PC版本スレの
>>868へ
プロローグ中のほとんどの描写が該当すると思う
特に、最初のDメールの文章を打ってる時のオカリンの思考が明らかに不自然
助手が「殺された」と書こうとして、思い直して「刺された」と打ったという
その心理描写がわざわざ説明してあることに、絶対意味があると思われた
あの時点では、シュレディンガーの猫のごとく、助手が生きてる事実と死んでる事実が同時に存在しているはず
そこで「殺された」と書けなかったのは、助手が生きている事実への収束なのではないか?と疑念を持った
→ということはゲーム的に見て7/28の助手は死なない設定か?(実際50%の確率だった)
→あれはオカリンが倒れた助手を観測しただけ(生死を確かめないのが、いかにも引っかけくさいし)
→助手が死んでないなら、あのシーンはフェイク以外に考えられない
→その状況を作れるのはたぶん屋上タイムマシンに乗ってきたオカリン自身(助手の台詞で7/28に来ている事は確定)
→ああ、これは最終的に自分自身を騙すんだな・・・と、かなり早い段階で推理というか妄想が可能
実際に「世界を騙す」と表現したのはさすがオカリン厨二病患者乙と言わざるをえないw
中鉢の亡命はSGルート入るまでは予測不能だったし、メタルうーぱの具体的な存在意義も同上
屋上タイムマシンがどの世界線上の2036年から来たのかは、Chapter9に到達時には推理は可能
2025年からのDメールは残念ながら真相を見抜けなかった(ヒントになる伏線も少なすぎた)
これらはあくまで世界をゲームとして俯瞰した思考だから、ちょっと反則かもしれない
ぶっちゃけまゆりEDの前あたりから、世界はオカリンが「騙される」ことに収束するだろうと確信し
それはまあ当たったんだけど、なかなか真EDに到達できなくて大変だった
あとエンドロール逆行はヤバかった、痺れた