>>221 史実で秀吉は軍団長として糞だったよ
熊見川で雑魚毛利に3000殺される醜態演じた上に信長から援軍借りまくってなんとか持久戦で2年かけて兵糧攻めで
別所を殺すのさえ谷ら重臣クラス何人も戦死させてるし淡河合戦や山名氏政に敗北し毛利が中国口からヘタレ退却し
南条・宇喜多・草刈らが寝返りだすまで雑魚しかいない播磨に手も足も出てないからね
しかも宇喜多単体で毛利と備前・美作攻防で優勢に戦ってたのに、秀吉が中国戦線に入りだす天正9年から毛利方は宇喜多・秀吉相手に押し捲り
備前児島・祝山などで大勝し、秀吉は穂井田に敗北し美作所有権を奪われる始末w
備中高松城攻めでも逸話通り自分じゃ攻めきれなくなって信長に必死に援軍要請しただけだしその前の攻防でも見事に清水に敗走させられてる
水攻めなんて大量の資金・人材・手間に加えて雨が降ってれば失敗するだけの愚作でしかないし
あの程度の小城普通の武将なら成功法で瞬殺してる
>>232 >>ただの木柵の城でも5千弱の守兵がいれば数万の軍相手に十分耐えられるのが城なんだよね。
そんなのはよっぽど寄せての大将が雑魚の時だけだよ。信玄の信濃・駿河・上野攻略とか三倍も到底いかない兵力で城攻め落としまくってるし
家康の今川攻略とか氏康の武蔵攻略とか氏政の下野攻めとか政宗の会津侵攻とか攻守三倍原則より遥かに少ない兵力で落としまくってる
秀吉の場合は戸木城・松ノ木城・河波城・東駒野城・浜田城など1000そこそこの城を数万の大軍で攻めまくって撃退されてるけど。
毛利の後詰がもし吉川元春主体だったら合戦に及んでいてもおかしくないし、
>>そのまま合戦に至れば戦術レベルでは数でも布陣でも不利になる情勢で
普通に考えて毛利は宇喜多単体で翻弄されまくり負けまくってる雑魚軍でしかないし数でも秀吉の方が圧倒的に多いし
布陣でも秀吉方が城攻めにおいて周囲に拠点で固めまくってるから圧倒的に有利。
普通の指揮能力の武将ならわざわざあんな金と手間と人材と運に頼りまくって不確実な水攻めなんてしなくても落とせる
それをわざわざ手間と金と人材と運に頼りまくるしかないのが秀吉の水攻め。
>>後詰到着前の短期間に城方の出陣能力を誰から見ても分かり易く奪うのは効果があった。
普通の武将ならそんな事しなくても周囲の拠点で高松を包囲するだけで陥落可能
毛利軍なんて辛川合戦・加茂崩れをはじめ宇喜多単体に負けまくる雑魚だし熊見川で大敗するような秀吉以外の武将なら誰でも瞬殺可能
秀吉は防御戦でも醜態さらしてるからね
二重堀合戦では数万の大軍持ちながら1000そこそこの信雄勢に秀吉本陣に奇襲食らって楽田陣から見事に敗走させられてるし
熊見川の戦いは上月城の防衛を目的に行われた防御戦だったが見事に失敗して3000人も殺されてるし上月城・神吉城も奪回されて尼子勢をはじめ大量に戦死者出してる
つか山崎合戦とかも光秀方から仕掛けた戦だし陣地も光秀は朝廷を守るため天王山の陣取りを捨てて不利な形で布陣したわけだし防衛戦じゃない。
しずヶ岳だって勝家が攻撃してた中川の拠点守るため出兵しただけだし普通に防御戦だろ。勝家の方から攻めかかってきただけだし秀吉は撤退途中の勝政・盛政を背後から圧倒的大軍で強襲したら
逆襲くらって不破・前田・金森らが兵をひくまで結局均衡くずせない始末だし