忌 火 起 草 の 例 の ア レ ♪

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54車内編
講義室で、退屈な講義を聞いていた。
僕はふと、妄想と現実の区別がつかない自分を想像した。
見えるはずのないものが見えたり、
当たり前のように思っていたことが妄想だったり・・・。
もし、自分が認識している現実が、本当の現実ではなかったとしたら。
本当の世界ってなんだろう。たとえば、本当はこの世界に僕しかいなかったとしたら・・・。
つまり、僕が見ているこの世界は、僕が想像した世界。
他人というものは存在しない。だとしたらすべてが幻なんだ。
痛みも悲しみも喜びもすべて。
窓から入り込む風の心地よさも、いつも午前の講義にやってくるこの眠気も、
学食の味も、好きな女の子のことも、所属しているサークルも、
僕が想像したとおりに喋っているんだ・・・。
僕は考えながら、なにかを思い出してきた。妄想ではない、本当の現実・・・。
覚えているのは確かだ。
いつだっただろう。そう、今から二年前。僕が一年生のとき。季節は今より少し涼しい。
午後。昨晩はほとんど寝ていなかった・・・。
55車内編:2008/08/24(日) 01:55:41 ID:Wdh+0JWl
僕は何気なく空を見上げた。晴れ渡った五月の空があった。
キャンプの帰り道、ワゴン車を僕は運転していた。
「結局あれって、パーティグッズだったの?」
「違うよ。幽霊が見える薬だよ」
サークルのメンバーはビジョンの話で盛り上がっている。
「しかし残念だったな。愛美が来なくてさ。なんで参加しなかったか知ってるか?
・・・男だよ。俺たちといるより、彼といるほうがいいんだってよ」
健吾の言葉が僕の心を逆なでする。
「やめなよ、健吾!そんなこと言ってなかったでしょ。・・・ほら、摘んでおいたの。愛美にあげなよ」
「・・・うん」
和子が野草の花束を見せてくれた。黄色い可憐な花をつけた野草。愛美は喜んでくれるだろうか。
「あ、あれ見ろよ。やっぱ、男だろ?」
健吾が指さした先をちらりと見ると、京介と一緒に歩いている愛美の姿があった。
・・・見るんじゃなかった。
56車内編:2008/08/24(日) 01:57:20 ID:Wdh+0JWl
「おい、信号!」
「危ない!」
赤信号だったことに気が付いてブレーキを踏んだ。でももう遅い。
ワゴン車は交差点の真ん中に飛び出していた。横からトラックが突っ込んできた。
トラックはワゴン車をグイグイと押し、ワゴン車は横滑りしていった。
愛美と京介の方に向かって一直線に。ワゴン車はなにかにぶつかって止まった。
僕は頭を打ち付けて、気を失いそうになる。
目の前を見ると、愛美がフロントガラスの前で気絶していた。
外に出ようと思ったが、ワゴン車のドアは開かなかった。割れた窓からなんとか外に這い出た。
愛美は建物の壁とワゴン車の間に挟まれていた。
僕は愛美をなんとか助けようとして引っ張ってみたが、動かない。
愛美はゆっくりと目を開いて、言った。
【あなたは、誰?】
その瞬間、爆発が起きた。僕は吹っ飛ばされた。
愛美の体は瞬く間に燃えて消し飛んだ。そしてワゴン車が燃えていく。
香織、正人、健吾、飛鳥、和子・・・みんな生きたまま焼かれていく。
僕は見ていることしか出来なかった。全ての感情が死んだような気がした。
何時間くらい過ぎたんだろう。僕はずっとその場に立ち尽くしていた。
事故現場は片付けられていく。
野次馬の話によると、トラックはガソリンを積んでいて、
それがワゴン車に引火したのだろうということだ。
片付けはすっかり終わった。建物の壁に、人の形に黒い焦げ跡が残っていた。
愛美が燃えた場所だ。僕は、焦げ跡を指先で擦った。爪が黒く汚れた。
57車内編:2008/08/24(日) 01:58:18 ID:Wdh+0JWl
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薄暗い病院の廊下を、二人の医師が話しながら歩いている。
「次は、牧村弘樹という患者だ」
「きっかけは、二年前の事故ですね」
「事故のショックで情緒が不安定になり、その後、奇妙な言動も現れるようになった。
地元の個人医院に通院するが、あまり改善しなくてね。一年前からうちに入院となった」
「現在は?」
「幻覚症状が出てる。壁から人が出てくるそうだ。
この患者の特徴は、妄想のバリエーションがいくつもあることでね。
友達が女に呪われる、好きだった女性の婚約者に命を狙われる、
通院をしていた岡島医院のドクターが出てくる話。それらを複雑に絡み合わせながら、
巧妙な心象世界を構築している」
「恐らく、事故のことを忘れたいから・・・?」
「ああ。彼の運転で七人が死んだ」
医師たちは、監獄にあるような鉄格子の前で止まった。
「今、ここに入っている」
「何か問題行動でも?」
「壁が焦げると言ってはそこらじゅうに水を撒いたり、
食事に薬が混じっていると言っては暴れたりするんでね」
医師たちは、鉄格子を抜け、その先の病室の扉を開ける。
58車内編:2008/08/24(日) 02:00:39 ID:Wdh+0JWl
牧村は鉛筆で一心不乱に絵を描いている。(※黒い女の絵と思われます)
「あの絵は?」
「事故で死んだ、好きだった女性らしい。もっとも、彼の中ではまだ生きているらしいがね」
「あ、先生」
牧村はようやく医師に気がつき、顔を上げる。
「どうです、具合は」
「いいですよ。すごくいいです。だから、退院できませんか?」
「もう少し様子を見ましょう」
常套句を口にする医師。
「早く出たいんです。大事な用があるんです」
牧村は、鉛筆で黒くなった爪を医師に見せた。
「ほら、これが真っ黒になったらおしまいなんだ!だから、行かせて下さい!」
懇願する牧村を無視して、医師は病室から出ていく。
「今日はこれで」
病室の扉が閉じられた。
【ガチャン!!!】
鉄格子の閉まる音が聞こえてきた。それは絶望の音だった。
「待ってください!愛美を助けないと!早く、早く行かないと、僕は、愛美を・・・」
開かない扉の前でがっくりと膝をつき、黒い指先で扉に触れる。
彼は悔恨の念に囚われた。でも、それも少しの間だけだった。
指先から炎が噴き出して、なにもかもを黒く焦がすようなイメージが、彼の心に広がっていく。
そして彼はまた、醒めない夢の中へ還っていく。
(→赤ルート ドラッグの講義 へ)