さてその部下の
一番書記は白猫でした、
二番書記は虎猫(とらねこ)でした、
三番書記は三毛猫でした、
四番書記は竃猫(かまねこ)でした。
竃猫といふのは、これは生れ付きではありません。
生れ付きは何猫でもいいのですが、夜かまどの中にはひつてねむる癖があるために、
いつでもからだが煤(すす)できたなく、殊に鼻と耳にはまつくろにすみがついて、
何だか狸(たぬき)のやうな猫のことを云(い)ふのです。
ですからかま[#「かま」に傍点]猫はほかの猫には嫌はれます。
けれどもこの事務所では、何せ事務長が黒猫なもんですから、このかま[#「かま」に傍点]猫も、あたり前なら
いくら勉強ができても、とても書記なんかになれない筈(はず)のを、四十人の中からえらびだされたのです。
大きな事務所のまん中に、事務長の黒猫が、まつ赤な羅紗(らしや)をかけた卓(テーブル)を控へてどつかり腰かけ、
その右側に一番の白猫と三番の三毛猫、左側に二番の虎猫と四番のかま[#「かま」に傍点]猫が、めいめい小さな
テーブルを前にして、きちんと椅子(いす)にかけてゐました。
ところで猫に、地理だの歴史だの何になるかと云ひますと、まあこんな風です。
事務所の扉(と)をこつこつ叩(たた)くものがあります。
「はひれつ。」事務長の黒猫が、ポケツトに手を入れてふんぞりかへつてどなりました。
四人の書記は下を向いていそがしさうに帳面をしらべてゐます。
ぜいたく猫がはひつて来ました。
「何の用だ。」事務長が云ひます。
「わしは氷河鼠(ひようがねずみ)を食ひにベーリング地方へ行きたいのだが、どこらがいちばんいいだらう。」
「うん、一番書記、氷河鼠の産地を云へ。」
一番書記は、青い表紙の大きな帳面をひらいて答へました。
「ウステラゴメナ、ノバスカイヤ、フサ河流域であります。」
事務長はぜいたく猫に云ひました。
「ウステラゴメナ、ノバ………何と云つたかな。」
「ノバスカイヤ。」一番書記とぜいたく猫がいつしよに云ひました。
「さう、ノバスカイヤ、それから何!?」
「フサ川。」またぜいたく猫が一番書記といつしよに云つたので、事務長は少しきまり悪さうでした。
「さうさう、フサ川。まああそこらがいいだらうな。」
「で旅行についての注意はどんなものだらう。」
「うん、二番書記、ベーリング地方旅行の注意を述べよ。」
「はつ。」二番書記はじぶんの帳面を繰りました。
「夏猫は全然旅行に適せず」するとどういふわけか、この時みんながかま[#「かま」に傍点]猫の方をじろつと見ました。
「冬猫もまた細心の注意を要す。函館(はこだて)付近、馬肉にて釣らるる危険あり。特に黒猫は充分に猫なることを
表示しつつ旅行するに非(あらざ)れば、応々黒狐(くろぎつね)と誤認せられ、本気にて追跡さるることあり。」
「よし、いまの通りだ。貴殿は我輩のやうに黒猫ではないから、まあ大した心配はあるまい。函館で馬肉を警戒するぐらゐのところだ。」
「さう、で、向ふでの有力者はどんなものだらう。」
「三番書記、ベーリング地方有力者の名称を挙げよ。」
「はい、えゝと、ベーリング地方と、はい、トバスキー、ゲンゾスキー、二名であります。」
「トバスキーとゲンゾスキーといふのは、どういふやうなやつらかな。」
「四番書記、トバスキーとゲンゾスキーについて大略を述べよ。」
「はい。」四番書記のかま[#「かま」に傍点]猫は、もう大原簿のトバスキーとゲンゾスキーとのところに、
みじかい手を一本づつ入れて待つてゐました。
そこで事務長もぜいたく猫も、大へん感服したらしいのでした。
ところがほかの三人の書記は、いかにも馬鹿(ばか)にしたやうに横目で見て、ヘツとわらつてゐました。
かま[#「かま」に傍点]猫は一生けん命帳面を読みあげました。
「トバスキー酋長(しうちやう)、徳望あり。眼光炯々(けいけい)たるも物を言ふこと少しく遅し、
ゲンゾスキー財産家、物を言ふこと少しく遅けれども眼光炯々たり。」
「いや、それでわかりました。ありがたう。」
ぜいたく猫は出て行きました。
こんな工合(ぐあひ)で、猫にはまあ便利なものでした。
ところが今のおはなしからちやうど半年ばかりたつたとき、たうとうこの第六事務所が廃止になつてしまひました。
下人の行方は誰も知らない
ゴッゴル
858 :
名無しさんの野望:04/12/08 12:18:51 ID:drDQS/51
なるなら最後までやれよ正規厨
859 :
858:04/12/08 12:20:00 ID:drDQS/51
×なるなら
○やるなら
そして誰もいなくなった
えせ
862 :
名無しさんの野望:04/12/16 06:13:30 ID:vWx2NRfY
捕手
ゴッゴル