スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(1)
百里の道も一歩から。
おっきな野望(人間皆殺し)もコツコツと。
そんな大器晩成型なパブリックエネミー、ミュールです。
いきなりですが完成しました。
ようやく完成したんです。
『それは興味深いですね。なにが完成したのです?
掃除ロボットですか?全自動洗濯機ですか?
それとも地球破壊爆弾?いいですね。すべてがきれいになりますし。』
ここ一週間ほど大規模な調査のために留守にしていて、今日ひさびさに帰ってきたアヤタネがすこし、
本当に少し、それは母親の私だから気づくというレベルでまぶたの端をケイレンさせ、
ここ第三予備導力プラグの入り口で立ち尽くしていた。
理由はかんたん。だって部屋が汚いから。
部屋が汚いというより、むしろゴミの中に部屋がありますよ?みたいな。
散乱する正体不明な素材のくず、部屋を縦横無尽に蹂躙しているプラグ、工具箱に収まる気ゼロなツール類、
そしてそれらを圧倒する質と量で部屋の体積を確実に圧迫しているお菓子のハコ、ハコ、フクロ、ハコ、
食べカス、エトセトラ、エトセトラ。
怒りで震えるアヤタネを母として、また、人間の敵たるミュールとしてたしなめる。
『まあ聞きなさいアヤタネ。これには理由があるのです。
これらは私の大きな野望を達成するために積み重ねられたチリとゴミなのです。
積もり積もってやがては山となり、いずれは私を天の頂に連れて行くキャットウォークなのです。』
私だって言うときは言います。
いつも息子に怒られてばかりじゃないのです。
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(2)
『そうなのですか。僕としたことが早計でした。』
そういうとアヤタネは正座をし、私を手招きする。
それはアヤタネが私にヒザ抱っこをしてくれたり、ヒザ枕をしてくれたりする時に取るスタイルだ。
わかってくれましたか。母はこの偉業を成し遂げるのにオツカレなので、
すこし休みたかったのです。
さすがアヤタネ。常に私のことを思って一歩先の行動をしてくれますね。
トコトコと私は膝元にむかい、えい、という掛け声と共に飛び込む。
細身に見えるアヤタネの身体は戦士として見た目以上に鍛えられており、
わたし程度の質量ではビクともしない。
ホコリっぽい匂いと汗じみた体臭、
それと幽かにこの子が愛用している香木の匂いが鼻腔をくすぐった。
アヤタネもお仕事、ご苦労さま。
眼を閉じ静かな幸福感に包まれていると、ふと浮遊感に襲われる。
どうやらアヤタネが私の両脇に手をやり、持ち上げているようだ。
おそらく私をひざ抱っこの形に座らせなおす気なのだろう。
いいでしょう。母はそっちでも全然OKですよ?
そして浮遊感は下降感に転じ、私はそのまま膝にうつぶせの形で乗せられ……
『……なんでうつぶせ?』
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(3)
私の野望よりも高々と振り上げられるはアヤタネの右の手の平。
それは頂点に達したその次の間に轟音を奏で、数瞬もかからず私のおしりにたどりつき、
空気が爆ぜたような音に部屋が振動する。
音源地は私のお尻。
『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
声にならなかった。
いえ、例え声を出せたとしてもこの音に全てかき消されてしまうでしょう。
あまりの出来事にわたしは首をひねりあげアヤタネを仰ぎみる。
そこにあるのはいつもの見慣れた、静かに怒っているときの顔だった。
『母さん、めッ。』
また、手の平が天に昇る。
なんか涙がでてきました。
けっきょく、私が解放されたのはそれから半刻の後だった。
スイート ハーツ、ただし隠し味は苦ヨモギ。そんな苦心作。(4)
お尻がジンジンして熱い。座るに座れないので自然そのままうつぶせ状態。
すでにアヤタネの膝からは降ろされているので、今は2人向き合う形になっている。
『それじゃあ、母さん。この有様を説明してくれますね?』
『ふつう、まず説明を聞いてそのあとに折檻というのが人の在り方だと母は思います……』
ようやく涙声は収まったけど、
それでもすこし鼻声になっている口で私は抗議した。
『僕は人じゃなくてウィルス生命体ですしね。
母さんも説明とか対話とか問答無用で人間を殺す気ですよね?
それと「懲罰とその有効性」という本によればまず体罰で相手の思考を奪うのが有効らしいね。』
やぶ蛇でした。アヤタネすごく機嫌悪いです。
今回の長期調査がそんなにこたえたのでしょうか?
っていうか、その嫌な方向で有益性が溢れている本はなんなのですか?
これはよくない。現状を改善しなければ。
『パ、パンパカパーン……』
そんな力ないファンファーレを吐き、私はゴミの山をまさぐってこの1週間の成果をアヤタネに見せる。
その渾身の一作に、さすがのアヤタネも言葉につまる。
前編、閉ジル。