愛妹が今日も貴方を待っています(10000)

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382咲耶 蜜楽への飛翔 第8回
咲耶の言葉に体育教師も笑みを持って返す。
「へぇ…大した自信じゃねぇか。その自信がいつまで続くかな。いくら言ったところで
得物ありのほうが有利には違いねぇ」
体育教師の言葉どおり、刀対無手、その対決において刀に分があるのは明白だった。
体育教師の持つ樫の木から削った木刀は真剣に匹敵するほどの威力を持っている。
まともに当たれば骨など簡単に砕けるし、当たり所が悪ければ死に至る。そして
リーチの点においても当然のことながら木刀に優位があった。無手により刀に
勝るにはすなわち―――
(攻撃可能な、相手の懐に飛び込むのみ!)
刹那、咲耶の体がぐんと体育教師に迫る。しかし、体育教師の反応も目を見張る
ものがあった。すぐさま木刀を振りかぶると咲耶の脳天めがけて振り下ろす。
「…っ!」
咲耶は頭に木刀がめり込む直前、すんでのところで体を横にずらし木刀を避ける。
勢いあまった木刀はそのままリノリウムの床にぶつかり、鈍い音を立てた。
(体勢が崩れた…今っ!)
体育教師の隙を逃さず、咲耶は体育教師の顔面に左拳を繰り出す。唸りをあげて繰り出された
正拳は体育教師が寸前でずらした首の動きによって、体育教師の耳をかすめて突き抜ける。
しかし、懐に入られたことにより体育教師と咲耶の優位は逆転していた。咲耶が
さらに右拳も繰り出そうとした瞬間、
「あまいっ!」
体育教師はなんのためらいもなく木刀を捨てると両手で咲耶の左腕を掴み、そのまま
体を沈み込ませる。
(関節を極められてる!?させるかっ!)
咲耶は関節が悲鳴をあげる直前、右拳を男の左頬に叩き込む。
「ごふっ!?」
体育教師は苦悶の声を上げ、咲耶の左腕から手を離す。そのまま咲耶は追撃しようと
するが、再び体育教師は木刀を右手に持ち、横薙ぎに斬撃を放った。
片手をもってしても遜色ない閃光は咲耶の左腕を着実に捕らえ、体ごと真横に
吹っ飛ばした。そのまま咲耶の体はすぐ側の机に叩きつけられる。机の上に
積み重なったプリントが宙を舞い、咲耶の体に積み重なった。そのまま咲耶の体は
ぴくりとも動かなくなる。しかし、体育教師はかすかな笑みを浮かべる事もなく
咲耶に問い掛けた。
「…来いよ。まさかあれで終わりってわけじゃねぇんだろう?」
直後、体育教師の言葉に呼応するかのように、咲耶はプリントをバラバラと床に
落としながら、体をゆっくりと立ち上げる。
「ふふっ…せっかく近寄ってきたら、一発お見舞いしてやろうかと思っていたのに
上手くいかないものね」
「たりめーだ。あんな片腕で放ったもんなんてスピードはあっても威力はしれてる。
それにお前がインパクトの瞬間に自分から飛んで威力をさらに軽減させたことも
わかってるんだよ」
「…やれやれ。木刀をためらいもなく捨てるところといい、さっきの投げ技といい、
どうやらただの『剣道』ってわけじゃなさそうね」
咲耶の問いに男はニヤリと笑って答えた。
「まぁ…な。実家が古流の『剣術』を伝える一族でね。『殺す』という目的のためには
得物だってためらいもなく捨てるし、無手での格闘だってなんだってやるさ。
…つまんねぇ一族だったけどよ…そんな一族の家に生まれてきたことを今じゃありがたく
思ってるよ。お前みたいな化け物に出会えたんだからな」
「そうね…私も感謝したいわ。今こうしてあんたと闘えるようにしてくれた、あんたの
ご先祖さまにね」
「そうかい…それじゃ、『二本目』といくか」
「…ええ」
二匹の獣は再び対峙した。
                              
                                  続く