シュタインズゲートの牧瀬紅莉栖はヽ(*゚д゚)ノカイバーカワイイ 14
「オカリンおじさん!」
目的を果たしたタイムマシンの中
腹部の激痛は全身を突き抜け鈴羽に渡された白いタオルを赤く染めあげていく
まるで悪夢にうなされるような朦朧とした意識の中、狭いマシン内に鈴羽の声が響く
「なんで……こんな……!」
「問題ない、だせ」
「こんな状況で出したら……知らないよ!」
鈴羽は、タイムマシンの基盤を叩きハッチを閉めるとタイムトラベルを開始させる
血は依然と流れ続ける。そんな最悪な状況の中、頭は紅莉栖のことを考えていた
(紅莉栖、願わくば……お前にまた会いたい)
(お前の匂いを……お前の感触を……また)
(いや……会えなくてもいいんだ。ただ、同じ世界で生きていれば。それだけで、いいんだ)
タイムトラベル中の圧迫感が迫る
鈴羽は手を伸ばし、力が抜けていた俺の手の上にかぶせ傷口を押さえつける
強い痛みがあるが、応急処置としては大切な事だ
この鈴羽は戦場で兵士をしていたはず、対処は正しいのだろう
と、眼球の奥に焼けるような痛み
「……くっ!」
これは、何回も繰り返したタイムリープ後に味わった痛みとは違う
あれが痺れならば、これは爛れ。神経を焼かれているような感覚
傷口を押さえる手を右のみにし、左手で目頭を押さえる
「おじさん?どうしたの!?」
「だ、だいじょうぶ……邪気眼が……な」
ふざけてみたが、洒落にならない痛みが続く
「え……?邪気がん?って、血でてる!!」
「血の涙か……厨二病だっ、な……」
しばらくすると圧迫感がやみ、鈴羽がタイムトラベルの完了を告げる
タイムマシンのハッチが開くと倒れこむように転がり落ちた
消えていく鈴羽の姿も見れず、別れの言葉も言えず、そのままラジ館の屋上で昏倒した
目が覚める
暗い。何も見えない
手を開く……閉じる。足をうごか……そうとした瞬間腹部に鈍痛が走る
「ぐっ……ぐぅ!」
「……ふぇ、オカリン!?起きたの?ねえオカリン!」
耳元でまゆりの声
「……ゆ、ゆするなまゆり」
揺すられるたびに体が痛む
「ふえーーーん、オカリンよかったよーーー」
「な、泣くなバカ」
泣き出すまゆりにチョップしようとするが、体が動かず……そもそも何も見えず
「……包帯、か?」
手を持ち上げ頭部に触れると幾重にも巻かれた布の感触
「オ、オカリン。お水」
「あ、ああ。助かる」
俺は口を開けゆかりから水を飲まされる
「オカリン、バナナ」
「それはいい」
腹に怪我してるのにバナナ食わせるなっつの……
「今、何時だ」
「5時だよ」
「夕方……か」
「うん。お昼ごろダルくんが来て、いまさっきまでルカくんがいたんだよ」
それっきり会話を続けないまゆり。沈黙が流れる
俺は状況の把握に努める
俺の体。一番の違和感は腹ではない。目だ
まるで、目玉がくりぬかれているような違和感がある
まゆりの口数が少ないのはこれが原因だということもわかる
(何年一緒にいると思ってんだ)
「はっきり言っておくが」
「……?」
「目が見えなくとも研究は出来る!」
「……っ!」
まゆりの反応が伝わって来る
「俺を誰だと思っているんだ?まゆり。俺は狂気のマッドサイエンティスト。鳳凰院凶真だぞ」
「……うん」
(泣いているのか、まゆり)
「そもそも、かのベートーベンは、目が見えなくとも数多くの名曲を世に産み出してきたのだ」
「……うん、うん」
「いわば、かれもまた狂気のマッドピアニストと言えるだろう!」
「うん……うん!」
それからしばらくの間、俺は目が見えなくとも世界の混沌化になんら問題ないことについて語った
まゆりは涙を流しながら相槌を返し、医者から言われていた俺が目覚めたらすぐナースコールするということを忘れていた
「よう、ルカ子よ」
「岡部さん!今日退院だったんですか!?」
「ああ」
目を覆うように白い包帯を巻いた俺は、黄色い杖を付き、傍らのまゆりにエスコートされるように柳林神社へ足を踏み入れた
「言ってくれれば僕が病院まで!」
「むふふー、オカリンは恥ずかしがり屋さんなんだよ」
「ち、違うぞまゆり。手間をかけさせるのが悪いからだな」
「手間なんかありませんっ!……あ」
大きな声を出してしまったことにルカ子自身が一番驚いているようだった
「あの……その……岡――」
「違う!」
さっきのルカ子の大声に負けない声で
「違うだろうルカ子よ。俺は、凶真!鳳凰院凶真、だ!」
自分からは見えないが、ポーズも決めてみる
「……そ、そうでした。きょ、凶真さん……凶真さん!」
「うおっと」
ルカ子の軽く華奢な体が俺にぶつかり込んで来て今さっき退院したばかりの俺は少しよろめく
「凶真さん!凶真さん!僕、僕本当に心配で!」
「まったく……入院中も何度も見舞いに来てくれたろうが」
俺は笑ってしまうがルカ子はその涙を止めなかった。その時、まゆりも泣いていたことに俺が気づくことはない
ルカ子をなんとか引き離し、俺が新しく会得した技「無明逆流れ」を近いうちに伝授する約束をし、柳林神社から離れる
次はラボだ
「オカリーン、見えてきたよー」
まゆりに手を引かれてゆっくり歩くこと20分
目が見えてた頃は5分の距離だったのだがな
「お、来たぜ来たぜ」
ミスターブラウンの声
SERNの傭兵部隊ラウンダー、FBとしての名を持っている男だ
「おう、岡部!元気してっかよ!」
「ええ、おかげ様で」
「あのっ岡部おじさん、……これ」
腰の辺りから、シスターブラウン天王寺綯の声
手に伝わるフェルトの感触
両手で触ってみると人型をしていることがわかる
「えーっと……俺か?」
なんとなく白衣的なヒラヒラが確認できる
そして面長だ。俺……だよなこれ
「うん」
「正解せいかーい!綯ちゃんが作ったんだよ」
「まゆりお姉ちゃんも」
「まゆしぃは素材を用意しただけだよー」
「そうか、ありがとう。うれしいよ」
俺は素直にそう答えた
天王寺祐悟、そして天王寺綯
俺は二人の醜い姿も見た。しかし、この世界では――
「岡部くん」
「ん?」
突然4人目の声。俺のすぐ隣から
「退院おめでとう……」
「……桐生……萌郁」
あの桐生萌郁だ。まゆりのすぐ横にいるのだろう
俺の内心に浮かぶ想い。まゆりと連想する記憶、それは決して明るいものではなく……
しかし、この世界では――赦したんだ
「ん?知り合いかよ。こいつはな、新しいバイトだ」
「な……!」
「なんか職無しだってんでよ、綯も懐いてるんでな」
「そう……ですか」
FBである店長とM4である桐生萌郁が……萌郁は気づいてないのだろうな
綯が懐いているのか……そうだな、この二人は、案外お似合いかもしれない
目を無くす前の二人の姿を思い浮かべてそう考えた
「おーい!ピザ冷めちゃうよー!」
「キョーマー、ドクターペッパーもあるニャン!はやくはやくー」
二階の窓からダルとフェイリスの声
「まったく、快気祝いがピザかよ」
俺は苦笑する
「ジューシーからあげナンバーワンもあるんだよー」
と、俺の手を握り隣でほほえむ(んでいるだろう)まゆり
(こいつら……俺の胃が手術で短くなったこと知ってるんだよな?)
それから一週間、俺は目の不自由な生活に慣れるトレーニングを繰り返した
親は実家に帰って来いと言うが、ラボに居たほうが気が晴れるのだ
そう、決して俺は目が無くなったことを楽観視してるわけではない
楽観視なんて、できるわけがない……。でも……だ。この世界を俺はようやく掴みとったのだ
SERNがディストピアを完成させる?第三次世界大戦が起こる?それとも別の問題が起こる?
だが、その時は俺狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真がいることを忘れてはならない
その時になってあたふたとするのは遅い。目が見えないからといってノウノウと過ごすのは甘い
爪を研ぐ。その時まで。新たなフューチャーガジェットの発明を続ける必要があるのだ
「だーが、とりあえず休憩」
ラボの階段を杖を駆使して降りてきてブラウン管工房前のベンチに座る
「ふいー、大学どうっすかなー」
冷蔵庫から持ってきた冷えたドクターペッパーをあおる。もう8月も終わる
今通う大学は、退学だろう。視聴覚障害者でも行ける特別な大学がある。そこへの転入を考えていた
この持ち上げた顔の上には、夏の終わりの青い空が広がっているだろうか
俺にはただ黒が広がるばかりだが。いや、これが黒かもわからない
そもそも、黒って何色だったっけ……青い空の青ってどんな色だ
目がないのは不便だ。こんなにも早く、色を忘れてしまった
でも……、一人の少女の姿。それだけは頭にこびりついて離れることはない
中鉢の論文が飛行機事故で消えたのをダルから聞かされた。前の世界とは確実に違う道を歩んでいるのだ
この世界で生きている少女。同じ世界で呼吸をしている少女。俺が守った少女
時として冷たく、厳しく振舞うが、本当は寂しがり屋で暖かく柔らかだった少女
記憶の中の少女の姿は、笑っていたり、ふてくされていたり、頬を赤く染めていたり、その数多の姿は俺が死ぬまで思い出せそうだ
「紅莉栖……」
とうとう、その名を呟いてしまった。俺は、即座に未練に飲み込まれ呟いた事を後悔するかと思ったが、その感情はやってこなかった
ただ、ただ、温かさが胸の中に広がっていった。
「紅莉栖……」
「……岡部」
「クリ……え?」
俺が座るベンチの前、物思いにふけっていたから気付かなかった
誰か立っていたのだ
「あ……いや」
俺は気恥ずかしさに身を捩りそうになる
「やっと見つけた……岡部」
「あの……」
「岡部っ!」
良い香りが迫ってきたと思ったら、柔らかい感触がぶつかり、そして抱きつかれた事に気づく
「え……あのっ」
「岡部っ!岡部倫太郎っ!」
「……え」
俺の灰色の脳細胞が猛スピードでシナプスを走らせる
ありえない……ありえない……ありえない……
だが、この声、この匂い、この柔らかさ……
あの時の……それだ
「じょ……助手」
「わ、わたしは、助手でも、クリスティーナでもない」
涙声、この世界で俺とお前は初対面同然のはず
「そして、あんたは鳳凰院凶真じゃない」
涙声に混じる笑い声
カシャッとカメラのシャッターが降りる音
「おう、バカ!」
天王寺祐悟の声
「だって楽しそうだったから」
と桐生萌郁の声
「ほえー」
「こら綯!見ちゃ駄目だ!」
綯が声をあげると、父親に奥に連れていかれる
「あ、まゆ氏みちゃだめだお」
ダルの声のあとに
「ふえー、なんでー、その綺麗な人だれなのオカリーン」
とまゆりのしょぼくれた声
「うわ、うわ」
とルカ子の声に
「ハニャーン!さては入院中にできた女ニャ!」
とフェイリスの声
(あー、ははは、眼球が無くても涙は流れるんだな)
牧瀬紅莉栖の温かさ感じながら、騒がしい周りの声を感じながら
これが、ここが、俺が行き着いたシュタインズゲートであることを実感した
様々な犠牲の上に世界は成り立っている。それを身を持って経験した俺に
最後に与えられた犠牲が己の眼球
何十回ものタイムリープの負荷に耐え、タイムマシンによる過去・未来・過去・未来の繰り返しにより
とうとう、破裂してしまった眼球
最初は絶望したさ、せっかく手に入れた世界を見れないって、あんまりだ、と
だがな、俺の目玉を代償に得られた世界がこの騒がしく温かい世界なら、どうだろう。安すぎると、そう思わないか?
「エル・プサイ・コングルゥ」
俺はそう呟き、紅莉栖の胸に顔をうずめてむせび泣いた