時刻:午前7時前後
【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹を負傷、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す
【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:やや疲労
武器:?
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流
【白川由美(真・女神転生if…)】
状態:死亡
武器:?
道具:?
現在地:夢崎区
「ようやく見つけることが出来た。我が最初の贄よ。貴様は私の造る魔界の礎となるべく命を捧げるがよい。」
口元に、不気味な笑みを浮かべ、魔神皇は身構えるライドウの前に佇んだ。
言っていることはまさしく意味不明だったが、それでも奴から発せられる負のオーラは厭でも恐怖心を煽った。
ライドウは、横で無様に尻餅をついている鳴海に眼で合図した。逃げろ、と。
それを受けてよろよろと立ち上がり、同時に後退を始めながら鳴海は奥歯を強く噛み締めた。
(クソっ、何てタイミングが悪い!)
魔神皇を初めて観る鳴海にも、それがどれ程恐ろしい存在かは一目で解った。
この揺ぎ無い憎悪、迷いの無い殺意。決して交渉で止められるようなものではない。
ライドウが是が非でもレイコを止めようとする理由が理解できた。
魔神皇は、ライドウの構えた脇差に眼を向け、今にも笑い出しそうな口ぶりで言った。
「ククッ…。武器を手に入れたか。それもよかろう。そのような脆弱な玩具一つで貴様のような只の人間が何を出来るというのか。
だが同時に貴様は手負いのようだ。ククク…これは何と好都合……フハハハハ!」
この状況が楽しくて仕方が無いといった風な魔神皇の手に、凍てつくエネルギーが宿った。
魔法だ。
それを使われるとまずい。普段なら発動される前に仕留める所だが、既に殆ど利き腕に力が入らない以上、それは不可能に近かった。
だが、やるなら今しかない。
何故なら、魔神皇はこちらの戦力を随分と過小評価してくれているのだ。
確かに手負いのライドウに何が出来るかといえば限られてくるが、その余裕に付け込むことは可能かもしれない。
それに奴の眼には鳴海の存在が映っていないのだ。
こう見えても鳴海は軍隊格闘の経験者だが、とてもそうは見えない外見に救われていることになる。
そして、此処が山の奥深くということだ。
幼い頃から山に親しんでいるライドウと、陸軍時代に高山でのサバイバル研修を耐え抜いた経験のある鳴海にとってこの地形は有利であった。
対して魔神皇の方は、いきなり遠方から魔法を撃たずにわざわざ目の前まで現れた辺り、それ程この地形には慣れていないのだろう。
ライドウは刀の柄を――肩から流れ落ちた血でいささか滑りやすくなっていたが、それでも握り直し、一気にダッシュを掛ける。
だが、思った通り余裕の魔神皇はガードの構えすら見せずに魔法を発動させようと両腕を突き出した。
(掛かったな!)
自分の思った通りの動作に、ライドウは心の中でにやりと笑った。勿論表情には出さないが。
そして、魔法、氷結魔法ブフダインが発動する瞬間を絶妙なタイミングで狙い、足元の砂を思いっきり魔神皇の顔目掛けて蹴り上げた。
「ぐっ!」
それは奴の目を直撃し、瞬間的にだが注意を逸らし、視力を奪う。
迷わずライドウはそのまま懐に飛び込み、突き出された両腕に向かって刃を振り下ろした。
「!」
本当は両腕を斬り落とすつもりで掛かったのだが、一瞬早く上体を引っ込められ、魔神皇の黒い前髪数本を切り落とすだけに留まった。
だが、ライドウの目的はもう一つ別にあったのだ
ライドウが狙ったのは魔法の暴発である。
魔法は強力な攻撃手段に他ならないが、その分、発動するための隙が大きい。そして剣のように途中ですぐに止めることも難しいのである。
ライドウが狙ったのはまさにその点だった。
「ぐあぁぁぁっ!!」
全てを凍りつかせる氷の塊は脅威である。当然それは、術者の手を離れればの話であるが。
だが、魔神皇がとっさにライドウの刀を避けたお陰で発動直前だった氷の塊は行き場を失い、反動で術者自らを凍結させたのだ。
魔神皇の胴体と両腕が急激に氷の塊が覆われ、純白の学生服を凍りつかせる。
さすがにこのカウンターで氷の像を一つ制作することは出来なかったが、
刹那、動きの止まった魔神皇の左足の甲をスチール製の矢が貫き、奴と地面を縫い付けた。
鳴海だった。ライドウが魔神皇の気を引き付けている間に近くの木によじ登り、上からクロスボウで狙ったのである。
「き…貴様ぁぁ!!! 何処から狙って!!」
耳を劈くような声で絶叫するが、両腕と片足の動きを完全に止められた魔神皇には成す術も無い。
ライドウは、その首を斬り捨てるべく刀を振り上げた。
が、そこで動きが止まり、その場で突っ伏してしまった。急に全身の力が抜け落ちたのである。
絶対安静が必要な身分なのに無理に動いていたからだろうか。
とうとう出血多量により、限界を迎えて気絶してしまったのだ。
「ライドウ!」
鳴海が木から飛び降り、刀を握ったままの体勢で転倒したライドウに駆け寄った。
「ククク…フフフフフ……はーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
魔神皇が高笑いを上げる。
両腕を拘束している忌々しい氷の塊は、高い木々の間から差し込む真昼の日差しと、自らの熱気で徐々に溶け始めていたのだ。
バキッと、無機質な音が響き、左腕を固定していた氷が砕けた。
「ちっ!」
鳴海は舌打ちをした。
このままもう片方の腕まで自由になってしまったらこちらに勝ち目は無い。そしてそれをのうのうと待つつもりも無かった。
鳴海はぐったりとしたライドウの半身を持ち上げると、そのトレードマークの黒いマントを一気に引き剥がし、
それを魔神皇に向かって投げつけて真正面から覆い被せた。
「何だと!?」
思いも寄らぬ反撃に魔神皇はうろたえる。
そして魔神皇は片腕だけで空気を含んで広がるマントを避けようともがくが、鳴海は構うことなく横から魔神皇に渾身の蹴りを入れた。
その先は急激な斜面だ。
ブチッと太い血管が千切れるような音と共に、脚を縫い付けている矢が地面から抜け、マントに包まれた魔神皇が斜面を転がり落ちる。
「貴様あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒りに満ちた叫びがまるで山全体に響き渡るようだったが、これで奴はこのまま下の、地図上で言えばはみ出してしまう部分――。
つまり地上から遥か上空に投げ出されることになるのだ。
何にも引っかからなければの話ではあるが、最悪でも逃げる時間くらいは稼げるだろう。
その間にライドウを担いで森本病院に行く。ライドウの出血量からあまり余裕は持てないが、院内に入ってしまえば何とかなるだろう。
物事は何でも前向きに考えなくては――。
こんな状況だ。そうでもしないと暗くなるばかりである。
だが、鳴海は急に視界が大きく歪むのを感じた。それからややあって、自分の腹辺りから激痛が襲ってきているのに気付いた。
厭な予感がしておそるおそる頭を傾けてみる。自分の腹部がどうなっているのか確かめた鳴海は愕然とした。
「何てこった…。」
魔神皇の名は伊達ではない。奴も落ちる寸前にカウンターを放っていたのである。
鳴海の腹は先端の尖った氷の矢が貫通していたのだ。
突然ごぼっという籠った水音が耳の奥で響き、口からどす黒い液体が溢れた。
鳴海の口から落ちたそれは、地面に放射線状の赤い水溜りを作り、それはさながら陸軍時代に見慣れた国旗のようだった。
と、同時にまだ氷の矢が刺さったままの状態の腹からも同じ色をした血が零れ、足元に奇妙な水玉模様をいくつも描き出す。
急に保っていた意識が遠のき、頭の中が空っぽになり、まるで血と一緒に脳味噌まで吐き出したような感覚さえ生まれた。
「ライドウ…すまん……すまなかった…………。」
視界が真っ白に染まり、ずるずると崩れ落ちながら、鳴海はうつ伏せに倒れたライドウに頭を傾けた。
死ぬ時はもっと別の、後世に語り継がれるような、気の効いた辞世の句の一つでも残そう。隣に髪の長い淑やかな美女でもはべらせて――。
常々そういう設計を考えていたはずの鳴海だが、現実はまるで違うようだ。
隣にいるのは美女どころか、血まみれで、下手をすると自分よりも先にあの世に旅立ちそうな、むさ苦しい書生一人だ。
それに、自分は暖かい布団の上で大往生を向かえる予定だったのに、この泥臭さは何なのだろう。最悪だ。最悪過ぎて笑いすら出てしまう。
「……苦労を掛けたな……。」
文句は色々言いたいはずなのに……。
どういうわけか、この時は隣で横たわり、最後まで戦い抜いた自分の優秀な部下に謝ることしか出来なかった。
「う…」
小さな呻き声を零し、ライドウは徐々に意識を回復した。
倒れた瞬間は、もうこのまま此処で死んでしまうのだと思っていたが、
どうやら気絶している間に残り少ない血が頭の中にまで循環してくれたようだった。
起き上がると、肩はそれほど痛まなかったが、頭の中がクラクラと回転する。こころなしか視界も狭い。
周囲には、下界よりも低い山の中の気温とは違う、不自然な冷気が周辺に満ち溢れていた。
それが、魔神皇が暴発させたブフダインの残り香だということにライドウが気付くのはそれから幾分経ってからであった。
辺りは、驚くほどの静寂に満ちていた。魔神皇はどうしたのだろう?
あれから何とか倒したのだろうか? がむしゃら過ぎて覚えていないのか。
それとも、何らかの事情で向こうから撤退せざるを得ない状況に陥ってくれたのか。
重い頭で考えを巡らせるが、兎に角、幸運なことに自分はまだ生きている。そしてこの場に魔神皇の姿は無い。
「鳴海さん…?」
いつもならすぐに明るい冗談を語りかけてくれる上司の声が聞こえない。
どうしたものかときょろきょろ見回し、すぐに傍らに倒れている姿を発見した。
「鳴海さん!」
鳴海は自ら作り上げた血だまり中で大の字になって倒れていたのだ。しかも溶けかかった氷の矢に腹を貫かれて。
ライドウは、自分も死に掛かっていることを忘れ、転がったまま放置されている鞄の中を漁り、宝玉を取り出した。
それから鳴海の体から氷の矢を引き抜く。
扱う自分の手は寒くもないのにがたがたと震えていたし、一気に血が吹き出すだろうと思っていたが、
不幸中の幸いか、氷の矢が傷口を凍らせていてくれたお陰でこれ以上の出血は無かった。
それから宝玉を傷口に押し当てた。
宝玉から淡い光が放たれ、鳴海の傷がみるみる塞がっていく。
良かった。驚きの余り確認を忘れていたが、鳴海はまだ何とか生きていたようだ…。
そして宝玉は、まるで鳴海の傷が完治したことを悟ったかのように、砕け、鳴海の腹の上に煌く破片を散らした。
ライドウは脇差をベルトに差込み、荷物を抱えると、まだ気を失ったままの鳴海を引きずって森本病院を目指した。
もう眼と鼻の先に白い四角の建物が木立の間から覗いているのが見えていたのだ。
病院の開かれた正門まで、何とか鳴海を引きずり、ついにライドウは力尽きた。
その時に鳴海の腕時計が眼に入る。あれからさらに十五分が経過していた。
「鳴海…さん……絶対に後……十分以内に眼を…覚まし……て…ください…ッ……よ……。
寝坊したら……晩御飯…抜き…ですから……ね………――――ッ。」
ライドウはそのままもう一度、気を失った。
【葛葉ライドウ(ライドウ対超力兵団】
状態 顔と右肩を負傷(出血多量により瀕死状態)
武器 脇差
道具 無し
現在地 蝸牛山
行動方針 レイコを探す 信頼出来る仲間を集めて異界ルートでの脱出
【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常(重体だったが宝玉により回復)
武器 メリケンサック クロスボウ
道具 チャクラチップ
現在地 同上
行動方針 同上
【狭間偉出夫(魔神皇)】
状態 生死不明
武器 ?
道具 ?
現在地 不明
行動方針 皆殺し
617 :
異変:2006/06/27(火) 17:21:18 ID:mwO3J8Gq
恵まれた所ほど人が多いのは当たり前の事だ。
例えばあらゆる施設が設けられていればその分だけそれぞれの人が求める所へ足を運ぶ。
そんな需要と供給の物理的関係の上で必然的な繁栄を約束される。それが世の中の成り立ちだった。
しかし今になってはそんな事は全く無い。それはただの飾りとしてしか機能されていないのだ。
この夢崎区も例に漏れずそうである。周りには文明の進化で栄えている町並みも今では滑稽でさえある。
「穢れた文明の産物の隙間を潜り抜けて出るこの静寂・・・・・・気に食わんな。」
其処には消防署から不毛な現実へと身を出した一人の男が、不服そうに物を言う。
氷川はこの穢れた地にて求めていた。利害関係を一致した者を、この先の困難を和らぐ何かを
この富で溢れた町並みの中に求めていた。しかし現実は理想を砕く非情な存在である。
何処を見渡せど氷川が期待するものは何処にも見当たらない。探せど探れど見つからない状況が続く。
「少し休もう。」
流石に疲れには逆らえない。氷川は近くにあった店の中で暫しの休息についた。
「さて、どうするべきか。」
休息の間さえ頭を休めずに次の行動を考える。彼が心の底から休まる時は無いのだ。
そんな中、偶然ある異変を見つける。
「・・・・・・あの場だけ妙に荒れが酷いな。何かあったのか?」
アスファルトの地面が砕け散り、コンクリートの欠片が散りばめられた、明らかに
他とはおかしい場所であった。氷川はその異変に警戒したのかマントラを唱えだした。
「お呼びで?」
姿を現したのは氷川と最初に契約を交わしたあのオセの姿である。
「オセ、何か感じないかね?」
「・・・・・・そう言われると血生臭い何かを感じ取れます。」
「やはり私の読みに狂いは無かったか。この近くに何かがある。」
不変を保ち続けた今までの情況が遂に変化を表した。しかしそれは氷川にとって望ましい自体ではなかった。
「下手をすれば戦闘になると思います。氷川様、念の為に自衛の武器をお持ちになって下さい。」
「解っている。なるべく御前の手を煩わせんように努力はするつもりだ。」
「オセ、その鉄骨を四角に切り落とせ。数は三つあれば十分だ。」
「鉄骨を・・・ですか? わかりました。氷川様のお望みなら容易い願いです。」
そう言うとオセは双剣で四角に切り刻んだ鉄骨を渡すと
氷川はザックの中からガムテープを取り出して消防署で取って来た鉄パイプとにそれを撒きつけた。
「簡易型ハンマー・・・・・・まさかこんな原始的な武器を私が持つ事になろうとはな。」
「まあ、無いよりは幾分マシというものか。」
「氷川様、武器だけではいけません。防具も身につけて下さいませ。」
今度は同じ鉄骨を双剣で四角形に切り刻んでそれをまた半分に切り落とした。
それを背と腹の二つにガムテープで服の下に巻きつけた。鉄骨はたちまち防具の代わりとなった。
「・・・・・・当初に比べれば随分とマシになったものだ。やはり悪魔の力は欠かせんな。」
改めて悪魔を自分が従えていることの利便さを感じざるを得なかった。
人の力では成し得ぬ事も、悪魔であれば可能となるのだから。
これこそが劣悪な状況下においての氷川が持つ二つ目の頼れる武器となったのだ。
「では参りましょうか氷川様。」
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:やや疲労
装備:簡易型ハンマー 鉄骨の防具
道具:鉄骨のストック;二つ
現在地:夢崎区の普通の店
行動方針:異変の確認
草木も眠る丑三つ時。ただ月と星の明かりだけが、蝸牛山の山奥にある寺豪傑寺を淡く照らしていた。
静まり返った寺の外、段になったところに腰を下ろし、青い大きめのノートパソコンのような機械を使って何かの作業を行う少年がいる。
中島朱実
中性的な美しい顔立ちで、真っ黒な学生服を着た少年。
彼こそが地上に悪魔が現れる原因となった悪魔召喚プログラムの作成者である。
そして、彼に与えられた武器にもそれはインストールされていた。
この地に転送され、持ち物を確認した彼は自分の強運に驚いた。もっとも、その驚きと喜びはすぐに落胆に変わったのだが。
使い慣れたCOMPにはかつて共に戦った強力な仲魔達が登録されていて中島の命令を待っている、そう思っていた。
しかしその中のデータは全て消去されており、使用者としての登録からすべてやり直す必要があった。
三十分間ほどかけてその作業を終えた彼は、ルールブックと参加者のリストに目を通す。
名前を知っているのは二人。かつて鎖からの解放を求めてきた男リックと、そして…
「弓子…」
彼はいとおしむようにリストにある白鷺弓子の文字を指でなぞる。
彼女と合流しなければ。
絶対に、何があっても、彼女だけは守る。
ゲームのルールを確かめていると、山道から足音が聞こえた。
急いで隠れようとしたが、そうする前に人影が姿を現した。
「…ん、よかった…やっと人に会えたか」
それは、奇妙な姿をした男だった。
頭には髷を結い、一枚の布を体に巻き付けて締め縄のような物を腰に結わえた質素な服装。
「私はフトミミという。もしよければ、脱出の為に力を貸してくれないか?」
「…………」
何を言っているのだ、この男は?お人好しなのか無知なのか…
「この姿が変に見えるかい?…だろうな、私も参加者達を見て驚いた。あんなにも多くの人間を見たのは初めてだ…」
よく分からないことを呟きながら、フトミミという男は敵意はないと言うように両手を広げる。
「君を傷つけるつもりはないし、一応武器はあるので足手纏いにはならないつもりだ。…同行させてもらえないだろうか?」
「…いいでしょう。」
朱実はCOMPを閉じ、立ち上がった。
「僕は中島朱実。」
フトミミは承諾の言葉を聞いてホッとした表情を見せた。
「早速ですが、僕には悪魔を使役することができます。この辺りで悪魔の出る場所はありますか?」
フトミミという男は、悪魔の使役と聞いて驚いたようだ。当然だろう。
「悪魔を…それでは君は彼と同じ…いや、しかし…」
あの主催者の口振りから悪魔の使役が自分だけの特権ではないことは分かる。
この男もそれができる人間を知っているのだろうか?
「どうなんですか?悪魔のいそうな場所に心当たりは?」
要領をえない男に少々苛々し、語気を強める。
「あ…ああ、すまない。悪魔ならここの山道一帯にいるはずだ。この封魔の鈴、悪魔を退ける音色を放つ鈴があったから、私は遭遇せずに済んだ。」
ずっとこの寺にいたというのに、悪魔の気配は感じられなかった。
「寺」ということから、何らかの力が作用していたのだろうか。
「分かりました。山道の案内をお願いします。ああ、その鈴はしまっておいてくださいね」
月明かりもほとんど届かない暗い森の中。下山ルートを二人は歩いている。
「…一つだけ、おたずねしたいことがあります。」
中島がそう話し掛けると、先行していたフトミミは振り返った。
「一つと言わず、何でも聞いてほしい。ここでは未来を見ることはできないが…知っていることなら何でも話そう。」
「白鷺弓子という女性に会いませんでしたか?長い黒髪で、学生服を着ています」
それを聞いてフトミミは小さく頭を振る。
「残念ながら、見てないな。ここに来て始めてあった人間が君だ。役に立てなくてすまない。」
「そうですか…」
―それなら、もう用済みだ。
フトミミが再び進行を開始しようと前方を見る。
中島は大きめの石を拾い、背後から先行する男の頭部に振り下ろした。
鈍い音が響く。
倒れこむフトミミの頭部に石を振り下ろす。何度も、何度も、何度も。
中島がようやく手を止めたとき、ひしゃげた頭部はもはや原型を留めていなかった。
その死体から腰縄に刺してある細身の剣と、先程の鈴を取り出す。
(よかった…)
共に行動して弓子に出会っていたら、こいつはこの剣で弓子を突き殺していたかもしれない。
口でなんと言っていても、その真意は分からない。
だから、誰も信じるわけにはいかない。
もし一度でも失敗して、弓子分が殺されたら…
(彼女が死んだら…僕は生きていけない)
―そんな失敗は許されないのだ。
「弓子…待っていてくれ。すぐに迎えに行くから…だから、どうか無事で…」
中島が祈るように呟く。
世界も、このゲームもどうでもいい。
ただ今はこの現世とは隔絶したスマルという空間の中で、弓子といつまでも一緒にいたい。
他の参加者連中は、中島や弓子を殺そうとするだろう。
それがこのゲームの趣旨であって、こちらには殺意を持つ者と持たない者を見定めている余裕などない。
だから、殺そう。
目の前に現れる人間を一人一人殺せば、それは弓子を守ることに繋がるはず。
死体を森のなかに蹴り入れ中島朱実は山道をしっかりとした足取りで下っていく。
悪魔が出るというこの山を探索して仲魔を揃え、戦力を整える。
それから弓子を捜し出して、刻印を解除しよう。
弓子の内に宿るイザナミの力、もしくは強力な悪魔の力を借りればそれも可能なはずだ。
そして二人きりで生きていこう。他には何もいらない。
純粋すぎる愛情はときに狂気へと変わる。
光の届かない森の中、また一人闇に落ちた。
夜明けはまだ遠い。
時刻午前4時前後
【中島朱実(旧女神転生)】状態 正常
仲魔 なし
所持品 レイピア 退魔の鈴 COMP MAG5000
行動方針 白鷺弓子との合流 弓子以外の殺害
現在地 蝸牛山
【フトミミ(真女神転生3)】
状態 死亡(中島朱実により撲殺)
死亡位置 蝸牛山
「パスカル、大丈夫かい?」
ザ・ヒーローはたずねた。
現在ザ・ヒーローと大道寺伽耶はパスカル・・・すなわちケルベロスに乗っている。
人間が二人乗ったところでパスカルの走る速さは普通に歩くよりは段違いに速い。
「アア、シカシMAGハ大丈夫カ?」
「・・・まだ持つさ」
先ほどのロウヒーローとの交戦は複数の仲魔を呼び出したり戻したりする戦法を取っていた。
ロウヒーローとの彼我戦力差を考えれば仕方の無いことだが、それゆえMAGは心もとない状態になっていた。
「ロウヒーローの奴が銃を乱射しまくった上大声で叫びまくってたからなぁ・・・」
一刻も早くあの場を離れねばならない。
別のゲーム参加者が漁夫の利を狙ってくる可能性がある。
パスカルがいる時点で敗北の目は大分薄まりはしていたが危険は避けるべきだった。
いま向かっている先は蓮華台。
当初は港南区へ戻るつもりだったが戦闘があったのはほぼ港南区と青葉区の境の位置。
あそこからより遠ざかるためには蓮華台へ行く必要があった。
「・・・スピードヲ上ゲヨウ」
「うん、伽耶しっかりつかまって」
「・・・・・・」
「伽耶?」
「あ、はい」
パスカルが速度を上げる。
本来なら車が走っていたであろう道路をそれ以上の速度で魔獣が駆ける。
今だとらえられるものはいない。
「ありがとう、パスカル・・・いったん戻ってくれ」
蓮華台の住宅街に到着し、手ごろな民家に身を隠す。
スマル市はかなり発展しているようで隠れる場所には事欠かない。
「・・・ヒーロー、俺ハ強イ奴ガ好キダ・・・死ンデクレルナヨ・・・」
そういうとパスカルは姿を消した。
「伽耶・・・少し休むといい、あっちに寝室があった」
「え?・・・しかし」
「大丈夫、これだけ住宅が密集してるんだ・・・全部探して回るような奴はいないだろう」
「・・・では・・・少しだけ仮眠を取らせていただきますね」
伽耶は奥の部屋に姿を消した。
「さて・・・やることは山積みだ・・・仲魔の合体、MAGの調達に脱出方法の模索・・・さしあたっては・・・」
ザ・ヒーローはザックを開く。
中から取り出したのは・・・パソコン。
先ほど出版社から失敬してきたものだ。
「出版社の編集者が携帯していたPC・・・なぜこの町が浮いているのか?なぜ人っ子一人いなくなったか?」
「このPCを調べればそこがわかるかも知れない・・・そこがわかれば・・・策ができるかもしれない・・・脱出のための」
ザ・ヒーローはPCを起動する。
パスワードは・・・無い。
OSが立ち上がる。
「こんな普通のPCを使うのは久しぶりだな・・・」
大破壊以後まともなPCなんてそうめったにお目にかかれたものではなかった。
「・・・あった、これか」
ファイル名・・・取材記録。
これを使っていた記者が何の編集者だったかまではよくわからない。
しかしどんな出版社だろうが町が浮いたなんて異常事態になれば特集を組むなりするはずだ。
「・・・マンガ雑誌の出版社じゃないことを祈るよ」
ヒーローはファイルのダブルクリックする。
PCの画面いっぱいに文字の列が広がった。
夢先区人気のお店
今時の高校生の夢
セブンス、イケテル高校生
「多分若者向けの情報誌か何かってところか・・・これじゃあな・・・?」
ザ・ヒーローはひとつのファイルを見つける。
そのファイルはわずかにヒーローの興味を引いた。
スマル市怪奇現象。
タイトルだけ見れば何のことは無い、よくある怪談特集だろう。
いわばだめもと・・・ヒーローは文章を読み始める。
「セブンス呪いの紋章・・・セブンスの時計台が動くと悪いことがおこる・・・願い事をかなえるジョーカー様・・・」
表示されていくのはどの町にもあるような都市伝説の類だ。
普通なら鼻で笑われて終わりといった内容だ。
「・・・噂が現実になる?」
噂の力で武器が売られだした、噂の力で店が迷宮になった、噂の力で飾り物の飛行船が本物になった。
いろいろな事例が書き上げられている。
そしてその最後。
「・・・噂の力で町が浮く・・・か」
データによれば・・・テロが多発し住民に不安が広がった、そんな時世界は滅亡する前触れだという話しが広がった。
しかしある新興宗教のような組織がこの町だけは助かるという噂が広める。
最初細部まで設定されなかった噂だが人々に伝わるうちに世界は地球の自転がとまって滅亡する。
この町は空に浮きさらにバリアを張られるので無傷。
といった噂に発展。
結果その通りになった・・・。とされている。
「以前ならまさかってところだけど・・・悪魔の存在を知ってるいまとなっちゃね」
悪魔が現れた、大破壊そして精神世界、洪水・・・自分も通常信じられないようなことは体験してきた。
それゆえ嘘だとは言い切れない。
そう思いつつヒーローは記録を読み進めた。
最後に記録者名が記されている。
「天野舞耶・・・か・・・天野舞耶?」
聞き覚えがあった、ザックから参加者名簿を取り出す。
「天野・・・天野・・・あった」
間違いない、参加者だ。
「この人に聞けば何かわかるかもしれないな・・・しかし・・・」
条件は二つ。
この人物がゲームに乗っていないこと。
そしてそれ以上に・・・。
「既に殺されていないといいが・・・」
ゲームに乗っているだけなら交渉次第でどうにか成るかもしれない。
しかし、死んでいてはどうにもならない。
しかし・・・ルールブックには夜明けと同時に死亡者発表とされていた。
暫定ではあるが今後の目標は決まった。
「後は・・・っと」
ザ・ヒーローはPCの電源を落とすとGUMPを展開する。
「もう少し・・・戦力が欲しい」
合体のコマンドを選ぶ。
仲魔のリストが表示される
地霊ブラウニー
地霊ノッカー
地霊コボルト
妖精ピクシー
妖鬼アズミ
魔獣サンキ
魔獣カーシー
妖鳥ハーピー
魔獣ケルベロス
カジャ系を豊富に持つ地霊とディア・メディアを持つピクシーとアズミ、空を飛べるハーピーは残しておきたいから・・・。
「魔獣サンキと魔獣カーシーか・・・」
この2体を選択し合体の決定を選ぶ。
GUMP内でプログラムが交差し新たな仲魔を生み出す作業に入った。
<合体事故により通常とは違う悪魔が生まれました>
「ここまでは・・・予定通り、さて・・・」
<霊鳥ホウホウが誕生しました>
「・・・よしっ」
ザ・ヒーローは小さくガッツポーズをとる。
空を飛べてディアラマ メディア リカームという回復魔法を豊富に持つ悪魔だ。
優秀な補助役といえるだろう。
「これ以上の合体は危険だな・・・低LVとはいえ有用な魔法を持つ奴が多いからな・・・あとは」
地図を開く。
MAGが必要だった。
もし万が一全力で正面から戦闘しなければならないとき。
ケルベロスとホウオウを前面に出しハーピーで伽耶を離脱させ、残りの一体で補助をかけることになる。
現状のMAGでは不安だ。
この近くで悪魔の現れる場所。
「七姉妹学園か・・・」
しかし、廃工場のように場所によって悪魔のLvが変わる構成とは限らない。
「やはり港南区の廃工場に戻るべきだな」
行動の指針は決まった。
さしあたって動くのは死亡者の放送を聞いてからだ。
それまでつかの間であるが休むとしよう・・・。
ザ・ヒーローはCOMPを閉じると壁にもたれかかった。
日の出まで後40分弱。
仮眠を取ろう・・・。
ザ・ヒーローは意識を闇に沈めた。
荒廃した世界で培われたちょっとした衝撃でもすぐに晴れる薄い薄い闇の中へ。
目が覚めた。
術は成功したのか?
成功したとすればスクナヒコナはどこだ?アラハバキは?
体を見る。
制服を着た女の体だ。
転移自体は成功したらしい。
頭がズキズキ痛む。
ここはどこだ?調度品が大正ではない・・・。
立ち上がる、ベッドだ。
・・・くそっふらふらする。
人の気配。
この扉の奥だ。
誰かいる。
扉を開ける。
男が一人。
壁にもたれかかって仮眠を取っている。
だれだ?
少なくとも大道寺伽耶の肉親ではない。
おかしい。
自分の予定とは何もかもが違いすぎる。
それにしてもこの男どこかで見たことがある気がする。
大道寺伽耶の記憶ではない。
この俺自身の記憶だ。
そうしていると、男の目がゆっくりと開いた。
「伽耶、もう起きたのか?」
男が語りかける。
この男は大道寺伽耶を知っているようだ。
大道寺伽耶の記憶を探る。
・・・・・・・・・・・・・・馬鹿な!馬鹿な!そんな馬鹿な!?
殺し合い?刻印?転送?パラレルワールド?
一体どういうことなんだ?
いやそれよりも,目の前にいるこの男。
この男は・・・。
「ザ・ヒーロー・・・」
寝室から出てきた伽耶が口を開いた。
「伽耶?」
様子がおかしい。
歩き方も以前とは違う。
以前はいかにも素人一般人の歩き方だった。
足音を消したりする方法も知らない歩き方。
今は違う。
隙が無い。
まるで格闘技、それも実践用を学んだ者の歩き方だ。
「ザ・ヒーロー・・・大破壊後のカテドラルにてアスラ王を倒した戦士・・・それ以後の消息は不明・・・」
「!?」
伽耶の口から出たのはザ・ヒーローの経歴だった。
混乱を避けるために伽耶には教えていないはずだった。
伽耶が知るはずが無い。
「・・・君は・・・伽耶じゃないのか!?」
ザ・ヒーローは瞬時に距離をとった。
「お前が・・・お前がセラフどもに味方をしなければ・・・」
伽耶の口から発せられる言葉。
それは今までのような人を気遣い、どこか控えめな声ではなかった。
憎悪、憤怒、悲哀。
様々なマイナスの感情が入り乱れた声だった。
「今ので決定的だ・・・お前は誰だ!?伽耶の口からセラフなんて出るわけも無い!取り憑いたか?偽者か?」
ザ・ヒーローは飛びのき鉄パイプを握りGUMPを構える。
GUMPは1動作でパスカルを呼べる状態だ。
「私の名は四十代目葛葉ライドウ!センターに仇名す者だ!」
「・・・四十代目・・・葛葉ライドウ?」
葛葉・・・その名は噂で聞いたことがある。
大破壊以後自分以外に悪魔を操り戦う集団がいるという噂。
悪魔使いだけなら自分以外にも数人知っていたがそのものはCOMPを使わないという。
それはいい。
聞きなれない単語がひとつある。
「センター・・・だって?なんだ、それは?」
「!?・・・知らないだと?・・・貴様が?センターの発端を築くためセラフの手先となった貴様が!」
「セラフの・・・手先!?まて!僕は確かにアスラ王を倒したがセラフも倒したはずだ!」
「なんだと?」
「僕はセラフとアスラ王を倒し太上老君に出会った・・・世界の復興は人々の手によって成し遂げられるはずだ!」
「・・・馬鹿な!?私が知っている未来は、センターの一部の民のために人々が従属を強いられる狂った世界だ!」
二人の口から離される違った未来。
ザ・ヒーローの頭には何パターンかの理由が思い浮かんでいた。
「・・・なるほど、四十代目葛葉ライドウ・・・だっけ?君はこの世界がどういう場所か分かってるのかい?」
ザ・ヒーローは鉄パイプを下ろしGUMPを閉じた。
交渉に入ったのだ。
正体不明の「何か」との交渉・・・ザ・ヒーローにとってはいつものことだった。
「この世界は・・・おそらくパラレルワールドだ、時間時空を超えて人々が集められ主催者によって殺し合いを強いられている」
「その様子じゃ分かってたようだね・・・」
「ああ、この体・・・大道寺伽耶の知識を得ることはできる」
「じゃあ話が早い・・・因みに僕は・・・聞いての通りセラフとアスラ王を倒し、さぁこれからというところで記憶が消えている」
「・・・つまり」
「君のいた世界は僕がセラフに加担した世界か・・・あるいはセラフ勢力が僕をプロパガンダとして利用した世界」
「さらにもうひとつの可能性・・・僕がこの世界によって連れ去られた、それによって歴史が変わった世界」
「!?」
「僕は・・・基本的に人々を支配するつもりなんか無かった、神にも悪魔にも頼らず人間が切り開く世界」
「そのため僕はセラフともアスラ王とも相容れず両者を倒した」
「その僕が消えた・・・つまりは・・・自分で言うのもなんだけど勝者が消えたわけだ」
「セラフもアスラ王達の勢力も消滅したわけじゃない・・・当然僕を利用するだろう」
「そして君の世界ではセラフ側が優勢になったんだ・・・」
ザ・ヒーローの交渉は続く。
「僕の予想では君は・・・どうやったかは分からないが過去を修正するために大道寺伽耶に乗り移った・・・違うかい?」
「・・・その通りだ」
「つまり君の目的はセンターってのを消してしまいたいわけだ」
「・・・ああ」
「このゲームは・・・まともにやったら・・・生き残るのは一人のみだ」
「・・・」
「しかし・・・どうにかして脱出ができたら?僕も君も元いた世界に帰れたら?」
「!?」
「僕はセンターなんて作らないし、君が協力してくれるなら・・・未来の知識を得ることになる」
「・・・俺は貴様が作った世界に生きるわけか?」
「そうじゃない、見たところ僕が消えたときには既に君は生まれているはずだ・・・未来でも君と僕が協力し合えばいい」
「・・・」
「それに僕が世界を作るわけでもない・・・作るのは人々だ、僕の仕事はそれを利用しようとする天使や悪魔を退けることだ」
「・・・・・・協力しろというのか?」
「・・・・・・有体に言えば、そうだ・・・ここでも、未来でも」
「・・・目処はあるのか?」
「え?」
「脱出の目処だ!・・・協力してやるといっている!」
「・・・あるさ、待ってな・・・そろそろ夜明けだ」
そうヒーローが言ったしばらく後、どこからか放送が流れ始めた。
<やぁ諸君・・・がんばっているようだね・・・では死亡者を読み上げるよ・・・まず・・・>
淡々と死亡者を読み上げる声・・・その中にヒーローが見出した希望、天野舞耶の名は・・・無かった。
「よし・・・えーと・・・伽耶でいいかな?」
「・・・かまわん」
「わかっ他・・・伽耶、まず質問だ・・・どうやって時空を超えた?」
「・・・我が葛葉一族に伝わる秘儀と・・・センターの科学技術を合わせた方法だ」
「・・・それはここでもできるかい?」
「・・・厳しいな・・・私は術が得意だったわけではないためセンターの魔法関係の技術を流用したんだ・・・この町ではな・・・」
「なるほど・・・ではその機械があればいいわけだな?」
「まぁそういうことになるわけだが・・・この時代ではあるはずも無いものだ」
「そこでこれを見てくれ」
ザ・ヒーローはパソコンを起動し先ほどの画面を見せる。
「噂が現実になる・・・?」
「ああ、知ってのとおり・・・ここの町は浮いてる、このパソコンはある記者の持ち物だが・・・かなり真相を究明しかけていたらしい」
「・・・その真相というのが噂が現実になることだと?」
「ああ、そして最後の署名・・・天野舞耶・・・参加者の一人だ」
「なるほど・・・そいつを探し出し・・・この情報の真偽および正確な方法を確認しようということか」
「ああ、理解が早くて助かる」
「そうとなれば善は急げだ・・・行くぞ、その女もいつ死ぬか分からん」
伽耶は出口を向いた。
「あー待て、これまでの戦闘でMAGが減っていてな・・・先に回収に行きたいんだがな」
「・・・これを使え」
伽耶が手をかざすと手のひらから何かが現れる・・・それはザ・ヒーローのGUMPに飛んでいく。
「・・・MAGが・・・増えている?」
「時空転移に使ったMAGの余りだ、それだけあればしばらくは持つだろう・・・仲間になったしるしとでも思っておけ」
「・・・伽耶」
「ふん・・・・・・私も行きたいところがある、先にそこへ行くぞ」
「そうだ、じゃあ君もこれを持っておくといい」
そういってザ・ヒーローは伽耶に鉄パイプを渡した。
「・・・お前の分がなくなるのではないか?」
「いや、さっきこの家の水道管を引っこ抜いて調達した奴だよ・・・俺のもほら」
そうやって見せたザ・ヒーローの鉄パイプもきれいなものになっていた。
「お前は嫌に鉄パイプにこだわるな・・・理由でもあるのか?」
「・・・一番手ごろで強いってだけだよ」
ザ・ヒーローと大道寺伽耶、鉄パイプを携えた二人は再び歩き出した・・・。
天秤は揺れず・・・鬼を味方に付けた・・・。
【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト10500(四十代目葛葉ライドウに10000貰う) ノートパソコン 予備バッテリー×3
仲魔:魔獣ケルベロス、霊鳥ホウホウを始め8匹
現在地:蓮花台民家
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出
【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格となる(葛葉流剣術とある程度の術が使用可能に)
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ
道具:無し
仲魔:無し
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える
「敵」は隙だらけだ。
普通に響く足音。
「彼」はこれでそう思った。警戒しているのであったなら足音など立てず行動するに決まっている。
おどり出る瞬間に「彼」は確信した。「敵」は死体に注意を向けている。
このようなルールが存在する以上、寝っ転がった人間に注意を向けるなど問題外だ。
「彼」は思った。
−俺ですら罠だと思う存在に、注意を向ける……この「敵」は戦闘に慣れてはいない!−
「彼」が下したこの判断は間違いではなかった。
「敵」は「純粋な人間」との戦闘はかつて一度も経験した事が無かったからである。
しいて言えば先程あった先生との最後の抱擁が初の対人戦闘であった。
勿論、「敵」であるこの「人修羅」はそこまでの思考は無かった。
「人修羅」の立場からすれば、この「彼」こそが初めての対人戦闘と言えた。
何せ「彼」は明確な殺意を持っていた。
そう思う理由は簡潔である。
殺意を持たなかったら鈍器を振りかざす事などしないからだ。
対悪魔戦闘の時ですら戦意を喪失した相手や、交渉を持ちかける相手に対しては武器を収めたのだ。
「彼」は満身の力を込め斧に似た鈍器を振りかざす。
不思議な事に状況把握が出来た段階で「彼」の精神には若干の余裕が発生した。
まず武器は携帯していないようだ。その証拠に「敵」は素手。
そして鎧の類は装備していない。「彼」が持つ同じザックを背にしただけ。
あまつさえ「敵」は上半身が「裸」なのだ。
「彼」には想像できない姿であった。普通に考えたらまず真っ先に狙われる存在であろう姿。
鴨葱と言う奴だな!
高揚する精神、躁状態にも似た戦闘時の快感が彼を酔わせた。
ここで「彼」は気付くべきだったのかも知れない。
「敵」の体全体を彩る青い刺青と、後頭部にある通常の人間には在り得ないはずの突起物。
その二つの存在に。
「僕」に向かってきた男が叫びながら何かを振りかざして来た。歓喜の表情が見て取れる。
それはそうだよな、「僕」は丸腰なんだから……
そう、「僕」には武器が無かった。
当然だ。
あのボルテクス界を「僕」は素手で生き抜いたのだ。
可哀相に……と再び思う。そして湧き上がる純粋な興味……
この「敵」(そう、「男」ではない「敵」なのだ)と戦った結果、この「敵」はどう思うだろう?と。
決めた。
「この世界」での戦闘推移を知る為にも「僕」はあえて一撃貰う事を決めたのだ。
「彼」は確信した。
回避はこのタイミングからでは不可能。
両腕での防御間に合わず。間に合っても骨折は免れない。
攻撃部分は肩口からの袈裟斬り。
防具らしい防具は無し、防御能力は零に近い。
つまりは「敵」を殺せる。
だが相手が悪すぎた。この「敵」は今まで「彼」が相手にしてきた悪魔とは趣が異なっていた。
確かに肩口には武器がヒットした。腕に伝わる衝撃でそれはわかる。
が……それだけであった。
改めて「敵」の顔を見る。
涼しい顔をしていた。「彼」はこの「敵」が何故か「あいつ」に似たような面立ちの様に感じられた。
「敵」との目が合った。「敵」の目が赤く光る……そして同時に湧き上がる悪魔の様な殺気……
そして何故か感じ取れる強大な悪魔の気配、それも複数……まるで「あいつ」のような……
「敵」の全身に施されたような刺青が青く光った。
−違う!こいつは「人間」ではない!−
「彼」は思わず後方に移動し間合いを取った。勿論、退路は自分の背中、その背後に確保している。
「敵」は動かなかった。
そして一言呟いた。
「直接物理攻撃はこんなものなんだね」
悪魔の様な殺気を抱きつつも喋った言語は日本語であった。それも極めて冷静。
なまじ日本語であったが為だろうか「彼」の脳裏で何かがハジけた。思わず次の攻撃体勢を取る。
「彼」は小声で何かを呟きつつ右手を「敵」正面にかざした。
その刹那、右手から野球で使用するボール位の火炎が発生する。
「彼」が得意とする火炎系魔法で最もコストの低い魔法、アギだった。
「敵」は動こうとしない。「彼」は思った。動く気が無いのか!?
その通りであった。
「敵」は動く必要が無かったのだ。
「彼」が放った火炎は「敵」の目前で吸収されるようにかき消されてしまったのだ。
なんて奴!化物か!
「彼」が再び恐怖を覚える。物理攻撃に手ごたえが感じられず、得意とする火炎魔法も無効化されたようだ。
半ば自棄になった「彼」は反射的に銃を構えた。無意識の内に引き金を引く。発砲。
「彼」は瞬間的に願った。
−石化されちまえ!−
だがその願いすらも叶う事はなかった。期待した石化の兆候は「敵」に見受けられない。
が……
左肩に着弾の瞬間「敵」が僅かに膝を屈伸させ、ダメージを軽減させるような行動を起こした事は見逃さなかった。
微少ではあるがダメージを与える事は出来たようだ。
だが残念ながら石化の兆候は見ることは出来ない。
思わずもう一発発砲する。
これは回避された。
「彼」には「敵」が真横に回避するような動きに見えた。
畜生……
この生存戦争が始まった当初に狙撃を行った男の様な重症は負わせる事は出来ない。
残りの弾丸数が気になった。
脳裏に掠めるのは……
−殺される−
その一文。
その時「敵」の目の色が赤から金に変わった。
「君さ……回避してくれるかな?」
「敵」が「彼」に話しかけて来たのだ。
「僕」はまず「敵」と思われる相手の一撃をあえて貰ってみた。
次に「敵」は「僕」に向け魔法を放ってくれた。
有難い。
「僕」が試してみたい事を「敵」が試してくれたのだ。それも率先して……本当に有難い。
結果は双方共に無効に成功。
うん、どうやら禍玉の能力は「この世界」でも通用するようだ、と「僕」は思った。まずは一安心と言った所だろうか。
三番目に出てきた武器は銃……これはボルテクス界には無かった武器だ。
「僕」はふむ?と内心で首を傾げる。銃弾に対しては禍玉はどの様に反応するのだろう?
一瞬のうちに「敵」は発砲した。
っ!!
左肩に衝撃!!
これって……何だっけ?
「僕」はふと疑問に思った。
久しぶりに感じる感覚、それは痛覚だった。
銃と言う近代兵器(と言っても四百年以上の歴史はある事を思い出した)の攻撃には流石の禍玉も効力を発揮しないらしい。
「僕」は思わず初めて悪魔と遭遇した気持ちを思い出した。
ここでもう一発発砲、今度は確実に回避した。
油断してはいけない。
しかしちょっとした興味が「僕」に湧いたのも事実だった。
「敵」は言ってみれば金縛り状態の様な状況に陥っていた。
逆の立場なら「僕」もそうだったかもしれない。
うん、これはたまたま悪魔対人間の戦いであったから起こってしまった結果なのだから。
「僕」は力を抜いてみる。
そして「敵」に交渉を持ちかけた……話してみただけなんだけども……本音はただ単に日本語を喋ってみたいだけでもある。
「君さ……回避してくれるかな?」
何匹?
何人?
単位がどちらでも悪魔には変わりはない。
無数の悪魔を屠った「僕」の右ストレート、それを「敵」に見舞うつもりだ。
四回も攻撃を受けたのだ。たった一発、これ位は構わないだろう。
当てるつもりは毛頭無い。
「この世界」での攻撃相性を確認したかった。今後を踏まえて……「僕」の能力が何処まで通用するか?
言ってみればその試験だ。
「僕」はまだ「この世界」での戦闘経験が皆無だったから色々調べておきたかったのだ。
「この世界」での防御相性は大体理解した。
それに魔法を使う人間も居る事が判明した。これは情報として大きな収穫だ。
仲魔を召喚する場合は「この世界」でも相性を考えて召喚して上手く弱点を補う必要があると言う事だ。
正直、魔貨バラ巻きは勘弁。もうウンザリだ。
魔貨は純金製だったからバラ巻いた時の音だけは気持ちよかった。うん、「僕」もそれだけは認める。
ああ「この世界」は「円」でいいのかな……酷く懐かしい響きだ。最後に使ったのは確か缶ジュースを買う為……
そうすると「この世界」で混乱した場合は紙幣をばら撒くのだろうか……紙吹雪の出来損ないの様だな、それはそれで気が滅入る。
最も最近の仲魔は「精神無効」のスキルを所持させるように努めた為そのような状況に陥る事は無かったが……
「いくよ?」
「僕」は普通に言ったつもりだった。
「いくよ?」
酷く冷たい声に「彼」には感じられた。敵意無き殺意とでも表現すべきか。絶対零度の殺意。
「彼」は「いくよ?」と宣言されても回避できる状態ではなかった。
力の差か?
右の頬に突風が吹き荒れる感覚を感じた。
拳での直接攻撃。
「彼」からすれば、あからさま、そして屈辱的な攻撃方法だった……
それ故に「敵」との実力差を文字通り体感できる攻撃方法でもあった。
−ダメだ……「あいつ」や「奴」と一緒でもこの「敵」には敵わない……?−
素直かつ客観的な意見だった。
絶望感。
そう今まではこんな言葉は浮かばなかった。金剛神界で一人彷徨った時も……
どうする!
どうする!!
どうする!!!
混乱が混乱を呼び「彼」の思考は錯乱状態に陥った。
今度は歯の根が止まらない。
もしかしたら……
今まで殺してきた「悪魔」も殺される直前の心境がこうだったのだろうか……?
「敵」は余裕の直立不動。戦闘体勢をとらず、武器も未だに持つ意思は無いようだ。
「彼」は自分が完全に舐められていると思った。
上昇する屈辱感。
同時に下降する戦意。
むくむくと鎌首を持ち上げる恐怖。
無意識のうちに後退。「彼」は思わずしりもちをついた。
(もっとも「彼」の目前に直立不動で立っている「敵」はその姿こそが戦闘状態のポーズであったのだが)
五分ほどそのまま双方の姿が止まる。
本来であればこの五分の間にいずれかの動きがあるはずであった。
1:窮鼠猫噛むの諺の如く「彼」が「敵」に決死の攻撃を敢行。
2:「敵」が「彼」に対し一方的な殺戮。
「彼」と「敵」との目が合った。「敵」の全身像が嫌でも目に入る。
まず、目に付くのは武器も防具を全く身につけていない特異な姿。
そればかりか上半身が本当の裸体、着衣は膝まで伸びたズボンと靴下、それと靴だけだ。
そう「彼」はまずこの点で当初有利だと判断した。
次に、全体を「敵」の体全体を彩る青い刺青。
先程それを縁取るように青く光った記憶がある。
ここまでであれば……
そう、ここまでであれば「彼」のかつていた「大破壊前」あるいは「大破壊後」の「世界」にも存在していたかもしれない。
奇抜かつ、特殊な趣味を持つ人間である。と周囲の人間は判断するのかもしれない。
その次だ。
一番「彼」と同じ人間と全く異なる部分……後頭部にある通常の人間には在り得ないはずの突起物。
金属質の様な鈍い光り方をしている。
その金属質な突起が後頭部から文字通り「生えている」のだ。
顔は無表情……いや「敵」の目が明らかに「彼」を見下すのが見て取れた。
先程も感じたが、何故か「あいつ」と同じような印象を受ける。何故だろう?
そして先程の敵意無き殺気。
「敵」が一歩足を進めた。
段々と周囲が明るくなっていく「はず」の時間帯なのに「敵」の周囲が底無しの闇の世界になったような感覚。
例えるならば……街頭の無い夜道で一人取り残されるような孤独感。
もう一歩「敵」が歩を進めた。さらに闇が「彼」に押し寄せる。
そしてもう一つ感じた……先程も感じてはいた……が今度は確信した。
「敵」の背後に存在する多数の存在……
「彼」に対する明確な殺意。
怯えた獲物を嬲る恍惚感。
そして何かを行うとする統一された意思。
「敵」は一人であった。少なくとも今は。
しかし単体ですら「彼」には現状敵わない。
少なくとも「彼」だけでは戦力が遥かに足りない。
その圧倒的な「力」を持った「敵」が口を開いた。
「彼」を冷静に見ていた「敵」が横目で時計を見た後、こう告げた。
やはり先程同様それは日本語であった。
「一旦、止めない?」
あれから十分弱が経過しただろうか……
「僕」の結論はこうだ。
「僕」は強すぎる。
少なくとも真正面にいる人間に比べたら。
ルールから考えるのなら今ここでこの「敵」を殺すのが正論だった。
仲魔を召喚する必要も無い。
「僕」のこの拳、いつもの右ストレートで十分だ。
威力もボルテクス界とさほど威力は変わらないように思える。
この拳一発、一撃で決着がつく。
だが……と思い返す。
既に「僕」が一人殺している。ルールは適用されているなら二四時間は全員が一気に死ぬような事はないはずだ。
ならば……こうしてみるのも一興か……
「僕」は「この世界」での初交渉を試みた……もっともこの状況から半分これは強制に近いけど……
まぁ断ったらその時はルールに従がうまでの事。その場で右ストレートを叩き込むだけだ。
戦術的な要領はあらかた得る事は出来た。
「僕」は次に情報が欲しかった。
何せ「僕」は「人間」ではないのだから……
「僕」はいつもの戦闘ポーズ。念の為にいつでも逆襲可能な態勢で身構える。
「敵」は後退したもののしりもちをついてしまった。
五分程、時間が進む。
「僕」は一歩近づく、そして動きを止める。「敵」は怯える小動物の様にすくみあがった。
そしてもう一歩、「敵」の動きに変わりは無い。
ボルテクス界でよく発生した、逆切れに近い狂おしいまでの猛攻撃も行ってはこなかった。
「僕」はふと、悪魔になった直後に発生した戦闘の事を思い出した。
小男のような姿をした全裸だった幽鬼、異常にまで伸びた耳たぶと顎、人を小莫迦にするような笑い方。
正直初めてみた時、頭に来た。頭に血が上るとはきっとあの時の様な感情なのだろう。
そして終わり方に戦慄した。結果から言おう、「僕」は瀕死に近かった。
そう「僕」は考えてみればあの時、この「敵」の様に死に物狂いで戦った。
この拳で、今では一撃で敵を屠る右ストレートで。
うん、あの時の「僕は」は滅茶苦茶に弱かった。
「僕」のこの体もこの拳も弱かった。
−だからどうした……−
悪魔となった時から「僕」の中で育ってきた「何か」が「僕」に心の中で囁いた。
−ボルテクス界でも弱肉強食、そして「この世界」もその「理」は変わらない……−
「僕」は心の中で頷いた。全くだ。当然だ。この世の摂理だ。
−ならば潰せ、屠れ、殺せ、粉砕しろ、自分の圧倒的なその力を見せ付けろ!−
でも……
「理」と言う「単語」が引っかかった。
ボルテクス界で「僕」は全ての「理」に異を唱え全てを屠った。
受胎、要は一度死んで生まれ変わろうとする世界を潰したのだ。
それも根底から。
そう、「僕」は「理」に全く興味が無くなっていたのだ。いつの間にか。
ならば……
ノルマをこなした今、「理」に沿う事をしない事。
「僕」の行動はそれだった。
面白い。
ならばここでもそう行動してみよう。
それに「僕」は先程もこう言った。
「この世界」の状況が知りたい。
「敵」に対して「僕」はこう提案した。
「一旦、止めない?」
「敵」が口を開けていた。
当然だと思う。客観的に見て状況的には遥かに「僕」が有利。
うん、だから面白いと思った。当然の事ながら召喚していない仲魔達からはクレームの嵐が吹き荒れた。
「殺せ!殺せ!」の大合唱……これは当然だな。「悪魔」である「僕」にでも容易に理解できる思考だ。
いや「悪魔」だからこそか。
「……黙れ……」
「僕」は思わず口に出してしまった。主人が従者に下す冷徹なまでの強制命令。
静まりかえる仲魔達。
「どうして……だ?」
「敵」が五分位経過した後ようやく聞いてきた。
「施しか?哀れみか?情けか?……ルールは殺し合いだぞ!」
待ってくれよ……「僕」は素直にそう思った。そう来るか?
「そうだね、殺し合いだね、基本的なルールは」
「僕」はにっこりと笑顔を浮かべた……つもりだ……最近は凄まじいまでの形相なのかもしれない。
ボルテクス界では鏡等を見たことが無かった。
学校なのだからトイレはあるだろう。見ておけばよかったかな……と「僕」は少し後悔した。
「よく思い出そうよ?」
「僕」は続けた。思わずザックからルールブックを取り出す。
「敵」である「男」に安心感を与える為にあえて視線を外した。警戒心を軽減させる為だ。
「ほら……ここのページ」
「僕」はルールブックを見たときに重要となるであろうページに折り目をつけていた。
−ページをめくっていたら「敵」の不意打ちを喰らっちゃいました。テヘ♪−
……笑えた話じゃない……
「僕」は内心でこう思いつつも(自分では)友好的とも言える表情を作ったつもりだ。
最近「僕」は仲魔に交渉を行わせていた。内心で苦笑する。
……交渉じゃないな、あれは……
半ば強制的に仲魔にしていた事を思い出す。
最終的には「ある施設」にて、魔貨を支払い召喚を行っていた。
そういや「あの施設」はこの都市にあるだろうか?
あると助かるな……
久しぶりの笑顔の為か顔の筋肉が強張る。
「落ち着いて考えようよ、二四時間以内に一人死ねばいいんだ、君は死にたいのかい?」
「僕」は続ける。
「少なくとも僕は死にたくない。無駄な手間は省けるんだよ?だってほら……」
と、ここで先生「だった」物体を指差した。
「ここで死んでるじゃないか。一人確実に。確実に殺したよ、「僕」が殺したのだから」
白状しよう。
「僕」はその時、無意識のうちに先生の遺体を蹴っていた。
「ルールはクリア、二四時間は死なずにすむ。……とりあえずはそれでいいんじゃないのかな?」
「確かに……今はそうだ……」
「敵」だった「男」はそう呟いた。
改めて「僕」はその「男(少なくとも現状の「僕」からは「敵」と判断できるレベルではないのでこれでいいだろう)」を眺めた。
白黒調の迷彩柄コートを着ていた。暖かそうだ、少なくとも上半身裸の僕よりは。
逆立てた髪、地毛なのだろうか?でもこういう男こそ髪型に気を配ると……「昔の」千晶が言っていた記憶もある。
眼鏡をかけている……近眼なのかな?それとも伊達眼鏡なのかな……勇ならこういった事を教えてくれたかもしれない。
腕は細い、少なくとも「僕」の様に右ストレートで「敵」を一撃で屠る事などは到底不可能だろう。
「一つ質問がある……」
「男」が僕に問いかけた。「僕」はにこやかな笑みを浮かべ(る努力をしつつ)、なんだい?と聞き返した。
「この人は……お前の何なんだ?……お前は人間じゃないのか?」
言ってる事が違うよ、と「僕」は内心思った。
一つの質問じゃない、二つの質問じゃないか……まいった、まだ挙動不審状態の様だ。
「僕」は答える。
「ええとね……まず最初の答え、この人は僕の担任だった女性だよ……とても尊敬していた。病気だと言う話で御見舞いにも行ったね。こう見えてもね「僕」は昔、高校生だったんだ」
「高校生」。
久しぶりに発音する単語だった。
そう「僕」はかつて「高校生」だったのだ。
そしてここで無様に転がっているのはかつて担任だった「もの」……
「次の質問に答えるよ、今「僕」は昔は高校生だと言ったよね?この人は担任だったとも言ったよね?」
「男」は頷いた。
「僕」は言葉を続ける。
「かつては「人間」だったものだよ……今は「悪魔」になった、「僕」の事を皆「人修羅」と呼ぶ」
「男」の目が驚きの色を浮かべた事を「僕」は確認した。
「一旦、止めない?」
唐突なこの一言から始まった会話であった。
「そうだね、殺し合いだね、基本的なルールは」
知ってるじゃないか、と「彼」は思った。
「よく思い出そうよ?」
何をだ?
「ほら……ここのページ」
……そういえば「彼」はあまりルールブックを読んでいない事に気付いた。
こういった作業は「あいつ」が全部事前に行っていたからだ。折り目がついている。
ああ、と「彼」は思った。「あいつ」とこの「敵」はこういった所も似ていたのだ。
「落ち着いて考えようよ、二四時間以内に一人死ねばいいんだ、君は死にたいのかい?」
勿論、死にたくは無い。だから戦ったのだ。
「少なくとも僕は死にたくない。無駄な手間は省けるんだよ?だってほら……」
無駄な手間……
「ここで死んでるじゃないか。一人確実に。確実に殺したよ、「僕」が殺したのだから」
死んでいる……そうか矢張りこの「敵」が……
「ルールはクリア、二四時間は死なずにすむ。……とりあえずはそれでいいんじゃないのかな?」
確かに……今はそうだ……
「敵」から話しかけられ、「敵」が発した日本語。そして「彼」が思ったことだ。もしかした言葉として発したものも含まれているのかもしれない。
「ええとね……まず最初の答え、この人は僕の担任だった女性だよ……とても尊敬していた。病気だと言う話で御見舞いにも行ったね。こう見えてもね「僕」は昔、高校生だったんだ」
何だって?昔?
赤の他人なら露知らず、自分の担任、しかも尊敬していた人間を殺したのか!この「敵」は!?
容赦なく!?思わず「彼」は立ち上がる。
「彼」ですら「あいつ」と戦う為に覚悟を決めたつもりだったのだ。
それをこの「敵」はあっさりと「僕」が殺したのだからと「彼」に説明した。表情を変えずに。
「次の質問に答えるよ、今「僕」は昔は高校生だと言ったよね?この人は担任だったとも言ったよね?」
「かつては「人間」だったものだよ……今は「悪魔」になった、「僕」の事を皆「人修羅」と呼ぶ」
「彼」の質問に「敵」が答えた。
「人間」から「悪魔」に?「人修羅」?
何だって?
「彼」には意味が理解できなかった。
「敵」に一つ変化が見ることができた。
「敵」の言葉自体は親しみを覚えやすい様なものに変化している。
しかし……
酷く冷たい声である事には違いなかった。
それに「敵」の顔の表情に感情が現れていない。違和感が有りすぎた。
そして人間から悪魔へと変貌したと言う衝撃。「彼」は驚いた。
「敵」が話を続ける。
「要約すれば、この人が一回世界を壊してしまった訳なんだよ……」
何処かで聞いたような話だ……「彼」はそう思った。
「それでね……この人は「僕」がどんな世界でも生き続けられるように望んだ……らしいよ。そうしたら僕はこの力を与えられた……」
「それでも彼方は死なないで。生き延びて、世界の末を見届けて……これがたった今さっき殺した時の最後の言葉」
酷く冷たい声が続く。
表情に感情が現れていないのも変わらない。
「敵」が不意に壁を拳で貫いた。
「ああ、「僕」は確か生き続ける事で出来たよ……おかげさまでね」
「敵」が二発、三発と壁に拳を打ち付ける。
普通の人間であれば壁に拳の跡か、血痕が残るであろう、(少なくて「彼」の場合はそうだ)「敵」が拳を壁に放つたび、穴が開いていく。
しかしその表情はあいかわらず感情がない。
声の質感は変わっているようにも思えるが冷たい声である事に変わっていなかった。
「彼」は壁を貫く「敵」の目に涙が浮かんだ事を目撃した。
無表情、ひどく冷たい声、しかしながらその目からは涙。
「あれ……?まただ……」
「敵」いや「人修羅」が「彼」に背をむけ涙を拭うのを見た。「彼」は攻撃が可能であったが攻撃しなかった、否、出来なかった。
再び「彼」に顔を向けた。涙は消え失せている。
「君も質問に答えたんだ、「僕」の質問に答えてもらおう」
先程の親しみを覚えやすい様な口調とか変わる。「彼」は「敵」である「人修羅」の周囲から再び闇が広がるのを感じた。
同時に彼の背後から複数の強大の悪魔の気配……「人修羅」の目が再び金色から赤い色へ変化する。体を彩る刺青が青く発光を開始する。
「僕」は「男」に聞き返す。
そうだ、僕は「悪魔」……そう「人修羅」。
「男」は僕に質問をした。
そう「悪魔」に質問をしたんだ……この「男」にその代償を支払ってもらおう。
そうすれば用済みだ。
「僕」は参加者リストをザックから取り出す。
「お前の知り合いはこの中にいるか……それを話せ。それとその能力……その辺りの情報を全てをだ」
「僕」は今度は意図的に教壇の後にある黒板に向け右ストレート。勿論「僕」の拳は易々と黒板を貫通した。痛覚は無い。
「男」は「僕」の言葉に従がうしかないだろう……
「男」は三人の名前を指差した。指差しながら名前の発音を行う。
男二人女が一人……他は知らないと言う。
知り合いのうち二人は同じく魔法を使うらしい。回復能力に長けているという。……ふぅん……
「僕」が興味を覚えたのは「男」が最後に示した「男」だった。
「悪魔を使役する男」……まるで「僕」のようだ。
面白い……少なくとも「この世界」には悪魔を使役できる人間が何人か確実に存在する事になる。
参加者リストから考えると……
氷川。
千晶。
勇。
そしてこの「悪魔を使役する男」。
この「僕」。
そして魔法を使用する事が出来るのが少なくとも三人……
この「男」
この「男」が「奴」と言う男。
そしてこの「男」が知ると言う「女」。
これで少なくとも高尾先生を含めた八人の情報を入手した事になる。これで五分の一の人数か……
……頃合だな。
「僕」はそう判断した。
「ありがとう」と「彼」に「人修羅」は言った。
「人修羅」は「彼」に自分の知る名前を告げる。そして独り言の様に付け加えた。
「彼らも……強いよ。戦った「僕」だから判る。おかしいよな…「僕」が全員二回殺したのに。まぁ何かあったらもう一度殺せばいいだけだよね?」
それは「人修羅」が彼らより強いと言う意思表示、「彼」に戦慄が走る。
「さて……改めてありがとう……君はこれで用済みだな」
「彼」に取り死亡宣告が告げられた……
「さて……改めてありがとう……君はこれで用済みだな」
一歩、「僕」は足を進めた。
ありがとう、そしてさようなら。
ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。
「男」は「僕」が「悪魔」だと言う事を忘れていたのだろうか?
さて……どうしようか?「僕」は思案する。
仲魔を召喚し……「僕」同様に「この世界」での要領を得る事もいい。
それとも……「僕」個人の技能を試してもいい。
ざわざわと背後から僕の仲魔達が蠢動を開始する。求めているのだ、獲物を狩る快感を……
そうだな、それも悪くない……
「彼」に告げられた死亡宣告。
「彼」の前には無数の闇を引き連れた死神が立っていた。
殺される……
殺される……
「彼」は七姉妹学園に向かう前に、共に戦った仲間と覚悟を決めて此処を訪れた。
生き残る術を求め、此処に訪れた。
確かに生き残る術の助力を此処で「彼」は手に入れた。
しかし……
この学園には文字通りの悪魔が鎮座していた。
この死神にも「彼」と同じようにこの殺戮劇に参加した知り合いがいると言う。
覚悟、決意、そんな強い意志をこの死神……「人修羅」は持たなかった。
「……まぁ何かあったらもう一度殺せばいいだけだよね?」
あっさりと言った。しかも二回殺した?
意味が判らない。
「彼」が理解できるのは「人修羅」がその知り合いを遭遇した場合、躊躇無く戦うであろうと言う事だけ。
既に立ち上がっていた「彼」は「人修羅」が一歩歩くと同時に一歩後退する。
「ありがとう、そしてさようなら。君は忘れていたかもしれないけど……「僕」は「悪魔」なんだよ?」
「人修羅」が残した最後の言葉……
無意識のうちに彼は何かを掴んだ。
「彼」は本能的に一気に後退、「人修羅」に背を向け撤退を開始した。
隠密行動……等はもう必要なかった。そんな気を配れる状況ではない。
怖い……
脳裏に響くのはただそれだけだ。全力で逃げ出した。
そう、撤退、転進、退却、そんな御飾り的な言葉は必要ない。
全速力で逃げ出したのだ。
ひたすら走った。
「彼」とっての死神、「人修羅」は何故か追ってはこなかった。
恐怖と同時に湧き上がる屈辱感、劣等感、そして走りながら今までの戦闘結果を分析するように思考が回転する。
かつて人間だった悪魔……
近接攻撃の効果が無かった。
得意のとする魔法が通用しなかった。
銃撃は多少通じた……気がする。
「彼」は更なる力を求めた。この殺戮劇に生き残るにはまだ力が足りなかった。
力が欲しい、新しい力が……
少なくとも現状のままでは生き残れない!
「彼」はそう思いながら走った。
ここで一つ補足する。
「彼」が全力で逃げ出した時に「彼」は無数の「悪魔」と遭遇していた。
無意識のうちに「彼」は斧に似た鈍器でもって順次悪魔を撲殺していたのである。
「彼」が全力で逃げ出した跡には無数の悪魔の死体が転がっていた。
「彼」は決して弱い訳ではないのだ。
「僕」は「男」を追わなかった。
「男」の足が速かった事もあるが……
余りにも鮮やかな逃走に惚れ惚れした。思わず拍手。
何故だって?「男」は先生が手にしていたであろうザックを持って逃げたからだ。
さっきも言っただろう。
ノルマはクルアした。
「僕」はあまり人と関わりを持ちたくない。
先程は言ってみれば不意の遭遇戦だったからしょうがあるまい。
戦うときは戦うしかないのだ。例え友人であろうが、幼馴染であろうが恩師であろうが。
あの「男」は「僕」に比べたら遥かに弱いのかもしれない。
だが、しぶとくこの殺戮劇に生き残れそうな気がする。
もしももう一回「僕」と出会ったら……あの「男」はどう「僕」と戦うつもりだろう……
ルールは殺し合い……殆どの人間が互いに殺しあってるだろう。
ボルテクス界では様々な勢力が「僕」に協力を求めてきた。
千晶のヨスガ……
勇のムスビ……
氷川のシジマ……
アサクサのマネカタ達……
もしかしたら「この世界」でも協力を求めてくる参加者もいるかもしれない。
その時は「僕」はどうするだろう?
……今は答えがでない。
まぁいい……それはその時で考えよう。
誰もが生き残りたいと思うだろう……それは「僕」も変わりない。
そういえば「男」は逃げる事が出来たのだろうか?
ふと教室の出入り口から「彼」が逃げ出した廊下に目を向けた。
無数に転がる悪魔の死骸。一撃で葬っていた。
「僕」は思った。なんだ、結構強いじゃないか……
「僕」は薄笑いを浮かべる。
面白い……
ふと時計を見た……五時半を過ぎたところだ。始まってからまだ三時間弱しか過ぎていない。
「僕」は自分の世界に戻りたい。
それは変わりない。大体皆がそうだろう。
でも……
皆が早く終わらせたいだろうこの殺戮劇を一人位は長引かせる事をしてもいいのではないか?と「僕」は思う。
後、もう少しで最初の死亡した人間報告があるはずだ。
その次は午後六時に報告があるらしい。
先生だった物体を見やる。
ルールが正しいならこの人の名前が告げられる筈だった。
とりあえずはその連絡を聞いてからだ……あせる必要なない。
徐々に人数が少なくなれば何かしらの制限行動、あるいは強引な会敵が予想される。
体力を温存するのも悪くは無い。
そう「僕」は混沌の王……最後まで混沌を求めるべきなのだ……
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne)】
状態:軽症(左肩銃創)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
仲魔:不明
道具:煙幕弾(9個)
現在位置:七姉妹学園
行動指針:一回目結果報告待ち→最終的には自分の世界へ帰る手段を求める。
【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:敗北からの狂乱状態=PANIC?
武器:銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具:カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
道具:高尾祐子のザック(中身未確認の為不明)
現在地:七姉妹学園→蓮華台へ逃走中
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。
目の前に白壁が美しい、三階建ての校舎が佇んでいる。
建物の中心部の上下に、この学園の校章であるプレアデス星団をモチーフにした七つの星があしらわれた大きな時計台と、
アールヌーボーを基調とした設計の昇降口があった。
校舎の周りは意識して緑を取り入れた造りで、運動場にも、それをぐるりと囲むように花壇が置かれている。
此処は蓮華台の七姉妹学園だ。レイコと尚也はその校門の前で佇んでいた。
平和な時だったら、その美麗とも言える外観の校舎に、感嘆の溜息の一つでも漏らしていたのかもしれない。
時計は丁度正午を示していた。照りつける太陽と、それを反射する窓ガラスの光が眩しい。
自分たちはあの山から下山し、夢崎区を通過するルートを選んで此処までやって来た。
その間に多少の寄り道はしたものの、他の参加者に出会わなかったお陰で(死体には出くわしたが)あれから一時間程度しか経ってはいない。
もしも予定通りに事が進んでいたら、先ほど逸れてしまったライドウと鳴海の二人もこちらに向かっているはずだ。
だが、その二人はまだ此処には到着していないようだ。
彼らは、当初の打ち合わせ通りに山を迂回する道順で此処を目指しているのだろうか。
だとしたら…。
レイコは何故か奇妙な胸騒ぎがした。
あの二人は、今まさにとても恐ろしい眼に遭っているのではないだろうか。
そして、まさにその場には絶対に自分が必要だったのではないか。
そんな予感がしたが、今更後戻りが出来ないのも事実だ。
何しろ自分は今、自分から進んでなったとは言え、横にいる藤堂尚也の人質という立場なのだから。
夢崎区のファーストフード店から出た後、二人に会話は無かった。
尚也も何も話してくれないし、レイコの方からも、彼に何と言って声を掛けていいのか解らなかった。
実にばつの悪い空気が二人の間に満ち溢れている。重いと言っても過言ではない。
そんな空気だった。
「少し移動しませんか? こんな目立つ所に立っていたら危険だと思います。」
二人の間の重い沈黙を先に破ったのはレイコだった。
自分たちは確かに此処で人を待っているのだが、此処は道の真ん中に近い。
つい数日前まで、人の住んでいた形跡のある街中だから隠れる場所には事欠かないとは言え、目立つことには違い無かった。
本当は、自分だってずっと此処で待っていたい。
そんな気持ちも大きかったが、反対に、ライドウにはもう会わない方が良いのではないのかという思いもあった。
尚也は、今度こそライドウを殺すつもりでいるのだ。
そして自分がそれを止めることが出来るのか、正直今のレイコには自信が無い。
本当は、殺し合いなんてする必要は無い。だけど、尚也は…。
あのコンパクトの持ち主と尚也はどういう関係だったのだろうか。
横にいる本人にはとても聞くことが出来なくて、詳しいことは何一つ解らないが、とても大切な人だったのだろう。
自分と、魔神皇――狭間偉出夫と同じように。
コンパクトの持ち主は、――尚也の見たことを信じるなら、ライドウに殺されたという。
だが、その仇を彼に討たせてはいけない。
自分にとって、出会ったばかりだがライドウはとても大切な存在だから失うのは悲しいことだし、何よりその後尚也はどうするつもりなのか。
レイコはその先を考えないようにした。
だが、考えないようにすればする程胸が痛む。
自分が何をすれば一番良い解決方法になるのか、その答えは出ないが、兎に角尚也とライドウを再び巡り会わせるわけには行かないのであった。
「そうだな。近くの民家に隠れることにしよう。だが…。」
レイコの言葉に、しばし考えたような素振りを見せ、それから答えた尚也だったが、視線は全く別の所を向いていた。
彼の視線は鋭く、七姉妹学園の校舎に向かっていた。
「藤堂さん…?」
「俺たちが背を向けるのを待っているのなら無駄だ。出て来い。話をしよう。」
校舎に誰かが潜んでいるというのか。レイコは一瞬身構えたが、同時に少し安心した。
尚也はその相手と戦うのではなく、「話をしよう」と持ちかけてくれたからだ。
すると、グラウンドの脇に植林された針葉樹の陰から、一人の少年が顔を出した。
短く刈った髪で、都市迷彩のロングコートを着ている。
ぱっと見は随分悪ぶっている雰囲気のスタイルだが、彼が掛けている眼鏡が鋭い双眸を知的に見せていた。
少年は、腰に拳銃をぶら下げていた。
だから尚也はとっさに自分も先ほど拾ったコルトライトニングに手を掛けようとしたが、それよりも先に少年は軽く両手を挙げた。
「交渉なんだろ?」
「…両手を挙げたままもう少し近くに来てくれ。こっちの銃は安全装置が掛かったままだ。他の仲間もいない。」
やや間を置いて、少年は尚也に従った。近くで見ると少しやつれているように見える。
口元は感情を出さないように真一文字に結われているが、額に汗が滲んでおり、顔色も決して良いとは言えなかった。
そして、彼は近い時間の内によほど恐ろしい何かを見たのだろう。眼が血走っていた。
「このゲームには随分と変わり者が多いんだな。お前も、ルールはちゃんと解った上で交渉を持ちかけているんだろ?」
少年は、尚也とレイコに二メートル先まで近づいてからそう言い、口元を左右非対称に歪ませるシニカルな笑みを浮かべた。
「解っているからこそ見逃して欲しいんだ。」
「どういう事だ?」
「こちらに、君と戦う意思は無い、ということだ。」
言って尚也はレイコに視線を向けた。レイコの方も勿論それに同意して頷いた。それを見た少年は、ゆっくりとだが、挙げていた両手を下ろした。
「見逃して欲しいということは、徒党を組むつもりも無いんだな?」
「ああ。この女の子は理由あって俺が一時的に預かっているだけだからな。最終的には、独りでやるつもりだよ。」
少年は尚也の言葉に意味が解らないというように首を傾げた。だが、レイコの方はもっと複雑な心境だ。
「お前、生き残るつもりが無いのか?」
「勿論…生き残りたい、という気持ちを捨てたと言えば嘘になる。だけど…もう、俺には生きる理由が無いんだ。」
「……。」
尚也の言っている内容は、はたから聞けばおよそどっちつかずな答えだ。
ある程度の事情を知っているレイコの胸の痛みは増していくばかりだが、少年は少し苛立ってきたようで、腕を組み、ブーツの爪先を鳴らしてた。
「解らないな。理由が無いだと?
ならばどうして強くなろうとしない。強くなれば自分の生きる理由くらい見つけられるだろう。力があれば…俺にだって…。」
「強くたって、何かを守る理由が無ければそれはただの飾りに過ぎないんじゃないか?
俺には、その理由が無い。守るものが無ければ強くなる理由も必要ないじゃないか。
いや、それどころか…人間が生きている理由だって。
例えば…君にもそういうものがあるのか?」
「……。」
少年は押し黙った。彼の言葉の中から彼は強さや力に多大な拘りを見せているようだったが、改めてその理由を聞かれたことが無かったのだろう。
少し考えるように俯いていたが、顔を上げた。その表情は暗い炎が灯ったとでも言えば丁度いい表現になるだろうか。
「俺は、全てを見返したい。俺を今までゴミのように扱った全ての連中にな。
だから、俺にとってこのゲームはむしろ好都合なんだよ。
周りは全員敵。此処から出る為には戦って、戦って、戦い抜いて、最後の一人になるしかない。
解りやすくて大いに結構だ。
つまり、勝つには此処に来てる連中の中で一番強くなるということなんだからな。だから俺は負けるつもりなんてさらさら無いね。
生き残って、最後の一人になって世界中を見返してやるんだ。絶対にな!」
最初は静かに語っていたが、言葉は徐々に熱を持ち始めた。そして自分の決意を改めて固めるような最後の言葉は殆ど叫んでいるような言い方だった。
尚也は、少年の熱い魂の叫びとも呼べる言葉に笑みを漏らした。
だがそれを見た少年は少しむっとした表情を浮かべる。馬鹿にされたと勘違いしたのだろう。
尚也はすぐに表情を元に戻した。
「そうか。君には誰かを守ること意外で強くなる理由を見つけたんだね。俺は…少し羨ましいよ。
俺も君くらい純粋だったら、少しは違っていたのかもしれない。
このくだらないゲームの中でも、大切な何かを見つけられたかもしれない。
けど…もう遅いんだ。
全てが遅すぎるから、俺にはもう…。」
「お前が何か守るものが無ければ強くなれない…それはよく解った。
だったら何故お前はさっきからその女の前に立ちはだかっている? その女は…お前の何なんだ。」
「……さっきも言っただろう。この子は預かっているだけだ。いずれ、元の場所に返すさ…。」
レイコはどきりとした。尚也は、一体どういうつもりなのだろうか。
ライドウを自分の手で倒すという決意は固いはずだ。それは彼の眼が強く物語っている。それなのに、元の場所に返すとは…?
レイコの内に秘めた疑問に彼は答えない。おそらく、永遠に答えてはくれないだろう。
少年は、尚也に向かって、再びあのシニカルな笑みを浮かべると、腰に差している銃を抜き、レイコに向かって照準を合わせた。
「――ッ!」
尚也も咄嗟に銃を抜き、レイコを庇うように自分の真後ろに寄せた。
だが、少年は撃たなかった。撃たずにそのまま銃口を下ろすと、ついに笑い声を漏らした。
「くくく、それでいいんじゃないのか? お前が強くなる理由は。」
「どういう事だ!?」
「そんなこと自分で考えろ。」
少年は吐き捨てた。それから銃をまたコートの内側に差し込む。それから初めて尚也から眼を逸らした。
「もう少し頭のいい奴だったら俺の仲間に入れて利用してやろうとも思ってたんだが…。
それどころか今は殺す価値も無い阿呆だな。
おしゃべりも飽きてきた所だ。用事が無いならもう行くぞ。」
少年はそう言って校門の前に立っている尚也とレイコの横を通り抜けた。
「待て。」
そのままの体勢で、振り返りもせずに尚也は彼を呼び止めた。少年が立ち止まると、尚也は勢いよく振り返り、びしりと彼に人差し指を差した。
「少し、理由を考える。
……解るまで俺は死なない。絶対に生き延びる。だから、この疑問が晴れるまでお前に死ぬことは許さないからな。
そうしたら…俺と戦え! いいな!」
その言葉を聞いて、少年はついに声を上げて笑った。つられて尚也の顔にも笑みが浮かぶ。レイコだけはてんで意味が解らないといった表情だった。
「はははははっ、そう来たか。いいだろう。その挑戦は受けてやる。
だがその時俺は今よりもっと強くなっているぞ、お前なんか足元にも及ばないくらいにな!」
「望むところだ!」
二人はこの殺伐とした状況にも関わらず、非常に楽しそうだった。レイコには何故か解らなかったが。
やがて少年が立ち去った後も、尚也の表情はしばらくの間、晴れ晴れとしたものであった。
最終的には殺しあうということを言っているのに、何故そんなに明るく笑いあうことが出来るのだろうか。
どんなに考えを巡らせても、レイコの頭では理解することが出来なかった。
ただ、あの少年と尚也――。
彼らの出会いがこんな悲惨で非常識な状況の場でさえ無ければ、無二の親友になれたのではないのか。
そう思うと、少し残念だった。
【赤根沢レイコ(if…)】
状態 やや疲弊
武器 無し
道具 ?
現在地 同上
行動方針 魔神皇を説得 ライドウたちを探す ゲームからの脱出
【藤堂尚也(ピアスの少年・異聞録ペルソナ)】
状態 正常
武器 ロングソード
道具 ?
ペルソナ ヴィシュヌ
現在地 同上
行動方針 葛葉ライドウを倒し、園村麻希の仇をうつ カオスヒーローとの再戦
【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具:カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
道具:高尾祐子のザック(中身未確認の為不明)
現在地:蓮華台
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。 藤堂尚也との再戦
アラヤ神社
どこの町にもをひとつはある古い神社。
百年・・・もしかすると千年以上前からこの地を見守って来たであろうその場所・・・そこに二人は訪れていた。
「行きたかった場所っていうのは・・・ここかい?伽耶」
ザ・ヒーローが尋ねる。
「そうだ・・・・・・・思ったとおり、ここは霊気が多い」
伽耶はそう答えた。
「霊気?」
「ああ、霊穴とか竜脈という奴・・・風水などで用いられる概念だな、術を行うのはできればここがいい」
「成るほど・・・下調べってこと?」
「それもあるが・・・ヒーロー、お前は確か大破壊前の生まれだったな・・・御神木というのはどれか分かるか?」
「ああ・・・それなら多分注連縄が巻いてある・・・あれだな」
ザ・ヒーローはひとつの木を指差した。
他の木と比べても明らかに樹齢の長いそれは注連縄を巻かれどこか荘厳な雰囲気が漂った霊木だった。
「・・・なるほど、いい木だ」
そういうと伽耶は木に向かって2度頭を下げ次に拍手を2回そしてまた2度頭を下げる。
「木の幹を少し・・・いただきます」
そういうと伽耶は木の幹を包丁ではぎ取り出す。
「何をやっているんだ?」
「武器がわり・・・というところだな」
次に包丁で木を研ぎ始める。
有る程度表面が滑らかに成ったものが4つ出来上がると組み合わせ底をつける。
注連縄を少し切り取ると木を組み合わせたものを結ぶ、さらに木の幹を抉りふたを作る。
木の幹だったものは管のようなものになった。
「よし・・・できた」
「・・・なんだい?それ」
「葛葉流封魔術に使用する道具・・・その原初のものだ」
「・・・よく分からないが」
「お前のGUMPの原始的なものだ、葛葉一族は元来これで悪魔を使役する」
そういいながら伽耶は管の細部をチェックする。
「・・・それで仲魔にするのか?」
「そういうことだ・・・時空転移の法を調べるうちに見つけた術で試すのは今回が初めてだが・・・よし、仕上げだ」
そういうと伽耶は管を置きその前に座る。
手を組み合わせ印を組むと呪文らしきものをを唱え始める。
「トホカミ エミタマ トホカミ エミタマ アハリヤ アソバストマウサヌ」
徐々に周りの雰囲気が変わる。
「アサクラニ イブキドヌシトイフカミ オリシマセ」
管に何かが集まっていく。
「フルベ ユラユラト フルベ」
そして全てが集まりきる。
「ハラヘヤレ ハラヘヤレ」
呪文を唱え終わるといつの間にか管は伽耶の手に収まっていた。
「ふー・・・ヒーロー、悪魔を呼び出してくれ・・・そうだな、ホウオウを頼む」
「・・・ああ、テストするんだな分かった」
ヒーローはそういうとGUMPを展開する。
コンピュータに慣れた手つきで入力を済ますと画面に魔法陣が現れる。
<霊鳥召喚・・・ホウオウ・・・GO!>
大きな翼を持った鳥が現れる。
「行くぞ・・・封魔だ」
伽耶が管を構えホウオウに向ける。
管が吸引を始めるがホウオウはこれに抵抗する。
「グウ!オレサマ、スイコマレナイ!」
「ぐ・・・無理か・・・ヒーロー、ホウオウに抵抗しないよう指示してくれ・・・」
「分かった・・・ホウオウ、その人は味方だ、悪いようにはならない・・・抵抗をといてくれ」
「グウ・・・ワカッタ」
ヒーローから指示が飛ぶとホウオウの抵抗する力が格段に弱まった。
するとホウオウは管に吸い込まれて行く。
「はぁはぁ・・・ダメだな・・・これではとても普通の悪魔を封魔するなどできそうに無い」
封魔を終えた伽耶は息を切らせていた。
あの動作でかなりの体力を消耗したようだ。
「・・・ホウオウはもう君の指示で動くのかい?」
「ああ、管に入ったということは既に術者の命令に強制力が出る」
「だったら僕が交渉して仲間にし、伽耶に渡すのではダメなのかい?」
「恐らく可能だ、しかし見ての通り・・・管の作成と封魔でとんでもない体力を消耗する・・・この神社でさえだ」
「そうか・・・ホウオウは君が持ってるといい、万が一はぐれたときのためにもね、MAGを半分かえそう」
「いや、大丈夫だ。さっきお前に渡したのが全部じゃないからな」
COMPを操作しようとしたヒーローを静止して伽耶がいう。
「・・・抜け目無いなぁ」
「よし、さしあたっては天野舞耶の捜索だったな」
「うん、どうする?別行動する手もあるが・・・」
「それはよした方がいいだろう・・・私が死んではお前は脱出できない、お前が死んでは私の目的は達成されないのだからな」
「一心同体の運命共同体ってわけだな」
「・・・利害の一致をそういうのなら、そうだ」
伽耶は照れたように横を向いた。
そんな伽耶をよそにヒーローが地図を開いた。
再び今後の相談が開始される。
「・・・既に行ったのは、港南区に青葉区そしてここ蓮華台」
「今までいった場所とはいえ全部回ったわけでもない、特に青葉区は一瞬いただけだ」
「まぁね、とはいえ単純な確率の問題で他から回ったほうがいいだろう」
「・・・すると平坂区と夢先区のどちらかか?」
「そうだね・・・明らかに敵が多いのは夢先区だろうけど・・・」
「では、平坂区か?」
「いや、もし夢先区にいた場合死の危険が多いことになる、だから・・・」
「夢先区か?」
「うん、僕らは夢先区だ」
「・・・僕らは?」
「平坂区は仲魔に行かせよう・・・」
そういうとヒーローはGUMPを操作する。
<妖精召喚・・・ピクシー・・・GO!>
ヒーローがこの世界で最初に仲魔にした小さな妖精、ピクシーが現れる。
「聞いてたね?ピクシー、平坂区・・・あっちの方向だね・・・に天野舞耶って人を探しに行くんだ」
「あまのまや?」
ピクシーが聞き返す。
「ああ・・・えーと・・・この人だね、名簿を破って渡そう・・・これで持てるね?」
「うん!」
「よし、この人を見つけたら僕にGUMPを通じて連絡するんだ・・・無理に話しかける必要は無いけど、怪我してたら治してあげるんだ」
「もし見つからなかったらー?」
「平坂区でどうしても見つからなかったらこう・・・左回りに港南区へ行くんだ、僕らはその逆周りで探す」
「うん、わかったー」
「MAGをあげよう・・・1000あれば足りるね?余りは君に上げる」
「!やったー、アタシ絶対見つける!!」
ピクシーは大喜びすると飛び立った。
「ピクシー!そっちじゃない・・・反対だ」
どうやら正反対の方向だったようだ。
「あ、ゴメーン」
「あーいや・・・じゃ、がんばって」
今度こそ正しい方向にピクシーは飛び立った。
「・・・大丈夫なのかあれは」
伽耶が不安そうにヒーローに尋ねた。
「・・・飛べて、治癒魔法が使えて、小さくて隠密行動ができる・・・これ以上の奴はいないと思ったんだけど」
「・・・だが、あれだぞ」
「・・・」
「・・・」
「さて、僕らも夢先区に行こうか」
「話をそらすな」
「見つかるとイイナー・・・できれば派手な格好しててくれれば・・・あ、それだと敵にも見つかっちゃうか」
「おい!」
二人は夢先区に向かった。
二人は知らない。
天野舞耶は二人の想像以上に派手な格好をしていることを・・・。
「クシュン!」
狂気の町に和やかなくしゃみが聞こえた気がした。
ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト9000(諸々の使用とピクシーに渡したことにより減少) 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:蓮華台アラヤ神社より夢先区へ移動開始
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出
【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 わずかに疲労
武器:スタンガン 包丁 鉄パイプ 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:無し
仲魔:霊鳥ホウオウ(ザ・ヒーローの使役していたものを封魔、自身の使役とする)
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える
【妖精ピクシー(ザ・ヒーローの使役)】
状態:正常
武器:無し
道具:マグネタイト1000
仲魔:無し
現在地:蓮華台アラヤ神社より平坂区へ移動開始
行動方針:ザ・ヒーローの命令で天野舞耶の捜索 発見し次第ザ・ヒーローへ連絡(なのだがわかっているのかどうか・・・)
ほの暗く、湿り気が多く、淀んだ空気の中……
まるで地獄のような呪わしい場に、生命の危険を示す絶叫が響き渡る。
ここは、防空壕。かつて、戦争の恐怖から逃れるために作られたはずの場所には、何時の間にか
恐怖そのもの――悪魔が現れるようになっていた。
では、先程の悲鳴は恐怖に飲み込まれた哀れな子羊のものか?
否。圧倒的に否。あの叫びは、厳然たる恐怖の権化が上げる更なる呪いの声。
「ああ……あああ………」
一人の少女――いや、少女と呼ぶべきではないだろう。本来なら、2枚の輝く羽を備えた存在。
最下級ではあるものの、紛うことなく天使の一柱だ――が両手で這いずるように更なる恐怖から逃げる。
本来あるべき羽を失い、無駄だと半ば知りつつも恐怖に駆られ、涙を流し自分を上回る恐怖、狩猟者から逃げる。
僅かに風が流れた。
「あッ……!ひッ!」
目の前には、狩猟者の足。
何故?何故こうなった?彼女は自問する。このような薄暗い魔境で、たまたま見かけた人間。
いったい何をしているのか知りたくて、彼女は無防備なまま話し掛けた。所詮は人間。
もしものことがあっても平気だろう等と考えていた。しかし、それは間違いだった。
次の瞬間には、腕がなくなっていた。その次の瞬間には右の羽が。そのまた次には左の羽が。
あっという間に彼女は地に伏せる羽目になった。
溜まらず叫んで逃げ出したが、目の前の存在は逃げることすら許さない。
狩猟者の足が胸へ食い込む。無様に転がる。倒れた彼女の胸板を足が圧迫する。
「お……お願いです……見逃してください……何でもいたしますから…ッ!」
哀れに、無様に許しを乞う。
仲魔になれ →MAG
マッカ 死ね
「MAGでございますね……なら、これを……68MAGです……これで……いいでしょうか……?」
ただでさえ実体化で少ないMAGを搾り出すように渡す。
OK
→だからお前は阿呆なのだ
次の瞬間には、彼女の首は体と離れていた。
「やれやれ、ニュートラル悪魔じゃいくら殺ってもMAGにならないからな」
得物の夢想正宗を戻し、肩をすくめて見せた。とても、あのような外道を働いたようには見えない。
「まったく、あの狭間をシバくための魔界行脚の次は殺し合いか」
突然、魔界に放り込まれ、脱出のために魔界を生き延びた青年――神代 浩次。
彼の背後をもし霊視出来れば巨大な龍が見えるだろう。龍神ラハブ、それこそが彼の人外の強さの根源であり、
同時に彼の一側面でもある。悪魔の位階を数値化するとすれば、ラハブは63位にあたる大悪魔であり、
彼自身もまた60位に迫る強さを持つのだから。
今の彼は、100mを5秒以下で走り、一撃で大木を払うだろう。
「ま、生き残るには仲間は必須。ここらの悪魔は弱いし、MAG集めに勤しむか」
もはや彼に通常の、「人としてこうあるべき」などという常識はない。
生き残るためなら何でもやる。いくらでも利用する。また、そう出なくては生き残れない世界を生きてきたのだから。
「ようは嫉妬界と一緒だ。むしろ、レイコがいないから悪魔を口説くの逆に楽そうだしな……あのモラリスト、
悪魔とヤろうとしたら切れる始末だし。」
カチカチと手にはめたCOMPを操作してMAGの量を確認する。
「341MAGか……最低2000MAGは集めたいな。あと、武器も夢想正宗だけじゃな……
投げナイフ数本と、あとは最低限の防具と、消耗品と……やれやれ、しばらくは悪魔狩りだな」
それだけではない。更に加えて合体で、ある程度強い悪魔も是非欲しい。幸い、このメリケンサック型COMPは
合体機能がついているのでそれも可能だろう。
「隣の部屋に行くと悪魔の強さがグッと変わるからな。しっかり準備してステップアップといくか」
死亡者がなかった場合の首輪の爆発に関しては、気にする必要はない。
どうせ「殺さないと死ぬんだ」とでも思っているお頭の不自由な方々が殺し合いをしてくれるだろう。
ま、精々殺し合いに勤しんでくれよ。お前らの数が減った後、しっかり準備した俺が全員ぶっ殺してやるから。
怠惰界の連中のように必死になって踊っていればいい。あとの旨味は……俺がもらうから。
【神代 浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:実に健康
武器:夢想正宗
道具:メリケンサック型COMP
現在地:春日山高校/防空壕
行動方針:消耗品、投具系の武器、防具、MAG、強力な仲間の回収
そこは、初めて目にする世界だった。
整然とした街並み。舗装された道路には、目立ったゴミも落ちていない。
建造物の壁にもヒビは入っていないし、ガラスも割られていない。
秩序立っているのは、シェルターの中に似ているかも知れない。しかし、ここには空がある。
地上にこんな整った、恐らくは平和だったのだろう街があるのを見たのは初めてだった。
(これが……)
その街の真ん中に転送されて、そんな光景の中に自分は立っているのだと実感した時の、感動と興奮
。
今まで記録映像でしか見たことのなかった世界が、今ここにある。
(これが、壊れる前の世界か)
状況も忘れて暫し、胸を痺れさせるその感覚に身を任せて立っていた。
この光景こそが、目指すべきものなのだ。
救世主としての使命――バエルを倒し、悪魔の脅威を退け、世の乱れを正すこと――を果たせたら、
その先にはこの街のような秩序と、平和と、繁栄がある。
一度壊滅する前の世界と同じ、いや、それ以上の。
映像だけでは具体的なイメージとしては浮かばなかった「平和な世界」。
この場に立ったことでそれが、一気に現実味を帯びた。
そうだ、自分が使命を果たせば、あの世界もこのような繁栄を手に入れられるのだ。
悪魔を恐れてシェルターの中に隠れて暮らすこともなく、太陽の光を浴びられる。
地上の人々も、いつ訪れるとも知れない死への恐怖を、享楽的に生きることで紛らわせる必要もなく
なる。
あの荒廃した世界を、救わなくてはならない。
そのために、帰らなくてはならない。
元の世界に帰る。
それを当面の目的として認識したところで、ふと冷静に戻った。
帰るにはどうすればいいか。そもそも、自分達は何故ここに連れて来られたのか。
スピーカーから聞こえた声のことを思い出す。
一方的な放送のように聞こえたが、声の主はあの部屋の様子を知ることができていた。
あの声に逆らった男が、目の前で死んだのだ。
自分の胸元を覗き込む。声が告げた通り、呪いの刻印が刻まれていた。
これがある限り、自分達の生殺与奪はあの声の主が握っているということだ。
そして、奴は最後の一人になるまで殺し合いをしろと言う。
つまりは――最後の一人にならなければ、元の世界に帰せと奴に交渉を持ち掛けることもできない。
呼び集められていた中には女も多かったし、力を持たない一般人にしか見えない者もいた。
世界を救うために無力な者を殺すことに抵抗がない訳ではない。
しかし、自分が声の主に逆らって死ねば、あの世界は救われない。帰らなければならないのだ。
ここにいる数十人に情けをかけたばかりに、世界が救われる可能性を潰してしまうようなことがあってはならない。
するべきことは、決まった。
このゲームの勝者になる――他の全員を殺す、ということだ。
集められていた中には、かつて友だったあの裏切り者もいた。あいつを惑わした魔女もいた。
(この地で決着を付けることになる、か……いや)
余計な考えは決意を鈍らせる。今は、出会った者から一人ずつ倒してゆくことだ。
改めて周囲を見回した。まずは辺りの地形、それから地図上での現在地を把握しておきたい。
手近にある一番高いビルに目を留める。この屋上か、屋上がなかったとしても最上階まで行けば、周囲は見渡せるだろう。
(その前に、と)
いつの間にか肩に担いでいたザックを下ろし、中身の確認をした。
声の主が言った通りにルールブックや地図や食料が入っている。そして、ランダムに与えられたという武器と道具。
抜き身の日本刀と、不気味な色をした宝珠のようなもの。宝玉ではない。
ザックの中を探すと、あの声の主が親切にも付けてくれたのか、その道具の説明が書かれた紙片が見付かった。
『溶魔の玉:対象の悪魔をスライムに変える』
他の参加者が何を与えられているのかは判らないが、これはまずまずの当たりと言っていいだろう。
日本刀なら扱いは容易いし、この玉は悪魔を使役する参加者に出会った時に役に立ちそうだ。
よし、と小さく呟くと玉をザックに戻し、日本刀を手にしてビルの入口に向かって歩き出す。
屋上には、先客がいた。
最上階から屋上に通じるドアを開けると、その音に驚いたように一人の女が振り向く。
屋上の縁から、街を見渡そうとしていたようだ。
茶色の髪、青い服――古い時代の学生服という奴だろう。参加者の中に、この女と同じ服を着た者が他にもいたはずだ。
ザックは足元に置いてあるが、武器は持っていない。
「あんた……悪魔?」
警戒した様子で、女が問い掛けた。この鎧ではそう見えるのも無理はない。
「俺は人間だ。お前と同じ、参加者だ」
それはつまり、殺し合うべき相手ということだ――が、女は意外な反応をした。
「良かった。ねえ、ここを出る方法を探さない?」
「何……?」
思わず眉を顰める。
「殺し合えだなんて馬鹿げてる。ここから出る方法を探して、みんなを助けるのよ」
助ける?
この女は、参加者全員を救おうと言うのか。あの声の主に逆らって。
「……無理だ。呪いの刻印のことを忘れてはいないだろう」
「それも……どうにかできる方法が、あるかもしれないじゃない。絶対無理だって判るまで、あたしは諦めない」
最初は少し口ごもり、しかし最後はきっぱりと、女は言った。
その声、その眼差しからは強い意志が感じられる。
自分は丸腰にも関わらず、武器を持った相手に堂々と反論していることからも、精神力の強さは見て取れた。
「逆らった奴が死んだのを見ただろう? 呪いを解こうとなどしたら、その時点で殺されるかも……」
「だからって人を殺すの? 恨みもない奴を殺すなんて、イカレてるよ」
(イカレてる、か……そうかもな)
あの世界には、恨みもない人間を殺す者など幾らでもいた。
そんな状況は見たこともない、平和な世界に生まれた人間なのだ――この女は。
この街のような平和な場所で、それが脅かされる状況など知らずに、その倫理観と正義感を身に着けて育った人間なのだ。
「そのイカレた世界を、俺は救わなければならないんだ」
「え?」
刀を構え、屋上のコンクリートを蹴って女との距離を一気に詰める。
対話はここまでだ。この女の考えに乗って、あの声の主に反抗的と見なされたら呪いで殺されるかもしれない。
乗らないならば、することは一つ――この女を殺すことだけだ。
「ま、待ちなよ……!」
人間が襲い掛かってくるなど、考えもしていなかったのか。女が狼狽の様子を見せる。
それと同時に、女の背後にぼんやりとした姿が浮かび上がった。
槍を手にした女戦士――妖魔ヴァルキリーだ。
悪魔を召喚したのかと一瞬焦ったが、違った。ヴァルキリーの姿は半透明で、実体化はしていないようだった。
この女に憑いているのか。いずれにせよ、油断はしない方がいい。
「ブフダインっ!」
女が手を前に突き出す。そこから冷気が放出され、叩き付けられた。
「ぐ……」
鎧の表面が凍り付く。空気中の水分も細かい氷の粒に変わり、剥き出しの肌を傷付けた。
戦意はなくとも、この女も無力ではないということか。
こちらが完全に凍り付き、動きを止めることを期待したのだろう。ダメージを与えるのみに留まったことに、女の顔に絶望が浮かぶ。
今度はこちらの番だ。大きく踏み込み、刀を振り下ろす。
手応えは確かだった。女が仰け反る。血飛沫が舞い、まだ残る冷気で凍り付いて月光にきらきらと光った。
今のところはこちらの優位ではあるが、向こうは悪魔の助力を得ている相手。反撃の隙は与えたくない。
「ザンマ!」
追撃とばかりに衝撃波を放つ。女の華奢な体が、後ろに吹き飛ばされる。
そして、屋上の縁の低いフェンスに衝突し――衝撃波を喰らって僅かに浮いていたのと仰け反った姿勢が災いして、
その体はフェンスを乗り越えて空中へと飛び出していた。
ザンマの直撃で気絶したのか、声もなく女は落下してゆく。悪魔の加護も、こうなっては何の助けにもならないようだった。
「殺った……か……」
荒い息をつきながら、刀を振って付着した血を払う。周囲の気温も、次第に元に戻りつつあった。
鎧に守られている部分を除いて、冷気を叩き付けられた胴の前面全体がひりひりと痛む。
治癒の魔法で治そうとしたが、あまり効果は現れない。何らかの力が働いて、魔法を阻害しているようだ。
それでも何回か繰り返し呪文を唱えると、氷の粒で傷付いた部分の出血と凍傷の痛みだけは止まった。
体へのダメージは残っているが、ひとまず動く妨げにならない程度なら今は無視してもいいだろう。
あまり魔法を使うと、傷よりも疲労の方が不安要素になりかねない。
屋上の縁へ歩み寄り、下を覗き込んだ。遠く離れた地上に、あの女が倒れているのが見える。
周りには血溜まり。この様子では、生きてはいないだろう。
「みんなを助ける……か」
女が言っていたことを思い出す。平和ボケした善人の、甘い考えだ。
あんなことを言っているようでは、自分が手を下さなくとも遅かれ早かれ誰かに殺されていただろう。
これで良かった。
こうするしかなかった。
――なのに、この苛立ちは何だ?
この場所に居続けたくない。自分でも理由は解らないが、そう感じた。
ほとんど衝動に近い、その思いに衝き動かされるように踵を返す。
地形を把握するなら、別の所からでもいい。違うビルを探して、それから、少し休もう。
まだ戦わなくてはならない相手は、何十人もいるのだ。
別のビルを探し、屋上から周囲を見渡した。少し遠くに見えた学校らしき建物が、最初に皆が集められた七姉妹学園だろうか。
だとすると、ここは蓮華台という場所だということになる。
そのビルは住宅だったらしく、適当に入った部屋には生活に必要な物が揃っていた。
いや、必要以上の、と言うべきか。シェルターでの生活とはまるで違う、豊かな暮らしが想像できた。
部屋にあったタオルで刀の汚れを拭い、ベッドに寝転がって休みながら、これからのことを考えた。
全員を倒すと言っても、無計画にただ戦えばいいというものでもない。
あまり早期に消耗してしまうようなことがあれば、後々の戦いが辛くなるだけだ。
力を温存しながら、まずは様子を見るべきか。
勝てそうな相手と出会ったら確実に仕留める。
徒党を組んでいたり、悪魔を使役していたりする相手は避け、潰し合って戦力が削がれることを期待する。
正々堂々としているとは言い難いが、生き残るためには――世界を救うためには必要な作戦だ。
慎重でなくてはならない。できるだけ危険は避けなくてはならない。
(そうだ、手段は選んでいられない。俺は、あの荒れ果てた世界の小さな希望……救世主なのだから)
――あれから、四時間。
休息はもう充分だろうと判断し、ベッドから起き上がる。
眠ることはできなかったが、疲れは取れた。理由の解らない苛立ちも少しは収まった。
部屋には小さな目覚まし時計があった。嵩張る物でもないし、持っていって損はないだろう。無造作にザックに突っ込む。
先程、死者の名前を告げる放送があった。読み上げられた名前には、やはり女が多い。
その中のどれかが、あの女の名前だったのだろう。
外はもう明るい。本格的に動き出す者も増えてきた頃だろう。
この近辺を通る者もいるかもしれない――そう思って窓に近付き、外を見た。
まさに予想通り、しかも絶妙なタイミングだった。
道路に、人の姿がある。このビルの入口まではまだ距離があり、降りてから建物の陰に潜んで待ち伏せることも可能だ。
問題は相手が二人いることだが、並の人間二人なら恐れることもないだろう。
まずは、力を見極めることだ。
できるだけ足音を立てないように階段を駆け下り、ビルの入口から外を覗き見る。
二人組は、立ち止まっていた。あの女と戦ったビルの真下で。
こちらには気付いていないようだったが、念を入れて裏口から外に出る。建物の陰に隠れるようにして、少しずつ近付いた。
あまり近付くと、気配を悟られる。
話す声が聞こえる程度まで近付くと足を止め、耳を澄ました。
血の匂いがする。そういえば、あの女が落下したのはこの通りに面した方向だった。
二人組は、女の死体を見付けて立ち止まったのだろうか。
「この人を、ここに置き去りにする訳にはいかない」
「って……どこに運ぶんだい」
会話が耳に入る。胸の奥のどこかが、ずきりと痛んだ。
「どこに……かは、判らない。ただ、どこか、安らかに眠れる所へ……」
死体を見付けて、殺した犯人が近くにいるという心配をする前にそんなことを言っているのか。
一度は収まっていた苛立ちが、また甦り始める。
しかし、この二人も先程の女と同様、甘い考えの持ち主らしい。
気付かれないよう、ビルの陰から姿を覗き見る。二人とも、完全に死体に気を取られているようだ。
こちらに背を向けて女の死体を抱き上げているのは、白と青を基調とした服の男。声から判断するに、年齢は若い。
鍛え抜かれた筋肉が一目で見て取れる。正面から戦えば手強い相手だろう。
が、白い服には脇腹の辺りを中心に血の染みが広がっている。負傷しているようだ。
もう一人はスーツ姿の男。細身で、若くはない。おおよそ戦いに向いているとは思えなかった。
(好機、だな……)
二人とも武器は持っていない。そして今なら、戦いの得意そうな若い男には背後から奇襲を掛けられる。
死体を抱えているのでは、即座に反撃もできないだろう。
刀を握り締める。最初の一撃で、できるだけ深手を負わせたい。
「ひとまず、この辺りの――」
周囲を見回していたスーツの男が、視線をこちらに向けようとしたのと同時に――飛び出した。
「! 危ない!」
スーツの男が叫ぶ。若い男が振り向いた。予想以上に俊敏な反応だ。
(早まったか?)
この距離からでは、避けるのは不可能だろう。が、死体を盾にすればこの一撃は防げる。
有効な奇襲にはならなかったか、と内心舌打ちをする。
しかし。
「っ……」
「な、何……?」
攻撃を命中させたこちらの方が、一瞬呆気に取られる。
男は、体の向きを変えなかったのだ。日本刀の刃は、男の背中を深く切り裂いていた。
(まさか――死体を庇ったというのか?)
信じられないが、他に考えられない。
動揺を悟られないよう飛び退き、間合いを取った。
男もよろめきながら後退し、死体を丁寧に地面に下ろす。投げ捨ててしまえばいいものを。
その間にもう一撃叩き込もうかとも思ったが、何故か、そんな気にはなれなかった。
「逃げるんだ」
掠れた声で、若い男は後ろのスーツの男に言った。
「しかし、君は」
「いいから……早く離れるんだ!」
自分が最後の一人になろうとすれば、いずれは殺さなければならない相手のはずなのに。
この二人は、殺し合いのゲームに乗るつもりなど毛頭ないのだろう。互いを気遣い合っている。
「……すまん!」
スーツの男が、ビルの陰に駆け込む。そこに衝撃波を撃ち込んでやっても良かったが、捨て置くことにした。
あの男は放っておいても脅威にはならない。それよりも、手負いとはいえ戦いに慣れていそうな若い男を確実に仕留めることだ。
魔力を行使するにも精神力と体力を消費する。今は、それは避けるべきだ。
「……どうしても、戦う気なのか」
かなりの重傷だろうに、それを感じさせない隙のない動きで若い男が身構える。
「決まっている」
苛立ちを噛み殺しながら、答えた。
<時刻:午前7時前後>
【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:精神的にやや不安定
武器:日本刀
道具:溶魔の玉
現在地:夢崎区
行動方針:ゲームの勝者となり、元の世界に帰る
【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹に銃創、背中に刀傷、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す
【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:やや疲労
武器:?
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流