【Awkward】TOA六神将総合スレ6【justice】
〜序奏曲〜
――父さん、何するの? ねえ、答えてよ。父さん。
――そんな怖い顔して……僕が第七音譜術士だから悪いの?
――やだ!! 僕の力が……暴走するよ!! 僕の中に何かが……
――父さん!! 僕は僕の島を壊したくなんか…… やだぁぁっ
「閣下、どうかなさいました?」
私の右手とも言えるリグレットが問いかけてくる。
どうやら、執務中に意識を失っていたらしい。ここしばらく、忙しい日が続いていたからだろう。
「ああ、なんでもない。それよりも今日の予定は?」
「えっと……今日は新兵への訓示が主です。
昼食後、予定していますので……それまで少々お休みになってはいかがですか?」
心配されているのがありありとわかる。
最初会ったころは、殺意に満ちていたのに……人間というものはおかしなものだ。
殺意が情へと変化していく。殺されかけたはずの彼女が側にいて落ち着く自分がいる。
まとめかけていた書類を閉じ、重くなった瞼を指で押さえる。
「そうだな。好意に甘えさせてもらう。執務室にいるから、何かあったら起こしてくれ」
「御意に。では失礼します」
一礼すると、彼女は執務室から出て行った。
静かな執務室に一人。
先ほど見た悪夢を思い出し、目を瞑った。
いや――あれは悪夢ではなく、真実。16年前に起こった出来事。
「あれから……もう16年か……」
故郷の消滅。妹の誕生と母の死。スコアの真実。軍への入隊。導師との出会い。六神将の結成……
そして――賽は投げられた。もう誰にも止めることは出来ない。
「もう少しだ。もう少しで……願いは叶う」
長年、想い願っていた事。もうすぐ叶うはずなのに、気が晴れないのはどういうことなのか。
理由は――わかっている。部下達……六神将という大きな存在に出会ってしまったからだ。
いつものように『部下』をモノとして考えていれば、このような想いが生まれずに済んだものを。
年をとるということは、同時に弱くなるということなのか……
机の上に無造作に置かれたノート。総長という立場になってから、欠かさずつけてきた業務日誌。
昼まで時間はある。
私はそのノートを開いた。懐かしい日々を思い出すかのように。
>>659 ――ウンディーネデーカン――
ケテルブルクへの視察。後に本部での新兵教育。
特務師団長帰還。『制裁』の報告アリ。特務師団、本部で待機予定。
「裏切り者の始末、完了だ」
任務終了の報告。眉の間に深く刻まれている縦皺が、彼の心情を表しているといっても過言ではない。
最近、彼は反抗的とまでは言わないが、どこか虚無的だ。反抗できぬよう作り上げたのは私だが……どうも接し方に悩む。
もう少し、少年らしさをもっていてもおかしくは無いはずだ。
もう一人のルーク……レプリカの方はあんなに私に懐いているというのに。
同位体といえども、育つ環境が違えば、こうも変わってくるものなのか。
まあ、任務が任務だ。人間性を失うだろうとは判ってはいるが……
とりあえず、眺めていた書類を置き、背を向けている彼に労いの言葉をかけてやる。
「ああ、ご苦労。次の任務があるまで、休んでいろ」
上司として、そして……育ての親として精一杯の言葉をかけたつもりだったが、どうも彼には伝わっていないらしい。
私の顔をも見ずに部屋を出て行ってしまった。
「……ふむ、もう少し優しく接した方がいいのか?」
「彼は思春期ですから……扱いは難しいですよ」
問いかけたわけではなかったが、側にいたリグレットが答えを返してくれた。
思春期というか、あいつは……どうも、さらってきた時のまま、成長していないようにも思える。
六神将とも部下ともどうもうまくいっていないようだし……
「悩みの種はつきんな」
「ええ。そうですね。閣下」
妹の事といい、アッシュの事といい、私は子育てに向いていないということを、つくづくと感じ、大きなため息をついたのだった。
>>660 「閣下、よろしいですか?」
リグレットが声をかけてきたのは、夕食も終わり、床につこうとしていたときだった。
「ああ、入って来い。どうかしたのか?」
いつもは業務的な表情しか見せない彼女が、今日はどこか微笑んで見えたのは、私の気のせいではないはずだ。
「はい、日中帰還した特務師団長アッシュの事ですが……
夕食時、第五師団長シンクと揉め事を起こし、食堂が一部損傷しました。幸いなことに怪我人は第二師団長ディストのみです」
「で、原因は?」
聞かなくても判る。シンクが相手ということは、アッシュの暴走だろう。シンクは冷静だからな。
曇った表情になり、リグレットは重い口を開く……かのように思ったのだが、予想に反し、困ったような笑顔を浮かべる。
「シンクが喧嘩を仕掛けてきて……まあ、子供同士のじゃれあいというのが一番相応しいでしょう」
「あの冷静なシンクが、アッシュに喧嘩を?」
「ええ。中々微笑ましいものでしたよ。兵士も楽しそうに観戦していましたし」
だからリグレットは笑っていたのか。喧嘩するほど仲がいいと言うが……これで六神将達との距離が多少なりとも縮まったものだろう。
「それで……アッシュとシンクの処罰ですが……」
「いらん。――と言いたいところだが、けじめはきっちりしておかないといかん。
そうだな。ロニール雪山への視察に二人を派遣することにしよう」
「ふふっ、閣下も意地悪ですね」
私の真意を読み取って、彼女は笑みをこぼす。
「それならば、仲裁役としてラルゴを連れて行ったらいかがでしょう。二人だけでは任務に差し支えそうですし」
「そうだな。ではそのように手配しろ」
「閣下の御意思のままに」
溢れる笑いをどうにか抑え、彼女は一礼して部屋を出て行った。
さて、任務が終わったとき、二人はどのような反応を見せてくれるか楽しみだ。
そう思いながら、私は床に入る準備をし始めたのだった。
>>661 ――シャドウリデーカン――
午前、本部にて書類整理。午後、ローレライ教団会議に参加。
シェリダンにて不穏な動きと、報告あり。
「リグレット、いつもの赤い布はどうした?」
側近の雰囲気に違和感を覚え、問いかけてみる。いつも身に着けている赤い布が、今日に限ってないのだ。
朝にはあった筈なのだが、再び彼女に会った時にはその布はなかった。
「ああ、あれは……」
一瞬困ったような表情を見せ、はにかんだ笑みを浮かべる。
「……癇癪起こした子猫にかぶせてきました。
と、ところで閣下、ご相談があるんですけれど」
「珍しいな。お前が相談だなんて」
「ええ、実は……」
――リグレットの相談事はシンクのことだった。
シンクが妙にイラついている。彼にしては珍しく感情を爆発させた……ということだ。
シンク――イオンのレプリカが作り出されて、そろそろ二年か。
あいつも良く動いてくれる。一度は廃棄したモノだが……
情けないことに、少々アレに情を抱きつつある自分がいた。
アレは身体年齢は16歳、実年齢は2歳。六神将の中では一番幼い。
……そろそろアレの笑い顔を見てみたいものだ。
ん、そうか。
私は一つの悪戯を思いつく。悟られないよう、何かを考えているような振りを見せる。
「そういえば……妹もそのような事があったことが。あの時は――そうだな、確か誕生日を私が忘れていた時だった」
「と、すると、シンクも誕生日を忘れられて、ああいう風に」
私の言葉に疑うことも無く、納得するリグレット。
「だから――だ」
小声でリグレットに私の案を話してみると、彼女は笑みをこぼし、二つ返事で了承した。
「わかりました。では兵士に通達しておきます」
いつもは生真面目な彼女だが、この時ばかりは楽しいものを見つけた子猫のように、瞳を輝かし、部屋を出て行ったのであった。
――さて、私達の悪戯にアレ……いや、あいつはどのような表情をみせてくれるか楽しみだ。
>>662 「シンク様がいらっしゃったぞ!!」
最後となる兵士が、ターゲットとなるシンクの接近を知らせる。
一同、声を抑え、彼の到着を待った。目配せで作戦部隊へ命令を下す。扉が開かれる音。
今だ!!
『Happy Birthday!』
兵士一同の声とともに色鮮やかな紙切れが宙を舞った。その下で言葉を失っているシンク。
そう、その表情が見たかったのだ。いつも澄ましている彼の驚愕に染まっている顔を。
自然とこみ上げる笑い。周りも皆笑っていたから、きっと目立ちはしないだろう。
六神将達が次々と個性的なプレゼントを渡している。さ、次は私の番か。
軽く咳払いをすると、皆の前に出る。胸をはり、声高らかに祝いを述べる。
「そして――私からのプレゼントは食堂の解放。そして、酒の解放だ。
さあ、皆。祝いの席だ。存分に飲むがいい」
私の言葉とともに、兵士達は宴会へと突入する。
ここしばらく、任務が続いていたので、丁度いい機会だっただろう。私もシンクをダシに飲むのも悪くは無い。
リグレットがついでくれたワインを手に、あっけにとられているシンクの行動を見守る。
――さて、この後は……シンクが問い詰めてくるだろう。このパーティの意味を。
私の勘違いであるとわかったら、どんな反応を見せてくれるか。呆れて笑ってくれるだろうか、それともため息だけだろうか。
膨らむ想像を最大の肴として、私はワインを飲み干したのだった。
>>663 ――イフリートリデーカン――
西アベリア平野にて、ローレライ反乱軍を捕捉。
第一師団を派遣。
業務日誌にそれだけ記し、筆を置く。
ラルゴならば簡単な任務のはず。しかし……最近の彼の瞳が気になる。迷いの混じった瞳が。
不安要素は出来る限り排除しなければいけない。
今の時間なら、アイツは訓練所だろう。私は足早に訓練所へと向かう。
訓練している兵士達に混じって、壁に背を預けている彼を見つける。
「シンク!! 第一師団の援護の任務を命ずる」
「第一師団って……ラルゴのとこだろう。アイツならば簡単な任務なのに何で僕が?」
不満気な声。当たり前だろう。ラルゴは強靭な肉体と心を持っている。簡単には任務に失敗しないはずだ。
しかし――
「私の命令を無視するか?」
「はいはい。了解しましたよ。総長」
やる気のなさそうな声だが、命令を受ければやらなくてはいけないのが、彼の存在意義。
彼は部下達の訓練を中断し、任務のための準備に向かったのだった。
――ラルゴとシンクがいれば、絶対に大丈夫。
でも、この妙な胸騒ぎは何なのか……
荒々しい足音が夜の廊下に響き渡る。今まさに床に就こうとしていたが、その足音に不安を感じ、立ち上がる。
ローブを一枚引っ掛けた時、部屋のドアが激しく開く。顔を覗かせたのは何かに緊張したリグレットだった。
「閣下!! ラルゴが……反乱軍を抑えていたラルゴが、任務中に負傷!! 危険な状態です!!」
胸騒ぎの原因は……これだったのか。
「それで?」
混乱する頭とは反比例し、妙に冷静な自分がいた。
「現在、アリエッタの魔物にて一番近い街、ベルケンドへ搬送中。傷は胸の刺傷。失血が激しく、シンクの技によって凍らせ、止血済み。
ですが……命に関わる状態です」
「そうか……」
部下の死は見慣れている。だが……今、彼を失うわけにはいかない。
「すぐさま、第七譜術士を集めろ!! 医師も至急だ!!
私達もベルケンドに向かうぞ!!」
一部の部下に執着するのは、兵をまとめる者として失格だと思う。しかし、私と同じ想いを抱く者を今、失うわけにはいかない。
まだ……あいつが望んでいた世界を作り上げていない。
――逝くなよ。ラルゴ……
私は焦る気持ちを抑え、ラルゴが収容される街へと向かったのであった。
>>664 「ラルゴ……ラルゴぉ……」
治療を終えたラルゴを前に、アリエッタが泣きじゃくる。
「はっ、馬鹿ですねぇ。黒獅子といわれている奴がこのざまとはねぇ」
軽口を叩くディストだが、声が震えているのがはっきりと判った。
だから、誰も彼の事を非難しない。いつもは仲の悪いシンクですら、黙り込んだままだ。
「……峠は越えた。しかし、意識を取り戻すまで予断を許さない状況だ。
医師からは……覚悟を……と」
リグレットの言葉は辛い宣告となり、部屋に悲しみに満ちた空気が流れ始める。
「ちっ、重苦しい空気はごめんだぜ」
それだけ吐き捨てると、部屋を出て行くアッシュ。しかし、表情は暗く、ラルゴを案じているのが良くわかる。
……何もできない自分が歯がゆいのだ。それは私もそう。第七音譜術士といえども、妹のように回復の譜歌を謡うことができない。
「……しばらくは訓練は休息とする。皆もあまり無理するなよ」
精一杯の言葉をかけ、私は部屋を出て行った。どうせ私がいても何も出来ない。
ドアの外に立ち尽くすアッシュを一瞥すると、私は宿の一室へと向かう。
窓から見える青白い月。死線を漂うラルゴを案じているかのように寂しげな月。
譜歌を習得していれば、ラルゴを救うことが出来たかもしれないが……後悔のみが頭によぎる。
「……ヴァ……レィ……ズェ トゥエ リォ トゥエ リォ トゥエ クロア」
旋律しかしらない第三音素譜歌を口ずさんでみる。意味と英知を理解出来ていないから、ただの歌でしかない。
だが、気を落ち着けるため、何より奇跡を願って……私は一晩中謡い続けた……
「朝……か……」
重い身体をどうにか起こし、窓の外を眺める。外はいい天気だが……まだ彼は……
仕事着に着替え、ラルゴのいる医務室へと足を速める。
医務室の前まで来たとき、ドアに背をもたれているアッシュの姿を見つけた。一晩このままだったのだろう。
何か声をかけたほうがいいだろうか。そう思ったときだった。
「ようやく目を覚ましたかい?」
医務室から少年の声が聞こえた。歓喜を必死に抑えた声だ。
「シンクから連絡を受けてきてみれば……黒獅子たる者が、なんたる体たらくだな」
やはり、どこか声の明るい女性の声。
そうか、目覚めたのか……
部屋の中から聞こえてくる喜びに溢れた声に、眉間に皺のよっていたアッシュの顔も、いくらか和らいでいく。
「私の出る幕はなさそうだな」
小さく呟くと、私は元来た道を引き返していく。
――もうラルゴは大丈夫だ。あの仲間達がいるからな。
安堵のため息を一つ、そして欠伸を一つすると、身体を休めるため、私は宿へと戻っていった。
>>665 ――シルフリデーカン――
インゴベルト六世への謁見後、ルークへの剣術指南。
騎士団に大きな動き無し。
アリエッタが犬……いや、狼の子を拾ってきた。
魔物と会話をすることがと釘の彼女とはいっても、こんな幼い魔物を養う余裕はない。
役に立たないどころか、任務に支障をきたす。
「アリエッタ、ここがどこか分かっているか?」
総長としての私の発言にアリエッタは涙を浮かべた。
……昔、妹もこういうことがあったな。子犬を拾ってきて、一生懸命に頼み込んで……
過去を思い出し緩みそうになる顔を抑え、アリエッタの返事を待つ。
「わかってる……です。でも……」
「分かっているならば、そう行動しろ。そう教えたはずだ」
我ながら非情な言葉だとは思う。しかし、ここできっちりとしておかないと示しがつかない。
「――いくぞ。リグレット」
これ以上アリエッタの顔を見ていると、許可を出してしまいそうな危機感を覚え、リグレットをつれて部屋を出て行く。
背後から感じる涙の気配。
だめだ。ここで甘やかしては……アリエッタのためにも魔物のためにもならない!!
しかし、私の足は止まってしまう。……仕方がない。
「――ソレを返すのはずいぶんと先になってしまう。だから、保護はアリエッタに委任する」
私も甘いものだ。この決定が――彼女を苦しめてしまうとわかっているのに。
歓喜の声。溢れ出す笑顔の彼女に、気がつかれぬよう小さくため息をつくと、部屋を後にした。
――アイスウルフ。それは寒い地方に存在する魔物。
ここは火山の側。夏に近づけば……暑くなる。そして、それは魔物との別れを示唆している。
だから――それまではアリエッタの自由にしてやろう。
別れを知っていながら、私はそれを許可した。
私は……本当に残酷だな。
……別れの時はあっという間に来た。
本当の親子のように過ごした分、別れは辛いものになった。
しかし、母親がわりになった分、本当の母親との出会いで意志は決まったらしい。
涙をこらえ、魔物を送り出す姿。そんな姿を見ていると、彼女に初めて出会った時を思い出す。
あの時はまだ幼く、本能に赴くままに行動していた。
今は――相手の未来まで見通す力をつけたか。
胸の中で泣き濡れるアリエッタの肩を優しく叩きながら、私はただ涙を受け止め続けた……
今は泣き、笑い……思う存分生きるといい。
それがまだ若い者達の役目なのだから。
>>666 ――ローレライデーカン――
本部に入り込んでいた反乱軍を副官が鎮圧。
いつものようにリグレットが暴徒を鎮圧してくれたらしいが……そのときから様子がおかしい。
譜銃を握り締め、思いつめた表情をするようになった。
二丁の譜銃。その意味は理解している……つもりだ。
一つは私への殺意。一つは弟への想い。
そんな重い銃を携え、彼女は何を思うのか。
また――私への恨みが芽生えてきたのならば――彼女にならば殺されても構わない。
私の考えを理解してくれ、一緒にここまで歩んできた。私の右腕として働いてくれた。
だから、私がいなくなっても、きっと世界を変えてくれるだろう。
だが――今日の彼女はどこか危うい。少しバランスを崩したら、形を失ってしまうような危うさ。
「……ん?」
窓の外から誰かの話し声。目を凝らしてみると、射撃練習用の的の前で佇むリグレットとディストの姿。
声をかけようとも思ったが、押し黙る。
ああ見えても、ディストは優秀だ。そして誰にも譲れない信念を持った、心の強い男だ。
そこで彼女にどんな言葉をかけるべきなのか、どの言葉をかけてはいけないのか理解しているはず。
リグレットが復活することを信じ、私は手を止めていた仕事をし始めた……
「閣下、今日を持って、第四師団長、副官の官職、そしてこの銃をお返しいたします」
朝一番のリグレットの突然の申し出に、私は言葉を失った。
机の上に差し出された銃。それはリグレットを副官にした際、手渡したものだ。私を殺すための銃。
多くの傷と思い出が刻まれた銃を差し出したということは、私からの決別ということだろう。
何かを決意した瞳。
そうか、それならば受け取ろう。どんな結論を出したとしても。
「……お前がそう望むならば、止めやしない。今まで仕えてくれたことに感謝する」
ここで引き止めたとしても、彼女のためにはならない。私は出来る限り仮面のような表情で、言葉を吐き出した。
「はっ、では……失礼します」
それが最後の言葉。リグレットは足早に私の前から姿を消した……
>>667 机の上に放置された銃。ざわめく兵士達の声がどこか遠くに聞こえる。
今はただ、散らばった書類を片付け始め、
「この書類は……」
思わず、リグレットに問いかけようとしてしまう自分がいた。
彼女がいないことに慣れるのは時間がかかるだろう。それだけ彼女に頼り切っていたことに、今気がつく。
中々進まない仕事。あまりにも不甲斐無い自分に嫌気が差し、今日の業務を早々に終わらせることにした。
「……情けないな。私は」
「情けないって何のことだ?」
顔を上げてみれば、いつの間にか執務室に入り込んでいたアッシュの姿があった。
「入るときはノックをしろと、何度も教えたはずだが」
「何度もしたが、気がつかなかっただけだろうが」
アッシュの言葉に改めて気づかされる。ノックの音にまで気がつかないほど、腑抜けていたらしい。
「で、何のようだ?」
「ああ……聞きたいんだが……」
一呼吸おき、真剣な眼差しを向ける。彼のこのような眼差しを見たのは久しぶりだ。
現状を分析すれば、彼が言いたいことは大体わかる。
「――リグレットの事だろう」
「判っているならば話は早い。リグレットがここを出て行ったという話を聞いた。
――何故、止めない!! アイツはお前の事を……」
「私は――リグレットを止める権利はない。
私は総長だ。彼女一人に感けてはいかん。軍全体の事を考えなければいけない」
そう。そう思わなくてはいけないのに、そう行動しなければいけないのに。
心の弱い私がどこかにいる。目の前の人物に頼りたくなっている自分がいる。
机の上に置き去りにされていた譜銃を手に取り、アッシュへと押し付けた。
「しかし、リグレットが忘れていったものがある。これを届けなければ、彼女は困るだろう。
だが――私は今動くことができない。だから……アッシュに命令を下す。
リグレットの捜索、そして――わかるだろう」
「……ああ。六神将は五人では務まらないからな」
アッシュは譜銃を握り締め、不敵な笑みを向けると、部屋の外へと向かう。
一人部屋に残される。散らばった書類が視線の中に入った。明日までに提出しないといけない書類の束。
「……さて、帰ってくるまでにどうにかしないと、彼女に呆れられるな」
転がっている筆を手に取ると、私は仕事を始めた。
――彼女は必ず帰ってくる。
強い信頼をおくのはリグレットなのか、それともアッシュなのか、両方なのか。
それは私にもわからなかった。
>>668 ――シルフデーカン――
昇格試験のための準備。
イオン不在のため、やや教団は混乱気味。
「きぃぃぃっ!! 私は華麗なる『薔薇』のディストです!!」
何度も耳にした彼の定番の台詞。
外を見れば、険悪な雰囲気で対峙する辺りの姿があった。
一人は声の持ち主ディスト。もう一人はまだ少年の姿をしたシンク。
「……ディスト、もっと太陽に浴びた方がいい……です」
彼らの後ろからおどおどした少女が会話へと加わる。
いつもの会話。世間から見れば険悪に見えるだろうが、もう見慣れてしまっている私の目から見れば、じゃれあっているように見え、ほほえましくもある。
何かをディストが言えば、シンクがさらりと冷めた声で返す。
更に反論しようとしても、何事もなかったかのように無視され、最後にはどこかへ消えてしまう。
笑い担当となりつつある彼だが、その本質はかなり優秀な人物である。
その証拠に、一人用ではあるが、空を飛べる機械を乗りこなしているのだ。
「全く、礼儀知らずな方たちですね。この私が華麗な話をしようとしているのに。
と、いけないいけない。あいつらのペースに飲まれてはいけませんね」
少し冷静になったのか、ため息を一つつくと、大きな空へと上昇し始める。その姿は徐々に小さくなっていき、やがて空へと消えた。
「相変わらず仲がいいみたいだな」
ほほえましい光景を眺め、筆をおく。
昔――ディストをはじめて見たときは、とても寂しそうな奴だったが、六神将になって随分とかわったな。
私は吸い込まれそうな青空を見上げ、彼と会ったときのことを思い出したのだった。
――第一印象は物静かな男性だった。
どこか暗い影を落とし、冷めた瞳をしていた。
「貴方がヴァン……ですか」
第一声は興味なさげな声。私を一瞥すると、すぐに学術書に目を移す。
情報によれば、彼はケテルブルクの出身で、マルクトの王とも学友だったときく。
私は彼と一緒に仕事をしていくうちに興味が出てきた。
だからある事を尋ねた事があった。
「何でこの道を選んだのか」
その問いに彼は大きな青い空をまぶしそうに眺め、簡潔に答えを出す。
「先生に……大空を見せたかったから」
純粋な意志。強い瞳。それが彼だった。
だから彼と戦うことを決め、私は上位の地位を目指し続けた。
>>669 それから数年……
私はオラクルを仕切るものとなり、彼もまた、一軍を任されるほどの地位にたった。
だが、それでも冷めた瞳はそのままだった。
そのせいで、他の者にかかわることもなく、孤立しきっていた。
それを打ち破ったのは……幼い頃のアニスだ。
冷たい瞳など気にしないように、彼に積極的に話しかける。彼は気まぐれにアニスの人形に細工を施した。
自分のお気に入りの人形が動くのが、アニスにはよほど嬉しかったのだろう。アニスは彼を褒め称え……そこから彼は笑顔を見せるようになったのだ。
六人が次々と活躍をみせ、いつしか六神将と呼ばれるようになったころ、彼の冷たさは消え去っていた。
代わりに妙な自信と陰険さをみせるようになった。
それが良い結果になった……かどうかはまだ私にも理解しかねない。しかし、六神将と関わっているときは楽しそうに見えるのは私の気のせいではないはずだ。
からかわれ、馬鹿にされ、無視され、それでも彼らと距離を置こうとしないのは、彼らの事が嫌いではないせいだろう。
現に今回だって、空高く舞ったが、それはオラクル本部の真上。
いつでも皆の声が聞こえる場所だ。
先ほどは寂しそうな瞳をしていたな……
強がってはいても、とても寂しがりなディスト。こういう時は……
私は苦笑を浮かべると、大きく息を吸い込む。
――彼の扱い方は心得た。頼られることが好きなのだ。だから
「ディースートォォッ。メシュティアリカの人形を作ってくれぇぇっ」
「ナタリアの人形もたのむぅぅっ。ううっ、回線きりやがって!! 屑が!!」
我ながら情けない声で叫ぶ。いつの間にか、涙交じりのアッシュが横に来て、同じように叫び声をあげていた。
そうすれば、彼は高笑いを上げ、降りてくるだろう。自信に満ちた笑顔で。
上に立つものとして、時に厳しく、時に優しく、そして威厳を持つことは大切だ。
しかし――部下のために道化を演じることも大切なことだと思う。
「はーっはっはっは、呼びましたか? この壮麗で華麗で優雅な薔薇のディスト様を」
ああ、それでいい。
お前達は……そんなに悩むことはない。苦しむことは無い。
荷は私が負ってやる。
それが――私の役目だからな。
>>670 「閣下――お時間です」
扉をノックする音。時計を見れば、すでに昼食の時間となっていた。
思い出に浸っている間に、時間がたっていたということか。
厚くなった業務日誌。たくさんの想いがつまったノート。
どこまでこの記録をつけ続けることが出来るのか、それは私にもわからない。
スコアに支配された世界を壊し、スコアに支配されないレプリカ世界を造りあげた後……
そこで――オリジナルである私達は消えなくてはいけない。
六神将たちは私の意志に従ってくれるだろうか。
長年一緒に戦い続けた者達と別れるのは辛いが……それが世界のためなのだ。
レプリカが幸せに暮らせるよう、スコアに支配されぬよう……
腐れきった運命の輪を断ち切れるのは私だけだ。
――すまん。
陳謝の言葉。それは何の意味を持たないことはわかっている。
私の思い描く理想の世界のため、ローレライから放たれるため。
「閣下、どうなされました?」
「ああ、なんでもない」
心配そうに声をかけてくるリグレットに優しい声をかけ、業務日誌を閉じ、部屋から出て行く。
最後のページに一言だけ書き加えて……
――愛おしい六神将の皆、この愚かな私についてきてくれたことに感謝する――