時に床に打ち付けたせいもあるかも知れない。全身が、ショックで軽く麻痺したようになっている。
67呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:40:54 ID:E3evA/Xo0
伸ばされた女の手が、彼の体に触れた。生命のない手は酷く冷たい。
探るようにその冷たい指は動き、今や無防備となった喉を探り当てる。
先程までのような力を加えられていれば、簡単に喉を破られるか首をへし折られていただろう。
しかし女の肉体も損傷が激しい。筋肉が傷付けば力が弱まるのは、死体とて同じだ。
爪を立てて抉ろうとしているのか、何度も喉が引っ掻かれる。息が詰まって、彼は小さく呻いた。
やがて女は爪での攻撃を諦めたようだった。その代わりに、今度は片方の手だけで喉を締め付け始める。
掛けられている力は人間と同程度のもの。しかし今の彼には、それを撥ね退けるだけの抵抗も覚束ない。
どうにか動く両手で女の腕を掴んで引き剥がそうとするが、じわじわと首を絞められる内に意識が朦朧としてくる。
(ああ……俺はここで死ぬのか)
視界が霞み始めた。いやに静かなのは聴覚も失われつつあるせいか、本当に何の物音もないのか。
(駄目だ、まだ死ねない。俺にはまだ役目が)
「あなた方こそ救世主です」と告げられた日のこと。シェルターでの戦い。荒れ果てた地上。
救わねばならない世界の光景が次々に頭を過ぎり、死に際に走馬灯が見えるというのは本当なのだと思う。
平穏だった日常。ずっと苦楽を共にするのだと思っていた親友の笑顔。いつも側にいてくれた恋人の微笑み。
そうだ、彼女は今もシェルターで待っているに違いない。
ここで死んでしまったら彼女のもとには帰れない。悲しませてしまう。
(俺は……帰るんだ、あの世界に)
呼び覚まされた意志が、ほんの僅かに、彼の動かない体を動かした。
締め付けられて潰れそうな喉から、掠れた声が絞り出される。
「…………――ヒロコ」
呼んだのは、愛する人の名前。
その瞬間、彼の喉を締め付けていた力がふっと緩んだ。

「……どうして」
女の声が聞こえた。
突然解放された理由もわからず、彼は咳き込みながら空気を貪る。
敵は何故か止めを刺せる直前で攻撃の手を止めたらしい、ということだけは理解できるが。
喘ぎながら目の焦点を合わせる。真上には女の顔。つい今の今まで戦っていたゾンビ女の顔だ。
しかし先刻までの憎悪に満ちた表情はそこにはない。彼の顔を覗き込むような格好で、女は困惑の表情をしていた。
「どうして、アンタが知ってるのよぉ……アタシは知らない、アンタなんて覚えてないのに、なんで」
虚ろな目が縋るように彼を見つめる。女に何らかの変化が起こったことは言うまでもなかった。
呼吸を整えながら、彼もまた探るように女を見返す。
「ねぇ、なんであなた、アタシを……私の名前を……どうしてか、思い出せないのよぉぉ」
(――名前?)
朦朧とした意識の中で、そういえば、名を呼んだのだ。
故郷で待つ恋人の名。それにこの女は、反応したのだろうか。
放送で呼ばれた死者の名の中に、彼女と同じ、その名前があったのを思い出す。
「……ヒロコ?」
もう一度、今度は目の前の女に向けてその名を呼んだ。
「アタシを……あなたは、知ってたの? 私はアンタを……ねぇ、忘れてるだけ? 私、忘れちゃったの?」
生気のない目の中で、混乱と不安と期待の色が次々と入れ替わる。
女が正常な精神状態を保てていないのは明らかだが、それは同時に彼女が敵意だけで動く存在ではないことも意味する。
「アタシ、きっと大事なことを忘れて……」
「大丈夫だ、ヒロコ」
彼女のことなど何も知らない。生前の記憶を戻してやることなどできもしない。
しかし、彼は思わずそう口にしていた。ただ、そうすれば彼女は安堵できるのではないかと思ったから。
68呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:42:52 ID:E3evA/Xo0
よろよろと身を起こして、治癒呪文を唱える。消耗は避けたいとは言っても傷を塞ぐのが先決だ。
何度か詠唱を繰り返すと、腹の傷は少なくとも見た目の上では塞がった。
爪で抉られた腕の傷にも治癒魔法を使い、ひとまず出血は止めた。
疲労で倒れてしまわない程度に治すのは、今の時点ではこれが精一杯だ。
ゾンビ女はその間、うつ伏せで床に転がったまま動こうとしなかった。
同じような言葉を何度も呟いたり、問い掛けてきたりはしたが、心なしか落ち着いてきたようにも見える。
「……誰が、お前をこんな体にした?」
先程と同じ問いをまた投げる。今の彼女なら答えてくれそうな気がした。
「痛くも苦しくもない体に、って、何も怖くないって、神父様が。――そう、神父様が言ったの。殺さなきゃ。
全部全部殺して、アタシと同じに、みんな」
「そんな必要はない」
怒りを覚えながら、彼女の言葉を遮る。
神父と呼ばれるような男に心当たりはない。しかし参加者の誰かが彼女を殺し、甦らせ、皆殺しの命令を植え付けたのだ。
そいつにも生き残らねばならない理由があるのかも知れない。勝者となるには手段を選んではいられない。
そう理解していても、その男への怒りは抑えられそうになかった。
恋人と同じ名の女の無残な姿を見たせいか、それとも相手が過去を思い出させる死人使いの術を用いたからか。
「殺さなきゃ。そうよアンタも、あの子も、みんな……」
「――オルトロス」
召喚の呪文を唱える。傍らに魔獣の姿が現れた。
激しい戦闘の跡と傷だらけの二人を見て、オルトロスは驚いたように小さく唸る。
「派手にヤッタな。オレを召喚すれば良かったものヲ」
「こいつを灰にしろ。跡形も残すな」
軽口には応えず、横たわる女を視線で示す。
「ゾンビ……カ」
「……楽にしてやれ」
女が顔を上げた。虚ろな目には縋るような色がある。肉体を失うことはゾンビにとっても恐ろしいのだろうか。
生ける屍と成り果てた者の肉体が消滅したとして、その魂がどこへ行くかは彼にはわからない。
朽ちた肉体の呪縛から解放されて安らかに眠れるのか、それとも悪霊となって彷徨うことになるのか。
ただ、こんなボロボロの姿で殺戮の道具にされているよりは、まだ救われる気がした。
「お前はもう殺さなくていい。その神父とやらも、じきにあの世へ送ってやる」
「ねぇ、あなたは……」
彼の言葉を、どこまで理解しているのだろうか。
返事はせずに、彼を見つめて女は問う。彼にはその表情が、独りで死にゆくことを不安がっているように見えた。
「あなたは誰?……私を、知ってたの?」
「俺は」
オルトロスに目で合図する。もう終わらせてやれ、と。魔獣が頷いた。

「――俺は、メシアだ」
それが、彼女が現世で聞いた最後の言葉になったろう。
オルトロスの吐き出した紅蓮の炎が彼女の朽ちた体を包み、焦がし、焼き尽くしていった。
69呼んだ名は、告げられた名は:2006/11/17(金) 10:43:24 ID:E3evA/Xo0
「……コレで、いいカ」
さらさらと床に崩れる灰の山から、オルトロスは主人に振り返る。
灰の中には骨の欠片も残っているが、動き出す様子はない。死人使いの呪縛は解けたのだろうか。
「ああ。構わん」
複雑な思いでそれを眺めながら、彼は呟いた。
――その時、ふと視界の隅に奇妙な物が映った。懐中時計ほどのサイズの機械のように見える。
ゲームの筐体の部品ではないだろう。女が持っていた物か。
彼のその視線に気付いたのか、オルトロスがそれを咥えて持ってくる。
「何ダ、これは」
膝の上に落とされたそれを手に取り、観察する。
円形をした機械の前面は、何かを表示するための画面のようになっている。
その中央に光点が一つ。それ以外には何も見えない。
「レーダーに見えるな……」
裏返してみると、見覚えのある図形が刻まれていた。思わず自分の鎖骨の上に目を遣る。
「なるほど……そういうことか」
刻まれている図形は、参加者に刻まれた呪いの刻印と同じ。つまりこれは、その刻印を探知する物なのだ。
あの女が獲物がいるのを知っているかのようにゲームセンターに踏み込んできたのも、それで納得がいく。
これは使える品だ。獲物を探すにも、危険を避けて移動するにも利用できる。
しかし、今はそのどちらもできそうにない。戦闘に加えて魔法での消耗もあり、疲労が限界に達していた。
「オルトロス。俺は休む。そいつを見張って……近付いてくる奴がいたら教えろ」
「わかった。人ガ近付いたら、こいつでわかるんダな」
床に置かれたレーダーをオルトロスが覗き込む。
強力な魔獣が見張っていれば、ここに住む悪魔も手を出しては来ないだろう。
次の放送の時間には悪魔も強くなるのだろうが、それまでには疲労も回復するはずだ。
少しでも快適な所で休みたい。力を振り絞って立ち上がり、体感ドライビングゲームのシートに体を埋める。
(俺は、帰らなければならないんだ)
彼は目を閉じる。生まれた世界の光景と、待っているはずの彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
(生き残るために、俺には勝つ必要がある。……俺は間違っていないよな、ヒロコ)
瞼の裏の彼女の顔が、少し、悲しげに歪んだような気がした。


【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:極度の疲労・体力消耗
武器:日本刀
道具:溶魔の玉 傷薬が一つ 呪いの刻印探知機
 少々のMAGとマッカ(狩りで若干増えたが、交渉に使用した為共に減少)
現在地:夢崎区/ムー大陸
行動方針:戦力の増強 ゲームの勝者となり、元の世界に帰る

【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:肉体消滅
7065訂正につき再投稿:2006/11/17(金) 10:44:35 ID:E3evA/Xo0
刀を無事な左手に持ち替えて跳ね起きた。
痛みを感じた様子もなく、女が立ち上がる。
右手には銃を持ったまま、血塗れの左手を震わせ、憎悪に燃える目で彼を睨む。
「来い、死に損ない」
「うるさい……うるさい、アンタも死ぬのよぉぉぉ!」
絶叫して、女は跳んだ。床に転がる椅子を避け、古びたゲームの筐体に飛び乗る。
確か、とても古いゲームだ。デビルバスターなんかよりずっとずっと昔のゲーム。
シェルターの老人から話を聞いたことがあった気がする。
昔のアーケードゲームには、透明な板張りのテーブルがそのまま画面になっているようなのがあって。
その話に聞いた筐体というのが、多分、ゾンビ女が飛び乗ろうとしているそれなのだ。
「……ザンマ!」
短い詠唱で発動できる得意の魔法。跳躍した彼の掌から衝撃波が飛んだ。
女に向かってではなく、女がまさに着地しようとしていた筐体のカバーに。
「あぁっ!?」
破壊音、空中に飛び散るカバーと基盤の欠片。
足場が砕け散り、壊れた筐体に足を取られた女が悲鳴を上げて転倒する。
このまま距離を取って更に時間を稼ぐことはできる。が、悪魔を召喚するにはまだ時間が足りない。
相手は銃を持っているのだ。オルトロスが完全に実体化する前に撃たれる危険がある。
(だったら、動かれる前に無力化するまで!)
彼は攻勢に転じることにした。武器は刀だけだが、こちらには魔法もある。
ゾンビにはどんな魔法が効くかというのも良く知っている。
着地すると同時に、彼は残骸を避けながら女との距離を詰める。
「アギ!」
迸る炎が女の、執拗に銃を放さないままの腕に襲い掛かった。
(――銃さえ手放させれば、圧倒的に俺が優位!)
魔法による炎は瞬間的なものだが、その火力は自然の炎とは比べ物にならない。
一瞬の内に女の腕が炭化し、ぼろぼろと崩れる。手首から先だけが、銃を握ったまま床に取り残された。
「あ、あぁ……アタシの手……!」
痛みは感じていないようだが、女の声には明らかな狼狽が表れている。
彼はその隙にダッシュし、女の指が絡み付いたままのマシンガンを素早く拾い上げる。
血塗れで傷だらけの白い指が、決して放すまいとでも言いたげにグリップを握って離れない。
当然もう動くことなどない肉片だ。力を込めて指を解くと、女の手首はぼとりと床に転がる。
こんな嫌な感触を味わわなければならないから、こんな光景を見なければならないから、ゾンビの相手は嫌いだ。
「誰だ。お前をこうしたのは」
縋り付くかのように自らの手首を拾う女から距離を取り、奪った銃を構えて尋く。
こいつには会話を成立させる知性が、自分の体への執着が残っている。
ならば、殺されて亡者に成り果てたなら、自分を殺した相手への憎悪も残ってはいないか。
ゾンビを作り出すなどという悪趣味な、ふざけたことをする奴についても情報が得られないか。
それを期待したがゆえに彼は尋いたのだ。
そうさせたのは未だ見ぬ敵への嫌悪感だけでなく、義憤に近い感情だった。
71名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 16:48:19 ID:x4sU7HaSO
保守
72名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:40:15 ID:ULOxytr5O
(;゚∀゚)=3
73サマナーと愉快な仲魔:2006/11/29(水) 08:39:41 ID:Hd7eBGG10
彼女はとても上機嫌で、誰かと話したい気分で、ついでにと言っては語弊があるが情報を求めていた。
そこにたまたま通り掛かったのがその悪魔だった、ただそれだけの事。
格段の意図もなく、善意も悪意もなく、偶然出会った悪魔と人間。
そんな時の人間の反応はいくつかのパターンに大別できる事を、その悪魔も知っていただろう。
怯えて逃げるか、戦う気で武器を構えるか、交渉しようとしてくるかだ。基本的には。
だから驚いたのだろう。

「あら、可愛い」
「ウォー! 何するのチミ!」

出会い頭に悪魔をひょいっと持ち上げ、抱き締める人間など普通はいない。
というか、そんな危険な事を普通はしない。
ただ彼女は普通ではない状態で、それが普通でない事を忘れていた。
悪魔がどんな反応をするか予測もしていなかったし、何も期待していなかった。
抱え上げた悪魔がじたばた暴れ出して初めて、彼女は交渉が始まっている事に気付いたのだった。

「うーん、手触りもいいわね。連れて歩くには丁度いいかしら」
「聞いてないね、ボクの話。ダメダメちゃんだね、チミ」

異界化した空間に現れる、主を持たない悪魔。
それはつまり多くの場合、マグネタイトを得るために人間を襲う気満々な存在である。
言葉は通じたとしても悪魔との交渉は人間とのそれとは違う。
彼等は狡猾で欲深く、気紛れで残酷なのだ。
どんなに愛らしく見えても悪魔は「悪魔」である。悪の名を冠しているのは伊達ではない。
歴戦のサマナーたる彼女はそれをよく知っている。弱い悪魔が相手でも気を抜いてはならない事も。
人間と悪魔が出会えば、戦いであれ交渉であれ、そこには一瞬の油断も許されない駆け引きが生まれる。
ただ――

「そんな事言わないで仲良くしましょうよ。チミ」
彼女、ナオミは駆け引きに必要な冷静さとは程遠いほろ酔いの幸せ気分で悪魔を抱き締める。
「あれれ? ボクにフォーリンラブ?……ドゥフフ」
その悪魔は、図らずもナオミの胸に顔を埋めた形になって、彼女に負けず劣らず幸せそうだ。

――この出会いに限っては、例外かも知れない。
74サマナーと愉快な仲魔:2006/11/29(水) 08:40:27 ID:Hd7eBGG10
「あなた、モコイね。何でこんな所にいるの?」
廃工場の床に、やっと抱擁から解放された悪魔がだらしなく座っている。
その前に杯を置き、蜂蜜酒を注ぎながらナオミは訊ねた。
「実は、ボクもよく分からないんだ。ドントノー」
一見すると子供が粘土で作った人形のような不格好な悪魔が、手をひらひら振りながら答える。
適当に作った粘土細工みたいな顔をしている割に、物腰のせいか豊かな表情があるかのように思える。
「あ、もらっちゃうね。ありがと。イケてるね、チミ」
指のない手で意外に器用に杯を取り上げ、モコイは蜂蜜酒を口にする。
傍らにはブーメランが置いてある所を見ると、これも手に持って使えるのだろう。
しかし、この生き物に酒を飲めるような器官があるのだろうか。いや、生き物じゃなくて悪霊だっけ。
モコイが奇妙な仕草をするのがいちいち面白くて、ナオミはその度に笑い声を上げた。
「じゃあ、あなたも知らない内に連れて来られてた口かしら。私と一緒ね、チミ」
真似ている間に楽しくなってしまって口調が伝染っているが、いい気分のナオミはそれを自覚していない。
素面の時の彼女なら、間違ってもモコイの真似はしないだろう。
「いやあ、最近忘れっぽいんスよ。ボク」
杯の中身を飲み干して、悪魔は足を投げ出して座ったまま胸を張る。自慢にも何にもならないのだが。
「ああ、そうそう。メイドさんにドキドキだったね」
「メイドさん? 会ったの?」
「ここに来る前にね、召喚された時。もうメロメロだよ」
召喚とメイド。二つの単語がナオミの中で結び付きかける。
ここに来る前に召喚されたという事は、モコイは別のどこかから召喚されてこの廃工場に放たれたのだ。
サマナーに使われている訳ではなさそうだから、放たれるために召喚されたと考えていいだろう。
とすれば召喚したのはゲームの主催者か、その配下である可能性が高い。
そしてそこに居たというメイド。悪魔の扱いに長けた誰かに仕えている?
何か心当たりがあるような気がするが……思い出せないので、諦める事にした。
何と言っても今は、愉快な新しい友人と美酒を酌み交わしている最中だ。考えるのは後でもできる。

「ねえ、私と一緒に来ない?」
好きな食べ物はとかペットを飼うなら何かとか、取り留めのない話をしながら杯を数回空にして、ふとナオミは思い出す。
畳んだまま持ち運んでいた日傘。そういえばこれはCOMPで、これがあれば悪魔を仲魔にできる。
普段使っている召喚魔法とは勝手が違うものの、使いこなせる自信はあった。
「そうだね。気前いいしね、チミ。仲魔になればボクも幸せ。ランラン」
酒に酔うような身体構造をしているのかどうかは甚だ疑問だが、モコイも既に上機嫌のようだ。
「おっけぃ。知ってると思うけど、ボクはモコイ。もうチミの仲魔」
「私はナオミ。コンゴトモヨロシク、ね」
「そして、ボクの希望。行きたいね、イスタンブール」
「いいわね、その内行きましょうか。食べたいわ、本場のドンドルマ」
サマナーと悪魔は硬く握手を交わした。……というか、ナオミがモコイの手を握り込んだだけだが。
75サマナーと愉快な仲魔:2006/11/29(水) 08:41:40 ID:Hd7eBGG10
モコイはここに連れて来られた経緯こそ理解していなかったが、廃工場の構造はそれなりに知っていた。
ナオミに出会うまでうろうろしていていて道を覚えたらしい。
ぐにゃぐにゃした奇妙な動きで先導するモコイの後をついて歩くと、出口はすぐだった。
「どう、役立つでしょ、ボク。あ、ホメなくてもいいっスよ」
モコイは誇らしげに胸を張るが、何の事はない、単に元々出口が近かっただけである。
無駄に迷わずに済んだのはモコイのお陰かも知れないが、酒盛りをしていた分、時間は余分に掛かっている。
が、今のナオミはそんな細かい事を気にしてはいない。
「うーん、風が気持ちいい……」
朝の微風を浴びて伸びをする。何せ酔っ払った頭で制御室のレバー相手に悪戦苦闘し、薄暗い廃工場から出てきた後だ。
外の空気と風がとても快く感じられる。この同じ街で殺し合いが行われているとは思えない程に。
「これから、どこ行くの。チミ」
「そうね……尋ね人がいるんだけど、闇雲に探しても仕方ないし。まずは情報収集」
まだ酔いは醒めていないが、冷静さは多少戻ってきた。……ような気がする。
制御室で聞いた放送では、レイ・レイホゥの名前は呼ばれなかった。
当然だ、そんなに簡単に死ぬ女ではないのだから。勝手に死なれても困る。
見付け出して、この手で止めを刺すまでは。
そして異界に多くの人々を呼び集めたゲームの主催者。こちらについても情報が欲しい。
ザックから地図を取り出して広げた。
ナオミが手で持つ高さだと見えないらしく、後ろでモコイがぴょこぴょこと飛び跳ねて覗こうとする。
「この近くには……シーサイドモールに、警察署。行ってみる価値はありそうね」
地図を畳んでザックに戻す。さて、行き先はどこにしようか――。


【時間:午前8時】

【ナオミ(ソウルハッカーズ)】
状態 酔い(Happy)、エストマ
武器 なし
道具 日傘COMP 黄金の蜂蜜酒 酒徳神のおちょこ
仲魔 夜魔モコイ
現在地 廃工場外
基本行動指針 呪印を無効化する 情報を集める レイホゥを倒す
藤堂尚也と赤根沢玲子はシルバーマン邸から移動を開始していた。
人目に付かないような隠れ蓑が多く、それでいて物資の補給が容易な商店街に向かって。
二人とも積極的に殺戮する意志が無い以上、商店街へ移動するのは上手く隠れることの出来る場所を確保することが大きな目的だったはずだが――。
尚也は自分の置かれた現状に溜息をつきたい気分だった。
レイコがことあるごとに自分達が此処を通ったというメッセージを残しているからだ。
メッセージを送る相手は無論、あの黒マントの書生だ。
あの書生には自分も用があるのであちらから来てもらえるのならばそれに越したことはないが…。
レイコはあれから商店が並んでいる区域の入り口、其処から数十メートル歩いた位置にある電信柱、さらに数十メートル先の郵便ポスト、
そしてたった今、道路標識の白いポールにメッセージを残しているのである。
それだけなら問題は無い。
尚也が頭を悩ませているのはメッセージの残し方だった。
レイコは一つの場所にメッセージを残す際メモした紙を、確実に自分だと解るように、スカートを切ってそれで包んで巻きつけているのである。
そのため、シルバーマン邸から此処までメッセージを残すため、確実に毎回5センチずつスカートが短くなっているのである。
気が付いたら、レイコは当初よりかなり短くなり、今ではすっかりコギャルもびっくりな超ミニスカート姿だ。
しかもその姿で堂々と振舞っているのならこちらも普通に接することが出来そうだが、尚也の眼が少しでも脚に行くと(男なんだから仕方無いだろ!)
必死になって少しでもスカートを長く見せようと裾を引っ張りながら怒るものだから尚也はほとほと困り果てていた。
見えているのだから仕方無いだろうとこっちも言いたいのだが、女の子にその理屈は通じない。
だから尚也は困っているのだ。

そんな彼らは今一軒の古着屋の前にいる。
古着と言っても、若者向けのヴィンテージ商品を扱っているような流行の古着屋ではなく、それこそ古臭い着物やその周辺の小道具を取り扱っているような店だ。
中を覗いてみても、手入れだけは行き届いていたが、半ば埃を被っていそうな品揃えの商店で、普通に生活している高校生ならまず近寄らないこと請け合いだった。
だが、レイコはそこで立ち止まってしまった。
何故かは、尚也にもすぐに解った。
その店の曇ったショーウインドーに真っ黒な鳶マントがディスプレイされていたからである。
それはあの書生が身に着けていたマントによく似ている。
レイコはそれを見ながら複雑な表情で佇んでいた。

(あいつを、思い出してるのか……。)

何故か尚也の心境も複雑だった。
蝸牛山であの男を襲撃した際、人質として使えるかもとレイコを捕まえたのだ。
だからそれ以外の感情は持ち合わせていないはずだった。
それにレイコにも人質になっている自覚があるのだろうから、味方であるはずのあの書生を恋しがる気持ちも頭では解る。
なのに、どうしてこんな心に霧が立ち込めているような気分になるのだろうか。
今の自分を復讐の鬼に駆り立てている園村麻希の存在ですら、そのような気持ちにはならなかったというのに。
自分で自分の気持ちが解らなくてイライラする。
こういうことは誰に聞けば教えてくれるのだろうか。
一番聞きたい相手である園村麻希はもういない。
彼女を殺したあの書生を仕留めたら、自分は彼女の後を追う。
人殺しになってまで生き延びる理由は無い。
――最初はそのつもりだった。
だが、あれからたった数時間しか経っていないにも関わらず、その決意、自決する意志は徐々に薄れつつあった。
依然として最後の一人になるまで殺し合いをさせられるという最悪の状況に変化は無い。
だが自分が此処に召還されたのなら、死ぬ前に戦い以外の何かをしないといけないのではと、今では思っている。
それが一体何なのかは、自分でもよく解らないのだが。
今会えるかもしれない友人ならば、南条圭に聞くのはどうだろうか。
いや、無理だろう。
あいつは馬鹿ではなく、むしろ頭脳明晰な方だがそういう質問に的確な答えを返してくれるようなタイプではない。
根拠は無いが、そんな気がする。
ならば桐嶋英理子はどうだろう。
少なくとも、南条よりはマシな答えを返してくれそうだ。
だが、何故かは解らないが、それを彼女に聞いたらいけないような気がする。

いや、それ以前にこの二人に会うわけには行かない。
この二人が今の自分の有様を見たらどう思うのか。
醜い復讐心が大きな原動力となっている自分を知ったら――。
あの強く優しい二人が絶望する顔なんて、自分は見たくない。
では目の前のレイコに聞くのは?

自分の口からは聞けない。理由は不明だが。
これから自分はどうすればいいのだろうか。考えても答えは出ない。
それどころか考えれば考えるほど心臓に重石をつけたような感覚が襲い、余計に混乱してしまいそうだった。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、レイコは今も複雑な眼をしてショーウインドーに手を当てて鳶マントを眺めていた。
尚也は一つ深呼吸すると、周囲に誰もいないことを確かめ、ロングソードの鞘をショーウインドーにぶつけてガラスを破壊した。
レイコを横にどかし、尚也は少々荒っぽい仕草で古びたトルソーに掛かっているマントを剥ぎ取ると
驚いて眼を見開いているレイコに突き出した。
「どう…したんですか、いきなり。」
「……あいつのことが気になるんだろ? 持ってろよ、これ。」
「え?」
困惑の浮かんだいぶかしげな表情で、なかなかマントを受け取らないレイコに少し苛立った尚也は自分を落ち着かせながら続けた。
「いやその、何ていうか……大体今の君の格好は……眼のやり場に困るんだよ。だから、これを着てくれ。」
尚もレイコに向かってマントを突き出す。有無を言わさない調子だ。
だが、その時一瞬だがちらりとレイコの破れたスカートから露出した太ももに眼が行ってしまった。
そんなつもりは無かったのだが、尚也は慌てて視線を逸らせた。
「きゃっ!」
レイコは赤くなって小さく声を上げると同じく慌てている尚也からマントを奪うように受け取ると、
まず最初に露出した白い太ももを黒いマントで隠した。
既に何度も見ている仕草だったが、今回のはまるで、今の自分の姿が尚也にとってどれだけ過激なものなのかに初めて気付いたようであった。
レイコは尚也の視線から逃れるように後ろを向くと、受け取ったマントをおずおずと慣れない仕草で羽織る。
男物のマントだから、女であるレイコが羽織ると少し大きい。
本来ならば膝丈程度になるように作られているのだろうが、マントはレイコの膝下まですっぽりと隠した。
「藤堂さん……」
「何だ?」
「ありがとうございます。」
そう言って振り向いたレイコの顔は、やや頬を上気させていたのも相まって、尚也にはどこか艶っぽく映り、
まともに視線を合わせることが出来なかった。
尚也はそれをごまかすように不自然な動作で咳払いをすると、レイコに背を向けて大股で歩き始めた。
「行くぞ。さっき音を立てたからもう此処は危険かもしれない。まずは……どこかで回復出来る道具を補給したいところだ。」
「え、えぇ。」
歩きながらぶつぶつと呟く尚也の後ろを、レイコは羽織ったマントがずり落ちないように手で押さえて小走りで追った。
レイコは少し嬉しそうだったが、尚也の心の霧は晴れない。
むしろ今の行動で、その霧は余計に濃くなってしまったようであった。
「おい、今度は何をやってるんだ、お前は。」
塚本新から指令を受け、不承不承、近くのホームセンターからある資材を盗み出してきた南条圭は、
サトミタダシの店内で怪しい実験さながらの惨状を繰り広げている新の姿を見てあからさまに顔をしかめた。
店内には石油の刺激臭が充満しており、その臭いに圭の眉間に深い皺が寄る。
「お、待ちかねたよ南条君お帰り〜。」
床に胡坐をかき、背中を見せたまま新は背後の圭に手を振った。
「まったく、この俺に盗みを働かせるなど……」
生きるためにはやむを得ないとは言え、
こんなに落ちぶれてしまった自分を見たら天国の山岡は卒倒するのではないかと、圭は心が痛んだ。
「うーん、名門・南条家の跡取り息子をパシらせて万引きさせるカ・イ・カ・ン。
いやんっ、癖になっちゃう!」
「この……痴れ者がァ!」
「わーっ、ゴメンゴメン! 嘘だよ! ウソウソ!」
こちらに振り返って慌てて謝る新に、圭は半ば本気で叩き斬ろうと抜きかけたアサノタクミを鞘にしまい直した。
「質問にはまだ答えていないな。今度は一体何をしていたんだ、貴様は。」
呼吸を整えて冷静に質問しなおしたつもりだろうが、口調は辛辣なままだ。
さらに新に対する呼び名が先ほどの「お前」から「貴様」に変わっている辺り、圭的には怒りが収まりきっているわけではないようだ。
そんな彼のご機嫌を伺うように新は当たり障りの無い言葉を選んで現状の説明を試みた。
「えーっと…何だ。前ネットやっててたまたま見つけた裏モノ系サイトで載ってたことなんだけど……。」
新の目の前には卵の殻十数個分が散らばり、中身はボウルに卵黄と卵白の二種類に分けられている。
そして塩、インスタントコーヒー、緑茶エトセトラ。
これだけ見たら卵焼きでも作ってちょっと早めに優雅で貧相な昼食を……。
と、殺し合い以外の時間なら思わないでもないのだが、
それだけではなく何処かの庭からでも持ってきたのだろう、
化学肥料の袋が乱暴に破られ、中身が床に散乱していたのだから意味が解らない。
そして、これも何処かの庭先に停めてある車から拝借してきたのだろう。
ポリ容器に注がれたガソリンが置いてあった。さっきから漂っている石油の臭いの元はこれである。
更にそれらを測りで軽量して混ぜたのだと思われる物体をガチャガチャ
(サトミタダシの店外に置かれていた)の丸いケースに詰め込み、セロテープで密閉していたのだ。
因みにガチャガチャの中身は子供向けアニメのキャラクター人形で、
新はそういう趣味があるのか床に丁寧に並べていたが圭は全く興味が無かった。
「今これらを使って武器をカンパンしてたんだよ。武器を。」
「武器?」
「ああ。どうにもこうにも俺達って戦力的にはメチャクチャ不利なような気がするんだよ。
そりゃぁ夜になったらエストマ汁を撒いて逃げるつもりだけど、悪魔なんか目じゃないよーなヤツが殴りこんできたら大変じゃん。
ぶっちゃけ俺たち死ぬよ?」
「まぁ、確かにな。」
いくら圭が刀で武装していてペルソナを呼べると言ってもそれで相手に出来る人数はせいぜい三人か四人が限度だ。
しかもそれは相手が普通の人間だった場合に限った話である。
だが相手が武装していた場合、悪魔を使役していた場合、最悪その人物が強力なペルソナを降魔していた場合は話が違う。
その時の選択肢はおそらく「逃げる」しか選べないであろうことは想像に難くない。
そして、そんな状況下で相手がおいそれと逃がしてくれるとは思えないのも事実だ。
逃走の失敗は命に関わる。
だからと言って、強敵を迎え撃てるほどこちらが強いかと言えばそうでもない。
新の言うとおり、戦力不足は否めなかった。
圭の不安をよそに、新は自作した謎の中身入りガチャガチャを一つ拾い上げ、圭の顔面に突き出した。
「で、コレはさっき言った裏モノ系サイトに載ってた作り方を参考にしてカンパンした、塚本新様特製お手製焼夷弾!」
「焼夷弾だと?」
「詳しいカンパン方法は省くけど……って、触るなよ。危ないぞ。」
さっそく突き出された中身入りのケースに伸ばされた圭の手を、新は払いのけた。
その動作に圭はムッとしたが、中身は危険物なのだから仕方無いだろうと諦める。
「まぁ主な原料はガソリンと卵の白身だから威力はあんまり期待出来ないけど、
作れるだけ作ったからしばらくはコレで凌げるだろ。
だけどコレだけだったら萌えない…じゃなくて燃えないから、
発火するための道具の材料を南条君にパクってもらったってワケだ。」
「ほぉ。で、俺に盗ませた材料で具体的には何が作れるというのだ?」
「さてさて、南条の坊ちゃまはキチンとお遣い出来たかしら? どれどれ…」
「貴様…」
「おお、ちゃんと俺のリクエストした道具盗って来てくれたみたいだね〜。
おりこうさんでしゅね〜。」
「…本当に殺すぞ。」
人を小ばかにしたような新の口調に米神あたりがピクピクしてきたが、
当の新は全く意に介さず圭が手にしている買い物袋の中身を勝手にまさぐり始めた。
「えーっと。
ライター、爆竹、コンデンサ、豆電球、電池、コード、アルミパイプ、タコ糸……全部揃ってるね。
これで簡単なヤツだけど爆弾がカンパン出来る。」
「爆弾だと?」
「そそ。で、爆弾をこのパイプに詰めて火を点けると……。」
新は長さ1メートル弱、直径三センチ程度のアルミパイプをまるでライフルのように構え、
南条に向けて「BANG!」と撃つ真似をした。
思わず仰け反ってしまう南条の反応に満足したのかにやりと不敵に笑うと、
架空の銃口の先から昇る煙を吹き消す動作をした。
ただしライフルじゃなくてアルミパイプだから不恰好極まりないが本人は全く気にしてはいないようだ。
ようするに新は手製の火縄銃を作るつもりのようだ。
「まぁ場末のホームセンターに大したサイズのコンデンサがあるとは思えないから、
こっちの爆弾の方の威力も期待出来ない。
だが先にこの塚本新様お手製焼夷弾をぶつけておいて爆発させたらどうなるか……。
焼夷弾の方はゼリー状だからくっついたら離すのは至難の技。
この最悪コンボを喰らった相手は悲劇だね。怖い怖い。
……ってワケ。解った?」
「ああ。」
頷きながら南条はどこかで血の気が引くのを感じた。
この塚本新という男、ふざけているようだが、
先ほど今夜辺りが満月だと推理したことと言い、今回の焼夷弾、爆弾を作り出した知識と言い、
この男がもし「やる気」になっていたらと思うと勝てる気がしなかった。
こちらがもし最強の銃を支給されていたとしても、
その頭脳と応用力で自分など煙に撒かれて気が付いたら死んでいたという結末を迎えることに違い無い。
心底、味方であって良かったと思う。
最初は口調と雰囲気が彼の悪友である上杉秀彦にどことなく似ていたから不安だったが
(だからこそあっさり信用出来たのかもしれないが)
この男がこちら側に付いていたらゲームからの脱出もあながち遠い話ではないのかもしれない。
「よ〜し、カンパン開始! あ、南条君はちょっと休んでていいよ。」
早速圭の持ってきた材料を組み立て始める新に、圭は話しかけた。
「所で塚本。」
「何?」
「お前がさっきから言ってるカンパンって何だ?」
「帰ったら『九龍+カンパン』でググってごらんよ。」
「???」
彼の頭の回転力や知識はさておき、圭には彼の言っていることが理解の範疇を超えていた。
それから爆弾を作り始めた新の手際は驚くほどに早く、見る見る内に小型のコンデンサ爆弾が増えてゆく。
導火線のタコ糸が異様に長いのはパイプに詰めて発射するための処置だろう。
だが、無造作に置いてある爆弾の中には導火線の短いものもいくつか含まれているので、投擲して使う場合も考慮されている。
さすがに抜け目が無かった。
新は此処に来る前はハッカーとデビルサマナーをやっていたというのだから、
それなりの戦闘経験はあるのだろうが、
そこでこんな風に自分で爆弾を作る機会があったのかどうかは疑問である。
自分も何度も死線を潜り抜けてきたつもりだが、少なくとも武器を自作することは無かった。
悪魔を使役するというのはそこまで危険なことなのだろうか。
彼に対する疑問は尽きないのだが、珍しく真剣なまなざしで爆弾を作っている新を邪魔するわけにも行かず、
手持ちぶたさになった圭は意味無く店内をウロウロしていた。
何気なく手にした風邪薬のパッケージを見ながら圭はまだ平和に学校に通っていた頃のことを思い出す。
彼が通っていた聖エルミン学園は決して不良校では無かったが少なからずならず者はいた。
教室の片隅でそいつらが風邪薬をアルコールで溶かして合法ドラッグを作れるという
少々いただけない会話をしているのを小耳に挟んだことがあった。
思わぬものがほんの少しの工夫で思わぬ凶器になるという事実を学ばせてもらったので
彼らの会話を教師に報告するのは止めておいたが……。
おそらく新はそういう類の人間なのだろう。
そういった人間には嫌悪することも多いが、今回のように生きるか死ぬかの瀬戸際には、
むしろそんな知識や経験こそ必要なのである。
自分が嫌っている人種に今はこうして助けられているのだ。
(皮肉なものだな……。)
圭は、今までそういう世界とは無縁に生きてきた自分に対して自嘲を漏らした。
と、その時、出入り口の方からかすかに人の気配を感じて咄嗟に身構えた。
新のほうを見ると、彼も音を立てないように最小限の動作で手製の爆弾、焼夷弾をカバンに詰め込んでいた。
表情は爆弾を作っている時以上に真剣だ。
(どうする?)
その意味を込めた視線を新に向けると、彼はすぐに意味を悟ってくれたようで、
鋭い眼を圭から気配のあった店の出入り口の方にさっと流した。
(行ってくれ。気をつけろ。)
彼が眼で語った内容ははおそらくそうだろう。
新の持っている武器は今ある中では最大の威力を誇る爆弾だが、接近戦には向かない。
だからこういう時はまず、接近武器である刀を持っている圭が出るのが道理だ。
圭は無言で頷くと足音を立てないように出入り口に向かった。勿論、抜刀してからだ。
いつでもペルソナを呼び出せるように精神も集中させる。
緊張から乱れる呼吸を整え、
そして、一気に駆けると動かない自動ドアを蹴破り、外に躍り出た!
ガラスが割れるけたたましい音とともに飛び出し、圭は刀を振り上げた。威嚇のつもりだ。本当に斬るつもりは無い。
相手がやる気ならば先制して戦意喪失を測る。もし相手にその気が無ければすぐに刀は降ろすつもりだ。
だが、目の前に現れた相手を見て、圭は驚くと同時に喜びすら覚えた。
目の前にいたのは彼の良く知っている相手、クラスメイトであり親友の藤堂尚也だったからだ。
「藤堂! 本当に藤堂なのか!」
彼ならば武器を持つ必要は無い。すぐに刀を鞘におさめた。
「南条……生きていたのか。」
「ああ…良かった。俺もお前まで死んでしまったのでは無いかと心配したぞ。」
「すまないな。」
少し疲れているようだが、藤堂尚也はそれなりに元気そうで安心した。
「知り合いかい?」
遅れて新が顔を出す。
念のために焼夷弾と爆弾をいくつか抱えているが、もう此処でこれを使う必要は無いだろう。
「ああ、俺のクラスメイトだ。この男なら安心出来る。」
「おお、それはよかった! 初めまして。南条君の友達の塚本ってんだ。ヨロシクな!」
明るくそう挨拶し、尚也に向かって握手を求めて手を伸ばす新だったが、尚也はその手を受け取らなかった。
それを警戒と取った圭は、自分からも新を紹介した。
「こいつは塚本新。
さっき知り合ったばかりだが戦う意志は無いらしい。共に脱出を目指す仲間だ。」
「あれ。お連れさんがいるみたいだね。君もこっちおいでよ。」
尚也から少し離れた物陰からこちらを伺う少女に気付き、新は手招きした。
新に呼ばれてこちらに歩いてくる黒マント姿の少女に、圭は思い当たるところがあった。
圭がシルバーマン邸の前で見つけたメモを書いたと思われる、軽子坂高校の生徒、赤根沢玲子だ。
圭が心から信頼している尚也と一緒に行動しているのだから、この少女にも危険は無い。新もそういう判断を下したのだろう。
だが、レイコがこちらの輪に入る直前、尚也は彼女の腕を引き、自分の後ろに隠すように置いた。
「え?」
その行動は圭と新だけではなく、レイコにも予想外のことだったのだろう。眼鏡の向こうの眼をぱちくりさせた。
次に向かった視線の先、尚也は表情を押し殺し、冷徹な瞳をしていた。
「悪いけど、俺はそっちには行けない。
「何だって?」
全く予想だにしていない尚也の発言に、圭は一瞬自分が寝ぼけているように感じた。
「行けないんだ、どうしても。」
「どういうことだ、藤堂…。」
「南条、君が俺のことを仲間と思ってくれてたのは嬉しいよ。すごくね。
だけど俺は……」
煮え切らない尚也に、圭の脳裏に最悪の事態が浮かんでしまった。
「藤堂、お前まさか……この殺し合いに乗ったとでも言うのか?」
圭の問いに尚也は無言だった。何も言わず俯いてしまった。
彼の後ろのレイコはどうしたらいいのか解らない風に尚也と圭の顔をきょろきょろと見合わせている。
彼女は一体何なのだろう。
尚也との関係は? 彼女はやる気なのか? とてもそうは見えないが……。
新は尚也の無言を肯定と取ったのか、臨戦体勢に置き換え、爆弾を投げられる間合いを掴むために後退を始めた。
まだそうと決まったのでは無い。
圭はそう思い、彼を止めようとするが、やはりまず目の前の尚也が先だ。
「どうなんだ、藤堂。俺は信じないぞ、そんなこと!」
圭は尚也の肩を両手で掴み、乱暴に揺すった。
尚也はされるがままにガクガクと揺れる。
まるで力が入っていない人形を相手にしている感じだ。
中に綿や砂の代わりに血と肉が詰まった等身大のリアルな人形――。
気高く勇敢で、寡黙ながら仲間思いな、圭の良く知るいつもの尚也とあまりにも違い過ぎる。
圭はますます混乱した。
「一体どうしたんだお前! 何があった! その女がお前をそそのかしたのか!?」
急に指を指されたレイコはびくりと肩を震わせる。
「私は…」
レイコがか細い声で何かを言いかけた時、尚也がレイコに向かった圭の指を払い落とした。
「藤堂!」
「やめろよ。こいつは関係ないんだ。」
「だったらお前も……」
「何度も言わせるな、俺はそっちには行けないんだ。」
「どうして……理由は何だ。」
困惑する圭に、尚也は理由を話さなかった。いや、話せなかった。
純粋に脱出を目指している南条圭の姿は眩しすぎて、復讐の鬼と化している自分の目的を話せるわけが無い。
「どうしてもだ。理由は言えない。お前には言えない……。」
「それじゃあ何なんだ、お前は何をするつもりなんだ!」
「だから言えないんだよ!」
何かを振り払うように声を荒げ、尚也は圭を突き飛ばすと背中に隠し持っていた物を圭の眉間辺りに突きつけた。
それは黒光りするダブルアクションのリボルバー。
彼が見つけた時にはすでに死体と化しており、鴉に啄ばまれていた憐れなリサ・シルバーマンの荷物から拾ったコルトライトニングだ。
圭は少しよろめきながらも体勢を立て直し、今の状況を理解しようと頭を全力で回転させた。
だが、それは圭には理解出来るようなことではない。
信じていた友人に銃を突きつけられているという事実はまるで馬鹿げているとしか思えない。
だが、よく見ると銃を握る尚也の手は崩れ落ちそうなほどに震えていた。この震えはどういうことなのだろうか。
まずはそれを聞き出さなくては……。
「藤堂、お前……本気なのか?」
「……」
「お前本当に、やる気なのか?」
「……」
「返事をしろ、藤堂。お前がそう言うまで俺は信じないぞ……。」
「南条……」
拳銃を構えた尚也が零したその名は、決して敵意のある呼び方ではなかった。むしろ友達のことを労わる優しい響きだ。
だから圭は、親友に銃を突きつけられているという絶望の中に希望を見出したのかもしれない。ほんの少しだが表情を緩めた。
一方の尚也の方は相変わらず感情を無表情に押し殺している。だが、瞳は今にも泣き出しそうなほどに悲しかった。
突きつけている銃口も、心なしか小刻みに震えている。まだ幾分かの迷いがある。そう見て取ることも出来た。
そんな彼の口から思いもよらない言葉が飛び出した。
「南条、俺たちって友達だよな?」
「何を言ってるんだ、当たり前だろうが! だからその銃を降ろせ、今すぐ!
俺たちが殺し合う必要なんて無いんだ。それくらいお前にも解るだろう?」
「南条は…………俺が悪魔でも友達でいてくれるのか……?」
「どういうことだ、藤堂。お前の言っている意味が解らない……。」
尚也の言っていることと、やっていることがまるで噛み合わず、圭はますます混乱してしまい、掛ける言葉が見つからなかった。
だが、たった一つの事実だけ言う事が出来た。
「お前が悪魔だろうが何だろうが、俺はお前を友達だと思っている。
今も、これからもずっとそれに変わりは無い。」
その言葉を聞いて、尚也は口元を少しだけ微笑む形に歪ませた。
眼は今までで、圭が彼と出会って以来見てきた尚也の表情では見たことが無いくらいの悲しさを浮かべていた。
だが、銃を降ろすこともしなかった。
「そうか……。ありがとう。」
礼を言って後ずさる。銃を持っていないほうの手で、レイコのマントを掴んでいた。
だからレイコも自然に尚也にぴったりとくっついた形で後退することになった。
彼女もまた、どこか悲しい表情をしていた。彼女は何かを知っている?
「南条、俺は君を忘れない……たとえ死んでも忘れないからな!」
半分泣いてしまっているような声でそれだけ言うと、尚也はレイコの手を引いて一目散に駆け出した。
「藤堂、待て、藤堂!」
すぐさま後を追おうとした圭だが、新に後ろから腕を掴まれて止まらざるを得なかった。
「止めるな塚本! 俺は信じない!」
焦って額に汗を浮かべている圭とは間逆に、いつになくシリアスな面持ちで走り去る尚也たちの後姿を眺める新は静かに呟いた。
「あいつ、何か事情があるな。」
「そんなのは見れば解るだろう! 早く追わないと……!」
最悪過ぎて信じられない状況で、ほぼ部外者とは言え異様なほど冷静な新に圭は苛立ちを覚え、
自分の腕を掴んでいる彼の手を必死に振り払おうともがいた。
だが、新は離してくれない。
「落ち着けよ、な? 
お前が追ったところであいつ、どう見てもお前の話を聞き入れる感じじゃなかったぜ。
よっぽど深い理由があるんだろうよ。」
「だが、あいつは!」
「友達なら空気読めよ。あいつは友達のお前を振り払ってまでしても何かの目的を果たそうとしてるんだぞ。」
「お前に何が解る!」
「全然解んねーよ。お前らの事情なんて初対面の俺が知るか。」
「だったらお前には関係ない! 離せ!」
「でもなぁ、あいつの眼、ありゃあとんでもない覚悟を決めてる眼だ。人殺しの眼なんかじゃない。」
「当たり前だろう。あいつがゲームに乗っただなんて信じられるものか!」
圭を落ち着かせるために一呼吸置き、新は彼の肩に手を置いた。
「女がいるからそう早く移動出来るとは思えない。
だがこっちが見つかったらあいつ、一目散に逃げるだろうし……次は最悪マジで撃ってくるかもしれねー。」
「それは、そんなことがあってたまるか!」
「だから、な。」
「塚本……?」
「少し距離を置きながら追うぞ。」
新は、そう言うとカバンに作った爆弾を全て詰め、散乱した店をそのままに出た。
その後を追い、圭も自分の荷物を取ると、サトミタダシを後にした。
【午前10時】

【赤根沢レイコ(if…)】
状態 やや疲弊
武器 無し
道具 無し(ライドウに預けたまま)
現在地 蓮華台
行動方針 魔神皇を説得 ライドウたちを探す ゲームからの脱出

【藤堂尚也(ピアスの少年・異聞録ペルソナ)】
状態 正常だが精神的に不安定
武器 ロングソード コルトライトニング
道具 ?
ペルソナ ヴィシュヌ
現在地 同上
行動方針 葛葉ライドウを倒し、園村麻希の仇をうつ カオスヒーローとの再戦

【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:蓮華台
行動方針:仲間と合流 藤堂尚也を追う

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(左手は何とか動かせる)
武器:作業用のハサミ 手製の焼夷弾×15 手製の爆弾×10
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん・しょくぱん・カレーパン
アルミパイプ(爆弾発砲用に改造済み) 銘酒「からじし」 退魔の水×10
現在位置:蓮華台
行動指針:スプーキーズとの合流 藤堂尚也を追う
88未知の感情:2006/12/02(土) 06:10:22 ID:FAYKA7xz0
(――未だ、悟らぬのか)
その声は低く、高圧的で、しかし何故か親しみを感じさせる響きだった。
(救世主を名乗る者までもが、殺戮に手を染める。地上の者の魂の穢れは拭い去り難い)
諭すように、憐れむように、何かを促すように声は降り注ぐ。
その声の命ずるままに受け入れてしまえば、楽になれるような気がした。
しかし、そうしてしまったら自分が自分でなくなるような予感もした。
(許せぬのであろう。法に背き、正義を貶める者が。ならば裁け、その手で。
お前にはその権利がある。穢れに染まりし全てを裁く審判者となれ)
「……違う」
返したのは拒絶の言葉。口に出す必要はなかった。心に思うだけで、その存在は応えを知覚する。
何故かは解らないが、それだけは知っている。
「僕は殺し合いに乗る気はない。それは、僕の信じる法じゃない」
しばしの沈黙の後、再び声が聞こえる。
(目覚めには、至らぬか……
しかし忘れるな。お前は神の名の下に生まれし者。裁くべきは何か、それはお前が定めることだ)
よく知っている声のような気がする。けれど、何を期待されているのか解らなかった。
「あなたは――」
姿の見えない、その存在に向けて問いを投げ掛ける。
答えは、返らなかった。

視界に光が戻ってもしばらくは、どちらが夢でどちらが現実か判然としなかった。
頭が重い。背中が酷く熱い。周囲には物音一つない。
朦朧としたまま身を起こすと、何かが体の上から滑り落ちた。外気の冷たさが突き刺さる。
ややくたびれたジャケット。これが今まで、冷たい空気から守ってくれていたのだ。
――はっとして、思わず跳ね起きようとする。その瞬間、強烈な眩暈に襲われた。
床に膝をつき、倒れそうな体を腕で支えた。フローリングの床に触れた手から冷たさが伝わる。
床や外気が冷たいのでなく、自分の体温が高いのだと気付いたのは数秒後だった。
背中の傷のせいだろう。全身が気怠さに包まれ、巻き直してもらったばかりの包帯は汗で僅かに湿っている。
重い頭を巡らせて、周囲を見回した。誰もいない。
聞こえるはずの物音がないことに覚えた悪い予感は、正解だったのだろうか。
「……スプーキー?」
この場所にいなければならないはずの人物の名を呼ぶ。声が震えているのが自分でもわかった。
応えは、返らない。
89未知の感情:2006/12/02(土) 06:13:11 ID:FAYKA7xz0
壁を支えに、ゆっくりと立ち上がる。鼓動が速まる。
彼も眠っているのかもしれないと考えようとしたが、その希望はすぐに打ち砕かれた。
スプーキーの姿は、さして広くない店のどこにもない。
棚の陰のようなここからでは死角になる場所もあるが、そんな所で寝ているはずもなかった。
戦う力も、身を守る術もない彼が、独りでどこへ行ったのだろう。
手掛かりを探し、ほとんど縋るような思いで視線を巡らせる。
「……これは」
目に付いたのは、カウンターの上に置かれたメモ。走り書きの字が踊っている。
『煙草と食料を確保してくる。すぐ戻るから待っていてほしい。スプーキー』
そう書いた横にはユーモラスな幽霊のイラスト。こんなメモを残せたのだから、余裕のある状態でここを出たのだろう。
「なんだ……」
安堵し、床に座り込む。体が重い。脇腹に手を当ててみると、石化した部分が広がっているのが判る。
熱のせいか、頭もぼうっとしていて思考が纏まらない。
ふと顔を挙げると、壁に掛けられた時計が目に入った。針が示している時刻は一時前。
確か、死者の名を告げる放送が流れたのは午前六時。
この店に逃げ込み、眠りに落ちたのは――あの放送から三時間も経っていない頃だったはずだ。
四時間ほど眠ったことになるのか、と計算したところで、思い当たる。
その四時間の内のいつ、スプーキーはこのメモを書いた?
『すぐ戻る』という言葉。これが書かれたのが、もし三時間も四時間も前だったとしたら。
彼は、『すぐ』には戻ってきていないのだ。
再び鼓動が速くなる。スプーキーが残していったジャケットを握り締める。
過ぎってしまった最悪の予感が、消えてくれない。
(……まさか。帰ってくるに決まってる。きっと、すぐに戻ってくるはずだ)
このメモが書かれたのはそれほど前ではないのだと、自分に言い聞かせる。根拠など何もない。
何もないことを嫌というほど知っているから、どんなに信じようとしても不安は消えない。
手が震え出すのを止めようとして、ジャケットの裾を更に強く握る。
このまま待っていても、スプーキーは帰ってこないかもしれない。
どこかで危機に瀕して助けを求めているのかもしれない。しかし、その場所を突き止める術はない。
彼が今まさに殺されようとしていたとしても、それを知ることもできず、助けることもできない。
いや、場所が判っていたところでどうにかなるとは言い難い。
傷付き、疲れ果て、立ち上がるのが精一杯の体で、手遅れになる前に駆け付けることができるか?
そこに辿り着いたとして、殺人者と戦うことなどできるのか?
悔しいが、無理だ。常人より優れた身体能力を備えているとはいえ、生身の人間に変わりはない。
思い知らされた、己の力の限界。無力さ。手の震えが止まらない。
その震えは次第に全身に伝播する。
90未知の感情:2006/12/02(土) 06:14:12 ID:FAYKA7xz0
――子供達は、生まれた時から己は道具なのだと信じていた。
神のための、メシアのための、救うべき人々のための。
正確には、生まれる前からと言うべきかもしれない。
培養槽の中でプログラムによって脳に知識と思想を直接植え付けられた、その時から彼らは道具だったのだ。
全てを捧げるようにと教えられた。
彼らに人間的な愛情を注ぐ者はなく、自らを大切にすることなど誰も教えなかった。
特別な使命を持って生まれた彼らにとって、己の生命など、務めを果たすための道具でしかなかった。
役割を持って造られた道具である以上、それを果たさなければ存在意義がない。
同じように生まれた兄弟達のこともまた、道具だと理解していた。
彼らが死んだら悲しいけれど、それが使命のための殉教であるなら仕方ない。
自らの死も、いざとなれば兄弟達を失うことも受け入れるよう彼らは教育されてきたのだ。
そして、同じ道具である兄弟達の他には、失いたくないと感じさせる者と出会うこともなかった。
子供達はそれぞれの任に就くまでは半ば隔離され、センター上層を出ることすら稀だったのだから。
まさに純粋培養である。
道具としての自我が揺らがぬように、無垢な神の子であるために、必要のない感情は与えられなかった。
人間として育てば自然に身に着くはずの感情を、子供だった時期を持たない子供達は知らぬまま――
使命に従って生きていたなら、自らが道具である前に人間なのだと気付かずに一生を過ごしたかもしれない。

ザインは震え続けていた。
今まで覚えたことのない感情に戸惑い、混乱していた。
(信じなければ。スプーキーが帰ってきた時に、僕がここにいなかったら彼を不安にさせるだけじゃないか。
待つしかない。今の僕には待つしかできない。帰ってきてくれると、信じていればいいんだ……)
ジャケットを握る指は、力を込めすぎて痛いほど。
大丈夫だと自分に言い聞かせる度に、そんな気休めでは安心できない自分がいることを思い知らされる。
初めて友人になった『普通の人間』。彼の身に何か起こったのではないかという悪い予測が頭を離れない。
失いたくないものを――友であれ、己の命であれ――持っていたなら、とうにどこかで知っていただろう感情。
ザインにとってはそれは未知のもので、自らの中に芽生えたそれをどう処理したらいいのかは見当も付かない。
ただ、その感情を何と呼ぶのかは理解していた。
今までは知識としてしか知らなかった概念。『道具』であれば抱くはずのない感情。

これは、恐怖だ。


【ザイン(真・女神転生2)】
状態:傷による発熱、軽く恐慌状態
 背中に深い刀傷、腕・拳に刀傷多数、胸部打撲、石化進行中(脇腹の出血は石化により止まる)
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:スプーキーのメモ、スーツの上着
現在地:夢崎区、小さめの通りにある文具店
行動方針:スプーキーの帰りを待つ

【午後1時】
91名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 19:23:49 ID:EIMp/dWcO
(cレ ゚∀゚レ<Q
92 ◆Mqfei9gUOg :2006/12/13(水) 06:01:06 ID:9PrHaaLD0
「うっ・・・」
達哉がうめき声を一つ上げた。
今まで閉じていた達哉の目がゆっくりと開く。
「・・・お目覚めかな?」
途端、声をかけられた。
「!?」
すぐに構えようとするも体が動かない。
どうやら椅子にくくりつけられているようだ。
「おっと、悪いけど縛らせてもらったよ」
達哉の前ではヒーローがGUMPをこちらに向けていた。
「そんなロープは君ならアギでも使えば簡単に切れるだろうけどね、切ろうとしたら・・・バンッだよ?」
口調こそ冗談っぽいがヒーローの目は本気だ。
「それは銃・・・じゃないな」
達哉は決して動じず、ボソッとしゃべった。
達哉は以前たまきがソレと似たものを持っていたのを見たことがある。
するとあれから出るのは弾丸じゃなく・・・。
「お、見たことあるのかな?確かにこれは銃じゃないけど・・・弾よりもっと怖いものが出るかもよ?」
ヒーローはシレっとした様子だ。
達哉は確信した。
やはりあれは以前見たものと同じ。
あれから出るのは悪魔だと。
自分が反抗すれば悪魔を撃ち込まれるのだ。
「・・・俺をどうするつもりだ?」
自分の絶対的不利を理解しながらも達哉の口調に動じた様子は無い。
「とりあえず尋問かな?」
「答えないのならバンッ!こちらが嘘を言ったと思ったらまたバンッ!僕の気に入らない答えでもやっぱりバンッ!・・・OK?」
「待遇は最悪レベルだけどさ、一回襲い掛かってきてるんだ、スグに殺されないだけマシとでも思ってよ」
「・・・わかった」
軽い調子でしゃべるヒーローに達哉はボソッと一言だけ返事を返した。


「交渉」が始まった。
93「待つ者」「探す者」 ◆Mqfei9gUOg :2006/12/13(水) 06:02:13 ID:9PrHaaLD0
「質問その1・・・君は優勝狙いかい?」
「・・・いや、俺は優勝で脱出するつもりは無い」
事実だ、これは問題ない。
「・・・質問その2、君は誰も殺さないつもり?」
「NO・・・だ、必要なら殺す・・・すでに一人殺した」
達哉にとって不利になる質問だ。嘘をついてもよかった・・・しかし見透かされる気がした。
「ふーん・・・その3、このゲームから脱出したいかい?」
「・・・ああ」
「アテは?」
「無い」
「そりゃ残念・・・その4、ゲーム開始前から知ってる人はいる?いるなら何人?」
「いる、9人だ・・・最初の放送で5人死んでる・・・」
「・・・残り4人の名前、言える?」
「・・・・・・南条圭、桐嶋英理子、周防克哉・・・それに・・・天野舞耶」
「天野舞耶?彼女の関係者か」
ヒーローは自分が捜していた人物の名前が出たことに少し驚いた。
「舞耶姉を知ってるのか!?」
いままで落ち着いた口調だった達哉だがヒーローの言葉に声を荒げる。
「質問その5・・・」
そんな達哉の様子に何かを察したようにヒーローは質問を続ける。
「答えろ!舞耶姉は!」
「質問その5!・・・お前は誰かを・・・優勝させるつもりなのか?」
ヒーローは有無を言わせず質問を続ける。
そこに先ほどまでの冗談じみた口調は無くなっていた。
「!!」
「繰り返すぞ・・・お前は・・・そいつ以外を皆殺しにして最後に自殺することでそいつを優勝させるつもりか?」
さらに語調が強くなった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・最悪の場合、そのつもりだ」
それは今までよりも小さな声、けれどはっきりした決意をこめて・・・達哉はYESの返事をした。
「聞くまでも無いけど・・・天野舞耶だね?」
達哉の返事を聞くとヒーローの口調が戻った。
彼の頭の中で一つの結論が出たようだ。
「・・・ああ」
「天野舞耶は今・・・平坂区からこちらに向かっている」
「場所・・・わかるのか!?」
「まだ会った訳じゃないけどね、僕のところへ向かっているのは確かだ」
「この縄を解いてくれ・・・舞耶姉のところに行く」
「行ってどうする?」
「守る」
「ここにいればいずれは来るよ」
「ここに来るまでに襲われるかもしれない」
「行き違いになるかも・・・」
「それならまた探すまでだ」
「・・・解ったよ」
ヒーローはこれ以上続けても意味がないと判断し妥協した。
正直ヒーローにとって、この町の実情さえ知っていれば天野舞耶で無くともかまわないのだ。
目の前にいる周防達哉もまたこの町の出身者のようだし情報を聞くには十分なはずだ。
しかし、今までの会話から考えて舞耶を無視するなど達哉が出来るはずもないことはわかっていた。
94「待つ者」「探す者」 ◆Mqfei9gUOg :2006/12/13(水) 06:04:53 ID:9PrHaaLD0
「天野舞耶は現在彼女を含めて三人と、僕の仲魔のピクシーで行動している」
「ピクシー?」
「ああ、僕が彼女を探すために出した奴だ、彼女の現状もピクシーからの報告で知っているだけで実際に会ったわけじゃない」
既にヒーローはGUMPを達哉に向けるのを止めている。
「君が天野舞耶を見つけたらここに連れてきて欲しい、頭数は多いほうがいい」
「・・・脱出のアテがあるのか?」
「2割ってところだね、今のところは」
「解った、無いよりマシだ」
「ピクシーに上空から君を探させよう、多分見つけるのは向こうが先になる」
「助かる・・・それより一刻も早く動きたい、ロープを解いてくれ」
「・・・解いてる最中にアギダインを撃ち込まれちゃたまらないからね、僕は上の階に行くから行った後に適当にアギかなんかで抜けてよ」
そういうとヒーローは立ち上がり階段に通じる扉に向かう。
「それじゃ頑張ってね、期待してるよ」
言うが速いかヒーローは扉から出て行った。



「・・・・・・」
一人残された達哉、文句の一つも言いたかったがそんな暇が無いのも事実だった。
「ペルソナ」
達哉がつぶやくと彼の半身たるアポロが現れロープを焼ききった。
「荷物は・・・あるな」
達哉は部屋の片隅に置かれた自分の荷物を担ぐ。
「舞耶姉・・・今行く」
守るべきもの場所はわかった。
彼にもう迷いは無い。
太陽の半身は朝日を背に走り出した。












「よかったのか?奴を行かせて」
上のフロアで周囲を警戒していた伽耶が尋ねた。
「僕らが説得するより天野舞耶に任せたほうがよさそうだからね、彼の場合…うまくすれば僕らの火力不足が一気に解消できるかも」
「お前がそれでいいならいいんだが…ところでなんだ?その虫みたいなのは」
「彼の支給品みたいだけどね、情報料ってことで」
「役に立つのか?」
「さぁ・・・」
「気持ち悪いな・・・お前が持っておけよ」
95「待つ者」「探す者」 ◆Mqfei9gUOg :2006/12/13(水) 06:06:01 ID:9PrHaaLD0
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労(ガリバーマジックの効果によりほぼ回復)
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み) 虫のようなもの
道具:マグネタイト8000 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街にて双眼鏡で監視しつつ休憩中
行動方針:天野舞耶達がここを訪れるのを待つ 伽耶の術を利用し脱出 体力の回復  

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 
疲労 首に爪跡があるが、大したダメージではない
武器:スタンガン 包丁 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 双眼鏡 イン・ラケチ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:天野舞耶がここを訪れるのを待つ ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 体力の回復

【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態:脇腹負傷(出血は無し)
武器:なし
道具:チューインソウル 宝玉
ペルソナ:アポロ
現在地:青葉区オフィス街から平坂区の方角へ
行動方針:舞耶を守る 主催者を倒し脱出する 最悪の場合舞耶を優勝者にする
96蟲毒 ◆YCdozkB52g :2006/12/15(金) 00:41:23 ID:c9Xu2EuP0
蟲毒
甕に様々な毒蟲をいれ殺し合わせる。
最後の一匹になったものは蟲毒となり様々な呪を行う呪法。
スマル市という甕の中で行われているこのゲームもまさにそれ。
だが甕の中のもう一つの甕があった。

青葉区 スマルテレビ屋上。
四方数十メートル程度の「甕」で行われている悪魔同士の殺し合い。
人修羅はその中心にいた。
人修羅の放つ右ストレートが悪魔を抉る。
悪魔は体液を噴出させその場に倒れこむ。
「死亡遊戯・・・!!」
放った斬撃が広範囲を破壊する。
しかし悪魔も負けてはいない。
仮にも人修羅の仲魔だった悪魔達だ。
彼らの放つ魔法は人修羅の皮を焼き肉を抉る。
確実に人修羅の体力をそいでいく。
「・・・・・・」
人修羅に近い力を持つ悪魔が12体。
確実に数が減っているとはいえ強いものが残る。
しかし人修羅に焦りは無い。
何故なら・・・。
「オオォーーーーーーーー!!」






地    母    の    晩    餐  ッ!!






咆哮、そして衝撃。
人修羅の放った技は残った数体の悪魔を一度に塵にする。
97蟲毒 ◆YCdozkB52g :2006/12/15(金) 00:42:33 ID:c9Xu2EuP0
しかし


「グゥ!?」
煙の奥から現れた最後の悪魔。
悪魔の放った魔法は人修羅の左腕を?ぎ取った。
腕の付け根から血が噴出する。
(ああ・・・血だけはまだ・・・赤いな・・・)
既にほとんど無い理性でそんなことを考えていた。
生き残った悪魔を見やる。
(あいつは・・・物理無効・・・)
この考えをしたのは本能。
常に戦いを望む悪魔の本能。
その本能は目の前の悪魔を倒す最善の一手を選択する。






至    高    の    魔    弾ッ!!





人修羅から放たれた光線は悪魔を貫く。
悪魔の体に空いた大穴からは血・・・いや体液が噴出する。
悪魔の体液を全身に浴びた。





最後に立つのは隻腕の修羅。
半壊したビルの屋上で。
その身に人は既に無い。
12の悪魔の血を浴び、蟲毒となった修羅は街に降りる。
自らの本能の赴くまま。
殺戮のために。





「人修羅」と「何か」は一つになる・・・。
98蟲毒 ◆YCdozkB52g :2006/12/15(金) 00:43:35 ID:c9Xu2EuP0
<時刻:午前11時>

【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:左肩から下を欠損し出血中  
受けたダメージと消耗により既にまともにスキルを使用することは不可能  
悪魔化 フルムーンの影響を受けつつある 
体中に悪魔の体液を浴びており強烈な異臭がする
武器:素手
道具:無し(所持していたものは先の戦闘の巻き添えで塵に)
仲魔:無し
現在位置:スマルTV屋上より移動開始。
行動指針:本能の赴くままに殺戮
備考:悪魔との戦闘はとてつもない音が響いたため青葉区にいればまず気づくでしょう。
   左腕からは血が流れていますが、悪魔である彼が出血死するかは不明です。
99蟲毒の修羅 ◆YCdozkB52g :2006/12/16(土) 04:01:30 ID:rbkHoRKK0
蟲毒
甕に様々な毒蟲をいれ殺し合わせる。
最後の一匹になったものは蟲毒となり様々な呪いを行う呪法。
青葉区 スマルテレビ屋上。
ここで行われている行為は正にそれ。
四方数十メートル程度の「甕」で行われている悪魔同士の殺し合い。
人の頭では想像できようはずも無い光景がそこにはあった



何の変哲も無い右ストレート。
だがそれは悪魔の急所を的確に抉りぬく。
人修羅
人であり悪魔。
ほんの数時間前までは十分に人としての心を残していた彼。
彼は今自らの仲魔と殺しあっている。
頼り、頼られたはずの仲魔と完全なる自分の意思で殺しあう。
手に残る肉の感触が。
吹き出る体液の温かさが。
そして何より消えていく命の感触が。
確実に人修羅の人としての部分をそぎ落としていくのが解る。
悪魔が一体・・・また一体と地に伏せ、躯となる。
そのたびに人修羅の凶暴性は増していくのだ。
そしてそれは魔仲魔もまた同じだ。
かつて主人だったものに容赦なく攻撃を加える。
放つ魔法は皮を焼き、繰り出す武器は肉を抉る。
確実に人修羅の体力をそいでいく。
確実に人修羅の「人」を消していく。
今の人修羅には「情け」や「容赦」などは存在しない。
「オオォーーーーーーーー!!」






地    母    の    晩    餐  ッ!!






咆哮、そして衝撃。
広範囲に放たれる衝撃波。
耐性の無いものは即座に塵と化す。
そして耐性のあるものは・・・。


100蟲毒の修羅 ◆YCdozkB52g :2006/12/16(土) 04:03:22 ID:rbkHoRKK0
煙の奥から現れた最後の悪魔。
その悪魔の放つ一撃は技を放った直後、無防備な人修羅の左腕を引きちぎった。
同時に腕の付け根から血が噴出する。
血が流れる。
流れ落ちる。
かつて人だったときから流れ続けていた血が。
流れ落ちる。
彼の心に最後のほんのちょっぴり染み付いた人の心を。
洗い流していく。
(ああ・・・血だけはまだ・・・赤いな・・・)
これは「人」としての人修羅の最後の思考。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮。
あるいはソレは産声だったのかも知れない。
もうそこに

人など

いない。


(物理ハ・・・キカナイ・・・)
この考えをしたのは本能。
常に戦いを望む悪魔の本能。
その本能は目の前の悪魔を倒す最善の一手を選択する。
殺戮のための一手。



至    高    の    魔    弾ッ!!



人修羅から放たれた光線は悪魔を貫く。
そして躯がまた一つ。


屋上に悪魔の死体が12。
人修羅はゆっくりと死体に近づくと死体を持ち上げる。
彼は勝者だ。
彼は蟲毒だ。
彼がやることは・・・・・・一つ。
人修羅は死体にゆっくりと口を近づけた。




悪魔の死体を貪り食う隻腕の男。
その体からは悪魔の体液による強烈な異臭が放たれている。
今の彼に、「人」を感じられるものがいるだろうか?

いはしない。
敵だろうと。
かつての友であろうと。


人修羅自身だろうと。
101蟲毒の修羅 ◆YCdozkB52g :2006/12/16(土) 04:04:55 ID:rbkHoRKK0
<時刻:午前11時>

【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:左肩から下を欠損し出血中  
    受けたダメージと消耗により既にまともにスキルを使用することは不可能  
    悪魔化 殺戮衝動 
体中に悪魔の体液を浴びており強烈な異臭がする
武器:素手
道具:無し(所持していたものは先の戦闘の巻き添えで塵に)
仲魔:無し
現在位置:スマルTV屋上
行動指針:本能の赴くままに殺戮
備考:悪魔との戦闘はとてつもない音が響いたため青葉区にいればまず気づくでしょう。
   左腕からは血が流れていますが、悪魔である彼が出血死するかは不明です。
102名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 18:21:03 ID:gCJnIw2eO
マハ・ホシュ
103牙を隠して:2006/12/26(火) 03:40:39 ID:p937d2eU0
重い身体を引きずり、神代浩次は歩いていた。
荷物は減って、と言うより殆どなくなって身軽になりはしたものの、先程のケンカの代償は予想外に高くついてしまった。
「あーあ……俺の苦労が水の泡とはね」
わざと大袈裟におどけて呟いてみるが、憤りは収まらない。
肩を竦めようとしても、右肩は外れたままでろくに動かなかった。
更に悪いことに悪魔狩りで入手した武器も、食料なども奪われてしまっている。
武器もなく、利き手が使えず、このままいたら餓死必至。考え得る限り最悪の状況に放り込まれたようなものだ。
しかしそんな状況でも、彼の頭脳は回転を続ける。
必要なのは治療。それから食料と水の確保と、できれば武器も。この街の地図も持っておきたい。
しかし食料や水はともかく、地図の入手には他の参加者から受け取るか、奪うかしかない……そう考えて、神代はふと思い出す。
そういえば、当てがあった。つい先程無謀にもいきなり挑みかかってきた、あの変なマッチョの男の荷物。
ざっと中を見て大した物が入っていなかったから、そのまま置いてきてしまった。
しかしお陰で自前の支給品と一緒に奪われずに済み、無事な形で入手できるのだからラッキーだ。
魔界を散々歩き回ったお陰で方向感覚にも自信がある。
身体のあちこちの痛みの所為で多少時間は掛かったが、殺人現場までは難なく辿り着けた。
他にここを通った者もいないようで、死体も放置したザックもそのままになっている。
改めてザックの中身を取り出し、確認する。片手しか使えないとそれだけでも結構な作業だ。
入っていた物は、マッチョが使おうとしなかったのも納得のいくラインナップ。
武器として入っているこれは……結び合わされた何本ものロープに錘が付けられた物。確かこういうのはボーラと言うはずだ。
これは特別製で、機械で撃ち出すようになっているようだ。
「捕まえるにゃ便利だが……デストロイの役には立たないよな。レイコの奴を回収する時に使うか」
他に武器がある時にわざわざ持とうとは思わないが、今なら何もないよりましだ。
扱いが簡単で逆手でも使えそうなのもいい。今の条件下では、これはそう外れでもないようだ。
それから道具。綺麗に巻かれた小さな紙片の赤いのが三枚、青いのが三枚。
何だこれは、と思ってザックの中を更に漁ると説明書が出てきた。
「赤巻紙:マハラギ・マハブフ・マハジオ・マハザンのいずれかがランダムで発動します」
「青巻紙:ディア系の魔法がランダムで発動します」
……あまり頼りにしない方が良さそうだ。ランダムでは作戦に組み込めたものではない。
「しかしまあ、こっちは使えるか」
青い紙片を一枚開いてみる。ぽうっと暖かさが広がったかと思うと、殴られた頬の痛みが引いた。
この効果だと、発動したのはディア辺りか。気付けば手の中の巻紙は消えていた。
「……こんなもんか」
青巻紙を右のポケットに、赤巻紙を左のポケットに突っ込む。
食料と水は……殆ど残っていなかった。
この短時間で食い尽くしたのかこいつ、と思わず呆れ顔になる。使えない奴だ。
保存食がありそうな店でも探すかと考えながらザックを担ぎ、無様に転がっているマッチョの死体を蹴っ飛ばす。
104牙を隠して:2006/12/26(火) 03:42:29 ID:p937d2eU0
声が掛けられたのは、その時だった。
「君が殺したのかい? その人は」
高校生だろうか、学生服を着た少年が神代が来たのとは反対方向の道に立っている。
驚きはしなかった。実のところ、近付いてくる気配は察知していたのだ。
だから、受け答えも既に頭の中に用意していた。
「いいや、俺じゃない。通り掛かりに荷物だけ頂いた所だよ」
少年の視線が神代と、マッチョの死体を見比べる。やがて納得したように彼は頷いた。
「……らしいな。君は凶器を持っていない」
マッチョの死体には実に目立つ刀傷がある。そんな傷を付けられるような得物を、「今の」神代は持っていない。
怪我の功名という奴だ。
しかし目の前のこの男、死体と人殺しの容疑者を前にして冷静なものだ。
自分と同じ種類の、修羅場に慣れた人間に違いない……そう神代は考える。
彼の無言をどう解釈したのか、少年は相変わらず冷静なまま質問を続ける。
「君、怪我をしているようだけど」
「見ての通りさ。性質の悪いのに襲われてね、死んだ振りでやり過ごした」
半分は本当で半分は嘘。人を騙す時にはこれぐらいが丁度良い。
全て嘘では、どこかで必ずボロが出る。
「そうか。安心したよ、君が好戦的な人じゃなくて」
少年が微笑む。女だったら見惚れるような美しい笑顔だが、今は場違いこの上ない。
(良く言うよ……)
神代は内心毒づく。目の前に死体が転がっているのに笑顔を浮かべられる人間なんて、まともな筈がない。
そう見られる事がわからないほど、こいつも愚かではないだろう。
この外面なら善良な少年を装う事もできるだろうに。
神代に同種の人間の匂いを感じ取り、猫を被っても見破られると踏んでいるのか。
大体、この男は神代がマッチョの死体を蹴飛ばしたその瞬間を見ている筈なのだ。
この邂逅が平和的に終わるなどとは思っていまい。
自分が安全な人間でない事を暗に匂わせ、プレッシャーをかけてきているつもりなのだ、こいつは。
「……そいつはどうも」
愛想笑いを浮かべる。こいつの思惑はわからないが、今は仲良しごっこに乗ってやってもいいだろう。
「僕は中島朱実。君は?」
「神代浩次、だ」
「神代君か。よろしく」
中島が右手を差し出す。
「生憎、右手は動かなくてね」
「そうか。すまなかった」
脱臼した右肩を指差してみせると、中島は残念そうな顔をした。
大した演技力だ。腕が動いたとしても、あまり握手したいタイプの相手ではない。
105牙を隠して:2006/12/26(火) 03:43:33 ID:p937d2eU0
「探している人がいるんだ。セーラー服の女の子なんだが、見なかったかい?」
中島の質問に、神代は少し拍子抜けする。
自分と同じ種類の人間が人探しをしている。となれば、何か理由があるに違いなかった。
殺し合いに乗る気ならば、友人だろうと恋人だろうと敵に過ぎない。探す必要などないのだ。
手駒にするために知り合いと合流するという選択肢もあるが、その為にわざわざ神代に質問などはしないだろう。
出会ったばかりの相手に質問をするというのは、自分の意図を知らせる、つまりは弱みを晒す行為でもあるのだ。
となれば何か目的がある筈。脱出の手掛かりか、呪いの刻印の解除方法か。
あるいはハザマにとってのレイコのような、「ただ一人の特別な存在」という奴か。
いずれにせよ、素直に知らないとは答えず引っ張るのが得策だろう。そう神代は判断する。
こちらは手負いで丸腰に近い。相手はほぼ無傷で、武器を隠し持っていないとも限らない。
逆の状況だったらどうするか。言うまでもなく、聞くだけ聞いて始末するに決まっている。
奴の能力は未知数、勝てるかどうかは不明。確実に生き延びるには……こいつにとって用済みにならない事だ。
「それだけじゃわかんねぇな。セーラー服なら見掛けたが、その娘かどうかは知らん」
嘘である。セーラー服どころか、人間の女に遭遇した事すらない。
「長い黒髪の綺麗な子だ。彼女は優しいから、積極的に戦ってはいないと思う」
(……惚気話かよ)
嫌味の一つも言いたくなるが、これが本当ならその女はこいつにとっての弱みに違いない。
守るべきものを持つ奴は、そこに付け込めば利用するのは簡単だ。
「そいつは……悪いニュースを伝えなきゃならないかもな」
勿体ぶって視線を逸らしてみせる。中島がハッと息を飲むのが聞こえた。ここからが勝負だ。
「俺が見掛けたのはその娘かも知れない。ただし……死体だったが」
「まさか!」
勝った、と神代は思う。中島の声にははっきりと動揺が表れていた。
「その娘だとも限らないけどな。黒髪でセーラー服なんて、何人もいておかしくないだろ?」
「場所はどこだ。どんな風に殺されていた? 嘘はつかない方がいいぞ」
先程までの爽やかな笑顔はどこへやら、睨む表情で問い詰める中島からはもう余裕は感じられない。
無論、彼も神代の言葉を信用しきってはいないだろう。その場凌ぎの嘘という可能性も考えている筈だ。
それでも、「もし本当だったら」という不安を隠せないのだろう。
その女の事は、こいつにとって思った以上に大きな弱点らしい。
恐らくこの男は、その女に惚れている。
こんな、殺し合いという現実を当たり前に受け止めている男が。戦いがお嫌いだという聖母様のような女を。
とんだお笑い種だ。
106牙を隠して:2006/12/26(火) 03:44:50 ID:p937d2eU0
「向こうの方……港南区だっけか。道の真ん中に、血を流して倒れてた。背中を斬られてたな」
我ながらよくもまあ、こうも出任せが思い付くものだ。
ボロを出してはいけない。喋りながら頭の中でシナリオを組み立てる。
「俺をコケにしてくれた奴も刀を持ってたし、会ったのは向こうだ。殺ったのはあいつかもな……」
「向こうの方の、どこだ。どんな場所だった」
「どんなって言われてもな。目印も何もないフツーの道路だったし」
疑いの目で、中島は神代をじっと見詰める。
気まずさに目を逸らす振りをしながら、神代はこの状況を変える、止めの一言を発した。
「確かめに行くかい?」
「……よし。案内しろ」
苦渋の表情で、中島は頷いた。
「僕の前を歩け。妙な真似はするな。言っておくが、騙し討ちは無駄だ」
「はいはい。信頼ないなぁ」
苦笑しながら考える。この状況の切り抜け方を。今はまだ、時間を稼いだだけに過ぎない。

「案内」の為に歩き出してすぐ、神代は別の気配に気が付いた。
後ろを歩く中島の更に後ろ、少し距離を取り、身を隠しながら追ってきている何かがいる。
(仲魔か? こいつ、COMPを持ってるのか……)
厄介だが、上手くすればこれは好機になりそうだ。
どうにかしてこの中島という男をぶちのめし、COMPを奪えれば……。
107牙を隠して:2006/12/26(火) 03:45:34 ID:p937d2eU0
「……歩くのが遅くないかな」
苛立つ気持ちを努めて抑えながら、中島は前を歩く神代に言う。
「無理言わないでくれよ、こっちは怪我人だぜ」
振り返らず歩き続けながら神代が答える。
よく言うものだ。歩くのも辛い怪我人にしては、彼の足取りは随分しっかりとしている。
肩が脱臼しているというのに酷く痛がる様子もないし、我慢強いというだけでは済ませられない体力である。
この男、油断のならない相手だ。死体を見たというのだって本当かどうかは知れたものではない。
時間を稼いで何か仕掛けてくるつもりか、それとも案内する先に仲魔でも待たせてあるのか。
聞く耳を持たず殺してしまおうかとも思ったが……万が一を考えると、彼の言葉を無視はできなかった。
嘘だと決め付けて神代を始末したとして、もし彼の言葉が本当だったら。
恐怖と苦痛の中で息絶えた弓子が、野晒しのまま冷たい地面に倒れているのを見過ごす事になるかも知れない。
まだ遠くへは行っていなかった弓子の仇をみすみす逃す事になるかも知れない。
いや、神代が死んでいると思っただけで実はまだ息のあった弓子を見殺しにする事にさえなるかも知れない。
それを考えると、真偽を確かめずにはいられなかった。
たとえ偽の可能性が九十九パーセントで、真の可能性が残り一パーセントしかなかったとしても。
神代を殺すことはいつでもできる。確かめてからでも遅くない。現時点で唯一の、弓子の情報なのだ。

そういえば、神代の着ている制服。
白と青、緑のストライプが特徴的なズボンに、校章らしき胸のエンブレム。
横丁で先程会った、内田という女と同じ学校のものだろう。こんな配色の制服がそうあるとは思えない。
あの女も油断ならない相手だった。こちらの殺気に気付き、先制攻撃を仕掛け、悪魔を屠る戦いぶりを見せたのだ。
そしてこの神代。やはり、ただの高校生とは思えない。
軽子坂高校と言ったか。その高校で「何か」が起こったのかも知れない。十聖高校と同じように。
そして、悪魔の力に触れた者が複数存在するのかも知れない。この神代や内田のような人間が。
(悪魔を使う場合も、悟られないようにしなければ……)
ちらりと後ろを振り返る。少し離れた所を、物陰に隠れながらついて来る小さな人影。
あらかじめ召喚しておいた妖精ゴブリンである。
住宅地に差し掛かり、道が入り組んで見通しが悪くなってきた辺りで中島はゴブリンを召喚した。
そして少し離れた所を歩かせ、レイピアも持たせておいたのだ。
言い包められそうな者に遭遇した時、武器を手に持っていては警戒されるというのが一つ目の理由。
それから誰かと戦闘になった時、上手く回り込ませれば挟撃になるというのが二つ目の理由。
目の前の手負いの男程度なら、不意打ちでなくとも片付ける事はできるだろう。
しかし今は時ではない。まだ……。
108牙を隠して:2006/12/26(火) 03:46:53 ID:p937d2eU0
歩を進めながらも苛立ちと焦りは募る。
神代の言葉が嘘ならば、あるいは真実であっても見た死体が別の少女のものならば、これは全くの無駄足だ。
こんな事をしている間に弓子が別の所で危機に陥っていないという保証は、どこにもない。
しかし中島は思う。ここで確かめなかったら、その不吉な仮説はずっと自分を苛み続けるだろうと。
生きている弓子と無事に会えるまで、地獄の炎のように彼自身を灼き続けるだろうと。
一時間程度の無駄で後の憂いを晴らせるなら、安いものだ。
……ああ、しかし、その一時間が弓子の命運を分けてしまったら?
あるいは神代の言葉の通り、物言わぬ屍となった弓子と対面する事になってしまったら?
思考がループを繰り返す。繰り返し、繰り返し……やがて一つの点に辿り着く。
(そうだ、その時は取り戻せばいいんだ)
迷う事はない。この殺人ゲームの勝者には、望みのものが与えられるというのだ。
勝ち残り、望みを叶えればいい。
弓子の為なら魔王だろうと神だろうと、全世界だろうと敵に回そう。
彼女をこの手に取り戻す為なら、地獄の果てまでだって行ってやる。
イザナミの復活を求めて根の国へ下った嘗ての自分自身、あのイザナギのように。



【午前9時】

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態 右腕脱臼
所持品 ジェットボーラ 赤巻紙×3 青巻紙×2
行動方針:どうにか今の状況を切り抜け、中島からCOMPを奪う
 レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)
現在地 平坂区南部から港南区へ移動中

【中島朱実(旧女神転生)】
状態 正常(頬に軽い傷)
仲魔 ロキ、ゴブリン他2体
所持品 レイピア(ゴブリンが所持) 封魔の鈴 COMP MAG2700
行動方針 弓子の安否を確かめる 弓子との合流 弓子以外の殺害
現在地 平坂区南部から港南区へ移動中
109人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:31:39 ID:UqnhJCKl0
突如静寂を破った轟音に、椅子に腰掛けて腕を組んだままうとうとしていた克哉は跳ね起きた。
こんな状況なのに心理的疲労からつい転寝してしまったことを後悔するより先に身構える。
「何だ、何が起こった?」
声のした方向に顔を向けるとゴウトも身を堅くして周囲を伺っていた。
しばらく低く物々しい音が響いていたが、やがて静かになる。
そして再び静寂が訪れた。
だが、屋内であるスマル警察署内にも関わらずすさまじい殺気が張り詰めていた。
「誰かが戦っているようだな。」
「ああ。この音、魔法か何かを使ったのかもしれない。」
上の階で休んでいる二人の女性を起こしに行かなくては。
そう思って立ち上がったところでドアが開き、当の女性二人が現れた。
「周防さん、ゴウト、今の音って。」
弓子が不安そうな表情を浮かべている。
彼女はそう聞くが、既にアームターミナルを装着しているのだからある程度状況を理解しているようだ。
「どうする克哉。ここを動くか?」
ゴウトが二人を伺い、克哉の方に目を向けた。
「いや、急に動くのはかえって危険に飛び込むことになるかもしれない。
少し様子を見ることにしよう。」
言いながら克哉はベルトに刺した拳銃を抜く。
「でも、今こうしている間にも誰かが命を落としているかもしれませんわ。」
そう反論したのは英理子だ。
英理子は一度友人を目の前で亡くしている。
また、放送でも別の友人の死を知った彼女はいても立ってもいられないのだろう。
彼女の言い分も一理ある。
戦う意志の無い者が誰かに襲われていて、今自分達が駆けつけることによって助けられるかもしれないのだ。
助けられる命は、助けたい。その思いは全員に共通している。
だがここを動くということは、彼女達も危険に晒す可能性が上がることを意味するのだ。
克哉は判断を迷った。
「この街の地の利が解るのは克哉だけだ。
様子を見に行くのなら全員で移動した方がいいかもしれんな。」
すぐそばにいれば、二人と一匹を守ることが出来る。
「ああ。ゴウトの判断に従うとしよう。」
ゴウトの言葉に頷きながら、克哉は銃の安全装置を外した。
110人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:33:29 ID:UqnhJCKl0
誰がどこに潜んでいるのか解らないから足音を出来るだけ潜ませ、外に出る。
ロビーを抜け、止まっている自動ドアをこじ開けて出ると、外は驚くほど静まり返っていた。
戦闘はもう終わったのだろうか。だが、気を抜くわけには行かなかった。
かすかだが、埃に混ざった血のにおいが漂っている。
「鳥が騒いでいるわね。戦闘があったのはそんなに遠くないわ。」
弓子が耳に手を当て、周囲の音を拾った。
「おいで、ミズチ。」
アームターミナルを起動させ、唯一の仲魔であるミズチを呼び出す。
「呼ンダカ。」
「ええ。近くで戦闘があったの。ひょっとしたら貴方の力を借りるかもしれないわ。」
「承知シタ。」
短いやり取りだが、ミズチは弓子の命令には絶対服従のようだ。
三人と一匹、そして仲魔一体は物陰に身を寄せながら少しずつ進む。
方向は血のにおいが強くなる方向。ひょっとしたら誰かが攻撃を受けているかもしれない。
見つけたら助ける。全員そのつもりであった。
「ミズチ、何かわかる?」
「死体ガ多イナ。」
「それは人間の?」
「イヤ、悪魔ダ。死ンデイルノハ悪魔ダケダ。」
その言葉に全員はほっと胸を撫で下ろした。
少なくとも人間の犠牲者は出ていないことが解ったからだ。だが克哉とゴウトはその安堵感の中で何かが引っかかっていた。
「ミズチよ、その死体を作り出したのも悪魔か?」
そう訊ねたのはゴウトだ。
ゴウトの問いに、ミズチは長い身体に乗っている小さな頭を捻った。
「解ラヌ。人間ノ気配ニ近イ感覚モスルガ、コノ殺気ハ悪魔ニ近イ。」
「どういうことですの?」
ミズチの言っている意味が解らない英理子はストレートに疑問をぶつけた。
彼を召還した弓子自身も首をかしげている。
「それについては僕が話そう。憶測の域を出ないことだが……。」
少し迷っているような口ぶりで克哉が出た。ちらりとゴウトに視線を落とすと、彼は無言で頷いた。
ゴウトにもはっきりとした答えは出ていないようだ。
克哉は、弓子と英理子が休んでいる間に来訪者があったことを伝えた。
彼の弟と同じくらい、つまり弓子たちとも同年代の少年で、全身に幾何学模様の刺青が施されていたこと。
無口で、その時は好戦的な態度ではなかった。
それどころか、こちらに対しては控えめで、従順ですらあった。
だが、ゴウトに言わせると彼は人ではなく「悪魔」であるという。
それも、並みの悪魔が束になっても適わないような強力な力を秘めた――。
「悪魔を皆殺しにしたのは奴かもしれんな。」
「ならば、それほど心配はいらないだろう。少なくとも彼に敵意は無かった。」
「だが悪魔だぞ。悪魔は極めて気まぐれなものだ。安心はできん。」
ゴウトの言葉に女性二人が頷いた。
「そうですわね。私もそれで散々苦労しましたわ。」
「ミズチ、貴方はどう思う?」
弓子はミズチに話を振った。悪魔のことは悪魔に、というわけか。
ミズチはしばし沈黙したが、ややあって口を開く。
「気ガ変ワッタノダトシタラ、理由ハ明白ダ。」
「どういうこと?」
「気付カヌカ。月ノ満チ欠ケニ。」
ミヅチはぶるりと身体を震わせると空を見上げた。雲間から太陽が覗いている。
だがそれだけで彼らはピンときた。
今は昼間だから人間には見えないが、もしも今夜が満月ならば、悪魔の気が高ぶっている理由になる。
ミズチも同じく悪魔だが、仲魔として人間と一緒にいる以上、かなり自己を押さえつけているようだ。
「どうやら今彼に接触するのは良くないようだな。」
克哉は小さく溜息を漏らした。
「ならばこれ以上外に出ている理由は無いな。一度署に帰ろう。」
そう言って踵を返そうとした瞬間、四人と一匹、そして一体の輪の中に何かが落ちてきた。
それが人間の形をしており、周囲に張り詰めた殺気の原因だと知った時に――。
すでにミズチの身体が引き裂かれていた。
111人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:34:59 ID:UqnhJCKl0
「!!!」
全員身構え、後ろに飛んで距離を取る。
現れた人の形をしたソレはミズチの返り血を全身に浴びて不気味に蠢いていた。
「君は……その腕は一体どうしたんだ…!」
「マ、マガツヒを…マガツヒをもっと……くっくく喰わせろ…!
マガツヒマガツヒマガツマガツマガッマガッ、ガガッ、ガァァァッ……!!」
低く唸るような声だ。その言葉一つ一つも飢えた亡者の呻きを思わせる。
本当はすぐにでも発砲しなくてはいけないのに、克哉は躊躇した。
一瞬でミズチを引き裂き、そこから浮かび上がる赤い光を吸収している人物。
それは先ほど克哉と会話したあの少年に他ならなかったからだ。
しかも左腕が根元から無い。
先の戦闘が彼だとしたら、その時失われたのだろうか。
かつて腕が生えていた場所は真っ赤に染まり、とめど無く血を滴らせている。
「Persona!」
最初に行動を起こしたのは英理子だった。
英理子のペルソナ、ニケーが現れ、赤い眼をらんらんと光らせる少年にガルの魔法を喰らわせる。
強烈な衝撃を受け、少年はコンクリートの壁に叩きつけられるが、ダメージはあまり受けていないようだ。
すぐに体勢を立て直し、首の間接を二、三度鳴らすと攻撃を加えた英理子に飛び掛った。
「危ない!」
「きゃあ!」
弓子のとっさの判断で、英理子を突き飛ばし、代わりに弓子の腕を少年の爪が捕らえる。
真紅の血が飛び散り、弓子のセーラー服の左袖が引き裂かれた。
「白鷺君!」
「Yumiko!」
「大丈夫、少し腕の肉を持っていかれただけだから…。」
気丈にそう言う弓子だが、右手で抑えた左腕からは血がどくどくと零れている。
少年は、弓子の血が付いた右手を舐めると、身をかがめて牙を剥き出し、こちらを威嚇した。
「克哉、話にならないようだぞ。逃げるか?」
「……」
「克哉!」
ゴウトに怒鳴られ、克哉ははっとした。
克哉は今の今まで、悪魔であっても彼には話が通じると信じきっていた。
だが、仲間が傷つけられ、ようやく戦わなければならないと気が付いたのだ。
それなのに、どこかでまだ、希望は捨て切れていないことも自覚していた。
「警察署に戻るぞ!」
克哉は叫ぶと、仲間たちを先導しながら駆け出した。
「克哉、何か考えがあるのか?」
「署内なら少し時間が稼げる。」
112人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:36:08 ID:UqnhJCKl0
逃げながら克哉は弓子を庇い、英理子は効かないと解っていてもガルを連発した。
ガルは直接的なダメージこそ与えないが、悪魔と自分達の距離を少し稼いでくれる。
悪魔をのぞく全員が警察署のロビーに飛び込んだのを確認すると、克哉は拳銃の引き金を引いた。
弾丸は自動ドアと壁の境目に命中し、瞬時にけたたましい音を立て、シャッターが落ちてきた。
どうやら銃でシャッターの止め具を破壊したようだ。
すぐさまシャッターのロックを掛ける。
「これからどうしますの?
shutterだけではすぐに破られてしまいますわ。」
英理子は魔法を連発したせいか、他のメンバーよりも疲労が大きいようで息遣いが激しかった。
彼女の言うことはもっともだ。
すでに悪魔はシャッターを破壊すべく外からすさまじい攻撃を仕掛けている。
「それに、Yumikoの傷も…。」
「私は大丈夫。回復魔法をかけたから。」
本人がそう言うように、傷自体は塞がっているようで、もう血は流れていない。
だが出血と衝撃により、顔色は悪かった。
仲魔が一瞬で殺されたのもショックが大きかったのだろう。
「一度地下に降りる。地下は留置所だ。桐嶋君、まだ走れるか?」
「Yes.まだ大丈夫ですわ。」
「拘置所…なるほど、そういうことか。それなら少しだけ逃げる時間が稼げそうだな。」
ゴウトは留置所というだけで納得したようだ。他の二人も。
そうなると迷っている暇は無い。
すでにシャッターは外側から大きく凹み、新たな一撃が加わるごとに建物事態がきしんでいるようだった。
コトリと小さな音がし、そちらに一同が振り返ると、
ロビーカウンターの上に置かれていた警察署のマスコットキャラ「ピーポくん」の人形が転がり落ちていた。
それが外からの衝撃のすさまじさをつぶさに物語っていた。
彼らが地下へ向かう階段に飛び込むと同時にシャッターは弾き飛ばされ、激しい咆哮と共に悪魔が飛び込んだ。
113人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:40:43 ID:UqnhJCKl0
悪魔は猛烈に餓えていた。

(足りない、血が足りない、マガツヒが足りない、何も足りない……。
足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足り、足りな…足り……
足りな足りたりなたりたりたりなた、たりっ、たりったったっ、
たたたたたたたたたたたたたたたたたりりりりりりりりりなっなっなっなつなつ!!!!)

少しでも思考を働かせようとするとすぐに強烈な餓えが彼を襲った。
感情が昂ぶり、逆に冷静な思考がどんどん失われた。

「たっ、たっ…たりりりりっりっりっっっあっ、あっっあっああっああああああああああああああああああああ!!!!!!」

シャッターを血の滲んだ拳で叩き壊し、人間の気配とかすかな血の匂いに転げまわる。

「人間どこ!? どこどこどこどこっこっっ殺ス、殺ス、喰う、喰う、
殺す殺す殺す殺す殺す殺す喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰うくくくくクククククククっっっ!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

消え去った右腕からは今もなお血が流れていた。
そしてその自らの血すらも彼の激昂を増徴させていた。

「ああああああああああああああああああああ!!!!!」

無茶苦茶に叫びながら彼は眼に見えるものを手当たり次第に破壊しまくった。
そうしないと自分を抑えきれない。
いや、もうすでに抑えるつもりは無いのだが、破壊衝動は尽きなかった。
最後に巨大な「ピーポくん」人形を一撃で粉砕すると、かすかに人の気配を感じる地下への階段を転がるように降りた。
何度か脚を踏み外しそうになりながら何とか階下に降りたが暗い留置所には誰もいなかった。
室内は廊下を挟み、いくつもの鉄格子の付いた小窓と分厚い鉄のドアで区切られている。
灯りは全く無く、全体的に圧迫した雰囲気だった。
ドアは当然、見渡す限り全てが閉じられている。
「どこ、どこ、どこどこ? 人間何処何処どこどこどどどどこここここここ?」
肩を大きく震わせ、息を喘がせながら彼は人間を探す。
呂律の回っていない口で言葉とも呻きとも取れない意味不明な声を発しながら。
気配はあるのだから、どこかにいるはずだ。
一つ一つ、ドアを破壊して調べようとしたが、その前に一番奥の扉だけが開いているのを見つける。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああ
いいいいいいいいいいいたああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
歓喜の絶叫を上げつつ、彼はその小さく開いたドアに突進し、ろくに中を確かめることなく飛び込んだ。
瞬間、ガンと激しい音が響き、背後のドアが勢いよく閉じられる。
ガチャリと鍵が閉る音も聞き取れた。
そして銃声。さっきと同じだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
やはり同じく扉の上のほうで金属が弾け、出入り口のそれよりはるかに分厚いシャッターが床に叩きつけられた。
「うわ嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
自分がはめられたことに気付き、彼はメチャクチャな咆哮を上げると、膝を付いて冷たい床を何度も拳で叩きつけた。
「喰う喰う喰う喰う喰う喰うくくくくくくくくくくくくううううううううう!!!!
ああああああああいつらああ絶対絶対ぜーーーーーーーーーーーったいいい!!!!
喰う喰う喰うあああああああああああああああああいつら
くうくうううううううううオオオオオオオオレサマオマエマルカジリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
悔しさのあまり血を撒き散らしながら転げまわる彼をよそに、
廊下を挟んで向かいの檻に隠れていた三人と一匹は駆け足だが、悠々と外に出た。
114人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:41:45 ID:UqnhJCKl0
再び警察署の外に出た一行だったが、しばらく走ったところで克哉はふいに足を止めた。
「克哉、何をしている。一刻も早く逃げるぞ。」
先頭を駆けるゴウトがやきもきとした様子で克哉を怒鳴った。
「そうですわMr.Suo!」
「克哉さん…」
英理子もゴウトと同様に焦っている感じで、弓子も克哉の袖を引っ張った。
「僕は戻る。」
「な、何だと!? 正気か!
あの少年…いや、悪魔を説得するとでも言うのか! 馬鹿なことを!」
「僕も自分で馬鹿なことだと思うさ。
だけど僕は刑事だ。ペルソナ使いである前に警察官なんだ。
非行に走っている未成年の少年を放っておくことは出来ない。」
「お前はまだそんなことを言っているのか!
弓子を見ろ! あの悪魔は女でも手加減しない奴だぞ! 
それも満月で気が違っている! 話が通じるわけが無かろう!」
ゴウトは弓子に顔を向けた。
弓子の傷は既に塞がっているが、裂けられた袖は彼女の傷跡を露にし、またセーラー服も赤く汚れている。
「それでも僕は彼を見捨てることは出来ない!」
尚も非難の声を上げるゴウトを克哉は遮った。
「仮に彼が悪魔なのだとしても、人の心が少しでも残っているのなら。
説得は無駄では無いはずだ。
最初に会った時のように。」
「この…馬鹿者が。どこまで甘ければ気が済むんだ。この大馬鹿者。」
ゴウトは下を向き、もう一度小さく「馬鹿者」と吐き捨てた。
だが、ゴウト自身、そんな克哉の甘さを否定し切れないのも事実だ。
「俺も付いていく。」
ゴウトがぽそりと言ったセリフに克哉の表情が少し明るくなる。
だが女性二人の表情は曇っていた。
「克哉さん、ゴウト、いくら何でも危険よ。」
「そうですわ。あのdaemonには魔法も通じなかった。
先ほどのすさまじい戦闘音、まさか忘れたわけじゃありませんよね?」
二人が克哉とゴウトを必死に止める。
だが、止めた所で止まるような二人ではなかった。
似たような弟、もしくは相棒を持つ身として、あの悪魔を放っておけないのである。
「必ず戻ってくる。必ず。」
「克哉さん…」
弓子は克哉の袖を掴んだまま俯いた。
英理子も、ゴウトを抱き上げて瞳を潤ませた。
「絶対、帰ってきてくださいまし。信じていますわ。」
「ああ。行ってくる。」
ゴウトは英理子の腕から飛び降りると、先に警察署に向かって駆け出した。
「君達は今すぐここから逃げてくれ。そうだな。この近くで目立つ場所…。
青葉公園で落ち合おう。後で必ず行く。」
「絶対ですわよ……。」
英理子は言葉を詰まらせ、語尾が少し震えていた。
克哉はそんな彼女と、ようやく袖を離してくれた弓子に少しだけ視線を送った。
それから、やや遅れてゴウトの後を追って走り出した。
115人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:42:41 ID:UqnhJCKl0
活きが良く、高質で大量のマガツヒを持った人間達は足音を聞く限りどこかえ逃げてしまったらしい。
だが、しばらくして戻ってきた者もいた。
耳をすまして足音を聞き分ける。
一つはすぐにわかった。猫だ。だがただの猫じゃない。
もう一つは、人間。男の足音だ。こいつもただの人間じゃない。
一体何しに戻ってきたのか。まさかわざわざ喰われに? 愚かなことを。
だが好都合。こちらはとにかく腹が減って仕方無いのだ。
猫の方はともかく大量のマガツヒと肉体を持つ人間が自分から近寄って来るのだから頂かないわけには行かない。
人修羅と呼ばれる少年は、破壊されたドアとシャッターを一度振り返った。
出入り口の時よりも少し梃子摺った。それだけ。
灯り一つ無い拘置所は真っ暗で、人間だったら少し動くだけでどこかにぶつかりそうだが、夜目の利く彼には関係無かった。
むしろ人目に付き難いという点では暗いほうがこちらはやりやすい。
彼は溢れ出る唾液を引き裂かれたような口元から垂れ流しながら戻ってきた気配を追う。
一度上に上がるかとも思ったが、どうやら二つの足音はさらに地下に降りたらしい。
微かにだが、会話が聞こえる。
残念ながら会話の内容までは聞き取れなかったが、下にいるのは間違いないようだ。

人修羅が下に向かう階段をゆっくりと踏みしめながら降りると、階下に広がっていたのは地下駐車場だった。
何台かのパトカーがまばらに並び、それとは別の乗用車も数台停まっている。
駐車場の天井には薄暗いがライトが点けられていた。
電力供給は止まっているはずだが、予備電源か何かだろうか。まぁ、どうでもいいけど。
とにかく腹が減る。
「ど、どこだあ…」
停まっているパトカーの横をすり抜けながら人修羅は呟いた。腹が鳴るのが止まらない。
「僕はここにいるぞ。」
背後から声が耳に入り、人修羅は振り返った。
スーツにサングラス姿の青年が立っていた。
その横に停まっている真新しいパトカーのボンネットに黒猫が乗っていた。
「克哉、説得は一度までだ。次は無いぞ。」
「ああ、解っている。」
青年は猫にむかって返事したが、そちらを見ることは無く人修羅に一歩近づいた。
人修羅は身構える。
本当はすぐに喰らい付きたいところだったが、青年の気迫がそうさせなかった。
それは人修羅に人間の心が残っているかとか、彼らのことを少しでも覚えているかとかではない。
単純に防衛本能からであった。
目の前彼は死を覚悟している。死んでまで何をするというのか。
仲間を攻撃されたからか。命を賭してカウンターパンチを食らわすためか。
だが、人修羅のリーチ圏内まで近づいて足を止めた彼からは思いもよらない言葉が飛び出した。
116人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:43:37 ID:UqnhJCKl0
「君は、本当に悪魔なのか?」
彼は一体何を言っているのだろう。
そんなこと見て解らないのか。
この身体に浮き出た幾何学模様。真っ赤に焼け爛れたような瞳。剥き出しの牙。
腕一本?ぎ取られて血を流しながらも簡単に動き回っている耐久性。
どう考えても人外魔境そのものだ。
「さっき君に会った時は、今のように攻撃的では無かったのだが。
悪魔の性格が月に影響されるというのなら、君は本当に悪魔なんだな。」
寂しそうに笑い、また一歩近寄ってきたので人修羅は反射的に手刀を繰り出した。
「ぐっ!」
顔を狙ったが、紙一重で避けられたらしい。だが、代わりに左肩を抉った。
血が吹き出し、ダークグレーのスーツの上着を赤黒く染め上げる。
「克哉!」
猫が吼えた。彼も今にでも飛び出してきそうだ。
「ゴウト! もう少しだ、もう少しだけ待ってくれ!」
青年は猫を制止すると、抉られた肩を押さえながらまた一歩近づいてきた。もう至近距離だ。
すぐにでもその顔面をミンチにすることだって可能な距離だが青年は止まらない。
「ふ、僕の弟も普段大人しい割に一度怒ると手が付けられないほど暴れるが、君も容赦無いな。血が止まらない。
ところで君のその腕は手当てをしなくてもいいのか?
まったく無茶をする。
そう言えば、あいつは一度刃物の刃の部分を力いっぱい握ったことがあってな。
それは胆を冷やしたものさ。」
どうしてコノ人はこの期に及んで弟の話ばかりするのだろう。
そんなに弟のことが心配ならば、今すぐそっちに行けばいいのに。
……と、何で自分がそんなことを考えるのか。
目の前にいるのは良質のマガツヒで、良質の蛋白源だ。ただ、それだけなのに。
「思えばあいつとは、本気で喧嘩をしたことが無いな。
僕はあいつに少し嫌われているようで、喧嘩にもならないんだよ。
あいつは何も話してくれないし、僕の話も聞いてくれない。それは寂しいものだ。」
「……」
「あいつが本当はどう思ってるのか確かめることは出来ないのだが、僕はあいつに言いたいことが山ほどある。
あいつは家にも帰ってきていないようだからな。
どこに泊まっているのか、食事はしているのか、ちゃんと学校には行っているのか、
悪い人間に眼を付けられていないか、心配だよ。
君にも、家族はいるんだろう?
君が人間であろうと、悪魔であろうとそれには変わりないはずだ。」
家族? 心配? 一体何のことなのだろう。意味が解らない。解らない。
「かか家族…し、しらない。」
「…………。
そうか。悪いことを聞いてしまったな。だが、家族でなくとも君を心配している人は必ずいる。解るか?」
「???」
「例えば僕だ。」
「???」
「僕は君のことがすごく心配だ。
君は僕の弟によく似ているんだ。
頭がいいように見えて何を考えているか解らないところとか。
いつもフラフラしてて捕まらないところとか。
そのくせ一度思い込むとなかなか考えを曲げないんだ。
だから間違った方向に進んでしまったらどうしようかといつも心配している。
君と僕の弟は、本当によく似ているからな。どうしても、君のことも心配になるんだ。」
臆面も無く語ってくる言葉を、何故かもうこれ以上聞いていたくは無かった。
だから、黙らせようと拳を振るった。
117人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:44:28 ID:UqnhJCKl0
「克哉!」
拳を腹に撃ち込まれた青年が弾き飛ばされ、猫が飛び出してきたからそれも軽く振り払う。
猫は一瞬動かなくなったが、すぐに何も無かったかのように起き上がった。少し手加減し過ぎたか。
「僕は大丈夫だ。防弾チョッキが役に立ったようだな。」
ふらりと青年が立ち上がる。口からは血反吐を滴らせている。
立ち上がった体勢は、胴体を庇うように背中を丸めている。あばらが何本かいってしまったか。
口とは裏腹に、どう見ても大丈夫ではないようだが…。
「克哉、これ以上は無理だ! お前殺されるぞ!」
猫の言葉は彼には届いていないらしい。彼はなおも人修羅に近寄ってきて何事かを口走る。
「僕は思う。
君と、僕の弟が友達だったとしたら……どんなだろう。」
「克哉!」
人修羅は猫の声ではっと我に返った。
もうこれ以上聞いていられない。聞いていたら、何か自分にとって何かよくないことが起こる。
そう思って再び攻撃を繰り出した。
鋭い右ストレートが、今度こそこの青年の顔面を粉々にするヴィジョンが明確に頭に浮かんだ。
だが。
「ペルソナ!」
直前で青年が叫び、真っ黒な猫の顔を持った人影が浮かび上がり、代わって拳を受け止めた。
「僕の言葉は通じないのか。」
「ううううううううううううううううううう……」
ペルソナ。どこかで聞いたような言葉だ。どこで聞いたのか思い出せないが。
そのペルソナとやらは両手で拳を掴んで離さない。人修羅はさらに拳を深く埋めた。
「何て力だ。本気で僕を殺すつもりなのか……。」
「克哉! 何をしている! 説得はもう終わりだ!」
「だが僕も死ぬわけには行かない。人を待たせているんだ。
命に代えても僕はここで君を止めるぞ。」
言っていることがメチャクチャだということをこの人は自覚しているのだろうか。
そう言いたい気もしたが、一気に溢れた闘争本能によって言葉は掻き消された。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
掴まれた拳を激しく振り回し、ペルソナ・ヘリオスを薙ぎ払う。
それが消滅したところで青年に視線を戻す。
青年はいつの間にか構えていた銃の引き金を引いた。
がん、とすさまじい銃声と共に額に鈍い痛みが走った。衝撃で思わず尻餅を着いてしまう。
立ち上がった時には既に青年の姿は無く、代わりに真正面に停めてあったパトカーのエンジンが激しく唸りを上げていた。
そうか。説得に失敗したら、殺す気だったんだな。
だったらどうだと言うんだ、その車ごと破壊するまで!
拳を構えて立ちはだかる人修羅に向かって一気に加速するパトカーはぶつかる直前で勢いよくスピンする。
タイヤとアスファルトが擦れる耳障りな音に顔をしかめている一瞬、ドアが開き、青年と猫が飛び出すのが見えた。
だが加速の止まらないパトカーはドアを開いたまま、人修羅に激突する。
パトカーのボディに弾き飛ばされた人修羅は壁に叩きつけられ、そのまま押しつぶされる。
激しい圧迫感と熱に襲われ、気が遠くなった。
人修羅の意識が飛びそうになったところで、地を揺さぶるような爆音が響いた。
パトカーが炎上し、それを皮切りに次々と他の車体に引火。辺りは炎に包まれ真っ赤に染まった。
118人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:45:24 ID:UqnhJCKl0
そこから少し離れた所で頭を防御して蹲っていた克哉は立ち上がった。
その横にはゴウトも佇んでいる。
「……本当にこうするしか道は無かったのか…。」
叩きつけるような熱風を受け、人修羅が埋まっている炎と鉄の固まりを見ながら克哉は苦しそうに呟いた。
「僕は、彼を殺した。」
肩口を破られ、あばらも何本かいかれている。
だが、本当に苦しいのはそんなことでは無かった。
「気を落とすな克哉。お前は出来ることを全てやった。その結果がこれなのだから仕方が無い。」
「ゴウト…。」
「青葉公園に行こう。英理子と弓子が待っている。」
「そうだな。落ち込むのはそれからでも遅くは無い、か。」
彼らは階段に向かって歩き出す。
ここを出て、扉を閉じるとじきに酸素が燃え尽き、炎は鎮火するだろう。
その時には既にあの少年の身体は骨一つ残さず炭化しているに違い無い。
克哉もゴウトもそう思っていた。
だが、克哉が階段のドアを開いた時、あってはならない気配を感じ、足を止めた。
炎の轟音に混ざって鉄の塊がアスファルトに投げ出される音が響き、炎の中から人影が立ち上がった。
「まさか」
息を呑み、意を決して振り返る。
「ううううううう…」
「そんな、馬鹿な…。」
それから克哉は無我夢中で銃、警察署支給のニューナンブM60を乱射する。
だが既に三発ほど使っているため、シリンダーには残り二発しかない。
いくら引き金を引いてもそれ以上発砲されることは無かった。
辛うじて撃てた内の一発はどこに飛んだのか解らない。だが一発は人修羅の顔面に当たった。
身に浴びた血が焦げて黒ずんでいる人修羅は、銃弾を受け、仰け反っている。
この時克哉にもう少し冷静な判断能力が残っていれば、一目散に逃げ出していたことだろう。
だが彼は銃を構えたまま眼を見開いて立ちすくんでいた。
その体勢のまま、少年がぐるんと仰け反った上半身を起こすところをただ呆然と眺めていることしか出来なかった。
「ぐううううううう」
腹から低い呻き声を発する人修羅が噛み締めた歯の間に弾丸はあった。
人修羅が悪魔の強靭な歯で弾丸を受け止めていたのである。
弾丸を咥えたままアスファルトの床を蹴って人修羅が跳躍する。

目の前が真っ赤に染まり、そこで克哉の記憶は途切れた。

克哉が最後に開けてくれたドアからすり抜けたゴウトは走っていた。
英理子と弓子が待っているはずの青葉公園に向かって。
克哉とは、おそらくもう二度と会うことは無いだろう。
どうすることも出来なかった。
自分は戦闘力の無い猫の身だ。彼を助けるためにあの悪魔と戦うことなんて出来ないのだ。
悔しい、そして悲しい。
だからこそ、彼の死を無駄にすることは出来ない。
早く英理子と弓子と合流し、出来るだけ遠くに逃げる。逃げて、戦力を蓄える。
それから、さらに信頼できる仲間を増やさなければならない。
そうしないとこれから先、生き延びることなど出来ないからだ。
(ライドウ、あいつは今どこにいるんだ……!)
今思い出せる信頼できる仲間は、彼と、鳴海、タヱ、大道寺伽耶。
とにかく信頼出来る仲間を集め、早くこの地獄から脱出しなければ――。
119人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:46:38 ID:UqnhJCKl0
酸素が殆ど燃え尽くされ呼吸することすら困難な地下駐車場で、人修羅は周防克哉の肉体を貪っていた。
大の字に寝転んだ死体の纏ったスーツとワイシャツを切り裂き、ハラワタを引きずり出す。
這い蹲って齧り付くと口の周りだけではなく、全身に血を浴びるが気にすることは無い。
芳醇な血の匂いと、暖かなマガツヒが乾いた喉に流れ込んでくる。至福の時であった。
特に柔らかな内臓は、鮮度が高いことも相まって、ことさら美味である。
これが人間の味。
悪魔よりやや脂が乗っている。
彼が人間だった頃に食べたことがある食べ物で例えるなら極上のトロの味に似ていると思った。
ひとしきり臓物を味わった人修羅は身体を起こした。
別に喰うのをやめたのではない。
生き物の部位の中でも最も美味とされる脳を味わおうと思い、頭を持ち上げるために首を取り外そうと思っただけだ。
鋭い手刀で首の頚椎を切り離し、引きつったままの表情を残した頭を両手で持ち上げた。
人修羅は興奮から肩で息をしていたが、ぴたりと動きを止めた。
克哉のサングラスがずり落ち、ぼんやりと開いた眼孔と、自分の視線がかち合った。
「あ、あ…あ…」
何故かその時頭の中に克哉の言葉がフラッシュバックする。

『その腕は手当てをしなくてもいいのか?』
『君を心配している人は必ずいる。』
『僕は君のことが心すごく配だ。』
『君と弟が友達だったら……どんなだろう。』

この人は、光だ。
自分が悪魔で、闇を象徴しているのだとしたら、この人は紛れも無く光だ。
いつかこの人は出来るだけ多くの人を救いたいと言っていたような気がする。
警察官である彼は、何の力も無い人々にとって希望の光なのだ。

僕は、希望の光を喰った。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

わずかに残った人の心が叫びだす反面、頭の中では自分であって自分ではない何かがこうも怒鳴りつける。

モット喰エ、喰ライツクセ。オ前ハ悪魔ダ。躊躇ウナ!!

人の心と悪魔の本能のはざまで混乱した人修羅は、おぼろげな表情の首を落とした。
そしてその場で今食べたものを全て吐き戻した。
120人の心と悪魔の本能  ◆nRO0EiYVg6 :2006/12/27(水) 14:47:38 ID:UqnhJCKl0
<時刻 午前11時半>

【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態 左肩から下を欠損し出血中  
    受けたダメージと消耗により既にまともにスキルを使用することは不可能  
    悪魔化 殺戮衝動 
体中に悪魔の体液を浴びており強烈な異臭がする
フルムーンの影響を受けている。
PANIC状態
武器 素手
所持品 無し(所持していたものは先の戦闘の巻き添えで塵に)
仲魔 無し
行動指針 本能の赴くままに殺戮だが…?
現在位置 スマル警察署地下駐車場
備考 左腕からは血が流れていますが、悪魔である彼が出血死するかは不明です。

【桐島英理子(女神異聞録ペルソナ)】
状態 正常
降魔ペルソナ ニケー
所持品 ニューナンブM60 防弾チョッキ
行動方針 周防克哉、ゴウトドウジ、その他仲間との合流 ゲームからの脱出
現在地 港南区

【白鷺弓子(旧女神転生1)】
状態 腕に傷を受けたがほぼ回復
仲魔 無し
所持品 アームターミナル MAG2000 ニューナンブM60 防弾チョッキ
行動方針 周防克哉、ゴウトドウジと合流 中島朱実との合流 ゲームからの脱出

【周防克哉(ペルソナ2)】
状態 死亡
降魔ペルソナ ヘリオス
所持品 拳銃
    防弾チョッキ
    鎮静剤
現在位置 スマル警察署地下駐車場
121名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 02:54:19 ID:4x+WkRv4O
明けましておめでとう保守。
122名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 14:21:36 ID:cIch+IBlO
保守だ
123名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 16:25:43 ID:5wEPtZojO
あげ
124名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 01:08:15 ID:IVUaDGC70
こんな状況でも保守だ
125暁天の星、再び輝く 1/4:2007/01/16(火) 12:46:38 ID:vDaWYedy0
 真っ白な世界に、まず温度が戻ってきた。
 失神するのは初めてではない。葛葉の里での修行時代に、いやというほど味わってきた。あらゆる感覚の中で
一番最初に目覚めるのは痛覚であると、体が覚えている。ライドウは半ば無意識に、痛みに対する覚悟を決めた。
 が、痛みはいつまでたっても襲ってこなかった。肩から胸にかけて一直線に熱が走る。それはかゆみにも似た、
快ちよいような感覚。何度も味わったことのある、そう、この感覚、たしかこれは――。
「…………………………」
 半ば眠った脳が、ふたたび現状を認識しはじめる。蘇りはじめた視覚が真っ先に捉えたのは、覆いかぶさる
ようにライドウを覗き込む、フードの帽子をかぶり、厚着をした少女の顔だった。
「あ、気がついた! よかったよぉ〜、マッサオな顔して、このまま死んじゃうかと思った」
 少女の長い髪の毛がライドウの頬に触れる。羽毛特有のふわふわした感触と独特の匂いがライドウの五感を
刺激し、記憶の再生を促す。
 そうだ。たしか、泣き声が聞こえて、そこにこのモー・ショボーがいて、シキミの壁を壊して、ついでにこの
機械の使い方を聞こうとして――。
「――そうだ、鳴海さん!」
 がばっ、と後先考えず起き上がって、ライドウは肩の傷口のことを思い出し痛みに身構える。が、わずかに
突っ張るような違和感と、貧血による軽いめまいを覚えただけで、痛みはほとんどなくなっていた。
「んもう、無理しちゃだめだよう、ニンゲン! ホントにすごい傷だったんだから!」
 跳ねのけられて床にしりもちをついたモー・ショボーが不機嫌そうに言う。立ち上がろうと髪の毛を羽撃か
せるが、疲労困憊して力が入らないらしく、体を浮き上がらせるほどの浮力は得られない。その様子を見て、
ライドウの頭に先ほどの感覚が蘇る。あの感覚は、回復魔法。モー・ショボーはディアを所持する悪魔であるが、
それほどに魔力が高いわけでもない。あれだけの傷をここまでふさぐには、自分が気絶している間、ひたすら
ディアをかけ続けていてくれたのだろう。
「――ありがとう」
 自然と感謝の言葉が口から出て、ライドウは自分でも驚いた。いままで、仲魔から忠誠を得ることこそあった
が、こういう類の信頼を得たことなどなかったような気がする。仲魔は力により屈服させる存在であり、命令に
忠実に従わせる存在だった。が、このモー・ショボーはそれとはまったく違う形での信頼を見せている。
「えへへ…、お礼もうれしいけど、できれば手を貸してよね」
 モー・ショボーが照れたようにうつむきながら答える。仲魔からこういう反応を返されることも初めてだった。
まったく皮肉な話だが、いま自分は悪魔召喚師としてさらに成長しているらしい。こみあげてくる皮肉な笑いを、
学帽を深くかぶりなおす動作で隠した。何人も死んでるというのに、これから何人死ぬか分からないというのに、
そういうことを考える自分が、たまらなくイヤだった。
126暁天の星、再び輝く 2/4:2007/01/16(火) 12:48:19 ID:vDaWYedy0
 モー・ショボーを助け起こして、壁に寄りかかって並んで座った。COMPとやらの使い方を聞く。基本的には、
管を使った召喚術とほぼ同様と思って間違いないようだった。しかし術式ではなく機械入力による召喚という
のは、機械類が苦手で電話もタイプライターも敬遠しているライドウにとってはあまり使い勝手のいいものでは
ない。通常時ならともかく、強敵との戦闘でとっさの判断が必要なときには、少々危険が伴う恐れがあった。
できるなら、管を手に入れたいところだ。
「でね、ここにねー、んーと…あれー? …おかしーなー?」
 モー・ショボーが首をひねった。
「おかしいなー…ここにねー、『UNITE』っていうのが出るはずなんだけど、あれー?」
 彼女によると、このCOMPがあれば専用の施設がなくとも悪魔合体が出来るはずなのだが、このメリケンサック
型COMPにはなぜかその機能がないのだそうだ。あの爆音を響かせるDr.ヴィルトルの悪魔合体装置が、こんな
小さな機械に入ってしまうとは、まったく驚きだ、とライドウは思った。彼にこの機械を見せたら、どんな顔を
するだろう。考えるまでもなく、両手をせわしなく動かしながら興奮する様がありありと思い浮かんできて、
ライドウは思わず吹き出してしまう。モー・ショボーが怪訝な表情を浮かべた。
「そういえば、イッポンダタラはどうした?」
 ふと思い出して、見当たらないもう1体の仲魔のことを訪ねると、モー・ショボーは露骨にイヤな顔をした。
「知らなーい。うるさいから出てけって言ったら、どっか行っちゃった」
 ぷいっと横を向いてスネたように答える。心底嫌っているらしい。
「アイツ、ホントにバカだよ。あんな大声で騒いでたら、ここにいるって知らせてるようなものだよね」
「…ぉぉぉぉん…」
「大ケガしてる人がいるのに敵が寄ってきちゃったらゼッタイゼツメイでしょ、それが分からないのかな?」
「…るぜぇぇぇぇぇ…」
「なに言ってもヘンな言葉しか返ってこないし。あーあ、二度と戻ってこなければいいのになあ」
「パッショォォォォォォン!!」
 ばがっ、と大きな音を立て、すぐそばの壁が壊れた。その穴から、ぬっ、と鉄仮面の悪魔が顔を出す。
「サ、サマナァァァァァ!! 起きたのかァァァァ!! いい夢見られたかァァァァァ!!」
 言うまでもなく、イッポンダタラだった。両手いっぱいに、なにやらいろいろ抱えている。
「コレだァァ! コレの角でグリグリやってみろォォォォ!」
 どさどさと、戦利品を床にぶちまける。食料品やら、本やら、消火器やら、とにかく目についた物をなんでも
かんでも拾い集めてきたのだろう。『ヒロ右衛門』の本領発揮と言ったところか。
127暁天の星、再び輝く 3/4:2007/01/16(火) 12:49:14 ID:vDaWYedy0
「サマナァァァ!! なんじゃこりゃあァァァァ!! COMPじゃねェかァァァァァァ!!」
 イッポンダタラが、ライドウの右手にはまったメリケンサックを指差して叫ぶ。隣の「今頃気づいたのかよ」
と言わんばかりの表情でむくれたモー・ショボーを完全に無視して、イッポンダタラは跳ね回りながら続けた。
「うぉれ、このCOMP知ってるぞォォォ! 入ってたことがあるぞォォォ! 懐かしいじゃねェかァァァ!!」
 と言ってCOMPを覗きこむと、数秒間黙って凝視したあと、ぶるぶると震え始めた。 
「懐かしくねえ方のCOMPだったァァァ! こっちじゃねェェェェ!! もう1個あるはずだァァァァァ!!」
「もう1個?」
「そうだァァァ! 右手用と左手用と2個で1セットォォォォォ!! つまり1個だと半分だァァァァ!!」
 イッポンダタラの無意味にハイテンションな説明を要約すると、このメリケンサック型COMPは2個で1セット
であり、片方だけでは不完全なのだそうだ。召喚プログラムは両方に入っているが、悪魔メモリーは半分の6体
分ずつしかなく、また合体プログラムとインストールソフトはそれぞれ片方にしか入っていない。
「こっちはインストールソフト用ゥゥゥ! 合体はできねぇ相談ってもんだァァァァ!!」 
「召喚ぷろぐらむ、合体ぷろぐらむに、いんすとーるそふと、ね」
 大正生まれのライドウには聞きなれない単語ばかりだったが、回転の速いライドウの頭はそれに混乱すること
なく情報を分析していく。剣術や召喚術だけでなく、知性と判断力にも長けているからこそ、十代後半という
若さで伝統ある葛葉ライドウの名を継ぐことができたのだ。
「…思っていたより、状況はずっと悪い、ということか…」
「え? なになに、どーいうこと?」
 ライドウの深刻なつぶやきを聞きつけ、モー・ショボーが疑問をはさむ。ちなみにイッポンダタラはなにやら
叫びながら楽しそうに周囲を跳ね回っては、目に付くものを拾い集めている。
「参加者の中には何人か悪魔召喚師がいる、ということまでは予想していたんだけどね」
 予想と言うより、覚悟かな、とライドウは心の中で付け足す。悪魔召喚師との戦いは、上級悪魔との戦いより
はるかに厄介だ。悪魔は弱点を理解していればどうにでも戦いようがある。それは悪魔召喚師としての常識だ。
それを理解している者同士の戦いとなると、裏を読みあい、互いの秘術をすべて尽くしての死闘となることは
避けられない。
「万端の準備を整えることができるなら、僕はどんな相手にだって負けない。たとえ、巨大戦艦が相手だろうと
勝ってみせる。十四代目葛葉ライドウの名に懸けて、ね」
 迷いも気負いもなく、ライドウは言い切った。実際、その自信はある。過信ではなく、確固たる自信だ。
「同じように考えている召喚師はたくさんいるだろうね。実際、召喚師同士の戦いは、準備の段階から始まって
いると言っていいんだ。多くの時間を費やして、より確実に準備をしたほうが勝つ」
128暁天の星、再び輝く 4/4:2007/01/16(火) 12:50:19 ID:vDaWYedy0
「…準備ってつまり、ガッタイ、のこと?」
 モー・ショボーはおそるおそる尋ねた。さっきから、ライドウが自分が負ける前提で喋っているような気が
したのだ。彼女も悪魔だから、悪魔召喚師が負けるということはどういうことか、ちゃんと分かっていた。
「それもあるし、武器や道具をそろえるってこともある。ま、それに関してはこっちには心強い仲魔がいるけど」
 ライドウは茶目っ気のある笑いを浮かべた。イッポンダタラが、また両手いっぱいに物を抱えて戻ってきて、
「オリムピック級の活躍だァァァァァ!!」
 と荷物をあたりにぶちまける。大半はガラクタながら、どこから見つけたのか、傷薬やら缶詰やら、なかなか
使える物もある。ライドウは手早く選別し、ザックに荷物を入れて立ち上がった。
「さて、そろそろ移動しよう。モー・ショボー、飛べるかい?」
「え、う、うん。もう大丈夫」
「よし。探してほしい人がいるんだ。山から下りたら偵察を頼むよ。じゃあ2人とも、帰還してくれ」
 言いながら、右手につけたCOMPを操作する。慣れない手つきで、『RETURN』コマンドを入力した。
「おととい来てやるぜェェェェェ!!」
 イッポンダタラが緑の光となり、COMPに吸い込まれていく。ライドウはCOMPをモー・ショボーへと向けた。
「あ、あのね、ニンゲン」
 モー・ショボーの体が緑の光に包まれ、足の先から光と化していく。
「ニンゲンがそういうならね、アタシをガッタイさせてもいいから…だからね…」
 言葉は光の波に飲まれ、途中で消えた。ライドウは帰還したことを確認するとCOMPを切り、ザックを背負った。
重みが肩にずしりとかかり、膝をつきそうになったが、なんとかこらえる。
 この程度の重荷で、潰れるわけにはいかないのだから。


<時刻:午後0時頃>
【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 貧血気味(肩の傷は手術と回復魔法でほぼ完治)
武器 脇差(ひどい刃こぼれ) メリケンサック型COMP(合体機能なし、インストールソフトあり)
道具 レイコの荷物(マハラギストーン マハジオストーン マハガルストーン) MAG3000
   病院で拾った物いくつか(食料、消火器、傷薬少々)
仲魔 モー・ショボー(疲労) イッポンダタラ
現在地 蝸牛山、下山中
129名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 03:12:44 ID:EumiYaVL0
保守あげ
130名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 00:43:17 ID:J/HRkKvG0
ほしゅ
131メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:29:56 ID:aJpI998M0
「――オイ。起きロ」
獣型の悪魔特有のくぐもった声が、俺を眠りから連れ戻した。
呼ばれてから覚醒するまでに時間はかからなかった。すぐにでも起きなければいけない事は忘れていない。
肉体は疲れ切っている。どれだけ眠ったのかはわからないが、そう長い時間ではないだろう。
外はまだ日が高い。起こされなければ、日が傾く頃まで目覚めなかったろうが。
「……反応があったか」
あちこちが軋む体を起こして、目を開けた。
薄暗いゲームセンターの中にいるのが幸いし、目が慣れるのも早い。
万全とは言えないコンディションだが、動けない事はない。まだ多少なら無理がきく。
シートから身を起こした俺の目の前に、オルトロスが口に咥えた刻印探知機を突き付けた。
「何者かガ近付いてル。一人ダガ……ドウする」
「速度はどうだ」
「遅クハない。大シた傷ハ負ッテないナ」
小さく舌打ちをする。多少は動けると言っても、まともに戦える自信はあまりなかった。
素人ならともかく、戦闘の心得のある好戦的な相手と出会えば無事では済まないだろう。
「消耗は避けたいな。このままやり過ごす」
レーダーの画面には俺の存在を示す動かない光点が一つと、それに近付いてくる光点が一つ。
その接近を意識して、声を落として話す。
「オレは戦えルゾ」
不満げにオルトロスが唸る。戦いの指示を待ち侘びていたらしい。だが、俺は頭を振った。
「止めておけ。お前の手に余る相手でないとも限らない」
「……ワカッタ」
オルトロスはまた苦々しげな唸り声を上げた。血気盛んではあるが、命令には従ってくれるのが有難い。
契約者には忠実な悪魔は、この街で戦いを望む者にとっては最良のパートナーとなるだろう。
命令に背く事も、裏切る事もない。そして何より、互いを殺す必要がない。
人間同士であれば、いつかは直面しなければならない問題――どちらかが死ぬ必要がある、という事。
それを考えずに済むから、悪魔との同盟は絶対的に信頼できるのだ。

俺は再びシートに体を埋め、オルトロスから受け取ったレーダーを眺めた。
光点は南西方向から近付いてくる。最初は画面の端に見えていたその存在の印が、中央に近くなる。
やがて画面中央の俺の光点と、接近する光点の距離は――ほとんどゼロになる。
小さな光と光が触れ合うのを見詰めて、俺は思わず息を呑む。
画面上の表示がここまで近付いているという事は、実際の距離もすぐ近くのはずだ。
下手に物音を立てたら見付かりそうな気がして、緊張が高まる。
呼吸音にさえも神経質になり、息を殺して相手が遠ざかるのを待っていた、その時。
ドアが軋む音と共に、ゲームセンターに外の光が差し込んだ。
132メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:30:38 ID:aJpI998M0
「誰かいるのか」
男の声がした。俺はシートの中で身を硬くする。
この馬鹿でかい筐体のお陰で今は姿を捉えられてはいないが、近付かれたら見付かる。
このままだんまりを決め込んで、誰もいないと思わせるのは難しかった。
無数の悪魔を狩り、ヒロコという名のゾンビと死闘を繰り広げたこの場所には、濃密な血の匂いが漂っている。
少なくとも誰かがここにいて、戦った。闖入者もそれはとっくに理解しているだろう。
そして、その男は中に向かって呼び掛けた。この場の様子を探る気が少なからずあるという事だ。
その声に誰も応えなければ、男はここで起こった戦いの跡から何かを掴もうと立ち入ってくるに違いなかった。
物陰に伏せていたオルトロスに目で合図する。その意味するところを魔獣は聡く察して、ゆらりと身を起こした。
「……何カ用か、人間」
「へえ。オルトロスか。こんな所にも悪魔がいたんだ」
姿を現したオルトロスに、男は怯む様子もない声で応える。
素人ではない。悪魔を見慣れていて、オルトロスの相手もできる自信を持った男だ。
厄介な相手と遭遇してしまったものだ。オルトロスが上手く交渉を進めてくれる事に期待するしかない。
所詮は獣、それも力では負けるはずのない魔女に捕まっていたような奴だ、過大な期待はできないが。
男の前に姿を現さなくてはいけない状況になったらどう動くか。不意は打てるか。
動かないまま、俺は策を考え始める。
「ココは悪魔ノ棲家だ。見レバわかるダロウがナ」
「ふぅん……」
少しの間。男はここの光景を見回しているのだろうか。血と灰と、機械の残骸が散らばる光景を。
「でもさ、ただの悪魔って銃は使わないだろ?」
男の言葉が短い沈黙を破る。試すような口調。ここに悪魔しかいないとは恐らく思っていないのだ。
「薬莢が落ちてる。結構な数だね。ピストルじゃないな……マシンガンかな」
「人ヲ探しテルのカ?」
指摘には何も応えず、オルトロスが問う。獣にしては上出来な判断だ。
「人も探してる。でも、それだけじゃない」
一呼吸置いて、男は続けた。
「ただの悪魔なら銃は使わない。でも俺、銃を使う悪魔も見た事があってね。――例えば、ゾンビとか」
俺はぎょっとして再び息を呑む。
まるで鎌をかけているような口振りだ。こいつは、ヒロコがここに来た事を知っているのか?
レーダーの効果範囲の外から、つい今しがた近付いてきたばかりの奴が?
「ゾンビを探シに来たッテ訳カ? ワザワザ、こンナ所に」
「外からでもわかるような血の匂いがしたら、そうじゃなくても気になるさ。
……それに、正確には違うな。ゾンビにはできれば会いたくない。銃を持ってるようなのには特にね」
先程から、この男の言葉には妙な含みがある。何が言いたいのか読めない。
オルトロスもそれは同じらしく、男のペースに押されて聞き役に回っている。
余計な事を喋られても困るし、情報を引き出せるのだから好都合と言えば好都合だが。
「オマエも銃ヲ持っテルのに、カ?」
「そりゃあね。俺は撃たれたら死ぬけどゾンビは死なないじゃん? イーヴンとはいかないよ」
オルトロスはどうやら、男が銃を持っているのを俺に教えようとしてくれたようだ。意外な機転に感謝する。
このシート越しならいきなり撃たれても当たる事はないが、射線が通る位置に出てしまうのは危険だ。
「で、さ」
核心に触れない問答のまだるっこしさに飽きたのか、とうとう男が切り出した。
「ここにいたんなら知ってるだろ? ここでマシンガンをぶっ放したのは……どんな奴だったか」
133メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:31:32 ID:aJpI998M0
ここでオルトロスが返答を誤れば、俺の存在を男に気付かれ兼ねない。
物音を立てないように姿勢を変える。いつでも飛び出せるように、汗ばむ手で刀をしっかりと握った。
「オマエの言っタ通り、ゾンビ……ダ」
「どんな奴?――こんな印は、付いてた?」
自らにも刻まれた、呪いの刻印を示しているのだろう。
間違いなくこの男は、自分達と同じ立場の人間がゾンビと化したという可能性を認識している。
今までの言葉から考えれば、ゾンビとは敵対する立場。
声の若さから言っても、軽い口調から言っても、ヒロコが口にした『神父』というのはこいつではなさそうだ。
ならば、その神父とやらと敵対する存在なのか?
だとしたら――いや。
一瞬浮かんだ思考を、俺はすぐに頭の片隅へ追い遣った。
どうかしている。仲間になれるかも知れない、などと。人間同士である限り、最後は殺し合うしかないのに。
「印は付いてタ。金髪の女ダ」
「……やっぱり」
男の声の調子が変わった。今までの試すような余裕のある声から、どこか強張った声に。
「彼女はどこに行った? いや……彼女は、『誰に向かって』撃ったんだ」
「誰でも良かッタんジャないのカ。血に飢えてタようだっタしナ」
「だったらどうして、お前がここにいる?」
はっきりと、男の声は強い感情を帯びていた。
「血に飢えたゾンビだろ。獲物が残ってたら放っとくはずがない。なのにお前が生きてるって事は」
「どう思ウ」
「――お前が!」
最早叫びに近い声だった。始める気かと身構えかける。
この男は、ヒロコを知っている。
彼女の辿った運命も――このゲームセンターに辿り着く前の段階までは――知っていて、その事に何らかの感情を抱いている。
そして今、悟ってしまったのだ。彼女はもうどこにもいないという事を。
理性を失ったゾンビが悪魔に挑み、返り討ちにされたとしても悪魔に咎はない。
しかし誰もがそう割り切れるほど冷静な訳ではない。遣り場のない憤りの矛先がオルトロスに向くのも無理はなかった。
衝突は避けられないかと覚悟を決める――が。

「……お前が、終わらせてくれたんだ? ヒロコさんが、もう、誰も殺さなくてもいいように……」
男の声は、涙声になっていた。
134メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:32:26 ID:aJpI998M0
沈黙が流れた。男も、俺も、オルトロスも何も言わない。
俺は飛び出しかけた体を再びシートに預け、深く息を吐いた。
男が思ったよりも冷静であった事への安堵。それは決して、苦戦必至の相手だからというだけでなく。
この男に、俺は多少の同情と共感を覚えていた。
恐らくこいつにとって、ヒロコはごく親しい、大事な人間だったのだろう。
良く知っている人間がゾンビになるという衝撃は俺にもわかる。まさに同じ経験をしたのだから。
もしあの時、彼女が――俺の大切なヒロコが、ここで出会ったヒロコと同じ目に遭っていたら俺はどうしていたか。
この男のように、一瞬の激情を押さえ込み、全てを終わらせた者に感謝する事はできただろうか?
そう思うと、敬意に近い思いすら湧き上がる。
「ヒロコさん、何か言ってなかった?」
沈黙を破ったのは男だった。さすがに泣き出すのは堪えたらしく、声には幾分落ち着きが戻っている。
「何かッて、何ダ」
「何でもいいよ。手掛かりになんてならなくても。覚えときたいんだ」
「手掛かりなら……ある」
男がはっと息を呑むのが聞こえた。シートから身を起こしながら、俺は続ける。
「神父様、だとさ。あの女を、あんな風にした奴は」
「……神父」
「俺はそいつが気に食わない。あんたの立場や目的は知らないが、その点は同じだろ?」
この男がこちらに撃ってくる事はないと、俺は既に確信していた。
もう隠れる必要はない。俺は筐体のシートを離れ、男の前に立つ。
「同じだね。……人間も、いたんだ」
「悪いな。この格好じゃ怪しまれると思って黙ってた」
ただでさえ俺の鎧は見た目が邪悪だし、返り血もたっぷり浴びている。この言い訳は説得力十分だろう。
もっとも、目の前の男も普通の格好ではない。
明らかに防御効果を期待して作られただろうボディスーツ。腰のホルスターには銃が収まっている。
血の汚れも下手をすると俺より酷いほどだ。少なくとも、平和主義者には見えない。
長髪で一見優男だが、瞳の奥には鋭い光が宿っている。
ただ立っているだけなのに隙がないところを見ると、実力もかなりのものだ。
細身のように見えるが、ボディスーツの下の肉体は外から見るよりも相当鍛えられているだろう。
「随分戦ったみたいだね」
「お互いにな。俺が相手したのは悪魔だが」
「俺が斬ったのは……死体だよ」
自嘲的な笑みを浮かべ合う。殺し合いのゲームの最中だ、素直には信用されない事は互いに承知している。
現に、俺の言葉は真っ赤な嘘だ。殺したのも、傷付けたのも、悪魔だけではない。
135メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:33:09 ID:aJpI998M0
「詳しく聞かせてほしいな。神父、って……ヒロコさんが言ってた?」
作り物の笑みが、男の顔から消えた。
「ああ。最後に少しだけ正気に戻ってな。そいつが、皆殺しにしろって言ってたそうだ」
思い出すだけでも怒りが込み上げる。皆殺しを考えているのは俺自身も同じはずなのに、我ながら勝手なものだ。
「そっか。正気に戻れたんだ。なら良かったのかな」
「いいもんか」
そんな事は何の慰めにもならない。少しでも救いがあったと思いたいのはわからなくもないが、それは欺瞞だ。
「……やっぱ、良くないか」
男が溜息をつく。オルトロスと話していた時の曲者ぶりはどこへやら、感情を隠す素振りもない。
変な男だ。扱いづらいタイプである事には変わりない。
「心当たり、ある? その、神父って奴に」
「ないな。しかし神父なんて、ここに集められた中に何人もいるとも思えん……
元々知り合いだったんじゃなければ、そいつは一目見てわかるような神父の格好をしてるって事になる」
学校の教室だという部屋に集められた時に見た、他の連中の服装を思い出す。
俺や目の前の男のような格好は異端と言えた。ほとんどは防具でも何でもない、ただの服を着ていたのだ。
鎧ほどではないが、神父服もかなり目立つだろう。
「知り合い、か……」
男が表情を翳らせ、少し首を傾げる。
「そういえば俺、ヒロコさんの知り合いなんてほとんど知らないな」
先程見せた激情からは親しい間柄を想像したが、この男とヒロコはそれほど知った仲ではなかったのかも知れない。
あるいは、これからもっと互いの事を知ってゆくはずの二人だったのか。
「神父の知り合いはいそうか?」
深くは聞かない事にして、必要な情報だけを問う。
「いるかもね。ああ見えて信心深いみたいだから、ヒロコさん。何たってテンプルナイトだしね、メシア教徒の鑑だよ」
「……メシア教徒?」
妙な気分だった。今までこの男やあのヒロコの事は、全く違う世界の人間のように思っていた。
実際に異世界、あるいは違う時代の人間なのだろう。
メシア教は俺もよく知っているが、テンプルナイトというのは聞いた事がない。
その世界のメシア教と俺の知るメシア教が同じものかどうかは定かでないし、どうでもいい事だ。
今ここでこいつと宗教談義を始める気はない。
しかしメシアの名を冠するからには、それを信仰していたというヒロコもまた救世主を待ち望む一人だったのか。
嫌な後味だ。今更後悔はしないし揺れもしないが、ただ、嫌な気分だった。
「メシアは彼女を救いはしなかった、か」
吐き捨てるように呟く。その時、男が表情に浮かべる翳りが濃くなったのは気のせいだっただろうか。
136メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:33:44 ID:aJpI998M0
「探すつもりか。その神父を」
聞くまでもなかったが、男の意思を確かめるように問う。
「当然。ただ、他にも探さなきゃいけない奴がいるから……まずはそっちが先決、かな」
男の目が鋭くなる。戦うべき相手を見出し、それに思いを馳せる目だ。
そういえば、こいつは元々ヒロコを探しにここへ来た訳ではないのだ。
「敵がいるのか?」
「悪魔みたいな女がいてね。見てないかい? 手が凄い形になってる奴」
俺は首を横に振る。心当たりはない。
凄い形と言われても想像できないが、人間の形をしていない奴なら一目見れば忘れるはずもない。
「そいつは蓮華台の方に飛んで行ったんだ。追うつもりが、道がわかんなくてさ」
「……まさか、ここに来たのは道に迷った結果か」
「どっちが真っ直ぐ東か、途中でわかんなくなって」
空いた口が塞がらないとはこの事だ。なんて間抜けだ。
銃以外に何も持っていないところを見ると、地図を含めて荷物はどこかで失ったようだが。
「とにかく大通りを東に行こうと思ってね。そしたら、途中で血の匂いがしたって訳だ」
「とんだ幸運だな……」
神様のお導きとやらが本当にあるのなら、こういう事を言うのかも知れない。
運命に感謝すべきか、この男の間抜けっぷりに感謝すべきか、それとも単に呆れるべきところか。
「貴重な情報、ありがとう。君も――俺と目的は近いようだけど、良かったら」
男は真正面から俺を見据える。真剣な眼差し。
こいつは俺を信頼した。確かに、良き『仲間』にはなれるかも知れない。神父を倒すまでの間は。
「一緒に戦おう、ってか? 俺としても神父は放っておきたくないが、今は……」
「あ……いや、その」
男は困ったような顔をする。何が言いたいのか測り兼ね、俺は言葉を止めた。
「勿論、一緒に戦えるなら嬉しいけどさ。今すぐってつもりはない。君のダメージが大きいのは見ればわかるし」
あまり悟られないようには気を付けていたつもりだが、俺の消耗は見抜かれていたらしい。無言で肩を竦める。
「俺は急がなきゃいけないんだ。あの女のダメージが回復する前に、仕留めなきゃいけない。
神父を探すのはその後かな。決着が付いたら、またここに来る。……だから」
「……頼みは何だ?」
言い難そうにしている男に、先を促した。
「その。……悪いんだけどさ、地図貸してくれないかな」
137メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:35:03 ID:aJpI998M0
「意外にオ人好シだナ。オマエも」
再び体感ゲーム機のシートに沈み込んだ俺に、揶揄する口調でオルトロスが言う。
犬の表情など読めるはずもないが、笑っているのだろう。
「別にそんな訳じゃない。あいつがお人好しに見えたからだ」
面白くなくて、顔を背けた。
「ソのまま地図を持チ逃ゲされタラどうスル。オマエが不利にナルぞ」
「断って折角の信頼を損なう方が痛手だ。手駒にできる奴は確保した方がいいだろう」
「逆ニ手駒にされるナよ?」
オルトロスが含み笑いのように小さく唸る。――面白くない。
そのまま無言でシートに身を預けている内に、ゲームセンターのドアが開く。
「ただいまー。ありがと、コピー取ってきたよ」
二枚の地図を手にした男が、それをひらひらと振りながら入ってきた。
オルトロスの疑いは杞憂だった。こいつは律儀に戻ってきたのだ。

一枚しかない地図を預けてしまっては、俺にそれが必要になった時に困る可能性がある。
この男が追っているという悪魔のような女に負け、ここに戻ってくる前に朽ち果てる事も考えられる。
それに、俺がこの場に留まる事ができなくなる可能性もある。
今はオルトロスが睨みを利かせているだけで下級の悪魔は寄って来ないが、放送ごとに悪魔は強くなるのだ。
次の放送が流れれば、ここにもオルトロス以上の力を持つ悪魔が現れないとも限らない。
それで俺の出した結論は、男に地図のコピーを取って来させるというものだった。
この世界は俺から見れば過去のようだが、コピー機程度はあるだろう。
人の出入りの多そうな区域だから、探すのにも時間は掛かるまい。
そして、この簡単な依頼は男を試すのにも丁度良かった。
この男が本当に俺と協力する気なら、必ず地図を持って戻ってくるはずだ。
もし持ち逃げされたとしたら、休息を取った後にでもあのマンションの屋上――最初に女を殺した場所へ行けばいい。
屋上には殺した女のザックが手付かずで残っているはずだ。誰かに持ち去られていなければ、だが。
最初から持ってきていれば良かったものを、あの時の俺は愚かにも動揺し、見過ごしていたのだ。
だが、今の俺は違う。

「気を付けろよ。どれだけ人殺しがいるかわからないんだからな」
預けた地図を受け取りながら、俺は『仲間』の顔をして言う。
「わかってる。……ありがとう。君みたいな人に会えて良かった。もう、ずっと独りで戦うのかなって思ってたから」
男は寂しげな笑みを浮かべた。馬鹿な奴だ。初対面の相手を信用して、こんな弱気な顔まで見せて。
「知り合いはいないのか? まだ生き残ってる中に」
「……いるけど、顔向けできない。俺、人を殺そうとしてるし」
「何だ、それ」
理解不能だった。無差別に殺そうというのならともかく、危険な相手を殺すのは当然ではないか。
それだけで顔向けできないと思う必要などあるのか?
138メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:36:13 ID:aJpI998M0
男は自嘲的な苦い微笑を浮かべ、少し遠くを見る目をする。
腹の探り合いをしていた時の鋭い視線とはまるで別人のもののように思える。やはり、どこか掴み所のない男だ。
「ザインは……ああ、そいつの名前なんだけど。殺したら、同じ所に堕ちるって言うんだ」
「同じ所?」
「うん。相手から襲ってきたからって殺したら、結局殺し合いに加わってる事に変わりはないって。
それじゃ俺達を殺し合わせようとしてる奴の思う壺だから、って」
呆れた理屈だ。そんな理想論を語って、この状況の何が変わるというのか。
大体、全員がそんな事を言って誰も殺さなかったら、全員一緒に死ぬ事になるだけだ。
「偽善だな」
「そんなんじゃないよ」
吐き捨てた言葉に、意外にも男は反論した。
「そんな甘い考えじゃ駄目だとは思う。手当たり次第に人を殺そうとしてるような奴は、生かしておけないってね。
でも偽善とは違う。あいつは多分……殺し合いを始めた奴の思惑に乗るよりは、死んだ方がいいって思ってる」
「馬鹿な。そいつは死ぬ気かも知れないが、死にたくない奴も死ぬべきだってのか」
「そう思わないから、俺は戦うんだ」
俯き加減だった男が顔を挙げ、俺を見た。
その目にはまた、決意の光が宿っている。
「死んでほしくないからさ。死にたくないって思ってる人達にも、ザインにも。
誰かが手を汚さなきゃいけないなら、俺がやろうって決めたんだ」
「……馬鹿だな。お前も」
「まあね」
男は笑った。その笑みに自嘲の色はあるが、迷いはない。
「でも、俺は会えないけど……あいつ、怪我してるから。多分、助けが必要なんだ」
死ぬつもりの奴など、放っておいて死なせてやればいいものを。
そう言ってやりたくなるが、口には出さない。こいつは反論してくるに決まっている。
「もし……もしだよ、俺がここに戻って来なくて、君がここを出て、ザインに会ったら」
「俺の代わりに助けてやってくれ、とでも言うつもりか」
「うん、まあ、そういう事」
歯切れが悪い。偽善だと一度否定されている手前、俺には頼み難いという思いがあるのだろう。
しかし、こいつには他にそんな頼みをできる相手もいないのだ。
――ある意味、理想的だ。ただの『仲間』でなく『唯一の仲間』だというのは。
「絶対に助けると保証はできないぞ。俺だって自分の身を守るのが第一だ」
「無理にとは言わないよ。君にも無事でいてほしいしね」
全く、お人好しにも程がある。
ふと、かつて友と呼んでいた男を思い出す。初対面の魔女をあっさり信じてたぶらかされた馬鹿な男を。
こいつも似たようなものだ。会ったばかりの俺をここまで信頼するとは。
139メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:37:36 ID:aJpI998M0
「あんたも無事で戻ってきてくれるなら、それが一番なんだがな。……そいつの特徴は聞いておこうか」
苦い追憶を振り払い言うと、男の表情に安堵が浮かぶ。
相変わらず、この男の印象は一定しない。
感情がわかりやすく顔に出たり、かと思うと真意を見せず駆け引きをしてみたり。不安定と言うべきか。
とは言っても、極限の状況で揺れているという風には見えない。
心の弱さや不安ゆえに壊れた結果の不安定さでなく、元からそうであったかのような。
「見たらすぐにわかるよ。凄い筋肉で、包帯ぐるぐる巻いてて、髪型がパイナップル」
「……何だそれは」
一瞬絶句したのは、その珍妙な表現のせいだけではない。
確かに、見たらわかる。何も知らない奴が聞いたら意味不明な表現だろうが、実に端的だ。
それが誰の事を指しているのか、俺ははっきりと理解した。その男とは既に会っている。
神様のお導きとやらのが本当にあるのなら、恐らくこういう事を言うのだ。
先程は感謝した運命に、今は呪詛を投げ付けたい気分だ。
完全に信用させ、手駒にできるはずの男の知り合いが――事もあろうに、俺が殺しかけた男だったとは。
「うーん。説明が難しいんだけど、見たら絶対わかるって。目立つから」
「まあ確かに目立つだろうな。全身に包帯を巻いた男なんて、神父の格好よりよっぽど珍しい」
「……うん。そうだろ?」
苦笑のような表情を、男は浮かべた。
ホルスターの銃に手を掛け、くるりと俺に背を向ける。
「会ったら、伝えてよ。アレフが謝ってたって。……じゃ、俺はもう行くね」
「ああ。気を付けろ」
そのまま振り向く事なく、男は歩き出す。やがてドアの軋む音がして、足音も聞こえなくなる。
俺は起こしていた体を再びシートに凭れさせ、シートと体の隙間に隠した探知機を取り出した。
画面中央に重なった二つの光点。その一つが次第に離れてゆく。
その二つの他に光点はない。また暫しの静寂と、安息が訪れたのだ。

「上手ク丸め込ンだナ」
床の上に寝転んで退屈そうにしていたオルトロスが、のそりと起き上がって俺に近付く。
「お人好しってのはああいう手合いの事を言うんだ」
探知機を鼻先に突き出すと、オルトロスは器用にそれを咥えて床に置く。
「タダのオ人好シで済ンダら、いいンダがナ」
オルトロスもあの男の掴み所のなさには感じるものがあったのだろう。男が出ていったドアの方に鼻先と視線を向ける。
「お人好しじゃ済まなくなる前に、手は打つさ」
奴は俺が殺そうとした男と面識があるのだ。二人に再会を許してしまえば、確実に敵になる。
本人に顔を合わせる気がないのが幸いだが、災いの芽は早めに刈り取らねばならない。
しかし――いずれにせよ、体力が戻ってからだ。
神父や他の強敵をゲームの盤上から取り除くためには、奴を利用する必要もあるかも知れない。
奴は真っ直ぐ南、蓮華台の方へ移動した。
ザインという男の方は、あの重傷ではそう動けまい。まだ夢崎区内にいるはずだ。
先に再会されてしまう可能性は低い。そして、俺の手の内には刻印探知機がある。
打つ手は、いくらでも考えられる。
140メサイア・コンプレックス:2007/02/04(日) 17:38:44 ID:aJpI998M0
俺は再び目を閉じ、シートに体重を預けた。
「オルトロス。俺はもう少し休む」
「ワカッタ」
魔獣が答える。が、冗談めかして付け加えるのも忘れない。
「誰か近付クか、放送ガ始まッタら起コシてやル」
「そんなに長く寝る気はない」
こいつも定時放送の事は知っているらしい。しかし、今の状況で六時間以上も眠っている訳にはいかないのだ。
「……三時間だ。今から三時間後、二時半に起こせ」
「ソレで足りルのカ? 休息ハ」
「後の憂いを除いてからなら、もっとゆっくり休める」
この街には電気は通っていない。日が沈めば闇で行動が妨げられる事だろう。
まだ日が高い内に、できる限り動いておくべきだ。
「マア、好キにしロ。オレは命令ニ従ウだけダ」
「そうさせてもらおう」
深く息を吐く。一度気を抜くとすぐにまた疲労が押し寄せてきて、眠りが意識を飲み込んだ。

微睡みの中、いくつもの記憶が浮かんで、消える。
「殺し合えだなんて馬鹿げてる。ここから出る方法を探して、みんなを助けるのよ」
気丈に俺を睨んだ少女。
「そんなものが、救世主であるものかっ!」
俺の使命感を、真っ向から否定した男。
「痛くも苦しくもない体に、って、何も怖くないって、神父様が。――そう、神父様が言ったの」
虚ろな目で呟いたヒロコ。
「死んでほしくないからさ。――誰かが手を汚さなきゃいけないなら、俺がやろうって決めたんだ」
そう言いながら笑ってみせた、仮初めの『仲間』。

ああ、実在するかどうかも定かではない神よ。
もたらすべき救いとは何だ。
メシアとは何だ。



【午前十一時半】

【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:極度の疲労・体力消耗
武器:日本刀
道具:溶魔の玉 傷薬が一つ 呪いの刻印探知機
 少々のMAGとマッカ(狩りで若干増えたが、交渉に使用した為共に減少)
仲魔:魔獣オルトロス
現在地:夢崎区/ムー大陸
行動方針:戦力の増強 ゲームの勝者となり、元の世界に帰る
 『神父』を倒すため、アレフと一時的に共闘(用が済めばアレフは始末)

【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷
武器:ドミネーター(弾丸2発消費)
道具:地図のコピー
現在地:ムー大陸から真っ直ぐ蓮華台へ移動
行動方針:千晶・『神父』を初めとした無差別に殺人を行う者の殺害
141名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 23:18:39 ID:vuOISf+D0
保守あげ
142蠢く闇:2007/02/18(日) 16:31:31 ID:gIfrDmt80
銃声、絶叫、破壊音。固い床を踏む足音。
ノイズ混じりの血塗られた協奏曲を、男は賛美歌を聴くような面持ちで聴いていた。

一見してどこにでもあるような光景だった。
誰もいない公園のベンチで、片耳にイヤホンを当て、流れる音に耳を傾ける男。
当たり前の光景に似て、しかし、違和感を醸し出す点が二つある。
一つは男の服装。公園で音楽を楽しむにはあまりに場違いな、神父の法衣。
もう一つは彼の膝の上に乗せられた装置。携帯音楽プレイヤーより、どちらかと言うと携帯電話に似た形状。
しかし、サイズは携帯電話よりも小さい。ボタンも付いていない。音量を調節するダイヤルがあるだけだ。
その小さな黒い装置から、アンテナとイヤホンのコードが伸びている。
僅かに洩れる音は、銃声、絶叫、破壊音。
――男の膝の上にあるのは、盗聴器専用の受信機。
聞こえてくるのは、盗聴器のある場所で繰り広げられている戦いの音声だった。
男は笑みを浮かべる。惨劇の場面に思いを馳せ、不協和音に聴き入る。
が――男はやがてその笑みを消す。
イヤホンからはノイズ混じりに声が聞こえる。銃声はもう聞こえない。
静寂の中で、静かに語り合う男女の声だけが届く。

「……誰が、お前をこんな……」
「何も……って、神父様……そう……殺さなきゃ。全部全部……」
男の眉がぴくりと動く。その表情にはたちまち険しさが満ち、眉間に皺が刻まれる。
「お前はもう……神父とやらも……」
「……あなたは誰?」
「俺は」
男は頭を振って、表情から苦味を消した。
イヤホンから流れる音を聞き逃すまいとしてか、じっと動かず息すら止めて、無表情で男は待つ。次の言葉を。
「――俺は、メシアだ」
その声を最後に、ぶつんと耳障りな音がしたかと思うと、イヤホンからは何も聞こえなくなる。
盗聴器が壊されたのだ。男は深く息を吐く。膝の上の装置を取り上げて、スイッチを切る。
耳から外したイヤホンを巻き取り、装置ごとザックに押し込んだ。
男は立ち上がる。思案するように虚空を睨み、それから少し目を細める。
その表情に、既に不機嫌の色はない。
状況を楽しむような、面白い玩具を見付けたというような薄い笑みを浮かべて、男は呟いた。
「メシア、とハ。これハ……面白くなりそうでス」
男は背後の植え込みを振り返る。茂みの中から、ほんの僅かに突き出したスーツを着た腕。その周りだけ黒く湿った土。
「早速、役立って頂きましょうカ」
言葉が届くはずもない茂みの中の死体に、男は穏やかに、しかし冷たく言葉を投げた。
143蠢く闇:2007/02/18(日) 16:33:14 ID:gIfrDmt80
彼が目を覚ました時、目の前には見知らぬ男が立っていた。
満足げにこちらを見下ろしているが、その表情の意味も、状況もまるでわからない。
自分がなぜこんな土の上に寝転んでいるのかすらも思い出せない。
つい数時間前、教室にいたような気がする。そこで何か話を聞いたような。
教室で朝礼はしないし、生徒に話をすることはあっても教室で話を聞くという状況はあまりない。
あれは何の話だったっけ。誰が話をしていたのだったか。
それから、どこか外で走っていた記憶もおぼろげにある。誰かを追っていた。
確か女生徒だ。違う学校の制服を着ていた。校則違反だから追っていたのだっけ。
いや、違う。あの少女は獲物だったのだ。――獲物? 狩りでもしていたというのか、人間相手に?
ああ、そういえば少女を追っていた時、男に出会ったような気もする。
この目の前の男ではない。この男は黒人だが、あの時会ったのは紛れもなく日本人だった。
気に食わない若造だった気がする。何を言われたのだっけ。
「目ハ、覚めましたカ」
定かでない記憶を探る彼に、黒人の男が語り掛ける。
何と答えていいかわからず、彼は男に視線だけを返した。戸惑っている訳ではないが、言葉が出てこない。
思考もどうも纏まらず、何か違和感があるが不安という訳でもない。
「起きてごらんなさイ。きっト、気分がいいはずでス」
男に言われるまま体を起こした。そして驚く。かつてないほどに体が軽いのだ。
若い頃の肉体に戻ったような、いや、若い頃以上の活力に満ちている。
今なら疲れることも、痛みを感じることもないだろうと感覚で理解する。
「満足でしょウ」
「あ……ああ、満足……だ。素晴らし、い」
舌が上手く回らない。言葉もごく単純なものしか思い付かない。違和感はある。
しかし、この爽快感の前にはそんなことはどうでも良かった。
これほど自由に動けると感じたことが今まであっただろうか。老いも疲れも関係のない肉体を手に入れたのだ。
144蠢く闇:2007/02/18(日) 16:34:03 ID:gIfrDmt80
「自分のことハ、覚えていますカ?」
問われて、また思い出そうとする。ここに来るまでに何があったかは思い出せない。
しかし自分が誰かなら覚えて――覚えて、いるのだろうか。頭がぼうっとして記憶が曖昧だ。
「ああ、ええと……教師で、校長……?」
頭に浮かんだ断片的な言葉をそのまま口に出す。
「覚えていないようですネ」
男が微笑んだ。どこか嬉しそうだ。この男が何を喜んでいるのか、彼には理解できない。
「あなたハ、神父でス。人々に慕わレ、尊敬さレ、喜んで人助けをしていタ、神父なのでス」
長身の男が屈み、彼と視線の高さを合わせる。言い聞かせるような不思議な響きの声。
「神父……?」
何かが違う気がした。彼の記憶には、教師だった自分の姿がある。それもぼんやりとして定かではなかったが。
神を信じてなどいたか。教会にいた記憶はあるか。わからない。
「証拠ニ、ごらんなさイ。あなたの服ヲ」
意味がわからないまま自分の纏った服に目を落とす。また違和感が頭をもたげる。
ゆったりとした、丈の長い服で――確かにこれは神父の服だ。
しかし、こんな服を着たのは初めてのような気もする。着慣れていたのはスーツだったような。錯覚だろうか。
「あなたハ、生まれ変わったのでス」
男が言った。静かな、しかし威厳のある声。その声で言われると信じていいような気がしてきてしまう。
「今のあなたハ、尊敬される神父でス。人々ヲ、救う役目を持っタ」
「人を、救う……ヒーロー……なのか?」
「そウ! その通りでス」
慕われ尊敬されるヒーロー。そのイメージが彼の中で膨らむ。
そういうものにずっと憧れていたような気がする。そうだ、そうなれるなら、教師か神父かなど些細な問題だ。
まだどこかに違和感が残っているが、彼はそれを無視した。
「何を……すれば、いい」
「簡単でス。殺すのでス」
「殺……?」
さらりと男が言い放った言葉に、さすがに彼も驚く。
「ここにいる人々ハ、罪深イ、哀れな人々でス。殺しテ、楽にしてあげるのでス」
そういえば、少女を追い掛けていた時、彼女を殺そうとしていたような気がする。
それにヒーローというのは戦うものだ。戦うというのは殺すことだ。よく考えれば、何もおかしいことはない。
「これヲ、持っていくといいでしょウ」
男が差し出したのは電動ドリル。受け取るとずっしりとした重さを感じるが、全く苦にはならない。
そういえばこれは自分の物だった覚えがある。確かに、これを振るって誰かを殺そうとしていた。
何故か壊れてしまっているようでスイッチを入れても動かないが、この重量と鋭利さがあれば充分だ。
「そうか……殺せば、いい、んだな」
「そうすれバ、彼等の熱い血潮ガ、あなたのものになル」
男が笑った。理由はわからないが、熱い血潮という言葉に彼は大きな魅力を感じた。欲しい。貪りたい。
殺せばそれが手に入り、ヒーローになれて、尊敬されるのだ。素晴らしいことではないか。
彼は心を決めた。殺そう。そして血と肉と生命力を自らのものにするのだ。
145蠢く闇:2007/02/18(日) 16:34:57 ID:gIfrDmt80
「……単純な男デ、助かりましタ」
意気揚々と駆け出してゆく中年の男――ゾンビと化した反谷孝志を見送って、シドは苦笑する。
最初の手駒は使い物にならなくなった。そればかりか、自分を殺したのが「神父」だと生きた人間に伝えた。
彼女の不安定さを察し、戻ってきた時に盗聴器を仕掛けておいたのは正解だった。
出会った者と片端から戦うのは上策ではない。利用できる者は利用した方がいい。
そのためには、今となっては神父の格好はマイナスにしかならない。
不遜にもメシアを名乗った――尤も、偽神父というのも不遜ではあるのだが――男は、「神父」を探すだろう。
無駄な戦闘を避けるため、シドは近辺の店で見繕った適当な衣服に着替え、公園で見付けた死体に法衣を着せた。
そのまま放置して、『神父』は死んだということにしても良かったが。
「折角ですかラ、使えるモノは活用しないト」
再びベンチに腰を下ろす。ザックから取り出したのは受信機。
電源を入れ、イヤホンを片方の耳にだけ装着する。今の所、聞こえるのは足音だけだ。
シドに支給された盗聴器は三つ。受信機のスイッチを切り替えることで、それぞれの盗聴器からの音が聴ける。
二つ目の盗聴器は無論、自分のものだった法衣に仕掛けてある。
受信機を胸ポケットに入れて、シドはゆっくりと立ち上がる。その視線の先にはビルの群。
「さテ……今度ハ、悪魔との対面になるでしょうカ」
ビル街から聞こえた咆哮は、シドの耳にも届いていた。
あれは人間の声ではない。サマナーとしての彼の経験がそう告げている。
この街には悪魔の生息地もあるようだが、悪魔が意味もなくあれだけの咆哮を上げるとも考えにくい。
何かが起こっていることは確かだ。何か尋常でない事態が。
咆哮が聞こえてから随分時間は経つが、起こったことの痕跡程度は残っているだろう。
シドは歩き出す。その先で起こった、或いはこれから起こる惨劇に密かに心を躍らせながら。


【午後11時】

【シド・デイビス@真・女神転生デビルサマナー】
状態:良好、服は着替えた
武器:不明
道具:盗聴器1個、専用受信機
仲魔:なし(ハンニャをゾンビ化して使役中)
現在地:青葉公園からスマルTV方面へ移動
行動方針:皆殺しでス

【反谷孝志(ハンニャ)@ペルソナ2】
状態:ゾンビ化、記憶が曖昧、シドの服を着ている
武器:電動ドリル(落としたため故障中)
道具:盗聴器(存在には気付いていない)
現在地:青葉区
行動方針:とにかく殺す
146彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:54:12 ID:9H8fNoJ00
レイとたまきの二人はキョウジとアキラが向かいそうな場所を探し、地図を広げていた。
この政令指令都市スマル市はほぼ円形をしている。
七夕川に囲まれた中州にある蓮華台を中心に、西側にあるのが今自分達のいる平坂区だ。
その北側に蝸牛山がある。名前からして確実に悪魔が出没しそうな場所だ。
「その管ってのが使えたら…蝸牛山って所に行ってみる価値はあるのにね。」
レイが地図上の蝸牛山を指差しながら溜息混じりに呟いた。
「そうだね。悪魔と交渉出来たら道具とかもらえるかもしれないし……。
運が良かったら仲魔になってもらえるかも。」
それが今は出来ないからこの山に用は無い。たまきも溜息をついた。
ふと目に入ったレイの指はほっそりとしていて長い。
普段はきっちりとした皮手袋を嵌めているが、今は戦闘状態では無いからか、外している。
彼女の爪にはリップに合わせて赤いマニキュアが丁寧に塗ってあった。
指を辿って改めて彼女を見ると、ストライプのスーツがスラリとした長身に良く似合っており、
ブラウスの首元から微かに香るコロンもさり気なく趣味がいい。
勿論大人の女性として化粧もばっちりだ。だが、それでいて下品ではない。
それどころか整った顔にくっきりとしたアイラインは、野生的な味付けの中に気品すら垣間見れた。
つまり、レイは同性のたまきから見ても全く隙の無い美女ということである。
この姿だけを見たらデビルサマナーの補佐を生業としている戦巫女だとはとても思えない。
さしずめ仕事をバリバリこなすキャリアウーマンと言ったところか。
たまきはいつか自分もこんなにも魅力的な大人の女性になりたいと、ふとそんなことを思った。
勿論、先にこの地獄の街から脱出することが最優先の望みなのだが。
視線を上の空から地図に戻す。
「平坂区の真南に青葉区…確か工業地帯ね。で、七夕川を挟んで北西が夢崎区。
普段ならここが一番人が集まる場所だけど…。」
「だけど?」
途中で言葉を区切ったたまきの顔を覗き込み、レイが首を傾げる。
「夢崎区ってのはいわゆる若者の街≠チてヤツだから、こんな時まで遊びに来る人はいないと思う。」
「そりゃそうね。じゃあこの下の青葉区ってのは解る?」
「青葉区はビジネス街。テレビ局とか雑誌社新聞社もあるから…。」
「新聞社……そうね、こんな状況だし、私だったらまずここに向かうわ。
全然知らない街だからまず情報が欲しい。私だけじゃない。普通はそう考えると思う。」
レイが言うそれは至極真っ当な判断だ。
147彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:55:17 ID:9H8fNoJ00
「じゃあ、アキラもそっちに向かってるかな。キョウジさんって人も。」
「うーん、キョウジも多分私と同じこと考えてると思うから、そうね。」
「とりあえず行き先は青葉区でいいとして……でもすぐに行くのは危険よね。
多分、あたし達と同じことを考えてる人って多そうだし、ひょっとしたら戦いになるかもしれない…。」
たまきの言うとおり二人のひとまずの目的地が出来たが、すぐに出発というわけには行かない。
レイの魔法が封じられているからだ。
この状態で殺意のある誰かと戦闘になったら極めて危険だ。
たとえ魔法が使えなくともレイには武術の心得がある。
だが、それでも彼女の主力は魔法にあるから不安は拭えない。
たまきもそれなりに戦いには慣れているつもりだが悪魔が召還出来ない以上、
手持ちの銃を過信することは出来なかった。
「ごめんね。私がヘマをしたばかりに。」
「ううん、そんなこと無いよ。
いきなり殺し合いしろなんて言われて、しかも襲われたのが悪魔なら仕方無いよ!」
肩を落とすレイに気を使って、たまきはややオーバーリアクションで両手をぱぱっと横に振った。
その仕草にレイは小さく微笑を漏らし、たまきもそれに釣られて笑顔を見せた。
たまきが大人の女性として完璧な振る舞いを見せるレイに憧れる一方、
レイの方もまた、たまきの少女らしい無垢な明るさに惹かれるものがあった。
自分が彼女くらいの年頃には巫女としての修行に明け暮れていた。
青春時代なんてものは彼女の中には存在しないのだ。
たまきは若くて愛らしい姿で、明るい青春を謳歌しているからこそ、その藍色のブレザーが似合っている。
化粧なんてしなくても、きれいな肌と笑顔はそれだけで眩しいほど輝いていた。
ちょっと、ほんのちょっとだけど、妬けるくらいに。
「まず揃えなきゃいけないのは回復出来る道具だね。
えーっと、平坂区ってサトタダあるじゃん。
地図だとこっちで合ってるよね……。」
「サトタダ?」
「あ、サトタダってのはね、このスマル市とあたしのいた御影町にあるドラッグストアだよ。
店内で変なBGMかかっててちょっとウケるよ。今は多分、流れてないと思うけど。
それにどの店舗に行っても店員が同じ顔なの。
家族経営らしいけどマジヤバイくらい似てるから笑っちゃうよ。」
「へぇ、面白そう。元の街に戻れたら行ってみようか。二人で。」
「あはは、レイお姉さんにデートに誘われちゃった。
でもいいの? キョウジさん置いて行って。」
「キョウジはただのビジネスパートナーだから大丈夫。安心してちょうだい。
そっちこそアキラ君はいいのかしら?」
「アキラこそただの友達だよ! 
あ、でもアキラとキョウジさん入れてダブルデートってのも悪く無いかも。」
「キョウジはデートとかって言うタイプじゃないんだけどね。」
「あ、レイさんってばちょっと照れて…」
場にそぐわない女の子ならではの会話に花を咲かせていた二人だが、たまきが急に足を止めた。
自然、レイもその場で立ち止まることになる。
「どうしたの?」
「えっと……」
たまきは先ほどまでの明るい表情から一転して青ざめていた。
ほんの数秒前までの笑顔のまま表情を凍りつかせている。今にも震えだしそうだ。
「レイさんごめん、その……別の道進まない?」
「え? 何で? こっちが一番近道じゃないの?」
レイの疑問は当然だ。
だけど、たまきは頑としてそこから歩みを進めようとはしなかった。
この道の先にある空き地で、たまきは既に一人殺しているのだから。
まだそこにはエルミン学園の制服を着たあの男の死体が転がっているはず。
片目をアイスピックで抉り、顔面を石で砕けるほど殴って殺したあの男が――。
そのことはレイには話していない。当面は話す必要が無いと思ったからだ。
148彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:56:14 ID:9H8fNoJ00
だって仕方無いじゃない! あっちから襲ってきたんだから!
あの時はあたしだってどうかしてたと思うよ。
すごく怖かった。いきなり殺されるかと思ったんだから。
だから仕方無いじゃない!
ああこんなことレイさんに言ったらどう思われるだろう。
きっと嫌われる。あたしはレイさん嫌いじゃないよ。むしろ好きだよ。
でも、でも、でも……好きだけど、まだこんなこと言えるほど信用してるワケじゃないよ!
……信用してないって…何よそれ、あたしバカじゃないの?
バカって言うか嫌なヤツ…。
信用してない人と一緒にいてどうするつもりなのよ。利用するだけ利用してポイ?
レイさんみたいにいかにも出来そうな大人の人を?
それにレイさんだって……。
……今は仲間って感じだけど魔法が使えるようになっても仲間でいてくれるのかしら?
回復した途端にメギドラオンとか撃ってきたらヤバイよね……。
いや、魔法使えなくてもあたしがもう人を殺してるって知ったら……あたしを殺す?
殴って? あ、でもあたしには銃があるし……。
……ってあたし何てこと考えてんのよっ!
どうしたらいいのよ、もう…………。

「たまきちゃん大丈夫? ちょっと顔色悪いよ!」
レイが半身を屈め、手でたまきの頬をピタピタと軽く叩き、それでたまきはようやく正気を取り戻した。
「え、その…ごめんなさい。何でも無いの。」
「本当? 気分が悪いのならどこかで休憩にするけど。」
「大丈夫だから、マジで……。」
言えない。
急に押し黙った自分を本気で心配してくれているレイに本当のことなんてとても言えない。
「あの、でもこっちの道はやっぱり良くないよ。そんな気がする。」
(ちょっとどうしよう、頭がこんがらがる。上手い嘘が思い浮かばない!)
「うーん…でもここは悪魔出ないし、殺気も感じないけど。
遠回りしなきゃいけない理由でもあるのかしら。」
「え? そんなことは無いよっ、無い…よ。」
「本当に? 
あの、たまきちゃんすごい汗だけど、疲れてるんなら言ってちょうだい。
どこか休めそうな場所を確保するから。」
「心配しないで。あ、そうだ!」
たまきは無意識の内に滲み出す汗をブレザーの袖口で拭い、無理な笑顔を作って手を打った。
「あたし、ちょっと偵察に行ってくる! レイさん待ってて。すぐに戻るから!」
「え? ちょっとたまきちゃん、ちょっとー!」
レイが止めようとする手を振り払ってたまきは全力で駆け出した。
行き先はあの空き地だ。
先に行って、あの男の死体を隠す。
死んでからそれほど時間は経ってないからまだ臭いも出てないはず。
(回復道具が必要なレイさんがただの空き地に注目するはずが無い。
だから、死体が見えなければ多分、気付かないよ!)
――本当は何食わぬ顔で通りかかりっておけばよかった。
そ知らぬふりをして「何て酷い…」とか呟いておけばやり過ごせるようなことだった。
だが困ったことに、軽く混乱してしまった今のたまきはそこまで頭が回らなかったのだ。
だから、ひょっとしたらだが、最悪な地雷パターンを選んでしまったのである。
149彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:57:29 ID:9H8fNoJ00
食料が揃ったら次は武器、防具、そして傷薬なんかも欲しいところだ。
舞耶、ネミッサ、タヱ、そしてピクシーは揃って平坂区を歩いていた。
幸いこのパーティーにはスマル市の地理に詳しい舞耶がいたので最短ルートで用事を済ませることが出来る。
平坂区は下町の名に相応しい小さな商店街「カメヤ横丁」がある。
そこにサバイバルショップとドラッグストアがあることも舞耶は知っていたので助かった。
カメヤ横丁には「がってん寿司」という寿司屋があり、舞耶にとって大切な人物の家でもあった。
当然今は無人であろうがってん寿司だが、その大切な人物、三科栄吉はどうしてるのだろうかと頭を掠めた。
「あの、舞耶さん、どうかしたの?」
押し黙ってしまった舞耶の横を歩いていたタヱが心配そうに尋ねた。
「うん、大丈夫。実はね、カメヤ横丁に友達が住んでたんだけど……」
「マジで? じゃあ絶対生きてここから脱出しなきゃ。その友達も心配してると思うからね。」
「ネミッサちゃん……」
ネミッサは舞耶が心配していることを、全く反対に捉えていた。
つまり、舞耶の友人、三科栄吉は無事であるということを前提に考えているのだ。
そういう明るさがネミッサのいいところで、舞耶の気に入っているところでもある。
「そうよ、特ダネを掴んだんだから早く帰ってお給金でお寿司でもおごってあげましょう!」
「タヱちゃん……」
タヱもネミッサと同じ捉え方で安心する一方、苦笑いが出た。
「あ、でも栄吉クン…その友達、お寿司屋さんの息子さんで、お寿司が苦手なのよ。」
「マジで? 寿司が嫌いってゼータクなヤツ!」
「何か毎日食べさせられて飽きちゃったんだって。」
「おすし?」
あからさまに不機嫌そうな顔を見せるネミッサの肩に止まっていたピクシーが首を傾げた。
悪魔の世界には寿司なる食べ物が存在しないのである。
「お寿司ってのはね、酢で味付けしたご飯に魚のネタ乗っけた料理で…。
帰ったら一緒に食べに行きましょう。」
「本当? 嬉しいーっ!」
ピクシーには今の舞耶の説明だけで寿司を理解できたとは思えないが、
彼女は純粋にみんなで食事に行けることに喜んでいるようだ。
「で、そのカメヤ横丁ってのはこっちの道でいいんだよね?」
タヱが改めて行き先を指差して舞耶に確認した。その先には小さな空き地が見える。
そこを曲がってそのまま真っ直ぐ行けばカメヤ横丁の入り口が見えてくると、舞耶は断言したが、念のための確認だ。
「ええ。何度も通ってる道だから任せて! レッツ・ポジティブ・お寿司屋さん!」
「全然違うよ舞耶さんっ!」
「ごめーん、食べ物の話してたらお腹すいてきちゃって。」
「舞耶さん、さっき食べたんじゃなくて? しかも一番たくさん……」
舞耶のボケに突っ込みを入れているタヱの二人をすり抜け、何かに気付いたネミッサは手を翳して二人の足止めをした。
150彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:58:26 ID:9H8fNoJ00
「二人ともちょっと待って、人がいる。」
ネミッサの殺した声に舞耶とタヱは互いを見合わせた。
即座に緊張が走った。
すぐ傍にある民家の塀に隠れ、先ほどのボケとは一転して真剣な顔になった舞耶が空き地の方を覗き見た。
更にその横から覗いたタヱは空き地に広がっている光景に思わず気を失いそうになった。
「タヱちゃん…!」
倒れそうになるタヱをネミッサと、ついでにピクシーも支えた。
「ごめんなさい。いつまで経っても慣れなくて……でももう大丈夫だから。」
タヱはずれたクロシュハットを直し、深呼吸して息を整えた。
彼女が気絶しそうになるのも無理は無い。
三人の視線の先にある空き地で、一人の男が死んでいたのだ。
男と言っても年齢はまだ十代半ばくらいである。エルミン学園の制服を着ていた。
そしてその死に様は何とも悲惨としか言いようが無い。
片目を抉られた上、顔全体がぐちゃぐちゃに潰されている。
彼が愛用していたのであろう眼鏡がまだ耳に辛うじて引っかかっているのも人間臭く、
無慈悲な演出のようで悲惨さをさらに引き立てていた。
その死体を一人の女の子が引きずって運ぼうとしていたのだ。
「たまきちゃん……!」
しかもその女の子が見知った顔であった舞耶は息を飲んだ。
「舞耶の知り合い?」
「え、ええ……ちょっと行ってくる。」
「舞耶さん、ダメ!」
勢いに任せて走り出そうとする舞耶の腕をタヱが掴んで引きとめようとした。
だが、ほんの少し遅かった。
タヱに腕を引かれた状態で、舞耶が前につんのめりながら飛び出してしまった。
その時、女の子と、舞耶とタヱはばっちり視線をかち合わせてしまったのである。
「誰!」
少女は引きずっていた死体をその場に転がし、ブレザーの下に隠していた銃を取り出し、舞耶たちに突きつけた。
「たまきちゃん! どうしたのよ一体!」
「え? あたしを知ってる? 誰?」
「覚えてないの? 
ほら、葛葉探偵事務所でいつもお世話になってる天野舞耶なんだけど……。」
「くずのは? 天野…さん?」
たまきはタヱを引きずったまま空き地のすぐそばまで歩み寄ってきた舞耶の顔をまじまじと見つめた。
勿論、銃を構えたままだ。安全装置は外している。
タヱは舞耶の腕に半ばしがみつくようにして震えていた。
銃を向けられているのだから当然だ。
たまきは舞耶に見覚えがあるはずが無い。
高校生のたまきは卒業後に顔見知りとなる舞耶とは、この段階では出会ってすらいないのだから。
「たまきちゃんその制服……そっか、私たちが出会う前のたまきちゃんなのね。
たまきちゃん、私あなたの敵じゃない。大丈夫だから信じて。」
「え? どういうこと……?」
たまきにとって意味の解らないことを口走る舞耶に彼女はきょとんとした。
目の前の女にはまるで敵意が無いのだが、それでも念を入れてたまきは銃を下ろさなかった。
舞耶は続けた。
「私の名前は天野舞耶。キスメット出版で雑誌記者をやってるの。
あなたが高校を卒業した後に、私達葛葉探偵事務所って所で出会うことになってるのよ。」
冷静に未来の出会いを説明する舞耶だが、当のたまきにはとても信じられないことだった。
だからと言って彼女がまるで嘘をついているようにも見えない。
丸っきり嘘を言っている人間なら、自分のことをそんなに真っ直ぐ見つめることは出来ない。
だけど……。
151彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 14:59:22 ID:9H8fNoJ00
「そいつ、あんたが殺ったの?」
舞耶たちの横から現れたネミッサがたまきの足元に転がる死体を指差して言い払った。
「ネミッサちゃん!」
舞耶の制止を聞かず、ネミッサは続けた。
「そいつの死体、どうするつもり?」
たまきは死体をどこかに運ぼうとしていた。
現にこうやって誰かに目撃されるというリスクを負ってまでやろうとしたことだ。何か意味があるはず。
ネミッサはそう踏んでいた。
「これは……その」
たまきは口ごもった。
「何も言わないんだったらアタシたち、そいつあんたが殺ったって取るよ。」
ネミッサが組んだ腕の右手に小さな電撃が走った。
「ネミッサちゃんダメ!」
舞耶がネミッサの魔力が籠った腕を押さえつけて止めた。まさに一触即発の空気だ。
「早く質問に答えてよ。そいつ、あんたが殺ったの?」
「ネミッサちゃん、もっとソフトに言ってよ!
たまきちゃん、違うからね、私たちあなたを疑ってるってわけじゃ…」
ネミッサを止めながら言いかけて、たまきの方に振り返った舞耶は言葉を途切れさせた。
たまきの運ぼうとしてた死体が誰だったのか気付いてしまったからだ。
その名は里見正。たまきが将来恋人として選ぶ相手である。
「あたし、違うからっ……!
あたしが殺ったんじゃないから……!」
そう言って否定するたまきの顔は青ざめ、今にも泣き出しそうになっていた。
銃は今もなお構えたままだが、その足元は音が出そうなほど大きく震えている。
「だったらそんなにビビること…」
ネミッサが止める舞耶を押しのけ、たまきの方に一歩踏み出した。
「来ないで!」
152彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 15:00:54 ID:9H8fNoJ00

バン!

「きゃあっ!」
すっかり混乱してしまっているたまきが暴発させたデザートイーグルの弾丸は舞耶の右脚の太もも辺りを掠めた。
「舞耶さん!」
衝撃で倒れこむ舞耶をタヱが助け起こす。
「大丈夫。そんなに傷は深くないと思うから」
「ディアディアディア!」
ピクシーが咄嗟に舞耶の傷口にディアをかける。傷はすぐに塞がったが、傷跡は完全に消えなかった。
悪魔の回復魔法力も抑制されているのである。
「このぉ!」
弾が舞耶に当たったことに激情したネミッサがたまきに踊りかかり、ジオンガを発動させた。
「いやあああああああああああああああ!!!」
ネミッサが放った強烈な電撃は、たまきの持っている鋼鉄の銃に吸い寄せられる。
反射的に投げ捨てようとしたが、勢いが余ってまた暴発。

バン、バン!

オートマチックの銃は二発乱発するとたまきの手から離れ、細い煙を上げながら地面に転がる。
たまき自身も両手に火傷を負ってしまい、混乱に拍車を掛けた。
「いやっ、いやぁっ!」
赤く爛れた手で頭を抱え、髪を振り乱しながらも彼女は見た。目の前に蹲るネミッサの姿を。
「ネミッサさん! ネミッサさん!」タヱもすっかり青くなっている。
たまきが暴発させた弾丸の内、一つがネミッサの腹に当たったのだ。
「ちくしょう…やってくれたな……」
血が溢れる腹を押さえつけ、半身を屈めてたまきを睨みつけるネミッサの口元からも血が零れていた。
「あああああ…いやあああああっあああ!!」
ネミッサの燃えるような瞳に睨みつけられたたまきは、嗚咽の混ざった悲鳴を上げると一目散に逃げ出した。
ショートした銃も、男の死体もその場に置いて。
「ちょっと貴女…」
いつの間にかスカートの中から銃を取り出していたタヱが、慌てて逃走するたまきを追おうとした。
「ダメだよタヱ、殺されちゃう!」
だが、そのタヱの肩をピクシーが小さな手で掴み、止めた。
彼女の可愛らしい口から出た「殺されちゃう」という単語に、タヱの心臓は大きく跳ね上がる。
改めて恐怖を感じ、タヱはまだ満足に扱うことすら出来ない銃を持ったままその場にへたり込んでしまった。
「ペルソナ!」
舞耶がペルソナ・アルテミスを召還し、ネミッサにディアラハンを掛ける。
「ネミッサちゃん、しっかり。今助けるから!」
そうは言ったものの、やはり回復魔法は上手く発動しない。
だが対応が早かったお陰でネミッサの致命傷だけは避けられたが、しばらくは動けないだろう。
153彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 15:01:46 ID:9H8fNoJ00
「あっ!」

混乱しながら走り出したたまきは、前から人が来るのに気付かず、そのまま正面からぶつかった。
「きゃああああ!」
「た、たまきちゃんっ、どうしたのよ一体…!」
それはたまきの用事のせいで待たせていたレイ・レイホウであった。
たまきに置いて行かれた後、銃声と悲鳴が聞こえ、たまきを追ってきたのである。
レイのことを確認するや否や胸にしがみついてくるたまきの両手を見たレイは眼を大きく見開いた。
「ちょっとたまきちゃん、その手誰かにやられたの? さっきの銃声、まさか…」
「レイさんごめんなさい! あたし、殺しちゃった! 人を殺しちゃったよ……!」
「何ですって! たまきちゃん、何があったの?」
「また殺しちゃった、殺しちゃった、殺し、殺し…殺……また……殺」
とにかく、まずはたまきを落ち着かせよう。
そう考え、胸にしがみついてしゃくり上げるたまきの頭を撫でてやりながら、レイはその先にあるものを見た。
幸い向こうからは死角になっていてこちらには気付かれていない。
レイの視線の先には、見覚えのある銀髪の少女が血まみれで倒れている。
その脇で必死に魔法を掛けて治癒しようとする女性がいた。
そして銃を持ったまま座り込んでいる女性、それからピクシー。
さらにそのすぐ近くには見るも無残に顔を潰された男の死体があったのだ。
154彼女のModern… ◆u8YacDeZBU :2007/02/25(日) 15:02:53 ID:9H8fNoJ00
午前10時過ぎ

【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態 CLOSE
武器 プラズマソード
道具 不明
現在地 平坂区
行動方針 CLOSE状態の回復、キョウジとの合流、仲間を探す

【内田たまき(真女神転生if…)】
状態 PANIC 両手に火傷
武器 なし
道具 封魔管
行動方針 身を守りつつ仲間を探す
現在地 同上

天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 魔法使用と睡眠不足で少しだけ疲労  脚の傷は回復
防具 百七捨八式鉄耳
道具 脇見の壷、食料品少し
現在地 平坂区のスマイル平坂
基本行動方針 できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標 ヒーローと合流する

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン、食料品少し
現在地 同上
基本行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
     仲間と脱出を目指す。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 腹に銃撃を受け失血(魔法である程度回復したが安静が必要)
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 液化チッ素ボンベ、食料品少し
現在地 同上
基本行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る。
     ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態 魔法使用により少し疲労
現在地 同上
行動指針 ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る
155名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 01:20:58 ID:B8jitR8I0
保守上げ
156名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 07:22:21 ID:bIHxs0AA0
保守
157名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/30(金) 01:16:16 ID:MOaz1B4g0
保守
158危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:38:23 ID:3ftbRsM20
「あなた、デザートなら何が好き?」
「え。ボクっスか?」
唐突な問い掛けに、モコイは短い首を傾げた。
周囲への警戒を怠らず無言で歩いていたかと思えば、いきなりこれである。
モコイもあまり会話の流れなどというものは気にしない方だが、自分ならともかく人の脈絡ない言動は気になる。
しかも相手は一般に悪魔ほど気紛れでないとされている人間で、サマナーという比較的冷静なはずの人種である。
それでもまあ、食べ物の話は嫌いではない。モコイは深く考えないことにした。
「ボク、牛乳好きなんスよ。たまんないね、ミルクプリンとか」
「私はマンゴープリンが好きなの。気が合うわね」
何がどう気が合うのかわからない。しかし美人にそう言われれば悪い気はしなかった。
鼻があれば鼻の下を伸ばすところだが、生憎モコイには鼻がない。
「ところで」
「何スか?」
今度はこの酔っ払いは何を言い出すのだろう、とモコイは生返事をする。
「血の匂いがするわね。かなり近くから」
「……え?」
びっくりして見上げると、酔っ払いサマナー――ナオミは今までとは打って変わって鋭い目をしていた。
これが彼女の本来の姿だ。新しい主人がただの綺麗な酔っ払いではなかったことに、モコイは少し感激する。
「でも」
辺りを見回しながら、モコイは気の抜けた声で言う。
「ボク、鼻ないスよ」
「不便ね」
ナオミは口の端を上げ、少し笑った。
159危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:38:58 ID:3ftbRsM20
用心深く、ナオミとモコイはシーサイドモールを歩く。
周囲に動くものの気配はない。いくらモコイでもその程度はわかる。
ナオミは相変わらず鋭い目で辺りの様子を窺っている。身のこなしにも隙がなく、殺気さえ感じるほどだ。
「敵だったら戦うんスか? チミ、さっきから雰囲気が怖」
「黙って」
低い声で制止され、思わず震え上がって息を呑む。
が、直後にその声の険しさが怒りのためでないことにモコイは気付いた。
ナオミは前方、ある一点を注視していた。喫茶店らしき店の前に転がっている何か。
周囲には水溜まり、飛び散った液状のもの――一目でわかる、赤黒い血の色をした。
「……死んでるわね」
そっと近付いたナオミが呟く。言葉で言われるまでもなく、「それ」が生きていないことは明白だ。
赤いジャケットにジーンズ姿の男の死体。服装だけ見れば普通の若者に思える。
彼がどんな顔をして死んでいったのか、今となっては知る術がない。
死体には、首から上がなかった。恐らく周囲に飛び散り、地面に赤い染みを残している肉片が彼の頭部だったのだ。
無残な死体に恐れを為す様子もなく、ナオミは屈み込んで死体を調べる。後ろから、モコイも恐々覗き込んだ。
首の断面は不揃いで、少なくとも刃物で切断したのではないことは明らかだ。
焼け焦げているところを見ると、至近距離での爆発によって砕かれたのだろう。
「爆弾か……魔法だね、コレ」
「そのどちらか確かめるだけなら簡単そうよ」
またしてもナオミの意外な言葉に驚かされて、モコイは顔を上げる。ナオミの視線は既に別の所を向いていた。
「よっぽど余裕がなかったのか、誘い込む気か……」
モコイは彼女の視線を辿る。――血の跡だ。
点々と、と言うには血の量が多い。誘うように、ある一方向へと血の跡が続いている。
「この男の血じゃないわね。頭は吹き飛んでいるし、他に欠損した部分もない……それに、あのガラス」
モールに並ぶ店の一つのショーウィンドウをナオミは示す。見ると、焼き切られたような丸い穴が開いている。
その周囲には血飛沫の跡。恐らくは誰かが撃たれ、出血し、貫通した攻撃がガラスに穴を穿ったのだ。
「ガラスにはヒビは入っていないし、溶けている……熱線銃みたいなものかしら。
この男の死体には、その手のもので撃たれた傷は残っていないわ。
……頭だったら別だけれど、頭を貫通したら即死だものね。わざわざ頭を砕く必要もないことになる」
「はぁ……スゴイね、チミ」
ナオミの観察力にモコイは感嘆する。舌があれば舌を巻くところだが、生憎モコイには舌がない。
「この男を殺した相手は少なくとも、貫通する傷を負っていて……
ガラスが溶けるような高温なら、それだけだと出血は大したことはなさそうね。別の傷も負っているわ。
この血の量だと、相当の重傷……余裕がなかった、というのが正解かしら」
ナオミは血の跡が続く先を睨んだ。痕跡は喫茶店の入口をくぐり、奥へと続いている。
偵察に行けとでも言われるのだろうかと内心びくびくしていたモコイの目と、振り向いたナオミの目が合った。
思わずモコイは後ずさる。その様子を見て、ナオミは可笑しげに小さく笑った。
「見に行けなんて言わないわよ。あなたじゃ頼りないもの」
ほっと安心したものの、複雑だ。モコイはだらんと肩を落とす。
「奥は私が見に行くわ。入口の所で見張りを頼める?」
「おっけぃ。見てるよ、ボク。大丈夫、ドンウォーリー」
落ち込んだのも束の間。それなりに重要な役目を任されて、モコイは一気にしゃきんと居住まいを正す。
……それでも背筋が伸びきらずぐにゃぐにゃしているのは、モコイである以上仕方ないというものだ。
160危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:39:27 ID:3ftbRsM20
入口を背にして、外に向かってモコイは丸い目を光らせる。
今のところ誰も近付いて来ていない。転がっている死体も動き出したりするようなことはなく、死体の分に甘んじている。
ものの数十秒でモコイは見張りに飽きた。どうせ誰も来ないだろう、という気分になっていた。
無駄に緊張し、神経を――文字通りの神経は勿論モコイにはないが――磨り減らすこともない。そう結論付ける。
一度スイッチが切り替わってしまうと、モコイは背を逸らしたり身体を捻ったりして後ろに注意を向け出した。
ナオミが入っていった喫茶店。なかなか洒落た店だが、店員もおらず飲み物も出ない今は廃墟と大差ない。
しかし彼女の推理が当たっていれば、その中には先程の男の頭を砕いた犯人が潜んでいるのだ。
そういえばナオミは犯人を見付けてどうする気だろう。モコイは聞いていない。
仲間にするんだろうか。それとも殺すんだろうか。
まだよく知らない主人がどんな人間なのか気になって、モコイは何度も振り返る。
見張りをさぼっては後で怒られそうだから、場所は動かずちらちらと覗くだけ。これでは大して中は見えない。
犯人の姿も見えないし、ナオミが何をしているかもわからない。
だんだん物足りなくなってきて、少しは中が見えるようにほんのちょっと立ち位置を変える。
ナオミだって探索に集中しているだろうから、多少見張りの手を抜いても気付かれないに違いない。
わくわく気分を持て余している内に大胆になってきて、モコイは入口の陰から顔を出し、中を覗き込む。
――それと同時に、店内から爆音が響いた。
一瞬後、後ろ向きにダッシュしてきたナオミの背中が目の前に現れ、モコイは軽々吹っ飛ばされて外の道路に転がった。
地面に打ち付けた腰をさすりながら起き上がると、すぐ横に頭のない死体が寝ていた。慌てて跳ね起きる。

「何してるの。逃げるわよ!」
ナオミが振り向いて叫んだ。バックダッシュで飛び出してきたということは、中で誰かに出くわしたに違いない。
逃げようと言うのだから、きっと強敵なのだ。
走り出したナオミを追ってモコイも走る。時々ちらちらと振り向いてみるが、追っ手の姿は見えない。
角を曲がった所でナオミは立ち止まった。
振り向きながら走っていたモコイは気付くのが遅れ、勢い余って彼女の背中に追突して引っくり返る。
「こら」
呆れ顔で、ナオミはモコイを摘み上げる。
「いたの、犯人?」
空中で足をばたばたさせながら問い掛けてから、モコイは気付く。
ナオミの左肩は服が焼け焦げ、露出している。それだけなら色っぽい姿だが、とてもそう言える状態ではなかった。
肉が浅く抉られ、血が噴き出している。その周囲には火傷。まるで近距離で爆発でもあったかのような傷だ。
死体の首の断面を思い出す。要するに……今の攻撃がクリーンヒットしていたら、ナオミもああなっていたのだ。
161危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:41:43 ID:3ftbRsM20
入口を背にして、外に向かってモコイは丸い目を光らせる。
今のところ誰も近付いて来ていない。転がっている死体も動き出したりするようなことはなく、死体の分に甘んじている。
ものの数十秒でモコイは見張りに飽きた。どうせ誰も来ないだろう、という気分になっていた。
無駄に緊張し、神経を――文字通りの神経は勿論モコイにはないが――磨り減らすこともない。そう結論付ける。
一度スイッチが切り替わってしまうと、モコイは背を逸らしたり身体を捻ったりして後ろに注意を向け出した。
ナオミが入っていった喫茶店。なかなか洒落た店だが、店員もおらず飲み物も出ない今は廃墟と大差ない。
しかし彼女の推理が当たっていれば、その中には先程の男の頭を砕いた犯人が潜んでいるのだ。
そういえばナオミは犯人を見付けてどうする気だろう。モコイは聞いていない。
仲間にするんだろうか。それとも殺すんだろうか。
まだよく知らない主人がどんな人間なのか気になって、モコイは何度も振り返る。
見張りをさぼっては後で怒られそうだから、場所は動かずちらちらと覗くだけ。これでは大して中は見えない。
犯人の姿も見えないし、ナオミが何をしているかもわからない。
だんだん物足りなくなってきて、少しは中が見えるようにほんのちょっと立ち位置を変える。
ナオミだって探索に集中しているだろうから、多少見張りの手を抜いても気付かれないに違いない。
わくわく気分を持て余している内に大胆になってきて、モコイは入口の陰から顔を出し、中を覗き込む。
――それと同時に、店内から爆音が響いた。
一瞬後、後ろ向きにダッシュしてきたナオミの背中が目の前に現れ、モコイは軽々吹っ飛ばされて外の道路に転がった。
地面に打ち付けた腰をさすりながら起き上がると、すぐ横に頭のない死体が寝ていた。慌てて跳ね起きる。

「何してるの。逃げるわよ!」
ナオミが振り向いて叫んだ。バックダッシュで飛び出してきたということは、中で誰かに出くわしたに違いない。
逃げようと言うのだから、きっと強敵なのだ。
走り出したナオミを追ってモコイも走る。時々ちらちらと振り向いてみるが、追っ手の姿は見えない。
角を曲がった所でナオミは立ち止まった。
振り向きながら走っていたモコイは気付くのが遅れ、勢い余って彼女の背中に追突して引っくり返る。
「こら」
呆れ顔で、ナオミはモコイを摘み上げる。
「いたの、犯人?」
空中で足をばたばたさせながら問い掛けてから、モコイは気付く。
ナオミの左肩は服が焼け焦げ、露出している。それだけなら色っぽい姿だが、とてもそう言える状態ではなかった。
肉が浅く抉られ、血が噴き出している。その周囲には火傷。まるで近距離で爆発でもあったかのような傷だ。
死体の首の断面を思い出す。要するに……今の攻撃がクリーンヒットしていたら、ナオミもああなっていたのだ。
162危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:42:56 ID:3ftbRsM20
「想定外の相手だわ」
まだ余裕があるのか強がりなのか、苦笑を浮かべてナオミは小声で言う。
「ケガ、してたんでしょ? 相手」
彼女の予想では犯人も重傷を負っているはずだった。血の跡を隠す余裕もなく喫茶店に逃げ込んだのではないのか。
モコイにはナオミの実力の程は測れないが、つい先程見せたあの目の鋭さと隙のなさ、あれは素人のものではない。
かなりの修羅場を潜ってきた腕利きのサマナーだと――希望的観測も込みではあるものの、思っていたのだが。
手負いの相手に後れを取るような心配はしていなかった。それともそれは、見込み違いだったのだろうか。
「こんな傷よりよっぽどね」
肩の傷にちらりと視線を遣ってナオミが答えた。流石に声に苦さが混じる。
「だからこそ危険なの。向こうは必死で……後先なんて考える余裕もないんだわ。全力で攻撃してきてる」
「戦うの、無理?」
「相手は女の子だし、傷も深いから……近付けばこっちのものね。
ただ……この様を見ての通り、魔法の使い手よ。対して私の術は今は使えない、飛び道具もない」
苦々しげに言って、ナオミはモコイをじっと見る。
「……あなたが頑張ってみる?」
モコイはぶるぶると首を振った。強力な魔法を使う、しかも死に物狂いで向かってくる相手とは戦いたくない。
ナオミが魔法を使えないとなると、こちらにある遠距離攻撃の手段はモコイのブーメランと魔法だけ。
が、ブーメランが届く距離まで近付く間、相手が大人しくしていてくれるとも思えない。
魔法も使えるとは言ってもジオ程度。一瞬の足止めがせいぜいだ。
「無理よね。聞いてみただけよ。……逃げ切りましょう」
モコイを地面に下ろし、ナオミはそっと喫茶店の方向を窺う。
――瞬間、二人が潜むのと道を隔てて反対側の店を閃光が直撃した。
爆音と共にショーウィンドウが砕け散る。
二人の位置まで届くほどの爆発ではなかった。ガラスの破片もここまで飛んでは来ない。
炎も煙も出ていない。爆薬ではなく、一瞬の破壊を引き起こす魔法でなければこのような攻撃はできまい。
直接のダメージしかないものの、モコイはすぐさま感じ取る。ここにいるのは危険すぎる、と。
モコイでも気付くようなことにナオミが気付かないはずもなく、気付けば彼女はもう駆け出していた。
慌てて後を追う。敵は、極めて攻撃的なのだ。
ナオミの姿を見失えば、探すよりも先に手当たり次第に攻撃する。正気の沙汰とは思えない戦法だ。
無駄に魔力を行使すれば疲労も馬鹿にならない。確実に当てなければ自らを危険に晒すだけなのに。
「よっぽど……錯乱してるのね」
息を切らせながらナオミが言う。彼女の走る速度が明らかに落ちてきていることに、モコイは気付いた。
二人の後ろ、先程まで潜んでいた辺りで爆音が聞こえる。
「大丈夫、チミ?」
呼吸の必要がないモコイには、走りながら喋るのも訳はない。ナオミに追い着くと、隣に並んで顔を見上げた。
このシーサイドモールの中を逃げ回っていても埒が明かない。
しかし出口の方へ行くには、先程の喫茶店が面する道を横切る必要がある。
敵が喫茶店の位置を動かずにいたなら、飛び出せば姿を見られることになる。
しかし敵が追ってくることを選んだのなら、ここに留まっていてはすぐ発見されてしまう。
どちらだ。モコイは逡巡する。お世辞にも回転が速いとは言えない頭で考える。湯気でも出そうだ。
ナオミはモコイに振り向く余裕もないようだった。息が荒い。見ているだけで痛くなってきそうな肩の傷。
迷って、迷って、迷って――モコイは飛び出した。
「そこ動いちゃダメだよ、チミ!」
ナオミを追い越して、店の陰から走り出る。先行すれば少なくとも、ここが敵の視界に入るかどうかはわかるのだ。
敵の姿がなければ、ナオミにも後に続いてもらえばいい。
忠誠などというものとは無縁のモコイだが、曲がりなりにも悪魔としての誠意はある。
契約したサマナーのため働くのが悪魔の仁義。時によっては自らの命を投げ出してでも。
163危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:44:03 ID:3ftbRsM20
開けた視界の中に、モコイは敵影を探そうとする。確か少女だと聞いていた。
が――視線を一巡させる前に、煙が彼の視界を覆い尽くした。
何かが地面で弾けるような音が、続け様に数回。その度に周囲の煙幕は濃くなってゆく。
モコイは慌ててきょろきょろするが、どちらを向いても見えるのは白煙ばかり。
周囲が見えない上にきょろきょろしすぎて、自分がどちらから来たのかも曖昧になる始末である。
「ウォー! こっち来ちゃ駄目、逃げて!」
手を振り回しながら叫ぶ。尤も言われなくとも普通、こんな煙の中には誰も飛び込んで来ないだろう。
しかし、煙はどれほどの範囲に広がったのか見当も付かない。ナオミも煙に巻かれてしまっているかも知れない。
反対側に逃げてくれれば、煙からは脱出できるはずだ。
「ウォーウォー!……あれ?」
手当たり次第に振り回していた手が何かに当たった。モコイは首を傾げ、その方向に視線を向ける。
――煙の中から、血塗れの細い手が伸びた。
思考が停止する。口をぱくぱくさせるモコイに向けて、煙の向こうの誰かが呪文を唱えた。
「……リムドーラ!」
殺意に満ちた声。追い詰められ、狂った……確かに少女の声だ。
伸ばされた手から凄まじい衝撃波が放たれ、モコイの身体は宙を舞った。
その風圧は、辺りを取り巻いた白煙をも吹き飛ばす。そこにモコイが見たのは一人の少女。
長い髪を振り乱し、白いマントを自らの血と返り血で染め上げた、ぼろぼろの姿の少女。

散ってゆく煙の向こうに、一瞬、ナオミの姿が見えた。
少女はその方向へ向き直る。――その膝が、がくりと折れた。
肩で息をしながら、少女は腰のホルスターから奇妙な形の銃を抜く。もう魔法を使う余力はないのだろうか。
ぼてっと情けない音を立てて、モコイは地面に転がる。
体中が痛いが、軽量が幸いして地面に叩き付けられたダメージは小さい。よろよろと起き上がる。
顔を上げると、銃を構えた少女の姿が見えた。銃口を向けているのは、恐らくナオミの方向。
煙はまだ完全には晴れていないが、ナオミの姿を探す余裕はない。止めなくては!
「必殺ー、恋のターゲット。ズキューン!」
力一杯叫ぶ。必殺でも何でもないが、注意を引き付けるには充分だ。
少女がこちらを向いた。警戒、と言うより寧ろ怯えの表情をしている。
自慢ではないがモコイは、何を考えているかわからないと言われがちである。それが今は強みになっていた。
相手が大した力もない小さな悪魔だと判断するだけの冷静さも、少女には残っていないようだった。
銃口をモコイの方に向け、続け様に発砲する。その狙いもてんで滅茶苦茶だ。
しかし動かずにいるのは流石に怖く、モコイは地面を転がり回る。何度も、すぐ近くを銃弾が掠めた。
転がりながら、ナオミが見えた方向を窺う。
自分が少女の注意を引き付けている間に、ナオミは次の手を打ってくれているだろうか。
まだ出会ったばかりの彼女のことを、モコイはそれなりに信頼している。
運命を委ねると言っていい使役の契約を交わす程度には。
(……来た!)
期待は裏切られなかった。先程見えたよりもずっと近い位置に、ナオミの姿が見える。
彼女が何かを投げてきたのが見えた。一瞬の後、鈍い音がして少女の姿が傾く。
モコイはすかさず起き上がる。身体の柔らかさには自信がある。無理な体勢から起き上がるなど朝飯前だ。
状況は一目で把握できた。ナオミは近くの店の、金属製の看板を投げてきたのだ。
女の力で投げられる程度だ、さほど重いものではない。しかし満身創痍の少女には深刻なダメージになり得る。
看板を身体で受け止め、よろめいて――少女は、絶叫した。
「嫌ああああああ! 来ないでえええええ!」
ぼろぼろの身体のどこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの叫び。
退くことなど考えていないかのような、ここで攻撃を止めたら殺されると信じ込んでいるかのような恐怖の表情。
ナオミに殺意がないことを、彼女は理解できていないのだ。
やばい、とモコイは思う。本能的に危険を感じる。
退路を見出せず死に物狂いになった生き物がすることは一つ。攻撃だ。
「リムドーラ!!」
恐らく最後の、ほんの少しだけ残った体力と精神力を注ぎ込み。
衝撃系最大の威力を持つ魔法を、少女は放つ。自らの身体で支え、未だ地面に落とさずにいた看板に。
看板は衝撃にへこみ、捻じ曲がりながら一直線に飛ぶ。最初にそれを投げた人間に向かって。
「チミ、危なっ……」
モコイが叫ぶより早く、看板を巻き込んだ巨大な衝撃波はナオミに向かい――
164危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:44:57 ID:3ftbRsM20
連れ立って歩き始めて、もう一時間少々は経っただろうか。
互いに言葉もなく、ひたすら歩き続けるだけの道程。
前を行く神代は目指す場所も告げず、ゆっくりとしたペースで歩を進めている。
道を思い出しながら進んでいる、と言われれば納得できなくもない速度。詰ればそう言い訳するに決まっている。
抜け目のない男だ。疑いはますます濃くなってゆく。
苛立ちながら、それでも無駄口は利くまいと朱実は沈黙を守る。万が一の可能性は未だ捨て切れなかった。
後ろを歩かせているゴブリンはしっかりついて来ている。が、この神代相手では大して役立つ悪魔でもないだろう。
ロキを手元に残しておけば良かったか、と考える。

変わらないペースで、張り詰めた無言と一定の距離を保ちながら歩く二人は、ふと立ち止まる。
「……今」
「ああ、聞こえた」
朱実が呟き、振り向いた神代が応える。
二人の進行方向から確かに聞こえた、戦闘によるものとしか思えない爆音。
遠くはなさそうだ――と言うより、極めて近い。
「シーサイドモールの方向だな」
地図を覗き込んだ朱実の耳に、銃声と足音が届く。――足音?
「! 待て神代君!」
顔を上げると、神代の姿は目の前から消えていた。
既にシーサイドモールの方向へ走り出している彼の姿を認め、小さく舌打ちをして後を追う。
「そこで待ってな。様子見て来る」
「怪我人を独りでは行かせられないな。僕も行こう」
どさくさに紛れて逃げるつもりだろうが、そうさせる訳にはいかない。この男は危険だ。
情報の真偽を確かめたらすぐに始末しないと、後の憂いを残すことになる。
弓子の身を危険に晒す要素になるものは見逃してはおけない。極力、排除しなくては。
モールで起こっている戦闘に首を突っ込むのはあまり気が進まないが、どちらにせよ様子を見る必要はあるのだ。
二人が走る間にも、何度も銃声や爆音が響く。戦闘はまだ続いているようだ。
やがて、進む道の先にモールの入口が見えてきた。
今の位置からは中は見えない。しかし激しい戦闘の痕は、もう見え始めていた。
入口近くにガラスの破片が散らばっている。ドアか、どこかの店のショーウィンドウでも砕け散ったのだろう。
そして、相当の力を加えられたのだろう、ひしゃげた看板が落ちている。
入口近くに戦闘の痕があるということは、戦っていた者達がかなり近くにいる可能性がある。
神代もそれを悟って警戒してか、入口まで十数メートルの位置で足を止めた。
「戦っていたら、どうするんだ」
「どうったって、武器もなしじゃ戦えないだろ? お互い」
そう言う割に不安の色すら見せず、「お互い」を強調するように神代が言う。
どうせそっちは武器を隠し持っているんだろう、とでも言いたげに澄ました顔をしている。
この先で戦っている連中より、まず横にいる相手の出方を見ておこうという考えは同じらしかった。
神代にしてみれば逃げ仰せられるかどうかが懸かっているのだろうから、当然の反応と言えた。予想の内だ。
「戦える自信もなしに突っ込む気か?」
「放っとく訳にもいかないだろ。誰か襲われてるかも知れないんだぜ?」
いけしゃあしゃあと言い放つ。人助けなど心にもないだろうに、よくこうも白々しいことが言えるものだ。
しかし、放っておけないというのは朱実にとっても同じだった。
他者に対して攻撃の意思を持つ者を野放しにするというのは、弓子に危険が及ぶ可能性を残すことになる。
別の誰かと交戦しているのであろう今は、仕留めるのに絶好の機会だ。
「そうだな。まずは見付からないように様子を……」
視界から神代を逃さないように注意しながら、モールの入口を見遣る。

その時だった。
がらん、と音を立て。ガラスの破片が散らばる上に転がっていた看板が、動いた。
165危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:45:53 ID:3ftbRsM20
朱実は息を呑む。
看板の全体像はここからだと陰になって見えない。酷くひしゃげているせいで、下に何かあるのかどうかさえ不確かだ。
しかし今、間違いなく動いたのだ。下から僅かに持ち上げられ、再び地面に落ちるような動き。
神代も緊張の面持ちで、再び動かなくなった看板を注視していた。
やがて――朱実の視界に、違うものが現れる。
それは、手だった。
モールの外に向け、ゆっくりと、這い出すように手が延ばされる。
「誰かいる……看板の下敷きに」
声を落として呟いた。神代も険しい顔をして頷く。
二人がじっと見守る中、看板が裏返され、奥へ転がってまた煩い音を立てた。
延ばされた手が動く。地面にしっかりと手を突き、身体を支えようとする動き。
そこに倒れている誰かが、起き上がろうとしているのだ。モールの奥からの追撃はどうやら来ていない。
気付けば、銃声も爆発音も今は聞こえなくなっている。
どうにか起き上がれたのだろうか、視界から手が消えた――が、その一瞬後。
再びバランスを崩したのか、その手の主は倒れ込む。シーサイドモールの入口を越え、外に向かって。
朱実も、恐らく神代も見た。倒れる瞬間にふわりと宙を舞った、「彼女」の黒髪を。
「弓子……!?」
見えたのは髪の一房だけ。顔も、服装も見えてはいない。
長い黒髪の女など、何人いてもおかしくはないのに。
それなのに、弓子を連想させるその一つの特徴だけで、朱実は思わず「彼女」に注意を奪われてしまった。
姿を確かめようと、モールの入口へ走る。
――走り出してから、思い出す。目を離してはいけないはずの男から、目を離してしまったことを。

不覚を悟り振り向いた朱実の眼前で、神代の立つ方向から放たれた何かが広がった。
(網……! ボーラか!)
手で払い落とそうとするが、広がりながら飛んでくる網の一点だけを防いだところで止められるはずもない。
網の目の向こうで、ボーラの射出器と思しき装置を構えた神代が、にやりと笑ってみせた。
防ごうと差し出した手の先に、それから少し遅れて全身に、高速で射出された網が衝撃と共にぶつかる。
踏み止まり切れず、朱実はモールの入口の側へ吹き飛んだ。倒れた上に網が覆い被さる形になる。
「ゴブリン!」
離れた位置に控えさせていた仲魔に号令を出す。神代の背後から、レイピアを持った妖精が飛び掛かった。
絡み付く網を払い除けながら、もう片手でザックの中のCOMPを取り出す。
この距離からなら、立ち上がって追うよりも神代の近くに仲魔を召喚した方が早い。
「ちっ……」
神代は寸での所でゴブリンの突撃を回避する。レイピアの鋭い切っ先が、制服の袖を掠めて引き裂いた。
「悪ぃなアケミちゃん。雑魚の相手してる暇はねぇんだよ」
射出器を投げ捨て、神代はポケットから小さな紙のような物を取り出す。
それがゴブリンに向けて投げられたかと思うと、たちまち炎が噴き出した。腕を焼かれ、怯んだゴブリンが剣を取り落とす。
「貰った!」
「待て……」
すかさずレイピアを拾って反対側へ駆け出す神代を止めようと、身を起こしてCOMPを開こうとする。
が、その時。
「危ない、伏せて!」
すぐ横から女の声がして、制服の裾を強く引かれた。
身体が傾いた拍子にCOMPが手から離れ、地面に転がる。同時に、凄まじい高温の塊が右腕を掠めた。
激痛に息が詰まり、朱実はそのまま倒れ込む。
「あの子……まだ動けるとはね」
苦々しげな声を聞き、呼吸を整えながらその方向に顔を向ける。
長い黒髪の女。弓子ではなかった。頭から血を流しているが、モールの奥を睨む眼差しは力強い。
166危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:47:59 ID:3ftbRsM20
「大丈夫?……じゃ、なさそうね」
地面に片膝をついた姿勢の女が覗き込む。
「君……は」
「話は後よ。奥に危険なお嬢さんがいるの、相当錯乱してる」
腕の痛みを堪え、通路の中央に出るのを避けて壁を背にして身を起こす。追撃はまだ来ない。
「相手はどうやら光線銃を持ってるわ。魔法も使うけど、多分ほとんど力は使い切ってるわね」
「戦えるのか?……戦う気なのか、君は」
「どうしましょ?」
モールの奥への警戒は解かぬまま、朱実と黒髪の女は身を寄せ合って小声で話す。
この女にも気を許している訳ではない。奥にいる相手と、この女と、どちらが先に攻撃した側かも定かではないのだ。
相手が錯乱しているというのだって、嘘でないとも限らない。
「戦力で言うなら、私は近付ければ戦える。……ナカマも一応いるんだけど、数に入れなくていいわ」
「つまり……相手の気を引いて銃撃を避けられれば、勝ち目はあるんだな。仲間、というのは?」
「さっきまで一緒だったんだけどね。やられちゃったかしら」
肩を竦めて、女は横に転がっていた派手な傘を拾い上げる。
彼女の言う「ナカマ」が人間の仲間なのか仲魔なのかは別として、その反応のドライさに朱実は一層警戒を強める。
共に戦っていた者が死んだかも知れないという状況をあっけらかんと受け入れる。修羅場に慣れた人間の反応だ。
「君は……傷の具合は」
「大丈夫。思い切り吹き飛ばされてクラクラしてたけど、もうすっかり目が覚めたわ」
女はにっこりと笑って、朱実の顔に顔を寄せた。
「そういえばあなた、私を助けようとしてくれたのね。ありがとう」
顔と顔の距離の近さと、場違いなほどの笑みに朱実は少々面食らう。
(こんな状況で色仕掛けか? まさか。弓子の名前を呼んだのが聞こえていなかったのは運が良かったが、しかし……)
すぐ目の前に妙齢の美女の顔。息遣いさえ伝わる距離。彼女の頬は、心なしか微かに赤い。
普通の男なら心ときめくような状況だが、朱実にとっては心が動くようなものでもない。
ただ、あまりに場にそぐわないこのシチュエーションに……困った。
この油断ならない女が何を考えているのかが掴めない。どう考えても、今は見つめ合う場面ではないだろう。
冷静に状況を分析しているのを見ると、正気であることに間違いはないようだが……と考えていて、朱実はふと気付く。
彼女が漂わせる甘い香り。ただ甘いだけでなく少し刺激のある、この独特の匂いは――アルコールだ。
(…………もしかして、酔ってる?)
167危険な邂逅:2007/04/04(水) 11:48:30 ID:3ftbRsM20
時刻:午前10時

【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:左手首消失、アルケニーの精神侵食、極度の疲労
武器:ロイヤルポケット(残弾なし)、ジリオニウムガン
道具:毒矢×4、煙幕弾×3
現在地:港南区・シーサイドモール
行動指針:ザ・ヒーローに会う、それ以外の人間は殺される前に殺す覚悟

【ナオミ(ソウルハッカーズ)】
状態:左肩に抉られた傷(出血なし)、全身に軽い打撲、頭から少し流血。まだちょっと酔ってる?
武器:なし
道具:日傘COMP、黄金の蜂蜜酒、酒徳神のおちょこ
仲魔:夜魔モコイ
現在地:港南区・シーサイドモール入口付近
行動指針:呪印を無効化する、情報を集める、レイホゥを倒す

【中島朱実(旧女神転生)】
状態:右腕にレーザーによる傷、頬に軽い傷
武器:なし
道具:封魔の鈴、COMP、MAG2700
仲魔:ロキ、ゴブリン他2体
現在地:港南区・シーサイドモール入口付近
行動指針:弓子の安否を確かめる、弓子との合流、弓子以外の殺害

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:右腕脱臼
武器:レイピア(ゴブリンから奪取)
道具:赤巻紙×2、青巻紙×2
現在地:港南区・シーサイドモールの外
行動指針:レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)
 可能なら中島からCOMPを奪いたいが、自身の安全確保を優先

【妖精ゴブリン(中島朱実の仲魔)】
状態:腕に火傷
現在地:港南区・シーサイドモールの外
行動指針:朱実の命令に従う

【夜魔モコイ(ナオミの仲魔)】
状態:……?
現在地:港南区・シーサイドモール
行動指針:それなりにナオミを助ける
168名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 02:02:20 ID:LtsF9mdK0
保守
169名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 16:53:55 ID:+84o1BnG0
保守
170名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 03:27:43 ID:JL6SwXzCO
捕手
171理想…そして狂気 1/7:2007/04/29(日) 12:09:12 ID:mqVszHyh0
 七姉妹学園の屋上に、ひとりの少女がたたずむ。遮るものなく降り注ぐ日光を浴びるその姿は、一枚の絵画の
ように幻想的で、その少女――魔丞千晶の、常識を外れた異形の姿がより一層印象強く晒されている。
 それはまさに異様としか形容の出来ない外見であった。その髪はまるで彫刻のようで、屋上を吹き抜く風にも
微塵も乱されることがない。金色に輝く瞳を細め、黒いなにかに覆われた口元をゆがめてできた表情はおそらく
微笑みなのだろうが、しかしそこからは何の感情も読み取ることはできず、ただ狂気だけが満ち溢れている。
 千晶は太陽の光を全身で受け止めるかのように、両腕を広げた。神に祈りを捧げる聖人のようにさえ見える。
右腕は体を覆う黒いモノによって形作られた腕もどきだし、左腕は肘の下の部分で千切られてなくなっている。
その不完全さがむしろ神聖さをいや増しているようにも思えたが、しかし千晶本人は天にも神にも祈りを捧げる
趣味など一切なかった。ただ表面積を増やして太陽の光をより堪能したかっただけだ。
 あたたかい。
 千晶はうっとりとした微笑みを浮かべる。あるいはその表情は官能的なものにも似ていたのかもしれないが、
しかしそれよりもなお色濃く狂気が現れる。肩から胸にかけて開いた3つの巨大な弾痕に加え、顔、髪、服に
いたるまでべっとりと血に塗れた姿がそれを増幅していた。
 思えば、太陽の光を浴びるのはあの日以来だ。あの日もとてもよく晴れていた。なかば義務感で担任教師の
入院している病院へ向かっていたあのときは、太陽のありがたみも知らずに、ただ日焼けすることばかり心配
していた。こんなに優しく暖かい光に毒づくなんて、無知だったとはいえ罰当たりにもほどがある。 
 あの日が何日前だったのか、千晶にはまったく思い出せなかった。か弱き少女は絶望と恐怖によって時を忘れ、
力を得た少女はただ急ぐことしか考えておらず、神と化した少女は時を数える必要などなかった。だから、あの
激動の時間がどれくらいのものだったのか、測る尺度が千晶にはない。ほんの数時間ほどの間の出来事だった
ような気もするし、あるいは数日、数ヶ月もの時間が流れていたとも思える。千晶に思い出せることは、ただ
明るいけれど冷たいカグツチの光が、ゆったりと瞬きを繰り返していたことだけだった。
「思い出す必要なんかないじゃない」
 ぽつりとつぶやく。静かな声色に隠し切れぬ苛立ちがにじみ出た。力強き者だけが集う理想の世界において、
過去への感傷など何の価値があるものか。ヨスガのコトワリを体現するべき存在である自分がそれに溺れるなど
あってはならないことだ。
172理想…そして狂気 2/7:2007/04/29(日) 12:09:54 ID:mqVszHyh0
「――千晶様、湯浴みの準備が整いました」
 上空から翼の生えた女性、エンジェルが降りてきて言った。天使のヒエラルキーにおいて最下層に分類される
低級悪魔である。戦力としてはほとんど期待できないが、命令には絶対服従するし、また空を飛べるので雑用に
使う分にはなかなか便利だ。序列による秩序を重んじる天使族の悪魔は、ヨスガのコトワリに強い共感を示し、
続々と配下(『彼』の流儀で言うなら『仲魔』だろうが、千晶にとってはあくまで配下だった)に加わってくる。
秩序を重んじる、という点が幸いし、上位天使を配下にした際、その配下にある天使が離反せずそのまま千晶の
配下に加わってくるということもあり、千晶はほんの数時間でかなりの軍勢を手に入れていた。ボルテクス界を
三分する勢力であったころとはさすがに比べられないが、それでもこの街にいる参加者の中では最多であるのは
確実だ。すでに何度かの戦闘でそこそこ高位の天使を数体失っているが、それも大した損耗ではない。代わりは
いくらでもいるし、もしいなくても自分ひとりでも勝利する自信がある。
 千晶は無言で頷いた。エンジェルが千晶の服を脱がし、湯を体にかけてはタオルで拭っていった。千晶が全身
に浴びた血が洗い流されていく。数人の参加者の血、その数倍以上の悪魔の血、千晶自身の血。乾いたうえから
さらに浴びてきた血が、エンジェルが根気強く何度も拭うことで流されて七姉妹学園の屋上に流れていくさまは
なにか寓話的であったが、千晶にはまったく興味がなかった。寓話とは他者への教訓だ。ヨスガの体現者という
孤高の存在には、教訓を受ける相手も与える相手もいない。
 エンジェルが最後にたっぷりの湯を千晶の頭からかける。乱暴にならず、かといって遠慮しすぎて弱くもなり
すぎず、絶妙の力加減はさすがに心得たものだ。乾いたタオルで全身を拭われ、その辺の店から持ち出してきた
新しい服を着せられて、千晶はさっぱりとした気分になった。湯で流した程度では血の臭気までは落とせないが、
別に構わなかった。たっぷりの水に、ふわふわのタオル。ボルテクス界と化したトウキョウには残っていなかった
ものを久しぶりに味わってみたい、と気まぐれに思っただけのことだからだ。
 濡れた肌に風が触れる。その感覚も、久しぶりだった。特に感慨深くもなかったが、それでも体が覚えていた。
かつてやっていたように髪をかきあげようと、無意識に腕が動いていたことに気づいて、千晶は自分の愚かさに
苦笑する。存在しない左腕で髪が梳けるはずがなかった。
「不便ね」
 つぶやいた。右腕とそれに宿る魔力が主な武器である千晶にとって、左腕の欠損はそれほど戦力を大きく失う
負傷ではないが、それ以前に不便だった。腕を失うのは初めてではないとはいえ、慣れているわけでもない。
173理想…そして狂気 3/7:2007/04/29(日) 12:10:51 ID:mqVszHyh0
 失った左手をぼんやり見つめる。特に手当てもしていないが、自然治癒力だけですでに血は止まり、うっすら
薄皮まで張り始めている。人を辞め、並みの悪魔も一足飛びに超越した魔丞ならではの生命力だ。が、さすがに
腕を生やすことまではできない。
 マガツヒ。ちらりと頭を過るが、千晶はそれを打ち消した。マガツヒには願いを叶える力がある。力を得たり
傷を癒したり、世界を作り変えたりする力。それにより腕を再生することもできなくはないだろうが、ここでは
ボルテクス界にいたときと同じ感覚で行動するわけにはいかない。ゲームの主催者の小細工のためか、あるいは
カグツチの加護を受けられないためか、マガツヒの力があきらかに劣化しているのである。
 単に殺し合いに勝ち残ることだけを考えるなら、強敵を打ち倒してはマガツヒを奪って傷を癒していくだけで
いい。多少回復効率が悪くなっているとはいえ、良質な力を持つ人間が集められているようだから、それ以上に
潤沢なマガツヒが手に入るに違いない。
 がしかし、千晶の目標は単に生存し勝利することではないのだ。ゴズテンノウの性癖の影響か、戦闘や勝利や
破壊は嫌いではないが、それに溺れるつもりは千晶にはなかった。マガツヒを集め、神を降ろし、創世を遂げる。
この見知らぬ旧世界でも、あの光の贄となったトウキョウでも、変わらない。変わりようがない。
 果たしてカグツチの存在しないこの世界で創世が可能なのか。考えてみれば疑問ではあったが、千晶は楽観視
していた。同じ問題を抱えている人物がひとりいる。シジマの長、氷川だ。権謀術数を好む彼なら、きっと裏で
いろいろ考えているに違いない。こっちは着実にマガツヒを集め力を蓄え、最後に氷川の計画をそっくり頂いて
しまえばよいだけだ。
 それに。魔丞たる右の半身がぶるりと震える。鼓動を感じるのだ。カグツチが煌天を迎えたときの感じに似て
いたが、強さは桁違いに大きかった。この世界にも、カグツチに似た、強力な何かがあるということだ。ならば、
それを代用にすることもできるかもしれない。あるいはいっそ、この世界も受胎の贄にしてしまうのも手だった。
なんにせよ方法はある。それは疑っていなかった。だから千晶の行動に迷いは微塵もない。
 もう一度視線を空へ戻す。雲ひとつない空に、太陽が煌々と照っている。あたたかい。優しい光に祝福されて
いるようにさえ思える。魔丞の身とはいえ、さすがに連戦続きで疲労していた。左半身が、この甘美な安らぎに
身を任せたがっていることがはっきりと感じられる。しかし一方で、右半身が狂気の鼓動に刺激されているのも
分かった。無理もない。この鼓動には、契約にて身を律していない並みの悪魔では抗うことはできないだろう。
千晶とて、半身が人として保たれていなかったら、どうなっていたか分からない。
174理想…そして狂気 4/7:2007/04/29(日) 12:11:35 ID:mqVszHyh0
 ふと、とある悪魔の顔が思い浮かんだ。絶大な力を得て人修羅と化し、しかしそれゆえにコトワリを持てずに
いた、かつての友人。ヨスガにもムスビにもシジマにも力を貸すことなく、ただ我武者羅にすべてのコトワリを
否定し、すべての神を討ち倒した悪魔。彼は今どうしているだろう。この世界でも流されるまま進み、赤ん坊の
ように気に入らないものすべてを否定しているのか。それともこの悪魔を酔わせる鼓動に身を任せ、衝動の赴く
ままに破壊と殺戮に興じているのか。
 どちらにせよ、と千晶は眉間に皺を寄せながら考える。まったく不愉快極まりない話だ。絶対強者の理論たる
ヨスガを否定しておきながら、自らは気ままに力を行使し独善を突き通すとは、理不尽にもほどがある。まあ、
力無き理は無価値、というのもヨスガのコトワリの一部であるから、彼に敗北した身の上で文句を言うことでは
ないのかもしれない。しかしそれでも不快であることに変わりはなかった。
「それでもまあ、いいわ。もう一度、決着をつければいいだけ」
 ニタリと酷薄な笑みを浮かべて、千晶はつぶやく。どちらにせよ、最後に立っていられるのが1人だけである
以上、いつかは殺しあうことになるのだ。ボルテクス界でもここでも変わりないし、千晶としても望むところで
あった。強き者がすべてを得る。素晴らしい。
「そう、力こそすべて。そして私が勝利し、ヨスガの世を創る」
(嘘つき)
 千晶の声を遮るように、少女の声がした。聞き間違いではない。千晶は驚いて振り返る。油断はしていたが、
場所が場所だけに背後を取られる心配などしていなかった。周囲を見渡す。人影も、悪魔も、姿無き思念体さえ
見当たらない。聞き覚えのあるような、いや、よく知っているような声だったが、誰の声だか思い出せない。
(あなたは強者なんかじゃない。世界が死んだ絶望に負けて、流れに乗っただけ)
 また、少女の声が聞こえる。あざけるような、見下すような、高慢な口調が腹立たしい。千晶は左右を見渡す。
そのたびに声もまた左右へと逃げ回る。
(ただの願望をコトワリなんて言葉で隠して。恐怖からの逃避を創世なんて言葉で隠して)
 ふと左腕に視線を移す。欠落した肘から下が、生えていた。いや違う、うすぼんやりと透けている。思念体。
ボルテクス界で見慣れたそれが、千晶の腕の断面から現れていた。
175理想…そして狂気 5/7:2007/04/29(日) 12:12:16 ID:mqVszHyh0
(希望を探し続ける努力を放棄して、ただ用意された道に逃げたのよ。抗うよりも楽だから)
 思念体の形がだんだん定まっていく。顔は分からないが、長い栗色の髪がはっきりと見えた。思念体は左腕で
その長い髪をかきあげる。大仰な仕草は、まるで千晶へのあてつけのようにも見えた。
「なにが分かる」
 激昂して叫んだ。周囲の天使たちが、主がまた気まぐれを起こしたかとびくりと震える。
(分かるわ。だって、あなたは)
「違う。私はもう、お前じゃない」
 千晶は叫んだ。自分の声が低く野太く変化していることには気づかない。周囲にもしマントラ軍出身の悪魔が
いれば、死したはずのゴズテンノウの声に似ている、と思ったことだろうが、ここには天使たちしかいなかった。
「お前が望んだのよ。私に変わることをお前が望んだ。忘れたわけじゃないでしょう」
 千晶は右腕を振り上げる。瞳孔が爬虫類のように鋭く細く変化した。
「ヨスガのコトワリの成就を。そのための力を。望みは叶ったわ、文句があるの?」
(違うわ。私が夢見たヨスガの世界は、あなたの思うものとは違う)
「いいえ違わない。仮に違うとしても、お前にはばかることなど何もないわ。今は私。お前じゃない」
 千晶は傲然と言い放つ。それでもなお言いかえそうとする思念体の言葉を遮るように、右腕を振り下ろした。
左腕の肘の部分に、刃と化した黒き塊がたたきつけられる。腕がごろりと転がり、血が噴出して周囲を汚す。
「千晶様!?」
 主の突然の奇行に驚いたエンジェルが近づいてきた。わずらわしい。
「なんでもないわ」
「しかし、お手当てをしな…」
 右腕を軽く振って、エンジェルの頭部を打ち砕いた。死体が緑と赤の光粉となり消えていく。千晶は右腕を
かざし、そのすべてを吸い寄せた。赤い光はマガツヒだ。緑の粉はなにかわからないが、傷の治療に使える。
「そうね、手当てはしなきゃね」
 光を吸い尽くし、千晶はつぶやく。声は再び可憐な少女の美声に戻っている。左腕の血はぴたりと止まった。
まだ傷痕は生々しいが、じきに皮膜が張るだろう。
176理想…そして狂気 6/7:2007/04/29(日) 12:13:10 ID:mqVszHyh0
「――集いなさい」
 千晶は右手を差し上げ、魔力を放出した。あまりに無造作な合図。周辺にいる悪魔や参加者たちにも簡単に
察知されてしまうだろうが、かまわなかった。休息はすでに十分。もうここに隠れ潜む必要などない。
 数秒で、有翼の男女がぱらぱらと降りてきた。数十秒で屋上は埋め尽くされ、数分で空まで覆い尽くされる。
何十、何百という天使たちの軍勢が、ただひとりの少女を主と崇め、その号令に応じ集結したのである。
 これがヨスガだ。千晶は狂気の微笑を浮かべる。圧倒的な軍勢。圧倒的な戦力。力による絶対の統制。この
理想郷では正義が力無きゆえに虐げられることはもうないのだ。力こそが、勝者こそが正義であり、そして
それは常にヨスガの体現者たるこの千晶と同義なのだから。
「氷川という男を捜しなさい。見つけたら居場所を報告し、監視を続けなさい」
「監視だけでよろしいので?」
 炎の車輪に身をゆだねたローブの男――天使ソロネが言った。物質の体を持つ天使の中で最上位に位置する
存在だけあり、己の力に対する自信も相応に高い。
「誰が口答えを許したの?」
 千晶は冷たく言い放つ。炎の天使は蒼白になり畏まった。魔丞たる身の前では、座天使というヒエラルキー
第3位に位置する肩書きなど無意味である。純粋な力で地位が定まる。そしてその純粋な力で千晶に勝る者は
ここには誰もいないのだ。
「手出しは無用、監視だけになさい。どうせあの男のこと、どこぞの邪神でも誑かしているに決まってる」
 ソロネが粛清されることなく話が続いたことに、天使たちは胸をなでおろす。氷川の使役している悪魔には
勝てぬと遠回しに言われたことにまでは気がつかない。そういう天使たちの愚鈍さが、千晶は嫌いだった。
「千晶様はいかがなされますか」
 天秤と聖書を持った白衣の男――天使ドミニオンが尋ねる。ヒエラルキー第4位の主天使として神の願望の
実現のため、下位天使を指揮し活動するという実戦部隊長的な地位の存在である。
「私は…」
 なにも考えていなかったことに今頃気づいて、千晶は苦笑した。行動方針と呼べるものはほとんどないのだ。
適当に動き回って、見つけた奴を手当たり次第に殺す。あまりに杜撰な計画すぎて、むしろ破れる余地がない。
177理想…そして狂気 7/7:2007/04/29(日) 12:14:07 ID:mqVszHyh0
「…ォォォォォォォォォォ…」
 突如、咆哮が響く。その場にいた全員が一斉に南を向いた。声自体は遠くからかすかに聞こえただけだった
が、そこに籠められた禍々しい力に反応したのだ。千晶は幼いころに読んだ本に出てきたある言葉を思い出す。
"Tharn"。恐怖に直面したウサギが立ち尽くすさまを表す言葉。いまの天使たちの状態はまさにそれだった。
声だけで神の軍勢を畏怖させる、それほどの力を持つ悪魔を、千晶は1人しか知らない。
 いずれ決着をつけねばならない。これほど早くその時が来るとは思わなかったが、それも運命だろう。
「…私は、会いに行くわ」
 千晶はぽつりとつぶやく。目的語は省いた。彼をなんと呼んでよいか分からなかったからだ。人ではない。
悪魔と呼ぶのもはばかりがある。人修羅と呼ぶのも他人行儀だし、彼と呼ぶほど親密でもない。
「友人に、ね」
 ぽつりと付け足して、少し後悔した。これもどうにもしっくりこない。
「友人、ですか」
 ソロネがいぶかしげな声を出す。さきほどあれだけ震えていたのにもう同じ愚を繰り返すあたり、肝が太い
と評せばいいか、それとも単純に愚鈍と断ずるべきか、千晶はちらりと考えた。別に、戦力として役に立って
さえくれればそれでいいのだから、どっちでも構いはしないのではあるが。
「そうよ。――さあ、行きなさい。いつまでそうしているつもり?」
 発破をかけるようにびしりと命じる。天使たちは呪縛が解けたかのように動き出した。一斉に千晶に一礼し、
天へと舞い上がっていく。轟音のごとき羽音、巻き起こる旋風、舞い散る白い羽。数秒でそれらは止み、静寂が
訪れる。天使の軍勢は嘘のように消えうせ、後には異形の少女と無数の羽と、鎧を着た天使2人だけが残される。
「…あなたたちはどうしたの?」
「千晶様にお供仕ります」
 赤備えに武装した男――天使パワーが答えた。神の力を意味する名の通り、闘争が起きた場合にはその先頭に
立つとされる存在である。その好戦的な存在定義ゆえか、千晶の護衛は自分たち能天使の仕事だと勝手に決めて
いる節があった。不要ではあったが、忠誠心の表れである以上否定する理由もない。
「――好きになさい」
「ありがたき幸せ」
 剣を胸の前に捧げ持つ。つくづく天使たちは儀礼的だ。それが美しいと思えるときもあるし、わずらわしいと
感じるときもある。今は、特になにも思わなかった。ただ闘争前の昂ぶりだけがある。
「さあ、行きましょうか」
 ニタリと笑って、千晶は言った。その表情からは、相変わらず狂気だけが満ち溢れていた。
178理想…そして狂気 8/7:2007/04/29(日) 12:14:55 ID:mqVszHyh0
現在時刻 午前11時半

【橘千晶(真・女神転生3)】
状態:片腕損傷、肩に銃創×3 いずれも軽微
装備:なし
道具:なし?
現在地:七姉妹学園屋上 → 港南区へ移動開始
仲魔:大量の天使(ただしほとんどは下級)
行動方針:皆殺し 氷川の動向を監視


※七姉妹学園屋上で、強力な魔力が発生。勘のいい人物なら気づくでしょう。
※七姉妹学園屋上に大量の天使が集合。かなり遠くからでも見えるでしょう。
179名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 03:33:28 ID:7SZGL3UlO
保守しなきゃ!
180名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 03:38:12 ID:3pGOmaV60
うわ、きめえ
181真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:09:38 ID:szUTGYa/0
この鳴海昌平は狂っている。
狂っているが俺は・・・自分を知っている。
自分がまともにやって最後の一人になれる等とは夢にも思っていない。
軍隊格闘に通じる自分ではあるがそれを上回るものが大勢いるのは実感している。
故に俺は・・・利用しなければならない。
あのスプーキーにそうしたように。
人を、物を、そして悪魔を。
全てを。
弱い者から奪い、強い者は使う。
さしあたって俺に必要なもの。
それは適度に強い仲間だ。
スプーキーのようなカスでは駄目だ。
あれでは役に立たない。
余り強すぎても駄目だ。
即座に殺されてしまいかねない。
自分は悪魔と出会う必要がある。
そうだ、仲間には悪魔に関する知識も欲しい。
悪魔召喚プログラム、悪魔に接触する必要があるからな・・・。
理想は・・・自分より強い、しかし自分を殺してしまうほど好戦的でもなく。
さらには悪魔の知識を有している。
妥協はしよう、相互利用でもこの際かまわない。
もうここにはいられない。
蓮花台にもだ。
万が一にも自分の殺意を悟られてはならない。
そのためには違う土地に行かなければならない。
行き先は何処でもいい。
利用できるものがいるなら何処でも・・・。



平坂区
迷彩柄のジャケットを羽織った眼鏡の男・・・カオスヒーローが一人路地裏を歩く。
「ちっ・・・誰もいやしねぇ」
不機嫌そうにつぶやいてみたものの本心では少し安心していた。
この平坂区はもしかしたら安全なのか?
もしそうなら自分がこのあたりに潜み続ければ数が減り有利になるのではないか?
───もしそうならあいつだって・・・。
「・・・くそっ」
まただ、またカオスヒーローはあいつ・・・人修羅のことを気にしている。
手も足も出ない恐怖、屈辱。
「力さえあれば・・・」
カオスヒーローの口癖。
心の中に嫌というほど存在するその感情は気を抜くと口の端から漏れてしまう。
「・・・・・・くそっ!」
いつものセリフを口走ってしまった自分に苛立った。
カオスヒーローは考える。
この限定的な状況下で最も効率的に力を得る方法を。
いまさら体を鍛える時間など無い。
となれば。
「・・・・・・支給品だ・・・・もっと強い支給品、それさえあれば」
弱者が強者を倒す方法が無ければそれは「殺し合い」ではなく「虐殺」だ。
例えばカオスヒーローは魔法が使える。
これは使えないものからしてみれば恐怖でしかない。
その差を埋めるもの、それが支給品であるはずだ。
この町のどこかにはあいつさえ殺せる支給品があるかもしれない。
「俺より弱い奴から支給品を奪い・・・俺より強い奴を殺す・・・俺は力を得る」
そうつぶやくとカオスヒーローはまた進みだした。
182真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:10:18 ID:szUTGYa/0
それは限りなく公平であった。
距離も、タイミングも、どちらに取っても有利にならない絶妙の位置で。
S地になった路地で周囲を警戒しているとき。
カオスヒーローと鳴海昌平はほとんど同時に互いを視認した。
お互い即座に壁の奥に引っ込む。
これでお互い、どんな飛び道具を使おうがそうそう致命傷を与えることは出来なくなった。
カオスヒーローは考える。
(勝てるか?相手の武器は?それにかかわらず戦闘力は?)
鳴海昌平は考える。
(見つかった?俺が先に見つけるのが理想だったが・・・どうする?奴は使えるか?)
戦うことを前提とするカオスヒーロー。
利用することを前提とする鳴海。
そこに行動の違いが現れた。
「アギラオッ!」
カオスヒーローが火の玉を飛ばす。
当然、塀の奥に隠れている鳴海に当たりはしない。
しかし、カオスヒーローにとってはそれでいい。
(これを見て逃げるようなら追って殺すッ!向かってくるなら逃げた後姿を隠して殺すッ!)
いわばアギラオはテスト。
塀の奥にいる見知らぬ者の実力と行動傾向を計るリトマス紙。
しかし鳴海の取った行動はカオスヒーローの予測したどちらでもなかった。
鳴海は逃げずかといって前にも出ないまま声を上げた。
「投降するよ・・・」


鳴海は今の火の玉を見て確信した。
───こいつは、使える。
隠れたまま火の玉を撃った。
自分の実力に絶対の自信を持つものなら、こんな回りくどいことはしない。
あの魔人皇のような襲い方をする。
しかし彼は様子を見た。
自分より相手のほうが強い可能性を考慮した。
つまり彼はこの場で自分が最も強い、あるいは強いほうであるとは思っていない。
だがこちらが誰かは正確に確認せず攻撃してきたことから優勝する気ではある。
以上のことを統合するとこの行動・・・慎重とも取れるがその本質は臆病。
優勝するつもりではあるが相手の実力が自分以上だった時自分の身に降りかかる事象に対する恐怖。
───つまり彼は一度以上の敗走を経験している。
自分ではかなわない存在を知っているからこその慎重。
それにより植えつけられた臆病。
───今はやる気というのが少々問題だが・・・合格だな。
鳴海の口が歪む。
邪悪な笑みだ。
───交渉次第で奴を利用することは十分出来る、そのためには。
183真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:11:25 ID:szUTGYa/0
「投降するよ・・・」
鳴海は逃げることも立ち向かうこともしない。
ただカオスヒーローに語りかける。
「・・・どういうつもりだ?」
投降するといわれてのこのこと出て行くほどカオスヒーローは間抜けではない。
罠か?ハッタリか?もしくは他の何かか?
カオスヒーローの思考を猜疑心が覆っていく。
「なに・・・逃げても向かっても殺されそうなんでね、疲れるのは嫌だ」
お互いの戦力を公平に判断すれば鳴海は圧倒的に不利だ。
しかしその判断を下せるのは鳴海だけである。
カオスヒーローには鳴海の実力はわからない。
伏せたカードは鳴海のほうが多い。
この時点で戦闘力の優位性と反比例するかのように精神の優位性は鳴海が圧倒的に勝っていた。
「ふん、投降したところで殺すぜ」
時間稼ぎには成功した。
今のセリフを聞いた鳴海はそう考える。
まだ相手はこちらの実力を測りきれていない。
本当に殺すならあんなことを言う前に殺しに来る。
やはり慎重・・・・・・いや、臆病な男だ。
そして、わざわざあんな発言をしてくる負けず嫌い。
鳴海の頭脳はそんな男に対する最も効果的なセリフを作り出す。
「ま、僕を殺したところで優勝できないだろうけどね、君じゃ」
「・・・・・・なんだと?」
「君じゃ無理だって言ってるんだよ、確かに君は僕より強いけど・・・僕は君より強い奴を知ってるよ」
一切の臆病は許されない。
自分が本当に戦力が無いことを悟られたら自分はあっという間に殺されてしまうだろう。
疑わせておかなくてはいけない。
『戦力を隠してだまし討ちにしようとしているのでは?』と。
そのために言葉の端々に余裕を混ぜる。
なめた口を利く。
『諦めているように見せかけ』て『相手を見下している』と『見せかける』のだ。
鳴海は間髪入れず次のセリフを吐く。
「それに君さ、一回負けてるだろ・・・・・・それもこっぴどく」
「っ!?」
カオスヒーローに動揺が走る。
図星だ。
「態度を見てりゃ解るよ・・・・・・ま、僕を殺してもそいつに殺されるのが関の山だね」
決して姿は見せない。
心を揺さぶる。
思わせるのだ。
自分こそが生存への希望であると。
184真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:13:05 ID:szUTGYa/0
「そうだな、冒険小説風にいうと・・・地獄で待ってるぜ・・・って奴だよ」
「てめぇ!」
「俺は悪魔召喚プログラムというのを持っている」
カオスヒーローの怒声にかぶせるように鳴海はカードを切る。
悪魔召喚プログラム。
鳴海の持つ最大のカード。
自分以外の力を絶対安全が保障された上で手に入れることが出来る。
弱者のための武器だ。
一般人の中ならばカオスヒーローとて強いのだろうが、ここでは弱者だ。
ならばこの支給品は喉から手が出るほど欲しいはず。
問題は、これがどういうものであるか即座に理解できるかどうかなのだが。
「なんだと・・・・・・?」
幸運にもカオスヒーローはそれを良く知っていた。
カオスヒーローの脳裏にはすぐに一人の男の顔が浮かぶ。
そしてその戦いぶりが浮かぶ。
「その様子だと知ってるのか?」
「答える必要はねぇな」
鳴海の質問をあっさりと突っぱねる。
しかし、答えたようなものであるということはカオスヒーロー自身よくわかっていた。
「僕は悪魔の力が欲しい、君に手伝って欲しいんだ、悪魔を手に入れればそれは山分けだ……手に入るぞ?悪魔の力が!」
「っ・・・!!」
鳴海の言葉にカオスヒーローは揺らぐ。
誘惑、謀略、謀り、詐欺、その類であることは良くわかっている。
しかし、そんな猜疑心など跳ね飛ばすほどの魅力がそれにはある。
「どうだ?悪魔の力があれば君を負かした奴にリベンジできるんじゃないか?」
「・・・・・・てめぇを殺して奪えばすむことだぜ」
カオスヒーローは選択肢の中から一つを選び取る。
そうだ、殺して奪えばいい。
祖すれば悩む必要など無い。
カオスヒーローは再び腕を構える。
この選択肢ならば、魅力も猜疑心もどちらも補える。
「因みにその道具は・・・こいつなんだが・・・ふふ、こうして上に掲げようか」
そんなことは既に読めている・・・。
今にもそう言い出しそうな余裕を見せつつ鳴海はゆっくりとパソコンを持った腕を上に上げた。
「君が僕を殺してこいつを奪おうとさっきの火の玉を打ち込むようならこいつを叩きつけて壊すだけさ、言っておくけど僕の持ち物にこいつ以外はろくなものが無いぜ?」
「・・・・・・」
カオスヒーローの選択はあっという間に却下された。
───詰んだ。
鳴海はそう確信し心の中だけでほくそ笑む。
あとは押すだけでいい。
185真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:14:25 ID:szUTGYa/0
カオスヒーローは既に思考の渦に飲まれている。
「こんな支給品そうそう配るとは思えないね、3つか4つあればいいほうだろう」
そう、思い当たるわずかな選択肢を。
「いいかい?これは忠告だ」
鳴海に利用される以外の選択肢をこうして。
「これが君が悪魔の力を手に入れる最後のチャンスだ」
潰していけばいい・・・・・・。

カオスヒーローにささやかれた声は力。
彼が狂うほど求めた力。

───あいつが操っていた…悪魔の力を…俺が?

カオスヒーローは思い起こす。
かつての仲間が操っていた物たちを。
魔力を持ち、知能は人間以上、その動きは獣を凌駕する。
その力が今、目の前にある。

───信用はできねぇ……だが……奴がこういうことを言い出すって事は・・。

カオスヒーローは思考する。

───奴がこれを言い出したのは俺のアギラオを見てからだ・・・つまり奴ひとりじゃ悪魔
と交渉する自信が無いから魔法の使える俺を利用しようということ・・・・・・奴が最終的に俺を殺すつもりである可能性を考慮しても・・・俺に襲い掛かるのは最低でも悪魔を一体捕まえ後・・・そして奴自身の戦闘力はそれほどでもない・・・か。

もとより抗えるはずも無かった。

───あいつを倒せる力が手にはいる・・・。

自分にささやかれた声は自分の渇望する力からの誘惑なのだ。

───だったら、俺は・・・。


アギラオを撃つために構えた腕はいつの間にか、カオスヒーローも気づかぬうちに降りていた。
その腕は自分で降ろしたのか?そのれとも目の前の男に降ろさせられたのか?
ふとそんな疑問が浮かんだが・・・答えは出さなかった。
「いいだろう、付き合ってやるぜ・・・・だが悪魔を手に入れるのは俺が先だ」

カオスヒーローは精一杯の負け惜しみを吐き、鳴海に利用されることにした。
186真昼の謀略 ◆vhg0cspkv6 :2007/05/20(日) 00:15:40 ID:szUTGYa/0
<時刻:午後1時半>
【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 打撲、擦り傷はあるが身体的には問題無し。精神的にはぶっ壊れてる。
武器 クロスボウ トンカチ マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
   その他病院での拾い物多数
道具 ノートPC(何か細工がされているらしい)、メモ帳、ボールペン、食料少し(菓子パン数個と板チョコ約10枚)
   チャクラチップ他拾い物多数
現在地 平坂区
行動方針 カオスヒーローを利用し悪魔を手に入れる
最終的には悪いな殺戮だ、ワハハハハハ!!

【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態  :正常
武器  :銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具  :カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
     高尾祐子のザック所持の中身(詳細不明、尚高尾裕子が所持していたザックその物は破棄)
     応急処置用の薬箱
     蝋燭&縄
     十得ナイフ
現在地 :平坂区
行動方針:弱者から支給品を奪い強者を殺す。
      鳴海を利用し悪魔の力を手に入れる。
      鳴海を一切信用していない。
      藤堂尚也との再戦。
187仲間と仲間、仲間と仲間 1/7:2007/05/29(火) 01:35:43 ID:wNu0EW3u0
 わずらわしい、と藤堂尚也は思った。五感に伝わり脳に認識されるすべてが、ただただわずらわしい。
 だから、走った。考えたくなかった。感じるのもいやだった。闇雲に走れば逃げ切れるのではないかと、なんの
根拠もない希望に縋って、絶望しながらただただ走った。
 この感覚は久しぶりだった。決して懐かしくはない。あの無気力で、自堕落で、目に入るすべてから逃げていた、
あのころの自分に戻ったように思える。自分は変わったのではなかったか。過去を受け入れ、信頼しあえる仲間と
めぐりあい、苦難を乗り越え成長したのではなかったか。己の仮面に問いかけるが、ヴィシュヌは黙して答えない。
冷酷なようにも、慈愛に満ちたようにも見える瞳で、尚也を見返してくるだけだ。
「…さん…藤堂さん!」
 女の悲鳴が聞こえて、尚也はふと我に帰った。気づけば、すでに周囲の景色は、先ほどまでの住宅街から一変し、
ビルの立ち並ぶオフィス街へと変わっている。
「…藤堂さん…痛いです…」
 また、女のか細い声。――マキ? いや、違う。尚也は首を振った。赤根沢レイコ。大事な――人質だ。レイコの
左の手首を、尚也は右手で握っていた。そのまま、引きずるようにして走り続けてきていたのだ。レイコは掴まれて
いない右手を尚也の右手にかぶせるようにして、もう一度「痛いです」と、今度ははっきり尚也の顔を見て言った。
「――あッ、す、すまない」
 尚也はあわてて右手を開いた。レイコの手首は痛々しい青紫色に変色している。
 最強クラスのペルソナの力を制御せずにここまで走り続けてきたのだ、と尚也はいまさらながらに気づく。か弱い
女の子の手を、万力のような力で掴んで、常人の数倍の脚力で疾走しつづけてきてしまった。急に罪悪感に襲われて
愕然とする。頭が勝手に謝罪の言葉を検索し始めたが、口は凍りついたように動かない。
「…なんで、逃げるんですか?」
 レイコが、怒りをにじませた口調で言った。反射的に出かかった謝罪の言葉を、尚也は飲み込む。レイコが怒って
いるのは、手首の痛みのような小さなことではない。それが分かった。
「…なんで、友達から逃げるんですか? なんで、仲間から逃げるんですか?」
「仲間だからだ」
 レイコの言葉を遮り、尚也は叫ぶように答えた。
「俺の決意が鈍らないためにだ。俺のわがままに巻き込まないためにだ。俺が逃げ出したくならないためにだ」
 言いながら、尚也は自分の言葉が心から離れていくのを感じた。決意など、すでに鈍っている。巻き込みたくない
のではなく、関わられて嗤われるのが恐ろしいだけだ。そして、すでに逃げ出したくてたまらなかった。
 それでも。自分を偽ってでも、進まねばならないことは、尚也にはよく分かっていた。すでに逃げ道はなかった。
自分でそれを断ってきたのだ。悔いはあるが、それも自分の選んだ道だった。
「…なんで」
 レイコがまた言った。瞳に涙をためながら、悲しそうなか細い声で。
「…なんで、自分から、逃げるんですか…?」
188仲間と仲間、仲間と仲間 2/7:2007/05/29(火) 01:36:31 ID:wNu0EW3u0
 神代浩次は上機嫌だった。
 相変わらずひどい負傷ではあった。肩は外れっぱなしだし、ヘシ折れた奥歯が腫れはじめて顔面がひどく熱い。
が、痛いということは生きているということだ。しょぼいとはいえ一応武器はゲットしたし、何よりも自由の身だ。
 とりあえず現在、彼はシーサイドモールから東に向けて歩いているところである。アケミちゃんの持っている、
悪魔召喚プログラムは喉から手が出るほど欲しい。が、どーやら少なくともさらに2名ほど厄介な奴がドンパチ
やっていると思われるところにわざわざ首を突っ込むほど、彼は自信過剰ではないし勤勉でもなかった。
 漁夫の利、ってやつだ、と彼は思う。全員がやりあって、ほどほどに消耗した頃合を見計らって、横からすべて
掻っ攫ってやろう。それまで俺は、戦力増強といかせてもらうぜ。
 ひょい、と背丈ほどの高さのブロック塀を乗り越えて、高級そうなマンションの敷地に侵入。雨どいを掴んで
2階へ軽々昇り、窓を壊して中に入った。熟練の空き巣もマッサオの軽業である。片手一本でこれをやってのける
身体能力は、言うまでもなく"守護者"の賜物だった。
「あちゃあ、きったねえ部屋」
 遠慮会釈もなくつぶやいて、のっしのっしと部屋を物色する。こういう部屋に住んでる奴は独り暮らしの男、と
相場が決まっている。好都合、と彼は笑う。戸棚を空けると、未開封の頭痛薬。乱暴に箱を破って薬を取り出すと、
水も飲まずに直接錠剤をばりばりと噛み砕いた。さらに別の戸棚には、溜め置きのレトルト食品の山。2日ぐらい
なら十分に食いつなげるだろう。ありがたいことに、防災カバンとやらまである。中にはちょっとした救急セット、
水のボトルが1本。クローゼットを開けると、そこそこ趣味のいいスーツ。ちょうどいいや、と血に塗れた制服を
脱ぎ捨て着替えた。さらにテーブルのうえには、結構新しいノートパソコン。当然悪魔召喚プログラムは入っては
いないだろうが、あって無駄になるものでもない。さすがに銃だの剣だのなんかはないが、ゴルフクラブがあった
ので念のため1本拝借する。ザックが戦利品で快調に膨らんでいくのを見て、神代はにやりと笑った。
 隣の部屋を覗く。やはりロクなものがないが、そこそこ高級なモデルガンを見つけた。もちろん弾は出ないが、
威嚇などには使えるだろう。その近くにあった腕時計と一緒に上着の内ポケットに突っ込んだ。
 本棚を漁る。イン・ラケチとかいう趣味の悪い本を見つけたが、神代は一瞥くれると即投げ捨てた。オカルト話
なんぞに興味はない。読むまでもなく自分の体験だけで十分だった。市内地図があるかと思ったが、さすがにない。
支給品以外の地図を1枚手に入れておきたかったが、それはまあ後でコンビニで拝借すればいいだろう。
「へッ、我ながら惚れ惚れするぐらい迅速な行動だな」
 芝居がかったような動作で、腕時計を見る。およそ30分の家捜しで、見違えるほど充実した装備になった。
「…さて、そろそろアケミちゃんのお迎えに行かなくっちゃあな」
 上機嫌で窓からベランダへ。飛び降りようとしたとき…聞き覚えのある声が聞こえた。
189仲間と仲間、仲間と仲間 3/7:2007/05/29(火) 01:38:57 ID:wNu0EW3u0
 言わなきゃいけない、と赤根沢玲子は決意していた。
 自分のために、ではない。尚也のために、というほどおこがましいことを言うつもりもない。ただ、言わなければ
ならない気がしたから、言う。我ながら訳がわからない理論だったが、レイコは気にしなかった。訳のわからなさで
言えば、魔神皇だの魔界だの、空飛ぶ街での殺し合いだの、自分の経験してきたことほとんどのほうがよっぽどだ。
「…なんで、自分から、逃げるんですか…?」
 強く言ったつもりだったが、声が震えてしまった。頬を伝う涙の感触で、自分が泣いていることに初めて気づく。
あわてて、レイコは涙を拭った。泣き落としで説得しようなどとは思っていないのに、そういう形になってしまい
そうだった。それだけはダメだ。レイコは尚也を、一時の情だけではなく、ちゃんとした理論で説得したかった。
「…自分から、逃げる?」
 尚也が鸚鵡返しに尋ねた。そんなことは思いもしなかった、という顔だ。自分が間違っていることを知っている
のに、それを認めないために過ちを繰り返してしまう。そんな存在を、レイコはひとり知っている。今の尚也は、
その人にそっくりだった。だからこそ、放っておけない。
「そうです…だってあなたは本当は気づいてる」
「…何に、だ?」
 尚也は目を伏せた。左手が耳たぶに伸び、ピアスをいじりはじめた。
「…それ、止めてください」
 レイコは手を伸ばし、尚也の左手を押さえた。
「自分を痛めつけてるみたいで…見ていて、つらいです」
「…なら、見なければいいだろうッ」
「そんな権利はあなたにはありません」
 乱暴に振り払われた腕を、また強引に掴んで止める。また振りほどこうと暴れる腕を、レイコは全力で押さえた。
レイコの"守護者"は力に優れたタイプではないため、全力勝負なら尚也に勝てるはずはない。が、その意外な力の
大きさに驚いたからか、尚也はあっさり抵抗を止めた。
「他人を拒む権利なんか、誰にもないんです」
「…口だけならなんとでも言える!」
 尚也が急にレイコの両手首を掴んだ。万力のような力に、ひっ、と思わず声が漏れる。尚也の目が強い光を放って
いる。悲しい色だ、とレイコは思った。
「今、俺がお前に襲い掛かっても、お前は俺を拒まないのか? 冗談もたいがいにしろ!」
「…拒みません」
「…何?」
「今のあなたが相手なら…拒みません。…あなたがそうしたいなら」
 睨み返すように、レイコは答えた。自棄になっているのではない。本気で、レイコはそう思っていた。絶句した
尚也の目から、光が抜け落ちていくのが分かった。
「…冗談もたいがいにしろ」
 尚也は手首を放すと、レイコに背を向けた。拒絶。背中でそれを語られたが、ここであきらめるわけにもいかない。
「藤堂さん!」
 声をかけた。その瞬間、電撃が尚也を襲った。
190仲間と仲間、仲間と仲間 4/7:2007/05/29(火) 01:39:56 ID:wNu0EW3u0
 当たりだ、と神代浩次は思った。効果範囲が広いマハ系魔法が飛び出すうえ種類がランダムなため、なかば賭けの
つもりで使った赤巻紙だったが、どうやら運は自分に向いてきているらしい。運よくちょうどいい角度で男がレイコ
から離れてくれた。運よく追加効果のある属性魔法が飛び出てくれた。そして運よく男は感電してくれた。
「おいおい、人のオンナに勝手に手ェ出してんじゃねーよ、色男クン?」
 安心してゆっくりと物陰から出た。こうやって見下すセリフを言えるのは強者の特権だ。何度味わっても心地よい。 
「…! 神代くん!」
「そう他人行儀に呼ぶなよォレイコ。Cozyって呼んでくれって言ってるだろ?」
「…今、初めて聞きましたけど」
「ははッ、相変わらずクソマジメだなァ」
 たわいもない会話。もちろん狙ってやっていた。男を殺すつもりなら、一気に飛び出してゴルフクラブで脳天を
叩き割っている。そうする必要がないから、あえてこうして喋っているのだ。
「…で、ナニをナニするつもりだったんだ、色男? テメェただじゃ済まさねえぞ」
「待って神代くん! 藤堂さんは悪い人じゃないわ」
「あ? お前、さっきどう見てもお前をレイプしようとしてたじゃねーか」
「それは…その、とにかく違うの」
 いやはや、レイコは本当に素直でいい女だ、と神代はほくそえむ。こうまで狙ったとおりの発言をしてくれるとは。
これで、このマヌケな色男トードーくんは、神代とレイコがツーカーの間柄だということをしっかり理解してくれた
はずだろう。そうなれば、こちとら交渉の達人、舌先三寸で丸め込むぐらいは朝飯前の芸当だ。
 物陰からちょっと見ているだけで、男がレイコに対して危害を加える人間ではないことは、すぐ分かった。とする
ならば、この男を殺してレイコを強奪するよりは、レイコごと篭絡して利用しつくすほうがよっぽど賢い選択である。
神代はそこまで素早く計算し、出て行くタイミングを計って待っていた。うかつに出ても警戒されるのは目に見えて
いる。ならば、自分が信用できる味方だと、最大限に売り込むタイミングと方法を測るしかない。多少賭けの要素は
出てくるが、ダメでもともとやってみて――そしていま成功しつつある。神代は心の中でにやりと笑った。
 男が感電して動けないことをいいことに、レイコとさっさと話を進める。これこれこう、あーだこーだと、今まで
どういう冒険をしてきたかをこと細かく喋っていく。もちろん自分の悪行をぺらぺら喋るほど神代は間抜けではない。
間抜けマッチョと鎖男を殺したのは学校一の不良少年アキラだということにして、リーゼント野郎と二人まとめて
悪者コンビに仕立て上げた。漁夫の利作戦のためにも、シーサイドモールの件も一切を伏せておく。モールのお碗型
構造が幸いし、戦闘音は東側にはあまり響かなかったらしいので、知らぬ存ぜぬで押し通せるのは楽でいい。
「で、ハザマの野郎なんだが」
 神代が切り出すと、レイコの表情が動いた。今にも食って掛かってきそうな感じだ。
「おいおいあせるなよ。…俺もまだ会ってはいねえんだ。探してはいるんだがな」
「…そうですか」
 あからさまに落胆の色を浮かべる。この様子ならば、ハザマの説得にも協力してくれそうだ、と神代はまた心の
なかでほくそ笑んだ。一度はケチがついたものの、どうやら自分の運勢はまだまだ絶好調らしい。
191仲間と仲間、仲間と仲間 5/7:2007/05/29(火) 01:41:05 ID:wNu0EW3u0
 手足こそなんとか動くようになったものの、舌も、肺も、喉も、まだ思うように動かせない。藤堂尚也の発する
声は、か細い呻き声にしかならなかった。
「いやぁ、済まねェことしたな、藤堂くん。完全に俺の勘違いだったよ、許してくれ」
 神代浩次、と名乗ったスーツの男(そもそも何でスーツなんだ? レイコの同級生なんだろ?)は、非の打ち所の
ないような見事な笑顔で言う。それが、尚也の気に障った。こういうタイプの奴にロクなやつはいない。喋っている
ことは、ウソか、事実でも都合よくツギハギされたものに違いない。レイコとは対極にいるような人物なのに、なぜ
レイコがこいつをそんなに信頼しているのか、尚也にはまったく理解できなかった。
 腕は立つ。それは間違いなかった。電撃を喰らう瞬間まで、他のことに気をとられていたとはいえ、一切の気配を
感じなかった。だがこうして面と向かい合うと圧迫されるような気分になるのだ。ペルソナの加護があるというのに、
その重圧を跳ね返しきることができない。剛柔どちらにも対応できる、優れた戦士なのだろう。もし仮に戦うとした
ならば、ほぼ五分。魔法は使えないと言っていたのと、相当の負傷をしているので、そこの差だけ自分がやや有利か。
しかし逆に言えば差はそこしかない。この男のこと、その程度なら思いもよらぬ手でひっくり返してくるに違いない。
現に今、自分はこうして手玉に取られている。さきほど本気で不意打ちをされていれば、いまごろ生きてはいない。
「…で、このあとはどういう方針で行動するつもりなんだ? ああ喋れないんだな、これで目的地を指してくれ」
 とザックから手早く地図を取り出す。この気の利かせ方も尚也には不快だった。もっともそれを言い出したところ
で、言いがかりにしかならないだろう。実際に言いがかりに近い反感なのだ。なぜこんなにもこの男に対して嫌悪が
先に立つのか、尚也自身にも不思議でしょうがなかった。
「…」
 尚也は無言でペンを取り出し、地図を裏返して「特に決めていない」と殴り書いた。アスファルトのごつごつした
路面の穴にペンが落ちて書きづらい。字が歪み紙が折れる。神代はそれを見てイヤな顔をしてつぶやく。
「おいおい俺の地図だぜ、丁寧に扱ってくれよ」
 だからやったんだ、と尚也は心の中でつぶやきつつ、表情と身振りだけで謝罪した。
「…そうか、お互い無為無策ってわけだな…よし、じゃあこうしよう」
 と神代が切り出してきた。
「とにもかくにも人に出会わなきゃしょうがねえ。この辺で一番人がいそうなのは、ここ(地図上の警察署を指差す)
と、ここ(同じくシーサイドモールを指差す)だ。さすがに俺一人では心細くて乗り込む気にならなかったんだが、
三人いればなんとやらってもんだろう。いっちょ、このへんを探索してみることにしないか」
 レイコの治療で多少はマシになったとはいえ痛々しく腫れた頬を、わずかに吊り上げる。不敵な笑み、のつもり、
なのだろう。また不快感がこみ上げてくるのを、尚也はなんとか押さえ込んだ。言っていること自体は、まっとうな
意見なのだ。ただ、尚也の意見とは、合わない。とはいえ、それは尚也の行動方針が一般から大きく逸脱しているから
であり、そのことで神代に不信を抱くのは筋違いというものであるという自覚はあった。
 レイコのほうをちらりと見る。目の色が、さっきまでと全く違う、と尚也は思った。先ほど神代から、ハザマ、と
いう名を聞いてからというもの、ずっと上の空だった。誰のことなのかわからないが、レイコの反応を見る限りでは、
彼女にとって大事な人物なのだろう。名を聞いただけですでに冷静さを失ってしまっている。
 となると、このうさんくさい男の動向に気を配り、自身とレイコの安全を確保するのは自分の責務だということに
なる、と尚也は思う。いつのまにかレイコのことを、人質でなく守るべき仲間として扱っていることには、まったく
気づかなかった。
192仲間と仲間、仲間と仲間 6/7:2007/05/29(火) 01:41:51 ID:wNu0EW3u0
「…お、動き出した」
 と、即席の相棒――塚本新が言う。手にはオペラグラス。真ッ黄色のボディに「サトミタダシ」のロゴがあるのを
見るに、おそらく先ほど拠点としていた薬屋においてあった品を目ざとくかっぱらってきたのだろう。
「あっちに行くのか…ああ、ええと、あっちの先は…たぶん、あれだな、うん」
「あっちだのあれだのではわからん」
 と南条圭は苛立ちを籠めてぴしゃりと言い放った。新のことは信用できると思っているが、なんとなく行動にズレを
感じることがある。さきほど尚也が何者かから攻撃を受けたときも、新は飛び出そうとする南条の腕を掴んで抑えた。
確かに出て行くタイミングとしてはあまり良くはなかった。それは理屈では分かっていても、どうにも気に入らない。
「そうあせるなって。慌てるナントカは貰いが少ないんだぜ」
 ぱちり、とオペラグラスを閉じて胸ポケットに仕舞うと、新は左の内ポケットから地図を取り出す。
「たぶん、目的地はあっちのショッピングモールだ…地図で言うと、ええと、これだな」
「…シーサイドモール、か…なかなか大きい施設のようだな」
 先ほど蓮華台ロータスで尚也に出会ったことを思い出す。おそらく物資の補給のために薬屋に立ち寄ったのだろう。
自分たちと出会ったせいで果たせなかった行動をもう一度試みる、というのは、考え方としてはかなり自然だ。
「さて、どうする? 君はこのまま後ろを引っ付いていってもよいし、読みに賭けて先回りを選んでもよい」
 と新はザックを背負いながら言った。妙な口調が気になったが無視して、南条もザックを手に立ち上がる。
「…二手に分かれる、というのはどうだ? 俺は後ろをつける。お前は先回りをする」
「挟み撃ちの形になるな、ってか? …まあまあだけど、あまり賛成はしたくないな。今のところ俺たちはコンビで
ようやく戦力として及第ギリギリなんだぜ。あそこに誰かいたらどうする? 逃げ足には自信あるけどさ」
 と南条の提案に新は冗談めかして反論した。確かにその通りだった。つくづく自分の無力さがイヤになる。せめて
もっと上位のペルソナを降魔していれば、手持ちの武器をすべて新に渡して自分はペルソナ一本で戦うという方法も
取れるのに、成長前の己が最初に目覚めたアイゼンミョウオウではいくらなんでも心もとない。
「…読みに、賭けよう。先回りだ。スーツの男も気になるが、なにかするとしたらモールについてからだろうし」
「賛成。後ろ尾行てるだけじゃ、修羅場になったときに間に合わないからな…よし、行こうぜ」
「…なあ、塚本」
 歩き出そうとした新の背中に、南条は声をかけた。
「なんでお前は、見ず知らずの俺たちのために、そんなに親身になってくれるんだ?」
「…なぁに言い出すかと思ったら、水臭いこと言うねェ南条くんは」
 新は南条の肩をぽんと叩く。
「仲間だろ?」
「…仲間、か」
「そうだよ、分かってるじゃんか。…ほら、早くしないと先回りにならないぜ」
 新が軽やかに走り出していく。見かけによらず身軽な男だ。南条は自分のザックを背負い直してその後を追って、
力いっぱい走り出した。なんとなく胸の中に渦巻くイヤな予感を振り払うように。
193仲間と仲間、仲間と仲間 6/7:2007/05/29(火) 01:42:48 ID:wNu0EW3u0
【時間:午前11時】

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:右腕負傷(治療はしたが完全ではない)、制服は着替えた
武器:レイピア、ゴルフクラブ、モデルガン(弾は出ない)
道具:赤巻紙×1、青巻紙×2、食料品など、ノートパソコン
現在地:港南区・シーサイドモール付近
行動指針:レイコとの同一行動の維持(尚也は利用価値がある間だけでよい)
     ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)
     シーサイドモールに戻って漁夫の利ゲット大作戦決行

【赤根沢玲子(if…)】
状態 やや疲弊、ハザマが気になって上の空
武器 無し
道具 無し(ライドウに預けたまま)
行動方針 魔神皇を説得 ライドウたちを探す ゲームからの脱出

【藤堂尚也(ピアスの少年・異聞録ペルソナ)】
状態 正常だが精神的に不安定 (電撃の影響はほぼ抜けた)
武器 ロングソード コルトライトニング
道具 ?
ペルソナ ヴィシュヌ
行動方針 葛葉ライドウを倒し、園村麻希の仇をうつ カオスヒーローとの再戦
     神代浩次の動向に注意し、レイコと自身の安全を確保


【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:港南区・シーサイドモール付近
行動方針:仲間と合流 藤堂尚也の先回りをしてシーサイドモールへ

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(左手はまあまあ動かせる)
武器:作業用のハサミ 手製の焼夷弾×15 手製の爆弾×10
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん・しょくぱん・カレーパン) オペラグラス
アルミパイプ(爆弾発砲用に改造済み) 銘酒「からじし」 退魔の水×10
行動指針:スプーキーズとの合流 先回りをしてシーサイドモールへ
194名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 14:46:28 ID:jqmCX2ftO
195名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:59:06 ID:Z0SfF3iG0
今後の期待込め保守
196名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 16:25:16 ID:q232JoQV0
過疎
197名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 23:44:29 ID:yWFxxrqfO
加速
198名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 22:22:29 ID:wxWisCWYO
あげ
199名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 03:33:02 ID:atBeZQvJO
心配
200名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 03:47:08 ID:atBeZQvJO
200
201名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 02:00:06 ID:b6UcVTbuO
(´∀`)
202名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 12:40:23 ID:t8fTG/jCO
( `・ω・´)
203名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 03:33:19 ID:ZElpdhwpO
頑張って
204名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 02:51:39 ID:JTjSHj9jO

205分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:51:31 ID:7KnsDYZf0
 天野舞耶の知り合いらしき少年を送り出したあとは、正直なところ、もうやることはなかった。ビル内の探索も
すでに十分やったし、周囲を見張るだけなら二人でやる必要はない。となればここで取るべき最善の手は、休息を
取ることだろう。できるだけ慎重に言葉を選んで、ザ・ヒーローは大道寺伽耶に仮眠を取るよう促した。人格こそ
熟練の悪魔召喚師のものとはいえ、その身体は素人の女の子だ。本人は上手く隠しているつもりだろうが、疲労が
かなり溜まっていることは明らかだった。
「…私はいい。それよりお前こそ休んだらどうだ?」
 案の定、拒絶された。ヒーローは小さくため息をついて、テーブルの上のGUMPを手に取った。
「僕のほうこそ大丈夫さ。これにはなかなか便利な機能があってね、今、僕の回復力はかなり高まってる。だから
こうして座ってるだけでも十分休息になってるんだ」
 にこやかな表情を作って言った。嘘だ。『ガリバーマジック』は傷の治癒力を高めてくれるが、疲労までは回復
してはくれない。ほぼ休みなしで暴れまわってきて疲れているのはヒーローも同じだった。とはいえ、女の子より
先に休憩を取るわけにはいかないだろう。中身の年齢や性別は知らないが、少なくとも外観は女の子だ。
「…ならば私も同じ条件でいい。呼吸さえ整えられれば、気を練って回復力を高めることはできる」
 伽耶はぷいっと横を向いた。妙齢の美少女が顔を背ける様子を見て、ザ・ヒーローはどきっとする。白いうなじ
にくっきりついたアザが痛々しいが、逆にそれが彼女の肌の白さを際立たせていた。
 ふと我に返って、ヒーローは頭を振った。今はそんな状況ではなかった。交渉の基本は、はぐらかされないよう
常に本題を意識し続けることだ。自分から本題を見失っているようじゃ世話がない。
「それじゃ困るんだよ。こっちの脱出の頼りは君の術なんだから、そのときのために万全の状態でいてくれなきゃ」
「それを言うなら、今優先すべきは即戦力のお前の体力のほうだろう。私が術を使う状況はまだずっと先だ」
 取り付く島もない、とはこのことだ。ヒーローはやれやれ、と首を振る。それを見て伽耶も、この話は終わりだ、
といわんばかりに後ろを向いた。
「…妖鳥ハーピー、Go!」
 ヒーローは迷わずGUMPのトリガーを引いた。激しい光の渦が巻き起こる。
「!? いきなりなにを…」
「ドルミナー!」
 とっさのことで反応が遅れた伽耶に、召喚されたハーピーが素早く催眠魔法を浴びせる。少女がカクンと膝から
落ちる。ヒーローは素早く近寄って、倒れないよう身体を支えた。
「…ごくろうさん、ハーピー。もういいよ」
 ヒーローは仲魔に声をかけながら、伽耶の身体を両手で抱き上げた。意外に思うほど、軽い身体だった。いや、
16歳の少女ならこれぐらいが普通なのだ。骨格も細いし、筋肉もほとんどついていない。酷使されることに慣れて
いるとは到底思えない身体だ。無茶をさせるわけにはいかない、とヒーローは改めて思う。
「お安い御用ですわ…しかし、ヒーロー様…」
「…?」
「…眠らせて無理矢理というのは…同じ女として感心しませんわ…」
「…! そ、そうじゃないよ! もういいから、戻れ」
 下卑た笑いを残して、仲魔は光となってGUMPへ戻った。契約したとはいえ、そのへんの性格の悪さはやはり悪魔。
笑えない冗談に胸糞が悪くなり、思わず舌打ちをした。
「…ま、感心できない手だってところは、同感ではあるけど」
 誰に聞かせるでもなくぽつりとつぶやいて、ヒーローは伽耶を上階の仮眠室へと運びこんだ。
206分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:52:17 ID:7KnsDYZf0
 戻ってきて一人になると、ヒーローはカバンの中身をデスクに広げた。見れば見るほど貧弱な装備だ。まともな
「武器」はスタンガンのみ、あとはそのへんの日用品を応用しているだけという有様だった。鉄パイプでも、まあ
確かに悪魔を(そしてもちろん人間を)撲殺することはできるといえばできるが、所詮は単なる金属棒だ。相手が
剣を、槍を、あるいは銃を持っている場合には、はなはだ心もとないものであることは明らかだった。
 やはり現状、自分たちの装備で最大の武器は、このGUMPだということになる。ヒーローは自分の腰に巻いてある
空のホルスターを外した。今まで幾多の困難を共に乗り越えてきた道具で、新しい銃に装備を変えるたび、それに
あわせて丁寧に少しずつ改造を加えてきたものだ。愛着はあるが、仕方がない。道具と時間さえあるならばGUMPに
フィットするようにカスタムするところだが、あいにくどちらも十分とはいえない。泣く泣く、大きく切り落とす
ような改造を施した。入れる、というより、引っ掛ける、という形になるが、これでGUMPを腰に下げて持ち歩ける。
そこらを漁っていて出てきた千枚通しと裁縫セットを使ってちくちくと縫っていく。少々激しいアクション程度で
千切れてしまってはお話にならない。そうならないよう、丹念に丹念に、何度も何度も縫っていく。
 ふと、時計を見た。午前10時を少し過ぎたところだった。いつの間にか1時間以上も経っている。ホルスターを
腰に巻き、GUMPを入れる。西部劇の早撃ちよろしく、素早く抜いて構えた。なかなか悪くない仕上がりだ。
「なかなか器用なんだな」
「…まあね、もともとこういう細かい作業は得意なんだ」
 GUMPをホルスターに仕舞いつつ、ヒーローはかけられた声に答えた。伽耶が、いつの間にか降りてきていた。
「さっきはすまなかったね。ああでもしないと休んでくれないと思って」
 精一杯明るく声をかける。卑屈にならないように、かといって開き直っているようにならないように。気紛れな
悪魔たちと交渉しているうちに、瞬時に相手の感情を読み、刺激しないよう適切な声色を作れるようになっている。
あまり褒められた特技ではないが、生き延びるために必要だった以上仕方がないことだと思う。
「…いや、構わない。むしろ、助かった」
 伽耶が答える。意外な反応にヒーローは少し驚いた。
「…どうにも私は…他人を信用することができなくてな。センターへ反逆すると決めた時から、心休まるときなど
ないと思い定めてきた…だから、なんていうか、その…わかるだろう?」
 伽耶がとつとつと語る。もちろん、わかった。センターとやらがどういう施設かは、伽耶からの多少偏った説明
でしか知らないが、しかし支配者がLawの神々であるというだけでその基本的な理念はヒーローには十分すぎるほど
理解できた。そのような世の中になってはならぬとセラフたちを叩き斬ったのは、ほかならぬヒーロー自身なのだ。
彼らは狡猾で、機械的とさえ言えるほどに冷静だ。秩序の維持のためならば個々の命には鼻ッ紙ほどの価値もない
と本気で考えている。そんな連中が作った世の中で反逆を企む異端分子がどのような生活を強いられているのかは
容易に想像がついた。うっかり眠れば寝首を掻かれるような、安らぎのない生活を、いったいどれほど続けてきた
というのだろうか。身体がどれだけ限界でも、人前でうとうとと眠ることさえできない。その習いが骨身に染みて
しまうほどの年月。考えただけで気が遠くなりそうだ。
 いろいろな感情が心をよぎる。感嘆、尊敬、同情…しかしヒーローはそのすべてを忘れて、一言だけ言った。
「…よく眠れたかい?」
207分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:54:52 ID:7KnsDYZf0
「ああ、久しぶりにぐっすりと。…まあドルミナー自体は、実は10秒ぐらいで切れたんだがな」
「…え?」
「まあ、その、なんだ…あんな"お姫様抱っこ"までされたら、さすがに言い出せなくてな」
「…お気遣い、どうも」
「お互い様だ」
 ふっ、と伽耶が笑う。その顔からは、常に付きまとっていた暗い影が薄れたように見えた。
「まあおかげで体調は大分よくなった…次はお前が休め」
「ああ、そうさせて…」
「あ、いや、ちょっと待て。そのまま動くな」
 階段へ向かいかけたところを引き止められて、ヒーローは首だけを伽耶のいる後ろに向けた。
「なんだよ?」
「いや、大したことじゃない。すぐ取るから動くな」
 伽耶がヒーローの背中に手を伸ばし、撫でるようにしてからひょいと何かをつまんだ。イトミミズのような物が
背中からスルスルと引き出される。
「…なんだい、そりゃ」
「夢魔のなりそこないの類だ。疳の虫、ってやつだな。人間に取り憑くが、感情に刺激を与える程度の力しかない。
まあこの程度なら、取り付いたままでもお前ほどの強さなら影響はないんだが、一応な。…あ、もう動いていいぞ」
「へえ…初めて見るなあ」
「実体化し続けるほどの力もないからな。実はどこの世界でも空気中にたくさん漂ってるんだ…見えてないだけで。
…なぜかこの街にはやたらと多いが…ま、理由は言わずもがなだろうな」
 ヒーローも同意するようにうなずく。回復抑制効果といい、ずいぶんと小細工が好きな主催者だ。精神に影響を
与える低級悪魔を使って、殺し合いを加速させようというのだろう。
「まあ、この程度のやつらなら、普通の人間でもそう簡単には憑かれたりはしない。赤ん坊なら別だが…あとは、
よほど疲れてたりとか、心にそうとう深い傷でもない限りは大丈夫だろう」
 言いながら伽耶はくるくるとミミズを巻き取って両の掌で潰した。両手を打った乾いた音が響く。
「…心に、傷?」
 ふと引っかかるものがあり、ヒーローは思わず尋ね返した。
「ああ…ひどいトラウマがあるとか、あとは以前に精神的な攻撃を受けたことがあるとか」
 ぴくりとヒーローの表情が動いたのを、伽耶は目ざとく見つけた。センターで何度もヒーローの活躍は聞かされ
続けてきたため、すぐにピンと来た。ヒーローの宿命の伴侶は、かつて強力な精神攻撃を受けていたはずだ。
「そいつに大量に憑かれると、どうなる?」
「人間不信とか、攻撃性増大とか、まあいろいろだが…大抵はマイナス方面の変化だな。私が見た中で一番悪質な
例では、善人だった男が完全に殺人狂に変化していたが…」
「もし大量に憑かれていた場合、さっきみたいに簡単に治せるのか?」
208分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:55:41 ID:7KnsDYZf0
「おい、少し落ち着け。仮定ばかりで話を進めても仕方がないだろう」
 肩を掴んできたヒーローの両手を振り払いながら、伽耶は強く言った。これまでどんな状況でも常に冷静だった
ヒーローの狼狽ぶりに驚きはしたが、しかし無理もないとも思う。彼には仲間がたくさんいたが、最後の最後まで
本当に信頼できた仲間はたった一人だけだったのだろう。伽耶の心に、共感と羨望と嫉妬が入り混じった、なんと
形容してよいか分からぬ感情がふとよぎる。自分にはその一人すらいない、という寂しさが一番強い気がした。
「私が言ってるのは、最悪の可能性の話だ。なにも起こってない可能性のほうがむしろ高い」
「…あ、ああ、そうだな…済まない、少し…取り乱した」
 ヒーローは視線を落とした。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。彼女のことはとても心配だが、現状、打てる
手はなにひとつないのだ。放送で名が呼ばれていなかった、というだけしか手がかりはない。どこにいるのかさえ
分からない。闇雲に探し回るなどという危険な真似は、とてもじゃないができない。仲間もいるし、拠点もある。
行動方針も固まっているし、展望もある。これに沿って行動していくことが第一、彼女のことは第二に回すべきだ。
 それでいいのか? と心のどこかで声がした。冷静になって、小利口に立ち回って、失うものは少ないだろう…
だがそんなものに価値はあるのか? 何もかも捨ててでも、守るべきものがあるんじゃないのか?
 ヒーローは自分の掌を見つめた。千手観音はその手であらゆる衆生を救うというが、自分には腕は2本しかない。
どちらか片方しか取れないのだとしたら…どちらを取ればいいのだろうか? どちらを取るべきなのだろうか?
「迷うな」
 伽耶が言った。
「ここで、決めろ。私はそれに従おう」
「それは…」
「いいから、決めろ。行くな、などと野暮なことは、部外者の私には言えん。かといって、ここで袂を分かつなど
できるはずもない、そうだろう? ならば私はお前の決定に従うだけだ」
 伽耶が、まっすぐにヒーローを見つめる。
「どちらか選び、決めろ。いままでそうしてきたように」
 まっすぐ見つめながら発せられる力強い言葉。ヒーローは思わず視線を落とし、また、掌を見つめた。剣と銃を
握り続けたせいで、ごつごつとしたタコがある。わずかに力を籠めて拳を作り、また開いた。
 どうすべきかは、ほとんど心の中で決まっていた。それでもまだ迷うのは、自分の心に偽善にも似た甘えがある
からだろう。できることなどなにもないことを、認めたくないのだ。無為だと分かっている行為に没頭し、そして
なにかをした気に浸り、免罪符を得たいのだ。彼女を求め危険を顧みず動き回るという英雄的行動に酔い、彼女を
救えなかったとしてもやるだけやったと諦めがつく。それは彼女のためではなく、己のためではないのか。
 ヒーローはきつく拳を作る。ありったけの力を籠めて、迷いを、握り潰した。顔を上げる。
「…情報がなさすぎる。探しには行けない…ここで、待とう」
「…いいんだな?」
「ああ。決めた。…もう、迷わない」
 心の中で、この街のどこかにいる彼女に、小さく謝った。握りつぶしきれなかった偽善と、押さえきれない不安
と、傍らに彼女がいないことに対する寂しさと狂おしいほどの切なさと、そして押さえきれないほどの後悔の念と。
ヒーローは三たび拳を作り、それらの気持ちを押し込めた。迷わないと決めたばかりではないか。
209分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:56:30 ID:7KnsDYZf0
 ビィーッ! ビィーッ!

 耳をつんざくような、不快な電子音が響いた。GUMPからの通信だ。慌ててホルスターから引き抜き、モニターを
開く。別行動をしているピクシーからの連絡だった。
「なんだ、何があったピクシー!」
 呼びかけつつ、GUMPを操作し、ピクシーのSTATUSを確認した。魔法を短時間に複数回使用したらしい。つまり…
戦闘があったということか?
「大変だよぉ、大変、大変なのぉ!」
「大変なのは分かってる! 何があったんだ!」
「女の子が男の死体を! それでマヤさん撃たれて、ネミッサさん魔法撃って、銃がバンッて、それで、ネミッサ
さんがぁ!」
 さっぱり分からない。が、ほぼ確実に戦闘行為(もしくはそれに類するもの)があったことは明確だ。ネミッサ
という名前は知らないが、おそらく天野舞耶と同一行動を取っている仲魔あたりだろう。
「ピクシー、聞こえてるか?」
「聞こえてるよぉ、ねえ、どうしよう、どうしよう?」
「いいから落ち着け。今、どこにいる?」
「どこぉ? どこって言われてもぉ〜、分かんないよぉ!」
 ピクシーが金切り声を上げた。もともと知恵のある悪魔ではないし、パニック状態も重なっている。
「落ち着くんだ。目印になる店とかでもいいし、どこに行く途中だったかでもいい、なにかないか?」
「あ、ええ〜と、ええ〜と…お、おすし! おすし食べようって言ってた!」
「…お寿司?」
 伽耶が素早く地図を広げ、一点を指差した。平坂区、がってん寿司。カメヤ横丁にある店だ。まさかこんな状況で
営業しているとは思えないが、まあとにかくそういう会話の流れがあったのだろう。
「よし、いいぞ、分かった。よく覚えていたな、偉いぞピクシー」
「え、あ、ありがと、でもそれより、あたし、どうすれば…」
 おろおろとした様子でピクシーが尋ねてくる。自分自身がほとんど役立たずであることを自覚しているのだろう。
確かに、戦力としては役立たずだ。しかし、悪魔と鋏は使いようだ。歴戦の悪魔召喚師の仲魔である以上は、必ず
なんらかの方法で役に立つ。立たせるのが、こっちの腕の見せ所なのだ。
「いいか、ピクシー。1時間ぐらい前に、僕のいるところからそっちに向かった男がいる。そいつは、味方だ」
「え、え、どういうこと?」
「男を捜すんだ。向こうもそっちを探している。もう平坂区の中には入っているはずだ」
「わ、わかった、味方の男を探せばいいんだね?」
「そうだ。真っ赤な服に妙ちきりんな髪型で目立つ男だから、すぐ分かるだろう」
「わ、わかった! ちょっと行ってくる!」
 ぷつり、と通信が切れる。ヒーローはGUMPを閉じた。また一瞬、イヤな考えが頭をよぎる。もし、ほんの些細な
行き違いが原因で起きた闘争だったとしたら? 周防達也をそこに合流させるのは、火種を投げ込むようなマネに
なってしまうかも知れない。
 本当にこれでよかったのか? 目を閉じて考えた。思えばあの日以降、何かを決めては、考え込んでばかりいる
ような気がする。己の決断を後悔したことはないが、しかし違う道もあったような不安さは消しきれない。
210分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:57:37 ID:7KnsDYZf0
「悩むな」
 伽耶が、ヒーローの肩に手を置いて言った。
「悩んで答えが出るなら悩むのもいい。だがそうでないなら、悩むだけ無駄だ。百害あって一利もない」
「でも」
 顔を上げて反論しようとしたヒーローの顔の前に、伽耶は人差し指を立てた右手を突き立てて制止する。
「我々に出来るのは、道を決め、そこを進むことだけだ。道の先になにがあるのかまで気に病んでも仕方ない」
「だからって…」
 また伽耶が手を突き出した。しかし先ほどまでとは少々様子が違う。
「悩みたいなら悩んでもいいが…後回しだ」
 伽耶が素早くデスクの上の鉄パイプとスタンガンを手に取り、視線を窓の外へ向けた。数秒遅れて、ヒーローも
窓の外に蠢く害意を感じ取る。荷物をまとめて背負い、鉄パイプを構え、GUMPのグリップを握った。
 窓の外に人影が見えた。濁った臭気と殺気を漂わせつつ、散漫な動きで周囲を探っている様子が伺える。ゾンビ
に代表される、屍鬼の類の悪魔だろう。ヒーローは軽く舌打ちした。知能が低く邪悪なため仲魔にしづらいうえ、
戦力としても合体材料としてもあまり魅力的な種族ではない。
「面倒だな、どうする?」
 ヒーローは伽耶に話しかける。やりすごすか、倒すか。どちらにせよ大した敵ではない、と思っていた。しかし
伽耶は真剣な表情を少しも緩めず、窓の外を凝視したまま動かない。
「どうもこうもない、隙を見て逃げるぞ」
「…え?」
「分からないのか、あれはゾンビなんて甘いものじゃない」
 言われて初めて、ヒーローは自分の考え違いに気付く。周囲に悪魔の気配がないことはさきほど何度も確かめた。
ゾンビの習性から考えて、縄張りから離れて単独でふらふら歩いてくることは考えにくい。とするならば。
「…くそッ、またネクロマの術か」
 ヒーローは毒づいた。屍体をゾンビとして操る呪術、ネクロマ。それにより蘇った屍体と、既に一度やりあって
いる。あのときは逃げることしかできなかった。今も、戦力的にはあのときと大差はない。
(…どうする…?)
 考えた。圧倒的に不利であったとしても、やり方ひとつで逆転できるということは、ヒーローが今まで経験して
きた戦闘から明らかなのだ。現にこの街に来てからも、諦めずに考え抜くことで何度か危機を免れてきた。
211分岐、選択、決断:2007/07/23(月) 12:58:27 ID:7KnsDYZf0
 考えをまとめる時間は、なかった。窓の外の人影がこちらを向き、手に持った何かを振り上げ、投げつけてきた。
窓が割れる。がちゃん、と機械特有の音を立て、四角い物体が床で跳ねた。
(…電動ドリル?)
 窓を破り侵入してきた物体を、ヒーローはつい反射的に眼で追ってしまう。
「余所見するな、来るぞッ!」
 伽耶が叫ぶ。慌ててヒーローは正面を向いて、GUMPをホルスターから引き抜いた。


【時間:午前10時半】
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:全身に軽症(ほぼ回復) 疲労
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み) 虫のようなもの
道具:マグネタイト7700(ハーピー召喚で消費) 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街
行動方針:伽耶の術を利用し脱出 現状打破

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格、疲労(仮眠により大分回復)
武器:スタンガン 包丁 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 イン・ラケチ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:ザ・ヒーローと共に脱出 現状打破

【反谷孝志(ハンニャ)@ペルソナ2】
状態:ネクロマ状態、記憶が曖昧、シドの服を着ている
武器:なし
道具:盗聴器(存在には気付いていない)
現在地:同上
行動方針:とにかく殺す
212名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 01:15:05 ID:VXvJbpG4O
暗黒ヤング伝説ぅぅぅぅぅ
213天上にて:2007/07/30(月) 01:43:25 ID:4C9cJrOB0
羽音に気付き空を見上げる者がいれば、彼はそこに神の使いの姿を見ただろう。
縫い目の一つもない衣を纏い、背に翼を持つ、美しく穢れのない乙女に似た姿の天使――力天使ヴァーチャー。
その飛翔を見る者があれば、優雅さに感嘆の溜息を洩らしただろう。
しかし街には人の気配はなく、音もなく、空を行く天使に気付く者は誰もなかった。
それは、天使にとっては都合の良いことだった。
主の召集に応えるため急いでいたし、余計な相手に出会って悶着を起こしたくはない。
この周辺の偵察という任務は既に果たした。長居の必要はない。
結局、この夢崎区で出会ったのは男が一人と、死んだ女が一人。
他の人間達はこの近辺にはいないのか、どこかに身を潜めているのか。
いずれにしても、天使には興味のないことだった――はずだ。
天使の務めは主の命を忠実に遂行すること。彼らはただ大いなる意思の代行者であれば良い。
取るに足りない人間に個人的な興味や思い入れを持つことなど有り得ないし、許されはしないのだ。
しかし今、天使はこの街にいるはずの人間達に少なからぬ関心を抱きつつあった。
己の力では太刀打ちできない絶対的な強者により、殺し合いを強制された彼ら。
生き延びる道はただ一つ、自分以外の全てを殺し、勝者となることだ。
即ち出会う者は全て敵、他者を利する行為は自らの首を絞めることに他ならない。
(にも関わらず、あの人間は警告を発した)
取引をしよう、と言った男。
死者の魂と肉体とを弄ぶ者がこの街に存在するならば、死体を燃やすことは確かに彼自身の利になるだろう。
しかし、それが『取引』である必要はあったか?
彼には天使に銃口を突き付け、命が惜しくば魔力を行使するように強いるという選択肢もあったはずだ。
無論、そんな脅迫に屈する気は、天使にはない。
とはいえ人間にそれが見越せたか。見越していたとして、『取引』だけで終わらせる必要はあったか。
天使が何者かの命を受けて動いているということに、あの人間は気付いた。天使も否定しなかった。
何者か、とは即ち彼にとっては敵であるはずだ。
自分以外のあらゆる人間は、この死の遊戯の舞台上では生命を脅かす危険因子なのだ。
それを考えれば、あの人間にとって最良の選択は一つ。
何食わぬ顔で『取引』を終えてから、背を向けた天使を後ろから撃てばいい。極めて合理的な結論だ。
――にも関わらず、彼はそうしなかった。

もう少しで、夢崎区と蓮華台の境。天使はふと振り向いて、静かな街を見下ろした。
動くものはない。生命の息吹も相変わらず感じられない。
人間達は既に皆、この区域を去ったのか。死に絶えてしまったのか。どこかで身を休めているのか。
それを考えるのは己の役目ではないし、己に許されたことでもないと知りつつ、天使は小さく息を洩らした。
214天上にて:2007/07/30(月) 01:44:21 ID:4C9cJrOB0
「どうしたんだい? 溜息なんか吐いちまって」
突然の声に、天使ははっとして振り返る。
そこに見たのは、黒い翼を持つ男。端正な顔に酷薄な笑みを浮かべ、見定めようとする目で天使を見ている。
その漆黒の翼を除けば姿は禍々しくもなく、巨躯でもない。
しかし天使は気圧された。その男の存在感に。その全身から立ち上る巨大な気に。
間違いなく高位の――魔王クラスの悪魔だ。天使は本能でそれを悟る。
「そう身構えないでくれよ。話をしようって言ってるんだぜ」
「……その必要を感じません」
悪魔の誘いに乗る義理などない。天使が発したのは、拒絶の言葉だった。
この街には多くの悪魔が放たれている。しかし、彼らが行き来を許されている場所はごく僅か。
悪魔の領分と決められた場所から外に出るには、訪れた人間と契約を交わすしかない。
今、目の前のこの悪魔は街の上空を自由に飛び回っている。それが意味するところは一つ。
この悪魔は人間と契約している。そして、人間とは即ち、天使にとっては主と敵対する存在だ。
「つまり、お前の飼い主は味方を作らない主義って訳か」
黒翼の悪魔は楽しげに口許を歪めた。この状況を楽しんでいる、好戦的な悪魔だ。
汚らわしい。天使は眉を顰める。
「主に呼ばれています。貴方と話す時間はありません」
このような者とは関わらないに限る。そのまま通り過ぎようと、天使は翼に風を集めた。
――その行く手を塞ぐように、悪魔も翼を開く。
「潔癖なこった。これだから天使様ってのは」
「……っ」
思わず、天使は身を竦める。飄々とした口調こそ崩していないが、悪魔が一瞬見せた眼差しには確かに殺気があった。
彼我の力の差は歴然。この悪魔がその気になれば、ヴァーチャーなどひとたまりもない。
天使にも恐怖の感情はある。それに従い使命を忘れることが許されていないだけだ。
一瞬逃げ出したい欲求に駆られるが、翼を持つ者同士、どこに逃げようと無駄なことだった。
「いいかい。俺は人を探してる」
有無を言わせない口調だった。対話を拒めばどうなるか、悪魔の冷たい目が語っている。
「他の連中には手を出さずに探せって言われてるんだけどな。
空から偵察できるご同輩から話が聞けたら有意義だと思ってね。……それに、そろそろ退屈してきた所だ」
悪魔になら、手を出しても主の意向に背くことにはならないだろう――言外にそう告げているのだ。
応じるしかなかった。天使には、己の主に見聞きしたことを伝える義務がある。
ここで逆らって命を無駄にしては、その使命を果たすこともできない。
215天上にて:2007/07/30(月) 01:44:57 ID:4C9cJrOB0
「……尋ね人、ですか」
「いいぜ、その態度。素直になってくれて何よりだ」
悪魔が揶揄するような笑みを浮かべた。位の高い魔王にしてみれば、中級の天使など玩具も同然だろう。
絶対的な優位性を示し、言葉で辱めることを楽しんでいるのだ。
虫唾が走る。しかし、反抗する術は天使にはなかった。
「……探している相手は」
ごく短く、それだけを問う。早くこの忌むべき悪魔の手から解放されたい一心で。
「女だ。学生服を着てて、長い黒髪。随分といい女らしいぜ」
「見ていませんね」
天使が見た人間はただの二人――主を人間に数えるならば三人。学生服を着ている者はいなかった。
嘘を教えて疑われるようなこともしたくない。それに、欺くという行為は天使の嫌うところでもあった。
「本当に?」
悪魔が問いを重ねる。天使は辟易した。
自分達天使は、魔王のような闇の勢力に属する悪魔どもとは違う。誠実さも、誇りもあるのだ。
「欺くことが必要だとも考えていません」
「本当かい? お前のご主人様にとっちゃ、誰もが敵みたいだけどな」
にやにやと笑いながら、黒翼の悪魔は言った。
確かに、違いない。天使の今の主は、この地に集められた人間の全てを狩り尽くそうとしている。
全ては新しき世界の理の、そしてその主宰には彼女こそが相応しいことを示すため。
天使を唯一なる創り主のしもべから、かつては人間であった一人の被造物のしもべに変えるのに充分な理想。
それを隠したり、取り繕ったりする必要のあるものだとは天使は思っていない。
しかし、それが受け入れられ難いものであることもまた確かだ。敵視を招くことは言うまでもない。
この疑い深い悪魔を、どうすれば納得させられるか。
いつまでも足止めされていたくはない。天使は考えを巡らせる。
「……でしたら何故、私に問おうと思ったのです」
「聞かないよりはマシってもんだ。何か教えてもらえたら儲け物だろ?」
まともな返答を期待したのが間違いだった。天使は溜息を吐く。
「期待していなかったのでしたら、先を急がせて頂きたいものですね」
「嫌だね」
悪魔のその返答に、天使ははっと息を呑む。
不気味なほど冷たい、酷薄な、邪悪さに満ちた声だった。
悪魔の顔からは笑みが消えない。一種無邪気な、新しい玩具を前にした子供にも似た、心底楽しげな笑み。
天使は初めて気付く。期待しないと言いながら、悪魔が天使を立ち去らせなかった意図に。
否が応にもそれを悟ってしまうほど――嗜虐心を剥き出しにして、悪魔は笑っていた。
216天上にて:2007/07/30(月) 01:47:23 ID:4C9cJrOB0
「退屈だって言ったろ。もう少し付き合っていけよ」
悪魔が、天使との距離を縮めた。
逃げられない。この場の状況は、この力ある悪魔が望むようにしか動かないのだ。
天使という種族は、上位者から与えられる状況に対して従順だ。抗っても無駄だと理解するのは早かった。
この悪魔の気が済むまで、機嫌を損ねないよう言いなりになっていればいい。
召集に遅れれば主は咎めるかも知れない。罰として命を取られることも有り得た。
しかし偵察と報告という使命を果たしてから死ぬのであれば、天使はそれでも良かった。
この身を巡る生命力が、主の糧となるならば。
新たなる創世の主の一部となるならば、それは天使にとって大いなる喜びなのだ。
避けねばならないのは、ここで無為に殺されること。
この局面を生き延びるためには傷付けられることも、誇りを踏み躙られることも覚悟しなくてはならない。
「……何が、望みです」
諦めの表情をした天使を見、悪魔はつまらなそうな顔をした。
「人間と交渉するんじゃないんだ。悪魔同士、仲良くやろうじゃないか」
「互いの望むことを知らなくては、信頼関係は築けません」
「それもそうか。――よし」
ふと何かを思い付いたように、悪魔の目が悪戯っぽく輝く。
どうせ碌でもないことを考えているに決まっている。それが多少でもましなものであることを天使は祈った。
「さっきも言ったように、俺は人探しの途中でな。そこでだ……隠し事は止めにしないか?」
「隠し……事?」
「本当は知っているのに、隠してるんじゃないかってことだ」
何を馬鹿なことを、と天使は思う。まだそんな疑いを持っているのか。

――しかしその感想が誤りだったことを、天使は一瞬後に理解した。
視線を俯かせ、再び顔を上げた一瞬の間に、悪魔は触れ合える距離まで天使に近付いていた。
咄嗟に飛び退こうとしたが、それより早く乱暴に胸倉を掴まれる。
悪魔が、嬉しそうににぃっと笑った。
「本当に知らないのかどうか、じっくり聞き出してやるよ」
217天上にて:2007/07/30(月) 01:48:22 ID:4C9cJrOB0
悪魔の長い、爪を鋭く伸ばした指が天使の頬に添えられる。
恐怖と嫌悪感に、天使は身震いした。その反応をも楽しむように、悪魔は更に口の端を歪める。
「なあ、神様の犬は廃業したのかい? 天使が殺し合いに乗るような奴に尻尾を振るとは思わなかったぜ」
「天使は……正しき理に仕えるのです」
「正しき、ねぇ?」
悪魔の指が、天使の肌の上を滑った。鋭利な爪が頬を傷付ける。
血に塗れた爪を見せ付けるようにぺろりと舐めて、悪魔は天使の耳元に唇を寄せた。
「で、だ。その正しいご主人様に恥じないように、何か隠してるなら早めに話してもらおうか」
囁くような声。口調は優しげだが、有無を言わせぬ響きを持っている。
「隠して、など……いません……」
天使の声は屈辱と恐怖に震え、弱々しい吐息が混じる。
この悪魔は天使から何かを聞き出せることなど期待してはいないのだ。
ただ、嬲り者にする口実として主人の命令を使っているに過ぎない。
「慈悲深い天使様としちゃ、俺がその女を見付けたらどうするかご心配かな?
安心しなよ。保護するために探してるんだ、こんなコトはしないから」
今度は天使の首筋に爪が当てられる。天使はまた小さく体を震わせた。
この悪魔の力なら、このまま軽く力を込めるだけで天使の喉を突き破ることができるだろう。
「何を……何を言えば、信じて頂けるのです」
天使の声は懇願に近いものになっていた。その哀れっぽい様子を、悪魔は満足げに眺める。
「何も虐めてやろうって思ってる訳じゃないんだ。素直に話してくれりゃいいんだぜ」
さも可笑しそうに、悪魔は笑い声を上げた。
天使にとってはそれは、この拷問は何を言おうと終わらないという宣告に他ならない。
嘆きの溜息を洩らし、身を竦めたままでいる天使の背を悪魔がそっと撫でる。
「いい子にしてくれりゃ、酷いことはしないぜ?……なぁ、そんなに怯えるなよ」
強く掴んでいた襟元から手を離し、悪魔の腕が天使を抱擁する。
親愛の情を示すためでも、愛撫のためでもない、悪意の込められた抱擁。
背に回された手が、翼の付け根に触れた。
「逃げようなんて思わないでくれよ。満月が近いんでね、気分が昂ぶってるんだ」
強い力で、翼が掴まれる。天使は体を強張らせた。
「あんまり怖がられると、逃げられないようにしてやらなきゃいけなくなっちまう」
「や……止めて下さい、どうか」
翼を掴んだ手に力を込められ、天使は怯えた声を上げた。
闇と混沌に属する悪魔は残虐だ。天使の翼を折り取るくらい、平気でやりかねない。
「貴方の言う通りにします……本当に、私は何も知らないのです」
「――つまんねぇな」
酷く冷淡な声で、悪魔は呟く。
「もっと逆らってくれるのを期待してたんだがな。卑劣だとか汚らわしいとか、天使様お決まりの文句で」
逆らえないように仕向けておいて、勝手にも程がある。
しかし天使には、そう抗議する余裕すらなかった。翼を掴んだ悪魔の手に、更に力が込められる。
体を強張らせたまま、天使は声も出せない。
――骨が軋む、嫌な音がした。
218天上にて:2007/07/30(月) 01:49:11 ID:4C9cJrOB0
翼が後ろに引かれると共に仰け反りそうになる天使を、悪魔の腕が抱きすくめた。
押さえ付けられたまま翼だけに力を加えられ、めりめりと音がし始める。
骨の一部だけを引き千切られようとしているのだ。骨の軋む痛みが、体中に反響する。
限界を超えて引っ張られた背中の皮膚が裂け、焼けるような激痛が走った。
天使は息を詰まらせ、身を捩ろうとする。その体を悪魔はより強い力で押さえ、抵抗を封じた。
体の内側で何かが千切れる音がする。痛覚神経を直に弾かれるように痛みが駆け巡る。
「悲鳴ぐらい上げてみろよ。その綺麗な声でさ」
がくがくと体を痙攣させる天使の耳元で、悪魔はからかうように囁いた。
天使は応えない。いや、応える余裕などなかった。苦痛のあまり声も出ず、息もできない。
囁かれる言葉も、ほとんど耳に入ってはいない。
背骨を伝わって響く音は、めりめりと軋む音からめきめきと壊れる音に変わりつつあった。
最早、自力で宙に浮いているだけの力もない。天使はぐったりと悪魔の腕に身を預け、されるがままになっていた。
一際強い力が翼に掛けられる。骨が引き千切られ、背中が裂ける。熱い血が流れ出したのを感じる。
宙に羽が舞い散った。天使は自らの、その天使たる象徴である翼の片方が体から完全に切り離されたことを感じる。
涙が一筋流れ落ちた。しかし、天使がそれを知覚することはなかった。感覚の全てが痛みに支配されている。
空気を求めて開け放たれたままの口から、声にもならない喘ぎが不規則に洩れる。喉が引き攣る。
体には力が入らず、意思に反して痙攣するばかり。
「脆いもんだ。長く遊ぶには向かねぇな」
悪魔が低く笑い、千切り取った片翼を無造作に投げ捨てた。
羽を散らしながら、天使の翼は風を孕んでゆっくりと地上へ落下してゆく。
「もう少し壊れ難い玩具が欲しいところだが……やりすぎると後が面倒だしな。次の命令でも貰いに行くか」
虚ろに見開いた目で、ぼやけた視界の中に天使は見る。既に興味を失った顔で、悪魔が己を一瞥するのを。
「じゃあな。お前のご主人様ともそのうち遊んでみたいもんだぜ」
悪魔が腕を開いた。解放された天使の力を失った体は、自らの翼の後を追うように墜ちてゆく。
片翼しかなくとも、唯一なる神の加護を受けた天使の体は僅かな浮力を帯びている。
血と羽を舞い散らせながらの、スローモーションが掛かったかのような自由落下。
それを見る者があれば、その美しさにやはり感嘆しただろう。
しかし空を見上げる人の姿は街になく、悪魔は既に背を向けて飛び去っていた。
219天上にて:2007/07/30(月) 01:50:12 ID:4C9cJrOB0
――冷たいアスファルトの上、血溜まりの中に横たわり、天使は呟く。
「栄光を……ち、あき……さ……ま」


<時刻:午前11時半>

【天使ヴァーチャー(千晶の仲魔)】
状態:右の翼が欠損、瀕死
現在地:夢崎区
行動方針:千晶の招集に応じる

【魔王ロキ(朱実の仲魔)】
状態:満月が近いためやや凶暴化
現在地:夢崎区
行動方針:朱実に報告に戻る
220名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 06:57:10 ID:jVvx8OUjO
保守
221名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 19:35:28 ID:xfeXtiIu0
ほしゅ
222名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 12:25:44 ID:VABlqkINO
まとめサイト更新しないのかなぁ
223名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 23:07:17 ID:ZuVvz8Yx0
ほす
224デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/03(月) 01:00:53 ID:c36vqC43O

225名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 00:31:02 ID:5K0gaGEj0
保守
226名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 14:59:59 ID:VTtdkx45O
保守
227名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 09:14:07 ID:w8B+n7lIO
期待を込めて保守上げ
228名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 18:08:43 ID:P5HwblS1O
>>363
ピカチュー大将軍の弟か従兄弟あたりじゃね
んで、トリスタンとラウニィーの情事を見て
くそーラウニィーとズッコンバッコンズッコンバッコンピュピュッピュピューってしてー
って思ってそれを実行しようとしてトリスタンに見つかってランスロットとカノープスとウォーレンと
ミルダスとギルディンとデネブが呼ばれてヴォラックは捕まってしまって地下の拷問室で
毎日毎日肛門にカボチャ入れられたりミルダスとギルディンとの3Pやったりランスロットのロンバルディアで
キンタマ1個取られたりウォーレンの占星術で不吉な予言を毎日聞かされていたぶられて
ヴォラック・カタタマ、ウィンザルフになってしまってゼノビアとかに居れなくなって
復讐してやると思ってローディスに行ってバールゼフォンに「うほっいい男」って言われて
お尻合いになってしまってそのままテンプルコマンドになったんだと思う
229名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 23:44:59 ID:FauzLf/PO
保守
230名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 16:24:05 ID:CpapJ8b5O
まだ〜?
231名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 00:07:46 ID:+sP7zEv/O
保守アゲ
232名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 17:40:35 ID:RvcWv+Jc0
ほしゅ
233仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:13:58 ID:+9bgs8AX0
泣きじゃくるばかりで話せる状態ではないたまきと、同じくパニックに陥りかけている目の前の集団。
レイは双方を見比べ、考える。
あの女性達が殺し合いに乗っているとは思えない。向こうから襲い掛かってきたとは考え難い。
そして地面には男の死体が転がっている。
考えられるのはたまきが死体を見付け、そこに通り掛かった彼女達がたまきを犯人と誤解したという筋。
疑われてパニックになり、思わず撃ってしまった……といったところか。
しかし、たまきは『また殺した』と言った。ということは彼女は前にも、既に人を殺していたのだ。
思えば彼女が突然偵察に行くと言って飛び出したのも不自然だった。
もしかすると、誤解ではないのかも知れない。
(……今考えても、仕方ないわね)
頭を振って、レイは推理を中断する。
事情を聴くのはたまきが落ち着いてからでいい。今はここを離れることだ。
今の状態で出て行けば、相手方も冷静な反応はできないだろう。
ここを離れてたまきを落ち着かせ、彼女を置いて自分独りで交渉に行くのが安全だ。
殺し合いに乗っていないことがわかれば、撃ってしまったことを責められはするかも知れないが、敵視はされまい。
見付かる前に距離を置き、双方が冷静になる時間を稼ぎたい。
「大丈夫。まずはここから離れましょう、落ち着いてから話せばいい」
肩を抱き、言い聞かせるように語り掛ける。たまきが小さく頷いた。
幸いこの界隈の道は入り組んでいる。隠れる場所は豊富だ。
不安要素といえば、空からの偵察ができるピクシーだが――気にしていては動けない。
レイはたまきの手を引き、元来た道を走った。
234仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:15:24 ID:+9bgs8AX0
タヱはただ呆然と、目の前の光景を見守っていた。
男の無残な死体は努めて見ないようにした。直視できる自信がなかった。
ネミッサが言った通り、逃げていった少女が男を殺したのだろうと理解はできる。
そうでなければ、あの動揺ぶりは考えられない。自分が殺したのではないとはっきり否定すればいいのだ。
自分に置き換えて考えてみても、殺していないのだとすればあの少女のような反応はしない。
動揺でまともな返事ができないことはあるかも知れないが、少なくとも否定はする。
この狂気の沙汰に巻き込まれてから、人間の死体を見たのは初めてではない。
一度目は他ならぬ自分が加害者だった。殺すつもりはなかったとはいえ、まだ幼さの残る少女を手に掛けてしまった。
今の少女も、あの死んだ少女と同じ年頃だ。
恐怖に怯え、殺されたくないあまりに殺す側に回ってしまったのだろうか。
その心情を思うと痛ましい。可哀想だと思う。しかし、理解はできなかった。
自分が生き抜くためとはいえ、能動的に他人を殺す、ということを。

「もう……いいよ、大丈夫」
苦しげに顔を歪めつつ、ネミッサが治癒を続ける舞耶を制する。
大丈夫そうには見えないが、治す方の疲労を見て取ってのことだろう。
自分には何もできない。タヱは唇を噛み締める。彼女達には魔法が使えるが、自分はただの人間だ。
報道の力は世の中を動かせるかも知れないが、今この狂気の街で誰かを助ける役になど立たない。
ペンが剣よりも強いなんて嘘だ。この状況で、彼女の武器たるペンはあまりに無力だった。
「平気? 無理しないでね」
「今はこれで充分。……この体はあんまり傷付けたくないんだけどね」
自分の体のことなのに、まるで他人事のようにネミッサが答える。
「ね、ねえ! あたし、ちょっと見て来る」
ピクシーが空中から舞い降り、許可を仰ぐように三人を見上げた。
「こっちに来る人がいるんだって。その人、味方だからって、ヒーローが言ってたの」
そういえばピクシーは元々、ヒーローなる人物の命で舞耶を探していたのだ。
何らかの手段で彼と意思疎通ができるのだろう。
「ピクシーちゃん。さっきの子も探してくれる?」
舞耶が顔を挙げ、問い掛ける。タヱは驚いて顔を挙げ、彼女の顔を見た。
人を殺した、殺そうという意思を持った人物を追う。それが意味する危険を、舞耶もわかっているはずだ。
銃は落としていったものの、少女はまだ武器を持っているかも知れない。舞耶達のように魔法を使うかも知れない。
「うん、わかった。待ってて!」
きらきらと光る燐光を散らして、ピクシーが上空へと舞い上がる。
「……危ないとは思うけど、ね」
タヱの不安の眼差しに気付いたのか、舞耶は彼女に視線を向け、笑ってみせた。
「たまきちゃんは悪い子じゃないわ。それに、怯えてるみたいだった。放っておけないじゃない?」
舞耶は優しい人だ。それをタヱは再び思い知る。
しかし同時に、その優しさが仇になりはしないか、彼女を危険に陥れはしないかと案じずにはいられない。
もし彼女に危険が迫ったら――無力な自分には、何ができるだろう?
235仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:16:59 ID:+9bgs8AX0
達哉は走り続ける。その足取りに迷いはない。
先程の少年を完全に信用した訳ではない。しかし今は、彼の言葉が唯一の手掛かりだった。
このまま走り続ければ舞耶に会える。その希望が彼を走らせていた。
幸い、青葉区から蓮華台を走り抜けるまでの間は誰とも出会わなかった。
スマル市は広い街ではないが、たった数十人が潜むには充分な広さだ。
開けた場所や目立つ施設でなければ、偶然誰かと出くわす確率は高くないだろう。
加えて、土地勘があるというのは彼にとって大きなアドバンテージだ。
警戒して速度を落とす必要はない。大通りや大型店のある道を避け、目立たない道を選んでひたすら走り続ける。
あの少年は、ピクシーが見付けてくれると言っていた。
空を飛べる妖精の目からならば、狭い道を通っていても見過ごされることはない。
平坂区へ向けて足を進め続ければ、確実に舞耶に近付くことができる。
再会してからどうするかなど考えていなかった。ただ、彼女の無事な姿が見たかった。
もう二度と、失いたくはなかった。

スマイル平坂の見慣れた看板が行く手に見え始めた、丁度その頃。
オフィスビルを飛び出してから初めて、達哉は人の姿を見た。
目的地はもう近いはず。そんな気の緩みから、細い路地を通るのを止め通りに出た時だった。
反対方向から走ってくる人影が二つ。一人は学生服、一人はスーツを着た、どちらも女だ。
達哉は足を止める。二人組も彼に気付いたのだろう、少しの距離を残して立ち止まる。
「……驚かせてごめんね。戦う気はないわ」
スーツの女が言い、武器を持っていないことを示すように両手を挙げる。
それが戦意のないことの証明にはならないのは言うまでもない。丸腰だろうとペルソナは発動できる。
警戒は解かないまま、達哉も彼女に倣い、両手を挙げて形だけの平和的な姿勢を示した。
学生服の少女はスーツの女の腕に縋って、俯いたままこちらを見ようともしない。
「追われているのか?」
二人の背後に目を遣り、問う。走ってきたからには急ぐ理由があったはず。
となると第一に考えられるのが、誰かに追われているという状況。
彼女達が来た方向はまさに達哉が目指す、舞耶がいるはずの方向だ。
そこで何か起こったか、危険な存在がいるか――いずれにせよ、逃げなくてはならない状況になっているとしたら。
時間は無駄にできない。一刻も早く事情を把握し、舞耶を助けに向かわなくては。
「少し違うけど、今はこの場を……」
「みーつけた!」
スーツの女の返答を、上から聞こえた甲高い声が遮った。
達哉と女が同時に空を見上げる。そこには予想した通りの姿があった。
「ピクシー! お前か、あいつの仲魔の」
「良かった! あんたがヒーローが言ってた味方ね!」
どうやらあの少年が達哉を味方と認識しているのは本当らしい。
そして、ピクシーがここにいるということは舞耶も近くにいるはずだ。
彼女の姿を探し、周囲に視線を巡らせた時。
突然、スーツの女の腕を振り払って制服の少女が駆け出した。
「待って!」
女にとってもそれは予想外だったようで、制止の声を上げるが、少女は立ち止まらない。
様子が変だ。少女はピクシーに気付いて逃げ出したように思えた。
達哉は妖精を見上げる。少女の逃走に一瞬遅れて気付いたらしいピクシーが、慌てた声を上げた。
「あの子! あの子がネミッサさんと舞耶さんを撃ったの!」
236仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:18:32 ID:+9bgs8AX0
舞耶を、あの少女が、撃った。
一瞬、達哉の脳裏に最悪のシナリオが描かれる。
この二人は舞耶達一行を襲い、襲撃現場を離れようと急いでいたのだろうか。
だからこそピクシーに見付かり、逃げようとしたのではないか。
撃とうとした、ではない。『撃った』のだ。舞耶は既に彼女に撃たれた。
傷付いたのだろうか。それとも、まさか――

「――ペルソナ!」

それは、半ば無意識での判断だった。
逃げようとした少女を敵と認識した達哉の心の内の炎が、一瞬にして激しく燃え上がったのだ。
自らの内なる悪魔を、その力を、解放することに彼は慣れすぎていた。
爆発しそうな敵意の衝動を抑え込むという選択肢を、その一瞬、彼は忘れていた。
声に呼応し、達哉に重なるように太陽神のビジョンが浮かび上がる。
「待って、やめなさい!」
ペルソナが見えるのか、それとも只ならぬ気配を感じたのか、スーツの女が叫ぶ。
しかし、解放された力は止まらない。
この女は、舞耶を撃った少女の仲間なのだ。どうして耳を貸す必要があろうか。
炎の渦が巻き起こり、異変に気付いて振り向いた少女に向けて一直線に放たれ――その体を呑み込んだ。

「いやあああああああああああああああ!?」
炎に包まれて少女が悲鳴を上げる。
それを見ながら、達哉は呆然としていた。
振り向いた顔を見て、叫んだ声を聞いて、彼は信じられない事実に気付いた。気付いてしまった。
「たまきちゃん!」
スーツの女が叫んで駆け寄る。呼ばれた名前は、間違いなく達哉自身も知っている名だった。
彼は初めて思う。もしかしたら自分は、取り返しの付かないことをしてしまったのかも知れない、と。
237仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:20:03 ID:+9bgs8AX0
悲鳴が聞こえたのは、ピクシーが飛び去って数分も経たない内だった。
タヱはびくりと身を震わせて、傍らの二人を見る。二人とも緊張した表情で、声の方向を見遣っていた。
「今の声、たまきちゃん……?」
「只事じゃないね……これは」
ネミッサが立ち上がろうとする。慌てて、タヱは彼女に肩を貸した。
尋常でない悲鳴だった。まるで――断末魔だ。
男の死体を引きずっていて、舞耶とネミッサを撃ったあの少女は紛れもなく加害者だったはず。
それが何故あんな悲鳴を上げる状況になったのかはさっぱり予想が付かない。
ただ、何か恐ろしいことが起こったのは間違いなかった。
たまきという名であるらしい少女を心配している舞耶はもとより、ネミッサもこの様子だと状況を確かめに行く気だ。
ならば、一緒に行くしかない。
重傷を負っているネミッサを連れて行くのは心配だが、ここに置いていくのも危険なのだ。
それに、舞耶を独りで行かせるのもやはり危険だし、無力な自分が独り残るのも考えたくなかった。
三人一緒に行動するのが、今は最も安全だ。そう自らに言い聞かせ、震える足に力を込める。
舞耶が先に走り、タヱはネミッサを支えながら後に続いた。

最初に気付いたのは煙、次に感じたのは何かが焦げる嫌な匂いだった。
その正体は通りに出るとすぐにわかった。道の真ん中に大きな塊が横たわり、その傍らに女性が膝をついていた。
女性は塊に向かって必死で語り掛けている。
ぴくりとも動かないその塊が何であるかは、確かめるまでもなかった。直視できずタヱは目を逸らす。
二人を見下ろすように、ピクシーがおろおろと上空を飛び回っていた。
そしてその向こうには、一人の少年が立っている。
「た……」
呼び掛けようとした舞耶が、凍り付いたように動きを止めた。
「――舞耶姉」
少年が覚束ない足取りで近付く。舞耶は彼を見、地面に横たわる塊を見て、逃げるように一歩後ずさる。
「舞耶姉、俺は」
「あなたが……やったの」
少年は答えなかった。無表情のまま、彼はただ立ち尽くしていた。
「――そう、そうよ、この子が舞耶さんとネミッサさんを撃ったって言ったら、その人が、炎を……」
やっと言葉を話すことを思い出したかのように、ピクシーが早口で喋り始める。
炎。その言葉を聞いて、努めて意識すまいとしていた状況が嫌でも頭に入ってくる。
地面の上で動かない塊、焦げ臭い匂いと煙を上げ続けているそれは、あの少女の成れの果てで。
生きた人間に火を放つなどという恐ろしいことをやってのけたのが、目の前の、この少年なのだ。

「――人殺し!」
耐え切れなくなり、ついに、タヱは叫んだ。
人を殺したというのなら自分も同じ穴の狢だ。しかし、少なくとも殺すつもりではなかった。
対して、火を放つというのは殺意なしには行えない残酷極まりない所業だ。
全身が震えた。どうにかして恐怖を紛らわさねば、気を失ってしまいそうだった。
だから彼女は、叫ぶしかなかったのだ。
声を発さなければ、胸の内に篭もった恐怖心が反響を続けて、際限なく膨らんでしまいそうだったから。
238仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:21:34 ID:+9bgs8AX0
拒絶された――舞耶が後ずさるのを見て、達哉が感じたのはそういうことだった。
彼とて好意や見返りが欲しくて彼女を助けようとしていた訳ではない。
しかし、舞耶の自分を見る目に達哉は打ちのめされた。
一時の激情に任せ、敵ではなかったかも知れない人を手に掛けてしまった。
だがそれも、彼女が舞耶に危害を加えたと聞いたからこそだ。舞耶のためだったのだ。
取り返しの付かない過ちを犯してしまったことに薄々気付きつつ、彼は現実を受け入れられずにいた。
舞耶には、大丈夫だと言ってほしかったのだ。
決定的に間違ってしまった自分を、せめて彼女は否定しないでいてくれるのではないかと期待したのだ。
なのに、舞耶は恐ろしいものを見る目でこちらを見ている。疑っている。
この場に、彼の味方は誰一人いなかった。

「――人殺し!」
舞耶の後ろにいた女が、悲鳴のような叫びを上げた。
否定はできない。今こうして、たまきを殺してしまった。その前にも一人の男を殺した。
先の少年に捕まる前に出会った少女のことも殺そうとした。自分は紛れもない人殺しだ。
もっと早く舞耶と再会できていれば、こんなことにはならなかったのに。
いや、ピクシーの言葉が嘘でないのなら、たまきが舞耶を撃ったのは事実ではないのか?
だとしたら彼女のせいなのではないか?
撃ったというのが何かの誤解だとしても、逃げ出したりしなければ良かったのではないか?
そもそも、このタイミングで自分と彼女が出会ってしまったのが間違いの元だったのではないか?
達哉は運命の理不尽さを呪う。
顔見知りの自分に対して誤解を解こうともせず逃げ出したたまきが、やはり悪かったのではないかと思う。
敵意を煽るような言い方をしておいて、今度は達哉を加害者のように言うピクシーに怒りを覚える。
事実とはいえ、訳も知らず人殺し呼ばわりする女にも――拒絶した舞耶にも。
世界の全てが理不尽で、自分を拒絶しているように思えた。
「そうだ……」
悲しいはずなのに可笑しくて、小さく笑いが洩れた。
笑うしかない。こんな馬鹿な状況。舞耶を助けるために必死にここまで来たのに、何て様だ。
これでは自分は、道化ではないか。
「俺は……人殺しだ」
そうだ、今までは舞耶のためと自らに言い聞かせて目を逸らしてきただけで、最初からそうだったではないか。
誰もがそうとしか見ないのならば、自分は人殺し以外の何者でもないのだろう。
それが、今の自分に与えられている役割――『ペルソナ』なのだ。
だったら、その役を果たせばいい。
肯定されなくてもいい。拒絶されてもいい。舞耶を生き残らせるために、人殺しらしくやればいい。
――そういえば、ジョーカーも道化という意味だったな。
そんなことを思い出したらますます可笑しくなって、達哉は口の端を少し吊り上げた。
239仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:22:43 ID:+9bgs8AX0
「達哉……君」
理解できなかった。彼の様子は明らかにおかしかったが、その理由は舞耶にはわからなかった。
状況から考えて、たまきを攻撃したのは達哉しかいない。ピクシーもそう言っている。
が、達哉もたまきのことは知っているはずだし、舞耶達を撃ったという理由だけで問答無用で殺すだろうか?
彼らの間に充分な話し合いを持つ時間があったとは思えない。ろくに事情も聞かず攻撃したのだろう。
しかし、どうして達哉がそんなことを?
自分は人殺しだなどと言い、暗い笑みを浮かべる目の前の達哉は――本当に、舞耶の知っている達哉なのだろうか?
「タヱ、逃げて!」
ネミッサが短く告げて、タヱの腕を振り解く。
「で、でも」
「……ネミッサちゃんの言う通り、タヱちゃんは逃げた方がいいわ」
二人のやり取りに、舞耶は現実に引き戻される。
達哉とたまきの間に何があったか、達哉がどうしてしまったのかを考えるのは後でいい。
それより今は、危機を脱しなければいけない。
――笑みを浮かべた達哉の背後には、力あるペルソナ、アポロの姿が浮かんで見えていた。
彼がその力を行使するつもりであることは想像に難くない。恐らく、たまきに対してそうしたように。
これ以上取り返しの付かないことになる前に、とにかく彼を止めなければならない。
互いに無傷で、というのは期待できそうになかった。戦闘能力のないタヱを巻き込みたくはない。
「達哉君を止めて、すぐ追い着くから。大丈夫。ポジティブシンキング、よ」
「ピクシー! あんたも危ないから離れてて!」
「わ、わかった!」
危険を逃れるように、ピクシーが一際高く空中へ舞い上がる。
それを躊躇う視線で見上げ、少し迷ってからタヱは消え入りそうに小さく頷いた。
「ごめん、なさい……私が、変なこと言ったせいかも……知れないのに」
「気にしないの。ちょっと気合入れてあげれば正気に戻るよ、あいつだって」
ネミッサが笑って、タヱの背中をはたく。
そんなに簡単ではないことは彼女にもわかっているはずだ。それでも、笑ってくれている。
これ以上仲間を傷付けさせたくはない。守らなくては。舞耶の決意は強まる。

「ほら! やる気なら掛かって来なよ、炎ぐらい弾き返してやるから!」
ネミッサが仁王立ちして煽ると同時に、タヱは走り出す。
達哉の視線が彼女に向けられる。身を呈してでも阻まねばと飛び出し掛けた、その時。
からん、と小さな音がして、舞耶はその音に注意を奪われる。達哉も一瞬、音に気を取られたようだった。
その間にタヱの小柄な姿は路地の間に消え、舞耶はほっと胸を撫で下ろす。
魔法とはいえ視界の外には届かない。これで、タヱが巻き込まれる危険は避けられた。

救いの主となった音がどこから聞こえたか、その方向に目を遣り、舞耶は息を呑む。
タヱの担いだザックから零れ落ちたのだろう、アスファルトの上に落ちていたのは――あのジッポライターだった。
240仮面の下の悪魔 ◆8CR1HkMwpk :2007/10/23(火) 14:23:46 ID:+9bgs8AX0
【時刻:午前10時半】

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態:魔法使用と睡眠不足で少しだけ疲労  脚の傷は回復
防具:百七捨八式鉄耳
道具:脇見の壷、食料品少し
現在地:平坂区のスマイル平坂
基本行動方針:できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標:達哉を止める

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態:腹に銃撃を受け失血(魔法である程度回復したが安静が必要)
武器:MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具:液化チッ素ボンベ、食料品少し
現在地:同上
基本行動指針:仲間を集めて、主催者を〆る。
      ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標:達哉に気合を入れる

【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態:魔法使用により少し疲労
現在地:同上
基本行動方針:ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る

【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態:脇腹負傷(出血は無し) 精神的に極めて不安定
武器:なし
道具:チューインソウル 宝玉
ペルソナ:アポロ
現在地:同上
基本行動方針:舞耶を守る
現在の目標:舞耶以外の参加者を殺す
※たまきが死んだと思っています

【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態:CLOSE
武器:プラズマソード(手には持っていない)
道具:不明
現在地:同上
基本行動方針:CLOSE状態の回復、キョウジとの合流、仲間を探す
現在の目標:たまきを助ける

【内田たまき(真女神転生if…)】
状態:PANIC 全身火傷、重傷(意識の有無は不明)
武器:なし
道具:封魔管
現在地:同上
基本行動方針:身を守りつつ仲間を探す

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:強い恐怖
武器:MP‐444
道具:参加者の思い出の品々(ジッポは落とした) 傷薬 ディスストーン ディスポイズン、食料品少し
現在地:スマイル平坂前から離れようと移動
基本行動方針:この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
      仲間と脱出を目指す。
現在の目標:この場から逃げる
241名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 00:40:30 ID:/Wg7hWpdO
神キター!!
242名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 01:05:30 ID:k4TVrKYhO
たっちゃん…これじゃ余りに不憫だよ。
摩耶は何があってもたっちゃんを信じてやれよ。
243名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 18:28:00 ID:Ko6vo9KGO
ほしゅアゲ
244名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 05:34:23 ID:hg7GtfLt0
新作来てたのか!乙!

ピクシーが煽っちゃってる感じになってるな…さすが悪魔というか…
達哉は罰世界に移行する瞬間という一番精神的に不安定そうな所からきてるからなあ
リサが死んじゃったし
たまきはガーディアン憑いてるし回復魔法できる人もいるから助からなくもないだろうが、
達哉をどうにかせんと余裕がないだろうな
245名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 03:41:39 ID:qwxFNL4IO
摩耶は罰クリア後から来てるってことでおk?
246名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/12(月) 23:20:12 ID:BfSanPN7O
保守
247名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 21:57:24 ID:DBID4+D+O

248名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 23:12:10 ID:MtEK82wdO
まけないで
249名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 21:51:18 ID:JyEf9qvp0
ほしゅ
250名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 02:20:24 ID:R28YmtxxO
流石に保守
251名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 14:50:05 ID:KenFN3NVO
252名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 17:19:18 ID:nzxjTUsV0
年明け保守あげ
253名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/15(火) 20:26:10 ID:N0+ZI7+RO
保守
254死の魅力と生きる苦痛:2008/01/18(金) 19:47:49 ID:aSRlanZQ0
「氷川様・・・傷の具合と疲労の程は如何でしょうか?」
「大分良くなってきた。こうして落ち着けるのもお前の護衛あってこそだ。
実に頼もしい限りだよサマエル・・・」
氷川は表情を少し和らげながらサマエルの功労を労い、悪魔は主の言葉を素直に喜んだ。
先の戦闘での負傷とスクカジャの反動による疲労も全快へと至った。
しかし氷川は時計に目を通し顔にしわを寄せ顔を歪ませる。
スクカジャの反動が沈静するのに大幅な時間を要した為に現在11時半、
つまり彼の狩りの許された残り時間は30分しかないのだ。

「全くなんという勿体無き事だ・・・・・・しかし致し方あるまい。いや寧ろ良かった方だ。
あれだけ荒稼ぎをしてた最中にデカジャを使う悪魔も見当たらなかったしな。」
最初の悪魔を始末した後、氷川は余り遠くへは行かず魔女等の場所に通じる会談付近で
悪魔の探索、及び狩りに勤しんでいた。万が一の事態にオセの待機するロビーへの逃走経路から遠ざからない為だ。
その行為を繰り返す内にMAGも溜まり、サマエルを召喚してからは奥の方へと向かった。
それが調子に乗ってしまったのか強力な戦力に頼る安心感から慎重さに欠いた行動を起こしていた。
その結果として腕の負傷を犯してしまったのだろう。退き所を見誤ったのだ。

「氷川様、先程の貴方様は以前の姿勢と大幅に異なっております。嘗ての冷静さと慎重さはどうしたのです?」
サマエルが不安と心配を交えて氷川に発する。まさか主がそこらにいる凡人に成り下がったのか。
悪魔の脳裏に良からぬ想像を抱く。あれほど優れた主の落ちた姿など見たくもない。
「フフフ・・・私も自分がどうしたのかよくわからんのだよ。
オセの前で嘗て失った信念を取り戻し、以前の私に帰った・・・気がしていたんだが・・・ね。」
氷川は苦笑を浮かべながらサマエルに語りだす。信念こそ取り戻したものの、まだ自身の完全ではないのだと。
全くといって良いほどに思いあたりが・・・そう言えば人修羅に敗れた時にあったあの気分、感覚、感情・・・

人修羅に敗れた時、その空間は静けさに包まれた。それは自身の死を迎えにきた、静寂の理念とは似て非なる虚無。
彼はあろうことか偽りの静寂に安らぎを覚えていたのだ。静寂に似た虚無・・・死の魅力に・・・
敗北した氷川に理想達成への可能性は潰え、当初の理想さえ尽き果てその心は自暴自棄と化していた。
その弱った心に付け込まれ、彼は選択したのだ。虚無という死の安息を。
終わりゆく中、彼は思った。ああ、遂に来たのだ 静寂が
偽りなれど満たされてしまった、我が心に・・・・・・

シジマの世界は個を無くした世界。故に自分の才能、能力、信念、性格は無用の長物。
氷川は新世界創造の到来と共に今までの自身を捨てたかったのだ。
不毛の歴史の世界で汚れ、歪み、疲れ果てた自分を。
虚無に包まれた時、彼は今までの自分を形作った全てを失い、ただの人となったのだ。

「フフフ・・・よもや虚無に抱かれ、その幻想に踊らされ、嘗ての私を忘れるとは愚かな己だ。」
自分を非難しフウ、とため息をつく。
「完全な私を取り戻すには、敵を切り裂き血で汚れ続けた果ての錆びた剣の様にならなくては・・・
・・・生きる苦痛をこの身に再び染み込ませねば・・・な。」
氷川の顔に影が落ちた。
255死の魅力と生きる苦痛:2008/01/18(金) 19:54:38 ID:aSRlanZQ0
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:完治
装備:オセの魔剣 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計
所持品:傷薬×10 魔石×3 4000MAG 
仲魔: 邪神サマエル
現在地:スマルTV二階控え室
行動方針:悪魔狩り 12時ごろに魔女等と再開

もしかしたらこのまま続けるかもしれませんのでその時にまた・・・
256か弱き戦力:2008/01/18(金) 21:05:52 ID:aSRlanZQ0
再度決意を固め、控え室を出ていった。
「あと25分ほどか・・・あと10分程度は狩りを続けよう。」
「氷川様・・・ご無理はなさらずに・・・・」
「分かっている。もうなるべく無理はしないでおくよ。」
先程の結果を再現させぬ為にも氷川は自分の負傷していた腕を見つめ戒めた。

「氷川様・・・! 前方より何かが来ます!」
「早速か。戒めを忘れずに戦えるといいものだな。」
お互い構えを強め、到来する敵を待ち受けた。が、彼らの目にしたものは・・・

「死ネ! 死ネ死ネ死ネ! ゾジデソド死肉ヲオデニ提供ォォォォォ!」
「早くしなさい! 食われるわよ!」
「アンタみたいなイケてないヤツになんか食われませんヨーだ!」
マッドガッサーに追われるピクシーとカハクが必死こいて逃げている。
余りの必死さとマッドガッサーの方に顔を向けてるため、我々の存在に気づいてないようだ。
・・・こちらに気づいた様だ。ピクシー、カハクは驚いた表情で荒げた口調で喋り出す。
「ギャーさっきのものっそ強人間! 殺されるゥゥゥー!
「挟み撃ち・・・・・・私の生涯・・・終わった・・・」
彼女達は腰が抜けたのかヘナヘナと地にへたり込み泣き出した。

「サマエル・・・・・・やれ」
サマエルは氷川の指示を受けた瞬間、体を回転させながら突進してゆき
マッドガッサーの胴体を一瞬でバラバラにした。氷川はその残骸に近づきMAGの回収を終えると
足元にいる悪魔達に目をむけた。彼女等は酷く怯えていっそう泣き出した。
「ワーン私達この人に殺されるんだわ!」
「酷いわ!こんな終わり方なんて理不尽よアーン!」
・・・五月蝿い・・・幼女は五月蝿くて敵わないな。
どうしてこんなのを可愛いと思えるのだろうか。弱くて我侭で五月蝿いこれが・・・
氷川は素直にこう思った。取り敢えず泣き止ます必要があるので私はこう言ってやった。

「・・・私は君達の命を消すつもりはないんだよ。だから泣き止んでくれないかな?」
その一言に悪魔達の震えは止まり、涙一杯の顔も少しはみれるものになった。
「え? 殺さないの?」
「ああ殺さんよ。それよりもどうだね? 私の仲魔になってみないか?」
自分達を殺そうとしてた―一方的な思い違いだが――人物の申し出に暫く黙った。
そうすると男は話を進めてきた。サマエルが横で驚愕している。
「私はね。今、とっても困っているんだ。情報もないし戦力も少ないし手持ちも余り豊かとは言えない。
だから私は君達が何を知ってるのか知りたいんだよ。しかしここでそれを聞く時間もないのだ。
そこで私の仲魔になって話を聞かせてはくれないだろうか?」

ピクシー、カハクなどと低級な悪魔を使役する!? 氷川様が!?
あの氷川様がこんな雑魚悪魔を使役する!? 使役・・・使役・・・使役・・・
頭の中でパニックを起こすサマエル。幾ら情報と戦力が欲しいとは言え
あの氷川がカハクやピクシーを使役する光景が衝撃的だった。
想像さえもしたことのないサマエルには無理からぬことである。
そんなサマエルの心情とは無縁に彼女等は自分の意見を言い出した。

「うん!いいわ! なってあーげる♪ 命も助けて貰ったからタダでなったげる!」
「アタシもさんせーい! あんたイケてるし強いから文句なしよ。こっちからお願いしたいくらいだもの!」
「そうか・・・ありがとう。感謝するよ。」
氷川がお礼の言葉を言う。サマエル、ますます唖然、呆然に尽くす。
「どうしたサマエル? 行くぞ。そろそろ彼女達と会う時間だ。」
「ハッ!お待ちください氷川様!」
257か弱き戦力:2008/01/18(金) 21:06:49 ID:aSRlanZQ0
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:正常
装備:オセの魔剣 鉄骨の防具
所持品:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計 傷薬×10 魔石×3 4000MAG 
仲魔: 邪神サマエル 地霊カハク 妖精ピクシー

現在地:スマルTV二階通路
行動方針:魔女と合流

今度こそ終わりです。久々なので色々見落としてる点もあるかも知れません。
その時は修正します。
258名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 14:07:12 ID:v1LA+ah7O
乙!!
259名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 12:56:05 ID:2Z9tDtXkO
職人期待age
260名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 00:18:14 ID:S4NMpwrv0
帆酒
261名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 15:14:46 ID:Vo20Ca5GO
モミアゲ保守
262名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 01:17:09 ID:rsip2ZHHO
保守
263名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 02:13:53 ID:mQhlkrDxO
こっちも保守
264名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 04:30:42 ID:TYjRiEp2O
何これ?すげぇ続きが気になるw
265名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 23:56:06 ID:J6j4Eh5X0
if男主がやたら外道なのはカーンかなんかのせい?
266名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 04:44:45 ID:RkC5iBrCO
こっちも保守だ
267An Encounter〜遭遇と交渉 1/11:2008/04/06(日) 10:04:49 ID:SOY4KT710
 いつごろからか記憶はなかったが、しかし思い出す気もなかった。暖かく甘い痺れが彼女の頭の中を覆うのが
はっきりと感じられた。優しく力強い安らぎの波に、身体が、意識が、飲み込まれていきそうになる。
 ――いけない!
 抗いがたきに抗い、ガクン、と姿勢が崩れた。その衝撃で、彼女は覚醒する。今いる建物の彩り鮮やかながら
無機質な内装が目にまぶしい。差し込む日光が、疲れた体を包み込むように暖めていた。
 しばらく腰を下ろして、考え事をするだけのつもりだったのに、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。
数秒かかってそのことに気づいて、彼女は愕然とした。死んでいてもおかしくなかった。そう考えると冷や汗が
出る。大剣を持った豹頭の悪魔――ご丁寧に「我が名は堕天使オセ」と自己紹介をしてくれた――が見張りを
していなかったら、参加者、あるいは野良悪魔にさえ襲われる危険性があったのだ。
「どうした、悪い夢でも見たか?」
 件のオセがからかい半分の口調で話しかけてくる。主たる男には慇懃な口調を崩さぬくせに、他に対しては
尊大だ。契約に忠実なのは悪魔の習性であるが、この悪魔は特にその傾向が強いらしい。
「……悪夢のほうがマシだわ、この現実よりよっぽどね」
 皮肉で返した。手負いの仲間を守るべき自分が、敵であるはずの悪魔に守られて。お情けに近いような条件で
共闘を申し付けられて。まったくもって最悪だ。
「ハッ。上手いことを言う」
 オセが鷹揚に笑う。豹にも表情筋はあるのだろうか、それとも悪魔ゆえにできる技なのか。そんなどうでも
いいことが頭をよぎり、彼女を首を振ってそれを追い出した。
「顔でも洗ってきたらどうだ、幸いここは電気も水道も生きている」
「お気遣いありがとう。そうさせてもらうわ」
 答えて、立ち上がる。不自然な姿勢を強要されていた腰の筋肉がきしむ。このことにも彼女は愕然とする。
こんなになるまで長い時間座っていたつもりはなかった。短時間に魔法を連発したことで確かに疲労はしていた
が、これほどまでという自覚もなかった。無自覚なままでいたら……と、ついまた考えてしまい、冷や汗を流す。
(魔女は心配性だなァ)
 少年の声が脳裏をよぎる。荒廃した東京で、闇に満ちた魔界で、考え込んでは暗い顔をしていた彼女のことを
いつも明るく笑い飛ばしては、不安を追い払ってくれたものだ。その明るさに感謝しつつも、それを悟られるのが
恥ずかしくて、彼女はいつも仏頂面でこう答えるのが常だった。
「君が楽天的すぎるんだ」
268An Encounter〜遭遇と交渉 2/11:2008/04/06(日) 10:06:02 ID:SOY4KT710
「……なにか言ったか?」
 オセが振り返りながら聞いてきた。
「……なんでもないわ」
 冷たく言い放ち、彼女はトイレへと向かうべくロビーを横切ろうと進む。
「……おい」
 オセが不機嫌そうに声をかけてきた。
「……なに?」
「俺を信用しろとは言わん。だが敵に対するような警戒を抱くのはやめろ」
 剣を杖のように地面に突き立ててオセが言う。双眸が鋭く光った。
「俺とて悪魔のはしくれ。主の命令とあらばお前に一時的に従うことにいささかの不満もない」
 まるで演説をぶつように弁ずるオセを見て、彼女は思わず噴きだした。
「なにがおかしい?」
「……あなたのことは信用してるわよ。嘘がつけない性格らしいし」
 うろたえるオセに彼女は答える。オセは口ではああは言っているものの、一時的に、を強調しているあたり、
不満たらたらなのが明らかだ。そういう腹芸が得意なタイプではないらしい。
「でもね、あなたの主のことはまだ信用できない。つまりそういうことよ」
 考えてみればあいつは共闘の申し出をしてきたくせに自己紹介もしなかった。オセが呼んでいたから辛うじて
名前が氷川であることが分かったが、それ以上のことを何一つ明かしていないのだ。MAGと即席の武器を気前よく
置いていきはしたが、これとてそのへんで現地調達したものであろう。彼の個人情報にはまったく直結しないし、
推理するにも、悪魔召喚術に精通しており、こういう場にいささか慣れている、という程度しか読み取れない。
これが意識的なのか無意識的なのかは分からないが、どちらにせよ氷川のほうでもこちらをそれほど信用はして
いないということになる。そんな相手を無条件に信用できるほど彼女はお人よしではなかった。
 オセは仏頂面で黙り込んだ。豹頭のくせに意外と感情表現が豊かだ。オルトロスを思い出す。いかにもケモノな
外見に口調ながら、なかなか感情豊かな奴だったので、からかって遊んだものだ。無定の"力"が人間の想像により
悪魔としての性格を付与されるならば、悪魔が人間以上に人間くさくなるのも当然なのかもしれない。
「……なにがおかしい?」
 またオセが不機嫌そうにたずねる。その声で、彼女は自分が笑っていたことに初めて気づいた。
「……なんでもないわよ」
 彼女は先ほどと同じように答える。しかしその口調からは、少しだけ棘が抜け落ちたようだった。
269An Encounter〜遭遇と交渉 3/11:2008/04/06(日) 10:06:42 ID:SOY4KT710
 トイレへ行き、顔を洗い、ついでにタオルを拝借して体を拭った。直射日光の当たるところで寝入ってしまった
ため、全身に不快な汗をかいている。日差しがそれほど強くなくてよかった。うっかり油断でこんがり日焼けして
痛みで戦いに集中できない、なんて、笑い話にもならない。
 身支度を整えタオル2枚をとり、少し考えてから洗剤を手に取った。蓋を開けてニオイをかぐ。強烈にすっぱい
ニオイがする。毒ガス、と思ったが、さすがに実用性がなさ過ぎるだろう。とはいえ目潰しぐらいにはなりそうだ
……悪魔に通用するとは思えないが。とりあえずそっと懐に忍ばせ、タオルをぬらしてよく絞ってから外に出た。
「……遅い」
 トイレから出てきた彼女を見て、オセがつぶやいた。
「あら失礼。でも女の身支度にしては早かったほうよ」
「そのことではない」
 彼女のおどけた答えを一言で切り捨て、オセは眉をひそめて壁掛け時計を指差す。
「氷川様が上に行かれてから3時間あまり経つ」
 心配そうな口調で言う。その時間経過に彼女は驚いた。かれこれ2時間ぐらいは寝て過ごしてしまったわけだ。
ついこの間まで戦闘に次ぐ戦闘の日々を送ってきていた。もっと大量の敵にもっと大量の魔法を浴びせてもこんな
失態をしたことはないし、徹夜で戦い続けたことだってあった。それがこの体たらくというのは、彼女の腕がここ
数日で急速に鈍ったのでない限り、回復魔法だけでなく魔法全体の使用に制約が掛かっていると推測できた。
 軽く舌打ちして、指を首に這わせた。探ろうとせずともぴたりと刻印に指先が当たる。
 ――原因はこれかしら?
 触った限りそれほどの呪法ではないように思えるのだが、自分の未知の方式でつけられた超強力なものなのかも
しれない。軽く弄ってみる。特になにも感じなかった。魔力を流してみようか。思ったが、さすがに危険すぎた。
何もせずそっと指を離す。やはり特になにも変化はない。呪いなどかかっていないようにさえ思えた。
「氷川様は『2〜3時間待て』とおっしゃった。その時間は過ぎようとしている」
「……ちょっと興が乗って時間オーバーしてるだけじゃないの?」
 オセが再び言った言葉に、彼女は考えを横道にそらしたまま生返事をした。オセの表情がみるみる曇る。
「氷川様はそのような無計画な行動とは対極におられるお方だ。何か問題があったに違いない」
「なにかって、例えば?」
 その問いに、オセは少し考えるふうな表情をして、突然なにかをひらめいたようにニヤリと笑う。
「……おっと、その手には乗らんぞ。俺を通じて氷川様の情報を集めようというのだろう? 俺の答えによって、
どのような仲魔がいるかなどが推測できる材料を得られると思ったのだろうが、そうはいかん」
 と得意げに語りだす。そのニヤニヤとした勝ち誇った表情は、まさに人間のそれそのものだ。そのような下心
などなく、ただ普通に疑問に思ったから尋ねただけだった彼女は、苦笑いをするしかなかった。
270An Encounter〜遭遇と交渉 4/11:2008/04/06(日) 10:07:37 ID:SOY4KT710
 彼女は寝ている少年の傍に腰を下ろした。熱を持った額に、ぬれたタオルをそっと置く。
 その瞬間、世界が、変わった。

   おおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

 揺れている。いや、震えている。いやそんな言葉でも甘い。ただ、衝撃。そうとしか言えなかった。これほどの
揺れはいまだかつて経験したことがなかった。東京にも地震は多い。が、この衝撃はそれらの比ではなかった。
 このスマルテレビのビルそのものはさほど揺れていない。せいぜい、ガラスがビリビリと振動している程度だ。
震えているのは、自分たちだった。殺気という言葉でさえその鋭さを表現しきれぬ強烈な何かが、震えの波に乗り
広がり、魂に直接たたきつけられている。その禍々しい波動が、衝撃に似た感覚を引き起こしているのだろう。 
「な……なんだ、これは!?」
 オセが、天井を見上げて震えている。彼女は少年に目をやった。傷を庇うように右手を当てて、起き上がろうと
している。片手でそれを制した。
「寝てなさい」
「……でも」
「大丈夫」
 言い切った。我ながら根拠のない強がりだ。いつもの彼ならそれを見抜き反論していたことだろうが、今は何も
言わず、黙って従った。負傷ゆえ気弱になっているのだろうか、と思うとなんとなく不安だ。
 震えは十数秒続いて、嘘のようにぴたりと止んだ。振動の余韻が、耳鳴りや全身の痺れとして残っている。
「……氷川様」
 思い出したようにオセがつぶやいた。実際、忘れていたのであろう。ほかのことを考えられる余裕があるような、
そんな生易しい衝撃ではなかった。倒れている仲間が少年でなければ、彼女もそのことを忘れていたかもしれない。
「私なら無事だよ、オセ」
 その言葉を待っていたように、冷たい声が応じた。振り向くと、ちょうど氷川が階段を下りてくるところだった。
そうとう派手にやってきたらしい。上等なスーツは返り血に塗れ、独特な異臭がむっと鼻をついた。
「御怪我はございませんか?」
「ああ。新しい連れができたのでね」
 右手に下げた大剣をオセに返却しながら氷川が言う。その肩のあたりでは、小さな羽根を羽ばたかせる小さな
少女たち――妖精ピクシーと……赤いほうの悪魔は初めて見るが、ピクシーの亜種かなにかだろうか?――が、
胸をそらせて得意げな顔をしていた。
271An Encounter〜遭遇と交渉 5/11:2008/04/06(日) 10:08:40 ID:SOY4KT710
「……は? こいつら、ですか?」
 あんぐりと口を開けてオセがマヌケな声を出す。
「こいつらとはなによー!」
「そうだそうだー! バカにしてるとアギっちゃうぞー!」
 と口では勇ましいことを言いながら氷川の背中に隠れる少女たち。信じられないという表情でそれと主の顔を
交互に見渡す豹頭の悪魔。何も言わず苦笑するだけの男。シュールな絵に、彼女は思わず吹き出してしまった。
「……なにかおかしいかね?」
「いえ、別に。心強いお仲魔がたくさんいて、うらやましいことですこと」
「皮肉だろうが、甘んじて受けておくよ。とにかく今は何もかもが足りないのでね、なりふり構わぬことにした」
 と氷川は冷たい笑みを浮かべる。身を切る冷水のような表情は、自嘲だとしたら痛々しすぎるような気がした。
「ところで、こうしてここで待っていたということは、同盟の意思ありと見てよいのかな?」
 氷川が大げさな身振りを交えて彼女に話しかける。一呼吸置いただけで、さきほどまでとまったく違う姿を見せる
ことができるあたり、この男は優れた話術を持っている。おどけているようにさえも聞こえる芝居がかった口調は、
そのすべてが装いで固められており、言葉の裏を読もうにもどこが表でどこが裏かも分からないような感じだった。
 一瞬、彼女は考える。この男は、非常に厄介だ。敵に回したら、万全の状況ならともかく、今では間違いなく太刀
打ちできない。しかしかといって、味方にしたから安心できるという類の人物でもなかった。とにかく扱いに困る
曲者だ。しかも厄介なことに、この曲者を信じて、その協力を得ざるを得ない状況で、しかもその曲者はそのことを
ちゃんと理解しているのである。
 ――あくまで同盟。仲間とまでは行かない。そのことを忘れてはいけない。
「……ええ。それで構わないわ」
 自らに念を押して、彼女はうなずいた。それを見て氷川は口元だけで微笑む。かすかな嫌悪感が湧き上がるのを、
彼女はなんとかこらえた。
「それはありがたいことだ。仲間は多いに越したことはない」
 彼女の心を読んでなのか、氷川はあえて仲間という言葉に軽くアクセントをかけてつぶやく。嫌味な男だ。
「それにしても、さっきの地震はなんだったのかしら?」
 このままこの話を続けるのも癪なので、彼女は意図的に話題をずらした。
「この街は空を飛んでるって話だったのに、地震なんて起こるのかしら」
「地震か……ふむ、まあ『あれ』が一種の『厄災』であることは変わりないか」
 と氷川は意味ありげにつぶやく。なにかを知っていることを臭わすような口ぶりだった。
「『あれ』ってなによ?」
「それも含めて、そろそろお互いのことを話すべきだと思うのだが……どうするね?」
 言いながら、氷川は視線をちらりと寝ている少年の方に向けた。二度同じことをしたくないので、できれば少年が
起きてからにしたいのだろう。
272An Encounter〜遭遇と交渉 6/11:2008/04/06(日) 10:09:40 ID:SOY4KT710
「お願いするよ」
 壁に寄りかかりマントを毛布代わりに体にかけていた少年が、目を閉じたまま答えた。氷川の目に一瞬だけ驚きの
色が浮かぶ。それを見て彼女はなんとなく溜飲が下がるような思いをして、そんな自分を少しだけ恥じた。
「寝てなさいと言ったでしょう?」
「寝られないよ、痛くてね。まあ、起きてるのもキツいけど」
 彼女の声に答えるようにして、少年が顔を上げる。顔は高潮し、目はなんとなく濁っている。見るからに、どこか
異常がある顔だった。痛みには眠りを誘発する性質がある。完全には眠れず、かといって完全に覚醒もできぬまま、
ずっと横たわっていたのだろう。そうと知らず少年の傍で惰眠を貪っていた自分に、彼女は強い羞恥と怒りを感じた。
「無理なら後にするほうがいいのだがね?」
「いや、大丈夫。今でいい」
 片手で腹部を押さえつつ、壁に背中を預けながら、少年がよろよろと立ち上がる。赤い顔、荒い息、おぼつかない
足元。見るからに大丈夫ではなかった。頭の中に思わずよぎった暗い言葉を、彼女はあわてて打ち消す。傷は完璧に
治したのだ、大丈夫に決まってる。
「とても大丈夫には見えないがね」
 彼女の心を知ってか知らずか、氷川が冷徹な口調で事実を指摘する。
「ああ、でも後だともっと大丈夫じゃなくなりそうなんだ」
「……え?」
 少年がなんでもないようにぽつりと言った、その思わぬ内容に驚き、彼女は思わず聞き返した。
「まだどこか痛む? 今、治療を……」
「違うよ、傷じゃない」
「じゃあ、毒? 傷の消毒はしたはずだけど、念のためもう一度ポズムディ……」
 あわてて魔力を掌に集中させた彼女を、少年は軽く手を上げて制した。
「ダメだ、無駄な魔力を使っちゃいけない」
「無駄って、あなたを治すのが無駄なわけないでしょう!」
 ついカッとなって、彼女は鋭く叫ぶ。スマルTVのだだッ広いホールにヒステリックな声が響いた。
「……なるほど、天使の剣か」
 黙って二人のやり取りを聞いていた氷川が、ふとつぶやいた。その言葉に、少年はその通りとばかりにうなずく。
彼女は話題に置いていかれたような寂しさを覚えたが、それを噛み殺して少年に尋ねた。
「どういうこと?」
「それは後でよかろう。今優先すべきことを先にやるべきだ」
「そうしてくれると、助かる」
 氷川が言い、少年も応じる。そう言われてしまっては、彼女としても反論のしようがなく、黙り込むしかなかった。
273An Encounter〜遭遇と交渉 7/11:2008/04/06(日) 10:18:55 ID:SOY4KT710
 目の前で、交渉の達人同士の会話が交わされる。彼女はいつも悪魔との交渉のときにしていたように、少年にすべて
任せて周囲の警戒にあたることにした。同じように氷川の後ろで周囲に目を配っているオセと目が合う。微笑みかける
と、オセは不機嫌そうに目を逸らした。
「ふむ、だいたいこんなところだな」
 そこらで拾ったボールペンを胸に刺し、ルールブックをパタンと閉じながら、氷川が言った。お互いのできること、
持ち物、仲魔の情報、参加者の中にいる知り合いなど、ある程度までの情報を共有はしたが、さすがに少年は抜け目が
ない。自分の右腕が義手だとは言ったが、COMP内臓だとは明かさなかった。氷川のほうも、オセとピクシーとカハク
以外にもなにか仲魔がいそうな気配があるのに言わなかったところを見るに、おそらく何かを隠しているのだろうから、
お互い様というところだろう。
「その……あんたを殺した少年……『人修羅』だったっけ?」
「そうだ。ちなみに本名は知らんよ、会ったことも数えるほどしかないのでね」
「いや、それはどうでもいいんだけど……さっきの『あれ』はそいつかい?」
 荒い息の合間に発せられる少年の言葉に、氷川の表情がぴくりと動く。『あれ』とは、先ほど起こった大地震に似た
衝撃のことを指しているのはあきらかだった。一瞬だけ浮かんだその表情は……嫌悪、だろうか?
「そうだ……と、思うが、確証はない」
「違うだろ?」
 目を伏せた氷川に、少年がずばりと切り込む。
「言葉は正しく使わなきゃな。確信はある、そうだろ?」
「……驚いたな」
 氷川がつぶやく。口調と表情から察するに、今回の言葉は装いではないのだろう。
「正直なところ、君を侮っていたよ。不注意なお人よしだとしか思っていなかった」
「そいつは、どうも……で?」
 少年が先を促す。話をはぐらかすのは許さない、という少年の姿勢の表れだ。氷川もそれに気づいたのか、観念した
ように苦笑を浮かべた。
「その通り。確信はある。明確な証拠はないが……なんというか、身体が覚えている、という言い方でいいかね?」
「十分だ。あんな怖いのとやりあったのか、ご愁傷様。忘れたくたって忘れられないだろうさ」
「……怖い?」
 意外な単語が出てきて、彼女は思わず口出しをしていた。少年が、怖い、という言葉を使うのは初めて聞いたような
気がする。どんな敵に出会っても、強そうだの勝てる気がしないだのと軽口は叩いてはいたが、決して怖いとは言わず、
戦って、すべて打ち破ってきた。
274An Encounter〜遭遇と交渉 8/11:2008/04/06(日) 10:19:48 ID:SOY4KT710
「怖いよ、あれは……邪悪でもないし、歪んでもいない。ただ空っぽなだけだ。なんの想いも籠っていなくて、そして
ただただひたすら強い。なんて言うか……うん、やっぱり、怖いよ。理解できないものは、さ」
 淡々と、少年が語る。熱のせいなのか、声が弱弱しいのが彼女の不安を煽る。
「空っぽ、か……言いえて妙だな。私の感じ方とは少し違うが」
 氷川が口元だけで笑う例の表情で応じた。目の光から先ほどまでの冷たさが消えたように見えるのは彼女の気のせい
だろうか、それとも氷川は氷川なりにこちらに対して気を許すようになったということなのだろうか。
「あんたは、どう思った?」
「さきほども言ったがね、あれは『厄災』だよ。意思も目的もなく、躊躇も慈悲もないという意味でね」
 手を鼻のあたりに翳し、表情を隠すようにしながら氷川が言う。しかし隠れていない目は、先ほどまでとは比べ物に
ならないほどにゾッとするほど冷たく鋭く、そこだけで十分すぎるほどに彼の感情を指し示していた。
「我々は……というのは、私と、私と争った二人という意味だがね……あれに"思想"を与えた。歪んではいただろうが、
しかし真理に沿った理想たる"コトワリ"をね。しかしあれはそのすべてを否定し、打ち砕いた。文字通りに、その拳で、
打ち砕いたんだよ、ひとつ残らずなにもかも」
 一様な声のまま、氷川が語る。手に隠れた後ろで、表情が動いたような気がしたが、なにを思ってかまでは分からない。
「空っぽなら中に何かを注ぐことができるかもしれない。だが、あれにそうすることはできない。あれの中は、なにかに
満ちているよ……そして、それを否定されることをなによりも嫌っているように思う。あれがあれでなくなるような……
あれに何かを押し付けるようなことを、ただただ全力で否定していることがその証拠だ」
「……まるでタチの悪い駄々っ子じゃない」
「地獄の魔王も真ッ青の、究極のガキ大将だな」
 思わず口をついた彼女のつぶやきに、少年が口元だけで笑いながら軽く付け足し、
「やれやれ、参ったね。そんなのが今、この近くにいるなんて、生きた心地がしないや」
 と続ける。飄々とした口調は変わらないが、しかし笑みが強張っているのを彼女は見逃さなかった。その理由は恐れか、
それとも傷の痛みだろうか。どちらにせよ、あまり彼女にとって好ましいものではなかった。
「……さて、とりあえず今のところは以上かね?」
「ああ、お互い、切れる札は切ったって感じだね、今のところは」
 氷川の言葉に、少年はニヤリと笑って答える。
「それでいい……やはり君は思った以上に切れる男だな。敵に回さずに済んでよかったよ」
「恐悦至極」
 氷川のリップサービスとも本心ともつかぬほめ言葉に、少年も皮肉にも取れる慇懃さで答える。この二人は、いったい
どこまでお互いの腹の内を探り合っているのか、彼女はちょっとだけ考えた。当然、分かるわけもなかった。
「ところでさ」
 と少年が彼女のほうに向いて、いつもの軽い口調で微笑みかけてきた。
「休もうにも、痛くて眠れそうにないんだけど……ドルミンかけてくれる?」
275An Encounter〜遭遇と交渉 9/11:2008/04/06(日) 10:20:42 ID:SOY4KT710
「破傷風を知っているかね?」
 少年を休ませたあと、先ほどの『天使の剣』うんぬんの話について尋ねた彼女に、氷川はこう切り出した。
「傷の消毒はしたって言ってるでしょ!」
 見下すような氷川の言い方が癇に障り、彼女はまた大声を出す。氷川が遮るように両手をあげ、冷笑を浮かべた。
瞬時に彼女は冷静さを取り戻して黙り込んだ。それを見て、安心したように続きを話し出す。
「知っていたか、それは失礼。だがこれはどうかね?」
 と、氷川は傍らにいるオセに向かって手を伸ばした。意図を察して、オセが剣の片方を手渡す。
「暗殺を生業とする者は、武器の刃物を毒を塗ったそうだ。小さな切り傷ひとつでさえも致命傷とするために」
 それも、知っていた。毒ナイフは使ったことも使われたこともある。
「毒を買う金がない者はどうしていたか? 己の剣を糞尿に漬け込んだのだ。刃の表面に雑菌を繁殖させるために。
刃の切れ味は多少落ちるが、これで傷をつければ、破傷風を誘発することができる」
 それは初耳だった。が、そんな豆知識など興味はなかった。傷の消毒はちゃんとした。ならば関係ないはずだ。
「オセ、この剣でどれだけの悪魔を斬った?」
 受け取った剣を傾け、表面を走る光を目で追いながら、氷川が自らの下僕に尋ねる。
「百から先は数えておりません」
「その血は洗い流しているか?」
「まさか。刃を研ぎはしますが、そのようなことはしません、もったいない」
 当たり前のようにオセが答える様を見て、なんとなく、氷川の言いたいことが彼女にも分かってきた。
「君も知っているだろう、天使がどれほど狂信的で残酷な悪魔なのか。悪魔との闘争に使われるその刃には、どんな
毒が塗られ、どんな血が重ねられたか……その刃に触れた人間はどうなるか……考えるだけでもおぞましいことだな」
「どうすればいいの?」
 気がついたら、彼女は氷川に尋ねていた。この男を頼るしかない。ダメだとは思ったが、しかし他に道はない。
「わからんよ、私は医者ではないのでね。専門家に聞いてくれ」
 そんなのがどこにいる、とまたヒステリックに叫びそうになり、彼女はそれを何とか堪えた。
「他の参加者か、あるいは悪魔か……治療の術のある者を探すしかないだろうな。……いや、それ以前に、どういう
毒による、どんな状態異常なのかを、正確に見たてる必要が……」
 言いながら、氷川はちらりと少年の様子を見る。そこでその目の色がみるみる変わった。その尋常でない様子に、
彼女も慌てて少年へと目線を移す。背骨に氷柱を突っ込まれたように、ゾッと全身に鳥肌が立つのがわかった。
 少年の顔色が、先ほどまでの上気した赤から、見るだに恐ろしい土気色に変わっている。
「やはり無理をしていたか、しかしそれを感じさせないとは、大した男だ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……ッ」
 慌てて両手に魔力を集めた彼女を、氷川が手首を掴んで押さえつける。
276An Encounter〜遭遇と交渉 10/11:2008/04/06(日) 10:21:54 ID:SOY4KT710
「なにするのよ!?」
「無駄はよせと言ったろう。単純な解毒で治るなら最初からこうはならない」
「そんなこと知ってるわよ! だからって何もしないわけにはいかないでしょう!」
 掴んだ手を振り払おうと腕を振るが、氷川はそのか細い印象からは考えられないほどの力でそれを抑え込む。
「無駄に力を使い果たし、少年と心中でもする気かね?」
「そうはならないから手を離しなさい、絶対に治すわ」
 彼女は語気強く言い放つが、氷川は否定の返事代わりとばかりに手首を握り締めてくる。
「保証はあるかね?」
「ないわよ、必要ない」
「ならば賛成できんな」
 みしり、と絡み合ったまま膠着した。お互いの視線だけが鋭くぶつかり合う。険悪な静寂の中、少年が吐く荒い
息だけが時を刻んでいるような錯覚を覚える。
「……誰だ!?」
 見張りに立っていたオセが、声を上げた。彼女と氷川は、同時に顔を入り口のほうに向ける。そこには、まるで
先ほど下ろしたばかりのような、のりの利いた綺麗なスーツを着た黒人の男が、懐っこい笑顔を浮かべていた。

「お困りノようでスね?」



【時間:午後0時】【場所:スマルTV・1Fロビー】

【主人公(旧2)】
状態:重度のSICK(傷は大分治った)
武器:円月刀
道具:スコップ他
方針:それどころではない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:軽度の疲労
所持品:簡易型ハンマー 鉄骨のストック×2(氷川から借りた物)、タオル、酸性洗剤
方針:とにかく少年を守る、そのためにはどうすればいい…?
277An Encounter〜遭遇と交渉 11/11:2008/04/06(日) 10:23:18 ID:SOY4KT710
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:正常
装備:鉄骨の防具
所持品:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計 傷薬×10 魔石×3 4000MAG
仲魔: 堕天使オセ 邪神サマエル 地霊カハク 妖精ピクシー
方針:見知らぬ来訪者に対応

【シド・デイビス(真・女神転生デビルサマナー)】
状態:良好、服は着替えた
武器:不明
道具:盗聴器1個、専用受信機
仲魔:なし(ハンニャをゾンビ化して使役中)
行動方針:皆殺しでス  
     人修羅の咆哮を追ってきたが、別の面白い連中を見つけたのでとりあえずそちらを優先     
     殺すか利用するかはまだ考え中



旧2−氷川同盟について

*共有された情報
 本人たちお互いの能力および持ち物
 旧2キャラ・真3キャラのデータ(強さ・思想など)

*隠匿された情報
 旧2主人公の義手がCOMP内蔵であること(義手であること、召喚師であることは言った)
 旧2コンビの冒険譚(唯一神を殺した件やルシファーとマブダチな件など)
 主人公や氷川が魔法を使えるか否かについて
 氷川の仲魔・邪神サマエルの存在
278名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 00:20:03 ID:f3ftZS9f0
素晴らしい
279名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 08:10:03 ID:B/XkBXfV0
これは大変良いものでス
gj
280名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/09(水) 00:03:40 ID:gvu7d18JO
久々のヒデト達の出番かつ新作でwktkが止まらない
281名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 06:59:13 ID:rH37qefxO
これ書いてる人達マジですげえな
282名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 16:47:18 ID:vVogFSJVO
続きマダー?
283名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 17:44:07 ID:eQwS9qqgO
まとめって更新されてる?
284名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 01:01:43 ID:bUsejpulO
保守
285第50.5話 暗夜行路 1/7:2008/04/19(土) 02:10:21 ID:Z2wdHthz0
「……ちくしょう!」
 と青年は叫び声をあげた。湿った土壁のトンネルに、声がむなしく反響し、カビと埃とで濁った空気に散って
消えていく。あとに残った静寂は、今の青年――葛葉キョウジの陥っている状況を的確に物語っていた。
 孤独。ただただ、孤独だった。どこか分からぬ暗闇の中、キョウジはずっと彷徨い歩いている。人はもちろん、
悪魔の気配さえも感じない、一面の暗闇。左手に石油ランプを持ち、限られた視界に全神経を集中しながら歩く。
右手は腰のあたりに油断なく構え、いつでもホルスターに挿した銃を引き抜けるようにしていたが、そのような
配慮もまったく無駄な努力というほかなかった。
 とにかくマズい、とキョウジは焦った。孤独はマズい。仲間も仲魔もいない不安もあったが、それよりもっと
不安なのは、敵すらいないことだった。誰もいないということはつまり、この場所が"忘れ去られた場所"である
ということではないのか。こんなところで足止めを食らっているということ、それ自体が非常にマズい。自分が
無為に過ごしている間にも、周囲の事態はどんどん進行してしまうことだろう。それはマズい、マズすぎる。
 とにかく出口だ、とキョウジは思った。とにかく出口を見つけて外に出なければ話にならない。しかし、なぜ
だか分からないが、出口がさっぱり見つからないのだった。先ほどから、目印を付けてみたり、壁に手を当てて
離さないようにして歩いてみたり、思いつくことはすべて試しているのだが、同じところをぐるぐるとまわって
いるらしい、という最悪の現実を確認しただけに終わっていた。
「……はあ、困った」
 手頃な岩を見つけて腰をおろした。出口がないはずはない、それは確信があった。現在位置がいったいどこか
さっぱり分からないものの、木材を組んで壁や天井が補強されているところから考えて、ここは天然の洞窟では
なくて人工の坑道、おそらく前大戦中に掘られた防空壕であろう。落盤して出口が埋まったならともかく、その
ような痕跡はなかった。とするならば、出口は『ない』のではなく、なんらかの理由で『見つけられない』のだ。
そこまでは分かったのだが、しかし、どうすればそれを見つけられるようになるのかまでは分からない。それが
分からないことにはこの暗闇から出られない。
 ため息をついた。急に空腹感を覚える。支給された時代錯誤な石油ランプを岩の上に置いて、腕時計を明りの
下で確認する。もうすぐ6時。かれこれ2時間近くも無為に歩きまわっていることになる。
 ザックを漁り水のボトルを手に取った。ふと気になったのでボトルを観察する。市販のミネラルウォーターの
ようではあるものの、ご丁寧に無地のラベルが巻かれており、メーカーや製造年月日などは確認できなかった。
食糧品のほうもほぼ同様の状態で、一切情報を与えない、という主催者(たち?)の細かな心遣いがひしひしと
感じられた。
「ったく、表示義務違反の品なんか食べさせる気かよ」
 落胆する心を、冗談を言って紛らせる。箱を開け、スティック状の固形食糧を取り出して食べた。
「うまいっ! もっと食わせろ! ってね」
 言った直後、後悔がキョウジを襲った。独り言や冗談の類は、匙加減が難しい。適量なら己を鼓舞することも
できるが、少し間違えると一挙にむなしさに襲われる。どんよりとした気分のまま、固形食糧を口に押し込んで
水で流しこんだ。食糧というより兵糧という感じだが、まあとにかく空腹感はそれなりに紛れたのでよしとする。
よしとするほかなかった。
286第50.5話 暗夜行路 2/7:2008/04/19(土) 02:11:02 ID:Z2wdHthz0
 腰をおろしたついでに休憩をとることにし、キョウジはザックの中から冊子を取り出した。これまた主催者が
ご丁寧に用意してくれた、「すてきなげーむのしおり」ことルールブック兼名簿である。いちおうすでに重要と
思われる部分には目を通してあったが、どうしても確認しておきたいことがあった。
 名簿のページを開いた。自分の名を含め、50名分の名前がずらりと列挙されている。見間違いであってほしい。
そう思いながら、ひとつひとつの名前を指でなぞりながら丹念に追っていった。さっきは、混乱してたし、目も
この闇に慣れていなかったから、自分の知っている名前だと思いこんでしまっただけだろう。まあ珍しいほうに
入る苗字とはいえ、難しい漢字でもないし、それに、ほら、よくある名前じゃないか、久美子なんて名前は――。
「……どういうことだよ」
 キョウジは空になった水のボトルを乱暴に投げ捨てた。ボトルが軽快な音を立てて岩壁で数度跳ねて転がった。
音は闇に吸いこまれ、再び沈黙が押し寄せる。キョウジは名簿を再び読み直す。
 見間違いではなかった。『秦野久美子』。彼女の名前だ。
「ちくしょう、どういうことだよ」
 キョウジは頭を抱えた。彼はそれなりに楽天的な性格ではあったが、さすがにこの状況でこの名前を見て、偶然
同姓同名の別人が紛れ込んできたのだ、と思いこむことはできなかった。
「なんでなんだよ、なんで、なんで?」
 頭をかきむしりながら呻く。ばっちりと決まったリーゼントがぐちゃぐちゃに乱れた。
「なんで彼女ばっかりこんなことにばっかり巻き込まれるんだよ、なんで平和に生きられないんだよ!」
 久美子の顔がいくつも思い浮かんで、消える。キョウジは――いや、キョウジの身体の中にある魂、依智純也は、
腹の底から湧き上がる怒りに任せて大声で叫んだ。
「なんでなんだよ……? 彼女にはなんにも関係ないじゃないか、彼女はなにも悪くないじゃないかッ!」
 拳を腿に振り下ろした。強烈な痛みが、背筋を駆け上って、後頭部で弾ける。それが彼の興奮をより煽りたてた。
何度も、何度も、拳を腿に叩きつける。何度も、何度も、繰り返す。
 意味がないことは分かっていた。自分で自分を痛めつけたところで、周囲の状況はなにひとつ変わりはしない。
しかし、やらずにはいられなかった。あまりに理不尽すぎるではないか。彼女はただの大学生だというのに、偶然
吾妻教授の研究室に在籍していただけで、偶然古代秦氏の血を引いていただけで、あんな危険な目に遭わされた。
それだけでも運命という理不尽なものを呪うに十分なのに、なぜまたこんなことに巻き込まれなければならない?
戦う理由もなく、それゆえ当然に力もなく、そしてその必要もない、平和ボケした日本人として老いて死んでいく。
大多数の人間が享受しているその権利は、なぜ彼女にだけ与えられないのか。
「ちくしょう!」
 最後に一発、思い切り拳を腿に落とした。叫びたくなるような痛みにあらゆる思考が吹き飛ばされ、キョウジは
逆に冷静さを取り戻しはじめた。こんなことをしている場合ではない。自分で自分を痛めつけても、それで彼女の
不幸を分け合ったことにはならないのだ。偽りの達成感を味わっている間にも、時は刻一刻と過ぎていく。
287第50.5話 暗夜行路 3/7:2008/04/19(土) 02:11:44 ID:Z2wdHthz0
「……彼女を、探さなきゃ」
 もう、なんで、とは言わなかった。こうなってしまった理由など問うても仕方がない。重要なのは、今の現実。
彼女がこの狂気の街にいて、今この瞬間にも危機にさらされているという現実だ。
 救わねばならない。なんとしても、彼女を救わねばならない。なぜなら、俺は――

 急に、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。キョウジの魂は、もともとは多少の資質があるだけの一般人である。
が、キョウジの肉体は葛葉一族の優秀な悪魔召喚師のもので、非常に秀れた身体的・霊的能力を兼ね備えていた。
魂が未熟なため、能力を完璧に使いこなせているとは言えず、今だに魔法はまったく使えないし霊感もほとんど
なかったが、その乏しい霊感でもこれほどに感知できるほどの、強大でまがまがしい力が遠くで湧き上がるのを
感じた。それは急速に膨らみ、この街を覆う。いや、はじめからこれはこの街そのものだったのかもしれない。
『諸君、夜の闇は去った。定刻である』
 声が響いた。暗闇の中、濁った空気全体が震えているのか、肌がビリビリと振動を感じた。
(……いや、震えているのは、僕自身か)
 とキョウジは冷静に分析する。霊的な力の波によって魂を直接震わせることで、声を伝達しているのだろう。
いったいどれほどの力があれば街ひとつの範囲にそれほどの波を放つことができるのかは、見当もつかない。
このゲームの主催者(たち?)の力を推して知るべし、というところか。
 腕時計を見る。午前6時ちょうどを指していた。主催者が誰だか知らないが、マメな性格ではあるらしい。
そこにキョウジは言いようもない怒りを感じたが、その根拠は自分でもよくわからなかった。
『我が元へ参った魂の名を告げる……』
 と、感情のこもらぬ声が淡々と続ける。あるいは最初から感情そのものを持っていないのだろうか。
 キョウジはザックから名簿を出そうかどうか少し悩んだ。出してどうする? 聞いた名に赤線でも引くのか、
買い物で見つけた品をメモから消してくみたいに? 生理的な嫌悪感を抱きつつ、しかしやらざるを得ない、と
考え直し、ザックに手を突っ込み、名簿を掴み、ページをめくり……そこで、動きが止まった。
『……秦野久美子……』
 感情のない声が、その名を読み上げた。まるでただの物の名のように、淡々と。その声の主にとって、ただの
物の名と等しいだけの価値しか持たぬということなのだろう。聞く者にとってはそうではないというのに。
『死者の数はまだ少ない。精々殺しあうがいい―――』
 声が傲岸に語り終える。振動が止み、静寂が再び洞穴を満たした。急激な無音に耐えかね、耳が不快な高音の
耳鳴りを奏ではじめたが、しかしキョウジは動かなかった。ただ、じっと動かなかった。
288第50.5話 暗夜行路 4/7:2008/04/19(土) 02:14:31 ID:Z2wdHthz0
 どれだけそうしていたのか。時計を確認する気はなかったし、しようにもランプの火はいつの間にか消えていた。
 なぜだろう、とキョウジはぼんやりと考えた。先ほどまでの燃えるような問いとは似ても似つかない、痛みを
感じるほどに冷たい疑問だった。
 涙が出ないのは、なぜだろう。
 あまりに現実感がないからだろうか。しかし自分はこのすべてが現実で真実だと知っている。いや、異界という
現実と非現実の境目を何度もくぐった肌が、現実だといやおうにも感じ取っている。
 あまりに事実が重過ぎるからだろうか。あまりに唐突すぎるからだろうか。そうかもしれないし、そうではない
かもしれない。混乱していた。その混乱のせいにすることもできたが、しかしそれは自分に嘘をつくことになる。
嘘で自分を騙しきれるならばそれでもいいが、二度ほど三途の川の渡し守に対面し、闇の商売を通じて幾多の命を
奪ってきた自分……過酷な現実に鍛えられ“死”に慣れた冷徹な自分が、そんな安易な嘘はすぐに見破ってしまう。
 涙が出ないのは、なぜだろう。
 もう自分には泣くことが許されていないのかもしれない。ギリシア神話のラミアのように、涙という救いの道を
奪われてしまっているのかもしれない。ラミアは悲しみに蝕まれたあまり、半蛇の怪物と化した。自分も同じだ。
違うのは、ラミアは泣けないから怪物となったが、自分は既に怪物だから泣けないのだろう。悪魔召喚師という、
人の則を踏み外した、怪物にも等しい存在だから。
 そもそも、大切な人を奪われて、泣いて悲しむ権利など自分にはないのだ。商売柄、危険なことに首を突っ込む
ことは多かった。悪魔だけでなく、人の命を奪うこともあった。自分の手によって、大切な人を奪われた人がいる。
それが巡りめぐって、自分に戻ってきただけのこと。理不尽に見えるが、しかしそれが世の定めだ。
(因果な商売だ……デビルサマナーってのは)
 少しだけキザに決めてみた。そうやって強がることしか自分には許されていない。それは仕方ないことだった。
『名前は、なんて呼ばれたい?』
 あのときのレイ・レイホゥの問いに、自分は「葛葉キョウジ」と答えた。そう答えた以上、覚悟がなかったとは
言えない。葛葉キョウジとして生きる運命を受け入れる、そういう意思表示をしたのは自分だった。それは同時に
こういう世界で生きるという道を選んだことでもあるのだ。受け入れるしかなかった。
(それだけじゃないだろう?)
 あくまで冷徹な自分の一部が抗議の声を上げる。まだ自分は嘘を吐いている。嘘まで行かずとも、意図的に目を
逸らしていることがある。それは、わかっていた。そのままにしておけばいいじゃないか。そう思っても、自分の
心は常に自分の思い通りになるとは限らない。
(僕は、怒っている)
 そう、それは事実。猛烈に、怒っていた。理不尽な運命に。それを引き起こした主催者に。抗えず、彼女を救う
ことができなかった自分に。
289第50.5話 暗夜行路 5/7:2008/04/19(土) 02:15:11 ID:Z2wdHthz0
(それだけじゃない、わかっているだろう?)
 そう、確かに……いや、わかってはいない。だが薄々は気づいていた。気づきたくないとも思い……そして目を
逸らしている。できることならば目を逸らし続けていたい。気づかぬまま過ごしていたい。
(僕は、怒っている。自分自身に……自分自身がいま感じている気持ちに)
 キョウジは暗闇の中で再び頭を抱える。背筋から頭に向けて血液が逆流したような、いやな感覚が身体を包んだ。
(僕は、彼女が死んだと知って……安堵したんだ)
 違う、叫びそうになったが、その声は喉で凍りついた。違わない。そう、それは偽りようもない真実だった。
(この街には、あのシド・デイビスもいる。見知らぬ敵がいっぱいいる。彼女を守るどころか、自分が生き延びる
ことができるかもわからない)
 それはあまりに単純すぎる理論展開で、むしろキョウジの盲点だった。そう、ここは自分が見知った街ではない。
少し歩けば裏社会の知り合いがいて、事務所に帰れば薬や重火器が万全整えてあって、頼れる仲魔やパートナーの
協力が得られるような、そんな世界ではないのだ。
(ここは見知らぬ異世界。そんなところで重荷を背負うことはできない。重荷が自分の手元に届く前に消え去って、
お前は安堵したんだ、そうだろ?)
 そうかもしれない。……いや、間違いなくそういう思いはあった。そこまで露骨ではないにしろ、ほんのわずか、
コンマ以下数十桁の少数であろうとも、混じっていなかったと断言することはキョウジにはできなかった。
(自分が当事者でなく傍観者でいられる間に彼女が死んでくれたから、お前は自分が被害者だと思い込めたんだ。
彼女の死の責任を完全に免れ、純粋な被害者でいられることに安堵した)
 それじゃまるで僕が彼女を殺したみたいじゃないか、とキョウジは心の声に弱弱しく反論した。
(違うのか? 彼女が死ぬことが運命だとしたら、彼女を守ることはそれに逆らうことだ。お前は何に逆らった?
この闇の中、半べそかいてウロチョロしていただけ。彼女を押し流した運命の激流に逆らうことなく、その一部に
成り下がっていたじゃないか)
 違う! 僕はこの運命を許しはしない。彼女を殺したものを許しはしない。
(許さないならどうする? 復讐でもするのか? 彼女の敵討ちとばかりに誰かを殺すのか? それのどこに正義が
ある? 所詮は単なる殺意さ。要はただ自分が殺したいから殺すだけじゃないか?)
 心の声は執拗に続ける。キョウジは眼を閉じ、細く息を吐いた。 
(いいんだよ、正直になってしまって。殺したいから殺すのさ。それの何が悪い?)
「……いつのまに憑かれたのかな?」
 つぶやき、キョウジはすばやく自分の右肩の上の空間に向かって左手で掴みかかった。手が空を掴むと同時に、
ぎゃあッ、という叫び声があがり、なにもない空間から、どぎついピンク色をした悪魔が現れる。
「こうやって心の弱い者を追い込み、殺し合いを加速させるってわけか」
 悪魔の首をがっちり掴んだ左手に、ぐっと力を籠める。苦しそうなうめき声が聞こえた。夜魔の類だろうか、
魔力に向いた能力をもつそれの肉体はなんとも頼りない感触で、少し力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。
そうしてしまいたい激情が胸の中を駆け巡るが、キョウジはそれをこらえた。後に残るのは不快感だけだという
ことはよくわかっていたから。
290第50.5話 暗夜行路 6/7:2008/04/19(土) 02:16:30 ID:Z2wdHthz0
「いろいろ忠告ありがとう……おかげで冷静になれた。あやうく、主催者サマの思惑に乗せられるところだった」
 首に巻きついた指を外そうと、ピンク色の夜魔はじたばたともがく。一見愛らしくも見えるさまではあったが、
キョウジには不愉快な踊りにしか見えなかった。自分の心の声を騙って洗脳を試みてきた者に好意的な感情を抱く
ことができるほどにはキョウジも能天気ではない。
「お前のご主人様に伝えろ。僕はご立派な聖人君子じゃないし、かといって開き直るほど子供でもないが」
 左手を離す。支えを失った夢魔がぽとりと地面に落ちる。と同時に、爆音が洞穴内に響いた。
「お前らを許してやれるほど大人でもない……このケリは必ずつける、ってね」
 キョウジは硝煙立ち上る銃を無造作にホルスターに戻した。リボルバー拳銃はあまり使い慣れていないのだが、
さすがは西部開拓時代から使われ続けた名銃、コルト・シングルアクション・アーミー……通称"ピースメーカー"
だけのことはある。極端にバレルが長く、そのため威力と反動が半端じゃなく大きいというクセこそあるが、それ
以外には目立った粗もなく、重心といい、グリップの具合といい、トリガーの感度といい、文句なしの扱い易さだ。
クイックドロウで抜きざまに放たれた弾丸は、夜魔の頭のすぐわき5cmのところを狙い通りに撃ち抜いていた。
「そら、行けよ。……次は外さないぞ」
 きょとんとしている夜魔に、顎を振って逃げるよう促す。それでもまだ事態を理解できていないのか、それとも
腰が抜けて動けないのか、悪魔は座り込んだまま動かない。キョウジが苛立たしげに銃口を再び向けると、夜魔は
慌てて飛び上がると、逃げるようにして闇の中に姿を消した。
 ため息をひとつつき、銃をホルスターに戻す。また、静寂と孤独とがキョウジを包んだ。
「……重荷、か」
 ぽつりと一言つぶやいた。心の中に、薄ら寒い風が吹いているような気がする。
 反論できなかった。悪魔のあの言葉に、自分は反論できなかった。
 すでに両手は穢れている自覚はあった。魂も潔白とは言えぬ諦めもあった。しかしそれでも最後の最後、人間と
しての良心だけは決して捨てないつもりでいたはずだった。
 それなのに、あの外道な言葉に対し、自分は反論ができなかった。人間として最低の、良心の欠片もない思想に、
自分は半ば同調しかけていたのではないのか。もしかすると自分は最後の良心までもついに捨ててしまって……
「……はは、危ない危ない」
 キョウジは首を軽く振った。悪魔の言葉に対しあれだけの啖呵切っておいて、自分から考え込んで落ち込んでは
世話はない。
 誰にだって打算的なところはあるし、醜いところはある。そんなことは分かりきっていることだった。ことさら
その一点だけを取り上げて、卑怯だ醜悪だと騒いでいられるほど、自分はもう幼稚ではなかった。残念なことに。
「ただだからと言って、そういうもんだと飲み込んで一人で生きていけるほど大人でもないんだ、残念なことに」
 またつぶやいて、苦笑した。さっきから独り言が多くていけない。やはり一人は心細かった。誰かと一緒なら、
こんなに落ち込んで考え込むこともないのに、一人でいるというのはこうもつらいことなのか。
291第50.5話 暗夜行路 7/7:2008/04/19(土) 02:17:14 ID:Z2wdHthz0
 岩に座りこみ、手探りでランプを手に取った。マッチを擦る。ほんの小さな明かり、しかしキョウジにとっては
とても大きな救いのようにも思えて、しばらくしげしげと見つめてしまう。そうこうしている間に、小さな木片は
あっという間に燃え尽き、周囲はまた再び闇と静寂に押しつぶされてしまう。
「やれやれ、縁起でもない」
 自分の今の姿がいかに病んでいるかに急に気づいて、キョウジは苦笑した。これじゃまるで、あの童話の不幸な
少女みたいじゃないか。雪に埋もれて死ぬしかなかった少女、無力ゆえに希望とさえ呼べない小さな明かりに縋る
しかなかった少女。
「……はは、まるで今の僕そのものだな」
 笑った。乾いた、痛々しい笑いだった。状況は、なにも変わっていない。ここは忘れられた洞穴、自分はここで
ひとり彷徨う哀れな男。銃があろうが、悪魔召喚師としての腕があろうが、なんの役にも立たない。無力で孤独で
絶望的なことにかけては、あの少女に勝るとも劣らぬ状態になんの変わりもないのだ。
 しかし、希望がないにしても、キョウジは前に進む。それがこの男の強さだった。
 二本目のマッチを眺めるのもそこそこにランプに点火する。ガスランプ特有の熱と音と臭いとが黒一色の世界を
鮮やかに切り裂いた。その明るさをつい直視してしまい、まばゆさに目がくらむ。くらむことはわかっていたが、
しかし見ずにはいられなかったのだから仕方がない。
 しばし目を瞬かせ、慣れるまでランプと逆の岩壁を見ていようと視線を移し……そこでキョウジはある物を見た。
 先ほど投げたボトルが、岩壁に半分めり込んでいた。
 歩み寄り、ボトルをつま先で軽く蹴ってみる。ボトルは軽やかな音を立てて、岩壁の中につるりと入り込んだ。
まるで"壁など幻であるかのように"。
「……はは……なんだ、意外と希望はあるじゃないか」
 キョウジはまた笑い、荷物をさっとまとめて幻の岩壁を通り抜けて進んでいく。その足取りは決意に満ち満ちて
力強く、その瞳はいっそう輝きを増して前を見据え、その口元は油断なくキリリと真一文字に結ばれている。
 ドアが見えた。隙間から光が洩れている。ついに見つけた、出口だ。ドアノブをひねり、必要以上に力を入れて、
開け放った。光と風とに包まれたような気がした。


【時刻:午前6時半】【場所:平坂区・春日山高校】

【葛葉キョウジ(真・女神転生 デビルサマナー) 】
状態:正常
装備:ピースメーカー
道具:なし
基本行動方針:レイと合流、ゲームの脱出
      (久美子の死はショックだったが、仇討ちなどとは考えていない)
備考:中身はキョウジではなくデビサマ主人公です。
292名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 18:37:53 ID:sFVnoDi3O
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━
293名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 01:43:11 ID:oIwBfz+vO
ゲーム化マダァ-? (・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
294名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 11:50:09 ID:Fudt1E+GO
キョウジは初登場でいきなり戦闘場面だったからちょっと違和感あったよな。
今回のでかなり補完された感じだ。
295名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 01:36:04 ID:BPkUz8tuO
初保守カキコ。
296名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 08:20:57 ID:N/ObbXc7O
もう一年近くまとめサイトの更新がないんだな
このまま誰も死なずに終わりそうな予感
297名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 00:40:25 ID:GNUGpGYX0
YOU!思い切って皆殺ししちゃいなYO!
298名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 00:20:39 ID:xC5tBJJqO
保守
299名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 14:27:30 ID:ooQcjwtaO
書き手さんは今何人くらい居るんだろう?
保守
300名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 17:10:53 ID:xU93WvUV0
現在の氷川の続き書こうかなとか思っても勝手に書いていいかで迷ってる
それにデビルサマナーやった事無いからシドのキャラや能力知らないし
問題点山積み
301名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 18:19:31 ID:nDj0YK8M0
少なくとも勝手に書いていいかで迷う必要はない
だってリレー小説だもん、誰に断る必要もないよ
シドは… とりあえず語尾のすをカタカナにさえ
しておけば大丈夫だと思いまス

知らない人多そうだから誘導貼っておきますね

女神転生バトルロワイアル議論・感想スレ 四日目
http://game13.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1164127718/
302名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 00:49:45 ID:07y4aQeJ0
保守
303名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 00:10:11 ID:u1+zXsaEO
304名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 19:12:02 ID:POfWiIefO
305名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 02:47:08 ID:e+zQ1SNz0
期待保守
306名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 10:47:13 ID:NzdUsfsZO
保守
307名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 07:41:05 ID:x3zFEh7WO
   \  _  /
   _ (m) _  ピコーン
     |ミ|
   / `´  \
     ( ゚∀゚)    あきらめた!
    ノヽノ |
     < <
308名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 01:00:15 ID:t2hnH6Gc0
ほしゅ
309名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 17:40:54 ID:XcSe9DedO
諦めないでー保守
310名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 08:19:59 ID:ylC/TI3rO
人は…居ないのか…保守
311名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 16:00:07 ID:1Y21H9JAO
ペルソナ4
312名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 01:21:01 ID:jTxsKWnmO
今からでもP3P4のキャラを追加すればこのスレは息を吹き返す
313名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 11:09:44 ID:6p0WL0jfO
だが断る
314名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 02:59:26 ID:fpLfJWK5O
めちゃくちゃ面白いスレなのにもったいなひ
315名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 03:15:54 ID:UsgIaU3S0
今初めて読んだけど面白かった〜。
頑張ってください。
316名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/08(金) 02:58:09 ID:yxwsRh4wO
縛りがキツすぎて書けない人とか結構いそう
317名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 10:18:06 ID:/5KodNKx0
書き手さんたち、違うロワに行っちゃったのかなー
318名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/20(水) 22:36:01 ID:l8G0WtNEO
サマリカーム!
319名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/21(木) 22:27:07 ID:Hrf10+zA0
書いてたのが停電食らって全部消えた……
320名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 10:28:36 ID:6+pLVUftO
それは…なんとも残念orz
書いてくれてる人が居ると解っただけでも嬉しいです
321『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 21:53:31 ID:yUj7gPl70
 男が前に出る。舞耶がその前に立ちふさがる。その動きは読めていたので、ネミッサは隙を衝いて側面に回ってやろうと
思っていた。腹部の銃創が痛むため素早い動きはできないが、今の自分の役割は実際に戦うことではなく、とにかく相手が
困る位置に立って牽制することだから、それが特に支障になることはないだろう。
 そう思い、半歩左に動こうとして……左肩を誰かに抑えられた。驚き振り返ると、たまきの隣にいたスーツ姿の女だった。
「代わって」
 とだけその女は言った。その一方的な言い分に、直情径行タイプのネミッサはイラッと来たが、その女の目がとても強く、
しかし静かに輝いているのを見て、反論を控える。
「たまきちゃん、まだ息がある」
 ネミッサの反応も待たず、女は早口で一方的に続けた。その逼迫した口調だけで、ネミッサは女がなにを言いたいのかを
理解した。まだ間に合うのだ。だが、もうすぐ間に合わなくなってしまう。
「わかった」
 とネミッサはいともあっさり承諾した。肩に置かれた掌を通して、この女のソウルの鼓動が感じられる。とても暖かくて、
ゆっくりと落ち着いた鼓動。悪人がこんな優しいソウルを持っているはずがない。そう思った。
 それに、自分は後ろから魔法を撃って相手を足止めするほうがやりなれている。腹の傷もあり、前衛に出るよりはむしろ
後ろに回ったほうが戦力として役に立てるだろう。この配置はちょうどいいように思えた。
 スーツの女と入れ替わる形で、後ろに回った。入れ替わりの隙を衝かれるかも、と前方を警戒するが、男と舞耶は何かに
気を取られているようで、その心配は必要なかった。
「ディアラハン!」
 黒焦げたたまきに近寄り、無造作に、かつ全力で回復魔法を放つ。息など確認しなかった。脈の取り方など知らないし、
うだうだやっていて手遅れになっては意味がない。
「……リカーム!」
 続けて別系統の回復魔法を放つ。悪魔の肉体から魂を、魂から肉体を相互再構築する高度な回復魔法。その効果はまるで
蘇生の秘術であるかのような強力な回復効果を備える。人間に使ったことはないから効果があるかは不明だが、考えている
ヒマがあるならその間にとっとと動くのがネミッサのやり方だ。
「生きてんなら治りなさいよぉ! ……ディアラハぁンッ!」
 怒りに似た、しかしそれとは根底から異なる感情から抗議の声を上げつつ、ネミッサは三度魔力を放つ。今までも加減は
していなかったが、今回はそれに輪をかけた、正真正銘、全身全霊、全力最大の回復魔法だ。
「もう一度ぉ……ッ」
 密着せずに放つと魔法の効力が微妙ではあるが落ちる。それがまずかったか、と思い、たまきの焦げた皮膚に手を当てる。
焼けた肉はもはや生の張りを失っており、うかつに触れればその傷を広げることになりかねないので躊躇していたのだが、
そんなことも言っていられない。
「……リカぁームッ!」
 放った。掌に伝わるかさりとした皮膚の感触。そこにはもうソウルの波長は伝わってこなかったが、それでもネミッサは
気にせず魔法を繰り返した。ソウルを感じないのは、この子が弱まっているせい、皮膚が死んでいて波を伝えないせいだ。
それだけだ。それだけに違いないはずなんだ。
「ディアラハぁあンッ!」
 額に噴出す汗も、再び開いたわき腹の傷からの血も気にせずに、ネミッサは何度目かになる回復魔法を放った。
322『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 21:54:16 ID:yUj7gPl70
 からん、という小さな音。ただの何の変哲もない、金属がコンクリートに落ちて跳ねる音。
 しかし達哉には、その音の正体は瞬時に分かった。分かりたくなかったが、分かってしまった。
――見るな!
 自分の心に叱咤するが、しかし身体は命令に逆らい、その発生源へと目を移す。見慣れた、しかし決して見飽きることの
ない、いや、そもそもそういう価値判断の俎上に上がることすらない、達哉の大切な思い出の鍵……。
――迷うな、揺らぐな!
 再び心を叱咤する。今度は身体も言うことを聞いた。失ったのは、ほんの一瞬で済んだ。その一瞬で一人取り逃がしたが、
それは大した問題ではない。
「来いッ!」
 達哉は己の"仮面"を呼び出す。対応して正面の舞耶も動こうとするが、自分よりも一瞬長く晒した隙はあまりに大きい。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
 炎を、無造作に側面へと放つ。小ざかしくも側面に回りこんでいたスーツの女の真正面。仮面とは、複数面性の象徴だ。
それを操るペルソナ使いとして戦いの経験を積んできている自分にとって、通常は有効な戦術であろう側面攻撃もさほどの
効果はなさない。常に複数に目を配れるのはペルソナ使いの大きな利点のひとつだ。
「くッ!」
 女が地を蹴り火球を回避する。読まれていたか、と達哉は心の中で舌打ちした。正面にいる舞耶を攻撃すると見せかけた
つもりではあったのだが、さきほどまでのやり取りから、舞耶を撃つはずがないことがバレているのかもしれない。
 ならば、正面からやりあうだけだ。相手が体勢を立て直す前に仕掛ける。思ったが、達哉が身体を回して身構えたときは
女はすでに両方の足でしっかりと立って構えを取っていた。その素早さ、素人ではない、と達哉は瞬時に判断した。
「はあッ!」
 再度、気合を放つ。己の半身、アポロが、両手を交差し、両掌に火柱をあげる。広範囲火炎魔法の予備動作だ。スーツの
女もそれと察知し、その範囲を回避しつつ達哉の側面に回りこむために、斜めに踏み込んできた。
「遅いッ!」
 達哉が、跳んだ。アポロの炎は囮。相応の使い手であろう相手の行動を、自分の狙い通りに操作するための布石だった。
達哉はただの高校生ではあったが、その中でも優れた部類に入る運動神経の持ち主である。それに加え、太陽神の仮面から
力の加護を得ている。その動きは一流の格闘家にも劣らぬものと言ってよかった。
 大振りの蹴り。素人丸出しの、基本のなっていないめちゃくちゃな蹴り。しかし、強靭な肉体から放たれるそれは、その
移動する経路を完全に読みきっていたことも加わり、スーツの女のわき腹に的確に命中する……はずだった。
「グラダインッ!」
 側面からの声。同時に、全身に強烈な衝撃がかかり、押しつぶされるような感覚に襲われる。片足で体重を支えることが
できず、蹴り足は無残に地面に落ちた。
「はッ!」
 スーツの女が、掌で突きを放ってくる。達哉の力任せな動きと違い、きちんと拳法を学んだことが分かる、美しい動きだ。
炎を放たず素早く引っ込めておいたアポロで防御し、ぎりぎりで受けることに成功する。流すのではなく、あえて正面から
受けた。その衝撃も利用して、数歩後ろへ下がり、間合いを広げる。対処できなくはないとはいえ、二方向から攻撃を受け
続けるのはさすがに厳しい。スーツの女と舞耶とを、正面に見る形に構えた。
「……舞耶姉」
「もうやめて達哉君」
 かけた声は、冷たく遮られた。ペルソナ・アルテミスが掌をこちらに向け、その後ろで舞耶がこちらを見据えていた。
 その目を、達哉は見ることができなかった。
323『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 21:55:39 ID:yUj7gPl70
 アルテミスが戸惑っている。舞耶にはそれがはっきりと分かったが、どうすることもできなかった。戸惑っているのは、
舞耶も同じだった。
「もうやめて達哉君」
 舞耶は言った。もう撃ちたくない、という意味を籠めたつもりだった。達哉は、強い。さきほどの重力系魔法はかなり
強く撃ったつもりだったのに、一瞬の足止めにしかならなかった。次に来られたら、本気で撃つしかない。
 本気で? と舞耶は自分の心の声に疑問を呈す。アルテミスの本領は氷結魔法で、それは達哉のアポロの弱点でもある。
いかなペルソナ使いとはいえ、弱点をつかれてはひとたまりもないものだ。それを本気で撃つということは、つまり……
「くくく……」
 と達哉が顔を伏せて笑い出す。先ほどと同じ、狂気に満ちた笑いだった。それを聞いて、舞耶は絶望にも似た悲しみに
襲われる。これがあの達哉なのか。あの無口で無表情で、だがその内心では熱い心に満ち溢れていた達哉が、こんな冷たい
笑い方をするなど、目の前で見ている今でもとても信じられない。
 撃つしかないのか。舞耶は歯噛みする。だが、自分は撃てるのか。守りたいものはいくつもあった。後ろにいるたまきや
ネミッサやタヱ、たまきの仲間と思われる女性……そして目の前にいる、強く、それゆえに傷つきやすい少年……達哉自身。
その達哉を、いま最も救いを必要としている大事な仲間を、自分は撃てるのか。舞耶にはまったく自信がなかった。
「ははははははは……」
 達哉の笑い声のトーンが変わった。それを聞いて舞耶は軽いデジャヴに襲われる。前にもこういうことがあった。達哉の
姿形をしている、しかし明らかに達哉とは異なる"影"との戦い。ひょっとして今、目の前にいる達哉も"影"なのでは……? 
 そこまで考えて、舞耶は軽く首を振って自分の甘い考えを追い払った。現実から目を背けてはいけない。あれは達哉だ、
正真正銘本物の達哉だ。根拠などないが、それは真実だと自分の心が言っている。それを信じずして何を信じるのか。
「やめてどうなるんだ」
 と達哉がうなるようにつぶやく。このような冷たく悲しい声は初めて聞いたように思った。
「俺の手は汚れてるんだよ、舞耶姉……もう退けない、もう遅いんだ」
 遅くなんかない。言おうと思ったが、その声は舞耶の喉の奥で凍りついた。達哉から感じる共鳴が、強く、ますます強く
なっていく。それは悲しく突き放すような、後悔と諦めに彩られた悲壮な決意の漂う共鳴だった。
「……達哉くん……あなた、たまきちゃんの前に……誰か……?」
 おずおずと、舞耶は聞いた。達哉をより頑なにしてしまうかもしれないと思ったが、聞かずにはいられなかった。
「……1人……さっきのように」
「……!」
 達哉が答え、それを聞いた一同が絶句する。言葉数は足りなかったが、そこに補うべき単語は全員よく分かっていた。
「だから、もう遅いんだ」
 すっ、と、音もなく達哉の分身が現れる。静かな、しかし先ほどまでよりもはるかに強烈な殺気が、舞耶の全身を打った。
「赦してくれなくていい、恨んでくれてもかまわない、俺は、ただ――」
 アポロの両の掌に再び火柱が上がる。その火勢はどんどんと強くなっていき、離れているというのに熱風が肌を焼いた。
達哉は、撃つ気だ。舞耶はそう直感した。迷いのない一撃が来る。迷いながらでは絶対に止められない、本気の一撃。
「達哉くん!」
 叫ぶように名を呼びながら、アルテミスの両手を前に突き出す。撃つなら今しかない。撃たれる前に撃つしか止める手は
ない。頭では分かっていたが、しかしどうしても決断することができなかった。
 達哉を、撃たねばならないのか。達哉を、救うことはできないのか。達哉を止めるには……殺すしか、ないのか。
「やめなさい!」
 もう一度、舞耶は叫んだ。
324『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 21:57:13 ID:yUj7gPl70
 なにも事情を知らなければ、「早く撃て」とせかすこともできたのだろうが、断片的とはいえ話を聞いていたレイには
さすがにそんな無責任な真似はできなかった。キョウジなら……今のキョウジではなくて本物のほうのキョウジなら……
『オレ様には関係ないことだ』とでも言って、有無を言わさず必殺のシャッフラーコンボでもぶちかますのだろうけれど、
レイにはそんなことはできない。今は魔法が使えないし、使えてもやりたいとは思わない。
「やめなさい!」
 と舞耶(というらしい女)が叫んだ。怒りより悲しみに満ちた、悲痛な叫びだった。
「舞耶姉」
 達哉(というらしい男)は舞耶の言葉を軽く返した。親愛の情に満ち満ちた暖かい声は、拒否の言葉だった。
「……生き延びてくれ」
 ボッ、と空気を焼き裂く音と共に、達哉の前の力を持つ幻影が動いた。自分の神卸のときに現れる霊質にも似ていたが、
少し違う。もちろん、悪魔とも異なる。その中間というか……とにかく、強力な力を持っているなにかであるは確かだ。
レイは冷静にそこまで判断し、迎撃すべく構えた。存在自体は未知の物とはいえ、使ってくる技は既知の魔法と体術だ。
それがただ自分だけを狙って突き進んでくるならば、いくらでもさばけるし、かいくぐれる。
 しかし、達哉の動きはレイの予想とは違ったものだった。
「アギダインッッ!」
 赤い幻影が、両掌に掲げた火炎を一点に収縮し、そのまま放った。その向かう先は、なんと舞耶だ。生き延びるように
呼びかけた直後に、巨大でしかも不可避的な速度の火球を放つなど、レイの常識の範疇にはまったく存在しない行動だ。
よほど気まぐれで愚かな悪魔でもそんなことはしないだろう。まったくの虚を衝かれたレイは思わず足を止めて、舞耶の
方を見てしまう。その目の前で、巨大な火炎が舞耶を飲み込まんと突き進み……パキィン、と軽快な音とともに、四角い
光の壁が舞耶の…いや、彼女の背後に立つ青い幻影の前に現れる。火球はその壁に突き刺さり、そしてそのままあっさり
力の矛先を変える。その行く先は、レイのいる方向だった。
 魔法反射。舞耶に憑いているあの幻影には、その性質があるのだ。少年はそれを知っていたから、あえて舞耶を撃った。
無知な自分の度肝を抜いて、こうやって足止めをして、そして反射してきた火炎を食らわせるために。レイはそのことに
ようやく気づいたが、あまりに遅かった。足は完全に止まってしまっているし、反射されたアギダインは目の前だった。
 回避は間に合わない。両腕に力を籠め、顔の前で交差させた。魔封状態にされているとはいえ、体内の魔力操作までは
封じられてはいない。魔力を集中し、身構える。しかし、耐えられる自信はなかった。
「……クレセントミラー!!」
 火炎のうなりの向こうから、透き通るような叫び声が聞こえた。自分を押し包もうとしていた炎が聖なる光に散らされ、
力を失っていく。強烈な光は自分を包みはしたが傷つけることはなかった。光の発生源は言うまでもなく、舞耶の後ろに
控えた青い幻影だった。発光源を背にした舞耶は、まるで聖母のように後光が差して見えた。
 それに見惚れる自分を叱咤し、慌てて男のほうを向きなおす。そこにはもう、誰もいなかった。
325『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 21:59:17 ID:yUj7gPl70
 目の前から達哉が消えた。そのことに少し安堵している自分に、舞耶は嫌悪感を抱いた。
 問題はなにひとつ解決してなどいないのに、ただ自分の前から消え去ってくれただけで、なんとなく楽になったような
気がしている。しかしそれは責任逃れ以外の何者でもないのだ。
 自分には覚悟が足りない、と舞耶はつくづく思う。達哉を撃つ覚悟もなかった。自分が前に出て傷つく覚悟もなかった。
助っ人の女性を見捨てる覚悟もなかった。どれかひとつでもやっていれば、達哉をこうもあっさり逃がすことはなかった
だろう。達哉を本当に止めたいならば、覚悟を決めるべきだったのに、自分はそれができなかった。
 しかし、その達哉にはゆるぎない覚悟がある。この空間は攻撃が強く、防御や回復が弱くなるように調整されている。
達哉のことだから、とうにそのことに気づいているはずだ。とするならば、アルテミスの魔法反射の性質も弱体化されて
いてもおかしくなかった。つまり場合によっては、あのアギダインは舞耶を黒焦げの死体に変えかねない行動だったのだ。
それでも撃った。達哉にはそれだけの覚悟があったということだ。
 舞耶はそっと、達哉が忘れていった落し物を拾い上げた。コンクリートの上で跳ねたせいで角に少しだけ欠けができて
しまっているが、それ以外には傷ひとつなく、汚れもくすみもない。舞耶にはジッポの鑑定眼はないが、表面がムラなく
きれいに飴色に変色しているのは、そうとう大切に手入れされて使い込まれているからだというぐらいは分かった。
 そんな大切なものであっても、拾う時間惜しさに捨てなければならない。達哉はそういう道を歩んでいるのだ。
(達哉くん……なんで、あなたはいつもそんな哀しい道ばかりを)
 舞耶はジッポを、それが達哉であるかのように抱きしめる。そうすると、ジッポにはまだ達哉のぬくもりが残っている
ような気がして……そして同時に、それが達哉が捨てていった最後のぬくもりのような気がして……舞耶はただただ強く、
ジッポを抱きしめることしか、できなかった。
「たまきちゃん!」
「ネミッサさん!」
 背後から二人分の声が響く。それを聞いて舞耶はハッと我に返った。急いで振り返る。タヱがいつの間にか戻ってきて、
先ほどのスーツの女性と一緒にしゃがみこんで、倒れている女性二人を介抱している。
 自分はバカだ、と舞耶はまた歯噛みした。無力なタヱや、怪我人のネミッサやたまきの心配を真っ先にするべきだった
のに、すっかり忘れていた。彼女たちを守ると、自分は決めたではないか。誰も傷つけない戦いをすると、三人で決めた
ばかりではないか。
 舞耶はジッポを見つめた。自分に足りないのは、覚悟。ならば、今ここでその覚悟を決めよう。そう思った。しかし、
達哉が決めたような、すべてを捨てる覚悟ではない。その逆だ。なにも捨てない覚悟だ。ネミッサも、タヱも、たまきも
その相棒も、他の参加者たちだって……もちろん、達哉のことだって、すべてを諦めない覚悟。
 誓いの儀式代わりに握り締めると、じわりとジッポが熱を持ったような気がした。熾き火のような、優しく粘り強い熱。
 舞耶は、ジッポをそっと胸ポケットに仕舞ってから、振り返って走り出した。
326『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 22:00:10 ID:yUj7gPl70
「……おい」
 重かった沈黙を打ち破り、バンダナの少年が口を開いた。腹の底から漏れ出てくるような、苦しそうな声だった。
「なんだい?」
 彼に肩を貸して歩いていた白いスーツの青年は、ほっとしたようにその声に答える。今まで何度か呼びかけていたのに
返事がなかったので、もう意識も持たないぐらいの重傷なのかと思っていたのである。実際のところは、喋ると痛むのと
あと単純にウザかったのですべて無視していただけで、少年の意識に別状はなかったのだが、だからと言って軽症という
わけではない。いかな超人的身体能力を持つ少年とて、腹部に大口径拳銃で大穴を空けられて軽症なわけがない。
「……夢崎区に行くって話だったろう。こっちだと戻ってねえか」
 眼光鋭く、少年――宮本アキラが聞く。地図も見ていないし、周囲の景色もろくに確認していないはずなのに、ズバリ
言い当ててきた。素晴らしく正確な方向感覚に、青年――葛葉キョウジは少なからず驚いた。この少年は本当に何者なの
だろうか? 自分の方向感覚も、異界のワープ地獄で鍛えられているつもりだったが、それをはるかに越えている。
「ああ、確かにそうなる。この道は平坂区に引き返す道だよ」
 キョウジはしっかりと目を見つめ返して答えた。やましいことは何もない。いままで何も言わずに独断で進んだのは、
この半死半生の少年に余計な負担をかけないようにするためである。
「なんかアテでもあンのか」
「ああ……いちおう、ね」
「……ンだそりゃ?」
 アキラが怪訝な表情を浮かべる。額に巻かれたバンダナの影からギロリと見上げる目は威圧感抜群だ。
「さっき少し休んでる間に、このCOMPのマッピング機能をいじっていたんだ。情報を入力しようと思ってね」
 とキョウジは説明を始めた。自分のほうが年上なのに、なんで怒られて言い訳をしているようになっているのだろう、
と少し疑問に思うと同時に情けなくなったが、そこはまあぐっとこらえることにする。
「そしたら、もう全部地図が入力済みだった。最初からだったのか、前の持ち主が入れたのかは分からないけど」
「ケッ、あの野郎がそんなマメなことするかよ」
 アキラは不愉快そうに地面に唾を吐く。びちゃり、と地面に叩きつけられた液体には、赤いものが混じっていた。
「じゃ最初からだったんだろう。で、そのCOMPの地図を見ていたら、平坂区のカメヤ横丁に知ってる名前を見つけたのさ。
そこは拠点にもできるし、もしかしたら知り合いに出会えるかもしれない」
「ふん。なら確かなアテじゃねえか」
「ところが、こっちの支給品の紙の地図には載っていないんだよ。だから、『いちおう』なんだ」
「なるほどな。……ところで、その知り合いってのは……あいつか?」
 とアキラが前を指差す。慌ててそっちを見ると、こちらに向かって歩いてくる人影がぼんやりと見えた。アキラは顔を
伏せたままだったはずなのに、あの遠い人影の気配を読んだのだろうか? まったく、恐ろしい少年だ。
327『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 22:01:10 ID:yUj7gPl70
 しばらくそのまま進んだ。隠れようというキョウジの提案を、アキラが一蹴したからである。アキラが感じるところに
よれば、相手はアキラと同レベルかそれ以上の能力を持っているようだった。とするならば、向こう側もこちらの気配を
察知しているということになり、もう隠れるには遅いという判断によるものだった。
 ようやくキョウジの目でもその人影が見分けられる距離になった。茶色の髪を正面で分け、赤いライダースーツに身を
包んだ、線の細い印象の少年。もともと色白なのだろうが、それにしても顔色がとても悪い。
「知らないな」
「だろうな。あの野郎、やる気だぜ」
 アキラが言う。鈍いキョウジでもそれは分かった。全身からギラギラとしたオーラを放っている。「僕はこのゲームに
乗っています」と大声で言いながら歩いているようなものだ。もっと殺気を殺して、友好的な顔をしながら歩いていれば、
こちらの不意をつくこともできるだろうに。よほど自分の腕に自信があるのか、それともそういう悪知恵は得意ではない
タイプなのか。
 どくん、と相手の殺気が跳ね上がるのを感じて、キョウジの足は思わず止まった。相手もそれに応じるように止まる。
西部劇の決闘のように、睨み合う形となった。
「……どこに行く?」
「平坂区に」
 少年の冷たい声に気圧されて、キョウジはつい正直に答えてしまう。ヤクザや警察とも渡り合う私立探偵で、そのうえ
凄腕の悪魔召喚師で、並みの脅し文句でビビリ上がるようなヤワな精神はしていないはずなのに、少年の何気ない一言で
思わずビビッてしまっていることにキョウジは少なからず驚いた。威圧感があるわけでも、恐怖感を煽ってくるわけでも
ない。それなのに、ただなにか、ゾッとさせるようなものが目の前の少年から満ち溢れているのを感じる。それがなにか
よく分からないが、あえてなにかと呼ぶならば……「覚悟」だろうか。
「質問するなら、名前ぐらい名乗るのが礼儀だろうがよ」
 バンダナで目元を隠しつつ睨み上げる、お決まりのスタイルでアキラが凄んだ。威圧するような気迫が周囲を包んだ。
「俺か? 俺は……」
 少年が薄ら寒い微笑を浮かべながら応じる。アキラがわざと放った気迫を、対抗するでも受け流すでもなく、あっさり
無視した対応だった。
(交渉決裂、か)
 キョウジは左手に嵌めたCOMPを軽く握りなおした。アキラも身構えているのがわかる。一触即発。ほんのささいなこと
でも、なにか引き金になるようなきっかけがあれば、もういつこの緊張が弾けてもおかしくない状態だった。
 全身にイヤな汗が出てくる。背筋を汗が伝うのを感じた。……この少年、強い。キョウジは改めてそのことを確認する。
その瞬間、少年の殺気と魔力が跳ね上がるのを感じた。
「俺は、JOKERだ」
 少年が発したその声が、引き金だった。
328『覚悟』ノススメ:2008/08/26(火) 22:01:57 ID:yUj7gPl70
【時刻:午前11時】

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態:魔法使用と睡眠不足で疲労  脚の傷は回復
防具:百七捨八式鉄耳
道具:脇見の壷、食料品少し、胸ポケットにジッポ
現在地:平坂区・スマイル平坂付近の路上
基本行動方針:できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標:倒れているネミッサとたまきの治療

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態:腹に銃撃を受け失血、無理して魔法を使ったため気絶
武器:MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具:液化チッ素ボンベ、食料品少し
現在地:同上
基本行動指針:仲間を集めて、主催者を〆る。
      ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標:(たまきの治療)

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:軽いPANICながら気丈に対応中
武器:MP‐444
道具:参加者の思い出の品々(ジッポは落とした) 傷薬 ディスストーン ディスポイズン、食料品少し
現在地:同上
基本行動方針:この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
      仲間と脱出を目指す。
現在の目標:ネミッサとたまきの介抱

【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態:CLOSE
武器:プラズマソード(手には持っていない)
道具:不明
現在地:同上
基本行動方針:CLOSE状態の回復、キョウジとの合流、仲間を探す
現在の目標:ネミッサとたまきの介抱

【内田たまき(真女神転生if…)】
状態:全身火傷、瀕死
武器:なし
道具:封魔管
現在地:同上
基本行動方針:身を守りつつ仲間を探す
329『覚悟』ノススメ
【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態:魔法使用により少し疲労
現在地:同上
基本行動方針:ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る


【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態:脇腹負傷(出血は無し)、精神的に極めて不安定、連戦で疲労気味
武器:なし
道具:チューインソウル 宝玉
ペルソナ:アポロ
現在地:平坂区・夢崎区の境あたりの路上
行動方針:舞耶以外の参加者を手当たりしだい殺す
※たまきが死んだと思っています


【宮本明(真・女神転生if...) 】
状態:外傷は塞がっているが消耗大、ボロボロの服
装備:ヒノカグツチ(少し重い)、鍋の蓋、スターグローブ(電撃吸収)、無想正宗
 アセイミナイフ×2、クラップK・K(残弾なし)、髑髏の稽古着(焼け焦げて使い物にならない)
道具:包丁×3、アルコールランプ、マッチ*2ケース、様々な化学薬品、薬箱一式 、
 メリケンサック型COMP、傷薬2つ、デイスポイズン2つ、閃光の石版、MAG1716
行動方針:ハザマの殺害、たまきと合流しゲームの脱出、休息を取り体力回復
現在地:平坂区・夢崎区の境あたりの路上
仲魔:コボルト
備考:肉体のみ悪魔人間になる前

【葛葉キョウジ(真・女神転生 デビルサマナー) 】
状態:正常
装備:ピースメーカー
道具:魔石1個、ベスのバンダナ、基本支給品を余分に1セット、水・食料を余分に2セット
基本行動方針:レイと合流、ゲームの脱出、休息を取り明を回復させる
行動方針:平坂の葛葉探偵事務所を活動拠点にすべく移動中
現在地:同上
備考:中身はキョウジではなくデビサマ主人公です。