「レイ・ザ・バレルですって……!」
「知っているのか、アンタ!?」
思わずシンの声が張り上げられる。
ヴィレッタを助けることになったのは偶然でしかない。
その偶然にも助けたヴィレッタがレイの言葉に反応を示した。
直ぐにでもレイの情報が入るかもしれない。
何よりもレイとの合流を目指すシンにとって紛れもなく幸運なことだった。
「いや、私は……」
「はぁ? 何を歯切れの悪いコトを言って……知っているのか知らないのかどっちなんだ!」
しかし、ヴィレッタの返答はなんとも不明瞭なものだ。
レイ・ザ・バレルのことは当然知っている。
何処に居るかはわからないが彼もまたジョーカーの一人だ。
レイについて話すということは当然ジョーカーの存在が露呈されることだ。
同時に自分もジョーカーであることも知られてしまう。
けれどもヴィレッタは未だ自分の身の振り方を決めてはいない。
この状況でジョーカーの存在を口に出してもいいものか。
一瞬の沈黙。ヴィレッタにとってはあくまでも一瞬でしかなかった時間。
だが、シンにとってその時間は長く感じられ、ヴィレッタへの疑惑を膨らませることになる。
「そういうことかよ……! 助けてやったのに、俺なんかに話すつもりなんかないってことかよ!」
「違う! ただ――」
「うるさい! 違うもんか! 信じられるものか!!」
表面上はあくまでも冷静を貫くヴィレッタの態度がシンの激情をますます駆りたてる。
シンは只でさえ頭に血が昇りやすく、そこにレイの情報も加わっている。
碌に喋ろうとしないヴィレッタにシンは敵意を露わにする。
最早取りつくしまもなく、シンはただその暴力に身を任す。
既に戻ってきていたドリルブーストナックルを腕に、それも今度は両腕に装填。
両腕を同時に振りかぶり、ガルムレイド・ブレイズだけを真っすぐと狙う。
「言っただろ、拒否は許さないって!」
一本でさえ強力なドリルブーストナックルが二本同時に発射。
凄まじい回転の果てに生まれる赤い火花が空に軌跡を残す。
反射的にヴィレッタはTEスフィアによる防御を選択。
TEスフィアの出力が間に合ったせいか、寸前のところで侵攻を喰いとめる。
流石はゼンガー・ゾンボルトとのダイゼンガーと互角に張り合った機体だけのことはある。
しかし、そこに更なる追撃が爆風をもって襲い来る。
「どけ! そいつは俺の得物だ! 女はこのレーベン・ゲネラールが殺してやる!!」
「くっ! 邪魔するなよアンタ!!」
声高らげに叫ぶはゴライオンを操縦するレーベン。
抜け目なくゴライオンのフットミサイルをガルムレイド・ブレイズに撃ちこんでいる。
またそれはガルムレイド・ブレイズだけでなくスレードゲルミルの方へにもだ。
レーベンにとってシンは女の殺害を邪魔立てしただけで殺す理由には充分すぎる。
シンに臆する理由もない。直ぐにレーベンに反撃を行おうと考える。
先ずはこれが終わってから――やはり信用に値しなかったヴィレッタに後悔の念を植え付けるために。
遂にはフットミサイルの威力も相まってTEスフィアが破られる。
両のドリルブーストナックルに喰いこまれたガルムレイド・ブレイズへスレードゲルミルが猛追をかけた。
胸部を抉るとらんとばかりに暴れ狂うドリルブーストナックルが耳障りな音をあげる。
「女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「アンタのせいだ……アンタがレイについて話せば、こんなことにはあああああああああッ!!」
ガルムレイド・ブレイズは漸くドリルブーストナックルを振り払うがそこには悪夢のような光景があった。
スレードゲルミルだけでなく、ゴライオンまでもこちらへ向かっている。
奇しくも先ずはガルムレイド・ブレイズから始末しようと考えたのだろう。
ヴィレッタの頬を思わず冷や汗がつたう。これを危機と言わずになんと言えばいいか。
頭部の赤熱線・ブラッディレイやビームキャノン、ビームガトリングで応戦するが止められない。
依然として迫る危機の中、ヴィレッタは一つの案を捻り出す。
(こうなったらレイ・ザ・バレルのことをあのシン・アスカに……!)
幸い此処にはタスクは居ない。
自分がジョーカーであると露呈してもここで仕留めれば問題はないだろう。
そうすればノルマも達成出来、考えるための時間が延びる。
悪くはない考えだ。少なくとも仲間への裏切りよりか心が痛むことはない。
ジョーカーであることについての告白をシンは今更信じようとはしないかもしれない。
しかし、このままではいずれ撃破まではいかずとも今後の行動にも支障が出る。
とにかくこの状況を打破しなければ何も始まらない。
スレードゲルミルとゴライオンへの反撃を練りながら、ヴィレッタはガルムレイド・ブレイズの操縦桿を握った――。
「――知ってるか? 真打ちは遅れてやってくるのがお約束だってことをなぁ!!」
陽気な声が周囲一体に響く。
やがてやってきたものは衝撃ではなく轟音の群れだ。
それはヴィレッタの前方からではなく後方からやってきた。
言いようのない数のミサイルの大群にスレードゲルミルとゴライオンは停止を余儀なくさせる。
巨大なプロペラ・ユニットによる飛行でやってくるは赤い巨人。
最強と呼ばれしメカデウス、THE BIGの内一機、ビッグデュオ。
そしてそのパイロットはギャンブル好きな、陽気でどこか憎めない男。
「てめぇら! よってたかって姐さん苛めるとは……いい度胸してるぜ!!」
「タスク!?」
「アイサー! 遅れてすんません、姐さん」
タスクがビックデュオを強引にガルムレイド・ブレイズの前へ押し出す。
胸部からのガトリングミサイルの掃射は依然として続いている。
絶好の機会を失ったスレードゲルミルとゴライオンはミサイルをやり過ごすしかない。
スレードゲルミルは即座に斬艦刀を形成し、ゴライオンは円形のシールドを翳す。
しかしそれでもビックデュオのガトリングミサイルの威力は無視出来るものではなく、二機は除々に後退を余儀なくされる。
「助かったわ、タスク……それで、さっきの二機は?」
「たたき落としてやったっス! こうガツーンと一発って感じで。まあもう一方は見失っちまいましたけども……」
「そう、それは頼もしいことね」
確かに後方を確認しても機影は見当たらない。
ビックデュオの各部にはビーム痕を始め様々な損傷が見られるが、タスクの言うとおり無事切り抜けられたのだろう。
ヴィレッタは安堵するがそれはタスクの救援が間に合った事だけではない。
ジョーカーについての告白。それを行う必要がなくなった意味合いも含んでいた。
だが、このままで良いというわけでもない。
いつかは決めなければ、タスクとの間にもなんらかのトラブルが起こる可能性もある。
後回しにするのも今回で終わらせるべきだ。
「ちっ! さっきのヤツか! だが、このレーベン・ゲネラールの邪魔立てするヤツは容赦せん!
俺のエーデル准将への想いはこんなものではない!!」
そんな時、ゴライオンが更に上昇しビックデュオへ突撃する。
スレードゲルミルは何故か止まったままだがタスクの注意はゴライオンの方だけだ。
タスクと同じくヴィレッタも狙いをゴライオンに絞る。
今までは数の違いやレーベンの気迫に押されていたがやられるだけではない。
エアロゲイターの切り札ともいうべきSRXチームの隊長を、伊達や酔狂で務めているわけではない。
己の創造主、もう一人の自分というべき存在から預かった契約は、未だ終えていないのだから――。
既に目を通しておいたマニュアルに記載された一文が鮮明に蘇る。
そのコードは――イグニッション、点火を指し示すワード。
「リミッター解除――イグニッション! ヒオウ! ロウガ!」
緑色のカメラアイが発光した後、ガルムレイド・ブレイズが吹き荒れる灼熱を身にまとう。
自然界四つの力に次ぐエネルギーであるターミナス・エナジーはどこにも存在する。
故にそのターミナス・エナジーを動力とするターミナス・エンジンは言うなれば永久機関。
限界のない力が内部でまるで炎のように燃え盛る――灼熱の正体はそれだ。
そして胸部に存在する緑の丸状の部位の輝きはいっそう強くなった。
続けてガルムレイド・ブレイズの各部装甲が外れ、二機の小型機となる。
鳥類を模した方がヒオウ、残りの狼を模したものがロウガだ。
「ターゲットインサイト……! さぁ、いけ!」
一瞬の内にヴィレッタは演算計算を終え、ヒオウとロウガに指示を与える。
二機ともガルムレイド・ブレイズと同じく炎に包まれている。
彼らにもターミナス・エンジンの血は通っているのだから。
ヴィレッタの意思を受け、目前のゴライオンへ強襲。
ヒオウは後ろから周り、ロウガは愚直な程に正面からゴライオンへ駆けていく。
ヒオウは装備されたビームマシンガンを乱射し、レーベンの注意を引いている。
その隙を狙ってロウガが喰らいつき、振り払おうとしたゴライオンの左腕へ逆に噛みつく。
小型機といえどもその威力は侮れるものではなく、連続して鈍い音が響く。
「こ、こいつら! こしゃくな真似を!」
無事な方の腕でゴライオンはロウガを殴りつける。
堪らずロウガは吹き飛ばされ、ヒオウが両脚で受け止める。
ヒオウとロウガの二機ではゴライオンを喰いとめることは出来なかった。
しかし、時間は充分に稼げた。レーベンの新たな隙を誘うぐらいの時間は。
「しつこいヤツは嫌われる……ってね。いい大人のくせにさっきから見苦しいぜオッサン!!」
ヒオウ、ロウガと入れ違いの形でタスクの駆るビッグデュオがゴライオンへ向かう。
プロペラ・ユニットを前へ向け、ロケットエンジンによる噴射が更なる加速をもたらす。
そして両のプロペラ・ユニットからアームが顔を出し、その指が力強く掴む。
掴んだものはゴライオンの両肩だ。
急な接近に対応が遅れたゴライオンの両肩がギシギシと軋む
そのパワーは強大。最強のメガデウス、THE BIGの名は伊達ではない。
「くっ、放せ! このクズが!!」
「聞こえねぇなぁ! それより気にならねぇか……俺とアンタの運、どっちが強いかをッ!!」
ゴライオンも右腕をビッグデュオの胸部に撃ちつけ、ファイヤートルネードを噴射させるがビッグデュオは離れない。
元々赤い躯体が更に赤みを帯びてもタスクは動じない。
これぐらいで臆するようであればとっくにヒリュウ改から降りている。
それにジガンスクードのような大型機に乗ってきたタスクにはお得意の戦法だ。
だが、ファイヤートルネードは確実にビッグデュオの装甲を、胸部を溶かしている。
コクピットが胸部に存在するビックデュオには決して楽観できない状況。
それでもタスクはゴライオンを掴むのをやめはしない。
幾ら攻撃を貰おうとも決定打をこちらが打てればいい。
我慢の果てに勝利の一瞬を掠め取っていく。
タスクはパイロットである以前に勝負師だ。
一か八かの状況。そこで勝利をもぎ取ってこそ勝負師たるもの。
たとえ分が悪かろうと勝負と名のつくものに負けるつもりはない。
離脱するどころか両目のアークラインを発射し、駄目押しの一撃を見舞う。
ゴライオンの顔半分が熱戦で焼かれ、思わず反り返った。
そして爆発が起きる。
「運だめしさせてもらったぜ、レーベン・ゲネラール! そんでもって結果はもちろん、タスク様の勝ちだぁッ!!」
遂にはビッグデュオがゴライオンの両方を握り潰すまでに至った。
爆発により、ゴライオンの躯体がビッグデュオから離れる。
辛うじて腕は繋がっているものの両肩からは黒煙が出ている。
決めるのであればここだ。タスクはトドメの一撃を見舞おうと再度ビックデュオの拳を振るう。
右腕をゴライオンに胸部へ、その圧倒的な力を持って動力系を潰す。
海上へ落ちゆくゴライオンにビッグデュオの腕が今まさに届こうとする。
「――フットミサイル!」
「なに!?」
そんな時、ゴライオンが両足のフットミサイルを発射する。
一発目の爆発によりビックデュオのアームユニットが焦げつき、
やや遅れ二発目が胸部にて炸裂し、爆炎が生まれる。
黒々とした煙を突き破り、ビッグデュオがその巨体を再び大空に晒す。
減速はしたものの、完全にビッグデュオの勢いを止めるには至っていない。
だが、レーベンの狙いはビッグデュオの撃破ではない。
至近距離での炸裂による爆風は当然ゴライオンの方にも及んだ。
吹き荒れた爆風をその身に受け、ゴライオンが加速。
その躯体は何処までも広がっていそうな、青い海を目指していた。
「タスク・シングウジ、そしてヴィレッタ……覚えておくがいい! キサマらは必ず俺が殺してやる!!」
ゴライオンは勢いを緩めることなく海中へ飛びこんだ。
さすがのレーベンも状況が不利だと悟ったのだろう。
ビッグデュオから貰った痛手の他に今までの損傷もある。
実に画に描いたような捨て台詞を残し、ゴライオンは離脱していく。
(そうだ……あのイスペイルという男も絶対に許さん! だが、ヤツは一体どうなって……)
殺すべき人間は未だ多い。
獅子の怒りは未だ収まりそうにはなかった。
【1日目 10:30】
【レーベン・ゲネラール 搭乗機体:ゴライオン(百獣王ゴライオン)】
パイロット状況:ブチギレ(戦化粧済み)
機体状況:頭部半壊、両肩破損、左腕にひび、右足一部破損、動力低下、十王剣(全体に傷あり)
現在位置:C-4
第一行動方針:ヴァン、タスク、ヴィレッタ、イスペイルは次こそ必ず殺す
第二行動方針:女、女、女、死ねええええええ!
第三行動方針:ジ・エーデル・ベルナルについての情報を集める
最終行動方針:エーデル准将と亡き友シュランの為戦う
備考:第59話 『黒の世界』にてシュラン死亡、レーベン生存状況からの参戦】
◇ ◇ ◇
しえん
529 :
それも名無しだ:2010/01/25(月) 23:39:01 ID:IeCDUXZK
一方イスペイルはというと――
「ひ、酷い目にあった……」
波に流され、ようやく海の上まで上がってきていた。
ビッグデュオに叩き落とされた時に気絶していたため、自分がまたしてもループにより移動した事にも気づいていなかった。
【1日目 10:30】
【イスペイル 搭乗機体:ヴァルシオーネR(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)】
パイロット状況:疲労
機体状況:両腕に損傷 EN80%
現在位置:C-7 南端
第一行動方針:まずは生存する為にノルマ(ノーマル、アナザー、どちらでも可)を果たす
第二行動方針:出来れば乗り換える機体が欲しい
最終行動目標:自身の生還
備考:首輪の爆破解除条件(アナザー)に気付きました
◇ ◇ ◇
「へっ、おとといきやがれってんだ! さぁ〜て残りは……」
ビッグデュオの中でガッツポーズを取りながらタスクが周囲に目を回す。
ゴライオンを撃退したもののまだ全ては終わってはいない。
ウォーダン・ユミルの機体、スレードゲルミルという強敵が未だ残っているのだから。
だが、こちらには頼りになるヴィレッタも居る。
二人掛かりでいけばそれなりにやれることだろう。
だから今の戦闘で受けた損傷はそこまで気にしなくともいい――。
そう確信していた。
「貰ったぞ!」
「くっ、おまえは……!」
「姐さん!」
突如として海中から躍り出る機影が一つ。
ヤドカリのような形をしたそれにタスクは見覚えがあった。
ガンダムアシュタロンHC、MA形態がガルムレイド・ブレイズの真後ろを取った。
先程戦闘途中で補足出来なくなったがまさか追ってきていたとは。
戦闘不能に出来なかった自分を悔やみながらタスクは直ぐにビッグデュオを動かそうとする。
しかし、機敏な動きを得意としないビックデュオではどうしようもないタイムラグが発生する。
アシュタロンHCは、アナベル・ガトーにとってその時間は充分すぎた。
歴戦のパイロットであるヴィレッタの反応よりも早く、ガトーはアシュタロンHCを動かす。
ギカンティックシザースを開き、ガルムレイド・ブレイズの両腕を強烈な力で挟み、再び海中へ飛びこむ。
未だヒオウとロウガとの合体を終えていないガルムレイド・ブレイズは満足な状態ではない。
なすがままに海中に引き込まれ、あっという間にタスクの視界から消えてしまう。
「ちっ! なんてこった……今すぐいくぜ、姐さ――ぐ、ぐわぁ!!」
救援に行こうとするビッグデュオに衝撃が走る。
それがやってきた方角からして原因は一つしかない。
再び反転させた視界の先には、丁度今しがた撃ち放ったドリルを手に戻した機体の姿がある。
そいつが何者であるか今更確認するまでもない。
「どけよ! 俺はあの女に用があるんだ……!」
「悪りぃけど絶対にノゥだ。というかドリルブーストナックルなんて軽々しく撃つんじゃねぇ! ちょいと寿命が縮んだじゃねぇか!!」
「知るかよそんなこと! 戦ってるんだ……相手のことまでなんて……!」
どこかふざけたような調子で抗議するタスクにシンは僅かながら動揺するが退くわけにはいかない。
たった今海へ消えていったヴィレッタという女は確かにレイを知っていた。
レイとの合流へ近づくにはあの女の情報を手に入れないわけにはいかないためだ。
やがて少なからず感じた戸惑いをシンは言葉にする。
「だいたいなんでお前はそこまで……もうその機体だってボロボロじゃないかよ!
邪魔しなればお前に用はないんだ。だからそこをどけぇ! そうじゃないと俺は……俺はこの斬艦刀でお前を……!」
迷いが自身の負けに繋がることは重々承知だ。
それでも迷ってしまう自分をシンは確かに認識する。
ドモンやジャミルとの出会いが関係しているのかもしれない。
しかし、あまり時間を喰っていてはヴィレッタを見逃してしまう。
レイの情報を優先するのであれば全力でタスクを斃せばいいだけだ。
そう、先程の戦闘によりビッグデュオの損傷は決して軽くはなく、特に胸部のそれは重いものに見える。
斃そうと思えば簡単に斃せるはずだ。ドリルを背部へ戻し、シンはスレードゲルミルを構えさせる。
両腕に握られた一本の太刀、斬戦刀を上段の構えでビッグデュオへ翳す。
なんとしてでもここは突破する。
ただそれだけを考え、シンはビックデュオを睨む。
「はっ! このタスク様も舐められたもんだ……あいにくだが斬艦刀には慣れてんだ!
それもお前よりもっとおっかねぇ人達の斬艦刀だ! 伊達に盾の役目をしてるわけじゃねんだッ!!」
だが、タスクは動じない。
勝負師故の負けず嫌いという理由もある。
斬戦刀といえど振るう人物がゼンガーのような男でなければそこまで怖くはないのも理由の一つだ。
それに何よりもシンと同じくタスクにも退けない理由があるのだから。
「ヴィレッタ姐さんはやらせねぇ……! 姐さんを追うなら俺が相手になってやらぁ!」
仲間の一人も守れないようじゃ……惚れた女なんか守れやしねぇぜッ!!
浮かんだ顔は金髪のどこか意地っ張りな女。
自分が惚れた女の顔を一度も忘れたことはなかった。
今は傍に居ない彼女だが放すつもりは毛頭ない。
だからこそタスクはシンを此処で喰いとめようと考えている。
斬戦刀の刀身がたとえどれほど大きく見えようとも、タスクはビッグデュオを退かせるつもりはない。
そんなタスクの様子をシンは心底憎らしく感じている。
抵抗しなければやられないのに――だが、やらなければならない。
自分は何としてでもレイと合流しなければならないのだから。
「くそ、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
シンが発した叫びはどこか悲しげなものだ。
結局は変わらない。フリーダムを斃した後も変わらない。
戦うだけしか出来ない自分への悔やみなのだろうかはわからない。
ただシンは全てを振り払うかのようにスレードゲルミルに怒りを込める。
翳していた斬艦刀の刀身を横に向け、スレードゲルミルが一迅の風となってビッグデュオへ向かう。
それは風と呼ぶにはあまりに圧倒的な暴力の塊でしかない。
ガトリングミサイルの発射口を開き、応戦するビッグデュオ。
「勝つか負けるか二つに一つ! タスク・シングウジ、この勝負勝たせてもらうぜッ!!」
ガトリングミサイルの渦をスレードゲルミルが突撃。
機体の各部でミサイルが爆ぜ、衝撃が襲うがスレードゲルミルは止まらない。
やがて斬戦刀を振り切り、ビックデュオの横を追いぬいていく。
轟音が響くと同時にシンは確かに己が振るった斬戦刀に手ごたえを感じた。
断ち切ったものはビックデュオの右腕。
もはや巨大な鉄の塊でしなくなった右腕が海中へ落ちる。
それは右腕を失い、不安定ながらもなんとか飛行し続けるビッグデュオがスレードゲルミルへ向き直った時と同じ。
ガトリングミサイルによる損傷が至る所に見られるスレードゲルミルを無傷とは言い難く、痛み分けといったところだ。
しかし、結果的にスレードゲルミルはビッグデュオを突破することになった。
スレードゲルミルに、シンにヴィレッタを追わせるわけにはいかない。
右腕がなくともまだ左腕がある。
そのあまりの威力故に使用していないメガトンミサイルだって健在だ。
だからまだ――戦える。タスクはビッグデュオの腕を突き出し、スレードゲルミルを捉えようとする。
「ちっ! ドジった! だが、まだまだこれからってコト見せてやらああああああああ――」
だが、その腕が掴んだものはあまりにも心許ない空虚のみだった。
「なっ……!?」
呆然とするはようやくタスクを抜けられたシンだ。
目の前で起きた爆発にシンは驚きを隠せない。
先程スレードゲルミルを包んだものとはまた違う。
遥か前方、ビッグデュオの後方から紫のビームのようなものが伸びていた。
紛れもなく長距離からの狙撃だ。ビッグデュオは一瞬よろけあっけなく海へ落ちていく。
そして更に何らかの兵器を撃ちながら此方へ向かってくる機影が一つ。
ブースターから噴き出す火の色は青く、その軌道がはっきりと判別出来た。
ガンダムとは違う、蒼の機体が目に見張る機動性をもってして向かってくる。
それはかつて仲間達と共に築いた栄光の日々を取り戻さんと願われた機体。
スフィア――ただ奪われるしか出来なかった乙女の悲しみに触れ、その動力は更なる進化を遂げている。
グローリースター、“栄光の星”の名を負わされた機体の名はバルゴラ。
バルゴラ・グローリーが今しがた狙撃したビッグデュオへ肉迫する。
「護るんだ……俺は、護るんだ……!」
蒼穹から零れ落ちたような青に彩られたバルゴラ・グローリーに乗る操縦者の名は春日井甲洋。
その悲しみの深さ故にバルゴラ・グローリーに見こまれた女は段々と失った。
彼もまたその女と同じく失った。ただしバルゴラ・グローリーに乗る前に既に。
悲しみの末に大事な存在の思い出を失くした男。
専用兵装、ガナリー・カーパーから伸びたビーム刃がビッグデュオへ振りかぶられる。
◇ ◇ ◇
気がつけば地球に居た。
エリアa-1で奇妙な装置を調べようとした直後の事だった。
面食らった。どういう原理なのかと考えるよりも先ず困惑が先だった。
別に宇宙にこだわりがあったわけじゃない。
寧ろ馴染みのない宇宙はどこか居心地が悪く、地球の方が馴染み深い。
ただどこまでも広がっていそうな、青とも黒とも取れる宇宙空間はアレを連想させた。
遠見と溝口さんを助けるために、フェストゥムと共に沈んだあの光景を――。
(そうだ。俺はあの時に……)
やっぱりだ。
記憶は戻っている。
あの日のことだけじゃない。
フェストゥムが侵攻した直後の事も、その前のことも大抵のことは思い出せる。
一騎と総士が許せなくてファフナーで戦うことを決めた。
護りたかった。あいつらがあっさりと見放したものを護りたかったから。
だけどそれが、それだけが思い出せない。
大事なものだった筈なのに、大事なものであった事は痛いほど覚えているのに。
だけど――どうしようもなく思い出せない。何故だかそれが悲しかった。
それだけを考え出鱈目に飛行を続けた途中、一つの戦闘を見つけたのはあくまでも偶然だった。
(戦っている……見たこともない。ファフナーともフェストゥムとも違う……俺の知らない兵器……!)
共に大型機だ。
ファフナーやフェストゥムよりも大きい。
それは自身に支給された機体と較べても言えた。
しかし、甲洋に迷いはない。
やれるかやれないかの問題じゃない。
やる。ただそれだけだ。自分は一騎や総士とは違うのだから。
見捨てやしない。何かを、大事な何かを護り通すために戦う。
鉄のように固く、そして閉ざされた意志の元にガナリー・カーパーを構えさせた。
見る見るうちに銃身が展開していくガナリー・カーパーに奇妙な満足を得る。
まるで自分のペットが上手く自分の言う事を聞いてくれた時のような感覚。
家の裏で飼っていたショコラが自分の言う事を――そういえばなんでショコラって名前をつけたのだろうか。
何かの名前を少し変えて筈だろうけども、思い出せない。
また一つわからないことが思い出せないことが増えてしまった。
同時に悲しくなってくる。いつから自分はこんなに涙もろくなったのだろう――やはりわからない。
だけど、今はそんなことを考えている時じゃない。
虚ろ気であった甲洋の顔が再び戦士のそれに戻り、ガナリー・カーパーが緑色の輝きに包まれる。
(捉えた。そこだ、いけ……!)
そして甲洋は引き金を引いた。
あっさりと、まるで自分の指を動かすように。
今しがたハイ・ストレイターレットによる撃ち放った光が眩い。
紫の極光を見つめ感傷に浸る暇はない。直ぐにバルゴラ・グローリーを指示を与える。
狙撃のために減速させていた速度をフルスロットルに。
容赦なく襲うGなど気にせずに、バルゴラ・グローリーをただ全力で飛ばす。
更にガナリー・カーパーをブイ・ストレイターレットに変形させ、落ちてゆく敵機へ銃弾を撃っていく。
標的がでかい分、面白いように弾丸は当たってくれる。
もう一方の機体は驚いているせいか特に動きを見せない。好都合だった。
ようやく此方を振りむいた赤い巨人と更に接近。
胸部の損傷が酷い。そう思った瞬間には既に狙いをそこに絞っていた。
どんなに頑丈な装甲だろうとも集中的に狙ってやればそうもいかない。
冷酷な判断。しかし、甲洋は自身の行為に特に感想も覚えずバルゴラ・グローリーを肉迫させる。
「護るんだ……俺は、護るんだ……!」
甲洋は初めて声を発した。
意志とは裏腹にそれは絞り出したような苦しげな声だった。
ファフナーに乗っている時は何もか違う。
もう一つの自己として受け入れ、自分の手足として扱うファフナーとはあまりに違う。
だが、やることは何一つとして変わっていない。
上手くやらなければらない。そうしなければ自分も一騎と総士と同じになってしまう。
もう失いたくない。大切なものは失いたくはないのだから。
ガナリー・カーパーの生物の眼球を模したような緑色の球体、スフィアが鈍く光りその姿を変えていく。
桃色の光の奔流が菱形状の刀身を形成する。
その刀身はあまりにも大きく、出力の高さを否応でも匂わせる。
「ちっ! また乱入者かよ!!」
しかし、ビッグデュオの反撃が叩きこまれる。
ガトリングミサイルでは間に合わないと判断したのだろう。
両目から撃たれたアークラインの光がバルゴラ・グローリーへ向かう。
ビックデュオへ斬りつけようとしていたバルゴラ・グローリーに避ける手だてはない。
そう、あくまでも“避ける”手段はない。
振りかぶらせていたガナリー・カーパーの刃の光が更に輝く。
「――俺はああああああああああああああああッ!!」
そして振るった。
力強く、何もかも薙ぎ払うように。
暴れ狂う光の粒子がアークラインの光を跳ね飛ばし、返す刃で再びビッグデュオへ斬りかかる。
甲洋がこれを狙ったのかは定かではない。
恐らく自分でもわかっていないのだろう。
そもそも甲洋はそんなことまで考えていない。
損傷が特に酷い胸部を斬り裂けば機能停止、コクピットがあればパイロットは即死だろう。
もう直ぐ自分が人を殺すかもしれない。
こんな状況でありながら甲洋はただそれだけを考えていた。
だが刃は止まらない、止まる筈がない――。
「護るんだあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
強烈な一閃がビッグデュオの胸部に走る。
生憎それは鮮やかな太刀筋とはいえなかった。
しかし、確かな力強さがあった。
たとえただがむしゃらに、酷くみっともない様子であっても甲洋の悲痛な叫びに呼応するかのように。
その侵攻がビッグデュオの堅牢な装甲に阻まれようともそれは押し進まれた。
ぶるぶると揺れるガナリー・カーパーをまるでへし折ってしまうかのような強引さで――断った。
損傷が酷かった部分を、攻撃を集中させていた部分を、そして必死に斬りつけていた部分を、両断した。
それはビッグデュオの胸部に存在していた部位。先程まで生体反応があった球状の部位だ。
爆発。やがてグラっと揺れたかと思うと、ビッグデュオは力なく海中へ落ちていく。
胸部から舞いあがった黒い煙はきなくさい臭いを帯びている。
バルゴラ・グローリーはただそれを黙って見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
『護るんだあああああああああああああああああああああああああああああッ!!』
アークラインが跳ね返された。
信じがたい出来事だったが現に目の前で起きた。
今からではメガトンミサイルは勿論のことガトリングミサイルでも間に合わない。
認めなくてはならない。
自分は負けた。己の勝負運が尽きたのだ。
(おしまいか……あ〜あ、俺ってかっこわりぃ……)
脱力感は否めない。
ビッグデュオはその火力と装甲からかなりの当たり機体だったに違いない。
そこで運を使い果たしてしまったのか、はたまたその運を活かしきれなかったのか。
どちらにせよ自分が駄目だったのだろう。正直悔しいが仕方ない。
どうやら神様とやらはここからの大逆転は用意してくれなかったようだ。
(すいません、ヴィレッタ姐さん……ちょいと一抜けさせてもらうっす……)
ヴィレッタ隊長が気がかりだから仕方ない。
さすがの姐さんも死人を叱りつけることもないだろうから。
だが、思い残すことはある。少しじゃない。結構あるもんだ。
色々と浮かぶがやはり真っ先に浮かぶのはあいつの顔だった。
今頃何をしているだろうかとか、ちょいとは料理が上手くなっているだろうかとか些細なことだ。
とにかくあいつはこの場に居なくてよかったな。
それは確かだが、思うことはあった。
(なぁ、レオナ……いろいろあったけどさ。俺思うんだ……今更だけどさ、ホントかっこわりぃけどさ……)
ガナリー・カーパーの刃の光により目の前が一気に明るくなる。
どうやら最期の瞬間すらもゆっくりさせてくれないようだ。
少し不機嫌ながら、だがそれでいて確信を持ってタスクは想いを馳せた――
(お前のキスでも貰ってたら……勝ってたと思うぜ? こいつだけじゃなくてシャドウミラーにも。
だって、勝利の女神さまのキスだ……そりゃ御利益ってモンがあるさ。
それも俺だけの……俺だけの女神さまだから……レオナっていう女神だから…………)
きっとこんなことを聞いたら赤面するんだろうな。
何故だかそんなことすら思っちまう。余裕なんかないのに。
もうあの光の渦に消えていくというのに何故か。
答えは考えるまでもなかった、今更考えることがばかばかしいぐらいに。
俺は、タスク・シングウジはわかりやすい人間だから。
(好きだったぜ……レオナ、まあ、疑ったことなんかなかったけど……な…………)
そこで俺の意識は消えていった。
【タスク・シングウジ:死亡確認】
◇ ◇ ◇
(フェストゥムじゃない、相手も人間だった……同じ人間だった……! だけど、俺は…………!)
落ちてゆくビッグデュオを見つめる。
ジョーカーとして人を殺せといわれた。
人類の敵、フェストゥムを倒せとはまた違う。
彼らフェストゥムならば一切の抵抗はない。
竜宮島を襲ったという理由もあるがやはり彼らは異質なのだから。
だから自分の力を証明するために、一騎や総士とは違うことを証明するために戦える。
だが、自分と同じように赤い血が流れている人間とは違う。
生き残るということはこの場で他者を蹴落とすことだ。
そして実際、たった今一人の人間の命を奪った。
突然動きを止めたところあれがコクピットだったのだろう。
しかし、後悔はない。
そうしなければ大事なものを護れないのだから。
だけどどうしても気分が悪かった。
「くっ……がっ、げほ…………」
急に吐き気が催してきた。
覚悟は出来た筈なのに。
護ると誓った筈なのに。
今、自分の手で人間一人を殺したと考えれば我慢出来なかった。
今更ながらに人を殺してしまった自分を自己と認めたくないと思う。
しかし、慣れなければならない。
最低でもあと一人は殺さなければならないのだから。
たとえばこのもう一機を、自分の手で。
こうしている間にも襲われる可能性だってあるのだから、ぐずぐずなんかしていられない。
頭ではわかっているのに、身体がどうにも言う事を聞いてくれなかった。
「お前……」
だが、シンはスレードゲルミルを動かそうとしない。
動きが止まったバルゴラ・グローリーをただじっと見据えている。
体調を抑えることに精一杯な甲洋なら簡単に殺せるだろうに。
ただ明らかに戦いなれていない様子の甲洋がどうにも気になっていた。
「……名前は?」
「……春日井、甲洋……」
何かの気まぐれか定かではないがシンが甲洋の名前を問う。
元々シンの狙いはヴィレッタが持つレイの情報だ。
襲われれば迎撃はするがそんな時間があればヴィレッタを追うのに費やしたい。
加えて憐れな姿を晒した甲洋を殺す気にはどうにもなれなかったのもある。
また、目の前であまりにもあっさりと命が奪われた事には驚いた。
だが、冷静に考えれば悩む必要はなかった。
自分もそうするつもりだったから。迷いは捨てたのだから。
ただ目の前の人間が代わりにやってくれた。
そのぐらいの印象でしかない筈だ。
だからというわけではないが今回は見逃してやる、とシンは考えていた。
それは苦行を代わりにやってくれた甲洋への僅かながらの感謝だったかもしれない。
「ッ! 皆城が言っていた……今度は見逃さない、絶対にだ……!」
そんな時、シンの表情が豹変する。
時間も惜しいため今回だけ見逃すのは変わりない。
しかし、甲洋が皆城総士の知り合いの一人だということを知った。
何を考えているかわからなかった皆城の知り合いが目の前で殺して見せた。
そこまでの状況を作り出したのは自分だがそれでも思ってしまう。
あの羽佐間翔子もそうだ。これまで出会った皆城の知り合いは人を殺している。
これは偶然なのか。わからない、わからないが警戒に越したことはない。
(残りは真壁一騎に遠見真矢……こいつらは、どうなんだ…………?)
スレードゲルミルを反転させながらシンは残りの二人について疑問を抱く。
知っているのは名前だけだ。皆城との関係は一切わからない。
ただ、羽佐間翔子と春日井甲洋の件もあってあまり良い印象はない。
だが、ほんの少しの興味のようなものは確かにあるがそれも些細なことだ。
結局、自分の目的には関係がないことなのだから。