女神転生バトルロワイヤル 2

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1名無しさん@お腹いっぱい。
メガテンのキャラクターのみでバトルロワイアルをしようという
参加型リレー小説スレッドです。

誰でも参加できます。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。

作品に対する物言い、感想・議論は
「女神転生バトルロワイアル議論・感想スレ」で行ってください。
詳しい説明は>>2-5

【議論・感想スレ】
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1151050496
【過去スレ】
女神転生シリ-ズでバトロワは可能か?
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1135066355
【したらば(ネタバレ打ち合わせ、ネタ、練習場)】
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/7003/
【まとめサイト】
http://playmemo.web.fc2.com/megatenbr/
2名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 00:46:47 ID:eYvxQwrM
+基本ルール+
・参加者全員に、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。
・参加者全員には、<ザック><地図・方位磁針><食料・水><参加者リスト>
 <着火器具・携帯ランタン>が支給される。
 また、ランダムで選ばれた<COMP>が渡される。
 ※地図は放送とともに禁止エリアに印、リストも放送とともに人名に斜線が入る
 <ザック>は特殊なモノで、人間以外ならどんな大きなものでも入れることが出来る
・生存者が一名になった時点で、ゲーム終了。その一名はどんな願いもかなえられる。
・日没&日の出の一日二回に、それまでの死亡者が発表される。

+呪術関連+
・参加者は生存判定用の感知能力がついた『呪術』をかけられている。
 この呪術は、着用者が禁止された行動を取ったり、
 または運営者が念じることで即死魔法が発動する。
・24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、即死魔法が発動する。
・なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。

+魔法・技に関して+
・MPを消費する=疲れる。
・全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内にいる敵と判断された人物。
・回復魔法は効力が半減します
3名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 00:47:19 ID:odL9A9kN
>>1おつー
4名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 00:48:23 ID:eYvxQwrM
= 書き手さんへのお願い =
※話に矛盾(時間軸・場所・所持品など)、間違いが起こらないよう注意してください
※作中に登場した人物の状況や所持品などを、レス末に記載してください
※タイトルは名前欄に記載してください
※キャラを新しく参加させることは、できるかぎり避けるようにしてください
※他の書き手さんにつなぐためにも時間描写をできるだけ入れてください
※SSの登場キャラは基本的に早いもの勝ち(書きたかったキャラが先に死んだりしても文句は言えない)
※キャラの予約(〜を書きたい)は自由。この場合予約者が優先されます
※他の書き手のSSで登場したキャラを書くのも自由(殺してもOK)
 ただし元の書き手が「このキャラは最後までorこれ以降も書きたい」と言えばそれを優先。
※死亡者報告の放送を作中で流す場合はスレで報告してください
※叩かれても泣かない

= 基本注意事項 =
※原作を知りたい方は、原作をやるか「ストーリーを教えてくれるスレ」へ行きましょう
※職人さんにとって、読み手の感想は明日への活力になります。読むだけで終わらず、積極的に言いましょう。

「キャラがどんな扱い、結末だろうと 絶 対 に文句を言わないこと」
5名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 00:48:55 ID:eYvxQwrM
+マップに関して+
・舞台は浮上スマル市全域(鳴海区除く)
【スマル市】
蓮華台
 町の中心に位置する
 ・七姉妹学園、シルバーマン宅、アラヤ神社、本丸公園、民家多数
 ・悪魔出現:七姉妹学園

平坂区
 西側
 ・春日山高校(地下に防空壕あり)民家多数
 ・悪魔出現:春日山高校 スマイル平坂

夢崎区
 北側
 ・繁華街、店多し、消防署、パチンコ屋なんかもあったり
 ・悪魔出現:GOLD(スポーツジム) ギガ・マッチョ(CDショップ) 
       ムー大陸(ゲームセンター)ゾディアック(クラブ)

青葉区
 東側
 ・野外音楽堂公園 キャスメット出版 スマルTV等
 ・悪魔出現:野外音楽堂公園 スマルTV(2F以降)

港南区
 南側
 ・海に面している、住宅多し 警察署あり
 ・悪魔出現:廃工場 空の科学館

・参加者はスマル市のどこかにランダム転送される
・支給品は武器+アイテム(例:アタックナイフ+傷薬5個 コルトボニー+魔石)
6名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 00:49:30 ID:eYvxQwrM
参加者一覧
【真・女神転生】
ザ・ヒーロー(作中名未定)  ヒロイン(作中名未定)
ロウヒーロー(作中名未定)  カオスヒーロー(作中名未定)

【真・女神転生II】
アレフ(主人公)  ベス  ヒロコ  ザイン(=サタン)

【真・女神転生III-NOCTURNE】
主人公(人修羅・作中名未定)  橘千晶
新田勇  氷川  フトミミ

【デジタル・デビル物語女神転生】
中島朱実  白鷺弓子  リック

【デジタル・デビル物語女神転生II】
主人公(作中名未定)  ダークヒーロー(作中名未定)
ヒロイン(東京タワーの魔女・作中名未定)

【デビルサマナーソウルハッカーズ】
塚本新(主人公)   スプーキー
ネミッサ(=遠野瞳)   ナオミ

【真・女神転生デビルサマナー】
葛葉キョウジ   レイ・レイホウ(麗 鈴舫)
シド   秦野久美子

【デビルサマナー 葛葉ライドウ対超力兵団】
葛葉ライドウ   鳴海昌平   大道寺伽耶   朝倉タヱ

【女神異聞録ペルソナ】
藤堂尚也(ピアスの少年/主人公)   園村麻希   南条圭
桐島英理子  サトミタダシ

【ペルソナ2罪・罰】
周防達哉(罪主人公)   天野舞耶  リサ・シルバーマン
周防克哉   上田知香(チカリン)  反谷孝志(ハンニャ)

【真・女神転生if...】
内田たまき(女主人公)  宮本明   赤根沢玲子   狭間偉出夫(魔神皇)
神代浩次(男主人公)  白川由美
7名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 01:01:44 ID:WT3wr6qF
マップに関して修正です
夢崎区
 北側
 ・繁華街、店多し、パチンコ屋なんかもあったり
 ・悪魔出現:GOLD(スポーツジム) ギガ・マッチョ(CDショップ) 
       ムー大陸(ゲームセンター)ゾディアック(クラブ)

青葉区
 東側
 ・野外音楽堂公園、消防署、キャスメット出版、スマルTV等
 ・悪魔出現:野外音楽堂公園 スマルTV(2F以降)

「消防署」は「青葉区」です
8名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 01:08:15 ID:omJARhNR
>>1乙ダイン
9名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 01:54:25 ID:2gROdqwi
>>1
レッツ・ポジティブ・スレ立て乙〜!!
10名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 23:54:24 ID:ExOu3cs5
(cレ ゚∀゚レ葛葉ライドウが保守です!
11殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:30:10 ID:91PWL+Z8
夢崎区
スマル市一の繁華街でいわゆる若者の町である。
どころどころにネオンが見えているが電力という文明の利器を失った今それが光ることは無い。
きらびやかな衣装が飾ってあったと思われる窓ガラスも今は割られ滅茶苦茶にされている。
以前は多くの人でにぎわっていた歩道も今はもう誰もいない。
死の町。
ありがちな表現を使えばそんなところだろうか?
「・・・さて、夢崎区に入ったが・・・どうやって探すつもりだ?」
大道寺伽耶は尋ねた。
「まさかがむしゃらに探すわけにも行かないだろう?」
「その話は後だ、まずはやることをやらなきゃね」
ヒーローが答えた。
当然二人は道の真ん中に堂々と立っているわけではない。
店と店の間の小さな路地、ひとつ間違えば麻薬などの裏取引が行われてもおかしくないような場所だ。
「いくつか調達したいものがある・・・さしあたってはあそこ・・・かな」
ヒーローが指差した先、それはスポーツ用品店だった。

スポーツ用品店に入り、双眼鏡を二つと店内に散乱している衣類を数点確保する。
確保した衣類をできるだけ大きい道路の真ん中に放置する。
ついでにへし折ってきた街路樹の枝も置く。
「・・・これをどうするんだ?」
伽屋は怪訝そうな顔で尋ねた。
「まーまー、成功率が高いとは言わないけどやってみる価値はあると思うよ」
そんな伽耶を尻目にヒーローはGUMPを操作するとケルベロスを呼び出した。
「ヒーロー、ナンノヨウダ?」
「とりあえずこの近くのどこかに隠れておいてくれ、指示は追って出す」
「・・・ワカッタ」
「たのんだよ、パスカル・・・伽耶、行こう」
手早くパスカルに指示を出すとヒーローは駆け出した。
「ああ、いつまでもこんなところにいるわけには行かんしな」
伽耶もそれに続いた。
12殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:30:42 ID:91PWL+Z8
伽耶とヒーローは先ほどの場所から近すぎず、遠すぎず・・・それでいて一番建物に潜伏していた。
「ここがいいかな・・・さっきの場所も回りも良く見える」
ヒーローが窓のそばにたった。
「いい加減どうするのか教えてもらえないか?」
「・・・そうだね、これからパスカルに頼んであの衣類に火をつける」
「火を?」
「ああ、アクリル製のものも混ざってるからよく燃えるだろう」
「・・・?それでどうするんだ?」
「そうすればあそこに何かあるとは思うだろう・・・見に来るか?敵がいると見て逃げるか?あるいは動くのは危険ととどまるか?」
「なるほど・・・それを双眼鏡で探すと?」
「そういうこと・・・とどまる人間はともかく前者二つは見つけられるかもしれない」
「よし、私は逃げるものを探そう、お前は火の近くを見てくれ」
「わかった・・・じゃそういうことなんで・・・パスカル、よろしく」
ザ・ヒーローがGUMPを通じてパスカルに指示を出す。
とたんに火がついた衣類は大きな炎を上げて燃え始める。
「パスカル、いいよ、戻ってくれ」
パスカルがGUMPに戻る。
「さーて・・・鬼が出るか蛇がでるか・・・」
「鬼や蛇で済めばいいがな」
二人は双眼鏡を覗きあたりを見回し始めた。


炎。
燃え盛る。
炎。
全てを焼き尽くす。
炎。
私もあの中に入れば楽になれるだろうか?
ふらふらとした足取りで彼女はその場所にやってきた。
突如遠くに現れた光。
それに暖かい何かを感じて近づいた。
見つけた先にあった炎。
その中に彼女は暖かさを感じた。


「おっ・・・誰か来た、けど違うな・・・女性であるみたいだが・・・ははずれだ」
炎の周辺を見ていたヒーローが口を開いた。
「炎のそばに来たということはやる気になっている可能性がある・・・レンズを光らせないようにしておけ」
伽耶がヒーローに忠告を出した。
「・・・でも何か変だ・・・あんな道の真ん中をふらふら歩いてくるなんて・・・建物の中から狙撃されたら終わりだぞ」
「なに?」
ヒーローの言葉に伽耶は思わず炎の周りにレンズを向ける。
その時。
目が合った。
伽耶と女性の間は距離にして数百メートル以上。
ましてや伽耶は双眼鏡を使い覗いているにもかかわらずだ。
「しまった・・・ここにいるのがばれたぞ」
「え?」
「目が合った」
「そんな馬鹿な・・・!?」
ヒーローが再び彼女を見たとき。
彼女は走り出していた。
ヒーローと伽耶の潜伏する建物へ。
「こちらへ向かってくる!?」
「やはりばれていたか・・・しかしなんて速さだ!?」
女性の足はとんでもない速さだった。
明らかに人間の速さではない。
「どうするヒーロー!?逃げるか?」
「・・・いや、外へ出るには出口はひとつしかない!今出ても鉢合わせして追いかけられる、隠れて隙を見てから飛び出すぞ!」
13殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:31:36 ID:91PWL+Z8
頭の中に響き渡る声。
殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
ああ!
頭が割れるようにいたい。
殺意で心があふれそうだ。
どうすればとまる?
殺せ。
そうだ・・・殺すんだ。
殺せ。
あの二人を。
殺せ。
殺せば収まる。
殺せ。
やっと見つけた獲物だ。
殺せ。
殺してやる。
殺せ。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。






                 「ぶっ殺してやる!!」

14殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:32:11 ID:91PWL+Z8
「うふふふふ・・・・分かるのよぉ・・・・」
ドゴッと音を立てて扉が落ちた。
「彼女」が扉を蹴破ったのだ。
今度はカツーンカツーンを音を立てて中に入り、迷うことなく階段を目指す。
足音は絶やさない。
まるで2階にいるヒーローと伽耶に恐怖を与えるように。
「彼女」は自分のいる位置を示す。
2階には部屋が三つあった。
「うふふふふっ・・・隠れちゃって・・・かわいい子・・・でもね」
「彼女」は迷うことなく2番目の扉を開いた。
「アタシには丸見えなのよ」
扉を開け「彼女」は手に持ったマシンガンのトリガーを引いた。
天井に向けて。
炸裂する火薬の音と銃弾がはじける音。
銃弾を食らった安普請の天井はみしみしと音がして落ちる。
「うわぁ!?」
ヒーローと伽耶が落ちてきた。
彼らは屋根裏に潜伏していた。
「ふふふふ・・・見ぃつけた」
「彼女」はにやりと笑った。
「・・・あらー見つかっちゃった・・・」
「・・・ばかな!いくらなんでも早すぎる!」
余りに早い発見に彼らはうろたえた。
「早速だけど・・・ばいばい」
「彼女」はヒーロー達に銃口を向け引き金を引く。
直前。
「パスカル!」
「グォォォォォォオオオオオオオ!!」
ヒーローの呼び声と共に天井からパスカルが咆哮を上げ「彼女」に飛び掛る。
「きゃあ!?」
パスカルの下敷きになる「彼女」
「クラエ!」
即座にパスカルは攻撃態勢に入る。
「うふふ、かわいいお犬さん・・・いたずらはダメよ・・・ふんっ!」
「彼女」が声を上げ腕を振る。
「ヌゥ!?」
パスカルの爪が届く前に「彼女」は自分の倍以上はあろうかという魔獣を突き飛ばした。
パスカルは壁を砕き隣の部屋まで吹き飛ばされる。
「!?パスカル!!!」
予想外の自体。
目の前にいる「彼女」の腕力はパスカル以上。
ありえない。
「くっ!逃げるぞ!」
伽耶の声と共にヒーローと伽耶はあらかじめ破っておいた窓から飛び出した。
二人は2階から落下する。
「RETURN!・・・でもってSUMMON!パスカル!」
ザ・ヒーローの操作により吹き飛ばされたパスカルは一瞬にしてコンピュータに戻り再び召喚。
二人の落下地点に現れる。
そのまま二人はパスカルの上にまたがった。
「逃げるぞ!」
二人を乗せたパスカルは全速力で走り出した。
「・・・あらぁ?逃げちゃった・・・逃げちゃった子は・・・追わなきゃねぇ・・・」
「彼女」はヒーロー達と同じように窓から飛び降りる。
着地と同時にまったく衝撃を受けていないかのように走り始めた。
「うふふふふ・・・どこに隠れてたって分かるんだから・・・逃がさないわよぉ・・・」
15殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:33:08 ID:91PWL+Z8
明け方の夢崎区を二人を乗せたパスカルが失踪する。
「伽耶、追ってきてるか?」
「ああ・・・とんでもない速度だ・・・二人乗せてるとはいえ魔獣についてくるなんて!」
魔獣の速度は人間の比ではない、通常の獣でもそうだが魔獣ならばなおさらだ。
「どう思う、ヒーロー・・・あいつは異常すぎる」
「ああ・・・パスカルを吹き飛ばした腕力もそうだが・・・」
「私達の隠れ場所を一瞬で見つけたことだ、蹴破った音の時間から考えて一直線、脇見なしでこっちに来た事になる」
「腕力ニ関シテナラ・・・検討ガツイテイル」
走りながらパスカルが口を開いた。
「本当か?パスカル」
「アア・・・先ホド触レタ時解ッタ・・・アイツハモウ・・・死ンデイル・・・」
「なんだと?」
「・・・そうか、ネクロマか!」
ザ・ヒーローは声を上げた。
「・・・ソウダ、デナケレバ・・・アンナ女ガ俺ヲ突キ飛トバス等デキマイ」
「死人をゾンビとして操る術・・・ネクロマ・・・スデ死んでいるが故二度と死なず、生前以上の力が出せる」
「・・・力の理由は解った・・・では位置探査はどうだ?」
「・・・それは簡単だ、彼女は僕達には反応できたがパスカルには反応できなかった、恐らく呪いの刻印を探知しているんだろう」
「成るほど・・・だが・・・死なない!隠れることもできない!おまけに武器はマシンガン!どうするんだ、ヒーロー」
「やれやれ・・・あの炎・・・とんでもないものを読んじゃったなぁ」
ザ・ヒーローたちはまだ名簿との照合をしていないので知る由も無いが、二人を追う彼女。
名をヒロコと言った・・・。
16殺意の渇き ◆UTD3iuyohw :2006/06/30(金) 01:33:39 ID:91PWL+Z8
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8800(諸々の使用により減少) 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシー・ケルベロスを召喚中)
現在地:夢崎区をケルベロスに乗り逃走中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 現状の打破

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 わずかに疲労
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト5000
仲魔:霊鳥ホウオウ(ザ・ヒーローの使役していたものを封魔、自身の使役とする)
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 現状の打破


【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:死亡 何者かにかけられたネクロマによりゾンビ状態となる ゾンビ状態により肉体強化 2度と死亡することはない
武器:マシンガン
道具:呪いの刻印探知機
仲魔:無し
現在地:夢崎区にてザ・ヒーロー、大道寺伽耶 両名を追跡中
行動方針:頭に響く殺せと言う命令に従い皆殺し
17閉鎖された病院の中で  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 02:05:08 ID:mPbreDOl
葛葉ライドウが眼を覚まして最初に見たのは真っ白で無機質な天井だった。
仰向けのまま最後の記憶を辿ると、魔神皇と戦い、その途中で倒れたところで終わっていた。
それからの記憶は無い。だが生きているということは勝ったのだろうか、あの魔神皇に。
「此処は…」
今自分が何処にいるのかを知ろうと、ライドウはむくりと起き上がった。肩に鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめた。
右肩には真新しい包帯が巻かれ、にわかに熱を含んでいる。腕を動かそうとすると奇妙に皮が突っ張るような感覚があった。
その上目覚めたばかりとは言え、異様に頭が重いような気がして、体を起こしていられなかったので、彼は再び倒れるようにベッドに寝そべった。
「よお、気付いたか。」
聞きなれた声がして、ライドウはそちらに眼を向けた。鳴海が部屋のドアの隙間からこちらを見ていた。
腕には食べ物――
殆どが果物と、袋に包まれた饅頭、それから大正生まれのライドウから見たら十分に珍しいスナック菓子のような物ばかりを抱えている。
「鳴海さん、此処は一体…。」
「森本病院だよ。お前、覚えてないのか?」
ライドウは黙って首を横に振った。
「仕方無いな…。」
鳴海は、ライドウが横たわっているベッドの横の丸椅子を引っ張り出すと、それに腰を下ろし、事の経緯を話した。
まだライドウは、夢と現実が一緒くたになっているらしく、しばらくは何を言っても今一つ要領を得ない状態だった。
だから説明する鳴海からしたら幼稚園児に難解な言葉を教えているような手応えだったに違い無い。
だが、それでも彼は辛抱強くゆっくりと噛み砕くように説明をした。
それを聞いている内に、ライドウは徐々に意識がはっきりしてくるのを感じた。そんな脳味噌で混濁した記憶の糸を手繰り寄せる。
ピアスの少年との戦いで受けた傷が元で、手当ての為に病院に向かっていたこと。
その途中でよりによって魔神皇に襲われたこと。その時にライドウは倒れ、鳴海も瀕死の重傷を負った。
それから鳴海が何とか撃退したが魔神皇は生死不明。
その後、どうやらライドウが殆ど無意識の内に宝玉で鳴海を回復させ、此処まで運んできたらしい。
「じゃあ魔神皇は…。」
「一応逃げ切ることには成功したが…あれがそう簡単に死んでくれるとは思えない。
あれが生きていて、今も山の中で俺たちを探してるんだとしたらかなり恐ろしいが…。
こんな状態じゃ動くことも出来ないからな。しばらく此処に留まるしか出来ないだろう。」
「僕なら平気です。すぐに此処から…。」
言いながらライドウは体を起こした。が、その途端視界が真っ白に染まり、
平衡感覚が一気に奪われるような感覚が全身を襲い、とても起きていられなかった。
そんなライドウを溜息まじりに見ながら鳴海は倒れたライドウの体に毛布を掛けなおした。
「今の状態じゃ無理だろ。お前血が足りてないんだから。
……まったくこの病院は気が利かないったらありゃしない。
消毒と縫合は何とか出来たが…それでも俺だって殆ど素人同然だからな、いつ傷が開いてもおかしくない出来に過ぎないし、
輸血用の血なんて何処にも無かったよ。それどころかこの病院には食堂も売店も無いと来た。
他の病室から残ってた食べ物をかっぱらって来たが、まあ、ロクな物が無いよ。
それでも何も食わないよりかはマシだから食っとけ。」
と、愚痴混じりに説明しながら鳴海はライドウの枕元に置いたいくつかの食べ物を顎で指した。
それをぼんやりと聞きながらライドウは窓の方を見つめた。
窓からは明るい日差しがさんさんと差しているが、頑丈そうな鉄格子がそれを阻んでいる。
そうだ、此処は全館が精神科病棟なのだ。
おそらく、患者は皆病室に軟禁状態だったのだろうから売店も食堂も必要無いのだろう。
そんな偏見と強制に満ちた経営体制に偽善者ぶって文句を言うつもりは無いが、勤務している医師は不自由ではなかったのだろうか。
そんなどうでもいい疑問が頭を掠めたが、それは口にしなかった。
18閉鎖された病院の中で  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 02:12:34 ID:mPbreDOl
食欲は、鳴海の期待に応えるには不十分な程度に無かった。
だが、血が足りないのなら無理にでも胃に詰め込んでおかなければならないだろう。
今度は貧血を起こさないように慎重に半身を起こし、無造作に置かれた食べ物の中からしなびた林檎を取った。
一口だけ口にしたが、見た目どおり水分は程よく飛んでいて、飲み込む気にはなれないような代物だったが、それでも飲み込んだ。
そんなライドウの、一連の咀嚼運動に満足したのか、鳴海は立ち上がり、大きく伸びをした。
「ちょっと出てくる。」
「何処に行くんですか?」
「もう一回輸血用の血を探して来るんだよ。でなきゃ食べ物だ。まだ院内を全部探索したわけじゃないからな。
ライドウ、すぐに帰ってくるから動くんじゃないぞ。
……心配すんな。すぐに戻ってくる。」
念を押すように言ってにっこり笑うと鳴海はくるりと後ろを向いた。
いつもの鳴海らしい、さり気ない仕草だった。そのままぱっと手を振り、鳴海は振り返りもせずに病室を出た。
だが、ライドウには何故かその後姿がやけに物悲しく、もう二度と見ることが無いのではないかという不吉な不安に駆られた。

鳴海は、ライドウに気付かれないように外に出た。
予め病室の外に置いていた自分の荷物を取り、彼のいる病室の窓からは見えない角度にある裏口から、気配を消して、そっと。
この病院は殆ど空っぽだった。いくら探しても新鮮な血液なんて出てくる筈が無い。
それならば、外に出て同じ血液型の人間を、出来れば話が通じて協力してくれる意思のある人間――を、探さなければならなかった。
それも、ライドウと同じO型の血液型の持ち主に限り、ライドウの状態から時間もあまり掛けられない。
成功する可能性は限りなくゼロに近い。
それでも行くしか無かった。
でなければ、ライドウはこのまま徐々に衰弱して死んでしまう。
最悪でも、今のライドウには必要不可欠な、栄養価の高い食べ物を持ってこなければならない。
つまり、新鮮な肉を――。
異界開きを行い、この地獄の街から脱出する為にはその術を心得ているライドウが絶対に必要なのだ。

鳴海の頭をある恐ろしい考えが浮かんでいた。
限られた生存者の中で同じ血液型の人間を探し出すのは、普通に考えればほぼ不可能だ。
だが、この街は今殺意に満ち溢れている。だから新鮮な肉ならすぐに――。

考えて、すぐに止めた。
そんなおぞましいことをしたら駄目だ。
思い直したが、自分の中の人間に対する尊厳が、幾ばくか失われつつあるのも自覚していた。
鳴海も、この緊張の中で精神状態をギリギリで保っていたのかもしれなかった。
19閉鎖された病院の中で  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 02:16:22 ID:mPbreDOl
【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団】
状態 出血多量による重度の貧血
武器 脇差
道具 無し
現在地 蝸牛山 森本病院

【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常だが精神的にピーク
武器 メリケンサック クロスボウ
道具 チャクラチップ
現在地 蝸牛山
20生き残ってみせる!:2006/06/30(金) 11:53:18 ID:rEcKjwM9
「彼」はひたすら走った。
それは恐怖の為。
それは死神から逃れたい為。
なによりも生き残る為。
しかし「彼」は決して弱いわけでは無いのだ。
走りながらも無意識のうちに遭遇した無数の悪魔を一撃で、そうたった一撃の撲殺で殲滅し続けている。

「彼」は廊下を階段に向かって無我夢中で走った。
−下に向かっては「敵」に待ち伏せされる可能性が高い−
そう本能が「彼」に命令したのかもしれない
あえて階段を上がった。そこは三階である。
そして今度は反対側の階段に向かってひたすら走り抜ける。
反響する足音。しかしあの「敵」……「人修羅」の一筋の光明すら許さない漆黒……ドス黒いような闇の気配は無い。
さすがの「彼」も息が上がり始めた。こんなに走った記憶は「彼」には思い出せない。
三階の中間地点に位置する教室の出入り口が開いていた。思わずそこに滑り込む。
21生き残ってみせる!:2006/06/30(金) 11:53:58 ID:rEcKjwM9
呼吸が上手く出来ない。
喉が水分補給を訴える。
走ったせいでもあろうが、おそらくは「人修羅」と名乗る「悪魔」(そう「悪魔」だと自ら名乗ったのだ)と戦ったからであろう。
思わずザックからペットボトルに入っていた水を取り出し一気に飲みきってしまった。
ふと気付く。
ザックを二つ持っていた。
−邪魔だ−
思わず二つあるうちの、一つのザックの口を開け開口部を下に向けた。
ザックの中身が重力の力に負け全て落下する。若干の音と共に。
焦燥の為でもあろう確認もせずにその全てをもう一つのザックに押し込めた。ザックはその全ての持ち物を飲み込んでいく。
そのような状況化においてですら「彼」の脳は生き残る為の策を思考し続けた。
−この生き残り戦争がいつまで継続するかそれこそ神のみぞ(否、悪魔か?)知るところ……−
−傷を負ったらどうするか?−
−食料の確保はどうするか?−
−水の確保はできるのか?−
−武器の確保は十分か?−
−何よりあの「人修羅」に遭遇しないようにするにはどう行動すべきか?−
ここは学園であるという事を「彼」は思い出した。
そう、彼は武器等を調達する為にこの学園に再度侵入を試みたのだ。
若干冷静な思考が出来るようになってきた為、彼は地図を広げる。現在位置を把握する為だ。
蓮華台。
そう呼ばれる土地である。
このスマルと呼ばれる都市のほぼ中心、それもこの七姉妹学園はその蓮華台のほぼ中心に位置する。
言わばスマル市の中間連絡地点とでも言うべき場所であり、蓮華台はこの殺戮劇に参加「させられた」人間が通過する可能性が高いと言う事だ。
ぬかった。
「彼」あの時はこの学園に行ってみるのがベターだと思った。基本的に武器調達の為である。
結果として「彼」は確かに武器を入手した。だが恐るべき相手がこの学園に潜んでいたのだ。
22生き残ってみせる!:2006/06/30(金) 11:54:35 ID:rEcKjwM9
一刻も早く逃げ出したかった。しかしすぐに行動を起こしてしまっては腹を空かせた死の淵が口を開けて待っている様な気がしてならなかった。
思わず背筋に冷や汗。
そして同時に尿意を感じた。
先程の空腹感もそうであるが「彼」自身の身体は正常に機能していると思って間違いない。
思わず苦笑。そして考える。しかし尿意が彼を焦りへと向かわせる。
学園内という空間の為か彼は思わずトイレ……もちろん男子用である……へと向かっていった。
トイレに向かう途中、焦らせる尿意に抵抗しつつ先程の様には走り出す事無く彼は足を進めた。
恐怖もあったが小用をすませる途中で殺されては笑うにも笑えない。
トイレがあった。ダメだ……もう我慢できない!
思わず駆け込み、焦りの根源であるそれを済ませる事を試みる。
運が良い事に処理中「人修羅」と遭遇する事はなかった。
処理の最中にも思考は進む。
−「あいつ」や「奴」はどうしているだろう……−
−あいつらの事だ、生き残ってもしかしたら合流しているのかもしれない。合流してるなら「あいつ」の事だ、上手くやっているのかもしれないな−
−仮に……仮にだ、「あいつ」に遭遇したら「あいつ」はどう俺に対応するのだろう?−
−友好的に話しかけてくるのか?あるいは威圧的に話しかけてくるのか?もしかしたら俺に戦いを挑むのか?−
そうこうするうち処理が終了。
ズボンのジッパーを上げる。
安堵感からか思わず便器の上にあるボタンを押下する「彼」。
流れる水、そして音。
音による危険性を感じた「彼」であったが、同時に水道が「生きて」いる事を「彼」は確認できた。
とりあえず水の確保は可能なようだ……と安心した「彼」は先程の教室にザックを忘れてきてしまった事に気付く。
兎に角、一旦戻りザックを回収せねばなるまい……そう思った彼は先程の教室に戻る。
運良くザックはそのままの状態で放置されていた。「彼」はザックを再度入手する事が出来た。
先程飲み干してしまったペットボトルを手に持つ。そして考える。
水道が生きているならば公園や民家でも水は確保できる。最悪トイレの水でも構わない。少なくともこの学園では補給が可能だ。不潔な水を飲む可能性は低くなる。
一つ安心できる要素が増えた。「彼」は若干安心する。そして近場にあった廊下の水道口から水を静かに補給した。
教室に戻り、ふと顔を上げた。時計を見やるともうじき六時になる所だった。
ルールが適用されるならば死亡者通知がされる時間帯。太陽は東の方向から頭を覗かせている。……地球上の(少なくとも日本の)法則から言えば現在は午前であるはずだ。
嘘であって欲しい。
と、彼は心から祈った。もしかしたら「祈った」行動は「彼」が生まれてから初めてなのかもしれない。

時計の短針が六時を示した。
教室には必ずあるといってもいいスピーカーから異音が発生した。
イヤな予感がする……
スピーカーからは絶望への招待状。死亡者の通知が行われたのだ。
告げられた死亡者の中には少なくとも一人には記憶があった。
「人修羅」が自ら殺したと言う尊敬していた女の名前がその中にあったのだ。
心の中でかすかに懇願していた想いが完全に打ち砕ける。
嘘ではないのだ。少なくとも主催者は確実に存在し、この殺し合いを観戦している。
虚脱感……しかし生き残ってやると言う気持ちは変わらない。そんな「彼」に睡魔が奇襲をかけてきた……
23生き残ってみせる!:2006/06/30(金) 11:55:06 ID:rEcKjwM9

「彼」はふと我にかえる。いつの間にか寝てしまったらしい。時計が示す時刻はは七時を若干過ぎていた。
太陽はまだ東。と言うことはまだ午前である筈。
寝ている間に殺されなかった……
多少の安堵、そして生き残ると言う目的。
それを思う事で「彼」の脳は生き残る為の思考を再開する。若干ではあるものの睡眠をとった為か、より明確に思考が行われた。
医務室はあるのではないのか?
そこで傷薬等の類は入手できる事は可能ではないか?
学園内に購買は存在しないのか?
保存状態にもよるが食料の補給は可能ではないのか?
用務員に関連した部屋は存在しないのか?
武器として転用できる道具があるのではないのか?
運動部関連の部室は無いのだろうか?
もしかしたら防具または武器として流用できる物があるのではないのだろうか?
「人修羅」にはもう遭遇したくない。少なくとも現状では戦ってもこちらが死ぬ可能性が遥かに高い。
ざっと浮かんだのはこの五点。次に優先順位を決める。
自分は回復魔法の類は持っていない。傷を負った際の処置は重要だ。
手持ちの食料がいつまでも持つとは限らない。最悪、インスタント食品でも構わないのだ。湯を沸かす事は可能なのだから。
とりあえず近接武器の入手は完了した……と思ってよい。しかし他にも予備があれば心強い。しかし防具は欲しい。
……決めた。
向かう場所の順番は、医務室が最優先。そして部室を捜索、次に用務員がいると思われる場所、あれば購買関係の部屋。そして学園からの脱出。
あまり時間を掛ける事は出来ない。「人修羅」には遭遇したくないからだ。
しかし仮に「人修羅」がまだ徘徊してるとするならばあの足音とドス黒いような闇の気配がするに違いない。
「彼」はすっと息を吸うと気合を入れる。そして静かに教室から廊下へと足を踏み出した……

……結果から言おう。
医務室にて応急処置用の薬箱も入手出来た。これで簡単かもしれないが軽傷であれば治療は出来るだろう。
運動部関連の部室からは防具に代用できる物も発見できた。が、戦闘時の動きに阻害が発生すると思われたので装備を断念した。
用務員室があった。目に付くものは無かったものの蝋燭と縄を入手した。暗い場所や敵を封じる場合(相手にもよるだろうが)には使えるだろう。(元々の運用方法を考察する事はあえて止めた)
購買関連の部屋はあった。そこで若干の食料と十得ナイフを入手した。これで缶詰等を入手した際、苦労する事なく摂取が可能。
時刻は七時半を過ぎた所だった。しかしまだ八時には至らない。四〇〜四五分といった所か。
……そろそろ脱出すべきだな……
「彼」はそう思い学園を後にする……
「彼」は「人修羅」に出会う事無く学園からの脱出に成功した。
出来ればこの一日、誰にも遭遇したくない。「彼」は思った。
他の誰かが潰しあいをしていて欲しい。「彼」はそうも思った。
勿論、それは考えが甘かった。
学園を脱出したその後、「彼」は「人修羅」とは異なる人間に遭遇するのである。
「悪魔」は今だ「彼」に飽きる事無く興味を持ち続けているのだった……
24生き残ってみせる!:2006/06/30(金) 11:55:40 ID:rEcKjwM9
【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具:カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
   高尾祐子のザック所持の中身(詳細不明、尚高尾裕子が所持していたザックその物は破棄)
   応急処置用の薬箱
   蝋燭&縄
   十得ナイフ及び若干の食料を確保
現在地:七姉妹学園内→蓮華台
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。

【移動時刻】
七時半以降〜八時前(四〇〜四五分と思われる)

25外道の所業 ◆oShO2fvib. :2006/06/30(金) 17:23:52 ID:HSW3yWAx
「う〜ん、ろくな物落とさないなぁ」
かれこれ2時間ばかり狩りをしているというのに、物がそろわない。
拾えたものといえば、アサセミナイフと、スターグローブ、兵隊の格好をしたゾンビから
引っぺがしたレザーブーツ、あとは魔石が1つばかり。
本来、2時間も狩ればそれなりに大量の物品が揃うはずだ。しかし、思った以上に収集が悪い。
「悪魔もあれだし……はぁ」
泣きついてくる低級悪魔を捕まえて、少しでも利用するため精霊にしたとこまではよかったが……
『お、精霊同士で合体できるよ』などと思って試しに合体させてみた結果。
ワケワカラン弱いマガタマの悪魔、ニギミタマとかいうのが出来ただけ。仲間もこれ一匹では心細い。
「しかたない、『巣』に突っ込んでみるか」
彼はある暗がりに向けて一歩踏み出す。おそらく、悪魔を狩る者ならで体験したことがあるだろうが、
入ったら最後、ほぼ確実に悪魔がいる、もしくは高確率で悪魔と遭遇する場所がまれにある。
悪魔が大量に密集している場所……これを彼は便宜上『巣』と呼んでいる。
とりあえず、最低限、本当に最低限だが武器も防具もそろった。低級悪魔の巣なら、飛び込んでも
問題ないだろう。そこでまとめて集めたほうが手っ取り早いと踏んだのである。
先程、巣の場所は既に発見済みだ。ネコマタが10匹以上集まっていた。
「え〜皆さん、毎度おなじみ、悪魔狩り、悪魔狩りでございます。死にたくない方は、MAG、マッカ、持
ってる道具を全てお出しください」
隠れることなく、堂々と正面から巣に突入。傲岸不遜に言ってのけた。
「人間?」「人間だ……」「まだ子供だよ?」「これだけの数相手に、なに言ってるの?」「狩るつもりかしら?」
ネコマタ達がざわざわと話し出した。その顔には、いまいち真剣さはない。当然といえば当然だろう。
――ティーンエイジャーの少年が一人、力を過信して無謀に入ってきただけ――彼女たちの感覚からすれば
そんなとことだろう。
「坊や、ここはねぇ、あなたのような子供がくるとこじゃないのよ?早くお帰りなさい」
ネコマタの一匹が彼に近づいて頬を優しく撫でて、そっと息を吹きかけるように言った。
その言葉につられて、ネコマタ達が笑い出した。
「いや、家に帰りたいのは若干同意なんだが……帰れなくってね。で、帰るためにこんなこともする訳だ」
「え?」
苦笑を浮かべ、やさしく、ダンスの相手の手を取るようにそっとネコマタの手を掴む。そして――
――高速でひねった。
26外道の所業 ◆oShO2fvib. :2006/06/30(金) 17:24:38 ID:HSW3yWAx
「ぁぁああああああアアアアァァああ!?」
肉が纏めて引き千切れた。ブチブチとゴムを切るような音を立て、油の切れた子供の玩具のように震えるように
うずくまる。
「はーい皆さん!先程も申しましたが死にたくない方は、MAG、マッカ、持ってる道具を全てお出しください。
さもなくば皆さんにちょっとかわいそうなことをしなきゃなりません。どのくらいかわいそうかというとX指定です。
未成年は見てはいけないようなことになります。OK?」
足元のネコマタを蹴って仲間に放ってやる。先程までうるさく笑っていた連中の表情は、静かになって絶望の色が
顔に張り付いていた。実に気分がいい。
『グルルル……ルァァァ……』
それに賛同するようにラハブが姿を――うっすら、蜃気楼のようなものではあるが――表す。
更にそれを見て青ざめる。
「わ……」
「わ?」
「分かったわ……全部……全部差し出すから……お願い……見逃して……」
長だろうか?多少年長者(それでも多く見積もって外見30才だが)が絞り出すように言った。
「もちろん。じゃ、物を出してくれ」
返事はなく、おとなしく物をかき集めるネコマタ達。あっという間にそれなりに集まった。
「防具はなし、か。MAG563、魔石が1つ、傷薬2つ、ディスポイズン2つ、……あと、これは何だ?」
何か象形文字のようなものが刻まれた石版を拾い上げる。なぜか黄色い文字が煌々と光っていた。
「それは……閃光の石版よ……砕けば、封入された魔法が開放されるの……合体に混ぜることも出来る」
あいかわらず、震えた声で説明をくれた。まぁ、マハジオストーンと同じだろう。魔力の低い俺では役に立たないが。
バックにアイテムを詰め込み、
「ああ、説明ありがとうそれじゃ」
感謝の言葉を言って、
「kill them all(皆殺しだ)」
剣が走った。
アイテムを渡しに近寄っていたネコマタは、胸から上を失い、バタリと倒れた。
恐慌状態になるネコマタ達。
「そんな、見逃してくれるって!ちゃんと渡したのに!」
悲鳴が舞う中一人が問い掛けた。俺はネコマタを狩りながら一言で一喝。
「  だ  が  断  る  !  !  」
「そんな……う――」
それ以上、ネコマタが喋ることはない。なぜなら顎から上がないからだ。
はむかうネコマタを切り伏せ、逃げるネコマタ達を一匹も逃がさず潰していく。
「いいぞ ベイべー!逃げる奴はネコマタだ!! 逃げない奴はよく訓練されたネコマタだ!!
ホント この世は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!! 」
泣き叫ぶ。狂う。壊れる。死ぬ。
そこはまさに地獄だった。
………
……
27外道の所業 ◆oShO2fvib. :2006/06/30(金) 17:25:36 ID:HSW3yWAx
20分もした頃には、もう動くものはなくなっていた。
「フゥ、ちょっと盛り上がりすぎたな。さて、まだまだ狩りを頑張るか」
あらゆる外道を働きながら、彼は進む。優勝のために。

【神代 浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:実に健康
武器:夢想正宗 アサセミナイフ
防具:スターグローブ レザーブーツ
道具:メリケンサック型COMP 魔石2つ 傷薬2つ ディスポイズン2つ 閃光の石版 MAG1215
仲間:ニギミタマ
現在地:春日山高校/防空壕
行動方針:消耗品、投具系の武器、防具、MAG、強力な仲間の回収
28転生の絆 ◆C43RpzfeC6 :2006/06/30(金) 20:22:49 ID:Zvbaxe6B
―午前6時
柔らかな朝の光が蝸牛山を照らす。
ある程度仲魔を集めて山道を抜けたとき、静寂を破って一回目の放送が聞こえてきた。
数時間前の男の声が無感情に死者の名を告げる。
白鷺弓子の名は読まれなかった。
(…生きている)
按配感が全身を包む。まだ弓子は死んでいない。
しかし、まだ安心はできない。
死者の数だけ危険が減ったといえるが、残る生存者の数だけ危険が残っているとも言える。
残る参加者のうちの一人でも弓子と接触したら…
いや、もしかしたらもう接触しているのかもしれない。
先程殺したあの男のように親しげに話し掛けて信用させる。
優しい弓子は相手を信じてしまうだろう。そして、その相手が本性を表したら…
考えただけでぞっとする

前世…神代の時代でも夫婦同士だった二人。
その絆の糸は彼の心を強く縛り付けている。
(弓子…)
艶やかな黒い髪、強く抱けば壊れてしまいそうな細い身体。そして、全てを見透かすような深い濡れ羽色の瞳。
もしもっと早く彼女に出会えていれば、ちょっとした怨恨から魔界の門を開くことはなかったかもしれない。
その償いとしてあんな下らない世界を守るために戦う必要もなかった。
(いや…辞めよう)
今は彼女に早く出会えなかった不幸を呪うより、彼女に出会えた幸福に感謝しよう。
そしてその幸福を堪え難い精神の苦痛に変えない為にも、急いで弓子を捜し出すのだ。
29転生の絆 ◆C43RpzfeC6 :2006/06/30(金) 20:30:37 ID:Zvbaxe6B
(もうここにいる意味はないな…)
移動の目処を立てようとマップを広げる。
「一番近いのは平坂区か」
少し考えて、平坂区から港南区、と反時計周りに移動することにする。
中心に位置する蓮華台は最後に探索しよう。
「魔王ロキ…召喚」
ノートパソコンを開き、素早くコマンドを打ち込む。
一体の悪魔が出現する。一対の黒い翼を背に生やした長い金髪の若者。
北欧神話におけるトリックスター、ロキ
「呼んだか?…マスター」
「ここから夢崎区、青葉区と時計周りに探索しろ。探すのは一人の女だ。」
弓子の特徴を説明する。
「見つけたら僕に報告しろ。」
「他の連中は殺してもいいのか?」
「いや、余計なことはするな。お前は言われたことだけこなせばいい。」
博愛心からではない。戦いに巻き込まれて弓子に被害が及ぶのを避けるためだ。
ロキはその命令が不服なようだったが、あえて逆らうことはしなかった。
「無様だな…ロキ」
飛び去るロキを見送りながら、中島は冷笑した。
かつて中島がいた世界では召喚者である中島を殺そうとし、人間界の支配を狙った悪魔。
同一の存在とは言えないまでも、今では逆らうことなく命令に従う一介の悪魔にすぎないとは。
残りの仲魔は4体。一度に召喚できるのはロキ以外ではあと3体。
マグネタイトの節約のため連れて歩くことはしないが、戦闘となればいつでも召喚できる。
準備は整った。あとは、弓子を見つけだすだけだ。
心地よい朝の風に吹かれ、朱実は歩きだす。
愛する人を殺人者の群れから護りぬくために…

時刻 一日目午前6時過ぎ
【中島朱実(旧女神転生1)】
状態 正常
所持品 COMP MAG3500(交渉・召喚に使い減少) レイピア 封魔の鈴
仲魔 ロキ他4体
現在地 蝸牛山から平坂区へ移動中
行動方針 白鷺弓子との合流 弓子以外の殺害
30鎮魂歌 ◆XBbnJyWeC. :2006/06/30(金) 23:17:53 ID:aftawLbQ
まだ暗い闇の中、少年は木々に囲まれた場所で土を掘っていた。
傍らには2体の死者が月光を受け、端正だったろう顔立ちを見せ、横たわっている。
「どうして死ななきゃいけなかったんだ――。」

今から2時間前、事は起きた。
死のゲームが宣告され、少年は青葉区の商店が立ち並ぶその近くへと転送されていた。
右も左もわからないその場所で、また大きな決断をしなければいけないのかと憂鬱になりながら、商店の中へと姿を隠した。
今外へ留まれば、この宣告に乗った参加者に見つかって戦わなければいけなくなるかもしれない。
――殺しはゲームの中だけで十分なのに。
   まぁそのゲームから悪魔が出てきたんだから、あの冒険だってゲームみたいなものか。
不思議な納得をしながら少年は手にしていたザックの中身を広げてみた。

弓形に湾曲した剣、何かに使うのだろう丸く小さいもの、水、食料…。

残念ながら悪魔を使役するためのCOMP類は一切入っていなかった。
(本当に武器が入ってる。折角家に帰ったのに、またこういうの、持たないとダメなのか)
大きくひとつため息をつき、湾曲した剣を握り締める。

家に戻り、COMPの中身を確認したのは覚えている。
そのときにはもう誰もリストに入っていなかったよな。
ルシファーの命で魔界へ還ったのかと思ったけど、このために戻されたのかもしれない。
そうだ。そのときあれ、はずして置いてきた。ああ…取りに帰れたら楽だろうに。
考えあぐねた末、また一つ大きなため息をついた。
31鎮魂歌 ◆XBbnJyWeC. :2006/06/30(金) 23:18:46 ID:aftawLbQ
そうしているうちに、夜の闇は次第に薄れ始めた。
少しずつ外の様子が見て取れる。
あからさまに自分の住んでいた世界とは全く異なる文明の街。
ゲームが始まる時に集められた場所で聞いた言葉は日本語だったから、
ここに集められた人たちにも言葉は通じるんだろう。
張り紙も『ヒットポイント回復するなら 傷薬と宝玉で』とある。
これはどうみても日本語だ。
交渉すれば理解してもらえるかもしれない。話し合えば――。
その言葉が終わる前に、外の様子が突然騒がしくなった。
(あの声は…人だ!悪魔じゃない。)
声色からみて、女性。人数は二人だろう。
普段なら仲裁に入るかもしれない。でも、今出て行けば逆に…。
仲魔を使役できない分戦力は落ちているのは確かだ。
攻撃されれば身を守れるかどうかわからない。
女性は守ってあげたい。でももし強く、攻撃をかけられたら…。
思考が同道巡りになる。

そのときだ。
「うっ…」
低い声が聞こえ、少年は驚きのあまり、身を隠していた事すら忘れ、
戸口の隙間から外を垣間見た。
一人の女性が包丁を赤く染め、もう一人は今まさに倒れようとしていた。
これはどう見ても包丁を持った女性が刺したに違いない。
血だ。本当に殺し合いをしている。
今出て行けば、彼女のテンションはきっと壊れて戦いになる。
(だめだ、今は出て行けない。)
包丁を握った女性が、ふらりとこちらへ足を向けてている。
静かな街に、彼女らとは別の足音が響く。
学帽を被り、マントを羽織っっているのだろう人影。
(――第3者が絡んでいるのか?)
学帽の人影は、包丁の彼女へと脇差に手を掛け歩み寄る。
(ヤツが包丁の女性を殺すのだろうか?)
だが、声は女の方から先に発せられ、刺してしまった謝罪を繰り返す。
学帽の人影は、まだ彼女の元へと至っていない。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!」
包丁の女の声が響く。学帽の人影は手をかざす。
あの人影は殺しに行こうとしたんじゃない。自分にはできなかった事…止めに入ったんだ!
目の前で繰り広げられる、惨劇。
のど笛のつぶれる鈍い音、学帽の人影は鮮やかな赤に染められていく…。
――自殺。
どうして…。
もう、見ていられない。
少年は覗いていた戸口の隙間をそっと閉めた。
立ち去る足音。まもなくしてまた響く足音。
そしてそれは、感嘆の声を上げ、しばらく後に足音をたて、その音は消えていった。

沈黙。
もう外には誰もいない。
誰だかわからない女性が二人、すぐそばで死んだ。
このまま放っておくことは、彼の良心が許さなかった――。
32鎮魂歌 ◆XBbnJyWeC. :2006/06/30(金) 23:20:10 ID:aftawLbQ
(彼女らが別の機会に出会っていたら。)
少年は、商店から拝借してきたスコップで、穴を掘りながら考えていた。
生きるために殺すまでは理解できる。
だが、何故自ら死を選ばなくてはいけなかったんだ…。
女性二人が納まる程の穴がようやく空き、彼女らの上着を脱がせてから中へと収め、
掘り返したばかりのやわらかい土を、そっとかけた。
二人が眠るその場所へ、彼女らの上着をかけ、少年は手を組み祈った。
彼女らの宗教が違うかもしれないが、自分ができる精一杯の供養。
日の光は空へと昇り、女性二人の墓を光で満たす。

主催者の声が響く。

きっとあの名前の中に、彼女らの名前も入っていたんだろうな――。
少年は長い祈りを続けながら天から降り注ぐように聞こえてくる声を聞いていた。
(どうか、安らかに――。もう殺しあうことのない幸福を二人が得られますように。)
祈りを終え、目を開き、組んでいた手をはずそうとしたその時、
少年の胸に熱い何かが突き刺さり、土の下に眠る女性の墓標としている上着を赤く染めた。


【主人公(旧2)】
状態 重症。胸を貫かれている
武器 円月刀
道具 何か丸いもの スコップ
現在地 青葉区空き地
行動指針 まだ考えていない
33ある“生存者”の葛藤  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 23:46:50 ID:Tdi4rLR0
蝸牛山は昼間でもあまり日が差さない場所である。
それでも木々の間から顔を覗かせた太陽の位置を見ることである程度の時間は把握できた。
日は大分高い位置にあるが、まだ正午には早いだろう。
鳴海は私物として腕時計を持っていたが、先の魔神皇との戦闘時に何処かにぶつけて壊してしまったらしい。
若い頃に奮発して買ったブランド物(しかもシリアルナンバー入りの貴重なやつだ!)の大事な質草だったが、
止まっているどころか文字盤まで砕けてしまっていては最早何の価値も無い。
こういう場合は何処に労災を申請すればいいのか。このゲームの主催者か? 馬鹿なことを。
いや、そんなことよりも――。
山道を歩きながら鳴海は思い悩んでいた。いや、悩みなどという生易しいものではない。それは、人間としての激しい葛藤だ。
鳴海の心の中で、モラルを持った自分と、悪魔に魂を売ろうと眼を輝かせている自分が戦っていた。
34ある“生存者”の葛藤  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 23:49:24 ID:Tdi4rLR0
(出血多量で動けない大事な大事なライドウちゃんを救うにはどうすればいいと思う?)
決まってるだろ。同じ血液型の人間を病院まで連れてくるんだよ。
(そう簡単に行くかな? この広大なスマル市で、一体今何人の人間が生き残っていると思ってんだ。)
でも、探し出すしか無いだろ。幸いまだこのクソゲームが始まってからそんなに時間が経ってない。
今朝聞いた死亡者発表でも人数はそれ程…。
(だからって、どうやってそんな都合のいい血を持った人間を探す?)
見かけた奴に片っ端から聞いていくしか無いだろ。
(そんな人道主義者がこの殺し合いステージにどれくらいいると思う? いきなり銃で撃ってきたらどうするつもりだ?)
……きっといるさ。最初に出会ったレイコちゃんみたいな、優しい心を持った奴が。だから探すんだよ。
もし出会った奴が急に殺しに掛かってきたら逃げるさ。全力で。
(はたして上手く行くかな? そんな天文学的に低い確率を探し当てるより、もっと堅実な方法があるんじゃないのか?)
それは考えたさ。ライドウに滋養の付く食べ物を用意することだろ? 
だけど、そっちの方が難しいと思うぜ。
此処は人里離れた山の中だ。動物を狩ることも考えたが…。
朝っぱらから人間がドンパチやるもんだからみんな何処かへ引っ込んじまったよ。
おまけに魔神皇の奴が殺気を撒き散らしたせいでますます深いところに隠れちまった。
悪いが狩猟初心者の俺に警戒中の野生の獣を追い詰める技量は無い。
(街まで降りれば?
街に降りれば沢山の人間と出会えるだろう?)
そりゃ、出会えるだろうさ。
出会って殺し合う。それがこのゲームの大前提なんだからな。嫌でも誰かに会うさ。
その中で話の通じる奴を見つけるんだよ。何度も言わせるな!
(解っていないのはお前だよ。仮に戦うことを放棄した人間がいたとしても、そいつがまだ生き残っている可能性は?
もし生きていて、運よく出会えたとしてもそいつはお前を信用するのか? もし信用してもらえなかったら?)
また、次を探すさ。
(そいつは余りにも分が悪い賭けってもんだ。いいか、改めてこのゲームのルールを思い出せ。人を殺すことなんだよ。
殺し合いだ。
お前が軍人だった頃、戦場とそう大して変わらないじゃないか。)
五月蝿い黙れ! 俺はもう軍人じゃない。だから…人も殺さない。
(そこに生き残るチャンスと、ライドウちゃんを助けるチャンスがあったとしてもか? 
お前が人を撃てば、それだけ生存率が上がる。)
…………。
(そして人を殺せば、そいつが必ずお前の目の前に残すモノがあるだろ。)
…………。
(お前が殺したその相手は…いや、必ずしもお前が殺す必要は無い。こんな場所だ。少し歩けばすぐに見つかるさ。)
…………………!
止めろ、それ以上言うな…!!
(それはお前に…ライドウに……100%の確立で栄養価の高い血と肉を――)
止めろ、止めろ、止めろ!
(ライドウには黙っておけば大丈夫だよ。あいつも……の味なんて知らないんだ。)
止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ――――――――――――!!!
35ある“生存者”の葛藤  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 23:52:53 ID:Tdi4rLR0


ドン!

突然遠くから銃声のような破裂音が響き、鳴海のいる位置から数メートル先の地面が抉り取られた。
それで葛藤の呪縛から逃れた鳴海は、ハイカー用に舗装された山道を駆け足で離れ、木陰に隠れる。
ライフルか何か、遠方から狙撃可能の銃を持っている奴がいる。そいつが今自分を狙っているらしい。
一体誰だ?
気配を消して、慎重に歩いていたつもりだったが、考え事をしていたからか、集中力が削がれて迂闊にも隙ができていたのだろう。
だがそんな悠長なことを考えている暇は無い。生きて自分の使命を全うするには走るしか無かった。走って逃げる。
逃げる、逃げる、逃げる!
もう一発、遠くで音が響いた。今度は、少なくとも鳴海の視界に入る場所での兆弾は無かったようだ。
自分は今他の参加者に狙われている。いや、だがその音は少し籠っている。
(これは本当に銃声か?)
その時鳴海は一つのことを思い出していた。最初に集められた教室のスピーカーから聞こえた例の声。
奴は言っていた。この街には「悪魔」が出る場所があるという。
まさに此処がそうだったのだ。さっきまで一度も悪魔と遭遇しなかったのは、何故か。
答えはすぐに出た。
悪魔どもは自分たちなんかよりずっと先に、己よりも格上の相手――。
つまり魔神皇――がこの蝸牛山にいることを察知して身を潜めていたのだ。
だが、あの魔神皇が去った今、奴らにはもう隠れる必要は無い。これからは容赦無くこちらを狙ってくる。
自分以外の人間が一人もいなくても、此処は危険ということだ。

「うわっ!」
混乱に加え、余程大慌てで逃げていたからか、何かに足を取られて鳴海は派手に転倒した。
そのまま転がり、枯れ枝や落ち葉を巻き込んで斜面を落ちる。さっき自分が蹴落とした魔神皇と同じパターンだ。ただ、正反対の斜面だったが。
転落しながら、何度も硬い物に頭をぶつけたようだ。
スーツと揃いで買ったお気に入りのダービーハットは何処かに飛んで行ってしまったし、手にしていた荷物も手放してしまった。
勝手に意識が遠のいていく。本日二度目の気絶だ。
36ある“生存者”の葛藤  ◆VzerzldrGs :2006/06/30(金) 23:56:18 ID:Tdi4rLR0
また、頭の中に声が響いた。見下し、嘲笑う、自分の声だった。
(だから手段なんて選んでる場合じゃないんだよ。此処じゃ殺らなきゃ殺られるんだ。)
それは単純だが、非常に良く出来たルールだ。思い出しただけで吐き気がする。
(その中で何をやろうと、誰もお前を非難したりしないさ。ライドウだって、ゴウトだって、タヱちゃんだって、伽耶ちゃんだって…。
だって、仕方無いことなんだから。そうしないと生きて帰れないんだからな。そうだよ、仕方無いことなんだよ。
だから、お前一人がそんなにピリピリする必要は無いさ。好きにすればいいんだよ。
それがこのゲームのルールなんだからな!)
――こりゃ、もう駄目だわ。

自分の中で高らかに響く、自分の笑い声を聞きながら、鳴海は暗く深いところに沈んでいくのを感じた――。



【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 気絶 精神的にピーク
武器 落とした
道具 落とした
現在地 蝸牛山
行動方針 ライドウのために同じ血液型の人間を探すつもりだが…?
37堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:01:43 ID:wLs3JM0c
戦闘に備えて身構えてこそいるものの、この男には、相手を殺すつもりはないだろう。
仲間を逃がす時間を稼ぎ、それから自分も逃げるか、こちらを気絶させようとでも考えていそうだ。
不意打ちを喰らって手傷を負いながら、その相手に休戦の意思を問うような男だ。
自分が傷付いてまで死体を庇うようなお人好しなのだ。
胸の奥に、嫌な波が立つ。
「そんな甘い考えで、俺と戦う気か」
許容量を超えそうな苛立ちを吐き捨てるように、言う。
相対する男の目には、強い決意の光があった。先程の女と同じだ。それがまた、酷く不快だった。
「戦いたいとは思わない。けれど、僕はまだ死ねない……仲間も死なせない」
「――馬鹿にするなっ!」
踏み込みながら、両手で握り締めた刀を力一杯に振る。
横に薙ぐ白刃の動きに、男は機敏に反応した。
僅かに身を引いてぎりぎりで回避し、空振りで隙ができた所を狙って重心を移動させる。こちらの懐に飛び込み、反撃に移る気だ。
好機だと相手も思っただろう。それも計算の内だった。
「ザンマ!」
魔力を集中させ、衝撃波を放つ。
見えざる力に弾かれて、向かって来ようとしていた男は後ろに吹き飛ぶ――はずだった。
しかし、男は止まらなかった。衝撃波の直撃を受けつつ、それを物ともしない勢いで走り込んできたのだ。
驚きに判断力が鈍った所に、最早すぐ目の前まで迫っていた男が拳を繰り出す。
鎧越しではあったが鳩尾にパンチを叩き込まれて、一瞬息が詰まった。
速度も、威力も、予想外だった。正直、鎧の上からこれだけのダメージを受けるとは思っていなかった。
並の相手なら、この鎧を拳で攻撃などすれば自分の拳を痛めるだけだろう。
金属製のガントレットでも着けているなら別だが、この男の手を覆っているのはただの防護用のグローブだ。
それでもダメージを通した。それだけ、この男の膂力と速度は並外れているということだ。
「……君は、強い」
警戒した追撃は来なかった。一撃を叩き込んだ所で男はよろめき、数歩後退する。
「侮っては……いない。逆だ。……君が、僕を侮った」
呼吸を荒げながらも、男はすぐに体勢を立て直す。
ただでさえ手負いで、しかもあの衝撃波の直撃を受けて、それでも立っている。
生命力も、恐らく精神力も大したものだ。確かに――侮っていた。
38堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:02:14 ID:wLs3JM0c
「……お前の言う通りだな」
にやりと笑ってみせて、剣を構え直す。
「次は、喰らわない……」
「まだやる気か? 解っただろう、続けたら互いに消耗するだけだ」
正論だ。この男を仕留めようとすれば、こちらもかなりの消耗は免れない。それだけに苛立ちが募る。
本当は、侮られていることに苛立っているのではなかった。
この男の吐く正論が、真っ直ぐな視線が、甘っちょろい優しさが、不愉快だった。
自分の中のその苛立ちの正体が解りかけていた。――これは嫉妬だ。
生まれた世界を救うためと割り切り、生き抜くために本来捨ててはならないはずの倫理を捨てた自分。
自らの身の安全よりも他者の命を、死者の尊厳を、信じる正しさを守ろうとするこの男。
それから、みんなを助けるなどと大それたことを迷いのない目で口にしたあの女。
「それじゃ止めよう、と俺が言ったら」
苛立ちを見せないように、余裕を装って笑う。
「信じるのか? 戦いは止めようと言って握手した直後に、俺はお前を殺すかもしれないぞ」
彼等のようにはいられなかった自分に、本当は苛立っているのだ。
――けれど、それが解ったところで、後戻りなどできない。
「今殺し合わなければ、後で殺し合うことになるだけだ。生き残れるのは一人だけなんだ……俺は、その一人になる」
「間違ってる。そんなこと」
「……間違ってたっていい。俺が帰らないと、世界は救えないんだ」
互いに息を整えながら睨み合う。言葉ではどうにもならないことを理解していたはずだ。それが、気付けば本心を口にしていた。
「俺は、あの世界の救世主なんだ」
「――救世主?」
男が、ぴくりと眉を動かした。今までにない反応だった。
「そんなものが……」
静かな怒りを込めた声。男は拳を握り締める。
明らかに、「救世主」の一言が彼の感情を動かしたようだった。
「そんなものが、救世主であるものかっ!」
「何……っ!」
今まで穏やかだった男が、初めて激情を迸らせた――それが合図になった。
否定するのか。救世主であるために他の全てを犠牲にすると誓った、この選択を。
あの荒れ果てた世界を、どんな手段を用いてでも救いたいという願いを。
怒りに任せて、半ば無意識に踏み出していた。
(お前に、何が解る……)
懐に潜り込まれないように、浅い斬撃を続け様に繰り出す。男はグローブを嵌めた手で、それを的確に受け流す。
時折、グローブが裂けて血飛沫が飛んだ。
(俺はやっと、世界を救う力を手に入れたんだ。あの世界は、俺にしか救えない……)
次第に、男の動きに疲れが見えてきた。反応が鈍ったのを見計らい、振り上げた刀を力を込めて振り下ろす。
男は左腕を挙げ、それを受け止めた。肉の裂ける感触があり、その腕にきつく巻かれたバンデージが切れて真紅に染まる。
39堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:02:49 ID:wLs3JM0c
「終わりだ――ザンマ!」
男の姿勢が崩れた瞬間に、再び衝撃波を放つ。同じ手でも、相手に余裕がなくなっている時なら通じるものだ。
踏み止まる力も残っていないのだろう、男の体が一瞬宙に浮き、後方へ吹き飛ばされる。
すかさず仰向けに倒れた男の傍まで駆け寄ると、その胸の上に刀を翳した。
「……俺の勝ちだな」
見下ろして、告げる。死の宣告。
傷の痛みで意識が朦朧としているのか、男はどこか虚ろな目でこちらを見上げた。
強敵だった。今までに戦ったどんな人間よりも、こいつは強かった。
この男が元々負傷していなかったら、そして最初に不意打ちで弱らせることができなかったら、きっと負けていた。
負けたとしても、この男はこちらの命を奪いはしなかったのだろうが――。
止めを刺してやろうと、理性は命じている。しかし手が震えた。
疲れの所為で手が上手く動かないのだと、そう信じようとした。
「救世主は……」
いつでも心臓に突き立てられるよう刀を翳したまま、息を整えながら問う。
殺す前に、これだけは聞いておこうと思った。
「救世主はこんなものじゃない、そう言ったな……だったら、どうするのが救世主だ。
お前の考えている救世主というのは、こんな状況でも……全員を救おうなんて、馬鹿なことを言うのか。
自分が生きて帰らなければ世界は救われないとしても――ここにいる誰一人、見捨てないのか」
「……何て、言うだろうな」
男の顔に、僅かに笑みが浮かんだ。安らかな、優しい笑み。あまりに場違いな表情。
死の恐怖と絶望で、気が触れでもしたのか。
「僕の知っている救世主なら……諦めるしかないなんて癪だ、とでも言いそうだ」
知っている?
まるで、救世主という特定の個人を見知っているような口振りだった。
この男の生まれた世界も救いを必要としていて、救世主と呼ばれる者がいるのだろうか。
(……いや。どうだっていい)
余計なことは知らなくていい。相手のことなど知ったら、殺すのに躊躇が生まれるだけだ。
他の世界のことなど、知ったことか。
今度こそ止めを刺してやる――思い切って、刀を高く差し上げる。
40堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:03:37 ID:wLs3JM0c
――体中が痛い。背中の傷は焼けるように熱いし、石化によって出血は止まった脇腹の傷からは刺すような冷たさを感じる。
拳や腕にも、いくつも刀傷を受けた。衝撃波の直撃を受けた胸の辺りの打撲も、鈍い痛みで存在を主張している。
地面に叩き付けられたショックで朦朧とした意識が、痛みに埋め尽くされる。
(許せない)
ショックが治まると共に、湧き起こる感情がある。
自分が傷付けられたことへの怒りではない。恐らくはこの男があの少女を殺したのだろうが、それに対する怒りですらない。
この男は、救世主だと名乗った。
自分の生まれた世界を救うため、生き残るために他の参加者を殺すのだと。
(許されるべきではない。それは、神の法ではない)
神に選ばれるべき正しい心を持たぬ者が、自ら救世主を名乗るという傲慢。
神ならぬ者が、ただの人の子を救世主と定めようなど、冒涜に他ならない。
そう、まして救世主を生み出そうなどと――
(……え?)
ぼやけていた意識の中に、理性の灯が点る。
(僕は今……何を考えていた?)
痛み以外の感覚が戻り、視界が開ける。見えたのは空、そして刀を翳すあの金髪の男。
「……俺の勝ちだな」
感情のない声で、男が言う。
「救世主は……救世主はこんなものじゃない、そう言ったな……だったら、どうするのが救世主だ」
彼の手は震えていた。声も、次第に熱を帯び始める。
「お前の考えている救世主というのは、こんな状況でも……全員を救おうなんて、馬鹿なことを言うのか。
自分が生きて帰らなければ世界は救われないとしても――ここにいる誰一人、見捨てないのか」
彼は答えを求めている。そう感じた。
「……何て、言うだろうな」
返すべき答えは解らなかった。救いたい多くの人々と、目の前の数少ない人々。
どちらか片方しか選べないとしたら、どうするべきか。
よく知っている救世主――アレフなら、どうするだろうか。
つい数時間前に別れた彼の態度を思い出す。もし彼がここにいて、この問いを聞いたらと思い浮かべる。
考える内、自然に笑みが浮かんだ。
「僕の知っている救世主なら……諦めるしかないなんて癪だ、とでも言いそうだ」
どちらか選べと言われることそのものに、彼は反発するだろう。
(どちらも救ってやる……なんて、言うかもしれないな)
この救いようのない状況を、彼なら変えてしまうかもしれない。
諦めないと言い張って、諦める以外の選択肢を力技で生み出してしまうかもしれない。
彼がまだ生きているように、これからも生き抜いてくれるように、祈る。
(アレフ、すまない。再会の約束は果たせそうにないけれど――)
刀を持つ男の腕が動いた。
最期の時というのは、呆気なく訪れるものなのだなと思った。
41堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:04:10 ID:wLs3JM0c
(――このままじゃいけない。逃げる訳にはいかない)
全力で走った反動と恐怖で弾む心臓を、抉り出さんばかりに強く、服の上から押さえる。
(落ち着くんだ。逃げる以外にも、道はある)
今まで歩いてきた通りからも、一つ向こうの通りからも見え難いビルの陰へと逃げ込むと、足の力が抜けて地面に膝を突く。
体の震えが止まらない。出会う者の全てを殺そうとしている人間が、このすぐ近くにいるのだ。
金髪の男。刀を持って、漫画にでも出てくるような甲殻じみた鎧を着けていた。
戦いを日常とする場所から来たのだろうか。人間よりも、悪魔に近い存在なのかもしれない。
逃げ出さなかったら、殺されていた。
しかし。
(ここでまた逃げたら、僕はただの卑怯者だ)
身の安全を考えるなら、できるだけ遠くへ逃げて、気付かれないような安全な場所を確保すればいい。
目立たない場所はいくらでもあるだろう。運さえ悪くなければ、逃げるだけなら簡単なのだ。
それでも、逃げようとは思わなかった。
ビルの陰から、用心深く元来た方を覗う。
斬り掛かろうとする金髪の男の攻撃を、ザインは武器もなしに受け流し、大きなダメージを避けている。
(……凄い)
次元が違う。二人とも、命の遣り取りに慣れているのに違いない動きだ。
こんな人間が何人もいる場所に、殺し合いをしろと言われて、自分も投げ込まれたのだ。
もし独りであの金髪の男に遭遇していたら、一瞬で斬り捨てられていただろう。それを想像し、鳥肌が立つ。
暴力の前に、自分がどれだけ無力かを思い知る。
――正確には、それを思い知らされたのは初めてではなかった。
悪魔の跋扈するビルに閉じ込められた時、それにアジトが悪魔を召喚する女に襲われた時。
その時は新と瞳に助けられた。歳若い彼等を危険に曝して、自分には何もできなかった。
自分の弱さと向かい合うことから逃げて、少年達を束ねて結成したハッカーグループ。
そこでまた、無力さを噛み締めることになったのだ。
少年達にリーダーと慕われて、お山の大将気分で、けれど結局したことは彼等を危険な目に遭わせることだった。
そして今またこうして、自分を先に逃がしてくれた少年が戦っているのを、ただ見守るしかない立場になっている。
42堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:04:49 ID:wLs3JM0c
(何かあるはずだ。彼を手助けできる方法が)
圧し掛かる恐怖を振り払って、必死に考える。二人の攻防の均衡は、少しずつ崩れつつあった。
元々あまり積極的に攻撃しようとはしていなかったザインだが、気付けば防戦一方になっている。
どうにかして助けなければ、彼が殺される。
ここで見殺しにしたら、自分は最低の人間だ。
焦りの中で、ふと思い出す。そうだ、ザックには支給された武器が入っていたはずだ。
ザックを降ろし、使う気もなく放り込んだままにしていたそれを、震える手で探り当てる。
「あった……これだ」
奇妙な模様の入った石が三つ。手に取ると、ぴりぴりと痺れるような感覚がある。
正確な使い方は判らないが、魔法の力を帯びた品だということは予想が付く。
一つを握り締めてみると、手に電流が走った。比喩ではなく文字通りの電流だ。思わず取り落としそうになり、慌てて反対の手で受け止める。
主催者は、全員に武器とアイテムを支給すると言っていた。そして、ザックに入っていたのは傷薬とこの石だ。
傷薬はどう考えても武器ではない。つまり、この石が武器なのだ。
衝撃に反応して電流を放出する、魔法の石――といったところか。投げ付ければいいのだろうか。
確実に当てられる時を狙って投げてやろう。間違ってザインに当ててしまっては目も当てられない。
魔法の石を一つ右手に握り、その機を待つ。手が震え、心臓が破裂しそうだった。
(……!)
金髪の男が何か、見えない力を放った。武器とは明らかに違う攻撃に、ザインが吹き飛ばされて倒れ込む。
(あいつ、魔法も使うのか)
恐怖が膨れ上がる。魔法ならば距離のある相手を狙うこともできるのだ。
この石を投げ付けて、期待ほどの効果が発揮できなかったら。
外してしまったら。
その時は、あの男は確実にこちらに牙を剥く。
倒れたザインに、男が近付いた。迷っている余裕はない。しかし、思うように手が動かない。
(やらなきゃ、いけない……)
自分に言い聞かせる。逃げてはならない。ここで逃げたら、自分は負け犬だ。
男がすぐにザインに止めを刺そうとしなかったのは幸いだった。決意を固めるまでの猶予が僅かに増えたのだ。
二人は何か言葉を交わしているようだが、思考が乱れて言葉の内容までは頭に入らない。
(僕は――)
震える手を、肩の高さまで持ち上げる。
(僕は、負け犬じゃない……!)
腕に精一杯の力を込めて、金髪の男を目掛けて石を投げ付けた。
43堕ちたる救世主・後  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/01(土) 02:06:47 ID:wLs3JM0c
それはまさに、男の持つ刀の切っ先がザインの胸に突き立てられようかという瞬間だった。
男はこれから止めを刺そうとしていた相手に気を取られ、投げられた石に気付きもしていなかった。
「っ……ぐああっ!?」
男の腕に当たった小さな石は、弾けるように消えた。それと同時に、そこから激しい放電が起こった。
電流は網のように広がり、たちまち男の体を包む。男は苦痛と驚愕に仰け反り、刀を取り落とす。
「――逃げるぞ!」
攻撃が功を奏したことで、恐怖は和らいでいた。
自分の行動で、ザインを助けることができた。その事実が今まで持てなかった自信と、勇気を生み出していた。
ビルの陰から飛び出して、地面に置かれたままのザインの荷物を引っ掴む。
ザインはすぐに状況を理解したようだった。跳ね起きると同時に、仰け反った男に足払いを喰らわす。
「こっちだ!」
呼んで、路地裏へ飛び込んだ。この狭い道を抜ければ、一つ向こうの通りに出られる。
そこを駆け抜けて、今度は反対側の別の路地に――と逃げ続ければ、撒くこともできるだろう。この辺りの道は入り組んでいる。
重傷とは思えない速度で走り、ザインはすぐに追い着いてきた。走りながらで互いに言葉はないが、彼の眼差しは感謝を告げていた。


<時刻:午前7時前後>
【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:軽い凍傷、感電によるショック、精神的にやや不安定
武器:日本刀
道具:溶魔の玉
現在地:夢崎区
行動方針:ゲームの勝者となり、元の世界に帰る

【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹に銃創、背中に深い刀傷、腕・拳に刀傷多数、胸部打撲、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:かなり疲労
武器:マハジオストーン(残り2個)
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流
44瞬間 連携 逃走 ◆UTD3iuyohw :2006/07/01(土) 04:54:22 ID:USjzYhZj
「彼女は・・・」
ザ・ヒーローは全力で頭を働かせていた。
昨日から数えると何度目であろうか?
「炎の位置に来てからこちらを発見した・・・つまりレーダーの射程距離は炎から僕たちまでの距離ぐらいと言うことだ・・・だから・・・」
うまく頭が回らない、そういえばわずか数分の仮眠だけでここまで動いているのだ。
眠気は・・・ない、またそんなことを言うっている状況でもない
「・・・大雑把に見て半径1kmと言うところか」
伽耶がヒーローに補足する。
「パスカルと同等の速さを持つ彼女・・・1Km以上引き離すことなんてできるのか?」
ヒーローのその言葉に伽耶は後ろを振り返った。
追ってきている。
速度が落ちているようには見えない。
「できるできない以前に・・・やらなくてはならないのだろう」
そういうと伽耶はスカートのポケットから管を取り出す。
手に霊力を集中させ管の内部のマグネタイトの循環を促す。
伽屋の親指が管のふたを弾き飛ばした。
「出ろ!ホウオウ!」
伽耶が管を振ると巨大な鳥ホウオウがあらわれる。
「危ナソウダナ、伽耶・・・」
「追って来てる奴がいるだろう、これから足止めにいく・・・私をつかんでできるだけ高く飛べ」
「伽耶!?」
伽屋の意外な発言にヒーローは声を上げた。
「ヒーロー、私はもうお前に守られていたか弱い大道寺伽耶ではないんだぞ?・・・多少のことは何とかして見せるさ」
「伽耶・・・」
「頼むぞ、ホウオウ」
「・・・ワカッタ」
ホウオウは伽耶の肩をつかむと空高く飛び上がる。
別々に逃げよう、と言うわけではない。
直接聞いた訳ではないがなんとなくヒーローには解っていた。
悪魔との交渉を生業の一つとしてきたためだろうか?
まだ会って一日もたたぬ間柄ではあるがヒーローには伽耶・・・いや、四十代目葛葉ライドウの行動がなんとなくわかるようになっていた。
45瞬間 連携 逃走 ◆UTD3iuyohw :2006/07/01(土) 04:55:10 ID:USjzYhZj
ふぅ・・・」
ヒーローはひとつため息をついた。
「回らない頭でうだうだ考えてもしょうがないか」
そういいながらヒーローはGUMPを展開する。
「このまま逃げたところでMAG切れでジリ貧・・・だったら」
<地霊召喚・・・ノッカー・・・GO!>
<地霊召喚・・・コボルト・・・GO!>
「ノッカー、コボルト・・・タルカジャ、スクカジャ、ラクカジャを限界まで頼む・・・」
ヒーローの指示を受けると仲魔たちはいっせいに魔法を唱え始めた。
しばらくすると全ての重ねがけが完了する。
仲魔たちをGUMPに戻す
「さて・・・準備は万端・・・真っ向勝負と行きますか」
ザ・ヒーローがつぶやくとパスカルは徐々に速度を落とし始める。



「あらぁ?・・・二手に分かれて逃げるつもりかと思ってたのに・・・はずれちゃったわね」
遠くで彼ののったケルベロスがとまったのが見える。
「もうちょっと追いかけっこしたかった気もするけど・・・いいわ」
ヒロコの速度が一段階上がる。
「死にたくなったのね・・・殺してあげるわよぉ」




彼女はどう出るだろうか?
あの話し方は殺すことを楽しんでる感じだ。
いきなりマシンガンを乱射して来はすまい・・・。
普段の自分では絶対にすることの無いような希望的観測に少しだけ笑いが漏れた。
ザ・ヒーローには攻め手が無かった。
直接攻撃としてまともに使えるのはパスカルだけ。
そのパスカルは自分の足となり走っている。
飛び道具を持たないヒーローは逃げながら攻撃することはできない。
位置を探知する相手に隠れることは無意味、むしろ動きを鈍くする行為。
となれば真っ向勝負しかない。
彼女は僕の目の前で止まり嫌味のひとつも言ってから攻撃を仕掛けてくる。
その隙を狙う。
彼女が来る。
スピードはまだ落ちない。
それどころか速くなっているようにも見える。
どんどん速く・・・?
「!?しまっ」
ヒーローが言い終わる前に彼女がヒーローの横を通過する。
とっさに十字に組んだ腕の中心に鋭い一撃が入った。
ヒーローは自分の体が浮くのを感じた。
46瞬間 連携 逃走 ◆UTD3iuyohw :2006/07/01(土) 04:57:20 ID:USjzYhZj
「あらぁ〜・・・どうしたの?転がっちゃって」
ヒロコはまったくスピードを緩めることなくすれ違いざまにヒーローに拳を叩き込んだ。
スピードと腕力の相乗効果。
吹っ飛ばされたヒーローは腕が痺れるのを感じだ。
「ラクカジャを限界までかけて・・・十字受けして・・・これかよ・・・」
ヒーローはゆっくり立ちあがった。
「連れの女の子はどうしたの?あのワンちゃんは?」
立ち上がったヒーローにヒロコは尋ねた。
「へへ・・・ちょっと二人きりになりたくてね・・・」
ヒーローの思惑はある程度当たっていた。
すれ違いざまに吹き飛ばされたのは誤算だったが予想通りマシンガンはヒロコの腰のホルスターに入ったままだ。
彼女は自らの手で血に触りたいのだ。
ゾンビ故の生への渇望。
それがヒロコをそうさせた。
「まぁうれしぃ・・・じゃあアタシと遊んでくれるのね?」
「・・・たっぷりちゃんばらしてやる・・・よっ!」
ヒーローは鉄パイプを振りかざしヒロコに攻撃を加える。
「あら、面白い遊び」
ヒロコはその一撃を難なく避けるとお返しと言わんばかりに拳を繰り出す。
「くぅ!?」
とんでもない速さの拳。
スクカジャが限界までかかった体で辛うじて避ける。
即座に体を反転させ鉄パイプを振る。
わき腹に一撃。今度は手ごたえはあった。
「・・・効かないわね・・・ふんっ!」
わき腹の鉄パイプを意に介した様子も無くヒロコはパスカルさえ吹き飛ばした一撃を繰り出す。
狙いは顎。
いくらラクカジャがかかっているとは言えあたったら只ではすまない。
避けられない・・・。
瞬時にそう判断したヒーローは即座に鉄パイプを引き戻し拳と顎との間に構える。
一瞬速く到達した鉄パイプに鈍い音がした。
アッパー気味に繰り出された拳は鉄パイプを歪め、再びヒーローを吹き飛ばすには十分な力がこもっていた。
「ぐぅう!?」
ちょうどその方向にあった店のショーウィンドウを破り店内までヒーローは弾き飛ばされる。
突き破ったガラス片が肌にかすり血が流れる。
「グオオオオオ!」
「!?」
ヒーローが店内の闇に消えた瞬間即座にパスカルがあらわれヒロコに襲い掛かる。
ヒーローが吹き飛ばされながらGUMPを操作したのだ。爪による一撃が繰り出される。
「くぅ!?」
ヒロコはこれを辛うじてかわす。
しかし。
パスカルの巨体、その死角から突然ヒーローが現れた。
「!?」
吹き飛ばされながらの召喚、現れたパスカルの尻尾をつかみ体に張り付く。
幼いころから一緒にいたヒーローとパスカルだからこそできたコンビネーションだった。
「うりゃぁ!」
いくら死角からの奇襲とは言え先ほどの小競り合いで鉄パイプで殴った程度ではダメージが無いのはわかっている。
狙うのは膝ーーーその裏側。
いわゆる子供のいたずら、ヒザカックンと同じ要領で鉄パイプをぶつける。
「きゃあ!?」
当然バランスを崩しヒロコは仰向けに倒れていく。
ヒロコの視界に空が映った。
その中におかしなものがひとつ。人が落下してくる。
鉄パイプを構えたセーラー服の少女、大道寺伽耶。
「はぁああああああ!」
修羅虎突き。
葛葉流剣術の中でも最高の威力を持つその技が上空からの落下スピードを携えて。
ヒロコに直撃する。
47瞬間 連携 逃走 ◆UTD3iuyohw :2006/07/01(土) 04:58:42 ID:USjzYhZj
グチャと肉の突き抜ける音がした。
鉄パイプはヒロコの体を貫通していた。
「はっ!」
伽耶は鉄パイプを即座に抜いた。
すでに死んでいたとはいえ体に残る血がヒロコからどくどくとあふれ出る。
「あ・・・ああ・・・あ・・・・・・血、血、血ィ・・・・」
血、欲していたはずのそれも自らの体から出ると成ると違う。
ヒロコはわずかにうろたえた。
「グオオオオオオオ!」
隙のできたヒロコに追い討ちをかけるべくパスカルがヒロコに体当たりをする。
「あああ!?」
次はヒロコが吹き飛ばされる番だった。
先ほどのヒーローのように反対側の店のショーウィンドウを突き破り店の中へ飛んでいく。
「やったか!?」
確かな手ごたえを感じた伽耶が叫んだ。
「だめだ!ネクロマがかかっている奴はあんな程度すぐに回復してくるぞ!この隙に・・・逃げる!半径1Km以上な!」
「くっ・・・」
ヒーロー達は再びパスカルにまたがり走り出した。
彼女と直接やりあった時間はほんの数分間。
しかし体感時間はそれを軽く上回る。
蓄積されるプレッシャー。
次は逃げ切れるだろうか?
あるいは逃げ切れるかもしれない、彼女の近くに彼ら以外の獲物がいれば・・・あるいは。
48瞬間 連携 逃走 ◆UTD3iuyohw :2006/07/01(土) 04:59:43 ID:USjzYhZj
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8000(諸々の使用により減少) 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシー・ケルベロスを召喚中)
現在地:夢崎区をケルベロスに乗り逃走中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 ヒロコから半径1Km以上はなれる

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 疲労
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500(諸々の使用により減少)
仲魔:霊鳥ホウオウ(ザ・ヒーローの使役していたものを封魔、自身の使役とする)
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える ヒロコから半径1Km以上はなれる

【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:死亡 ネクロマによりゾンビ状態(肉体強化、2度と死なない)
   大道寺伽耶の一撃により胸に穴が開いているが活動に支障は0 血も体に残っていた分がなくなれば止まる 僅かに混乱
武器:マシンガン
道具:呪いの刻印探知機
仲魔:無し
現在地:夢崎区店舗内に突き飛ばされる
行動方針:頭に響く殺せと言う命令に従い皆殺し
49絆  ◆VzerzldrGs :2006/07/02(日) 16:05:57 ID:H+BwfPDb
暗闇に閉ざされたスマイル平坂に乾いたシャッター音が響き、激しく焚かれたフラッシュが一瞬だけ辺りを真っ白に染め上げる。
タヱはこの悲惨な状況のスマル市平坂区スマイル平坂を事細かに写真に収めていた。
自分には、舞耶が操るペルソナや、ネミッサの魔法みたいな力は無い。
だから正直戦闘になったら隠れて終わるのを待つことしか出来ないだろう。
一応、護身用としてスカートの中では太ももにベルトで銃を縛っている。
この旧ソ連製のオートマチック拳銃、MP‐444、通称バギーラ。
(この銃は三種類の弾丸を使用出来るらしいが、支給品の中には9mm×17弾しか入っていなかった。)、
これは本来ネミッサに支給された武器だったが、自分には魔法があるからと、
同盟を結んでいる三人の中で最も戦闘力に欠けるタヱが持つことになった。
だが、生まれて初めて拳銃を握ることになったタヱに扱えるかどうかは解らない。何よりもその本人が一番心配していた。
その不安を訴えると、拳銃の扱いに慣れているらしい舞耶が使い方を教えてくれた。
どうもその舞耶も銃の扱いは我流でマスターしたらしく、やはり不安は残る。
だがこれで無駄な暴発だけは避けることが出来るだろう。
この銃を使うことは出来るだけ避けたい。自分の使命は決して人を殺すことではないのだから。
タヱは殺さなければ殺されるという状況下においてもそう考えていた。
ましてや先ほど過ちとは言え、一人の少女を殺めてしまったのだから。
もうこんなことは沢山だ。もう人を殺したくは無い。
だからタヱは写真を撮り続けた。
自分の使命は報道だ。
この惨状を出来るだけ多く写真に残し、生き残って外に伝える。悲劇を何とかして止めたかったのだ。
そんな彼女は自分の支給品を見たとき、これはある種の運命だと思った。
タヱの支給品は具体的な武器と呼べる物では無かった。
だからと言って、舞耶のウサギ耳みたく冗談としか言えない道具でも無かったのだが……。
50絆  ◆VzerzldrGs :2006/07/02(日) 16:08:07 ID:H+BwfPDb
「これは…」
支給品と道具類の入った鞄の中身を取り出したタヱは唖然とした。
道具に部類される物は傷薬とディスストーン、ディスポイズンだったが、それ以外に用途不明な雑貨類がいくつも出てきたのである。
破れた手紙、血の滲んだバンダナ、鼈甲ぶちの眼鏡、
ハスキー犬と少年と、その母親らしき女性が写った写真、広東語のテキスト、揚羽蝶のブローチ…。
それらが何を意味するのかは解らない。だが、舞耶がその謎のグッズの中から一つの古いジッポライターを拾い上げた。
「これは、達哉君の…。」
「達哉?」
ネミッサが鸚鵡返しに聞き返した。舞耶はそのライターを胸に抱くように握り締めた。
「そう、達哉君。私の大切な人よ。彼は今何処にいるのかしら。」
「それってさ、舞耶の彼氏?」
「え?」
どうやらネミッサは自分たちが置かれた状況や、タヱに支給されたこれらの道具が何なのかよりも先に、そういうことが気になるらしい。
いかにも興味津々と言った表情で見つめられた舞耶は一瞬迷った素振りを見せ、にっといたずらっぽく笑った。
「あはは、残念だけど、そういう関係じゃ無いのよね。」
「え〜? つまんない。舞耶っておっぱい大きいんだからちゃんと使わないと腐っちゃうよ。えいっ。」
と、言ってネミッサは舞耶の豊満な胸を両手で鷲?みにした。舞耶はその大胆不敵な行動にびっくりして胸を両腕で覆い隠す。
「ちょっといきなり…! やったな〜このーっ!」
お返しにと、舞耶もネミッサの胸を掴む。しかも大きく開いた服の間から、直接。
「いや〜ん舞耶のエッチ! あはははは!
……って、ごまかされないからねっ。その達哉ってのが舞耶の何なのか早く教えなよ!」
「だからね、本当にそういう関係じゃないのよ。
ただ、彼はずっと私を守ってくれた素敵なヒーローなの。強くて、優しくて、彼のことは誰にでも誇れるわ。」
「それって…やっぱり彼氏じゃん。舞耶ってばのろけ過ぎ!」
「もー本当にそういうのじゃ無いんだってば。うーん、何て言えばいいんだろ…。」
「またまた〜。いいよ、ネミッサ応援したげる!」
「違うのよ、もう。」
「いいのいいの。そう照れなさんな。」
「違うんだってばー!」
にまにまと意味深に笑う小悪魔のようなネミッサの肩を、舞耶は赤くなりながら揺すって否定した。
それから二人で顔を合わせて声を上げて笑う。お腹も抱えて。
これはまるっきり修学旅行のホテルで消灯後、女の子が集まって出る話題だ。
人気アイドルのことや先生の悪口など、色々な話は出るが、それらを大きく引き離して最高に盛り上がる、女の子だけのぶっちゃけトーク。
外では既に殺戮が繰り広げられているのだろうか。
そんな殺伐とした状況下だが、不自然なほど平和な場に、タヱは自然に笑みが零れてくるのを感じた。
だけど、支給品グッズの中から一枚、セピア色の写真を見つけて、胸が締め付けられるように痛んだ。
51絆  ◆VzerzldrGs :2006/07/02(日) 16:10:38 ID:H+BwfPDb
写真には、タヱ本人と、葛葉ライドウ、鳴海昌平、大道寺伽耶、ゴウトドウジが揃って写っている。
場所は筑土町にある鳴海のオフィスだ。確か金王屋という骨董品店の店主にカメラを渡して撮ってもらった記念写真である。
今、この写真に写っている面々は皆、このくすんだ街の何処かにいる。何処かで死の恐怖と戦っている。
みんな無事だろうか。無事だったら、どうにかして合流したい。
あの時は楽しかった。
他のメンバーは兎も角、ライドウがカメラに慣れていなかったらしく、上手く笑顔を作れなくて何度もNGを出したのだ。
本当は全員笑顔で写りたかったけど、どうしてもライドウの表情が硬くて、結局仏頂面のままフィルムが全て無くなってしまったのである。
そんな楽しくて輝いていた日々はもう帰ってこないのだろうか。そう思うと自然と涙が溢れた。
「タヱちゃん大丈夫? その写真…。」
「うん。みんな何処にいるのかなぁってちょっと感慨深くなっちゃってた。うん、もう大丈夫よ。
この写真、何処かに無くなっちゃったと思ってたんだけど、どうしてこんな鞄に入ってるのかしら。」
「これが武器なのかな。だとしたら…ハズレじゃん。」
ネミッサはその中から割れたサングラスを取り、やや俯き加減にはっきりとそう言った。
彼女もまた、そのサングラスに覚えがあるのだろうか。
「いいえ、ハズレなんかじゃないわ。これはみんな、此処に集められた人たちの思い出なのよ。
それが私の所に来た。それってすごい運命だと思う。」
写真を持った手で、涙を拭いながらタヱは続ける。
「もしこれを受け取った人が、他のみんなを殺して一人だけ生き残ろうって思うような人だったら、きっとハズレなんでしょうね。
だけど、私は違う。私はもう誰かを殺したりしたくは無い。私は…これを、元の持ち主に返してあげようと思う。
こんなにも沢山の思い出、このままこんな所で無くしてしまうなんて悲しすぎるわ。」
タヱの演説を聴いてネミッサは眼を丸くした。自分にはそんな考えは全く浮かんでは来なかったという、にわかに驚いたものを含んだ表情だ。
だけど舞耶はそれとは違い、明るい太陽のような笑顔を浮かべた。
「タヱちゃん偉い! レッツ・ポジティブ・シンキ〜ング! 
こういう時こそ前向きに考えなくっちゃね!
私も、今自分にしか出来ないことをする。私、こう見えても雑誌記者なの。
この惨状を記事にして外に伝えるの。もうこんな悲劇が二度と起こらないように。」
「えぇっ!? 舞耶さんって雑誌記者だったの!?」
「そう言えば、タヱちゃんも新聞記者って言ってたわね。そのカメラ凄いわね。きっと渋い写真が取れるわ。」
やがてタヱと舞耶の話題はお互いの仕事と写真のことに変わり、タヱは舞耶が持っていた最新式の小型デジタルカメラを見て大いに驚いていた。
そんな、外の状況を忘れてしまいそうな明るい空気の中、ネミッサは一人、割れたサングラスを握り締めていた。
サングラスのフレームには「SPOOKY」と小さく掘り込んである。
「……やっぱり、ハズレだよ。こんなのハズレに決まってる。」
それは普段明るく無邪気なネミッサとは全然違う表情だった。
だから、ネミッサはそんな顔を誰かに見られるのが嫌で、そっと後ろを向き、サングラスを懐にしまった。
52絆  ◆VzerzldrGs :2006/07/02(日) 16:12:32 ID:H+BwfPDb
――自分は新聞記者。だからこの状況をどうにかして外に伝えなければ…。
それから、出来る限り、此処にいる人たちの思い出を元の場所に返してあげたい。
そう思いながら、タヱは再びこの場所にやって来た。最初にあの少女と揉み合った階段の踊り場だ。
踊り場には血が溜まり、あの少女が首を不自然な方向に捻じ曲げて横たわっている。
タヱはこの少女の写真を撮りに来たわけでは無かった。本当なら、こういう生々しい状況こそ新聞というメディアは欲しがるのだろう。
しかし、自分が殺してしまった少女をフレームに収めるという行動は、タヱの神経ではとても出来ないことだった。
タヱは勝手に滲んでくる唾を飲み込み、鞄の中からそれを取り出した。
それはカラフルな色彩のマイクだ。
マイクと言っても古くて、子供が遊びに使うおもちゃのような安っぽい物であったが、
かなり使い込まれているらしく、持ち手の所が手垢で黒ずんでいた。
その持ち手に、小さな写真のシール、舞耶にプリクラというのだと教えてもらった。が、貼ってあった。
プリクラにはこの少女と、もう一人、彼女の友達だろう。ぽっちゃりとした体型で、髪の長い少女一緒に写っている。
このシールのお陰で、これが彼女の持ち物だということが解ったのだ。
プリクラには、こうも書いてあった。
『目指せ日本一のレポーター&記者!』
この少女も、タヱや舞耶と同じ報道関連の仕事を夢見ていたのである。
それを知った時、また溢れる涙を堪えることが出来なくなってしまった。
だが、再び舞耶が優しく抱きしめてくれ、ネミッサも、
「泣きたい時に泣けばいいよ。その声聞いてこっちに寄って来る奴がいたらネミッサが全員ボコボコにしてやるから。」
と言って慰めてくれたのだ。
こんな場所だけど、いい仲間に巡り会えたことを、タヱは心から感謝した。
それで、勇気が沸いてきた。ここから先は、は自分がやらなければいけないことなのだ。
タヱは意を決して少女、上田知香の亡骸の横に跪き、彼女のもう動かない手に、そのマイクを握らせ、彼女のために祈った。

踊り場の窓からは、うっすらとした光が差し込んでいる。もう夜明けだ。
後数分後には、最初の放送で、この少女の死が告げられることになる――。
53絆  ◆VzerzldrGs :2006/07/02(日) 16:16:24 ID:H+BwfPDb
朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 やや正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 平坂区のスマイル平坂
行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 正常
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?、ポテトチップス(拾い物)
現在地 同上
行動方針 仲間を集め、脱出を目指す

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?、うまい棒二本(拾い物)
現在地 同上
行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る
54作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:21:40 ID:2pKAuYI/
「…ちょっと少ないな。まあ、これから頑張ってくれたまえ」
死亡者が発表され、放送が終わった。
「たった3時間でこれだけの死亡者がいて少ないだと?ふざけるな!」
克哉は警察署の受付机を拳でドンと叩く。
「英理子さん…大丈夫ですか?」
弓子は心配そうにロビーの長椅子に座る英理子の顔を覗き込む。
放送された名前を聞いてから、英理子の様子がおかしい。
「そんな…Makiが…」
「…まさか、知っている人間がいたのか?」
ゴウトも英理子に近寄る。
「え…ええ、元の世界の同級生で、一緒に戦った仲間ですわ…」
園村麻紀。
その心の闇に付け込まれて御影町の異変を引き起こした張本人。
しかし、最後には自分の闇をも受け入れて、みんなを救ってくれた。
これからだったのに。
病弱だった時にはできなかった普通の高校生活。友人と笑いあったり、恋をしたり、夢を追ったり。
このゲームはそんな未来すらも簡単に奪ってしまったというのか。
そんな権利は誰にも無いはずなのに…。
「そうか…」
「…園村君は、僕達の世界でも協力してくれた。カウンセラーを目指す、心優しい女性だったよ」
克哉が哀しげに呟く。
「そう…。きっと、自分と同じような痛みを抱く人を救いたいと思ったのでしょうね…彼女らしいですわ。」
英理子はうつむき、その目尻から一筋の涙がこぼれた。
克哉達にはかける言葉が見つからず、沈黙が流れる。
短時間で二人もの友人を失い、自身も命の危険にさらされたのだ。一人の少女が受けとめるには、あまりに重い。
「I'm Okay.大丈夫です。彼女達のためにも、生きなければ。さあ、話の続きをしましょう。」
気丈に顔を上げる。悲しみを消すことはできないが、落ち込んではいられない。とにかく、前に進まなければ。
55作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:30:20 ID:2pKAuYI/
まずは、克哉と英理子が自身の世界について語り、知っている参加者を指示する。
御影町が異界と化したセベクスキャンダル。
噂が現実になる珠間瑠市、人を殺す呪いJOKERの噂。
「桐島君は3年前から来たということか…おそらくリサ君は僕のいたのと同じ世界、時代の人間だろうな…」
「あの…Mr周防。この、Tatsuyaというのは、本当にあなたのBrother…?」
「そうだが…達哉を知っているのか?」
「ええ…例のLisaの片思いの相手が、彼だったはずですわ…」
(「達哉はすっごく強くてかっこいいんだ!クールで、学校でもみんなの憧れなの!それにね…」)
リサの言葉を思い出す。とにかく彼女の彼を想う気持ちの強さはよく伝わった。
「そうか…あいつは、学校のこととか何も話してくれなくてね。そんなに想ってくれる人がいたとは、あいつは幸せ者だな」
克哉は顔を曇らせる。
「その年齢で、学校や恋愛のことまで兄弟に語るという方が珍しいと思うが…」ゴウトが呆れたように言う。
「…そう思うか?ゴウト。しかし、昔は仲が良かったんだ…それなのに…。特に最近のあいつは家にも帰らず…最近の若者というのは普通ああなのか?」
ゴウトに迫る克哉。
「い、いや、お前達の世界の最近を俺にきかれても困るが…それよりほら、次は弓子の話を聞こう。」
「あ…私ですか?わかりました。」
弓子は語った。悪魔召喚プログラムによる地上への悪魔進出と、中島と弓子の悪魔達との戦い。
「プログラム理論と魔術に関する知識の融合か…昔の自分ならとても信じられなかっただろうな…」
次々に信じがたい話を聞き、ようやく耐性もついてきたようだ。
「でも、それだけ知識のあるAkemiなら脱出のためのいいideaを持っているかもしれませんわ」英理子が明るく言う。
弓子の話し振りから、弓子と朱実の深い絆が感じられた。きっと彼女も彼のことを心配しているだろう。
そう、「彼」とまだ会えていない英理子と同様に…
「ええ…そうですね。中島君なら力を貸してくれるはずです」
中島のことを思うと、少し胸が痛んだ。無事でいるだろうか?
いや…きっと大丈夫。器としては不十分とはいえイザナギ神の転生後の姿であり、あれだけ壮絶な戦いを乗り越えてきた彼なのだから…

56作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:34:56 ID:2pKAuYI/
「さて…次は俺の番だな。」
大正の世、帝都東京。デビルサマナーたる葛葉一族、超力兵団計画…
「どうだ、なかなかの大活劇だろう?」得意げに胸を張るゴウト。
「…………」唖然とする3人。
「どうした?何か疑問があるのか?」
反応不満だったらしく、顔をしかめる。
「い、いや…その…どこまでが本当なんだ?」
「何を言う!全て一点の曇りなく真実だ。俺にしてみれば、お前達の話の方がよほど荒唐無稽だぞ」
未来の日本があんなことになっているとは。ライドウの語っていた未来の姿とは少々違ったので、別の世界だと考えることにした。
「そう言われると…反論できませんわね」
「大正時代の、しかも存在しない年から来た喋る猫か…もう滅亡した後の世界から来たとでも言われない限り驚かないよ」
克哉がうなだれる。

「それで、これからの方針だが…やはり人を集めることが大切だろう。ただ、ゲームに乗っている人間もいるから、気を付けなければ…」
「解っているのは英理子が遭遇した千晶という異形の女と、俺達に襲い掛かってきた魔神皇と名乗る小僧か。死者の数からすると、まだ他にもいると考えるべきだな」
「逆に僕らのように反主催者の立場の人が他にもいればいいんだが…」
「反主催者…そういえば」
英理子が夢崎区を離れ、逃走する途中。七姉妹学園が見えたので、蓮華台を通る途中だったろう。
―殺し合う必要なんてないはずだ
―力を合わせればきっと、全員で生き残る方法も見つかる。
逃げるのに全神経を集中させていた英理子には断片的にしか聞き取れなかったが、確かに殺し合いの中止を呼び掛ける声。
しかしその声も、銃声によってかき消されてしまった。
「そうか…僕達の他にもいるのだな。無事でいてくれるといいが…」
撃たれたくだりでは顔を曇らせたものの、克哉の声は明るい。
57作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:41:07 ID:2pKAuYI/
「克哉と弓子には聞こえなかったのか?俺はこの近くにいたが、はっきり聞こえたぞ。」
ヒトに比べ強力な聴力を持つゴウトに、拡声器を使った呼び掛けが聞こえないはずもなかった。
もっとも、それを聞いたゴウトは馬鹿なことをするものだと呆れていたのだが。
「猫は人間の5、6倍聴力がいいからな。とても可愛らしいし…このゲームにおいてその姿は、都合がよかったんじゃないか?」
「ん?ああ…まあな。俺にはお前達のような刻印も無いし、自由は効く。」
ゴウト以外の3人の鎖骨付近に刻まれた死の刻印。これを解除しない限り、脱出やゲーム自体の破壊は不可能といえる。
「かなり高度な呪いのようだな…強い魔力を持った者でなければ解呪は難しいだろう」
「それが出来るぐらいの高位の悪魔を仲魔にできればいいんですが…」
そう言いながらも、弓子の頭の中からは別の考えが離れない。
(イザナミの力を借りられれば…)
しかし、どうやって呼び出せばいいかわからない。変に期待を抱かせては悪いので、克哉達には黙っておいた。
「Mr周防、Filemonなら何か分からないかしら?」
「ふぃれもん…お前達にペルソナという力を与えた存在か」
人間の意識の総体と言える普遍的無意識の化身であり、自我の導き手フィレモン。
「ああ…彼なら何とかできるかもしれないな。だが、会う方法が分からない。呼べば答えるような便利な存在ならよかったのだが…」
なかなか決定的な対策が見つからず、話も行き詰まる
「ゴウトはどうだ?何か案はないか?」
「うむ…刻印については分からんが、脱出の方法ならないこともない。」
生霊送りの秘術による脱出。かつてライドウと共にパラレルワールドに迷い込んだとき、脱出のために使った方法だ。
「ただしそれには強大なエネルギーが必要だ。主催者も馬鹿じゃない、天津金木のような宝具が支給されてるとは思えんな…
この都市を浮かしている動力はかなり大きい。利用できれば何とかなるかもしれん。克哉、何か知らないか?」
「いや、わからないな。僕のいた珠間瑠は浮かんでいなかった。」
「………」
やはり、話が行き詰まる。
58作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:45:59 ID:2pKAuYI/
「でも、これだけ案は出たんです。それぞれの仲間を集めたらかなりの人数になると思うし、何とかなりますよ。」
「そうだな、悩んでいてもしょうがない。となると、次の移動先だが…」
キュルルル…
間の抜けた音がした。
「あ…ごめんなさい」弓子が腹を押さえ、顔を紅らめる。
「…出発の前に腹ごしらえをしたほうがいいな。ここにも非常食や菓子のたぐいはある。
その後は…そうだな、無線などが使えるか確かめたい。その間君たちは仮眠をとっていてほしい。夜勤用の寝具を出しておくよ。」
先程からの英理子達の様子を見ての判断だ。
特に英理子の疲労は大きいようで、このままでは戦闘はおろか長距離を歩くのもままならないだろう。
「でも…早くみんなを探した方がいいのでは?」
自分への気遣いを察してか、英理子はおずおずと発言する。
「仲間を探したい気持ちはわかるが、俺は克哉に賛成だ。正直、青葉区からずっと逃げてきて疲れた。
疲労の為に戦えずに殺されては元も子もない。休めるうちに休んでおいた方がいいだろう。」
弓子も賛成と言うようにうなずく。
「決まり…だな。では、出発は正午にしよう」
署内にあったカップ麺や菓子、支給された食料を前に並べ、食事をとる一行。
早めに食べおわり、克哉は食事風景を眺める。
彼は、署に戻ってきてからずっと自らの内面と葛藤していた。
押さえがたい欲望。それは心の中に渦巻き、欲望を満たせと駆り立てる。
常に冷静を装う彼は必死にそれを押し殺していた。
しかし、それも限界を迎えようとしていた。
59作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:50:35 ID:2pKAuYI/
「あの…ゴウト?」
「なんだ?」
食事を終え、手で顔を洗っていたゴウトが克哉を見る。
「そ…その、僕にも少し…触らせてくれないか?」
「は?」
「あ、いや、嫌ならいいんだが…」
「断る。弓子や英理子はいいが、男のおまえに触られても嬉しくない」
実際、話の間ゴウトは女性陣の膝の上にいたり、首元を撫でられたりして気持ち良さそうにしていた。
冷酷に拒絶したゴウトだが、明らかに落胆の表情を浮かべる克哉を見て少し可哀相になったのか、
「…少しだけだぞ」
克哉の傍に寄る。克哉の表情は一転して輝き、嬉々としてゴウトを抱き上げた。
抱き上げた瞬間、克哉の眼が赤く染まり、涙が溢れる。
そして大きな音が響いた。

「刑事さん…猫アレルギーなんですか?」
眼の充血、涙、くしゃみ。典型的なアレルギーの症状である。
「き…貴様!それで俺に触ろうとするとは、何を考えている!」
くしゃみの瞬間素早く飛び退いて難を逃れたゴウトが吠える。
「す、すまない…本当の猫ではないと言ったから、大丈夫かと思って…」
受付にあるテイッシュで鼻をかみつつ、バツの悪そうな克哉。
「確かに中身は違うが、体自体は本物だ、馬鹿者!」
見ていた少女達はこらえきれずに吹き出した。
60作戦会議 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/02(日) 21:52:50 ID:2pKAuYI/
「ふう…」
非常電源が使えるため無線は生きてはいるが、どこも応答しなかった。
市内では無線のある場所が限られているため、当然の結果と言える。
ロビーに戻ると少女達と子猫が安らかな寝息を立てていた。
この極限な状況で、消耗は激しかっただろう。どうか、今だけはゆっくりと休んでほしい。
見張りの為、自分まで寝るわけにはいかない。デスクにあったコーヒーを淹れて一息つく。
(天野君…達哉…)
ただ無事を願う。再会を果たし、皆で一緒に帰るのだ。
(そう、なんとしても…)
コーヒーに砂糖を加える。これから訪れる過酷な運命を乗り切るため、今は休息を味わおう。
【周防克哉(ペルソナ2罰)】
状態 正常
降魔ペルソナ ヘリオス
所持品 拳銃 防弾チョッキ 鎮静剤
行動方針 主催者の逮捕 参加者の保護
現在地 港南警察署
【桐島英理子(女神異聞録ペルソナ)】
状態 疲労(仮眠により回復中)
降魔ペルソナ ニケー
所持品 拳銃 防弾チョッキ
行動方針 仲間との合流 ゲームからの脱出
現在地 港南警察署
【白鷺弓子(旧女神転生1)】
状態 やや疲労(仮眠により回復中)
仲魔 ミズチ
所持品 アームターミナル MAG2000 拳銃 防弾チョッキ
行動方針 中島朱実との合流 ゲームからの脱出
現在地 港南警察署
【ゴウト(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常(仮眠中)
所持品 なし
行動方針 ライドウとの合流 ゲームからの脱出
現在地 港南警察署
61誰にも言えない:2006/07/03(月) 23:57:32 ID:CJraKs7R
「ほらライドウ、肉は美味しいかい?」
「はい、鳴海さん」
ふと、鳴海が無言になる。彼は何を思ったか、目を閉じてうつむいた。
格好つけている訳ではないだろう。…彼が何を考え、何を見ているのか…それは彼にしか判らない。
…はずだった。
それははたして、どれほどの時がたったころだっただろうか?
鳴海の表情が誰の目にも明らかに、変わっていったのだ。
その目に宿る光は、殺意でも凶器でも正義でもない。
――――そう、それはただひとつ、明らかな――――
「はいはい!ホモ!ホモ!悪いなライドウ…ワハハ…」
「な、鳴海さん…やめてください…怖い…僕まだ童貞なのに…」
そう、鳴海は目の前のライドウを押し倒してセックスをはじめようとしたのだ。
あせってライドウのアナルに入れようとする!間に合わない!顔にかかる!
ドピュドピュドピュピュピュッライドピュピュッ♪
「と、止まらねえ…精液、が」
それが鳴海の最期の言葉となった…
【鳴海 精液をライドウの顔にかけすぎて死亡】
【ライドウ 鳴海の精液かけられてショック死】
62名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 00:28:09 ID:wHm8uZ9D
>>61
(cレ# ゚∀゚レ<ダーメ
63裏と裏と表の話 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/04(火) 00:54:15 ID:lRuYo//S
塚本新は名簿を眺めながら、定期放送に耳を傾けていた。
淡々と死亡者を告げるその声に、そして自分自身に苛々する。
リーダーに瞳(当然、ネミッサもだ)が無事なことに安堵するが、素直に喜べないのが現状だ。
この呪殺の縛めを持ったまま生きていられるのは、誰かが誰かを殺したからに他ならない。
延命、そのための犠牲、そして生き延びられたことにほっとする自分がどこかにいる。
哀れな犠牲者の名前に印を付けて、新は乱暴に名簿をしまい込んだ。

「……まずは怪我をどうにかしないとなあ」
撃たれた左肩には、即席の包帯を巻いただけの応急処置。
不幸なことに、ザックの中に傷薬やそれに類するものは入っていなかった。
入っていたのは作業用のハサミ(これは武器に使うものなのか、道具なのかは分からない)に、物反鏡が一つだけ。
もし不意に襲われて、相手が刀や銃を持っていた場合、この鏡を使えばどうにかなるだろう。
しかし、いくら生き残るためとは言え、人間相手に怪我をさせるのは……
「あんま見たくねえな……」
目の前で血飛沫が上がるを見て、気分がいいと言えるのは悪魔か狂人くらいだ。
64裏と裏と表の話 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/04(火) 00:55:12 ID:lRuYo//S
さて、どうするべきか。
まずは傷薬を手に入れる。基本だ、このままでは左肩が動かない。
傷口を洗い流すために水をいくらか使ってしまった。飲み水の確保もしなければ。
それからハサミだけでは心許ない、せめて長物でも持っておきたい――
問題は山積みだ、これらが手に入る場所はどこにある?

新はザックから地図を引っ張り出すと、地面に広げた。
今いる場所は、アラヤ神社東に位置する道路のどこか。遠くに学校が見える。
学校に保健室は必ずあるだろうし、長物だって簡単に見つかるだろう。
上手くいけば、生徒が触れられないようなアブナイ薬品も手に入る。
…………。
「誰でも考えつくよなー、もう荒らされたあとだったりしてなー」
いやもしかしたら皆そう思い、学校には誰も寄りついていないんじゃないか?
いやいややはり裏をかいて誰かが潜伏し、獲物がくるのを待ち構えているのでは?
いやいやいやその裏の裏をかいて……ああもう訳分からん!!

「あー……俺のノルン、モトにジードちゃーん……GUMPが恋しいぜー……」
などと嘆いても仕方ない、無いものは仕方ないのだ。
仲魔がいないことが、こんなにも心細いものだとは思わなかった。
魔法はおろかまともな治療さえままならない――なんて脆弱なんだ、人間ってやつは!
(余談だが、新がこの場を去った十数分後、現在のGUMPの持ち主らが神社に訪れる。現実とは非情なものだ)
65裏と裏と表の話 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/04(火) 00:56:12 ID:lRuYo//S
傷を負ったピュアなハート(自称)に鞭打って、新は地図をしまって立ち上がる。
目的地は決まった。学校は止めよう。止めた方が無難だ。
裏の裏で表だった、なんて当たり前の論理が通用しないゲームだ。
あんな目立つ建物に、誰も興味を示さないわけがない!
それよりも少し歩いて、その辺の民家から布でも掻払った方が安全だ。
このゲームが始まった時に没収されていなければ、薬箱の一つも簡単に見つかるはず。

「よっし、行くか!」
右手にハサミとザックを担ぎ、左肩になるべく負担をかけないようにして、新はゆっくりと歩を進める。
「ああ……銃の一つや二つでも置いてないかなあ。弾はなくてもいいからさあ」
民家にあるものなど限られていると言うのに、淡い期待を抱きながら。


【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(ただし左手が動かせない)
武器:作業用のハサミ
道具:物反鏡×1
現在位置:蓮華台・アラヤ神社より東の道路
行動指針:蓮華台の民家で家捜し、スプーキーズとの合流
66放送 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/04(火) 23:07:29 ID:ppgOzcpV
多くの魂を混沌へと導いた闇は薄れ、新たな時を告げる太陽が昇った。
決して希望をもたらす光ではなく、
生贄を貪欲に求め、絶望を与える光を引きつれ、その刻は来た。

突然、天の光は眩いばかりに地を覆う。
――変異。
地上にある全ての音が掻き消え、
空間が変わったかのような錯覚。
人も悪魔も等しく受ける幻覚と眩暈。
それらは一つの声となり、あらゆる者たちへと響き渡った。


「諸君、夜の闇は去った。定刻である。」
天より、全ての者たちに威圧感を与える声。

「我が元へ参った魂の名を告げる。
 名は一度しか言わぬ。心して聴くがよい。

「新田勇」「反谷孝志」「リサ・シルバーマン」
「秦野久美子」「園村麻希」「上田知香」
「サトミタダシ」「高尾祐子」「白川由美」
「フトミミ」「ヒロコ」

以上、11名だ。」
67放送 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/04(火) 23:09:45 ID:ppgOzcpV
ある者は絶望に打ちひしがれ錯乱し、
ある者は名の呼ばれない者との再会を心に誓い、
ある者は次の生贄を探し、
ある者は魂の救済を求めていた。
だが、何も変わらぬ調子で声は告げる。

「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう。
 力強き悪魔は、力弱き悪魔へ牙を剥き、絶対数は減るだろうが
 御主らの命はどれほどのものか――楽しみである。」
閉鎖された大地に存在する命の全てへ向けて声は、笑った。
その言葉に、悲嘆に暮れる者たちへ突き放すように続ける。

「死者の中には死してなお、生を求める者がおる。
 その者の名は告げぬ。
 逃げ惑え。互いに疑うがいい。
 隣に立つ者が、裏切り、殺し、偽りの生を与えるものやもしれぬと。

 迷える魂たちよ。生への執着が御主らを追い詰めるであろう。
 死者の数はまだ少ない。精々殺しあうがいい―――。」


空間の歪んだ空気が消えていく。
光を満たした天は、元来の姿へ戻していく。
大地は音を取り戻す。
新たな死者の魂を呑み込む為に用意された朝が訪れた。



【悪魔の強さが強化されました。
 今後日の出日の入り放送後、強化されていきますが個体数は減少します。】
68第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:25:57 ID:wvg7QoV9
互いに言葉もないままに、見知らぬ街を並んで歩く。
無言の理由は、話す声で誰かに見付からないようにということだけではなかった。
先程の彼女の言葉が、ずっと、重く圧し掛かっている。
(俺を殺そうとする奴を……殺す、か……)
後ろを歩く彼女を振り向いた。それを気遣いと取ったのか、不安の表れと取ったのか、彼女は優しい微笑を浮かべる。
あなたは心配しなくて大丈夫、そう言いたげな表情だ。
それは、彼女のいつも通りの表情だった。

彼女――ベスと出会ったのは、まだ互いに幼い子供だった頃らしい。そう彼女は言っていた。
共にセンターでの特殊な教育プログラムを受け、指導者となるべく育てられたのだと。
ザインや、アルカディアの統治者のギメルともその時から一緒だったらしい。
そんな話を聞いても、何も覚えていないこちらには全く実感はない。
けれど、彼等にとって、そして恐らく記憶を失う前の自分にとっても、その絆は特別なものだということは解った。
中でもベスにとっては、それこそが全てのようだった。
センターで「再会」して、行動を共にするようになってからずっと、彼女は献身的に守ろうとしてくれた。
華奢な体と細い腕で、怯みもせずに悪魔の前に立ちはだかって、凛とした眼差しで彼女は言うのだ。
「アレフには手を出させない」と。
自分にとっては出会ったばかりの彼女がそこまで尽くしてくれることには、最初は戸惑った。
自分のために彼女が危険な目に遭うのも心苦しかったし、尽くされる理由も解らなかった。
ただ、幾つもの戦いを一緒に切り抜けて、次第に解ってきたことがある。
ベスは他の道を知らない。何故尽くすのか、などという問いは無意味なのだ。
彼女は「救世主のパートナー」として、救世主に尽くすことだけを教えられてきたようだった。
それが、センターでの特別な教育という奴らしい。
(……だからって)
平然と、他の全員を殺すつもりだったと言ったベス。
彼女は決して冷酷な人間ではない。ミレニアムの人々のことを心配し、労り、皆の幸せを願う優しい少女だ。
ザインのことも、共に育った友人として大切に思っているはずだ。
しかしその優しさも、友情も、彼女にとっては「救世主に尽くす」ことと天秤に掛ければ遥かに軽いものなのだ。
彼女のそんな所を、恐ろしいと思う。同時に悲しいとも思う。
自分が本当にセンターの言う通り「救世主」なのかどうかは知らない。何かを救う力があるかどうかも判らない。
ただ、彼女のことは守って――いつか、自由に生きられるようにしてやりたいと思っていた。

こんな所に呼ばれなければ、その願いは叶っていただろうか。
69第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:27:03 ID:wvg7QoV9
静寂を破ったのは、どちらの言葉でもなかった。
――いや、静寂のままに、その声は光と共に降り注いだのだ。

「諸君、夜の闇は去った」

朗々と、高らかに響く声。
畏怖を感じずにはいられない、朝の訪れの宣言。
聞こえたのはスピーカーから聞こえた声だった。憎むべき、この殺戮のゲームの主催者。
しかし、怒りは湧いてこなかった。恐怖もなかった。
ただ、今から告げられる言葉を、自分達は等しく受け入れねばならないのだ――そう感じた。

声は、命を奪われた者達の名を読み上げる。
一人、二人、三人。呼ばれる名を数えて指を折る。
四人、五人、六人。まだいるのか。数少ない殺人者が何人もを殺したのだろうか。
殺された者の数だけ殺した者がいるのだとすれば、あまりに救いがない。
七人、八人、九人、十人。知らない名前ばかりが淡々と続く。
しかしこの街のどこかでは、愛する者の名を聞いて嘆いている者がいるのかもしれない。
そして十一人目――最後に告げられた名前。
(……え?)
どこか他人事のように感じていた、この街のどこかでの誰かの死。
それが突如として現実味を帯び、空が割れてガラスにでも変わって降り注いできたかのように突き刺さる。

「精々殺しあうがいい――」
嘲笑うかのような声が、空洞になった自分の中に延々と反響し続けるような感覚。
いつしか周囲を覆い尽くしていた白い闇は去り、そこには元の、無人の街の光景があった。

「……嘘だ」
呆然としたまま、天を仰いで呟いた。
隣に立つベスも青ざめた顔をして、何も言わずに立ち尽くしていた。
信じられなかった。悲しみの感情も麻痺していた。ただ、衝撃に打ちのめされていた。
「そんなの、嘘だ……」
本当に嘘であればどんなにいいだろう。
そう思いながら――受け入れることを拒絶しても事実は覆らないと、本当は思い知っていた。
70第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:27:50 ID:wvg7QoV9
あれから、二人はまた無言で歩き出していた。
話そうにも衝撃の余韻で言葉が出てこなかったし、ベスも気を遣ってか黙ったままでいた。
あの放送は、内容から察するにこの街の全員に聞こえていただろう。
しかし、知らされた事実は口にするにはあまりに重かった。

その沈黙はまたしても、どちらの声でもなく、外からの音によって破られた。
物音――と呼ぶには、あまりに派手で物騒な破壊音。ガラスが割れる音だ。
方向は進む先。距離は判らない。住人のいない街の静寂の中では、音もかなり遠くへ届く。
「今の……!」
足を止め、ベスの方に振り向く。彼女も緊張の面持ちで立ち止まり、頷いた。
この周辺で戦闘が起こっている。それも、恐らくかなり派手な戦闘だ。
そして戦闘が起こっているというのは、少なくともやる気になっている者が一人はいるということだ。
「アレフ……どうするの?」
不安げに、ベスが問う。
その表情に、少し安心した。彼女もできるならば戦いたくなどないのだと感じられたからだ。
このまま進めば、戦闘に巻き込まれる可能性が高い。
しかし、誰かが殺されようとしているかもしれないのを放っておいていいのか。
迷う。自分と彼女の身を危険に曝して、味方かどうかさえ判らない相手を助けに行くべきか。
もしかしたら戦っているのは双方ゲームに乗る気の参加者で、どちらが生き残っても敵になるかもしれない。
関わりを避け、引き返すのが賢明な選択だ。それは解っている。解り切っているが。
(ザイン、君ならどうしていた?)
離れ離れになったまま、生死さえ定かでない友の顔が頭を過ぎる。
危険を冒してまで戦いを止めるよう呼び掛け、そのために重傷を負うことになった彼。
それでも後悔など微塵も見せず、ゲームを止めてやるという意志を曲げなかった彼。
生きてまた会おうと約束した。それから、また一緒に脱出の方法を探そうと。
死んでしまったら約束は果たせない。
けれど、助けられるかもしれない誰かを見捨てて生き残っても、彼との約束を破ることになってしまう気がした。
それに――
(……ヒロコさん)
ヴァルハラで出会った、テンプルナイトだという――それより前から知っていたような気がしていた、不思議な女性。
そのヒロコが、もういない。センターで別れた時に、彼女はまた会おうと言っていたのに。
約束は果たせないままになってしまった。
ヒロコの他に、名前を読み上げられた者が十人。彼等にもきっと果たせなかった約束や、叶えたかった夢がある。
そして残されて悲しんでいる友が、もしかしたら家族や恋人も、この街にいる。
同じ悲しみを味わう者が増えるのは嫌だった。もう、犠牲は出したくない。
「……行こう」
「解ったわ」
決断を示すと、ベスの表情から迷いは消えた。
戦いに巻き込まれるかもしれないという不安や、戦いを避けたいという思いは変わってはいないのだろう。
しかし彼女は、「救世主」に道を示されている限り迷うことはないのだ。

今いる場所は、地図によれば夢崎区という区画。
ベスと合流してから一緒に地図を確認し、現在地を割り出した。彼女は自分が転送された位置と辿った道を覚えていたのだ。
それからまずはザインと別れた場所に戻ったが、時間を掛けすぎてしまった所為か、辺りにはもう誰もいなかった。
ザインはどこかに逃げ延びていて、撃ってきた男も立ち去ったということだ。
合流の手掛かりがない以上、その辺りをうろうろしても仕方がない。
ベスの提案で、ひとまず誰かに襲われても対処できるように装備を整えようということにした。
銃は持っているものの弾には限りがある。できれば弾丸と、近接用の武器を調達したかった。
それで、店などの多そうな場所ということで夢崎区へ向かうことにしたのだ。
運良く辿り着くまでには何事もなかったが、繁華街となれば誰かに出会うだろうことは多少は予想していた。
その時にどうするかまでは考えていなかった――考える余裕がなかったのだが。
71第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:28:30 ID:wvg7QoV9
再び、ガラスが割れる音がした。今度は先程に比べて僅かに近い。
まだ戦闘は続いている。すぐに終わってはいないということは、ある程度実力のある者同士の戦いなのだろうか。
「ベス。武器を用意しておこう」
走る速度を緩め、後ろを走る彼女に言う。
ベスは頷いて、足は止めないままザックから武器を取り出す。
縁を鋭く磨き上げられたチャクラム。それが彼女に支給された武器だった。
離れた場所からでも攻撃できるが、相手に刺さってしまえば自分の手には戻ってこない。
銃と手投げ武器。これだけの武装では心許ないが、何も準備しないよりはましだ。
ホルスターに収めていたドミネーターを、いつでも撃てるよう抜く。

道なりに走る内、大通りに出た。音が聞こえた場所は、恐らくまだまだ先だ。
通りを横断するかと考えた時、突然視界に動くものが飛び込んだ。
「……? 何か来る!?」
少し離れた所で、通りの反対側から獣のようなシルエットが飛び出してきた。
飛び込む道を探しているのか、ほんの少しだけスピードを落としてこちらへ走ってくる。
「あれは……ケルベロス?」
その姿には見覚えがあった。かなり高位の魔獣、ケルベロスだ。マダムから借り受けて行動を共にしたこともある。
走ってきたケルベロスは、その時の個体によく似ていた。いや、もしかしたら同一個体だろうか。
さすがに顔の区別はできないが、体の大きさや毛並み、色合いはマダムのケルベロスと同じだ。
そして、ケルベロスの背には二人の人間が乗っていた。
男と女。いや、少年と少女――見知らぬ少女と、どこかで見たことのある気がする少年だ。
少年の衣服とケルベロスの白い毛並みは血に汚れていた。そして彼等の動きは、明らかに逃げるものだった。
追われて負傷しているのか。ならば。
「こっちだ!」
ベスに目で合図してその場に留まらせ、独りで通りに飛び出す。
銃は持ったままだが、撃つ意思はないことを示すため頭上に掲げた。空いた左手を振って存在を主張する。
大通りの道幅は広いが、そこから折れる道となると大した幅はなく、ケルベロスが飛び込むには向かない所がほとんどだろう。
しかし通ってきたこの道なら、ケルベロスが余裕で通れるだけの幅がある。
ケルベロスがこちらに気付き、一瞬警戒するように動きを止める。が、戦意がないことはすぐ悟ったらしい。
追っ手の姿は、通りの向こうにはまだ見えない。
「こっちに逃げろ!」
曲がり道を示すと、ケルベロスは器用にカーブを描いて方向転換し、そこに飛び込んだ。
彼等を追っていた相手に見付からないよう、すぐ後に続く。

「ヒトマズ……離レタヨウダナ」
曲がり道に身を隠すと、ケルベロスは荒い息を整えながら呟いた。
かなり疲れているようだが、いつでも走り出せるようにか、座ろうとはしない。
「……ありがとう」
ケルベロスに乗った少年が、安堵の息をついてこちらを向いた。その顔を見て、思い出す。
――ザ・ヒーロー。
トレードマークのアームターミナルこそ身に着けていないが、コロシアムで見た初代チャンピオンの像に、彼は瓜二つだった。
72第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:30:04 ID:wvg7QoV9
「追われてたのか?」
「ああ。あまりのんびりと休んでいる時間はない」
問いに答えたのは少女だった。見た目は大人しそうな印象の少女だが、その口調は姿に似つかわしくない。
「向こうは多分レーダーを持ってる。一キロ以内に近付いたら探知されるらしい」
ベスの治癒魔法で手当てを受けながら、ザ・ヒーローが補足した。
「やっと範囲外に出られたようだが……また近付いてしまったら、居場所は筒抜けになる」
「一キロか……下手に様子も見られないなあ」
大通りの様子を窺おうとしていた首を慌てて引っ込める。尤も、レーダーが相手では隠れたところで無意味なのだが。
「持っておくかい? こっちは二人とも持ってるし」
ザ・ヒーローが双眼鏡を取り出し、差し出してきた。
「あ、どうも」
礼を言って受け取る。像でしか見たことのなかった英雄がこうして目の前にいると思うと、やはり不思議だった。
違っているのは、あの像は大人の姿だったが、ここにいる彼は少年だということ。
精緻に造られた、顔立ちまでもはっきりと再現している像だったお陰で、同一人物だということは判るが。
(想像してたのと違うな……)
コロシアムのチャンピオンで、悪魔を自在に操る英雄。そのイメージと目の前の少年は随分違う。
ザ・ヒーローはコロシアムの闘士達にとって偉大な先達であり、憧れだった。強さと栄光の象徴だった。
だから、もっと勇ましそうな人物を想像していたのだ。
かと言って、幻滅した訳でもない。
寧ろ他の参加者と行動を共にし、戦闘を避け、出会った自分達に道具を差し出す彼を見て――嬉しいと思っていた。
定冠詞を付けて呼ばれるほどの偉大な英雄。彼は強いだけでなく、優しいヒーローだったのだ。
(……どう話していいか、迷うな。敬語ってのも変かな。見た目は年下だし……)
こちらは相手をよく知っている。相手はこちらを、恐らく知らない。
非常事態で、危険な敵も近くにいるかもしれない状況だというのに、どうでもいいことで悩んでしまう。
お陰で緊張感が幾分和らいだのは、いい影響だったが。

双眼鏡を覗き込んでしばらくは、レンズ越しに見える風景の中に動くものは何もなかった。
レーダーの範囲が一キロなら、双眼鏡で見えたらすぐ反対側に逃げれば大丈夫だろう。
相手の速度がこちらを大幅に上回ってでもいない限り、だが。
「追ってきた奴って、車とか乗ってる……んですか?」
「いや……ただ」
ザ・ヒーローが答えたのと、視界に変化が現れたのはほとんど同時だった。
思わず双眼鏡から目を離し、息を呑む。その反応に、ケルベロスの上の二人も気付いたようだった。
「――見えたのか」
少女が硬い声で問う。答える言葉は、すぐには出てこなかった。
心臓が激しく脈打ち始める。そこに見たのは、見えるはずのない姿だったのだ。
「アレフ? どうしたの?」
「……ヒロコさんだ」
先程の放送で、彼女は死んだと告げられていたはずだ。
それに、今見ている方向には、ザ・ヒーロー達を襲った敵がいるはずなのだ。
73第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:30:55 ID:wvg7QoV9
「ヒロコというのか。あの女は」
少女の言葉に、また心拍数が跳ね上がる。
あの女、と言った。二人を追っていたのは女なのだ。
「……君達を追ってた奴と同じかどうかは、判らないが。通りを反対側に歩いて行こうとしてた」
同一人物であるはずはない。ヒロコは無益に人を殺すのを好むような性格ではなかった。
それに彼女は、あの放送によれば死んだはず。
それでも、確かめる必要はあった。そして確かめるのが恐ろしかった。
悪魔や魔法の力が働いている場所では、死体は「絶対に動かないもの」ではない。
まさか、という小さな恐れが次第に膨れ上がり、胸を圧迫する。
「金髪で……肩くらいまでの、ソバージュの。レザーの服を着た……」
「間違いない。そいつだ」
冷徹な宣告を下したのは、ザ・ヒーローだった。
「まだ一キロ以内に入っていないなら、すぐ離れれば逃げ切れるかもしれない。
ここを離れよう。気付かれる恐れがあるから、双眼鏡で見るのももう駄目だ」
「……ヒロコさんが、あなた達を殺そうと?」
信じたくない。理解したくない。現実を否定する言葉ばかりが胸に溢れ返って、それ以上は何も声にならない。
「信じられない気持ちは解る。知り合いだったんだろう?」
ザ・ヒーローが言う。答える言葉も見付からず、子供のようにただ頷いた。
ベスが横に歩み寄って、手を握ってくれる。その手の温もりと込められた力強さが、少し理性を取り戻させてくれた。
「ヒロコ、か。放送で呼ばれた名だな」
少女は参加者のリストを取り出し、確認するとそれをザックに戻した。
「放送は聞いただろう。知っての通り、あの女はもう死んでいる。何者かにネクロマの術で操られているんだ」
「酷い……」
ベスが俯き、肩を震わせる。
ヒロコは死んだ。
今は誰かに操られ、人間を襲う生ける屍となっている。
そしてザ・ヒーローとこの少女を襲い、逃げた彼等を追って彷徨っている。
その説明で、全ての辻褄は合った。――しかし、半ば無意識に口から洩れたのは拒絶の言葉だった。
「……嘘だ」
理解するにも、受け入れるにも、許容量を超えていた。
「受け入れ難いだろうが事実だ。私は鉄パイプであの女の胸を貫いた。胸に風穴が開いても、奴は平然と追ってきているんだぞ」
「伽耶!」
少女の言葉をザ・ヒーローが制止する。
「すまない。……辛いと思うが、本当なんだ。今の彼女は、君の知ってる人じゃない」
言葉の意味が頭に入って来ない。ザ・ヒーローは泣きそうな顔をしている。きっと自分も、今は似たような顔だろう。
74第二の、或いは最悪の再会  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/05(水) 02:32:01 ID:wvg7QoV9
「――確かめる」
混乱し、ごちゃごちゃになった思考の中で、辛うじてその意志だけを声にする。
「ヒロコさんの心は残ってないのか……確かめてやる」
「止めておけ。力を抑えることを知らないゾンビの戦闘能力は尋常じゃない。自分まで死ぬだけだ」
伽耶と呼ばれていた少女が首を横に振る。が、思い留まる気はなかった。
「これ、ありがとうございます」
ザ・ヒーローに双眼鏡を返す。目の前に飛び出すのだから、もうこんな物は必要ない。
「逃げて下さい。あなた達も、ケルベロスも疲れているでしょう。俺がヒロコさんの相手をしてる間に」
「待ってくれ、無茶だ――」
「無事で生き延びて下さい。ザ・ヒーロー」
何と言われても、気持ちは変わらなかった。動転して、自分の身を省みることを忘れていたのかもしれない。
しかし、ザ・ヒーロー達を巻き込む訳にはいかない。彼等が逃げる道とは反対の方に、ヒロコを誘導しなくては。
それには、まず通りの反対側に引き付けることだ。
そこまで考えたところで、ほとんど自然に体が動き出していた。対岸を目指して大通りに飛び出す。
通りの対岸から追えば、一キロの範囲に入ってレーダーに探知されたとしても、
ヒロコがこちらに気付いて向かってきた時にザ・ヒーロー達まで発見されてしまう危険は少なくなる。

通りを渡り切った所で振り向くと、こちらを追ってくるベスの姿が見えた。
できるなら、彼女は巻き込みたくなかった。しかし止めてもきっと無駄だろう。
彼女はいつだって言うのだ――「アレフについて行く」と。
「……行こう」
彼女が追い着くのを待って、その手を取った。


<時刻:午前6時過ぎ>
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:激しく動揺
武器:ドミネーター
道具:なし
現在地:夢崎区
目的:ヒロコの状態を確かめ、ついでに気を引いてザ・ヒーロー達を逃がす

【ベス(真・女神転生2)】
状態:正常
武器:チャクラム
道具:?
現在地:同上
目的:アレフを守る
75脱出への旅立ち ◆LOa51m/X6I :2006/07/05(水) 18:28:07 ID:gKsgrRvf
「明光鎧ね……なかなかにいいじゃないか」
「これでいいんだろ?ほら、というわけでさよなら〜……」
もう何度防空壕で繰り返された光景だろうか?数えるのも馬鹿らしい。何しろ、始まりから結末まで、
全て同じなのだから。
去ろうとしていた悪魔の肩を掴む。
「な……なんだよ、これでさよならじゃないのかよ!?」
「ああ、さよならだ」
メリケンサックをはめた腕が悪魔の顎を捉える。強烈な一撃を受け、倒れる悪魔。
体が倒れる音に続いて、何か落ちた音が聞こえる。首だ。彼の一撃を受け、胴体からどうやら泣き別れに
なったようだ。
もう、説明する必要もないだろう。神代浩次である。



「スターグローブ、レザーブーツ、明光鎧にナイフが2本、メリケンサックに夢想正宗。う〜ん完璧」
自分が集めたものを見て鷹揚に頷く。
「消耗品も集まったし、MAGもGOOD。後は悪魔だな」
COMPの画面を開く。ノッカー、コボルト、ニギミタマと三体の悪魔が写っていたが……
「弱いなぁ……ノッカーとかコボルトはカジャ要員としても……前衛は俺として、魔法が使える悪魔が欲しいねぇ」
かといって強力な魔法攻撃の使える悪魔を作るには、この周囲程度の悪魔では、どれだけ集める必要があるか……
それを考えるとため息が出る。
「精霊は作りやすいんだし、ひたすらランクアップか?いや、それは上げてもイマイチだったときが困るし」
ランクアップさせまくった挙句、物理攻撃一辺倒でしたとか、回復魔法しか持ってませんとか、すいません、
お役に立てるような悪魔じゃございませんとかは避けたい。
ダラダラと歩きながら思案を練る。何かうまい方法はないものか?
正直、もうカジャかけまくった俺一人でもいけるんじゃないかとか思わないでもないが、こちらの予想の遥か
斜め上の実力者がいたときが困るし、悪魔使いが混じってて大量の悪魔を向かわされては少々きつい。
2,3体なら悪魔をすり抜けて召喚者を殺る自信はあるが。
「そろそろ放送か……じゃ、一旦上に戻るかな」
そろそろ放送だ。いったい何人が死んだのか?また、誰が死んだのかチェックする必要がある。
暗い闇の底から抜け出て、光差す地表に帰る。ずっと暗いところにいたせいか、僅かな夜明けの光はとても
眩しく見えた。
ちょうど鳴り響く放送。死者を告げる呪いの声が彼に喜びをもたらす。
「11人か……まぁ、悪くないペースだな」
チェックを終えた彼は、少しそのまま静かに外を見ていた。
76脱出への旅立ち ◆LOa51m/X6I :2006/07/05(水) 18:28:59 ID:gKsgrRvf
「朝日なんて……いや、太陽なんて久しぶりだな」
この何ヶ月も、ひたすら魔界で生き残るための殺し合いの毎日。太陽も希望と死んだ世界でクラスメートの
なれ果てを殺し、スーパーロボットになっていく教師と命を削りあい、リングを手に入れるために他人を見捨
て、ひたすら悪魔をすり減らし、時には死んでも立ち上がる日々。
学校の窓から上っていく太陽を見ることなど想像もしなかった。
すこし、自分は帰ってきたのではないだろうか、という幻像を覚える。暖かく、友達と笑いあったころに。
「いや、そんなわけないか」
ここは殺し合いの世界なのだ。そんな暖かさなどあるわけがない。それに、今まで自分がやってきたことを
考えてみろ。誰がどの面下げてあの頃に戻れるというんだ?もう、殺すことに抵抗もない。目的のためなら
何だって捨てる。なんだって使う。そんな俺が、戻れる?馬鹿馬鹿しい。今殺し合いに乗る気でいるのも、
正しく言うなら戻るためではない。死にたくないからだ。
ふと上を見上げる。もちろんそこにいるのは自分のガーディアン、ラハブ。「混沌」を意味する怪物で、神が天
地の創造を行う前からすでに存在していたという。
もう、何体目か数えるのも面倒なほどに味わった死の苦しみと、新たな力の覚醒。死ねば死ぬほど彼は強
くなっていった。強大なロボットと互角に戦えるほどに。
これから、どうするか?まだ狩るか?それとも外に出て情報収集と他の狩場に移るか?
それを考えているとき……
「え?」
気付いた。チェックのついででパラパラと名簿をめくって、ユミという名前に横線を入れたとき。
その上の2人の名前に。
「赤根沢玲子、狭間偉出夫……ク……ハハハ……ハハハハハハ!!」
気がつけば彼は笑っていた。心から、暗い笑いを高らかに。
ハザマがいる。あの、俺たちを魔界に引き込んだいけ好かない野朗がここにいる。
レイコがいる。ハザマに対しての最終兵器が。
落ち着け、状況を整理しろ、考えるんだ。ハザマは既に俺とレイコに2度破れている。1度目は現実で、2度
目は精神世界で。そしてレイコは奴の精神世界に残った。ここまでは事実だ。
そしてここからは可能性のはなしだ。ハザマは学校を魔界に堕とす力を持っている。堕とす力、つまりは異
界と現実をつなげる力。奴を使えば、ここから抜け出ることができ、ハザマと同じようにこのクソッタレたゲ−
ムの主催者をシバくことができるかもしれない。
力量の問題は解決済みだ。あいつがver自由の女神像になろうが負けることはないだろう。2度の経験が物
語っている。が、あの根暗が素直に俺の言うことを聞くとは思えない。ここでレイコの出番だ。さしものあいつ
も自分のために残ってくれた妹の言葉を完全に無視はできまい。あのときの精神状況を返りみれば間違い
ない。
77脱出への旅立ち ◆LOa51m/X6I :2006/07/05(水) 18:30:00 ID:gKsgrRvf
つまりは……
『レイコを回収してハザマを利用する』
完璧だ。完璧すぎるプラン。これならあの主催者をぶっ飛ばすことができる。
もし、それが駄目なら全員デストローイしてやるだけだ。
「さぁ、そうと決まれば善は急げだ。あのレイコやハザマが早々簡単に殺されるとは思えないが……念には
念を、ってね」
レイコなしでハザマと会ったら撤退。
レイコがいれば回収。
そのあとハザマを説得。
それ以外の参加者と出会ったら、プラン2(全員デストローイ)のため殺す。
「さぁ、狩りの時間だ……!」
軽やかに窓から飛び出した。

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:実に健康
武器:夢想正宗 アサセミナイフ×2
防具:スターグローブ(電撃吸収) レザーブーツ  明光鎧(電撃弱点、衝撃吸収)
道具:メリケンサック型COMP 魔石4つ 傷薬2つ ディスポイズン2つ 閃光の石版 MAG1716
仲間:ニギミタマ  ノッカー コボルト
現在地:春日山高校
行動方針:レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ
78生贄 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 22:52:56 ID:4WDlVJFS
日が徐々に昇り、ビルを朝の光で染めようとしている。
少女は、青葉区の繁華街「青葉通り」のビル屋上で獲物を狙っていた。
朝の涼やかな風が彼女の髪をなびかせる。
その細くしなやかな身体と端正な顔立ちに似合わぬ、
現世のものとはかけ離れたその腕をぎりりと握り締めた。
無くなった片腕の肘から下は既に血が止まり、赤いエネルギーが集まり、渦巻いていた。

街に居れば必ずこの死のゲームの参加者と遭遇するはずだ。
わざわざこちらから獲物を探す手間が省ける。
そう考えた彼女は、夢崎区から青葉区へと移動しながらも仲魔を見つけた。
今、彼女の左右に控えた2対の天使。
アークエンジェルとドミニオン。
国家の文明の繁衰を司るとされた者と、
神の威光を示す「主天使」とされた者。
まるで、強き者の力に引き寄せられるかのように、彼女の前に現れ、
その強さに圧倒され、力で抑える正義に同調したのだ。
地に目を向け、橘千晶はにやりと笑い、口を開いた。
「あはは。またバカがひとり、地を這ってるわ!!」
狩りの対象が今、土を盛り、服をその土山へと掛けていた。

獲物を狙う動きを始めようとしていたそのとき、天から声が降り注ぐ。

「ふぅん。このゲームに乗ってるのは私だけじゃないみたいね。」
死亡者報告の放送を聴いた後、彼女は嬉しそうに笑いながら言った。
「千晶様――。」
控える天使が彼女へ行動を促す。
「わかってるわ。ふふっ。」
少女は悪戯っ子っぽい笑いを浮かべ、
アークエンジェルの剣を奪い取り、地上へと舞い降りた――。
79生贄 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 22:53:48 ID:4WDlVJFS
血。これは、僕の血――。
目の前にある墓標が鮮血に染まる。
胸に突き刺された剣を見て、少年は今自分が置かれている状況がやっと理解できた。
――刺されたんだ。
剣の角度から考えれば、上から僕をめがけて突き刺したってところか。
腹の底から上がってくる熱い血を吐き出す。
全身から力が抜けていく感覚を覚えながら、少年は剣を突き刺した犯人へ顔を向けた。
白い髪に端正な顔立ちが一層恐ろしく歪んだ顔に見せかける少女。

「やあ――レ・・・ディ――。」
少年は軽く微笑みながらその人物へ向けて言葉を発した。
今日出逢った三人目の女性は、どうやらゲームに乗っている存在だ。
少女の口元が開き、笑みがこぼれ、少年への言葉を紡いてゆく。

「へぇ、案外元気でいられるようね。」
少女の顔が少年の耳元に近づき、囁くように言うと、
少年はその言葉に、まるで天気の話でもしているかのような口調で返した。

「はは――お…かげ…さま…で…ね――」
剣は深く、少年の体へと刺さり、少年が身をよじろうにも動ける状態ではなかった。
少女はクスリと笑い、また耳元で囁いた。

「簡単に死なれては――」
深く刺さった剣の柄を捩じり込み、更に深い傷を負わせ、

「楽しくないものねッ!!!」
彼女は体を少年から離し、一気に柄を上へと引き抜いた。
体の支えを無くした少年の体は地へと崩れ落ち、胸から溢れ出す血が更に墓標を赤く染めた。
吐血を繰り返す少年へ卑下の目を向け、剣に付いた血を払う。
深い傷をもたらしたそれを、天使の姿をした従者へと投げて返す。
少年の体からゆらゆらと立ち上る赤い光。マガツヒだ。
負の感情から生まれるそれは、千晶の体へと吸い込まれていく。
80生贄 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 22:54:20 ID:4WDlVJFS
「まさか、もうおしまいじゃないでしょうね?もっとあたしを楽しませてから逝ってよ!!さあ、早く!!」
異様に変形した千晶の腕が少年の傷口に衝撃を与え、さらに深い傷を負わせる。
口から溢れ出す赤い液体。
止まることなど知らないかのように噴出している胸の鮮血は、狂ったように笑う千晶の体を染めた。
少年は、立つにももう力が入らない。
「さあ、どうしたのよ。早く私に向かって来なさいよ!!」
さらにもう一撃が強い破壊力を持つ拳から放たれる。
仰向けになっている少年は立つこともままならず、何度も傷口へ衝撃を受ける。

「なーんだ。あははははははははっ!!!強がってただけなんだッ!」
少年は人形のように吹き飛んだ。
抵抗などできようはずもない。
全身から既に力が抜け切っているのだから。
彼の身体からマガツヒが溢れ出す。
恍惚としてマガツヒを吸収する少女。
その両脇を固め、守る二体の天使。
何か遠くで声が聞こえる。
一気に全身が冷える。

(――ああ、これが最期の感覚なんだ…。)

近くに立っているはずの天使が突然叫び声を上げた。
少年の体から立ち昇っていたマガツヒの勢いが収まっていく。

(――赤いの、もう、切れたのかな?)
今もって暢気に構えている彼にとって、聞き覚えのある声が
千晶らの居る方向とは別な場所から届いた。
「少年!私の言うことを信じて、その場で眠りなさい!」と。
81生贄 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 22:54:54 ID:4WDlVJFS
<午前6時半頃>
【主人公(旧2)】
状態:瀕死。胸を貫かれている
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区空き地
行動指針:まだ考えていない

【橘千晶(真女神転生3)】
状態:片腕損傷(軽微)
仲魔:アークエンジェル、ドミニオン
現在地:青葉区空き地
行動方針:皆殺し
82日の光 心の闇 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 23:00:00 ID:4WDlVJFS
うっすらと差し込んでいた日の光は今ではもう部屋を照らすまでになっている。
死亡者報告が開始された時には日が昇り始めていたことを確認してから人修羅はしばらく眠っていた。
左肩の銃創はまだ癒えてはいない。しかし気にする必要もないだろう。
再び身体を壁に預け、白い壁へ溶け込む背景のようにかかった時計に目をやる。
「1時間程眠ったのか」
時を刻み続けるそれの音だけが、静かに教室内を響かせ、
ぼんやりとする意識の中で彼は今後の行動について考えをめぐらせた。

ここはボルテクス界ではない。
ましてやアマラ深界ですらない。
悪魔ではない、人が歩き回れる世界のはずだ。
少なくとも彼が立っているこの学園を見るかぎり、東京受胎前の世界に近いと考えて問題ないだろう。
だが、結論を出すにはまだ早すぎる。
この世界がどんな場所なのかまだ完全には把握しきれていないのだ。
そうなると、流石にこの格好で歩くのは目立つ。
参加者以外に人は居ないとはいえ、頸の刻印を見せながら歩くことは、
自ら獲物をおびき寄せているようなものだ。

――わざわざ狩る必要もないだろう。そこまで僕は血に飢えてはいない。

彼は立ち上がり、黒く薄いカーテンを引きちぎり、頭からすっぽりとかぶった。
暗がりを移動するならこれで目立つことはないだろう。
だが、どこへ行く?
この学校に掲示されているものが全て日本語であり、
午前6時に日の出、午後6時に日の入りということは、太陽が正確な方位を示すのは知っている。
日の出の方角はほぼ真東。
現在の場所は、学校から太陽を背に右手、北に山、正面、西に公園があるということは、
ルールブックに挟まれていた地図によれば、おそらく蓮華台。
七姉妹学園と呼ばれる場所なのだろう。
スマル市全体の中心に放り出されてしまったことになる。
誰がどこへ向かうにしても、この場所は通ろうとするだろう。
中心部で留まるということは、人に出会う確立が高くなる。
わざわざ主催者が喜ぶことをしてやる必要は無い。
ましてや誰かと共に行動するなど今の彼には難しいことだ。
仲魔の集うだろう場所へ行こう。
好き好んで悪魔の出る場所に来るヤツなんて、悪魔を使役するヤツくらいだろう。
もしも出会ってしまったら――殺ればいい。仲魔に血を見せてやるのも悪くない。
83日の光 心の闇 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 23:00:33 ID:4WDlVJFS
「先生、そろそろお別れです。」
床で横たわる女に向かって凍りつくような視線を投げかけそう告げると、彼の手から光が迸った。
光は闇を呼び、稲妻が落ちたかのような轟音と共に実体化する。
「オ呼ビ デスカ」
声を発するその闇は、床から巨大な頭を突き出した状態で目をぎょろりと人修羅へと向けた。
「アバドン、これを始末しろ。」
少年は顎で祐子を示した。
「喰ッテモイイノカ?」
「ああ。かまわない。ただし骨一本、血の一滴も残すなよ。」
形跡を残すということは、ここで何かが起こった証拠にもなりうる。
できるかぎり己の存在を消していたい。
これ以上人との接触は避けたかった。
「…御意。」
悪魔は祐子の白い頸に喰らいかかった。
全てを飲み込むほどの口を開け、バキバキという音を立てながら人の形を崩していった。

「儚いな」
原型がなくなったその肉片を見下ろしながら、少年はポツリとつぶやいた。
人は全て滅んだ。もうそれでいいじゃないか。
  (初期の原因は違っても結果引き起こしたのは自分じゃないか。)

――思考に何かが挟まってくる。悪意のない純粋な答えだろう。
   だが決して肯定などしたくはなかった。

何故今さら思い起こさせるんだ。
  (ずっと考え続けていたはずだろ?何故逃げようとする?)

僕は悪魔として生きていたかったはずだ。
  (本当か?答えが欲しかったから先生に声をかけたんだろ?人でありたいのだろ?)

違う!僕はもう、人じゃない。
84日の光 心の闇 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 23:01:08 ID:4WDlVJFS
――オマエハ、元々人間ダゾ…
心の奥底で邪な笑みが聞こえてくる。
「…またか」
迷彩服を着た男と戦った時に聞こえた声と同じだ。
だが聞いたことがある声。どこで聞いたのか思い出せなかった。

――本意ハ 人トノ 関ワリヲ 絶チタクハ無イノダロウ? ククク…
「さあ、どうだろうな。」
知ったことじゃない。今さらどうだっていい。
関わったところで現状を変えられるわけでもない。

――ダガ オマエハ 恐レテイル。裏切ラレルコトヲ。人ガ己独リニナルコトヲ。
   孤独ヲ誤魔化スタメニ 仲魔ト離レラレナイデ イルノダロウ?
「さあ、どうだろうな。」
煩い。

――逃ゲルカ。悪魔ニナロウトモ 所詮人ノ子ヨ ククククク…
「黙れ!」
腹の底から沸き起こる憎悪。
ふいに全てを滅ぼしてしまいたくなる感覚。
焼け付くように全身を駆け巡る悪魔の血。
感情に呼応したように赤く鋭く光る瞳。
背後から聞こえる歓声。
人を喰わせろ、血を見せろ、欲望を満たさせろ――。

「――少し、黙っていろ。」
狂喜を見せる気配に少年は一喝を加えた。
ざわめきが嘘のような沈黙。
足元にはもう祐子を喰らい尽くしたのだろう、巨大な頭が少年をぎょろりと凝視していた。
「終わったのなら還れ。おまえへの用はもうない。」
言い終わるが早いか、少年は手を横へと払った。
悪魔はその姿をすっと消した。

さっき山の方角から声が聞こえた。
このまま留まっていてはまた面倒に巻き込まれる可能性がある。
兎に角この街の情報を得よう。
参加者たちをどうするか、考えるのはそれからでも遅くない。
少年は狂喜と静寂という相反する感情を抱えたまま、日の光が入り込む窓からその身を躍らせ、
フードを目深にかぶり、すっかり明るくなった外へと繰り出した。
85日の光 心の闇 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/05(水) 23:01:50 ID:4WDlVJFS
時間:7時半ごろ
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne)】
状態:軽症(左肩銃創)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:七姉妹学園より港南区方面へ移動開始
行動指針:元の世界へ帰る
86静寂の救済者 ◆VUciVpb79U :2006/07/06(木) 01:53:47 ID:xeCZjznG
一歩、また一歩近づく度に抽象的な何かは具体的なそれへと変わる。
それとはとある臭い。その臭いを氷川は知っている。
人が不毛に争う際に流す、穢れた赤い液体。そうだ、これは人の血だ。
幾度として人の血を見続けて来たからこそ判る。それは理屈ではない。
培われた経験が感覚としてそう伝えてくるのだ。

血を意識する度に氷川は自問する。
「何故人の血は斯くも汚らわしい? 動物達の流す血は斯様に尊いと言うのに。」
嘗ての彼ならこの問いに難無く答えられる事だろう。だが今は判らない。
何故だ、と悩み思わず手で顔を覆う。何故だ――如何してだ――何なのだ――
熟慮の末に見出したのは嘗てと現在の私とでは何かが足りぬという抽象的な答えだった。
余りにも曖昧な結果に納得出来ず、顔に少しその感情を表した。
普通ならこの些細な変化に誰として気付く事は先ず無い筈だった。

「…氷川様、如何致しましたか?」
オセがその微小な変化に気付き、訝しげに氷川に問う。
その言葉に反応した氷川は顔を覆った手を下ろし、オセの顔に目を向けた。
「ほう、物言わぬ私から察せるのか。流石は私の護衛を務めるだけの事はある。」
「なに、少し考え事をな。だが気に留める程の事ではない。忘れ給え。」
オセの疑問に答えを与えるが、それを聞いて普段とは違った強気の物言いで
「ならば現状に意識を集中させる事を願う。意識の散漫は隙が生じて危険だ。何卒ご理解を。」
と、氷川を戒める。悪かった、そう言わんばかしに態度を改め現実に目を向け意識を高めた。
87静寂の救済者 ◆VUciVpb79U :2006/07/06(木) 01:55:27 ID:xeCZjznG
あの血の臭いが熾烈さを極める。相当近くまで辿り付いた証である。
一人と一体はより意識を高め、手に持つ武器の握り具合を強めて慎重に歩んだ。
罠があるのかも知れない。敵が潜むやも知れない。
見えざる意識という敵を前に互いの精神は研ぎ澄まされる。
互いの背中を任せながら辺りを見回し不測の事態に陥らぬ様に務めた。
そこを曲がれば異変が判る。一歩、また一歩近づき遂にその目で見た。
予想した通りの結果が二つの生命に告げられる。大量の血はあった。
しかしそれしかなかった。この事態に奇妙さを覚えざるには居られなかった。
しかも二者を何処かへ導いているかの様に道は赤く染められていた。
死体でも引き摺ったのだろうか。この後を辿れば真相が判るかも知れない。
だが罠が張られてる恐れもある。進むか戻るか、その選択肢に迫られる。

「ここには如何やら罠も敵も居ない。落ち着いて思考に耽られる。」
「氷川様の事だ、如何するべきかもうお考えになられているだろう。」
そう脳裏で思うオセとは裏腹に氷川は道に染まった血を見つめていた。
表情に変わりは無い。だが言い知れぬ雰囲気が、目の鋭さが増している。

「そうか。」暫しの沈黙を唐突に破った声。
理解し得ぬ言葉の意味に戸惑うオセ。氷川に声を掛けるも反応を示さない。
無表情で黙して語らぬ彼は脳の世界にて先程の答えを見出していた。
”何故人の血は斯くも汚らわしいのか? 動物達の流す血は斯様に尊いと言うのに。”

動物達は世界の均衡を保つ為にその血を流す。
減り過ぎず増え過ぎない。そこには絶対の安定が保証されていたのだ。
動物達の争いには意義がある。合理的である。故に尊かった。
しかし人類は如何だ? 私利私欲を肥やす為に世界の均衡を崩した。
その欲によって流された血には何の意味も無く世界をただ汚したのも事実。
盲いた文明の無意味な膨張・・・繰り返される流血と戦争・・・
血による穢れた歴史の重ねぬりの上にかの世は存在した。
その罪の意識に囚われず寧ろ忘れ去ろうとした人類を許せなかった。
酷く怒り、酷く悲しみ、酷く絶望した彼の心があったからこそ静寂の救済者たる氷川であれたのだ。
人修羅に倒され光無き迷宮を彷徨う内、時の流れがその心掛けを忘れさせた。
故に氷川は氷川として成り得なかった。そう、肝心な事を忘却の彼方へ追いやった彼には。

「無意味に流れた血が赤い絨毯を敷き詰めその上に成り立った文明。」
「それを賛美するかの様に数千年を経ても絶えず穢れた血は親から子へと受け継がれた。」
「この地も彼ら人の血によって赤い絨毯が敷かれた。不毛な遺伝は次元を超えても顕在するか。」
独り言を続ける彼の表情は怒りと悲しみで満たされていた。
過去を思い出し思わず感情を抑えずにはいられなかったのだろう。
その姿を見たオセがふと口に出す。「・・・初めにお会いした時の顔でしたなそれは。」
はっと正気に戻った氷川を確認し、更に言葉を続ける。
「人の子が悪魔である俺を恐れさせたあの時の事は今でも忘れられません。」
「しかしこの地で出会った氷川様には何かが足りませんでした。」
「それを俺は察し、また氷川様もそれを理解しており大変心苦しい身でありました。」
「そう、信念欠いた氷川様を・・・ しかし今はそれを取り戻した。俺は嬉しいぞ。」
オセの表情に笑みが浮かぶ。

「感情に支配される暇は無い。今は進むか退くかが重要だ。」
「先へ進もう。今の現状を確認したい。オセ、頼りにしているぞ。」
氷川がオセにそう語る最中、天から声が響き渡ってきた。

【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面はやや疲労。精神面は著しく上昇
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:鉄骨のストック 800MG
仲魔:オセ
現在地:青葉区の通り
行動方針:血の跡を辿り残された謎を確かめる。協力者やアイテムの収集。
88静寂の救済者 ◆VUciVpb79U :2006/07/06(木) 02:12:55 ID:xeCZjznG
追記
時刻:午前7時
89静寂の救済者 ◆VUciVpb79U :2006/07/06(木) 02:15:32 ID:xeCZjznG
申し訳ない。
死亡者報告は午前6時だったのでこっちも時刻は午前6時です。
何度も失敗してすみません。
90迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:50:08 ID:M+05LY/H
――何か、禍々しいものが近くに存在している。
美しい金に輝く髪をなびかせ、立ち止まっている少女は、
目を細め、その発せられる気配を探った。
天から降り注いだ死亡者報告の声に、知っている者の名前はいなかった。
――彼は、生きている。
早く探さなければ。
少女の動きは素早かった。焦燥に駆られながらも、しかし冷静に。
身にまとうローブを翻し、日の光に照らされ、朝露に光る地面を踏みしめて。

走り出したその先に感じるのは、二人。
禍々しい気を発する者と、細く消え行こうとする者。
感じたことのある一人の気配。
きっとそうに違いない。彼だ。
笑い声があたりに木霊する。
ビルに反射し、聞こえてくるその声の方向は、北西。
木立をすり抜け立ち並ぶビルの隙間を縫うようにして駆け抜けた。
91迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:50:40 ID:M+05LY/H
金髪の少女がその地にたどり着いた時、
もう決着が付こうかとしていたところだった。
異形の者の姿、天使を従者としている少女が、血にまみれた少年をいたぶっている。
高まる笑い声。
抵抗力がなく、だらりと地へ伏している少年。

――彼だ。
その体からは鮮血ではない赤い光が異形の少女へと吸い込まれていくのが見える。

――いけない。命が絶たれてしまう!
再びその戦いの地へ走り出す。
金髪の少女の口から紡ぎだされる言葉が、彼女の手の内を白く染めていく。
その言葉を発する息さえも、白く変化していく。
片手を前へ大きく突き出し、異形の者たちと天使の形をした従者へ向けて少年を掠めるように力を放った。
「マハブフーラ!!」
魔力は異形の従者を氷漬けにする。
従者は絶叫を上げ、その場に氷の彫刻と成り果て、
主である異形の少女は足を固められ、動けなくなっていた。
敵陣に放った魔力は少年を掠めて行ったため、同時に少年をも凍結していく。
ローブを纏った金髪の美しい少女は、少年の元へと駆け寄り、歌うように声を発した。
「少年!私の言うことを信じて、その場で眠りなさい!」
92迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:51:13 ID:M+05LY/H
金髪の少女が放った少年への魔力の一部は、彼の生命活動を一時的に冬眠状態に近づけるためだった。
「遅…いよ――魔…女――。」
吐く息が白くなりながら、少年は魔女と呼ばれた四人目の少女へあたった。
――間に合った。
だが彼の意識が残っているうちに、早くこの場を収めなければ、彼は次の日没で名前を呼ばれてしまう。
それでも少年はまだ何かを魔女へと告げようとしていた。

「僕――さ…、今日・・・は……女…性…に…
 好か・・・れ…てる――み…たい…ッ…なんだ…よ…ね――」

少年の混濁して行く意識の中、少女へ向けた言葉には、まだ暢気さが伺えた。
魔女は言った。少年を抱き起こし、包み込むような暖かさをもって。
「そんな軽口叩けるなら平気なようね。今はただ、黙って眠りなさい。まだ私の言葉を信じられない?」
少年は柔らかな笑みを浮かべ、瞳を閉じて魔女を見つめながら首を横へ振った。
魔女は少年の傷をローブで抑えながら、すっと立ち上がる。
少年の体重がふいに重くなった。
意識が途切れた証拠だ。
急がなければ、今は一刻も早く彼を安全な場所へ、ここではない別の場所へ移動しなければ――。
彼の命はもうあとどれほど持つか分からないのだから。
93迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:51:46 ID:M+05LY/H
千晶は捕らえられた足元を振りほどこうと、足を動かすが、
動く気配がみられなかった。
見事なまでの冷気。まさかこんな少女に獲物を横取りされるとは。
だが、彼女は慌ててなどいなかった。
「少しは抵抗してくれたほうが、いたぶり甲斐があるってものよ。」
そう、彼女はただ、嬉しかっただけだ。
自分が本気で手を出せる相手に廻り合えたことの喜びが、体に満ち溢れ、
間に入ったこの魔女へ向けて一撃を繰り出してもまだ遊べるという歓喜が声にもれた。

「まだ、まだ向かってきてくれるんでしょ?もうやめたりしないんでしょ!?早くおいでよッ!」
魔女はすっと立ち上がった。
少年をその手に抱え、小刻みに口を動かしながら。

「あははははははッ!!そうよ、それでいいのよ。あはははははははッ!!!」
上体を仰け反り、歓喜の声と共に放たれる一撃は、少女の前を掠め、
氷の彫刻となった従者へと食い込んだ。
彫刻は透き通った音と共に崩れ去り、氷の粒がその場を輝かせる。

「ふふっ。やるじゃない。…でもね、あなたは次の一撃で――」
声を発した少女の足元で固まっていた氷は粉砕され、千晶に自由を許している。
自由を得たその声に、魔女は手を額へと押し当てた。
額に当てたその手から光が漏れる。
光は次第に広がり、魔女と少年を包み込む。

「死ぬのよッ!!」
千晶の声と共に異形の片腕が再び魔女へ向けて放たれる。
刹那、魔女は宣言した。
「トラスタルトッ!!!」
異形の少女の腕は空を切り、二人はその場から掻き消えた――。
94迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:52:17 ID:M+05LY/H
「ふん。小賢しいわね。…また逃げられるなんて、あたしもどうかしてるのかしら。」
まだ溶けぬ氷の彫刻へ向けて、振り下ろされる主の一撃は、氷を見事なまでに雪へと変えた。
雪は、高く昇り行く朝の光に照らされて、赤い光を放ちながら消えていく。
千晶はぶっきらぼうにつぶやいた。
「―――つまらないわ。」
彼女はくるりと向きを変え、その場を一人で立ち去った。
向かう場所はどこでもいい。
「もっと――もっと骨のある、私が本気になれる相手はいないの?」
人が集まる場所なら必ず獲物はやってくる。
焦らなくてもいい。
退屈を紛らわせてくれる、誰かもきっと、通りかかるはずだ。
獲物はまだ、沢山残っているのだから。
95迫る危機 ◆XBbnJyWeC. :2006/07/06(木) 22:52:48 ID:M+05LY/H
<午前6時半頃>
【主人公(旧2)】
状態:瀕死
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区空き地より転送
行動指針:まだ特に考えていない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:正常。(トラスタルト、マハブフーラ各一回使用)
現在地:青葉区空き地より転送
行動指針:主人公の救済

【橘千晶(真女神転生3)】
状態:片腕損傷(軽微)
仲魔:なし(アークエンジェル、ドミニオン消失)
現在地:青葉区空き地より移動開始
行動方針:皆殺し
96混沌、彷徨う:2006/07/07(金) 10:51:05 ID:unAtP2/s
「僕」はフードに覆われていた頭を露出させてザックから地図を取り出した。その地図を広げる。
ここは受胎後のトウキョウではない。スマル市と呼ばれた地だ。
スマル市には海もある、山もある。成る程、人間が住むにはとても条件が揃ってるのかもしれない。
最初に降り立った地は蓮華台と呼ばれた場所。丁度スマル市の中心に存在するような感じだ。
そこから「僕」は南下するような形で移動した。
今は港南区と呼ばれる場所に「僕」はいる。
磯の香りが「僕」の鼻に干渉する。
手っ取り早く作ったフードを目深に被っていた時もそれは理解できていた。
丁度、ギンザ〜ユウラクチョウ辺りのエリアか……あそこなら丁度海もあった。
と思った所で気付く。思わず苦笑する。
「僕」の心は未だボルテクス界と化したトウキョウに未練があるらしい。
いや、もしかしたらその後の戦いにか……
歩く事を中断、しばし考える。
移動する前に響いた、あの放送がこの異常な世界が現実である事を「僕」に再認識させる結果になった。
天より、全ての者たちに威圧感を与える声……
「諸君、夜の闇は去った。定刻である」
「我が元へ参った魂の名を告げる。名は一度しか言わぬ。心して聴くがよい……」
そして告げられた運の悪い犠牲者の名前。
「新田勇」
「反谷孝志」
「リサ・シルバーマン」
「秦野久美子」
「園村麻希」
「上田知香」
「サトミタダシ」
「高尾祐子」
「白川由美」
「フトミミ」
「ヒロコ」
以上の十一名。確認のために名が告げられる度に参加者リストにあった名前に二重線で上書きする。
自らの手で殺害した先生の名前が告げられた。この点で「僕」はルールは決定的な物と確信した。
七姉妹学園で出会ったあの男の名前もその知人達の名前も出なかった。
97混沌、彷徨う:2006/07/07(金) 10:51:40 ID:unAtP2/s
そして意外な名前がでた。
新田勇。
「僕」のクラスメイト「だった」人間だ。
それについては特に感想は無い。
受胎前の世界でも今この瞬間の時間にしか興味を抱かず、ボルテクス界でも他人の力を利用する事で己の理成就を画策した男。
もしかしたら同じような事を目論んで逆襲にでもあったか……まぁそんな所だろう。
そしてフトミミ。
トウキョウのアサクサにて、いわば人間モドキの存在であったマネカタと言う連中のリーダー的存在だった者。
彼もこの世界に呼び込まれてるとは正直意外だった。
ボルテクス界でのフトミミは「僕」に協力を呼びかけてきた。
末路はあっけないものだった。「僕」が千晶が召喚した大天使達との戦闘中に千晶本人に殺される。
その後に仲魔として召喚できるようになったが……今となってはどうでもいいことだ。
思考を切り替える。
威圧感を与える声は跳梁跋扈する悪魔の力が強くなるとも言っていた。つまりは遭遇する悪魔が強くなるという事だろう。
個体数が減るとも言っていた。悪魔にもこのルールが若干適用されているのかもしれない。弱肉強食、これはボルテクス界でもこの世界でも変わらない絶対的な掟。
運悪く悪魔の手にかかる人間が増える可能性が高まるかもしれない……と言う事だ。
まだまだ死んだ数が少ないとも言っていた。主催者側からすればここがつまらない点なんだろう。もっともっと殺しあえと要は言っているのだ。
ざまぁ見ろ……と、小さく笑う。
そう簡単に主催者側の都合のいい様に振り回されてたまるか……と「僕」は思った。
ボルテクス界となったトウキョウで「僕」は文字通り必死の思いで足掻い続けた。
それをそう簡単に無駄にされてはたまらない。
蓮華台から出立する前にスマル市としての「外観」は頭に叩き込んだ。
しかし各区の詳細は確認していない。
港南区の詳細を確認する為、再度地図を見る。
海に面している。これはまぁ磯の香りで理解できる。
見たところ住宅が多いようだ。
これは警察署がこの区に存在しているからかもしれない。恐らく治安はいいのだろう。
シーサイドモールと呼ばれるショッピングモールがある。
ここでなら今後生き延びる為に必要な物資が揃っていそうだ。
後目につくのは曰くありげな廃工場と空の科学館……それと海岸線……
「僕」が普通の人間であれば何処に行くだろう?と主観を変えてみる。
水と食料は必要不可欠だ。ショッピングモールに向かうだろう。
武器や防具の補充調達は必要だ。警察署にはそれなりに良い装備品は転がっているに違いない。
無人となった家屋はどうだろう?ある程度の備蓄用食料から鋏や包丁と言った武器になりうる類は入手できる可能性は高い。
……こんなところだろうか?
次に人が赴くであろう施設の優先順位を考える。
武器が欲しい者であればまず警察署……近接攻撃用の打撃武器や拳銃、ショットガンも発見できるかもしれない。防具も充実しているように思える。
今後を踏まえ食料確保する者がいればショッピングモールだろう。もしかしたら武器の変わりにもなるような物も発見できる可能性もある。
人との接触をできるだけ防ぐ事を考える人間なら無人家屋を狙うだろう。ここはマンション等も多いようだ。
部屋数が多いのなら何かしらの物は入手出来る可能性は高い。だが武器等を入手できる可能性は低くなる事が予想できる。
「僕」の今現在の状況を再確認する。
そうだ、傷は癒したものの銃撃には警戒が必要だ。これはさっきの交戦で判明した。後、勿論万能系魔法にも……そうすると何かしらの対策が必要になってくる。
生き残ってるうち、直接知ってるのは残り三人。間接的には三人。その計六人。
まだまだ情報が足りない、色々な意味で。
これが「僕」の本音だ。
魔法を使う者、悪魔を召喚する者。今現在判明しているのはこの二種に分類される人間。
未だ生存している千晶や氷川は悪魔を従がえているに違いない。
他の人間はどうだろう?それを知りたいのは事実でもある。
そんなさなか「何か」が「僕」の思考に割り込んできた。
98混沌、彷徨う:2006/07/07(金) 10:52:58 ID:unAtP2/s
――何ヲ考エテイル……るーるハ至極簡単ダ。オ前ハ強イ。遭遇シタ人間ヲ皆殺シニスレバイイダケダ。
そうかもしれない。
――尊敬シテイタ先生スラ、オ前ハ手ニカケタ……今更何ヲ考エル……
確かに「僕」は先生を手にかけた。そうだ、「僕」は悪魔になったんだ……身も心も。
同意する反面、何かが「僕」に囁いた。
「それでも彼方は死なないで。生き延びて、世界の末を見届けて…」
「僕」が手にかけた人間の最後の言葉……
そしてそれを打ち消すように割り込む「何か」。
――人トノ関ワリヲ避ケタカッタノデハナイノカ?心細イカ?身モ心モ悪魔ニナッタト言ウノハ偽リカ?ヤハリ所詮ハ人ノ子カ?
黙れ……
――ククク……ソレデハ勇ノ理ニ賛同シタ方ガ良カッタノデハナイカ?
――オ前ハドノ勢力ニモ加担セズ、全テヲ潰シ真ノ悪魔トナッタ。悪魔達ノアノ歓喜ニ溢レタ歓声ヲ忘レタ訳デハアルマイ?
そうさ、あの時は心が震えた……それは今でも忘れてはいない。
その時だった、背後から「あの時」を回想させる様に「僕」の背後に存在する闇の気配が歓声を上げる。
同時に無意識の内に力が漲る。「僕」の双眸が赤くそして鋭く輝く……
その状況に加速をかける様に背後に存在する闇の気配が己の欲望を露にする。
人間を喰わせろ……
人間達に恐怖を与えろ……
我々にも血に酔う機会を与えろ……
それに助長する様に響く声。
――殺セ、殺セ、殺セ、殺セ、殺シ尽クセ。生キ残レバオ前ノ勝チナノダ。
徐々に賛同する「僕」の心理。
そうなのだ、参加者全員を殺し尽くせばこの莫迦らしいゲームは終わる。そして「僕」の望みが叶う。
手っ取り早く言えばだ……
遭遇する可能性の高い場所に移動していけば良い。出会った人間をこの拳で粉砕すればいいだけなのだ。
水も食料も限られている。早めに参加者を発見し、殺していけば自動的に水や食料が手に入る。
何も苦労してモール等で食料や水を探す手間も省けるのだ。
面白い……
無意識のうちに僕の口元に笑みが浮かぶ。
だが、ボルテクス界で嫌と言う程思い知った「僕」の鉄則とも言うべき言葉が脳裏を過ぎ去る。
99混沌、彷徨う:2006/07/07(金) 10:53:33 ID:unAtP2/s
情報。
そうだ、と我に返る。自然に力が抜け「僕」の双眸が金色に戻った。
少なくとも二四時間は自由に行動できる。今までの行動からすれば主催者側のルールに誰も反してはいないのだろう。
なにかしら反した者がいたとするならば、今この場に「僕」はいない筈だ。
だとするならばもう少し情報を集めるのも良いのではないのだろうか?
忘れてはいけない事が一つある。
確かにこのスマルと言う都市の概要は把握した。
しかし、その詳細までは理解していない。確かに地図は存在する。だがいつも地図を眺めているわけにはいかない。
どのような施設が何処にあるのか、自らの足で確かめる必要がある。
戦闘になった場合、出来るだけ有利な場所で戦いたい。ボルテクス界での最終試練の様に「僕」だとて無敵ではないのだ。
そして参加者の関係……
協力関係を築いている者。
あるいは敵対している者。
そして「僕」の様に単独で行動している者。
様々な動きが「僕」の知らない場所で発生しているに違いない。
それを知るだけでも今後の指針になる筈だ。
出来るだけ接触は避けたいのは事実だが、誰かに接触しなければその情報を得る事は不可能だ。
「僕」が直接知る、あるいは知った人間、千晶、氷川、そしてあの男は単独行動をしている可能性は高い。
問題はその他の人間だ。その人間の動向を知る事は生き残る為の重要な指針になる。
冷静に思考を行いつつある「僕」に反発するが如く、背後に存在する闇の気配が強まってきた。
五月蝿い……冷静に考える事が出来ない……
「五月蝿い……黙れ」
今日何回この様な事を使役する仲魔に言っただろう。圧倒的な強者だからこそ許される冷徹、冷酷、そして簡潔かつ強制的な命令。
今回もまた背後に存在する闇の気配が静かになり、次第に薄まっていく。
これで冷静に考える事が出来る。
そうだ、考えれば蓮華台を出立する前にスマル市の情報を得よう。そう「僕」は思ったのだ。
それならば、区を一つ一つ回ってみるのも悪くはないのだ。
それからこのゲームに参加するのも悪くない。まずはこの港南区からだ。
そう判断した「僕」は再びフードを目深に被り歩を進み始めた。
行く場所は……あそこだ……
100混沌、彷徨う:2006/07/07(金) 10:54:17 ID:unAtP2/s
時間:8時半ごろ
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:正常
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:港南区内の施設進入を画策
行動指針:最終的には元の世界へ帰る
101パートナー  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/08(土) 05:26:46 ID:l+87nINc
息を切らさないように慎重に、しかし彼女を逃がさないように急いで。
ベスの手を引いて、通りの端を走る。
自分でも馬鹿なことをしているとは思う。ヒロコはザ・ヒーロー達を見失い、違う方向へ去ろうとしているのだ。
このままやり過ごす方が遥かに安全だ。藪を突付いて蛇を出すようなことをする必要はない。
追おうとすることで自分の、そしてベスの身を危険に晒していることは自覚している。
けれど、放っておけなかった。
コロシアムで最強の男と呼ばれたザ・ヒーローが、高位魔獣のケルベロスまで連れているにも関わらず逃げる破目に陥っていた。
伽耶と呼ばれていた少女からも警告された。
今のヒロコは、彼等の言葉によれば、もう人間ではない化け物だという。
人間を無差別に襲っているようでは、理性も残っていないのかもしれない。
ただ、もし彼女の中に人の心が僅かでも残っているとしたら。
救いを求めているとしたら。
それを考えると、見過ごす訳にはいかない。
自分でなかったら、誰が彼女の中に残った心に気付いてやれるだろう。
尤も、彼女に心が残っている保証はないのだ。残っていたとして、何をしてやれる訳でもない。
できるのは、今の彼女を「人間」として受け止めてやることだけだ。
そんな些細な救いさえも与えられないとしたら、彼女は悲しすぎると思ったから。
――不毛な我侭だ。

遠くから、笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある、しかし甲高く狂気を帯びた声。ベスの手に力が込められる。
「見付けた……そこにいたのね!」
声と共に、近付いてくる姿。
血に塗れ、胸に空いた穴も生々しく、全身の所々にガラスの破片が刺さったままで――
しかし足取りは微塵も揺るがず、彼女は立っていた。
(本当に……動いてる。けど、生きてない……)
ベスの手を離し、汗の滲む手で銃のグリップを握る。
ヒロコが死んだというのも、生ける屍と化したというのも、信じ切れずにいた。いや、信じたくなかった。
が、今この姿を見ては信じざるを得なかった。
目の前の光景は、厳然たる事実だ。いくら拒絶してもどうしようもない。受け入れるしかない現実なのだ。
その実感にただ打ちのめされて、悲しみも恐怖も麻痺してしまっていた。
102パートナー  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/08(土) 05:27:17 ID:l+87nINc
「あらぁ……? さっきの子じゃ、ないのね?」
ヒロコが、不意に立ち止まる。
既に互いの表情が読める距離。気付くのがあまりに遅い――そう思って、気付く。
彼女の端正な顔も、綺麗だと思っていた金色の髪も、自らの胸から噴出したのだろう血飛沫で無残に汚れている。
(目に血が入って、よく見えていないのか……?)
彼女は少なくとも、自分達とザ・ヒーロー達を識別することができている。
しかし今まで別人だと気付かなかったということは、レーダーでは個々人の区別は付かないようだ。
恐らく彼女はレーダーに二人分の反応があるのを見、ザ・ヒーロー達を見付けたと思って戻ってきたのだ。
正常な視覚があれば、相手の服装や背格好が視認できる距離で気付いていただろう。
それにザ・ヒーローは、双眼鏡で見ていても気付かれる恐れがあると言っていた。
本来ならゾンビ状態の彼女の知覚は、人間以上に鋭かったということだ。
(それでも、血に視界を遮られれば見えない……つまり、見るには目が必要なんだ)
向かい合うしかない現実を目の前にして、ショックを通り越して逆に冷静になっていた。
それでも、自分が考えたことに一瞬寒気を覚える。
(――目を潰せってか? ヒロコさんの?……何考えてるんだ、俺)
もう生きていなくとも、化け物になってしまっても、ヒロコはヒロコだ。
初めて会った時の真剣な目。傷を癒してくれた時の慈しむ目。また会おうと笑って、細めた目。
彼女の眼差しが好きだった。
理由は解らないけれど、何故か懐かしいと感じていた。過去のことなど、何一つ覚えていなかったのに。
「ヒロコさん」
一縷の希望に縋るように、彼女の名を呼んだ。
ザ・ヒーロー達を襲ったという時点で、彼女がもう以前のヒロコでないことは解る。
恐らく、戦いは避けられない。
それでも、思い出してくれるのではないか、戦いを止めてくれるのではないかと期待せずにはいられない。
「……だれ?」
艶然と微笑んで歩み寄ろうとしていた彼女が、ぴたりと足を止めた。
呼び掛けに反応があったことに、どきりとする。
「俺……アレフだよ。ヴァルハラで、一緒にマダムの所に……スラムにも行って」
声が震える。声だけでは思い出してもらえなかったようだが、彼女に生前の記憶はあるのだろうか。
「一緒に戦っただろ。俺達、仲間だったんだ」
行動を共にしたのは、ほんの短い間。それでも彼女のことは心から信頼できると思っていたし、彼女も同じ思いだと信じていた。
ベスの献身への信頼とはまた違う、理由の解らない安心感を、ヒロコといると感じることができたのだ。
そんな関係を何と呼ぶべきかは判らないから、ただ、仲間としか表現できないけれど。
「ナカマ……?」
いつしかヒロコの顔からは笑みが消えていた。代わりに浮かぶのは、驚きと困惑の色。
が、それも一瞬だけのことだった。
「だったら――」
ヒロコが地を蹴った。咄嗟に左腕を顔の前に翳し、体を庇う。
「だったらアンタも……死になさいよぉっ!」
翳した腕で、突き出されたヒロコの拳を受け流そうとする。が、襲ったのは予期していた拳の衝撃だけではなかった。
ざくりと何かが刺さる感覚。続いて、引き裂かれるような激痛が走った。
いつもならアームターミナルを装備している腕も、今は剥き出しになっている。その素肌が、たちまち朱に染まった。
無論、衝撃も半端ではない。一撃の重さと激痛に、体が後ろに傾く。
「ふふ……あはは……温かいわね、アンタの血……」
血塗れの手を翳し、陶然とヒロコが笑う。喜悦の表情。
背筋が凍る、というのはこういう感覚を言うのだろう。生きていた時の彼女は見せたこともない、艶かしく凄絶な笑みだった。
103パートナー  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/08(土) 05:28:51 ID:l+87nINc
「アレフ!」
一瞬朦朧とした意識を引き戻したのは、ベスの声だった。
輝く銀輪が視界の隅に入ったかと思うと、追撃を叩き込もうとしていたヒロコの腕にほぼ垂直に食い込む。
痛みこそ感じていないようだが、物理的な衝撃にさすがにヒロコの手が止まる。
涼やかな音を立てて、彼女の指の間から血に塗れた小片がコンクリートの地面に落ちた。ガラスの破片を握り込んでいたのだ。
体勢を立て直すなら、この隙だ。後ろに数歩よろめいてから、やっとのことで踏み止まる。
左腕の傷に目を遣った。ヒロコの尋常でない力と鋭いガラスに抉られ、肉が露出している。
(こりゃ、早く止血しないとまずいな……)
「大丈夫よ。メディアっ!」
治療の必要を感じたのとほとんど同時にベスの声が飛び、柔らかい光が全身を包んだ。
普段ベスが使う治癒魔法と比べると明らかに効果は小さいが、傷が少しずつ塞がる――そして他方では、違う効果が現れていた。
「くぅっ……あぁぁぁ!?」
ヒロコが狼狽した悲鳴を上げる。彼女もまた、淡い光に包まれていた。
ここで体当たりでも食らわせて転倒させれば優位に立てそうなものだが、体勢を立て直すのが精一杯だった。
後ろに跳んで距離を取り、ヒロコに向けて銃を構える。
彼女の腰のホルスターにも銃が提げられているが、今の文字通り血に餓えた彼女がそれを使ってくる可能性は低そうだ。
光が収まる。生者であれば「肩で息をする」と表現できたろう苦しげな、ぎこちない動作でヒロコが顔を挙げた。
鬼の形相をしたその視線の先にいるのは、ベスだった。
「……邪魔したわねぇ」
腕に刺さったままのチャクラムを、ヒロコは無造作に抜くと投げ捨てる。
もう血も流れない傷口がぱっくりと開いているが、それを気にする様子も彼女にはない。
怯んだ獲物を仕留められる好機を、ベスのチャクラムと魔法に妨げられた。その怒りが、今は彼女を支配しているようだった。
「ベスには手を出すな!」
反射的に叫んで、たじろぎもせずヒロコを見つめるベスの傍へ駆け寄る。
ヒロコは動かなかった。まだ満足には動けないのかもしれない。
「……ごめんな。仲間って言ったのは、失敗だったかも」
小声でベスに言う。ゾンビの類は、生者を自分と同じゾンビにしたがる傾向がある。
寂しいためか、生命ある者への嫉妬か。いずれにしても、仲間などと言えばどんな反応をされるかは自明だ。
相手はゾンビである前にヒロコだと思っていたから、禁句を口にしてしまった。
本当は、相手はヒロコである前にゾンビだと、考えなければならないのだろうか。
104パートナー  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/08(土) 05:31:47 ID:l+87nINc
甘さのために、一瞬怯んだために、ヒロコの敵意をベスに向けてしまった。
巻き込みたくなかったのに。自責の念が湧き起こる。
しかし、ベスは首を横に振り、微笑んだ。
「失敗なんかじゃないわ。あなたが彼女を仲間と呼んだから……私もそう思えたの」
「え……?」
一瞬意味が解らなかったが、次の瞬間はっとする。
ベスが先程使った魔法――メディア。周囲の味方の傷を癒す術だ。
乱戦の最中でも正確に味方だけを治癒することができるのは、魔力が術者の望む通りに働くからに他ならない。
つまり、この魔法が効果を及ぼすのは、術者が仲間だと――助けたい、と思った者だけなのだ。
ベスは襲い掛かろうとするヒロコに敵意を抱かず、彼女を救いたいと考えていたのだ。
「思い出したわ、ネクロマの弱点。ゾンビにされた生き物は、治癒の術を受けると負の生命力を失う……遺体に戻るのよ」
「じゃあ……」
ヒロコを救い、縛られた魂を神の御許に送ることもできるのか。
傷の治り具合を見るに、ここでは治癒魔法の効力はかなり小さく抑えられてしまうようだ。
だからヒロコも、今のメディアだけでは死体に戻らなかったのだろう。或いは、ネクロマの術者が飛び抜けて強力なのか。
しかし、何度も治癒の術をかければ。
すぐにはネクロマの呪いは解けなくとも、動きを鈍らせることができるのは確かなのだ。
あまり何度もとなるとベスの精神力がもたないだろうが、無力化する程度ならできるかもしれない。
芽生えた希望が痛みを忘れさせ、活力を生み出していた。
「……ベス。ありがとう」
ベスという少女をパートナーに持ったことを、本当に幸せだと思った。
今ここで肩を並べているのが彼女でなかったら、ヒロコのことは救えなかっただろうから。
献身する「救世主」のためなら他者の犠牲も厭わない、それも本当の彼女だ。
けれど、穢され縛られた魂の救済を願い、友愛を注ぐことができるのも本当の彼女なのだ。
「うふふ……仲良しなのね。じゃあ、一緒に殺してあげる」
口の端を吊り上げて、ヒロコが笑った。
「させないさ」
全力でベスを守れば、上手くいけばヒロコを救える。駄目だとしても少なくとも、この場は切り抜けられる。
それから治癒魔法を使える者を探すなり、どうにかして悪魔を仲魔にするなりしてから、またヒロコを探し当てればいいのだ。
(ヒロコさん。絶対に解き放ってみせる)
もう一人のパートナーだった女性の成れの果てを、正面から見据えた。


<時刻:午前6時過ぎ>
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷
武器:ドミネーター
道具:なし
現在地:夢崎区、大通り
目的:ネクロマを解除しヒロコの魂を救済する

【ベス(真・女神転生2)】
状態:正常
武器:チャクラム(手放した)
道具:?
現在地:同上
目的:ネクロマを解除しヒロコの魂を救済する、アレフを守る

【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:死亡 ネクロマによりゾンビ状態(肉体強化、2度と死なない)
   大道寺伽耶の一撃により胸に穴が開いているが活動に支障は0 ガラスの破片が多数刺さる
   治癒魔法で動きが鈍っている 目に血が入って視界不良
武器:マシンガン
道具:呪いの刻印探知機
仲魔:無し
現在地:同上
行動方針:頭に響く殺せと言う命令に従い皆殺し
105誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:26:23 ID:MXz25hR9
「我が元へ参った魂の名を告げる」
朝六時、たったそれだけの簡潔な前置きで、死という非日常が告げられる。
三人はその最初の死の宣告を、スマイル平坂の倉庫――
フロアと違って悪魔が出ず、休憩できる椅子がある場所で聞いていた。
厳かだが感情のこもらない声が、死人の名前を口にしているとは思えない調子で、
淡々と名を読み上げてゆく。
その朝報告された死者は、全部で十一名。
タヱとネミッサは、たった数時間でもうこんなにと、恐怖と嫌悪、緊張に顔をしかめたが、
知った名前がなかったことに罪悪感を抱きながらも肩を下ろした。
しかし、舞耶は違った。
口元を両手で押さえ、肩を震わせている。
窓から差し込む朝陽でうすく橙に染まる部屋の中、舞耶の顔だけが異様に白い。

あまりに多い知った名前に、舞耶は耳を疑った。
とりわけ舞耶の心を揺さぶったのは、園村麻希、そして、リサの名。
体の力が抜ける。
名を呼ばれた人の面影が、ブーツのつま先を見ているはずの視界を埋め尽くしていく。
全身に、氷水を浴びせかけられたような気がした。
背筋が凍りつき、体が震える。
どんなに強い氷結魔法を浴びたって、こんな悪寒は感じなかった。
これが、絶望の恐怖――。
信じられない。信じたくない。もう二度と、会うことが出来ないなんて…!
麻希。自分と同じ能力を持って、事件解決に助力してくれた。
いつも穏やかな表情に、心の強さを垣間見せる真っ直ぐな視線を、舞耶は忘れられない。
リサ。もといた世界では、守れた人だった。
もう一つの世界では、共に戦った大事な仲間。
そしてそれ以上に、幼かった昔を分け合った、大切な友人だった。
それが今、出会うことすら出来ず、こんなにもあっけなく――。
106誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:28:07 ID:MXz25hR9
誰かが死ぬ。これはそういうゲームだ。
今こうやっている間にも、誰かと誰かが殺しあっているかもしれない。
現に、名を呼ばれたうちの一人は、このスマイル平坂で死んだ。
事故のようなものだったが、それでも上田知香はタヱが殺したのだ。
殺しあうことがルールだと頭で分かっていても、見知った人間が自分の全くあずかり知らぬところで殺されるのは、衝撃と言わずしてなんと言えばいいのか。
ましてやそれが、心を通わせた友人や、大切な人であったら――。
様子を見れば、名を呼ばれたのが舞耶の知った人、それも近しい人だったろうことが手にとるように分かる。
タヱはたまらず声をこぼした。
「舞耶さん…」
その呟きに、舞耶の途切れそうになった思考がよみがえった。
だめだ。
私がここで現実に負けてしまっては、この二人もきっと不安になる。
自分はタヱに何と言っただろう。
こういうときこそ、ポジティブ・シンキング!なのだと。
(でも、一体どうやって?)
出来ることをやらねば、と。
(なにが出来るの、こんな気持ちで?)
そう言ったのではなかったか。
「…ごめんなさい、泣いてる場合じゃないわよね」
舞耶は、涙のあふれるまなじりを、袖で乱暴にこすって笑って見せた。
ふらつく足で椅子から立ち上がり、百七捨八式鉄耳をかぶると、
おどけた口調でタヱとネミッサに向き直る。
「多分ね、これね、こんな耳なんか付いちゃってるけど、実はちゃんとした防具だと思うのよ。
かぶってれば、頭部は安心よね!しかも素敵な癒し効果つき!
…さて、と。これから、どうしようか?」

「…舞耶ちゃん、無理しなくていいよ」
窓辺に立っていたネミッサが静かに近寄り、舞耶の頭から、
本当に防御力があるのか疑わしいヘルメットをそっと外した。
「アタシ、さっき言ったよね。泣きたいときに泣けばいーんだって。
舞耶ちゃんの悲しみをメチャクチャにするやつは、
ネミッサがぶっとばしてあげる。だから大丈夫だよ」
ついさっき、それから初めて出会ったとき。
舞耶がそうしてくれたように、今度はタヱがそっと彼女を抱きしめる。
朗らかに前向きに自分を励ましてくれた舞耶が、
無理に明るく振舞うのを見るのは、とても辛かった。
「私たち、こんなところに連れてこられて、死ぬとか、…殺すとか…」
なんて、残酷なのだろう。
タヱがぽつんと呟く。
それから少しあって、今度はいくぶん強い口調で、誓うように言った。
「けれど、それでも…信じましょう。生きていたら、きっと大丈夫だって。
精一杯、出来ることをすれば、必ず道は開けるんだって」
子供のような必死さでタヱにしがみつき、舞耶は堰を切ったようにしゃくりだす。
タヱの温もりがあまりに優しく、そして哀しかった。
名前を呼ばれた十一人も、ある一瞬までは、こんなふうに暖かかったはずなのに――。

抱き合う二人の頭をそっと両手でかかえると、ネミッサは胸元にしまいこんだサングラスに目を落とした。
こんなものがあったって、どうしようもない。
ネミッサは呟いた。
失った後で泣いても、もう大切なものは戻ってこないのだ。
アタシはこんなものに頼ったりなんかしない。
信じるのは、自分。それから、仲間だ。
――今度は、誰も死なせない。ネミッサが、守ってみせる。
――舞耶ちゃん、タヱちゃん、新、瞳ちゃん、そして…そしてリーダーだって。
色素の薄いネミッサの目が、強い誓いに燃え輝いた。
アタシの大切な人を傷つける奴らは、何があっても、許さない。
107誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:30:07 ID:MXz25hR9

――

六時半過ぎ、タヱと舞耶の制止を軽やかにかわし
一人で偵察と食糧確保に出かけたネミッサが、倉庫に戻ってきた。
手には、下階のスーパーで失敬してきた菓子類とレトルト食料の箱をいくつか持っている。
タヱが心底安堵した顔で、ネミッサに駆け寄った。
「おかえりなさい、怪我はなくて?」
「大丈夫に決まってんじゃん!
見て見て、戦利品だよ。なんと、カレーもあるよ〜」
「わお、レトルトカレー?乾パンにかけて食べたらおいしそうね」
舞耶の声に一瞬きょとんとした後、ネミッサは破願した。
タヱと顔を見合わせ、二人優しい顔になる。
それを照れくさそうに見ながら、舞耶がまたウサギ耳をかぶった。
ぴょこりと長い耳がユーモラスに揺れる。
「…ご心配おかけしましたぴょん」
「舞耶、復活した?」
「したぴょん!この通り!…いつまでも泣いてちゃ、ウサギさんに笑われるもの」
「…そっか」
「そっ!さあ、朝ごはんにしましょ!」
三人はザックの中からめいめいペットボトルを出すと、
引っ張り出してきて埃を拭った机の上で朝食をとりはじめた。

二人の様子を眺めながら、舞耶は静思する。
倒れるときは、可能なら倒れても構わない。
私には今、こんなに素敵な仲間がいてくれる。
倒れたらそのままで頭を撫でてくれる優しい人たちが。
大事なのは、ただそこからどれだけ早く起き上がれるか、ということだ。
倒れたままではいられない。
私を必要としてくれている人がいる、そう思うと、一度は失いかけた力が湧いてくる。
きっと同じ希望を抱いている人が、他にもいるはずだから…
必ず、ここを脱出しよう。
そして、皆で手に入れたはずの新しい世界に戻ったら、ここでのことを文章にしよう。
亡くしてしまった人を忘れないために。
確かにその人が生きていたことを、残すために。
きっと私がそうしているとき、タヱちゃんもペンを走らせている。
その日のために、皆で生き残るために、私は戦おう。
こうしている間にも、どこかで誰かが死んでいるのかもしれない。
けれど、私は誰も傷つけたくない…それが夢物語でも、そう誓い、願う。
夢は、願えば必ず実現するのだから。
「ネミッサちゃん、タヱちゃん…本当に、ありがとうね」
舞耶は照れ笑いする二人を見つめ、もう一度強く脱出を誓った。
108誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:36:39 ID:MXz25hR9
さあ、舞耶さんも腹ごしらえよ。
言いながらタヱが差し出す乾パンの袋を手にして、舞耶はよし来たとその袋を開けた。
腹が減っては戦は出来ぬ。
底なしの胃袋は、こういう事態でも健在なのだ。
舞耶は、とにかく腹持ちの良さそうな乾パンを、パウチに入ったままのカレーにつけながら食べる。
あまり眠れないぶん、栄養を取っておかなければならない、とも思った。
「そうそう…やっぱり、悪魔が強くなってたよ」
食事がてら、ネミッサが思い出したように外の報告を始めた。
「放送で言ってた通りだねー。
なんとなく数も減ってたし、出てくるやつもちょっとランク上がってる感じ」
「…ちょっとって、どれくらい?」
シリアルの袋を開ける手を止めて、心配そうにタヱが尋ねる。
タヱは今まで生きてきた二十二年間で、悪魔など見たことがない。それがどんなものか、想像もつかなかった。
すくめたタヱの肩を軽く叩きながらネミッサは笑う。
「心配しなくっても大丈夫だって!あれくらいの悪魔は
ネミッサが魔法でバリバリどっかーんって殺っちゃうからさ、まっかせといて」
「あはは、それは安心だわ」
「でも、ここ悪魔が出るからかな?まだ人間の気配はないね」
ネミッサがそういうと、舞耶も笑うのを止める。
倉庫はしんとなった。
「人か…」

舞耶は腕を組んで考え込む。
誰も傷つけたくない。
出来るだけたくさんの仲間を作ってここを脱出することが、今の目標だからだ。
けれどもしゲームに乗り気の…こちらを殺す気満々の人間に会ってしまったら?
そう思うと、うかつな行動は出来ない。
殺さなければ、自分が死ぬ。
最悪の場合、相手を殺すことも含めて、傷つけることを考えなければならない。
しかし、それは本当に最後の手段にしたかった。
殺しあわず、何らかの方法を見つけ、一人でも多くの人と脱出する――。
口にするのは簡単だが、これはひょっとしたら、このゲームで一人生き残ろうとすることより、困難なことなのかもしれない。

「仲間を増やしたい…けど、難しいわね。最善の方法が考えつかないもん」
「だよねー。それにゲームに乗っちゃうやつも、実際多いんだろうし」
ネミッサはこともなげに言い放つが、タヱは渋い顔をした。
「そう…なんでしょうね、実際は」
「大丈夫!まさか全員が、話の通じない相手だなんてことはないわよ。レッツ・ポジティブシンキング!よ」
乾パンにレトルトカレーを付けたのを頬張りながら、舞耶はガッツポーズする。
その横で、タヱが突然顔を輝かせて手を打った。
「話す…話す……そうだわ!」
二人は驚いた顔でタヱを見た。タヱは二人に向かって、興奮したように話す。
「私、あの配給されたたくさんのみんなの思い出…持ち主に返したいって言ったわよね。
これ、話し合いにも使えないかしら」
「え?」
ネミッサが首を捻る。
「だから、例えば相手がこっちを警戒したり、怯えて話にならなかったりしたとき、これを見せるのよ!
自分の大切なものを目にしたら、きっと気が緩むわ。もちろん、相手に返すってことをちゃんと伝えて、見せるの。
そうしたら、きっと向こうも話し合いに…」
「でもさ、それって、どれが誰の持ち物なのかわかんない限り使えないじゃん」
「…あ…」
ごもっとも、である。
ネミッサの指摘に、タヱはしょんぼりと肩を落とした。
「そうよねぇ…」
「でも、待って待って。それ、いいと思う!こっちで分かんなかったら、相手に見てもらえばいいんだし。
それを使って交渉するって案、いいと思うぞタヱちゃん!」
片目をつむってみせる舞耶に、タヱの顔がまた綻ぶ。
109誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:39:30 ID:MXz25hR9
うまい棒をさくさくかじるネミッサは、すっかり呆れ顔だ。
「お気楽ねえ、二人とも。襲ってきたやつはやっつける!それじゃ駄目なの?」
「だって!出来る限り、…誰も傷つけたくないわ。皆、好きでこんなところに連れてこられたわけじゃないでしょう」
タヱが目を伏せると、ネミッサも押し黙った。
なぜ彼女がこれだけ非暴力にこだわるのか、二人は良く知っている。
タヱは、昨日その手で一人少女を殺してしまっているのだ。

もう誰も、殺したくない。
タヱの脳裏に、あの少女の横顔がよぎる。
たとえ事故とは言え、人一人殺してしまった自分には、
本当はこうしている資格なんかないのかもしれない。
会えたとき告白したら、探偵さんは、ライドウ君は、どんな顔で私を見るだろう。
とても恐ろしい。
黙っていればいいのかもしれない。
それでも、きっと私は罪の意識から開放されたいというつまらない自己満足で、告げてしまうだろう。
事故だったんだろう、タヱちゃんは悪くないよ、…そう言って欲しいがために。
…汚らしい、考え。
人を殺して生き延びて、そしてこんなにも汚らしい。
それでも、私は生きたいと思ってしまう。
だから、自分以外の人にも死んでほしくない。誰にも傷ついてほしくない。
偽善者の、どうしようもないエゴだろう。自己満足だろう。こんな場所で誓うには、あまりに綺麗ごとすぎるのは分かっている。
けれど、私は生きる。そして、しようと決めたことを必ずやり遂げる。
私は新聞記者。この惨劇を伝えるべく、記録する。
そして、このまだ見ぬ誰かの宝物を、その人に返す。
そう、決めたのだ。
タヱの瞳は、もう揺るがなかった。

「話し合いという選択肢を、なくしたくはないの。…それでも、いい?」
「もちろんよ」
と笑顔で舞耶が答える。
ネミッサは、わざとオーバーリアクションに肩をすくめて見せた。
「仕方ないなぁ。ま、危ないときはネミッサ様が守ってあげるから…
そこら辺は、安心してよ」
ほがらかな笑い声が響いて、それから三人は顔を見合わせ、一度大きく頷いた。
想いを束ねるかのように。

怯えているだけでは、もう何も出来ない。
ここにいる三人ともが、この閉じられた地獄を生きるための心の支えを、
それぞれの胸に携えている。
それは信条であり、ここにいるかけがえの無い仲間。
そして、ひとりひとりの胸のうちの、希望。

誰も傷つけない戦いを、彼女たちは三人で始めようとしていた。
110誰も傷つけない戦い:2006/07/08(土) 06:40:01 ID:MXz25hR9
時間:7時頃
【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 平坂区のスマイル平坂
行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
       仲間と脱出を目指す。

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 正常
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?
現在地 同上
行動方針 できるだけ仲間を集め、脱出を目指す、および脱出方法を見つける。

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?
現在地 同上
行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る。
       ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
111決意 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/08(土) 21:19:43 ID:evRs89Q0
それが聞こえてきたのは達哉がちょうど青葉公園を抜けたときだった。
公園を抜ける途中何度か悪魔と遭遇したが、幸い低級な悪魔しか出なかったため比較的簡単に撃退することができた。
「リサ…?」
驚愕の表情で天を仰ぐ。
有りえない。そんなことは有りえない。
強力なペルソナの加護を受けるリサがそう簡単に殺されるなど…
しかし、彼女の性格から自殺という可能性はそれ以上に少ないように思えた。となると、結論は一つ。
リサ以上の力を持った者がいる、それもゲームに乗っている者が。
死亡者の数は11人。すでに20%程度が殺されている。
その中にはリサの他にも知っている人がいた。
達哉やリサと同じ七姉妹学園の生徒であり、新聞部の活動で仕入れた数々の「噂」を提供してくれた上田知香
ヒトラー率いるラストバタリオンの侵攻で混乱する珠間瑠の街を守るために戦ってくれていたペルソナ使い園村麻希。
反谷校長は達哉達との戦いで死んだと思っていたため、復活して参加者にいたことの方が驚きだった。サトミタダシのことは…よく覚えていない
知人の死が次々と、それもいとも簡単に告げられて、ただ唖然とした。
精神的なショックを落ち着けようと思い、青葉公園付近にある民家に入る。
とにかく冷静になって主催者への対策や現在の状況について考える必要があった。
リビングのソファーに腰掛ける。膝の上で手を組み、額を乗せた姿勢。
「何故だ…何故、リサが…」
結局リサとの関係ははっきりしないままだった。
恋人とは言い難く、しかしただの先輩後輩の関係で片付られる程度の絆ではない。
彼女自身は分かり易すぎるほどに達哉への恋心を表に出していたが、人との関わりを拒絶していた彼にはそのストレートな感情をどうやって受けとめたらいいか分からず困惑していた。
ただ、これだけは言える。
大切な仲間だった。そう、彼女達を守るためなら自分の命を投げ出すことすら厭わない程の。
握る手に力が入る。爪が喰い込み、手の甲に血が滲む。
主催者への怒り、リサを殺した者への怒り、自分の無力さへの怒り…。
彼女を亡くした痛みを全て悲しみに変えてしまったら心が砕けてしまうから。
怒りでも、憎しみでもいい。生きる力、戦う力となる気持ちに昇華させる。
それは、無意識のうちに心を守る一種の防衛作用。
(これ以上はやらせない。絶対に…!)
今この時にもどこかで戦闘が行われて犠牲者が出ているのかもしれない。
決して、止まってはいられないのだ。
112決意 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/08(土) 21:24:17 ID:evRs89Q0
とりあえず、何らかの情報を得る必要がある。ザックを開いてリストとルールブックに軽く目を通す。
リストを見て、七姉妹学園にいた聖エルミンの制服を着た生徒達の多くに既視感を感じた理由が分かった。おそらくはその全員が、達哉にとっては3年前の御影町の異界化事件の関係者。
それも、学園での顔触れを考えると当時の年齢だろう。
時間と空間を越えて人を集める。そんな力を持つ者…「まさかこれも奴の仕業なのか…?」
這い寄る混沌ニャルラトホテプ。強い心を持つ者を導くフィレモンと対をなす、心の弱き者を奈落へ引きずり込む存在。
達哉達のいた世界の崩壊を引き起こした、すべての黒幕である。
(しかし、奴にこんなことが出来るなら何故あんな回りくどい手段を取った…?)
噂の現実化を行い、人々が無意識に抱く破滅の願望をかなえたニャルラトホテプ。
しかしあの時は実際に手を下すのではなく、噂という人々の無意識の表れを利用する必要があった。
直接に力を振るうこのゲームの主催者と同一人物とは考えにくい。
思考が行き詰まる。答えの出ない問いを繰り返すのは無意味だと気付き、考える内容を切り替える。
これからの方針と、脱出の方法。具体的な対策として考えがないわけではない。
珠間瑠の地下に位置する天翔る船、シバルバー。
もし"奴"が主催者ならばその最下層に腰を据えているだろうし、そうでなくとも人の思いを具現化する力を宿すあの場所こそがこの市で唯一脱出の可能性を秘めた場所のはずだ。
シバルバーへの侵入経路は一つ、蓮華台天の川。ボートによって川下りをする必要がある。
(力を貸してくれそうなのはエルミンの面々に舞耶姉、兄さんか…)
特に南条圭と桐島英理子は園村麻樹と同様以前にも力を貸してくれた。
あの正義感の強い兄も、こんなゲームを許すとは到底思えない。
「舞耶姉…」
彼女もまた達哉と同様あの放送を聞いて悲嘆にくれているだろう。早く合流して、無事を確かめたい。


113決意 ◆C43RpzfeC6 :2006/07/08(土) 21:34:08 ID:evRs89Q0
方針は決まった。街を捜索して武器や防具を手に入れ、仲間を探しつつ蓮華台本丸公園を目指す。
その前に腹ごしらえをしようと思い、ザックから携帯食料を取出して簡単な食事を済ませる。
その後、心の中で軽く詫びを言ってから民家の中を漁る。(家宅侵入に窃盗。兄の嘆く声が聞こえた気がした)
ごく普通の調理用包丁。心許ない武器だがかつて日本刀を使っていた彼になら、人並み以上には扱えるだろう。
他に見つけた食料になりそうなものもザックに詰め込み、立ち上がる。
その目に宿るのは静かな、けれど強い決意。
朝の太陽は、柔らかくも暖かな光を珠間瑠に注いでいる。
【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態 正常
降魔ペルソナ アポロ
所持品 チューインソウル 宝玉 虫のようなもの
行動方針 仲間との合流 ゲームからの脱出
現在地 青葉区民家 

一日目午前八時頃


114転生の絆 修正版:2006/07/08(土) 21:40:21 ID:evRs89Q0
―午前6時
ある程度仲魔を集めて山道を下っていくと、静寂を破って放送が聞こえてきた。
数時間前の男の声が無感情に死者の名を告げる。
弓子の名は読まれなかった。
(…生きている)
按配感が全身を包む。まだ弓子は死んでいない。
しかしまだ安心はできない。
死者の数だけ危険が減ったといえるが、残る生存者の数だけ危険が残っているとも言える。
残る40人程度の参加者のうちの一人でも弓子と接触したら…
いや、もしかしたらもう接触しているのかもしれない。
先程殺したあの男のように親しげに話し掛けて信用させる。
優しい弓子は相手を信じてしまうだろう。そして、その相手が本性を表したら…
考えただけでぞっとする

ここに来てからずっと、思考を停止できない。
弓子が殺される姿。銃で頭を撃ち抜かれたり、刃物で内蔵を抉られたり、悪魔によって貪り喰われる姿。
なぶりものにされ、暗闇の中必死に助けを求める弓子の声が頭に響く。
「中島君…」
怖い。弓子が傷つけられることが、弓子のいない世界が訪れることが。
それを考えただけで、彼の心は軋み、肌が粟立つ。
前世…神代の時代では夫婦同士だった二人。
その絆の糸は彼の心を強く縛り付けている。
(弓子…)
艶やかな黒い髪、強く抱けば壊れてしまいそうな細い身体。そして、全てを見透かすような深い濡れ羽色の瞳。
もしもっと早く彼女に出会えていれば、ちょっとした怨恨から魔界の門を開くことはなかったかもしれない。
その償いとしてあんな下らない世界を守るために戦う必要もなかった。
(いや…辞めよう)
今は彼女に早く出会えなかった不幸を呪うより、彼女に出会えた幸福に感謝しよう。
そして、その幸福を堪え難い精神の苦痛に変えない為にも、急いで弓子を捜し出すのだ。
115転生の絆 修正版:2006/07/08(土) 21:43:21 ID:evRs89Q0
「よぉ…どこに行くんだ?」
放送が終わってからずっと、気配を感じてはいた。これまでの弱小悪魔とは違う気配。放送で言っていた悪魔の強化が早くも始まっているのだろう。
「お前は…」
舞い降りたのは、一体の若者。長い金髪と背に生えた一対の黒い翼を持つ悪魔。
「俺の名は魔王ロキ。こんなとこで一人とは、弱い悪魔しかいないと思って油断していたんだろう?」
軽い調子で話し掛けてきた。
(落ちぶれたものだな…魔王が聞いて呆れる)
かつていた世界で中島の手により召喚され、中島に牙を向いたロキとは姿形や口調、おそらくは力までも違う。
あの時の奴は、こんな小物ではなかった。
「まあいい、死にな。お前じゃあ十二翼のあの方の目的には相応しくない」
手刀を中島の喉元に繰り出す。
中島はパソコンを使おうとはしない。仲魔を総動員すればかなわない相手ではないが、彼には他に考えがあった。
「ヨッド・ヘー・ヴァウ・ヘー」
ロキの動きが止まる。発せられた言葉への驚きと、中島の眼に宿る昏い力を察して攻撃をやめ、後ずさる。
「貴様…」
「君の言うあの方とやらの目的はこれだろう?」
冷ややかに笑う。単に鎌をかけているに過ぎないが、この唯一であり万能である神の名が悪魔に対し効力を持つのは分かっていた。
「いや…俺は知らない。あの方のことだ、単なる戯れかもな…」
「このゲームの目的が何であろうと僕には関係ない。生き残るだけだ
ただ、君はどうだ?このゲーム、こんな雑用のような仕事をするだけの傍観者で終わるつもりか?」
「…何が言いたい」
「二択だ。僕に力を貸して重要な役割を果たすか、ここで戦うか。ただ、そう簡単に僕を殺せるとは思わないことだな」
淡々と言う。今度はパソコンを開き、いつでも仲魔を召喚できるようにしておく。
「…見返りは何だ?」
(熟考の末出た台詞がこれか。屑め…)
「まさかマグネタイトや宝玉ごときで満足できるほど小物ではないだろう?そうだな…他の参加者の命を贄として捧げよう」
どちらにせよ出会う人間は殺すつもりなのだ、実質この見返りを払うことで自分への負担は全く無い。
「…いいだろう。だが、いい気になるなよ…俺にはいつでもお前を殺せるんだ」
116転生の絆 修正版:2006/07/08(土) 21:46:04 ID:evRs89Q0
山道を抜ける。暗い山のなかでは日の出もあまり関係なかったが、ここでは降り注ぐ日光が優しく感じられる。
(もうここにいる意味はないな…)
移動の目処を立てようとマップを広げる。
「一番近いのは平坂区か」
少し考えて、平坂区から港南区、青葉区…と反時計周りに移動することにする。中心に位置する蓮華台は最後に探索することにしよう。
「魔王ロキ…召喚」
ノートパソコンを開き、素早くコマンドを打ち込む。先程の悪魔がすぐに姿を現す。
「喜べ、早速仕事だ。ここから夢崎区、青葉区と時計周りに探索しろ。探すのは一人の女だ。」
弓子の特徴を説明する。
「見つけたらすぐに僕に報告しろ。彼女に手出しをすることは許さない。近くに誰かがいた場合でも、何もせず僕に報告しに来るんだ」
「他の連中は殺してもいいのか?」
破壊と殺戮への期待を抱き、ニヤリと笑って中島に問う。
「いや、余計なことはするな。お前は言われたことだけこなせばいい。」
博愛心からではない。戦いに巻き込まれて弓子に被害が及ぶのを避けるためだ。
ロキはその命令が不服なようだったが、あえて逆らうことはしなかった。黒い翼を大きく広げて飛び去っていく。
残りの仲魔は4体。一度に召喚できるのはロキ以外ではあと3体。
マグネタイトの節約のため連れて歩くことはしないが、戦闘となればいつでも召喚できる。
準備は整った。あとは、弓子を見つけだすだけだ。
ロキの口振りからすると、主催者は強大な力を持つ悪魔、もしくはそれに類する存在だろう。
知的な興味は感じたが、今の自分にはどうでもいいことだ。
心地よい朝の風に吹かれ、朱実は歩きだす。
愛する人を殺人者の群れから護りぬくために…

時刻 一日目午前6時過ぎ
【中島朱実(旧女神転生1)】
状態 正常
所持品 COMP MAG3500(交渉・召喚に使い減少) レイピア 封魔の鈴
仲魔 ロキ他4体
現在地 蝸牛山から平坂区へ移動中
行動方針 白鷺弓子との合流 弓子以外の殺害
117ぼったくりマッチョの最期:2006/07/09(日) 00:08:11 ID:wjWNUawn
開始からどれぐらいたっただろうか?放送があったということは。朝か。
頭の悪い方々が勝手に殺しあってくれてるおかげで、俺はこうして生きているというわけだ。

・・ああ、自己紹介を忘れていた。俺の名は ガイア
飛鳥の魔宮を放浪していたところを、このクレイジーなゲームに招かれたというわけだ。

しかしこうして民家に隠れて時を待っているのも飽きたな・・・食料もそろそろ底をつく。
だが、「ヤルき」の参加者に出くわしたらどうする?

いや、用途のわからぬアイテムを、有り金全てで買わせるほどの天才的な商売のセンスを持っているこの俺が説き伏せてやるッ
もしも向こうが聞く耳を持たずとも、この鍛えあげた ム キ ム キ の肉体で粉砕してやるだけだッ!

しかし、この俺がそう簡単に外に出てもいいものなのか?
この俺が一度外に出れば、1日でゲームの決着がつくであろう。それでは面白くもないというもの。記念すべき第一回メガテンBRをこんな形で終らしていいものか
いや、人の心配をしている必要も無いか。

どちみち、最後の一人になるまで続くのだ。いつ終ろうがそれが早いか遅いかだけって話だ
「そうと決まれば善は急げだな!」
立ち上がり、母なる大地(※人様の家のフローリングの)を踏み締め外に駆け出していった。
118ぼったくりマッチョの最期:2006/07/09(日) 00:08:59 ID:wjWNUawn
外に出たはいいが、どうにもこの街は広い。まあアンフィニ程ではないが・・・
まあいい。出合った参加者を逐一〆ていけばいいだけだ。

歩き出してからすぐして、人影のようなものが見えてきた。制服のようなものを着ている。高校生だろうか?
メリケンサックのようなものを装備しているが、そのサックからコードのような物が伸びている。
かつてヴァルハラで出会った・・・何だっけ? 長嶋? だかが似たようなものを装備していたな。
まあどうでもいい そんなお子様なんぞ俺の相手じゃないッ!いますぐあのよに おくってやるぜー!

物凄い勢いで駆け出していったガイアであったが、すぐさま駆け出していった事を後悔する。
否、後悔する間もなかった。――夢想正宗による一閃
瞬間、ぼったくりマッチョは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
ざんねん! わたしの ぼうけんは ここでおわってしまった!

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:実に健康
武器:夢想正宗 アサセミナイフ×2
防具:スターグローブ(電撃吸収) レザーブーツ  明光鎧(電撃弱点、衝撃吸収)
道具:メリケンサック型COMP 魔石4つ 傷薬2つ ディスポイズン2つ 閃光の石版 MAG1716
仲間:ニギミタマ  ノッカー コボルト
現在地:平坂区
行動方針:レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ

【ガイア(デジタル・デビル物語 女神転生)】
状態:*おおっと! 強マーダー遭遇!*
現在地:三途の川
行動方針:皆殺しの筈だった
119過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:42:05 ID:aeRqNVzu
かつては臨海地区と呼ばれた地、少年はその場所を彷徨っていた。
彷徨っていたの言う表現は正確ではないかもしれない。
その少年には目的地があった。
悪魔化した身に布を纏い少年は目的の場所へと歩く。
まず情報だ……少年はそう思い行動を開始したのだ。
少年と言う表現は「彼」にとって相応しくないのかもしれない。
おそらく彼は自らをこう言うであろう。
「僕は「人修羅」と呼ばれる悪魔だ」と。
その少年……否、「人修羅」の周りには敵意に満ちた気配が漂い続けていた。
午前六時きっかりに流れたあの全ての者たちに威圧感を与える声……
「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう」
蓮華台にある七姉妹学園で遭遇した悪魔とはまた違った気配……
確実にあの時遭遇した悪魔の気配とは異なっていた。
――面倒だな……
人修羅はそう思う。
悪魔に対する畏怖、恐怖等ではない。本当に戦うのが面倒なだけなのだ。
そう、敵意に満ちた気配を手っ取り早く断ち切るには仲魔を召喚するだけで良い。
高尾祐子を文字通り「喰った」魔王アバドンを始め「人修羅」に従属する仲魔を召喚すれば即座にそんな気配等は消え失せてしまう。
だが……「人修羅」はそれすらも面倒だった。
彼には目的がある。今はその目的に反した行動は取るべきではない。そう思っている。
その思惑に反するように「何か」が「人修羅」に囁く。
――本当ニ面倒ナノカ?
ああ、そうさ。面倒なだけさ……と「人修羅」は心の中で反論する。
「何か」が笑いを込めたような口調で続けた。
――本当ハ戦イタイ事ヲ抑エテイルダケデハナイノカ?
そんな事は無い。僕は今情報収集の為に行動しているだけだ。結局は戦いが目的かもしれないが……
そら見た事かと「何か」が哄笑した。
――結局オ前ハ戦イタイダケナノダ……マァソンナ怖イ顔ヲスルナ……
怖い顔……を僕はしているのか?と彼は自問した。
客観的な視点で見た場合、結論から言えば彼の表情は否。無表情に等しい。その双眸は金色に光っている。
――オ前ハ死ニタクハナイノダロウ?
勿論だ。死にたくは無い。ただ誰とも関わりたくは無い。それだけなんだ。
――逃ゲルノカ?逃ゲタトコロデ、ドノ道オ前ハ戦ウ羽目ニナル……本当ハ理解シテイルノダロウ?
煩い……
煩い……
煩い……
顔を下に向けた。自分の影が視界に入る。闇……影ですら「人修羅」を闇へと誘う様に思えた。
「人修羅」の顔には相変わらず表情の変化は起きてはいない。
否、一つだけ変化が起きた。金色の双眸が徐々に緋色に変化しつつある。
120過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:42:48 ID:aeRqNVzu
――煩イカ?敵ハスグソコニイルンダゾ?気ヲ抜クナ……
「……判ってる」
「人修羅」の顔が急に上がる。顔を覆っていたフードが外れた。その顔の目は……完全に「人修羅」の目は緋色に染まっていた。
奇襲を敢行する為であったのか、蛮声を上げつつ剣を掲げた悪魔が一体「人修羅」の前に立ち塞がっていた。
運が悪いな……
――アア、ソウダナ……
意見が合った……「人修羅」の口元に残酷な笑みがこぼれる。
「アハハハハハハハハハハ!」
「人修羅」の顔に浮かんだのは戦いへの歓喜、快感、喜び、恍惚、しかしその声自体は酷く冷たいものだった。
そうさ……と「人修羅」と思った。ボルテクス界でもそうだった。ひたすら戦った。最初は生きる為……
――ソシテ次第ニオ前ノ目的ハ変ワッタ筈ダ……
そうだ、と「人修羅」は思った。
段々と「人修羅」の心に根付いていったもの……力への渇望、欲望、そして闇、漆黒の闇。
「人修羅」は悪魔の攻撃を軽く回避した。
……甘いんだよ……
自らの攻撃を簡単に回避され驚愕する悪魔と「人修羅」の目が合う。
太刀筋が単純すぎる、力一辺倒では倒せる悪魔も倒せない。
特に相手がこの「人修羅」であるならば……
「人修羅」はその悪魔の眉間に右ストレートを叩き込んだ。顔面が潰れ、崩れ落ちる悪魔。あっけない最後。
そして息切れすらしない「人修羅」。そして再びフードを被る。
――ソラ……ソロソロ目的地ノ場所ダゾ……
ああそうだな……と無意識の内に「人修羅」は頷いた。
「人修羅」の目前には警察署があった。
そう、彼……「人修羅」の目的地はここだったのだ。

周防克哉も疲労していたのだろう。いつの間にか船を漕いでいた。
だが「それ」に気付いた。あの深く冷たい闇に。太陽すらかき消してしまうようなあの闇に……
「警察だ!其処を動くな!」
その闇に構えた拳銃を向ける。向けた方向は出入り口。その闇とは勿論「人修羅」だった。
「……知っていますよ……」
その声を聞いた克哉の背筋に走る戦慄、生まれて初めて「背筋が凍る」と言う意味を知った気がした。
「だってここは警察署でしょう……?」
そう影は続けた。克哉は未だ背筋に氷柱を突っ込まれた気分だった。
「手を上げたまえ……でなければ撃つ……」
克哉が息を呑む。
敵か…あるいは共闘する者か……未だ不明。油断は出来ない。
――僕の後ろには女性がいるのだ……そして僕は警察官だ。一般市民を守る義務がある……所轄の意地を今見せなければいつ見せる!?
ある意味、彼こそ常識的な理性を持った人物なのかもしれない。(彼特有の)職業倫理すらこの様な殺戮劇に持ち込んでいた。
出入り口の闇は素直に手を上げる。
「戦うつもりはありません……少なくとも今この段階では……」
「君も……参加者の一人なのか……?」
克哉が問う。出入り口に存在する闇は静かに頷いた。
「そうだった……「このスマル市」には参加者しかいないのだったな……」
闇…・・・「人修羅」の頭に疑問符が浮かぶ。
――丁度イイ……コノ男ハ何カヲ知ッテイルヨウダゾ……
またもや「人修羅」に囁く「何か」。
アあ、そうだ。僕ハ情報を集めタい……
――情報ヲ集メタイノダロウ……聞イテミタラドウダ?利用スルダケ利用スルノモ一ツノ手ダゾ……
あア……そうダな……使うだけ使ウのモ手のヒトつだ……
手を上げたまま「人修羅」は問いかける。
「このスマル市とは?貴方は違うスマル市を知っているとでも……」
「人修羅」の疑問を克哉に伝える。
うむ……と答えかけた所で克哉は発言を止めた。そして「人修羅」に告げる。
121過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:44:01 ID:aeRqNVzu
「君……ああ、失礼だが……人に物を尋ねる時、帽子等は取るのが礼儀と言うものだ」
克哉が言った。
常識的な話であるだけに、この状況化では奇妙な一言だった。
そうですね……失礼しました。と答える「人修羅」。覆っていた布から顔を露出させる。
驚いたのは克哉であった。自分の弟と然程変わらない風貌に見えたのだ。補足するならば上半身は裸であった。
「君……」
克哉が静かにそして諌めるように口を開いた。
「それが最近の若者の流行なのかもしれないが……さすがにその刺青は御両親が悲しむぞ……」
本当に悲しそうな声だった。暖かみがあり、そして寂しげな人間性にとんだ声。
「人修羅」にとって、そんな声を聞いたのは久しぶりであるような気がした。
それを聞いた「人修羅」はただ笑うしかなかった。久しぶりに人間の様な笑い方をする事が出来た気がした。
「何か」が薄れていく……そんな感触もあった。
(最もそう思っていたのは「人修羅」だけであり、克哉からの視点から言えば無表情で口元に笑みのみを浮かべると言う一種不気味な光景を目撃する事になる)
そしてその笑い声を聞いた為だろうか、黒猫が姿を現した。
「どうした?克哉……」
黒猫が喋ったのだ、それも日本語を。
黒猫は「人修羅」を視認するや否や「人修羅」の攻撃範囲から遠ざかるように後ろにジャンプ。猫特有の威嚇するポーズをしてみせる。
「下がれ!克哉!……こやつ人では無い!」
うろたえる克哉、そして黒猫に言い返す。
「莫迦を言うな、ゴウト!彼はどう見ても未成年者だ!彼がこうなってしまった経緯を聞き出し、公正させる事が先決だ!」
呆れる「人修羅」、そしてゴウト。
「ええい、何故お前はいつも奇妙な時に官憲意識を露にするのだ!この状況化において何を優先させるか理解しているだろうが!」
黒猫……ゴウトが克哉に向け怒鳴る。まるで弟子を戒める師匠の様な口調だった。
「僕の使命は……住民を犯罪から守る事だ!」
克哉はそう断言した。キッパリと……
さすがの「人修羅」もこう思った。
――あいた口が塞がらない……とはこう言う事かもしれない……
すっと「人修羅」は一呼吸。そして一人と一匹に言う。
「僕はその警察の方にも言いましたが……敵意を持ってはいません……今の所は……」
その声にゴウトは反応した。猫が恐怖に満ちた時に発生する尻尾の毛が逆立つ現象。ゴウトにとってもこの様な声を聞くのは初めてであった。
そして「人修羅」は付け加える。そろそろ手を降ろしてもいいですか?と。
122過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:45:11 ID:aeRqNVzu
「まずは年長者から自己紹介だな…俺の正式名称は「イの四十八番」……面倒だろう?だからゴウトと呼んでくれ。大正二十年からこの地に飛ばされてきた」
「猫」が喋った。「人修羅」もこれにはさすがに驚く。
黒い体毛、エメラルドグリーンの透き通った目、「人修羅」が受胎前に目撃していた猫より若干小さい様に見える。
……そして大正二十年……と言うキーワード。
「人修羅」の知る大正と呼ばれる時代は僅か十五年で終了し、そして昭和という年号に変わったのだ。
「おそらくパラレルワールドと言う奴だろうな……僕が知る大正時代も十五年で終わっている」
克哉が補足する様に発言した。
「僕は周防克哉……先程も言ったが警官だ。正式には港南警察署刑事一課強行犯係巡査部長。同時に珠間瑠市の住民でもあるが……どうやらこのスマル市は僕が居た珠間瑠市ではないようだ」
周防……何処かで見た苗字だ……と「人修羅」は思った。
「そうだ、君。僕の弟を目撃しなかったか?このスマル市に飛ばされている筈なんだ」
「あるいは天野麻耶と言う女性を目撃しなかったか?同じく飛ばされているようなんだ。何と言うか特徴的な服装なんだが……」
ああ……と「人修羅」は思った。参加者リストの中に周防克哉と周防達也、両名の名前があった事を思い出したのだ。成る程、兄弟か……
「ちなみに達也の場合、歳は君と恐らく同年齢、身長は百八十一センチだ。七姉妹学園の制服、あるいは真紅のレザースーツを着用している可能性も考えられる……達也め……一体何処で何をしているんだ……全く」
ブツブツと克哉が続けているのを「人修羅」は聞いている(フリをした)。挙句、克哉は弟の好物まで呟き始めた。(ポテチと言う「単語」を久しぶりに聞く「人修羅」であった)
勿論、彼らは知らない。「人修羅」の友人であった新田勇を文字通り一瞬にして焼き殺した人間が周防克哉の弟である周防達也であることを……
「まぁ彼はこう言った弟想いの人間だ。悪い男ではないんだが……うむ、モダーンな言葉では何といったか……」
とゴウト。「人修羅」が「ブラコンですか?」と言うと、「ああ、それだ。それだ」と頷いた。(猫が人間のようにだ)
「後はまぁ……後二人居る。女性だな……紹介したい所だが今はちょっとそういった状況ではないだろう……」
とゴウトが締め括った。
おそらく最初の十一名の中に知人が居た、といった所だろうと「人修羅」は想像した……
「人修羅」は克哉に聞いてみる。そう、彼は雑談をしにここまで来たわけではないのだ。
「克哉さん……でしたよね?その……さっきから気になっていたのですが……後にいるのは何なのです?猫の様な姿をした背後霊みたいな……」
冷たい声が警察署に木霊する。
「ん?君には見えるのかい?ヘリオスの事かな?……僕の「ペルソナ」だよ」
123過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:45:47 ID:aeRqNVzu
――来タ……良カッタナ、新シイ情報ダ……
「ペルソナ」……「人修羅」が初めて聞く単語であった。
そウだな……これは有力な情報なのかも知れナい……
要約すると、もう一人の自分……仲魔という概念でも無い様に「人修羅」は感じた。聞けば精神力を消費して魔法や物理攻撃も可能であると言う。
「後の二人もそうなんですか?」
と更に聞く「人修羅」にゴウトが答えた。
「一人は克哉と同じ様にペルソナを使う事が出来る。もう一人は「あーむたーみなる」なる「ぱそこん」と言うものに近い機械と悪魔召喚プログラムという力で悪魔を使役する事が出来るようだ……それと魔法だな」
「代々のライドウですら艱難辛苦の苦行を重ねて、ようやっと悪魔を使役出来る様になるというのに……いやはやこの時代のデビルサマナーは便利になったものだ」
とゴウトがぼやいた。猫の姿でため息までついてみせた。
「ライドウ?」
と「人修羅」が聞くと「ああ、俺のまぁ弟子のようなものだな」とゴウトは伝えた。
「あ奴も来ている筈なんだが……はぐれてしまったのだ……無事でいるだろうか……?」
「人修羅」はゴウトも克哉の事を言えないのではないか?と思った。
――ククク……羨マシイノカ……コノ二人ニ心配シテモラエルソノ者達ガ……
そんな事は無い。僕にはそんなもの必要ない。
――イイ加減……素直ニナッタラドウダ……?
……喧しイ……
「人修羅」の中でこの様な心理が繰り返されている事を二人は知らない。
「我々はこのふざけた事態を何とか止めようとして行動しようとしていた所だ、協力者も集めようとも思っている」
と克哉が補足する。
「こんな事を目論んだ主催者は僕が必ず確保する……君……知っているかい?本当の取調室ではカツ丼等はでないんだ。くれぐれも悪い事をしてはいけないよ」
「はい、わかりました」と答える「人修羅」。声は冷たいものの、その素直な態度からであろうか?克哉は満足気に頷いた。
勿論、「ウチの達也も君みたいな素直な子であったら……」と克哉なりの弟に対する愛情表現を忘れてはいない。
心の中で悪魔の笑みを浮かべる「人修羅」、それと呼応するが如く囁く「何か」……
――サテ……アラカタノ情報ハ聞キダセタ……サァドウスル?
そうダな……少なくともこコには三人参加者が居る訳ダ……
――ぺるそな……実ニ興味深イ対象ダト思ワナイカ……?
確カにそレには同意スる……
――モウ一人、悪魔ヲ使役出来ル人間ガイルノモワカッタナ……
アア、確かにそウだ……
「人修羅」の心中に込み上げて来るのは戦いへの欲求……
「人修羅」の双眸は金色から緋色に変化しつつある……
――少ナクトモ…コノ目ノ前ニイル男ヲ始末スレバ無防備ナ女ガオ前ヲ迎エテクレルラシイゾ……?
それモイイだろう……だが無抵抗な人間を殺すのは面白クナイ……
「君!?」
「人修羅」は我に返った。チッと舌打ちした「何か」が何処かへ消え失せる。
克哉が「人修羅」の肩を揺さぶっていたのだ。そして問う。
「大丈夫かい?」と。
「今度は少年、お前の番だ」と、ゴウトが言った。
124過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:48:06 ID:aeRqNVzu
「人修羅」はここまでにあった自分の経緯を二人に伝える。
元々は高校生であった事。
受胎と言う出来事があった事。
ボルテクス界と化した東京、そして悪魔と化しその地を彷徨う羽目になった事、自分は悪魔を召喚できる能力がある事。
さすがに最後までは伝えなかった。喜んで自分のカードを全てさらす莫迦はいる筈もない。
そしてこの時間までに死んだ高尾祐子、新田勇の二名が知人であった事も告げた。
無論、高尾祐子を殺害したのは自分であることは隠してある。
「ナンセンスだ……と言いたい所だが……大正二十年だの、悪魔召喚プログラムだの出て来たこの段階で、悪魔になった人間が居てもおかしくはないのだろうな……」
「普通であれば誇大妄想癖の一言で片付いてしまうのだろうが……君の話も信じられてしまうのが不思議だよ」
とは克哉の弁である。
「それでだ……」
ゴウトが「人修羅」に聞く。
「俺達は今協力者を求めている。お前はどうするつもりなんだ?」
当然の問いだった。この殺戮劇に乗るか剃るかで全てが決まる。
「僕は……まだ決めかねてます」
「人修羅」は言った。
「僕が求めていたのは情報です。ルールが適用される以上、ある程度の時間猶予があるのも事実です。最悪のケースを踏まえ、僕はこのスマル市の情報を知りたいと思っています」
「莫迦な事を言うな!」
克哉が叫ぶ。
「こうしている間にも参加者が戦っているかもしれないんだ!所轄の人間として僕は出来るだけ多くの人々を救わなければならない!」
ここまで言えるのだからこの克哉と言う人間は余程生真面目なのだろう。「人修羅」はそう思った。
面白い……
「では……どうにもならなかった場合はどうするんです?」
「人修羅」は聞き返した。
一人と一匹の動きが止まった。
「もしも……もしもの話です」
立ち上がる「人修羅」、既に日の光が差し込んでいるはずなのに警察署内に徐々に浸透する漆黒の闇と「何者か達」の気配……
克哉とゴウトに戦慄に走った。冷たい殺気と悪意の群れ、そして「人修羅」の金色に光る目……
「仮に貴方達だけになってしまったら……どうするんです?」
「人修羅」がクスリと笑った。
「その状況化でルールにある二四時間間際になってしまったら……?」
「戦いざる終えない状況になってしまったら……?」
「その時は……どうするんですか?」
残酷で冷徹な笑み……
高校生がこんな笑みを浮かべる事ができるのか……克哉は思った。
この少年はそのボルテクス界と呼ばれる世界でどの様な凄惨な生き方をしてきたのだろう……?
克哉も警察の人間である。「普通の世界」で様々な人間を見てきたのは事実だ。しかし彼の目は今まで見てきた人間の目とは全く異なっていた。
確かに目の色は人間のそれとは違う。しかしその様な些細(そう、それですら些細な問題に思えるのだ)な問題ではないのだ。
例え様の無い程冷酷、それでいて何処か寂しげな、それでいて自信に満ちた何かを目指す。その様な目に見えた。
――俺に構うな……
達也が言ったあの言葉……克哉にはこの少年と自分の少年が重なって見えた。
ゴウトは思う。
ライドウはこの少年と戦う事態に陥ったらどの様に戦うのか……否そもそも勝てるのだろうか?
――出来れば出会って欲しくない……ライドウ……無事でいるのか?
そうゴウトは思わずにいられない……
「今は共闘する者を探す……それもいいと思います。でも……」
「人修羅」は言った。
「最悪の事態を想定すべきと僕は考えます。僕は克哉さんと違ってこのスマル市の事を全然知らない。ルールが適用されるならまだ十九時間弱は自由に行動出来る筈です」
立ち上がった「人修羅」は出入り口の方へと向かった。それを克哉が引き止める。
「待ちたまえ……」
125過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:48:47 ID:aeRqNVzu
振り返る「人修羅」。その「人修羅」に克哉は詰問する様な鋭い眼差しで問う。
「君はひょっとして……十一人の内、誰かを殺害していないか?それも午前四時頃に……」
すっと「人修羅」の目が細くなる。克哉がその目に畏怖を覚えながらも目を合わせて続けた。
「どうしてそんな事を僕に言うんですか……?」
「人修羅」は言う。どうやらこの周防克哉と言う男は頭の回転はいいらしい。
「まず時間が合わない……このふざけた事態に陥ったのは午前三時……今から約六時間前の事だ」
克哉が続ける。
「君が誰も殺害しておらずルールを踏まえて行動するのならば十八時間弱の行動が取れると考える筈なんだがね……?」
「勿論、計算違いであったと推察する事もできる。だが君の様な冷静な人間がそんな単純なミスをすると考えるのは余りにもナンセンスだ」
ゴウトは克哉の勘に感嘆の意を抱いた。うむ、彼なら探偵業も十二分にこなせるだろう、ライドウと共に捜査を挑めば進捗は早いに違いない……
そしてこうも付け加える。
麻雀も性格故に弱そうだ……勿論ライドウに勝ってもらいたいからな。
「仮に……そうだとしたら……?」
「克哉さんの言う通り……僕が人を殺していたとするならば……どうします?」
挑戦的な言葉、圧倒的有利から来る自信の言葉。酷く冷たいその声が警察署に響く。
そして「人修羅」の双眸が徐々に緋色に染まっていく……
克哉はため息をついた。
「こんな状況化だ……こんなくだらない事に喜んで参加する人間がいるはずが無い……と思いたいが……」
克哉は続けた。
「そうもいってもいられない。君は敵意が無かったのに、向こうから喜び勇んで戦いを挑んできたと言う状況も予想できる」
「そう……あくまで今のは僕の勝手な憶測だ。現場に向かわなければ状況証拠も確認できない。それでは確保する事は不可能だ」
――詰メガ甘イナ……
忍び笑いをする「何か」。
まァな、と同意する「人修羅」。
これ以上踏み込もうとしたらこの場で始末するだけだ……
「とにかくだ」
克哉が続ける。
「君はここを出るのだろう?今現在は情報を求めているとも言った。物資は足りているのかい?」
「え?」と戸惑う「人修羅」。
「ここに来た以上、何かを求めて来たはずだ。僕は食料ではない……そう推察する」
困惑状態になる「人修羅」、克哉の言っている事が理解出来ていない。
まずは所持品の確認だ……と克哉は「人修羅」のザックを奪い取る。まるで身勝手な弟に接する兄の様に。
「君……僕は君の所持する食料が乏しいと思える……いいから署内の食料品を持って行きなさい」
結構です、と言う「人修羅」を「完全に」無視した克哉は次々と食料や水をザックの中に詰め込んでいく。
126過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:51:58 ID:aeRqNVzu
「ん……これは?」
ザックの中から転げ落ちた丸い物体、ゴウトが猫が持つ習性に正しく反応し、その物体にじゃれついた。
その物体を取り上げる克哉、猫の習性に正しく反応した事を恥じつつ残念そうにうなだれるゴウト。距離が近かった為か、克哉の猫アレルギーが反応、克哉は大きなくしゃみをする。
2個の球体を「人修羅」に見せた。
宝玉と呼ばれるアイテムで生命力を回復させる効果がある。
「人修羅」はボルテクス界では(特に記憶に新しい終盤では)仲魔の回復魔法を多用していた。
その宝玉と言う存在を忘れかけていたのだ。むしろ、換金物の対象でしかないと思っていたと言っていい。
「これは……一番上の方に入れておくべきだ。奥の方にはいっていたぞ?これではいざと言うときに取り出せない」
と言いつつ、今度はザックに追加した食品をテキパキと整理し始める克哉。鼻をグスグス言わせながら整理を続ける。
全く、こういった所も達也と変わらんな……と呟いた。
だから「僕」は「達也」じゃない……
苛立ちと同時に嫉妬を覚える。彼の様な兄がいたら僕はどういった態度を示すのだろうと……
――オヤオヤ嫉妬カ?羨望カ?オ前モ親兄弟ガヤハリ懐カシイカ?恋シイカ?友人ヤ恩師ヲソノ手デ殺シタ悪魔ダト言ウノニ……
違う……身も心も悪魔になった僕にそんな感情は無い……
克哉が諭す様に付け加えた。
「いくらなんでも上半身裸はいけないな。女性からは変な目で見られてしまうだろうし、この殺戮劇に乗った人間からも格好の的となってしまう。一応これも持って行きなさい」
差し出したのは防弾チョッキであった。
無言の「人修羅」に無理矢理渡す。
「年上の言う事は聞くものだぞ?」
と克哉は爽やかな笑みを浮かべた。そして申し訳なさそうに付け加える。
「本当は護身用に銃を渡したい所だが……残念ながらもうここには……」
これだけでも十分に助かります。わかりました……有難く頂きます。と「人修羅」が礼を言うと克哉は嬉しそうな顔を見せた。
――偽善者メ……
違うな……と反論する「人修羅」。
この人は本心からこう思ってるんだ……
――フン、ソウ来ルカ……マァイイ……ぺるそなカ、マタ面白ソウナノガ出タナ……
そレには同意する。
――ドウスル……予想以上ノ収穫ハ得タ……殺スカ?
ソウだな……ソれもいイかもしれナい……
「人修羅」の背後にはその思考に賛同を示す闇の気配が漂う。
求めるのは屍山血河、阿鼻叫喚の宴。
コロセ……
コロセ……
コロセ……
コロセ……
コロセ……
127過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:52:34 ID:aeRqNVzu
ふっと「人修羅」の思考が止まった。
……ヤめておこう……
彼らがルールと人道の狭間でどう行動するのか、それをこの目で見てみたい。「人修羅」はそう思った。
――ソレモマタ一興カ……
そうさ、面白そうだろう?
「食料と水それと防弾チョッキ、有難く頂きます。有難う御座いました」
「人修羅」が礼を言う。「出て行くのか?」と言う問いに頷く「人修羅」。
彼は再び布を纏い顔を覆う。
「気をつけて……いくんだぞ」
克哉は最後にそう言った。
背中越しにそれを聞いた「人修羅」は「はい」とだけ答えた。

出入り口から出た「人修羅」を克哉とゴウトは見送った。
「どう思う?」
ゴウトが克哉に問う。
「善悪は別にして……何かを心に秘めた少年の様に思う。……そしてそのボルテクス界となった世界で必死で足掻き、生き抜いた……でも……」
でも?とゴウトが聞く。うむ、と頷き克哉は続けた。
「同時に何か大切な物を失ってしまった……そんな印象もうける……達也と友達であったのなら達也も彼も違った意味で強くなれたかもしれない」
ふむ、とゴウトが呟いた。
「できれば共に戦ってもらいたいものだな、ライドウも世間体に弱い面がある……彼の様な人間が相談相手であったらどんなに心強いか……」
この一人と一匹はお互いの事を言いつつも結局は弟想い、弟子想いである事には変わりないのだ。このような状況化に置かれたとしても……
戦いたくない。これが一人と一匹の感想であった。
少年とも呼べる年代の人間と殺し合う等と言う非人道的な行動。
さらに肉親に、そして相棒に同年代の人間を持つ者だからこそそう思えるのだ。
と、同時に遭遇した時に覚えた戦慄、恐怖、そして畏怖、浸透するような闇の気配。
(仮にだ)戦うとしたら良くて共倒れ。最悪、此方の全滅。
それだけは避けたい。
克哉は主催者を確保する為。
ゴウトはライドウと合流する為。
そして共に元の世界へ生還を果たす為。
願わくば……そう、願わくば「人修羅」との交戦は避けたかった。

聞いタカい?
「人修羅」が「何か」に言った。
――聞イタトモ。
「何か」が答えた。
気をツけて……って言っタヨな?
――アア、言ッタトモ。
クククククと笑いが同調する。
もしかしたら殺し合うかもしれないのに……
あるいは誰かに殺されるかもしれないのに……
赤の他人を心配する克哉と言う男。そして人語を話す猫のゴウト……
うん、実に面白い。
そして……
悪魔を使役する男と女そしてライドウと言う名の者。
ペルソナと言う能力を使う者。
魔法を使用できる者。
生存が確認された千晶と氷川。
どうやら様々な能力を持つ人間達が此処にいる様だ。
今後このゲームはどう進捗するのか……
人と関わりを持ちたくないと思いつつも、それらに興味を抱きざるおえない「人修羅」であった。
128過去、現在、異界に生きる者達の会話:2006/07/09(日) 06:53:14 ID:aeRqNVzu
時間:9時〜9時半頃
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:正常(?)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
   防弾チョッキ
   宝玉(2個)
追記:若干の食料及び水を補給
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:港南警察署→港南区へ移動
行動指針:スマル市の情報収集→最終的には元の世界へ帰る

【周防克哉(ペルソナ2罰)】
状態:正常
降魔ペルソナ:ヘリオス
所持品:拳銃
    防弾チョッキ
    鎮静剤
現在位置:港南警察署
行動指針:主催者の逮捕
     参加者の保護










129冷静 ◆VUciVpb79U :2006/07/09(日) 13:35:03 ID:usKvnT1k
大地は震撼した。天より降り注がれる容赦なきその声に。
その一言一言に世界が滅ぶ様な絶望感を抱いて、数僅かな命に非情に接する。
一人、また一人と潰えた命の名を告げ、その事に罪の意識に苛む素振りを見せず、
寧ろ壊れた玩具を躊躇せず捨てる幼子の心情の如く語る。
神も仏も無い。この言葉を使うなら正に今の事を言うのだろう。

逃れられぬ不毛の世界の中で、か弱き我々は何を思うのだろうか。
恐れ、嘆き、怒り、苦しむ。思考と感情を持つ者は極限までそれらを働かすであろう。
それが不毛なのだ。愚かなのだ。と、主催者へではなく参加者へ向けて発する思い。
この凡そ場違いな思考を持つ男氷川は、並外れた精神力からくる強気で彼等を非難した。
感情を忌み嫌う彼は今尚も存在している様だ。それどころか彼はその非情な声に焦がれた。
「感情を感じぬこの声・・・ 素晴らしいな。引き換え私はまだ青いな。」
比較するレベルが違い過ぎる。いや寧ろ比較するその思考がおかしい。
異常。この男の状態を表現するこの言葉ほどに如実なものは他に見当たらない。
現に男の隣で酷く震える悪魔オセの姿からしてそれは自明の理である事を証明している。

あの恐ろしい声が止み、元ある姿に戻るもその影響は一部残り続けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙を続けるオセ。その表情や体からは明確な恐怖の感情が強く伝わる。
氷川と出会った時の様な恐れさえ呑まれる程の絶大なもの。
あたかも蟻の前に立つ巨象の様な錯覚に陥り思考は途絶え、
僅かに残った意識は感情や本能に向けて集中的なまでに危険信号を送る。
「いい加減、正気に戻る頃合だと思うのだがどうだね?」
急に発せられる主の声に驚くオセ。恐怖が瞬時オセの判断を鈍らせたのだろう。
それ程、あの声はおぞましかったのだろうと勘繰るも自分には分からない。
ある意味彼こそが本当の悪魔なのかも知れない。
130冷静 ◆VUciVpb79U :2006/07/09(日) 13:36:04 ID:usKvnT1k
「申し訳ありません・・・ 余りの恐ろしさに心身凍てついた次第です。」
「ほう、悪魔であるお前さえこれ程恐怖させるとは。
ならば考えられるのはかの者を置いて他に無いな。・・・大魔王ルシファーか。
ハルマゲドンの定刻を待ち切れずこんな余興に興じていたとは随分と暇な奴だ。
引き換え目の前に立つお前の方が余程恐ろしく思えるよ。」
軽く言い放ったその一言にオセは必要以上に焦る。
その様はあの声の主の怒りを買わない為に媚びているかの様にさえ感じる。
そんなオセの心中を理解しながらもその意に従わず言葉を続ける。
「不毛だろう? 恐怖に縛られると言うのは。
これで感情が如何に愚かであるかがより理解出来た。その事をかの者に感謝したまえ。」
唖然と立ち尽くすオセ。それを他所にザックから参加者リストとマップを取り出す。
こういう物は初めに見ておくべきだな・・・ 心の中でそう思う氷川。
信念欠いた当事の彼には其処まで物を考える余裕は無かった。
それを含めて意欲も目標もなければ人が存在する必要性も価値も無い。
ならば何故オセを呼んだのか。思い返せば一先ずは命を保つ為がそれらしい。
全くおかしな話だ、価値も無いのに命の灯火を消さぬとは・・・・・・
その矛盾に苛立ちを覚える。不合理な事を氷川は好まない。
またそういった言動を起こすからこそ人である事が嫌になると、今度は嫌悪感に陥る。

「早くこの穢れた肉の衣を脱ぎ捨てたいものだ。」
そう呟きリストの確認に移る。先程告がれた名には確かに斜線が引かれている。
これは便利だ、と人の死をそっちのけてリストの感想を述べる。
彼にとっての人の死とはゴキブリが死ぬのと相違無いのである。
そんな彼の感性に唯一反応を示したのが三人の人名。一人は新田勇。
ムスビの理を啓き、氷川のシジマと対峙した勢力の一つの長である。
「彼らしいな。」と、勇に対して皮肉れた物言いで言い切る。
次に出たのが高尾裕子の名。
嘗て世界に絶望し氷川と共に受胎を起こすも、利用された挙句に殺された人物である。
「裕子先生、貴方は愚かで脆弱でしたがそれが祟りましたかな?
貴方も心の弱さではムスビの長と大差ないのだ。共に同じ殻に篭るがお似合いでしたのに。
まあ、私も貴方の許へ行くのならその時は話し相手にでもなって差し上げましょう。」
冷酷に言い切るも情らしいものを見せる氷川。恐らく腐れ縁でそう言わしているのだろう。
「フトミミか。」その一言で終わる。
ここで氷川が知り得る限りで危惧したのがヨスガの長である橘千晶と
自分を倒した人修羅が未だ生存しているという事である。
双方ともに強大な力の持ち主で勇は兎も角、フトミミや裕子とは段違いだ。
それ以外でも見知らぬ者の中にはどれ程の力があるか。悩みの種は尽きない。
まあ考えても仕方がないだろうとこれについての思考を止める。

次にマップを開き、思考に耽る。
MGの残量を考慮するならオセが悪魔の気配を感じるスマルTVで狩れば良い。
今後を考えるなら青葉通りで準備を整える。情報が欲しいならキスメット出版へ。
さあどうするかと悩む最中、遠くから騒音が響き渡る。

状態:肉体面はやや疲労。精神面は異常なまで健常
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:鉄骨のストック 738MG
仲魔:オセ
現在地:青葉区の通り
行動方針:騒音の確認
131休息 ◆UTD3iuyohw :2006/07/09(日) 23:53:49 ID:eNEQM8Uv
取り付く島も無い・・・。
まさにそんな様子だった。
さっきまでここにいた彼ら、アレフとベスはもうここにはいない。
「あいつら・・・死ににいくつもりか!?」
伽耶が声を上げた。
「彼らだって戦闘経験が無いわけじゃないだろう、女の子のほうは魔法も使えるみたいだったし」
ヒーローは自分の体を見る。
先ほどのヒロコとの小競り合いで付いた多くの傷。
それらのほとんどが突っ込まされた店のガラス片による小さな傷のためベスの魔法でほぼ回復していた。
「移動しよう、今僕らがいっても邪魔になるだけだろう」
「しかし・・・」
「実を言うとさ、そろそろ体力的に限界なんだ・・・魔法で傷は癒えても、疲労はどうしてもね」
ヒーローにそう言われては伽耶に反論の余地は無い。
悪魔との交渉、ロウヒーロー、ヒロコ・・・きついことは全てヒーローがやってきたのだ。
伽耶とて疲れが無いわけではない。
いくら四十代目葛葉ライドウとはいえ体は16の少女なのだ。
本当の自分の体ならいざ知らずこれでは体力的に厳しい。
しかし伽耶・・・四十代目にとってこの事態は絶望と共に大きな希望でもあった。
センター設立に大きな影響力を持つザ・ヒーローと同盟関係を結べたのだ。
もし二人でなんとか脱出し、もとの世界にもどれれば自分の目標は達成される。
もともと命を懸けて過去に旅立った四十代目にとってこのゲームのリスクなどメリットに比べれば微細なものでしかなかった。
その希望が大道寺伽耶という少女の細い体に力を与える。
今この状況下においてザ・ヒーローは最大の希望だ。
「仕方が無い、青葉区に移動したら休むぞ・・今後のことも考えねばならんだろう」
伽耶の結論はこれ以外なかった。
現状最も大事なのはザ・ヒーローの生存なのだ。
「そうしてくれると助かるよ」
ヒーローは答える。
その顔にはうっすらと安堵の表情が見えた。
先ほどザ・ヒーローは限界と言ったが実はそうではない。
確かに疲れはあるが仮にも大破壊を生き抜き、神と悪魔を仲魔と共に切り伏せた英雄だ。
もう数回の戦闘なら耐えられるだろう。
ヒーローが今最も心配しているのは伽耶の体だった。
無論、女の子の体が心配だと言うのもある。
しかしそれだけではない。
また、ヒーローにとっても大道寺伽耶こと四十代目葛葉ライドウは希望なのだ。
彼女の術。
時間さえ超越すると言う秘術。
目下のところヒーローがつかんでいる脱出方法のアテはそれだけだ。
「・・・じゃ、いこうか」
「ああ」
二人にとってお互いは希望なのだ。
伽耶が死ねばヒーローに脱出する術は無い。
ヒーローが死ねば伽耶は目的が果たせない。
利害の一致。
聞こえは悪いがこの状況下ではもっとも信頼できる理由だった。
二人は歩き出す。
MAGの心配があるため徒歩だ。
これから街はどんどん明るくなる。
闇にまぎれて隠れることはできなくなる。
東に見える太陽はこれからの苦難を示しているような気がした。
132休息 ◆UTD3iuyohw :2006/07/09(日) 23:54:46 ID:eNEQM8Uv
青葉区――─
一度訪れたときはロウヒーローの襲撃を受け即離脱することになったビジネス街。
ヒーローと伽耶は適当なオフィスを見つけそこに隠れた。
「首尾よくこれたようだな」
使う人間がいなくなっても物は誰かが動かさぬ限りそこにあり続ける。
伽耶は転がっている椅子を拾い上げてそこに座る。
「ついてるよ、ここ水が出る・・・どこかで貯水してるみたいだね」
ザ・ヒーローが湯飲みを二つ持ってくる。
「・・・どうやってお湯を沸かしたんだ?」
「ここの給湯室はカセットコンロみたいでね、予備のガスもあったし・・・大分遅いけど食事にしよう」
「ああ、これからのことも考えなければな」
二人はザックから食料を出す。
簡易固形保存食・・・ぶっちゃけて言えば乾パンだ。
「さしあたっては水と食料だ・・・ここ、水が出ると言ったな、念のため煮沸していくらか持っていこう」
「そうだね、できればカセットコンロも持って行きたいけど・・・」
「止めておいたほうが無難だろうな、かさばりすぎる・・・いざとなれば民家を探せばコンロのひとつもあるだろう」
「そうだね・・・ん、久しぶりに食べる乾パンって意外と美味しいな・・・」
「私は初めて食べたぞ」
「僕も食べたのは大破壊前だよ」
「・・・どういうときに食べたんだ?」
「防災リュックに入ってたのを好奇心で・・・」
ちょっとした談笑、ヒーローも伽耶も同じ世界に生きていたものだ。
気を紛らわせる術は心得ている。
しかし長くそうしているわけにも行かない。
「さしあたっては天野舞耶の捜索だな」
すぐに二人はこれからのことを話し始めた。
「ああ、まぁそれはいいとして・・・せっかくだから今まで考えないようにしてたことも考えなくちゃな」
「・・・というと?」
「さし当たってはこの刻印だ、君の術で脱出中に呪い殺されましたじゃ洒落になってない」
「噂が現実になる・・・だったか?それを利用して解呪できるアイテムを作ったりできないか?」
「正直言って厳しいだろうね、いや仮にもとの町でPCのデータどおり噂が現実になっていたとしても・・・今もそうとは限らない」
「・・・私は残っていると思う」
伽耶がいった。
133休息 ◆UTD3iuyohw :2006/07/09(日) 23:55:20 ID:eNEQM8Uv
「理由は?」
「この街が浮いているからだ、噂を動力とするとするならこの街が浮いている限り効力はある・・・と考えられないか?」
「なるほど・・・しかし主催者側の考えからしてみれば脱出はさせたくないはずだ、噂が脱出に利用できるかどうか」
「・・・主催者の盲点を探すしかないと言うことか」
主催者は恐らく綿密に計画し、いろいろな時空を調べもっともおあつらえ向きなこのスマル市を選んだ。
恐らく主催者はこのスマル市のことをきっちり調べ上げている。
当然噂が現実になる・・・少なくともなっていたということも知っている。
ヒーロー達がここを脱出するためにはその主催者でさえ知りえなかった盲点を突くしかない。
それがどれだけ難しいことか・・・二人にわからないはずもなかった。
「まぁなんにせよ天野舞耶を探し出して詳しいことを効くまで推測の域は出ないね・・・」
そういうとヒーローは乾パンをかじりお茶を飲む。
行き詰った思考を中断させたかった。
「ふー・・・主催者、か・・・」
ため息と共にヒーローはつぶやく。
「誰なのか?なぜこんなことをするのか?そもそもどうやって異なる時空の人間を集めたのか?・・・疑問は尽きないな」
「誰が・・・といえば」
ヒーローの発言に呼応するように伽耶がしゃべりだす。
「あの女、ヒロコといったか・・・にネクロマをかけた奴だ」
実際問題ヒーロー達にとって最も近い危険はヒロコとネクロマの術者の存在だ。
ネクロマの術者は確実にゲームに乗っている。
少なくとも二人、ロウヒーローを入れれば三人殺しに来ている人間がいるのだ。
「可能性があるとすれば魔法が使える奴か、ネクロマ使いを仲魔にしてるやつ・・・で、ゲームに乗っているってところか」
「誰が魔法が使えて誰がCOMPを持っているのか解らない以上どうしようもない・・・か」
「アレフたちのことも心配だけど・・・さしあたって今はピクシーの連絡を待ちつつここから双眼鏡で道を眺めるくらいしかないかな」
「待ち、か・・・歯がゆいな」
「問題は山済みだね・・・戦力も欲しい、さっきのアレフたちやヒロインなんかと合流できればいいんだけど」
「ヒロイン?・・・ああ、聞いたことはあるな・・・かなりの魔法使いだったとか」
ヒーローはしまったと言う顔をした。
ヒーローはヒロインのことは極力考えないようにしていたのだ。
彼女は強い。
それはヒーローが一番よく知っていた。
もし万が一、ヒロコあたりに襲撃されたとしても逃げ切ることくらいは可能だろう。
もっとも危険なのはヒロインのことに気を取られすぎて自分をおろそかにすることだ。
そういう考えの下今まで出さなかったヒロインの名前。
それを話しの流れと気の緩みからうっかり出してしまったのだ。
「放送で名前は呼ばれてなかったから生きてはいると思うけど・・・探している余裕も無い、あいつなら大丈夫さ」
「・・・いいのか?」
「核ミサイルが落ちて三十年たっても会えたんだ、探さなくてもきっとどこかで会うさ・・・多分ね」
ザ・ヒーローは自分のパートナーを思い出していた。
心配する気持ちが無いはずがない、できることならばいち早く合流したい。
しかし今の自分達に余裕は無い。
彼女を探している余裕も・・・。
そう心に言い聞かせた。
134休息 ◆UTD3iuyohw :2006/07/09(日) 23:56:28 ID:eNEQM8Uv
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8000 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街にて双眼鏡で監視しつつ休憩中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 体力の回復  

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 疲労
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 双眼鏡
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 体力の回復
135二つの選択肢・前 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/10(月) 23:14:18 ID:uFZjyGZl
「本当に……殺し合ってるのね……」
ヒロインはショーウインドウに身体を預け、参加者リストに目を落としていた。

蓮華台から逃走し、途中でトラポートを使い港南区へと舞い戻ってから、このシーサイドモールへと訪れた。
そして適当な店舗に身を潜めて、食料を無理矢理飲み込んで体力を温存して、それから一時間。
まずはヒーローとの合流を先決に。ここに隠れていたのでは、いつまで経っても会えるはずがない。
そう思い立って店から出た時に、ヒロインは日の出がとうに過ぎていたことに気付く。
逃げている間に、あの耳を塞ぎたくなるほどの威圧感を持った声が響いていたことも思い出し
ヒロインは店先で、死亡者――犠牲者と言うべきか――の確認をしていた。

リストには確かに、斜線が入った名前がいくつかあった。
ヒーロー、ロウヒーロー、カオスヒーロー……知っている名前が、今も生き続けていることは見て取れる。
しかし犠牲者たちの中に、蓮華台で対峙した青年が含まれているのかは分からない。
残り人数は、ざっと見て四十人。参加者の五分の一が殺された。
数が減れば減るほどに、殺し合えば殺し合うほどに、死の確率が跳ね上がっていく。
終焉はゆっくりと、しかし確実に歩み寄ってきている。もしかしたら、すぐ後ろにまで――
その思考を振り払うように、ヒロインは軽く首を振ると、拳を堅く握り締めた。
「まだ、死ぬわけにはいかないわ。まだ……」
その決意に、誰かがそっと口添えする。
生きるためには、どうすればいいのか。それはとても単純なことだ、と。

リストをしまうがてら、ザックの中をもう一度確認すると、食料や水に紛れて小さな矢があることに気が付いた。
その矢を手にとってよく見てみると、見慣れた道具であることを思い出す。
「……毒矢」
銃に矢とは、なんとも妙な組み合わせだ。
ヒロインは矢の束を解くと、ブーツや外套に一本ずつ毒矢を忍ばせた。
もし銃弾が切れ、魔法も使えない状況に陥った時、きっと役に立ってくれるだろう。
(もっとも、役に立つ事態にならないことを祈るばかりだ)
ロイヤルポケットに入っている弾丸は、残り九発しかない。一体どこで調達すれば……。
ああ、そうか。他の参加者を殺して、弾丸を奪えということか。
でも、そんなことは……。
「痛ッ……」
思考に思考が重なり始めると、それを止めるように頭が痛んだ。
堪らずに片目を覆うようにして頭を押さえる。その痛みが止む気配はない。
何故だろう。
時間が経つにつれ、身体の調子がおかしくなっているような気がする。
メシアとして生かされることを強要され、前世と今世の記憶に苛まれ、心の隙間を悪魔に付け込まれた。
まるでその時のような身体の異変。
…………まさか、そんな筈――
136二つの選択肢・前 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/10(月) 23:14:49 ID:uFZjyGZl
前触れもなく、靴底が石を踏む音が聞こえた。
「……誰?!」
視界の端で人影が蠢く。
ヒロインは思わず、ベルトに差していた銃に手を掛けた。
先程からずっと、こちらの様子を凝視していたに違いない。
一瞬の判断が生と死を分けるゲームだ、鈍い神経では到底生き抜くことなどできない。
声に反応したのか、別の店の物陰から、人影が姿を現す。
その影は、よく知る人物の形をしていた。
「ああ、ヒロインさんじゃないですか」
「ロウ、ヒーロー……?」
顔馴染みであることに、ヒロインはほっと胸を撫で下ろす。
ヒロインの知るロウヒーローは仲間であり、神の狗と化した敵だった。
それなのに安堵感を覚えたのは、彼がメシアと呼ばれる以前の姿をしていたからだ。
その声色もおよそ三十年前、まだ彼が心優しく正義感の強い青年であった頃の声だった。
「よかった、無事で」
「ええ、ヒロインさんも無事なようで何よりです」
ヒロインは気付かない。
彼が後ろ手に、ジリオニウムガンを携えていることを。
彼の表情が一瞬、狂気に歪んだことを。

「傷付いた只の獣より、多少は元気な悪魔の方がなぶり甲斐がありますから」

音もなく、光が走った。
その光の線はヒロインの脇腹を突き抜け、背後のガラスに丸い穴と血を貼り付ける。
ヒロインには何が起こったのか理解できなかった。
最初は右腹部に異常な熱さを感じ、その後に続く痛みに気付くことができない。
ロウヒーローの手に、異様な形の貫通銃があるということも。
「ふ……ふははははははははは!!まさかまた知人に会えるとは思いませんでしたよ!!」
忘れてはいけない、このゲームには、二つの選択肢しか存在しない。
「先程は油断しましたが……今度こそ私のために死んで下さいねえええぇええぇええ!!!!」
たとえ立ちはだかる者が顔見知りであろうとも、運命によって定められたパートナーでも。
――単純なことだ。生き残りたいのなら殺し合うしかない。
ああ、またあの頭痛だ。
――何を迷う必要がある。殺すしかないのだ!
137二つの選択肢・前 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/10(月) 23:15:27 ID:uFZjyGZl
ヒロインは銃を構えると、一瞬の躊躇の後に引き金を引いた。
しかし吐き出された弾丸はロウヒーローに当たることもなく、店先に出ていた看板に穴を開けただけだった。
その間にロウヒーローはヒロインの顔面に手をかざすと、嫌らしく嘲笑する。
「ザン!!!」
手の平から迸る衝撃は決して優しいものではなかったが、致命傷を負わせるほどの威力もない。
しかし、一瞬の目くらましには充分すぎるほどだった。
ヒロインの額や頬に赤い線が走り、衝撃に千切れた茶髪が舞う。
「まだ多量の魔法は放てませんが……」
ロウヒーローは手の平を見つめ、指先にこびり付いた血を忌々しそうに払い飛ばす。
「仲間も悪魔もいない、ヒーロー君もいない貴女になら、この程度のハンデで充分です!!!」
銃を持っていた右手が再び光り、閃光がヒロインの足を貫いた。
「ぁああぁああッ!!!」
赤いブーツが同じ色に染まる。指から銃がこぼれ落ち、ロウヒーローはそれを蹴飛ばした。
ロイヤルポケットはくるくると回りながら地を滑り、遠く離れた場所で回転を止める。
「これでもう、直接攻撃は出来ませんよねぇええ……」
ヒロインはどうにか体勢を立て直そうとするが、足を貫かれてまともに動ける人間がいるはずもない。
敵意を剥き出しにする相手は知人、それもかつては闘いを共にした仲間だ。
どうする。
――どうする?決まっている!殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺……!!

頭の中での一瞬の自問自答を終え、ヒロインは咄嗟にロウヒーローの腕を掴み取る。
彼はこちらを銃で狙っていた。つまり腕を伸ばす形となるのは必然のこと、身体を掴むよりも距離は短い。
「ドルミナー!」
「ぐッ……」
急激な眠気に襲われ、ロウヒーローの身体がよろめいた。
効いた――思う間もなく、ヒロインはそのまま彼の腕を引き寄せて
胸部に手の平を押し付けると、指先から目一杯の魔力を放出させる。
「ジオンガッ!!」
「ぐあぁあああ!!」
指先から直接身体へと電撃を叩き込み、ヒロインはすぐさま身を引いて間合いを取る。
遠くに転がった銃とザックを手に、ここからの離脱を最優先しなければ。
少し眠らせるだけで充分だ、殺すなんて……!
沸き上がる足の痛みを無視して、ヒロインは駆け出した。
「くぅッ……」
だが逃走を拒むように、頭を締め付ける痛みが激しさを増す。
思わず足を止めたヒロインの目の前で、真新しい鮮血が飛び散った。
138二つの選択肢・前 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/10(月) 23:16:06 ID:uFZjyGZl
ロウヒーローは、自らの左手にジリオニウムガンを向けていた。
その腕から滴り落ちる血液を見ながら、彼は嗤う。
ヒロインは息を呑んだ。
眠気を払うために、躊躇なく自分の腕に風穴を開けるなんて……!
「ふふ……さすがは似たもの同士、と言ったところでしょうか……ですが……」
赤く濡れそぼったその手が背後に回り、空き缶のようなものを握る。
「そのような小癪な手は!!何度も通用しないんですよおぉおおおおぉおお!!!!」
ロウヒーローが煙幕弾を投げつけると、ヒロインの足下から一瞬にして白い煙が立ち上がった。
しまった――そう思う間もなく、ヒロインの頭が鷲掴みにされ、
「マハザンマァアアァアッ!!!!」
「ッッ……!!!」
悲鳴は出なかった。
ただ掠れた息のようなものが、ヒロインの口からこぼれただけだ。
全身から血を撒き散らしながら、少女の身体がくずおれた。


時刻:午前7時
【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:重傷、アルケニーの精神侵食
武器:ロイヤルポケット(残り8発)
道具:毒矢×5
現在位置:港南区・シーサイドモール
行動指針:ロウヒーロー撃退、あるいは逃走。ザ・ヒーローに会う

【ロウヒーロー(真・女神転生)】
状態:左腕に銃創、先刻の戦いにより多量の魔法使用不可
武器:ジリオニウムガン
道具:煙幕弾×8(一つ消費)
現在地:港南区・シーサイドモール
行動方針:ヒロイン殺害。ゲームに勝ち、生き残る
139不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/10(月) 23:25:41 ID:P7VvCh6L
ガラス張りの壁面より光が漏れ、部屋を明るく照らし出す。
このような閉鎖された狂気の街となる前までは、人々が交流を求め、情報を提供していた場所であり、
様々な情報が飛び交い、それを追う者達がこの近代的な建設物の中で纏め上げ、人々に見せていた。
だが、今はただ閑散とした寒々しい空気が満ち溢れ、寂しさをも感じさせる場所となっていた。
スマルTV、エントランス。
この地に突如、光の球体が現れ、それは次第に膨れ上がり、二つの影を残した。
血にまみれ、生死を彷徨う深い傷を負った少年と、
強力な魔力を持ち、少年を救護しようとしている少女。
この広く、何もない空間にその影は現れ、人工的な光は淡く消え失せた。

魔性の姿をした少女より逃げるために使った魔法。
それにより、金髪の少女がこの大地へと送り込まれた最初の地点へと転送していた。
だが、この場所は彼を救った場所からさほど離れているわけではない。
今なお、辺りに気を配らなければならない状態にかわりはなかった。
明るくなった外からは、転送した光、介抱するこの光を気づかれる事はない。
だが、ここで大きな魔力を使えば、万が一敵となりうる人物に察知されないとも限らない。
また、彼を残し、己の死を迎えたとき、彼が回復するためには道具が必要となることは明白だ。
今彼のためにできることは、道具を一切使用せず、魔力による回復。
少女は彼の今後も考え、ただ介抱することだけを考えていた。
大理石の床へ倒れこむ少年の傷の上へ手を翳し、小さく口元を動かしていた。

―――お願い…死なないで。
気持ちとは裏腹に、白い大理石は赤へと染まり行く。
止め処なく流れる血に、恐ろしさを感じながら、魔女の手から暖かな光が零れ始めた。
その光は少年を包み込み、ぱっくりと開いた傷口を少しずつ閉じていく。
140不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/10(月) 23:26:17 ID:P7VvCh6L
―――回復力が落ちている。
当然だ。此処は死を望まれて集まった者の監獄なのだから。
回復などされては死者が減ってしまうからだろう。
それでも彼女は少年へ己の魔力を注ぎ込む。
何度も。
何度も。
何度も…。

彼の顔色も随分と戻って来てはいるが、ささくれた傷口を完全に閉じきるにはまだ時間がかかる。
生命を維持するために、体内の活動を弱めた事も影響していた。
彼自身の自然治癒力さえも下がっている。
魔力による回復の限界…。
自然治癒力を高め、傷を癒すこれらの魔法は、今の彼には効き辛い。
さらには、流れ出した血は元へ戻る事はない。
生命の危機を脱しているとはいえ、
目を醒ましたとき、極度の疲労と貧血状態で立ち上がる事すらできないかもしれない。
その時、敵となる者が襲ってきた場合…。

―――今全ての魔力を使い尽くすわけにはいかない。
彼を救える者は、己一人なのだから。
今はもう、周囲に何者かの気配は感じない。

―――しばらくの休息を、彼と共に取ろう。
完全なる睡眠ではなく、意識を保ったままの休息。
周囲を警戒しながらどこまで休めるのか。
不安に感じながらも、魔女は彼の傍らでしゃがみ込み、そして美しい瞳を閉じた。
141不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/10(月) 23:26:53 ID:P7VvCh6L
「ここは――どこだろう…?」
窓から差し込む光は既に天頂に近い。
魔女は傍らで船を漕いでいたが、彼の目覚めと同時に体を起こした。
「起きたか、少年。死んではいないぞ。安心しろ。」
まだ虚ろな目をした少年に、魔女は素っ気無い言葉をかけた。
これは、彼のことを信頼し、理解しているからこそかけられる暖かさを含んでいることを、
少年は誰よりも理解していた。
彼女がいるなら、今すぐ旅立つ体制に持っていかなくてもいい。
その安心感さえ与えてくれる少女の声に、まだ完全に戻りきっていない顔色をしながらも、
軽く微笑み、いつも通りの彼の言葉を少女に投げかける。
「魔女――今日も…綺麗だね――」
「―――ばか。」
魔女は少年から視線を逸らすが、深い感情があったわけではない。
いつも通りの会話。
いつも通りの口調。
自然な彼のしぐさも、この狂気の大地では、強がって見える。
それだけに、少女は呆れていただけだった。

「全く…あれだけの重症を負っておきながら、暢気なものね。」
呆れ顔のまま、少年を真っ直ぐ見詰め、少女は彼の傷を見た。
回復はこのまま休めばあと数時間で元に戻るだろう。
少女もまた、彼同様安心感を得ていた。

だが、少年の表情は突然厳しくなり、口を開いた。
「僕さ、夢を見たんだ。」
魔女は逸らしていた視線を彼へと戻し、次に出る言葉を待った。
普段柔和な表情で語る彼は、どこか暢気な言葉を発する所がある。
しかし、このような顔で話す事は、決意や何かの不安要素を見つけた時の場合が多い。
彼女はそれを知っていた。
「二人でこの世界から帰る夢。力を貸してくれていた…ルシファーが…その…」
「なに?」
142不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/10(月) 23:27:29 ID:P7VvCh6L
少年は眉根を寄せ、口ごもりながらも話し辛そうに言った。
「―――殺されるんだ。そしたら道が開けて…帰れるようになったんだけどさ…」
「そう。」
「気味が悪いよね。夢だから…気にしなくて良いと思うんだけど。」
なぜか胸騒ぎを覚え、沈黙を続けた。
部屋を照らす暖かな光が、明るくなり、暗くなり、二人に投げかけ、天井の色を変化させ、
沈黙を途絶えさせないよう続けているかのようだった。
(このまま、ずっと此処へ閉じ込められていたら。)
(どうやっても脱出する方法がなかったとしたら。)
少女の恐ろしい考えはとめどなくあふれる。
ただ、少年の迷いなき眼差しだけが、彼女の救いだった。

「そうね。たとえ何が先に待ち構えていたとしても―――。」
自分を見つめた少女の言葉の先を、少年は理解し、頷いた。

―――どんな手段を使ってでも、もう一度家へ帰ろう。
     二人で乗り越えて、あの世界へ帰ろう。

微笑を交わし、少年は再び深い眠りの底へと誘われていった。

魔女は立ち上がり、己のザックに手を伸ばす。
これからの決意を固めた彼女にもう迷いは無くなっていた。
探りあてたその中から、一本の大剣を取り出す。
(彼が目覚め、再び戦える力を持ったとき、役に立てるよう、この剣は外へ出しておこう。)
そうつぶやくと、窓辺へと長剣を立てかけた。
丁度この場所には悪魔が闊歩している。
此処を拠点に情報を集め、仲魔を増やし、それから旅立とう…。
143不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/10(月) 23:28:02 ID:P7VvCh6L
だが、この時、激しい憎悪に狂った悪魔の咆哮が、この街に響いていた。
一抹の不安を感じながらも、今はその体力を、彼が取り戻す事だけを考えよう。
そう心に言い聞かせ、少女は自分の羽織るローブを、彼にそっと掛けた。


<時刻:午前10時>
【主人公(旧2)】
状態:瀕死
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区空き地より転送
行動指針:まだ特に考えていない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:疲労
現在地:青葉区空き地より転送
行動指針:主人公の救済
144不安と安らぎと ◆XBbnJyWeC. :2006/07/11(火) 14:21:24 ID:Q8dBtUO7
読み返して気がついたキャラのステータス記載ミスorz
状態から現在地まで間違いまくってる罠
大変申し訳ございませんでした

<時刻:午前10時>
【主人公(旧2)】
状態:瀕死より回復中
武器:円月刀
道具:細かく見ていない
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:まだ深くまで考えられてない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:疲労(魔法多発不能)
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:主人公の救済・二人でこのゲームを脱出する
145無情 ◆VUciVpb79U :2006/07/11(火) 21:21:38 ID:O2PQsPvc
静寂を掻き乱す騒音。 それそのものが事態の異常さを語っている。
大きな溜め息をつき億劫な態度を見せるも、所持する武器を強く握り締める。
そのまま音のする方角へ慎重に顔を覗かすと二つの人影が目に映った。
一つは今にも息絶えそうな程に弱った少年の姿。その扱いは見知るも忍びないものだった。
もう一人が剣を突き刺し捻り込み、それを勢いよく引き抜きそれを従者の天使に戻す。
それだけでは飽き足らず今度はその異形の腕から放たれる拳が傷口を更に広げた。
その行為を繰り返す内に返り血で染まりゆく姿が、狂人と言う存在感を更に高める。
拷問――そんな言葉さえ可愛い響きに聞こえてしまう程に惨たらしい光景。
常人ならば思わず目を背けて無かった事にしようと思考を止めてしまうだろう。
そんな常人の反応にさえ適わない彼の姿もまた狂人と呼ぶに相応しい。
彼の目には先程から異形の者の行為に釘付けである。
その異形の者とは氷川が知り得る中で危惧したヨスガの理の長、橘千晶の姿である。

「彼女の哲学に則ればあの遣り方は美しくはないな。
美を語るなら獲物を素早く、或いは一撃で仕留める。それでこそ美だ。」
こんな時でさえ他者を哀れむ心も、顔に気色ばむ様子も、思考の波も訪れない。
黙々とそれを見詰め、時折言葉を零すその姿には最早人としての名残を見られない。
非道の者、無力の者、無情の者。三者の存在が日常の風景に溶け込めず異色を放つ。
「あの女、今直ぐに殺しますか氷川様?」 殺意を宿した目でオセは氷川に問う。
それに対して今は定刻ではないと説き伏せオセの心を静める。
146無情 ◆VUciVpb79U :2006/07/11(火) 21:22:41 ID:O2PQsPvc
「諸行無常、盛者必衰の理とは言うがこの地獄絵図は何時に終わる?
同じ行動からでは大した情報は得られない。観察する意味は最早果てた。」
興味は尽きたと終焉を望む声。それに応えるかの様に事態は唐突に変化を迎えた。
「マハブフーラ!!」 その声に合わせて二体の天使は完全に凍りつき、
橘千晶に到っては足を凍らせ自由を奪わせる。
氷川の興味は橘千晶から攻撃を放ったその者、少女へと移りゆく。
参加者の情報が少ない氷川にとっては望ましい事態だからだ。
傍観者はそのまま事態の成り行きをその目で収め、情報を脳へと送り込む。
彼の表情には心なしか笑みを浮かべているかの様にさえ見えた。
しかしそれも直ぐに終わった。戦わずして少女と少年が消え去ったからだ。

「つまらん。」
興醒めしたかの様に発せられる声。
望んだ事態が急に終わりを告げた事に納得がいかないのだろう。
彼の心境に同じく橘千晶もまた後腐れの無い様にその場を直ぐに去っていった。
「本当に良いのか氷川様? 奴は我々に気付いていない。
不意を付けばあんな小娘、屠るに容易い自信を俺は持っているが。」
その目にはまたも先程の殺意が目に宿る。しかし結果は先に同じく無視せよとの主の声。
その答えに素直に従い殺意の色を落とす。変わって氷川の次の命に瞳を鋭くさせる。
そうだ、まだ当初の目的は達成されていない。血の跡を辿り真相を探らねば。
両者は傍観を止め、それへの実行にようやく移す事にした。

「ここがそうか。」
あれから数分して辿り付いた場所は血に染められた何者かの上着が置かれた空き地。
所々で先程の激戦を褪せさせずに残している。
この時点でああそうかと一人納得する氷川。彼にはもう結果が見えているのだ。
それでもオセに命じてその上着の下にある地面を掘り返させる。
暫くして愛らしい二体の遺体が現れる。それをオセが持ち上げ氷川の前に並べた。
一体は学生と思しき少女。もう一体は高校生か大学生と思われる女性のそれらだけである。
「氷川様がなけなしのMGで俺を呼び出したのにこれでは余りにも報われない。」
と、一人落胆するオセ。オセの所為でもないのに申し訳なさそうな態度を取る。
147無情 ◆VUciVpb79U :2006/07/11(火) 21:23:14 ID:O2PQsPvc
「いや、そうでもない。」
そう発せられる声の後に続いて氷川の所持するハンマーを少女の体に振り下ろす。
肉の潰れる嫌な音が静寂の調べと噛み合わず不協和音を奏でる。
「傍観する暇があるのなら残りの遺体を切り刻んで欲しいのだがね。」
呆然とするオセに助力を願う声。それに反応しすぐさま言われた通りに切り刻む。
流石は悪魔の力だけあってものの数秒で肉体は原型を留めぬほどに細かくなった。
遅れて氷川も少女だった肉体を挽肉状態に変えさせた。
その散らかった肉や内臓の欠片をザックから取り出した空のビンに詰め込む。
オセもそれを手伝い数十分して持つ限りの全てのビンに入れ終えた。

この行為に理解出来ずその真相を氷川に尋ね、それに答える。
「一つは血に慣れぬ者にこれを浴びせれば精神の錯乱を引き起こせる。
二つは血の臭いで相手の位置を掴む事だ。お前は鼻が利くから此方が優位に立てる。
三つはこれが腐った時に放つ異臭に吐き気を覚え、意識を統一出来ず散漫させる事だ。
その三つの使い道を考慮して私はあのような行動に出たのだ。」
淡々と答えたその声にやはり感情は篭っていない。

それを聞いてオセは悪魔らしい物言いで質問を出してきた。
「これは私的な疑問なのですが、骸を冒涜するその心は如何なものですか氷川様?」
常人ならば詰まるこの問いに氷川はすらすらと口にする。
「戦後を迎えた日本人は慢性的な食糧難に陥った。その時どう命を繋いだか。
その一つに糞を利用したのだ。糞には畑を肥やす力があり農民達は貧しい者等に
駅や民家にある糞を運んでくる様に命じ、その応酬に金を支払ったのだ。
それだけの価値からヤクザ共の抗争の種になる程の魅力を有していたのも事実。
生きる為には糞にさえ縋る。あの過酷な世では人心など無用の長物に過ぎんのだ。」

「詰まりあらゆる物に目を配る事こそがこのゲームで生き残る術とでも?
流石は氷川様。死せる者にさえ安らぎを与えぬその無情さは何時見ても痺れる。」
オセが感嘆の意を示す。その反応に愚かなと感じ、またも口を開き語る。
「死を迎えた人は最早人ではない。人の形をした肉だ。何故それを理解出来ない?
生ある者には人として扱える。しかし死せる物に情を注ぐような器用な真似は出来んな。」
無情に言い切る氷川。彼にとっては人の死さえもその感情を揺れ動かすに足りない。
その人らしからぬ異常な人柄だからこそ多くの魔は彼に従うのだろう。
「何処の何方かは知らないが貴女等の死を有り難く思う。」
人であった肉片に対して一礼する氷川。彼の姿に迷いも後悔も無かった。

<時刻:午前7時>
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面:死体を潰した為少し疲労。精神面:健常
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:642MG 鉄骨のストック×2 死肉を詰めたビン×10
仲魔:堕天使オセ
現在地:青葉区 空き地
行動指針:MGを集める為にスマルTVで悪魔狩り
148狂気と渇望の果てに… ◆XBbnJyWeC. :2006/07/13(木) 01:12:43 ID:GfzEfSZr
高層ビルのそびえ立つ、昼間には人の活気で満ち溢れていたビジネス街。
身に布を被った少年は文明によって創られた、高い建物の上に立っていた。
限られた人間が閉じ込められたこの街に、警戒しながら歩く者がいたとしても、
ビルの上、それも道からは決して見えない場所までは警戒が届かない。
地上を歩けば誰かに遭遇する可能性も有り得る。
人目を避け、この街の情報を得るためには、上空が最も回避率の高い場所だと踏んだのだ。

太陽は既に高く昇り、少年を鮮やかに照らす。
此れほどまで眩い光など、もうどれほど浴びていないだろう。
消えることなど想像もできなかった太陽は、カグツチとなり、
更にはそれを破壊した。
光など存在しない、ただ静かなる狂気が存在する闇。
だが此処には確かに存在する。
朝を向かえ、夜を廃し、光が雲を照らす。
「・・・綺麗だ。またこんな世界を見ることになるなんて…」
少年はポツリと口にし、微かに俯き、此処へ至る階段を囲う壁へと身を預け、
鮮やかに照らす日の光が創り上げた影へと隠れる。

 (―――今の僕には少し、眩し過ぎるくらいだ。)
149狂気と渇望の果てに… ◆XBbnJyWeC. :2006/07/13(木) 01:13:17 ID:GfzEfSZr
目を細め、その光を嫌うかのように、纏った布に身を深く沈めた。
太陽はまだ天頂へと達していないが、
全ての者たちを照らすに十分過ぎる光が届いていることには変わりなかった。
光に満たされた大地にあって、今なお彼の腹の底には沸々と闇が声となり、
本能を引き出す誘惑を投げかけ続けている。
攻撃を良しとしない、人という存在に出会うことにより、より一層強くなっていた。

―――見タダロウ? アノ憐レミノ目ヲ。
     見タダロウ? オマエヲ脅威トシテ認識シタアノ目ヲ。
     人ニ 本心カラ信ジテモラウ事ナド 悪魔ニ身ヲ窶シタ オマエニハ 所詮無理ダ。
だから今までは殺して来たんだ。あの世界でも存在するために必死で足掻いて生きてきた。
選ばれた人間すらも全て殺して生きてきた。
それでもなお、人に戻れず悪魔にも成り切れず、こうやって中途半端に生きている。
僕という存在は、どこへ向かえばいいのか、それすらも分からずに。
結局このまま悩み続け、そして誰も知らぬまま消えてしまいたい。
それが叶わぬなら、全てを破壊し、そして僕自身をも壊してしまいたい。

ふっと溜息をつき、天を仰ぎ見る。
抜けるような青空。
それに比べ、似つかわしくない己という存在。
普通に学校へ通い、普通に勉強し、進学や就職について人並みに悩んでいた頃なら、
気分も変わったかもしれないこの空の青さ。
 (――考える事すら馬鹿馬鹿しい。)

破壊と虚無への欲望に駆られながら、
少年は再び俯き、足元へ短く伸びる影を目で追った。
150狂気と渇望の果てに… ◆XBbnJyWeC. :2006/07/13(木) 01:13:48 ID:GfzEfSZr
刹那、彼の正面より、光る何かが飛来した。
それは少年のフードを掠め、背を預けていた壁へと突き刺さった。
何者かが投げた槍。
気配はずっと感じていた。その先からの攻撃。
わかっていた。
敵意ある者なら、いつか発見し、襲ってくるだろうことは。
だが、姿を現した者は、人と似ても似つかぬ者。

 (――悪魔…か。)
誰かの従属。もしくは知恵の無い者。
そうでなければ、攻撃などしてはこないだろう。
この地に存在する悪魔には統一された意思など感じない。
いや、違う。
別の何者かに従う意思が存在しているようにも見える。


―――人ヲ捨テ 悪魔トナッタソノ身デモ 悪魔カラハ嫌ワレルカ
     人カラ脅威ノ目デ見ラレ 悪魔カラハ軽視サレル。
     オマエハ ソウイウ存在ダ。
     認メヨ。
     己ガ カ弱キ 小サナ悪魔トイウ存在ダ トイウ事ヲナ。

「確かにそうかもしれないな。」
彼の意思を示したところで従いはしないのかもしれない。
彼の意思とは無関係の、別な存在により動かされている。
腹の底で嘲笑う、あの忌々しい声。
この地に跋扈する悪魔を総べる存在…。

 (――成る程。そういう事か…。)
151狂気と渇望の果てに… ◆XBbnJyWeC. :2006/07/13(木) 01:14:21 ID:GfzEfSZr
少年はくつくつと笑った。
「この世界で試しているのか、それとも今なお人を捨てきれぬ為見放したか。」
見ている者が居たなら、恐怖に凍てつき闇に放り出された錯覚に陥っただろうその声。
被りに深く隠れた瞳は緋色に染まり、輝きだす。

「いいだろう。高みから見ているといい。仲魔同士喰らい合い、血を求め、互いに殺しあうこの姿を…」
少年は手を横へ振り、光を翻し、仲魔を実体化させた。
彼の背後から狂おしいまでの歓声。
全身に渇望が沸き起こる。
破壊衝動。
自制心が途切れ、少年は上体を反らし、咆哮を上げた。


<時刻:午前10時>
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:正常(?)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
   防弾チョッキ
   宝玉(2個)
追記:若干の食料及び水を補給
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:青葉区 スマルTV付近ビル屋上
行動指針:襲い来る者を全て破壊。最終的には元の世界へ帰る
152涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:18:51 ID:td9vhdbK
人間は、本来有している能力の三十パーセント程度しか発揮できていないのだという。
能力が成長するというのは、鍛錬で肉体が鍛えられたり経験や知識によって要領が良くなったりに限らず、
それまで眠っていた潜在能力を呼び覚まし、コントロールできるようになるというのも含んでいる。
四十パーセント、五十パーセントの能力を開花させた人間はより強くなるという訳だ。
しかし、ほとんどの人間は潜在能力を眠らせたまま一生を終える。
――ホークという名でコロシアムの闘士をしていた頃に、トレーナーの岡本から聞いた話だ。
「俺が思うに、ホーク。お前は人より余分に力を使えるんじゃないか」
難しいことを考えるのは不得意そうな岡本が、珍しく真面目な顔でそんな推論を立てていたのを思い出す。
「お前はどっかで訓練は受けてたようだが、実戦にゃ慣れてない。それに体格も闘士としちゃ頼りないな。
その馬鹿みたいな強さは多分、経験で身に着いたもんじゃない。
……生まれ付き、三十パーセントより多く能力を発揮できる体質なのかもな。言わば戦いの天才だ」
その仮説には説得力があった。自分は生存本能と直感のままに動くだけでも、人並み以上に戦える。その自覚はあった。
明らかに筋肉の量が違う怪力自慢の闘士とも、互角に鍔迫り合いができた。
大抵の相手の動きは、遅く感じて仕方なかった。
その話を聞いて、他の人間にとっては肉体はもっと重く、動かしにくいものなのかもしれないと妙に納得した。
余分とか馬鹿みたいなとか、本当に誉めているのか怪しい言い回しではあったが。

もし人間の能力の限界が潜在能力のリミッターによるものだとしたら、今の彼女はリミッターの外れた状態なのだろう。
自らの体を傷付けることすら恐れず、持てる力の百パーセントを出している状態。
女性とは思えない力で繰り出されるヒロコの攻撃をザックを盾に受け流しながら、そんなことを考える。
まともな盾で受けた訳ではない。軽減できる衝撃は微々たるものだ。
腕が痺れ、踏み止まり切れず一歩後ろによろめいた。
「その程度なのぉ? つまんないわ!」
先の左手でのパンチに続き、今度は右手。
チャクラムで深く切り裂かれた腕を構わず振り回しているため、傷は余計に深くなっている。
このまま戦い続けたらいずれ千切れ飛びそうだが、ヒロコにはそれを気にする様子もない。
――指がなくなれば、少なくとも武器を持つことはできなくなる。
腕が途中から千切れれば、あの怪力で殴り掛かって来られたとしてもリーチは短い。
そんな考えが一瞬、頭を過ぎった。しかし、それは考えるべきでないと思考の外に追い遣る。
生ける屍に成り果てていたとしても、彼女はヒロコだ。
人格は豹変してしまっているが、自我が失われている訳でもない。
仲間、と呼び掛けた時の彼女の反応が、脳裏から離れなかった。
その言葉に何かを感じ、しかし思い出せず戸惑った彼女の様子。
彼女の気持ちが、解るような気がしてしまったのだ。
知っているはずのことを思い出せない焦燥感も、戸惑いも、自分が何度となく味わってきたものだったから。
153涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:19:30 ID:td9vhdbK
「メディア!」
精神の集中を終えたベスが、二度目の治癒魔法を行使する。
腕の痺れが抜け、傷の痛みも少しずつ引いていく。劇的な効果はないが、これだけの回復でも今は有難い。
そして、ヒロコにも魔法の影響は現れていた。
死者である彼女の傷が癒されることはない。本来なら優しい術は、彼女に対しては凶器となっていた。
苦悶に顔を歪め、死んでいても防衛本能は残っているのだろうか、体を庇うように自らの肩を抱き締める。
しかし力のブレーキが利かないのと痛覚がないせいだろう、肩のプロテクターに爪が食い込み、その下から血が滲み出ていた。
胸に開いた穴を見るに、彼女の血液の大半はもう体外に流れ出てしまっている。
自らの爪を食い込ませた肩の傷は、恐らく血の量から想像できるより深いものなのだろう。
彼女のそんな姿が痛々しく、目を逸らしたくなる。
「ベス、今の内に離れるんだ!」
指示の声に、ベスは機敏に反応する。が、続けて魔法を使用しているためだろう、その動きにはやや疲れが見える。
(もう少し頑張ってくれ、ベス。俺が攻撃を引き受けていれば後は……)
ヒロコが動きを止めている間に離れれば、多少の時間を稼ぐことはできる。
今はとにかく攻撃を凌ぎつつ、ベスに治癒魔法を使い続けてもらうしかない。
ベスとは違う方向に走り、ヒロコから距離を取る。
「こっちだ……来てみろ!」
こちらが狙われている限り、ベスは安全だ。
今のヒロコにとって脅威となるのは明らかにベスだが、今までの行動から考えるに、ヒロコはそこまで思考して動いてはいない。
手近に攻撃できる、血肉を持った人間がいるとなれば血を求める衝動が先に来るのだろう。
相手をする側にしてみれば幸いだった。この圧倒的な身体能力に加え、生前と同等の状況判断力があったらまず勝てない。
「お望み通り、殺してあげるわよぉぉ!」
ヒロコが絶叫する。血に汚れた顔を更に恐ろしく歪ませて、彼女はこちらへ突進してきた。
相手が生きた人間ならば威嚇射撃でもすれば止まるだろうが、ゾンビ相手ではそうもいかない。
かといって足を撃って止めるにも、相手の動きが速すぎる。
彼女には痛覚がない。ただ当てるだけでは止まらないのだ。
腱でも切るか、体重を支えられないほど破壊するかしなければ、気にせず突っ込んでくるだろう。
間合いに入られたら、こちらは銃を構えた姿勢からどうにか対抗しなければならないだけ不利。
ならば、最初から銃でどうにかしようという選択肢は捨てた方がいい。
(ぎりぎりまで引き付けてから避ける……しかないか)
ヒロコの動きに意識を集中する。どんな攻撃を繰り出してくるか。どちらへ動けば避けられるか。
反射神経は向こうの方が上だが、彼女の視界は目に入った血で妨げられている。
こちらの輪郭を捉えることはできるようだが、顔の区別はできなかった程度だ。小さな動きには気付けないだろう。
攻撃を喰らうか避けられるかは、五分と五分。
「そこねっ!」
ヒロコが跳んだ。飛び掛かって、そのまま組み敷くつもりか。
予想外の大胆な動きに反応が遅れ、辛うじて地を蹴って飛び退く。目の前に、ヒロコが着地した。
――その一瞬後には、腹に強烈なパンチが叩き込まれていた。
防御姿勢も取れず、体をくの字に折り曲げて数メートル吹き飛ばされる。
吐き気が込み上げる。全身に脂汗が滲む。プロテクターを着けていなかったら、この程度では済まなかっただろう。
「やめて!」
悲痛な叫びを上げ、ベスが三度目のメディアを詠唱する。
体を包む光に活力を与えられ、まだかなり残る痛みを堪えて上体を起こした。
ヒロコも淡い光に包まれる。その動きが止まり、膝ががくりと折れた。
154涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:21:02 ID:td9vhdbK
「お願い、もうやめて」
ベスが駆け寄ってくる。彼女は、目に涙を溜めていた。
「あなたとアレフが戦うなんてこと、あってはいけないわ。アレフはあなたの――」
「うるさいっ!」
ヒステリックに叫び、ヒロコは跳ねるように立ち上がった。振り乱された金色の髪に隠れて、その顔は見えない。
どんな顔をしているのだろう。浮かべているのは、憎悪の表情なのだろうか。
「待って、お願い。あなたは知らされていないけれど、あなたの探してる子……」
ベスの言葉は、今度はマシンガンの発射音に掻き消された。
殺意が、血の渇きを上回ったのだろうか。ヒロコはついに自らの手での攻撃を止め、マシンガンを乱射し始めたのだ。
しかし、狙いは酷いものだった。
たかだか数メートルの距離にも関わらず銃口はまるで違う方向へ向けられ、動揺を表すように上下に揺れ動いている。
(ヒロコさん……何か思い出したのか?)
酷い狙いとは言っても、この距離だ。ひとたび銃口を向けられたら終わり。射程外に出るのも、一瞬でとはいかないだろう。
彼女が冷静さを取り戻すまでの数秒か、数十秒かの間に動かなければ、こちらの負けだ。
倒れた時に落としたドミネーターに手を伸ばし、拾い上げる。撃つしかない。少なくとも銃撃を止められるような部位を狙って。
それだけの猶予はあるはずだ。彼女にはこちらの動きは、はっきりと見えてはいないのだから――
と、思った矢先のことだった。
ヒロコが頭を大きく振った。纏わり付いていた髪が払われ、顔が露わになる。
その顔を目にして、思わず手が止まった。彼女と目が合う。
「ヒロコさ……ん」
「もう……消えてよぉぉぉぉ!」
その声は今までの憎悪を帯びたものでなく、哀願するような響きだった。

彼女は、泣いていた。

思えば生きていた時も、彼女は一度も涙を見せなかった。よく知っている女性の、初めて見る泣き顔。
その瞳に狂気の色はない。きっと、ただ困惑しているのだ。
そして、自分を惑わせるものを目の前から消し去りたいと、そう思っているだけなのだ。
向けられているのが殺意だということに変わりはない。先に撃たなければ殺される。震える手で、彼女の手元に狙いを付ける。
彼女の視線が、今まさにトリガーを引こうとしていた手に向けられる。
(しまった……涙で血が洗い流されて、視界が戻っているんだ!)
それに気付かなかったのと、彼女の涙に一瞬戸惑って手を止めたことが敗因だった。
反射速度はヒロコの方が上。こちらが引き金を引くより早く、マシンガンが火を吹いた。
終わりか。覚悟を決めて、目を閉じる。

が。次の瞬間、感じたのは銃弾の突き刺さる感触ではなかった。
発射音が聞こえると同時に、温かく力強い何かが覆い被さってきて――「何か」?
「ベス!? お、おい……」
「アレフ……無事で、良かった」
慌てて目を開けると、目の前にはベスの弱々しい笑顔があった。
まるで抱き付くように覆い被さってきた彼女の体から、ふっと力が抜ける。
抱き留め、背中に腕を回すと濡れた感触が伝わった。
ベスを抱えたまま身を起こし、見る。彼女の白いマントには無数の穴が開き、そこから血の染みが広がっていた。
155涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:22:05 ID:td9vhdbK
庇われた。
その事実を認識するまでに、数瞬の時間を要した。ヒロコにまだ殺意があれば、その隙に殺されていただろう。
ヒロコは、呆然とした面持ちでその光景を見ていた。トリガーに掛けられた指は外されている。
やがて、その唇から呟きが洩れた。
「ア……レフ……?」
「!」
思い出したのか。視界が開けて、相手の顔を見て、やっと。
「……ヒロコさん」
引き戻せるかもしれない。微かな希望を持って、彼女の名を呼んだ。
ヒロコの視線が泳ぐ。マントを血に染めたベスを、自分の手を、コンクリートの上に流れる血を見る。
「違う……知らない、知らない、あなたなんて思い出せない……どうして」
取りとめのない言葉が続く。マシンガンを持った手はだらりと下げられ、彼女に最早戦意がないことを示していた。
「本当に覚えてないのか? 一緒に戦っただろ、俺達……」
「やめて!」
ヒロコが鋭い声を張り上げる。
「違う、私は……アタシは……あぁぁぁぁぁぁ!」
天を仰いで、彼女は悲痛な、吼えるような声を上げた。
彼女の中に残った自我と僅かな記憶が上げる、言葉にならない悲鳴。
もう生体の機能など停止しているはずなのに、その目からは涙が止め処なく流れ続けている。
不意に、彼女は踵を返した。心を乱すものを視界に入れたくないのだろうか、こちらに背を向ける。
「ヒロコさん!」
もう一度、今度は強い口調で名を呼んだ。
しかし、もう彼女には言葉は届かないようだった。振り向きもせず――走り出す。
追うべきか、と逡巡する。今逃したら、もう会えないかもしれない。救えないかもしれない。
「……アレフ」
弱々しい声で呼び掛けられて、はっとした。
そうだ。ヒロコを追う訳にはいかない。ベスをここに置いては行けない。
「ベス、大丈夫か」
マントに覆われて傷は見えないが、広がり続ける血の染みを見れば判る。大丈夫な訳がない。
判っていても、どうすることもできなかった。
「ごめんね、アレフ……」
「馬鹿っ。どうして君が謝るんだよ」
動揺して隙を作ってしまったのはこっちだ。本当なら、撃たれていたのも自分だったはずなのだ。
それなのに、ベスは責めるどころか気遣うように言う。
「だって……あなたは優しいから、私が死んだら悲しむわ」
「何言ってんだよ。一緒に生き残って、ここから出るんだろ」
言いながら、そんな言葉は気休めにもならないことを理解していた。
この出血で、手当てをする術もなく、彼女には治癒の魔法を使う力ももう残っていない。
助からないことは明白だった。彼女自身もそれを理解している。してやれることは、何もない。
彼女の体を仰向けにして、膝の上に寝かせた。二人の顔が向かい合う。
「アレフ、あの人のことは助けてあげて」
「……うん」
ベスの手を、そっと握った。
彼女は驚くほど穏やかな表情をしていた。自身の命の灯が燃え尽きようとしているというのに、人のことを心配しながら。
156涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:23:40 ID:td9vhdbK
悔しかった。
ヒロコがあんな目に遭って、助けようとしたのに助けられなくて、守ってくれたベスまで失おうとしている。
(何が救世主だ。俺は、誰も救えていないじゃないか)
「……泣かないで」
ベスがそっと手を伸ばし、柔らかい手で頬に触れた。それで初めて、自分が涙を流していることに気付く。
彼女のその手を取って、指を絡めた。
最早誰のものともつかない血に塗れた、汚れた指と指が触れ合って、互いの体温を伝える。
嬉しそうに、ベスは微笑んだ。
「私のことは、いいの……私はあなたのために、生まれてきたから」
(違う。君は君のために生きて良かったんだ)
そう思いながらも、言葉にはできなかった。笑顔で死んでゆこうとする彼女を否定はできない。
彼女はきっと、違う生き方を選ぶことなど考えもしなかったのだろう。その生涯に一度も。
「救世主」に仕えるために、そう育てられてきたから。
目の前の大切な人々を救うこともできない、ただのお飾りの英雄に全てを捧げるために。
「あなたは……生きて……」
繋がれた手を、ベスが少しだけ強く握った。――それが、生きた彼女の最後の感触だった。
その手に込められていた優しい力が消えてゆく。綺麗だった目も、今は閉じられている。
動かない彼女の体を強く、強く抱き締めた。その白い頬に涙の雫が落ちる。
「――どうしてだよ?」
理不尽だ。何もかもが。こんな場所に連れて来られて殺し合いをしろと言われているのも、ベスが死ななければならなかったのも。
ヒロコが誰とも知れない相手に殺され、死してなお安息を得られず辱めを受けていることも。
この状況をどうすることもできない無力な自分に、救世主などという肩書きが与えられていることも。
そんな不甲斐ない救世主のために死ぬ運命を、ベスが迷いなく受け入れたことも。
「畜生っ……どうしてだよ、こんな……」
遣り場のない憤りが湧き上がる。世界の全てが理不尽で、不条理で、悪意に満ちているように思えた。
神を呪うというのは正しく、こういう感情のことを言うのだろう。
ここでどんなに吼えたところで、神を傷付けることなど叶いはしないのだろうけれど。
ただの人間である自分にできるのは、目の前に現れた敵と戦うことだけだ。誰かを救うにも、何かを守るにも力は足りない。
彼女達のために、何かができるとしたら――そうだ。

「……許さない」
他の何もできないけれど、戦うことならできる。殺すことなら。
まだ姿も見えず、名前も知らないけれど、確実な敵がひとりいる。
胸の中で黒く渦巻き始めた感情を、溜めておくには苦しくて、淀んだ空気を抜くように呟いた。
ヒロコを殺し、ゾンビ化した術者。恐らくはまだ生き残っているだろう。奴を倒せば、ネクロマも解けるかもしれない。
そいつのことなら、きっと躊躇わずに殺せる。
157涙  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/14(金) 08:24:41 ID:td9vhdbK
大通りの片隅で、ベスの亡骸を燃やした。
支給された発火装置で服に火を点けるだけでは燃えず、通りにあった店から衣服を持ってきて亡骸を覆った。
化学繊維はあっという間に燃え上がり、彼女は数分で、骨と灰だけに変わった。
連れて行こうかと思ったが、やめておくことにした。復讐のために戦う姿を見られたくなかった。
ベスが持っていたザックに荷物を移し、自分のぼろぼろになったザックに骨と灰を詰めて、店のカウンターの奥に隠した。
自分が生きたまま全てが終わったら迎えに来て、どこか見晴らしのいい場所に葬ろうと思った。
形見として、彼女のバンダナだけは持っていくことにした。
染め抜かれた十字架を目にすると、虚しさを感じずにはいられなかったが。
地面に落ちたままになっていたチャクラムも持っていくことにした。使える自信はないが、何かの役に立つかもしれないと思ったのだ。
「……もう行くよ、ベス」
カウンターの奥の彼女に呼び掛ける。
ここなら誰にも見付からない。骨になってしまえば、ネクロマ使いに操られることもないだろう。
彼女はここで、静かに眠れるはずだ。
「ヒロコさんは助けるよ。あんなことをした奴を、倒して……解放するんだ」
人間同士で殺し合うのは間違っている。自らの意思で手を汚したら、敵と同じところに堕ちる。それは解っていた。
それでも、ヒロコをあんな姿にした相手のことは許せそうになかった。
(ザインには……また会えても、顔向けできないな)
彼なら、同じ状況でも意志を曲げずにいただろうか。――いや、考えても仕方のないことか。
静寂の戻った大通りを、独り歩き出す。
きっとこれから、ずっと独りで歩き続けることになるのだろう。ぼんやりと、そう考えた。


<時刻:午前7時>
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷、精神的落ち込み
武器:ドミネーター、チャクラム
道具:ベスのザック(食料・水2人分+ベスの支給品)、バンダナ
現在地:夢崎区、大通り
行動方針:ネクロマの術者を倒し、ヒロコを解放する

【ベス(真・女神転生2)】
状態:死亡(ヒロコにより殺害)
武器:アレフが持っていった
道具:アレフが持っていった
現在地:夢崎区、大通りに面した商店

【ヒロコ(真・女神転生U)】
状態:死亡 ネクロマによりゾンビ状態(肉体強化、2度と死なない)
   大道寺伽耶の一撃により胸に穴が開いているが活動に支障は0 ガラスの破片が多数刺さる
   治癒魔法で動きが鈍っている 錯乱状態
武器:マシンガン(銃弾はかなり消費)
道具:呪いの刻印探知機
仲魔:無し
現在地:夢崎区?
行動方針:頭に響く殺せと言う命令に従い皆殺し
158名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 15:53:20 ID:hsplhIvS
ペルソナ3のキャラクターはいないの?
159名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 16:11:47 ID:b2NE8NXA
>>158
・書き手がキャラ性を把握できるだけのプレイ時間が必要なので登場が遅れる
・その分全体のストーリー進行が遅滞する
・ネタバレが発生する可能性が高い
・新規でキャラ参加させることは混乱を招く原因となるため不可

といった点から、今回は見送りという方針となりました。
尚、このスレは作品投下用として活用されておりますので、
そのような質問や雑談は雑談スレへお願いします。
ご協力のほどよろしくお願い致します。
160名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 16:14:58 ID:hsplhIvS
ありがとうございました。雑談スレって>>1の?落ちてる?
161名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 09:29:47 ID:/Z9WNcde
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1152371730/
現行の論議・感想スレ。したらばの方もどうぞ
162サタンの如き者 ◆VUciVpb79U :2006/07/17(月) 20:35:05 ID:fn9AzU/i
陽光の届かぬ、薄暗く冷たい地下の空間。生命の気配はある者等を除いて他に無く、
それらは時折雑音を漏らすも微々たる為に不気味な程の静寂を掻き消すまでには至らない。
寧ろ無音からいきなり響くそれがより不気味さを増大させている。
ここは「地下駐車場」 彼らはスマルTVへ赴き血の惨劇を演出する筈だった。
それが何故こんな場所に居るのか。 その原因はあの放送にある。

――なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう――
――力強き悪魔は、力弱き悪魔へ牙を剥き、絶対数は減る――
”悪魔の力は増す” これはまだいい。之から成す事がそれの解決となるのだから。
だが”絶対数は減る”これを聞いて氷川は己の運の悪さを呪った。
数が減れば其れだけ悪魔と遭遇する機会も減り、延いてはMAGの回収にも影響するからだ。
ただでさえ手持ちのMAGの残量は残り僅かなのにこの宣告は余りにも厳しい。

そういえば自身の不運さは昔もそうだった。
あの少年、今は人修羅と呼ばれる悪魔に悉く邪魔をされ果てに敗れた事。
その少年を生かさずを得ない状況を作ったあの女。高尾裕子の事。
そしてそんな小石に躓き全てを失った己の事。
全く笑えない話だ。運命はさぞかし私を嫌っているのだろう。
皮肉を覚え思わず溜息をつく。これ以上の無駄な思考は止めよう。
下らない事に頭を回し、貴重な時間を潰した事を後悔する。

氷川の周囲には円を描く様に燃焼物を燃やした火が辺りを照らしている。
(換気口は正常に起動するらしく、酸欠で倒れる心配は先ず無い。)
その中央に死肉を三つ程消費して描いた血の魔方陣が地面にある。
スマルTVは一先ず後へ回し、今は悪魔と契約し、戦力の増強を図るらしい。
氷川はその為にあの後、思い悩んだ末にこの行動を選び準備を進めていたのだ。
幾ら先を急いても命あってのモノダネ。命無ければ全てが無意味だ。
氷川と言う男はそんな性質を持つ。この慎重さが功を奏すか仇を成すか。
それは人知を尽くして天命に委ねるしか他にない。

163サタンの如き者 ◆VUciVpb79U :2006/07/17(月) 20:36:40 ID:fn9AzU/i
マントラを詠唱しだす。
オセを呼び出す時は魔方陣を描いた物が召喚に不向きだった為か多くの時間を要したが、
今回は血によって描いた為に前回よりも早く呼び寄せる事が出来る。
内心でそう思う氷川。その予想は正しく数分程で周囲に変化が起きた。
地面は揺れ、魔方陣からは風が噴出し、暗闇を灯す火はそれに靡いて勢いを強める。
やがてそれが最大に達した所で魔方陣は強い光を発し、同時に悪魔の姿が現れた。

「私を呼ぶは何者か。我が名は邪神サマエル。毒ありし光輝の者である。」
サマエルが己の存在を召喚者に告げる。邪神サマエル。地獄の首領を務める悪魔。
謎多きものとしても知られ、その実力も地獄の総長オセを上回る。
このサマエルもまた氷川が知る一体であり、彼が使役する中で最も強大な存在であった。
そのサマエルも氷川の存在を確認した途端に口調を変え出す。
「……今日は実に祝日だ。まさか氷川様とまたお会い出来るとは。」
紳士的な態度で氷川との再開の喜びを表現するサマエル。
己が認めた存在には例え契約が切れていようと敬意を払うのがこのサマエルの特徴である。
「私もお前の姿が見れた事を嬉しく思うが今は時間が無い。早速で悪いが用件を言う。」

味気ない態度で振舞う氷川。その姿には焦りの色を隠せない。
それを察してサマエルは一見無礼にも思えるこの対応に目を瞑り、声に耳を傾ける。
「単刀直入に言おう。今一度我が力となれ。」
「やはりそう来ますか。しかし残念ですが私も悪魔の端くれ。無償でとは行きません。
もし何か頂ける物でもありましたら話は別ですが、並みの物では心は動じません。
……そうですね。氷川様の汚れ無き魂でなら手を打ちましょう。」
サマエルのその表情に先程の紳士的な優しさは消えていた。
いかに言葉で己を取り繕うともその本質までも変えさせる事は出来ない。
その飽くなき悪魔の欲望が嘗ての主の魂を狂おしく求める様は正に正真正銘の悪魔である。
164サタンの如き者 ◆VUciVpb79U :2006/07/17(月) 20:37:19 ID:fn9AzU/i
「悪いがそれはこの俺が先約済みだ。」
交渉の途中でオセが言葉で割り込む。その言葉を聞いてサマエルは驚いた。
地獄の総長とは言え氷川が使役する高等悪魔の中では最下位にそれは位置するのだから。
「……氷川様の行いを責めるつもりはありませんが、それは相応しい相手にこそ捧げるべきです。」
サマエルの発言の後、オセの殺気が周囲を満たしたが直ぐに氷川はこれを沈めた。
やはり劣悪な状況下だったとは言え、オセに魂を売り払うのは出過ぎた真似だったか。
己の行いに苦笑しながらもあの時は仕方が無かったと事の経緯を簡潔に話して納得させた。
「では氷川様は私に何を捧げるつもりですか? 余り私の期待出来そうな物はありませんが。」
先程の欲望で象られた表情は元に戻っていた。サマエルの関心が失せた証である。
この交渉は失敗か。誰もがそう思い掛けてた時に氷川が口を開いた。

「サマエル、お前はラジエルの書を知っているかね?」
「? あの天使ラジエルが膨大な量の知識を記した書の事ですか?」
「そうだ。その書の存在が他の天使達にどんな影響を与えたかね?」
「……嫉妬に狂い、その本を奪い海へと投げ捨てた。」
「正解だ。では次に何故天使達はそんな行為に出たのかね?」
「……森羅万象を記したその書は神の叡智と並び、有した者は神と等しくなれるから。」
氷川の出す問いにその真意の理解は出来ずとも取り敢えずは黙々と答えるサマエル。
オセもその意図を読み取れず困惑するばかりである。
燃焼物も少なくなり火の勢いも弱まる。先程まで明るかった空間も今は暗闇に近い状態。
それでも交渉は続行させる。暗闇の中で僅かに見えるその姿は更なる背徳感を呈した。

「そうだ、知識こそ全てを制する万物の力だ。全てを知った時、その者は神となる。
その知識をアマラの転輪鼓によって得られるとしたら……どうだね?」
アマラの転輪鼓。トウキョウではそれを転送装置「ターミナル」として呼ばれていた。
氷川は「ミロクの予言書」と呼ばれる書を用いてそれを復元させたのである。
そのアマラの転輪鼓には宇宙の事柄全てを知る、万物の知の力を有していたのだ。
氷川の言葉を聞いたサマエルの心は極端に揺れた。
かの至高の大天使たるサタンでさえ神の玉座を欲したのだ。
それ程まで神となれる感覚は彼等にとって最上のものなのだろう。
その神が有した叡智を己が得られるとなれば、これもまた最上に等しいのである。
「サマエル、お前こそが神の名を語るに相応しい。四文字の神は愚劣だ。
最高の知恵を有しながら数多くの愚行をなしたのだから。」
至高の神たる存在を冒涜の言葉で飾る氷川。
氷川にとっての神は畏敬すべき存在ではなく、ただ愚劣でしかないのだ。

「……最早神の時代は潰えた。なのに未だその玉座に執着する驕れる神には呆れてしまう。
その傲慢さが人々に苦しみを与えると言うに。それを救うのがお前だ。
誰しもがお前の時代を待ち望んでいる。そうだ、人を犯し法を侵し神を冒せ!
歪んだ高潔さなど不毛を生むだけではないか!! そんな物、要らぬ求めぬ消え失せよ!!!」
弁に熱を込めたその勢いと誘惑の交差にサマエルは完全に圧倒される。
それとは裏腹に灯火は完全に失せ、当初の暗黒を呼び戻す。
まるで光を拒絶し闇を求めるかの様に。氷川は暗闇の中を歩きサマエルの耳元で囁く。
「……サマエル、こんな言葉を知っているかね? ルールとは破られる為にあると。
それともよもや「人はパンのみに生きるにあらず」と、神の子を気取るか? 違うだろう?」
止めの言葉を受けて最早これに逆らう力はサマエルに無い。
神となれる。その一言を聞いた時点で既に拒む決定権は無いのだから。
自然とサマエルは首を縦に振り、氷川の眷属となる事を認めていた。

オセは堕落へと導く様な氷川の交渉術を見てある者を彷彿とさせていた。
アダムとイブに禁断の実を食す様に唆し、多くの天使達を誘惑させた大魔王サタンを。
165サタンの如き者 ◆VUciVpb79U :2006/07/17(月) 21:05:02 ID:fn9AzU/i
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面、精神面共に正常。
装備:簡易型ハンマー 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 鉄骨のストック×2
仲魔:堕天使オセ 邪神サマエル
現在地:青葉区地下駐車場
行動方針:MAG集めの為にスマルTVで悪魔狩り
時刻:午前八時
166KENKA:2006/07/17(月) 21:17:01 ID:7H0SKw4s
「さて集めるもんも集めたし…銃が欲しいな。
 サバイバルゲームショップか…ちょっと行ってみるか」
荒れに荒れた春日山高校の中で地図を眺め、今後の予定を決めるアキラ。
「銃?なんだそれは?」
「…ん?銃もしらねぇのか?」
手で銃のような形を作り、リックに近寄る。
「こんな形の奴でな、引鉄を引くと弾丸が瞬速で放たれる武器…ってところか。
 悪魔との戦いに使うんだよ、麻痺させたりできる弾まで有るからな」
感銘したような様子を見せるリック、それもそのはずリックの居る魔界では銃は存在しないから。
「ピースメーカーだとかメギドファイヤっつーのがあればこいつぐらい強いんだがな…。
 そんな支給品引き当てたらそいつは間違いなく最強だろうな」
ヒノカグヅチを片手に持ちながらアキラが言う。
LAWとCHAOS、両端に存在する究極の銃。
その銃は弾を必要とせず、絶大的な破壊力を持つという。

学校探索に時間をかけていた二人は学校を出てすぐ聞くことになった。
主催者を名乗る者の、忌まわしき放送を。

「ユミの野郎が死んだか…ハザマの野郎はくたばってないか」
ユミと交流があったわけではないが、それよりも重要なのはハザマの名前が呼ばれなかったこと。
魔神皇の力を振り回して殺戮を広げている、一刻も早くブチのめさなければ…。
「ナカジマってヤツは呼ばれなかったな…」
「ああ、幸いにな。彼のことだから仲間と仲魔を作って生き残っているに違いない。
 ルシファーと1対1でもしない限り彼がやられると言うことは無いだろう」
二人とも知らない、そのナカジマが殺戮を繰り広げている事など。

「さて…もうちょっと武器が欲しいところだが」
マッチョの死体を蹴り飛ばしながら浩次は地図を見る。
「サバイバルゲームショップねぇ…まぁ弱いけど銃は手に入れたしな。
 悪魔も強くなったみたいだから仲間にしにいった方が良いか…」
マッチョの支給品、クラップK・Kを回しながら地図を片手に思考する。
「よし、じゃあもう一回あの学校に戻るとするか」
悪魔は再び学校を目指した。

「動くな」
銃を突きつけている人物はアキラとリックに言い放った。
「敵意があるならこの引鉄を引く、無いなら武器を地面に置いてくれ」
普段のアキラなら突っ込んで行くが、今回は状況が違う。
突きつけられている銃、さっきまでリックと話していた銃。CHAOSの究極の銃、ピースメーカー。
相手はその上気配で分かるほどの使い手、ほぼ単体では幾らヒノカグヅチが在っても勝ち目は無い。
足元にヒノカグヅチを放り投げるアキラ。
「敵意は無いか…僕は葛葉キョウジ。君は?」
「…宮本明、こっちがリックだ」
銃を下ろした相手に軽く自己紹介を済ませるアキラ。
ヒノカグヅチを拾う隙がない、いや拾わせてくれない。
未だにキョウジの右腕に握られた銃は、下を向いているとは言えアキラ達を狙っているからだ。
「ゲームが始まってから誰にも会えなくてね…どうだい?君は。
 僕はこのゲームを壊して脱出しようとしてる、協力してくれないか?」
そこまで言い終えたところでやっと銃の警戒が解かれる、完全にアキラを安全と認めた様子だった。
「ああ…いずれはな、でもその前にやっておかなきゃならねぇ事がある」
名簿を差し出し、ハザマのページを見せ付けるアキラ。
「こいつだ、魔神皇って名乗ってて…一口に言っちまえば超危険なヤツだ
 …こいつを、ぶっ殺す」
「悪いがそうは行かないな」
キョウジではない、第三の声。
同時に飛んでくる一発の銃弾、それはアキラの頭部を目掛けて一直線に。
「危ない!」
避けられないと悟ると同時に体が傾く。
飛び込んでくるリック、標的のほうへ銃を構え振り返るキョウジ。
自分を突き飛ばすリックの腕と、キョウジの肩を掠り、リックの頭を貫通していく弾丸と。それだけが視界に入って。
167KENKA:2006/07/17(月) 21:17:32 ID:7H0SKw4s

「一体デストロイ完了、一体は麻痺か…」
たった一発、されど一発。リックの頭部を突き抜けてた銃弾は
「…ハザマを殺されると俺が脱出できなくなるんでね。
 そういう危険因子はデストロイさせて貰うぜ」
キョウジの後ろから現れ、ガンマンっぽく銃に息を吹きかける。
銃を腰へ仕舞うと、地を蹴り夢想正宗を片手に近寄って来る浩次。

キョウジは動かない、動けない。
(最悪だな、神経弾で麻痺するなんてな…)
近寄ってくる浩次、動かないアキラ、動けないキョウジ。
浩次がキョウジに近づき、夢想正宗を振り下ろし…きれなかった。
そこにいたのはアキラ。右手に…浩次の夢想正宗。
「なん…だと?」
当然の如く驚愕する浩次、しかし驚いた理由は攻撃を受け止められたことではなく。
アキラが素手で夢想正宗を掴んでいる事。右腕から赤い液体が流れ出ているというのに夢想正宗に掛かる力は弱まらない。
「神代…浩次とか言ったか?まさかテメェがこんな腐った野郎だとは思わなかったな」
アキラが下を向いたまま浩次に言う。浩次は刀を引き戻そうとするが、まったく微動だにしない。
「安心しな、俺ァもうブチぎれるとかそういうレベルじゃねぇ。
 てめぇは超えちゃいけねぇラインを超えちまったな」
左腕で浩次の右頬に強烈なフックを仕掛ける、勢い良く吹っ飛ぶ浩次。

「てめぇは死ぬまでぶっ殺す」
史上最大の学生の「ケンカ」が、今始まる。

【宮本明(真・女神転生if...) 】
状態:右手損傷
装備:ヒノカグヅチ(少し重い)、鍋の蓋、髑髏の稽古着
道具:包丁*3、アルコールランプ、マッチ*2ケース、様々な化学薬品、薬箱一式
第一行動方針:神代の殺害
基本行動方針:ハザマの殺害、たまきと合流しゲームの脱出
備考:肉体のみ悪魔人間になる前

【葛葉キョウジ(真・女神転生 デビルサマナー) 】
状態:麻痺
装備:ピースメーカー
道具:なし
基本行動方針:レイと合流、ゲームの脱出
備考:中身はキョウジではなくデビサマ主人公です。

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:右頬負傷
武器:夢想正宗 アサセミナイフ
防具:スターグローブ レザーブーツ
道具:メリケンサック型COMP 魔石2つ 傷薬2つ ディスポイズン2つ 閃光の石版 MAG1215
仲間:ニギミタマ
第一行動方針:アキラ、キョウジのデストロイ
基本行動方針:消耗品、投具系の武器、防具、MAG、強力な仲間の回収

【現在地:平坂区】

【リック 死亡】
168小さな仲間 ◆MW38f4t6VE :2006/07/18(火) 18:06:28 ID:uNk5P9hX
太陽が少しずつ高くなってきた、9時半前。
殺し合いというゲームには似つかわしくない、明るい光が街を露わにしていく。
タヱ、ネミッサに続いて、舞耶が一人一時間と決めた仮眠に入って少し後、
突如鳴り響いた音に、眠りに入ったばかりの舞耶は跳び起きた。
明らかな非常音だ。ガラスの割れた音がして、直後、悪魔のものだとすぐにわかる奇声がやや遠くで聞こえた。
まさか二人に何かあったのだろうか?
「ネミッサちゃん、タヱちゃん、無事!?」
倉庫の外に飛び出すと、ネミッサとタヱが驚いた顔でこちらを向いた。
ネミッサは手に発動間近の魔法を構え、タヱもひけた腰ながら、ネミッサから貸し渡された銃のトリガーに指をかけている。
「舞耶さん!眠っていたんじゃなくて?」
「起きちゃった。さっきの凄い音って一体何?」
「わかんないよ。でも警戒したほうがいいね、絶対フツーじゃな…」
言い終わる間もなく、少し先の柱の影からオーガが数体飛び出てきた。
敵は、ゲームにのった人間だけではない。悪魔も隙あらば人間の血肉を食ってやろうと、参加者の命を狙っている。
「ほら来た!…ロマ・フルメン!」
ネミッサの鋭い声と共に力強く振られた手の、その細い指先から、幾筋もの雷光が走る。
白く輝く光は意思を持ったかの如くオーガたちに絡み付き、悪魔たちはこちらに鋭い爪を振り上げる間もなく、断末魔の叫びをあげて絶命した。
「ナイスファイト!」
「ふん、ネミッサ様にかかれば、こんなもんよ」
得意げにあごをしゃくるネミッサの後ろで、タヱが安堵してがっくりと肩を落とした。
が、すぐ顔を上げる。
「…ところで、さっきの音は何だったのかしら?」
「そうだった!ね、見に行こう。何だか気にかかるわ」
「で、でも舞耶さん!まだほとんど仮眠もとれてないんじゃ…」
心配するタヱに、舞耶は笑顔を向ける。
「大丈夫!仕事柄、睡眠不足は慣れてるわ」
それ以上は有無を言わせぬ様子で、舞耶はさっさと歩きだす。
その背中を追うネミッサは心配そうなタヱと対象的に、しごく楽しそうに笑った。
「舞耶ちゃん、言い出したら聞かないとこあんのねぇ。何だか新に似てるわ〜」
「笑い事じゃなくてよ…もう」
あの音がしたのは階上の気がする、との舞耶の言葉に、三人は上を目指した。
169小さな仲間 ◆MW38f4t6VE :2006/07/18(火) 18:08:17 ID:uNk5P9hX
途中、数体ほどの悪魔を舞耶とネミッサの魔法で撃退し、たどり着いたのは最上階の女子トイレ。
窓ガラスが割れていたのは倉庫だったが、そこは見る限り悪魔の気配すらなく、
ネミッサが「悪魔の気配がするよ」と指差す方向に進んでみれば、その突き当たりが女子トイレだった。
「あはっ、何だかここの女子トイレには縁があるわね」
「どーいうこと?」
「うん、話せば長いんだけど…私、昔にもここに来たことがあるのよ」
わざと煙草吸って警報器鳴らしたり、起爆装置を発見したりしたわぁ、と笑う舞耶を、二人は不審げに見つめる。一体何のためにそんなことをしたのかと言いたげだ。
そんな視線には気付かず、舞耶は共にここを訪れたことのある仲間達を思う。
達哉くん、克哉さん、どうか、まだ無事でいて。
「さて、どうする?この中にいるの、この建物の中ではけっこー強い奴みたいだけど」
舞耶は現実に引き戻される。そうだ、今は思考に沈んでいる場合ではない。
二人は大丈夫だと今は信じ、己の出来ることをするしかなかった。
トイレの中からは、個室の扉を手当たり次第に叩くような音と、耳をつんざく奇声が聞こえてくる。
「凄いわね。入ってる最中にあんなに叩かれたらたまんないわー」
「…舞耶さん…どれほど切羽詰まっても、あんなに叩く人はいなくてよ」
「あはは!じゃあこのせわしい人は、悪魔決定ね。これだけ暴れるってことは何かあるんだろうけど…なんだろ?」
ネミッサがドアノブに手をかける。
「開けてみたらわかるんじゃない?」
その瞬間。
ばりばりと板の割れる音の直後、トイレの赤いドアの真ん中が突然に裂け、開いた焦げ臭い穴から小さな妖精が飛び出してきた。ネミッサが慌てて飛びのく。
「助けてー!」
「な、なに、ピクシー!?」
しかしピクシーに気をとられている間もなく、今度は中の個室ではなく穴が開いたばかりの扉が強烈な力で叩かれる。今にも外れそうに激しくしなるドアの穴から、真っ赤な鱗が見えた。
「悪魔…!」
タヱが息を飲む。刹那、舞耶がタヱの腕を力いっぱい引いた。
「危ない!」
もう一度赤い鱗を持った魔物の体がたたき付けられ、ドアは堪え切れずに、寸前までタヱがいた場所に倒れ伏す。
その向こうから姿を現したのは、銅の鱗で巨躯を武装した、軽自動車ほどの邪龍だった。
唾液でぬらぬらと光る牙が並んだ口からは、腐臭のする息が吐き出される。
獲物が増えたことを喜ぶかのように口元を歪めると、ぼたぼたと酸の混じった唾液がこぼれ、床を溶かした。
「…邪龍?それにしては見たことないけど…」
舞耶が交戦の構えをとりながら呟く。すると後ろの方で先程のピクシーが叫んだ。
「ワイアームよ!お願い、早く倒してー!」
「ワイアーム?」
舞耶は復唱するが、聞き覚えのない名前だ。ネミッサが庇うように、悪魔とタヱの間に割って入る。
「何だっていいじゃん、倒しちゃえば一緒だよ!」
それまでこちらの動きを見るように油断なくもじっとしていたワイアームが、ネミッサの右手に発生した青白い電流を見ると、途端に身構える。
「ジオンガ!」
「グァァアアアア!!」
魔法が放たれるのと同時に、ワイアームの太い尾がネミッサを襲う。
しかしネミッサの方が、移動も魔法照射も幾倍も早かった。
ワイアームの尾をすんでで跳んでかわし、ネミッサは着地ついでに再度跳躍すると、そのタイミングでジオンガが邪龍の脳天を貫く。
跳躍の勢いのまま感電状態の邪龍の横っ面に蹴りを食らわすと、ワイアームは動かない体のまま吹っ飛ばされ、背後の壁に叩きつけられた。
「ネミッサちゃん、すごい…」
タヱの嘆息に振り返らずブイサインを出すと、ネミッサは早くも次の魔法を打たんと詠唱を始める。
「私も負けてらんないわね!」
ペルソナ、と舞耶が喚ぶ。その背後に月光の処女女神アルテミスが浮かび上がり、優雅に細腕を振るった。
「ブフダイン!」
女神と舞耶の声がシンクロした瞬間、ワイアームの周囲の空気中と、体内の水分が強烈に氷結する。銅の鱗を内外から完全に凍らせた氷塊が砕け散ったあとに、ワイアームの姿はなかった。
ただ消し炭のような黒い粉末が地面に散らばっている。
「ちょめちょめ完了!」
数々の死線を潜った後ここに連れて来られた二人には、この程度の悪魔は前菜にも足りなかったらしい。事も無げに悪魔を倒し、一仕事終えたといわんばかりに両手をはたく。
ひとまず、安心してよいようだった。
170小さな仲間 ◆MW38f4t6VE :2006/07/18(火) 18:11:15 ID:uNk5P9hX
倒した悪魔のマグネタイトが散らばる辺りにいる舞耶とネミッサの元に、タヱが走り寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「もちろん。そうそう、舞耶ちゃんも結構やるじゃん」
「ネミッサちゃんこそ!」
きゃっきゃと手を取り合って話す三人だったが、ふとタヱが疑問を漏らした。
「…そういえば、さっきのガラスが割れる音もあの悪魔だったのかしら?」
忘れていたが、ここで悪魔と戦う羽目になったのは、その音の原因を探しに来たからであった。
もしかしたら参加者…それもゲームに乗った参加者なのかもしれないと、三人とも言わずとも思っていたのかもしれない。
その不安は、今はなくなったわけだが。
首を傾げていると、それまで後方で控えていたタヱのさらに後ろにいたピクシーが慌てて飛び出してきた。
さっきまでどこに持っていたのか、彼女の薄羽ほどある大きさの紙切れを手にしている。
「ねぇっ、さっき、まやって言った!?」
「え?舞耶は私だけど…」
舞耶が名乗り出ると、とピクシーはその小さな頬を紅潮させて、歓喜の声音をあげる。
「うそっ、ホントに!超ラッキーなんだけど!やっと会えた初めてのニンゲンがアンタだなんてー!」
三人は目を点にして、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
最初にタヱが我に返って、おずおずと悪魔に話し掛けた。彼女の人生において初の行為である。
「…あ、あの、あなたは舞耶さんを探していたの?」
「そうだよ。アタシね、ヒーローの仲魔なの。で、彼の命令でアンタを探してたってワケ」
「ヒーロー?…確か」
タヱは上着のポケットに突っ込んであった名簿を引っ張り出して見る。記憶通り、名簿の一番目の人物だった。記載名は、ザ・ヒーロー。
続いて我に返った舞耶が再び首をひねる。
「でも、どうしてその人が私を探してるのかな?名前もここに来るまで知らなかった、もちろん面識も無い人が…なんでだろ」
「そんなの知らない!」
ピクシーは言いながら、きょろきょろと三人を観察する。どうやらどこにも怪我はないようだ。
回復魔法の必要がないと知ると、ピクシーはつまらなさそうに腕組みをした。

どうやらこのピクシーには全く敵意もないらしい、と踏んで、舞耶はコンタクトを試みる。
「ねえ、ヒーローさんのこと、何でもいいから教えてくれないかな」
「ええ〜、面倒くさい〜」
ピクシーが命じられたのは、天野舞耶を探し出し、怪我があれば回復してあげること。
それから、GUMPを通じて連絡すること。
説明までは命令に含まれていないので、全く彼女らに協力するつもりはなかった。
「アタシ、話なんかしてる暇ないの。ヒーローにあんたを見つけたこと、連絡しなきゃ」
「ね、そんなこと言わないで、先に教えて!困ってることがあったら、相談に乗るから」
「しらなーい」
もしヒーローと呼ばれる人物が、その名とは対照的にこのゲームに乗っていたら。
そう思うと、ピクシーに連絡されるより先にヒーローの意図を知っておくことが必要だった。用心深すぎるくらいでないと、命に関わる。
しかし舞耶が何を言っても、ピクシーは知らぬ存ぜぬである。
それを見ていたネミッサは、苛立った顔で床の黒い粉を拾いピクシーの鼻先に突き出した。
「この悪魔のマグあげるから、何でもいいから話しなさいよ」
「ええっ、そんなに…!……じゃあ、ちょっとだけだよ」
ピクシーは途端に表情を変えた。なかなか調子のいい妖精である。
ネミッサの手に警戒しながらも近付くと、ピクシーがマグネタイトに触れる。すると黒い粉は輝く緑の光になり、ピクシーの体に吸い込まれていった。
「あのねー、ヒーローは、一緒にいる人とここを脱出するって話をしてたの…そのために天野舞耶も探してるんじゃないかなー。
アンタのことは、青葉区で見つけたパソコンで見つけたみたいだったよ。噂がどうとかって言ってたかな…
アタシはGUMPの中にいたから、詳しいことは知らないけど」
機嫌を良くしたのか、ピクシーはぺらぺらと喋る。交渉成功というところだ。
舞耶は睡眠不足の頭を励まして、考えた。
青葉区のパソコン、というと、ヒーローはキスメット出版に入ったのだろうか。
そこに置きっぱなしになっている舞耶のパソコンには、スマル市の噂に関する記事をまとめたファイルを保存してあった。噂でこの街が飛んだ、という経緯を詳しく書いた記事だ。
それを彼が読んで、真偽を確かめるために自分を探すよう仲魔を寄越した…そんなところだろうか?
なんにせよ、ピクシーの言葉を信じるなら、ヒーローがこのゲームに乗っている可能性はほぼない。
171小さな仲間 ◆MW38f4t6VE :2006/07/18(火) 18:17:18 ID:uNk5P9hX
「ヒーローさんか…ひとまず信用していいのかな」
「どうするの、舞耶さん?」
舞耶は外国人のようなオーバーリアクションで両手を広げた。
「ねえ、ヒーローさんを探しに行かない?脱出を考えてるっていうし、きっと協力できるわ」
ここにいても、なにも進まない。
なにより、このスマル市から脱出する術を見つけるには、ここを出るしかないだろう。まさかショッピングセンターに、このゲームと主催者の秘密が隠されているはずもない。
自分でもいくつかの仮説を考えたりしてみたが、どれもどうも納得がいかないものばかりだ。しかし他の協力者と話し合えれば、見えてくるものも多くなるだろう。そのためにも、ここを出なければいけない。
恐ろしくても、動いてみればきっと事態は好転する。
今だってわざわざ危険な場所に赴いて、ピクシーに出会いヒーローの情報を得たではないか。
こんなときこそ、レッツ・ポジティブシンキングだ。

先に声をあげたのはネミッサだった。
「ネミッサは行く方に一票。ここに篭ってても何にもなんないと思うし、一緒に戦えるヤツがいるなら、合流した方がいいじゃん」
「…私も行くわ。女は行動あるのみ、よ!」
ちょっと恐いけれどね、と舌を出したタヱを勇気づけるように微笑んで、舞耶は片手でガッツポーズを作った。
「よし、決定!!」
「決定したとこ悪いけど、アタシは帰らせてもらうね。ヒーローのとこに戻んなきゃ」
驚いて舞耶が振り向くと、ピクシーは通路の角のところで、もう手を振っている。
「ま、待って!決定はしたけど、私たちヒーローさんがどこにいるのか知らないのよ」
連れていって!と叫ぶも、ピクシーは完全に無視して角の向こうに姿を消してしまった。
ネミッサが一番に走り出し、ピクシーの後を追う。
このままでは、せっかく手に入れた協力者の情報も無駄になってしまう。
銀髪揺れる黒いスーツの背中を追って二人も走り出すと、突然悪魔の断末魔が耳に飛び込んできた。
「ネミッサちゃん!?」
角を曲がったところには、ネミッサが立っていた。
足元には、馬頭に竪琴を持った悪魔が全身を痙攣させて倒れ伏している。
ピクシーがネミッサの頭に張り付いて、小さく震えていた。
どうやらネミッサの足元で倒れている悪魔に襲われかけたところを、間一髪助けられたらしい。
どさぁと音をたててマグネタイトに変わった悪魔を見下ろしながら、ネミッサはしたり顔でピクシーに声をかける。
「どうすんの、ピクシー?ここで悪魔に食われるか、それともアタシ達を連れてアンタのマスターのところに戻るか…今なら選べんのよ」
「……ご同行、お願いしマス…」
またも交渉成功である。
三人に、可愛い四人目の仲魔が加わり、目標が出来た。
目指すは、ヒーローとの合流である。
172小さな仲間 ◆MW38f4t6VE :2006/07/18(火) 18:18:16 ID:uNk5P9hX
時間:9時半過ぎ

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 魔法使用と睡眠不足で少しだけ疲労
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?
現在地 平坂区のスマイル平坂
基本行動方針 できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標 ヒーローと合流する

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 同上
基本行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
     仲間と脱出を目指す。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 ほぼ正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?
現在地 同上
基本行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る。
     ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態 正常
現在地 同上
行動指針 ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る
173二つの選択肢・後 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/18(火) 22:36:38 ID:0ZQIMziN
くずおれた少女と踊る血の軌跡を見て、ロウヒーローは高揚していた。
「はははははははははははははははははははははははは!!!呆気ないですねええぇえええ!!!」
倒れたヒロインの髪を掴み上げ、ロウヒーローは口角を吊り上げながら嘲弄する。

彼にとってのあの"声"は神託だ。人に死を与えることが天命だと信じて疑わない。
そして何より……地に賦せる少女はあのヒーローのパートナーである。
蘇る忌々しい記憶、数刻前に屈辱的な目に遭わされたことを、ロウヒーローは忘れたりはしなかった。
彼女の姿を店内のガラス越しに見た時から、その計画は着実に進行しつつあった。
ヒロインを生け捕り(或いは首から上だけでもいい、腐り果てるのもまた見物だ)それをヒーローの眼前に突き出してやるのだ。
見るからに戦えそうにない少女一人連れでも、ヒーローは冷静でいられた。
しかしパートナーの無惨な姿を見て、それでも心を乱さない人間などいるはずがない。
動揺した隙を見計らい――そして今度こそ彼を殺す。
それが神の意志だ。そう、神は告げたのだ。
「死者の数はまだ少ない」……それに応えるためにも!

マハザンマの威力は抑えていた。ヒロインがこの程度で死ぬ人間でないことは承知の上だ。
その証拠に、ヒロインは小さく咳き込む。
血混じりの唾が地面に散った。
「まだ殺しはしません、まだまだ楽しませて貰わなければ気が済みませんよ」
彼女は、この長い長い前座を終えるための道具にすぎない。
もはや言葉を発する力すら残っていないのか、ヒロインは無言のままだ。
それがロウヒーローの気に障ったのか。爪先でヒロインの身体を小突くと、押し殺すような呻き声が聞こえた。
「パートナーの不始末は、貴女にとってもらわないといけませんからねえぇえ」
パートナー。その言葉に、ヒロインの瞼がぴくりと反応した。
174二つの選択肢・後 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/18(火) 22:37:39 ID:0ZQIMziN
ヒロインはゆっくりと目を開ける。
しゃがんでこちらを見下ろすロウヒーローの姿が、朧気に見えた。

景色が赤い。目に血でも入ってしまったのだろうか。
だとしたら、暫く視界は閉ざされたままだ。
目が見えないことは、戦いにおいて圧倒的に不利になる。
魔法による視覚攻撃は魔法で打ち消すことができるが、さすがに目に入った血を除けることはできない。
先に火蓋を切ってきたのはロウヒーローだ。
仕掛けてきた以上……このまま放っておくわけはない。
自分の薄い呼吸の音が聞こえてくる。
それももう、聞こえなくなってしまうのか。

……死ねない。
まだやるべきことが残っている。
太上老君にいざなわれたカテドラルへと赴き、神と悪魔の戦いに終止符を拍たなければならないのだから。
指を動かす。指先が震え、未だ血が巡っていることが確認できた。
次に目を瞬かせる。左目に血が入ったらしく、瞼がうまく開かない。
最後に、ロウヒーローに気付かれないように、仕込んでいた毒矢を指先で確かめる。
ベルト越しに、細長い矢柄に触れた。
「まずは耳から撃ち抜きましょうか、それとも眼球でも抉りましょうか?
 両手足をもいでから、ヒーロー君の目の前に突き出すのも面白そうですねえぇえ……それまでに貴女が生きていればの話ですが……」
生きなければ。
――そのためになら殺すことも厭わない。
ああそういえば、いつのまにか頭痛は治まっているじゃないか……!
175二つの選択肢・後 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/18(火) 22:38:28 ID:0ZQIMziN
ヒロインはベルトに隠していた毒矢を引き抜くと、ロウヒーローの左足首に矢尻を突き刺した。
「ぐッ……?!」
怯んだその一瞬を、ヒロインは見逃さない。
右の拳をロウヒーローの頬に叩き付ける。前歯を折った感覚が腕を通して脳に伝わった。
不意の攻撃に、彼の手からジリオニウムガンがこぼれ、酷い音を立てて地面に落ちた。
ヒロインは倒れたロウヒーローの身体の上に、身動きの取れないように腕を踏んで馬乗りになると
驚愕と憎悪と憤怒を浮かべる彼の顔面に左手を押し付けた。

生き物の殺害において、迅速かつ簡単な方法は二つある。
一つ目は臓器の破壊。多大な苦しみを相手に与えながら、殺人という快楽に酔いしれる方法。
そしてもう一つは――

「 メ ギ ド ッ!!!」

薄紫の光が迸り、ヒロインの左手を中心に小規模な爆発が起こる。
小さなものが水溜まりに落ちたような水音が、いくつも響いた。
水溜まりは赤い色で、弾き飛ばされた塊は原形を留めていない。
その傍に人間の身体がなければ、その肉塊が頭だったとは気付けないだろう。
それは服を更に赤く染め上げた、頭部を失ったロウヒーローの無惨な末路だった。
彼が最期に見た景色は、指と指の隙間から見えた血塗れの女の顔だったのか、それとも虚構の神なのかは、今となってはどうでもいいことだ。
もしかしたら自分が殺されることすら知らないまま、世界に別れを告げたのかもしれない。

「……ハァ、ハァ……」
ヒロインは荒くなる息を抑えるように、汚れたマントを握り締める。
殺した。確実に殺した。
頭を吹き飛ばされて生きていられる人間など、少なくともヒロインは知らない。
かつての仲間の死体に跨ったまま、ヒロインは呆然としていた。
自ら手を下したとはいえ、人を殺した実感が湧かない。
暫くその血溜まりに目を落とし、そしてその現実を受け止め、後悔する。
殺したことに対してではない。
彼はヒーローと対峙したと、手に取るように分かる会話を思い出したからだ。
「色々……聞いておくべきだったかもしれないわね……」
死人にクチナシとは、よく言ったものだ。

ヒロインの左手は無くなっていた。厳密に言えば、手首から下が弾け飛んでいた。
至近距離から万能系の破壊魔法を撃ったせいだと気付くまで、暫く時間を要した。
さすがに粉々になってしまったら、魔法でも治せないだろう。
「そうだ……回復、しなきゃ」
普段より遙かに効きづらい回復魔法を繰り返し呟きながら、ヒロインは思う。
そう――殺したのだ。
でも殺さなければ殺されていた。生きるために他の命を奪うことなど、当然のことだ。
たとえロウヒーローを逃がしていても、また別の誰かを襲うだろう。
危険な芽は早めに刈り取っておいた方がいい。
正当化しても、心はどこかで迷い続ける。
176二つの選択肢・後 ◆0wzOTrvyIs :2006/07/18(火) 22:39:10 ID:0ZQIMziN
死体の上から立ち上がり、彼のザックと武器を回収してから、ヒロインはふらつく身体を引きずるように店内へと舞い戻る。
今の状態のままでは、ヒーローを探すことはおろか、敵と対峙した時に勝てるかどうかも怪しい。
喫茶店のカウンターの下に隠れ、ヒロインは目を伏せた。
今はただ全てを忘れ、ひとときの休息に身を委ねたい。

――会いたい人間がいるのだろう?
目眩がする。誰かの声が頭に響く。
――だから殺すのだ。生きるために、その人間に会うために。
そんなこと分かっている。だから殺した、成し遂げた。
この"何者かの遊戯"に参加している全ての人間が、殺意を抱いていないと言いきれない。
ロウヒーローのように友好的に他人に近付き、寝首を掻くことだって充分に有り得る。
ならば一人で戦おう。
殺される前に殺すべきだ。
誰一人として信用してはならない。
そう……ヒーロー以外は、誰も。

まどろむヒロインの精神の奥底で、悪魔が顔を歪めて嘲笑う。


時刻:午前7時
【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:左手首消失、疲労(暫くの間、魔法の使用不可)、アルケニーの精神侵食
武器:ロイヤルポケット(残り8発)、ジリオニウムガン
道具:毒矢×4、煙幕弾×8
現在位置:港南区・シーサイドモール「ジョリーロジャー」
行動指針:ザ・ヒーローに会う それ以外の人間は殺される前に殺す覚悟

【ロウヒーロー(真・女神転生)】
状態:死亡(ヒロインにより、メギドで頭を砕かれる)
武器:ジリオニウムガン(ヒロインに奪われる)
道具:煙幕弾×8 (同上)
177戸惑いと上昇と:2006/07/19(水) 00:42:50 ID:9xxx3yAW
「キャー!痴漢!強盗!殺人鬼!たすけてー!」
「やめろ、近付くなッ!!」

人ならざる者たちの絶叫がこだまする。

此処は夢崎区。スマル市の北側に位置し、店が集中する繁華街 住民にとっては生活にはかかせないライフラインの一つだ。
同時に、娯楽施設も点在し、ひと時の心の安らぎを求める人たちでごったがえす地区でもあった

水、食料、武器、防具、回復剤。 参加者が求めるであろう物資は、この地区であれば一通り揃うのではないだろうか
故に参加者が多く集まる地区でもあり、それを恐れ近付かない者もいれば、危険を冒してでも物資の充実をはかる者もいる。

そうした過去の活気に満ち溢れた姿からは、想像も出来ないような惨劇が繰り広げられている場所がやはりまた一つ
178戸惑いと上昇と:2006/07/19(水) 00:44:15 ID:9xxx3yAW
  ゲームセンター ムー大陸 

「キャー!痴漢!強盗!殺人鬼!たすけてー!」
「やめろ、近付くなッ!!」
長く伸びた黄金色の髪を翻しながら、少年は悪魔と戦っていた。そう、ダークヒーローである
戦うというよりは、自分より遥かに弱い悪魔を意図的に狙って倒している。虐殺か狩りと形容した方が適当かもしれない

自分と互角、あるいはそれ以上の実力を持つ悪魔との戦いはさけなければならない。不要な消耗を抑えつつ、悪魔を狩らねば。
―中立の立場を貫く悪魔とはいえ(彼のいた世界では)大魔王サタンの配下の者 人類の敵ッ 殺すことに何ら躊躇は無いッ―

自分自身にそう言い聞かせてはいるが、悪魔とはいえ殺めることに多少の躊躇がある 
しかし今は(昔も)そうも言っていられないのだ。この無情で残酷なゲームでも、また彼の世界でも、情けをかける事は死を意味する

―人々にそんな思いをもう二度とさせないためにも、奴らは死ぬべきなのだ―

幾度となく情念に駆られるも、自己催眠的に心の中で強くそう念じ、狩りを進めている

今の自分の力では、やはり苦戦するような相手もいる。先の二人組みとの戦いと同じ轍を踏まないッ
その為には強力な仲魔やアイテムが必要だし、先ほどと同じように、相手に情をかけることも許されない。
冷静に自己を分析し、欠点を認め、それを補うことが出来ないやつは死んでいくのみだ。そんな負け犬に自分はならないッ 今までも、これからも。

―そうでなければならないのに、そうしなければ生き残れないのに、この後ろめたさは何だ?
   あいつなら・・・あいつなら、こんな時どうするのだろう・・・?―
不意に、過去の思いがかけめぐってくる

シェルターでの日々、ガールフレンドのヒロコ、共に助け合いながら攻略したデビルバスター、屍人使いネビロスとの戦い
そして、あいつを惑わした忌まわしき魔女・・・

ふっと我に返る いけない、そんな事を考えている場合ではないのだ、今は。
余計な事を考えずに、今はただゲームに勝ち残る事を考えるんだ。 己の使命を全うする為に。あの世界に帰るために。
分かってはいても、彼の脳は、彼の意に反して余計な事を考えさせる。それが人というものであろう

―いっそのこと、シェルターの住人たちのようにゾンビなってしまえば楽なのに。―
―そんな考えが浮かぶうちはまだ大丈夫か―
気がつけばまた「余計な事」を考えている自分自身に苦笑しながら、彼は「狩り」を続けた

 そんな折
179戸惑いと上昇と:2006/07/19(水) 00:47:52 ID:9xxx3yAW
 
悪魔の気配を感じ、最短の動作で戦闘態勢を取る。体に自然と焼きついた動作だ。
姿を表したそれを見て彼は一瞬、目を丸くするが、すぐに厳しい顔つきに変わると、こう言った。

「誰かと思えばオルトロスか・・・」
丁度いい。仲魔も欲しかったところだ。
COMPが無いが、幸いサバトマによる使役も俺には可能だ。COMPほど機敏に反応できるわけでもないが、問題は無いだろう。
新宿であいつと再会した時も、むしろ先手を撃って仲魔を召喚できたぐらいだ。経験がそう言っている。
此処には雑魚共しかいなかったが、ようやく実用に耐えうるレベルの悪魔に遭遇したわけだ。

「おまエは・・・ダークヒーローか。お前も、さんかしていたのか」

手馴れた動作で、すぐさま武器を納め、(表面上は)微笑みながらオルトロスに近付いていく。 交渉時の術はもうマスターした。安心させ、モノで釣る。それだけだ。 力の差があるなら脅してしまってもいい。
不意を突かれても、一体ならばカウンターを入れるのは容易な事だ。

「オレがもっているマッカに興味があるノかッ?」
「違う。 裏切り者を処分するのに仲魔が欲しいんだ。」

グルル、と喉を鳴らしながら一歩後ずさると、オルトロスはこう言った
「パズスもいない今、タダでお前ニ協力しテやるいわれも無いぞッ」
「分かっている。何が望みだ?」
「フン、馴れたもんだな。オレをホテルプリンセスで解放シタ時とは大違いだな」

馬鹿にした笑いを浮かべながらオルトロスは言い放つと、すぐさま魔貨を要求した。
ダークヒーローもそれに応え、オルトロスは仲魔となった。
「このくらいでいいだろう。 オレは 魔獣 オルトロス コンゴトモヨロシク...」

契約の儀は完了。すぐにでも主人に命令を求めるオルトロスであるが、
今はまだいい、MAGの無駄だし用があればこちらから呼ぶから、 とダークヒーローに諭され何も無い空間に消えていった。

オルトロスが去ったことを確認すると、ダークヒーローは一人呟く。

「オルトロスが仲魔になったとはいえ、まだまだこちらの戦力は充分とはいえない。もう少しばかし此処にいてもいいだろう。」
お世辞にもいいとはいえないアイテムや、雀の涙ほどのマッカとマグネタイトしか手に入らずにいたが、
ようやく行動が軌道に乗ってきたのだ。否がおうにも気は盛り上がる。

「さあ、狩りを再開するとしようッ」

意気揚揚と駆け出していった彼には既に、彼の言うところの「余計な考え」など消え失せていた。

<時刻:午前9時前後>
【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:多少の疲労 精神的にすこし落ち着きを取り戻しつつあるが、まだ健常とはいえない
武器:日本刀
道具:溶魔の玉 傷薬が一つ 少々のMAGとマッカ(狩りで若干増えたが、交渉に使用した為共に減少)
現在地:夢崎区/ムー大陸
行動方針:戦力の増強 ゲームの勝者となり、元の世界に帰る
180歩き出せ! ◆MW38f4t6VE :2006/07/23(日) 02:22:00 ID:rYxFyZda
悪魔の気配がさざめくスマイル平坂を、舞耶、ネミッサ、タヱの三人は新たに加わった仲間のピクシーと共に歩いている。
やはり放送の通り、出現する悪魔が数段強くなっている。
ゲームの趣旨に沿い、悪魔達も弱いものから喰らわれ、より強いものが生き残った結果だ。
淘汰されていく。
このゲームの参加者たちと同じように…。

ヒーローと連絡をとったピクシーが言うに、彼等はいま青葉区にいるらしい。
次の行動も、移動目標も決まった。最後に必要なのは準備だ。
「じゃあ出て行きついでに、下のスーパーに寄って行きましょうか」
舞耶が提案すると、ピクシーが嬉しそうに羽根を震わす。
「お菓子も持っていこうねー!」
「ピクシーちゃん、遊山に行くのではなくてよ…」
苦く言うタヱを、舞耶が笑う。
「まあいいんじゃない?私も食べたいもの」
「あ、ネミッサもー!」
「もう!…でもチョコレイトがあるなら、私もいただきたいかな…」
女四人は、顔を見合わせて笑った。
外では、お互いを知った者、知らない者が命を奪い合い、精神を削りあっているというのに、この暢気で穏やかな様はなんだろう。
ここを出てしまえば、このささやかな平安は即座に消え失せる…
それを知っているからこそ彼女らは、せめて今だけでも、と振る舞うのかもしれなかった。
その笑顔は穏やかだが、どこか、哀しい。
181歩き出せ! ◆MW38f4t6VE :2006/07/23(日) 02:23:18 ID:rYxFyZda
人のいないスーパーは、不気味である。
この街が一体何日前に無人になったのか、このゲームのために用意されたのかは定かではないが、生鮮食品類は干乾びたり腐ったりして異様な臭いを放っている。
カビをびっしりたくわえ、コバエが飛び交う食品の棚は、見るに耐えなかった。
ところどころ悪魔に荒らされた跡のある棚を漁り、三人は荷物にならないだけの食料(カロリー○イト×3箱、乾パン、レトルトパウチ食品2箱、水2gペット1本…×各人)を手に入れた。
もちろん、合間に襲ってくる悪魔を撃退しつつのことである。
1階に下りてくるまでに取りに寄ったザックに、食料品をあらかた詰め込むと、荷物の整理がてら三人は柱の影に座り込む。
「ねえ、ほかの参加者って、何配られてるのかな」
ふと漏らしたネミッサの言葉には、多少の不安がこめられていた。
確かに三人の装備は目に見えて貧弱だ。
ザックを漁っても、舞耶とネミッサの鞄から出てきたものは、それぞれ脇見の壷と液化チッ素ボンベ。
ボンベは攻撃アイテムだったので理解できたが、壷においては、さっぱり使い方が分からない。
三人は乾いた笑いを漏らした。
舞耶はペルソナ、ネミッサには魔法があるが、防具と武器が一つずつしかないというのはやはり不安だった。
すすんで攻撃する気などないし、出来れば戦闘は避けたい。
それでもゲームに乗っている者がいる限り、自衛の手段は必要不可欠だった。
殺す気はない。
しかし、生きる意志をなくしたわけではない。
ふたつはこのゲームにおいて矛盾していたが、三人にとっては、これこそが絶対のルールだった。だからこそ、いざというときのことは、どれだけ想定しても足りないように思える。
やはり皆恐いのだ。

舞耶は、地図のカメヤ横丁を指差した。
「ここに、東亜ディフェンスってサバイバルゲームショップがあるのよ。もしかしたら、何か残ってるかもしれない」
「さば…いばる…しょっぷ?」
タヱが首を傾げる。舞耶が、不思議そうな顔で補足した。
「ええと…まあ、こういう状況で必要と思われるものが置いてあるお店よ。迷彩服とか、ヘルメットとかあったはずなんだけど」
「そこで、武器とかあったら仕入れんのね。いいじゃん、行こうよ」
反対意見はなかった。舞耶は最後に、小さな妖精に確認をとる。
「ピクシーちゃん、ちょっと寄り道するけどいいかな?」
「しょーがないじゃん、一緒に行くよ」
どうやらヒーローに、同行するように言われたらしい。ピクシーはくるっと一回転すると、胸を張る。
「アンタ達の道案内、しなきゃなんないんだからね」
もともとスマル市在住で地理に明るい舞耶は苦笑する。しかし、高い場所から見渡せる味方がいるというのは安心だった。
「頼りにしてるわね」
四人はついにスマイル平坂を出る。
もう日が高くなっている。動いていれば目に付きやすく行動するには困難な時間だと思われたが、善は急げだった。ぐずぐずしているわけにもいかない。
10時過ぎのことだった。

戦場と惨劇が、彼女たちを待っている。
182歩き出せ! ◆MW38f4t6VE :2006/07/23(日) 02:23:59 ID:rYxFyZda
時間:10時過ぎ

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 魔法使用と睡眠不足で少しだけ疲労
防具 百七捨八式鉄耳
道具 脇見の壷、食料品少し
現在地 平坂区のスマイル平坂
基本行動方針 できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標 ヒーローと合流する

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン、食料品少し
現在地 同上
基本行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
     仲間と脱出を目指す。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 ほぼ正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 液化チッ素ボンベ、食料品少し
現在地 同上
基本行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る。
     ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態 正常
現在地 同上
行動指針 ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る
183名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 03:24:05 ID:Bhbn5X8E
彼は先ずザックの中身を確認した。
中には、【ネックレス】と【快速の宝玉】、そして少量の食料が入っていた。

「(ふむ・・・何か武器や防具でも入っていればと思ったが・・・これだけか・・・)」
「(快速の匂玉は・・・確かスクカジャの効果か・・・それにしても、このネックレスは・・・?)」
「(何か不思議な力が篭っている様だが・・・まぁ良い。一応装備しておくか)」
彼は青いスカーフを外し、首にネックレスを提げる。
「(備えあれば患えなし、だ)」
青いスカーフを元通り首に巻いた。【1】、という文字が正面に来る様に。

彼の名は【南条 圭】。元の世界では聖エルミン学園に通う高校生。
南条コンツェルンの御曹司で、他者を寄せ付けない程の合理主義者。
幼少期からの魂の無い帝王教育のおかげで、成績は当然の如く常にトップ。
しかし、両親から金銭という形でしか愛を受け取っておらず、
自然と他人を見下す様な印象を与え、他生徒からは多少煙たがられていた。
もっとも、彼は全く気にしていなかった様だが・・・。

そして、何の前触れも無く、事件は起こる。御影町で起きた、通称【セベクスキャンダル】。
その時に彼は深層心理の無意識下に眠る自分の分身、【ペルソナ】能力に目覚めた。
しかし、それと共に唯一にして、最愛の理解者を失う・・・。
南条は、最愛の人の仇を討つために聖エルミン学園の生徒達と協力をし、
事件の原因を究明、そして仲間達と共に事件の元凶を作り上げた物に立ち向かう。

その冒険を通して、かけがえないの友情と、他者を認める寛容な心を手に入れた。

「(珠間瑠市か・・・確か御影町からさほど遠くは無かった記憶があるが・・・)」
「(どうやらこの世界は僕の居た世界と酷似・・・または同じのようだな)」
「(強力な重火器の入手は・・・港南区に警察署があるな・・・しかし、皆考える事は同じだろう・・・)」
この時、南条は異様な程に冷静だった。不気味な男から殺し合いの趣旨を告げられ、
首には死に直結する刻印を刻まれている。つまり、生存する方法は自分以外の人全ての殺害。
非力な者、いや、まともな精神を持つ者ならば発狂しても可笑しくは無い状態だ。
しかし、彼は普段と変わらぬ調子で考え続けた。過去の事件は、彼を成長させていた。

「(知人は・・・藤堂と園村、桐島と・・・サトミ・・・それと内田、か・・・)」
「(まずは彼等と合流するか。あいつ等なら信用出来る。・・・サトミは・・・)」
「(しかし・・・合流した所でどうすれば良いものだろうか・・・)」

南条は蓮華台の路上に転送され、すぐさま付近の民家、民家と言うよりも
純和風の豪邸に転がり込んだ。幸い、豪邸内には誰も居ず、
しばらくは状況把握に時間を費やす事が出来た。
その豪邸の表札には、【スティーブン・シルバーマン】と書いてあった。
多少疑問に思いつつも、特に考える必要も無いだろうと処理した。

「(先ずは生き残る事、そして仲間達との合流、そして情報収集・・・)」
「(何度か大きな爆発音を聞いたが・・・この馬鹿げたゲームとやらに乗っている阿呆共も居るようだな・・・)」
「(開始は午前3時・・・しばらくはこの民家に潜み体力の温存・・・)」
「(他の者達に疲労が溜まったら・・・そうだな正午辺りになったら行動を開始するか・・・)」
「(この刻印が・・・魔力から出来ている物だとしたら・・・)」

彼の脳裏には絶望と言う言葉は無かった。不思議と、希望が沸いていた。
ゲームから脱出する手がかりも掴めていないが、彼には強大な敵と対峙した経験が有った。

そして、彼自身は自覚していないが、運命を共有した【信友】の存在も、大きな心の支えとなっていた。

「(この南条 圭・・・【約束】を果たすまで、決して朽ちたりはしない!)」
184名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 03:25:40 ID:Bhbn5X8E
物事は非情な程に唐突だ。未知との遭遇、それ以上の事態。
園村 麻紀・・・名詞が単語となり、それは生を持ち、体内を飛び回る。
極度の麻薬中毒者は、幻覚で虫を見たり感じたりする様だが、それと似ていた。
彼の頭に出現し、それは体内を恐ろしいスピードで駆け巡った。
やがて、その蟲が胸部に達し、針を刺す。心臓に痛みを感じる。
「バっ・・・バカな・・・園・・村・・・が?」
「そ・・そんな・・・あっ・・あっけなさ・・・過ぎる・・・」
南条は肩を落とし、畳に潰れる様に倒れ込む。身体に力が入らない。
「う・・嘘だ・・・嘘を・・つくな・・・」

誰も答えてはくれない。

・・・・・・

南条は、今後の活動方針を決めた後シルバーマン宅内の捜索をした。
どうやら家主は武芸に富んだ者らしく、いくつかの武具を発見した。
その中でも最大の収穫は刀身74cm程の日本刀だろう。
細部に亘り手入れされており、魔物はともかく、対人戦闘なら十分過ぎる戦力となる。
柄は付いておらず、中心(握る部分)に職人と思われる名前が彫ってある。
【アサノタクミ】。名前に聞き覚えは無い。
戦国時代には活躍していなかった職人、もしくは名前を変えたのかもしれない。
どちらにしろ、強力な戦力を手に入れた。
付属されていた木の柄を刀身に付け、構え、そして鞘に収める。
他に鎖帷子(くさりかたびら)も発見した。
銃弾は分からないが、刃物ならある程度は防げるだろう。
後は収穫と呼べるものは、食料くらいしか無い。

南条は最も見晴らしが良く、人の侵入も察知しやすい玄関付近の居間で休息を取る事にした。
壁を背にし入り口の方を向き腰を下ろした。睡眠、とまでは行かないが、
体と脳を休ませる為にしばらく思考回路を停止させた。

・・・・・・
<やぁ諸君・・・がんばっているようだね・・・では死亡者を読み上げるよ・・・まず・・・>

「(落ち着け・・・落ち着くんだ・・・)」

呼吸が落ち着いてきた。南条は無意識に、ゆっくりと身体を起こし刀を鞘から出し身構えた。

「(・・・冷静になれ・・・生き延びる・・・生き延びるのだ・・・)」
185名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 03:26:21 ID:Bhbn5X8E
南条にとって、大切な人間との死別は、これで二度目。
一度目は南条家執事との別れ。
他の誰よりも、共有した時間が長く、【セベクスキャンダル】以前の南条の思い出と呼べる記憶の九割、
つまりほぼ全てが彼と過ごした日々だった。血の繋がりは無い。
しかしそれ以上の繋がりが、そこにはあった。

今回の園村 麻紀の死。あの事件に共に立ち向かった仲間。
お互いがお互いを助け合い、共に成長していく。黄金の日々。
ただの友人、同級生では無い。仲間。そして親友では無く、信友。
園村 麻紀の死。それは、南条にとってあまりにも残酷過ぎた。
初めて感じた、他者の温もり。
そして、初めて他者に与える、いや、純粋思惟から他者の役に立ちたいと感じた、初めての対象が園村 麻紀だった。

歪んだ帝王教育により、南条は人の上に立つべくして育てられた。
他者は、自分の土台となるべく存在する。
事実、学園での成績も南条の下に、南条以外の人達が居た。
それは生身の人達だが、それ以上でもそれ以下でも無い、ただの人。
南条にとっては、それは当然の事だった。

【セベクスキャンダル】は、彼に教えてくれた。
森羅万象、例え神だろうと人を操る権利など持たない。
他者を認める事が出来、初めて他者に認められる。操るのでは無い。協力。
そして、何よりも人は、南条に成長を与える。光、光を持っていた。
太陽が消えた。しかし星は生き続けた。新たな星達に支えられる。

しかし、その星の一つが堕ちた。最期の発光すらできずに。
186名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 03:27:15 ID:Bhbn5X8E
友の死による喪失感。そして、深淵へと叩き落とされる絶望。
しかし、それとはまた違う感情が、南条には芽生えていた。
今回の馬鹿げた殺戮ゲーム、そして仲間、園村 麻紀の死。
その二つを重ね合わせると、一度目に経験した生命の消失とは、性質が全く異なる。
例え、少女とは言え一緒に強大な敵と戦った、同じペルソナ使い。
そのペルソナ使いが、たったの開始3時間以内に殺害された。
事態は彼が考えている程、甘くは無かった。死と隣り合わせ。

「(すぐにこの場所を離れるんだ・・・早く・・この民家から出て行かなくてわ・・・)」
「(・・・ッ!何を考えているんだ!?この民家以上に立地を理解している場所など他に無いだろう!?
  落ち着け!ここは安全だ・・・。ここは安全だ・・・。)」

南条は冷静だった。すぐにこの場所を離れる。
本来の状態ならば、彼はそう考える以前にこの場所を離れていた。
禍福無門、藤堂、桐島、彼等にも平等に危機が訪れている。
彼等の元に向かい、彼等と共存する為、南条は我が身を省みずこの民家から飛び出していただろう。

しかし、今まで経験した事の無い恐怖と絶望により阻まれる。
「(・・・とりあえず・・・正午まではここに潜んで・・・様子を見よう・・・)」
凍り付いていた心は、最愛の人との別れ、仲間との冒険により溶けて熱を持った。

「(生き延びるのだ・・・死?馬鹿な。この僕が死ぬ訳無いだろ・・・クソッ・・・)」

凍っていた心は急激に熱を帯び、壊れ易く、もろくなった。

「(・・・どうして・・・どうして君が居てくれないんだ・・・どうしてだ・・・山岡・・・)」

誰も居なかった。南条は独りだ。
187名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 03:28:37 ID:Bhbn5X8E
 【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
 状態:園村の死により、軽度のPANIC状態
 武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
   :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
 道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
 降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
 現在地:シルバーマン宅/蓮華台
 現在時刻:午前6時頃
 行動方針:生存
188横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 13:45:37 ID:EafHNf/Y
平坂区、カメヤ横丁。蝸牛山から移動し、中島はこの商店街に辿り着いた。
ラーメン屋や居酒屋、カイロプラティックが立ち並ぶ様子は一昔前の下町情緒溢れる通りと言ったところか。
多くの店がシャッターも下ろしておらず、ついさっきまで営業を行っていたかのように見える。
ただ人々だけが突然消え失せたかのように生活感の残る町並みはどこか不気味に感じられた。
何か役に立ちそうな店はないかと周りを見ながら歩いていると、店と店との間の横道に何かが見えた。
ベルトに差したレイピアに軽く手を掛けつつ、覗き込む。
そこに見えていたのは男の脚だった。いや、正確には「かつて男だった」死体の。
頭部はぐしゃぐしゃにつぶれ、脳が零れ出ており、
大量の黒蝿がブンブンと音を立ててその周りを飛び回っている。近くには血の付着した石が落ちていた。
中島は蝿を払いつつ持ち物を漁るが、特に役立ちそうな物はない。
(殺し方も同じならその後の行為も同じ…か)
自分の所業を思い出し、内心苦笑する。
そしてその醜い死体への嫌悪感を一瞬だけ表情に浮かべると、それを置いて立ち去った。
やはり、ゲームに乗っている人間がいる。自分に襲い掛かる分には一向に構わないが弓子の身が心配だ。
焦りが出て、自然と足が早まる。
しばらく歩いていくと、また何かが見えた。今度は女、そしてこれは先程とは違い、生きている人間。
「…君は?」
不意を突いて殺害しようかとも思ったが、話しかけてみる。もしかしたら弓子と会っているかもしれない。
飲食店の前、段になっている所に座っていた彼女は中島の言葉にハッとしたように振り向く。茶色がかった短い髪と、青い学生服。
その制服に見覚えはない。だが確かに現代日本の人間だろう。
189横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 13:48:23 ID:EafHNf/Y
内田たまきは戸惑っていた。
先程自分を襲おうとしていた男を殺し、武器を奪った。これは自衛の為には仕方なかったことだし、特に罪悪感も湧かなかった。
しかしその後、何をするでもなくこの辺を歩いていて聞こえてきた放送。
死亡者の中の一人の名前が、たまきを驚かせた。
白川由美
同じ軽子坂高校の生徒であり、魔神皇によって学校が異界に飲み込まれた時には学校を元にもどそうと頑張っていた少女。
「そんな…」
驚いたし、悲しかった。彼女が死ぬなんて思っていなかったから。
そして、あの放送によって深い悲しみと同時に思い知らされた。
―自分の身は自分で守るしかない。
放送での死者の数は先程殺した男と同様、殺す気になっている連中がいることを示していた。
「どうすればいいのかな…」
歩みを止めて通りの端に座り、ため息をつく。
脱出するにしても、方法が分からない。かといって他の参加者を殺し尽くして優勝するというのもいまいちピンと来ない。
武器は先程奪ったデザートイーグル、おまけにガーディアンの加護を持つたまきは参加者の中でもかなり条件がよいように思える。
それでも、アームターミナルが無いのは辛かった。
由美が殺されていることから、ガーディアンを持つ者以上の実力を持つ者がいるということが分かる。
仲魔がいれば戦闘に関しては問題ないし、相談にも乗ってくれただろう。
「相談…か」
そこでようやく思い当たる。他の参加者、軽子坂高校の生徒。
根拠はないが、狭間以外ならば協力してくれるような気がする。
「うん…よし!」
彼らを探す。とりあえず方向性が見えて立ち上がろうとしたとき、声をかけられた。
190横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 13:50:35 ID:EafHNf/Y
真っ黒な学生服。かつて戦った魔神皇狭間の真っ白なそれとは対照的な姿。
(…なんか、女の子みたい)
端整な顔立ちだが、どこか冷たさを感じさせる雰囲気。
「…僕は中島朱実。十聖学園の3年だ。僕と同様にこの下らないゲームに巻き込まれた友人を探している。」
無言のままのたまきに業を煮やしたのか、そのまま話を続ける。
(十聖学園…知らないなぁ)
「えっと…あ、私は内田たまき。軽子坂高校の2年生で…」
「内田さんか。髪の長い、セーラー服を着た女の子を見なかったか?」
「いや…ここに来てから一人も女の子は見てないよ」
特に興味なさそうに自己紹介を打ち切られ、少しムッとして答える。
さすがに、「男には会ったが頭を潰して殺しました」とは言えない。
「そうか…」中島は落胆して、軽く目を伏せる。
この女、嘘を付いているようには見えない。
となると、弓子はこの辺りにはいないのだろうか?
(まあいい、ある程度情報を引き出したら、隙を見てこの女を殺そう。)
そう思い中島が顔を上げた、その瞬間だった。
何かが飛んできた。急いで身をかわしたが、頬をかすめたそれは一筋の傷を刻む。
飛んできたのはおそらくこの女の支給武器だろう。背後の地面に落ちて金属音が鳴る。
それは、明らかに顔面を狙った攻撃だった。
191横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 13:53:54 ID:EafHNf/Y
「…いきなり、何をするんだ?」頬の血を拭い、相手を軽く睨み付ける。
「よく言うよ。これだけの殺気、感じられないと思ったの?」
そう、始めからこの男にはよからぬ気配を感じていた。
先手必勝、と思いアイスピックを投げ付けたが、運悪くかわされてしまった。
支給品の武器で反撃をしてくるか‥と覚悟していたが、目の前の相手は悠長にノートパソコンを開く。
自分を殺そうとする相手を前にして、パソコンを開いてデータ管理、もしくはゲーム。それは有りえない。
(そんなこと、電算部の鈴木君や八幡先生でもしないわ…)
となると、あのパソコンには…
(悪魔召喚プログラム…!)
戦慄する。支給されているような気はしていたが、まさかそれを持つ相手と対峙することになろうとは。
相手に見えないよう銃をザックから取り出す。今後の為に弾丸を節約しておこうと思っていたが、この際そんな悠長なことは言っていられない。
5、6m程離れた相手に、じりじりと近寄る。
正確に狙いを定めなくてもいい距離まで近寄る必要があった。
召喚前に攻撃すればいい。キーボードを叩いている間に、殺してしまえば…
さっと後ろ手に隠してあった銃を両手で握り、相手に向ける。
カチリ、と撃鉄を起こす音を中島は聞き逃さなかった。背に回した手には銃を隠し持っているのだろう。
急いで召喚のコマンドを変更する。
これが大きな危険を生んだ―コマンド入力の終わらない内に相手が銃を向けてきたのだ。
もう少し余裕を持つと思っていたが、この素早い攻撃はパソコンの意味、悪魔召喚を知っているのだろうか?
(急ぐんだ…!)それを思ったのは両者。
そして、引き金が引かれる。
「グアアアアァッ!」
数回の銃声と悲鳴。真っ赤な血が大量に飛び散る。
192横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 13:56:39 ID:EafHNf/Y
中島とたまきの間に出現したそれは、熊程の大きさだった。
太い四肢は獣、しかしその顔は人間に近い。長い毛髪が顔全体にかかり、その隙間からギラギラと輝く一対の眼が見える。
胴体に刻まれた数個の弾痕からおびただしい程の血液が流れだし、苦悶の唸り声をあげていた。
「ヌエ!大丈夫か?すまない、まさか相手が銃を持っているなんて…」
獣の背後から中島が心配そうに声を掛ける。しかし、その顔には邪悪な微笑を浮かべていた。
(違う…)
悪魔の扱いに長けたたまきには一瞬で分かった。
たまきが銃を持っているのに気付き、盾にするために悪魔を召喚したのだ。
その仲魔をないがしろにする様は、かつて従えていたアモンを封印した狭間に重なって見えた。
「大丈夫ダ…コノ程度…。奴ヲ殺セバイイノカ?」
「ああ…頼む。」
(………!)
太く大きな前脚が振り下ろされ、たまきは急いで後ろに飛び退く。それまで立っていたアスファルトの地面が大きくへこむ。
左、右、左、右と畳み掛けるように追撃が行われるが、少しの差で空を斬る。
「まずいな…」
傷のせいかずいぶん鈍いものの、巨体に似合わぬ素早い動き。何よりその威力は大きく、一発でも当たればアウトだろう。
(でも、あの傷ではそう長くは持たないはず…)
しかし、そうなると次の悪魔が召喚されるかもしれない。
召喚者は先程の場所から動かず今は見物を決め込んでいるが、一体殺られれば本気になるだろう。
「グオオオォ!」
ちょこまかと回避を続ける相手に苛立ったのか、鋭い咆咬が上がる。
四つ足で駆け、素早くたまきの背後に回り込んだ。
193横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 14:02:22 ID:EafHNf/Y
「………!」
素早く振り向いたたまきの手から、何かが放り投げられた。
その拳程の大きさの石がヌエに触れた瞬間閃光が走り、強烈な電撃がヌエの全身に襲い掛かった。
大きな賭けだった。先程殺した男から銃と一緒に奪った一つの石。
魔力が籠められているのは分かったが、何の魔法かまでは分からなかった。
投げた瞬間相手が全快したのでは洒落にならない。
しかし、運はたまきに味方した。電撃にやられ停止する獣を見て、小さくガッツポーズをする。
「ほう…」
中島は少し離れたところから戦闘を眺めていた。
弱小の悪魔とはいえ、こうも簡単にやられるとは。
この先のことを考えるともう少し戦力を整えた方がいいかもしれない。
獣は、たまきに襲い掛かったそのままの体勢で停止している。電撃によって身体が痺れ、動けないようだ。
流れる血液と弾丸の為通電性が高くなっており、内蔵への負担は大きい。
感電による停止。その隙だけで十分だった。
たまきは獣の肩を踏み越え、逃走する。振り向きもせず一目散に横丁から離れ、学校らしき建物が見える方向に走る。
中島は舌打ちをして、さらなる悪魔を召喚をしようとしたが、逃走するたまきを見て追撃をあきらめた。
「あの早さ…背後に見えるのは悪魔か?弓子の持つ力とも違う…」
遠ざかっていくたまきの走るスピードは常人のそれを遥かに凌駕していた。
そしてその背後には、ぼんやりと人ならざる者の姿が見える。
ヌエが手負いだったこともあり、ヌエの攻撃を幾度も避けられたのは単に運動神経がいいだけだと思っていたが、人並み外れた瞬発力はこの能力が作用していたためなのだろう。
194横丁の戦い ◆C43RpzfeC6 :2006/07/23(日) 14:06:21 ID:EafHNf/Y
「グ…ゥ。スマン、ナカジマ…ガ…グブ…!」
内蔵に負担がかかり、大きく開いた口から血を吐き出す。気管に血が入ったらしく、声色が濁っている。
「ヌエ…無理をさせたな」
そう言いながらもパソコンは開かない。出血の量からして助からないことは撃たれた時点で分かっていたことだ。
「…ナカジマ、生キ残レ…オマエナラバキット…ソシテ我ラガ母神ヲ…弓子ヲ…守ルノダゾ…」
「…………」
蝸牛山でもヌエは自分から話し掛けてきた。日本古来の妖怪であることから、イザナギ神の転生体である中島にシンパシーを感じたのかもしれない。
(あるいは単純なだけ…か)
「…サラバ…ダ」
麻痺が解ける。しかし、ヌエはそのまま前に倒れ、動かなくなった。
「…役立たずが。女一人片付けられないとはな」
消えていくヌエを眺め、呟く。その顔にはヌエの言葉に対する嫌悪が浮かんでいた。
(汚らわしい獣風情が弓子の名前を口にするなど…)
仲魔を一体失ったことになるが、特に問題はない。相手の銃を確認した時点で、盾にしてもいい悪魔に変更したのだから。

(まだロキからの連絡はない。それの待機も兼ねてもう少しここを探索するべきか。だが、あの女が弓子を見ていないことを考えると、次の区へ急いだ方がいいのかもしれないな…)
気を取り直して横丁を進んでいく。さすがに戦闘の跡が残るこの場所からは離れなければ。
【中島朱実(旧女神転生)】
状態 正常(頬に軽い傷)
仲魔 ロキ、他3体(ヌエ消滅)
所持品 レイピア 封魔の鈴 COMP MAG3000
行動方針 白鷺弓子との合流 弓子以外の殺害
現在地 平坂区カメヤ横丁
【内田たまき(真女神転生if…)】
状態 正常
所持品 デザートイーグル 管
行動方針 身を守りつつ仲間を探す
現在地 平坂区春日山高校付近
195情報の亡者 ◆VUciVpb79U :2006/07/25(火) 19:15:15 ID:0bsZhSaj
「自分の無能さを之ほど呪った試しは今が初めてです、氷川様」
「気に留めるな。私は端から死んでいたのだ。そう思えばこの程度の傷が何になる?」
静寂なる空間の中、疲れ切った一人の男が左腕から血を流し、一体の赤い蛇がそれを見て嘆く。
彼等の航路には悪魔達による血の海が、屍の肉が所々に築かれている。
男が望んだ地に彼は今立っている。

――スマルTV――
高度経済化した人の社会に欠かせない存在。それは情報である。
その情報を扱う物の一種がテレビ局だ。
日々の営みに当然の様に提供されるそれに人々は自然と耳を傾ける。
しかし人々はその有難味を今ひとつに感じていた筈だ。
何故なら日常に常に出続けるとそれを当たり前だと言う感覚に陥ってしまうからだ。
それが遮断された時の事態がどれ程の物かを知らずに。
現に今の私がそうだ。この地は何だ? 参加者の能力や性格は何だ?
殆ど無知ではないか。人は情報無くして生きられない。
それ無き人とは最早死人に同義。それ程までに情報の存在は大きいのだ。
氷川が今まで生き残れて来たのは単純に運が良かっただけの話。
例え彼が悪魔を使役する実力者だとしても小石に躓く事態など有り得る事だ。

早速その運とやらも切れたのだろう。潜んでいた敵に不意を突かれる。
それに直ぐに反応出来たので掠り傷程度に留まったが、それでも彼は怪我をした。
確かに現時点でサマエルに敵う悪魔は居ないが、物量の点では敵側が遥かに勝る。
無知たる故の敗北である。
その因果であろうか。此処は情報の発信源たるTV局内。
無知である彼への暗示にも皮肉にもはたまた嘲笑っているかの様にも思えた。
だが氷川は劣等感を抱くよりもその傷を見て満悦そうに口元で笑んでいた。
「やはり彼女等との遣り取りは無駄では無かったな。」

氷川の腕時計は10時を指している。それから遡る事2時間前の話。
彼はオセと共に青葉区を駆けていた。オセは兎も角、氷川は常人のそれを超える程に速い。
オセのスクカジャによる効果だった。
これは回避率・命中率を上げ尚且つ行動速度も上昇する優れものだ。
要するに脳の潜在能力を引き出すと言った所か。
人間は30%程度の力しか発揮出来ないと言うが、100%の力を出す事例もある。
尤もそれは火事場の馬鹿力とか窮鼠猫を噛むとか言う様に、
極限な事態や特殊な事態でも無い限りは先ず有り得ない事だが。
常に100%の力を発揮すれば人はそれに着いて行けないのだから。
196情報の亡者 ◆VUciVpb79U :2006/07/25(火) 19:16:13 ID:0bsZhSaj
そう考えればスクカジャの効力も利便なばかりではない。
結局を言うとドーピングと同じだ。しかも摂取し過ぎると逆に害を成す毒物。
故に過剰摂取せず、だからといって過少にしても駄目だ。適量が丁度いい。
何度でも重ねられない事はないが、100%、200%、300%……
果たして人がそれ程の力に耐えられるだろうか? 欲張りは身を滅ぼす。
だから氷川は重ねた回数を二回にした。一回で25%上昇するので二回で50%は行く。
それに人間が通常で使う30%の力を併せて80%の力を持つ事になる。
少し過剰な気もするが、これはこれで良い。特に先を急いてる場合には。
オセは4回まで重ねた様だ。
悪魔と人とでは基本能力に差異があるから特に違和感のある行為ではない。
寧ろ頼もしい位だ。自分よりも五感に優れるのだから。
だからこうして走っていても周囲の異変にオセが素早く反応出来る。
臆せず目的地まで行ける訳だ。

スマルTVへは数分程で着いた。
元々出発点から然程遠く無い事とスクカジャの力による成果だ。
早速中へ入ろうと思ったが、入り口前で立ち止まった。
中から何かの気配がする。此処に悪魔がいる事は知っているがこれは違う。
氷川は悪魔ではない事は感覚で理解し、オセはそれは人だと具体的に述べる。
此処で悩んでも仕方がないと動きを見せる。オセが先頭に立ち、後方から氷川は歩む。

入り口からエントランスへ至ると異様な程に静かだった。
本来ならこんな場所は取材で訪れる以外に他には無かった。
氷川は職業柄もあって世間から注目されていた。特にマスコミ関係は後を絶たぬ程に。
だが余りにも鬱陶しかったので自分の代理を立てて対応するのが常であった。
そんな自分が向こうからTV局にやってくるとなれば之ほど望んだ事は無いだろう。
全員総出で来訪を出迎え、中にはコバンザメの様に胡麻を擂る輩も居たかも知れない。
それが現実ではこれだ。そのギャップに滑稽にさえ思えてきた。
序でに戯言や冗談の一つでも言ってやりたかったが、止める事にした。
自分に集る忌々しい蝿共が失せやだけでも彼にとっては清々しいからだ。

さて、感慨に耽るのもここまでだ。
次にこの眼に映る人物達と接する必要があるのだから。
氷川はその人物達を見て驚きを少しばかりだが隠せなかった。
見れば金髪の少女に床に倒れこんだ少年の二人の姿だった。
その少年は橘千晶の脅威に晒され命の灯火を失い掛けていた所をその少女に
よって救われたのである。その成り行きを見ていたのが傍観者である氷川だった。
だから彼は彼女等を知っているが、彼女等は氷川達の事等全く知らない。
その為か此方に向かって手を構えている。何時でも魔法を放てる様に。
197情報の亡者 ◆VUciVpb79U :2006/07/25(火) 19:17:27 ID:0bsZhSaj
「おや、珍しい。こんな寂れた所に愛らしい一輪の花が咲いているとは。
人が荒れ狂う地にて心が癒される貴重な一時だ。その花に見守られる少年は幸福な事だ。」
まるで口説くかの様に接してみるも、やはり功を奏さない。
警戒を解く気配が微塵も感じ取れないからだ。それどころか余計に此方を怪しんだ。
「それ以上近づいたらどうなるか知らないわよ。」
初めて接触した人間の第一声が殺意に満ちたものだった。
此方も先へ進みたい以上、こんな所で時間を潰す訳にも行かない。
よってここは交渉を試みようと氷川は思った。

「それは困る。私は先へ進みたいのだよ。此処へは目的があって来たに過ぎない。
君達を殺そうとは思っては無いよ。私はこの手の遊戯には乗らぬ主義でね。」
「……信用出来ないわね。口だけなら誰でも出来る話よ。」
やはり簡単にはYESとまでは行かない様だ。
氷川の隣に悪魔であるオセが立つ。その事実が彼女をよりそうさせる。
それを察してオセの双剣をしまう様にと指示を出した。それでも彼女は同じ姿勢を保つ。
自らの命を顧みず少年を救出した人なのだ。恐らく彼以外には疑心暗鬼に接するのだろう。
このまま無駄に時間を潰す訳にも行かず、氷川は最後の手段に出た。

「……しかしあの女と二体の天使を相手に不意を突いたとは言え対等に渡り合えるとは。
加えてあれ程酷かった少年の傷も随分と癒えている。君は有能だよ。」
!!! その言葉に強く少女は反応した。
「まさかこの男、さっきの女の刺客!? 不味いわ、こっちは魔力を余り使えない。
精々攻撃魔法は撃てて一発。後は回復に回さないといけないのに……」
彼女の脳裏に焦りが巡る。相手は私を知っている。だが私は相手を知らない。
無知の境遇に晒され困惑する。限られた条件と劣悪な状況で倒す必要があるからだ。
しかし彼女の不安で溢れる心情とは裏腹に氷川から予想もしない言葉を掛けられる。

「私と手を組む気は無いかね?」
敵と思っていた相手からの共同の願い出に、一気に緊張の糸は切れた。
本当に予想にもしなかった事なので頭がこんがらがった。
が、次第に冷静さを取り戻すと氷川の言う言葉に耳を傾けた。勿論構えは解かずに。
「私は君が戦ったあの女の事をよく知っている。その主義、その思想、その性格をな。
そして彼女とは敵対関係にある。よって私は君の敵ではないのだ。
次に私がここへ来た目的は悪魔狩りだ。色々と事情が苦しくなったのでね。」
次々と自分の情報を相手に教える。相手を信用させる手段の一つが情報の提供だ。
何処までが真実で何処までが嘘かは魔女には判らない。
だが今はこの男の言う事が真実である事を願うしか他になかった。
198情報の亡者 ◆VUciVpb79U :2006/07/25(火) 19:18:40 ID:0bsZhSaj
「私は情報が欲しいのだよ。それには一人では無理がある。
だから君達の知っている事も教えて欲しいが今は止めておいた方がいい。」
男の言う言葉に魔女は意味を把握出来なかった。
この男はいちいち回りくどくて面倒だ。単刀直入に言え、と今にも喉から出そうな
勢いだったが堪える事にした。この男の機嫌を損ねたら駄目だとそう思ったからだ。
「もし私に殺意があるのなら情報を聞くだけ聞いてその後で殺しに掛かるよ。
だから君の持つ情報は言わば命綱なのだ。軽々しく言うものではない。」
男の言わんとする事を魔女はやっと理解出来た。成る程そう言う事か。
本当に情報を得てから殺すなら脅すという選択肢もあった。
それをこんな面倒な方法をしてまで信用させたいと言う事は少なくとも敵意は無い筈。
それにゲームは始まって一日と経ってない。情報に乏しいのにも説得力がある。
この男が何を考えてるかまでは知らないし情報を聞き出せば殺しに掛かるかも知れない。
だが今は例えそうだとしても生き残る事が先決だ。そうすれば可能性はあるのだから。

魔女は心の中でそう思った。そうなると先程の重い空気も随分と和らいだ気さえして来た。
「これでお互い対等の立場だな。交渉とはそうでなければ意味がないからね。」
「そうね。今の貴方は無知で今の私は無力の関係にあるのだから。」
氷川の言動で一応は対等にはなれたが、それでも彼女は男への懐疑的な視線を止めようとはしなかった。
完全に信用するまではこの眼差しは絶対に止めようとはしないのだろう。
氷川は彼女の性格をその眼を見て把握すると、次にこんな提案を出してきた。
「君は氷結魔法に転送魔法、果てに回復魔法を使って魔力も減った事だろう。
そこでだが、この悪魔を君に一時的に貸そうと思うのだが如何かね? 実力は保証する。」
願いもしなかった提案に魔女は飛びつく様に聞き入った。
今の彼女は頗る良い状況とは言えない。敵の襲撃に受けた際に少年を守り切る自身も正直無かった。
でも信用出来るのか? 意表を突いてくるかも知れない相手と共に過ごせるのか?
彼女の意を察したかのように氷川はオセにこう命令を与えた。
「オセ、私の居ぬ間は彼女の意思に従え。決して殺してはならないぞ?」
「……御意。しかし氷川様お一人では心許無いでしょう。これを受け取って下さい。」
そう言って氷川の手に渡されたのはオセの腰に掛けた右手用の剣だった。
72柱の悪魔であるオセが所持する武器だけあって魔性を帯びた質の良い武器だった。
重量も軽く、それでいて硬質で切れ味も良い。名剣といっても差し支えない位だ。
それを受け取ると次に魔女に氷川が現在所持するMAGの全てを与えた。
彼女も少年もMAGを少ししか持ち合わせてないのがその理由だ。
序でに簡易型ハンマーと鉄骨のストックも渡しておいた。重くて邪魔になるから使わないとの事だ。

最後に氷川はオセに頼んでスクカジャを自分に一回上乗せする。
これで彼の五感と速度は105%になる。流石に此処までやると後の反動も半端ではない。
しかし一人で行動するとなればそれ位の覚悟は寧ろ必要となってくる。
メリットとデメリットを理解しながら氷川はこの場所を後にする。
その途中でカウンターの壁に掛かった時計に眼を向けると時刻は8時30分を指していた。
199情報の亡者 ◆VUciVpb79U :2006/07/25(火) 19:19:26 ID:0bsZhSaj
時間か…そういえば放送からどれ程時が経ったかを具体的に氷川は知らない。
時間を常に把握出来なければ色々と面倒だ。腕時計でも落ちてれば良いが。
当たりを見渡していると首尾よくお目当ての物は見つかった。
少々古いが使用上では特に問題は無い。時刻も壁に掛かった時計と同じだ。
ここまで条件が整えば使わない手は無い。早速手首に付ける。
腕時計の刻みを見ながら最後に氷川は彼女にこう告げた。
「もし私と共に歩む気があるなら2〜3時間この場で待って欲しい。
その気が無ければ立ち去れば良い。オセも彼女等を引きとめようとするな。」
「……そうね。それだけ時間があればこっちも色々と助かるわ。是非そうして。」
「判りました。氷川様がそれを望むなら異論が見当たりません。」
氷川の言葉に二人は異議を唱えようとはしなかった。
その様子を見て自分の思う通りに事が運んで僅かにだが笑った――様に見えた。

悪魔の欲望は深い事を改めて実感した。2階へ上がるや急に襲い掛かって来たのだ。
人間だ! 肉を食わせろ!! 内臓曝け出して流れる血を俺に見せてくれえええええ!!!
言葉に品も無ければ行動も粗暴だと、まるで良い所一つも無い。
「昔を思いだす……」
眼を瞑り、態度に余裕を見せる。次の瞬間、敵に向かって走り出した。
予想だにしない人間の素早さに戸惑い、それが命取りとなった。
通り過ぎた瞬間に鋭い剣の一撃を首に与え、頭は上に飛び、体は物言わぬ肉へと成り果てた。
その手際は素人とは思えない。それもその筈。氷川もサマナーの端くれ。
サマナーである以上、悪魔やサマナー同士の戦闘は避けられない。
氷川は今までの戦いの経験から自然と戦闘にも慣れていったのだ。
無論スクカジャの助けもあってこそだが。

悪魔の死骸からMAGとマッカを拾い上げ、何事も無かったかの様に先へ進んだ。
それを繰り返す内にマッカやMAGは十分に溜まり、9時頃にサマエルを呼び出すと
その作業もよりスムーズに運んだ。そしてスクカジャも切れ、連戦も祟り
遂に傷を負った現在に至ったのである。少し休みを入れようと提案するサマエル。
それに氷川は乗った。此処まで暴れて疲れない方がおかしい。
何処かの控え室で椅子に腰を掛けて休息をとった。
「彼女等から利となる情報を得られると良いものだ。」
氷川の表情がニヤニヤと笑っていたのをサマエルは見た。

<時刻:午前10時>(氷川遭遇時は8時30分)
【主人公(旧2)】
状態:瀕死より回復中
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:まだ特に考えていない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:疲労(魔法多発不能)
現在地:青葉区 スマルTV
所持品:800MAG(氷川の650MAGと魔女の150MAGを合わせたもの)
仲魔:堕天使オセ(氷川から借用、支配権は魔女)
行動指針:主人公の救済 氷川との合流

【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面は疲労 精神面は正常。
装備:オセの魔剣 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計
仲魔: 邪神サマエル
現在地:スマルTV二階控え室
行動方針:悪魔狩り 12時ごろに魔女等と再開
200名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 20:36:45 ID:ZtIpPT1E
ペルソナ3ロワイアル
201名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/26(水) 19:01:43 ID:rB1pmIVx
(cレ ゚A゚レ



ライドウは、とつぜん、よのなかがイヤになってしまったようです。
202平成妖都の純情:2006/07/27(木) 05:02:28 ID:+gvuLhPw
藤堂尚也と赤根沢レイコは、都市迷彩コートの少年が去った後すぐに、七姉妹学園から移動を開始していた。
開けた場所に長時間突っ立っていたら、それこそ狙ってくれと言っているようで危険だからである。
本当はレイコがもう少し待っていたそうな顔をしていたが、移動する旨を伝えると素直に頷いた。
だが、その前に彼女はするりと自分のスカーフを解く。
それから私物の手帳を一枚破いて何かを走り書きすると、解いたスカーフに挟んで校門のすぐ傍にある桜の木の枝に縛り付けた。
待ち人に此処から動いたことを伝えるための目印であることは明白だ。
その行為も、自分たちの生存率を下げることには違い無いが、尚也は止めなかった。
止めたら止めたでレイコは一人でも此処に残ると言い出しそうだったからだ。
それに、待ち人の内の一人である黒マントの男は尚也にとっても必要な人物だからだ。
今何処にいるのか解らない相手をこちらが労力を削って捜し当てるよりも向こうから出向いてもらったほうが何かと好都合なのだ。
レイコがメモとスカーフを枝にしっかりと括り付けるのを確認すると、ようやく歩き始めた。

さっきのコートの男は一体どちらに向かったのだろう。
また会うと約束はしたが、下手をするともう殺されているかもしれない。
また、逆にあの男の方が誰かを出会い頭に殺害していることも考えられる。
素性の知れない男だったが、尚也にはあの男がそれ程悪い奴には見えなかった。
この状況下でもそれ程冷静さを失ってはいなかったし、こちらの話も通じた。
そして何より、こんな場所で無ければそれなりに気が合いそうな雰囲気だったのだ。

この心境をレイコに言ったらどう反応するだろうかと思ったが、口は開かなかった。
普通の日の放課後とかだったら迷わず聞いてみた所だが、レイコは今、一応だが尚也の人質なのである。
再び黒マントの男と対峙した時、場合によっては自分の手でレイコの始末を付けなければならないことも十分に考えられるのだ。
だから、下手に感情移入してしまうような行動は慎むべきだ。尚也はそう自分に言い聞かせた。

では、首尾よく黒マント男を倒せた暁には?
――そこまではまだ考えていない。
何もかも自分の目論見どおりにことが運べばもうこの少女に用は無い。好きにさせるだろう。
彼女が逆上に刈られて自分を殺そうとしても、それはそれで別に構わない。
結果として都市迷彩コートの男と交わした約束は破ってしまうことになるが、それも運命として諦めるしか無いだろう。
自分の最大の目的は、園村麻希の仇を討つことなのだから、それ以外の願いが叶えられなかったとしても文句を言う筋合いは無い。

尚也はそんなことを思いながら歩いた。
203平成妖都の純情:2006/07/27(木) 05:04:49 ID:+gvuLhPw
道を行く途中に、一つの豪奢な純和風建築の前を通りすがった。
一軒家が多く、それなりの高級住宅街である蓮華台の中にあって、その屋敷は一際大きく、豪華で広々とした庭園まで備えられていた。
建築と庭に比例して立派である門の表札には「シルバーマン」と書かれてある辺り、持ち主は外国人なのだろうか。
「シルバーマンって確か…」
「ああ。そんな名前の奴がさっき放送で呼ばれたな。この家に住んでいたのか。」
すぐ近くに七姉妹学園があり、その制服を着た人間が参加者の中にいる。
そして、先ほど夢崎区で二人は外国人の少女の無残な死体を目撃したのだ。
その少女がまさに七姉妹学園のセーラー服を着ていたのである。
レイコがちらりと尚也の顔を見やると、少し複雑な表情をしていた。どうやら彼はレイコと同じことを考えていたのだろう。
「此処で篭城出来るか…と、思ったが、さすがにそんな気にはなれないな。」
「……。」
「次に行こうか。こんな目立つ民家よりも、商店街の方が安全かもしれない。」
「待ってください。」
レイコは尚也を引き止めると、再び手帳に何かを書き込み、一枚破った。それから彼女は尚也が見ている目の前で何故か唐突にスカートをたくし上げた。
「お、おい!」
尚也は驚いて眼を丸くした。一体彼女は突然こんな所で何をしようと言うのか。
持ち上がったスカートからレイコの白い脚が露出され、尚也の眼に飛び込んでくる。彼はとっさに顔を逸らした。
急なこととは言え、まじまじと見ては良くないという自制心が働いたのと、急に熱くなった顔をレイコに見られたくなかったのである。
「な、何のつもりだっ…」
と、柄にも無く口ごもってしまう。
単に女の脚なら、同級生の綾瀬優香なんてかなり短いスカートをいつも履いているし、夏場に水泳の授業ともなれば全員水着姿だ。
だけど、それとこれとは全然違う。
相手は普段大人しくて地味目の姿をしている(と、思われる)眼鏡の似合うお嬢様タイプのレイコだ。
それが突然何の前触れも無く大胆な行動に出たのだから、衝撃力はそれらの比ではないのだ。
こういう場合、彼女をどう扱っていいのか尚也には解らなかった。
普段クールに決め込んでいても、そういう意味では尚也はまだ人並みに純情な十七歳の高校生なのである。
204平成妖都の純情:2006/07/27(木) 05:07:55 ID:+gvuLhPw
そんな尚也が一人で勝手に慌てていると、ビリビリという布を破る音が聞こえ、それからしばらくして後ろから肩を叩かれた。
「どうしたんですか?」
「え?」
レイコだった。
尚也がおそるおそる振り返ると、五センチばかりスカート丈が短くなったレイコが怪訝な表情でこちらを見上げている。
「どうしたって…君こそ突然…」
言いかけてそれが眼に入った。シルバーマン邸の門柱に、レイコの引き裂かれたスカート布が括り付けられていたのである。それで納得した。
「何だ……。そうか、そういう事だったのか。」
「?」
つまりレイコは先ほど七姉妹学園でメモを残したのと同じ方法で此処にもメモを残したのである。
すぐに自分だと解るように、軽子坂高校の少々派手目のデザインであるスカートを使ってだ。
種明かしをすれば単純なことなのに、勝手に勘違いをしてしまった自分が猛烈に恥ずかしかった。
照れと羞恥で赤面するのを堪えて俯くと、レイコの膝が見えた。
さっきまではスカートの裾に隠れていたが、今の行動のお陰で半分ほど顔を覗かせているのである。
何だかそれすらも妙に艶めかしくて尚也が視線をさ迷わせていたら、レイコはその様子に気付いてとっさに膝を隠した。
「……ひょっとして、何かいやらしいことでも考えてたんですか?」
「そ、そんなことは……ない……っ。」
我ながら嘘が下手糞だと思う。尚もレイコは冷ややかな視線でこちらをじっと睨んでいたが、視線に対する反論は見つからなかった。
「もう。別にいいですけど、次からは最初から後ろを向いていてください。それから、あまり見ないで下さい。私も、恥ずかしいんですから。」
「あ、ああ。」
少し怒った素振りを見せてそっぽを向くレイコに、尚也は曖昧に答えた。
一瞬でも変な期待をしてしまった自分も相当恥ずかしいのだが、それよりも、レイコは「次からは」と口走ったことに尚也は戸惑いを隠せなかった。
つまり、レイコはこれから行く先で度々、先ほどの刺激的なパフォーマンスを続けるつもりだと言うのだ。尚也の眼の前で。
そして、その都度レイコのスカートはどんどん短くなって行くのである。
(カンベンしてくれ…。)
大人しいから扱いは楽だろうと踏んでいた尚也だったが、それがとんでもない爆弾娘(しかも天然)であったことが発覚して、思わず頭を抱えてしまった。
せめて他に誰かが一緒にいてくれたら…。
そう思って助けを求めるようにシルバーマン邸の豪華な外観を仰ぎ見た。
屋敷を見ていると、ふと、一人の人物が頭を掠める。
こういう豪邸と呼ばれる場所が良く似合い、尚也と同等か、それ以上の実力と冷静さを併せ持った友人であるあの人物だ。
「まさかな…」
こんな都合良くあの男が此処にいるわけが無いだろう。
そう思い直し、尚也は小さく溜息を付いた。
(あいつ、朝の放送で名前を呼ばれなかったんだからまだ生きているんだろうけど、今何処で何をやっているんだろうか…。)
「行きましょう、藤堂さん。」
少し考え込んでしまったが、レイコの声を聞いて我に返ると、レイコは既に歩き出しており、尚也は駆け足でその後を追った。

殺しても死なないようなあの男がそんなに簡単にくたばるわけは無い。
運さえ良ければまた会えるさ――。

だけど、一方で彼とは、いや、彼だけではない。もう一人参加している友人の女の子とも会いたくは無かった。
あの黒マントの男との決着を付けて、全てを終わらせるまでは――。
205平成妖都の純情  ◆VzerzldrGs :2006/07/27(木) 05:11:29 ID:+gvuLhPw
【赤根沢レイコ(if…)】
状態 やや疲弊
武器 無し
道具 ?
現在地 同上
行動方針 魔神皇を説得 ライドウたちを探す ゲームからの脱出

【藤堂尚也(ピアスの少年・異聞録ペルソナ)】
状態 正常?
武器 ロングソード
道具 ?
ペルソナ ヴィシュヌ
現在地 同上
行動方針 葛葉ライドウを倒し、園村麻希の仇をうつ カオスヒーローとの再戦


すみません、トリップ付け忘れていました…orz
206 ◆VzerzldrGs :2006/07/27(木) 05:19:29 ID:+gvuLhPw
度々すみません、「同上」ではないですね。「蓮華台」で。
失礼しました。
207取引  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/28(金) 08:46:17 ID:26n4U1gT
ベスの持っていたザックに、ぼろぼろになった自分のザックの中身を詰め込んだ。
地面に落ちていたチャクラムも、何かの役には立つかも知れないと考えて持っていくことにする。
まともに投げて使える自信はないが、道具は一つでも多いに越したことはない。
それに、放置していっては誰に拾われるか判ったものではない。
敵を有利にする恐れのあるものは、この場に残していってはならないのだ。
――最もここに残したままにしてはならないのは、ベスの亡骸だった。

「……なあ」
横たわる彼女の傍に跪いた姿勢で、荷物を纏める手を止めて呼び掛ける。
ベスに向けた言葉ではない。自分の肩越しに感じる、何者かの気配――姿の見えないその存在に向けて、語気を強めた。
「そこにいるんだろ? 一つ後ろの曲がり角の陰。……振り向いてすぐ撃っても、当てる自信あるよ」
本当に撃つ気は、今のところない。
しかし言葉の端に、苛立ちが表れてしまったことは否めない。
絶対に撃たない、という気もないのだ。相手が人間ならともかく、この気配の主に対しては遠慮する必要はなさそうだった。
(悪魔……いるって、言ってたな)
主催者の言葉を思い出す。この街には悪魔の出現する場所もあるということ。先程の放送を境に、悪魔の力が増したこと。
しかし、この夢崎区の街中を歩いていて、今まで悪魔の姿はザ・ヒーローの連れたケルベロス以外見掛けなかった。
ここは悪魔出現地帯ではない。つまり、今ここに悪魔がいるとすれば、それは誰かの仲魔ということになる。
「出てこいよ。話を聞く気があるならさ」
初めて、その方向へ振り向いた。ゆっくりとした動きだが、無論油断はしていない。
闘士として多くの人間と、そして「救世主」として多くの悪魔と出会い、戦ってきた中で磨かれた感覚が告げている。
相手は人間ではない。悪魔だ。そして、かなりの実力を備えている。

「――その勇気に、敬意を表しましょう」
穏やかな声がした。その反応に、警戒心が強まる。
低位の悪魔には本能や破壊衝動のまま暴れるものが多い。知性と状況判断力を持ち合わせているのは、それなりに高位の悪魔だ。
その予測は、果たして間違いではなかった。
「天使……ヴァーチャー、か」
姿を現したのは、女性的な容姿と翼を持つ優美な天使。天使の階級では第五位に当たる、のだったか。
「怯まないのですね。無謀な人の子かと思いましたが、相応の実力もあるようだ」
「カミサマの思し召しらしくてね?」
大仰に肩を竦めてみせる。本当に神が「救世主」を選んだのなら、恨んでも恨み切れないが。
「で……俺を陰でこそこそ見張って、何か得でもあるのかい。あんたのご主人様の腹積もりが知りたいな」
薄い笑みを顔から消して、睨むのに近い視線で天使を見据える。
襲ってこそ来なかったが、この天使が、そしてその使役者が友好的な存在とは限らない。
天使も、所詮は悪魔だ。そのことはよく知っている。
そしてこの種族の悪魔は、下手をすると魔獣や妖魔などより余程性質の悪い存在であることも。
「私はそれを話すようには命じられておりません」
ポーカーフェイスで天使が答える。
「カミサマの命令で動いてるって訳じゃないんだろ、今は。悪魔召還プログラムを持ってる奴がいるのかい?」
「あの方にはそのような物は必要ありません」
「……へぇ。そいつは凄いや」
どのような方法でかは判らないが、プログラムなしで悪魔を使役できる者がいるとすれば脅威だ。
敵に回るような人物でなければいいが。手の中に汗が滲んだ。
「ま、いいや。大方偵察ってとこだろ? 戦う気もない、そっちの情報を出す気もないとなると」
天使は答えない。どうとでも受け取れ、と言いたげな目をして、口許には柔和な笑みを浮かべている。
悪魔を使役する術も持たない人間風情に、何と思われたところで不都合はない。
そんな軽侮を隠そうともしない、天使という種族の性格が――嫌いだった。
208取引  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/28(金) 08:47:14 ID:26n4U1gT
再び肩を竦めて、こちらから次の言葉を切り出す。
「どうだい。取引といかないか」
「取引?」
ヴァーチャーは怪訝そうな顔をする。値踏みするような視線が気に障るが、今この悪魔と争う訳にはいかない。
内心を隠して、敵意がないことを示すように両手を広げてみせる。
「頼みたいことがあるんだ。そう煩わせることじゃない。ご主人様を裏切らせることもない」
あんたのご主人様が、俺の敵だった場合は別だけど――と、心の内で呟く。
「取引と言うからには、見返りがあるのでしょうね。貴方は何を差し出すつもりです?」
「堂々と見返りを求めるなんて、無償の愛が聞いて呆れるね」
ミレニアムでは絶対の善なる存在とされる神の使いの単刀直入な問いに、憎まれ口を叩かずにはいられない。
ろくなものじゃない。天使も、こんな連中を束ねるカミサマも。それを信じている人間も。
「情報だよ。俺は、厄介な敵の存在を知ってる。あんたのご主人様にとっても脅威になりそうな、ね」
「我が主を貴方のような人の子と同じと思われては、心外ですね」
「高位悪魔……例えばケルベロスなんかでも太刀打ちできない、不死身の化け物がいるって聞いてもそう言えるかい?」
天使が僅かに眉を動かした。
悪魔は力の序列に敏感だ。自身より強い者、弱い者を確実に見抜き、それで態度を変える。
ヴァーチャーとは同等の力を持つケルベロスの名を出したのが功を奏したようだ。
ケルベロスが太刀打ちできない相手となれば、自身にとっても強敵である――それを理解できない天使ではないだろう。
そして、この反応を見るに、この天使は参加者にネクロマ使いがいることを知らない。
「……良いでしょう」
ヴャーチャーが、溜息をついた。
「ですが思い上がらないことです。貴方のもたらす情報が代価として相応しいかどうか……
それは、話を聞いてから私が決めることです」
「解ったよ」
押し問答をしても仕方ない。不本意ではあるが、この相手には多少下手に出なければ話は進まないだろう。
「じゃ、話そう。この街のどっかに、ネクロマを使う奴がいる。
悪魔にはそんなことする理由はないから、多分……参加者の誰かだ」
「ふむ……」
天使は聞く姿勢に入った。が、問題はここからだ。
ネクロマ使いについて、こちらとて人物像や目的まで知っている訳ではない。
手持ちの少ないカードで、相手を納得させられるかどうか。
209取引  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/28(金) 08:48:13 ID:26n4U1gT
「既に俺の知ってる限り、ゾンビにされた人間が一人いる。勿論、他にもいる可能性もあるね。
極論――放送で名前の呼ばれた死人の中で“動かない死体”になってない奴は、みんなゾンビ化してるかもしれない」
まさかそんな事態はないだろう、とは信じたいが。
ネクロマで操る死体は、自らが命を奪ったものである必要はない。
この狂気のゲームが終わらない限り、街には次々と死体が増えてゆく。人間のものもだろうし、悪魔のものも。
それが片っ端からネクロマで復活させられでもしたら、生存者が全員で手を結んでも対抗するのは難しいだろう。
「ゾンビって言ったって、下級の悪霊が死体に取り憑いてるようなのとは違う。
生きてた時の力を、体に掛かる負担も考えずに無茶苦茶に振るってくるんだ。ぼろぼろになっても止まらない。
……さっきも言ったろ、ケルベロスがそいつ相手に逃げの一手だったんだ」
「しかしネクロマの術ならば、癒しの奇跡で解除できるのでは……」
「無理だったから、こうなったんだよ」
横たわるベスを視線で示すと、天使は沈黙した。
「――尤も、全くの無駄だった訳じゃない。治癒魔法でゾンビの動きは鈍った。
掛け続ければネクロマの解除もできるのかもしれないけど、多分、天使が八方から取り囲むくらいしなきゃ駄目だね」
「……忌まわしい」
吐き捨てるように天使は呟いた。共感できる所など微塵もない種族だが、その感想だけは同感だ。
「そういう訳で。俺は、ネクロマを使った奴を始末するつもりだ」
「なるほど。術者が死ねば術も解除される……貴方の考えは解りました」
軽侮の色が幾分薄れ、神妙な顔付きになった天使が頷く。
「あんたのご主人様も協力してくれるってなら有難いけど、そこまでは頼まない。
ただ、忠告しとくよ。面倒な敵を増やしたくないなら、死体を見たら動き出さないように処理するんだ」
自らの手で死体を作った時も――とは、敢えて付け加えない。
未だ警戒を解かない天使の様子から、その使役者は他の全員を敵、或いはその候補と見ているのであろうことは薄々察せられた。
が、下手に争う相手を増やすことは避けたい。気付いていない振りをしておくのが賢明だ。
「動き出さないように、ですか」
「そう。……で、俺の要求なんだけど」
何を言い出すのかと緊張した様子で、天使が僅かに表情を硬くする。
しかし、ここまで話したからには要求を撥ね付けられることはないだろう。利害は一致しているはずだ。
「彼女を、燃やしてほしい」
210取引  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/28(金) 08:48:58 ID:26n4U1gT
ベスの体を包んで燃え上がる炎を、言葉もなく見つめていた。
形見に持っていこうと決めた彼女のバンダナを、手の中で握る。青と白の十字のモチーフ。神は、彼女を救ってはくれなかった。
「……これで、良いのですね」
横に並んで炎を見ているヴァーチャーが問う。
「他にどうしようもないだろ」
重い口を開いて、それだけ答えた。
これでいい。
遺体を燃やしてしまえば、彼女まで死してなお辱められるような目には遭わずに済む。
炎の魔法を使えるヴァーチャーと出会えたのは幸いだった。この天使の目的が、決して友好的なものではないとしても。
魔法の炎は、数分でベスを骨と灰に変えた。
荷物を移して空になった、自分のぼろぼろのザックに丁寧に骨を収める。
それから、灰を手で掬い取って一緒に詰めた。その間にも、つい先程まではベスだった灰は弱い風に飛ばされ、空中に舞ってゆく。
掻き集められるだけの灰をザックに詰めて立ち上がり、振り返るとまだそこにヴァーチャーはいた。
見ていても、何の得にもならなかっただろうに。
「人間とは不思議なものですね。肉体など、仮初めのものに過ぎないというのに」
そう言う天使の表情に、見下す色はなかった。
「天使様には、解らないだろうな」
また肩を竦めて――問いを付け加える。
「あんたのご主人様は、俺とは違うのかい?……人間、なんだろ」
ヴァーチャーは答えなかった。拒絶するように背を向け、翼を開く。
「また会うこともあるかもしれませんね。人の子よ」
「アレフ、だ」
舞い上がろうとしていた天使が、驚いたような顔で振り向く。
「人の子には名前があるんだ。覚えといて」
「……心得ましょう」
大きく翼を広げ、天使は地を蹴った。
その姿は街のどこかへ、優雅に飛び去ってゆく。主人のもとに帰るのか、まだ偵察を続けるのだろうか。
「……撃ち落とされんなよー」
遠ざかってゆく姿に、聞こえない程度の声で呼び掛けた。

通りに面した店のカウンターの陰に、灰と骨を詰めたザックをそっと隠した。
連れて行こうかと思ったが、やめておくことにした。復讐のために戦う姿を見られたくなかった。
自分が生きたまま全てが終わったら、彼女を迎えに来よう。
そして、どこか見晴らしのいい場所に葬ろう。 そう思った。
「……もう行くよ、ベス」
カウンターの奥の彼女に呼び掛ける。
「ヒロコさんは助けるよ。あんなことをした奴を、倒して……解放するんだ」
人間同士で殺し合うのは間違っている。自らの意思で手を汚したら、敵と同じところに堕ちる。それは解っていた。
それでも、ヒロコをあんな姿にした相手のことは許せそうになかった。
(ザインには……また会えても、顔向けできないな)
彼なら、同じ状況でも意志を曲げずにいただろうか。――いや、考えても仕方のないことか。
静寂の戻った大通りを、独り歩き出す。
きっとこれから、ずっと独りで歩き続けることになるのだろう。ぼんやりと、そう考えた。
211取引  ◆F2LGKiIMTM :2006/07/28(金) 08:49:45 ID:26n4U1gT
<時刻:午前7時>
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷、精神的落ち込み
武器:ドミネーター、チャクラム
道具:ベスのザック(食料・水2人分+ベスの支給品)、バンダナ
現在地:夢崎区、大通り
行動方針:ネクロマの術者を倒し、ヒロコを解放する

【ベス(真・女神転生2)】
状態:死亡(ヒロコにより殺害)
武器:アレフが持っていった
道具:アレフが持っていった
現在地:夢崎区、大通りに面した商店

【天使ヴァーチャー(何者かの仲魔)】
状態:正常
現在地:夢崎区
行動方針:夢崎区の偵察?
212休息:2006/07/29(土) 18:41:13 ID:3epqgNZX
蓮華台のほぼ中心に位置する七姉妹学園から移動して約一時間の刻が過ぎている。

「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう。
 力強き悪魔は、力弱き悪魔へ牙を剥き、絶対数は減るだろうが
 御主らの命はどれほどのものか――楽しみである」

午前六時に響いたあの言葉。
これは遭遇する悪魔が強くなるという事か?
主催者は参加する者達へ更なるもてなしをしてくれるようだ。
そして七姉妹学園入口で出会った二人の男女……
年齢自体はさほど自分と変わらなかった様に思える。
が、片耳にピアスを付けた少年は傍目、それも同姓から見ても美形に思えた。
加えてかなり状況把握に優れる人物の様にも思える。
彼の心の片隅で小さな劣等感が鎌首を持ち上げた。
そしてもう一人の少女、眼鏡が印象に残るのは彼と同じであった。
しかし攻撃的な印象を与える彼とは異なり、彼女は理知的な光を帯びていた。
この二人に共通するのは「容姿端麗」・「頭脳明晰」の四文字熟語。
普通の街中であったなら誰もが納得するであろう二人組であったかもしれない。
だが……
ここは「普通の街」では無い。
殺し合う為に用意された特設会場、勝者は生き残れた一人のみの世界なのだ。
二人についての詳しい関係は知る由も無いがこの殺し合いの中でも協力関係を結んでいる者達もいる……
少なくとも二人は……あのリストに記されたうちの二人は共闘してるのだ。
そういえば……
彼は思う。
あの二人の背後に「存在していたもの」はなんだったのだろう……?
「あいつ」が使役する「仲魔」の類には思えない。
生体マグネタイトによる実体化はしていないような印象だった。
例えて言うなら……そう……背後霊……そう例えるのが最も相応しいのかもしれない。
一体あれは何だったのか……?
213休息:2006/07/29(土) 18:41:53 ID:3epqgNZX
個人的な疑問を記憶の片隅に置き今後の事が考える。
もしも最後の二人になったら彼らはどう行動するのか……?
先程の行動から少年が少女を手にかける事はしないようにも思える。
そして少女が少年を殺すと言うのも話の辻褄が合わないような気がする。
そして……
あのピアスの少年と交わした再戦の約束……
あれは妙に清々しい気持ちだった。殺し合いの約束(である筈)なのに妙な高揚感。
それだけは確実であった。
あのピアスの少年となら全力で「気持ち良く」戦えるのかもしれない……
変な例えなのかもしれない。
殺し合いの筈なのに、気持ちよく戦えるというのは……
いずれにせよ今の彼はあのピアスをつけた少年と戦うには自分の戦力が足りないように感じられた。
もしかしたらそれは先ほどからあった劣等感も加わっているのかもしれない。
何にせよ、自分の力を高める必要性がある。
それは事実だ。
彼の目的は「生き残る」ただその一つなのだから……

そう考えると不安要素がまた湯水の如く湧き出てくる。
武器は若干入手ができた。
食料もある程度は持つものの、いずれにせよ限界が来る。
弾丸の補給も欲しい。
応急処置は可能であるものの出来るだけ自分の損害を最小限に抑えたい。
いずれにせよもう少し装備の充実が必要であるように感じられるのだ。
いつまで継続するかわからないこのゲーム……
いずれはあのピアスの少年と戦うとしても生き延びる術を模索する必要があるのだ
214休息: aeRqNVzu:2006/07/29(土) 18:42:57 ID:3epqgNZX
「それにしても……」
彼は周囲を警戒しつつ一人呟く。
ここは平坂区と呼ばれた地域、その入口に近い区域だ。
マップで確認したところ目に付くのは高校や横丁と称される商店街、そして駅ビル……
民家も多い様だ、言ってみれば下町とも言うべき区域だろうか?
しかし……おかしいのだ。蓮華台から続く違和感……
人がいない。
否、人の気配が皆無だ。あるのは此方を伺う様な悪魔の気配のみ。
民家はある。
が、ある「だけ」なのだ。
ただ無機質なオブジェの様に配置されただけの民家。
しかし中を覗くとまるでさっきまで人がいたかのような印象を与える。
まるでこの都市をそのままそっくり実物大で再現を行っているかのようだ。
人がいたようにしか思えないのだが、人の存在感がまるで見当たらない。
――民間人に危害を与える事はありえない。思う存分殺し合いたまえ……
そんな事を暗に参加者に知らしめる主催者の思惑すら感じられる。
さらにそれに続く哄笑まで聞こえた気がした。
畜生め……
思考が更に奥深くなる。
――もしもそれが本当であれば?
――今の推察が現実のものだったとするのなら?
いずれにせよリストから察するに多くの人間を招聘する事が可能なのだ。
このゲームを主催者は何かしらの力を持っている事には間違いない。
少なくとも……
彼の背筋が凍りつく。七姉妹学園での恐怖が彼の脳裏に再び蘇える。
あのような「人修羅」と名乗った文字通りの「化物」ですら参加「させられて」いるのだ。
その想像はあながち間違いではないのだろう……と彼は思った。
「人修羅」と名乗った少年。
「人修羅」が知るという人物達。
ピアスをつけた少年。
眼鏡をかけた少女。
そして彼自身が知る三人の参加者……
正体あるいは素性は知っているもののその実力が不明……
不明な要素が多すぎる。
不明な要素が多い以上、相対的な自分の実力と戦力を上昇させるしかないと彼は考えていた。
その為には方法はいくつか考えられる。
215休息: aeRqNVzu:2006/07/29(土) 18:43:31 ID:3epqgNZX
1:更に武器や防具、その他の道具を調達する。
2:参加者(出来れば弱っている人物)との交戦、勝利して武器等を鹵獲する。
3:既にノルマは達成されている。一旦何処かに潜伏し午後六時の放送結果から行動を開始する。

ざっと思い浮かぶのがこの三点……
積極的に行動し短期決戦を挑むか……?
消極的な行動をとり参加者の共倒れを狙いつつ長期的な生き残りを狙うか……?
いずれにせよ、何かしらの行動を行う必要がある。
覚悟を決めた。
……と思っていたものの参加者の実力が不明な点が多い以上、迂闊には行動は取る事は自殺行為にも思える。
「さて……どうするか?」

……ぐぅ……

腹の虫が彼に抗議の声をあげた。
「……ったくよぉ……」
思わず苦笑。そして頭を右手で掻き毟った。
こんな時、こんな状況であってさえ腹は減る。尿意もあれば睡眠欲すら……
人間の体とは本当に正直に出来ているものだ。と自分の体に感心した。
とりあえず危険を出来るだけ回避する為、大通りに面した民家ではなく、少しおくに入った民家に侵入を試みる。
どうと言う事はない平屋の家屋だ。
ドアノブを静かにまわす。……鍵はかかっていない。
荒廃した世界で嫌でも身に付いた動作。
まずは銃を構える。もちろんトリガーには指をかけない。暴発を防ぐ為だ。
ドアを素早く最低限のみ開けて、滑り込む様に上体をかがませつつ室内に侵入する。
銃を水平に構えつつ周囲を警戒。いつでも奇襲に対応できるように……
その全ての行動が無駄であった。
ここもやはり人の気配は無い。
人の気配は無い。しかしながら人がそこまで存在していたような印象があるのだ。
平屋の部屋を全て見て回る。
電気も水もガスも生きている。
ライフラインは確保されている。
殺し合いをさせる状況に人を持ち込ませ、かつ生活に必要な状況を提供させる。
親切丁寧な場所を提供してくれた主催者には感謝するしかない。
……もちろん皮肉的な意味で言っている。
屋内を捜索する。台所を中心に。
カップラーメンの類があった。
冷蔵庫にも食材の類はある。腐っているものはなさそうだ。
一瞬調理したいという欲望にもかられたが状況が状況だ。
調理に集中していたら後から攻撃された……
攻撃する人間は喜劇そのものであろうが、攻撃された人間ただの悲劇。
否、攻撃された者が道化者であり喜劇か……
正直、調理そのものは彼は嫌いではない。むしろ好きだといっていい。
それに今は集中して調理できる気分でもなかった。
漏れるため息が一つ。
薬缶を見つけ、それに水をいれる。
ガスコンロの上に薬缶をのせて火ををつけた。湯を沸かす。
見つけたカップラーメンを飢えを満たすつもりだ。
目覚まし時計を見つけた。動いている、時間を刻み続けている。これで時間がわかる。
湯が沸く間に割り箸を発見。これも使わせてもらおう。
時間と状況、持物から考えてこの方法が空腹感を満たす方法として一番ベターな選択に思えた。
台所の窓が無い角に閉じこもる様に腰を下ろす。
遠方からの狙撃回避と背後を出来るだけ無防備にしない為に。
216休息: aeRqNVzu:2006/07/29(土) 18:44:06 ID:3epqgNZX
何故か幼少の記憶が頭に過ぎる。
大酒飲みであった父親に対する恐怖に怯えつつインスタントラーメンをすすっていたあの時……
今もその状況と変わりが無い様に感じられた。
思わず頭を振り、一人しかいないのにジャスチャーで彼はそれを否定した。
冗談じゃねぇ……
ビクビクと過ごしたあの頃の俺とはもう違う。
親父もいねぇ、いや仮にいたとしても反撃できる。
文字通りにボコボコに出来るに違いない……

カチリ……
ほんの小さい音が彼を我に返す。
待ち望んだ時間だ。
左手にはラーメンの器、右手で箸を持ち、歯でその箸を真っ二つに折る。
ラーメン特有の音と共に満たされていく空腹感……
一個では足りない……
続けてもう一個に湯を注ぐ。
そして待つ。
この数分の間、普通であれば彼は色々今後について考える所であった。
しかし今考える事は……
「この空腹感を満たしたい」
ただそれだけであった。

二個のカップラーメンを完食、腹が落ち着く。
台所にあった湯のみに同じく台所から見つけたインスタントコーヒーと若干残ってあった湯を注ぎ、喉に流し込んだ。
口内にインスタントラーメン独特の残った塩っぽさが一気に消え失せた。
ふぅ、と一つ。満足のため息。
この一時の充足感。
満足できる僅かな時間。
空腹感が満たされると同時に奇襲を仕掛けてきた「何か」。
彼は懸命に頭を振り対抗する。
瞼を揉み解す。
頬をつねる。

が……
瞼が徐々に重くなる……
現在の彼にその「何か」に抗う術は持っていなかった。
食事した格好のまま、彼は睡魔に敗北。
そのまま眠りについてしまった。
食事の為に用意した目覚まし時計のタイマーをセットしたような記憶があるのだが……
今の彼にとってそれを確認できる事は出来なかった。
意識の混濁、そして徐々に広がる意識に浸透する闇……
殺し合う為に用意された特設会場……
このスマルと言う都市にて、彼にとって僅かであるかもしれないが人としては普通の、しかし彼にとっては幸せな時間がしばしぼ間訪れた……
217休息: aeRqNVzu:2006/07/29(土) 18:44:39 ID:3epqgNZX
【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態  :正常(睡眠状態)
武器  :銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具  :カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
     高尾祐子のザック所持の中身(詳細不明、尚高尾裕子が所持していたザックその物は破棄)
     応急処置用の薬箱
     蝋燭&縄
     十得ナイフ
現在地 :平坂区(一般家屋室内)
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。藤堂尚也との再戦。

【現在時刻】
午前九時
218名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 10:04:43 ID:40Ux6MZ7
保守
219名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 00:58:21 ID:euxD2cjW
ほす
220名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 22:07:32 ID:u3ykIy2w
保守
221名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:24:07 ID:DH9aD0S7
保守
222名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:27:09 ID:51q0Q//T
あげ
223名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 22:35:51 ID:fBmaEbYY
あげ
224名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 01:06:57 ID:Er/+2Zva0
ここでsage
225名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 14:57:07 ID:38NHSn+y0
あげ
226名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:19:36 ID:t0Hxxd7M0
保守
227名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 09:20:02 ID:s0meG7g00
ほす
228名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:10:09 ID:bTSEIoUoO
保守
229名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 16:11:01 ID:TLBxj/ef0
保守
230名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 21:38:20 ID:jXjBtbj20
あげ
231名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 22:41:30 ID:2o3Ayu/T0
保守
232名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 03:29:01 ID:yU0YT7bi0
保守
233名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 22:39:34 ID:5cAGXySm0

234名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 23:07:47 ID:KF2niJTZ0
保守
235奇妙な出会い:2006/09/08(金) 04:31:45 ID:Q+VQ5tZ90
――午前9時。

最初の放送から既に三時間も経過していた。
ふすまの間からはかすかに光が入り込み、かすかにスズメの囀りが聞こえてくる。
それ以外からは人の足音も、ましてや銃声も聞こえては来なかった。
だが、今も殺し合いが続けられている現状に違いは無い。それが南条圭をひたすらに追い詰め、何度も自分の運命を呪わせた。
己の境遇を呪い、かと言って状況を打破する方法も思いつかず、
また、例えその方法が見つかったと言っても力量が遠く及ばない現実を呪い、
そして、孤独であることを呪った。
園村麻希の死が確認され、自分が信頼する仲間たちも行方知れず。そして今一歩動き出すことすら躊躇う自分。
今、この瞬間ほど自分がいかに小さな存在であるかを思い知ることは今後二度と無いだろう。
絶望――その単語がよく似合う。
その中で、何度も、何度も、誰よりも大切だった執事である山岡のことが頭を反芻した。
彼はいつだって自分の傍らにいて、仕事で殆ど顔を合わせることも無く、
たまに会ったとしても殆ど会話らしい会話を交わさない両親に代わって自分を此処まで育ててくれたと言っても過言ではない。
(こんな時、山岡は…)
園村麻希が入院していた先の病院で、ゾンビから看護師を庇い、自分の腕の中で息を引き取った山岡の最後の言葉が蘇る。

『必ずや、日本一の男子に――』

南条は、自らの首元を飾る『NO.1』と書かれたマフラーをぎゅっと握り締めた。
今更のように涙が溢れそうで米神辺りが少し痛んだが、こんな所で泣いていても始まらないと悟り、何とか堪える。
そう、こんな所で燻っていても仕方が無いのだ。
動き出さなければどうにもならない。此処にいて、万が一殺意を剥き出しにした誰かに襲われてしまえば何もせずにで終わってしまう。
一番になるなんて遠い夢として終わってしまう。
幸い、まだ生きている仲間はいるのだ。彼らを探し、合流すれば互いに良い知恵を出し合い、この地獄を抜け出す手立てが見つかるかもしれないのだ。

「山岡、僕は行く。だから、見守っていてくれ。」

南条は握り締めたマフラーにそう呟き、シルバーマン邸を出た。
236奇妙な出会い:2006/09/08(金) 04:33:31 ID:Q+VQ5tZ90
「これは…」
シルバーマン邸の檜造りの立派な門を出た時、彼は門柱に布の切れ端が括り付けられているのを見つけた。
布はカラフルなストライプで、強引に破いた形跡があるが、しっかりと固結びで縛り付けてあるので明らかに人為的に残された物であることが判る。
だがそれよりも南条はこの布に見覚えがあることが引っかかった。
これは軽子坂高校の制服の布地だ。
かすかに糊の効いた折り目がいくつか残っている辺り、おそらく女子のスカートの切れ端だろう。
確か、この殺し合いの地獄に叩き込まれた人間の中に、このスカートを纏った女子が二人ほどいたのを覚えている。
南条の同級生である内田たまきも軽子坂高校から来た転校生だったが、
最初に集められた教室のような空間では今在籍している聖エルミン学園の制服姿だったから、この切れ端は彼女以外のどちらかが付けて行ったのだろう。
(さすがにこんな物が罠というわけでは無いだろう…。)
南条はスカートの切れ端を解き、それを手にとった。と、その時切れ端の隙間から爪先辺りに小さな紙切れがはらりと落ち、彼はそれを拾い上げた。
手帳か何かを破ったメモのようだ。
それにはボールペンで短い文章が書かれている。随分と丁寧な文字で、やはり女の書くような、若干丸みを帯びた字体である。
「なっ…!」
その文章を読んだ瞬間、南条の心臓は大きく跳ね上がった。

『葛葉さんへ
ほんの少しだけ此処に立ち寄ったのでメモを残しました。でも此処もやはり目立つのですぐに移動するつもりです。
民家は静かな分、人に見つかりやすいかもしれないので次は商店の方へ向かうつもりです。
一緒にいる藤堂尚也さんはとても優しく接してくれます。なので私は大丈夫です。心配しないでください。
赤根沢レイコ』

藤堂尚也が、此処を通りかかったと言うのか――!
自分の親友とすら呼べる人物の生存確認が出来た喜びとは正反対に、南条は自分の不運に泣きたくなった。
こんなに近くにいてすれ違っていたとは……。
だが、がっかりしている場合では無く、彼は気を取り直すともう一度そのメモに眼を落とした。
このメモを残した赤根沢レイコという人物は十中八九、軽子坂高校の生徒であろう。
そして藤堂尚也と行動を共にしていると言うことは少なくとも殺し合いに乗った人物ではない。
当然だ。殺し合いに乗るような人間ならば、まず誰が見るか解らないような場所にこんなメモを残さないだろうし、
生きてこの街を出ることが出来る者がたった一人というルールである以上、個人行動を取っていると考えるのが自然だ。
そしてこの赤根沢レイコなる人物がメモを残した相手、葛葉という者。
この人物も、おそらくはルールに乗った者では無い筈。それが一体何者なのかまでは南条の知る所では無いが。
この葛葉という者に対するメモを残すということは、
赤根沢レイコ、そして藤堂尚也は葛葉なる人物と行動を共にしていて、何らかの事情ではぐれてしまったと言うことになる。
今この街でその何らかの事情とはつまり――殺し合いだ。
そしてその殺し屋が狙ったのは赤根沢レイコと藤堂尚也ではなく、葛葉――。
その後、赤根沢レイコと藤堂尚也はこの場所に危険を感じ、この開けた道路よりも死角の多い商店街の方へ移動。
何故、危険を感じたのか、それはこの近くで藤堂の友人である自分以外の誰かに接触、もしくは目撃したからだろう。
……だが残念ながらこのメモに書かれている情報から南条が推理できるのは此処までだ。
そもそも葛葉とやらがどんな人物であるか解らない以上、此処から先の詮索は無理である。
大体、先ほど眼を通したルールブックの中の名簿には葛葉という名前の人物は二人もいるのだ。
彼らの関係も血縁者なのか、たまたま苗字が同じというだけなのかも不明だ。
(余談だが南条はシルバーマン邸に篭城していた数時間の間、ただひたすら絶望に打ちひしがれていたわけではない。
彼なりに状況を分析し、その一環として名簿の名前全てを暗記していたのだ。)
兎に角、篭城から出てきた以上は動くしかない。
このメモがいつ残されたのかは解らないが、まだ藤堂はこの近くにいるかもしれないのだ。
ほんの少しだけ希望が持てた矢先、目の前の曲がり角からひょっこりと見知らぬ男が現れたのが見えた。
237奇妙な出会い:2006/09/08(金) 04:35:02 ID:Q+VQ5tZ90
「!!!」
南条は反射的にシルバーマン邸から拝借してきた刀に手を掛けた。
右手に持っていたスカートの切れ端とメモ用紙がはらりと落ちる。
だがそれに注目している場合ではない。
緊張の瞬間だが、彼は刀を抜かなかった。
抜いてしまえば相手は宣戦布告と見なし、破れかぶれに襲い掛かってくるかもしれないからだ。
「ちょっ…待って!」
男は曲がり角を出てすぐに刀に手を掛けた南条と鉢合わせになったことに余程驚いたのだろう。
眼を丸く見開き、ややオーバーリアクションな動作で仰け反り、両手を挙げ、南条に向かって敵意が無いことをアピールした。
そして、バサバサと男が両手に抱えていた物が地面に落ちた。
傷薬、包帯、消毒液、ビニール袋に入ったパン、それと何故か日本酒の紙パック(荒々しい筆字で「からじし」と書いている)、
それから全員に配布された黒いカバン。
見たところ凶器になるような物は見当たらない。強いて言うならやや大振りの鋏くらいの物だろうか。
落とした物だけを見ると、どう考えても殺しに乗った者の持ち物では無かった。
だが、両手こそ挙げていても、ジャケットの下に拳銃でも隠しているかもしれない。
南条は刀の柄から手を離さなかった。この男が少しでも変な行動を起こしたら、容赦無く斬り捨てる覚悟はもう決まっていた。
自然、眼に力が入る。
「まままま待ってくれっ、またこんなのって嘘だろ〜。畜生、ついてねぇ…。」
男は両手を挙げたまま、先ほどと同じくオーバーリアクションで盛大な溜息を付いた。
「まったく、さっきは知らないお姉ちゃんに銃で撃たれるし、今度は俺、刀で斬られるの? カンベンしてよ…」
言葉の内容の割に随分と軽い口調だが、それらの端々に敵意は感じられない。
それに、男は自分で言うように左肩から血が滲んでいた。
ジャケットに付いた血が既に乾きかけている辺り、自分である程度の手当ては済ませているのだろうが、
挙げている両手の内、左手だけがやや震えているのだから、それなりのダメージは蓄積されているようだ。
「解った。もう手を下ろしていいぞ。」
「マジで? 良かった、今度こそまともに交渉が出来る。
先に名乗っとくよ。俺の名前は塚本新。コンゴトモヨロシク…なんてな。」
男はやっと自由になった両手を軽くストレッチしながら陽気にそう言った。
変わった男だ。
そんな言葉を飲み込みながら、南条は少し表情を緩め、自己紹介に応じた。
「俺は南条圭。お前、怪我をしているようだから俺が診てやろう。ちょっとこっち来い。」
「はあ…」
自分と同い年か、それ以下と思われる眼鏡の尊大な態度に文句の一つでも言いたいという表情を露骨に浮かべてはいるが、
塚本新は、此処でようやく何とか交渉≠ワで漕ぎ着けた。

その時、二人の間を一陣の風が通り、南条の足元に落ちていたメモとスカートの切れ端はあっという間に飛ばされてしまった。
238奇妙な出会い:2006/09/08(金) 04:39:16 ID:Q+VQ5tZ90
【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:シルバーマン邸/前/蓮華台
現在時刻:午前9時頃
行動方針:仲間と合流

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(ただし左手が動かせない)
武器:作業用のハサミ
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん) 銘酒「からじし」
現在位置:蓮華台・アラヤ神社より東の道路
行動指針:蓮華台の民家で家捜し、スプーキーズとの合流
239希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:40:55 ID:JqkC+aaj0
ドアの軋む音の大きさに、思わずどきりとして手を止めた。
――いや、正確にはその音が大きかったのではない。ここは静かすぎるのだ。
いくら無人の静かな街だからと言って、この程度の音が外にいる者に聞こえてしまうはずはない。
そう解っていても妙に緊張してしまい、両手で持っていた荷物を落とさないように片手だけで抱え直して、ゆっくりとドアを押し開けた。
念のため、ドアの向こうの様子を慎重に覗う。
見える範囲に異変はない。ひとまず安堵の息をつき、ドアを潜った。
「救急箱、見付かったよ」
小声で呼び掛けてみたが、返事はない。心配になって足を速め、すぐ側まで近付く。
「大丈夫か? 奥から救急箱、持ってきたんだが」
「……あ。すまない……ありがとう」
彼の体格には小さく見える椅子にぐったりと腰を下ろしていた青年が、僅かに顔を挙げた。
数々の修羅場を潜ってきたのだろう彼が、こんな至近距離にまで寄られなければ気付かないほど消耗している。
状況は、依然深刻だった。

不気味な鎧を着けた金髪の男からどうにか逃げ延びて、まず考えたのは体を休めることだった。
二人とも酷く疲れていたし、負傷しているザインは動き続けるのも辛そうだったからだ。
あの男や他の攻撃的な相手に見付からないためには、どこか屋内に入った方がいい。
これだけの建物が立ち並んでいたら、その中のどこに隠れたかをそう容易く特定されることもないだろう。
が、念を入れるなら、内部にも身を隠す場所が多い建物がいい。
それに、休むとなるとしばらくそこから動けないだろうから、必要になりそうな品が揃っているに越したことはない。
快適に休める部屋でもあればなおいいが、そこまで高望みはできないだろう。
とにかく早く、誰にも見付からないように隠れ場所を見付ける必要がある。
民家は快適ではあるだろうが、鍵の掛かっていない家を探すのに時間を費やすのも気が進まなかった。
鍵やドアを壊して侵入などすれば、前を通った者に気付かれてしまう危険性も高い。
確実に開いているというのなら、狙い目は商店だ。
繁華街にまで辿り着いていれば選択肢も多かったのだろうが、この付近に見当たる店はそう多くない。
そんな中で目に留まったのは、あまり大きくはない文具店。
誰にも見られていないのを確認し、店に入った。陳列棚が並んでいて見通しは悪いが、幸い先客はいなかった。
まずはザインを休める場所に連れていくのが先決だ――と、思ったのだが。
さすがに消耗が激しかった彼は、店に入るや否やほとんど倒れるように座り込んでしまった。
緊張の糸が切れて、力が抜けてしまったのだろう。
結局、客のいない時に店員が座るためのものだろうか、カウンターの奥にあった小さな椅子の所まで肩を貸して連れてくるのが精一杯だった。
彼ほどではないにせよ疲れている身には、それだけでもかなりの重労働だ。
が、まだ休んではいられない。次は、傷の手当てができるような品を探さなくては。
支給品の傷薬は残っているが、ただ薬を塗ればいいというものでもない。
傷口を清潔にして、できれば包帯か何かで保護しておくのが必要だ。
ザインには椅子に座って休んでもらい、その間に店内と、奥の小さなオフィスを軽く物色する。
文具店の品揃えというのは意外に多彩だ。役に立ちそうな物は数多くあったが、まずは手当てに使えそうな物だけを集めることにした。
それで、収穫を持って今、カウンターまで戻ってきた――という訳だ。
240希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:41:56 ID:JqkC+aaj0
カウンターの上に、持ち出してきた物を並べる。
少量の薬と包帯が入った救急箱。オフィスにあった、所謂置き薬という奴だ。店員用に常備してあったのだろう。
濡らしたタオルが数枚。これは商品だ。まだ真新しくあまり水を吸わない、可愛らしいキャラクターの描かれた子供用のもの。
包帯を切るための鋏も商品の中から頂戴した。
「傷、見せてもらうよ」
「……すまない」
申し訳なさそうに、ザインが頷く。遠慮がちな様子からは、世話を焼かれるのに慣れていない風が見て取れた。
未だ歳若い彼は、今まで、どんな風に生きてきていたのだろう。
「君の格好、変わってるな」
「そう……かな」
「こんなに包帯ぐるぐる巻いた奴は珍しいね」
背中の傷を見るため上着を脱がせ、断ち切られて本来の意味を為さなくなっていそうな血塗れの包帯を取り除く。
触れてみると解るが、この包帯は治療用のものよりも丈夫な材質でできているようだ。
格闘家が拳の保護用にバンデージを巻くというのは聞くが、全身に巻くというのはさすがに聞いたことがない。
用途としては、それに近いものなのだろうが。
「服もぼろぼろだし、後で新しいのでも調達しようか」
軽い口調で言いながら、彼の背に刻まれた傷を覗き込んで顔を顰めた。
傷口はかなり深く開いており、出血も未だ止まる様子はない。
「君の体格に合うのを探すのは大変かも知れないね。そのヘアスタイルに似合うのとなれば尚更だ」
不安から気を紛らわすために、軽口を叩き続ける。
「制服も似合わないって言われたな。着たのは最初の頃だけだったけれど……」
「制服? 学校のかい」
目の前の青年が学生服を着ているところを想像しようとし、あまりの違和感に思わず笑いが洩れそうになる。
学ランにしてもブレザーにしても、どう頑張ったって似合いそうにない。
「いや……テンプルナイトの制服だよ。学校というのは……行ったこと、ないな」
「そっか」
自分達の生きてきた平和な世界とは違うのだろうな、とぼんやりと考える。
濡れたタオルを手に取って、まずは傷口の周りに付いた血を拭き取った。それだけで、新品のタオルはもう真っ赤に染まる。
彼の視界に入らないように、汚れたタオルを後ろに投げ捨てた。カウンターから次の一枚を取る。
縦一文字の傷に沿って軽く触れるように拭き始めると、やはり相当痛むのだろう、ザインは体を強張らせた。
それでも弱音の一つも吐かず、呻き声さえ上げない。
(強いな……彼は)
その強さが頼もしいと言うより、寧ろ痛々しく思えた。
彼がもっと弱かったり、臆病だったり、卑怯だったりしたらこんな苦労は背負い込んでいないだろうに。
「テンプルナイト、ってのは何だい?」
背中の傷を拭き終わると、喋っていた方が互いに気も楽だろうと次の質問を繰り出す。
「……法の番人。人々が平和に暮らせるように……秩序を、守るんだ」
「そいつは……」
さすがにコメントに困った。何しろこちらはハッカー、秩序に反抗する犯罪者である。
もし同じ世界に生まれ育っていたら、自分と彼とは敵同士になっていたかもしれない訳だ。
全く違う環境で育っても今と同じ自分が出来上がるかどうかは予測も付かないし、予測したくもなかったが。
「――次、腕」
あまり突っ込んだことは話さず、手当てに集中することにする。
促すと、ザインは素直に腕を差し出し、巻かれた包帯を自らの手で取り去った。
「こっちは軽傷だね。それにしても筋肉、凄いな」
「……ただの体質だよ」
逞しい腕には、刀を受け止めた時の傷が幾つも刻まれている。
タオルをまた新しいものと交換し、丁寧に血を拭き取った。彼のものと、恐らくあの死んでいた少女のものが混じった血。
こんなに沢山の血を見たのは初めてだ。気が滅入ってくる。
241希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:42:29 ID:JqkC+aaj0
「そういえば、君の知り合いはどうしたんだろうな」
希望の持てるような話をしよう。そう考えて、ふと思い出す。
蓮華台でゲームに乗らないよう皆に呼び掛けていた時、ザインには一緒に行動していた仲間がいたはずだ。
「アレフなら……きっと無事だよ」
「信頼してるんだな」
答えるザインの声には、不安の響きはなかった。
アレフ、という名は確かに放送された死者の中にはいなかった。が、それからも街のそこここで戦いは続いているのだ。
それでも無事だと言えるほど、信頼できる実力の持ち主なのだろう。
そして、信頼しているのは実力だけでないことも、その口調からは窺えた。
「もし僕が死んでも、アレフはきっとこの状況に立ち向かってくれる。独りでも」
「おいおい。縁起でもないな」
「……すまない」
弱々しく笑顔を作り、ザインは俯いてしまう。
少し気まずくなって、彼の肩をぽんと叩いた。
「生き残るんだろう。それに彼だって、きっと独りのままじゃない」
こんな場所からは脱出したい、殺し合いなんて真っ平だと思っている人間は少なくはないはずだ。
自分達と同じように、出会った同士で同盟を結び、行動を共にしている者達もいるだろう。
「そう……だな。アレフなら、きっと……」
「仲間になってくれる人達が、もっといるはずだ。だから、生き延びないと。合流できるように」
言い聞かせたのは彼に対してよりも、不安に負けそうな自分に対してだったかもしれない。
――「きっと」と「はず」と「だろう」ばかりの希望的な予測。それが、今は一縷の光だった。

「じゃあ、腕の次は……と」
次の傷を拭き清めようとその部位を見て、思わず手も言葉も止まる。
「……酷いものだろう? でも、大丈夫だよ」
絶句の意味を悟ったのだろう――理解できないはずもなかったが。穏やかにザインが言う。
「お陰で出血は止まった。感覚も、なくなってきてる……痛みもあまり感じないんだ。
……もしかしたら、普通の弾で撃たれるより良かったのかもしれないな」
(いいもんか、これが)
言い掛けた反論を飲み込む。確かに、痛覚が失せているのは幸いかもしれない。しかしこれは、致命的じゃないのか?
蓮華台で撃たれた時の脇腹の傷。倒れていた彼を助けた時にも見て、応急手当てをした。
が、その時は傷の周りの僅かな部分が石化しているだけだった。
それが今はどうだ。たったの数時間で、石化した部分は何倍にも面積を広げている。
このまま治せなかったら、彼が動けるのは後どのくらいの間だろう。
全身が固まりこそしなくとも、手足が動かなくなったら何もできない。そうなった時、彼を守れるだろうか?
――無理だ。守る力なんてありやしない。戦いの場で、自分がどれだけ無力かはよく知っている。
「味方が必要だな。僕達には、もっと」
否定的なことは口にしたくなくて、言葉を濁した。
二人だけではどうにもならない、と認めたに他ならない言い草ではあったけれど。
冷たい石と化した皮膚をタオルで拭いて、血の汚れを拭う。
柔らかい布を通して伝わる無機的な感触が怖くて、悲しくて、遣る瀬なかった。
242希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:44:04 ID:JqkC+aaj0
「……よし。こんなもんかな」
背中と腕の傷に塗ると、手持ちの傷薬はほとんどなくなってしまった。
しかしこれ以上傷が増えるようなことになってほしくはないし、薬はどこかで入手できるかもしれないから、
薬を惜しんで手当てをおろそかにすることもないだろう。
元通りとはいかないが一先ず痛々しくは見えないように、救急箱から手に入れた包帯を彼の体に巻き付ける。
実際やってみると、結構な手間が掛かる。
毎日着替えの度に包帯を巻き直していたのだろう彼は、意外とまめな性格なのかもしれない。
「世話になってばかりだな……」
「そうでもないさ。さっきは、僕独りじゃどうにもならなかった。二人いたから、二人とも生き残れたんだ」
「……ありがとう」
俯いたまま、ザインは呟く声で応えた。
(――参ったなあ)
背を向けている彼には見えないように、密かに肩を竦める。
弱気になってしまう気持ちは、解らなくもない。いや、彼の今の状況で、そうならない方がおかしい。
しかし、気にしなくてもいいことまで負い目に感じていては、いずれ押し潰される。
ザインのような自分を大切にすることを知らない人間ならば、尚更だ。
「疲れてるだろう。僕が見張ってるから、休むといい」
椅子の前に回り込んで、俯いたザインの顔を覗き込む。わざとおどけた仕草で、笑顔を作ってみせた。
「あなたも……疲れているんじゃないのか?」
「君ほどは疲れてない」
随分歩き回ったり走ったりして、運動不足の身にはなかなか堪えたが、ただの疲労なら充分な休息を取れば回復する。
尤も、明日辺りには筋肉痛に悩まされるかもしれない――明日まで生きていれば、だが。
「したいこともあるしな。折角PCが手元にあるんだ」
「……すまない。好意に甘える」
「謝ることないって。子供は大人に甘えていいんだ」
思わずそんな言葉が口をついて出てきて、我ながら変な言い草だと思う。
子供の世話を焼くのは嫌いではないが、少年と言っても十代後半にもなれば半分大人のようなものだ。
彼と同年代であろうスプーキーズの面々に対しては、甘やかそうなどと思ったことはないのだが。
しかも彼はどう見ても、庇護欲をそそるタイプではない。寧ろ頼もしく見えるはずなのに。
「――驚いたな」
意外そうな表情をして、ザインが顔を挙げた。
「子供なんて言われたのは、生まれて初めてだ」
「初めてって……小さい時くらいは言われただろう?」
「……そういえば、そうか」
ザインは、まるで本当に初めて気付いたような顔をする。何に納得しているのか訳が解らない。
自分も老け顔で、十代の頃に成人と勘違いされることも少なくない――今は中年と勘違いされる――が、それとは問題が違う気がする。
恐らく違う世界、或いは違う時代の人間で、学校に行ったこともなく若くして戦いの中に身を置いていたという彼。
少年らしい生活など許されず、知らずに育ってきたのだろうか。
「……君は、死んじゃ駄目だ」
「え?」
「まだまだ、人生の楽しいことなんか全然味わってないだろう。そのまま終わっちゃ駄目だ」
口に出すまでもなく、彼を死なせるつもりはないし、本人も死ぬつもりだという訳ではないだろう。
しかし、強く念を押しておかなければ、彼は何かの弾みであっさりと命を捨ててしまいそうな、そんな不安があった。
縁起でもない、と笑い飛ばしてくれたら、まだ安心できるのだが。
「……ありがとう」
案の定、彼は困ったような微笑を返す。
その反応は、彼自身もある種受け入れる姿勢で死を意識していたということに他ならない。
243希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:45:12 ID:JqkC+aaj0
「さ。生き残るためにも、もう寝るんだ」
その悲壮な覚悟に気付かなかった振りをして、軽い口調で言った。
「ああ……そうするよ」
少しよろめきながら椅子から立ち上がり、彼は壁に凭れ掛かるように座った。
そのまま、石化した左脇腹を下にして壁際に横たわる。それだけの動きでも、かなり動き難そうなのが見て取れた。
「おやすみ」
「……うん。おやすみ……」
よほど疲れ果てていたのだろう。横になるとすぐに目を閉じ、数分も経たない内に寝息を立て始めた。
こんな硬い床の上でなく、もっと柔らかい寝床を早めに確保しなければ、と思う。

「さて、と」
彼が目覚めるのをただ待つ以外にも、することはあった。
今できる、唯一と言ってもいいこと。
ザックの中に突っ込んだままだったノートPCを取り出し、開く。随分乱暴に持ち運んでしまったが、まあ、この程度では壊れないだろう。
道具を粗末に扱うのは好きではないが、背に腹は代えられない状況というのもある。
椅子に腰掛けると、カウンターに置いたPCに心の中で小さく謝って電源を入れた。
ポケットから取り出した煙草にライターで火を点け、一息吸い込んだ辺りで、見慣れたアルゴンOSのスタートアップ画面が現れる。
ザインと彼の仲間は、操作方法が掴めなかったらしい。
普段から使い慣れていると忘れがちだが、アルゴンOSのインターフェイスは独特だ。馴染みがないと、すぐには把握できないだろう。
まずは、先程は確認できなかった部分までじっくりと、インストールされているソフトを確認する。
例の悪魔召喚プログラム以外には目立ったものはない。標準的なプリインストールソフトが並んでいるだけだ。
ネットワークへの接続は、当然できない。機器も何もないのだからこれは当然だ。
一つの市が丸ごと外界から隔離されているというこの状況では、外部のネットワークに繋がる回線が引かれている望みも薄いだろう。
ただ、然るべき機器さえあれば他のPC、それからPCと接続できる類の電子機器とは繋がりそうだ。
思い通りにいくとは限らない。しかし、だからといって何もしない訳にはいかない。
今は手持ちの道具と才覚でできることを増やして、とにかく選択肢を広げることが重要なのだ。
「まあ、こんなもん――か」
一通りの確認を終えると、次の仕事に取り掛かる。
この街について、自分達はあまりに何も知らない。支給された地図も不完全な代物だ。
脱出する術を探すにしても、殺人者の毒牙から逃げ回るにしても、地の利を掴まなければどうしようもない。
そして、自分の足で歩いて頭で把握するのは容易ではない。歩き回るだけでも危険が伴うし、疲労もする。当然時間も費やす。
何より、人間の記憶は他者に正確に、過不足なく伝達することが困難だ。
244希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:46:04 ID:JqkC+aaj0
するべきことは明白だった。
まず前提として、このゲームに抵抗するには協力者が必要である。
そして、生き残るためには地理を把握することが有利に働くだろう。
慣れない街の地理は、そう簡単に把握できるものでもない。人間の頭で全ては記憶できない。
協力者と手分けして区域ごとに調べたとしても、自分が実際にその場所を歩いた経験は人には伝えきれない。
しかし、PCがあれば違う。調べたことをデータとして残しておけば、記憶しなくともいつでも参照できる。
それにデータなら、人に渡すのも容易だ。
当然、協力者が見付かったらまずPCショップを押さえ、人数分のノートPCを確保するつもりだ。
遠隔地との通信ができないのは残念だが、手分けして調査した後に合流してデータを交換できるだけでも随分手間を省ける。
尤も、それを実現させるには、別行動を取っても危険がない程度の人数を確保することが必要になるが。
一心不乱にキーボードを叩き続ける。あまり時間を掛ける余裕はないから、オートマッピングのような複雑なプログラムは組めない。
役立ちそうな店、誰かに遭遇したり死体を見たりしたこと、悪魔出現地帯などの情報を地図上に書き込めるソフトを作るのがせいぜいだ。
その地図も、支給されたものから画像を取り込む手段がない以上、各区の形を真似て手描きするしかない。
誰かの支給品に高性能なマッピングソフトでもあれば助かるのだが、と贅沢なことを考える。
PCショップでの入手は期待できない。街並みから察するに、この世界は近過去だ。
店頭に並んでいるソフトは低機能なものが多いだろうし、そもそも下手をするとアルゴンOSでは動かない。
勿論、逆のことも言える。
折角プログラムを組んでも、それがアルゴンOSに依存したものでは、この街で手に入るPCでは動作しない恐れがあるということだ。
だから、念のためプログラムに使う言語は、それなりに昔から使われているものにした。
実際に使うことはないと思っていたが、参考のためにと古い言語も勉強しておいて良かったと心底思う。
PC同士の接続には問題ないはずだ。相当時代を遡っていない限り、ケーブルの規格に違いはないだろう。
(――僕もなかなか、役に立てそうじゃないか)
煙草と休息、そして得意分野で仲間に貢献できるという期待が、心に余裕を取り戻させていた。
腕の疲れも忘れて、文字列を打ち込んでいく。
245希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:46:42 ID:JqkC+aaj0
数本目の煙草の吸殻を床に落として踏み消した。喫煙マナーとしてはよろしくないが、悠長に灰皿を探している暇はない。
気が咎めない訳ではないが、今は勘弁してもらおう――と、誰にともなく赦しを願う。
ポケットから煙草の箱を取り出して、その軽さに気付いた。
「……参ったな」
箱の中に、次の一本はもう存在しなかった。
画面から目を離し、空になった箱を眺めて考える。どこで補充すべきか、を。
一度は気を取り直せたとはいえ、煙草が切れればまた弱い心が頭をもたげてきてしまいそうだった。
精神の安定のためにも、作業への集中のためにも、煙草は是非とも入手したい。
しかし当然のことながら、文具店に煙草は置いていない。探すにはここを出ることが必要だ。
金髪の男から逃げてきたのは、三時間ほど前。あの男はまだ近くにいるだろうか。
あの男でなくとも、誰か危険な相手に姿を見られることはないだろうか。そんな不安が過ぎる。
しかしこの店に入る前、確か数十メートル先にはコンビニの看板が見えていたはずだ。
ここにしばらく潜むつもりなら、煙草だけでなく食料ももう少し調達しておいた方がいいだろう。コンビニには行っておきたい。
――椅子に腰掛けたまま少し逡巡し、やがて立ち上がる。
「うん……大丈夫、だよな」
怪しい人影が見えたら隠れればいいし、いざとなったらあの石もある。
ザックから残り二個の石を取り出し、ズボンのポケットに入れた。
それから、一応他にも武器になる物はあった方がいい。陳列棚からカッターナイフを拝借し、パッケージから取り出す。
ついでにメモ帳とボールペンも持ち出し、メモの最初の一枚にこう書いた。
『煙草と食料を確保してくる。すぐ戻るから待っていてほしい。スプーキー』
ふと悪戯心が起こって、余白にスプーキーズのシンボル、幽霊の絵を落書きしておいた。
その一枚をメモ帳から切り離し、カウンターの上に置く。残ったメモ帳とペンは念のためザックに放り込む。

「じゃあ、行ってくるよ」
眠っているザインに声を掛け、歩き出そうとして――動きを止めた。
一度ザックを置いてスーツの上着を脱ぐと、横たわっている彼にそっと被せる。
大して暖かくもないだろうが、何も掛けないよりはましだろう。
「……すぐ、戻るからな」
呟いて、もう一度ザックを肩に担ぎ、PCを手に取る。
プログラムは未完成だが、余裕があればこの周辺のデータだけでも入力しておきたい。
入口の前から窺った限りでは、外に人影はない。少なくとも、ここから見える範囲は安全だ。
それでも慎重に辺りを見回しながら、通りへ歩き出す。
246希望を繋げ:2006/09/10(日) 14:49:15 ID:JqkC+aaj0
【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:少し疲労
武器:マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
道具:ノートPC、メモ帳、ボールペン
現在地:夢崎区、小さめの通り
行動方針:PC周辺機器の入手、仲間を探す、簡易マッピングプログラム作成、煙草と食料の調達

【ザイン(真・女神転生2)】
状態:睡眠中。
 背中に深い刀傷、腕・拳に刀傷多数、胸部打撲、石化進行中(脇腹の出血は石化により止まる)
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:スプーキーのメモ、スーツの上着
現在地:夢崎区、小さめの通りにある文具店
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す
247“氷の微笑”の男 前編:2006/09/11(月) 13:47:24 ID:ddRlBx2N0
真っ暗だ。
前を見ても、後ろを見ても、横を見ても、深く濃い暗闇に囲まれている。
これでは動くことも出来ない。あまりにも暗すぎて、無闇に歩けば何も無い所でも転んでしまいそうだった。
その闇の奥深くから、声が聞こえた。少ししゃがれた男の声だ。いや、耳から聞こえてきたのではないのかもしれない。そんな不安定な声だった。
声はどんどんこちらに近づいてくるような気がした。
暗闇による疑心暗鬼で、その声が一瞬恐ろしい悪魔の叫びのように聞こえて身構えたが、気を落ち着かせて聞いてみると、どうやらそうでは無いようだ。
その声は自分に呼び掛けていた。優しい声だ。何故か聞いているだけで安心する。
暗闇の中を、一歩踏み出した。その声の主に逢うために。
その声の主なら、自分を此処から連れ出してくれるかもしれないという仄かな期待を寄せながら……。

瞬間、鳴海は覚醒した。
薄暗い光が、開かれた眼球に降り注ぎ、思わずもう一度眼を閉じてしまいそうになったが、何とか持ち直した。
ぼんやりとした視界には、一人の男が映っている。
「大丈夫かい?」
男が、心配そうに声を掛けてきた。自分よりはおそらく年長者に見える。
短く刈った黒い髪に、くたびれたワイシャツを着ている。口にはシャツと同様、くたびれた煙草を咥えていた。
「あ…あぁ。」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。視界はいまだにおぼろげで頼りないが、一応あの暗闇からは開放されたらしかった。
「此処は…?」
眼を擦りながら周囲を見渡した。どうやら何処かの建物のらしい。コンクリートで作られた壁に囲まれているが、窓らしき物は見当たらない。
空っぽの棚やカウンターがいくつも並べられた広い一室は、自分たち以外の人気が無く、また、殺風景だった。
灯りは、男のそばに置かれた小さなランタンが頼りなく灯している。
「此処は蓮華台にあるロータスだよ。上は危険だから地下まで降りてきた。大変だったぞ。君を抱えて此処まで来るのは。」
男はそう言って、煙草を一本咥えるとジッポライターで火を点けた。赤い炎が照らし出す男の顔は、何処かしら慈愛すら感じさせ、表情に敵意は無かった。
(敵意?)
むざむざと自分の置かれた状況を思い出す。
突然何の前触れも無く謎の教室のような部屋に召集され、告げられた殺人ゲーム。
それは最後の一人になるまで全員に強要され、逆らえば首に掘り込まれた呪いの刻印が即座に爆発されて殺されるという。
自分は今、生きている。
と、言うことは少なくともこのゲームから脱落したわけでは無いようだ。
だが、横に見知らぬ男がいるということは、まだ優勝もしていないらしい。
「これ、君の横に落ちていたんだ。君のだろう?」
そう言って男は一つの鞄を差し出した。そうされるがままに受け取り、中身を確認する。
確かに、これは自分の物だったような気がする。はっきりしない記憶を頼りに、鞄の中に手を入れ、一つ一つ手探りに確認した。
確認しながら、霞掛かった記憶が少しずつ蘇ってくるのを感じた。
曖昧な記憶の中には、一人の少年がいた。学生服に、学生帽、それから黒いマントを羽織っている。
その横には一匹、黒猫。瞳が緑色で、何処か只者では無い風格がある。
それから最新鋭のモガを意識した洋装の若い女。首からカメラをぶら下げ、強気そうな顔で微笑んでいる。
他には長い髪と、セーラー服姿の少女。
最後に思い出したのは、青いブレザー姿で眼鏡を掛けた少女…。
だが、ぼんやりとシルエットだけは浮かんでくるものの、それらの誰一人として顔と名前を思い出せなかった。
彼らは自分にとってひどく大切な存在だったような気がしたが、その記憶だけがすっぽりと抜け落ちている。
「大丈夫かい?」
男が咥え煙草のまま顔を覗き込んできた。どうやら思い出そうとして動きを止めてしまっていたらしい。
自分の顔を、真剣な表情でまじまじと見入られて、男は慌てて煙草を口から外した。
「あ、すまない。咥え煙草は癖なんだ。つい…ね。次から気をつけるよ。」
そう言った割には悪びれる様子も無く笑って見せた。それにつられてこちらも笑みが零れてしまう。
この男がどういう人間なのかまだ判らないが、無意識にこちらの警戒心を解いてしまうような、いわばカリスマ性を持った人物らしい。
きっと元の生活では信頼の置ける沢山の友人に囲まれていたのだろう。
248“氷の微笑”の男 前編:2006/09/11(月) 13:50:32 ID:ddRlBx2N0
「さて、眼を覚まして早々悪いけど、歩けるかい?」
「……いや。少しフラフラする。じっとしてればすぐに治ると思うんだが。」
嘘だ。鳴海は既にしっかりと覚醒していた。
体も本当は多少の打撲や擦り傷はあるものの、すぐに立ち上がることが出来る。
しかし、この男が本当に敵意の無い人物なのかどうかを見極める必要があるのだ。
「…なら仕方無いな。此処からしばらく西側の商店に友人を置いてきているのだが、そこまで僕一人では君を運んで行くことは難しい。」
「そうか。」
「だが、怪我人を置いておくわけには行かないだろう。君がもう少し回復するまで待つことにするよ。」
「いいのか?」
「仕方無いだろう。それに、置いてきた友人はかなり強い。手傷を負ってはいるがそう簡単にやられるとは思えないからね。」
随分とその仲間を信頼しているらしい。だが、当然表情は決して明るいものでは無かった。
「時間が惜しいな。君が回復するまでの間、こいつをちょっと更新しておくよ。」
男は一息つき、再び煙草を口に咥えると、背を向け、地面に置いた何かに向かって真剣な表情を向けた。
それは青白い光を放っており、下手をすると横に無造作に置いてあるランタンよりも強い光源かもしれなかった。
「それは何だ?」
「……パソコンだよ。こいつは本当の所僕の友人の支給品だったんだがね、故あって今は僕が預かっている。
この街を脱出するための重要なキーワードなんだ。」
「パソ…こん?」
聞き慣れない単語だった。自分のうっすらとした記憶を何度も辿ってみるが、そのような単語は一切出てこなかった。
首を傾ける様子を見て、彼は驚いたような表情を浮かべたが、すぐにそれは、あの優しい微笑みに変わった。
「…君が明治生まれというのは本当のようだな。
悪いけど、君が気絶している間に持ち物検査をさせてもらった。あぁ、大丈夫だよ。何も取ってはいないから安心してくれ。
で、中にあった君の財布から免許証が出てきてね。生年月日を見てびっくりしたよ。
まぁ、未来だか異世界だかから連れてこられた人間がいたくらいだから。
君が過去から来た人間だったとしても不思議なことでは無いかもしれないがね…。」
そう言いながら男は再びパソコンとやらの画面に向かって顔を向け、その下に並べられた無数のボタンのような物を慣れた手つきで操る。
画面の中に映っている画像が次々と変化した。
「不思議かい? まぁ、君からしたら当たり前だろう。僕のいた世界ではこいつで何でも出来たもんさ。」
男は遠い眼でそう言った。懐かしそうで、それでいて楽しそう。だが、同時に切なそうでもある複雑な表情だ。
「そしてこいつは今、最大の武器になるらしい。
見てごらん。悪魔召還プログラムだよ。これを使えばそこら辺をうろついている悪魔を使役出来るそうだ。」
男に勧められ、画面を覗き込むと、いくつかに区切られた四角の中に確かにそう書いてあった。
悪魔、という単語には覚えがあった。そして、それを操って戦うことが出来る人間がいるということも。
「悪魔って……喰えるのか?」
「え?」
予想外の質問で、男は一瞬きょとんとした顔になる。鳴海は慌てて首を横に振った。
「……いや、何でもない。忘れてくれ。」
「そうか。」
何故自分がそんなことを聞いたのかは解らない。だけど、それは今とてつもなく重要なことのような気がしたのだ。
だが、何故なのかまでは思い出せない。
これ以上考えても仕方が無いから、そのことについては思考を止め、話題を変えた。
「悪魔召還プログラム………か。便利な物があるんだな。」
この機械があれば、自分でも悪魔の使役が可能なのだろうか?
「それって今使えるのか?」
「うーん、残念ながら中に悪魔のデータは入っていないから、使うとしたらそれを手に入れてからだ。
データは実際に悪魔と交渉して手に入れるらしい。まぁ、交渉はおいおいやって行くさ。」
「このパソコンとやら、俺にも使えるのか?」
「そりゃぁ勿論。やってみるかい?」
「出来れば、そうしたい。」
「だが…こいつが誕生した時には生まれてもいないはずの君に一から教えるのは少し梃子摺り
そうだが…。
まぁいいよ。こいつを使える仲間が一人でもいたらこっちも助かる。簡単にだが説明するよ。」
249“氷の微笑”の男 前編:2006/09/11(月) 13:53:27 ID:ddRlBx2N0
男の好意で始まったパソコン講座は、教える側の予想を遥かに上回る速度で進んだ。
彼の説明は非常に的を得ていて解り易く、無駄が一切無いということもあるのだが、それ以上に生徒の覚えが早いのだ。
どうしても慣れという要素が必要になってくるマウスとキーボードの操作だけはすぐにマスターと言うわけには行かないが、
それを差し引いても飲み込みの速さは眼を見張るものがあった。
見た目からはとてもそう思えないが、講師より年上である彼の年齢と、
パソコンに触れるどころか見るのも初めてだという事実を考えればとても信じられないことだ。
だが、生徒の成長が眼に見えてはっきりしているということは、それでこそ教え甲斐があるいうものである。
「…で、この画面になったらここ、エンターキーを押せば今映っている悪魔を召還出来るという寸法だ。」
「なるほど。」
「で、用事が終わったらこの順序で操作してここをクリック。で、悪魔はこの中に戻るというわけだ。」
「ああ、解った。」
「まぁ、今はこれだけ解れば十分だろう。この先の応用は使いながら覚えるものだからね。」
「助かったよ。これで少しは戦力になりそうだ。」
「いや、それはこちらの台詞だ。どうやら君には凄い才能があるらしい。この僕よりもずっと素晴らしい才能がね。
もし此処を無事に脱出出来たら是非ウチのチームにスカウトしたいくらいだよ。」
かなり本気の部位を含んだ冗談、といった感じのニュアンスでそう言って、また笑った。
「俺の方こそ感謝するよ。」……こんな素晴らしい武器を提供してくれたあんたにね。
男は再びにっと笑うと、すぐにもう一度画面の方に注意を向けた。だから、気付かなかった。
この時、彼の優秀な生徒の右手が、口を空けたままの鞄にそっと忍び込んでいたことに。
「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」
「それもそうだ。僕は桜井雅宏。みんなからはスプーキーとかリーダーとか呼ばれているが…。
君も好きに呼んでくれればいいよ。」
男の自己紹介に耳を傾けながらカバンの中に隠し持っていたそれに手を掛ける。
「そうか。俺の名前はもう知ってると思うが…鳴海昌平……だ!」
――そして、電光石火のスピードで振り下ろした。
まるで遠慮の無い力で、ノーガードの頭部に向かって。
鳴海が手にしていたのは大振りのトンカチであった。
実は彼が数時間前に森本病院を出る前、病院の中庭の隅でこれを拾っていたのだ。当然、院内で拾ったものはこれだけではない。
何が起こってもおかしくないこの状況だ。使えそうな物は何でも拝借して鞄に詰め込んでいたのである。
(ただ、その時はまだ彼の中に邪気は芽生えていなかったので、よもやこのような使い方をするとは思ってもいなかったのだが、今の彼には関係ないことだ。)
スプーキーの脳天にまともにトンカチが入り、「うっ」と小さく低いうめき声を漏らして開かれたままのノートパソコンに向かって突っ伏した。
「もう少しの間、殺しはしない。まだ聞きたいことがあるからな。」
トンカチの柄を握ったまま、不気味な笑みを浮かべる鳴海の顔は、パソコン画面の青白い光によって下から照らし出され、より一層不気味に輝かせて見せていた。
250“氷の微笑”の男 前編:2006/09/11(月) 14:00:21 ID:ddRlBx2N0
【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 精神崩壊
武器 クロスボウ トンカチ その他病院での拾い物多数
道具 チャクラチップ他拾い物多数
現在地 夢崎区地下街
行動方針 ???

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:昏倒
武器:マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
道具:ノートPC、メモ帳、ボールペン
現在地:夢崎区地街
行動方針:PC周辺機器の入手、仲間を探す、簡易マッピングプログラム作成、煙草と食料の調達
251大人の責務:2006/09/12(火) 13:48:32 ID:BxzQBshn0
案ずるより産むが易し、とはよく言ったものだ。少し明るくなった気分で、菓子パンの棚を物色する。
コンビニまでの道程は五十メートル足らず。誰にも会わず、何事もなく通過することができた。
カウンターの奥から煙草を数箱と、予備のライターをまず入手した。
パッケージが少し違って、いつもの銘柄の煙草を探し出すのに少し苦労した。
この銘柄が存在する、しかしパッケージは違う、そんな程度のパラレルワールド。
不思議なものだと、つくづく思う。そういえばコンビニの店名も知っているものだ。
パラレルワールドというのは、過去のどこかで枝分かれして生まれたものであるはず。
自分の知っている世界と今いるこの世界は、どんな違いで生まれたものなのか。
ザインが住んでいた世界、少年が学校にも行けず秩序を守らなければならないような世界は、どうして生まれたのか。
自分のいた「現代」からそのまま時が流れたら、そんな未来に辿り着いてしまうのだろうか。
思考することは嫌いではなかった。だから、世界の繋がりを考えることはいい気分転換になった。
出会った人々の姿から垣間見た別世界は決して幸せそうなものではなかったが、考えている間は恐怖を忘れられた。

棚に並ぶパンの中から、ある程度なら日持ちしそうな物を選んでビニール袋に詰めてゆく。
何でも一緒くたにザックに放り込むのも抵抗があったので、この袋もレジから拝借した。
食品用、飲料用、雑貨用と三枚。これ以上に増やすと荷物になりすぎる。
パンを選んだ後は、奥の冷蔵棚に並んだペットボトルを眺める。
あまり多く持っては嵩張るので、ミニボトル入りの水を五本とスポーツドリンクを二本取り出して袋に入れる。
電気は通っていないのだろう、ボトルの中の液体はあまり冷えてはいない。
栄養ドリンクの棚が目に入る。適当な一本を手に取って蓋を開け、そのまま一気飲みした。
これだけで疲労が取れれば苦労はしないが、気分だけでも元気を出しておきたかった。
次に、菓子の棚を覗く。食料が乏しい時のエネルギー源と言えば、チョコレートと相場が決まっている。
この街の中に存在する量的には食料は乏しい訳ではないが、いつでも入手できるとは限らないのだ。
雪山での遭難者がチョコレート一枚で生き延びた、などという話は昔からよく聞く。
実際の栄養価がどの程度のものかは知らないが、こういう時、イメージの影響力は絶大だった。
棚にあるだけの板チョコを袋に詰める。十枚近いだろうか。
嵩張らないから持ち歩くにはいいものの、こんなにチョコレートばかり食べ続けたくはないな、と思った。
252大人の責務:2006/09/12(火) 13:49:35 ID:BxzQBshn0
最後に、店の入口近くの棚にある雑貨を見る。
タオル、剃刀、石鹸、ウェットティッシュ。あれば便利そうな物が並んでいて、どれを持っていくか悩む。
傷を負った時などは、清潔にしておくことは重要だ。雑菌が入ったりすると厄介なことになる。
それを考え、まずウェットティッシュを一パックとチューブ入りのハンドソープを袋に詰めた。
もう少し見回すと、バンドエイドと消毒液が目に入る。
この状況ではバンドエイドは大した役には立たないだろう。消毒液だけを手に取り、袋に投げ入れる。
武器になりそうな物もないかと期待したのだが、せいぜい文具店にもあった鋏やカッター程度しかない。
他に役に立ちそうな物と言えば電池くらいだ。今は電池を使うような道具は持っていないが、後々役立つかも知れない。
十本で一纏めになっている単三のアルカリ電池を、取り敢えず袋に入れる。
ここで入手できそうな物はこんなところか。
隠れ場所からは近いのだから、後で何か思い出したらまた取りに来ればいい。

店を出ようと、ドアの前に立つ。本来ならば自動ドアなのだろうが、電気の通っていない今は動かない。
手動で開けようと透明なドアに手を触れ、外の様子を窺ったところで――異変に気付いた。
来た時は人の気配などまるでなかった静かな通り。そこに、人影に似たものが見えた。
似たもの、であって人影ではない。正確には、人間の影ではなかった。
背中に、鳥に似た大きな翼――それさえなければ、その影は人間に見えていただろう。
このような生き物を何と呼ぶかは知っていた。
天使、或いは悪魔だ。
冷や汗が流れる。確かに放送の声は悪魔が出現するようなことを告げてはいたが、市内全域にではなかったはずだ。
悪魔が出現する場所はあっても、それは一部。他の場所には悪魔はいないはず。
現に、今まで移動していた間には一度も悪魔とは遭遇していない。
いるはずのない場所に悪魔がいるとすれば、理由は一つ。
新のような人間――サマナー、と言ったか。悪魔を召喚し、使役する者がいるのだ。
充分に考えられることだ。今手元にあるこのPCにも、悪魔召喚プログラムがインストールされている。
同じものを支給され、使いこなしている人間がいたとしても不思議はない。
それが新であればいいのだが、今この場からそれを判断する術はない。悪魔本人に聞く訳にもいくまい。
あの天使を使役しているサマナーが殺し合いのゲームに乗っていたなら、見付かった瞬間襲われる可能性さえあるのだ。
(どうする?)
じっと動かず、天使の様子を見守る。
これほど近くに人がいるとは気付いていないようだが、その動作からは慎重さが窺えた。
何かを探すように、周囲を見回している。幸い、このコンビニの方向には視線は向けられていなかった。
こちらには背を向け、反対側に視線を巡らせている。
(待てよ。あっちは……!)
幸いなどとは言えない状況であることに、一瞬遅れて気付く。
天使が立っているのは、つい先程歩いてきた道の真ん中。その視線が向いているのは、文具店の方向だった。
253大人の責務:2006/09/12(火) 13:50:45 ID:BxzQBshn0
戻ろうとしても、あの天使に気付かれずやり過ごすことは至難の業だ。
何しろ相手は道の真ん中に堂々と立っているのだ。来た時と同じ道は通れない。
別の通りに抜けて大回りをして戻ろうとしても、目的地である文具店の方向を奴は監視している。
再びこの通りに姿を現した瞬間、見付かってしまうだろう。
しかし、独りで逃げる訳にはいかない。
ここで身を潜めて待ち続ける訳にもいかない。天使の目的は定かではないが、文具店にはザインがいる。
無防備に眠っている彼が、奴に見付かってしまったら。最悪の事態も有り得るのだ。
いっそ堂々と出ていって声を掛けるというのも一瞬考えた。が、話の通じる相手とも限らない。
このPCに入っている例のプログラムがあれば、恐らく悪魔との交渉は可能なのだろう。
しかし、既に主人を持っている悪魔と交渉するというのは賢明とは思えなかった。
例えば、主人たるサマナーが「出会った者は全て殺せ」と命令していたら。
どんな風に話し掛けて何を提案したとしても、行動方針の優先順位を覆すことはできそうにない。
主人のいない悪魔ならば、利害が一致すれば味方に付けることも可能かも知れないのだが。

できれば見付からずに逃げたい。
しかし、奴を文具店から遠ざけておきたい。
恐怖と、仲間を助けたいという思い。二つの感情がせめぎ合う。
自分の身を守りたいなら簡単だ。奴が離れるまで、この店の奥で息を潜めていればいい。
ただし、隠れている間に何があっても――ザインが殺されようとしていたとしても、手出しはできなくなる。
文具店から遠ざけるなら? 無論、こちらに来させることだ。物音でも立てれば気は引けるだろう。
ただし当然、自分の身には大きな危険が降り掛かる。
(僕が無茶をして、共倒れになったら意味がない。いざという時に悪魔に対抗する力はザインの方が上だ)
この選択肢が、運命の分かれ目だ。テレビゲームだったらどちらかがゲームオーバーに繋がっていそうな局面。
(それに、奴があっちに向かったからと言って……ザインが見付かるとは限らない。
あの店は目立たない位置だし、店に逃げ込む前には地面に血の跡が残らないよう注意してた)
記憶を辿り、安心できる材料を探そうとする。
(でも……)
安心は、できなかった。
後から後から湧き出るのは不安と、罪悪感。仲間よりも保身を選ぼうとしていることへの。
(見張ってるから安心しろって、僕が言ったんだよな。甘えてもいいって)
その言葉を、ザインは信頼してくれたのだ。
裏切る訳にはいかないし、
(――子供を守れない大人なんて、最悪じゃないか)
彼が寄る辺ない小さな子供のように思えたことを、どうしても脳裏から拭い去れなかった。
254大人の責務:2006/09/12(火) 13:52:41 ID:BxzQBshn0
手に持ったままだったPCの電源をそっと落として、ザックに入れた。
音を立てないように振り向いて、店内を見渡す。何か使えるものはないだろうか。
――あった。家族で遊ぶような花火セットだ。
派手な打ち上げ花火こそ入っていないが、これで充分だった。
下手に派手すぎる花火を上げてしまっては、あの天使以外の危機まで呼び込みかねない。
足音を忍ばせて棚に近付き、手を伸ばす。袋を千切って鼠花火を取り出した。数は二つ。
それを手に持ったままドアの前に戻った。逃げられそうな道を確認する。
出てすぐ右手、来たのとは反対の方に曲がり道があった。隣の通りへ抜ける道だろう。
(……よし)
静かに、動かない自動ドアを手で開く。通れる程度の隙間ができたところで、ライターで花火の片方に点火する。
通りに飛び出すと同時にそれを路上に投げ出して、曲がり角へと躍り込んだ。
後ろからしゅるしゅると鼠花火が回転する音がする。煙も上がっているだろう。
「誰です!」
声がした。中性的な響き。声の主は天使と考えていいだろう。
飛び込んだ道をそのまま走る。一つ向こうの通りが見えた。確認する余裕もなく、そこへ飛び出す。
幸いこの通りにも人影はなかった。左へ曲がれば文具店からは遠ざかる。方向転換しながら、もう一つの花火にも点火した。
「そこか!」
曲がってきた道の方から、また声がする。狙い通り、こちらを追ってきてくれているようだ。
通りに鼠花火を投げて、また手近な曲がり角に飛び込んだ。
曲がった先には、ドアもなく開け放たれているビルの入口があった。そこに逃げ込み、身を潜める。
相手は翼を持つ生き物。道を走っていたのでは、空から探されたら丸見えだ。
――案の定、やがて遠くから聞こえる鼠花火の音に混じって、鳥にしては大きな羽ばたきの音が聞こえた。
静かな街の中では、そんな小さな物音もはっきりと聞こえる。
乱れた呼吸の音も聞こえてしまわないかと恐ろしくなり、荒い息を必死に抑え込む。
ふと思い出して、手に提げたビニール袋から水のボトルを取り出し、半分程度まで一気に喉に流し込んだ。
それで息は幾分落ち着いたが、それと同時にこの袋の結構な重さに気付く。
ザックの中にもまだ水は入っていたはずだ。飲料と雑貨の袋はここに置いていくことにした。

花火の音も止んでしばらく経った頃、再び羽音が聞こえた。遠くはなく、近くもない距離に思える。
今度は羽ばたく音に続いて、アスファルトを踏む音がした。着地したのだ。
ここを見付かる前に、離れた方がいい。慎重に、今見える範囲の光景を観察する。
255大人の責務:2006/09/12(火) 13:54:22 ID:BxzQBshn0
このビルの入口は曲がり道の途中にあった。その道を抜ければもう一つ向こうの通り。
コンビニのあった通りから見れば、二つ離れた通りということになる。今までの二本の通りに比べて広い。
(……待てよ?)
この光景は、見たことがあるような気がする。
そう、つい数時間前だ。ザインと共に夢崎区に踏み込んで、最初に歩いた通りではないか。
つまり、この通りのどこかには戦いの跡があり、恐らくはまだ少女の死体が放置されているのだ。
また嫌な汗が出てくる。あの金髪の男も、近くにいるのかも知れない。
天使がうろついている以上、ザインの待つ文具店に戻るのは危険が大きすぎる。
かと言って、ここに留まっていたくもない。
となれば――残る選択肢は、気付かれないように通りに出て別の場所を目指すということになる。
金髪の男はゲームに乗っている、つまり人を探して殺そうとしているに違いない。
ならば、彼は人の多そうな夢崎区に留まっている可能性が高い。
出会いたくなければそれとは反対側、元来た蓮華台の方へ進んだ方が良さそうだ。
(ひとまず、天使は遠ざけた。あいつはしばらくこの周辺で僕を探すだろう。
だったら……ここを離れて、別の仲間を探してから戻ってきた方がいいかも知れないな)
ザインの安全が確保されたと言い切れる状況ではない。しかし、天使を引き離したことで時間稼ぎにはなるはずだ。
しばらく経てばザインも多少は疲労を回復し、目を覚ますだろう。――そう、信じたい。
(必ず、戻る。だから……僕が生きて戻るために、今は)
ビルの入口から顔を出して、通りの様子を窺った。誰もいない。空も見上げてみるが、天使の姿はない。
音を立てそうなビニール袋は捨てていくことにし、食料はザックに入れた。パンが潰れそうだが仕方がない。
そっと外に出て、足音を殺しながら通りに出る。
左右を見ると、右側に少女の死体を見付けたマンションが見えた。蓮華台の方向は左だ。
あのマンションの前を通らなくていいことに安堵し、左へ曲がって歩道の建物側の端を歩き出す。
来た時は二人で通った道。独りで歩けば、蓮華台までの道はあの時より、長く感じるだろう。

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:少し疲労
武器:マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
道具:ノートPC、メモ帳、ボールペン、食料少し(菓子パン数個と板チョコ約10枚)
現在地:夢崎区から蓮華台へ移動中
行動方針:仲間を見付けて夢崎区に戻る、PC周辺機器の入手、簡易マッピングプログラム作成
256“氷の微笑”の男 後編:2006/09/13(水) 05:43:15 ID:ew/BTPnn0
「おら、起きろよ!」
鋭い蹴りが顔面に飛び込み、スプーキーは眼を覚ました。
体の自由が利かない。自分はどうやら椅子に座らされ、椅子のパイプ部分にがっちりと腕を縛られているらしい。
両足もしっかりと拘束され、食い込む縄がぎしぎしと痛んだ。
この状態ではどうやっても脱出出来そうには無かった。
鼻に嫌な臭いが付く。この臭いはガソリンだ。何故こんな所でガソリンの臭いがするのだろうか。
不思議に思いながら顔を上げると、目前に先ほどとはまるで別人のように冷酷な笑みを浮かべた鳴海昌平がポケットに手を突っ込んで仁王立ちでしていた。
「ど、どうしたんだい? 鳴海君…」
スプーキーは自分の置かれた状況がまるで信じられないと言ったように努めて明るくそう尋ねた。
「どうしたもこうしたも、ねぇ?
知らない人間を目の前に余所見をしたのがあんたの敗因ってわけだ。これからちょっとした尋問に付き合ってもらうよ。
……陸軍仕込みの、ちょっとキツイ奴。」
向けられた笑顔は残忍に輝いていた。視線は、小さな獲物を追い詰める捕食者そのものだ。
スプーキーは状況が飲み込めず、曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「笑うんじゃねぇ!」
また、蹴りが顔面に入った。
強烈な蹴りだったから衝撃でぶっ飛ばされるのではないかと思ったが、
どうやら鳴海はご丁寧にも椅子を手近なカウンターにしっかりと縛り付けていたらしい。
準備万端で、こういうことにはいかにも慣れている様子だった。
口の中に生臭い鉄の味が染み渡る。奥歯が折れてしまったようだ。吐き出すと、不自然にへし折れた奥歯と、唾液に混ざった血液が足元に落ちた。
自分では確認することも出来ないが、どうやら鼻血も流れているらしい。
この段階でようやくはっきりと理解した。
この男――鳴海昌平はやる気になっている側の人間だったのだと。
そうなると、この先の結論は一つしか出なかった。
(僕は……此処で死ぬのか。)
だが不思議なことに恐怖という感情はそれ程強く感じなかった。
殺伐とした殺し合いの現場に何時間も置かれているのだから感覚がすっかり麻痺してしまったのだろうか。
今は恐怖よりも先に商店に残してきた友人のことが気がかりだった。彼は無事なのだろうか。
一体自分がどれくらいの間気を失っていたのかは解らないが、ひょっとして自分を探し回っているかもしれない。
深手を負っているのだから余計に心配だ。
どうして自分は彼を置いて出てきてしまったのか。
後悔することは沢山あったが、両手両足を拘束されている状態で何が出来るかと言えば、何も出来ないのだが…。
257“氷の微笑”の男 後編:2006/09/13(水) 05:44:30 ID:ew/BTPnn0
「おら、起きろよ!」
鋭い蹴りが顔面に飛び込み、スプーキーは眼を覚ました。
体の自由が利かない。自分はどうやら椅子に座らされ、椅子のパイプ部分にがっちりと腕を縛られているらしい。
両足もしっかりと拘束され、食い込む縄がぎしぎしと痛んだ。
この状態ではどうやっても脱出出来そうには無かった。
鼻に嫌な臭いが付く。この臭いはガソリンだ。何故こんな所でガソリンの臭いがするのだろうか。
不思議に思いながら顔を上げると、目前に先ほどとはまるで別人のように冷酷な笑みを浮かべた鳴海昌平がポケットに手を突っ込んで仁王立ちでしていた。
「ど、どうしたんだい? 鳴海君…」
スプーキーは自分の置かれた状況がまるで信じられないと言ったように努めて明るくそう尋ねた。
「どうしたもこうしたも、ねぇ?
知らない人間を目の前に余所見をしたのがあんたの敗因ってわけだ。これからちょっとした尋問に付き合ってもらうよ。
……陸軍仕込みの、ちょっとキツイ奴。」
向けられた笑顔は残忍に輝いていた。視線は、小さな獲物を追い詰める捕食者そのものだ。
スプーキーは状況が飲み込めず、曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「笑うんじゃねぇ!」
また、蹴りが顔面に入った。
強烈な蹴りだったから衝撃でぶっ飛ばされるのではないかと思ったが、
どうやら鳴海はご丁寧にも椅子を手近なカウンターにしっかりと縛り付けていたらしい。
準備万端で、こういうことにはいかにも慣れている様子だった。
口の中に生臭い鉄の味が染み渡る。奥歯が折れてしまったようだ。吐き出すと、不自然にへし折れた奥歯と、唾液に混ざった血液が足元に落ちた。
自分では確認することも出来ないが、どうやら鼻血も流れているらしい。
この段階でようやくはっきりと理解した。
この男――鳴海昌平はやる気になっている側の人間だったのだと。
そうなると、この先の結論は一つしか出なかった。
(僕は……此処で死ぬのか。)
だが不思議なことに恐怖という感情はそれ程強く感じなかった。
殺伐とした殺し合いの現場に何時間も置かれているのだから感覚がすっかり麻痺してしまったのだろうか。
今は恐怖よりも先に商店に残してきた友人のことが気がかりだった。彼は無事なのだろうか。
一体自分がどれくらいの間気を失っていたのかは解らないが、ひょっとして自分を探し回っているかもしれない。
深手を負っているのだから余計に心配だ。
どうして自分は彼を置いて出てきてしまったのか。
後悔することは沢山あったが、両手両足を拘束されている状態で何が出来るかと言えば、何も出来ないのだが…。
258名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 05:45:11 ID:ew/BTPnn0
すいません、連投してしまいました。
259名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 05:50:21 ID:ew/BTPnn0
鳴海は、ポケットに両手を入れたままその場をうろうろと歩いていた。
一歩歩くごとに革靴の音が広い地下室に響き渡り、これから起こる惨劇を一層引き立てているようだった。
その後ろでは、何処からか拝借してきたのだろうか、簡易式のガスコンロと、しゅんしゅんと湯気を立てるヤカンが置いてあった。
コンロの横にはポリタンクがいくつか並べて置いてある。
これらも鳴海が用意したのだろう。どうやらさっきから漂っている石油の匂いは此処から出ているらしい。
コンロとヤカンが置いてあるカウンターの上をよく見ると、ホーローのコーヒーカップまであった。
「さて、あんたには二、三聞きたいことがあるんだけど。
あ、そうだ。悲鳴は上げないでくれよ。此処は地下だから外に声が漏れるようなことは無いんだし、何より男の悲鳴は聞くに堪えない。」
足を止め、鳴海はコンロの火を止めると、ヤカンから沸騰した湯をカップに注いだ。
すぐに子香ばしい香りがスプーキーの鼻にもつく。コーヒーを入れたのだ。昼下がりのコーヒーブレイク。あ、まだ午前中か。
「何も言えないよ。何を聞かれても僕の口からはね。」
「へぇ。」
鳴海は不気味に口を歪ませ、コーヒーを一口啜ると、徐に残った中身を全てスプーキーの顔に浴びせかけた。
「ぐっ!」
沸騰していた熱湯は、まるで無数の針を顔全体に突き刺すような激痛を与えたが、声を上げることだけは堪えた。
恐れては駄目だ。こいつはそれを望んでいる……!
「俺のいた大正二十年はインスタント珈琲ってのは高価な物なんだ。だけどこの時代じゃ随分と安くなってるんだな。
さっき大特価と書かれて山積みにされてたのを見てびっくりしたよ。
それからガソリンもちょっと歩けばいくらでも見つかる。あんたが寝てる間だけでこんなに手に入った。実に便利なもんだ。
未来の帝都は安泰か――ってね。俺は嬉しいねぇ。」
そう言って、何が可笑しいのか背中を丸めて笑った。
「何も喋ってくれなかったら、苦しむのはあんたの方なんだぜ。
どうせ死ぬなら苦しまずに一瞬で逝きたいだろ? その方がこっちだって楽なんだし。」
「だが何も言わんよ。君のような人間に教えることは何も無い。」
「さっきはあんなに快くパソコンってのを教えてくれたのに。それは無いんじゃないのか?」
鳴海はその時、最速の動きでポケットに入れたままだったもう片方の手を振り上げた。
それとほぼ同時に乾いた音が耳元に聞こえ、スプーキーが目線だけそちらに向けると、外科用のメスが壁に突き立っていた。
やや置いて、頬から熱い血液が、被さったコーヒーにさっと滲んだ。
じわりと厭な汗が吹き出し、その一滴が額から零れ落ちる。
だが、椅子に縛り付けられた手で力いっぱい拳を握り締め、震えるのだけは何とか堪えた。
「で、早速聞きたいんだが、この中にあんたの知り合いは何人いる? そいつらの名前と、外見的特長。
それから性格と能力もだ。出来ればさっき言っていた友人とやらのことも詳しく教えてくれないか?」
鳴海は、今度はスプーキーの顔に支給された参加者名簿を開いて押し付けた。日本語で書かれた数十人の名前が一気に眼に飛び込んでくる。
スプーキーは文字の群れから顔を背けた。
「僕がそうやって簡単に仲間を売ると思うのか?」
「やっぱり、友人∴ネ外で生きている仲間がいるんだな。それで?」
「くっ…。」
「言わないと、大変なことになるよ。」
唐突に鳴海は名簿を避け、スプーキーの眼前には冷徹な表情の男のアップが迫っていた。
眼を大きく見開き、口は避けんばかりに歪んでいる。狂った人間の顔――。
260“氷の微笑”の男 後編:2006/09/13(水) 05:55:57 ID:ew/BTPnn0
突然、耳の中に激痛が走った。
「ぐわぁぁ!」
突然襲い掛かった激痛に、ついに声を上げてしまった。
耳に突き立てられたそれはすぐに引き抜かれ、鳴海の手の中に血にまみれて存在する。ボールペンだった。
「鼓膜を破ったよ。その左耳はもう使い物にならないだろう。安心しろ。右には手を出さない。こっちの声が聞こえなくなったら面倒だからな。」
ボールペンを突っ込まれた左耳の奥がのた打ち回りたくなるほど痛んだ。熱い塊のような血がどくどくと耳から溢れる。
「これからどう大変なことになるかと言うとだな、まずは爪を剥がす。両手両足全て。
それから指を折る。眼を抉るのも悪くない。その後は…捻りが無くてすまないが四肢切断だな。
勿論、どうしても口を割ってくれないなら全ての間接を細切れにさせてもらう。」
「何をされても絶対にこれ以上のことは言わない! 拷問なんて無駄なだけだ!
さっさと殺せばいい! 殺せ!」
のた打ち回るような痛みを堪え、スプーキーは絶叫するが、鳴海はその姿をせせら笑うだけだ。
スプーキーが何かを言い、体を捩じらすたびに耳から血が一層勢いを増して飛び散る。
「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
それを見て、何かが弾けたように鳴海の笑みは狂喜のそれに変化し、声高に捲し立てた。
「その後はだなぁ、手足の無いあんたを地上にぃ、出来るだけ開けた目立つ場所に放置するんだよぉッ!
勿論殺しはしないさぁ!
ギリギリで生かしといてやるよ!
悪魔とやらが出るんだから運がよければすぐに喰ってもらえるかもしれないがなぁ!
けど、運が悪ければ……あんたの仲間がやって来るかもねえぇ!!
哀れな達磨と化したあんたを見て仲間はどうなるか! 想像に硬くないだろう!? 
どんな手だれだろうが冷静さを失ってくれれば簡単に捕まえられるって寸法よ!!
後は同じことの繰り返しだ! 芋づる式に全員引っ張り出してやるッッ!!
悪 い な ス プ ー キ ー !!!
ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「――ッ!!」
心臓を抉り出されたような表情のスプーキーに満足したのか、鳴海は狂った笑いを沈め、深呼吸すると再び冷静な表情に戻った。
だが、口元だけは張り付いたように歪んだままである。血も涙も無い悪魔の笑いだった。
「だが俺も鬼じゃない。あんたが口を割ってくれさえすればそんな外道な真似はしないことを約束しよう。」
「ほ…ん…当…なのか……?」
「ああ。嘘はつかない信条だ。安心してくれ。」
ふいに優しさすら垣間見える表情を見せると、鳴海は大きく震えているスプーキーの肩にぽんと手を置いた。
「…………。
……すまない、みんな。すまない……!」
自分の仲間たち……塚本新、遠野瞳、そしてザインは強い。
たとえ情報が漏れたとしてもこんな腐れた鬼畜野郎に負けるはずが無い。だから、何とかして逃げ延びてくれる……。
仲間の強さは信じている。だが恐怖と、間抜けに捕まってしまった自分の馬鹿さと、
どう足掻いても最悪の結末しか迎えられない絶望から溢れる涙を抑えることは出来なかった。

その後スプーキーから主に塚本新と遠野瞳の情報を得た鳴海は約束通り、達磨にして放置という極刑は処さずに
(それに比べれば)比較的緩やかな方法で息の根を止めた。
それは彼が近場のガソリンスタンドで集めたガソリンでこの蓮華台ロータスごと焼き払うという手段である。
これなら止めを刺した上、完全に死体と自分が此処にいた形跡を消せる。
その上、上手く炎上してくれれば、他の者が注目している間に時間を稼げる。
まさに一石で二鳥も三鳥も得られるである。
燃え上がる真っ赤な視界で、冷徹そのものの鳴海の後姿を見送ったあと、
筆舌に尽くしがたい灼熱地獄であるにもかかわらずスプーキーは不敵に笑っていた。
261“氷の微笑”の男 後編:2006/09/13(水) 06:06:08 ID:ew/BTPnn0
ヤツはあのノートパソコンを持って行った。
僕だってただの馬鹿じゃないさ。君を頭から信用していたわけではないんでね、パソコンにちょっと細工をさせてもらっていたんだよ。
ウイルスという厄介者の存在を知らない君があの悪魔召還プログラムを起動させ、悪魔を召還したらどうなるか……。
これで君に一矢報いることが出来る。
それに僕の仲間たちは強くて…優しい。優しい彼らを怒らせたらきっと怖いんだろうねぇ……。

「鳴海昌平! こんな非道な真似をした自分の愚かさを呪いながら死んでいくがいい!!」

まるで牙を剥いた巨大な獣のような劫火は、生まれて初めて氷のような微笑を浮かべた男を一瞬で飲み込み、建物をごと焼き尽くした。


【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 打撲、擦り傷はあるが身体的には問題無し。精神的にはぶっ壊れてる。
武器 クロスボウ トンカチ マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
   その他病院での拾い物多数
道具 ノートPC(何か細工がされているらしい)、メモ帳、ボールペン、食料少し(菓子パン数個と板チョコ約10枚)
   チャクラチップ他拾い物多数
現在地 蓮華台ロータス
行動方針 悪いな殺戮だ、ワハハハハハ!!

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態 死亡
武器 鳴海に全て奪われる
道具 同上
現在地 蓮華台ロータス地下

※時刻は午前11時半くらいです。
262彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:34:44 ID:c9viFe5i0
余計なことは考えないよう努めながら、歩き続けた。
手掛かりは、彼女の痕跡だけ。
生命の失われた体から、ヒロコは血を流していた。今では、もう流れる血もなくなってしまったろうけれど。
血の滴った後を辿って、彼女が元来た方向へ歩く。
アスファルトの上には点々と黒ずんだ血の跡が、そして時々ガラスの小さな破片があった。
ザ・ヒーロー達に出会う前、ガラスが割れる音を聞いたことを思い出す。
恐らくヒロコはどこかで彼らと争い、ガラスに突っ込んだのだろう。
そういえば、伽耶と呼ばれていた少女が彼女を鉄パイプで刺したと言っていた。
大量の血が流れ出ていたあの傷は、その時のものだろうか。
だとしたら、血の跡を辿っても判るのは格闘の現場までだ。ヒロコがどこで殺されたかは判らない。
(……待てよ)
そこまで考えが行き着いたところで、ふと気付く。
ヒロコの体には、鉄パイプで刺された痕とガラスが刺さっていた以外、目立った外傷はなかった。
つまり――彼女は少なくとも、血の出るような殺され方をしたのではないのだ。
銃や刃物ではない。鈍器だとしても、命を奪うほどの一撃なら傷は残りそうなものだ。
火傷や凍傷の痕もなかったから、炎や氷結の魔法でもないだろう。
彼女はこの状況で見知らぬ相手を簡単に信頼するほど愚かではないから、食品類に毒を混ぜられた線も薄い。
毒ガスのような物を使われたのだとすると、相手は自分が毒を受けない方法を確保していることになる。
が、武器として毒ガスを支給された人物に、毒消しやガスマスクが運良く支給されるとは考え難い。
そんな幸運が絶対ないとは言えないし、先に別の誰かを殺して奪ったのかも知れないが、高い可能性ではないだろう。
だとすると、考えられるのは解毒の魔法だ。
或いは、武器が毒ガスでないとすれば、ヒロコの命を奪ったのはそれこそ呪殺の魔法。
どちらにしても、敵が魔法の使い手である可能性は高いと考えておいていいだろう。
魔法が使えない自分がそれに対抗するには、何が必要か――
263彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:35:16 ID:c9viFe5i0
「……ここ、か」
考えながら歩く内、戦闘の現場は見付かった。
向かい合わせになった二つの店のショーウィンドウが割れて、辺りに血が飛び散っている。
ガラスが割れる音はここから聞こえていたのだろう。光景を見ただけで、戦闘の激しさは想像できた。
しかしここには恐らく、もう誰もいない。こんな場所に長居したいと思う者はそういないだろう。
そして、ヒロコが最初に血を流したのはここだ。手掛かりは途切れてしまった。
あとは、勘を頼りにこの通りを進んでゆくしかない。
そういえばザ・ヒーローは双眼鏡を二つ持っていた。
ザ・ヒーローと伽耶、二人の支給品が同じだったとは考え難い。どこからか調達したのだろう。
だとすれば、双眼鏡がありそうな店を探せば手掛かりになるだろうか?
そう考えて、また行き詰まる。この時代では双眼鏡がどんな店に売っているのか、想像もつかない。
ヴァルハラでなら、コロシアムの試合を後ろの安い席で見る客を当て込んでジャンク屋が売っていたものだが。
ここが異邦の地であることを、改めて思い知らされる。
(それこそケルベロスでもいれば、匂いを辿ってもらえるのにな)
マダムから借り受けたケルベロスを伴って、スラム街に行った時のことを思い出す。
慣れない、治安も悪い場所だったけれど、あの時は今のようには心細くなかった。
ケルベロスも、仲魔もいたし、隣にはヒロコがいてくれたから。
けれど、今は側には誰もいない。記憶を失ってただ独りヴァルハラを彷徨っていた頃に戻ってしまったような気分だ。
そしてヴァルハラのような喧騒も、ここにはない。
栄えていた街であったろうに、この街並みには自分の足音の他には物音ひとつ聞こえない。
足を止めたら、誰かの声が聞こえはしないだろうか?
ふとそんなことを思い付き、立ち止まる。足音が止み、辺りは完全な静寂に包まれた。
――いや。
(……あれは?)
遠くから、ふと何かが聞こえた気がした。
最初は赤ん坊の泣き声のように聞こえた。が、赤ん坊などいるはずもない。
耳を澄まし、神経を集中する。聞こえる声は複数。言葉ではない、ただの声――鳴き声だ。
(カラス……か?)
鳥の名前はほとんど知らなかったが、カラスくらいは知っている。ヴァルハラに住み着いている数少ない鳥だったからだ。
カラスが漁るものといえば、ゴミと――死体。
それに思い至り、はっとして歩みを再開する。声の聞こえた方向はおぼろげにだが判った。
264彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:35:50 ID:c9viFe5i0
今まで歩いてきた道の中でも一際華やかな看板の並ぶストリート。繁華街と呼ばれる場所だったのだろう。
そこに人の気配がないのが、却って不自然で、不気味だった。
カラスの声の源はすぐに判った。道の片隅の何かに何羽ものカラスが群がっている。
不吉な黒い羽に覆い尽くされてはいても、それが何であるかの予想は付いた。
無言で近付く。カラスが気付いて威嚇の声を上げたが、構わず歩み寄る。
本来の住人の消えた街に、生き物はまだ取り残されていたのだろうか。
人間の出す残飯もなくなり、カラスも餓えているのかも知れない。人が近付いても飛び立とうとはしなかった。
「……どけよ」
距離が近くなり、黒い羽の隙間からちらほらと「それ」が垣間見え始める。
カラスに罪はない。彼らには人間の持つ倫理という概念はなく、「それ」もただの食料なのだ。
しかし人間の感覚は、この光景を惨たらしいものと感じる。
「どけって言ってるだろ!」
恐怖を紛らわしたかったのかも知れない。言葉が通じるはずもないのに声を荒げて、腰の拳銃を抜いた。
追い散らすには当てる必要もない。地面に向かって一発撃つと、銃声に驚いたカラス達は慌てて飛び立ち、逃げ出した。
残されていたのは、案の定――人間だったもの。
その服も長い金髪も血と泥に汚れ、体も食い荒らされて無残な姿になっているが、恐らくは女性だったのだろう。
白い肌に、カラスの爪や嘴の跡が痛々しく残っている。
首はあらぬ方向に捻じ曲がり――これはカラスの仕業ではなさそうだ――ところどころ欠損してはいるが、人の形は保っていた。
目を逸らしたくなるような惨状。しかし、逃げてはいけない。
「……ごめんな」
名前も知らない、骸となった女性に向けて、ただ一言を呟いた。
265彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:36:57 ID:c9viFe5i0
「全く……ついてないわね」
ここまで来ればもう安全だろう。ビルの壁に寄り掛かり、溜息をついた。
参加者は市内のどこかに転送される、とスピーカーから聞こえた声は言っていた。
しかし、自分ほど運の悪い転送先を引き当ててしまった者はそういないだろう。何しろ、悪魔の住処の真ん中だ。
どういう訳かは知らないが、このスマル市という街は多くの場所が異界化している。
街にある普通の施設にも、悪魔に占拠されている場所は少なくないようだ。
幸い、道路にまで悪魔が闊歩している状態ではないらしい。
かなりの時間を浪費してしまったが、外に出ることができた今なら、少なくとも悪魔に襲われる心配はなさそうだ。
「悪魔にだけ用心すればいい、って訳でもなさそうだけど……こんな状態だし、ね」
また溜息をつく。悪魔の生息地を脱出するのに手間取ってしまったのには理由があった。
魔法が使えれば下級の悪魔など敵ではない。少しは消耗するだろうが、悪魔を蹴散らして出てくることは簡単だったはずだ。
――ただし、魔法を使えればの話だ。
不運が重なったと言うべきか、不覚を取ったと言うべきか、悪魔からマカジャマの魔法を受けてしまったのである。
女神の力も、魔法を封じられてしまえば無力だった。
武術の心得もあるにはあるが、人間としては強いという程度。それだけで多数の悪魔の相手ができるほどではない。
支給された武器は柄だけの剣。この短さでは棍の代わりにもならない。
この状態で戦闘という危険を冒したくはなかった。
不運続きの中で唯一幸運だったのは、その悪魔の足が遅かったことだ。どうにか逃げ延び、身を隠しながら出口を探した。
壁の陰から悪魔が通り過ぎるのを根気良く待つようなことをしなくて済めば、もっと早く出て来られたのだが。
外に出て、初めて地図と名簿を確認した。どうやら現在地は夢崎区という区域らしい。
今は人影はないが、物の溢れる繁華街。ここを目指してくる参加者は多いだろう。
そして名簿。目を引く名前が幾つかあった。相棒に、何度も戦った敵に、新米サマナーの少年に――
「……ナオミ」
名簿のその部分を指でなぞって、呟いた。
よく知っている名前だ。どこにでもいそうな名前だが、別人でないことは明らかだった。
この死のゲームの参加者が一所に集められた時、確かに彼女の姿を見たのだ。
そして、彼女もこちらを見た。互いの存在をはっきりと認識した。
再会すればこうなることは解っていたが――彼女がこちらに向けた視線には、殺意が込められていた。
殺し合いに乗った者がいるかどうか、どれだけいるかは判らない。
しかし間違いなく言えるのは、ナオミと出会ったら戦いは避けられないということだ。
今の状態で出会ったら、勝ち目はない。
266彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:37:50 ID:c9viFe5i0
突然の銃声が、思考を中断させた。
誰かが発砲した。それも、音が聞こえる距離で。警戒して周囲を見回すと、街の一角からカラスの群れが飛び立つのが見えた。
銃声は一発きりで止み、再び静寂が訪れる。
(あの場所に、誰かいる……)
カラスが飛び立った場所はそう遠くはない。起こったことを確かめに行くべきか、逡巡する。
戦いが起こったのか。銃声が一発きりだったということは、それで勝負が決まったのだろうか。
それとも、銃声の主はこの状況を悲観して自ら命を絶ったのか。
確実なのは、その場所に少なくとも一人の人間がいること。生きているにせよ、死んでいるにせよ。
その正体も意図も近付いてみなければ判らない。最悪、そこにいるのはナオミかも知れない。
しかし、人に出会うのを避け続けている訳にはいかないこともまた確かだ。
この街から脱出する方法を探すとすれば仲間は必要だ。キョウジとも合流したい。
魔法を使えない状態をどうにかする必要もある。つまり、回復魔法の使い手を探すということになる。
(行くしか、ないわね)
心を決めた。できるだけ足音を立てないように、その方向へ歩き出す。
気配を殺すのは得意だ。見付からないように様子を窺って、安全そうな相手なら近付けばいい。
しかし、もし戦いになりそうならば逃げるしかない。魔法が使えないままでは、銃を持った相手と戦うのは自殺行為だ。
話の解る相手であることを、守護神に祈る。

幾つかの道を曲がり、大通りに差し掛かったところでその光景は目に飛び込んできた。
267彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:40:37 ID:c9viFe5i0
人間の体を切断するというのは、思っていた以上に重労働だった。
血が付着すれば刃物の切れ味は落ちるし、脂で手が滑る。当然ながら、骨を断つには相当の力が必要だ。
道具も悪かった。今持っている刃物といえば、ベスに支給されていたチャクラムだけだ。
刃を当てた反対側から押さえようとすれば、自分の手も切れる。
かと言って真ん中の穴に指を入れて使うとなると、指一本分の力しか懸けられない。目的にはあまりに不充分だ。
何度も手を滑らせて指を傷付けながら、切断したい部分の肉を刃で切り離し、残った骨は両手で力を懸けて無理矢理に折る。
手を血塗れにして、重労働の疲労と罪深い行為を行っているという緊張感に息を荒げて、作業を続ける。
他のことは何も考えないように、一心不乱に。
五体が動く状態で放置されたら、この女性もゾンビとして甦らせられる危険性があるのだ。
それは他の全ての参加者にとって脅威だし、彼女を知る人の悲しみとショックは増すだろう。
そんな事態を避けるため、誰かが手を汚す必要がある。ネクロマ使いがいることを知っている誰かが。
(俺がこんなことしてるの、ベスが見てたら悲しむかな)
考えないようにしても、雑念は入り込む。
(ザインが知ったら軽蔑するかな)
考えずになど、いられるはずがない。
(ヒロコさんは、何て言うだろう)
ベスの仇を討ちたくて、ヒロコを解放したくて、それから街のどこかにいるザインを助けたくて、今の自分は動いているのだ。
彼らのことを忘れられるはずがない。ただの一時も。
(ごめん、みんな。許してくれないかも知れないけど、俺にはこれしかできない)
あの天使のように炎の魔法でも使えたら、こんな惨いことをする必要もないのに。
救世主と言っても、結局、殺すことと壊すことしかできないただの人間なのだ。

骨が砕ける嫌な音と感触がする。女性の白い腕が、体から切り離された。
これで両足の脛から先と、右手の肘から少し下以降を落とした。残るは左手だ。
屈んでいた体を伸ばし、深く息をついた――その時だった。
「あ……」
ふと気付いた気配の意味を、消耗した精神はすぐには察せなかった。
誰かがいる。その事実だけを飲み込んで視線を向けると、そこには見知らぬ女性の姿があった。
彼女の表情が恐怖と嫌悪に凍り付いている、というのを認識したのは一瞬後。
268彼と彼女の不運:2006/09/14(木) 14:45:19 ID:c9viFe5i0
咄嗟に言葉が出てこない。反応に迷っている内に、女性は踵を返して走り出す。
「ま……待ってよ!」
追い掛けようとして気付いた。血塗れの手、足元に転がる切断された死体。
この光景を見た女性が、その意味をどう認識したか。
自分の手に視線を落とし、呆然とした。女性の姿はもう見えなくなっている。
「違うよ……」
届く訳がないと知りながら、絞り出すように呟いた。
「違う。俺じゃないんだ。……俺は、殺してなんてないのに」
泣きたい気分だった。あの女性は、戦いを挑んではこなかった。
こんな状況で出会ったのでなければ、理解者になってくれたかも知れなかったのに。
――ああ、けれど。
(『まだ』殺してないだけじゃ、同じなのかな……)
ネクロマの使い手を見付けたら殺すつもりなのだ。まだ手を下してはいないとは言え、人殺しには変わりない。
彼女の誤解を責める権利は、自分にはないのかも知れない。
もう戻れない所まで、来てしまったのだ。
天を仰いだ。空はもう明るい。その光が心に差した影を濃くするようで、痛いほど眩しく感じられた。



【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷、精神的落ち込み
武器:ドミネーター(弾丸1発消費)、チャクラム
道具:ベスのザック(食料・水2人分+ベスの支給品)、バンダナ
現在地:夢崎区、繁華街
行動方針:ネクロマの術者を倒し、ヒロコを解放する

【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態:CLOSE
武器:プラズマソード
道具:不明
現在地:夢崎区繁華街より逃走
行動方針:CLOSE状態の回復、キョウジとの合流
269主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 07:38:55 ID:Nq3jIUBf0
太陽の陽光も月光も届かない闇の中、一人の少女が古ぼけたランプを片手に歩いていた。
此処は今回の『ゲーム』の主催者たちが集まっている砦≠フ一角。長く、広い廊下だ。
この廊下の行く末は少女の手にしている粗末なランプが照らす小さな灯りでは到底見据えることは出来ないほど長く、
また幅も大の大人数人が手を繋いでも届かないほど広い。
その上暗く、無機質でだだっ広く、冷たい空間は無音で、かつん、かつん、と少女の足音が異様に大きく反響した。
少女の名はトリッシュ。
ピンク色のナース服を身に着け、背中に小さな羽根が生えている美しい妖精である。
彼女は妖精王オベロンの命により、回復施設を造ってペルソナ使いたちを助ける役割を担っているはずだった。
が、少々性格に難があり、金にがめついので当のペルソナ使いからは嫌われているのだが、彼女自身はそんなことあまり気にしていないようだ。
それに今は少々事情が違う。
彼女は今回、本来サポートしなければならないペルソナ使いと敵対している存在に、文字通り『雇われた』のである。
『主催者』サイドの代表者であるルイ・サイファーが今回の話を彼女に持ちかけ、報酬として一枚の小切手を差し出したのだ。
その小切手には、彼女がいくら回復施設で訪れるペルソナ使いたちに体力回復の見返りとして高額請求をしたとしても
到底稼ぎきれないような破格の金額が記されていたのである。
彼女の心変わりはあまりにも早かった。
小切手を見た瞬間、オベロンを裏切り、あっさりとペルソナ使いたちを『主催者』に売り渡したのである。
世の中、所詮は金次第。実にシンプルな思想だ。
実際彼女もオベロンの命を全うして故郷の妖精界に出戻り、一円の得にもならない奉仕に身を捧げるよりも、
実力次第でいくらでも稼げる人間界が気に入っていたところだ。未練は微塵にも存在しなかった。
彼女にとって、今更失うものは何も無かった。金以外は。
そんな彼女の『ゲーム』における役割というのは数多いる主催者たちへの伝令役である。
270主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 07:41:42 ID:Nq3jIUBf0
主催者サイドは代表者であるルシファーと腹心数名の下、主に大きく分けて四つの部門に総括される。
まず一つ目は主に自己回復制御部門である。
集められた参加者の中には魔法を操り傷を負ったとしても無限に回復する輩が数人確認され、
そんな連中が結託してこちら側に歯向かって来たことを考えると少々厄介である。
そこでこの部門を設けることにより、その能力を大幅に制限しているのだ。
二つ目は悪魔管理部門である。
スマル市は各地に悪魔が出現する区域があるが、その名の如くエリア別に悪魔の種類や能力を管理しているのである。
最初から強大な力を持った悪魔が出現すれば、下手をすると参加者全員が開始早々食い殺されかねない。
だから最初は弱い者を投入し、時期が来れば少しずつ強力な者を増援させる。それが主な役割だ。
三つ目は噂現実化制御システムである。
この『ゲーム』の舞台となっているスマル市は『這い寄る混沌』の影響で人々の口に昇る噂話が全て現実化してしまうという特殊な環境にある。
ゲームの参加者の中にはこの街に精通している者も何人かいるので、先手を打って噂の現実化を防止しているのだ。
ただし、ゲームの展開やルイ・サイファーら大幹部の意思によりシステムが解除される可能性もあるため、あくまでも防止であって停止ではない。
最後は刻印管理部門である。
参加者たち全員の首には、百パーセントの致死力を持った呪殺刻印が掘り込まれており、
この部門では主に刻印の発動と制御に関する操作を管理している。
また、この刻印には簡単ながら着用者の生存感知機能が搭載され、また遠隔操作も可能となっており、
着用者が何らかの方法で脱出を試みる等の禁止されている行動を取ったらこちらの意思で爆発させることが出来るのだ。
ただしそれには代表者であるルイ・サイファーの許可が必要で、管理者が勝手に爆破させたら厳重な処罰を受けさせられるともっぱらの噂である。
トリッシュが今回伝令を伝えるように命じられたのはまさしくこの刻印管理部門に対してであった。
271主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 07:45:53 ID:Nq3jIUBf0
照明一つ存在しない暗い廊下には、一定の間隔を置いて各部門の管理室のドアが置かれ、
まだよく道順を覚えていないトリッシュはランプでそのドアの一つ一つを確認しながら進んだ。
「えーっと……えっと、ここは……ん? 業魔殿…。何だよ悪魔制御部か〜。もーっ迷子になったら労災申請してやる!」
一人大声でわめき、ジタバタとじだんだを踏みつつも、気を取り直して次の扉に進む。
次にやって来た扉は全面的に青一色の扉であった。プレートには「ベルベットルーム」と書かれている。
「あったあった、ここ! 失礼しまーっす!」
目当ての扉を見つけるや否やトリッシュはノックもせずに勢いよく青い扉を開け放った。
開くと同時にピアノ伴奏でフランスの作曲家・サティの名曲「ジムノペティ 第一番」の美しい旋律が耳に飛び込む。
そして中からはトリッシュに向かって長い鼻を持った小柄で異形の姿をした老人と、耳を塞いだオペラ歌手、目を塞いだピアニスト、
一心不乱にキャンバスに向かって悪魔を描く絵師が一斉に顔を向けた。
部屋の色彩は壁、天井、カーテンから、ピアニストのついているグランドピアノや絵師の目の前にあるキャンバスに至るまで全て青で統一されていた。
「おや、これはこれはトリッシュ様。ようこそベルベットルームへ。」
突然やって来たにも関わらず、長い鼻の老人が甲高い声でトリッシュを歓迎し、椅子を勧めた。
「やっほー。イゴール久しぶりっ。」
トリッシュは手持ちのランプをグランドピアノの上に置き、満面の笑みで小刻みに両手を振りながら差し出された椅子に腰を下ろした。
「こっち来てから会うのは初めてだね。元気してた? 相変わらず落ち着かない部屋にいるんだねー。」
「トリッシュ様こそお変わりないようで…。」
「ってゆーか、一人増えてない?」
彼女が興味を持ったのは他の三人と比べたら比較的質素な服装の絵師である。この部屋の新顔だ。
だが絵師の方は彼女に取り立てた反応は示さず、ひたすら筆を振るうことに集中していた。
「彼はフィレモン様より命を受け、本来ならば私どもと同様、この部屋でペルソナ使いたちに力を貸すべき存在ですが、今回は少々勝手が違いますので…。
彼には例の刻印を全ての参加者に描き記していただきました。」
「ふーん、この人がねぇ。ま、いーや。」
特にこちらに関心を抱いてくれない絵師の姿に飽きたのか、トリッシュはイゴールと呼ばれた老人の方に向き直った。
「所で、貴女がこの部屋に来たということは、刻印に関して何か問題でもあったのでしょうか?」
272主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 07:54:18 ID:Nq3jIUBf0
イゴールの言葉に絵師だけではなくピアニストの耳もピクリと動いた。
耳を塞いだオペラ歌手だけは聴こえていないためか、無心で静かなハミングを響かせている。
「それとはちょっと違うんだけど…。
何かね、鈴木さんが言ってたんだけど、参加者の中に脱出を目論むバカがいるらしーんだよねー。」
「ほぉ。それはそれは大変なことでございますな。」
「うん、そーゆーことだからそいつにその事をお知らせして、ちゃっちゃと刻印爆発させちゃって!」
「かしこまりました。鈴木様の指令であればルシファー様のご意思と同意。
して、それは参加者のどの者でございましょうか?」
「うん。確かえーっと…名前は…」
トリッシュは小首を傾げて小さく唸った。今回の参加者は彼女に対して一円も落とさない。
たったそれだけでも彼女にとってはその名を覚える価値も無いのである。
少々苦心しながらも何とか頭の隅から名前を捻り出し、ぽんと手を打った。
「クズノハ! クズノハ何とか…ライ…えっとごめん。やっぱり思い出せない!」
「葛葉ライドウ様でございますか?」
「そうそう。今思い出した!」
「では早速警告を出し、それに従わないようでしたらやむを得ませんね。
刻印を爆破することに致しましょう。ナナシ、ベラドンナ、そして悪魔絵師、準備はよろしいですか?」
イゴールの声に反応するように、ピアノの伴奏が変わった。ソプラノも少し攻撃的なリズムで紡ぎだされる。
絵師も手を止め、精神集中するように筆先をじっと見つめた。
初めて見る緊迫した光景に、トリッシュもわくわくした面持ちで見守っている。
イゴールがまずは葛葉ライドウに警告を出すべくタキシードの懐にしまっていたイビルホンを引っ張り出した時、青い扉が再び勢いよく開いた。
ぴたりと演奏が止まり、一時の静寂が訪れる。
「おや?」
そこから挨拶もせずにずかずかと踏み込んできたのは一人の若いメイドであった。
ショートカットの黒髪で、美しい顔立ちと均整の取れた体つきだが、真っ白な肌からは一切の生気を感じさせない、
まさしく人形のような雰囲気の持ち主である。
「……今日は随分とお客様が多いようですな。」
「突然お邪魔したことを先に詫びておきます。」
まるで高揚の無い声でそう言い、メイドは無表情に一礼した。
色素の無い真っ赤な瞳には何ら感情を抱いていないようだった。
「メアリ、少し下がるがよい。」
そのメイドを押しのけ、赤いマントを羽織り、海軍のような帽子を被った初老の男が大股でベルベットルームに入室した。
男の名はヴィクトル・アインシュタイン。
この男もまた、人間的な熱を感じさせない佇まいだが、メイドの少女よりは感情の起伏があるようだ。
と、ここでまたピアノの演奏が始まった。ただしの男が下界で根城にしているホテル業魔殿で流しているBGMの生演奏である。
「これはこれはヴィクトル様。悪魔管理部門総括の貴方がこのような場所に何の御用でしょうか。」
「我輩の使役する悪魔の中には少々聴力に優れた者もいてな、お主たちの会話を聞かせてもらったぞ。」
「あ! 盗み聞き!」
すかさず指を刺して非難するトリッシュを尻目にヴィクトルは続けた。
「その葛葉ライドウという男についてだが、少々我輩に任せてもらいたい。」
「ほお。確か資料によりますと貴方と葛葉と呼ばれる一族には深い縁がおありのようで。
ですが、鈴木様…いや、ルシファー様の命では刻印を爆破させよとのこと。
場合によっては命令違反ということで貴方が粛清されることになりますぞ?」
「その点は問題無い。既に話はつけてある。
それに我輩は悪魔の研究が出来るのならばサンプル提供者は葛葉でなくとも大いに結構故、奴らに与そうなどとは全く思っておらん。」
「それを聞いて安心しました。では、いかなる事情で…」
イゴールの言葉が終わらぬ内にヴィクトルはやや興奮した口ぶりで自分の計画を捲し立てた。
273主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 07:58:53 ID:Nq3jIUBf0
「聞けば葛葉ライドウはこの街の動力エネルギーを狙って動いているそうではないか。
それについては我輩よりも噂関連を管理している者の方が興味を抱いていているようだが、まぁこの際それはどうでもよい。
問題は奴が選択した脱出方法……どうやら動力エネルギーを利用して異界開きを行い、時空を超えて逃げ出す算段らしい。
悪魔が異界でどのような生態変化を起こし、そして時空移転ではどのような影響を受けるのか……実に興味深い話ではないか。
そこで最近我輩が新たに作成した悪魔を葛葉ライドウの監視役に付かせたいと思っているのだ。」
そこまで聞いた段階で、イゴールにはこの男が何をしたいのかが理解出来た。
つまり、より革新的な場面で新しく生み出した悪魔の性能をテストしてみたいということである。
その研究に対する熱意は賞賛に値するが、組織の一員としてはかなり問題があるのではないかとイゴールは思ったが、口にはしなかった。
だが、
「でもさー、それってやっぱりルール違反じゃない? 
つまりそのライドーってのが逃げ出すまで悪魔に守らせるってことでしょ?」
イゴールの言いたいことをトリッシュが代わりにずばりと言い放った。
彼女はこの男とメアリが生理的に受け付けないのか、先ほどから露骨に嫌そうな顔をしている。
だが、そんなことヴィクトルからすればどうでもいいことだった。
この男が関心を向ける事柄は唯一つ。己の研究に関することのみなのだ。
「それについては言うに及ばん。
悪魔は、監視役に過ぎん。それに葛葉ライドウに付かせるのは一体のみとする。そして決して奴の手助けはさせぬことを誓わそう。
それで葛葉が他者に破れるのなら仕方が無い。そういう運命だったのだと我輩は潔く諦めることとする。
勿論、何らかの不都合が生じるようならばすぐに刻印は爆破してもらって結構だ。
何なら監視役の悪魔にも刻印を掘り込んでくれてもかまわんぞ。
既にデビルカルテは取ってあるのでいくらでも複製は可能だからな。」
「ふむ…。貴方様がそこまで仰るならそれもまたご一興でしょう。して、どのような悪魔を?」
「この中から候補を選んでくれたまえ。我輩はそれに従うことにしよう。」
ヴィクトルがちらりと眼で合図をすると、背後に控えていたメアリがカルテの束をイゴールにうやうやしく差し出した。
イゴールはそれを受け取り、簡潔に眼を通しながらぱらりと捲る。その横からトリッシュが興味津々と言った面持ちで覗き込んでいた。
「さすがに随分と珍しい悪魔を揃えてらっしゃる。これは実に面白そうですな。」
「へー、魔人アリスにメギドラオン所持ピクシー、怪異ツチノコ、クダン、それからジャアクフロストかぁ…。
あ、イナバシロウサギかわいー! ボクこれがいい! ペットにする!
……うげ、魔王マーラって、監視にコレは無理なんじゃない? ボクだったらこんなグロいのいたら速攻でボコっちゃうよ。あとは……。
……十五代目葛葉ライホー? 何だコレ?」
「では、監視役の悪魔はこの中からこちらで決めさせていただきましょう。」
「ねーねーイナバシロウサギちょーだい! ライドーにつけるのは別のヤツにして!」
「これにて我輩は失礼する。外にメアリを待たせておくのでな。どの悪魔を監視役にするか決まったら彼女を通じて言伝を頼んだぞ。」
用件の済んだヴィクトルはマントを翻し、さっさとベルベットルームを後にした。メアリも無言でそれに従い部屋を出る。
パタンと扉が閉り、まるで何事も無かったかのように音楽が最初と同じジムノペティに切り替わった。
一方トリッシュはイナバシロウサギのカルテを見ながらニヤニヤ笑っている。
「えへへ。このウサちゃんもーらいっ!」
だが、そんなトリッシュの声が漏れていたのかどうなのか、すぐさま扉が開き、再びメアリが顔を覗かせた。
「念のために申し上げておきますが、残った悪魔を勝手に着服しないように。それはまた別の場所で利用いたしますので。」
それだけ言って、返事も聞かずに再びドアが閉る。

「ケチ! 死んじゃえ! ルイ・サイファーに殺されちゃえ!」
274主催者サイドの野望:2006/09/15(金) 08:07:30 ID:Nq3jIUBf0
【イゴール】
主催者の一人。刻印管理部門総括
【ナナシ】、【ベラドンナ】、【悪魔絵師】も同様に刻印管理担当

【ヴィクトル・アインシュタイン】
主催者の一人。悪魔管理部門総括
【メアリ】も同様に悪魔管理担当

【トリッシュ】
ルシファーらと各管理部門を繋ぐ伝令役

(時刻は午前8時ごろでお願いします。)
275名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 00:42:04 ID:7S9Nf551O
保守
276復活:2006/09/22(金) 01:01:46 ID:sPnMtJhxO
此処は一体どこだろうか?
眼前に広がるは全てを飲み込む無
一筋の明かりも無い闇。
聴覚が、嗅覚が、視覚が、触覚が、
五感の全てが何も感じ取ることが出来ずにいた。
空を飛んでいる気さえした。
ああ此処は一体どこであろうか?黄泉の国か?地獄か?あるいは天国か?

「そうか、私は死んだのか…。」
自分でも驚くほどすんなりと、其れを受け入れることが出来た。

段々と意識がはっきりとしていくにつれ、(死んでいるはずなのに意識とはおかしな話だが)
記憶の深層の淵から「死ぬ」までの事が落葉が降り注ぐように呼び起こされてきた。
あの「ゲーム」に呼ばれてから、この地に堕ちるまで。全てが鮮明に思い起こされた。
だがもうそんな事はどうでもいいのだ。
萬に一つ。いや、億に一つの不運とはいえ、この狭間偉出夫が、この魔神皇が不覚を取り、死を迎え入れたのだ。
277復活:2006/09/22(金) 01:05:15 ID:sPnMtJhxO
しかし地獄か、天国か、其れは知らぬが、誠あの世というもはしみったれたものだな。
罰か、あるいは幸福か、そんなものは何一つ無い。あるのはただただ無ひとつ。無が在るとは矛盾しているようだが、ただそれだけだ。

自分の体勢すら分からないでいたが、何か窮屈な気がしたので軽く伸びをしてみた。その時だ。

「ぬっ…」
思わず声が漏れた。痛んだのだ。右の手首が、今確かに痛みを感じ取ったのだ。
条件反射的に抑えてみれば、なるほど血が出ている。生きている!自分は!

目が慣れてきたというのもあるが、今の痛みのおかげでハザマは完全に覚醒した
手首を傷つけたのに、今まで感じたことが無い程すがすがしい気分で起きあがった。

此処は天国で無ければ地獄でもない。スマル市とかいったか。そこのどこかだ。
木々が生い茂っている。そうだ。忌々しいが、山の斜面にたたき落とされたのだ。
そして辺りを見回していたハザマは愕然とした。一寸先には闇…ではないが、断崖の下には鮮やかなブルーのキャンパスに白い雲が浮かんでいる。
目の前に「空」がある。
原理は判らぬが、町ごと切り取って浮かべたような、そんな感じだ。
「住民はいないから好きに暴れてくれてかまわない。」確かではないが、主催者がそのようなことを言っていた事を思い出した。
このゲームとやらの為にわざわざこんな大それた事をしたのか?
まあ、そんな事はどうでもいいのだ。勝って、生きて帰るのはこの魔神皇ただ一人だ。
278復活:2006/09/22(金) 01:10:20 ID:sPnMtJhxO
それとどうやら今手首を切った木の枝、それが伸びている木がクッションになってくれたらしい。
危うく、(奇妙だが)空に落ちるところを救ってくれた上、そして何より生きていることをしらしめたこの木。

いわば命の恩人だが、手首の傷を見ると無性に腹が立った。
惨めにもこの底に蹴落とされ、また、あの二人組。一人は確かライドウといったか。落下する際に確かに聞いた。もう一人の名は判らぬがまあいい。
あのような不徳の輩によりもたらされたやもしれぬ死を、いとも容易く受け入れていた自分を想うと、一層腹立たしく思えた。

軽く「恩人」の木に手を翳すと、その根から枝の梢まで塵にしてやった。

「おのれ…この恥辱…。必ずや晴らさせてもらうぞ!
 四肢をズタズタに引き裂き、五臓六腑を引きずり出し、奈落の底に叩き落としてくれよう!」

純白の学生服に付いた泥やらなにやらを軽く払い、声高らかに一人宣言すると、狭間偉出夫は歩きだした。

【狭間偉出夫(真・女神転生if...)】
状態 手首の切り傷と、落下の際打撲等を負ったがいずれも軽傷。精神的にはすこぶる快調
武器 落下の際ザックごと失ったが、彼は何も必要無いと思っている。
道具 同上。
現在地 蝸牛山
行動方針 葛葉ライドウ、鳴海昌平 両名への復讐 皆殺し
279名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 01:17:44 ID:sPnMtJhxO
やべっ
時刻は午後1時でお願いしますm(_ _)m
280憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:32:37 ID:a8bsWaQ20
無人の街は、変わらず静かだった。
あの時、教室にいたのは何人ほどだったろう。四十人か、五十人ほどいたか。
どちらにしても、一つの街にそれだけの人間しかいないと考えると、あまりに少ない人数だった。
本来は何万もの人が暮らしていたのであろう街に散らばっていては、出会う確率は高くはないはずだ。
突然放り込まれた者達には、この無人の街はあまりに広い。
人の集まりそうな所、役立つ物のありそうな所を避けて進めば、物音一つにも出会わない。

(身の安全を確保するだけなら、そう難しくはなさそうね)
地図を片手に、道なりに歩きながらレイ・レイホウは考える。
死体を解体する男と出会って以来、人の姿は生きているものも死んでいるものも見なかった。
地図によると夢崎区から平坂区へと続くらしいこの道は、どうやらまだ戦場にはなっていないらしい。
(食べ物ならどこででも手に入るし、隠れられる場所もいくらでもある……
休む場所には困らない。誰か仲間がいれば、交代で休めてもっと安心なんだけど)
レイホウは決して気の弱い女ではない。寧ろ、多くの死地を潜り抜けてきた賜物か肝は据わっている。
並の男なら軽くいなせるほどの武術の心得もあるし、悪魔や超常現象についての知識も豊富だ。
だから、殺人者が街のどこかで獲物を探している、という事態に恐怖している訳ではない。
冷静さゆえに、彼女は慎重になっているのだ。
その辺の人家にでも隠れれば、確かに人には気付かれないだろう。しかし、探り当てる能力を持った悪魔はいる。
例えばケルベロスなりオルトロスなり、鼻の利く悪魔を連れていたら容易く匂いを辿られてしまうだろう。
人には見付かるまいと油断していては、どのような危険に晒されるかわからない。

多くの人が集まる場所は、安全のためには避けた方がいい。
しかし安心して休息できる状況を作るためには、信頼できる誰かと出会うことが必要だ。
その二つから、レイホウは結論を出した。
積極的に人を殺す意思のない者は、皆同じことを考えるはず。
ならば彼らが向かうのは、安全の確保できそうな場所だ。
281憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:33:07 ID:a8bsWaQ20
地図を見た限りでは、この市内で住宅地が多そうなのは蓮華台と平坂区。
どちらも夢崎区とは隣接しているが、蓮華台は市の中央である。
各区の間を結ぶ場所は、通る者も多いだろう。安全を確保することを考えるなら、平坂区だ。
そう判断して歩き始めてから一時間と少し経った頃だろうか。
地図上では二つの区の境目になっている辺りまで、レイホウは辿り着いていた。
(このまま南に進めば高校に住宅地……西はカメヤ横丁、ね)
少し考えてから、道なりに南に進路を取った。
道の両側に、細い曲がり道が幾つも伸びている。横丁の方へ向かおうとすれば、どこからでも行けそうだ。
時折地図を見ながら、それ以上に注意して周囲の様子を窺う。
敵であれ味方であれ、人のいた痕跡があれば今後の指針を考えるのに大いに役立つ。
あまり歓迎はできないが、出会うのが死体だとしても情報にはなるだろう。

幾つ目かの曲がり道の前に差し掛かる。
他の曲がり道と同じように、ここも軽く覗いて何もなければ通り過ぎるはずだった。
が、予想外なことに――接触は、相手側からだった。
「誰かいるの?」
突然の問い掛けに、レイホウは足を止める。
声の主は若い女。警戒しているのか、道を曲がった先に姿を隠したままでいる。
「戦う気はないわ。安心して」
相手にもその気がないとは限らないが、先に気付いていながら不意打ちを仕掛けてこなかったのだ。
誰彼構わず殺す気になっている人物ではない可能性が高い。そう考え、穏やかな声で応える。
「……嘘じゃなさそうね」
安堵したような声がして、声の主が姿を現す。制服姿に短い髪の、高校生ほどの少女だ。
手には銃を持っているが、今のところ撃つ気はないらしく銃口は地面に向けたままにしている。
その姿勢が、この少女にも戦意がないことをレイホウに確信させた。
「良かったあ。やっとやる気になってない人に会えた」
年齢相応の表情で、少女が微笑む。この口振りだと、殺意を持った他の参加者に遭遇しているのだろう。
「こっちも安心したわ。ここに来てからついてなかったけど、やっと運が向いてきたみたい」
平坂区へ来たのは正解だったようだ。ゲームに乗る気のない参加者と出会えたのは何よりの収穫だ。
しかも、この少女は「敵」となり得る人物の情報を知っているらしい。
「ところで、やっとやる気になってない人に……って言ってたけど。そうじゃない人には会ったの?」
「うん。放送があった頃だったかな、あっちの横丁でね。悪魔使いの男の子に」
「悪魔使い?」
レイホウは眉を顰めた。やはり参加者の中には、殺戮に悪魔を使おうとするサマナーがいる。
出会ってしまったら、魔法を封じられたままで対抗するのは難しいだろう。
282憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:33:39 ID:a8bsWaQ20
「中島……って言ってたっけ。えーと、あったあった」
民家の石塀に銃を立て掛け、少女はザックから名簿を取り出して覗き込む。
「中島朱実。女の子みたいな名前だけど、顔もそんな感じでね。黒い制服で、何とか高校の三年って」
「知らない名前ね」
名の通ったサマナーではない。しかし、レイホウは僅かに安堵していた。
サマナーの少年と聞いて、天海市で出会った新米サマナーのことを一瞬思い出していたのだ。
彼の名は確か、アラタ。ついでに間違っても女の子のように見える容姿ではない。
もとより無差別な殺戮を行う人物だとは思っていないが、一瞬の「まさか」が取り除けたのは幸いだった。
「あ、そうだ。私は内田たまき。お姉さんは?」
「ああ……言っていなかったわね。私はレイ・レイホウ」
名簿を見ていて、相手の名前を確認することを思い出したのだろう。
たまきと名乗った少女はまた名簿に目を落とし、今聞いた名を探しているようだった。
そういえば。ふと、最初に集められた教室には彼女と同じ制服を着た少女が他にもいたことを思い出す。
「お互い、知っている人について情報交換しましょうか」
「あ、賛成」
たまきが顔を挙げ、頷いた。

近くの民家を手当たり次第に見て回ると、鍵の開いている家はすぐ見付かった。
中島という悪魔使いが近くにいる可能性がある以上、長居はしない方がいいだろう。
ひとまず筆記用具を見付け、ダイニングのテーブルに二人で向かい合って座った。
ついでに、冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターをコップに注いで並べる。
食品類もあったにはあったが、放置されて何日になるか判らないため手は付けないことにした。
「まず……葛葉キョウジ。彼は信頼できるわ。私の仕事上のパートナーだったから」
キョウジがゲームに乗ることはまずないだろう。
彼は正義の味方でこそないが、決して自分が生き残るために人を殺すのを躊躇わない人間ではない。
「銃と、サマナーとしての腕は確かだけど……」
COMPも銃も支給されていなかったとしたら大丈夫だろうか、とふと考える。
肉弾戦でも下手な悪魔程度の相手ならできるはずだが、少々不安だ。
「サマナー、って?」
「悪魔召喚師。あなたが見た中島君のような人のこと」
「あ。じゃあ私もサマナーなんだ」
たまきの意外な言葉に、レイホウは目を丸くする。
「あなたも? 悪魔を使えるの?」
「今は悪魔召喚プログラムがないから無理だけどね。どっかに落ちてないかな」
落ちていることはなさそうだが、彼女は見た目以上に頼りになる存在らしい。
中島という少年が悪魔を従えていたということは、COMPが支給されている者もいるということ。
使いこなせないCOMPを支給されている、ゲームに乗っていない人物がいるかも知れない。
そういう人物を見付け、COMPを借りられれば、たまきは大きな戦力になるだろう。
283憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:34:20 ID:a8bsWaQ20
それから、二人は互いの知る人物の名前と特徴を教え合い、名簿にメモを記した。
たまきから聞いた名前は、先程の中島朱実の他に五名。
乗り気になっている可能性が高い要注意人物は、狭間偉出夫と神代浩次。
味方してくれそうなのが赤根沢玲子、宮本明。
それから、既に名簿上では線で消された名前――白川由美というのも、彼女の友人だったらしい。
レイホウも知っている人物のことをたまきに教えた。
キョウジ、シド、ナオミ、新、瞳、今は亡い久美子。そして、もう一人。
「この、葛葉ライドウ……って人。名前には心当たりはあるのよ」
「名前だけ知ってて、どんな人か知らない、ってこと?」
レイホウは頷く。紛れもなく、その名は葛葉の者に受け継がれている名だった。
「葛葉ライドウの名前は代々受け継がれていてね。
由緒あるサマナーの名前なんだけど……今の葛葉ライドウには、私は会ったことがないの」
「由緒……そんなに昔から、サマナーっているんだ」
たまきが驚いた顔をする。どうやら彼女も新と同様、運命の悪戯でサマナーになった新米らしい。
「COMPがなかった頃って、どんな風に召喚してたの? 魔法陣描いたり?」
「そういう方法もあるわね。あとは符とか、管とか」
「……管?」
感心したように頷いて聞いていたたまきが、突然思い出したようにザックを取り上げた。
ごそごそと中を探り、しばらくすると取り出した何かをテーブルに載せる。
「管って、もしかして……こういうの?」
テーブルの上のそれを見て、今度はレイホウが驚きの表情をした。
間違いなく、「こういうの」である。かつては葛葉の者も悪魔召喚に用いたという、封魔管。
「まさに、これよ」
たまきは当たりを引いたと言うべきなのか、外れを引いたと言うべきなのか。
封魔管は悪魔を封じ、召喚を可能にする術具ではあるが、扱うには高い霊力が必要だ。
COMPでの召喚しか経験していないたまきに扱える代物ではない。
本来のキョウジならともかく、今のキョウジでも使えないのではないだろうか。
「使い方、わかる?」
「私はサマナーとしての訓練は積んでいないから……知識だけ、ね。
霊力も必要だし、慣れていないと使い物にならないわ」
「無理かぁ……私、魔法の素質も全然ないみたいだし」
たまきが肩を落とす。これを扱える人物を味方に付けられれば、強力な武器にはなるのだが。
この名簿の中にいる葛葉ライドウならば扱えるだろうか。そうでなければ――ナオミ、はまず味方にはならない。
「課題が一つ増えたわね。これを使える味方を探すこと」
二人は顔を見合わせ、溜息をついた。
284憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:35:42 ID:a8bsWaQ20
「知ってる人は、これだけかな」
様々なメモが書き込まれた名簿を、たまきは丸めてザックにしまう。
「名前を知ってるのは、これだけ。――姿だけ見た相手なら、もう一人いるわ」
名簿の話題になって話しそびれていたが、このことも彼女には伝えるつもりだった。
この先降り掛かってくるかも知れない危険については、一つでも多くの情報を共有した方がいい。
「……女の子が死んでいるのを見たの。そこには男がいて――死体の手足を、切り落としてた」
「な、何それ?」
信じられない、といった顔をするたまき。当然の反応だ。
修羅場には慣れているレイホウでさえ、その光景には一瞬、寒気を覚えたのだ。
正確には光景と言うより、顔を挙げた男の顔に、である。
必死の形相だった。しかし、そこに狂気の色はなかった。正気であのような行為をしていたのだ。
理解できない「正気」は、「狂気」より恐ろしい。
人間とは根本的に精神構造の異なる高位の悪魔が感じさせることもある、あの理解不能さ。
しかし恐怖を覚えたとは言っても、怯えた訳ではない。戦う力が万全にあれば挑むこともできた。
一人の少女が殺され、その体を切り刻まれている場面で、逃げるしかなかったことが歯痒かった。
「場所は夢崎センター街……ここからは遠いわね。しばらくは出会う心配はないわ。
長い髪で、SFにでも出てきそうな格好の男だった」
「……目立ちそうだね、それ」
確かに、あの出で立ちなら遠くから見ても一発で判る。
シドといい、たまきから聞いた白い学ラン姿らしい狭間という少年といい、目立つ格好であってくれて助かる。
「私は今、魔法を封じられていてね。それさえ回復すれば、戦える自信はあるんだけれど」
「じゃあ、それまでは私が戦うよ」
屈託のない表情で、たまきが言った。
「あなた、戦えるの?」
銃を支給されているとはいえ、彼女はどう見ても普通の女子高生だ。特に鍛えているようにも見えない。
そんなレイホウの心配を余所に、たまきは自信ありげに笑ってみせた。
「大丈夫。私には強い味方が『憑いてる』から」
彼女がそう言った瞬間、その背後に何か大きな力をレイホウは感じた。
偉大な悪魔――或いは神と呼ばれるかも知れない存在。
(この子も巫女?……違うわね。でも、この子は護られてる)
味方してくれているのは、この身を守護する女神だけではないらしい。
「ありがとう。でも、私だって魔法以外でも戦えるのよ」
名簿をザックに戻し、コップに残った水を飲み干して立ち上がる。ひょいと横に立って、たまきの頭に手を置いた。
「それにね、無理して笑ってなくたっていいの。泣いたっていいんだから」
急にこんな世界に連れて来られて、殺し合いに巻き込まれ、友人を失った高校生の少女。
元気に振る舞ってはいても、見せてくれたのはきっと心からの笑顔ではないだろう。
「……うん。ありがと。でも今は、泣いてる場合じゃないから」
少しだけ俯いて、それからたまきは勢い良く顔を挙げた。
285憑いてる二人:2006/09/23(土) 06:40:18 ID:a8bsWaQ20
しばし間借りした家を出て、二人は住宅街を歩き出す。
「その、キョウジさんって。どこにいそう?」
「安全な所に隠れてる、って思考はなさそうね。こんなゲームは壊す、って言って仲間を探してそう」
「アキラも同じこと言いそうだなぁ……」
立ち止まり、顔を見合わせた。
「アキラ君って、隠れて様子を見るよりまず正面に飛び出すタイプ?」
「キョウジさんって、敵が近付いてきたらぶっ飛ばすから堂々と歩いてやる、みたいな人?」
見合わせた顔に、鏡に映したように苦笑が浮かぶ。
「……人の多そうな所、行こっか」
「……そうね」


【時刻:午前9時半頃】

【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態:CLOSE
武器:プラズマソード
道具:不明
現在地:平坂区、春日山高校からいくらか北辺り
行動方針:CLOSE状態の回復、キョウジとの合流、仲間を探す

【内田たまき(真女神転生if…)】
状態:正常
武器:デザートイーグル
道具:封魔管
行動方針:身を守りつつ仲間を探す
現在地:同上
286ナオミの場合:2006/09/26(火) 22:57:42 ID:yRN4Bt8h0
「ここは…」
気がつくと、ナオミは無人の建物の中にいた。
機械の稼動音と、様々な工具。それを照らす蛍光灯も正常に働いている。
「…ここは…工場?機械類は作動しているようだけど…」
出口は――扉がある。手をかけて開けようとするも――
「…開かない。」
良く見れば、扉から配線が伸びて――モニターとレバーの方向へ繋がっている
「…電子ロック?…これは…アルゴン製じゃないわね…かなり…古いもの…」
電源らしきスイッチを入れると、あっさりとOSが立ち上がった。
「説明書があれば…何とか…なりそうだけど…使いにくいインターフェースね…」
棚の中に色とりどりの「取り扱い説明書」が収納されているので、
コントロールができなくて閉じ込められる、という事態に陥る事はなさそうだが…
(…果てしなく面倒だわ…「扉の開閉」の記述を探すだけで何時間かかるのかしら…)
(…まあ…開かない、と言う事は外からも入れない、ということで…)
「まずは…」

「主催者」から渡された『支給品』、そして『ルール』。
鞄の中のものを机の上に並べて、まずは確認してみる事にした――
287ナオミの場合:2006/09/26(火) 22:58:44 ID:yRN4Bt8h0
「…ナニコレ」

何かの…飲み物と…杯と…日傘。
「お酒?…ビャッヘーって何だろう…」
(…ちょっとだけ…)
「…甘い…これは…蜂蜜酒?…結構、いけるかも…」

杯を傾けつつ鞄の中を探り、ルールの紙束に目を通す。

「呪印…」
気に入らない。

見事ゲームに勝ち残ったとしても、主催者が誠実である保証は何もない。
最悪、願いをかなえた後も呪印だけ残して保険とする、などと言うケースも十分考えられる。
主催者と相対するまでには、何とかして無効化しておきたいところだが…

(…どの系統の呪術か…わかればいいんだけど…)
何気なく手首に目を移す。一般の紋様とは違う、特別の呪的意匠を施した刺青。
修行を終えた時半ば強制的に付けられた証であったが、これのおかげで一縷の望みが持てる。
(何の理に依って成された呪術かわかれば、これを使って無効化できるかもしれない。)
自分が呪詛を付けられるような間抜けな目に合うはずがない―――
そう考えていた今までの自分の愚かさを思い知り、刺青を強いた師の笑顔が脳裏をよぎる。
(ウチナーかヤマト系統なら呪詛返しも簡単だけど…)
呪印の形からして、西洋…あるいは中近東の神か悪魔が関わっている可能性が高い。
神のいる場所、神社、寺、教会――に出向き、それと同格以上の神々の助力を得るか。
それとも悪魔の出現場所に乗り込み、高位の悪魔と契約するか――
どちらにしろ、新たな契約のために大がかりな儀式や代償が必要になる。
では、まず何から…
288ナオミの場合:2006/09/26(火) 22:59:37 ID:yRN4Bt8h0
考えを纏めようとするが…なぜか集中できない。
(…あれ?そんなに飲んではいないはずなんだけど…)
酒瓶には、まだ9割ほどの酒が入っている。ナオミとしては、全く問題のない酒量のはずだが…
(ほとんど残っているようだし…残っている…思ったほど減らない…減らない…)
「…無限に減らない。」
やってしまった。確認もせず、支給品の酒を飲み干して見事に酔っ払って――実に

いい気分だ。

気になっていた日傘に手を伸ばし、意味もなく回転させてみる。
描かれた文様が神の旋律を奏で、自分を祝福してくれているような、そんな気がした。
「…ええと…この日傘、どこかで見たような…」
日傘と酒…この2つがナオミにとってどのような意味を持っていたのか。
「…マヨーネ」
記憶の糸が繋がり、かつて相対したサマナーの姿が浮かんだ――
これはCOMP…それも戦闘に十分耐えうるサマナー用だ。
(…どうするんだっけ…たしか、マヨーネが召喚する時には…)

左手で傘を開き、右手を天高く突き上げて悪魔の名を叫ぶ――

「ムラサキカガミ!」
289ナオミの場合:2006/09/26(火) 23:00:44 ID:yRN4Bt8h0
「…」
「…駄目ね…うふ、ふふふ…駄目ね…ふふ…」
自らの滑稽さになぜか笑いがこみ上げて来る。いつになく楽しい気分――
「そもそも仲魔が入ってるかどうかもわからないのにね…ふふ…」
とりあえずこの傘の件は後回しだ。傘を閉じて、制御室のコントロールパネルと向き合う。

「…何にせよまずはここを出て…情報を集めることね…」
人か、あるいは「悪魔」から。もしかしたら「主催者」からも――
ナオミはリストの一点、レイ・レイホゥの名に視線を落とし、何かに言い聞かせるように囁いた。

「…知ってる名もあるようだし…ね。」
290ナオミの場合:2006/09/26(火) 23:02:19 ID:yRN4Bt8h0
【時間:午前5時ごろ】

【ナオミ(ソウルハッカーズ)】
状態 酔い(Happy)、エストマ
武器 なし
道具 日傘COMP 黄金の蜂蜜酒 酒徳神のおちょこ
現在地 廃工場(制御室)
基本行動指針 呪印を無効化する 情報を集める レイホゥを倒す
現在の目標 制御室を出る
291軽子坂デストロイヤー:2006/09/30(土) 07:14:21 ID:MJTLT0ki0
「クソ野郎ッ!」
少々舐めて掛かったとは言え、こうも楽々とすっ飛ばされてしまうとはいささか腹が立つが、神代は素早く立ち直り、グラップK・Kを構えた。
「やらせねぇよ!」
だが神代が引き金を引く前にアキラは地面を蹴り、最速の動きで接近する。
そして、銃を構えた右腕をひねり上げた。
ドン、と耳を劈くような破裂音が響いたが互いに無傷だった。どうやら銃が暴発したらしい。
足元が不恰好に抉れているが銃自体の威力がそれ程でも無いお陰か兆弾は免れた。
アキラはそんなことに構う間も無く、もう片方の手で神代の尖った顎をがっちりと捕らえた。
「くっ!」
神代はその拍子に口の中をどこか噛み切ったらしく苦い鉄の味が染み出した。不快感に顔をしかめる。
何とかアキラの腕を解こうと自由な方の手で抵抗するが、アキラの腕力の方が勝っているらしく微動だにしなかった。
「馬鹿な野郎が。こんなクソゲームに乗せられやがって。
……何人殺した。」
「はっ…。馬鹿はてめーだ。こんな所でオトモダチなんか作って今更優等生気取りかよ。反吐が出るぜ…!」
そう呟いた神代がずらした視線の先には神経弾で身動きが取れないキョウジと、先ほど瞬殺したリックの死体が転がっている。
リックは腹に穴を開け、ぶちまけられた物は既に血だか内臓だか解らない状態だ。
その瞬間、顎を掴んでいる明の腕の力が強まり、神代は呻きを漏らした。
「何とでも言いやがれ。どうせてめーもすぐにあの世で沢山のオトモダチに逢えるんだからよ。」
「ああ。あの世でユミとヨロシクやるよ……なーんちゃって♪」
瞬間、反射した光がアキラの眼を捉え、アキラは大きく仰け反った。だが学生服の、胸元――鎖骨辺りが大きく切り裂かれ、鮮血が吹き出した。
それとほぼ同時に神代の握っていた銃が宙を舞い、持ち主の背後に転がり落ちる。
「てめぇ…!」
「その喉掻っ捌いてやろうと思ったが…。野生の勘ってヤツ? 凄い凄い。」
ニヤリと笑って陽気に拍手をする神代の右手にはアサセミナイフが握られてる。どうやら袖口に隠し持っていたらしい。
292軽子坂デストロイヤー:2006/09/30(土) 07:16:06 ID:MJTLT0ki0
アキラはそんな神代のあからさまな皮肉を無視して、即座にタックルを仕掛けた。
あいつの後ろには銃が落ちている。あれを拾わせてはいけない――!
「ぐぼぁ!」
体当たりからそのまま地面にもつれ込み、二人は緩やかな下り坂をそのまま転がる。
何度か体をぶつけつつも、アキラが馬乗りになって神代を押さえ込む形になり、躊躇い無く顔面を拳で殴りつけた。
「まさかてめーが由美の奴を殺したんじゃねぇだろうな!」
そう怒鳴りながらもう一発!
「……だったら…どうだってんだこの脳筋野郎がぁ! 調子付くんじゃねぇぞお!」
激しい怒号の反面、だらりとだらしなく投げ出されている神城の腕あたりからカチリと小さな音が響き、
視界が真っ白に染まったかと思うとアキラの頭上に青い物体が現れる。絶対零度の青い御霊・ニギミタマだ。
「コイツを殺っちまいな!」
「しまった!」
主である神城の命令に、生まれ持った独特の笑みを強め、攻撃体勢に入ったニギミタマだったが、一発の銃声と共に弾け飛んだ。
「なっ!」
予想外の展開に声を上げたのは神城だけでは無くアキラもほぼ同時だった。
それからやはり同時に銃声の聞こえた方に体を向けるとそこにはピースメーカーを構えた白いスーツとリーゼントの男……。
――葛葉キョウジが立っていたのだ。ただし、体は大きく傾き、シニカルな笑みを浮かべてはいるがあっさりと片膝をついてしまう。
「すまん。僕に出来るのはここまでだ…。」
「悪ぃな。だが十分だ!」
アキラは掴んでいた神代を軽く蹴り飛ばし、キョウジに駆け寄ると、
小刻みに震える手からピースメーカーを引ったくり、迷う事無く神代に向かってぶっ放した!
「ぐはあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
十分な重量とスピードと衝撃力を持った弾丸はまるでがら空きだった神代の胸を貫く。
そこから先ほどのニギミタマと同じく血を飛び散らせ、また、神代本人も数メートル先まで跳ね飛ばした。
「やった…!」
歓喜の声を漏らしたキョウジを捨て置き、アキラは冷静に、それでいて冷徹に血に染まった神代の亡骸に歩み寄った。
それからまだ熱を持っている死体から夢想正宗、アサセミナイフ、
さらには、スターグローブ、そしてメリケンサック型COMPを剥ぎ取り、
ブレザーの下の鎧にも手を伸ばしたが壊れていたのでやめておく。無駄な荷物は増やしたくないのだ。
最後に彼は血に染まったブレザーの胸ポケットをまさぐった。
「……さすがに回復出来るもんは全部カバンの方か…銃も近くにある筈だから後で拾っておこう。」
自分よりはるかに年下でありながら、いかにも戦い慣れ、人一人殺した後でも異常に落ち着き払ったアキラをぽかんと眺めることしか出来ないキョウジだが、
当のアキラはその視線すらも興味無いといった振る舞いだった。
「君は一体…」
「立てるか?」
「何とか…。」
「コイツのと…リックの荷物を取ったらさっさと行くぞ。」
「ああ。だがその前に君の手当てだ。いくら何でもその傷を放っとけないからね。」
293軽子坂デストロイヤー:2006/09/30(土) 07:17:27 ID:MJTLT0ki0
宮本アキラと葛葉キョウジが立ち去った数刻後、赤黒い血でドロドロ、憐れな屍と化したはずの神代浩次はむくりと起き上がった。
「クソッ」
ぺっ、とその場に唾を吐き棄てると、唾液と言うより殆ど血液だった。
オマケに二発も貰った顔面は本来の物よりも一回りも二回りも大きく腫れ上がっている。
さらに宮本アキラに腕を捻られた時か、もつれ合った時か定かでは無いがその時に肘が脱臼してしまったらしい。
右腕の肘から下はプラプラとぶら下がるだけで、どう足掻いても動きそうに無かった。
生温かい血で塗れていることと言い、何とも酷い有様だ。
「畜生、あの野郎ども…」
憎憎しい二人組の、憎憎しい面構えを思い出し、憎憎しげに彼は奥歯を強く噛み締める。
本当は心行くまで罵詈雑言を絶叫したい気分だったが、誰かに聞かれたら生死に関わるのでそれだけは止めておいた。
今いる彼は決してゾンビでは無い。れっきとした生きている人間だ。
実は彼はアキラからピースメーカーで撃たれた際、咄嗟の判断でもう一体悪魔を、地霊ノッカーを召還していたのだ。
彼は仲魔を盾にし、弾丸の直撃を免れたのである。
しかも幸いなことに、ピースメーカーのずば抜けた破壊力は召還と同時にノッカーを木っ端微塵に砕け散らせてくれたお陰で
アキラの肉眼ではまるで彼が本当に撃たれたかのように見せかけることが出来たのである。
さすがに弾丸を止めるには至らず、貫通したそれは数少ない防御手段である光明鎧を破壊してくれたが、本人は無事である。
後は災難が去るまで死体のフリを続けるだけと、言うことうだった。
だがそのお陰ですっかり身包みを剥がされてしまったワケだが、あの状況では贅沢も言っていられないだろう。
「甘いな宮本…確実にトドメを刺せやボケが。」
神代はやはり憎憎しげに呟くと、口元の血を左手の甲で拭い、立ち上がった。
「まぁ。ゲームなんだからこうでなくっちゃ面白くも無いか。
また別の奴を狩ってお道具を頂きましょうか。
そしたら……まず最初にあいつらをデストロイだな。」
楽天家の彼は出来る限りポジティブに独り言を言ったつもりだったが、最後のセリフだけは随分と辛辣で、凶悪な憎悪が籠っていた。
294軽子坂デストロイヤー:2006/09/30(土) 07:28:20 ID:MJTLT0ki0
<現在午前7時15分>

【宮本明(真・女神転生if...) 】
状態:右手損傷、胸元負傷
装備:ヒノカグヅチ(少し重い)、鍋の蓋、髑髏の稽古着 、スターグローブ(電撃吸収)、
夢想正宗 アサセミナイフ×2
道具:包丁×3、アルコールランプ、マッチ*2ケース、様々な化学薬品、薬箱一式 、
メリケンサック型COMP、魔石4つ 傷薬2つ デイスポイズン2つ 閃光の石版 MAG1716
行動方針:ハザマの殺害、キョウジの回復、たまきと合流しゲームの脱出
仲間:コボルト
備考:肉体のみ悪魔人間になる前

【葛葉キョウジ(真・女神転生 デビルサマナー) 】
状態:麻痺
装備:ピースメーカー
道具:なし
基本行動方針:レイと合流、ゲームの脱出
備考:中身はキョウジではなくデビサマ主人公です。

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:顔面を打撲、右腕脱臼
武器:アキラに全て奪われる。
防具:レザーブーツ  明光鎧(電撃弱点、衝撃吸収、ただし壊れているから防御効果は殆ど無し)
道具:アキラに全て奪われる。
現在地:平坂区
行動方針:装備を整える、レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)

【現在地:平坂区】
295名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 09:45:10 ID:+ideSSLO0
保守
296名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 03:07:41 ID:q5KBLckbO
保守・・・
297名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 11:59:35 ID:OmVFtONkO
捕手
298名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 00:14:12 ID:WVgEJnp40
女神転生バトルロワイアル 3
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160142833/

次スレです。
299名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 23:51:53 ID:L+7vTbHMO
保守る
300名無しさん@お腹いっぱい。
ついでに300