1 :
文化遺産が、えらいこっちゃ・・・:
2001/03/01(木) 産経速報一覧 21:51
彫刻の破壊開始を言明。タリバン情報文化相。バーミヤン仏教遺跡石窟群など。最高指導者オマル師の布告に伴う措置。
asahi.com
・アフガンの仏像破壊を憂慮 国連事務総長が声明
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アフガニスタンのイスラム原理主義勢力、タリバーンが国内の仏像や彫像の破壊を命じたことに対し、アナン国連事務総長は27日、「文化遺産を保護すると言った過去の約束の順守を求める」と事態を憂慮する緊急声明を発表した。一方命令を出したタリバーンの最高指導者モハマド・オマール師は、破壊の対象は「石にすぎない」と真っ向から反発した。文化遺産を人質にした形で国際社会を揺さぶる背景に、疲弊した経済と国連制裁への焦りがある。
タリバーンの決定に対して、「イスラム教の基本教義である他宗教への寛容に矛盾する」(米国)、「人類の遺産への攻撃だ」(インド)と非難が集まった。ところが同勢力のザイーフ駐パキスタン大使は「国連は飢えで死にそうなアフガニスタンの民よりも、彫像の方に興味がある」と冷笑。「これは我々の国内問題で、命令は実行される」と気勢を上げた。
国連の調べでは、20年以上の内戦で経済が破たんしているところに昨年に干ばつが発生。食糧不足が進んだ結果、同国でこの1年に60万人の難民が発生した。北部のマザリシャリフでは、児童の2人に1人が長期の栄養失調に苦しんでいるほどだ。
タリバーンは、国際テロリストとされるオサマ・ビン・ラディン氏をかくまっている。このため、在外資産の凍結、国際航空便禁止などの国連制裁が1月から始まった。米国が緊急の食糧援助をした際、タリバーンのムタワキル外相は「歓迎するが、人々の苦難は制裁解除によってさらに小さくなる」と述べ、制裁を非難した。
タリバーンは、1997年にも中部バーミヤンの大仏爆破を予告し、世界中から非難されて撤回した。タリバーンに追われたラバニ政権幹部は「アフガニスタンは過去1200年にわたりイスラム国家だったが、聖職者は仏像を壊そうとはしなかった」と話し、タリバーンの姿勢を批判する。(2001/03/01(木) 22:12)
http://iij.asahi.com/0228/past/pinternational28015.html
2 :
お絵描き君:2001/03/02(金) 02:17
むうう。困るなあ。
フランス革命も、文化大革命でも、政治思想の前に美は空しい。
でも、破壊しなきゃ良かったと今頃溜息を洩らしているんだがな。
イスラムは偶像崇拝を嫌うからなぁ。
しかし、美の存続の闘争でもなきゃ、宗教の闘争でもないな。
要するに人質か。
3 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/02(金) 09:37
石にすぎないってんなら、カーバ神殿にはまってる黒い石を何万人もの
巡礼者の目の前で叩き割ってみろ。
4 :
goatsong:2001/03/02(金) 14:49
5 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/02(金) 15:09
ってゆうか、これは
喧嘩売ってるんでしょ?
買いましょう
6 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/02(金) 15:23
他の板でも出てたけど中性子爆弾をぶちこむのが一番。
7 :
goatsong:2001/03/02(金) 17:23
8 :
goatsong:2001/03/02(金) 17:25
9 :
お絵描き君:2001/03/03(土) 01:58
ここもコピペだな。
でも、めげずに対話しようぜ。
>goatsong
読んだよ。有り難う。
イコノクラスムは、ビザンチン帝国内の内紛が主な
原因とも思えるんだが。おれは其の辺りの歴史に疎
いからなぁ。付け加えってぇのをよかったら教えてくれ。
キリスト教の神学史ではあそこで歴史記述を沢山書いてる人の言う通りかもしれないがな。こういう構図ってのは聖遺物批判とか、そういうのでまた似たような物が出てくるな。民衆から自然発生するこれって面白いと思うね。まあイコンももともとは聖遺物の発生と構造は同じだったりするんだがね。
自分の好きな作家が貶されるのは、気持ちの良いものではない
と思うけど、反対意見がなければ議論は成り立たないとも思う。
自分の意見がどうこうと言うが、見たところ、ここには自分意
見以外のものは無い気がする。
いいから糞喰って死ね
12 :
goatsong:2001/03/03(土) 21:14
朝刊には、破壊が開始された、とあったけど、夕刊にはタリバーン
の高官の発表で、まだしてない、とある。まあ、彼らも最後の切り
札に使うのかも。いずれにしても、宗教上の理由ではけっしてなく、
単なる権力闘争みたいね。愚かとしかいいようがない。
13 :
goatsong:2001/03/03(土) 21:59
>>9 >付け加えってぇのをよかったら教えてくれ。
一つは、キリスト教には最初期から、一方で強い偶像崇拝へ
の抵抗があったこと。もちろん、ユダヤ教の流れから言えば
当然のことなんだけど、カタコンベの美術がすでに2世紀末
から現れてくるのは、他方で神的な概念の形象化への志向を
見て取れる。
もっとも、最初期のカタコンベの美術はきわめて象徴主義傾
向が強く、直接的に神やキリストを視覚する場合は少ない。
まあ、この場合は偶像崇拝というより、民衆の教化の必要悪
であったのかもしれない。
二つ目はイコンについて。
>>8のリンク先の82番には、ビザ
ンティン美術の保守性について、イコン希求が云々という仮
説があるけど、実際のところは、ビザンティン帝国が激しい
イコノクラスムを経験したことによるという。
14 :
goatsong:2001/03/03(土) 21:59
聖像論争は9世紀に一応の決着を見るが、その後、聖像擁護
派はイコンに明確な教義的論拠を与えることになる、二度と
起きないようにね。それで、以後の宗教美術は偶像崇拝に陥
らないよう、その規定を慎重に守ることになるわけ。そうす
ると逸脱は起こるはずが無く、結果的に保守的になる。
西欧にも8、9世紀より後にイコノクラスムはあるわけで、
例えばサヴォナローラ、16世紀のプロテスタンティズム
の擡頭。日本でも鎌倉時代に例外的に偶像崇拝の禁止があ
るでしょ?それは禅宗で、そこから「頂相」や「六字名号」
なんかが生まれるわけだけど、積極的に聖像を破壊したか
どうかは知らない。詳しい人、頼みます。
16 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/03(土) 22:45
横レスしていい?
>日本でも鎌倉時代に例外的に偶像崇拝の禁止があ
るでしょ?それは禅宗で、そこから「頂相」や「六字名号」
なんかが生まれるわけだけど、積極的に聖像を破壊したか
どうかは知らない。
正確なとこは分からないけど、「禁止」とは若干ニュアンスが
違うようだ。
寒いのだが薪がないのでお堂にあった仏さんを薪にしてしまった
禅坊主など、禅宗がプロパガンダとして流布した話などを見ると、
むしろ「必要無し」として軽んじた、というあたりかな?
ただ、種本は京極だから、人に言うときはちゃんと調べてからに
してくれ。
17 :
goatsong:2001/03/03(土) 22:50
聖像論争は9世紀に一応の決着を見るが、その後、聖像擁護
派はイコンに明確な教義的論拠を与えることになる、二度と
起きないようにね。それで、以後の宗教美術は偶像崇拝に陥
らないよう、その規定を慎重に守ることになるわけ。そうす
ると逸脱は起こるはずが無く、結果的に保守的になる。
西欧にも8、9世紀より後にイコノクラスムはあるわけで、
例えばサヴォナローラ、16世紀のプロテスタンティズム
の擡頭。日本でも鎌倉時代に例外的に偶像崇拝の禁止があ
るでしょ?それは禅宗で、そこから「頂相」や「六字名号」
なんかが生まれるわけだけど、積極的に聖像を破壊したか
どうかは知らない。詳しい人、頼みます。
↑悪い、改行わすれた。
4行目までがgoatsongの15のレスの写し。
5行目からがわし。
おまけに下げ忘れた。
ねた本がねた本だけにこそっと逝きたかったのに....。
コピペ氏ね
20 :
お絵描き君:2001/03/04(日) 00:04
>goatsong
>もっとも、最初期のカタコンベの美術はきわめて象徴主義傾
>向が強く、
初期キリスト教の場合「迫害」というファクターも入るな。
其のため符号化しなくてはならなかった。魚、XP、+、と
いった記号は、あからさまに出来ない苦肉の作でもあった
と思う。しかし祈る人物が描かれた壁画も残ってるな。
キリスト教(カトリック)の特殊用語にインカルチュレー
ションというのがあるんだが、異文化の融合といった事
を差す比較的新しい言葉なんだが、ローマ時代の宣教で
も、おそらくこのようなことは積極的に為されていったと
思うね。ローマは視覚的な効果を知悉していた文化だし、
ユダヤ人コミュニテイではなくローマに宣教していった
なかでは必然的に偶像的な形ある物を欲しただろうよ。
ビザンチンの場合は、仰る通り、イコノクラスムにより
教義は強化された。ここで決定的に西と東で神学的な違
いが生じることになるな。東は厳密な其の教義を今も
守ってるな。イコンは祈りに必要な存在となったね。
西方教会でも、現代の典礼に「十字架の道行き」という
祈りがあるがそれに近いだろう。
サボナローラのは神学的な意味からすると少し違うかもな。
ドメニコ会の厳格派だが、絵画や彫刻の存在を否定したわ
けではない。題材が新プラトン主義的な絵が多いとか、
世俗的過ぎるとかで、彼に心酔したボッティチェッリの絵
は容認されたらしいからな。
(ボッチ君は自分の異教臭い絵を燃やしてるし)
21 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/04(日) 14:36
質問なんですが、メトロポリタン美術館が仏像を米国へ移転したいと言っているそうですが、
メトロポリタン美術館のスポンサーは、どのような人々なのでしょうか?
莫大な費用をかけても、移転する価値のある仏像ですが、その費用を負担する
スポンサーに興味を持ちまして。
22 :
goatsong(本物):2001/03/04(日) 17:13
>>16 ふーん、そうなんだ。どうも有難う。もとより絶対の希求
なんてものが、およそ人々の心を支配しことなんてない日
本において、狂乱し聖像を焼くなんてヴィジョンは浮かん
でこないけど、やっぱりそのあたりでしょうね。
余談だけど、聖像を焚き火に投げ入れるという、絶対の観
念が生きていた激しい時代の、激しい魂といのは絵になる
と思う。私が西洋の精神文化に心を奪われるのは、ここに
ある。日本では、せいぜい平安末、鎌倉初期ぐらいの浄土
教近辺とキリシタンの時代ぐらいじゃないのかな。そこら
辺が私の日本芸術に対する不満なんだけど、過去にあまり
ああだこうだ言ってもしょうがないか。
23 :
goatsong(本物):2001/03/04(日) 17:13
>>20 そうだった、サヴォナローラが焼いたのは、ことに華美な
世俗画だったね。ちなみに、昔NHKでやっていたレオナ
ルドのテレビ映画に、サヴォナローラの焚書のシーンてな
かったなぁ?「薔薇の名前」のヴィジョンとかぶってるかも。
サヴォナローラとボッティチェッリの関係は、よくわから
ないらしい。絵を焼いたというのも、確かヴァザーリか誰
かの訛伝じゃなかったかな。ボッティチェッリ自身がどの
程度に、サヴォナローラに入れ込んでいたかも、結局よく
わからないみたい。「神秘の磔刑」「神秘の降誕」には明ら
かに影響は見られるようだけど。
>インカルチュレーション
いわゆる「習合」のことだと思うけど、積極的というより
は無意識的、或いは必要悪だった気がする、良く知らない
けど。16世紀のプロテスタンティズムってのは一方で、
そういったキリスト教内部の異教的要素を払拭しようと試
みたわけだけど、悲しいかな、人間は自分の属する時代性
から逃れられない。
24 :
goatsong(本物):2001/03/04(日) 17:14
>>21 メトロポリタン美術館って市立じゃなかったけ?まあ、
その辺りは知っている人に任せることにして、アメリカ
の博物館、美術館って、国立は殆どなく、しかも運営は
民間の寄付によって成り立っているところが多いのです。
要するに民主主義的なんだけど。あの美術館も、コレク
ションは多くが寄贈だし、運営も寄付によるところが多
い。アメリカでは大企業が文化施設に莫大な寄付をする
のは当たり前のこと、という意識がある。一般人なんか
も積極的に寄付しているようです。
だから市民が決断すれば、美術館は動くわけで、即決で
きるわけです。日本の場合、国立美術館の予算は国会か
なんか通さなきゃいけないわけだし、他の公立も同じ。
>>23の訂正
焚書のシーンてなかったなぁ?→焚書のシーンがあったような。
26 :
お絵描き君:2001/03/05(月) 00:44
>goatsong
>狂乱し聖像を焼くなんてヴィジョンは浮かんでこない
そうだね。西洋はLOGOS人間の宿命かね。或いは東洋の無も存在と見る
意識のお蔭かもしれぬのう。なむあみだ。
しかし、ゼロ1の思想は本来ラテン的ではないような気もするんだよね。
ローマ帝国の支配の方法論とか見るとね。何でも巧みに取り込み応用し
ていく。インカルチュレーションを実行してると思うんだが。どうだろ
うか?サボナローラはイタリア人にしては珍しい気がする。
>聖像を焚き火に投げ入れるという、絶対の観念が生きていた激しい
>時代の、激しい魂といのは絵になる と思う。私が西洋の精神文化に
>心を奪われるのは、ここに ある。
それは同意。だが永遠にそれこそトロツキーみたいな事やってたら
疲弊するだろうな。そういう時代に生きると言う事は辛いと思うな。
藝術をとるならそれでよしだが、生活をとるなら嫌だなぁ。俺ヘタレだし。
サボちゃんのお話はレオナルド番組に出て来たかもな。一応強烈な
フィレンツェ史の一幕だし。
まあボッティチェッリは同時代人と言う事で、直接的な関わりはなかっ
たかもしれないが、俺はそれでもデューラーとルターの関係と同じよう
な形で、影響は受けていたと思うね。サボナローラの神学の影響はモロ
だと言う事だ。細かい事は忘れたが、フランスの脅威と、世の終り(最
後の審判)の関わりの説教の内容と、マグダラのマリアと十字架の像の
絵なんかは、そのままやんけ。という話だそうだ。俺はサボナローラの
説教集が欲しいんだが流石に日本では出ていないのかね。
>いわゆる「習合」のことだと思うけど、積極的というより
>は無意識的、或いは必要悪だった気がする、
象徴、寓意という思考方法の出来る人間なら本来はたやすい事なん
だろうよ。字義通りという思想では「悪」となるだろうね。
カトリックでも反宗教改革期にこうしたやり方は非難されてるな。
ルイ15世が関わったとかいうイエズス会の表面的な解散理由は
ここにあったし。(ほんとはルイちゃんの野望)
27 :
お絵描き君:2001/03/05(月) 02:55
●メトロポリタン
国立じゃなかったのか。じゃあ州管理か?
アメリカって面白い国だな。
28 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/05(月) 15:53
よくわかんないけど国立ならナショナルがつきそうね。。
メトロポリタンて、例えば都立高校のこと英訳するとmetropolitan high schoolで良いと思うし
29 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/05(月) 20:47
>>22 近代日本にはそうした激しさがあったと思うけど絵にはならないね。
30 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/06(火) 07:55
絶対の希求って何なのさ?
32 :
goatsong:2001/03/08(木) 03:29
>>26 >ゼロ1の思相
申し訳ない、「ゼロ1」って聞いたことないです。
>サボナローラはイタリア人にしては珍しい気がする。
ラテン的思考というのは、やはり均衡、節度と中庸に代表
されるわけだから、やっぱりちょっと異例なのではないか
な、と私も思う。ああいう極端なのは、なんでしょうねえ、
ゲルマン的とでもいった方がいいのかな?同じくラディカ
リストである聖フランチェスコとの比較を許す、とも思う。
あんな感じの人間というのは、時たまイタリアに現れては、
とんでもなく優れたものや、その後のイタリアの方向性を
決定付けたりもする。例えばボッティチェッリであり、ミ
ケランジェロ。ドイツがラテン世界との邂逅によって、最
高のものが生まれるのであれば、逆にイタリアは北方世界
との出会いによって、それが成されるのかも知れない。
以下の93番も参考にどうぞ。
http://piza.2ch.net/test/read.cgi?bbs=gallery&key=968948384
33 :
goatsong:2001/03/08(木) 03:29
サヴォナローラの場合、中世の異端との関係もあるだろう
し、(そもそもルネサンスは、歴史学において中世と近代の
過渡期として解釈される)あの過激な精神主義と肉体への
忌避は、完全に反地中海的、東方的、(或いは北方的)思考
のような気がする。私はイタリア半島の中世思想がどんな
ものであったのか知らないので、このあたり詳しい人、お
願いします。
>ボッティチェッリは同時代人と言う事で、直接的な関わりはなかっ
>たかもしれない
ボッティチェッリの場合、明らかに影響されているわけで、
私が言ったのは、その程度について。例えば、前期から後
期へのあまりにも程度の著しい転身ぶりがある。さらに指
摘される通りに、後期の作品の図像は、サヴォナローラの
説教以外の淵源は考えられないものもあるわけで。
ところが、ボッティチェッリがどこまでサヴォナローラに
関わっていたのかは、検討も付かないらしい。ヴァザーリ
によれば、あの集団に所属していたとか何とかあったと思
うけど、これはかなり怪しいという。ボッティチェッリに
関しては、以下の84番でも書いたので参照されたい。
http://piza.2ch.net/test/read.cgi?bbs=gallery&key=971795392
34 :
goatsong:2001/03/08(木) 03:30
>サボナローラの説教集
2年ほど前、無限社という出版社から翻訳がでてる。4000
円くらいなので、勇気ある出版社のためにも是非買いまし
ょう。後で、調べときます。ところで、お絵かき君は「百合
の伝説、シモンとヴァリエ」というカナダ映画をご存知?
かなり、おもしろいのでお薦め。
>>29 多分、第二次世界大戦前後のことを言っているのだと思う
けど、私は、不可視の観念などにおよそ信頼を置かなかっ
た日本人があの時代、一体何に突き動かされたたのか、い
つも不思議に思う。当時の浪漫主義なんて、妄想の塊なわ
けで。
明治の廃仏棄釈運動のことじゃないの?
36 :
お絵描き君:2001/03/08(木) 18:05
お〜goatsongさん。待ってたよ。
沢山もらったからアーティクルを分けていくな。
●
>>32ゼロ1の思想
いや、俺が勝手に描いた言葉。二元論的とか、間が無いこと。
まぁ突っ込まんでくれ。
●
>>32ラテンとゲルマン
これはかなり差違があると思うね。
中世はローマを中心に神学が進められたと思われるようだが、
実はカロリング朝やパリ大学が中心になって居たことからも
北方が中心なんだよね。勿論神学者は南方からも多数輩出し
てるが。近代でも、南北、例えばフランスなんかは南と北の
人種の差違について文句垂れしてるようなのが居るくらい違
うようだ。
しかし違うという事は憧れめいたものもあるようだね。
デューラーしかり。ゲーテしかり。ニーチェしかり。
ルネッサンス初期はフランドル絵画からの影響(フィ
リッポ・リッピなど)があるし、フランドルは南方に目
が向かってたし。(北方画家は南に旅に出たりしてる)
が、結果現れるものの差違は歴然としてるな。
おれは南が身体的、北が観念的と思ってる。
ローマ建築がそもそも人間に肉体の延長線上にある。
北のゴシックは森との親和性を説く奴も居るが、やはり
数学的な計算がもたらしたものだよな。
37 :
お絵描き君:2001/03/08(木) 18:23
●サヴォナローラ
確かに彼の思想は、中世から現れる「異端」に近しいが
異端の傾向には大雑把に二つある。
1・神学的に明らかに違うもの
2・教会批判
1はカタリ派に代表されるグノーシス主義的な二元論。
或いは三位一体を否定するような根本的思想異端。
もしくは極端な終末思想。ヨアキム主義のようなやつね。
2はヴァルド派に代表される、庶民の側からのいわばプ
ロテスト的思想。これはフランチェスコ会も同じだね。
フランチェスコ会のなかで異端とされたものは極端な
清貧生活を重視しすぎた為だ。(チェルナーゼのミケ
ーレの話は「薔薇の名前」に出て来たから有名)
サボナローラは二元論的に現世や肉体的なものを否定して
いたわけではない。どちらかと云うと上記の2。だから今日
では見直しがされている。彼の思想の根源は1300年代末期に
出て来た、ジョバンニ・ドミニチを中心としたドメニコ会厳
格派。ベアート・アンジェリコもこの流れだよ。
厳格な修道士的な生活を市民レベルまで広げようとして無理
があったということだろう。文化大革命をしてしまったからね。
38 :
お絵描き君:2001/03/08(木) 18:33
サヴォナローラの本情報有り難う。追加情報
待ってるな。フィレンツェ美術を知る為には
必要なものだよね。
映画の事は知らないがDVDとかいうのとかで出てる?
おれ、最近映画見てなくてな。恥ずかしいよ。
●ボッティチェッリ
読ませてもらった。確かに彼の内面の変遷は面白いね。
おれはエキセントリックな後期の方が面白いとおもうね。
題材の好悪は別として、アプローチがね。
彼ほど時代に左右された作家もこの時代には珍しいん
じゃないかな?
彼の新プラトン主義の扱いは単なる記号的なものだな。
表象的。言語に置きかえられそうだ。
だが後期のサヴォナローラ的なものはモチーフに対し、
神秘神学的なアプローチを見るよ。内面に潜り込もうとして
いる。だから痛々しいんだがね。
39 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/08(木) 20:11
上のスレはバーミヤン仏教遺跡破壊開始とどいう関係があんの?
論点がずれまくってるよ?
40 :
お絵描き君:2001/03/08(木) 20:15
>39
御免。発展しちゃったんだ。許せ。
宗教と作品の関係という観点から読んでくれたまへ。
それより本格的な破壊が始ってるな。
39はどう思う?
41 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/08(木) 20:23
バーミヤン仏教遺跡破壊、これほど悲しむべき事態はないだろう。
しかしこれほど強大な仏教の力を見せている事件は無いだろう。
相手方は反撃もしない、石造を壊して喜んでいるのだから。
仏教徒の多くは悲しみの目で、彼らを見つめるだろう。
42 :
お絵描き君:2001/03/08(木) 20:57
>>41 ものには罪は無いんだよな。作った人達にも。
タリバーンは「偶像崇拝」を理由にしているが、仏教があの地で
どれほどの意味があるのかまず知りたいね。俺が思うに彼等の意
図は寧ろ国連などといった政治的なものに向いてるだろう。仏像
はその狭間でいわば宗教思想とは切り離して、利用されてるだけ。
だから余計になんだか悲しいよな。
43 :
goatsong:2001/03/09(金) 00:29
>>36 >ゼロ1の思想
>本来ラテン的ではないような気もするんだよね
"All or Nothing"みたいなやつでしょう。まあ、ローマ
帝国のいわゆる「諸神混交」なんかを見ても、私もラテン
的、或いは地中海的な思考ではないと思う。多分、東方
的な考え方なんじゃないかな。
>南が身体的、北が観念的
これは造形にも現れてくる。ことに16世紀以降はイタリ
ア・ルネサンスの波及があって、西欧美術は雄大な人体
を獲得することになるんだけど、それ以前はどうであっ
たかといえば、アイルランド写本が如実に示すように、
人体の造形なんて、装飾であっても構わないような、フ
ニャフニャなものであったし、画面全体も、これでもか、
というほどに装飾で埋めつくすわけであって、これは高
貴なる単純さと静かなる偉大さ」に換言されるギリシア
美術と対極にある。
44 :
goatsong:2001/03/09(金) 00:30
民族の血とは恐ろしいもので、結局、西欧美術っていう
のは、往時のそういう状態に還っていくんだよね。例え
ば、マティスのような骨のない人体と、装飾的画面。
これは、よく指摘されるけど、19世紀末の抽象美術の台
頭とも関連がある。抽象絵画は、ホイッスラー、モロー、
カンディンスキーと、アルプス以北から出てくる。逆に
イタリアを観察してみれば、20世紀においてもデ・キリコ
であるとか、モランディであるとか、非常に彫塑的な造
形の画家や、抽象的であるといっても、未来派のような
形態に信頼を置くエコールが多数派であるということ。
現代美術においても、この傾向は認められるという。
>ローマ建築がそもそも人間に肉体の延長線上にある。
>北のゴシックは森との親和性を説く奴も居るが、やはり
>数学的な計算がもたらしたものだよな。
これは私には、納得しかねるけど、長くなるので置いと
きます。
45 :
goatsong:2001/03/09(金) 00:34
>サボナローラ
>どちらかと云うと上記の2
言われてみれば、そうかも。もとよりサヴォナローラは
思弁的な人間とも思えないし。
>サヴォナローラの本情報有り難う
「ルネサンス・フィレンツェ統治論」
著者 :ジローラモ・サヴォナローラ
編訳・解説:須藤祐孝
出版社 :無限社
価格 :3800円
46 :
goatsong:2001/03/09(金) 00:35
>映画の事は知らないがDVDとかいうのとかで出てる?
私はテレビで見たからわからないのだけど、本国ではか
なり評判だったらしい
ちょっと余談だけど、私はキリスト教って本来は、地中
海的性格の、かなり人間的、人間主義的(humanistic)な
宗教じゃなかったのかな、と時々思う。ゴシックを連想
させるようなものじゃなくてね。まあ、これは(仮に実
在すると考えて)イエス自身の教えというよりは、ギリ
シア・ローマ的教養を備えたパウロによるものなのだろ
うけど。そういう意味ではパゾリーニの「奇跡の丘」なん
かは、ある意味で非常に忠実なのではないか、と思う。
ドイツ人なんかに見せたら「これはキリスト教ではない!」
とかいうだろうけどね。
47 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/09(金) 04:30
>お絵描き君 >goatsong
そういうことってどこでおぼえてくるの?
48 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/09(金) 08:24
「奇跡の丘」は”ある意味”じゃなくても十分忠実だと思うんだが・・・
49 :
goatsong(本物):2001/03/09(金) 21:42
調べてみたけど、構成主義とフォルマリズムって関係ない
みたいね。フォルマリズムは言語学や文学(創作ではなく
研究や批評の方)という学術的方面な様だし、思想面で言
えば、一種の「純粋芸術」的方向性を持っているよう(構
成主義の場合、プロレタリアートじゃないけど、生産主義
的方向に向かう)。当時はロシアだけでなく、西欧中に神
秘主義が瀰漫してたことを思えば、どちらも神秘主義の影
響があっておかしくはないのだろうけど。(例えば、カン
ディンスキーやモンドリアン)詳しい人、解説お願いしま
す。
50 :
お絵描き君:2001/03/10(土) 02:12
49はコピペだよな。
>>47 俺は職業柄引篭もりだから、読書以外の楽しみがないの。
それで変な本を乱読してるだけ。本業は絵描きだから
まったく無駄な事だが、無駄を愛してるのでな。
>goatsong
サボちゃんの情報ありがとう。
失われた恋人が見つかったような気持ちだぜ。
早速、検索。注文だ。
地中海という話が出て来たので聞くが、
ブローデルは読んだか?俺、藤原書店の本の高さに
閉口してまだ読んでなくてな。廉価版が出たが、その時には
萎え萎えになっちゃってな。まだ読んでないんだ。
もし読んでたら、どういう観点で地中海文化を捉えてるか
知りたいよ。
で、本スレの事に絡め
●ラテンとゲルマンの宗教びじつ。
51 :
goatsong:2001/03/10(土) 02:14
>>48 「ある意味で」と言ったのは、結局、最初期キリスト教の
形態がどんなものであったのか、誰にもわからないから。
パウロだって見てないわけだし、まして「マタイ伝」の著
者でしょ?
>>47 ジャンルを限定しないでいろんな本を読んでると、だんだ
ん頭の中でそれらが一つに繋がってきたりする。
あれっ、被ったね。
53 :
お絵描き君:2001/03/10(土) 02:34
長いから分けた。
ヨーロッパはケルト(ゲルマン)水脈とローマ水脈、それに
ギリシャ水脈とあるみたいで、俺的には、ギリシャは均衡
がとれてたんじゃないかと想像するんだよね。身体と
観念が。
で、偶像に話を戻すと、パウロについて触れてるけど、
パウロはイエス人格を「復活」という要素を与え、観念世界
に持って行っちゃった。ロゴスという抽象世界にね。
パウロはユダヤ人でローマ市民だけど、ギリシャ哲学に長け
ていたらしいね。
で、そのキリスト教での偶像?が生まれた時、東はそのイコン
に霊性を持たせたが、西方は持たせなかった。(教育的意味が
あるとしているだけ。)当時のローマ教会の人間は、モノが抽
象概念へ変換する事は想像つかなかったんだと思う。
あと、三位一体でもギリシャ理解と、ラテン理解じゃ異なるみ
たいで、ラテンではペルソナという人格を意味する言葉を当て
嵌めたよな。ギリシャ語の場合だとピュシス(本性)とかウシ
ア(実体)という言葉を使ってるんだよね。
この辺りの言語の使用法でも違ってる。
ギリシャ人は言語(観念)的な事に長けてるな。
しかしそこで生まれた神話はギリシャ神話だろ。
不思議なんだよな。
あれ?まとまんなくなっちゃった。御免。
良くわかんないんだけど、ヨーロッパって
この身体的なるものと、観念的なるものの分離が
激しい人間達が多いよなぁ。
だから偶像というものに対しても、その視点がどっちなのか
ってことで、態度がすごくわかれてると思えるんだが。
54 :
美術板厨房:2001/03/10(土) 02:40
偶像崇拝がダメな宗教や宗派があるけど、、、
偶像崇拝がまずい理由ってなに?
55 :
お絵描き君:2001/03/10(土) 02:51
む?同じ時間に起きてるな。おれはこれ書いたら寝るが
また明日な。
●パゾリーニ
奇蹟の丘は見てないんだが、結構笑えるらしいな。
まぁ、使徒達は聖書でも相当間抜けに書かれてるからな。
それにイエスが単なるおしゃべりに見えるらしい。
良く話す。実際聖書はイエスが一人出しゃべってるわけ
だから、忠実にやればそうなるな。
史実というか根本(Q)資料にはマルコの方がより近いって
話だな。俺は聖書学には詳しくないんで、良くわからんが。
あと最近は史的イエスというのが流行ってるんだが、これは
パウロの垢をおとしてやろうという試みでもあるな。
(これこそニーチェの亡霊かもしれんぞ)
まぁ美術はその垢の構成要素だから、垢を語るよ。
56 :
お絵描き君:2001/03/10(土) 02:56
>>54 答えとくな。
●偶像がダメな理由
旧約聖書で神様がダメだって言ってるからな。
その経典を共有するユダヤ、イスラム、キリスト教
はそういうのに煩くなったちゅうこった。
神様のいう事は絶対なんだ。理由なんかないかもな。
(あと付けで色々理屈は出来てるようだが)
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/11(日) 12:08
大仏を破壊してしまった以上、今後世界各国は一切の
援助をアフガニスタンに対して行う必要はない!
飢えて氏ぬがいい!>アフガニスタンのドキュソども
58 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/03/11(日) 21:21
友人、「宗教で人は救えるか?」
自分、「信じた奴だけな!!」
友人、「宗教で人は殺せるか?」
自分、「殺せるさ!人類の過去の歴史が証明してるだろ?」
このスレ読んでて、昔、友人とこんな会話してたの思い出したよ。
これだから、どの宗教の信者も鬱陶しいんだよな。
信じるのは自由だが、周りに迷惑かけてんじゃねえよ。
他の宗教なんてほっとけばいいじゃん!!
声を高らかにして言いたい!!
宗教で人は殺せるさ!人類の過去の歴史が証明してるだろ?」
>宗教で人は殺せるさ!人類の過去の歴史が証明してるだろ?
具体的にどれ?
60 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 21:39
宗教的な意味あいが強いのか、それともアフガン国内情勢に、
世界の目を向けるためのものなのですか、誰か教えてくださいぃぃぃ。
61 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/03/11(日) 21:45
>59
>具体的にどれ?
全ての宗教が(仏教も)!!
62 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 21:47
63 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/03/11(日) 21:58
>だから、具体的にどの事件よ?
ありすぎてマジ書き切れん!!
大体、昔も今も世界中で戦争やってるけど、何割かは
宗教絡みじゃん。教科書、歴史書読めば!!ニュース見てる?
>59さんも何が言いたいの?叩きたいの?
叩かれてもしょうがないけどさ。
64 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 21:59
宗教が人を殺している、というのは詭弁でしかないと思う。
(宗教を単なる言い訳として、あるいは盾にして、)人間が人を殺しているに過ぎない。
65 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 22:05
>>65 そうそう。
>>63 だから、宗教が直接の契機になった、具体例を5つほど挙げてよ。
66 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 22:09
異端審問=カトリックの権力保持
十字軍=経済的貧困
だいたい権力・地位の維持か、貧困が理由じゃないの?
仏教による殺人て、どれ?
67 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 22:30
その具体例とやらは、たった一つでも構いません。
68 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/11(日) 22:30
オウム真理教とかじゃないの。
69 :
>63では無いけど:2001/03/12(月) 00:00
まずはじめに利害関係のない者として、悪魔の書を翻訳した日本人が殺されたよね
それと最近では、ブラジルかどっかで、日本人観光客が、悪魔が来たと言われて民衆に撲殺されたよね。
それとか三十年戦争や、イスラムなんかは成立時からそこらじゅうの異教徒と殺しあっていますメヂィナでのユダヤ教徒の虐殺など(イスラム教は元から政治思考の強い宗教です)。
大体なぜ政教分離が、西洋で叫ばれたかを考えればわかると思うんだけど
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/12(月) 00:10
>>65 そんなもん、自分で調べろ!!
世界史の本をひも解けばすぐにわかるだろ!?
71 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 00:25
>>69 その政治的な部分は、はじめからイスラム教にあるものなの?
ちょっと悪いこと描いた人間は、殺せなんていってんの?
>ブラジルかどっかで
あれは、民衆の間の噂が、恐怖を煽った結果だろ?
彼らの宗教の教義にそんなことが書いてあるの?
>成立時からそこらじゅうの異教徒と殺しあっています
それはイスラム教徒が一つの集団をつくり、
宗教とは離れて権力の拡大を図っただけなんじゃないの?
結果的に周りが異教徒なだけで。
>三十年戦争
聖書は、自分と異なる考えの人間がいたら、滅ぼしちゃえなんて言ってるの?
自分の考えが自明のものであってほしいという、彼らの欲じゃないの?
だいたい30年戦争なんて、政治的理由が絡みまくってるし。
72 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 00:26
割礼は、人を攻撃的にする、とふと思った。
(中東、アメリカね。)
73 :
71:2001/03/12(月) 00:29
殺人を教義に入れてる宗教もあるけど、
それだけを取って、宗教は人を殺せるなんて言えないと思うけど。
三十年戦争は、カトリックとプロテスタントという権力構造が引き金でしょう。
75 :
たらチャン:2001/03/12(月) 00:38
>>68 そこで安易に「オウム」といってしまうところに「宗教が人を殺している」という誤りが生じてしまうのではないのでしょうか?「オウム」と言ってしまって問題の全体をぼかしあたかも責任をすら「宗教」というものにすり替えてしまうところにです。
人間、一人、一人が誰あろう他でもない「私」として、私自身自覚的存在として自分の人生を生きていないところに「宗教」をあるいは「暴力」を盾にしたり、傘にしたり、利用したり、その一切をなすりつけてしまうのだと思います。「私」が一人の人間として自覚したところに責任があり「生きる」ことそのものがあるのだと思います。(大雑把にいってしまえばキリスト教では「罪」の自覚でしょうし仏教でこれを言えば「業」としての存在認識でしょう。それは「宗教的自覚」そのものでしょう。)
つまり「私」が一人の「宗教的存在(言葉はその一人一人によって違うと思います。)」であると認識出来得た時に、初めて「私」というものが「救われる」のでしょう。結して「宗教」が人を救うのではありません。また「宗教」が人を殺すのでもありません。
私が私を自覚しないところに、(自分を見つめないところに)どうしてそこに「美術」や「芸術」がありえましょうか。なぜ、そこに「宗教」がありえましょうか。
「信仰」とは生きる意味の方向を与えるもの、と私は思います。生きる意味の方向とは人に依っては「家族」だったり「お金」だったり、「会社」だったり、芸術家にとってはなによりも創作活動のことでしょう。お魚屋さんであれば誰よりもおいしいお魚を仕入れお客さまに提供すること、芸術家であれば真摯に創作し作品(=それはその人の思想の結晶でしょう)を創ることに他ならない、と思います。
「私」が「私」を自覚していないならば信仰なぞまるで砂のお城です。どうしてそこに人の心を打つ作品等あるのでしょうか?
「私」が一人の人間として「宗教的存在」である、と自覚し自ら絶壁に足場を組み、岩をも削り、のみをふるい、滴る汗を拭い、仏像を彫った偉大な名も無き信仰者に大きな賛辞と敬意を私ははらいます。
ここに、私もまたバーミヤンの仏教遺跡破壊に断固として反対を表明します。
過去一切において「宗教」が人をだれ一人として殺してはいない、ということが少しでも伝われば幸いです。わかりにくいところも反論もあろうかと思います。私自身は今これだけの事しか言えません。申し訳ありません。
それから最後に私にこの信念を与えてくれた古今東西の多くの作品と作家に対してこの場を借りまして感謝の意を伝えたいと思います。
おやすみなさい。
76 :
>>63では無いけど:2001/03/12(月) 00:46
>>71 悪魔の書関連に関しては、イランの宗教的最高指導者であったホメイニ氏が、暗殺命令を出しております。
>ブラジルかどっかで
教義とかそういう話してではなく彼らは、民間宗教的なもので、恐怖をあおられたんですね(確か預言者かなんかが、子供をさらいにくるやつらがくるとか予言したはず)
>成立時からそこらじゅうの異教徒と殺しあっています
これに関しては、イスラム教を少し調べればわかると思うけど、イスラム教の創始者であるムハンマドも異教徒との戦争をしています
メヂィナでのユダヤ教徒の虐殺はこの人がしました
(異教徒との聖なる戦争ジハードで死んだ人間は天国にいけるとかいてありますしまたイスラム教が一夫多妻制なもの、戦争によって、男の人数が減るためと思われます
>三十年戦争
これをあえて入れたのは、この後、西洋で宗教戦争が起きていないから書きました。
ここらへんを調べれば、なぜ西洋が政教分離になったかが解ると思います
77 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 01:08
>>75 私もあなたの意見に賛成です。
おおよそ、宗教の問題は「宗教」と「宗教団体」をごッちゃにして
考えるところから来ているのるのだと思います。
78 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 01:21
>>76 >三十年戦争
>政教分離
他は知らないけど、これはまるでキリスト教が、始めから
政治的志向を持っていたような印象を与えるなぁ。
キリスト教がそういったものに乗り出すのは、「教会の勝
利」以後の話。「教会の勝利」は美談で語られることが多
いが、これは同時にキリスト教会の腐敗の始まりでもある。
簡単に言えば、俗権の介入、つまりローマ帝国のシステム
を受け入れなければならなかった。ローマ・カトリックに
せよ、東方教会にせよ、もとはこれ。どこかに書いたけど、
宗教なんてものは少数でやっているのが一番で、権力と結
びついた時点で終わり。
そういう意味では、三十年戦争を純粋に教義的なすものと
みなすのは疑わしいと思う。
>>71 >自分の考えが自明のものであってほしいという
結局、宗教戦争なんて、すべてこれに集約できると思う。教
義的というより、教義外的理由。これらをすべてひっくるめ
て、宗教戦争を(純粋に)宗教によるものと考えるのは、間
違い。
79 :
goatsong:2001/03/12(月) 01:22
>>76 >三十年戦争
>政教分離
他は知らないけど、これはまるでキリスト教が、始めから
政治的志向を持っていたような印象を与えるなぁ。
キリスト教がそういったものに乗り出すのは、「教会の勝
利」以後の話。「教会の勝利」は美談で語られることが多
いが、これは同時にキリスト教会の腐敗の始まりでもある。
簡単に言えば、俗権の介入、つまりローマ帝国のシステム
を受け入れなければならなかった。ローマ・カトリックに
せよ、東方教会にせよ、もとはこれ。どこかに書いたけど、
宗教なんてものは少数でやっているのが一番で、権力と結
びついた時点で終わり。
そういう意味では、三十年戦争を純粋に教義的なすものと
みなすのは疑わしいと思う。
>>71 >自分の考えが自明のものであってほしいという
結局、宗教戦争なんて、すべてこれに集約できると思う。教
義的というより、教義外的理由。これらをすべてひっくるめ
て、宗教戦争を(純粋に)宗教によるものと考えるのは、間
違い。
あらら、名前入れ忘れて「中止」押したんだけどね。すいません。
81 :
名無しさん@お腹いっぱい:2001/03/12(月) 07:32
宗教自体が人を殺すってのは言い過ぎかもしれんけど
結果的に宗教絡みで殺人(戦争)っておきてるでしょ?
組織がでかくなると、権力闘争が起きるし他宗教の教義に
自分達が脅かされる(信じた自分自身、今までの人生)から
戦争(殺人)がおきる。
他の理由があると思うけど「結果的に宗教絡み」で殺人(戦争)は
おきてるとしか思えない。
権力闘争が起こる事自体、人を救う事になってないよな。
82 :
お絵描き君:2001/03/12(月) 14:22
よーするにイデオロギーなんだよな。
利用し易いちゅうこった。
特にキリスト教ももとのユダヤ教も、イスラムも呼びかける対象
が民族集団や共同体が前提だからな。結び付けて考えやすいんだ
よ。
その点、仏教は個人的な内面に向かう思想だからな。結び付け
づらいだろう。代わりに共同体にフィードバックさせるもの
としては希薄になりがちだから、道教的なものを補わないと
いけなくなったりしたんだろう。と思ったりしてみた。
83 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 15:49
>>81 「宗教絡みで殺人はおきてる」これは、あきらかに違いますね。「宗教」に絡んでいるのは一体なにか?ということを考えない限り問題の本質を見誤りますよ!
例えばあなたの言っていることはこの間、どこかで、女性の画廊経営者が殺された事件がありましたよね。
この事件に対して「結果的に美術絡みで殺人が起きたわけでしょ?」「美術が人を殺しているとしか思えない。」、と言っているような物です。
つまり、「宗教」に、あるいは「美術」に絡んだのは結局のところ一体何か?ということです。
75のたらチャンさんや77の方が言いたいことはそういうことだと思います。
84 :
>>63では無いけど:2001/03/12(月) 17:44
あんたさー宗教宗教というけど、宗教なんてものは、家族だけが信者の宗教もあるし、
三大宗教みたいなものもあるから宗教という事でひと括りにするのは、無理だよ。
生贄を捧げる宗教(現在ではほとんどなくなったが、昔なら、インカ帝国、ドルイド教、カルタゴ、首狩族も宗教的なものだね)
や何度も言うけどイスラム教みたいに成立時非常に攻撃的な宗教もあれば、
仏教みたいなソフトな宗教もありますよね
(キリスト教の話は、キリストが死ぬ前と後の違いやローマ国教化やそのほかもろもろ絡んでくるからめんどくさいパス)
つまり宗教はほんとにいろいろあって一言で宗教は、人を殺さないとはいえないんだよね、
人を殺す宗教もあるけど、ほとんどはまともだよぐらいでいいんじゃないの?
85 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 17:52
「『宗教』は人を殺さない。人を殺すのは人自身だ。」
しごく尤もな意見のようだが詭弁のようにも感じる。
社会構造を批判する際に「社会は悪くない。悪いのは人だ。」
などと言っているようなものだと思うぞ。
宗教というものにある種の危険性が伴うことは疑いようがないと思う。
86 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 18:00
>>83 ”宗教”と”宗教に絡んでいるもの”がどれだけ明確に分離出来るんだ?
87 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 18:16
>>84 「宗教的なものだね。」そりゃ、民族・風習・習慣でしょう。
「人を殺す宗教もあるけど、ほとんどはまともだよ」これは「人を殺す人もいるけど、ほとんどはまともだよ」が正解。
>>85 ある種の危険性が伴うのは人間、でしょう。人の集まりが「社会」だからもちろん、社会全体も悪いでしょう。
ただ「社会」とそこで問題の本質をとどめてししまうのではなくあくまで「私」に持ってくるところに責任が成り立つのでしょう。
そこにしか美術も文学も社会も、ましてや、秩序すらも成り立ち得ませんよ。
言われた事、ありませんか?「いつまでも社会のせいばかりにするな」と。私は言われましたよ。
ただ宗教と宗教団体をごチャにして考えてますよ。
確かに宗教団体は人を殺していますよ。これは明らかに。
しかし、美術と美術団体は別物でしょう?それと同じことだと思います。
88 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/12(月) 18:23
>>86 宗教に絡んでいるもの、それは人間でしょう。
嫉妬、支配、所有、死への恐怖、
89 :
OE5:2001/03/12(月) 18:38
美術とは何か?というこの板の基本的なことにも繋がるな。
美術って何だろう。
90 :
OE5:2001/03/12(月) 19:59
だからさあ、美術ってなにさ、
91 :
こちらも大きな問題かも。:2001/03/12(月) 22:15
バーミヤンの仏教遺跡云々から外れてしまうけど富山の近代美術館だっけ?
天皇ヒロヒトと裸体を一枚の画に並べて、とかいう問題。
あれは黙殺なんですかね?平山先生は?
その後どうなっているのか御存じの方いらっしゃいましたらぜひ!
どうか、御一報を。
92 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 00:18
>>91 そこずっと前も天皇がらみで問題起こしてなかった?
93 :
91:2001/03/13(火) 01:30
>>92 あ、そうなんですか?ここのレス読んでいたら平山さんつながりで思い出したもので、
近代美術館だからなのかな?それとも富山、という風土に何かあるんですかね?
94 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 03:04
>>87 宗教団体と宗教を区別しようとするのが理解出来ない。
言葉遊びの詭弁だよ完全に。
宗教というものも人間が作るものだろう?
そしてその人間というのは宗教団体を構成する人間に
他ならないじゃないか。
>>88 人間を排除して宗教があり得るとでも思ってんの?
95 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 03:15
美術という概念そのものは人を殺さない。
宗教という概念も人を殺さない。
当然のことながら人間という概念も人を殺さない。
96 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 03:25
宗教は人を殺さないと考えているのではなく
人を殺すのは宗教でないと考えている人に、何を言っても無駄だね
97 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 03:58
宗教最大の特徴は、もっとも肝心な、最終的なところで
論理やモラルを超えてしまうところ(具体例の説明は
非常に面倒だが、リクエストがあればしよう)。ゆえに、
「宗教によって可能になった殺人」は歴史上数多い。
バーミヤンの件に関しては、悲しむほかにすべきことがない。
破壊者たちの倫理観に口を出しても仕方がない。
問題は、西洋史的に見れば、彼らの倫理観は前近代的であるにも
関わらず、国際社会の中では彼らも現代に住んでいて、なおかつ、
現代の道具(武器)を手にしているところだろう。
構造的矛盾があまりにも大きすぎて、もはや善悪では語れない。
個人的には、宗教をも含む社会システムを盲信してしまう
「個々人の愚かさ」を憎むばかりだ。
98 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 04:05
99 :
「58」:2001/03/13(火) 13:09
宗教団体と宗教をごっちゃにしなくても結果的に人は死んでるだろ?
(宗教団体と宗教がいっしょとは書き込んでないし)。
別にどっちも否定も肯定もせんが、結果的に「宗教絡み」で
殺人(戦争)っておきてるでしょ?
救われるのは信者だけで「宗教絡み」で、いくらでも戦争は起こるんだよ。
だから宗教で人は殺せるさ!人類の過去の歴史が証明してるだろ?
それに同じ宗教でも宗派(教義)が、ちがってれば争ったりしてた歴史があるよな。
そう言うのは殺人が無いだけで、人間の醜さは変わらないよ。
それとも何か?信者(宗教団体と宗教を別にしても)が救われるためには
戦争しても良いってのか?入信しない人は殺しても良いのか?宗派がちがってれば
信者同士で争ったりして、一般人も巻き込んで良いのか?
100 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/13(火) 19:27
>>75 共感出来るけどあまりにも現代的な考え方だと思う。
過去に於いても宗教について同じことが言えるか疑問に感じる。
それに信仰とは何か、ということ自体がそれこそ宗教によって
変わってくると思うな。
101 :
お絵描き君:2001/03/14(水) 00:41
タリバンついにぶっ壊しちゃったな。
102 :
たらチャン:2001/03/14(水) 00:48
>>77.83.87
流れを読んでいてどうしても私はあなた方に言いたく書き込まずにはいられなかった。
私のレスを読んでの発言のようだが私の書いた事に大きく誤解、あるいは曲解して共感されているように思われます。
彼等に誤解を大きく招いてしまった私の思考の甘さを情けなく思う。と共にこの事をうまく説明できない自分自身を腑甲斐無くも思う。
すべての宗教はもちろん人間を離れて存在(この言葉が本当に正しいかわからない。)はしない。また宗教団体もそうである。自明の理である。
それは94さんを初めとして多くの方が言われている通りである。私もまた別物として考えてはいない。
また、97さんの言われている、「宗教によって可能になった殺人」という言葉を今、私は重く受け止めている事をあなた方にどうしても伝えなければならない。
私は、97さんの『個人的には、宗教をも含む社会システムを盲信してしまう 「個々人の愚かさ」を憎むばかりだ。』、99さんの「人間の醜さ」、この二つの事を真直ぐ言わなければならなかったのだ。私のだるく甘い思考と物事への見識の浅さを深く反省している。
それだけは、あなた方3人か、2か、何人か知らないがどうしても伝えたかった。どうかこれらのことを理解して欲しい。
>>100 やはり、そうですか。よく言われます。身勝手だ、と。最小限努めて自分の事だけを(これが現代的な、ということだね。)述べたのですが。やはり自分にとっても「信仰」とは、という自分の問うた答えにすら窮するにも関わらず簡単にも書き込む内容ではなかった、と真摯に反省し受け止めています。
私は厨房以下レヴェルですね。100さん、どうもありがとう。それから、皆さんの活発な意見はとても参考になりました。どうもありがとう。
今日の夕刊にあの写真が出ていた。地方紙では珍しいカラーである。とうとう本当に始まってしまった。おそらく周辺の多くの遺跡群に広がっていくだろう。この暴挙に対してもはや解決とは「武力」をもって「仲介」するしかないのだろうか?
103 :
無:2001/03/14(水) 00:54
104 :
∵б:2001/03/14(水) 23:14
快感だろうな。やっぱ。そういうの壊すのって。
105 :
ぱくぱく名無しさん:2001/03/14(水) 23:29
明治維新の廃仏毀釈や文化大革命中の文物破壊とは決定的に異なることは、今回の破壊決定が国内的事情に発するものであっても、優れて国際的問題であることだ。
又、大国の谷間で数世紀に渡って、そして今日も尚複雑怪奇な国際情勢に翻弄され続けているアフガニスタンの人々に世界の関心が集まるのであれば、大仏様も捨身の甲斐があったというものかもしれない。
106 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/19(月) 23:30
タリバンに限らず怪狂徒はみなドキュソ!!
107 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/19(月) 23:42
筑紫のニュースで爆発やってたな。
回教徒は昔は寛容でまともだった。ヨーロッパで暗黒の時代といわれていた頃には
学術はむしろイスラム圏で発達したし、占領地でも剣か金かコーランかだったしね。
原理主義って言うのは融通がきかないだけ有害。
109 :
名無しさん:2001/03/20(火) 00:03
羊じゃない?
111 :
:2001/03/20(火) 00:15
イギリス人は馬殺すと怒るらしいな。
112 :
ぱくぱく名無しさん:2001/03/20(火) 00:19
人間の生命を人質にするのと仏像の破壊を政治的に利用するのとでは、どちらがより文化的だろうか。
113 :
空耳:2001/03/20(火) 00:35
やはり結局破壊されてしまったんだね。
なんか押しとどめ様の無い歴史の流れのようなものを感じていた。
怒りは感じなかった。諦念か?
そうなってしまう運命だったのだろうというような・・・
松浪議員とか平山郁夫に対してどうと言う気はないのだけど、
彼らの声明を聞いて、それでは無理だろうと思った。
間違ったことを言っている訳ではないのだけど。
彼らはもっともっと異質な存在なのにと思った。
あるものは破壊され、あるものは破壊されずに残ってゆく。
でも破壊されてしまったからといって、
そのものの価値は失われたりしないわけで、
別のあり方として存在してゆくことになるのでしょう。
バーミヤンの美術的価値は失われても、
人類史的価値は高まったのかもしれない。
こういうこと言うと超顰蹙かいそうだけど。
114 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/20(火) 00:49
怪狂徒がキチガイ集団の集まりであるということが
世界的に証明されただけでも収穫ではあるな。
115 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/20(火) 10:17
>いま、今夜も、子どもたちが飢えと寒さで死んでいるのです。
>それについては何も言わないでおきながら、
>仏像の破壊についてとなると、これだけ大騒ぎなさる。
http://mion.wisnet.ne.jp/world/af/ ↑
こいつムカツク。
わしらは大仏を破壊した行為だけに怒ってるんじゃない。
他宗派を否定する排他性に怒ってるんだ。そういう
意味でタリバンも普通のイスラムどもも同根。
なんで仏敵どもに援助しなくちゃなんねーんだ!
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/20(火) 10:18
117 :
goatsong:2001/04/24(火) 23:02
今更、日本に来られてもねぇ・・・・・
118 :
痛快:2001/04/26(木) 16:58
なんかさぁ。湾岸戦争の時、原油流したのってあったけど。それ以来の、
おもろさだね。
119 :
愉快:2001/04/27(金) 04:30
壊れちまったもんはしょーがない
120 :
わたしはダリ?名無しさん?:2001/04/27(金) 20:34
>116
そう言えば、A・猪木はイスラム教徒だったことがありましたが、
日本国籍の人でイスラム教徒っていないようで、案外いるのですね。
「『木鐸』を知っていることを誇らしげに語るようなお前にわざわざ反論
することもないと思っていたが〜〜」という趣旨のカキコをするんだろうなあ。