テイルズ オブ バトルロワイアル Part5

このエントリーをはてなブックマークに追加
323寄せる想い、継ぐ力6:2006/05/01(月) 00:18:42 ID:UFg+oMH1
だが。シャーリィには分かる。分かってしまう。
ネルフェス・エクスフィアが、自分自身に更なる力を付与したことを。
その力が、己の愛する兄の力であることを。
兄へ寄せる想いをネルフェス・エクスフィアが受け、シャーリィの無意識の大海からアーツ系爪術の力を引き出したことを。
極限状態で掴み取った、アーツ系爪術の秘儀。それがなければ、シャーリィは先ほどの墜落で息絶えていた。
「…………」
シャーリィは息を吸い、そして呼気で大気を震わせる。古代のブレス系爪術、「ファイアボール」の呪文を紡ぐ。
ウェルテスの闘技場や、そしてこの島でも実戦で鍛えた、ブレス系爪術の高速詠唱。
シャーリィは詠唱の言葉、そして身振りにも淀みなく。「ファイアボール」は完成。
シャーリィの手元から、3発の紫色の火球が放たれる。
だがその紫色の火球は、星空の彼方に飛び立つことはなく。ある程度シャーリィから離れた時点で、軌道を反転。
火球はシャーリィ自身を強襲!
だが、もとより指定していた照準は、自分自身。シャーリィはうろたえることなく、深呼吸。
滄我の青が、彼女の両の手に再び生まれた。双子のテルクェスと「Fes」の紋章が、浮かび上がる。
降り注ぐ火球から、一歩も退くことなく。シャーリィは裂帛の気合を上げながら、右手を繰り出す。
「てやぁぁぁっ!!」
その光景は、セネル・クーリッジがこの島に降り立って、初めて交戦した相手の攻撃を防いだ光景を髣髴とさせるものだった。
右手で一発。左手で一発。
あろうことか彼女は、テルクェスをまとっているとは言え、素手で「ファイアボール」を叩き落したのだ!
そして最後の一発は。
引き戻された右手が、再び空を裂き迎撃。紫の光と青の光が同時に夜空を焼く。
火球は、シャーリィの右手に鷲掴みにされていた。
「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああっ!」
シャーリィは右手に渾身の握力と魔力を集中させ、火球をぎりぎりと握り潰しにかかる。
324寄せる想い、継ぐ力6:2006/05/01(月) 00:19:28 ID:UFg+oMH1
だが。シャーリィには分かる。分かってしまう。
ネルフェス・エクスフィアが、自分自身に更なる力を付与したことを。
その力が、己の愛する兄の力であることを。
兄へ寄せる想いをネルフェス・エクスフィアが受け、シャーリィの無意識の大海からアーツ系爪術の力を引き出したことを。
極限状態で掴み取った、アーツ系爪術の秘儀。それがなければ、シャーリィは先ほどの墜落で息絶えていた。
「…………」
シャーリィは息を吸い、そして呼気で大気を震わせる。古代のブレス系爪術、「ファイアボール」の呪文を紡ぐ。
ウェルテスの闘技場や、そしてこの島でも実戦で鍛えた、ブレス系爪術の高速詠唱。
シャーリィは詠唱の言葉、そして身振りにも淀みなく。「ファイアボール」は完成。
シャーリィの手元から、3発の紫色の火球が放たれる。
だがその紫色の火球は、星空の彼方に飛び立つことはなく。ある程度シャーリィから離れた時点で、軌道を反転。
火球はシャーリィ自身を強襲!
だが、もとより指定していた照準は、自分自身。シャーリィはうろたえることなく、深呼吸。
滄我の青が、彼女の両の手に再び生まれた。双子のテルクェスと「Fes」の紋章が、浮かび上がる。
降り注ぐ火球から、一歩も退くことなく。シャーリィは裂帛の気合を上げながら、右手を繰り出す。
「てやぁぁぁっ!!」
その光景は、セネル・クーリッジがこの島に降り立って、初めて交戦した相手の攻撃を防いだ光景を髣髴とさせるものだった。
右手で一発。左手で一発。
あろうことか彼女は、テルクェスをまとっているとは言え、素手で「ファイアボール」を叩き落したのだ!
そして最後の一発は。
引き戻された右手が、再び空を裂き迎撃。紫の光と青の光が同時に夜空を焼く。
火球は、シャーリィの右手に鷲掴みにされていた。
「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああっ!」
シャーリィは右手に渾身の握力と魔力を集中させ、火球をぎりぎりと握り潰しにかかる。
325寄せる想い、継ぐ力7:2006/05/01(月) 00:20:17 ID:UFg+oMH1
ぐぐぐぐ、という音と共に火球は引き絞られ、その身をじわじわと縮める。
シャーリィは右手手首に、更に自身の左手を添えた。本来1つであった双子のテルクェスは、再び力を合わせるべく重なり合う。
右手の手首を握り締めた左手の手のひら。手首を介して、双子のテルクェスが寄り添う。互いの羽根で、互いを支える。
左手のテルクェスが、右手のテルクェスと完全に折り重なった時。シャーリィはとっさに、右手を地面に向ける。
テルクェスを基軸に体内の闘気を練り上げる。体内の闘気は、シャーリィの右手に集約される。
シャーリィの手が、光って唸る。敵を倒せと。勝利を掴めと。魔力が轟き叫び、闘気が爆熱する。
臨界点を超えるエネルギー。待ち受けるは、灼熱の終焉。
「はあっ!!!」
輝ける青の怒涛が、シャーリィの右手から迸る。
シャーリィの青き力は、火球を内側から食い破る。爆裂し四散する、紫の炎。
滄我の波動は、「ファイアボール」の火球を、軽々と吹き散らしたのだ――。

シャーリィは双子のテルクェスを再び体内に眠らせた。
本来アーツ系爪術の使い手ではないシャーリィに、この演武はやはり違和感がある。力を十分には使い切れない。
この一撃の威力は、はっきり言って大したことはなかろう。
セネルの「魔神拳」を若干上回る、という程度だ。「獅子戦吼」や「魔神拳・竜牙」には、とてもではないが及ばない。
だが。
シャーリィは地面に刻まれた、先ほどの演武の痕跡を見て、思う。
大地に刻まれたその幾何学的紋様は、水平に両断された菱形と、そしてその中央の小さな丸。
シャーリィの手のひらの紋章、古刻語の「Fes」の文字の形に、浅くとは言え地面は抉られていた。
手のひらから紋章の形に放たれる闘気は、戦闘に十分使えるだけの威力はあるだろう。シャーリィはそう結論した。
326寄せる想い、継ぐ力8:2006/05/01(月) 00:21:01 ID:UFg+oMH1
手のひらを密着させた状態でこの一撃を…シャーリィ流の「魔神拳」を放てば。
生命維持には欠かせない三大器官である、脳、心臓、脊椎のいずれかを直撃出来る位置から、密着状態でこれを放てば。
よほど頑強な人間でなければ、一撃で致命傷か即死級の大打撃になる。しかもこれに必要な溜めの時間は、一瞬。
セネルの「魔神拳」ほどの射程はないが、問題はない。
遠距離の敵にはメガグランチャーから放たれる滄我砲、中距離の敵にはもとより強大なブレス系爪術。
そして、近距離の敵には「魔神拳」。今やあらゆる間合いにおいても、シャーリィは必殺の威力を持つ攻撃を保有しているのだ。
怪物の姿を脱し、もとの少女の姿を取り戻したシャーリィなら、面の割れていない相手は油断してくれるだろう。
「足をくじいた」などと言って、誰かの背にでも負ってもらえれば、もはやそいつは殺(と)ったも同然。
追われた背の上からそっと後頭部に手を添え、彼女流の「魔神拳」を放てば。
眼窩から眼球をはみ出させ。口から舌がもげ落ち。鼻からは脳漿混じりの鼻血を吹き。脳天をざくろのように弾けさせ。
力なく絶命する犠牲者の姿が、ありありと想像できる。
無論、か弱い少女を演じて相手の油断を誘うには、いくらでも言い訳できるとは言えメガグランチャーとウージーが邪魔になる。
だが、それは荷物袋に放り込んでおけば問題はあるまい。メガグランチャーは、事実上狙撃専用の武器として運用する。
メガグランチャーの砲身は重厚で、剛性に富んだ金属を用いている。
殴打用の武器としてももちろん使えるが、シャーリィに接近戦用の武器はもう要らない。
テルクェスは、肉体のどこからでも発現させる事が出来る。両手の拳からはもちろんのこと、両足からも、肘からも、膝からも。
その気になれば額から発現させて頭突きにも使えるし、歯から発現させて噛み付きに使うことだって出来る。
テルクェスを武器として格闘に用いれば、破壊力は十分。
ならばもとより重くスピードで劣り、かつスタミナを食うメガグランチャーを、接近戦用の武器として使う必要はどこにあろう。
またメガグランチャーに比べれば銃身の軽いウージーも、普段は皮袋に収納して問題あるまい。
今のシャーリィの腕力なら、皮袋のつけ方とちょっとした練習で、瞬間的に抜き放ち掃射を行うくらい、それほど困難ではない。
327寄せる想い、継ぐ力9:2006/05/01(月) 00:22:11 ID:UFg+oMH1
(でも、戦う相手がいないんじゃ、どうしようもないわね)
そう。直接戦闘力は全く問題ないとは言え、問題はそこである。
シャーリィはその場に座し、普段に比べればろくに効かない「キュア」の詠唱を行いながら、一枚の羊皮紙を広げる。
この島の地図。これ以降の禁止エリアを含めれば、すでに12箇所に赤い×印が書き込まれた、「バトル・ロワイアル」の舞台。
(今まではひたすらに暴れていたけれど…)
冷静に考えれば、あれは上策ではなかった、とシャーリィは内心反省する。
この島で生き残り、勝ち残るには、情報が必要。そんなことくらい、戦術や戦略に疎いシャーリィにだって分かる。
だが、自分は今、ほとんどこの島の情勢を把握していないのだ。
今まで見聞きしたあらゆる情報を、シャーリィはひっくり返してみたが、情勢は見えてこない。
彼女はもとより、いきなりこの島に放り込まれ、混乱も抜けやらぬうちに兄の死を聞かされ、つい先ほどまで狂乱していた。
この体では、情勢を把握できなくとも当然と言えば当然。だが、それを悔やんでも始まらない。
この12の赤い×印から、この島の何が見えてくるか。
まず、この島の北西部はほぼ「死にエリア」と化している、という見解が1つ。
B2が禁止エリアに指定されたことによる影響は、B2の塔に出入りできなくなっただけではない。
A1、A2、B1、それからC1も、進入は困難なエリアと化した。
こんな逃げ場もないような袋小路に好き好んで移動する人間はいるまい。
今後の禁止エリアの指定いかんでは、避難が遅れれば不可視の牢に閉じ込められる、という最悪の事態も考えうるのだ。
恐らく、参加者の集合率が高いのは町や城などの拠点であろうことはシャーリィにも見当が付いたが、よって北西部は除外。
現在のところ進入可能な拠点は、C3の村、C6の城、E2の城、G3の洞窟、G7の教会。
位置取り的には、ここからは最もC6の城が近い。
最後にダオスらと出会った位置から考えると、ここにダオスらが篭城している可能性も否定は出来まい。
しかし、ダオスらが自らより大切に守っていたマーテルという女性は、すでにこのゲームからは脱落している。
ダオスらの輪に加わっていた女性…マリアンもまた同じく。
328寄せる想い、継ぐ力10:2006/05/01(月) 00:22:54 ID:UFg+oMH1
ダオスとミトスの戦闘力は、直接戦ったことのあるシャーリィ自身、良く理解している。
あの2人が手を組み、本気を出したら。
おそらくシャーリィが遺跡船で出会った仲間たち全員がかりでかかっても、苦戦は免れまい。
それほどの力を持った2人を以ってしても、マーテルやマリアンは守れなかったのだ。
マリアンの死因は首輪の爆発と明白であるから横に置くとしても、問題はマーテル。
ダオスとミトスに正面攻撃を挑んで、2人の防衛線を突破して何者かがマーテルを殺したとは、とてもシャーリィには思えない。
とすると、今朝死亡が発表されたソロンのような手合いが、不意を打って側面攻撃などで暗殺したと考えるのが妥当だろう。
すると、次の理由から、ダオスらがC6の城で篭城しているとは考えにくい。
シャーリィは旅のさなか、ジェイから少し城の構造を聞いたことがある。
その時聞いた知識からするに、城は暗殺には向かない場所だ。
城には密室などいくらでもあるし、壁や天井も厚く進入口も限定される。よって本気で一同が篭城していたなら。
おまけにダオスやミトスの防衛がある状態では、いかな手練の暗殺者でも、マーテルを葬るなど困難至難もいいところである。
すなわち、マーテルは何らかの積極的行動に出て、その結果何者かに暗殺されたとみて良い。
となると、一同が向かった先はどこか。これは、はっきり言って推理など出来ようものか。
憶測でものを言うにも、不確かな憶測さえ出来ないほど、シャーリィの手元には情報がないのだ。
ならばやはり、ここはジェイと合流できれば、一番ありがたいか。
ジェイは今のところ、生きてこの島で戦いを繰り広げている。
彼に接触できれば、かつての仲間のよしみもあるだろう。いろいろな情報をもらえるはずだ。
ジェイから情報をもらって、この島の情勢を把握する。その後は?
決まっている。ジェイを殺す。
もちろん、正気を取り戻したシャーリィは、ジェイも大切な仲間であることをしかと認識している。
だが、その大切さは所詮は有限のもの。
100万ガルドの入った皮袋と、自分の命。両方を秤に載せたなら、どちらかに秤が傾くかは自明の理。
329寄せる想い、継ぐ力11:2006/05/01(月) 00:23:26 ID:UFg+oMH1
ジェイの命など、シャーリィにとっては100万ガルド入りの皮袋の価値。
セネルの命と比べたなら、シャーリィは間違いなくセネルの命を取る。
そして、セネルの命を拾うには、代わりにジェイの命を放り捨てねばならないなら、シャーリィは迷わない。
ミクトランが言った「死者をも蘇生させる」という約束は、無論参加者をゲームに駆り立てるための出まかせともとれる。
それでも、セネルの命を拾える可能性は、今やそこにしか存在しないなら。
その向こうに見るものは、結果的に絶望にしか過ぎなかったとしても。
シャーリィは、たとえ仲間であれ切り捨てる。踏みつける。目的を達するための道具にする。
上っ面だけの正義感や、偽善者じみた良心の呵責など、この島においてはいかほどの価値があろうか。
どんな言葉で飾ろうと、どんな論理を展開しようと。
自分が生きたければ、優勝したければ、自分以外を全て殺さねばならないことは、不動の真理なのだ。
無論、その真理から逃れるために、忌まわしい首輪の束縛を解くことも一瞬考えた。
だが、首輪の処理にしくじった時の代価が自分の命では、あまりにこれは危険過ぎる選択だ。
せめて、他の参加者の首輪を手に入れるなどして、保険を作らないと危険で仕方がない。
(駄目ね…何をするにも、今は情報が不足しているわ)
やはり何度考え直しても、帰着する先はその結論だ。
シャーリィは地図を畳み、懐に入れ直す。とりあえずの行動方針は、これでいく。
まず、これから先ほどユアン達と交戦した山岳地帯に舞い戻る。
シャーリィが脳震盪で気絶していた時間がどれほどかは分からない。
だが何らかの理由があれば、あそこにまだ一同が残留している可能性も否定は出来まい。
もしそこに残っている人間がいたなら、水中から滄我砲やブレス系爪術で狙撃。一撃で葬り去る。
あえて姿を見せて相手を挑発し、水中に引き込むのも上策。
水中戦に持ち込めれば、水の民にしてメルネスである彼女に勝てる人間は、ほぼ絶無と見てよい。
もし一同がすでに撤収していたならば、それはそれで上等。その時はD5山岳地帯の水源深くに潜り込み、そこで休息する。
330寄せる想い、継ぐ力12:2006/05/01(月) 00:24:26 ID:UFg+oMH1
D5を水源とするこの島唯一の川は、上流においてもエクスフィギュアであった彼女の身が沈みきるほどの深さがあったのだ。
水中深くで休めば、まず何者からかの不意打ちを受ける心配はない。水中は、彼女専用のベッドのようなものだ。
そこで体力と精神力を回復させたのちはどうするか。テルクェスを用いて、周囲を探索する。
テルクェスによる探知はそこまで精度的に優れてはいない。もともとテルクェスは偵察用の能力ではないからだ。
せいぜいが、「近くに人がいそう」と漠然と感じ取れる程度。ジェイのように気配を消せる人間は、感知できまい。
おまけに偵察に使えるレベルにまでテルクェスの感度を上げるには、シャーリィは深い集中状態に入らねばならない。
その間は、もちろん隙だらけになる。
だが安全に周囲を偵察できる手段があるということは、この「バトル・ロワイアル」においては強力な生存手段だ。
おまけに、テルクェスによる偵察の有効範囲はは、実質上この島内では無限。
シャーリィの姉であったステラはかつて、ウェルテス近くの断崖から落下するセネルを、テルクェスで助けたこともある。
その時ステラがいた場所は、雪花の遺跡。
直線距離にしても健脚の徒歩でまる2日の行程になるほどの遠距離まで、テルクェスは届くのだ。
そしてこの島の最長距離は、どれほど長く見積もっても、遺跡船の半分ほどもあるまい。
つまり、シャーリィは島のどこにいようと、テルクェスは島のどこにでも届く。
もっとも、テルクェスを飛ばすには時間も精神力もいる行為であることを考えれば、実際の有効偵察範囲は狭まるだろう。
それでも、シャーリィの偵察網から逃れ行動するのは、かなりの困難を伴うのは事実。
偵察中は深い集中状態にならねばならないという欠点も、水中に潜めば問題なくカバーできるだろう。
そしてシャーリィは獲物を見つけ次第、そこに殺しに行く。
シャーリィは、皮袋を背負い、歩き出した。
シャーリィは、一歩一歩と歩を進める。南へ。自分が先ほどまでいた、あの山へ。
エクスフィアの忌まわしい毒素から逃れたとは言え。こうして再び正気を取り戻したとは言え。
正気のまま、彼女はダオスの言うところの、「狂気という名の猛毒」の盃を呷ったのだ。
331寄せる想い、継ぐ力13:2006/05/01(月) 00:26:08 ID:UFg+oMH1
愛しい兄に逢いたいという正気を貫くために、仲間を殺すことさえいとわぬという狂気を受け入れる。
シャーリィは、正気のまま狂気を受け入れた。
この境地こそ、この島において生と勝利を掴む秘訣の1つと言えば、確かにそうなのかもしれない。
だがそれは、シャーリィが今まで生きてきて築いた、全ての倫理観を根底から覆すことに他ならない。
しかしそれも、愛しい兄のためなら些事に過ぎない。信条も理念も倫理も、全て振り捨てる。
その境地に至った彼女は、後戻りの利かぬ道へと、踏み出そうとしていた。


【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー(自身を中継して略式滄我砲を発射可能。普段は皮袋に収納)
     ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
     フェアリィリング
     UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
状態:TP残り40% HP残り80% 背中と胸に火傷(治療中) 冷徹 ハイエクスフィア強化 クライマックスモード発動可能
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
第一行動方針:か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動。自分以外の参加者は皆殺し
第二行動方針:D5に残る面々を追撃
第三行動方針:D5の水中で休息後、テルクェスで島内を偵察
第四行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害
現在地:D5北部の草原地帯 →D5の山岳地帯
332名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 00:27:16 ID:UFg+oMH1
投下完了。

この作品は「兄への想い、兄の力」の完全改訂版ですので、前作は破棄して下さい。
333名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 14:53:54 ID:AS+f5ia+
 
334聖戦を待ち焦がれた城跡 1:2006/05/07(日) 20:51:13 ID:G2rzEOnR
私がそれを初めて見たのは、正しくは実物を見たのは
あの時が初めてだった。掌と五指の器に丁度収まる程度の大きさの実。
実の所、私はそれを何十年も何百年も、果ては時間の概念を越えて欲すと願っていた。
唯無念なことに、私はその実物を見たことが無かった。尽きることの無い時間は
私に侵食し、真実と妄想の溝は光の速さで深まっていった。
私が欲しいと焦がれるものはこんな物ではないと、たかを括った。
何よりその横にはもっと即物的な、現実的な貴重品があった為、
私の脳の占有権はたちまちそれ、エリクシールに譲渡された。

譲渡に際し、私はその所有者である少年に一度だけ、これはなんだ?と尋ねた。
少々フランクではあるがこんな餓鬼の英語の構文の様なことを尋ねたのは何年ぶりの話だったか。
少年はムスッとした顔で自分の所有物を私から取り上げ、一言だけ言った。

「今の僕には唯の木の実、昔の僕には、笑えないジョーク」

勿論この実から滲み出るマナには気付いていたが、あの時の私は、今思い返してみれば
恥ずかしい限りなのだが、女神という存在に満たされていた。満足して、思考が僅かに緩んでいた。
その間隙を突いて、眼前を暗く塞いだのは、その女神の艶やかな鮮血。悪玉コレステロールが
少なそうな血液を見て、もう私の思考は、エリクシールの情報でそれを上書きしてしまった。
その後、あの惨劇の後、少年と別れるまで、少年がそれを他人に見せた事実は無い。
故に私も忘却の住人だったと言える。

あの時私がどう思っていたかを知る術はもう無い。あくまで今までの話は
現在の私からの視点から見た過去の私に対する推測、思考のトレースである。
あの時私が何を考えていたかなんて、無意味。
私が、それを欲した今の際までその存在に気付かなかったという事実が、全てだ。

翼を開く為には、大量の力が要る。私の母星のマナを使わねばならないほどに。
この幾許のない身一つだけでは翼を開くこと叶わない。あれは、借り物の力だからだ。
あの実があれば、まだ打開策を講じることも出来たかも知れない。
その事実にすら、今の今まで気付かなかった。
デリス・カーラーン無しで天使になれると勘違いした言い訳と取られても結構。
最初から重点はそこには無い。問題は、もっと広義的なものだ。

何故、今それに気付いたのか。
何故、今まで気付かなかったのか。
何が、私からそれを遠ざけていたのか。
誰が、私を騙していたのか。
女神か?天使か?剣士か?私自身か?

燃え盛る草の上で、私は笑った。笑うしかなかった。
335聖戦を待ち焦がれた城跡 2:2006/05/07(日) 20:51:55 ID:G2rzEOnR
月が高く上って、辺りは反射光を浴びて白く薄汚れている。そんな小高い丘の上に男が一人立っていた。
彼の名はデミテル。今更説明の必要もないんだけど、現職は魔術師兼研究者だ。
そのデミテルはじっと遠くを見ている。方角は東、その先にあるのは古城…だった場所。
古城がなくなる瞬間を目の当たりにしていたんだから、驚きの意思表示をする必要はない。
懐から葉を一枚取り出す。深緑の葉を一枚、主脈の方向へ丸めていく。
棒状になったそれを口に咥え、指をその先端に近づける。指の先端が赤く光り、一瞬で消えた。
代わりに葉の先端が赤くなる。しかし煙は上がらない。複流煙を出さないように勤めるのは、
彼の後ろに控える2人の健康への配慮なんかじゃあ、勿論無い。

自身の血管が収縮して、体が冷えるイメージ。脳細胞が透明になって、
演算が乗算的に速くなっていく。葉を咥えたまま、以上に肥大化したアザミの茎を振る。
右で、下へ、後ろで、左上方前へ、パチンと音がする。行為自体には意味が無い。
ただ計算にリズムを付けているだけだ。鞭は唸る。まるで生きているように。
しかしその緩急・制動は、全て一人の人間の手首によって制御されている。
後五分もあれば篝火はそこの二人と接触する。その五分後にはダオスもそこにたどり着くだろう。
策はある。誘蛾灯の意向を無視して最小のリスクで殲滅を狙う策は出来ている。
サジタリウスの弓。単純な策だから、不可避。
腕を使って更に鞭を蛇行させる。鼻から排気された白煙は少し灰が混じっていた。
乾燥させる時間が足りなかったと脳の3%位が考えた。
だが、違和感が否めない。気に入らない、とも言える。
策は恐らく成功する。明確なリスクを支払いハイリターンを確実に得る。
出来すぎている。既に料理がそこにある。あとはナプキンをつけて、
ナイフとフォークを手に取り、食べるだけ。
デミテルは手首の筋肉を動かすことを止めた。連動して、鞭の動きがオフになる。
まるで死んでいるように。手首一つで、死んだり生きたり、まるでヒトのように。
336聖戦を待ち焦がれた城跡 3:2006/05/07(日) 20:52:58 ID:G2rzEOnR
無料では、無いだろう。支払いを要求される。しかし、毒ではない。
正当な取引だ。明確な取引はリスクとは言わない。ただの過程。
魔術と、マナの関係に似ている。有限のマナを、遣り繰りして、術を行使する。
永久機関では無い。需要よりも供給のほうが大きいから無限に錯覚する。
需要が増えれば、供給を増やさなければいけない。それが経済。
しかし大樹は一つしかなかった。魔科学は経済を破綻させる。
息が荒くなった自分を見ている。しかし体は冷え切っている。
主は何も言わなかったが、多分そう言う理由なのだろう。
ならば、私が手に入れた力は、心の力とは、何ぞや?完全なる永久機関が、その先にある。
半分ほどの長さになった葉を咥えるのを止め、作りかけのそれに火を当てて化学繊維を木材に溶接する。
先端を指で折り、火種を消す。微かな痛み、私が奪った命は、もっと簡単に消えた。
マナの制限。それが檻の大前提。しかし、その力はまるで制限を受けていないように自由。
大きく息を吸い込み、眼を閉じる。煙を体外に放出するイメージ。

「…ティトレイ=クロウ」声とともに動く生命。
デミテルは後ろにそれを放り投げる。受け取る生命。
小さな弓。木材と溶解したストローの化学繊維の弦で拵えた唯の腕弓。
自動弓にするにはスプリングが足りない。矢の装填には時間が掛かるだろう。
「…クレス=アルベイン」声とともに動く死体。
デミテルは後ろにそれを放り投げる。受け取る死体。
3種類の袋。一つは水溶性の薬物。
ただそれだけ。愛着のあるものを捨てる決断は早ければ早いほうがいい。
デミテルは初めて西を向いた。2人を見据える。

「ティトレイ=クロウの愚想に、私の神算とクレス=アルベインの蛮勇を加えて、必殺の鬼謀とする」

今からE2の城で三度戦いが起ころうとしている。この話はその頭出しという位置づけにならざるを得ない。
あまりにも人数が多い。状況はとっても面倒くさくて、この場にいた奴らの中にはたった一人を除いて
その全てを把握していた人間はいない。その一人も表面的な把握しかしていない。
この話はそのたった一人、つまり俺の知っていることにほんの少しの想像で味付けした上で
さっぱり風味に仕上げた。こんな手法でも使わないと俺の出番が本当に無いんだ。
出来る限りそれを感じさせないように言葉遣いも丁寧にしたぜ。
最近影が薄いから存在をアピールするのも大変だと、分かってくれ。嬉しくは、無いけどな。
337聖戦を待ち焦がれた城跡 4:2006/05/07(日) 20:53:35 ID:G2rzEOnR
4人が城跡の人影を確認したと同時に、その人影が、立ち上がった。
城の敷地に入った時点で、そいつが金髪であることを理解した。
その場に居合わせた5人が全員の容姿を確認した所で、ロイドが口を開いた。
「…あんたらは、ここにしかあんたらしかいないのか?」
「その前に聞かせてほしい。君たちは、何処から来た?」
スタンは4人を真っ直ぐ見据え、伏兵がいないかを確認する。
「C3から来た。僕達たちはそこで…」
キールの発言をスタンは制する。
「大体の事情は聞いている。ジョニーがそこで死んだってコトも。そして誰がやったかも」
スタンの発言に3人は驚きを禁じえない。ただジェイだけが別のことに意識を向けていた。
「あのことを知っているってことは…ミトスか?」
リッドが察したことを口にする。あの事実を知っているのは自分達を除けば、
ダオスか、ミトスか、クレスか、あるいは放火の犯人しかいない。
「…そうだ。そして彼はクレス=アルベインの一味に掛かってジョニーと彼の姉は死んだと言っていた。」
スタンは重さにしてほんの1g程警戒を緩める。
キールは少々違和感を覚えた。確かに一連の事件は直接的にはクレス手によって引き起こされたものだが
ネレイド、ひいてはメルディの行動だけはスタンドアローン、独立した存在だ。
その事実を知っているミトスが何故一括りにクレスがジョニーを殺したというのか。
「…ミトスは嘘をついている可能性がある、彼から聞いたことを教えて欲しい」
キールの発言は、2人に動揺を与えるのには十分。しかし
「姉さんが殺されたと泣いていたあの子の涙は、本物だったらしい
あの子が嘘を付いているとしたら、ジョニーは誰に殺されたんだ?」
鋭い。垢抜けた顔の割に、英雄は鋭い。今のやり取りに嘘があるならそこしかない。
3人の沈黙。真実は、嘘よりも無残。その意図はつまり、庇っている。1kg警戒が増量。
「…腹の探りあいは止めにしませんか?」
ジェイが割って入る。
「僕達の目的はコレットさんとクラトスさんの消息を知ることです、それが終われば僕達はすぐにここを離れます」
確信。もう一人、どこかにいる。
「コレットは、いない。クラトスっていう人は…」
何処まで敵で、何処までそうじゃないのか、読めない。膠着した情報戦が終わる。
突如、雷光が彼らを隔てて走る。その軌道は、地面に焦げてくっきりと写っていた。
338聖戦を待ち焦がれた城跡 5:2006/05/07(日) 20:54:10 ID:G2rzEOnR
そこにいた6人が一気に警戒態勢を整える。
「父さ、スタンさん!離れて!!」
4人の視点から見て、頭が地面から生えたように、カイルが現れた。
カイルのレンズは光り輝いている。
「晶霊術?いや…違う!あれがレンズか!?」
キールが大声を上げると同時に、ロイドが飛び出す。エクスフィアを使っている以上、ロイドが一番速かった。
「ヴォルテックヒート!!」
ロイドの剣がもう少しで届くという所で、晶術が発動。
ロイドの後方に発生した形になった熱嵐は、ロイドを元地下へ落とす結果となった。
「やっぱり、仲間がいたのか。クレスが近くにいるのか!!」
吠えるスタン。ガーネットを強く握る。
(遠い!500…800…少なくとも1500はある。どういうことだ?!)
すばやく双眼鏡を構えるジェイ。しかし流石にNV仕様ではない。暗夜を想定されたものではないのだ。
東からの砲撃、しかし、何処にも敵影は見えない。ましてや、朝ここでデミテルを見たときには
こんな攻撃方法はなかったはず。そもそもこれは自身が想定するデミテルの行動に反している。誰が?
「違う!俺たちは…上!!」
叫ぶリッドの言葉の意味をスタンが理解したのは聞こえてからすぐ。頭上に発生した、歪な欲望。
「空間、翔転移!!」
一歩遅れてスタンが剣を抜く。朝の十字架の再現。
一歩遅れた分、左腕からの出欠。白い鎧が赤く彩色される。
着地して後退転移をキャンセル。すかさずバックステップしたのは、紛れも無く時空剣士。
「「クレス!!」」地下に落ちた一人を除いて全員が彼の名前を呼んだ。
リッドが何かを言いかけるが、その前に更に転移。転移後の座標、カイル=デュナミスの背後、
転移先問題なし、オールグリーン。
紙一重でスタンが読みきって、カイルの背中をフォロー。
「父さん!?」
更に剣戟が交わる。クレスの顔に生気は無く、虚ろな笑顔が張り付いているのみ。
「…どうやら狙いは俺達だけか。君達もやっぱ仲間か…」
あまりに安易な思考。しかし屈強な戦士達を前にしてそれを改める余裕はスタンにはない。
スタンは剣をかざした。紅い、フラムベルクの魔剣。
「ディムロス…力を貸してくれ!!」
ガーネットとフランヴェルジュ、炎を司る法具二つを掲げて、スタンは
ソーディアンの無さを補う。時空剣技に対抗するためには、こちらも人界を超えなくてはならない。
「やべえ!!キール、ジェイ!俺の後ろに!!」
リッドが叫ぶ。響きわたる爆音は地獄からの呼び声。
「獅吼爆炎陣!!」
339聖戦を待ち焦がれた城跡 6:2006/05/07(日) 20:55:13 ID:G2rzEOnR
俺は何を見ているんだろう?
ロイドは自分がぶつかったそれを見てそう思った。
地表から地下に直接落ちた。頑丈さが取り柄だからたんこぶを作るだけだったろうが、
地面にあったそれにぶつかって、たんこぶも作らなかった。
後頭部を守ってくれたのは、父さん。但し、首は別売り。フィギュアに近い。
地下から、恐ろしき慟哭。カイルが何事かと穴に近づく。
跳躍。一足飛びで出てきたロイドは、迷うことなくカイルに二刀流を浴びせる。
「お前ら!父さ!お前!よくも、よくも!うあああああああ!!」
カイルが剣の腹を前に出し、二刀を防ぐ。その剣は防御に優れていた。
「二刀流はどいつもこいつも…!!」
力任せにロイドを弾く、自分の仲間に二刀流がいることを忘れて。ロイドは身軽に着地して、更に突進。
「俺は殺してない!イチャモン付けてまで喧嘩したかったらやってやら!!」
僅かに遅れて、カイルもロイドに突進した。

辺りが一面炎に包まれる中、水蒸気が立ち込める場所が一つ。
魔炎を氷剣で相殺した水蒸気の中から、人が三人。3人が見たのは、地獄絵図。
「落ち着け!ロイドもいったい何を…ああ!!」
キールは鼻頭を押さえてうなだれた。そんなことをやっている場合じゃないのは自分が一番分かっている。
理由が理由の中に埋没して真実がどんどん遠ざかる。何が起こっているのか。
ジェイならどうかと思った。少なくとも自分よりは荒事に向いているだろう。
そう思ってジェイの方を向いたが、彼は北を向いたまま顔面蒼白になっていた。
何事かと思い、釣られて北を向く。ああ、成程、これは仕方ない。
「ゼクンドゥス!!」
340聖戦を待ち焦がれた城跡 7:2006/05/07(日) 20:57:01 ID:G2rzEOnR
ダオスは走る。その衣類はC3にいた頃よりもひどく焦げている。
デミテルの策にまんまと引っかかったダオスは順当に、誘蛾灯の方へ移動した。
そして今しがた、感じたマナは紛れも無く時空剣の波動。クレスが、そこにいる。
死にかけの体を鞭打ってダオスは走った。
目の前で突如火柱が起こり、その中から現れたのは、リッド達。
そしてその周りにクレス以外にも二人いた。リッド達を攻撃した初めて見る、敵。
リッド達を殺されるわけには行かない。ダオスは彼らに自分の思いを託さなければならない。
その彼らを脅かす存在は、排除しなければならない。
どうやらクレスとも敵のようだがそんなことは関係ない。敵の敵は味方などという甘いことを
言う余裕はダオスには無いのだ。まとめて排除するしかない。
先ほど殴り飛ばした少年やリッド達が何かを叫んでいるが、少なくともあのクレスを排除しなければ
おちおち話を聞くことも出来ない。敵は、始末する。
「ダオスコレダー!!」
未だ燃えている炎を吹き飛ばして、閃光が辺りを包んだ。

「お前ら!!やりたい放題やればいいってもんじゃないだろ!?」
キールは半ばノイローゼ気味に吠える。この状況下で一番足手まといなのは
C・ケイジを持っていない自分だからだ。泣けるものなら泣きたい。
ジェイはさっきから双眼鏡で冷静に辺りを観察しているし。こちとら唯の学士だぞ?
時空剣やら魔剣やら爪術やらには縁の無い唯の凡俗だ。どうしろっていうんだこの×××が!!
「キール」
リッドの声が耳に入る。そういやこいつも極光に選ばれた戦士なんだよな畜生。
ファラは鬼のように強いし、結局僕だけが凡俗で…もう一人は?
「…あいつが来るぞ」
もう一度北を見据える。眼には見えずともはっきりと分かる。
あいつが、来た。破壊神の皮を被った凡俗が、来る。
341聖戦を待ち焦がれた城跡 8:2006/05/07(日) 20:57:51 ID:G2rzEOnR
月が高く上って、辺りは反射光を浴びて白く薄汚れている。そんな小高い丘の上に男が一人立っていた。
「砲身を垂直に−15度、水平に左9度動かせ」
デミテルの命令に沿って、ティトレイの腕が動く。追随して、腕に付いた倍もあろう木造砲身が動く。
第一射は上々。狙いも悪くない。格闘「弓士」の名は伊達ではないということだろうか。
デミテルが用意した策は実にシンプル。クレスで敵の目を釘付けにして、
ロングレンジからの軍用魔法で目標群を消滅させる、以上。
はっきり言って無茶だ。超広域殲滅魔法は時間がかかり発動がバレバレで対人戦では
使いづらいことこの上ない。なによりデミテルらしからぬ策。
だからこそ、この策は策として機能する。
タイミングとしてはダオスがデミテルの影を捉えている頃合。
策略一辺倒では遠からず露見する。故に、定石を外す。
そんな乱暴な策を策たらしめているのは、ティトレイのフォルスである。
フォルスで構築された巨大な砲身とティトレイに雷のエネルギィを充填し、放出する。
インディグネイト・ジャッジメントと違い、発動から効果までのタイムラグはほとんど無い。
何より、射程が半端ではない。発動後の抵抗は不可能。
ティトレイだけが知りえたここにはいない彼女との秘奥義。

「サウザンド・ブレイバー、か。サンダーブレード級の装填でこれ程とは。
言うならばハンドレット・ブレイバー…」
デミテルは再び砲身に手を翳す。第一射によって誤差の修正はすんだ。
「しかし牢記せよティトレイ=クロウ。貴様とのセッションは保って後一回。
マナとフォルス…ここまで食い合わせが悪いとは…いや逆に良いのか?」
デミテルは呼吸を整える。あまりに強大であまりにムラがあるこの力。
外部から完全に制御するには少々堪えるのだ。
「だが、次でこれを撃つ必要はなくなる。クレス一つ使っての策。相応の釣果は頂くぞ。」
デミテルの手が紫に光る。次はインディグネイト・ジャッジメント級の電力。
「悠久の紫電よ、彼の者に宿れ…」
数分の装填時間の後、あの地は地下ごと消滅する。その為に小高い丘を陣取り俯角を下げたのだから。
クレスへのオーダーは「ダオス以外の金髪の男達を殺した後、好きなだけ食え」という物。
信用を得るために植物の種とバットを渡すほどに念を入れた。
もっとも近接攻撃にはアザミの鞭があるし種はまた作ればいい。
クレスにはこの砲撃は援護射撃といってある。
最初からクレスごと葬る算段である。無論彼を惜しむ心はある。しかし、
駒を惜しんで王が取られる訳には行かない。ここが機なのだ。
発射の直前まではティトレイには索敵と隠密を行ってもらう。
どこのどいつがお膳立てしたかは分からぬが、紛れもない好機。隠密にして神速、絶対砲撃。

「ダオス様、これが貴方に送る私のファイナルショットです。どうか、お元気で」
342聖戦を待ち焦がれた城跡 9:2006/05/07(日) 20:58:24 ID:G2rzEOnR
親父の無残な姿に勘違いをしたままカイルに剣を振るうロイド。
ロイドの怒りに同調して剣を走らせるカイル。
焦りと怨敵の存在から冷静な判断を下せないダオス。
リッド達を敵と勘違いしたままクレスと剣を交えるスタン。
極光を持つもの同士存在を認識したリッド、そしてキール。
この戦いの裏に隠れた意思を解き明かそうとするジェイ。
雌伏の時を経て、殺人の快楽に身を委ねるクレス。
ただ、決着の時を待つデミテル。
北より来る黒。
誰かが誰かを騙しているんだ。
誰かが誰かに騙されているんだ。

正直は3度まで、E23度目の戦場は、ヤバさ4ツ星半だ。悲しくは無いけどな。
343聖戦を待ち焦がれた城跡 10:2006/05/07(日) 21:00:01 ID:G2rzEOnR
【スタン 生存確認】
状態:ジョニーを殺した相手への怒り カイルへの同情  
左腕負傷 炎系奥義6番(殺劇と天翔翼以外)まで解禁
所持品: ガーネット オーガアクス フランヴェルジュ
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:ダオス以下リッド達の撃破?
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡

【カイル 生存確認】
状態:ジレンマ 潜在的な苛立ち  怒り
所持品: 鍋の蓋 フォースリング ディフェンサー
ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:ロイドの撃破
第二行動方針:南下してくる敵の迎撃、スタンを守る
第三行動方針:リアラを守る
第四行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第五行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡

【ダオス 生存確認】
状態:TP残り85%  HP25% 死への秒読み(3日目未明〜早朝に死亡)
壮烈な覚悟 髪の毛が半分銀髪化 現状では天使化不可 若干錯乱気味
所持品:エメラルドリング  ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:クレスの殺害 
第二行動方針:リッド達を守る(=スタン・カイルの撃破)
第三行動方針:デミテル一味の殺害
第四行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:E2城跡

【デミテル 生存確認】
状態:TP80% サウザンド・ブレイバー準備中
所持品:ミスティシンボル、毒液 魔杖ケイオスハート アザミの鞭
基本行動方針:漁夫の利を狙い立ち回る
第一行動方針:サウザントブレイバー装填後、発射
第二行動方針:発射後、可能なら生き残りを殲滅する
現在位置:E3

【ティトレイ・クロウ 生存確認】
状態:感情喪失、TP残り75% サウザンド・ブレイバー準備中
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック 短弓(腕に装着)
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3
344聖戦を待ち焦がれた城跡 11:2006/05/07(日) 21:00:43 ID:G2rzEOnR
【クレス・アルベイン 生存確認】
状態:TP85%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 殺人快楽
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜 植物の種(ブタクサ、ホウセンカ)金属バット
鎮静剤(一回分)
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:スタンを殺した後皆殺し
現在位置:E2城跡

【リッド 生存確認】
状態:全快
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【キール 生存確認】
状態:全快
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【ロイド 生存確認】
状態:激怒
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー 
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:カイルを撃破
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2城跡

【ジェイ 生存確認】
状態:打撲は回復 TP全快 クライマックスモード発動可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針: 脅威を排除しながら、脱出方法を模索する
第一行動方針:状況の把握、射手の捜索
第二行動方針:デミテルを「釣り」、撃破する
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィの救済策の模索
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:E2城跡
345irony 1:2006/05/08(月) 07:17:03 ID:8ppv6qOG
昏い昏い意識の湖底。
天も地も存在しない、不安定な場所。

――エミリオ? どうしたの、暗い顔ね。

今ならわかる、わかってしまう……微かな憐れみの込もった、けれど慈愛に満ちた声。
求めてやまなかった、大切なヒト。

――坊ちゃん。好き嫌いなんてしていたら、いつまでも身長なんて伸びませんよ。

お節介。けれど、いつまでも傍に居た声。失ってみて初めてわかる、
どれだけその『彼』の存在が、僕を構成するための比重が大きかったのかを。

――過去を断ち切り、お前は生きろ。

二人の声が遠ざかり、今度は『僕』が言葉を紡ぐ。

――……“ジューダス”。

そして、浮上する。
346irony 2:2006/05/08(月) 07:17:53 ID:8ppv6qOG
丈の低い草原に、紅く広がる染みができていた。
よく見るとそれは血に染まったマントだったが、流された血液はべったりと固まって、
今は黒く変色していた。
相当、激しい戦闘があったのだろう。
あたりの地面は焼け焦げ、大きな穴がいくつも口を開いている。

天空に掲げられた二つの月の光を浴びながら、リオンは目を覚ました。

ぼうっとする。頭に霞がかかったように、思考がはっきりとしない。
何があった? どうなった? 僕は……死んだはず。
そうだ、あの桃色の髪の女を追いかけていたら、『僕』に会ったんだ。
そして……そして、戦った。
あのとき、確かにアイツの、『僕』の刃は僕の心臓を抉った。間違いない。
なのになぜ、僕は今、ここにいる?

リオンは節々が痛む身体を起こそうとして、ふと違和感に捕らわれた。
手榴弾の爆発により失くしたはずの右腕があったからだ。
焦げた袖、残った火傷の跡。疑いようもなく吹き飛んだはずの右腕が、どうして?
ぎしぎしと音を立てる身体に鞭打って、左腕を動かし、そっと触ってみる。
焼け爛れた腕の切断面はまだ熱を持ちじくじくと痛むが、確かにこの身体と繋がっていた。
痛みはあるものの、全く動かせないということはない。

はっとして、リオンはそのまま左手を胸元に持っていく。
濡れた衣服に開いた穴。裂傷。その先にある――心臓。
どくん。
鼓動している。
どくん、どくん。
それは休まずに脈を打つ。

生きている。僕は、生きている。

生存していたことへの驚愕か興奮か、自然と荒くなった息遣いに、感動すら覚える。
暗転していく視界。耳に響く水流の轟音。
例え時間が経っても、一度経験した死の恐怖は拭えるものではない。
リオンは二度、それを経験した。一度目は本当の死。二度目の死は、――今、無効となった。

「……生きて…る……。僕は……生きている……」

情けないほど掠れた声だったが、言葉にして、改めて身に染みてくる。
つ、と頬に流れるものがあった。ぎこちなく動く右手を見つめ、汚れた左手を見つめる。
手の平越しに見える夜空は、漆黒。赤と青の月が、爛々と目を光らせていた。
347irony 3:2006/05/08(月) 07:19:01 ID:8ppv6qOG
暫く後、リオンは多量の出血で貧血を起こしている身体を、ふらりと危なげに起こした。
全身が、まるで鉛をつけられているかのように重い。
引き裂かれたマントを翻し、一歩一歩、地面を踏みしめる。

そして、やっと正常に回転し始めた頭で、現状を理解した。

目にしたのは、首から上が吹き飛んだ姿で横たわっている黒衣の少年。
――もう一人の『リオン』だ。
彼の周囲は真っ赤に染まっており、風に乗って肉の焦げたにおいと、濃い鉄のにおいが鼻をついた。

これは、あのときと同じだ。
彼女が……マリアンが消えたときと、同じだ。

リオンは目を見開き、震える足を必死に律した。
そうでなければ、今にもまたくずおれてしまいそうだったから。
どうしてアイツはこんな姿になっている? まさかまたミクトランが手を下したとでもいうのか。
しかしそうではないことが、彼の残った左手に握られていた短刀を見てわかった。
いや、直感的に“覚った”と言っていいだろう。
この『僕』は、自ら死を選んだのだ、と。

「勝ち逃げ……か、卑怯者め」

搾り出した言葉は負け惜しみか、抑えた慟哭か。
だが、リオンにはいまいち理解できなかった。なぜ止めを刺さず、奴は死んだ?
あまりの惨状にその場に近づけずにいたリオンは、視界の端できらりと月光を反射するものを捉え

た。
見覚えのある半透明の球体……その、欠片。
カッ、と全身が熱くなったのを感じたのも束の間、リオンはろくに動かない足で駆け出していた。
散乱している荷物や肉片、瓦礫の中に埋もれるようにして転がっていたのは、まさに同胞。
ソーディアン・シャルティエのコアクリスタルだった。

「シャル!? ……シャル、おい、シャル!」

リオンは蹲り、ばらばらに砕け散ったシャルティエの破片を掻き集める。
その状態は数時間前のものと非常に酷似していたが、お構いなしにレンズを掘り起こす。
全ての欠片を集めてもなお、それは本来の形には程遠く、何度も何度も呼びかけて返事を待つが、
一向に聞きなれた声は返ってこなかった。
この二つの状況からフラッシュバックするのは、やはり最愛の女性の首が飛んだあの瞬間。
恐怖か、怒りか、哀しみか、空しさか……。震える。……震える。

「どうしてだ! マリアンだけでなく、シャル、お前まで、なんで、なんで……っ」

唯一の相棒を失った悲しみは深く、リオンは頭を垂れた。
手の平に収まったシャルティエの冷たいコアクリスタルに顔を埋める。
ますますわからない。何がしたかったんだ、あの男は。
僕を生かし、殺し、シャルまでをも道連れにした。
その意図はなんだ?
多大な犠牲を払った、その意図は?

いとも容易く狂ってしまいそうになる己を繋ぎとめるのは、
ジューダスと名乗る男に出会い、戦ったことで生まれた、さまざまな『疑問』。
それは全てを紐解こうとしたらあまりにも複雑で、かといって無視してしまうには
あまりにも重大すぎるもののような気がした。
348irony 4:2006/05/08(月) 07:20:01 ID:8ppv6qOG
二つの光が明滅するレーダーに視線を落としながら、リオンは項垂れた。
散らばった物の中からジューダスのサックを探し出し、
千切れたマントの裾でコアクリスタルを丁寧に包むと、その中に仕舞いこんだ。
もういないんだ。シャルも、マリアンも。アイツも。

「おかしいな……僕はここにいるのに」

嘆くように笑う。あまりにも痛々しい、憔悴しきった笑みだった。

一先ず周囲の使えそうな荷物を拾い集め、手近な岩にもたれ掛かりつつ、一つ一つを確認する。
シャルティエが失われた今、得物になり得る剣があったことは、不幸中の幸いだった。
それと、アイツが二刀流に使っていた短刀。それら二振りの剣を腰に下げる。
他には自身の首にも冷やりとした感触と共に宿っている首輪が一つと、簡易レーダー。
首輪は無傷のところを見ると、恐らく他の参加者の首を落とし、手に入れたものだろう。
もしかすると、このゲームからの脱出法でも模索しようとしていたのかもしれない。

これからどうするか……何ともなしに考えながら、リオンは竜骨でできた、
今にも崩れ落ちて壊れてしまいそうな仮面を眺める。
――不思議な気持ちになった。
この仮面はきっと、ただ素顔を隠すためのものではなかったのだろう。
何か、己に対する戒めのような役割も果たしていたのでは……。
なぜだか、リオンには仮面の存在意義が手に取るようにわかってしまうのだった。
349irony 5:2006/05/08(月) 07:20:53 ID:8ppv6qOG
感傷に浸っていたいが、いつまでもこうしていては埒が明かない。
とりあえずは傷が癒えるのを待ち、再び動かなくては……。……?
再び動く?
再び動いて、僕は何をするというのだ?
また、誰かを殺すのか?
マリアンを生き返らせる……それが今までの最大の目標であり、
リオンがこのゲームに参加していることの大前提だった。
けれど……果たしてマリアンは、こうして血に汚れていく僕を、どう思うのだろうか。

リオンの脳裏に過ぎったのは、かつて赤髪の剣士を
シャルティエで刺し貫いたときの、恐怖に怯えた彼女の表情。
それから、再会したときの、安堵した柔らかい笑顔。

――エミリオ…、本当に良かった…無事で…

優しい彼女の声が蘇った。
そうだ。彼女は優しかった。血まみれの僕の手を取って、心配そうに気遣ってくれた。
あのときの気持ちは本物だ。
決して、同情などではなかった。
……そう。彼女は望んでいない。

マリアンは、殺戮を望んではいない。

「そうだ……マリアンは、僕が人を殺すのを望んでいるはずなんてないんだ」

数多の屍の山を築いた後、彼女にまた出逢うことができたとしても、
彼女は両手を広げて僕を受け入れてくれるか?
笑顔で僕の無事を喜び、二度目の生を受け入れるか?

答えは――きっと否だ。

やっと気が付いた。これだけの時間と犠牲を要して、やっと彼女の本当の心を知ることができた。
僕はなんて愚かだったのだろう。こんなことを続けて、マリアンが喜ぶわけがないじゃないか。
もう二度と、彼女の悲しい顔は見たくない。
350irony 6:2006/05/08(月) 07:25:06 ID:8ppv6qOG
リオンは、ペットボトルを切断され、地面に散乱していたマリアンの肉片の上に
柔らかい土を盛り、簡易的ではあるが小さな墓を作った。
こんなことで彼女が浮かばれるはずもないが、これはせめてもの、償い。
この墓は、僕が今までミクトランに迎合し、殺してしまった者たちにも捧ぐ墓。

土に汚れた手を組み、冥福を祈る。これは偽善だ。けれど、本心からの想いであることも確か。
償いなど容易にできはしない。
僕が生きている限り、贖罪は終わらない。
だけど、変わってみたいんだ。
あのときスタンたちに言えなかった言葉。頼ることをしなかった後悔。
それを全て、僕は――

カラン。

そのとき、軽い音を立てて、サックの中から何かが落ちた。
見たことのない小さな機械。

「……?」

拾い上げると、不意に、身体に見えない枷が掛かったかのような錯覚に陥る。
リオンは慌ててその機械を払い落とした。夜の闇の中、それは不穏に光を放つ。
351irony 7:2006/05/08(月) 07:26:02 ID:8ppv6qOG
――……坊ちゃん……

「シャル!?」

幻聴か。リオンの頭にシャルティエの声が響く。

――そ……を……さわ…っては……いけな……い……

「シャル、無事だったのか!?」

リオンはサックの中から、布に包まれたシャルティエのコアクリスタルを取り出す。
無駄な行為とはわかっていても、耳を近づけ、夢中で声を拾おうとする。
シャルティエの今にも消え入りそうな、小さな小さな囁き。

――壊…す……だ。そう……す…れば……坊ちゃんは…

「壊す? この機械をか!?」

――そ…う……。自由…に……なれ…る……

リオンはすぐさま剣を抜き、足元に転がった機械に突き立てた。
パキリ、とそれは簡単に砕け、光も消えた。
同時に『見えない枷』も消え去ったかのように、不思議と身体が――心が幾分軽くなる。

「壊したぞ! これでいいんだな、シャル! ……シャル?」

シャルティエは、それきり言葉を発しなくなった。
弱々しく輝いていたコアクリスタルも、もうただの冷たい欠片となり果てている。

「シャル! 返事をしろ、シャル……!!」

呼びかけても呼びかけても、やはりシャルティエは返事をしなかった。
完全な沈黙。リオンの叫びに近い、悲痛な声だけが草原に響き渡っている。
すると突然、ごうという音とともに強い風が吹いた。
夜風は、リオンの手の上にある相棒の残骸を、ぱらぱらと宙に撒いていく。
月の光を受け、きらきらと輝きながら、シャルティエは夜の空へと散っていった。

「……シャル……」

リオンはシャルティエが消えていった虚空を暫くのあいだ見つめていたが、
一度目を閉じ、再び開いたときには、瞳に強い決意の光を宿らせていた。
サックを背負いなおし、行動方針を決める。
これからの僕。アイツが遺してくれた僕。シャルが遺してくれた僕。
せめて、いつかマリアンやシャル、……ジューダスに会ったとき、恥じることのないように。
僕は、行く。
352irony 8:2006/05/08(月) 07:26:57 ID:8ppv6qOG
――ジューダス。

アイツは間際に、確かに僕のことをそう呼んだ。
『ジューダス』とは、ストレイライズ信仰ではないどこかの宗教では
“裏切り者”という意味を冠すると、書物で読んだことがある。
しかし、その言葉の本来の意味は――“賞賛”。

「皮肉なものだな……裏切り、賞賛、僕に見合うのはどちらかなんて、わかりきっているのに」

リオンは自嘲気味に笑う。けれどもし、本当の意味で自分が『ジューダス』と呼ばれる日が
来るとしたら……。
それは、きっとこのゲームを終わらせてから。

ミクトラン、僕はお前を許さない。
彼女を奪った、シャルを奪ったお前を。
もう、好きにはさせない。必ず討ち取ってやる。

そして、馬鹿げたゲームを終わらせるのだ。
353irony 9:2006/05/08(月) 07:28:10 ID:8ppv6qOG
――『これで、おそろいだ』

ザー……。爆発音の後、一つのモニターの光が消えた。

薄暗い室内に、含んだ笑い声が響く。
ノイズを発し続けるモニターの画面を、部屋の主は緩慢に指を鳴らして消す。

「ククッ……面白いではないか。だが所詮、小虫の反乱。造作もないわ」

満足そうに口元をいやらしい笑みに歪めると、興味はすぐに別のところへ移った。
チェス盤だ。

「こちらもまた、なかなかの展開になってきたからな……。
 まあ、お楽しみが一つ減ったところで、どうということもない。
 まだまだ、ゲームは続くのだからな」



【リオン=マグナス 生存確認】
状態:エリクシールにより右腕接続。(まだ戦闘には支障あり。)体力小程度回復。強い決意。
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 簡易レーダー 竜骨の仮面(ひび割れ)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる。
第一行動方針:体力の回復。
第二行動方針:打開策の検討。
現在地:E5東
354聖戦を待ち焦がれた城跡 修正:2006/05/08(月) 07:33:59 ID:1QstGjpU
2−11行目
以上に肥大化したアザミの茎を振る→異常に肥大化したアザミの茎を振る

5−32行目以降
ガーネットとフランヴェルジュ、炎を司る法具二つを掲げて、スタンはソーディアンの無さを補う。
万が一敵が多数だった時の保険。広域を攻撃できる炎系奥義を使うための交換。
時空剣技に対抗するためには、こちらも人界を超えなくてはならない。
「やべえ!!キール、ジェイ!俺の後ろに!!」
リッドが叫ぶ。響きわたる爆音は地獄からの呼び声。
「獅吼爆炎陣!!」

6−11〜13行目
力任せにロイドを弾く、自分の仲間に二刀流がいることを忘れて。ロイドは身軽に着地して、更に突進。
「いきなりブチ切れるのかよ!そんなに喧嘩したかったらやってやら!!」
ロイドが何故豹変したのかに気付かず、僅かに遅れて、カイルもロイドに突進した。
「閃光翔墜!」「斬光時雨!」

7−16行以降
「お前ら!!やりたい放題やればいいってもんじゃな―――ッ!!」
キールは半ばノイローゼ気味に吠えて、吐いた。この状況下で一番足手まといなのは
C・ケイジを持っていない自分だからだ。泣けるものなら泣きたい。
ジェイはさっきから双眼鏡で冷静に辺りを観察しているし。
―馬鹿に、馬鹿にしているあの化物共は! 少しは一般人に気を遣うか大晶霊入りのケイジでも
持って来いよ!!!こちとら唯の学士だぞ?
時空剣やら魔剣やら爪術やらには縁の無い唯の凡俗だ。どうしろっていうんだこの×××が!!
「キール」
リッドの声が耳に入る。そういやこいつも選ばれた戦士なんだよな畜生。
僕があんな力を持っているなら幾らでも反逆してやるさ。
でもファラは鬼のように強いし、結局僕だけが凡俗で…もう一人は?
「…あいつが来るぞ」
リッドは借りていたホーリィリングをキールに返上する。
もう一度北を見据える。眼には見えずともはっきりと分かる。
あいつが、来た。破壊神の皮を被った凡俗が、来る。

【リッド 生存確認】
状態:全快
所持品:ヴォーパルソード、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【キール 生存確認】
状態:若干鬱
所持品:ベレット ホーリィリング
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡
355名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/12(金) 16:24:20 ID:mvFX5/pG
356名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 12:24:33 ID:u5GojcVu
umeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee
357名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 12:42:23 ID:pucCp+bU
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274/
358U ◆sUUuUuuUUU :2006/05/14(日) 23:50:15 ID:Gp3SrcMp
頼むから27KBだけ残して放置なんてやめてくれよ

つい衝動的に埋めたくなる
359埋め:2006/05/15(月) 08:31:59 ID:ANHrWbUr
心を虚ろに帰した少女は、それを感じる。
殺意を。吹き付ける殺戮への意志を。
その意志の源は、分からない。そこまでは、空っぽの心の彼女には、判断できかねていた。
けれども、そいつは近い。近くにいる。
守らねば。自らが守ると決めた、黒髪の少女を。
紫の瞳の奥、コレット・ブルーネルはほとんど本能的に、彼女の守るべき存在に寄り添っていた。
寄り添う相手は、黒髪の少女リアラ。
リアラはコレットの様子を見て、「あらあら」と小声でこぼしながら、微かに笑う。
傍目には、仲のいい同性の友人同士として、この光景は映っていただろう。
だが、リアラに寄り添うコレットは、そんな目的でリアラに寄り添っているわけではない。
バルバトスの亡骸より手にした、長大な金属の筒。それを握る腕の中では、天使化に伴い強化された筋肉が臨戦態勢。
この近くに、敵がいる。濃密な殺意の臭いを感じる。守るべき対象、リアラの近くに渦巻く、殺意の臭いを。
敵がどこから来ようと、迎撃できるよう。敵の不意を討たれないよう。リアラにはしかと寄り添わねば。
たとえ心が虚ろであろうと、コレットはリアラを失うまいと、いじらしささえ感じるほどの献身を捧げる。
そして、その献身は無駄ではなかった。否。その献身あってこその、リアラの命であった。
だが、それを知る者はこの場にはただ1人。
コレットをして警戒せしめるほどの殺意をばら撒く少年、ミトス・ユグドラシル。
彼のみが、その事実を知っていたのだ。
360埋め:2006/05/15(月) 08:33:49 ID:ANHrWbUr
能面のように表情の変化に乏しい、あどけない少年の笑顔の下で。
ミトスは、般若の形相でもってコレットを睨みつけていた。
先ほどから、まるで「お前にリアラを殺させはしない」と、ミトスの悪意をあざ笑うかのように、リアラを守っているのだ。
情報戦で少しでも有利に立つべく、姉の命を再び掴み取る手助けを求めるべく。
あれから色々と話を聞いていたミトスは、リアラやミントの戦闘員としての素養を聞いていた。
その結果、ミトスが得た主なパズルのピースは以下の通り。
リアラは、ミトスの在りし世界で言うところの魔剣士。魔術の行使の方を得意とした魔剣士らしい。
そしてこの集団を形成する、もう1人の金髪の少女ミントは、法術師。治癒や補助を得意とする魔術の使い手だ。
つまり、剣の間合いの勝負に持ち込めれば、九分九厘ミトスが勝つ。
剣を一閃させ、肋骨の隙間から肺に穴でも開けてやれば、魔術師は脆い。
この時点で、魔術の行使に不可欠の呪文の詠唱を封じることが出来る。元来人間の声とは、呼気を声帯で加工し出されるもの。
そしてその呼気が肺から漏れれば、必然的に声は出せなくなる。すなわち、呪文の詠唱も出来なくなる、ということだ。
そもそも、首を狙って剣を一振りすれば、ただでさえ油断しきっているこの2人のこと。
自分達に同行する金髪の少年に殺されたのだ、ということに気付く間もなく、死んでもらえていただろう。
だが、それもコレットがいなければの話。
先ほども述べた通り、コレットは本能か、はたまた野生の勘か、ミトスがリアラ達を狙う隙を全て潰してくれる。
コレットは榴弾砲をリアラの近くで掲げ、その長大な砲身でミトスが切りかかれない死角を作る。
更にはコレットはあちこちをきょろきょろと見回しながら、ミトスの行動を牽制にかかる。
これでは、剣の柄に手をかけることすら困難を極める。
現在ミトスが手にしている圧倒的な優位性は、リアラとミントに、己の殺意を気付かれていないからこそ。
もし殺意に気付かれれば…無論、甘さの塊のような2人が、いきなり全力で抵抗にかかることはまずないだろうが…
さしものミトスも、コレットを傷付けないように2人を殺すには、切り札を切ることを強いられるかも分からない。
ユグドラシルの…クルシスの指導者としての肉体に転じることを。
だが、殺意さえ露呈しなければ、ミトスは最低限の労力のみで2人を仕留める隙を、虎視眈々と狙える。
機を見て策を弄し、最低限の力で相手を葬る。だが、その「機」が無いのであれば、策もまた打つことは出来ない。
結果、コレットの牽制が功を奏し、一同はとうとうG3の洞窟に到着していたのだ。
361埋め:2006/05/15(月) 08:35:44 ID:ANHrWbUr
松明。ランタン。あわせて4つの光が、昼夜を問わず暗黒に閉ざされた洞窟内に広がる。
「またここに戻って来たんですね、私は…」
ミントは呟き、幾多の戦いを経て惨憺たる状況になった洞窟を見やりながら、適当な岩に腰掛けていた。
「確かに、ここだったら物音もよく響きます。不意打ちを受ける心配は低そうね」
暗闇払う松明の光に、リアラは目を細めながら辺りを見回した。
「…………」
今や物言わぬコレットの鼻腔を、鍾乳洞独特の鉱物質な臭気がくすぐる。
「とにかく、今はここで休みましょう。スタンさん達を信じて」
心にも無いことを言うミトスの耳に、さらさらと流れる伏流水の川の音がささやく。
人心地付いたリアラとミント。コレットはやはり、リアラに寄り添っていた。
薄ぼんやりとした洞窟の中。互いの表情も読み取りにくい。ミトスはその影の中、怒りに表情を歪めていた。
アレが姉さまの器でなければ、今すぐにでも殺してやる所なのに。
リアラを経由した情報によると、自分の来た時点からの未来においても、この神子は自身の計画をひっくり返したらしい。
心を失ってもなお、ミトスの謀略を阻むその姿は、まさに真の世界再生を目指す神子の鑑と言えばその通り。
だがミトスにとって、そのコレットの妨害行為は目障りな障害以外の何物でもない。
それでも、ここでコレットを殺してしまっては本末転倒。
ミトスは怒りで脳が沸騰しそうになっていたが、その怒りを鎮められる程度には理性的な性格をしていた。
とにかく、何とかしてコレットを引き剥がし、リアラとミントを殺さねば。
現状下でリアラを殺すためには、そしてリアラの殺害後も現状を維持するには、ミントも同じくあの世に送る必要がある。
ミントのような手合いには、恐らく恫喝も通じまい。よって手駒に据えるという策は厳しい。
ならば、エターナルソードを手にするための人質になってもらうか。
それともリアラには悪意の第三者による「事故死」を遂げてもらって、リアラの死後も行動を共にしてもらうか。
だがそんな手の込んだ工作を施すに見合うほど、ミントという女に旨みはあるのか。
ミトスがあれこれ今後の展望を考え、思考の海に漕ぎ出そうとしたその時。
「……の…ラさん…」
「……それ…ね…」
ミトスの耳に、会話が飛び込む。問題のリアラと、ミントの話し声。
362埋め:2006/05/15(月) 08:36:40 ID:ANHrWbUr
ミトスはいぶかしげに、会話する2人を見る。
わずかな光で十分な視界を維持できるハーフエルフの瞳も手伝って、2人の表情は十分読み取れる。
ミントが何やら切り出した会話を、リアラが受ける。2人の頬は共に、恥じらいを帯びたように紅潮している。
時おり2人はミトスのほうへ視線を向ける。そしてミトスと一瞬目が合うと、気まずげに視線を反らし、仲良く沈黙する。
彼女らの視線は、ミトスと離れた直後に、横の地下の河川に向かう。
その瞳は、何やら物欲しげな輝きを帯びていると、言えなくもない。
遠回しな表現を用いれば、「花を摘み」にでも行きたくなったのだろうか。ミトスは一瞬思った。
最も、エクスフィアの作用で基礎的な聴覚も強化されたミトスには、小声での話を聞き取るなどわけもない。
少し神経を集中させれば、ことさら魔力を用いずとも、その内容は丸聞こえだ。
「…あの…リアラさん…」
「なんですか?」
「…こんな時に不謹慎な発言、申し訳ないんですが…」
黙り込んだミトスの耳に聞こえて来る、少女達の会話。
「…………?」
「…水浴び…したくありませんか?」
そのフレーズが耳に飛び込んできた時。
(!!!)
ミトスの脳裏がかっと明るくなった。にやにやとした不気味な笑みを、洞窟の闇の中浮かべた。
無論、それは劣情に駆られての反応ではない。ハーフエルフとしての代謝機能の多くを失った体では、欲情も起こらないのだ。
ミトスは、更に沈黙を維持する。
「…え?」
「私もこの島に来てから、まともに水浴びもしてないから…」
「それは私もですけれど…」
「ほら、今は殿方の皆様とも結果的に離れ離れになってしまったことですし…」
2人の会話が続くごとに、ミトスの脳裏にその策は編まれていく。冷徹で、かつ非道な策が。
「軽く汚れを落として、髪をすすぐだけでもしたいんです。…まずい…でしょうか…?」
「私は別にいいですけど…でもミトス君がいますし」
「ぼ…ボクなら気にしないで下さい!!」
ことさらに焦ったような声で、ミトスは上ずった声で言った。もちろん、演技で。
363埋め:2006/05/15(月) 08:40:04 ID:dbRJTPGR
「!!」
「!?」
そのミトスの声に、ミントとリアラはびくっと首を持ち上げた。一瞬遅れて、気恥ずかしげに頬を染める。
「…今の話、聞いてたんですか?」
「すっすいません! ボク、昔から耳がいいものですから…あは…あはははは…」
一応この言葉に、嘘はない。確かにミトスは「昔から耳がいい」。
それにしても正直なところ、こんな上っ面だけの純情さを装った茶番は、ミトス自身吐き気がする。
だがこれも、コレットを手に入れるため。ひいては、姉さまのため。
年頃の少女の会話を盗み聞きしてしまった、幼い少年の気まずさを、ミトスは演じて見せる。
4000年前の自分が、今ここで同じ状況に立たされたら、同じように反応していただろうか。
ミトスは4000年前に殺した、無垢で一途な少年の人格を、ほんの少しだけ想起していた。
「…やっぱり、こんな時にこんなことを考えては、不謹慎ですよね…」
ミントもやはり苦笑交じりに、ミトスにそうやって返答する。
ミトスは慌てた様子を崩さず、すぐさま続けた。
「ぼ…ボクのことなら気にしないで下さい。覗きに行ったりはしません!
…そんな恥ずかしい真似したら、天国の姉さまに怒られますから…」
そして、言葉の後ろになるにつれ、慌てた様子を悲しみにグラデーションさせる。
リアラとミントは、その悲しみを受け、眉を寄せた。
「嫌なこと…思い出させてしまいましたね」
「いえ、いいんです」
ミトスは首を横に振り、続ける。
「ボク、クラトスやユアンから教わった魔術が使えるんです。だから…」
ミトスは振り向きざま、近くの大きめの岩に飛び乗り、周囲を見渡す。
「…あそこに、ちょうどいい川のよどみがあります。ボク、ちょっと行ってきます!」
川のよどみを見つけたのは、嘘ではない。むしろこれら二者は、ミトスが待ち望んでいたパズルのピースの1つ。
ミトスは湿気を帯びた鍾乳洞の地面に足を取られないよう、クラトス直伝の軽足でもって、そこに駆け出した。
364埋め:2006/05/15(月) 08:41:05 ID:dbRJTPGR
そして、数分後。
「ほら、ちょうどいいお風呂がこれで出来ましたよ」
先ほどミトスが見つけた川のよどみ(よどみというよりは、川と繋がった大きな水溜りというべきか)は…
荒っぽい作りながらも、十分目隠しになる岩壁に囲まれて、ほかほかと湯気を上げていた。
あたり一体は、さながらサウナのように暖かい蒸気が立っている。
その湯気は、水溜りの周囲に出来た荒い作りの岩の壁により水溜り周囲に漂い、じんわりと温かみが伝わってくる。
つまりは、地下の川の水溜りを作り変えた、即席の蒸し風呂。この会場では本来望めなかったような、最高級の浴場だ。
「すごい…!」
ミントとリアラの第一声は、それを置いて他になかった。
「よく姉さまと一緒に旅をしていた頃、こうやって即席の露天風呂を作ってたんです」
ミトスはどこか誇らしげに、2人に胸を張った。
この洞窟風呂の作りは、以下の通り。
まず先ほどミトスが見つけた川の水溜りに近付いたところで、彼は呪文の詠唱を開始。
人目から隠すためと、湯気を閉じ込めるための岩壁を魔術「ロックブレイク」で作成。
一箇所だけ人の入れる隙間を作り、水溜りの周囲を岩の壁で囲う。
更に囲った水溜り目掛け、威力を絞って魔術「レイジングミスト」を発動。
本来この呪文は、高熱の蒸気を発生させて敵を蒸し殺す火と水の複合属性魔法であるが、手加減すればこんな使い方も出来る。
水溜りはこれで、入浴に適した暖かな湯に代わり、「レイジングミスト」の作用で岩壁の中はサウナになる。
ミトスはこうして、洞窟内に即席の浴場を作ったのだ。
「えっと…入るための隙間は向こう側にありますから、そこから中に入って下さい。
ボクは向こうにいますから、お風呂に入ってるところは見えませんよ。
あと、川の水が少しずつ隙間から入って来てぬるくなりますから、最初は少しお湯が熱くなってます。気を付けて下さい」
ミトスは2人にそう告げ、岩壁を指し示す。ミントの目は、明らかに喜ばしげな光に満ちている。
「…せっかくここまでしてもらったんですから…」
それはまた、リアラも同じこと。先ほどとは別の意味でも、頬を赤く染めている。
「入ります…?」
ミントは嬉しそうな光をそのままに目を横にやり、リアラとコレットを見る。
365埋め:2006/05/15(月) 08:42:00 ID:dbRJTPGR
「ボクもクラトスから聞いたことがあるんですけど、こういうところを流れる水は、美容や健康にもいいみたいですよ」
ミトスはそこで、クラトスの薀蓄を1つ、披露した。
いわゆる温泉とは、人間の健康に良いいくつかの薬効成分のうち、1つ以上を含み一定以上の温度を持つ水の湧出地点を指す。
そしてこのような鍾乳洞を流れる水には、薬効成分が普通の水より多く溶け込んでいる。
つまり、この即席の浴場はまさに温泉そのもの。
この殺戮の島で温泉に浸かれるなど、とある異世界のことわざで言えば「魔界でローレライに会う」ような幸運だ。
無論、E2の城では、今この瞬間にもスタンやカイルが命がけの死闘を繰り広げているかもしれない。
のうのうとこんなところで温泉につかるなど、不謹慎だと言い張る者もいるかも知れない。
だが、休める時に休んでおかないと、体ももたないのもまた事実。これは以降の戦いに備えた、気力の補完と考えればいい。
ミトスはそう続け、とうとうリアラとミントを説得した。
ミトスは川の上流の方に向かい「念のため出口方面を見張っています」とだけ言い残し、その場を去る。
これでここに残るはミント、リアラ、コレット。つまり女性のみ。もうこれで、異性の目を気にすることは無い。
岩壁の隙間から、3人は温泉と化した水溜りの中に顔を出す。
岩壁がいびつな円を描き囲う面積は、直径にして男の歩幅10歩分と言うところ。
そして岩壁の中の水溜りの大きさは男の歩幅で約7歩分。3歩分の余裕がある。そこを脱衣場代わりに使ってくれということか。
贅沢を言えば脱衣場は別に設けて欲しいところである。
だがそんな事をこの状況で言っては、ユニコーンやアタモニ神からバチが当たるだろう。
身にまとったサンダーマントを外し、きれいに畳んで皮袋に収納するミント。几帳面な性格が、そこに見て取れる。
大ぶりの珠をあしらった髪飾りを外し、髪を下ろすリアラ。まとめられたショートカットの髪が、はらりとほぐれる。
だがコレットばかりは、自分で服を脱ぐというわけにはいかない。
ミントがやると激しく抵抗するので、やむなくコレットの脱衣はリアラが手伝うことに。
コレットに「バンザイ」の姿勢を取らせたまま、リアラは彼女の神子装束に手をかける。
まずチャクラムを扱うためのグローブを外し、前で止めるタイプの装束を開く。脱いだ服はやはり、畳んで皮袋に入れることに。
何だか、赤ちゃんをお風呂に入れてあげる時みたいね、と苦笑するリアラ。
彼女の視界の向こう側で、金色の川が流れたのはその時だった。ブーツと靴下を外したミントが、乱れた金髪をかき上げたのだ。
366埋め:2006/05/15(月) 08:43:36 ID:dbRJTPGR
グローブを外し、法術師の帽子を脱ぎ、致命傷を避けるための金色の首当てを緩めるミント。
ためらいながらも、彼女は法術師のワンピースの裾に手をかけ、それをするりと首から抜く。
ワンピースの下に着ていた薄手の半袖を脱ぐと、彼女は早々と下着姿になっていた。
弾力に富む豊かな乳房が、下着の中で揺れる。白い薄布一枚に隠された、腰から太ももまでの悩ましい曲線を描く柔らかな臀部。
同性のものと知りながらも、リアラはそれを見て妙にどぎまぎするのを感じた。やがてミントは胸を覆う布を外し…
リアラはそこで、慌てて顔を伏せた。はたと我に帰る。
人が服を脱ぐところをあまりじろじろと見るのは、さすがに礼儀正しい真似とは言わないだろう。
とにかく、今はコレットの服も脱がせてやらなければ。コレットの神子装束に再び手をかけるリアラ。
そこではたと靴を脱がせることを忘れていたリアラは、先ほどに層倍する慌てぶりで、コレットの靴を脱がす。
神子装束を外したコレット。
ゆったりとした装束の上からではよく分からなかったが、こうして下着一枚になると、彼女にも一応胸の膨らみを見て取れる。
最も、ミントのそれとは比べようも無いほど、小ぶりのものではあるのだが…
リアラはコレットの胸を裸にし、脱がせた着衣はきれいに畳む。
下半身を覆う黒のタイツは、少し横着だが下着ごと外してしまうことにした。
これで、生まれたままの姿に戻った乙女はこれで二人目。
ミントの醸し出す清純な色香とは多少趣も違うが、それでもまるで天から降りてきた、無垢な天使を思わせる美しい肢体。
(…まあ、当たり前…よね…?)
リアラは誰に問うでもなく心中呟く。
コレットの冒険譚をわずかなりとも聞かせてもらった彼女なら、コレットの体のこともまたある程度は知っている。
最も、「天使のような」という比喩は、コレット自身やその仲間からしてみれば、無条件に微笑ましいとは言いがたいのだが。
最後に、靴を脱ぎ、自身のワンピースをまとめる腰帯をほどき、ワンピースをミントのようにするりと抜き去るリアラ。
胸と腰を覆う薄手の布を外し、彼女もまた一糸まとわぬ姿となって、畳んだ着衣を皮袋にしまい込んだ。
念のため、各人武器はすぐ手を伸ばせる位置においてある。
ミトスが向こう側で見張りに立っている以上、乙女のバスタイムに闖入する狼藉者がいるとは思えないが、念のため。
出来ることならバスタオルを体に巻いて湯に浸かりたかったが、あいにくバスタオルは一枚しかない。
体を拭くために、少し惜しいながらもリアラは何も持たぬまま、自然の浴場に体を委ねることにする。
367埋め:2006/05/15(月) 08:44:24 ID:dbRJTPGR
手桶も無いので、両手で湯をすくい、肩からそれを流す。確かに少しばかり熱めの湯だが、すぐに慣れるだろう。
何となく感じる気恥ずかしさゆえに、リアラは胸と、それから下腹部の辺りを両手でかばい気味にして、右足を浴槽に着ける。
(暖かい…!)
着けた右足から、今までの汚れと疲労が溶け消えてゆく心地よい感覚に、リアラの頬は緩む。
左足も湯に着け、それから腰。腹、胸と来て、最終的に肩まで浸かり、リアラは暖かい水溜りの底に、その腰を落ち着けた。
こんなところで、こんな風にお風呂に入れるなんて。リアラは改めて、ミトスの厚意に感謝を寄せた。
水は透明。ランタンや松明程度の灯りでは、維持できる視界はたかが知れている。
だがリアラは乙女の恥じらいとばかりに、両足を畳んでその場にたたずむ。膝を乳房の前に寄せ、腰の前で足首を交差させ。
たとえここには同性しかいないにせよ、リアラは自分の体を隠したい気持ちになる。
改めて見て実感した、ミントの肢体に気後れしたから、というのも原因の1つかも知れない。
小首をかしげ、長く伸びた金髪を一房手に取り、互いをこすり合わせるようにして、髪の汚れを落とすミント。
湯の中にふわふわと浮く彼女の膨らみは、やはり豊満という他無い。
腰周りの肉付きもよく、一目見て適わないな、とリアラは直感する。
きっとロニさんが彼女を見たら…もちろん裸を見るなんて許せないけど…きっと「ボインちゃん」なんて評するだろう。
この体つきを見たら、男の人はほとんど色気で参ってしまうのではないか。
カイルやロニさんはもちろんのこと、ジューダスでさえ慌てふためくかもしれない。そんな想像を巡らせるリアラ。
(私も…)
ミントさんくらいの体つきだったら、カイルは喜んでくれるだろうか。
より丸みを帯びた自分の胸や腰周りを見て、顔を赤くして目を背けるカイルを想像すると、それはそれで楽しいかもしれない…
と、そこに。
「…………」
それに真っ先に気付いたのは、コレットだった。エクスフィアで強化された知覚で、その音を捉える。
「…歌…?」
岩壁一枚隔てた向こう側で、川面もまた波の歌を歌っている。だが、この音は…この歌は、そんな無機質な響きとは断じて違う。
「…ミトス君の…?」
368埋め:2006/05/15(月) 08:46:51 ID:dbRJTPGR
Kick up! Break out! いざ立ち上がれよ
I won't give up! 僕の限界は
自分で決めるものだから まだまだ行けるさ Going NOW!!

「…………」
変声期を迎える前の少年の、緩やかな高音に乗り、洞窟に歌が響く。
バラードのようにたおやかに、オルゴールのように儚げに。
しかし、そのミトスの声に乗ってなお、その歌からにじみ出る力は隠れはしない。

私の気持ちなんて分からないと 壁を作り何も見えなくした
自分なんてと自信もなくなってく リタイア?

「そう言えば…」
聞く者の気持ちを高ぶらせ、挫けそうな心さえ奮い立たせる、力強い旋律。その中で、ミントは呟く。
「ミトスさんは…ハーフエルフでしたね」
そう。歌舞音曲を好む雅やかなる種族、エルフ。その血は確かに、ミトスの体に流れている。いや、流れていた、というべきか。

結果は付きもので僕の影 それが全て

「きっと、これもまた彼なりの気遣いなんだと思います」
そう判断するミントもまた、ミトスの歌声に聞き惚れる事にした。
この歌声が遠くに聞こえる間は、そちらに近付いてはいない。そうミント達に示すための歌声。
何もそこまで気を遣わなくとも、とミントは少しばかり心苦しく思わないではないが、その気持ちは受け取ることに。

Hey Girls! Hey Boys! 何もしないより
I try! All things! やって悔やめばいい
きっとその失敗が僕を強くしてくれる Going NOW!


ミトスのたおやかな歌声と、そしてこの島で望むべくも無いはずの、暖かな岩風呂。
それは、この島の中に、ほんのひと時だけ訪れた至福のときであった。
ミトス自身が、その天国を地獄に変える、惨劇の一瞬までは。
369埋め:2006/05/15(月) 08:47:44 ID:dbRJTPGR
(どうしてしまったの、ミトス? 急に歌なんて歌い出して…)
ソーディアン・アトワイトは、ミトスの突然の行為をいぶかしむ。
口から流れ出る旋律に一切の滞りを持たせずに、返答するミトスいわく。
(…これも作戦のうちさ。姉さまに教えてもらった歌と共に、劣悪種の女2人を葬る…ね)
口は歌うために使われている今。ミトスは本来アトワイトに応えようはないはず。
この奇妙な現象を可能としているのは、言うまでもなくクルシスの輝石。
ミトス自身の肉体には歌を歌わせたまま、意識は輝石に宿らせてあるミトス。血肉を持たぬ者同士の奇妙な会話が、始まった。
(ちゃんと、ボクの言いつけを守っているみたいだね。アトワイトは聞き分けのいい子だね)
(…………)
アトワイトはその横柄で傲慢な言い方に、思わず閉口した。好きでミトスの言葉に従っているわけではない。
従わないという選択がここに無いから。拒否権は無いから。止む無く従っているだけに過ぎないのに。
(じゃあ、そんないい子のアトワイトには、ボクの作戦を教えてあげよう。
幸いなことに、意識を輝石に転送すれば、あの器には殺気は気付かれないみたいだし、これで安心して話が出来るよ。
…まあ、これからの作戦を実行するには、意識をまた体に戻さなきゃいけないんだけれども、それも計算はしてある)
くつくつという陰鬱な嗤い声が、輝石の光の脈動と共にアトワイトに届く。まともな肉体を持っていたなら吐き気を催していた。
それくらい純粋で、かつ禍々しい意志が、輝石には宿っていた。
(それじゃあ、講釈を始めよう。僕がこれから行う作戦に必要な要素は三つ。いや、『利用する要素』とでも言うべきかな。
それは『エルフの技』、『川の水質』、そして『即席の風呂』さ。
まず、『エルフの技』から説明しようか)
ミトスの輝石がそう言い終えたとき、ちょうどミトスの体の歌う歌は、そこで一曲を終えていた。
矢継ぎ早に息を吸い、新たな曲を紡ぐミトスの体。
例え無機生命体と化し、呼吸の必要はもはや無いとはいえ、肺に空気を送り込まねば言葉を発することは出来ない。
ミトスの声が、再び洞窟の空気を揺らした。
ミクトランの用意したこの島に満ちるは、マナ。この島に招かれし者達、全てに応えるため生み出された、異常な位相のマナ。
それでも、否、それゆえに、ミトスの声にマナは応える。空気のみではなく、マナもまた震え出す。
(これは…)
370埋め:2006/05/15(月) 08:48:51 ID:dbRJTPGR
歌。ミトスの歌。ミトスが1つ言葉を紡げば、微かな光が生まれる。ミトスが1つ旋律を生めば、微かな光は身を躍らせる。
洞窟のマナは、蛍を思わせる光と動きをとる。まるで星空の只中を泳いでいるかのような、幻想的な光景。
(…『呪歌』さ)
(『呪歌』…?)
(そう。遥か昔、デリス・カーラーンからエルフ達がシルヴァラントとテセアラの元になった、ある星に降り立った時代。
エルフ達はデリス・カーラーンから送られるマナを、歌によって操ったとされる。
遥か星辰の彼方から、『その星』に降り立った『指輪の王』が、邪悪な魔力で『その星』の支配を試みたっていう、
そんな伝承も残る神話の時代さ。
『指輪の戦争』があったとされるその時代から、エルフ達はこの技を体得していたとされる)
マナの生み出した蛍は、ミトスを中心として飛び回る。まるで遊び回る子供のような、無垢で無邪気な輝き。
(この『呪歌』が現在、シルヴァラントとテセアラに広く伝わる『呪文』の元祖になったとされている。
ボクも4000年のうちに、暇だからこんな技も練習していたんだ。
『呪歌』って言うのは、まあありていに言えば、歌を歌うことで呪文の詠唱の代わりをする、特別な魔術の使い方なのさ。
最もこのやり方は、とんでもなく原始的で、通常の呪文詠唱の何十倍も時間がかかる。
今ボクが詠唱している魔法なら、発動までにかかる時間は…まああと数分てところかな。本来なら数秒で済む詠唱なんだけど。
まあ、講釈をするにはちょうどいい待ち時間さ)
蛍はあちらこちらを舞い、仲間を増やしてゆく。時おり虚空から、ぽつりぽつりと蛍は生まれる。
すでにその数は千の位に届こうか、というほどに洞窟に散るマナの星は生み落とされている。
(あえて『呪歌』で魔術を使うような回りくどいやり方をするのには、二つの意味がある。
ボクの体に意識を戻せば、こんなまどろっこしいやり方なんてしなくてもいいんだけど、そうするとあの器に殺気を気付かれる。
その点『呪歌』なら、僕の体に覚え込ませたメロディだけで、呪文の詠唱の代わりが出来る。
それに『呪歌』なんて、エルフかハーフエルフでもなきゃ、よほど教養のある人間でなければ、
ただのプライマル・エルヴン・ロアーの歌と聞き分けるなんて出来ない。
呪文の詠唱の声を聞かれたら警戒されるかもしれないけど、ただの『歌』を警戒する人間は、まずいないだろう?
更にボクが複数の意味のない歌を歌うことで、更に本命の『呪歌』への警戒心を薄れさせる。
『呪歌』の意味は、つまりは相手に一切の警戒をさせないまま、呪文を詠唱することにあるんだ。
まあ、呪文の結びの句を発して魔術を完成させるには、どの道意識を体の方に戻さなきゃいけないんだけどね。
でもさっきもその危険はすでに計算済みさ。
…さて、次の要素は『川の水質』だ。
アトワイト、さっきボクは、この川に何が溶け込んでいるって言ったか、覚えてるかな?)
371埋め:2006/05/15(月) 08:51:23 ID:dbRJTPGR
(人の体にいい薬効成分、ですか?)
(そう。昔ボクはクラトスに、バラクラフの大図書館で色々な学問を教わっていた時期もあった。
その時ボクは博物学も学んだんだけど、こういう風な鍾乳洞を流れる水には、ある成分が多く溶け込んでいるんだ)
(…と言うと?)
アトワイトは、ミトスを促した。ミトスの輝石は1つ輝き、意識をアトワイトに転送する。
(アトワイトも、だいぶボクの輝石と波長を合わせるのが上手くなったね。
それじゃあ、その成分を教えよう。
早い話、それは石灰岩さ。石灰岩は水に溶けた風のマナを受けることで、ほんのわずかに水に溶ける。
この風のマナは、失活したものでなければならないんだけどね。この失活した風のマナの別名は『死の空気』。
これのお陰で、ここの水にはわずかに石灰岩を溶かし込んでいるんだ)
マナの蛍は、その時瞬きを始めた。星の瞬きとも微妙に違う、不思議な光の鼓動。
アトワイトはそれを、どこかで見たような気がする。けれども、何故だか思い出せない。
(話を続けるよ。そしてその水に溶けた石灰岩は、特にある属性を持ったマナと相性がいい。
石灰岩は塩と同じく、水に溶けている状態では正、もしくは負の雷属性を帯びた『アイオン』っていう粒子に分離するからね。
そういう意味では、この川の水は、海水と同じだね。わずかに溶けてるだけでいい。
ただでさえ水は、その属性と強く引き合うんだけれども、石灰岩が溶けていればなおさらそうなるね)
(ミトス。一体どういう…)
(おっと、そろそろ時間が押してるから、最後の要素を解説しないとね。今3人が入浴している『即席の風呂』。
ボクは何も、あいつらに安らいでもらうために、あんな安っぽいサービスをしてやったわけじゃない。
隙を丸出しにしてもらうための布石さ。
アトワイト。今あの劣悪種達は、どんな気持ちだと思う?)
ミトスの放つ「劣悪種」という言葉を、しかしアトワイトは瞬時にリアラとミントのことだと理解する。
彼の言う「劣悪種」という言葉は、いわゆる通常の人間と捉えていいだろうことは、文脈から容易に察することが出来る。
アトワイトは応えていわく、
(きっと、喜んでるわね。こんな地獄のような島の中で、天然の岩風呂に浸かって体を洗えるんですもの)
とのこと。ミトスは満足げに、首を縦に振る。
372埋め
後は御自由に