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名無し曰く、:
まぁ相性より先にやることあるわな。
この時代、多くの人は土地と深く結び付いていた。農兵に関してはそういう方向性に向かってるみたいだが、家臣もだいたい同じなんだよね。先祖伝来の土地と不可分の関係にあった。
加増されても遠国に追いやられるくらいなら、いっそ謀叛してやろうかというのがこの時代の保守性。それをどうやって流動的なものに変えて行けるかが、信長の思考の中心だったと思う。
信玄もあと十年長生きしたらと言われるけど、あと十年長生きしてたらそういう人の流動性という問題に突き当たざるをえなかった。
譜代の臣を甲斐の周辺国ならともかく、国境を二つも三つも越えた先に封じられたか?
信玄はそこまで行く前に死に、謙信も結局その問題から逃げたと思う。
天下統一って一口に言っても誰でも持ってたビジョンではないんだよね。