アートにおいて、日本が欧米に追いつかない一番の理由は
『深みの無さ』だと思うのです。
歴史における文化や習慣の比較などを踏まえて
話し合っていきたいと願います。
『深み』というのも曖昧な言葉だね
具体的に何をさしてるのか説明して下さい
>1
日本じゃ無理。
前衛やってもバカにされるだけだし、テニスじゃないよ、
4 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/19 16:16
>>2 たしかに
>>1が「深み」という言葉をどういう意味で使ってるか聞きたい。
まずはそれからだ。
わびさびは浅いかね?
>1よ。
日本は いまや 海外の文化で成り立ってしまっている国
寿司を逆輸入されるように 向こうでも日本の商品は
逆輸入された気分。だと思う。
7 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/19 19:31
「アート」とか平気で言ってる時点で深みがない
7 意味わかんねえこというな(笑
9 :
( ̄ω ̄;)!!:02/05/20 04:12
日本にアートなんか無いよ。
10 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 04:29
1その深みとやらも、西洋の価値観に当てはめられた深みなんでは?
11 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 04:49
谷底に小屋を作ってそこに画家を住まわせて描いた作品はきっと深みのあるものに
なるでしょうが
12 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 04:51
日本では異常だといわれるような環境でかかれたものは
結構独特の味が出そうだなー
とおもってみるテスト
14 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 10:42
アートと言う言葉が出たとたんに、そんなもの日本にないとか
軽々しく言葉にするなとか、わかったようなわからないような
ことをのたまうヤツ、なんとかならんものか?
15 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 12:00
あるわけないじゃん。
そもそもここの美術板自体深みなんてねえだろ?
16 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 12:19
>>15 アホか!
いくら日本の芸術がレベル低いと言っても、
こんな2ch美術板と日本の芸術レベルを比較するな。
レベルが違いすぎるわい。ここのレベルは日本の低辺だ!
底辺ね。しかし大体が芸術が高尚という概念自体が
もうものすごく古臭い気がするのだがね。
外国日本と比べることに何か意味があるのかね?
18 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 12:55
まあね、ここは最低だからね。
19 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 14:01
1は立て逃げ決定
20 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/20 16:31
11 なんかドウイ! 右脳的な方向だな。。
21 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/21 00:08
深みがないのはこんなクソスレ立てた奴のノウミソ。
22 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/21 00:19
日本の美術レベルっていつから低くなったんじゃあ(ToT)
しかもよりによって米に比べてって(ToT)
前衛が日本で馬鹿にされるのは
前衛が理解されないからとか日本人の意識が低いからとかではなく
前衛よりはるかに洗練された生活に密着した芸術や文化が
日本にはあるからでしょう(T_T)
日本人で美術趣味の人は目が利くしもっとおもしろいものが身近にあるから
前衛を相手にしないだけ
「深み」がないって?
だから、「スーパーフラット」なんつって開き直ってみせてるわけじゃんよ。
25 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/21 16:53
前衛の顔をしたお姉ちゃんがそこらじゅうにいる
ちょっとやそっとじゃあのインパクトにはかないません
26 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/23 09:24
でも日本人は昔から深みとか壮大さに対するコンプレックスがあった気がするなぁ。
中国とか西洋に対して。
お前ら死ねよ。
自虐主義者め。
日本画は世界屈指の芸術作品だ。
それを証明するには、アングロサクソンは繊細な線は書けんよ。
日本人が油絵を書けても、その逆に繊細な日本画はアングロサクソンには書けない。
お前らはいい加減にアングロサクソンの世界戦略に気がつけよ!
東洋人は白人の猿真似しかできない、と思わせるのがあいつらの戦略だ。
日本画もアメリカ人(アングロサクソン)の
フェノロサが作らせたようなもんだがな。
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オーディオ製品で比較してみるのも面白いと思います。
日本製はひたすら原音を忠実に再現する事を目指すのに対して
欧米製品は音そのものを加工して、魅力的な音を出します。
オーディオは原音を完全に再現するのは不可能である
ということから考えると日本製はどうなんでしょう?
そのへんも芸術性の違いに影響してるのかな?
31 :
ベンゼン中尉 ◆fjTeojqQ :02/05/25 11:40
>>1 日本の芸術は世界でもかなりの位置を占めていますよ。浮世絵などは印象派がこぞって模写したりしていますしね。
ジャパニズムという時代もあったほどです。
日本文化は欧米と違い自然融合の中での芸術が育ってきた訳です。欧米の自然を悪とするような思想とは正反対なんですね。
だから、日本の芸術でも版画などは世界での方が評価が高かったり、一概に日本の芸術がどうだと論ずるのはまず、いけませんね。
32 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/25 13:21
本を読んでいたら、「根が有る、無い」という言い方していた。
33 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/25 13:34
日本の芸術にある深みを感じ取れる感性を持っていないから。
34 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/25 14:18
>1は
日本美術を写真でもいいからもう少しみてみたら?
輸入された欧米文化にどっぷりとつかって見るのじゃなくて。
35 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/25 16:16
キリスト教って、罪の意識を言い過ぎるし、それに対して反発したり、深刻になったりと心理のバリエーションが出易い。
仏教はみんなじょーぶつ〜だから、潜在意識にストレスが少ない、なんてどうよ。
37 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/25 21:03
深みがないのは美術だけじゃないぞ。
深みはオーケー。
>>35 キリスト教は教え自体に魅力がないから宣伝だけは派手にする。
そのお陰で目に見える芸術が発展したんだよ。
>36 山川草木悉皆成仏
>39 なーる
41 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/26 00:38
>>35 そっかなー?
牛は食べ物だから増やして幾ら殺してもいいけど鯨はダメ、と何の
矛盾も無く考えられるより、自分は他の生き物の命を奪って生きている、
と考える方が心理のバリエーションが多くなるように思うけどなあ。
>>40 だれでも仏になれる可能性を持っていると言っているだけで、
ただ何もせずに仏にはなれない。
43 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/26 01:52
宿業観というものが仏教にはあるだろ?
法隆寺金堂壁画とか興福寺無著世親像にも深みはないのか?
45 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/26 03:01
キリスト教はざっくり善悪二つに分かれるから、メリハリはつくけど
バリエーションは二個しか無いね。
鯨を神聖視するのは、旧約聖書に出てくるんです。
ヨナという悪い男が、ある日鯨に呑まれ、改心して神に目覚めて奇跡的に助かる。という話が有るそうで、鯨はキリスト教圏では神聖な生き物のイメージが有るようです。
余談ですが、鯨が人を呑むのは非現実的と言う訳で、ピノキオが鮫に呑まれる絵本が現代日本では出版されています。
47 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/26 22:31
鯨だったかなあ?魚だったような気がするけど...。
話もなんか違う感じがするし...。
いや、そういう話じゃなくて。
仏教だと、”命”という単位で考えるから、人も鯨も牛も同じ扱いなんだけど、
キリスト教では、殺して食べて良いと許可されているものと、食べてはいけない
ものがあって、なんの矛盾も感じないんですよね。
まあ、余計なことに悩む必要が無くていいですけどね。
ということで、心理的なバリエーションはやっぱり減りますよね、仏教に比べると。
別にヨナは悪人じゃない。
アッシリアのニネヴェで説教した預言者だ。
飲み込まれたのは鯨だったとも大きい魚だったともいう。
49 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/27 12:39
深み、という話ではないがチベットの曼荼羅は輪廻転生を
現しているのだけれども、ああいうものの中でどうしてこんなに
緻密に描こうとするのか、という問いがどうしても出る訳だが
というのは緻密に描くという事と作品の良し悪しとは関係なくは
ないが必ずしも一致しない。
曼荼羅を描くという事が祈るという事と同義であるからこそ
あれほどしつこくくどく描きこむのであるね。
それで作品の(作品という意味は本人的には持たぬと思えるが)
力は芸術とは違ったものとなって私たちに迫ってくるのだろう。
そう。日本の作品にはあそこまで粘質的なものがないのは
宗教への依存度の相違であると思う。
例えば横山大観の「生生流転」などは日本人の体質を比較的
よく現していると思われるが、絵画には宗教観というよりも
自然観などの方が溶け込んで表出しているようだ。
ただ奈良の仏像などの事を考えると、49と私の言っている
ことも?と思わなくもない。
51 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/27 18:31
"鯨だったとも大きい魚だったともいう。 "
聖書に書いてあるんじゃあ...。
曼陀羅って、作品だったの?
>50
曼荼羅は本来的には作品とは言わないだろう。
芸術的側面から見るから細密に描く事に対して疑問が出てくる。
曼荼羅を描く人は宗教的依存度の相違どころではなく、
人生が宗教そのものだから、細密すぎるなんて感覚は本人にはないと思う。
それから、宗教観と自然観は違うのか?
自然の摂理を法文化したのが宗教だと思うが。
そう言う意味では宗教観と自然観は根源は同じ。
曼荼羅にしても、自然観(宇宙)を仏を構成することで表現したもの。
密教においての悟りとは「宇宙や自然」(=仏)と同一化することと解されている。
五重の搭や卒塔婆も「地・水・火・空・風」という自然界を構成する
五物を表わしている。
出ました知ったかちゃん。
54 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/27 20:31
じゃあキリスト教の自然観ってどんなのですか?
>>52
55 :
46鯨について:02/05/27 20:49
すみません、聖書を読まずに、クリスチャンの人に聞いたから、簡単に説明してもらっただけの知識で書きましたのさ。
宗教はきりが無いよ。物量が多すぎて。解釈も色々だし。
キリスト教の自然観も行き着くところ仏教の自然観と同じ。
キリスト教では、神の前では全てが平等であり、人間とは自己中心性を
持つが故に生まれながらにして悪の部分があるとする性悪説を全面に押し出している。
その自己中心性を戒め、周囲(自然)との共存を求めるもので、
仏教での宇宙との同化と概念は同じもの。
古代ギリシャ哲学での自然観を著した原始論と、仏教の般若心経の一節「色即是空」とも
通じるものがある。宗教思想は枝葉の部分であり、根っこは同じ物では?
但し、これらは一般的な自然観ではなくて、宗教的観点から見た自然観と言うこと。
57 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/27 22:02
同じ自然観を持ってるのに仏教圏とキリスト教圏の芸術がこうも異なるのは
なぜでしょうか?
自然観は芸術に影響を及ぼさないってことにことになりませんか?
58 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/27 22:58
>>56 >キリスト教では、神の前では全てが平等であり
それはあまりにも大きな誤解。
一度聖書を読んでみることをお勧めします。
神との契約が絶対条件です。
契約していない人間がどうなることか...。
旧約聖書の神はほんとに無茶苦茶だからね、、
まあヤヤ氏が言ってるのはずっと後のキリスト教のことでしょう。
60 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 00:53
>人間とは自己中心性を 持つが故に生まれながらにして悪の部分がある
>とする性悪説を全面に押し出している。
これも変な話で、もともと持っているのなら、それは創造主の責任に
なるはずですよね。本人ではなく。
>60
そんなことはキリスト教の宗教思想に文句言ったら?
キリスト教の自己中心性による性悪説はキリスト教の中心的思想ですよ。
56に言うことじゃないでしょ(笑)。何か勘違いしてないっすか?
62 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 02:16
キリスト圏で自然観、をテーマにしている様式は?
19世紀は自然回帰のようにも思うけど
プレ・ラファエル、サンボリスム、アール・ヌーヴォー
人間と自然の係わり合いがテーマかもしれない
現代美術のことを話してたの?
63 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 02:50
>>56 そりゃ自然観というより世界観と言った方が正確じゃねーかい?
それにキリスト教が宇宙との一体化を目指してるっていうのも極論に過ぎると思う。
64 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 10:46
>>61 今のところ、”キリスト教の方が仏教より心理のバリエーションが出やすい”という
意見から、それに否定的な意見と自然観は両者で同じであるという意見を起点にした
意見が平行して書き込まれています。
で、キリスト教には矛盾と思える事があって、それに対して鈍感に見えるが
本当に心理バリエーションが多くなるのか?系統の意見でしょ。
>キリスト教の自己中心性による性悪説はキリスト教の中心的思想ですよ。
こりゃ、キリスト教を成立させるためのアクロバットですよね。
後付の。もともとあったものではない。
そうそう、キリスト教では自然は全て人間が自由にして良いものでしたよね。
”知恵の実”以外は。
まあ、後から蹄がどうのとか血がどうのとかで禁止が増えていったみたいですが。
>>62 宗教観と自然観が同じ物、と考えている場合、宗教画がイコール自然観をテーマに
した様式では?
65 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 13:09
>>63 >キリスト教が宇宙との一体化を目指してるっていうのも極論に過ぎると思う。
「宇宙との一体化」そりゃ仏教のことにしか読み取れないよ。もっとよく読んだら?
「仏教での宇宙との一体化」と「キリスト教での自然との共生」が
同じ根本概念から派生しているってことでしょ。
仏教でよく言われるところの「無常観」とキリスト教での「贖罪意識」
これが双方の違いを良く表しているように思えるのだが・・・。
無常観を突き詰めていくと人間と自然との一体に行き当たり、
贖罪意識はどこまでも人間そのものにこだわらざるを得ない、
従ってキリストという偶像が必要になったのではないか。
仏像が生々しくなくあるのは自然を象徴したそのものではないのか
と思ったりもしてみるのだが。
宗教学の講義で学びましたが、
旧約聖書の精神的支柱である十戒は、
人間の自己中心性を戒めるための律であるとのことで、
キリスト教が自己中心性を前提にしている宗教だと
いうことだと聞きました。
68 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 18:24
道教になるとつかみ所がないのですが・・・
69 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 22:42
>>67 >自己中心性を前提にしている
まあ、そうでないと宗教が成り立たないですからね。
講義で聴いたのなら、”全能の神が作った創造物の欠陥を何で創造物自身が償うという図式が
成立するんですか?”と質問してみて欲しかったですね。
ついでに、十戒も一度読んでみると面白いですよ。
”精神的支柱”であることを念頭に置いてね。
宗教がテーマではないので芸術に絡めてみると...。
民族限定であったユダヤ教から、全人類へとその対象を広げることが出来るように進化した
キリスト教は、布教活動の一環として絵画等を利用したように思えます。
これは、ヒトラーやハリウッドの手法と似ているかもしれません。
裕福な宗教の後ろ盾を持って、芸術が進歩したのは間違いないでしょう。
その表現が、パトロンの意向に沿ったものに限定されていたにせよ。
その後、芸術自身が認められるようになって、自立して行ったわけですが、この強大な冨を
バックに付けた期間があったかどうかが、ヨーロッパと日本の芸術の差異かと思います。
ただし、日本の芸術が劣っているとも、深みが感じられないとも思った事はありません。
ヨーロッパの芸術が布教活動の一環として進化したとすると、一般受けする為の技術を磨いた
筈ですし、ドラマティックな演出も意識していたでしょう。
それに比べると、日本の芸術はあまり大勢に見せることを前提に創られていたようには思えません。
このあたりにも、印象の差異となって感じられる原因があるのかもしれません。
と、思いつきを書いてみました。
70 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 22:53
71 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 23:23
そもそも深みがあるほうが優れているという考え方自体間違ってるね(w
72 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/28 23:39
学生時代、かわいい子を見ると、「あの子は深みが無いね」と決めつけていた先輩がいたなー。
その先輩が美女かどうかは言うまでもない事です。
73 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 00:00
>>69 >講義で聴いたのなら、”全能の神が作った創造物の欠陥を何で創造物自身が償うという図式が
>成立するんですか?”と質問してみて欲しかったですね。
全能の神が創った創造物(人間)が完璧であれば、宗教の存在意義が無くなってしまうよね。
宗教の存在意義が無いと言うことは「神」そのものの存在も「無」にすることになる。
キリスト教における「人間の自己中心性」の矛盾を突くより、「神は全能である」という
矛盾を問うべきでしょうね。
「自己中心性(宿業と言うべきか?)」という考えは、仏教を含め他の宗教にも見られる
考えですからね。
深みがある無いとかじゃなくて
西洋の美とは質がちがうのじゃないだろうか?
日本の伝統的な
「薪 能−たきぎのう−」
みたいに幽玄で、極限まで表現を押さえたものとか
茶道のわび、さびの世界、建築様式に至るまで
むしろ高度な美意識を感じる。
75 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 00:47
キリスト教と美術との関わりあいを歴史的流れ・背景で見ていく必要がありますね・・・。
AD1・キリスト教は、ユダヤ教を母体とする新興宗教として生まれ、
ローマ治世下で弾圧されていた庶民の間で広まっていく。
しかし、313年にコンスタンティヌス帝によって公認されるまでは、危険な思想として弾圧されていた。
その時代のキリスト教信者達は、祈りを捧げるために地下に集会所を作った。現在、「カタコンベ」と
呼ばれている場所です。カタコンベの中にある「石棺の上」や「天井」に、ごく初期の
キリスト教美術とも言える壁画が残っているよ。それらの特徴は、一見、キリスト教とは無関係の
テーマにキリストの教えを象徴させている所にあって、これは、集会所がローマ兵に捜索された時、
キリスト教信者が祈りを捧げる場であることがわからないようにするためのもの。
313年にキリスト教が公認されると、布教の目的で聖堂が建てられるようになり、
文字の読めない人々でもキリストの教えを理解できるように、聖堂の内部はキリストの教えの
絵解きで飾られた。この、4C〜6C位までを「初期キリスト教美術」と呼び、
現在はイタリアのラベンナでこの時代のモザイクを見ることが出来るよ。
ラベンナは、402年に西ローマ帝国の首都になり、立派な聖堂が建った。
このころに建てられた他の聖堂は、その後8Cに起きた「聖像破壊運動」で破壊されてしまい、
ほとんど残っていないですけど、ラベンナの聖堂はこのときの破壊をなんとか逃れました。
おかげで、今日ラベンナは、「初期キリスト教美術」が見られる貴重な街になっています。
初期キリスト教美術は、古代から中世へ移り変わる過程の美術といえる。
古代ローマ美術で試みられた「仮想空間」の技術に、神の世界(非現実)を表現するための技術が
重ねられていく様子が3段階に分けて見られますね。
ラベンナ前期は、金地背景・硬直した表情・フリーズ状の構図など、
中世的な様式化の傾向は見られますが、まだ自然主義的技法が色濃く残っています。
この時期の作品は、ガッラ・プラチディアで見ることが出来るからね。
ラベンナ中期は、前期と後期の中間の性格を持っていて、
サンタポリナーレ・ヌォーボ聖堂で見られる。ラベンナ後期は、中世的な様式化の
傾向が強く現れ始めている。技法的は、装飾性が強くて、モチーフの記号化が進みます。
(たとえば、「植物模様→永遠」・「光輪つきの羊→キリスト」など。)
表現方法は、より非自然主義的になり、空間表現も、「層空間」(階層に基づく空間)を
表すようになります。サン・ヴィターレ聖堂で見ることが出来る。
6Cに確立された「キリスト教美術」の流れは、8Cに起きた「聖像破壊運動(イコノクラスム)」に
よって中断される。キリスト教の母体である「ユダヤ教」では、もともと「偶像崇拝」を
禁止してたけど、文字の読めない人々にキリスト教を理解してもらうためには、
どうしても、視覚に訴える必要があった。つまり、「初期キリスト教美術」は
布教のために生まれたと言うこと。
76 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 00:52
8Cにはいると、レオ3世はキリスト教の原点に戻って「偶像崇拝」を禁止しました。
そしてレオ3世が無くなったあとも、その影響は色濃く残って、11Cのオットー朝の時代まで
大がかりな作品は作られず、唯一認められた「聖書の写本」に芸術家の仕事を見ることが出来るくらいだよ。
その写本も、年代によって特徴が見られる。
8C、「聖像破壊運動」の渦中では、人物像はほとんどなく、キリストや福音書記者たちも
シンボルで描かれています。
9C、カロリング朝時代に入ると、西ローマで「カロリング朝ルネッサンス」が起こって、
古代の美術に戻ろうという機運が生まれる。西ローマは、比較的「聖像破壊運動」の影響が
少なかったこともあり、この時代の写本にはキリスト像も描かれてる。
11Cのオットー朝時代には、キリスト教の物語絵も復活した。技法的には、
中世的な表現と、古代の三次元的表現が混在している。
このような「聖像破壊運動」の影響を振り払って、大芸術を復活させたきっかけは、「巡礼」だった。
千年期にあたる11Cに入ると、キリスト教信者の間で、「キリストの再臨」への期待が高まり、
「最後の審判」でキリストに選ばれるために、「聖地への巡礼」が盛んに行われるようになる。
ヨーロッパ大陸に住む信者達の聖地は、「サンディアゴ・デ・コンポステラ」という、
「ヤコブ」が亡くなった土地でした。人が集まれば、大きな教会が必要になり、荘厳さを示すために、
大がかりなモザイクや彫刻も作られるようになります。そして、聖地に行く道筋にある「聖遺物」をまつった
教会も「巡礼地」として信者が集まるようになり、こうして、中世キリスト教美術の大芸術は復活したということ。
盛期中世は、教会の建築法によって、「ロマネスク」と「ゴシック」に分けられる。
中世に造られた教会は、規模を大きくし垂直性を強調することで、より神の世界(天上)に
近づこうという目的で建てられました。この時代の教会は、ビザンチン教会で見られたローマ神殿風の
長方形の身廊に、袖廊をつけたラテン十字型をした「バジリカ方式」を基本構造としている。
そして、アーチ状の柱(トンネルヴォルト)を採用することで、ビザンチンでは重くて支えきれなかった
石の天井を可能にした。(それ以前の木の天井では、荘厳さで劣るし、何よりも火災の危険が大きかったです。)
77 :
ホモ社長村山!!:02/05/29 00:56
78 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 00:57
>ついでに、十戒も一度読んでみると面白いですよ。
>”精神的支柱”であることを念頭に置いてね。
それから、ジャンヌ・ダルクを火あぶりにしてガリレオを葬って、千年以上
ヨーロッパを支配した宗教の支柱であることを考えながらね。
是非、読んだ感想を聞かせて下さい。
>>67 個人的に、ヨーロッパの作品は平均的な感じがする(当然、特に良いと感じる
ものがあります)のに対し、日本の作品は当たりはずれ(というより、特に
よい感じるものと全く感じないもの)がある気がします。
私見ですが、(比較的古い作品に限ると)ヨーロッパの芸術は、より不特定
多数を意識して、日本の芸術はより個人の内部へ切り込むことを意識している
様に感じます。
この辺は、多数の民族や文化との交流が前提であるヨーロッパに対し、比較的
均一な文化と知識を前提に出来る日本との違いかな、と思っています。
79 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 00:57
フランスでは、1150年位を境にロマネスク様式とゴシック様式とにわけて考えられるけど、
これは、建築方法の改革による構造的な進歩がみられたからで、上述した教会建築が目指していた基本が
変わったわけではないです。ロマネスクとゴシックの違いは、「リブヴォルト」と「バットレス」の
二つの技術の開発によるところが大きいですね。ちなみに「リブヴォルト」とは、
ロマネスク様式の「トンネルヴォルト」の進化系で、天井を支えるのに必要な骨組み以外には
軽い石を使って、天井を軽くする方法。「バットレス」とは、天井の重量を脇に逃がす「支え」のこと。
この二つの技術を使えば、天井を支える壁の厚さを薄くできるので窓を広く取れるようになって、
さらにより高さのある教会建築が可能になったというわけ。
そのため、ロマネスクとゴシック様式の教会を比較すると、ロマネスク教会は窓が少なく、
内部は暗いです。ただ、壁が多いので、壁画やモザイクといった装飾で華やかに飾られています。
ゴシック教会は、天井が高く、窓が多くて明るいです。装飾できる壁面が少なくなったために、
信者への布教の絵画は、窓ガラスに描かれるようになり、ステンドグラスが生まれます。
また、外観はバットレスがあるためかなり装飾的に見えます。
いずれにしても、これらの変化は短期間に起きたので、地方によっては両方式が混在している教会も
沢山見られますね。今日、教会を装飾する美術というと彫刻と壁画を思い浮かべるけど、
キリスト教美術に丸彫り彫刻が見られるようになるのは、ロマネスク・ゴシック期に入ってからで、
それ以前は、「偶像崇拝の禁止」の教えの影響が強く、彫刻の分野では、
絵画的要素の強い平面的な「レリーフ」が見られるだけでした。
そのレリーフが、ロマネスク、ゴシックと時代が進むにつれ壁から独立した存在になっていき、
丸彫り彫刻により近い人体表現を持つようになっていきます。
また、柱像が、ほとんど柱と同一化されていたものから人間らしさを感じさせるように
なっていく様は、ギリシア彫刻のアルカイックからクラッシックに移行していく様子と
よく似ています。壁画は、ビザンチンモザイクに比べて素朴でシンプルな物が多くて、
ロマネスクの教会に多く見られます。ゴシックの教会では、窓を大きく取っていて
壁が少ないため、それまで壁に描かれていた「教え」等の壁画を窓に描く必要が生じ、
あの美しいステンドグラスが生まれました。東ヨーロッパでも、1000年以降
「修道院ブーム」が起って教会建築が盛んになります。
しかし、1453年に異教徒のオスマントルコに征服された関係で、
残存している当時の教会は少なく、保存状態も良くない。
中世ビザンチンの教会の様子が現在一番良くわかるのは、ベネチアにある「サン・マルコ聖堂」。
当時ベネチアは、海上貿易でビザンチンと交流が深くて、この教会も、
ビザンチンの職人を呼び寄せて、ビザンチン風に作られました。
その後も、何度も火災などにより修復が行われてるけど、ビザンチンの教会美術の様式を
色濃く残して現在に至っている。ということで中世までの大まかな流れです。
>>65 遅レスだけど「概念が同じ」って書いてるからさ。
単純に自然との共生=宇宙との同化と捉えて極論と言ったんだけど。
自然との共生でも宇宙との同化でもいいけどキリスト教の根本がそれだって
気がしないのよね。
キリスト教は自然との関係よりも人間同士の関係の思想だと思う。
82 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 01:29
ここまで詳しく・・・あのね。
| | 何でこんな所に居るんだろ…
..\| | 丶 丶
| | ( ´w`)
..\| | (∩∩)
| / ̄ ̄ ̄ ̄~゙二
| / ̄ ̄ ̄\゙、
| ノ
|. |
|. |
84 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 10:38
>69
ヨーロッパの芸術が布教活動の一環として進化したとすると、一般受けする為の技術を磨いた
筈ですし、ドラマティックな演出も意識していたでしょう。
それに比べると、日本の芸術はあまり大勢に見せることを前提に創られていたようには思えません。
>78
この辺は、多数の民族や文化との交流が前提であるヨーロッパに対し、比較的
均一な文化と知識を前提に出来る日本との違いかな、と思っています。
そんな感じだと思います。わかりやすいですね
が、そんなことを言ってしまうと、このスレ終了です
現代の表現については
日本と西欧は”ふかみ”に違いがあるのだろうか
日本の作家の作品プレゼンテーション技術(表現)は習熟しているでしょうが
例えば、ベルリンのユダヤ人迫害の博物館ありますよね
あの建物も内部の作品なども”ふかみ”あるんだな
これも、おおぜいに向けた=プレゼンに慣れているせいか
侘び寂だけが”ふかみ”で無い気がしています
ウワワァァァァァァーーーー!!!
夜の夜中にこれだけネチネチウダウダ考えれるお前たちに脱糞。
とりやえずまだ何も読んでない。
86 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 19:38
キリスト教の建築及び芸術の流れを書いてくれたが、「もっと知りたい」どころか、「もう結構」と思ってしまった。
私はキリスト教徒特有の心理的ストレスが有るんじゃないか、と思っただけなのだが。
87 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 21:31
>>73 矛盾ってのは人間の論理能力の限界点だから神が全能であるならば
それを乗り越えることも容易なんじゃないですか?
人間の思考形式の論理そのものが神の創造になるものでしょうし。
神の御業は人間の理解能力を超えてるというわけでしょう。
要は神様の言うことには疑問持たずに黙って従えよってこと。
88 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 21:44
>>81 >キリスト教は自然との関係よりも人間同士の関係の思想だと思う。
キリスト教では、あくまでも神と個人の関係(=契約)で成り立っています。
人間同士の関係は、神との契約と比べれば些末なことです。
89 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/29 22:17
>>87 それってキリスト教信者としての言葉だね。
神が全能であるっていう前提での話じゃん。
そうじゃなくて、神が全能っていうのは、宗教を成立させるために
人間が作り上げた方便としてとらえているんだよ。
そうすることで何が矛盾なのか本質が見えてくる。
信仰の中では矛盾は超人的作用として簡単に片付けられるからね。
90 :
うまぽん ◆dICpjnug :02/05/30 00:02
盛りあがってるとこ悪いが、スレタイトルから1不可思議ほど
かけ離れ取るな。
>>88 となると神とは何かによって自然との共生だとかは変わって来ますね。
ていうか宗教っていうのはつまるところは個人の救済こそが目的ですよね。
こいつらの海馬溝の深みを比べっこしてるんだ。
93 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 00:47
単純な奴ら。
94 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 00:56
ほかの板でやれよお前ら。高校生レベルの議論ゴッコは正直かなりうぜえよ。
みんなうんざりしてます。その辺察してください。
>>95
どこが間違いなの?明確な回答を望む。
98 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 01:23
米の深みのある芸術ってどれよ
>>97 >AD1
●1c.AD。世紀で表す場合、ADとかBCは後置。
>ローマ治世下で弾圧されていた庶民の間
●近年の研究では、かなり社会的に富裕な地位の人の間にも、クリスト教が広まっていた。
>集会所がローマ兵に捜索された時、
>キリスト教信者が祈りを捧げる場であることがわからないようにするためのもの。
●それだけじゃ不充分。
当時はまだクリスト教の表現様式や図像体系が未発達で、
古代の様式に頼らざるを得なかった側面など、様々な理由が考えられる。
>この、4C〜6C位までを「初期キリスト教美術」と呼び、
●カタコンベの美術も初期クリスト教美術に含まれる。
よって、2c末から。
>ラベンナ前期は、金地背景・硬直した表情・フリーズ状の構図など、
>この時期の作品は、ガッラ・プラチディアで見ることが
●ガラ・プラチディア廟堂は背景が青地のモザイクだったはず。
>モチーフの記号化が進みます。
>「植物模様→永遠」・「光輪つきの羊→キリスト」
>サン・ヴィターレ聖堂で見ることが出来る
●象徴主義という意味での記号化なら、
サン・ヴィターレでは全くの反対に説話的主題の造形化も、同時に試みられているはず。
てか、4cぐらいから説話的主題が増えてるそうだが。
>サン・ヴィターレ聖堂で見ることが出来る。
●サン・ヴィターレは普通ビザンティン美術と考えられる。
>つまり、「初期キリスト教美術」は布教のために生まれたと言うこと。
●カタコンベの美術は多くが、死者の葬送や鎮魂のもので、
秘儀的なものであったことが指摘される。
よって、「「初期キリスト教美術」は布教のために生まれた」などとは言えない。
75だけでこれだけある。
めんどくさいから後は自分で探してくれよ。。。。
ざっとみただけでも76と79にも、かなりの間違いあるな。
信用できない情報だからまともに読む気はないが。
>1
たしかに「日本のアートに深みがない」とか言う前に「深み」ってなんですか?と聞きた
くなる気がするけど、まあ言ってることは分かります。
僕が見た中では日本の現代美術界は決して何も生み出さなかったわけではなく、いろいろ
と良い作家を生み出していると思います。しかし、そうであっても日本の美術全体がどこ
か欧米(特にアメリカ)のそれとくらべて貧弱に見える印象はあります。1の人はそれを
して直感的に「深みがない」と言われたのではないかと思います。
その理由として「アート自体欧米から輸入されたものであり、アートは欧米のルールで進
んでいるから」という意見も当然ありえるのですが、もう一つ挙げるとするなら「マーケ
ットの貧弱さ」もあるのではないかと思います。
それは単にアーティストがお金を儲かる儲からないの問題ということではなく、美術作
品がいかに社会的存在として残っていくか、ということとも関係していると思います。例
えば、大袈裟に言えば美術作品は誰かに買われて初めて美術作品となり、価値あるものと
して歴史に残ることが可能になります。有名な話では日本の60年代に活躍した前衛グルー
プ?「九州派」は作品を残すことにほとんど頓着せず、ドキュメントすら残さなかったた
め今その活動の具体的な中身を知ることさえ難しくなっています(例外として菊畑茂久馬
の作品は結構残っていますが、彼の場合、画廊がついて彼の作品を購入し売っていたため
です)。これは非常に残念なことだと思います。実は「九州派」のほとんどが職業的なア
ーティストではなく、かれらのほとんどが別の本職の合間をぬって作品を作っていてその
ことも彼等が作品を残すということに無頓着になった理由の一つではないかと思います。
また、作品が売れるということは単に商業的な成功ということではなく、その作品が社
会的な存在として認められたことの一つの目安でもあると思います。僕はひとりよがりな
表現はアートではないと考える方なのである美術作品は少なくともアートを見る人々には
共感を持ってみられる必要があると思います。そうであればその分は売れるはずだし、売
れないのであれば売れないような形式の作品でないのならなんらの共感も得られないひと
りよがりの作品だったということでしょう。
もしマーケットが大きければその分そういった優劣が見えてきやすいということが言え
ると思います。日本の場合「マーケットの貧弱さ」が「作品が売れなくてもいい」という
考えにつながってしまい、結果作家達は自らの作品に対する重要な客観的評価基準の一つ
を失ってしまっていると思います。
また、「深み」というのはその国の美術家の「層の厚さ」から生まれるとも言えるかも
しれません。人間結局はお金がないと暮らしていけないので、美術家の層の厚さを生み出
すには相応に大きなマーケットがなければムリだろうと思います。日本のマンガが国際的
にも非常に高いクオリティを持ち得ているのはそのマーケットの層の厚さによるのではな
いかとも思います。日本ではいくら評価を得た現代美術作家でも日本でのみ活動する限り、
作家として喰っていくことはほとんど不可能なんじゃないかと思います。そんな状態では
中堅の作家達でさえ作家活動を続けることは難しく、当然層は浅くなり、それが文字どお
りの深みのなさに繋がっているのではないでしょうか。
102 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 06:40
>>101 結局「深み」っていうのは、多様性ってこと?
103 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 09:28
そもそも本気でアメリカにアートには日本の伝統的な芸術より
深みがあると感じている人ってどれくらいいると思いますか
初心者でない限り殆どいないのではないでしょうか
アメリカ発アメリカルールのアートは余程レベルが上がらない限り
日本ではマーケット小さいままでしょうね
104 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 10:32
西洋美術は表層的だが日本の伝統芸術(美術)は精神性に負うところが多く
深みは西洋より遥かにあると思うが。
105 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 11:14
>99
かなり間違い多いね。勉強不足かな・・・。
106 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/30 21:40
>104 その精神性を理解するための東洋的教養、人間性がもう無いかも・・・ 江戸には戻れないんだ。
>>91 すいません。うもれてしまって、気づきませんでした。
本題から外れていて、非難を浴びているようですが、芸術が宗教の影響を
大きく受けていると考えられますので、その解釈によって芸術の見方が
変わってきますから、みなさんご容赦下さい。
>となると神とは何かによって自然との共生だとかは変わって来ますね。
キリスト教に限って言えば、自然は人間と共生するものではなくて、
服従させるものです。
まあ、最近は時代の流れに乗るためか、聖書を無視して違うことを言っていますが。
>ていうか宗教っていうのはつまるところは個人の救済こそが目的ですよね。
キリスト教や仏教はそうでしょうね。ユダヤ教や神道では条件付きになりますが。
ギリシャ美術総合スレッド・・・
で思い出したんだけど
西洋美術や思想の背景には
宗教だけが影響しているのではないのです。
すぐれた哲学者や民主国家、精神と肉体の理想美を
追求したギリシャ文明を忘れてはいけません。
ポリュグノトスはすでに遠近法を使用していました。
ポリュクレイトスは七頭身で彫像をつくりました。
合理性、自由な精神、自然に対する鋭い観察眼
これらはやがてルネッサンスで再び開花することになる。
つまり西洋は写実性と自由な装飾性を日本にもたらした。
以前のスレに書かれていましたが日本の美術はこの国の地形状
閉鎖的であったことはまちがいないと思われます。
109 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/05/31 19:11
ところで、ちょと話変わりますが、日本に外国の古代文字を刻んだ岩が有るとか、太古日本は世界の中心だったとか、神秘主義では言ってるんですが。
110 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 00:10
よく日本は閉鎖的だったゆえに素晴らしい芸術文化が開花したと言われすな。
>>109 キリストが日本で死んだとか言う人もいるな
国粋主義も行き過ぎると電波になるんだね
112 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 00:44
その戸来村には、ヘブライ語の歌が伝承されてる。
高橋克彦の小説で読んだ・・・
イエスの名を騙ったユダヤ人が来たのは間違いない。
113 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 00:46
とりあえず明治政府による廃仏毀釈で精神的な基盤はぶち壊されたがな。
114 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 00:50
赤ら顔で鼻が高く背の高い天狗伝説は、西洋人だったとする説も有力。
115 :
余談ですが:02/06/01 01:54
あの、古事記に出てくる猿田彦は大きな貝に手をはさまれて溺死したことになっている。
>>89 遅レスで申し訳ないが、漏れは単に全能であることを
認めてしまうと矛盾なんて指摘することは無意味だと言いたかっただけよ。
問題は彼等の信じる神が全能であること、全能なる存在の教えであることを
外部の人間が信じれるかどうかの話ですね。
117 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 07:26
「歴史における文化や習慣の比較などを踏まえ」なければ
理解できない芸術作品などナンセンスです。
重要なのは作品と鑑賞者との間に結ばれた関係が
衝撃的な何かをもたらしうるか否かではないでしょうか。
鑑賞者が作品から文化や習慣、思想的背景を推測することは
副次的なことにすぎないにしろ否定しません。
しかし、もし作品の制作者がそうしたものを表現したいのであれば、
論文を書いた方がずっと表現しやすい。
しかも、表現することの目的である、他者における理解
をえることも、絵画や彫像によるよりもはるかに達成しやすい。
むしろ、そうしたところには収まりきらない、極めて個人的で
筆舌に尽くしがたい感情を、鑑賞者に共有せしめるものこそが
芸術作品として語られるべきものではないでしょうか。
>117
気持ちは分かるが、歴史的、文化的、精神的背景を理解した上で
作品からより深い感動を受ける芸術も存在し得るし、それを否定すべきではないと思うが。
例えば、深い精神性を有する茶道芸術において、利休の思想、精神性を理解したうえで
長次郎の茶碗を鑑賞したとき、その外見からは感じ得ない内に秘めた強い意思、
侘びの思想、静かなる動・・・などの魂を揺さぶられるような心から湧き上がる感動を
得ることができる。これらは、文書や論文などの文章での説明では決して言い表せられない、
心に直接訴えてくるものであり、いくら言葉で説明されても実感できないもの。
119 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 18:58
クソスレ。
終了。
まき糞の上に下痢便をかけ続けるリアル駄スレ。
>117
118さんに同感。
芸術作品は所詮そのジャンルにおける文脈に作品の強度を強く負うところがある
(現代美術は特にそうである)。それを単純に否定するのはどうかと思います。
117さんには芸術に対するナイーヴな思い入れがあるように思いますが、そのよ
うな思い入れは芸術を特権化しやすく危険であると思います。「極めて個人的で
筆舌に尽くし難い感情」といったものもあるにはあるように思いますが、それは
芸術の目的として目指されるべきではないように思います。
122 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 22:13
ていうか文化的背景なしにある芸術に感動することなんて不可能だと思う。
感動は前提となる文化的経験や知識がなければ成り立たないと思う。
123 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 23:27
アフリカの未開人に名画を見せても感じないか・・・
なんだかわかんないけど心が引かれる、なんて言うかも。
124 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/01 23:52
>123
アフリカの未開人に”最後の晩餐”を見せても、
なにしてんのかな?でもなかなかいいんじゃないの・・・ていどでしょう。
何も感じないことはないでしょうが、どれほど感動を得られるかは疑問。
しかし、キリスト教信者やキリストの生涯を知ったうえでの鑑賞は、
その絵の場面の理解度により心情や感動、感情移入がかなり異なってくるのは
確かでしょう。もちろん感動の度合いや質も全然違うものになるはず。
125 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/02 00:00
>>117 芸術の話で宗教や文化の話が出ているので、少し誤解されているかと思います。
現在、我々が芸術作品であると捕らえている、古いヨーロッパの絵画などは、それが生まれた当時、
現代の我々が考えている意味の芸術の範疇ではなくて、むしろ広告やポスターのように特定の目的を
達する為の手段であったわけです。
そして、その目的を効果的に達成するために表現方法など、当時の文化に根ざした多くの工夫が積み
重ねられ、めざましい技術の向上があったようなのです。
その後、芸術それ自身が認められるようになったとき、芸術家はそれまでに蓄積された技術を作品の
表現に利用した訳です。
従って、宗教や文明が話題に上っていますが、それが芸術を理解するために必要だというような話では
無いのです。
芸術作品の「深み」についての議論において、芸術家の技術や表現方法の違いが遙か昔の宗教や文化の
違いにあるのではないか、という議論なのです。
まあ、「深み」の有る無しの原因が作品自体に内在しているという仮定のもとでの議論ですので、
鑑賞する側に原因がある場合には、この議論自体に意味がありません。
ですが、お遊びですから面白い仮定をして、色々意見を出し合っているという事です。
そうそう、
>論文を書いた方がずっと表現しやすい。
との意見ですが、私にとってイタリヤ語やフランス語の論文は全く意味を成しません。
私のような人間にとっては、論文より絵画の方がずっと理解しやすいのです。
126 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/02 02:46
「深み」の一言でそこまで論議を広げられるお前らの
たくましい創造力に乾杯。なんにもいってねーけど。
127 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/02 02:48
教養俗物の集まるスレはここですか?
>118他
批判の内容は認めます。
私の意見は美学的な観点からのものです。
教養としての美術鑑賞一般においてはみなさんのおっしゃる
仕方での鑑賞で問題ないと思われます。
しかし、鑑賞する際に感じる「美」それ自体を
検討する場合、作品の背景を知らなければその作品の
価値が失われるとすれば、その時点でその作品は鑑賞者にとって
美しくないものであるとはいえないではないかと思うわけです。
(現代の芸術が美しさを求めているかどうかという問題もありますが。)
125さんのおっしゃるとおり、ここにつくレスはみな、
「『深み』の有る無しの原因が作品自体に内在しているという仮定」
のもとに提出さています。
125さんのようにそれがあくまでも「仮定」であることを
自覚しているのであれば納得いきます。
しかし、実際の批評のほとんどは「内在」を無反省に
前提しているものばかりであるので、
あえて別な視点からのレスした次第です。
とてもおもしろかたでっす。
だからもっと単純!
単に欧米ってのは
俺達と反対の事を
考えているんだよ!
それをバゼリッツは実証した訳!
>129
というか、そもそも論点が全く異なるわけで、
あえて言えば私が来るスレを間違えてたってことで。
哲学版に逝ってきます
131 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/02 14:45
で、ここの人達が言う「深み」とは芸術のための芸術って事?
ダダからずっと続いてるソフィスト的発想はそろそろ終わりにして
ソクラテス的な人間が出てくるべきかと思うけど。。
127が今いい事いった。
133 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/02 20:54
韓国のアートに深みが無いのは何故?
パンソリはずしーーーんと深いのに。 つまり、西洋的表現が定着してないから?
134 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 08:24
パンソリって深いか?
バッハのマタイ受難曲なんかと比べるとかなり軽量級だと思うけどな。
135 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 08:27
>>131 そもそも「深み」って何なのかというのが確かによくわからんね。
思想的なものを感じさせるものかな?
136 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 15:44
>134 比べてあげたら、だめだ。
でも、バッハの宗教音楽に勝つものがアジアに無いのか。ぐやじい。
137 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 18:44
ギリシャでは美は力だったと読んでる本に、ちょっとだけ触れてある。具体的にご存じの方、「簡潔に」教えて頂けましたら。
138 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 19:34
>>136 アジアの伝統を自作に取り入れてた武満徹でもバッハの宗教音楽に
匹敵するほどのものがアジアにあると思えないって言ってたもんなぁ。
でも漏れは工芸品ではアジアの方が西洋を圧倒してると思ふよ。
139 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/03 20:06
宗教論議が盛んなようだが、オウム真理教の造形、芸術活動の浅さ加減と、
にもかかわらずあれにだまされた連中は、俺の理解の範囲を超えている。
誰か説明してくれんか。
140 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 01:13
批評がシビアじゃねえんだもの。
電波飛ばしまくったコピぺばっかでさ。
紙を埋めるのが批評じゃないのにね。
141 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 01:38
まあ、責任のない匿名掲示板で100年語ろうが答えは出ないだろうね。
なんつったって責任が無いんだから、話しても無駄だよね。
痛いとこ突っ込まれても何事も無かったように無視したりね、
間違った事書いても恥ずかしくもないよね、次からHN変えればよいわけだし。
本当、犯罪行為に走らなきゃ私生活にはなんの支障もおよばさない。
そんな空虚な場所で糞真面目に議論なんて交わして図に乗ってんぢゃねえよ!!
そう俺は言いたいわけ!!
お前らはコピペ荒らしと大してかわんねえよ!
もっと障害者を見習え!
深みとは思想的なものを感じさせるものってことになってるみたい
だけど、まあ2ちゃねらにしては中々良いとこついてるんじゃない?
その調子で頑張って(笑い
142 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 01:42
・・・と、こんなスレを覗いてレスするお前も2ちゃんねらー。(ワラワラ)
143 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 21:37
まさか1さんは、影をつけない、透視図法を使わない、平板な表現してるだけで深みが無いって言うんじゃないよね。
しかし、陰影も透視図法も誰かが始めてもよかったのに、誰もしなかった。 ナマナマしさを嫌ったのかな。
144 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 22:01
透視図法を使わないのは、紙と墨の表現だったからではないですか?
明瞭な肉太の線である墨彩は、立体感よりも平面性を打ち出した表現に
向いているから。。。でしょう。
ため息が出るよ…。
146 :
namiko:02/06/04 22:25
日本のアートにふかみがないのは、あたしがおもうに、
日本人が、沢山の文化をすてて、リセットした生活をくりかえしてきてるからだとおもいます。
なんでもたくさんのものを、捨ててしまったため、いまや、人々の表情も深みがない。
ただ、年よりの顔をみていると、年を重ねただけの深みを持つ人もいらっしゃいます。
絵にしても、工藤甲人さんの絵などは深みがあるかとおもわれます。ただ、あの世界のなかにも、
やはり、機械化された、現代的な要素というのはあるので、平らに感じる部分もあるとおもいます。
ただ、逆に機械化されたこの時代がやはり深みがないのかと言えば、案外そうでもなく、
機械化された中に、人間的なぶぶんを捜し当てることは可能であり、そういう作業の中に、深みが
生まれてくるのだとおもいますがいかがでしょうか。
147 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 22:31
ビートたけしが松本人志の芸風を「10秒のテンポから0.1秒の間を
持たせるのに成功している」と言っていました。それ自体は悪くは
ないのですが、10秒が0.1秒を含むことをあっても0.1は10秒を
含まない、という見方も出来ることを考えると、理解できる情報量
の幅を広げているというのも悪くはないことだと思います。
つまり古いものも新しいものも、いろんなものを理解できる経験が
大事だとおもうのですが。
148 :
namiko:02/06/04 22:36
そうですね、理解力はやはり必要不可欠です。なにをするにあたっても。
芸術音鑑賞だけにかぎらないとおもいます。現代の日本人にどのくらい
刺激をあたえることができるか、というのは、私のちょっとした目標というか、
楽しみでもあるのですが、松本氏の芸風は、人を引きつけるものがあることは間違いないでしょう。
ただ、それを永遠に維持することが可能なのかが、今の私の中で疑問です。
149 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 23:49
永遠に維持する必要はむしろ無いと思う。
これからの松本より新人に期待したい。
西洋画が入ってくるまで、日中の誰かが考えついてもよかったはずなのに。 珍しいことをすれば、江戸文化の中では当たったはず。
151 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/04 23:56
152 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/05 00:05
でも、線ですべてを描くやり方は西洋にはあまりなかったのではないでしょうか?
それはそれで面白いと思うのだけれども。
153 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/05 00:58
鎌倉時代の彫刻は、他時代とくらべて陰影が主になっていると思います。
あのまま写実性の追求がされていたら、もしかすると陰影による絵画や
空間の処理法も生まれてきたかもしれません。
日本のアートに深みがないのは、日本の文化そのものが西洋にくらべて未熟だからではないでしょうか。
156 :
あぽーんな奴が多いな:02/06/05 12:47
>155
長次郎の無一物ってみたことある?
日本の文化そのものが西洋に比べて未熟っていうのは、あまりにものの見方が一元的じゃねえのかい。
まあ西洋崇拝するのがすきな人には、一生かかっても長次郎の無一物って理解でできないだろうけどさ。
なんでもかんでも自分の価値観にあてはめて優劣をつけるっているのは、他人から見たらおかしいとおもうけどよ。
>156長次郎の無一物を検索したら、平成10年に行われた、
工芸研究会主催の談義のHPにつながりました。
今が平成何年だかわすれましたが、確実に、
今の時代の雰囲気とは違うことがわかりました。
あの時代は苦しかった。あのころにくらべたら、
今の時代でよかったとつくづく感じている。
なお、西洋崇拝など私はしてるつもりはないのだけれど、
文化的に比べて見ると、顔の堀の深さにしてみても、西洋のほうが、
深いじゃないか。日本人の顔は平面てきだし。
で 長次郎の無一物って何だろうね。
あなたの言うとおり、一生あたしには分からないかもね。
あたしは分かるつもりもないからね。
あたしたちなぞ
所詮あぽーんで収まってしまう規模の小さい民族なんだろう。
なお、自分なりの勝手なそうぞうでの解釈として、あたしが思うに、
長次郎は昔の日本の絵描きかなにか。
それで、その人の作品に「無一物」ってのがある。
その作品のすばらしさをあなたは感じていて、
そのすばらしさは西洋文化とは別物だが、それなりにいいもので
あるといいたい。
そういうこととは違うのか。
159 :
あぽーんな奴が多いな:02/06/06 08:15
>157
無一物は、ただの茶碗ですよ。
でもね、この無一物は日本の文化の本質的な部分をすべて内包しているような存在感がありますよ。
もっとも、私なんぞが無一物を語り尽くせるべくもないのですが。
日本の文化が西洋のそれよりも薄っぺらいと主張するのなら、せめて長次郎くらい知っていてくれ。
無一物は、えがわ美術館にあるから見てきなよ。じっくりとね。
160 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/06 08:30
age
161 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/07 10:33
仏教美術は普通に深いと思う。
逆に西洋も近代絵画には深みなんてない。
陰影法は日本にもあったんじゃないの?
水墨山水画なんて陰影法そのものじゃん。
162 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/07 15:08
163 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/07 15:23
>>157 長次郎も知らんものが日本の芸術について深みだのなんだの語る資格なし。
もっと勉強してから西洋と比較してくれ。
長次郎なんぞ日本芸術の根幹とも言える基礎の基礎だぞ。
まあ、長次郎の作品を見ただけでは、あの深い精神性は理解できんけどな。
164 :
あぽーんな奴が多いな:02/06/07 16:46
>163
確かにな。
見て理解できるくらいなら、あんな風には考えんわな。
>159
えがわ美術館なんて
ヒッキーのあたしにはめんどくて
行くの無理です。行くとすれば美術教諭めざしてる
幼馴染に美術館いこうと誘われたときでしょう。
あるいはあたしが旅にでて、
近くにその美術館があったときですね。
あたしは「無一物」よりも
家にある数おおい
ガラクタ食器と戯れてるほうが
性に合ってるし楽でいいので、
せっかくですが、
もっと向学心のある方にすすめてください。
>163
確かにあたしは勉強不足ですし
経験不足です
ただそれを補うために少しくらい
覗かせてくれたっていいじゃないですか
あなた意地悪なんですね
>162
すごいdknって意味不明です
馬鹿にした用語に使っているのはわかりますが
やはり、自分の使う言語に抽象性をもたせるために
意味わからないものをつかうのですか
166 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/09 00:03
等伯みたのか?
等伯ってなに?
168 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/09 21:21
nちゃんスゴ!
169 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/09 21:48
やな感じの人がいるな、この板。
礼儀知らずな上に玄人きどり。
自分でBBS作っていばってたら。
./^\ /^\
/ \ / \. お
/ \_,,=----=/ .\. い
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/ | 何
/ | ま を
| | た し
| | 糞 .て
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| /______、 = ="/_____ \ | と て
| -=・=- , `i -=・=- | き た
.| "'''''''''" ,,..| 、 "'''''''" :| ..の ..の
| . -''" .| "''-.. | 約 か
| | .| 束
| | を
.| `` -''" | .忘
`、 、____--___,, / .れ
ヽ 、,,,"" , ノ た
|:\. """ /| 訳
| .ヽ ./ | じ
|. `ー- - -ー.'" | ゃ
あ
る
ま
い
な
171 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/09 21:54
等伯を知らないnって何者?
172 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/09 22:11
173 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/10 00:26
小学生だったら面白いネ!
174 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/10 00:38
nは小学生か!それなら納得。
インテレクチャル ディスカッションが このスレにある。
こういうディスカッションを すすめていく事も
「深み」を育てる 土壌になってくと思います。
追伸
「茶の本」by 岡倉 覚三を 一読される事をオススメします。
いわゆる「深み」が 充分堪能できることと思います。
177 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/10 11:38
長谷川潔は最高です。
はじめまして、そして初めて書き込みます。日本の美術には深みがないという
テーマだけどそれは深く日本の美術に共感したことがないのでは?ヨーロッパ
やインドやアメリカとは生活環境、人々の考え方、もちろん文化が違うので僕
ら日本人がそれらの文化に触れたときは目新しくとても興味深くそれらに注目
し受け入れ理解しようとするだろう。隣の芝生は青く見える、ってことじゃな
いかな?僕は日本の美術が好きだし十分深みを持っていると思います。ただ最
近の平山郁夫的芸術家の人々には余り共感できませんが若い芸術家の人たちの
作品の多くはとても面白くて日本の美術の未来はここにあるなーっておもいま
す。
179 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 00:01
「深み」の定義をしなきゃ何書いても意味がないと思う。
あたしは所詮、小学生とも言い切れない低脳だと思いますよ。
だけどもしも日本の芸術に深みがあるなら、σ(‐_‐)ワタシの描く
落書きにさえ、長谷川なんとかやらと同等の価値があってもおかしくないですよね?
σ(‐_‐)ワタシの描くらくがきなんてものは、3歳の赤ん坊が
ふとしたきっかけで転んで、ペンキをじゅうたんにこぼしたようなものですよ。
その中に深みがあると言うのなら、日本の芸術(美術)に深みがあると
言ってもいいのではないでしょうか。
181 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 00:59
>180
何か勘違いされてるようで(笑)。物事をしっかりと理解しましょうね。
日本の芸術に深みがあると言うのは、日本人の描いた絵や作った物に全て
”深みがある”と言うことではない。それ相応に芸術において精進し、
日本の伝統や宗教観、歴史観、精神性、その他様々の日本独自の背景を自分自信の中に取れいれ
理解して、それを自分なりの解釈で作品に反映されたもの等が持ち得るものであり、
貴方の様な何も分からない者が、ただ日本人だと言うことだけで持ち得るものではない。
誰も貴方のような、「ペンキをじゅうたんにこぼしたようなもの」に深みがあるなんて
言ってないでしょ?。そんなのは”日本の芸術”とは言わんのよ。
貴方のは単に「日本人の描いたモノ」にしか過ぎないのですよ。
そんな低レベルの話をしているのではないよ。
nのカキコには論理のかけらもないね。こまっちゃくれた幼稚園児の女の子のほうが
破綻のない論理で持論を展開するよ。nは遊園地へGO!
183 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 01:04
何考えてるかわからん、日本人もなんも無い発想ができないと
184 :
nちゃんをいじめるのではないが:02/06/11 01:48
どこに、3歳の幼児がいる、じゅうたんを敷いた部屋にペンキの缶を置く家が有るのだろうか。
ペンキを使う時は、じゅうたんを除けるか、何かでカバーするし、子供は出すと思う。
3才児はおむつも取れ、結構しゃべるので、赤ん坊ではない。
>186
いや、あたしの話題から展開したことがうれしいので
別にその突っ込みは酷ではない
むしろ、大人の難しい会話にちゃちゃを入れることができた自分に快感をおぼえます
>>そんなのは”日本の芸術”とは言わんのよ
ということは、あたしのやることに対してはこれから
”nの芸術”と呼んでいただきたい。
>182
ちなみに、あたしのかきこに論理のかけらも無いのは
本人も納得済みです。
あたしは、理論を展開して楽しむタイプではなく
感覚で人生を生きる芸能タイプなのです。
また、遊園地へGOなどと、ほざかれておりますが、
あたくし、わざわざアトラクションに足を運ぶほど
裕福ではありませんし、その分、じっとしていても申し分ないくらいの
想像力には自信があります。
それが他人様に理解されなくても個人で楽しんでいければ
十分であると思っておりますし。そんなわざわざ心配してくださらなくてもやってきますわ。
>184
ちなみに、3歳児が缶をたおすというのは
作品をつくるためにあえて設定したことであり、私の作品としては
じゅうたんをカバーする必要はないことになっている。
子供のよごした様をあえて展示し、観る側にうったえるものとしてありたいのだ。
日本の美術には深みがないのは何故か、というテーマで話しているのでは?
美術の「深み」に対する定義はとても難しいですね。感覚的に
捉えてたものですから。でも考えてみて下さい、日本の文学や芸能には
深みは無いのでしょうか?美術は「文化」の範疇に括られますが日本の
文化には「深み」が無いのでしょうか?「文化」は人によってつくられ
ますがはたして日本人には「深み」が無いのでしょうか?
日本の美術には素晴らしいものがたくさんあります。それを深みがないと
いうのはたぶん個人の嗜好性の違いだと思います。せんべいとポップコーン
とどちらがうまいか?みたいな話だと思います。
>189
納得。.:*.☆(*´▽`).(´▽`*).☆.。.:*
ちなみにあたしはしっとりしたせんべいが食べたくなってきた
僕はおもっきりかたいせんべいをガリガリ!っと食べたくなったのです。
そういえば日本の昔の建物や仏像などは凄く派手ですね。今でこそ色が禿げて
渋い感じだけど。東大寺の大仏なんかもしあれが今でも金ぴかだったら
すごいだろうな。僕は日本の美術のなかでも極彩色なのが一番すきだなー
。
192 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 10:52
>>187 >ちなみに、あたしのかきこに論理のかけらも無いのは
>本人も納得済みです。
>あたしは、理論を展開して楽しむタイプではなく
>感覚で人生を生きる芸能タイプなのです。
ますます重症。
誰もアナタに理論展開をしてくれとは思ってはいない。
最低限の意思疎通の可能な会話ができる程度の理論を持って欲しいということだよ。
アナタは相手の話の主旨をまったく理解していないし、アナタのレスは全く的外れです。
また、それを芸能タイプとは言わないですよ。
最低限の会話すら成立していない状況は、○○タイプというような範疇に納まる
問題じゃないです。
日本の美術ですか。
あたしは、京都などへ行っても残念ながら
あまりどきどきしないことが多いです。
ただ、めずらしく、先月のGWに一人で京都を
歩いたところ、街並みがすばらしく
あの雰囲気に感激しました。
ここに住もうと考えてしまうくらいでした。
駅の建物のスケールもわりと大きいと思いました。
現代建築もあまり好きではありませんが、
ああいうのもありかと思います。
194 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 12:38
nさんには奈良国立博物館で今やってる東大寺展に行ってみてほしい。
ついでに興福寺の国宝館なども覗いてきてくれ。
放置プレーに徹したほうがいいと思われ
196 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 15:41
かわいいからみんなのペットにしよう。
ペットかー
198 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/11 18:28
いくら2ちゃんねるでもペットの虐待は良くないと思われ。
議論があまり進まないのは、「深み」の定義をしないからではなく、「日本の美術のどこに深み
がないのか」をはっきりさせないからだと思う。例えば、僕のように「日本の現代美術に深みが
ないんじゃないか?」ということを言う者もいれば、日本の古典の様々な美術を取り上げて「深
みがあるじゃないか」と言う人もいる。これでは問題のありかが分らない。
僕は日本の古典美術は決して深みがないなどとは言えないと思う。僕がたまに浮世絵やら絵巻や
ら仏教彫刻やらいろいろ見ても「深みがない」などと言う言葉は決して出てこない。それは個々
の作品レベルだけで言っているのではなく、それら日本の美術というものを覆う状況をも含めて
見た時それが非常に多産なものに感じられるということだ。
しかし、日本の現代美術にはやはり「深み」がない。個々の作家・作品レベルでみれば素晴らし
い作家はいるのだが、しかしそれが存在する状況の貧しさはやはり拭えない。
だいたいの人は日本に古典美術には「深み」があるということに異論はないと思う。だから日本
の現代美術に的を絞って論じてみたらどうだろうか?
200 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/12 08:04
芸術や文化に深みがあるとか無いとか言葉でもて遊ぶこと自体が狂っていると思うけどな。
日本の伝統的な芸術,文化をどれか一部分でもきちんと実感できるようになれば、このスレの本題は空しいだけだと感じるようになると思うけどさ。
よって、このスレは終了。
>議論があまり進まないのは、「深み」の定義をしないからではなく、「日本の美術のどこに深み
>がないのか」をはっきりさせないから
正反対だろ。各人それぞれが「深み」についてどう考えているのかわからないのに
「深み」がないのはなぜかなんて議論になるわけないだろうが。みんなその辺を明確にしないで
なんとなくレスを付けてるから進展しないんだよ。だから現代美術に的を絞ったところで議論にならないのは明白。
あいまいな言葉を使っておいてたて逃げした
>>1に責任あり。
202 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/12 10:03
だいたい深みというのは宗教的意味合いを含んだ精神性と長い歴史と文化の上に成り立っているものだろう。
日本の古典美術にはそれらがあるので深みがあると誰もが感じる。
同じように西洋美術にはキリスト教を基盤にして何百年、何千年と少しづつ派生し発展してきた歴史がある。
今日の現代美術はこの西洋美術の流れをくむもので、歴史的な重みがあるが、日本の現代美術には
その歴史的背景が全くなく、そんな日本のニワカ芸術に深みなど求めるのが間違っている。
203 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/12 19:56
ていうか西洋の現代芸術に深みってあるか?
レンブラントとジャスパー・ジョーンズ比べてどちらに深みがあるかなんて一目瞭然じゃない?
204 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/12 20:18
それは時代経過と作品テーマが作り出す神秘作用でしょう。
205 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 00:15
>>202 >だいたい深みというのは宗教的意味合いを含んだ精神性と長い歴史と文化の上に成り立っているものだろう。
”深みのある色”とかいう場合は、どんな宗教的意味合いとか精神性とか歴史とか文化の上に成り立っているの?
206 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 00:24
>205
おいおい、色の話しか?そうじゃないだろう。
作品から感じる感受的深みじゃないのか?
それじゃ、深みのある色を一面に塗りたくった作品は”深み”があるのか?
207 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 00:40
>>206 なんやおまえ!
チンポ祭り開催!!
おまえが主犯や。
209 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 01:40
色の深みなら速水御舟で十分だべ。
210 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 09:41
アートというのは全体主義国家ではそだたない
なにかあるとすれば革命行動であり絵画ではない
アートに深みのない土壌は誇るべきだね
軽み 粋
なぜ深みにはまろうとする?
1のいう深みの意味が分からないのにこれ以上の議論は無理
212 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/13 18:20
あのう、米語や欧語に「ふかみ」に相当する言葉あるんですか?
214 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/14 21:49
>なにかあるとすれば革命行動であり絵画ではない
アートこそ革命行動ではなかったのか?
あぼーん
できれば、あらゆるものに
深みを感じられる人でありたい・・
217 :
おのれくんよ:02/06/16 22:27
疲れるでぇ・・・・・
たぶん躁か鬱どちらかにかたよるね。やばいよ。
病気になった以上、躁鬱にこだわらずに生きていきます。
たとえ自分がその状態になろうともね。
220 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/17 13:24
日本画の岩絵の具は、まず絵の具から作るそうな
221 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/17 14:34
絵の具屋がネ。自分で作ってみる人もいるそうだけど。
南米まで孔雀石採掘に行ったひと知らないよ。
222 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/17 17:18
>221
日本にもあるぞ。
もれが地質学を専攻していたときに山陰の鉱山跡まで見本をとりにいったことあるぞ
n気色悪いね
224 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/18 06:02
そもさも アートッちゅう語感が気に食わない
「これがアートです」ってふ〜ん ま 勝手にやってくれや
って感じで全くもってどうでもいい
道に10円が落ちていてもわざわぜ拾ったりしないでしょ
消費しようとも思わない
やっぱ 知りたい 見ていたい 消費したい
そう思わせて始めて商品として成り立つんじゃないの
毎日汗水流して働いてる人の事を思えば
正しくアートなんて御鑑賞してたくないですな
225 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/18 06:09
>>223 自分の意見もなく一方的な評価を下す君は気色悪いなんてもんじゃない。
不気味な性格だな。きっとどこにいっても嫌われる性格者だ。
びょうきなんだから・・・
>202
深みというのは宗教的意味合いを含んだ精神性と長い歴史と文化の上に成り立っているものだろう。
この意見に、同感、あるいは賛成。
>>205
”深みのある色”とかいう場合は、どんな宗教的意味合いとか精神性とか
歴史とか文化の上に成り立っているの?
”深みのある色”というのは、その色の中にも、宗教的意味合いとか、精神性とか、長年つちかった歴史や文化などを、
を感じさせるような色のことをいうのでは?
228 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/18 23:19
まあ、単純に深みがあれば優れた作品、というものではないね
229 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/18 23:22
黄土、又は茶のわずかに混じった中間色が深く見えたりする。
混色してない鮮やかさがうすーく見える。
俺の絵は深いZYOOOOOOO!
231 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/19 10:39
>228
そうだね。
前に香月泰男のシベリアものを持っていたけど、毎日見ていたらつかれちまって売っちゃったよ。
いい作品には違いなかったのだけどね。
売った金で梅原をかっちまったよ。
彼の作品(金箔をはったような悪趣味な奴は除く)をみていると、なんか日本人にうまれてえがったーって思えてくるんだな。
色調だけでみると香月とは対照的に一見深みないように思えるかもしれないけど、作品自体は深いと思う。
232 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/20 11:51
梅原龍三郎ですか?! いくらって聞いていい?
梅原龍三郎さんの絵がこないだ新聞に載っていたので、目にしました。
彼の絵は、私から見て、セザンヌを意識して描いたわりと平凡で、恵まれた環境に
あったことが伺える、大人の娯楽です。
234 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 00:19
あほ、あほ、あっほっほっほ。
梅原はルノアールじゃ。
バカにもわかるようには教えてやらん。もったいないからな。
セザンヌでもルノアールでもあってるような。
233が言ってるのは風景画の事だろ?それくらい分からんかね234.
236 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 01:24
深みのある色か、、。
単に「絵具に自由がなかった」というのも理由の1つだと思う。
ルネッサンスの頃じゃ色数も少なかったから、画家が欲しい色を作る為に
何層も何層もグレースを重ねて色を作らなくてはならなかったし、
結果的に時間をかけた深みのある色になっていったと思う。
逆に合成顔料が開発された印象派の頃は、画家は欲しい色をチューブから
だしてそのまま使うことができたし、その為新しい技法や表現が生まれたしね。
アラ プリマが生まれてから色は純化していったのも1つの理由かもね。
237 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 02:38
なるほど。
238 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 03:46
236 そういう「深み」の事じゃないだろおいおい、ぷぷぷーっ。
239 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 07:57
なんかあぽーんな奴が多いな。このスレは。
香月や梅原を知らずに語るな。ぼけが。
240 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 09:16
ちとすれちがいですけど梅原って本名は良三郎なんですかね
241 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 10:58
まあそういう「深み」ではないけど、色の事も1つ考えられると思ふ。
242 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 11:36
>238
でも結局道具(色も含め)が増えたってことは、表現の自由が広がったということでしょ?
それが「深みがない」につながっているのも1つ理由に入る気がする。
既製の道具が増える→画家が簡単に新しい効果を手にする事ができる(マチエル、色、質感etc)
→表現の幅が増える→時代が新しい表現を求めるサイクルが早くなる→
似たような表現は直ぐに廃れていく→賞味期限の切れた作品が多くなる
まあ、その中でも輝いている人もいるけど、昔に比べて材料や表現が豊になった分、
使い捨ての芸術や、賞味期限付きの芸術が増えたと思う。
243 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 11:54
昔は同じフィールドで画家たちが勝負できたのに、
現代は個人個人がフィールドを作ってナンボになってきてるからな、、。
他者の作品と比べにくくなってるのも、現代作品の弱体化につながってると思う。
今は「深み」といよりは、新しい表現やサプライズ的なものに比重が置かれ過ぎてるもかもね。
ドコモの携帯のように常に新しい物が求められるのは、「芸術」においてはつらい所だと思う。
244 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 12:09
ドコモの携帯は新しい物が出ると少し悲しくなる。
パソコンも同様。
新しい人間がつくられても悲しくなりますか?
画家でイラストレ−ションを低く見る人がいるけど、
その中でホントにその資格のある人っていないに等しいよね。
イラストの世界では、昔から新しいものをもてはやして使い捨てしてきましたけど、
今やアートの世界もそうなってしまったのネン。。
どこまで落ちるのかしらん
まあ 新しい物にも古い要素は含まれてるし
歴史を重ねてきたことに意義がると言っちゃえばそれまでだと思う
>>247 意味不明
鯖の負担になるだけなので、止めてください
249 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 18:53
そんなことより、画材屋がやばいぞ。
デザイン用品はもとより、油絵の具、アクリル絵の具全然売れてない。
みんなデジタルに食われてる。
このままではサクラしか残らないよ〜いや、まじで。
250 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/26 21:01
>246
本当にそう思います。
>249
なるほど、確かにヤバイね。でも美大受験生たちがいる限り大丈夫ではないかしら?
251 :
名無しさん:02/06/26 21:12
でも、大きいところ、例えば「世界堂」みたいなところは大丈夫かもしれないけれど、
街の小さな画材屋さんはつぶれるだろうね。
世界中どこからでもネット通販で買うぞ
253 :
名無しさん:02/06/26 22:09
ネット通販だったら、笹部洋画材料店じゃん。
たいてい、世界堂より安価。
254 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/27 00:40
えっ!まじすっか? 知らなかった!
ちなみに俵屋工房は高いけど珍しい物が売っていてうれしいっす。
255 :
名無しさん:02/06/27 00:52
そうだよ、送料二千円だけど、F50以外の木枠は世界堂より安いし、
カンヴァスも上質だよ。友達と注文すればかなり安上がり。
256 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/06/27 02:28
もう話題かわってんじゃん。
******* 終 了 ****************
渋谷の画材やつぶれそーだった
いい絵の具いっぱいあったから欲しかったけど金ない
苦労して金ためないと駄目だな
>>248鯖の負担ッテサ、ダッタラアナタガヘンナレスヤメレバイイノニ・・・・(以下略)
258 :
名無しさん:02/06/27 13:40
>>257 でも、歴史をかさて来たことに「意義」なんてアルの?
どうでもいいけど何でも日本⇔ヨーロッパとか日本⇔欧米という比較をするのは何故なんだろう。
一国で比較になるわけもないじゃないか。
日本⇔(特定の国) なら大抵勝てるだろ。
261 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/09/21 15:02
262 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/09/21 15:41
>>260 「日本画」なんていう言葉の成り立ちから言って
仕方がない罠
『<日本美術>誕生』読んでみな
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| ブラジル |
| CFZ行 . |
|________|
. ∧_∧ ||
( ´∀`)||
/ づΦ
264 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/03 00:50
でもね、日本にも素晴らしい作品はいっぱいあると思うよ。
小さい頃から良いもの、本物にたくさん触れて見て、言葉じゃ表現できない
感動を体験できていれば、理屈じゃなく深い、浅いは見分けられるはず。
作品から何をどう感じるかって心の問題もあるよね。オレもそうだけど、
そういう環境の中で暮らせてないから、上っ面でしか判断できないし
鑑賞力も備わっていない。作り手に高いレベルの技術と、鍛えられた創作
意欲の作品を要求していけば、双方の価値は育っていくと思う。
265 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/03 00:55
>>264 その言葉、「日本」を任意の国名に変えても成り立ってしまう。
266 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/03 01:12
「日本」を任意の国名に変えても・・・どういう事?
どこの国にもあてはまる、都合のいい文だってことだよ。
普遍的真理ともいうかもしれない。
268 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/05 13:47
>>236 テンペラ画を見ると、色彩は鮮やかだけど平面的な感じがする。
油絵具が出てきてから陰影が濃くなってきたような。
>>267 だから日本は特にその根本的な部分である普遍的真理の問題が顕著だという
ひとつの意見で良いんじゃないの。なぜ普遍的真理に迫る作品が生まれづらい
風土なのかと言う問いに答えてネ。
270 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/06 00:00
>>1 藤井フミヤのフミヤートなんぞで金をとってるからだ。
271 :
ヤギスペクト:02/10/06 00:47
日本のアートが何をもって深みが無いというの?
西欧アートの何に深みがあるっつーの?
具体的にいってくれ。
272 :
ヤギスペクト:02/10/06 00:48
日本のアートが何をもって深みが無いというの?
西欧アートの何に深みがあるっつーの?
具体的にいってくれ。
273 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/06 01:16
>>272 深みって、何?
具体的に説明してちょうだい。
274 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/06 01:21
>>272ヤギスペクトの言うとおり。
このスレのテーマは、非常に漠然として抽象的で論理展開が
難しいけど、「日本のアートに『深み』が無い」と言わしめるのは、
『深み』が無い作品が氾濫している状況と、何を見ても深みを
見出せない心の問題を同時に表している。素晴らしい芸術性を
もった作品があっても、それを見極められる目と感受性がなけれ
ば、どこを探しても良い作品に出会うことは無い。
海外にもどうしようもない駄作はたくさんあるし、同じように日本
国内にだって山ほど存在する。では「深みのある作品」とは何ぞや
という問いかけにはどう答える?
275 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/06 01:29
「深み」と言うのは前出の道具の問題などという単純な原因ではなく、作り手が客観的、造形的に何が本質か
の哲学的追求をしないで、観念的にしか物事を理解しようとしなかったからじゃないのか。一つは技術的問題。
デッサン力にコンプレックスを感じる画家は多い。それだけ重要だという事を皆知っているだからだ。具象、抽象
、半具象どのような表現形式を目指しても作品の造形的根本をささえるのがデッサンと呼ばれる科学的客観的
秩序である。物質の形態を網膜でとらえ、トーンとして脳裏で解釈し自己の手で再構築する訓練はそれを経なけ
れば得られない造形的本質がある。「形を正確に模写する」こととしか「デッサン」を理解できていない画家は、
早い時期に何らかの原因でその訓練を止めてしまったか、その奥に秘められた大きな可能性を察知できずに
挫折したかである。それは物体の輪郭線を正確に描写しなければ形態を表現できないと誤解するのか、または
、同じ空間の中に別の量感を持って存在する形態が、トーン(色彩の諧調)として視覚化することにより背後に
広がる空間と接する部分に境界線の存在を認識しているかという大きな違いがあり、自分の思い込みや、
こうだろうと言う観念から脱却して、造形的本質に向かうことにより、画家の自由な表現の可能性が本当の意味で
広がる。造形的根本にしっかりと立脚し必然として生まれた作品であれば具象であれ抽象であれ、ジャンルに
関係なく見るものの心を動かすが、観念的で矛盾だらけの独りよがりな作品は、作った本人を騙せても見るものには
偽れない。デッサンを否定しつつどこかで固執しながら結局のところ自由を拘束され一生を終えるか、独自な芸術性
を体得できるのか・・・・二者択一。作家の運命の分かれ道である。
次回は画家の経済的問題にも触れてみようと思う。
だらだらとつまらん文章書くんじゃねーよ
277 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/06 02:30
>>276 じゃあ「深みのある作品」とは何ぞや
という問いかけにはどう答える?
278 :
vunderrigh:02/10/06 23:51
大体「日本のアートに深み・・・」ってお題目悪すぎるし幼稚な
テーマなんだよ。そんな仮説何を根拠に提示できるんだ?
じゃあいったい何人の作家の、どんなジャンルの、どんなレベルの
作品を検証したんだよ!世界のどのあたりと比較すりぁいいのよ。
新しい概念の創造や造形的本質をテーマに科学的議論するならまだしも、
あまりに抽象的な表題だし、議論も観念的なものばかりでちっとも
発展していってないんじゃない?「深みのある作品とは何か」なんて問いかけ
に論理的に答えられるヤツなんかここには来ないよ。
279 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 01:46
育った環境の違いかなーっと思う。
欧州の作品は温もりがあるけど、日本は怒りっつーか冷たい感じがする。
戦争に負けて、温もりがほしいのに、自己満足からくる冷たい作品しか
日本には無いような気がする。
芸術の捉え方にも違いがあると思う。人の為とは口先だけの日本とは、
根本的に性格の違いがあると思う。
280 :
vunderrigh:02/10/07 02:13
だから冷たい「感じがする」とか、冷たい作品しか日本には無いような「気がする」
とか想像でしょ?そんな主観的で根拠の無い観念論にすりかえても出口が見えて
ないじゃん。君らの言ってるのはただの欧米文明へのコンプレックス。
自分の内面に、芸術に対する本質的な思想を持っていないからいつまでも
実体の無い幻想にとらわれてるんだよ。だから日本人の創造力は停滞してるって
だれかに煽動されちゃうんだって。普遍的真理の問題なんだから世界共通の
芸術的課題なんだって。
ネタスレでむきになってるアホがいます。
282 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 02:32
日本の美術に往々に見られる、
装飾性への造形的配慮が冷たく見えるのは
ちっとも不思議ではない
283 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 02:34
ムキになってるんじゃないの。「日本のアートに『深み』が無いのは何故」
ってネタスレにどう答えるのかって言ってるんだよ。はぐらかさないで
しっかり答えてみろよ。あーじゃないか、こーじゃないかなんて現象ばかり
説明してるけど、じゃあ↑君どう考えるの!
>>283 俺このスレに書くのはじめてだし。
ムキになってるのはどっちだ?
285 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 02:44
西洋文化を移入しなければならなかった幕末や明治期の人々は、
もしかしたら現代人よりも遥かに知性と教養を
身に着けていた方々だったんじゃないかな。
列強からの植民地化を避けるべく、四苦八苦しながら西洋を取り入れ、
不平等条約下で貿易を行い、その輸出品として工芸品が海外に流れた。
しかしこのことによって、欧米でのジャポニズムは加速し、
現代に至るまでの、根強い、欧米における「日本観」が定着した。
一方、日本国内では評価が高まっていった日本製の西洋画は海外では評価されない。
これはひとえに、欧米では既に、所謂「日本像」が出来上がっていたこと、
アジア芸術としての需要が日本製の西洋画にはなかった、ということも
起因していると思うのだが。
短絡的に、「日本の芸術は深みがない」とか言う以前に、
その経緯と現状を正確に把握する検証力を養っていく必要が
あるのかもしれない。過去から学ぶことって、多いと思うよ。
287 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 12:25
日本人の、新しい概念や他の価値観を認知できるかという意識の問題ではないだろうか。
ヨーロッパでは印象主義以降も、日本の浮世絵から平面的空間処理を取り入れるなど、
新しい芸術運動が想起されるたびに、多様に日本や周辺アジアの装飾的様式美から
抽出したエッセンスを用いて新しい造形概念を生み出してきた。創造の独自性や異なる
概念を求め、過去から学び、周辺の異文化から何かを得ようとする意識改革を推し進め
てきた。一方島国である日本は他からの干渉も受けにくいかわりに、他の価値観を受け
入れる意識が育ちづらいので、たとえ古来から存在する有形無形の芸術的遺産や価値
観があっても海外の芸術に接しても、それを新しい価値観としてとらえて新しい概念を導き
出すには至らない。日本の芸術に深みがないと感じても、それ以外の価値観に対して
感じているのは観念的な魅力の範囲かもしれない。
欧米と同様に、すばらしい芸術性(芸術の深み)は確実に日本の文化にも存在する。
「芸術に深みがない」と感じると言うことは裏を返せば、あらゆる価値観から芸術的な深み
を見出せないジレンマと解せてならないのだが・・・・。
288 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 13:12
日本画って薄いよね。
メシもしょぼいし。
坊主がでかい顔してたからかな???
( ´,_ゝ`)プッ
>日本画って薄いよね。
そんなことないよ。最近のはどうかわからないけど、すばらしい
作品はいっぱいある。海外の評価も高い作品があるんだよ。
思い込みを捨てて素直に見てみてよ。
290 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 16:41
>>289 同感。
西洋風の画題を日本画で表現する人も多いですが・・・。
291 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 18:37
>>289 >日本画って薄いよね。
あ、それ、日本画って紙とか絹に描いてるから。
洋画はキャンバスに描いて額に入れるから厚いの。
292 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 18:46
うあ!そういう意味だったのか・・・・
日本語は難しいなーっ。
でもその後の「メシもしょぼいし。坊主がでかい顔してたからかな」が
難解で解釈できないし、
( ´,_ゝ`)プッ・・・に至っては深い意味がありそうだけど
小生の知的水準ではおよびがつかない。勉強不足で挫折感・・・・
ジサクジエンうざい
294 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 19:12
>>292 チミはオイラが天才ということに気がついたようですね。
偉いな、よかったらお金頂戴ね。
295 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 20:08
2chそのものがアートだ
そして限りなく深い
>>294 天才くん、下の式あってますか?
288=293
297 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 22:19
あー・・・これだもん。深みが無くなるのも分かるよな気がするナ。
2ch眺めてると妙に納得させられてしまう・・・
298 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/07 23:04
「芸術ってなんの為にあると思いますか 」板の
「空耳」や「春をひさぐ」や「土人き」、「ククク」といった面々の
壮絶な論戦を見てこいよ。あらゆる概念を提起して客観的にも主観的にも
論破する様は圧巻だ。2000年末から続いているが、荒しが付け入るスキの
ないほど創造性に満ちた展開だ。へたなゲージュツよりよほど深みがある。
パンツ(うんこ)
この、パンツ(うんこ)は君だったら、どう捉えますか?
300 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/10/08 07:28
>>296 そんな重要なことオイソレと答える訳ないでしょう(w
弁護士通して下さいね〜( ´,_ゝ`)プッ
違うよ。
了解!それで判明したよ。
一ヶ月近く止まってるな・・・・埋没
ニルヴァーナの新曲出ましたね
深い
304 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/04 04:02
海外なだけに文化の違いで理解出来ない部分があるじゃん。
そこが奥深く見えるだけだと思うぞ。一回外国住んでみ。
305 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/04 04:44
「深み」がダメなら 「うまみ」 で勝負だ!
作家が自分に誠実な作品を造り続けていれば、
おのずと、作家の追求する世界も深みを増して行くんじゃなかろうか?
いずれにしても、誠実さの問題だとおもいます(私見也)。
民族の敵め!>1
日本人には日本人なりの価値があるだろが
欧米追従マンセーな馬鹿は国賊なり
我が民族なりの価値観を復権させねばらならん
グローバリズム打倒
308 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 10:43
>>307 オマエ実は慎太郎本人だろ!?
でなきゃ、都庁の広報課2Chチェック担当だな?
309 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 11:01
おまえはあほか! オレは反石原青年行動隊だい
米帝に日本を売る石原を誅滅せよ
超法規措置オーケーとか言っとる石原自身に超法規措かましたれ
スレ違いだな
310 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 13:34
そか、反米右翼の鉄砲玉だったか・・・・
311 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 13:36
石原はCIAに操られているのです
312 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 16:59
経済的に依存しすぎの日本は、アメリカから独立しろって
言ってるのは、まやかしか?
313 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/13 18:47
下世話な話か、あるいは堅い話しかできない人のいずれかに
分かれる傾向があるこの国の国民性では、アートに深みを持たせられる
哲学性のある市民も少ないでしょう。
314 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/14 02:40
>>1 もしかして、日本のアートにはオリジナリティが無いって言いたいの?
315 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/14 19:43
いやぁ、何の根拠も無しに言ってるだけの
ただの外国コンプレックスだな。音楽だってそうだろ!
なんでもアメ公のやってることはカッコイイ!と思う
鼻ピアスで真っ黒顔の厨と同じ発想なんだ。
深い意味なんかネェんだって。
>>1
316 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/17 03:39
とりあえず
>>1は、日本のアートのどこが深みがないのか
具体的に書き込め。
やさしいお兄さん達とお姉さん達が相手になってやる。
317 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/17 03:45
>>312 経済的にってより、文明そのものをアメリカに依存してる。
日本ってなんですか?
長い文になってしまったので、分けて書き込もうと思います。
芸術っていうジャンルを探したり、つくろうと思うと、おかしくなっちゃうんじゃないかなー。
すでに、マーケット、需要と供給などが確立しているジャンルは、活気があふれてるでしょ。
で、そういうジャンルの世界(業界?)は、文字どおりお金が動いてる。それを底辺で支えて
いるのは、ファンであり愛好者であり、つまりは、そのジャンルの消費者だよね。消費者が増えると
もっと活気が、出てくる。「俺も!俺も!」って、つくる側(提供する側)と鑑賞する側(消費者)が
増えてくる。で、大抵そういうジャンルには必ず、そのジャンルの評論家なり解説屋なるものが
あーでもないこーでもないと、寄り集まってくる。その中心に入ろうとする。それがまず、アートなり
芸術が発生する、根本のメカニズムではないでしょうか?
で、その中では、期せずしてカリスマ的な
作り手が、生まれるもんだと思う。(それは認められるにしろ、でっちあげられるにしろ、自らでっちあげる
にしろ。)で、そのカリスマは、人気や、消費に支えられているわけだけど、そのジャンルの中で影響力
もでてくる。そういうひとが、「よし!少し実験的なことをしよう!」って言ってそのジャンルのセオリーと
ずれた事をする。それが、いいにつけ悪いにつけ、話題にはなるよね。そうなると待ってました!と言わんばかりに
評論家や、解説者がよってたかって、言いはじめる。時には、他人のふんどしで本出しちゃったりもする。カリスマの
行った行動、表現が、本物が、薄っぺらか以前に、評価は真っ二つ。「その表現シ、シブイ!〜」て、ファンが
また増えたり、逆にげんなりして、離れていったり、でも、もともと話題をさらったわけだから、興行成績に無関係に
名前が余計知れ渡ったり、名前が残ったりする。たまには、すべって総スカンくらっちゃったり、、。
そういうすったもんだが、そのジャンルを狭いジャンルに終らせず、より広いふところを持ったジャンルに成長してい
くんじゃないかな。
それが、その国の文化になるし、外国とスタートは似ていても、「海外は海外、内はうち!」って独自
の楽しみ方、成長の仕方をすると思う。欧米には、れっきとしたそういうジャンルが連綿と受け継がれてる。
日本は、それと同じジャンルを無理矢理つくろうとしてる。アートというジャンルを探し求めるまえに、アートに成長出来る
環境のととのったジャンルに参入し、そのジャンルのカリスマになる、、!っていう気概がまずないといけないと思う。
芸術とは何か?っていう問いは、どうやったら、その道のトップに立てるかなー?って思う事と同じくらい、
空虚なもんだと思うよ。だってよく、「〜成功術」とか「ビックになるための〜」とか、「売れる秘けつ!」なんて本を
出している人がいるでしょ。無名のひとより、そこそこ名を成した著者の方が売れてるし、それ以前に説得力あるでしょ。
でもそれ読んだ人が、必ずその人みたいになれるわけじゃない、、。なれた人だけがうんちくや、普遍論(何ぞや論)を言えると
思うよ。
ちなみに「カリスマ」て言葉はとりあえず例としてあげたんで、その限りじゃないけど。
321 :
ベンゼン中尉 ◆BENZENFG3I :02/11/17 10:02
>>1
可笑しいな、日本の芸術は世界でも有数の高い水準のはずだと思うのだが?
322 :
PURE-GOLD:02/11/17 10:50
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323 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/17 11:13
芸術家がエンターテナーになる必要は全然ないと思うけど。
一部の奴が一部にしか理解できない深みや含みを持たせてるだけで、
一般大衆は付いてこれて無いよ
327 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/17 14:04
その一部の奴の為にあるのが芸術じゃないの?
328 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/17 17:00
329 :
偉大なる似非芸術家でじこだにょ様:02/11/17 17:26
もちろん芸術は、エンターティナーじゃないです。エンターティナーが文化的に存在していたとしたら
その大衆性を利用する(皮肉る、毒をふくむ、新しいセオリーを見つける、、等言い方はなんでもよしとして)
部分がないと影響力がない。大衆に理解されるされない以前に、ひとつの事件?(おおげさに言えば)
的なものであるんじゃないかな。「深み」を自分の言葉にいいかえるとしたら、影響力でしょうか。
人畜無害のものが、芸術になれるとは思わないなー。
でも直接大衆に影響与えたい、とか思うからダメなんじゃないか?
そうなったら芸能でしょう。
芸術は大衆に影響を与えるんでなくいわゆるエリ〜トに影響を与えることが
大切だったと思う。
いま、こんな前提がゆるんで崩れてるから(大衆VSエリートという構図とか)
330みたいなこと考えてしまうんだろうけど、本来芸術って大衆文化じゃないのよ。
人畜無害に関していえば、むしろ大衆は保守的だよ。本質的にあまり過激なものは嫌いです。
331さんの言っている事はとてもよくわかります。ただそれは、芸術大国の場合ではないでしょうか。
日本にはエリートが、存在しているのかな?
少し言い足りなかったので、先程のコメントに補足するんだけど、
「大衆を利用する(皮肉る、、、)」って言いましたが、あれは大衆に支えられたマーケットと
いうような、その表現者の「立ち位置」自体を指しているんです。
その立ち位置が果たして日本美術にあるのか?って言う意味です。
美術は芸術ではないし、もともと日本のエリートの美術ってなんだろう?
芸術は、ひとつの活性化されたジャンルの山に影響を与えるものだと思う。
活性化されてもいない、需要と供給以前の日本現代美術を山といえるのだろうか?
そんな山に影響あたえてどうしようというのか?
だから、人畜無害というのは、消費者に対しているのではなく、マーケットに対してという
ことです。
331さん、饒舌になりすぎて、確認がおろそかになって、誤解をまねいてしまいました。
で、はじめにあった、美術に深みがないのは、、、っていろいろありましたが、今回に限らず、そういう諸々の芸術論なるものは、
芸術とは、、、だ!とか、こんなの芸術じゃないイラストだ!とかいろいろいっても、立脚点のない、または、ハッキリしていないまま
持論をのべても、理想論や抽象論におちいりやすいと思うんです。からっぽの芸術批判は意味をなさないし、
何がアートか?っていうのも対象(立ち位置)を自覚しなければ、滑稽になってしまう。
無理に欧米の概念でかたらずとも、芸術とは?なんて、大風呂敷ひろげなくとも日本の美術を活性化させないと
まづは、いけないんじゃないだろうかと。美術でいいじゃん。まあアートっていってもいいけど、そんな中で、日本独自の
批評文化がいつか活性化していくんじゃないか、、、と昨日今日、はたと思ったわけです。
ちゅか、最近の日本は全てに置いて奥行きが無いと言われてるよ。
表面的な消費社会
Jアニメは世界も注目!
デズニーもまねっこしてるもな!
336 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/23 17:33
337 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/23 19:28
日本にアートは根付かないと思う。
それよりも洗練された優秀な職人が多数いるからね。
絵画、刀鍛冶、染色、漆器、陶芸、どれもすばらしい技術を持った職人が現存する。
日本の職人が作る一切妥協の無い物が西洋のアートに劣っているとは思わない。
338 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 01:26
原始時代の美術なんかを除けば、「アート」なんてものはそもそも信仰とかと
切ってはきれない関係なんで、そう云った意味では『深みの無さ』とか、
「優劣」なんて切り口はあまりピンとこないです。
歴史における文化や習慣の比較?
比較して「新しいモノ」が生まれるなら誰も苦労しないよぅ。
339 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 01:44
ていうかお前ら1の「深みが無い」って主張に同意なわけ?
俺はその時点で( ゚Д゚)ポカーンなんだが。
340 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 01:47
それと「西洋に追いつかない」って所で( ´,_ゝ`)プッ
そりゃ東洋なんだから西洋っぽさで西洋に勝てるわけねーやな(w
外国の基準に拘ってる時点でイタすぎる。
341 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 01:48
日本のアートの特徴は今も昔もデフォルメだと思うが、
理解者が減ったね
342 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 03:05
要するに1は欧米が好きなんだろ?さっさと引っ越せばいいのに(w
そりゃ欧米のよさは認めるよ。でも俺にとっちゃ異性みたいなもんだ。
「ああいう風になりたいなぁ」って目指す存在では無い。あくまで
他者としての良さだね。
343 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 03:11
肉と米の違いか
深みのないことがカコイイ!とする価値観が存在するからねぇ。
スーパー・フラットつーのも要はそういうこと。
345 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 06:49
346 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 08:12
あまりにも透明で、深さを感じられないのさ。つまり錯覚。
347 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/24 08:18
限りなく透明に近い(中略)って奴ですか。(藁
348 :
番画廊・・・のため息:02/11/24 09:27
ええねんけど、写真使った 現代美術ってやっぱ なんか浅いもん多いね。
おもろかったら・・・ええんかなぁ 着替えて 楽しい写真集 作ってる人
バブリーな時代とちゃうのに、なんか先端行ってる様で 一番遅れてるね。
なんか すっげぇって 感じられるもん・・・がぁ ないねん。。。。
バブリーが弾けて 出てくるもんって うすっぺらい なになの?
なんか もうオワッテルて気がしている。ぁぁ つまらない ・・・。
349 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/25 00:22
350 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/25 02:00
昔からある「軽み」の価値観を忘れてしまったのか?
それを深みが無いっておめー。。。毛唐の尻ばっか
追っかけてねえで先ず自国の美術史くらい学べっつーの。
1は無知にも程があるって感じだ。
351 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/11/30 01:08
日本のアートに『深み』が無いのは何故かって?
ヤンキーのまねばっかしてっからだよ!!
いい加減気づけ!
352 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 05:31
「深み」と言うより「素朴さ」は、失っていると思う。
今の日本人画家の絵ってなんとなく俗っぽい感じする
やっぱり、みんなお金、欲しいのかな。。。。
353 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 13:54
「深み」の無いのは,アートに限った事でもあるまい。
354 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 21:06
あほか、現代の画家はなるべく茶色の多用や、くすみを減らして明るく軽い絵にしようとしてるんだよ。
いつまでもゴキブリみたいな絵ばかりかいてられるかっての。
355 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 21:14
日本の有名団体の絵は色がなますぎる。
デッサンだと必死に色をおさえるくせに、絵画となると塗絵のごとくべた塗り。
しかも絵を描くべき意思がない。訴えたいものがないからカルチャーセンターの発表会みたいになってる。
355さんの絵の色が、生っていうのは、
354さんの明るく軽い絵とは、どう違うの?
357 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 22:00
一度吸った者を魅了し健康を蝕み続ける悪魔の回し物「たばこ」
その毒は成長期真っ只中の子供たちの健康をも脅かします。
実際に日本国内で悪魔の回し物によって一日300人の
尊い命が失われています。
悪魔の回し物による悲劇を抑えるための増税に
同意していただける方は下のリンクにて署名願います。
http://www.nosmoke-med.org/signature/ 各板にコピペしていただけると幸いです。
深みかどうかわかんねえけど、確かに軽すぎて
別に生の絵を描かなくても、プリントアウトで十分じゃんって気がする。
別に絵の具が、どうのこうのの話しじゃないね。
359 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 23:43
>>356 354は「深みがない」という点に「必ずしも深みを持たせることが良いと言う事でもない」と
反論しているし、355の話は「色が生すぎて深みがない」と、全く対極的な評価をしている。
但し、355の言う「しかも絵を描くべき意思がない。訴えたいものがないから深みがない」と
するのは、絵画に限らず、どの芸術分野においても言えることで、正論と言えばそうだが、
抽象的で判りづらい。ではいったい、どのような価値観をもって、どのような表現を試み
なければいけないかという命題について、明らかにしてほしいと思うが・・・
360 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/01 23:57
絵の「深み」についての定義が難しいな・・・個人によって様々だし。
あるいは、さらに多くの人が考えるところの「深み」という既成概念を
疑ってみる必要があると思うし、そのような芸術分野は過去から存在する。
新しい価値観を持った創造とは?という点で意見しないと、論じ合うテーマ
としては、あまりにも茫漠としていて、現象的主観論ばかりの羅列に終始
してしまいそう。
絵は、絵具で語る時代では、もうなくなったのかなー
分かる気もするが分かりたくない気もすんなー
確かに過去に絵はただの絵具の面だといった(ミニマル)
ところから、絵は、豊かじゃなくなったよ〜な。
362 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 00:12
絵の具のもつ固有の特性についての理解が乏しいから、
>>358のように
「それならペンキで描きゃいいじゃん!」とか「プリントアート」とか
言われてしまう。本来であればすばらしいマチエールを作り出せるはず
のものが、経験が無いばかりに全く単調で平面的な作品になってしまう。
絵の具の特性は、制作過程での修練により発見されて独自のマチエール
となって表現に深みを与えて行くものだが、現在はそこが非常に軽んじ
られている。技術的な側面から見ると主な原因は、そんなところにもある。
テーマは、それだな、
どうやら、1の人が、いなくなって、(山田氏 攻撃対象?)
観念的な話ばっかだったけど、この部分をスッキリさせたいなー。
「油絵はコテコテだから、日本人はあわない」とかいうスレを読んだけど、
じゃあ、なんで、まっさらのキャンバスに描くんだ〜?っておもっちゃうよなー
続き
和紙の方がましー。そのほうが、見た目は、好き。
豚毛の跡のこった、絵具とか、逆にステンシルみたいに、ベタで、手の跡消したり、
そんなんばっか。
365 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 00:27
「深みがない」という点で、作家の思想性について論じられがちだが、
実は
>>361 の言うところの、絵の具や筆やキャンバスについての知識や、
経験など、技術的な完成度が非常に重要な問題だ。あくまで画家は職人
以外の何者でもなく、自由な創造者であり、自己の価値観を具現するため
の研究者でなければならない。その辛い探求から逃避し、うわっつらの
アーティストやファションとしての芸術家気取りこそが、絵画を衰退させ
ていると言えるかもしれない。
366 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 00:41
「油絵はコテコテだから・・・」というのは全くのデマであり誤解である。
作家一人一人がそのような固定観念を打開すべく、独自の表現世界を
築きあげれば、新しい表現が生み出されるはず。深みが有るか無いか
は、その結果として表に現れるものなのだから。
366氏
あ、その「独自の表現世界」についてなんだけど、
絵具よりも、絵の内容(主題)表現や、「図像で表現」にいっちゃってるのが、
気になるんだよねー。打開するその固定観念っていうのは、絵具よりも
そっちにいっちゃってる気がする。
368 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 17:56
おもしろそー
だれか、板たててください。
私はやり方わかりません。
書き込むことしか知らない。
>>367 うん、だからコテコテがイヤならサラサラ描けば良いし、
その中間ならコテサラだし、絵の具の材質なんてそんな
単純な性質じゃない。描法における可能性は画家次第で無限だ。
あまりにも材料に無知なるがゆえに、表現力を失っているから
このような問題になる。
370 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:11
マニュアル本の類いはほとんどが屑。
創造性を絵具の扱い方に発揮しても良いんじゃない?
371 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:13
そうだね!精神的な話ばかりで観念論に偏っていた。これでは
いつまでたっても外郭が見えてこないよな。
何を描くかではなく、どう描くかというところに、そろそろ
論点を絞っていかなきゃ明確にならないってことだ。
372 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:34
グザヴィエ・ド・ラングレ著『油彩画の技術』
たぶん、日本で最も知名度の高い技法書。日本語訳は現在絶版
であり書店では入手できないが、古書店でたくさんみかける。
日本語訳の出来が良いことで有名。たいへん読みやすい。
一時期、まるで聖書のように扱われ、かなりの日本人が影響を
受けた。紹介されている処方がルフランの製品を使用したバリ
エーションが中心で、画材メーカーの広告塔のような感じがする。
現在、それらの製品は、使われている材料が変わってしまった
ので、そのまま参考にすることはできない。ただし処方以外では、
参考になる部分がたくさんあるので、一度は読んでおきたい。
冒頭のファン・アイクからルーベンスまでのグレーズ、エマイユ、
カマイユ技法に関する解説は感動的ですらある。
原書が最初に出版されたのは1959であり比較的新しい。
その後、一度大きな改版がり、主にアクリル、ビニル絵具に関して
加筆された。当時、合成樹脂はまだ発展途上の時代なので、あまり
参考になるものではない。古書店で入手する際は、古い版のもの
でも問題はない。
373 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:44
モノクロームに描かれた下地に、顔料と樹脂分の多いオイルを混ぜ、
グレージングにより着彩して仕上げてゆく技法を何て言ったっけ?・・・・
370
371
やっぱそー思う?。そー思う?。
369のとおりだし、
その「コテ」と「サラ」だけにしても
実は、表現の可能性がこめられるだ。
なぜ、キャンバスなのか?
油絵具を薄く塗るにしても
キャンバスと吸収する支持体とじゃ、かなり違うし。
そういう部分は、結構、皮膚感覚的な部分だけど
表現する人のアイデンティティーに関係する大事な部分だよな。
ぐりざいゆ。?
376 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:49
>>373 グリザイユ(グレージング)技法でいいんじゃない?
>372
あーっそれかー。
おれが専攻してた研究室の教科書だ〜
絵ーかきに、そこいったのにさー。
原文訳せだってー。やな思いで。
あと、いきなり、黄金背景テンペラ実習〜
当時は、表現上の必然性、ぜんぜん感じなかったなー
いい思いでだけどねー。
378 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 21:57
>>374 描き手にとっては皮膚感覚であり、鑑賞者にとっては非常な奥行きを持つ
視覚効果を与えることになる。メチエの大変重要な部分だね。
379 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 22:11
オイラは、キャンバスに石膏とオイルの混合で、石盤状の下地を作り、
ペースト状の半透明なメディウムを絵の具に混ぜ、何層もの描き重ねで
仕上げていってるよ。絵の具の透明感のコントロールは、とっても大切
だと考えている。いくらデッサン力があっても、この材料に関する工夫が
なければ、勝負にならないよね。古典技法の中には、造形的に極めて重要
なヒントが隠されている。全く新しい表現概念のカギがそこにある。
勉強しなきゃダメって思うよ・・・
380 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 22:36
381 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 22:44
田口や佐藤の技法書は参考になりますね。
彼ら自身の絵はそれほど好きではないのですけど、
379:
自分なんか、今になって、そういう意欲が、出てきてる。
今までの(300まで)スレ読んだけど、過去の美術を今さら、なんだかんだ
いっても、評価されてる部分とされない部分はあるに決まってる。
それより、現代の価値観の状況把握が、会話にないような気がするんだよな。
発言者の(生の)立場が、見えてこないちゅーか、だだの解説っぽい。
383 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 22:47
ロバート・マッセイ著「画家のための処方箋 絵画材料と技法ハンドブック」
200以上の処方と技法のマニュアルで、全ての真摯な画家が、欠かせ
ないと感ずるようなユニークな参考書。
アメリカで30年以上も売れ続けている、試されずみのハンドブック。
どうさ、地塗り、メディウム。接着材、技法がコンパクトにまとめ
られている。絵具にまみれた手でページを繰りながらでも、使いやすく、
具体的、簡潔で分かりやすい。
384 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 22:53
>>382 現代の価値観の状況把握が、会話にない。
そのとおり。現代社会の芸術に対する評価が、自他ともに
歪曲化あるいは間違って解釈されており、新しい創造力が
損なわれる原因だね。
385 :
?a¨??:02/12/02 23:16
384:
最近のアートーシーン(ちょっと気取ってみたが、マズイ!オレらしくない)
の自分の印象は、当時のフォーマリズム(グリーンバーグの本で覚えた!。)っていう、
純粋絵画ムードが、なくなって、絵画が、インスタレーションの一部に組こまれ
てきてる感じだね。(ほんとに、最近ではないけれど)
でも、よく考えたら、あれ、もろ日本美術にもどってるよなって、感じた。(宗教画レベルで
いえば、全国共通だけど)。
環境絵画ちゅうか。そしたら、日本の学芸員とか、さも新しそうに言ってる。
不思議な世界じゃ。
↑ゆう
ロバート・マッセイ著「画家のための処方箋 絵画材料と技法ハンドブック」
メモっとこ。
どなたか知らぬが、サンクス。
388 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/02 23:45
ま、キュレイターや評論家が何を言おうが、鑑賞者の一人なわけで
べつに気にはしないが、現代は表現手段が多様化してカテゴリー分け
そのものが意味を成さなくなってきてるね。だけどそれでいいんだと
思うよ。昔みたいにナニナニ派とかカニカニ流とかでくくられて
結局、こう描かなければイケナイ風な、自由なものの見方が阻害され
てきたってのはある。今はその垣根が取払われ、基本的には表現の
開放とみて良いと思う。しかし、だからこそ、その多岐にわたる様式
の中に、いかに普遍性をもって、人の心の中に共鳴し得る価値観を
見出せるのかということが重要になってくるんじゃないかな。
そして、それらを裏付ける高い技術力が、今後は更に求められてくる
と思うし、そうでなければならない。
379氏
作品の表現意図の比重は、絵具にあると?
384氏
>現代社会の芸術に対する評価が、自他ともに
歪曲化あるいは間違って解釈されており〜
個人的にどうあるべきかとか何か考えてる?
あっ、タイミングずれた。
388
そうだね。
個人の世界が、実は、社会とつながってこなくて(社会という集団が幻想
だったんだって気付いてきた人が、多くなってきている)個人の表現は
ネットみたいに、つながって、皮膚感覚を、共有できる横つながりの共感に
なってきている気がする。
もし、皮膚感覚的(仮にそうだとして)に、つながりが持てるものが、
互いの間に見つかれば、それは言語化できないくらいの強い表現につながると
思う。
>>389 うーん・・・正直言うとオイラの頭ん中には、在る理想的な技法が
あるわけなんです。それは19世紀の画家(名前は秘密)の作品なん
だけど、初めてイギリスでその作品を間近に見たとき、あまりにも
不思議なマチエール(七宝のような、ガラス質のような、キャンバス
にガッチリと絵の具が食い込んでる感じ)に愕然としたんだ。
オイラはどちらかといえばミクスメディアな抽象作品を作っているん
だけど、その画家は純然とした具象絵画。まさかあんなに否定してきた
具象ジャンルから、こんなに影響を受けるとは思わなかった。
んで、結局そのような絵の具の魔力を引き出すためには、根本的に
基底素材やメディウムなど、全ての材料について研究しなければならないっ
て気がつき、悪戦苦闘が始まったわけ。だから最終的には、絵の具の
取り扱いをどうするのかってことが課題だね・・・・
答えになってるかな?
でもファインアートの人でもアクリルで描いてる人とかいるよね?
ダメなの?
>>391 そう言うこと。そこが先ほどの答えかな?
言葉で説明できるものとは異なる、絵画にしか成し得ない独自な
共通言語が用いられて、初めて価値観が共有できる。そのためには
正しい技法への理解による、客観的、科学的裏づけが必要だね。
395 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 00:44
見た目でガツーンと来れば画材なんてウンコでもシッコでもいいんだよ
396 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 00:44
394:
これは、あくまで個人的な感じ方なんだけど、
コンセプチャルアートのスレで、メモったんだけど
誰かの発言に
「既成概念を共通言語を使いながら
新しい解釈へと導くのが、芸術家の本来の仕事であり、〜」
っていうのが、個人的におもくきてね。
日本の既成概念って何か?、共通言語って何か?って考えると、
実は、そういう必ずしも、コンセプチャルでない部分の職人部分だったり
する。裏を返せば、日本人(種)は、異様にそこに反応してみせたりする。
それをコンプレックスとするか、共通感覚として取り込むか。ってところ
なんだけど、それと理論や概念が、火と油だったりする。
うあっ
水と油だー
あほ
399 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 00:53
>>395(暴爆)
でも広義では、そう言うことにナルかな。
どれくらい素材としてウンコやシッコに、マチエールを作り出せる
特性があるかは未知だが、ってゆうか臭いが強すぎてネェ・・・
研究材料としては遠慮したいナ。
ま、試しに実践してみてくらはい。その際はタブローは秘密にして
おいたほうがイイかもね!
>>396 自分がアクリルなんだけど、油と比べればそりゃー屁みたいに
簡単だし技法を極めるとか、そういうのはないし。
油との比較でいえばないに等しいもんね。
>>400 「油と比べればそりゃー屁みたいに 簡単だし」って
そんなことは無いんじゃない?
よくは判らないけど、アクリルだって今ずいぶん色んな
アイテムが揃ってきてるから、工夫すると油より扱い易い
分すばらしい効果があるんじゃないかい?
何を道具に選んでも、最後は画家の材料に対するイマジネ
ーションが新しい表現を生み出すのでは?
392>あまりにも
不思議なマチエール(七宝のような、ガラス質のような、キャンバス
にガッチリと絵の具が食い込んでる感じ)に愕然としたんだ。
なるほどー。
自分にも、似たような経験はあるよ。
395氏
確かに、うんこやしっこも画材のひとつだよなー。
っていうか、ファイン流でいうと画材ともいわないか。
うんこに情報たくしても、まず、うんこをうけとるヒトいれば、いいけどさー。
それからだね、ガツーンとくるのは。
>>397 新しい価値観を、とりあえず受け入れようとする人格か、
一般的通念と同格でなければ、とりあえず排除しようと
する人間性ってとこかな。どんなに優れた表現手段が
存在しても、後者の感覚になってしまうと相殺されてしまう
し、そこが現代の抱えている問題点だと思う。
写メールもってないと仲間はずれだし〜ってな具合で・・・
404 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 01:17
394氏
それが、言いたかった。
ちなみに、自分 エッジですが。
スレもりあがってきたけど、明日早いんで
今日は、寝るかなー。
394氏
付け足しー。
>一般的通念と同格でなければ、とりあえず排除しようと
する人間性
その一般がさ、芸術関係者達(日本人と限定してもいい)の一般と
日本の観賞者(消費者、やな言葉だけどさ)としての一般と通念が一緒でないと
皮膚感覚としてのコミュニケーションが、成り立たないよね。
関係者(創る方も、語る方も)側が、「活性化してほしい、、」と
思ってても、どこかで、鑑賞者側の一般通念の方を、無意識にしろ黙殺してる
ところが、感じられちゃう。
鑑賞者側の一般通念って何か?って考えると、実は芸術関係者達が
過敏に反応しちゃう、この、まさに職人的な美意識だったりする。
それを鑑賞者側は、普通の概念というか、共通する皮膚感覚だったりする。
それを、くすぐりつつ、次のステップにシフトさせていくような考えが、
日本で発表するなら大切だと思う。
>どんなに優れた表現手段
これを、言語化することが、アートを発表する際の大事なコミュニケーション
だし、美意識なんだ!、っていうのが、西欧美学であったりする。
だから言語化出来ない表現は、おおげさに言えば、黙殺されていく。
でも、そういうのを江戸っ子は「やぼ」っていって、嫌がられた。事細かにハッキリ言わないことが
美学だったんだよなーって感じる。
自分の直感的な考えだと、日本って言葉のつながりより、皮膚的つながりがあるっぽい。
悪く言えば、なーなー。よくいえば、そんな感じ。
407 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 09:41
深みが無いのは、日本は宗教に基づく哲学が希薄な土壌であるし、芸術家を囲うパトロンという存在が歴代の権力者に多くなかったからだろう。>とマジレスしてみる。
408 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 09:51
>>407 突っ込みどころ満載だな。
あんた、日本人じゃないだろ。
>408
ツアコンですが何か?日本人ですよ。どの辺が日本人じゃないと思うの?
410 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 11:32
>>407 パトロンといえば、寺社は別にしても、足利義満、足利義政、織田信長
などいくらでも思い浮かびますが。
本物の日本人?
まあ、まともな教育を今まで受けてこなかったんだね。
日本には武士道を基本とした哲学と仏教と神道がごっちゃになった独自の哲学が存在するだろ。
外国と比べて犯罪が少なく、民度が高いのはそのお陰だろ。
西洋でいう芸術家という概念が日本には適さないが、古くから匠の技を持つ職人は大切にされてきた。
歴史の重みのある作品ならいくらでもあるだろうが。
今日まで残る多様な美術工芸品の数々が、匠を大切にしてきた権力者の存在を証明している。
そうだね、日本はやっぱり職人の伝統を大切にすべきだと思うよ。
以前村上隆の制作風景を見て、おお日本の伝統にのっとってるなとおもた。
413 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 18:17
画家は職人になったら終わりだ
414 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 18:24
>>413 そういう考えこそが日本人画家をダメポにしておるのだ
415 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 19:09
>>413 しょくにん 【職人】
大工・左官・飾り職・植木屋などのように、身につけた技術によって物を作り出したりする職業の人。
何故、職人になったらいけないの?
416 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 19:26
西洋でも、ルネサンスまでは「芸術家」というものは存在せず、
彼らは「職人」「技術者」と呼ばれていた。
たださ、純粋に戦前日本(もっとさかのぼれば明治以前)の流れを
現代は、そのまま引き、大切に現代人が継いでいるかと思うと、わりと西欧文化を(中途半端に)
受け継いじゃってるのも確かなとこだしー。そんな日本に生まれ影響うけたのも自分達だし。
そんな日本をひっくるめて考えないとねって思う。
406で自分が言った職人的っていう意味とはちょとずれるけど、
ほんまの職人さんは、商業、工業ベースにのれてない分野の方は、風前のともしびだし。
↑ちょっと発言タイミングずれた。
416氏
>ルネサンスまでは「芸術家」というものは存在せず、
彼らは「職人」「技術者」と呼ばれていた。
そしたらさ、それと、現代の(本家)アートの状況をどうつなげて
解釈する?
鑑賞する側の一般的な趣味趣向、通念などは、人々の生活の中から
背景となる時代や文化を反映して、必然的に生まれ出たものだ。
芸術家は、それらに迎合する必要もないし、否定する必要もない。
感受性の動物である人間の生理に、あらゆる感覚器官に必然として
訴えられる、みずみずしい作品を具現して見せること。その方法の
多様性を模索することが芸術家本来の仕事であると思う。
すばらしい作品に巡り会った人の心は幸せになる。
人間の幸福のために科学する研究者、人間の命の尊厳のために闘う
医学者。彼らと全く同じ次元と本質とを生きていると考える。
ん〜
げいじゅつかってもっとエゴイスティックなもんでいいと思うが?
人々のためにっていうのを意識し出すとすぐお手軽なものになりそうな予感
421 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 22:11
人々の為とか行ってんじゃないんだって!
かなり前のスレから読み返したほうが良い!
あんたに判りやすく言うとすれば、人間のため、
すなわち自分の成長のためってこと。
エゴイズムを良しとする、出口の無い観念論からは、
結局何も生まれ出ないし、ひるがえって自分にとって
意味を成さないって事。
422 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 22:28
>>411 民度が高い?プ(w
勘違いもそこまで言えれば羨ましいよ。
島国から殆ど出ない、井の中のカワズなだけじゃん。
まあ、次元は違うけど、日本の芸術は否定しないよ。
自国の文化は否定したくないからね。
オイラは絵を描く人間だけど、自分の絵が人から見て視覚的にどう見えてるのか
ってのが一番気がかりだな。描いているときは我を忘れるくらいに集中するけど、
ちょっと一服して、トイレでオシッコしてから再び絵に戻ると、恥ずかしくなる
ほど冷静さを欠いていて、自分らしくないことに気づくときがある。自分だけの
世界に浸ってご満悦している時はいいけど、あんまり背伸びしたのは、後ですん
ごく気なるまづくなる。だから自分をある程度客観的に分析できる能力はとても
大切と感じる。人のためでなく、他者の眼と心を持ち合わせた時に、どう自分の
作品を見せれば良いのかという点で作品作りを意識している。
420氏
自分の為でもいいしさ、何かの為でもいいし。
表現の送信対象は、個人様々。
むしろ、
おれは素材自体の力が持つメッセージ性の希薄さを話題にだしてるけど、
420氏自身は、それでは、どう切り口を持ってくの?
そこを話して欲しいな。
指摘して、、、それから?
423氏、なんか共感できるね。
ごめん、379氏と呼ぶべきだね。
そのとおり。独り善がりなエゴ作品は、結局自己不在だと言うことだね。
>>他者の眼と心を持ち合わせた時に、どう自分の作品を見せれば良いのか
というのが、芸術の進歩にとって最も大切な客観性、普遍性と言える。
その客観性あるいは普遍性を獲得するために必要なものが、描くことでしか
得られない技術力というものだ。
427 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/03 23:36
>>426 さらに掘り下げて言えば、その技術力をささえるのが、
造形力やデッサン力(リアルな描写力ってのとちがうよ!)と
材料に対する知識だ。とすると芸術家は哲学者であると同時に、
崇高な職人精神を持技術者ってことになる。そのどちらも
欠けてはならない。バランスが大切ってことだね。
言い方かえれば、エゴでもいいよ。
自分で、自己完結する人ならば、でも
ほんとうのエゴは、自分自身の本性をさらけだすくらい
「深く」ないと、幼子の絵になっちゃうね。
それって、やっぱ、自分の価値基準を一度見直すことなんだろうね。
429 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 01:05
ていうか他者と自己を分けすぎじゃね?
どっちもヒト科の生物の1個体にすぎねーんだぜ?
お前らが思ってるほど違いはねーよ。
430 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 01:39
422 名前:わたしはダリ?名無しさん? 投稿日:02/12/03 22:28
>>411 民度が高い?プ(w
>>407必死だな
431 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 07:50
>430
お前モナー
432 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 11:20
深み=苦味だろ!
キャンバスにコーヒーの粉まき散らせよ!!!!
BOSSも深みでてきたろうが!!!
こういう突発的な意識変化がアートを深めるのよ。
突発的すぐて、流れが〜?
野次的発言多くなってきたなー。
野次っていうのは、断片的な、言葉の言い回しのみに、ちょっかいだして、
本筋に入っっていこうとしていない人が多いね。
429:>他者と自己を分けすぎじゃね?
どっちもヒト科の生物の1個体にすぎねーんだぜ?
お前らが思ってるほど違いはねーよ。
自己対他者ってなんだと思う?
狙い(意図)があって、行動がある。
その逆に、
行動して狙い(意図)が見つかる。
卵が先か鶏が先か的だけど、その
循環を、フィードバックさせることが
表現者だってことをさっきから、いってんじゃないの?
主観はあくまで、客観になりえない、
だって、どこまでいっても自分で判断するには変わりないし、
でも、何か(知、情、意)が、あって制作に移るわけだろ。
その源泉をたどっていかないと、何ごとも深くなるわきゃないー。
434 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 12:00
マジトークしていい?
深みって作者の人格のレベル。
様々な経験が人格のレベルを上げ深みをだすんじゃないかな。
2ちゃんに来る人間の人格では?どうなのかと.....
自分も含め考えるべきだった。
知、情、意は、ふってわく!、からしょうがねーっていうのは、
まだ未熟。垂れ流しー。
どこから、ふってわくんだ、この気持ちはー!?っていうのを
探んないとねーって、言ってんのー。
432>深み=苦味だろ! キャンバスにコーヒーの粉まき散らせよ!!!!
BOSSも深みでてきたろうが!!!
こういう突発的な意識変化がアートを深めるのよ。
はいー突発的行動オー!、、で、そのあとは?それを、言語化して終り?
それじゃ、
395氏の「見た目でガツーンと来れば画材なんてウンコでもシッコでもいいんだよ」
の発言と変わらないんじゃない?
素材(画材も同じ)を大事にしないとね。
素材は、オブジェだけど、ダダやシュールレアじゃないんだから、
素材の持つイメージやらそのバックボーンをを確認しようよ、ってさ。
あっ、わかってたら、ゴメン。そのことを話してたわけで。
434氏
もともと2ちゃんって、匿名性がゆえに、前置き抜き、本音トークで、
現実の人間関係以上の、ダイレクトな内容(言葉のやりとりだから限界あるけど)
で、会話して、意識確認を出来ることを期待してるんだけど。
自分としては、匿名にしても、ちゃんと名前(番号だけでも)をだして
いる発言者は、信頼しているよ。発言に一貫性を示そうといういしだからね。
例えば、379氏や、421氏(384ときっと同一)とかね。
発言が一貫性見えてくると、キャラが見えてくる。
437 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 13:54
ぶひ
これから、歯医者にいくぶひ〜
オイラはね、一貫して同じ絵描きの立場で、率直に話さなきゃって
思ってるんだけど、自分の絵面(えづら)がどう人の眼に映り、
どんなふうに解釈されるのかなってとこに最大の興味があるし
そこが絵の一番楽しい部分だから、腹減っても、徹夜してでも
描く意欲が沸いてくるんだ。判ってほしいなどという甘えや
一方的な自己主張じゃなく、もっと不思議な気持ちにさせたい
とか、もっと楽しませたいとか、もっとビックリさせてやりたい
ってこと。そんなふうに反応してくれたら、本当に嬉しくなるし、
どんどん創作意欲が沸いてくる。自分一人の世界の中に埋もれて
しまうと絶対納得できない作品になる。結局そう言う時は、これで
いいんだって言い訳して終わりにしてしまいたいが、自分にウソ
はつけないし、自己満足なんかじゃ到底満足できないのは判ってる。
人に己の分身である作品が、どう見られようとかまわず我が道を行
ける人もいるようだけど、オイラはそんな自慰的なんじゃガマンでき
ないよ。自分の頭ん中のイメージが人の心に正しくなくとも、とんで
もなく誤解されずに、しかも生き生きと映るようにって事が最大の
研究課題。それ以上でもそれ以下でもない。
440 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 22:24
過去に巨匠とよばれる者の中にも犯罪者的な素行の
芸術家が結構いた。画家の人格が、必ずしも作品に優劣を
与えるとするのはナンセンスだ。後世にまで、人の内面に
食い込もうとする情念と、それらを歪めずに画面に定着させる
技術が作り出す普遍性が、時を隔てた現代においても、
人の心に受け入れられ、作品としての歴史的評価が成され
ている。
441 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/04 22:52
「突発的な意識変化がアートを深める」ってのも強引だけど、
こんなふうに考えるやつ結構多いんだな。仲間付き合いでも
一人だけ一方的にベラベラまくしたて、人の話はほとんど聞く
耳持たない。無視されると急に不機嫌になるヤツ。女には
やっぱり一方的に、性欲の捌け口としか扱わず、SEXして果てる
と、背中向け高イビキかいて寝ちまうヤツ。お互いの会話を
楽しみつつ、その中から何かを得ようとは少しも考えない、
とっても楽しく無いヤツは、そのうち四面楚歌になって、だ〜れも
相手はしてくれなくなる。それでも相変わらず、オレはオレって
自己主張ばっかやってんのは、非常に哀れ。
そんなイタイアーティストにはなってくれるなよ!若い画家志望の
奴らよ。
442 :
番画廊・・・のため息:02/12/05 04:22
そうですな・・・・おるわぁ・・・一人しゃべりまくる奴。無視されると不機嫌になって
おまけに 議論しようとかいって別の意見になると無視してくる奴!なめとんのかぁ
俺が俺がぁ ナル男アーチストはぁなぁ 時代のゴミを撒き散らすなぁ 君らに他の意見を
理解できる余裕は感じられないねぇーーー♪
443 :
PURE-GOLD:02/12/05 10:16
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◆ 12月1日リニューアル ◆
《言葉の芸術新規開催》
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444 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/05 11:41
犯罪者でも人格のレベルが高い人はいる。
人格という言い方がよくなかったのかな?
おれが言いたいのは人間的な経験ということで。
やっぱりやり方とかないのはわかってるはず。
深みがいいのか?という考えだってある。
深みより何かではないか?もっとつっこめばなぜやるか?
世の中の声や自分の身の回り、自分が生きてきて感じ取った
何かを表現すればいいのではないか?
ナルシストだっていいんだよ。それで何かを表現できれば。
ただ今という空気を読み取んないと他者とのコミニュケーションは
とれない。金もいらない名誉も地位もいらないならいいが。
444氏>世の中の声や自分の身の回り、自分が生きてきて感じ取った
なるほど。きっとその積み重ねが、経験なんだろうね。
444>今という空気を読み取んないと他者とのコミニュケーションは
とれない。
経験の仕方でその空気の読み取り方(切り口)の多様性がでてくるんだね。
確かに、1つの尺度で、浅い深いは、決められない。それは、すでに
この板のテーマが、変っていうのが、皆気付いてる。
ただ、自分が、興味深いのは、現状になにか、違和感を感じている人が、いるから、
こうして、訪れているのだと思うね。それって何?
過去の日本の深みうんぬんで言うと、答えが、出るわきゃない。
今、同時代に生きる人としての、それぞれの価値観を、自分は聞きたくてさ。
知識や、前提や、歴史の流れを知ったところで、満足するはずもない。
リナリティーのある話しの方が、だんぜん面白い。総括されたくない。
ちょっと、とりとめないけど、
自分は、表現ってものを考える時、アイデンティティーを大事にする必要が
あるって考えてる。それをつきつめていくと、共感にも、つながるし、
中身のある作品になると思ってる。
コンセプトは大事だ。でも、本当のコンセプトって、
作品の理論武装とか、自己弁護の為ではなく、アイデンティティー(今はそれ
しか言葉浮かばんが)を探っていく行為なんじゃないかってこのごろ思ってる。
いい作品は、真摯にそれと向き合ってる。ぼくは、それを言葉より、素材(画材)
から立ち位置を見つけたいと思ってる。
446>知識や、前提や、歴史の流れを知ったところで、満足するはずもない。
リナリティーのある話しの方が、だんぜん面白い。総括されたくない。
ああっ、リアリティーだった。
’
麻酔が効くと、活舌ばかりか、指までも、、、
448 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/05 14:53
>ぼくは、それを言葉より、素材(画材)
から立ち位置を見つけたいと思ってる。
私の場合は色彩とか構図かな。構図というか、何をチョイスするかという選択。
それもやっぱり「言葉」には絶対に置き換えられないものだと思う。
仮に風景を描いても単なる風景でないというか、、
上手く言えない。
そして何よりも色彩が大事。
,,,,麻酔?
450 :
てんぎゃん:02/12/05 18:24
古典にかえることが今一番必要なんでげす
451 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/05 20:31
温故知新、普遍性についての深い考察なされて初めて
新しい価値観が生み出される。
452 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/05 20:52
おれは、
トーンの強弱、対比、、コントラスト、
コンポジションとバルール。
絵の具の透過特性をコントロールしながらの
マチエールの工夫。そしてこれらをどう描くか。
深みのある、と言うより良い作品を描きたい。
453 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/05 21:01
漏れは物質にたよりたひ
桜井、桑田をもってしても洋楽の深みは越えられなかった。
455 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 22:45
んなこたぁねぇって。どうも西洋コンプレックス症候群が多いなったく!
友達にアメリカやイタリアやフランス人がいるけど、こいつら自国の
アーティストに誇りを持ってるぜっての。よそ「も」良いとかは言うけど、
よその方がいいとかは、めったに言わない。逆にお前ら日本人はどうして
アメリカンナイズな文化ばっか追いかけるのか疑問だって言われるよ。
自分はダメだって言ってんのと同じなんだってよ。もっと自信持てってことだ!
恥ずかしいよ!ったく・・・・
桜井、桑田も洋楽を追っかけてるから、本物を越えられない
んじゃないのか?
457 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:04
>>454 のような思い込みが、いつしか伝染して本当に、
西洋より劣ってるんじゃないかと言う幻想に
流されてる。10人でアートや音楽の話したら
8〜9人は西洋のほうが上って事になる。
それは、その方が仲間はずれになりにくいから。
一人だけ日本も捨てたもんじゃないって思ってても
口には出しづらい。ンナこたぁネェって否定される
のがいやだから。
だが、なぜ西洋のほうが上?どうしたら日本が並べる?
って問いかけには誰もしっかりと答えられない。
ウワベしか見えてないからな。
458 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:08
そう、西洋芸術に対してだって、本当のところどれだけ深みを感じているのかは、
はっきり言ってギモンだ。
日本人はかなりのブランド好きのクセに
他国のブランドばっかり追いかけて
自ら自国のブランドを作ろうとしない
他の国も実は偏見にまみれたブランド主義なんだよ
と思いましたが
460 :
口先評論家はイラナイ:02/12/07 23:15
>>456 深みは越えられなかっただと?
そんな無責任なこと、今どき小学生だって言えるんだよ!
そう思うんだったら、超えられるもの作れよ!
口先ばっかりの似非評論家ばっかりだ!
461 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:16
>>457 音楽だけに関しては、西洋カブレのアーティストが成功してるんで
西洋の方が上だと言わざるを得ない。
日本人、平井県以外しょぼ過ぎ。
>>459 自ら自国のブランドを作ろうとしない 。
そのとおり、無責任官僚、口先だけの公約違反政治家の
ひきいる日本民族の文化意識は、こんな程度ってことだ!
463 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:23
464 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:34
お前ら、日本オリジナルを追求しろ。といってもむだだっツーの。
なぜか?いまさら着物をブランド化しても買うやつはいないだろ?
465 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:34
独自なブランドを生み出す能力が無いのか、それとも
存在する独自ブランドを認めようとしないのか、あるいは
見えていないのか、どっちなんだ!!
466 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:35
467 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:38
これからは何がヒットするかは判らないぞ。
新しいJAPANISMだって、いっぱいあるだろ?
>>464 べつに「日本オリジナル」じゃなくてもいいの
キモノ、ゲイシャ、ハラキリ、フジヤマじゃなくて
ジャンルは西洋芸術でもいい。
映画なんかでもいまだに海外の映画祭で受賞したないといけないでしょ
そういうこと
469 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:41
>>464 そういう失望論が、日本経済と生産意欲を喪失させてんだっつーの。
反省しろ!
470 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:47
>>468 べつに「日本オリジナル」じゃなくてもいいの。
そうだよな!話が極端だよな、どいつもこいつも。
同じ土俵でいいだろっての。北海道人がジャガイモ最高、
九州人がサツマイモの方が上って言ってんのと同じだよな。
471 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:55
>>464 日本オリジナル = 着物ブランド ?
これが平均的日本人の文化意識。
やれやれ・・・・
じゃあ、日本人はあくまで個人として
活動するって言うことだよね。村上隆の場合は「日本国」を
アピールしてるみたいだけど。
473 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/07 23:59
468>>映画なんかでもいまだに海外の映画祭で受賞
したないといけないでしょ って
どーゆー意味でつか?
>>472 何で個人?ジャンルごと盛り上げれば良いじゃん
つーか美術全体という認識ではダメなの?
>>473 タケシとか。しかしタケシはベネチア取ってからなぜか日本化してきているが・・・
475 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:13
>>個人として活動するって
どぉーゆう意味?
476 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:26
475 東洋人と西洋人というビジュアル的違いから
差別されることが多い。だから日本人を背負わず
個人として活動していくような形。
外人から「従来の日本」という概念をすててもらい新しい日本人として
活動していく。
477 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:28
>>474 だからタケシはシタタカだっての。西洋文化に弱い日本人には、
ストレートじゃ売れないの知ってんだよ。その西洋で評価を受ければ、
ホントに描きたい「日本映画」で成功できるかもってことだよ。
478 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:31
だからと言って西洋で評価を受けるのが簡単、というわけでもないハズだよな。
479 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:32
ラップにしても日本人の声はガキ臭くてやんなっちゃうよ。
黒人はもともと声が低いっつーのに、何わざと低くしてだよ。
ばかやろう。
>>477 それはちがうんじゃないの?
タケシがあっちで最も評価された作品て『ソナチネ』だよ
それは西欧でもマイナーなところの評価かもしれないけど少なくともある種の権威みたいなものはある
俺は、ある程度マイナーであっても日本じゃマイナーというと
本当にマイナーすぎて権威すらないのが問題だと思うのだが
なんつーかね、
例えば川端は明らかにジャポニズムでノーベル取ったわけだが
で川端が優れた作家だとしても
川端の本当にすごいところはそういうステレオタイプで日本的な物語を
文章の強度で壊していくというところにあるわけ
でもどう考えてもノーベルの選考委員はそんなことを理解してない
これは川端や日本人にとって幸福なのか?
ある程度もの知ってる人間は、ノーベル賞なんか大したことないと知ってるが
一般的にはは神様扱いだよね。どうなんだろうか・・・
少なくとも俺はヤダな。全ての賞はくだらない。それを言い続けていこう
482 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:53
それって獲った後で辞退してこそ言えるセリフだよな
483 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 00:55
481 川端の文章は観たこと無いけど、「破壊」という
日本人が従来の日本的なものを壊したということに
外人が気づかないことは残念だ。。
ノーベル賞はたいしたことはないと言っているけど
実際人間が作り出したものは全てくだらないよ。
地球の内側にいるのが子供だとして、地球を外側でみて
「なんだ。丸いじゃん」っていえることが大人だと思ってる。
>>482 俺は・・・超凡人であるよ。
>>483 たしかに「くだらない」なんていうと全てがくだらないてことになるね
賞は利用するもの(超凡人の俺個人としては他人に紹介する時などにだけど)
くらいに思うことにするよ。
反省しとります。
475 東洋人と西洋人というビジュアル的違いから
差別されることが多い。だから日本人を背負わず
個人として活動していくような形。
外人から「従来の日本」という概念をすててもらい新しい日本人として
活動していく。
かなり、前のスレだけど、同感。
フジヤマ、芸者、、、は、外人から見たイメージ。でも実際今の人は、
そういうのと無縁に生活してる。
現代の個人としての実感として、表現すれば、それが、個人の体験を通じて、
他者の実感に共鳴するものであれば、それこそリアルな日本なんじゃないの?
。
過去の、日本のイメージを借用するんじゃなくて、消化するって感じ?
温故知新ってそういう事だよね。
476の発言だった。
個人的な考えだけど、
日本は、事実として、様々な文化に影響受けて、現代まできて
純粋!、血統!といえるものって探すのが、難しいくらいだ。
だから、ミックスしていく要素は、強いし、それをマイナスとは、とらえず、
プラスに考えたい。外からの要素を日本の見えざる流儀?になじませて
現代日本(文化)が成り立ってる。と思う。それをおもしろがりたい。
でも、日本の若者は、イコール日本文化じゃない。彼等が、大人になった後
、つまり、時間を経過しないとね。彼等自身それを理解するころに始めてアイデンティティー
について考えはじめる。
489 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/08 22:48
490 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/09 18:52
491 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/09 19:37
493 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/10 17:38
日本人らしさってなんなんですか?
生まれたときから西洋文化、特にアメリカ的になっている
日本人にとって深みとは日本としてではない。
個人の感性でしょう。
日本、海外という差別化は私たち日本人に対しての海外特にアメリカ
差別意識にあるんだ。みんなわかれよ!うまくまとめられてんだよ。
海外のほうが進んでいるのは事実、センスを感じるのも事実。
だからって日本文化で戦うのは土俵を間違えてないか?
人間としておもれー、強烈、感動させるもんつくればそういうの
なくなんじゃないの?モードで日本が評価されるのが多いのは
モードだからであって、同じように進めば海外からの見方変わると思う。
日本の歌がダサいのは日本語の響きが美的でないからじゃないか?
楽曲はいいものあるんだから。
響きとかになるとうしょうがないとおもうんですよ。
熱くかたっちゃったけど、人のものはいいって思うのしょうがないよね!
どう考えても洋書のほうがヴィジュアルヤバイもんね。
買い手のセンス。一般大衆というもののレベルアップが必要です。
495 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/10 18:57
そういう他者の意見を聞こうとしないやつにかぎって
口だけで自我の強い自称画家がおおいんだよね
古いんだよ
496 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/10 18:59
494は問題外
497 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/10 19:19
皆に言う!
論じ合う前に行動しろボォケ!!!!!!!!!!!!!!!!
498 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/10 22:47
もちろん、ちゃんと行動してます。
故にきちんと論じ合いたい。
ね、皆さん!
誰だあんた?
>ね,皆さん!
ここでそんな台詞初めて見たぞ。
500 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/12 23:22
何回も訪れてますよ。文章は不思議。
読み手の心の在りようで、違った人物を連想させる。
501 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/12 23:55
499
はい。ぜひ語りましょうね。
俺なんて超多重人格的な文、使い分けてるよ。
下手すりゃ、
俺と喧嘩してる奴と仲が良い。なんてことありそうだよ。
502 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/13 00:54
>買い手のセンス。一般大衆というもののレベルアップが必要です。
激しく同意!
日本人は自国の文化をないがしろにしすぎる!!
503 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/13 01:05
だって興味が無いんだもん。仕方ないじゃん。
家だって小さいし。ならコンパクトに映画観れたほうが良い。
って感じでねえの?俺だって絵描き以前に、絵を解体なんて思わなかったし。
小さい家には小さい絵を飾れます
小さい絵か。。でもみんな奥様向けっぽい絵じゃない?
(そんなこともないか。小さい絵があるね)
506 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/13 02:30
まだあったのかよ、この糞スレ。
507 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/13 09:33
小さい絵って絵手紙か?
はやってきてるね
おばさんのあいだで。
493:海外のほうが進んでいるのは事実、センスを感じるのも事実。
と
:どう考えても洋書のほうがヴィジュアルヤバイもんね。
の2つの意味するところが、矛盾してない?
「ヤバい」って、ひょっとすると「いい」って意味?
493:だからって日本文化で戦うのは土俵を間違えてないか?
人間としておもれー、強烈、感動させるもんつくればそういうの
なくなんじゃないの?
問題は、海外うけする美術じゃなくて、日本人として、共感できる表現を
展開しないと、日本にいる意味ないんじゃないの?
作家の主張や、意図は、皆それぞれ違う。
その矛先は、どこに向けられてるの?
海外?それじゃあ、田舎育ちの青年が、都会に憧れてて、生まれ育った環境に「けっ!」
と見下ろして恥じているのと、あんま変わらんのじゃない?
西欧が、日本に期待しているのは、確かにモードじゃないよ。でもアイデンティティー
を持たない、かぶれの作家を評価するわけない。いいものをつくるには、それなりの
ある対象に向けられた、メッセージが、ないと成立しない。自分は、どういう立場から
どう言うものを発信するのか?それを考えるとき、日本人気質(よかれ、悪かれ)を
しっかり見つめる必要を感じるな。
きょうはおでんだー
510 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/13 23:31
★一重★目が細いか小さい★目頭がほとんど無い★ヨリ目かツリ目★
★眉毛がかなり薄い★目と眉毛の間が広い★ハの字眉★肌が茶色い★
★男なのにあまりヒゲが生えない★歯が大きい、または出っ歯★
★スネ毛など体毛が薄いかほとんど生えない★頬骨が強く張っている★
★彫りが極端に浅く、起伏に乏しい★面長だが、ずんぐりとした瓜実型★
★絶壁頭★
以上のうち4つ以上該当すれば朝鮮
511 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 00:26
朝鮮にだって二重の人いるよう!いるだろ!?
きょうはサッポロ一番だー
513 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 01:28
514 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 02:02
>>493 >日本人らしさってなんなんですか? =では、自分らしさって何だ?
>生まれたときから西洋文化、特にアメリカ的になっている =だからといって日本人である事を捨てられはしない。
>日本人にとって深みとは日本としてではない。=日本人にとっての深みとは、君も私も日本の風土に育った日本人だから感じる深み。
>個人の感性でしょう。=そのとおり。
>日本、海外という差別化は私たち日本人に対しての海外特にアメリカ
差別意識にあるんだ。みんなわかれよ!うまくまとめられてんだよ。
=自分に誇りを持てば差別する必要も無いし、うまく纏められているなどと卑屈になることも無い。
>海外のほうが進んでいるのは事実、センスを感じるのも事実。=そう思うのは個人の自由だが、皆そう思っているわけではない。
>だからって日本文化で戦うのは土俵を間違えてないか? =海外と競い合うのは、あくまで自分自身。特に日本文化で対抗する必要は無い。
>人間としておもれー、強烈、感動させるもんつくればそういうのなくなんじゃないの? =?意味不明!
>モードで日本が評価されるのが多いのはモードだからであって、同じように進めば海外からの見方変わると思う。
=海外は日本人が欧米文化に類型的になることを期待していない。
>日本の歌がダサいのは日本語の響きが美的でないからじゃないか?楽曲はいいものあるんだから。響きとかになる
とうしょうがないとおもうんですよ。 =友人のアメリカ人は、日本語の響きは本当に美しいと話していた。
>熱くかたっちゃったけど、人のものはいいって思うのしょうがないよね!
=では、日本人である自分の、どこが良いところかって考えてみては?
>どう考えても洋書のほうがヴィジュアルヤバイもんね。
=君の個人的主観だろうけど、洋書も和書もヤバイ?ヴィジュアルは並列に存在する。
>買い手のセンス。一般大衆というもののレベルアップが必要です。
=海外も国内も超越した視点でね!
515 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 02:20
オリンピックのマラソン選手が、外国選手を相手にスタートを切るとき、
日本を背負っているなどと考えないだろう。自分対他の選手。そこには
国籍の意識など意味は成さない。もっと言えば自分との戦い。
自分より先を行く選手を、外人だからと羨望することは無いでしょう。
日本人だから遅くてダサいなどと卑屈にはならないでしょう。
アスリートは、いついかなる時も自己の内面との葛藤を超えんがために走る。
アーティスト、芸術家も例外ではないでしょ?
516 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 04:49
やっぱ、なんとかしてニューヨークかパリで個展を開くんだーっ!!
517 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/14 20:38
そういやソクーロフが日本のロックバンドに苦笑してたが・・・
まあおそらく売れ線系をテレビで見たんだろうし。しかも結構前のことだしね
好みはともかくミセルは何とかだいじょうぶだろう
数年前くらいのロキノン系はイケると信じてる。今はダサい
あと小山田とかボア系周辺の人たちとか
だいじょうぶだろう・・・たぶん
515のいうところは、すごくよくわかる。
でも、ぼくもそう願いたい。と前置きして、
それでも、
「アーティスト、芸術家は例外」
と思う。
だって、白黒判定誰がつけるのか?まして白黒でない
ところが、多分にあるのが美術。
そして問題なのが、西欧の美術史。そこに名を残せるのは、西欧の権威に
認められたもののみ。いわば、審判は、海の向う側にいる。彼らの流儀(ルール)
にのっとった美術史の文脈にあわせなければ、辺境のアートシーンとして終る。
それを「それが、どーしたア?」って言い切れればたいしたもんなんだけどサ。
日本作家を評価する権威はいくつかある。でも、その権威(特に現代美術系)の方の、
片足は、向う側(西欧)にある。きっと、本人たちの志しは、海外の素敵な思想を
日本の大衆に、紹介してもっと、レベルをあげなければ、、なんて思っていると思う。
日本のあーとは50年遅れてるなんて言ってる評論家もいる。
かといって、日本の特徴として、個々の美術団体が、横並びに
あるだけで、権威は、あるようで、なかったりする。(スーパーフラット?)
その部分を、見つめないと問題は見えてこないと思う。
変な話し、そう考えると、〜会みたいな美術団体の方が、どしっと構えてるように錯覚してくる。
でも以上のような、現実に無頓着なのも、危険は感じる。
520 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/15 21:44
>>518 そうそう、だから油絵の具や、アクリルやブロンズというふうに
世界共通の洋画材を駆使して、自分のオリジナルをどーんとぶつけ
るんだよな。そこで話は戻るが、どの程度洋画材について研究され
てるのかってところが勝負の分かれ目なんで、そりぁ本場西欧の技術
レベル(職人レベル)には永〜い歴史が歴然と存在するから、なかなか
かなうもんじゃぁない。だから「西欧の権威」の眼には、よほど高度な
技術力でなければ稚拙な作品にしか映らない。「海外の素敵な思想」の
裏側には、計り知れない技術と、修練と時間の蓄積がある。
>520
だから、板のとおり、日本のあーとに、深みがないと、、、?
自分は子どものコロから日本の美術より西洋絵画に親しんできた。
それで今日本的ではない絵を描いてるんだけど、それでも
アチラの人の描いたものと比較してみると、優雅な感じと言うか、
ダイナミックさみたいなものはない。
つるりとした感じというか、、
これってもしかしてかの人の唱える「すうぱあふらっと」に通じているのかしらん
欠点は、別の視点で見れば、良さだったりする。
価値基準なんて、そんなもの。
〜がなくて、ダメ、なことが、〜がないから、いい。ってことになる。
大事なのは、自分の価値基準をもつこと。522のように、「すうぱあふらっと」
って視点の提示が、なければ、どうなっているか。日本では、その価値基準を
語り共鳴するものを、探すべきとおもう。
524 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/16 00:17
心理学的に言うと自分の属する集団に対する悪口って
自分自身の不満を言ってるだけの場合が多いって知ってる?
だからさ、自分の人生がペラッペラなのを情けなく感じて
日本の美術は深みが云々なんて言ってるだけじゃねーのかな。
525 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/16 00:34
不満の溜まり場が、ここなんじゃないの?
しゃべることが、全て。
オフのことを前提にしちゃったら、夢からさめちゃう。
526 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/16 11:50
>508
ヤばい=良い です。
ここに来てからよく考えるようになったわけで、
目を向ければ日本にも深い作品は沢山あります。
田中一村なんかは海外では知られてるのかわかりませんが。
もちろん北斎や若冲など素晴らしい作家を生み出しました。
現代を考えて、いまアートに人生をかけている作家さんは
どんだけいるのかと考えます。
日本の作品を愛する外人はどれだけいるのかと。
日本のアート会は作品の質のみで選ばれてるのかと。
どこに矢をむければよいのかなど考えます。
的など決めず自分の欲しい作品を作るということが
ただ一つ解っていることなのではないかとおもいます
そう考えるとやはり個人がどれだけ自己の扉を開き
進むかではないでしょうか。
527 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/16 12:00
何でそんなに日本人と拘るのかと。
海外でよく日本人はバカにされてますね。
イチローや中田は日本人!って意識あまり持ってません。はい。
日本にいるいみないって?脱出して世界で戦えっつーの。
心をもっと広く持ちましょう 以上。
524:
そうかー、ここでの会話は、不満とか悪口を言っているように
解釈されちゃうんだねー。
527:
あんた、熱い人だねー。
でも、別に人種の問題をいってるわけでは、ないんだけどね。
スポーツみたいにアートが、白黒で、かたがつくならこんな
単純なことはない。
527 :わたしはダリ?名無しさん? :02/12/16 12:00
何でそんなに日本人と拘るのかと。
海外でよく日本人はバカにされてますね。
イチローや中田は日本人!って意識あまり持ってません。はい。
日本にいるいみないって?脱出して世界で戦えっつーの。
心をもっと広く持ちましょう 以上。
530 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 00:39
↑この人よくわかってないね。意味が。
ドクメンタ、ビエンナーレ、トリエンナーレ、の意味わかります?
531 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 00:48
具体例をあげよ!そでないと議論もできん
>>524 横尾スレで殆ど同じ文を見かけたのだが。
人の文章をパクったのか、自分で自分の文章を焼きなおしたのか
知らんが、使い回しですか?
>529さん
ドクメンタのスレの冒頭を読むと理解できるよ。
「〜(略)〜現在の美術の動向を伝えるのがドクメンタのもともとのコンセプトなんだから〜(略)〜」
どー思う?
スポーツは、点取り合戦が、主でしょ。
534 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 09:55
age
535 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 18:42
まだこのスレあったんだ
こんなとこで議論してても
意味ないって。みんな孤独なんだなー
536 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 18:45
ここって
さむい人多いです。はい
537 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 18:55
538 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/20 23:16
スレ「現代美術(平面、etc)VS古典美術(絵画・彫刻)」より引用。
>>どんなすごい技術を使った絵でも、描かれた内容で、名作と言われる場合もある。
技術って、描く側から考えるといくらでも、マニアックなまでに、細かくこだわれる。
でも、鑑賞する側からみるとどうでもよかったりする。>>
なんつーか…箸のもち方も知らん癖にファミレスでマナーを語るやつとか。
ワインの銘柄と味にウンチクたれる癖に日本酒の甘口、辛口の区別がつかねぇ
やつとか。
…すくなくともこういう香具師のいう「深み」とやらは程度がしれているだろうな。
>>1がそうだとは言わないけど。
日本人の貧弱な精神性よ。。
なにやったって無駄だよ
民族には与えられた役割があるんだから
542 :
わたしはダリ?名無しさん?:02/12/29 03:54
吸収合併キタ━━━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!
(^^)
(^^)
あぼーん
(^^)
547 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/03/31 10:08
深さがあれば良いわけでもない。
だからといって薄っぺらでもよくない。
548 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/03/31 23:58
深 み が な い こ と は 果 た し て 悪 い こ と か ?
549 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/02 02:29
日本のアート(?)に深みがないとするならば、
それは日本とアートの間に何の関係も結ばれていないからだと思われます。
しかしその前に、ここで問題となっているアートの深みというものが、
実は単なる深みの印象や触感に過ぎない可能性もありますね。
それと、欧米に追い付くとか追い付かないとかいう、
なんとも中途半端なことを発言されていますが、
欧米には、それこそ「噴飯もの」の中堅作家が掃いて捨てるほどいる訳でして、
一体誰をもって欧米を代表させているのか見当も付きませんが、
「欧米もの」だったら何でも上等みたいな考え方をしてませんか?
そもそも欧米ってどこですか?
面積でいうと日本の何倍くらいの地域ですか?
ふざけるのもいいかげんにしろ。
550 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/05 19:51
日本のアートに深みがないと極論してどうする。言葉の順序が逆ですな。
深みがないものはアートではない。そこからスタートすればこんな事で
悩まずに済む。
551 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/05 20:19
脱亞入欧精神の呪縛からの脱却が、現代日本の急務。
553 :
1 :山田:03/04/09 21:30
日本人がどれだけ芸術への審美眼があるか考えてみろ。
西洋とは根本的に違うと思うんだが。
蒔絵、漆、日本刀、寺院、家具・・・
日本人にとってのアートってのは技術なんだよ。
それこそアホみたいに一つの事考えて手を動かして
漸く到達する場所。それこそが日本人にとっての
芸術。
555 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/11 07:18
欧米がいい作品作ってると思ってるのは気のせいでは?
自分の中で一番面白い物を周りきにしないで作るのがア
ートだと思うんですけど。
あたりまえだけど、デザインとアートは違うから。
日本のアートは深みがないんじゃなくてデザインよりの
環境で育った感性で作るアートだから深みがない感じに
見えるんじゃないの?
それは今までのアートからに抜け出せない、柔軟じゃな
いからでは。
絵画だけがアートじゃないなら
宮崎映画とか、漫画やゲームに才能が集まってると思う
それらは そんなに底の浅いアートとは思えない。
557 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 01:28
「深み」自体があいまいなんだよ。
「日本の」っていうことは諸外国と比べてのことでしょう。
「日本の中」で比べてみれ。
558 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 03:57
深みを求めなかった
559 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 18:11
宮崎映画,漫画,ゲームはアートじゃないような。
売り物としてはすばらしいけどそれをアートって言っちゃうのはどうか
と思うけど。
560 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 22:03
>>557 さほど曖昧でもないと思うぞ。深いという表現は通常使う場面と言えば
水の深さ、穴の深さ等底知れぬ物の神秘さを表す時に使う。
宗教とか心理とか人間の内奥への探求や或いはそれらからの責苦への
足掻きとか、欧米のアートとは伝統的にそうしたものを下地にしてる。
一方で所謂仏教美術が過去から現在に至るまでそうした流れとは一線を画する
位置にカテゴライズされてる現実を踏まえれば大まかな事情は見えてくる筈だが。
561 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 22:44
おいおい中華料理が4000年の歴史があっても
中華料理人が4000年生きてる訳ではないのと同じだろうよ。
そういう宗教的だの文化的背景のもとで作られてるから凄いなーっていう
あなたの先入観がその深みとやらを見せているのでは?
「所詮仏教美術」なんて言葉を見るにそういう印象を受けるが。
それに日本の美術は仏教美術だけかい?
562 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 23:34
>561
>あなたの先入観がその深みとやらを見せているのでは?
当然ですな。私が深みを感じるのは私が作品を見るからに他ならない。
そしてそこに潜むものが先入観であれ何であれ「私」が深みを感じなければ
誰が感じるのかね。
563 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/12 23:45
>>560 例えば一つの作品でここまで(561も)話しができたら「深み」が
あるっていえるんじゃない?
仏教とか欧米とかに当てはめなくても。
557の「深みのあいまい」ってうのは何の「深み」よ。っていいたかったの。
564 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/13 00:08
>>562 いやそこだけ引用されても、、
先入観そのものに対して文句をいっているわけでなく
>そういう宗教的だの文化的背景のもとで作られてるから凄いなーっていう
ここがポイントな訳で、あなたの評価は作品よりも背景に偏り過ぎているのではないかと思うのよ。
565 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/13 09:49
>>564 >>そういう宗教的だの文化的背景のもとで作られてるから凄いなー
文章が短いせいもあるが少し誤解されたようだね。確かに彼らの芸術というのは
そういう世界の中で生産されて来た。しかしアートは所詮アートでしかない。
宗教によって生産され文化によって着色されたものは欧米人そのものだ。
そういう意味では年表に名を連ねる作家達があなたのいう「背景」からの支持によって
ある種の共通項的な伝統を形作ってきたともいえるだろう。しかしそれが全てでは
ない。「背景」の全く違う日本においてもそれらの作品は評価され支持されている。
それはあなたが示唆するような先入観によるものだと主張する事も可能だろうが
アーティスティックな理由だけで述べるのとは少し違うのでは?このスレタイが
日本のアートに『深み』が無いのは何故? だから欧米の「背景」に偏るのが
アートの基準ではないと言うのはいいとしても「そういうアートもある」
という現実を認識して貰わない事には始まらない。
566 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/13 13:13
>「そういうアートもある」 という現実を認識して貰わない事には始まらない。
もちろん。
そういう意味もこめて、「偏り過ぎているのではないか」という表現を使ったんです。
(^^)
∧_∧
( ^^ )< ぬるぽ(^^)
569 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/24 11:32
どれもそうだとは決めつけられないだろ。
570 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/27 16:38
還元率99%のオンラインカジノ。(パチンコは80%)
はっきりいって、パチンコするくらいならオンラインカジンの方が全然いい!
石原都知事もテレビでこのことを言ってた。
石原都知事「今現在ネットで日本人が約50万人以上オンラインカジノでプレーしてるのだから
別に本物のカジノを作ったっていだろ!」
http://www16.vis.ne.jp/~yahoo/imp
571 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/27 17:22
◎二重瞼の出現頻度
アイヌ96.8%
奄美諸島84.0%
北海道73.2%
新潟70.4%
三重67.5%
京都66.9%
山形65.8%
奈良58.1%
朝鮮南部42.1%
572 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/28 18:16
、-〜ーーー〜、
ノ 二、_、_ゝ,/,ヘ
) 彳 __ __| |
ノ .イ6| 一 〈 ‐|,ゝ/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ゝ、 ,ゝ ゝl<
http://www.dvd01.hamstar.jp ヒ.i,| \ 「 ‐一| \________
, -/\ \___|
\ \ |\
573 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/28 19:52
文化的背景に偏るのは素人さんなら致し方ないと思う。
だってそれ以外のことで評価をしようにも知識がないんだから。
美術史の流れに立脚して論ずるには相応の美術に対する知識を
必要としますが、宗教や文化なら素人でもそれなりに
格好付けて話すことができるからね。
574 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/28 19:58
Khnopff箸にも棒にもひっかからないとは思わないけど、
画家としては二流だよ。
それをしっかり認識した上で、一流の画家の仕事にももっと
興味を持って欲しいというのが、作る側の意見です。
みんながそうしてくれれば、日本の美術愛好家のレベルも向上するんだけど。。
今まではだいたいが欧米人作家だったじゃないか。
アートが、そこから来たものだからだろうか
577 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/29 19:14
追いつくとか追いつかないとか・・
アートてなんだろね?
578 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/04/29 19:52
美術は帰属と贋作の戦いです。
579 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/03 14:29
>>577 作家のセンスに今の時代を感じれるかどうかです。
581 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/05 13:20
>>1 フォンタナの作品、日本の陶芸家が見たら大笑いするよ!
日本の焼物は、昔から抽象表現の宝庫だからね。
582 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/05 13:44
583 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/05 15:13
最近若い人の間で人気があると聞いたので、今日始めて
2ちゃんと称する掲示板に来てみました。
一体何ですか?この下品で不健全な内容は。
他人の誹謗中傷ばかりで卑屈で歪んだ性格の人間ばかり。
もう、何よりもひどいのはその不健全さ。見るに耐えない絵文字や下品な言葉。
穢れのない清らかな子供達がこんな不道徳な掲示板をみて悪質な犯
罪者になったらあなたたちはどう責任をとるのですか?
いい加減にして下さ
い。不愉快極まりないこんな掲示板1日も早く禁止処分に
してひろゆきを告訴すべきです。
sage
588 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/27 14:31
深みってどんなの?
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
分野,ジャンル,方法。
全てが細分化した今,時代はまた基本的な構造を
求めだすだろう。。
アートで食っていける人間も絞られるってことだ。
当然,深みも必要だし。。
591 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/31 13:48
欧米は殺人鬼も深いヤツが多い。
592 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/31 14:26
このスレの趣旨が浅いと思うのは私だけでしょうか
593 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/31 15:40
594 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/05/31 16:55
在日がいろいろ人種工作やってるけど、真相はかなり違う。
大雑把に、
頭示数が、韓国人は短頭〜過短頭、日本人は中頭〜短頭。
鼻示数が、韓国人は中鼻、日本人は広鼻〜中鼻。
二重の出現率が、韓国人は約3割、日本人が約7割。
一般的に韓国人の顔は、ツリ目が多く、鼻は低く目立たず、彫りが浅い。
頭は絶壁頭の傾向が強く、その分頬骨が高い。体毛が薄いのに比例して
眉毛や髭などが薄い。全体的に見て平坦な印象。形態もさる事ながら、
中国人ほどではないが遺伝子の方もかなり違う事から考えれば、
韓国人は人種的に日本人とはかなり違った異人種であるという事が分かる。
http://www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg
携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP)
このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。
画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。
この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。
任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
600 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/07/29 03:24
600
601 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/07/29 22:52
伝統の「フラット」な絵画表現通り、「深み」が無いのは仕様がない。
それより古代彫刻の絵画的再現を図ったルネサンスが特異か。
まぁ、ヘレニズム由来の遠近法的「深み」、ヘブライニズム由来の思想的「深み」が無いのは当然ちゃ当然。
∧_∧ ∧_∧
ピュ.ー ( ・3・) ( ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
= ◎――――――◎ 山崎渉&ぼるじょあ
深みは自分で見つけるもの
それは日本のも海外のも一緒
604 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/08/23 03:19
>>601 あなたのアートに対する視点には「深み」がない。
605 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/08/23 04:19
今は世界中のアートに「深み」はないよ
日本のアートも捨てたものではない。
平山郁夫の「深み」はC.ラッセンに匹敵する。
607 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/08/23 09:19
>606
典型的ゾクブツとのそしりを免れない彼ですが。
日本はそもそも、世界ではない、経済がちょっといいだけの話。
欧米に適わないのはそのため。あと、アメリカとはスケールが違う。
608 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/08/24 02:37
>>607 >日本はそもそも、世界ではない、経済がちょっといいだけの話。
あ〜、そうですか・・・
>欧米に適わないのはそのため。あと、アメリカとはスケールが違う。
ここは美術鑑賞板であるからして、も少し具体的に語ってください。
私はおえ描きおねいさんです。まあ確かに幽玄の美までたどり着けるのは難しいですね。現代社会では。深みとは、おそらくは、作者自身の探求の深さによるものでしょう。
610 :
わたしはダリ?名無しさん? :03/08/27 12:25
「日本のアート」と一般化して「深み」の有無を論じるのは
どうかと思うのですが、油彩画に関してはやっぱり西洋の画家には
及ばない気がします。
先日東京国立現代美術館に初めて行ってきたのですが、
だれだれ(西洋画家)の模倣、とわかる作品が多すぎて、
素直に絵を見ることができませんでした。
また、色使いにおいても、なんだか中途半端なものが多くて、
この色のコントラストはいいなあ、と思うことがほとんどあ
りませんでした。
しかし、日本画は結構いいのもあると思います。
作品に深みがないというか、見る側の問題もあると思うよ。
作者や作品のバックボーンが手に取るようにわかっちゃうんだから。
海外の作品だと、異文化ゆえ、どうしても理解しきれないあいまいな部分が残って
それを深みと勘違いしている人も多いと思う。
同じ理由で、海外において日本の作品が必要以上に評価される場合もあるね。
613 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/09/09 22:51
突然ですが、この文章どう思いますか?
>模倣なきところに真の創造なぞありえない、といった趣旨の
>発言は、ピカソやダリや三島や(以下略)、多くの芸術家が
>古来言及してることだけどね。
>古典や先人の作品から引用し、そしてその上でその人間
>でしかなしえない独創まで止揚するのが真のアーティスト。
最初の3行はいいとして、最後の2行に
私は違和感を感じます。
ピカソはある意味で大変なコレクターでした。彼は常に学ぶ=マネブ=まね
ることにより、新しい感覚を維持したように思います。彼のコレクションで
面白いのは、後にかれの作品に影響を与えた、アフリカ彫刻なども有名ですが
ルソーの絵画とミロの絵画です。
この二人の画家は天性のものの様で、その作風は既存の様式からは大きくかけ離れたものです。
もちろんルソーはルブルーに通いつめ、沢山の資料をもとに自分の世界を描きます。
植物の素描などは丁寧です。でも、彼の花瓶の花でさえそれ以前に描かれたどのような花とも違いました。
ミロの絵画は意味を詩的に扱い、丁寧に見れば、星や女性などが見えてきます。
初期の具象風の風景をアーネストへミングウェイが買った話は大抵の本に書かれてますね。
いずれにしても学ぶという態度が大切なのでしょう、人まねの良し悪しを気にしている人は、それは
たぶん単に評判を気にしているだけかも知れません。似ていないことを独創的だ
と勘違いしていませんか?真似ることと似せることは違います。
へミングウェイが絵を買った理由は風景画がその場所に似ているのではなく
その絵がその場所そのものを喚起したからだそうです。彼が語ったことは
検索でも見つかるでしょう。
ピカソは後にリトを沢山てがけますが、それらはミロの手がけた詩的なもの
が多い様です。これらの感覚はコクトー等にも及ぶようです。もちろん
私が感じたことなので、特に根拠はありません、感覚は説明
出来ないのでみんな絵など描いてるのでしょうね。
へミングウェイですがハードボイルドと言うスタイルですが
彼の感覚も素晴らしいですね。でも題名は 蝶々と戦車 とかかなり
詩的なものが多いようです。 老人と海 とかね、ミロの題名の付け方と
比べると、重なる気がするのは気のせいですかね。
ありがとうございます。
>いずれにしても学ぶという態度が大切なのでしょう、
>人まねの良し悪しを気にしている人は、それは
>たぶん単に評判を気にしているだけかも知れません。
>似ていないことを独創的だと勘違いしていませんか?
>真似ることと似せることは違います。
たとえば、人の作品を鑑賞。模写することで、
技法を学んだり美的なものを自分の中で咀嚼することは、
大切なことだと思います。そのような模倣が大切だと
いうことはわかっているつもりです。
そういう内面化の結果自分の作品が人のものに
似てしまうのは構わないと思っています。
しかし、
>古典や先人の作品から引用し、そしてその上でその人間
>でしかなしえない独創まで止揚するのが真のアーティスト。
を書いた者は上で引用という言葉を、コラージュ的な意味、
もっと言えばパクリの意味で使っています。
つまり、学ぶ=マネブ=まねるという行為を通さずに、
自分の中に他人の作品をはめ込むような行為です。
これはかなり表層的なやり方だと思います。
これは人の言葉ですが、「アイデアの領域を越えた内から
つきあげてくる衝動のようなもの」。これが感じられる作品こそ、
私は評価したいとおもっています。
頭で考えることも否定はしませんが。
そう考えたうえで、元の
>>613の引用文の
最後の2行
>古典や先人の作品から引用し、そしてその上でその人間
>でしかなしえない独創まで止揚するのが真のアーティスト。
に違和感を感じています。
>>619 突然横あいから失礼ですが、おっしゃっている違和感、よくわかります。
その2行は、「意図的、意思的、計画的に突き詰めていって仕上げる作品」
つまりどこまで逝っても「知」から初発しそこに根のある創作…に思えます。
そうではなく、初発が違うんです。生でドロドロしている
けっして「知」の整合性はもたない。それをどうにか形にして表出する
過程に知が介在することはあっても、なお初発の力を喪わずに
作品化されたもの、それが独創であり他者を打つ芸術となりうるのです。
お邪魔しました。さようなら
引用-を書いた者は上で引用という言葉を、コラージュ的な意味、
もっと言えばパクリの意味で使っています。
つまり、学ぶ=マネブ=まねるという行為を通さずに、
自分の中に他人の作品をはめ込むような行為です。
これはかなり表層的なやり方だと思います。
さて そのピカソですが 彼の始めたことに全然異なった美術様式の引用
がありますね。ファッションスタイルは彼の時代に発明された新しい様式
?でもあり、美術に新しい感覚をもたらしました。簡単に言えばパク利
芸術です。このことは帝都物語?の作者?が本やテレビで面白く紹介しています。
ものを作り出す人間が重要と思うことは、簡単に言うとパ食ったかどうかではなく
新しい組み合わせの発見なのではないでしょうか。人は新しい未知のものに触れたとき
感動します。カラージュやコンバインは無関係?の又は偶然の集合でさえ、
何らかの感覚を生み出すものですね。
ですからその時代の倫理?の許す範囲かぎりぎりの所から引用する事も
新しい感覚を生み出す力になる事を知っていて困ることは無いでしょう。
ピカソの引用したアフリカ美術は宗教や精神文化でしたが、彼は造形面
を自作に取り込みました。美術の大切な意味は 感覚の意識の拡大にあるのかと
思います。それを担えるのが芸術家なのでしょう。
優れた芸術家のおおらかさは 活きず待った(詰った)既存の感覚を打ち破り
ますね。「知」の整合性を越えた豊かな意識が大切なのではないでしょうか、
コピー商品は好きではありませんが、その時、芸術家はもう次のことを始める
ものです。ピカソは今日わかりやすい芸術家ですが少し前は わけワカメ芸術を
ピカソの様だ といっていました。
ピアノを習うとき間違ってはいけないと
厳しく躾けられると、楽しくジャズなど演奏できなくなりますね。日本の
教育は、型枠にはめこんだものが多いようです。音楽は楽しいものだ!と
教えて欲しいですね。芸術もその様な喜び?の感覚がまず大切かと思います。
623 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/09/10 23:52
624 :
わたしはダリ?名無しさん?:03/09/24 16:33
625 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/16 10:55
日本のアートというか・・、ここでは絵画を語るけどおれは誰に何と
言われようと幼児が「ぼくのパパ」とか題して描いた絵を壁に飾ろうとは
思わないんだよね。冷淡だと評されれば甘んじて受け入れる。でも
その種の審美眼的な一線は譲ることは出来ない。
その一線を譲った絵を飾って、リベラルを気取るのがカッコイイ、
と思えた季節があった。
627 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 14:24
日本の文化は全般的に深みがないというか軽い感じがする。
欧米は重ければ重いほど評価される傾向があると思う。
音楽から絵画までその傾向は一般的にみられる。
628 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 14:25
その国民性の好みの問題なんだろう
629 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 14:28
日本の文化は軽薄短小
深みがなくても浅みがあるってコジェーブ先生が言ってたよ。
誰でも言ってるけど。
>>621 「知」のドロドロに気づかないと、自分だけ安心して終わっちゃうよ!
631 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 15:55
浮世絵も軽いしな。
その洗練された軽さが重さを追求していた西欧にとって新鮮な驚きだったのだろう。
カルチャーショックを西欧も日本もともに与え続ける関係だと思う。
632 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 16:39
平面性はやっぱり我々の血のように体のなかを流れていると思う
633 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/01/17 18:51
西欧は立体的、日本や東洋は平面的なのかな。
これは遺伝子によるものだろうか?
あぼーん
日本は日差しが柔らかいからな
日でりが強烈なスペインなんかと違って、色彩がフラットに見えるんだ
636 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/06/17 18:09
日本画というのは、西洋近代絵画(せいぜい印象派まで)の手法を模倣して
成立した、クラシックなデッサンに色をつけただけのものなので、
これらを西洋の美術マーケットで売っても、せいぜい数百万円の値しか
つかない。ところが日本では、金融機関、保険会社が画商から数億円で購入し、
保守政治家に「寄贈」し、政治家は画商に数億円で売って政治資金にする
というマネーロンダリングの伝統がある。
日本画家の力量というのは、政治家とのコネの強度ではかられるのだ。
寄贈は政治資金規制法にはかからないの?
かからないから、マネーロンダリングなんだろうけど
638 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/06/25 05:18
現代美術に関して書きます。
日本には、ちゃんと批評できる批評家が少なすぎる。
アーティストと批評家は、一緒に成長していくものではないだろうか。
浅田彰、椹木野衣クラスの批評家が、もう何十人かいたらいいのに。
あと、美大の作品制作する学生にも、現代美術史を授業で教えるべきだと思う。
デュシャン、ブランクーシから、2004年現在までの美術史を。
美術史を知らないで、良い作品を見ずに作品を作っても、
一人で悦に入って終わりってことがよくあるから。
やっぱり、日本人の作る物は
自覚無自覚を問わず、日本美術の影響の方が、圧倒的に色濃いと感じる。
日本ではなく、外にばかり目がいって無自覚になるのも
それはそれで日本の日本たる所以だから、否定的には思わない。
>>638 美大出の俺とすれば逆だな。
現代美術なんて、知ろうと思えばいくらでも自力で学べるし
古典に比べれば、それなりに興味を持たれてる。
学ぶべきは、現代美術よりも古典の日本美術。
「美術」って言葉と概念が、そもそも日本には存在しなかったって事すら
実技学科の美大生の多くは、知らないと思う(そう言う自分も実技だけど…)。
世の中に美術が存在するってのは、どういう事なのか最低限学ぶ必要がある。
文人の嗜みと、制作部が主流だった歴史だから
日本には社会が美術を囲う土壌がないし。
>>639 そうだね。仏教美術他、個人じゃ閲覧が難しいところも多いし
「学校」ができることはまだまだ多いよ。
>日本には社会が美術を囲う土壌がないし。
改良の余地について語らないとなもっと。
641 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/06/25 20:45
>>639 >現代美術なんて、知ろうと思えばいくらでも自力で学べるし
>古典に比べれば、それなりに興味を持たれてる。
仏教美術を実際に観て勉強することも、大事だとは思います。
しかし、自分からミニマルアート、コンセプチュアルアート、アルテ・ポーベラ
など、それから今日までの美術史をすすんで勉強できる人って、
なかなかいないと思うんですよ。私は特に学生時代、情報に疎かったから、
ミニマルアート、コンセプチュアルアートの存在を知らずに、アトリエに引きこもって、
一人で、ミニマルアート、コンセプチュアルアートを模索していました。
もうそんな作品は、たくさん作られているってことを知らずにね。
ドナルド・ジャッド展は観に行っていても、ミニマルアートが美術の何を変えたのか、
どういう意味があったのか、ということまでは、考えていなかった。
コンセプチュアルアートなどは、有名な作品を観ても、馬鹿の壁にぶつかって、理解不能でした。
図書館に行けば、本がたくさんあるというのに、自分で60年代のアートを発明しようとしていたわけです。
教授たちも、現代美術を分かっていない、毛嫌いする、無視する、という性格を持っている
人が多かったということも関係していますが。
だから、現代美術史は、自分で勉強した人が知っている、というレベルから、
実技学科の美大生に必修で教えた方がいいと思いました。
642 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/06/27 19:45
もともと、芸大は技術を教える学校だから、それだけ教えていればいいんだという
意見もありますね。新しいことをやりたいのなら、学校に行かずに一人でやれという意見。
643 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/06/27 19:58
ぶっちゃけ、技術も教えてくれないよ
>>642 環境からそこはかとなく感じろ、みたいなノリ
644 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 01:26
過去の日本人は、独自の文化芸術を築いてきたが
戦後の、アメリカ教育の中で西洋がすべてすばらしいと植えつけられ洗脳されてきた
用に思います。
浮世絵、能、焼き物、日本画、すべての芸術美術の独自性そしてすばらしさは、西洋
の芸術にない飛びぬけたものがありゴッホが400点近い浮世絵を所蔵し模倣、
モネもしかり、多くの西洋の文化人や芸術家が、絶賛する精神性や、芸術性を持っている
現代の社会の教育、政治の一貫性のない社会物質文明による、腑抜けの人格などなど
に起因すると思う。もっとどう生きるかという原点に立ち返って、心のそこから表現する
ハングリーな精神を個々に持てばよいと思う
645 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 01:59
それぞれの民族や国家は絶対まもならければならない、アイデンティティーのような
芸術作品があるでしょう。日本は琳派や浮世絵以降そういった明確なものが、今
ないですよね。現代においてそういったものは、生み出しにくいのかもしれませんが
そういったものが制作できたら素晴らしいことですよね。
646 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 05:12
日本での文化的な歴史は50年前の戦争で分断されています。
それ以前の歴史、文化と現代日本をつなげる努力というのが必要ですね。
でも、日本画の展覧会とか、お客、凄い来るよね。
しかし、戦後日本生れの人間に、アイデンティティーとか言っても、わからんよ。
いくら口で言っても。
647 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 06:08
なんだよ、みんなニポーン、ニポーンってさー
そんなにニポーンがかわいいかよぉ
西洋とおんなじじゃ、だめなのかよぉ
648 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 10:11
いつの時代にも、その時代を変化させる基点になるような作家や作品が
生まれていると思います。ただそれをいち早くうけいれる、社会(評論、市場、
大衆の理解、その他)がないと、機能しないと思います。今の日本に
不足しているのはその基点となる芸術を、うまく拾い上げる環境が
ないという、不幸な状況なのではないでしょうか。優れた作家が
いるのにもかかわらず、外国のメディアやマーケットに日本の
現代美術がささえられているのは当然と思えます。芸大の学生だったら
船越桂先生が技術以外の美術の本質について、なんとなく教えて
下さるのでは?世界的に評価されている作家はやはりオーラあるよね!
PCはもう飽きてきた。
絵の具に戻ろうと思います。
そう思ったら、なんとなくホッとしてくるから不思議です。
今だったらイイ絵が描けそうな気がする、
なんか日本語変だけど。
まあいいや。
651 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/23 17:48
>>644 >過去の日本人は、独自の文化芸術を築いてきたが
大いにギモン!
お隣の中国や朝鮮半島からの影響下にあったのではないのかっ!
652 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/24 07:57
>>651 894年「遣唐使」をやめて中国等との交流が減ると「国風文化」が誕生したんじゃなかったっけ?
ん
654 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 02:30
>>651 中国や韓国も永い独自の文化芸術を持ってきた国である
日本も、多くは、中国や他国からの影響を受け変化してきた過去をもち類似する点も
多いが、それを、日本は独自の美意識に育て上げて来た国にであることも認識すべきである
言語、絵画、彫刻、工芸、それぞれに他国にない独自の視点を有していることの
認識が今の多くの日本人にあるかどうかが大事なところである
日本画や美術における空間の持つ間に意味を感じる美意識、
陶器において他国の多くは、磁器を最高のものとするに対し、日本は、陶器や焼き締め
といったヨーロッパなどでは、レンガとしか使わない焼き物を日常の食器や花器とする
まして花を生ける習慣においては、磁気にどっさりと花を入れ込む西洋に対し
野にあるような茶花の生けこみ、シンメトリーなものからアシンメトリー
完全なものよりむしろ不完全なものを良しとする、そしてそれを生かす美意識を
有している民族であった。
それは、世界中のどの国にもない国土の80%(現在は、68%)が森林という風土、
四季があることなど、他国にない環境の独自性からも文化が生まれているのである
日本の銘木が世界一美しいのもご存知かな?(四季による年輪の変化など)
外国の大きく表現する演劇に対し能のような最小限の言葉で最大限に表現するという芸術論
秘すれば花という、秘すること、ひくこと、譲ることによって相手方により考えさせ
多くことを引き出すという手腕は、能に限らず絵画、芸術の多くに伝播している
中国、韓国や海外諸国もそれぞれ独自の文明文化を発展させてそれぞれにすばらしい
物も多くあるのも現実ですが、その良いところをそれぞれの生活、生き方
芸術と発展させるのが、現在の私たちの使命なのです
現状に嘆いてばかりおらず、PCばかりに熱中せず、多くのことを学び、知り
そして自分自身に当てはめようではありませんか
655 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 02:58
人それぞれでしょ
656 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 03:15
>>654 >秘すれば花という、秘すること、ひくこと、譲ることによって相手方により考えさせ
>多くことを引き出すという手腕は、能に限らず絵画、芸術の多くに伝播している
どのへんの時代の絵画、芸術を指しているんでしょうか?
あいまいに腰を低くしているって、日本人のいやらしさだな、と感じてしまうのですが。
言いたいことがあるなら言えよっていう・・・
657 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 05:05
>>654 >野にあるような茶花の生けこみ、シンメトリーなものからアシンメトリー
>完全なものよりむしろ不完全なものを良しとする、そしてそれを生かす
>美意識を有している民族であった。
茶道だって、水墨画だって中国の宋代の美意識、禅宗の影響下に発達した
ものだってことを忘れちゃいけないね。明治までの知識人、武家階級は
圧倒的な中国文化の影響下にあったわけで、それを日本独自のセンスだなんて
いうのは、歴史を忘却した意見でしょう。
私は654さんに賛同します。その辺が外国人のキューレーターの勉強不足の
とこですよね。確かに大陸文化の影響は大かもしれないけど、それとは一線を
引いた島国の自我とでもいうべき、差異があるんです。中国音楽と日本音楽の
違いはアジア人は訓練しなくても聞き分けられるけど、それ以外の外国人には
難しいのです。江戸以前の日本の視覚芸術には武家文化、町人文化があるけど
特に町人文化にはその辺の特色が色濃いもが多くあります。
659 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 17:06
アートに深みがなくなった事に注目するよりは、
美意識を感じる人間(受けて側)の文化レベルが下がった事に注目すべきように思う。
それに伴うアーティストの意識の低下が、現在の「深み」がなくなったという状況かな、と。
日本では芸術を理解するものと捉えてる気がする。だから、観客は感じようとしない。
そのため説明があれば、「深み」なんていらないと思ってしまっている……と思うんだな。
作品の美しさを認めないで、文化的な背景ばかり目を向けることは、なんだか悲しい。
それだけ聞かされているとつまらなくなる。今の美術界の低迷を招いている気がしてならない。
説明は作品を浮かび上がらせるだけのものであって欲しい。受け手の感覚をつぶしちゃうから。
>>658の言っているように、影響を受けてはいるものの大陸文化と一線を画しているのは自明。
(影響を受けていると言うなら、過去の国境と今の国境が全然違う事に注目するべきで、
現在の国単位で文化を語る事はおかしいはず。)例えば「仏像」見ても全然違う。
同じものを作っても現れてしまう違い、それが文化の差異では?
ま、文化的背景なんて二の次三の次でいいよ。
660 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 19:45
美術の専門家と、アマチュアの日本美術愛好家との、「認識の違い」
だと思いますが。
たとえ鎖国しようと、国交を断ち切ろうと、1度伝播した文化は完全に拭い去ることは
出来ませんよ。夫婦が離婚して、別々の人生をゼロからやり直すように
簡単にはいきません。朝鮮半島で作られた仏像が日本にあったり、
朝鮮半島から匠が来て、技術を教えてくれたりしていたわけでしょう。
そういう過去の状況を眼中に入れず、「日本には独自の文化がある」と言っても、
完全ではないのではないか?歴史の一部分だけを見つめている、
ただの日本びいきであると思う。
日本人だから、日本びいきするのは普通だけど。
なぜに夫婦の例?
日本人自体大陸からの移民の集まり(笑)
663 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 20:25
>659美意識を感じる人間(受けて側)の文化レベルが下がった事に注目すべきように思う。
それに伴うアーティストの意識の低下が、現在の「深み」がなくなったという状況かな、と。
日本では芸術を理解するものと捉えてる気がする。だから、観客は感じようとしない。
そのため説明があれば、「深み」なんていらないと思ってしまっている……と思うんだな。
賛成、日本的なもの大陸的なものとの違いがわからない人間が多いのでは
微妙なニュアンスや響きに鈍感だと、表現どころか、感じることもできない
たとえば日本には、江戸時代より浮世絵という庶民の間に完成したアートがある
この中に含まれている技術、芸術性とさまざまな要素に日本の独自性があるのだ
工芸しかり、日本画、彫刻と外国と一線を画するものの違いがわからない人が多すぎる
664 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 20:42
659に賛成日本的なもの大陸的なもの、それぞれのどこが良いのか
区別のできない感性では、作るどころか鑑賞すらできない
現代美術のものと一時代前のものを比べると、明らかにその良し悪し
飽きが来るか否かがはっきり分かれる。現代の合理性と恵まれすぎた環境
では、良いものを生み出すハングリーなおもいは、沸いてこないかもしれない
665 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 20:49
>それをいったらアダムとイブに戻る
国の差別でなく住む環境から来る美しい景色は大いに違うことも認識しよう
東南アジアでは、熱帯林に咲く赤い花、赤の色が涼しいと認識するように
国や気候風土による味、色、感触とさまざまに変化する
そこに文化が生まれる。そんな中、日本の過去のアートは江戸時代に完成したと思う
666 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/29 21:20
みんな楽しそうだな。
西洋美術史の流れに付属する現代美術なんて、
日本人はやるべきじゃないし、
現代美術なんて言う前に、仏像のひだの数の違いの方が
重要だ、って言うんだろ。まあ、人それぞれだよ・・・
667 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 01:18
秘すれば花という、秘すること、ひくこと、譲ることによって相手方により考えさせ
>多くことを引き出すという手腕は、能に限らず絵画、芸術の多くに伝播している
どのへんの時代の絵画、芸術を指しているんでしょうか?
あいまいに腰を低くしているって、日本人のいやらしさだな、と感じてしまうのですが。
言いたいことがあるなら言えよっていう・・・と656の意見に対して
>656風姿花伝の本質も理解できない日本人?のおおいことよ…
世阿弥が言っているのは腰を低くするいやらしい日本人とは違う
積極的な表現方法の手法であり、美、芸術の理論なのだから
理解のない人にはどう話してもつうじないものと
理解する。中世日本のあわれ、侘びさびの精神から、日本独自の美意識が確立
したに決まっている。せいぜい勉強してくれ。。。
668 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 02:40
はい、ちょっと勉強してみました。
義持時代、世阿弥は禅へ傾倒します。
役者として老いていく肉体を痛切に意識しながら、
「老い」に見合う新しい能のあり方を模索していたのです。
そうして世阿弥が発見したのが、内的集中力をみなぎらせながら
外面的動きを抑制する”動かない身体”でした。
彼は人間を外側から描くのではなく、内側から描く方法へと進むのです。
これはよく分かったよ。ジョン・ケージも禅をやってるしね。
669 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 13:04
禅をやっているのと至っているのとの違いもあるけどね
深みより広がりを!
671 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/30 19:17
>秘すれば花という、秘すること、ひくこと、譲ることによって相手方により考えさせ
>多くことを引き出すという手腕
いい機会だから、ついでに教えてください。
世阿弥のこういうところって、能を観ると分かるんですか?
口では簡単に説明できないことですか?
>能に限らず絵画、芸術の多くに伝播している
世阿弥と能が、絵画にどのような影響を与えたのか、知りたいです。
>>1 深みってのが判らないけど
おそらく陰影(外国)と線(日本)で表現する違いに代表されるものなんじゃないかな
マンガでもそうだけど日本ってどこか淡白な感じがするよね
テクノやデザインの分野もそう
あまりゴチャゴチャしてないというか
その点外国のは、これでもかこれでもか、ってのがいっぱい
しつこいというか徹底的というか
俺はそれが日本人の特性なんだと思ってる
いい意味での潔癖症、悪い意味で言えば、飽きっぽい
どっちがいいと思うかは人それぞれだから
深みがないってのは、別に欠点じゃないよね
673 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/07/31 12:56
この辺を谷崎潤一郎が陰影礼賛で取り上げていたと思うのですが、誰か読んだ?
674 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/01 10:15
>671
能を見ればわかるはずですが、古い言葉ずかいや習慣が現代人に理解できなくなっている
ので、すぐに理解というわけにはならないかもしれない
風姿花伝は能の表現の根本をなす芸術論であり、花伝書にあるように伝えるに、家々にあらず
というように、個人の人生観が、深みに達しないと理解できないというものでもある
説明でなく体得する世界ではあるが。
簡単な例では、花は、美しいと自ら語らずとも見る側が美しいと感じるところに
美の基本があるということにたとえられると思う
美しいものは、自分で大きく主張しなくとも、より美しさの真価が高まる
力のない人ほど主張や言葉、見せ掛けを繕うものである
こういった意思表示や、表現の仕方は、西洋のように陸つずきで、他民族と、いつも
接するような環境ではいつも自分をアピールして、敵意のないことや、自分を主張しなければ
大げさに言えば殺されてしまう環境では、成り立たない発想で、同じ立場である
という島国日本であるからこそ生まれる。
日本という国の持つ他国にない環境、風土から育った文化は能に限らずすべての
工芸、絵画、食、言語を形成してきたもので、能が影響すると言うよりそれらの
日本の土壌が日本独自の美意識、侘びさび、あわれなど根底に流れている
別の話がでていた、アニメの例でいえば、外国のアニメが細かい描写なのに日本のアニメは、淡白という
話が出ているが、淡白ゆえに内容がきわ立つということも利点で、現在
少ない原画コストで、内容が面白いという事で、日本のアニメが世界の中で
注目を浴び海外にも進出している。能に始まり日本独自のとらえ方が、海外で評価される時代でもある
いい話しが聞けました。
一連のかきこみ674、659とか667とか
同意。てか、現代美術VSスレで語って欲しかったな。
ところで、
男爵芋氏は、文化的差異を認めていない考えの人だとVSスレでは
そう解釈したけど違う?
VSスレと矛盾してません?
674さん、レスをありがとうございました。
>西洋のように陸つずきで、他民族と、いつも接するような環境では
>いつも自分をアピールして、敵意のないことや、自分を主張しなければ
>大げさに言えば殺されてしまう環境では、成り立たない発想で、同じ立場である
>という島国日本であるからこそ生まれる。
西洋人の感覚だと、無口でしゃべらない人って、気持ち悪いんですよね。
日本だと、「あなたはおとなしい人ね」ですむし、人がたくさんいてみんな無言でも
普通ですけど、ヨーロッパだと、食事中誰もしゃべっていない間(ま)があると、
「天使が通った」とか言って、騒ぐ。それはかれらにとって異常事態なんでしょうね。
>日本という国の持つ他国にない環境、風土から育った文化は能に限らずすべての
>工芸、絵画、食、言語を形成してきたもので、能が影響すると言うよりそれらの
>日本の土壌が日本独自の美意識、侘びさび、あわれなど根底に流れている
>別の話がでていた、アニメの例でいえば、外国のアニメが細かい描写なのに日本のアニメは、淡白という
>話が出ているが、淡白ゆえに内容がきわ立つということも利点で、現在
>少ない原画コストで、内容が面白いという事で、日本のアニメが世界の中で
>注目を浴び海外にも進出している。能に始まり日本独自のとらえ方が、海外で評価される時代でもある
能面って、一つのお面に、たくさんの表情が入っていて、上をむけるか、下をむけるかで
表現する感情が変わったりするそうですね。
最小限のもの、動きでばく大なものを表現しようというのは、
ミニマルアート的ですね。カール・アンドレやドナルド・ジャッドは
工業製品から、同じ形の繰り返しを発見したのでしょうけど。
アニメおたくのフィギュアは、アートとして認められはじめていますが、
日本古来の美意識が、フィギュアにも受け継がれているとしたら、
面白いですね。
そういえば、私の祖父と祖母は家でときどき「お謡い」を
やっていたと、母から聞いたことがあります。
祖母が太鼓を叩いて、祖父が歌うのだそうです。
昔の人は、自然にアートを楽しんでいたんでしょうね。
678 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/02 15:58
ここで流行に乗らないで、コミケ?やオタク文化を否定する体育会系文化を構築したいな。
深いよね。
679 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/02 16:22
_,,..--――--、__.. _,,,,,
/::: "' /=ミ
/::" 彡ll',''´
,i :: 彡lll
,r'::: ,..,,,,...、 彡lノ
〈r;;::ヽ ´ i;;;;;;;;;;;;;ヽ`、;:::::: |
,};:;;;ノ ヽ:;;;;;;;;;/ ヾ、;;: i
i'` i"ヽ ゛;;,` ゛'''" ゛-'" /
`) ir,_ ,i ;;::.. _,,..-ー-ツ/
〉,_,_,、,、_, _ イ'" /ーゝ'
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l }゛ '"`'" _,,..-";;/ / /.| |
.呪 | |` `-ー--''"::::::::/ ./ | | 呪
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| | | ;:::::::::::::::/ / l .l
【呪いのレス】
このレスを見た人はコピペでもいいので
10分以内に3つのスレへageて貼り付けてください。
そうしなければ一週間後にあなたは一日中
苦しんで、次の日に死ぬことになってしまいます。
680 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/03 01:06
私の住む人工6千人の田舎町では、50〜60年前田んぼで連句遊びがはやっていたり
謡のグループが、今でも5つあり能舞台を持っている人もいます
アート、芸術と大きなものを求めるのもすばらしいことですが、日々の中に
楽しみや喜びを見つけること、自分にとっての美しいものを知る
自分を知ることから美の始まりがあるのではないでしょうか。
681 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/03 09:58
日々の暮らしが充実している人は良いよなあ。でもだめだめ人には、やっぱ現代美術を
制作する動機があるよね。その辺も分かってください。ビトゲンシュタインなんか
かなりだめだめ人みたいな気がするよね。
682 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/03 22:15
もしかすると、2ちゃんねるでAAや顔文字が使い、親しまれていること、
AA職人と呼ばれる人が、せっせとかわいいキゃラクターや、
写実的なべジータを作るってことも、知らずに、いつのまにか
日本の伝統的文化を継承しているってこと?
地政学ですね。
684 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/05 12:06
>>682 AAや顔文字そのものが伝統的文化と言われないだろうが、
日本人が庶民レベルで楽しむ習慣というか文化は継承してると思う。
良い意味でも悪い意味でも中流階級なんだろうな、
誰でも文化活動に参加できる素地がある、と言う事だと思うよ。
これが海外で評価されたら、崇め奉るんじゃないの? 浮世絵みたいに。
もちろん駄作も多いが、単純にすごいと思えるAA作品?も多いよね。
枠のないカトゥーンみたい。個人的にはアートだと思う。面白い。
685 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/05 12:43
686 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/05 21:04
枠を定義する側でなく、枠からはみ出る人になりたい。
萌えを広めた第一線の作家は、そもそもそういうのには
興味ないわな。
疑問なのは、周辺作家がいつもそういう場に担ぎだされるわな。
687 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/05 21:14
684さん、面白いご意見、ありがとうございました(・∀・)ニコニコ
日本は知識人と、一般人の差があんまりないんでしょうね。
とりあえず大量の人が大学を卒業するしねぇ
689 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/08 21:40
>>688 生活の中から生まれたから、あるいは生活の中に溶け込んでいってしまうから
それがアートだと認知されにくい。外国行くと、異文化だから受け入れられやすい。
って思ってるよ。まあAAの芸術性は低いし、底が見えてるんだけども。
日本人は身の回りにあるものを再利用したり構築したりってのが得意な面、
突拍子もないような事をするのは苦手なのかもしれないね。アートに限った事じゃないけど。
690 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/09 04:16
明和電機の展覧会見ました
もうチョットはましかと思ったけど、
浅い、深みがない。
でも、人は入ってるよ。
芸能人はいいよね(^^;;;
作家が表現の伝達手段としてテレビに出てる、
んじゃなくて、
すでに、
芸能人の排泄物レベルなんだね。
残念!
期待してただけにね。
ちょっと気になったのでひとこと
>674
>こういった意思表示や、表現の仕方は、西洋のように陸つずきで、他民族と、いつも
>接するような環境ではいつも自分をアピールして、敵意のないことや、自分を主張しなければ
>大げさに言えば殺されてしまう環境では、成り立たない発想で、同じ立場である
>という島国日本であるからこそ生まれる。
>日本という国の持つ他国にない環境、風土から育った文化は能に限らずすべての
>工芸、絵画、食、言語を形成してきたもので、能が影響すると言うよりそれらの
>日本の土壌が日本独自の美意識、侘びさび、あわれなど根底に流れている
これは日本文化の一面ではあるがすべてではない。
これだけの認識だと、日本人は日本という島国に住んでいることの自然な結果として
世界に類を見ない独自の日本文化を形成した、ということになってしまう。
文化形成のプロセスというのはそうした静的なものではなく、もっと
動的でダイナミックなものだと思う。
例えば、一般的に極めて日本独自のものとされている文化のあるものは、
その時代に大きな影響力を持っていた海外からの輸入文化への対抗として、
つまり文化的外圧や文化的摩擦の結果として生まれている。
具体例を挙げれば、伊勢神宮の建築様式、明治期の日本画など。
和歌などにおける「やまとごころ」も輸入文化としての「からごころ」との
対概念として形成されたという側面を持つのでは?
692 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/09 16:04
これだけが日本文化の形成のポイントではない、特に重要なのは
国土の80%森林という環境、四季の変化があるという、自然と共生している
風土からくる、物に対する捕らえ方が特に影響大である、国土のほとんどが
砂漠であったり、ツンドラ地帯のように、いつも自然と対抗する意識の中で
生まれるものにたいする考えを比較してみると良い。
自然の人間に対する影響、物にたいする価値基準など特に変わってくる。
国土の80%以上(現在は70%くらい)森林の国は世界中にないのである
完璧でない四季うつろぐ物をよしとする、考え、調和を尊ぶ考えなど
いろいろ人間に教えてくれる。
自然や気候などの風土が重要なファクターである
ことには間違いない。
例えば、はらはらと散りゆく桜を美しいと感じるメンタリティは、
桜そのものがなければ育つわけがないから。
けれどもそうしたはかなきもの、移ろいゆくものに
美を見いだす美意識が、文学、芸能、書画などを
通じて日本人に定着していく過程では、
外来思想である仏教の無常観も大きく関わっていると
考えるのが妥当なのでは?
日本の文化が中国や朝鮮の文化とは違う特質を持つ、
素晴らしいものであることは間違いない。
けれどもその生成のプロセスにおいては、外来文化の影響を
無視することはできないと思う。
ちょっと暴論かもしれないが、
日本文化の特質とは、絶えず他者との「差異」としては
認識できるけれど、始源的な本質としては抽出できないものの
ような気がする。
694 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/10 12:54
693>日本文化の形成において仏教の影響大であることは間違いない
ただ、そういった根源的のものを受け入れる土壌、とらえ方の基本をなすのが
その国の民族独自の特質があり、その捕らえ方によってすべての流入する異文化が
独自の文化と変化するものである。
日本の言語の一つを捉えてもいってきますという言葉の中に、GO&COMEという
他者との関係を意識した意味合いを持つものが多い。道具の使い方(のこぎりのひき方)
に始まり、馬の乗り方、隠し味、俳句、建築、焼き物観、その他多くの分野において
他国と違う表現、ものの捕らえ方を持っている。こらは、私は気候風土から
うまれた始原的な価値観と思っています。それらが、いろいろな外的な要素を吸収し
中世以降に日本は、独自の文化を完成させたのではないでしょうか。
話が戻りますがインドで始まった仏教の盛んなころは、インドは、気候が温暖化のまえで
日本と同じような気候だったようです(温暖化でその気候が北に移り現在になる)
自然と人間のかかわりはとても大きいようです
又、現代において深みのあるアートが生まれない背景には、現代の日本の実情
あるかと思います。死ぬか生きるかという根源に達することもほとんどなく。
仏教のように生きる意味を問うまでに至らず、食べることにおいても
心配のない状況では、悩みの深さが浅く、人間の根源生きる意味や、自分とは
何かを問うこともなく、うまく流れに乗れば、有名になり。なかなか心を
揺さぶるような根源にいたるものにきずくこともなく。ただアートアートと叫ぶだけの
学校の延長線や、自己の名誉や、偽善の中では、アートに限らず本物が生まれにくいい
あまりにも恵まれた社会が、根底にある。
>>694 >又、現代において深みのあるアートが生まれない背景には、現代の日本の実情
あるかと思います。死ぬか生きるかという根源に達することもほとんどなく。
仏教のように生きる意味を問うまでに至らず、食べることにおいても
心配のない状況では、悩みの深さが浅く、人間の根源生きる意味や、自分とは
何かを問うこともなく、うまく流れに乗れば、有名になり。なかなか心を
揺さぶるような根源にいたるものにきずくこともなく。ただアートアートと叫ぶだけの
学校の延長線や、自己の名誉や、偽善の中では、アートに限らず本物が生まれにくいい
あまりにも恵まれた社会が、根底にある。
仮説としても薄すぎないか?
現状の日本はもっと殺伐として貪欲だと思うよ。毎日のように誰かが殺され、
自殺し、不安感がつのり、少子化が進む日本が見えているかい?
649の
>〜自然と人間のかかわりはとても大きいようです
までは同感。
691と言っていることは、本質的には同じだと思う。
現在、未来は過去の慣習、因習で決定されるし。
他文化から影響を受けることと、反発対抗することは、
過去の行いから決定されるものだし。
ただ、
>又、現代において深みのあるアートが生まれない背景には〜
は、そう言う抽象的な話しより、もっと具体的な話しで、
西欧化を押し進めた結果、また明治政府という初めて日本が手にした
近代国家の概念が戦争で負けたことで、自信をなくしそれ以前の
「日本の美徳観念」をマイナスイメージで隠蔽した結果
西欧のような、原理主義の土壌のない日本に形だけ模倣した「近代的自我(個人)」の
概念を取り入れた結果、若者の規範がくずれたどーのこーのという話なんでは?
過去の、天皇を中心とした神道政治を復活させようとする政治家と
それは歪んだ「愛国心」政策だという対立構図が、あるじゃない。
学校崩壊、無気力感すべて、「価値の多様化」という形だけのお題目のうらで
起ったことすべてが、「本物にあこがれた所詮イミテーション」としての私という不安感なのでは?
話しがそれたけど。
>696
大昔の日本人はずっと、和魂漢才でやってきた。
明治以降は、和魂洋才。
戦後は「和魂」が否定され、無魂洋才。
今の日本社会の問題はすべてこの「無魂」状態にある。
社会を立て直すには「和魂」の最注入が必要である。
というのが保守的なイデオローグの基本的な主張。
それに対する批判はいろいろあるけど、
「和魂」は前近代的な価値観で、非合理的なものだ。
「和魂」の復活は、戦前のような超国家主義につながる。
そもそも日本の歴史、文化に一貫して流れる不変の
「和魂」というものがあるのか? もしあるとすれば、
その起源はいつ、どこなの? 早い話、それは近世の
国学が作り出したフィクションじゃないの?
というのが主な考え方。
それに対する保守派の反論は、
批判派は批判するだけで現状打破のビジョンがない。
このままのんべんだらりとやっていても、日本はどんどん
衰退していくだけ。
実は「和魂」がフィクションなのは百も承知。でもそれ以外に
日本人をまとめ、しゃっきとさせる理念があるのか?
だいたいこんな感じの理解でいいのかな?
698 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/11 15:25
>>697 691の人
えっと、挙げられた和魂ですが、
それに取って代わる概念として「天皇」があると言われています。
そもそも日本史上のモノガタリとは天皇側の歴史であるわけです。
なので、坂東国などは現在日本の土地内で起こった事、となるわけです。
今は段々と「天皇」などの概念も薄まってきてるようですが。
まず、存在を認めるには外と内を隔てる境界線が必要になるでしょう。
差異を認めて、己がどういうものなのか、と理解していくのではないでしょうか。
ゆえに、私はどこに起源があるかよりも、文化の差異に注目します。
例えば、日系アメリカ人やらオランダ系フランス人など、
オリジナルはないが個人として存在する事も事実ですし。
で、日本の文化は様々な文化を根底に生まれたものだ、という意見ですが、
氏の仰る「オリジナル」の定義がが伝わりません。文化が衝突によって起こるとすると、
二つのオリジナルが結合するなり融合するなりで、厳密にはオリジナルではないような…。
オリジナルの定義を教えていただきたいのですが?
なんか糞薄ら寒い展開になってきたな。
700 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/11 22:46
議論や理論はいいけど知識のある人ばかりですばらしいけど、個々に、
現実の生活で、
すばらしいアイデンティチィーや自分らしさを発揮して生きているの?
知識だけじゃ始まらないよ。
こ う ゆ う
能書ばかりの輩が多いからです、
おまえらの認めないコミケに行ってくるよ
こっちの方が遥かに面白い。
702 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/11 23:15
↑
話しの腰を折りたいなら、ネタでもってやってくれ。
どんなジャンルでも能書きにこだわりたくなる時もあるもんさ。
>700
>701
日本の伝統としての反知性主義か?w
691>だいたいこんな感じの理解でいいのかな?
ぼくよりうまくまとめてもらった感じw
ちなみに文化と文明とでは、ケタが違ってまして
文明と言うのは、原理主義を指すものらしいです。
文化というのは、明確に定義されるものではなく、「慣習」「慣例」に近い
ものらしいです。(日本文明とはいわない。)
様々な人種(個)をまとめて共同体を維持するために、
共同体の上に原理を掲げてそれ(ルール)にして、その傘下に入る人であれば、兄弟として受け入れる。
それを守れなければ容赦なく冷遇される。オリジナルとは異なる考えスタイルに接した時の
対抗手段として、自分としてのあり方を考える事、なんではないでしょうか。
異なる考えに対抗するのではなく、むしろ珍しがって真似したり取り入れたりすることで
歴史が積み上がってきた日本、という意味で、国民性を育んだのは、
独自の文化といえるんではないでしょうか。
リミックスの先駆けと考えればいいのではないでしょうか。
>>698 >えっと、挙げられた和魂ですが、
>それに取って代わる概念として「天皇」があると言われています。
「和魂」は「やまとだましい」とも「やまとごころ」とも読めますが、
その意味するところは微妙に違ってきます。そしてそのどちらとも
天皇制が深く関わっています。
>オリジナルの定義を教えていただきたいのですが?
originalがはっきりしたorigin(起源)を持つという意味なら、
日本文化はspecificではあるが、originalだとは思わない。
originalがoriginality(独創性)を持つという意味なら、
日本文化は(受容した異文化を日本化していく
過程とその結果において)間違いなくoriginal(独創的)でしょう。
>>704 >リミックスの先駆けと考えればいいのではないでしょうか。
茶会の「とりあわせ」、和歌の本歌取りなど、
いろいろな具体例がありそうですね。
>茶会の「とりあわせ」、和歌の本歌取り
存在自体は人並みには知っていますが、つっこんだ理解にまでは至りません。
でも、そういうことですよね。
フェチって言葉ありますよね?
あれは、目的と手段という本来性が転倒して、手段が目的化していることだと
解釈しているんですが、西欧美術っていうのは、フェチをマイナス要素、幼児性として否定している気がします。
「深い」洞察(目的)を考察され得ていないと、、。
でも、日本の美術に見られる、形式に対する遊び心は、目的を失いひたすらマニエリスム的に
フェチ化していた(る)と解釈するのは大袈裟ですか?
707 :
ひろ、訂正:04/08/13 17:37
形式に対する遊び心は、目的を失いひたすらマニエリスム的、、、
↓
目的を失っているように西欧から見られていますが
実際、失っている、という意味ではなく。
目的をどこに置くかは主観ですから。
>>705 >>698です。レス、ありがとうございます。
あぁ、私とあなたで何が違うのか分かりました。
あなたの言う「オリジナル(origin)」とは絶対的価値な訳ですね。
私の意見は相対的なオリジナルでした。つまり、Aの文化が
Bの文化に融合された時、Aの文化がBの文化のオリジナルとなる、
ということです。いずれの文化も融合やら拮抗やらした場合、
何かが元となってあるわけですから。そういう意味で、
日本文化をオリジナルと呼べるであろうと考えています。
個人的には絶対的なオリジナル文化は存在しないと思っています。
709 :
わたしはダリ?名無しさん?:04/08/13 22:17
ん?
708は、705をよく読んだのかな。
ウホッ、いいぬるぽ
711 :
わたしはダリ?名無しさん?:05/01/20 21:56:22
絵を描いている奴にズブズブと深みにはまってる奴おおいぞ。
712 :
わたしはダリ?名無しさん?:05/01/21 01:34:27
>>711 そうだな。
現代美術について語って下さいスレのおととい、昨日あたりのカキコ嫁。
もう絵画の時代でもないだろうに。
映画だの音楽だの演劇だの漫画だのの、高度で複雑なメディアがあるのに、
観賞することの出来る人が著しく限られている、絵画や彫刻にこだわる理由って一体…。
714 :
わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/28(木) 23:46:41
a
715 :
わたしはダリ?名無しさん?:2005/08/11(木) 08:09:57
地政学ですよ?
日本には高い山が無いので深みが無いのです。?