投げつけた氷の大剣により。
氷のフォルスをまとわせたチンクエディアを、ジェイの左胸に投げつけ、ジェイを貫いたことにより。
バランスを失い、倒れ込むジェイの凍りついた体。その倒れる様を見るヴェイグ。
自らの犯した過ちの結果を、まざまざと目に焼き付ける羽目になる。
がしゃん、と陶器のような音を立てて、ジェイの体は地面に落ちた。
四肢がもげる。ぶつけた眉間から、凍りついた頭部が真っ二つに割れる。
体内まで完全に凍り付いていなければ、真っ二つに割れた頭部の断面から、脳漿がはみ出ていただろう。
「俺は――――ッ!!!」
ジェイは、死んだ。
友を殺す覚悟が出来なかった。友の死をむざむざと見過ごせなかった。友を死なせたくない一心で、反射的に剣を投げた。
ヒトとしてあるべき優しさ。ティトレイに覚えた友情。
それに下った罰がこれだ。
逃れようのない、言い訳の出来ない、ヒト殺しの罪。またしてもヴェイグは、同じ過ちを繰り返したのだ。
「うわああああぁぁぁぁぁァァァァァ!!!!」
自らの頭を抱える、その指先。凍りつく。あっという間に、冷気が全身を覆う。
ぱきぱきという大気の凍る音は、すでにばきばきという音に変わっている。
体内から駆け上って来る、白の力。
フォルスが、暴走する。ヴェイグもまた、歴史を繰り返す。
「ヴェイグ! どうした!!?」
ヴェイグの全身に渦巻く吹雪。グリッドは無知ゆえの蛮勇か、それとも全てを知った上での決死の覚悟でか。
地面に膝を突くヴェイグに駆け寄る。肌に食いつくような冷気をものともせず、ヴェイグの肩を揺らす。
「逃げろ…グリッド!!」
血の気を失い、青くなったヴェイグの唇。その唇を途切れ途切れに震わせながら、ヴェイグは言う。
「これは一体何なんだヴェイグ!!? わけを説明し…」
「早く逃げろ! 俺のフォルスが…暴走する!!」
「暴走ってどういう…」
「死にたくないなら、早く逃げろォォォォォ!!!」
それが、ヴェイグの限界だった。
ヴェイグの周囲に渦巻く吹雪が、一瞬しんと静まる。
だが、それは事態の沈静化を意味するものなどでは、無論ありえるわけもなく。
爆風。
白い爆風。
氷の精霊セルシウスが操るとされる、爆氷の獅子の顕現。
ヴェイグを爆心とした、極冷の招来。
形あるものを全て凍らせんとばかりに、白き悪魔がその顎を開く。
まるで音さえも凍ってしまったかのような、静寂の世界。
だが、その静寂の世界は、すぐさま終焉を迎える。
形なき白の悪魔は、たちまちの内に吹き荒れる。
人一人の命など軽く奪える氷柱の槍。地面をたちどころに覆う霜。霜は地面に降り積もり、雪となる。
本来雪原など存在しないはずの、この島。降り積もるは、フォルスの雪。
ヴェイグの発現させた、形なき氷の力。津波と化した寒波は、たちまちの内に周囲を覆い尽くす。
叫び声は、もはや聞こえない。炸裂した凍気の、激し過ぎる波濤ゆえに。
フォルスの制御を失ったヴェイグ。極寒地獄に呑まれたグリッド。
そして、命を奪われ、寒波の怒涛の下に消えた、1人の少年。
グリッドの考えは、こう見ればあながち間違いには思えないかもしれない。
デミテルの怨念は、未だに生きていると。ヴェイグらを呪うかのように、この島の大地に存在すると。
交錯する想い。凍り付く意志。
それすらも、かの智将のもたらした災厄なのか。
この夜、デミテルと接触した者は、すべからくその災厄の渦に呑まれた。
2人は死に絶え、2人は白の地獄に囚われ。
デミテルが死してなお、惨禍の連鎖は死ぬことなく、悪意を以ってしてこの島の闇の中に蠢いてる。
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認?】
状態:HP30% フォルス暴走
所持品:なし(チンクエディアはジェイの死体に突き立っている)
基本行動方針:????
現在位置:E3の丘
【グリッド 生存確認?】
状態:ヴェイグのフォルスの暴走が直撃?
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:事態の打開
第二行動方針:ヴェイグと共に行動する
第三行動方針:プリムラを説得する
第四行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在地:E3の丘
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: TP残り10% イーフォンの力を解放 感情希薄
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック
エメラルドリング 短弓(腕に装着) ミスティシンボル
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:クレスと合流。援護した後、撤退
第二行動方針:クレスにヴェイグ殺しを依頼する
現在位置:E3の丘→E2城跡
【「不可視」のジェイ 死亡】 残り18名
※ジェイのクナイは、E3の丘に転がっている。回収可能
※魔杖ケイオスハートはE3のどこかに弾き飛ばされ所在不明
※地面に落ちている支給品は以下の通り。
忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 チンクエディア
エルヴンマント ダオスの皮袋(ダオスの遺書在中)
ジェイのメモ(E3周りの真相、およびフォルスについての記述あり)
―ただし現在ヴェイグのフォルスで凍り付いているため、フォルスやそれに順ずる力で解凍しなければ回収不能。
204 :
魔剣斬翔 1:2006/06/13(火) 18:53:20 ID:0IYxtYw6
生きたかった、帰りたかった、逝きたかった。
差し伸べられた手、白かったっけ、黒かったっけ。笑顔ってなんだっけ?
ただ長くて綺麗な爪だけを覚えている。
あの手だけが、俺を導いてくれると、信じていた。
彼は後ろに寒気を感じる。穢れ無き瞳で無くともここまで現象化していれば嫌でも分かる。
ヴェイグは暴走しているのは紛れも無い事実。
しかし彼は振り返らない。振り返ってはいけない。
次に合間見えることがあるとすれば、多分どちらかが死ぬ時だろう。
月明かりに照らされた表情は光量が足りなくて判別しきれない。
眼を細め夜の向こうにようやく城跡を見る。
観測手は全てデミテルに任せていた。元々ロングレンジは彼の領域ではない。
ましてや一k以上先、しかも夜を裸眼で狙うことなど出来ない。彼は標準を合わせただけ。
ヴェイグに会わなかったら、帰るために、何の感慨もなく標準を合わせて引き金を引いただろう。
ヴェイグと再び出会う時が来ないことを、ティトレイは願った。
何故願うのかは、自分にも分からない。
来て欲しいから、願うのかもしれない。
その顔は、雨に濡れていた。
205 :
魔剣斬翔 2:2006/06/13(火) 18:53:53 ID:0IYxtYw6
城跡にて相対する3人。一人が場を降りて新たなる一人が場に上がる。
「あんたがカイルのおっちゃんか?」
ロイドはスタンに背中に向けてクレスを見据え、双刀を構える。
スタンは失った血の分だけ気だるそうに肩を上下させる。
「…おっちゃんて、俺そんなに老けて見えるかな…」
『少なくとも実年齢に見合った感性はしていないがな』
おどけたようなディムロスの相打ち。戦いの最中に笑顔がもれる。
「黙っとけディムロス。…そう言う君は誰だ、敵か?味方か?」
スタンが笑顔から一気に真剣な面構えに変わり、乱入者を詰問する。
「カイルの友達だ!!」ロイドの表情も真剣そのもので、
「よし、一緒に戦おう!」スタンも真剣そのもので、
『ちょっと待てスタン!!』ディムロスが空気を読んでいなかった。
「どうしたよディムロス」何を起こっているのか分からないといった表情。
『こんなことを言うのは何だが少し初対面の相手を信用しすぎじゃないか!?』
ディムロスの発言は至極もっともで。
「いや、カイルの友達らしいし。あ、カイルって言うのは…」
『そうではない!…?…お前まさか今の今までそんな甘いことを抜かして来たんではなか…」
そこまで言ってディムロスはスタンの手が震えているのを感じた。
「…お前には、もう会えないって思っていた。怖かった…あの時、ジーニアスが死んだあの時から、ずっと。
何か、ほんの少し、怖かったんだ…」スタンの口から初めて弱音らしい弱音が漏れる。
スタンはここに来た四人組を信じられなかった。クレスが現れたから、だけではない。
襲いかかる敵という状況に、赤鬼と青鬼、守れなかった命を心の何処かで引きずっていた
今度こそ守る。敵は倒す。ディムロス無しでも、一人でも守り抜く。
その決意がスタンを微かに強張らせた。信じる強さを鈍らせた。
「お前と一緒なら何処までも行ける、行ってやるさ。何かあっても多分大丈夫だろ?一応ソーディアンだし」
『…この馬鹿者が』ディムロスはコアがこそばゆくなったような気がした。
少しだけ背伸びをしていた英雄が、友を得て元の田舎者に戻り、大人の時間は終わる。
206 :
魔剣斬翔 3:2006/06/13(火) 18:54:37 ID:0IYxtYw6
「そういや、なんでお前喋れるんだ?アトワイトは喋れなかったのに」
『それは…』
ディムロスが声を発したその瞬間に、スタン目掛け地を這って衝撃が飛ぶ。
直ぐさまロイドが同じ魔神剣を放って相殺する。最初の魔神剣の先には、剣士クレスが構えを取っていた。
「そろそろ続きを始めてもいいかな?遺言にしては、些か長すぎる」その虚ろな瞳を見せて、クレスは笑う。
「おっちゃんは離れていろ。その代わり、後でジーニアスの話を聞かせて貰うからな」
ロイドは剣を強く握る。突然出てきたジーニアス、という単語に動揺が無いわけではない。
しかし先の父親の件同様、今は後回し、まずはこの戦いを終わらせる。
「君は…いや、それよりもあいつ、クレスはテレポートを使…ロイド君!!」
スタンがアドバイスを終えるより前に、クレスはその位置より姿を消した。
転移先は、ロイドの真上。既にクレスは剣を真下に構えてロイドを狙っていた。
剣と剣と剣、三刀が均等に交わり360度を6分割する。
「グッ!!」突然の攻撃を何とか凌いでロイドは蹌踉ける。クレスは追撃を緩めることなく、さらに翔転移。
右前方から横に薙ぐ。斬撃を何とか凌ぐロイド。
正面からの連撃と翔転移による奇襲。ロイドはただ踏みとどまることしか出来ない。
「ディムロス、俺たちも加勢しよう!このままじゃ彼が…」スタンがディムロスに訴える。
『だめだ。自分で分かっているんだろう?その怪我では十分に剣を振るえまい。
よしんば行ったとしても彼の足手まといだ。
クレスとやらもそれが分かっているからお前に手を出しに来ない』
あくまで冷静に判断するディムロス。その声はスタンだけによく響いた。
唇を噛み、沈黙するスタン。ディムロスの声は続く。
『………まったく。暫く見ないうちにここまで馬鹿になったか』
スタンは無言のまま剣を睨み付けた。
『私は唯の剣ではない。動かずとも手段は在るだろう?…今は、体力を温存しろ。隙は、必ず出来る』
スタンはハッとした表情を見せ、すこし嬉しそうにロイドの戦いを見据えた。
ディムロスに会えて、本当に良かった。
207 :
魔剣斬翔 4:2006/06/13(火) 18:55:20 ID:0IYxtYw6
この地で総計何合の剣戟が行われたのか、数えるのも馬鹿らしいほどに回数がカウントされていく。
そう、剣戟が続いている。
クレスが十何度目かの翔転移を行う。上でも横でも後ろでもなく、地面ギリギリに屈んだ状態で
現出し、下から上に一気に切り上げる。
「でぇりゃぁ!!」
ロイドはモグラ叩きの要領で双剣を振り下ろす。弾かれる三本。
しかしより体勢を崩しているのはクレス。ロイドの右剣がクレスの肩を狙う。
あわや刺さろうかと言うところで、クレスがさらに飛び、二人の距離が開く。
ロイドは息を荒げながら鼻を鳴らす。
行ける。何となく、クレスの出てくる先が読める。ロイドは確信していた。
クレスの使っている技は紛れもなくエターナルソードと同質の技…つまりクレスは…
ロイドが一瞬考え込んだ隙を逃さず、クレスはその場で剣を大きく縦に振り下ろす。
「次元斬!!」
発生する大規模な青い衝撃。ロイドはその何度目かの次元斬を見て一歩も退かない。
剣を構え直し、眼を瞑る。同じ力を得た存在ならクレスに出来て自分に出来ない訳はない。
「はあああああ!!」
双剣が青い輝きを纏う。クレスのそれより圧倒的に長さは無いが、紛れもなくそれ。
「‘次元斬’!!」
クレスの衝撃がロイドの一刀によって真っ二つにされる。同質の力のぶつかり合い。
城跡に再び埃が舞い上がる。
「…あんた誰だ。オリジンと契約したんだろ?何でこんな馬鹿な真似をするんだ!!」
ロイドは吼えた。ロイドはあの村でのあれを見ていない。故に何処かで信じる気持ちがあった。
スタンと同様、その剣質から一本気な性格が見て取れる。
そして何より、自分と同じ時空剣士としての無意味な親近感があった。
208 :
魔剣斬翔 5:2006/06/13(火) 18:56:51 ID:0IYxtYw6
「そこの彼にも言ったが」クレスは剣をだらしなく下げて斜め上を見上げる。何を見るというわけでもない。
「僕がどんな理由を持っていたとしても、それは無意味だ。
少なくとも君に何の影響を及ぼさないし、僕にも影響を及ぼさない。
君は人を斬るその瞬間に一々理由を確認しながら斬るのか?」
ロイドもスタンも何も言わない。漸く埃が収まり、限定的に静寂が戻る。
「そんなんじゃ剣が鈍るよ。剣士とは剣を持つ者じゃない、剣になる者だ。剣に善意も判断も要らない」
「ふざけろ!そんなんで納得できるか!!」ロイドは涸れんばかりに怒号を上げる。
「………その強気な発言はどこから来るんだ?
まさか次元斬もどきを撃てたからって僕に勝てるとでも?」
クレスは言い終わった瞬間に、飛んだ。ロイドは集中して転移先を読む。
「上か!!」ロイドは上空に向けて剣を構える。次は裁いて確実に剣をかえ―――
「襲爪!雷斬ッ!!」
次元の先から現れたのはクレスではなく、雷。ロイドの体内を電気が駆けめぐる。
声にならない叫びを発するロイドの胸に袈裟一文字に刀傷が刻まれ、ロイドは片膝と剣を付く。
クレスは処刑人の如く剣をロイドの首に添えた。
「時空剣士を名乗るには、少し経験不足だったね…さようなら」
「『フィアフルフレア!!』」
一瞬、クレスがロイドを殺すその一瞬、即ちクレスの至上快楽の瞬間、隙が生じた。
それを見逃すほど英雄は甘くはない。本物の晶術がクレスを襲う。
数コンマ遅れる判断、転移の間に合わないクレスは迷うことなく、剣を地面に突き立てる。
火の雨がクレスに降り注ぎ、クレスの守護方陣にぶつかって飛沫となる
発散する熱量と煙の向こうからクレスが姿を現した。その眼はスタンを捕らえている。
「術が使えたとはね…だが、ここまでだ、先に死にたいのなら望み通り…」
スタンの表情に気づいたクレスが不満そうな面をする。
クレスの向こうを見ているその視線が気に入らなかった。
クレスが流し目でそれを見て、眼を大きく見開いた。
「確かにあんたみたいにバリエーションは無いけどな…」
ロイドの体が再びオーラに包まれる。
「俺にも一個だけあるぜ、時空剣技」
オーバーリミッツを再開放し、瀕死の体に鞭を打つ。
二つの魔剣、契約の指輪―――全ての条件が整った。
「これで終わりだあああああああああ!!!!!」
209 :
魔剣斬翔 6:2006/06/13(火) 18:57:26 ID:0IYxtYw6
ロイドの周囲に濃密な力場が展開する。
クレスは即その未見の技の恐ろしさを理解し、剣を盾とした。
「我が魂の輝きを、蒼き刃に変えて魔性を切る!虚空蒼破斬!!!」
しかし全てを打ち砕くようなその破壊力に蒼破斬の闘気は飲み込まれ、ダマスクスソードは砕け飛ぶ。
ロイドは飛ぶ、上空で双剣を二つに重ねる。夜を越えて光が、秘奥義が飛ぶ。
「天翔ッ!蒼破斬!!」
今、ここに、魔剣・エターナルソードが発動した。
斬撃と呼ぶにはあまりに大きすぎるその一撃がクレス目掛けて堕ちる。
ロイドの位置からでは俯瞰過ぎて表情が分からない。
武器は折れた。後は大打撃を与えてふん捕まえれば少なくともここの情勢は終結に向かう。
そしてみんなでネレイドを倒してメルディを助けられれば…俺がこの剣で
『ロイド!やめろ!!』
(オリジン!?)
『今すぐ剣を戻せ!!』
(何言ってんだ!?今なら…)
『これは罠だ!時空をねじ曲げて契約者が三人、多重契約になる!!』
(どういうことだよ!もうクレスは目の前…!!)
クレスは目の前にいた。剣を持って其処にいた。
剣は青い時空剣技の波動に包まれてその形は分からない。
クレスの顔をロイドは見た。頬が裂けてしまうかのような笑いと。まるで底のない闇のような瞳。
その瞳はエターナルソードを真っ直ぐ見ていた。
揺り起こされる情景、深い森の向こう。
石碑、ダイヤモンド、ヴォーパルソード、フランヴェルジュ、
チェスター、アーチェ、クラース、すず、そして、そして、そして
「くっそあおあおあおあおあおおおお!!」
「あははははははははははははははは!!」
『く…これ以上ここにいては…ロイド!!今のままでは誰の契約も機能しない!新たな契約が要る!
精霊の力、エタ―――ソードの真の―――使することは出来るのは、最後の――だ!!』
力場が、閃光に包まれて爆散する。
柄の部分を残して金属バットは霧散した。
薄暗い部屋の中で、天上王はチェス盤を見ながらアルコールを摂取する。
「それ」を聞いて、満面の笑みを浮かべた。
「精霊王オリジン…今貴様に介入されては敵わん。自らのルールに従って、ご退場願おうか…」
210 :
魔剣斬翔 7:2006/06/13(火) 18:59:38 ID:0IYxtYw6
雨が、城跡に降り注ぐ。東より来たる寒波と、ディムロスの晶術によって生じた熱量が
雲を生み、あり得るはずのない雨が降り注ぐ。
ロイドは眼を開け、自分が地面に這い蹲っているのを初めて理解した。
何秒気絶していただろうか。その答えを掴む前に、ロイドは
濡れた石畳の向こうにエターナルソードを見つけた。
ロイドはエクスフィアの付いていない方の手を伸ばして、
立つことままならない体を引き摺る。もうすこし…
あと十センチ…親父…
あと五センチ…父さん…
コレット…あと一センチ…
ロイドの視界に、突如誰かの足が落ちる。
足はロイドの伸びた手を踏みつけて圧力を加える。手の甲が、折れた。
ロイドの絶叫を背景音楽として、誰か、そう、クレスはゆっくり、ゆっくりと魔剣を掴む。
雨が豪雨に変わり、莫大な音に無音となる。絶叫も、クレスの声も何も聞こえない。
クレスの剣がロイドを手に掛けようとした瞬間、
スタンがディムロスを構えて突進した。その叫び声も聞こえない。
ギリギリまで温存した体力を全て使い、全てを力に。究極の連撃「殺劇舞荒剣」が走る。
それを見てクレスの唇が動く。誰にも聞こえない。その技の名前はスタンしか知らない。
211 :
魔剣斬翔 8:2006/06/13(火) 19:00:30 ID:0IYxtYw6
カイルは突然の雨に漸く眼を覚ました。あの雷雨を無傷で生き延びた幸運をラビットシンボルに祈ることも
しなければ、雨の心地良さに身を任せることを良しとせず、カイルは剣を構え、父の元へ駆ける。
ロイドに父のことを任せたとは言え、何が起きるか分からない。
ほんの少し眼を開くのも一苦労な、その雨の白の向こうに二つの影を見た。
切り上げと斬撃。「と、スタンさん…?」
刺突と蹴り。「スタン!」
蹴りと刺突。『スタン!』
突き上げと打ち払い。「スタンさん!」
切り下ろしと右袈裟。「父、さん…」
飛燕連脚と左袈裟。「父さん」
「父さん!」掌打と飛燕連脚。
虎牙破斬と虎牙破斬。「父さん!!」
切り上げと緊急停止、そして転移。「残念だけど、僕の殺劇舞荒剣はここまでなんだ」
魔王炎撃波が虚しく空を切る。
父さん!!!アルベイン流の殺劇舞荒剣の妙は技を途中で停止できる所にあった。
スタンの剣は締めの魔王炎撃波の慣性に縛られ、若干の遅れとなる。
緊急停止の反動を威力に変えて、魔剣によって精度を上げたクレスの翔転移は若干の速さとなる。
その差分だけ、スタンの体に大きな傷が刻まれた。
白い雨の世界に、少しだけ赤が混じって、すぐ白に流されて、英雄の体が、重力に降伏した。
「――――――――」雨の中、耳障りな無音と慟哭が伝播する。
212 :
魔剣斬翔 9:2006/06/13(火) 19:01:11 ID:0IYxtYw6
雨は続く。英雄の血を押し流す。最初から無かったかのように。
父さん!眼を開けて父さん!しっかりして父さん!!
クレスはその濁った眼を向けて、カイルに矛先を向ける。
カイルはそれを見ない、血を流す父親に必死で声を掛ける。
雨の音が五月蠅い、とクレスは感じた、とにかく五月蠅い。誰か半鐘の音を止めてくれ…
半鐘?なんで半鐘が…半鐘がなったのは―――
クレスの動悸が速くなる。呼吸が荒くなる。雨に紛れて分かりにくいが唾液の流出が止まらない。
焼けた村、親友と走る、狩りの後、平穏の崩壊、
痒い、痛い、暗い、アミィ、父さん、母さん、僕は―――
デジャヴと共に、デミテルの契約が、禁断症状が、ぬぐえない過去が、発症した。
カイルは憎悪に炎を燃やしてディフェンダーを掴む。
仇をじっと見据える。喉を押さえ、舌を突きだし、足を震わせてこちらを見ている。
まるで許しを請うような瞳。ふざけるなと、言う気もしない。
クレスはサックを取り出す。最後の希望を飲むために。
カイルは剣を薙ぐ。最初の絶望を飲ませるために。
サックが裂けて、どろりとした深緑の液体の入った小瓶が落ちる。
クレスはこの世の者とは思えない形相で、それを見た。肉体が思うように動かない。
クレスの眼下から消えたカイルは、神への礼拝のように剣を両の手で握り、それを振り下ろした。
縦に振り下ろされた剣の真横から、応力が掛かる。
矢が一本、カイルのディフェンダーの軌道を弾いて吹き飛ばし、
蔓が一本、地面に接触しかけた小瓶を掴んで、彼の元へ回帰する。
カイルは矢が飛んできた方向を見た。すでに豪雨は小雨になっていて、冴えた光景の中には
誰にもいなかった。カイルが後ろに五番目の男の存在を認識したのと、
ロイドが樹砲閃の「跳弾」を理解したのと、
ティトレイの轟裂破がカイルの体を吹き飛ばしたのは同時刻である。
カイルは水平にきれいに吹き飛んで、予想される着弾地点には、地面が無い。
元拷問部屋…最も城が城でなくなった今は「大きな穴」というのが正しい。
ティトレイは分かっていて其処に突き飛ばし、殺した瞬間を目撃しないですむ方法を選んだ。
少しだけ、心が痛んだような錯覚を覚える。
そんなティトレイの横で口から体液を覗かせながら、クレスは忍刀血桜を
投げつけた。血を求め、血によって痛みと渇きを癒す為に。
カイルが地面に落ちるよりも速く、カイルに刺さるよりもはやく、
ディムロスとぶつかって、速度を失した。クレスは躊躇い無く、忍刀を叩き落したそいつに
エターナルソードを振り落とす。
雨が完全に、晴れた。久方ぶりに覗いた月光は、魔剣が背中に刺さった英雄を無慈悲に照らす。
金髪が月光に輝いて、
ロイドはただ叫ぶことしかできなくて、
クレスが刀を引き抜いて、
カイルと剣と刀はゆっくり下方への速度を強めて、
月光に顔が映る。
ロイドはただ吼え、涙を流す。
五体を切り裂こうとしたクレスの鳩尾をティトレイが突いて気絶させる。
カイルは視界が地下の壁に埋まる刹那、父親の最後の顔を見る。
完全な笑顔の、完全な英雄が、完全な父親としてそこに存在していた。
残された二人が、対峙していた。見上げるロイドと、見下すティトレイ。
先ほどまでの戦闘とは打って変わって静謐に包まれる。
「お前、誰だ…」ロイドが呻くように立ち上がる。瀕死状態で秘奥義を放ったロイドは、
その場にあったディフェンダーを杖として立ち上がるしかなかった。
「ティトレイ、お前らをあそこで火に掛けた奴だよ」
ティトレイは弓を装填し、ロイドに背を向けて散乱したクレスの所持品等を回収する。
「…ヴェイグの…ダチが何でこんな事をするんだよ…!!」
ロイドは呻く。4人で名簿を見回したとき、ヴェイグはティトレイのことをここでの唯一の仲間だと言った。
ティトレイは辺りを見回し、バルバトスの遺体の「それ」をディスカバリーする。
「元、な。元親友だ。俺は、恩を返してから死ぬ。それだけだ」
少し痛んではいるがまだ使えそうだ。どうやら遺体と床に挟まって誰にも気付かれなかったのだろう。
その証拠にこの遺体のサックが無い。少女2人のガサ入れを逃れたクローナシンボルが
サウザンドブレイバーと天翔蒼破斬の衝撃によって、現出した。
「…じゃあ、先に死ぬか?」
回収を終えた、ティトレイは再びロイドの方を向く。
「絶対…諦めてたまるか…俺は、まだコレットに会わなきゃいけないんだ…」
ティトレイはほんの少しだけ眉を動かして虚ろな笑顔を見せた。
すぐに背を向けて、クレスを肩に担ぐ。
「俺を、殺すんじゃ無かったのか…」ロイドの声が少しだけ強くなる。
「気が変わった。一回だけ見逃してやるよ…次は無いぜ?」
ティトレイはサックからクレスのアイテムを取り出す。
「ふざけんな…てんめぇ…!!」
ティトレイは一切の反応を見せず、北の方の戦闘を見た。
「サービスで教えといてやる。ヴェイグが東の丘にいる…早くしないとエラいことになるかもな」
ロイドは驚きを隠さずに噎せた。ジューダスと一緒に別れたヴェイグが何でここに?
「信じなくても良い。ただ、俺は嘘だけは付かない。それが俺が俺だった最後の証拠だ。
それこそ信じる信じないはお前の自由だ…出来れば、あいつ、ヴェイグのことを…」
そこで口を噤んだティトレイは少しだけ驚きを表面に出して。
「いや、やっぱ止めとくわ。じゃ、がんばって生きろよ?」
ティトレイは少し力を込めてホウセンカとブタクサをありったけ咲かせた。
花粉と、弾ける無数の音が視界と音をかき消して、
ロイドが漸く眼を開けたときには、英雄の遺体だけが残っていた。
ロイドは声を上げて泣く。何故泣くのかは分からない、花粉が目に入ったからなのは間違いない。
ティトレイは西へ進み、海岸まで出てきた。クレスを下ろして、海を眺める。
「殺せたら殺してたんだがな…」
糸が切れたかのようにティトレイは腰を落ち着けた。
「樹砲閃、轟裂破、そんでフォルス…この疲れ…三つ星半だぜ。もー限界だ」
ティトレイは見逃す理由を探していた。殺さなかったのではない、殺せなかった。
サウザンドブレイバーによって精神力を、ダオスの最後の一撃によって体力を失い、
のろのろと歩くしか出来なかった為にジェイの侵攻を許すほど消耗していたティトレイには、
メンタルシンボルとエメラルドリングの補助を持ってしても、あれが限界だったのだ。
だから弱みを見せる前に逃げる必要があった。そういう建前がある。
「良い奴っぽかったな」
ティトレイはこれからの算段を立てる。やはりクレスは発症してしまった。
この薬を使えばとりあえず沈静するだろうが、今使えば次の発症は多分今日の正午。
それまでに万全の体勢が整うとは思えない。やはりクレスとの連携には鎮静剤の製造が不可欠。
原型はここにある。材料は元々自分が用意した物だから何とか作れるかも知れない。
調薬と調理はだいたい同じだろう、多分。昔取った杵柄と言う奴だ。
ティトレイは北を向いた。精神力ならすぐに回復するだろう。
歩けるくらいまで回復したら北の森…B2が塞がっているからC2に行く。
B3の方が隠れやすいとは思うが万が一C3が封鎖されて禁止エリアに包囲されるのは不味い。
出来る限りヴェイグ達から離れなければ…自分は、もう見ず知らずの少年を殺した。
もう復讐者ですら無い。ヴェイグ達から見れば…唯のモンスターと変わらないだろう。
その方が、幾分気が楽だ、と思った。最初から自分は人殺しなのだ。彼女を守れなかったあの時から。
「見殺しにした奴が惚れてた男じゃ、しょうがねえよな。なあ?しいな…」
本当は、もしあいつじゃなかったら、わざわざ花粉を使わずに無理してそのまま殺していた。
そう言う彼の顔は、少しも笑っていなかった。
ティトレイが殺したと思っている少年は、夢を見ていた。
もう見ることも無いと思っていたあの夢。父親が死んだあの日の夢。
しかし少しだけ違う。殺したのはバルバトスじゃない。
誰なんだろう…マントを靡かせて…すごくカッコよい大剣だけが鮮烈で。
でも、何かが欠落した夢。その光景には天使が欠落していた。
「父さん…リアラ…」
カイルは涙を流して、眠っている。外傷は殆ど無い。
父親の最後を見て、カイルは穴に落ちた。
落ちた先は、石床ではなく、もう少しだけ柔らかい「者」。
首の欠けた遺体の上で彼は眠る。今だけは、眠らせてあげよう。
これが幸運だったのか、息子達を守ろうとする父親達の意思だったのかはもう判別が付かない。
ただ、現象だけは説明できる。
彼が、カイル=デュナミスが持っていたラビットシンボルは跡形も無く粉砕した。
今だけは眠らせてあげよう。
どのような道を歩むことになろうと、彼が休まる時は二度と来ないのかも知れないのだから。
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:ロイドと和解 意識衰弱 HP45% TP60% 睡眠 悲しみ ずぶ濡れ
所持品: 鍋の蓋 フォースリング ウィス
第一行動方針:???
第二行動方針:スタンを守る
第三行動方針:リアラを守る
第四行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡元拷問部屋
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP35%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 禁断症状 気絶 ずぶ濡れ
所持品:エターナルソード
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する(不安定)
現在位置:E1海岸→C2森
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP15% TP10% 意気消沈 右肩に打撲、および裂傷 左手甲骨折
胸に裂傷 疲労困憊 ずぶ濡れ
所持品:トレカ、カードキー ディフェンダー エターナルリング
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:状況の整理
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディの救出
現在位置:E2城跡
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP70% TP1% 感情希薄 ずぶ濡れ
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック ガーネット オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) ミスティシンボル クローナシンボル クレスの荷物
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:休憩しながら北の森に行き、クレスの鎮静剤を精製する
第二行動方針:クレスにヴェイグ殺しを依頼する
現在位置:E1海岸→C2森
拷問部屋にS・D、忍刀血桜が置いてあります。
エターナルソードに関する暫定ルール
・エターナルソード←→マテリアルブレードへの変換はロイドのみが可能
・変換には所持してからの一定時間の精神統一が必要(敵から奪って即変換は不可)
・多重契約による矛盾を回避する為どの時空剣士との契約も機能を一時凍結する
・時空剣士(オリジンとの契約者)が一人になるまで再契約出来ない=真の力は使えない
・多重契約状態でロイドに無理矢理干渉したオリジンの状態は不定
・現状ではエターナルソードは時空剣技と相性の良いだけのただの高性能大剣
・ロイド以外の二人が最後の一人になった場合、オリジンとの契約が可能なのかは不定
・そもそも制限下で真の力がどこまで発揮できるか不定
【スタン=エルロン 死亡確認 残り17名】
12−8行目
メンタルシンボル→メンタルバンクル
14−ロイド状態
左手甲骨折→右手甲骨折
宜しくお願いします。
静かな草原に噎せなく声が止み、続いて二人の過去を紡ぐ歌が流れる。
それが終わり、幾許かの沈黙の後、天才はようやく眼を開けて口を開いた。
「1つ、聞きたいことがある」
その二人への敵意を全く隠さずに、威圧的に聞いた。
「その男を仮装パーティに誘ったのは貴女ね?」
若干瞳の黒をプリムラの方に向ける。そのプリムラは突き刺さる視線から逃れるため、彼の方を向いた。
彼は炎のようなラインの入った黒のパンツに胸に十字架の印の入った黒のシャツ、そして若干紫の混じった
漆黒のマントを翻している。しかし何よりも特異なのはその顔を覆った仮面。
髪型だけが左右非対称のジューダス、リオン=マグナスの姿が在った。
二人がハロルドの元へ向かうと決めたとき、プリムラはリオンの服装の問題点に気がついた。
真っ赤なのだ。胸の辺りから放射状に真っ赤。ジューダスが突き刺した部分から流れに流れた血は
まるでペンキのように染み渡り、その白かったタイツも紅白のコントラストになっていた。
はっきり言って印象最悪である。恐ろしく駄目だ。犯人と血で真っ赤になった人間が警察の元に行くなんて
どうしようもなくアウトだ。その旨をリオンに伝え、その点に関しては彼も同意した。
しかし肉片ならまだ洗えば落ちようが、染まった血は落ちようがない。ましてや近くに川もない。
無駄なことに労力を裂く位なら早く目的地に向かったほうが良い、と言うのがリオンの意見である。
‘じゃーあそこのそっくりさんの服を借りたら?’
(いやまさか本気にするとは思って無くて…)プリムラは漏れそうになった心の声を封じる。
その後のリオンの行動は恐ろしく早かった。どのくらい早かったかというと「パッと着る」くらい早かった。
その過程を見ることが出来ないのが残念なほどだ。
「勘違いしないで貰おうか…確かにこの女の意見が発端だがこの姿になると決めたのは僕の意志だ」
リオンがプリムラを守るように右手を彼女の前に出す。腕ごと切断された衣服の部分には紅い布、
リオンのマントだった布が巻かれていた。他に見あたる色は脇腹を薄黒く染める黒ずんだ血の部分だけだ。
「罪を隠匿するため?」ハロルドは問う。
「罰を認識するためだ」リオンは迷わない。
プリムラにはリオンが何を考えているのか分からない。探偵としてまだ未熟なのだ、と思う。
最も、今の自分に探偵を名乗る死角が在るとは微塵にも思えないが。
「…流石に私もジューダスがその子を捕まえてきたのかと思ったわ。ジューダスの遺体は?まさか
裸のまま野晒しにしてきたんじゃないでしょうね?」
ハロルドの眼は依然として毅然としていた。
「無論埋葬してきた。…シャルの残してくれた力の残滓で」
リオンはゆっくりとサックからそれを取り出した。星のように光るレンズの欠片…シャルティエのコアだった
それをハロルドに見せる。
「…正しく加工されてないレンズじゃあんまり力を出せないはずだけど…流石はコアって所ね」
ハロルドはそれと共に提出されたチャネリング片をよく見回した上で、両方をリオンに返却した。
「さて、じゃあ本題に移りましょうか?今更どの面下げて私の目の前に現れたの?私に何を望んでいるの?」
その大きな目が二人を射抜く。レーザー機能搭載の眼球なのだろう。
「私…あのう、その…」プリムラは魚類のような口の運動をする。
「…被害者の爪に少量血が付いていた」ハロルドの言葉にプリムラは顔を上げる。その首には傷跡があった。
「どちらが先に手を出したのか、何でこうなったかは私には一切興味がない。
殺されたくなかったから殺した、この思考を否定する理由は私にはない。
ヴェイグを刺したのもそれが賢明だったかどうか、という論点を除けば分からないでもない。
自己の確立と他の排除は同義で、生きるということは何処かで何かを殺すって言うことですもの」
ハロルドは手を組み、親指の指紋を合わせて立てた爪を前歯に当てる。
「はっきり言うわ…貴女のやったことは何も間違っていない。故に、私は絶対に貴女を許さない」
プリムラの頬を一筋汗が流れる。
「理解と納得は全く別の単位よ。貴女は裁かれるためにここに来たんじゃない。
貴女は私が許してくれると期待したんでしょう?甘えたんでしょう?」
「わ、私は…彼に、グリッドに…」
一向に緩まない空気。捩切れるのも時間の問題だろう。
「ヴェイグもグリッドももう洞窟に行ったわ。残念ね?貴女が奪ったアイテムでヴェイグを直せば、
グリッドがここにいれば、貴女を庇ったでしょ。でもいない、私が貴女を許す理由がない。
だからこの話はここでおしまい」
ハロルドがそう言い終えると、プリムラは膝を折って座り込んだ。あまりにも容赦の無い罵声。
しかし否定することは出来ない。リオンと会って、確かにそう考える自分がいたからだ。
「じゃあ、そっちのリオン=マグナスはどうなの?私に許しを請いに来たようには見えないけど」
「端からその気は毛頭無い…取引だ。お前の知っていることを全て話せ」
リオンは元々はジューダスのサックから対人レーダーを取り出してハロルドに渡す。
「漆黒の翼を火に掛けなさい」
ハロルドは一言そう言って、レーダーに手を伸ばした。
「…どういう事だ?」
「あんたにやる情報なんてこれっぽっちも無いってこと」
ハロルドは触診しながらアプローチの手段を模索する。
「おい、貴様ふざける…」
剣を抜きかけたリオンに、ハロルドは振り向かずに、淡々と告げた。
「早く失せなさい。私があんたらを解剖する気になる前に。これでも結構我慢しているのよ?」
そこに帰ってきたのトーマが見た物は、2人の後ろ姿だった。プリムラが何秒か置きにこちらを向いている。
「川には誰もいなかった」
トーマの報告に、ハロルドはそう、といっただけで、その手はひたすらレーダーの解析結果を
メモに記している。少々ナイフで無理矢理分解した為もうレーダーとしての効果は発揮していない。
「…よかったのか?これで」トーマはぼそりと呟く。
ハロルドは結果をまとめて、立ち上がった。
「結局の所、私が許そうが許すまいが、彼女が自分を許せなければ意味がないの。
そしてそれを促せる外的要因は1つしかないわ。…それよりも」
ハロルドはトーマの方に向く。
「私の読みではターゲットはあの二人が来る前に襲撃にくるはずだった。
最後にレーダーを見たときも反応はなかったし、川にもいなかった…何故?」
ハロルドはメモに全く別口の用件を書き込んで、それを折りたたんだ。
「まだ動けないか…やはりこっちに来なかった。それともこちらが少し南下したことを知らないのだから引き返した」
「もう一つ、レーダー圏外からロングレンジで狙っている」
トーマはその一言に身を震わる。
「まあ、グリッドの情報を統合するとあの石には視力強化は搭載されていないみたいだし
観測手なしで夜間狙撃は無理だわ。仕方ないわね…私たちも撤退してあの二人を尾行…あんた、その蝶は何?」
ハロルドの一言にトーマは後ろを向いた。ひらひらと、1つの青い蝶が舞っている。
ハロルドは訝しんだ、一応虫には多少の造詣があるがこんな種類の蝶は見たことがない。
青い蝶…さっき、たしか…。トーマの手がその蝶に伸びる。
‘何か、カトリーヌが青い蝶に触って、いきなり消えたらしい。
そのあとあの化け物に襲われたからそれどころの話じゃなかったんだが…’
「触らないで!!」
この手合いの注意が世界で何度行われたのだろうか…大抵やった後に注意されるから、数が減らないのだろう。
どんなに気をつけたところで、歴史が変わった試しはない。
山合いの岩影に、正確には巨石の影に完全に収まる形でシャーリィがいた。
積まれた岩を三脚代わりにして、メガグランチャーを構えている。しかしその砲口の1m先には岩が
立っていて、視界が全くない。しかも彼女は眼を開けていなかった。
彼女がD5に到着したときには、そこには誰もいなかった。
川に入ったところで禁止エリアE4の事を考えると迂闊にはいるわけには行かない。
だからこそもう一度同じ手を使う。打つところは、テルクェスが反応があった点。
この付近にいるということは、誰であれシャーリィの存在を知っている可能性が高い。
騙すには少々適していない。消した方が身のためである。
「誰かは知らないけど、さようなら」
滄我砲が、眼前の岩ごとテルクェスの方へ放たれた。
奇しくも、西で同じことが今行われている。
「氷結は終焉!せめて刹那にて砕けよ!インブレイスエンド!!!」
最初から連携発動用に準備していた晶術を発動する。
二人の前に大氷塊が盾として現出した。
威力と威力がぶつかって、氷が飛沫と砕ける。
「っく…ヒューマ、無事か!!」
蹌踉けながらトーマは辺りを見回す。すぐにハロルドが見つかった。氷の破片に体中幾つかの斬り傷が残る。
「何とかね…川に入っていたなら川ごと凍らせて殺してやろうかと思ってたんだけど、中々上手くいかないわ」
ハロルドはそう言って、自分のバックをトーマに投げ渡した。
「私が残る。あんたはあの2人を守りなさい。「王の盾」なんでしょ?」
「ガジュマの俺がヒューマに殿をさせるなどできるか!」トーマは引き下がらない。
「うるさい!負傷兵は後方支援に回るのは戦陣の基本!馬鹿にしてんの?」ハロルドの一括。
「お前と俺では価値が違う!」トーマは確信している。
「…私じゃ多分駄目、このままだと本当にあいつの手の中で踊らされるわ」
ハロルドは一気に声のトーンを落とした。
「どういう事だ!?一体!」
「雑談はここまで。もうすぐ彼女が来るわ…大丈夫。保険も掛けてあるし、何とかなるでしょ」
ハロルドはその厚い唇をにんまりと動かした。
「…なぜ退かん!お前は率先して戦いに行くヒューマでは在るまい!!」
トーマは、走り去った。答えを聞いたのだろう。
「クレイジーコメットでエネルギィ量を集めて、水気アクエリアス・スフィアは西の川とインブレスエンド、
光気プリズミックスターズはディバインセイバーと北の鉄に見立てて、開門のブライティスト・ゲートに
トゥインクルスター、陽気エクスプロージョンノヴァは月の熱気にエンシェントノヴァと、
闇気ディメンジョナル・マテリアルはエクゼキューションと夜の邪気はそこらに溢れているし…
さてさてどうにも足りない土気マクスウェルロアーとTP…」
ハロルドは巡るましく計算を働かせる。ミクトランに負ける気はしない。
ゲームに屈する気もない。しかし、どうしても解けない、解けるはずのない問題があった。
「…私は「私」に勝てない。そういう算段なんでしょ?ねえ…」
ハロルドは頭を掻いた。「なぜ、逃げないか、か…」
「私がただのマッドサイエンティストなら、逃げるんだけどね〜」
一瞬眼を閉じて、そして見開く。
「ここが軍人の辛い所なのよ、うん。民間人置いて逃げたら軍法会議だし」
ハロルドは短剣を強く握る。
「絶対にあんたの思い通りにはさせないわ。千年で劣化した頭で私に勝てるわけ無いじゃない」
その蒼い閃光を見ていたのは、たったの5人。
今夜のもう一つの戦いが、幕を開けた。
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー
ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
フェアリィリング
UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
状態:TP残り25% HP残り80% 背中と胸に火傷(治療中)冷徹
ハイエクスフィア強化クライマックスモード発動可能
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない) か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動
第一行動方針:E5に進撃
第二行動方針:E5に残る面々を追撃
第三行動方針:D5の水中で休息後、テルクェスで島内を偵察
第四行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害
現在地:D5の山岳地帯→E5北
【ハロルド 生存確認】
状態:ミクトランへの憎悪 TP40% 至る所に切り傷
所持品:短剣
基本行動方針:具体的な脱出へのプランを立てる
第一行動方針:3人が逃げるまでの時間を稼いで撤退
第二行動方針:首輪のことを調べる
第三行動方針:C3の動向を探る
現在位置:E5北
【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 軽い火傷 TP残り55% 決意 中度失血
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、 ウィングパック ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α)
イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
金のフライパン 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明)
基本行動方針:漆黒を生かす
第一行動方針:リオン達と合流後、撤退?
第二行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
現在位置:E5北→南下
【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)、切り傷多数(応急処置済み)
自分がしてしまった事への深い悲しみ 体力消耗(中)
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ ジェットブーツ,
C・ケイジ スティレット グミセット(パイン、ミラクル) 首輪
基本行動方針:リオンについて行く
第一行動方針:閃光に対する対応を決める
第二行動方針:グリッドに会いにG3洞窟へ
現在地:F5
【リオン=マグナス 生存確認】
状態:HP70% TP80% 右腕はまだ微妙に違和感がある
崩龍斬光剣習得 コスチューム称号「ジューダス」
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 レンズ片(晶術使用可能)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる 可能なら誰も殺さない
第一行動方針:閃光に対する対応を決める
第二行動方針:グリッドに会いにG3洞窟へ
第三行動方針:スタンを探す
第四行動方針:協力してくれる者を集める
現在地:F5
曖昧な、包み込むような暖色の光の下で、6人の男女が話していた。
ある少女は酒に呑まれ騒ぎ立て、青年2人掛かりでそれを押さえ込んでいる。
最年長の男性は呆れつつも微笑ましく見守り、最年少の少女はどうすればいいかと少々困惑している。
それを自分も、見守っている。
見慣れた、いつもの情景。旅の合間に見える、平和な景色。
心が安らぐ感覚に、安息という言葉はこういう光景の為にあるのだと思う。
願わくば、この光景が永遠に続きますように、世界にこんな光景がもっと生まれますように。
ぱちり、たった1秒の瞬き。あれ、1人消えている。次期頭領の少女がいない。
おかしいと思い再び瞬きすれば、また1人。切れ目の弓使いがいない。
そしてまた1人と。箒に乗る魔女っ子がいない。
気付けば、自分含め2人だけになっている。
思わずもう1人、所々にペイントを施した最年長の召喚士に尋ねる。
何を言っているんだ? ここには私達以外、他にはいないぞ? 召喚士はさも不思議そうに答える。
ぱちくりと瞬きをする。上手く言葉を呑み込めない。
彼の言葉の意味を理解しようとして、だが彼女の思考は急停止する。
「──」
声は出なかった。
伝えるにも、どう言えばいいのか分からなかったし、信じられなかったから。
自身もよく知る剣士が、召喚士の背後に立ち、歪んだ笑みを浮かべ、時の剣を両手に持ち掲げ、今正に振り下ろさんとしていた。
視界に広がる黒のスクリーンに、ランプの燭が消え真っ暗闇になった洞窟を思い出す。
あれは…夢か、そう、夢だ。
額の汗を拭う。湿った感触に、幻の世界から闇夜の現実世界への逆行を再認識する。
まだ自分は暗い洞窟の中にいるのだろうかと思う。しかし飴に宿る光は無い。
私はコレットさんに気絶させられて、それから何かひんやりとした空気を感じて──…。
しかし気付く。その冷気、まるでフリーズキールの氷の洞窟のような冷気をはたと感じない。
寧ろ今感じるのは、冷却された空気ではなく、通常の、深夜の澄み渡った空気。
肌寒いのは同じだが、度合いが違う。そもそも感覚的に違う。
そして更に、露出した腕に布のさらさらとした感覚、規則正しい振動が伝う。
布の温もりは分かっても、その向こう側の体温は感じない。
暗闇の中で、自分は誰かに抱えられていると、もう洞窟にはいないと理解する。
それと共に浮かび上がる1つの疑問。
私は、目を開けているのでしょうか?
「ああ、起きた?」
耳を伝う凜としたボーイソプラノ。何故だろう、不思議と違和感を覚える。
「どう? 暗闇の世界は。怖い? 何も見えないでしょ?」
先の大人しげな声とは声量は同じ、静かだ。だが秘められたもの、まるで未開封の玩具を開けるのを今か今かと待ちわびる子供のよう。
そこにある狂喜。それが違和感の正体だった。
「ミトス…君?」
「軽々しく僕の名前を呼ばないでよ。紛い物のくせに」
少々の苛立ち。表情は何も見えない。そう、見えない。
ミントはやっと我が身に起きた異常を理解する。暗闇の中には、月も星も幻も存在しない。
「一体…何が!?」
「何が? へぇ、聞く権利があるとでも思ってるんだ?」
規則的な振動が止まり、ほぼ顔に近いだろう首筋でひやりとした感触がした。剣だと察するのは簡単だった。
「そうだね、失明した、とだけ覚えておけばいいよ。具体的な説明より、曖昧な方がいいでしょ? 何があったか、色々想像出来て」
「…!」
分かりきった、しかし認めたくはない宣告に、思わず息を呑む。
上手く状況が理解出来ない。
今まで見たこと、いや、聞いたことの無いようなミトスの声。
自分は今、光を喪失している。なのに、何故彼はこうも声を上擦らせ、うきうきとしている?
この対極の感情は、何?
言いようの無い寒気が襲い掛かる。本当に、彼?
この闇の向こうでミトスがどんな表情をしているかは、分からない。
ミントの記憶に残るミトスは、何かに怯えるように静かだったから。
「…リアラさんは…?」
自分と同じように苦しんでいた少女を思い出す。彼女の声がしない。
「死んだよ。今お前を抱えてる奴に殺されて、さ」
何の躊躇いも無く、第二の宣告。しかも何の悲哀の情も存在せず。
おかしい。何かの間違いだ。
今自分を抱えている人物──容易に想像はつく、コレットだ──が彼女を殺す訳が無い。
今まで一緒にいたのだから嫌でも知っている。コレットはリアラを第一に守るガーディアンだった。
その彼女が何故殺し、彼女が何故殺される?
気付いた時には、嘘です、と言葉が自然に溢れていた。
ミトスは小馬鹿にするように一笑。
「何で嘘をつく必要があるの? 別にもう少ししたら分かることだろ?」
体が強張る。その言葉が正しいのだと、無意識に悟ってしまった。
そう、あの無慈悲な声が、彼女の、リアラの名を呼ぶ。
彼の言葉通り、嫌でもあと数時間すれば分かることだ。それは逃れ得ぬ真実。
目をぎゅっとつむる。暗闇の濃度は何ら変わらない。
「コレットさん…どうして…」
何故コレットがミトスに従っているのか、ミントには想像の余地も無い。
この悲痛な呟きも聞こえているのだろう、しかし紅の瞳の天使コレットは表情を全く変貌させていないのだろうと思う。
記憶には彼女の笑顔が見当たらないから。
「今はもう、そいつは僕に従う下級天使さ。勿論、大事な器でもあるけどね」
冷たい触覚が離れる。ミトスが剣を納めたのだろう。それと同時に彼が冷たく言い放つ。
「…私達を…皆さんを、騙していたんですか?」
失笑が聞こえる。
「騙したんじゃないよ。騙されてたんでしょ?」
頭がくらっとした。目は見えなくとも、視界が揺らぐような感触は確かにある。
「それじゃあ…あの話も、嘘…?」
「1割、ね。C3で姉さまが殺されたのも、殺したのはクレスってのも本当さ。
違うのは、メルディって奴とは共謀してないってことだけ」
全身から力が抜ける。それは安堵によるものとは程遠く。
そう、カイルが正しかったのだ。少年の必死の声を否定して、その結果がこれだ。
今更理解したって遅い。既に後戻りは不可能な所まで来てしまった。
もしカイルをあの時信じていれば…彼は、大切な人を失わずに済んだのだろうに。
信じること、信じ続けること。それが本当の強さだ──このゲームで長く共にした剣士の言葉を思い出す。
だが所詮、それは幻の強さなのだろうか? このゲームでは露に酷似したものなのだろうか?
信じることの何が悪い?
何故、信じて罰が下る?
神よ、貴方は何て残酷な御方なのですか。
「クレス…さん…」
「その名前を呼ばないでよ。忌々しい」
大事な、大事な大事な姉の命を奪ったあの剣士。
許せない。許してたまるものか。例え世界中の全員が許しても、僕は絶対に許さない。
そんな奴に縋るように、名前を呼ぶなんて…くそっ…。
そうだ、姉さまがあいつの名前を呼ぶもんか…こいつは姉さまとは違うんだ…!
ミトスは心中で憎悪を散らす。顔には歪んだ表情が浮かぶ。
その形相すら、今のミントには察せられない。コレットは何の反応も示さない。
ふと、ミトスは表情を憎しみから変え、にやりとおぞましく口角を上げる。
あろうことか、それは復讐の対象、あのクレスに似た狂気の笑みだった。
「そうだ。目の前で殺すのもいいかな。痛々しい声だけが聞こえてさ、助けも出来なくて、ただただ見守るだけ…耳は塞がせないよ?」
そうしてミトスは、かつてアトワイトに語り掛けたように、静かに喋り出す。
ミントははっとしたような顔をし、声がする方向へと向く。
「…止めて下さい」
「八つ裂きにして、ばらばらにして、滅茶苦茶にして…最期はお前の手で殺させてあげようか?」
「止めて下さい!!」
必死の懇願を軽々しく捨てるように、またミトスは笑う。
「ま、時間はまだまだあるし…それに、もう死んでるかもしれないしね」
静寂の闇の中で、ミトスの嗤笑だけが響く。
それっきり、ミントは黙り込んでしまった。
約束の地への歩みを再開しながら、ちらりと偽の聖母の顔を覗く。
辛そうな顔はしているのに、涙は流していない。中々に気丈な女だ、ムカつく。
赤い感情が込み上げてくるのが分かった。しかし何かが壁を作り上げ、そして遮断する。
こんな奴が姉さまと似てるなんて。壊してやる。壊してやる!
言いようのない破壊衝動と幻影のせめぎ合いの中で、彼は感じた。
感じた。懐かしい波動を、時の力を。
この感覚、間違いない。オリジンとの契約で授けられし盟約の剣、エターナルソード。
近くにある。裏切り者の息子、もしくは英雄とも呼べない奴は、何処かにあった時の剣との邂逅を果たしたのだ。
方角は西。地図の記憶が正しければ、ちょうど海岸辺りだ。
誰だ? ロイドか、カイルか、それとも──…。
エクスフィアを寄生させた、最早ただの術も引き出せる剣となったアトワイトを携える。
声はしない。ただ、呼吸で硝子が曇ったり晴れたりするように、コアがゆっくりと点滅している。
こいつの精神は既に破壊したのだから、当然だ。
人で言えば植物状態。ただ「生きる」ということだけを維持する哀れな無機。
天才により開発された意思ある最強の携行兵器──それはもう単なる過去の肩書きだ。
大佐という地位も老将ラヴィス・クレメンテの主治医であったことも、今や何の意味も持たない。
せいぜい、その過去が癒しの力を持つ水属性に直結しているだけである。
意思なき剣を手に、ミトスは西を見据える。
実力は知らないが、例えロイド達だとしても、今の自分なら負けは有り得ない。
今の? 否、元から1人でも充分にやり合える。何せ僕は古代大戦の英雄。
そもそもそういう問題ではない。今の自分には魔剣が必須なのだ。それをわざわざ見過ごすなんて。
「お前はそいつを連れて先にC3に向かっていろ。僕は後から行く」
姉さまを傷物にする訳にはいかない。
暗黙の了解か、コレットは無言で北東へと歩き出す。
ここはE1。ミトス達はジースリ洞窟を出た後、禁止エリアのG1を、イーツ城を避けながら海岸線に出、そのまま北上していた。
北のD1は禁止エリア。それを敬遠するように、コレットはD2へと向かっていく。
小さくなっていく金色の影を見送りながら、ミトスは波動を辿る。
「…さてと」
思考を巡らせる。
仮にロイド達がいるとしたら、どうしようか。突如消えた僕を怪しむだろうか。
それにしても何故西方に? 僕の考えじゃE2城にてカイル達と結託、南に向かうと思っていたのに。
何かあった、と考えるのが道理か。
仮に考えていたパターン、ロイド達とカイル達が会ったとして。
時間と距離を考えて、カイル達が神の骸を見た可能性は、まず有り得ない。
ということは、時空剣士らしいロイドが元からエターナルソードを持っていた?
好都合だが不都合だ。クラトスの首に潜ませてきた手紙も見ていないかもしれない。
まぁ…父の死に狂ったロイドがカイル達を殺した、ってのも十分考えられるけど。
逆に手紙を先に読むなり後に読むなりしたら、僕は確実に敵扱いだろう。
ましてや洞窟に向かった筈の、しかもリアラがいない自分達を見たら、怪しまれるのは必須だ。
カイルやスタンがいたら間違いなくアウトだ。
だからコレットをシースリ村に先行させた。その方がいざという時の理由は作れる。
…けどまぁ、仮定だし、もしかしたら元からエターナルソードを支給されていた「ラッキー」な他の参加者かもしれない。
それに僕には大きなアドバンテージがある。
夜目の利く、更に天使の力で強化された視力と、この耳さえあれば、状況の把握も容易い。
まずはそこからだ。戦うか、利用するか、奪取するかは、それからだ。
姉の復活という大願の為、ミトスは海岸へと歩き出した。
彼は知らない。
この先にいる人物がロイドではないことを、自分の怨敵であることを、時空剣士がもう1人いることを、仇が同じ時空剣士であることを。
濡れる心。体は動かない、動いてくれない。衝撃が体を侵し、立ち向かう気力さえ抜けていく。
重複する絶望が彼女、ミント・アドネードから活力を奪い去っていくのは容易だった。
ミントは押し黙ったまま、心の中で泣く。
法術士である自分が、迷える少年を救えなかった。
同道する少女を救えなかった。
泣き続ける。
哀れな、あの優しげな金髪の少年を思って。
全てこれが夢であるようにと、今はまだ夢覚めやらぬ夜であるようにと彼女は願った。
静寂と規則正しい歩調は、今だけは心地良い子守歌になる。
眠ろう。次に目を覚ました時は、この悪夢は夢と幻であったと分かるから。
暗闇の向こうには、愛しい人の姿さえ見えない。
自分が目を閉じているかどうかも分からない。
そう、分からないということが分かる。
意識は冴々として、神は残酷だから、尚もこの先の悪夢を見ることを求めているらしい。
ミントを抱え歩くコレットの足に、何かが当たる。
かさ、と軽い音。紙のようだ。何となく拾い上げ、読んでみる。
そして何を思ったか、くしゃくしゃのメモを丁寧に畳み、ミントの荷物に忍び込ませる。
見も出来ないのに、読み聞かせることも出来ないのに、まるでそれを免罪符とするかのように。
尤も、それは彼女達の免罪符ではないし、免罪符にしようとした少年は、既にこの世にはいないのだけれど。
【ミント 生存確認】
状態:TP75% 失明(酸素不足で部分脳死) コレットに運ばれている 帽子なし 悲哀
所持品:ホーリィスタッフ サンダーマント ジェイのメモ
第一行動方針:コレットに連れられC3へ
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:D2→C3村へ
【コレット 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック
基本行動方針:防衛本能(自己及びミトスへの危機排除)
第一行動方針:ミントを連れC3村へ行く
第二行動方針:ミトスの言うことを聞く
現在位置:D2→C3村へ
【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP55% 左肩損傷(処置済み) 治療による体力の中度消耗 天使能力解禁
ミント殺害への拒絶反応(ミントの中にマーテルを見てしまって殺せない)
所持品:エクスフィア強化S・アトワイト(全晶術解放)、大いなる実り、邪剣ファフニール
基本行動方針:マーテル復活
第一行動方針:遠目に状況を確認する
第二行動方針:離脱後、C3村で策の成就を待つ
第三行動方針:ミント・コレットをクレス殺害に利用する
第四行動方針:考え得る最大効率でミントの精神を壊す(姦淫ですら生温い)
第五行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:E1南西→E1海岸へ
233 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 23:10:50 ID:cZK5w+lK
糞ゲー
海がそこにあった。砂浜の白砂は月光に照らされて、真昼のように輝いている。
波打ち際から砂浜の終わり、草原まで大きく見積もって直線距離5メートルと言ったところか。
砂の上には貝も、流木も、時間が蓄積している証拠になるものは一切無い。
幾つかの雑草が中年の髪の毛のように惨めに、不自然に在るだけだ。
砂と草の境界で彼は地面に手を添える。その手は震えていた。既に捉えている。
彼は眠る剣士を見下ろす。塞がれた顔は誰の物か分からない。
「もうちょい土が良かったら楽なんだけどなあ」
手を合わせ、両の手を地面に付く。黒い夜に、白い砂の上で、緑が輝き、血の赤が澱む。
「誰が来るかは分からねえが…クレス…お前だけは守ってやる。
イーフォン、俺を信じなくて良い。お前が託した俺を信じて、力を貸してくれ」
乾いた砂の中に、彼の意志が咲いた。
何もない海と砂、寄せては返す波の音。この静寂には人間排他の効果があるようで。
そんな場所に、ミトス=ユグドラシルは辿り着き、そこに一人の青年を発見した。
海の方を向いて、胡座を掻いて座っている。どうぞ首を斬って下さいと言いたげな背中だった。
「何をしているの?」実に子供っぽく訪ねてみる。背中に左手を回し、アトワイトを隠す。
「何もしてねえよ」青年は立ち上がって、ようやく少年の方を向いた。髑髏と何の差もない死人の顔。
しかし、ミトス少年がまず眼を奪われたのはその顔ではない。彼の右手、正しくは右腕に巻き付いている布。
「お前、それを何処で手に入れた?」一気に声の調子を落とす。既に騙すという選択肢はない。
「俺の希望をぶち壊した奴のマントだった布。包帯がなかったから代わりに貰った」
ティトレイは肘を前に出して見せつける。ミトスにとっては実に印象の深い、血染めのボロ切れだった。
「お前が、ダオスを殺したのか?」ミトスは感情を堪える。
「ああ…でも確かお前ら啀み合ってなかったか?えー…ミトス…だったかな?」
ティトレイは鼻をポリポリと掻く。明確な意図を乗せて。
「僕の事なんかどうでも良いよ。…剣を寄越せ」
ダオスへの意識をコントロールすることに必死で、ミトスは彼の意図に気づかず、本題へと乗り出した。
「剣なら後ろにもってんじゃん…ああ、それとも…」彼は自分のサックから、それを出した。
「これのことか?」
「アイスニードル!!」
ミトスが瞬間的にアトワイトを翳して晶術を放つ。構成された何本もの氷槍が彼に牙をむく。
ここにロイド達がいないと分かった時点でもう相手を騙す必要がない。
どうにも、まさかエターナルソードを持っていたラッキーな愚か者がいるとは、
ましてやそいつが自身の愉しみを、ダオスを勝手に殺したというのであれば、生かす理由もない。
あいつは姉様の前で頭を垂れて惨めに無様に死ななきゃいけない存在なのだ、それを勝手に。
彼は何も表に出さず、素早く地面に手を当てた。
「生えろ」彼の目の前だけにその植物…カレギアのノースタリア・ノルゼン地方にしか生えない
氷割り草が次々氷槍に突き刺さって行く。術が終わったのを確認して、彼は立ち上がった。
「俺を氷で殺すなら、あいつ以上の氷で来な」役目を終えた草が一気に萎えてゆく。
「…黙ってその剣を渡せ。さもなくば…」ミトスはその苛つきを押さえ、冷静に‘説得’を試みた。
見る限り戦闘スタイルは拳と弓…剣よりも近い間合いと剣よりも遠い間合いを得意として、
何よりもさっきの異能、魔術でも晶術でも無い技。どうやらかなり相性が悪いようだ。
(どうする…あちらの体になるか?)そっとミトスの手が首輪に伸びる。無機質な金属で出来た首輪。
ミトスは別に首輪を解除したいと考えてはいない。ただ、どうしても今後のために首輪の問題は避けられない。
ミトスは自身の戦力分析を行う。紋無しエクスフィアによって心を封じたアトワイトは今や
どんな晶術も使えるほどにこちらとシンクロしている。精神体であるソーディアンにはエクスフィアの性質が
よく効くようだ。外さない限りは反抗する意志すら芽生えないだろう。
二刀流、晶術、魔術、天使術。ここまで手札を揃えたとはいえ、しかい未だ磐石ではない。
(やはり確実に戦うには高速で発動できる高火力技が必要だ…)
どんなに力を得たところで射程の短い斬撃と詠唱の要る術、どうしても
目の前の男や連携を取ってくる相手には対応しきれない。ダオスと同質の技が必要になる。
ミトスもその技を持っている。しかしその為にはユグドラシルの体で無ければ衝撃に耐えられないのだ。
ミトスはこの島で一度もそちらの体にはなっていない。理由が二つある。
まずマーテルへの配慮である。マーテルはミトスが何をして来たかを知らず、ミトスとしては
業の代表例とも言えるその姿になるわけにはいかなかった。
しかしネレイド戦でも彼は決してその姿になることは無かった。条件が足りなかったからである
(ユグドラシルになって、首輪が爆発したら…)
そう、その一点だけが、今尚問題だったのだ。
まずルール的に抵触して爆発する可能性、これは除外できる。
シャーリィ=フェンネスがフィギュア化した際首輪が爆発しなかったことを考えると
ある意味にて同質の行為が誘爆を誘うとは考えにくい。
問題はミトスとユグドラシルの首の大きさが違う点である。
この首輪は首と殆ど密着に近いサイズである。おそらく参加者によってサイズが異なるのだろう。
同一人物とはいえ大人と子供のサイズ差では変身によって太くなった首が首輪を圧迫し、
爆発に至るかも知れない。ミトスにとっては大問題である。
シャーリィ=フェンネスが大丈夫だったから、という可能性も無くは無いが。
あそこまで原型を留めない変貌だけでは判断材料としては乏しい。なにせ失敗したら首が飛ぶのだ、
簡単にはいかない。そもそもあいつの首輪がどうなっていたかもよく思い出せない。
なんか肉体が溶けてなかったか?流石に首輪が本当に爆発する物だと知っている以上迂闊はならない。
理想的なのは首輪が魔術によって構成されていて変身しても丁度のサイズに変質する場合、
或いは首輪が物理的に展性・伸縮性が若干ある場合だが…
「そんなにこの剣がいるのか?」ミトスの思考は目の前の彼によって阻まれた。
「…だったらどうした」やはりリスクを冒せないミトスは二刀を構えて威嚇を強める。
冷静に考えればどんなに時間を稼いだところで向こうは魔剣をこちらに渡すしか活路はない。
あの剣を質にしたところで壊せる代物ではないし、それを失えば殺されること位は
分かっているだろう。この勝負は端から自分の勝ちなのだ、そうミトスは油断した。
「こうすりゃ手っ取り早ぇ」ティトレイは、即座にミトスに背を向け、狙いを定めた。
エターナルソードを、魔剣を未だ夜の中にあった海に投げ込む。
その光景に唖然とするミトス。まったくの予想外のことに体が対応しきれていない。
エターナルソードは放物線を描いて飛び、海の中の砂に垂直に刀身を三分の一ほど入れて突き刺さり、
柄の部分を残して、ゆっくりと水中に身を沈めた。月明かりの御蔭で水中の剣を見ることは苦労しない。
「確か海は禁止エリア、だったよな?海に浸かったらか?海の領域に入ったらか?爆発は」
ティトレイはミトスに尋ねる。内容の割には嫌みのない声色だった。
「お前、覚悟は出来ているんだろうな?」
ミトスは声を震わせて、ティトレイの方を向いた。まさか、海に投げ込むとは。
判定はどうなる?禁止エリアでは無い海は安全なのか?瞬間移動は出来ても飛行は出来ない。
凍らせて…もし海上の空間に入ったらアウトだとしたら…どうする?最後の手段を使うしかないか?
「いいのかあ?俺を殺すと、安全にあれを回収できる奴いないぜ、多分」
ティトレイは腕に絡んだ蔦を伸び縮みさせて笑った。
「もうちょっと恩を返し切れてないんだ…今だけは見逃してくんねぇか?」
彼は別段命を惜しむ気は更々無い。惜しむ感情がない。
だからこそ迷うことなく切り札を海に捨てられる。
策も勝算も無い。そこまで彼が付き従っていた知将との記憶は都合良く出来ていない。
ただ、ティトレイなら守ると決めたなら誰であろうと命に代えて守る。そう彼は思っている。
迷探偵の安易な閃きと、ティトレイのルールに、彼は全てを賭けた。
常に全額BET、命なんか平気で自分任せに出来る。
二人の思惑など私には関係ない、と言わんばかりにエターナルソードは海に刺さっている。
彼の安っぽい思惑は、彼の知る以上に、ミトスに効果があった。
何も恐れない彼を前にして、ミトスは剣を下ろすしかなかった。
暫く二人の情報交換、というか彼の一方的な陳述が続く。
「成程。随分とおもしろい話だね…東は混迷の一途を辿っている、と」
「ま、信じるかどうかは、お前さん次第だ」
まずミトスが尋ねたのはエターナルソードを何処で手に入れたか、という点であった。
それに付随して彼の口からその前後…大凡今夜の悪夢が始まった辺りからの
情報が人事のように語られてゆく。主体の欠けた主観こそが客観に他ならない。
「俺は瀕死のダオスって奴を始末して、E2から一直線でここに来た。あの剣はそこで拾ったモンだ。
すまねえな。そのダオスとカイルって奴を殺しちまって」
彼はオーバーに両手を広げて、自嘲気味に構えた。
「別に良いよ。ここまで事態が進んでいるなら彼奴なんてどうでも良い。
…もう一度聞くが、本当にクレスって奴は…」
「さっきも言った通り、今は砂の下だ。俺が最後に見たときは眠ったような面だったぜ」
ミトスは虚勢を張る。自身が想定していなかった四軍クレス、デミテル達、ネレイド、そしてダオスの乱入。
予想以上にG3での仕事が捗ったのも納得のいくシュチュエーションだ。
しかしダオス、カイル、クレスの死は、ミトスのモチベーションを下げるには十二分だった。
なんとも拍子の抜けた話だ…自分の手で後悔させてやりたい連中が挙って死んでしまうとは。
玩具を取り上げられたかのように、その残念そうな顔を隠そうともしない。
しかし、ミトスは目の前の男にその残念をぶつける気には成らなかった。
ミトスは彼を胡散臭そうに見つめた。その評価は1つだけ「なにもない」だ。
どんな責め苦を与えたところでこいつは何の感情も露わにはしないだろう、それが分かる。
そもそも怒りや憎しみを抱くにはその対象が必要不可欠なのだが、
どうにも目の前の男にはその値が無いようにミトスは思えた。本当に目の前の男は存在しているのかどうかさえ
疑わしくなっていく。あの何を見るともない無の瞳にミトスは無機生命体に近い物を見た。
ミトスは剣を納め、戦闘態勢を完全に解く。これ以上構えていたらこちらの戦意まで萎えてしまいそうな
予感に襲われたからだ。或いは…
ミトスは踵を返して北東を向いた。
「お前の話が本当なら今日、あの城の残党がC3に来る。…あそこに鐘楼があるの知ってる?」
「ああ…そういやあったけな?」
二人は知らない。鐘楼は確かにあるが、その上であの血塗れの演説が行われたことを。
「奴らが来たら、僕は鐘を鳴らす。その剣を持ってお前も来い」
「来ないかも知れないぜ?いや、来たとしてもこの剣置いてくるかもな?」
「それはないね」ミトスは彼の方を向いた。
「わざわざ僕に殺される危険を冒してまでエターナルソードを渡したくない…でもお前は剣士じゃない。
そのうえその剣の真の価値を分かっていない。つまり…お前には剣士の仲間がいるんだろう?
しかも、代わりの大剣を調達する余裕の無い位、何かに焦っている…多分、その剣士が長く持たない。
でもその剣士に死なれる前にやらなきゃいけないことがある…違う?」
ミトスは左手を台座として立ったまま頬杖をつく。この推理が間違っていないなら
目の前の男には仲間がいて、今は別行動中と言うことになる。
「お前はどこの名探偵だよ」冗談と顔が一致してないのが新しい冗談のようで。
ミトスは南北と東に集中して音を探る。反応は感じられないが時間が立てばこちらの不利は明確。
「忘れるな。その剣を持っている限り僕はお前達の位置が分かる。
そして、僕は何時だってその剣を諦めてお前達を殺し、大人しく優勝してやったっていい」
無論これはブラフに過ぎない。精々が近くにいれば気配が分かるといった程度の物だ。
ここで無理をすれば剣は一生禁止エリアに括り付けられる可能性がある。
ここは退いて改めて安全に回収すればいい。そう判断してミトスは安全策を選んだ。
ミトスは先行させた二人と合流するため、その一歩を踏み出そうとして
彼が投げたそれに感づいてキャッチする。内心でその殺気のない投擲が凶器で無いことに安堵した。
「…なんだこれは?」ミトスはそれを見て訝しむ。ミスティシンボルと、それに括り付けられて一輪の花が在った。
「礼は果たさねえとな?」その行為がやはり不似合いで。
「…これの価値分かってるのか?第一この花は?」
「おっさんは形に拘らない質だったからな…俺は別に使わねえし。
その花は、在るところにしか咲かないティートレーイの花」
彼は笑ったような表情をしている。しかしミトスにはやはりそれが不自然なように思えてならなかった。
「花ぐらい添えてやんな。姉貴なんだろ?」人間味とは相も変わらずのかけ離れた虚構。
ミトスは、その一言に同類の臭いを、ほんの少し感じ、その分だけ警戒を弛緩する。
「1つ、頼み事をして良いかな?」ミトスはサックから1つの輪を取り出し、彼に投げた。
首輪だった。ミトスはただ演出の為だけにクラトスの首を落としたわけではない。
自身がユグドラシルに変成する為に首輪の圧力実験をする必要があったからだ。
彼は何も言わずに首輪を受け取る。
「お前の蔦でそれを括ってそれを引っ張って見てくれ」
彼は何も言わずに蔓を延ばし、二方向からそれを搦めて引っ張った。
蔓が裂けそうなほどに伸びた瞬間、首輪は音を立てて爆発、ミトスは剪断の判定を見切る。
「…OK、最後に、そのダオスのマント…くれないか?」
ミトスは彼を信じていた、というより疑うべき所がそっくり欠落していた。
ミトスの差し出された手に、ダオスのマントだった布が渡される。
ミトスはマントとしては短すぎるそれをスカーフのように巻いた。
そして、何も言わずに彼にリザレクションを掛ける。
何もかもが予定調和によって存在しているかのようで、ミトスは少し可笑しかった。
「劣悪種に借りは作りたくない」ミトスはそれだけ言って改めて踵を返し、二、三歩歩いて立ち止まる。
「何で殺す?」ミトスは尋ねる。彼は髪の端を女々しく弄る。
「…種族が一つになれば、違いが無くなれば争いが無くなるって思ったことがある。
俺はそれを否定した。そんなことしなくても、気持ちが同じなら俺達はやっていける。そう信じていた」
殺された姉の幻影。しかし今の彼には怒りを定義することも出来ない。
「…分かんなくなった…気持ちって一体何だ?嬉しいって何だ?悲しいって何だ?」
試練に立ち向かった彼の論理は感情と共に喪失した。種族が違ってもヒトの気持ちは同じ、
ならば気持ちとは何か?ティトレイが信じた心とは一体何なのか。
「俺はゼロだ。ゼロの男だ。何にも残ってねえ…」
彼はあの時全てを失った。元より日記が「暇つぶしでしかもタダ」扱いの男など、
最初からゼロかも知れないが。残ったティトレイの体は心を渇望している。
彼が帰りたかったのは、元の世界なのか、それとも「彼」に帰りたかったのか。
ある意味では彼はそれを知るためにティトレイを「被って」いるとも言える。
デミテルの見たかった物を、彼も見てみたのかも知れない。
ある意味で感情そのものであるその光景を。
「…今のコレット、人形は少し使い物にならなくなってね?
体だけじゃない、心すら無くなればその苦しみからも解放される…僕の下に来い。天使になれば全てが解決するぞ」
コレットの精神は主殺しで剥奪され、ミトスの思い通りになる人形になる…はずだった。
マリオネットと言うにはあまりにもう動かないのだ。
リアラのときのように率先して危機察知をする気も無ければ警戒する気も無い。
少なくともミトスをリアラと同等の存在と思っていないのは確からしい。
想定とは大分異なっていたがミトスはそれほど重要視していなかった。
犬猫程度に命令が聞ければそれ以上の要求は罰当たりという物だ。ただ労働力が少し足りないだけだ。
その事実はあっても、この勧誘は冗談なのか、本気なのか、ミトス本人にも判別付かぬ茫洋としたもので。
「俺は、お前と行く資格がねえ」彼は応えない。
「それは残念。次に会うときは殺し合いだ」ミトスは歩みを始めた。今度は止まらない。
「さようなら、また会おう」月が彼らを等しく照らす。
「じゃあな」しかし彼らの心に月はない。
月の中、一人歩く少年は思考を進める。
C3の生き残りが1人でも生き残っていれば、
E2、E3の事態が収束次第、残党がクラトスの首から手紙を発見してG3に向かうだろう。
そこで仕込みを見た連中が激昂し、僕への憎悪を滾らせ、ミントとコレットの奪還に来る。
後は連中を誘い込んで一網打尽にしてやればいい。よほど剣が入り用なのか、ティトレイは焦っている。
過半数がもう死んでいる以上、僕の意図が分かっていても用意された狩り場に食いつかないわけにはいかない。
乗ってくるなら最高のタイミングで横槍を入れてくる。
だが、それが分かっていればその状況は此方にとって大きな利益だ。
ティトレイと剣士、北上するE2残党、纏めて葬り去る。あそこならそれが可能になる。
それでお仕舞い、その後は姉様を守れればそれで良い。
その時までゆっくり体を休め、盤石の体勢で迎え撃つ。少なくともE2残党は人質のことを考えれば
強行軍で来るしかない。疲労した連中など物の数に入ろうか。万が一何を思ったかすぐにC3に来たところで
それは奇襲ではなく集団自殺。そこまで愚かでもないだろう。
それまで精々ミントを壊しに壊して、放送でクレスの名前が出た瞬間の絶望の表情を見て殺してやろうか?
暇つぶしには丁度良い。カイルもダオスも居ないのでは少々張り合いが無いくらいだ。
ネレイドも僕が殺すまでに生き延びているかどうか…実に面白くない。
気がつけば、ミトスの周りには誰もいない。ダオスも、シャーリィも、ミントも、スタンも、コレットも、
アトワイトも、カイルも居ない。ミトスは1人だ。
しかしミトスはそれに気づかない。ティトレイが配下になってくれれば、とミトスは一瞬考えた。
なんで来なかったのか。疑問と共にミトスはティートレーイの花を見た。
『ああ…でも確かお前ら啀み合ってなかったか?えー…ミトス…だったかな?』
『花くらい添えてやんな、姉貴なんだろ?』
『俺は、お前と行く資格がねえ』
その事実に今更気付き、その花は何の罪もなく、握り潰された。
「そういうこと。お前が、あの時…ああ、あいつの仲間は…クレスか」
ミトスは一度だけ振り返る。もう海岸は遙か遠くで、今更戻ったところでもう居ないだろう。
「自分がクレスとお前を分断した」
「今は砂の下、俺が最後に見たときは眠ったような面」
彼は最初から本当のことしか言っていない。推理が正しければクレスは、最初から…
ミトスは萎えた感情が再び鼓動するのを感じる。しかしそれは憎しみと言うより、歓喜。
クレスの顔を見なくて良かった、見たら先走って殺していただろうから。
ダオスもカイルももういない。ならばせめて楽しみは後に取っておかないと。
ミントを壊し、その本性を白日の下に曝し、証明した上で殺す。
クレスを殺し、無限地獄に突き落とした上で、処刑する。
その二つを果たした上で魔剣を得、姉様を取り戻す。
纏めて喰らって愉しみを2倍にも3乗にもしなければつまらない、つまらな過ぎて死にそうだ。
最早ティトレイも北より来る哀れな殉教者共もその過程の添え物に過ぎない。
万が一自分がオリジンに拒まれようと、手段はある。
自分が使えなければロイドに「使わせれば」良い。その為のコレットだ。
そういう野暮ったい話を他人にするような阿呆は劣悪種だろうが神の化身だろうが磔にされて然り。
もしそれすら叶わなければそれでも良い。全てを血で染め上げて終わらせるだけだ。
全く、実に、恐ろしい程、何も問題はない。問題がなさ過ぎてつまらない。劣悪種なんてつまらない。
姉様のいない世界なんてつまらない。つまらない世界なんて滅べばいい。
握った手が開かれ、花びらが風に流されてゆく。人の命のビジュアルの様に。
「…哀れなる劣悪種共よ、」ミトスはスカーフを強く握った。ミトスの体が輝く。
スカーフの中の首が首輪を圧迫する。しかしそれが爆発に至らないことを彼は知っていた。
「私は神の機関クルシスを司る者、ユグドラシル」
呼吸は元から必要ない。仲間はもっと必要ない。
もう恐れる者は誰もいない。姉様さえ居てくれれば負ける気がしない。
「貴様等に神の慈悲を呉れてやろう」
彼は周囲の草原に誰もいないことを確認した上でエターナルソードを回収後、海岸を歩いた。
元々コレットが気付いたと同じ頃、彼もミトス達を捉えていた。
砂浜に、枯れた雑草が密集している所がある。その名前を「スナカケワラビ」と言い、
動く物や生き物に砂を掛ける性質を持つノースタリア・スールズ地方にしか生えない植物だ。
彼はその辺りの砂を掘り起こす。十回ほど手を動かして、お目当ての人物を発見した。
「まだ生きてたか…」彼は顔を覆ったマントを解いて、掘り起こす。
クレスは余りにも顔がこの島で知れ渡っている。だからこそ、今は完全に隠匿する。
あの時直感した、「この剣はクレスと共に在るべきだ」という確信を信じてみる。
恐らくこの斧では何かが駄目なのだろう。LUCKが下がりそうだ。
根拠無く断定するのがティトレイらしいと、彼は思った。
ティトレイは感性と直感で動かねばならないのだ。
「騙したみたいで気分…ッッ!!!」
彼の口から、紅い液体が水道のように溢れた。中々に馬鹿に出来ない出血量。
「あいつに回復術掛けて貰わなかったらヤバかった…やっぱ、聖獣の力も無限って訳じゃねえか」
彼は己の体力が減衰しているのを感じる。詰まるところ聖獣の力とはフォルスを暴走寸前まで
活性化させるブースターのような物、だから気を抜けば直ぐ暴走する諸刃の剣。
しかしカレギアでヴェイグ達と共に戦っていたティトレイはここまで消耗する事はなかった。
その理由が彼に分かるはずもなく。
彼は先ほど生やした氷割り草を掴む。白い砂には血が紅く染み込んでいた。
「とりあえずこれの煮汁飲も…」
彼が演じているティトレイは、料理人としてこの茎に滋養強壮効果があったことを知っているらしい。
【ミトス=ユグドラシル 生存確認】
状態:TP30% 左肩損傷(処置済み) 天使能力解禁 ユグドラシル化(TP中消費でチェンジ可能)
ミント殺害への拒絶反応(ミントの中にマーテルを見てしまって殺せない)
所持品:エクスフィア強化S・アトワイト(全晶術解放)、ミスティシンボル
大いなる実り、邪剣ファフニール、ボロボロのダオスのマント
第一行動方針:先遣の二人と合流
第二行動方針:C3村で策の成就を待ちながら休息
第三行動方針:考え得る最大効率でミントの精神を壊す(姦淫ですら生温い)
第四行動方針:C3村にやってきた連中を一網打尽にし、魔剣を回収する
第五行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:D2→C3村へ
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態: HP20%(聖獣の力による消耗) TP0% 感情希薄 ずぶ濡れ 重度の疲労
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック ガーネット オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル クレスの荷物 (鎮静剤入り)
基本行動方針:命尽きるまでゲームに乗る(優勝する気は無い)
第一行動方針:動けるまで休憩
第二行動方針:北の森に行き、クレスの鎮静剤を精製する
第三行動方針:クレスにヴェイグ殺しを依頼する
第四行動方針:ミトスの誘い(鐘と共にC3村襲撃)に乗るか決める
現在位置:E1海岸→C2森
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP40%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 禁断症状 気絶 ずぶ濡れ 砂塗れ
所持品:エターナルソード
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:?
現在位置:E1海岸→C2森
「だって、科学者でも、私軍人だし」
「それにね、私のせいで誰かが死ぬなんて、もうごめんなの」
振り返るな。振り返るな。
四星の一角、トーマは駆ける。
呼吸が荒い。酸素不足と中々な量の失血が災いして、意識がたまに朦朧とする。
それでも止まらない。トーマは、止まってはいけないのだ。
彼は「王の盾」、と言ってもその盾をリンドブロム家の為に使ってきたのか、と聞かれれば疑問だが。
守るとすれば、自分、もしくはガジュマという種族自体だろう。そして此処では相反する、ミミー・ブレッドという名のヒューマだった。
そして言われた、新たに2人のヒューマを守れ、と。それを言ったのもまたヒューマだ。
このたった2日間で、随分彼らに対する考えが変わったと思う。
忌み嫌っていたのが遥か昔のことのように思えるのは、このゲームの性質故だろうか。
否、違う。ミミーのお蔭だ。彼女がくれた優しさのお蔭だ。
その温かい感情、ヒトの心の光を胸に、彼は駆ける。
前方に2人組の影が見えた。やはり徒歩と走行なら後者の方が速い。
「さ、何処から来る?」
天地戦争の天才科学者は、たまたま生えていた2本の木のうち、片方に身を隠す。
無垢な少女は何処から現れるか。またあの砲撃をしてくるか、それとも…。
しかし、あのレベルの砲撃を短時間の間に連発するのは考えにくい。
第一、あの青い蝶が索敵に使われているなら、その蝶が今は無いのだから、心配はないだろう。幸い先程の場所とは少し離れている。
耳を澄ませる。葉が擦れる自然の音だけが聞こえる。そこに余計な音はない。
…必要な術はあと3つ、いや、現状を考えれば2つ。
内1つは既に詠唱を終えている。勿論、TP節約のため許容範囲内で威力は押さえて。
必要なのはマナ、純粋なマナ。
微かに身を木から食み出させ、前方に見据える。
「…来た来たぁ」
薄気味悪い2つの月をバックに、少女のシルエットが目に映った。
「…何処にいるの?」
南下してきた滄我の代行者は、人影の無い草原を見渡す。
月光に照らされた緑達は風に踊り、静かな声を立てている。それしか音のない状況が、自然と空気を張り詰めさせる。
そして見つめる、音源の1つである2本の木。誰かが隠れているなら、間違いなくそこ。
2本、つまり、確率は2分の1。50パーセント。面倒臭い。
「悠遠を支えし偉大なる王よ…地に伏す愚かな贄を喰らい尽くせ!」
簡単な話だ、50を100にすればいい。
シャーリィが持つ地属性古代魔法・グランドダッシャー。大地の力が母なる御身を伝い、木の元で解放される。
2本は地割れにより倒れる。根本は粉砕していた。辛うじて残った部分は豪快な音と共に大地に臥せ、土煙を上げる。
それに紛れ、1つの影が駆け抜けていく。月夜の朧な明かりの下、光に反射する黄色い煙の中で、黒が走る。
間違いない、敵だ。
ウージーサブマシンガンを素早く抜き、影が走っていく方向に合わせて発射する。
ぱらららら、というタイプライター音が深夜の静謐を打ち破る。
しかし、瞬時に感じる滄我の集束、マナの結合。
言いようのない、素を織る術士にしか分かりようのない感覚と力を感じ、即座に座標から離れる。
「エンシェントノヴァ!!」
直後、頭上から降るは巨大な炎塊。
着弾した場所を中心に、円形の焼け野が出来ている。草の後影もない。その場に留まっていたら直撃、今頃真っ黒焦げだっただろう。
熱波が顔にかかり、髪が風に揺れた。無条件反射に息を吐く。
似たような上級術(というより同名だ)を知っている。それを使用するということは、結構な術士ということ。
必然的に接近戦には弱い筈だ。
遺跡船の仲間の1人、ウィルのようにハンマーを振り回すような人物ならば話は別だが、声を聞く限りは女のよう。
今の自分にはアーツ系爪術がある。接近戦は、こちらに分がある。
だが、煙が立ち込め視界は不明瞭、威嚇で弾を放つも相手の位置は確認出来ない。
「裁きの時来たりし…」
そしてまた感じる、マナの高まり。
接近戦に持ち込みたくとも、相手の姿を確認出来なければ無理な話。ジェイとは違って六感で相手を察知することは不可能なのだから。
テルクェスも視覚や聴覚がない以上、ここでは何の意味もない。…こんな煙を使って隠れるなんて!
しかし、今度は危機を察しても離脱はしない。
「天翔ける閃光の道標よ…」
二律背反する力、相殺は可能だ。直ぐさまシャーリィも詠唱を開始する。
「還れ、虚無の彼方! エクセキューション!!」
「汝が咆哮により万象を薙ぎ払え! インディグネイション!!」
夜に広がる闇の空間と、天より下りし裁きの雷。相反し合う闇と海の力。
しかし力を弱めていた分、神の雷に軍配が上がった。せめぎ合う二力は破裂。闇は消去され、雷は拡散する。
煙が晴れる。しかし何たることか、今度は破裂した際の雷の残滓による白光が目をくらまし、行く手を拒む。
「…何回も何回も!」
目くらましを多用してくる相手に、思わず声を荒げる。
こんなに近いのに、相手の姿が見つからないなんて。
白くかかった靄のようなものが、深夜に似つかわしくなく、もう朝方ではないのかという錯覚に陥らせる。
「…聖なる意思よ!」
耳は確かに聞いた。今度ははっきりと声がした。大きい、近い、逃さない。
シャーリィは駆ける。ネルフェス・エクスフィアの助力もあり、走力は以前と比べ上昇している。
場所さえ分かればしめたもの。先手を打てれば、勝つのは私。
声量からして距離はあと──突如眼前に現れる人物。
(フェイク──!?)
詠唱をダミーに、中断してわざわざ接近戦に持ち込むなんて…!
こんなに近くては、今からウージーを撃つことも出来ない。かと言って、擦れ違い際にアーツ系爪術を使うのも難しい。
迫るナイフ。考えている暇などない。何とか体を逸らすものの、左腕を掠める。鈍い痛覚が腕を伝う。
テルクェスを展開、飛翔出来れば、簡単に避けれるのに。それが出来ないのは、先程上空に飛ばされた時に知っている。
体を捻らせ反転し、その勢いを利用し裏拳を後頭部へと殴り込む。手甲には痛みと確かな手応え。
振り返る。見事に相手は地へ倒れ込んでいた。
「やっと見つけた」
光の粒子が分散していき、再び元の深夜に戻る。
背に片足が乗せられているのが分かる。拘束された訳だ。
しかも思いっ切りだから動くにも動けない。せいぜい動かせるのは顔と腕だけ。頭は常に動かせるが。
月光が逆光となっているのだろう、影に影が落ちる。
「…あらら、見つかっちゃったわね」
ハロルドは白旗を上げたような緩い笑みを浮かべた。と言ってもそれは拘束する側、シャーリィには見えない。
冷たい何かがずきずきする後頭部へと突き立てられている。熱さの中で尚更金属のような冷たさがはっきりと感じる。
これは確実に言える、ピンチだ。
「ごめんなさい、さようなら。私、お兄ちゃんに会わなきゃいけないの」
「…お兄ちゃん、ねぇ」
やっぱり純粋無垢なのね、といった感じに、ハロルドは息をつく。
それなら自分は純粋無垢じゃないのか、と思ったが、15歳の少女と23歳の自分を比べる方がおかしいと思った。
今更ながらこんな状況で冷静な自分もおかしいと思った。人は窮地に立つと逆に冷静になるっても聞くけど。
この少女は瞼の向こうに愛しい兄の姿を映しているのだろう。自分も真似して目を伏せてみる。
「私だって兄貴、亡くしてるわよ。悲しかったわよ」
シャーリィはぴくりと反応した。
闇にまだ兄さんはいる。銃はまだ火を吹かない。
「でも、生き返らせたいなんて思わなかったわ。だって、歴史は変えられないもの」
自分でもどんな表情をしているか分からない。恐らく笑っているか悲しんでいるかだろう。
手に握っていた短剣を地に突き立てる。
「変えようと思えば変えられたけど、ね。私はそこまでエゴイストじゃないって訳」
ハロルドは沈黙する。シャーリィは体の異変に感付く。
ぴくりとも体が動かない。向けたウージーのトリガーを引くことも叶わない。
今頃どうして、どうして!? と、隠そうともせず表情に焦燥を押し出して、心の中でwhyの疑問詞を繰り返しているのだろう。
そう考えて、ハロルドは口元ににやり笑みを乗せた。
短剣により相手の「影」を縫い止め動きを封殺する、数少ないハロルドの特技「鏡影槍」。
永久ではないが、時間稼ぎをするには充分だ。
揃っているエネルギーは5つ。
水気、光気、陽気、土気、闇気。
あとは、開放の門。始まりの太陽はクレイジーコメットで代用出来る。
足りなかったのは地の力。属性を行使出来ない以上、仕方がない。
あのジューダスに似た奴がいたらと思い、直ぐに振り払った。わざわざトーマを向かわせたのに、引き戻されてたまるものか。
いざとなればミックスマスターぐらいまで発動してやるつもりだった。
けれども、予想外のことが起きた。あの少女が地属性、それも上位晶術に匹敵する術を放った。
結果、土気は集束。内心笑わずにはいられなかった。
そして陽気、闇気と術を発動。更にはエクセキューションを相殺しようと光気を放ってくれたものだから、大助かりである。
尤もそれも計算していた節が彼女にはあったようだが。
とにかく、準備は揃った。
紡ぐ、暴虐の星。
この禁術の特徴は、詠唱と引き替えに、長い集中を要することである。逆に言えば、詠唱はない。
TPは正直、足りない。これだけはどうしようもない。だが、それなら己の命を燃やしてでも発動させる。
目的のため命を賭けて戦うのがこのゲーム、ルールには反してはいないでしょう?
「…クレイジーコメット!!」
ハロルドの声が高らかに響く。
それと共に周囲は暗転し、空には会場の星をも越える、数多の星が散らばる。宇宙という光の海に漂っているような気さえした。
そして──無数の流星が煌めきシャーリィへと降り注ぐ!
似たような術を知っている、だが瞬時にこの禁術の危険さに感づくも、光速に避けることは叶わない。
せめてものか、悪あがきか、シャーリィは対術防御壁を発動させる。
それでも、禁術の威力は凄まじい。星々は容赦なくシャーリィの体を傷つける。小さく悲鳴が緑色の膜の中で聞こえる。
集う、5つの気。
「…更に!」
まだ足りない。門は開いていない。
「トゥインクル・スターっ!!」
夜空に輝く一際大きな星。そこに一筋の流れ星が駆け抜ける。星と星は衝突し、発生した光が包み込む。
あまりの眩さに目を開けることが出来ない程に、その波は光り輝く。それはまるで全てを抱擁する母の手のようで。
その光の中で、シャーリィは僅かに見る。終焉へと導く、七色の光を。
ハロルドを取り巻き渦を作り上げるそれは、急速に速度を上げると、深くも鮮麗な青へと姿を変える。
そして全ては1つとなる。
「…──更にっ!」
それは、ブルー・アースという名のプリンセス・オブ・マーメイド。
大地が、蒼い光に包まれる──。
嘘よ。
何なの、これ。
視界に、金が流れ煌めく。
両手から、翼が生えている。
手が、胸に添えられて。
輝ける青の中に、深紅が散った。
蒼い世界が晴れる。
2人の体は崩れ落ちる。
片方は血に塗れ、片方も血に塗れ。
しかし決定的な違いは、その片方は予期せぬ疲労感も倒れる要因に含まれていたこと。片方は、動かないこと。
シャーリィのアーツ系爪術は、ハロルドの胸部を裂き、おびただしい程の血を噴出させた。
ハロルドのクレイジーコメット、追加晶術トゥインクル・スターは、シャーリィに多大な傷を負わせた。
ただ、ネルフェス・エクスフィアで強化された体と、防御壁の力が、シャーリィを僅かに生き永らえさせた。
それに対し、ハロルドは心臓部への直接攻撃。致命傷だ。
危なかった。
連続して3つも術を放とうとするなんて…しかも、最後の術はこれまでの術より遥かに強いもの。
クライマックスモードを使わなければ、最後の術まで発動されていた。そして確実に死んでいた。
シャーリィは流れるように、重心を後ろにかけ倒れ込んだ。
そして笑う。
これでお兄ちゃんにまた1歩近付いた。好きな人を復活させようとするのは、エゴなんかじゃない。
ハロルドの言葉が思い出され、胸に留まり、まるで自分のしていることが間違っていると言われたようで、何だか気分が悪かった。
好きな人に会いたいと思うことの、何処がいけないの?
患部に触れようと、重い手を動かす。
そして回復系古代魔法、キュアを唱える。傷付いたって、効きづらくたって、ゆっくり癒していけば傷は治る。
でも、もう力がない…水のベッドで休んで、癒して…。
ああ、その前に、あの欝陶しい奴に止めを刺さなきゃ…。
痛い。けど痛いを通り越して、何も感じない。
人は死んでも動くっていうけど、本当なのね。どうだっていいけど。
真っ暗で何も見えない。頭まで空気が行き渡っている感じがしない。
死ぬのね、私。ヘマしちゃったわ。
兄さん…死ぬのって、こういう感じなの? 案外苦しくないもんね、それとも苦し過ぎんのかしら。
これなら死ぬのも別に辛くないって思えるわ。
うわ、何か頭に色々流れてる。これが走馬燈ってヤツ?
だけど何でか、頭に浮かんでくる奴は馬鹿ばっかり。私がいなくて大丈夫なの?
大丈夫よね。馬鹿ってのはいっつも天才の考えることを無駄にしてくれるんだから。
悲しいかな、馬鹿は自然と天才をも越える頭を持ってるって訳。
…でも、これでいいの。
私は私に勝てない。ミクトランには勝てても、ソーディアン・ベルセリオスには勝てない。
遥か未来のハイデルベルクって土地で知った。
スタン達四英雄が戦った時、ミクトランはベルセリオスを持っていた。
スタンにも聞いたから確実。あっちにも「私」はいる。
最初から思っていた。何故、ミクトランが天才であるこの私をこのゲームに呼んだのか?
明らかに脅威となりうる私を呼ぶなんて、いくらボケた頭でも考えないでしょ。
私に何をさせようとしたの? ミクトラン…。
案外、本当に道楽で呼んだとか? それなら勝てる可能性は充分あるわ。楽しむしか能がない奴に誰が負けるもんですか。
そう…負けちゃダメよ、アンタ達。私が死んじゃう意味ないじゃない。
稀代の天才の頭脳を潰すんだから、有り余る対価は払って貰わないとねぇ?
あー駄目だ。ぼーっとしてきた。目の前が真っ暗なのに、霧がかかったみたいに霞んでるのが分かる。
ふと、懐かしい面影達が視界に収まったような気がした。
あれ、どうしたの? 皆揃って…迎えにでも来てくれたの?
ああ、待って、先に行かないでよ、皆、兄さん。今、私もそっち行くから。
髪が、力なく揺れる。眠る顔はどこか安らかだった。
止めを刺そうとして、止めた。
胸から流れる血が、とても冷たいことに気付いたからだ。
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー
ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
フェアリィリング
UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
状態:TP残り10% HP残り20% 背中と胸に火傷(治療中)左腕に軽い切り傷 全身に打撲 冷徹
ハイエクスフィア強化クライマックスモード発動不可能
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない) か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動
第一行動方針:D5の水中で休息後、傷を癒しテルクェスで島内を偵察
第二行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害
現在地:E5北→D5
※短剣はその場に放置してあります。
【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 軽い火傷 TP残り55% 決意 中度失血 疾走による疲労
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、 ウィングパック ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α)
イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)
金のフライパン 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明)
基本行動方針:漆黒を生かす
第一行動方針:リオン達と合流後、撤退?
第二行動方針:ミミーのくれた優しさに従う
現在位置:F5
【ハロルド 死亡】
【残り16人】
先ほどまで立ちこめていた花粉は地面に湿り、漸く濡れた瞳も前を見ることが可能になるくらいには沈静した。
ロイドは、呼吸を整えて辺りを見回す。人影は無い。先の男の影は見あたらない。
「…あいつ、何だってんだ」
男の名前はティトレイ=クロウ。その名前はここに来て二回聞いた。
1つ、ジェイが得た情報から浮かび上がるC3村での演出家‘策士’デミテル。
その人物がこの城でジェイが戦った時に付き従っていたという男の名前。そして
“…参加してる仲間はこのティトレイという騒がしい奴だけだ”
デリスと母星の距離よりも遙かに遠い、あの殺戮とは無縁だった過去。
メルディと、ジューダスと、そしてヴェイグと居たあの頃に確認したその名前。
ジェイからその名前を聞いたとき、ロイドが意見したのは言うまでもない。
「ロイドさんの話を聞く限り、ティトレイさんがデミテルに荷担していないという根拠は、
そのヴェイグさんの‘かつての’仲間だった、という一点しか無いですよね。根拠としてかなり弱いですよ」
「俺はヴェイグを信じてる。そのヴェイグが仲間って信じてるんだから、俺もそいつを信じる」
D2を出発する前の最後のミーティングでジェイは自身の推理を述べた。
反発するロイドにやれやれといった感じでジェイはゆっくりと論理を紡ぐ。
「デミテルがこの一件の黒幕と仮定します。ソースは明かせませんが彼は植物操作が出来ないはず。
しかしそれがこの一件に関与していることから、最低1人デミテルには協力者が必要です。ここまではいいですね?」
リッド達が固唾を呑む中、ジェイは指を立てて演出を込めてロイドを諭す。
「次にデミテルは声を聞いてE2から北上し、C3に到着後、策を展開しています。
クレスさんの行動がデミテルの策の一環なら、距離と時間から逆算してクレスさんは平常通りの行軍を
しなければいけないわけですが、僕が最後に見たクレスさんと貴方達が見たクレスさんの状態が
ほぼ一致していることから1人歩かせてここまで来させるのは無理があります。
デミテルは肉体労働には不向きでしょうから、デミテルがC3で策を成立させるには
クレスさんを運べる労働力が今日の朝の時点で1人必要なんです」
「そしてE2城の生き残りは地下に居たはずの三人を除けば、ジェイ、デミテル、そしてティトレイと言うことか」
ジェイの推理にキールが的確な相槌を打つ。放送から簡単に導き出せる論理だ。
「…全ては状況証拠でしか在りません。もちろんE2で見たティトレイさんがデミテルと繋がっていたというのも
僕の主観的判断です。…ただ、覚悟だけはしておいて下さい。それでは、今後の作戦について話します―――」
ロイドは何も言わず、ただ左手を見据えている。諦観でも反発でもない。揺るがないという意志の表明だろうか。
そして今この状況で、ロイドはその男に出会った。ロイドはスタンの亡骸の傍で膝を付いた。
俯せになっていてその死に顔は分からない。その大きな背中だけが雄弁に語っていた。
ロイドは大穴の方を向き、先ほど戦った少年の事を想い巡らす。
父の無惨な姿に我を忘れたロイドを命懸けで諭してくれた少年。
確かにあの瞬間、彼らは友情に近い情念を抱いていたのだ。
しかし彼の父親を守ると、その少年とした約束は無惨に果てた。父を守れず、友達の父を守れず、
挙げ句の果てには約束を交わした友達まで…ロイドは己の無力を呪う。
オリジンが何を言っていたのかはよく分からないが、
やっと受け取った父の思いを、皆の希望だったあのエターナルソードを
あのクレスに奪われたことだけは、自分がどうしようもなく無力だと言うことだけははっきりと自覚できる。
何も守れない、ちっぽけで無力な存在。ロイドは両の手を顔の前に出した。歪んだ左の手が発する痛みが
無力感を促進する。この島で、この手で、守れた物が1つでもあるのだろうか。俺は――
「――ロイド――」
ロイドはその声に反射して、何とも奇っ怪なほどに首を回し、辺りを見回す。
彼女の声が、聞こえたような気がした。ただ、いつもの彼女の声ではない。
まるで、泣きじゃくっているような、そんな赤子の泣き声のような、彼女らしくないそんな声に、
ロイドは酷く心を揺さぶられ、同時に心に沈んだ澱のような物が削げ落ちるのを感ずる。
「コレット!いるのか!?いたら返事してくれ!!コレット!!」
ロイドは叫ぶ。しかし、既に壁という壁のないこの地で残響する波動は無く、意志は減衰する。
ロイドは叫ぶのを止め、もう一度辺りを見回した後生き残った左のエクスフィアを見た。
そして自分の目的と意志を再確認する。
まだ、膝を付くわけにはいかない。ここにはコレットを探しに来たのだ。
確かに彼女はいなかった。でも死体もなかった。ならばまだ会える、いや、会わなければいけない。
守れなかった人たちを思う。しかし、それは呪縛ではない。最後まで諦めてはいけないのだ。
コレットが生きて、空耳だとしても呼んでくれた…それだけでロイドはまだ戦える。そういう生き物なのだ。
ロイドは辺りを東の方に首を向け、寒気のような物を感じる。
ティトレイはヴェイグが東にいると言っていた。嘘かも知れない、それは分かる。
しかしロイドはヴェイグに会わねばならない。
カイルを突き落としたのがアイツだとは分かっている。しかしそのあと、
ヴェイグの名前を口に出したときのティトレイの表情をロイドは見逃さなかった。
ヴェイグの居場所に嘘はない、そうロイドは確信した。
自分の後ろ首に手をかけ、特徴である白の細布を1つ引きちぎる。
どちらが本当のティトレイなのか…それとも両方ともティトレイなのかそうでないのか、
見極めなければならない。敵をただ敵として断じるにはまだ早すぎる。
それではクラトスと戦ったあの時の二の舞だ。
左手と口を器用に使い折れた右手にディフェンダーを添えて固定する。
いざと言うことを考えると生きた左手が空いていた方が対応が出来るだろう。
地下に剣を探しに行く気にはとてもなれない。無惨な父の姿に、加えてカイルの死に顔を見るには
まだ決心が付かない。時間が欲しいとロイドは内心で自己弁護した。
リッドのムメイブレードを借りにいける状況ではないだろう。彼らには彼らの戦いが在るのだ。
何故ヴェイグがここにいるのか、ジューダスはいるのか、ティトレイとは何なのか、
ロイドはその足で、東に駆けだした。その肉体的矛盾を全て無視して。
「グリッド!!」
ミリー…か?…ここは、どこだ?
「漆黒空間」
は?
「ここは漆黒の翼所属者にしか入ることが出来ない(裏口あり)ワンダーでモモーイな素敵空間。まあ座れ」
夢…なのか?そうか、確か俺はヴェイグに近づこうとして…!!まさか俺は死んだのか!?
「死んだ。盛大に凍死した」
マージーデースーカー
「マージーデースーノー」
ぎゃああああああああああああああああ!!!もう駄目!帰る!ゲーセンにいって鬼カルマ叩いてくる!!
「ちょっ今の無し!ノーカンノーカン!!嘘だから、嘘だから!!っていうか‘!’が多すぎて見づらいから!」
………………
「ああ疑ってる疑ってる。無理もないよな、そうだよな。でもそんなことを言ってる暇はないぞ」
どういうことだ?
「○の穴かっぽじって能く聞けグリッド。今お前にはデンジャーが迫っているのだ!」
○ってお前…
「そうじゃねえよ馬鹿が!もういい、とっとと帰れバーカ!」
言われなくても帰るわバーカ、バーカ!!っつーか貴様誰だ!?そんな紫紫した団員は知らん!
「貴様は団長の名前も分からんのか!?俺はグリ××――――
グリッドが眼を開けたその瞬間、目の前に白銀の世界が飛び込んできた。
白い白い、一切の不浄を蹂躙し尽くすかのような白。まるでモノクロームの写真のような光景を、
グリッドは見ていた。意志を感じる。この光景は「拒絶」なのだと。
「ふ、ふう、し、死ねか、あ、いや…ふう、死ぬかと思ったぜ」
目の前の光景に処理が鈍った頭がやっと言葉を送る。
全天を覆うような吹雪に前を向くのも、辛い。
吹雪はその後直ぐに収まった。グリッドは眼下の状況を知り、ようやく自分の意識が飛んでいたことを認識する。
どれくらい時間が立っていたのだろうか、しかし、まるで時間まで凍ってしまったように何も変わっていない。
辺りが一面雪に覆われたことと吐息が白くなったこと以外は、何も。
遥か向こうの凍った遺体もそれに突き刺さった氷の大剣も、それを投げた青年が目の前にいるのも、
何も変わっていなかった。その青年の尋常ならぬ容態以外は。
「ヴ、ヴェイグ!しっかりしろ!おい、聞こえて」
「俺に近づくなあぁぁぁぁぁ!!!!!」
眼前に回り込んだグリッドが伸ばした手に呼応したかのようにヴェイグが手を伸ばす。
グリッドが眼を覚ますまでずっとそのここで苦しんでいたのだろか。
手より発せられた衝撃に、グリッドの体が吹き飛ぶ。綺麗に吹き飛んで、氷漬けの遺体の傍まで吹き飛んだ。
ヴェイグの暴走の核となる感情、それこそが拒絶であった。
他を顧みず己の望みの為だけに名も知らない女性の可能性を略奪し、
結果的にとはいえ、今また親友を助けたいという独善によって滅私を持って大局に望もうとしていた
少年の未来を強奪した。もう、許される人間ではない、他人と居れば死神を呼ぶ。人を近づけてはならない。
(俺の前から…消えろ!どいつもこいつも、)
「消えて、失せろぉぉぉぉぉぉ!!!」
孤独への逃避が、拒絶を生み、暴走によって捩曲がった拒絶は、いとも容易く視界に入る者の殲滅へと
すり替わる。フォルスの暴走、その最終方向は常に破壊に向かうのだ。
グリッドにはその核が分からない。自分がペルシャブーツの加護、
属性効果を半減によって生きながらえていることを知らない。
しかし、自身が成すべき事は分かっている。ヴェイグを救わねばならない。
(どうする、どうする!?)
防寒具を装備しているかのように、自身の体は凍ってはいないが寒いことは何も変わらない。
このままだと何れは衰弱して「疲れたよ、おやすみディムロス」とかのたまって天使に連れられて
「そ、れ、だー!!」
ヴェイグは突然の大声に反応してフォルスを飛ばす。
よく練られていない氷弾の速度は遅く、グリッドはそれを避け、そのまま一目散に逃走する。
「…スマン!!」グリッドは一度だけジェイの方を向いて、ひたすら西へ、E2の城に向かった。
孤独になることと他者の排除が逆転してしまったヴェイグもまた追う。
ジェイの体から凍ったチンクエディアを引き抜いて、錬術の掛かったかのような速度で、ヴェイグは駆けだした。
グリッド走る。逃げるためにではない。ヴェイグを助けるためだ。
(あいつなら…このグリッド様が認めた永遠のライバル、スタンなら…!!)
グリッドは一縷の望みをスタンに、正確には今頃スタンに渡っているはずのディムロスに賭けた。
まずは何としてもヴェイグを正気に戻さなければいけない。
氷に対抗するのは炎、ベタではあるがこれしかグリッドには想像できなかった。
もうクイッキーがディムロスをスタンに運んだはずだ。
今のヴェイグ相手では自分の力ではどうにもならない。
(それでもディムロスなら…スタンならきっと何とかしてくれる!)
そう思った瞬間、グリッドは盛大にズッこけた。
思い切り鼻を強打し、つんのめる。
グリッドは理解した。自分が顔を打った地面が凍っていたことを。
後ろを向いて、ああ、やはりとグリッドは感嘆した。
氷剣を持ったヴェイグが、文字通り鬼気迫るといった様子でそこに屹立していた。
「…く、そ…」
グリッドは呪いの言葉を舌打ちに載せる。
何時まで立っても城は一向に見えてこない。ヴェイグの追撃を避けるには体力が残っていない。
「ヴェイグ、目を覚ませ…」
前髪がはだけて眼光の分からないヴェイグは、上体を屈めて突進した。
「ヴェイグ」
剣を水平に突き立て、一本の氷槍の如くグリッドを狙う。
「ヴェイグ!!」
絶対的な死を前にして、それでも尚、グリッドは揺るがない。
グリッドは最後の最後まで、眼を閉じなかった。故にそれを見た。
黒の空、白い雪、その間に青い翼の天使が、彼の目の前にあった。
グリッドはようやく全体像を把握する。
グリッドとヴェイグの間に人が一人いた、天使ではない。
服はボロボロで、傷に血が滲んでいる。
ヴェイグの剣の先端が、彼の剣の腹で見事に止まっていた。
(さっきの羽根は…見間違いか?確か、奴は…)
赤い服に、ツンツン頭、確か、ユアンが言っていた奴の名前は…
「ろ、ロイド=アーヴィング!!」
「何やってんだよ…ヴェイグ!!」
北東でであった彼らが、遥か南西の地で奇妙な邂逅を果たした。
最早城を城とも呼べないその地に一つの死体があった。
長い金髪と、白と青の美しい鎧が特徴の死体だ。
清々しいほどの笑顔、まるで生きているかのような笑顔だった。
そう、笑顔の見ることができる、「仰向け」の死体だった。
「リアラ…リアラ…今、今行くから…」
石畳の上にはもう生者はいない。誰もいなかった。
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP15% TP20% 右肩に打撲、および裂傷 左手甲骨折 胸に裂傷 疲労
所持品:トレカ、カードキー ディフェンダー(骨折した左手に固定) エターナルリング
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:ヴェイグを止める
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディの救出
現在位置:E2、E3の境
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% フォルス暴走
所持品:チンクエディア
基本行動方針:目の前の存在の排除
現在位置:E2、E3の境
【グリッド 生存確認】
状態:顔面強打 寒い
所持品:マジックミスト、占いの本 、ハロルドメモ ペルシャブーツ
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動
第一行動方針:事態の打開
第二行動方針:スタンに助けを求める
第三行動方針:ヴェイグと共に行動する
第四行動方針:プリムラを説得する
第五行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在地:E2、E3の境
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:意識衰弱 HP45% TP60% 悲しみ
所持品: 鍋の蓋 フォースリング ウィス S・D
第一行動方針:リアラに会いたい
現在位置:E2城跡→G3洞窟
7ー20行目
×石畳の上にはもう生者はいない。誰もいなかった。
○石畳の上にはもう生者はいない。思考する精神も無い。誰もいなかった。
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP15% TP20% 右肩に打撲、および裂傷 右手甲骨折 胸に裂傷 疲労
所持品:トレカ、カードキー ディフェンダー(骨折した右手に固定) エターナルリング
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:ヴェイグを止めて、ティトレイのことを問いただす
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディの救出
現在位置:E2、E3の境
に変更をお願いします。
261 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 21:28:36 ID:U6FI7iXZ
262 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 21:51:27 ID:K0AfmvQv
リオン「うひょょょーぉあかはやゅららとゅおじゃゅるるる?」
263 :
酔生夢死 1:2006/07/04(火) 19:20:14 ID:Vee5xEW+
赤い髪の青年が、濡れた草の上で坐っていた。
その瞳はラシュアンを眺望するかのように遠く、北北東を見つめている。
遠く、遠く、その偉容大らかなる高台と、降り注ぐ雨と、冷ややかな闇に阻まれたその先、
あの村を、彼は見つめていた。あの村の、彼女を見つめていた。
「クイッキィィィィィ」
彼はその声にはたと気付き、そちらを向く。
青いポットラビッチヌスが、倒れた二人の傍に覇気無く往復していた。
青年は気怠そうに、剣を杖としてのそりと立ち上がり、畜生が居た方に先に近づく。
そこに小柄で肌の少女が伏せっていた。あの邪気はもう感じない。
その小さな体の拍動を感じ、その深い眠りに、彼は勝手にあの瞬間を彼女は見ていないと決めつけ、
勝手に安心した。彼女は強い。多分、大丈夫だろう。
彼は後ろを向いて、親友の元へ移動した。あまりの遅さに、随行している畜生は何度も立ち止まり、
何度も青年に方に振り返っている。
ようやくその親友の元へ至り、青年は親友を一別する。
先ほどと何も変わらない。雨に沿うかのように、親友の躯は熱を奪われていた。
青年は眼を閉じ、彼を想う。ここに来る前、ここに来た後、共に歩んだその道程を想う。
全ては流れ、全ては移ろい、全ては変わってゆく。それは命もまた同じ事。
青年の力ですらその移ろいは止められない。物質は移ろう定めなのだから。
別れは、いつか必ず訪れるのだから。惑うな、と青年は自分に言い聞かせる。
「クイッ、クククイッキ」
傍の畜生が、青年のサックから何かを引っ張り出す。
ここに来る前、親友が青年に渡したメモだった。
許可無く見るなとのことだったが、今更許可も何もないとばかりに彼はそれを広げた。
一別すること十数秒、すぐに青年は見るのを止めた。
なんてことは無い。先に打ち合わせしたフリンジとエターナルソードを組み合わせた
空間破砕の方法や、今まで自分たちが見てきた事柄について、そしてただの遺言だけだ。
内容は実に陳腐で、やれ僕がこの島で生き残る確率は云々、これを他の頭の切れる奴に見せろやら、
やれ彼女を頼むやらと実に吐き気のする内容だった。
この島でもお前と出会えて、との下りには青年は少し吹いてしまった位だ。
要するにこのくたばっている親友は青年に後事を託すつもりだったのだ。
何とも巫山戯た馬鹿野郎だと青年は思う。メルディを馬鹿にしてんのか、
それで満足なのか、と聞いてみたくなったが
無理な話なので諦めた。雨とそれ以外の液体にインクが滲む前に、青年はそれを片付けた。
「クイッッキ」
畜生が、健気に自らを振動させて、自分に括り付けられて居るウイングパックをアピールする。
少しだけ考えて青年はその意図を理解し、その袋からそれを取り出した。
青年はそれを手に取り、少しの間の後、怒気と悲哀と共にそれを握りしめた。
何で今更と、彼は怒った。もう少し早ければ、この別れは来なかったかも知れないのに、
何で今更と、彼は泣いた。もう少し遅ければ、この別れを粛々と受け入れられたかも知れないのに、
お前は何を自分にさせたいのだと、鍵を通じて、彼は彼に力を授けた神に問う。
セイファートキーが輝いたのはその数秒後であった。
264 :
酔生夢死 2:2006/07/04(火) 19:21:57 ID:Vee5xEW+
芥と失せた古城、その北側に、かつての仲間が一堂に会した。
「なあキール」極光の剣士リッドは、一切気を緩めずにキールに声を掛ける。
「なんだリッド」瓦礫に身を隠したまま学士キールは周りの状況を識別する。
「最初のあいつの名前なんだっけか、ほらアレ、アレだよ」
「幽幻のカッシェル、だな。フォッグじゃないんだからアレとか言うな。
で、それがどうした。今昔話してる暇は無いぞ」
リッドは内心、何でアレで分かるんだよと思う。
「いやな?あいつ確か言ってただろ?逃げやがった癖にえっらそうにさ、
‘覚えておけ〜いつかお前達も〜殺しあう時が来る〜このゲームに殺し合い以外の選択肢は無い〜’
とか言ってたじゃねえか」
「リッド」キールの声に怒鳴られるか、とリッドは軽く身構えた。
「もしかしてモノマネか…ぜんっぜん、似てないな」
「うるっせえよ…で、この状況、どう思う?」
キールの抜けた声に思わずリッドは顔を緩めた。
そこを逃すことなく、雷光、ライトニングがリッドを襲う。
しかし気の一切緩んでいないリッドは寸での所でそれを見切る。
「全然、全く以て似てないな。僕たちはメルディを助けるんだ」
恐れを騙すためか、キールは不敵に笑ってその助けるべき対象を見た。
手を伸ばし晶霊術を行使したのは小柄な少女。
しかしその背より立ち上る黒い霧は何とも禍々しくその少女の倍の大きさで存在していた。
彼女、メルディを救いだし、彼女を傀儡とする破壊神ネレイドを打ち倒すため、二人は其処にいる。
「だよな。殺し合う気はさらっさら…無ぇんだよ!!」
リッドは大きく深呼吸し、上体を屈め一気に駆け出した。狼を狙うかのような速度でネレイドに突進する。
メルディの背後の靄、その一部がぬるりと前に突起し、収束する。
キールはそれが完成して、それが何かをようやく理解した。あれは、右腕だ。
『小賢シイッ!!』
具現するほどまでに高密度になった「右腕だけ」からソウルショットが連射される。
石畳を抉り、リッドの前に再度砂煙が舞った。
「魔神、連牙斬!!」
リッドは足を止めてそれを避けつつ、砂煙るその向こうに魔神剣の連撃を放った。
地を這う衝撃に砂は吹き飛び、彼らの視界は確保された。
その向こうに小動物のようにテケテケと走っていくメルディの後ろ姿があった。
黒い靄にかかって実際の背中はよく見えなかったが。
265 :
酔生夢死 3:2006/07/04(火) 19:23:28 ID:Vee5xEW+
「逃げた…のか?」リッドはその後ろ背中を見て眉間に皺を寄せた。
「いや、誘ってるんだろう」後ろからの突如の声にリッドは慌ててそちらを向く。
少しは働け、と愚痴を零しそうになったがリッドは堪える。今はそんな事を言っている場合ではない。
「ここにいてはまたあの雷撃が飛んでくる可能性が在るからな。
つまり、逆に言えばネレイドはもうあの攻撃を返す余力がない。
自分の具現化が出来ていないのが何よりの証拠だな。恐らくメルディの意識も今は無いだろう」
「じゃあアイツはもう半分以上消耗してるって事か…やっぱり逃げたんじゃねえのか?」
「本気で逃げたかったらスカウトオーブを使うさ。多分、もうメルディの肉体が保たないんだ」
キールはリッドの視線を無視し、北を仰ぎ見る。
「もし奴がシゼルの様なやつに乗り移っていれば、それこそわざわざ前線に出てくる必要はない。
お前が死ぬまでずっと待って、お前が死んでからじっくり闇の極光で残りを屠っていけばいい。
それでもなお僕たちの前に出てきたってことは、ネレイドは何としてでも僕たちを潰したい。
リッド、奴の狙いはお前だ」
キールは静かにリッドの方を向いた。
「はあ?アイツさっきお前が邪魔だって言ってたじゃねえか」リッドは剣を振って砂を払う。
「ブラフに決まっている。奴に対抗できるお前を排除しなければどうにもならないんだ。
ここで僕を狙えば、お前は僕を守ろうとする。後は動けないお前を蛸殴りにしてお仕舞いだ」
「キール、言ってて虚しくねえか?攻撃を避けきれませんって言ってるようなモンだぜ?」
キールはしかめっ面をして、喉の奥の感情を嚥下する。
「…現実を認識しているだけだ。兎に角リッド、お前は自分の身を優先しろ」
リッドは暫く胡散臭そうにキールを睨み、どっとため息を付いた。
「まあいいや、分かったよキール。そろそろ具体的にどうするか教えてくんねえか?」
キールは少し影を引いて、直ぐに意識を修正した。
「まず現状の認識だ。さっき他の連中を見ていたがジェイとダオスは東に、
ロイドが城内の南側であのクレスって奴と交戦に入った。
アンノウンは依然として意図が分からない。つまり援護、支援は無しだ」
キールは南を向き、動かずににらみ合う三者を眺める。
「気を利かせてくれたって言おうぜ。それよりよ、要点だけにしてくれ」
「さっき確認した。ロイドの報告を聞いて半信半疑だったが…やはりメルディは
リバヴィウス鉱を持っている。十中八九、それがネレイドの媒介だ」
「星のカケラみたいな石…当たりだったか。ってえ事は…」
リッドは横目で東を一別した後、キールの方に視線を合わせる。
「それを切り離せば、メルディを元に戻せる」
キールはほんの少しだけ唇を曲げた。
「切り離す?壊すんじゃ駄目なのか?」リッドは当然の疑問を抱く。
「それでも可能だろうがメルディの今後のことを考えるとそれは好ましくない。
それに、幾らか希望は確立できたが時間が無いのはこっちも同じだ。万が一
ネレイドが自暴自棄になってメルディを「変質」させよう物なら…」
キールは言葉を締めくくることなく、首輪を指さして撃鉄を起こした。
リッドは首筋に一等の寒気を覚えた。
266 :
酔生夢死 4:2006/07/04(火) 19:24:09 ID:Vee5xEW+
「…とりあえず楽観だけはしないでくれ。で、具体的な救助方法なんだが、リッド。
‘アレ’をアイツに決めるとなると何秒かかる?」
キールは一層に険しい眼をリッドに向けた。
「アレ?…もしかして、アレのことか?無理に決まってんだろ。アレは奴には…!!」
リッドがそれに気付いたのを確認してキールは論理を進める。
「決まるだろう?奴はシゼルを苗床にしていない。だから決まるはずだ」
キールの意図を理解し、リッドは柏手を打ちかける。
「成る程。流石キール、天才だ!!」
「煽てても何も出ないよ…で、どうなんだ?」キールは鼻を意図的に鳴らして、本題に戻る。
「…実際に掛けて見ないことには何とも言えねえが、ネレイド相手になら2秒、出来れば3秒欲しいな」
ほんの少し考えて、リッドはキールに応えた。
「十分だ。それくらいなら僕が時間を稼げる…その後は」
躯の震えをリッドに気付かれないようにキールはさりげなく腕を組む。
「分かってる。確実にサックだけを狙えば良いんだろ…でもどうやって時間を稼ぐつもりだ?」
リッドの問いに答えることなく、キールは素早く剣指と立ててそれを結ぶ。
「アクアエッジ!」
地面を這う水弾を見せて、キールは勝ち誇ったような顔をした。
「ネレイドは僕がC・ケイジ無しで晶霊術を使える事を認識していないはずだ。
十分目くらましになる。行くぞ」
267 :
酔生夢死 5:2006/07/04(火) 19:24:56 ID:Vee5xEW+
「おう!あ、でもちょっといいか?メルディはケイジを持っていたよな?
何でお前ケイジ無しで術が使えるんだ?」
ようやく出撃かとのタイミングに水を差され、キールは大層不愉快な顔をする。
「あの村で、メルディのケイジを調べさせて貰った。
パラソルを備えた上に丸々セレスティア大晶霊五体分の晶霊が詰まっていたよ。
しかし大晶霊のそのものは居なかった。何か意志と呼べる核が足りないんだろう。
つまり用途としては上級晶霊術や此方から大晶霊のような物を具象する召還、
フリンジによる複合晶霊術に用いるためだろうな。つまり術そのものには必要ない」
「…説明になって無くねえか?何でキールが術を使えるんだよ?
お前にも魔術や晶術、爪術が使えたってことか?」
「リッド、もう少し現実的な見方をしたらどうだ?
ケイジ無しで術を行使する方法なんて1つに決まっている。
肉体をケイジに見立てて術を撃つ―――闇の極光側の晶霊術だよ」
リッドはその発言に酷く驚く。その内容よりも、その言葉を淡々と述べる親友に驚いた。
「ここでの晶霊術の根幹の方法論としてそれだと言うことだ。
別にネレイドに操られている感覚はないし問題はないよ」
リッドの不安を汲み、キールは答えに先回りした。
「そりゃこの事実は僕だって信じられないさ。だが、信じられないことと
信じられないことが存在しないことは同義じゃない。不可知なる物は知れば良いんだよ。
さあて、長ったらしい講釈は幕だ。決着を付けに行くぞリッド…何が起ころうともだ」
リッドに先駆けてキールはネレイドの元へ第一歩を踏み出す。
その背中は煙たくなる程に気を立ち上らせていた。
キールは嘘を隠していた。ネレイドの狙いはリッドではなく、やはり自分。
しかしそれならそれで都合が良い。
意図は読めないがわざわざ相対的に見て戦力外な自分を狙ってくれるというなら
リッドの危険が僅かにでも減るというもの。生き残るべきはメルディ、リッド、極光なのだから。
悲観的だ、ネガティブだと笑えばいい。
最後の三秒の為に、自分はここにいるのだから。
メルディの自分への思いを過小評価したキールの背中は、やけに力強かった。
268 :
酔生夢死 6:2006/07/04(火) 19:25:31 ID:Vee5xEW+
E2北部に広がる草原に改めて三人が対峙した。三人が三人、退く気は一切無い。
「もう逃がさねぇぜネレイド!今度こそメルディを返して貰う!!」
吼えるリッドに、ネレイドは何も言わず、再び腕を具象化してソウルショットを放つ。
打ち下ろされるそれの死角に潜り込むように、リッドは前転しそれを避ける。
その勢いのまま更なる突進した。
リッドは腰を地面に漸近させてメルディの背後に回り込む。
その頭部はメルディの腰の辺りにまで下がっていた。
全身のバネを使い反動を制動し、リッドは振り向きと同時に攻撃と突進の体勢を構えた。
(まずはネレイドの隙が出来るまで消耗させねえと…すまねえメルディ、少し我慢してくれ!)
「空破!絶掌げ」
「リッド、やめて…」
此方を振り向いたメルディのその一言に、リッドは剣を止める。
反動を完全に吸収した辺りでようやく、首に遅れて振り向いたメルディの体、その死角から
青き水晶の杖が輝くのを理解した。
『ディストーション』
杖が輝き、リッドの体が時空の檻に捕らわれる。
「が、があああああああ!!!!」
体があり得ない方向にねじ曲がる感覚、
体がいきなり老いるような感覚、
頭がいきなり赤子の時分に逆行するような感覚。
リッドの内外に掛かる「時間的矛盾」が破壊をリッドに向けた。
『…フン、バテンカイトスを司る我がこのような物質を用いねば成らんとは不愉快極まる。
しかし、そのような些事に拘るなどそれこそ物質の束縛。使える物は有効に使わねば…
なあ、セイファートの従僕よ』
時間の檻に捕らわれたリッドはその振動を耳に入れることすら叶わず。
『何とも愚かしい。あのまま貫いていればこの器の心の臓を穿ち我を滅することも出来たというのに。
所詮は物質に魅入られたセイファートの傀儡。この器に、物質に‘拘る’からこうなる。
…物質に捕らわれたまま、時空の残滓となるが良い』
BCロッドを持つメルディの手が上がり、
時計の長針は正常に、短針は逆しまに、
リッドが世界が誕生が鼠が回る回る回る回る
「エアスラスト!!」突如発した突風が、乱数的な線を描き、ネレイドに襲いかかる。
『何、晶霊術だと?』回転にネレイドの意識が半瞬遅れ、杖を持たぬ掌からの障壁を抜けて杖が動く。
ネレイドが次に見た物は、リッドを守るように立ちはだかるキールの姿だった。
269 :
酔生夢死 7:2006/07/04(火) 19:27:04 ID:Vee5xEW+
「キール、お前…どうやって」
キールの術によって歪む縛鎖は完成しなかったがその余波は確実にリッドを蝕んでいた。
そのリッドはこの瞬間移動に近いキールの手品の種を理解すること叶わず、ただ呆然とする。
『ククク…何とも賢しい奴よ。小癪にもケイジを隠し持っていたとは、な』
キールは無言で剣指を組む。ネレイドはそれに動ずることはなく。
『だが、この器に拘る限り、お前達が我を傷つけることなどできまい…なあ』
「キール」
ステレオとモノラルが入れ替わるように、メルディの口から振動が生まれ、キールの耳に届く。
「キール止めて」さらに加速する剣指、その背中より発する意志に決意するリッド。
「メルディを攻撃しないで!」詠唱を編み切り、キールはようやく口を開いた。
「アイツを騙るな!!」
剣指をメルディの眉間に定めて突きつける。体内でフリンジされたマナが像を成し、
炎となってリッドの剣に収束した。タイミングを合わせてリッドはキールの前に躍り出でて、
虎牙破斬の切り上げを斜めに放った。そして、上がりきった剣にファイヤーボールの炎を纏う。
「「紅蓮剣!!」」
切り下ろしと共に剣風が熱気を帯びてメルディに叩き付けられる。
『グ、オノレェェェェェ!!!!!』
メルディの意識が極限にまで衰弱しているため、メルディの受けた感覚が全てネレイドにたたき込まれる。
その痛みに身を悶えさせ、ネレイドの靄は魔力を具象化させる。
『ナッシングナイト!』極光術と晶霊術の狭間に位置する氷系禁呪が発動し、地面から氷の流星が飛翔する。
「リッド、掴まれ」キールはリッドが何かを言う前にその手を掴み、素早く剣指を紡ぐ。
「エアリアルボード!」構築と同時にリッドとキールの足が地面からの抗力が無くなる。
地面と彼らの間に、気流の層が生まれ重力に抗する力が生まれた。最大加速で二人が回避を始める。
「キール!お前こんな物使えたのかよ!?」
「お前とロイドが特訓しているのに僕がしていない訳はないだろ」
全く望外の手法に眼を丸くするリッドを尻目に、キールは全神経を使い氷弾を回避する。
「なあ、キール。もし、もしもだぜ、これがあの時使えたら…」
剣を振って氷弾を弾くリッドが言い切る前に、キールは精一杯に感情を押し込め、90度に軌道を曲げる。
「逆だよリッド。間に合わなかったから僕はこれを完成させたんだ。…もう、誰も無くしたくない」
「…すまねえ」あの時、彼らがこれを使えたなら、彼女を弔う歌は、夢になったのか。
『己ノ体内デフリンジダト!キサマ、ナゼ我ガ晶霊術ヲ使エル!?
否!ソレヨリモコノ器ガ惜オシクナイノカ!!』
術を維持しつつネレイドは苦悶の声を上げキールを呪う。彼らの彼方此方に無数の傷。
「前者の答えはお前の方が先に回答に辿り着くだろ。後者は…知識不足だよ、ネレイド」
『ナンダト!?』
「標準語を喋るメルディなんて居るわけないだろ、この出来損ない」
怒りを讃えたその眼光が、不敵な笑みと共にネレイドを射抜く。
しかし、その自信に反比例して、ケイジ無しのエアリアルボートは晶霊を失い失速している。
『ガァァァァァァ!!!!!』
最後の氷弾が、打ち終わった。
270 :
酔生夢死 8:2006/07/04(火) 19:28:21 ID:Vee5xEW+
エアリアルボートを強制解除されたリッドはバランスを崩し、地面に頭を打つ。
後頭部をさすってようやって状況を確認した。
右手約2メートル先にキールが立っている、見たところ外傷は特別無い。
どうやら全弾回避したようだ。ネレイドは前方5,6メートルというところか.
『認メヌ…貴様ガ闇ノ素質アッタトシテモ、ナラバ何故我ノ支配ヲ受ケヌ!?』
靄が身を悶えるかのように不規則に動く。
「…現象を説明する方法は今のところ1つしか考えられない。ネレイド、お前が一番認識しているはずだ」
『ナンダ、ト…?』
キールは眼を細めてネレイドを睨む。理解できぬリッドはただネレイドの隙を探すほか無かった。
「この空間においては闇の極光のほうが正道なんだ。そう、根幹は異なれどここは――」
「 」
キールが何かを言いかけたとき一枚の羽が風ならぬ風に迷い、この場に来た。
白い白い純白の羽は静かに静かに、メルディのサックに、
メルディの持っていたクレーメルケイジに取り込まれる。
ネレイドだけがこの羽に気付かなかった。
ネレイドだけがこの風の正体に気が付いた。風ならぬ風、東より来たるその波動に。
ある天才科学者が組んだその策の息吹を。
(コノ領域ガ塗リ替エラレル感覚…惑星禁呪カ?
ソレニシテハ不完全ナ…ソモコノ大海ノ波動ハ何ダ?ソシテ何故時空ガ安定スル?)
そして理解した。ネレイドが本来一番先に気付かなければならないことに。
『クククク…成程、成程。漸ク得心ガイッタゾ。何トモ実ニ、小賢シイッ!!』
その言葉と共に、メルディの靄が更なる量を形成する。ビクリ、とメルディの体が撥ねた。
『我ノ介在セヌ我ガ世界ナンゾ片腹痛イ!!
キール=ツァイベル、器ノ楔タル貴様ゴト、コノ茶番ヲ終ワラセテクレヨウゾ!!」
ネレイドそのものが、全身が、メルディの命を蝕みここに具現化した。
その波動が恐るべき収束を始める。二人はそれを直ぐに理解した。
深遠なる闇の極限―――ファイナリティ・デッドエンドだと。
「リッド!時間がないアレを始めろ!!」
「おい、やっぱりお前を狙ってるんじゃねえか!早く逃げろ!俺が極光で」
キールの声を潰すかのようにリッドが叫んだ。そして気付く。
キールの左足が、見事に凍結していることを。
「理解しろリッド!お前とメルディが生きなきゃどうにもならないんだ!
奴の狙いが僕なアレは確実に間に合う、打たせずに勝つにはこれしかないんだ!!」
キールの叫びに、リッドは予感を現実の物とした。
「やっぱお前…最初から…」
「僕のことは良いから早くやれ!!」
「クッソオオオオオオ!!!」
意を決してリッドは剣を構える。技を完成させるために式に入った。
271 :
酔生夢死 9:2006/07/04(火) 19:29:57 ID:Vee5xEW+
しかしネレイドは依然としてその愉悦を隠そうとしない。
わざわざ新世界を作る必要が無くなったのだ、キールさえ殺してしまえば器は完全な器となり
後は少し塗り替えるだけでよい。そう、キールを殺せば、そう、だから。
「セイファートの使徒!貴様の邪魔だけはさせぬ!!」
突如メルディが叫び、サックよりそれを、クレーメルケイジを取り出す。詠唱されるはサンダーブレード。
キールはそれを理解し、猛烈に後悔する。ネレイドは、器と本体同時に詠唱が出来たのだ。
動けぬままリッドの方を向く。今ならデッドエンド前にアレが間に合うだろうが、
その前に来る晶霊術には間に合わない。リッドが避けようが当たろうがアレは、もう…
『ハハハハハハハ所詮ハ人間、所詮ハ物質!バテンカイトスノ神タルコノ我ニ敵ハ無イッ!!』
『ディレイ』
「「『!?!?!?』」」
突如の声に三者三様に意識を振動させる。そして、ネレイドの空間が歪む。
『ディレイダト?誰ガ!?』
発生した時空の干渉がクレーメルケイジの鼓動を鈍らせる。
「クイッキィィ!!」
「クィッキー!?」
この異変に固唾を呑んでいたキールは思わずその声に過剰に反応を示す。
この世界にいた最後の仲間、クィッキーが尋常成らざる速度でその場に突撃してきた。
「ククィッッ?クィッキィィィィ!!!!」
「お前居たのか…そうだ!来い、クィッキー!!」」
「クイ」
何故ここにクィッキーがいるのか、何を言っているのかは分からないが、
彼らの考えたことは、奇しくも全く同じだった。
あまり整った体とは言い難いがキールは肉体力学の知識を、
右手と背面の筋肉を総動員させ、フォームを取る。
クィッキーはさらに加速し、キールの元へ、飛んだ。彼らが見るのは唯1人、メルディのみ。
「いっけぇぇぇ!!」
「クィッキィィィ!!」
キールの自慢の拳を砲台として、最速のクィッキーがいま、飛翔した。
『貴様…やはりあの時あの村で滅しておくべきだった…』
『……』
『だが、甘かったな!媒介はそれだけに在らず!!』
ネレイドは持っていた杖を輝かせ、詠唱時間2倍の世界を無理矢理推し進める。
『ハハハハハハハ我ノ勝チダ―――――ス!!サンダァァァ』
「クィッキィィィィィ!!」
スローすぎて欠伸が出ると言わんばかりのクィッキーの渾身の体当たりとも区別の付かない蹴り。
弾かれる手、重力に身を任す杖、正常に遅延する時間。
ネレイドの、いや、メルディの晶霊術が阻止された。
「風刃ッ、縛封!!!」
長き溜を乗り越えて、リッドの周囲とメルディの周囲の風が同調する。
『フン、何ヲシテイタカト思エバ極光デハナクタダノ技カ、コンナ児戯デ我、ノ、キョ、極光…ガ!!』
「効くだろうネレイド?…こいつは体重制限にひっかからなけりゃ神だろうが絶対効くんだよ!!」
メルディの体が、自由を失い、ネレイドごと吹き飛ばされる。
ネレイドは高きよりその人間を凝視した。
『マダダ…貴様サエ、貴様サエ死ネバアアアアア!!』
キールはその変異をまるで黒体を観測するかのように、正確に認識した。
メルディのエラーラに黒い放電を確認した。恐らく、シゼル城での最終決戦の時に使った
エラーラからの光線だろう。距離にして何スオムだろうか。どうにも狙いはキールのようだ。
ならばそれで良いと、キールは思った。リッドとの約束は風刃縛封からアレまでの3秒間。
キールが死ぬより先に、リッドのアレが決まれば、ネレイドは終わる。
それが、ここにいる理由なのだろうとキールは自分に言い聞かせた。
極光を止められたネレイドの最後の一撃が放たれた。
メルディ、お前は生きろ。さようなら。
一条の黒線はリッドを直撃し、キールの意識はそこでとぎれた。
「‘1秒’フラット、完成だ」
リッドの周囲から八本の風刃が立ち上り、寸分の狂いもなくメルディのサックを切り裂く。
靄が密度を薄め、ネレイドはネレイドを自壊させてゆく。その怨の文言はすでに人語を超えていた。
「…風塵、封縛殺」
降り始めた雨と共に墜ちるリバヴィウス鉱が、本当に流星のようだった。
キールは眼を覚まし、頭の重さに眼を眩ませて10秒しっかり掛けて上体を起こした。
まず自分の体が濡れているのを知り、天を見上げる。雲1つ無い夜の晴れ。
自分の体が恐ろしく冷たいことを認識する。もう少し健康なら体温も在ったのだろうか。
そして、服の彼方此方が焼けていたことを知る。何かの余波を受けたのか…
ようやく頭脳にギアが掛かり、当たりを見回す。そして一番遠いメルディを見た。
黒い靄はもう無く、その少し離れた場所に墜ちたリバヴィウス鉱は乳白色に輝いている。
本当に、本当に良かった。
そして、彼はクィッキーが右往左往していることに気付き、其処に近づく。
一体何の周りを回って居るんだろうと少し考え、キールは地面にあった紙を発見する。
しゃがんでそれを拾い、それが自分が親友に当てた遺言だと気付いた。
そして自分が塗ったインクを塗りつぶすかのように、血の赤で、太い線…恐らく指で、
たった6文字、書かれていた。
‘また、会おうぜ’
その紙をゆっくり視界から外す。紙で覆われていた部分が無くなった所から、
それが現れた。足、腿、腰、背、首、そして頭。五体満足そこにあった。
何故、見えなかったのだろうか。何故、自分がリッドの血の上に立っていることに気が付かなかったのか。
見なかったから、見てはいけなかったから。リッドがこうなってはいけないから。
キールはクィッキーの方を向いた。しかし何も返ってこない。
キールは、クィッキーが回っていた物が、リッドの死体であることをようやく認識した。
何で、僕を守ったんだ、この嘘つきが。
キールの意識が再び墜ちたのは、その数秒後であった。
クィッキーはあの時夢を見ていた。しかし夢の内容は覚えが全くない。
何も知らない、聞いていない、見ていない。知ってはいけない。
極光の奥の夢の続きは、オルバースの中に―――――
【キール 生存確認】
状態:TP60% 気絶
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す
第一行動方針:???
現在位置:E2
【メルディ 生存確認】
状態:TP10% 軽微の火傷 睡眠
所持品:BCロッド スカウトオーブ、C・ケイジ (サック破壊)
基本行動:仲間に首輪の解除方法を教える
第一行動方針:???
現在位置:E2城跡
E2中央平原に落ちている物…クィッキー(空白の時間に何があった知らない)
ムメイブレード、ホーリィリング、キールのメモ、リバヴィウス鉱
【リッド=ハーシェル ‘死亡’確認】
【残り15名】
1−9行目
小柄で肌の少女→小柄で肌の色素が強い少女
8−35行目
奴の狙いが僕なアレは確実に間に合う、→奴の狙いが僕なら、アレは確実に間に合う、
状態表修正
【キール 生存確認】
状態:TP60% 気絶
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す
第一行動方針:???
現在位置:E2中央平原
【メルディ 生存確認】
状態:TP10% 軽微の火傷 睡眠 中度の消耗(F・デッドエンドが放たれなかった為)
所持品:BCロッド スカウトオーブ、C・ケイジ (サック破壊)
基本行動:仲間に首輪の解除方法を教える
第一行動方針:???
現在位置:E2中央平原
E2中央平原に落ちている物…クィッキー、セイファートキー
ムメイブレード、ホーリィリング、キールのメモ、リバヴィウス鉱 (内部のネレイド消滅)
【リッド=ハーシェル ‘死亡’確認】
【残り15名】
修正をお願いします。よろしくお願いします。
シャーリィ・フェンネスは水の中、静かに佇んでいた。
光り輝く金の髪。陸の民からは「煌髪人」とも呼び習わされる由来となった、水の民の象徴。
息も、苦しくはない。むしろ、陸と同じように呼吸が出来、しかも水の抵抗は感じない。
岩肌に耳を付ければ、こんこんという湧き上がる水の音が聞こえる。ここが、水源である証。
すなわち、D5の山の最奥部。この島唯一の川の源流たる、洞窟の中の岩室。
(水の中で寝るなんて、すごく久しぶりだわ)
少なくとも、遺跡船に来てからは一度も、そんなことはなかった。
精々が故郷の里にいたとき、近くの水辺で昼寝をしたことがあるくらい。
はるか昔の水の民の先祖ならいざ知らず、現在ではほとんど全ての水の民が陸上で暮らしているがためだ。
無論、水の民の知るべき作法として、寝ている最中自らの体に錨を打つことは忘れない。
傍らには、しばらく前に脱ぎ捨てた、ぼろ布と化した普段着を適当によって作った、即席の綱がぷかぷかと浮いている。
近くに置いてあるメガグランチャーと自分の体を結び付けて、即席の錨を打ったのだ。
そしてメガグランチャーは、寝ている最中に自らの身を守る「避雷針」の役目も兼ねてもらっている。
彼女もまた水の民であるからして、水の民の弱点も知っている。すなわち、雷属性のブレス系爪術。
陸の民の参加者がここまで泳いでくるとは考えにくく、よって危害が及ぶとすればブレス系爪術による攻撃。
だが金属であるメガグランチャーがあれば、何者かがこの岩室の内部目掛けてブレス系爪術を放ったとしても問題はない。
電撃によるダメージは、まずメガグランチャーに及ぶ。シャーリィ自身には直撃しない。
更にこの際メガグランチャーのクレーメルケイジにも爪術のエネルギーが蓄積され、やろうと思えば雷を打ち返すことさえ可能。
すなわち、メガグランチャーは攻防一体の優れた「避雷針」なのだ。
(まあ、まさかとは思うけど、念のためね)
ここで一息つく前に確認もしたが、この水で満たされた岩室の岩壁はかなり頑丈な造りになっている。
上級ブレス系爪術でも連発されなければ、まず岩壁の崩落はありえまい。
ここにいれば安全。彼女は外敵に怯えることなく、ゆっくりと成すべきことをなすことができる。
例えば、右手に握り締めた生首の処置を。
(できればクライマックスモードは、相手がたくさんいるときに使いたかったんだけれど…)
けれども、今生首と化したこの女は、生意気にもほぼ丸腰で自分にここまでの怪我を与えたのだ。思い出すだけでも腹が立つ。
(でも案外脆かったわね。テルクェスを込めた手刀一発で、スパッと斬り落とせたもの。
首輪も案外、あっさり手に入ったわ)
その結果として、ハロルド・ベルセリオスその人の生首が、シャーリィの右手にあった。首輪が、皮袋に収まっていた。
一言で言えば、その生首はもはや原型を留めていない、グロテスクな静物であった。
桃色の髪を生やした頭皮は、シャーリィが乱暴に扱ったがために半分剥げ落ち、頭蓋骨が露出していた。
好奇心に満ちた光をたたえていた瞳はもうない。シャーリィが指を使って、眼球を抉り抜いていたから。
耳も引きちぎれて、側頭部にはただ耳孔が残るのみ。鼻面はシャーリィの正拳がめり込んだがゆえに、見事に陥没している。
ついでに強引に舌を引きちぎってみたが、それでもまだ満足できない。
そこで彼女は、斬り落とした首の断面から手を差し込み、二つに引き裂いてやろうという遊びを思いついていた。
結果、ぼぎんと鈍い音がして、ハロルドの顎骨が折れ、外れた。
そのまま思い切り力を込めると、みちみちと音を立てて、彼女の頬の肉が口角から千切れ、そして最後には分かたれた。
よって、今ハロルドの首には下顎が残っていない。上顎の骨が、辛うじて残った頬の顔面筋でつながり、残っているばかり。
こうでもしなければ、彼女の溜飲は下がらなかったから。
(まあ、わたしをこうまで追い詰めたんだもの。これくらい仕返ししても、文句は言えないわよね?)
そう思うと、怒りがぶり返してきた。彼女は左手の中に残った、ハロルドの眼球をぷぎゅっと握り潰す。
赤黒い血液と、水の中では判別できない透明な液体が、この流れの中に溶け出した。
血の混じったもやが、シャーリィの左手の指から漏れ出す。ハロルドがつい先ほどまで生きていた証が、水の中に溶け消える。
けれども、それを見ていたシャーリィは、今度は一抹のつまらなさを同時に覚えてしまう。
平たく言えば、飽きてしまった。
(…そろそろこれも、捨てちゃおっと)
ハロルドの生首を壊す遊びに飽きてしまったシャーリィ。決断は、早かった。
シャーリィは生首を持ち直し、右手で鷲掴みにする。そして発動させるは、アーツ系爪術。
お兄ちゃん。さっきの戦いで、わたしも少しアーツ系爪術に慣れたよ。見てて。
この技の名前は…そうだわ、思い出した。
「ヘル・セス・リェス」
古刻語の呟き。それは訳すなら、「魔神拳」。クルザンド流爪術の基本技。手のひらから闘気を放つ、初歩的な技。
そしてシャーリィの闘気の放たれた先は、ハロルドの生首。零距離ゆえに、直撃。
ごば。
ハロルドの生首が、爆発した。
水中に爆散する、肉と骨と血。ハロルドの髪の毛が赤いもやの中を漂い、ハロルドの歯が力なく水底に落ちる。
莫大な知識と、底なしの知恵を携えた脳漿が、水の中に溶ける。表面に皺の寄った細切れの肉片が四分五裂する。
(ふん、汚い花火ね)
手のひらを静かに下ろしながら、シャーリィは1人呟く。
水の外でこんなことをすれば、シャーリィの服は血まみれになっていただろう。それほどまでに、盛大に紅い花が咲いた。
彼女の言うところの「汚い花火」は、やがて沸き起こる水に流され、下流へと向かう。
肉片も血も、水の中を流れる内に、やがては消え行く。
シャーリィは「汚い花火」が見えなくなるまで、流れる水の先を見ていた。
水は、元の清らかな流れを取り戻した。
さて、そろそろ精神力も戻ってきたし、回復をしないと。
どれほどの時間がたったか失念はしたが、シャーリィはそれを思い出した。
ハロルドの首輪を手に入れたはいいが、いじくり回すのは後でもいい。
シャーリィはすかさず、リズムに合わせて詠唱を始める。
「キュア!」
ひとまずは、先ほど切られた左手の傷。中途半端に塞がった傷を完全に塞ぐ。塞ごうとした。
思いのほか、効きが悪い。
この島における回復の術の効きの悪さは、シャーリィもすでに知るところだが、その分を計算に入れてもなお効きが悪すぎる。
この島において、癒しの術の力は激減することは知っていたが、それを計算に入れてもなお、治り具合が芳しくない。
もともと「キュア」は、強力な回復のブレス系爪術。よほどの重傷でもなければ、ほぼ全ての傷を完全に治してしまえる。
千切れた手足を接合させることさえ、不可能ではないのだ。
それが、このざま。骨に達していない傷ですら、ほとんど塞がらない。
(…クライマックスモードの副作用かしら?)
先ほどから感じ続けていた違和感の正体はこれか。
理由は不明だが、確かにこの島にまで滄我の加護は届いている。
それゆえに、遺跡船にいた時と全く同じ感覚で戦い続けらていたのだが、どうやらクライマックスモードばかりは例外らしい。
先ほどから、妙に体の先端が痺れる。おそらく、爪術の力を練り上げる気脈が異常をきたしている。
不完全な爪術封印状態と言えば、最も分かりやすいだろうか。
シャーリィは水の中、一つだけ舌打ち。さすがに悪態を乗せたりはしない。
(参ったわね…出来れば夜が明けるまでには、完全に回復したかったんだけれど)
いつこの岩室が禁止エリアに指定されるか分からない以上、ここをいつまでも安全な休憩所として使える保証はない。
最悪の場合、次に指定される禁止エリアがここである可能性もある。
そうすれば、夜が明け切るのを待たずしてここを出なければならないのだ。
シャーリィは焦った。出来ることなら、体力はなるべく早く回復させておきたい。
精神力はすぐさま回復させなくとも死には直結しないが、今の体力で何者かとの戦いを強要されればとてつもなく危険。
(…取れる手は、『あれ』しかないわね)
本音を言えば、もう二度と頼りたくはなかった力。この島で見続けてきた悪夢を、もう一度見る羽目になるから。
けれども、それも愛しい兄のためなら犠牲にするにやぶさかではない。
どんな手を使ってでも兄の笑顔をもう一度見ると、そう誓ったからには。
シャーリィは静かに、己の乳房の間に手をやった。触れるは、ネルフェス・エクスフィア。
今までは「メルネス」という器の力を以ってして抑えつけていた、エクスフィアの毒素を解放。
ネルフェス・エクスフィアが妖しく輝く。シャーリィの体が、寒気に当てられたかのようにぶるりと震える。
刹那、シャーリィの肌が毒々しい色合いに変化する。腐敗した藻のような、青緑色。
それは、かつての彼女の姿を見たものであれば、すぐさまあるものを連想させたであろう。
エクスフィギュアの肌の色。かつて彼女が身をやつしていた、異形の怪物のそれを。
全身が青緑色に染まるシャーリィ。極彩色が胸から広まり、それはたちまち彼女の顔にまで、指先にまで、つま先にまで広まる。
火傷の痕の残る胸と。背中と。そして切り裂かれた左手と。傷口が熱を持つ。たちまちの内に、泡を吹き始める。
自らの体が再びエクスフィギュアに変じない程度に、しかし抑えきれる臨界点すれすれまで、エクスフィアの毒素を体内に。
青緑色に変じた顔で、シャーリィは泡を吹く傷口をただ静かに眺める。
成功。シャーリィの目論見どおり。
エクスフィアの毒素がシャーリィの肉体を変質させ、本来の水の民にはありえない、凄まじい再生能力を付与する。
この状態で眠りこけると、エクスフィアの毒素が制御を失い再びエクスフィギュア化する危険もある。
よって完全に心を夢の世界に持っていくわけにはいかない。
だがこの調子で回復を続ければ、次の放送までにはかなりの回復を見込める。十分に動ける程度には、体力も精神力も戻る。
ぶくぶくと音を上げる、シャーリィの傷口。シャーリィはその様子を見て安堵した。
(さあ、これで傷は一安心ね。明日はもっと殺しまくるわ…)
ぴしり。
(!!?)
シャーリィの耳を突然叩く、不気味な音。
シャーリィはとっさにエクスフィアの毒素を再抑制。傍らのメガグランチャーを持ち上げ、即座に身も心も臨戦態勢。
(まさか、見つかった!?)
メガグランチャーを構える彼女は、その動きに遅滞がない。水の民の血脈ゆえに、水の中でもほとんど行動に支障がないのだ。
メガグランチャーの砲口をあちこちに振りながら、岩室の中を見渡すシャーリィ。
敵を見つけたなら、その瞬間滄我砲を発射する。メガグランチャーのクレーメルケイジは、すでに滄我の力が満ちている。
前方。後方。左右。高い水位ゆえに、水に浸かっている岩室の天井。
そして、ありえないとは思うが足元。水底からの攻撃も、念のため警戒する。
その状態が、数分ほど続いた。敵影なし。
エクスフィアにより強化された聴覚からも、ただただ水が岩室を洗う音が聞こえるのみ。
(…気のせいね)
彼女はそう結論し、メガグランチャーを下ろした。再び川底に着け、「避雷針」として使うことにする。
拍子抜けしたシャーリィは、そのまま腰を川底に下ろした。一息つくが、だからと言って口から泡が漏れたりはしない。
陸上では空気を呼吸し、水中では水を呼吸し生きる水の民は、水中に潜っている際は肺が水に満たされているのだ。
シャーリィは、再びエクスフィアの毒素を解放し、患部にそれを集中させた。
本来ならばありえないはずの、超再生がまたも始まる。
ほの暗い水の底を、シャーリィは海色の瞳で見つめ続けていた。
彼女の耳を叩く音は水の流れる音、そして傷口ではじける泡の音だけだった。
(そう言えば、さっきの音…もしかして)
体の中から聞こえた音かもしれない。そんな考えが、一瞬限りシャーリィの脳裏に去来した。
ただ去来しただけ。ただ夢想と結論しただけ。
(馬鹿馬鹿しい考えね。忘れましょう)
そう思い直し、彼女は一瞬限りの思いを一蹴した。
とにかく今は、傷の回復に専念する。そして安全なところからテルクェスを飛ばし、他の参加者を見つけ殺しに行く。
あと殺さなければいけないのは、多ければ22人。
自分が殺した人数を、夕方の放送で発表された人数から差し引けば出来る、簡単な勘定。
これだけの人数を殺すには、「気のせい」で片付くような些事になど構っていられるものか。
思うシャーリィは、暗い光を目に宿し、静かに水底に佇む事を選んでいた。
彼女の左手の傷口の、一番奥底…皮が裂け露出した肉の隙間に隠れた、不気味な結晶の存在を知ることなく。
くしくもその結晶は、かつての彼女の姿と同じ、青緑色をしていた。
本来なら二律背反を引き起こし、同じ体には宿ることの出来ない、ヒトとしての形質と、エクスフィギュアとしての形質。
それを無理やりに同居させたがための、肉体の拒絶反応。その結実が、それであった。
青緑の結晶は、まずはシャーリィの皮膚を呑み込もうとするだろう。
やがては肉を冒し、骨を喰らい、そして最期には――。
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー
ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
フェアリィリング
UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
ハロルドの首輪
状態:HP35% TP35% 冷徹
ハイエクスフィア強化 クライマックスゲージチャージ中(現在1%)
限定的なエクスフィギュア化(再生能力のみ解放)
永続天使性無機結晶症を発症(左腕から肉体が徐々にエクスフィア化。本人はまだ無自覚)
基本行動方針:セネルと再会するべく、か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動し、優勝を目指す
第一行動方針:ひとまず放送まで休息後、テルクェスで島内を偵察
第二行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害
第三行動方針:偵察の合間にハロルドの首輪をいじってみる
現在地:D5の川の洞窟
※永続天使性無機結晶症について
永続天使性無機結晶症は、エクスフィア装着者の肉体が、エクスフィアに対する拒否反応を起こして発症する病気です。
原作のテイルズオブシンフォニアでは、コレットがこれにかかりました。
肉体がエクスフィアになっていく点を除けば、いわゆる「石化病」と考えて下さい。
このロワではシャーリィがエクスフィアの毒素を解放した時に、特に劇的に進行します。
永続天使性無機結晶症を治すには特製の要の紋が必要となり、これ以外の方法での治療はまず不可能です。
284 :
埋め:2006/07/11(火) 17:43:11 ID:bBDPkdhm
こつり。
足の下敷きになった石ころが、剥き出しの岩肌に擦れ小さな音をたてる。
こつり。こつり。
手にした道標が、夜明けを知らない暗がりを頼り無く照らす。
背後には、未成熟な丈を幾倍にも引き延ばしたかのように細く長く、影が弱々しく揺れている。
こつり。こつり。こつり。
腰に差した長剣の切っ先が地肌に触れる。
その剣にとって元来有り得なかった事象。所有者の変更という重大な事実を感覚を以てして知らされる感慨。
主にとっては些細な事象。背を押す焦燥が歩を進め、それがいまの彼のすべて。
こつ、こつこつこつこつ……
約束の場所は目と鼻の先。一向に現れない待ち人の気配。
冷や汗が頬を伝う。鼓動が激しさを増す。吐息が……白く色付く。
思わず息を呑む。目の前、ほんの数歩先から、景色が凍り付いていた。
緊張はピークを迎え、足取りはいよいよ駆け足。
踏み締める融解間際の氷の表面が、不快な感触を伝えた。
ザッザッザッザッザッ……
頼む、頼むから無事でいてくれ。
少年は盲目的に祈り続ける。神を否定した彼が何に祈りを捧げるのか。それは定かでない。
その願いは、もっと純粋で根本的な、無意識下の感覚というそれだったのかもしれない。
グシャ――――――
氷を形作る分子構造が、強か加えられる圧迫にその体積を縮める。
少年の歩みが、はたと停まった。
285 :
埋め:2006/07/11(火) 17:45:15 ID:bBDPkdhm
「ちょ……そ………あ…」
人為的拘束を脱したランタンが束の間自由を味わう暇もなく重力の支配下に置かれ、湿っぽい洞窟の床へ転げる。
ちらちらと照らされる、ひと揃いの真っ赤な靴。すらりと伸びた脚を覆うハイソックスとのコントラストが美しい。
ピンクのワンピースの裾しおらしく腿を包み隠し、その両脇シンメトリに投げ出された細長の腕もただそれだけで愛らしい。
人の気配は無い。
「……アラ……嘘……そ…な」
色取り豊かなトッピングに少年の眼は、心は奪われていった。
紅、白、橙、山吹、黄緑。艶やかな装飾が、清楚な印象をもつダークブラウンの髪によく映えた。
乳白色の肌はワインレッドの模様に染められ、なんといっても胸元のワン・ポイントが彼の視線を独占した。
ひとの気配はない。
胸部でさんざ自己主張を続けている立派なアクセサリ。
ここまで大胆な装いはかつて見たことが無い。身に余る程巨大なそれは最早オブジェと呼ぶに相応しい。
しかしそれは装着者に吸い付くようにフィットし、さらには取り巻く背景にすら溶け込む一体感を醸しだしていた。
ひとのけはいはない。
りあらは しんでいた
脚が、指先が、肩が震える。顔からは血の気が引き、末端から徐々に身体が痺れて動かなくなる。
眼は血走り、歯がガタガタと音を立て、やがて全身が痙攣を引き起こした。
「な……りあら、りあ……うっ」
ただ嗚咽混じりの片言を吐くことが、唯一動く喉にできるすべてだった。
少女の変わり果てた姿に、傷塗れの少年の心は張り裂けんばかりの悲鳴を上げ
「ぅあっ………っっっあ゛ああぁああああぁぁああああぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!!」
間も無く絶叫をともない勢いよく張り裂けた。
286 :
埋め:2006/07/11(火) 17:46:18 ID:bBDPkdhm
――――――――――――――――――――――――――――――
『こんな形で君と再会することになろうとは。運命とは皮肉なものだな』
仄暗い穴倉のどん底に、彼は居た。
時刻はもう明けで、見上げれば朝日の片鱗が覗く。すべては、もう終わっていた。
『しかし、君が無事でなによりだ。この高さから墜ちた衝撃をまともに受けていたら、流石に徒事では済まなかっただろう。
……あの馬鹿も無茶をする。仲間を護る為とはいえ、私を投げつけて難を逃れるとは』
短刀を拾い上げながら、カイルはにわかに顔を顰めた。
沈んだ少年の気を紛らそうという気遣いの意図で弁舌を揮ったつもりだったが、失言だった。
思い直せば、自分はもともと口達者なほうでは無かったではないかと今更自嘲する。
そんなものは、シャルティエとかイクティノスなんていうインテリ優男どもに任せておけばよかったからだ。
だが現状そうもいってはいられず、気分を変えて当たり障りの無い話題をと思考を巡らせるが、
『あの少年……ロイドといったか、彼は』
「……誤解して斬りかかってきたんです」
自分から安易に話し掛けるのは止そうと考えを改める結果に終わった。
結果的には和解したんですけど。カイルの補足は黴臭い石壁に消える。
押し黙るディムロスの気苦労を後目に、カイルは薄暗い床を探っていた。
間もなく立ち上がった彼の手には、仰々しい黄金の蝙蝠が握られている。
『……意外だな。君は他人の亡骸に手を触れるなど気が進まない性と思っていたのだが』
またも失言だが、カイルは別段気に掛ける素振りも見せずさらに少し歩を進め、おもむろに屈み込んだ。
「母さんにいつも言い聞かせられてたんです。綺麗事は二の次。生き残るには、そのとき必要なものを見極める細やかさと、
神をも畏れない図太さが不可欠なんだ、って。……正直、破綻してるとは思いますけどね」
踵を返した彼は、裾の解れた布やらなにやら拾い上げ、どんな物も呑み込む化物サックにそれらを丁寧に仕舞い込んだ。
黙々と作業をすすめる少年の瞳は、些か曇って見えた。
『……上策だな。君の母君は聡明な方らしい』
確かに、この決断は今後少なからず彼に利益をもたらすであろう。
特にこの首輪、解除法の模索に確実に役立つものの、死人が出なければ手に入らない貴重な代物。
手札にあるとないとでは情報量に天地の差が出る。
智のある者、できればハロルドとの合流が叶えば、これを利用して状況の挽回を図ることが出来るやもしれない。
「ホントは……恩人の遺体を漁るなんて罰当たりだし、止しておきたかったんですけど、ね……」
しかし、代償として有り余る背徳感の重圧、そしてなによりこの年端もいかぬ少年の自らを嘲う乾いた表情に憤りを憶えた。
マスターであるスタン亡き今、この抑え切れぬ憤怒を憎き天上王に返上する時がはたしてくるのだろうか。
この少年に、いつか安息はおとずれるのであろうか。
思考に暮れながら、また少しばかりのセンチ・メンタルに鬱々と焦らされながら、ディムロスは少年と共に廃墟を後にした。
カイルに悲しみを噛み締める猶予は無かった。立ち止まる時間は生命を削ると彼は知っていた。
横たわる父の亡骸を前に、何か奇異な違和感を憶えた。しかしその正体を探るにはいまは相応しくはない。
彼はただ黙々と、南を指し地面を蹴った。
そして、悲劇は加速の一途を辿ることとなる。
――――――――――――――――――――――――――――――
287 :
埋め:2006/07/11(火) 17:47:30 ID:bBDPkdhm
あれから、どれだけの時間が過ぎたであろうか。
少年は少女の亡骸の傍らに跪き、彼女の砂糖塗れに汚れた髪を梳き解すように撫で続けた。
その寝顔のような自然な表情からは、凄惨な死に様を彷彿させる苦痛は感じられなかった。
彼にとってそれが気休めだとか救いであったかは定かでないが。
「ごめん……護ってあげられなくて、ごめん……ごめん……」
ディムロスはその脇で、彼の空虚な懺悔を聞き続けるほか無かった。
悲惨としか、表しようもない。
少年の目は虚ろに泳いで焦点が覚束ず、かつて見た若い活力に溢れる眼差しが嘘のようにさえ思える。
可能ならば、目を逸らしてしまいたい。それが率直な感想だった。
ディムロスの気を滅入らせる要因はそれだけではない。
場を覆う冷気からひしひしと伝わる、無表情の嘆き。
ふと、グリッドらと共に出会った金の髪の少年の姿が脳裏をよぎる。
『やはり……彼女は、奴の傀儡とされていたようだ』
アトワイトが会話を拒んだ理由がはっきりした。少年になんらかの弱味を掌握され、沈黙を余儀無くされているのであろう。
彼自身の能力は未知数、しかし素面の身でソーディアンの最大級の力を引き出すことができるならばそれだけでも充分な脅威である。
一刻も早く彼の暴走を止めねばならない。次なる被害者を出さないために。彼女の手を、これ以上穢さないために。
喪失感にすべてを奪われるという経験を、貴方はしたことがあるだろうか。
少年はいま、壱拾五の幼心にそれを噛み締めている。不憫、などといってはむしろ不謹慎か。
正確に云えば、彼はまだ現状‘すべて’を失ったわけではない。あくまで現状の話ではあるが。
しかし少女の存在は、彼にとってその比重を占め過ぎていた。
盲目的な愛情はときに至高の悦びを彼ないし彼女に与えるであろう。
同時に、理性の伴わない愛情の弊害なりリスクは、計り知れない危険性を潜めている。
貴方が健全なる第二の人生を送りたいと願うならば、その喪失なり精神の歪みに備えが必要不可欠となる。
しかしながら、彼は幼かった。その重みを受け止めるには、機が熟し切らなかった。ただ、それだけのこと。
『―――くん、おい、カ……』
剣は持ち主に訴え掛ける。否、延々訴え続けている。手応えはない。
カイルには既に五感が無かったのだろうか。‘そこ’へ至る以前から。
「ごめんね……痛かったよね。苦しかったよね。淋しかったよね……」
重い腰を唐突に上げると、彼はふらつく足取りで来た道を引き返してゆく。
『……カイル君、何処へ行くつもりだ?』
訝しむディムロス。しかしやはり彼は応えなかった。ただひたすらに、のらりくらり凍った床を蹴る。
行き着いた先には、リアラを発見し慌てて駆け出した際取り落とした彼の鞄が横たえられていた。
「……でも、もう寂しい想いはさせないよ……」
鞄に手を差し込み、掻き回すように乱雑に中を探る。さらに痺れを切らしたか、ついには中身を湿気た床へぶちまけてしまった。
コンパスやら、食べさしのパンやら、穴の開いた篭手やらが辺りに散乱し、思い思いの音響を奏でた。
『おい……まさか……!』
目当てのものを拾い上げ、微かに覗く灯りを映し込んだそれを愛おしむように撫でる。
「待ってて……いま、そっちへ逝くから……!!」
カイルは短刀を逆手に握り締め、ゆっくりと頭上高く掲げた。
288 :
埋め:2006/07/11(火) 17:48:42 ID:bBDPkdhm
『血迷ったか……ふざけた真似は止せ!!』
ディムロスが低位置から突き上げるように吼える。
『いま此処で命を絶って、何になるというのだ。それこそ、ミクトランの思う壺ではないのか』
「俺は、あなたのように立派なヒトとは違う……俺は、一人じゃなんにもできないんです。
こんなことになってしまって……もう、俺、終りなんです、なにもかも」
支離滅裂吐き捨てるカイルの声は、弱々しく震えていた。虚ろな瞳に、生への渇望が映し出されてはいなかった。
『弱音を吐くな。まだ終わってなどいない。君にはまだ、できることがあるだろう』
「俺にできること……? そんなもの、なにもありませんよ。
俺は、誰ひとり守ることができなかった。みんな……みんな死なせてしまった!!」
『それでも、君は生きている。生ある限り、人には為すべきことがある。
無念の死を遂げた人々の為にも、君には生き延びる義務があるはずではないか』
「そんなの関係ない! 父さんも、母さんも、ロニも、リアラも。誰もいない世界で、生きてたってしかたない。
俺にはもう……生きてる意味が無いんだ!!」
『この馬鹿者ッ!! そのような台詞、軽々しく口にするな!!』
ディムロスは怒鳴りつけつつも少年に同情の目を向けた。
両親をもたない彼がさらに二人の友をも喪った事実は、その身にあまる衝撃であろう、と。
彼はまだ知らなかった。カイルの両親が、この地で最期を迎えたことを。
『それに、いつか君は言っただろう。自分は、英雄になるのだと。その英雄が、かように容易く命を投げ出してしまおうというのか』
「違う……俺、リアラと出逢って、一緒に過ごして、やっと気付いたんです。
俺は、世界を救う英雄になんてなれない。俺は、世界に選ばれた人間なんかじゃないんだって」
カイルは歯噛みした。そして大きな溜息を吐き、瞳を閉じる。
「俺は、ちっぽけな人間なんだ。だから、俺には、リアラが必要なんだ……リアラがいなくちゃ、俺は、ダメなんだ!」
『……甘ったれるなッ!!』
ディムロスの声は、微かに上擦っていた。取り繕いもせず怒鳴り散らす自分に内心どこか懐かしさを感じていたがそれはまた別の話。
『君はここまで、そうやって、多くの人々に支えられて生きてきたんだろうが。
いまこうして生き長らえているのも、誰かと支えあった絆が齎した因果だろうが。
それを理解していながら、なぜ、自ら命を絶つなどという愚かなことを口走るのだ!!』
カイルは閉口した。悪戯を戒められた、萎縮するばかりの幼子のように。
そんなことは、解ってる。自分がこうして生き残ることができたのは、命を懸けて守ってくれた多くの人々の御陰なんだ。
あのとき、リアラが危険を報せてくれなければ、瞬時に消炭になっていただろう。
あのとき、ミントさんの慰めがなければ、自棄に走っていただろう。
あのとき、クラトスさんがリアラたちを救ってくれていなければ、早々に生きる希望を失っていただろう。
そしてあのとき、父さんが……―――
―――違う。そんなの、なんの意味もない。
みんな、みんな死んでしまった。いまある事実は、それだけだ。
だれの力にもなれず、だれの命も護れず、みんなを楯にして、俺は、生きている。
ここには、誰もいない。
俺は……ひとりぼっちだ。
「……うわあああぁぁぁぁっっ!!」
振り上げたカイルの諸手に力が込められる。
『まだ理解出来ないか。皆の死を無駄にするのか。数多の閉ざされた生への願いを、踏み躙ろうというのか!!』
「うるさい、うるさいうるさい!! 俺は、リアラたちのところへ逝くんだッ!!」
小刀を握る手の震えが激しさを増す。汗がカイルの身体を流れ落ち、ディムロスの身を伝った。
彼の生を繋いでいるのは、痛覚への潜在的躊躇ただそれだけだった。
それも、もう終わる。
『よせ、やめろ、やめるんだっ!!』
大きく息吐くカイル。彼の耳に、もうディムロスの声は届かない。
緊張の糸が徐々に解けていく。すべてを悟ったような表情の少年に、最早躊躇いは無くなった。
「やっと、やっと逢える……いま逝くからね……リアラッッ!!!」
迷いの無い一閃が、少年自身に振り下ろされる。
289 :
埋め:2006/07/11(火) 17:49:34 ID:bBDPkdhm
―――イル、カイル……
「なっ!?」
刃が勢いを緩め、その切先がカイルの腹の皮一枚を突いてぴたりと止まった。
咄嗟に出口方向を振り返る。
索敵行動。それは生存への本能的反射。自ら死を望んだ者とて、それは発動されるらしい。生のある限りは。
視線の先には何人の姿も認められなかった。
―――カイル。私の声が、聞こえるか。カイル……
『……背後だ、カイル君!』
すかさず振り返り、辺りを探る。そこには、自ら撒き散らした道具類が転がるのみ。
薄汚れたマント。正体不明のカード。水の少し残ったボトル。忌々しい金の首輪。
その真ん中で、小さな石ころが光を放っていた。
「あなたが……なぜ……」
声の主は、剣士の形見である透き通る蒼をした宝玉だった。
『無機生命体エクスフィア、か……我々ソーディアンと似た原理なのかも知れんが……』
しかし自分には時間が無い。エクスフィアなる存在は淡々と述べた。
もともと彼は人間としての肉体をもっていた。それはカイルのよく知るところである。
ところが彼、クラトス=アウリオンは、この地に措いて肉体の滅びを迎えた。早い話が、彼は死んだのである。
数千年の時を生きた物質としての歴史に終止符が打たれ、彼の意識はたかだか百年足らずの寿命しか持ち合わせない「人間」を
「天使」としてここまで生き長らえさせた高度無機生命体「クルシスの輝石」に取り込まれたのだという。
そして今、その意識までもが石に呑まれつつあり、彼は完全な最期を遂げようとしている。
気不味そうに視線を逸らせるカイル。自殺未遂の現場で命を救われた恩人に遭ってしまったのだから無理からぬ話か。
顔を顰めつつも、彼は唇を噛み締めた。それでも、溢れ出る感情を抑えられそうもない。
死を望んだ自分が、なぜ内心彼との再会を喜ばしく感じているのか。この出逢いが泡沫のものと知り、なぜ心を傷めるのか。
自分の感情が、理解できなかった。
『……カイル。真なる最期を迎える前に、お前に云っておきたいことがある』
彼の低い声色と相俟ってか、石の紡ぐ振動は水の底から響くように曇っていたが、それを逃すまいとカイルは耳を欹てていた。
『ユグドラシル……ミトスは、過ちを繰り返そうとしている。姉のマーテルを喪い、周囲がなにも見えなくなっているのだ。
恐らく、ミトスはすべての参加者を殺戮し、マーテルを蘇らせようとしているのだろう』
正確には魂胆は少し違っているが、クラトスの言葉に大きな間違いは無かった。
ミトスの言い分は、本当だった。姉の為に、我を失っていただけなのだ。
だからといって同情の余地は微塵も有りはしないことに変わりは無いが。
『解ってやってくれとは云わない。ミトスの犯した罪、そしてこれから起こす過ちは、到底赦されるべき所業では無い。
また、ミトスを止めてくれと頼む心算も無い。お前にとって、彼は憎むべき加害者に過ぎないのだから。
だが、せめて知っておいて欲しい。ミトスは姉想いの、どこまでも純粋で、哀れな少年なのだ。
しかしながら彼は幼かった。盲目過ぎた。力を持て余し過ぎた……ただ、それだけのこと。
ミトスもまた……このゲームの被害者でもあるのだ』
カイルの心は揺れた。ミトスは、大切な人の死に耐えることが出来なかった。滾る感情を、処理することが出来なかった。
行為の方向性はまったく違っている。しかし、リアラの死に直面した自分の取った行動は、彼と同じではないのか。
なら、彼を否とする自分はどうすべきなのか。彼が答えを出す前に、クラトスは続けた。
『彼を止めることが、私の為すべき責務だった。彼を残して死ぬことは、赦されない筈の身であった。
リアラの命を奪ったミトスや、志半ばにして果てた無力な私を、幾らでも謗り、恨むがいい』
恩人であるあなたを恨むなんて。カイルの呟きは、クラトスの言葉に掻き消され彼に届くことはなかった。
『だから……死ぬな、カイル。命を粗末にしようなどと、愚かしいことを考えるな。
私だけではない。偶々、私は死して尚お前に伝えることが出来たが、死んでいったお前の仲間は誰しもが同じ想いでいた筈だ。
多くの人々に紡がれたお前の命が失われることを、誰が望む。否、何人たりとも望みはしないだろう』
クラトスの脳裏に、ロイドの、神子コレットの、そしてリアラの姿が浮かぶ。人の云う、走馬灯という代物か。
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埋め:2006/07/11(火) 17:50:23 ID:bBDPkdhm
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291 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
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