【最高の】如月千早26【ステージを!】

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286SS
■おはよう!朝ごはん(ランクB)

「やあ、おはよう千早。ごはんできてるけど、食べる?」
昨日の仕事は深夜にまで及び、疲れてはいましたが、いくら翌日がオフとはいえ不覚にも
10時ごろまで目が覚めないとは……プロデューサーはもっと遅くまで起きていたのに。
……と、その反省は改めてするとして、意外な事に目が覚めたらキッチンからとてもいい匂いがしました。
見てみると、割烹着姿のプロデューサーが、何かご飯を作っているではありませんか。

「あ、い……いただきます。それよりその……すみません。寝坊してしまうなんて……」
「あー、そんなの気にするな。俺としては千早がぐっすり眠れた事で安心したんだから。
なにしろ昨日は法律ギリギリの10時までTV出演だったろ?それに事務所に帰ったら、
俺の書類作業が終わるまで歌詞読みしてたし、帰りの車の中じゃコンサートプランの打ち合わせだ。
あんなハードスケジュールをこなしたんだから、夕方まで寝てたっていいくらいさ」

プロデューサーは優しい事を言ってくれますが、やっぱりわたし個人としては彼より後に寝て、
先に起きて、ご飯はうまく作り、いつも綺麗でいる……そんな、とある曲の歌詞に出てくるような
存在でありたいと思うのです。それが出来なかった事に対しては、ちょっぴり残念に思います。
顔を洗うなどの身支度をして食卓に着くと、出てきたのは……見た目的に【牛丼】と呼ばれるものでした。
ただ、お店で見るものと違い、半熟にも満たないようなとき卵でとじてあり、具材も各段に多いようです。

「上に乗ってる三つ葉だけ、そこの生鮮コンビニで買ってきたけど……基本的に冷蔵庫の残り物を使ったから、
千早の嫌いなものは入ってないと思うけど……大丈夫かな?」
「ええ。特に好き嫌いはありませんし、三つ葉も平気です。それよりプロデューサー……すごく美味しそうです。
こう言っては申し訳ないのですが……プロデューサーはあまり料理が得意ではないと思っていました」
「基本的にはその通りなんだけどね……でも、貧乏学生や社会人だった頃はこれでも色々と工夫したんだ。
限られた予算内で、いかにお手軽に。そしてできれば美味しく食べられるものは無いかって」

手間を惜しみながらも欲張るあたりが、いかにもプロデューサーらしいです……と、言いたいところですが、
わたしもプロデューサーに出会うまでは食事など栄養が取れれば何でもいいと思っていた手前、人のことはとやかく言えません。
「……そして、こうした丼ものの方が、食器を洗うのも少なくて済む……と?」
「ははは、するどいね千早。その通りだ。だが、貧乏人の情念を甘く見るなよ。まずは食べてごらん」

言われるままに箸を取り、いただきますを言ってすぐ、上ものの具とご飯をひとくち、食べてみると……
「美味しい、です……びっくりしました。普通のお店で食べるより、ずっと美味しい……」
「人間、選択肢がソレだけしか無いとな……基準値が上がるんだよ。飽きないように必死で試行錯誤するからな。
おまけに経験値も熟練度も溜まるから、手順も早くなる。作った時間は20分以下だぞ」

それならほかの料理を覚えた方が早いのでは……と思いましたが、男の人の思考回路はそう思わないようです。
お料理は勿論美味しかったのですが……それよりも、昔のプロデューサーが飽きや貧乏と戦いながら、
色々考えてこの味に至ったと思うと、何だか自然と幸せな笑いがこみあげてきました。

「肉をメインに、残り物を卵でとじるって……ま、乱暴だけど、男の料理ってことでそこは許してくれ。
でも、合わない具材は入れてないぞ。あらゆる食材を試して、痛い目を見た分は自信を持ってる。
最近千早の手料理ばっかりご馳走になってるからちょっと不安だったけど、こういうのもたまには悪くないだろ?」
「そうですね……こんなにお手軽で美味しいのなら、仕事の多い日はわたしも作ってみたいです」
「いや、作らずに寝てくれた方がいいのでは……?」

『大切な人のために作るごはんは、どんなに疲れていようが楽しいのですよ』という言葉が出掛かりましたが、
起き抜けにそんな恥ずかしい事を言うのは躊躇われます。わたしは、今の気持ちと表情を悟られないように丼を顔に近づけ、
プロデューサーの作ってくれたごはんをとても美味しくいただきました。
287SS:2008/03/03(月) 07:35:02 ID:CoAJ1p1r0
〜翌週〜

……さて、そろそろプロデューサーが帰ってきますね。打ち合わせを兼ねて今日はわたしのマンションへ
来てくれますし、昨日まで野菜や魚が続きましたし……今日くらいは、丼ものに挑戦してみましょう。
あの時覚えた味を頼りに、自分なりに工夫を重ねて丼ものを作ります。大勢に出せるものでもありませんが、
プロデューサーと二人で食べるなら、確かにこういうのもありだと思いました。
が、呼び鈴に反応してエプロン姿のままで鍵を開けに行くと……

「……悪い、千早………部長連れてきちゃってさぁ」
「やぁやぁ、キミが765プロ秘蔵の敏腕プロデューサーの奥さんかね?悪いねぇ新婚家庭に邪魔しちゃって〜」
「………………何のつもりですか音無しさん?」
こんな展開、今時のドラマでも見た事ありません。わたしは、ちょっとテンションの低い顔で冷静に突っ込んでしまってました。
「うわーん、千早ちゃんノリが悪いわよぉ……ちょっと一杯のつもりで飲んだだけなのにぃ……」
「それで、いつのまにやらはしご酒になったわけですね」
「上手いね千早!さすがにフォークソングから古い演歌まで勉強してるだけのことはある」
「プロデューサーも……仕方ありませんから上がって手を洗ってください。
もう……音無しさんが来るなら前もって教えてください!適当なものしか用意できてないのに……」

「大丈夫よぉ千早ちゃん、いくらわたしだってぶぶ漬け出されて平気で食べるほど空気の読めない人間じゃないから」
「そんな事しません!でも……本当に、恥ずかしいんですけど軽い丼ものくらいしか用意してないんです。
ですから申し訳なくて……」
「あー、気にしないってば。丼もの大好きだし、突然お邪魔してご飯出してくれるだけでよく出来た奥さんよ♪」
来客が一人増えたので、具材と卵を追加して手早く料理。この辺の融通が利くのも丼ものの有難いところです。

「いただきまーす!!」
食卓に三人の声。プロデューサーは安心ですが、音無しさんは本当にこんな料理で満足してくれるのでしょうか?
「…………何、これ?」
わたしの作ったどんぶりを食べての、彼女の第一声がそれでした。やはりお気に召さなかったでしょうか……
「す、すみませんっ!!やっぱりお客様に出すようなものでは…」
「いや、そうじゃなくてね。まず卵を溶いた出汁がすごいわ……味に深みが合って、これ、市販のものじゃないでしょ?」
「え……あ、はい。ちゃんと酒屋さんで買った味りんから作りました。お肉の漬け汁も仕込んであります」
「しかも、お肉の香りだけじゃないわよね、この歯ごたえのよさは……」
「それは、お肉に合うキノコを数種類具として足してみたんです。これなら栄養も偏りませんし」
「卵でとじるだけじゃなくて、いい感じにとろみを付けてて、上には長ネギまで乗ってるのね」
「はい、温かいメニューなので香りと温度の点で鮮烈な香菜を……と思いまして。
お客様にこんな気の抜けた料理を出すのは申し訳ないんですけど……味見はしましたし、まずくは無いと思うのですが……」

「……千早、まずくないどころか美味しい、すごく美味しい。でも……もうすでにお手軽ってレベルじゃないぞ、これは」
「残り物の料理に下ごしらえと出汁づくりまでしちゃって『手抜きですみません』って、嫌味でしかないわよー!
しかも薩摩の黒豚を『余りもの』って何じゃそりゃー!!メジャーランクの余裕かー!!」

……そんな事があり、ご飯は申し分ない出来だったと思うのですが、その後プロデューサーと音無さんの二人から、
【良い意味での手の抜き方】を延々聞かされました。10万円のギャラで20万円分の仕事をされては、
クライアントやお客さんは大喜びだけど、こっちが痩せ細って倒れてしまうからだそうです。
昔は歌をはじめ、大事な事に対して手を抜くなんて言語道断と思っていましたが、今はなんとなく、音無さんの言う事も分かります。
せめて袋ラーメンくらいはちょっとの野菜でさっと作るだけにしようと思います。
もやしをはじめ数種類の野菜にとどめて、そのまま炒める……だけでは寂しいし、とろみを付けて、
茹でたとうもろこしくらいは付けてもいいですよね。あとはほんの少し、少しだけ……消化のためにゴマを摺っておいて、
彩をちょっとだけ追加する意味でもソーセージを……って、これでは今までと同じです。くっ……
プロデューサー……手を抜くって、すごく難しいです。今度、美希にでもじっくり教わってみましょうか?

※割烹着Pは、ぷろとん氏の漫画を読んでたら自然にイメージが沸いてきたため。