416 :
312:2006/02/26(日) 04:44:59 ID:nHCqEZuR
4話中編終了。
本来ならば後編1回で終わらせるはずだったのが妙に長くなったので前中後編に変更。
前回の見通しの「全14回」が早くも狂い始めてしまった。
もっと構成を練っていかないと駄目だ……。
>>400 そう感じてもらえると本当に嬉しいというか、安堵です。
今後はもう少しハイネっぽさを入れていきたいなと。
>>401 懐かしい。実に懐かしい。
うん。アンナフェルよりアリーナの方がとかそういうのはアレですよ。
あいかわらず渋いですな。
ちょっと伺いたいことがあるんですけど、ご意見聞かせてくれるとありがたいです。
・別にスパロボの形式じゃなくても良いのか。
・参戦作品が少なく、しかもリアル系に偏っていても良いか。
・キャラクターの設定を大幅に変えても良いのか。
・捏造MSが出てきても良いのか。(08小隊が参戦する時にすでにmk2が出来ている設定なので、陸戦型Gを陸戦型mk2にしたい)
・作品のストーリーを改変しても良いのか。(ex.キラ達がラクスに迎合せず、あくまでテロリストと認識する)
どの程度までなら許されるんでしょうか?
こういう質問は真理を言うと「面白ければそれで良い」としか言えない。
>>418 キャラやメカの原作改変・オリジナル設定はなかなか厳しいものがあると思う
上の2つは別にいいと思うけど
>>418 ・スパロボ形式〜
スレタイが「ロボゲーSS・小説」だからいいと思われ
・リアル系に〜
問題なし
・キャラクター〜
よほど上手く変えないと、叩かれることは覚悟したほうがよいかと
・捏造MS〜
あんまり厨な機体でなければOK
・ストーリー
問題なし
個人的に好きなキャラクターの設定変更の例だが
とあるSSだと、イザークがアムロの大ファンという設定に。
そのSSではイザークはナチュラルへの蔑視がなく、アムロを超えるべき
目標として彼に恥じぬ行動を心がけてる(具体的にはシャトルを撃墜しない)
といった改変をしている。
422 :
418:2006/02/28(火) 00:08:10 ID:isbtHRLH
>>419、420、421
回答ありがとう。
いっそ叩かれまくること覚悟で書いてみようかと思ってます。
プロットが我ながらあほみたいな状況になってきましたが・・・・
>>421 個人的にそのSSかなり読んでみたい気が。
スーパーロボット大戦Tってタイトル。
ナデシコのオリキャラがかなりうざいがそれさえ我慢すれば十分面白い、と思う。
完結できる自信があれば頑張ってくれ
425 :
312:2006/03/02(木) 07:10:19 ID:KyYLp775
「まあ一息入れて下さい。かなり薄いですが」
差し出されたカップに注がれていたコーヒーは確かに薄かった。
静かに口をつけると、なるほど申し訳程度の香りがようやく嗅ぎ分けられるくらいだった。
それでもそんな頼りないコーヒーの香りは、戦場という極度の混乱状況が思考に働きかける影響のいくばくかを軽減し、日常の側へ振り戻そうとする。
かといって自分はこの数年の内どれだけを日常の側に足を置いて過ごしてきたというのだろう。
ベルフ・スクレットはそう考える。
同じくカップを受け取ったビルギットが中身を一口飲んだ途端に顔をしかめた。
「こりゃ薄すぎる。曹長。客に出すものぐらい何とかしてくれ」
「少尉殿が飲んでいるものよりは多少ましかと思われますが」
「何てこった。なあ、あんたの上官がそれなりに気苦労の多い仕事だってこともよければ頭に入れておいてくれ」
曹長と呼ばれた中年男が笑うと顔中に皺ができた。
年季の入った顔だった。長年戦場に立ってきたのだろうと思う。
「どうですベルフ少尉。士官ってのはいつでも割を食うもんだとは思いませんかね」
ビルギットがそう声をかけてきた。
ベルフはどう答えたものかと思う。
その質問に対してではなく、この場にいる自分は彼らに何を言えばいいのだろう。
作戦は失敗した。
いやそうではない。しかし成功はしなかったとはいえる。
第二波攻撃は最大の効力を発揮することはできなかった。それは事実だ。
しかし第三波攻撃までは当初の予定に入っている。オールズモビル部隊が退却した場所も予定通りなのだ。
その意味で作戦は滞りなく進んでいると考えるべきだ。
状況がどうであれ、全てが当初の予定通り進む作戦などは存在しない。
あるとすればそれは徹底的に敗北を宿命付けられたものでしかないだろう。
数年間オールズモビルを追い続けてきたベルフなのだから、その程度のことは理解している。
自分の行動は迂闊だった。
しかしそのことで責める人間は部隊にはいないし、ベルフ自身も同じ行動をした人間に対して責めようとは思わない。
作戦が想定した誤差の範囲内に留まっている。
それでもとベルフは思う。
問題はそこではない。
行動とその結果が問題なのではない。
それを引き起こしたもの。
確かにそれは今も自分の中にあって、次の攻撃は三十分もしない内に始まってしまうのだ。
そしてベルフはそれを整理する方法をまだ思いついていない。
426 :
312:2006/03/02(木) 07:12:13 ID:KyYLp775
「煙草の本数とコーヒーの薄さは前線の厳しさに比例しますか」
「古い話だな。そりゃ嘘だよ」
「昔は煙草にだけは不自由しなかったもんです」
「サイド3は名産地だったんだっけか」
「地球産は吸えたもんじゃないですな」
「空気も水も悪いんだよ」
ベルフは関係無い話を延々と続ける二人を見た。
F90とGキャノンを回収したセッターの操縦室には少々の風切り音とそれを簡単にかき消してしまうエンジンの轟音が鳴り響いていた。
辺りに漂うコーヒーの微かな香りだけがそこで静寂の隙間を保っている。
「そういえば昼間はあの馬鹿が失礼をしたみたいで。申し訳ない」
ビルギットが唐突にベルフに話を向けた。
カップを持っていた方の手が一瞬震える。
なみなみに注がれていても優々に底が見えてしまうほどに薄いコーヒーの表面がそれに合わせて微かに揺れた。
「いえ。俺の説明が足りなかったんでしょう。彼には上手く伝えられなかった」
「多分ご存知だと思いますが、あのガキはコーディネーターでしてね」
「みたいですね。自分でそう言っていましたから」
ビルギットと曹長は顔を見合わせた。
二人共に頭が痛いという表情を作る。
「オエンベリに着く前に口に栓をした方がいいようですな」
「全くだ。言って聞くとも思えんがね」
ベルフも事情は大体察している。
昼間彼に突っかかってきたコーディネーターの少年。
戦時徴収という身分とあの態度。
そしてここがオーストラリア大陸であることを考えれば想像はつく。
「オーブへの亡命者ですね」
「まあそうですな」
「オエンベリへ向かうんですか」
「二三問題があるもんですから。オーブ直行というわけにも」
ならばあの少年が苛立っていたのもよく理解できる。
ベルフは自分がまだ完全には落ち着いていないと思った。
だから、あの少年の苛立ちに便乗するようにして口を開いてしまう。
「オエンベリへ行ってどうするんです。あそこの司令官はブルーコスモスですよ」
ビルギットが鋭い視線を返してきた。先刻承知ということらしい。
ベルフは謝罪するべきだと思ってそうした。
427 :
312:2006/03/02(木) 07:14:02 ID:KyYLp775
「すいません」
「いいんです。まあその通りでしてね。さてどうしようかって状況なのは確かです」
「それでどうするんです少尉殿」
「それなんだよ。どうすればいいと思う」
分かるもんかといった具合に曹長が顔をしかめる。
ビルギットは少し考えた末に口を開いた。
曹長にではなく、ベルフに対してである。
「あのガキも二度ほどモビルスーツで出させましてね」
「ヒュッケバインでしょう」
嘘を見破られてビルギットは苦笑した。
本人にしたところで用心というほどのものでもないのだろう。そのまま話し続ける。
「まあ一度目は死んだようなものです。二度目は無様に転びやがりました。
余計な仕事を増やしてくれて涙が出ますな。それであの態度でしょう。腹が立つのなんのって。
我々もとんだ荷物を背負い込んでしまったとほとほと後悔しているわけですが。
少尉にもこう、失礼をしてしまうぐらいの馬鹿なガキなんですよ。
実にね。馬鹿というしかない」
曹長はにやにや笑いながらその話を聞いている。
ベルフもその先を待った。
「馬鹿で手が焼けるんですよ。コクピットはゲロまみれです。
誰が掃除するんだっての。全く。
さっきも勝手に配置変更を要求してきましてね。越権行為甚だしいってやつですな」
ビルギットは一息ついた。
その視線は操縦席のキャノピーを流れる夜の闇へと向けられている。
遠くを眺めているようなその目は、きっと昔を見ているのだとベルフは思った。
「それでもまあ、ガキはガキなりに反省はしているみたいです。
ベルフ少尉にもすまなそうにしていました。まあそんなもんで済ませてやる気はさらさら無いんですがね。
配置転換の話も、同じく戦時徴収したコーディネーターの一人を庇って言い出したものだったわけですよ。
ええ。何というんですかね。ちょいと考えさせられました。
こりゃアルファナンバーズだよなって」
「アルファナンバーズ」
「そうですな。俺はこう思ったんですよ。こう、アルファナンバーズ的な光景だなと。
そういうことがよくあったんですよ。敵が気がつけば味方になっていたりとか。あの部隊には。
馴染めない部分もまああったもんです。
それでも、いざ自分の部隊でこういうことが起きると俺はああこれじゃまるでアルファナンバーズじゃねえかと思ってしまう。妙な話です」
「少尉は、認めたくないんですか」
ビルギットは頭を振った。
それが肯定なのか否定なのか。どちらを指すものなのかはベルフには窺い知ることができなかった。
「分かるわけがないですよ。俺もよく分かってないんです。
俺もね、自分が元アルファナンバーズということが気に入らん時があるんですよ。
そんな名前が何になると。実際戦場で役に立ったことはないですからね。
だから自分がそれに対してどうすりゃいいのかは分かりません。
ただね、まあ思うわけですな。あのガキはまあ、あのガキも含めてコーディネーター達を、腹が立って仕方ないんですが、何とか無事に連れて行けないものかと」
「オーブに」
428 :
312:2006/03/02(木) 07:15:35 ID:KyYLp775
ビルギットはそれには答えず言った。
声のどこかに諦めに近い冷静な響きがあった。それは難しいことなのだ。
「死なれることだけは避けたいってね。まああれです。化けて出てこられても困りますんで……」
いやぁ長々と一人で喋ってしまってすいませんな。つまらなかったでしょう。
最後にビルギットはそう言って笑った。
そうは思わなかった。
向こうも時間潰しのためにこの話を持ち出したわけではないだろう。
過去のこと。彼は照れているんだとベルフは思う。
ビルギットは一部ではあるが、昼間の問いの答えを返してくれたのだ。
ベルフにはそれが分かっていた。
「まあ珍しいものを見たもんです」
セッターに繋留されているF90のコクピットまで見送りに来た曹長が言った。
先ほどのビルギットの話を指していることは明らかだった。
「長い付き合いというわけではないですが、ああいうことを話す人でもないんですが」
「ああいうこと。過去の話ですか」
曹長は頷いて続けた。
「そうですな。お互い大まかなことは知っているんですがね。そこで何があったかは全く知りません」
それでもビルギットと曹長の間には何か通じ合うものがあるとベルフは見ていた。
これは取り立てて珍しいことではない。
実戦経験が豊富な前線部隊の士官と下士官の間に生まれる理解というものは、時にその個人性に関係なく発生するものだということぐらいはベルフも知っている。
その段階で部隊が上手く機能していればお互いに踏み込む必要はないし、その方が部隊にとっては理想的である場合ももちろんある。
それでもとベルフの胸には残るものがある。
ビルギットは今ここでその線を一歩踏み出したのだ。
そのことを考えないわけにはいかないのである。
「まあまだ色々と抱えているものもあるみたいですが。それはお互い様ということですか」
喉を鳴らすようにして曹長は笑った。
いい下士官だなと思う。地上で鍛えられ続けてきた兵士だ。
ベルフがコクピットとセッターを繋ぐチューブに身を乗せた時、これが最後という風に曹長は口を開いた。
429 :
312:2006/03/02(木) 07:17:43 ID:KyYLp775
「大方ご承知でしょうが私はジオンの出身でして」
「ええ。何となくは」
「一年戦争で負けて地球に取り残されてから、何かと苦労したもんです。
分からんものですよ。今はあれだけやりあってきたはずの連邦軍の下士官です。
給料は悪くない。これは結構なことですが。
宇宙人様々ですか。いやいや、宇宙人に会う日がこようとは。
長生きはするもんだと思いませんか」
ベルフは黙っていた。
彼はアンナフェルの顔を思い出していた。
記憶の中の彼女の笑顔は、今は大気圏の炎とは結びつくことは無かった。
今までもきっとそうだったはずなのだと、ようやく彼は思う。
「とにかく、ここはひとまず生き残ってみませんか。少尉殿。
ええ、生きていればそのうち給料も上がりますよ」
ここで初めてベルフは笑った。
それが答かと言うかのような笑みを返して、曹長は彼を見送った。
山脈地帯に後退したオールズモビル部隊の反撃は激烈を極めるとはいわないまでも、それなりに激しいものだった。
集結していた部隊は当初の予想より多かったらしい。
その対空攻撃の執拗さにガーウィッシュは足止めを受けていた。
もっとも、頭を抑えられて身動きが取れないのはオールズモビルも同様ではあった。
距離を取った応酬の中で戦線は徐々に山脈へと近づいていき、ビルギット小隊のミデアはガーウィッシュから離れるタイミングを窺っていた。
彼らの部隊は山脈地帯を迂回してオエンベリ基地へと向かうのである。
戦線は山脈の目と鼻の先まで迫っていた。
Dタイプに換装したF90のコクピット内でベルフは周囲の状況を確認する。
戦局は有利というには不十分ではあったが、少なくとも不利ではなかった。
オールズモビルのモビルスーツはその数を大分残してはいたが、それはベルフ達が山中に設置されていた対空ミサイルランチャーを優先して狙っていたからである。
そして今この瞬間にもF90は左腰に装着した大型ガトリング砲を用いて一両のミサイルランチャーを破壊している。
半固定式の対空ミサイルランチャーは大小様々なミサイルを狙いは二の次だといった具合にガーウィッシュに撃ち込んでいたが、その大半は外れてしまう。
その中で命中に近いコースを取った数発のミサイルも周辺を飛ぶ護衛機によって阻止されていた。
それでもガーウィッシュの前進が大幅に阻まれたのは事実であったし、ミサイルランチャーを破壊されたオールズ部隊はあっさりとその陣地を捨てて鼻先の山の背後に後退を仕掛けたのであった。
430 :
312:2006/03/02(木) 07:22:09 ID:KyYLp775
そしてガーウィッシュとミデアはこの山の手前でコースを分けなければならないのである。
ガーウィッシュはともかくとして、離脱したミデアに戦力を集中されればという危険は残されていた。
攻撃の時間が長すぎた。
第二波攻撃のタイミングが遅れた。
敵に後退する時間を与えてしまった。
ベルフは自らが招いたその状況に舌打ちする。
それでも。
捨て身になる必要はない。
F90はガトリング砲で接近を仕掛けたモビルスーツを牽制する。
その大きさ故に腰に固定せざるを得ないガトリング砲は取り回しが非常に悪かった。
そのためベルフはこの兵装を専ら中距離攻撃に用いることにしていた。
兵装において距離は最も重要な要素であるといっていい。
そしてベルフはその原則に極めて忠実なパイロットであった。
一体のモビルスーツが左斜め前から突進をかける。
そのコースはF90のガトリング砲の弾幕から上手く外れているものだった。
今からそのモビルスーツに何発か命中させたとして、その数もそれが生み出す威力もたかが知れていた。
ベルフはコントロール・スティックの武装セレクターを切り替える。
コンソール上にはF90の全身図と装備されている武装が表示されているが、ベルフの目はそんなものには向くことはない。
装備の全ては頭に入っているのが当然であるし、リニアシートの正面から左右それぞれ四十五度までの視界から目を離すわけにはいかなかった。
モビルスーツ戦闘における視界はそれで十分であるとベルフは考える。
もちろん正面モニターには背後を映すウィンドウが常に映し出されているし、ベルフもそこに注意を向けることは怠らない。
しかし現実として戦局において後ろを振り返る時間はないのだし、本来人間の目は背中にはついていないのだから、まずは前と横に見えるものに注意を払っておけばいいというのがベルフの経験に基づく考えである。
そして有視界戦闘である以上、それは敵機においてもある程度当てはまるのであった。
ベルフがセレクターを切り替えると同時にF90の右腕が腰のフロントアーマーに伸びている。
その手が腰に装備されたクラッカーと呼ばれる接近戦用の手榴弾を掴むと同時に、F90の掌のコネクターがクラッカーに接続され、腰のラックからそれを引き離した。
F90はそのまま掌を突進してくるモビルスーツの方へ突き出してみせる。
接近するモビルスーツ、RFザクはシールドの裏から同じく接近戦用兵装であるヒートホークを取り出して、今にも振り落とせる位置まで近づいていた。
ベルフはコントロール・スティックの射撃スイッチを押し、その一瞬後にスティックを右に回りこませるようにして動かす。
その操作をF90の機体は忠実にトレースした。
射撃スイッチと連動していた右掌のコネクターは、接続していたクラッカーを勢いよくザク目掛けて射出した。
そのスピードはいわゆる手榴弾のそれではない。
モビルスーツに腕があり武装が手榴弾であっても、何も馬鹿正直にそれを放り投げなければならないということはないのだ。
そしてコネクターからクラッカーが離れた瞬間に、F90は全身のスラスターを用いて機体を右側に回りこませる。
それはちょうど突進してくるザクの真横に滑り込むようなコースであった。
ザクはその動きを当然追いかけるが、射出されたクラッカーはザクの面前で激しく爆散する。
その破壊力は大したものではないにせよ、一瞬で放出された衝撃はザクの体勢を崩し、次の動作をするまでのほんのわずかなタイムラグを生み出すには十分すぎるほどのものだった。
ベルフはその間に次の行動を起こしている。
心の迷いがあるにせよ、戦場に出たベルフは確かにエースパイロットであったし、その心の迷いは戦場における彼の無意識に働きかけられるほどの強さはすでに失っていたのだった。
次の瞬間には既にF90が左手に構えたビームサーベルはその柄が発振する重金属粒子の束を、ザクのコクピットに向けて伸ばし始めていたのである。
その粒子が発振を始めて目標に到達する速度は、人の知覚できるところのものではなかった。
それはF90の正面に立っているザクのパイロットにしても例外ではない。
431 :
312:2006/03/02(木) 07:25:46 ID:KyYLp775
「時間か」
ベルフはコンソールで戦場の大まかな見取り図とその横で減り続けるタイマーを見比べてそう呟いた。
もうミデアは離脱コースに入っているはずだった。
ガーウィッシュの予想進攻コースと自機の位置を比べれば、それほど自分は先行してはいない。
まだ爆炎の煙がたなびく方角からモビルスーツが一機接近してきた。
ガーウィッシュ部隊のジェガンである。
ジェガンは手首から接触回線用のワイヤーをF90に向けて射出する。
直後に多少くぐもってはいるが明活な声がF90のコクピット内に響く。
ワイヤーが伝える音声をF90のセンサーが拾い、それを増幅しているのである。
そうした経路で届いた声が伝える内容にベルフは一瞬身を硬くした。
敵の主力はミデアの方に向かいつつある。少なくとも第一陣がミデアに向かったことを確認した。
ジェガンのパイロットはベルフにそう伝えた。
観測機器を多数装備して、策敵任務を主に担当していたそのジェガンの情報は本当だと思えた。
ガーウィッシュは果敢に攻撃を続けているが、山の背後に回りこみ始めているオールズ部隊に対しては思い切った攻撃が加えられないでいた。
だからオールズモビルは少ない部隊で戦線を支えることができていた。
そこで浮いた戦力をミデアに差し向けて、せめてミデアだけでも落としてやる腹積もりなのだろう。
オールズモビルがそう考えたのならば、ビルギットの小隊がその攻撃を逃れられるとは思えなかった。
しかしガーウィッシュもこの場で足止めを食い続けるわけにはいかない。
そうすればこの地形ではこちらの損害ばかりが大きくなってしまうだろう。
ベルフは瞬時に考えを巡らせた。
同時にF90に上昇をかけ、ベースジャバーの一機と接触している。
機体をガーウィッシュへの帰還コースへと向けた。
そして考えが決まる。
対空射撃の範囲外に近づいたところで、ベルフはガーウィッシュの艦橋と回線をつないだ。
通信に出たのは作戦士官のケネス・スレッグであった。
一言伝えるとケネスは回線を切った。
切れる直前、ケネスが大声を張り上げて何事か指示しているのがベルフには聞こえた。
判断の早い男だと思った。
ベルフの視界は猛烈な対空攻撃に占められていた。
ありとあらゆる火器が降下するF90に照準を合わせている。
ベルフは重量が増えて挙動が鈍くなったF90を必死に動かし、火線の中をかいくぐらせていた。
ガーウィッシュから再出撃したF90には四本のスラスターの他に各タイプで装備される多種多様な重火器が備え付けられていた。
Sタイプの二門のメガビームキャノン砲、Lタイプの長距離射撃用のロングレンジライフル。
Dタイプで使用していた大型ガトリング砲は今度は右腰に備え付けられた。
そして無数のミサイルポッド。足には大型のクルージングミサイル。
それらは一部を除いてそのほとんどが背中から伸びた四本のスラスターに接続されている。
各武装はまるで収納されているかのような状態で接続されているので、激しく襲い掛かる対空射撃に向けて撃ち返すこともできない。
かろうじて両手に持たせたビームライフルを牽制程度に撃ちこむぐらいであった。
432 :
312:2006/03/02(木) 07:28:31 ID:KyYLp775
山を越えたあたりで、その遠方に火線が見えた。センサーもそれを捉える。
ミデアとそれを襲うオールズモビルのモビルスーツであろう。
かなりの遠距離であって、流石にベルフもそこに対して援護射撃ができるとは思ってはいない。
ベルフの狙いは、ミデアを襲う部隊を援護しようと今まさに飛び立つ第二陣であった。
確認できるだけでモビルスーツは五機以上。この数が加わればビルギットの部隊はひとたまりもなく捻り潰されるだろう。
ガーウィッシュを危険に晒してまでこの地点に拘泥し続けるわけにはいかない。
かといってF90一機が突出するというのも無駄である。
しかしただ何もしないというのは論外だ。
ならばとベルフは決断した。
せめて一歩進むぐらいはしてもいいだろう。
F90が収納していた四本のスラスターを展開させる。
そのフォルムはビルギットが誤解したように、クロスボーン・ガンダムのそれであった。
しかし今のF90の姿を見れば、ビルギットもそんな間違いは犯さないであろう。
スラスターが展開すると同時にそこに接続された各武装も一斉に正面を向く。
全砲門が地上を離れ始めたオールズの第二陣に狙いを定めた。
F90を狙っていた地上部隊はその異様な姿を見て、焦ったような攻撃を加えてくる。
無数の重火器を構えたF90がその後どういった行動に出るのか。
戦場にいた誰もがそれぞれの視点で行方を見守った。
期待。驚き。警戒。そして恐怖。
当のベルフはといえば、そういったもの全てから離れてしまっていた。
戦場に立った時に感じる特有の無意識が思考を満たしている。
敢えて言葉を探すとすれば、それは慣れなのだろう。
優秀な兵士は訓練という訓練をいつ果てることなく繰り返し、そして戦場での経験をそこに加える。
その全てが無意識を形作り、戦場での行動を導き出している。
今この瞬間のベルフに、ほんの一時間前まで彼を捉えて離すことの無かったあの迷いは一片も存在していなかった。
ベルフの目が一瞬コンソールに向けられる。
今のF90の状態は彼にしても初めて経験するものであったから、一度確認する必要があったのだ。
機体全身図の上にはこの武装の名称が映し出されていた。
ベルフはその名称を口にする。
その声は彼の頭の中までは届くことはない。
「タクティカルアームズ展開確認。
フルバーストモードスタンバイ。発射よろし。
これより貴官を援護します。どうぞ」
433 :
312:2006/03/02(木) 07:30:26 ID:KyYLp775
攻撃が薄くなった。
機銃座に座るハイネ・ヴェステンフルスの頭にそんな考えが一瞬よぎって消える。
戦闘経験が皆無と言って差し支えないハイネが出した判断であったが、それは事実だった。
確かにほんの一瞬の間、ミデアに取り付こうとしては部隊のモビルスーツの抵抗にあって離れていく、そんな敵の動きは止まったのだ。
ミデアを護衛するモビルスーツの隙間を潜り抜けてきた砲撃もその瞬間は止まっていた。
だからといってハイネがこの状況を用いて何らかの行動を起こすということはなかった。
彼が行ったのは事実の認識だけである。
これで数秒後に死ぬということはなくなった。
そんな安堵ともつかない認識であった。
その認識の正しさを証明してくれるかのように、次の瞬間には再び激しい攻撃が開始された。
ミデアは全速でこの戦闘空域を離脱しようと試みていたが、いかんせん敵部隊に捕捉されかけているという状況は変わっていなかった。
ハイネはミデア上部に位置する機銃座に座り、視界に一瞬入ってはこちらを目指して高速で飛来する弾丸を残して消えるモビルスーツに向けて、当たる見込みのない機銃掃射を続けていた。
手は震えてトリガーを引くことすらままならない。口も痙攣を繰り返して、上下の歯がひっきりなしに当たっては苛立たしい音を立てている。
それは直接的な恐怖である。
ヒュッケバインのコクピットの中とは何もかもが違っている。
薄い、実際はそれほど薄くもないがハイネにはどうしてもそう思えてしまうキャノピー一枚を隔ててモビルスーツが彼目掛けて攻撃を仕掛けてくる。
彼が今座っているのはそんな空間であった。
ハイネ自身、自分が逃げ出さないのが不思議であった。
しかしその理由は簡単なもので、彼の腰は機銃座のシートの上で半端抜けてしまっていたのだった。
だから立ち上がることもできないのだ。
「ヴェステン坊主! もっとよく狙え! 無駄玉を撃つな」
ヘルメットに内蔵されたスピーカーからそんな怒声が響いた。
それはハイネの背後でもう一つの機銃座に座っている小隊員のものであった。
勝手なこと言いやがって。大体何だその言い方は。
ハイネは心中叫んでいる。もう口はそんな言葉を発するように動いてはくれなかった。
それでも心には今の言葉を向けてやらなければならない。
そうしなければハイネは自分が今にも全ての行動を止めて蹲ってしまうだろうということが、何となくではあるが分かりかけてきていた。
もちろんそんな認識は彼の頭の中ではっきりとした言葉にはなっていない。
それは慣れが生み出す認識の一つである。
ハイネはトリガーを引き続けた。
銃身から直接伝わるものではないが、それなりの反動がトリガーと操作レバーを握るハイネの腕に伝わってくる。
これが無ければ自分が機銃を撃っているということを忘れてしまいそうだった。
キャノピーの向こうに見える銃身からは夜の闇を切り裂くかのような烈光が一閃し、そこから細い光点が線を結ぶようにして伸びていく。
その光点の一つ一つが弾丸なのだという意識はハイネにはなかった。
彼の網膜はただただその光の筋が闇の中に消えていくのを焼き付けていた。
そして高速で銃口から放たれる光の筋の先にモビルスーツの姿が飛び込んでくることは一度としてなかった。
ハイネの放った銃撃はことごとく外れていた。
434 :
312:2006/03/02(木) 07:32:47 ID:KyYLp775
ハイネの目が機敏な動きを示すモビルスーツに向いたのはその時だった。
銃口から放たれるマズルフラッシュから目を保護するために彼は専用のゴーグルを着用していたが、そこに映し出されたコンピューター解析によって処理された映像には確かに一機のモビルスーツが映っていた。
ザクか。
ハイネは瞬時にそう思った。指はその思考から一秒も遅れることなくトリガーを引いている。
ゴーグルのセンターカーソル内に捉えられたモビルスーツに、彼の銃撃は届いていくように見えた。
それが彼の願いであったが、願いも銃撃も望む場所には辿り着くことは無かった。
モビルスーツはいとも簡単に銃撃を掻い潜り、ハイネから見えるその大きさを徐々に増していったのだった。
大きい。来る。
極度に緊張したハイネの思考がようやく紡ぎ出せた言葉はそれだった。
もう彼にはトリガーを引く指の力さえ生み出すことは出来なかった。
言葉という枠から完全にはみ出してしまった恐怖がハイネの全存在を捉え切ってしまっていたのである。
「ザクじゃない。ザクとは、違う!」
ハイネは自分の口の端からこぼれ落ちた言葉に気がついていただろうか。
少なくともその言葉が正しかったことには気がつくことはできなかった。
ミデアに接近したそのモビルスーツは右腕からザクには存在しない武装であるヒートロッドを伸ばし、柔軟な動きを見せながらその実硬質かつ大質量の鞭をミデアの機銃座目掛けて振り下ろした。
ハイネは自らに死が迫っていることすら理解できていなかった。
だから今まさにハイネに死をもたらすはずだったそのモビルスーツが彼の視界から突然姿を消したところで、ハイネには何が起きたのかなどは分かるはずがなかったのだ。
この間ハイネがしたことといえば数回の瞬きぐらいのものだった。
その直後に狙いが逸れたヒートロッドがミデアの表面を掠って、発生した衝撃が機銃座にまで届かなければハイネはしばらく呆然と瞬きを続けていることしかできなかっただろう。
横から何物かの突進を受けたモビルスーツは苦し紛れにヒートロッドの先をミデアの装甲表面に走らせた後で、機体を突き飛ばしたその物体の攻撃を受けた。
機体は腹部中央、すなわちコクピットを潰されて力なく山脈地帯へと落下を始めた。
一連の行為を流れるようにこなして、つまりはハイネの危機を救ったその物体は頭部を彼に向けた。
機銃座を襲った衝撃はキャノピーの一部を粉砕し、その破片を機銃座内に飛び散らせた。
ハイネは本能的に身をすくめるようにしてその衝撃から身を守った。
ヘルメットに何かが当たって跳ね返ったような感触があったが、頭を揺らすほど強いものではなかった。
次にハイネが感じたのは鼻から吸い込んだ空気の煙たさである。
はっとした。火災だ。
ほんの少し前まで腰が抜けていたはずなのに、ハイネは飛び上がるようにしてシートから立ち上がった。
ヘルメットから覗くゴーグルをつけた彼の顔に強い風が吹き付けている。
機銃座のキャノピーが割れたのだ。
ハイネはそのことにも危機感を覚えた。
早くここから。
彼を見下ろしていたその物体と目が合ったのはそう思った時だった。
「ヒュッケバイン」
435 :
312:2006/03/02(木) 07:34:11 ID:KyYLp775
ハイネはそれだけ言った。
ヒュッケバインと呼ばれたその物体は全てを了解したように機銃座の前から離れた。
バーニアが発する噴射炎の眩い光が夜の空の一角を照らした。
ハイネは力が抜けたように立ち尽くしていたが、鼻をつく煙の匂いにすぐさま正気を取り戻した。
ここから出なければならないのだ。
そう考える間もなくハイネは足元にあるハッチを開こうとそこに手を置いた。
そして手が止まった。
濡れた感触がある。
粘度が高い液体。そして奇妙に熱い。
ハイネは咄嗟に自分の身体を確かめた。
痛みはない。怪我はしていない。
そう、俺じゃない。
振り向くともう一つのシートには先ほどまで彼を怒鳴り続けていた小隊員がもたれかかっていた。
腹部は黒く染まっていて、ヘルメットを被ったままの頭は力なく垂れ下がっていた。
ハイネの目は眼前の光景に焦点を失い、そしてすぐに光を取り戻す。
「お、おい! どうしたんだよ!」
小隊員の肩を掴んで揺さぶる。
反応は無いが、腹部から液体が撥ねるような嫌な音がした。
血を流している。さっきのでやられたんだ。
ハイネの頭をとめどなく思考が流れていくが、そのどれもが今この状況の答えを導こうとはしなかった。
だからハイネはその全てに言い聞かせるかのように大声を出して言った。
「どうする。どうすりゃいいんだよ!
おいナチュラル、起きろよ!」
言葉面だけみれば侮蔑であるその叫びをハイネは悲痛さをもって周囲に響かせた。
彼にはうな垂れている男をそう呼ぶことしかできなかった。
ハイネは男の名前すら知らなかったのだ。
目尻に涙が浮かび上がってくるのを感じた。
それは悲しみであるとか、そういった明確な感情の発露ではなく、ハイネの混乱を極めた心の具現であるのかもしれなかった。
ハイネは男の肩に手を回す。そして身体を起こさせようとする。
男の身体はハイネの動きに抵抗することなく、しかし自ら力を入れようとする仕草を欠片も見せなかった。
男の全体重がハイネに圧し掛かる。
ハイネは歯を食いしばり、男の腕を引きずるようにしてハッチまで連れてきた。
436 :
312:2006/03/02(木) 07:35:24 ID:KyYLp775
火の手は徐々に広がっていた。
誰かにこのことを知らせなければならない。
その前にこの男を運ばなければならない。
ハイネはその動作を行う間、傍から聞けば意味を成さない叫びを延々と繰り返していた。
それはこれまで心の中に溜め込んできた沈んだ色の何かの発露であり、自らの生存を世界に向けて宣言する赤子の鳴き声のようでもあった。
転がるようにしてハッチを抜け出したハイネは、そこから男の身体を引っ張り出した。
夜の空に半分溶け込んだ機銃座の中では黒く見えた男の腹部は、照明のついたミデアの通路内では鮮明なほどに赤く染まっていたことが分かった。
ハイネは自分の両手と言わず全身が赤で染められていることにも気付くことなく、通路に備え付けられていた操縦席への機内通話の受話器を取った。
そして震え続ける口で何とか言葉を紡ぎだそうとした。
「誰か、誰か助けてくれ。
血なんだ、やられたんだ、俺じゃなくて、やられちゃったんだ。
助けてくれ、頼むよ、誰か来てくれ!
来て下さい、少尉、曹長!」
437 :
312:2006/03/02(木) 07:45:46 ID:KyYLp775
4話後編終了。
また長い文が多くなって読みにくくなってしまったかと。
そういう場合は「。」以外でも改行してしまった方がいいんでしょうか。
乙カレー!!
ハイネいいね、ハイネ。
最初はただの嫌なガキだったのにw
相変わらず戦闘シーンも渋い。スパロボSSで反斜面戦闘をやるとは思わんかった。
それにタバコの話とかクラッカーの描写とか色々と細かい演出がいかにもリアルっぽい
雰囲気を出してる。
あと、私としては句読点以外でも改行して行の長さをある程度そろえるほうが好みだな。
第四話祝いage
440 :
312:2006/03/04(土) 08:05:46 ID:9stzOzqk
「本当にこいつを使うのか? 俺は納得できん」
パイロットスーツを着込んだその男は腰に手を当て、仁王立ちといった具合で目の前の暗い顔をした
男を見つめた。
パイロットのその態度は新兵ならば萎縮してしまい、顔を伏せて黙り込んでしまうような厳しいものだったが、
彼と正対している男はいささかの動揺も示すことはなかった。
パイロットは舌打ちして自分の背後にそびえ立つモビルスーツの姿に視線を移す。
目の前の男が話す気の滅入るような作戦内容を聞いて、今はこのモビルスーツの猛々しい姿だけが
彼の心を静めてくれるのだと思ったのである。
男はその心の動きを見透かしたかのように、どこか病的な細い声でパイロットに呟いた。
「君のそのグフとて結局は同じことではないか。もたらす結果は破壊と殺戮だ。同志よ」
それはグフのパイロットであるコムにとってはどこかで意識していながらも認めたくはない認識であった。
しかしコムには男の背後でその封印を今まさに解かれようとしている兵器には、どうしても受け入れ難い
生理的な不快感があった。だから言った。
「古臭い言い方だがな。目的のために手段を選ばないというのは主義に反する」
それがある種の言い訳であり、無意味な方便であることはコムにしても承知していることである。
しかしコムは彼の言うところの手段のためにモビルスーツに乗るような男でもあったから、あながち嘘を
言っているわけでもなかった。
そして彼の乗るグフは己の信条をそのまま形にしたようなモビルスーツであった。
「連邦軍の決起作戦は想像以上に我々を窮地に追い込んだ。
同志。使えるものは使うべきだとは思わないのか」
それがスポンサーの言い分というわけだな。コムはそう断定した。
確かに大層大口のスポンサーがオールズモビルにはついているらしいということは一介のパイロットで
あるコムにも薄々理解できていた。
彼が乗るRFグフの内部構造を丸々新規設計のものに変えてしまえるほどの余力を持つスポンサー。
そのスポンサーにとってみればオールズモビルの戦場はあながち都合のいい実験施設ということに
なるのだろう。
そろそろ大きめの戦争が始まるのかもしれない。そうも予測した。
「ならばなぜあの気色悪い機械を連邦軍基地、例えばオエンベリあたりに直接投入しない。
そっちの方がよっぽど効率的だと思わないのか。なあ同志君よ」
「技術的問題がある」
その言い切り方にコムは感心すらした。
男が言ったことは真実なのだろう。
狙えるならば基地を狙う。しかしそれはできない。
その地点からの考えだけが違っていた。
コムはその時点で作戦を変える。例の兵器は使わない。
だが男はその兵器の運用を諦めない。だから目標を変えるのだ。
コムが考えを巡らす間に男は続けて言った。
「それに同志コムよ。オエンベリに関しては心配する必要は無い。
もう一つの特機を用いてあの基地を殲滅するのだ」
「もう一つのって、まさかあのデカブツは動くのか」
「我々は冗談や酔狂で連邦傀儡政権を討ち果たそうとしているのではない。
同志。全ては運命の定める楽園を目指すための試練なのだ。
そのために私は手段を猶予するつもりは断じて無いことを同志コム、君にも理解してもらいたいものだな」
441 :
312:2006/03/04(土) 08:09:28 ID:9stzOzqk
もうこいつには何を言ったところで無駄だ。
男の奇妙に熱のこもった言葉を聞いてコムはそう判断した。
戦争が主義で始まるのは不幸だが、戦場に主義が持ち込まれるのは全くの論外だ。
それはコムのような男にとってすれば許されざる行為であった。
ならばせめてこの場を離れようというのがコムの考えである。
それに男が動くといったもう一つの特機。
それが本当なら、コムは実際にその巨体が動くところを目にしたいという思いもあった。
何より、九年前にセント・アンジェ付近で見た様な光景はもう沢山であったのだ。
モビルスーツがもたらす結果が同じであるのなら、その対象はそれなりに覚悟を決めた連邦軍兵士で
あるべきだというのがコムという男の偽りなき心情ではある。
「悪いが俺はそのデカブツの方に加わらせてもらうぜ」
「好きにしたまえよ。こちらは全て完璧に仕上がっている。
問題は無い。どちらかといえばもう一つの方が現状些かの不安を抱えているのだ。
同志。君のような勇猛なパイロットが援護に加わるならばそれに越したことは無い」
その言葉が終わるのを待たずにコムは男から踵を返した。
俺が倉庫から出た後、奴は一体どうするんだろうか。
コムは不快なものだと分かっていながらそんな想像を行った。
あの円盤。無数の刃。
いや止めだ。考えるのはよそう。
あの奇怪な兵器がクロスボーンの悪しき遺産であることは疑いようもない事実であるが、
それでも彼が愛でて止まないグフをこの世界に蘇らせた人間が、同時にあんな兵器の使用を容認するとは。
コムには甚だ理解できなかった。
機会があれば顔を拝んでやりたいものだ。
名前は何と言ったか。
デュラ何とか。そう、デュランデュラン。
いや、違ったかな?
今はミデアのコンテナ内に横たわるその機体の装甲にはほとんど傷らしい傷はついていなかった。
小さなものに限って言えばいくつかついているのかもしれないが、一度戦場に出た機動兵器が受けたものとしては、
そんなものは損傷の内には入らない。
それも、敵機を二機撃墜した機体であるなら尚更のことであった。
こんな傷はどこかで見たことがあるな。
ビルギット・ピリヨはふとそんなことを考え、次第に浮かび上がったその考えを慌てて頭から振り払った。
背中に寒気がする。
思い出すだけでこれか。ビルギットはそう嘆息する。
しかしまあ、二度とあんなものを相手にする必要はあるまい。
彼はそう自分に言い聞かせた。宇宙人ですらあのような奇妙な兵器は使わなかったのだ。
あれを使う人間はどういう神経をしているのあろう。
人間。果たして人間なのだろうか。
だからあの親玉は鉄の仮面を被ってしまったのか。
ええい。だから考えるなっての。
442 :
312:2006/03/04(土) 08:12:31 ID:9stzOzqk
「しかし驚きましたな。そのお陰で我々はこうして生きているわけですが」
不意に後ろから声をかけられた。
横たわる機体を見上げていたビルギットの後ろにはいつの間にか小隊の最先任下士官である
バムロが立っている。
「全くだ。念動力様々ってところだな」
ビルギットは振り返る事もせずにそう答えた。
腰に手を当てているが、本当は両手で頭を抱え込んでしまいたいところである。
先ほどの事態に対して考えるべきことは山積みであったが、考える糸口はほとんど見つかっていなかった。
それでも今の段階で分かっている事柄を何とかして突破口にしようと試みる。
「曹長。あんたが前いた部隊に念動力者がいたってのは本当かい」
「ええ。二人ほど」
この言葉を聞いて驚くことはしない。これが二回目だった。
最初に聞いた時は飛び上がらんほどに驚いたものだった。
念動力者というものはビルギットが想像していた以上に世間にとってありふれた存在であるのかもしれない。
彼は自分の認識を改める必要があった。
「私もチェックを受けましたもんで。
ええ。欠片も無かったそうですが。
その二人もほんの僅かの兆候が見えるぐらいのものでして、検査の翌日には部隊に戻されました。
その程度の素質であれば結構多いらしいのです。念動力キャリアというものは。
ところで少尉殿。念動力ってどんな代物ですか」
「俺にもよく分からんが。
まあとんでもない超能力の一種だってことぐらいしかな。
アルファナンバーズ、いやあの頃はSDFロンド・ベル部隊か。あそこに何人かいてな。
それを付け狙う宇宙人がいたりして、何だかんだで厄介なものだって印象しかないもんだ」
バムロも首を傾げていた。
彼の頭の中では今まさに念動力のもたらす威力が必死にイメージされているのだろう。
その内にバムロは深く息をついた。上手くイメージできなかったらしい。
「想像がつきません。ニュータイプとはまた別ですか」
「らしいな。傍から見れば敵の存在を感じられたりして、変わらないように見えるんだが」
「スプーン曲げと何が違うんですかねぇ」
「案外それの凄いものなのかもしれんよな」
そう言いながらビルギットはSDFの念動力者の名を何人か思い出していた。
リュウセイ・ダテ。アヤ・コバヤシ。ブランシュタインは違ったんだっけか。
ならどうしてチームを組んでいたのかね。
それに途中で加わった元バルマーの女がいたか。
困ったことになったもんだな。
ビルギットは改めてそう思いながら、思い出した念動力キャリアの人間と親しく話したことがなかったことに少し後悔した。
まあ仕方ない。
自分がその後こんな風に念動力と関わることになるなんて想像できるわけがない。
443 :
312:2006/03/04(土) 08:14:52 ID:9stzOzqk
「じゃああの坊主、ジブリールにも宇宙人が狙ってくるような力があるんですか」
「どうかね。バルマーが狙っていたのは確か一人だけだった気がするんだよな。
サイコ何とかって、念動力者の中でも優秀なタイプがいるらしい。まあ凄い力の持ち主でな。
そりゃあんな奴が世間にごろごろしているんだったら今ごろ俺たちは商売鞍替えしなきゃやっていけんだろうぜ」
バムロは片眉を上げてビルギットの顔を覗いた。何事か考えているようだった。
お互い何かにつけて考えてばかりだな。ビルギットは内心苦笑する。
仕方あるまい。この状況は異常だ。
一介の少尉と曹長で手に負える問題ではない。
ならば。
「そうならば少尉殿。このフッケバインに念動力を増幅させる装置があるとも考えられますな」
その時すでにビルギットの思考は違う方向を向いていたから、バムロの言葉には曖昧な返事しかしなかった。
彼の言葉を聞いている頭の片隅が思い出したように付け加える。
「ああ。そんなものもあったな。
T−LINKシステムとかいうんだったか。ついててもおかしくないだろう」
「ははあ。となればこのフッケバインには微弱な念動力キャリアでも使えるシステムが載っている
といったところなんでしょうか」
「念っていうぐらいなんだから、気合とか思念とか、いろいろ混ぜて使ってんのかもな」
バムロは得心したかのように笑った。
「気合に思念とは。まさしく無限のエネルギーですな。
あいや素晴らしい。これは将来の教練科目に加えなければなりません。
気合を無限に維持させる方法ですか。
まあ学者連中はもっと上手い方法を思いつくんでしょうが、とりあえずは昔ながらの方法で坊主連中を
鍛えてみることにしましょう」
そう言ってバムロはその場を離れていった。
昔ながらの方法。いつもやっていることじゃないか。
ほんの僅か、ビルギットはその対象になるであろうヴェステンフルスとジブリールに同情する。
ヴェステンフルスは反抗的だから、きっと目もくらむほどのペナルティを課されてしまうのだろう。
「ジブリールにヴェステンフルスか」
バムロとの会話とは別に積み上げられていた思考が二人の名前を口にさせた。
ヒュッケバインにコーディネーター。
そんなお荷物を背負って、ブルーコスモスの根城になっているかもしれないオエンベリ基地へ向かう。
彼らの向かう先は強制収容所か。それとも兵士が銃を構える先に掘られた塹壕か。
そうはなりたくないもんだな。
ビルギットは思う。
確かに厄介ではあるし、手に負えない問題だ。
極東支部に連絡を取るか。しかしそんなラインは最も監視が向けられていると考えるべきだ。
ビルギットは自ら動かなければならない。
444 :
312:2006/03/04(土) 08:17:07 ID:9stzOzqk
動く。そう動くのだ。
しかし何のためにだ。
分かりきったことを聞くな。
自らにそう言い聞かせて、気弱な思考を諌めた。
まあやってみるさ。俺一人だが。
そしてビルギットの表情は引き締まったものへと変わる。
口元は二人の名前を出したままで固まっていた。
そうすることで彼は頭の中から追い出してしまいたいその名前と向き合おうとしているかのようだった。
ハイネ・ヴェステンフルス。
ジョージ・ジブリール。
五十二人、いや五十一人を救うためにこのどちらかには犠牲になってもらわなければならない。
ビルギットはその覚悟を決めた。
オエンベリ基地への到着までは二日を残すばかりであった。
「貴様、これは一体どういうことだ。俺の目は誤魔化せんぞ!」
そんな怒鳴り声を耳にした時、ハイネ・ヴェステンフルスは一瞬身体が震えるのを感じた。
しかし直後にはその声が彼を常日頃から怒鳴り続けてきた人間のものではなく、さらに声が
彼に向けられているわけでもないことに気がついた。
ハイネはこの十日余りで小隊の人間全てにいいだけ怒鳴られていたから、その声の主が小隊員
ではないこともすぐに分かった。
となればこの怒声は彼の同胞、コーディネーター達の中から発せられたことになる。
ハイネは両手に抱えた荷物を床に置き、慌てて同胞達のところへと走っていった。
「違うんです。これは。お願いです。聞いてください!」
ミデアのコンテナ内に区切られたコーディネーター用のスペースに、怒鳴り声に続いて
そんな悲痛な声が響いたのはハイネがようやくそこに到着した直後のことだった。
今度は女の声だった。
ハイネは周囲を囲みながら微妙に距離を取っている同胞達が作る人垣を掻き分けるようにして、
声の方向へと近づいていった。
「お願いだから聞いて……」
その声は最後まで発せられることはなかった。
嘆願の叫びは途中で悲鳴によってかき消された。
叫んでいた女の頬を、おそらくは怒声の主である男が強烈に張ったからであった。
女はその衝撃にひとたまりもなく崩れ落ちる。
女の顔から涙とも唾ともつかない液体が数滴跳ねた。
445 :
312:2006/03/04(土) 08:20:28 ID:9stzOzqk
「おかあさん!」
それまで女の足にしがみつくようにしていた幼児二人が、女が倒れるのに巻き込まれるようにして尻餅をついた。
二人の内年嵩の方は彼の弟と思われる幼児の身体をしっかりと抱きとめている。
年少の幼児はそんな一連の出来事に火がついたように泣き出した。
顔を抑えたまま崩れてしまった母親に、年嵩の幼児が何度も必死に呼びかける。
その内に彼の声にも涙が混じり始めていた。
「おい、止めろよ! どういうことなんだよ!」
わけが分からないままにハイネは男と母親と幼児達の間に割って入った。
理由は全く分からないが、放っておいていいような事態ではないことは確かだった。
そんなハイネの姿を見て、女の頬を張った男は彼に侮蔑の表情をあからさまに見せた。
「役立たずのヴェステンフルスじゃねぇか。引っ込んでろよ。
こいつは極めて重大な問題。裏切りだ。
ナチュラルに媚び売ってる貴様がしゃしゃり出てきていいことじゃないんだよ」
ハイネは一瞬言葉を失った。頭が真っ白になったといっていい。
こいつは一体何を言ったんだ。俺がナチュラルに媚びを売っただと。
いい加減なことを言うな。どうして俺が。
「あのモビルスーツをナチュラルから奪って俺たちを解放するかと思いきや。
毎度毎度醜態を見せてくれやがって。
貴様はコーディネーターの恥さらしだ。
あげくにナチュラルの使い走りか。いい加減にしろ。
少しはジブリールの能力を見習うんだな。
あれこそが真のコーディネーターの姿ってやつだ。
さすが、偉大なるファースト・コーディネーターと同じ名をいただくだけのことはあるさ。
貴様とは大違いだな。
見習えとは言ったが、どうせ無駄骨に終わるさ。
貴様の遺伝子には最初から欠陥が刻まれているに違いないんだよ。
貴様の運命は負け犬だ。ここから失せろ」
その言葉を最後まで聞いていたのかどうかハイネには分からない。
真っ白になったはずの頭がどす黒い何かに覆われて、気がつけば男に歩み寄り、その頬を一発張っていた。
掌に熱く鋭い感覚が走る。
掌も頭もどこか痺れているようだった。
「貴様! この、ナチュラルの子分が!」
頬を張られたことに気がついた男は、瞬きを数回した後で顔に身体中の血液を集めたかに思われるほどの
紅潮を見せてハイネに掴みかかってきた。
肩を強引に掴もうとするその腕をハイネは一歩下がっただけでかわした。
男の乱暴に伸ばされた腕がそのまま宙を泳ぐ。
「貴様っ」
ハイネはその叫びを聞いてはいなかった。
耳に入ってきてはいたが、そちらには全く意識を向けていなかった。
ハイネは思い出していた。
なぜこんな時に何かを思い出すのだろうと疑問に思うほどに、その記憶は彼の思考に大量に流れ込んできた。
頭の中だけ時間の流れが変わってしまったかのようだった。
446 :
312:2006/03/04(土) 08:23:14 ID:9stzOzqk
そうだ。あの時奴に足を払われた。
地面に倒された。腕を極められた。足も極められた。顔を地面に擦りつけられた。
顔には指一本触れていないのに。なぜだったんだろう。
あんな芸当はできない。
次はどうだろう。腕を取られた。
あいつは奴より、曹長よりは下手だった。
それでこう言った。
こういう時は指を取る。そして折る。
すぐに折れるぞ。ほら……。
ハイネは目を見開いた。
それは彼の今までの痛みの記憶であり、そして次に取るべき行動を決める思考でもあった。
目の前の男は体格的にハイネより強靭に見える。腕も太い。
腕に覚えがあるのかどうかは知らないが、少なくとも自分は腕に覚えなど全く無い。
ならば。
ハイネは伸ばされたままだった腕を取り、そのまま男の外側に身体を回りこませた。
男がどういう反応をするのか、もう一本の腕が自分を狙って振り落とされるかもしれない、
そんなことは一切頭の中から捨てた。
とにかく目は取った腕の先にのみ向けられていて、ハイネは全ての意識を腕の先、最も外側の指、
小指を取ることに集中させた。
途中いくつかのイメージが脳裏に浮かんでは消えた。
シートから突き上げられるような衝撃。
装甲を焼くビーム粒子の音。
キャノピー越しに迫る青いモビルスーツ。
あの時男の腹を染め上げた鮮血。
毎日毎日嫌になるほど頭を打ち付けている薄汚れたブルーのマット。
ぎゃっという叫びがようやく耳に届いた時、ハイネは自分の試みが全て成功していたことを知った。
彼の拳は男の小指をしっかりと握り締めている。
ただし本来ならば指が取ることはありえない角度をもって。
「折れた」
ハイネはそれだけ言った。
指をつかんだ拳は離そうとは思わなかった。
男はまだ何事か叫んでいるが、ハイネの耳に届くその叫びより、目に映る男の様子と口の動きが
その苦痛をより鮮明に伝えているような気がした。
「貴様、貴様ぁ」
どうしてこの男は貴様としか言わないのだろう。
ハイネは呆然とそんなことを思った。
頭をブルーのマットにしたたかに打ち付けてしまった時のような、漠然とした思考が彼の頭を包んでいる。
447 :
312:2006/03/04(土) 08:26:40 ID:9stzOzqk
「おかあさん。泣かないで。おかあさん」
その半端嗚咽が混ざった、それでも心は折れまいとする意思のこもった言葉を聞いて、
ようやくハイネは正常な意識を取り戻した。
時間はどれだけ経ったのだろう。
思わず周囲を見回すが、男と母親達を囲んでいた人垣は数歩ずつ後ろに下がっているような気がした。
倒れた母親にすがりつく幼児二人は、年嵩の方がうずくまったまま起き上がらない母親とその場に座り込んで
泣き喚く年下の幼児を何とかして慰めようとしているようだった。
そうすることで、年嵩の幼児は自分の心を強く保とうとしているかに思われた。
それを見てハイネは思い出す。
真っ白かつ黒く染められた頭にその直後に見たはずの光景が蘇ってきた。
ハイネが今しがた指を折った男が、この幼児達の母親の頬を張ったのだ。
そう、そうだった。
だがどうして。
「ちょっと。どういうことなんです。みんな、何があったんだよ」
ハイネは周囲の同胞達を見回すようにして言った。
ハイネの視線が向けられると心なしかほとんどが目を逸らしたようだった。
指を折られた男が低く唸り声をあげる。
男は顔中に汗をかいていた。
顔色は青ざめている。血の気は完全に引いてしまっていた。
男は息も荒く言った。
「そいつはなぁ、その女のガキはな、ナチュラルなんだよ。
隠していたんだ。今まで。
俺たちを、コーディネーターを、コーディネーターの誇りを欺いたんだ。貴様は。
そんなガキは今すぐ叩き殺すべきなんだ」
「何?」
ハイネは男が何を言っているのか分からないでいた。
子供がナチュラル。
コーディネーター同士から生まれる子供はほぼコーディネーターのはずだ。
仮に片親がナチュラルであったとしても、子供はいわゆるハーフコーディネーターとして生まれる。
男はそのことを言っているのだろうか。
「どういうことなんだ。どうしてそんなことが分かる」
男は蔑んだような目でハイネとその背後の母親達を見た。
その手は必死に折られた指を抑えている。
どれぐらい痛むものなのか、折った当人であるハイネには分かっていなかった。
「そこに転がってるトレイ、見てみろよ」
男は指で示す代わりに顎でその方向をしゃくってみせた。
大量に湧き出ていた脂汗が顎の先から雫をたらす。
ハイネはひっくり返ったままのトレイを見つけ、それを注意して見つめてみた。
特におかしいところはない。
それもコーディネーターとナチュラルを分けるものなんて。
448 :
312:2006/03/04(土) 08:29:37 ID:9stzOzqk
そこで気がついた。
食べかけになっているトレイ。
それがひっくり返されて食べる途中だったものが周辺に散乱している。
米、温野菜、果物。
その中の一つにハイネの目は注がれた。
それは彼の目を疑わせるには十分過ぎるものだった。
「鶏肉だ」
ハイネの目に止まったものは一口齧られていた鶏肉だった。
それだけなら何の変哲も無い代物であるはずなのだが、ハイネとこの場にいるコーディネーター達には
それが男の言葉を裏付ける証拠となるものであった。
「分かったか。
そのガキがな。食ってたんだよ。
貴様だって知っているだろう。
コーディネーターは鶏肉なんて食わない。
強いアレルギー反応があるからな。死に至る。
食う必要なんてないのさ。そんなものはナチュラルのチキンどもに与えてやればいい。
それをこのガキは食ったんだよ。
これがどういうことか、貴様がいくら救いようの無い馬鹿でも分かるってもんだろうが。ああ?」
「でも、母親は、この人はコーディネーターだろう。だったら」
「戻したんだよ。遺伝子を。
回帰させたに違いねぇ。どうだ、そうなんだろうが」
その言葉は泣き続ける母親に向けられたものだった。
母親はようやく身体を起こし、とめどなく流れていた涙を指で拭った。
彼女を呼び続けた年嵩の幼児とその傍らで泣き叫んでいた年下の方の、両方の頭を撫でてやってから
両手で二人を抱きかかえる。
それは周囲の無言の攻撃から自分たちを守ろうとする態度であった。
ハイネは彼らと同胞達の間に出来上がっていた強固な壁の存在に初めて気がついた。
そして今自分はどちらに立っているのか。
そんなことを無意識のどこかで考えていた。
「そう。この子はナチュラルよ。
だって、仕方なかったのよ。
あの時は私たちに流行の病気があって、その時丁度この子の妊娠が分かって。だから」
「回帰って。そんなことできるのか」
ハイネは誰に言うというわけでもなく呟いた。
答えたのは指を折られた男だった。
脂汗まみれになりながらも、その顔には優越感が浮かんでいる。
それがハイネには一段と奇妙に見えた。
「最近な。そんな馬鹿げたことをする奴らが出てきたりする。
出生率が低下しているからだと。ふざけたことを言うな。
我らコーディネーターの英知はそんな問題はすぐに乗り越えられる。
問題はこの女の腐った心根とそのガキの存在だ。
許すわけにはいかないんだよ。
処分だよ。処分するんだ」
449 :
312:2006/03/04(土) 08:32:22 ID:9stzOzqk
「処分って。おい待てよ。まだ子供じゃないかよ」
「そいつが!」
男は突然声を張り上げた。
そうすると指に痛みが走るらしく、すぐに指を抑えて苦悶の表情を浮かべた。
それでも男は続ける。
「そいつが、将来コーディネーターに危害を加える存在にならないと誰が保証できる。
それにナチュラルみたいな劣等人種の一人や二人、軽く捻り殺したところで何の問題がある。違うか」
「止めて! お願いだからこの子には何もしないで! 悪いのは私、私よ!」
「だったら! 貴様も罪を償わなければならないんだよ。
偉大なるファースト・コーディネーターのジョージ・グレンと、我らが血脈に繋がるこの同胞たちに!
死んで罪を償え!」
この違和感は何だろうとハイネは他人事のように考えていた。
どうしてこの男はそこまで威張り散らすことができるのだろう。
確かこの男は以前ハイネに食事を掠め取ってこいと命令した男だった。
戦闘が続いたこともあってそれを果たすことはできなかったが、その時の妙に尊大な態度を思い出す。
そして今この瞬間、指を折られてうずくまり、脂汗で顔中濡らしているこの男。
こいつのどこがそれだけ誇らしい存在だというのか。
「お前。お前何言ってんだよ」
「何だと」
ハイネがぽつりと呟いた言葉に男は敏感に反応した。
これ以上はできないというぐらいに目尻を吊り上げて、ハイネの顔を睨んでいた。
しかし目に留まらないように自分の手をハイネの視線から隠そうとしている。
その仕草が余計に女々しく見えた。
汚い。そう思えた。
「お前、俺に指折られたのに、何偉そうなこと言ってんだよ」
男はハイネが指と言った瞬間に身をすくめた。
どうしてこんなに弱いのだろう。コーディネーターなのに。
ハイネの頭には止めることの出来ない思いが押し寄せてくる。
コーディネーターだというのに。
どうしてこの男はここまで醜態を晒すのだろう。
俺に指を折られて。別に俺は強いというわけじゃない。
それは分かった。もう分かったことだ。
ジブリールとか。あいつみたいな奴は特別だ。
俺はヒュッケバインも操縦できない。
着陸も失敗した。
そう、あのガンダムの着陸は凄かった。
どうやったらああいう風にできるのか。
オートじゃない。多分それは違う。
450 :
312:2006/03/04(土) 08:35:26 ID:9stzOzqk
俺に指を折られたこいつ。
俺の指を簡単に折ることができたはずのあの男。
俺をひょいひょい投げては地面に叩きつけるあのおっさん。
どうしてこんな違いが出てこなきゃいけないんだ。
コーディネーターはナチュラルなんて及ばないくらいに優秀なんじゃなかったのか。
どうして俺は手玉に取られる。
どうしてこの男は俺に指を折られて悶絶している。
この男。この男はそんなに偉いのか。
だったら何が、どこが、どうして偉いんだ。
「お前なんか、お前なんか死ぬぞ。
モビルスーツに乗ったら、戦場に出たら、すぐに死ぬんだからな。
本当だぞ。分かってんのかよ。
お前戦争したことあるのかよ。
怖いんだぞ。死ぬんだぞ。
それなのにあいつらは、少尉とか曹長とかは、戦って、生きてるんだぞ。
分かってんのか。ジブリールとかは確かに違うけど、俺もお前もナチュラルに負けてるんだぞ。
分かってんのかよ!」
「貴様、貴様ぁ! ナチュラルに魂を売ったな、恥を、恥を知れ!」
「恥ずかしいのはお前なんだよ! どうして、どうしてそんなことも分かってくれないんだよ!」
ハイネは自分が涙を流していることに気がついていなかった。
この男を見ていると自分がとんでもなく汚い存在に思えて仕方ない。
どうして誰もこの男にそう言わないのだろう。
自分たちを取り囲んでいる同胞達から、どうして同意の言葉が出てこないのだろう。
誰か、誰か何か言ってくれ。お願いだから他の誰かが、俺でもなくこの男でもない誰かが口を開いてくれ。
「おかあさん。ごめんなさい。僕がいけないの。でも、でもね。僕お腹空いちゃったの」
その言葉を聞いた瞬間、ハイネは全身から力が抜けてしまうのを感じた。
無力感が全身を捉え、神経を麻痺させてしまったかのように思われた。
彼の身体は膝から崩れ落ち、涙が止まることなく頬を伝っていった。
目の前の惨めな男。そして自分。
そう、食事が足りてないんだったか。
もし俺が食事を掠め取ってきていたら。こういうことにはならなかったのかな。
でもそういうことじゃなくて。そういうことじゃなくて。
俺は今、どうしてこんなに情けない気分なんだろう。
「ごめんなさい。ごめんなさいね。お母さんを許してね。
お母さん、怖かったのよ。言えなかった。誰にも言えなかったの。
でもあなたが悪いんじゃないのよ。お兄ちゃんも悪くないの。
悪いのはお母さんだけ。お母さんが悪いんだから……」
騒ぎを聞きつけたビルギットとバムロがやって来るまで、ハイネは涙を流し続け、
母親は子供たちに懺悔の言葉を繰り返すばかりで、指を折られた男はハイネと母親たちに悪意に満ちた言葉を延々と投げかけていた。
その間中、彼らを取り囲んだ人垣は一言も発することなく、息を潜めてその光景を見つめているだけだった。
451 :
312:2006/03/04(土) 08:43:39 ID:9stzOzqk
5話前編終了。
コーディネーターと鶏肉アレルギーの話は完全に捏造です。
回帰の話も怪しいものです。
本編見ただけじゃ分からんという言い訳で勘弁して下さい。
7回目で予告した全14回は完全に破綻してしまいました。
全7話であることは変わらないので、それまで何回か増えることになりそうです。
GJ!!
回帰の話は面白いと思うよ。
そしてグフ男の再登場、鉄仮面の遺産、変わるハイネに悩むビルギット。
文量が増えるのは全然OK、このクオリティーを最後まで維持して欲しい。
453 :
シンジの未来:2006/03/04(土) 23:16:12 ID:9DO13ZcZ
使徒は全て滅びた。最後の使徒 渚カヲルの死を持って。戦乱を収める大役を買って出たのは
碇シンジというわずか14歳の少年だった。その後自己嫌悪に陥り葛藤の日々を過ごし
シンジは15歳になった。アスカはドイツへは戻らず日本に残っている。なんでもネルフは
平和維持の為の組織になったとシンジは聞いた。高校生になり普通の生活を過ごしていた
シンジは思った。
このままでいいのか。本当にいいのか。自分には義務はもう無い。エヴァなどもう乗る事も無い。
だがこの先どうなる。自分はエヴァとのシンクロ率が高い唯の人間。唯それだけだ。
スーパーパワーもなければ何の特殊能力も無い。エヴァから降りればただ逃げ回るしかない。
そういう事を学校に行く途中でぼんやりと考えていた。
「おはよー!」
不意に誰かがシンジに声をかけた。シンジが振向くと傍にアスカが立っていた。
「おはよう・・・。」
「何、暗い顔してんの?ほら遅刻するよ。」
目の前にいる可憐な少女。ミサトと同居しているシンジにとって最も身近な同年代の異性。
(僕はこの子を守ったのか。)
最後の戦の時アスカは病室で寝ていた。そういう意味では守ったのか。
「ねぇアスカ・・・」
「何?」
「君はどうして日本に残ったの?」
「私は日本の方が好きだから。ゼーレのジジイ達がいる所なんて住みたくないわよ。」
ゼーレ。使徒を作り出しネルフに向けてけしかけてきた連中。しかもネルフはゼーレの部下組織みたいな
モノだった。とんだ茶番。幻想。下らないショー。
その中で翻弄され続けてきたのがシンジ達チルドレンだったのだ。
454 :
シンジの未来:2006/03/04(土) 23:17:53 ID:9DO13ZcZ
えーとイントロ書き終えました。高校生になって大人びた考えが出来るようになったシンジです。
スパロボにしようか考えていますが・・・ニルファの前だと思ってください。シンジとアスカって
上手くいけば恋愛も可能だと思えるんですがね・・・。
455 :
312:2006/03/09(木) 14:03:27 ID:Ir0WZJ2C
唐突な救難信号が小隊のミデアに受信されたのはその日の昼を過ぎた頃であった。
重く垂れ込めた雲の厚さに日の光はその大半を遮られてしまっている。
ミデアの広めの操縦席にはこの時間にして既に照明が点されていた。
「救難信号だと」
「この近くの街からです」
報告を受けて操縦席へ上がってきていたビルギットは正面のキャノピー越しにその方角を見る。
周辺地図を交互に街の方角を観察するものの、低地に位置するその街の遠景と、
最大望遠で捉えて出された映像には別段変わった様子は見られなかった。
「観測は」
「してますが、何も」
部下の答にビルギットは頷く。確かに何か異変を認めることはできなかった。
映像から目を離さずに続ける。
「救難信号だけか。内容は」
「それがシグナルだけで。恐らく送信者はもう」
救難信号のデータがキャノピー上のモニターに表示される。
発信元は軍駐留所。街の規模もあって、大した戦力は置いていない。モビルスーツもない。
戦略的に重要な拠点ではないのだ。
しかしそれは街を襲撃する側にとっても同じ条件であるはずだった。
「他の通信は。何か拾えないのか」
「民間の電波ですか? どうも弱くて」
「ミノフスキー粒子散布を一旦止めてもいい。あるなら拾え」
「オールズに見つかりますよ」
「状況が分からんよりはいい。急げよ」
了解と答える代わりに部下は命じられた作業に取り掛かり始める。
ビルギットは無意識に襟元に手をやりながら、後ろに立っているバムロに意見を求めた。
モビルスーツを用いた戦闘を除けば、バムロの実戦経験はビルギットの比ではない。
その事実を無視できるほど自分は優秀な士官であるとはビルギットは一片も思わない。
「陸戦兵力、歩兵かな」
「あの駐屯所には二個小隊がおるはずですが」
「なあ、オールズの台所事情じゃ無理だと思うだろ」
「同感です少尉殿。それも真昼です」
それにしちゃ暗いけどなと答えながらビルギットは軽く顎を撫でた。
この明るさならば夕方前には出発できるはずである。
ミデアは現在問題となっている街から二十キロといったところの岩場に身を隠していた。
日が沈んだ頃にこの場を発てば、オエンベリまでは半日といったところだ。
456 :
312:2006/03/09(木) 14:06:07 ID:Ir0WZJ2C
本来ならば昼夜関係なくオエンベリへ向かいたいところではあったが、それを行うには小隊は人員装備共に疲弊し切っていた。
戦死者も一名出ている。対空砲座担当の軍曹だった。
攻撃を受けて飛び散った破片が腹部を切り裂いてしまっていた。
運が悪かったともいえるかもしれなかった。
しかし小隊全体としてみれば運は良かったのだ。
ジョージ・ジブリールという少年が念動力を発揮してヒュッケバインを駆り、敵機二機を撃墜。
ミデアの追撃を断念させた。
本来ならばありえない事態だ。奇跡といってよかった。
だからそこで得られた奇跡を無駄遣いするつもりはビルギットにはなかった。
それがこの慎重さに繋がっている。
奇跡を前提に小隊を動かすことはできない。
それは極めて普通の軍人の認識であった。
それこそバーゲンセールの如く奇跡が立て続けに沸き起こる部隊も世界には存在して、
他ならぬ自分ですらそこに一枚噛んでいた時期があったビルギットではあるが、
根底に持つ認識は通常軍人が持つべきものとさほど変わることはない。
「あちらさんは我々に気付いていないと考えるべきでしょう」
「だろうな。オエンベリからも近いし、唐突過ぎる」
「ならば我々は伏兵となりますか。少尉殿。どうします」
「どうするも何も、地上兵力が駐屯所を占領したのなら手が出せるかよ」
その発言に対してはバムロは無言だった。それは同意である。
恐らく街にはモビルスーツは投入されていない。
ヘリ程度の航空戦力を含んだ地上兵力で制圧されたと考えるのが適当だろうとビルギットは思った。
もしそうならば、この小隊では対応できない。
モビルスーツで駐屯所を吹き飛ばせるのなら話は簡単だが、捕虜の生死等事態の全容が掴めない現状ではそれも不可能である。
となれば静観しつつ情報の収集に努めるということ以外、できることはないというのが現実ではある。
「隊長。拾えそうです」
「いけるか」
「何とか。救急関係のものみたいです」
そう言って部下はヘッドホンを被った。
コンピューターが可能な限りノイズ処理を行うとしても、受信した電波自体が微弱であり、
恐らくは部分的なものでしかないのだから、結局は再生された声を人の耳で補完していくしかないのである。
それを理解している操縦室内の人間は彼が耳を済ませている間一言も発することはなかった。
しかし全ての事柄においてそうであるように、ここでもまた例外はあった。
そんな状況を理解していない人間が一人、操縦室に駆け込んできたのだった。
彼の一連の動きで発生した騒音は、それまで静寂が支配していた操縦室では一際耳障りなものとして響いた。
457 :
312:2006/03/09(木) 14:08:04 ID:Ir0WZJ2C
ヘッドホンを被った部下が苛立たしげに首を振ったのを見て、
ビルギットは一息ついた後で駆け込んできた人間を睨みつけた。
しかしビルギットの眉間に湧いた皺はすぐに怒りのそれから疑惑のものへと変わっていった。
駆け込んできた人間の様子が彼にそうさせた。
少なくとも取るに足らない用件ではないらしい。
「どうした。何かあったのか」
駆け込んできた男、ハイネ・ヴェステンフルスは息を整えることもなく口を開いた。
端正なその顔からは血の気が完全に失せていた。
「あの、昨日の人たち、あの親子が、いなくなった、なりました」
「降りたのか」
「多分。街があるからって。最後にそう言っていたって」
肩で息をしながらハイネはそう伝えた。
その内容に、無理もないかとビルギットは思うしかなかった。
あの母親は子供をナチュラルにしてしまったことで、コーディネーター達から完全に浮いてしまったのだ。
オエンベリに着いたところで先行き不明な現状、出て行くしかなかったのだろう。
近くに街があるという事実が彼女を後押ししたのかもしれない。
街の中でコーディネーターであることを隠し通すということは、
荒野の中で親子三人生き延びるよりは容易なことだと考えたのだろうか。
通信を拾っていた部下が大声を張り上げたのは、そんなやるせない気分をビルギットが感じていたその時だった。
「隊長。今度はいけそうです」
「そうか。おいヴェステンフルス。しばらく黙ってろ。いいな」
「あ、りょ、了……」
最後まで言わない内にハイネの口はバムロの手によって塞がれてしまっていた。
目を白黒させていたハイネは通信を解読しようとする小隊員の姿をバムロに示されて、自分から口を閉じた。
全員の視線がその小隊員、彼の耳元に集中した。
一瞬間を置いて、彼は傍受した内容を伝え始めた。
「ええ、襲ってきた、街中を、ええと何だ、人が襲われている」
ビルギットとバムロは顔を見合わせた。
オールズモビルの部隊は民間人を襲っている。彼らの地上兵力にはそこまで余裕があるとは思えない。
小隊員は続けるが、その表情には怪訝なものが浮かんでいた。
「襲っているのは、何だって、車輪? 車輪が人を襲う?」
それを聞いた瞬間、ビルギットの表情は完全に凍りついた。
458 :
312:2006/03/09(木) 14:10:23 ID:Ir0WZJ2C
「何だってんだよ、畜生、あの野郎!」
ミデアの操縦室と通路を隔てる鋼鉄の扉が閉じられた瞬間、通路に飛び出していた
ハイネ・ヴェステンフルスはあらん限りの怒声をその空間に響かせた。
「その辺にしとけよヴェステン坊主、いやヴェステンフルス。気持ちは分からんでもないがな」
ハイネと共に操縦室を出た小隊員が諌めるように言った。
字面ではハイネを抑えているものの、その口調からは彼自身納得していないという感情がありありと窺えた。
「事態を静観しつつ速やかにこの場を離脱するって、見捨てるってことかよ。あの親子を」
「隊長にも考えるところがあるんだろうさ。
バグとかいったか。オールズの新兵器って話じゃねぇか」
「だからって、只の車輪なんだろうが。モビルスーツで行けばそんなもの」
そこまで言ったところで小隊員は流石にハイネを叱責した。
「ジブリールが二機落としたからってお前が調子に乗る理由にはならんぜヴェステン坊主。
お前の抱えている感情は尤もだ。それは認めてやる。
しかしお前がそう考えているからって思った通りに動ける保証なんてないんだ。
自重しろ。いいな」
ハイネは納得いかないという表情で小隊員を見返した。
拳は今にも誰かに向かって振り上げられそうなほど強く握り締められていた。
彼はその拳を人間に対してではなく、通路の壁に向けて叩きつけた。
その音は暗く狭い通路に低く響いた。
「あんたはそれで納得してるのかよ。
それでいいのか、見捨てたままでいいのかよ」
「しているわけがないだろう」
「でもあんたは命令に従うんだろう。
そりゃあんた達はいいさ。あの街にいるのは結局関係無い人たちなんだろうから。
でも俺は違う。あそこには仲間がいるかもしれないんだ。
そこで今殺されかかってるかもしれないんだぞ。
それでどうして黙っていられるんだ!」
自分の言った内容の重さに耐えられないといったようにハイネが首を振ったその一瞬の間に、
小隊員の腕がハイネの襟を掴み上げていた。
予期していなかったその動きにハイネの頭が激しく揺れた。
掴まれているのは服の襟であるはずなのに、何故か首の辺りに鋭い痛みを感じる。
小隊員は襟を掴んでいるのと同じくらい、またはそれ以上の力をこめてハイネを睨み返した。
459 :
312:2006/03/09(木) 14:12:31 ID:Ir0WZJ2C
「平気なわけがないだろう。ああ?
なめたこと言ってんじゃねえぞこの坊主が。
仲間だと。お前らはそう考えているのかもしれんよな。
三人の仲間か。そりゃ大事だろう。
だがな、お前らがそう考えるなら俺たちはどうなる。
あの街には一万人の、お前らが言うところのナチュラルが住んでいるんだぞ。
彼らが今どうなってるのかまるで見当がつかん。
全員民間人だ。戦争とは関係無い。
分かってるのか。あの親子みたいに女もいれば子供もいるんだ。
それでどうして平気でいられるのか、まだ何か言い足りないことがあるなら言ってみろ!」
小隊員は余りに強い剣幕でまくし立てたので、口から飛んだ唾が数滴ハイネの顔にかかっていた。
しかし今のハイネはそのことに怒りを感じる余裕は持ち合わせていない。
男の言ったことにハイネは圧倒されてしまっていた。
その内に男が襟を掴んでいた力を緩め、半端宙に浮いていたハイネの足はようやく地に着いた。
ハイネは俯きながら呟いた。
「悪かった。でも、俺は納得できない」
「それは分かっている。だが現実的に手段が無いのは事実だ。
仮にあの親子だけを助けるとしよう。
だとしても、俺たちにはあの親子が街のどの辺りにいるのか全く見当がつかないんだ。
そんな状況でどんな作戦が立てられる」
「だったら、だったらそのバグってやつを全部破壊してしまえばいいんだ」
通路の中に一瞬沈黙が流れた。
次に口を開いたのはハイネではなく、小隊員の男だった。
男はハイネに尋ねるというよりは自問自答するように言った。
「俺もそう思っている。なあ、どうして隊長はそれを決断しない。
バグはベースから射出されてしばらく活動するって言ってたよな。
そして人間だけを判別して殺すとも。そんな機械に敵味方の判別がつくだろうか」
「そもそも、そんな機械を使うんならその場にいる必要はないだろ」
「そうだ! そうだよヴェステンフルス。多分そうだ。
仮に判別可能だったとしてもわざわざ街にいる必要は無いんだ。
機械のすること、間違いがないとも限らないしな。
おい、あの街には今オールズはいないぞ。間違いない」
その言葉にハイネは顔を上げた。
驚きと希望が混ぜ合わされたような表情を浮かべていた。
「なら、モビルスーツがあれば、バグを全部破壊できる」
「そうだ。俺がセッターを出す。営倉入りは覚悟しろよ。いいな?」
460 :
312:2006/03/09(木) 14:15:10 ID:Ir0WZJ2C
ハイネが男に返した視線は自信に満ちたものだった。
営倉入りが何だ。今この場所で大勢の人が死ぬ。
中にはあの親子がいる。
あの親子がここを出て行かなくてはならなかった理由の一つは俺が作ったようなものだ。
だから俺は行かなくちゃならない。
目の前のこの男。こいつは今俺と同じような怒りを抱えている。
だから俺たちは一緒に行動する。
俺たちか。こういう気分をどう言えばいいのだろう。
まあいい、それは終わってから考えよう。
バグだって。たかが車輪じゃないか。
あの野郎、少尉は何をびびっているんだ。
らしくない。
俺に対してはさんざん威張っておきながら、車輪兵器の一つや二つに何をおじけ付いているんだ。
あいつ、もしかしたらバグってやつに襲われたことがあるんじゃないのか。
全く。情けない。
車輪は対人用の武器でしかないっていうじゃないか。
モビルスーツでいけば。モビルスーツなら問題無いさ。
その時ハイネは気がついていなかった。
対地戦においてモビルスーツに乗った人間は、特に経験の乏しい兵士は
自分がまるで不死身の存在になったかのような錯覚を覚えてしまうことがあるということに。
その錯覚は実戦経験をそれなりに積んだ人間でもつい持ってしまうことがあるほど、
モビルスーツというある種の偶像的な兵器に特有の心理効果であった。
ハイネはこの瞬間、新兵の誰もが陥ってしまうその穴にはまり込んでいたが、
本来彼を引き上げるべき役目にいる目の前の小隊員も、そこに仕掛けられた
巧妙な心理的罠を掻い潜るにはまだ若すぎたことを、この二人は一片も理解してはいなかった。
「らしくないと言ったらどうします」
ミデアの操縦席で撤退準備の指示を出していたビルギットにバムロがそう声をかけた。
ビルギットはあるモニターに映し出された内容に一通り目を通してから、ゆっくりとバムロの方を向いた。
しかし顔は完全には動かし切ってはいなかった。
そんな横顔を眺めつつバムロは続けた。
「ハイネの坊主はありゃとてもじゃないが納得してませんよ」
「そういうあんたはどうなんだい」
461 :
312:2006/03/09(木) 14:17:30 ID:Ir0WZJ2C
最大望遠で捉えられた街の遠景には変化はなかった。
煙の一つや二つはたなびいているのかもしれなかったが、空がこうも暗いとそれを確かめることもできないでいる。
街を捉えているモニターは時折別のセンサーが観測した情報に切り替わり、
その後で再び変わらぬ様相の街を映し出していた。
しかしあの中では一体どんな光景が展開されているのか。
ビルギットの記憶は瞬時にその有様を脳裏に蘇らせることができる。
脳だけではない。身体全体があの時の記憶を拭い去ることができないでいるのだった。
鳥肌が全身を覆い、心臓の動悸が一段階上がったような気がする。
何より腹の中身が冷たい手に丸ごと掴まれてしまったようだ。胃の腑が縮み上がる。
「バグは駄目だ。ありゃ手を出しちゃいけないよ」
ようやくそう言った。この声はどんな風に曹長の耳に響いたのだろうか。
震え、掠れ、そこかしこに恐怖を滲ませてはいなかっただろうか。
「援軍を要請するしかない」
ビルギットは額に浮かんだ汗を拭ってしまいたかった。
背中をゆっくりと流れ落ちる不快感の塊のような冷や汗も、拭ってしまえばそれでお終いである。
しかし肌の一枚裏、内臓に絶え間なく滴り続けているこの気色の悪い汗はどうやったら引いてくれるというのか。
それが分からなかった。
クロスボーン戦役でのフロンティアT。
先の大戦でのロンデニオン防衛戦。
一度は死にかけ、次は身体が動いてくれなかった。
今こうして生きているのはそこにシーブックがいて、そしてアルファナンバーズがいたからだ。
そうでなければあの時自分はバグの無数の刃によってミンチ同然にされてしまっていただろう。
現在この瞬間、自分が特に取り乱すことなく部下に指示を送っていられることが正直不思議でならない。
「残念だがあの親子の救出は断念する。一時間後にこの空域を離脱。
予定より早いがオエンベリへ向かう。各員準備を続けろ」
「断念ですか」
ビルギットの背中にそんな言葉が投げかけられた。
声の中にはどこか落胆したような、そんな響きがあった。
「一度でも考えてみたんですか。救出できるかどうか」
「この戦力ではバグに対抗できない。あれは危険だ。危険すぎるんだよ曹長」
「自分は実物を見ていないものですから何とも言えませんが」
「そうだ。見なきゃ分からんよ。あれは。言葉じゃ説明なんかできん」
462 :
312:2006/03/09(木) 14:20:17 ID:Ir0WZJ2C
背後でバムロが深く息をついたのが分かった。
しかし他にどんな言い様がある。ビルギットはそう叫んでしまいたかった。
そうすれば楽になるだろう。
しかし叫んだ瞬間、それまで必死の思いで支えてきた現状維持の努力が
全て崩れ去ってしまうであろうことも十分分かっていた。
だからその口は閉じられたままなのである。
「まあ自分はともかく。若い奴がそれで従いますかどうか」
バムロがそう言うのと、操縦席に座っていた部下が異変に気がついたのはどちらが早かっただろうか。
部下はコンソールに表示された情報を見て目を丸くしていた。
被ったままのヘッドホンから伸びていたマイクに向かって大声でまくし立てた。
「おい、お前ら、何やってる!」
「どうした。何があった」
「いや、それが。おい、お前ら止めろ!」
要領を得ない答にビルギットは部下の肩を掴んで揺する。
相変わらず部下はマイクに呼びかけていたが、その理由はすぐに明らかになった。
そのことに最初に気がついたのは背後から二人を見ていたバムロであった。
「少尉殿。外を」
「外だと」
ビルギットは正面のキャノピーから外を眺めた。
正確に言えば、眺めるために視線を上げた。
その瞬間、巻き上がった土煙が視界を完全に覆ってしまった。
同時に轟音が周囲一帯に響き渡る。
それは大出力のバーニアのみが発することのできる重層的な音であり、
そして上空へ伸びていく、そんなものだった。
そんな諸々が意味するところは只一つである。
ヘッドホンを被っていた部下はその事実を極めて簡潔に表現した。
「ジムU並びにセッター一機が出撃。パイロットはヴェステンフルス、スミスの二名」
「やっぱり、連中納得してませんでしたな」
部下は再び口元のマイクを掴んだ。
その間にもかなりの速度をもって街へと接近していくセッターに届く様に通信出力を上げようとする。
「至急呼び戻します」
そう言って部下は回線を開こうとした。
ビルギットは素早く手を伸ばして部下が動かした手を止める。
彼は驚いてビルギットの顔を見た。
ビルギットは無言で首を横に振った。
「隊長、何故です!」
「今の出撃でこちらの存在が知れたと考えるべきだ。今すぐ離脱する。
通信は行うな。こちらの位置まで特定されればお終いだ」
「そ、それじゃ」
「見捨てるということですか。坊主たちも」
463 :
312:2006/03/09(木) 14:22:25 ID:Ir0WZJ2C
「見捨てるということですか。坊主たちも」
絶句した部下の言葉を引き継いだのはバムロだった。
その顔には冷ややかなものが浮かんでいた。
「命令違反だ。そうされても文句は言えまい。
曹長。あんたはコンテナに降りてくれ。連中に説明する時間も惜しい」
「そりゃないでしょう。少尉殿。
ヘビーガンを出します。今からなら間に合います」
「駄目だ! 今すぐここを離れるんだ、いいな!」
そう吐き捨てるように怒鳴り、ビルギットは足早に操縦室を飛び出した。
背中越しに扉が閉まったことを確認し、地の底から出ているのではないかと錯覚させるような深い息をつく。
両手が震えているのが分かった。
足は固まったままだった。
逃げ出したのだという自覚はあった。
それでも恐怖を拭うことは出来ない。
あの時ヘビーガンを満たしていた金属同士が削り合う、甲高い音。
モニターの表示が消えた暗闇の中に、その内に火花が散り始めた。
バグの刃はヘビーガンの装甲を焼き切ってしまうつもりだったのだ。
ビルギットはそこで絶叫したことまでは覚えていた。
二度目はバグの跳梁跋扈する戦闘空域に入ることすらできなかった。
それでも生き延びることができたのは彼がアルファナンバーズに所属していたから、
つまりは他の人間がバグを排除したのである。
その間中、心のどこかで彼らに任せれば大丈夫という安堵感があったことを否定するつもりはなかった。
しかし今、ビルギットの側にはアルファナンバーズの仲間はいない。
そして彼は一度目の光景を目の前に蘇らせようとはどうしても思うことができないのだった。
湧いても湧いても途切れることが無い汗によって、軍服の下に着た下着は完全に濡れてしまっていた。
今ビルギットは一人である。
「距離二千。そろそろ来るぞ!」
ジムUのコクピットに響く音声はセッターからの接触回線である。
ジムのセンサーによって増幅されたその声は多少くぐもってはいるが、明晰に聞き取ることができる。
コクピットに座るハイネ・ヴェステンフルスは緊張した面持ちで全天球モニターの各方向を見つめた。
ジムのコンピューターにはバグのデータは入っていなかったために、
その存在はハイネ自身が眼で持って確かめるしかなかった。
「おい見ろ、下だ!」
464 :
312:2006/03/09(木) 14:25:38 ID:Ir0WZJ2C
セッターを操縦する小隊員、スミスは驚いたような声でハイネに呼びかけた。
ハイネもすぐに反応してモニターの下部を高速で流れていく地上の様子に目を向ける。
そこで彼の目は見開かれた。
「車だ。車が斬られてる」
荒野に一本伸びた舗装道路に、上部をこそぎ落とされたかのような具合で鎮座していた
乗用車が何台かモニターに捉えられた。
その内一台は縦に真っ二つにされてしまっていた。
乗員がどうなっているかは考えるまでもなかった。
「逃げようとしたのか」
「街の人間を狙うなら、まずは外周から攻めるはずだ。用心しろ。近くにいるぞ」
「セッターじゃ危ない。下がれ」
「予備コクピットに下がる。あそこは深い。大丈夫だ。それより離れるな。
セッターのセンサーで何とかベースの位置を割り出す。
数分置きにワイヤーを伸ばせ。捉えた情報を送るからな。
お前はできるだけ沢山バグを潰しちまえ。いいな!」
「了解だ。スミス!」
ハイネはここで初めてスミスの名前を呼んでいた。
彼自身はそのことに気付く由もなかったが、名を呼ばれたスミスはセッターの予備コクピットに
下がる間に思わず口元をにやつかせていた。
その時セッター全体に大きな揺れが走る。ジムが離脱したのだった。
「バグ、どこだ!」
ハイネの駆るジムは市街地の端にその足を降ろした。
静止したジムのセンサーは周囲の映像を解析して、その情報をコンソールに映し出す。
センサーはいくつもの爆炎とたなびく煙を捉えていた。それを異常として警告しているのである。
ハイネはジムを一歩歩かせた。
コクピット内に伝わる衝撃はあの酷かった訓練時よりずいぶんと軽いものだった。
慣れたのかなとハイネは頭の隅で考える。
実際はそうではなく、訓練時のショック・アブソーバーの設定がきつめのものに変えられていただけなのだが、
今のハイネはそんなことには思い当たらない。
そこの角を曲がる。操作が思ったより順調なことに気を良くしたハイネはモビルスーツの
肩ほどまであるビルが立つその角を曲がろうとした。
用心してシールドを先に出しておくのを忘れない。
この辺りの設定は街に接近するまでにスミスが行っていたものだった。
現在ジムはほぼオートプログラムで動いており、ハイネが決定するのは主に行動の内容、
それだけであった。
いざとなれば音声指示すら可能な設定である。
ジムの全身に備え付けられたセンサーが動く物体を捉えたのはその時であった。
ハイネの頭がその情報を理解すると同時に、軽い振動がコクピット内に走った。
それは大したものではなかった。
ハイネははっとして正面のモニターを見つめる。何かが動いている。縦長の。
「車輪、バグか!」
465 :
312:
高速で回転するバグは、ジムのシールドの最初の攻撃を防がれた後で、
再び攻撃目標をジムに定めて各部のバーニアを吹かしていた。
車輪の側面からいくつか光が発するのが、そのバーニアの出している炎である。
この時バグは半ば停止していた。
「このお!」
センサーが停止したバグを捉え、射撃用のターゲット・カーソルがモニター上に映し出される。
その中心にバグの縦長の姿があった。
ハイネは最初に設定したあった武装を変えることなく、そのままの勢いで射撃スイッチを押した。
それに連動するようにして、ジムの頭部に二門備えられていたバルカン砲が激しく火を吹いた。
その度にコンソール上ではメーターの形で残段数がカウントされていく。
「落ちろ!」
カーソル内でバグが数回跳ねたかと思うと、その姿は力なく地上に落下していった。
車輪が横を向いて、その時初めてハイネはバグの大きさを知った。
意外な大きさだった。直径は十メートルはないくらいであった。
車を真っ二つにしてしまえるわけである。
バグは各部から時折火花を散らしながら、その内に中心から軽い爆発を起こして機能停止したようだった。
車輪の回転も収まっている。
回転を止めた刃は想像以上に鋭いものだった。ハイネは大きく頷いた。
「一機撃破。よし!」
これならいけるかもしれない。ハイネの胸に自信が湧いていた。
やはりバグはモビルスーツ用の兵器ではないのだ。
車はひとたまりもなかったようだが、モビルスーツは違う。
現にシールドの負ったダメージもそれほどではない。
バグが何機いるのかは不明だが、確実に破壊することは可能だとハイネには思えた。
バルカンの残弾が残り三分の二ほどであるということにはハイネは思い至っていなかった。
ジムは角を曲がったところで頭部カメラを正面に向けた。
もちろん全身にカメラアイは備えられてはいるのだが、
最も情報量が多いのは頭部の目の部分を形成する大型のカメラアイであった。
それはコクピット内に次々と表示される情報の量を見ても分かる。
そしてその内容にハイネは絶句した。
「人、人だ」
ハイネはようやくそう言った。それきり口は動かなかった。
ジムのセンサーが捉えたものは人であった。
正確には人の残骸である。
全身の各部が切り刻まれて、血とおぼしきものが周辺を染め上げていた。
ジムのモニターはいちいちその残骸を捉えて拡大するものだから、ハイネの頭はその光景に完全に圧倒されてしまう。
オートにしていなければ全天球モニターの全てが残骸をキャッチしたウィンドウで埋められてしまったことだろう。
つまり、今街は人の死骸で埋め尽くされつつあるのだった。