661 :
SS:
■グッズ開発(ランクB)
「では、先に上がりますが……プロデューサーもあまり遅くならないで下さいね」
「ありがとう千早、気をつけるよ。すまんな、送ってやれなくて」
「仕事なんですから、気にしないで下さい。それでは、お疲れ様でした」
担当アイドルが帰った後も、俺たちプロデューサーの仕事は続く。
書類作業に始まり、関係者に挨拶したり、イベントのプランを練ったり、グッズの草案を作ったり。
トレカやらカレンダーやらはすでにフォーマットが出来上がっていて、あとはどんな写真を使うかがポイントだが、
中には希望が出ていながらも開発できないグッズというのもある。
俺は一通りの仕事を終えると、倉庫部屋へと向かった。後輩である三浦あずささんのPと待ち合わせのため。
「あ、お疲れ様っス。すみません、俺個人の願望のために仕事終わってまで……」
「まぁ、気にするな。俺も理系の血が騒ぐんでな。確かに765プロとしては絶対出せないグッズだけに、
俺たちの間だけでいいから作ってみたいと思ったんだ。この【立体マウスパッド】は。
倉庫部屋の机の上には、所狭しと並べられた、素材の数々。
シリコンからビーズ、ポリウレタン、合成樹脂にジェル、有機溶剤……それらを配合し、感触を確かめながら
ビニールまたはセルロイドの型に流し込み、手で触れてみる。
作業服を着込み、やっている事は大真面目なのだが、その目的はまさしく変態大人のソレだ。
きっかけは、俺の後輩P……三浦あずささんの担当なんだが、こいつが俺に相談を持ちかけてきた。
ファンからのリクエストで、あずささんの立体マウスパッドを商品化してほしいというのが多くて困っている、と。
当然765プロとしては、イメージ上そんなものを公認する訳には行かない。
だが、ファンがそこまで望むものに興味が沸いたので、個人的に作ってみたいと言う。
俺は学生時代理系で素材工学を専攻してたので、是非協力してほしい……とか。
それから仕事が上がってから平均二時間ほど、俺とあずささんのPは素材研究を続けている。
この手の立体マウスパッド……(どこが立体かはさておいて)やわらかな感触を再現するため、
いろいろな工夫がされているらしい。おもに二つの柔らかい部分が手首に触れるようにするんだが、
張りがあってなおかつ柔らかく、温かみがあり、癒される……そんなのが理想だ。しかし……
「おかしいなぁ……ジェルをベースにこれくらいの配合が、技術的にはベストのはずなんだが……」
「すみません先輩、でもこれだけは譲れないんです!あずささんの感触は……もっと、こう……
触った瞬間に『うわっ!!柔らけェ!?』ってならないと、あずささんじゃないんですよ!!」
「だが、現状ではこれ以上の配合は考えられんぞ……あと、お前担当アイドルに何てことしたんだよ……」
「はうっ!?あ、いや……あれは事故、不可抗力なんですってば!!大体考えてくださいよ、
先輩と違って俺の場合、あんなにスゴい最終兵器をお持ちの癒し系美女が、終始そばにいるんですよ!!
マウスパッドでも作って妄想補完でもしないと、精神的に持ちませんよ!!」
「何言ってやがる!!俺の千早だって十分魅力的なんだぞ!俺だって毎日我慢してんだ!!」
「す……すみません。でも、やっぱりこの感触じゃないんですよ……あぁ、やっぱり今の技術じゃ駄目かぁ…」
結局有効的な配合が見つからず、その日の開発はこれで終わりとなった。そして次の日……
「さすがは千早だね。一発OKとは……カバー曲を歌うの、上手くなったな」
「ふふっ……ありがとうございます。でもそれはプロデューサーのおかげですよ。昔、言ってくださいましたよね。
『カバー曲は、旋律を追っちゃ駄目だ。感動を追うんだ』って。あの一言のおかげで、わたしは変われたんですよ」
「うわ……俺、そんな恥ずかしい事言ったのか……でもまぁ、そうかもな。歌は音階の羅列だけど、
聴くのは人の耳であり、感想を生むのは人の心だ。そこまで考えないと成功とは……」
「……プロデューサー?」
千早が心配そうにこっちを見ているが、その時俺は思い出した。
俺は、素材という観点からものを作っていたが、あいつはあずささんの……を触ったという感動からものを
作りたがっていた。つまり、その時点でお互いの立ち位置がズレていたんだ。
素材や概念に縛られちゃいけない。まず、感動ありきでやってみよう。突拍子も無い材料だって使ってみよう!!
「ありがとう千早!!今の、値千金の一言だよ、これでイケる!!」
「え……あ、はい……よく分かりませんが、お役に立てなのなら嬉しい……です」
662 :
SS:2008/02/18(月) 04:55:23 ID:3pmXy6Rv0
千早を送った後、俺は事務所へとんぼ返り。後輩Pの感動を具体的に聞きながら、作り方を見直した。そして……
「コレだ!!!まさにこの感触っス!あぁ……あずささ〜ん……俺、もう死んでいいかも……」
「暑苦しいから泣くな!あと見苦しいから帰ってから触れ」
さんざん素材をいじった俺たちだが、意外な事にポイントは外側にあった。
柔らかさはジェルで良かったが、問題は外側の肌触りにあったのだ。
市販品の立体マウスパッドは、マウスを動かすため滑りやすい素材を使っている。
だが本来、女性の柔肌というのはもちもち、しっとりしているものなのだ。
マウスパッドとしての機能が落ちるからと、敬遠していた素材が、功を奏したのだ……何てこった。
「でも、そんなにバッチリなのか?今後の参考までに、俺にもちょっと触らせ……」
「だ、駄目ッスよ!!人の担当アイドルに何てことするんですか!?」
「ちょっと待て、作ったのは俺だぞ!!」
「駄目っス!!再現度高すぎてヤバイっす!!これは本人に触らせるのと同じです!
じゃ、開発費は後で払いますから、失礼します!!」
完成品を持って、逃げるように出て行きやがった……やれやれ。
まぁ、久しぶりに研究開発なんてやれたのは面白かったな。絶対に公認されないグッズだが、
こんなのに命を賭けるから、人生ってやつは面白いんだろう。
さて……材料が少し余ったな。ジェルの配合と、肌触りのデータはあるし、もう一つ作ってみようか。
この残量では……美希や律子は無理だな。伊織……も厳しいか。ならばすることは一つだ。
〜さらに翌日〜
「プロデューサーさん、ちょっとそちらのデータを見たいんで、PCを貸してくださいますか?」
「あ、はい、どうぞ」
普段の何気ない会話……だが、小鳥さんが俺の席のPCをいじった途端、『ヤバイ』と思った。
「うひゃぁっ!?な、何……これ?」
「あ、あの……そのマウスパッド、ちょっとした癒し系グッズですよ。驚かせてすみません」
「そりゃびっくりもするわよ……見た目はまっ平らなマウスパッドなのに、手首を置く部分だけ、
触らなきゃ分からないくらいのふくらみがあって、しかも吸い付くような触り心地……
あら?この部分だけ二段構造になってるわね……何かに似てるわ。筋肉と脂肪って言うか……」
「おはようございます、プロデューサー」
「うわぁ!!?」
「……プロデューサー?わたし、何か驚かせるような事を……」
「な、なんでもないなんでもない!!おはよう千早!!」
遅かった。俺の慌てっぷりを見た小鳥さんは、その恐るべき動物的カンで全てを理解してしまったらしい。
『ふぅん……なるほど、そういう事ですか』と呟くと、千早に聴こえない声で『ふぐ』と言い放った。
(勘弁して下さいよ……今月ピンチなんで、石狩鍋でどうですか?イクラのたっぷり入った……)
「千早ちゃーん!プロデューサーさんがね、面白いものを……むぐぅ!?」
俺は手早く小鳥さんの口を塞ぎ『すみません、ふぐ鍋屋了解しました』と告げてこの場を乗り切った。
見た目はまっ平らだからあずささんの立体マウスパッドと違って分からないと思ったら、まさかこんな事になるとは。
俺は少しだけ後悔しつつも、自分でも納得の【千早の立体マウスパッド】が素晴らしい出来になった事が嬉しかった。
……ただ、もしもこれがバレたら、死ぬほど千早に怒られるんだろうなぁ……
※アレなネタ自重は、数日持ちませんでしたごめんなさい。
こんなグッズ欲しいという気持ちを、ストレートに出してしまいました。
手首に触れるわずかなふくらみが、日ごろの疲れを癒す、千早立体マウスパッド……欲しいなぁ。