アルトネリコのミュールに服を買ってあげるスレ

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スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(5)


ゴミの中に埋もれ、絡まったケーブルやらパイプなどに
引っかかりながらもなんとか苦心のすえにお披露目できたソレ。

それは、そこに在るのは私だった。

ただし電子情報体と物理上限体との狭間を往来する不安定な私ではなく、
確かな肉をもった正真正銘掛け値なしの、生きている私。
本体とは異なる、肉のうつわ。

数千種類にわたる有機物を材料にして(原料はおもにお菓子)
違法開設したプラグからは浴びるように導力を使い、
通常のグラスメルクでは在り得ない3桁後半ぐらいの処理を並列化しながら造った珠玉の一品。

そりゃアヤタネだって驚きます。
だって、つくった当人も驚いてますし。
本当に造れるんだぁ、って感じで。びっくりびっくり。

いえ、たしかに試算した理論値ではじゅうぶんに有り得ましたし、
それに見合う物資とエネルギーも投入しましたけど。

でもお菓子を原料にして生身の肉体って無理ない?
いちおうカーボンベースと言えばそうだけど。

ちなみに腕とか舐めると、なんか甘いです。

こんな無茶な材料でバカな合成ができるグラスメルクという技術。
調べてみたらやっぱりシュレリアが創った技術体系のようです。

う〜ん、シュレリアをからかいに行きたいけど、そうするとこの作品も否定しちゃうのでグッと我慢。
引くときには引ける女、ミュール。
やっぱ一味ちがう。そりゃお菓子の味もします。
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(6)


ひさびさに驚きの表情を浮かべていたアヤタネはようやく言葉を紡いだ。

『……どうしたのです?これは……』

『つくった!!』

右手の親指をあげて腕が抜けんばかりの勢いで前面に押し出す。
グっ、って感じで。

『そんな、「今年の自由工作はハリキリました!」ってノリで作るものではないでしょう?
 なんでまた生身の擬似体なんか……』

仮にも生きている体。
それを造る並大抵ではない労力をアヤタネも解っているのでしょう。

『……この身体なら、いろんなところ行けるでしょう?』

虚数体の私ではここから出られないから。
だいぶ封印は緩んでいるけれど、
それでも高次意識を保てるのは導力プラグや虚数空間といった限られた範囲のみで。

わたしは此処にしかいられなくて、
それは昔みたいに、ただただ詩を謳うことのみを強要された機械のような、
いえ、ただの機械として存在していた時代を思いだして……
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(7)


『……そうだね、母さん。いろんな所にいこう。2人でいっぱい、いろんな所へ。』

私の追憶は本日2度目となる浮遊感によって遮られる。
アヤタネの両手は私の脇にやられ、すくい挙げるような形になっている。

暗い洞穴で縮こまる子犬を抱き上げるように、深い沼に沈んだ贄を救いだすように。
……まあ、手っ取り早くいうと「高い高い」なんですが。

ちなみに「高い高い」してあげている方が息子で、されてるのが母親。
最近そんな位置関係にも慣れてきましたが。
慣れるのもどうかと思うけど。

『ところで母さん、よくこんな禁忌領域に属するグラスメルクが出来たね。
 この種の生命に関する創造はリミッターがかかっている筈なのに。』

わりと本気で感心してる調子で聞かれる。
すこし気分いいかも。
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(8)


『ふふん、何事にも裏技というものがあるのですよ? 
 グラスメルクするさいに認証される限界規定域を過剰な導力で強制介入させることにより、
 擬似的に解析波動をフラットにして認証を無理矢理おし通せば不可能じゃないのです。』

まあ、そのための導力を確保するためにプラティナの生産ラインを3,4ラインほど止めましたが。
でもそんなこと知ったことでは無いです。
せいぜいうろたえるがいい。人間ども。
私の希望を達しつつ、人間どもを絶望させる。
これほど完璧な作戦がかつて存在したでしょうか。いえ、ありません。(反語)

得意絶頂になった私。
でもその顔はそう長くはもちませんでした。

『……生産ラインを止めたの、母さんだったんだ。』

私を抱きあげるアヤタネの指に力が入る。
爪がささらないように、でも押しつぶす気持ちで指のひらをグッ、と。

痛い痛い地味に痛いです。
なんか私しましたか?したのでしょうね、コレ。

『あの生産ラインはね、来週に開かれるフェステバル関係で集中稼動されていたラインでさ、
 いろいろと祭りに関係する商品が生産されていたのですよ。
 例えば、「祭り限定金箔オボンヌ」とか、「祭り限定金箔オボンヌ」とか。』

やっぱり私何かしたみたいです。
あとアヤタネ、ソレぜんぜん例えてないです。
ストレートです。直球勝負にもほどがあります。
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(9)


『まあ、僕としてはラインが停止したところで同僚が残念がるという程度ですし、
 困る事といえばせいぜい原因不明な強制停止の調査で休みがつぶされて、
 残業と貫徹を涙ながらに上司からお願いされる程度なんですが。

 ええ、もちろん引き受けましたよ。上司の信頼を得るのが目下ぼくの第一目的ですからね。
 限界稼働時間の手前まで働らかされたとしても望むところというものです。』

アヤタネの目が座ってきた。生命体としての自己保存本能が全力で働きかける。
逃げよう。うん、逃げるに限る。
ジタバタする私。
ガッチリ完璧に私を捕まえて離さない息子の両腕。

そして訪れるのは覚えのある下降感。
ポジションは再びアヤタネの膝で、私は飽きずにうつぶせ。

『アゲイン?(意訳:本日二度目となる折檻ですが流石にやりすぎではないでしょうか?)』

『アゲイン。(意訳:拝啓、母上さまへ。そろそろいい加減いろいろ学習してください。)』

また、空気が爆ぜる。
今日も、いつも通りなのですか?

なんかまた涙がでてきた……