テイルズ オブ バトルロワイアル Part5

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1名無しさん@お腹いっぱい。
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750/ テイルズ オブ バトルロワイアル
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイヤル 感想議論用スレ5
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140575973/
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/index.htm
2名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 07:19:49 ID:DrZfwwOQ
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。  
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。       
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 07:21:03 ID:DrZfwwOQ
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 07:21:49 ID:DrZfwwOQ
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 07:32:25 ID:DrZfwwOQ
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア)  :4/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ○デミテル/○ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :3/8名→○スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/○リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :4/6名→○カイル・デュナミス/○リアラ/●ロニ・デュナミス/○ジューダス/○ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :4/6名→○リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/○カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :4/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー                   ○ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :3/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/○トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :2/8名→●セネル・クーリッジ/○シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/○ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :1/1名→○プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計24/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6

九時:F8
十二時(午後0時):B7
十五時(午後3時):G5
十八時(午後6時):B2

【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg
6名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 07:33:29 ID:DrZfwwOQ
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)
7名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 08:04:03 ID:n05Jetb8
>>1
いい加減この板に立てるのはやめろ
8名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 09:20:18 ID:fJ1miAlq
ゲサロでやれ
9子猫:2006/02/26(日) 09:39:29 ID:ExA7aWji
続きどうぞ
10第三回放送 1:2006/02/26(日) 12:04:43 ID:PzVP5/Z/

黄昏。
青と赤と黄が交わり合った空を、やがて光から闇へと変わり行く空を、人は黄昏と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。
人々は沈む陽を見て、一日の終幕を感じ始める。長い日であったか、短い日であったか。充実していたか、空虚なものであったか。
だが、この世界の黄昏時は、少なくとも一日を思い返し明日に繋げる刻ではない。
明暗の狭間で流れる無慈悲な声。
失望に至らせるあの声によって、人々は嗟嘆し、苛酷な現実を改めて思い知らされる。
「未来への光」ではなく「過去の残照」。この世界で意味する黄昏はそうであった。
歩く。走る。佇む。戦う。思う。嘆く。叫ぶ。笑う。
様々な人の様々な行動を前に、この世界の常理である声は始まる。

時は、午後6時00分。




「諸君」
巨大スクリーンに浮かぶ25の小さな輝きと、それを緩慢に眺めていた人物。
その人──天上王ミクトランは分針と秒針が重なるのと同時に、マイクから語り掛けた。
何時も会場を支配し凍てつかせ時を止める0時と6時の声だ。今頃各地の拡声器から声が流れているのだろう。
放送が流れる会場と留まり耳を傾ける人々の姿を想像し、彼ら彼女らの表情を思い浮かべるだけで心が高鳴った。
11第三回放送 2:2006/02/26(日) 12:06:14 ID:PzVP5/Z/
「如何がお過ごしかな? 楽しんでもらえているだろうか?
 ゲームも2回目の夜を迎える。早いものだ…深い闇に紛れ不意打ちに遭わぬよう気をつけるのだな。いや、慣れてきた諸君らには既に通じない手かな?」
最後に出た、わざとがましい小さな嘲笑さえも聞こえているのだろう。
一度咳払いしミクトランは放送を続ける。
「最初に、新たな禁止エリアを発表しよう。既に分かっているとは思うが、今から3時間ずつ禁止エリアが増えていく。
 まず午後9時にA3、午前0時にE4、午前3時にD1、午前6時にC8が禁止エリアとなる」
今回は大して反応もないだろう、と踏んでいたが案の上的中した。
盗聴器を通して聞こえてくる声には驚きの色が少ない。当然か。
前回拠点を多く選んだ故の控えめな選択。余り中心部ばかり指定し分断してしまうのは、色んな意味で望ましくなかった。
それに、この静けさも後の発表の前菜と思えば悪くはない。
メインディッシュは楽しみに取って置かなくては。
「では諸君らも待ちわびている、この12時間の間に脱落した者の名を呼ぶとしよう」
──空気が騒めき張り詰める。
それを直に肌で感じながら、ミクトランは一拍置き、名前を読み上げ始める。
12第三回放送 3:2006/02/26(日) 12:09:03 ID:PzVP5/Z/
「アーチェ・クライン、エドワード・D・モリスン、ジョニー・シデン、マリアン・フュステル、ファラ・エルステッド、
 バルバトス・ゲーティア、クラトス・アウリオン、マグニス、マーテル・ユグドラシル、サレ、ミミー・ブレッド。
 以上の11名だ。ここに来て1番多くの死亡者が出たな…良い傾向だ。これからもどんどん殺し合ってくれたまえ。遂に参加者は半数を切ったのだからな」
部屋に広がる十人十色の反応を聞きながら、放送を続ける。
彼の口元には自然と笑みが浮かんでいた。喜悦、興奮、恐悦。それらが混ざった主催者に相応しい笑みだった。
「既に諸君らも分かっているだろう? このゲームでは甘さなど通用しないことが。未だ持ち続ける者がいるとしたら、速やかに捨てることを勧める。それが生き残る唯一の方法なのだからな。
 …では、放送を終了する」
1つの警告の後、マイクの電源を切り軽い一息の後大きめのソファーにもたれ込む。
双眼を伏せ、これからを考える。
13第三回放送 4:2006/02/26(日) 12:10:24 ID:PzVP5/Z/
参加者は半数を切った。
どれほど生き残りたいのか、願いを叶えたいのか…その意思の強さが生死を左右する。
ここまで来た以上、全員が強い意思を持っているのだろう。しかし、それでも各々の思いは天秤に掛けられ、上がった方が切り捨てられる。
勿論、参加者の状況や状態によって天秤の傾きも変わってくるのだが。
様々な条件(ウェート)の下で掛けられる天秤。それに最後まで残った者がゲームの勝者となるのだ。
願望と引き換えの血塗られた手を持つ者が。
それは一体誰なのか。ここに現れるのは何時なのか。楽しみで仕方がなかった。
放送で抑えていた分を解放するかのように声を出して笑う。厳めしい笑声が部屋の声を上塗りし、響き渡った。




色を手放した空は闇を抱いていく。
また、誰かがこの闇に堕ちていくのだろうか。
14第三回放送 1(修正):2006/02/27(月) 22:16:41 ID:inLBuGZD
お手数をかけますが修正をお願いします。

1の、
×「何時も会場を凍てつかせる0時と6時の声だ。」
○「何時も会場を凍てつかせる6時の声だ。」

そして3の修正を全文投下します。
15第三回放送 3(修正1):2006/02/27(月) 22:18:33 ID:inLBuGZD
「アーチェ・クライン、エドワード・D・モリスン、ジョニー・シデン、マリアン・フュステル、ファラ・エルステッド、
 バルバトス・ゲーティア、クラトス・アウリオン、マグニス、マーテル・ユグドラシル、サレ、ミミー・ブレッド。
 以上の11名だ。ここに来て1番多くの死亡者が出たな…良い傾向だ。これからもどんどん殺し合ってくれたまえ。…そう」
部屋に広がる十人十色の反応を聞きながら、おもむろにミクトランが世間話でもするかのように軽く言葉を紡ぐ。
「今回の脱落者の内、マリアンとミミーは首輪が爆発し死亡した。禁止エリアに侵入したり等すれば彼女達と同じ、首から上を失う末路を辿ることになる。気をつけるのだな」
しん、と一瞬静寂が支配したのは思い過ごしだろうか。いや、そうだった。変わったのは明らかに声量が減ったことだけだ。
牽制の意。
脱出派の連中は、まず首輪の解除を目的として動く筈。それを首輪が爆発した者がいるという恐怖を与えてやれば、そうそう下手な行動は起こすまい。
何せ、首輪の解除が失敗すれば待っているのは確実に死なのだから。
16第三回放送 3(修正2):2006/02/27(月) 22:20:50 ID:inLBuGZD
生きたいから脱出しようとする。それと矛盾するわざわざ捨てるような行為をする奴など余程の命知らずだろう。
マリアンとミミーの知人にとっては精神的なダメージも与えることが出来る。
それに、
『第二回の放送を聴く限りどうやらあの主催者はかなりのお喋りの様だ。上手くすれば…』
ジファイブの町にいた男の言葉。
この男と周りの仲間達は盗聴されていると気付いていない。だが男の言うことを鵜呑みにして言葉を少なくすれば、逆に怪しまれかねない。
ならば多少は情報を与えねば。この程度の情報なら与えても不利になることはないだろう。
それが敢えてマリアンとミミーのことを告げた意味だった。
彼の口元には自然と笑みが浮かんでいた。喜悦、興奮、恐悦。それらが混ざった主催者に相応しい笑みだった。
「半数を切った今、諸君らも分かっているだろう? このゲームでは甘さなど通用しないことが。未だ持ち続ける者がいるとしたら、速やかに捨てることを勧める。それが生き残る唯一の方法なのだからな。
 …では、放送を終了する」
1つの警告の後、マイクの電源を切り軽い一息の後大きめのソファーにもたれ込む。
双眼を伏せ、これからを考える。
17名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 13:19:26 ID:87xj19OR
どうでもいいけど前スレ使い切ってからこっちでやれよ
18名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 17:15:20 ID:yJ+VblQB
>>17
容量がもうないんです
19名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 19:06:18 ID:87xj19OR
>>18
「あと4KBあるから(今496KB)それを埋めてから新スレに移れ」
って意味で言った




住民が前スレ埋める気無いなら俺が埋めてくる
20名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 20:38:56 ID:VEq1yWUL
急に言われても困るな。
せめて書き手がログを保管するまで待ちたまえよ。
今から住民で審議かけるから。
21ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 20:50:17 ID:9zrPzYxK
でどうするよ?
22名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 20:51:04 ID:RVi/3eBc
>>21
まさかここでソフィーをお目にかかれるとはwwwww
うはwwwwwラッキーwwwww
23ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 20:53:42 ID:9zrPzYxK
でお目にかかれてどうするよ?

ソフィーの世界って事でOKかな?
24名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 20:56:25 ID:RVi/3eBc
>23
ソフィーwwwwww
おkwwwwwおkwwwwwwww
25ヒットラー ◆EtJdV1/kQU :2006/02/28(火) 20:58:45 ID:PrFv7ydn
糞どもwwwwwwww


VIPがてめーーーーらに戦線布告だwwwwwww

くやしかったらかかってこいwwww

そのかわりてめーーーらの板を侵略するぜwwwwwwwwww

26名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 20:59:37 ID:RVi/3eBc
>>25
二人だけじゃ戦力が足りないぜwwwwww
仲間を集めなければwwww
27ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 20:59:39 ID:9zrPzYxK
よっしアリガトウ^^ベリーーベリーーありがとう!

テイルズ オブ バトルロワイアル Part5スレこれにて終演!!

只今よりソフィーの世界かよwwwwwwwwwスレです
28名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:02:18 ID:CQmosU2x
VIPからきました
29名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:02:32 ID:RVi/3eBc
イヤッホオオオオオゥwwwwwww

他のコテ仲間を集めてくるんだwww
ソフィーwwwwwww
30名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:03:49 ID:aQGGC+Ho
イヤッホオオオオオゥwwwwwww

他の糞コテ仲間を集めてくるんだwww
ソフィーwwwwwww (笑)
31ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 21:04:37 ID:9zrPzYxK
テイルズ オブ ソフィーの世界かよwwwwwwwwwwwwwww

^^
32名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:06:14 ID:RVi/3eBc
>>31
テラカオスwwwwwwってな世界観なんだろうなwwwww
うはwwwwwwwテラホシスwwwww
33ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 21:07:28 ID:9zrPzYxK
価格1万6千円だよwwwwwwwwwwwwwwww
34名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:07:33 ID:H/wrQa4T
vipからきますた
35名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:10:42 ID:azwSK4et
vipから来ました。ソフィー頑張れよ
36名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:11:20 ID:RVi/3eBc
一万六千円wwwwww
これまたカオスな詐欺的値段wwwwww
うはwwwwwww
37ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 21:13:43 ID:9zrPzYxK
相手居ないから燃えないじゃーーん・・

燃えさせてよ〜テイルズ オブ モエサセテ
38名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:16:10 ID:RVi/3eBc
勢いが無いな・・・wwww
39名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:16:36 ID:Qmk6ILa0
vi(ry
40名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:17:17 ID:Qmk6ILa0
vi(ry
41名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:18:17 ID:Qmk6ILa0
vi(ry
42名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:19:26 ID:18sX0PBN
HIPHOP板から来ました
三行で誰か説明してくれ
43BVLGARIア・ヨーグルト(o^ー')9m ◆2J0R1YULjw :2006/02/28(火) 21:19:50 ID:3kB7G9Np
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       .i `''´ ノ~フ  ヽ- ´   .|:
       λ / / ,       .i: <キリンです
    /´ / /./       i:,
   / / ./.∠___    /ノ
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  !、  ヽ、.レ´ ヽ __,,, - ''´´,,;;;;;;
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44コンソメ ◆Punch.me9U :2006/02/28(火) 21:19:58 ID:Ee0EyYsB
(´・ω・)ふがし暴れすぎないでね。
45ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 21:22:11 ID:9zrPzYxK
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいww
暴れませんよ^^

ソフィーの世界かよwwwwwって流行ってるのかよwwwwwwwwww
気になるのかよwwwwwwwww心狭いのかよwwwwwwwwwwww
意味アルのかよwwwwwwwwwwww・・・・ん?ないよ^^ねーーーーのかよwwwwwwwww
46名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:26:18 ID:5/fenNIk
VIPからきました
47名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:26:46 ID:4pAN3n/2
vi(ry
48名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:29:52 ID:+olHNFJl
VIPからきますた
⊂二二二( ^ω^)二⊃
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49名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:30:27 ID:2J2EiIKL
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 /;;;: - ´ .i. !● !ヽ、  !\;イ   |:
       .i `''´ ノ~フ  ヽ- ´   .|:
       λ / / ,       .i: <キリンです
    /´ / /./       i:,
   / / ./.∠___    /ノ
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  !、  ヽ、.レ´ ヽ __,,, - ''´´,,;;;;;;
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50ソフィー ◆z0/eVxGUZ2 :2006/02/28(火) 21:33:24 ID:9zrPzYxK
      ,.、 ,..、
   ,r‐, / ノ/ /                        _
   l i i !l i   ,..、                  r‐、 { レ、
   | l l ぃ 、  { j                    ヽ ゙! i | !
  f^i、 `ー/ .>→ {、          ∩     / /ノ ノ ∩
  l L〉'"  / /   )             | !   /< / /||
 └−、_       /               ノ `'ー'´`ヽ、 `' ''"ノ
     ´"'ー  1             ´"' 、  ノ     /
        \  \             厂   _,. - '´
          \ __ヽ‐、!ヽN(/レ'ムrZィ,/  /
          、_,>`   ヽ l/ r ,r  '´<_,/
         _,>_y-`゙7'冖'^ヘfヾ<,_, <,
          フ ニ'             `! く、
          Z _,i        ,r-   iニ {`
          ノィ r` 一 、     ,√` k Z`
           ノr',| ==。=ヾノ/ {_/=。== ミ_i`     動物園かよ・・
           ´fki ` ̄´ ^´ 「`` ̄´ ト!|
            _,. -ll,l!      、」    J iノj‐ 、,_  違うソフィーの世界かよwwwwwww
     _,. ‐ ' ´   ヾl r エ 工 エ ェ、__,. メ@  ` '‐ 、_
  ,.‐'´      l | └┴┴┴┴┴┴'/^′i     `'‐、
 /            ヽ  \ "´ ̄´ /  / /         ヽ
             \ `´ ̄ ̄`´  /
51名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:35:26 ID:aFRwicNc
サントス(笑)
52名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:37:40 ID:RVi/3eBc
( ^ω^)
53名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:38:30 ID:JIG7qzlX
vi(ry
54名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:39:02 ID:hEruCY1G
          /                  \   
          /                     ヽ 
         l                     \ヘ  
           l   /    ,|        i       ヽノ 
        i,// /    , /! i、,   i   i   .  i   l 
        /,i //  /| / l/ i l、 ! ∧ i、 iヽ  . lヘ ! 
        .i .i // _,,. -ー-.,,,__ i | ヽ ! l i_⊥r|┼iヽ. | i | 
        | l//!  / /~r-`''’  V | /イ)ヽ\  i i | ノ  
         い/ | ,/ ゝ   ヒノ    i/ ゝノ  /ヽ!ノ   
       /\!ヾ/  ヘ  、,,    ,  、、 /  |    
     / /ヽ;;::v\丶 ゝ  /⌒ヽ、__  ノ/ li. l
    / ,へ_ \;;:::::\\  !      ) イ ./)ノ   VIPからきたよ
    l /     \ヽ;;::::::i`へ > _ /// !/ |'    
     |    ゝ  Y;;:::::|   _ニ ー..,,__,..イ::::/   |
     |     ヽ |;;:::::レ´  〉―)>、|//  |      
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  /       へ ゝ:::::::::l <_,..!/:::::/       ヽ
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55名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:40:26 ID:87xj19OR
>>20
でも、前スレ埋めてから次スレ行くのが普通じゃないか?
56名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:46:31 ID:b9r9z6Nx
>>55
移転→新スレ立て→ログ取るまで数日待つ→埋め
これが普通。ネタスレじゃないから。
まあ、今回は数日立ってるから埋めても大丈夫だろうけど。
実際は放送問題で前スレのこと忘れてただけだろうがな。
57名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:56:53 ID:Jo55l3yV
VIPからきました
58名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 21:59:08 ID:87xj19OR
>>56
じゃあ、その数日間はもう誰も使わないスレを「ログを取るため」
って理由でわざと残しておくってことなのか?

どう考えてもおかしいだろ




まあ、それがこのスレのローカルルールだって言うならそれ以上文句は言えないけどさ…
59名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 22:20:45 ID:DocnC1et
>>58
>実際は

釣られてる。ただ悪態ついてるだけじゃないか。
60名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/28(火) 22:23:05 ID:bffdKipS
ログを取るというのが使うという事になるので十分に理由になる。スレ住人はただ迷惑を掛けるためにやっているわけではないのでどうか理解がほしい。すまんね。
61名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 13:44:03 ID:IuZXjk9V
うほ
62The Chess named 'Battle-Royal' 1:2006/03/01(水) 14:25:42 ID:NWnm8sei
 忌まわしきミクトランの放送が終わって、そろそろ小一時間というところ。
 ほとんど生き物の気配のないこの殺戮の島。島の夜は、まるで死者を待ち構える深淵のごとく、静かに、禍々しく過ぎてゆく。
 星詠み師ですら見たこともない、ありえないはずの星の配置。由来も定かならざる、赤と青の月。
 ここが「バトル・ロワイアル」の会場でさえなければ、十分に幻想的な夜空と言えただろう。美しい月に、嘆息することも出来ただろう。
 そんな夜空に向け、クレス・アルベインはあらん限りの語彙を尽くし、怨嗟の言葉を連ねていた。
「あああああぁぁぁあぁぁああっ!!!」
 地面に転がったクレスは、まさに悶絶という言葉を使うにふさわしい、苦痛のもがきを見せていた。
 震える自分の両手を見ていると、それがどろどろと腐り落ち、その中から骨が現れる。
 腐り落ちた肉からは数百匹もの蛆虫が湧き、貪欲にクレスの肉であったものを喰らう。
 たちまち肩まで蛆虫に蝕まれ、クレスの両腕はまっさらな白骨と化していた。
 たまらずに目を背けるクレス。目を背けた先は、東の砂漠。黄土色の大地が、延々地平線まで伸びている。
 その地平線から、「何か」がぼこっ、と生えてきた。
 「何か」はふらふらとした頼りない足取りで、しかし確実にクレスの方に向かってくる。
 マーテルだった。マリーだった。
 マーテルは涙とも血ともつかない赤黒い液体を、その瞳から垂れ流し、匍匐前進で迫ってくる。
 それもそのはず。彼女は右手一本で、地面を這いながら進んでいるのだ。余った左手は、足首を掴んでいる。クレスが両断した、彼女自身の下半身を。
 マリーは、さながら屍生人(ゾンビ)を思わせるような足取りで、のたのたとクレスに歩み寄ってくる。
 眼窩。鼻。耳。口。全身の傷口。腐敗した腸がはみ出る腹部。全身の穴という穴から、津波のように害虫が湧き、四方八方に撒き散らされる。
(ドウシテ…ワタシ…コロシタノ……)
 いつの間にかクレスの眼前にまで迫ったマーテルは、うつろな瞳でクレスに問いかけた。
「く…来るなぁ!!」
(かゆい…カユイカユイカユイカユ…)
 全身をかきむしるマリー。傷口を1つかくごとに、湧き出る蟲の量も一段と増える。害虫を撒き散らす両手が、クレスの首に伸ばされ…
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
 クレスは今、悪夢の中にいた。
63The Chess named 'Battle-Royal' 2:2006/03/01(水) 14:26:42 ID:NWnm8sei
「さて…『お仕置き』もこれくらいやればいいだろう」
 青息吐息で地面に転がるクレスを前に、デミテルは1人ごちた。
 彼が右手に握る物は、小さな木製の椀。どろりとした深緑の液体が、そこには満たされていた。
「クレス・アルベイン。これを飲め」
 デミテルの存在に気付いたクレス。もはやまともな言葉を繰ることも出来ない喉。
 だが、彼はそれで、やってきた救いの手に必死にすがろうとする意志を、主人たる男に必死に表していた。その意志は、確かに伝わっていた。
 震える手を無理やりに押さえつけ、椀を受け取るクレス。椀の中の深緑の液体は、小刻みに波打っていた。
 それを急いで口元にやり、一気に飲み干す。味ははっきり言って飲めた代物ではないが、それでも今の状態が永遠に続くよりは遥かにましだ。
 げほげほとむせ返りながら、クレスは椀を投げ捨てた。荒い呼吸と、言うことを聞かない四肢。それは段々と、収まっていった。
「言うことを聞かないからこうなる。…分かったか?」
 いまだ息の荒いクレス。その金髪を掴み上げ、デミテルはクレスの目を真っ向から見据える。クレスは対して、荒い呼吸の中から、途切れ途切れにデミテルに答えた。
「はい…ご主人…様……」
「分かればいい」
 デミテルは、掴んだクレスの金髪を手放した。糸が切れた人形のように、クレスはかくん、と頭を垂れた。
「……………!」
 いまだに苦しげな声を漏らす金髪の青年。彼を見やる青髪の魔術師は、落胆半分安堵半分といった様子で、言葉を紡ぐ。
「…やれやれ…『保険』をかけておいて、やはり正解だったようだな」
 立ち上がるデミテル。その言葉を誰に聞かせるでもなく、感情で色を付けるでなく。
 深淵の暗闇は、あっという間にデミテルの言葉を呑み込み、辺りは再び静寂に帰った。
 デミテルがクレスを操る際にかけておいた『保険』…それは、クレスを操る際に錬金術で成分を変質させた、あのバクショウダケにある。
 コカの葉を…さもなくば芥子(けし)の実を精製し、作り出した薬を例に出すまでもなく、人の精神を変質させる薬は、往々にしてとある性質を持つ。
 一度飲んだ薬に、服用者の肉体を、ひいては精神を依存させ、最終的には薬抜きには服用者を生きられなくするという性質だ。
 人はその薬を「麻薬」と呼ぶ。
 本来バクショウダケもまた、デミテルの在りしアセリアの大地には存在しないはずのキノコ。
 だが、簡易なマナ解析を行う錬金術の初歩呪文程度で、デミテルは「そのこと」を見抜いていたのだ。
 バクショウダケの成分を、マナを以って変質させれば、人間の凶暴性を引き出す薬を精製しうることを。善意を失わせ、精神を蝕む魔の薬を。
 本来ならば成分の組み換えを行う際、麻薬としての性質を抜き取ろうと思えば、抜き取ることも出来た。
 習慣性を示さない、「安全な」薬品を作ることも出来なくはなかった。
 しかしそれを取りやめ、あえて薬に習慣性を残しておいたのは、この事態を想定しておいてのことだ。
 習慣性を残しておけば、もし服用者が暴走するような事態になっても、まだ制御の手段は残る。
 禁断症状で服用者を苦しめる、という手段が。
64The Chess named 'Battle-Royal' 3:2006/03/01(水) 14:27:38 ID:NWnm8sei
 麻薬漬けになった人間が、いざ麻薬を止めようと思っても自力ではほとんど止められなくなるのは、この禁断症状によるところが大きい。
 麻薬に依存しきった人間が、麻薬を断ったとき。彼は…または彼女は地獄のような苦痛と、そして悪夢に見舞われる。
 その苦痛と悪夢を逆手に取れば、麻薬の提供者は、服用者を好きなように手玉に取れる。
 アルヴァニスタやミッドガルズがどれほど「手入れ」を行おうと、麻薬の販売者を根絶しきれないのは、これにも一因があるのだ。
 すなわちデミテルは、クレスの良心をバクショウダケから精製した麻薬で破壊し、そして麻薬の依存症でクレスを隷属させる。
 この手段を以って、手綱を取っているのだ。
 クレスにしてみれば、もはやデミテルに付き従う以外の選択肢はない。デミテルが死ねばもはや麻薬を作れる人間はいなくなる。
 後はそうなれば、クレスは死の瞬間まで地獄の苦痛と悪夢に付き合わねばならないのだ。
 無論、こんな手段を以ってして他者を隷属させるなど、まさに鬼畜や外道の行い。人非人と謗られても文句を言えない、極悪な行為だ。
 だが、古くより伝わる戦争論の書物には、この一句が存在することもまた事実。「目的は手段を正当化する」と。
 いざ戦争になれば、浅薄な感傷や正義感など、吹けば飛ぶようなはかない題目に過ぎない。
 鬼畜外道に堕ちる覚悟のない者は、戦争の勝者たり得ないのだ。
 クレスの荒い吐息も、夜の闇に消えようとするその時。デミテルは傍らに控える、もう1人の青年に声をかける。
「…異常はないか、ティトレイ・クロウ」
 ひとところに座し、禅の位を組みながら精神を研ぎ澄ます青年、ティトレイ・クロウ。
 彼の目はいまだ、深い霧に閉ざされた森林のように濁っている。ここにあらざる彼の心は、いまだに彼の体に帰る素振りを見せない。
 だが、彼はただ聞かれるがままに、主たる男への質問に、最低限の疑問や関心を持つ以外せずに、淡々と答えていた。
「…ない。だいじょうぶ」
 デミテルのもう1つの駒たる緑髪の青年は、ただ自らの主の命ずるがままに周囲の草木と息吹を合わせ、草木に伝わるあらゆる情報をその脳裏に運んでいた。
 「樹」のフォルスは植物を急成長させたり、蔦で獲物をがんじがらめにするだけが能ではない。
 草木を自分の意に沿わせるのではなく、逆に草木の方に寄り添えば、彼らは術者に有益な情報をもたらしてくれる。
 すなわち、術者の周囲に近寄る存在の感知。ティトレイは、これにより草木そのものを鳴子に利用、警報の役割を果たすのだ。
 草を踏みしめる存在を感じれば、木に寄りかかって休息をとる者がいれば、草木自身が…すなわちティトレイが直ちにそれを感知する。
 空を飛ぶ力を持つ者か、はたまた警告を発することが無意味なほど高速で接近する者か、どちらかでない限りこの草木の警報は有効。
 逆に、相手に己が存在を感知されたことに気付いていない、愚かな侵入者の油断を誘っておいて、不意打ちの逆襲を見舞うことも出来る。
 気配を消せる消せないの問題ではない。どれほど練達の暗殺者であろうと、地面を踏みしめねば獲物に歩み寄ることは出来ない。
 すなわち、忍びの術に長けた者でさえ、ティトレイの監視を逃れることは不可能なのだ。そこに草木の生えた地面がある限り。
65The Chess named 'Battle-Royal' 4:2006/03/01(水) 14:28:35 ID:NWnm8sei
「さて、ここから先、どう打っていくか…」
 デミテルはクレスへの「お仕置き」を終え、再び地面に座して思考の海へと漕ぎ出す。
 当初は人質の…マーテルの死に錯乱した金髪の少年、ミトスを利用する形を想定して、次なる策略を展開する予定だった。
 C3の村で漏れ聞こえてきた会話から察するに、ミトスなる少年はマーテルの弟であったらしい。
 肉親や友人や恋人を殺された人間が、憤怒や憎悪の余り、この会場を包む狂気に呑まれるという事態は、これまでこの島で散々起きてきた。
 ミトスという少年もまた、その狂気に呑まれた者の1人。
 そして狂気を飼いならし、したたかにこの島を生き延びるデミテルにとっては、ミトスの狂気は、またしても天から恵まれた嬉しい誤算。
 狂気にかられた人間が、他の人間を襲い、殺す。そこから更に狂気は広まり、まさに鼠に媒介される黒死病の様相を呈する。
 よしんば何者かが強い意志で狂気の伝染に絶えたとしても、命がけの激闘を繰り広げ、疲弊した一同を殺すのは容易。
 デミテルはすでに、狂気を伝染させ、噛み合う互いが疲弊した隙を突き、多くの命を葬っている。
 ましてやミトスは、下手をすればあのダオスとさえ互角に渡り合えるくらいの、強大な力を備えている。
 強大な存在ほど、狂気に堕ちたときの周囲への破壊は凄まじい。
 その点において乱心したミトスは、デミテルにとってはこの上ない漁夫の利の提供者…となるはずであった。
 だが、その目論見は、クレスの狂気の方に阻まれた。血への欲情を抑えきれなくなったクレスが、無駄な「道草」を食ってしまったことで。
 それでも、デミテルはクレスを手放すことに、ためらいを感じている。
 本人に聞くところによれば、まだクレスは最後の切り札を備えているというからだ。
 迫り来る死の重圧によって肉体の枷を解き放ち、いかなる魔力や闘気をも無化する激烈な剣風を放つ三連斬り…
 アルベイン流最終奥義・冥空斬翔剣を。
 御しきれないからと言って、あっさり切り捨ててしまうには惜しいほどのメリットを、クレスは包含しているのだ。
 クレスはまさしく騎士(ナイト)の駒。真っ直ぐに進むことも出来ず、かといって斜めにも進めない、歪んだ進路しか取れない、ひねくれ者の駒。
 だが、騎士(ナイト)は逆に言えば、他の駒には出来ない奇襲戦法を取ることが出来る。
 何より、敵の張った兵士(ポーン)の防衛線をあっさり飛び越え、王(キング)に単騎で切り込める駒は、騎士(ナイト)を以って他にないのだ。
 そして、クレスという騎士(ナイト)は、見事にダオスという王(キング)に単騎駆けをこなして見せた。
 毒でもあり、薬でもある。まさにクレスは、劇薬の名を冠するにふさわしい手駒であった。
 劇薬のもたらすものは、利が多いか害が多いか。デミテルは常に、そのギリギリの見極めを強いられることになる。
 クレスはバクショウダケの禁断症状で、強引に押さえ付けてはいる。だが、だからといって油断は出来ない。
 クレスの「毒」も計算に入れた上で、今後の対策をいかにするか。
 デミテルの脳裏には、再び激しい火花が舞い始めた。
66The Chess named 'Battle-Royal' 5:2006/03/01(水) 14:29:23 ID:NWnm8sei
 時はやはり、小一時間ほど遡る。
 夕暮れの空に、悲嘆と絶望をもたらす、あの声が響き渡る中。
 ダオスは、ジェイは、互いににらみ合いを続けていた。
 2人の手には、この島の地図と参加者の名簿。
 放送の通りに、ミクトランから与えられる情報を逐一書き込む。
 禁止エリア。死亡者。そしてミクトランの気まぐれな話。
「…これで、情報に間違いはありませんね」
 ジェイは独り言のように呟きながら、筆記用具で地図の各所を指し示し、一つ一つ確認する。
(あのマグニスとバルバトスがゲームから脱落してくれたのはありがたいけど…)
 ジェイは、シャーリィを除けば今や唯一の知人であった、ミミーの死を知った時も、心はそれほど揺れはしなかった。
 死者にこんな発言は不謹慎ではあるが、禁止エリアに踏み込んで死ぬような、間抜けな死に方を彼女がしていたから、かも知れない。
 禁止エリアを聞き逃すような真似など、もはやこの島においては、命なんて要りません、と言っているも同然。
 そしてジェイは、ただでさえソロンの「教育」で奪われたなけなしのお情けを、そんな人間に対して向けるほどには持ってはいないのだ。
 だが。さすがのジェイでさえ。11人目の死者に赤い×印を付ける事は逡巡した。
 クラトス・アウリオン。ジェイに魔剣ヴォーパルソードを渡し、息子にそれを渡すようにとジェイに言い、E2の城の瓦礫に消えた男。
 やはり、彼はバルバトスの凶弾に…崩れ去った城の瓦礫に斃れていたのだ。
 じわり、と視界がぼやける。鼻の奥が、つんと熱くなる。
 それでもジェイは、次の瞬間には己に喝を入れることを忘れてはいない。死者を想い涙するのは、自身の役割ではないのだ、と叱咤して。
 セネルの死を、モーゼスの死を耳にしても、挫けなかった心だ。泣き濡れなかった顔だ。ここで心を砕かれては、今までの頑張りが無に帰す。
 心の弱い者から順に、この会場の闇は命を食い尽くしていく。闇に生きる者にそんな運命は許されない。自らの生きる拠り所に食われ、死ぬ運命など!
 ジェイは湧き上がる悲哀を、ソロンに教え込まれた滅心の法で以って、強引に押さえ付けていた。
 今なすべきことは、目の前の金髪の偉人より、C3の村の情報を引き出すこと。
 それにより、このゲームに少しでも優位に立てるよう、今後の戦略を組み立てること。
 涙に震えそうになる声に無理やり芯を通し、ジェイはごく平然を装いながら、彼に話しかける。
「…ええと…ダオスさん、でしたね…」
「…………」
67The Chess named 'Battle-Royal' 6:2006/03/01(水) 14:30:06 ID:NWnm8sei
「…ダオスさん?」
「…聞こえている。心配するな」
 感情を押し殺した声。それが、ジェイにとっては自分の鏡写しのように思えて、ジェイは思わず言葉をつぐんでしまった。
「…お前もまた…大切な人を亡くしたのだな」
 呟くダオス。
「さて、何のことでしょう?」
 この男には、何か意図があって自分にカマをかけているような雰囲気はない。けれどもジェイは、生来の癖でとぼけたような返答をしていた。
「…私もまた、大切な人を亡くした。お前の醸し出す雰囲気は、私と同じだ」
 ダオスもまた、ジェイと同じく11人目の人物に×印を付けることをためらっていた。そして今、その作業を終えたところだ。
 マーテル・ユグドラシルの死を、ダオスはやっとのことで認めていた。死を認められていなかったからこその、印付けへの躊躇だった。
「…………」
 ダオスは目を伏せ、もう一度マーテルを偲ぶ。故郷の救世主たりえたはずの、唯一の人物を。1人の人として、敬うにあたう女性を。
「…ところで、放送で中断してしまいましたが、お話の続きをよろしいでしょうか?」
 ダオスの黙考を、しかし中断せしめるジェイ。ダオスは目を見開き、目の前に立つ白皙の少年を映す。
「それとも、もう少しお待ちしましょうか?」
 ともすれば、皮肉とも取れそうなジェイの物言い。だが、ダオスはその言葉を真っ直ぐに受け取り、そして返す。
「構わん。今の私には、物思いに沈む暇はないのだ」
 そう。ダオスには時間がないのだ。
 東の地平線には、赤と青の月が姿を覗かせ、遥かなる天球にかかろうとしている。あの二つの月が再び地平線に抱かれるとき、ダオスの刻は果てる。
「用件は手短に言え。私はこれから、この島に残るマーダーを狩り尽くさねばならんのだ」
 この島にいまだ残る、狂気にとらわれずに踏みとどまる者達が、悪しき意志を持つ輩の凶刃にかからぬ内に。来たる永遠の眠りを、一時の眠りに変えるために。
「…でしたらひょっとすれば、ぼくはあなたにとって有益な情報を、提供出来るかもしれませんよ」
「…何?」
 白皙の少年の言質に、ダオスは眉根をひそめる。
「ですから、ここは1つギブ・アンド・テイクでいきましょう。名簿を見ればご存知かとは思いますが、ぼくの名は『不可視の』ジェイ。
一応、遺跡船という所では、指折りの情報屋として知られていました。
あなたはダオスさんですね? 最初ミクトランに立ち向かったあのときの事、覚えていますよ」
 ジェイと名乗った少年は、すると早くも用件を切り出しにかかった。C3の村で起きたことを、知る限りでいいから証言してくれ、と。
 ダオスは今まであったことを筋道立てて、ジェイに告げる。
68The Chess named 'Battle-Royal' 7:2006/03/01(水) 14:30:58 ID:NWnm8sei
 マーテルの願いの元、島の北東部から向かってきたこと。
 その道中でロイドという少年と、メルディという少女と合流したこと。メルディが途中で狂乱状態に陥り、それを力づくで押さえた事。
 村に行ったら行ったで、自らを宿敵とみなす男、モリスンと鉢合わせしたこと。
 それでも、ロイドという少年に仲人を務めてもらい、一時的に仲間となったこと。
 その輪の中に、クレスという少年も途中から参加し、改めて一同の力でミクトランに立ち向かおうと、一度は決意したこと。
 しかしその団結の輪を、再び狂乱したメルディに壊され、クレスの誘導により一旦他の仲間と別れたこと。
 そこでダオスはクレスの卑劣な策略にはめられ、モリスンにより満身創痍になったこと。
 そこでモリスンは自ら殺したが、マーテルは殺されたこと。共に行動していたミトスとは断絶し、しばらく腑抜けのようになっていたこと。
 そして、こうしてマーダーを狩るべくして、ここにいること。
 ダオスはあえて、ジェイに自らの命が終わりに近いことは告げなかった。単純に、言う必要がないと思ったからだ。
 そしてジェイは、この一連の証言の中で、ようやく待ち望んでいたパズルの1ピースを手にすることが出来た。
 残された唯一の仲間…シャーリィ・フェンネスの安否という、1ピースを。
「シャ…シャーリィさんが化け物に!?」
「シャーリィは、お前の仲間だったのか…」
 だが、ダオスから顛末を聞いたジェイは驚愕した。
 セネルの死を受け入れられずに、狂気という毒を呑み、そして挙句の果てには怪物に成り果てた、というダオスの証言に。
「向こうも刃を向けてきた以上、こちらもやむなく応戦はした。恨みつらみは聞き入れんぞ」
「いえ、その判断は正しかったと思います」
 正直なところ、ジェイの受けた驚愕は凄まじい。恐らくこの驚愕は、ソロンの死を聞いた今朝のそれに匹敵するかも知れない。
 ジェイは万一シャーリィと鉢合わせしてしまったら…その恐怖もまた、憂慮すべき事態として、ジェイは羊皮紙に書き込んでおく。
 ダオスやミトスほどの力を持つ者が、手を組んでさえ止めを刺しきれぬほどとあらば、はっきり言って恐るべき脅威だ。
 ジェイの持つ切り札、クライマックスモードでさえ、通じるかどうか。
 もともとクライマックスモードは、大気を介して大いなる海の意志、滄我と自身をリンクさせ、周囲に滄我の絶対領域を生成し、敵の行動を封じる技。
 発動させれば、ほぼ確実に相手を葬り去れる。
 もし敵対する二者が、同時にクライマックスモードを発動させたなら、どうなるか。試したことこそないが、推測はつく。
 恐らく滄我の支配力が高かった方のみが、クライマックスモードの発動に成功する。
 そしてシャーリィは、怪物と化していようと、滄我の代行者と目されるメルネス。競り合えば、恐らくはジェイが敗れる。
 シャーリィを元に戻すにせよ、葬るにせよ、ろくな打開策を思いつけない。
 ジェイは、その問題については後回しとする。明確に彼女の脅威の迫っていない今、他に考えるべきことは多くあるのだ。
 ジェイはつとめて、冷静な口ぶりで、ダオスに謝辞を述べる。
69The Chess named 'Battle-Royal' 8:2006/03/01(水) 14:31:43 ID:NWnm8sei
「ありがとうございます。ダオスさんのお陰で、C3の村周りの事件の真相は明らかに出来ました。ちょっとまとめてみましょう」
 ジェイは、今や半分以上の人間が赤く塗りつぶされた名簿と、そしてこの島の地図を取り出し、状況の整理にかかる。
「まず事の発端は、あの村にいたファラ・エルステッドさんとジョニー・シデンさんが、アーチェ・クラインさんを迎え入れたことからですね。
それが1日目の夜。今日の朝方になったとき、アーチェさんは2人の朝食に一服盛って、毒殺を試みたようです。
ジョニーさんはそれにギリギリ気付いたものの、ファラさんはすでに毒を受けていた。
アーチェさんはジョニーさんとのもみ合いの末ジョニーさんに刺殺され、ファラさんもまた、自らの死を知った。
ファラさんは最後の力を振り絞って、例の朝の呼びかけをしていたわけなんですね。
ちょうどありがたいことに、それと同時刻にE2城にいた、例のマグニスはこの紫髪の男…サレさんに殺されていた。
更に乱心したこの男…バルバトス・ゲーティアがE2の城を粉みじんに打ち壊し、その際の余波でサレさんとクラトス・アウリオンさん、
そして城を破壊した本人であるバルバトスが、まとめて死んだ。
…E2城の件は、ちょうどその時ぼくも現場に居合わせていたのですが、最後まで見ていたわけではないので、一部放送からの情報で推理したものです」
 もしE2城でマグニス達が死んでくれていなければ、C3の村はもっととんでもない事態になっていたかも知れませんね。
 その言葉と共に、ジェイは一度言葉を区切る。
「さて、問題のC3の村の件です。ファラさんの命を賭けた演説は、多くの人を呼び寄せた。
B2の塔に潜伏していたリッド・ハーシェルさんとキール・ツァイベルさん。エドワード・D・モリスンさん。
ダオスさんが率いていたマーテル・ユグドラシルさん、ロイド・アーヴィングさん、ミトス・ユグドラシルさん、メルディさん。
そして、そこに乱入してきたのが、クレス・アルベインさんてわけですね」
 ふう、とジェイはため息をつきながら、投げ出し気味の脚を畳む。
「後は、ダオスさんも見ての通り。その後C3の村に集った人間は、マーテルさんを旗振り役して一致団結するも、
そこに現れた不協和音が、ネレイドという異界の神に体を乗っ取られたメルディさんと、マーテルさんを人質に取ったクレスさん。
2人のせいで、せっかく組まれた仲間の輪は見事に空中分解。
メルディさんのせいでキールさんは家の中から外へと弾き出され、
リッドさん、ロイドさん、ミトスさん、ジョニーさんは屋内に幽閉され、その上で火計にかけられた。
屋外に追いやられたダオスさん、マーテルさん、モリスンさん、クレスさんの組は、クレスさんがマーテルさんを人質にとり、
最終的には屋内外併せて、ジョニーさん、モリスンさん、マーテルさんの3人が命を断たれた。
クレスさん、ダオスさん、ミトスさんはこうして南部に別々に進み、リッド・キール・ロイドさんを残して、
マーテルさんの作り上げた仲間の輪は崩壊したわけですね。
…最初ぼくはメルディさんとクレスさんが、裏で繋がって共謀していたと推理しましたが、その説は却下しました。
つまり村はあの時、マーテルさんの組とメルディさんとクレスさん、勢力が三つ巴になっていたわけですね」
70The Chess named 'Battle-Royal' 9:2006/03/01(水) 14:32:28 ID:NWnm8sei
「…一応聞くが、メルディとクレスがグルになっていたという説を、否定する理由は何だ?」
 そこで始めて、ダオスは口を差し挟んだ。ジェイはそれに、滞ることなく返事をする。
「確かに2人が共謀していたと考えれば、マーテルさんの組が団結を誓った直後に、あんな風に上手く戦力を分断できたのも説明がつきます。
ですが、ロイドさんの証言によると、メルディさんはロイドさんの見る前で、ネレイドという神にその体を明け渡したそうです。
それ以前の彼女は、心優しく善良で、何かに怯えているような風だったと彼は言っていました。
クレスさんと共謀するための打ち合わせが出来るとすれば、メルディさんがロイドさんと出会う前ですが、
ネレイドに屈する前の彼女の性格からして、C3の村の件のような悪辣な策略を立案したとは考えにくいですし…。
百歩譲って、もし彼女の本性は邪悪で、その悪意を完全に隠し切って今回の策を練っていたと仮定すると、
今度はC3の村の策略それ自体が、稚拙過ぎます。
もしメルディさんが、悪意を完全に隠し切って行動できるほどの腹芸の達人なら、もっと仲間内で絆を深め合って、
油断を誘っておいてからC3の村の面子を一網打尽にするくらい、やれていたはずです。
このようなかなり強引な仮定や論理展開が延々続いてしまって、共謀説は考えにくいんです」
 そこまで聞いて、ダオスは浅く頷いた。
 恐らくこの少年は、参加者の間を飛び回り、多くの証言を集めて縫い合わせている。
 証言だけからここまで精密な論理を展開できる少年の「指折りの情報屋」の自称は、伊達ではあるまい。
「ですから、C3の村の一件は、マーテルさん達とメルディさん、クレスさんの三つ巴、でカタをつけてもいいと思いますね。
…何より、ぼくが一番引っかかっているのは、屋内に閉じ込められたメンツが遭った『火計』です」
 今までのジェイの言葉に耳を傾けていたダオスは、その単語に反応し、きらりと目を輝かせた。
「ぼくが知りたいのは火計の犯人です。
あれも状況的にはメルディさんの仕業とまず推理したくなりますが、そうするといくつか腑に落ちない点が出てきます」
「…その『腑に落ちない点』とやらを言ってみろ」
 ジェイはそれに短く諾、と答え、すぐさまに言葉を繰り出し始める。
「もし火計の犯人がメルディさんだとすると、クレスさんがマーテルさん達を外に連れ出そうとした際、出口を潰すなどしてでも強引に引き止めたはずです。
先ほどの推理より、クレスさんとメルディさんは少なくとも共謀関係にないことが判明しましたから、メルディさんにとっては、その場にいた人間は全て敵。
もしメルディさんが火計の準備をしていたとすると、可能な限り多くの人間を殺すためなら、クレスさん達の逃走を見逃す手はありませんよね?」
 その方が、よりたくさんの人間を火事に巻き込めますから。ジェイは、そう締めくくる。
「そもそも、自分が家の中に残っている状態で、火を家に放つなんて馬鹿げた考え方です。
そんなことしたら、言うまでもなく自分も巻き添えになりますからね。
そこまでしてでも油断を誘ったり、はたまた乾坤一擲の大勝負に出なければならなかった理由も考えにくい。
おまけに、彼女には例の家の二階に運び込まれてから、キールさんが様子を見に行くまでの間、完全に意識を失っていた。
そんな状況じゃ火計のための仕込みなんて出来ませんし、遥か以前から彼女が仕掛けを張っていたなんて強弁は論外です。
…つまり、ぼくの言いたいことは分かりましたか、ダオスさん?」
71The Chess named 'Battle-Royal' 10:2006/03/01(水) 14:33:21 ID:NWnm8sei
「…第三者による放火、というわけか」
 ダオスの言葉を、ジェイは無言で肯定していた。
「はい。そう説明付けた方が、すっきりと筋が通るんです。ただ…」
 ジェイは声のトーンを一段階落とし、手元の羊皮紙を見る。
 もはや参加者の半数がこの島の大地にその血を啜られた。だが、容疑者はそれでも多過ぎる。
「現在の生存者数は25名。C3の村の一件の生存者5名やアリバイのあったクレスさん、そしてぼくを差し引いたとしても、
残された容疑者の数は18名。更にこの中でもぼくが直接見聞きした情報の中で、悪意がなさそうと確認した人を除外しても、
17名にまで絞り込むのが限界です」
 実を言えば、ジェイの偵察網にかかった人間の中には、位置的に犯行が可能な人間は1人…いや、2人いる。
 だが、「奴」を犯人だと確証出来る決定的証拠はない。そもそも、状況証拠でさえ不足している。
 あと一歩。仮決めのものでもいいから、パズルのピースがなければ、これ以上の推理は進められない。
 ジェイは、ここに来て改めて困惑した。
 今までの自分の推理は、証言を提供してくれたダオスへの返礼として披露していたが、さしもの彼でさえ、推理をこれ以上進めるのは困難となっていた。
 しかし。
 天恵か、はたまた必然か。
 ダオスは突然、その人物を指差した。
 ダオスが指し示した、その人物を確認した瞬間。
 ジェイの脳裏で、肝心要のパズルのピースが…仮決めのパズルのピースが、かちりとはまっていた。
「…デミテルだ。あんな策を繰り出す様な者を…私はこの中で一人だけ知っている。
それが…この男だ!」
 ダオスのその言葉と共に、ジェイは更なる情報への渇望に捕らわれる。もはや反射的に、ジェイはダオスへと問いを投げかけていた。
「その男のことについて、もっと詳しく教えていただけますか?」
 ダオスが指し示した男…デミテルこそ、ジェイが最も怪しいと睨んでいた人物。
 E2の城の崩落騒ぎのとき、ほんの一瞬だけ見かけた、赤メッシュを入れた青髪の男!
72The Chess named 'Battle-Royal' 11:2006/03/01(水) 14:34:15 ID:NWnm8sei
 ダオスは、デミテルという男の人となりを、ジェイに知る限りの情報を、全て提供していた。
 デミテルとは、アセリアの大地において、ダオスの軍門に下ったハーフエルフの1人。
 彼は屍霊術や黒魔術を専門とし、それだけではなく博物学、錬金術と言った諸般の学問に長けた男。
 そして彼はまた、戦術論・戦略論について深い造詣と天性の素養を持つ、ダオス軍屈指の智将であった。
 彼が軍師として指揮を振るった軍は、まさに無敗。
 さすがに全戦全勝とはいかなくとも、戦争論において絶対の鉄則である「負けない」という条件を常に満たしていた。
 彼の立案する作戦は、常にこの観点にから組み立てられていた。
 「いかにして、限りなく自軍の損害を0に近づけつつ、敵軍を壊滅させるか」。これを彼なりのやり方で、極限まで昇華させた戦法…
 それこそが、ダオス軍でも語り継がれる、「漁夫の利戦法」である。
 デミテルはダオスから、ある軍を壊滅させろと命じられたとき、まず何をするか。
 自らの軍勢を出撃させるのではない。まず周囲に敵軍を潰してくれそうな第三勢力が存在しないか、調査を行う。
 もし第三勢力が存在しないなら、別の手を使う。敵軍の一枚岩を割る、「ひび」を探すのだ。
 どんな軍でも、構成員は人間。そこには必ず派閥争いや、人間関係の軋轢がある。必ず付け入る隙はある。
 間諜を放ち、流言飛語を流行らせ、軍勢に揺さぶりをかける。第三勢力を挑発し、敵軍と戦うように仕向ける。
 これが最高形で決まれば、わざわざ手勢を派遣するまでもなく、敵軍は壊滅する。デミテルは一兵も派遣せず、敵軍を自滅させられるのだ。
 更に、一度やると決めたからには、鬼畜外道の所業を行うことも辞さない。
 第三勢力の軍を挑発するために、デミテルは自軍の兵士を用いて第三勢力の女性兵士を誘拐し、その目前で輪姦をさせたこともある。
 無論、デミテルが倒したい敵軍が、その輪姦を行ったように見せる偽装工作は怠らない。
 そんなデミテルは、しかしあるときダオス軍の軍師の座を辞した。
 その理由は、分からない。
 だが、十二分に勢力を拡大できたダオス軍にとって、デミテルの存在は必要不可欠ではなくなっていたため、あえてダオスはその辞意を受け入れた。
 以来彼は、1人ヴェネツィアの西の、とある孤島で孤独に学問を修めていたという。
「…なるほど。デミテルなる男の人となりは、ある程度理解できました」
 ジェイはそう答えながらも、仮決めのパズルのピースが正解である可能性の深まりに、疑問が氷解していくのを感じていた。
 位置的に犯行が可能であるというジェイの憶測と、状況から察してこのシナリオを書いたのは奴ではないかというダオスの憶測。
 二つの憶測が、一つの同じ結論を導出したのであれば、その憶測も結論も、真実である可能性はにわかに跳ね上がる。
「…しかし、となると、人数も減ってきたこの情勢下じゃ、そのデミテルって男が脅威になる可能性も濃くなってくるな…
よしんば今回のC3の件の犯人がそのデミテルって奴じゃなかったとしても…」
 呟きながら、推論を組み立てるジェイ。
 その耳に、ダオスの声が混じるまで、その思考は続いた。
 否。続けるわけにはいかなかった。
 ダオスの口から漏れる、その声を聞いては。
73The Chess named 'Battle-Royal' 12:2006/03/01(水) 14:34:54 ID:NWnm8sei
「ごはっ!!!」
 ダオスは、まさに血反吐を吐いていたのだ。
「! ダオスさん!!」
(あれだけの傷…やっぱり内臓が傷付いていたか!)
 ジェイは満身創痍になっても、なお二本の脚で立つダオスの頑健さを、見誤っていた。
 あれほどに傷を受けていれば、本来立っていることさえ辛いはずなのに。
 ジェイには癒しの力のある、ブレス系爪術は使えない。それでも目の前の人間が血反吐を吐こうものなら、何事かと駆け寄るのが人間だ。
 ジェイもまた同じく。
 それでもダオスは、あえてジェイの好意を受けようとはしなかった。駆け寄るジェイを、乱暴に突き飛ばす。
「!? 何を!!」
「お喋りの時間は終わりだ…お前と話せたのは非常に有意義だった。今の話を聞いてますます私は、デミテルを殺さないわけにはいかなくなった」
「どうして!? どうしてそんなボロボロの体で!!?」
 ダオスの背よりにじみ出る、激しい感情。それに揺さぶられたのか、めったに感情的に声を上げないジェイでさえ、声のトーンが上がる。
 そして、帰ってきたのは、ジェイの悲鳴に層倍する、ダオスの大喝の声だった。
「私には…時間がないのだッ!!!」
 ジェイは瞬間、全身が凍り付いた。
 次の瞬間、全身の毛穴から、どっと冷たい汗が吹き出た。
 この男の発する鬼気…桁外れの凄まじさを秘めている。まさに触れるだけで、肌が切り裂かれそうな程の。
 違う。この男の鬼気はそんな生易しいものではない。刃そのものが烈風と化し、吹き付けるようなほどの気迫。
 少なくとも、ソロンは確実に超えている…次元が違う! ソロンのまとう鬼気など、この男のそれに比べれば、そよ風も同然だ。
 見れば、ダオスの金髪は、一房ばかりが色を失っている。一筋の銀髪が、そこにはあった。
 ジェイは理屈を通り越して、直感で理解する。この男の髪の毛が、全て銀髪に変わったとき、この偉人は死の闇に臥すのだと。
 ジェイの瞳には、確かに見える。見えた気がした。
 闇夜よりも黒い外套をまとい、大鎌を握り締める骸骨が、ダオスの肩の上に。
 死神は、もはやダオスの背から離れようとはしない。彼の命を、定められたその瞬間に奪い、冥府に帰還するまでは。
 ぶるぶると、ジェイの膝が震える。ソロンよりも、かの虚無の神より強き何者かが、自らに命じているかのようにさえ感じてしまう。
 この男の屍を拾えと。この男の命の、最後の輝きまでを見届けよと。この男の燃える命を、極限まで熱からしめよと。
 この偉人は、もはや限られた命を賭けて、何かを守ろうとしている。その意志を無視し、通り過ぎるなど、出来ようものか。
 歩み始めたダオスの背に、たまらずジェイは声をかけた。
74The Chess named 'Battle-Royal' 13:2006/03/01(水) 14:35:39 ID:NWnm8sei
「ダオスさん!!!」
 この男の放つ鬼気に負けまいと。刃の烈風をおして、少しでもこの気持ちが届けと。
「デミテルを殺すにしても、どうやって!!? あいつをいぶりだす策はあるんですか!!?
あなたが認めるほどの智将なんですよね! デミテルは!! ならば、策を用いねばデミテルは確実に取り逃します!」
「ならばどうしろと!! 私にひとところに座し、おとなしく犬死にを待てとでもほざくつもりかっ!!」
「そんなつもりはありません! …落ち着いて聞いて下さい」
 あくまで感情を激発させるダオスと、その激情を静かに受け止めるジェイと。
 ぎりぎりと、緊張の糸が引き締められる。
 先に言葉を発したのは、ジェイだった。
「…1つ質問します。デミテルはあなたの軍門下で、『漁夫の利戦法』を用いて軍を無敗に仕立て上げていたんですね?」
「いまさら何を言うかと思えば…」
「そのやり方を、一度でも崩したことはありますか?」
 ジェイの言葉を一蹴しようと、一時は考えたダオス。だが、ジェイの瞳の輝きは、ダオスにそれを許さなかった。
 ジェイの眼光に、熱くなりかけたダオスの頭は再び冷静さを取り戻していた。
「…いや、ない。『漁夫の利戦法』は、絶対無敵の兵法と奴自身が自負し、奴は軍を正面から派遣したことは一度もなかった。
逆に言えば、どんなに油断を排した軍を相手にしても、奴は奇襲をかける隙を的確に見抜き、それを突いていたのだ」
「ならば逆に、そこが奴に付け入る隙です」
 ジェイの眼光。撃ち抜かれたダオスは、はっと息に詰まる。
「なるほど。つまりはそれが弱点か」
「はい。俗に『兵は水に象る』とも言います。
無形の兵法、絶対に先読みの出来ない兵法をデミテルに打たれれば、ぼくらは百回戦っても、百回負けるでしょう。
ですが、デミテルは『漁夫の利戦法』に固執した布石を打ってくるのであれば、その兵法はもはやとらえどころのない『水』ではありません。
デミテルが漁夫の利に食いついてくるのであれば、ぼくらはそれを逆手に取って、漁夫の利をぶら下げてデミテルを『釣る』んです」
 その漁夫の利が餌であると気付かせなければ、デミテルはほぼ確実に釣り上げることが出来る。
 ダオスはデミテルを智将とは目したが、その戦闘力自体はそこまで高くはない。
 たとえ今の満身創痍のダオスでも、「テトラアサルト」あたりをクリーンヒットさせれば…
 デミテルの秘孔を一撃でも突く事ができれば、その瞬間勝負は決まる。
 「テトラアサルト」は四連続の格闘攻撃で、敵の肉体を痛めつけるだけの技ではない。
 同時に敵の肉体の秘孔を突き、体内のマナのバランスを崩すことで、たちまちの内に肉体を石化させる技なのだ。
 これが決まれば、デミテルは有無を言わさず王手(チェックメイト)にかかる。
 だが…
75The Chess named 'Battle-Royal' 14:2006/03/01(水) 14:36:24 ID:NWnm8sei
「問題は、奴に付き添う一人の砦(ルーク)ですね」
 ジェイはE2の騒動でちらりとだけ見かけた、緑髪の青年を思い出していた。名簿によれば、彼の名はティトレイ・クロウ。
 たとえデミテルを釣り上げたとしても、彼がいる限りデミテルに肉薄するのはかなりの難業となるだろう。
 それだけではない。
 ダオスがモリスンとの戦いの際見かけたという、禍々しいまでに魔力を増大させる杖。それは地面から伸びた蔓が、どこかへ持ち去ったという。
 それはジェイがあの火計の跡地で見かけた、焼け爛れた蔓と奇妙な一致を見ている。
 それに、ダオスをこうまで痛めつける策を放った張本人、クレスのことも忘れてはならない。
 彼がもし、メルディではなく、デミテルと共謀していたと仮定したなら。少なくともメルディとの共謀説よりはしっくりきそうな気がする。
 さまざまな情報がジェイの脳裏を渦巻き、高速で整理されていく。
 この「バトル・ロワイアル」が始まって、まる1日半。
 デミテルもダオスでさえ一目置くほどの人間なら、この1日半のうちで、幾枚もの切り札を手にしている可能性がある。
 デミテルはC3の村の筋書きを構想し、その通りに見事に一同を踊らせたほどの相手とあれば、どれほど用心しても、し過ぎる事はあるまい。
 もちろんジェイは、ここで情報収集を終えたなら、ダオスを見限ってさっさとリッド達の元へ帰ることも出来る。
 だが、ジェイは頭でも、心でもその選択肢を破棄していた。
 今なら、ジェイはダオスの強大な力を借りることが出来る。少なくとも、今なら。
 それに、これから来る夜の闇は、もとよりジェイの得意とする舞台。ジェイは幼少時より、闇と共に生きることを強いられてきた。
 そんな自分が、軍隊の本営の中でぬくぬくと椅子を暖め、自分の手を汚すのを是とせぬような人間ごときに、遅れを取るわけにはいかない!
 ありがたいことに、デミテルはまだジェイという女王(クイーン)の存在に気付いていない。
 存在は認知していても、どれほど自慢の頭脳を働かせても、ジェイがこうしてダオスの味方になりつつあることは、予測し得ないだろう。
 少なくともジェイは、デミテルに自分がいかなる存在なのかを、一言も漏らしていないのだ。
 もとより不意打ち、闇討ち、騙し討ちは忍者の家芸。おまけにジェイには、デミテルと同じく軍師として働いた経験さえある。
 兵法にいわく、「人に致して人に致されず」。智将同士の対決においては、先手や上策で以って、先に戦いの主導権を握った方が勝つ。
 デミテルが生き残るのなら、ゆくゆくは必ずジェイも彼との対決を強いられることは必定。
 その時点で戦いの主導権を握られていたならば、目も当てられまい。だが、今ならジェイから「人に致す」またとない好機。
 「兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを見ざるなり」。先手必勝は、いかなる戦いにおいても成立するのだ。
「…ぼくに、この戦いの絵を描かせてもらえますか、ダオスさん?」
「…………」
 その無言の返答は、ダオスがジェイの提案を受け入れたことを、如実に示す。ジェイは少しだけ笑みを浮かべると、すかさず続けた。
「それではダオスさん、あなたの持つ切り札を、ぼくに教えて下さい。ぼくもこれから、持ちうる切り札を全て、かき集めて来ましょう」
 それからジェイは、ダオスと短い会話を交わした後、すかさず「鏡殺」で走り出す。彼が付いていた、仲間たちの下へと。
76The Chess named 'Battle-Royal' 15:2006/03/01(水) 14:37:01 ID:NWnm8sei
 この鮮血の島を舞台に、いま一つのチェスゲームが始まる。
 ジェイという名の女王(クイーン)を味方に付けた金色の王(キング)、ダオス。
 クレスという騎士(ナイト)と、ティトレイという砦(ルーク)を手駒にする青の王(キング)、デミテル。
 金色の王(キング)は、かけられた王手(チェックメイト)が成立するまでの、わずかな時間を以って、青の王(キング)へ肉薄する。
 次なる手を打つのは、デミテル。
 ここから先、双方共に、一手てたりとて悪手を打てない。まさに自らの命を駒とした、壮絶な戦いが起ころう。
 互いに互いの陣地の一部を、駒の一部を見やることの出来ぬこのチェス盤。
 結果論でもよい。上策を打たねばならない。先に上策を打てなくなった方が、先に判断を誤った方が死ぬ。
 王手(チェックメイト)成立までに、わずかな時間の猶予という、奇跡を掴み取ったダオスか。
 はたまた姿を見せぬ不明の智将、デミテルが、今度こそ完全に金色の王(キング)を滅するか。
 勝利の女神に微笑まれるのは、天運を呼び込むのは、果たしてどちらか。
 両雄は、こうしてチェス盤の上に立つことと相成る。「バトル・ロワイアル」という名のチェス盤は、激闘への予感に、打ち震えていた。
77The Chess named 'Battle-Royal' 16:2006/03/01(水) 14:37:40 ID:NWnm8sei
【デミテル 生存確認】
状態:TP残り85%
所持品:ミスティシンボル、ストロー、金属バット 魔杖ケイオスハート
第一行動方針:ミトス追跡は断念し、今後の行動の計画
第二行動方針:出来るだけ最低限の方法で邪魔者を駆逐する
現在位置:E3

【ティトレイ・クロウ 生存確認】
状態:感情喪失、TP残り60%
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3

【クレス・アルベイン 生存確認】
状態:TP残り80%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(デミテルから定期的に薬品の投与を受けねば、禁断症状が起こる)
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する(不安定)
現在位置:E3

【ジェイ 生存確認】
状態:緊張 全身にあざ TP残り70%
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚) 双眼鏡
基本行動方針:後顧の憂いを立つために、ダオスのデミテル討伐に協力する
第一行動方針:出来る限り多くの切り札を用意する
第二行動方針:3人との合流
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:D3崖下

【ダオス 生存確認】
状態:TP残り75%  HP1/8 死への秒読み(3日目未明〜早朝に死亡) 壮烈な覚悟 髪の毛が一房銀髪化
所持品:エメラルドリング  ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:デミテル一味の殺害
第二行動方針:クレスの殺害
第三行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:D3崖下
78矛盾存在 1:2006/03/03(金) 19:25:49 ID:sc0fpxSk
その疾走は結構な時間を要した。
そもそも研究者であるハロルドにとって全速力での身体の行動はそれ以上に疲労の蓄積を大きくした。
どれだけ走っただろうか、息をついて地図を広げてみる。
敵がどうやってこちらの位置を把握できたのか判断しかねた以上、少しの油断も今は命取りになり兼ねない状況にある。
果たして奴は…リオンはどうやってこちらの状況が分かったのか。
それらは全て自らが握る一本の剣が答えを知っている。
ハロルドは域を整えてその剣に話し掛ける。
「ディムロス、あいつは何でアタシの一夜状況が分かったの?」
だがその問いにディムロスはどうやら口ごもっている様子を見せた。
ハロルドは訝しげにディムロスを見る。何故答えるのを躊躇うのか。
リオンは言った。自分の悲願の為に協力してもらうと。
ディムロスは未だにその判断を下せないでいた。答えは恐らく言わずと出ている。
だが彼の姿を、一部始終を見てきたディムロスにとって、リオンの辛さを知ってしまった面がある。
果たして、彼をはばかう壁となっていいのか。
自分はかつての仲間に何をすればいいのか。
79矛盾存在 2:2006/03/03(金) 19:28:09 ID:sc0fpxSk
―否 やはり答えは同じ
彼の手助けをするのかと一度でも思ってしまった自分が恨めしい。
自分は軍人だ。非情には慣れている。
いや、慣れなければならないのだ。
願わくば彼を救うことを。そして彼に光を。
自分の存在意義を見失っていたディムロスはその輝きが一層増したかのように見える。
このゲームを終わらせなければ…
ディムロスは主催者を思う。果たしてあれはミクトランなのか。
はたまた全くの違う誰かなのか。
いずれにせよディムロスはリオンを止める選択をした。
そしてハロルドについて行く決断を下したのだった。
(こいつについていれば恐らく間違いはないだろう)
改めてハロルドはディムロスに問い掛ける。
「で、どうなの?あいつ何か持ってるんでしょ、電波系の。何で渋ってんのか分かんないけど吐いて貰うからね」
「いや、問題ない。答えよう」
ディムロスの問いにそれはそれでまた驚くハロルド。だがとりあえず相手の情報が手に入るのだ。逃す手は無い。
「奴は、リオンは離れた他の参加者の位置を掴む為のレーダーを所持している」
ハロルドの眉が動く。おそらく考えがビンゴだったのだろう。
それだけ聞いてハロルドは全てを理解したかのようにその歩を進める。
「やっぱりね…てことは感知しているのはこの首輪か」
触るだけでもおぞましい首に巻かれたそれは今尚自身の首元で妙な感触を健在させている。
ハロルドの憶測はほぼ正しく、また同時に新たな思考を巡らさせる。
「となると必要になってくるのはどうやってあいつを撒くか、ね」
歩きながら呟く。だがそんな事は百も承知のことをハロルドはあえて言葉にした。
首輪の仕組みは大体分かっている。その機能すべき点も。
天才にとってその可能性はまず第一に考える。傍観者が参加者の位置を把握しなければ意味がないことを。
そう、ミクトランはこちらの全ての事情を知っている。
だが自分たちしかいないこの島でどうやってその情報を知ったのか。
伝えるべき媒介はただ一つ…この首輪のみ。
どこかに盗聴器を取り付けたわけでもなく監視カメラが設置されているわけでもない、ただ一つの一方的な通信機。
これによってこちらの状況が筒抜けになっているという推論は、彼女の中ではほぼ確定となっていた。
故に分かりきったことをあえて口にして、裏では全ての打算を立てる。
だがその考えは今の彼女にとって後回しにされてしまう。
ある男への復讐…。
彼女にはやらねばならないことがあるのだ。
が、その所為も全ては五分後に打ち崩される結果となった。

80矛盾存在 3:2006/03/03(金) 19:29:00 ID:sc0fpxSk
自分としたことがこんなにもショックを受けるだなんて。
ハロルドはその場にへたり込み、ディムロスがたまらず声を掛けた。
「どうしたハロルド!?」
その叫びにもしばらく反応しないハロルド。
それは放送を聞いてからのことだった。
まず、第一に専念としていた目的が早くも崩れ去ってしまったのだ。
復讐すべき対象、バルバトスとマグニス。
その二人がそろってこのゲームから退場した。
ロワという大きな岩にポッカリと穴が開いた、少なくともハロルドはそう感じた。
復讐が絶えた。この憎しみをどうすればいい。
表は冷徹を装っていたハロルドだったが、ここにきてその内面が流出した。
憂さを晴らすことの出来ないまま対象は死んでしまったのだ。
なら自分は今から何をすればいい。何を一心にして生きていけばいい。
あの子供への償いはどうする。やすやすとここで生き長らえるのか。
わざわざ孤独にまでなったひとりの女性はその場で立ち尽くす。
彼女もまた存在意義を見失ってしまったのだ。
 
だが彼女はその数分後にゆっくりと立ち上がり、その眼差しを濃くする。
おもむろに地図を取り出して印を付け始める。それは指定区域のチェック。
何かが吹っ切れた、全ての答え。
方程式を編み出したときのあの感覚と似ている。
自分は天才だ。だからここにいる。
考えろ、自分のすべきことを。やるべき事を。
「ハロルド…?」
おそるおそる声を掛けるディムロス。だがその心配も杞憂に終わる。
「アタシとしたことが、どうかしちゃってたわ」
にへらと一度笑って体を整える。
「復讐の相手があっちから逃げちゃったのよ。矛先、換えましょうか」
言ってもう一度笑う。ディムロスはその光景が嫌なものに感じた。
その矛先とは誰なのか。それは今にもこの場を楽しんでいるであろう一人の傍観者。
「さて、と。利用させて貰おうかしらね」
次にハロルドは今しがた歩いてきた後方を見やる。今は薄暗くて見えないが、恐らくはいるであろう彼ら。
それを待ち構えて利用しようとした、その矢先。
「きゃああああああ!!!」
「え!?」
西から発せられたそれは誰のものだか判らないが、紛れも無く悲鳴だった。

81矛盾存在 4:2006/03/03(金) 19:30:03 ID:sc0fpxSk
ジューダスの足が止まる。
ヴェイグはその様子に気がついてジューダスの方を見る。
「ジューダス、どうした」
反応はない。何かに驚愕している様子。
「マリアンが…」
ボソッと呟く。そこに込められた感情。
先程の放送を、この二人も聞いていた。
だが死を知らせたそれは仮面の奥で何かを光らせる。
彼女が、死んだ。
参加している以上、それは揺るぎの無い事実。
ジューダスは一人歯を食いしばる。恨みや怒りや悲しみでもない、何か。
そしてここでもまた、ハロルドの考えもあえなく崩れる。
背後に誰かがやって来た音。ヴェイグはそれに向かって振り返る。だがジューダスは振り返らない。
「お前は…」
少なくとも彼には訳が分からなかっただろう。やってきたのは一人の少年。
だがその顔立ちは、仮面で素顔が分からなかったとはいえ、あまりにも似すぎている。
「貴様がジューダスか」
その少年は声を出す。ヴェイグは更に混乱する。声まで一緒なのだ。
「貴様に一度会っておきたかった。こちらを向け」
言われてゆっくりとジューダスはその少年、リオンへと顔を向けた。

二人の間にしばしの静寂が募る。
何の因果か、同じ時空に同じ人物。

「成程…確かに僕と瓜二つだ…」
先に声を上げたのはリオン。そのあまりにも類似している姿をリオンはまじまじと見る。
「で、貴様は何だ。奴の隠し子か」
奴、とは恐らく父であるヒューゴの事を指しているのだろうが、ジューダスにとって今はどうでもいいこと。
「貴様…」
そしてジューダスが口を開く。それをヴェイグ含め二人は息を飲んで待つ。
「マリアンはどうした」
一番聞くべきこと。今は亡き彼女のこと。
過去を断ち切った自分は彼女のこともすべて断ち切られた過去の自分に任せていたのだ。
だが任せた結果が、これ。
ジューダスは怒りや憎しみではなく、先に自分の不甲斐なさを感じた。
だがリオンは「あぁ」と言って一つのペットボトルを取り出した。
ヴェイグはその様を見て眉をひそめる。そこにはおぞましい何かが詰め込まれている。
ジューダスは真っ先にそれが何なのか…いや

誰なのかを理解した
82矛盾存在 5:2006/03/03(金) 19:31:03 ID:sc0fpxSk
「貴様あぁぁ!!」
叫び、ジューダスは剣を抜く。
リオンはすかさずボトルをしまってシャルティエを抜いた。
そして剣と剣が交わる。
近くには、目の前には同じ顔がある。
「何故お前がマリアンのことを知っているのか知らないが…」
リオンは剣を隔ててジューダスに喋りかける。その声はやはり紛れもなく自分のもの。
「彼女を生き返らせるためだ。死んでくれ」
キィンと剣を弾いて距離をとる。
ジューダスは再び双剣を構えてリオンを見据える。
だがそこには微かに輝きをみせるシャルティエの姿があった。
「ちっ!」
咄嗟にジューダスはその場を飛びのける。さっきまでいた場所に一つの大きな岩が降り注がれた。
リオンは怪訝な顔をしてジューダスを見る。
「まただ…何故こうも晶術が避けられる」
シャルティエに話し掛け、一つの返答が返ってきた。
『あの仮面の男、坊っちゃんと同じ匂いがします』
「顔だけでなく匂いまで一緒なのか…」
『いえ、そうなのですが言いたいことはそうでは無くて…』
二人が算段をしている間、ヴェイグは状況を把握できないままその光景を目の当たりにするしかなかった。
「ジューダス、奴は一体…」
「手出しはするな。これは僕自身の戦いだ」
その一言でヴェイグは黙ってしまう。
これも彼の中で何かがあったのか。こうなれば自分が出る余地など無い。
だがそこにひとつの悲鳴が零れた。
西の方角を見る。確かに誰かが悲鳴を上げた。
ここまで届くと言うことはおそらくそう遠くは無いだろう。
「行けヴェイグ」
ジューダスが囁きかける。
「ここは僕に任せて、ハロルドと合流しろ。いいな」
ここにいても恐らく自分の居場所はないだろう。
ヴェイグは今の自分の立場を理解した上でその要求を聞き入れた。
「分かった。あの女と合流すればいいんだな」
ヴェイグは西を向く。
去り際にジューダスに何か囁いて、ヴェイグはこの場から去っていった。
「無事でいろ…か。あいつも変わってきているな」
ヴェイグの囁きを復唱して一人ぼやく。
「逃がして良かったのか?二人がかりの方が何とかなったかもしれないのに」
「ちょうど貴様と二人きりになりたかったんでな…いや、三人か。なぁシャル?」
ジューダスはこの場にいるもう一人の人物、シャルティエに声を掛ける。
これには二人とも驚きの色を見せた。
「お前…何故シャルのことを知っている」
リオンは耐えられずに質問するが、ジューダスは逆にその双剣を構える。
「そんなことどうでもいいだろうリオン。決着を着けよう…」
リオンもその気らしくシャルを構える。
「そうだな…隠し子だかなんだか知らないが、マリアンを生き返らせることには関係ない」
先程から耳に残る「生き返らせる」という単語。
まさかミクトランの言っていることを本当に信じているのだろうか。
だとしたら過去は何と浅はかな事だったのだろう。ますます断ち切らねばなるまい。
「さぁ」
「始めよう」
ジューダスは過去にけじめをつけるため
リオンは愛すべき人を甦らせるため
それぞれがそれぞれの思惑を抱いて、今 戦いが始まった。

83矛盾存在 6:2006/03/03(金) 19:32:29 ID:sc0fpxSk
【ジューダス:生存確認】
状態:健康 少々混乱
所持品:アイスコフィン、忍刀桔梗、(上記2つ二刀流可)、エリクシール、首輪
基本行動方針:ミクトランを倒す
第一行動方針:リオンを倒して話を聞く
第二行動方針:ハロルドを捕まえて首輪解除の方法を模索する
第三行動方針:協力してくれる仲間を探す(特に首輪の解除ができる人物を優先)
第四行動方針:ヴェイグと行動
現在位置:E5西より

【ヴェイグ 生存確認】
状態:右肩に裂傷 強い決意
所持品:スティレット チンクエデア グミセット(パイン、ミラクル)首輪
基本行動方針:生き残る
第一行動方針:ハロルドを捕まえる
第二行動方針:悲鳴の後を追う
第三行動方針:ルーティのための償いをする。
第四行動方針:可能ならハロルドの剣(=ディムロス)を手に入れる
現在位置:E5西より

【ハロルド 生存確認】
状態:新たな考え
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ソーディアン・ディムロス
基本行動方針:迂闊なことは言わない 脱出への算段を立てる
第一行動方針:リオンの追跡からの完全離脱
第二行動方針:悲鳴が気になる
第三行動方針:首輪のことを調べる
第四行動方針:C3地点の動向を探る
現在位置:E5中央
 
【リオン 生存確認】
所持品:ソーディアン・シャルティエ 手榴弾×1簡易レーダー マリアンの肉片(ペットボトル入り)
状態:腹部に痛み(軽め) 極めて冷静
基本行動方針:マリアンを生き返らせる
第一行動方針:ジューダスの処理
第二行動方針:ハロルドを追いかける
第三行動方針:ジューダスという男に会う
第四行動方針:目的を阻む者の排除
現在位置:E5西より
84矛盾存在 6【修正版】:2006/03/03(金) 23:24:30 ID:sc0fpxSk
【ジューダス:生存確認】
状態:健康 少々混乱
所持品:アイスコフィン、忍刀桔梗、(上記2つ二刀流可)、エリクシール、首輪
基本行動方針:ミクトランを倒す
第一行動方針:リオンを倒して話を聞く
第二行動方針:ハロルドを捕まえて首輪解除の方法を模索する
第三行動方針:協力してくれる仲間を探す(特に首輪の解除ができる人物を優先)
第四行動方針:ヴェイグと行動
現在位置:E5東より

【ヴェイグ 生存確認】
状態:右肩に裂傷 強い決意
所持品:スティレット チンクエデア グミセット(パイン、ミラクル)首輪
基本行動方針:生き残る
第一行動方針:ハロルドを捕まえる
第二行動方針:悲鳴の後を追う
第三行動方針:ルーティのための償いをする。
第四行動方針:可能ならハロルドの剣(=ディムロス)を手に入れる
現在位置:E5東より

【ハロルド 生存確認】
状態:新たな考え
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ソーディアン・ディムロス
基本行動方針:迂闊なことは言わない 脱出への算段を立てる
第一行動方針:リオンの追跡からの完全離脱
第二行動方針:悲鳴が気になる
第三行動方針:首輪のことを調べる
第四行動方針:C3地点の動向を探る
現在位置:E5中央
 
【リオン 生存確認】
所持品:ソーディアン・シャルティエ 手榴弾×1簡易レーダー マリアンの肉片(ペットボトル入り)
状態:腹部に痛み(軽め) 極めて冷静
基本行動方針:マリアンを生き返らせる
第一行動方針:ジューダスの処理
第二行動方針:ハロルドを追いかける
第三行動方針:目的を阻む者の排除
現在位置:E5東より
85漆黒の翼・ユアン 1:2006/03/04(土) 01:37:23 ID:1lIJFQ6g
ユアン達が地図上の座標D5の山岳地帯に到着した後に、第三回の放送があった。
今回の禁止エリアには彼らの現在地を直撃するものはなく、また慌しく移動する必要には迫られなかった。
グリッドはまたミクトランがしつこく自分達の居るエリアを狙ってくると思っていたらしく(我々の結束はミクトランにとって脅威に違いない!)、
些か不満げに見えなくもなかったが、ユアンは無視した。
といってもすぐ隣のエリア(D4)が禁止エリアに指定されたので、
移動の際には警戒が必要になった(特にカトリーヌ。迂闊に歩き回ったりしないように)。

そして死者達。
今回の発表は恐らく最も多くの参加者に影響を与えただろうと思われる。
というのも、五十数名からなる参加者の中で全員に名乗りを上げた人物が二人、死んでいた。
すなわちそれはゲーム開始前に殺戮行為をしゲームに乗ることを宣言したあの五聖刃マグニス、
そして島全体に停戦の呼びかけをした少女、ファラ・エルステッド。
この二人が死んでいた。ことにユアンにとってマグニスという男は世界を同じくする同種でもある。
しかしユアンにとっては、二人の死はさほど気にはならなかった。
C3村に行くことを(密かに)希望していたカトリーヌとプリムラは、
ファラの死に結構な動揺を受けた様だったが、結果的にそれでC3村行きの案は完全に絶えてしまった。
内心ユアンは危険な地域に出向く必要がなくなって安堵した。
実際の所、火事と牛と少女の騒ぎでC3行きの話はうやむやになっていたが。

そう、ミミー・ブレッドという少女についても小さな引っ掛かりを感じた。
あの炎上する村で戦った、牛と少女。
少女の名はミミーと言うらしい(名簿でも確認した)が、
あの時自分達は牛(こちらはトーマと言うらしい、どうでもいいが)を縛りつけ、吹っ飛ばした。
距離的に間違いなく牛は禁止エリアから逃れたはずだが(だからこそ牛は生きているのだ)、
どうしてあの少女が死んでしまったのかが不可解だった。
少女は確かに牛を追って行った。ならば禁止エリアのG5からは逃れたはずだ。
なのに彼女は首輪で死んだと主催者は言った。
時間、距離などの状況から考えてG5の禁止エリアに引っかかったとしか思えなかった。
何故彼女はあの場所に舞い戻ったのか、禁止エリアの場所を知らないとはいえ
大切な仲間であろう牛を残して一人村に戻る行為に何の意味があったのか、その真意は到底彼らには分からなかった。
86漆黒の翼・ユアン 2:2006/03/04(土) 01:38:13 ID:1lIJFQ6g
首輪に対する件で、グリッド達は再び主催者への対抗意識を燃やし、三人は山岳地帯の岩陰に座り込んだ。
しかしユアンは一人離れて、山岳部から島を二分する川のほとりに腰掛けていた。

他のメンバーには言わなかったが、ユアンにはもう一つ放送で思うところがあった。
「マーテル・・・」
放送で呼ばれたその名を誰にも聞き取れないくらいの声量で呟き、懐から小さな銀色に光る何かを取り出す。
彼の手の平の上で薄暗くなった陽光を受けて光るそれは、指輪であった。
『YからMへ』と刻まれた、指輪。
それを強く握り締め、ユアンは目を閉じかぶりを振る。
そしてもう一人、赤髪の剣士の姿を思い浮かべる。
かつて共に世界を巡った仲間、頼りになった剣士、クラトス・アウリオンもまた、放送で呼ばれていた。
ユアンの知り、仲間となりうる者達が二人死んだ。
つまりは残すところ、彼の仲間はミトス一人ということになる。
だが、自分と同じくマーテルを誰よりも何よりも大切に想っていた少年が、
その彼女を失った今、果たして平常心を保っているかというと、疑わしかった。
最悪の場合、ミトスがミクトランの甘言に乗せられて殺戮者となっている恐れすらある。
グリッド達と共に行動している今、迂闊に少年と接触するのは危険とすら思えた。
かつての仲間に対し、少々薄情かもしれないが・・・状況が状況だ、仕方あるまい。
つまりは、目下ユアンの行動方針は漆黒の翼と行動し続けるしかなくなったことになる。
87漆黒の翼・ユアン 3:2006/03/04(土) 01:39:07 ID:1lIJFQ6g
はぁ、とため息を付き南に向かって流れる川をみやる。
島の中央を流れる川の、山岳部付近は案外結構な深さで、
大の大人一人が丸々沈んでしまうくらいだった。
とりあえず水分の補給をし、作戦会議を行うことになった。
六時を回り、徐々に闇夜に近付いていく中、これからについて検討する必要があった。
次の拠点について話し合い、また移動して、或いはここに留まって、それから・・・
それから・・・どうする?
ユアンの頭に、今まで殆ど考えなかった疑問が浮かび上がる。
自分が守りたかった最愛の人は既に亡くなった。
自分が頼りにしていた友は既に亡くなった。
では残された自分はどうする?
ゲームに乗って最後の一人に?
馬鹿げている。第一あの主催者は全く信用ならない。
・・・ミトスならやりかねんかもしれんが。
もう、この島に自分が会って共に脱出したいと思う者は殆ど居なかった。
ミトス、それにあのクラトスの息子、ロイド・アーヴィング。
知り合いが居ないわけではない。
しかしマーテル亡き今、彼らと合流することがそれほど重大なこととも思えなかった。
言ってしまえば疲れたのだ。
これまではグリッド達と共にどたばたと慌しい事件が続いたので、気を休める余裕も少なかったが、
今こうして座っていると、溜まった疲労が(精神的にも肉体的にも)沸き起こってくるのだ。

(マーテル・・・クラトス・・・私は、これからどうすればいい・・・)

虚ろに視線を漂わせると、眼前に広がる川が揺れて見えた。
悲哀の情から、視界が潤んだのかと思い、慌てて目を強く瞑り、首を左右に振る。
(もしそんな姿をグリッド達に見られたらもう一緒に行動していけないだろう、多分)
改めてもう一度前を見た時、川は揺れていなかった。
88漆黒の翼・ユアン 4:2006/03/04(土) 01:40:20 ID:1lIJFQ6g
その時、背後から声がかかった。
「ユアンさん、そろそろこれからの行動について話し合いをしようとグリッドさんが言ってますけど・・・」
カトリーヌがおずおずと言う。ユアンの雰囲気が平常と違うことに感ずいているのだろうか。
「ん、ああ。今行く」
ゆっくりと立ち上がり、後ろを向く。
すぐ近くにカトリーヌが立っており、その奥、
三〜四メートルほどはある灰白色の岩が斜面に無造作に立ち並ぶ横から、グリッドが立っていた。
ついでに向かって右手奥方向に、プリムラが座っている。
「ユアン、何をさぼっているのだ。これから一番重要な我々の今後についての会議を行うのだぞ」
グリッドがリーダーらしい(偉そう、とも言う)声を上げる。
「お前の口は二十四時間閉じることが無いんだな」
カトリーヌがユアンの一歩前に出て、歩き出す。
「どういう意味だ、それは!リーダーたるもの、常にメンバーを纏め上げるのは当然だろうが!」
「てゆうか、二十四時間おしゃべりし続けることぐらいだったらあたしも余裕よ!」
何故か便乗してプリムラも立ち上がり声を上げる。
「グリッドさんもプリムラさんも、微妙にずれてる気がするんですが・・・」
カトリーヌが言う。
ユアンは、彼らと行動を共にするようになって何度目だろう、ため息を付いた。
そうして視界に映る三人を眺めながら、微かに笑んで、更に歩を進めようとした。

その時、背後で水の跳ねる音がした。
淡魚でも跳ねたのだろうか、しかしその音はかなり巨大なものが水に出入りしたような音だった。
妙な胸騒ぎがして、振り向き、見た。
ユアン等が居る場所から南へ十数メートルほどの水辺に佇む、緑色の影を。
人の様にも見えるその影は、巨大な右腕を自分達に向けていた。
ぱらららら、と乾いた金属音が響いた。
89漆黒の翼・ユアン 5:2006/03/04(土) 01:41:47 ID:1lIJFQ6g
「伏せろ!!」
ユアンはそう叫び、咄嗟に一番近くに立っていたカトリーヌの肩を掴むと、強引に岩場の陰に向かって突き飛ばした。
同時に、凄まじい痛みが体の中で跳ねた。
熱を持った弾丸が彼の腹部の、服、皮、肉、骨、内臓を貫通した。
胴体の所々が焼け焦げるように熱を持ち、血が噴き出した。
平衡感覚を失い、ぐらりと世界が揺れた。
その時、悲鳴が聞こえた。
ユアンは激しく揺れる視界の中、プリムラが足を踏み外したかのようにカクンと揺れ、
体が崩れ、前のめりに倒れこむのを見た。その右足から、血が流れ出ていた。
グリッドには攻撃が当たらなかった。彼は突然のことに慌てふためいて立ち尽くしていた。
そうしてユアンは地面に両膝、左腕を付き、吐血した。
強烈な痛覚の中で、ユアンは顔を上げて正面に佇むモノを改めて見た。
いつの間にそこに現れたのだろうか、全身から水滴を垂らしながらマシンガンの銃口をこちらへ向ける、シャーリィ・フェンネスの姿があった。
といっても、その姿は既に少女のものではなく、その姿はまるで、
(エクスフィギュア──!!)

ユアンもよく知るそれは、確かにエクスフィアの暴走による生まれた怪物だった。
だが、常人よりはエクスフィギュアについて詳しい知識を持ってるはずの彼でさえ、目の前のそれはかなり違った風貌であった。
頭部から流れる色あせた髪、そして右腕から飛び出している、黒い銃身。
多かれ少なかれエクスフィギュアというものに直に接することもあったが、
武器を体内に取り込んでしまうものなど、全く以って知らなかった。

どうして、こんなことに?
跡を尾けられていた?いつから?どこから?
何故ここまで一方的に不意打ちを喰らってしまったのか?
放送直後のユアンの意識が多少なりとも不安定になっており、外部への警戒が弱まったこと、
シャーリィがユアン等四人を発見してから、川の深いところを潜って四人を追跡をしていたこと、
彼らが移動したルートは川沿いに近く、シャーリィは水中を移動することでクライマックスモードを使う事無く、気付かれずに彼らを追跡できたこと、
水の民でもあり、メルネスとして特別な体質を持つ彼女は、異形と化した今でさえ、水中である程度自由自在に行動できたこと、
そして気を見計らって今さっき水面から飛び出してユアン達に急襲をかけてきたこと、
それら全てはユアンの知ることではなかった。

だがそんなことはこの際どうでもいい。
今、何よりも優先すべきは──
90漆黒の翼・ユアン 6:2006/03/04(土) 01:43:11 ID:1lIJFQ6g
シャーリィはゆっくりとユアンの居る方向に歩き始めた。
巨躯を引きずるその姿は、正に怪物と言った表現が正しいか。
いくら元が人であると分かっていても、ユアンは畏怖の念を感じずには居られなかった。
いや、目の前の異形からはユアンが知りうるエクスフィギュアの中でも、特別強烈な念を感じた。
怨念、とでも言った方がいいのか、とにかくその巨躯から発せられる気は、脅威的であった。

カトリーヌはユアンの横、岩場の影で膝を折って座り込んでいた。
「ユアンさん・・・!!」
「動くな、隠れていろ」
ユアンは血が流れ続ける腹部を左腕で押さえながら、横目で彼女をちらと見やり、再度正面の相手に視線を戻した。
血が大量に流れ出し、袖をどんどん朱色に染めていく。
シャーリィの視界にはカトリーヌは死角に入っていて映っていないらしく、右腕の銃口を向けたまま、ユアンを目指して歩み寄っていた。
「くそっ・・・!」
ユアンは呻き、膝を突いた体勢から体を引き起こそうとした。
しかし体に力を込めた瞬間、腹部に激しい痛みが起こり、血が滲んだ。
それでまた体が傾き、しかし完全に横になるのは避けて、もう一度立ち上がろうとした。
かちゃ、と硬質な音が割りと近くで聞こえた。
見れば、シャーリィがユアンに接近し、銃口を彼の頭に向けていた。
今にもその先端が火を噴くかと思われたが、不意にシャーリィの頭部に何かがぶつかった。
それはただの石っころであったが、彼女の注意を惹き付けるには充分であった。
シャーリィ、そしてユアンがその方向を見やれば、グリッドが投球後のピッチャーの様な体勢で斜面に立っていた。
「俺の大事な仲間に手はださせんぞ!こっちだ、バケモノ!!」
声高く、叫んだ。そうして大げさに手を振り、挑発する。
「グリッド、よせ、やめろ!!」
ユアンがそう叫んだ。
と同時に、シャーリィが右腕を上げて右上から左下へ斜めに振り下ろした。
ばらららら、という、今度は少し違った銃声と共に、青白い弾丸が岩壁から地面へ斜めに切り裂くように走った。
しかしグリッドは既に岩壁の陰に隠れており、青白い弾丸、いや光弾は礫岩を砕くだけだった。
そしてシャーリィは獲物をそちらに変更したらしく、
右腕を前方に突き出した体勢で、ばららららと光弾を連射しながらグリッドが隠れた岩場へ走っていった。
「くっ!」
ユアンは激痛をこらえ、強引に立ち上がった。
気付けば地面には彼の血が溜まり、小さな水溜りが出来ていた。
91漆黒の翼・ユアン 7:2006/03/04(土) 01:44:26 ID:1lIJFQ6g
しばらく歩くと、グリッドとシャーリィが走っていったほうとは反対側に、プリムラが膝をついているのが見えた。
「ユアン、カトリーヌは!?大丈夫!?」
自身の怪我も構わず、少女はそう叫んだ。
「心配するな、大丈夫だ。お前もそれほど重傷ではないようだな」
「あ、ええ。でもあんた・・・」
プリムラが紅く染まったユアンの体を見て、何か言おうとした。
しかしユアンはそれを遮り、すぐに踵を返してグリッド達を追った。
「いいか、下手に動くな。奴はこれまでの敵とは違う。迂闊な行動は即、死に繋がる」
それだけ言い残した。

グリッドが装備するマジックミストには、装備者を逃走させやすくする効果がある。
具体的な仕組みはユアンは知らなかったが、何でも不可視性の霧が発生して、敵対者の感覚器を微妙に狂わせるらしい。
だが、いくらマジックミストが逃走を支援する道具だとしても、弾丸を反らす効果は無い。
シャーリィがグリッドの隠れる岩場をグランドダッシャーで破壊した後、再度走ろうとする彼目掛けて銃を乱射した。
とうとうその弾丸がグリッドの肩を抉り、血が点々と宙を舞い、彼の体は傾いだ。
幸いにも致命傷ではなかったが、地面に倒れてしまうには充分な痛みだった。
彼を襲った痛みは、それまで彼が経験したどの痛みよりも、鋭く、熱く、痛かった。
コングマンに殴られたときよりも、おとり作戦で電撃を喰らった時よりも痛かった。
シャーリィがもう一度弾丸をばら撒いたが、グリッドが倒れたことにより彼の体が瓦礫に隠れ、着弾することは免れた。
そこでシャーリィは再度歩を進めようとした。が、彼女の背後に電撃が走った。
92漆黒の翼・ユアン 8:2006/03/04(土) 01:46:19 ID:1lIJFQ6g
ユアンが追いついたとき、既にグリッドの体は地に伏していた。
即座に手の平に電撃を溜め、エクスフィギュアに放つ。敵の動きが止まる。
そこでユアンは近場の岩に隠れようとしたが、予想外の速さでシャーリィは銃弾を発射しながら回転してきた。
青白い光弾が鮮やかな放物線を描き、ユアンの身を襲った。
今度は左腕と右胸に着弾し、血肉が弾けた。
しかしユアンは動作を止める事無く、歯を食いしばり岩の裏に隠れた。
シャーリィは獲物が皆隠れてしまったので、少し戸惑い誰を狙うか決めかねているようだった。
丁度シャーリィを中心にして、北西にグリッド、北東にユアン、南にカトリーヌとプリムラが位置する形になった。

「無事か、グリッド」
ユアンが岩越しに叫んだ。それだけで体に開けられた傷が痛んだが、気にしても居られない。
「あた、当たり前だ!リーダーであるこの俺が、この程度でくたばるわけがないだろう!!」
その声はちょっと震えて聞こえた。恐らく、痛みを堪えるだけでも手一杯なのだろう。
とりあえずまだ死人が出てないことにユアンは少し安堵した。
しかし油断すれば、即座に屍の山ができあがるだろう。
「いいかグリッド、私がこいつを引き付ける。その隙にプリムラとカトリーヌと共に逃げろ」
「な、何を言う!ならその役目は俺が・・・!」
「いいか」
ユアンは激しい痛みの中、ゆっくりと深呼吸して精神を集中させた。
「聞け、グリッド。私はもう先が長くないようだ。だから、ここは私に任せて、お前達は・・・」
「黙れ!!」
その時、ユアンはグリッドの声を聞いて、なぜかは分からないが一瞬震えた。
どうしようもない状況に陥っているはずなのに、どういうわけか、グリッドの声は今までのどれよりも力強く聞こえた。
「ユアンよ、お前は我が漆黒の翼の一員だ!」
グリッドの声は直も力強く、その場に響いた。ユアンは黙って聞いていた。
「仲間を守る事も出来ずにどうしてリーダーが出来よう!!俺は漆黒の翼を守る!!」
ユアンは、グリッドの言葉を聞いて、ああ、と思った。
確か以前にも、どこかで似たようなことを言われた気がした。あれは、いつのことだったろう?
「だからユアン、死ぬな!我々漆黒の翼は生きてこの場を脱するんだ!」
グリッドは熱弁を振るい、大きく腕を振ったが、そのせいで傷口が開き、言葉は途切れた。
ユアンは静かにその言葉を聞き、少し目を閉じて、息を吐いた。
93漆黒の翼・ユアン 9:2006/03/04(土) 01:47:34 ID:1lIJFQ6g
そう、か。私は確かに漆黒の翼の一員であったか。
逃げようと思えば逃げれたはずだった。
銃声が聞こえた時、カトリーヌに構わず、即座に動けば、或いは銃弾をかわせたかもしれなかった。
グリッドが敵を引き付けた時、後を追わずに一人この場を離れることもできないこともなかった。
しかし気付けば、自分は彼らを助けようと動いていた。
マーテルは死んだ。残された自分は、何を?
もし彼女との再会を強く望むとすれば(ユアンは知らなかったことだが目の前の少女のように)殺戮者となっても問題は無かった。
こんな一般人達を助けようとして、自身が痛手を被るのは、このゲームの本質的には効率的ではなかった。
だが、それでも。何か、自分の胸の中で引っかかるものがあった。
ただ一つ、確かに言えることがあるとすれば、彼等を死なせたくはないということだった。
だから。

シャーリィは結局、彼女の身に攻撃をしたユアンを先に始末すべきと決めたらしく、彼の居る岩場を向き、歩き出した。

自分にできることは既に限られて居る。
もし全力で敵を排除しようとしても、あの異形を倒せるだけの力が残っているとは、思えなかった。
今、自分にできることは。
奴等を、グリッド達を生かすことのみ。
「私がこいつをなんとかする!だからその隙に、お前達は逃げろ!!」
全力で、三人に聞こえるように、改めてそう叫んだ。

「ユアン!」
「ユアンさん!」
「ユアン!」
グリッドが、カトリーヌが、プリムラが、三者三様に叫んだ。
ユアンはそうした声を聞きつつ、徐々に自身に迫る畏怖なる存在の気配を感じていた。
僅かな静寂が生まれた。
地面がざくざくと踏みしめられる音と、水がさらさらと流れる音だけが妙に耳に障った。
94漆黒の翼・ユアン 10:2006/03/04(土) 01:48:49 ID:1lIJFQ6g
【グリッド 生存確認】
状態:右肩に銃創、出血
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:漆黒の翼全員でこの場を脱出
現在地:D5の山岳地帯

【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創、出血
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを磔にして島流し決定。
第一行動方針:ユアン達を助ける
第二行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯

【カトリーヌ 生存確認】
状態:無傷
所持品:ジェットブーツ、C・ケイジ
基本行動方針:帰りたい。生き延びる。
第一行動方針:死なないようにする
第二行動方針:ユアン達を助ける
第三行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯

【ユアン 生存確認】
状態:HP1/7 腹部に銃創、内臓の損傷、出血、左腕に銃創、右胸に銃創
所持品:フェアリィリング
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを信用していない。
第一行動方針:グリッド達を生き残らせる
現在地:D5の山岳地帯

【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品:UZI SMG(30連マガジン残り2つ) ショートソード(体内に取り込んでいる)
     要の紋なしエクスフィア(シャーリィの憎悪を吸収中、ひび割れあり)
状態:エクスフィギュア化 TP35%消費
基本行動方針:憎悪のままに殺戮を行う
第一行動方針:放送と同時に4人組に襲撃
第二行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
現在地:D5の山岳地帯
95漆黒の翼・ユアン 1 訂正:2006/03/04(土) 21:05:12 ID:JxsHvX2b
といってもすぐ隣のエリア(D4)が禁止エリアに指定されたので、
移動の際には警戒が必要になった(特にカトリーヌ。迂闊に歩き回ったりしないように)。

訂正↓

といってもすぐ近くのエリア(E4)が禁止エリアに指定されたので、
移動の際には警戒が必要になった(特にカトリーヌ。迂闊に歩き回ったりしないように)。
96Crossing Chain 1/10:2006/03/06(月) 00:38:19 ID:KAboxD/+
そろそろ放送の時間だな、とキールが時計を見ながら呟いた。
空は黒が混じり始めている。結局ジェイは見回りに行って放送まで帰ってくる気配はなさそうだ。
何処まで行ったんだろ、と思いつつロイドも荷物から時計を取り出して見た。
放送まで、あと数秒。秒針が1秒と1秒の間を渡っていく。
5、4、3、2、1、0──・・・。


「あ・・・」
手が滑り、するりと時計が手から抜け落ちていく。
やけに時がゆっくりだった。落ちていくのがスローモーションに見える。
自分もゆっくり、落ちていく時計に手を伸ばす。
しかし、手は止まり、時計は地に接触した。
1秒と1秒の間にあった秒針が止まる。
その時、自分の時まで止まったと思ったけれど、風は変わらず吹き抜けた。

「・・・父、さん・・・」
時計が落ちたのとクラトス=アウリオンの名が呼ばれたのは同時だった。
ロイドは父の名が呼ばれたと気付くと、落ちた時計も拾わずに悲痛の声を上げた。
イーツ城に父がいると知り、捜しに行こうとした矢先、呼ばれた父の名。
一足遅かった。しかし、その一足はあまりに遠く大きい幅だった。
97Crossing Chain 2/10:2006/03/06(月) 00:40:05 ID:KAboxD/+
「・・・大丈夫、大丈夫だ。俺は大丈夫・・・」
ロイドは問われてもないのにリッド達の方を向き、精一杯笑いかけながら言う。
共に休んでいたリッドは思わず声をかけようとしていたが、それで口は閉ざされた。
彼もまた、大切な人の名が呼ばれ、死を再認識させられていた。
だから分かるのだ。大切な人を失う悲しみと喪失感の大きさが。
だが、今のロイドはどう見ても大丈夫じゃない。自分に言い聞かせるように、同じ内容を小さく繰り返し呟いているのである。
自分でも無理している気がした。今ならコレットの気持ちも分かる。
嘘をつく理由が。嘘をつく時、愛想笑いをする理由が。

少しして、ロイドは2人が会話しているということだけ理解し、内容も聞かずに、独りで考え込んでいた。
自分の仲間は死んでいき残った仲間はコレットだけ。その彼女も何処にいるかは分からない。
留処ない不安。本当は今すぐにでもコレットを探しに行きたい気持ちだった。
もしこの間にコレットが死んでいたら。
もしコレットまで失ったら。
それこそ自分はどうなるか予測がつかない。
しかし、それは出来なかった。今はリッド、キール、ジェイという仲間がいる。
98Crossing Chain 3/10:2006/03/06(月) 00:41:33 ID:KAboxD/+
それともその仲間さえ置いて向かうか?
仲間を裏切ってコレットの下に向かうか?
ゲームに乗って全員を殺して仲間を蘇生させるか?
一瞬そんなどす黒い考えが頭を巡ったが、そんなこと、出来る訳がない。自分が許さない。
例え少しの間でも、この悪夢のようなゲームで行動を共にした「仲間」達だ。
一緒にいた時間は遥かに違うけれども、時間なんて、仲間という事実の前には関係ない。
そう──



「やはり、な。お前は今でこそマーダーではないが、かつてはマーダーとして行動していたのだろう?」
ジューダスの問い掛けに、助け出したヴェイグは押し黙っている。
寡黙な顔には微かに沈痛そうな表情が広がっていた。
「俺は殺してしまったんだ・・・黒髪の女だった。俺は・・・元の世界に帰るために・・・」
切々たる告白。渇いた血が付着する左手を見ながら、ヴェイグは呟いた。
ジューダスはその自白を聞いて、微かに目を大きくしていた。今の状況で考えられる黒髪の女性に心当たりがあったからだろう。
僅かな沈黙の後、ジューダスは告げた。
「そいつの名前は・・・ルーティ=カトレットだな」
彼女の名を。
「・・・ルーティ・・・カトレット・・・」
99Crossing Chain 4/10:2006/03/06(月) 00:43:24 ID:KAboxD/+

「なあ、ヴェイグ。少し思ったんだけど、お前名簿見てないのか?」
「何故だ?」
銀髪の青年ヴェイグにそう問い掛けると、ヴェイグは案の定質問で返してきた。
「そう聞かれたらまぁ、何となくだけど。ジューダスが名前教えた時、いまいちパッとしなかったからさ」
オールバックの髪を弄りながら答えると、ヴェイグは小さく頷いた。
「ああ・・・お前の言う通りだ。俺は全員を殺すと決めた時、決意が鈍ってはいけないと・・・名簿を見はしなかった・・・」
「じゃあヴェイグもう見てもダイジョーブな!」
そんな重苦しい雰囲気の中に、やけに明るい声がひょこりと乱入してきた。紫のふわふわとした髪質の少女、メルディだ。
「ヴェイグ、前と違う。皆もう殺さないって決めた。だから、もう見てもダイジョーブ!」
メルディのその言葉でヴェイグは面食らってしまったのか、目を大きくしていた。まだ、自分でも少し整理がついていないんだと思う。
そして今まで沈黙を決め込んでいたジューダスも歩み寄ってきた。
「最もだな。お前は全員を殺すと決め、名簿を見なかった。なら、名簿を見ることで誰も殺さないことを誓えばいい」
100Crossing Chain 5/10:2006/03/06(月) 00:45:05 ID:KAboxD/+
その言葉と共に、ジューダスは自分の荷物から名簿を取り出して、ヴェイグに差し出した。
ヴェイグは1度目を閉じ考えていたようだったけど、はっきりとした様子で名簿を受け取った。
今まで禁じていた名簿を開き、昨日殺してしまった女性を探しているようだった。
途中、止まった視線はポプラという人の写真に向けられていて、赤い線が引いてあった。ヴェイグは何も言わなかった。
少しして、動きを再開した視線がまた一点に留まった。
「ルーティ・・・間違いない。俺が殺してしまったのは・・・」
視線の先には、ややショートの黒髪の女性。快活ではきはきしてそうな表情が印象だ。
額を押さえ黙りこくるヴェイグに言った。
「ヴェイグ、言っただろ? これからどうしていくかだってさ。ジューダスみたいに根暗じゃ駄目だって」
「僕のどこが根暗だ?」
すかさずジューダスが割り込んでくる。抜目がない。影で俺は根暗じゃない・・・、と聞こえた気もした。
「あ、いやいや、そーゆー意味じゃなくて〜・・・」
と言い、
「2人とも喧嘩はやめるよ〜・・・」
とメルディは心配そうな声で言った。
ジューダスはやれやれといった感じで首を振ると、1つの提案を持ち出してきた。
101Crossing Chain 6/10:2006/03/06(月) 00:47:19 ID:KAboxD/+
「ここらで互いの情報を交換しておこう。まず、メルディ」
「はいな! メルディが仲間はリッド、ファラ、キール。カトリーヌはお手伝いしてあげた人な。
 あと・・・恐くてあまり思い出したくないけど・・・前にこのシャーリィって女の子に襲われた」
しゅたっと手を挙げ、先程の心配そうな声の感情とは打って変わり、極めて明るい声で言うメルディ。
最後の方は少々暗めだったが、はっきりとした口調だった。
「うーん、何か気になんだよなぁ・・・その子」
「次、ロイド」
シャーリィという名と名簿の写真を見て考えていたけど、ジューダスに先を急かされた。
「あ、えーっと。残った仲間はもうコレットと、とう・・・クラトスだけだ。ユアンはクラトスの昔からの仲間。マグニスは・・・敵だった」
慌てて名簿に近寄ってコレット、クラトス、ユアン、マグニスの順で写真を指差しながら説明する。
マグニスは知っての通り、最初に人を殺していった奴だ。だから、説明した時は皆「やっぱり」といったような顔をしていた。
一通り説明を終えると、今度はジューダスが説明を始めた。
102Crossing Chain 7/10:2006/03/06(月) 00:50:22 ID:KAboxD/+
「ロイドはずっと僕と行動していたから行動はいいとして。
 僕の仲間はこいつとこいつ、こいつの3人。このバルバトスは・・・僕達の最大の敵だ。あとは・・・」
ジューダスは指を動かして、カイル、リアラ、ハロルドという人の順で指し、最後にバルバトスを指した。
多分マグニスと同じで、このゲームに乗っている1人だろう。見るからに戦闘を好んでいそうな顔だ。
ジューダスが最大の敵、と言うのだから、余程の強さなんだろう。警戒するに越したことはない。
説明の後、ジューダスの指がぴくりと動いた気がした。けれど、手は元の位置に引いていった。
「いや、これで終わりだな。最後、ヴェイグ」
ジューダスは名簿をヴェイグに手渡す。
「・・・参加してる仲間はこのティトレイという騒がしい奴だけだ。この・・・サレとトーマは、俺達の世界では敵だった」
とヴェイグは言いながら、ティトレイ、サレ、トーマという人の順で写真を指差す。
そうして、名簿を閉じた。
「・・・俺は石になってたのもあって、正直今まで会っている人物は少ない。初めて会ったのがこのルーティで・・・彼女を殺した後、北上して・・・シシックス城で休んで、森に入って・・・それで・・・」
103Crossing Chain 8/10:2006/03/06(月) 00:52:02 ID:KAboxD/+
ヴェイグはゆっくり、けれど横槍を入れる余地なく語っていった。やっぱりまだ表情はどこか暗い。
何か言いかけた、その時だった。
『皆聞こえる!? 私はファラ、ファラ=エルステッド!──』
「! ファラ!?」
必死そうな少女の声が聞こえ、全員が一驚し聞こえる方向へ向いた。
その中、メルディが一際大きく声を挙げていた。



──そう、参加者それぞれに仲間や大切な人がいて、その人達は今の自分と同じ状況で、確実に消えていっている。
大切な人達がいなくなるのは当然、悲しい。それは自分だけが持ち得る感情ではない筈だ。
リッドとキールは、ファラという幼なじみの少女を亡くし悲しんでいた。
でも、2人はそれを乗り越えて先に進もうとしている。
ジューダスは、自分と同じように仲間が死んだと言っていた。
でも、明らかに表には出さないで冷静で的確な判断をしてくれていた。
ヴェイグは、人を殺した罪の意識に悩まされていた。
でも、償いをしようと前を向いて歩き始めようとしていた。
なら、自分は?
ただ途方もなく打ち拉がれているだけじゃないか?
別にそれ自体が悪いとは思わない。人が時として負の感情に囚われるのは、心を持ち人である証拠だ。
104Crossing Chain 9/10:2006/03/06(月) 00:53:49 ID:KAboxD/+
悪いのは、そればかりに捕らえられ先に進まないことだ。良き過去ばかりに目を向け、未来を見ようとしないことだ。
悲しんでるのは自分だけじゃない。でも、今捕われているのは自分だけ。
それに、仲間がいたのは死んでいった人々も同じ。彼ら彼女らもまた、仲間を残し去ることを悔やんでいたかもしれない。
そして残された者は、先立った者を悲しむ。
それは止むべき悲しみの連鎖。
止めなくてはいけない。これ以上の悲劇を起こさないためにも。
それを作り出しているのがゲームの参加者なら、止めることが出来るのもまた、参加者だ。
この今、何処かで確実に戦いは起きているのだろう。起きていなくても、いずれ起きるのだろう。
それを防ぐこと──それが、自分がすべきことじゃないのか?
霧が晴れる。
視界が急にはっきり見え出したような気がした。
ふと、足元に落ちたままの時計に気付く。かち、かちと小気味よい音と共に秒針は動いている。
時は止まってなんかいない。進んでいる。
ロイドは時計を拾い、強く握り締めた。
「コレット・・・ジューダス、メルディ、ヴェイグ・・・無事でいてくれよ」
そう呟くと、瞳に光を宿し、ロイドは2人の仲間の下へ向かった。
105Crossing Chain 10/10:2006/03/06(月) 00:56:18 ID:KAboxD/+

【ロイド 生存確認】
状態:中程度のショック
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー
基本行動方針:皆で生きて帰る。これ以上の無駄な戦いを止めさせる
第一行動方針:リッド、キールとこれからのことを話す
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
現在位置:D2西
106同床異夢【Side L】 1:2006/03/07(火) 20:01:44 ID:K6X+QFfz
キィンッ!

夜の帳も下りようとする頃、E5の平原地帯には、絶えず剣戟の音が響いていた。
リオンは目の前の不気味な男――自身と同じ顔、同じ容姿をした――を見据えて、対抗し、技を放つべくソーディアン・シャルティエを構える。

走り、目前に迫った相手を目掛けて曲刀を振り上げる。それは『虎牙破斬』というリオンの特技の一つだったが、黒衣の剣士にはいとも容易くかわされてしまった。

――どういうことだ?

まだ初撃のモーションに入ったばかりだというのに、その男はまるで勝手知ったる、とでも言わんばかりに軽々と飛翔してみせ、気付けばリオンのすぐ傍まで接近していた。

そして何の躊躇も感じられない動作で双剣を構え、斬りつける。

107同床異夢【Side L】 2:2006/03/07(火) 20:04:42 ID:K6X+QFfz
「くっ……!」

リオンは多少混乱しつつも体勢を立て直し、地面を転がってその一撃を回避した。
だが、すかさずそこへ男の追撃が迫る。
リオンは止む無くシャルティエを振りかざし、左腕一本で男の剣を受け止めた。しかし自身と同じく華奢な身体から繰り出される剣圧は想像以上に重く、腰が沈みかける。
『坊ちゃん!』

堪らずシャルティエが声を上げた。うるさい、とリオンは一言憎まれ口を叩くと、右腕をシャルティエの柄に添え、男の刃を弾いた。全身に力を入れた一瞬、不意に腹部の痛みが増した。
けれども今はそんなことを気にしている暇はない。
早くこの気味の悪い男を片付け、マリアンを生き返らせなければならないのだ。彼女はこんな醜い場所で死んでいい人間ではないのだから。
108 :同床異夢【Side L】 3:2006/03/07(火) 20:05:49 ID:K6X+QFfz
「はぁっ!」

一旦、距離を取った男――ジューダス――を目掛けてリオンは再び走る。

「爪竜連牙斬!」

目にもとまらぬ四連続の斬りつけ……ところが、この攻撃も全て、ジューダスの双剣によって阻まれた。掠り傷一つ負わせることが出来ず、思わずリオンは目を瞠る。

(何故だ? ……まさか、僕の攻撃が全て読まれているとでもいうのか!?)

動きが鈍ったリオンに、ジューダスは再び攻撃を仕掛けようとはせず、一定の間合いを取りつつ、この戦いが始まってから初めて口を開いた。

「お前……先ほど“マリアンを生き返らせる”と言っていたな。どういう意味だ? よもやミクトランの言葉を信じているだなんてことは……ないだろうな」
109同床異夢【Side L】 4:2006/03/07(火) 20:06:56 ID:K6X+QFfz
語尾には自嘲とも取れる響き。
されどリオンはシャルティエを構え直し、ジューダスの問いに答える気はない、ということを無言で示した。

「フン、答える気はないか。まぁ無理もない。ならば、力尽くでも聞き出すまでだ!」
「……貴様にそれができるのなら、な!」

二人は同時に走り出した。ジューダスは剣を抜き、真っ直ぐにリオンを見据える。
近づき、二つの剣が衝突するかと思いきや――リオンの姿は消えていた。
男が振り仰いだ先には、シャルティエを垂直に構え、落下の姿勢を取るリオンの姿。『空襲剣』だ。バックスッテップして大きく跳躍した後、相手の頭上を目掛けて突きを繰り出す特技。
ジューダスはそれすら難なく避ける――が、リオンが狙っていたのは『空襲剣』の直撃ではなかった。
ジューダスの一瞬の隙を突き、技そのものの勢いで近くの草叢へと転がり込む。そして間髪入れずに意識を剣に集中した。シャルティエのコアクリスタルが、ぽうっと不穏な光を宿す。
ここからは相手の姿が丸見えだが、あちらからリオンの姿を確認するのには、少々の時間が掛かるだろう。しかし、そのほんの少しの時間でさえ、リオンが技を発動するには十分だった。
会場内のマナの力を取り込んで、コアクリスタルの光が徐々に大きく膨らんでいく。
110同床異夢【Side L】 5:2006/03/07(火) 20:08:12 ID:K6X+QFfz
「プレス!」

突如、ジューダスの頭上に巨大な岩が出現した。その岩は狙いを違わず、地へと吸い込まれるように落下していく。

ゴォォン!!

轟音を立てて岩が落下した場所には、ジューダスの姿はなかった。そして、リオンの姿も。
技の影響で陥没した大地に、まるで砂漠のようにもうもうと砂煙が舞っている。

(僕の技や術が避けられることは……悔しいがわかっていた。ならば!)

リオンは数時間前に遭遇した桃色の髪をした女性――ハロルド――のことを思い出していた。彼女もリオンの術の発動をいち早く感知し、見事に避けきってみせたのだ。
この男もそうだ。いや、この男はあの女よりも性質が悪い。
術だけでなく剣技までも、まるで先を読むかのように、するりとかわしていくのだ。

そう、だからこの晶術『プレス』は相手の注意を引くためだけの囮に過ぎなかった。端から命中するなどという愚かな期待はしていない。目的は相手の視界を一時的にでも奪うこと――リオンは簡易レーダーに視線を落とし、素早い身のこなしで、ジューダスの背後に近づいた。
確実に致命傷を与えられるよう、首筋に狙いを定め、剣を振るう。

――これで終わりだ!
111同床異夢【Side L】 6:2006/03/07(火) 20:09:43 ID:K6X+QFfz

『坊ちゃん、駄目だ!』
「なにっ!?」

シャルティエが何に対して『駄目だ』と言ったのかはわからない。僕の間合いについてか? それとも、別の何か――……

「……幻影回帰」

リオンが思案からハッと我に帰り、気付くと目の前に男の姿はなく、代わりに自分と同じ声が背後から聞こえていた。

「なっ……!?」

一瞬、反応が遅れた。それにより、直撃は免れたものの、ジューダスの刃の一撃がリオンの荷物袋を弾き飛ばす。

……と、袋の中身が飛び出し、ごとり、と地面に落ちた。

最愛の彼女――マリアンが入っていたペットボトルが無惨にも切断され、大地に転がっていた。赫い血が、彼女の一部が、じわりじわりと一所に留まらず広がっていく。



―――このまま抱き合えると思っていた。

「エ、ミ゛………」彼女の掠れた声。

「え…?」自分の情けない声。

そして、その後に起こったのは―――


112同床異夢【Side L】 7:2006/03/07(火) 20:11:06 ID:K6X+QFfz

「マ…リ、アン……」

リオンは呆然と呟いた。
彼の目に映るのは、今は肉塊と化した、自らが愛した……最も愛されたかった女性の変わり果てた姿。

――全身が震えた。

シャルティエを握り締める左手の指の骨が、あまりにも強いその力に軋み、音を立てる。

――心の支えが、また無くなってしまった。

「うああああああっ! マリアン、マリアンが……!!」

リオンは混乱していた。彼の脳裏に過ぎるのは、かつてマリアンを失ったときの記憶。そして今また、ようやく一つに収まったと思った彼女の亡骸が、地に飛び散った。赫く染まった記憶は、彼の理性を奪った。

――憎い……マリアンをまたバラバラにしたアイツが、同じ声をした、同じ顔をしたアイツが!

113同床異夢【Side L】 8:2006/03/07(火) 20:12:15 ID:K6X+QFfz
「魔人闇!!」

自身の身体の損傷も気にせず、全ての力を注いで、リオンはあの憎い男に放つ。
射程距離が広い、シャルティエによるその五連突きは、流石のジューダスでも全てを防ぎきることはできなかったようだ。
双剣を交差し、猛烈な勢いで迫り来る突きを受け止めるだけで精一杯のように見えた。

「ぐっ……!」

リオンの猛攻は尚も止まない。ジューダスは右手に構えたアイスコフィンに渾身の力を込めてシャルティエを弾き、左手に構えた短剣をリオンの首元に据えた。
これで動きが止まると思ったのだろう。
しかし、今のリオンは己が置かれている状況を理解できるほど、冷静ではなかったのだ。

ブツリ、とリオンの首筋に忍刀桔梗の刃が食い込み、血が一筋流れる。
けれどリオンは構わなかった。ジューダスが怯んで剣を反すのを見て取ると、本来、近接技ではない『魔人剣』を超至近距離で撃つ。

「ぐあぁっ!」

男の悲鳴を聞き、リオンの口元が歪んだ笑みに象られた。だが、次の瞬間、彼の目はまたしても驚愕により見開かれることになる。

『魔人剣』の剣圧により竜骨の仮面が吹き飛んだ男の顔は、正に“自分自身”そのものだったのだ――

114同床異夢【Side J】 1:2006/03/07(火) 20:14:11 ID:K6X+QFfz
ジューダスは混乱していた。

理由の一つは、生き残っていればいずれは訪れるであろう“自分”との出逢い。
名簿を見たときから覚悟していたが、いざ目の前に居るのだ、過去の自分が。
これはエルレイン――ジューダスの元の世界に居た聖女の一人――が見せた幻でも、夢でもない。紛れもない現実。
実際、目の前に居るもう一人の自分は、呼吸をして、二本の足でしっかりと大地を踏みしめている。

そして二つめ……それは、今でも変わらず愛情を注ぐ女性、マリアンの死亡(リタイア)だった。
忌々しいミクトランの放送によると、彼女は参加者の誰かに殺害されたのではなく、“首輪が爆発した”ために死亡したのだという。
ジューダスはこの“首輪の爆発”という死因に何か引っ掛かりを感じていた。彼女は自ら禁止エリアに踏み込むほど愚かではない。恐らく、寝過ごして放送を聞き逃した、などということもないだろう。……では何故?

考えられるのは、誰かに禁止エリアに突き飛ばされたか――これは最も考えたくはないが――自殺か。

それとも、主催者であるミクトラン自らが手を下した、のどれかだ。

お喋りなミクトランのことだ、もう少し情報を漏らすのでは……とも考えたが、流石にそこまで軽率ではなかったらしい。首輪の爆発による死者二人の、詳しい死亡理由は聞かされないまま、放送は終わった。

115同床異夢【Side J】 2:2006/03/07(火) 20:16:36 ID:K6X+QFfz
『首輪は私が望んだ瞬間に爆発させられる。死にたくなければ、私の機嫌を損ねるような真似は止めておけ』
ジューダスの耳に、このバトル・ロワイアルが始まってからすぐ、ルールを説明していたミクトランの声が蘇った。
そうだ、主催者ならばいつでも首輪を発動させることは可能だ。

そして、そのマリアンの遺体の一部を、自分――リオンが所持していたということ。
首輪が発動したとき、もしかすると彼はそのすぐ傍に居たのではないか?
リオンの性格から推測するに、彼自身が彼女に直接手を下すとは考え難い。
それに、他人の話をまったく聞かない、まるで、過去の“ある一部分”にトリップしてしまったかのような状態……ジューダスは、自らの犯した事実ながら、苦笑するしかなかった。そして尚更強く確信するのだ、あれは自分なのだ、と。

とにかく、詳しい話をリオンから聞き出すには、まず彼を落ち着かせるしかない。――例えどんな手段を持ってしても。
一見、冷静を装っていながらも、ジューダスの頭の中は様々な憶測や疑問、これからのこと、目の前に居る自分のこと……一度には解決できない問題で溢れかえっていた。

そんなジューダスの心情を知ってか知らずか、今のリオンの状態からいえばきっと後者だろうが、彼は戸惑いなく剣を振るってみせた。
リオンの左手に握られている、ソーディアン・シャルティエ。
ジューダスの世界ではもう失われてしまった相棒を、彼は懐かしい気持ちで見つめた。
116同床異夢【Side J】 3:2006/03/07(火) 20:18:58 ID:K6X+QFfz
リオンがそのシャルティエを振り上げる。これは、特技『虎牙破斬』の最初の動きだ。対象を剣で斬り上げた後、そのまま斬り下ろす二段斬り、そして突進を加えるという攻撃方法。
ジューダスには手に取るように、その動きが予測できた。
何せ、昔自分が散々稽古し、体に叩き込んだ技だ。忘れようがない。

あっさりかわしてみせると、リオンはいささか驚いたようだった。
無理もないだろう。目前に己と同じ顔の男が居て、繰り出した技すら掠りもしない。……まるでドッペルゲンガーとでも戦っているような気分なのだろうか。

ジューダスはその一瞬の隙を見逃さず、すぐさまリオンに対して双剣を振るった。しかし、流石というべきか、何というべきか……もしかしたらリオン自身も何か感じるところがあるのだろうか、直前でその攻撃は回避されてしまった。
だが姿勢を崩したリオンに向かい、ジューダスは再びアイスコフィンと忍刀桔梗で追い撃ちをかける――が、

『坊ちゃん!』

今は亡き自身の片割れ……シャルティエの声を聞き、ジューダスの動きが止まった。そう、いつも傍にいた。最期まで共にあった声だ。
その声は恐らくリオンに対して発せられたものだったのだろうが、ジューダスにとっては、決心が揺らぐ一因になった。そして、新たな疑問が首をもたげる。
思わず距離を取ったジューダスに、リオンの剣、シャルティエが迫る。

117同床異夢【Side J】 4:2006/03/07(火) 20:20:51 ID:K6X+QFfz
「爪竜連牙斬!」

チッ、とジューダスは内心舌打ちし、後方へ退き、双剣でその凄まじい突きを弾き、防ぐ。全ての攻撃を阻まれたことに、やはりリオンは驚き、目を瞬いたようだ。

ジューダスは一度剣を納め、しかし警戒は解かずに口を開いた。

「お前……先ほど“マリアンを生き返らせる”と言っていたな。どういう意味だ? よもやミクトランの言葉を信じているだなんてことは……ないだろうな」

ミクトランを信じる――ヒューゴを信じる。
昔の自分が行った罪。責任を押し付ける気は毛頭ないが、その発端となった存在・ミクトラン。
そんな奴に、また“自分”は良いように操られているのか。
もしそうだとしたら、落胆、失望する以外に何ができよう。

しかしながら、リオンは答える気はないらしく、チャキ、とシャルティエを構え、改めてジューダスを無言で睨み据えた。

その頑なともいえる姿勢に、ジューダスは苛立ちを感じた。
何故、何故僕はいつも、他者に頼るのを良しとしなかった? それが、結果的にマリアンを最も傷つけることになると、薄々わかっていながら……――

「フン、答える気はないか。まぁ無理もない。ならば、力尽くでも聞き出すまでだ!」
「……貴様にそれができるのなら、な!」

ジューダスの言葉に、今度はリオンも気迫で応えた。

118同床異夢【Side J】 5:2006/03/07(火) 20:22:04 ID:K6X+QFfz

二人はお互いを目掛けて走り出す。
またがむしゃらな攻撃を仕掛けてくるか、とジューダスが受け流しの姿勢を取ろうとしたとき、既にリオンの姿は目の前になかった。

(これは……!)

『空襲剣』――ジューダスは、その後、襲ってくるであろう上空からの突き攻撃を想定し、その場から離れた。
しかし、リオンの狙いはそうではなかったのだ。
リオンは落下の勢いのまま地面を転がり、近くにあった草叢へと身を隠した。急ぎジューダスもその姿を目で追う、けれど、タッチの差で、もうリオンを確認できなくなっていた。

(晶術を撃つ気か……? それなら……)

ジューダスは精神を落ち着かせ、研ぎ澄ませる。目を瞑り、会場内のマナの流れを感じ取る。リオンが術を撃つのなら、シャルティエのコアクリスタルにマナを取り込むことが必須だ。例えそれがわずかな時間でも――

「プレス!」

予想通り、彼は草叢の影から晶術を放ってきた。大岩が落下する。辺りに土煙がたちこめ、視界を奪う。
……と、リオンの気配をすぐ近くに感じた。
けれどジューダスは焦らず、特技『幻影刃』を発動し、そして、追加特技の『幻影回帰』により、リオンの一閃を避けることに成功した。『幻影回帰』はその名の通り、『幻影刃』を発動した位置から高速で移動して相手の背後に回り、再び元の位置に戻ってくるという技だ。

119同床異夢【Side J】 6:2006/03/07(火) 20:23:43 ID:K6X+QFfz
『坊ちゃん、駄目だ!』
「なにっ!?」

シャルティエの注意も虚しく、空振りした剣は宙を裂き、リオンには大きな隙が出来た。その間にジューダスは彼の背後に回り、アイスコフィンを横一線に薙ぎ払った。

「なっ……!?」

リオンの驚愕の声。しかし、瞬時に体勢を立て直したため直撃は避けられてしまった。ジューダスが斬ったのは、リオンのマントの端と、背負っていた荷物袋……。

しまった。

そう思ったときには遅かった。マリアンだった“モノ”は地面に広がり、その場に赤黒い絨毯を敷いていた。

(アレが……マリアン? まさか、まさかそんな……!!)

ジューダスはまじまじとその肉片を目にし、改めて現実を突きつけられた気がした。彼女の死を。過去の自分の愚かさを。

「マ…リ、アン……」

リオンの、呆然とした、今にも泣き出しそうな呟きが耳に入る。
泣き出したいのは自分も同じだった。
狙ったわけではない、僕は、わざわざマリアンを、こんな風にしたかったわけじゃ……!

120同床異夢【Side J】 7:2006/03/07(火) 20:24:38 ID:K6X+QFfz
「うああああああっ! マリアン、マリアンが……!!」

箍(たが)が外れてしまったかのように、リオンが悲痛な叫びを上げる。頭を抱え、悶え苦しむように地面に膝を突く。必死に何かを振り払おうとしているのか、頭を振り、泣き叫ぶ。

攻撃するには恰好の機会だった。しかし、ジューダスも思わず足が竦んで、動くことができなかった。それに、今の自分にリオンを斬るなど、できそうになかった。マリアンを喪った哀しみは、二人とも同じなのだから。

暫く時間が経った頃だろうか。五分だったのか、三十分だったのか、それとも一時間だったのか……わからない。ジューダスもまた混乱していたのだ。
すると、不意にリオンが立ち上がった。
振り返ってこちらを見る目には、恐ろしいほどの激情が宿っていた。

「魔人闇!!」

突如、リオンが刹那にして距離を詰め、光速の五連突きを放ってきた。勢いも気迫も、今までの彼とは比較にもならない。放心していたジューダスは、突きが命中する瞬間、咄嗟に我に帰り剣を抜いた。硬質な音を立てて、シャルティエの刃を弾き返す。

「ぐっ……!」

リオンの猛攻は尚も止まない。ジューダスは右手に構えたアイスコフィンに渾身の力を込めてシャルティエを弾き、左手に構えた短剣をリオンの首元に据えた。
これで、動きが止まるかと思った。
しかし、今のリオンは己が置かれている状況を正常に理解できるほど、冷静ではなかったのだ。

121同床異夢【Side J】 8:2006/03/07(火) 20:25:58 ID:K6X+QFfz
ブツリ、とリオンの首筋に忍刀桔梗の刃が食い込み、血が一筋流れる。
だがリオンは止まらず、刃が更に深く突き刺さろうとも、一歩も退こうとはしなかった。
やばい……! ジューダスはそう思い、短刀を首から離す。殺しては駄目だ、コイツからは聞かなければならないことが山ほどある!

けれど、その判断が命取りになった。
リオンは、本来、近接技ではない『魔人剣』を超至近距離で撃ったのだ。

「ぐあぁっ!」

双剣では対応しきれず、ジューダスの肉体は剣圧により引き裂かれ、真っ赤な血が噴出した。左胸から右肩に掛けて裂傷ができる。
その瞬間、目の端で、にやりと口元を歪めるリオンを捉えた。

――もう駄目なのか? やはり、過去の自分は殺さなければならないのか……!?

しかし、追撃を加えてくると思われたリオンは、驚愕の表情でそこに立ち尽くしているだけだった。

『魔人剣』の剣圧により竜骨の仮面が吹き飛び、ジューダスの素顔が、顕わになった瞬間だった……。
122同床異夢【Side E】 1:2006/03/07(火) 20:30:30 ID:K6X+QFfz
正に「生き写し」という言葉がぴったりと当てはまる二人だった。
否、その表現はおかしい。
何故なら、この二人はそもそも同一人物なのだから。

「な……何なんだ、お前……」

先に声を発したのはどちらのほうだろうか。
リオンだ。
唖然たる面持ちで、左腕にはソーディアン・シャルティエをぶら下げている。
その紫の瞳は驚愕に見開かれ、信じられない、といった表情を作っていた。

「…………」

無言で立ち上がったのは、黒衣の少年。ジューダス。
傷口からは血が滴っていたが、気にする素振りも見せず、目の前の相手――リオンに向き直る。
彼は右手にひやりとした輝きを宿す剣、アイスコフィンを握っている。左手には、血のついた短剣を持っていた。

ジューダスは黙って仮面の弾き飛ばされたほうを見遣る。それは何とか形を保ってはいたが、再び強い衝撃を与えればいとも容易く壊れるだろう。

「僕は……お前だ。わかっているのだろう?」
「気味の悪いことを言うな! 僕は僕だ、一人しか居ない! 貴様とは違う!」

リオンは声を荒げた。
対してジューダスは、ただ静かに立っているだけ。

123同床異夢【Side E】 2:2006/03/07(火) 20:31:55 ID:K6X+QFfz
「ヒューゴの隠し子か何かだろう!? でなければ、説明がつかん!」
「違う」
「じゃあ一体誰なんだ!? ……ミクトランに作られた、僕の代わり何かか!?」
「違う! 僕は代わりじゃない。お前は……代わりを作られるほど、ミクトランにとって必要な“何か”なのか?」
「それは……っ!」

リオンは言葉に詰まった。自分はこのゲームにジョーカーとして送り込まれた。そんなこと、迂闊に口に出せるものではない。特に、特にこんな……

「誰だ誰だ誰だ誰だっ!? 僕と同じ顔、同じ声! 気持ちが悪い!」
「お前だ……どうせ説明しても、信じないだろうがな」
「うるさい、黙れ! それ以上、僕と同じ声で喋るな!」

リオンは剣を構えた。そして、それをジューダスの喉元を目掛けて突きつける。

「僕は一人だ……マリアンに愛されるのも、僕一人だけでいい!」
「…………」
「だからもうお前の正体なんかどうだっていい。死んでもらうだけだ!」

二人の間を一迅の風が吹き抜けた。
お互いの、リオンの紅色のマントを、ジューダスの漆黒のマントをはためかせて。二人の黒髪もまた、同じように風に弄られて形を崩す。

「いくぞっ!」

124同床異夢【Side E】 3:2006/03/07(火) 20:32:55 ID:K6X+QFfz
言うなり、リオンを地を蹴った。素早くジューダスへと詰め寄り、縦横無尽に剣を振るう。
対して冷静な――哀れみを込めたような表情を見せるジューダスは、軽々とリオンの攻撃を避け、双剣を構える。
リオンが斬りつけ、ジューダスがそれを弾き返す。
決してジューダスは自分から攻撃を仕掛けようという素振りは見せなかった。
それを疑問に思うこともなく、リオンはひたすら目の前の“誰か”に向かって剣を振るい続ける。
引き裂く、薙ぎ払う、しかしどの攻撃もすべてかわされ、防がれる。

気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!

どうして僕が二人いる!? コイツはマリアンをバラバラにした……! しかも、僕と同じ顔で!! こんな奴が、僕のはずはない! 許せない、ゆるさない……――

そのとき、D5の山岳地帯より、大きな音が二人の耳に届いた。
リオンは一瞬、意識をそちらに逸らされる。

そして次の瞬間、視界が反転した。

咄嗟に飛び掛ったジューダスによって、地面に押さえつけられていたからだ。その際にしたたかに背中を打ち、苦痛に顔を歪める。
リオンは痛みに涙が滲んだ目を開け、目の前の顔を見た。その、悲しみに歪んだ表情を見た。

――自分なんだ。紛れもなく。

何故だかそう感じた。確信してしまった。
動かない左腕にはシャルティエが握られたまま。何故か、『彼』は一言も言葉を発さなかった。
否定しない、それは、“奴”が“自分”であるということなのだろうか。

リオンはただジューダスを見ていた。振り上げられた右手には、青く光る刀身。
それは、確実に自分の息の根を止めるために存在するもの。

ヒュッ――

風を切る音がやけに耳に響いた。
そのとき、リオンの右手は、荷物袋から零れ落ちた手榴弾を握っていた。

カチリ。栓が外れる。

ドスッ。地面に剣が突き刺さる。
――それはリオンの頬を浅く斬り、髪の毛を何本か切断した程度だった。

「なん……で……」

その掠れた声は、果たしてどちらのものだったか。

125同床異夢【Side E】 4:2006/03/07(火) 20:33:43 ID:K6X+QFfz
【ジューダス:生存確認】
状態:左胸から右肩に掛けて中程度の裂傷 リオンに対して哀れみ
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗(上記2つ二刀流可) エリクシール 首輪
基本行動方針:ミクトランを倒す
第一行動方針:リオンを倒して話を聞く
第二行動方針:ハロルドを捕まえて首輪解除の方法を模索する
第三行動方針:協力してくれる仲間を探す(特に首輪の解除ができる人物を優先)
第四行動方針:ヴェイグと行動
現在位置:E5東より

【リオン 生存確認】
状態:腹部に痛み(軽め) 右頬に浅い裂傷 酷い混乱状態
所持品:ソーディアン・シャルティエ 手榴弾×1 簡易レーダー マリアンの肉片(ペットボトル入り) ※荷物袋切断により、中身が散乱
基本行動方針:マリアンを生き返らせる
第一行動方針:ジューダスの処理
第二行動方針:ハロルドを追いかける
第三行動方針:目的を阻む者の排除
現在位置:E5東より
126「同床異夢」作者:2006/03/07(火) 23:59:25 ID:pCA+/P5Y
申し訳ないですが、まとめサイトに載せる際、
作品内の技名『魔人剣』の部分を『魔神剣』に修正お願いします。
お手数をおかけしまして、本当にすみません。以後、気をつけます。
127抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 1:2006/03/09(木) 08:48:59 ID:ujz5oZ1H
「──…ル・ユグドラシル、サレ、ミミー・ブレッド。以上の…」

ああ、そうか。
やはりあの首の無い死体はミミーだったのか。
今更ながら改めて告げられる事実に、トーマは決して取り乱すことなく理解した。
その前に呼ばれたかつての同僚の名など、気にかけもしなかった。元々毛嫌いしていたのもあるのだが。
歩は止まらず、前に進みながらミクトランの放送を聞く。

「──…アンとミミーは首輪が爆発し死亡した。禁止エリアに侵入したり等すれば彼女達と同じ、首から上を失う末路を辿る…」

あの町の区域は禁止エリアだったのか、と知る。
もっと早く知っていれば…しかし、そんな後悔など遅すぎて意味を持たない。
彼女をそのまま放置してきたが、誰かが見つけたら彼女の死を悲しんでくれるのだろうか。
彼女を弔えなかったのは禁止エリアに入ってしまうこともあったが、何よりあの惨い姿を見ていられなかったからだ。
首から上がなく、辺りに赤い血と「何か」が散らばっている光景。
今でも瞼の裏に焼き付いている。思い出す度に心が痛む。
彼女をこんな目に合わせたのは誰なのか…?
今手元にある、ない筈の武器。それは彼女の近くにあった。
128抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 2:2006/03/09(木) 08:50:24 ID:ujz5oZ1H
何故? 答えは直ぐに分かる。彼女が持ってきてくれたのだ。禁止エリアだとも知らず、わざわざ町にまで戻って。
だがその結果、ミミーは死んだ。
つまり、自分の不甲斐なさのせいで、彼女は死んだ。自分が殺したも当然だ。
彼女の命と武器、秤に掛けても圧倒的に命の方が重いのに。
──後悔しても後悔しきれない。それならするだけ無駄か。
この武器は彼女の置き土産。死と引き換えに持ってきてくれた、彼女の遺志。
ならば。
自分はこれで彼女の遺志に応えねばなるまい。
非業の死を迎えるなど、彼女は微塵も思っていなかっただろう。いや、死んだということを理解する時間さえあったのか?
こんな空しい結末を迎えさせるなど出来ない。彼女にはまだ未来が、生きる権利があるのだ。
間接的にでも彼女を殺してしまった自分に出来ることは、彼女を復活させることのみ。
その為には、全員を殺さなくてはならない。
後ろめたさや恐怖はなかった。王の盾、しかも四星の一人である自分に、人を殺めることへの戸惑いなど無い。
この胸の喪失感を埋める手立ては、彼女を復活させる以外ないのだから。
129抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 3:2006/03/09(木) 08:52:09 ID:ujz5oZ1H
彼はそもそも、ガジュマ至上主義者だった。
脆弱なるヒューマはガジュマに平伏すべきだ、そう考えていたから彼は同じガジュマ至上主義者のジルバに従っていた。
ヒューマなど利用するもの。例え居なくても構わない、寧ろ居なければいい。そう思っていた。
だが彼がこのゲームで一緒にいた少女、ミミー・ブレッドは、彼の目から見れば世界の二種族の片方、ヒューマであった。
本来なら分かりあえないヒューマの少女。しかし彼女は違かった。
敵かもしれない自分にパンを与えてくれ、話してくれ、笑いかけてくれ、共に行動してくれた。
彼女は太陽だった。
暖かい陽射しのような包容力。絶対の存在感を思わせる笑顔。
気付けば彼女の存在は大きいものと化していた。ヒューマを蔑ろにしていた彼にとって、彼女の存在は特別なものだった。
だが、今は。
足元の水面に映るのは、深い闇の空と無数の瞬きを見せる星、赤と青の二つの月。
そこにはない。
太陽は、没してしまったのだ。
そして彼の心に真の夜明けは訪れない。太陽が蘇るまでは。

彼がこのバトル・ロワイアルで学んだことは大きい。
しかし、それ故に彼は血塗られた道を歩まねばならぬのである。
130抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 4:2006/03/09(木) 08:54:27 ID:ujz5oZ1H
それは彼の意思。自ら選択した道。
悲壮な覚悟を決めた彼を誰が止められようか?
後を追うポットラビッチヌスでさえ、彼の行く手を遮ることは出来なかった。
ゲームに勝利し、ミミーを復活させる。
トーマはこの大前提を軸として動いていた。

その時、北から聞こえた甲高い悲鳴。
気のせいか? あのジファイブの町に居た女の声に似ていた気がした。
これも願望が成せる幻聴なのだろうか。だが、そんなことは関係ない。
誰かが居る。しかも悲鳴があの女のものなら、ジファイブの四人がいると考えていい。
彼女を死に追いやった原因の奴ら──根本的な原因は自分にあると考えているが──がすぐ近くに居るのだ。見逃す手はない。
彼は背後を振り返り、まるで体格差の違う青い獣に語り掛ける。

「クィッキー、俺はミミーを復活させる為に全員を殺す。構わないぞ、離れても。ヒトが死ぬ所などお前も見たくないだろう?」
「クィィィィ…」

青の獣クィッキーは嫌がったようだった。声色には明らかな不満の色が出ている。
自分も仲間だ。最後まで見届けさせてくれ、と言わんばかりの眼差しだった。
本当は、暴走に近いトーマが心配で不安で見ていられないからだった。
131抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 5:2006/03/09(木) 08:57:01 ID:ujz5oZ1H
「そうか…悪いことをさせるな」
「クィッキ!」

トーマは前に向き直り、前進を開始する。
本当は川を直接越えて北西、正しくは演説があったシースリ村(トーマはジファイブの町に向かう途中ファラの放送を聞いていた)を目指す予定だった。
今居るE5エリアの川は比較的広く浅く、歩いて横断するのも無理ではなかった。
が、悲鳴が聞こえてしまった以上、行き先を変更するもやむなし。
まずこの──メガグランチャーをあの四人に撃ち込まねば気が済まない。
それは客観的に見れば、自己満足や八つ当たりにしか見えないのかもしれない。
禁止エリアを決めたのはミクトランで、あの四人は実質彼女に何の危害も加えていない。
せいぜい火計を行ったことと彼女の帽子を燃やしたこと、あとは胡椒を振り掛けてきたことくらいか。
よくよく考えれば唯の自己防衛と思える。
だが、今の自分は誰かに罪を被せなければ、動くことは出来なかった。理由なく動くのと、無差別に人を殺すのは今は同じ意味になる。
今の自分はあくまで彼女の為に。
その為には、「彼女を殺した連中へ向ける復讐の矛先」が必要なのだ。
それが、あの四人。
132抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 6:2006/03/09(木) 09:00:29 ID:ujz5oZ1H
偽りの標的を作らねばならない程、彼の願いは盲目で、成し遂げたい願いであった。


全ては一人のヒューマの少女の為に。





【トーマ 生存確認】
状態:右肩に擦り傷(軽傷) 軽い火傷 TP小消費 漆黒の翼への強い復讐心
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、メガグランチャー、ライフボトル、ウィングパック×2 イクストリーム 金のフライパン マジカルポーチ ペルシャブーツ
基本行動方針:ミミーを蘇らせる
第一行動方針:声が聞こえた方角(北)へ向かう
第二行動方針:漆黒の翼に復讐する


クィッキー
状態:不安
第一行動方針:トーマについていく
133抱かぬ筈の彼女への情を彼は抱き 修正:2006/03/09(木) 16:05:31 ID:ujz5oZ1H
申し訳ありませんが、最後のトーマのパラメータに

現在地:E5 川中央部

の追加をお願いします。
134英雄達の夜 1:2006/03/09(木) 20:45:59 ID:kKMGAEtR
少年が城跡に着く前の話、

「ファーストエイド。」
凛と透き通るような声が草原に響く。
声に呼応した魔力が少年の火傷に凝固しようとする。
しかし途中でその魔力は霧散、術式は無為と化した。
当の術式を試みた少年は矢張り、といった態度でその剣を見る。
「やっぱり付け焼刃で扱えるほど安い力じゃないみたいだね。見直したよ。」
歩きながら少年は手に持った剣に語りかける。何も知らない人間が見たら奇異に思うだろう。
『貴方はマナという晶術とは違う力を持っている。良く似てはいるけどまったく異なる力、
二つを同時に扱うのは困難を極めるわ。マリアンが出来たのは何も知らなかったからよ。』
しかし剣は少年に答えを返す。彼女はそれを知っていて回復晶術を教えてくれと
言う少年に晶術の術式を教えたのだ。
「そんなことだろうとは思ったけどね。まあ、本格的に術を使うのは姉さまともう
一度出逢ってからの話だし別にいいか。下級術なら何回か重ねればコツもつかめるだろうし。」
そう言って少年はにへらと笑う。しかしその眼には輝きが無い。
『本当のことを言いなさい。あなたは私で何をしようとしているの?』
彼女、ソーディアン・アトワイトは威圧を込めて少年―ミトスに尋ねた。
彼が何をしようとしているかは分からない。しかしミトスにとって
自身が邪魔であることは間違いない。剣は既に2本、ならば何故未だに私を手元に置くのか。
「回復術を持っていたほうが人間の中に入り込みやすいから…
と言っても信じないか。中々聡明だね、アトワイト。じゃあ教えてあげようか。」
135英雄達の夜 2:2006/03/09(木) 20:46:47 ID:kKMGAEtR
ミトスは天使の羽を開く。現存する天使の中でも1人しかいない輝ける虹色の羽。
「ユグドラシル・レーザーは見せたよね。あれの力の源が、これだ。
あれは便利なんだけど、この体では少々負荷が掛かりすぎるんだ。
姉さまを守る為とはいえ…2発は少々やりすぎた。
おかげで結構僕のマナに乱れが来ている、本来なら問題ない瞬間移動も難しいほどに。
姿を変えれば問題ないんだろうけど、切り札は、天使の姿は温存しておきたいんだ。」
アトワイトは無言で聞いている。切り札の詳細は聞きたかったが聞いたところで無駄であろう。
羽を消してミトスはアトワイトを少し高めに掲げる。太陽は既に赤い。
「といっても、総合的戦力でみればこっちの体のほうがバランスがいいんだけどね。
別にそれが最強の手札でもないし。だが、僕が持ち得る最高の火力は残しておきたいんだ。」
更なる無言。恐らくミトスの発言はブラフではないということだけは分かる。
「さてここで問題だアトワイト。いずれ僕はダオスを殺さなきゃいけない。
それまでに万全の態勢を整えなければいけない。君ならどうする?」
暫くの沈黙、その後アトワイトが口を開く。
『力が回復するまで何らかの力を代用する…例えば、私のような。』
「正解だよ、アトワイト。そしてそれを行う為の、君の使い方、未知の知識だ。
君の理解を得られずとも、いずれは君を使いこなしてみせるよ。」
アトワイトはほんの少しこの少年を見誤ってしまった。
姉の死に直面して一時的に気がふれただけ…そう思っていた。
そうではない、ミトスは狂ってなどいない。狂人にはこんなに冷静な思考は出来ない。
目の前の少年は――

「さて、聞きたいことは全部教えたんだ。相応の頼みごとは聞いてもらうよ。」
そういってミトスが醜く笑った時、城はまだ見えてこなかった。
136英雄達の夜 3:2006/03/09(木) 20:47:20 ID:kKMGAEtR
無造作に落ちたカードは風に煽られ、ふわりと舞い、
そして再びカードが地面、未だ夢の中を右往左往している1人の男の顔に落ちた。

その間に行われた剣戟は既に10合。

「でりゃぁ!!」
金髪の少年が2人、11合目を開始した。
紅蓮の魔剣を携えた少年カイルは袈裟斬りを試みる、狙うは相手の左肩。
年端のいかない未だ未熟な剣とはいえその才気から繰り出される一刀は
速さ、強さ共に十二分で並みの剣士ではとても敵うまい。しかし、

11回目の金属音が鳴り響く。

だだっ広い城跡に剣と剣が交わる様はとても映える。
惜しむらくはカイルの剣を受け止めた剣が「邪剣」であることか。
邪剣ファフニールを左逆手に持って受け流したミトスは
その刹那に右の剣、ロングソードをカイルの腹部に差し込む。
「クソッ!!」
カイルは腰を捻り僅かにピントをずらす。
ぶしゅ、と少し血が吹き出るが直ぐに止んだ。皮一枚切った程度ではその位か。
腰を捻ると同時にミトスの腹部へ蹴り。か細い少年の体は堪らず吹き飛ぶ。
「やったか?」
息を荒げに相手を見据える。
あそこまで豪快に吹き飛べば流石に手傷の1つくらいは、と考える。
あまりに甘い妄想、相手はこの程度の受身を取ることができない敵ではないことは
5合目には分かりきっていたことである。
「…天光…開く処…」
カイルは気付いていないが、開いた距離を見逃す程詰めの甘い敵でも無い。
「神の雷、インディグ…ッ!!」
少年が小声で詠唱し、放とうとしたのは魔術インディグネイション。
決まればカイルの命は塵と化していただろう。
もっとも、カイルにはただ術を撃とうとしていたとしか分からないだろうが。
しかしこれが届かないこともミトスには2合目の時点で分かっていた。
ミトスの目の前に影が出来る、大きな大きな榴弾砲の影がその根拠。
ドン、と音がして砂煙が舞う。震源地に佇むは心無き天使コレット、
その手に持ち地面を穿ったのは銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲、
その榴弾砲の約10cmの所で、ミトスは回避していた。銃剣は地面にめり込んでいる。
コレットの追撃は終わらない、ミトスにすかさず貫手を打ち込む。
肺を狙った一撃、決まれば肋骨を折り肺を割り体に穴を開けていただろう。
それほどの一撃があわや胸に当たらんとする所で
すかさず後方に跳躍。同時にカイルに牽制のファイヤーボールを放つ。
カイルはそれを回避し、三者の距離が再び離れる。
137英雄達の夜 4:2006/03/09(木) 20:48:47 ID:kKMGAEtR
これで11合目が終わる。
カイルが攻め、少年が捌き、少年の上級魔術を天使が未然に潰し、
コレットの凶手を少年が避け、三者が離れる。
手法、攻め手は異なれど、この10合の流れは全てそれに分類されていた。

カイルは焦っていた。目の前の少年の容貌とその剣、戦いぶりの差異を測りきれない故に。
一の太刀で確実に相手の剣を捌き、二の太刀で命を狙う。
確実に、堅実に、殺せる間合いを見極めようとしている。
剣技の質は異なれどその冷静さ、クレバーな戦術は
自身の仲間、ジューダスを髣髴させる。
そしてそんな人間がこのゲームに当てられ自分と戦っていると言う現実に
カイルは未だ戸惑いを隠せない。

少年は思考していた、感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
1対2、ハンデ無し、もしかしたらまだ伏兵が入るかもしれないのこの絶望的な
状況で、少年の集中力は極限まで高まっていた。
皮肉なことに姉を失ったと言う事実が漠然としていたミトスの目的を明確にし、
ダオスという自分が認めた存在、それに裏切られたという歪んだ認識が甘えを失わせた。
少年――ミトスは守るべきものと引き換えに力を、孤独と狂気を得ていた。
138英雄達の夜 5:2006/03/09(木) 20:49:55 ID:kKMGAEtR
そんなミトスはつまらなさそうに、
「おい。」
ロングソードをカイルに突きつけて問う。
「何でわざわざ急所を避けて斬りかかる。こっちは忙しいんだ、知っているなら
エターナルソードの在り処を吐いて失せろ。自殺願者の相手をしているほど暇じゃない。」
カイルの剣筋の甘さである。肩なり足なり全ての狙いが温い、反吐が出るほどに。
殺す価値も無い。その問いに対し、カイルは問いで返す。
「そんなものは知らない!知っていても教えない!!
お前こそ、何でこんなことをするんだ!こんな戦いに意味なんてないだろ?!」
それを聞いたミトスは大層不愉快な顔をして
「まだそんな足りないことを言うやつが生き残っていたか。お前、何様のつもりだ?」
問われたカイルは迷い無く答える。
あの頃とは違う、確固たる思いをもってあの頃と同じ様に名乗る。
「未来の大英雄、カイル・デュナミスだ!!」
瓦礫の平地が一瞬静まり返る。その直後、
「クククククク…あっははっはははっはっは。ははははははははははははは!!」
少年のボーイソプラノが辺りを包む。
「な、何が可笑しい!!」
カイルは声を張る。その笑い声にではない、自身を包む黒々とした殺気に対してである。
「人を斬るのにも躊躇う、人を殺すのにも了承を得ようとする、そんな奴が英雄を名乗るなんてね、
じつに笑える冗談だ。お礼に経験者として少し教示してやる、よ!!」
喋り終わったかと思った瞬間に、疾走。12合目を始める。その顔は哂っていた。
139英雄達の夜 6:2006/03/09(木) 20:50:28 ID:kKMGAEtR
剣戟が再開されたと同時、少し離れた窪み。もと拷問部屋と一階を繋ぐ階段に
2人の少女、リアラとミントがいた。
二人は戦闘が始まってからずっとここにいて、機を伺っている。
援護する機を伺い、今に至るがその機は一向に訪れない。
幾らか攻撃する機会はあった。しかし万が一攻撃を仕損じれば
一転してカイルたちは2人や未だ寝ている剣士を守りながらの不利な戦いを強いられる。
上級魔法ではカイルたちを巻き込んでしまう。
故に動けない。回復に行くこともできない。何より。
「あんなカイルと同じくらいの子供が…戦いなんて。何でこんなことに…」
顔までは分からないがその容姿は紛れも無い子供、リアラは少し俯いて一人ごちる。
今は無事のようだがあのコレットとカイルを相手に剣と初級魔術だけで戦うのは無謀であると、
リアラは判断した。ミントもまた同様の考えである。
風上ゆえ会話は聞こえないが無謀な戦いといい先ほどの笑い声といい
あの少年は気が触れてしまったのかと、このゲームの無常さにやりきれなさを感じる。

剣を知るものならばその強さが、上級魔術が一度でも放たれていたならその魔力が、
ミトスの声を聞けばその禍々しさが、理解できたであろう。
しかしそれはカイルを除いて叶わなかった。これが後の不幸に繋がるのだがそれは先の話。
140英雄達の夜 7:2006/03/09(木) 20:51:38 ID:kKMGAEtR
今までと変わらぬ展開かと思われた、しかし違った。
カイルが攻め、ミトスが捌き、カイルが退くに合わせてミトスが間合いを詰める。
剣戟が、終わらない。
ミトスがこの戦術を取ったのにはコレットの思考、正しくは思考パターンをある程度理解したことに起因する。
コレットの思考は「リアラの防衛を第一に、治癒術の使えるミントを第二に守備し、
敵を安全に排除すること。」であった。カイルの命を、天使は見ていない。
スタンは邪魔な障害物、ミントは薬箱、カイルはこちらに危害を加えないならただの当て馬、
死んでも良し、こちらが仕留める隙を作ってくれれば尚良し。後ろに損害の出る可能性のある
広域魔術は未然に封じる。コレットの思考は、‘リアラを守ること‘その1点に収束されていた。
あまりに非情な采配。しかし今の彼女にはそれができる、という事実は動かない。
隙を作らずにカイルと剣を交え続けている限りコレットは手を出さない。
背後事情は分からぬまでも、その事実だけを、ミトスは理解していた。
カイルとミトス、剣の才だけで見ればほぼ互角、しかし埋められない差が1つ。
どうにもならない経験の差が、静かに均衡を崩していった。

「良いことを、教えてやるよ。」
ミトスの十字斬りを何とか塞いで出来た僅かな時間に、ミトスはカイルに声をかける。
「お前なんか、英雄になれないとかそういう話なら、聞かないぞ…!!」
バルバトスと初めて刃を交えたとき、自分を英雄と名乗りバカにされた。
あの頃は漠然と父親の影を追っていた、何もわかっていなかった。しかし今は違う。
本当の意味で彼女の英雄になると決めたのだ。その信念は決して揺るがない。
「別になれないなんて言わないさ。教えてやるよ、英雄のなり方。」
二人の顔が更に近づいていく。交差する三本の刀が無ければ鼻先がついていたであろう程に
141英雄達の夜 8:2006/03/09(木) 20:53:18 ID:kKMGAEtR
「全てを失え。守りたいもの、望んだ未来、一切合切全てを放棄しろ。
その手を汚さない全ての糞共の為に、大切なものを失う愚か者…その末路が、英雄だ。」
「ッ!!」
一瞬の硬直を見逃さずカイルの脛へ蹴り。よろめくカイルを払い、ダウンさせる。
最後に首筋ギリギリの地面ににロングソードを刺し込み、肩口を足で押さえ、拘束を完了させる。
動揺を誘い、自滅を狙う。4000年をかけたそのしたたかさにカイルは為す術も無かった。
なによりその言葉が心身を拘束した。カイルもまた世界と1人の少女を天秤にかけた人間だからだ。
「とりあえず。自分の命から失っとく?」
天使はなおも動こうとはしない。1人の少年がこの舞台から降りようとした刹那

――「諸君」

時は正に昼夜の狭間、天より響きたるは男の声。
ミトスは剣を一瞬止めた。ほんの一瞬、そこに届くは緋の連弾「フレイムドライブ」。
「カイル!!」
放送によって生まれた虚、偶然とはいえその虚を衝いた攻撃にミトスは
対応しきれず左手を盾とし直撃を避ける。
ダメージはあるが痛みは無い。そんなものは今のミトスに意味を為さない。
大願の為にはこんな痛みなど是非も無い。
ただ邪魔者の1人増えたとして殺害対象を魔法の主、少女リアラに矛先を向ける。
こんな‘ひよっこ‘の首なぞ何時でも落とせると判断し
カイルの拘束解除と同時にリアラへ侵攻を開始。距離から考えて5秒あれば少女は殺せる。
142英雄達の夜 9:2006/03/09(木) 20:53:50 ID:kKMGAEtR
4秒、奥からもう1人女が出てきた。姉さまのような気がしたが
別人だ。紛い物が何か叫んでいようと知ったことではない。
3秒、クラトスが死んだ?嘘だ、何を戯けた事をほざくのだこの声は。
2秒、とりあえず後回し、今はこの女を殺す。今更詠唱した所でもう遅い。こいつ本当に人間か?
1秒、詰みだ。殺すだけなら十二分。

0秒、なんでお前がここにいるんだ出来損ないの器。

邪剣ファフニールは確かに刺さった。リアラにではない、コレットの右の掌を貫いた。
ミトスには何が起こったか理解しかねた。この速さは尋常ではない。
さっきまで向こうにいたはずだ、ここで立ちふさがるなんて、
そもそも何で邪魔をする、姉さまを傷物にするつもりか、
身を危険に曝してまでこいつを守る理由は――それが鍵か。
ミトスが結論と達したと同時にコレットのもう1つの拳がミトスのボディを
射抜く。交差してミトスのロングソードがコレットの左足ごと地面に突き立つ。
宙を浮き、吹き飛ぶと同時にミトスの口から唾液が吐しゃする。その色は微かに赤い。
かなり深くまで刺さった剣は、コレットの足と地面をじわりと赤く染める。
143英雄達の夜 10:2006/03/09(木) 20:54:47 ID:kKMGAEtR
「ゲ、ハァ、ガヘ、アハハハハッハハアッハハハハハハハッハハハ!!」
血の混じった唾液を撒き散らしながら高々と嗤うミトス、その様は正に狂気の王。
体勢を立て直し袋から第三の剣を、ソーディアン・アトワイトを出し
不慣れなはずの一刀の型を取る。その眼は崩れた金髪に覆われてよく見えない。
「これは傑作だね。人形が仮初の主を守る、本来の用途を忘れて?
いいだろう、エターナルソードは後回しだ。お前はそこで大人しくしていろ。」
ひとしきり言葉と唾液を吐き終えるとミトスは剣を掲げる、加速度的に凝縮されるマナ。
「エターナルソード!?貴方は何を知っているのですか!」
エターナルソード、その言葉に異常な反応を見せてミントは叫ぶ。
しかし狂人にそんな言葉が届く道理も無く。

「剣に秘められし七色の裁きを受けよ!プリズムッ!?」
「させるかァァァァ!!」
天使術を除けばミトス最大魔術の完成の寸前、
カイルの剣が襲いかかる。ミトスは急遽詠唱を中断して回避。剣を構え
「邪魔をするな!」
ぶつかり合う剣と剣。炎と水、フランベルジュとアトワイト、2人は同時に声を荒げる。
「「何でお前がそれを持っている!」」
ぶつかり合う力と力、若干の距離を離し13合目は存外あっさりと終了した。
「…お前が、お前がクラトスを殺したのか。」
「違う!俺じゃない!!」
「そこまでクラトスのマナを漂わせといてぬけぬけとほざく…流石、英雄を名乗るだけはあるね。」
あの少年は勘違いしている。自分に非などまったく無い、それは分かる。が、
相手の呪詛が心を侵す、まるで自分がクラトスを殺めたかのように。英雄という言葉が絡みつく。
「スラストファング!」
ようやく完了したリアラの晶術。風によってミトスの体が自由を失う。
144英雄達の夜 11:2006/03/09(木) 20:55:28 ID:kKMGAEtR
カイルは走る、目の前の敵に向かって。
「お前なんかが…お前なんかが英雄を語るなァァァ!!!」
カイルの一刀、その刀身は紅く輝いて、まるでカイルの心を写すように。
呪詛の毒を焼き払うが如く、剛刀が縦一文字に打ち下ろされる。
風に踊るミトスは辛うじて後ろに退き、鼻先を掠めるだけに留めた。だが
ドン、と突如地面より湧き上がる焔。カイルが放ったは唯の斬撃ではなく技、爆炎剣。
そして追撃、爆炎連焼。カイルの突きがミトスに狙いを定める。
立ち上る焔がミトスの顔を覆う金髪を持ち上げて、カイルはその双眸を覗き込む。

風と炎、瓦礫や砂埃が舞い上がり一瞬、2人の空間は切り離された。

ミントとリアラが再びそこを見たとき、ミトスは地に臥し、その小さな肩には
フランベルジュが突き刺さり、ピクリとも動かない。
カイルはただ息を荒げ、もう一度フランベルジュを掴む。
肩から剣を引き抜き、そうしてもう一度剣を使おうとした。
145英雄達の夜 12:2006/03/09(木) 20:56:37 ID:kKMGAEtR
「カイル!」
慌てて駆け寄る2人。叫ぶリアラの声にカイルの手が止まる。
すぐさまミントによるカイルの見立てが始まった。
どうやら怪我という怪我は腹部の裂傷だけのようで、恐らくフォースリングの恩恵だと思われる。
消毒さえ済ませれば後回しで問題ない。リカバーによって消毒を素早く施した後、
「リアラさん、コレットさんの治療をお願いします。私は今からこの少年の治療を行います。」
「どうして!?」
ミントの発言に異論を唱えたのはカイル。
「…方角から考えてこの少年は恐らくC3から来たのでしょう。
今出来た物以外にもに火傷が数箇所あります。考えたくは無いのですが、
やはり昼に見た黒い煙は良くないことが起こったのでしょう、
この少年を一時とは言え狂わせるほどのことが。
もしかしたらその話を聞けるかも知れません。それに…」
ミントは個人的にこの少年に聞きたいことがあった。少年が口にした言葉、エターナルソード
時を越える魔剣の名を口にした。ミントが連想したのは、その剣を扱うべき剣士への糸口。
楽観が過ぎるかもしれない、しかし聞かずにはいられない。
「…やめましょう。カイルさんは周囲の警戒をお願いします。」
そう言ってミントはミトスに集中する。風による裂傷や火傷は命に別状無い
ようなので、まずは肩の刺傷を塞ぐことに集中する。運が良かったのか出血量は少ない。
少なすぎるきらいもあるが今は喜ぶべきだ。ミントの手から出る暖かい光がミトスの怪我を包む。
「でもこいつは…いや、分かりました…」
146英雄達の夜 13:2006/03/09(木) 20:57:59 ID:kKMGAEtR
カイルは城外へ足を運ぶ。
何故自分はあんなことを言ったんだろう。俺はあの少年を止めようとして戦ったはずだ。
だからこの少年を止められたんだからそれで済んだはずだ。
ミントさんの言う通りそれが一番いいはずなんだ。
「なのに、なんで俺はあいつを殺そうとしてたんだ…」
最後の突き、カイルが狙ったのは喉元。あの眼を見なかったら、間違いなく殺していた。
あの眼の奥が頭から離れない、あまりに濁った、虚無のような眼。
あいつの言う英雄という言葉が頭から離れない、失うことがが英雄を英雄たらしめる?
そんなはずはない、絶対無いはずなのに、なぜ俺の心を侵すのか。
足元の小石をおもむろに蹴る、石は元は城壁だった岩にぶつかり、粉々に崩れ去った。

「コレット!動かないで!!」
リアラはコレットの治療を行う前から苦戦していた。
損傷は大別して2つ、邪剣ファフニールが貫通した右手とロングソードが
刺さった左足、しかしコレットは剣を両方とも自力で引き抜いてしまった。
ロングソードに至っては一度折った後刀身を無理矢理掴んで抜いたのだ。
おかげでコレットの純白の手袋は真っ赤に染まっている。
普通ならば有り得ない。しかしコレットがこうなっている以上誰が彼女を責められようか。
ともかく治療する前から怪我を増やされては仕様も無い。リアラの治療は前途多難である。
「あの子、もしかしてコレットのことを何か知ってるんじゃ…」
ふとリアラは少年の言葉を思い出す。何があったかは分からないが彼女を知っているような口ぶり。
しかし今はそんなことを考えている場合ではない、処置だけでも済ませねば。
リアラはコレットの損傷に集中する。
147英雄達の夜 14:2006/03/09(木) 20:58:44 ID:kKMGAEtR
左肩の治療を受けながらミトスは思考する。脳でではない、そのエクスフィアで。
(今回はお前の勝ちだ英雄。でも、次は無いよ。
未完の英雄、人の形をした何か、姉さまの紛い物、そして出来損ないの器。
いいだろう、ならば僕もお前達を謀ってやろうじゃないか。
精々時が来るまで踊って貰うよ人間、姉さまの贄になってくれ。)
すっかり日が落ちて暗がりになり、そのエクスフィアはやけに輝いて見える。

E2にいた5人がそれぞれの思惑を以って交差する。(1人は寝ているのだが)
しかし由々しき事態が1つ、誰一人として放送を完全に聞いたものがいないという事。
この戦闘下で放送を全て聴いていたのは唯1本、アトワイトのみ。
アトワイトは思うところがあった、先ほど自分と剣を交えた少年をどこかで見たような
気がする。先ほどいた小柄な少女もそうだ、とても大事な時に会った気がする。
しかしそれがいつ、どこであったか思い出せない。ソーディアンになった前か、後か
もし彼らが私を知っているならば聞いてみたい。しかしそれは叶わない、それがルール。
148英雄達の夜 15:2006/03/09(木) 21:00:40 ID:kKMGAEtR
「僕のしたいことはそれが全てだ。さて君はそれを容認するかい?」
『貴方の考えが可能だとしてもミクトランがそれを許すとは思えないわ。』
アトワイトはミトスの考え方に反対する。そんな夢物語は不可能だと。
少年はニヤ、と笑って冷酷な言葉を投げつける。
「だとしたら僕は参加者を全員殺さないといけないね。
そうなると君が一番邪魔だね?いっそここで壊してしまおうか?」
『…』
押し黙るアトワイト、その態度にミトスは大変満足そうである。
「安心して?僕にとっても君は必要なんだ。姉さまさえ蘇れば君の手足になっても構わない。
ただ、それまでは僕の計画は他言無用だ。君の場合任意に通話相手を選べるかもしれないから…
君の周囲の人間がそれらしい素振りを見せたらそいつを殺す。
殺すのを目撃した人間も殺す。君の判断次第では結局皆殺しだね?
良かったね?今なら無駄に死ぬ奴は1人もいない。で、どうするアトワイト?
確か君の本来のマスターはもう死んだんだよね?それなりに使いこなせる連中はまだいるの?
それでもリスクを承知で次のマスターを探す?君のせいで首が無くなった娘の代わりを探す?」
『あの子を、マリアンを侮辱しないで!』
「でも事実だよね?君と出逢わなければ無力な唯の女、必死に隠れて必死に逃げて、
もう少し余生を得られたかもしれない。そうならなかったのは?君のせいだ、違う?』
ミトスの質問責めにアトワイトの激昂する。ミトスのどうでもいいと言わんばかりの顔。
吹き付ける風は、不愉快なほど温い。
『貴方は、彼女の死を悼んでくれた。あれは嘘だったの?』
少しだけミトスは眼を閉じて、そして眼を開き口を開く。
「あれも事実さ、でも、唯の薄汚い人間であることも事実だ。
で、どうするソーディアン・アトワイト?返答を?」
『……』
149英雄達の夜 16:2006/03/09(木) 21:01:36 ID:kKMGAEtR
「君には出来ないよ、アトワイト。全てを捧げてまで望むものが無い。
ダオスですら結局姉さまの命より自分の命を惜しんだんだ。君に出来るはずもない。
僕には出来る。僕の全ては姉さまの為にあるんだ。」
『……』
「僕が君に全てを教えたのは君が僕と似た存在だからだ。
この意思は、この石は、世界が幾ら続こうと消えることは無い。
ダオスが計画の終点なら君は始点、見届けて欲しいんだ。
在り方は違えど無機生命体、仲良くした方がいいと思うね?」
ミトスの輝石が鈍く光る。
もうダメだ、とアトワイトは思った。ミトスに自分を手放す気は無い、他人とコンタクトを
取ればこれを殺す。エクスフィアが輝く限り隙は無い。人質は自分ではなく他人。
自身の命を脅されても、軍人として、決してこんな奴に屈指はしない。
でも、マリアンが死んだと言う事実、その責任は…私は同じことを繰り返すのか。
今は、今はこの少年の言うことを聞くしかない。ソーディアンに意思決定権は無いのだから。
ひたすらの沈黙の後、
『貴方は傲慢だわ。神様にでもなったつもりなの?』
「容認と解釈するよ。なあに、そう長い時間は掛からない。君ももう千年くらい
時を経れば分かるようになるさ。2,3日なんて数秒と変わらない。
どうなるにせよ、君の願いは叶えてあげるよ。」
姉さまが生き返ればどの道ミクトランは用済み、
最後に首輪が外れるならば生かしておく理由は無い。
ミトスは狂ってなどいない。狂うとは正常から異常への変化だ。
目の前の少年は――ただ初めから、良くも悪くも純粋に歪んでいた。
そんな彼の目の前には、夕日を浴びて赤々と存在する城跡。
150英雄達の夜 17:2006/03/09(木) 21:02:50 ID:kKMGAEtR
(神様なんていないよアトワイト…だから僕は僕の道を突き進むんだ。
誰が立ち塞がろうと知ったことじゃない。
ダオスだろうが、ネレイドだろうが、ミクトランだろうが、
僕の眼前に立つなら最後は皆死ぬんだ。)

太陽は沈み二つの月が昇る。空の赤はたちどころに黒に塗りつぶされてゆく。
闇が蹂躙する、夜が来る。黒は燃えるような赤を隠し、狂気を覆い隠す。
そして狂気は黒を介し、感染する。彼の黒に。
夜の城跡に英雄四人・そして聖女と聖母と天使、舞台は整いつつある。
しかし「この場所」は現在幕間の中、次幕はまだ上がらない。

「ぐがーぐごー…イヤッホォォォォォォ…ムニャムニャ…イヤッホォォォォォゥテンクゥゥゥ…」

【スタン 生存確認】
状態:アバラ三本損傷  睡眠 
所持品:ディフェンサー ガーネットオーガアクス
第一行動方針:傷が治るのを待つ
第二行動方針:C3村へ向かう
第三行動方針:仲間と合流
第四行動方針:ジョニーが気になる
現在位置:E2城跡  地下
151英雄達の夜 18:2006/03/09(木) 21:04:17 ID:kKMGAEtR
【カイル 生存確認】
状態:戸惑い ミトスへの警戒 腹部に軽度の裂傷 TP90%
所持品:フランヴェルジュ 鍋の蓋 フォースリング ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:周囲の警戒
第ニ行動方針:C3村へ向かう
第三行動方針:リアラを守る
第四行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第五行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡

【ミント 生存確認】
状態:TP2/3 治療中
所持品:ホーリィスタッフ サンダーマント
第一行動方針:少年(ミトス)の治療、話を聞く
第ニ行動方針:C3村に向かう
第三行動方針:クレスが気になる
第四行動方針: 仲間と合流
現在位置:E2城跡

【リアラ 生存確認】
状態:TP50% 治療中
所持品:強化ロリポップ 料理大全フルーツポンチ1/2人分 ピヨチェック、要の紋
第一行動方針:コレットの治療
第二行動方針:カイルについて行く
第三行動方針:コレットを信じる
第四行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡  

【コレット 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視) 右手、左足貫通
所持品:銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲(残弾0) 邪剣ファフニール 苦無(残り1)
基本行動方針:防衛本能(自己及びリアラへの危機排除)
第一行動方針:修復まで待機
現在位置:E2城跡

【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP60% 左肩中度裂傷 左手火傷、
   全身軽度損傷 気絶? 天使能力制限(一時的) 
所持品:ソーディアン・アトワイト、大いなる実り
基本行動方針:マーテルの復活 (エターナルソードの入手、器(コレット)の確保)
第一行動方針:目の前の人間達を利用する
第二行動方針:コレットの入手方法を模索
第三行動方針:アトワイトが密告した可能性のある場合その人間を殺害
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:E2城跡

*ロングソードは刀身が折れて破壊されました
152ニクシミの刃、イツクシミの引き金1:2006/03/13(月) 16:35:39 ID:QzEV8Gqn
ユアンのまぶたの裏に、火花が散った。
叩き込まれたシャーリィの…もはやエクスフィギュアという枠からもはみ出てしまったような、畏怖なる存在の…巌のような正拳が、ユアンの鳩尾に入った。
もはや自力で立っていることさえ困難なユアンは、しかしその頭部をシャーリィの左手にに鷲掴みにされ、強引に立ち上がらされていた。
次の瞬間、シャーリィの右手が空を裂き、ユアンを殴りつけたのだ。
背部の岩壁に叩き付けられ、もはや血とも息ともつかぬものを肺から吐きながらユアンは苦悶する。背後の岩壁はその衝撃で、粉々になっていた。
左足は恐らく完全に砕けている。内臓も何ヶ所か破裂しているだろう。肋骨は、もはや無事に持ちこたえている本数の方が少ない。
エクスフィアの力を用いて全身の痛覚を強引に遮断していなければ、出血を押さえ込んでいなければ、ユアンはとうの昔に動けなくなっていただろう。
霞みそうになる目を何とか瞠り、「それ」を見るユアン。
シャーリィの左手から、もう1つの武器が繰り出されていた。彼女が幽幻の暗殺者から殺して奪った、小ぶりの剣。
赤と青の二つの月を背後に小剣を生やした左手を振りかざすその様は、
まさにかの星辰の彼方より来たりし、混沌の神々のもたらすとされる永劫の悪夢そのもの。
ユアンはほとんど、本能的に体を横に転がした。半瞬遅れて、シャーリィの小剣が…あと一撃でも受ければ確実に命を奪われる暴威が、ユアンの体のすぐ隣の地面に突き立つ。
一撃一撃に、本物の殺意が乗っている。ほんの少し触れただけでも嘔吐しそうな、濃密な憎悪がその剣に宿っている。
今頃姉を失い、壮絶な憤怒に駆られているであろう彼の仲間、ミトスでさえ、これほどまでの…人間離れした圧倒的な憎悪を、剣に乗せる事が出来るだろうか。
おまけに。
彼女の胸に埋め込まれたエクスフィアを、ユアンは先ほど目に納めた。納めてしまった。
もともとハーフエルフであり夜目の利くユアンは、彼女をこんな異形の存在たらしめる宝珠を、見てしまっていたのだ。
エクスフィアの表面に走る、ひび割れが広がり行くその様を。
(これ以上…こいつは強くなるというのか!?)
その様相は、ユアンの脳裏に最悪のシナリオを書かしめていた。
(奴の装備するエクスフィアは、更なる進化を…ハイエクスフィアへの進化を果たそうとしているのか!?)
レネゲイドの諜報部隊から、ユアンもある程度はクルシスの研究レポートを横流ししてもらい、目を通してはいる。
ユアンが今思い出していたのは、その中でも特に、エクスフィアの進化に関する記述であった。
本来エクスフィアは、ビー玉より少し大きいくらいの、青い球体の結晶である。
だが、「栽培」の手法を工夫すれば、エクスフィアは赤い菱形の結晶に…クルシスの輝石に進化するケースがごくまれにあるのだ。
ユアンが見たその研究の記述と、今この畏怖すべき存在の胸元で起こっているエクスフィアの変化は、不気味なほどに一致している。
無論、この変化は単に、エクスフィアがこの怪物の力の奔流に耐え切れず、砕けようとしているのだという解釈も不可能ではない。
だが、クラトスもマーテルも、そして実質上ミトスも…全ての昔の仲間を失ってしまった今のユアンには、とてもそんな呑気な楽観は出来ない。
153ニクシミの刃、イツクシミの引き金2:2006/03/13(月) 16:36:45 ID:QzEV8Gqn
力の入らない筋肉を叱咤激励して、砕けた左足を強引に引きずって、ユアンは立ち上がる。バックステップで、怪物との間合いを取る。
ユアンはこの怪物を相手に、自分が今打てる手を考えられる限り想定してみた。だが、どれも結果は同じ。
このエクスフィギュアの桁外れの生命力を、削り切る事は出来ない。傷付いたこの身を引きずって、逃げ出すこともかなわない。
詰み。完全に八方ふさがり。万策尽きている。
何度脳裏でシミュレーションを試してみても、導出される結果は同じ。
自分は、この怪物を倒せない。自分は、この怪物に殺される。
今はまだ、エクスフィアによる痛覚遮断と止血が効いている。
だが、エクスフィアに供給する魔力は体内から引き出している以上、痛みと出血を抑えておける時間にも、限界がある。
その時訪れる激痛と大出血によるショックで、冥府に旅立つのが先か。はたまたこのエクスフィギュアの凶手にかかって死ぬか。
ユアンに与えられた選択肢は、その二択だった。
ユアンは構えつつ、グリッドが、プリムラが、カトリーヌが、身を潜める岩陰を一瞥した。
他の漆黒の翼の面子は、あれから動いていない。…否、動けないのだ。
この怪物の放つ、悪魔じみた圧倒的な殺気…それすら通り越した「殺意」でもって、足が釘付けにされている。
もとより彼ら彼女らは、戦慣れしていない一般人。これほどの手合いとまみえて、足が凍りついたとしても、誰が非難出来ようか。
4000年の時の間に、数え切れないほどの死地を潜り抜けたユアンでさえ、恐怖を禁じえないのに、である。
それは死への恐怖というよりは、この怪物の存在そのものへの恐怖であることを、ユアンは何となく頭の片隅で自己分析していた。
岩陰に飛び込み、すかさず術式を組み立て始めるユアン。魔術「スパークウェブ」の詠唱を開始する。
(たとえもう、私に選べる道は死のみしかないとしても…!!)
このまま犬死になどしてたまるか。
ユアンの目は…瞳に宿った光は、たとえ死地に立たされようと、挫けない闘志に燃えていた。
仮にも、彼はクルシスの四大天使の一角にさえ数えられる男。古代大戦を終結させた英雄の一人に列せられるにも恥じぬ、不壊の気概の持ち主。
何とか隙を見て、徐々に完成させつつある「スパークウェブ」の術式。あと一息の詠唱で、これは完成する!
(私の渾身の魔術を…あの化け物のエクスフィアに叩き込んでやる!)
154ニクシミの刃、イツクシミの引き金3:2006/03/13(月) 16:37:25 ID:QzEV8Gqn
それこそが、ユアンの目論見。あの怪物に報いるための、決死の一矢。
本来、要の紋のないエクスフィアの毒に冒された人間は、
そのエクスフィアを強引に引き剥がされることで体内のマナのバランスを崩し、エクスフィギュアという怪物になる。
あのエクスフィギュアも、もとは人間であったはず。
エクスフィアも脱落していない状態で、何故エクスフィギュアになってしまったか、ユアンには見当も付かない。
だが、もしあのエクスフィアが、クルシスの研究報告にもないような役割を果たしているとすれば。
エクスフィアを破壊することで、あの怪物の息の根を止めることが出来るかも知れない。
そこまで行かなくとも、弱体化を期待することは出来るかも知れない。
ユアンの手持ちのチップを…命というチップを支払う覚悟が出来れば、その賭けに乗ることは出来る。
賭けに勝てるか勝てないか。それは分からない。
だが、このまま勝負を降りれば、あとは自分に残された選択肢は犬死にのみ。ならば、賭けには乗らない手はないだろう。
ユアンが今構築している「スパークウェブ」は、通常のものとは違う。
術式を即興でアレンジして、射程を犠牲にした代わりに極限まで魔力を凝縮できる、特製のものだ。
これを零距離で、あの怪物のエクスフィアに叩き込む。
エクスフィアの破壊自体はそうそう困難なものではないが、あの怪物の肉体に、エクスフィアを防護する仕組みがないとは言い切れない。
ならば、蟻一匹を殺すのにも全力を用いる、くらいの気構えで臨む。エクスフィアを百回粉みじんに砕いても、まだ余裕があるくらいの破壊力を叩き込む。
もしエクスフィアの内部に、本当にクルシスの輝石が育っているのならば、今や卵の殻であるエクスフィアも、中で育つ雛である輝石も、まとめて砕く。
さもなければ…もし殻であるエクスフィアのみを破壊してしまったら。
それは卵の殻を割り、生まれようとしている輝石という名の雛の誕生を、かえって手助けしてしまうという最悪の事態になってしまう。
そんな後顧の憂いなきよう、全力を込める。どの道、ユアンはこの一度きりしか、運命のサイコロを振ることは出来ないのだ。
ユアンの右手に、まばゆく輝く雷球が発生する。子供の頭ほどの大きさもない、小さな雷球。
だが、この雷球に込められた破壊力は、「インディグネイション」をも上回る。
ユアンの隠れる岩陰が、粉みじんに吹き飛ばされる。怪物は赤と青の月を双肩に担い、ユアンを睥睨して仁王立ちする。
もはや言うことをろくに聞かない体。だが、ユアンの目に宿る闘志は、怪物の殺意さえをも圧さんばかりに激しく燃え上がっていた。
ざっ、と砂煙を足元から吹かせ、畏怖なる存在を睨みつけるユアン。
月を背に浮かぶその影は、まさに悪夢の世界から直接出向いてきたかのような、おぞましいまでの悪しき存在感を放っている。
だが、ユアンは顔を背けはしない。古代戦争終結の旅路で、並の人間なら見ただけで発狂しかねないような、恐ろしい魔物も多く見てきた。
今回も、それと同じ。違うのは、かつての仲間を失い、代わりに得た弱き仲間を守るために、ここにいるということ。
ユアンは何かを握り込んでいた左手を大きく振るい、怪物の頭部を狙いそれを投げつける。
ユアンが牽制代わりに投げた石つぶてが、人と魔との殺陣の皮切りとなった。
テルクェスの青白い雨が、再び夜闇を微塵切りにした。
青髪の男の雷球が、夜闇を焼く残像を残し、男ごと動き始めた。
155ニクシミの刃、イツクシミの引き金4:2006/03/13(月) 16:38:18 ID:QzEV8Gqn
「クィッキ…クィ?」(…本当に、やるつもりなんだな…トーマの旦那?)
ユアンがシャーリィの前で、大立ち回りを演じるその影で。
岩壁からは一匹のポットラビッチヌスと、そして牛のガジュマが顔を覗かせていた。
「…ここまで来たんだ。今更止めるなんて、冗談じゃねえ」
トーマ。クィッキー。1人と一匹の執拗な追跡は、とうとう実を結んだのだ。
「クィッキィ…クィイ…」(…分かりきったことだけどな。オレはあんたを止められねえ。止めるだけ無駄なのは、分かってる)
「今なら絶好のチャンスじゃねえか。確実に、ミミーのカタキをブチ殺す…な」
そう。正体は分からないが、ミミーを結果的に死に追いやった憎い敵の1人は、謎の怪物と交戦している。
向こうは気付いていないようだが、怪物と青髪の男の戦う広場を囲う岩壁の、外側には2人の女がいる。ミミーを殺した連中の一味。
怪物の放つ凄絶な闘気。そして、怪物の戦闘力。
怪物が一同の注意の九分九厘を引きつけてくれているお陰で、他の敵からはまるで隙だらけなのだ。
特に、岩壁の外側の女のうち、気の弱そうな方の女は、余りの惨状に耐えかねて、先ほどから何度も嘔吐を繰り返している。
トーマの目撃したもう1人は見かけていない。
だが、この近くに隠れているなら後でフォルスで炙り出せばいい。一人だけ逃げていたのなら、島の隅々まで探して、殺せばいいだけのこと。
まさに天の賜いし好機。これを逃す手はない。トーマは左手にフォルスを集中させ、それを自らの立つ地面のすぐ脇に付ける。
余りの強力さに、肉眼でも視認できるほどの濃密な磁界がトーマの左手に発生する。その左手には、間もなく地面から吸い寄せられた黒い砂が集まっていく。
磁石で遊んだことのある人間ならば、この黒い砂の正体は容易に察することが出来るであろう。そう。砂鉄である。
トーマにとってはありがたいことに、この山はどうやら火山性の岩石から成っているらしく、地面からは砂鉄が十分回収できる。
これがただの石灰岩質の山であれば、目も当てられなかっただろう。
とにもかくにも、トーマは地面から吸い寄せた砂鉄を手の内に握り込み、左手ごと砂鉄をメガグランチャーの砲口に突っ込む。
メガグランチャーの内部で、トーマは一旦磁のフォルスを切った。これで、メガグランチャーの砲口内部は、砂鉄で満たされたことになる。
準備完了。トーマはメガグランチャーの砲口から砂鉄がこぼれないよう、磁のフォルスで固定しながら、その砲身を持ち上げた。
これを手に入れてから、もうしばらく経つ。実戦で使ってみた経験も後押ししてくれて、トーマはすっかり照準の使い方にもなれていた。
照門のくぼみに、照星の出っ張りを重ねる。ハンドガードを左手で、グリップを右手で、ストックを厚い胸板で支持する。
156ニクシミの刃、イツクシミの引き金5:2006/03/13(月) 16:38:59 ID:QzEV8Gqn
照準良好。ロックオン。目標は、まずあの2人の女。
この一射を放てば、脆弱なヒューマの女の体など三呼吸分の時間も持つまい。
拡散気味にこれを放てば、ほくほくと湯気を上げる二つの人肉シチューが、まとめて一丁上がりである。
トーマの放とうとしている一射。この一射は、いつぞや彼の同僚であった四星、ワルトゥの酒飲み話に聞かされた「雷磁砲」の原理を応用しているのだ。
かつてカレギア王国には、ガジュマの操れるフォルスの力を応用した、フォルス兵器の開発計画が立ち上がっていた。
その時の候補の1つにに挙げられていたのが、「雷磁砲」である。
雷磁砲の原理は以下の通り。
かいつまんで言えば、雷のフォルスと磁のフォルスを操れる人員が、砲身の周囲に強力な磁界と電界を発生させる。
これにより、砲身内部に込められた鉄製の砲弾を超高速で射出し、目標を攻撃するという大火力の兵器である。
無論、その後のカレギア王国の様相を見れば、この雷磁砲計画が頓挫したことは言うまでもない。
だが、ワルトゥの酒飲み話を、不真面目にとは言え聞いておいてよかった。
トーマは心中でそう1人ごちていた。
ありがたいことに、このメガグランチャーには、若干とは言え乱雑なトーマのフォルスの流れを制御・増幅してくれる作用がある。
更にトーマの胸に揺れる首飾りは、イクストリーム。防御力を犠牲に、攻撃力を大幅に高める装飾品。
そして防御力が落ちるという副作用は、足につけたペルシャブーツが打ち消してくれている。
死角なし。この一撃で、決まる。砲身に詰めた砂鉄は、通常の砲弾に比べれば遥かに小さいが、それすら今回はありがたい。
この際放たれる弾丸…すなわち砂鉄は無数にあるから、ある程度フォルスの作用で拡散させれば、一射でまとめて2人を巻き込めるのだ。
ワルトゥの話が正しければ、後はトーマがメガグランチャーの引き金を引けば、砲身からは音の速度さえ越える超高速で砂鉄が発射される。
発射された砂鉄は空気との摩擦で高温になり、一筋の熱線が放たれる。
噛み砕いて言えば、この雷磁砲の直撃を受けるのは、灼熱した鉄製の荒いやすりで、全身をめちゃくちゃにこすられるようなもの。
こんなものを受ければ、「ほくほくと湯気を上げる人肉シチュー」が出来るのも無理からぬところか。
そして、それはあと数秒で、現実の光景となる。
「さて…覚悟しやがれ、ヒューマ風情が」
「クィクィッキー…」(やるならせめて、苦しまずに死んでくれることを祈るぜ)
人差し指を、握り込むトーマ。
「まずは…てめえら2人からだ!」
「クィ…ククィッ…」(…連中はどう言いつくろっても、ミミー姐さんが死ぬ原因を作ったわけだしな。…悲しいが、こうなるのが現実か…)
即席の雷磁砲と化したメガグランチャーに、磁力の光が宿った。
157ニクシミの刃、イツクシミの引き金6:2006/03/13(月) 16:39:34 ID:QzEV8Gqn
だが、次の瞬間。
青髪の男が異形の怪物に…ユアンがシャーリィの平手をしたたか受け、跳ね飛ばされる。鉄板で張り倒されるような衝撃に、ユアンの体は宙を舞っていた。
びくっ!
その光景に、何故かトーマは引き金を離してしまった。せっかく合わせた照準も、台無しになってしまう。
何故だ。
トーマは自分の体が示した不可解な反応に、思わず荒い声を出しそうになる。
だが、せっかくの獲物に気付かれては、こんなまたとない好機をふいにする事を思い出し、ぎりぎりでそれをこらえた。
「クィッキィ?」(ど…どうしたんだ、トーマの旦那?)
「…………くそ」
トーマは毒づく。気を取り直して、もう一度ロックオン。2人のヒューマを狙い、引き金を…!
引けない。引けなかった。わずかに指を引き込むだけの、簡単な操作。赤子の手を捻るよりも簡単な動作。
何故、それが出来ない。
相手はヒューマだ。所詮ただ小ざかしい屁理屈でもってガジュマをやり過ごそうとする、小ずるいだけの弱い種族だ。
今まで立ってきた多くの戦場の中で、ガジュマもヒューマも問わず、ヒトならさんざん殺してきた。
今更人殺しに禁忌を覚える気持ちなど、トーマには欠片も残っていない。
ましてやこれから殺すのは、常日頃見下しているヒューマ。ためらういわれが、どこにあるのだ。
もう一度。ロックオン。フォルスを砲身に充填。発射…!
(もう止めるパン! 牛さん!)
三度、トーマの一射は阻まれた。今度は、声すら脳裏に響くような、強烈な制止。
見れば、あの少女が…首輪に頭部を吹き飛ばされ死んだはずのミミー・ブレッドが…引き金にかかるトーマの右手を、必死に押さえている。
(…そんな馬鹿なわけがあるか!)
トーマは目をしばたたかせ、首をぶんぶんと振る。幻だ。彼女は死んだ。こんなこと、ありえるはずはない。
果たして、それは幻であった。トーマが再びメガグランチャーを見たときには、その幻影は消えていた。
158ニクシミの刃、イツクシミの引き金7:2006/03/13(月) 16:40:14 ID:QzEV8Gqn
だが、それと共に消えたものが、トーマには1つ。
あんなに燃えていた激情が、消えている。違う。まるで胸の中に水をぶちまけられたかのように、激情の炎がその身を縮こまらせている。
ぽっかりと、胸に穴が開く。今まで激情に満たされていた心が、突然空虚になる。がらんどうになる。
突然生まれた心の真空に、トーマは耐え切れずに身をよじった。
なぜ、引き金を引くのを止めた。ここは戦場だ。甘っちょろい博愛意識や思いやりなど、無力な戦場だ。
ましてや、向こうはミミーを殺した憎い敵。殺し返せ。やられたなら、やり返せ。戦場にも立たずして、綺麗事をほざく馬鹿どもの言葉には耳を貸すな。
殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!
トーマは胸中で叫んだ。だが、仮にも王の盾の…四星の一角に数えられる自分が、何と情けないことか。
こんな風に自分を叱咤する羽目になるとは。これではまるで、初陣を飾る新兵だ。
自分がこんな風に新兵達を叱咤したことこそあれ、まさかその叱咤の言葉を自分に向ける羽目になるとは。
そして更に情けないことには、そうしてでまでもう一度芽生えさせた殺意が、その芽を伸ばし切れないこと。
トーマの殺意は、トーマの心にあるもう1つの感情が、覆いをしてしまっている。トーマはついぞ名前を知ることのなかった、その感情により。
この島にやってきてから、宿った感情。昔、母の胎内に宿っていた頃に、母の腹に置き忘れてしまった感情。
かの聖獣王ゲオルギアスでさえ手を焼いた悪しき存在、ユリスを生み出すほどに深い、ヒトの心の闇。
だが、同じくユリスの闇を焼き払う光も、ヒトの心に同じく同居している。トーマの殺意を抑える感情は、まさにそのヒトの心に宿る光。
あの少女に…ヒューマの少女、ミミーがトーマに遺した光は、トーマの胸にしっかと宿っていたのだ。
本来ガジュマという種族が存在しない世界からやって来ても…
たとえガジュマを見たことがなくとも、怯えるどころか同じヒトとして、もてなしのパンを振る舞うという行為により、トーマに宿った感情。
彼女の無垢な想いに触れることにより、育ってきた光。その無垢な想いの持ち主の命は今や砕かれ、1人のガジュマは憎悪という闇に沈んでいた。
だが、そのガジュマはその闇に沈もうにも、その心地よい光を手放し、殺意と狂気に身を任せるという選択肢を、素直には受け入れられない。
だからこそ、光と闇の狭間で、彼は苦しんでいる。苦しんでいるのだ。
159ニクシミの刃、イツクシミの引き金8:2006/03/13(月) 16:40:52 ID:QzEV8Gqn
見れば、あの怪物はもう、青髪の男を土壇場にまで追いやっている。
紙一重、間一髪。あと少しほどの余裕もないくらいの崖っぷちの所で、粘っている。
右手に宿らせた雷の球を守りながら。怪物の右手から放たれる青白い光の雨に身を刻まれ。左手から繰り出される小剣に、全身を裂かれ。
男は今、絶叫を上げて小剣を受けた。何かが宙を舞った。
男の左手。怪物の剣に、とうとう男は自らの左手さえをも盾にせねばならないほど、状況が切迫していたのだ。
堰を切ったように、男の左手の断面から血が吹き出る。先ほどまで嘔吐を繰り返していた女は、余りの刺激に失神してしまったようだ。
もう1人の、まだ気を確かに保っている女の方がその身を支えにかかるが、彼女も精神の限界が近いだろう。
「クィ…クィイィ…」(ひでえ…いくらなんでも、あれはむご過ぎるぜ)
「…………」
あんな怪物の振るうニクシミの刃を、自分もまた振るおうとしていたのか。トーマは、思わず口内で歯を食いしばった。
ヒトの負の感情を集めることで生まれる存在、ユリス。カレギア王国の重臣にしか閲覧を許可されない王国の書庫内で、トーマも記述だけは見たことがある。
トーマはユリスの存在など、はっきり言っておとぎ話としか思えなかった。
ヒトの悪意の集大成として生まれる怪物など、馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
だが、今ならユリスなるモノの存在を信じてもいいかもしれない。あの怪物の発する憎しみや殺意は、狂人すら放ちえない怒涛としてトーマに届いてる。
ユリスとやらは、ひょっとしたらあれを指しているのかも知れない。トーマは愚かしいと分かりながらも、そんな推測をせずにはいられなかった。
無論、ミミーの敵がどれほど非業の死を遂げようと、トーマの流す涙は一滴もない。むしろ、自分の手を汚さずして死んでくれるなら、気持ちいいくらいだ。
だが。あの怪物に連中が殺されるところを、ここから高見の見物としゃれ込むなど出来ようものか?
トーマの心に光を与えたあの少女なら、泣いてトーマに懇願していただろう。
あの人を助けてくれと。自分ひとりの力じゃかなわないから、力を貸してくれと。人が死ぬところなんて、見たくないと。
それに何より、自らの傍らに今でもミミーがいたならば、自分は動いていただろう。あの少女に、凄惨な殺し合いなど見せまいと。
その時。
160ニクシミの刃、イツクシミの引き金9:2006/03/13(月) 16:41:24 ID:QzEV8Gqn
ずぶっ、という音がトーマの耳にさえ届いたかのように思えるような、恐るべき光景が目の前に展開された。
青髪の男が、岩壁に縫い止められた。
怪物の左手の剣が、ユアンのどてっ腹を穿ち抜き、背にまで抜ける。
それでも怪物は満足しなかったのか、左手を繰り出した勢いそのままに、剣の切っ先をユアンの背後の岩壁に突き刺したのだ。
コルクの板に、ピンで留められた昆虫の標本。不謹慎ながら、トーマはそんなイメージを思い浮かべてしまった。
詰み。これで終わり。青髪の男はあと数秒で、命を奪われる。怪物の右手に、青白い光が宿った。
テルクェスの雨が降り注ぐ、直前の一瞬。
トーマは、激しい思いに身を駆られた。
直前の半瞬。
やれるのは、自分だけ。自分だけしかいない。
直前の四半瞬。
トーマは強く歯を食いしばりながら、メガグランチャーを構えた。あの少女の声が、自分を突き動かしているかのようだ。
直前の八半瞬。
ロックオン。あとほんのわずかな時間で、引き金は引かれる。雷磁砲の熱線でなければ、もう間に合わない。
テルクェスの初弾が、ユアンに降り注ぐその瞬間。
トーマのメガグランチャーは、磁のフォルスをまとった無数の砂鉄を吐き出した。たちまちのうちに、砂鉄は空気との摩擦で、高温を帯びる。
風よりも。矢よりも。そして、音よりも。雷磁砲の熱線は速く、そして疾く。
数十歩もの距離を一瞬…それを通り越して一刹那で飛び、エクスフィギュアの肌を焼き払う。
エクスフィギュアの口元から、凄惨な悲鳴が上がった。
161ニクシミの刃、イツクシミの引き金10:2006/03/13(月) 16:42:04 ID:QzEV8Gqn
岩壁に縫い止められたユアンは、死を覚悟していた。
この怪物の膂力で持って岩壁に縫いとめられれば、たとえ万全の状態であっても、力勝負で脱出は出来なかっただろう。
全身の出血を抑えておける制限時間も、どのみちあと十数秒で尽きていたところだ。
「スパークウェブ」のために振り絞った魔力を還元して時間を延ばしても、無駄なあがきに過ぎない。
この位置からでは、とてもあの怪物の胸元に、「スパークウェブ」を叩き込むことは出来ないだろう。
怪物の腕のリーチが圧倒的過ぎて、ここからでは腕に叩き込むのが限度。なら、いっそのこと、せめて一太刀を報いるか。
怪物が右手を振り上げた。デリス・カーラーンの警護用ロボットに装備されている、マシンガンという武器。
この怪物はどういうわけだか、そこから魔力の弾丸を放てるらしい。
そこから、次の瞬間魔力の弾丸が降り注ぐ。全身をズタズタに引き裂かれ、自分は倒れるのだ。
クラトス。マーテル。2人のところに、私も旅立つのか。
ユアンが思った、そのときだった。
「WOGAAAARRRRR!!!」
怪物が、突然苦悶した。怪物の背後で、突然光が弾けた。その拍子に、突き立てていた剣が抜ける。再び、自由を取り戻す。
ということは。
ユアンはまだ、賭けに勝てる。勝てる可能性があるということだ。
怪物が苦しみ出した理由の詮索は、後回し。エクスフィアによる止血と痛覚遮断は、まだ効いている。
あと数秒。数秒あれば怪物の間合いに入り込める。そして、ユアンに残された時間は、それで十分だった。
左手を切り飛ばされ。左足を砕かれ。残った右足に、ユアンは全力を込めた。
残された魔力を、「スパークウェブ」の雷球をぶつけるその瞬間に、きっちり使い切るよう計算して、エクスフィアで筋力を増強。
恐らくは、これが人生で自分の踏む、最後の一歩。ユアンはその一歩に全力を込め、地面を蹴った。
宙を舞うユアン。一瞬とは言え隙を見せた怪物の胸元が、一気に目の前に迫る。
残った右手をかざし、睨みつけるは、彼女の胸のエクスフィア。
右手の雷球と、エクスフィア。二者を遮る物は、ただ虚空ばかりであった。
怪物はようやく衝撃から目覚めたらしい。だが、ユアンがこうまで間合いを詰めれば、もはや防御の手立てはない。
クライマックスモードを発動させようにも、精神の集中が間に合わない!
(これで…決めてやる!!)
ユアンの「スパークウェブ」が、シャーリィの胸のエクスフィアに到達したのは、その次の一刹那であった。
162ニクシミの刃、イツクシミの引き金11:2006/03/13(月) 16:42:35 ID:QzEV8Gqn
「うおおおおぉぉぉっ!!!」
炸裂。
ユアンの命を込めた雷撃の網は、本来広がるべきはずの魔力を、エクスフィアの存在する空間の周囲のみにとどめさせ、全破壊力をそこで激発させる。
「AAAAAAAHHHHHH!!!」
雷電は形あるものを全て焼き払い、抉り取り、消滅させる。シャーリィの身に付けたエクスフィアも、その例外ではなかった。
怪物の雄叫びに混じり、ユアンの右手にはその手ごたえが伝わる。
ぱきぃん。
エクスフィアを、砕く手ごたえが。ユアンの立てた作戦は、成功したのだ。
この一撃が、エクスフィアごと内部のクルシスの輝石を砕いたか。はたまた、エクスフィアという、殻のみを砕いて終わったか。
そればかりは、分からない。だが、ユアン自身がその賭けの勝負の結果を知ることが出来ないとは、何たる皮肉か。
エクスフィアの止血作用が切れた。たちまちあふれ出す、ユアンの全身の血液。
激痛を感じる間もなく、ユアンは死の闇に沈もうとしていた。
163ニクシミの刃、イツクシミの引き金12:2006/03/13(月) 16:43:31 ID:QzEV8Gqn
雷磁砲を放ったトーマは、荒い息をついていた。
「ハア…ハア…ハア…ハア……」
「ククィッ! ククィッ!」(旦那…土壇場で、どうして?)
フォルスを用いたことによる疲れではない。この程度で尽きてしまうほど、トーマのフォルスは弱くはない。
混乱。悔悟。決意。自責。覚悟。トーマの心には、多くの感情が浮かんでは消え、彼の心を引っ掻き回す。
認めない。認められない。まさか自分が、ミミーの敵の命を、救ってしまっていたなど。
雷磁砲の一射は、本当はあのヒューマの女2人組に浴びせるはずだったのに。
血迷った。自分は、血迷ったか。なぜ、敵の命を救った!?
胸中穏やかならざるトーマ。それでも、雷磁砲の一射には、乱れがなかった。熱線は、過たずに怪物の背を焼き払った。
フォルスの力は、心の力。心に迷いある者に、存分に使いこなすことは出来ない力。
だが雷磁砲の熱線は、シャーリィの背に正確無比に突き刺さっていた。それは、1つの事実を示していた。
トーマは、あの一瞬…本当に一瞬限りでも、あのヒューマを救いたいと、心の底から願っていたということを。
トーマは認めないかもしれない。ヒューマごときに…その中でもよりにもよって、ミミーの敵のヒューマを助けてしまったのだ。
くそっ、とトーマは短く毒づきながらも、すかさず雷磁砲の次弾となる砂鉄を地面から集める。
メガグランチャーの砲口にそれを詰め、磁力でこぼれないように保持。トーマは、戦いの輪の中に駆け寄った。
殺す順番が変わっただけだ。トーマはそう自分に言い聞かせる。
どうせ脆弱なヒューマごとき…ましてや嘔吐や失神を起こすような、戦い慣れしていない連中なぞ、殺そうと思えばいつでも殺せる。
それならば、後回しでも構うまい。どの道このゲームに勝ってミミーを生き返らせるためには、残る全員を殺さねばならないのだから。
ありがたいことに、あの怪物は青髪の男の最期のフォルスの一撃で、ダメージを負っている。
あんな殺すのに手間取りそうな相手だ。畳み掛けるなら今しかない!
無論、この判断は戦士のものとしては正しかろう。だが、冷徹な戦士の頭脳からその断を下したのであれば、トーマが今、左手に持つそれの説明が付くまい。
ライフボトル。ミミーが遺してくれた、貴重な回復の薬。たとえ瀕死の人間でも、これを飲ませればたちまちのうちに息を吹き返す。
右手にメガグランチャー。左手にライフボトル。巨躯を揺らして、トーマは駆ける。
「クィッキー!!」(旦那、あの男を助けるのか!!)
トーマの道具袋に潜りながら、今や彼の物言わぬ相棒となった、一匹のポットラビッチヌスは、一声だけ鳴いた。
ニクシミの刃を振るう怪物を止めるために。1人のガジュマはこうして、イツクシミの引き金を引いた。
ミミー・ブレッドがトーマに遺した光は、今確かに、このゲームの闇の中に、輝いているのだ。
164ニクシミの刃、イツクシミの引き金13:2006/03/13(月) 16:44:25 ID:QzEV8Gqn
【グリッド 生存確認】
状態:右肩に銃創、出血
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:漆黒の翼全員でこの場を脱出
現在地:D5の山岳地帯

【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創、出血、失神寸前
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを磔にして島流し決定。
第一行動方針:ユアン達を助ける
第二行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯

【カトリーヌ 生存確認】
状態:失神
所持品:ジェットブーツ、C・ケイジ
基本行動方針:帰りたい。生き延びる。
第一行動方針:死なないようにする
第二行動方針:ユアン達を助ける
第三行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯

【ユアン 生存確認?】
状態:HP0%、仮死状態(腹部に風穴、内臓破裂、大出血、左腕損失、右胸に銃創、左足複雑骨折)、TP0%
所持品:フェアリィリング
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを信用していない。
第一行動方針:グリッド達を生き残らせる
現在地:D5の山岳地帯
※なお、ユアンをあえて仮死状態にしたのは、トーマがライフボトルを持っているため。
現時点から数分以内にライフボトルを与えられれば蘇生可能

【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品:UZI SMG(30連マガジン残り2つ) ショートソード(体内に取り込んでいる)
     要の紋なしエクスフィア(完全に破壊されたか、ハイエクスフィアに進化したかは不明)
状態:エクスフィギュア化 TP35%消費  HP残り85%(背中と胸に火傷)
基本行動方針:憎悪のままに殺戮を行う
第一行動方針:4人組を殺害
第二行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
現在地:D5の山岳地帯

【トーマ 生存確認】
状態:右肩に擦り傷(軽傷) 軽い火傷 TP残り75% 激しい動揺と決意
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、メガグランチャー(内部に砂鉄を詰めている。雷磁砲を発射可能)、ライフボトル
ウィングパック×2 イクストリーム 金のフライパン マジカルポーチ ペルシャブーツ
基本行動方針:ミミーを蘇らせる
第一行動方針:ひとまず殺すのに手間取りそうな、目の前の怪物から殺す
第二行動方針:激しく葛藤しながらも、ミミーのくれた優しさに従おうとしている
D5の山岳地帯

クィッキー
状態:驚愕と歓喜
第一行動方針:トーマについていく
165綻びゆく翼 1:2006/03/17(金) 02:36:24 ID:e6XmOMdG
なあ、ユアン。
本当に俺たちを助ける価値があると思ってくれたのか?
…これは聞くまでもないよな。今のお前を見ていれば分かるさ。正直嬉しいよ。
もともと役立たずとかろくでなしとか散々にいわれてきたからな。


ジョンもミリーもいない。
知り合いはソーディアンチームだけだったが、向こうが俺を覚えている可能性なんて限りなく低い。
独りは嫌だった。だから、初めに出遭ったカトリーヌとユアンを強引にチームに引き込んだ。
支給品のチャームボトルを奪って、騙したりして、な。
最初はまあこんな感じだったが、色々あるうちにいつの間にか仲間になっていて。
とまあ、これはいい。

おそらく、俺が逃げていないことに気付いているだろう。
ユアンは、自分がこいつを引き付けている間に逃げろと、そう言った。
俺は殿を務めようと思っていたし、四人でこの場を離れようとも言ったが、分かってしまった。
もう、あの時点で四人とも無事にいられる確率は、限りなく低いと。
認めたくはなかった。が、認めざるをえなかった。
だから、戦いには参加せず、ずっと様子を伺っている。

早く逃げたほうがいい? 確かにそうかもしれない。
だが、ここで俺たちがみんな逃げたらそれこそユアンは犬死にかもしれない。
たとえば、ここで俺が逃げて、またあの化け物に出会ったらどうする?
また逃げるのか? 逃げて、逃げて、それを繰り返すのか?
ただ、死ぬのがほんの少しの間延びるだけじゃないか。
そのうちに誰かが退治してくれるのを待つのか?

少なくとも、俺たちが生きるならあの化け物をどうにかしないといけない。
生きている限り、あの化け物にはもう一度遭うと考えて間違いない。
真正面からあいつと戦って、勝てるやつがいるだろうか?
残念だが、素人目に見ると、一人の力だけで倒せるような相手ではないと思う。
いや、勝てるやつもいるかもしれないが、そんなのは期待しないでおこう。
今朝見た極太のレーザーだって、あの化け物のものじゃないのか?
あんなのくらって、生きてるやつなんているわけがない。
あれを相手にするくらいなら、ダオスだっけ、最初にやたら目立ってたやつ、あれに正面から突攻するほうがまだましだ。

あれに遭うたびに、仲間を一人失って逃げる、というわけにもいかない。
次に遭った時には、確実に仕留めないといけない。
一人で倒せないような相手でも、力を合わせれば、倒せる可能性はぐんと上がる。
あの化け物の特徴、攻撃、弱点、その他すべてを他の参加者に伝え、仲間を募る。
十分対策を練った後で、先手を打つ。これしかない。

これでも、逃げに関しては自信がある。
首都の兵士たちの包囲網から脱出したこともある。村長騙してその追っ手から逃げたこともある。
オーガスの大群から逃げたこともある。マッハ少年を駆けっこで降したこともある。
音速の貴公子の称号、自称だが伊達じゃないと自負している。
幸い、化け物の動き自体はさほど速くはないようだ。
周りの地形を利用して弾丸を防ぎ、あいつから離れれば逃げ切れる。
ギリギリまで、今はすべてを見届ける。たとえ、それがどんなに残酷な仕打ちであろうとも。


さて、なにやら状況が変わってきたわけだが…。
牛に関しては、助けに来てくれたのか、それともたまたまあいつを攻撃しただけか?
それから、気がかりなのはプリムラとカトリーヌの二人。
彼女らも動いていないようだが、あの化け物の仕打ちを見て、気絶してしまったのだろうか。
俺はユアンの戦いを見て、何故か気持ちだけは冷静になっているが、女性に見せるようなものじゃない。
一度激励しに、逃げるように伝えに行ったほうがいいだろうか。
逃げるように、じゃ動かないか。任務を伝えに、だな。
気をしっかり持ってくれていればいいんだが。
166綻びゆく翼 2:2006/03/17(金) 02:38:10 ID:e6XmOMdG
逃げないと殺される。なのに…。
どうして足が動かないの? 動けば今すぐここから逃げられるのに。
どうしてグリッドは何も言ってくれないの? 大声で一言言ってくれれば、きっと動けるようになるのに。
どうしてカトリーヌさんは気絶しているの? 二人ならどうにかなったかもしれないのに。助けてあげないといけないじゃない。
どうして? どうして助けてあげないといけないの? 自分が漆黒の翼の一員だから?
どうして自分は漆黒の翼にいるの? あのとき、私は抜けたよね?

ばか、バカバカバカバカ! 何を考えているのよ。抜けてようが、抜けてまいが、仲間じゃない!
ユアンは自分の命を犠牲にして、私たちみんなを逃がそうとしてくれた。
なのに、ここで私たちも殺されるの? 冗談じゃない!

…でも動けない。あれに足が、目が、脳が釘付けになってしまってる。嫌でも意識がはっきりしちゃう。
目を閉じてたほうが怖い、見てないうちにあれがこっちに迫ってきそうで。
はっきりいって、先に失神したカトリーヌさんが羨ましい。
どうせ失神なんて数分で覚めるんだからあんまり意味無いけど、
それでもその数分、あいつから逃れられるんだもの。

あの牛がまた来た。
牛が何を思っているのかは知らないけど、信用できない。
ただ獲物を横取りされたくなかっただけかもしれない。
牛の仲間は放送で名前を呼ばれた。私たちが殺したと思われても当然。
牛があの怪物を倒したとしても、次に狙われるのはきっと私たち。
あの牛がこっちに大砲を撃ってこない保証なんかどこにもない。

怪物の殺気はすべてあの牛に向いている。今ならこっちへの威圧感が薄れてる。逃げられるかも。
本当に? 本当に逃げられる?
足の怪我のせいで自分は速くは走れない。
なのに失神している彼女を背負ったりなんかしたら追いつかれるんじゃないの?
彼女をおいていくほうがいいんじゃないの?

あ〜、もう! グリッドの言葉を忘れたの?
我々漆黒の翼は生きてこの場を脱するんだ!
そう言ってたじゃない。
仲間と一緒に、生きてここを脱出するんだって、そう言ってたじゃない。
167綻びゆく翼 3:2006/03/17(金) 02:39:10 ID:e6XmOMdG
…。
…彼女は本当に仲間なの? 本当にただの方向音痴なの?
私たちを危険な場所へ誘導しようとしていただけなんじゃないの?
初めに遭ったとき、何故か私から逃げて、なかなか他のメンバーのところに戻らなかったよね。
どう考えても道から外れてる樹海に案内して、そこから抜けるまでコンパス出さなかったよね。

何考えてるの。
…いくら命の危機だからって、こんなことを考えるなんて、私も堕ちたものね。
これじゃ、三流犯罪者と一緒じゃない。
危なくなったら仲間を悪者にして盾にして、自分だけ逃げようなんて最低なやつのやることよ。
それに、言いがかりもいいところ。証拠なんか何もない。全部偶然。
三流犯罪者と命乞いをするやつはロクな末路はたどらないって、相場は決まっているのよ。
危機なんか今までも何度もあった。それでも切り抜けてきた。私の強運と実力を信じなさい。
とにかく、カトリーヌさんと安全なところまで行かないと。引きずる形になるけど。ごめん。

……。
仕掛けを作るとか言って、実は密告してたんじゃないの? だからG5が狙ったように禁止エリアにされたんじゃないの?
焼き討ちのとき、ユアンを助けに行こうと言ってたのに、あなただけ戻るのを渋っていたよね。
…どうしてあなただけ無傷なの?
最初の間に集められたとき、あんな怪物はどこにもいなかった。あんなのがいたら、一発で分かる。
きっと、あれは主催者の手駒よね。あれに襲われて、一番近くにいたあなたが無事っておかしいよね。
あのときは疑問に思わなかったけれど、よく考えればチョーカーで隠したくらいでどうして主催者の監視を抜けられるの?
誘導してるんじゃないの? 本当は気を失ってるふりをして、私を狙ってる?

…まさか。
また変なこと考えてる。疲れてるのかな。こんな悪い方向にばかり考えるのは、私のキャラじゃないはずなのにな。
そもそも、仲間と一緒じゃ逃げられないという前提自体が過ちなのよ。
そうよ、ファイトよ、プリムラ・ロッソ。
悪魔のささやきなんかに負けないで、みんなで一緒に帰るのよ。
キールとなら、きっと脱出方法を見つけ出せるはずよ。
精神を強く持て!
天下のミンツ大学に敵無し。探偵プリムラに解けない謎は無し!

……。
生き残れるのはたった一人。たった一人?
それ以外はみんな死ぬ?
どういうふうに? ああいうふうに…?
168綻びゆく翼 4:2006/03/17(金) 02:40:32 ID:e6XmOMdG
ユアンさんは凄いですよね。
彼は死ぬ、ということを、私よりは幾分知っているはずですよね。
ときに死は美しいとか言われるけれど、嘘よ。
あんなに恐ろしくて、むごたらしくて、みじめで、無常なものなのに、美しいはずがない。
それを知っているのに死を覚悟で助けてくれたんですよね?

グリッドさんは凄いですよね。いつも前向きで。
どんな窮地に陥っても、確固たる自分の意思を持っているんだから。
あなたのおかげで私たちは引かれ合うように集まったし、今まで離れることは無かった。
ユアンさんの雰囲気が途中から変わったのもあなたのおかげなんでしょう?
全員が助かる方法を探していたのでしょう?
きっと、今もあの化け物を倒す方法がないか考えているんでしょうね。
でも、結局、ユアンさんは死んでしまったんですよね。死んだんですよね?

プリムラさんは凄いですよね。
今までの作戦は全部あなたが発案したんですよね。
探偵なのかなんなのかわからないけど、その発想力には舌を巻いてしまいます。
そういえば、囮作戦、見事に成功しましたよね。
ハッタリ作戦も、見事に成功しましたよね。

どちらも、提案したのはあなた。私はちょっと色をつけただけ。
私はメンバーで一番の役立たず。足手まとい。
作戦A、C、D、E…。色々と考えましたよね。
ACDE…。本当はもう一つあったんじゃないですか?



そうだ、今度の作戦、何にします?
私を盾にして、逃げますか?
169綻びゆく翼 5:2006/03/17(金) 02:41:54 ID:e6XmOMdG
みなさん、すみません、変なことを考えてしまって。
私を置いていくなんて、ないですよね。
でもね、私の中に死が鮮明に描き出されるんです。
実際は私にどういう形でもたらされるのかは知らない。
けれど、銃で撃ち抜かれて、剣で刺し抜かれて、爪で抉られて、拳で殴られて、それでもまだ終わらなくて。
もうとっくに死んでいるはずなのに、まだ終わらなくて。
何度も何度も殺され続けて。
あの光景が浮かび上がるんです。
感じるんです。あの怪物から発せられる『死』を。

あのとき、見てしまった。見たくなかったのに、見てしまった。
何か、人の形をしているとしか思えないものが岩に磔にされているのを。
だって、今そうなっている人がいるとしたら、もう一人しかいないじゃない。
自分もああなるかもしれないじゃない。

聞こえる。足音が迫ってくる。
死神が私を殺しにきてるのよ。ゆっくりと来ているのよ。
次は私? 私が殺される番?
串刺しにされて、ばらばらにされて、ぐちゃぐちゃになって、死体とさえいえない姿を野にさらすことになるの?

ねえ、ピエール、どうしてあなたはここにいないの?
私はあなたにここにいてほしかった。
だって、それなら二人で一緒に死ねるじゃない。
あなたになら喜んで殺されるし、あなたなら喜んで殺してあげられる。
でもここにいるのは、目を開けて、最初に飛び込んでくるのは、醜い怪物。まさに、『死』そのもの。

嫌だ。ここで死んだら二度とあなたに会えなくなる。こんなのに殺されたくない。
殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,しにたくない,…


死にたく…ないよお…。
170綻びゆく翼 6:2006/03/17(金) 02:42:45 ID:e6XmOMdG
【グリッド 生存確認】
状態:右肩に銃創、出血(一応止血処置済み)、恐怖、しかし冷静
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:女性メンバーを逃がす
第二行動方針:この場の出来事を見届ける
第三行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在地:D5の山岳地帯

【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)、混乱、死に強い恐怖
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ
基本行動方針:仲間と共に脱出
第一行動方針:カトリーヌを連れて? 安全な場所へ避難?
現在地:D5の山岳地帯

【カトリーヌ 生存確認】
状態:死に強い恐怖 錯乱 もう意識はある???
所持品:ジェットブーツ、C・ケイジ
基本行動方針:しにたくない
第一行動方針:?
現在地:D5の山岳地帯
171名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/20(月) 15:47:55 ID:wAlO867H
要請あげ^^
172名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/21(火) 17:39:38 ID:xj5B4wU5
死んで詫びろや^^
173名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/21(火) 19:22:27 ID:d53/+erO
死んで詫びろや^^
174意識 1:2006/03/25(土) 00:54:16 ID:xaSJrzYQ
(あの何から何までそっくりな奴…。ジューダスは無事なんだろうか)
辺りが夕闇から真の闇へと変わり、夜の帳が下り島を呑み込み始める中、一人の青年が西へと駆けていた。脳裏に先程の出来事を思い出しながら。
青年の名はヴェイグ。浮かび上がる2人の人物の名はジューダス、そしてリオン。
朝から行動を共にしていたジューダス。突然現れた外見から声、多分性格まで彼とそっくりなリオン。
あまりにも2人は似ていた。あの時は少し状況が飲み込めなかったが、隠し子などと言っていた事から、あの2人は双子なのだろうか。
ジューダスは「僕自身の戦い」だとも言っていた。2人の間には重要な繋がりがあると見て間違いないだろう。
──いや。自分には関係ない、関係出来ない問題か。変に深く追求しても仕方がない。
そこまで考えて、ヴェイグは疾走の息か溜め息か判別つかない空気を吐き出した。
そして思考を次に移す。捜していた女性、ハロルドの事だ。
未だに彼女の姿は見えない。あの激走だからいい加減息が切れてもおかしくはないのだが。
完全に見失ったか? 一瞬ヴェイグにそう一抹の思いが過ぎった。
175意識 2:2006/03/25(土) 00:55:31 ID:xaSJrzYQ
ハロルドがどこに向かっているかが分からない。ヒントは、誰かから逃げている事と、彼女が「マーダー」だという事。
最初の悲鳴をハロルドも聞いているのなら、間違いなく──新たに聞こえた奇声にも反応する筈。
つい先程聞こえたヒトと思えぬ断末魔を聞けば、逆に山を避けルート変更を考えるかもしれない。
いくらマーダーとはいえ、敵から逃げるという緊急時に標的の事など考えるか? 可能性は低い。
かと言って、彼女を捜す事を先行し悲鳴を後に置いておくのも望ましくない。当てはないのだから。
まずは山岳部に向かおう。もしもの事もある。
奇声が聞こえたのはつい先刻。どれほど離れているかは分からないが、大きくはない筈だ。
(一体…何が?)
激走のまま、ヴェイグは顔を上げ中央に聳える山岳を見つめる。
幽暗に閉ざされぼんやりとしか見えない山は、言い様のない存在感を示しまるで生きているようだった。
ほぼ闇と同化し、殺気にも似た雰囲気が発せられ包んでいる。異様な気配に自然と不安が込み上げてくる。
全てが上手く運ぶのか、と。
「絶・瞬影迅…!」
急がなくては。そう思い、1度立ち止まり精神統一。彼の周囲に、相対の月光に煌めく氷の破片が散った。
176意識 3:2006/03/25(土) 00:57:49 ID:xaSJrzYQ

「あの鳴き声って!」
ハロルドは山岳の空に響く声を聞き愕然とした。
あの声質、間違いなく1日目で戦ったあの老人、マウリッツ・ウェルテスのもの。
しかしあの時エクスフィギュアと化したマウリッツの名は、確かに放送で呼ばれた筈だ。
(あの手に付いてたヤツと同じのを、誰かが持ってたって言うの?)
そうとしか考えられなかった。これが本当なら迷惑、いや慄然としか言い様がない。
辺りを見渡し、誰もいない事を確認してから一考。辺りの気配を気にしながら冷静に考えるのは流石の天才も辛い。
まず。
悲鳴も考えれば、あの怪物に襲われているのは間違いないだろう。リオンからは逃げたいが、山岳部は危険だというのが現在のハロルドの本音だった。
(見捨てたくはないけど…私だってみすみす危険な場所に行きたくはないわ。リオンが追跡してきている以上、複雑な場所に迷い込ませた方がいいのは確かだけど…。
 でも1ヶ所にマーダーを複数留まらせるのは、襲われてる人にとっても危険…。
 ジューダスともあんま会わせる訳にはいかないから、わざと私が囮になってレーダー持ってるリオンを引き寄せるのも手だけど、そしたら助けには…あーもう、堂々巡りだわ!)
177意識 4:2006/03/25(土) 00:59:26 ID:xaSJrzYQ
まくし立てるように考えると、その考えは1つの輪になる事が分かった。
ある点を追い掛ければ後ろから別の点が追い掛けてくる。無論、その後ろにも点があり、気付けば最初の点は最後尾を追い掛けている。そんな感じで点は集い輪となるのだ。
勿論終点はなく、ただ延々と回るだけ。
しかしハロルドが決めあぐねている中、輪は意外とぷっつり切られる事になる。
「おい、あんた…!」
突如背後から掛けられた声。思わず体を跳ね上がらせ、手にソーディアン・ディムロスを携え、風を思わせるように素早く振り返った。
そこに立っていたのは、黒髪の少年ではなく、銀髪を結った背の高い青年。自分を追い掛けてきたのだろうか、彼の肩は上下し息は荒い。
確かにハロルドはこの青年に見覚えがあった。疾走の中ではあったが、偶然見つけたジューダスと共にいた人物だ。
「アンタ、ジューダスは?」
しかし当のジューダスがいない事を訝り聞くと、
「…顔が、瓜二つの、奴と、戦っている…」
と、ある程度予想通りの答えが返ってきた。
内心しめた、と思った。
2人をあまり会わせたくはなかったが、会ってしまった以上仕方がない。
178意識 6:2006/03/25(土) 01:00:41 ID:xaSJrzYQ
今の内にレーダーの範囲から離脱出来れば、リオンは追ってこれない。効果範囲は不明だが、早めに行動するだけ利益は自分にある。
別にジューダスが負ける事を期待している訳ではない。だが、可能性と解決法は幾つも考えておかなくては、いざという時に困るのは自分。
バッドケースにならなければそれはそれで万々歳、申し訳ないが今はもしもの事を想定しておかなくては。
1つ情報が入れば、自ずと道が開けるもんよ。ハロルドは緩く笑った。
「俺はジューダスに、あんたと合流しろと言われた…いや、それよりも」
これからの考えを急速に纏めていると、大分息を落ち着かせた青年が話し掛けてきた。
私はお守りかあの仮面ストーカー、とひそかに思った。
「確かめさせて欲しい。あんたは…本当にマーダーなのか?」
相手の口から出たのは意外な質問であったが、想定内の質問でもあった。
恐らく目の前の相手はゲームに積極的ではない。そうでなければ直ぐにでも襲ってくるだろうし、わざわざこんな問い掛けをしない。
そしてそれは自分にも該当する。マーダーだと堂々と公言しておきながら、疲労中の自分に襲ってこなかった事を不思議に思っているのだろう。
179意識 6:2006/03/25(土) 01:02:19 ID:xaSJrzYQ
──否、そんな複雑な理由ではない気がする。そもそも理由付けなど必要なのだろうか。ただきっとこの青年は自分を見極めようとしているのだ。
信用に足るか、足らないか。
「そうね。どうかしら」
な、と思わずヴェイグは呻いた。相手にはこちらの答えの方が意外だったらしい。
不謹慎だが少し嬉しかった。
「私、あのマグニスとバルバトスって奴を殺そうと思って動いてたけど、死んじゃったし。標的もいない今、意味はないのよね」
「…本当か?」
「本当よ。考えなしにわざとマーダーって言うなんて、変に誤解招いて危険じゃない」
まだ青年の目は暗い疑念を抱いている。
向けられる視線の厳しさは、元々持つ鋭い雰囲気だけが成す技ではない筈だ。
「ま、信じてくれなくてもいいけど。それで? アンタはどうするの?」
大袈裟に肩をすくめる仕草を見せると、ハロルドは改めて青年に問い質す。
「…悲鳴の所に行く」
「やっぱね」
即答。それなら聞くなと言わんばかりに青年はハロルドを睨み付けた。
「でも、間違いなくマーダーもいるのよ? 私、アイツに会った事あるけど結構ヤバいんだから。
 それでも行く? どうしてアンタはここにいるの? 死にたくないからでしょ?」
180意識 7:2006/03/25(土) 01:03:48 ID:xaSJrzYQ
すかさず青年に告げるハロルド。
確かにそれはそうだが…、と彼は目を落とし声量は語尾に行くにつれ弱くなっていった。
青年がここにいる、則ちファラの放送があったC3に彼は向かっていないのだ。
その理由がジューダスの指図かどうかは分からないが、少なくともこの青年は単にお人好しではなく、「生き残りたい」という心持がある。
しかしやはり、悲鳴の主を助けたいという思いもある。その狭間で彼は迷っているのだろう。
体は1つしかないから、前に広がる両極端の道はどちらかを選ぶ事を執拗に迫る。
「じゃあ行かなければいいじゃない。私もみすみす死にに行く命、見捨てたら後味悪いし」
至ってハロルドは現実的かつ冷淡に話を進める。
その中、青年は黙していたが、出し抜けに首を左右に振った。
「確かに…自分の命も大切だと思う。だが、今俺はあの悲鳴の人物を助けたい…。
 何よりも…俺は、ルーティに償わなくてはいけないんだ…!」
低声に意思が宿る。脇にある手をぎゅっと握り締める。
青年の決意は強く握られた拳を象徴するかのように固かった。2つの道の内、彼が選んだ道は、舗装されていない荒道。
──…償う?
一刹那置いて、ハロルドは無意識に呟いていた。
181意識 8:2006/03/25(土) 01:05:23 ID:xaSJrzYQ
「アンタ、人殺したの」
淡白で、ただ何の感情を込めず。
「…このゲームで潔癖気取ってるヤツなんて、もういないでしょ。誰だっていつかは手をかける時が来るし、それを覚悟してなきゃ自分が死ぬんだし」
誰かを諭すための言葉とは思えないほど、ハロルドは誰にも聞こえないよう小さく呟いた。
青年は俯いた顔を上げるも、未だに顔が曇っている。何も言わなかった。
少し後悔した。自分が先に言ったとはいえ、正直、気まずい。
「…あ! 確か、ルーティってカイルの母親よね」
手を顎に移し、わざとらしくやや早口で言う。
青年は少しぱっとしたような表情で、ハロルドの言葉の真意を見定めていた。
「母親? あの歳で?」
「ああ、未来形のお話。カイルはね、未来でルーティと、この…スタンの間に生まれるの」
ハロルドはいそいそと名簿を取り出し、スタン・エルロンという人物を指差す。
最初は理解し難いようであったが、自分なりの結論を見つけたのか、そのカイルというのは、と青年は疑問をぶつけてきた。
「何で消えてないのかって? 勿論死んだ人を復活出来るからでしょ。
 ふむ、アンタはヴェイグね。…ん、放送で呼ばれてなかった? あ、死者ではないって言ってたっけ」
182意識 9:2006/03/25(土) 01:06:34 ID:xaSJrzYQ
この発言に当然青年──今更こう呼ぶ必要もない、ヴェイグは面食らっていた。
自分の名が既に放送で呼ばれた事もあるが、それよりも最初の内容だ。やはりミクトランの言葉は本物なのか?
何、幽霊扱いがそんなにショック? とハロルドは聞くが、ヴェイグは首を振り否定の意を示す。
納得の声を上げ大きく3回頷くと、また荷物から何かを取り出す。ペンと羊皮紙。
『もしくは復活出来ると思わせるためね。多分こっち』
書かれた文面を見てヴェイグは驚きながらも、同じく羊皮紙に文字を連ねる。
『盗聴に気付いているのか?』
『そう言うアンタも』
『俺はジューダスから聞いた』
と書いたものの、
「…っ! 話を反らすな…!」
大分話題を相手にコントロールされている気がふとしたらしく、こう言ってきた。
ぐふふ、とハロルドはいつもの笑い声を立てる。
「だって、アンタだって生き残りたいって思ったんでしょ? だから、殺したんでしょ?」
「…黙れ!」
笑みを湛えるハロルドに、ヴェイグは腰に差す2刀の1本、チンクエデアを抜く。剣先の向こうにはハロルドの姿。
更には自らの氷のフォルスを高めていき、視線と同じ冷たい青のオーラが体を纏う。
「後悔してるんでしょ?」
183意識 10:2006/03/25(土) 01:07:59 ID:xaSJrzYQ
それでも変わらぬ笑みから出た言葉を聞いた瞬間、何故かすうっとフォルスは沈んでいった。
「償いたい、って思ってんだからそうよね。もし単に殺すのを楽しみにしてやったのなら…私、とっくにアンタを殺してるわよ」
そして笑みは一気に私憤を帯びた表情へと変わる。流石にヴェイグも背筋を寒くしたように顔を強張らせた。
「今はルーティに償いたいと思ってる。いい事じゃない」
そしてまた、さっきと同じ笑顔に戻る。憤激の形相は見間違いだったのかと目を疑いたくなるほどだ。
しかし、確かにあの表情は本物。秘められた怒りと憎しみに偽りはない。
「うん、そうね。そうする。私も一緒に行くわ」
突然勝手に納得し頷き始めると、ヴェイグに先程の笑みを向けた。
驚喜と困惑が均等に交じり合った表情を表し、ハロルドの笑顔に応える。
「! 本当か…?」
「ええ。ごめんね、実はちょーっとアンタの事試す真似してたのよ」
おおっぴらに手を広げ、目を伏せるハロルド。未だに彼女の考えが読めない様子のヴェイグは、尚も戸惑いの色を続ける。
おずおずと、結果はよかったのか? と尋ねる彼に、ハロルドは、
「第一関門はクリア、ってとこかしらね。後は一緒にいて見極めるわ」
184意識 11:2006/03/25(土) 01:09:20 ID:xaSJrzYQ
相も変わらず無垢な笑みを零すも、当のヴェイグにとっては散々振り回されてこの結果か、と思った。
だが、先程の張り詰めたものは消えていた。
「それに言ったじゃない」
ハロルドは意地悪く笑う。
「命を見捨てる真似は後味が悪い、って」
その言葉を聞いた瞬間、ヴェイグは試されたのか、と思った。
「話し込んじゃったし、1秒が事態を変えるわ。カイルやスタンがいるかもしんないんだから早く行くわよ、むっつり2号!」
そんなヴェイグの心情を空知らず、言ったかと思うと直ぐに、ハロルドは山岳部に向かって走り出した。当然、ヴェイグはまたもや戸惑った。
止まる気配なく小さくなっていく影を見ながら、誰がむっつり2号だ、と聞こえないように呟き追走し始めた。
ふと、1号はジューダスなのだろうかと思った。
その奥で、ハロルドの表情は変わっていた。
(…本当に試したのは自分よ)
心中は、表の笑みとは違った。
リオンから逃げる意味もあるとはいえ、わざわざ危険と分かりきった場所に行くなど、本来はしない。
恐らくヴェイグが来なかったなら、見捨てて西側に逃げていただろう。
ヴェイグが来ても、もし彼が見捨てるような人物だったら、同じく自分も見捨てていた。
185意識 12:2006/03/25(土) 01:10:30 ID:xaSJrzYQ
ああ、目の前にいる相手も「割り切っている」のだ、と。
だが、答えはどれも違った。
ヴェイグは自らの命を思いながらも、救出に行く事を選んだのだ。それがルーティへの償いかどうかは分からないが、別に何だってよかった。
このゲームで割り切る事は重要と考える。
そうでなければ人を殺すなど出来ないし、自分も割り切っている方だと、マウリッツと戦う時から思っていた。
しかし、マグニス達への復讐を決めた時、カイルやスタンのような、いわゆる「馬鹿」を助けたいと思った。
割り切っている自分と、助けたい自分。2人の自分。一体、どちらが本当なのか?
自分の命を思いながら助けに行くか迷うヴェイグは、ある意味で今の自分を映す鏡だった。
だから本当に割り切っているのか、とヴェイグと自分を試したのだ。
結果、自分はヴェイグと共に救出に向かっている。やはり馬鹿を助けたいのかな、と思った。
が、よくよく探れば、本心の奥深くは違った。
許せないのだ。無駄に命を奪う奴らが、──主催者ミクトランが。
死んでいった参加者全員を殺したのはマーダーだけじゃない。ミクトランも同じだ。
連帯責任。マーダーという役者の罪は、演出家であるミクトランの罪でもあるのだ。
186意識 13:2006/03/25(土) 01:12:27 ID:xaSJrzYQ
ゲームを主催したという罪に、まだ罰は下っていない。
神みたいなものを気取る気など更々ないが、ミクトランだけには真に復讐しなければ気が済まないのも確かだった。
別にこれはその場で考えた訳ではない。放送直後から生まれていた考えである。

この思いは今、確かなものとなった。




【ヴェイグ 生存確認】
状態:右肩に裂傷 強い決意
所持品:スティレット チンクエデア グミセット(パイン、ミラクル) 首輪
基本行動方針:生き残る
第一行動方針:悲鳴の後を追う
第二行動方針:ルーティのための償いをする。
第三行動方針:可能ならハロルドの剣(=ディムロス)を手に入れる
第四行動方針:カイル、スタンの2名を探す
現在位置:E5北

【ハロルド 生存確認】
状態:ミクトランへの憎悪
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ソーディアン・ディムロス
基本行動方針:迂闊なことは言わない 脱出への算段を立てる
第一行動方針:悲鳴の後を追う
第二行動方針:リオンの追跡からの完全離脱
第三行動方針:首輪のことを調べる
第四行動方針:C3の動向を探る
現在位置:E5北
187一筋の轍 一筋の光 1:2006/03/25(土) 13:10:30 ID:rl6kwRel
周りに光となるモノが一切無いこの平野の中、一つだけ灯が灯っている。
キールは先程の放送を聞いてメモをし、順に考えるべきことを頭に巡らせた。
「ジェイはまだ帰ってきていないから、行動を開始するにしてもその後になるなる…ロイド、大丈夫か?」
向かいに座るロイドに心配げに声をかける。だが逆にロイドに真っ直ぐに見据えられ、キールはそれが杞憂だと察した。
(もっと取り乱すと思っていたけど、どうやら心が強いみたいだな)
キールは一人思って再びメモに目をやる。おそらくロイドの事は、彼自身がけじめをつけるだろう。
放送で呼ばれた名に、その者はいた。
紛れも無いロイドの父であるという男、クラトス・アウリオン。キールたちが行動する要になっていた者だ。
そもそもロイドの言い分によってE2城に向かうと決まっていた行動方針が、先程の放送で全てが崩れ去ってしまった。
つまりキールたちに今課せられることは、今後の方針。
夜という状況下を踏まえた選択をしなければならなかった。
「ジェイが帰ってきてから話し合うつもりだが、大方の方針だけでも決めておこう。後々話し合いがスムーズにいくだろう」

188一筋の轍 一筋の光 2:2006/03/25(土) 13:11:10 ID:rl6kwRel
唐突に、リッドが口を開く。
「おい、キール。このバルバトスって奴とマグニスって奴…」
その声に驚きの色が混じっているのをキールは少なくも感じた。
言われるやいなやキールはその二人の名に目を通す。それから名簿を取り出し、その人物を確認した。
「この青いウェーブの男と赤いドレッドの男か…お前から話には聞いていたが、まさかこうも早く脱落するなんて」
「ああ、こいつらの漂わせたオーラは半端じゃなかった。にも拘らず、こいつらは死んだんだ」
確かに、リッドは以前この二人を垣間見ている。その時に抱いた恐怖感、また圧迫感は凄まじいものが感じられた。
だがその二人は死んだ。退場通告を余儀なくされたのだ。
その事実に三人は驚愕する…しかしその時間も数秒程。
「命なんて尊くて曖昧なものだ…生物なんていつかは死ぬ。人間も同じだ」
リッドがメモを見つめながら呟く。その声は段々に強い意志を見せていた。
「俺は猟師だから、生きるために殺して、その死を生に活かす。それが自然の摂理だと俺は思っているからな」
その言葉にキールとロイドはただ耳を傾ける。リッドの意志を確かに聞く。
「だからこそ、こんな理不尽な死は認めねぇ。許すとか許さないじゃない。存在しちゃいけねぇものなんだ」
身近に弱肉強食を経験してきたその男の言葉は、確かにこの暗闇の空間に響いた。
知らずに、ロイドは頷く。友が死に、そして父が死んだ。そんな事柄が当たり前のように行われている世界など、果たして存在していいものだろうか。
考えるまでも無いことをロイドは頭から切り離す。答えは決まっている。
もしそんな世界を認めてみろ。仕方ないと諦めてみろ。それこそクラトスから…実の父から何を言われるか分かったモンじゃない。
より一層心に火を灯らせたロイドはキールが決めるであろうこれからのことについて耳を傾けることにした。

189一筋の轍 一筋の光 3:2006/03/25(土) 13:11:56 ID:rl6kwRel

心に火を灯した青年はもう一人いた。
その青年リッドは放送を聞いてからしばしの瞑想。彼がこの時何を思っていたのかは、彼自身しか分かり得ないことだ。
一人の少女に想いを馳せた後、リッドはゆっくりと目を開きあらためてキールの話に参加する。
「ジョニーが死んだのはこの目で見た。助けられなかったのは悔しいけど、あいつの分の思いも背負っていく」
真剣な眼差しで話すリッドを見てキールは頷く。そして今度はもう一人の遭遇者に的を当てた。
「しかしモリスンさんが死んだのは僕としても痛手だ。彼は今後大いなる力になってくれるだろうと踏んでいたんだが…」
手を顎に持っていって考える仕草をする。そのあとやはりというような面持ちでリッドとロイドに顔を向けた。
「僕達に必要なのは情報と協力者だ。前者は以前話した通りこのまま南下して城を目指す。そこを拠点にしているものが、恐らくいるはずだからな」
「待てよ、もしその拠点にしてる奴がヤバい奴だったらどうするんだ?」
リッドは律儀に手を上げてから質問をする。キールもそれを待っていたかのように答えを返した。
「本当にヤバイ奴なら昨日のファラの放送を聞いてC3村で顔を合わせているハズだ。殺戮者や快楽主義者にとって、言いたくは無いがファラのあの行動は絶好のカモになっただろう。城にいるのはおそらく頭の切れる奴か、単に村へ向かおうとしたが間に合わなかった奴のどれかだ」
ふむふむとリッドは頷く。話が通じるときは簡単に通じるこいつの性格が少し羨ましいとキールは思った。
「それじゃあジェイが帰ってきてから移動を始めよう。双眼鏡で城を確認したらそこからは慎重に。暗闇だとあっちも警戒心が強まっているかもしれないからな」
リッドとロイドはそれぞれ返事をして会議は一旦終了を迎えた。
ロイドは内心この行動予定にホッとしていた。
というのも確かに父は死んだが、せめてその場所で弔いの一つもしたかったからである。
知らずリッドの傍にあるヴォーパルソードを見つめる。
少しだけ哀に浸ってもいいだろ?
誰にでもなく問いかけ、ロイドは二つの月が浮かぶ夜空を見上げた。

190一筋の轍 一筋の光 4:2006/03/25(土) 13:12:43 ID:rl6kwRel
「リッド、怪我は大丈夫か」
「怪我ってほどでも無ぇけど、少し体がだるいくらいだな」
キールは幼馴染の容態を心配して近寄るが、リッドの「なんだよらしくない」の一言でその行動はストップした。
「ジェイに殴られたとこも痛くはねぇし、あれは殴られたっていうよりも弾かれたって感じだな」
キールはその言葉だけに耳を傾けてふてくされながら返す。
「あの妙な術については後ほどジェイの口から聞く必要があるな。少なくともこちら側の戦力は知りうるだけ知っておきたい」
「俺も、お前たちの力とかは知っときたいな。いざって時に連携が取れなきゃ不便だろ」
ロイドが顔を向けて二人に話す。キールはもっともだと言ってまたも考える仕草をする。
「だが口だけでは伝えにくいな…晶霊術についてなら、この世界に存在する大源(マナ)との相互性及び関係性とそのために発生する第六元素の」
「早い話が俺達の強さを知りたいんだろ?だったら手っ取り早く…」
リッドは言って氷の剣、ヴォーパルソードを手に取り立ち上がり
「手合わせ願うぜロイド」
その剣を高々と掲げ上げた。
ロイドもポンと手を叩き、顔に覇気を戻して
「いいなそれ。俺も難しい説明とかは苦手なんだよなぁ。頭で無理なら体で覚えろってね」
言って対の剣、ムメイブレードを手に取り立ち上がる。
キールは自分の説明が中断させられたのと、体力馬鹿二人の面倒を見なければならないことで頭を抱える。
「もういい好きにしろ。だがやるなら西の海岸沿いでやってきてくれ。ここじゃ音が響いて回りに位置が知らされてしまう」
二人は元気よく「分かった!」と返事をした。リッドに至っては倦怠感はどうしたとツッコミたくなるほどの元気さが見えた。
だが、キールには分かる。その内に秘められた見えない黒い傷の溜まりを。
こんな色々な別世界の大源が混合された中で真の極光を顕現させたのだ。知識的にリッドの容態は嫌と言うほどキールにはわかってしまう。
「リッドはあまり無茶をするな。自覚の無い傷が確実に溜まっている。くれぐれも手合わせで極光術は使うなよ」
聞きながら大袈裟なとリッドは思うが自分でも気付かない傷と言う言葉が頭をよぎっって承諾の意を示す。。
「それから出発時間を深夜に変更する。少しでも睡眠は取っておいた方がいい。手合わせも短時間で帰ってきてくれ。最長で1時間、午前3時までに帰ってこなかったら死ぬことになるからな。これ以上は待たないぞ。ジェイには僕から話をしておく」
キールはまるで遠足の朝に忘れ物チェックをするお母さんのようにきびきびと事項を述べていく。
(リッドもロイドもこの話に飽きていることは言うまでも無い)

191一筋の轍 一筋の光 5:2006/03/25(土) 13:14:16 ID:rl6kwRel
二人が行くのと入れ替わりにジェイが帰ってきた。
キールはまず今後の行動について話し、そのあと二人のことを話した。
「いいんじゃないですか。とりあえず僕ももっと情報を集めたいですし、城に向かうという選択は結構賛成ですね」
暗闇の中を見つめる。その方角は確実に南。
「まぁ、それに伴う危険性は覚悟の上ですが」
「うむ、そのための僕達パーティ編成だ。あいつらには頑張ってもらわないとな」
キールは自分の報告が終わるのを確認して次にジェイの言葉を待つ。
だがジェイは重い思惑で地面を見つめるだけ。流石にキールはその姿を見て心配になってしまった。
「どうした?偵察で何かあったのか」
問いにジェイはゆっくりと顔を上げる。今度はジェイが報告する番となった。
「実は…」

「そうか…第三者が」
「ええ、これは僕が推測するまでも無く、おそらくキールさんも今の話を聞いて犯人が割り出せたんじゃないでしょうか」
ジェイはキールにあのC3村の、まだ推測でしかないが大体の真相を述べた。
ジェイは地面に広げられた地図、その横に開かれた名簿の中の人物を一人指差す。
「あの事件の首謀者は間違いなくこの男、デミテルです」
キールもその人物を見る。珍しい髪の色をした男をしかと目に焼き付けておく。
「まさかあの村の皹(ひび)を見つけ、機を逃さずにあの一連の流れを作って見せた…」
キールは顔を上げて緩やかに灯るランプを見つめる。
「成る程、一筋縄じゃいかなそうだ」
「ええ。もしこのゲームを終わらせたいのなら、この男とは必ずどこかでぶつかり合うでしょう。それもガチンコの勝負なんて生温いものではなく…」
「まさに戦争の領域だな」
知恵と知恵のぶつかり合い。一歩間違えば味方すらも巻き込んでしまうであろう戦術の取り組合。
その戦い方にこの男は群を抜いて優れているだろう。
加えて、あの村での惨劇を組み立て、結果成功に収めるには必ずしも手駒がいる。
統率力、この力を持つものは戦いの中で一番の脅威となるもの。
キールには戦争の経験など無い。知識で知るには書物に書かれた歴史程度の物でしかない。
しかも自身が学んだのは戦争の『歴史』というだけの学問の枠に過ぎない。大昔のセレスティアとの戦争、そしてセイファートの伝説。
それが現代に必要だとはまさかキールは思いもしなかったのである。彼はインフェリアの統制制度を心から信用しきっていたのだから。
だが…デミトルという男に対してなら、こちらも全力でいかせてもらおう。
キールはジェイに顔を向けて今一度二人の会議を開く。
「ジェイ、君は確か戦争の経験があると言っていたな」
聞かれてジェイは素直に頷き、返答。
「ええ、以前にある国と一悶着ありまして、その国の王子と戦うはめになりました」
ソウガ砲を奪うために遺跡船に乗り込んできたクルザンド王統国独立師団長ヴァーツラフ・ボラド。
ジェイは一度この争いに足を向けている。それも作戦の組み立て、及び指示側の立場として。
そう、この経験の差は絶大だ。
おそらくこの島にいる者で戦争自体を経験したものは少なくはないだろう。
キールは知りもしないが、現に天地戦争やヒューマとガジュマ間の争い、ハーフエルフとの争いなどが起こっているのも事実。
だがその中で、戦況を操作したものがいるだろうか。少なくともキールはその数少ない参謀としての人物にジェイもその数に入れていた。
「僕だけではとても手におえない状況下にある。ジェイ、君がいたことはこちらにとって大きな力となるハズだ」
キールはもう一度名簿にあるデミテルに目を下して笑みを浮かべる。
「僕の知識と君の参謀。いいだろう、あの村での仕返し、目にものみせてやる」
キールは自分側の戦力の大きさをあらためて認識した。
極光の輝きを持つ男、膨大な知識と知恵を持つ男、統率指揮に秀でた男、時空剣を秘める男。
「僕たちのメンバーは間違いなくこのゲームにとってのジョーカーになるハズだ。他の勢力と合わせればそれも増すはず…」
「ふぅ…ただの華奢な学生かと思っていましたが、あなたかなり恐ろしいことを考えますね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
そうして鞄に道具一式をしまって二人は一段落をした。

192一筋の轍 一筋の光 6:2006/03/25(土) 13:15:06 ID:rl6kwRel
だがキールはもう一つ、ジェイに問い質すことがあった。
「ジェイ、先程リッドを殴った件だが…」
ジェイは言われて頬を掻く仕草をする。
「あれですか…確かに行為的には強制的ではありましたが、ああでもしないと聞いてくれそうになかったもので」
「いや、別に咎めるつもりは無い。現にあいつは自分の疲れが分かってなかったみたいだったからな…僕が聞きたいのは」
キールは一度先刻の光景と、その後のリッドの証言を頭に思い浮かべる。
「君のあの技は何だ?こちらの戦力は出来る限り知っておきたい」
ジェイはその質問に躊躇うことなくその技―クライマックスモードの説明をする。
「あれはクライマックスモードと言いまして、一定の範囲をソウガフィールドと呼ばれる次元に変換させることができます。そのフィールドではソウガの恩恵を受けている者だけが行動を許可されるんです」
キールは一つの単語、「ソウガ」を耳にして疑問を抱く。これも別世界の断りなのかと思い、それを胸に留めておいた。
「ソウガの恩恵は一般的に爪術を扱う者に限られてきます。今現在、この島で爪術を使えるのは、僕を除いてあと一人。言うならばクライマックスモードは今の参加者にとって絶対的な『拘束』の力を持っているんです」
一通り説明し終えたジェイは少しだけ息を吐き、今度はキールの見解を聞く体勢に入る。
少なくともジェイは、キールのこの頭の切れの良さを認めていた。一を聞いて十を知る者なのだとジェイもまた理解していた。
案の定、キールは自らの見解をジェイに話し出す。
「つまりそのクライマックスモードとやらを発動させれば、ソウガの恩恵を受けていない者、この島のほとんどの参加者は動けなくなるということか。だがおそらくそれは…」
ジェイはキールの言いたいことを読み取り、力弱く頷く。
「ええ…察しの通り、その反動はかなりのものです。現に先程リッドさんを殴った時にも発動させましたが、それは一瞬でしかありませんでした。だというのに、今さっきまで手が痺れていた程ですよ」
ジェイは自らの右手を見る。今はもう収まってくれたが、もしクライマックスモードを全開で展開すれば、その後に待ち受けるものは完全なる『無動』になるだろう。
「あの時は加えて僕の高速移動でリッドさんの傍まで行きました。おそらくリッドさんからすれば、まるで僕が刹那も経たずして攻撃をされたように感じたでしょう」
キールは確かにと頷く。リッドはそんな妙な違和感を訴えていた。その妙とはつまり、クライマックスモードのことだったというわけだ。
「なるほど、大体は理解した。同時に、多用は絶対不可ということも」
「僕もなるべく使いたくはありません…絶体絶命の時以外は」
言ってジェイはスッと肩の力を抜く。その様を見てキールはつい笑みを零してしまった。
「なんなんですか、一体」
その様子に気付きジェイが問うた。
「君はそんな簡単に人の前で力を緩める奴ではないと思っていたから、つい拍子抜けしてしまっただけだ」
ジェイは決まりが悪そうにボテっと体を倒して空を見上げた。

193一筋の轍 一筋の光 7:2006/03/25(土) 13:17:59 ID:rl6kwRel
――一つだけ、ジェイはキールに話していないことがあった。

そう、それはもう、命の砂時計が刻一刻と落ち始めている、悲願の復讐者ダオスのこと。
彼のことだけは、ジェイは話さなかった。いや、話せなかった。
彼の命を賭けた決意を、易々と他人に言ってはいけないような、そんな気がジェイの心をかすめたのである。
彼には協力する。出来る限りのマーダーを殲滅。そして例の男の抹消(デリート)。
ジェイは知らずに目を閉じて、ダオスのことを考える。その思い、決して無駄にはしないと。
クラトスのことを考える。あなたの息子は、少々(とゆーかかなり)馬鹿ですが、立派に貴方の生き様を受け止めていると。
死に際に立ち会った女性、マーテルの事を考える。貴女の最後の願い、聞き届けて、願わくば叶えてみせようと。
ミントのことを考える。まだ貴女には謝る事が出来ていませんが、いつか必ずこの身で貴女の前に姿を現しますと。
そして、最後に…
「戻ってきてくださいよ…シャーリィさん…」
傍にいるキールでさえ聞き取れない小さな声で、ジェイは呟いた。

ここに、このゲームで鍵となる『者』と『物』が存在する。
それが一体『誰』で『何』なのかは、まだ何人も完全に理解してはいない。

【リッド 生存確認】
状態:精神力低下気味 体力少量回復
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動、体力回復
第二行動方針:睡眠後、E2の城に向かう
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:メルディを捜す
現在位置:D1

【キール 生存確認】
状態:後頭部打撲(回復中)、決意
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:睡眠後、深夜にE2の城に向かう
第二行動方針:情報収集
第三行動方針:メルディを助ける
現在位置:D2西

【ロイド 生存確認】
状態:普通
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー 
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:睡眠後、深夜にE2の城へ向かう
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
現在位置:D1

【ジェイ 生存確認】
状態:一部にあざ TP2/3
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針:目的とする人を捜す
第一行動方針:睡眠後、深夜にE2の城に向かう
第二行動方針:ダオスの意志を手助けする
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィと合流
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:D2西

194名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/31(金) 15:52:50 ID:1sYiX8FT
保守
195翔る 1:2006/04/06(木) 00:22:41 ID:QrB6EbJy
山岳にて。

彼は敵へ向かって走る。敵を殺す為に、敵を生かすために。
2つの敵は今虫の息で、彼が右手を掲げれば敵は生を失い
彼が左手を差し伸べれば敵は死より逃れる。
この限定的な状況において、彼は全能の神と同義だった。
大きい敵と小さい敵、右手と左手。
彼が選んだのは大きい敵と右手、
即ち大筒による今尚背を向ける敵の後頭部への零距離砲撃。
せめて苦しまぬようになどと言った神の慈悲の類では決して、ない。
あまりに喧しい奇声を黙らせるなどと言った神の傲慢の類でも、ない。
その選択は、確実に絶命させる為の酷く臆病な正解。

殺さねば、殺される。彼の種族的な感性を差し引いても十分な生への本能。
大筒を構え意気を吐き疾駆する神は、まるでライフルを構えた新兵のようで。

彼は小さな敵の左腕から先が欠損していることが
分かる程度の位置まで接近した。
しかしその距離でなお満足しないようで、更に歩を進める。
零距離まで進むことへのリスクを、彼は何も躊躇わない。
殺さねば、殺すのだ、生かさねば、生かすのだ。
矛盾する思考を矛盾したまま留めておけるのは、
いい意味で愚者のなせる業か。愚者とは強者の称号である。

ぼとり、と音がした。目の前で大きな敵の右手から銃器が落ちる。
とす、と音がした。目の前で大きな敵の左手から剣が落ちる。

この意味が彼には分からない。理解できるほど思考能力に余裕が無い。
ただ、本能が告げる。ヤバイ、よく分からないがヤバイ。
今すぐ殺さないとヤバイ。砲身には弾が自らが飛散する
姿を心待ちにしている。敵は武器を落として尚、後ろを向きっぱなし。
負ける要素は皆無、しかし何故かヤバイ。
己の中の恐怖を体内から消し去る為に、彼は吼えた。
必殺、むしろ過殺とも言える零距離射撃。焼くなど、溶かすなど生ぬるい。
どんな化物だろうと殺せば死ぬ、頭を消してそれで終わる、終わって欲しい。
砲身を槍と見立てるならば、貫かんとする勢いで彼は大きな敵に肉薄する。

突如の青く眩い光、光源は言うまでも無く大きな敵。
196翔る 2:2006/04/06(木) 00:24:00 ID:QrB6EbJy
その光に彼は怯まない。
蘇生薬を袋に収納するという思考はとうに無い、
いや今の彼は何故自分の左手が塞がっているかを忘れている。
そんなことは気にも留めないで彼は砲身を片手で構える。
物理的に不可能な片手撃ち、それを可能とするのは彼の力、磁力である。
地面と砲身の間に重量と同等の反発力を形成し
水平方向に、砲身に一様の力を及ぼして標準を固定する。
ほんの十数cmの身長差分、銃口を上に上げて、瓜のような頭を狙う。
今、彼の右手、右腕に全くの付加はかかっていない。人差し指、トリガーを
引く力を除いて。敵の姿は光によって見えないが敵は動いていない。

「くたばりやがれッ!化物がァァァ!!」

引き金を、引いた。殺意が、指向性を持って、飛ぶ。


山岳にて。

言葉というのは存外不便なものである。
言葉に出来るものと言葉に出来ないもの、どちらが多いかと問えば
答えは不定だ。有限と無限は比較することが不可能だから。
例えば、色。あの輝く二つの月、その足にしがみつく死体の髪と血、
赤と青で括ることは出来る。しかし二つは明らかに違う色。
例えば、感覚。今のその背中を這う不快感をどう表せばいいのか
手持ちの言葉で出来る限り正確なところを述べようとすれば…
熱いが6割、痛いが3割、残りは痒い、と言った所だろうか。
ましてや体を巡る痺れまで加味すれば言葉を以て表現するのは
非効率的だ。そんなことよりもやるべき事がそれにはある。
背中の損傷、窮鼠の一撃、全て甚大だ。
この島においてそれがここまで劣勢に追い詰められたことは
一度も無い。それが「それ」になってからは一度も無い。
197翔る 3:2006/04/06(木) 00:25:57 ID:QrB6EbJy
断るのを忘れていたが今現在それ、と呼称しているものは人間である。
身長2m以上で瓜のような面構えで外皮が緑色で指と掌の区別が無く
声帯がまともに機能していない酷く醜くて仕方の無い人間である。
別に外見に尺を当てて化物と呼称しても良い。
ただ、この世界に於いて外見を境界条件として人間と非人間を比較するのは
ヒューマとガジュマのどちらが優れているか、を問うくらいに無意味なので、
それの持つ感情があまりに人間らしいことから人間と定義した。

それはひたすら己の生を願う。そしてどこかで己の死を願っている。
あまりに、あまりにそれは一線を越えてしまった。
姿形に拘らずに己を確立するには、それはあまりに幼すぎた。
家族、仲間、嘗ての姿、失ったものが多すぎる。
それは、今全てを諦めようとしていた。

ああ、私はここで死んじゃうのか。
別にいいか、どうせこんな姿お兄ちゃんに見せられるわけないし。
どうせ今の私は化物だし。
私が殺した人、私が殺し損ねた人、私が殺す人、
どうせみんなと違うし。
どうせ、どうせ、どうせ…元に戻れたって、私は水の民だし。

どうせ…お兄ちゃんも死んじゃったし。
198翔る 4:2006/04/06(木) 00:27:43 ID:QrB6EbJy
…もう疲れたよ。休んでいいかな、お兄ちゃん?

垂れた頭に釣られてそれはその目で、
本当にその頭部に埋め込まれた球体が目なのかは分からないが、
左手の元凶を、始まりの石を見た。
先ほどまで血のような真紅だった石は、青く輝いている。
ああ、何処かでこんな色を見た。あれは――

ぼとり、と音がした。それの右手から銃器が落ちる。
とす、と音がした。彼女の左手から剣が落ちる。

(諦めるな。)
彼女の兄はいつもそうだった。
(諦めない。)
水の民も、陸の民の関係も。
(諦めない。」
虚ろなる導き手の力にも。
「諦めない。」
世界と、彼女の命との選択も。
「お兄ちゃんは諦めなかった。」

光が彼女を包む、石の光か、滄我の光か、正しく輝ける青。

駄目だったのだ、正しくなかったのだ。
あの時、彼女は力を渇望した。人の形を捨ててでも力が欲しかった。
それに石が応えた。それでは駄目だったのだ。
化物となった妹を見て、悲しまない兄などいるのか、いやいない。
人間のままで、兄に会わなければ、意味がない。
自分の命を危機に晒して、彼女はようやく思い出した。
命の尊さ、他者の命、殺すということ、私のために死んだ人。
その意味を思い出した、何のために皆殺しにしようとしているのかを。

「だから、私も諦めない。私は、お兄ちゃんに、会いに行くんだ。」

引き金が、引かれた。殺意が、指向性をもって、彼女の頭上を飛んでいく。
199翔る 5:2006/04/06(木) 00:29:12 ID:QrB6EbJy
山岳にて。

彼はまったく遮蔽物の無い所に突っ立っているが、それは本意ではない。
彼はまだ存命であるはずの彼女たちに撤退命令を下そうと
駆け寄ろうとしたのだ。その為に岩場から出た直後、閃光。
そして、一条の赤。彼はその瞬間を網膜に焼き付けた。
いや、本当に焼きついたかもしれない。牛が走って、構えて、撃った。
化物が後ろを向いたまま、武器を落とし、光った。
青い、とても青い光が彼の仲間を含めて3人を包んで、
そして直後、円錐状に火灼の赤が広がる。眼が、熱い気がする。
何が起こっているのか全く分からないこの状況を、その眼は凝視していた。
見届けなければ、ならない。

さて、この時点でこの場所にて既に1つの殺戮が完了している。
本来時間軸的には彼、トーマが引き金を引く前に
そのエピソードを入れるのが正しい。
(彼、グリッドがもうひとつの事件の存在に気づくのは
もうしばらく後である。)
しかし今現在ここで起こっている二つの事象は(微小な相互干渉はあれど)
独立している。それらを時間を軸として連続に並べることは可能だが、
それにより生ずる著しい不連続性は言葉という形では
筆舌に尽くしがたいほど不快な、要するに分かり難い為、
二つの事件を分けることにしたい。ただ、今の時点では
何も気にする必要は無いことを付け加えておく。
200翔る 6:2006/04/06(木) 00:31:21 ID:QrB6EbJy
彼は撃った。本来敵の頭のあるべき場所には熱された空気があるばかり。
やった、殺した。敵を、殺した。救ってなどいない。俺は、殺したのだ。
そして、どうする?敵はまだ残っている。
殺すか、生かすのか、生かした後に弄ぶのか。
ああ、俺はどうしたらいい?
俺は何でも選べることが出来る。
そうだ、考えるのは後でも出来る。
まずは

「チアリング」

彼がそこに一人のヒューマがいたことに気づいたとき、
彼の左手の甲に剣が刺さり、彼女の残滓が砕けて飛沫になった。
小瓶の中の液体は地面に、伏せる敵に、彼女の足に、
差別無く万遍無く降り注ぐ。

彼が左手から何を落として、それをどうしようと
思っていたのかを思い出した時には、彼の右腕に銃口がかかっていた。
その少女の小柄な体では不可能と思われる片手撃ち。
それを可能とするのは、純粋な筋力強化と魔力強化を施した
古代爪術による肉体強化。即ち石の力、エクスフィアの力である。

彼女は撃った。撃った、撃った、差別無く万遍無く。
弾奏が終わり、弾倉が空になったときには、
彼の右腕には歪な半月があった。二の腕の筋肉の一部がそぎ落とされ
血の赤が月を汚し、赤の中でうっすらと骨の白が見えている。
201翔る 7:2006/04/06(木) 00:35:08 ID:QrB6EbJy
大筒が落ちた。あまりの激痛に落としたわけではない。
右腕の筋繊維、神経がごっそり半分欠けた腕に伝令がいかないのだ。
マシンガンに最後の弾倉を入れて仕舞い、
大筒をその強化した膂力で持ち上げる。

「背中の傷を、ありがとう。」

少女は、滄我の代行者、滄我は無くともその滄我を
内包する器としての素養は確実に存在している。
砲門内部のクレーメルケイジが満たされる。
本来入るべき晶霊ではなく、大気中に幾重にも存在する滄我が、
自身の体を中継点として砲門に詰め込まれている。
規模も、威力も、元来のものの数千分の一に過ぎないであろうが、
今彼女が放とうとしているのは、紛れも無く「滄我砲」。

「これで心置きなく殺せるから、心置きなく、死んで。」

砲門が、真逆に転じてかつての主を撃とうとしたその時

「囀るな、娘。」

2人の足元からか細い声がした。声の主は少女の足をむんずと掴む。
男は生きているのか、死んでいるのか、もう分からない。
滴り落ちたライフボトルがくれた、最後の時間。
改めて発動した鎮痛も効いているのかどうかよく分からない。
もう胸から下は殺した。全てを残りの部位の生命維持に当てる。
だが、この有様でもまだ出来ることはある。
もう死んだ命、惜しむ理由はない。

「進化は防げたとはいえ、まさか丸ごと無事とは…
貴様の高位の血統が成せる技か。」
202翔る 8:2006/04/06(木) 00:37:06 ID:QrB6EbJy
未だ輝石精製理論の確立していないエンジェルス計画。
もし彼女の石のデータがクルシスに送られれば、
指導者の提唱する千年王国の実現は可能だったかもしれない。
それをレネゲードの首魁が未然に防いだことは皮肉なことかもしれない。
男は輝石を壊せなかった。しかし完成する前に殻が失われたことにより
進化は終わり、残ったのは既に存在する試作型のハイエクスフィアと
同種のもの。男の、勝利だ。

しかし、不完全なものとはいえハイエクスフィア。
その性能は今までのものよりも高い。要の紋の有無に関わらずに。

彼女は彼女の世界で「メルネス」と呼ばれた存在である。メルネスは
膨大な意思総合群体である滄我を、換言すれば膨大なマナを内包することが
可能な「器」としての素養を持っている。
その「器」としての素養が無いものが滄我をその身に宿せば化物になる。
奇しくもこの地でも化物と化したマウリッツがその凡例だ。

その、器としての素養がハイエクスフィアによる更なる強化によって、
要の紋無しでエクスフィアによる体内のマナへの干渉、フィギュア化
に耐えるまでとなった。

「遺伝か、転生か、守護か、エクスフィアの毒を自力で耐える人間
は初めてだ。その力で、愛する者の為とのたまって、何人殺めた?」

彼女は男を見ない。見据えるのは、正面の獣。溢れる血を手で
押さえようとしている哀れな獣。この獣には感謝している。
服は殆ど無事ではあったが背中の傷は鉄が混じってぐちゃぐちゃに
痛覚を刺激する。すでに尋常ならざる再生能力はもう存在しない。
それが彼女には嬉しかった。焼けるような背中の痛みが、
私は今人間なのだと教えてくれる。
彼女が行ってきたことの罪を教えてくれる。
その火傷は、今まで、そしてこれから皆殺しにする為の免罪符。
203翔る 9:2006/04/06(木) 00:41:56 ID:QrB6EbJy
「図星か。お前によく似た大馬鹿者を、一人知っている。
姉を失い、全てに失望した馬鹿者とそっくりだ。そいつの姉は、
そいつが堕ちることを誰よりも悲しむ人間だろうに。
お前の請う人は今のお前を本当に望んでいるのか?」
時間稼ぎとはいえ、少し言い回しが臭いかと男は思った。
まあ、言っていることは本心なので仕方ない。

少し、標準がずれた。もっともこの距離で標準など意味はないが。
彼女の兄は、こんなことをしている妹を、どう思っているだろうか。
頑張ったな、偉いぞ、ありがとう。どれも違うと思われる。
多分彼女の兄はそんな事を望まないだろう。
でも彼女は、そんな彼女の兄に、もう一度会いたいのだ。
そして彼女は、そんな姉弟を、知っている。

「ユグドラシル…」
彼女はそう呟いた。その意味を見逃すはずは無く、
「知っているのか…そうか、マーテルを殺したのは、貴様か。」
男は問う。唯でさえ足りない血が少し体外へ抜ける。
既に残った右手も先ほどの一撃を放った際に砕けてしまっていた。
成人男性が目一杯に引っ張れば、千切れてしまいそうなほどに。
「そうだっていったら…私を殺す?」
今更もうじき死ぬ人間に嘘をつく理由は無い。
彼女が聖母たちに銃口を向けたときに、あの一日は、失われたのだ。
彼女の中の聖母は彼女が殺したと言っても、言葉遊びの面では同じことだ。
あるいは彼女はほんの少し、後悔していたのかもしれない。

男は一拍置いて本心を紡ぐ。
「殺さんよ、多分。敵討ちも、蘇生も、あいつは
そういうことを死んでも望まんよ。私には分かる。」
血に塗れたその声は場違いな位に厳かに聞こえる。
4千年前に聞いた彼女の言葉は、今なお純粋なまま、男の中に残っている。
彼女がそれを否定しないはずは無く

「ウソ「ウソだ!!」

突如割り込む第三者の声。彼女は改めて彼を見据え、砲口を向けなおす。
左の手で肩口を圧迫し、無理矢理血を止めて、彼は喚く。
「あいつはこんな所で死んでいい奴じゃねえんだ!!
あいつはもっと生きていたかった筈なんだ!!
あいつは死んだんだ!!死んだ奴の気持ち何ざこれっぽっちも
分からねえ!!だから、もう一度あいつに会うんだ!!」
感情が堰を切ったようにあふれ出す。
復讐とか、後悔とか、自分のせいで死んだとか、言い訳が剥がれ落ちて、
好きな人に、もう一度会いたいという唯の女々しい情が姿を現す。
204翔る 10:2006/04/06(木) 00:43:25 ID:QrB6EbJy
男は少しだけ目を見開いた。目に映るのはマーダーではなく
思春期の子供が2人、不謹慎な優越感。
「もう一度会わずとも分かるさ。愛した人の気持ち位分からんで
どうする餓鬼共。貴様らと私では残念ながら年季が違う。
素人が気安く愛を語るな。」

男の言葉を先に否定したのは、彼女。
「それでも、私は逢いたいの!
間違っていても、お兄ちゃんが望んで無くても、
他の人の命を奪っても、もう一度、逢いたいの!!!」

砲門が青く輝く。全ての迷いを吐き出すかのように、
クレーメルケイジが満たされてゆく。
「死んで!みんな死んで!全部死んで!
お兄ちゃん以外みんな、みんな!」

滄我砲が、放たれた。

「クィッキィィィッィィィィィィッィィィィィ!!!!!
(旦那アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!)」

突如、嵐が巻き起こった。低気圧の意味ではない。
空間に存在する磁気圏の圧縮によって生ずる磁気水平成分の急激な変化

学術的にいうところの「磁気嵐(マグネティック・ストーム)」である。

本来ならばこの近接状態、渾身のアッパーカット「リアルスマッシュ」
を放つのが常道ではあるが、両腕が使用不可能な現状での最善策は
逃走以外にない。しかし彼は引けない。引くわけにはいかない。
彼のフォルスが極限まで高ぶる。
物理現象まで高められた磁力が壁となり辺りを包む。

「俺の気持ちがァ!ヒューマ共のォ!ちゃちい感情にィ!負ける訳ェ…
無えだろがあああアアアァァァァァァ!!!!!」
205翔る 11:2006/04/06(木) 00:44:32 ID:QrB6EbJy
エネルギーが、相殺を開始した。
海と磁、圧倒的な高密度の力場の中でぶつかり合う。
単純なエネルギィのぶつかり合いであるが故に、
終わる前に決着はついていた。
彼の右腕の損傷と彼女のハイエクスフィアの差分、彼女の勝利だ。

「一つ言い忘れていた、私はお前を殺さない。」
横槍さえなければ。

男の手と彼女の足を経由して先ほどのスパークウェブの残留電荷を
再構築し彼女の体内に微電流を流し、回路を形成。
電流の方向を常に周囲の磁界に対応、変動させ、
最終結果を一律一定にする。

「だがな、報復をしないままでいるほど私はハーフエルフが
出来ていないのでな…」

結果が手首にまで響く。既にボロボロの手首が半分千切れているが
手を離すわけにはいかない。男にはもう何も残っていない。
ただ、成り行きで受け取った称号だけが残るのみ。
大喰らいの称号だけが、こびり付いていた。

「マクスウェルの秘術、その身を以って受け彼方まで飛べ。」

全電流、開放。
発生する力が、全て北に向く。
高く高く、彼女は、飛んだ。
206翔る 12:2006/04/06(木) 00:46:58 ID:QrB6EbJy
ゆっくりと男は体を回し空を見た。
ハーフエルフはいつでも人里から去れるように星を学ぶ。
夜空に浮かぶ無数の星。しかし男には星座が読めない。
見たことのあるような配列もあればまったく記憶に無い配列も存在する。
しかし、そんなことはたいした問題ではない。
双月はそこにある。それで十分事足りる。

ふと、視界が暗くなる。傍には彼、トーマが突っ立っていた。
服を裂いて肩口で無理矢理止血している。
男は彼が感染症にかからないのかと考えたが、面倒くさいので止めた。

「…あいつらの命を保障するなら、殺してもいいぞ。」
「誰が半死体の命なんざ欲しがるか、もう要らねえよ。」

「…あいつらを殺すつもりか。」
「おう、そのつもりだ。ちっとばかし用事を済ませたらな。」

「…私の胸元の石を壊せ、手が無いから自分で出来ん。」
「聞けよ、スルーするんじゃねえよ。ここは流れ的に聞くところだろ。
もういい、勝手に喋るかんな。」

少し不貞腐れた顔をして、彼は夜空を見上げる。
澄んだ夜、すでに磁気圏は正常に戻っている。
「お前が磔になって、俺が他の連中を殺そうとした時、
あいつの声が聞こえた。俺の聞いた限りじゃお前らを殺すななんて
フカシやがる。ありゃ幻聴だな、間違い無え。お前らのせいで死んだのに
お前らを殺すななんて有り得無え。つまりだな…」
207翔る 13:2006/04/06(木) 00:48:12 ID:QrB6EbJy
そこで言葉を区切って、トーマはバツが悪そうに生き残った左手で
鼻頭を掻く。ユアンはただ黙って聞いていた。
「俺は、まだちゃんとあいつの声を聞いてやれるほどの、
その、なんだ、想い…ってのが足りてねえんだろうな。
俺があいつを想って更に想ってまだ想って想いきったら、
きっとあいつの声が聞こえるはずだ。
‘牛さん!カワイイ小生をぶちのめしたあの影の薄い4人組をぶちのめす
パン!!そんでもって小生を復活させて欲しいパン’ってな。
そしたら何にも考える必要はねえ。お前らも他の連中もぶっ殺す、
そんだけだ。」

トーマはクィッキーの方を見た。その顔はどこか嬉しそうで。
あの時聞いた声がミミーの声だったかどうかは
分からない。だからもう一度聞かなければ分からない。
ただの問題の先送りかもしれない。
それでも、あの時嵐の中で言った言葉は、本物だと思う。
「そん時は骨も残らねえから覚悟しとけ。
そんまでは勝手に生きてろ…おい、野郎がお迎えに着たぞ。
ん、このフォルスは…あいつか、メンド臭えな。
それにしてもあいつら何やってんだ?
おいヒューマ、お前の…おい?」
208翔る 14:2006/04/06(木) 00:51:01 ID:QrB6EbJy
どうしたグリッド、何を泣いている。また下着を濡らしたのか?仕様も無い。
お前から空元気と根拠の無い自信と逃げ足の速さを除いたらただの
無能しか残らんぞ。お前がリーダーなのだ、お前が迷ってどうする馬鹿者。
五月蝿い、そう近づかんでも聞こえている、私は耳の良さに自身があるのだ。
あいつは北に飛ばした。どこまで飛んだかもよく分からんし恐らく死んでは
無かろうが山一つ向こう側だ、逃げるには十分な時間が稼げたろう。
それにしても腰を抜かして動けなくなるとは情けない、
他の二人ならばともかくだが。まったく、参謀などやるものではないな。
いずれはボータには感謝せねば。まあ、中々貴重な経験ができた。
他の才能が無くともリーダーの素質があるものがいると初めて知ったしな。
四千年ぶりの充足感だ。お前達に出会えて、良かった。
ああ、一つ言い忘れた。他の2人にも伝えておいてくれ。

真の意味で、お前たちの勝利を願っている。


島の中心で慟哭が鳴った。雲ひとつ無い夜空に、雷光などどこにも無い。

もう、無いのだ。
ただ落ちた右腕に、古臭い意匠の指輪が付いていただけだ。
209翔る 15:2006/04/06(木) 00:53:26 ID:QrB6EbJy
【グリッド 生存確認】
状態:右肩に銃創、出血 悲哀
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:泣く
第一行動方針:女性メンバーを逃がす
第三行動方針:シャーリィの詳細を他の参加者に伝え、先手を取って倒す
現在地:D5の山岳地帯

【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー(自身を中継して略式滄我砲を発射可能)
     未完のハイエクスフィア(従来のものより強いだけで
     天使化などは不可)
     フェアリィリング(足に付いたユアンの右手ごと)
     UZI SMG(30連マガジン残り1つ)
状態:TP残り45% HP残り60% 背中と胸に火傷 覚悟
ハイエクスフィア強化 チアリング
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
第一行動方針:???
現在地:D5の山岳地帯 →北へ

【トーマ 生存確認】
状態:右腕使用不可能(上腕二等筋部欠損) 左手中傷(手甲貫通)
軽い火傷 TP残り50% 決意 中度失血
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、 ウィングパック×2 
イクストリーム 金のフライパン マジカルポーチ ペルシャブーツ
基本行動方針:ミミーの声が聞こえるまで漆黒を生かす
第一行動方針:向こうで起こっている「何か」が気になる
第二行動方針:ミミーのくれた優しさに従おうとしている
D5の山岳地帯

クィッキー
状態:歓喜と安堵
第一行動方針:トーマについていく

ショートソードはD5山岳地帯に放置

【ユアン 死亡確認:残り24名】
210欠ける 1:2006/04/06(木) 00:55:50 ID:QrB6EbJy
迫り来る死は未だ遠く、死神は向こうで悶えている。
彼女には‘彼女が想像した死'が来るまでまでまだ幾分か時間がある。

「死にた、くないんです。」

どうでも良いことなのだが彼女は方向音痴である。
それが先天的なものか後天的なものかはあまりにも些細なことだ。

「お願いしま、す。」

100ある地区から彼女が望む目的地Aを仮定したとして、
彼女が一番目にAたどり着く可能性は0%である。

「ヒ、ぴエー、ルが待っているんです。」

確率的には有り得ない話だが、彼女に限っていえば
それを認めざるを得ない。

「ごめんなさい…すいません…許してください…」

少し話が逸れてしまった。まあ、要は、彼女の目的地、倫理観は
今生において最大の転機が行われたということである。

「だって、でも、だから…」

今の彼女に禁忌という概念を定義することは無意味だ。
目の前の相手を殺す、それに至ることのみを考えている。
腕に力が入る、殺す為に力を入れる。

「同じ世界カら、の人とデ逢えて、私、嬉しかったんです、どうあ、だうか。」

ただ、彼女は方向音痴であった。
紆余曲折の迷い路の果てで彼女は決壊する。
211欠ける 2:2006/04/06(木) 00:57:55 ID:QrB6EbJy
その修羅場に遅れて二人がやってきたときには既に終局で、

「いやはや、閃光のち閃紅、所により磁気嵐。山の天気は変わりやすいって
あれ迷信じゃなかったのね。研究する価値有りだわ、まったく。」
そう言ってハロルドは遠目よりその状況を検分する。
対エクスフィギュア戦を想定していたので
エクセキューションやらディバインセイバーやら
最悪クレイジーコメットで目標周囲ごと消滅させるのもありかと
考えていたのではあるが、いささか想定を外してしまった。
まあ、前衛の皆様方には涙を呑んで名誉の負傷でもして貰う方向性で。

それよりも興味深いのは先ほど吹き飛ばされた少女。
恐らく彼女が先ほどのフィギュアの正体であるとハロルドは推論付けていた。
無論その根拠が状況証拠による消去法から
気温の変化まで何十個も存在し一番ウエイトの
大きいものは勘であることは言うまでもない。
あの石が化物への変態の撃鉄であることは間違いないのではあるが
あの石の本来の用途は別にあるのかもしれない。
マウリッツとの一戦であのエクスフィアを回収できなかったことを、
少しだけ惜しいと思う。

「…それにしても先ほどの嵐はともかくあの少女を吹き飛ばしたのは
一体何なんだ?」
そう言って同道者のヴェイグは彼女の思考加速にブレーキを掛ける。
嵐の正体は発動したフォルスから見当がつく。
しかしそれだけではあの吹き飛ばした力に説明がつかない。
212欠ける 3:2006/04/06(木) 01:00:17 ID:QrB6EbJy
そんな質問をされたハロルドは少しだけヴェイグに視線をやって
「あんた研究者の素質あるわ。うちの連中基本的に説明聞かないし
説明聞く気が無いし。とりあえず難しい話はアタシとジューダスに
任せてとけば終了、見たいな感じでね〜あれは卵と鶏の話しても
カイルとかは絶対‘親子丼はうまいよな’で結論つけちゃうタイプね。
無条件で技術職には向かないわアレは。」

そんな軽口を叩くが、その双眸は軽口とは裏腹に真剣そのものである。
「そう言う話を聞いているわけではないんだが。」
気にかかっている人間の一人、カイル=デュナミスの人物像に
少々暗い影を落としたがヴェイグはその件は封印しておくことにした。
まだパーティを組んで一時間経っていないが扱い方は少し分かってきている。
天才の論法なのか、ハロルドの思考に順序立てというものは無く、
一直線に回答まで飛躍する思考法。
向こうの論調に付き合っていたら話題があちらこちらに飛んでしまって
夜が明けてしまう。多少はこちらで話を引き戻さなくてはいけない。

「ああ、そうそう、まあ手っ取り早く言うと電磁力よ。
電界と磁界は密接に関係していてね、特にこの二つが同時に存在すると
その2つのベクトルに垂直な方向に力が発生するの。
今回の場合散逸的ではあるものの高出力だった磁力を
常に一定方向に力が働くように電流側が電界のベクトルをリアルタイムで
修正していたのね。中々マナの扱いが玄人レベルじゃない。
まあ詳しい話はマクスウェルなりフレミングなり電磁気学論を…」
213欠ける 4:2006/04/06(木) 01:01:17 ID:QrB6EbJy
「…」

ハロルドは少しだけ長い息を吐いて再度現場を見据える。
ふと「私が天才なのか、私以外の人間が一律にして馬鹿なのか、
あるいはそれらにどれだけの違いがあるのか?」という命題が浮かんだが
すぐに脳内の小箱にしまいこんだ。楽しみは後に取っておくべきだ。
「まあ無理に必要ないところで脳のスペック使う必要はないわ。
このゲームが終わって気が向いたらハロルド博士のなぜなに科学みたいな
企画でアホの子集めて実験してあげる、主に頭の良くなる脳改造の。
そんときはあんたらアシスタントね、むっつりーズ。」

先ほどの物理法則の説明は別に問題ではない。
エクスフィアなり晶霊なり自分の知らないことには十分遭遇してきた。だが
「待て、その怪しげな呼称はなんだ。」
こればかりは少し納得できない。
「大丈夫だいじょ〜ぶ。ジューダスもカウントしているから。」
いやその称号はジューダスだけで十分だろう。
待て?ジューダスを除いても複数形?いや
「問題はそこじゃない!」
『待て、まさか私もカウントされているのか!?』
突如割り込んだのはヴェイグの手に握られていたソーディアン。
「トリオだって立派なグループだって。あんまグダグダ言うと
むっつり突撃兵の貸しレートをトイチからトサンに引き上げるわよ。」
1人と1本の口撃などハロルドには聞くはずもない。
ちなみにハロルドの脳内ではレンタル料はヴェイグの解剖権である。
「譲ったんじゃないのか?そもそも既にレートが法外だぞ?!」
『場所が場所ならば上官侮蔑で軍法会議にかける所だ、ハロルド。』
このまま口論が泥沼化するものと思われたが
「で、ヴェイグ。あんたの言うフォルスってのを使ってるのはどれ?」
この状況を分析していた大多数のハロルドがヴェイグに確認を行う。
「〜〜〜!!…もういい。そこのガジュマ、トーマだ。磁のフォルスを使う。」
こいつと口論するのは非常に分が悪いと、
二人ともあきらめたようで溜め息を付く。
「ふーん、あの牛あたしが治療してやったやつじゃない。
まあ、とりあえずもう戦闘は終わったみたいだしあたしたちの出番は無しね。」
ヴェイグもまた本来の思考に切り替える。
そう、こんな漫才を行える状況ではない。
「…まだ終わっていない。」
214欠ける 5:2006/04/06(木) 01:03:01 ID:QrB6EbJy
装備した武器を確認する。
右手にソーディアン・ディムロス、
漫才によって短期間での同調を果たしたような気がする。
そして腰の左右に二本の短剣を装備。元々ヴェイグは大剣使いだ。
その点で言えばこのS・Dは今までと比べ物にならないほど手になじむ。
火の属性を持った剣であることがフォルスにどんな影響を及ぼすかは
分からないが、この状況下では自分の得意な獲物を持てることを喜ぶべきだ。
目下の敵は自分の世界でも敵対した、あのガジュマ。
ヴェイグは戦いの一歩を踏み出そうと

「はいは〜い。ストップ、スト〜ップ!!大方あんたの世界の敵
なんだろうけど奴さんは今の所無理に戦う気は無いみたいよ。
あたしら無駄に戦端開けるほど余裕無いの。本来の目的忘れたの?
どうしても戦いたかったらとりあえずあそこの民間人
の安全を確保してからにしなさい、むっつり2号。」

「…行くぞディムロス。」『ああ…』
高めた意気に水を差されたことに少し不満を感じなかったわけではないし、
敵が敵だけに戦うべきだとは思ったのだが
ハロルドの言も至極最もで、指示に従うことにした。

彼ら2人が彼女達の元へたどり着いたとき、一人は仰向けに倒れていて、
もう一人はその倒れた女性の胸に覆いかぶさるように項垂れていた。
項垂れた女性に声を掛けると、ゆっくりと力弱く立ち上がった。
髪がくしゃくしゃでその表情を読み取ることは出来ない。

仰向けの彼女は目を閉じたまま気絶している。
少しだけ、鼻がアンモニア臭を感じた。彼女の口元に残った泡が
妙に哀れなのは、この失禁した上に気絶している様に見える人間が
まだ若い女性であることと無縁ではないと思う。
215欠ける 6:2006/04/06(木) 01:07:25 ID:QrB6EbJy
おぼつかない足取りで項垂れた彼女が近づいて、
ヴェイグの胸に飛び込んだ。倒れそうになって
偶々そこに男性の胸が壁として存在していただけなのだろうか。
ヴェイグも木の股から生まれたわけでもなく、かといって特定の相手が
いないわけでもない。この状況は非常に男性として窮屈なものであったが、
彼女が抱える不安やら恐怖やらが分からないほど無神経でもないので、
このままの状態で思考だけを切り替えることにした。
目下急を要するのはやはりトーマ、だいぶ損傷しているが
フォルスに暴走という危険性がある以上何らかの手を
早急に打たなければならない。ヴェイグは、生きなければならないのだ。
首を上げ、遠くの三人を見据える。

少し離れた所からその光景を目にしながら、ハロルドは大体の思考を終えた。
牛を除いた四人がパーティを組んでいたと仮定して、
そして見るからに戦闘力の低いパーティが生存率を上げるならば
篭城が一番効率がいい。そして第二回放送による不自然な建造物封鎖、
第三回放送による不自然な無意味な封鎖区域。その意図は序盤から
篭城戦を試みた連中の解散、そしてそれによる過度な戦局干渉への修正。
丁度G5にいた四人組もその煽りをまともに受けた連中なのだ。
そう考えれば夕方に見た飛んでくる牛や燃えた村に説明が付く。
216欠ける 7:2006/04/06(木) 01:09:29 ID:QrB6EbJy
まあそんなことはたいした問題ではない。直接現場に関係者がいるのだから
直接聞けばすむ話だ。それでも自分の中で推論を立てなければ気が
すまないのは私の血液やら脳漿やらが数列で出来ているからなのか、
多分そうなのだろうが。それにしてもこの少女も気の毒に、
軍人ですら耐えるには酷なこの状況では
民間人のはとても耐えられまい。このようなあられもない姿に
なっていても恥ずべきことでは無い。
ハロルドは仰向けになった女性の姿をもう一度確認する。

濡れた下半身。綺麗な裸足。
するりと抜けた左の短剣、抜いた小さな右手。

動かない腹部。存在しないサック。
強く抱きしめる、それに気づかれないように。

揺れない胸。活動しない心臓。
右手のソーディアン、死角の刺客。

指の後が深く残った首。
何処にでもある、無秩序な殺人事件の偶発。

「違う!そいつ!!」
ハロルドが叫んで、
短剣がヴェイグを貫いて、
近くで慟哭が鳴った。
217欠ける 8:2006/04/06(木) 01:11:13 ID:QrB6EbJy
‘名探偵何某の○○殺人事件’と銘打たれるように
事件というものは1つの状況に対し1つきりである。
換言すればある殺人事件を解決するまで次の殺人事件は起こらない。
(首謀者が一人、あるいは1つの組織的集合の場合の連続殺人や
同時多発事件なども1つの事件という単位である)
名探偵の体も脳も1つしかないのだから。

しかし実際には各事件の首謀者が示し合わせて順番を決め、
互いの殺人スケジュールを調整するなど有り得るはずは無い。
ましてやこの島で、いつ誰が容疑者から犯人へと転じ、
殺人事件が起こるなど誰にもわからない。
このゲームはミステリーではないのだから。

だから探偵小説のありきたりな不文律も存在するわけがない。

‘予備の探偵が存在しない場合、名探偵は事件を解決するまでは
死んではいけないし、原則として名探偵は犯人に屈してはならない。’
などといった不文律は。

まあ、彼女が名探偵かどうかは彼女しか知らないし、知る必要も無いのだが。
218欠ける 9:2006/04/06(木) 01:14:18 ID:QrB6EbJy
【ヴェイグ 生存確認】
状態:右肩に裂傷 強い決意 腹部極めて重裂傷 
所持品: チンクエデア グミセット(パイン、ミラクル) 首輪 S・D
基本行動方針:生き残る
第一行動方針:???
第二行動方針:ルーティのための償いをする。
第三行動方針:カイル、スタンの2名を探す
現在位置:D5山岳地帯南

【ハロルド 生存確認】
状態:ミクトランへの憎悪
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 
基本行動方針:脱出への算段を立てる
第一行動方針:目の前の「事件」に対処
第二行動方針:リオンの追跡からの完全離脱
第三行動方針:首輪のことを調べる
第四行動方針:C3の動向を探る
現在位置:D5山岳地帯南


【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創・出血(止血処置済み)、死に強い恐怖 重度の錯乱
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ ジェットブーツ,
    C・ケイジ スティレット
基本行動方針:名探偵は死なない
第一行動方針:犯人を捕まえるまで死なない(どんな手段を使っても)
現在地:D5山岳地帯南

【カトリーヌ 死亡確認:残り23人】
219偽証と真実 1:2006/04/06(木) 19:23:34 ID:vCbeE2+s
先程の激戦から小一時間といった所だろうか。とっぷりと日は落ちて、
夜空に星がきらきらと輝く。
ぽっかりと開けた夜空を見上げて、ミントは溜息をついた。
「う、うう…」
「あ、気がつきましたか?」

横たわる少年が、かすかに呻き声を漏らしながら瞳をうっすらと開く。
まだ彼の怪我は完治したというには程遠い状態なのだが、
とりあえず意識は戻ったようだ。
少年はミントの顔を焦点の合わない目つきで見上げている。
「…動かないでくださいね。安静にしないと、
治るものも治らなくなってしまいます」
少年はぼんやりと頷き、それからしばらく虚空に目をやっていた。
ふいに少年が呟く。
「…あの、僕はどうして?」
「え?」
驚いてミントは少年の方を見やった。少年の声はか細く、
先程ミントが目の当たりにした、狂気の片鱗を、もう彼から
感じ取る事は出来なかった。
220偽証と真実 2:2006/04/06(木) 19:24:30 ID:vCbeE2+s
「えっと、その…ここは?」
不可解そうな表情で、少年は辺りを見回す。ミントが止める前に、
案の定彼は「痛っ…!」と呻き声をもらした。
「動かないでください!傷か開きますよ」
「傷?」
「全身が痛んでいます。あと、肩に裂傷と、火傷もしていますよ」

「どうして?」

「え?」
「どうして、僕、こんな傷を…?」

ミントは目の前の事態に果たしてどう対処するべきなのか混乱した。
少年は痛みに顔をゆがみながら、不可解そうにミントを見上げている。
確かに先程のこの少年の瞳は完全に狂気のそれであったし、
爆発のショックもあるだろう。
重度の錯乱状態にあった人間が突然のショックを受けたと考えれば、
有り得ない話では、ない。


―――どこまで覚えている?

ミントは一抹の不安を胸に、少年に向き直る。


221偽証と真実 3:2006/04/06(木) 19:26:06 ID:vCbeE2+s
上手くいったかどうかはわからないが、向こうの警戒心を解かせるには、あそこまで
派手にやってしまった以上もうこの方法しかないだろう。
もちろんミトスは意識を取り戻したとき、何故自分が倒れていて、
何故自分はこんな傷を負っているのかという問いに対して答える事が出来た。
あの金髪の少年との戦いと、そこに乱入してきた者達。

全てが彼の心を苛つかせるに値する者どもだったが、
だからこそ冷静にならなくてはいけない。利用しろ、躍らせろ。
そしてタイミングを見計らって、出し抜け。

「…ちょっと、色々あったんです。あなたがこの城跡に…来てから」
ためらいがちに答えるのは、姉にどこか似た雰囲気を持つ女性だ。
自分の治療を行っていたのは彼女だろう。
似てはいるが、姉様には遠く及ばない。所詮まがい物だ。
ミトスは「…そうですか」と返して、彼女の次の言葉を待った。
「…あの、違ったら申し訳ないんですけど…。
あなた、ひょっとして、C3の村からやってきたのではありませんか?」
意を決したように女性は言った。
途端「冷静に」と彼の心に囁きかけていた声がやみ、あの惨劇の
記憶が怒涛のように溢れかえる。姉の血、つらぬいた剣、倒れた姉、笑う男。
「…姉様だ…。姉様が殺されたんだ…!あいつ、笑いながら姉様を…!」


222偽証と真実 4:2006/04/06(木) 19:27:08 ID:vCbeE2+s
つまり少年の狂気は姉の死にーーーおそらく理不尽な殺人にーーー起因したのだろうとミントは思った。
顔を翳らせ一筋の涙を流した彼に「ごめんなさい」と謝る。彼はC3で起こったらしき惨劇の被害者で、
自分はその凄惨な記憶を呼び覚ましてしまったらしい。
「…家が燃えて…何とか脱出したんだけど…姉様を探して…見つけたとき、姉様は、剣で…!」
うわごとのように少年は呟く。今は自分の言葉は届かないだろうと思い、ミントは彼の独白を
聞く事にした。C3で起こったことはこれだけでは全く分からないが、
何か殺しがあった事は間違いない。
「姉様を刺した奴、笑ってたんだ!物凄く楽しそうに!…僕、それで、それで…!」
こぼれる涙。ミントはその惨劇の様子を出来うる限り思い描こうとしながら、一つ少年に尋ねた。
「その…お姉様を殺した人というのは、一体どんな…?」

少年の唇が動く。

ミントは手にしていた杖を落とした。
223偽証と真実 6:2006/04/06(木) 19:27:54 ID:vCbeE2+s
「…本当ですか?本当に、本当なんですか?」
憎々しいあいつの名を告げた途端、自分を見下ろしている女の顔色が変わった。
からん、という音が空虚に響く。杖が倒れたらしい。
「人違いかもしれない……。あの、ど、どんな格好をしていましたか?その、その…
”クレス・アルベイン”さんは」
知り合いだったのかと他人事のように(実際他人事であるが)考えながら、
とりあえずミトスは記憶にあるままを告げる。
「金髪で、黒いマントで…、あと、赤いバンダナを」
「嘘…!」と呟いて、女は口元を手で押さえた。相当縁の深い相手だったのだろう。
ショックを受けている女を眺めるのもそこそこに、ミトスは奥へと視点を合わせる。
出来損ないの器が、ぼんやりと虚空を見上げている。
それの治療をしていた少女が、女の異変に気づいたのか、「ミントさん!?」と
女の名前を呼んだ。成る程、彼女の名前はミントというのか。

「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「…え、ええ…ごめんなさい。少し錯乱してしまいました…」
言って少女と自分の方を交互に見て、無理やり女は口の端を吊り上げた。
少女もミトスのほうを向く。
「意識が戻ったんですね?」
「ええ、でも…少し、先程のショックで記憶が混乱しているらしくて」
「え?」
「カイルさんとのこと、覚えていないみたいなんですよ」
「・・・・・・!」
少女が少し驚いたように目を見開いた。ミントは俯き、そして先を続ける。
「それで…その、少し…C3で、何があったか聞いてみたんですが」
「ええ」
しばしの沈黙があった。やがて意を決したように、しかし途切れ途切れに、
ミントの口から言葉が漏れてくる。

「……クレスさんが、この人のお姉様を……殺した、みたい、なんです」

少なからず少女の顔色も変わったようであった。「そんな…!」と小さく叫んで、
それきり口を閉ざしてしまう。どうやら続けるべき言葉を失ったらしい。
224偽証と真実 6:2006/04/06(木) 19:29:14 ID:vCbeE2+s
「…もう少し、怪我の治療をしましょう。そしてあなたが落ち着いたら、C3での
もっと詳しい状況を教えてください。…ごめんなさい、いきなり変な事を聞いてしまいました」
「はあ…」
ミントは落ちていた杖を拾い上げると、再びミトスの治療を始めた。
傍らで呆然としていた少女も、器のほうに戻って行ったらしい。

杖をもつ彼女の手が震えている。ミトスはミントの顔をちらりと見やる。

姉のまがい物の目には、涙の粒が浮かんでいた。



【ミント 生存確認】
状態:TP2/3 治療中 重度のショック
所持品:ホーリィスタッフ サンダーマント
第一行動方針:少年(ミトス)の治療、C3についてもっと詳しい話を聞く
第ニ行動方針:C3村に向かう
第三行動方針:クレスが気になる
第四行動方針: 仲間と合流
現在位置:E2城跡

【リアラ 生存確認】
状態:TP50% 治療中  衝撃を受けている 
所持品:強化ロリポップ 料理大全フルーツポンチ1/2人分 ピヨチェック、要の紋
第一行動方針:コレットの治療
第二行動方針:カイルについて行く
第三行動方針:コレットを信じる
第四行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡  

【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP60% 左肩中度裂傷 左手火傷、
   全身軽度損傷 天使能力制限(一時的) 
   記憶障害の振り(カイルとの戦いを覚えていない振り)
所持品:ソーディアン・アトワイト、大いなる実り
基本行動方針:マーテルの復活 (エターナルソードの入手、器(コレット)の確保)
第一行動方針:目の前の人間達を利用する
第二行動方針:コレットの入手方法を模索
第三行動方針:アトワイトが密告した可能性のある場合その人間を殺害
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:E2城跡

225偽証と真実 修正:2006/04/06(木) 21:03:52 ID:vCbeE2+s
真に申し訳ございませんが、ミトスの台詞の
「金髪で、黒いマントで…、あと、赤いバンダナを」 を、
「金髪で、赤いマントで…、あと、赤いバンダナを」 に
修正をお願いいたします。
226Entangling Wills1:2006/04/08(土) 17:01:26 ID:HK+5oXR8
「デミテルッ…デミテルぅぅぅッ…!!」
偉人の口からは、怨嗟の声が漏れていた。
その偉人の象徴たる金髪は、もはや半分近くが美しい色を失っている。その髪を冒す、精彩のない銀色にその色を奪われ。
つい先ほどの発作で、5つ目の霊的器官が破壊された。ちょうど、これで半分。
ダオスという名の偉人が体内に宿す霊的器官は、合計10。単純に考えれば、死刑宣告が下ってから執行の時間の折り返し。
空の月は、そろそろ天頂にかかろうかという時間。
やはり、自分の勘は間違えていないようだ。ダオスは震えが走るような事実を、再認識していた。
この調子で霊的器官の破壊が進めば、間違いなく自分は次の朝日を見る前に死ぬ、ということを。
半分の霊的器官が破壊されてしまった以上、そろそろ残るもう半分の霊的器官も、踏ん張りが利かなくなってくるはず。
ここから先、発作が起きる頻度も加速度的に上がり、死神の鎌が自らの首に迫る速度もまた上がってゆく。
最初の5つの霊的器官が破壊されるのにかかった時間は、昼の3時から現在の真夜中零時までの、約9時間。
残る5つの霊的器官が破壊されるのにかかる時間は、最長でおよそ6時間弱。最短で、3時間というところか。
残された時間は、つまりどれほど死神の恩寵を賜ろうと、6時間もない。死神の気まぐれ次第では、処刑まであと3時間。
命の砂時計に開いた穴は、これ以上広がることこそあれ、すぼまる事はないのだ。
与えられた時間のうちに、デミテルを、クレスを、それ以外の全てのマーダーを、ダオスは葬らねばならない。
全ては、狂気に耐える善き者達のために。
全ては、今は亡きマーテルのために。
全ては、母なる星、デリス・カーラーンのために。
なまじ自分の死期を明確に悟ってしまえるがゆえの恐怖、絶望。
並の者なら押し潰されて当然の重圧に、ダオスはただその一念で耐えていた。
ただ自分より命を永らえる者達の抱える、未来への灯火を守るために。
灯火の進む先の露払いを、可能な限り行う。灯火を抱える者へ託したい言葉は、懐の手紙にある。
この殺戮の舞台に幕を下ろした者が、参加者全ての蘇生を願うことを祈る、と。
詮無い望み。夜空をほんの一瞬彩る、ちっぽけな流れ星よりもはかない希望。
それでも、ダオスはそのはかない希望を手放しなしない。
227Entangling Wills2:2006/04/08(土) 17:02:16 ID:HK+5oXR8
どくん。
諦めない。決して。自らもアセリアの大地で、幾千幾万もの命を葬ってまで求めた救いを。
どくん。
ダオスの進んできた道は、血みどろの死と償いがたい大罪に彩られてきている。今更引き返すなど、出来ようものか。
どくん。
あの少年の提案を、激情に任せて断ってしまったのは、間違いかも知れない。
だが、もとよりダオスは、己が道を1人、今まで歩き続けてきた。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。
どくん。
この作られた星空にはない、母なる星。いや、この星空のどこかにあるかもしれない、母なる星。
どくん。どくん。
夜空を見上げるダオスの体から、ふわりと白い光が散った。魔力的な出血。
夜の帳の中でしか見えないほど微かだが、霊的器官が破壊された副作用で、こうして魔力が体外に漏れ出ているのだ。
こうなってしまっては、使うしかないかもしれない。否、使わない手はあるまい。
この会場に放り込まれてすぐに、確認している。あの力を使えば、この島の異常なマナの位相が、頑固な抵抗を示すことを。
力を解放しようとして、しかしすぐに諦めた。
無理に力を解放しようとすれば、強烈な霊的反動が襲い掛かってくることを悟ったから。
だがどの道、死は避けられないのであれば、使ってやろう。デミテルらを、残るマーダーらを見つけたなら。
反動で更に霊的器官が破壊され、死期も一層早まるだろうが、今やそんな問題は瑣末だ。
霊的器官が最悪2つ以上残っていれば、あの力は使えるだろう。全力を解放できる。
ダオスは、無言で両の拳を握り締めた。月のもたらす赤と青の光が、幻想的な陰影を生む。
そこにひとひら、落ちる光。光で編まれた、鳥のそれのような羽根。
光の羽根は地面に落ち、そしてすぐさまほどけて夜闇に消える。黒の天蓋に輝く星のような、微かな光。
ダオスの引きし、太古の種族の血。
天使の血は、確かに彼の中に流れているのだ。
228Entangling Wills3:2006/04/08(土) 17:03:13 ID:HK+5oXR8
ダオスの絶望的な逍遥を、彼方より見守るものが1人。
「また、ひとり、このへん、ふらふら」
ティトレイ・クロウは、大地の草々の話に耳を傾け、それを逐一報告していた。
「からだ、おおきいにんげん。つよい、フォルスみたいなちからをもってる。きたのほうにいる」
「ご苦労。ティトレイ・クロウ。状況は把握した」
ダオスも妙にしつこく、またやたらと勘のいい事だ。ティトレイを使う男、デミテルは呟いた。
今日の昼の時点で、クレスに唆されたモリスンに痛めつけられておきながら、ダオスの戦意はまだ尽きぬのか。
デミテルは呆れると同時に、さすがはかつて自らが仕えた主、と感服に近い感情を覚える。
やはり、あれだけ痛めつけた時点で、多少の危険を恐れずに追撃をかけ、完全に命を断っておいたほうが上策であったか。
ダオスは先ほどから妙に勘のいいことに、自分達のいる地点の近く…当たらずとも遠からずの地点をさまよっている。
たとえエルフの血のお陰で夜目が利くため、夜間の行動ではデミテルが優位に立とうと、これでは下手に動くことも出来ない。
今デミテル一同が隠れているところは、草原の中の茂み。草が大人の男の腰ほどもある茂みの中。
ティトレイの「樹」のフォルスで繁茂させた草で、円状に遮蔽を取った空き地の中である。
一見しただけでは、普通の茂みと何ら変わりはない。
また幸いなことに、この周辺は延々草原が広がっているため、ティトレイのフォルスで、侵入者は間違いなく感知できる。
更に避難の際には、ティトレイが草々に呼びかければ、草がこすれあう音さえ最低限に抑えられる。隠密性も抜群に優れている。
それでも、万一ダオスに存在を察知させられることを嫌ったデミテルは、今までこの空き地で、ダオスが去るのを待っていた。
無論、クレスへの「お仕置き」を終え、ダオスの存在を感知してここに逃げ込んでからの待機時間は、有効に活用した。
第一に、睡眠をとること。
この島のマナは、異常な位相ながらも濃密で、疲労の回復も早い。3〜4時間眠るだけでも、十分な魔力の回復ができた。
自らの手駒達にも、無論適度な休息はローテーションで与えてやった。
クレスには集気法、ティトレイには激・樹装壁という、自らの生命力を回復させる術を持つ。
この休息で、じわじわとだが、確実に、かなりの体力・気力の回復が出来たはずだ。
そしてもう1つは、この島の研究・考察、ならびに、手持ちの道具の点検。
あまり思い出して気持ちのいいものではないが、デミテルはクレスの「お仕置き」と前後して、デミテルはある術を試してみた。
あの腐乱した死体、マリー・エージェントの亡骸に、自らの得意とする屍霊術を試みてみたのだ。
参加者の半数以上がすでに倒れたこの島には、多くの死体が転がっているはず。
そいつらをゾンビとして操ることが出来れば、かなり有能な手駒となる。
ゾンビは戦術的判断能力こそ皆無だが、醜悪な外見や腐臭で、敵にかなりの精神的動揺を与える、旨味のある駒。
更に今回のような長期戦では、攻撃させた相手の傷口を汚染し、相手の傷を腐らせ病に陥れるなどといった効果も期待できた。
だが、結果は失敗。屍霊術の儀式を試みても、この会場のマナは一切応えようとしなかったのだ。
その他、いわゆるアンデッドを生み出す術は、念のため一通り試してみたが、どれも全く反応はなかった。
229Entangling Wills4:2006/04/08(土) 17:04:14 ID:HK+5oXR8
(「一度死んだ人間は、いかなることがあっても復帰を認めない」、ということか)
多少残念に思いながら、デミテルは胸の中呟いた。
だが、ありがたい収穫もあった。手持ちの道具を再点検したり、今後の戦略の検討をしていたときに、その事実を発見した。
今まで全くの役立たずと思われていた、藤林すずなる少女から奪った「支給品」…ストローの意外な使い道を見つけたのだ。
厳密には、ストローそのものではなく、ストローについていたシャボン液。意外な秘密が、そこにはあった。
こんなくだらぬ児戯の道具が有用とは思えないながらも、念のためマナ分析を行ったところ、毒の成分がそこにあったのだ。
生き物の皮膚に触れると、その皮膚を激しく冒すが、人間の唾液によって中和されるという、一風変わった毒。
それが、シャボン液に配合されていたのだ。
これぞ、遺跡船のトレジャーハンター、ノーマ・ビアッティがシャボン玉で魔物をなぎ倒していた秘密。
だが、そんなことは知る由もないデミテルは、このシャボン液に更なる操作を施し、より強力な毒薬の調合を行っていたのだ。
念のため、事前に飲んでも事後に飲んでも効く、このシャボン液の解毒剤も調合しておいた。
これも使いどころを誤らなければ、素晴らしい道具たりえるだろう。
併せて、この辺りでまた、いくつか使えそうな植物の種も集められた。
「花粉症」という、軽微だが根治の困難な病を引き起こす原因となる、ブタクサという植物の種。
熟すると、ぱちんと弾けて周囲に種を撒き散らかすホウセンカの種。
美しい花を咲かせるが、棘だらけの茎や葉を持つ野草、アザミの種。
これもまたありふれた植物だが、使い方次第では有用な罠の材料にもなる。ティトレイの持つ、「樹」のフォルスがあれば。
(さて…我が主たるダオス様には、どうやって退場していただくか)
「ダオス様」という呼び方に、わずかばかりの皮肉を込め黙考するデミテル。
これまでこの茂みの中で待機していた時間は、有効に使った。だが、そろそろ動き出さねばなるまい。
そろそろ、不意打ちに最も適した時間が訪れるからだ。
およそどんな人間でも、必ず隙を見せ無防備になる瞬間は必ず来るが、代表的なものは以下の4つ。
食事をしているとき。用を足しているとき。情事に耽っているとき。そして、睡眠をとっているとき。
この中でも、特に確実性の高い隙は、睡眠をとっているとき。
そろそろ真夜中の零時。まともに睡眠をとっていない人間には、睡魔が訪れ始める時間だ。
この真夜中の零時から、夜明け直前の5時までが、いわゆる闇討ちには持って来いの時間とされている。
特に夜明け直前は、睡魔が重くのしかかる。デミテルはこれを踏まえ、敵将暗殺の作戦は、ほとんど夜明け直前に行ってきた。
少数精鋭の暗殺部隊に、寝ぼけ眼の歩哨の首をかき切らせ、まんまと敵の本営に忍び込ませ、敵将をそのまま永眠させる。
今まで、何度もやってきたことだ。
230Entangling Wills5:2006/04/08(土) 17:05:23 ID:HK+5oXR8
これを見越して、デミテルは予め夜が更ける前に睡眠をとっていた。
これで、深夜から未明にかけての戦いでは、心身も頭脳も全て正常に働く。
だが、他の参加者を暗殺するためには、とにもかくにも、ダオスの目を反らさねば。さもなくば、下手な動きは出来ない。
ティトレイの「樹」のフォルスによる、静粛な移動のみでは、安全確実とは言いがたいのだ。
(そうだな。例えば…)
ダオスを軍用攻撃魔法で、超遠距離から殺害するのはどうか。
デミテルもいくつか、ダオス軍で正式採用された軍用攻撃魔法の術式設計には携わったことがある。
そしてその術式は、全て諳(そら)んじることができる。完璧に、頭に叩き込んである。
そして今手元には、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルがある。
これら二つの強大な魔導具の補助さえあれば、あとは魔法陣を地面に描くなどして、補助的な術式を作るだけ。
大量の魔力と、数分程度の詠唱時間をとれれば、複雑な設備なしに超長射程の軍用攻撃魔法を個人で撃てる。
通常個人対個人の、局地的戦闘で用いられる通常の攻撃魔法は、射程は限定的になる。
通常の攻撃魔法の射程は、術者がまともな視界を得られる50m〜100mといったところ。
だが、戦術級軍用攻撃魔法なら、その射程は凄まじい。上級のものなら、それこそ文字通り地平線までが射程になる。
何らかの手段で目標を視認し、ロックオンする必要はある。
だがそれさえ出来れば、今のデミテルは超遠距離からの魔術の射撃で、一方的な暗殺を行うことも出来るのだ。
(だが…)
この作戦はあまりに乱暴過ぎる。デミテルが実行をためらう理由は2つ。
軍用攻撃魔法は前述の通り、個人で撃つにしても発動に数分間という、かなり長時間の呪文詠唱が必要となる。
その間は隙だらけになるというのが、まず1つ。
そして何より、軍用攻撃魔法は通常の攻撃魔法と違い、火線が生じるという隠密作戦には全く不向きの欠陥がある。
例えば、魔術「インディグネイション」を見れば、火線が生じるという問題は容易に理解出来る。
「インディグネイション」は発動さえすれば、敵の頭上に直接巨大な電場を発生させ、落雷を浴びせることが出来る。
どこかに隠れて発動させれば、例え至近距離で放っても、術者の居場所は割り出せない。
呪文詠唱の声や、魔力収束に伴う空気の震え…ハウリングを聞かれない限り、術者の居場所は分からないのだ。
だが、「インディグネイション」を軍用攻撃魔法に改良した「インディグネイト・ジャッジメント」はこうはいかない。
「インディグネイト・ジャッジメント」の巨大な雷電は、デミテルの手のひら、もしくは杖から直線的に伸びる。
すなわち、魔術の発射地点は、丸分かりなのだ。術者は、一度術を放てば、その火線で位置を知られてしまう。
おまけにそれに伴う音や光、マナの擾乱は凄まじく、魔術の発動を周囲のほとんどの者に気取られてしまう。
周囲の者に居場所が丸分かりになり、しかも他の参加者の注意や警戒を喚起するのがどれほどまずいか、言及には及ぶまい。
231Entangling Wills6:2006/04/08(土) 17:06:10 ID:HK+5oXR8
それに軍用攻撃魔法は当然、大量の魔力を消費する。まさにデミテルにとっては、最後の切り札と考えてよい。
言ってしまえば、今のダオスはくたばり損ないなのだ。
くたばり損ないを何とかするくらいで、そんな大仰な真似をするなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
(…やはり、こうするのが一番現実的だな)
デミテルは、何度目かの演繹を、やはり同じ結論に帰着させていた。よく見ねば分からないほど、わずかに首を頷かせる。
「ティトレイ・クロウ。クレス・アルベインをそろそろ起こせ。出発だ」
デミテルはメッシュのかかった青い髪を揺らし、振り返りながら緑髪の男に命じた。
「私が一仕事終えた後に、お前は草に命じて、葉のこすれる音を可能な限り抑えろ。その後、3人で南に向かう」
「わかった。おれ、クレスおこす」
ティトレイがそう言い、しゃがみ込む。
傍らに横たわるクレスの体を揺さぶろうとしたその時。
草原に、一陣の風が吹く。
デミテルは、精神を集中させ、その風に魔術の風を孕ませる。
魔術「ウインドカッター」。風の刃で敵を撫で切る、初級魔術。
「ウインドカッター」は、しかしデミテルらのいる地点から、数十mほど西に向かい、そこで空気の刃は振るわれた。
さすがのデミテルさえ、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルの補助なしには、出来なかった離れ業。
空気の刃がほどけ、夜空に散っていったその後に残されたもの。
それは、草を刈り込んで描かれた、一つの魔法陣。そして、魔法陣の端からは、一本の線が、デミテルの茂みにまで延びている。
これが、いわば魔法陣を発動させる「導火線」。
デミテルは再び呪文を詠唱しながら、茂みの端にまで伸びた「導火線」に、手を当てる。
「導火線」の端に、赤い魔力の輝きが灯る。
デミテルは、わずかに笑んだ。この魔力の輝きがあの西の魔法陣に届いたとき、あの魔法陣は発動し、魔術が放たれる。
無論、ろくな威力は込めていないし、狙いもかなり大雑把である。
それもそのはず。ここから放たれる魔術は、所詮ダオスを陽動するためのものに過ぎないのだ。
ダオスを陽動する魔法陣は、攻撃魔法をダオスのいる方向に放ち、ダオスをそこに引き付けるためのもの。
ろくな威力を込めていないのはただ魔力を節約するため。
だが、ある程度頭の回るダオスのなら、何者かが上級魔術を撃つ時間を稼ぐために放った、牽制用の魔術と思ってくれるだろう。
この草原を逃げながら、こんな魔法陣を描き逃げしつつ、南下する。
牽制を何発か放てば、ダオスがそれを、いわゆる「空城の計」のための布石と勘繰ってくれるかも知れない。
そうしたならしめたもの。疑心暗鬼に陥らせて判断力が低下すれば、逃走も容易になる。
232Entangling Wills7:2006/04/08(土) 17:06:59 ID:HK+5oXR8
ちょうどクレスが起き上がった。デミテルはティトレイにも併せて指示を出し、南に駆け出す。
そのとき、最初の魔法陣が発動した。
魔法陣から放たれた火球が夜空を焼き、北の方向へ飛ぶ。
ダオスの怒号と足音が、背後から聞こえた。どうやら、まんまと策にはまってくれたらしい。
きっとダオスは魔法陣のある方向に疾走しているだろう。
「では、夜の草原の散歩をお楽しみくださいませ、ダオス様」
デミテルはうつろな皮肉を口にしながら、南へと歩を進める。次は、どこに魔法陣を描くか――。
そのとき。
デミテルは見つけた。夜の帳に強い、ハーフエルフの目でなければ捉えられなかったであろう、かすかな光。
松明の光か。デミテルは光の色合いとその鼓動から、判断した。
あれは罠か。はたまた頭の回らない愚か者達の夜行軍か。
まっとうに頭を働かせられる者なら、夜間の行動時に下手に照明を用いるのがどれほど危険か、すぐ理解するはず。
照明を用いれば、マーダー達にも位置を知られてしまうからだ。
だがそれを逆手に取り、照明を灯す事で他の参加者を呼び寄せ、罠に陥れる狡猾な作戦も立案出来る。
あの灯火が他の参加者をおびき寄せる、いわゆる「誘蛾灯」なのか、はたまた愚か者の迂闊さの結果かは判断が難しい。
ならば。
ダオスをいっそのこと、あの灯火の方向に誘導してやるか。
そうすれば、自ら手を汚さずして罠か否かを判断する材料も手に入る。ダオスの追撃を逃れ灯火の正体も分かる一石二鳥の手だ。
デミテルの決定と実行は迅速だった。
もう一度魔術「ウインドカッター」を発動。魔法陣を作成。「導火線」に着火。
あと数秒で、魔術の第二波がダオスに向かう。
また距離をおきながら、三つめの魔法陣。もう少し距離をおき、発動時間を調整して四つめ。
これだけやれば、問題はあるまい。これだけ誘導をかければ、ダオスの目にもあの灯火が見えるはず。
駄目押しに、自らも魔術「ファイアボール」を発動。北の方向に発射。第二波の発動とほぼ同時に、火球を撃ち込む。
同時に異なる方向から魔術の発動を受ければ、さしものダオスも逡巡するはず。どちらがフェイクか、と。
その隙に距離を置き、続く第三波、第四波でダオスを混乱させているうちに逃げる。
火球の爆発音や、風に波打つ草の歌が、この逃避行を隠してくれるはず。十分に逃げ切れる。
果たして、ダオスの声は遥か遠く。距離が見る見るうちに遠ざかる。
デミテルは再び、自らの主を出し抜いたのだ。
草原の彼方の灯火が、ゆらりと夜風に揺れた。
233Entangling Wills8:2006/04/08(土) 17:07:43 ID:HK+5oXR8
そして、デミテルの捉えた灯火を掲げるものが、ここに1人。
「やれやれ…こんな島で『夜釣り』なんてな」
青髪の青年、キールは目の前の松明を見ながら、呟いた。
「それもこれも、キールさんのやった『馬鹿』の有効活用です。先ほどは『馬鹿』をやってくれてありがとうございました」
皮肉がかった物言いをしたのは、白皙の少年、ジェイ。彼こそが、この灯火を掲げる張本人。
キールは、その言い方に若干鼻白む。
「そんなにあれはマズい事だったのか?」
鳶色の髪の少年、ロイドはいまだに釈然としない様子であった。
「俺はむしろ安全だと思っちまったかな。いつも旅をしているときの癖が抜けなくてさ」
肩をすくめたのは、赤髪の少年リッド。
「ここは普通の旅の舞台ではありません。『バトル・ロワイアル』の会場であることを忘れてはいけません。さもないと…」
油断した人間から死にますよ、とはあえてジェイは続けなかった。
そんなこと、会場に放り込まれてそろそろ2日弱の一同には、周知の事実であったから。
キールのやった『馬鹿』。それこそが、一同のこの『夜釣り』の発端であった。
ジェイが戻ってくる前の一同のやり取りを見ていれば明白であるが、彼らは焚き火をしながらジェイの帰還を待っていたのだ。
何らかの灯火管制の処置も施さずに、この島の夜に焚き火をするのが、どれほど愚かな行為かは、言及にあたうまい。
昼間の内なら、魔法の火を用いて火を焚くなどして煙を消す処置をすれば、まだ安全である。
だが、夜の帳の中で火を焚けば、他の者にはあっという間に自分達の位置が知られてしまう。
マーダー達に、「どうぞ見つけ次第殺しに来て下さい」とアピールをするようなものだ。
キールが焚き火をしていることを知ったジェイは、最初本気で怒りを覚えた。
火を焚くという行為は、一応これから打つ布石の一環に組み込んではあった。
だが、個人の勝手な独断で火を焚くとは、ジェイにしてみれば愚劣も極まった行為だ。
もしこれがかつて行ったことのある、隠密戦の実戦形式の演習中であれば。
問答無用でソロンあたりに首を刎ねられていても、一言たりとて文句を言う権利はなかっただろう。
「まあ、もし命が惜しくないというのであれば、また遠慮なく焚き火をなさって下さい。
ですが、ぼくは誰かの自殺行為に付き合うなんて、ごめんこうむりますよ」
234Entangling Wills9:2006/04/08(土) 17:08:31 ID:HK+5oXR8
そう言って、ジェイはキールの非を責めた。無論、これが下手な叱責よりも、キールの猛省を促したのは言うまでもあるまい。
最もこの『馬鹿』を責めるのは、厳しすぎる面もあるのかも知れない。
通常の旅のさなかであれば、夜の内は火を絶やさないのは常識なのだから。
野生の動物や知性の低い魔物は火を恐れるため、火を焚くことは旅を安全にする当たり前の処置である。
その先入観や刷り込みが、こんなミスを引き起こしたとも言えるのだ。
(で、今度は『火を焚け』って言うのは、どうも釈然としないけどな…)
ジェイの皮肉を受け、キールは思う。
確かに、理には適った作戦を行っていることは、否定しないし出来ないが――。
現在実行中の作戦は、まさしく『夜釣り』の名を冠するにふさわしいだろう。
ジェイの切り出したプランとは、すなわちこの通り。
大慌てで火を消したのち、ある程度場所を移した、第二の休憩地点で真夜中辺りまで睡眠。
深夜から早朝までの行動を、眠気で妨げないためだ。
夜襲をかけるのに向く時間帯は、深夜から早朝と相場は決まっている。
目下敵であるデミテルや、それに次ぐ脅威であるネレイドのような、狡猾な手合いならそれに気付かぬはずもあるまい。
無論、この島にまだ直線的に攻めて来る「頭の足りない」マーダーがいることも想定して、鳴子などを仕掛けてから休むことに。
結果としてジェイは、この時点でデミテルと互角の頭脳戦を繰り広げていたのだ。
「へーえ、これが忍者の戦い方なのか…」
ミズホの里で、かつて見た忍者を思い出し、ロイドはそう呟いたものである。
さて、こうして眠気を払った一同は、現在…真夜中に、こうして作戦を実行している。
わざと松明に火をともしながら、移動することにより。
235Entangling Wills10:2006/04/08(土) 17:09:14 ID:HK+5oXR8
最初この光を見たものは、それがデミテルのような手合いなら、まずその正体が罠か愚か者か、どちらであるか推測するはず。
ダオスの口を経由して、ジェイはデミテルのことをある程度知っている。
デミテルは夜目の利くハーフエルフという種族であることを。つまり、この灯火を今頃見ている可能性も高いだろう。
念のためジェイは、最初キールが火を焚いていた第一の休憩地点まで移動してから、そこで松明の火を点け移動を始めた。
希望的観測をすれば、デミテルが最初キールの焚く火を目撃していなかった可能性もあるが、念押しということでの処置だ。
(そして今回は、その希望的観測の方が正解であったが、ジェイはそれを知る由もない)
こんな風な一同の挙動を、第三者が見ればどう思うか。
最初焚いていた火を消したということは、一同が寝静まったということ。
そして、真夜中に再び火を点けたということは、起きて活動を始め、どこかに進み始めたということ。
この時点でまともに考えれば、出来る解釈は1つ。
頭の回らない連中が、ただ夜中に起きて夜行軍を始めたという解釈だ。
最初焚き火を焚いていた頃だけを見れば、こんな解釈も可能だっただろう。
何者かが焚き火を「誘蛾灯」にして、他の参加者を陥れる罠を張っていたという解釈も。
だが、灯火の持ち主が歩き出したとあれば、そこに罠がある可能性は低いと見ることが出来る。
通常罠は、一度仕掛ければあとは動かせない物が多い。
そんな状態で「誘蛾灯」である灯火を動かせば、設置した罠自体が無駄になりかねない。
ましてやここは、「バトル・ロワイアル」の会場。
ろくな物資の補給も出来ないこの島では、そうそう手の込んだ移動式の罠も張ることは出来ない。
つまり推理を重ねれば、この灯火は罠ではないと導出できるだろう。だがその正体は、何重もの隠蔽を施した周到な罠だ。
デミテルらを引き付けたなら、後はこちらのもの。
肉弾戦を相手に強要し、強引に撃破する。柔よく剛を制すともいうが、剛よく柔を断つもまた真実なのだ。
戦況が不利になったなら、即座に切り札であるジェイのクライマックスモードを発動させ、デミテルを瞬殺する。
クライマックスモードは、この島に残された参加者が持つ切り札の中でも、掛け値なしに最強級の切り札。
発動はジェイの意志1つで行える。一瞬の集中のみでいい。この発動の妨害は、至難の業。
そして、クライマックスモードは一度発動すれば、対抗手段は絶無と言ってよい。
236Entangling Wills11:2006/04/08(土) 17:10:07 ID:HK+5oXR8
さしもの智将デミテルでさえ、クライマックスモードをも防ぐ策は編み出せまい。シャーリィを味方にでも付けなければ。
これが、ジェイの描いた作戦の構図の全容だ。もっとも、この作戦解説をまともに聞き届けてくれたのはキール1人であったが。
「なるほど…これが戦争と隠密戦、両方を経験した人間の立てる作戦か…!」
キールはここまで聞き終えたとき、ジェイに浴びせられた叱責のことも忘れ、感嘆を覚えたものである。
「どうでしょう? この作戦は、デミテルへの『夜釣り』のつもりで立ててみたのですが、
うまいことやればネレイドも…メルディさんも、呼び出せるかも知れませんよ」
この言葉を聞いたリッドも、ロイドも、そして何よりキールも。この作戦には好意的な印象を持つ。
もしこれでメルディを呼び出せれば。
そこにはチャンスも芽生える。
メルディを説得するチャンスが。
メルディを正気に戻すチャンスが。
だが、冷徹な計算を行うジェイにとっては。
ネレイドに乗っ取られたメルディが乱入してくれることは、ありがたいことではない。
無論、互いが互いの手を読み尽くす頭脳戦で、相手を最も簡単に敗北に陥れる方法は、相手の計算外の事態を引き起こすこと。
すなわち、不確定要素を味方に付けること。ネレイドはその「不確定要素」としての資格は十二分だ。
描きうる中で一番ありがたいのは、ネレイドとデミテルが噛み合って、共倒れになってくれるという筋書き。
デミテルとの戦いで消耗したネレイドを、リッドとキールで抑え込み、メルディの正気を取り戻す。これが最高の結果である。
だが、現実的に考えれば、こんな筋書きを期待するのは愚かしい行為だ。
ネレイドの持つ力…闇の極光にとって唯一の、そして最大の脅威はリッドの持つ真の極光だという。
もし、リッドらとデミテルらが争っているところをネレイドが目撃したら。
ネレイドとて全うな戦術的判断は出来よう。まず最初に、ネレイドはリッドのつく側、こちら側を潰しにかかると予測できる。
一番の脅威を一番に排除してしまえば、それ以降の戦いはぐっと楽になるからだ。
構図としては、ネレイドがデミテルと結託するという形になる。
この危険性を踏まえ計算すると。
ネレイドの乱入という事態が、デミテルの作戦進行を狂わせるという要素を差し引いても、総じてありがたいことではない。
ジェイはその危険を、無論一同に説明しないはずもなく。
237Entangling Wills12:2006/04/08(土) 17:10:54 ID:HK+5oXR8
それでも3人は、ネレイドに乱入された場合、即時撤退ではなく説得を選ぶ。口をそろえて、そう返した。
「やれやれ…まあ、みなさんならそう答えるとは思いましたけどね」
ジェイは肩をすくめながら言った。
「ああ。そればかりは何があろうと譲れねえ。メルディを救えるのは、俺の持つ真の極光の力だけなんだ」
リッドは胸の前で、拳を強く握り締めた。
「メルディは苦しんでいる。ほんの少ししか一緒にいなかった俺にだって分かる。
そんな奴が目の前にいたら、放ってなんかおけるかよ」
ロイドは左手のエクスフィアを撫でながら、誓いを立てるように言い切る。自らの左手に宿る、母の命の結晶に誓うように。
「あいつとは、旅が終わったら一緒に晶霊デバイスを開発しようって約束したんだ。
その約束を果たさずに僕が死ぬわけにも、あいつを死なせるわけにもいかない!」
きっとキールが見据えたのは、ありえぬ星座をちりばめた天蓋。
ジェイはつとめて、冷静に言う。
「確かに、もしメルディさんをもう一度味方に付けられたなら、ありがたいことはありがたいですけどね」
何故ありがたいか、あえてジェイは伏せていた。
もしメルディが協力してくれるなら、この会場から脱出する手段をもう1つ、確立することが出来るかもしれない。
その情報を、ジェイはキールから手に入れていたからだ。
すなわち、真の極光と闇の極光…これら二つの力のフリンジ。そしてこれこそが、リッドらがエターニアを救った手段。
これによりこの島全体の晶霊圧を極限まで高め、この島の時空そのものを破砕するという案が、キールからなされた。
この島の時空を風船、この島の晶霊力を空気に例えると、理解は容易である。
つまり晶霊力という空気を、この島の時空という風船内部に限界まで注ぎ込み、時空という風船を破裂させるということである。
更にここに魔剣エターナルソードの助けがあれば。極光術で時空を破裂させる際、同時に時空に切り込みを入れれば。
瞬間的に晶霊力はエターナルソードによる切り込みに流れ込み、更に瞬間晶霊圧を高めることが出来る。
極光術とエターナルソードという二つの脱出手段を併用すれば、極めて高確率でこの時空の破砕に成功する。
キールは筆ペンを握りながら、そう結論した。
(まあ、今はそんなことを考えるより、目下の危険の排除が最優先事項ですけどね)
筆談越しに希望のある情報を得ても。それでもジェイは冷静であった。
(前途は、本当に楽観を許してくれませんね…)
ダオスの説得にさえ成功していれば。そう思うと、ジェイは落胆を禁じえない。
ダオスの力は、あともう少しのところで得られなかった。
自分の策が、見事に裏目に出てしまったのだ。
あの一言さえ、発しなければ。
自分が犯したミスに心を捕らわれていると、死にますよ。
ソロンの声が聞こえてくるようだが、それでもジェイは後悔を残さずに入られなかった。
時間は、ダオスとの会談が行われたあの時に戻る。
238Entangling Wills13:2006/04/08(土) 17:11:26 ID:HK+5oXR8
「ふざけるな!! そんな悠長な策に、乗っていられるとでも思うのか!!?」
ダオスは怒りのままに吼えた。全ては、目の前の少年が原因であった。
「ですが、ぼくが考える限り、この手段が最もデミテルを葬れる可能性の高い策なんです」
ダオスの怒りの原因となった少年ジェイは、それでも落ち着き払っている。
「ひとまず、ぼく達は全員真夜中まで眠ります。
これには休憩して力を蓄えるのと、デミテル達が活動を始める時間を待つのと、二通りの意味があります」
「そんな呑気に眠りこけている時間があるなら、その時間を何故デミテルの捜索に当てようとしない!!?
馬鹿馬鹿しいにも程があるわ!!」
激烈な怒りを露にするダオス。今にもジェイの胸倉を掴み上げんばかりの剣幕である。
「これを見て下さい、ダオスさん」
それでもジェイは、ダオスの抗議の声に割って入り、それを差し出した。
焼け焦げた蔓。
彼らはあずかり知らぬが、それはまさにデミテルが火計を行った時に、ティトレイに命じて成長させたあのアブラナであった。
「C3の村の焼け跡から、これを見つけました。
現場には油の燃えた臭いも残っていたので、これは恐らくアブラナの茎でしょう。
ですが、これは明らかにおかしい。こんなに茎が太いのに、茎自体はとてもしなやかなんです。これはまるで…」
『木遁の術』を使った後の、異常な成長を見せた植物のようです。そうジェイは締めくくる。
ジェイも噂話程度にしか聞いたことはないが、かつて『忍者』の祖先は、現在では失われた多くの外法を操っていたのだという。
彼らの外法とは、アーツ系爪術ともブレス系爪術ともつかぬ不可思議な術。
その外法の1つに、『木遁の術』は数えられている。
滄我の力を利用して植物を操り、それを攻撃や幻惑などのさまざまな用途に使う術だ。
「確かダオスさんの世界には、植物を操る術はほとんどなかったはずですよね?
ぼくの察するところ、デミテルはこの島での戦いを通して、『木遁の術』のような力を習得したのかもしれません。
あるいは…」
『木遁の術』使いは、あの緑髪の男…名簿によればティトレイという…なのか。
その推理はひとまず横に置き、ジェイは続ける。
239Entangling Wills14:2006/04/08(土) 17:11:57 ID:HK+5oXR8
「『木遁の術』は直接的な攻撃力もさることながら、一番恐ろしいのは隠密戦との高い相性です。
『木遁の術』は初級のものでも、相手の足元の雑草を絡ませて移動を制限するなどは当たり前。
達人にもなれば、1つの森を丸ごと、いわゆる『迷いの森』に変えて侵入者を遭難させるなんてこともできるんです。
逆に、植物を用いて自らの存在を隠蔽したりも出来る。
これは隠密戦に大きなウエイトのかかっている、この『バトル・ロワイアル』において、強大なアドバンテージになりますよ。
そしてぼくらには、『木遁の術』への有効な対抗策を持たない」
「つまり何が言いたい?」
「これから恐らくデミテルは、夜襲への備えを行うため、夜の早いうちに就寝するはずです。
夜襲をかけるに向いた時間は、深夜から早朝にかけて。そしてデミテルは、その際に『木遁の術』を併用するはず」
「早く結論を言え!」
「では。デミテルが本気で隠れようと思ったら、ぼく達はまず見つけられません。
『木遁の術』を用いるには、この草原くらいの植物があれば十分。
ぼくもある程度の訓練は受けていますから、人の気配を察知することはできます。
ですが、こんな広い草原のどこかにいるデミテルの気配を感じるのはさすがに不可能です。
寝ている人間を『釣る』ことは出来ませんし、あまり早い時間から仕掛けるのは非効率的です」
ダオスは苛立ちながら、それに反駁を行う。
「ならば私が魔術を用いて、この草原の草を全て焼き払ってくれる!
眠りこけているデミテルもそれで叩き起こしてくれるわ!!」
「それはいくらなんでも大風呂敷でしょう。デミテルが潜んでいる可能性のあるエリアは、これだけの範囲があるんですよ?」
ジェイは広げた地図の、島の西側の草原を指し示す。
「ぼくもあなたの実力のほどは理解しているつもりです。ですがこれだけのエリアを焼き払うなんて、非現実的ですよ。
それに、デミテルもいざ休もうと決めたなら、ちょっとやそっとの事で動くとはぼくには思えません。
ぼくがデミテルの立場なら、自分の身に差し迫った危険がない限り、じっくり休んでますね。
『木遁の術』による隠れ身のお陰で、安全に休むことも出来ますし。
休んでいる間に他の参加者が暴れていたなら、共倒れになってくれることを期待します。
よしんばデミテルが休息を中断したとしても、そんな強引な手で来たなら、デミテルはさっさと逃げるでしょう。
禁止エリアの関係から、このゲームの制限時間はあと6日強。全行程の1/4もぼくらは消化していないんです。
何なら会場内を脱兎のごとく逃げ回って、他の参加者が全滅するのを待って粘り勝ちに持ち込むという選択肢もあるんですから。
禁止エリアが拡大すれば隠密戦の継続は厳しくなりますが、
このペースで今後も死者が出るなら、長期戦での粘り勝ちに持ち込むのはあながち愚かしい選択ではありません」
240Entangling Wills15:2006/04/08(土) 17:12:41 ID:HK+5oXR8
つまりデミテルを誘って短期決戦を望むなら、極上の餌が必要。その観点から、ダオスの意見は下策中の下策だ。
「下らん。貴様の言う『木遁の術』なぞ、あくまで伝承からの知識に過ぎんのだろう。
それにデミテルがどう動くのかなど、憶測に憶測を重ねているだけだ」
「確かに、根拠の不確かな憶測でものを言っていることは認めます。
ですが、ぼくはそれでも最も可能性が高く、かつ予断のない憶測をしているつもりです。
ダオスさん、ここは夜中まで待ちましょう。それからぼく達が餌をぶら下げて、デミテルを釣ります。
ダオスさんはぼく達に同行しても、伏兵として草原に潜んでデミテルに不意打ちをかけ、挟み撃ちにしても構いません。
いいですか、ダオスさん? もう一度聞きますが、デミテルはダオスさんが認めるほどの智将なんですよね?
そんな相手は単純な力押しで倒すことは出来ません。
たとえ時間を浪費しているように思えても、それでもぼくのプランが一番時間のかからない手法だと思いますよ。
逆に言うなら、これ以上時間を節約することは不可能です」
ジェイは言い切る。だが。
金髪の偉人はそこで立ち上がった。金色の刺繍のマントを翻し、立ち上がる。
「お前の言いたいことはよく分かった。だが、それでも私はお前の作戦には承諾しかねる」
言い方は冷静。しかしジェイには、難なく見透かせてしまった。
要するに、ダオスは例えどんな理由があろうとも、ジェイの作戦には乗らない。
それくらいなら、まだこの草原をあてどなくさまよった方がましだ。そう言っているのである。
(やれやれ…参りましたね)
ジェイは軽く肩をすくめる。この男は、理でかかっても心が納得しないようだ。
ならば。このような手合いに用いる常套手段は一つ。
「…そうですか。それは残念です」
ジェイはことさらに、言葉の端々に皮肉を乗せて言った。
「あなたは聡明で、それなりの格を持った人間だと信じていましたが、ぼくの目の方が曇っていたみたいですね」
241Entangling Wills16:2006/04/08(土) 17:13:19 ID:HK+5oXR8
挑発。ジェイはあえてここで、ダオスを挑発することにした。
相手の理に訴えかけるのが説得であるならば、心に訴えかける手段の一つには、挑発がある。
挑発は、感情的な人間やプライドの高い人間には効果的な手段。
ジェイはダオスの言動から、プライドの高さを節々に感じていたがゆえに選んだ手段。
「…何だと?」
そして、ダオスはその挑発には食いついてきた。
「あなたのような人間を頼って、デミテルを倒そうと考えていたぼくの方が、間違えていました。
すみません、『不可視』のジェイともあろうものが、こんな単純なミスを犯すなんて」
更に挑発を続ける。ジェイは見た。ダオスの拳が、ぶるぶると震えていることを。
「それでは、最初から作戦を立て直しましょうか。もちろんダオスさんの戦力は除外し……
!!!」
そしてその次の瞬間、ダオスの震える拳は振るわれた。
ジェイの顔面に。
ごしゃ、という嫌な音が、体内を通して聞こえる。
ジェイは拳の勢いのまま、地面に叩きつけられた。
「貴様…なめた口をきくなぁッ!!!」
更にジェイのもとには、ダオスの怒号が降り注ぐ。
ダオスの拳には、まだわずかばかりの理性が残っていたのは、ジェイにとっては僥倖。
もしダオスが本物の殺意を拳に込めていたならば、今頃ジェイの頭は地面に落ちたザクロのように弾け飛んでいただろう。
「貴様なんぞに頼ろうとした私が愚かだったな。私は貴様の指図なぞ受けん!! デミテルをしとめるなぞ、私1人で十分だ!」
「ですが…」
「これだけは言っておくぞ、ジェイとやら」
ジェイの返答を許さずに、ダオスは畳み掛ける。その言葉と共に、ダオスは歩み始める。
242Entangling Wills17:2006/04/08(土) 17:13:51 ID:HK+5oXR8
「私は貴様と馴れ合う気などとうに失せた。
貴様もこうまで頼れぬ人間なぞに、力を貸してもらおうなどという考えは、もはやあるまい?」
「…………」
断ずるダオスに、ジェイはとうとう、言葉を失った。
確かに、平時のダオス相手ならば、ジェイのこの挑発で、ダオスを意に沿わせることは出来たかもしれない。
だが、ジェイは1つ、重大な見落としをしていた。その見落としゆえに、この挑発は裏目に出てしまったのだ。
ダオスが迫り来る死の重圧を抱え込んでいたことまでは、ジェイも察することは出来た。
だがその死が下る時期まで…死期までダオスが知悉していたことまでは、さすがのジェイも想定できなかったのだ。
死期を明確に知ってしまった人間の焦燥。恐怖。重圧。これがどれほどのものかは、筆舌に尽くしがたいものがある。
無論、ダオスの理性の声がもう少し大きければ、ジェイの策を承諾することも出来ただろう。
だが、今のダオスには見えてしまっている。自らの背後を追う、死神の姿が。
これゆえに焦燥感に駆られ、そして判断を誤ろうとて、誰が非難できようか。
並の人間なら恐怖に押し潰され発狂するか、絶望に打ちひしがれて気力を失うかするほどの極限状態に、彼は置かれているのだ。
平原を去るダオスの背に、しかしジェイは声をかけることは出来なかった。
声をかけても無駄だから。声を届けることはもう出来ないから。
彼の背負うものの重みに、ジェイ自身が畏怖の念に駆られてしまっていたから。
彼自身の生来の性格も災いして、せっかく結ばれようとした盟友の絆は、あと一歩のところでほどけてしまっていたのだ。
243Entangling Wills18:2006/04/08(土) 17:14:49 ID:HK+5oXR8
天使の血を目覚めさせんとするダオスはまだ知らない。
灯火を掲げる者のもとへ、デミテルに誘われようとしている事を。
知力と、そして魔力を兼ね備える智将デミテルはまだ知らない。
自らを積極的に討とうとする勢力が、この島に生まれた事を。
救いの道を模索し彷徨するリッドやロイドら4人はまだ知らない。
智将デミテルを討つ明確な術を。救いに至る小さき門への入り口を。
絡み、ほどけ、悲劇を紡ぐ、三者三様の意志は。
かの城へと転げ込もうとしていた。3人の殺人鬼と、そして1人の英雄の父の血を吸った、魔城の跡地へ。
魔城は、いまだ血に満たされることを知らぬかのごとく、その顎を開き、待ち構えんとしているかのようでさえあった。
かの城に関わる者らは、無事に次の朝日を拝める保障など、どこにもないのだ。
244Entangling Wills19:2006/04/08(土) 17:15:18 ID:HK+5oXR8
【ダオス 生存確認】
状態:TP残り75%  HP1/8 死への秒読み(3日目未明〜早朝に死亡) 壮烈な覚悟 髪の毛が半分銀髪化
天使化可能?
所持品:エメラルドリング  ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:デミテル一味の殺害
第二行動方針:クレスの殺害
第三行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:E3。デミテルらとニアミス

【デミテル 生存確認】
状態:TP全快
所持品:ミスティシンボル、ストロー(シャボン液を毒液に変換。詳細は不明)、金属バット 魔杖ケイオスハート
植物の種(ブタクサ、ホウセンカ、アザミ)
基本行動方針:漁夫の利を狙い立ち回る
第一行動方針:ダオスを灯火の持ち主にけしかける
第二行動方針:灯火を遠巻きに観察し追尾。可能ならば利用する
現在位置:E3。ダオスとニアミス

【ティトレイ・クロウ 生存確認】
状態:感情喪失、TP残り95%
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3。ダオスとニアミス

【クレス・アルベイン 生存確認】
状態:TP全快、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(デミテルから定期的に薬品の投与を受けねば、禁断症状が起こる)
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する(不安定)
現在位置:E3。ダオスとニアミス
245Entangling Wills20:2006/04/08(土) 17:17:33 ID:HK+5oXR8
【リッド 生存確認】
状態:睡眠とホーリィリングで全快
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動。
第二行動方針:E2の城に向かう
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原

【キール 生存確認】
状態:全快
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:E2の城に向かう
第二行動方針:情報収集
第三行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原

【ロイド 生存確認】
状態:普通
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー 
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:E2の城へ向かう
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原

【ジェイ 生存確認】
状態:打撲は回復 TP全快 クライマックスモード発動可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針: 脅威を排除しながら、脱出方法を模索する
第一行動方針:E2の城に向かう。
第二行動方針:デミテルを「釣り」、撃破する
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィの救済策の模索
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:E2最北部の草原
246それぞれの求めるもの 1:2006/04/08(土) 23:25:28 ID:9gwgbWY4
目を開けても、そこにあるのは暗闇だけ。
いや、目を開ける、という表現は間違っている。
今の自分にあるのは目を開けるという記憶を元に勝手に作り出した感覚に過ぎないのだから。
立っているのか座っているのか、もしくは漂っているのか。
何度も考えたソレも実際の答えはどれでもない。あえて言うなれば「在る」だけなのだ。ただそこに。

自分は一体何をしているのだろうか。全てを投げ出し、ただ逃げただけの自分は。
友も仲間も捨て、自分すら捨てて逃げ出し、そして後悔する。
味方にさえつけてしまえば絶対に自分を裏切ることは無い「闇」自ら望んで足を踏み入れた領域。恐怖から逃れる為に。
その結果、確かに死の恐怖は消えた。いつ闇に飲まれるのか、という恐怖も消えた。
だけど新たに生まれた感覚があった。
それは恐怖なのか絶望なのか。もしかすると希望なのかもしれない。
彼等を失う事に対する恐怖。絶望。
それだけならどう転んでも前者なのだ。希望にはなりえない。だけど。
それは彼を失ってしまえば消えてしまう物。
そうなれば後はただ運命を、世界を、全てを、恨んでいればいい。
それだけでいいのだ。希望を無くす代わりに絶望も消える。
いつかはこの思考も消え、自分は完全に闇に溶け同化する。
そして、バテン・カイトスへ――――。

ふと、懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。
闇に飲まれる前、そして闇から開放された後の優しい母の笑顔だった。
(とこしえに想う……)
頭の中に母の声が響き、ぶんぶんと大きく首を振る。
自分は一体何を考えているのか。
駄目だ、こんな馬鹿げた考えは。諦めるなんて、らしくない。
グランドフォールだって、自分が行動したから止められた。今度も行動すればなんとかなるかもしれない。
何もせずに逃げ出して後悔するのは一度で十分だ。
今は優しい声をかけてくれる人も励ましてくれる人も支えてくれる人も誰も居ない。だけど、だけど。
247それぞれの求めるもの 2:2006/04/08(土) 23:26:23 ID:9gwgbWY4
(おトーさん、おカーさん…)
いつまでも見守っていてくれる人は必ずいる。姿は見えなくとも心は繋がっている。
今の自分に出来ること。気を強く持ったからといってあの強大な闇には勝てるはずも無い。
それでも、考える事だけなら嫌という程出来る。
それに彼等が「自分」ごときに負けるわけが無い。他の相手でも同じ事。
そうすれば彼等に必要なのは脱出法と首輪の解除。
一瞬、伝える方法が無いのでは、という嫌な考えが頭をよぎる。
だけどそのすぐ後に浮かんだ、今はもういない大切な友の顔にその不安はかき消された。
(大丈夫!なんとかなるよ。イケるイケる、な!)
母シゼルと短いながらに再会出来たのだ。絶対になんとかなる。
脱出か首輪の解除か。せめてどちらかだけでも解きたい。それが彼等の力になるならば。
そして幸いにも今の自分には明らかに向いている方がある。
―――首輪の解除。

「中」に居る分自分の体の全ての情報が分かる。
ここに来て初めて、ずっと不思議だった「ネレイドはどの様にして自分の状況を把握しているのか」という疑問も解消されていた。
「視える」のだ。何もかも。
光も何もない空間なのに、不思議と全てが視える。
そう、つけているだけじゃ分からない首輪の内側までも。

自分だって、晶霊技師だ。
世界一の晶霊技師、ガレノスの一番弟子だった父、同じく有能だった母から受け継いだ血。
現在ガレノスの弟子となり教わった知識。旅の途中で仲間から聞いた知識。
そして、幼き頃からたくさん見てきた機械の「内側」

ゆっくりと意識を集中させ、思考を一点に集中させる。
「自分」が彼等に出会うまでに。自分の心が壊れる前に。必ず解明してみせる。
そして、己の口で伝えるんだ。それが最期の言葉になろうとも。
248それぞれの求めるもの 3:2006/04/08(土) 23:27:16 ID:9gwgbWY4
放送前から段々と聞こえなくなっていき、現在は完全に遮断されたメルディの思考。
完全に支配しているはずにも関わらず少女はまだあがこうと言うのか。それとも諦めたのか。
しかし、例え少女が何を考えていようとネレイドにとっては些細な事でしかない。
そんな事よりも彼にとってはこれからの方が大切だ。
ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡す。
遠くの方から音は聞こえるものの、近くには何もいない。
鳥や虫の鳴き声は無く、風の音すらしない。
不気味な程の静寂に包まれたその場所で、ネレイドは少し場違いな笑みを顔に浮かべた。

体の痛みはほとんど感じない。精神力も十分にたまった。
後はキール・ツァイベルを見つけて殺すだけだ。邪魔する奴もみな殺す。
先の放送で、あたかも自分が神であるかの様な口調で話していたあの不快な男も。
いや、あのような小物殺すにも値せん。
我の邪魔をし、我の前に立つものを殺せばいい。あの男が我の前に現れたら、他に違わず殺せばいいのだ。
唯一の不安要素が真の極光を持つ者。
少なくとも現在この島にいる者で使えるのはただ一人だけ。
彼だけは万全の体調で挑まなくてはならない。
他の者であれば闇の極光を使えば防ぐ手立てはない。
249それぞれの求めるもの 4:2006/04/08(土) 23:27:53 ID:9gwgbWY4
瞳を閉じ、精神を集中させる。
先程戦いの音が聞こえたのは南東。音の聞こえ方から言ってかなりの距離になる。
数時間前まで同じ場所にいた彼等がそこまで移動したとは考えにくい。
と、なれば――。
ネレイドがその鋭い視線を真っ直ぐ南の方角に向けた。
「こちらか…」
明らかに、それも決して弱くは無い人の気配が無数に感じる場所。
ついでにネレイドには気にかかることがあった。
しばらく前から突然現れた不思議な力の集まり。晶霊か、それ以上の力を蓄えた力。
それは大いなる実りと呼ばれ、星一つ救う程の力を秘めたマナの結晶だった。
もちろんネレイドはそれを知る由も無いが。

その闇を帯びた表情に冷笑をのせ、ネレイドは歩き出した。



―――自分の世界を取り戻すために。



【メルディ(ネレイド) 生存確認】
状態:ほぼ回復
所持品:BCロッド スカウトオーブ、リバヴィウス鉱、C・ケイジ
基本行動方針:ネレイド…新たなる世界の創造
       メルディ…仲間の生存、心を壊さないようにする(全てはキールにかかっている)
第一行動方針:ネレイド…キールを殺す
       メルディ…首輪の解明
第二行動方針:ネレイド…器(メルディ)を壊さないようにする
       メルディ…脱出方法を考える
第三行動方針:ネレイド…不安要素を無くす(リッドを殺す)
現在位置:B3の森の中
250黒白転々 1:2006/04/12(水) 20:44:35 ID:PP87OPO0
城の南、黒々とした森の端に記憶喪失を偽証した少年、ミトスがいた。
右肩から左腕にかけて布で固定したその傷は今では大分調子が良い。
肉も神経も繋がっているのが分かる。戦闘には使えなくとも
日常的な行動には支障はない気がする。最も、あくまで繋げる事を
最優先とされた治癒術はミトスの体力を削っていた。
治療と体力回復は別物であるのは世の常だが
患者の体力を使って重傷をまずは接続する――成程、中々に優秀な治癒師だ。

「ま、それでも姉さまの足元程度って所か…さて。」
自嘲した後、まだ生きている右手で剣、ソーディアン・アトワイトを翳す。
発光する青。ミトスの目は少し細くなり、手にマナを込める。
様々な形、属性のマナをアトワイトに反射、透過、して晶術と魔術の
差異を検証しそこから晶術の発生理論だけを構築する。
未開の土地の知らない言葉を韻や抑揚などから意味を推し量るように。
「プロトコルは魔術と変わらないな…レンズとやらのエネルギーを
引き出して力に変換するのか?変換言語は…どちらかと言えば
魔科学のそれに近いか。出力の命令文は…ああ、精霊召喚と同じだ、
全く面倒な話だね。これじゃ確かに契約者、君達の言う所のマスター
として適合しないと全力解放は無理だ。とりあえずソースを…」
解析を進めながらアトワイトの状態を気遣う。高密度エネルギー体とはいえ
こうやって自身を揺さぶられれば嬌声の一つでも上げるかと思ったが
その素振りは一向に見えない。中々に気丈な女だ、悪くない。
251黒白転々 2:2006/04/12(水) 20:45:17 ID:PP87OPO0
幾つかの呪文を理解した所で草を踏む音が聞こえた。
すぐさまアトワイトを収めると、2人の少女がその場に現れた。
リアラとコレットである。
「あの…怪我、大丈夫ですか?」
リアラは恐る恐る尋ねる。ミトスは微笑を返して
「ええ、すこぶる快調です。治療をしてもらって、すいません。
…僕は貴方に危害を加えようとしていたらしいというのに。」
そういって沈痛な面持ちを作る。さり気なく‘らしい’を
強調することを忘れない。
「いえ…そんな…それはお互い様で…」
リアラは改めてこの少年と先ほど自分を殺そうとしていた人間との
差異を感じる。これは甘い、というより純粋だ、というほうが適当だろう。
「それで、あの、僕に何か…」
ミトスは恐る恐る尋ねる。質問の内容は分かっていたから
用意していた答弁を先に言ってやろうかと思ったが堪えた。
「…貴方は、コレット―この少女のことを知っているんですか?
知っているなら、この子に今何が起こっているか分かりませんか?」
「僕のいた世界ではその少女は再生の神子と呼ばれています。
マーテル教の教えには神子は試練の果てにそのような状態になると
言われていますが…ここはテセ、いや、シルヴァラントでは
ないですし…詳しい経緯を、教えていただけませんか?」

少年ミトスがこのとき得た情報はかなりの量になっている。
一言で言うならば「五人の素性、及びこのゲーム内での経緯」の
殆どである。無論リアラも他の四人からの又聞きであるわけで
情報の劣化は避けられないのだが。それでも純度85%といった所か。
252黒白転々 3:2006/04/12(水) 20:46:10 ID:PP87OPO0
その最後にミトスは驚嘆に値すべき情報を得た。
「…彼女が英雄ミトスと戦った?」
意味がわからない。記憶の空白が存在するというのか。
「はい…でも偶然ってすごいですね。同じ名前だなんて…」
精神の高ぶりを押さえ表面のコントロールに集中する。
「まあ、男の名前としてはありがちですからね。
それで…そのミトスを倒して…」
自分の喉下に指を添える。罵声と怒号が喉下で渋滞している。
「その後のことは教えてくれなかったんです。
とても素敵なことがあったって…」
コレットが天使化する前にリアラに話した自分たちの事、
即ち、ミトスを基準点と定めた場合の未来の情報。
全てが、ミトスの中で繋がった。条件を仮定して近未来をシュミレートすれば
有り得ない話ではない。空間的に異世界から来た人間が
これだけいるのだ。時間的に異世界から来ていてもおかしくない。
マーテルの存在とロイドがクルシスを知っていた事実がそれを
証明している。体が、熱い。
トレントの森でクラトスが解放…オリジン…デリスエンブレムの封呪…
「あの…大丈夫ですか?傷が開いたとか…」
リアラは動悸が早くなったミトスを気遣う。
(うるさい!!そんな言葉に何の意味がある!)
必死に表面のコントロールに集中し、何とか聞きたいことを纏める。
「その、クラトスが作った剣というのは?」
リアラはその質問の意図を良く考えずに、コレットとの会話を思い出す。
「名前ですか?えっと、確か…マテリアルブレード、だったかな?」
名前は違うが間違いない、エターナルソードだ。
E2黒、D2白、G3黒、取って、返され、更に奪い取る。
大事なのは隅だ、故にその周囲を打つのは愚考。
盤上の駒は唯々平等だ、違いなど無い。
ただ、どうしようもない白と黒の二面性がそこにあるだけだ。
ミトスに、戦略が浮かんだ。
253黒白転々 4:2006/04/12(水) 20:48:48 ID:PP87OPO0
ミトスは突然脱力したようにへたりと崩れ落ちる。
「大丈夫?」
ミトスのそばに駆け寄るリアラ。
「そいつから離れろ、リアラ!!」
「カイル!?」
そこに必然的に現れたカイル。リアラ以外はその存在に気付いていた。
カイルがリアラを引き離そうとその肩を掴み、
コレットがそのカイルの肩を掴み引き離す。
思わず尻餅を突いたカイルはリアラの目に小さく写る。
「ッ…お前!リアラに何をしようとした!」
「僕は…」「止めてカイル、一体どうしちゃったの?」
表面的な事象だけに目を向ければ、いじめっ子からいじめられっ子を
守る少女といった構図だろうか。
「カイルと戦ったってことは分かってる。でもこの子だって
好きで戦ったわけじゃない。それはカイルも知っているでしょう?」
平時ならばリアラの説得は正しい。
「でもこいつは!」
「信じること、信じ続けること、それが本当の強さだって、そう言ってくれた
のはカイルでしょう?カイルが信じてあげなきゃ、ね?」
カイルは何も言わずに、城に踵を返した。
口喧嘩に負けて手を出さないあたり、さすがに孤児院のチビたちよりは
無駄に人生を生きてはいない。ミトスは2人の馴れ初めを知らないため、
この状況に不自然を感じるのを禁じえなかった。
254黒白転々 5:2006/04/12(水) 20:50:03 ID:PP87OPO0
城に全員が集まった後、ミトスは起きたスタンを含め
「こんな作り話はすぐに露見するという前提」で
インスタントな虚構を5人に伝えた。
まあ簡潔にまとめれば
早々と姉と合流できたミトスは
村のほうから聞こえた少女ファラの下へ向かった。そこには何人かの
賛同者が集い姉を旗手として団結していた。
そこに一人の剣士が現れる、顔がボロボロに腫れた剣士だ。
彼は姉の治療を受け回復した後すぐに本性を顕わにした。
自分の姉は剣士に人質に取られ脅迫した。
時を越える魔剣、エターナルソードを寄越せと。
自分達はそんなもの知らないというやいなや剣士は姉を屋外に連れ出した。
引きとめようとしたがそれは適わなかった。
仲間がいたようだが後ろから気絶させられ
誰が仲間だったかは分からない。
気が付くと自分を残して家には火が放たれていた。
命からがら脱出し、姉を見つけたときには
丁度剣士によって処刑が行われた所であった。
腹から血を噴出し絶命する姉、血飛沫の中で卑猥に笑う剣士。
そこからの記憶は無く、気付いたらこの場所にいた…ということだ。

「そのエターナルソードっていうのは?」
カイルはふいに尋ねてみる。その顔は誰から見ても不機嫌そうだ。
ミントが皆に説明する。時間と空間を操る魔剣。
魔王を倒す唯一の鍵。ダイヤモンドの契約。
そしてその剣に選ばれた剣士、クレス・アルベインの存在。
力を求めて魔剣を求める剣士…否定する材料が見当たらない。
255黒白転々 6:2006/04/12(水) 20:50:42 ID:PP87OPO0
「あなたとクラトスさんはどういう…?」
「僕の剣の先生です。昔…僕と、姉さんと、
クラトスと、あと一人、4人で旅をしていました。
クラトスは天使だったけど…ハーフエルフの僕達に優しくて、強くて…」
もし、リアラがクラトスの羽を見たとき、クラトスの自嘲、
クラトスが仕える人物の名前を知っていたなら、彼の計画はもっと
面倒で不自然なものになっていた。しかし、歴史にIf文は無い。
彼女がミトスの名前を知らないというのが方程式の条件だ。

そこにいたそれぞれの思惑を持ってその話を聞いていた。
憤慨する者、少年を憎悪する者、
剣士の存在を肯定できない者、少年の境遇に悲しむもの、
何を考えているか分からない者。
ミントとリアラは自身が知るクレスの差に戸惑うが
ここにクレスは存在しない。
リアラはコレットからの又聞きの話ではあるし
ミントもまた一度もクレスに出逢っていない。
ミトスの話以外に信じる根拠がない。
不安とは得てして時間と共に悪化に向かうものだ。

話が終わったとき少年は大粒の涙を流していた。
それの涙を受け止めたのはミント。抱きしめた手は少し震えている。
どうかあなたの言っていることが少しでも間違っていますように、と。
256黒白転々 7:2006/04/12(水) 20:51:58 ID:PP87OPO0
すこし羨ましそうな目をしていたのをリアラに見つかったスタンは
話題を変えるようにミトスに質問する。
アトワイトのことだ。その質問に対しミトスは用意していた答えを提示する。
この剣はとても強い力を持ってはいるが喋ったことは一度も無いと。
スタンは信じられなかったが、ミトスに剣を手渡され声をかけてみても
一向に帰ってくる気配はない。ディムロスとの出会っても会話が出来ないと
知って大分堪えたようだ。無論、アトワイトはスタンと通信できるし
他の四人とも可能ではあろう。しかし、アトワイトは完全沈黙を選んだ。
ミトスの思惑に協力はしない、しかしスタンたちの当面の安全のために
反逆は出来ない。軍人アトワイト・エックス衛生兵長が選んだ
最後の抵抗である。

「これからどうしましょう…」
地図を広げてリアラは頭を悩ませる。
先ず六人が考えたのは全員が聞き逃した放送の内容。
E2のC3の情報をつなぎ合わせた結果分かった死者はミミーを除いた計10人。
それぞれが複雑な顔をして頭を下げている。
「動くにしても留まるにしても禁止エリアが分からないと…」
そう言いながらも心ここにあらずと言った感じのミント。
「コレットは…聞いてないよね、多分。」
リアラが物言わぬ少女に声をかけた瞬間。コレットが2本指で
地図に向けて貫指を放つ。A3、E4、D1、C8と穴を開けてゆく。
「ちょ、コレ、キミ、俺の地図…」
突然自分の地図に穴を開けられたスタンを除いて、他の4人は地図に
書き込んでゆく。
257黒白転々 8:2006/04/12(水) 20:53:34 ID:PP87OPO0
ミトスは書き込みながら口から笑みがこぼれるのを堪えた。
(…これで確定したな。こいつの再生儀式担当は確かレミエル…
奴が死んで空白になったプログラムの矛盾を防ぐ為に
こいつはこの娘を仮に上位命令系統に定めた。
故に服従、こいつの命に関わる情報の公開を惜しまない。
ならばこの女さえいなくなれば、
命令系統の優先順位は天使の僕に帰属するはず)
ミトスはリアラから得た情報と先ほどの戦闘から得た事実を組み合わせ
結論付けた。ただのプログラムにしてはやけに必死にリアラを守ろう
としていたことが気にはなるが、プログラムエラーとして結論づけた。

実はミトスは晶術解析の時点ですでにアトワイトから
放送の内容を把握していた。それでも内容を他の連中に伝えなかったのは
疑われること以上に戦闘中に考察したコレットの推論を
確かめる為でもある。

ミトスはすっと立ち上がり、他の五人を見据える。計画を動かすためだ。
「すいませんが僕はそろそろ行こうと思います。
ミントさんには悪いですが、あんな奴にそのエターナルソード
とか言う剣を渡すわけには行きません。…本当なら姉さまの仇を
取りたいけど…きっと姉さまはそんなことはして欲しくないだろうし、
だからせめて、あいつらの思い通りにはさせません。」
彼らの性格を読みきった上で力強くはっきりと言葉を放つ。
「ダメです!まだ傷が…」
まず止めに入ったのはミント。傷の状態を直に知っている分止め
に入るのが早い。ミトスは出来る限り自然に体調不良を演じる。
いや、体力が落ちているのだから演じる必要も無い。
「あなた達も早くここを離れた方がいい。もしかしたら
僕の口を封じるためにあいつらが南下してくるかも…」
258黒白転々 9:2006/04/12(水) 20:55:00 ID:PP87OPO0
そこで一人の剣士が間に入った。
ミトスにとっては唯一の誤算といっていい。
「よし、じゃあ俺が残ろう。」
「父さ、スタンさん!?」
スタンが割って入り、カイルが驚きの声を上げる。
「G3に洞窟がある。皆はそこに行ってくれ。
半分はバルバトスのせいで崩れちゃったけどもう半分に隠れれば
暫くは持つ。それまではここで時間を稼いでみるよ。」
アトワイト以外の誰もがスタンを見ていた。
アトワイト以外の誰もがミトスの口元に気が付かなかった。
「危険すぎます!」
リアラとミントが口をそろえる。スタンは笑顔で答える。
「大丈夫だって。もうすっかり骨折も良くなったし、
夕方の一件も寝てばっかでてんで役に立たなかったしさ〜。それに…」
突然スタンの表情が真剣そのものになる。語気に怒気が混じり始めた。
「俺もミントから聞いただけだからクレスさんって人が
どういう人かは分からない。でも、もしそいつらがあいつを、
ジョニーを殺したって言うなら…一発殴ってやらなきゃ気が済まない。
場合によっては、斬らなくちゃならないかもしれない。」
カイルがすくっと立ち上がる。
「…スタンさん、俺も残ります。」
「カイル!?何を言って」「リアラには関係ないだろ!」
突然の怒号にリアラは一瞬フリーズした。
よほど想定外のことだったのだろう。
「…ごめん。でも、俺も、スタンさんと同じ気持ちなんだ。
あんな心のこもった声が聞こえたのに、そんなことが起こったのは、
なんか、こう、悔しいんだ。」
無論カイルの発言には嘘はない。しかし本当のことも言っていない。
カイルのボキャブラリィに嫉妬という単語が無かった。
いや、その感情は嫉妬というには余りに幼いものだ。
「…ありがとう。カイル君。」
少しだけ危うさを感じたが、背中を預けられる人間がいるのは心強い。
スタンはカイルの行動を肯定的に捕らえた。
259黒白転々 10:2006/04/12(水) 20:56:11 ID:PP87OPO0
「じゃあ僕も残ります。僕もこの剣で回復が出来ますから。」
ミトスはタイミングを計って口を開く。勿論ここに残る気は毛頭無い。
「君はダメだ。もし相手がクレス達だったら君は冷静にはいられないだろ?
どの道この会場内じゃ戦闘中の治療は殆ど意味が無い。
君はミントとリアラを守ってやってくれ。」
「それは…分かりました。」
ミトスがおとなしく引き下がってくれたことにスタンは満足そうな笑顔を見せた。
「ありがとう。ミントとリアラを守ってやってくれ。」
「分かりました…でもどうか気をつけて下さい。
相手はどんな顔をして入り込んでこようとするか分かりません。」
あくまで敵の存在をアピールすることを忘れない。
「気持ちだけ受け取っておくよ。やっぱり最後まで信じてみたいんだ。
じゃあ、君達は行ってくれ。日の出まで誰も来なかったら、
僕達もそちらに向かう。朝ごはんを作って待っていてくれ。」
様々な気持ちの中、6人は意思を確認しあう。
「じゃあ今すぐに…」

「あの、すいません。最後に、クラトスに挨拶させてください。」
ミトスは申し訳なさそうな表情を繕った。
260黒白転々 11:2006/04/12(水) 20:56:49 ID:PP87OPO0
ミトスは城跡、凹状の元拷問部屋にいた。
じいっとクラトスの遺体を見ている。
上を向いて空を見上げているかのような穏やかな笑顔。
まるで生きているように見える。
天使化したまま死んだため、死後硬直が殆ど無いのだ。
『何であんな嘘をついたの?』
「静かに」
ミトスは耳を済ませる。他の連中は城の端で何かを喋っているようだ。
羊皮紙を取り出して筆記を始める。首輪ではなく、コレットへの対策だ。
同時に自身の戦略を完全に構築する為である。
『…よく出来ていただろ?本当だったら洞窟への誘導も
僕がするつもりだったけど、手間が省けた。追い風が吹いているね。
正直、甘っちょろいやつらばかりで助かった。それなりに頭も働きそうな
あの紛い物も僕の話どころじゃなかったし…
タイミングが良かったとしか言いようが無い。』
『あんな嘘すぐにばれる。C3を生き残った人たちを
あの人たちと戦わせるつもりでしょうけど…そんなのできっこないわ』
アトワイトは小声でミトスを牽制する。
『うん、多分そうだろうね。あの殺人鬼も仲間がいる可能性は高いから
もしかしたらそっちが来るかもしれない。勿論誰も来ない可能性もある。
でもそれ以上にロイドやリッド達が来る可能性のほうが高い。消去法だね。
僕が動くには真相を知っているあいつらが邪魔だ。
出来ればここで消しておかなければならない。』
いや、この時点で既にその可能性をミトスは除外していた。
『でもスタンもカイルも説得されるかも知れないし
向こうもこの作り話を聞けば僕の意図に気づくだろう。
でもそれはたいした問題じゃない。』
『どういうこと?』
261黒白転々 12:2006/04/12(水) 20:57:38 ID:PP87OPO0
ミトスはにんまり笑ってペンを走らせる。
『過程に価値は無いんだ。殺し合いをしてくれれば一番嬉しいし
殺人鬼が出張ってきてくれれば二番目に嬉しい。
でも、重要なのは結果だ。あの二人を引き離したという結果だ。』
その凹状の元拷問部屋は風は無くて、とても冷ややかで。
『僕が黒に仕立てたコマは恐らくすぐにひっくり返って白になる。
でも、彼女を殺せばあいつは必ず黒になる。
後は勝手に挟まれてみんな黒になるんだ。』
上を見上げた。天には星。しかし星を掴んではいけない。
隅を取られてしまうから。
『もうエターナルソードの入手の目処は立ったから
僕が犯人だということは露見してもいい。いや、寧ろ露見するべきだ。
でも今すぐにばれては不味い。だからもう少し時間は稼いでおこう。』
ペンを片付けアトワイトを構える。標的は、師匠の首。
「僕の未来のお前は息子を選んだみたいだよ?
裏切り者クラトス、お前の首級を以って夜会を開幕としよう。」
首を、刎ねた。しかし血は噴出しない。
天使化したまま死んだため、血液の流動がほとんどないのだ。
すぐさま首を元の位置に戻し切断面に折れた羊皮紙を仕込む。
‘魔剣を持って、追って来い。僕は、いつでも待っている’
(ロイド、ロイド・アーヴィング、願わくば君がここに来ますように。
これは僕からのささやかな招待状だ。)
アトワイトを翳す。首の周りの血液が凝結し、首が固定される。
遠目から見る限りにはただの死体に見えるであろう。
しかし時間がたてば元々凍りにくい血液は解けて首は落ちる
余りにもチープな時間差トリック。
ほんの1時間、気付かれなければそれでいい。

ミトスは手に付いた血を処理しながら最後の未処理の問題を吟味する。
(あの紛い物はどうしようか?殺してもいいけど、ひょっとしたら
殺人鬼の撒き餌くらいにはなるかも…まあ、後で考えようか。)
風は吹かない。ここで終わり、ここから始まる。だから吹き溜まり。
「さあ、彼女達のところへ戻ろう。ここは寒い。」
262黒白転々 13:2006/04/12(水) 20:58:42 ID:PP87OPO0
「お待たせしてすいません。」
ミトスは深々と彼女達に礼をする。
「気にしないで下さい。そんなに待ってないですから。」
ミントはそういったが、やはり心はここにあらずといった感じで。
「あの、やっぱりカイルさんに挨拶した方がいいんじゃ…?」
おずおずと尋ねるミトスに、リアラは少しだけ憂いた表情を見せて
「…いいんです。カイルも疲れているんだと思います。
明日また会ったら、きっといつものカイルに戻ってますから。」
リアラは乾いた笑顔を作る。
「そうですか…分かりました、それまではあなた方は絶対に
僕が守りますから。」
ミトスは精一杯虚構を保つ。早くこの臭い三文芝居を終わらせたい。
まるで大昔の自分をを見ているようだ、と分析した。
「ありがとうございます。」
コレットが北を向いた。相変わらずその意図は分からない。
コレットだけが、北に小さな炎を見た。魔術師の焔、そして誘蛾灯。
「さあ、行きましょう。街道は危険ですから、
真っ直ぐ南の森を進んで、突っ切ります。」

(さあ、今打てる手は全て打った。
僕を追って来いロイド・アーヴィング。父の首を刎ねた僕を憎め!
僕を殺しに来いカイル・デュナミス。自分の女を殺す僕を恨め!
フランベルジュとエターナルリングの出会いはお膳立てしてやる。
憎悪に身を焦がし力を欲しろ。どちらでもいい。
エターナルソードを持って僕を殺しに来い!!)

その城跡には5つの死体があって、一つはナマス切りの血塗れで、
一つはボロボロで、一つは本当は首が繋がっていなくて、

一つは誇らしげに立ったまま死んでいて、
最後の一つは、両目が無いのに、とても歪んだ笑顔だった。
263黒白転々 13:2006/04/12(水) 20:59:52 ID:PP87OPO0
【スタン 生存確認】
状態:ジョニーを殺した相手への怒り
所持品:ディフェンサー ガーネット オーガアクス
第一行動方針:南下してくる敵の迎撃
第二行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡

【カイル 生存確認】
状態:重度のジレンマ(ミトスへの嫉妬) 苛立ち
所持品:フランヴェルジュ 鍋の蓋 フォースリング 
ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:南下してくる敵の迎撃
第二行動方針:リアラを守る
第三行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第四行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡

【コレット 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視)
所持品:銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲(残弾0)  苦無(残り1)
基本行動方針:防衛本能(自己及びリアラへの危機排除)
第一行動方針:修復まで待機
現在位置:E2城跡

【ミント 生存確認】
状態:TP75% 重度のショック
所持品:ホーリィスタッフ サンダーマント
第一行動方針:G3洞窟に移動
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ
264黒白転々 15:2006/04/12(水) 21:01:48 ID:PP87OPO0
【リアラ 生存確認】
状態:TP60% 衝撃を受けている 
所持品:強化ロリポップ 料理大全
フルーツポンチ1/2人分 ピヨチェック 要の紋
第一行動方針:G3洞窟に移動
第二行動方針:コレットを信じる
第三行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ  

【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP70% 左肩損傷(処置済み) 治療による体力の中度消耗
   全身軽度損傷 天使能力制限(一時的) 
   記憶障害の振り(カイルとの戦いを覚えていない振り)
所持品:S・アトワイト(初級晶術使用可能)、大いなる実り、邪剣ファフニール
基本行動方針:マーテル復活
第一行動方針:G3洞窟でリアラを殺しコレットを確保
第二行動方針:ミント・コレットをクレス殺害に利用する
第三行動方針:カイル・ロイドを復讐鬼に仕立てエターナルソードを探させる
第三行動方針:アトワイトが密告した可能性のある場合その人間を殺害
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ

*クラトスの首の中にメモが入っています。
時間がたてば落ちますし、近くで見れば簡単に分かる程度です。
265黒白転々 9(修正版):2006/04/17(月) 20:27:50 ID:f58UlLkH
そこで一人の剣士が間に入った。
ミトスにとっては唯一の誤算といっていい。
「よし、じゃあ俺が残ろう。」
皆が一斉にスタンのほうを向く。驚きを隠せない。
「G3に洞窟がある。皆はそこに行ってくれ。
半分はバルバトスのせいで崩れちゃったけどもう半分に隠れれば
暫くは持つ。それまではここで時間を稼いでみるよ。」
アトワイト以外の誰もがスタンを見ていた。
アトワイト以外の誰もがミトスの口元に気が付かなかった。
「危険すぎます!」
リアラとミントが口をそろえる。スタンは笑顔で答えた。
「大丈夫だって。もうすっかり骨折も良くなったし、
夕方の一件も寝てばっかでてんで役に立たなかったしさ〜。それに…」
突然スタンの表情が真剣そのものになる。語気に怒気が混じり始めた。
「俺もミントから聞いただけだからクレスさんって人が
どういう人かは分からない。でも、もしそいつらがあいつを、
ジョニーを殺したって言うなら…一発殴ってやらなきゃ気が済まない。
場合によっては、斬らなくちゃならないかもしれない。」
スタンの拳は強く握られていて、グローブをつけていなければ
爪が肉にかかっていただろう。

「じゃあ僕も残ります!僕も、あいつらを!!」
ミトスはタイミングを計って口を開く。勿論ここに残る気は毛頭無い。
「君はダメだ。もし相手がクレス達だったら君は冷静にはいられないだろ?
君はミントとリアラを守ってやってくれ。」
スタンは子供をあやすようにミトスを制する。
「それは…分かりました。」
ミトスがおとなしく引き下がってくれたことにスタンは満足そうな笑顔を見せた。
「待ってくれ。こいつは、ここに、残った方がいいと思う。
…回復が出来る奴も必要だ。アトワイトを持ってるんだから、
それくらい出来るだろ?」
カイルが口を開いた。誰が聞いても攻撃的な口調だ。
「いや、それはやめておいた方がいい。このゲームの中じゃ戦闘中の回復は
ほとんど意味がないし、魔剣というのを狙っているのなら
アトワイトを奪われる可能性もある。なにより、怪我人を守って戦える自信は無いよ。」
スタンは真剣な表情でカイルを、次いでミトスを見た。
「…でも、一人じゃ危険すぎます!!そうでしょう!?」
カイルはなおも食い下がる。故に、墓穴を掘った。
「うん、俺もそう思う。だから君に頼みたい。…俺と、戦ってくれないか?」
いつものスタンからは想像も付かないほどの眼光。
ミトスも含めて全員が固唾を呑んだ。
「初めて会った君にこんなことを言うのはとても失礼だとは思うんだけど、
でも、俺は、どこかで君に出会っているようなそんな気がするんだ。
君と一緒なら、何処までも戦える。あのバルバトスにも負けないと思う。
そんな気がするんだ…だから、俺に力を貸してほしい。」
スタンは一人の剣士として、一人の剣士であるカイルに協力を求めた。
その事実にカイルが嬉しくない筈は無い。
「でも、俺、リアラを…」
だからこそ、カイルの精神は大きく揺さぶられていた。
「私は大丈夫だから、ね?私、カイルを信じてる。」
リアラがカイルにやさしく声を掛ける。
父さんが、自分を頼ってくれている。
リアラが、自分を信じてくれている。でも、でも、
266黒白転々 10(修正版):2006/04/17(月) 20:28:51 ID:f58UlLkH
「でも!俺はこいつとリアラが一緒にいるのは嫌だ!!」
でも幾ら姉が殺されて、錯乱したからといって、 あの戦いで見せたあの眼は、
一朝一夕で出来るものじゃない。カイルはあの眼を、黒き洞穴を疑っていた。
怖れていた、というニュアンスでもいい。
「カイル、何を言ってるの?この子は」
俺を信じてくれるリアラがこいつを庇う。
「リアラもこいつに殺されそうになっただろ!!コレットがいたから良いものの、
もし居なかったら、居なかったら…!!」
カイルは吠えた。喚く子供のように。
「…カイル君。君の気持ちは分かる。
でも、君も、リアラも、こうして生きている。
信じること、信じ続けること、それが本当の強さだ。
それが無きゃ、英雄になんかなれっこないぞ?」
スタンが未来の息子に優しく諭す。
俺を頼ってくれる父さんがこいつを擁護する。
父さんは何を頼ってくれている。リアラは俺を信じてくれる。
でも、俺の気持ちを分かってくれる人は何処にいるんだ?
俺は、俺は、何なんだ?英雄って、何なんだ?教えてくれよ、誰か…!!
カイルは顔を上げてミトスを見上げた、まるで教えを請うように。
神に縋るように。しかしミトスの表情は、ただただ怯えているだけ。
「…分かりました。俺が、ここに残ります。」
カイルはそう言い残してふらりと仲間の元を離れた。
何も考えたくない。まずは敵を片付けよう。その方が幾分楽だと、
カイルは甘ったれた、甘ったれてしまった。

「カイルさん、大丈夫でしょうか…」
ミントは憂いた表情でカイルが消えた先を見つめた。
「大丈夫。すぐに立ち直るよ、俺が保障する。
ん?何で俺が保障するんだ?初めて会ったのに…まあいいや
それじゃあ君たちはすぐに向かってくれ。
グズグズしてると何が起こるか分からない。」
リアラしか明確な答えを知らない疑問に悩んだ後、
スタンは残りのメンバーに喚起を促す。
「分かりました…でもどうか気をつけて下さい。
相手はどんな顔をして入り込んでこようとするか分かりません。」
ミトスはダメ押しの忠告をする。
あくまで敵の存在をアピールすることを忘れない。
「気持ちだけ受け取っておくよ。でも、やっぱり最後まで信じてみたいんだ。
じゃあ、君達は行ってくれ。日の出まで誰も来なかったら、
僕達もそちらに向かう。朝ごはんを作って待っていてくれ。」
様々な気持ちの中、4人は意思を確認しあう。
「じゃあ今すぐに…」
「あの、すいません。最後に、クラトスに挨拶させてください。」
ミトスは申し訳なさそうな表情を繕った。
267黒白転々 13(修正版):2006/04/17(月) 20:30:03 ID:f58UlLkH
「お待たせしてすいません。」
ミトスは深々と5人にに礼をする。
「気にしないで下さい。そんなに待ってないですから。」
そういうミントの顔はやはりどこか物憂げで。
「アトワイトの晶術に関してはさっき教えたとおりだ。ミトス、3人を頼む。」
「分かりました。スタンさんたちが来るまでは、僕が。」
「本当か。」
言うや否や、カイルが剣を抜き、ミトスに剣を突きつける。
それに呼応して、ミトスもまた剣をカイルに突きつける。
「カイル!!」
「大丈夫。」
前に出ようとするリアラとそれを手で制するスタン。

「俺はお前を…信じる。信じるから…だから…!!」
俺を裏切るなと、言葉を殺意に、殺意を剣先に乗せる。
ミトスは少しだけ長い息をついて、
「ファーストエイド」
少しだけ微笑んで、少しだけ彼の外傷を癒す。
「…もしリアラさんたちに何かあったら、その時は、好きにして下さい。」
剣を退き押し黙って、次の句が見つからないカイルの
心中などミトスにとってはどうでも良かった。
間違ったことは言っていない、生理的な罪悪感は封印する。
「それじゃ、皆さん、行きましょう。街道は危険ですから南の森を直進します。」

さあ、今打てる手は全て打った。
僕を追って来いロイド・アーヴィング。父の首を刎ねた僕を憎め!
僕を狙って来いカイル・デュナミス。自分の女を殺す僕を恨め!
フランベルジュとエターナルリングの出会いはお膳立てしてやる。
憎悪に身を焦がし力を欲しろ。どちらでもいい。
エターナルソードを持って僕を殺しに来い!!

その城跡には5つの死体があって、一つはナマス切りの血塗れで、
一つはボロボロで、一つは首が繋がっていなくて、一つは立ったまま死んでいて、

(大事なものは自分の手元においておかないと、失くしてしまうよ?英雄?)

最後の一つは、両目が無いのに、とても歪んだ笑顔だった。
廃墟の古城で嵐が、嗤う。もうすぐ、あの時吹かなかった、嵐が、踊る。
268黒白転々 14(修正版):2006/04/17(月) 20:30:53 ID:f58UlLkH
【スタン 生存確認】
状態:ジョニーを殺した相手への怒り
所持品:ディフェンサー ガーネット オーガアクス
第一行動方針:南下してくる敵の迎撃
第二行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡

【カイル 生存確認】
状態:重度のジレンマ 苛立ち
所持品:フランヴェルジュ 鍋の蓋 フォースリング 
ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:南下してくる敵の迎撃
第二行動方針:リアラを守る
第三行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第四行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡

【コレット 生存確認】
状態: 無機生命体化 (疲労感・精神力磨耗無視)
所持品:銃剣付き歩兵用対戦車榴弾砲(残弾0)  苦無(残り1)
基本行動方針:防衛本能(自己及びリアラへの危機排除)
第一行動方針:リアラに付いてG3洞窟へ
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ
269黒白転々 15(修正版):2006/04/17(月) 20:31:25 ID:f58UlLkH
【ミント 生存確認】
状態:TP75% 重度のショック
所持品:ホーリィスタッフ サンダーマント
第一行動方針:G3洞窟に移動
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ

【リアラ 生存確認】
状態:TP60% 衝撃を受けている 
所持品:強化ロリポップ 料理大全
フルーツポンチ1/2人分 ピヨチェック 要の紋
第一行動方針:G3洞窟に移動
第二行動方針:コレットを信じる
第三行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ  

【ミトス・ユグドラシル 生存確認】
状態:TP70% 左肩損傷(処置済み) 治療による体力の中度消耗
   全身軽度損傷 天使能力制限(一時的) 
   記憶障害の振り(カイルとの戦いを覚えていない振り)
所持品:S・アトワイト(初級晶術使用可能)、大いなる実り、邪剣ファフニール
基本行動方針:マーテル復活
第一行動方針:G3洞窟でリアラを殺しコレットを確保
第二行動方針:ミント・コレットをクレス殺害に利用する
第三行動方針:カイル・ロイドを復讐鬼に仕立てエターナルソードを探させる
第四行動方針:アトワイトが密告した可能性のある場合その人間を殺害
第五行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し
現在位置:E2城跡→G3洞窟へ
270interlude -Stargazer'- 1:2006/04/21(金) 00:05:46 ID:6CtYtKwl
神聖の光により崩壊した城址は、深夜の寒々とした空気と同じように殺風景で、
遠い宙から届く赤と青の清光が、所々で微かな存在を保つ崩れかけの壁に影を作らせていた。
辺りは暗い。が、影は更に黒を増長させ、まるで深淵に続く穴ではと
一瞬の間でも思わせる程、黒々とした闇が特定の範囲を染めている。
そこに、カイルはいた。様々な方向に向く硬質の金髪は光に映えず、
光沢を失った鈍い金髪は闇に溶けかけていた。
血色のよい、健康優良児の鑑のようなやや浅黒がかった肌は、夜と影の黒でくすんで見える。
光彩を遮られた瞳に星は宿っていない。濁りのない、しかし明暗もない
原色の青い瞳は、ただ一点の方向に向けられている。
南、厳密に言えば南々東、即ちG3である。
脆い、しゃがんで何とか自分を隠す程度の高さの壁に寄り掛かる。ぱらりと小さい音が聞こえる。
壁に寄り掛かったのは敵から身を隠す為(北からはカイルの姿は壁に隠れ見えない)と、
ただ単に丁度そこに壁があったからだ。何かに自分を委ねたかったのかもしれない。
微弱な風が吹き、髪を撫でる。視界を邪魔する。
「カイル君、寝なくても大丈夫かい?」
271interlude -Stargazer'- 2:2006/04/21(金) 00:07:47 ID:70Y/TR5I
そこに現れたのはスタン・エルロン、若かりし姿の父。
現在、いや昔? とにかくカイルの記憶にあるスタンよりは髪が長く、
やはり若くて、それでも父という感情は強かった。
ただ今も昔も変わらない朗らかな笑みをたたえている姿は、少し羨ましかった。
今の自分に笑う心の余裕はない。だから、父相手なのに精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「・・・はい、大丈夫です。あ、あと俺のことは呼び捨てでいいです」
「そうか? じゃあカイル、俺も敬語じゃなくていいよ。何か慣れなくてさ」
思わぬ申し出に一呼吸おいて、分かりましたと答えた直後に、分かったと訂正した。
そうして、父は夜空を仰ぐ。
見たことのない羅列の星々は、あ、あれメロンみたいだ、あっちは七面鳥かなあ、と
あらぬ星座を想像させ食いしん坊スタンの食欲を更に駆り立てる。
端から聞けばどんな家庭事情なんだと何だかわびしくなってくる。
我が父ながら、と思いつつも、自らも旅の始めで所持金が少ない頃は様々な星を組み合わせては、
パンだのオムライスだの言ってロニを呆れさせていたから、一概に言えない。
──義兄であり親友のロニ・デュナミスは、もうここにはいない。きっと元の世界にもいない。
272interlude -Stargazer'- 3:2006/04/21(金) 00:09:17 ID:70Y/TR5I
駄目だ。悲しいという感情は湧いてこない。今あるのは、怒りにも憎しみにも似た釈然としない苛立ちだけだ。
その感情は自ずと顔に出て、険しい表情になる。
それを知るスタンはカイルの気を少しでも紛らわそうと、暗がりにいるカイルの隣に座り、卒然と話し始める。
「星が綺麗だな〜。リーネの夜空を思い出すよ。あ、俺の出身って田舎だからさ、その分空気が澄んでて星がよく見えて・・・」
ほら、無駄な明かりもないだろ? そういやじっちゃんやリリスは元気かなあ、と繋げて呟く。
何の反応もしない。
「君も1回見てみろよ。結構気持ち落ち着くもんだぞ」
もう1度。が、やはり何の反応もしない。
諦めか呆れか、そんなものが篭った溜め息をついて、カイルの方へ向き直る。
「・・・寝てた間に何があったか知らないけど、君、少しは落ち着きなよ?」
落ち着く、という言葉が今のカイルに相応しいのかは分からなかったが、他に当て嵌まる言葉もなかった。
声色は至って真剣そのもの。咎めにも似た父の言葉に乗るようにして、やっとカイルも口を開く。
俯き加減の顔に更に影が落ちる。
273interlude -Stargazer'- 4:2006/04/21(金) 00:10:50 ID:70Y/TR5I
「俺は・・・ミトスのことが分からない。あいつは絶対危険だって本能が言ってるのに、でも心のすっごい隅に、信じようとする自分もいるんだ。
 リアラをミトスと一緒に行かせてよかったのか、信じてるのか信じてないのか、信じたいのか信じたくないのか・・・」
スタンは押し黙った。やはりカイルの主張はミトスのことだった。
「姉を殺され混乱していた可哀相な少年ミトス」しか知らない、
その悲しみと怯えの裏に狂気を隠していることなど少しも知らないスタン。
先程まではミトスを庇っていたスタンが、真剣な面持ちで少年を見ていた。
「これから君が取る道は2つある」
そうして、スタンはかつて治癒の説明の時にミントがしたように、人差し指を1本立てる。
「1つはここに残って南下してくる敵と戦う」
そして、中指が加わる。
「もう1つはここを離れてG3の洞窟に向かう」
カイルの表情が一気に変わった。
輝きともショックとも取れる驚愕が顔に広がり、無言で、いや言葉も出ずスタンの方へと向いた。
274interlude -Stargazer'- 5:2006/04/21(金) 00:12:57 ID:70Y/TR5I
「君はリアラ達を心配してるんだろ? なら、無理に戦わせはしないよ。そりゃ頼りにしてるし、
 残って欲しいって言ったのは俺だし本心だけど、君の考えを無視してまで無理強いするつもりもないし。
 ただ、俺はここに残るし、ミトスを信じてる」
心が躍った。
やっと俺の気持ちに気付いてくれた。やっと俺の言葉に耳を傾けてくれた。
カイルは心から嬉しくなった。そうだ、ミトスは危険なんだ。今もリアラが危機に瀕しているかもしれない。
だが──父らしい最後の言葉が、階段を全速力で駆け登るカイルに歯止めをかける。
「あなたは・・・あなたは1人で戦うつもりですか!? そんなの無茶だ!」
「無茶だとは自分でも承知してるよ。でも、君が去るなら仕方ない」
思わず立ち上がり、勢いで腕を横に振るう。しかしカイルの動揺に動じることなく、スタンは静かに首を横に振る。
酷な提案だった。
つまりは、大切な人であるリアラと、父であるスタンのどちらかを選べというのだ。
リアラを選べば、父は残虐非道を尽くす、クレスという人達と1人で戦うかもしれない。
父を選べば、リアラはあのミトスに殺されるかもしれない。
275interlude -Stargazer'- 6:2006/04/21(金) 00:14:21 ID:70Y/TR5I
どちらも、助けを期待出来る人や勢力はある。だが、期待はあくまで期待で、実現するかどうかなんて分からない。
天秤に、大き過ぎて乗せられないものを無理にでも乗せて計れ、と言っているのと同じだ。
しかも2つ。壊れるのは計る方に決まっている。

──駄目だ・・・駄目だ、そんなの! 2回も父さんを失うなんて・・・!!

最後の1段は高い。
「正直言えば、信じて欲しいんだよ。ミトスのことを」
そしてまた父はミトスを庇う。
英雄は狂奔する少年を信じる。
それがカイルを階段を昇るのを躊躇わせる。
そこまで、ミトスは信用に足る人物なのか? 彼の言葉は本物なのか?
それなら、全てを失うことが、英雄への道? それなら、まずどちらかは失わなければいけない?
片方は既に失い、片方は失うことを選んだ。
どちらもとっくに失ったも同じだ。
「・・・1つ、聞かせて」
はっきりとした口調。
「全てを失うことが英雄になることに繋がると思う? 全てを失った人の果てが、英雄だと思う?
 英雄って、何?」
堕ちた英雄の台詞。スタンが知らないミトスの本質。
目を大きくしてカイルを見つめる。向こうの瞳は真っ直ぐで、しかし救いを求めるような真摯さが胸を締め付けた。
276interlude -Stargazer'- 7:2006/04/21(金) 00:16:11 ID:70Y/TR5I
もし今のカイルが元の世界にいたら、ひょっとしたら幸福をもたらす神フォルトゥナを求めているかもしれない。
青空の引き込まれるような目が、スタンを引き付けて離そうとしない、離せない、離したくない。
「どうなんだろうな」
声色は真剣。体を起こして立ち上がり、1歩2歩と進む。
父の背中は広かった。
「自分じゃあんま自覚ないけど、俺、元の世界じゃ英雄って呼ばれてるんだ。世界を救った英雄、ってね。
 でも俺は・・・気付いたら、そう呼ばれていた。別にそうなろうとかじゃなくて、大切な人達を守りたいと思って戦っていたら、英雄っていう肩書きがついていた」
誰に語っているのか、迷える少年の方には向かず、広がる荒れ地を視界に含めて
1つ1つの言葉を噛み締めるようにして話していく。
カイルは黙していた。何も言ってはいけない、そんな不思議な侵し難い雰囲気が夜の城跡に形成されていた。
「失ったものもあるけど、全ては失くしてない。
 だから・・・それぞれなんじゃないかな。英雄って言葉1つ取ったって、大勢の人を救った英雄、
 君が憧れるような誰か1人の英雄、色々いる。歴史の表舞台に出ない、名もなき英雄とかもね」
277interlude -Stargazer'- 8:2006/04/21(金) 00:17:39 ID:70Y/TR5I
一字一句が体に染み込んでいくのが分かる。
仲間として、父として、英雄として、様々な意味を持つ言葉がカイルの耳に届いては、
爪先まで行き渡り体を駆け巡って頭に行き着く。
がん、と後頭部を殴られるのに似たような感覚があるのに意識ははっきりとしていて、
体の芯が熱くも冷たくも感じて、その存在をくっきりと感じた。
「同じ様に、失ったからこそ・・・英雄になれた人もいるのかもしれない。
 俺は会ったことないけど、君がそんなこと言うんだから、そういう人もいるんだろうな」
その英雄が失ったものは何か。
地位、名誉、信頼、金、家族、友人、恋人、同僚、仲間、世界、自分。
何を失い、何を救ったのだろうか。
「あ、これだけは答えられるよ」
急に声を明るい声質に変わり、振り返る。
運命の英雄の顔に月光がかかった。
「英雄は多くでも、1つだけでも、かけがえのない何かを守れる人のことだ。だから、難しいんだよ」
一陣の風が吹く。やけに夜風は冷たかった。
なびく髪に見え隠れする真剣な表情は英雄という名そのもので、碧眼がカイルを射抜く。
動けない。指先でもぴくりとも。威圧感に似たものが押さえ付ける。
──父はこんなに近くて遠い存在だったのか。
278interlude -Stargazer'- 9:2006/04/21(金) 00:19:21 ID:70Y/TR5I
「・・・俺、残ります。あなた1人で戦わせる訳にはいかない」
カイルは先程まで無愛想な顔をしていたとは思えない程の、スタンと同じ真剣な表情になっていた。
苛立ちも消えていた。いや、一時的に鳴りをひそめた、と言った方がいいかもしれない。
スタンは嬉しそうに笑って、ありがとうと頷き答えた。
カイルも笑って頷いた。

今の落ち着いている間に考える。
俺はまだ、本当の英雄じゃないんだ。
まだ失っていないから。本当に信じていなかったから。
それでも俺は守らなくちゃいけない。
かけがえのないものの1つ、スタン・エルロンを。
父を再び凶刃にかけさせる訳にはいかない。まだこの人は死んでいい人間じゃない。
その人に近付く為に必要なこと。
信じること、信じ続けること、それが本当の強さだ。
父さんは最初から信じていたんだ。
信じ続けていたから、あんな強い決断を出来るんだ。
だから信じよう。信じるしかないんだ。
リアラ、どうか無事で。
コレット、ミントさん、リアラを守って。
ミトス、リアラを傷つけないで。

「凄いな、やっぱり」
そう呟いて、聞こえていたのかスタンは微かにはにかんだ。
279interlude -Stargazer'- 10:2006/04/21(金) 00:21:27 ID:70Y/TR5I
「ありがとう。でも、そんなことないさ。俺、いつ殺し合いが起きるかってヒヤヒヤしてるんだから」
そしてまた、夜空を仰ぐ。
相変わらず星は地上で闘い続ける、闘い果てた人々のことなどお構いなしに、煌々と輝き続けている。
綺麗なのに冷たく残酷な気がするのはそのせいだろうか。
「俺の知人はもうほとんど死んだ。ついさっきまで生きてると思ってたジョニーも死んでた。
 ルーティにマリーさん、ジョニーに・・・この城にいる、闘技場で戦ったコングマンもか」
体を後ろに反らし、ぽっかり開いた口を見る。姿は見えないが、
その瞳は奥に誇り高く立つ獅子を確かに捉らえているのだろう。
「マリアンさんも首輪が爆発したって・・・リオンは・・・」
何か言いかけて、口は結局開かれなかった。
リオンの真実を知っている1人だ。故に、何度も運命に翻弄される彼を心苦しく思っているのかもしれない。
「無意識に笑って自分を落ち着かせようとしてるのかもしれないな。案外」
さっきまで座っていた場所と同じ所に戻り、今度はその場に寝っ転がった。
大量の血を吸ってきたこの大地は、温かいのだろうか、冷たいのだろうか?
きっと冷たい。死んだ人の体のように。
280interlude -Stargazer'- 11:2006/04/21(金) 00:22:54 ID:70Y/TR5I
スタンはそこに体を直に触れさせて、死を改めて実感しようとしているのかもしれない。
それとも、人は死ねば星になるというから、この空の何処かにいる仲間達を探している?
「俺も・・・大事な親友が死んじゃった。小さい頃から孤児院でずっと一緒だったけど・・・」
隣に座り込み、カイルもまた星を見上げながら語る。
「何でこんなことになったんだろうな。何で・・・こんなことをするんだろう」
腕枕をして転がるスタンに、分からない、とカイルの首は左右に揺れて答える。
「今だけは・・・」
ぽつり。
「今だけは、いつもみたいな話をしたい。忘れちゃダメだけど・・・今だけは、忘れたい」
ぽつりと。
同じ空を見つめて、カイルはささやかな1つの願いを叶えようとする、自ら。
「俺、ずっと憧れてる人がいるんだ」
カイルの声は大分明るかったが、作為的でもあった。
それを知ってか知らずか、スタンは唐突な話題に驚きつつも、うんと相槌を打ちながら聞く。
「その人はすっごく強くて・・・力も、心も・・・俺はその人みたいになりたい、ってずっと背中を追い掛けてきた。
 俺の中で、その人は英雄なんだ」
もちろんその人は普通に英雄って呼ばれてるんだけどね、と付け足す。
281interlude -Stargazer'- 12:2006/04/21(金) 00:24:16 ID:70Y/TR5I
「ずっと、どうすればなれるんだろう、って思ってた。
 でもその人はすぐ近くにいなかったから、聞けなかった」
そして顔をゆっくり寝転ぶスタンへと向ける。
何も言わない。沈黙が語る。でも、声が小さすぎて伝わらない。
だから、声に出す。
「あなたですよ」
意味が把捉出来ない、といったようにスタンはカイルを見返す。
「俺が憧れてる英雄はあなただ、スタンさん」
突然のカミングアウト。
スタンは目を大きくして、恥ずかしげに頬をかいた。
何を言おうか、迷ったあげくの次の句が、
「俺の冒険の始まりは飛行竜に密航したことだったなあ」
だった。
いきなり? とカイルが言うと、だって普通の話がしたいって言ったのは君だろ?
とスタンは体を起こし、困ったように微苦笑を浮かべながら言った。
「家出同然だった。帰ったらリリスに怒られるから帰るもんか、って感じだったよ」
まあ案の定帰ったら怒られたけど、と一言。
「そこでディムロスに会ったのが全ての始まりだった。
 それからウッドロウさんに会って、ルーティ達に会って・・・
 あ、ルーティはトラップに引っ掛かっててさ、助けに行ったんだよ」
当時のことを思い出してか、思わず失笑するスタン。
282interlude -Stargazer'- 13:2006/04/21(金) 00:26:20 ID:70Y/TR5I
どうやら父と母の出会いは戯曲や小説と違って、あまりロマンチックではなかったらしい。
「それからリオンに会って、そういや電気が流れるティアラ着けさせられたりしたな。これがまた凄くてさ〜」
スタンはまだ笑っていたが、これにはカイルも笑った。
父がティアラを着けている姿が想像つかなかったし、つかないのは着けてもどうせ似合わないからだ。
当のスタンはそんな理由など知りもしない。
「それで神の眼を見にストレイライズ大神殿に行って、そこでフィリアに会ったんだ。
 神の眼は盗まれてて、それで俺達は神の眼を追って旅を続けて・・・って、何か一方的に話しちゃってるな。ごめんごめん」
ううん。もっと聞きたい、と答えるカイル。
そっか、と嬉しそうに答えるスタン。
遠くから見れば兄弟に見えるかもしれない。スタンもそんな風に見ているかもしれない。
だが、カイルにとって目の前にいるスタンは、今までの人生の大半を一緒に過ごせなかった、父その人だった。
深夜の城址という似つかわしからぬ舞台の、声量の小さい賑やかな間奏家庭劇の観客は、夜空と瓦礫だけだった。
283interlude -Stargazer'- 14:2006/04/21(金) 00:28:04 ID:70Y/TR5I


空に瞬くは満天の星空。
その中に1つ、きらり流れる星を探す。
願いを叶える、奔星とも呼ばれるそれは希望の象徴で、だからそんなものはこの世界にはなくて。
それでも探す。探して、願いを唱える。
それはあまりにも悲しく少年らしい夢です。
どうか、どうか。
楽しかった日々を返して下さい。
いつもの日常を返して下さい。
来る筈だった明日を返して下さい。
一瞬でもいいから、夢でもいいから。
父さんと母さんとロニと孤児院のチビ達とリアラとジューダスとナナリーとハロルドと沢山の人達と、
みんなと過ごし過ごす日々を、返して下さい。



「・・・泣いてるのか?」
何処まで話しただろうか。
不意に見たカイルの大きな青空の瞳から流れたのは、小さな流星。
つうと頬を伝う水の軌跡が、すぐに消えない流れ星の存在を証明していた。
その言葉にはっとして、カイルは目元をごしごしと腕で擦った。
「な、泣いてなんかない! 泣く訳なんか」
「いや、泣いてるだろ。今は変に無理しない方がいい」
行動の手順が逆だった。そう言ってから拭った方がまだ説得力があったかもしれない。
変えた所で生じる変化など皆無に近いが。
284interlude -Stargazer'- 15:2006/04/21(金) 00:30:37 ID:70Y/TR5I
あっさり真実を指摘されたことに言葉を詰まらせたのか、その代わりに頭を己の両腕に埋めて顔を隠蔽する。
「・・・ゲームに勝ったら、また皆と会えるのかな・・・母さんやロニを蘇らせられるのかな・・・
 もし皆が死んだら・・・父さんが死んだら・・・」
しばしの沈黙の後に訪れた告白は、彼の本心だった。
顔を塞ぎ込ませたまま、会えなくなってしまった人との再会を願い、会えなくなってしまうかもしれない人達を想う。
ここでスタンは悲痛に襲われると共に、1つの疑問を抱いた。
「母さん」とは誰のことなのか? まさかこのゲームに彼の母親が参加している?
しかし、母親らしい年齢の人物は名簿を見る限りいない。カイルくらいの年齢なら最低でも30以上の筈だ。
そういえば彼は孤児院出身だというから、ひょっとして亡くした母親も
復活出来ると思っているのではないか──そうスタンは結論づけた。
神の眼を破壊したことで崩壊した地殻は、地上に落下し数多の人々の命を奪った。
その際、親を失い孤児になった子供も多くいたという。彼もその内の1人なのかもしれない。
そして、まだ何処かで生きる「父さん」までをも失ってしまうのではないか、そんな錯覚に陥り憂いているのでは。
285interlude -Stargazer'- 16:2006/04/21(金) 00:33:43 ID:70Y/TR5I
ミント達と別れる前のカイルの激情、先程までの悩み様、今の泣く姿、
カイルの思考がこの悪きゲームにより錯乱し始めているのでは。
ひょっとして俺はこの子の気持ちを弾圧してしまっていたのでは、
俺もカイルを追い詰めていたのでは、そう思ったからさっきはあんな質問をした。
1度は収まったかと思ったが、ミトスに対する混乱の余波はまだ続いているのだ。
この子の気持ちは、何処にある?
「何でだよ、何でだよぉっ・・・」
そう考えている間にも、カイルの口から鳴咽が漏れ始めている。かける言葉を模索しても見つからない。
せめて気持ちを落ち着かせようと、ぽんぽんと頭を叩いた。
「今の俺があるのは出会ってきた人達のおかげだと思うんだ。仲間とか敵とか関係なしにね。
 その自分を作り上げてきた要素が消えてくんだもんな・・・悲しいし、崩れるのは仕方ないよな」
積み上げられた物は、根本を取ってしまえばいともたやすく崩れる。かつてこの地にあった城のように。
構築の主軸だったのなら尚更だ。
時には揺らぎながらも保つことはあるが、少し衝撃を加えてしまえば、やはり崩れる。
安定するのには多少の時間が必要なのである。尤も、時間を置いて崩れる場合もあるのだが。
286interlude -Stargazer'- 17:2006/04/21(金) 00:35:09 ID:70Y/TR5I
「でも、俺はまだここにいる。まだ仲間が生きてるからとかじゃない。
 こう・・・何ていうかな、ありきたりだけど、俺の中にいるんだよ、うん」
それを支えるのは何か、と聞かれれば、物理学で言えば作用点にかかる力、精神論で言えば心の強さ。
なだめる英雄にあるもので、泣きじゃくる英雄にまだ少し足りないものである。
「・・・やっぱり、凄いよ」
カイルは小さく呟く。
「強いよ。俺はそこまで・・・まだ強くない。父さんの方が、沢山の仲間が死んでるのに、父さんはこうで・・・俺はこう」
「父さん」という単語に多少困惑したが、自分を父親と重ねて見ているのではないか、それなら納得も出来た。
なら、本当の父親ではなくとも、せめて今だけは彼の父親らしくいよう。そう思った。
「俺、決めてるんだ。泣くなら、帰ってから思いっ切り泣くって。
 ・・・でもそれは俺の話だからさ、泣いてもいいと思うよ。少しの間でも、誰かの為に泣くのって大事だと思うし」
何も言わず、啜り泣く音だけが聞こえる。伏せる奥の顔には、辛苦の表情が広がっているのだろう。
それを思うだけで、自然と己の心も痛む。また頭をぽんぽんと叩く。
咽びが混じり始め、やがて幼い慟哭が城一円に響き渡った。
287interlude -Stargazer'- 18:2006/04/21(金) 00:36:38 ID:70Y/TR5I
【スタン 生存確認】
状態:ジョニーを殺した相手への怒り カイルへの同情
所持品:ディフェンサー ガーネット オーガアクス
第一行動方針:南下してくる敵の迎撃
第二行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡

【カイル 生存確認】
状態:ジレンマ 潜在的な苛立ち  悲しみ
所持品:フランヴェルジュ 鍋の蓋 フォースリング 
ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:泣く
第二行動方針:南下してくる敵の迎撃、スタンを守る
第三行動方針:リアラを守る
第四行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第五行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡
288interlude作者:2006/04/21(金) 16:35:56 ID:70Y/TR5I
いくつか間違いがありましたので、修正させて頂きます。

4
×「1つはここに残って南下してくる敵と戦う」

○「1つはここに残って南下してくるかもしれない敵と戦う」

6
×どちらも、助けを期待出来る勢力はある。

○助けてくれる人はいるかもしれない。

10
×「マリアンさんも首輪が爆発したって・・・リオンは・・・」

○「マリアンさんも死んでたなんて・・・リオンは・・・」

16
×ぽんぽんと頭を叩いた。

○ぽんぽんと頭を叩いた。そしてやっと見つけた言葉を声に乗せる。


お手数かけますが、宜しくお願いします。
289兄への想い、兄の力1:2006/04/21(金) 17:31:41 ID:/11JTelP
マジでムカつく。
地面に体を投げ出したシャーリィは、ひたすらにその一句を繰り返していた。
死に体のユアンが繰り出した、スパークウェブの一撃。そして、イタチの最後っ屁とばかりに放った、トーマとの連携攻撃。
殺し損ねた。ゴミクズ共の悪あがきのせいで、あの場から弾き飛ばされて、自分はここにいる。
残る3人。男が1人と女が2人。それから…牛人間も途中から乱入して来たっけか。
他の4人も、まとめて殺すはずだったのに。
ゴミクズ共の分際が。
さっさとくたばればよかったのに。
ゴミクズ共…ゴミクズ共がッ!!!
普段の彼女ならば、絶対に吐けないような罵詈雑言。シャーリィは心の中で、それを何度も何度も繰り返していた。
そんな中、シャーリィは何となく、右手で地面の土をいじってみた。
柔らかく、掘り起こされている。地面を覆う雑草がはぎ落とされて、茶色い土が露出している。
シャーリィが、受け身に成功したからだ。
シャーリィの受け身の結果。それは、彼女の周囲を見回せばすぐに飲み込めるだろう。
半球状に抉れた地面。抉れた地面の中央に、彼女は寝転んでいたのだ。
ユアンとトーマの連携攻撃で、空高く打ち上げられたシャーリィ。
無論、そのまま地面に叩き付けられれば、とんでもない事態になっていただろう。
シャーリィが無事にいたのは、テルクェスと、それから彼女の兄に教わった受け身のお陰。
テルクェスで落下速度を殺し、受け身で肉体への衝撃を減殺する。
それでも、地面が半球状に、直径数十歩分ほども抉られるような激烈な衝撃を受け流し切ったのは、まさに僥倖だろう。
軽い脳震盪を起こして、しばらく気絶していただけで済んだのは、奇跡としか言いようがない。
(お兄ちゃん、私を守ってくれてありがとう)
地面に穿たれた窪みの中、シャーリィは、いつの間にか両手を胸の前で組んでいた。何となく、石ころを1つ握り込んでいる。
290兄への想い、兄の力2:2006/04/21(金) 17:32:40 ID:/11JTelP
「お兄ちゃん…。セネル・クーリッジお兄ちゃん…」
シャーリィはここにはいない兄に、めったに呼ばぬその名をもって、ささやかで儚い謝辞を紡ぐ。
兄が受け身を教えてくれていなければ、たとえテルクェスがあっても、相当な重傷だったはずだ。
せっかく、また人間の言葉を話せるようになったのだから。シャーリィはそう思い、セネルの名も呼んでみた。
また命を救ってもらったお兄ちゃん。この感謝の言葉を、ちゃんと口に出来た。
もう、わたしは化け物なんかじゃない。立派な、水の民の女の子よね。
シャーリィはくすぐったいような幸せな気分に顔をほころばせる。
自分が自分でいられること。それが、こんなに幸せだったなんて。
なんだか、気分がすっきりした。とりあえず、そろそろ起きよう。
シャーリィは決めるが早いか、勢い良く全身のバネを駆使して立ち上がる。
その身のこなしは、一目見ただけなら彼女がブレス系爪術の使い手であるとは信じられないほど。
立ち上がってから、はたと。
(体が…凄く軽い)
今更のように、シャーリィは気付いた。そして、胸にはまったその石を見て、なるほどと彼女は得心する。
この子が、私に力をくれたのね。
シャーリィは胸の宝珠を、いとおしげに撫でる。
ユアンによって破壊されるまで青い球体であったエクスフィアは、今や美しい、そしてまた禍々しい光を放つ菱形の結晶。
育ち切り、輝石独特の緋色の輝きを得る前に、外界に放り出されたハイエクスフィア。
代わりに彼女の未完のハイエクスフィアには、蒼い色が宿っている。殻であったエクスフィアの青とは違う、海色が。
かつてメルネスを務めた彼女は、その色の正体を容易に見極められる。
輝ける青…滄我の色彩(いろ)が、この輝石に宿っているのだ。
シャーリィは微笑む。無邪気に。無垢に。そしてそれゆえに、残虐に。
輝石はささやく。もっと怒れと。もっと憎めと。
憤怒という名の業火。憎悪という名の石炭。極限まで燃え上がらせろ。怒り狂え。はらわたを煮えくり返せ。
シャーリィは、すう、とこの島の吸い慣れた空気を、改めて深く肺に流し込む。
滄我の意思は、この島の空気にも宿っていることを感じながら。
291兄への想い、兄の力3:2006/04/21(金) 17:33:24 ID:/11JTelP
吸い込んだ滄我の意思。胸にたっぷり吸い込むと、ぽつ、っとシャーリィの腹の底にかすかな火が生まれた。
その火はたちまち爆発的に燃え広がり、シャーリィの中に広がる。全身が熱病にかかったかのように震える。
体の中の炎が全身から吹き出そうな錯覚に、ふとシャーリィはとらわれた。
けれども、冥界の王自身さえ焼き尽くせそうな地獄の業火の熱を、むしろ喜ぶように輝石は光る。
まるで生まれたての新生児の、働き始めた心臓のように。輝石の中で光が鼓動する。
寒いのね。あなたは。
シャーリィは脳が沸騰するような激しい感覚の中、胸の輝石を思った。
ちゃんと眠りから覚める前に、無理やり布団をはがされてしまったから、寒いのね。
両手が白くなるほど、固くきつく拳を握り込むシャーリィ。ばき、と拳の間から乾いた音が漏れた。
なら、わたしのこの炎で温まって。この炎で。この熱で。
彼女の指の間から、砂礫が零れ落ちる。シャーリィが握り込んでいた石が、彼女の握力に耐え切れず砕け散ってしまったのだ。
私は何があっても忘れない。お兄ちゃんのことを。お兄ちゃんにひどいことをした、顔も知らない殺人鬼を。
怒りに震え、がちがちと音を立てるシャーリィの奥歯。けれども、ある時を境にして、その音はぷっつりと途絶える。
私は許さない。ミクトランを。このゲームに乗った殺人鬼どもを。このゲームに参加した、わたし以外の全ての人間を。
灼熱する空気の塊が、シャーリィの肺を駆け上る。冥王の烈火をまとって。魔界の猛火を孕んで。
殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!
人としてあるべき喉を通り、空気の塊はシャーリィの口から吐き出される。原初の激情を叩き付ける雄叫びとなり、迸る。
「うああああぁあああぁああぁあああっ!!!!」
刹那、彼女の両の手は、滄我の青に包まれた。
滄海の獅子が彼女の手から産み落とされ、屹立する高嶺のごとき牙をかざす。
青の獅子は大地を削り、咆哮を上げ、そのあぎとに立ちはだかる者全てを飲み込む。
土が。瓦礫が。空気が。夜の闇が。
獅子のあぎとの鋭角な牙に挟まれて。
幾千幾百にも切り裂かれたのは、その一瞬未来の出来事であった。
――――――
292兄への想い、兄の力4:2006/04/21(金) 17:34:09 ID:/11JTelP
――――――
「…え?」
シャーリィは一瞬、自分でも何が起きたのか、分からなかった。
目の前には、自分の受身の反動で、半球状に抉れた地面。
これは分かる。分からないのは、その地面に更に穿たれた、巨大な穴。
獅子の顔面がそのままめり込んで出来たような、シャーリィを丸ごと飲み込めそうな、深い穴。
半球状に抉れ、出来た崖の壁面が、獅子の形に掘られているのだ。
「どういう…こと?」
そこで、シャーリィははたと気付く。
自分が右手と左手を突き出したまま、たたずんでいる事に。両手の掌底を密着させたまま、とどまっていた事に。
この構え、この光景、どこかで。
「!!!」
シャーリィは気付いた。この目の前の光景と、自分の構えの意味する事実に。
「お兄ちゃん…お兄ちゃんなの!?」
シャーリィは再び震えた。今度の震えの正体は、怒りでも、憎しみでもない。
歓喜。この島に来て、初めて味わった、本当の歓喜。
「この技…お兄ちゃんの技だよね…」
構える両の手がわななく。目頭が、じわっと熱くなる。
「わたし、覚えてるよ…この技!」
下ろされた両手は、再び胸の前に。柔らかな胸の隆起の前で、固く、強く握り締める。
「…ウェルテスの近くでエッグベアと戦った時編み出した、お兄ちゃんのアーツ系爪術だよね…!?」
こぼれそうになる涙。シャーリィは夜空を眺め、その涙を零すまいと、高らかにその名を呼んだ。
「『獅子戦吼』…この技の名前は、獅子戦吼!!」
293兄への想い、兄の力5:2006/04/21(金) 17:34:44 ID:/11JTelP
けれども、そう叫んだ時、彼女の必死の努力はむなしく、涙が一気に目から溢れた。
「お兄ちゃんは…お兄ちゃんは……わたしを守ってくれてるんだよね!
この力は、お兄ちゃんが貸してくれたものなんだよね!!」
シャーリィは、感極まってその場にくずおれた。
ここ2日の戦いで、すっかりくたびれてしまった腰布が、花のように地面に広がる。
嬉しい。嬉し過ぎて、足に力が入らないよ!
シャーリィは、ひたすらに目の奥から溢れて止まらない、熱い洪水に耐えていた。
この島の異常なマナの位相。未完成とは言え、立派なハイエクスフィア。
彼女のメルネスとしての素質と、そして何より、彼女自身の想い。
この事実は、これら四者が集まって起きたちっぽけな、けれども偉大な奇跡。
滄我の恩恵を秘めた、未完のハイエクスフィア(さしずめ、「ネルフェス・エクスフィア」とでも呼ぶべきか)。
ネルフェス・エクスフィアが、この奇跡へ至るための鍵であった。
メルネスとしての器の素質が、エクスフィアの毒素を押さえ込むことにより。
ネルフェス・エクスフィアが強化したのは、シャーリィの肉体。
そして、このネルフェス・エクスフィアが開く鍵穴は、今は亡きセネル・クーリッジの力へ至る扉の鍵穴。
この島にて魔力を操る者は、術者の記憶から、各々の来たりし世界の魔の力を再現する。
術の詠唱。身振り。その記憶そのものが、魔力を再現する要素となる。
すなわち。
血は繋がらないとは言え、兄を想う心に変わりはないシャーリィが、しかと心に留め置いた、兄の持つアーツ系爪術の光景。
ネルフェス・エクスフィアがもたらした、アーツ系爪術の行使に耐え得る強靭な肉体。
大いなる海の意志、滄我の力を受け入れるメルネスとしての素養。
更には、この島の異常なマナの位相に立脚した、術の行使者の記憶から魔力を呼び起こすという、この島の法則。
これらを全て味方につけたシャーリィにもたらされた贈り物は、寸分違わぬ兄の奥義。
記憶から再現される多くの魔の力は、シャーリィをして兄の爪術を受け継がしめ、更なる力を与えたのだ。
294兄への想い、兄の力6:2006/04/21(金) 17:35:19 ID:/11JTelP
地面に穿たれた半球をよじ登り、シャーリィは息をつく。スカートや腰布の汚れを払いながら、きっ、と夜空を見る。
試してみよう。この力。ちょうど、あの青髪のフェアリーリングもあることだし。
シャーリィは重心を落とし、右手を引く。左手を前に軽く突き出し、敵との間合いを取る構えに。
その構え。みなぎる滄我の波動。
それは、どこから見てもセネルの習得していた、クルザンド流のアーツ系爪術の構えであった。
まずは、初歩の技。利き手に闘気を溜め、それを地を走る衝撃波として放つ技。
「…魔神拳!」
アッパーカット気味に振り抜かれた彼女の右手。
白い輝きが彼女の右手を離れ、衝撃波が地を這う。
遥か彼方まで突き進んだ魔神拳の衝撃波は、遠くの地面に落ちていた石に当たり、石ごと砕け散る。
やれる。
それに勢い付いた彼女は、次の技の試演に移る。
敵に突撃しながら、正拳突きを叩き込む荒技。
「幻竜拳!」
前方に滑る距離も、正拳突きのリーチも、シャーリィの見越した通り。
これはどうか。
効き足を用いて、一瞬の内に6発もの蹴りを放つ連撃。
「連牙弾!」
繰り出される蹴りの速度は、かつてのシャーリィの細い足からでは想像もできない。まさに疾風のごとし。
「迫撃掌! 神竜撃!! 連牙飛燕脚!!!」
成功。成功。成功。
「鳳凰天駆! 爆牙弾!! 砕臥爆竜拳!!!」
成功。成功。やはり成功。
295兄への想い、兄の力7:2006/04/21(金) 17:36:07 ID:/11JTelP
シャーリィの心に刻み込まれた、兄のアーツ系爪術の記憶。1つ思い出すごとにまた1つ。
芋づる式に、技の形を思い出す。技の形に、自らの身を添わせる。
魔神拳・竜牙の津波のような衝撃波が地面を大きく削った時、シャーリィは1つ間を置き。
基本の構えに、体を戻した。無論威力は手加減しているとは言え、アーツ系爪術もまた、無限に使えるわけではない。
少しばかり荒れた呼吸を整える。求道の僧が深い瞑想に入るかのごとく、半眼でその場に佇む。
魔神拳・竜牙が削り取った地表の下からは、大きな岩が露出していた。
恐らくは、先ほどまで戦っていた山から遥か昔に転げ落ち、そのまま土に埋もれた岩石か。
息を吸い、息を吐き。丹田を意識しながら、そこを中心に荒れる体内の滄我の力を鎮める。
明鏡止水に近い境地の中から、最後の記憶を引きずり出す。
そう、兄が…セネルがかの虚無の神、シュヴァルツとの戦いの中、満身創痍の極限状態で繰り出した最終奥義。
シュヴァルツの五体を微塵に砕き、黒き霧の因縁を断ち切った訣別の一撃。
その、記憶を。
「!!!!」
半眼を保っていたシャーリィは、突然くわっ、と両目を見開く。海のように青い瞳が、天球に座する双月の光に輝く。
重心を落としたシャーリィは、並みの動体視力では視認出来ない神速の踏み込みを放つ。目の前の岩に、肉薄する。
両手で岩を鷲掴みに。シャーリィの掴んだ部位を周辺に、岩肌に細かな亀裂が入る。
「はあああああぁぁぁぁあああっ!!!!」
裂帛の気合の叫び。岩を掴む両手に。気脈の最も集中する腰に。全身を支える両足に。
ネルフェス・エクスフィアのもたらした強大な筋力を、全て集約させる。
ばが、と岩が音を立てた。岩のかぶった大量の土砂が、地面にぼろぼろと落ちる。シャーリィは、両手を天に突き上げた。
地面から姿を現したのは、体積にすればシャーリィ10人分は優にありそうな、巨岩だった。
296兄への想い、兄の力8:2006/04/21(金) 17:37:26 ID:/11JTelP
アーツ系爪術の達人でも、自重の10倍もの重量を支えられるものは少ない。ましてや岩は、人体の3倍近い重さがあるのだ。
すなわち、この岩の重さは、シャーリィ30人分。シャーリィはそんな巨岩を、両手で持ち上げ、支えているのだ。
しかも、これで終わりではない。
「でぇぇぇぇぇりゃあああああぁぁぁぁ!!!!」
けだもののような咆哮を上げ、シャーリィは両足に力を溜める。その様は、さながら弓聖によって引かれる強弓のたわみの如し。
激発。
シャーリィはあろうことか、巨岩を両手に持ったまま、空高く飛び上がったのだ!
雄叫びが炸裂する。シャーリィは跳躍の最頂点から、巨岩を地面に投げ落とした。
シャーリィの筋力。全てを天より落さしめる大地の牽引。二者の力が合わさり、巨岩は地面に激突。
そこに、シャーリィは落下する。
兄セネルであれば、この落下の勢いを乗せた、両の手のスレッジハンマーでフィニッシュを決める。
だがシャーリィは兄の技に更なるアレンジを加え、ここに新たな型を組み込んだ。
シャーリィは体を胎児のように畳み、空中でくるくると回りながら、巨岩目掛け落下。
巨岩と激突する寸前に体を開き、シャーリィはそれを繰り出した。
自身の筋力。大地の重力。そして体に加えた回転による遠心力。
破壊の三重奏とでも言うべき、破滅的な踵落としを。
「いやぁあああああ!!!!!」
これぞセネルの究極奥義、万物神追撃。
巨竜や大鬼をも投げ飛ばす、最大最強の投げ技。虚無の神をも滅する、恐るべき暴威の炸裂。
巨岩はたまらず、粉微塵に砕け去ったことは付記するまでもあるまい。
――――――
297兄への想い、兄の力9:2006/04/21(金) 17:38:16 ID:/11JTelP
――――――
さて、これからどうしよう。
あらかた技の演舞を終えたシャーリィは、沈思黙考する。
遠距離の敵には、メガグランチャーより放たれる滄我砲。
中距離の敵には、もとより強大な自身のブレス系爪術。
そして近距離の敵には、たった今兄より授かった、アーツ系爪術。
これから他の参加者と出会った際の応対方法は、もう決めている。
ダオスやミトスみたく、すでに面が割れている相手に出会ったら?
――ぶち殺す。
もとよりそのつもりではあったが、ここから先はなおのこと、出会った参加者は1人たりとて生かしては帰さない。
並みの鍛錬ではただ中途半端になってしまう、アーツ系爪術とブレス系爪術の同時習得を、自分は極めて高い水準で成し遂げている。
いかなる手で攻めて来られようと、真っ向勝負であればダオスとでさえ互角以上に戦える実力を、今の彼女は有しているのだ。
ある程度隙を作ったなら、滄我砲の零距離発砲でもいい。
本来の滄我砲は、聖ガドリア王国の象徴、空割山を木っ端微塵に吹き飛ばすだけの威力があった。
この簡易な滄我砲では、威力は無論それには遥かに劣る。だが直撃なら人間数人くらい、一射で跡形もなく吹き飛ばせる。
死の定まった相手だろうと、いたぶったりはしない。容赦なく瞬殺する。息の根が完全に止まるまで、めためたに叩きのめす。
でも、もし出会ったのがまだ面の割れてない相手だったら?
――ぶち殺す。
シャーリィは初対面の人間には、か弱そうな少女にしか見えないだろう。
その隙を狙う。相手にか弱い少女だと勘違いさせて、油断したところを背後から襲う。
(そうねぇ…)
手刀でそいつの首を切り落としてもいい。左胸に貫き手をぶち込んで、直接心臓を握り潰すなんてのも乙かもしれない。
ミトスってクソガキにやった時みたいに、キンタ…あ、女の子がそんな汚い言葉口にしちゃ駄目よね。
あんな風にして、膝蹴りか何かで「プチッ」と潰してあげるのも悪くないわね。
お兄ちゃんから聞いた話だと、「プチッ」とやった時の激痛で、本当にショック死する男の人もいるみたいだし。
とりあえず面が割れてる現在の生存者は、ジェイ、ダオス、ミトス。それからさっき南の山にいた面子か。
298兄への想い、兄の力10:2006/04/21(金) 17:39:08 ID:/11JTelP
そいつら以外の奴にあったなら、か弱そうな少女を演じればいい。もし相手が疑い深い様子なら、そのままぶっ殺す。
これで完璧。もちろん、呑気に寝ていたりして隙丸出しの相手がいたりしたら即頂き、よね。
(でも…)
シャーリィは表情を曇らせながら、懐から時計を取り出した。
さっき南の山で戦っている時から、それなりに時間は経っている。南の山に、あの5人組が残っている可能性は低いだろう。
出会った相手は殺す。でも、殺す相手がいないのではどうしようもない。
何か手は…何か手は……
(そうだわ!)
シャーリィは、一気に表情を明るくする。
専用のバンドで背中にかけたメガグランチャー。これを使う。シャーリィは脳内で、今後の手を一気に構築する。
シャーリィはブレス系爪術の勉強中、無論多くの書物を読んだ。
その中で今思い出したのは、「インディグネイション」の呪文書にあった記述である。
その記述によると、天から落ちる雷には正の性質を帯びたものと、負の性質を帯びたものがあるという。
どちらも威力に差はないが、これがごくまれに重要となることがある。
正の性質を持つ雷は、負の性質の雷に引かれる。逆に正の性質同士の雷は、互いに反発しあう。
ならば、それを利用しない手はあるまい。
シャーリィは精神を集中し、呪文の詠唱を開始する。
「天かける閃光の道標よ…!」
呪文を紡ぐシャーリィの描いた作戦は、すなわち次の通り。
まず最初、メガグランチャーの方に「インディグネイション」を施し、その内部のクレーメルケージに、雷の力をチャージする。
これにより、メガグランチャーは引き金さえ引けば、強烈な雷電を放てる状態になる。その雷電には、正の性質を帯びさせる。
この状態で、再度「インディグネイション」の詠唱を行い、シャーリィの至近距離に発動。こちらにも、正の性質を持たせる。
シャーリィの至近距離に強大な正の電場が出来た状態で、メガグランチャー内の正の雷電を解き放てばどうなるか。
299兄への想い、兄の力11:2006/04/21(金) 17:40:00 ID:/11JTelP
答えは明快である。正と正の雷同士が反発力を生み、シャーリィはその反動で弾き飛ばされる。
シャーリィは再び、空高く舞い上がるのだ。
雷の力で自分を弾き飛ばすなどという着想自体、シャーリィは先ほどまで浮かびもしなかった。
仮に浮かんだとしても、そんなことをしたらまともなコントロールもできないと、一蹴していただろう。
だが、皮肉にもユアンとトーマによってこんな風に弾き飛ばされることで。
シャーリィは雷の力で空を飛ぶコツを、何となくながら掴めた。掴んでしまったのだ。
とにもかくにも、雷の力で空を飛ぶという手は使える。
後は空高く舞い上がった状態で、テルクェスを背に展開し、滑空しながら獲物を探す。
この島のマナの位相では、テルクェスが十分に滄我の風を孕まないので、滑空するのが精一杯であろう。
だが、闇雲に獲物を探し回るよりは、この方が遥かに効率的だ。
無論、この方法はかなりのリスクを伴う。地上から自らを発射する反動には、シャーリィの肉体は問題なく耐えるだろう。
着地する際の要領は先ほど何とか飲み込めているので、着地にも問題はない。
それより何より一番の問題は、この方法は極めて大雑把な方向指定しか出来ないという点である。
せいぜい東西南北のどれかを選ぶくらいが、精度の限界だ。
自分の位置と弾き飛ばされる距離をきっちり計算せねば、そのまま禁止エリアへ直行、なんて最悪の事態にもなりかねない。
テルクェスでの滑空は、着地地点を微調整するのが限度。シャーリィの着地地点は、最初の打ち上げであらかた決まってしまう。
更に、目標を見つけ出すにはある程度高度を下げねばならないが、高度を下げると今度は滑空の継続距離が下がる。
このギリギリの見極めも、この手法には必要だ。
それでも、徒歩であてどもなくうろつくのに比べれば、まだ分のいい賭けになる。
シャーリィは、メガグランチャーに雷を込める。己が敵のいる場所へと彼女を運ぶ、まさしく「天かける閃光の道標」を。
シャーリィは飛ぶ直前、現在の禁止エリアと、そして数少ない情報から、島の現状を整理する。
どれだけ自らを吹き飛ばすか? 方向は? 禁止エリアに突っ込んでしまう可能性は?
シャーリィは、こくりとうなずき、決定する。
300兄への想い、兄の力12:2006/04/21(金) 17:41:32 ID:/11JTelP
(お兄ちゃん…)
「インディグネイション」の二度目の詠唱を行いながら、シャーリィは兄を想った。
(絶対、わたしはこのゲームに優勝する。優勝したら、またお兄ちゃんと一緒に暮らそうね)
胸のネルフェス・エクスフィアが鼓動するように光る。夜の闇に、光は溶け消える。
(そのためにも、わたしは残る全員を殺す! モーゼスさんもマウリッツさんもジェイも!
みんなの命を踏みにじってでも!!)
憎悪の濃霧は晴れ、彼女の気持ちは昇華された。闇雲に他者を殺したいと望むのではなく。殺すことを手段とみなすことにより。
(あの青髪は死に際に言っていたわよね…『気安く愛を語るな』って。でもね…)
代わって、彼女の心を満たした感情。その名は妄執。
(わたしには! モーゼスさんよりもマウリッツさんよりもジェイよりも!! お兄ちゃんが必要なの!!!
お兄ちゃんとみんな、4人の中で1人しか助けられないとしたら、わたしは迷わずお兄ちゃんを選ぶ。
お兄ちゃんの命に比べれば、他の人間の命なんて、安いものなんだから!!!)
彼女の兄セネルが、このシャーリィの歪んだ決意を耳にしていたなら。
セネルは間違いなく、己の妹の頬を平手で打っていたであろう。
誰のものであれ、命は平等に重い。ゆえに、許されない。命を価値の軽重を量る天秤に載せるなど。
ましてや、命を天秤の両側に載せる行為など。セネルが聞けば、烈火のごとく怒り狂っていただろう。
それでも、シャーリィはもう、退く事は出来ない。
2人の人間の命を殺めてしまったから。妄執のもたらす力に、心を委ねてしまったから。
今更引き返せようものか。兄を失い。悲嘆に心を凍らせ。憎悪に心を燃やし。そして今、妄執に心を急き立てさせて。
鮮血の大地に今、雷霆が下る。
妄執に駆られし青き死の天使が、獲物を求め空を舞う。
哀しき1人の少女が血みどろの行進の先に掴むものは。
愛しき兄のその手の温もりか。
それとも。
その大きすぎる罪科ゆえに冥王から送られた、地獄への召喚状か。
彼女はたちまちの内に、星空へと吸い込まれていった。
301兄への想い、兄の力13:2006/04/21(金) 17:42:27 ID:/11JTelP
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー(自身を中継して略式滄我砲を発射可能)
     ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を全て使用可能)
     フェアリィリング
     UZI SMG(30連マガジン残り1つ)
状態:TP残り40% HP残り70% 背中と胸に火傷 激しい妄執 ハイエクスフィア強化 クライマックスモード発動可能
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
第一行動方針:自分以外の参加者は皆殺し。策略を巡らせる事も想定
第二行動方針:リスクを承知でテルクェスで滑空しながら、上空から獲物を捜索
現在地:D5北部の草原地帯 →????

※なおシャーリィがどれほどの時間気絶していたかは不明で、よって現在時刻も不明です。(ただし午後9時半以降であることは確定)
シャーリィはD5から直線距離にして1〜3マス以内の、どこかに飛ばされました。
302名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 14:12:39 ID:TorX7KhY
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1145759587/
303Will in the Darkness 1:2006/04/26(水) 21:53:34 ID:NpLcAtfb
坊ちゃんは「なんで」と言いました。
私にはあの時何を指して何故を問うたのか見当が付きませんでしたよ。
どちらかというと見当がありすぎてどれなのか分からない、が正しいんでしょうがね。
掌から流れ込んでくる坊ちゃんの感情自体は理解できました。
それがソーディアンですし、なにより私は坊ちゃんとの付き合いが長いですから。
ですから、私は坊ちゃんよりほんの少し早く目の前の現実を
理解しました。坊ちゃんも理解はとっくにしていたのだとは思いますが、
それを了承はしていなかったんですね。坊ちゃんらしいと言うか何と言うか。
繊細なくせに融通が利かない、本当に損な性情だと思いますよ。
多分、限りなく確信に近い多分ですが、あの時目の前にいた人物もまた
そんな坊ちゃんの心情を察していたのでしょうねえ、私以上に。
そして、こう‘なる’ことを、決めたのだと思います。
鏡の中の坊ちゃん、ジューダスは。最初から、答えは明確だったんですよ。


遠くの山から音が鳴って、その後耳の傍で爆音がなった。
少し早いが、鎮魂の音。弔いの鐘。
鳴っているのに、でも、もう、何も聞こえない。

その状況を一番最初に理解したのはシャルティエで、
その彼が一番最初に知ったのは、彼のマスターの右腕が死んだという事実。
肘までが見事に吹き飛んで真っ赤な花が咲いた。
咲いた真っ赤な肉の華、咲いた真っ赤な彼女の頭。
唯唯「あ」とか「ああ」と喉から洩らすばかりのリオンは
既に地面の養分になった彼女のことを思い返すばかりで、
時間さえあれば狂うのに手間もコストもそれほど要らなかっただろうに。
304Will in the Darkness 2:2006/04/26(水) 21:54:11 ID:NpLcAtfb
ジューダスは地面に着いた肩膝に力を込めて立ち上がり
目の前の自分を凝視した。戦鬼の如き眼光は、リオンに狂う自由さえ与えない。
「まだだ…ここからだ、これでようやく五分だ」
滅多にヘの字から上がらない唇を鈍角の逆三角形にしてジューダスは剣を握り直す。

聞きたいことなど最初から無い。僕が僕から何を聞く?
こうすることから眼を背けたかっただけだ。

安全ピンが抜ける音から手榴弾を察知して飛び退くまで1秒。
耳は辛うじて生きていたが、景色がやけに白い。
閃光により瞳孔が一気に縮小したからか、目の前が白に霞んでいる。
何にせよ一時的なものであろうが見えないという事実に変わりは無い。
それでもなおジューダス自信に満ちたような微笑は揺るがない。

「貴様の手の内にあるのは何だ?天地戦争の切札、最強の携行兵器だぞ?」
リオンはほんの少しだけシャルティエに意識を移した後、
すぐさまジューダスに神経を注ぐ。覚悟、決意、もしくは諦観。
「僕一人殺すだけなら釣りが来る代物だ。
貴様それでもソーディアン・マスターか?」
シャルティエだけが感じ取った微かな‘揺らぎ’を機に
すぐさまマントを裂き、右上腕に固く結んで止血を施す。
片手と口で15秒、リオンが器用を褒めるべきか、
15秒待っていたジューダスを糾弾するべきか。
何らかの確信に基づく傲慢か、本当に五分の地平に立つことが望みなのか。
余裕とも取れるその行為に従来のリオン=マグナスならば自尊心故に逆上していただろう。
しかし、そのような不純物を一切捨て去った上で、構えを取った彼の眼光に濁りは無い。
刀を持っていないほうの足を前に出して半身になる、自分の剣を射線
から覆い隠す。最短距離で相手を仕留めるリオン=マグナスの必勝型。
305Will in the Darkness 3:2006/04/26(水) 21:55:27 ID:NpLcAtfb
「そうだ…もう眼を逸らすなよ?」
微笑を止め、左の剣を水平に、右の刀を垂直に、
十字を形作りスタンスを若干広げて待ち構える。ジューダスの守備後先の型。
沈黙の中で、10cm、1cm、1oと両者の間合いが近づいてゆく。
互いの間合いが全て重なったとき、超接近戦の中で戦争が始まった。

始まったのは、乱撃戦。
斬撃、刺突、柄打、考えうる全ての単撃が彼らの前で赤く撥ねる。
眼が見えないことを言い訳にするほどジューダスは甘くは無い。
眼が機能せずとも草を踏む音、血の匂い、目の前の自分が放つ凛とした殺気、
そして何より当人達しか共感できないだろうその剣の鼓動を読みきれば、
眼など不要。寧ろこの勝負は眼で追い切れるレベルの話ではない。
リオンもまたこの乱撃戦に‘必死’になっていた。
この島に来て初めて、必死になった。余裕が無くなったとか全力を尽くすとか
そういう意味合いではない。それは即ち目的と手段の逆転。
目の前にいるのは誰で、自分は何のために戦って、今何をしたいのか?
それらがこの瞬間に限って無意味になる。
こういう暑苦しいのはディムロスの領分だと、
通常の二倍の労働をしていたシャルティエは火花を発しながら思った。

火花散ること三桁を越えた所で剣に十分な加速を得る為、
二人は互いに半歩退く。先に動いたのはジューダス。
若干体を屈めて加速、地面の際で走らせた刃を一気に切り上げる。
第三の月「月閃光」、振り上げた右の月刃に手応えは無く、
しかし未だ見えざる敵の離れたる気配も無く。
伸びた右の手首に力を込めて月の軌道を逆さに返す。
虚ろなる月「月閃虚崩」は、浮かび上がらなかった。
振り下ろす筈の右の手首を穿っていたのは、リオン=マグナスの上段足刀。
月を紙一重で捌き、虚月の出掛かりのこの一撃。
伸びきった手首を更に伸ばせば、折れるのは至極当然。
ジューダスに苦悶の表情が浮かべ、前屈になり頭を下げる。
その無防備な様にここぞとばかりにリオンが飛ぶ。
中空での蹴足の連撃からの一閃「飛燕連脚」。その無様に突き出た頭ごと
頚椎をへし折った上で刺し殺す心算のリオンであった。
頼りなさ気に掲げられた左手を第一蹴で打ち払う。
第二蹴が頭に掛かろうとしたとき、ジューダスが一歩前に出た。
一歩は一歩であるが、幻影刃の際の歩法の一歩。
実に妖しげな速さで中空に未だ滞空しているリオンに繰り出したのは、
306Will in the Darkness 4:2006/04/26(水) 21:56:36 ID:NpLcAtfb
「…!ッッ!!」
ほんの少し自分の顎を持ち上げて一気に引いた。
位置的な関係上頭蓋がリオンにめり込む。詰まる所の頭突き(バッティング)だ。
唯のバッティングをするだけでもロニならばともかく、
撃ったのがジューダスであるならば一大事である。
(どういう観点から見て一大事なのかは棚上げしておいたほうが精神上の健康にいいと思う)
リオンが声にならない声と共に転げ落ちる。
なにより狙った場所が場所で、睾丸、まあ、人体急所で言う所の、金的だ。
卑怯でも何でもない。敵の都合のいい位置で空中蹴りをするほうが悪い。

リオンが蹴技を使い、ジューダスが頭突で返す。
ジューダスとリオンの人格を一般論よりほんの少し踏み込んで知っていれば、
魔科学なりレンズ製品なり晶霊機械なりあらすじに書くなり
ありとあらゆる手段を尽くし記憶と記録を模索するに値する
価値をこの一戦に見出せるであろう。
それほど2人のやり取りは戦いとか死闘というよりもっと野蛮な何かである。
少なくともセインガルド客員剣士の剣でも歴史の亡霊の剣でもない。
彼らだけが知っているエミリオ=カトレットの剣は、とても幼稚で、とても強い。

リオンがようやくのた打ち回るのをやめて、息を整え始める。
ジューダスもまた損傷を馬鹿に出来ない手首を引き釣り
ようやく霞が晴れてきた目で吹き飛んだ剣を回収に向かう。
折れては無いもののその右手首は真っ赤になっている。
307Will in the Darkness 5:2006/04/26(水) 22:00:05 ID:NpLcAtfb
若干の休息を置いて二人が再び立ち上がる。
リオンが、大地を蹴って斬撃と共に突進。
土が盛り返るほどの踏み込みから生まれる爪竜連牙斬は、
先ほどの物とは比較にならない。
舞い上がった土が剣風に消し飛んでゆく、悪鬼羅刹の行進。
口を動かすのを止めたジューダスはスタンスを大きく広げ腰を落とす。
絶対に退かぬという意思を両の足に込めて、真っ向から迎え撃つ。
ジューダスの手が、消えた。正確には凄まじい速度で斬撃の弾幕、
双連撃から千裂虚光閃への連携が展開された。
リオンの一撃に対してジューダスの五撃で勘定が合ったのだから、
ジューダスが撃ち負けるのも勘定通りといえる。

差し引きで残った最後の一刀を打ち下ろさんとしたリオンは
突然踏み込みを過剰に鋭くし、勢いを自ら殺して退いた。
天才の嗅覚とも呼べる曖昧な何かを信じ、敵との距離を空ける。
誰にも気づかれない程微小に、ジューダスが眼を細める。
振り終えた腕を強引に前に突き出す。
突如地面より湧く黒い波形。先ほどのリオンがいたところに重力震。
中級晶術「エアプレッシャー」が奥義に連携して発動する。
ジューダスとリオンの間に立ち込める重力震の余波による砂煙。

砂煙の中にリオンは一歩踏み出す。
流石に裏の裏を読みきれなかったのは、不可抗力と言えるだろう。
再びぶつかる二人の剣。立ち込める煙。
ジューダスが一足飛びで後退し、剣を払う。
リオンの足元に魔陣「魔人滅殺闇」が広がり、
そこから浮かぶ闇の炎が砂煙、粉塵の中で引火する。
ジューダスの目の前で、リオンを中心に大規模な粉塵爆破が辺りを包む。
308Will in the Darkness 6:2006/04/26(水) 22:00:50 ID:NpLcAtfb
目の前で起こる燃焼の連鎖を前にして、ジューダスは敵の恐ろしさを
再確認した。確かに戦いが始まった当初はこちらが優勢だったといえる。
しかし所詮それは向こうが知らないことを知っているというだけ
のアドバンテェジでしか無く、実際徐々にこちらの動きに追いついて来ている。
もはやこちらの太刀筋も全て読まれたといって良い。
「闇の炎に抱かれて…」
ジューダスは風に煽られるマントを靡かせて後ろを振り向く。
脳裏をよぎるのは敗北、中断、例えばデモンズランス。

紙一重でその真槍を避ける。頬に滲む血液、完全な回避。
ソーサラーリングの遣い方も、イクシフォスラーの操縦法も、
悪魔の槍は生殖器に例えられることも、リオン=マグナスが生きていることも、
次に立ち会えば負けることも、ジューダスは全て知っていた。
「…消えるほど、僕は甘く無い、か」
魔人でも出てきそうな煙の中から、影。
出てきたのは紛れも無く自分。些か顔を泥で汚している以外には
先ほどまでと変哲は無い。掘った穴の分だけ、唯でさえ小柄な体が
ますます小さく見えていたが。
「晶術まで使うのか、多芸だな」
穴の中から現れたリオンは、久方ぶりに声を発した。
その手に握られているシャルティエは今しがた発動した晶術の余韻を残している。
土系晶術をインプットされたシャルティエを使いこなすリオンにとって
地面に穴を掘り炎を避けることなど造作も無い話だ。
自分が何故ソーディアン無しで晶術を使えるのか?
そんなことを論ずる気はリオンには無い。もう奇策は通用しないのだから。
「今までの技も剣も置いてきたんでな。多芸にもなるさ」
半歩下って、皮肉を投げつける。
その手をほんの一瞬サックの方へ運び、握り拳を作って選択という誘惑を堪えた。
309Will in the Darkness 7:2006/04/26(水) 22:02:41 ID:NpLcAtfb
大気の熱は冷ややかな月達に奪われ、
今しがたのやり取りなどさも無かったように、戦場は静寂に帰依する。
「…お前は、本当に奴に勝てると思っているのか」
リオンが、自問自答する。
奴の言った運命の邂逅がこのことを指しているのならば、
全てが奴の掌の上にあると言っても過言ではない。
例え自身が認めたあの生涯の友であろうとも、覆せぬものもある。
「さあな…少なくとも僕には、無理だ。」
ジューダスは頭を掻き揚げ、自分に言い聞かせる。
奴との、正確には奴の依代との付き合いも長い。
精神論に縋るほど、ロマンチシズムがある訳でもない。
「だが、やるとしたらあいつらだ」
ジューダスは微笑む。酔っているのかも知れない。
それだけ、その言葉には甘美な響きがあった。
「5人も馬鹿がいるんだ、道理の外の何かをしでかすに決まっている」
18年前言えなかった信頼の言葉。
「何一つ諦めない、あいつらは強い」
それを見届けられないのは仕方が無い、やるべきことがあるのだから。

「それでも、運命は、変えられない。僕の罪も、変わらない」
決着の意思を悟り、リオンは型を取る。
先ほどの半身より更に相手に背中を見せて、横目で自分を見据える。
愛するものの名を冠した終の札。
「…そうだな。僕ならそう言うだろうな。だから、こうするんだ」
左の剣を鞘に収め、右半身より更に背中を自分に見せ、自分の剣を射線から覆い隠す。
もう二度と使うことは無いと思っていた、18年前の型。

互いの手の内などもう割れている。だからこそ奥の手。
右半身と左半身、不愉快なほど素敵な素敵なシンメトリィ。

さようなら、エミリオ=カトレット。

「魔人闇!!」
310Will in the Darkness 8:2006/04/26(水) 22:04:47 ID:NpLcAtfb
月明かりの中、2人いるのに声量は、1人分。
彼の剣と心臓の間にあったのは、突き出た肘、
その手は刺突の型であったが剣が握られてはいなかった。
盾代わりに捧げられた殺意無き右腕は吹き飛んで、
剣は心臓を逸れ、彼の脇腹に刺さる。
彼の背中から覗くシャルティエは、血涙を流していた。
静寂の中、残された左の腕が短剣を抜く。
剣を掴んだまま、ほんの一瞬、彼は動かない。

「心臓だ。この攻撃はガードし切れん。過去を断ち切り、お前は生きろ。‘ジューダス’」

するりと音も無く、青い短剣が肋骨を片道通行した。
心筋に一筋、彼の服を紅く汚していく。
血液と共に崩れ落ちる意識の中、彼は自分に聞く。
僕という存在が運命に縛られているなら、
僕は、誰で、どこから来て、どこに行くのか。
その答えを聞く前に、彼の意識は仄暗い穴の底に沈む。
311Will in the Darkness 9:2006/04/26(水) 22:05:38 ID:NpLcAtfb
彼は一言も漏らさぬまま、毅然とした態度で自分の腕を拾う。
腸が抜け落ちないだけマシとは言えるが、
もう幾許の余裕も無い出血量であるはずの体を騙し
意識の無いもう1人の自分の腕に「ねじ込んだ」。
唯でさえ青白いその顔を蒼白にして、彼はサックから小瓶を取り出す。
長寿の霊薬・エリクシール。少しだけ眼を閉じて逡巡。
彼はこの島で出逢った仲間達に1つだけ嘘を付いていた。
彼がこの薬の使用を躊躇っていたのは戦略上の理由ではない。
放り投げた小瓶は弧を描いて眠る彼の上へ。
仲間達に出会う前から考えていたこと、この島に自分が2人いることの意味。
出逢った時、どうするのか、どうなるのか。
残った左手が、自分の下に収まった剣に添えられる。
生きたい。生きて幸せを掴み、戦友と共に歩めたら、でも。
答えを決めたのは3人目の仲間に出会った時。
彼は姉を殺した男を赦した、憎むのではなく罪を償う機会を
与えてやれば良いと。それが答えだった。
自分を赦すことなど出来はしない。だが、この目の前の自分にならば。

汝跪きて罪を捧げよ。浄罪の刃を経て、我は汝の全てを赦す。

僕がここにいる意味、それは僕が僕を赦す為。

最後から二番目の一刀を縦一文字に薙ぐ。
小瓶は割れ、霊薬が、眠る僕へ。
僕の顔へ、口へ、右腕へ、左足へ、降り注ぐ。
312Will in the Darkness 10:2006/04/26(水) 22:06:51 ID:NpLcAtfb
私がジューダスに刺さった時、彼の感情が流れ込んできたんです。
ミクトランに刺さったベルセリオスもこんな感覚だったんですかね。
柄から坊ちゃんの感情が、刀身からはジューダスの感情が流れ込んできて
大変でしたよ。でも、それほど辛くは無かったのですね。
実際根本的なものは同じですから。
私はジューダスと色んな話をしました。

戦いの最中苦しんでいたんですよ、彼も。
実力が均衡しているならエリクシールを使えば勝利は揺るがない。
坊ちゃんを殺してミクトランの駒を消す。そして仲間達と共に
ミクトランを倒してハッピーエンド。その誘惑とずうっと戦っていたんです。
それでも、ハロルドにフォルスという鍵を託した以上、残された全てを
切り捨てた過去の為に使うことにしたんです。
わざわざ相手に技を見せて、晶術を公開し、奥義を披露した。
一人で戦う為の技を実戦で教授したんです。一人で戦えるように。


種明かしを、一つ。
坊ちゃんの行動は、全て「見られて」いました。
教会で坊ちゃんがジューダスの顔を知ったときも、見られていました。
私が、見ていました。全部、見ていました。
313Will in the Darkness 11:2006/04/26(水) 22:08:51 ID:NpLcAtfb
ミクトランは私を坊ちゃんに渡すときこう言いました。
「私からのほんのプレゼントだ。おまえがこの舞台で運命の邂逅を 
果たした時に、それがないと楽しみが一つ減るのでな」
坊ちゃんの戦力として、2人が出逢うまで坊ちゃんを守り、
もし出逢えたなら、僕の眼を通じてそれを観戦する。
それが、私がここに存在する意義、あるいは、機能なんです。

「チャネリング」…ピピピな電波は自動的に、受動的に、四肢を侵しめる。
でも、操られている側が操られている事実に気付かなければ
そこに疑問の余地は無いのですよ。それが運命という物のシステムですから。
実際、ジューダスが気付かなければ私も一生気付かなかったでしょう。
私が伝えていることは知っていましたが具体的な仕組みには無知でした。
コアクリスタルに仕込まれていたんですもの、分かるはずもないでしょう?
マリアンを殺し、ジューダスの存在を伝えてまでこの戦いをお膳立て
するミクトランにとってこの戦いだけはその眼で見たかったのでしょうね。
それだけの為に、坊ちゃんは再度ミクトランに運命を翻弄されたのです。
私がこう言うのもなんですが、ミクトランにとって、坊ちゃんがここにいる意味は
それだけだったんでしょうね。マリアンの死すら、機能的な意味しか持っていなかった。
現に、奴はマリアンを殺したときも、坊ちゃんが狂ったときも、画像に興味を持たなかったんです。
あるいは、ヒューゴ=ジルクリフトの感傷、とでも言うべき何かが存在していたのか、
そう考えるよりは、自然だと私は思いました。
314Will in the Darkness 12:2006/04/26(水) 22:09:32 ID:NpLcAtfb
議論の余地はまだ在るのですが。時間も無いので、最後に、問題を一つ。
私はいつミクトランに操作を受けたのでしょうか?
私はどうやって操作を受けたのでしょうか?
私は実はよく出来た贋物なんじゃないでしょうか?
私は本当にソーディアン・シャルティエなのでしょうか?
私は、誰なのでしょうか?
私がシャルティエであるという証明も、反証ももう出来ません。
ずっと考えていた疑問を、私は最後に彼に聞きました。
彼は何も答えません。
答えに意味は無く、唯それを問うことに意味があるのですから。

シャルティエかもしれない私は、唯坊ちゃんが日の光を再び歩むことを願うばかりです。


結果が出る前に彼は手ごろな岩の上に腰を落ち着け、体を岩に預ける
落ち着けた途端に一気に血が吹き出、腸が洩れた。
力無く縋るように月を見上げたジューダスの鼓膜が、規則的に震える。
冷えた空気に澄み渡る教会の鐘の音。幻聴かもしれないがそれは問題ではない。
聞こえていたほうがロマンチックだからそれでいいのだ。
空に月、祝福の鐘、残した希望。自害するにはもってこいの夜。
過去を断ち切るのではなく、過去を変える。
その為の代価はあまりに大きい。
シャルティエ、マリアン、リオン=マグナスという名前、他の全てを引き換えとする。
315Will in the Darkness 13:2006/04/26(水) 22:10:50 ID:NpLcAtfb
彼は一言ぼそりと呟いて最後の一刀を振り下ろした。首輪への衝撃。
破壊力が首の周りに収束し、首の周りにあるもの全てを破壊する
頭蓋も、脳も、眼球も、舌も、鼻も、そしてコアクリスタルも、全部。
少し遅いが、鎮魂の音。弔いの鐘。
鳴っていないのに、でも、何かが聞こえた。

「これで、おそろいだ」


その行為は実に問題無く行われました。
この戦いが終わった以上、ミクトランにとって
坊ちゃんも私も存在価値が無くなったのでしょう、多分。

ああ、でも、もう一つ問題が残っていましたね。
この勝負、結局どっちが勝ったんでしょう?
勝ち逃げか、生き残ったほうが勝ちか、解釈は様々なんですが
模範解答は一つしかないんですよ。


「坊ちゃん」が勝ったんです。
316Will in the Darkness 14:2006/04/26(水) 22:11:36 ID:NpLcAtfb
【リオン=マグナス 生存確認】
状態:意識不明 心臓損傷 出血多 エリクシール回復中(右腕接続?)
基本行動方針:???
所持品:無し(袋散乱の為)
現在地:E5東

E5東にあるもの…アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 簡易レーダー 
ジューダスのサック、竜骨の仮面(ひび割れ)、コアクリスタルの欠片 チャネリング

【ジューダス 死亡:残り22人】
317名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 14:54:00 ID:z9YtKeQT
今誰が生き残ってるんやろ…
318寄せる想い、継ぐ力1:2006/05/01(月) 00:14:11 ID:UFg+oMH1
今から、何年も前のこと。
クルザンドのとある港町、とある民家。
1人のマリントルーパーと1人の水の民の少女は、人目を避けて暮らしていた。
追っ手の目に姿を見られぬように。追っ手の耳に声を聞き取られぬように。
(シャーリィ、もし変な奴らに捕まったら、まず狙うべきは小指だ)
まだ幼さの抜けやらぬ銀髪の少年は、傍らの金髪の少女に言う。
(小指を思い切り手の甲の側に捻れば、たいていの奴は痛みに怯む。逃げる隙を作ることが出来る)
(うん、お兄ちゃん)
金髪の少女が髪に差すは、花をあしらった可憐なカチューシャ。彼女の頷きに合わせ、カチューシャにまとめられた髪が揺れる。
(もし羽交い絞めにでもされたら、効果的なのは踏み潰しだな。
シャーリィの履いているそのブーツなら、相当に効くぞ。上手く入れば、相手の足の指の骨を砕くことだって出来る。
かなりの時間が、それで稼げるはずだ)
幼いシャーリィにそう教える銀髪の少年は、セネル・クーリッジ。シャーリィに花のカチューシャを買い与えたのは、彼。
(それから…ちょっと下品ですまないんだけどな…)
そう言って、セネルは中段から下段を狙った後ろ蹴りの演武を披露する。男性の暴漢に襲われた際、効果的と言われる技だ。
(このときはなるべく、足首をしなやかにして蹴りを放つといい。
ここはアーツ系爪術をもってしても鍛えるのは至難の急所だから、直撃したらほぼ耐えられる相手はいないはずだ。
…頼むから俺なんかを練習台にしないでくれよ)
そういうセネルの頬は、少しばかりいたたまれない気持ちに赤面していた。
(…え…あ……うん…そんなこと、しないから大丈夫だよ)
兄が赤面しながらしてくれた、生々しいけれども大切な話。シャーリィも羞恥心に駆られながらも聞き届ける。
その後もセネルは、シャーリィに簡単な護身術をいくらか教え続けた。
(さすがにヴァーツラフ辺りの手下の爪術使いが敵に回れば、厳しいかも知れない。
でも、町のチンピラや痴漢なんかに出くわしても、これくらい知っとけば逃げる助けにはなるからな)
熱心な講師役を果たしてくれる、セネルの青緑色の瞳。シャーリィは兄のこの瞳が大好きだった。
319寄せる想い、継ぐ力2:2006/05/01(月) 00:14:47 ID:UFg+oMH1
自分の海色の瞳とは違うけれど、きれいな色合い。水の民の輝く金髪とは違う、兄の銀色の髪。
みんなみんな、シャーリィは大好きだった。
(お兄ちゃん…)
(…ん?)
そんな大好きな兄へ、妹は問いかける。
(わたしに何があっても、お兄ちゃんはわたしのこと、守ってくれる?)
聞かずとも、明白な答え。けれどもそれを問いたくなるのは、幼いがゆえに相手の心をしかと抱き締めきれない、未熟さゆえか。
そして兄の返した答えは、シャーリィの期待と寸分違わぬものであった。
(…守るさ。
お前がまたヴァーツラフの手下どもにさらわれかけたって、万一さらわれたってな。
俺は世界の果てまででもお前を追っかけて、助けて見せる)
そう言いながら、幼いセネルは目を淋しげに、哀しげに細めながらおのが拳を見つめる。
そこには海のような青い輝きが、かすかばかりに宿っていた。
爪術の力が、セネルの手のひらの中で、かすかに脈打っているのだ。
(…そのための、この力かもしれないしな…)
憂いを払おうとして、けれどもその言葉には払い切れない憂いに満ちていた。
その言葉は、彼が未来にまで引きずることとなる足かせを暗示していたかのように、聞くことも出来たかもしれない。
(? …お兄ちゃん?)
(あ! いや、何でもない! …護身術の続きを教えなきゃな)
セネルの顔を見やるシャーリィ。
セネルは慌てて、笑顔を作った。同時に、セネルの声に満ちていた憂いも、きれいに剥がれ落ちる。
(とにかく、だ。シャーリィ、お前は俺が守る。ステラのためにも、ステラの分まで、2人で生きていこう。な?)
(うん!)
(じゃあ、次は地面に押し倒された時の受け身の練習だな)
(分かったわ)
320寄せる想い、継ぐ力3:2006/05/01(月) 00:16:12 ID:UFg+oMH1
交わした何気ない言葉。血なまぐさくも騒々しくもない、何気ない日常。この時には見せ掛けであった平和。
しかし、これより先数年後の未来において、2人が多くの仲間と共に勝ち取ることとなる、安息の日々。
その安息の日々は、平和は、三度崩された。
「バトル・ロワイアル」により。鮮血の遊戯盤の上に、2人が呼び出されることにより。
シャーリィはそこで、耐え難い犠牲をまた1つ、味わうことになる。セネルに下った理不尽な死の強要により。
もう、記憶の中にしか見つけることの出来ない、愛しい兄の微笑み。
だが現実は甘美な記憶の糸を手繰ることを、いつまでも許しはしない。
セピア色の思い出は、やがてまた別の色に染まることになる。
けばけばしい現実の赤に。残忍な鮮血の色に。
どれほど目を背けようと、現実はどこもかしこも、今やその一色に染め上げられているのだ――。

降り注ぎそうなほどの星空。
天を満たす微かで、それでも確かなきらめき。
その中から、およそ一刻前に一条の流れ星が落ちてきたのは、別段不可思議でも何でもないだろう。
それの正体が、輝く翼をまとった一人の少女でなければ。
天からの隕星のごとく大地に落下し、着地の際大地を楕円形に爆砕しながらも、少女は生きていた。
しばらく気を失っていたとは言え、ほぼ無傷で。
自らの破砕した大地の窪みから、今少女は這い上がってきた。
幾多の激闘を経て、異形の怪物に転じて、そしてつい先ほど、遥か天空から大地に叩きつけられて。
彼女が最初着ていた服は、もう服としての役割を果たさなくなっていた。
予備の着替えの入った袋を会場に持ち込んでいなければ、彼女は危うく裸でこの島をうろつく羽目になるところであった。
すすけた顔面。乱れた金髪。血や汗で濡れた肌。それと真新しい予備の着替えは、奇妙な違和感を彼女に与えていた。
321寄せる想い、継ぐ力4:2006/05/01(月) 00:16:53 ID:UFg+oMH1
「…………」
立ち上がった彼女は、虚ろに空を見上げた。海色の瞳が、双月の光に揺れる。
シャーリィ・フェンネスは、トーマとユアン…雷と磁の力で空の彼方に打ち上げられながらも、生きていたのだ。
彼女の両腕と胸で、青い光が輝いていた。淡く鼓動するこの輝きこそ、シャーリィの奇跡の生還を成し遂げた秘密。
彼女はとっさに、受け身をとりながら着地していたのだ。テルクェスを併用しながら。
柔術などで、相手に転倒させられた際に取るべき動作は受け身。
地面を両手で叩き、肉体が…特に頭部などが転倒による衝撃をまともに受けないように、打撃を軽減する動作だ。
無論、遥か高空から地面に叩きつけられては、こんな動作は気休めにもなるまい。
だが、シャーリィは兄から教えられたこの動作に、テルクェスを複合させることでこの奇跡の生還を成し遂げた。
空に打ち上げられた時点で彼女は背にテルクェスを展開。翼を大きく広げ、落下速度を殺そうとした。
だが、この島の異常なマナの位相下では、テルクェスは十分な風を孕めなかった。滑空することさえ困難だったのだ。
そこで地面に叩きつけられる直前、シャーリィは背に展開していたテルクェスを収納し、両手に再展開。
テルクェスを用いた受け身で地面を叩き、落下の衝撃をほとんど減殺することに成功したのだ。
これによる弊害は、着地の衝撃で脳震盪を起こし、しばらくの間気を失っていたことくらい。
セネルやワルターがここにいたなら、驚愕に目を剥いていた事だろう。
あれほどの高空から打ち上げられたなら、鍛錬を十分に重ねたアーツ系爪術師でも、相当な深手を負う。
むしろ、全身を強打して虫の息…それを通り越して即死していても、何ら不思議はなかったくらいだ。
それでも、シャーリィは生きている。こうして、二本の足で立っているのだ。
「…ありがとう」
シャーリィは胸の前で両手を重ね、ここにはいない兄を想った。
「ありがとう…セネル・クーリッジお兄ちゃん」
滅多に呼ぶことのない兄の名。シャーリィはあえてその名を呼ばいながら、感謝の意を天の星に捧げる。
テルクェスがなくても。兄の教えた受け身がなくても。シャーリィは無事では済まされなかっただろう。
セネルはここにはいなくとも、シャーリィに教えた護身術を通して、彼女を守ったのだ。
322寄せる想い、継ぐ力5:2006/05/01(月) 00:18:03 ID:UFg+oMH1
その時。
「!?」
シャーリィの組まれた腕の隙間から、光が漏れ出す。
青い光。穏やかに波打つ、優しい光。
(滄我の…光?)
シャーリィは、即座に気付いた。こんな輝きをもたらすものは、シャーリィの知る限りそれしかあり得ない。
大いなる海の意志、滄我。
シャーリィは服を透かして輝く、胸の宝石を見た。
胸元を開け、覗き込む。胸に埋まるそれが、服の中を満たしている。
エクスフィア…否。後もう一歩のところでハイエクスフィアになり損ねた、未完の輝石。
まったき球であったはずのそれは、ユアンにより砕かれたからだろうか、変形して菱形に変わっている。
滄我の力を満たしたエクスフィア。本来の紅き輝きを得る間もなく、外界に放り出されたエクスフィア。
紅き輝きの代わりに、輝石がまとうは滄我の青。
さしずめ「ネルフェス・エクスフィア」とでも銘打つべき、更なる高位の姿へと脱皮を終えた宝珠は。
こうしてシャーリィの腕の中、産声のように光を放っていたのだ。
その光は、脈動しながらシャーリィの腕に染み渡る。両肩へ。二の腕へ。肘へ。前腕部へ。
そして、両手の手のひらへ。手のひらへ達した瞬間、ネルフェス・エクスフィアのもたらした青の輝きは、閃光と共に弾ける。
一瞬、目をつぶりたくなるほどの強い光。だが、それが大気を焼いたのは僅かな間。
目をつぶりながら顔を背けていたシャーリィが、そこに見たものは。
自らの手の甲から翼を生やした、双子のテルクェス。右手と左手に宿った、二対の翼。
そして手のひらに刻み込まれしは。
水平に両断された菱形の中央に、ぽつりと打たれた1つの点。
古刻語で「海」「青」「祈り」などを表し、またシャーリィの誠名にも用いられる文字…「Fes」の紋章。
大気を弾けさせ、光は虚空に帰す。テルクェスも、「Fes」の紋章も、共に消える。
323寄せる想い、継ぐ力6:2006/05/01(月) 00:18:42 ID:UFg+oMH1
だが。シャーリィには分かる。分かってしまう。
ネルフェス・エクスフィアが、自分自身に更なる力を付与したことを。
その力が、己の愛する兄の力であることを。
兄へ寄せる想いをネルフェス・エクスフィアが受け、シャーリィの無意識の大海からアーツ系爪術の力を引き出したことを。
極限状態で掴み取った、アーツ系爪術の秘儀。それがなければ、シャーリィは先ほどの墜落で息絶えていた。
「…………」
シャーリィは息を吸い、そして呼気で大気を震わせる。古代のブレス系爪術、「ファイアボール」の呪文を紡ぐ。
ウェルテスの闘技場や、そしてこの島でも実戦で鍛えた、ブレス系爪術の高速詠唱。
シャーリィは詠唱の言葉、そして身振りにも淀みなく。「ファイアボール」は完成。
シャーリィの手元から、3発の紫色の火球が放たれる。
だがその紫色の火球は、星空の彼方に飛び立つことはなく。ある程度シャーリィから離れた時点で、軌道を反転。
火球はシャーリィ自身を強襲!
だが、もとより指定していた照準は、自分自身。シャーリィはうろたえることなく、深呼吸。
滄我の青が、彼女の両の手に再び生まれた。双子のテルクェスと「Fes」の紋章が、浮かび上がる。
降り注ぐ火球から、一歩も退くことなく。シャーリィは裂帛の気合を上げながら、右手を繰り出す。
「てやぁぁぁっ!!」
その光景は、セネル・クーリッジがこの島に降り立って、初めて交戦した相手の攻撃を防いだ光景を髣髴とさせるものだった。
右手で一発。左手で一発。
あろうことか彼女は、テルクェスをまとっているとは言え、素手で「ファイアボール」を叩き落したのだ!
そして最後の一発は。
引き戻された右手が、再び空を裂き迎撃。紫の光と青の光が同時に夜空を焼く。
火球は、シャーリィの右手に鷲掴みにされていた。
「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああっ!」
シャーリィは右手に渾身の握力と魔力を集中させ、火球をぎりぎりと握り潰しにかかる。
324寄せる想い、継ぐ力6:2006/05/01(月) 00:19:28 ID:UFg+oMH1
だが。シャーリィには分かる。分かってしまう。
ネルフェス・エクスフィアが、自分自身に更なる力を付与したことを。
その力が、己の愛する兄の力であることを。
兄へ寄せる想いをネルフェス・エクスフィアが受け、シャーリィの無意識の大海からアーツ系爪術の力を引き出したことを。
極限状態で掴み取った、アーツ系爪術の秘儀。それがなければ、シャーリィは先ほどの墜落で息絶えていた。
「…………」
シャーリィは息を吸い、そして呼気で大気を震わせる。古代のブレス系爪術、「ファイアボール」の呪文を紡ぐ。
ウェルテスの闘技場や、そしてこの島でも実戦で鍛えた、ブレス系爪術の高速詠唱。
シャーリィは詠唱の言葉、そして身振りにも淀みなく。「ファイアボール」は完成。
シャーリィの手元から、3発の紫色の火球が放たれる。
だがその紫色の火球は、星空の彼方に飛び立つことはなく。ある程度シャーリィから離れた時点で、軌道を反転。
火球はシャーリィ自身を強襲!
だが、もとより指定していた照準は、自分自身。シャーリィはうろたえることなく、深呼吸。
滄我の青が、彼女の両の手に再び生まれた。双子のテルクェスと「Fes」の紋章が、浮かび上がる。
降り注ぐ火球から、一歩も退くことなく。シャーリィは裂帛の気合を上げながら、右手を繰り出す。
「てやぁぁぁっ!!」
その光景は、セネル・クーリッジがこの島に降り立って、初めて交戦した相手の攻撃を防いだ光景を髣髴とさせるものだった。
右手で一発。左手で一発。
あろうことか彼女は、テルクェスをまとっているとは言え、素手で「ファイアボール」を叩き落したのだ!
そして最後の一発は。
引き戻された右手が、再び空を裂き迎撃。紫の光と青の光が同時に夜空を焼く。
火球は、シャーリィの右手に鷲掴みにされていた。
「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああっ!」
シャーリィは右手に渾身の握力と魔力を集中させ、火球をぎりぎりと握り潰しにかかる。
325寄せる想い、継ぐ力7:2006/05/01(月) 00:20:17 ID:UFg+oMH1
ぐぐぐぐ、という音と共に火球は引き絞られ、その身をじわじわと縮める。
シャーリィは右手手首に、更に自身の左手を添えた。本来1つであった双子のテルクェスは、再び力を合わせるべく重なり合う。
右手の手首を握り締めた左手の手のひら。手首を介して、双子のテルクェスが寄り添う。互いの羽根で、互いを支える。
左手のテルクェスが、右手のテルクェスと完全に折り重なった時。シャーリィはとっさに、右手を地面に向ける。
テルクェスを基軸に体内の闘気を練り上げる。体内の闘気は、シャーリィの右手に集約される。
シャーリィの手が、光って唸る。敵を倒せと。勝利を掴めと。魔力が轟き叫び、闘気が爆熱する。
臨界点を超えるエネルギー。待ち受けるは、灼熱の終焉。
「はあっ!!!」
輝ける青の怒涛が、シャーリィの右手から迸る。
シャーリィの青き力は、火球を内側から食い破る。爆裂し四散する、紫の炎。
滄我の波動は、「ファイアボール」の火球を、軽々と吹き散らしたのだ――。

シャーリィは双子のテルクェスを再び体内に眠らせた。
本来アーツ系爪術の使い手ではないシャーリィに、この演武はやはり違和感がある。力を十分には使い切れない。
この一撃の威力は、はっきり言って大したことはなかろう。
セネルの「魔神拳」を若干上回る、という程度だ。「獅子戦吼」や「魔神拳・竜牙」には、とてもではないが及ばない。
だが。
シャーリィは地面に刻まれた、先ほどの演武の痕跡を見て、思う。
大地に刻まれたその幾何学的紋様は、水平に両断された菱形と、そしてその中央の小さな丸。
シャーリィの手のひらの紋章、古刻語の「Fes」の文字の形に、浅くとは言え地面は抉られていた。
手のひらから紋章の形に放たれる闘気は、戦闘に十分使えるだけの威力はあるだろう。シャーリィはそう結論した。
326寄せる想い、継ぐ力8:2006/05/01(月) 00:21:01 ID:UFg+oMH1
手のひらを密着させた状態でこの一撃を…シャーリィ流の「魔神拳」を放てば。
生命維持には欠かせない三大器官である、脳、心臓、脊椎のいずれかを直撃出来る位置から、密着状態でこれを放てば。
よほど頑強な人間でなければ、一撃で致命傷か即死級の大打撃になる。しかもこれに必要な溜めの時間は、一瞬。
セネルの「魔神拳」ほどの射程はないが、問題はない。
遠距離の敵にはメガグランチャーから放たれる滄我砲、中距離の敵にはもとより強大なブレス系爪術。
そして、近距離の敵には「魔神拳」。今やあらゆる間合いにおいても、シャーリィは必殺の威力を持つ攻撃を保有しているのだ。
怪物の姿を脱し、もとの少女の姿を取り戻したシャーリィなら、面の割れていない相手は油断してくれるだろう。
「足をくじいた」などと言って、誰かの背にでも負ってもらえれば、もはやそいつは殺(と)ったも同然。
追われた背の上からそっと後頭部に手を添え、彼女流の「魔神拳」を放てば。
眼窩から眼球をはみ出させ。口から舌がもげ落ち。鼻からは脳漿混じりの鼻血を吹き。脳天をざくろのように弾けさせ。
力なく絶命する犠牲者の姿が、ありありと想像できる。
無論、か弱い少女を演じて相手の油断を誘うには、いくらでも言い訳できるとは言えメガグランチャーとウージーが邪魔になる。
だが、それは荷物袋に放り込んでおけば問題はあるまい。メガグランチャーは、事実上狙撃専用の武器として運用する。
メガグランチャーの砲身は重厚で、剛性に富んだ金属を用いている。
殴打用の武器としてももちろん使えるが、シャーリィに接近戦用の武器はもう要らない。
テルクェスは、肉体のどこからでも発現させる事が出来る。両手の拳からはもちろんのこと、両足からも、肘からも、膝からも。
その気になれば額から発現させて頭突きにも使えるし、歯から発現させて噛み付きに使うことだって出来る。
テルクェスを武器として格闘に用いれば、破壊力は十分。
ならばもとより重くスピードで劣り、かつスタミナを食うメガグランチャーを、接近戦用の武器として使う必要はどこにあろう。
またメガグランチャーに比べれば銃身の軽いウージーも、普段は皮袋に収納して問題あるまい。
今のシャーリィの腕力なら、皮袋のつけ方とちょっとした練習で、瞬間的に抜き放ち掃射を行うくらい、それほど困難ではない。
327寄せる想い、継ぐ力9:2006/05/01(月) 00:22:11 ID:UFg+oMH1
(でも、戦う相手がいないんじゃ、どうしようもないわね)
そう。直接戦闘力は全く問題ないとは言え、問題はそこである。
シャーリィはその場に座し、普段に比べればろくに効かない「キュア」の詠唱を行いながら、一枚の羊皮紙を広げる。
この島の地図。これ以降の禁止エリアを含めれば、すでに12箇所に赤い×印が書き込まれた、「バトル・ロワイアル」の舞台。
(今まではひたすらに暴れていたけれど…)
冷静に考えれば、あれは上策ではなかった、とシャーリィは内心反省する。
この島で生き残り、勝ち残るには、情報が必要。そんなことくらい、戦術や戦略に疎いシャーリィにだって分かる。
だが、自分は今、ほとんどこの島の情勢を把握していないのだ。
今まで見聞きしたあらゆる情報を、シャーリィはひっくり返してみたが、情勢は見えてこない。
彼女はもとより、いきなりこの島に放り込まれ、混乱も抜けやらぬうちに兄の死を聞かされ、つい先ほどまで狂乱していた。
この体では、情勢を把握できなくとも当然と言えば当然。だが、それを悔やんでも始まらない。
この12の赤い×印から、この島の何が見えてくるか。
まず、この島の北西部はほぼ「死にエリア」と化している、という見解が1つ。
B2が禁止エリアに指定されたことによる影響は、B2の塔に出入りできなくなっただけではない。
A1、A2、B1、それからC1も、進入は困難なエリアと化した。
こんな逃げ場もないような袋小路に好き好んで移動する人間はいるまい。
今後の禁止エリアの指定いかんでは、避難が遅れれば不可視の牢に閉じ込められる、という最悪の事態も考えうるのだ。
恐らく、参加者の集合率が高いのは町や城などの拠点であろうことはシャーリィにも見当が付いたが、よって北西部は除外。
現在のところ進入可能な拠点は、C3の村、C6の城、E2の城、G3の洞窟、G7の教会。
位置取り的には、ここからは最もC6の城が近い。
最後にダオスらと出会った位置から考えると、ここにダオスらが篭城している可能性も否定は出来まい。
しかし、ダオスらが自らより大切に守っていたマーテルという女性は、すでにこのゲームからは脱落している。
ダオスらの輪に加わっていた女性…マリアンもまた同じく。
328寄せる想い、継ぐ力10:2006/05/01(月) 00:22:54 ID:UFg+oMH1
ダオスとミトスの戦闘力は、直接戦ったことのあるシャーリィ自身、良く理解している。
あの2人が手を組み、本気を出したら。
おそらくシャーリィが遺跡船で出会った仲間たち全員がかりでかかっても、苦戦は免れまい。
それほどの力を持った2人を以ってしても、マーテルやマリアンは守れなかったのだ。
マリアンの死因は首輪の爆発と明白であるから横に置くとしても、問題はマーテル。
ダオスとミトスに正面攻撃を挑んで、2人の防衛線を突破して何者かがマーテルを殺したとは、とてもシャーリィには思えない。
とすると、今朝死亡が発表されたソロンのような手合いが、不意を打って側面攻撃などで暗殺したと考えるのが妥当だろう。
すると、次の理由から、ダオスらがC6の城で篭城しているとは考えにくい。
シャーリィは旅のさなか、ジェイから少し城の構造を聞いたことがある。
その時聞いた知識からするに、城は暗殺には向かない場所だ。
城には密室などいくらでもあるし、壁や天井も厚く進入口も限定される。よって本気で一同が篭城していたなら。
おまけにダオスやミトスの防衛がある状態では、いかな手練の暗殺者でも、マーテルを葬るなど困難至難もいいところである。
すなわち、マーテルは何らかの積極的行動に出て、その結果何者かに暗殺されたとみて良い。
となると、一同が向かった先はどこか。これは、はっきり言って推理など出来ようものか。
憶測でものを言うにも、不確かな憶測さえ出来ないほど、シャーリィの手元には情報がないのだ。
ならばやはり、ここはジェイと合流できれば、一番ありがたいか。
ジェイは今のところ、生きてこの島で戦いを繰り広げている。
彼に接触できれば、かつての仲間のよしみもあるだろう。いろいろな情報をもらえるはずだ。
ジェイから情報をもらって、この島の情勢を把握する。その後は?
決まっている。ジェイを殺す。
もちろん、正気を取り戻したシャーリィは、ジェイも大切な仲間であることをしかと認識している。
だが、その大切さは所詮は有限のもの。
100万ガルドの入った皮袋と、自分の命。両方を秤に載せたなら、どちらかに秤が傾くかは自明の理。
329寄せる想い、継ぐ力11:2006/05/01(月) 00:23:26 ID:UFg+oMH1
ジェイの命など、シャーリィにとっては100万ガルド入りの皮袋の価値。
セネルの命と比べたなら、シャーリィは間違いなくセネルの命を取る。
そして、セネルの命を拾うには、代わりにジェイの命を放り捨てねばならないなら、シャーリィは迷わない。
ミクトランが言った「死者をも蘇生させる」という約束は、無論参加者をゲームに駆り立てるための出まかせともとれる。
それでも、セネルの命を拾える可能性は、今やそこにしか存在しないなら。
その向こうに見るものは、結果的に絶望にしか過ぎなかったとしても。
シャーリィは、たとえ仲間であれ切り捨てる。踏みつける。目的を達するための道具にする。
上っ面だけの正義感や、偽善者じみた良心の呵責など、この島においてはいかほどの価値があろうか。
どんな言葉で飾ろうと、どんな論理を展開しようと。
自分が生きたければ、優勝したければ、自分以外を全て殺さねばならないことは、不動の真理なのだ。
無論、その真理から逃れるために、忌まわしい首輪の束縛を解くことも一瞬考えた。
だが、首輪の処理にしくじった時の代価が自分の命では、あまりにこれは危険過ぎる選択だ。
せめて、他の参加者の首輪を手に入れるなどして、保険を作らないと危険で仕方がない。
(駄目ね…何をするにも、今は情報が不足しているわ)
やはり何度考え直しても、帰着する先はその結論だ。
シャーリィは地図を畳み、懐に入れ直す。とりあえずの行動方針は、これでいく。
まず、これから先ほどユアン達と交戦した山岳地帯に舞い戻る。
シャーリィが脳震盪で気絶していた時間がどれほどかは分からない。
だが何らかの理由があれば、あそこにまだ一同が残留している可能性も否定は出来まい。
もしそこに残っている人間がいたなら、水中から滄我砲やブレス系爪術で狙撃。一撃で葬り去る。
あえて姿を見せて相手を挑発し、水中に引き込むのも上策。
水中戦に持ち込めれば、水の民にしてメルネスである彼女に勝てる人間は、ほぼ絶無と見てよい。
もし一同がすでに撤収していたならば、それはそれで上等。その時はD5山岳地帯の水源深くに潜り込み、そこで休息する。
330寄せる想い、継ぐ力12:2006/05/01(月) 00:24:26 ID:UFg+oMH1
D5を水源とするこの島唯一の川は、上流においてもエクスフィギュアであった彼女の身が沈みきるほどの深さがあったのだ。
水中深くで休めば、まず何者からかの不意打ちを受ける心配はない。水中は、彼女専用のベッドのようなものだ。
そこで体力と精神力を回復させたのちはどうするか。テルクェスを用いて、周囲を探索する。
テルクェスによる探知はそこまで精度的に優れてはいない。もともとテルクェスは偵察用の能力ではないからだ。
せいぜいが、「近くに人がいそう」と漠然と感じ取れる程度。ジェイのように気配を消せる人間は、感知できまい。
おまけに偵察に使えるレベルにまでテルクェスの感度を上げるには、シャーリィは深い集中状態に入らねばならない。
その間は、もちろん隙だらけになる。
だが安全に周囲を偵察できる手段があるということは、この「バトル・ロワイアル」においては強力な生存手段だ。
おまけに、テルクェスによる偵察の有効範囲はは、実質上この島内では無限。
シャーリィの姉であったステラはかつて、ウェルテス近くの断崖から落下するセネルを、テルクェスで助けたこともある。
その時ステラがいた場所は、雪花の遺跡。
直線距離にしても健脚の徒歩でまる2日の行程になるほどの遠距離まで、テルクェスは届くのだ。
そしてこの島の最長距離は、どれほど長く見積もっても、遺跡船の半分ほどもあるまい。
つまり、シャーリィは島のどこにいようと、テルクェスは島のどこにでも届く。
もっとも、テルクェスを飛ばすには時間も精神力もいる行為であることを考えれば、実際の有効偵察範囲は狭まるだろう。
それでも、シャーリィの偵察網から逃れ行動するのは、かなりの困難を伴うのは事実。
偵察中は深い集中状態にならねばならないという欠点も、水中に潜めば問題なくカバーできるだろう。
そしてシャーリィは獲物を見つけ次第、そこに殺しに行く。
シャーリィは、皮袋を背負い、歩き出した。
シャーリィは、一歩一歩と歩を進める。南へ。自分が先ほどまでいた、あの山へ。
エクスフィアの忌まわしい毒素から逃れたとは言え。こうして再び正気を取り戻したとは言え。
正気のまま、彼女はダオスの言うところの、「狂気という名の猛毒」の盃を呷ったのだ。
331寄せる想い、継ぐ力13:2006/05/01(月) 00:26:08 ID:UFg+oMH1
愛しい兄に逢いたいという正気を貫くために、仲間を殺すことさえいとわぬという狂気を受け入れる。
シャーリィは、正気のまま狂気を受け入れた。
この境地こそ、この島において生と勝利を掴む秘訣の1つと言えば、確かにそうなのかもしれない。
だがそれは、シャーリィが今まで生きてきて築いた、全ての倫理観を根底から覆すことに他ならない。
しかしそれも、愛しい兄のためなら些事に過ぎない。信条も理念も倫理も、全て振り捨てる。
その境地に至った彼女は、後戻りの利かぬ道へと、踏み出そうとしていた。


【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品: メガグランチャー(自身を中継して略式滄我砲を発射可能。普段は皮袋に収納)
     ネルフェス・エクスフィア(セネルのアーツ系爪術を、限定的ながら使用可能)
     フェアリィリング
     UZI SMG(30連マガジン残り1つ、皮袋に収納しているが、素早く抜き出せる状態)
状態:TP残り40% HP残り80% 背中と胸に火傷(治療中) 冷徹 ハイエクスフィア強化 クライマックスモード発動可能
基本行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
第一行動方針:か弱い少女を装ったステルスマーダーとして活動。自分以外の参加者は皆殺し
第二行動方針:D5に残る面々を追撃
第三行動方針:D5の水中で休息後、テルクェスで島内を偵察
第四行動方針:可能ならばジェイと接触し情報を得る。そののちジェイの不意を打ち殺害
現在地:D5北部の草原地帯 →D5の山岳地帯
332名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 00:27:16 ID:UFg+oMH1
投下完了。

この作品は「兄への想い、兄の力」の完全改訂版ですので、前作は破棄して下さい。
333名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 14:53:54 ID:AS+f5ia+
 
334聖戦を待ち焦がれた城跡 1:2006/05/07(日) 20:51:13 ID:G2rzEOnR
私がそれを初めて見たのは、正しくは実物を見たのは
あの時が初めてだった。掌と五指の器に丁度収まる程度の大きさの実。
実の所、私はそれを何十年も何百年も、果ては時間の概念を越えて欲すと願っていた。
唯無念なことに、私はその実物を見たことが無かった。尽きることの無い時間は
私に侵食し、真実と妄想の溝は光の速さで深まっていった。
私が欲しいと焦がれるものはこんな物ではないと、たかを括った。
何よりその横にはもっと即物的な、現実的な貴重品があった為、
私の脳の占有権はたちまちそれ、エリクシールに譲渡された。

譲渡に際し、私はその所有者である少年に一度だけ、これはなんだ?と尋ねた。
少々フランクではあるがこんな餓鬼の英語の構文の様なことを尋ねたのは何年ぶりの話だったか。
少年はムスッとした顔で自分の所有物を私から取り上げ、一言だけ言った。

「今の僕には唯の木の実、昔の僕には、笑えないジョーク」

勿論この実から滲み出るマナには気付いていたが、あの時の私は、今思い返してみれば
恥ずかしい限りなのだが、女神という存在に満たされていた。満足して、思考が僅かに緩んでいた。
その間隙を突いて、眼前を暗く塞いだのは、その女神の艶やかな鮮血。悪玉コレステロールが
少なそうな血液を見て、もう私の思考は、エリクシールの情報でそれを上書きしてしまった。
その後、あの惨劇の後、少年と別れるまで、少年がそれを他人に見せた事実は無い。
故に私も忘却の住人だったと言える。

あの時私がどう思っていたかを知る術はもう無い。あくまで今までの話は
現在の私からの視点から見た過去の私に対する推測、思考のトレースである。
あの時私が何を考えていたかなんて、無意味。
私が、それを欲した今の際までその存在に気付かなかったという事実が、全てだ。

翼を開く為には、大量の力が要る。私の母星のマナを使わねばならないほどに。
この幾許のない身一つだけでは翼を開くこと叶わない。あれは、借り物の力だからだ。
あの実があれば、まだ打開策を講じることも出来たかも知れない。
その事実にすら、今の今まで気付かなかった。
デリス・カーラーン無しで天使になれると勘違いした言い訳と取られても結構。
最初から重点はそこには無い。問題は、もっと広義的なものだ。

何故、今それに気付いたのか。
何故、今まで気付かなかったのか。
何が、私からそれを遠ざけていたのか。
誰が、私を騙していたのか。
女神か?天使か?剣士か?私自身か?

燃え盛る草の上で、私は笑った。笑うしかなかった。
335聖戦を待ち焦がれた城跡 2:2006/05/07(日) 20:51:55 ID:G2rzEOnR
月が高く上って、辺りは反射光を浴びて白く薄汚れている。そんな小高い丘の上に男が一人立っていた。
彼の名はデミテル。今更説明の必要もないんだけど、現職は魔術師兼研究者だ。
そのデミテルはじっと遠くを見ている。方角は東、その先にあるのは古城…だった場所。
古城がなくなる瞬間を目の当たりにしていたんだから、驚きの意思表示をする必要はない。
懐から葉を一枚取り出す。深緑の葉を一枚、主脈の方向へ丸めていく。
棒状になったそれを口に咥え、指をその先端に近づける。指の先端が赤く光り、一瞬で消えた。
代わりに葉の先端が赤くなる。しかし煙は上がらない。複流煙を出さないように勤めるのは、
彼の後ろに控える2人の健康への配慮なんかじゃあ、勿論無い。

自身の血管が収縮して、体が冷えるイメージ。脳細胞が透明になって、
演算が乗算的に速くなっていく。葉を咥えたまま、以上に肥大化したアザミの茎を振る。
右で、下へ、後ろで、左上方前へ、パチンと音がする。行為自体には意味が無い。
ただ計算にリズムを付けているだけだ。鞭は唸る。まるで生きているように。
しかしその緩急・制動は、全て一人の人間の手首によって制御されている。
後五分もあれば篝火はそこの二人と接触する。その五分後にはダオスもそこにたどり着くだろう。
策はある。誘蛾灯の意向を無視して最小のリスクで殲滅を狙う策は出来ている。
サジタリウスの弓。単純な策だから、不可避。
腕を使って更に鞭を蛇行させる。鼻から排気された白煙は少し灰が混じっていた。
乾燥させる時間が足りなかったと脳の3%位が考えた。
だが、違和感が否めない。気に入らない、とも言える。
策は恐らく成功する。明確なリスクを支払いハイリターンを確実に得る。
出来すぎている。既に料理がそこにある。あとはナプキンをつけて、
ナイフとフォークを手に取り、食べるだけ。
デミテルは手首の筋肉を動かすことを止めた。連動して、鞭の動きがオフになる。
まるで死んでいるように。手首一つで、死んだり生きたり、まるでヒトのように。
336聖戦を待ち焦がれた城跡 3:2006/05/07(日) 20:52:58 ID:G2rzEOnR
無料では、無いだろう。支払いを要求される。しかし、毒ではない。
正当な取引だ。明確な取引はリスクとは言わない。ただの過程。
魔術と、マナの関係に似ている。有限のマナを、遣り繰りして、術を行使する。
永久機関では無い。需要よりも供給のほうが大きいから無限に錯覚する。
需要が増えれば、供給を増やさなければいけない。それが経済。
しかし大樹は一つしかなかった。魔科学は経済を破綻させる。
息が荒くなった自分を見ている。しかし体は冷え切っている。
主は何も言わなかったが、多分そう言う理由なのだろう。
ならば、私が手に入れた力は、心の力とは、何ぞや?完全なる永久機関が、その先にある。
半分ほどの長さになった葉を咥えるのを止め、作りかけのそれに火を当てて化学繊維を木材に溶接する。
先端を指で折り、火種を消す。微かな痛み、私が奪った命は、もっと簡単に消えた。
マナの制限。それが檻の大前提。しかし、その力はまるで制限を受けていないように自由。
大きく息を吸い込み、眼を閉じる。煙を体外に放出するイメージ。

「…ティトレイ=クロウ」声とともに動く生命。
デミテルは後ろにそれを放り投げる。受け取る生命。
小さな弓。木材と溶解したストローの化学繊維の弦で拵えた唯の腕弓。
自動弓にするにはスプリングが足りない。矢の装填には時間が掛かるだろう。
「…クレス=アルベイン」声とともに動く死体。
デミテルは後ろにそれを放り投げる。受け取る死体。
3種類の袋。一つは水溶性の薬物。
ただそれだけ。愛着のあるものを捨てる決断は早ければ早いほうがいい。
デミテルは初めて西を向いた。2人を見据える。

「ティトレイ=クロウの愚想に、私の神算とクレス=アルベインの蛮勇を加えて、必殺の鬼謀とする」

今からE2の城で三度戦いが起ころうとしている。この話はその頭出しという位置づけにならざるを得ない。
あまりにも人数が多い。状況はとっても面倒くさくて、この場にいた奴らの中にはたった一人を除いて
その全てを把握していた人間はいない。その一人も表面的な把握しかしていない。
この話はそのたった一人、つまり俺の知っていることにほんの少しの想像で味付けした上で
さっぱり風味に仕上げた。こんな手法でも使わないと俺の出番が本当に無いんだ。
出来る限りそれを感じさせないように言葉遣いも丁寧にしたぜ。
最近影が薄いから存在をアピールするのも大変だと、分かってくれ。嬉しくは、無いけどな。
337聖戦を待ち焦がれた城跡 4:2006/05/07(日) 20:53:35 ID:G2rzEOnR
4人が城跡の人影を確認したと同時に、その人影が、立ち上がった。
城の敷地に入った時点で、そいつが金髪であることを理解した。
その場に居合わせた5人が全員の容姿を確認した所で、ロイドが口を開いた。
「…あんたらは、ここにしかあんたらしかいないのか?」
「その前に聞かせてほしい。君たちは、何処から来た?」
スタンは4人を真っ直ぐ見据え、伏兵がいないかを確認する。
「C3から来た。僕達たちはそこで…」
キールの発言をスタンは制する。
「大体の事情は聞いている。ジョニーがそこで死んだってコトも。そして誰がやったかも」
スタンの発言に3人は驚きを禁じえない。ただジェイだけが別のことに意識を向けていた。
「あのことを知っているってことは…ミトスか?」
リッドが察したことを口にする。あの事実を知っているのは自分達を除けば、
ダオスか、ミトスか、クレスか、あるいは放火の犯人しかいない。
「…そうだ。そして彼はクレス=アルベインの一味に掛かってジョニーと彼の姉は死んだと言っていた。」
スタンは重さにしてほんの1g程警戒を緩める。
キールは少々違和感を覚えた。確かに一連の事件は直接的にはクレス手によって引き起こされたものだが
ネレイド、ひいてはメルディの行動だけはスタンドアローン、独立した存在だ。
その事実を知っているミトスが何故一括りにクレスがジョニーを殺したというのか。
「…ミトスは嘘をついている可能性がある、彼から聞いたことを教えて欲しい」
キールの発言は、2人に動揺を与えるのには十分。しかし
「姉さんが殺されたと泣いていたあの子の涙は、本物だったらしい
あの子が嘘を付いているとしたら、ジョニーは誰に殺されたんだ?」
鋭い。垢抜けた顔の割に、英雄は鋭い。今のやり取りに嘘があるならそこしかない。
3人の沈黙。真実は、嘘よりも無残。その意図はつまり、庇っている。1kg警戒が増量。
「…腹の探りあいは止めにしませんか?」
ジェイが割って入る。
「僕達の目的はコレットさんとクラトスさんの消息を知ることです、それが終われば僕達はすぐにここを離れます」
確信。もう一人、どこかにいる。
「コレットは、いない。クラトスっていう人は…」
何処まで敵で、何処までそうじゃないのか、読めない。膠着した情報戦が終わる。
突如、雷光が彼らを隔てて走る。その軌道は、地面に焦げてくっきりと写っていた。
338聖戦を待ち焦がれた城跡 5:2006/05/07(日) 20:54:10 ID:G2rzEOnR
そこにいた6人が一気に警戒態勢を整える。
「父さ、スタンさん!離れて!!」
4人の視点から見て、頭が地面から生えたように、カイルが現れた。
カイルのレンズは光り輝いている。
「晶霊術?いや…違う!あれがレンズか!?」
キールが大声を上げると同時に、ロイドが飛び出す。エクスフィアを使っている以上、ロイドが一番速かった。
「ヴォルテックヒート!!」
ロイドの剣がもう少しで届くという所で、晶術が発動。
ロイドの後方に発生した形になった熱嵐は、ロイドを元地下へ落とす結果となった。
「やっぱり、仲間がいたのか。クレスが近くにいるのか!!」
吠えるスタン。ガーネットを強く握る。
(遠い!500…800…少なくとも1500はある。どういうことだ?!)
すばやく双眼鏡を構えるジェイ。しかし流石にNV仕様ではない。暗夜を想定されたものではないのだ。
東からの砲撃、しかし、何処にも敵影は見えない。ましてや、朝ここでデミテルを見たときには
こんな攻撃方法はなかったはず。そもそもこれは自身が想定するデミテルの行動に反している。誰が?
「違う!俺たちは…上!!」
叫ぶリッドの言葉の意味をスタンが理解したのは聞こえてからすぐ。頭上に発生した、歪な欲望。
「空間、翔転移!!」
一歩遅れてスタンが剣を抜く。朝の十字架の再現。
一歩遅れた分、左腕からの出欠。白い鎧が赤く彩色される。
着地して後退転移をキャンセル。すかさずバックステップしたのは、紛れも無く時空剣士。
「「クレス!!」」地下に落ちた一人を除いて全員が彼の名前を呼んだ。
リッドが何かを言いかけるが、その前に更に転移。転移後の座標、カイル=デュナミスの背後、
転移先問題なし、オールグリーン。
紙一重でスタンが読みきって、カイルの背中をフォロー。
「父さん!?」
更に剣戟が交わる。クレスの顔に生気は無く、虚ろな笑顔が張り付いているのみ。
「…どうやら狙いは俺達だけか。君達もやっぱ仲間か…」
あまりに安易な思考。しかし屈強な戦士達を前にしてそれを改める余裕はスタンにはない。
スタンは剣をかざした。紅い、フラムベルクの魔剣。
「ディムロス…力を貸してくれ!!」
ガーネットとフランヴェルジュ、炎を司る法具二つを掲げて、スタンは
ソーディアンの無さを補う。時空剣技に対抗するためには、こちらも人界を超えなくてはならない。
「やべえ!!キール、ジェイ!俺の後ろに!!」
リッドが叫ぶ。響きわたる爆音は地獄からの呼び声。
「獅吼爆炎陣!!」
339聖戦を待ち焦がれた城跡 6:2006/05/07(日) 20:55:13 ID:G2rzEOnR
俺は何を見ているんだろう?
ロイドは自分がぶつかったそれを見てそう思った。
地表から地下に直接落ちた。頑丈さが取り柄だからたんこぶを作るだけだったろうが、
地面にあったそれにぶつかって、たんこぶも作らなかった。
後頭部を守ってくれたのは、父さん。但し、首は別売り。フィギュアに近い。
地下から、恐ろしき慟哭。カイルが何事かと穴に近づく。
跳躍。一足飛びで出てきたロイドは、迷うことなくカイルに二刀流を浴びせる。
「お前ら!父さ!お前!よくも、よくも!うあああああああ!!」
カイルが剣の腹を前に出し、二刀を防ぐ。その剣は防御に優れていた。
「二刀流はどいつもこいつも…!!」
力任せにロイドを弾く、自分の仲間に二刀流がいることを忘れて。ロイドは身軽に着地して、更に突進。
「俺は殺してない!イチャモン付けてまで喧嘩したかったらやってやら!!」
僅かに遅れて、カイルもロイドに突進した。

辺りが一面炎に包まれる中、水蒸気が立ち込める場所が一つ。
魔炎を氷剣で相殺した水蒸気の中から、人が三人。3人が見たのは、地獄絵図。
「落ち着け!ロイドもいったい何を…ああ!!」
キールは鼻頭を押さえてうなだれた。そんなことをやっている場合じゃないのは自分が一番分かっている。
理由が理由の中に埋没して真実がどんどん遠ざかる。何が起こっているのか。
ジェイならどうかと思った。少なくとも自分よりは荒事に向いているだろう。
そう思ってジェイの方を向いたが、彼は北を向いたまま顔面蒼白になっていた。
何事かと思い、釣られて北を向く。ああ、成程、これは仕方ない。
「ゼクンドゥス!!」
340聖戦を待ち焦がれた城跡 7:2006/05/07(日) 20:57:01 ID:G2rzEOnR
ダオスは走る。その衣類はC3にいた頃よりもひどく焦げている。
デミテルの策にまんまと引っかかったダオスは順当に、誘蛾灯の方へ移動した。
そして今しがた、感じたマナは紛れも無く時空剣の波動。クレスが、そこにいる。
死にかけの体を鞭打ってダオスは走った。
目の前で突如火柱が起こり、その中から現れたのは、リッド達。
そしてその周りにクレス以外にも二人いた。リッド達を攻撃した初めて見る、敵。
リッド達を殺されるわけには行かない。ダオスは彼らに自分の思いを託さなければならない。
その彼らを脅かす存在は、排除しなければならない。
どうやらクレスとも敵のようだがそんなことは関係ない。敵の敵は味方などという甘いことを
言う余裕はダオスには無いのだ。まとめて排除するしかない。
先ほど殴り飛ばした少年やリッド達が何かを叫んでいるが、少なくともあのクレスを排除しなければ
おちおち話を聞くことも出来ない。敵は、始末する。
「ダオスコレダー!!」
未だ燃えている炎を吹き飛ばして、閃光が辺りを包んだ。

「お前ら!!やりたい放題やればいいってもんじゃないだろ!?」
キールは半ばノイローゼ気味に吠える。この状況下で一番足手まといなのは
C・ケイジを持っていない自分だからだ。泣けるものなら泣きたい。
ジェイはさっきから双眼鏡で冷静に辺りを観察しているし。こちとら唯の学士だぞ?
時空剣やら魔剣やら爪術やらには縁の無い唯の凡俗だ。どうしろっていうんだこの×××が!!
「キール」
リッドの声が耳に入る。そういやこいつも極光に選ばれた戦士なんだよな畜生。
ファラは鬼のように強いし、結局僕だけが凡俗で…もう一人は?
「…あいつが来るぞ」
もう一度北を見据える。眼には見えずともはっきりと分かる。
あいつが、来た。破壊神の皮を被った凡俗が、来る。
341聖戦を待ち焦がれた城跡 8:2006/05/07(日) 20:57:51 ID:G2rzEOnR
月が高く上って、辺りは反射光を浴びて白く薄汚れている。そんな小高い丘の上に男が一人立っていた。
「砲身を垂直に−15度、水平に左9度動かせ」
デミテルの命令に沿って、ティトレイの腕が動く。追随して、腕に付いた倍もあろう木造砲身が動く。
第一射は上々。狙いも悪くない。格闘「弓士」の名は伊達ではないということだろうか。
デミテルが用意した策は実にシンプル。クレスで敵の目を釘付けにして、
ロングレンジからの軍用魔法で目標群を消滅させる、以上。
はっきり言って無茶だ。超広域殲滅魔法は時間がかかり発動がバレバレで対人戦では
使いづらいことこの上ない。なによりデミテルらしからぬ策。
だからこそ、この策は策として機能する。
タイミングとしてはダオスがデミテルの影を捉えている頃合。
策略一辺倒では遠からず露見する。故に、定石を外す。
そんな乱暴な策を策たらしめているのは、ティトレイのフォルスである。
フォルスで構築された巨大な砲身とティトレイに雷のエネルギィを充填し、放出する。
インディグネイト・ジャッジメントと違い、発動から効果までのタイムラグはほとんど無い。
何より、射程が半端ではない。発動後の抵抗は不可能。
ティトレイだけが知りえたここにはいない彼女との秘奥義。

「サウザンド・ブレイバー、か。サンダーブレード級の装填でこれ程とは。
言うならばハンドレット・ブレイバー…」
デミテルは再び砲身に手を翳す。第一射によって誤差の修正はすんだ。
「しかし牢記せよティトレイ=クロウ。貴様とのセッションは保って後一回。
マナとフォルス…ここまで食い合わせが悪いとは…いや逆に良いのか?」
デミテルは呼吸を整える。あまりに強大であまりにムラがあるこの力。
外部から完全に制御するには少々堪えるのだ。
「だが、次でこれを撃つ必要はなくなる。クレス一つ使っての策。相応の釣果は頂くぞ。」
デミテルの手が紫に光る。次はインディグネイト・ジャッジメント級の電力。
「悠久の紫電よ、彼の者に宿れ…」
数分の装填時間の後、あの地は地下ごと消滅する。その為に小高い丘を陣取り俯角を下げたのだから。
クレスへのオーダーは「ダオス以外の金髪の男達を殺した後、好きなだけ食え」という物。
信用を得るために植物の種とバットを渡すほどに念を入れた。
もっとも近接攻撃にはアザミの鞭があるし種はまた作ればいい。
クレスにはこの砲撃は援護射撃といってある。
最初からクレスごと葬る算段である。無論彼を惜しむ心はある。しかし、
駒を惜しんで王が取られる訳には行かない。ここが機なのだ。
発射の直前まではティトレイには索敵と隠密を行ってもらう。
どこのどいつがお膳立てしたかは分からぬが、紛れもない好機。隠密にして神速、絶対砲撃。

「ダオス様、これが貴方に送る私のファイナルショットです。どうか、お元気で」
342聖戦を待ち焦がれた城跡 9:2006/05/07(日) 20:58:24 ID:G2rzEOnR
親父の無残な姿に勘違いをしたままカイルに剣を振るうロイド。
ロイドの怒りに同調して剣を走らせるカイル。
焦りと怨敵の存在から冷静な判断を下せないダオス。
リッド達を敵と勘違いしたままクレスと剣を交えるスタン。
極光を持つもの同士存在を認識したリッド、そしてキール。
この戦いの裏に隠れた意思を解き明かそうとするジェイ。
雌伏の時を経て、殺人の快楽に身を委ねるクレス。
ただ、決着の時を待つデミテル。
北より来る黒。
誰かが誰かを騙しているんだ。
誰かが誰かに騙されているんだ。

正直は3度まで、E23度目の戦場は、ヤバさ4ツ星半だ。悲しくは無いけどな。
343聖戦を待ち焦がれた城跡 10:2006/05/07(日) 21:00:01 ID:G2rzEOnR
【スタン 生存確認】
状態:ジョニーを殺した相手への怒り カイルへの同情  
左腕負傷 炎系奥義6番(殺劇と天翔翼以外)まで解禁
所持品: ガーネット オーガアクス フランヴェルジュ
第一行動方針:クレスの撃破
第二行動方針:ダオス以下リッド達の撃破?
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:E2城跡

【カイル 生存確認】
状態:ジレンマ 潜在的な苛立ち  怒り
所持品: 鍋の蓋 フォースリング ディフェンサー
ラビッドシンボル(黒・割れかけ) ウィス
第一行動方針:ロイドの撃破
第二行動方針:南下してくる敵の迎撃、スタンを守る
第三行動方針:リアラを守る
第四行動方針:クラトスの息子(ロイド)に剣を返す
第五行動方針:ハロルドが気になる
現在位置:E2城跡

【ダオス 生存確認】
状態:TP残り85%  HP25% 死への秒読み(3日目未明〜早朝に死亡)
壮烈な覚悟 髪の毛が半分銀髪化 現状では天使化不可 若干錯乱気味
所持品:エメラルドリング  ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:クレスの殺害 
第二行動方針:リッド達を守る(=スタン・カイルの撃破)
第三行動方針:デミテル一味の殺害
第四行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:E2城跡

【デミテル 生存確認】
状態:TP80% サウザンド・ブレイバー準備中
所持品:ミスティシンボル、毒液 魔杖ケイオスハート アザミの鞭
基本行動方針:漁夫の利を狙い立ち回る
第一行動方針:サウザントブレイバー装填後、発射
第二行動方針:発射後、可能なら生き残りを殲滅する
現在位置:E3

【ティトレイ・クロウ 生存確認】
状態:感情喪失、TP残り75% サウザンド・ブレイバー準備中
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック 短弓(腕に装着)
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3
344聖戦を待ち焦がれた城跡 11:2006/05/07(日) 21:00:43 ID:G2rzEOnR
【クレス・アルベイン 生存確認】
状態:TP85%、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 殺人快楽
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜 植物の種(ブタクサ、ホウセンカ)金属バット
鎮静剤(一回分)
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:スタンを殺した後皆殺し
現在位置:E2城跡

【リッド 生存確認】
状態:全快
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【キール 生存確認】
状態:全快
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【ロイド 生存確認】
状態:激怒
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー 
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:カイルを撃破
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2城跡

【ジェイ 生存確認】
状態:打撲は回復 TP全快 クライマックスモード発動可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針: 脅威を排除しながら、脱出方法を模索する
第一行動方針:状況の把握、射手の捜索
第二行動方針:デミテルを「釣り」、撃破する
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィの救済策の模索
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:E2城跡
345irony 1:2006/05/08(月) 07:17:03 ID:8ppv6qOG
昏い昏い意識の湖底。
天も地も存在しない、不安定な場所。

――エミリオ? どうしたの、暗い顔ね。

今ならわかる、わかってしまう……微かな憐れみの込もった、けれど慈愛に満ちた声。
求めてやまなかった、大切なヒト。

――坊ちゃん。好き嫌いなんてしていたら、いつまでも身長なんて伸びませんよ。

お節介。けれど、いつまでも傍に居た声。失ってみて初めてわかる、
どれだけその『彼』の存在が、僕を構成するための比重が大きかったのかを。

――過去を断ち切り、お前は生きろ。

二人の声が遠ざかり、今度は『僕』が言葉を紡ぐ。

――……“ジューダス”。

そして、浮上する。
346irony 2:2006/05/08(月) 07:17:53 ID:8ppv6qOG
丈の低い草原に、紅く広がる染みができていた。
よく見るとそれは血に染まったマントだったが、流された血液はべったりと固まって、
今は黒く変色していた。
相当、激しい戦闘があったのだろう。
あたりの地面は焼け焦げ、大きな穴がいくつも口を開いている。

天空に掲げられた二つの月の光を浴びながら、リオンは目を覚ました。

ぼうっとする。頭に霞がかかったように、思考がはっきりとしない。
何があった? どうなった? 僕は……死んだはず。
そうだ、あの桃色の髪の女を追いかけていたら、『僕』に会ったんだ。
そして……そして、戦った。
あのとき、確かにアイツの、『僕』の刃は僕の心臓を抉った。間違いない。
なのになぜ、僕は今、ここにいる?

リオンは節々が痛む身体を起こそうとして、ふと違和感に捕らわれた。
手榴弾の爆発により失くしたはずの右腕があったからだ。
焦げた袖、残った火傷の跡。疑いようもなく吹き飛んだはずの右腕が、どうして?
ぎしぎしと音を立てる身体に鞭打って、左腕を動かし、そっと触ってみる。
焼け爛れた腕の切断面はまだ熱を持ちじくじくと痛むが、確かにこの身体と繋がっていた。
痛みはあるものの、全く動かせないということはない。

はっとして、リオンはそのまま左手を胸元に持っていく。
濡れた衣服に開いた穴。裂傷。その先にある――心臓。
どくん。
鼓動している。
どくん、どくん。
それは休まずに脈を打つ。

生きている。僕は、生きている。

生存していたことへの驚愕か興奮か、自然と荒くなった息遣いに、感動すら覚える。
暗転していく視界。耳に響く水流の轟音。
例え時間が経っても、一度経験した死の恐怖は拭えるものではない。
リオンは二度、それを経験した。一度目は本当の死。二度目の死は、――今、無効となった。

「……生きて…る……。僕は……生きている……」

情けないほど掠れた声だったが、言葉にして、改めて身に染みてくる。
つ、と頬に流れるものがあった。ぎこちなく動く右手を見つめ、汚れた左手を見つめる。
手の平越しに見える夜空は、漆黒。赤と青の月が、爛々と目を光らせていた。
347irony 3:2006/05/08(月) 07:19:01 ID:8ppv6qOG
暫く後、リオンは多量の出血で貧血を起こしている身体を、ふらりと危なげに起こした。
全身が、まるで鉛をつけられているかのように重い。
引き裂かれたマントを翻し、一歩一歩、地面を踏みしめる。

そして、やっと正常に回転し始めた頭で、現状を理解した。

目にしたのは、首から上が吹き飛んだ姿で横たわっている黒衣の少年。
――もう一人の『リオン』だ。
彼の周囲は真っ赤に染まっており、風に乗って肉の焦げたにおいと、濃い鉄のにおいが鼻をついた。

これは、あのときと同じだ。
彼女が……マリアンが消えたときと、同じだ。

リオンは目を見開き、震える足を必死に律した。
そうでなければ、今にもまたくずおれてしまいそうだったから。
どうしてアイツはこんな姿になっている? まさかまたミクトランが手を下したとでもいうのか。
しかしそうではないことが、彼の残った左手に握られていた短刀を見てわかった。
いや、直感的に“覚った”と言っていいだろう。
この『僕』は、自ら死を選んだのだ、と。

「勝ち逃げ……か、卑怯者め」

搾り出した言葉は負け惜しみか、抑えた慟哭か。
だが、リオンにはいまいち理解できなかった。なぜ止めを刺さず、奴は死んだ?
あまりの惨状にその場に近づけずにいたリオンは、視界の端できらりと月光を反射するものを捉え

た。
見覚えのある半透明の球体……その、欠片。
カッ、と全身が熱くなったのを感じたのも束の間、リオンはろくに動かない足で駆け出していた。
散乱している荷物や肉片、瓦礫の中に埋もれるようにして転がっていたのは、まさに同胞。
ソーディアン・シャルティエのコアクリスタルだった。

「シャル!? ……シャル、おい、シャル!」

リオンは蹲り、ばらばらに砕け散ったシャルティエの破片を掻き集める。
その状態は数時間前のものと非常に酷似していたが、お構いなしにレンズを掘り起こす。
全ての欠片を集めてもなお、それは本来の形には程遠く、何度も何度も呼びかけて返事を待つが、
一向に聞きなれた声は返ってこなかった。
この二つの状況からフラッシュバックするのは、やはり最愛の女性の首が飛んだあの瞬間。
恐怖か、怒りか、哀しみか、空しさか……。震える。……震える。

「どうしてだ! マリアンだけでなく、シャル、お前まで、なんで、なんで……っ」

唯一の相棒を失った悲しみは深く、リオンは頭を垂れた。
手の平に収まったシャルティエの冷たいコアクリスタルに顔を埋める。
ますますわからない。何がしたかったんだ、あの男は。
僕を生かし、殺し、シャルまでをも道連れにした。
その意図はなんだ?
多大な犠牲を払った、その意図は?

いとも容易く狂ってしまいそうになる己を繋ぎとめるのは、
ジューダスと名乗る男に出会い、戦ったことで生まれた、さまざまな『疑問』。
それは全てを紐解こうとしたらあまりにも複雑で、かといって無視してしまうには
あまりにも重大すぎるもののような気がした。
348irony 4:2006/05/08(月) 07:20:01 ID:8ppv6qOG
二つの光が明滅するレーダーに視線を落としながら、リオンは項垂れた。
散らばった物の中からジューダスのサックを探し出し、
千切れたマントの裾でコアクリスタルを丁寧に包むと、その中に仕舞いこんだ。
もういないんだ。シャルも、マリアンも。アイツも。

「おかしいな……僕はここにいるのに」

嘆くように笑う。あまりにも痛々しい、憔悴しきった笑みだった。

一先ず周囲の使えそうな荷物を拾い集め、手近な岩にもたれ掛かりつつ、一つ一つを確認する。
シャルティエが失われた今、得物になり得る剣があったことは、不幸中の幸いだった。
それと、アイツが二刀流に使っていた短刀。それら二振りの剣を腰に下げる。
他には自身の首にも冷やりとした感触と共に宿っている首輪が一つと、簡易レーダー。
首輪は無傷のところを見ると、恐らく他の参加者の首を落とし、手に入れたものだろう。
もしかすると、このゲームからの脱出法でも模索しようとしていたのかもしれない。

これからどうするか……何ともなしに考えながら、リオンは竜骨でできた、
今にも崩れ落ちて壊れてしまいそうな仮面を眺める。
――不思議な気持ちになった。
この仮面はきっと、ただ素顔を隠すためのものではなかったのだろう。
何か、己に対する戒めのような役割も果たしていたのでは……。
なぜだか、リオンには仮面の存在意義が手に取るようにわかってしまうのだった。
349irony 5:2006/05/08(月) 07:20:53 ID:8ppv6qOG
感傷に浸っていたいが、いつまでもこうしていては埒が明かない。
とりあえずは傷が癒えるのを待ち、再び動かなくては……。……?
再び動く?
再び動いて、僕は何をするというのだ?
また、誰かを殺すのか?
マリアンを生き返らせる……それが今までの最大の目標であり、
リオンがこのゲームに参加していることの大前提だった。
けれど……果たしてマリアンは、こうして血に汚れていく僕を、どう思うのだろうか。

リオンの脳裏に過ぎったのは、かつて赤髪の剣士を
シャルティエで刺し貫いたときの、恐怖に怯えた彼女の表情。
それから、再会したときの、安堵した柔らかい笑顔。

――エミリオ…、本当に良かった…無事で…

優しい彼女の声が蘇った。
そうだ。彼女は優しかった。血まみれの僕の手を取って、心配そうに気遣ってくれた。
あのときの気持ちは本物だ。
決して、同情などではなかった。
……そう。彼女は望んでいない。

マリアンは、殺戮を望んではいない。

「そうだ……マリアンは、僕が人を殺すのを望んでいるはずなんてないんだ」

数多の屍の山を築いた後、彼女にまた出逢うことができたとしても、
彼女は両手を広げて僕を受け入れてくれるか?
笑顔で僕の無事を喜び、二度目の生を受け入れるか?

答えは――きっと否だ。

やっと気が付いた。これだけの時間と犠牲を要して、やっと彼女の本当の心を知ることができた。
僕はなんて愚かだったのだろう。こんなことを続けて、マリアンが喜ぶわけがないじゃないか。
もう二度と、彼女の悲しい顔は見たくない。
350irony 6:2006/05/08(月) 07:25:06 ID:8ppv6qOG
リオンは、ペットボトルを切断され、地面に散乱していたマリアンの肉片の上に
柔らかい土を盛り、簡易的ではあるが小さな墓を作った。
こんなことで彼女が浮かばれるはずもないが、これはせめてもの、償い。
この墓は、僕が今までミクトランに迎合し、殺してしまった者たちにも捧ぐ墓。

土に汚れた手を組み、冥福を祈る。これは偽善だ。けれど、本心からの想いであることも確か。
償いなど容易にできはしない。
僕が生きている限り、贖罪は終わらない。
だけど、変わってみたいんだ。
あのときスタンたちに言えなかった言葉。頼ることをしなかった後悔。
それを全て、僕は――

カラン。

そのとき、軽い音を立てて、サックの中から何かが落ちた。
見たことのない小さな機械。

「……?」

拾い上げると、不意に、身体に見えない枷が掛かったかのような錯覚に陥る。
リオンは慌ててその機械を払い落とした。夜の闇の中、それは不穏に光を放つ。
351irony 7:2006/05/08(月) 07:26:02 ID:8ppv6qOG
――……坊ちゃん……

「シャル!?」

幻聴か。リオンの頭にシャルティエの声が響く。

――そ……を……さわ…っては……いけな……い……

「シャル、無事だったのか!?」

リオンはサックの中から、布に包まれたシャルティエのコアクリスタルを取り出す。
無駄な行為とはわかっていても、耳を近づけ、夢中で声を拾おうとする。
シャルティエの今にも消え入りそうな、小さな小さな囁き。

――壊…す……だ。そう……す…れば……坊ちゃんは…

「壊す? この機械をか!?」

――そ…う……。自由…に……なれ…る……

リオンはすぐさま剣を抜き、足元に転がった機械に突き立てた。
パキリ、とそれは簡単に砕け、光も消えた。
同時に『見えない枷』も消え去ったかのように、不思議と身体が――心が幾分軽くなる。

「壊したぞ! これでいいんだな、シャル! ……シャル?」

シャルティエは、それきり言葉を発しなくなった。
弱々しく輝いていたコアクリスタルも、もうただの冷たい欠片となり果てている。

「シャル! 返事をしろ、シャル……!!」

呼びかけても呼びかけても、やはりシャルティエは返事をしなかった。
完全な沈黙。リオンの叫びに近い、悲痛な声だけが草原に響き渡っている。
すると突然、ごうという音とともに強い風が吹いた。
夜風は、リオンの手の上にある相棒の残骸を、ぱらぱらと宙に撒いていく。
月の光を受け、きらきらと輝きながら、シャルティエは夜の空へと散っていった。

「……シャル……」

リオンはシャルティエが消えていった虚空を暫くのあいだ見つめていたが、
一度目を閉じ、再び開いたときには、瞳に強い決意の光を宿らせていた。
サックを背負いなおし、行動方針を決める。
これからの僕。アイツが遺してくれた僕。シャルが遺してくれた僕。
せめて、いつかマリアンやシャル、……ジューダスに会ったとき、恥じることのないように。
僕は、行く。
352irony 8:2006/05/08(月) 07:26:57 ID:8ppv6qOG
――ジューダス。

アイツは間際に、確かに僕のことをそう呼んだ。
『ジューダス』とは、ストレイライズ信仰ではないどこかの宗教では
“裏切り者”という意味を冠すると、書物で読んだことがある。
しかし、その言葉の本来の意味は――“賞賛”。

「皮肉なものだな……裏切り、賞賛、僕に見合うのはどちらかなんて、わかりきっているのに」

リオンは自嘲気味に笑う。けれどもし、本当の意味で自分が『ジューダス』と呼ばれる日が
来るとしたら……。
それは、きっとこのゲームを終わらせてから。

ミクトラン、僕はお前を許さない。
彼女を奪った、シャルを奪ったお前を。
もう、好きにはさせない。必ず討ち取ってやる。

そして、馬鹿げたゲームを終わらせるのだ。
353irony 9:2006/05/08(月) 07:28:10 ID:8ppv6qOG
――『これで、おそろいだ』

ザー……。爆発音の後、一つのモニターの光が消えた。

薄暗い室内に、含んだ笑い声が響く。
ノイズを発し続けるモニターの画面を、部屋の主は緩慢に指を鳴らして消す。

「ククッ……面白いではないか。だが所詮、小虫の反乱。造作もないわ」

満足そうに口元をいやらしい笑みに歪めると、興味はすぐに別のところへ移った。
チェス盤だ。

「こちらもまた、なかなかの展開になってきたからな……。
 まあ、お楽しみが一つ減ったところで、どうということもない。
 まだまだ、ゲームは続くのだからな」



【リオン=マグナス 生存確認】
状態:エリクシールにより右腕接続。(まだ戦闘には支障あり。)体力小程度回復。強い決意。
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 首輪 簡易レーダー 竜骨の仮面(ひび割れ)
基本行動方針:ミクトランを倒し、ゲームを終わらせる。
第一行動方針:体力の回復。
第二行動方針:打開策の検討。
現在地:E5東
354聖戦を待ち焦がれた城跡 修正:2006/05/08(月) 07:33:59 ID:1QstGjpU
2−11行目
以上に肥大化したアザミの茎を振る→異常に肥大化したアザミの茎を振る

5−32行目以降
ガーネットとフランヴェルジュ、炎を司る法具二つを掲げて、スタンはソーディアンの無さを補う。
万が一敵が多数だった時の保険。広域を攻撃できる炎系奥義を使うための交換。
時空剣技に対抗するためには、こちらも人界を超えなくてはならない。
「やべえ!!キール、ジェイ!俺の後ろに!!」
リッドが叫ぶ。響きわたる爆音は地獄からの呼び声。
「獅吼爆炎陣!!」

6−11〜13行目
力任せにロイドを弾く、自分の仲間に二刀流がいることを忘れて。ロイドは身軽に着地して、更に突進。
「いきなりブチ切れるのかよ!そんなに喧嘩したかったらやってやら!!」
ロイドが何故豹変したのかに気付かず、僅かに遅れて、カイルもロイドに突進した。
「閃光翔墜!」「斬光時雨!」

7−16行以降
「お前ら!!やりたい放題やればいいってもんじゃな―――ッ!!」
キールは半ばノイローゼ気味に吠えて、吐いた。この状況下で一番足手まといなのは
C・ケイジを持っていない自分だからだ。泣けるものなら泣きたい。
ジェイはさっきから双眼鏡で冷静に辺りを観察しているし。
―馬鹿に、馬鹿にしているあの化物共は! 少しは一般人に気を遣うか大晶霊入りのケイジでも
持って来いよ!!!こちとら唯の学士だぞ?
時空剣やら魔剣やら爪術やらには縁の無い唯の凡俗だ。どうしろっていうんだこの×××が!!
「キール」
リッドの声が耳に入る。そういやこいつも選ばれた戦士なんだよな畜生。
僕があんな力を持っているなら幾らでも反逆してやるさ。
でもファラは鬼のように強いし、結局僕だけが凡俗で…もう一人は?
「…あいつが来るぞ」
リッドは借りていたホーリィリングをキールに返上する。
もう一度北を見据える。眼には見えずともはっきりと分かる。
あいつが、来た。破壊神の皮を被った凡俗が、来る。

【リッド 生存確認】
状態:全快
所持品:ヴォーパルソード、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡

【キール 生存確認】
状態:若干鬱
所持品:ベレット ホーリィリング
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:南下してくるメルディ(ネレイド)への対処
第二行動方針:戦いを収める
第三行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動
現在位置:E2城跡
355名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/12(金) 16:24:20 ID:mvFX5/pG
356名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 12:24:33 ID:u5GojcVu
umeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee
357名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 12:42:23 ID:pucCp+bU
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274/
358U ◆sUUuUuuUUU :2006/05/14(日) 23:50:15 ID:Gp3SrcMp
頼むから27KBだけ残して放置なんてやめてくれよ

つい衝動的に埋めたくなる
359埋め:2006/05/15(月) 08:31:59 ID:ANHrWbUr
心を虚ろに帰した少女は、それを感じる。
殺意を。吹き付ける殺戮への意志を。
その意志の源は、分からない。そこまでは、空っぽの心の彼女には、判断できかねていた。
けれども、そいつは近い。近くにいる。
守らねば。自らが守ると決めた、黒髪の少女を。
紫の瞳の奥、コレット・ブルーネルはほとんど本能的に、彼女の守るべき存在に寄り添っていた。
寄り添う相手は、黒髪の少女リアラ。
リアラはコレットの様子を見て、「あらあら」と小声でこぼしながら、微かに笑う。
傍目には、仲のいい同性の友人同士として、この光景は映っていただろう。
だが、リアラに寄り添うコレットは、そんな目的でリアラに寄り添っているわけではない。
バルバトスの亡骸より手にした、長大な金属の筒。それを握る腕の中では、天使化に伴い強化された筋肉が臨戦態勢。
この近くに、敵がいる。濃密な殺意の臭いを感じる。守るべき対象、リアラの近くに渦巻く、殺意の臭いを。
敵がどこから来ようと、迎撃できるよう。敵の不意を討たれないよう。リアラにはしかと寄り添わねば。
たとえ心が虚ろであろうと、コレットはリアラを失うまいと、いじらしささえ感じるほどの献身を捧げる。
そして、その献身は無駄ではなかった。否。その献身あってこその、リアラの命であった。
だが、それを知る者はこの場にはただ1人。
コレットをして警戒せしめるほどの殺意をばら撒く少年、ミトス・ユグドラシル。
彼のみが、その事実を知っていたのだ。
360埋め:2006/05/15(月) 08:33:49 ID:ANHrWbUr
能面のように表情の変化に乏しい、あどけない少年の笑顔の下で。
ミトスは、般若の形相でもってコレットを睨みつけていた。
先ほどから、まるで「お前にリアラを殺させはしない」と、ミトスの悪意をあざ笑うかのように、リアラを守っているのだ。
情報戦で少しでも有利に立つべく、姉の命を再び掴み取る手助けを求めるべく。
あれから色々と話を聞いていたミトスは、リアラやミントの戦闘員としての素養を聞いていた。
その結果、ミトスが得た主なパズルのピースは以下の通り。
リアラは、ミトスの在りし世界で言うところの魔剣士。魔術の行使の方を得意とした魔剣士らしい。
そしてこの集団を形成する、もう1人の金髪の少女ミントは、法術師。治癒や補助を得意とする魔術の使い手だ。
つまり、剣の間合いの勝負に持ち込めれば、九分九厘ミトスが勝つ。
剣を一閃させ、肋骨の隙間から肺に穴でも開けてやれば、魔術師は脆い。
この時点で、魔術の行使に不可欠の呪文の詠唱を封じることが出来る。元来人間の声とは、呼気を声帯で加工し出されるもの。
そしてその呼気が肺から漏れれば、必然的に声は出せなくなる。すなわち、呪文の詠唱も出来なくなる、ということだ。
そもそも、首を狙って剣を一振りすれば、ただでさえ油断しきっているこの2人のこと。
自分達に同行する金髪の少年に殺されたのだ、ということに気付く間もなく、死んでもらえていただろう。
だが、それもコレットがいなければの話。
先ほども述べた通り、コレットは本能か、はたまた野生の勘か、ミトスがリアラ達を狙う隙を全て潰してくれる。
コレットは榴弾砲をリアラの近くで掲げ、その長大な砲身でミトスが切りかかれない死角を作る。
更にはコレットはあちこちをきょろきょろと見回しながら、ミトスの行動を牽制にかかる。
これでは、剣の柄に手をかけることすら困難を極める。
現在ミトスが手にしている圧倒的な優位性は、リアラとミントに、己の殺意を気付かれていないからこそ。
もし殺意に気付かれれば…無論、甘さの塊のような2人が、いきなり全力で抵抗にかかることはまずないだろうが…
さしものミトスも、コレットを傷付けないように2人を殺すには、切り札を切ることを強いられるかも分からない。
ユグドラシルの…クルシスの指導者としての肉体に転じることを。
だが、殺意さえ露呈しなければ、ミトスは最低限の労力のみで2人を仕留める隙を、虎視眈々と狙える。
機を見て策を弄し、最低限の力で相手を葬る。だが、その「機」が無いのであれば、策もまた打つことは出来ない。
結果、コレットの牽制が功を奏し、一同はとうとうG3の洞窟に到着していたのだ。
361埋め:2006/05/15(月) 08:35:44 ID:ANHrWbUr
松明。ランタン。あわせて4つの光が、昼夜を問わず暗黒に閉ざされた洞窟内に広がる。
「またここに戻って来たんですね、私は…」
ミントは呟き、幾多の戦いを経て惨憺たる状況になった洞窟を見やりながら、適当な岩に腰掛けていた。
「確かに、ここだったら物音もよく響きます。不意打ちを受ける心配は低そうね」
暗闇払う松明の光に、リアラは目を細めながら辺りを見回した。
「…………」
今や物言わぬコレットの鼻腔を、鍾乳洞独特の鉱物質な臭気がくすぐる。
「とにかく、今はここで休みましょう。スタンさん達を信じて」
心にも無いことを言うミトスの耳に、さらさらと流れる伏流水の川の音がささやく。
人心地付いたリアラとミント。コレットはやはり、リアラに寄り添っていた。
薄ぼんやりとした洞窟の中。互いの表情も読み取りにくい。ミトスはその影の中、怒りに表情を歪めていた。
アレが姉さまの器でなければ、今すぐにでも殺してやる所なのに。
リアラを経由した情報によると、自分の来た時点からの未来においても、この神子は自身の計画をひっくり返したらしい。
心を失ってもなお、ミトスの謀略を阻むその姿は、まさに真の世界再生を目指す神子の鑑と言えばその通り。
だがミトスにとって、そのコレットの妨害行為は目障りな障害以外の何物でもない。
それでも、ここでコレットを殺してしまっては本末転倒。
ミトスは怒りで脳が沸騰しそうになっていたが、その怒りを鎮められる程度には理性的な性格をしていた。
とにかく、何とかしてコレットを引き剥がし、リアラとミントを殺さねば。
現状下でリアラを殺すためには、そしてリアラの殺害後も現状を維持するには、ミントも同じくあの世に送る必要がある。
ミントのような手合いには、恐らく恫喝も通じまい。よって手駒に据えるという策は厳しい。
ならば、エターナルソードを手にするための人質になってもらうか。
それともリアラには悪意の第三者による「事故死」を遂げてもらって、リアラの死後も行動を共にしてもらうか。
だがそんな手の込んだ工作を施すに見合うほど、ミントという女に旨みはあるのか。
ミトスがあれこれ今後の展望を考え、思考の海に漕ぎ出そうとしたその時。
「……の…ラさん…」
「……それ…ね…」
ミトスの耳に、会話が飛び込む。問題のリアラと、ミントの話し声。
362埋め:2006/05/15(月) 08:36:40 ID:ANHrWbUr
ミトスはいぶかしげに、会話する2人を見る。
わずかな光で十分な視界を維持できるハーフエルフの瞳も手伝って、2人の表情は十分読み取れる。
ミントが何やら切り出した会話を、リアラが受ける。2人の頬は共に、恥じらいを帯びたように紅潮している。
時おり2人はミトスのほうへ視線を向ける。そしてミトスと一瞬目が合うと、気まずげに視線を反らし、仲良く沈黙する。
彼女らの視線は、ミトスと離れた直後に、横の地下の河川に向かう。
その瞳は、何やら物欲しげな輝きを帯びていると、言えなくもない。
遠回しな表現を用いれば、「花を摘み」にでも行きたくなったのだろうか。ミトスは一瞬思った。
最も、エクスフィアの作用で基礎的な聴覚も強化されたミトスには、小声での話を聞き取るなどわけもない。
少し神経を集中させれば、ことさら魔力を用いずとも、その内容は丸聞こえだ。
「…あの…リアラさん…」
「なんですか?」
「…こんな時に不謹慎な発言、申し訳ないんですが…」
黙り込んだミトスの耳に聞こえて来る、少女達の会話。
「…………?」
「…水浴び…したくありませんか?」
そのフレーズが耳に飛び込んできた時。
(!!!)
ミトスの脳裏がかっと明るくなった。にやにやとした不気味な笑みを、洞窟の闇の中浮かべた。
無論、それは劣情に駆られての反応ではない。ハーフエルフとしての代謝機能の多くを失った体では、欲情も起こらないのだ。
ミトスは、更に沈黙を維持する。
「…え?」
「私もこの島に来てから、まともに水浴びもしてないから…」
「それは私もですけれど…」
「ほら、今は殿方の皆様とも結果的に離れ離れになってしまったことですし…」
2人の会話が続くごとに、ミトスの脳裏にその策は編まれていく。冷徹で、かつ非道な策が。
「軽く汚れを落として、髪をすすぐだけでもしたいんです。…まずい…でしょうか…?」
「私は別にいいですけど…でもミトス君がいますし」
「ぼ…ボクなら気にしないで下さい!!」
ことさらに焦ったような声で、ミトスは上ずった声で言った。もちろん、演技で。
363埋め:2006/05/15(月) 08:40:04 ID:dbRJTPGR
「!!」
「!?」
そのミトスの声に、ミントとリアラはびくっと首を持ち上げた。一瞬遅れて、気恥ずかしげに頬を染める。
「…今の話、聞いてたんですか?」
「すっすいません! ボク、昔から耳がいいものですから…あは…あはははは…」
一応この言葉に、嘘はない。確かにミトスは「昔から耳がいい」。
それにしても正直なところ、こんな上っ面だけの純情さを装った茶番は、ミトス自身吐き気がする。
だがこれも、コレットを手に入れるため。ひいては、姉さまのため。
年頃の少女の会話を盗み聞きしてしまった、幼い少年の気まずさを、ミトスは演じて見せる。
4000年前の自分が、今ここで同じ状況に立たされたら、同じように反応していただろうか。
ミトスは4000年前に殺した、無垢で一途な少年の人格を、ほんの少しだけ想起していた。
「…やっぱり、こんな時にこんなことを考えては、不謹慎ですよね…」
ミントもやはり苦笑交じりに、ミトスにそうやって返答する。
ミトスは慌てた様子を崩さず、すぐさま続けた。
「ぼ…ボクのことなら気にしないで下さい。覗きに行ったりはしません!
…そんな恥ずかしい真似したら、天国の姉さまに怒られますから…」
そして、言葉の後ろになるにつれ、慌てた様子を悲しみにグラデーションさせる。
リアラとミントは、その悲しみを受け、眉を寄せた。
「嫌なこと…思い出させてしまいましたね」
「いえ、いいんです」
ミトスは首を横に振り、続ける。
「ボク、クラトスやユアンから教わった魔術が使えるんです。だから…」
ミトスは振り向きざま、近くの大きめの岩に飛び乗り、周囲を見渡す。
「…あそこに、ちょうどいい川のよどみがあります。ボク、ちょっと行ってきます!」
川のよどみを見つけたのは、嘘ではない。むしろこれら二者は、ミトスが待ち望んでいたパズルのピースの1つ。
ミトスは湿気を帯びた鍾乳洞の地面に足を取られないよう、クラトス直伝の軽足でもって、そこに駆け出した。
364埋め:2006/05/15(月) 08:41:05 ID:dbRJTPGR
そして、数分後。
「ほら、ちょうどいいお風呂がこれで出来ましたよ」
先ほどミトスが見つけた川のよどみ(よどみというよりは、川と繋がった大きな水溜りというべきか)は…
荒っぽい作りながらも、十分目隠しになる岩壁に囲まれて、ほかほかと湯気を上げていた。
あたり一体は、さながらサウナのように暖かい蒸気が立っている。
その湯気は、水溜りの周囲に出来た荒い作りの岩の壁により水溜り周囲に漂い、じんわりと温かみが伝わってくる。
つまりは、地下の川の水溜りを作り変えた、即席の蒸し風呂。この会場では本来望めなかったような、最高級の浴場だ。
「すごい…!」
ミントとリアラの第一声は、それを置いて他になかった。
「よく姉さまと一緒に旅をしていた頃、こうやって即席の露天風呂を作ってたんです」
ミトスはどこか誇らしげに、2人に胸を張った。
この洞窟風呂の作りは、以下の通り。
まず先ほどミトスが見つけた川の水溜りに近付いたところで、彼は呪文の詠唱を開始。
人目から隠すためと、湯気を閉じ込めるための岩壁を魔術「ロックブレイク」で作成。
一箇所だけ人の入れる隙間を作り、水溜りの周囲を岩の壁で囲う。
更に囲った水溜り目掛け、威力を絞って魔術「レイジングミスト」を発動。
本来この呪文は、高熱の蒸気を発生させて敵を蒸し殺す火と水の複合属性魔法であるが、手加減すればこんな使い方も出来る。
水溜りはこれで、入浴に適した暖かな湯に代わり、「レイジングミスト」の作用で岩壁の中はサウナになる。
ミトスはこうして、洞窟内に即席の浴場を作ったのだ。
「えっと…入るための隙間は向こう側にありますから、そこから中に入って下さい。
ボクは向こうにいますから、お風呂に入ってるところは見えませんよ。
あと、川の水が少しずつ隙間から入って来てぬるくなりますから、最初は少しお湯が熱くなってます。気を付けて下さい」
ミトスは2人にそう告げ、岩壁を指し示す。ミントの目は、明らかに喜ばしげな光に満ちている。
「…せっかくここまでしてもらったんですから…」
それはまた、リアラも同じこと。先ほどとは別の意味でも、頬を赤く染めている。
「入ります…?」
ミントは嬉しそうな光をそのままに目を横にやり、リアラとコレットを見る。
365埋め:2006/05/15(月) 08:42:00 ID:dbRJTPGR
「ボクもクラトスから聞いたことがあるんですけど、こういうところを流れる水は、美容や健康にもいいみたいですよ」
ミトスはそこで、クラトスの薀蓄を1つ、披露した。
いわゆる温泉とは、人間の健康に良いいくつかの薬効成分のうち、1つ以上を含み一定以上の温度を持つ水の湧出地点を指す。
そしてこのような鍾乳洞を流れる水には、薬効成分が普通の水より多く溶け込んでいる。
つまり、この即席の浴場はまさに温泉そのもの。
この殺戮の島で温泉に浸かれるなど、とある異世界のことわざで言えば「魔界でローレライに会う」ような幸運だ。
無論、E2の城では、今この瞬間にもスタンやカイルが命がけの死闘を繰り広げているかもしれない。
のうのうとこんなところで温泉につかるなど、不謹慎だと言い張る者もいるかも知れない。
だが、休める時に休んでおかないと、体ももたないのもまた事実。これは以降の戦いに備えた、気力の補完と考えればいい。
ミトスはそう続け、とうとうリアラとミントを説得した。
ミトスは川の上流の方に向かい「念のため出口方面を見張っています」とだけ言い残し、その場を去る。
これでここに残るはミント、リアラ、コレット。つまり女性のみ。もうこれで、異性の目を気にすることは無い。
岩壁の隙間から、3人は温泉と化した水溜りの中に顔を出す。
岩壁がいびつな円を描き囲う面積は、直径にして男の歩幅10歩分と言うところ。
そして岩壁の中の水溜りの大きさは男の歩幅で約7歩分。3歩分の余裕がある。そこを脱衣場代わりに使ってくれということか。
贅沢を言えば脱衣場は別に設けて欲しいところである。
だがそんな事をこの状況で言っては、ユニコーンやアタモニ神からバチが当たるだろう。
身にまとったサンダーマントを外し、きれいに畳んで皮袋に収納するミント。几帳面な性格が、そこに見て取れる。
大ぶりの珠をあしらった髪飾りを外し、髪を下ろすリアラ。まとめられたショートカットの髪が、はらりとほぐれる。
だがコレットばかりは、自分で服を脱ぐというわけにはいかない。
ミントがやると激しく抵抗するので、やむなくコレットの脱衣はリアラが手伝うことに。
コレットに「バンザイ」の姿勢を取らせたまま、リアラは彼女の神子装束に手をかける。
まずチャクラムを扱うためのグローブを外し、前で止めるタイプの装束を開く。脱いだ服はやはり、畳んで皮袋に入れることに。
何だか、赤ちゃんをお風呂に入れてあげる時みたいね、と苦笑するリアラ。
彼女の視界の向こう側で、金色の川が流れたのはその時だった。ブーツと靴下を外したミントが、乱れた金髪をかき上げたのだ。
366埋め:2006/05/15(月) 08:43:36 ID:dbRJTPGR
グローブを外し、法術師の帽子を脱ぎ、致命傷を避けるための金色の首当てを緩めるミント。
ためらいながらも、彼女は法術師のワンピースの裾に手をかけ、それをするりと首から抜く。
ワンピースの下に着ていた薄手の半袖を脱ぐと、彼女は早々と下着姿になっていた。
弾力に富む豊かな乳房が、下着の中で揺れる。白い薄布一枚に隠された、腰から太ももまでの悩ましい曲線を描く柔らかな臀部。
同性のものと知りながらも、リアラはそれを見て妙にどぎまぎするのを感じた。やがてミントは胸を覆う布を外し…
リアラはそこで、慌てて顔を伏せた。はたと我に帰る。
人が服を脱ぐところをあまりじろじろと見るのは、さすがに礼儀正しい真似とは言わないだろう。
とにかく、今はコレットの服も脱がせてやらなければ。コレットの神子装束に再び手をかけるリアラ。
そこではたと靴を脱がせることを忘れていたリアラは、先ほどに層倍する慌てぶりで、コレットの靴を脱がす。
神子装束を外したコレット。
ゆったりとした装束の上からではよく分からなかったが、こうして下着一枚になると、彼女にも一応胸の膨らみを見て取れる。
最も、ミントのそれとは比べようも無いほど、小ぶりのものではあるのだが…
リアラはコレットの胸を裸にし、脱がせた着衣はきれいに畳む。
下半身を覆う黒のタイツは、少し横着だが下着ごと外してしまうことにした。
これで、生まれたままの姿に戻った乙女はこれで二人目。
ミントの醸し出す清純な色香とは多少趣も違うが、それでもまるで天から降りてきた、無垢な天使を思わせる美しい肢体。
(…まあ、当たり前…よね…?)
リアラは誰に問うでもなく心中呟く。
コレットの冒険譚をわずかなりとも聞かせてもらった彼女なら、コレットの体のこともまたある程度は知っている。
最も、「天使のような」という比喩は、コレット自身やその仲間からしてみれば、無条件に微笑ましいとは言いがたいのだが。
最後に、靴を脱ぎ、自身のワンピースをまとめる腰帯をほどき、ワンピースをミントのようにするりと抜き去るリアラ。
胸と腰を覆う薄手の布を外し、彼女もまた一糸まとわぬ姿となって、畳んだ着衣を皮袋にしまい込んだ。
念のため、各人武器はすぐ手を伸ばせる位置においてある。
ミトスが向こう側で見張りに立っている以上、乙女のバスタイムに闖入する狼藉者がいるとは思えないが、念のため。
出来ることならバスタオルを体に巻いて湯に浸かりたかったが、あいにくバスタオルは一枚しかない。
体を拭くために、少し惜しいながらもリアラは何も持たぬまま、自然の浴場に体を委ねることにする。
367埋め:2006/05/15(月) 08:44:24 ID:dbRJTPGR
手桶も無いので、両手で湯をすくい、肩からそれを流す。確かに少しばかり熱めの湯だが、すぐに慣れるだろう。
何となく感じる気恥ずかしさゆえに、リアラは胸と、それから下腹部の辺りを両手でかばい気味にして、右足を浴槽に着ける。
(暖かい…!)
着けた右足から、今までの汚れと疲労が溶け消えてゆく心地よい感覚に、リアラの頬は緩む。
左足も湯に着け、それから腰。腹、胸と来て、最終的に肩まで浸かり、リアラは暖かい水溜りの底に、その腰を落ち着けた。
こんなところで、こんな風にお風呂に入れるなんて。リアラは改めて、ミトスの厚意に感謝を寄せた。
水は透明。ランタンや松明程度の灯りでは、維持できる視界はたかが知れている。
だがリアラは乙女の恥じらいとばかりに、両足を畳んでその場にたたずむ。膝を乳房の前に寄せ、腰の前で足首を交差させ。
たとえここには同性しかいないにせよ、リアラは自分の体を隠したい気持ちになる。
改めて見て実感した、ミントの肢体に気後れしたから、というのも原因の1つかも知れない。
小首をかしげ、長く伸びた金髪を一房手に取り、互いをこすり合わせるようにして、髪の汚れを落とすミント。
湯の中にふわふわと浮く彼女の膨らみは、やはり豊満という他無い。
腰周りの肉付きもよく、一目見て適わないな、とリアラは直感する。
きっとロニさんが彼女を見たら…もちろん裸を見るなんて許せないけど…きっと「ボインちゃん」なんて評するだろう。
この体つきを見たら、男の人はほとんど色気で参ってしまうのではないか。
カイルやロニさんはもちろんのこと、ジューダスでさえ慌てふためくかもしれない。そんな想像を巡らせるリアラ。
(私も…)
ミントさんくらいの体つきだったら、カイルは喜んでくれるだろうか。
より丸みを帯びた自分の胸や腰周りを見て、顔を赤くして目を背けるカイルを想像すると、それはそれで楽しいかもしれない…
と、そこに。
「…………」
それに真っ先に気付いたのは、コレットだった。エクスフィアで強化された知覚で、その音を捉える。
「…歌…?」
岩壁一枚隔てた向こう側で、川面もまた波の歌を歌っている。だが、この音は…この歌は、そんな無機質な響きとは断じて違う。
「…ミトス君の…?」
368埋め:2006/05/15(月) 08:46:51 ID:dbRJTPGR
Kick up! Break out! いざ立ち上がれよ
I won't give up! 僕の限界は
自分で決めるものだから まだまだ行けるさ Going NOW!!

「…………」
変声期を迎える前の少年の、緩やかな高音に乗り、洞窟に歌が響く。
バラードのようにたおやかに、オルゴールのように儚げに。
しかし、そのミトスの声に乗ってなお、その歌からにじみ出る力は隠れはしない。

私の気持ちなんて分からないと 壁を作り何も見えなくした
自分なんてと自信もなくなってく リタイア?

「そう言えば…」
聞く者の気持ちを高ぶらせ、挫けそうな心さえ奮い立たせる、力強い旋律。その中で、ミントは呟く。
「ミトスさんは…ハーフエルフでしたね」
そう。歌舞音曲を好む雅やかなる種族、エルフ。その血は確かに、ミトスの体に流れている。いや、流れていた、というべきか。

結果は付きもので僕の影 それが全て

「きっと、これもまた彼なりの気遣いなんだと思います」
そう判断するミントもまた、ミトスの歌声に聞き惚れる事にした。
この歌声が遠くに聞こえる間は、そちらに近付いてはいない。そうミント達に示すための歌声。
何もそこまで気を遣わなくとも、とミントは少しばかり心苦しく思わないではないが、その気持ちは受け取ることに。

Hey Girls! Hey Boys! 何もしないより
I try! All things! やって悔やめばいい
きっとその失敗が僕を強くしてくれる Going NOW!


ミトスのたおやかな歌声と、そしてこの島で望むべくも無いはずの、暖かな岩風呂。
それは、この島の中に、ほんのひと時だけ訪れた至福のときであった。
ミトス自身が、その天国を地獄に変える、惨劇の一瞬までは。
369埋め:2006/05/15(月) 08:47:44 ID:dbRJTPGR
(どうしてしまったの、ミトス? 急に歌なんて歌い出して…)
ソーディアン・アトワイトは、ミトスの突然の行為をいぶかしむ。
口から流れ出る旋律に一切の滞りを持たせずに、返答するミトスいわく。
(…これも作戦のうちさ。姉さまに教えてもらった歌と共に、劣悪種の女2人を葬る…ね)
口は歌うために使われている今。ミトスは本来アトワイトに応えようはないはず。
この奇妙な現象を可能としているのは、言うまでもなくクルシスの輝石。
ミトス自身の肉体には歌を歌わせたまま、意識は輝石に宿らせてあるミトス。血肉を持たぬ者同士の奇妙な会話が、始まった。
(ちゃんと、ボクの言いつけを守っているみたいだね。アトワイトは聞き分けのいい子だね)
(…………)
アトワイトはその横柄で傲慢な言い方に、思わず閉口した。好きでミトスの言葉に従っているわけではない。
従わないという選択がここに無いから。拒否権は無いから。止む無く従っているだけに過ぎないのに。
(じゃあ、そんないい子のアトワイトには、ボクの作戦を教えてあげよう。
幸いなことに、意識を輝石に転送すれば、あの器には殺気は気付かれないみたいだし、これで安心して話が出来るよ。
…まあ、これからの作戦を実行するには、意識をまた体に戻さなきゃいけないんだけれども、それも計算はしてある)
くつくつという陰鬱な嗤い声が、輝石の光の脈動と共にアトワイトに届く。まともな肉体を持っていたなら吐き気を催していた。
それくらい純粋で、かつ禍々しい意志が、輝石には宿っていた。
(それじゃあ、講釈を始めよう。僕がこれから行う作戦に必要な要素は三つ。いや、『利用する要素』とでも言うべきかな。
それは『エルフの技』、『川の水質』、そして『即席の風呂』さ。
まず、『エルフの技』から説明しようか)
ミトスの輝石がそう言い終えたとき、ちょうどミトスの体の歌う歌は、そこで一曲を終えていた。
矢継ぎ早に息を吸い、新たな曲を紡ぐミトスの体。
例え無機生命体と化し、呼吸の必要はもはや無いとはいえ、肺に空気を送り込まねば言葉を発することは出来ない。
ミトスの声が、再び洞窟の空気を揺らした。
ミクトランの用意したこの島に満ちるは、マナ。この島に招かれし者達、全てに応えるため生み出された、異常な位相のマナ。
それでも、否、それゆえに、ミトスの声にマナは応える。空気のみではなく、マナもまた震え出す。
(これは…)
370埋め:2006/05/15(月) 08:48:51 ID:dbRJTPGR
歌。ミトスの歌。ミトスが1つ言葉を紡げば、微かな光が生まれる。ミトスが1つ旋律を生めば、微かな光は身を躍らせる。
洞窟のマナは、蛍を思わせる光と動きをとる。まるで星空の只中を泳いでいるかのような、幻想的な光景。
(…『呪歌』さ)
(『呪歌』…?)
(そう。遥か昔、デリス・カーラーンからエルフ達がシルヴァラントとテセアラの元になった、ある星に降り立った時代。
エルフ達はデリス・カーラーンから送られるマナを、歌によって操ったとされる。
遥か星辰の彼方から、『その星』に降り立った『指輪の王』が、邪悪な魔力で『その星』の支配を試みたっていう、
そんな伝承も残る神話の時代さ。
『指輪の戦争』があったとされるその時代から、エルフ達はこの技を体得していたとされる)
マナの生み出した蛍は、ミトスを中心として飛び回る。まるで遊び回る子供のような、無垢で無邪気な輝き。
(この『呪歌』が現在、シルヴァラントとテセアラに広く伝わる『呪文』の元祖になったとされている。
ボクも4000年のうちに、暇だからこんな技も練習していたんだ。
『呪歌』って言うのは、まあありていに言えば、歌を歌うことで呪文の詠唱の代わりをする、特別な魔術の使い方なのさ。
最もこのやり方は、とんでもなく原始的で、通常の呪文詠唱の何十倍も時間がかかる。
今ボクが詠唱している魔法なら、発動までにかかる時間は…まああと数分てところかな。本来なら数秒で済む詠唱なんだけど。
まあ、講釈をするにはちょうどいい待ち時間さ)
蛍はあちらこちらを舞い、仲間を増やしてゆく。時おり虚空から、ぽつりぽつりと蛍は生まれる。
すでにその数は千の位に届こうか、というほどに洞窟に散るマナの星は生み落とされている。
(あえて『呪歌』で魔術を使うような回りくどいやり方をするのには、二つの意味がある。
ボクの体に意識を戻せば、こんなまどろっこしいやり方なんてしなくてもいいんだけど、そうするとあの器に殺気を気付かれる。
その点『呪歌』なら、僕の体に覚え込ませたメロディだけで、呪文の詠唱の代わりが出来る。
それに『呪歌』なんて、エルフかハーフエルフでもなきゃ、よほど教養のある人間でなければ、
ただのプライマル・エルヴン・ロアーの歌と聞き分けるなんて出来ない。
呪文の詠唱の声を聞かれたら警戒されるかもしれないけど、ただの『歌』を警戒する人間は、まずいないだろう?
更にボクが複数の意味のない歌を歌うことで、更に本命の『呪歌』への警戒心を薄れさせる。
『呪歌』の意味は、つまりは相手に一切の警戒をさせないまま、呪文を詠唱することにあるんだ。
まあ、呪文の結びの句を発して魔術を完成させるには、どの道意識を体の方に戻さなきゃいけないんだけどね。
でもさっきもその危険はすでに計算済みさ。
…さて、次の要素は『川の水質』だ。
アトワイト、さっきボクは、この川に何が溶け込んでいるって言ったか、覚えてるかな?)
371埋め:2006/05/15(月) 08:51:23 ID:dbRJTPGR
(人の体にいい薬効成分、ですか?)
(そう。昔ボクはクラトスに、バラクラフの大図書館で色々な学問を教わっていた時期もあった。
その時ボクは博物学も学んだんだけど、こういう風な鍾乳洞を流れる水には、ある成分が多く溶け込んでいるんだ)
(…と言うと?)
アトワイトは、ミトスを促した。ミトスの輝石は1つ輝き、意識をアトワイトに転送する。
(アトワイトも、だいぶボクの輝石と波長を合わせるのが上手くなったね。
それじゃあ、その成分を教えよう。
早い話、それは石灰岩さ。石灰岩は水に溶けた風のマナを受けることで、ほんのわずかに水に溶ける。
この風のマナは、失活したものでなければならないんだけどね。この失活した風のマナの別名は『死の空気』。
これのお陰で、ここの水にはわずかに石灰岩を溶かし込んでいるんだ)
マナの蛍は、その時瞬きを始めた。星の瞬きとも微妙に違う、不思議な光の鼓動。
アトワイトはそれを、どこかで見たような気がする。けれども、何故だか思い出せない。
(話を続けるよ。そしてその水に溶けた石灰岩は、特にある属性を持ったマナと相性がいい。
石灰岩は塩と同じく、水に溶けている状態では正、もしくは負の雷属性を帯びた『アイオン』っていう粒子に分離するからね。
そういう意味では、この川の水は、海水と同じだね。わずかに溶けてるだけでいい。
ただでさえ水は、その属性と強く引き合うんだけれども、石灰岩が溶けていればなおさらそうなるね)
(ミトス。一体どういう…)
(おっと、そろそろ時間が押してるから、最後の要素を解説しないとね。今3人が入浴している『即席の風呂』。
ボクは何も、あいつらに安らいでもらうために、あんな安っぽいサービスをしてやったわけじゃない。
隙を丸出しにしてもらうための布石さ。
アトワイト。今あの劣悪種達は、どんな気持ちだと思う?)
ミトスの放つ「劣悪種」という言葉を、しかしアトワイトは瞬時にリアラとミントのことだと理解する。
彼の言う「劣悪種」という言葉は、いわゆる通常の人間と捉えていいだろうことは、文脈から容易に察することが出来る。
アトワイトは応えていわく、
(きっと、喜んでるわね。こんな地獄のような島の中で、天然の岩風呂に浸かって体を洗えるんですもの)
とのこと。ミトスは満足げに、首を縦に振る。
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後は御自由に